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754
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:07:21 ID:K.ug12hY0
車を遮蔽物にして銃撃戦をする集団を見つけ、ニダーは相手の姿と装備、そして会話に注意を向けた。
〔欒゚[::|::]゚〕『民間人がよぉ!!』
機関銃を乱射するジョン・ドゥの色、そして金色のロゴがその所属を如実に物語っていた。
鹵獲した銃に装填されている弾がジョン・ドゥのカスタム機の装甲を撃ち抜くことのできるかは、実際に撃ってみなければ分からない。
生身の状態で棺桶を相手にすることの部の悪さは分かる。
しかし、それを補う術をニダーは知っていた。
敵の数が3人であることを把握してから、すぐに行動に移す。
壁に体を押し付け、肩を使ってしっかりとライフルを固定し、光学照準器を覗き込み、静かに銃爪を引いた。
銃弾は狙い違わずジョン・ドゥの背にあるバッテリーを撃ち抜き、即座に動きを止めた。
〔欒゚[::|::]゚〕『敵sy――』
こちらに気づき銃を構えようとしたジョン・ドゥの頭部には、既に放たれた2発目の銃弾が着弾していた。
ヘルメットに被弾したことで首が大きく傾げさせ、攻撃の手を一瞬だけ止めさせる。
そして続く5発の銃弾が正確に頭部を直撃し、首の骨を折った。
残された最後の一人は不幸にも、機関銃の弾帯を交換しているところだった。
もしも彼が経験豊富な人間であれば、躊躇わずに銃を捨ててニダーに向かって接近戦を挑んでいたことだろう。
奇襲によって正しい判断が即座に下せなかったのは、人としてある意味では正しい反応と言えた。
問題は戦場でその反応を見せた上に、機関銃に弾を装填するという愚を選択してしまったことである。
狙いすました一撃は望めないため、ニダーは弾倉の残りを全て撃ち込むことで対処した。
素早く弾倉を交換し、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。
壁から体を離し、姿勢を低くしたまま前進する。
周囲に銃を向けつつ、背中は常に壁に向けることで不意打ちに警戒する。
倒したばかりの三人の傍に屈みこみながらも、ライフルを片手で構えて周囲への警戒は怠らない。
死体からライフルの弾を回収し終えると、バッテリーを破壊して身動きが取れなくなった男の首の関節部に銃口を突っ込み、銃爪を引いた。
たった三人を撃ち殺しただけでも、ニダーが感じるプレッシャーは相当なものだった。
街中が戦場になっている状態で、いつ自分が誤射されるかも分からない。
そんな中にアサピーはカメラ一つで乗り込んでいることを考えると、狂気と勇気の違いが分からなくなってくる。
<ヽ`∀´>「……定石で言えば、別動隊がいるニダね」
イルトリア陸軍との合流を果たす前に、手土産があった方がいい。
イルトリアの攻略について、ニダーはジュスティア軍の高官から話を聞いたことがあった。
正面からの突破はまず不可能であり、内部との連携した攻撃が不可欠。
その為に長期的に内部に工作員を送り込み続け、来るべき時に攻撃を仕掛けるのが現実的という話だった。
実際に試みたこともあったが、イルトリア内部に潜入して生還したのは非公式な人間を含めても五指に収まる。
それでもこうして侵入を許してしまっているということは、恐らくだが、大量の犠牲を無視しての侵攻を試みてその混乱に乗じて街中に潜ませていたのだろう。
そして、海軍の防衛網が突破されたことをきっかけにして内外からの挟撃を実行したと考えられる。
無論、全ては推測でしかない。
755
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:07:41 ID:K.ug12hY0
だからこそ、ニダーは己の推測と直感を信じることにした。
戦場の状況が完璧に把握できていない以上は、五感で把握した戦場の空気から敵の意図と味方の状態を把握しなければならない。
深く、深く息を吐く。
そして、静かに吸う。
瞬きを最小限に。
視線の移動は素早く。
足運びは慎重に。
戦場を歩くということは、死地を歩くということ。
イルトリアの地を進むということは、地獄を進むということだ。
周囲を背の高いビルに囲まれ、ネオンと街灯の輝きが仄かに視界を明るく染めている。
黒い雨の中で明滅する銃火。
濁って聞こえる銃声。
まるで悪夢の中にいるようだった。
犯罪人を相手取っているのであれば注意を向けるべき相手は限られているが、戦場になっただけでこうも勝手が違う。
ジュスティアの防衛を任された警官たちは、これ以上に全身に重圧を感じていたはずだ。
守るべき対象がいる中で、侵略者を相手に戦うなど、訓練項目にはなかった。
現場で戦うことの少なかったニダーが円卓十二騎士にいるのは、その卓越した尋問技術によるものだ。
人の苦しみを利用し、相手の弱みを見つけ、それを責める。
およそ警官には似つかわしくない特技だが、それでも彼にはそれが正義の為に生かせるのであればと日々その手を血に染めた。
全身が血に塗れるような仕事を続けるためには、どうしても自分の中にある良心を殺さなければならなかった。
殺して。
殺して。
殺し続けて、そしてようやく、人を傷つけても何かを感じることはなくなった。
魚を捌く方がまだ感情の起伏がある程にまで、ニダーは心を殺し続けた。
そうして、笑顔に似た表情を常に顔に浮かべることで心の葛藤は完全に誰かに悟られることはなかった。
いつの間にか、自分が担当した事件の功績が認められ円卓十二騎士の椅子に坐することになった。
常に戦場の後方、戦いの裏に隠れ潜む様にして生きていた彼にとって、戦場に対して感じる感覚は常人のそれとは少し違った。
どう捉え、どう質問し、どう動くか。
心の中にある暴力的な衝動をどのように正当化し、どのように実行に移すのかを考え続けている。
ライフルの銃把を握り直し、全方位に注意を向けながらも、接敵した際にどう倒すかという暴力的な考えが心を支配している。
ビルから見下ろされているかもしれないという考えもあれば、路地裏に潜んでいるかもしれないという考えもある。
思考のほとんどが自分に対して敵対的な意思を持つ人間への警戒心だが、その手段が姑息であればある程、彼の中にある嗜虐心がくすぐられる。
大きな通りに繋がる路地を進み、慎重にイルトリア軍の基地に向かう。
目の前に広がる大通りが、不規則な照らされ方をしていた。
明らかに電灯の類ではなく、炎の類によるものだった。
ゆっくりと顔を出すと、その炎が通りの向かい側にある背の高いビルから出火した物であることが分かった。
高さは恐らく10階以上。
火元は最上階付近の一室だ。
ビルの足元には砕けたビルの壁などが散乱しており、砲撃によるものだと一目で分かった。
数メートル離れた場所にはサイレンを鳴らす消防車が停車し、放水作業を行っている。
756
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:05 ID:K.ug12hY0
通常と違うのは、消防車の近くにイルトリア陸軍所属のエンブレムが書かれたソルダットを装着した人間が複数立っていることだ。
きっと、彼らも同じ心境なのだろう。
自分たちの故郷を滅茶苦茶にされ、憤りを感じているのだろう。
ようやくイルトリア陸軍を見つけることのできたニダーは、周囲を警戒しながら道路を横断する。
ニダーの姿をカメラに捉えたソルダットが一瞬だけ身構えるが、すぐに銃腔を彼とは別の方向に向けた。
([∴-〓-]『……客人か』
機械の目ならば、ニダーが持つ通行証によって彼が敵でないことを一目で判断できる。
誤射されなかったのは幸いだった。
これが仮に同じ条件下にあるジュスティアの新兵なら、銃爪を引いていたことだろう。
<ヽ`∀´>「ビーストから聞いているか分からないけど、ウリはジュスティアから手伝いに来たニダ。
敵の捕虜はいるニダ?」
([∴-〓-]『さぁな、全体で捕虜を捕えているかどうかは正直分からない。
連中はまるでネズミだ。
少し齧って逃げ出して、って感じでな。
特に放火が多くてそれどころじゃない。
見つけ次第殺している』
イルトリア軍にとって、敵兵の捕虜はそこまで価値があるものではない。
街に火を放っている類であれば、生かしておく必要はないのだろう。
<ヽ`∀´>「なるほど。 もしも偉そうなやつを生け捕りにしたら教えてほしいニダ。
必ず情報を引き出すニダよ」
([∴-〓-]『……善処する。
とりあえず、その格好で街中をうろつくのは勧められないな。
ほら、これを使え。
無いよりはましだ』
そう言って、消防車から防弾ベストをニダーに投げて寄越した。
それはイルトリア陸軍で使われているもので、特殊合金のプレートが仕込まれたものだ。
通常の弾であれば貫通を防げるが、強化外骨格用の強装弾であれば防ぐことは敵わない。
受け取ってすぐに袖を通し、ジッパーを閉じて回収してあった弾倉をしまい込む。
胸元にある鞘には、大振りのナイフが収められていた。
握るまでもなく、その太い柄から高周波振動ナイフであることは間違いなかった。
<ヽ`∀´>「助かるニダ」
([∴-〓-]『そのベストを着ていれば誤射されることはないだろう。
この後はどこに行くつもりだ?』
<ヽ`∀´>「連中の偉そうなやつを捕まえるから、どこ、ってことは決めてないニダね」
757
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:25 ID:K.ug12hY0
([∴-〓-]『そうか。 それなら、この通りを真っすぐに進め。
基地の近くなら、連中がいるかもしれない。
その辺りに停められている車やバイクは、動くようであれば好きに使って構わない』
<ヽ`∀´>「感謝するニダ。 それじゃあ、またどこかで会えるといいニダね」
([∴-〓-]『あぁ、じゃあな、ジュスティアの客人』
火災現場から離れ、ニダーは言われた通りに大通りを北上することにした。
イルトリアの機能を奪うのであれば、基地を攻め落とすのは基本だ。
だがしかし、とニダーは考えた。
これだけの攻撃を仕掛けておいて、街中での戦闘がそれに見合った激しさを見せていない。
派手に見えるように放火し、銃撃戦を展開しているのであれば、その本質は陽動だ。
陽動する目的は一つ。
本当の目的から目を背けさせ、時間を稼ぐこと。
つまり、その目的を聞き出すことが出来れば、相手の動きを先んじて防ぐことができる。
遭遇した相手から情報を引き出すため、ニダーは改めて弾倉の中身を確認し、次に相手がどこで騒ぎを起こすのかを予想するためにビルの屋上に向かうことにした。
ひと際高いビルを見つけ、静かにその非常階段を使って上を目指す。
ライフルという長物を構えたままではとても戦闘にならないため、ニダーはライフルを肩にかけ、受け取った防弾ベストに収められていたナイフを抜いた。
街で起きている事態を考えれば、街の人間は積極的に建物の外で戦闘をしようとは考えていないはずだ。
こうしてビルを上る途中で襲われないとも限らない。
民間人であれば殺傷は厳禁だ。
呼吸を浅く、そして遅くして階段を一段飛ばしに駆け上っていく。
踊り場付近は特に気を付けていたが、結局屋上に到着するまでは問題らしいことはなかった。
屋上に続く扉を静かに開き、その理由が分かった。
風に乗って漂う血の匂い。
ライフルを持った複数の死体が並び、その傍で3人の人影が屈んでいるのが見えた。
敵か、それとも味方かは確認する必要はなかった。
死体の服装は軽装で、軍人のそれではない。
そのような服装の人間がイルトリアに攻め入ることは不可能だ。
その死体を作り出した人間の装備は逆光ではっきりとは見えなかったが、彼らの放つ雰囲気だけはニダーの経験によってその正体を看破されていた。
犯罪者、それも、とびきりの悪意と殺意を抱いた人間。
(;TДT)「生き残りが――」
動きは緩慢。
反応は愚鈍。
武器を構えるのは、圧倒的不利な状況にもかかわらずニダーの方が先だった。
手にしていたナイフを投擲し、一人目の喉に突き刺さる。
(;TДT)「いぴゅ――」
758
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:46 ID:K.ug12hY0
棺桶持ちであれば、先に潰すべきは喉である。
起動コードの使用を禁じれば、結局は生身の人間だ。
警官としての経験が一目で悪人を見抜き、一撃で殺すだけの反応を可能にした。
犯罪者の潜む建物に生身で突入する時は、常にその感覚が研ぎ澄まされていた。
そして一人目を殺したニダーは、決して肩のライフルを構えようとはしなかった。
その代わりに走り出し、喉に突き刺さったナイフを抜こうともがく男の手からそれを奪い取る――
<ヽ`∀´>「ちっ!!」
――が、その一歩手前で踏みとどまり、口から血を吐く男の体を掴んで突き飛ばした。
もしもそうしていなければ、その後ろでコンテナを背負った男に起動コードを口走らせていたからだ。
〈::゚-゚〉「くっ!!」
ビルの屋上で棺桶を装着する理由は、二つ考えられる。
一つは安全な場所で装着をするため。
そしてもう一つは、何かしらの手段でここにコンテナを用意したからである。
恐らくは後者。
( ‘∀‘)「っだらぁ!!」
ならば、死体の正体はそのコンテナに気づいた民間人というわけだ。
<ヽ`∀´>「うおっ!?」
地面を這うように低く接近してきた巨漢――否、女だ――が、ニダーの足を太い両腕で掴もうと飛び掛かってきた。
レスリング経験者特有の動きは、だがしかし、悪手としか言いようがなかった。
特に、ニダーに対しては最悪だった。
<ヽ`∀´>「せっ!!」
水中を泳ぐ魚の様に滑らかな足さばきで繰り出したのは、実に単純な足技だ。
右の踵で人中を踏み砕き、そこを踏み台に左脚で女の顎を蹴り砕く。
極めて短い距離で放たれた左の蹴りだったが、女の人中を深々と抑え込んだ右足と挟む形で放ったことにより、下顎を完全に破壊しただけでなくその骨片が女の口腔をズタズタにした。
鼻と目から血を流し、女はその場に倒れる。
頭頂部を砕くほどの踏み込みで女を殺し、棺桶を身に纏おうとしている女に飛び掛かる。
不安定な足場が災いし、飛距離が思うよりも伸びない。
〈::゚-゚〉『――大樹となる為に!!』
その間に女は最後の一言を入力し終え、コンテナの中に避難することに成功していた。
コンテナの目の前に着地し、すぐに距離を置く。
恐らくは白いジョン・ドゥカスタムが出てくるはずだ。
じりじりと後退しながら、死体から銃を漁る。
情報通りであれば、通常のそれと同じくジョン・ドゥを装着するには最大で10秒の猶予がある。
その間に奪ったカービンライフルの弾倉を交換し、死体の一つを盾にしつつ、すぐに発砲できるように肩付けに構える。
759
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:09:10 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……」
そして、コンテナが開いてジョン・ドゥが飛び出してきた。
予想通り、白い装甲に金色の木が描かれている。
戦場において、雪原以外でそのカラーリングは最低と言ってもいいほどの色合いである。
〔欒゚[::|::]゚〕『完成化したこちらに勝てるなど――』
耳慣れない言葉を口にした瞬間、ニダーが盾にしている死体を見て僅かに動きが止まる。
素人だ。
そして、仲間想いの良い人間だった。
だからニダーは十分な余裕を持って敵の足を撃ち抜き、倒れたところに死体を投げつけ、更には背中のバッテリーを撃ち抜くことが出来た。
<ヽ`∀´>「――じゃあ、お話をしようニダ」
思ったよりも早い段階でニダーは仕事を始めることが出来そうだった。
バッテリーを破壊された棺桶は、ほとんど例外なくただの鎧か、文字通りの“棺桶”に成り果てる。
〔欒゚[::|::]゚〕『話すことなど……ない!!』
<ヽ`∀´>「いやいや、まだ諦めるのは早いニダよ」
そう言いつつ、ニダーはナイフを手に近寄っていく。
ナイフが一本あれば、会話は十分に成立する。
問題は時間だ。
時間をかければかけるだけ情報が手に入るが、敵に見つかるリスクがある。
戦場での尋問は初めてだが、やってみなければ分からないこともある。
<ヽ`∀´>「まずはフェイス・トゥ・フェイスが基本ニダ」
棺桶を装着状態から引きはがすのは困難を極める。
だが、その作業を練習するための素体として選ばれるのはジョン・ドゥである。
その為、他の棺桶では時間がかかることも、ジョン・ドゥ相手であればさほどの時間を要せずに解体できるようにニダーは訓練と経験を積んできている。
高周波振動で震える刃を首の付け根に差し込み、接合部を丁寧に切断する。
〔欒゚[::|::]゚〕『うわあああっ!?』
<ヽ`∀´>「あー、そうそう、うるさいニダよね。
でも残念、これはノイズキャンセリング出来ないニダ」
金属同士がぶつかる音、と言えば聞こえはいいが、高純度の合金を切り裂くナイフの高周波振動の音は並の人間であれば数秒も耐えられない程の騒音になる。
甲高い悲鳴に似たその音を聞き届ける耳を塞ごうにも、女の両手は棺桶によって完全に固定されており、人間の筋力では動かすことはできない。
何もできないままで騒音を浴びせかけられる行為は、それだけで十分な拷問の一種になる。
<ヽ`∀´>「時間がないからさっさとお話するニダ」
ニダーの得意とするコミュニケーションは、暴力を介して行われるものだ。
相手の心理状態や、肉体的な弱点などを瞬時に見抜き、そこを狙って会話を進める。
切断し終えたヘルメットを放り捨てると、そこにいたのはニキビ面の女だった。
760
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:09:41 ID:K.ug12hY0
〈::゚-゚〉「くっ……殺せ!!」
<ヽ`∀´>「うーわ、久しぶりに聞いたニダ、そのセリフ。
それは長持ちしないニダよ」
〈::゚-゚〉「糞ッ…… イルトリアの人間に屈するぐらいなら、私は死をえら――」
その頬を、ニダーの持っていたナイフが無慈悲に切り裂いた。
深々と切れた頬の向こうに、女の口腔が見える。
白かったであろう歯は血で染まり、顔に浮かんでいた余裕や誇りのある表情は恐怖に染まった。
このような人間の扱い方は心得ていた。
<ヽ`∀´>「選べる立場にあると思うなよ。
選ぶのはこちらだ。
お前が使えるか、それとも使えないか。
必要なのはその判断を下す材料をお前が見せるかどうか、それだけだ」
感情の全てを殺した声で淡々とそう告げ、ニダーはナイフを女の頭皮に押し当て、これからそこを攻撃すると暗に伝える。
いくら短く刈り揃えているとはいえ、これからの一撃は精神的に大きな一撃になる。
ナイフではなく素手で髪の毛を掴み、力任せに引きちぎる。
頭皮の一部がついたままの毛髪を、ニダーは女の顔に投げつけた。
〈::゚-゚〉「いぎっ!?」
<ヽ`∀´>「やっぱり素手で散髪するのは難しいニダね。
まずは質問の1つ目。
完成化って何ニダ?」
〈::゚-゚〉「お前のおふくろの名前だ!!」
<ヽ`∀´>「ウリのおふくろの名前はもうちょっと上品ニダ」
手慣れた狩人のような素早さで女の頭皮にナイフで切れ込みを入れ、頭皮を力任せに剥ぎ取り始める。
刈り取った獲物の痛覚など気にする猟師がいないように、ニダーはその悲鳴をまるで欠伸か何かの様に聞き流す。
鮮やかな手つきで剥いだ頭皮は、あえて女に見せるようにして捨てていく。
〈::゚-゚〉「ぎゃあああああああ!!」
<ヽ`∀´>「この雨、すっごい染みるニダね。
っと、ちょと待つニダよ!!」
近くに倒れていた死体からの手首から先を切り落とし、それを女の口に突っ込んだ。
〈::゚-゚〉「も……が……!!」
<ヽ`∀´>「仲間が近くに感じられていいニダね。
喋りたくなったら教えてほしいニダ。
その間にお前らの装備を調べるだけニダ」
〈::゚-゚〉「……っ!!」
761
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:06 ID:K.ug12hY0
口が閉ざされても、目は口以上に物をいう時がある。
今がその時だった。
女の視線、体の緊張感が、この場にニダーを釘づけにしてどこかに行かせまいとしていることを示している。
<ヽ`∀´>「あー、何かあるニダね」
そう言って、ニダーはコンテナの傍に近寄り、残された相手の装備を調べ始めた。
仄かな光を放つ板状のそれを見つけるのに、そう時間は必要なかった。
戦術用タブレット。
DATの技術を応用して生み出された戦場用のタブレットは、近年その活用が実験的検討されている段階だったはずだ。
内藤財団は秘密裏に研究を進め、実用化にまでこぎつけていたのだろう。
様々な情報を耳にする機会のあるニダーでなければ、これをただのDATと誤解していたことだろう。
<ヽ`∀´>「……これか」
それは、一目で戦況を大きく塗り替えるような代物だと分かった。
広大なイルトリアのほぼ全域の地図が表示され、その随所に動く色の異なる光点――間違いなく友軍の位置を示すそれ――がある。
それだけでなく、光点にはそれぞれの状況が表示され、音声の共有もされているようだった。
正に戦場で必要な情報が集約された代物だ。
最も数の多い緑色の光点を指で触ると、そこに文字が表示された。
電波の強弱、バッテリー残量、距離を示すものだった。
<ヽ`∀´>「ははぁ、これで戦場を――」
動く光点を触ると、タブレットから声が聞こえてきた。
『まだ生きてる、シィシだ!!』
『シィシ、援軍を向かわせる。
後3分で到着するから、それまで踏ん張れ!!』
<ヽ`∀´>「シィシ、って言うニダね。
お友達が来るみたいだから、少し挨拶しておくニダ」
タブレットを持って近寄り、シィシの顔の傍にそれを置く。
口に詰めていた手を取り除き、ニダーは優しい声をかけた。
<ヽ`∀´>「ほら、喋るニダ」
〈::゚-゚〉「わ……私にか……!!」
<ヽ`∀´>「そうじゃないニダ、挨拶が最初ニダ。
お前の親は、挨拶を教えなかったニダか?」
むき出しの頭皮に、高周波振動し続けるナイフの切っ先を当てる。
神経が掻き毟られるような激痛が、シィシを襲う。
〈::゚-゚〉「ひっ……!!」
762
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:30 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「助けてって、ちゃんと言うニダ」
〈::゚-゚〉「糞くらえ、糞野郎!!」
<ヽ`∀´>「素敵な言葉ニダね。 ご褒美ニダ」
脳天にナイフを突き刺し、彼女の人生を手短に終わらせた。
これで、敵はニダーを追ってこのビルに来るはずだ。
このタブレットがそれだけ敵にとって重要なことが分かった以上、これを返すことはできない。
むしろ、イルトリア軍に渡すのが最良だろう。
尋問は半分成功したと言える。
敵は、イルトリアに正面から立ち向かえるだけの力を有していない。
天秤を動かしているのは、このタブレットだ。
タブレットに向かって、ニダーは出来る限り残虐そうな声で言った。
<ヽ`∀´>「シィシは死ぬほど疲れたから、ちょっと寝かせてやったニダ。
間に合わなかったニダね、残念」
そして、ニダーはタブレットを防弾ベストの内側に入れてから、死体漁りを始めた。
死体から弾倉と拳銃――コルト・ガバメント――を手に入れ、胸についている汎用ホルスターに収める。
これから増援が来ることが分かっていれば、命中率よりも相手に与える致命打の方が重要だった。
弾幕を一人で展開するには限界がある。
最悪の場合両手で構えていれば、単純な弾幕は二倍になる。
命中率は著しく落ちるが、それに目を瞑れば問題はない。
<ヽ`∀´>「さぁ、鬼ごっこをしようニダ!!」
そう呟いて、ニダーは全速力で助走し、隣のビルへと飛び移った。
距離は優に3メートルはあったが、ニダーの体は吸い込まれるようにして窓ガラスを突き破って隣のビルへと侵入を成功させた。
建物全体に警報機のベルが鳴り響く中、ニダーはすぐに立ち上がって走り出す。
どんな場所であれ、階段を使うのはデメリットが多い。
装備が整っていて、相手を待ち伏せられるだけの状況にあれば問題はないが、そうでないのであれば好んで進むべき場所ではない。
ニダーが走り出すのと同時に、彼が直前までいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。
このビルに飛び移る瞬間を目撃されていないにもかかわらず、まるで迷いのない銃撃だったが、疑問はなかった。
その理由は明らかだった。
『ひでぇ、頭を削がれてる……!! 人間のやることじゃねぇ……』
タブレットから入ってくる声は、間違いなく直前までニダーがいた場所から聞こえている声だ。
位置情報、音声情報の共有が彼らに戦術的な優位性を与えているのと同様に、このタブレットがある限りニダーもまたその恩恵にあずかることが出来る。
当然、ニダーの位置も声も、ひょっとしたらそれ以上の情報が共有されている可能性はある。
『声が筒抜けだぞ!!』
『問題ない、こいつを殺すぞ。
楽に死にたかったら抵抗するなよ、糞野郎!!』
763
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:58 ID:K.ug12hY0
会話がこちらにも聞こえていることを気にしないということは、彼らはこちらの位置情報が正確に分かるということなのだろう。
そうであれば、会話の必要はない。
あったとしても最小限に抑えられる自信があるのだろう。
奪い取ったタブレットの重要性が良く分かる。
棺桶には備わっていない機能をつけ足すために再開発され、外部補助装置としての再定義したのだろう。
つまり、このタブレットを破壊すれば彼らが今持っている優位性の一つを瓦解させることができるのだ。
そして、彼らはこのタブレットを何が何でも手に入れたいと考えている。
これを使って街の中で陽動を行っている人間をおびき出せれば、イルトリア軍が上手い事料理してくれるだろう。
『向かいのビルだ、急げ!!』
ゴールはイルトリア軍。
敗北条件は殺されるか、タブレットを奪われること。
実にシンプルなゲームだ。
棺桶を使う相手の方が遥かに有利という点に目を瞑れば、問題はない。
それに、戦場の注目をニダーが引き受ければ、その分だけアサピーに向けられる敵意や脅威が減る。
それは副産物でしかないが、意味のあることだ。
侵入したビルの内装が非常出口の案内板で薄暗い緑色に照らされ、百貨店の類であることが分かった。
<ヽ`∀´>「怖くないんなら、このビルで勝負するニダ」
長期戦はニダーにとってもイルトリアにとっても不利になる。
このビルで出来る限りの敵を引き寄せ、排除し、情報を手に入れたいところだった。
ニダーを追ってくるということは、少なくともこちらの所有するタブレットと同じような物を持っているはずだ。
原理を聞き出し、少しでも相手の優位性を削りたい。
百貨店は遮蔽物や隠れる場所に富んでいるが、一人で大人数を迎え撃つのには適していない。
けたたましい音が鳴り響く薄暗い建物の中を、ニダーは確信を持って走り出した。
棺桶の優位性を奪うための戦い方は、何度も警官時代に経験している。
実戦よりも訓練の方が多かったのは事実だが、それでも何もしないよりはマシだ。
懐から素早くタブレットを取り出し、光点の動きと距離を見る。
緑色と青色の光点が真っすぐにこちらに向かっているのを確認し、即座にライフルを構えた。
ニダーが飛び込んできたのと同じ窓から、一体のジョン・ドゥが現れた。
その瞬間、ニダーのライフルが吠えた。
弾倉の中身を全てフルオートで放ち、ジョン・ドゥに大量の風穴を開ける。
地面に足をつけたのは、死体となったのと同じだったことだろう。
そしてそれは、敵にとっては想定済みのことだったようだ。
間を開けて更に二体のジョン・ドゥが発砲しながら現れ、ニダーは迷うことなくその場から逃げ出した。
<ヽ`∀´>「まずは一匹駆除したニダよ!!」
弾倉を交換しながらニダーは挑発の声を上げる。
建物の柱や商品棚を遮蔽物にしながら走るニダーのすぐ後ろを、風切り音を立てて銃弾が通り過ぎて行く。
まるで蜂が通り過ぎるような不気味な音に、思わず立ち止まったり叫び声を上げそうになる。
しかし、代わりに出てくるのは笑みだ。
764
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:11:52 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「怒りすぎニダ!!」
ライフルではなくガバメントに構え直し、接近を防ぐために乱雑に撃ち返す。
双方の銃弾は当たらないが、追い詰められているのはニダーだ。
誘導されるようにして発砲された結果、ニダーは遮蔽物の少ないフードコートに辿り着く。
テーブルや椅子では、とてもではないが銃弾を防ぐことや姿を隠すことも出来ない。
相手はこちらの姿を暗視装置で確認しながら撃つことができるのだ。
物理的に姿を隠せなければ、銃弾から逃げることは不可能。
片手でタブレットを見ながら、慎重かつ素早く決断して逃げ場所を定めて行く。
<ヽ`∀´>「……みっけ!!」
とある飲食店のキッチンへと逃げ込み、そこでようやく腰を落ち着けた。
だが光点が迷いなく近づいてくるのを見て、すぐに立ち上がる。
銃床で調理台に繋がるガスの元栓を次々と叩き壊し、静かにガスをキッチンに充満させていく。
巨大な業務用冷蔵庫の電源を引き抜き、中身を取り出してそこに逃げ込む。
拳銃の弾倉を交換し、後は敵が罠にかかるのを待つ。
『馬鹿が!! そんなところに隠れてるのは分かってるんだよ!!』
銃声、そしてその銃声をかき消すほどの大爆発が起きた。
衝撃と熱が冷蔵庫の扉越しにニダーにも伝わる。
タブレットの光点がものすごい速度で遠ざかり、動かなくなったのを確認してから扉を開いた。
消火剤を含んだスプリンクラーが作動し、炎は既に消え、ガスは安全装置の作動によって流出が終わっている。
焦げた匂いの充満するキッチンから外に出て、そして、新たな光点が接近していることをタブレットで確認する前にニダーは即応していた。
巨大な腕がニダーの顔のすぐそばを通り過ぎ、流れるようにコンビネーションブローへとつなげてくる。
爆発に巻き込まれていないということは、遅れてこのビルに到着した増援に違いない。
(・(エ)・)「お前、殺す!!」
<ヽ`∀´>「どっかで会ったことあるニダね、お前」
重機の一撃かと見紛う危険な連撃を、ニダーは慣れた手つきで捌いていく。
顔ではなく、その動きでニダーはこれが初見の相手ではないことに気づいていた。
<ヽ`∀´>「あぁ、思い出したニダ。
どっかの強姦魔!!」
(・(エ)・)「ぶっ殺す!!」
<ヽ`∀´>「武道家に同じ手を二度も見せるのは馬鹿ニダよ」
後ろ回し蹴りをいなし、その致命的な隙を逃さずガバメントの銃弾を男の胴体に撃ち込む。
対強化外骨格用の弾丸は貫通力が高く、興奮している人間の動きを止めるのには不向きだ。
しかし、繰り出される連撃の合間にニダーは確実に関節、そして急所に向けて銃弾を撃ち込み、精神力では到底補えない程の傷を与える。
決め手となったのは、大振りの拳を回避したのと同時に眉間に放った一発だった。
765
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:12:32 ID:K.ug12hY0
決着がつくまでに交わした攻撃の数は20を越えたが、放った銃弾は4発、そして要した時間は僅かに3秒だった。
まるで糸の切れたい人形の様にその場に倒れた男を踏みつけ、念のためにもう一発心臓に撃ち込んで死亡を確認した。
<ヽ`∀´>「よかった、死んではいないニダね」
ジョン・ドゥの装甲は非常に頑丈で、ただのガス爆発程度では中の人間を殺傷することはできない。
しかし、その威力で脳震盪を起こすことはできる。
タブレットに表示されている生体情報を見て、ニダーはこの情報網の真の目的と強みを理解した。
これは、戦場を変えるほどの代物だった。
<ヽ`∀´>「……情報の時代、か」
リアルタイムで音声、位置、生体を含めた様々な情報が共有されるというのは、戦場を変えるほどの発明だ。
現代ではなく、太古の概念を発掘、復元して転用したのだろう。
それが量産化されて普及されれば、戦場の在り方は変わる。
むしろ、今がその途中と言ってもいい。
イルトリア相手にここまで戦えているのがその証拠だ。
情報の時代は遅かれ早かれやってくるが、彼らが持ち込んだ技術は従来の基盤をひっくり返す物と言っていい。
意識を失っている二人の内、どちらがこの装置の詳細を知っているのか。
ニダーは少し考え、まずは彼らのバッテリーを破壊することに決めた。
慣れた手つきでバッテリーを撃ち抜こうとした、その時だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『……そう何度も!!』
唸るような声と共に一人が急に立ち上がり、ニダーの手からガバメントを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした、というよりも蹴り壊した、が正しい表現だった。
これが腕に当たっていれば、壊れていたのはニダーの方だ。
聞こえてきた声は男のそれ。
破片が宙に舞う間に、ニダーは決断を下していた。
<ヽ`∀´>「っ……!!」
急いでナイフを手にし、近接戦に備える。
距離を開けても一瞬で詰められるのならば、最初からこうするしかない。
<ヽ`∀´>「おっと、こいつが壊れてもいいニダか?」
タブレットを盾のように眼前に掲げ、全てを知っている風な笑みを浮かべる。
〔欒゚[::|::]゚〕『無駄だ!!』
返答と同時に、ニダーはナイフを投擲する。
それは容易く弾かれたが、大きく3歩後退するだけの余裕を得た。
<ヽ`∀´>「反応ありがとうニダ!!」
766
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:16:55 ID:K.ug12hY0
彼らがタブレットを取り返そうとするのは、その破壊を回避することが狙いだと分かった。
これは敵にとって破壊されては困る代物と分かれば、それを利用しない手はない。
ニダーの特技は、相手の感情の揺らぎを表情や仕草だけでなく、その場に流れる空気から察することができるというものだ。
背中に回していたライフルを手元に手繰り寄せ、腰だめに撃つ。
それを予期していたのか、あるいは咄嗟に反応できたのか。
両腕を胸の前で交差させ、致命傷を回避した。
代わりに両腕を失ったが、男は必殺の気持ちを込めた蹴りを繰り出す。
床が抉れるほどの踏み込みで放たれた飛び蹴りは、わき腹を掠めただけでニダーの体を容易く両断するだけの威力があるはずだ。
双方の距離を縮めるには一歩で十分だった。
瞬きは厳禁。
仮にニダーが瞬きをしていたら、間違いなく次の瞬間には絶命していたはずだ。
飛び蹴りという選択をした男は、胸中で己の選択が絶対的に正しいと信じていたことだろう。
事実、これが素人相手であればこれで勝負は決していた。
しかし、腐ってもニダーは円卓十二騎士だ。
円卓十二騎士の中で最弱の戦闘力を自負している彼であっても、素人相手に負けるほど軟ではない。
膝を折る様にして仰け反り、ニダーの胴体を狙った飛び蹴りを回避する。
弾倉の中を確認するまでもなく、ニダーは仰け反った姿勢から背後に銃口を向けて銃爪を引いた。
たった2発。
しかし、その2発が決着をつけた。
股関節に撃ち込まれた銃弾は装甲内部で跳弾し、男の体に穴を開ける。
〔欒゚[::|::]゚〕『うぐぅっ!!』
着地もできず、男は顔から倒れ込む。
空になった弾倉を素早く交換し、ニダーは倒れているもう一体のジョン・ドゥの後頭部に向けて撃ち込んだ。
銃弾がヘルメットを貫通し、赤黒い液体が流れ出てくる。
動き出すことはなさそうだった。
<ヽ`∀´>「お前ら何ニダ?」
〔欒゚[::|::]゚〕『っ……そくらえ!!』
<ヽ`∀´>「このタブレット、情報共有するための物ニダね?
で、どうすればこれをぶっ壊せるニダ?
もちろん、これを叩き壊すのとは違うニダよ」
〔欒゚[::|::]゚〕『尻でも舐めろ!!』
<ヽ`∀´>「オッケー」
言われた通り、ニダーは男の臀部を撃った。
〔欒゚[::|::]゚〕『あがああああ!?』
767
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:17:17 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「おっ、情報がすぐに更新されるニダね。
生体情報まで分かるって便利ニダ。
おいおい、視覚情報まで!!
声も文字になるし、こりゃあ便利ニダね」
男が何かを言う前に、ニダーは更に銃弾を尻に撃つ。
〔欒゚[::|::]゚〕『んぎぃいい!?』
<ヽ`∀´>「お前の死因は、尻からの失血死ニダ。
嫌なら話すニダ」
〔欒゚[::|::]゚〕『ふ、ふ、ふざけろ……!!』
情報を引き出すための手段は、何も口頭だけとは限らない。
タブレットを見て、もう一台のタブレットが近くにあることを確信する。
ニダーの手にタブレットがあることを知りながらも、彼らはこのシステムを止めようとはしない。
つまり、止めることが出来ないのだ。
タブレットは一台で完結しているのではなく、恐らくは複数台で完結する類の物だ。
その証拠に、ニダーがこのタブレットを盾にした時に彼らは僅かだが躊躇いを見せた。
この戦争における、彼らの強み。
情報共有における戦場の支配を失えば、イルトリアに勝てる可能性は限りなく低くなる。
強姦魔の死体のそばに落ちていたタブレットを拾い上げ、二台を見比べる。
表示は同じだが、先に拾ったとタブレットの形状が僅かに異なることに気づく。
同一の端末ではない。
そして、タブレット上に映っている青い光点が同一の端末が発する反応であることは間違いない。
これで追える。
<ヽ`∀´>「あー、役割分担しているのを統一してるのか。
ってことは、絶対に中継点があるってことだから……」
ここでこの二台を壊すことも出来るが、それはニダーにとってデメリットでもある。
タブレットを通じてニダーが得られる情報は複数あるが、どの端末が果たしてどの情報を共有する脳になっているのかが分からない。
それに加えて、相手の動きを知ることのできる手段を失うのはあまりにも手痛い。
街中に散っている光点の数は多くないが、その光点がイルトリアという巨獣に群がる蚊のように見える。
イルトリア全体の地図を覆う光点の数は数百を超えている。
その大半が海岸の近くだが、街の中心部近くで動きを見せている光点も複数ある。
それらが市街戦を展開し、イルトリアに混乱を招いているのは間違いない。
海岸から市街地に向かい、光点が徐々に動いているのを見るに、上陸作戦には成功したのだろう。
しかしながら、狙うべきは青い光点とその周辺にいる緑色の光点だ。
タブレットを全て奪い取り、イルトリアへと渡すことで形成は完全に逆転する。
他にある青い光点は全部で三つ。
その内二つは海岸近くで止まっており、そしてもう一つは街の中を動き回っている。
768
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:18:08 ID:K.ug12hY0
黄色い光点だけは、先ほどから全く動きがなかった。
何かしらの定点観測装置、あるいは中継点の類だろうか。
<ヽ`∀´>「今からお前らに“花”を配達してやるニダ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
軍艦の墓場? あぁ、イルトリア沖のあの場所の事か。
不発弾の漁場? それも同じ場所だな。
そこに船を出せって?
おいおい、あんた馬鹿言ってんじゃ――
――名もなき漁師
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
巨大な軍艦が何隻も燃え上がり、沈没し、爆発する姿はあまりにも現実離れしたものだった。
イルトリア海軍の築いた防衛戦が突破され、すでに双方ともに多くの船が沈められている。
陸上と違い、海での戦闘では数の有利はかなりのものだ。
常に三次元的な感覚で敵を把握し、攻撃しなければならない。
船という巨大な構造物に乗っている以上、足元への攻撃は絶大な威力を持つ。
結果、被弾して沈没することが決まった海軍の軍艦は敵の進路を防ぐように舵を切り、搭乗員は戦場をイルトリア軍の基地へと移している。
死者の数は少なくて済んでいるが、失った船の数は史上最悪だ。
最も集中して攻撃を受けていながらも、唯一沈没していない軍艦が一隻だけあった。
イルトリア海軍最後の一隻。
それは、イルトリア海軍大将の乗る旗艦“ガルガンチュア”だった。
その戦闘指揮所では、ヘッドセットを被った男たちが淡々と情報の整理と対処を行う。
(,,゚,_ア゚)「甲板に被弾、主砲2門沈黙。
区画FからGで浸水を確認、区画Qで出火を確認。
ダメコン急げ」
(::0::0::)「砲弾への誘爆は絶対にさせるな。
消火作業が無理なら区画を封鎖し、海水を注水する。
現場判断で実行し、その後報告を」
从´_ゝ从「右舷弾幕薄いよ、何やってんの」
放たれる弾幕は飛翔する棺桶、あるいは取り付こうとする小型艇に対しての射撃だ。
それらは全て人間による射撃で、重機関銃による驟雨である。
曳光弾が四方八方に放たれる光景は花火かと見紛う物だが、暗闇の中でも正確にばら撒かれる銃弾の精度はかなり高い。
一定間隔で打ち上げられる照明弾だけが、唯一頭上からの光として周囲を照らし出している。
それでも光が照らすのは限られた場所だけだ。
照明弾によって濃い影を生み出すために、目視での射撃では限界がある。
暗視装置を通して見ても水面に浮かぶのが人影の類なのか、それとも船の残骸なのかを気にして射撃をするだけの余裕はない。
これが、イルトリア海軍が劣勢になっていると言わざるを得ない状況を生み出していた。
769
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:18:35 ID:K.ug12hY0
飛行する棺桶は榴弾を撃ってくるため、それを優先して撃ち落とすようにしている。
だがそれを撃ち落とせば仕込まれた高性能爆薬によって、機雷と化すのが最も厄介な点だった。
殺せば殺すだけ船にとって不利益を生み出すことになるが、撃ち落とさないわけにはいかなかったのだ。
地上であれば死体は動かないが、海上であれば死体は流されてやがては喫水線に触れて爆発する。
その結果が、この戦果だ。
大量に敵が上陸するのを防ぐ最後の一隻の指揮官は、それでも冷静に指揮を執っていた。
イルトリア二将軍“右の大斧”と呼ばれるイルトリア海軍大将シャキン・ラルフローレンは、皺だらけの顔に僅かに笑みを浮かべる。
(`・ω・´)「……使えない砲弾を全て海に投棄しろ。
敵艦の数を観測、報告しろ」
その命令から返答までに要したのは、僅かに十数秒。
艦橋で索敵用に作られた棺桶を装着した部下から、手短に返答がくる。
『敵艦、残り72隻。
小型艇はカウントしていません』
残された敵艦の数が多く聞こえるが、実際に彼らが海に沈めた船の数はその倍はある。
それらが大型船の進行を阻害しているのと同時に、小型艇の動きを複雑化させていることは否めない。
(`・ω・´)「かまわん。 部隊の損失は?」
『死傷者45名、他の船は全てプランBに従って動いています。
湾内に入るルートは作戦通りに封鎖し、残存部隊は全て地上での防衛、迎撃戦に移行しています。
海上で戦っているのは我々だけです』
(`・ω・´)「重畳だ。 陸軍の具合は?」
『最新の情報によれば、被害は軽微。
ですが、街での破壊活動がかなり厄介だそうです。
一撃離脱がかなり徹底されているだけでなく、面倒な相手、とのことです』
(`・ω・´)「面倒?」
『情報伝達速度による連携能力が異常である、と。
詳細は不明ですが……』
(`・ω・´)「市長が言っていた通り、やはり情報を武器にしてきたか。
ジュスティアを潰しただけはある。
……10分後に、全員船を捨てて街の防衛に向かえ。
私はブーンと少し話をした後に、連中を叩き潰してくる。
各位、彼を最優先で基地に運んでくれ。
護衛は4人出し、他の者は誘導しろ。
対象は……3名、絶対に傷つけさせるな」
770
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:19:00 ID:K.ug12hY0
イルトリア海軍に所属し、尚且つシャキンの命令を受けてこの戦闘中にそれを確実に遂行できる人間は限りがある。
それはつまり、彼が信頼を置く重鎮に対する命令でもあった。
金属製の階段を降り、船の中にある医務室に向かう。
揺れる船内でも、大股で歩き続ける彼の歩みが乱れることはなかった。
戦況で言えば押されている状況だったが、彼の心は穏やかな物だった。
もしも、彼の目の前にブーンが現れていなければこうはならなかった。
医務室の扉を開き、ヒート・オロラ・レッドウィングの死体が横たわるベッドの隣で泣きはらした目をした少年の前に膝を突いて言った。
(`・ω・´)「お前は生きて、ヒートをちゃんと埋葬してやれ」
(∪´ω`)「お……!」
見た目通りの年齢であれば、とてもではないが数日は引きずるような別れをした直後だというのに、ブーンの目は決して悲観の色に染まっていなかった。
垂れ目の奥に見えている色を、シャキンはかつて見たことがある。
どうやら、バトンは受け継がれたらしい。
(`・ω・´)「お前はディに乗ってヒートと一緒にイルトリア軍の基地に向かえ。
ヘルメットはないが、インカムだけなら用意が出来た。
基地には遺体安置所があるから、ヒートをそこに連れて行け。
この戦争がいつ終わるか分からないが、少なくとも、ちゃんと埋葬はできる」
(∪´ω`)「……」
(`・ω・´)「埋葬は、生きている人間のためにもするものだ。
ヒートは間違いなく、お前の手で埋葬されたいと思っている。
最期まで一緒にいたんだ、分かるだろ?」
(∪´ω`)゛
無言でブーンは頷く。
それは少年特有の無鉄砲な返答にも思えたが、それでも、彼が心で決めたことに対する答えだった。
ヒートと過ごした時間の濃さが、その目に現れている。
こうして少年はいつしか男になり、背中にこれまでの過去を背負って進んで行くのだ。
(`・ω・´)「お前の道は、この俺が作ってやる」
そう言って、ブーンの頭を撫でた。
頷いた時に見せた彼の目は、一人の男のそれだ。
これまでに積み重ねてきた日々。
そして、ヒートに対して抱いていた想いの強さがうかがい知れる。
この少年は、未来に生きるに相応しい存在だ。
壁に取り付けられた無線機を使い、シャキンは部下に指示を出す。
(`・ω・´)「これより本艦はブーンを基地に送るため、この場にて壁を作る。
錨を降ろせ。
連中の相手は私がする」
シャキンはもう一度ブーンを見て、彼の前に膝を突いた。
771
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:19:39 ID:K.ug12hY0
(`・ω・´)「私はシャキン・ラルフローレン。
ブーン、君に会えてよかった」
静かに抱擁し、そしてその場を足早に立ち去る。
シャキンの目の前に現れたのは、彼が気まぐれに手を貸した女から多くを学び、ペニサス・ノースフェイス最後の教え子として、今を生きる存在だ。
何たる偶然か。
何たる幸運か。
狭い通路を歩くシャキンの後ろに、静かに一人、また一人と部下が続く。
彼が戦うと決めた時、常に死地を共にした部下だ。
(`・ω・´)「ホッパー、ナガタ。
弾薬は満タンだ。
沈められるだけ沈めるぞ」
(-゚ぺ-)「無論です」
ホッパーの返答に被せるように、ナガタが続ける。
( 0"ゞ0)「もとより、そのつもりです」
その声は、いつもよりも心なしか楽しそうに聞こえた。
対戦艦用の戦闘では、常に人間の常識を遥かに越える巨大な船を相手にすることになる。
例えるならば、鯨を相手にする小魚のそれだ。
しかし自然界においてもそうだが、大きさは勝敗を決する要因足り得ない。
小さな毒虫が人間を一撃で殺せるように。
毒を持った小魚が数百倍以上の大きさを誇る魚から警戒されるように、彼らは戦艦を沈めるための力を持っている。
それこそがイルトリア海軍の強みだ。
出してしまった犠牲は決して少なくないが、それでも、殺した敵の数の多さはイルトリア軍の方が多い。
つまり、個の強さで負けることはない。
(`・ω・´)「では、蹂躙するぞ」
ガルガンチュアの船尾にあるウェルドックに向かう。
兵たちは退艦の為に小型艇や棺桶の準備を始めており、そこにシャキンが現れた瞬間、音が止まった。
聞こえるのは波の音と唸るようなエンジンの音。
誰かが合図を出したわけでもなく、一斉に敬礼が彼に向けて送られた。
(`・ω・´)ゞ
シャキンもまた、敬礼でそれに応じる。
決して死地に赴く人間に対して送られるそれではなく、互いの健闘を祈るための敬礼。
あるいは、男同士にしか分からない感情を乗せた無言の言葉。
それは2秒ほどの出来事だったが、数時間にも感じられる重厚な時間だった。
敬礼を終え、すぐに自分たちがやるべきことに着手する。
シャキンと二名の部下は棺桶を背負い、それぞれ起動コードを口にする。
772
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:20:04 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)
『海こそが我らの世界。 理想郷は、我らの目の前にある』
(-゚ぺ-)
二人が同時に口にしたのは、Aクラスの名持ちの棺桶、“マリナー”である。
イルトリア海軍で広く運用され、ある意味では代名詞的な棺桶だった。
ダイビングスーツの様な薄い装甲は海上と海中での機動力に特化させたものであって、極めて高い対水圧設計以外にはほとんど用を成さない物だ。
正直なところ、世界中でも復元されている棺桶であって、決して珍しいものではない。
水辺で発見される棺桶の数ならば、このマリナーが筆頭に挙げられるぐらいにメジャーな存在だ。
では、何がその棺桶をイルトリア海軍で確固たる地位を確立させているのかと言えば、復元された武器の存在である。
“ドライランド”と呼ばれるそれは、二つの役割を持つ銛の形をした武器だ。
高周波振動による高い切断能力を有する刃は、あらゆる船の装甲を切り裂けるだけの長さがあり、水圧によって射出することも可能である。
ワイヤー誘導によって縦横無尽に振り回せるだけでなく、それを利用して船のスクリューを破壊することにも特化している。
そして、先端部からは音速の五倍以上の速度で海水を射出することが可能であり、それによって飛来する銃弾に対しても高い防壁を展開することができる。
海水の高圧縮による攻撃、そして、移動時に使用することで高い起動性能を発揮するそれはイルトリア海軍の力を確固たるものにした。
武器の復元に成功した街は多くあったが、機体制御の難しさと相まってその扱いは非常に難しい。
しかし、それを体得した人間が配属されるイルトリア海軍の人間にとって、これほどまでに融通の利く棺桶はそうない。
(`・ω・´)『人は皆死ぬ。私も、お前も死ぬ。だが、それは今日ではない』
そしてシャキンが口にしたのは、コンセプト・シリーズの起動コードだった。
対艦用接近戦特化の棺桶、“バトルシップ”。
それが、イルトリア海軍大将に歴代受け継がれる棺桶である。
大型のCクラスらしい巨体はもとより、背中から生えた羽が頭から胸元までの急所を覆うような異質な装甲は貝殻の様。
洋上迷彩を施されたその姿は、海底から這い出てきた貝の化け物を想起させた。
そして、嫌でも目に付く両腕の錨型の装備は、2メートルはあるバトルシップの等身とほとんど変わりがない。
高周波振動による高い破壊力だけでなく、水圧による射出が可能であり、その破壊力は一撃で船の喫水線に大穴を開けることができるほどだ。
対艦戦闘に特化しているため、その高周波振動の出力は一般的なそれの数十倍を容易に発揮できる。
つまり、どれだけ堅牢な装甲を持つ戦艦であっても、熱したナイフでバターを削る様にして攻撃を加えることができるのである。
〔 ÷|÷〕『行くぞ』
ドックの扉が開き、黒い海が目の前に広がる。
三機の棺桶はそれぞれ圧縮された海水によって爆発的な推進力を得て、一気に水上を駆け始めた。
迷うことなく、三機はイルトリア沖で動きあぐねている敵艦へと向かう。
72隻を相手にするのであれば、一人24隻を沈めれば全滅させられるということである。
海面を進んでいる彼らは、正確に言えば滑っている様に見えて、実際には僅かだが浮いている状態にある。
海中に垂らされたホースから給水し、足の裏から高圧で発射。
それによって海面よりも浮いた状態にあるため、多少の障害物であれば何の問題もなく進むことができる。
沈めた敵の棺桶や船の残骸を乗り越え、敵艦との戦闘を開始したのは出撃から僅かに2分後の事だった。
接敵の瞬間は、即ち戦闘開始を意味する。
〔 ÷|÷〕『粉ッ!!』
773
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:20:35 ID:K.ug12hY0
仮にシャキンの接近に気づいていたとしても、巨大な船では回避行動など間に合うものではない。
二隻の船の間を進みながら、シャキンは一気に左右に向けて錨を射出した。
一撃で喫水線の下に突き刺さった錨は、高速で進むシャキンに合わせて火花を散らしながら船の装甲を切り裂いていく。
まるで巨獣の上げる絶叫の様な音が響き渡り、各種警報音を流しながら徐々に沈んでいった。
これが棺桶の性能に頼った物であると判断するのであれば、その人間は三流もいい所である。
彼が使用する棺桶を動かすうえで欠かせないのが、卓越したバランス能力である。
例えるならば、丸い球の上に立ったまま綱引きをするような、人間離れした力だ。
両腕の錨の重量を少しでも考えれば、その器用さが分かるだろう。
これを当たり前だと思えるようでなければ、バトルシップを操ることはできない。
〔 ÷|÷〕『砕ッ!!』
瞬く間に二隻の船を沈めたシャキンは、空中から飛んでくる銃弾に気づき、行動を起こしていた。
最大出力で一気に放水することで、まるで飛ぶように一気に上空に飛ぶことができる。
隙が大きいため、積極的に使うことはないが敵船に乗り込んだりするためには必要な力だ。
ラスト・エアベンダーの飛ぶ高度にまで達したシャキンは素早く身を翻し、目の前の棺桶の頭上に錨を振り下ろした。
シャキンの存在がまるで悪夢か、それとも幻の様に思っていたのであろう敵は何か抵抗することもなく、慌てた様子もなく静かに頭を潰されて死んだ。
頭上で飛ぶうるさい蚊を潰したかのような気軽さで再び海上に戻ったシャキンは、新たな船を沈めるべく高速で黒い海の上を進む。
シャキンが15隻目の敵艦を沈没させたとき、ブーンがイルトリアの港に無事に到着との知らせが入ったのであった。
『大将、上陸しました!!
これより基地へと向かいます!!
糞どもの背中が良く見えますよ!!』
ノイズの混じった報告に、シャキンは淡々と答える。
〔 ÷|÷〕『よくやった。 その少年は、我々の未来そのものだ。
絶対に傷つけさせるなよ』
『勿論です。 退艦した全員で、愉快なピクニックを始めています』
思わず微笑む。
果たして、少年は再びイルトリアの基地へと舞い戻った。
後は生き延びてくれれば、それでいい。
〔 ÷|÷〕『後は任せた』
『了解』
そして、シャキンの背後で巨大な爆発が起きた。
イルトリア海軍創立以来、決して轟沈することのなかった旗艦ガルガンチュアが遂に砲弾の雨を受けて大爆発を起こす。
それは最後にイルトリア軍港への大型艦の侵入を防ぐと同時に、敵の標的を一点に絞るという重大な目的を持っていた。
投棄されていた弾薬が暴発し、近くにあった全ての船舶に対して致命傷を与える。
まるで真昼の太陽を思わせる白い輝きがイルトリア沖を照らし出す。
天まで届くほどの高い水しぶきが上がり、ガルガンチュアが真っ二つに折れて沈んでいく。
爆風を背に、シャキンは更に速度を上げて敵艦の駆逐に奔走する。
774
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:21:31 ID:K.ug12hY0
〔 ÷|÷〕『こいつらを沈めて、さっさと街に行くぞ』
旗色が悪くなることは、決して初めてではない。
ほぼ単騎で敵の船団を相手にすることもまた、初めてではない。
軍艦が距離を取り、味方の船を爆発させてでもシャキンたちを仕留めようと砲撃してくる。
それに当たれば流石に棺桶を身に着けていても、死からは逃げられない。
運良く直撃を避けられたとしても、その威力は戦闘続行を不可能にするほどのものだ。
だが、対艦用の棺桶を使う人間が砲撃を恐れているようでは話にならない。
飛来する砲弾を一瞥し、安全圏内に移動する。
避けた砲弾が敵艦に着弾し、爆発を起こす。
既に沈没しかけていた為に、そこまでの被害は出ないだろう。
乗員たちの悲鳴が上がるが、それを上書きする様にして金属同士の摩擦によって生まれる咆哮の様な音が響き渡る。
そして巨大な波しぶきが生まれ、黒い海が静かに荒れる。
波を乗り越え、新たな獲物に向かって直進する。
艦内にいる味方を一人でも逃がそうとする船の喫水線を切り裂きつつ、水圧で跳躍。
艦首甲板に着地し、ウォーターカッターで艦橋を切り裂く。
根元から両断された艦橋がバランスを崩し、海に落ちる。
高い水柱が上がった時には、シャキンは既に別の船に向けて飛び乗った後だった。
喫水線への攻撃だけでなく、艦橋を潰すことで船としての力を奪うことができるのは自明だが、それが合わされば助かる道は万に一つもない。
艦橋目掛けて錨を投擲し、大規模な混乱を生み出す。
その直後に海に飛び込み、すぐさま喫水線へ致命的な一撃を与える。
先ほどの一撃で失われた海水が再び機体内部にあるタンクへと補給される。
<0[(:::)|(:::)]>『見つけたぞ、海軍大将だ!!』
<0[(:::)|(:::)]>『信号弾発射!!
