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Ammo→Re!!のようです

283名無しさん:2022/07/18(月) 07:41:50 ID:C7JjIM2M0
シナーの私兵部隊“テラコッタ”の最大の強みはその数にある。
街中に散らばってもなお余りあるその兵力は、実に8000。
訓練と実戦を経て鍛え上げられたその部隊は、シナーがティンバーランドに参加する前から目をかけていた人間達で構成されている。
ティンバーランド内でこうした私兵部隊を持っているのは、シナーとキュート・ウルヴァリンだけだ。

だが大規模な部隊であったとしても、今のラヴニカではあまり有利に働いていない。
強みである通信による連携が絶たれた以上は、古典的な人海戦術で攻めるしかない。
地の利は相手にある。
弱小ギルドがいくつかこちら側についてはいるが、恐らく、早々に全滅していることだろう。

ラヴニカは街を守る為に徹底して戦っている。
殺されたはずのギルドマスターたちが生きていたということは、今日という日に備えて何かしらの準備をしていたと考えるのが普通だ。
ゲリラ戦を挑まれると、時間の経過と共にこちらが不利になるのは明白だ。
短期決戦が出来なければ、チップの入手は不可能。

( `ハ´)「……」

しかし。
正直なところ、シナーはチップについて諦めていた。
彼らがそれを持ち去るだけならばまだ手に入るという可能性が残るが、破壊されるという選択が下される可能性の方が高い。
今の段階でこうして追っているのは、壊されたという明白な証拠がないからに過ぎない。

こうしてラヴニカが蜂起したことは、組織にとっては著しくマイナスだ。
騒動の鎮圧化が最優先となるが可能性がゼロというわけではないのが惜しい所だ。

( `ハ´)「2000を動かして、相手の指揮官を殺すアル。
     それと、今すぐ街中に伝えられる放送手段を手に入れて、チップを渡さなければ街を焼き払うと放送するアル。
     放送からきっかり30分後、街を燃やすアル」

家があれば敗北したとしても生きていく希望を持てるが、帰るべき場所を奪われれば、それだけで街の復興は遅れる。
嫌がらせとしては十分だ。
復興が遅れれば、周囲にいる他の街に飲み込まれるのはあまりにも簡単なのだから。

<=ΘwΘ=>『承知』

無論、ラヴニカを火の海にするのは最後の手段である。
この街の利用価値は極めて高いが、この世界から争いがなくなれば棺桶は必要なくなる。
優れた職人と技術さえ確保できれば、街に用はない。
脅しではなく、シナーの命令は面倒を省くための手段でしかない。

手に入らないのであれば、そのどちらも燃やすに限る。
炎こそ、世界を変えてきた原初の力なのだ。
世界最大の組織を敵にした見せしめとして滅びるか。
それとも――

( `ハ´)「どうするか、見せてもらうアルよ」

――世界が一歩前進するための灯になるのか、それだけだ。

284名無しさん:2022/07/18(月) 07:42:11 ID:C7JjIM2M0
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                                            〕〔
                 八                                |_
                 口                           I_I__,|/
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TITI7 ̄ ̄/ ̄∨ ̄ ̄ ̄∠二二二\─r┴く:.癶癶 ̄ ̄\,‐‐‐'─‐∠_\_\|TT癶
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八'´/゙|/| | ┤_   .|  / / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄i|:.:.:. ̄:. : _,     宗教都市
ニァ´ィ |/|,ィi「 | ≧s。.,|_/ /:. :. :. :. :. :. :. :. :. ,::::::::::::::i|:.:.:.r‐ ¨_ -┘  セントラス
´| | | |/| | ┘    //:. :. :. :. :. :. :. :. :. :. ,:::::::::::::::i|:.:.:└:.:.¨:.:.:.:.:.:..
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同日 AM09:00