マーキングをしくじるなよ!!』
<0[(:::)|(:::)]>『やっと出てきた!!
これで殺せる!!
伝説は今日、ここで終わりだ!!』
背後から銃弾が飛んでくるのと同時に、そんな声が聞こえた。
備わった背面カメラでその姿を目視する。
それは敵艦にケーブルで接続された、5機のラスト・エアベンダーだった。
確実にシャキンを仕留めるためか、ケーブルを分離させて高度を一気に下げる。
両側を敵艦に挟まれた状況のシャキンの進路は前か、後ろかの二択。
〔 ÷|÷〕『……勢いはいいがな』
シャキンは両手の錨を海面に触れさせ、水しぶきを上げさせる。
そして、注水した海水を最高出力で海面に向けて放つ。
海水が巨大な柱となってシャキンを追う部隊を真下から殴りつけ、頭上から大量の海水が降り注ぐ。
バランスを崩したところに、シャキンはウォーターカッターを振るう。
775
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:21:56 ID:K.ug12hY0
超高圧縮されて放たれるウォーターカッターは、それだけで鋭利な刃物と同義になる。
ラスト・エアベンダーが飛翔可能なのは、その軽量な装甲にこそ秘密がある。
生け捕りにして拷問した敵兵と鹵獲した棺桶の情報を聞いていたシャキンは、その脆弱性を見抜いていた。
薄い装甲は僅かな被弾で使用者から命と戦意を奪い、墜落を招く。
振り向くようにして横薙ぎに振るったウォーターカッターは、果たして、一撃で4機の棺桶を屠った。
さほどの抵抗感もなく切り裂かれ、殺虫剤をかけられた虫の様に落下する様は痛快そのものだ。
オレンジ色に染まる夜空を見上げながら、シャキンは残った1機を投擲した錨で文字通り叩き潰した。
やはり、敵の練度は最低限の物。
実戦経験はほとんどなく、個人での戦いに持ち込めば負けることはない。
イルトリア海軍の船が多く沈んだ最大の理由は、対空戦闘への準備が不足していたことだ。
弾幕を展開できる船には限りがあり、敵は空から海中まで、幅広い領域での攻撃を仕掛けてきた。
物量に物を言わせて攻め込んでくる相手にしては、考えられた構成だ。
海底から攻め込んで来ようとしている相手に対して、イルトリア軍は大量の機雷を設置している。
イルトリア軍の潜水艦部隊からの報告で、相手の潜水艦が沖合で身動きが取れなくなっていることが分かっている。
報告の中で気になったのは、最後尾にいる潜水艦の大きさだ。
こちらの使用している潜水艦の3倍ほどの大きさ。
ただの潜水艦ではなく、敵にとっては旗艦にも等しい存在なのだろう。
〔 ÷|÷〕『ホッパー、ナガタ。
沖合にいる敵潜水艦の様子を見てこい。
必要なら、少し遊んでやってもいい』
( L[::::])『了解』
そして、シャキンは指示を出した後に単騎で敵艦を屠る為に突き進む。
軍の優秀性とは即ち、練度の高さと連携の強さに依存する。
イルトリア二将軍がそれぞれ抜きんでた力を持っているとしても、それは軍の強さと直結はしない。
だが。
イルトリア軍が世界最強と言われる所以は、並外れた練度と連携力、そしてそれを指揮する各士官の持つ個人の戦闘力の高さにある。
単純な戦闘力だけであれば、イルトリアが負ける道理はない。
それはジュスティアも認めている事実であり、彼らの最高戦力である円卓十二騎士は人数差があるにも関わらずイルトリア二将軍と同程度の力とされている。
〔 ÷|÷〕『老体を少しは労われよ』
残された敵艦が一斉に砲撃と射撃を行う。
飛来するのはほぼ全てが必殺の砲火だが、あまりにも弾幕が薄く、砲弾はシャキンの残像を捉えるだけにとどまっている。
こちら側が対空戦闘への備えが不十分だったことと同じように、相手は海上にいる小さな敵を相手に攻撃を仕掛けることに準備が不足していた。
元々駆逐艦だろうが何であろうが、軍艦の戦う相手はいつだって対艦だ。
棺桶が戦場を一新したことの一つに、その的の小ささがあるのは言うまでもない。
陸上での戦闘と違い、海上での戦闘はすべからく一撃の威力が物を言う。
潜水艦相手でも、戦艦相手でも、それは変わらない。
弾幕はあくまでも近距離相手のものであって、中遠距離の相手に使うものではない。
776
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:22:21 ID:K.ug12hY0
連射性が乏しい銃火器では、棺桶を仕留めるにはあまりにも心もとない。
実際、戦場で確実に棺桶を仕留めるには近距離戦が最適解だ。
その為、多くのコンセプト・シリーズが近距離戦に特化した設計のものであり、遠距離での攻撃に特化したものは圧倒的な破壊力ないし制圧力を持ったものである。
着弾した砲弾は高い水しぶきを上げ、海上に漂う敵の棺桶が誘爆する。
それでも、シャキンには影響がない。
彼が敵兵の死体を踏み越えても、誘爆はしない。
海上に漂う機雷と化した死体は、バトルシップの移動方法では誘爆し得ないのだ。
船に接触して爆発したことを考えると、極めて目的を限定した起爆条件が与えられていることは分かっている。
そうでなければ自分たちの死体同士で爆発しあい、こちらの艦隊にあれだけの被害をもたらすことはなかったはずだ。
とはいえ、降り注ぐ砲弾の雨は確実にシャキンを捕捉して放たれた物であり、油断できるものではない。
ゆっくりと溜息を吐き、シャキンは両腕の錨を背後に向けて構える。
そして、海水を噴射して更なる加速を得る。
こちらの速度に敵の照準が追い付かなければ、どうということはない。
〔 ÷|÷〕『……分からんな』
攻め込む以上、相手の事は入念に調べておくのが常識だ。
シャキンがこのような戦い方をするというのを知っていれば、必ず対策を用意しているはずだ。
陸と海との挟撃が失敗しかけている今、いつまでも悪戯にシャキンを相手にしている場合ではないはずだ。
優先順位で言えば砲撃、次に味方の上陸を成功させることだろう。
なのに、砲撃はシャキンにのみ向けられている。
恨みがあるのならば分かる。
だが作戦を破綻させてまでも追う意味が分からない。
一切の合理性を欠いたその行動に、シャキンは一つだけ思い当たることがあった。
時間稼ぎだ。
シャキンが陸上に応援に行くのを足止めし、その間に何かを成そうとしている。
それが何か知りたいという好奇心が、シャキンの中で沸々と湧き上がる。
こうして正面から殴り込んでくる輩だ、無策ということはないだろう。
軍人としての直感が、シャキンの体を動かした。
罠が仕掛けられているのであれば、その発動タイミングを狂わせるに限る。
白い水しぶきを上げ、シャキンは恐れを上回る興奮を胸中に抱いたまま、敵艦の群れに突入した。
原則として、軍艦同士は誘爆や避難経路の確保が難しいという点で、決して密にはならない。
だが。
相手が持ち出してきた軍艦は大きく3種類あった。
一つは巨砲を備え、イルトリアへの砲撃を主とした戦艦。
一つは戦艦の援護を行うための巡洋艦。
そしてもう一つが、ケーブルで接続された航空用棺桶を有する船である。
他の船と比べて数倍の積載能力があり、電力の供給能力がある。
防衛能力はなく、全て接続された棺桶に頼っていたのがある種の目的に特化設計の証明でもあった。
その船は戦闘開始の速い段階でイルトリアへの接岸を試み、戦艦の援護と巡洋艦の護衛によってイルトリアへの上陸を成功させた。
777
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:22:55 ID:K.ug12hY0
故に、今生き残っている船は戦艦と巡洋艦の二種類だけであり、ラスト・エアベンダーの残数は数えるほどだ。
だのに、だ。
それだというのに、彼らはシャキンを討ち取ろうと懸命に攻撃を仕掛けてくる。
いっそ、憐みすら覚えるほど懸命で無意味な砲撃に拍手を送りたい気分だった。
巡洋艦の横っ腹に錨で一撃を加え、減速ではなくその制動力を回転力へと転じさせ、より遠くの巡洋艦にもう一本の錨を投擲した。
ワイヤー誘導ではなく手放すことによって、その射程は一時的に飛躍する。
こちらの戦闘を見て距離を取り、作戦を練っていた船員は焦ったことだろう。
砲弾並みの速度で突き刺さった錨によって浸水し、傾き始める。
残った錨を持ち換え、シャキンはその船に接近。
まるで介錯をするようにして船体を切り裂き、自重によって沈没させた。
手際よく巡洋艦を沈めつつも、シャキンの狙いは沖合にいる軍艦だ。
味方の二人が潜水艦を撃沈するまでの間に、果たしてどれだけ沈められるか。
飛来する砲弾をウォーターカッターで迎撃しつつ、距離を詰めて次々と撃沈させていく。
そこでふと、シャキンは相手の狙いが分かってきた。
恐らく、巡洋艦は餌で、本命はこうして戦艦の近くにおびき寄せることだ。
こちらが敵艦を沈めるためにはどうしてもバッテリーを使用する。
である以上、バッテリーがなくなればシャキンは老体の生身で戦わざるを得なくなる。
瓦礫だらけの夜の海で、シャキンが生きてイルトリアに帰還することは不可能と言っていい。
それが狙いだとしたら、シャキン一人を殺すために極めて大掛かりな作戦を用意したことになる。
そして、実に賢い作戦でもあった。
狙いは二つあったのだ。
上陸と、シャキンの抹殺。
そして少数でも上陸はもう済ませた以上、後はシャキンを抹殺することが彼らの目的となる。
イルトリア二将軍を各個撃破するためには、周囲の援護を確実に絶たねばならない。
そうすれば、後は質量と物量、そして最悪の場合は自爆による一撃で屠ればいい。
囲み、やがて狙うのは自爆だろう。
戦艦が搭載している弾薬の数で言えば、例えシャキンの棺桶がトゥエンティー・フォーであったとしても、確実に屠ることのできる量だ。
事実、シャキンに悟られないようにだろうか、戦艦が大きく円を描いてシャキンの進路を誘導している。
自らを餌にしておびき寄せ、攻撃させ、沈めさせ、そして味方が必殺の位置につくまでの時間を稼ぐ。
圧倒的な物量を持つからこそできる作戦であり、船長たちに相応の覚悟があるからこそ成立する作戦だ。
〔 ÷|÷〕『はははっ、派手な葬式を出してくれるのか』
既に船と船の密度が極限まで高まり、目的を隠そうともせずに互いに船体をぶつけてでもシャキンの動きを制限する。
砲撃、そしてケーブルを切断してでもシャキンを追いかけるラスト・エアベンダー。
残された船の数は分からないが、沈めた船は優に30隻を越えているはずだ。
〔 ÷|÷〕『来い、私はここにいるぞ』
四方を完全に包囲されたシャキンは、それでも焦りはしなかった。
一斉に砲撃が始まる。
狙いの外れた砲弾で互いを撃ってでも。
流れ弾で味方のラスト・エアベンダーが木っ端みじんになっても、彼らは攻撃を止めなかった。
778
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:23:37 ID:K.ug12hY0
攻撃を継続しつつ、艦体を徐々にシャキンへと肉薄させる。
まるで建物が四方から迫るような圧迫感。
静かに息を吐き、シャキンは吠えた。
〔 ÷|÷〕『今はまだ死ねないな!!』
そして、イルトリア沖で巨大な爆発が起きた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
深海と闇夜は似ているが、決定的な違いがある。
闇夜はいつか明け、朝日が全てを祝福してくれる。
深海は、そこに近づく者を容赦なく噛み潰す。
祝福などないが、抱擁だけはある。
――イルトリア海軍潜水艦乗りの手帳より抜粋
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリア沖が赤く燃え上がった時、海底近くで動きあぐねている原子力潜水艦“オクトパシー”内部は、全裸の美女を前にした童貞の様な雰囲気が漂っていた。
だが所詮は童貞。
最後の一線を越えることが出来ず、出来もしない欲求を胸に抱いて悶えるだけ。
それが更なる欲望を産み、悶え、循環する。
水深500メートル。
闇と無音の世界が揺れたのと、艦長であるアリエル・ブルックリンが紅茶の入ったマグカップに手を伸ばしたのは同時だった。
( 0"ゞ0)「……でかいな」
巨大な爆発。
海上にいる友軍が沈む断末魔じみた音にはもう慣れたが、これまでで最大の振動がただ事ではないと物語っている。
(-゚ぺ-)「電信です。 ……友軍が、シャキン・ラルフローレンを包囲し、自爆するとのことでした。
恐らくは、それによるものと」
( 0"ゞ0)「本当に果たすとは、大した連中だ。
それで、マッピングはどの程度進んだ?」
(-゚ぺ-)「友軍のおかげで、あらかたできています」
海上にいた船は、決してただ闇雲に走っていたわけではない。
海中に設置されている機雷の位置をソナーで調べ、沈没した敵味方の船の位置を随時こちらに送ってきていたのだ。
イルトリア海軍の潜水艦が安全に出航できる以上は、必ず安全な道が存在する。
戦闘開始直後から今まで耐えてきていたのは、このためだ。
オクトパシーに収納されている虎の子の部隊が上陸に成功すれば、市街戦に更なる燃料を投下することができる。
( 0"ゞ0)「では行こう。 センサー感度最大にしつつ無音潜航、目標イルトリア軍港」
(-゚ぺ-)「センサー感度最大、無音潜航了解」
779
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:26:37 ID:K.ug12hY0
全ての電子機器が無音モードへと移行し、静寂が周囲を支配する。
スクリューは極力音を発さない状態で回転し、鋼鉄の塊を静かに進めて行く。
仲間から送られてきた機雷の位置を座標で確認しながら進む様子は、目隠しをした状態で迷路を進むようなもの。
少しでも間違えれば沈没し、圧壊する。
その為、操舵手ホーミー・ウェストはこの日の為に数十年も潜水艦操舵の訓練を積み重ねており、己の腕に絶対の自信を持っていた。
間違うはずがない。
間違えるはずがないのだ。
その腕をティンバーランドにいる誰もが信じ、尊敬しているからこそ“アンコウ”の渾名を送られているのだ。
ホーミーの母親は、故郷では珍しく女の潜水艦乗りとして名を馳せ、街の守りを担う軍人だった。
イルトリア海軍との戦闘で死ななければ、故郷はまだ存続していたはずだ。
家族と故郷を奪ったイルトリア海軍は、だがしかし、その練度は決して他の追随を許さないほどのもので、復讐には時間も道具も必要だった。
そんな折にティンバーランドに加入され、時間と道具と機会を得たのである。
全てはこの日の為に。
積載されている部隊は、この瞬間の為に復元された自爆特化型の棺桶を運用する。
イルトリアの要所、そして市長と陸軍大将を殺すことが出来ればそれが決定打になり得る。
遠方から来ている陸の増援と合わされば、イルトリアの防衛機能を完全に封じることができる。
この戦いは、間もなく終わる。
手に入れた海図にある深度を参考に海底ギリギリを進み、徐々に浮上していく。
深度300メートルを越え、沈没した味方戦艦の残骸を目前にしたところで静かに停止させる。
ここから先は潜水艦で進むことが出来ない。
ホーミーはアリエルに目配せし、ここがゴールであると伝える。
( 0"ゞ0)「無音潜航解除。
部隊の発進準備。
デコイ全方位に発射、魚雷装填次第発射」
艦内に光と音が戻る。
それと同時に、部下たちが命令に従って行動を開始する。
(::0::0::)「デコイ全方位発射了解。
魚雷装填後速発射了解」
(-゚ぺ-)「トランプル隊、発進許可。
装着次第、即時――」
その時だった。
艦全体に響き渡る、金属質の悲鳴。
高周波振動の刃が金属を切り裂く時に発する音だ。
この水深でそんな攻撃を仕掛けられるのは、棺桶だけだ。
( 0"ゞ0)「くそっ、取りつかれた!!
発進を最優先で行え!!」
赤いランプが明滅し、サイレンが鳴り響く。
780
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:26:59 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)「どこに取りついている!?」
(::0::0::)「恐らく、ハッチ直上に!!」
(-゚ぺ-)「野郎!!」
普段から混乱や焦りに対応するための訓練を積んでいる彼らでさえも、この奇襲に対しては完全な状態で反応できなかった。
つまるところ、彼らの訓練は所詮は訓練であり、実戦とは違って命がかかっているわけでもなければ、シナリオから逸脱することはない。
深海と言える深度で敵に攻撃を受けるという訓練は、マニュアルの世界にしかない。
(::0::0::)「浸水確認!!
ブロック閉鎖システム起動!!」
そして、容赦のない攻撃は冷静さを容赦なく削り取る。
深海での深刻な被弾は、ほぼ例外なく死へと直結する。
ただの死ではなく、何も成すことのない死。
それは何よりも避けなければならない、恥ずべき展開なのである。
(-゚ぺ-)「まずい、ハッチのある区画だ!!
脱出口を塞がれた!!」
( 0"ゞ0)「トランプル隊の準備報告!!」
(-゚ぺ-)「ハッチが剥がされました!!
区画浸水甚大!!」
管制室は混沌を極めていた。
まさか、この状況でこちらの動きに合わせて取り付いてくる存在がいるとは思わなかった。
そもそもの前提として、場所が相手に露呈しているということとそれが即時攻撃につながることは考えの中になかった。
無音潜航の為にソナーを使うわけにもいかなかったため、完全に虚を突かれた形となったのが、彼らの混乱を揺るがぬものとした。
(-゚ぺ-)「トランプル隊、船首にて準備中!!
デコイ、魚雷と一緒に出撃します!!」
( 0"ゞ0)「出し惜しみはなしだ、一気にやれ!!」
(-゚ぺ-)「発進準備完了!!
各位、デコイと魚雷をありったけ撃て!!」
艦首にある魚雷発射管から一斉に魚雷が放たれ、前後にあるデコイ発射管から囮が放出。
それに紛れ、魚雷と共に5機の棺桶が出撃する。
その、はずだった。
更なる衝撃と音がオクトパシーの船首と船尾を襲う。
魚雷発射管が開いた瞬間に何かしらの攻撃を受け、発射に失敗した魚雷が誤爆。
まるで厚紙が潰れて行くように、船首が軋みながら潰れて行く。
その勢いで積載されていた魚雷も潰れ、爆発が連鎖的に起きる。
( 0"ゞ0)「糞がああああああ!!」
781
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:27:31 ID:K.ug12hY0
そんな絶叫は、ほんの数秒で圧壊して鉄の塊と化したオクトパシーに飲まれて消える。
彼等にとって不運なことは、動力であるニューソクは安全装置が働き、爆発を起こすことはなかった点だ。
もしも安全措置を解除していれば、その爆発でイルトリアの軍港に壊滅的な被害を与えられたことだろう。
焦るあまり、その安全装置を解除するという最終手段を取ることを忘れたのは、文字通りに致命的だった。
深海に向けて沈降していく鉄塊となった潜水艦を見送り、三機の棺桶が海面に浮上する。
〔 ÷|÷〕『少し時間がかかったな』
( L[::::])『これだけの量ですから、仕方のない事です』
恐らくは1時間近くかかったことだろう。
音を聞く限り、まだ市街戦は続いている。
陥落していないのならば、やることは一つ。
〔 ÷|÷〕『陸軍の援護に向かうぞ』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お腹を痛めることは誰にでもできますお。
僕も、何度も蹴られたことがありますお。
だけど、あの人たちは心を痛めながら僕と旅をしてくれましたお。
僕にとっての家族は、あの人たち以外にいませんお。
――ブーン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
はたから見れば、それは短い時間の付き合いではあっただろう。
1年にも満たない時間しか一緒にいなかった二人の関係は、だがしかし、生まれてからずっと一緒に過ごしている姉弟のような物だった。
ブーンにとってデレシアと出会ってから、多くの人間に助けられてきた。
その中でも、ヒート・オロラ・レッドウィングは特別な人間だった。
そして自分に対して並々ならぬ優しさで接し、温もりを与えてくれた。
自分にとって、デレシアとヒートがいれば世界はそれで十分だとさえ思えた。
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ブーンを抱いたまま息絶えたヒートの亡骸を本物の棺桶に収め、蓋を閉じてからようやく、ブーンは袖で目元の涙を拭った。
(,,'゚ω'゚)「……この棺桶に入れておけば、3日は大丈夫だ。
葬儀を済ませるなら、それ以内にするといい」
(∪´ω`)゛「はいですお」
ブーンをイルトリア軍基地にある地下遺体安置所に連れてきた男は、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
名前は知らないが、ブーンに対して嫌悪の感情は抱いていない。
むしろ、同情するような“匂い”がした。
(,,'゚ω'゚)「俺たちは街に出るが、ここならひとまず安全だ。
少し休んでいると――」
782
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:27:55 ID:K.ug12hY0
踵を返そうとした男の袖を、ブーンは握っていた。
(,,'゚ω'゚)「――どうした」
(∪´ω`)「僕も、何かしたいです」
(,,'゚ω'゚)「その気持ちはわかる。
大切な人を目の前で失えば、誰だってそうなる。
だが、生きることも戦いだ。
いいか、ブーン。
お前たち若者が生き残れば、俺たちは負けない。
お前が死ねば、お前に想いを託した人たちが浮かばれない。
だからお前は生きることを最優先にしろ。
命を懸けて戦うのは、大人の役目だ。
お前は十分に戦った」
男は膝を突き、ブーンの頭に手を乗せた。
(,,'゚ω'゚)「……それでも、戦いたいというのなら。
お前は、何の為に戦いたい?」
(∪´ω`)「……まだ、知らないことがあるんですお」
(,,'゚ω'゚)「知らないこと?」
(∪´ω`)゛「僕はまだ、愛について知らないですお」
その言葉を聞いた時、男は僅かに面食らった様子だった。
子供の言うことと一笑に付すことも出来ただろうが、男は、真っすぐにブーンの目を見る。
(∪´ω`)「あと少しで分かるような気がするんですお」
(,,'゚ω'゚)「……戦いの中で分かるのか?」
(∪´ω`)「分からないですお。
でも、ここで座って待っていても、分からないことだけは分かりますお」
逡巡。
男は、僅かに思いを巡らせ、そして立ち上がる。
(,,'゚ω'゚)「……なら、探してみるといい。
だがそれは、自分の力で探すんだ」
(∪´ω`)「分かりましたお」
783
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:28:24 ID:K.ug12hY0
(,,'゚ω'゚)「俺には、丁度お前ぐらいの息子がいてな。
できれば、死んでほしくない。
厳しい事を言うようだが、ここはイルトリアで、力だけがルールを変え、力が全てを変える時代だ。
一度吠えたなら、最後までやって見せろよ、ブーン」
(∪´ω`)゛
頷くと、男は不器用な笑顔を浮かべた。
(,,'゚ω'゚)「……俺の、おじさんがな、お前に礼を言っていたよ」
(∪´ω`)「おじさん?」
(,,'゚ω'゚)「ディートリッヒ・カルマっておじさんさ。
あんなに笑う人だって、初めて知ったよ」
(∪´ω`)「お! ディートリッヒさん!」
(,,'゚ω'゚)「また会って、美味いステーキを焼いて食わせたいって言ってたよ。
さぁ、ブーン。
俺はここの鍵をかけたりするから、お前は街に行って、自分にできることを探すといい。
怖かったり、危なかったらこの基地に戻って来ればいいさ。
この基地にいた連中はほとんど排除したから、街よりは安全だ」
(∪´ω`)゛「分かりましたお」
ブーンは来た道を戻り、入り口の前に停めていたディ――タイヤは地上用のそれに交換済み――のエンジンを始動させる。
骨伝導式のインカムを通じてディに語りかけた。
(∪´ω`)「ディ、一緒に来てほしいお」
(#゚;;-゚)『……よく考えましたか?』
少しためらいがちに、ディが答える。
(∪´ω`)「うん。 僕はまだ知らないことが多いお」
(#゚;;-゚)『戦場で学べることもありますが、生きて戦場の外でしか学べないこともあります。
無理に戦場を駆ける必要はありませんよ』
(∪´ω`)「分かってるお。
でも、今しか分からないことも、今しかできないこともあるお」
(#゚;;-゚)『……非合理的な判断ですね。
ですが、友人として、手を貸しましょう。
危険だと判断した場合、即座にここに帰ってきます。
それが条件です』
(∪´ω`)「ありがとう、ディ」
784
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:29:10 ID:K.ug12hY0
(#゚;;-゚)『どういたしまして、ブーン』
ディに跨り、ハンドルを握る。
しがみつく様にタンクを脚で挟むと、ディがゆっくりと走り始める。
銃声と爆音が相変わらず鳴り響く街。
炎でオレンジと黒に染め上げられた街並みは、不気味な姿そのものだった。
(#゚;;-゚)『何か目星は?』
激しい防衛戦の影響で明かりを失ったイルトリア軍基地の敷地内は、幸いなことに戦闘が起こっておらず、一見すれば安全な状態だった。
しかし一度敷地の外に出れば、待っているのは紛うことなき戦場だ。
その戦場を何の目的も、目標もなく動くのは自殺行為だ。
何かをしたいと願い、思うことは自由だ。
だが、行動には常に責任が生じる。
自分の力だけで何かを成そうとするならば、それは自己責任として己に返ってくる。
無論、ブーンはそれを理解していた。
決して無策でもなければ、自棄になっていたわけでもない。
基地に上陸した時に、抱いた疑問があったのだ。
ディの言葉に、ブーンは、彼女にしか伝わらないであろう言葉を伝えた。
(∪´ω`)「……何か、変な音がするんだお」
(#゚;;-゚)『変な音?』
(∪´ω`)「ここに来た時には聞こえなかったけど、今は聞こえている音だお。
キーンって、音」
それは耳鳴りに近い音だった。
極めて小さく、震えるような音。
爆発音の合間に聞こえてくるその音は、一種の違和感だ。
(#゚;;-゚)『状況の変化、ですね。
……あっ、分かりましたよ。
暗号化された短距離無線通信の電波が出ています。
これは懐かしいですね』
ディがどこか嬉しそうに、そんな答えを出す。
(∪´ω`)「お?」
(#゚;;-゚)『昔は、手紙や電話をまとめたような技術があったのです。
これは、その通信機の基地局が発する音ですね』
(∪´ω`)「……それって、イルトリアの?」
(#゚;;-゚)『いえ、これはあまりにも古く、そして新しすぎる技術です。
間違いなく、敵のものです。
この電波を止められれば、イルトリア側にとって有利になると思いますよ』
785
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:29:39 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「止め方、分からないお……」
機械の取り扱いは、全く練習してこなかった。
出来るのは頼まれた通りにボタンを押す程度。
聞いたこともない複雑な機械を取り扱うなど、どれだけ頑張っても無理だ。
(#゚;;-゚)『簡単です。 撃って、壊せばいいんです』
(∪´ω`)゛「それならできるお」
それならば、ブーンにもできる。
むしろ、それでいいのであれば率先して行えるぐらいだ。
(#゚;;-゚)『電波を発する機械は屋上に設置するのが定石です。
私がブーンを連れて行けるのはビルの前までです。
どうです? やってみますか?』
(∪´ω`)「やるお」
(#゚;;-゚)『では、行きましょう。
丁度、地上に――』
ブーンの感じた悪寒とディの沈黙は、同時だった。
ブーンはディにしがみつき、ディは警告なしで一気に加速して走り出した。
直後、ブーンの頭があった場所を何かが通り過ぎる音。
すでにそれは遥か彼方に過ぎ去り、ディは基地内を疾走する。
(#゚;;-゚)『……銃撃です。
基地内に潜んでいたようですね』
(∪;´ω`)「お」
このまま街中に逃げることも出来る。
だが、それではこの基地が襲われる。
ヒートの遺体がある基地が襲われれば、弔うことが出来なくなる。
そう考えた瞬間、ブーンは今自分が何をすべきかを躊躇いなく決定していた。
両足の力だけでディにしがみつき、懐からベレッタを取り出す。
既に薬室に弾は入っている。
安全装置を解除し、ブーンは覚悟を決めた。
(∪´ω`)「……絶対に、ここで止めるお!!」
(#゚;;-゚)『分かりました。
――搭乗者の生命の危険を感知。
それに伴い、プログラムの書き換えを実行。
遵守事項Aを例外的に凍結。
搭乗者の生命を最優先に行動します』
786
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:30:21 ID:K.ug12hY0
かまぼこ型の建物が並ぶ基地内の路面は、滑らかなアスファルト。
ディが走行するための環境としては、申し分のない状況だ。
少なくとも速度が落ちるようなことはなく、常に高速での移動が可能になる。
運転はディが自動で行うため、ブーンがすることは索敵と攻撃。
目まぐるしく移り変わる景色の中、攻撃の飛んできた方向に視線を向ける。
それは、400メートルは離れた位置にある建物の影だった。
人影らしきものも確認できたため、ブーンはそこに敵がいるのだと判断。
視線と声で、ディに方向を伝える。
(∪´ω`)「見つけたお!!」
(#゚;;-゚)『落ちないように気を付けてください』
加速。
両足に加わる力がより一層増し、風がブーンを吹き飛ばそうとする。
スクリーンが自動で上昇し、ブーンにぶつかる風を極限まで軽減した。
(#゚;;-゚)『狙いを外さないように気を付けて』
そう言うと、ディのライトが全て消える。
街の炎以外に明かりがない今、こちらの位置を示す光がなくなれば、敵の射撃の精度が落ちるはず。
仮に棺桶を使っていたのだとしたら、ディが無事であるはずがない。
むしろ、接近戦に持ち込めば瞬間的な加速力で勝る棺桶に分があるため、何を選んだとしても優位性は向こうにある。
そうしないということは、棺桶がないか、何かそうできない事情があるのだ。
今の今まで隠れ潜んでいるということは攻撃のタイミングを窺い、何かしらの理由でブーンに標的を切り替えたのだ。
その理由を考える間にも、ディが敵に肉薄する。
影の数は少なくとも二種類。
こちらの接近に気づき、物陰に消えるがそれは罠であることは言を俟たない。
しかしそれでも、こちらが逃げるわけにはいかない。
逃げ道を後ろに用意することも可能だが、それでは相手の思う壺。
そうならないためには、逃げ道を自分の前に設けるしかない。
案の定、こちらが接近していることに違和感を覚えたのか、うろたえるような気配を感じる。
バイクに乗った子供が自分たちに向かってくるなど、考えに至らなかったはずだ。
(∪´ω`)「ディ、登れる?」
(#゚;;-゚)『えぇ、登れますよ』
刹那、ディの車高が一段高くなる。
そして、敵の隠れた壁と反対側の壁に前輪が触れた瞬間、まるで巨大な波を乗り越えるような感覚がブーンを襲う。
たまらず左手でハンドルを握る。
(#゚;;-゚)『もうちょっと』
787
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:31:14 ID:K.ug12hY0
その言葉の通り、それは一瞬で終わった。
かまぼこ型の建物の頂上に到達すると、ディはブーンの言葉を待った。
それは僅か1秒にも満たない刹那に等しい時間。
敵がこちらの意図に気づく前に攻撃しなければ、この行動の意味はない。
(∪´ω`)「……10時」
(#゚;;-゚)『気を付けて』
右手で構えるベレッタの銃把を、もう一度握り直す。
これから人を殺すかもしれない。
人を撃つことはあっても、殺したという自覚はまだない。
空の上で人を撃ったが、それでも、ブーンはその末路を見ていない。
しかし、ここからは違う。
明確に人を撃ち、そしてその死を受け入れなければならない。
命を奪い、奪われる覚悟を決めて挑む。
ディがいなければ、その勇気は出なかったことだろう。
(∪´ω`)「いくお」
そして、ディが静音モードに切り替えると同時に加速し、屋根から飛び降りた。
眼下に見えたのは、離れた位置に点在する四人の影。
思っていた二倍の数の敵だったが、それでも、ブーンにできるのは集中することだった。
迷わず、まずは明確に殺す対象を定めること。
上空という優位性を手に入れたブーンは、それを余すことなく活用した。
イルトリア軍人との訓練で、ブーンは三次元的な戦い方を学んだ。
それはデレシアが得意とする戦い方で、屋内にあっても健在だった。
それが屋外、それも、こちらが位置的に優位な場所を有している場合であれば耐性のない人間は成す術もなく屠られる。
空中は逃げ場がなく、必殺を確信しなければ選ぶべきではない位置だというのはよく分かっている。
しかし今は、選ぶべき位置だった。
今、ブーンは必殺を確信していた。
バイクが建物を乗り越え、あまつさえ頭上から降ってくるのだ。
普通であれば考えられない。
考えたとしても、あり得ない、と一笑に付すことだろう。
だからこそ、意味がある。
('(゚∀゚∩「んなっ?!」
届いたのは、狼狽する男の声と匂いだった。
ブーンが銃爪を引いた瞬間、男は驚愕に目を見開いたままその場を飛び退こうとする。
それでも、その反応はあまりにも遅かった。
銃弾は男の太腿を撃ち抜き、足首の真上にディの前輪が着地する。
('(゚∀゚;∩「ぎゃあああああああ!!」
788
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:31:36 ID:K.ug12hY0
骨が砕けた音にかぶさるようにして絶叫が響く。
そして、ディは着地の衝撃を生かし、男の足首を踏み台にして後輪を持ち上げ、容赦なく男の顔に振り下ろした。
そのまま加速し、後輪が男の顔を削る。
今度はブーンが物陰に向かって隠れる番だった。
(#゚;;-゚)『数で不利があり、手数が満足にない場合は一撃離脱が有効です』
(∪;´ω`)「おっ」
ブーンが撃ったのは一発。
ディが与えたのは二発。
実質、三撃離脱ではあったが、一瞬の間にそれだけの攻撃を与えられたのはディがいての事。
こちらが返事をするよりもずっと前に、ディは走り出している。
(#゚;;-゚)『さぁ、次に行きますよ』
(∪´ω`)「お!」
その時、ブーンの耳が声を拾う。
「ハイン、あなたは先に市長を!!」
「ここは我々が抑えておきます。
すぐに追いつくから、さぁ!!」
「……ごめん!!」
男が二人、女が一人。
言葉が正しければ、この状況下で誰かを逃がし、市長の元へと向かわせた。
基地を狙う人間と戦うか、それとも、市長を狙う人間を追うか。
(∪;´ω`)「ど、どっちを……!!」
(#゚;;-゚)『選びなさい、ブーン』
戸惑うブーンに、ディの一喝にも似た一言。
迷っている暇などないのだと、ブーンは気を持ち直す。
(∪;´ω`)「なら、足止めをする人たちを!!」
決断を声に出す。
そして、ディはその場から距離を取るようにして走り出した。
大周りで走りつつ、ブーンの視界が常に敵に向けられるよう、弧を描くようにして移動をする。
敵の位置は常に中心。
後は、距離を詰めていくだけだ。
(#゚;;-゚)『一旦別れましょう』
789
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:32:36 ID:K.ug12hY0
詳しいことは聞かなくても分かる。
このまま戦うことになっても、敵が追うのはブーンというよりも目立つディの姿だ。
一度印象付けられた敵の姿というのは、そう簡単に消えるものではない。
だがこれは、ディを囮に使うのと同じ行為だ。
早々に終わらせなければ、ディが殺されてしまう。
ブーンは少し考え、シートの上で立ち上がった。
立ち上がると、流石にスクリーンでも風を防ぎきれない。
(∪;´ω`)「おっ!!」
ディに跨っていた時とは、まるで感覚が違う。
吹き荒れる風の中、立っているのがやっとだが、ブーンはサイドパニアを掴んでディの後ろに移動する。
自殺行為ともとられそうな行動だが、自分の身を隠しつつ高速で移動するにはこれしかない。
グラブバーを掴み、慎重にかつ素早く体を地面に近づけて行く。
ブーツの踵が地面の上を滑り、ソールが削れていく。
自分自身も十分に加速し、走り出す体制が整う。
(#゚;;-゚)『今』
そのタイミングで、ブーンはグラブバーから手を離した。
無人となったディが疾走する姿が遠ざかるが、ブーンもその後を追従する。
狙うのはブーンを待ち構えている二人だ。
この場合の戦い方は一つだけ。
ディに意識を奪われている相手を、出来る限りすぐに殺すことだ。
不思議と、ブーンは誰かを殺すということが確定した今でも、心が穏やかなままだった。
出来れば殺しはしたくないが、今は、殺すか殺されるかの瀬戸際なのだ。
そう思うと、躊躇う必要がどこにもない事に気が付く。
姿勢を低く、かつ出来る限りの前傾姿勢。
卓越した体幹と各関節の柔らかさが実現した、ある種、人類が到達できなかった異次元の走り。
|(●), 、(●)、|「来たぞっ!!」
(//‰゚)「そう何度も……って、いな――」
――ブーンの姿は、ディよりも数秒遅れて男たちの前に現れていた。
(∪´ω`)
姿勢を低くしながら滑り込みつつも、構えは両手。
照門と照星を覗き込み、だが、全体的な視界は相手にだけ集中しないように広めに確保。
呼吸の度に上下に揺れる照準の感覚を把握し、タイミングを掌握。
相手の装備を目視し、ボディアーマーを避けるために頭部に狙いを定める。
790
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:35:32 ID:K.ug12hY0
呼吸も、走る速度も変えずに。
ただ、確実に撃ち殺すために。
ただ、効率よく命を奪うために。
ブーンは殺意を込めて銃爪を引いた。
(//‰゚)「ごっ……ふ……」
銃弾は男の喉を貫いた。
血を吐き出し、男が膝を突く。
二発目の銃弾が、もう一人の男の頬を撃ち抜く。
|(●), 、(●)、|「にぎゃっ……!!」
三発目は男の胸部を貫くも、命を奪うまでには至らない。
恐らくは肺を貫いただろう。
続く四発目は焦ったせいで腹部を抉り、五発目に至っては肩に命中した。
ここまでにかかった時間は僅かに2秒だったが、体感はその十倍以上だった。
最後の一人をこのまま放置すれば、ほどなく死ぬのは心音から明らかだった。
自分が息を止めていることに気づき、六発目を撃つ前にその場で立ち上がって肩で息をする。
(∪;´ω`)「はぁっ……はあっ……!!」
緊張で呼吸が乱れたブーンの前に、ディが停まる。
(#゚;;-゚)『さぁ、もう一人を追いますよ』
(∪;´ω`)「うん!!」
二人の命がどうなったのか、ブーンは見届けることはしなかった。
恐らくはこのまま死に絶えるのだろう。
しかし、それは些事だ。
今は、市長を狙うもう一人を追う必要があった。
イルトリアを束ねる市長、フサ・エクスプローラーが死ねば、この戦争は圧倒的不利になる。
それだけは断言できる。
(∪´ω`)「探そう!!」
ディに飛び乗り、すぐに走り出す。
逃げ出していた女は、すぐに見つかった。
銀髪を風になびかせ、ディを気にした様子はまるでない。
だが突如として立ち止まり、腰から煌めく何かを抜き放った。
(#゚;;-゚)『おや』
从 ゚∀从「ちっ」
791
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:36:56 ID:K.ug12hY0
振り向きざまに抜き放ったのは、まるで紙のように薄い刀。
刃がブーンのすぐ目の前を通り過ぎ、前髪を数本切り裂く。
車体を横倒しにするほどバンクさせていなければ、ブーンの首が切断されていたことだろう。
ブレーキ痕が残る程の急静動でディが停車し、即時反転させたのは機械だからこそできた判断だ。
これが人間であれば、反応は間に合わずに終わっていたはずだ。
ディは即座に距離を取りつつ、女の次の動きに合わせて位置を変えていく。
飛び道具の類があっても、それを回避できるだけの余裕を持ちつつも、エンジンを吹かして威圧感を与える。
それはまるで獣の唸り声だった。
(∪;´ω`)「……どこかで、あの人」
从 ゚∀从「んだよ、耳付きの糞ガキかよ!!」
つまらなそうにそう吐き捨て、女は手に持っていた刀を捨てた。
从 ゚∀从「死ね」
刹那、ブーンが発砲するのと女が懐から拳銃を取り出すのは同時。
命運を分けたのは技量と経験の差だった。
ブーンの銃弾は女の耳を掠めたが、女の銃弾は精確にブーンの顔に向けて放たれていた。
こちらに対する殺意と銃腔の向きを見極めていたブーンは、それを紙一重で避けた。
だが、無理な姿勢で回避したことによってディから落ちてしまう。
落下のダメージを軽減するために転がり、すぐに立ち上がろうと地面に手をつくも、全身の激痛に動きが僅かにだが鈍る。
その背に二発目の銃弾が放たれる前に、ディが女に突進していた。
从;゚∀从「んだこいつ!!」
銃弾がカウルに命中するも、ディの速度は落ちない。
人間や生物と違って痛覚がそもそも存在しないため、飛び石が当たった程度の認識なのだろう。
ディの突進を寸前のところで回避し、女は苛立たしそうにディを狙って拳銃の銃爪を引いていく。
だが人間の動体視力で追いきれない程の速度と翻弄するような動きで、銃弾は空しく暗闇に消えて行った。
その隙を狙い、ブーンは射撃を敢行する。
从;゚∀从「うっぜぇなあ!!」
しかし、こちらの殺気を悟られたのか、銃腔の先から巧みに体を反らして銃弾を回避。
体のバランスが悪いのか、どこか人形じみた動きをしている。
それでも、極めて柔軟に体を動かしての回避行動は持って生まれた運動神経の高さを示している。
从 ゚∀从「犬コロが!!」
(∪´ω`)「!!」
再び銃腔が向けられる。
その動きの中で、ブーンが注目したのは目の動き、指の動き、腕の動き。
全身が次の動きを物語ることを、ブーンは良く分かっている。
そこに殺意という拭いようのない香辛料が振りかけられれば、発砲よりも先に動くことができる。
792
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:37:18 ID:K.ug12hY0
発砲炎を目視するよりも先に、ブーンは即応していた。
从;゚∀从「なっ!?」
地を這うほどの低い姿勢からの加速。
そして狙ったのは、近接戦だった。
互いに手を伸ばせば届く距離にまで接近し、ブーンは拳銃を体に密着させるようにして構えたまま連続で三発撃つ。
胴体に命中するが、甲高い金属音が鳴り響く。
从;゚∀从「ガキがっ……!!」
(∪;´ω`)「おっ!!」
強化外骨格の装甲さえ撃ち抜ける銃弾だが、女の身に着けているボディアーマーはそれを防いだ。
相当に分厚い金属板が仕込まれているのだろう。
しかしそれでも、衝撃を殺すことはできない。
バランスを崩してたたらを踏み、怒りにまかせた回し蹴りがブーンを襲う。
仰け反り、それを避ける。
続いて銃床が振り下ろされるが、バックステップで十分に距離を取って回避しつつ、銃爪を引く。
今度は足を狙った。
从;゚∀从「無礼るなよ!!」
まるでそう来るのが分かっていたかのように、女は身をよじり、回避した。
予期していたとしても、この至近距離での回避は至難の業だ。
一歩間違えれば間違いなく大怪我に繋がる状況で、確信を持って行動したのは経験値の高さを物語る。
ブーンの拳銃は全弾を撃ち切ったために遊底が完全に後退し、ロックがかかる。
(∪;´ω`)「くぅっ……!!」
手に感じた衝撃に、反射的に焦りが生まれる。
从 ゚∀从「邪魔してんじゃねぇ!!」
銃腔がブーンを向く。
同時にブーンに向けられた殺意の籠った目線は、まるで蛇のそれ。
だが、僅かに銃腔はブーンの顔からずれていることに気づいた。
疲労か、焦りか、それともこの暗さと雨が影響しているのか。
いずれにしても、この好機を逃すわけにはいかない。
だが弾倉を交換している時間はない。
近接戦で制圧するには技量に圧倒的な差がある。
それでも、やるしかない。
戦うと決めたのだ。
殺し合うことを受け入れたのだ。
どれだけの困難が目の前に立ちはだかろうとも、前に進むことを決めたのだ。
ならば、ブーンは前に進むためだけにやるべきことをやるだけなのだ。
793
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:37:48 ID:K.ug12hY0
黒い雨が睫毛からしたたり落ちる。
もっと。
もっと、意識を集中させ、全身に血液が駆け巡るのを感じ取る。
体の末端まで感覚を掌握し、そして、その結果として得るのは並外れた動体視力と洞察力。
それた銃腔と相手の視線の乖離を、見逃すことはなかった。
こちらが相手の動きを観察していることを察したらしく、フェイントを交えているのだ。
降り注ぐ雨の一粒を視認できるほどの濃密な時間の中、ブーンの体は、だがしかし機敏に動いていた。
四肢に独立した思考が存在するかのように、頭ではなく体が次の行動を理解している。
拳銃を左手の甲で横に逸らした直後、耳のすぐそばで発砲される。
爆発音にも等しい銃声に、本能が目を閉じさせようとする。
それを無視し、ブーンは更に一歩詰め寄ってヒートから教わった必殺の攻撃を敢行する。
曰く、女子供の護身術。
曰く、非力な者が持つ槍。
曰く、年齢と性別を超越した最高の打撃技。
从;゚∀从「いづっ!?」
全体重と勢いを乗せて放ったのは、踵による一撃だ。
足の甲に向けて放った一撃は、骨が折れる音が示す通り、確かに女にダメージを与えた。
更にブーンは、片手で弾倉を排出。
女の足の上で体を捻りながら脛に回し蹴りを当てた。
再び、骨が折れる音が聞こえた。
从;゚∀从「ごっ!! こ、いつっがあああ!!」
軸足を失った女が怒りに身を任せて腕を振るも、地面という支えを失った状態で放つ攻撃は先ほどまでと違って精彩を欠いている。
避けたまま、もう一方の足首目掛けて踵を落とす。
絶叫がブーンの耳をつんざくが、女は意外なことに倒れなかった。
瞠目するブーンの横面を、硬い銃床が強かに殴りつける――
(#゚;;-゚)『駄目です』
――その刹那。
横合いから一瞬にして加速したディが女を跳ね飛ばし、ブーンを庇うような位置を取る。
優に10メートルは吹き飛んだ女がうめき声を上げる。
从;゚∀从「く……そが……」
一瞬だけ呆気にとられたが、ブーンは落ち着いて新たな弾倉を装填する。
遊底を引き、初弾を薬室へと送り込む。
ディに跳ね飛ばされた女は、それでも立ち上がり、殺意をブーンへと向けてくる。
ベレッタを構え、狙い撃とうとした、その時。
「悪いが、そいつは俺が殺す」
背後から聞こえたのは、ブーンの知る男の声。
794
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:38:23 ID:K.ug12hY0
ミ,,゚Д゚彡
イルトリア市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーだ。
雨で濡れた地面を踏みしめ、大股で女に近づいていく。
その背にある巨大なコンテナは、これまでに見てきたどのCクラスの棺桶のそれよりも大きい。
移動を補助するキャスターのタイヤが通常の倍以上の太さがあることから、その重さはブーンの想像を軽く超えることだろう。
だというのに、フサはそのキャスターを使うことなく棺桶を背負い、悠々と歩いている。
ミ,,゚Д゚彡「イルトリアへようこそ、虫螻。
喜べ、お前は今日、ここで死ぬ」
从;゚∀从「フ……サぁ……!!」
その瞬間の女の声は、とても人のそれとは思えない程の怒気を孕み、殺意を纏っていた。
漂わせる匂いも、ただの暴力的な感情一色に染まる。
これだけの雨の中でも、女が放つ凶悪な匂いには僅かな恐れの色が滲んでいた。
从#゚∀从「フサ……エクスプローラーぁぁぁぁあああああああああ!!」
骨とは、人間の体を支える唯一無二の存在だ。
折れれば当然、その個所を支えることは物理的に不可能になる。
だというのに、女は折れた足で走り出していた。
手に持った拳銃を連射しながら、そして、叫びながら。
鬼気迫る様子に、ブーンは思わずたじろぐ。
人はここまで狂気に染まることができるのかと、恐れを抱かざるを得ない。
しかしフサは動じない。
女の動きを見定め、静かに女の下顎を蹴り上げ、回し蹴りが側頭部を直撃。
地面に頭を叩きつけられた女は何事かを口から呟こうとしたが、容赦なく頭部に降ろされた踵が、その全てを奪い取った。
その直前に、ブーンの目には女が笑みを浮かべた様に見えたが、踏み潰された頭はその表情の名残の一つも残さなかった。
ミ,,゚Д゚彡「……こいつ!!」
そしてそれは、直後に起こった。
女の体が一瞬だけ膨らんだかと思うと、血肉と臓物をまき散らして爆発したのだ。
文字通り血煙と化した女の肉片に混じり、白い骨も飛散する。
ブーンは咄嗟に爆発に対して背を向けて自分を守ったために、女の目の前にいたフサがどうなったのかは分からない。
不思議と爆風がブーンの傍を通り過ぎただけで、何か痛みを感じることはなかった。
ただ、血や臓物の類がローブに付着した感触だけはあった。
恐る恐る振り返ると、そこにはコンテナで背を守ったフサがいた。
そして更に、ブーンの前にはディが停まっていた。
ミ,,゚Д゚彡「まぁ、そう来るだろうな」
795
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:39:38 ID:K.ug12hY0
以前に何度も見たことがあるコンテナの使い方。
盾として十二分な厚みと頑丈さを持つコンテナであれば、ある程度の爆発でも使用者を守ることができる。
呆気にとられるブーンに近づき、フサは何事もなかったかのように手を伸ばした。
ミ,,゚Д゚彡「怪我は?」
ゴツゴツとした、まるで岩の様な硬さと武骨さを持つその手を取り、ブーンは立ち上がる。
(∪;´ω`)「大丈夫ですお!」
ミ,,゚Д゚彡「ディ、お前は?」
その問いかけに対して、ディが淡々と報告を行う。
(#゚;;-゚)『フロントフォーク、ホイール周辺に歪みが。
人間程度であれば歪むことはないと思っていたのですが。
ブーン、彼にそう伝えてもらえますか?』
ディの言葉をブーンがそのまま伝えると、フサは溜息を吐いて答えた。
ミ,,゚Д゚彡「あの女は体のほとんどが人工的な物に置き換わっているからな。
自爆する時には自家製のクレイモアになるって寸法だったわけだ」
(∪´ω`)「クレイモア?」
ミ,,゚Д゚彡「対人地雷だ。 まぁ、簡単に言うと破片をまき散らす爆弾だ。
ディ、走れるか?」
(#゚;;-゚)『不可能ではありませんが、走行に支障が出ています。
歪みが生じている個所のパーツ交換を願います』
言われるまでもなくその言葉をフサに伝えると、僅かに眉を顰めた。
それはまるで、痛い所を突かれたと言った風な反応だった。
ミ,,゚Д゚彡「今のところは基地と街の防衛で手いっぱいでな。
基地内にエンジニアはもう残ってないんだ。
倉庫で待っていてくれるか?」
(#゚;;-゚)『……分かりました。
ブーン、無線はつないだままにして下さい。
イルトリアの街中であれば、会話が出来ます』
足の速さが失われるのは手痛いが、それでも、一人でないと思えるだけでも十分だ。
積極的な戦闘ではなく、目標物の無力化が目的であるために行動ならば、一人でも進むことができる。
ミ,,゚Д゚彡「何て言っている?」
(∪´ω`)「分かった、って言っていますお」
ミ,,゚Д゚彡「合理的な判断だ。 ブーンはこの後どうするんだ?」
796
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:40:41 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「通信機の中継局? だっけ?」
(#゚;;-゚)『えぇ、それで通じます』
(∪´ω`)「それを壊しますお」
ミ,,゚Д゚彡「そんなもんを用意されていたのか。
道理で連携が異常なわけだ」
(∪´ω`)「でも、危なくなったらここに戻ってきますお」
ミ,,゚Д゚彡「それがいい。 この基地は必ずしも安全じゃない。
一応、消毒はすぐに済んだがさっきみたいに潜んでいる可能性もある」
だが、とフサは一呼吸おいて続ける。
ミ,,゚Д゚彡「ヒートの眠っているあの安置所は、絶対に手を出させない。
俺が保証する」
(∪´ω`)゛「ありがとうございますお」
ミ,,゚Д゚彡「いいか、この街中がお前の味方だ。
お前は恐れず、お前のやるべきことをやればいい」
その言葉に、ブーンは僅かながら違和感を抱いた。
街中が、というのはどういうことだろうか。
何かの比喩か、それとも別の意味があるのだろうか。
それを察したのか、フサが不器用な笑みを浮かべて言った。
ミ,,゚Д゚彡「ペニサスのばーさんの教え子、ディートリッヒの友人、そんでもってデレシアの仲間ときたら、そりゃ誰だってお前の味方だ。
誰よりも優先してお前の手助けをしてくれるさ。
……無理だけはするなよ」
(∪´ω`)゛
無言で頷き、そして、ブーンは導かれるようにして走り出す。
理屈は分からないが、理由は分かる。
今は動き続けるしかない。
ヒートを失ってもなお、ブーンは動かなければならない。
797
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:41:42 ID:K.ug12hY0
動き続けなければ、涙が溢れ出てきてしまうのだ。
それでは、ヒートの想いに報いることが出来ないからこそ、動く。
走る。
疾駆する。
そして、戦うのだ。
自分に与えられた戦場を。
自分だけの人生を。
自分のための人生を。
――愛の意味を知る為に。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一歩が小さくとも。
その手が小さくとも。
人は、それでも前に進む生き物なのだ。
――ハリー・“サンダーボルト”・コメット
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ニダー・スベヌがその異変に気づくのに、そう時間は必要なかった。
それまで円滑に共有されていた情報に明らかなラグが生じており、共有されている情報の一部が消えていた。
異変の正体はタブレット上にあった中継点と思わしき黄色い光点が消えていることに関係があるのだと、すぐに分かった。
これで、ニダーが想定していた光点の色分けの意味が正しかったことが分かった。
同時に、これは友軍の誰かがニダーと同じようにこの戦闘における不自然さに気づき、行動しているということも分かった。
<ヽ`∀´>「誰かが中継点を潰しているニダか?」
中継点が失われることで、タブレットが強みとしている連携力が弱まるのは良い。
だが、このままでは重要なタブレットを所有する要人を探すことが出来なくなり、情報を引き出すための機会が失われてしまう。
残された青い光点は一つだけ。
どうにか友軍に合流し、その光点を仕留める前に連携することが出来ればいいのだが。
既にニダーは自らが得た情報を軍と共有し、市街戦での攻勢が逆転しつつある。
それでも、物量による追い込みが激しい事には変わりがない。
気を抜けば即座に瓦解するような危うさの中、ニダーは既に消えた他の反応に関して思案を巡らせていた。
棺桶を装着した敵兵に対し、イルトリア兵はほとんど生身の状態で応戦している。
確かに彼らはそれでも応戦で来ているが、まるで、何かを待っているかのようだった。
大通りで車を遮蔽物にしつつ撃ち合いをする陸軍と合流した時、ニダーはその違和感を抱いたまま戦闘に参加していた。
光点を頼りに指示をしたことにより、軍の射撃制度は抜群に向上していた。
隠れた敵兵に対して榴弾を撃ち込み、出てきたところを狙い撃ちにする。
その間に接近した別動隊が排除し、徐々にそれぞれの区間や建物を消毒して回っている。
彼らが正式採用しているソルダットがほとんど見受けられないのは、あまりにも奇妙な光景だ。
それから推測できる理由は一つだけ。
798
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:42:04 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……どうしてここまで招き入れたニダ?」
あらゆる可能性を考慮した結果、ニダーはイルトリア陸軍大将“左の大鎚”トソン・エディ・バウアーに向かってそう尋ねたのであった。
(゚、゚トソン「どうして? と聞いている場合ですか、花屋。
お花の配達はいいのですか?」
<ヽ`∀´>「残り一人になっちゃったニダ。
そっちの作戦次第では諦めるニダ」
(゚、゚トソン「ふむ。 まぁ、いいでしょう。
我々は今、侵入者を挟撃しています。
必要だったのは、連中が全ての手札を切ること。
出し切ったのであれば、後はそれを全て挟み潰すだけです」
防弾着を着こむ彼女もまた、ライフルを構えて銃爪を引く。
本来、大将という存在は後方から指示を出す存在だ。
だというのに、彼女は率先して最前線で敵に対して攻撃し、己の姿を晒しながら指示を出している。
(゚、゚トソン「陸なり海なり空なり、どこから攻め込んで来ようともイルトリアは陸の街です。
ならば、陸軍が負ける道理がありません。
一度陸に足を踏み出した人間は、奥へ奥へと勝手に進みます。
その先に要人がいるという情報があれば、なおさらです。
そうして引き返せない地点にまで敵を誘い込み、後は――」
<ヽ`∀´>「海軍との挟撃ニダか?」
沖合での防衛にあえて失敗したと思わせ、敵を内地へと誘い込み、機を見て反転。
敵にとっては、攻め入っているつもりが一瞬で包囲されるという状況に転じる。
しかしトソンは表情一つ変えずにそれを否定した。
(゚、゚トソン「まさか。 海軍は呼び水程度です。
我々、イルトリア人が総出で挟撃し、圧殺するのですよ」
――その言葉の直後。
街の至る所から無数の照明弾、信号弾が打ち上げられた。
その光景はまるで花火の様だった。
ゆっくりと落ちてくる照明弾が燃え尽きる前に新たな照明弾が打ち上がり、夕方程度の明るさが街に戻ってくる。
散発的だった銃声が徐々に大きくなり、数が増えていく。
(゚、゚トソン「ここは、武人の都。
街にいる誰もが戦いを心得ています。
広範囲での挟撃では取り逃がす可能性があります。
穴に誘い込み、潰す方が簡単で確実ですから」
<ヽ`∀´>「……なるほど」
799
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:42:44 ID:K.ug12hY0
(゚、゚トソン「敵の武装も技量も、そして連携の秘密も分かりました。
我々はこれより攻勢に転じ、陸からの増援が到着する前に敵を撃滅します」
大型のコンテナを背負い、トソンはこれで会話は終わりだとばかりに歩き出す。
その背に向かい、ニダーは冗談じみた声色で小さく問いかける。
<ヽ`∀´>「勝算は?」
(゚、゚トソン「負ける要素がありません」
イルトリア陸軍、そして市民が一気に反撃を開始したのを見届け、ニダーは自らの戦いを再開することにした。
敵の優位性がほとんど崩れていることは否めないが、設置されている情報端末の中継点の破壊は早急に行うべきだろう。
今は各タブレットを繋ぐものとして使われているが、それが増援の敵兵に対して何か有益な力を持っているかは分からない。
無力化させるのは必然の事だが、正直、それを一般市民やイルトリア軍に任せるのはあまりにも勿体ない話だ。
彼らの強みである連携力と個々の経験値は、ニダーが代わりにどうこうできるものではない。
情報共有が済んだ以上、徹底してサポートに回るのが今の彼には求められている。
タブレットを見ながら、黄色の光点を潰すために走り出す。
<ヽ`∀´>「さて、どこの誰が……」
と、言ったところで新たに光点が消える。
すぐ近くの光点だっただけに、ニダーはその場所に急いだ。
建物の屋上であることは間違いないだろう。
トソンからもらい受けた簡易偵察用脚力強化外骨格のスイッチを入れ、ニダーは建物の壁につま先を突き刺しながら壁面を登った。
屋上への登頂を成功させたニダーが見たのは、小さな少年の姿だった。
ライフルが背に回っていることもあり、ニダーはその光景に即応できなかった。
(∪´ω`)「お?」
耳付きの少年は、まるで動じた様子もなく拳銃を構えてニダーを待っていた。
壁を登ってきた音に反応して構えていたのだろうが、彼を驚愕させたのは、少年が銃爪を引かなかったことだ。
この状況下でまともな神経を持つ軍人であっても、反射的に撃ってきたことだろう。
しかし、少年は撃たなかった。
こちらが友軍と分かっていたのだろうか。
もしくは、屋上に現れた瞬間にこちらの服装から味方と判断したのか。
いずれにしても、ただの少年ではない。
少年兵の類をイルトリア軍が採用しているということは聞いたことがない。
しかし、ビーストという部隊が存在する以上は何があっても不思議ではない。
知りたがりの悪癖が、ニダーの口を開かせた。
<ヽ`∀´>「どうしてウリを撃たないニダ?」
(∪´ω`)「……ロマさんの匂いがしましたお」
<ヽ`∀´>「ロマさん?」
800
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:43:14 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)゛「ロマさん」
ロマ、と言えばイルトリアの前市長、ロマネスク・オールデンの事だろう。
しかし、このような少年がロマネスクと知り合いとは考えにくかった。
陸軍にいる知り合いなのだろう。
<ヽ`∀´>「……そうニダか」
だが少年は、ニダーが敵意を向けていないというのに、銃を降ろそうとはしなかった。
油断のない性格をしているのだろう。
<ヽ`∀´>「ウリはニダー、ニダー・スベヌ。
ジュスティアからここに手伝いに来たニダ。
なぁ、さっきから何か壊して回っているニダね?
その手伝いに来たニダ」
(∪´ω`)「分かりましたお」
<ヽ`∀´>「どうしたら銃を降ろしてくれ――」
次の瞬間、少年の銃が火を噴いた。
放たれた銃弾はニダーの顔の傍を通り、背後の闇へと消える。
正確には、背後からこちらの様子を窺っていた敵棺桶のヘルメットを狙って放たれた銃弾。
『糞!! ボビーが撃たれた!!』
ニダーはほとんど条件反射で、少年の方に向けて走り出していた。
横を通り過ぎ、遮蔽物に身を隠す。
その間に、少年は数発ずつ牽制の銃弾を放ちつつ、ゆっくりと後退してニダーの傍にまで来る。
ある意味で訓練通り、そして初々しい対応だ。
(∪´ω`)「手伝ってくれますかお?」
隣にやってきた少年がそう尋ねてきたことに、ニダーは僅かだが虚を突かれた思いだった。
この少年の気持ちが分からない。
人の気持ちについてはかなり理解のある方だと考えていたのだが、まるで読み切れない。
疑っているのかと思えば、手のひらを一瞬で返す。
それでいて油断なく周囲に目を向け、適切な対処ができる。
何なのだろうか。
耳付きという人種に対して、ニダー個人としてはあまり気にしたことはないが、こうして近い距離で話す機会はあまりなかった。
ジュスティアにおいてもそうだが、基本的にほとんどの地域で耳付きは差別の対象となっている。
奴隷として売られ、玩具として売られ、そして消耗品として捨てられる。
それが、耳付きという人種に対する世間一般の反応だ。
例外はイルトリアぐらいなものだろう。
そういった背景を考えれば、少年がニダーに対して銃腔を向けるのは決して不自然な話ではない。
801
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:43:56 ID:K.ug12hY0
彼等にとって、人間は自分たちを傷つける存在なのだ。
イルトリア人であればそうではないだろうが、見るからにイルトリア軍でもないニダーであれば、どのような対応をされるのか分からない。
分からないからこそ、敵意を向けられる前に殺意を持って反応するのだろう。
しかし彼はそうではないようだった。
<ヽ`∀´>「あぁ、手を貸すニダ。
君は何をどうすればいいのか分かっているニダ?」
(∪´ω`)゛「お。 変な音のする箱を止めるお」
<ヽ`∀´>「そりゃ奇遇ニダ。 ウリも、その箱を止めに来たニダ。
ウリはその箱がどこにあるのか分かるニダ。
二人でやれば、作業がスムーズにいくニダよ」
(∪´ω`)゛「分かりましたお」
<ヽ`∀´>「それで、君の名前を知りたいニダ」
(∪´ω`)「ブーン、ですお」
小さな手と血まみれの手が握手を交わす。
同等の目的の為に。
対等な力で。
<ヽ`∀´>「よろしくお願いするニダ、ブーン」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
生きた証を残すのなら、カメラ以上の物は存在しない。
それを撮影した人。
そして、撮影された人の人生を切り取るのだから。
――とあるカメラメーカーの広告より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ニダーとブーンが共同で作戦を開始した頃、アサピー・ポストマンはカメラの持つ魔力に魅入られていた。
それはジャーナリストとして、そしてカメラを持つ者としては抗えない魔力だった。
カメラ越しであれば自分が傍観者として全てを見ることができ、記録することができる、という錯覚。
銃弾さえも自分を避けるのではないかという、あまりにも身勝手な錯覚。
(-@∀@)「ふぅ……ふぅ……」
つ【::◎:】
まるで奇妙な流星群のように、頭上に輝く照明弾。
いくつもの恒星が現れ、そして街並みを照らし出す。
空を除けばほとんど真昼の様な、あるいは、満月の夜の様な白と黒の世界が広がる。
夢中でシャッターを切る中、イルトリア人が一斉に攻勢に転じたことにいち早く気が付き、アサピーは今しか撮れない写真があると焦り始めた。
802
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:44:18 ID:K.ug12hY0
駆ける軍人。
負傷者を運ぶ民間人。
地面に広がる血溜まり。
薬莢の煌めき。
銃声、爆発音を主とした破壊音が街中に広がる。
ジュスティアやニョルロックと言った大都市と比肩しても遜色のない近代的建造物の街並みが、炎と照明弾で不気味な表情を見せている。
全てが幻想的。
全てが退廃的。
その全てをカメラに収め、それでも飽き足らず、アサピーは戦いの場所へと進む。
もう、足を止めたりする気持ちはなくなっていた。
恐怖は依然としてあったが、自分の撮影したものが最終的に世に残されるのであれば、ここで戦う価値があると分かっているのだ。
(-@∀@)「……数だけなのかな」
それは、撮影していてふとアサピーの中に浮かんだ純粋な疑問だった。
イルトリア相手に物量で襲い掛かるというのは、技量の足りない人間であれば誰もが考えつく方法だ。
一般的な軍隊の戦闘能力についてアサピーは熟知しているわけではないが、それでも、ジュスティアとの拮抗状態が何よりも雄弁にその力を示している。
長年その手段が取られてこなかったということは、やはりそれでは通じないということがどこかで分かっていたのだろう。
仮に、今回の敵が数と質を兼ね備えていたとしても、イルトリアを相手取って十分な程のものなのだろうか。
その質とはどれだけ高い物で、どれだけの力があるのだろうか。
ジュスティアを上回るのだろうか。
それとも、何か絶対の自信を持った戦術、あるいは戦略があるのだろうか。
ゆっくりと歩きながら、アサピーは思考を巡らせる。
もしも自分が攻め込む側であれば、勝算のない戦いは絶対にしない。
物量による制圧は囮。
その陰で、敵の最も嫌うことをするのが定石だ。
例えば、指揮官や司令部を直接叩き潰す斬首戦術。
例えば、外部からの絶え間ない増援による物量での圧倒。
もしくは。
もっと別の目的から目をそらさせるための作戦。
(-@∀@)「でも何だろう」
結局は彼の頭の中にある想像でしかない。
何かそういった噂を聞いたわけでもなければ、そういった情報を持っているわけでもない。
だが、このイルトリアとジュスティアに対する戦争の方法があまりにも分かりやすすぎた。
長い間の準備期間を経て、その結論が物量による全面戦争。
意外性という点では確かにあるが、イルトリア相手に本当に正面からの数字で圧倒できると考えたのだろうか。
アサピー程度の人間に分かることであれば、きっと他の人間にも分かることだ。
この戦争は複数の層に分かれており、見る人間、関わる人間によってその姿を変えるのではないだろうか。
今彼にできるのは、その一片を写真に収めることだけだ。
その一枚が、複数の真実を秘めているとしても、それを見つけ出すのはアサピーではないかもしれない。
803
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:44:39 ID:K.ug12hY0
(-@∀@)「でも……」
それでも、と欲望が心のどこからか湧いて出てくる。
この戦場で撮影すべき写真は、今のままの状態では撮れない。
何故かそれが確信できていた。
戦場の中心から心が離れているという不純な気持ちが、何よりそう思わせているのだ。
まるで誘蛾灯に群がる虫のように、アサピーの目は激しく燃える街の中心へと向かう。
銃声の大きな方に向かう。
足を止めることだけは、どうしても出来ない。
迷いや疑念を捨て去り、湧き出てきた思いを踏み潰すようにして歩く。
(-@∀@)「今しか」
そう。
今しか、ないのだ。
ここに今生きる彼にしか撮れない写真がある。
いつだってカメラマンは、そこにあるものしか撮影できない。
カメラのレンズにも左右されるが、目に見えている全ての撮影すらできない。
真実に近づいたカメラマンだけが、それを撮影する権利を得られるのだ。
(-@∀@)「今だけしか!!」
銃声は獣の咆哮と同じだ。
警告、殺意の現れ。
人間が本能的に回避する空間。
武器も、身を守るだけの技術もない人間が向かおうとは思うことのない領域。
純粋な好奇心が。
純粋な生存本能を押し殺し、アサピーを死地へと連れて行く。
止まれない。
止まらない。
カメラがライフルであれば、アサピーの姿は中々に様になったことだろう。
しかし彼が持つのは、どう見てもカメラだ。
戦場で一時間以上も生きていられるのが不思議極まりない状況なのだが、彼は確かにカメラだけでこの戦場を生き延びている。
そしてそのカメラが撮影したのは、彼にとって敵味方関係なく、ただ己の信念の為に戦う人間達の姿だった。
暗がりの中から奇襲を試みるジョン・ドゥ。
倒れた味方を引きずるイルトリア軍人。
燃える車の中にあるぬいぐるみ。
もう、戻ることのない日常の断片。
それを後世に残すことができるのは、カメラマンだけ。
戦場において最も愚かな人種である彼らだけが、誰にも見られることのない戦争と日常の境界線を世に発信できるのだ。
(-@∀@)「僕だけが!!」
804
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:06 ID:K.ug12hY0
――もしもこの時。
アサピーにもう少しだけ、自分を客観的に見る力と周囲の思考を慮る力があれば気づくことが出来ただろう。
彼は決して、運が良かったから今まで生き残れていたわけではないということに。
言わずもがな、イルトリア軍の援護があったからでもない。
殺されそうになる場面は、彼の知らぬところで何度も起きていた。
遠方からの狙撃。
物陰からの襲撃。
そのいずれも、他ならぬ彼自身の力によって未然に防がれていたのだ。
敵味方の区別も。
善悪の区別も。
そうした全ての境界線を無視し、ただ平等に戦争の一場面を切り取ろうとする真摯な姿を見て、自然と銃腔が彼を避けていたのである。
情報を得ていないイルトリア市民、ティンバーランドの兵士からも戦場にいる一匹の鳥のように認識されていたのだと、彼が知る由はない。
カメラがなければ。
銃腔を向けられていながらもカメラを手放さず、撮影を止めない姿勢を見せていなければ。
アサピーは戦場で10分と生き延びることはできなかっただろう。
彼は走り続け、撮影し続けることで生き延びることが許されていた。
一瞬でも彼がカメラを手放したり、命惜しさに逃げ出そうとしていればその背中はたちまちの内に穴だらけになったことだろう。
誰の味方でもなく、誰のためでもなく。
ただ、自分が納得のいく記録を残すために、アサピーは戦場の中心へと導かれる。
イルトリアが企てた作戦に誘導されるティンバーランド軍と同じように、中へ中へと進む。
引き返すことなど、頭にはない。
そして最前線。
戦場の最深部に導かれたのは、街中に散っていたティンバーランドの兵士とアサピーだった。
目抜き通りを通って街の中心へと進む間、アサピーは表現しがたい違和感を覚えていた。
背中に何かが刺さるような。
こう動くように誘導されているかのような。
自分の意思で動いているはずなのに、それが取り返しのつかない何かに繋がっている感覚。
返しの付いた罠にはまった動物は、きっとこういう感覚を覚えるのかもしれない。
〔欒゚[::|::]゚〕『ブラヴォー小隊?』
〔欒゚[::|::]゚〕『キュベック小隊が何故ここに?!』
二つの小隊、否、単純な種類で言えばその数倍の小隊が揃っている様子だった。
鋼鉄の仮面越しにも伝わる困惑。
合流し、体勢を立て直そうと隊列を立て直す。
まるで、そうするように仕組まれているかのように。
(;-@∀@)
つ::◎:】
805
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:30 ID:K.ug12hY0
カメラを持つ手が僅かに震えていた。
被写体はたちまちに小隊から中隊へと編成を変え、周囲への警戒を続ける。
見ていて気付いたのは、彼らが獲物を追って、あるいは追われてこの場に来たということだ。
つまりは誘われたということ。
アサピーが空気に誘われたのと同じように、彼らは獲物に誘導された。
だがそれを質と数の両方で打破できると考えたからこそ、この場に留まり、周囲への警戒を続けているのだ。
それに、とアサピーは思う。
彼等は侵略者であり、その進む方向性はいつだって内部に向いている。
攻め入った以上、退路はない。
アサピーも危険だということを重々承知で、中隊規模へと膨れ上がったジョン・ドゥの群れへと近づいていく。
会話が聞こえる距離にいてもなお、彼らはアサピーを一瞥するやそれを無視した。
複数の路地へと散開し、建物からの襲撃を警戒しているがまるで人の気配がしない。
不気味なまでに静かだった。
明滅するネオンの看板。
砕けたショウウィンドウ。
燃える車輌。
しかし、人だけがいない。
〔欒゚[::|::]゚〕『敵指揮官は見つかったか?』
〔欒゚[::|::]゚〕『陸軍大将が市街地にいるって目撃情報はあったが、どこにいるかまでは分からなかった』
炎を背に行進する部隊を、アサピーは写真に収める。
シルエットと僅かに照らされた輪郭があまりにも幻想的な光景に見えたが、果たして上手くそれを撮影できただろうか。
そう思った瞬間だった。
(-@∀@)「ん?」
最初は、蜂の羽音だと思った。
低く唸るような、それでいてどこか甲高い音。
本能的に音の方に顔を向け、カメラを向ける。
何かがいる。
兵士たちはアサピーよりも先にそれに気づき、ライフルを構えていた。
両者の動きには差があったが、銃爪を引くのとシャッターを切るのは同時。
黒い空を背に浮かぶ何かを撮影したアサピーと、それを撃ち落とそうと放たれた銃弾。
空中で何かが爆発して炎が降り注いだ時、その正体を理解した人間は皆無だった。
(;-@∀@)「うおわっ?!」
炎の雨が部隊を襲う。
ジョン・ドゥの装甲表面に張り付いた炎はそのまま燃え続け、熱されたライフルが暴発を起こす。
予備弾倉が爆発を起こし、不運なジョン・ドゥがその場で倒れて行く。
〔欒゚[::|::]゚〕『接敵!! 散開し、各個撃破しろ!!』
806
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:52 ID:K.ug12hY0
蜘蛛の子を散らすように、部隊が移動を始めた。
見事な統制力だった。
この場でパニックになっていれば、たちまちの内に大打撃を受けていただろう。
〔欒゚[::|::]゚〕『データリンクが追い付いた!!
いるぞ、近くに!!』
何がいるのだろうか。
誰が、いるのだろうか。
〔欒゚[::|::]゚〕『観測手より報告!!
……陸軍大将、トソン・エディ・バウアーだ!!』
その声。
その意識。
その殺意が向く先に、アサピーはカメラを構えた。
最大望遠で覗き込む先にいるのは、若い女。
彼らの言う通り、陸軍大将のトソンだった。
銃弾が雨のように撃ち込まれる中、まるで焦ることなくその口が動いて言葉を紡ぐ。
唇を読んで聞こえたのは、棺桶の起動コードと思わしき言葉の羅列。
My helmet is stifling. It narrowed my vision, and I must see far. My shield is heavy. It threw me off balance and my target is far away.
(゚、゚トソン『兜は息苦しく、盾は重い。 故に、兜を脱ぎ、盾を捨てん。 我が眼は彼方へ。 我が怨敵、彼方に在り』
背負ったコンテナに抱き込まれ、彼女の姿が消失する。
数十秒の後、そこから姿を現したのは赤と金色の装甲を纏った大型の棺桶。
ヘルメットというよりも兜という造形をしたその頭頂部には、馬の鬣のような赤い何かがたなびいている。
加えて、丸盾と長槍を持つその姿は、時代錯誤な兵士の姿だった。
..:::::[]
【[::゚ |メ]】
銃と爆薬を使う近代戦の中で当然のように淘汰されたその武器と防具は、あまりにも異様だ。
〔欒゚[::|::]゚〕『イルトリア陸軍大将?
ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
私がこの手で屠ってやるさ!!』
その姿を撮影しながら、アサピーは彼女が槍を構えていることに気が付く。
構えている、というよりもまるでその先にある物を指しているかのようだ。
そして、槍の向く先で爆発が起きた。
〔欒゚[::|::]゚〕『んなっ?!』
先ほど聞こえた羽音の様な音が聞こえたかと思うと、すぐにそれは爆発音と悲鳴に置き換わる。
建物の中からも爆発が起き、窓ガラスを突き破ってジョン・ドゥの破片が降り注ぐ。
情報の処理が追い付かない。
頭の中で考えが追い付かない代わりに、アサピーは夢中でシャッターを切るしかない。
807
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:15 ID:K.ug12hY0
見えるものが全てならば、写したものは全て以上の真実を世に残してくれる。
〔欒゚[::|::]゚〕『何かが飛んでいるぞ!!』
その正体が分からないままに、周囲へと銃を向けて銃爪を引き、そして爆死していく。
榴弾が撃ち込まれている様子ではない。
(;-@∀@)「こんなに正確に……」
問題は精度だ。
決して撃ち漏らしがなく、屋内に逃げ込んだ相手まで正確に爆殺している。
つまりは誘導式の爆弾。
そこまでは答えが出せたが、問題の解決にはつながらない。
トソンの棺桶の能力なのか、それとも伏兵がいるのか。
すぐ背後でその羽音を聞いた時、アサピーの思考は停止した。
だが彼の体は勝手に動き、羽音の正体にカメラを向けて撮影していた。
これが原因で死ぬかもしれなかったが、理性がすでに焼き切れている彼には、そんなことを考える余裕などない。
羽音の主がアサピーの顔の横を凄まじい速度で通り過ぎ、物陰でトソンに射撃を行っていたジョン・ドゥの顔の横で爆発した。
全くの偶然だったが、アサピーはその瞬間の撮影に成功していた。
そして彼の動体視力が、音の正体を見とがめていた。
小さな四枚羽の機械。
(;-@∀@)「な、なんだあれ」
アサピーはその機械を目で追えているが、何故かジョン・ドゥの射撃は精細さを欠いている。
まるで、その実像が見えていないかのように。
〔欒゚[::|::]゚〕『くっそ、糞!! 糞があああ!!』
叫ぶ男がまた一人、爆死していく。
トソンへと突撃を敢行し始めた部隊がまとめて爆破され、辛うじて生き延びた人間も新たな爆発によって殺される。
あまりにも一方的な攻撃だった。
果敢に立ち向かう男たちが爆炎の中に消えて行く姿に、アサピーはもの悲しさを覚える。
たった一人の将軍に、数十人規模の部隊が翻弄されている。
棺桶の性能の高さが両者の間に決して埋めることのできない巨大な溝を生成し、技量の差によって更に深い物へと変化させていた。
この時のアサピーの視点は、他の兵士たちと同じくトソンに向けられ、注意力が散漫になっていた。
音を鳴らして近づくものがあればそれは爆発する、と僅かな間に印象付けられたことにより、それ以外の脅威に対する警戒心が希薄になる。
建物の中に隠れ潜んでいたイルトリア人が音もなく殺戮を開始したことに気づいたのは、銃声と悲鳴が聞こえてきたからだ。
イルトリア軍が正式採用しているライフルの銃声は重く、そして力強さを感じさせるものがあった。
そしてようやくアサピーはイルトリア軍の意図に気づいた。
彼等は、あえて侵入を許したのだ。
奥へ奥へと侵入させ、退路を密かに寸断。
内側と外側からの挟撃によって侵入者を一掃する作戦を選んだのだ。
街の出口にいたビーストは増援に対する対抗手段であり、脱出する相手を殺す役割を担っていたのだ。
増援と退路という生命線を失えば、後は質と数のぶつかり合い以外に目的を達成する道はない。
808
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:37 ID:K.ug12hY0
正面からぶつかろうにも、彼らを取り囲むビル群はイルトリアの物。
彼らの方が地形も何もかもを熟知しており、あらゆる作戦において優位な状況にある。
半ば虐殺じみた光景が目の前で始まり、飛び散る血しぶきと爆風が戦争の容赦のなさを如実に物語る。
弱者は強者に食われる。
ただ、それだけの光景。
それでも目の前で死んでいるのは、信念を胸に抱いて戦おうと試みた勇者だ。
これまで誰も手出しをしようとしなかったイルトリア相手に戦争をしかけ、例え罠だったとしてもこの街に打撃を与えることに成功したことは歴史書に名を残す偉業だ。
彼らの始めた戦争の善悪を判断するのは後の歴史だが、それでも。
それでも、彼らの勇気は言祝ぐに値するものだ。
無我夢中で写真を撮り、一人でも多くの生きざまを記録に残す。
アサピーの目の前の部隊が襲撃を受けているのは明らかだったが、そこから逃げるという選択肢がアサピーにはない。
ここで撮らなければ、何を撮るというのだろうか。
〔欒゚[::|::]゚〕『っ……!! さっきから、お前がいなければ!!』
唐突に向けられた殺意。
それは、アサピーの頭上から現れ、目の前に着地したジョン・ドゥから聞こえてきた声だった。
女の声だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『失せろ!!』
奇襲下にありながら、イルトリア軍ではなくアサピーに対しての攻撃。
よほど苛立ったのか、錯乱しているのか、それとも空気が読めないのか。
いずれにしても、構えられたライフルの銃腔は彼の胸を向いている。
恐怖に支配される中、シャッターだけは切っていた。
予想される銃声、衝撃、激痛。
そして――
<ヽ`∀´>「やるニダね」
――聞きなれた、ニダーの声。
〔欒゚[::|::]゚〕『うがっ……!! ああ!!』
手の中で破裂したライフルを投げ捨て、女がニダーに殴りかかる。
それを至近距離で回避しつつ、的確に装甲の隙間にナイフを刺していく。
<ヽ`∀´>「ブーン!! こいつが持っているニダか?!」
(∪´ω`)゛「変な音が、その人からしますお」
<ヽ`∀´>「よっしゃ!!」
〔欒゚[::|::]゚〕『こっ……!!』
809
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:58 ID:K.ug12hY0
装甲が厚くともジョン・ドゥは格闘戦を得意とする棺桶だが、人間との格闘戦においてはその限りではない。
リーチの大きさ故に届かない攻撃。
入り込まれ、動きを合わせられた場合には近接戦闘についての心得がなければ対処が出来ない。
ましてや、ナイフで刺されながらの格闘戦がもたらすストレスは尋常ではない。
言わば、両手がふさがっている状態で足元に毒蛇を招き入れるようなものだ。
〔欒゚[::|::]゚〕『おい、仲間が!!』
〔欒゚[::|::]゚〕『駄目だ、近すぎる!!』
ジョン・ドゥの巨体が、ニダーの体を守る盾となっている。
どこを狙おうが銃弾がジョン・ドゥに当たる位置にあるため、今の様な状況下では誰だって撃ちたくはない。
〔欒゚[::|::]゚〕『そ、それどころじゃ!!』
弱音が漏れるのも、無理からぬ話だ。
ただでさえ自分たちの命が吹き飛ばされようとしているのに、たった一人を助けるために行動するなど愚の骨頂。
誰がどうリスク管理をしたとしても、見捨てられるしかない。
女がどれだけの重要な役職にあろうとも、これだけナイフで刺されれば、命は風前の灯火。
避けようのない死が目の前に待っている味方を助けるぐらいならば、指揮権を別の人間が継承したほうが遥かに合理的だ。
<ヽ`∀´>「もらい!!」
そうして無慈悲なまでに正確かつ手早く切り刻まれ、最後はバランスを崩した首筋にナイフが突き立てられる。
<ヽ`∀´>「おるぁ!!」
しかし、そこからニダーは別の兵士に手を出すのではなく、迷うことなく殺した相手の装甲を剥がし始めた。
手際の良さは貝を解体し、その中にある肉を狙う海洋生物を彷彿とさせる。
グロテスクにも見えるが、人間が動物を解体する時の様な神聖さもあった。
瞬く間に装甲が剥がされ、手足が地面に落ちて行く。
〔欒゚[::|::]゚〕『あっ……がああっ……!!』
死んでいなかったのは不運としか言えなかった。
あらゆる棺桶の弱点である装甲の隙間を覆う素材を強化したことにより、ナイフが届く距離を僅かだが遠ざけてしまったのだ。
致命傷の一歩手前ということは、激痛と絶望に思考が支配されるということ。
<ヽ`∀´>「ミッケ!!」
何か、極めて重要な物を手に入れたことを示唆する一言。
カメラを誰に向けるか、アサピーは逡巡する。
ニダーか、それとも別の誰かに向けてか。
<ヽ`∀´>「これで、お前らみんな孤立ニダ!!」
810
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:47:24 ID:K.ug12hY0
そして、背中のバッテリーを剥がしたところでそんな声が出てきた。
反撃の術を生きながらに全て奪われた女は血溜まりの中に立ち尽くしたまま、小さくすすり泣きながら絶命した。
刹那の逡巡の間に、新たな被写体が現れる。
〔欒゚[::|::]゚〕『も、モナコが!!』
聞こえてきたのは悲鳴か、あるいは怒号か。
これまでアサピーと一緒にいた部隊とは別のジョン・ドゥだ。
〔欒゚[::|::]゚〕『野郎、ぶっ殺してやる!!』
殺された女が降りてきたのとは反対方向のビルから、二体の棺桶が濃厚な殺意と共に降下してくる。
怒りのままに攻撃を加えてこうとしたことだけは分かったが、それが未遂に終わったのは降下と同時に銃声が二つ響いたことが関係していた。
棺桶がどれだけ優れた運動性能を発揮するとしても、落下中の無防備な状態でもその行く末を変えることはできない。
その隙が見逃されなかったのは、頭上から聞こえた二つの銃声が証明していた。
〔欒゚[::|::]゚〕『あっぐ!!』
着地と同時に膝を突き、倒れ込む。
その刹那を撮影した写真が、真実を語っていた。
狙い打たれたのは両膝の関節部。
膝を撃たれたことによりただでさえ深刻なダメージを受けていたが、着地がそれを致命的な物へと変えた。
片足だけでも棺桶は動けるが、それに慣れている人間でなければ生身の人間と大差はない。
転倒したジョン・ドゥの頭部へ、ニダーは射的をするような落ち着きぶりを見せながら銃弾を浴びせる。
まるで弱ってひっくり返った虫を叩き潰すかのような手際の良さだった。
その間にアサピーが帯同していた部隊はその場から移動を済ませているか、それとも爆殺されて肉片と化しているかだった。
<ヽ`∀´>「生きていて何よりニダ」
(;-@∀@)「思ったよりも早い再会でしたね……」
一つの街で動いていれば、必然、イルトリア軍の思惑通りどこかで合流することにはなったのだろう。
<ヽ`∀´>「ブーン、これでタブレットは全部ニダ。
後は通信の箱をぶっ壊すニダよ!!」
そして、再会もつかの間。
ニダーはすさまじい速度で走り出し、建物の壁を文字通り登って行ってしまった。
遠くから聞こえる小さな爆発音が、アサピーの背を押す。
一瞬だけ得られた休憩。
すぐに足は最前線へと向かう。
何かが変わってしまった戦場。
何かが変わってしまった自分。
もう、以前の自分とは別の存在になったことを嫌でも理解する。
811
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:47:50 ID:K.ug12hY0
もしも以前の自分ならば、アサピーの名を叫んで追いかけていたことだろう。
今はもう、それどころではなかった。
最高の被写体と、最高の戦場が目の前に待っているのだ。
ニダーにとっての獲物と同じく、決して逃してはならない存在がいる。
イルトリア陸軍大将の戦闘は、写真に収めなければ必ず後悔する。
イルトリア二将軍の戦闘について、その強さだけは語り継がれているが、どのような戦い方をするのかは軍事上の秘密もあってほとんど知られていない。
もっと言えば、生き延びた敵勢力がいないということなのだ。
大量の屍を越え、アサピーは可能な限り近い距離から陸軍大将の戦いを撮影したいという欲求に囚われ、それまでの恐怖は完全に忘れ去っていた。
導かれるようにしてアサピーはより苛烈な、より悲惨な戦場の奥地へと向かっていくのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリア陸軍大将?
ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
私がこの手で屠ってやるさ!!
――ルノア・コール、最期の言葉
後に“ルノアの戯言”=“絶望的なまでに根拠のない自信”として諺になる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジャン・プロスペクターはイルトリア市街に上陸した兵士の中でも、屈指の戦闘経験と胆力を持つベテランだった。
突如として爆殺され始めた仲間を見た瞬間に、彼はこの攻撃に対抗する最大の手段は前に進んでの攻撃しかないと看過していた。
物陰に隠れても無駄。
屋内に逃げても無駄。
ならば、前に進むしかない。
被弾を恐れず、爆発に巻き込まれることを危惧せず、ひたすらに前へ。
その直感が正しい事を、彼を先頭に駆け出した数人の仲間が身をもって実感していた。
戦場の死線を走るなど、サメのいる水槽で手首を切るようなもの。
〔欒゚[::|::]゚〕『トソンだけを狙え!!』
銃撃は構えられた丸盾に防がれ、本人には当たらない。
盾がただの見掛け倒しでないことは良く分かったが、銃が効かないとなれば、残されたのはナイフだけだ。
既にこちらの持っていた優位性は全て失い、身一つで戦い抜くしかなくなった。
救援はない。
あるのは、イルトリアを憎む全ての人々の増援。
それが一体どのタイミングで、どれぐらいの規模が到着するのかは彼らには分からない。
希望だけは、最期の瞬間まで捨てられない。
〔欒゚[::|::]゚〕『近接戦で仕留めるぞ!!』
僅かな時間ながら、彼らは観察によってトソンの戦い方を分析することに成功していた。
多くの仲間が爆殺されているが、トソンは戦場に姿を現してからほとんどその場から動いていない。
どれだけ銃弾に狙われても、まるでそこにいなければならないのだとばかりに、頑なに動かない。
そして導かれた結論は、謎の爆殺が起きている間、トソンは動けないということだった。
812
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:48:26 ID:K.ug12hY0
小型の爆弾を飛ばしているためか、それとも別の何かなのかは分からない。
分かるのは、これが唯一の光明であるということだ。
質量と速度を合わせてぶつければ、押し倒せるはず。
そうなれば、後は自爆をしてでもトソンを殺せばかなりの効果が期待できる。
エミール・マッキンリー、そしてジョー・ブラッカイマーが左右から襲い掛かる。
ジャンは僅かにタイミングをずらし、頭上からトソンを狙う。
〔欒゚[::|::]゚〕『もらった!!』
〔欒゚[::|::]゚〕『くたばれ!!』
三方向からの同時攻撃。
仮に空中で撃ち殺されたとしても、後は慣性の法則でトソンに直撃する。
必殺を確信して、そして覚悟して決行した攻撃は、だがしかし。
【[::゚ |メ]】『うるさいですね』
半歩だけ左脚を後ろにずらしたかと思うと、右手の槍を長く持ち替え、弧を描くようにして払った一撃でエミールとジョーを叩き落す。
その一撃を半ば予期していたジャンはだからこそ、全体重、勢いを乗せた一撃に全てをかけていた。
リーチの短いナイフだが、頭に突き刺されば確実に殺せる。
槍を振り払った姿勢のため、盾を構えることも出来ない。
〔欒゚[::|::]゚〕『勝っ――』
ナイフが定められた軌道を。
必殺の道を、突き進む。
【[::゚ |メ]】『消えてください』
最後の光景は目の前いっぱいに広がる炎。
最後の音は爆音。
最後の匂いは金属と肉の焦げるそれ。
最後の言葉は――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィンスの厄災はまだよかった。
ヴィンスの落日は、文字通り終わりだった。
――“ヴィンスの落日”の生き残り、ラヴィアン・ローズマリー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィンスにラヴニカから来たティンバーランド軍は、即座に兵員と武器の補充を追加で行った。
かねてより貯蔵されていた武器弾薬、そして食料が解放され、ラヴニカ攻略に失敗した部隊に次々と提供される。
負傷した兵士、ストレスで戦闘続行が難しい兵士たちは即座に病院へと送り込まれた。
協力者の経営する食堂で食事をするシナー・クラークスは、自ら率いるこの一団がイルトリアへと向かい、戦いきれるかどうか不安な部分があった。
813
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:48:46 ID:K.ug12hY0
ラヴニカでの作戦失敗は、かなりの痛手となっている。
優秀な部下を大勢失い、棺桶も失った。
円卓十二騎士が内部に潜入し、この土壇場で計画を根底からひっくり返す行動に出たのが最大の原因だ。
モーガン・コーラと名乗っていた女のせいで失ったものは、あまりにも多すぎる。
ここからイルトリアまでは、まだ同じぐらいの距離がある。
更に言えば、陸路を最短距離で進めば必ず避けられない街がある。
同性愛者の楽園、“蜂の巣街”ストーンウォールである。
敵対を明確にしており、情報によればセントラスへと攻め入り、結果的に壊滅させたという。
セントラスから攻め込んだ部隊との連絡は途絶えており、こちらにとって不都合な何かが起きていることは間違いない。
損耗した兵士たちを率いてストーンウォールを通過すれば、更なる損耗が予期される。
タルキールでの補給に失敗さえしなければ、こうはならなかった。
全ては、タルキールへと行われた超長距離の砲撃が原因だった。
タルキールの地形は天然の要塞だが、言い換えれば、天然の檻だ。
天然の岩を頼りにしている街に対して、無差別という他ない砲撃がどこからか放たれたことにより、半ば敗走する様にしてシナーたちはヴィンスを目指したのである。
こちらがタルキールに到着し、補給をするために油断した正にその瞬間に砲撃が行われたことは、決して偶然ではない。
間違いなく、何者かがタイミングを知らせているのだ。
つまりは観測手、もしくは内通者。
幸いにしてヴィンスに到着してからはまだ砲撃を受けておらず、着々と対イルトリア用の準備が進んでいる。
日も暮れ、夜空が見えてもいい時間だというのに、世界は暗闇そのものだった。
( `ハ´)「はぁ……」
まだ湯気の立ち昇る食事を口に運びつつ、シナーは嘆息した。
コンソメとトマトソースを主として味付けされた野菜と海鮮のスープは、彼の体を内側から温めてくれた。
しかし、苛立ちは収まらない。
空腹による苛立ちではなく、間違いなく環境によるストレスである。
正直食欲はあまりないが、それでも無理矢理胃袋に押し込まなければならない。
スプーンに乗せたエビを一口で頬張ると、ほとんど噛まずに嚥下した。
味わう余裕などない。
ただひたすらに、栄養の補給と空腹を満たすだけに口へと運ぶ。
この後、どのようにしてストーンウォールを通過するべきか。
迂回して進軍するのがセオリーだろうが、それは彼らも予想していることだろう。
内藤財団に抵抗する勢力の繋がりがどの程度の物なのか、事前の予測との差異がどの程度なのか。
考えれば考えるほど、頭痛がしてくる話だ。
恐らくだが、世界のほとんどが内藤財団の力によってイルトリアの攻撃に参加するだろう。
しかしながら、それが長引けば長引くだけ、攻撃への参加意欲は失われていく。
攻撃は鮮度が命だ。
ヴィンスから連れて行く兵士の質が分からないが、攻勢にある今イルトリアを潰さなければ、この戦争は終わらない。
世界中に国という概念が蒔かれ、内藤財団という大樹が根付くまでにはもう少しだけ時間が必要だ。
それを加速させるためには、イルトリアを滅ぼさなければならない。
世界が変わるためにはどうしても――
814
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:08 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「――どうしても?」
疑念が、毒蛇の舌のようにちろりと脳裏に浮かぶ。
世界中が内藤財団の思想に染まるのはいい。
それで世界がより良くなるのならば、と協力したのだから、そこに異論はない。
だが。
果たして、どうして滅ぼす必要があるのだろうか。
イルトリアもジュスティアも、国という概念が成立した後に世界中で攻撃なり話し合いなりをすればいいだけの話だ。
何も、国という概念の発表と共に攻め入る必要性はどこにもないし、押し付ける必要もない。
第一、確かに彼らは反対するだろうが、こちらが一致団結してから攻撃をする方が勝率は高いだろう。
何故、すぐに戦争を仕掛けなければならなかったのか。
その理由について深く考えれば考えるほど、シナーは自分の行動に疑念を抱くようになる。
まるで、二つの街に対して戦争以外の事に目を向けさせないかのような行動。
国は一つでなければならない必要は、本当にあるのだろうか。
国という概念は、複数では不都合なのだろうか。
例えば、そう。
ティンバーランドとそれ以外の国。
それこそが本来は――
( `ハ´)「……気にしすぎアルね」
疲れているために、きっと思考がおかしいのだろう。
自分がこれまで信じてきたことの前提を疑うなど、正気の沙汰ではない。
皿に盛られていた料理を全て平らげ、シナーは立ち上がって食堂を出る。
入り口に歩哨として立っていた副官のワーナー・コウメイに、苛立ちや疑念を誤魔化すようにして尋ねた。
( `ハ´)「準備はどの程度済んでいる?」
ワーナーは少し気まずそうに答える。
(::゚∀゚::)「物資の補給は済んでおります。
後は、兵士だけです。
この街の人間は、どうにも徴兵に対して前向きではないようで」
( `ハ´)「事前に話が済んでいるはずアルよ。
そういう契約でもあったはずアル」
(::゚∀゚::)「え、えぇ。 ですが、それでも殺し合いには参加したくはないと」
( `ハ´)「……頭がどうにかしているアルか?
契約を反故にする気アル」
(::゚∀゚::)「戦闘以外では協力する、と言っています」
( `ハ´)「馬鹿か、そいつらは。
今の状況で戦闘以外に何が出来るニダ」
815
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:35 ID:K.ug12hY0
(::゚∀゚::)「輸送や補給には手を貸すが、とにかく、殺し合いだけは嫌だと」
( `ハ´)「ここでぶっ殺してやりたいアルね。
代表者はどこにいるアルか?」
(::゚∀゚::)「街の集会場で内藤財団の交渉人と話をしています」
深い溜息を吐き、シナーは黒い雨が降る中、傘もささずに集会所へと足早に向かった。
道中、ラジオから流れてくる戦況は依然としてイルトリア戦が続いていることを告げている。
無駄な時間は極力避けたかった。
だが、ここで兵士を補充できなければ、イルトリアへの攻撃は焼け石に水だ。
質量ではなく物量で押すことこそが、この作戦の要なのである。
集会所の扉を押し開くと、そこには場末の酒場よりも酷い空気が漂っていた。
腕を組み、机に着く男。
その向かい側で何度も契約書に書かれている言葉を読み上げる男。
その二人を取り囲むようにして、涙を流して嘆く者や罵詈雑言を口にする者、これ見よがしに嫌味を口にする者がいた。
交渉人に危害が及ばないように、武器を持った部下が三名だけ待機しているが、その表情は険しい。
今日までヴィンスが存在していたのは内藤財団の支援があったからであり、彼らだけでは“ヴィンスの厄災”で間違いなく滅んでいた。
恩を忘れた、という言葉では足りない程の厚顔無恥な態度に、シナーは一瞬で殺意を覚えた。
( `ハ´)「言い分を手短に」
その言葉は、内藤財団の交渉人に向けられていた。
だというのに、外野の人間の声が風を送られた焚火のように燃え上がる。
まるで新しい獲物を見つけたとばかりに。
(::゚∀゚::)「戦いだけは頑なに拒否しております。
それ以外であれば全面的に協力をすると」
情報に齟齬はない。
ならば、時間のない彼にとってやるべきことは一つである。
( `ハ´)「戦いはしない、という認識でいいアルね?」
Ie゚U゚eI「その通り!! 我々は人殺しではない。
殺し、殺されるではいつまでも憎しみの連鎖は途絶えない。
故に我々は――」
( `ハ´)「――何があっても、戦場に行って殺しはしない?
それがヴィンスの総意アルね?」
周囲にいた民間人が、一斉に同意の声を上げる。
大なり小なり、その声はシナーたちを非難する色を帯びていた。
それに勇気を得たのか、男が満面の笑みで答えた。
Ie゚U゚eI「そうとも!!」
816
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:56 ID:K.ug12hY0
その瞬間、シナーは袖に仕込んでいたナイフを代表者の男の脳天に突き刺していた。
僅かの間を置いて男の目が天井を眺め、そして白目をむく。
Ie゚U゚eI「はぴゅ」
死体と化した男を見て、その場に張り詰めていた空気が一気に塗り替えられた。
悲鳴すら上がらない唐突な展開。
( `ハ´)「戦わないんだろう? 殺さないんだろう?
なら、今ここで死ねアル」
その言葉は、その場に居合わせた彼の部下たちに何よりも明確な指示となった。
命乞いの言葉も。
誤解を解こうとする弁明も。
あらゆる声は、一斉に響いた銃声がかき消してしまった。
一人残らずの殺害。
それは、誰も予期しておらず、誰も望んでいなかった展開でもあった。
だが戦いを拒むのであれば、それは敵と同義。
イルトリアへの攻撃が出来ないのであれば、いたところで足手まといでしかない。
こういった主張をする輩は、総じて敵を殺すという行為にさえケチをつけてくるのだ。
( `ハ´)「非協力的な市民は全員ここで殺すアル」
一瞬で虐殺現場と化した集会場の中で狼狽しているのは、唯一内藤財団の交渉人だけ。
シナーの命令を理解した部下たちは集会場から街へと繰り出し、強制的な徴兵を開始する。
最早なりふり構っている余裕はない。
戦争は速度が勝負であることは自明の理である。
二人きりとなった集会場に、男の狼狽する声が空しく響く。
(::゚∀゚::)「ほ、本気ですか?」
( `ハ´)「冗談だと思うアルか? こいつらは自分たちの手を汚さずに世界を変えようとしているアル。
他の誰かに手を汚させ、夢を叶えようとする糞の塊アル。
殺すのが最適解アルよ。
ここで躊躇うようなら、結局後で邪魔になるだけアルね」
(::゚∀゚::)「本部に確認をしてから……」
シナーの手が、男の首を掴んで持ち上げた。
( `ハ´)「そんな暇ないアル」
(::゚∀゚::)「でで、ですが、規定では……」
規定。
この状況で口にする言葉が規定。
こんな時に規定を持ってくる輩は、総じて足手まといだ。
817
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:50:19 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「承認印がいるんなら、私の拳でその奇麗な顔にくれてやるアル」
(::゚∀゚::)「ご、ごれば明らかな造反行為でずよ!!」
( `ハ´)「造反? 徴兵の為に使えない連中を間引くだけアル。
雑草は刈り取らなきゃならないアルよ」
今は一刻でも早く、一人でも多くの兵士を連れてイルトリアに行かなければならない。
絶え間のない増援。
尽きることのない攻撃こそが、イルトリアを攻略する手段なのだ。
( `ハ´)「お前が時間を無駄にするなら、それこそ造反アル」
(::゚∀゚::)「ご、ごの件は報告ざぜでもらOh」
それ以上、男の口が何か言葉を紡ぐことはなかった。
枝を折るような音と共に首の折れた男は沈黙を保ち、これ以上シナーを激怒させることも、彼の時間を奪うこともない。
( `ハ´)「さて……」
死体を手放し、そしてシナーは背筋に走った冷たい何かに思わず顔を上に向けていた。
何かが来る。
そう思った時、ヴィンスに爆発音が響き、大地が揺れた。
集会場も揺れ、電灯が明滅する。
(;`ハ´)「砲撃?!」
その言葉を肯定するかのように、次々と砲弾が落ちてくる音と共に爆発が起きる。
集会場を出ると、辺りは火の海と化していた。
ただの砲弾ではない。
可燃性の液体が詰まった焼夷弾だ。
景観を保つために近代的な建物が少なく、木造の物が多く密集しているヴィンスにとって焼夷弾は最適解の攻撃だ。
炎が瞬く間に広まり、サイレンと悲鳴が街中に木霊する。
雨程度では消えることのない炎は、飢えた獣のように街を炎に包んでいく。
無線機を使い、シナーは即座に指示を出す。
(;`ハ´)「全部隊、すぐにイルトリアに出発するアル!!
ヴィンスを放棄、徴兵も放棄アル!!」
決断は迅速に下された。
こちらがヴィンスで無駄足を踏んでいることを悟られたということは、相手の砲兵がかなりの距離にまで接近しているということだ。
戦闘準備が整っていない状態で攻撃を受ければ、到着した時よりも最悪の状態でイルトリアに攻め入ることになる。
部下たちをみすみす死地に追いやるなど、シナーには許容し得ない話だ。
彼の決断は決して間違いでもなければ、遅すぎたということもなかった。
街中のスピーカーから流れてきた、その放送がなければ。
『全市民へ!! 近くにいる兵士の指示に従って避難を行うように!!
彼らの指示に従い、安全な場所に避難を!!』
818
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:50:44 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「なっ?!」
それは、最悪の放送だった。
逃げ惑う市民など、足手まといを超越した存在でしかない。
(;`ハ´)「絶対に避難誘導などするなアル!!
そんなことをすれば――」
「――すれば、とっても困りますね」
その声がすぐ耳元で聞こえたと思った時には、手の中にあった無線機が優しく奪い取られた後だった。
(;`ハ´)「……お前が座標を伝えていたアルか」
(*‘ω‘ *)「駄目ですよ、ちゃんと部下の数と顔は確認しておかないと」
円卓十二騎士の末席にして、恐らくはシナーの天敵。
ティングル・ポーツマス・ポールスミス。
(*‘ω‘ *)「イルトリアへの進軍、諦めませんか?」
砲弾の降り注ぐ中、女は静かに提案をする。
それを受け入れるのは容易だが、ここでそれを受け入れたところで、帰って来るものはない。
(;`ハ´)「ラヴニカも、タルキールも、ヴィンスも……
ここまで踏み越えてきた何もかもが、それを許さないアル!!」
拳を構える。
万全の体調ではないが、それは相手も同じ。
ここで退くことは死ぬことと同義。
そして、これまでに死んだ全ての人間に対する冒涜だ。
(*‘ω‘ *)「意地を張って、これ以上死者を増やすことになっても?」
女は構えない。
拳で語り合った仲だからこそ、シナーはその真意が分かってしまう。
それでも、止まれないのだ
この歩みは止めてはならない。
世界が変わる機会を失えば、世界はどうしようもないままになってしまう。
(;`ハ´)「来いっ!!」
(*‘ω‘ *)「断る。 この拳は、未来ある若者を殺すための物ではない」
ティングルは腕を組んで、そう言い放った。
頑なに拒絶する意思に、シナーは憤りを覚える。
どこか芝居がかったその口調も、彼の神経を逆なでした。
(;`ハ´)「馬鹿にしているアルか?」
819
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:06 ID:K.ug12hY0
(*‘ω‘ *)「いいや。 私は騎士だ。
例えジュスティアという街が消滅したとしても、この矜持は消滅しない。
お前は、この戦争が本当に正しいと思っているのか?」
砲撃は悪化する一方だが、彼女の態度はまるで変わらない。
(;`ハ´)「あ?!」
(*‘ω‘ *)「正しいと思っているのならば、相手をしてやる。
だが、僅かでも疑念があるのならばここで手を引き、こちらに手を貸せ。
お前たちが逆らうのであれば、死者が増えるだけだ。
そうして憎しみが生まれ、新たな戦争の火種になるだけだ」
(#`ハ´)「どの口がそんなことを言うアルか!!
街に砲撃しておいて、よくもそんなことを言えるアルね!!
憎しみなら、もうこの世界中に溢れているアル!!
それなら、お前らが止めればいいアル!!」
(*‘ω‘ *)「止める理由はない」
(#`ハ´)「こ……この腐れアマ……!!」
(*‘ω‘ *)「我々が攻撃をするのは、君たちの手に武器があるからだ。
お前たちの心に反抗の意思があるからだ。
それがなくなるまで、我々は攻撃を続ける。
こちらの意思に従え」
(#`ハ´)「挑発なら満点アルね……」
刺し違えてでも、目の前の女を殺したいという衝動が全身を支配する。
構えた拳が震えていないことをシナーは切に願った。
(*‘ω‘ *)「……これが、お前たちとどう違うというのだ?」
(#`ハ´)「……」
何もかも、と言いかけたところでシナーはそれ以上口を開けなかった。
主張の根底は違えど、己の我儘で相手の意思をねじ伏せるという行為そのものに違いはない。
本質は同じだ。
そもそもの作戦が、この世界のルールに従った最後の作戦ということもあり、否定しがたい事実である。
そしてその陰で、踏みにじられる主義主張があるのも事実だ。
暴論ではあるが、確かに同じことではある。
それがこの世界のルールなのだから。
(*‘ω‘ *)「従わなければ殺すのだろう?
お前が民間人に対して言った……いや、見せつけた行為だ」
(#`ハ´)「だから……だからどうしたアル!!」
820
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:31 ID:K.ug12hY0
それが、どうしたというのだろうか。
結果として世界がより良くなるための一歩であり、雑草や虫を踏み潰す程度の事だ。
こちらと過程が同じでも、着地点が違う。
(#`ハ´)「それで揺さぶったつもりアルか?
無駄アルよ!!」
問答がこれ以上シナーの心を乱す前に、攻撃を開始した。
その拳をティングルは蹴り上げた。
腕は組んだまま、視線はシナーへと向けたまま。
(*‘ω‘ *)「迷いがある。 そんな拳、私を殴るに値しないな」
(;`ハ´)「英雄気取りの!! 偽善者が!!」
一度は拳を合わせた相手だ。
防がれたとしても不思議ではない。
状況と言葉と態度でこちらを揺さぶっているだけだ。
(*‘ω‘ *)「そうだろうとも。
我々円卓十二騎士は偽善者だ。
だがな、我々が信じた正義を疑ったことはない。
お前と違ってな」
(;`ハ´)「ふ!! ざ!! け!! る!! な!! あぁ!!」
両腕から繰り出す正中線連撃も。
両足で放つ高速の蹴り技も。
両手両足を使ったあらゆる技も、彼女には届かない。
ラヴニカでは通じた技も、戦術も、何もかもが到達しない。
足だけで防がれているという事実が、シナーにとっては何よりも心を揺さぶる。
(#`ハ´)「何で……!!」
(*‘ω‘ *)「言っただろう、迷いだと。
迷いがあり、覚悟もない、ましてや魂の宿っていない拳など、当たるはずがない」
精神的な要素が攻撃に隙を作るのは事実だが、そこまでの物なのだろうか。
(#`ハ´)「どこまでも人を馬鹿にして……!!」
腕力では勝てない。
この女の脚力は、一度ぶつかって分かっている。
単純な膂力であれば、その力はシナーの全てを上回る程。
それでも、そうした単純な差を覆すのが技術力だ。
ラヴニカで見せ切れていない全てを出し切れば、両者の差は埋められるはずだ。
しかし、事実としてそんな技は一つしかなかった。
消力さえも見せてしまった以上、シナーは今のままでは勝てないことを受け入れなければならない。
821
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:51 ID:K.ug12hY0
(#`ハ´)「それでも!!」
踏み込み。
そして、その威力を全て拳へと乗せる。
大地の硬さを利用したその技は、高い防御力を貫通させるための技だ。
足で防いだとしても、それが受けるダメージは致命的となるだろう。
(#`ハ´)「破ぁっ!!」
(*‘ω‘ *)「砕っ!!」
踵。
それは、人体の中でも強固に作られた骨を持つ部位である。
拳と踵であれば、比べるまでもなく踵の方が硬質である。
しかしながら、シナーにとってそれは計算の内である。
迎え撃つのが踵であれば、こちらが使うのは拳にあらず。
硬度を利用するのは、地中の奥深くに存在する核である。
踵を中継点とし、それを右拳に乗せた一撃。
右拳を犠牲にしたとしても安い物だ。
足は肉弾戦における攻防の要だ。
両者の攻撃が正面からぶつかり、骨の砕ける音の後、一瞬の静寂が訪れる。
膝を突いたのは、シナーだった。
(;`ハ´)「がっ……ぐっ……」
(*‘ω‘ *)「無駄だというのに」
(;`ハ´)「な……ぜ!!」
(*‘ω‘ *)「お前がその技を使うのなら、こちらもそれを使うまでだ」
相手も蹴り技を使う際に地核の硬さを利用したのだ。
どうしてそこに思い至らなかったのか、まるで分からない。
拳を蹴り砕かれ、反動で膝を突くことになろうとは思ってもみなかった。
(*‘ω‘ *)「夢を信じられなくなったのなら、そんな夢はすぐに捨てろ。
さもなくば、その夢に殺されるぞ」
夢に殺される。
それもいい。
夢を叶えずに死ぬのであれば、ここまで戦ってきた意味がない。
生きながらえたところで、夢を永遠に叶えられなかったことを後悔して生きなければならない。
生き地獄を味わうのはごめんだ。
疑ったとしても。
信じられなくなったとしても。
それでも、それはシナーの夢なのだ。
822
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:52:13 ID:K.ug12hY0
世界が一つになれば、貧困も争いも、全てなくなる。
時間がかかることだろうが、内藤財団はそれを短縮するために今回の作戦に出たのだ。
それを一瞬でも疑ったのは恥じるべきこと。
右拳の痛みはその代償だ。
(;`ハ´)「だらぁっ!!」
中段を狙っての後ろ回し蹴りは、だがしかし、全く同じタイミングで同じ技によって防がれた。
無線機が落ち、そこから部下の悲痛な叫び声が聞こえてくる。
『同志シナー!! 民間人が押し寄せてきています!!