治安の良さ、豊富な種類の食事、心躍るような行事、そして美麗な景観。
これら全てを満たす街は、まず間違いなく優秀な観光地として繁栄することが約束されている。
しかし、その条件を満たしているセントラスを観光地として訪れる人間は、実のところあまり多くない。
街中に建ち並ぶ協会認定の飲食店、小売店、そして教会。

全てが同一の規格で建築されているため、街にある全ての建物がまるで一つの巨大な建造物であるかのように思わせる景観は世界屈指のものだ。
だが同時に、街を歩く教会関係者、あるいは熱心な十字教徒の人数は疑う余地もなく世界最大である。
十字教徒にとっては過ごしやすい街だが、その信仰の対象外である人間にとっては息の詰まる街だ。
決められた手順に従っての食事や、就寝前の行動の制限などはまだ可愛い物で、それを他者に親切心から強要するのが問題だった。

一度異教徒であること、もしくは無神論者であることが判明した場合は命の危険に晒されてしまう。
郷に入っては郷に従え、という言葉を無言の内に守らせる人間の気質。
そこにプライバシーというものはないが、悪意というものもない。
観光客や移住者にとっては居心地の悪い街であることが知れ渡り、それが事実であることはある意味で世界の常識でもあった。

「日々の糧に感謝します」

ナタリー・ブラウンはセントラスに住む敬虔な十字教徒であり、クルセイダーに所属する夫を持つ41歳のシスターだった。
遅めの朝食となったのは、それまで教会で夫の無事を祈り続けていたからであり、彼女の様な人間は街中にいた。
世界各地から集まったクルセイダー達は今、長年手をこまねいていたストーンウォールの異常者たちを駆逐すべく行動している。
今彼女たちにできるのは祈ることだけだ。

285名無しさん:2022/07/18(月) 07:42:33 ID:C7JjIM2M0
一人でも多くの敵を屠り。
一人でも多く生還する。
聖戦を無事に終えることが出来れば、この世界は神の望む理想郷に近づく。
焼いたパンとサラダ、そしてスープという質素な朝食は強い祈りを成就させるための習わしだ。

彼女がパンに手を伸ばした、正にその時。
時を告げるものとは別の鐘の音が街中に鳴り響いた。

「な、何?!」

それはまるで喚き散らす悲鳴のような、まるで法則性のない鐘の音。
反射的に家の外に飛び出すと、彼女と同じように家の外に出てきた隣人たちと鉢合わせる。
お互いに見合い、そして、誰ともなく街の外に視線を向ける。
――何かが来ている。

何かが見えているわけではない。
何かが聞こえているわけではない。
何かが匂っているわけでもない。
だが確かに、何かが迫っていることだけは分かる。

その感覚は、現代人から失われつつある動物的な直感ともいうべきものだった。
もしも緊張感に音があるのだとしたら、それは耳鳴りにも似た音に違いない。
頭の奥から響く甲高い音から逃れるように瞼を降ろし、何かをしなければと思う心が両手を胸の前で組ませる。
そして、自分たちの意思の遥か遠くにいると信じる存在に懇願するように膝を突く。

鐘の音が鳴り響く中、街中が祈りを捧げるという異常な光景。
彼らを現実の世界に引き戻したのは神の力ではなく、一声放送システムから響いた切羽詰まった声だった。

『い、今すぐ避難を!! 大聖堂に!! 避難してください!!
街の西側から、武装勢力が接近しています!!』

鐘の音がサイレンへと切り替わり、次いで、悲鳴と怒号が街に溢れ返った。
誰もが一目散に街の中心にある大聖堂“ノーザンライツ”へと走り出す。
十字教徒にとってそこは神聖不可侵の領域だったが、緊急時には街の中で最も安全な避難場所として開放される。
本来であれば内部に足を入れる前にいくつかの手順や手続きが必要だったが、それを実行しようとする律儀な人間はこの瞬間には不在だった。