ご指示を!!』
(;`ハ´)「うるさい!!」
無線機を拾って応答できる状況にない。
今、この女をここで確実に屠らなければまた砲撃を受けることになる。
今浴びている砲弾の雨が正確なのは、ティングルがこちらの座標を教えているからに他ならない。
ならば、その目と耳を潰す。
再度の足技で攻撃を試みるが、ティングルはその場から動くことなく対応する。
空中で放った三連撃。
それを回し蹴りの一発で無力化すると、もう片方の足がシナーの足を蹴り砕いた。
(;`ハ´)「あぐっあああ!!」
地面を転がり、背中から壁にぶつかる。
石造りの壁だったが、炎によって熱せられ、さながら鉄板の様な熱さだった。
背中が焼ける感覚。
飛び起き、片足でどうにかバランスを取り戻す。
その足元に、通信機が転がってきた。
(;`ハ´)「……」
(*‘ω‘ *)「ほら、連絡しなよ」
業腹だが、ここで連絡しなければ部隊が全滅する。
致し方ない。
もう、やるしかないのだ。
自分抜きで歩み出さなければならないのなら、そうするべきだ。
(;`ハ´)「使えそうな民間人を乗せて、今すぐイルトリアに向かうアル!!
私は後で追いつく!!」
無線機を地面に叩きつけ、シナーはほくそ笑んだ。
これで終わり。
ここで終わり。
部下はシナーの命令に従い、街を出てイルトリアに進軍する。
823
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:52:47 ID:K.ug12hY0
戦わないのであれば、民間人は肉の壁として使えばいい。
そう訓練と教育を済ませているため、彼らは躊躇うことなく作戦を実行する。
(*‘ω‘ *)「……呆れたやつだ」
(;`ハ´)「使えない奴は群れから切り捨てる、それだけのことアル」
(*‘ω‘ *)「内通者が私だけだと、一体いつ言った?」
(;`ハ´)「はっ! そんな言葉を信じると思うアルか?
私の部下は……」
部下は、と言ったところで気づく。
(*‘ω‘ *)「民間人を連れて行くという甘さが、お前の失敗だよ」
いつの間にか爆発音がなくなり、不思議と静かに感じる時間が流れていた。
それは感覚的な静けさであり、実際には炎の揺らめきやサイレンなど、静寂や平穏とは無縁の音で満ちている。
それでも、シナーの精神は聴覚をマヒさせてでも現実を受け入れることを拒絶していた。
(;`ハ´)「は……ハッタリを……!!」
(*‘ω‘ *)「決断は下された。 後は、答え合わせだ」
(;`ハ´)「……っく!!」
取り返しのつかない失敗。
致命的な失敗。
それらがシナーの覚悟を揺さぶり、拳を構えるまでに数秒の時間を要させた。
辛うじて構えた拳は、だがしかし、震えを取り除くには時間が足りなかった。
(;`ハ´)「だから……だからどうした!!」
その言葉の真偽は分からない。
であれば、迷いは無駄だ。
例え、信号弾が連続して打ち上げられ、部隊の位置が明確になったとしても。
例え、着弾による爆発音が街の外から響いてきたとしても。
それでも、迷わない。
(;`ハ´)「我らの歩みは、止まらん!!」
(*‘ω‘ *)「そうか」
退路は前にあり。
進路もまた、前にあり。
(*‘ω‘ *)「なら、私はもうお前に手を出すことはできないな」
824
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:53:28 ID:K.ug12hY0
ティングルは腕を解くと、つまらなさそうにそう言った。
本当につまらなさそうに。
本当に、落胆したように。
心から残念そうに。
(;`ハ´)「何?!」
(*‘ω‘ *)「この肉体は、弱者を殺すために鍛えたのではない。
ましてや、死にぞこないの弱虫を介錯するなんていうのは、騎士道に反する」
(#`ハ´)「お前は……さっきから……!!」
(*‘ω‘ *)「馬鹿になどしていない。
逆だよ、お前が私を馬鹿にしているんだ」
(#`ハ´)「あ゛?!」
(*‘ω‘ *)「私はね、本気のお前と戦いたかったんだよ。
迷いのない拳。
魂の込められた拳。
ラヴニカで私が見たのは、そういう拳だった。
だが今はどうだ。
民間人を無駄に殺戮するだけに飽き足らず、抱いた夢にまで疑念を抱いている。
そんな拳など、私を倒すには至らない。
弱者の拳と言うんだ、そういうのを」
(#`ハ´)「疑いなどないアル!!
この夢は紛れもなく、世界を変える!!
歩めば雑草を踏むし、虫だって踏む!!
花を咲かせるなら剪定もするだけの話アル!!」
(*‘ω‘ *)「そうだろう。 だがそれは樹を育てるために、隣の庭に火を放つ行為だ。
それに気づいたのだろう?
果たして、本当にその必要があったのだろうか、と」
(#`ハ´)「そんな……訳が……!!」
(*‘ω‘ *)「あるからこそ、力づくで徴兵をしようとしたんだろう。
可能性が分かったんだろう?
国という単位でまとめたところで、必ず別の意思が芽生える。
芽生えたその感情、あるいは思想を刈り取ることは避けられない。
本当に、こうまでして推し進める必要があったのだろうか、とね」
それは否定しがたい事実だ。
以前から推し進め、そして今日まで温め続けてきた計画というだけあって、その詳細は隙がないように見えた。
世界の変化を拒んでいる最大にして最強の派閥がイルトリアとジュスティアということも、納得がいった。
その二つの街がある限り、世界は変わらない。
825
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:53:50 ID:K.ug12hY0
逆を言えば、その二つの街がなくなれば、世界が変わるのに時間はあまりかからないはずだ。
そう思っていた。
だが気づいてしまった以上は、それを忘れることはできなかった。
(*‘ω‘ *)「この作戦の要は速度。
遅延が鮮度を奪い、鮮度の損失が本質を露わにする。
結局のところ、世界を一つにし続けるには力が必要。
そしてそれは、今と何も変わりのない世界だということに気づいたのだろう」
今の世界を縛るルール。
力が全てを変える、という非常にシンプルなルールだ。
だがそれは、ティンバーランドの目的を継続するためには必要不可欠な物なのだと気づいてしまった。
双方の差異は、支配者の違い程度なのだ。
(*‘ω‘ *)「……私も、それに気づいたのは少し時間が必要だった。
理不尽の正体、あるいは、不自然さ。
一度気づいてしまえば、もう手遅れだ。
特に、心の内に正義の天秤を持っている人間ならなおさらな」
(#`ハ´)「正義? 正義の天秤?
馬鹿にするなアル、英雄狂!!
そんなもの、この世界にはないアル!!」
(*‘ω‘ *)「いいや、あるさ。
正義は、確かに我々の心にある。
だからこそ人は迷い、追い求めるのだ」
もしも、片足が負傷していなければ間違いなく殴りかかっていただろう。
ジュスティア人の言葉は、いつだって真っすぐであり、いつだって正義を基準にしている。
それを信じた時期もあった人間にとっては、それが途方もない幻想であることをよく知っている。
しがみついたところで裏切られる幻想ならば、二度と希望を抱かないように徹底的に否定して生きるしかない。
それが、この世界に生きてジュスティアに愛想をつかした人間の共通点だ。
正義を信じたかったが、信じられないことしかこの世界にはないのだ。
そんなものが夢物語だと気づくまでの時間は、あまりにも無意味な物だ。
(;`ハ´)「そんな幻想、抱いたところで……!!」
正義など、ただの言葉遊びの延長線上にある幻想の塊でしかない。
(*‘ω‘ *)「幻想を抱き続け、貫いたこともない青二才が吠えるな。
いいか、夢も幻想も、根底は同じだ。
我々ジュスティア人が何故正義を自称しているか、少しは分かってもらいたいものだ。
夢も幻想も、諦めた瞬間に消え去る。
我々は常々、夢を追い続け、それを叶え続けているのだよ」
826
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:15 ID:K.ug12hY0
言ってしまえば自転車操業。
自分たちの夢を肯定するために、常に走り続け、そして実現し続けるという果てしのない話だ。
気が狂うであろうその所業。
自我を、初心を失えば一瞬で崩壊するその工程。
それでも、彼らは歩み続けていた。
それはシナーたちの夢と同じく、夢を叶えるための行程だ。
疑い、立ち止まった者とそうでない者との差異がここにある。
(;`ハ´)「だから……だからどうしたっていうアル!!
こんな問答をして、自分たちの方が上等だって言いたいアルか!!
民間人への攻撃はお前らもやっていることアル!!」
(*‘ω‘ *)「民間人? はははっ、物は言いようだな。
それはお前らの定規での話だろう。
内藤財団に組した時点で、我々からすれば敵勢力とその準構成員でしかない。
夢を追うのならば、最後まで走り抜ける覚悟を持てということだよ、若造」
(;`ハ´)「夢を追って、それを信じた果てが街の消滅アル!!
そんなの、元も子もないアル!!」
(*‘ω‘ *)「ジュスティアが滅んだ? だからどうした。
街が消えただけで、思想は生き残っている。
円卓十二騎士が破れた? それが何だ。
彼らは信念を持ち、正面から立ち向かった。
私が円卓十二騎士の末席に座しているのは、彼らと違って正面から戦うことをしてこなかったからだ。
彼らの様な志、覚悟、そして矜持を嗤えるものなどいるかよ。
お前らのように徒党を組んで一人に群がり、ようやっと倒しただけの雑兵が図に乗るなよ。
夢を追って、その果てが死であれば、我々はそれを受け入れる。
少なくとも、途中で止まるようなことはしない」
だからこそ、狂人。
だからこそ、英雄狂。
それこそが、ジュスティア人という人種なのだと、シナーは思い知らされた。
目の前にいる女がジュスティア人らしからぬ言動をしていたとしても、その根底はジュスティア人なのだ。
(*‘ω‘ *)「夢を諦めない者だけが夢を叶えられるんだよ」
(;`ハ´)「暴論を!!」
(*‘ω‘ *)「そうだよ、暴論だよ。 そして正論でもある。
これは戦争だ。
戦争の中の正義を、我々は貫いている。
夢を叶えるのなら、夢に責任を持て」
これから死ぬ人間に対して、どうしてここまでこの女は言葉をかけてくるのか。
優越感に浸ることが目的ならば、何もここまで話す必要はないだろう。
我慢の限界に達したシナーは吠えた。
827
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:37 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「さっきから説教をして、楽しいアルか!!
殺すんならさっさと殺せアル!!」
(*‘ω‘ *)「……そうだな、少し喋りすぎた。
だが私はお前を殺さない。
死にたいなら、勝手に死ね」
ティングルは溜息を吐き、その場を歩き去った。
残されたシナーは少しの間警戒していたが、やがて、それを止めてその場に座り込んだ。
周囲の建物は全て燃え、世界が黒とオレンジと赤に染まっている。
降り注ぐ雨がぬるい。
水たまりはまるで湯の様だ。
致命傷を負ったわけではないが、片足片手を動かせないというだけで移動は絶望的だ。
果たしてどれだけの部下が無事に街を出られただろうか。
聞こえていなかった砲声が、徐々にはっきりと聞こえてくる。
着弾との時間差がほとんどなく、街の外で鳴り響く爆発音が聞こえなくなるまでに、そう時間はかからなかった。
きっと、全滅したのだろう。
巨大な何かが線路を進む音が聞こえてきた。
なるほど、これだけの短時間で砲撃と移動を可能にするとなると、列車砲の存在は必然だ。
エライジャクレイグが内藤財団に組しなかったことは、何も鉄道の自由を保障するためではなく、別口の契約があったのだろう。
(;`ハ´)「……糞」
夢が成就するかどうか、それを見届けることも出来ない。
シナーにとっては、この待つという時間が耐えがたい苦痛だった。
戦いの中で死ぬことが出来れば、遥かに幸せだっただろう。
何も知らないまま、砲弾で死んでいれば幸せだっただろう。
自らの夢が脅かされているということが分かっていながら、何もできないという無力感。
その無力感こそが、焦燥感に繋がる。
焦燥感はやがて、自分を苛む自己嫌悪の感情へと帰結する。
死にたい、という感情さえ湧き上がってしまうのだ。
立ち上がり、シナーは燃え盛る建物を一瞥した。
焼け死ぬというのも、死に方の一つではある。
許されるのならば、拳銃を使っての自殺が最も苦痛を感じないで済む。
死に方を探している間、不思議と不安はなかった。
これ以上生きていても、何もない。
生きて不安を感じるぐらいなら、いっそ死んだ方が楽なのだ。
誘蛾灯に誘われる虫のように、シナーは燃える家へと歩み寄る。
その時、背後からモーター音と濡れた路面を踏みしめるタイヤの音が聞こえてきた。
思わず立ち止まり、振り返る。
そこにいたのは、予想外の人物だった。
(=゚д゚)「自殺したいラギか?」
828
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:58 ID:K.ug12hY0
頬に傷を負った男。
どこかで見たことがある男だった。
(;`ハ´)「……誰アルか、お前」
(=゚д゚)「何だ、俺が手前の幼馴染だったら自殺を思いとどまるラギか?」
(;`ハ´)「ちょうどいいアル。 私を殺せ」
男の懐に拳銃があることを見抜き、シナーはそう言った。
この際、どこの誰でもいい。
これ以上自分を嫌いになる前に死にたかった。
(=゚д゚)「嫌ラギ。 死にたがってる奴を殺しても、良いことないラギ」
(;`ハ´)「なら、放っておくアル」
(=゚д゚)「それも嫌ラギ」
(;`ハ´)「面倒な男アルね」
(=゚д゚)「手前にゃ負けるラギ」
(;`ハ´)「なら、どうするつもりアルか?」
(=゚д゚)「俺は説教が嫌いラギ。 だから手短に言うラギよ。
とりあえず、捕虜になるラギ」
あまりにも単刀直入。
あまりにも身勝手な言葉。
そして何より、意味が分からなかった。
(;`ハ´)「捕虜? 私が?
何も話すことなんてないアルよ」
(=゚д゚)「うるっせぇラギね。 こちとら人手不足ラギ。
料理は出来るだろ?
俺はまた手前の餃子が食いてえラギ」
そこでシナーは、男とどこで会ったのかを思い出した。
オアシズだ。
オアシズに餃子屋として潜入している時、客として来た男だった。
そして、ワタナベ・ビルケンシュトックが執着していた男。
ジュスティア警察で最も厄介な刑事、トラギコ・マウンテンライト。
(;`ハ´)「オアシズの……!!」
(=゚д゚)「まさかこういう形で再会するとはな」
829
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:55:18 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「馬鹿言ってるんじゃないアルよ!!
どうして私がそんな真似……!!」
(=゚д゚)「言っただろ? 俺はお前の餃子がまた食いたいラギ。
ひとまず、この戦争が終わるまでは捕虜として餃子を焼いてもらうラギよ」
トラギコは、ジャケットから銀色に輝く手錠を取り出す。
(=゚д゚)「死ぬのはその後ラギ」
(;`ハ´)「ば……」
(=゚д゚)「ば?」
(;`ハ´)「馬鹿アル……お前……」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギよ。
だが、お前の餃子は馬鹿をしてでもまた食べたい味があるラギ」
手錠が足元に投げられる。
それが意味するのはただ一つ。
(=゚д゚)「ほれ、自分でつけるラギ」
(;`ハ´)「大人しく従うと思うアルか?」
(=゚д゚)「あぁ、思うラギ。 あんた、そういう顔してるラギ」
(;`ハ´)「どういう顔アルか……」
(=゚д゚)「生きたがりの顔ラギ」
ジュスティア人は人の話を聞かないのだろうか。
先ほどのティングルといい、トラギコといい、まるでこちらの意思を無視して話を進める。
(;`ハ´)「体が治れば、確実に裏切るアルよ」
それを聞いて、トラギコは口元に笑みを浮かべた。
疲弊しきっているであろう男の顔に浮かぶのは、一切の取り繕いがない生のままの笑顔。
不器用で、それでいて、どこか安心する笑顔だった。
(=゚д゚)「そん時はそん時ラギ。
俺は刑事だ。
裏切る奴も、死にたがりの奴も、もちろん生きたがりの奴も分かるラギ。
あんたは裏切らないし、自死もしないラギ。
それでも、もし万が一があった場合は……
また俺がお前を止めてやるラギ」
830
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:55:52 ID:K.ug12hY0
その目は。
嗚呼。
その瞳は、何と真っすぐなのだろうか。
炎に揺れる瞳の奥に宿るのは純粋なまでの信念。
ジュスティア人にこそ相応しく、ジュスティア人らしい双眸にシナーは初めて救いを感じた気がした。
これまでに出会ったどんな人間よりも、彼の目は嘘を吐いていない。
なるほど、ワタナベが執着するわけだ。
彼女の中の獣はこれを見抜いていたのだ。
(;`ハ´)「あんたはどうして、内藤財団の夢を否定するアルか……」
(=゚д゚)「あ? んなもん決まってるラギ。
手前のルールに従わねぇってだけでこれまでの生き方を否定されりゃ、誰だって反抗するラギ。
そんなに仲良ししたきゃな、自分たちだけでやってりゃいいラギ。
どんだけ長い間、今の形態で世界が進んでたと思ってんだよ」
(;`ハ´)「……そうアルか。
だけど、それこそどうして私を生かそうとするアルか?
私が生き残れば、また同じことを言いだすかもしれないアルよ」
(=゚д゚)「あんたにゃ、更生の余地がありそうだって聞いているラギ。
一度夢を疑ったなら、もう夢を追えねぇラギよ」
(;`ハ´)「……あの口軽女」
(=゚д゚)「流石に今回は人が死にすぎてるラギ。
救えるんなら、俺は一人でも多く救いてぇのが本音ラギ。
少なくとも、連中の夢を叶える、なんて馬鹿以外はな」
実のところ、シナーはもうティンバーランドが抱いていた夢について叶えることを諦めていた。
それは実現性の問題ではない。
問題だったのは、その手段と本質だった。
トラギコが言った通り、この方法の最大の問題は力づくで一気に世界中を塗り替えるという手段その物にあった。
段階的ならば、まだ分かる。
しかしながら、長年の計画にも関わらずその計画には疑問を抱く余地があった。
それを誤魔化すかのように世界中への宣戦布告が行われたことにより、作戦の参加者はその疑問について何か言及することは不可能だった。
実際にシナーがそうだったように。
どこかで疑念を抱いた者は、もう引き返せない位置にいる。
世界に対しての宣戦布告こそが、その最後の楔だったのだ。
そこまでに気づける人間は誰もいなかったのかもしれないし、いたのかもしれない。
しかし、それらは一切彼らの耳に入ることはない。
世界を変えるためには情報の統一が必要であり、意志の統一が必要だった。
彼等は“歩み”と呼ばれる複数の作戦に関わることで、精神的にも社会的にも退路を自ら断つことになる。
シナーはその最前線を歩く人間だという自負があったが、それでも、疑念を捨て去ることはできなかった。
極めて稀有な例なのだろう。
831
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:56:26 ID:K.ug12hY0
これまでに彼らの考えに対して異議を唱えたり、ましてや離反するような人間はいなかった。
そういう意味では、シナーは極めて異質な存在だという自覚があった。
(=゚д゚)「手前はまだ、救えそうな気がした。
それだけラギ」
(;`ハ´)「……」
(=゚д゚)「俺もあのババアは苦手だが、人を見る目はあるラギ。
自分は説得できなかったけど、手前をどうにかしてやってくれ、って言われてな。
死ぬ前にこうして話して分かったけど、手前は死ぬよりも生きてた方がいいラギ」
(;`ハ´)「民間人を爆殺しておいて、よく言うアルね」
これだけ言われても、まだ信じ切れない。
トラギコという男の持つ魅力は十二分に伝わってきているし、言い分も分かる。
しかし、それではシナーは自分が許せないのだ。
夢半ばで裏切り、そのまま生き続けるということが。
(=゚д゚)「手前らからすれば民間人。
俺たちからすれば敵の細胞ラギ。
手前らがジュスティアで民間人を殺したのと同じラギよ。
だけどこれが戦争ラギ。
やってやられて、またやって。
この戦争はそうやって続いて、結局は死体と瓦礫の山が残るラギ。
なら、少しでもまともな人間が生き残った方がいいに決まってるラギ」
(;`ハ´)「……普通、敵の指揮官にそんなことを言うなんてありえないアルよ。
自分の体内に毒を取り込むようなものアル」
あわよくば、トラギコにならば殺されてもいい。
彼にならば、殺されても悔いはない。
むしろ、彼にこそ殺されないとさえ思える。
彼に肯定されることに、何故か無上の喜びを覚えてしまう自分がいることに、シナーは徐々に気づき始めていた。
(=゚д゚)「うるせえな。
とにかく、手前は生きるラギ。
そんでもって、餃子を焼くラギ。
罪の清算やら何やらはその後ラギ」
もう。
もう、意地を張らなくてもいいのかもしれない。
この刑事ならば、シナーの罪を決して許しはしないはずだ。
許されない事こそが、今のシナーには必要なことだった。
仲間を裏切るということ。
夢を裏切るということ。
それら全てを受け入れるには、シナーの心はあまりにも繊細だった。
そして、これまでに歩いてきた道は血で汚れ切っていた。
832
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:56:53 ID:K.ug12hY0
自死することでその道から逃げようとしていたのは、恐らくは事実であり、彼の心が望んだ救済策だ。
重ねてきた罪の数が、人として生きるにはあまりにも多すぎる。
(=゚д゚)「とりあえず、もう時間がねぇラギ。
一緒に来てもらうラギよ。
その途中で、あいつらに関する情報をよこすラギ」
シナーは器用に手錠を拾い上げ、それを眺めた。
使い古された手錠。
しかしながら、その堅牢性が保障された手錠だ。
(;`ハ´)「……」
静かに。
シナーは自らの両手に手錠をかけた。
その音が聞こえた時、何か、心の中にあった重荷が初めて自分の一部であると認識できた気がした。
(=゚д゚)「上出来ラギ。
ほら、後ろに乗るラギ」
(;`ハ´)「……首を絞められるとか思わないアルか?」
(=゚д゚)「とことん素直じゃねぇ野郎ラギね。
時間がねぇんだ」
足を引きずり、シナーはトラギコの乗るバイクの後ろに跨った。
無防備だが、あまりにも大きな背中だった。
(=゚д゚)「じゃあ行くラギよ」
そして、燃えるヴィンスを後に、シナーはトラギコと共に列車へと向かったのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
かつて、二度の厄災を経験したヴィンスという街があった。
一度目は一人の殺し屋が街の内部を壊滅状態にした。
内部が元通りに機能するまでに要したのは、半年以上の辛酸を嘗める時間。
外的な支援によって、それでも破滅を回避することに成功した。
二度目の厄災は、街の外部を壊滅状態にした。
砲弾と焼夷弾の雨が全てを壊し、燃やし、焼失させた。
黒い雨が全ての炎を消すのにかかったのは3日。
消火活動を行う人間は一人もいなかった。
こうして遂に、ヴィンスは世界地図からその名を消すことになった。
これが、ヴィンスの落日である。
――ググルマップ・ヤフー著 『世界から消えた美しい街100選』より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
833
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:57:21 ID:K.ug12hY0
豸;゚ ヮ゚)「えええ……」
冷静沈着、あるいは一時の感情に流されることとは無縁と思われていたジャック・ジュノの反応は、想像した通りの物だった。
ヴィンスへの砲撃の影響に罪悪感を覚えたのではなく、ラヴニカを襲った部隊の首魁を生きて連れ帰ってきたことに対する純粋な反応だ。
手錠をした状態で大人しく車椅子に座っているとはいっても、その内面に秘めた暴力性と戦闘力の高さは危険の一言に尽きる。
言わば、自ら手負いにした肉食獣を連れてきたのである。
豸;゚ ヮ゚)「どうするんです?」
(=゚д゚)「どうするも何も、ひとまず手当ラギ」
自分自身も怪我人である以上、当然、手当てをするのは搭乗している医療チームだ。
骨折二か所と火傷の治療だけであれば、そこまで時間はかからないだろう。
豸;゚ ヮ゚)「アンストッパブルで暴れられでもしたら、取り返しがつかなくなります」
当然の危惧だった。
誰だって同じ危惧をするだろう。
この状況でわざわざ面倒ごとを取り込むメリットがない。
(=゚д゚)「こいつはそんなことしねぇラギ」
トラギコはこの手合いについて知悉しており、決して見誤ることはない。
この手の男は、そんなつまらないことはしないのだ。
それを選ぶぐらいなら、この類の人間は死を選ぶ。
豸;゚ ヮ゚)「……お知り合いで?」
(=゚д゚)「あぁ。 こいつの餃子が美味いラギ」
僅かの沈黙があったが、その間に列車がゆっくりと発車した感覚が伝わってきた。
豸;゚ ヮ゚)「えぇ……」
(;`ハ´)「……流石に私もそれはどうかと思うアル」
(=゚д゚)「まぁまぁ。 ティングルのババアも見込んだんだ。
とりあえず、よろしく頼むラギ。
情報が分かり次第伝えるから、な」
不承不承、といった様子でジュノが頷く。
不穏分子を抱き込んだことにより、作戦に支障が出る危険性が生まれたことは、彼女としては受け入れ難い事だろう。
彼女の様な一般常識人であれば、そもそもこの提案を受け入れるということ自体があり得ない、と断じるのが普通の反応だ。
しかし、トラギコの言葉を受け入れたのは、これ以上のやり取りが余計な遅れにつながることを危惧したのだろう。
もしくは、トラギコの言を信頼してくれたのかもしれない。
豸゚ ヮ゚)「それで、名前は?」
(=゚д゚)「……何てんだ、手前?」
834
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:57:42 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「……シナー・クラークス」
(=゚д゚)「シナーラギ」
豸゚ ヮ゚)「ではシナーさん。
御覧の通り、現在は緊急事態です。
くれぐれも、面倒を起こさないようにお願いします」
( `ハ´)「分かったアル」
(=゚д゚)「な? 聞き分けが良いラギ」
目頭を押さえ、ジュノは溜息を吐いた。
ジュスティア警察でもよく上司が見せた行動と同じだった。
そしてそのまま、トラギコに医療チームの待機している車両を空いた手で指す。
豸゚ ヮ゚)「後はお任せします」
(=゚д゚)「助かるラギ」
車椅子を押しながら、トラギコは列車の中を進んで行く。
既にアンストッパブルは砲弾の薬莢等の廃棄を済ませ、イルトリアに向かって進み始めている。
予定到着時間は、夜の11時。
それまでの間は、少なくとも危険はないはずだ。
(=゚д゚)「で、さっさと話をするラギ」
( `ハ´)「何を話せばいいアルか?」
(=゚д゚)「お前らの作戦だよ。
イルトリアを攻め込むってんだ、何かしらの策があるんだろ?」
自分は何も知らない体で質問をする。
少なくとも、相手が知っていて当然だろうと考えて削られる情報を無くすことができる。
対人コミュニケーションにおいて、情報を正しく得るために彼が警察学校で学んだことであり、役立った情報でもある。
( `ハ´)「陸海空の全方位からの質量による攻撃アル」
思っていたよりもシナーは協力的だった。
言葉をどこまで信用していいのかは分からないが、聞いている情報と一致するものがあれば、後は整合性を見ればいい。
だが、引っかかる部分があった。
(=゚д゚)「陸は間に合ってないラギよ?」
( `ハ´)「そうみたいアルね。
陸の部隊もあったけど、多分途中でダメになったみたいアル」
835
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:04 ID:K.ug12hY0
全方位からの質量による攻撃。
しかし、陸路だけは攻撃の時間に時差があった。
というよりも、トラギコが出発するまでは陸からの攻撃がなかっただけで、その後にあったのかもしれない。
ハート・ロッカーの砲撃を事前に防げたことが大きいのかもしれないが、それだけに頼っていたとは考えにくい。
陸の部隊が出遅れた理由も、海と空の攻撃が同時だった点を考えれば不自然だ。
ここまで入念に準備をして、陸だけが大きく遅れる理由は何だろうか。
(=゚д゚)「陸がそう簡単に駄目になるか?
それに、力技だけってこたぁないだろ」
( `ハ´)「詳細は知らないアル。 私の担当はラヴニカだったアル」
(=゚д゚)「……役割分担に伴う情報封鎖か」
狩りに裏切り者が出たとしても、情報が漏洩する心配がない。
必要な人間にだけ、必要な情報を。
組織運営としては至極真っ当な考え方だ。
( `ハ´)「だから、話せることなんてほとんどないアルよ。
もう全部実行済みアル」
(=゚д゚)「ま、そうだろうな。
イルトリア方面を担当する人間の中に、厄介なのは?」
( `ハ´)「……強いて言うなら5人。
“終末”、ダディ・クール・シェオルドレッド。
“猟犬”、ビーグル・ウラヴラスク。
“石臼”、シィシ・ギタクシアス。
“剛腕”、モナコ・ヴォリンクレックス。
そしてハインリッヒ・ヒムラー・トリッペン。
全員がイルトリアに恨みがあって、それぞれが指揮官アル。
戦闘能力はイルトリア軍人に負けるだろうけど、恨みと連携力が強みアルね」
(=゚д゚)「何人か聞いたことのある名前ラギね」
( `ハ´)「大体がどこかの罪人アル。
中でもハインリッヒは、まぁ、多分ただじゃすまないと思うアル」
(=゚д゚)「何でラギ?」
( `ハ´)「恨みが強いけど、逆恨みアル。
市長にほとんど毎年体のどこかを刻まれているアル。
だからこそ、痛みや恐怖への感覚が半分マヒしているアルね」
(=゚д゚)「……ただの狂人じゃねぇか」
( `ハ´)「他の細かい所は本当に知らないアル。
他に話せるようなことはないアルよ」
836
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:26 ID:K.ug12hY0
少しの間、トラギコは考えた。
この男から得られる情報は、そこまで期待はしていなかった。
独立した状況下での、情報の共有。
その可能性は考えていた。
しかし、それでも分かることはあった。
つまりは物量戦であることに変わりはなく、トラギコとデレシアがその場に留まる必要性はなかったということだ。
質で攻め込まれていないことが分かれば、後は現場の状況を聞いてから判断すればいい。
( `ハ´)「……ただ、一つだけ良く分からない命令があったアルね」
(=゚д゚)「どんな命令ラギ?」
( `ハ´)「イルトリアも、ジュスティアも。
最優先で海路を封鎖しろ、って命令アル」
(=゚д゚)「まぁどっちも海に面してるから……な」
確かに理にかなった命令ではある。
大陸の東西に位置する両者の海路を封鎖すれば、海軍を使用した双方向の援軍を封じることができる。
イルトリアとジュスティアが協力関係になることが想定されている状況では、物理的なつながりを封鎖することが重要である。
しかしそれは、半ば杞憂の様なものでもある。
デレシアとトラギコがジュスティアに向かうためにヘリを使い、クラフト山脈を越えるという道を選んだのは両者の間に広がる海こそを懸念したのだ。
ティンバーランドの海軍が待機していたこともある。
そして、ジュスティアへの攻撃を終えた船が真っすぐにこちらに来ないのと同じ理由があった。
“バミューダトライアングル”の存在である。
三つの島を結んだ地点で確認された船舶連続失踪事件によって真実とされながらも、後日その場所には何もないことが確認された。
不気味な事実だけが転がる中、船の航路として現代の常識となっているのがやはりその海域には近づかない、ということだ。
最初に確認されたバミューダトライアングルの位置は奇しくもイルトリアとジュスティアの間であり、万が一を懸念する人間は絶対にその付近を通らないことにしている。
オアシズがポートエレンに立ち寄り、万全の状態であることを確認したのちにティンカーベルに向かうのはそうした理由がある。
あの辺りの海は荒れるのだ。
そうしたことがあるにも関わらず、何故、海路の封鎖を最優先としたのか。
(=゚д゚)「正確には、どんな命令だったラギ?」
( `ハ´)「全ての港を使用不可能にさせ、船の出航を阻止せよ、だったはずアル」
(=゚д゚)「港の封鎖……なんでだ……」
( `ハ´)「言った通り、理由までは知らないアル。
だから両方の街に大量の軍艦を派遣したアル。
上陸できる距離まで近づいて潰されても、それだけで出航の障害になるアル」
物量で攻め入るための軍艦でさえ、港を封鎖するための駒。
確かに、そこに異質さを感じざるを得ない。
深く考えれば考えるほど、そこに必然性がないのだ。
まるで、これこそが本命であるかのようでもある。
837
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:46 ID:K.ug12hY0
(=゚д゚)「考えても仕方ねぇか」
呟いた言葉は、半ば自分に言い聞かせるものでもあった。
この状況下で追うべきものが今更変わることはない。
今のトラギコがやるべきことは、この戦争の終結に手を貸すことだ。
( `ハ´)「こっちからも質問いいアルか?」
(=゚д゚)「内容次第ラギ」
( `ハ´)「ワタナベとあんたは、どんな関係だったアルか?」
(=゚д゚)「昔の知り合いラギ」
( `ハ´)「そうアルか」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギ」
医者のいる車両に到着すると、あらかじめ報告があったのか、腕を組んで怒りを表現する白衣の男がいた。
確か、トラギコの要求を全て叶えてくれた人のいい男だ。
緊張に満ちた空気が漂う中、男が口を開いた。
(●ム●)「勘弁してくれ、って言ったらどうします?」
(=゚д゚)「勘弁しない、って言うラギ」
それを聞いて、男は破顔した。
(●ム●)「分かりました、最善を尽くします」
(=゚д゚)「手間かけるが、よろしく頼むラギ」
シナーを預け、トラギコは近くの椅子に腰かける。
( `ハ´)「仕事はいいアルか?」
(=゚д゚)「これが仕事ラギ」
(●ム●)「いやいや、寝ていてくださいよ!!」
(=゚д゚)「そうしたいのもやまやまだが、こいつが暴れたら大変だろう?」
(●ム●)「暴れないって請け負ったと聞いたのですが……」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギね。 だけど、万が一があったら嫌だろ?」
(●ム●)「そりゃそうですけど……
じゃあくれぐれも暴れないよう、お願いしますね」
(=゚д゚)「あぁ、そうするラギ」
838
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:59:20 ID:K.ug12hY0
トラギコは懐から、スキットルを取り出す。
ワインとステーキを注文したついでに、その場で依頼したカンフル剤的な物だ。
全身の痛みも気だるさも疲労も、正気のままでは耐えきれるものではない。
正直なところ、全身に広がる激痛は戦闘をするにはあまりにも重い物だった。
蓋を開ければ豊潤なウィスキーの香りが鼻孔に届き、束の間の安らぎを与える。
(●ム●)「……それは?」
その香りに、医者がトラギコの方を見る。
その目は、明らかな好奇心に輝いていた。
(=゚д゚)「ボウモアラギ。
……ほしいラギ?」
(●ム●)「一杯だけ」
スキットルを受け取った医者は一口呷り、そして、満足そうに息を吐いた。
(●ム●)「……美味い」
(=゚д゚)「だろう?」
今は戦時。
そして今は、世界中が戦場である。
これから世界で最大の戦場と化しているであろうイルトリアに向かうとなれば、心理的なストレスは相当な物だ。
手術をするわけではないため、男は酒を欲したのだろう。
( `ハ´)「もらっても?」
(=゚д゚)「あぁ」
シナーに手渡すと、彼は匂いを味わうようにして嗅ぎ、それから一口飲んだ。
ゆっくりと口の中で堪能してから嚥下し、そして言った。
( `ハ´)「美味いアル」
思想が違えど、美味い物は美味いのだ。
839
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:59:49 ID:K.ug12hY0
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あえて形容するなら、スポンジに染みた水を絞り出すような戦争だった。
水が十分にスポンジに染み渡り、機を見て握り潰す。
他の水が入る余地などない。
何せスポンジは手のひらの中に納まり、硬く握り潰されているのだから。
しかし。
拳はいつまでも握り固めることはできないのだ。
――とある戦場カメラマンの手記より
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September 26th
イルトリアでの市街戦は、着実に終わりへと近づいていた。
街中に分散して設置されていた通信の中継器も、そしてそれを活用するためのタブレットも破壊され、最早ティンバーランドの持つ優位性は失われていた。
増援が来るという算段は打ち破られ、残党が時間経過と共に殺戮されていった。
市街戦を大前提とした市民と部隊に迎え撃たれたティンバーランドの兵士たちは、秒針が進むごとに減っていった。
物量戦に持ち込んだ側が敗北するに至った最大の要因は、イルトリア側の用意にあった。
最初から敵を招き入れ、文字通り全方位から圧殺する自殺行為にも等しい手法は、作戦としては悪辣と言ってもいい。
文字通り陸海空、全方位からの同時攻撃に対抗するためには、これが最適解であると判断を下した最高責任者はこの結果に安堵していた。
宣戦布告から戦闘までに僅かな時間を要したとは言っても、その物量と質量は近代でも最大規模である。
これがイルトリアでなければ、間違いなく耐えきれずに街中が蹂躙されていたことだろう。
この結果を生み出すにあたり、ティンバーランドは大きな誤算をしていた。
それは、空だった。
空を飛翔する移動手段が稀有な物となり、空軍という概念そのものが消えた時代だからこその強みのはずだった。
航空空母を用いた大規模な空挺部隊と軍艦と有線接続された棺桶の存在が、戦場を圧倒するはずだったことは言うまでもない。
世界で唯一、空軍を分散して秘匿していたイルトリアにとってその戦略は対応可能な物だった。
これによって三方向からの攻撃が破綻。
陸上からの攻撃は、ハート・ロッカーがイルトリアに砲撃を行う前に動きを止めたことにより、そのタイミングをずらすことになる。
街の外で待機していたイルトリア陸軍と親イルトリア派の街により、近隣の街から向かってくる増援は街に到着する前に全滅させられていた。
その結果として、海上からの増援だけがあえて街へと招き入れられ、狩りの対象となった。
敵が上陸をしなければいつまでも軍艦の砲撃が街に降り注ぐことになるため、上陸が成功したと思わせる必要があった。
砲撃は敵味方の識別をして行えるものではないため、敵の攻撃を弱体化させるにはこれが最も簡単な手段なのだ。
イルトリア海軍はそれを承知の上で敵を上陸させ、そして弱体化したのを見届けてから敵艦を迎撃。
陸軍は適度に街中には侵攻させ、基地内に入り込んだ輩は容赦なく殺した。
敵戦力が全て注ぎ込まれたことを確認してから、ようやく反攻作戦が開始されたのである。
非戦闘員に被害が出ないよう、戦闘は街の中心に集中する様に誘導が行われた。
そして戦闘要員となる住民は街中に分散し、適度に攻撃を加えつつその瞬間を待ち続けていたのである。
ミ,,゚Д゚彡「増援に注意しつつ、残党を始末しろ」
840
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:12 ID:K.ug12hY0
市長フサ・エクスプローラーの一言によって、街中で残党狩りが行われたのは、日付を跨いだ3時ごろのことであった。
フサが彼らの目論見、あるいは作戦を見抜いたのは、複数の情報を統合しての見解からだった。
戦争をするのであれば、兵站という概念は決して無視できない要素だ。
しかしながら、イルトリアを攻め入ろうとする部隊も、ジュスティアに攻め入る部隊も、短期決戦を予定していたのかあるべき兵站線が存在しなかった。
それはつまり、長期戦を予定しておらず、一瞬の火力に全力を注いでいることを意味していた。
一瞬で勝利を決することができると、本気で信じていたのだろうか。
ミ,,゚Д゚彡「あー……こりゃ、やられたな」
しかし、勝利を確信しつつも、負けを受け入れたフサの言葉は黒い空に吸い込まれた。
黒い雨は降り続け、街で起きていた火災は落ち着きを見せている。
隣で大口径の対物ライフルを構えていた妻のチハル・ランバージャックが残念そうに同意した。
从´ヮ`从ト「やられましたねぇ」
単純なイルトリア人の死体の数で言えば、歴代最多。
被害の規模で言っても歴代最悪である。
戦果のみを見ればイルトリアの勝利であるが、敵勢力の目的を達成させてしまったという事実に気づいた時には、もう手遅れだった。
ミ,,゚Д゚彡「損耗はどれぐらいだ?」
从´ヮ`从ト「人員であれば2割、建物なら5割ってところですかね」
ミ,,゚Д゚彡「ジュスティアを最優先にして、こっちは二番目……
腹立つな。
あー、フォックスの勝ちだ」
最後に呟いた一言を、耳付きであるチハルが聞き逃すはずもない。
从´ヮ`从ト「あっ、ひょっとしなくても賭けてましたね」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、賭けてたよ。
戦争になった時にどっちが優先されるか、ってな。
しかし最初から海が目的だったか」
相手の思惑が分かれば、これほど腹立たしいことはない。
相手の目論見通りに動き、そして目的は達成されようとしている。
海を封じられ、空路を潰され、残されたのは陸路のみ。
この状況を生み出すことこそが、敵の狙いだったのだ。
後は陸から迫ってくる敵増援に対応を迫られることとなる。
街の機能を回復しながらそれを迎え撃つ余力は、正直なところ十分とは言えなかった。
何せ、街中の道路には敵の残骸が散乱し、兵士のまとまった展開が出来ない。
市街地にビーストを始めとする陸軍を待機させていなければ、被害はこれ以上の物になったことだろう。
ミ,,゚Д゚彡「……来たか」
841
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:32 ID:K.ug12hY0
巨大な車輪がレールを踏みしめる音が、静けさを取り戻しつつあるイルトリアに届く。
それはある意味で定刻通り。
ある意味で、予定通りの到着である。
ミ,,゚Д゚彡「さて、第二波に備えるぞ。
連中の殲滅にトソンが出張ったからな。
後は、こっちで処理だ」
陸軍大将の使用する棺桶“スリーハンドレッド”は、乱戦において比類なき強さを発揮する。
しかし、その力には制限がある。
スリーハンドレッドは300機の小型無人航空機を操作し、敵を爆殺することを最大の特徴としている。
そしてその無人機は全て使いきり、残された装備は槍と盾となっている。
それだけでも彼女は十分に戦えるが、大量の敵兵を相手にするのには不向きだ。
それは単純に敵を殲滅するのに時間がかかるというだけであって、負けるということではない。
彼女が生き延びても、街の被害がこれ以上拡大するのは避けられない。
最終的にイルトリアが得るのは勝利だとしても、受ける被害が後にイルトリアの命を奪わないとは断言できないのが現実だ。
無人航空機の製造にはラヴニカの復興が必須であり、今後数年規模での補充が不可能であることを覚悟していた。
ミ,,゚Д゚彡「……なぁ、チハル」
フサがかけた言葉は市長と空軍大将の間で交わされるそれとは違い、夫から妻へと向けられるそれだった。
从´ヮ`从ト「うん?」
つぶらな瞳が、フサに向けられる。
戦闘機を駆り、対物ライフルを振り回し、死体の山と戦果を築き上げた彼女の声もまた、フサと同じ類のものだった。
ミ,,゚Д゚彡「酒でも飲まないか?」
从´ヮ`从ト「いいねぇ。 どこで飲む?」
ミ,,゚Д゚彡「適当な店でいいさ。
お前と一緒ならどこでも」
从´ヮ`从ト「はははっ、らしくないねぇ。
どうしたよ?」
それは、長年連れ添った妻だからこそ分かるフサの心境の微細な変化だった。
そしてそれに気づいてくれることを、フサは期待していたし、確信していた。
ミ,,゚Д゚彡「なに、ちょっと疲れが出たみたいだ。
いやか?」
普段は数万の市民と軍人を背負い、緊急時には最前線で指揮を執る。
それを平然とやってのけているが、実際のところ、本人の自覚のない所で味わうストレスの負荷は人生最大のもの。
博打にも近い作戦が成功したが、まだ終わらないという事実が彼に支えを欲させる。
一瞬でいい。
842
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:52 ID:K.ug12hY0
ほんの一瞬寄り添ってくれる存在がいれば、まだ戦える。
その役割を、彼の妻は言われずとも理解していた。
从´ヮ`从ト「そういう人間らしいところが好きだよ。
……旦那」
ミ,,゚Д゚彡「なんだ?」
それは、いつも通りのやり取りだった。
彼女と出会い、一緒になった時から続く約束事のようなやり取り。
言葉遊びから始まり、そして、今も続く合図。
从´ヮ`从ト「ん」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ」
差し出された手を、フサは躊躇うことなく繋ぐ。
今も昔も変わらない、心を寄せた最愛の手。
伝わるのは言葉以上のそれ。
人はそれを――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
手をつなげば、言葉以上に分かりあえることがある。
――ジュスティアの諺
手をつなぐという行為は、言葉を超えることもある。
――イルトリアの諺
愛を知るための最も簡単な手段。
――ノ・ドゥノの諺
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イルトリアに到着したアンストッパブルから続々と武器弾薬を降ろされる中、二人のジュノとフサはカフェを転用した司令部で握手を交わし、小さなテーブルを挟んでの会合を開始した。
彼らの目的は、これから出現するであろう敵増援に対する陣地構築と非戦闘員の避難だった。
街中の人間が戦える状態にあるのは事実だが、年齢や体のハンデを鑑みれば長時間戦えない人間がいるのもまた事実だ。
その事実から目を背けるわけにもいかず、どのようにして民間人を避難させるのかという点に難儀した。
アンストッパブルは全面的に砲撃に特化させており、イルトリア防衛の重要な役割を果たすことになる。
そうなると必然、民間人を避難させる最も安全な場所と言えばイルトリア軍基地ということになった。
意図的に敵を上陸させさえしなければ、絶対の防御力を誇る基地に民間人を避難させる。
それは、極めて危険な賭けにさえなり得る作戦だった。
843
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:01:14 ID:K.ug12hY0
敵が砲兵を率いていれば、基地も無傷では済まない。
今回も艦砲射撃によって甚大な被害を受けたが、海軍と空軍が健在だった時の話である。
海軍はその大多数が船を失い、沈没した敵味方の軍艦によって沖合に出ることは不可能となっていた。
空軍は大規模に展開したことにより、バッテリーの充電と整備に時間がかかってしまっている。
つまりは、万全とはおおよそ言い難い状況での防衛戦となる。
威力偵察も兼ねて少数の部隊が展開し、それぞれの方面で敵の動きについて逐一動向を探っている。
報告があるまでの束の間、街では炊き出しや装備の整備や準備など、次の戦いに向けての比較的落ち着いた時間が過ぎている。
温食が戦闘員たちに振舞われ、街に通じる大きな道を中心にバリケードが構築。
陸軍から砲撃を免れた装甲車や戦車が街中に配備され、背の高いビルには狙撃手たちが陣取る。
砲兵たちは牽引式榴弾砲を持ち出し、ビルの上や狭い路地に配置して街の外からやってくる外敵への砲撃に備えた。
敵の残党や罠がないかについては、“ビースト”が担当し、わずかな異変さえも見逃すことはない。
偵察に向かった部隊から連絡があったのは、朝4時のこと。
近隣にある敵対的な街、あるいは内藤財団の傘下になった街からすでに複数の戦闘集団が移動しているという報告だった。
黒い雨によって地面がぬかるみ、暗闇が進軍速度を著しく低下させているのが幸いしたのだろう。
分かっているだけでも、その規模は4万人以上。
イルトリアにとっては相手にできない数ではないが、この状況下で相手にするにはいささか面倒臭い相手だった。
面倒なのは、街の復興が遅れる点にあった。
イルトリアにおいて戦争とは、復興が終わるまでの期間を指す。
その期間を左右するのが、相手が行う攻撃の苛烈さの濃度である。
同じ戦争でも、銃火器が中心になるのと砲撃が中心になるのとでは、まるで別の傷跡を残す。
故に、相手が陸上から攻め込むしかないことが幸いだったが、相手の部隊規模と装備が気になるところだ。
兵站を無視した全方位からの攻撃は、詰まるところ、こちらの主戦力を表舞台に引き摺り出すための捨て身の攻撃。
本命の一撃は、彼らの考えに感化された人間たちによる一斉攻撃なのだろう。
威力は微弱だが、その数で圧倒するという、初めの攻撃にあった質さえも無視した物量での攻撃。
その物量に、どのような質量という味付けがされているのかが問題だ。
間もなく訪れた追加の連絡がもたらしたのは、敵の装備と正体だった。
ぬかるみで進軍速度が落ちている敵の正体は、一般車両のハンドルを握るただの民間人。
そして車の屋根に括り付けている装備は、棺桶だった。
中身を見るまでもなく、内藤財団がすでに各戦場で使用している白いジョン・ドゥであることは明白だ。
大量生産を完了させ、物流を支配したことで世界中に配ったのだろう。
しかしながら、それは朗報でもあった。
相手は優れた兵器を持つ、戦争の素人なのだ。
中には軍隊経験がある人間もいるだろうが、それは瑣末な問題だ。
カルディ・コルフィ・ファームからの増援が最も規模が大きく、2万人近い規模で迫っているという。
幸いにして、カルディ・コルフィ・ファームの部隊は船を使っての進出となっており、少しずつ上陸が開始しているとのことだった。
それらの情報を統合し、イルトリア軍が選んだ攻撃手段は迎撃戦であった。
相手が戦争素人であれば、相手が望む防衛戦をする必要はない。
攻めてくるというのであれば、勢い付く前に全力で迎え撃ち、そして撃滅するだけなのだ。
陸軍は即座に残存兵力を分配し、海軍、空軍と合流して部隊を再編。
街にはビーストと砲兵隊を主とした防衛戦力を残し、即座に行動を開始した。
844
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:01:35 ID:K.ug12hY0
途端に慌ただしくなる中、二人のジュノはアンストッパブルへと戻る。
ここから先は、定刻通りにはいかない。
彼らの得意分野である、精巧な時計じみた動きで戦うしかないのだ。
豸゚ ヮ゚)「当列車周辺の全友軍に通達します。
間もなく弾着観測射撃を行います。
お気を付けください」
イルトリア軍との回線を確認し、列車砲の照準を動かす。
そして、カルディ・コルフィ・ファームに砲塔が向き、角度が整った瞬間。
自分の隣に雷が落ちてきたのではないかと錯覚するほど砲声が響き渡る。
弾着観測を担う偵察部隊から、少しして報告が入った。
『弾着確認。 接岸した敵部隊の左翼の一部を削った。
修正座標を送る』
修正後の座標を受け取り、そして二発目。
『弾着確認。 いい腕だ。
誘爆を確認。 このまま砲撃を続けてくれ』
これにより、カルディ・コルフィ・ファームから迫る陸軍に対しての砲撃が本格的に始めることができた。
砲弾をフレシェット弾に切り替え、三発、四発と続け様に放つ。
着弾の報告を受け、更に焼夷弾へと切り替えた。
『この後は我々も連中を歓迎する。
砲撃に感謝を。
継続して砲撃を頼む』
威力偵察に向かった部隊の数は、精々50人程度だ。
今の砲撃でどれだけの敵を無力化できたかは不明だが、不思議とイルトリア軍人が言うと無謀とは思えない。
『威力偵察を担当するのは、陸軍の狙撃部隊だ。
安心しろ、狂ってなどいないさ』
単純な計算で25組の狙撃手。
それでも、それでも、だ。
イルトリア陸軍の狙撃手と言えば、その全員が例外なくペニサス・ノースフェイスの教えを引き継いだ恐るべき兵士だ。
手持ちの弾薬の数だけの死体を生み出すことは、約束されたようなものだ。
後は、砲撃がどの程度まで相手の数を減らせるか。
そして、イルトリア陸軍がどれだけの速度で辿り着けるかが重要だ。
イルトリア陸軍の保有する列車砲を連結させ、アンストッパブルはその砲門を初期の倍以上に増やしており、その破壊力は文字通り地上最強の物となった。
複数同時に砲をコントロールできるという強みを生かし、地平線の先にある別の土地に向けて続々と砲撃を行う。
砲弾の装填作業はそれに慣れたイルトリア陸軍と海軍の人間が行うことで、極めて早い間隔で砲撃が実行出来ていた。
一度でも戦場で砲弾の雨に遭遇すれば、その脅威は骨身に染みて理解できる。
それ故に、民間人で構成された部隊が相手の姿も見えないというのに受けた砲撃は、彼らの正気と統制を奪うのには十分すぎた。
夜明けが近いにもかかわらず太陽は未だ見えず、空が白むこともない。
845
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:02:42 ID:K.ug12hY0
気温が低下し、泥濘の上をタイヤが空転することも増え、車のバッテリー消耗が激しくなるにつれて焦りが生まれてくる。
果たして、このまま無事にイルトリアにまでたどり着けるのだろうか、と。
彼等はまだイルトリアの街の光を目視していないが、降り注ぐ砲弾がもたらした被害だけは嫌でも分かってしまう。
更に、砲弾が耕した地面に転落して身動きが取れなくなる車両もあった。
彼等は舗装路に合流するまでの間、そうした地獄を味わわなければならない。
イルトリアへと続く舗装路は戦車の重量にも耐え得るほどの強度を持っているが、しかし、砲弾の直撃には耐えられない。
土と違い、舗装路はある程度自然に直るものではない。
一度壊れてしまえば、車両の通行を妨害する悪路へと変貌する。
車という文明の利器を使う者にとって、それを放棄するという選択肢はまず浮かんでこない。
ましてや、戦場に向かう中、雨が降り注ぐ中という心理的にも環境的にも安心が欲しい人間にとって、鉄の塊である車は手放しがたい存在だ。
イルトリア陸軍の威力偵察部隊はそれらを遠方から見て取り、砲撃の合間に狙撃を行う。
狙撃と砲撃に誘導される形で、敵部隊が舗装路に続々と合流する。
車列を成したところで、先頭車両から狙撃の対象となる。
前輪を撃ち抜き、シャフトを撃ち抜き、もしくは運転手の額を撃ち抜く。
あっという間に渋滞が起き、溜まったところに砲弾が落ちてくる。
それでも、その勢いは萎えることなくイルトリアへと進軍が続いた。
完全装備の陸軍が各地で撃破に向かうも、取り漏らしがある可能性は否定できない。
それらがイルトリアに侵入する前に対応するのが、イルトリアの最高戦力である。
南部から北上してくるカルディ・コルフィ・ファームとその他の軍を合算すれば、3万人を下ることのない部隊が迫ってくることになる。
陸軍が対応して数を減らしたとしても、連隊規模は想定しなければならない。
対応するのはイルトリア陸軍大将、“左の大槌”トソン・エディ・バウアー率いる300人の最優秀の狙撃部隊。
ペニサス・ノースフェイスが残した教え、そして、彼女が確立した単独での狙撃戦を得意とする殺しの精鋭。
さながら蜘蛛の糸のように、互いの死角を補う形で配置についている。
狙撃に特化した装備のソルダットは、有効射程3キロの狙撃銃を構え、いつでも戦える準備が整っていた。
イルトリアまで1キロの地点で彼らは構えているが、最後の砦として立ちはだかるのは、陸軍大将その人である。
(゚、゚トソン「見つけ次第殺せ。
見つけ次第叩き潰せ」
手短な命令を下し、それを狙撃手たちは無言で了解した。
東部から迫りくる敵に対しては、海軍大将“右の大斧”シャキン・ラルフローレンが対応する。
海兵隊の猛者を50人、そして海軍の選りすぐりを50人。
荒地から迫ってきているのは、車両を用いた部隊。
その機動力を奪うための罠が設置され、足場の悪くなった荒野での撃ち合いに引きずり込む準備が整っていた。
最前線で腕を組み、シャキンは部下と共に最悪に備える。
(`・ω・´)「見つけ次第殺せ。
見つけ次第叩き切れ」
こちらもやはり、短い命令を下すだけに留まる。
部下たちは刻一刻と迫る戦闘を前に、武者震いを押さえるのがやっとだった。
海軍所属の人間にとって足場の悪い環境での戦闘は当たり前の事であり、むしろ地面があるだけありがたいというものだった。
南下してくる残党に対しては、“戦争王”フサ・エクスプローラーと海兵隊大将チハル・ランバージャックの二人だけが対応にあたった。
846
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:03:41 ID:K.ug12hY0
ミ,,゚Д゚彡「さて、どう来るかな」
市長の背負う“ロード・オブ・ウォー”は大量の敵を相手にすることに特化した棺桶で、チハルの使用する“シューテムアップ”と合わせて使用することで、優に三桁の敵を相手取ることができる。
放たれる銃弾の数は、数万発を越えることだろう。
从´ヮ`从ト「そら死に物狂いでしょうよ」
迫ってきているのは数千人規模の部隊が複数だと予想されている。
幸いにしてラヴニカからの増援が失敗に終わったため、敵の勢いは決して驚異的なものではない。
二人がそれぞれ用いる棺桶は、こうした状況下でこそ力を発揮するものだ。
そして。
( ФωФ)「とりあえず、落ち着いて飯を食おうではないか。
交代制で、とにかく全員に飯が行き渡るようにな」
!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「賛成です、主」
イルトリアの街を守る最後の要は、前イルトリア市長“ビーストマスター”ロマネスク・O・スモークジャンパーと、彼の部下である“ビースト”の代表者。
ロウガ・ウォルフスキンはロマネスクの隣に立ち、彼の意見に賛成の声を上げる。
ロマネスクの使う“アンタッチャブル”は集団に穴を開けることに特化し、ロウガの使う“ザ・グレイ”は孤立した敵を確実に仕留め得る棺桶だ。
二人が合わさればロマネスクの通った後に残るのは、無残な死体のみである。
ジュスティアからの客人が三人と、耳付きの少年一人もまた、賛同した。
(*‘ω‘ *)「腹減ったっぽ!!」
ティングル・ポーツマス・ポールスミスは机の上を叩き、料理の催促をする。
それを白い目で見ていたニダー・スベヌは、だがしかし、首肯する。
<ヽ`∀´>「……そうニダね」
(=゚д゚)「餃子だろ? 楽しみラギ」
漂う香りに前のめりになるのは、トラギコ・マウンテンライトとブーンの二人だ。
すでにその料理を食べたことのある二人は、小皿にポン酢を注ぎ、すぐに食べ始められるように準備を終えている。
(∪´ω`)「餃子!!」
そして、彼等が一堂に会した軍食堂の厨房で鍋を振るい、黙々と食事を作るのはティンバーランドの幹部だった男。
シナー・クラークスは無言で料理を作り、そして、大皿いっぱいに盛った餃子を机に置く。
湯気の立ち昇る餃子の表面には黄金色ともきつね色とも言い難い焦げが残り、それでいて包んだ皮から肉汁があふれ出すことのないよう、丁寧に作られていた。
一同が一斉に箸を伸ばし、一心不乱に食べ始める。
その姿は、とても戦争中とは思えない程に微笑ましい物だった。
砂時計から砂が消えて行くように、一定の速度で餃子が皿から消えて行く。
追加の餃子の調理が終わる前に、最初の皿から餃子は姿を消していた。
呆れながらも、新たな皿と交換する。
847
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:04:05 ID:K.ug12hY0
一組に対して大皿2枚分の餃子を提供すること。
それが、捕虜である彼に課せられた仕事だった。
片腕片足を骨折しながらも、その動きは素人目に見ても実に無駄のない奇麗なものだった。
( `ハ´)「次の連中は何人ぐらいアルか?」
新たな餃子の仕込みを始めたシナーの言葉に、ロウガが明るい口調で答えた。
リi、゚ー ゚イ`!「多分50人ずつだ」
野菜を刻む包丁を止めずに、だがしかし、声には確かな動揺をにじませながらシナーが尋ねる。
( `ハ´)「……ずつ?