だが、全員が大聖堂に向かうわけではなかった。
仮に武装勢力が接近しているとしても、神の膝元であるこのセントラスを侵略することは誰にも許されていない。
神の起こす奇跡を心の底から信じている人間は、決して慌てない。
日々の祈りを神が聞き届けているのだから、そもそも慌てる必要がないのだと信じている人間達だ。

ナタリーもまた、敬虔な十字教徒らしくその場に膝を突いて祈りを捧げていた。

「神よ、我々を守り給え……」

ある意味では、彼女の行動は仕方のない事だったと言えよう。
街を守る人間は皆、クルセイダーとしてストーンウォールに向かっており、防衛するための手段はほぼないと言ってもいい。
この状況下で出来るのは銃を持って戦うか、祈るか、それとも逃げるかしかない。
しかしいつの時代も、人を助けるのは神ではない――

286名無しさん:2022/07/18(月) 07:43:13 ID:C7JjIM2M0
( ・∀・)「楽できると思ったのですが、残念ですね」

大聖堂の屋上から、街に迫ってくる脅威を睨みつける者がいた。
かつては聖職者として己の道に迷う人間を導き、今はティンバーランドの一人として世界を導こうとする男。
マドラス・モララーは憂いを称えた目を細め、傍らで好戦的な視線を敵に向ける男に言葉を投げかけた。

<゚Д゚=>「やっと戦えるぜぇ!!」

それは正義の為に、世界のルールを変えると誓った男だった。
“CAL21号事件”をきっかけに世界の正義に疑いを持ち、この世界に正義をもたらそうと決意した男。
男はジュスティア警察で“毒蛇”と呼ばれる、ギコタイガー・オニツカ・コブレッティだった。

ジュスティア警察のはみ出し者だった男は、目前に迫ってきた悪に対しての敵意をむき出しにしている。
しかしその敵意は正義感の表れでもある。

( ・∀・)「まぁ、ほどほどに仕事をこなしましょうか」

彼の背後には。
彼らの足元には。
護るべき、救うべき人が大勢いる。
そして、変わる世界の目撃者が。

ギコタイガーはこの時が来るのを誰よりも心待ちにしていた。
悪を前に正義が立ち上がる、この瞬間を。
夢見てきた瞬間が現実のものとなり、彼は興奮をそのままに、咆哮するようにして叫び声をあげた。






<゚Д゚=>「護って救って、ぶっ殺してやるトルァ!!」






――人を助けるのは、正しき心を持った人間なのだと宣言するように。

287名無しさん:2022/07/18(月) 07:43:43 ID:C7JjIM2M0
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第九章 【 Ammo for Rebalance part6 -世界を変える銃弾 part6-】
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同日 AM09:23

人類が己の過ちによって空を手放して以来、最大の空戦がイルトリア上空で始まっていた。
歴代の空戦とは明らかに様子の異なるものだったが、空戦という言葉以外に形容のしようがなかった。
パラシュートを開いて落下してくる戦車、ヘリコプター、棺桶に対し、武装したヘリコプターが銃弾の雨を浴びせる。
最初は一方的に銃撃を受けるばかりだったが、やがて応戦が始まり、空には流星群のように曳光弾と炎が浮かんでいた。

爆発が起きるたび、命が散る。
血煙と化した死体が海に降り注ぎ、波しぶきが立つ。
圧倒的なまでにグロテスクな光景は、どこか美しさすら覚えるほどだ。
イルトリアが経験した中でも五指に入る程の激しい戦闘は、戦いの音が満ち溢れ、壮大なオーケストラを彷彿とさせている。

288名無しさん:2022/07/18(月) 07:44:04 ID:C7JjIM2M0
轟音。
銃声。
爆発音。
時折悲鳴か雄叫びかも分からない声が聞こえるが、すぐに別の音によって上塗りされてしまう。