何組来るアル?」
リi、゚ー ゚イ`!「さぁな」
(;`ハ´)「時間も人手も足りないアルよ」
リi、゚ー ゚イ`!「安心しろ。 民間人と待機中の軍人に振舞うだけだ」
(;`ハ´)「せめて、下ごしらえの手伝いと配膳の手伝いが必要アル」
幸いにして食材は大量にある。
不幸にして、軍内部の調理担当者は皆戦場にいた。
リi、゚ー ゚イ`!「次に来るのは、ビーストの連中だから急いで大量に作らないとすぐに不足するぞ」
ビーストはロマネスク直属の部隊であり、単独任務を得意とする。
耳付きという人種は優れた身体能力を持つ一方で、その消費カロリーは普通の人間とは比較にならない程のものになる。
激しい運動をせずとも、その体を維持するための凝縮された筋肉、動かすための強靭な心臓を支えるためには食事は欠かせない。
(;`ハ´)「だったら、なおさら手伝いが必要アル!!
ビースト50人分の餃子なんて片手じゃ無理アル!!」
半ば悲鳴のような言葉だった。
己の身分を考えればそれを言える立場ではないが、それでも、彼は意見を言わずにはいられなかった。
意外なことに、助け舟を出したのはロマネスクだった。
( ФωФ)「ならば、下ごしらえの途中まであいつらに手伝わせるならどうだ?」
リi、゚ー ゚イ`!「あぁ、それなら出来そうですね」
(;`ハ´)「野菜を切って、規定量の調味料を混ぜて、後は包んでくれればいいアル!!」
大振りの包丁を使い、シナーは野菜をみじん切りにしていく。
それらはまるで魔法のように刻まれ、積まれ、そして混ざっていった。
野菜には塩がまぶされ、もまれ、余分な水分が排除されている。
これを冷蔵庫から出したばかりの、即ち低い温度の状態の挽肉と合わせることによって餡が作られる。
848
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:04:27 ID:K.ug12hY0
更にそれを冷蔵庫で寝かせて冷やし、皮に包んでようやく焼き上げるのがシナーの餃子の調理行程だ。
全ての作業に時間がかかるため、同時並行で行えば一食当たりの提供時間が送れる。
戦場において時間は何よりも重宝する物であることは言うまでもない。
これから戦場に身を投じる人間達にとって食事が重要であるのと同時に、それを楽しむ時間を重んじるのが人間というものだ。
食事が早く提供されれば、それだけ時間を贅沢に使うことができる。
リi、゚ー ゚イ`!「分かった。 ……聞いていたな?
各位、手伝え」
次々と現れた人影は、恐ろしく正確かつ素早く調理の準備を始めた。
シナーの指示に従って野菜を切り刻み、絞り、合わせ、寝かせ、そして包む。
そうして手元にやってきた餃子をシナーが焼き始めると、たちまち香ばしい匂いが厨房に漂い始める。
人間以上の嗅覚を持つ耳付きの彼らは、その匂いだけで破顔していた。
準備をする人間、そして食べる人間でローテーションすることで全員に食事と時間が平等に与えられた。
殺し合いの中、何気のない時間こそが何物にも代えがたい物であることを、イルトリア人は誰よりも知悉している。
ビーストたちが食事をする間、ブーンはロマネスクに連れられ、遺体安置所に向かっていた。
小さな手をロマネスクの大きな手が包むようにして繋ぎ、ヒートの元へと向かう。
道中、二人は無言だった。
安置所に到着し、そして、ヒートの遺体を通称ではない“本物の棺桶”へと移す。
その作業は粛々と行われた。
奇麗に整えられた遺体の周りに色鮮やかな花を供えていく間、ブーンは奥歯を噛み締め、感情が溢れ出ないように耐え続けた。
ヒートはまるで花で作られた布団で眠る様にして棺桶の中に横たわり、そして、もう二度と起き上がらないことをブーンに強く認識させる。
出会い、過ごした日々は決して長いとは言えない。
しかし、その間に交わされた言葉や想いは両者の人生を大きく変えるだけのものがあった。
まだ話したいことも、聞きたいことも、教えてもらいたいことも、山のようにあった。
二度とそれが叶わないと思うだけで、悔しさと寂しさが胸に去来する。
言葉に出さず、ブーンは胸中で彼女に伝えたかった言葉を反芻しながら、ヒートの顔の傍に花を添えた。
自らの手で棺桶の蓋を閉め、そして、火葬に送り出した。
ただボタンを押すだけの作業ではあったが、それはブーンの心の中での区切りの儀式でもあった。
:;(∪; ω );:
( ФωФ)
火葬が終わるまで、ロマネスクは無言でブーンの傍にいた。
手を繋ぎ、ただ静かに、傍にいた。
ただ、手を繋ぎ。
ただ、傍にいる。
それだけで人は――
849
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:04:49 ID:K.ug12hY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
どんな夢でも、力があれば叶えることができる。
夢を叶えられないと嘆く人間は、ただの弱者である。
叶うまで行動し続ければいいだけなのだから。
――ウォルマート・ディズィー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世界が戦争に夢中になる中、恐らくは世界で最も平和な街となったオセアンにはティンバーランドの幹部が集っていた。
それは一部の人間だけが知る集まりであったが、目的を知るのはさらに少ない四人だけだった。
四人は一軒のレストランを貸し切り、食事をしながら船の最終点検が終わる報告を待っていた。
o川*゚ー゚)o
キュート・ウルヴァリン。
ジュスティア殲滅後、予定通りにオセアンに到着した彼女は身なりと装備を整え、悠然と紅茶を堪能している。
その青い瞳は部屋を反射しているが、見ているのは別の物だった。
夢が叶う寸前、夢が現実になる一歩手前の心地。
その目が見るのは、これから別れを告げる世界の姿だった。
夢が現実と置き換わる。
後は、時が来るのを待つのみ。
ξ゚⊿゚)ξ
内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
ニョルロックから直接オセアンに向かい、そこで世界情勢を収集しつつ、夢に至る最後の一歩に向けた準備を行っていた。
決して誰かに悟られず、知られず、気づかれないように進めてきた計画の最終段階。
その準備が、もう間もなく完了する。
彼女の中で考え得る全ての準備、想像し得る全ての障害に対抗する手段は実行済みだ。
後は、時が来るのを待つのみ。
( ^ω^)
内藤財団社長、西川・リーガル・ホライゾン。
生まれながらにして役割を与えられ、それをこなし続けてきた男。
世界を一つにするために粉骨砕身の努力を惜しまず、25歳になるまでを日々過ごした。
準備された日常、用意された友人、与えられた夢。
後は、時が来るのを待つのみ。
( ^ω^)
そして、内藤財団総帥、内藤・ネイサン・ホライゾン。
その存在を極限まで秘匿しつつ、世界に干渉してきた内藤財団の中心人物。
彼の存在を知るのは、ティンバーランドの最高幹部である三人だけだ。
他の幹部はその名前程度の存在しか知らず、公に顔を見たことのある人間は皆無と言っていい。
850
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:05:13 ID:K.ug12hY0
彼はこの日を待ち続けた。
夢を引き継ぎ、そして間もなく夢だったものが現実となる。
後は、時が来るのを待つのみ。
そう。
後は、時が来るだけなのだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夢の成就とは、夢が終わることではない。
新たな夢の始まりなのだ。
――内藤・ネイサン・ホライゾン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世界が戦争という行為を許容する中、一機のヘリコプターがニョルロックからラヴニカに向かっていた。
バッテリーの残量を考慮し、高度は低めに設定されたまま一直線に向かう。
既にヘリはラヴニカに迫り、海が見える場所にまで来ていた。
操縦桿を握るのは元イルトリア軍人のギコ・カスケードレンジ。
その隣で地図と方位磁針を使って指示を出すのは、デレシアだった。
暗闇と悪天候の中でも彼女の指示は完璧で、日中と変わりのない安定した航路を取ることが出来ていた。
(,,゚Д゚)「そろそろ作戦を教えてくれてもいいんじゃないか?」
その言葉にデレシアは少し考える仕草を見せ、そして言った。
ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 とりあえずラヴニカに寄って、バッテリーの交換をしましょう。
後は、あなたの棺桶の受け取りね。
それからあいつらを追うわ」
(,,゚Д゚)「なら、次の場所はオセアンか?」
二人の乗るヘリでは、バッテリー容量の問題でニョルロックから直接オセアンに行くことも、クラフト山脈を越えることもできない。
故に、クラフト山脈を大きく回り込み、それからオセアンに向かうことが最短の道のりだった。
内藤財団の幹部がオセアンに向かっていることを把握していたギコの言葉に、デレシアは頭を振る。
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、別の場所。 やつらの目的地に行きましょう。
“バミューダトライアングル”よ」
ギコの眉が僅かに動く。
いくつもの船舶が行方不明になり、不気味な噂だけが取り残された地域の名前だ。
実在はするが、すでにその存在が残っているかは分かっていない。
(,,゚Д゚)「ここまで来てオカルトかよ」
851
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:05:43 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、そうね。
オカルトのようなものをあいつらが追っているからこそ、私達もそこに行くのよ。
行き先が分かっているのなら、それが一番。
まぁ、多分道中で会うでしょうけど」
(,,゚Д゚)「詳しく訊いても?」
大真面目に語るデレシアの口調に、冗談やからかうような物は含まれていない。
ラヴニカの明かりが大きくなってくるにつれ、街の輪郭が薄らと見えてきた。
ζ(゚ー゚*ζ「少しだけなら教えてあげる。
バミューダトライアングルは実在するわ」
(,,゚Д゚)「……捜索隊が出て、その場所を再々調査したんだろ?
で、見つからなかった。
実在する、しないの議論は終わったはずだ。
実在はした、だが今は行方不明である、って答えのはずだと思ったが」
ζ(゚ー゚*ζ「違う場所を探したのよ、彼らは。
そして正しい場所を見つけた連中が、その研究の為に情報封鎖したの」
理屈としては正しい。
ただし、理由が分からない。
(,,゚Д゚)「仮にバミューダトライアングルが実在するとして、連中がそこに行く意味は?
もっと言えば、何でこのタイミングなんだ?
このタイミングでなければならない理由は?」
ζ(゚ー゚*ζ「その辺はまだ秘密。
ギコ、あなたには復讐の機会をあげる。
それで十分でしょう?」
それ以上は質問を受け付けないし、答えることもないと分かる口調だった。
実際、ギコは復讐さえできればそれでいいと考えている。
世界の命運も、世界の秘密も、どうでもいいのだ。
(,,゚Д゚)「……あぁ、そうだな」
デレシアはそれに満足したのか、笑みを浮かべる。
そして、懐中電灯を使いラヴニカに向けて光信号を送り始めた。
ここまできて撃ち落とされたら笑うに笑えない。
幸いにしてラヴニカからも光信号が返ってきて、無事に二人を乗せたヘリが着陸することが出来た。
( "ゞ)「……驚いた、本当に、いや驚いた」
雨の中で出迎えたのは、フォクシーギルドのデルタ・バクスターだった。
レインコートに身を包むデルタの声は、ヘリのローターが回転を止める前に口から漏れ出たものだった。
その驚きの声は、ヘリが来たことに対してではないのだと表情が物語っている。
まるで、幽霊の類を目撃したかのような驚きの色があった。
852
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:06:09 ID:K.ug12hY0
それは間違いなく、デレシアに対して向けられた感情だった。
ζ(゚ー゚*ζ「バッテリーの交換を急ぎでお願い。
後、ギコが預けていた棺桶を受け取りに来たわ」
( "ゞ)「えぇ、それは勿論。
他に必要な物は?」
ζ(゚ー゚*ζ「カフェインレスコーヒーを淹れた魔法瓶と軽食をもらえるかしら?
少し冷えてきたわ」
( "ゞ)「かしこまりました」
無線機でデルタが指示を出す間、ギコは腕を組んで考えていた。
ラヴニカがかなりの打撃を受け、今復興中であることは言を俟たない。
その中でもデルタが担う役割は大きなものであり、少しでも現場で指揮をしたいことだろう。
それでも、デレシアに会いに来て要望を叶えるというのは間違いなく特別待遇だ。
(,,゚Д゚)「先生もあんたの事を知っていた。
それも、随分と昔からだ。
顔が広いんだな」
ζ(゚ー゚*ζ「運がいいだけよ」
ほどなくして、大きな魔法瓶が運ばれ、アルミホイルに包まれたハムとチーズのホットサンドが振舞われた。
コックピット内で包みを開き、大きく頬張る。
ピザソースとレタス、そしてからしマヨネーズが味の調和と旨味の相乗効果を生み出していた。
カフェインレスとはいえ、コーヒーの程よい苦みと香ばしさが操縦で疲れた体に染み渡る。
(,,゚Д゚)「こんなにゆっくりでいいのか?」
世界を変えようと試みる戦争が始まって、もう間もなく一日が経とうとしている。
それだけの時間があったのであれば、とうに目的を達成するには十分な時間だったことだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 あいつらは夜明け前にしか動けないもの」
(,,゚Д゚)「こんな空で夜明けも何もないだろ」
世界が暗闇に染まったのは午後のこと。
日の光が失われた今、夜明けと日暮れの違いを知るには時計を見るしかない。
ζ(゚ー゚*ζ「バミューダトライアングルの周りにある嵐が最も弱まるのは夜明け。
そこを狙わないとその先には行けないの。
ギコ、あなたは嵐の手前で復讐を果たせばいいわ。
その先は私のやるべきことだから」
それは有無を言わせぬ言葉だった。
復讐の機会を与えられた以上、他には望むべきではないと暗に伝えているのだ。
(,,゚Д゚)「……分かった」
853
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:06:53 ID:K.ug12hY0
嵐の手前で復讐を果たすために、選べる手段はそう多くない。
ホットサンドの残りを一口で頬張り、ギコは瞼を降ろす。
コーヒーを一口飲み、嚥下する。
そして、静かに息を吐く。
(,,゚Д゚)「俺も、俺のやるべきことをやる」
バッテリーの交換が終わった連絡が届き、ほどなくして棺桶が後部座席に積み込まれる。
重量が一気に増えたことで機体バランスとバッテリーの消耗が心配だったが、ローターを再始動して聞こえてきた音に問題がない事を確認して安堵する。
離陸の準備を始めると、デルタがデレシアの元に歩み寄ってきた。
( "ゞ)「デレシア様、お気をつけて」
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。 ラヴニカをよろしくね」
そして握手を交わし、デレシアがギコに目線を向ける。
ゆっくりと離陸し、ラヴニカの街並みが消える頃、ギコが口を開く。
(,,゚Д゚)「方角は?」
ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアとイルトリアの間よ。
そこにバミューダトライアングルがあるわ」
世界の両端。
世界の天秤を保ってきた街の間に、それがある。
その事実について、ギコは初耳というわけではなかった。
ジュスティアとイルトリア間での戦争は、常に陸での戦闘が主となることが想定されていた。
海路を使えばすぐにでも攻撃が可能だというのに、彼らは常に睨み合い、そして互いに干渉しないようにしてきた。
歴代の市長たちが幾度もあった戦争勃発の危機に際して、決して最後の一線を踏み越えなかった理由。
クラフト山脈という巨大な壁が世界を二分し、そして、それが不可思議な均衡を保ち続けていた。
海路が作戦の前提から外され続けた最大の理由。
その正体こそが、バミューダトライアングルの存在だったのだ。
実績のある怪異、あるいは事実と認識された悪夢。
にわかには受け入れがたい事実であるが、今はそれを受け入れる他なかった。
(,,゚Д゚)「なるほどな」
機体を旋回させ、南東に進路を取る。
後は、指針がずれないことだけを意識して進むだけだ。
無言の間が気まずいということではないが、何故かデレシアを前にするとギコの口は自然と独白の様な言葉を紡いでしまう。
(,,゚Д゚)「……先生は、あまり自分について話さない人だった」
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ペニーはそういう人だったわね」
(,,゚Д゚)「もしよければ、教えてくれないか?
勿論、話せる範囲でいいんだが」
854
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:07:14 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「教えられる範囲で、か……」
デレシアは考え込み、そして、ゆっくりと口を開く。
ζ(゚ー゚*ζ「昔も今も、外も中も美人だったわよ」
(,,゚Д゚)「あぁ、知ってるよ。 いい歳の取り方をしているって、もっぱら評判だった」
人は歳を取るにつれ、それまでの生き方が顔に現れてくる。
特に、老人と呼ばれる年齢になるにつれ、それは如実に顔に現れてくる。
不思議なことに、懐疑的な人間は狐に似た表情に寄り、沸点の低い人間は最初から怒りの表情が顔に張り付いている。
ペニサスは年老いてもなお、軍人とは思えぬ慈悲深い性格がそのまま表情に現れていた。
狙撃手として生き、そして多くの死体を積み上げてきた“魔女”は、その実誰よりも優しい人間だった。
少なくとも、ギコにとって彼女は家族と同じだけの優しさと厳しさを向けてくれた存在であり、かけがえのない存在だった。
ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、それは良かった」
(,,゚Д゚)「いつ頃から知り合いなんだ?」
ζ(゚ー゚*ζ「親しくなったのは会ってから少ししてだから、そう言う意味では知り合いになったのはティンカーベルね。
あの時はあそこまで仲良くなるとは思っていなかったけど、出会えてよかったわ」
(,,゚Д゚)「確かに、あの人は時々ティンカーベルの話をする時があったな。
バイクで旅をするのが好きだった、って聞いたことがある」
ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 その時も休暇を利用してバイクで来ていたわね。
その時のバイクが色々な人の手を渡って、今は“ディ”って名前で一緒に旅しているわ」
(,,゚Д゚)「世の中の狭さを感じるな」
デレシアの相槌は、ギコにとって一切のストレスを与えることはなかった。
故に、頭の中に溜まっていた疑問や想いが次から次に出てくる。
しかし、これ以上は口に出さない方がいい。
口に出すべきこと、そしてそうでない物の分別はつけられる。
だから、彼女の知り合いであるデレシアに対してギコが言うべき言葉は一つだけだった。
(,,゚Д゚)「……俺は、事ある度にあの人の教え子で良かったと心底思うよ」
ζ(゚ー゚*ζ「きっと、ペニーもあなたに教えられて良かったと思っているわ」
軍隊に入ってから、自分の生き方について悩むことが多々あった。
人を殺して金をもらう。
人殺しとの違いを考えれば考えるほど、自分の生き方が正しいのかと疑問に思う日が続いた。
己を殺しながら訓練と実戦を積み重ねる日々の中で、明らかに年寄りの女に負けた日のことは鮮烈に記憶に刻まれている。
855
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:07:37 ID:K.ug12hY0
その日から教えを請い、自分の中にある才能を見出された。
それは狙撃の才能だった。
本来は精密な計算を必要とする狙撃に対して、ギコは驚くべき直感と感覚によってそれを不要とした。
いつ銃爪を引けば銃弾がどの方向に飛び、そして曲がり、命中するのかを想像できた。
訓練の中で、彼に観測手は不要だった。
銃爪を引けば命中させられる。
それは狙撃手として恐るべき才能だったが、彼には優しさという欠点があった。
どこまでも冷酷非道にならなければならない狙撃手が甘さを持つということは、言うまでもなくあまりにも致命的な欠点だった。
ペニサスは、それを彼の愛すべき欠点だと言った。
その言葉は、彼の中で今も生き続けている。
軍を引退し、人を救うことに死力を尽くして今に至っても、なお色あせることのない言葉だ。
彼に狙撃の才能と欠点があったからこそ救えた命もあり、変えられた戦局もあったのだ。
その言葉があったからこそ、今のギコがある。
それから無言の時間が続いたが、気まずさは感じなかった。
黒曜石のように黒い海の上に広がるのは、灰色と黒の混じった空。
フロントガラスに叩きつけられるのはコールタールじみた黒い雨粒。
計器類が放つ淡い光とローターの轟音だけが、機内に漂っている。
海上で今自分がどこにいるのかを把握するためには、方位磁針か星に頼るほかない。
しかし、デレシアは一切の迷いなくギコに指示を出していく。
彼女が出発してから方位磁針を一度も見ていないことに、ギコは気づいていた。
ζ(゚ー゚*ζ「このままで大丈夫。
そろそろ準備しておいた方がいいわよ」
ギコは頷き、オートパイロットに切り替えてから後部座席に移動する。
自然と高度が上昇し、より広い視野が確保される。
(,,゚Д゚)「どっちを使うかは到着してから決める。
連中の船の種類は想定できるか?」
チェイタックカスタム“ネイラー”を使う狙撃特化の“シューター”。
そして、彼が使ってきた要塞攻略特化の“マン・オン・ファイヤ”。
この2機の棺桶が今ヘリに積まれており、それぞれの長所と短所がある。
相手の正体に応じて使い分けるのはあまりにも自然なことだ。
ギコの質問に対して、デレシアは驚くほど滑らかな口調で答えた。
ζ(゚ー゚*ζ「最低でも4人乗りの船で、そして余計な機械を積んでいない船ね。
最悪帆船の可能性もあるけど、多分原始的なエンジンを積んだ船が現実的ね。
足が速くないから、途中まで牽引してもらっているかもしれないわね。
場合によっては、ギリギリまで別の船に格納していて、嵐の中で出発するかも。
後は、護衛艦がいると考えるのが自然ね」
(,,゚Д゚)「嵐を抜けるにしちゃ、そりゃ随分とラフだな」
856
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:08:00 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 ラフだけど、それ故に頑丈よ」
あらゆる人工物に言えることだが、作りがシンプルであればあるだけ、それは頑丈さにつながる。
嵐の中を進むのであれば頑丈さを求めるのは道理だが、帆船は流石に原始的すぎる。
無論、木造ではなく金属製の船体で、尚且つ帆も最新の素材なのだろう。
しかしながら、嵐の中で帆を張るなど自殺行為にも等しい。
確実性を求めるのであれば、最新の電子機制御を用いたエンジンを使うのが道理だ。
理にかなっていない。
そんなギコの疑念の応えるようにして、デレシアは続けた。
ζ(゚ー゚*ζ「精密機器を持ち込むとすぐに壊れるのよ、あの辺り。
だから単純な方がいいの」
(,,゚Д゚)「雷とかの影響か?」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなところ。 さぁ、夢見がちな連中の目を覚まさせに行きましょうか」
そして眼前に航海灯の赤と緑の光を見つけ出す。
やがて巨大な船のシルエットが見えた瞬間、機内の空気が変わった。
(,,゚Д゚)「……あれか」
それは、それ一隻が街にある港程の大きさを持つ三隻の巨大な船だった。
まるで動く城壁そのものと言える直線の多い造形、そして槍衾のように突き出したアンテナ類と銃腔。
帆船とは程遠い、近未来的な物だが、間違いなく船の類ではあった。
全体のシルエットをよく見れば三角形に近い姿をしているが、強引に着陸できないというわけでもなさそうだった。
その直後、まばゆい光がヘリコプターを照らし出す。
急いで席に戻り、自動操縦から手動へと切り替える。
機首を下に向け、重力を味方につけて急降下させる。
(,,゚Д゚)「気づかれたな」
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうね」
(,,゚Д゚)「ここから先は別行動だ」
ζ(゚ー゚*ζ「気を付けてね」
敵の数は不明。
しかし、戦力の差は数百倍以上。
墜落寸前の速度での降下を終えて機首を強引に持ち上げ、射線に入らないように海面ギリギリを飛行させる。
曳光弾が後を追うようにして放たれるが、もう遅い。
超低空からの接近は、船が大きければ大きいほど迎撃が困難になる。
雨とも海水とも分からない水を受けながら、ヘリが中央の一隻に接近する。
857
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:08:25 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「……大型原子力ステルス艦“ヘミングウェイ・ペーパー”。
随分とまた、珍しいのを引っ張り出してきたわね。
ギコ、操縦は私がやってあげる。
降りてからは好きにしていいわよ」
(,,゚Д゚)「そうさせてもらう」
そして、機首がほぼ真上を向いて一気に加速。
急上昇を始め、船の直上にまで舞い上がる。
銃弾が機体を削る音が聞こえてきたところで、ギコは棺桶を背負い、ライフルケース型のコンテナを落とす。
躊躇うことなく背を下に向けて飛び降り、そして、起動コードを口にする。
(,,゚Д゚)『目には目をではない。貴様らの全てを奪い取る』
コンテナに体が取り込まれ、彼の体に強化外骨格が取り付けられていく。
そして、重装甲の棺桶“マン・オン・ファイヤ”が姿を現す。
ム..<::_|.>ゝ『いくぞぉぁあああああああ!!』
空中でもう一つのコンテナを掴み、そして、着地。
船体が傾くほどの衝撃は、だがしかし、装甲の一部を歪めただけだ。
並の船舶であれば転覆させるほどの勢いだったのだが、とギコは内心で相手の船への評価を改めた。
直後に頭上で花火かと見紛う爆発が起きたが、その正体を仰ぎ見ることはしない。
〔欒゚[::|::]゚〕『るぁあああああ!!』
雄叫びと共に大振りの剣を振り下ろしてきた男の一撃を回避し、回避した際の遠心力を利用してギコの左拳がその頭部を捉える。
Bクラスの棺桶とCクラスの棺桶の膂力は、その種類にもよるが基本的には倍以上の差がある。
全力で放たれた左ジャブは、ジョン・ドゥのマスクを砕いて使用者の顔を潰した。
ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』
武器の使用コードを入力し、右腕の武装規制を解除する。
目を覚ました右腕のコンテナ“ヘックス”を船の装甲に叩きつけ、そこから強力な対地下施設攻撃用の特殊貫通弾を放つ。
一撃で複数の装甲を一瞬で貫通し、船底にまで続く大穴を開けた。
遅れて爆炎がその穴から吹き上がる。
〔欒゚[::|::]゚〕『炉をやらせるな!!』
更に複数のジョン・ドゥが姿を現し、銃弾を浴びせかけてくる。
あらゆる船舶における弱点。
それは、内側からの攻撃への脆弱性である。
強力な火砲は全て外側に向けられるものであり、内側へは間違っても攻撃が出来ないようになっている。
更に、船の設計にもよるが、真上からの攻撃に対抗する手段はほとんどない。
取り付けられた機銃も真上を向く前提で作られていないため、ギコの降下を止められなかったのだ。
故に、船に乗り込んでしまえば後は船に残っている人間だけが頼みの綱なのである。
そして彼らは炉を破壊されることを恐れている。
858
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:08:48 ID:K.ug12hY0
デレシアの言うところの原子力がニューソクを意味していることは分かる。
ニューソクによる爆発をここで起こせば、彼らが守ろうとしている対象も消し飛ぶことになるからだ。
自爆覚悟で攻撃すれば、ギコの目的は達成される。
だがそれでは意味がない。
奪うのだ。
彼らの命を、夢を。
こちらが死ぬことなく、ただ一方的に奪うのだ。
バンカーバスターを撃ち込んだのは、その先に炉がない事を確信しての一撃だった。
仮にあったとしても、重装甲の船でその個所を強固にしない理由はない。
ニューソクという取り扱いに慎重さを要するものは、総じて強力な安全装置も備わっているものだ。
彼らの重鎮を運ぶ、もしくは守るための船であればその機能は必須である。
しかし、船底に穴を開けられれば船の中に隠れている人間は皆姿を現す。
船と共に死ぬのは船長だけだ。
蜂の巣を叩き落すように、ギコはマン・オン・ファイヤの兵装で攻撃を続行する。
ム..<::_|.>ゝ『テルミットバリック!!』
特殊焼夷弾のコンテナを左手に装着し、そして、開けた穴に容赦なく炎を投じる。
一瞬、船体が大きく膨らんだような気がしたが、直後に熱風が穴から噴き出した。
続けてもう一隻の船に狙いを定める。
デレシアがどの船にいるのかは分からない。
しかし、こちらの攻撃で死ぬような人間ではないはずだ。
放った一発の特殊焼夷弾が船に命中すると、白い炎が船体を覆った。
日中の太陽が出現したかと思うほどの光と共に六千度の炎が周囲百メートルを焼き尽くし、酸素を獰猛に消費する。
暴風にも似た風が周囲に吹き荒れる中、ギコの目は信じられない物を目の当たりにしていた。
船は燃えておらず、悠々と航行を続けているのだ。
船は無事だが、周りにいた船員は皆炭化していた。
ム..<::_|.>ゝ『耐熱装甲か』
先ほどバンカーバスターで開けた穴からも終ぞ炎が出ておらず、この船全体が高い耐熱性を要していることが分かった。
テルミットバリックの炎を防ぐほどとなると、マン・オン・ファイヤに使用されている装甲と同じものが使われているのだろう。
ならば、テルミットバリックは目くらましにしかならない。
潔くテルミットバリックを切り離し、投棄する。
残った最後の一隻の船から大量の銃弾が浴びせかけられる。
曳光弾が花火のように飛来し、周囲の全てを薙ぎ払おうとする。
おぞましいほどの暴風は、とてもではないが回避は出来ない。
銃装甲のマン・オン・ファイヤの装甲に触れるたび、そこが削られている感覚が伝わってくる。
左手でコンテナを構え、盾の代わりにする。
ム..<::_|.>ゝ『切り札は俺が使いたいときに使う』
859
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:09:12 ID:K.ug12hY0
そして、“シューター”の起動コードを入力。
解放されたコンテナからライフルだけを手に取り、ギコは片手でそれを構えて発砲した。
スコープを覗かずとも、距離が300メートル以内であれば当てられる自信があった。
そしてそれは裏切られることなく、ギコに機銃掃射を行っていたジョン・ドゥの胸部を貫く。
ライフルを横に構え、反動を利用して連続射撃を行う。
チェイタックカスタムの“ネイラー”は機械によって自動で棹桿操作を行うことが可能であり、今のように片手でも狙撃が行えるようになっている。
セミオートと違い、排莢の際の反動などを利用するわけではなく、ボルトアクションを機械が代行するという仕組みのため、狙撃性能に影響は出ない。
あらゆる状況下で観測手なしでの狙撃が可能、というコンセプトを実現するためのその銃は、一発が必殺の威力を持つものだ。
十発込められた弾倉を一つ使いきり、新たな弾倉と入れ替える。
この十発が、ネイラーで使用できる最後の弾倉である。
船が傾き始めたことを沈没の前兆と捉え、ギコは助走をつけて隣の船へと飛び移る。
ギリギリで着地に成功し、再び右腕を振り上げる。
しかし、振り下ろすことなく動きを止めた。
ム..<::_|.>ゝ『……お前か』
それは、直感だった。
何者かがギコに対して殺意を抱き、向け、そして決意を固めた意志を感じ取った故の言葉だった。
( ^ω^)「私だよ、闖入者」
内藤財団社長、西川・リーガル・ホライゾン。
背負うのは見るからにCクラスの棺桶だ。
顔には笑顔を、しかし、それは決して友好的なものではない。
成形された笑顔を貼り付けているだけで、その裏に潜む殺意と敵意は隠しきれていない。
周囲に漂うテルミットバリックの熱が、その姿を揺らめかせる。
( ^ω^)「お前は誰だ?」
船が大きく揺れる。
風が強い。
周囲の天候が変わっていることにギコは気づいた。
今彼らは、嵐に触れているところだ。
これから間もなく嵐の中に入り、そしてその先を目指すことになるはずだ。
深入りすればギコも無事では済まない。
しかし、復讐を果たさずにこの場から立ち去るつもりはなかった。
ム..<::_|.>ゝ『お前らに先生を殺された、ただの一般人だよ』
( ^ω^)「先生? ……あぁ、ペニサス・ノースフェイスか。
どうせ老い先短いんだ、別に構わないだろう」
860
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:09:33 ID:K.ug12hY0
その言葉は、どこか演技じみていた。
己の本心で語る言葉と違い、どこかに脚本があるかのような虚無感があった。
何にしても、安い挑発に乗る程ギコは若くはない。
幾つもの戦場、死地を越えて今に至る彼にとって、その程度の言葉は意味がないのだ。
正確に言えば、ペニサスが殺された時点で、彼の怒りはこれ以上ないほどに燃え上がり、燃料の投下は意味を成さなくなっていた。
今が怒りの頂点。
彼女を奪われてから、彼の心は怒り一色に塗りつぶされ、復讐を果たすための装置と化していた。
今更どのような挑発の言葉が投げかけられようとも、意味はないのだ。
ム..<::_|.>ゝ『挑発は意味がないぞ。
棺桶を使うんだろう?
来いよ、それまで殺さないでやる』
決して慢心ではない。
ギコの目的は完璧な復讐である。
内藤財団の幹部がこうして出てきてくれるのならば、十把一絡げで処理するのはあまりももったいない。
一人ずつ、丁寧に夢を踏みにじって殺したいのだ。
横から殴りつけるように降ってくる雨の勢いが強くなる。
蒸発した水分が白い湯気を上げる。
リーガルは雨に濡れ、風で乱れた髪をかき上げた。
( ^ω^)「そうか」
そして、リーガルは覚悟を決めた様に口を開く。
紡がれるのは、必然、コンセプト・シリーズのそれだと分かる言葉の羅列。
( ^ω^)『私は今までに幾つか恥ずべきことをしてきたが、地獄をこれほど身近に感じるのは初めてだ。
しかし、私はこの道を歩み続ける。色褪せぬグリーンマイルを』
現れたのは、蜘蛛の様な四脚を持つ異形の棺桶だった。
本体の大きさはよくてBクラス。
コンテナの大きさがCクラスだったのは、間違いなく大型の四脚を収納しているからだろう。
身の丈と同じだけの脚部には見るからに堅牢な装甲が備わっており、機動力と防御力の両立を狙っているのが分かる。
脚部の先端はナイフの様に鋭く尖っており、それを攻撃に使用するために必要不可欠な関節部は複数存在していた。
問題は、何に特化した棺桶なのかということだ。
マン・オン・ファイヤは単純な破壊力であれば恐らくは最高の物だが、先ほど最大火力のテルミットバリックが防がれたことを思えば、絶対ではない。
そして装着と同時に攻撃を仕掛けてこないことを考慮すると、防御力には自信があるのだろうが、攻撃に関して近距離が専門なのだろう。
< ゚ |゚>『同じ夢を見ることはできないか』
手に武器らしい武器は見られない。
ム..<::_|.>ゝ『無理だな。 今ここで潰える夢など興味もない。
死ぬ準備は出来たか?』
< ゚ |゚>『死ぬ? 私は死なない。
ここで敗れたとしても、夢と共に生き続ける』
861
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:09:55 ID:K.ug12hY0
頭上で雷鳴が響いたと同時にギコは踏み込み、一気に接近する。
相手の攻撃と強みを同時に理解するため、ギコが選んだのはバンカーバスターによる速攻の一撃だ。
当然の動きとして、相手は両足を目の前に掲げる。
収納されていた盾が展開し、防御の姿勢を取る。
そこでギコは、違和感に気づいた。
こちらの一撃がいかなるものか、知らないはずがない。
なのに、そんな薄い装甲で防げると本気で思っているのだろうか。
だが試してみなければ真意は分からない。
叩きつけられたバンカーバスターの先端部に青白い光が光ったのを見た時、真意に気づく。
バンカーバスターを緊急排除し、その場に投棄する。
直後に起きた大爆発に身を委ね、あえて爆風に吹き飛ばされる。
それは衝撃を受け流し、吹きすさぶ風が彼の体を船上にとどめるだけに十分な手助けをした。
ム..<::_|.>ゝ『電磁反応装甲……とは違うな』
< ゚ |゚>『いい勘をしているな。 流石イルトリア軍人』
恐らく、その正体は高圧電流。
金属の類が触れようとした瞬間に放電され、それを警手して精密機器を無力化、暴走させる類の物だ。
コンテナが叩きつけられたのをきっかけに電気が流され、制御システムが破壊されたことからも、その可能性が高い。
近接戦では恐らくこれ以上ないぐらいの盾になるだろう。
無論、無傷で済む類の盾ではない。
攻撃を受ける前提の盾であるため、一度攻撃を受けた個所は使えなくなることが前提になっているはずだ。
ギコの攻撃を誘発したのは、ギコならば違和感に気づいてバンカーバスターを投棄することを予期していたからだろう。
あのまま攻撃を続けていれば殺せたかもしれないが、ギコの右腕は無事では済まなかった。
主兵装を二つ失った状態のマン・オン・ファイヤは、だがしかし、攻撃の術を失ったわけではない。
ム..<::_|.>ゝ『その自信、つまりは』
左手で構えたライフルの銃爪を引く。
対強化外骨格用の弾頭であれば、盾を貫通してその先にある肉体を抉るはず。
しかしながら、構えた脚部の前で青白い光が煌めいただけで、銃弾が当たった様子はない。
ム..<::_|.>ゝ『なるほど電気、強力な磁場か』
< ゚ |゚>『この短時間でそこまで推測するとは、いやはや、ここで殺すには惜しい』
ム..<::_|.>ゝ『素人のお前に俺が殺されると?
勘弁してくれ、全く笑えない』
< ゚ |゚>『できれば避けたいんだがね。
どうだろう、今からでも?』
ム..<::_|.>ゝ『さっきから全然動いていないのは、腰でも抜けたか?
それとも、そこから動けない理由でもあるのか?』
862
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:10:18 ID:K.ug12hY0
これだけ強力な防御手段を持っているのならば、今のギコに攻め込まないのは理にかなわない。
理にかなっていないということは、理由があるということだ。
< ゚ |゚>『そんなもの』
ム..<::_|.>ゝ『もう一人、こっちを見ている奴だな。
ほら来いよ、仲間はずれになんてしないさ。
仲良くぶっ殺してやる』
船内に続く扉が開き、金髪の女が姿を現す。
ξ゚⊿゚)ξ「傲岸不遜な態度だな。
自分の立場が分かっていないようだ。
……デレシアかと思えば、ただの雑魚か」
内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
社長と副社長が同時に接待をするとは、よほどの人手不足かギコを重要視しているに違いない。
これ以上ないぐらい、ギコにとっては喜ばしい展開だった。
相手が逃げ出さずにわざわざ来てくれるのだ。
ム..<::_|.>ゝ『客じゃないし、知り合いでもない。
俺はお前らの全部を奪いに来たんだ。
夢も希望も、お前らには残しはしない』
鋭い眼光がギコを睨みつける。
その種の眼光にギコは見覚えがあった。
これは、パラノイアを抱く類の人間が他人に向けるそれ。
即ち、高純度の敵意と狂気。
ξ゚⊿゚)ξ『いい物は決して滅びない。 だから、夢も希望も滅びない』
紡がれるのは、やはりコンセプト・シリーズと分かる起動コード。
そして姿を現したのは、リーガルのそれと同じく蜘蛛じみた関節の長さを持つ四脚の棺桶。
ただし、その四脚は全て履帯。
一目で特化している設計とその思想が分かった。
悪路の走破。
あらゆる道を突き進むという意思を持ち、それを体現した棺桶だ。
その走破性を生かし、どんな場所でも難なく戦闘をこなし、支援することができるのだろう。
それが例え揺れる船上であっても、濡れる足場であっても関係はないはずだ。
後は、武装として何を選択しているか。
〔:::゚占゚:〕『お前に殺された同志たちの無念は、ここで晴らす』
ム..<::_|.>ゝ『何でもいい、さっさとしてくれ』
863
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:12:42 ID:K.ug12hY0
狙いは時間稼ぎ、あるいは足止めなのだろうかと思うほどに悠長に構えている。
すでに部下の大半を失い、後はデレシアという厄介な存在が控えているのだ。
確かに、目的地に到着するまでの時間を稼ぎたいのだろう。
手の内を全て出させた後で殺せればギコとしてはどうでもいいため、相手の寸劇に付き合うことにした。
こちらは時間に追われていないのだ。
じっくりと料理してもいいし、早々に殺してもいい。
< ゚ |゚>『らあっ!!』
リーガルが飛び掛かってきても、ギコは驚かなかった。
この状況ではそれが最も好まれることは言うまでもないため、予想される行動の中に入っていないはずがない。
連携も糞もない一撃。
素人の喧嘩に毛が生えたようなものだが、一撃の持つ威力は馬鹿にできない。
頭上から振り下ろされた二振りの足をバックステップで回避し、続くツンディエレの突進を飛びあがって回避。
そして、ツンディエレの背に取りつき、素早く羽交い絞めにして溜息を吐く。
獲物はブルパップのアサルトライフルだったが、それを撃つ間も構える間も与えない。
そして、一気に力を入れる。
〔:::゚占゚:〕『ぐっ、こいづっ……!!』
仮に装甲に守られているとは言え、Cクラスの棺桶が放つ羽交い絞めは同じ程度の装甲がなければ防げるものではない。
むしろ身に着けた装甲が更に首を圧迫し、生身で首を絞められるよりも早く苦しみが訪れる。
ム..<::_|.>ゝ『……』
振りほどこうと暴れるが、羽交い絞めの状態に持ち込まれてしまえばそれは無理だ。
格闘技の知識が豊富で実戦経験も豊富であれば、何かしらの解決策を思いつけただろうが、少なくともこの女にはその手段が取れるはずがない。
となると、もう一つの手段。
仲間の助力を待つしかなくなる。
< ゚ |゚>『離れろおぉぉ!!』
ム..<::_|.>ゝ『……ほら来いよ』
多脚での戦闘はかなりの神経を使うものだ。
特に近接戦。
足運び一つが自らの弱点を晒すことになるため、本来は慎重にならなければならない。
だが相手は攻防が一体となった棺桶。
攻め込むことに躊躇する理由がない。
足さばきを始めとした技術は無視していても、立派に戦闘を行うことができる。
この場合、相手が気を付けることはただ一つ。
その攻防一体の仕様こそが最大の問題であるという点だ。
< ゚ |゚>『後ろを!!』
864
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:13:03 ID:K.ug12hY0
言葉通りに背を向けたツンディエレ。
そしてそこに放たれる一撃は、確認するまでもなく多脚での刺突だ。
ギコは手を離し、その一撃を回避すると同時にチェイタックを構えて銃爪を引いた。
銃弾は展開していた盾を貫通し、リーガルのヘルメットを吹き飛ばす。
(;゚ω^)「お……がっ……?!」
掠めていれば殺せただろうが、ヘルメットが衝撃を吸収したせいで脳震盪止まりとなった一射。
弾が当たった理由に気づけないまま、リーガルは頭を押さえたままたたらを踏む。
〔:::゚占゚:〕『何っ?!』
そしてそれは、ツンディエレも同様だった。
絶大な信頼を置いていた盾が機能しなかったのだ、無理もない。
ム..<::_|.>ゝ『だから素人なんだよ』
更にもう一発、今度はツンディエレに向けて銃弾を放った。
最早回避も防御もできない状態の彼女は、それを右腕の付け根に受けることになる。
根元から腕が吹き飛び、悲鳴が響き渡る。
ツンディエレの精神状態を反映するかのように四脚の履帯が高速で逆回転を始め、その場から急速に退避した。
ム..<::_|.>ゝ『威勢がよかったのは最初だけか』
甲板の広さなどたかが知れている。
ギコから距離を取ろうとも、いくら超越した安定性を持っていたとしても。
船の下は海なのだ。
多脚など、この場では意味を成さない。
(;゚ω^)「かあ……様……!!」
ム..<::_|.>ゝ『お前は後だ。 丁寧に殺してやるから安心しろ』
視界が歪んだままのリーガルにそう言い放ち、ギコはツンディエレに歩み寄る。
〔:::゚占゚:〕『来るな!! こっちに!!』
ム..<::_|.>ゝ『時間稼ぎが願いなんだろう?
最後までちゃんとやり通せ』
話している途中でチェイタックが火を噴く。
多脚の構造的な弱点である脚部の中心に命中し、ツンディエレの棺桶はその場に座り込む様にして倒れた。
〔:::゚占゚:〕『馬鹿なっ……!! 仮にもキング・シリーズが……!!』
ム..<::_|.>ゝ『相手が悪かったな』
865
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:13:34 ID:K.ug12hY0
ツンディエレが口にしたキング・シリーズはもちろん知っている。
棺桶開発の中でも末期の方に開発されたもので、極めて優れた性能を有する棺桶の開発シリーズである。
そして末期に開発された棺桶は如何なる理由かは分からないが、悪路走破に重点を置いた多脚の物が多い。
それ故に、開発の完成度は二脚の棺桶に比べて非常に低く、弱点の克服は出来ないままだった。
多脚型の棺桶はその設計上、脚部の中心に関節が集中することが多く、隙間が多く生まれてしまう。
その弱点が克服できていない以上、多脚型の棺桶は戦場の後方に控えておくべきもので、前線に投入するべきではない。
シリーズの名前は確かに魅力的だが、それは所詮ブランド名だ。
実戦では、いつだって実用性が求められる。
ム..<::_|.>ゝ『さぁ、解体ショーでもするか。
お前のママがバラされるのをよーく見ておけよ』
( ;ω゚)「きっ……!! さ……まぁああああ!!」
ム..<::_|.>ゝ『お前に俺を止めるのは無理だ、止めておけ。
順番を守れ』
リーガルが叫びながら接近し、四本の足がギコを襲う。
体を僅かに反らせて攻撃を回避し、こちらから接近する。
対処法はもう分かっている。
ム..<::_|.>ゝ『どうした、俺はここだぞ』
( ゚ω゚)「無礼るなぁぁ!!」
二本の足がマン・オン・ファイヤの装甲に触れる。
そして流される高圧電流。
( ゚ω゚)「はははっ!! 死ねっ!!」
流される高圧電流によってマン・オン・ファイヤの装甲に埋め込まれていた回路がショートし、火花が散る。
持てる最大出力の電流が流される中、その目は青白い光の先にあるギコの苦悶の表情を見ていた。
そんなもの、幻想でしかないというのに。
(,,゚Д゚)「どこ見てんだゴルァ!!」
リーガルの足の隙間から身を出したギコは彼の首を掴み、一気に力を入れた。
喉仏を握り潰す勢いで、手に力を込めていく。
( ゚ω゚)「へぷっ?!」
(,,゚Д゚)「頼りすぎなんだよ、棺桶に。
ほら、どうにかしてみろ。
このままだと、縊り殺されるぞ」
( ゚ω゚)「あっ……まかっ……」
866
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:13:54 ID:K.ug12hY0
酸素が顔に回らないため、どんどんと紫色に染まっていく。
目玉が眼窩から飛び出し、ギコの手をどうにかしようと両手が彼の手首を掴もうとするが、手は空を切る。
体を覆う外骨格を正しく使えば、ギコを引きはがすことが出来ただろう。
今まさに縊り殺されようとしている状況下では、正しく使うことが頭に浮かぶはずもない。
抵抗しようとするも徐々に力を失い、目があらぬ方向を向いてリーガルの生命活動が停止したことを示した。
死体を手放し、ギコはゆっくり振り返る。
(,,゚Д゚)「さて、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
死ぬにはいい日だな」
〔:::゚占゚:〕『まだ……まだぁ!!』
棺桶を脱ぎ捨て、ツンはその場に降り立つ。
片手でライフルを構え、雨に濡れ、涙で濡れた顔でギコを睨めつける。
右腕の付け根からは夥しい量の血が流れ出ており、意識は朦朧としているはずだった。
しかしそれでも、視線はぶれない。
ξ;゚⊿゚)ξ「いい気になるなよ!!」
対強化外骨格用の強装弾が装填されたライフルを訓練もしていない人間が片手で構え、撃とうとすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
故に、ギコはその視線と銃腔を正面から受けたまま近づいていく。
足元に落ちていたチェイタックを拾い上げ、棹桿を引いて薬室を確認。
(,,゚Д゚)「お前にゃ無理だ」
ξ;゚⊿゚)ξ「あああぁ!!」
銃爪を引いた瞬間、ツンディエレの手から銃が吹き飛んだ。
無事だった左腕はありえない方向に曲がっている。
反動を吸収しきれない形で構えて撃てば、必然、そうなる。
(,,゚Д゚)「さっきそこのブタは答えないままだったが、教えてもらいたいことがある。
何故、ペニサス先生を殺す必要があった?」
ξ;゚⊿゚)ξ「誰が喋るか!!」
(,,゚Д゚)「お前だよ」
銃床で右の眼球を殴りつける。
間違いなく破裂した感触があった。
ξ; ⊿゚)ξ「あぐっ?!」
体を丸めて防御態勢を取ろうとする顎を銃床で殴り上げる。
骨が砕けたのが分かった。
ξ; ⊿゚)ξ「ぶっ……!!」
(,,゚Д゚)「お前が、その口で、喋るんだよ」
867
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:14:21 ID:K.ug12hY0
今度は鼻を殴り、これも折れたことが分かる。
次は前歯を根元から折った。
腹を蹴り、体をくの字に折り曲げたところで、膝を踏み砕く。
倒れたツンの首を足で踏みつけ、体重をかける。
(,,゚Д゚)「さぁ、どうする?」
ξ; ⊿゚)ξ「ごろ……ぜ……!!」
(,,゚Д゚)「……ここまでお前らの相手をして時間を潰してやったんだ、借りを返すぐらいのことはしろよ」
ξ; ⊿゚)ξ「……すべ……て……おうご……んの……」
(,,゚Д゚)「ちっ」
これ以上話しても無駄だと分かったギコはつま先に力を籠め、ツンの首を踏み潰して殺した。
口から血の泡を吐いた女の目は満足そうだった。
(,,゚Д゚)「……行ったか」
気が付けば、ツンの視線の先にいたもう一隻がどこにもいなかった。
嵐の先に向かったことは容易に想像できるが、何がどうなったのかは分からない。
ギコはデレシアがどう動いたのかを見送ることはできなかった。
だが、見送ったところでこの先の何かが変わることはない。
ここから先は、デレシア自身の決着の場なのだ。
そこに立ち入ることができるのは彼女とその関係者だけ。
そして、そこに立ち入ろうとする並外れた勇気を持つ者だけである。
(,,゚Д゚)「帰るか」
船の制圧と操縦権の奪取のため、ギコは船内へとゆっくりと進み始めたのであった。
手にするのは一挺の狙撃銃。
近接戦では圧倒的なまでに不利な上に弾もほとんどない銃だが、ギコの使い方は常識の範疇に収まらない。
残党の一掃は骨の折れる作業だが、彼にとっては決して不可能なことではない。
更なる死体を生み出すため、ギコは艦内へと進み始めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夢はいつか覚めるからこそ夢である。
しかし、夢とは叶えることではなく追うことにこそ真の意味があるのだ。
追いかけ、追いつけば夢は必ず叶う。
追いかけなければ夢が叶うことはない。
――西川・リーガル・ホライゾン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
868
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:14:52 ID:K.ug12hY0
最後の一隻となった“ヘミングウェイ・ペーパー”内部では、これから訪れる更に激しい嵐への備えと侵入者に対する対応とが渾然一体となり、混沌を産んでいた。
ヘミングウェイ・ペーパーは汎用型のステルス艦で、輸送艦としても運用が出来るようにウェルドックを有している型の物もある。
そして、嵐の奥へと突き進むそれはまさにドックを有する型のものであり、そこには最新でありながらも高性能な電子機器をあえて廃した上陸艇が鎮座していた。
o川*゚ー゚)o「……侵入者はまだか?」
キュート・ウルヴァリンの一言は、その場の緊張しきった空気が生み出されている原因を的確に表現していた。
内藤財団の威信をかけた、数百年規模の大願。
その巨大な影の中、内藤財団創立以前から続く夢があった。
ヘミングウェイ・ペーパーに搭乗した全ての兵士はその夢の存在について、今も知らないでいる。
キュート達がバミューダトライアングルを目指す、ということ以外は何も知らないままだ。
それでも命をかけるというのだから、その忠誠心の高さは大したものである。
〔欒゚[::|::]゚〕『この艦内のどこかにいるのは間違いないのですが、依然として見つかっておりません。
戦闘さえ起きていないです。
隠れ潜んで様子を窺っている可能性が高いです』
o川*゚ー゚)o「相手はあの女だぞ? 常にスリーマンセルで行動し、奴の居場所と動向を確認しろ。
何があっても各階層のロックを解除するな。
間もなく我々は出航する」
〔欒゚[::|::]゚〕『はっ!!』
船内で発見されていないということが、必ずしもデレシアが不在ということを意味するわけではないことを、キュートはよく知っている。
空中で爆散したヘリに巻き込まれて死んだとも、海に落ちて死んだとも思っていない。
あの女がここに現れた以上、必ずキュート達の前に姿を見せるはずなのだ。
現にデレシアは、絶対にあり得ないという可能性を越えてこの場に現れたのだ。
o川*゚ー゚)o「……やっぱり、絶対、なんてありませんでしたね」
上陸艇に戻ると、そこにいた老人にキュートは友人に声をかけるような気軽さで言葉を投げかけた。
( ^ω^)「あの女なら、こうなってもおかしくはない。
だからこそ、我々は備えている。
ギコを切り離せただけでまずよしとしよう」
o川*゚ー゚)o「ここに降りてくる可能性は、考えないのですか?」
( ^ω^)「可能性はあるだろうね。 だが、だからどうした。
船の外からここに入るには、穴を開けて真下に行く以外、どう進んでも全て遠回りの道になる様になっている。
最短でも30分、それだけの時間が確保してある。
……さぁ、そろそろ行こうじゃないか」
o川*゚ー゚)o「西川親子は?」
あえて彼の妻子であることを無視した言葉を投げかけたが、内藤はまるで意に介した様子を見せずに答える。
まるで他人事のように。
まるで、捨て石のように。
869
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:15:13 ID:K.ug12hY0
( ^ω^)「死んだのだろう? 流石にギコを相手にしてあの二人が生き延びるとは思っていないよ」
o川*゚ー゚)o「おや、冷たい反応ですね」
( ^ω^)「ギコという男の性質を少しでも知っていれば、諦めた方がむしろ二人のためだ」
無線機を取り、キュートは外に指示を出す。
内藤という男は目的達成のためにはあらゆる感情を廃することが出来る男だ。
ここで議論をする意味はない。
o川*゚ー゚)o「出発する。 準備を」
『了解。 注水開始、前後ハッチ開放準備。
ダミー船展開準備急げ。
各位、引き続き警戒を怠るな』
船底から海水が注入され、上陸艇が波に揺れる。
キュートは舵輪を握り、エンジンをかける。
電気ではなく、ガソリンを燃料にして動き始めた原始的構造をしたエンジンの振動は力強く、生命の放つ鼓動の様でもある。
前後の扉が開き切ったのを鏡で確認し、キュートは複数のダミー船と共に船外へと移動を始めた。
船の外は、雨と風、そして雷が躍る世界だった。
高い波がうなる中、キュートは羅針盤を見て進路を確認する。
スピードを上げ、嵐のその先へと向かう。
( ^ω^)「逃げ切れたな」
o川*゚ー゚)o「あの船は予定通りに?」
( ^ω^)「当然だ。 だが恐らくは、こちらの電波が届くことはない。
我々が生きて戻った時に発動するだろう」
o川*゚ー゚)o「……」
別に、キュートは残された彼らに同情心を抱いたわけではない。
これから先、彼らが向かう先に何が待っているのか、その情報を聞かされてはいる。
しかし、その情報はあくまでも今の情報ではなく、昔の話だ。
この後、ヘミングウェイ・ペーパーは全て自爆することになっている。
乗員はそのことを知らない。
こちらの船が一定距離離れ、そこから時間経過で自爆する様に設定されているのだ。
だがこの先、電波が乱れる可能性が非常に高く、位置情報が伝達されなければ爆発することはない。
ここまでして追跡される可能性を消したいというのは、ある意味でデレシアへの信頼でもある。
彼女の理不尽さを考えれば臆病とも言えるし、当然の警戒とも言える。
相手はデレシア。
世の中の理不尽を煮詰めたような存在だ。
窓の外に見える景色に若干の変化を感じ取った時、内藤が静かに口を開いた。
( ^ω^)「……前をよく見たまえ」
870
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:15:39 ID:K.ug12hY0
言われた通り、内藤の指の先に視線を向ける。
他の場所と比べ、明らかに波の荒れ具合が穏やかだ。
o川*゚ー゚)o「嵐の……境目ですか」
正しくは、嵐の中心点。
台風の目と呼ばれる領域だ。
頭上の雲の厚みは周囲と比べて明らかに薄く、空の色が透けて見える。
それは夜明けの空の色。
夜と化した世界の中で唯一、本来の空の色が見えている場所である可能性は高い。
( ^ω^)「そうだ。 更に海水温の違いや海底の形の問題で、あの辺りからは荒れることがない。
……そろそろ投薬の時間だ」
懐から取り出したアンプルの先端を折り、その中身を呷る。
それに倣い、キュートも薬品を摂取する。
僅かな甘味を持つその液体は、内藤財団が長期にわたって研究を重ねて開発した一つの特効薬の様なものだった。
そして腕時計のストップウォッチを起動した。
それをきっかけに、内藤が口を開いた。
( ^ω^)「バミューダトライアングルについて、君はどこまで知っている?」
間もなく夢が実現することもあってか、内藤の口調は明らかに上機嫌だった。
普段は無口な彼が饒舌に質問をしてくるということに、キュートは僅かに面食らったが、即座に対応する。
今しか聞けない情報があるのならば、それは聞くべきだ。
これから自分が対面する光景をより鮮やかにするためには、情報はあって困ることはない。
情報は人間だけが感じることのできる唯一の快楽なのだから。
o川*゚ー゚)o「自然が生み出したある種の特異点である、ということぐらいです」
もっと言えば、この先に何があるのかについてもキュートは知らされていない。
内藤財団の悲願が叶う場所、ということぐらいしか察することができていない。
先ほど摂取した薬の正体も分かってはいない。
薬品を生み出すのに携わった人間も、その正体は知らないまま開発を進めていたという。
間もなく全ての謎が明らかになると思うと、キュートの心臓は高鳴りを押さえられなかった。
これは自分が生まれてきた意味を知ることでもあるのだ。
当然、何もかもを知りたいと思うのは自然な感情だ。
( ^ω^)「ある意味では正解だ。 だが、完全に自然の産物というわけではない。
簡単に言えば、人間の生み出した兵器が天候に大きな影響を及ぼし、それが今も続いているということだ。
故にこの海域には嵐が常に生まれ、海が荒れ電子機器が意味を成さないというわけだ」
o川*゚ー゚)o「天候に影響を及ぼすほどの兵器?」
ニューソクの爆発がそうであったように、使い方と方向性を絞ればそれも可能なのだろう。
実際、複数のニューソクが爆発しただけで世界は日光と青空を失い、夜になったのだ。
871
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:16:04 ID:K.ug12hY0
( ^ω^)「その兵器は人体と電子機器に多大な影響を及ぼす猛毒を生み出す。
その毒から身を守るための薬が、先ほどの物だ。
世界大戦時では構想だけだったものだが、それをようやく実用化させることが出来たのだよ」
o川*゚ー゚)o「なるほど。 つまりは、この先は毒に溢れている、と」
( ^ω^)「あぁ、そうだ。 だからこそ、運悪くこの海域に入ってきてしまった船の乗組員は死んだのだよ。
体内、そして体外を蝕む無味無臭の毒に体を蝕まれ、発狂しながらね。
きっと彼らは、体が焼けるような錯覚を覚えたことだろう。
少しでも冷やそうと、皆海に飛び込んだ。
だから死体のない船だけが発見されたのだ」
バミューダトライアングルの正体が、空気中にある毒だったと、誰が想像しただろうか。
だが無味無臭の毒ともなれば、確かに何かしらのオカルト的な噂が真実味を持つというものだ。
( ^ω^)「薬の効果は8時間だ。 連続での服用は命にかかわる」
o川*゚ー゚)o「それで時間は足りるのですか?」
( ^ω^)「分からない。 しかし、この先にある場所にこそ私が望み続けた物がある。
その時間内に探し出す」
o川*゚ー゚)o「物、ですか」
世界で最も権力と財力のある人間が求めているのが、物というのは意外としか言いようがない。
金さえあれば何でも生み出せるはずだ。
世界中のあらゆる知識も、技術も、材料さえも手に入れることのできる金。
それでも求めているのが物であるということは、現代の技術ではどうしようもない何かであることは確かだ。
( ^ω^)「おお、見えてきたぞ」
o川*゚ー゚)o「……」
視線の先。
凪いだ海の果てに、白い雲が漂っている。
海上に漂うのは、入道雲の様な大きく白い雲だ。
まるで何かを覆い隠すような雲の先に、キュートの目は確かにそれを見出した。
直線で構成された、複数の構造物。
建ち並ぶ高層ビル。
それは、間違いなく大都市の影。
872
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:16:26 ID:K.ug12hY0
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873
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:16:53 ID:K.ug12hY0
o川*゚-゚)o「……街」
( ^ω^)「そうだ。 あれが、バミューダトライアングルの中心にある街――」
まるで、旧友に会った老人のように。
故郷の街を目の前にした老兵のように。
死に分かれたと思っていた恋人に再会したかのように。
うっとりとした様子で、内藤が続ける。
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( ^ω^)「――“最果ての都”、ノ・ドゥノだ」
874
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:17:26 ID:K.ug12hY0
それは初めて聞く街の名前だった。
徐々に迫ってくる街並みは、ニョルロック、ジュスティアそしてイルトリアのそれに酷似している。
背の高いビル群の密度はまるで森のようであり、生き物の様でもあった。
圧倒的な高層ビル。
それらを建設するには、当然それなりの技術が必要になる。
そこに見えるビルの高さは、キュートが見てきたビルよりも優に倍以上は高く、それでいて堅牢さを維持していた。
まるで大樹だ。
悠久の時を過ごしてもなお朽ちない大樹。
揺るぎのない安定感を醸し出すそれは、だがしかし、間違いなく人工物だ。
o川*゚-゚)o「あれは、あの街は生きているのですか?」
街の生き死にとは、そこに住まう人間の事を指し示す。
建物とは不思議なもので、人間が使っていなければ倍近い速度で朽ちてしまうものだ。
今キュートの目に映る建物は長らく使われてきたのか、朽ちている様には見えない。
ガラスの輝きも、建物の表面も、まるで今も人々が使用しているかのような瑞々しさがある。
( ^ω^)「いいや、死んでいるよ。
ニューソクによる汚染を受け、今もなお毒に汚染されているんだ。
言ってしまえば、毒漬けの街だよ。
だからこそ、風化せずにここまで当時の姿を保っていられる」
o川*゚-゚)o「つまり我々は、その毒漬けの街にある物を回収するのが目的である、と」
( ^ω^)「不満かな?」
o川*゚-゚)o「世界中を巻き込んでこれだけの事をしたのですから、それだけ意味ある物だと、そう期待しても?」
( ^ω^)「あぁ、期待してもらって構わない」
物を回収するだけであれば、何もこのタイミングでなくても良かったはずだ。
もっと前の段階、薬が完成した段階で密かに回収に向かえば良かったのだ。
あえてこれだけの騒ぎを起こし、その陰に隠れるようにして物探しをすることが目的というのは、あまりにも割に合わない。
確実に理由がある。
キュートの疑念に対し、内藤は普段通りの口調で答えた。
( ^ω^)「あの街は、デレシアの故郷だ」
o川*゚-゚)o「デレシアの?」
これまでティンバーランドに対し、頑なに抵抗を続けてきた存在の名前。
今もその名前は現役であり、複数の作戦を破綻させた人間である。
間違いなく、ティンバーランド内で最も警戒すべき人間の名前としてリストに名前が載っているはずだ。
( ^ω^)「踏み荒らそうとすれば、たちどころにそれを嗅ぎ付け、防いでくる。
だから奴を別の場所に釘付けにするために、我々は世界を巻き込んだ。
ギリギリだったが、どうにか我々の目的は達成される」
875
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:19:40 ID:K.ug12hY0
キュートは目頭を押さえ、ゆっくりと深呼吸をする。
頭の中にある情報の整理をしなければついていけない。
o川*゚-゚)o「……デレシアは何者なのですか?」
徐々に姿がはっきりと見えてくるノ・ドゥノの存在は、今日まで誰かの耳に入ることはなかった。
それがデレシアの故郷であるならば、それは間違いなく街が毒に汚染される前に彼女が生まれたことを意味する。
しかし、バミューダトライアングルの存在が確認された時期などを考えれば、彼女の年齢には疑問しかない。
今いるデレシアは、ノ・ドゥノの存在が誰かに認知されるよりも後に誕生していなければ整合性が取れない。
キュートの困惑を楽しむ様に内藤が言葉を続ける。
( ^ω^)「それについて、ジョルジュは熱心に推理をしていたね。
残念だが、今のデレシアについて私が分かっていることはほとんどない。
だが、“デレシア”という名前の存在についてであれば教えてあげよう。
あいつは、ノ・ドゥノの市長だ」
雨が止んだ。
風が弱まり、静かな世界が訪れる。
o川*゚-゚)o「市長…… ですがそれでは――」
( ^ω^)「第三次世界大戦が起きた時点での話だ。
その時にデレシアという人間が“都市国家”のノ・ドゥノを統べていた。
分かるのはそれぐらいだね」
理解が追い付かない。
デレシアという存在は人名でありながらも、まるで概念のように存在している。
確実に言えるのは内藤は、否、ティンバーランドはデレシアを恐れている。
彼女の介入を恐れ、世界を巻き込んだ作戦を展開している。
そうなると、考え得るデレシアという存在の正体は限られる。
o川*゚-゚)o「歴代のデレシアが存在する可能性もある、と」
人間の命が有限であることは、時代によって変わるものではない。
つまり、昔から今に至るまでデレシアが存在しているということは、複数の人間がその名を引き継いでいると考えるのが自然。
現に似たような存在が今、目の前にいる。
( ^ω^)「ジョルジュはそう考えていたみたいだね。
だが、答えなど今はどうでもいい。
全てはあと少しで報われるのだから。
“虹の女神”は我々の手に落ちる」
虹の女神の正体についてここで質問をしたところで、答えを得られないのは明白だった。
故にキュートは口を噤み、沈黙を守ることにした。
そこから先は無言の時間が流れた。
これ以上の問答で得られるものはほとんどない。
876
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:21:12 ID:K.ug12hY0
今日に至るまでの何もかもが報われることに喜びを感じつつ、一縷の不安を抱かずにはいられなかった。
本当にこのまま終わるのだろうか、と。
やがて、船が港らしき岩礁へと到着した。
街を覆う雲のようなものは、恐らくは霧の類だった。
護身代わりの棺桶と拳銃を手にしたキュートを先頭に、二人はノ・ドゥノへと上陸した。
内藤が懐から紙製の地図を取り出し、それを広げた。
仄かな青空から差し込む光がそれを照らす。
かなりの時間が経過していると思わしき地図は、極めて詳細に街の建物の位置が記されていた。
o川*゚-゚)o「この街の地図、ですか」
( ^ω^)「あぁ。 後は、市長室を中心にさが――」
――その時だった。
背筋に氷のような冷たい感覚が走り、全身が総毛立った。
振り向く、という動作をしようとすることがこの上なく恐ろしい。
何をしても命にかかわるという確信めいたその感覚の正体は、紛れもなく殺意だ。
あり得ない、と内藤の口から小さな悲鳴のような声が洩れる。
キュートは確かにその殺意に恐怖を感じ取っていたが、それ以上に喜びがあった。
遂に。
ようやく。
デレシアと対面することが叶う。
歓喜で全身が絶頂直前の痺れに似た喜びを感じる。
o川*゚ー゚)o「……初めまして、かな」
振り返ったキュートの眼前には、果たして、ローブを身にまとったデレシアが立っていた。
波打つ黄金色の髪。
蒼穹色の瞳。
世界の美をそこに結集したかのような整った容姿は、悪魔的でさえある。
どのようにしてそこに現れたのかも。
どうして今まで何もしてこなかったのかも。
あらゆる疑問の答えは、彼女がデレシアだから、という一言で片づけられる。
不条理を煮詰めて抽出した純然たる理不尽の結晶体。
877
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:21:34 ID:K.ug12hY0
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,′:' :│ :/ .:/ // : /:|: | |: i |
/ i : | | :/ .:/ / :/ |: ; |: : |
/ / |│ :│ | /| :// /// ̄:|メ| |八 !
//∨|八i | | ヒ|乂 /// イ弐示く | :j: : : . '.
///: : i: : : :i i │∠ : イ// 弋少 刈 //: : :八: :\
/{:八: : :i/: :八: ∨|八| |/ :j `` / /: : :/ ハ : \
/ /: :\ \ \ : : \\ 〈| . / / : : / } : | 、ヽ
/ : : : : \ \ \: :从⌒ ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
/ 人 : : : -=ニ二 ̄}川 >、 `''=こ=一 ∠ -匕 /´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
{ { 厂 . : { /⌒\ ー イ///: : : .____ 人: :\/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、初めましてね。
あなたが、キュート・ウルヴァリンね」
o川*゚ー゚)o「光栄だな、名前を知っていてもらえるとは。
お前が、デレシアだな」
ζ(゚ー゚*ζ「そしてそっちの老いぼれは……
内藤・ネイサン・ホライゾンね」
名を呼ばれた瞬間、内藤は肩をびくりと震わせた。
ゆっくりと振り返り、ひきつった笑みを浮かべる。
そこにいつもの余裕も、不敵さもない。
( ^ω^)「……」
天敵を前にした動物のような姿に、だがしかし、キュートは失望することはなかった。
彼女を前にすれば、その実力を知らない人間でも同じ反応をすることだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「会ったことはないはずだけど、私の事もこの街の事も良く知っているみたいね。
この街に来たってことは、“アイリス・システム”を探しに来たって感じかしら?」
その名が出た瞬間、内藤の顔色が変わる。
(;^ω^)「お見通しか……」
878
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:22:41 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「オセアンを手中に収めたのは何もハート・ロッカーの入手だけでなく、安全な港を手に入れることが目的だった。
ペニーを殺したのは、万が一にもオセアンから出港する自分たちが狙撃されるのを回避したかったから。
オアシズのドリームキャッチャーを狙ったのは、自分たちの敵になる棺桶を無力化するための保険。
わざわざ内陸にあるニョルロックを内藤財団の本拠地に選んだのは、私をおびき寄せた時に移動手段を限定できるから。
世界中のニューソクを集めたのは自分たちの兵器への転用もあるけど、そもそものニューソク研究に使って、薬を作るため。
イルトリアとジュスティアを一気に攻撃したのは、ノ・ドゥノに通じる海路を断つことで自分たちの安全を確実なものにするためね。
ここまで徹底して私を海から遠ざけるということは、ノ・ドゥノに用があるってことはすぐに分かるわ。
そしてノ・ドゥノに用があるってことは、アイリス・システムが目的だってことは明らか。
兵站を無視して短期決戦を目論んでいたのは、アイリス・システムが手に入るという大前提があったからでしょう。
あれがあれば、最低でも戦いの目が自分たちに向けられていない限りは戦争に勝てたでしょうね。
長い間よく頑張ったけど、やり方が相変わらず乱暴なのよ」
まるで出来の悪い生徒の悪戯を全て指摘する教師のように、デレシアはこちらが用意した策とその裏側を全て言い当てた。
キュートの知らない情報も出てきたが、内藤の反応を見ればそれが正解であることは間違いない。
事実、作戦の根幹は内藤財団幹部が確実に目的地を目指すということにあった。
最悪の想定としてニョルロックの空路を断つという保険も残していたが、ギコ・カスケードレンジの介入によってそれは失敗に終わった。
完璧な作戦における予想外の介入というのは、総じて作戦に致命的な破綻をもたらすことになる。
今回の場合、ギコの介入を誘発してしまったことが失敗だった。
ペニサスを殺したことでリスクを一つ削り、そして新たなリスクを産んでしまったことが悔やまれる。
デレシア一行の排除ではなく、ギコの動向についてもっと注意を向け、ニョルロックでの戦闘で殺しておくべきだったのだ。
o川*゚ー゚)o「アイリス・システム…… あぁ、虹の女神とはそういうことか」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、あなたは知らされていないのね。
内藤財団がずっと血眼になって探している装置の名前よ」
o川*゚ー゚)o「後学の為に教えてもらっても?」
ζ(゚ー゚*ζ「お断りよ。 私、あなたのこと嫌いだし、後学なんて必要ないもの。
そこの老人に聞いたら?」
o川*゚ー゚)o「教えてもらえなくてね」
他愛のない女同士の会話だが、漂う殺意は変わらない。
常に喉元にナイフを突きつけられている様な感覚は消えず、この問答が彼女の気まぐれで続けられているのは間違いない。
仮にここで死ぬとしても、それまでの間に一つでも多くの謎を知り、心残りを減らしてから死にたい。
ζ(゚ー゚*ζ「あら、それは残念ね。
つまりそこまで信頼されていないってことね。
こ の 日 の 為 に 作 ら れ た の に、残念ね」
その言葉は一瞬でキュートの堪忍袋の緒を切り、逆鱗に触れ、激憤させた。
頭も心も怒りで燃え上がり、手のひらに汗を感じる。
自分の立場も忘れ、キュートは心からの言葉に殺意を添えて言い放つ。
o川*゚-゚)o「……ぶち殺すぞ」
879
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:23:36 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「遺伝子操作は出来ないから、優れた遺伝子の人間同士を掛け合わせていって…… って感じでしょうね。
確かに望まれて生まれたのでしょうけど、ふふっ、残念。
不純物は取り除けなかったみたいね」
どうして知っているのか、とは言葉が出てこなかった。
デレシアの言う通り、キュートは優れた因子を持つ人間同士で交雑を繰り返して生み出された存在だ。
誰よりも優れた知識、身体能力、容姿、そしてカリスマ性。
それを目指し、何世代にも渡って交配して生まれた存在であることは、内藤財団の社長と副社長、そして内藤しか知らない事実だった。
世界で最もその誕生を望まれたことは彼女の誇りでもあったが、同時に、それが彼女のコンプレックスでもあった。
即ち。
デレシアという存在に対抗するため、デレシアに近い人間を生み出すという計画の産物であるという点だ。
誰よりもその誕生を望まれ、祝福されながらも、周囲の目に映るのは結局のところデレシアの代用品でしかない。
デレシアに至るための試作品、実験結果の産物という評価が覆ることはない。
それが、キュートという人間の正体なのである。
ζ(゚ー゚*ζ「何年かけたかは知らないけど、ここまでね。
でも、ここまでよく頑張ったわね。
そこだけは褒めてあげる」
いつの間にか、デレシアの右手には黒塗りのデザートイーグルが握られていた。
だが銃腔はこちらに向けられていない。
いつでも撃ち殺せるという姿勢。
優位なのはどちらなのか、それを何よりも雄弁に物語る。
o川*゚-゚)o「……」
ζ(゚ー゚*ζ「棺桶を使いたいのならどうぞ、邪魔はしないわよ」
それは慢心。
自分の力を過信した愚かな女の戯言だ。
しかし、キュートはその誘いに乗らなかった。
o川*゚-゚)o「……いいや、使わない。
使えないんだろう、ここでは」
ζ(゚ー゚*ζ「あら、気づいた?」
o川*゚-゚)o「電子機器にとっての毒であれば、棺桶が使えるはずがない。
それに、棺桶が使えるのであれば薬を開発する必要もないはずだ。
だから私は、これでお前を殺す」
コンテナを捨て、もう片方の手に持っていたコルト・ガバメントの遊底を引く。
世界を変えるための最も小型で最も強力な道具。
長い間人間に愛用され、戦場でも日常でも小さな変化を生み出し続けた傑作拳銃。
人間を殺すのであれば、この大きさと口径で十分だ。
880
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:24:08 ID:K.ug12hY0
相手は人間。
化け物じみた戦闘能力を持つだけの人間だ。
人間相手にこれ以上恐れを抱くなど、耐えられない。
o川*゚-゚)o「しっ……!!」
そして、短く息を吐いて疾駆する。
恐怖に縛られた感情のまま、怒りを抱いたまま。
拳銃同士の必殺の間合いのその先へと持ち込み、技術による一騎打ちでデレシアの殺害を試みる。
至近距離で構えたコルトの銃腔をデザートイーグルの銃床が横合いから弾き飛ばし、近距離で放った膝蹴りは同じ膝蹴りで防がれる。
この攻防は一瞬でもタイミングを間違えても、一手でも間違えれば死につながるもの。
持てるだけの力を吐き出し、キュートは攻撃を続ける。
空いた手で顔に向けて突き出した目つぶしを額で受け止められ、指が壊される。
弾かれたコルトを元の軌道に戻そうとするが、デレシアの左の貫手が右肩に突き刺さる。
コルトを握っていた腕に激痛が走り、指に力が入ってあらぬ方向に発砲してしまう。
心に焦りが浮かんだ時には、容赦のないデレシアの攻撃がキュートを襲う。
デザートイーグルが足元で発砲され、キュートの左脚が付け根から千切れた。
バランスを崩したところに続く二発目の発砲。
胸に大きな穴が開き、そして、キュートの全ての感覚が遮断された。
痛みはもう感じなかった。
あったのは衝撃と驚き、そして悲しみ。
生まれた意味を自問自答しながら、彼女は血溜まりの中に倒れ込む。
o川* - )o
答えを得ることもなく、キュートは静かに絶命した。
虚ろな目には、水色と灰色を混ぜたような色の空が映っていたのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
何のために生まれて。
何をして喜ぶ。
答えは私が用意するのだ。
誰かに用意されるなど、冗談ではない。
――絵本作家、ヤセタ・カナシー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリアへ攻め入った部隊の最期は、あまりにも呆気なかった。
イルトリア軍の前衛が報告しつつ、狙撃部隊が攻撃を加えたことによる士気の低下は著しかった。
戦争の経験がほとんどない状態で気が付けば撃たれ、殺され、そしてパニックになるのは必然だった。
そこにすかさず撃ち込まれる砲弾が、彼らの命を容赦なく奪った。
881
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:24:43 ID:K.ug12hY0
泥濘と臓物と肉片とが混ざり合った何かが空中に舞い上がり、自家用車のフロントガラスに付着したことで急停止する車が続出。
ぬかるみにタイヤが取られ、横転や追突が続発。
慌てて車に積んであった棺桶に手を伸ばしたところで、狙撃手たちがそれを阻止する。
寡黙なことで知られる狙撃手の一人が、思わず口から感想を漏らすほどの容易さだった。
(,,゚,_ア゚)「……こいつら、本当にただの素人集団だ」
物量で攻め込まれたことにより、ある程度の取りこぼしは考えられていた。
だが、戦闘力の低さと経験の浅さがその予想を裏切った。
味方の死体で進軍速度が低下し、士気も落ち、指揮を執ることのできるだけの経験者は早々に死体と化している。
戦場において、指揮官のいない部隊ほど脆い物はない。
イルトリア軍を相手にその状態で戦いを挑むということの愚を、彼らは命を持って理解した。
砲弾の音が彼らに恐怖を植え付け、前進するだけの気力を奪うのに、そう時間はかからなかった。
後退しようにも、後ろにあるのは味方の膨大な死体の山。
砲撃が耕した地面が前後への移動を困難にし、彼らの進路を奪った。
電撃戦は一度でも停滞すれば、その鮮度と威力を失う。
特に、戦闘力で劣っている側からすればそれは致命的な展開である。
砲撃を受けるほどの戦闘を経験したことがないことが、彼らにとっては大きな失敗だった。
そしてそれは、作戦を立案した人間にとっては予想外の事だった。
作戦の立案者は元イルトリア軍人、クックル・タンカーブーツとミルナ・G・ホーキンスだった。
彼等は砲弾の雨の洗礼を当たり前の物だと思っており、それが作戦の中においては前提条件となっていた。
否、むしろ考慮すべきことですらなかった。
二人にとっては、銃が撃てるかどうかを作戦立案の際に考えるような物だったのだ。
戦争を知る人間がいない以上、意図的に砲撃が後方と前方に集中して行われていたことに気づいた人間は、誰もいなかったはずだ。
進路と退路を同時に塞ぐ砲撃の雨が彼らに驚くほど有効だったのは、イルトリア軍が与えた被害を見れば明らかだ。
敵の本質が素人集団であり、臆病であることが分かった以上イルトリア軍が防戦ではなく迎撃戦を選んだのは必然だった。
そして、後はただの蹂躙だった。
悪路でも問題なく戦闘行動が可能なソルダットが展開し、逃げ惑う敵を容赦なく殺して回る。
味方の数が減る度、士気はその倍以上の速度で低下。
車を置いて逃げ出す者、棺桶を身に纏おうとしてコードの入力に失敗する者。
遮蔽物のない荒野での戦闘は狩りを思わせるほど、一方的に死体の数が増えていった。
イルトリア包囲網は瞬く間に瓦解し、やがて敗走した。
無論、敗走する人間は全てその背中を狙撃手によって撃たれ、時には仲間にも撃たれた。
運よくイルトリアへと向かうことのできた部隊は、イルトリアの最高戦力によって過剰な歓迎を受け、数分の内に全滅した。
時刻が夜明けを告げるが、世界は依然として夜の色をしたままだった。
雨脚は弱まり、世界は静かな夜明けを迎える。
砲声も、銃声も。
ゆっくりと消え、やがては冷たい風が吹く音だけが何事もなかったかのように戦場に新鮮な空気を運ぶ。
イルトリアに攻め入ろうとした最後の生き残りは、コルトを口に咥えて銃爪を引き、命を絶った。
882
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:25:13 ID:K.ug12hY0
各地での戦闘が終結し、イルトリアの復興が静かに始まった。
ニョルロックでは突然途絶えたラジオ放送に市民が困惑し、世界情勢の変動に関する情報を入手することに注力することにした。
世界の天秤は狂ったまま。
世界のどこにも、自らを勝者だと言い張る街はなかった。
内藤財団の声掛けで生まれた国は、指導者を失ったことに気づかないまま。
戦闘行動が終わり、残党を排除し始めたイルトリアは、だがしかし、その戦線をいたずらに広げることはしなかった。
各軍は追撃を終え、慎重に街へと帰還を始めた。
イルトリア軍は連続した戦闘を終え、街に戻ると同時に即座に街の復興へと任務を切り替えた。
街の外に向けた警戒は続いていたが、損耗は弾薬と電力だけで済んだ事実だけを見れば完勝だった。
それでもイルトリア軍の誰もが勝利を認めていないのは、彼らが街を侵略されたという事実があるからだ。
自分たちが守るべき場所に傷を負ったということ、決して勝利とは言えない醜態なのだ。
そして彼らは次なる戦争に備えなければならなかった。
即ち、復興という名の戦争である。
戦うよりも遥かに難しいこの戦争は、イルトリア人をもってしても困難を極める戦いだった。
壊すよりも直す方がずっと時間がかかるのは言うまでもないが、この戦災復興というのは単純な修理とは話が違う。
取り戻さなければならないのは人々の日常であり、その日常というのが難しいのだ。
一度戦争で壊された物は、決した同じ形には戻らない。
心に負った傷。
失われた命。
そして、周辺の街との関係。
大規模な戦闘はひとまず終わったが、イルトリアがその力を取り戻す前に攻め込もうとする街は皆無ではない。
漁夫の利を狙うのであれば、今が好機だ。
街の復興と防衛の両方に軍隊を総動員し、戦いから戻った者達に向けて市民たちが臨時でレストランなどを開放し、温食を提供した。
コーヒーや暖かいスープは、季節を無視した肌寒い気候の中で雨に濡れた者達の体を芯から温める。
消えかけていた街の光が戻りつつある中、市長の娘であるミセリ・エクスプローラーとブーンは基地の貯蔵庫から毛布などの備品をトラックに積む作業の手伝いをしていた。
街の復興が始まったとはいえ、住む場所を失った人間は大勢いる。
ましてや、傷を負った人間も大勢いるのだ。
彼らに最優先で提供されるのは食事と雨風を凌げるシェルターだった。
予め定められていた大型施設を避難所とし、その中に小型のテントが設置された。
避難する人間達が抱えるストレスは、目に見える物以上の負荷があり、個人の空間を確保することはそれを和らげる手助けになる。
そうした時に、毛布や枕、クッキーと紅茶などといった日常生活を少しでも感じさせる品があれば、幾分か心が救われる。
備品をトラックに積むためには、どうしても人手が必要だった。
基地内でその作業をする軍人はほとんどいないのは、少しでも動ける軍人は街の復興と防衛に割いているためだ。
だからこそ、イルトリアでは有事の際に民間人の徴用が義務とされている。
この街に移住する条件として誓約書に記載されている通り彼等の肩書は民間人だが、実質的にはイルトリアの戦闘員として登録される。
諸事情で軍関係の仕事を続けられなくなった人間達は、こうした有事の際に率先して動くことになっており、現にトラックのハンドルを握るのはかつて陸軍の参謀長だった男だ。
ミセリとブーンに指示を出すのは、海軍の中将だった男である。
イルトリア軍の内情と歴史に詳しい人間がその場にいれば、常に敬礼と昔話で身動きが取れなくなったことだろう。
ある種の同窓会じみたその集団は、現役時代がいかに優秀な軍人だったかを思い起こさせる動きと指揮で物流を途絶えさせなかった。
情報が入れば柔軟に対応し、そしてそれに従って次々と品物が送り届けられる。
883
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:26:05 ID:K.ug12hY0
ブーンの目は赤くなっていたが、それでも、心は既に前を向いていた。
ヒート・オロラ・レッドウィングを失い、自らの手で火葬に送り出した後だというのに、その気持ちの切り替えは大人でも難しいものだ。
(∪;´ω`)□□
つ□□□
小さな体で大きな荷物を運び、文句ひとつ言わずに働き続けるその心境を、その場にいる誰もが分かっていた。
今は動き続けていなければ自分の気持ちを保てないのだ。
動くことで悲しみに浸る時間を削るという、ある種の自棄にも似た行動だった。
それが悪いとは、ミセリは思っていなかった。
彼女自身、四肢と視力を奪われた時に味わった絶望感を癒すには時間が必要だった。
ギコ・カスケードレンジに救われなければ、きっと今も生きることに対して絶望を抱いていたことだろう。
今では失った物を補うための強化外骨格があるため、彼女は再び世界の美しさと醜さとを甘受することが出来ている。
歳の近い弟であり、友人であるブーンに手を差し伸べるのは自分に与えられた役割であると、ミセリは考えていた。
ミセ*゚ー゚)リ「ねぇ、ブーン」
大きな段ボールを移動させながら、ミセリが声をかける。
作業から2時間近くが経過して、初めての会話だった。
(∪;´ω`)「お?」
手を止めずに、ブーンは宝石の様に輝くつぶらな瞳を一瞬だけミセリに向けた。
荷物を台車の上に置いて、それからブーンは改めてミセリを見つめた。
ミセ*゚ー゚)リ「一緒にお茶しようよ」
(∪;´ω`)「お……でも、仕事が……」
ミセ*゚ー゚)リ「こういう時は、休むのも仕事なんだよ」
(∪;´ω`)「で、でも……」
( *´艸`)「ブーン君、休まないと駄目だよ!!
その方が効率的だから、ほら、行ってきなよ!!」
軍人の夫を持つ、元軍人の主婦が背を押してくれる。
ミセリは荷物を所定の場所に積み終え、手を差し出して言った。
ミセ*゚ー゚)リ「おいで」
ミセリが差し出した手を、ブーンは僅かな躊躇いを見せながらも掴んだ。
傷だらけの小さな手。
子供の手だが、その手は一人の男の手だった。
(∪*´ω`)゛
884
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:26:59 ID:K.ug12hY0
二人は基地内にある食堂に向かい、そこでミルクティーと茶菓子を注文した。
食堂は民間人に向けて解放されており、飲食店を営んでいる人間達が手伝いに参加しているため、いつでも温かで美味い食事が提供される準備が整っていた。
避難している人間に向けての大規模な炊き出しの準備もここで行い、尚且つ基地で働く人間への食事を提供する一つの拠点と化していた。
( `ハ´)「……お疲れさん」
厨房からそのような声がかけられたような気がしたが、ブーンの意識は皿いっぱいに盛られた大きなクッキーに向けられていた。
漂う主な香りは小麦の焼けた甘い匂いとシナモン、そしてハチミツの交わったそれ。
だが注意して匂いに意識を向けると、そこには他のものが隠れている。
マグカップいっぱいに注がれたミルクティーは、ブーンが長い時間休むことができるようにという心遣い。
手近な席に腰かけ、ミセリは早速クッキーに手を伸ばした。
手のひらほどの大きなクッキーは、よく見れば一枚一枚違った味や香りづけがされているようだった。
口に運び、そしてミセリは眉を顰めた。
これは、ブーンのためのクッキーだと一瞬で理解した。
歯を立てた時、ミセリの脳裏に去来したイメージは、鉄の板。
自分の歯がクッキーの表面を削るというイメージが一切湧かない。
小麦で作られているはずなのに、その硬度は尋常ではない。
ミセ;゚-゚)リ「かっ……たいっ……!!」
巷では時折堅焼き、と呼ばれるクッキーの類が出回ることがある。
それが児戯にも思えるほどの硬度。
文字通り歯が立たない。
ミセ;゚皿゚)リ「ぐおっ……!!」
(∪*´ω`)バリバリ
が。
ブーンはまるで気にした様子もなく、実に美味しそうにそれを噛み砕いていく。
どうにかミセリが一片口に含むことに成功した時、ブーンは二枚目に手を伸ばしていた。
厨房の男が静かに口を開いた。
( `ハ´)「姉さん、それはミルクティーに浸して食べた方がいいアルよ」
言われた通りにミルクティーに浸し、それから口に運ぶと、程よい歯応えのままクッキーをかみ砕くことが出来た。
紅茶の風味がクッキーの風味と合わさり、魔法の様に柔らかい味になる。
( `ハ´)「ブーン、美味いアルか?」
(∪*´ω`)゛「美味しいですお!」
久しぶりに、ブーンの明るい声を聞くことが出来た気がした。
ミセリはその姿を見て、自らの涙腺が僅かに刺激されたことに驚かなかった。
彼の成長も、彼の感情の揺れも、全てが愛おしく思える。
それはきっと、弟妹のいない自分にとって歳の離れた彼に対する母性本能が刺激されているのだろう。
885
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:27:33 ID:K.ug12hY0
友人であり、弟でもある不思議な存在。
死地にありながらも足手まといでしかなかった自分を助けてくれた彼に対する信頼は、家族に匹敵するほどだ。
彼の見せた小さな笑顔は、ミセリも思わず笑顔を浮かべたくなるほどに尊い物だった。
もっと長い時間を日常の中で過ごしたかったが、それでも、愛おしいと思えるほどの感情を彼は与えてくれる。
ミセ*゚ー゚)リ「大変な時、忙しい時こそ休憩が大切なんだよ。
ゆっくり休んで、それからまた頑張ろう」
(∪*´ω`)゛「お」
( `ハ´)「仕事の途中でも食べられるように小さいのも焼いたから、後で持っていくといいアル」
ミセ;゚-゚)リ「……同じ硬さですか?」
( `ハ´)「ブーン用の特別クッキーだから、そりゃ同じ硬さアルよ」
ミセ;゚-゚)リ「じ、じゃあミルクティーもお願いします」
男は口元を僅かに釣り上げ、言った。
( `ハ´)「勿論アルよ。 お茶とクッキーはセットが基本アル」
――雨が完全に上がり、夜明けの空気が街に漂い始めたのは、そんな時だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世界の果て、ノ・ドゥノ。
全てはそこから始まり、そこで終わる。
それ故に、そこは“最果ての都”なのだ。
――スパイク・アケーディア
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
――世界に夜明けが訪れる少し前、一人の男が己の人生がもう間もなく終わることを受け入れ終えた。
内藤・ネイサン・ホライゾンは、瞼を降ろし、ゆっくりと呼吸を整える。
これ以上の戦闘も抵抗も不可能だ。
切り札であるキュートが一瞬で殺され、そして、今の自分には戦う力がない。
どこで間違えたのか、必死に頭を回転させるが答えは出ない。
だが、完敗ではない。
少なくとも、この世界を変えるという大きな目的は達成することが出来た。
世界に国という概念を知らしめ、実際に国が形を成している。
もう、世界は後退することはない。
このまま進めば遅かれ早かれ、世界は国という概念を受け入れることになる。
ジュスティアが消えたことで、世界は新たなルールを受け入れる態勢が整う。
イルトリアが疲弊したことで、世界は抵抗力を失う。
ここで内藤が死んだとしても、世界は回るのだ。
886
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:28:23 ID:K.ug12hY0
それでも、死にたくはない。
夢の成就を見届けたい。
死は避けられない。
それでも、それでも、なのだ。
この世に生まれた以上は、何かを成し遂げたい。
ただの人形もなく、代用品でもなく、一人の人間として。
(;^ω^)「……」
ζ(゚ー゚*ζ「解せないことがあるの。
思想を引き継ぎ続けたにしては、どうにも詳しく知りすぎているのよね。
この街についても、色々なことについてもそう。
ノ・ドゥノの地図なんて、現存しているはずがないもの」
(;^ω^)「語るとでも思うか、この私が」
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、ただの答え合わせをしたいだけ。
“誰かの思想と記憶”がそのまま引き継がれるなんて、普通は出来ない。
だから普通じゃないことが起きたのでしょうね。
例えば、そうね……」
デレシアはどこかで答えに辿り着いているのだろう。
故に、この時間は内藤にとっては延命しているだけの不毛な時間だ。
生殺与奪は全て、デレシアの手中にある。
ζ(゚ー゚*ζ「“ベンジャミンバトン”、使ったのね」
その名が出て、内藤は肩を落とした。
もう、逃げられない。
ベンジャミンバトンの存在を知られている以上、逃げ道はない。
ζ(゚ー゚*ζ「記憶の引継ぎを可能にするあれなら、そうね、思想が今も生きている理由が分かるわ。
でも残念ね、あなたたちの記憶や想いは誰にも引き継がせない。
その装置がどこにあるのかを見つけて壊せば、もうこんなことは起きないもの」
ベンジャミンバトンとは、ティンバーランドに代々伝わる装置の名称である。
棺桶と同じく起動コードが存在し、その入力を行うことで自分の記憶を機械に保存することも、機械から取り入れることも出来る。
第三次世界大戦当時から脈々と受け継がれ続けたその記憶と知識が持つ価値は、計り知れないものだ。
人類の宝と言っても過言ではない。
不老不死を実現するための装置であり、同時に、想いを次世代につなぐためのバトンでもある。
蓄積され続けた知識と経験と情報の塊であるそれは、いうなればティンバーランドその物だ。
当然、装置が破壊されればそれらは失われる。
彼らが計画し、今日まで続いた想いも何もかもが失われてしまう。
安全な場所にあるとは言っても、デレシアがその存在を認識した以上は、破壊されることは必至。
全ては時間の問題だ。
(;^ω^)「何故……」
887
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:28:44 ID:K.ug12hY0
自分の人生の全てをこの日の為に捧げてきたのだ。
父親から引き継いだベンジャミンバトンにより、彼は子供の頃から自分というものの存在理由を上書きしてきた。
その父も、そのまた父も、ベンジャミンバトンを用いて世界の秘密を知り、世界の為に動き続けた。
世界を変える、世界をあるべき姿にするという目的の為に生きてきたのだ。
遥か昔から脈々と受け継がれてきた夢の成就の為に貢献し、そのために西川・ツンディエレ・ホライゾンとの間に子供も作った。
次は息子が彼の意思を引き継ぐはずだったのだが、ギコを足止めするために仕方なく犠牲にした。
失ったのは何だったのか。
そして得た物は何だったのか。
今ここで殺されれば、その全てが分からないまま終わる。
ζ(゚ー゚*ζ「何が?」
(;^ω^)「何故、世界が平和になる道を邪魔する?
何度も、何度も。
第三次世界大戦の悲劇を忘れたのか!!」
内藤の中にある第三次世界大戦の記憶は、あくまでもそれを記憶していた人間の主観のコピーでしかない。
しかし、世界中が暴力の限りを尽くした世界大戦は二度と繰り返してはならない悲劇だということだけは断言できる。
無関係でいられる人間は誰もおらず、無傷で済む国はなかった。
やがて世界中が核の冬で凍り付き、人類史の失われた時間が今も世界に刻み込まれている。
決して癒えることのない、恐ろしいほどの傷跡。
それを再び繰り返すことだけは、人類として決して看過し得る物ではない。
ζ(゚ー゚*ζ「邪魔なんてしていないわ。
勝手に失敗しているだけじゃない。
人のせいにしないでよ」
(;^ω^)「世界は一つになるべきだ。
その為には今こそ、世界を一つの国にするべきなんだ!!
国という概念は、人類には必要なんだ!!」
心からの叫びも、デレシアの前にはただのそよ風でしかない。
それでも、一縷の望みをかけて内藤は声を荒げ、説得を試みる。
ここでの説得に失敗すれば、夢が完全に途絶えることになる。
跡継ぎも失い、ベンジャミンバトンの存在が露呈した今、世界の命運は内藤の言動にかかっている。
世界が混沌を歩み続けるか、それともあるべき姿を取り戻すかは、この会話の着地点次第なのだ。
ベンジャミンバトンが残れば、世界があるべき姿でいられる。
思想が引き継がれるということは、夢が続くということなのだ。
888
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:30:01 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「いらないのよ、そんなものは。
国があったから世界が滅んだのに、どうしてまたそれが成功すると思うの?
複数の思想を一つにまとめれば、いつかは破裂するわ。
ただそれだけの話よ」
(;^ω^)「何故我々の邪魔をする!!
破裂するかどうかは、やってみなければ分からない!!」
ζ(゚ー゚*ζ「イルトリアやジュスティアの抵抗がその証拠でしょう?
ましてや、力で世界を変えようっていうのなら、この世界のルールの正しさを証明しているようなもの。
同じ土俵で同じことをして、そこに立派な大義名分を添えているだけの違いじゃない。
結局は、そのルールが変わることはないのよ。
そもそもアイリス・システムを手に入れようって時点で、もう何を言っても言い訳でしかないわ。
結局は力で世界を支配するって気持ちが隠しきれていないもの。
だから嫌われるのよ、昔も今も」
(;^ω^)「……それは、正しい使い方をすれば問題ない話だ。
お前がかつて使ったようにしなければ、アイリス・システムは抑止力として力を発揮する!!」
強大な力とは、抑止力でなければならない。
それを使っていいのは、その力の強大さと愚かさを知る人間だけだ。
世界でただ一つだけ存在するアイリス・システムは、世界の平和を心から願う人間の手が使うべきなのだ。
かつての核兵器の様に各国が持つことで作られる均衡は、いつか破綻する。
核兵器の最大の失敗はその製造方法の流出に他ならない。
誰もが再現可能になった兵器など、抑止力にすらならなくなるのだ。
しかし、アイリス・システムはその心配がない。
当時の技術者たちをもってしてもその仕組みが分からず、再現が出来なかったのだ。
加えて、デレシアがその所有を公言してはいたが、使用を最小限にしていたために誰もその痕跡を見つけることが出来なかった。
確かに存在し、その力が本物であると分かる兵器であれば、発展した世界の均衡を保つのに役立つのである。
完璧な抑止力として世界を統治することができるだけの力がある。
使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねない装置だが、ティンバーランドは間違えない。
デレシアが世界に対して使用したような、あまりにも横暴な使い方さえなければ。
ζ(゚ー゚*ζ「その抑止力を寄越せ、寄越せと言い寄ってきた人間の言葉とは思えないわね。
自分たちの力を誇示したいがために、アイリス・システムを欲する気持ちは分からないでもないわ。
でも知っての通り抑止力っていうのはね、最低でも一度は使われないと意味がないのよ。
あなたたちは間違いなく、アイリス・システムを使ってその力を世界に誇示する。
それが平和のためだって断言するあなたたちが、私は大嫌いなの。
世界は、今のままでいいの。
誰かの意思で変えるんじゃなくて、世界の意思で自然と変わるものよ」
もう、この問答に生産性はない。
デレシアの意見は変わらない。
変わることなどありえない。
待っている結末に変化はない。
889
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:30:45 ID:K.ug12hY0
目の前にいるのは理性と知性を持った頂点捕食者。
何も変わらないとしても、彼は心の叫びを口から出さないという選択はなかった。
(;^ω^)「……何が」
――声は、震えていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
此処は最果ての地。混沌と整然、栄華と零落、生と死の共存する都。
――エリシア・D“ダナー”・エリクソン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(;゚ω゚)「……何が、何がお前をそうさせるんだ!!
世界を犠牲にして!!
世界を滅茶苦茶にして!!
それでも何が!!
何が、お前を!!」
叫ぶのは内藤・ネイサン・ホライゾンという男。
狂気と妄執の生み出した不老不死の一つの形。
己の夢を叶えるために全てを捧げ、全てを犠牲にした成れの果て。
大陸の形が変り果てるまでの時間をかけてでも、世界を変えようと試みた男の残滓だ。
その本質はかつて対峙した時とほとんど変わっていなかった。
全くの別人であっても、記憶を全て移植したとなれば、顔つきや言動が同じになるのが道理だ。
そこまでしてアイリス・システムを求めた愚かさに、そして今も昔も変わらない夢を抱き続ける姿。
デレシアは手向けの意味も込めて、それを見せることにした。
890
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:31:13 ID:K.ug12hY0
問答の果てに送るのは、彼女の胸に今も昔も消えることなく残り続ける言葉。
世界を変え続けてきた、人間が今もなお答えの出ないたった一つの感情の名前。
Ammo Re
ζ(゚ー゚*ζ「 愛 よ 」
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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編
最終章『Ammo Re-【 愛 】-』
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891
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:31:48 ID:K.ug12hY0
それは。
世界でただ一つだけ存在する、第一世代強化内骨格“デレシア”の起動コードだった。
独自のアクセントと原語で愛を語る起動コードは、彼女の体内に埋め込まれている“アイリス・システム”を起動するためのコードでもあった。
虹の女神の名を持つ兵器が起動したのは、第三次世界大戦以降初めての事だった。
それは、第三次世界大戦を終わらせた兵器であり、ノ・ドゥノを滅ぼすきっかけになった兵器でもある。
アイリス・システムは空気中、あるいは地表に存在するほぼ全ての物質を介して遠く離れた場所にあるあらゆる電子機器への侵入と操作が可能な兵器だ。
電波や環境に依存せずに稼働し、例えシェルター内に避難していたとしてもその追跡から逃げることはできない。
文明レベルがある一定の水準を越えなければ意味のない兵器だが、一度電子機器の味を覚えた文明においては最強の兵器である。
軍用第七世代強化外骨格が世界に根付き、今も戦場から消えていない以上、その絶大な力は健在だ。
EMPよりも確実に、そしてより強力に戦場を支配できるシステムは当時も危険視され、それを保有していたノ・ドゥノが狙われることとなった。
ζ(゚ー゚*ζ「……夢は覚めるものよ」
笑顔を浮かべ、人差し指で虚空をかき回す仕草をする。
それはただのパフォーマンスでしかない。
分かりやすいきっかけ。
見せかけの仕草はだがしかし、遥か遠方の地に秘匿されていたベンジャミンバトンへの侵入と破壊を一瞬で成功させていた。
そしてバックアップが保存されている場所も見つけ出し、それを破壊した。
彼らの遺産は、一つの例外なくアイリス・システムによって発見され、破壊された。
その仕草に思い至る物があったらしく、内藤が顔面を蒼白にした。
(;゚ω゚)「ま……さか……!!」
ζ(゚ー゚*ζ「想いを次の世代に残したいのなら、自分の口と行動ですることね。
本当にいい物は滅びないんでしょう?」
ベンジャミンバトンの存在をデレシアに知られたことが、そもそもの失敗だ。
もしも本当に次の機会を狙っていたのであれば、何も言わずに死ねばよかったのだ。
誰かの記憶を引き継いだからこそ、彼は自分自身の気持ちを前面に押し出したいという欲求に逆らえなかったのだろう。
(;゚ω゚)「なん……なんてことを……!!
夢を……わ、我々の夢を……!!」
今にも泣きそうな内藤を見て、デレシアは落胆を禁じ得なかった。
もしも本当に自分たちの夢を信じているのであれば、機械が壊れたところで慌てふためく必要はない。
所詮は傀儡ということなのだろう。
最初の人間が持っていたであろう信念も覚悟も、所詮は上辺だけの継承なのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「あら、忘れたの?
この世界のルールはこの上なくシンプル」
デザートイーグルの銃腔が内藤の顔を睨みつける。
ζ(゚ー゚*ζ「力が全てを変えるのよ」
892
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:32:17 ID:K.ug12hY0
銃声が響き、内藤の下顎を残して頭部が吹き飛んだ。
地面に落ちる薬莢の乾いた音は、長年にわたる夢に終わりを告げる鐘の音のそれ。
頭上に広がっていた薄い青空は、ほどなくして灰色に染まり始める。
湿気を含んだ風が吹き、どこかへと消えてゆく。
ノ・ドゥノの街並みは薄暗い霧の中。
目を凝らせば、その陰の中に更に濃い影を見つけられることだろう。
永遠に消えることのない影。
建物に焼き付けられた人影が、街の至る所に残されている。
それが何を意味するのか、今の時代を生きる人間で知るのはデレシアだけである。
ζ(゚、゚*ζ「……お花もなくてごめんね」
デレシアの呟きは風が運び去る。
そして彼女は寂しそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとした歩みで船に向かう。
彼女にだけは、その街のかつての姿が見えていた。
そこにあった建物の本来の姿も。
そこに生きていた人々の事も、彼女だけは知っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「少し、見て回ろうかしら」
そして、デレシアは静かに歩き始めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世界が終焉から抜け出せなくなったのは、間違いなくその日である。
カリメア合衆国がノ・ドゥノの市長暗殺を実行に移した日だ。
それは、誰にも止められない巨大な津波の様に世界を終わらせることだろう。
だが。
私は、それでもこの人に生きていてほしい。
世界の終わりが来ても、この人にだけは生き続けてほしい。
そう切望し、私は今からこの手術を開始する。
一切の弁明の余地なく、徹頭徹尾これは私の我儘だ。
この我儘の名前こそが――
――セファリド・ブーン・アケーディア
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
893
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:32:40 ID:K.ug12hY0
――ノ・ドゥノを統べていたデレシアが瀕死の重傷を負ったのは、第三次世界大戦末期の事だった。
街を戦渦に巻き込まれないように守っていたデレシアは、遂にある日、凶弾に倒れる。
心臓を直撃した銃弾により、デレシアは死の淵を彷徨うこととなった。
しかし、彼女を強く想う人間が彼女を救うために世界を変えたのだ。
強化外骨格の研究が煮詰まり、瓦礫と化した戦場を舞台に展開するための多脚構想が主流となる中、彼は外骨格という概念を捨てることにした。
命を救うために彼が行ったのは、代替可能な人間の臓器や骨格を全て機械に置き換えるという物だった。
それは、デレシアの命を救いたいという一念によって完成された世界で唯一の技術。
故に、世界唯一の強化内骨格には“デレシア”の名が冠されることとなる。
( ;ω;)「絶対に……あなたを死なせない……!!」
デレシアの義理の息子として、そしてノ・ドゥノの技術者として傍にいたセファリド・ブーン・アケーディアの彼女を失いたくないという想いが、時代を変えた。
構想自体は存在したが、それを緊急時に実用化させるという荒業は、恐らくどの歴史書にも記されていないはずだ。
まずは置き換えた人工心臓を核戦争後の世界でも半永久的に稼働させるため、アイリス・システムを補助装置兼動力源として使用した。
アイリス・システムは蓄電能力に優れており、デレシアが食事によって体内で生成する熱をエネルギーとして充電する仕組みを確立させた。
同時に、アイリス・システムは彼女の身を守るための盾としても機能を発揮する。
EMPを始めとした電子機器に対する攻撃手段に対して、アイリス・システムは絶対の防御を誇る。
これで、物理的な攻撃手段以外で彼女の命を動かす動力を止めることはできない。
少なくとも心臓と脳は無事で済むはずだと、ブーンは考えた。
彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
臓器の置換だけでは足りない。
( ;ω;)「我儘なのは知っています……だけど……それでも!!
僕は、あなたに……生きてほしい!!」
骨格を特殊合金製の物に置き換え、筋肉を人工筋肉に置き換えた。
皮膚を始めとする人工の素材は放射線に対する圧倒的なまでの耐性を備え、膂力は常人の数倍を容易に発揮する。
骨格の頑強さに至っては例え車が激突しても問題のないレベルの物となった。
可能な限り彼女のありのままの姿を生かそうと努力し、そして、それは結実した。
手術を終えたデレシアが目を覚ますのは、その手術を終えた一週間後のこととなる。
ただし、それはノ・ドゥノにとって。
そして、世界にとってはあまりにも遅すぎた。
894
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:34:02 ID:K.ug12hY0
――ノ・ドゥノを統べていたデレシアが瀕死の重傷を負ったのは、第三次世界大戦末期の事だった。
街を戦渦に巻き込まれないように守っていたデレシアは、遂にある日、凶弾に倒れる。
心臓を直撃した銃弾により、デレシアは死の淵を彷徨うこととなった。
しかし、彼女を強く想う人間が彼女を救うために世界を変えたのだ。
強化外骨格の研究が煮詰まり、瓦礫と化した戦場を舞台に展開するための多脚構想が主流となる中、彼は外骨格という概念を捨てることにした。
命を救うために彼が行ったのは、代替可能な人間の臓器や骨格を全て機械に置き換えるという物だった。
それは、デレシアの命を救いたいという一念によって完成された世界で唯一の技術。
故に、世界唯一の強化内骨格には“デレシア”の名が冠されることとなる。
( ;ω;)「絶対に……あなたを死なせない……!!」
デレシアの義理の息子として、そしてノ・ドゥノの技術者として傍にいたセファリド・ブーン・アケーディアの彼女を失いたくないという想いが、時代を変えた。
構想自体は存在したが、それを緊急時に実用化させるという荒業は、恐らくどの歴史書にも記されていないはずだ。
まずは置き換えた人工心臓を核戦争後の世界でも半永久的に稼働させるため、アイリス・システムを補助装置兼動力源として使用した。
アイリス・システムは蓄電能力に優れており、デレシアが食事によって体内で生成する熱をエネルギーとして充電する仕組みを確立させた。
同時に、アイリス・システムは彼女の身を守るための盾としても機能を発揮する。
EMPを始めとした電子機器に対する攻撃手段に対して、アイリス・システムは絶対の防御を誇る。
これで、物理的な攻撃手段以外で彼女の命を動かす動力を止めることはできない。
少なくとも心臓と脳は無事で済むはずだと、ブーンは考えた。
彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
臓器の置換だけでは足りない。
( ;ω;)「我儘なのは知っています……だけど……それでも!!
僕は、あなたに……生きてほしい!!」
骨格を特殊合金製の物に置き換え、筋肉を人工筋肉に置き換えた。
皮膚を始めとする人工の素材は放射線に対する圧倒的なまでの耐性を備え、膂力は常人の数倍を容易に発揮する。
骨格の頑強さに至っては例え車が激突しても問題のないレベルの物となった。
可能な限り彼女のありのままの姿を生かそうと努力し、そして、それは結実した。
手術を終えたデレシアが目を覚ますのは、その手術を終えた一週間後のこととなる。
ただし、それはノ・ドゥノにとって。
そして、世界にとってはあまりにも遅すぎた。
895
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:35:37 ID:K.ug12hY0
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抑止力だったデレシアが不在であることを察知したとカリメア合衆国が、ノ・ドゥノに向けて核兵器を複数発射。
爆発の威力ではなく、放射線による人体の破壊にのみ重点の置かれた核兵器は建物だけを残し、ノ・ドゥノの街を一瞬で無人に変えた。
それだけではなく、街を中心とした周囲一帯に長期にわたる放射能汚染の被害をもたらし、天候をも変えるほどの甚大な被害を与えた。
殺意の一点に注力して作られた核兵器は、減退という概念を持たないように設計された人類史上最悪の兵器となった。
その兵器が持つ悪意と殺意は、今なおノ・ドゥノを中心としたバミューダトライアングルという地帯の存在が物語る。
そしてそれをきっかけに、世界は自制心を失った。
撃たれる前に撃つ。
世界がギリギリで守っていた最後のルールはノ・ドゥノの壊滅と共に、完全に姿を消すこととなった。
大国が小国に、小国が大国に核を撃ち合い、人類史上最悪の核の冬が訪れたのである。
目を覚ましたデレシアが見たのは、死体とも呼べるものすら残らない、無人と化した街並みと変わり果てた空だった。
混濁する意識の中、デレシアは静かに歯噛みし、そして涙を流した。
生きている人間の姿は、どこにもなかった。
部下も。
友人も。
家族も。
ノ・ドゥノで生きているものは、何もなかった。
896
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:36:22 ID:K.ug12hY0
デレシアは街のシェルターに向かい、そこに生存者がいないかを確認したが、誰もいなかった。
街は彼女一人を残して滅んだのだとようやく受け入れたのは、全てのシェルターを見て回り終えてからの事だった。
変わり果てた空の正体を知ろうとしても、電波が乱れ、EMPの影響を受けた電子機器は軒並み役に立たなくなっていた。
極めて強力な放射能が影響を及ぼしているのだと推測し、自ら用意したシェルターへと向かった。
そこには、電波を利用しない通信機器も用意されており、万が一の際には外部との連絡が取れる準備が整っていた。
インターネット上には、核戦争を生き延びた人間達による情報共有が行われていた。
自分たちの置かれた状況などを共有することで絶望感を和らげ、生存率を高めようという一種の生存本能による行動だったのだろう。
互いの過酷な状況や、生き延びるための術を伝え合い、励まし合っていた。
デレシアは、とにかく情報を手に入れることにした。
少しでも世界に何かしらの救いを見出そうとしたのだ。
人類がそこまで愚かではないことを期待し、そして、それは打ち砕かれた。
皮肉なことに、それが世界の終わりを観測する手段の一つになったのである。
世界最悪の核戦争、そしてそれがもたらした核の冬の被害は甚大だった。
シェルターに避難できなかった人間は、暖房設備の有無と放射能影響によって被害状況が大きく異なった。
核兵器の影響が少ない地域でさえも、唐突に訪れた冬は甚大な被害をもたらした。
平均気温が2桁低下し、水は凍り、電気は止まり、最後にガスが止まって全てが凍り付いた。
その様子を克明に配信していた若者の最期の言葉は、吹雪の音にかき消されて誰にも届かなかった。
最終戦争に備えていた多くの人間がシェルターに避難したが、そのシェルターの違いによっても人々の生存率は変動した。
真っ先に死者を出したのは、核兵器に対する対策をしていなかったシェルターである。
放射能によって徐々に空調設備からシェルター内部が汚染され、そして全滅した。
庭の地下に作られるような簡易的なシェルターは当時の民間人の間では最も多く使用されており、結果としてはただの墓場にしかならなかった。
核の冬に備えていた一部の民間人とシェルターがそれに耐えたが、限界があった。
日光を失ったことにより多くの発電装置は1年で活動を停止し、世界各地の様々なサービスが機能を失う。
自然のエネルギーを活用した設備は稼働していたが、生み出した電力を分配する施設が極低温の気候によって機能を停止し、無駄に終わる。
やがて、無人となった通信会社の非常用電源も底を突き、世界は最大の通信手段を失った。
電波と電力を失ったことで人類の通信手段は急激に退化し、遂には途絶えることとなる。
人類最後のシェルターでは発電機の故障により、空気の供給が停止。
まるで沈没した潜水艦の最期のように、一人、また一人とそれぞれの形で死を選んだ。
こうして、ゆっくりと眠る様にして人類は滅んだ。
一方、ノ・ドゥノの核汚染は非常に深刻で、普通の生物であれば近づいただけで即死する状況だった。
更に、街を覆うようにして発生する異常気象は時間が経っても収まることがないと分かるが、世界を襲う氷河期じみた気象の中で生きられる保証はない。
ノ・ドゥノに用意したシェルターは小型の原子力発電が用意されているため、無理をして外に出る必要はなかった。
核汚染と極低温の世界は、地上に残された多くの生物を淘汰することだろう。
地下での生活は規則正しく、そして決められたことをする日々だった。
彼女自身を生かすためには食事が不可欠であり、その食事を用意するために作物を育てることを始めた。
限られた環境下でデレシアは作物を育て、これまで無縁だった生きるための術を学んだ。
幸いにして、そのための時間はいくらでもあった。
897
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:36:58 ID:K.ug12hY0
何より、街の地下に張り巡らせるようにして作られた巨大なシェルターには彼女一人しかおらず、備蓄された食料や水は十分すぎるほどにあったのだ。
失敗を繰り返し、デレシアは生きる術を一つ一つ手に入れた。
それは来るべき日に向けての準備でもあった。
核の冬には終わりがある。
地球全土が凍結したとしても、それでも、必ず終わりは来るのだとデレシアは知っていた。
そしてその日が来れば、自分が向かうのは文字通り凍り付き、滅んだ世界。
その世界の中で、生きていかなければならないのだ。
知識を蓄え、それを実際に試し、多くの技術と知恵を手に入れた。
結果、彼女は職人たちが連綿と伝えてきた技術の再現が可能になった。
自分の体にも慣れ、一人でいることにも慣れた。
後はその日に向け、装備の用意と見直しが連日行われた。
長距離を歩き続けるためのブーツは、当然ながら丈夫さと機能性を失わないようにしつつ、各部の交換修理が可能な手入れの容易さを確立。
銃は以前から扱っていたデザートイーグルに加えて、ソウドオフショットガンを用意した。
こちらも手入れの容易さを重視し、尚且つ弾種を変えやすいという点で採用を決定した。
備蓄品にあった革製のカバンを分解し、それをホルスターに改造した。
革製の備品は手入れさえ怠らなければ長期間の使用が可能だからだ。
そして、服の用意が最も困難を極めた。
地上に出たとして、待っているのは極寒の大地と予想不可能な天候だ。
それに耐えられ、尚且つその後の世界でも使えるような素材が必要だった。
DATに保存されているデータをもとに、世界最新最高峰の繊維を復元することに成功した。
幸いしたのは、シェルター内部にある備蓄品の中にその繊維のサンプル品があったことだった。
ノ・ドゥノに亡命してきた技術者の一人が持ち込み、万が一の際にとシェルターに入れておいたのだ。
防弾、防刃、防風、防水、防炎、防爆、防汚、防寒等あらゆる負の要素に対して優れた防御力を持つその繊維を使い、ローブを作った。
マントではなくローブにしたのは動かしやすさを重視するためで、尚且つ冷気を塞ぐためでもあった。
――恐らくは十数年後、外部の温度を計測する装置に変化が見られた。
気温の上昇が核の冬が終わりを告げたのを機に、デレシアはノ・ドゥノを発つことにした。
極めて高性能な素材で作られたローブと武器、そして旅に必要な食料品などを詰めたリュックを背負って、静かに街に別れを告げる。
瓦礫と骸、そして破滅の坩堝と化した世界の鍋底を歩くように、デレシアは世界を旅し始めた。
デレシアは滅んだ街を転々とし、仄暗い世界で続ける旅の中、景色は日に日に変化していった。
核の影響が地表からなくなり、太陽の光が地上に降り注ぐようになって、生態系は青々とした色を取り戻した。
汚染の影響を乗り越え、生き延びた生物たちは独自の進化を遂げたが、一巡してかつての世界と同じ動植物が世界に広がる。
大都市だった場所は軒並み荒れ果て、コンクリートの欠片や鉄塔の残骸が唯一の名残。
灰色だった空が徐々に青みを増し、陽の光を感じられるようになった時、世界はその美しさをデレシアの前に広げて見せた。
898
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:37:49 ID:K.ug12hY0
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世界が澄み切った青空を取り戻した日、デレシアは頭上に広がる圧倒的な光景に心を打たれた。
白く、薄らと見える巨大な月。
手を伸ばせば届きそうなほどにそれは近く、そして幻想的な光景だった。
夜空はこれまで見てきたどんなそれよりも輝き、煌めいていた。
星空に圧倒され、銀河がよく見える空の下、旅は続いた。
動物たちが地上を支配する時代が訪れた時、デレシアは第三次世界大戦から随分と長い時間が経っていることに気づいた。
滅んだ文明の跡地を見て歩き、一台のバイクをシェルターの中で見つけた。
それは、少数のみ生産されたジャネーゼ産の大型バイク“アイディール”だった。
水を燃料にして動くそれは、複数のパーツを交換することで稼働できるほどに状態が良く、デレシアはそれを旅の友とすることにした。
濃厚な蒼穹の下、デレシアは旅をしながら多くの事を考えたが、やがてそれを止めた。
考えたところで事態が変わることもない。
それ故に、彼女は世界そのものを楽しむことにした。
生態系が滅んでから一巡する程の時間が経っても死なないのであれば、止まるまで旅を続ける。
世界の行く末を見届け、見守ることこそが、彼女にとっての楽しみとなった。
世界大戦の傷跡は、自然がそのほとんどの痕跡を消してくれていた。
街の中で時折見かける人工物の中でも、棺桶に関しては極めて状態が良く、中には何もせずとも稼働するものまであった。
世界大戦中に人類が生み出した多くの合金は、耐腐食性に優れ、更には風化に対する圧倒的なまでの防衛力を有していた。
だがそれも、瓦礫や土の中に沈み、化石の様に地層の中に消えて行った。
変わり果てた世界も、やがて落ち着きを見せ、生態系の進化も戦前に近づいてきた。
恐らくは、人間が愛玩動物や家畜として管理していた動物が逃げ出し、生き延びたことで生態系のサイクルに補正がかかったのだろう。
おかげでデレシアは食事に困ることはなく、原始的な武器を使って動物を狩り、旅を続けることが出来た。
アイリス・システムの維持に必要だったのは、デレシアの食事によるエネルギー摂取行為だけだった。
そのため、どれだけ酷い状況下でもデレシアは必ず食事をして、生きることだけは忘れなかった。
何万回目の春を迎えたかも忘れ、アイディールが遂に動かなくなった頃、人類に似た生物が誕生した。
899
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:38:11 ID:K.ug12hY0
二足歩行の猿が登場し、やがて、それは道具を使って集団生活を始めたのである。
火を扱い、石器を作り、集落を作った。
縄張り争いも起きるほどの知性と社会性を持ったその旧人類には、大きな特徴があった。
争いの絶えない世界を生き延びるために彼らの耳は獣のそれであり、瓦礫の多い地面でバランスを崩さないために獣の尾を持っていた。
いずれも猿とは違った動物の特徴が表れており、進化の過程でネコ科やイヌ科の物が多く見られた。
後に“耳付き”と呼ばれる現在の人類の始祖である。
耳付きは平均寿命が長く、その容姿がある一定の段階――精通、あるいは月経――を迎えたところで停滞する特徴を持っていた。
その特徴は、自分たちの数を増やすための生存本能だったのかもしれない。
人類の数がある程度増えてくると、それに合わせて耳付きの数は減り、尾を持たない人間の方が多くなった。
気が付けば人類は小さな集落から町を作り、それを広げて街を作った。
農耕技術も発達し、彼らは飢えに苦しむことがほとんどなくなった。
いざとなれば近くの町を襲えば、それだけで事足りるのだ。
ある日を境に、世界各地でほぼ同時多発的に一つの変化があった。
旧時代の遺産の発見と復元である。
それまで弓と槍が主な武器だった時代が、大きく変わった。
まず初めに、拳銃が戦いの中で登場するようになった。
地面の中ではなく、劣化のほとんどないシェルター内に侵入することに成功した人間が銃と弾を見つけ、それを使ったのだろう。
銃の恐ろしさと便利さは瞬く間に世界に広がり、世界は自らの足で進歩するのではなく、過去の遺産に頼ることにしたのだ。
人類の誕生からその成長を見てきたデレシアとしては、この変化は少し悲しくもあったが、これが人類の進歩を飛躍的に進めることを確信した。
事実、彼らはDATの発掘に成功し、多くの知識を手に入れて瞬く間に文明レベルを向上させていった。
知識の入手において必要不可欠だった言語は、だがしかし、彼らが進化の過程でかつての世界共通語とほぼ同じ言葉を使っていたことが幸いした。
DATに表示される言葉に沿うようにして、人類の言語は変化した。
やがて、それが世界共通語へと変わり、大戦以前の世界では実現できなかった言語の統一に成功したのである。
皮肉なことに、自発的な進化ではなく技術に追いつくために自らを変化させたという点で言えば、進化というよりも退化か停滞と表現したほうが相応しいだろう。
街に並ぶ建物がコンクリート製の物に代わり、ひび割れていた地面が舗装され、電気が当たり前の存在となる頃には人類のほとんどは旧時代と同じ姿をしていた。
稀に生まれる耳付きと呼ばれる人間達はその姿から、奴隷や道具として扱われることとなり、差別がなくなる気配はなかった。
後にジュスティアと呼ばれる街の誕生に、気まぐれで携わったデレシアはその時の長に人として間違った道を歩まないように伝えた。
それがいつの間にか、正義を貫徹せよ、という解釈で伝わり続けて街の名前はジュスティアと命名されたのである。
イルトリアという国の跡地に行った時、そこは暴力で満ちていた。
己の力を持て余す者が多く闊歩し、その力の矛先をどこに定めるべきか迷っていたのである。
偶然そこで知り合った人間に食事を振舞われ、その恩返しとしてデレシアは強大な力には鎖が必要であることを教え広めた。
やがてその考え方が浸透し、力で雌雄を決し、その力を振るうことが自分たちの得意分野であることに気づき、街が生まれた。
後のイルトリアとして知られる街は、デレシアによって秩序を手に入れ、街は武力を商品とすることにした。
奇しくも、東と西の端にある街が後に世界の天秤を担うとは、この時のデレシアは思ってもいなかった。
それよりも彼女の関心は、世界の行く末だった。
かつて滅んだ世界の途中から始まったかのように見えて、その実、進化の停滞が見える。
本来、進化とは時間をかけて蓄積して行われるものであって、いくつもの段階を飛ばしていくものではない。
後世に多くの情報を残すために作られたDATの影響は、あまりにも大きかった。
彼等は数世紀以上の過程を飛ばし、今に至るのだ。
次なる進歩に際して、その倍以上のずれが生じることは間違いなかった。
900
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:38:52 ID:K.ug12hY0
そして、いつしか世界のどこかで“ティンバーランド”という組織が生まれたことが分かり、デレシアは久しぶりにその名前を思い出した。
かつてデレシアがノ・ドゥノの市長だった時にも、その名前を聞いたことがあったのだ。
世界を一つの国にするという、あまりにも馬鹿げた理想を掲げる集団。
その長は、かつての合衆国大統領。
世界統一という夢が生まれるには、世界は圧倒的に未熟。
国という概念さえ生まれていない中で世界を統一するというのは、誰かの入れ知恵がなければ浮かばない物だ。
そこで考えついたのが、書物を見つけたか、DATに情報が残っていたのかのどちらかだ。
あえて泳がせておいたところ過激派の集団と化したので、デレシアは彼らを全滅させた。
時代を幾重にも越えたが、国が生まれることはなかった。
それまで世界を支配していた暴力の色は鳴りを潜め、イルトリア的でありジュスティア的な考え方が世界に浸透していった。
暴力は知性と秩序を手に入れ、奇妙な調和が世界にもたらされた。
変わりゆく世界を旅しながら、デレシアは多くの出会いに恵まれた。
世界の形や時代が変わろうとも、言葉が通じればこれまでとは違った出会いを楽しむことができる。
過干渉にならぬよう、デレシアは世界を旅した。
デレシアは世界の天秤を担う街の市長にティンバーランドの存在について軽く伝え、流されないように誘導をした。
若かりし頃のペニサス・ノースフェイス、理想的な警官だった頃のジョルジュ・マグナーニ達との出会いは、実に興味深かった。
危惧はしていたが、やはりティンバーランドの思想は水面下で動いていることが確認された。
何度もその芽を潰したのは、今の時代に無理矢理干渉しようとする過去の意思の不要さが際立っていたからだ。
確かに今の時代は過去の遺産によって作られたことは否めない。
だが、だからと言って過去の思想をそのままに持ち込むというのはまた別の話だ。
国という概念がそもそもない場所に国という考え方を持ち込めば、また同じことの繰り返しとなる。
人類が再び核の力を手に入れた今、国はただ争いの種にしかならない。
しかし、今を生きる人類がそれを思いついたのであればそれは構わない。
問題なのは、その考え方を盲信した人間が世界と統治しようと試みることにあった。
単一国家という夢の産物は、今の世界から多くの物を奪い取る。
彼らの思想がどこから蘇っているのかを考えつつ、デレシアは長い目で世界を見守ることにした。
少なくとも、世界中を旅していて飽きることはなかった。
例え――
ζ(^ー^*ζ
――例えそれが数億年続いている旅だとしても、彼女はそれを愛してやまなかった。
ζ(゚ー゚*ζ
そして何度目になるか分からない7月31日。
:;(∪;´ω`);:
デレシアは、彼に出会うことになる。
彼女の息子と同じ瞳をした、耳付きの少年に。
何度も蔑まれ、暴力に染め上げられながらも、瞳の奥に宿る光は息子と同じだった。
彼を助けようと思ったのは、その瞳に魅入られたこともあったが、息子との出会いを思い出したのもあった。
901
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:40:17 ID:K.ug12hY0
そうして助け、ブーンの名前を与えたことで彼女の旅が大きく変わり始めた。
オセアンからティンカーベル、オアシズやラヴニカといった大きな街を訪れた。
ヒート・オロラ・レッドウィングとの出会いやペニサスとの再会。
そして、これまでと違ってより大々的に世界に介入している内藤財団という名のティンバーランドの隠れ蓑。
可能な限り彼らに関わらないように旅を続けたが、デレシアの存在に気づいた彼らがそれを許さなかった。
結果として第四次世界大戦にも似た戦争が始まり、終わった。
これまでに使おうとしなかったアイリス・システムを使ったのは、彼らが再び世界に出現しないためだ。
過去の人間の思想をそのまま現代に持ち込もうなどと、一体誰が許すだろうか。
この先、一度広まった国という概念が世界をどう変えるのかは分からない。
だが変えていくのは今を生きる人間達だ。
デレシアが介入することでもなければ、過去の人間の意思が介入することはない。
後はただ、時代に任せるだけなのだ。
(<::ー::::>三)「……懐かしいわね」
デレシアはフードを目深に被り、ノ・ドゥノを闊歩する。
かつてそうだったように。
かつての空気を味わうように。
街並みを名残惜しむ様に。
そこにあった光も、影も、人の営みも。
今は全て、彼女の記憶にしかない。
しかしその記憶も永遠ではない。
彼女を今も生かしているのはアイリス・システムのおかげであり、先ほどの大規模な機能の使用は、彼女の命に必要な電力を消費することになった。
アイリス・システムが電力を使用すれば、その分だけデレシアを動かす電力が減ることになる。
その結果が何を生み出すのか、デレシアは理解した上でアイリス・システムを起動した。
起動してでも、この世界から屠るべき過去の遺産があるからだ。
(<::ー::::>三)「……」
902
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:41:05 ID:K.ug12hY0
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|==| ==|ロl _hi!. ┌: |=| ==== |i===i|| ==== | ̄| |三l l三|:::|Iiii| | |≡:|≡≡|__
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雲の覆う街、ノ・ドゥノ。
恐らくは今後、誰にも発見されて語り継がれることのない、死が支配する最果ての都。
視界はほとんどないが、彼女だけはその地図を持たずに目的地に行くことができる。
足取りも、息もこれまでとはまるで比べ物にならない程に弱っていた。
やがて、デレシアの目の前には朽ち果てた像らしきものが見えてきた。
否、最早それは像ですらない。
風によって静かに侵食され、台座と像だった何かが残された、ただの岩だ。
岩を背に腰かけ、デレシアはゆっくりと瞼を降ろした。
静かに風が吹き、彼女の頭からフードを優しく取り除く。
静寂が周囲を覆う。
しかし彼女の瞼の裏には、全く別の光景が映っていた。
在りし日のノ・ドゥノ。
息子となる少年と出会った、その日の光景。
903
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:41:39 ID:K.ug12hY0
ζ(´、`*ζ「ふぅ……」
呼吸はやがて静かに、確実に少なくなる。
今はただ、ゆっくりと休むだけ。
久しぶりに訪れた故郷を楽しむだけ。
そして、口元に笑みをたたえて、ただ眠るだけ――
ζ(´ー`*ζ
――四度の夏を迎え、二度目の核の冬が終わっても、ブーンとデレシアが再会することはなかった。
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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編
/ i : | | :/ .:/ / :/ |: ; |: : |
/ / |│ :│ | /| :// /// ─-i :|八 !
//∨|八i | | ヒ|乂 ///イ | j: : : . '.
///: : i: : : :i i │∠ : イ// ミ=彡 ; /: : :八: :\
/{:八: : :i/: :八: ∨|八| |/ :j / /: : :/ ハ : \
. / /: :\ \ \ : : \\ 〈| . / / : : / } : | 、ヽ
/ : : : : \ \ \: :从⌒ ∠/ //: / ノ.: :リ 〉: 〉
/ 人 : : : -=ニ二 ̄}川 >、 `''ー 一 ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
{ { 厂 . : { /⌒\ .イ///: : : .____ 人: :\/
': ∨} _: : : : 二二/ / | \_ -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
最終章『Ammo Re-【 愛 】-』
了
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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻
904
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:42:28 ID:K.ug12hY0
これにて今回の投下は終了です
質問、指摘、感想等あれば幸いです。
次回Epilogueをもって、Ammo→Re!!のようですは完結いたします。
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
905
:
名無しさん
:2024/07/15(月) 07:14:53 ID:qyOfuMGA0
おつ
あまりにも膨大すぎる量でいろいろと書きたいけどとりあえずデレシアさんのスケールが違いすぎた
神じゃん
906
:
名無しさん
:2024/07/15(月) 08:50:21 ID:z71KQtaY0
読み終えてないけど乙
200レスぎっちり文章つまってておったまげた…
907
:
名無しさん
:2024/07/15(月) 12:36:02 ID:NbHFqzVo0
ものすごい文量だ…本当に乙!!
終わってしまうのが寂しいけど楽しみにしてます
それまで読み返して待ってる
908
:
名無しさん
:2024/07/15(月) 13:23:09 ID:mpCFUdUM0
乙
909
:
名無しさん
:2024/07/16(火) 18:56:20 ID:MjFk3yRw0
おつ!
この回で生き残った人は生存確定か?
・アサピーがなんだかんだで一番ブレてない気がする力もないのに
・トラギコとシナー好きだから生きてて本当によかった
・マンオンファイアで暴れてるギコ見れてよかった
まさか西川親子やるのがギコとは
・キュート呆気ねぇ…
・デレシアさんの脳と心臓とその他数億年劣化なしってこと…?棺桶も…?
次で終わるのが本当に寂しい
910
:
名無しさん
:2024/07/20(土) 04:15:01 ID:UgHSdHiA0
>>811
>もしも以前の自分ならば、アサピーの名を叫んで追いかけていたことだろう。
「ニダーの名」の間違い?
>>814
>( `ハ´)「馬鹿か、そいつらは。
> 今の状況で戦闘以外に何が出来るニダ」
シナーさんがニダーさんになっちゃってる
911
:
名無しさん
:2024/07/20(土) 05:37:38 ID:mzYDw5A.0
>>910
\(^o^)/
やっちまいました……
912
:
名無しさん
:2024/07/20(土) 05:52:01 ID:UgHSdHiA0
>>893
>彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
ここも多分「再生不可能」かな?
デレシアさんなら生成しそう
913
:
名無しさん
:2024/07/20(土) 10:17:12 ID:W6/O1pX60
乙
デレシアさんも愛によって生かされてたんだなって
登場人物があっさり死んでくのは誰だって劇的に死ねるわけじゃあないからねぇ
シリアスな話なのにちょいちょいネタ挟んでくるんだもん油断してたから吹き出しちゃったww
個人的にルノアの戯言の諺がお気に入りです。
>>735
最数的に作戦が全て成功
ここの最数的にって最終的に? それとも作戦数的になのかな?
指摘が間違ってたらごめんなさい……
次回で終わりなのは寂しいけど待ってます!!
914
:
名無しさん
:2024/07/20(土) 10:35:54 ID:Adqi4q0A0
乙
30分時間を稼ぐために何年(何千年?)かけて組織を立ち上げ秘密裏に計画進めて世界大戦まで引き起こしたのに
普通に追いついてるの怖すぎる
そりゃラスボスさんも引きつった笑顔するしかないわな
これからみんながどうなるのか気になりすぎる
エピローグ、待ってます!
915
:
名無しさん
:2024/07/21(日) 16:38:30 ID:UKoCGjM.0
とんでもない文量乙!
ようやく読み終えた…
この物語がどういう結末迎えるか想像つかない、最終回も楽しみ
ちなみにキュートってティンバーランドに監視付けられるような立場だった気がするんだけどなんか説明あったっけ
後ローブの復元ってペニサスがしたんじゃなかったっけ?
916
:
名無しさん
:2024/07/21(日) 21:40:29 ID:L8/kM8pM0
>>915
キュートは秘密兵器的なポジションなので、表立って護衛をつけることができないので、常に誰かに見られるように誘導されておりました。
ローブはデレシア、そしてペニサスが復元に成功している設定になっております。
917
:
名無しさん
:2024/07/21(日) 21:41:39 ID:L8/kM8pM0
>>912-913
(´・ω・`)その通りでございます
918
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 12:16:20 ID:mbK6Pnew0
来週11日、上手くいけばVIPでお会いしましょう
919
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 16:02:35 ID:KGkyGMJc0
はっや!やった!
いまさら気づいたけど最後デレ死にかけてるんだな
ほぼ自爆とはいえ相打ちに持ち込むとはやったなティンバーランド
920
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:09:28 ID:XZZ24kQc0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
三度の秋を越え。
三度の冬を越え。
三度の春を越え。
四度目の夏を迎え。
今も、僕は彼女を想い続ける。
――ブーン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世界を変える大規模な戦争の行く末は、世界を襲った未曽有の大寒波があやふやにした。
内藤財団の代表者からの言葉がなくなれば、それまで世界が熱狂していた一つの思想をまとめる存在はなくなる。
理想だけで生きられないと分かった以上は、その理想は早々に捨て去られた。
国という概念はさながら半熟のスクランブルエッグのような物となり、結実することがないままに核の冬を迎えた。
核の冬が訪れ、真っ先に人々が行ったのが熱の確保だった。
電気が使えなくなれば、熱を生み出す手段は薪を燃やすかガスに頼る以外にない。
電力が失われたことにより、ガスは供給手段と採取手段を失った。
人類が一気に退化を強いられたことに気づいたのは、冬の訪れの翌日に身近な人間が凍死した姿を見てからの事だった。
薪を手に入れるためには伐採をするしかない。
伐採をするためにはチェンソーがいる。
チェンソーを動かすためには電気がいる。
電気がないのならば、斧で切り倒すしかない。
芯まで凍り付いた樹木の硬度は時としてコンクリートを越えることもあると、森に住む人間は心得ていた。
その為、停電と同時に彼らは町中総出で森に向かい、木を切り倒した。
限界まで木を切り倒した後、作業用強化外骨格のバッテリーが底を尽きるまでそれを運搬。
小さな町や村の中心に続々と薪が用意され、各家庭へと厳格に調整された数が配給された。
奪い合いが余計なリスクを生み出すと知る町の指導者は、武器を手にその配給を完遂させた。
防寒対策として次に彼らが選んだのは、食料の確保と地下シェルターへと生活の基盤を移動させることにあった。
当然ながら、食料の調達は困難を極めた。
急激な気温変化により野菜は全滅し、果実や木の実は凍り付いていた。
動物も生きたまま凍り付いた姿で発見されたが、それは極めて貴重な食料として重宝された。
天然の冷凍庫があるのならば、危険を冒して狩りをする必要がないのだ。
幸いにして肉類は手に入ったが、魚は凍り付いた川の下にいるため、氷を砕かなければ捕まえられなかった。
だがこれは、自然豊かな町での話。
開墾して作られた近代的な街は、十分な食料を確保することも薪を確保することも出来なかった。
その代わり、生活の知恵として巨大な台風の際に避難することを目的とした地下シェルターが各家庭に用意されていた。
後は、薪と食料が尽きないよう、定期的に森に遠征するしかなかった。
自家発電機や街に大型の発電施設があれば、どうにか凍死だけは避けることが出来たが、以前の豊かさは失ってしまっていた。
921
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:09:49 ID:XZZ24kQc0
自然発電の電気と他の街からの輸入に依存していた街は、混沌と化していた。
太陽光発電の代わりに用意されていた風力は、あまりの寒さに風車の潤滑油が凍結し、損壊。
波力は流氷によってその機能をほとんど失い、辛うじて生み出される電力はあまりにも心もとなかった。
海辺ですらない内陸の街は火力発電によってどうにか難を凌いだが、燃料を供給していた町がそれを止めた為にほどなく稼働を停止。
それまで街を照らしていた煌びやかなライトは消され、静かに耐え凌ぐしかなかった。
数世紀も昔、電気のない時代へと逆行することになった彼らは、だがしかし生きることを諦めなかった。
彼らの住むのは人類の到達した近代建築の完成系であり、電気さえあれば従来の暮らしに戻ることができる。
要となる発電所の再稼働に向け、彼らは武器を手にした。
火力発電所の燃料となるガスと石炭の確保のため、大規模な遠征部隊を編成。
周辺で同じ状況にある街と協定を結び、石炭採掘場を目指した。
凍てつく寒さの中、彼らは生きるために石炭を奪い、帰路で食料になりそうな物を確保して街へと持ち帰った。
だが、それを聞いていた別の街が帰り道にその部隊を襲撃し、醜い殺し合いが始まったのである。
より強い力を持つ街だけが生き延びるかに思われたが、人の持つ道徳心に付け込むことで生き延びる手段が生まれた
安定した電力を持っている街に他所の人間が一斉に訪れ、そのまま住み着くという行為が横行し始めたのだ。
初めはほとんどの街も避難民を受け入れたが、彼等の傲慢さが増長されるにつれ、憎しみが積もった。
避難先での食事提供や住居提供を強要し、拒否をすればすぐに暴動まがいの行動に出た。
自衛手段を持つ街はその避難民を力で排除したが、交渉で解決できると考えて排除を躊躇った街は悲惨だった。
交渉を侮辱、あるいは排除の宣言と捉えて略奪を伴った大規模な暴動が発生。
それは不思議と示し合わせた様に世界中で起き、町の統廃合が連鎖していった。
侵略行為とも取れる戦いによって滅んだ街がいくつも生まれたが、その中でも悲惨な戦いを起こした最たる例として、カルディコルフィファームがあった。
元々複数の町を統合した街だったが、内藤財団の力が失われ、彼らを導く存在が不在になったことによって助け合いの名の内戦が起きたのだ。
戦闘の経験のある男たちが皆イルトリアへの侵攻作戦で帰らぬ人となっていたこと、そして残された武器の貧弱さが問題だった。
更にその武器の扱いでさえおぼつかないため、残された人間たちの争いは実に原始的かつ暴力的な形で実行された。
ナイフ、斧、そしてそれらを長いパイプに括り付けた槍など、直接的な暴力を伴う武器での殺し合いが行われた。
殴り、刺し、切り、潰してその手に殺しの感触が残るという後進的戦闘は人間の持つ残虐性を助長させ、理性を低下させた。
燃料となるものを奪うため、襲った町の家を破壊。
食料を得るためにペットさえ殺し、あまつさえ人間を食べることさえもあった。
だがそんな状況が長く持つはずもなく、カルディコルフィファームは核の冬を迎えて1年も経たずに滅ぶことになる。
寒さは動きを緩慢にするだけでなく思考さえも凍り付かせるのだと、人々は痛みを伴って学んだ。
この状況下で最も多くの人間が目指したのは、意外なことにシャルラだった。
人々は広大な土地の下に隠された巨大な地下施設についての話を聞き、地上よりも地下に安全を見出したのだ。
地熱発電と安定した燃料の確保で可能となった火力発電設備は、極寒の地で今まで生きながらえてきた理由を人々に思い出させた。
食糧事情だけは変わらなかったが、ニューソクがない街の中で最も栄えた街となったのは言うまでもない。
こうした争いは世界中で繰り広げられたが、小さな町が互いに手を取り、助け合うという姿もあった。
そうした中、内藤財団の膝元であるニョルロックは瞬く間に没落してしまった。
指導者を失ったニョルロックはそれでもどうにか世界を束ねようとしたが、自分たちの暮らしを守るだけで精いっぱいだった。
冬となった世界で最も力を持つのは、ニューソクを所有する街だった。
無尽蔵に生み出される電力により、街が凍えることはなかった。
だが、食料の確保が問題となった。
そこで各地でラジオを介して世界中に声をかけて始まったのが、電力と食料の共有だった。
922
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:10:11 ID:XZZ24kQc0
必要になるのが巨大で長大な送電ケーブル。
そして、安定した食料の生産と輸送網の確立だった。
日光を失った世界でも得られる食料の多くが大規模な養鶏場などで得られる肉で、野菜は極めて貴重なものとなった。
しかし、電気があれば野菜の生産もある程度安定させることができることを、多くの街が知っていた。
こうして世界が冬になって1週間後、間違いなく人類史上最大規模の工事が計画された。
ニューソクを有する街から別の町へと送電線が建築され、それがまた別の場所へと向かう。
その工事は驚くべき速度で進められ、冬を越えるための備えは2年で完了した。
その最大の貢献者がエライジャクレイグだったのは、言うまでもない。
世界中に広がる線路を利用して送電線を配置し、協力に同意した街に電気を送る助力をした。
送電線の製造と量産はラヴニカ。
設置中の護衛は、イルトリアが請け負った。
後に世界の天秤の担う新三大勢力となったのは、こうした貢献の賜物という他ない。
ニョルロックを始めとした内藤財団に同調した街々はこの三大勢力と敵対していたこともあり、計画に参加することを渋り、見送った。
その結果、ニューソクで生み出した電力を共有する術を持たない彼らは孤立と衰退を始めた。
内藤財団の援助によって成り立っていたオセアンは、大きな変化を強いられることとなった。
財団の庇護下にあった彼らは、内藤財団の持っていた海軍と陸軍を受け入れたことで、食料と家屋に一切の余裕がなかった。
更に海沿いであることから、普通以上に寒さと戦うことを強いられ、身動きが取れない状況にあった。
そんな中、ニューソクによる安定した電力の供給に目を付けられ、近隣の街から一斉に避難民が殺到し、支配権を奪われてしまったのだ。
武器弾薬食料の供給が途絶えた軍隊は、文字通り死に物狂いの人間達と寒さと飢えで淘汰された。
街の支配者が不在となったオセアンにとって、それはある意味でかえって良かったことなのかもしれない。
クロジング、フォレスタを始めとするニューソクを持たない町がオセアンに流入し、合併し、巨大な湾岸都市が誕生した。
その名を、ニューオセアン。
新三大勢力に次ぐ、巨大な街だった。
世界が徐々に形を変えていく中、長い冬が終わりを見せたのは4年後の事だった。
その日、世界は僅かな時間ながら争いが止まる程の歓喜に包まれ、青空に涙を流す人間が続出した。
凍り付いた地表が溶け、夏の空の下に夏の熱気が戻ってくる。
浮かぶ入道雲は空の高さを思い知らせる。
比類なき蒼穹は果てしのない世界の広さを物語る。
一人の少年が一台のバイクに跨り、旅を再開したのはそんな日の早朝の事だった。
923
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:10:35 ID:XZZ24kQc0
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ノ(ノ(ノ(%‰ ┬┐r┐- ┌‐┐_ ┌「|T「|卩叩┐‐┐rnⅵ - - - -
i:i:i:i:%%‰%⌒⌒丶  ̄ ~~ ニ=- ┴ニニ ┴‐=ニ'' '' '' '' "" ~~ア⌒⌒¨
The Ammo→Re!!
原作【Ammo→Re!!のようです】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
924
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:11:08 ID:XZZ24kQc0
核の冬が本格的なものとなる中、イルトリアの復興の手伝いをしながらブーンはデレシアの帰還を待っていた。
世界中が冬を越えるため、敵味方の区別なくラジオなどの道具を使って連絡を取り合い、乗り越えようと画策した。
その中でも大きく活躍したのがエライジャクレイグの鉄道網、そして外洋を航行していたオアシズの海運能力だった。
人類が生き延びるためには輸送網が必要不可欠であり、どちらも戦争の影響を受けずに安定した輸送が可能な状態だったのだ。
デレシアの帰還をただ待つことを止めたのは、核の冬から1ヶ月後のことだった。
ブーンは防寒装備を身に着け、“ビースト”の面々と共に世界各地を移動する列車の護衛を手伝うことで広い地域で情報を集めることにした。
世界規模となるこの作戦を実施するために選ばれた最初の車両は、スノー・ピアサーだった。
現存する中で寒さに最も強い乗り物であり、その防御力と走破性は実証済みである。
スノー・ピアサーが道を確保し、陸路の要となる土台を作る。
その後に他の列車が追従し、作業要員の展開と素材等の補給を連続して行う。
一度に全てを行うほど世界に余裕がなかったことと、効率化を最優先に考えた計画がこれだった。
必然、複数の作業を効果的に、そして決して途絶えないように続けていく必要があった。
そのため、人類の全滅を防ぐ列車の全てに、完全武装したイルトリア軍の人間が同乗した。
熱源感知式暗視装置付きのライフルの銃腔は全て列車の外に向けられ、銃爪が引かれない日は極めて少なかった。
銃腔の先にいるのは当然、野生動物ではなく武装した人間だ。
悲しいことに、世界が危機に瀕すればするほど、人の本質が剥き出しになったのだ。
大寒波が導いた圧倒的なまでの資材不足がもたらすのは、物理的、そして精神的な貧困である。
その貧困が冷静な判断力を低下させ、送電線を奪おうという短絡的発想に至るのは自明の理だった。
更には、エライジャクレイグが使用する線路の枕木さえ燃料にしようという輩が少なからず現れたため、武装は不可避の選択となった。
線路上の整備と警護を行う小型車両が絶えず巡回し、対応をしても決定的な抑止力にはならない。
そのため、エライジャクレイグはイルトリアの力を利用することにしたのである。
武力で徹底的に叩きのめすことで、同じ真似をすればどうなるのか、その場に放置した死体が雄弁に物語る。
それが何よりの見せしめになるのと同時に、野生動物達の貴重な餌となって自然界の円環に役立つのだ。
食い荒らされた死体の効果は絶大で、道中の安全に一役買った。
資材を積み込むために立ち寄ったラヴニカで、ブーンはにディを修理に出すことにした。
ディに使用されている様々な部品は、そのどれもが極めて繊細かつ緻密な計算によって作り出された物であり、イルトリアでの修理は困難だったからだ。
人間を跳ね飛ばしたことでフレームへの歪みなど、微細な不具合が積み重なっている可能性があり、専門家に任せるのが最善だと判断された。
街の復興がおぼつかない中での依頼だったが、ラヴニカの技術者達は二つ返事で受け入れた。
|゚レ_゚*州「こういうのが好きだから、俺たちは職人をやってるんだよ」
嬉しそうにそう言った職人に、ブーンは心からの礼を告げた。
そして、ディにしばらくの別れを伝える。
まるで馬が嘶くように、ディがエンジンを吹かした。
(#゚;;-゚)『次に会うときは、お互い元気な姿でいましょう』
世界を回れば、いつかデレシアに会える。
そう信じて、ブーンは列車に乗って世界を巡ることにした。
凍結した世界の中でデレシアの情報を集めるのは、あまりにも途方もないことだ。
例えるなら砂漠に隠した一粒の砂金を探すような、終わりさえ見えない日々。
925
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:11:35 ID:XZZ24kQc0
それでも、ブーンは諦めることなく根気強く情報を集めた。
当初は一人のつもりでいたが、一人ではなかった。
その情報収集に手を貸したのは、イルトリアから同行を申し出たトラギコ・マウンテンライトだった。
理由について訊くと、彼はただ一言で答えた。
(=゚д゚)「ガキ一人じゃ心配ラギ」
補給を終えたスノー・ピアサーは海岸沿いに東に向かい、各地で物資の交換を行いつつ、大規模な送電網工事の補助をしていった。
季節が変わり、巡り、日々が過ぎていく。
2年目にして、世界はようやく寒さに対しての戦い方を身につけ、安定した生活を送ることが出来るようになった。
太陽の代わりに電気が熱と光を生むことで、農作物や家畜を屋内で育てることができた。
大規模な電力と引き換えに食料が提供されることで、余計な争いが生まれることは無くなった。
世界を巡り、デレシアに関する有益な情報を一つだけ得ることができた。
奇しくもそれは、ニョルロックから避難してきた人間から得た情報だった。
デレシアと共にギコ・カスケードレンジが行動していたという情報は、値千金のものだった。
(,,'゚ω'゚)「天使みたいな人だったから、よく覚えているよ」
長い時間をかけてイルトリアに帰ってきたブーンは、すぐにまた発つことになる。
今度は、ジュスティアからラヴニカに避難した大勢の人間と彼らを引き連れるトラギコに同行し、ジュスティアのあった場所へと向かう。
イルトリアから再び海岸沿いに進み、今度は停車せずに最高速度で目的地に向けて走った。
道中、車内はピリピリとした空気に包まれていた。
到着すると、そこは雪が覆い隠した瓦礫の街になっていた。
だが、確かにジュスティアが存在していたことを、その場にいる誰もが知っている。
持ち込んだ大量の重機によってジュスティアの瓦礫が撤去されていく間、ブーンは街の人間達の手伝いをすることにした。
炊き出し、作業員のための仮設家屋等の設営、時には護衛や警備などの危険の伴う仕事もした。
当初、ジュスティアの人間は耳付きという人種に対しての嫌悪感を露わにしていたが、やがてそれが無駄な感情だったと気づいた。
(=゚д゚)「腹減ってねぇラギか?」
(∪´ω`)゛「減りましたお」
(=゚д゚)「サンドイッチでよければ作ってやるラギ」
(∪*´ω`)「わーい」
彼らの命の恩人であるトラギコがまるで友人のように接している様子を見れば、差別する対象ではないことは明らかだったのだ。
円卓十二騎士のティングル・ポーツマス・ポールスミスとニダー・スベヌ、そしてアサピー・ポストマンの言葉が後押しした。
(*‘ω‘ *)「彼の勇敢さは我々が良く知っている。
彼がいなければ、間違いなく皆死んでいるぞ」
<ヽ`∀´>「彼がイルトリアでどれだけ危険な戦いに参加して勇敢に活躍したか、私が証言するニダ。
彼を侮辱することは我らの騎士道に泥を塗るのと同義ニダ」
(-@∀@)「えぇ、僕も戦場で見ました。
本当に勇敢な少年で、イルトリア軍の将軍たちでさえ一目置いていました」
926
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:12:04 ID:XZZ24kQc0
一週間もすれば、ブーンに敬意を払わない人間は一人もいなくなっていた。
それと同時に、自分たちが耳付きを差別していたことに対する恥を抱かなかった者もいなかった。
半年近く復興作業に従事したブーンは、ニューオセアンを目指すことにした。
街には大きな港があり、多くの情報が集まることが期待されたためだ。
治安も落ち着きを見せているとのことだったため、そこから先は1人で進むことにした。
別れ際、トラギコがブーンに握手を求めてきたのは意外だった。
だが、2人の間には奇妙な友情があったため、そこに抵抗はなかった。
(=゚д゚)「またいつか会えるといいラギな」
大きく、傷だらけの手がブーンの手を握る。
小さく、傷らだけの手がトラギコの手を握り返す。
ぐい、と引き寄せられ額をぶつけられる。
痛みはなく、そこに込められた想いを感じ取った。
(∪´ω`)「はい」
それ以上の言葉はいらなかった。
言葉以上のものが、その手を通じて伝わったのだから。
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脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】
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927
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:12:34 ID:XZZ24kQc0
結論から言えば、ニューオセアンはブーンを歓迎することはなかった。
彼は街に一歩踏み入った瞬間、敵意のこもった視線を向けられ、そして襲われた。
だが、ブーンはその障害をものともせずに情報収集を行なった。
知りたかったのはギコの居場所だった。
直接デレシアの位置が分からないのであれば、直前まで一緒にいた彼に聞くしかない。
混沌が日常と化したニューオセアンを探索し、そして、ギコを見つけた。
彼は、元フォレスタにあるペニサス・ノースフェイスの墓のそばに暮らしていた。
大型の輸送用コンテナを改造し、電気ではなくガスと薪を使った暮らしは実に質素なものだった。
だが、フォレスタにいた誰もがニューオセアンに移住した今、大量の木が森には残されていた。
ガスだけは買わなければならなかったが、なくても彼は生活できるほどの準備をしていた。
正確に言えば、ガスについてはペニサスが用意をしていたのだ。
家から離れた地下に十分すぎるほどの量を、まるで、いつかこの日が来ることを予期していたかのように。
(,,゚Д゚)「よく見つけたな」
甘い匂いの紅茶を淹れ、ギコは突然の来訪にもかかわらずブーンを歓迎した。
2年ぶりに見る彼の表情は穏やかで、まるで別人のように見えた。
復讐を果たした人間の表情とは、皆このようなものなのだろうかとブーンは不思議に思うほどだった。
(∪´ω`)「せっかく近くに来たから、先生のお墓参りに来たんですお。
デレシアさんの居場所、知りませんか?」
紅茶を飲み、ブーンはすぐに本題に入った。
それに対して、ギコは落ち着いた様子を崩さずに答える。
(,,゚Д゚)「正直に言うと、分からない。
分からないが、向かった先なら知っている。
バミューダトライアングルの中心だ」
その海域の名前は学んでいた。
イルトリアとジュスティアの間にある海域、その名である。
どういう場所なのかも分かっていたが、ギコは続けた。
まるで、ブーンが知っている情報は間違っている、と言わんばかりだった。
(,,゚Д゚)「嵐が停滞しているだけじゃない。
生物にとっての猛毒が広がっている、そういう場所だ。
連中が最新の装備と最善の準備で向かうほどな」
(∪´ω`)「じゃあ、デレシアさんは……」
(,,゚Д゚)「すでにそこから逃げたか、まだそこにいるか。
さっきも言ったが、俺には分からん。
内藤財団が表に出てこなくなった、ってことは中でデレシアに殺されたんだろうさ。
連中の用意した道具を奪えば、バミューダトライアングルから逃げられるだろう。
俺が教えられる情報はこんなもんだ」
928
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:13:03 ID:XZZ24kQc0
ブーンはギコに礼を言い、紅茶を飲み干した。
別れ際、ギコは特に多くの言葉語らなかった。
荷物は大丈夫か、という一言だけで、彼の言いたいことはよく分かった。
その目に宿る優しい光が、ペニサスがかつて自分に向けたものと同じだったからだ。
(∪´ω`)「また来てもいいですかお?」
(,,゚Д゚)「あぁ、いつでも来い」
ブーンはギコと抱擁を交わしてフォレスタを出立した。
体に残る温もりは、決して体温だけのものではないことは確かだった。
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三三三三≧ュxム三」///////////,!
総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
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それからそのまま列車や乗り合いバスを使って南下し、今まで見たことのない世界を見ることにした。
気候が荒れている以上、海の向こうを目指すのは今ではない。
宿題の答えを知る為に踏み出した初めての一人旅。
過酷な世界での旅は、だが、新しい発見の連続の日々だった。
街を転々とし、ニョルロックに到着したのは、秋のことだった。
街の光は煌々と輝いているが、どこか活気に欠ける街だった。
食料が安定して入ってこないという状況は人間である以上は死活問題だったが、街の人間達は内藤財団という巨大な組織がどうにかしてくれることを期待しているだけだった。
幹部を一気に失った財団は、手探りで街の復興に取り掛かっていたが、安定しているのは電力だけだった。
少なくとも、街を訪れたブーンが食事をする場所はどこにもなかった。
ブーンがニョルロックを訪れた翌日、そこで意外な人物に出会うことになる。
( `ハ´)「1人で何しているアルか?」
929
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:13:27 ID:XZZ24kQc0
大量の物資を積んだトラックの一団を引き連れたシナー・クラークスだった。
彼は街に持ち込んだ苗や家畜を増やす術を伝授し、ニョルロックが単独でも生きていけるよう、指導を始めた。
ブーンはその手伝いをしていたこともあり、自発的に補佐を行なった。
痩せ細るばかりだった街が、わずかにだが活気を取り戻していく。
そして、シナーは到着してから僅か3ヶ月で内藤財団の実質的な指導者になった。
まるでそれを待っていたかのように彼は街の人間達、そして世界に向けてラジオで声高らかに宣言した。
( `ハ´)「内藤財団は只今より、イルトリアが掲げる計画に参加し、全力で支援と協力をするアル。
世界は一つである必要はないが、孤立する必要もないアル。
我々人類がこの冬を越えるためであれば、あらゆる助力も惜しまないアル。
遺恨も、面倒も、何もかもは冬を越えてからにするアル!!」
深く息を吸い、全てをゆっくりと吐き出すようにシナーは続けた。
( `ハ´)「耳付きと呼ばれる人種は、決して見下して良い人種ではないアル。
私自身、過ちを犯したアル。
だがだからこそ、ここで宣言するアル!!
あらゆる差別をなくさない限り、人類に未来はないアル!!
私は今ここで、あらゆる差別と貧困に対して宣戦布告をするアル!!」
事実上の敗北宣言と同時に、自分たちが掲げた国という概念の放棄。
そしてこれが、第四次世界大戦の終結宣言でもあった。
内藤財団は腐っても世界最大の企業であるため、多くの資材と人材を有していた。
明確かつ適切な指示さえ出れば、後は人海戦術によってその達成に向けて止まることなく動き続ける。
エライジャクレイグが使用するための線路の増設、資材を持っている街に送電線の製造を依頼し、その見返りとして食料と電力を提供。
今回の戦争を繰り返してはならないと戒めるため、貴重な資材を投じて世界中に号外を配布し、ラジオで戦争の悲惨さと無意味さを訴える。
新聞というよりも写真集と言うほどの量が掲載された号外がティンバーランドの残党の心を折り、新たな争いを未然に防いだことは、誰にも知られていない。
撮影者であるアサピー・ポストマンの名前は、新聞に小さく載っていた。
耳付きの地位向上に関する演説も新聞とラジオによって世界中に流布され、世界が変わり始める。
差別を助長するような奴隷制度は即刻世界中で排除され、囚われていた耳付きたちが解放、保護された。
内藤財団という巨大な企業が後ろ盾となれば、それに逆らうだけの奴隷商はいない。
こうして全てが迅速に行われ、世界は人類史上最速でつながり始めた。
その様子を間近で眺め、陰でシナーを支えたブーンはバミューダトライアングルに関する情報を集めるため、ニョルロックを後にした。
街を出る際、見送りに来たシナーは拳を差し出してきた。
それに自らの拳をそっとぶつけると、彼は笑顔で言ったのだ。
( `ハ´)「いつでも来るといいアル。
その時は、餃子を作ってやるアル」
(∪´ω`)「はい、必ずまた来ますお」
握り拳で握手はできない。
しかし、握手以上に通じるものもあるのだ。
930
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:13:49 ID:XZZ24kQc0
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編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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海に関しての情報を最も有しているのは、間違いなくオアシズだとブーンは考えた。
港のある街に向かい、そこでオアシズの情報を集めることにした。
数少ない安全かつ確実に使える海運の手段としてイルトリアと協力している以上、オアシズの居場所は明らかになっているはずだ。
数ヶ月後にラヴニカに到着するという情報を得て、ブーンは移動を始めた。
それが三度目の冬のこと。
空が徐々に光を取り戻し、間も無く冬が終わることを世界中が確信していた。
黒かった空が灰色になるまで、長い時間がかかった。
ブーンは自分が成長し、今までとは違う視線の高さで世界を見ていることに、久しぶりに気づいた。
ラヴニカに到着したのは、三度目の春がもう間も無く終わろうかという時。
ラヴニカを指揮するデルタ・バクスターはブーンを見て大いに喜んだ。
( "ゞ)「君を待っていたんだよ、我々は!!」
そう言った彼の後ろから、一台のバイクが現れた。
無人で走行しつつも、転倒する気配さえ見せない。
見紛うはずもない。
ディ、と名付けられた世界でたった一台のバイクだった。
(#゚;;-゚)『お久しぶりです、ブーン』
その女性の声はディに内蔵されたスピーカーから流れ、彼を驚かせた。
久しぶりに会う友人の声が、インカムを使わずに聞くことができるというのは感動するのに十分なことだった。
(∪´ω`)「ディ!!」
( "ゞ)「ただ修理するだけってのも味気ないって話になってな。
インカム経由で要望を聞いたもんだから、少しだけ改造したんだ。
後は、ディの要望でコーティングをしたんだが、これがまた素材が貴重で素材がないのなんのって騒ぎになってな。
とにかく、間違いなくディは世界最高のバイクになった。
旅を楽しんできてくれ!!」
931
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:14:11 ID:XZZ24kQc0
肉体的な接触や、言語でのやり取りを抜きにしても伝わるものがある。
託した物と、託された物。
それがどのような扱いを受け、どのように受け渡されたのかを見れば一目瞭然だ。
ましてや、言葉を介する存在のやり取りであれば、それは如実に分かる。
(∪´ω`)「ありがとうございます!!」
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.. ,イ :::::::::::::::::::イ:::::::,、:::::::::::::::::: ̄>-<ニニトミハ Vニニイ ,イニ
..{ ::::::: ,.イ /ハ:::::::::::::: :::::::::::::::::>:.、-ニニ<ニイ.,イニ
イV__ ,.イ:::::,.イ /::::::::::リ ::::::::::::::::::Vニニニニ,イ /
撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】
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それから、ブーンはラヴニカに停泊したオアシズに向かい、市長のリッチー・マニーと話をすることにした。
彼はブーンとディのことを知っているだけに、会話が可能になったディにいたく感動していた。
ブロック長達とも久しぶりの会話を楽しみ、食事を振舞われた。
その中で、ブーンはバミューダトライアングルについての質問を投げかけた。
するとマニーは思案顔で腕を組んで瞼を閉じ、そして意を決したように目を開き、静かに言った。
932
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:14:32 ID:XZZ24kQc0
¥・∀・¥「実はそのことに関して、ここに来る途中で大きな変化があったんだ。
あの海域の嵐が弱まって、消滅する気配があるんだ。
おそらく、急激な気温変化で異常気象が上書きされたんだろう。
そこで、私は見たんだ。
望遠鏡で、確かに。
街があったんだ」
その街について、ブーンも実のところ何度か見たことがあった。
水平線の向こうに浮かぶ、幻のようなビル群。
蜃気楼の類ではなく、実在する街の姿。
そのことをブーンが話すと、マニーは半分悔しそうに、そしてもう半分は嬉しそうに言うのだった。
¥・∀・¥「ただ、我々には仕事があるからね、行って確かめる訳には行かない。
大人になって嫌なことは、冒険ができなくなることだ。
立場も、体力も、色んなものが冒険から大人を遠ざけるんだ。
……行ってみたいのかい?」
(∪´ω`)゛
ブーンは頷く。
デレシアの目撃情報がない以上、手掛かりを得られる可能性が最も高いのはあの街だ。
¥・∀・¥「では、イルトリアから出発するといい。
ちょうど、沈没船が撤去され始めている。
今なら、誰にも邪魔はされないよ。
少しここで船の操縦を勉強してから行くといい」
彼が作り出した時間と機会。
そして、食事や些細な言動一つから伝わる丁寧な気遣い。
それら“マナー”と呼ばれるものは何の為に、誰の為に行われているのか。
数週間も彼の近くで過ごせば、否が応でも理解することが出来た。
頭上に青空が広がったその日、ブーンはディに乗ってイルトリアへと向かった。
デレシアが消息を絶って四年。
四度目の夏。
――水平線の向こうにある入道雲に誘われるようにして、旅が始まった。
933
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:15:29 ID:XZZ24kQc0
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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編
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Epilogue 【All My Memory Of the Road to the lovE-愛に満ちた旅の物語-】
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934
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:17:08 ID:XZZ24kQc0
青空の下で感じる夏の風。
それは、久しぶりの日差しと相待って官能的なまでの心地よさだった。
ラヴニカからイルトリアに通じる道は少し荒れていたが、そんなことが気にならなくなるほどの空気だった。
会えるかどうかの保証はないが、会えないという確信もない。
デレシアにまた会いたいという気持ちは、四年前から少しも衰えていない。
寂しさはある。
悲しみはない。
そして今は、喜びがある。
胸の鼓動と連動するように、ブーンはスロットルを捻って速度を上げていた。
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\ \/:.| ハ:.:.:.:.:.\ xx rテミj,|:/:.:./:.:.:人
>、ヽ ヽ \|>V:.:.:.:ハ ` xx }/:.:./:./ヽ:.\
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|/ |∧ \|V';'; \:.|>、 __ < ;; | ヽ:.:| \:.|
\ |::V''';; ト、 〈 ∨ ;; |ヽ /.V X
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総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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935
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:17:30 ID:XZZ24kQc0
イルトリアに到着したのは、その日の昼のことだった。
久しぶりに訪れたイルトリアは復興が進んでおり、街中が活気付いていた。
そして彼を出迎えたのは、共に仕事をしたビーストの面々、そしてミセリ・エクスプローラーだった。
ミセ*゚ー゚)リ「久しぶり、ブーン!! おっきくなったねぇ!!」
ミセリの笑顔は昔と変わらないが、どことなく漂わせる大人の雰囲気にブーンは覚えがあった。
彼女の母親、チハル・ランバージャックのそれだ。
抱擁で再会を喜び合い、すぐにブーンは用件を告げた。
(∪´ω`)「船で行きたい場所があるんだお」
ミセリは詳しくは聞かなかった。
ブーンの言葉を聞き、それを受け入れた。
ミセ*゚ー゚)リ「分かった、先に港に行ってて。
お父さんにお願いしておく!」
復興の様子を見てブーンは人間の底力というものに感動した。
人間は、前に進もうと思えばここまでやれるのだ、と。
港に着くと、そこではイルトリア二将軍と市長、そして前市長が待っていた。
一人一人がブーンと抱擁を交わし、互いの健康と再会を喜んだ。
( ФωФ)「ははっ、大きくなったな、ブーン。
この調子ならすぐに追い越されそうだ」
(∪*´ω`)「お! 頑張って追い越すお!」
(゚、゚トソン「顔つきが凛々しくなりましたね」
(∪*´ω`)「ありがとうございますお!」
(`・ω・´)「あぁ、雰囲気が男らしくなった。
やっぱり男の成長は速いな」
(∪*´ω`)「頑張って、もっと男らしくなりますお!」
自分でさえ気づけない、自覚のない成長を褒められたことは嬉しい事だった。
再会を喜びあうが、ブーンが急いでいることを誰もが分かってくれていた。
フサはブーンの頭を撫で、それから勇気づけるように両肩を叩く。
ミ,,゚Д゚彡「話は聞いている。
俺たちは、お前を全面的に助けるよ。
お前はデレシアとヒートの縁者で、尚且つミセリの友人だ」
(∪*´ω`)「助かりますお!」
936
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:17:50 ID:XZZ24kQc0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そして、すぐに用意された一隻の船に乗り込み、ブーンはコンパスに従って進む。
予め言われていた海域を越えると、巨大な航空機の残骸が海面に突き出ていた。
まるで山だ。
それは、ブーンとヒート・オロラ・レッドウィングが落とした航空機だった。
どうやらしばらくの間飛行し、ここで墜落したようだった。
改めて見ると、その馬鹿げた大きさに驚くばかりだ。
それを通り過ぎ、やがて、それは見えてきた。
幻とばかり思っていた街の影。
世界の果てにある街の姿だった。
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_|iiiI|:lll|l 。 |三:|三::|::|__. |iil :liii| |::,==、===.、
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=. | l ::| | | llll ココ|ェ _| | . ... . . .::.. :. .. . .:.:..
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撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
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937
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:24:57 ID:XZZ24kQc0
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澄んだ青空。
穏やかな波。
そして、朽ち果てた巨大な船舶の残骸が2つ。
内側から破裂したような姿となった船は、恐らくティンバーランドのものなのだろう。
船の中を探したが、白骨化した人間の残骸と砕け散った様々な電子機器しか見つけられなかった。
傾いた船体に、巨大な棺桶を身にまとった死体が2つあった。
その造形は明らかにコンセプト・シリーズのそれであり、船の中で唯一見つかったコンセプト・シリーズでもある。
2つの死体は寄り添うようにしてそこに鎮座しており、まるで母親が子に膝枕をするような姿をしていた。
それが何者なのか、ブーンには分からない。
間違いなく、誰かに殺されたのだろう。
だが。
志半ばで殺された姿であったとしても。
何故かそれは、幸せそうな姿に見えた。
ヽ. \`ート、゙い } -t¬ァ'´__/^Y:1i. /|! :',iiiiii!
\ Y_ヾソ ` ̄ `'_ ノ\__ト-'_ i:| / :| l ',iiii!
ヽ ヾ, 、 __ /^Y `!__ノr‐く_ノi:| 1 ! :',ii
Y''く `i |、_,ノrベ!_ } Y! /ハ }!
\ハ___jニr'⌒ト、_}. `′ ハ_八_i〃 /
亡「\ `r:J r〜',x'^⌒ヾJ| _, イ! /
ヽrヘ┘, _,x:+く __,比ィイ //::::
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ヽ -='-:'´ lレ' /..:::::::::::::::::::
入:' ..:.:.::::::::::::::::::
l//ハ ..:.:.:::::::;::::::;
〈//:|:} ..:.::/::/
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制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】
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938
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:25:22 ID:XZZ24kQc0
その街は、以前に見た時よりもずっと古びて見えた。
聳え立つビルの高さは、イルトリアやニョルロックのそれとは比べ物にならない程だ。
しかし、その朽ちた姿は寂しさと賑やかさを感じさせる。
朽ち果てる前は、果たしてどのような姿だったのだろうか。
どのような人がいて、どのような生活があって。
どのような人生があって、どのように終わったのだろうか。
全ては想像でしか補えない。
割れた窓ガラスの残骸も、砕けた壁の一部も、鉄だった物だと思われる残骸も。
この街の全てが、ブーンにとっては未知のもの。
ここがデレシアにとってどのような意味を持つ場所なのかは分からない。
しかし、この街が今日まで世界から隔離されていたという事実だけは分かる。
(∪´ω`)「お……」
ディと共に上陸した時。
二つの死体が、そこに転がっていた。
頭部のない死体。
そして、胸部に大きな穴の開いた死体だ。
死体は腐敗がほとんどなく、ゆっくりとしぼむ様にして朽ち果てたのだと分かる姿をしていた。
デレシアでないことだけは間違いなかった。
少し離れた場所に転がる真鍮製の薬莢が、間違いなくデレシアがここに上陸したことを表している。
(∪´ω`)「……この二人は」
(#゚;;-゚)『腐敗がほとんどありませんね。
……なるほど、“ニューソク”の影響ですね』
(∪´ω`)「ニューソクって、発電の何かじゃないのかお?」
(#゚;;-゚)『半分は合っています。
ですがそれを兵器として転用すると、大きく二つの力に分かれます。
一つは圧倒的な破壊力を生み出し、毒素を出さない力。
もう一つは、破壊力は全くなく、高濃度の毒素を出してあらゆる生物を滅殺する力。
ここに使われたのは後者だったようですね。
極めて強い毒素を持つ反面、桁外れの保存力を持つのが特徴です。
毒素の残留は若干ありますが、耐性のあるブーンには影響はないです』
(∪´ω`)「僕、耐性あるの?」
(#゚;;-゚)『えぇ、ブーンにこの毒はほとんど効果がありません』
(∪´ω`)「ディは大丈夫?」
その言葉に、ディは自慢げに答えた。
(#゚;;-゚)『世界で数発のニューソクが爆発したことを鑑みて、コーティングを頼みましたから』
939
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:25:52 ID:XZZ24kQc0
街をゆっくりと走りながら眺めていく。
どれだけ昔の建物なのかは分からないが、これだけの規模の街が今日まで現存しているという事実が意味することは一つだけ。
誰にも侵略されなかった世界最古の街並みであり、最新の街並みであるということだ。
この場所をティンバーランドの人間達は目指し、デレシアがそれを追ったということも考えれば、この街は普通ではない。
世界の命運を分ける戦争の影にあった、最重要の価値を持つ街だ。
(#゚;;-゚)『……データに該当する街がありました』
街を半周する頃に、ディが唐突に声を出した。
それはまるで、街の様子を確認してから告げようとしていたかのような絶妙な間があった。
出し惜しみではない。
確信が得られるまで答えるべきではないと判断し、そして告げるべきだと判断したからだ。
(∪´ω`)「何ていう街なんだお?」
(#゚;;-゚)『ノ・ドゥノ。 “最果ての都”、ノ・ドゥノです。
私の中にある最新のデータでは、市長はエリシア・D・エリクソン。
“ダナー”と呼ばれる女性であることは分かっています』
(∪´ω`)「ダナー?」
(#゚;;-゚)『彼女のミドルネームですね。
親しい者は、彼女の事をこう呼んだそうです――』
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/{:八: : :i/: :八: ∨|八| |/ :j / /: : :/ ハ : \
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/ 人 : : : -=ニ二 ̄}川 >、 `''ー 一 ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
{ { 厂 . : { /⌒\ .イ///: : : .____ 人: :\/
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ウルトラスーパースペシャルサンクス
【いつも校正して下さった皆さん】
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940
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名無しさん
:2024/08/11(日) 18:26:31 ID:XZZ24kQc0
街を吹き抜ける風は冷たく、だが、やはり夏の香りを孕んだ不思議な匂いがした。
淀んでいたものがなくなったばかりの独特の匂い。
街全体が今こうしている間にも長い眠りから覚め、ゆっくりと起き上がっているような不思議な感覚がする。
軋む音も、崩れる音も、全てが血の巡った体が動き出すような音に聞こえる。
この瞬間を待ち望んでいたかのような悲願の音。
巨大な生物が老衰で息を引き取る直前のような終末の音。
雪解けを喜ぶ草木の息吹を思わせる歓喜の音。
そして、まるで万雷の拍手のような祝福の音。
終わりの音が街中から聞こえてきたのは、ブーンがノ・ドゥノを一周し終えた頃だった。
(∪´ω`)「街が……」
(#゚;;-゚)『ニューソクの影響が薄れた為に、一気に風化が進んだのでしょう。
あまり長く滞在はできませんね。
ビルの崩落に巻き込まれる前に行きましょう』
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|i|i|i|| |丁丁丁/\丁i| | | |ニ| |7777| | |]|工工工
.. |i|i|i|| |二二/ .:/>-| | | |ニ| |'/゙//,| :| |]|工工工
' |i|i|i|| |丁丁\/|___|‐| | |_|__| |── | ,|_|_|----─
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乂_彡 ノ |ニニ「 |i|i|| 〕< 〉 ニi| | | ̄ i| |////,| |/──────|_ノ--‐
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し( i}:;::;/⌒ 〈/.:.:.:/ 「/´ へ,|| ̄||´i| :| (_ _ノ  ̄ ̄
「i ル' 〈 ノリ ノ′ \:|| ̄||¨i|^~|¨:|¨¨¨|¨¨|]|¨|¨|ア⌒ マ丁
__ノ ,′ ` てγ( ) /.:|| ||_,i| :| | :| |_|‐|‐|{"~~~}|::|
::(⌒ 乂(;;__ノ´√^レ'⌒' || ̄||ノ| :| | :| |_|‐|‐|乂_乂|::|
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′ 〈〉 ,、∠_ xく>:::∧ ∧\ r-└┬┘ ~"'' |/\| k:::::::
/ヽ . 〈ー-=ニ三/[ ∨:::∧ 乂(\>ji:i:/匚] ノ \/ xへ \
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/__ -=二L_〕 {iiしヘニニア⌒) /\_/´/∧〉 : : / ̄ : / ̄> \__/\]
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941
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:26:55 ID:XZZ24kQc0
街全体が連鎖的崩壊を始めたのを、ブーンは港だった場所から眺めていた。
ビルがまるで砂のように崩れ、消え、それがまた別のビルを倒していく。
その光景は絶望的な物にも思えるが、一つの終わりを見届けるという誇らしさが胸に去来していた。
全てをやり切ったからこそ誇りを胸に朽ちる大樹を見届けるような、言葉にしがたい光景だった。
(∪´ω`)「……デレシアさん、いなかったおね」
(#゚;;-゚)『恐らく、この街から出立したのでしょうね。
仕入れた情報だと、オセアンを出た船は3隻でしたね』
(∪´ω`)「沈んでいたのは2隻だったお。
ギコさんが使ってオセアンに帰ったのを考えれば、計算は合うお。
でも、じゃあどうやって……」
(#゚;;-゚)『沈んでいた一隻から、小型艇が出たのでしょう。
船の大きさと沈んでいた場所から考えれば、それ以外の手段でノ・ドゥノに辿り着けません。
そして私達が上陸した港には、他に船はありませんでした』
ひと際巨大なビルが驚くほど静かに、沈む様にして消える。
舞い上がる砂煙は、街の輪郭を曖昧にしていく。
(∪´ω`)「確かに」
視線を街から離すことが出来なかった。
バミューダトライアングルの中心点にあった街が終わる瞬間を目撃しているのは、恐らく、ブーンだけなのだ。
縁も所縁もないが、それでも。
せめて、最期の時を看取ることだけはしたいと思ったのだ。
(#゚;;-゚)『この後はどうします?』
(∪´ω`)「お? デレシアさんを探すお」
当たり前の事を聞かれ、ブーンは驚きと共に答えた。
覚悟は既に済ませている。
目の前で街が消えたところで、気持ちが変わることはない。
彼女に会いたい。
会いたいから、往くのだ。
ブーンの返答に満足したかのような声色で、ディは言った。
(#゚;;-゚)『では、旅を続けましょう』
消えゆく街を見送り、ブーンは旅を続けることにした。
いつか必ず、デレシアに会うために。
942
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:27:35 ID:XZZ24kQc0
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ヽ ` _
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... ..:... ´ヽ.
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ヽ-―--‐-ヽ.っ r_,つ ヽ.:.:._:_:.:.:.:.___:::.:.:.:.:..:::.:.:ノ- .__,.-
 ̄  ̄ ̄  ̄ ` ̄ー-
オセアンに帰ってきたブーンは、改めて街で情報を集めることにした。
デレシアがどのタイミングでノ・ドゥノからこちらに帰ってきたのかが分かれば、それだけでも進む道が分かってくる。
幸いなことに、情報を一つだけ手に入れることが出来た。
所属不明の船がある日オセアンに漂着したが、誰も乗っていなかった、というものだった。
船は既に解体されてしまっていたため、具体的にデレシアに繋がる情報はない。
しかし、彼女がノ・ドゥノから生還してオセアンに近郊で降り、旅を始めたという推測をするだけの材料にはなった。
ではデレシアがどこに、どのようにして向かったのか。
それは、まるで見当がつかない。
だからこそ、ブーンは自分が知らない道を選んで旅をすることにした。
小さな町。
大きくなった街。
滅んだ街。
夏の日差しに目を細めながら、大きな入道雲に心を躍らせながら。
時には激しい雷雨が降り注ぐ大地を進み、砂の海を越え、鬱蒼と生い茂る森を抜け。
白夜の街を訪れ、凍り付いた大地の果てを見た。
だがデレシアに関する情報は、何も得られなかった。
――季節が変わり、冬になった。
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名無しさん
:2024/08/11(日) 18:27:56 ID:XZZ24kQc0
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。 o ゜ . 。 ゚ o 。
○ ゚ 。 ゜ o o o
o ○ 。 . ゜ ゚
o ゚ 。 o 。 。
o o . ゜ ゜ ○
。 ゚ o ○ o ゚ o
゜ o ゜ 。 ○
゜ ○ o o o ゜ 。
雪が降り積もる冬の間、ブーンはポルタレーナという街で情報を集めながら滞在することにした。
ポルタレーナはカニ漁の為に多くの漁船と人が集まるため、情報収集には最適だったのだ。
特に、長い間漁に出られなかった漁師たちにとってはこの時期は心から待ち望んだ時期なのだ。
漁師たちを相手に商売をする人間達が集まれば、自ずと世界中の情報が集まってくる。
デレシアに関する情報は特になかったが、ふと、“食い倒れの街”ホールバイトの噂が耳に届いた。
いつかヒートとデレシアと共に行くことを約束した街。
今となっては果たされぬ約束の街だ。
長すぎる冬が終わったことを祝し、春に盛大な祭りを行うために街の復興が始まったという情報を得て、ブーンは次の目的地をそこに設定した。
恐らく、その祭りの噂がこうして広まっているのであれば、世界中の人間が集まってくるはずだ。
デレシアに関する情報を手に入れるいい機会だと考え、ブーンはポルタレーナでその年を明かすことにした。
ホールバイトを訪れるのは、祭りの前日である四月三日に決めた。
それまではゆっくりと他の街を経由し、情報を集めて旅を続ければいい。
――雪解けと共に、ブーンは旅を再開した。
o ゜ . ○ ゜ ゜ o
_\ _ ゜ 。 。 ゜ o _ ○ ̄ ̄
○ \ o ゜ 。 / /
 ̄ ̄|__ \\ 、 。 ゜ ゚ ○//。__| ̄ ̄ ̄ ̄
∃ | | | l l ゜ ゜ 。 l l | | |○田 田
|田 | 。| | l ゜ ゜ 。 ゜ l | | | 田| o
∃○| | | |。 ゜ . .. ... .. ... . ... ...゜ . .. .. .. l |。| | | 田 田
|田 | | l‐ ..... .... ..... -| | | 田|
∃ | |○― .... o .... ○ ..... ― | | 田 田
o.... 一 .... ○ ... o .... ー- | 。
―  ̄ o ⌒  ̄ ― -
.... .... ⌒ o .... ....
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944
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:29:13 ID:XZZ24kQc0
ホールバイトに向かう道は、街が近づくにつれて活気と熱気、そして車両の数が増えていた。
路上に停まっている車も、目の前を走る車も、ほとんどがホールバイトを目指していることは明らかだった。
フードトラックと食材を積んでいると思わしきトラックが渡り鳥のように奇麗な列を成し、一般車とは異なる車線を自ずと形成していた。
かつてブーンが関わった大規模な送電網の工事の時を彷彿とさせるその姿は、これから始まる祭りの規模の巨大さを物語っている。
無理のない速度で走行する間、ブーンは周囲の景色を眺め、胸いっぱいに春の空気を吸い込む。
春の日差し、穏やかな空。
漂う雲の白さと温かな風は、冬が終わったことを何よりも物語る。
頬を撫でる風の柔らかさに目を細め、ブーンはもう一度深呼吸をする。
春の匂いが鼻孔に広がる。
それは、あまりにも豊潤な香りだった。
芽吹いた草木の匂い、溶けた雪とそれが染みた土の匂い、生物の生み出す匂い。
全てが物語るのは、春の到来だ。
(∪´ω`)「すごい混んでるお」
(#゚;;-゚)『ラジオでも新聞でも宣伝していますからね。
食の祭典としては、世界最大だと思います』
渋滞に掴まり、ディは歩くような速度で走る。
(∪´ω`)「おー」
(#゚;;-゚)『前夜祭があるので、少し急ぎましょう』
(∪´ω`)「前夜祭って、どんなことするんだお?」
(#゚;;-゚)『明日から頑張るぞー、と士気を上げることが目的の祭りです。
当日では味わえない雰囲気があります』
(∪´ω`)「楽しみだお!」
(#゚;;-゚)『私は駐輪場で待っていますので、楽しんできてくださいね。
何かあれば呼んでください』
舗装された道路から外れ、雪解け水でぬかるんだ道なき道を進む。
ディの助けもあり、その日の正午にはホールバイトに到着した。
臨時駐車場にディを止め、別れを告げる。
既に祭りが始まっているかのような賑やかさの中を、ブーンは歩き始めた。
945
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:29:35 ID:XZZ24kQc0
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ホールバイトの空気は、ブーンにとってかなり強烈な物だった。
至る所から美味しそうな匂いが漂い、混ざり、思考と欲望があちらこちらに引っ張られるような感覚だ。
屋台を設営する音もあれば、食材を刻む音も、炒める音も、酒を飲む人々の陽気な声もあった。
色とりどりの飾りが街中に施され、春を喜ぶように咲き誇る鮮やかな花や木々の緑が目に映る。
五感全てが刺激される空気の中、ブーンはまずは街全体を見て回ることにした。
情報を得る第一歩として、街の姿を知っておくことは有利に働く。
そして何より、明日の祭り本番で訪れるべき店を下見することができるのだ。
(∪*´ω`)「おー」
見ているだけでも楽しいが、街全体が喜びに満ちているのがまた面白い。
祭りの前特有の爆発寸前の、決壊寸前の雰囲気は無関係のブーンでさえ興奮させる魔力がある。
いくつかの店は前夜祭と明日の宣伝を兼ねて、軽食や飲料の販売を実施していた。
料理は実食が一番確実な宣伝になるため、低価格か無料がほとんどだ。
(●ム●)「ボウズ、これ食ってみな」
946
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:29:56 ID:XZZ24kQc0
受け取った小さなカナッペは一口で驚きの声を上げるほどの美味さだった。
生ハムとチーズ、フレッシュバジルとトマト。
そこにオリーブオイルと少量の塩コショウで味付けされているだけの、シンプルな料理だ。
ブーンの小さな口でも一口で食べられるほどの大きさだが、口内に出現した旨味はそれを凌駕する規模のものだった。
(∪*´ω`)「美味しいですお!」
(●ム●)「そりゃよかった。 明日また、ここに来てくれよな!」
ブーンの反応を見て、近くにいた別の店の男が手招きする。
男は小さなカップにジュースを注ぎ、ブーンに手渡した。
( *´艸`)「これ飲んでみろよ、うんまいぞ」
飲まずとも匂いでそれがリンゴジュースであることが分かった。
一口飲み、ブーンは目を見開いた。
(∪*´ω`)
水のように抵抗なく喉を通ったそのジュースは全身が震えるほどに瑞々しく、甘美だった。
まるでリンゴその物。
控えめな甘さのはずなのに、口の中にも喉にも、その名残がうっすらと残り続けている。
鼻孔から抜け出るのは上品なリンゴの香り。
べたつく甘さではなく、いつまでも味わっていたいと思える深みのある甘さだった。
(∪*´ω`)「美味しいですお!」
そうして歩いている内に、続々と試食の品が渡されてブーンの腹が膨れていく。
全て試食という形か、もしくは好意で無料だったため、1ドルも支払っていない。
なるほど、と満腹になった腹を撫でながらブーンは思った。
(∪*´ω`)「食い倒れ……すごいお……」
ホールバイトはオセアンほどの広さの街でありながら、どの路地も人で一杯だった。
全ての建物が祭りに関わり、よく観察すれば動線が街中に張り巡らされていることに気が付く。
その為、どこから街に入っても、まんべんなく街中を歩くことになっていた。
計算され尽くしたその出店形態は、この街が長い歴史をかけて培ってきた知恵によるものなのだろう。
街の治安維持に一役買っているのが、正にその“人の目”だった。
巡回する治安維持組織の人間が持つ武器は小型で、威圧的には見えない。
しかしその眼光は鋭く、窃盗の類を決して見逃さないという強い意志を感じる。
その目つきと雰囲気に、ブーンは思い当たる節があった。
それはジュスティア警察の人間が見せる物と同じだった。
仕草、空気。
間違いなくそれは、ジュスティア人のそれだ。
(∪´ω`)「ジュスティア警察の人……」
947
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:31:11 ID:XZZ24kQc0
だが、ジュスティア警察は全滅したはずだ。
ジュスティアはまだ復興の途中で、警察組織の復活どころではない。
なら、なぜここにジュスティア警察がいるのだろうか。
答えは、少し考えれば分かることだった。
彼等はジュスティア警察ではあるが、治安維持組織として契約を結んだ関係にあり、ここに派遣された人間達なのだ。
あの日、ジュスティアで起きた戦闘に参加した警官は当然ながらジュスティア近郊にいた人間だったはずだ。
幸か不幸か、遠方地に派遣されていた警官たちは戦闘には参加せず、当然の義務として自分たちが守るべき街を守ることに徹していたのだろう。
それがジュスティア警察の完全なる全滅を防ぎ、今もこうしてその想いが生き永らえさせている。
ジュスティアの奮闘は無意味ではなかったのだ。
彼らの街が瓦礫と化しても、その強い思想が世界中に広がっているのであれば、決して滅びることはない。
トラギコ・マウンテンライトを始めとした生き残りが街の復興に全力を注ぎ、いつかそれが大きな結果を生み出すことだろう。
命じられたからでも、強いられたからでもなく、彼らの意思その物がそれを実現するのだ。
道中、ブーンは水を購入し、ディの元へと戻った。
長旅で少なくなったタンクに燃料となる水を注ぎ、興奮気味に街の様子を報告する。
(∪*´ω`)「すっごいお!!」
(#゚;;-゚)『食に関して、ホールバイトに並ぶ街はありません。
彼らはひたすらに食事に力を注ぎ、追求してきました。
美味しくなければ生き残れませんからね』
(∪*´ω`)「食い倒れって言葉の意味が良く分かったお」
(#゚;;-゚)『よく語られるのが、ホールバイトに来たら体重が増えることはあっても減ることはない、という言葉ですね。
平均してキロ単位で体重が増えるそうですよ』
(∪*´ω`)「おー」
(#゚;;-゚)『もっと街を見てこなくていいんですか?』
(∪´ω`)「でも、お腹いっぱいだお」
(#゚;;-゚)『ホールバイトは食を楽しむ街。
恐らく、街の中心に行けば楽しい物が見られると思いますよ』
(∪´ω`)「楽しいもの?」
(#゚;;-゚)『あらゆる時代、場所で言われている最良の調味料は空腹です。
街の中心には空腹を生み出すような催し物があるはずですよ』
(∪´ω`)「お」
(#゚;;-゚)『さ、行ってきてください。
私は美味しいお水をもらったし、ブーンの楽しそうな姿が見られて満足です』
(∪´ω`)「行ってくるお!」
948
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:32:36 ID:XZZ24kQc0
背中を押されるような気持ちで、ブーンは再び街へと足を向ける。
もしもこの時。
もう少しだけディの言葉に意識を向けていれば、その真意に気づけたのかもしれない。
だがそれは、あまりにも難しい話だった。
彼女は機械であり、その音声に感情を滲ませないように出力するのは簡単な話だ。
そもそも彼女に感情と呼べるものがあるのかについては議論の余地があるが、少なくともブーンに対して嘘を吐くだけの知性はあった。
そしてその嘘を吐くことに対して、若干の罪悪感にも似た物を感じたからこそ、普段通りの口調で伝えたのだ。
大切なことは言わずに。
――ブーンを見送ったディはその姿が見えなくなったのを見計らい、ゆっくりと走り出した。
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街の中心に近づくにつれ、賑やかさが強くなっていく。
聞こえてくる音の中でも音楽がより大きく感じてくる。
軽快な音楽に合わせて躍っている人間もおり、歌を口ずさむ人間もいた。
あらゆる動線が必ずこの中心部分を経由することになっているため、かなりの往来があった。
広々とした街の中心にはテーブルと椅子が並べられ、屋台で買った飲食物をそこでゆっくりと食べられるようになっている。
そして、飲食物以外のサービスを提供する店もあった。
カラオケ。
大道芸人による曲芸。
果ては、占い師までいた。
(∪*´ω`)「おー」
同じぐらいの年齢の子供たちが集う店に向かい、様子を窺う。
空気銃を使った射的や、グローブを嵌めて的を殴るパンチングマシーンなど、安全面に気を遣った店が多い。
くじ引きなどの簡単な博打もあったが、目玉の商品が当たっている様子はない。
あまり興味が湧かなかったため、別の店を見て回ることにした。
949
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:33:01 ID:XZZ24kQc0
体を動かす類のものが数多く並ぶ中、人だかりができている店があった。
それは、特設リング上で行われるボクシングだった。
しかし、普通のボクシングではない。
一人はヘッドギアとグローブを装備しているが、相対する人間は何も装備していない。
無装備の男に向かって繰り出される攻撃は紙一重で全て回避され、時には横からはたき落とされていた。
看板を見ると、どうやら3分以内に店側の人間に一発でもパンチを当てることが出来れば商品がもらえるという物だった。
ゴングが鳴り、挑戦が終わったことが告げられる。
(::0::0::)「くそー」
挑戦者は悔しそうに、だが清々しく言った。
自分のやれるだけのことをして、それでも通じなかったのだろう。
( ''づ)「結構ひやひやしましたよ」
(::0::0::)「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
道具が返却され、握手で二人は互いの健闘を称えあう。
( ''づ)「さて、他に挑戦する人はいますか?
そろそろ昼食にしたくてね、次の挑戦の後は少し休憩を挟みますよ」
先ほどの試合以前の攻防を見ていた観客たちの中から、立候補する人間はいなかった。
ただ一人、ブーンを除いて。
(∪´ω`)「やりたいですお」
( ''づ)「おっと、これは可愛い挑戦者だ。
いいのかい? 俺は子供でも容赦しないぞ」
言葉とは裏腹に、男の目には緊張感の欠片もない。
明らかにこちらを格下と見ている目だ。
ならば、勝てる。
(∪´ω`)゛「大丈夫ですお」
先ほどの動きを見て、ブーンは自分の今の力を試してみたいという欲求が芽生えていた。
そして、見返したいという気持ちも。
グローブだけを借り、リングに上がる。
( ''づ)「少年、名前は?」
(∪´ω`)「ブーンですお」
( ''づ)「俺はジョージ。 よろしく頼むよ」
950
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:33:49 ID:XZZ24kQc0
そして、ゴングが鳴った。
その刹那、ブーンはキャンバスが大きくたわむほどの力で踏み込み、一気に接近した。
放ったのは至近距離から放つ右ストレート。
身長差が防御を困難にする一撃だ。
( ''づ)「ちょまっ!?」
腹部を狙った一撃を、ジョージは身をよじって回避。
急停止した勢いを乗せた左フックを改めてジョージの腹部に放つ。
グローブ越しに感じた確かな感触。
柔らかなグローブとはいえ、その使い方一つで十分な武器になる。
ロウガに教わった戦い方が生きた。
( ''づ)「ごっ……!!」
ジョージがその場に膝を突くと、一瞬の静寂が訪れる。
そして、大歓声が上がった。
( ''づ)「すげぇな……いつつ……」
(∪´ω`)ノ「やたー」
( ''づ)「……なぁ、もう一回いいか?」
(∪´ω`)「お、いいんですかお?」
立ち上がり、ジョージは呼吸を整える。
ブーンを見る目は、先ほどとは違って警戒心の宿るそれになっていた。
( ''づ)「次は油断しないさ。
よし、こい!!」
再びゴングが鳴り響く。
踏み込み、距離を詰める。
バックステップで器用に距離を取るジョージに対し、ブーンは持ち前の脚力でその差を詰めてゆく。
リーチの差を埋めるためには、相手の反射神経を上回るだけの速度が必要になる。
しかし、ブーンが踏み込むとジョージは的確な方向に移動し、避難を成功させる。
背中に目がついているかのようにロープ際から離れつつ、ブーンの攻撃が当たらない位置を陣取っていく。
(∪´ω`)「おー」
( ''づ)「ふーっ」
立ち止まり、二人は呼吸を整える。
静かに息を吐きだし、そして、ブーンは動いた。
初戦で見せた加速力で距離を詰め、勢いをそのままに右ストレートを放つ。
ジョージはそれをバックステップで回避し、連打を阻止する。
951
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:35:17 ID:XZZ24kQc0
一歩の踏み込みで詰められる距離は後退よりも前進の方に分がある。
二歩目で更に左ストレート。
これはサイドステップで回避される。
目の前に迫るロープを見て、ブーンは覚悟を決めた。
自分には正面から挑むだけの力がない。
力がなければ、技術で補うしかない。
勝利条件はただ一つ。
拳を当てるだけでいいのだ。
(∪´ω`)「ふっ!!」
姿勢を反転させ、背中をロープに思いきり沈みこませる。
反動を利用した攻撃だが、ジョージはそれを予想していたかのように数歩後退した。
だが、彼には大きな誤算があった。
すでにブーンはジョージの動きを何度も見て、移動可能な距離と速度を覚えていた。
単純な速度であればブーンが負ける道理はないが、そこにフットワークという技術が壁となっているのだ。
その技術を学んだブーンは、それを真似するだけの余裕があった。
踏み込み、同じ速度で直角に曲がる。
その先にあるのはジョージの腹部。
次の動きを見るまでもなく、ブーンの左ジャブが的確に彼の腹部を打ち抜いた。
( ''づ)「ぐっ……」
そして、再びの大歓声が二人を包み込む。
ゴングが鳴ってから僅かに30秒。
攻防の時間としては短いが、その濃度は極めて高い。
(∪´ω`)「ありがとうございましたお」
礼を言ったブーンに、ジョージは心底悔しそうに苦笑いを浮かべた。
だがそれは、すぐに清々しい笑顔に変化する。
( ''づ)「いや、負けた。 完敗だよ、ブーン。
商品を受け取ってくれ」
リングの外に待機していた人間から封筒を受け取り、それを手に、ジョージがブーンを含めたその場の全員に聞こえるように言う。
( ''づ)「ホールバイトで使える食事券だ!!
一枚で好きな食事と交換が出来るし、無期限で店の指定もない!!
それが100枚!!」
(∪*´ω`)「100枚も!!」
( ''づ)「食い倒れてくれ、ブーン。
いやはや、君はいいボクサーになるよ。
俺が保証する」
952
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:35:44 ID:XZZ24kQc0
ブーンの手からグローブを外しながら、ジョージは周りの歓声に紛れさせるように小さく囁いた。
( ''づ)「昔、俺はライト級のチャンプだったんだ。
もしもボクシングに興味が湧いたら、いつでも俺を訪ねてくれ。
ジョージ・ミケルセンだ」
手を差し伸べられ、ブーンは迷いなくそれを握る。
(∪´ω`)゛「分かりましたお」
受け取った封筒から食券を2枚取り出し、ブーンはそれをジョージに差し出す。
困惑するジョージに、ブーンは気恥ずかしそうに言った。
(∪´ω`)「お昼ご飯に使ってくださいお」
( ''づ)「……君はいい教育を受けたんだな。
ありがとう、ちゃんと使わせてもらうよ。
絶対にまた会おう、次は友人として」
(∪´ω`)゛「はいですお!」
食券を手に、ブーンは街中へと再び戻ったのであった。
その時である。
まずは衝撃。
全身が痺れるような衝撃が、体を襲う。
そして、鼻孔の奥で感じ取った匂い。
それは間違いなく、ブーンが追い続けた人間の懐かしい匂いだった。
ブーンは走り出していた。
走りたいから、走るのだ。
――走らなければならないと思うからこそ、走るのだ。
953
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:36:06 ID:XZZ24kQc0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
人混みを通り抜け、匂いを辿っていく。
多くの料理と人間の匂いに紛れる、愛しい存在を追うのは容易なことではない。
容易ではないが、不可能ではない。
困難は諦める理由にはならない。
走る。
駆ける。
奔走する。
疾走する。
どこかにデレシアがいる。
それが分かるだけで、全力で走るには十分な理由になる。
か細い糸を追うように。
ブーンは僅かな希望を追い続ける。
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ヽ ゝ‐‐ニ`ー-....,,,,_ .``' z;;;;;;;;;;;;;;;;;_,,.、丶´
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V ^ー 、 /,.斗‐七ナ
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名無しさん
:2024/08/11(日) 18:36:34 ID:XZZ24kQc0
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日が暮れ、空が黄昏色に染まる。
やがてホールバイトを一周し、より強く彼女を感じる場所へと辿り着く。
息は上がり、喉の奥から血の匂いがする。
足は疲労と乳酸でまともに動かない。
歩く以上の速度で動くことが出来ない。
ホールバイトの南端。
奇しくもブーンがディを停めた場所と真逆の方角に位置する、もう一つの入り口。
臨時駐車場には溢れるほどの量の車両が押し寄せ、ヘッドライトが星のようにきらめいている。
濃紺に染まりつつある空の下、ブーンは視線を周囲に巡らせる。
人の姿は濃い影にしか見えない。
表情も人相も、全て闇の中に溶け込んでいる。
気が付けば、ブーンは人混みの中に立ち尽くす形になっていた。
自分よりも背丈のある人に囲まれ、視覚情報は人影に占領される。
話し声や音楽、時折聞こえるクラクションがうるさい。
(∪;´ω`)
前夜祭が始まることをアナウンスが告げ、盛り上がりが最高潮に達する。
音楽がひと際大きく鳴り響く。
花火が打ち上がり、悲鳴に似た歓声があちらこちらで上がる。
音は、判断材料にならなくなった。
955
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:36:55 ID:XZZ24kQc0
匂いもダメだった。
食べ物の匂いと人の体臭が周囲に充満し、デレシアの匂いを探し出せなくなっている。
だがこの辺りにいる予感はするのだ。
確信めいた予感の根拠は何もない。
それでも、デレシアが近くにいる気がするのだ。
頭上で花開く鮮やかな花火。
熱狂する人々の声、音楽。
混沌の中でも、ブーンは一歩を踏み出すだけの気概を失わずにいた。
視覚。
聴覚。
嗅覚。
そのいずれも使えない。
進む先に何があるのかも分からない。
進んだ先で何が待っているかも想像できない。
しかし。
進むしか、道はないのだ。
956
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:38:20 ID:XZZ24kQc0
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F√i-ュ| ̄|明-ュ| ̄L―┐-ュFl-ィニニユ 「 ̄|二日lニ|ロ-丑-┐「ニ´t|
┴「lllニl日|‐| ロ||-ュ! /ィ| ̄L―┐liュFl-ィニニユL―┐-ュFl-
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人混みを抜け、広大な駐車場の先に広がる荒野が視界いっぱいに広がる頃。
太陽は地平線の彼方に沈み、濃いオレンジ色が今まさに消えようとしている中。
青白い月が世界に夜の到来を優しく告げる時間。
一台のバイクに背を預けた女性が、夕日を眺めているのを見つけた。
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:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:38:44 ID:XZZ24kQc0
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958
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:39:28 ID:XZZ24kQc0
あどけなさと大人の片鱗を漂わせる少年の顔に、喜びの感情が十分すぎるほどに満ちてゆく。
ブーンは、彼女へとゆっくりと歩み寄る。
想い続けた彼女を、見紛うはずがない。
彼女の甘い香りを、その存在を間違えるはずがない。
歩みは小走りに。
小走りは、全力疾走へと変わる。
こちらの跫音に気づいた彼女がフードを降ろし、嬉しそうに言った。
ζ(^ー^*ζ「久しぶりね、ブーン」
(∪*´ω`)゛「お久しぶりです、デレシアさん」
デレシアの前で立ち止まり、ブーンは彼女を見上げる。
蒼穹の色の瞳と、優しい黄金の色をした波打つ髪。
声は柔らかく、笑顔は今にも溶けてしまいそうなほど。
(∪*´ω`)「ディはデレシアさんがいるって知ってたの?」
(#゚;;-゚)『途中で知ったんです。
インカムさえあれば、私に声は届きますから』
(∪*´ω`)「おー!」
(#゚;;-゚)『それに、見届けたいこともありましたので。
乙女同士の約束は、いつの時代も秘密に満ちているのですよ』
その言葉を肯定し、かつ友人同士で共有する秘密を楽しむ様に、デレシアがディにウィンクをする。
どうやら、ブーンの知らないところで何かしらの話があったようだ。
だがそれは些事だ。
今は、デレシアが目の前にいるという事実だけが重要なのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「どう? あれから宿題は進んだ?」
(∪*´ω`)゛
ブーンは頷く。
まだ完全ではない。
不完全だが、分かったことがある。
“愛”とは何か。
その片鱗を伝える手段を、ブーンは今ようやく理解したのだ。
デレシアがブーン視線を合わせたまま、問いかける。
ζ(゚ー゚*ζ「教えてくれる?」
959
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:39:56 ID:XZZ24kQc0
ゆっくりとデレシアが屈み、二人の目線が同じ高さになる。
何度も見上げたその瞳。
正面から見つめて改めて分かったのは、その瞳の美しさ。
その瞳を見つめるだけで、ブーンの胸には熱い感情が湧き上がってくる。
空の青さに夏を感じ、風の冷たさで秋と冬の到来を覚え、小さな芽吹きに春を思い出すように。
当たり前のように胸から湧き出る感情は、決して焦ることのないもの。
感情が思考を置き去りにし、体を動かす。
後はただ、衝動に身を任せるだけ。
960
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:42:30 ID:XZZ24kQc0
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あの日
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ノパー゚)
無償の温もりを与えてくれたヒート・オロラ・レッドウィングがいたから、ブーンは愛の存在を疑うことはなかった。
961
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:42:51 ID:XZZ24kQc0
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('、`*川
未来へ導く道を教えてくれたペニサス・ノースフェイスと出会えたから、ブーンは愛という物が存在することを知った。
962
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:43:15 ID:XZZ24kQc0
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(,,゚Д゚)
同じ師を持つギコ・カスケードレンジの生き様が、受け継いだ意思に宿る別の感情を教えてくれた。
963
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:43:39 ID:XZZ24kQc0
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(゚、゚トソン
命を救ってくれたトソン・エディ・バウアーがいたからこそ、他人を助ける行為に秘められた物を知ることが出来た。
964
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:44:00 ID:XZZ24kQc0
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ミセ*゚ー゚)リ
初めての友達となったミセリ・エクスプローラーがいてくれたから、友情という尊いものを得ることが出来た。
965
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:44:23 ID:XZZ24kQc0
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¥・∀・¥
金の正しい使い方を見せつけたリッチー・マニーがいなければ、金はただの無機質な力の一つでしかなかった。
966
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:44:44 ID:XZZ24kQc0
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( ФωФ)
義を教えてくれたロマネスク・O・スモークジャンパーがいたからこそ、人が生きる上で忘れてはならないことを知った。
967
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:45:24 ID:XZZ24kQc0
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リi、゚ー ゚イ`!
武を手ほどきしてくれたロウガ・ウォルフスキンがいなければ、ブーンは自分の身を護ることも、誰かを守ることも出来なかった。
968
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:46:10 ID:XZZ24kQc0
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ミ,,゚Д゚彡从´ヮ`从ト
家族を想う気持ちをフサ・エクスプローラーとチハル・ランバージャックがいて初めて、ブーンは家族という物の姿を知ることが出来た。
969
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:46:31 ID:XZZ24kQc0
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(`・ω・´)
戦場の中でシャキン・ラルフローレンが教えてくれたことが、戦いの中でも変わらない人間の本質を見るだけの力を与えてくれた。
970
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:47:00 ID:XZZ24kQc0
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(=゚д゚)
己の正義を貫き通す姿を見せたトラギコ・マウンテンライトの存在が、この世界には善悪を超越した物があるのだと信じさせてくれる。
971
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:47:21 ID:XZZ24kQc0
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(#゚;;-゚)
友情に垣根はない事を教えたディがいてくれたから、ブーンは孤独に押し潰されずに旅を続けることが出来た。
972
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:47:44 ID:XZZ24kQc0
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ζ(゚ー゚*ζ
そして、地獄の底から救ってくれたデレシアがいなければ、今の自分は存在していなかった。
|
¦
!
これまでの旅で出会った全ての人間がブーンに見せ、伝え、教えたこと。
その全ての根底にあるものこそが――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
973
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:48:26 ID:XZZ24kQc0
ブーンはデレシアの首元に手を回し、抱きしめた。
静かに。
確かに。
ゆっくりと、そして、伝えたいことを胸に秘めて。
――愛とは。
言葉でも、文字でも。
行動でも、感情でも。
ましてや、目に見える何かでもない。
ただ、愛としか言い難い何かの事なのだ。
それ以上もなければ、それ以下でもない。
恋でもなければ、依存でもなければ、崇拝の類でもない。
どれだけの時間を経ても色褪せず、減退しない何か。
人を導き、人を強くもする。
人を惑わし、人を弱くもする。
人を誑かし、人を狂わせもする。
人を鼓舞し、人を前に進めもする。
人を導き、人と人を繋ぐこともする。
争いを産み、争いを収めることもする。
それはあらゆる場所に、時代に、生物に、物質にさえ影響を与える何か。
人はそれを愛と呼び、口にし、追い求める。
これが、今のブーンが辿り着いたペニサスの宿題に対する最善の答えだった。
説明するだけの語彙力のないブーンにとって、伝えるための手段はこれしかない。
(∪*´ω`)ζ(゚ー゚*ζ
デレシアの手が、ブーンの背中に回される。
同じぐらいの力で、優しく抱きしめられた。
それだけで、ブーンにもデレシアの感情が伝わってくる。
情欲でも性欲でもない、甘い痺れを伴う温もりが全身に満ち溢れる。
自惚れではない。
誤解でもない。
断言できる。
この温もりもまた、愛なのだと。
ζ(^ー^*ζ「よくできました」
ブーンを抱きながら、デレシアは嬉しそうにそう言ったのであった。
974
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:49:08 ID:XZZ24kQc0
.
ζ(^ー^*ζ「ご飯にしましょうか」
(∪^ω^)「はい!」
/
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; | /
/ |,/
/ }
〈 /
/\ /
/ ヽ __. -―'
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|
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; .ノ ;
i / .ノ
| ,' `! /
|ヽ , / / 旅はまた、ここから始まる。
| | /ヽ{ {
/lノ| i `i l
/ | | ,}ー'
_l_ | l 〕
/ `ヽ. ヽ_} )
/ ヽ ∧
/⌒`ヽ ゙ ノ`´
/ \ |´
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/´ ̄ ̄`ヽ i |
975
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:50:25 ID:XZZ24kQc0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これは、愛に満ちた旅の物語
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Ammo→Re!!のようです 完
976
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 18:52:01 ID:XZZ24kQc0
これにて『Ammo→Re!!のようです』は完結となります。
始まってから12年という月日が流れましたが、確かにこうして終わらせることが出来たのは読者の皆様のご協力のおかげです。
冷静に考えると連載開始した時に生まれた子供は小学6年生になっているんですよね……
そんな中でも、最後まで読んで下さり、応援して下さった皆様には感謝してもしきれません。
連載開始してほどなくして心が折れかけた時、皆さんの声があったから今があります。
本当にありがとうございました。
ブーン系小説に関わってから最も長い時間をかけて書き上げた作品だけに、こうして終わらせられて一安心しています。
今後はひっそりと各キャラクターの過去を別媒体等で書いたりしつつ、やりたかった事をやって過ごそうと思います。
その辺のことはブログやTwitter(新:X)にて報告とかしていく予定です。
ともあれ、この場で絶対に言わないといけないことがあります。
いつも校正してくれたみんな―!!
ありがとー!!
いつもプロレベルの校正してくれたひとー!!
本当にありがとー!!
それではまた、いつかどこかで。
977
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 21:49:09 ID:GDfjXQBk0
おつ、本当におつ
ブーン系史上最長期間最大文量の作品を完結させたこと、尊敬します
この作品が読めて良かったです
ありがとう
978
:
名無しさん
:2024/08/11(日) 22:23:41 ID:JX5OKWJI0
乙!!
完結に立ち会えて最高です!!
979
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 07:10:49 ID:ruRww4cc0
完結乙!
980
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 09:30:21 ID:sob1rOzM0
終わってしまった……スピンオフも含めて最高の作品でした
この作品を読ませてくれてありがとう
本当にお疲れ様でした!
981
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 16:45:55 ID:hQKLtFP20
乙!!
うわああああいつもしょぼくれていたブーンがついに笑ったあああああ!!!!!
それだけでも涙がこみ上げてくる…
旅をしながら今まで出会った人たちと再会するっていいよねぇ
魅力的な登場人物が多く生き残った人もいなくなった人もお気に入りの人達がたくさんいます!!
最後までしつこいとは思いますが、お約束という事で
>>924
ブーンは"に"ディを修理に出すことにした。
ここは"に"が多いですね
>>944
渋滞に"掴"まり
ここは"捕"まりの方がいいかもしれません
長期の連載本当にお疲れ様でした。
こんな素敵な作品に出会えた本当に幸せです。
完結おめでとうございます!!!!
982
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 16:56:18 ID:rbe3If0k0
>>981
いつもいつも本当にありがとうございました。
そして最後まで結局お世話になりっぱなし……
心からの感謝を申し上げます。
/ ` 、 感謝するぜ あなたにしてもらえた
/ ノノ ヽ
, ニニ彡'⌒ /`ヽ これまでの 誤字脱字指摘に
' ニミ ニニ彡 〈rう├--ミ
{ { ニミ } j j jノx'ィイく }し{\ `丶、___/ニニニ
j_ニニミV ハレノ x<⌒ヽ V ヘ \ \ニニニニニニニ
{xミミー'ヾ(、ル( 厶tァァく⌒ヾ} )ハ::::::. \ニニニニニニ
彡ィ'">tァ} \(`ニ彡 ノ` /ト=く ::::::i \ニニニニニニ
( V^`こ7 _, \``ヾヽ` ノ|`ヽ ヽ l:::::| \ニニニニニ
∧ { ' ` ノ^ヽ { ノ !:::::| ___ノ^ヽニニニニニニ
/.::::\ゝヽ. _ノヽ``ヽ, -――- 、 /:::::/ /  ̄`ヽニニニニニ
/.::::::::::::::::>'"ノルハヽ`/ -―- 、⌒V::::::/.// j___ノ、 ヽニニニニニ
/ニニ、`ヽ`ヾヘ{ {、ムイ 、_( > \/ (__ ノニニニ \ニニニニ
,仁ニニニ\ヽヽヽ ∨ /ニニ>彡>--')__ ノ `ヽニ \ニニニ二
ニニニニニニヽ / {ニニ> ´ `¨¨´ ニ} \>''"´
ニニニニニニニニ/ ∨ / }八
ニニニニニニニ./ }ニ{ ノニヽ ノ
ニニニニニニニ/ }ニハ /⌒ヽヽヽ ___彡
ニニニニニニニ! ノニニヽ、 / ` ー=彡'ニニニニニ
ニニニニニニニ} ⌒`丶、 /⌒ヽ ノ ノ_____
/ ̄ ̄ ̄`ヽ/ヽ、 _彡ヘ{ { > 、 / /  ̄ ̄ ̄
) 、 / ヾ、 ヽ ヽ ( `{ /
// ⌒ヽ / 〃 トミ ___ >--‐=、 ヽ _ノ
{ / // / \__ノ
983
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 23:17:34 ID:dCHsVmmM0
ほんっと乙
ハッピーエンドで終わってほんとよかった
ところで最終決戦でビロードって出てきてたっけ?
984
:
名無しさん
:2024/08/12(月) 23:35:54 ID:rbe3If0k0
>>983
良くお気づきになりました。
彼は最終決戦に姿を出しておりませんが、その後についてはティンバーランドの残党ということで遠回しに存在が匂わされています。
985
:
名無しさん
:2024/08/16(金) 13:54:09 ID:zphZRDpQ0
完結乙です!
歯車の頃から大好きでずっと追いかけていました。
壮大な物語の完結を見ることが出来て幸せです。
本当にお疲れ様でした。
素晴らしい作品をありがとうございます。
986
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 05:12:54 ID:f6PNlfbg0
おつ!
素敵な完結を観ることができてとても幸せです!
本当にありがとうございました!
987
:
名無しさん
:2024/08/25(日) 22:06:10 ID:3yoBdm.g0
久々に見に来たら完結してた 乙 強化外骨格に対してデレシタが強化"内"骨格なのは痺れるね
また一から読み返してくるかあ
988
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 09:48:01 ID:vI73hRVE0
遅くなったが本当に乙
このボリュームの作品を完結させられるの本当に凄い
自分が好きだったトラギコアサピーシナーが生きててよかったシナー大出世してるし
ところでキャラエピソードは別媒体ってファイナル板以外での投稿ってこと?
989
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 19:42:37 ID:TPOPaFdk0
>>988
別媒体としての候補はひとまずKindleなどを考えております。
なお、現在はペニサスのスピンオフをゲーム化してDMMで配信中です(宣伝)
990
:
名無しさん
:2024/10/11(金) 23:36:40 ID:j5obufMU0
乙!!!!!!!!!!!!!
991
:
名無しさん
:2025/06/22(日) 22:31:02 ID:8izIhYHM0
時事ネタでアモーレで見た兵器見るとうおぉ…てなる
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