世界最強の軍隊を有すると言われるイルトリアが秘蔵していた空軍にとって、これが最初の実戦だった。
地上や海上とは違い、全方位を警戒しながらの戦闘は猛者揃いのイルトリア軍といえども、実戦経験がない以上は苦戦を強いられていた。
パラシュートを切り離して空戦を挑んでくる棺桶に対して、ヘリコプターでは機動力が足りないのだ。
ローターを狙い撃ちにされてしまえば、ヘリコプターはたちまちコントロールを失い、墜落することになる。

地上からの支援がなければ被害は甚大な物になっていたことだろう。
フレシェット弾によって空を飛ぶラスト・エアベンダーは容赦なく薙ぎ払われ、機銃掃射は戦車とヘリコプターの床に穴を開け、操縦士達をミンチにした。
それでも、蝗の群れのように現れる部隊の全てを排除することは物理的に不可能だった。
イルトリア上空からの襲撃者を、陸軍大将トソン・エディ・バウアーは陸軍基地指令室の窓から腕を組んで見上げていた。

(゚、゚トソン「……」

一方的な戦闘が出来ないのは予想通り展開として彼女は勿論、その部下たち全員が理解していた。
空を飛ぶ相手を想定しての訓練は、部隊の隠匿という観点があってほとんど積んでいない。
陸軍、海兵隊に分散していたヘリコプターの操縦士達は操縦と戦闘に長けているが、空対空戦闘は未経験と言っていい。
だが、それは相手にとっても条件はほとんど変わらないはずだ。

降下する棺桶が撃ち落とされ、それを見てから反撃するまでの間の時間が実戦経験の少なさを雄弁に物語っている。
戦えているのは一部の人間。
とりわけ、最初に降下した仲間の動きを観察してから降りてきた人間だ。
恐らくは最初の部隊は生贄で、戦闘経験豊富な人間が後続部隊として降下する作戦なのだろう。

戦車とヘリコプターは分かりやすい的の役割を持っているが、それでも銃腔を向けざるを得ない存在だ。
物量を上手く使った戦術だが、重要なのは質だ。
市街戦を挑まれているのであれば、全力で叩き潰すのが陸軍としての礼節である。
特に、侵略行為に関してはイルトリアに勝る軍隊はない。

油断はしないが、過大評価をしすぎて空回りしないように注意しなければならない。
イルトリアが常に仮想敵として訓練をしてきたのはジュスティア軍なのだ。
防衛に関して彼ら以上に訓練を積み、対イルトリアに関して彼ら以上に意識してきた軍はいない。
必要な情報さえあれば、軍が即応するのはわけのない話だ。

(゚、゚トソン「情報の集約は完了したな?
     連中の装備の報告を」

無線機からはすぐに返答があった。

『……六連グレネードランチャー、それとコルトカービンです。
ラスト・エアベンダーのカスタム機以外、目視できたものはありません』

それは街中に潜んでいる陸軍、海兵隊、海軍の狙撃兵たちの通信を管理する部隊の責任者の声だった。
既に街には大規模な妨害電波を放っているが、当然、イルトリア軍が使用する無線機だけはその影響を受けないよう、ラヴニカに復元させたものを使用している。
観測手たちから報告される大量の情報を統制する通信担当者からの情報を聞き、トソンは手短に命令する。

289名無しさん:2022/07/18(月) 07:44:25 ID:C7JjIM2M0
(゚、゚トソン「よし、では各個撃破しろ。
     空は囮も兼ねているはずだ。
     引き続き、周囲の警戒を怠るな」

欲しい情報は得た。
それであれば、後は撃ち漏らすことなく潰すだけである。
屋内や屋上に潜む狙撃手たちが淡々と狙撃を開始する。
それまで軽快に空を飛んでいたラスト・エアベンダーが、まるで毒を浴びた蚊の様に力を失って落ちていく。

中には予備の榴弾を撃ち抜かれ、空中で爆散する者もいた。
しかし、それでも降り注ぐ物量の全てを食い止めることはできなかった。
撃ち落とされると分かった途端、グレネードランチャーとライフル、そして焼夷手榴弾による無差別攻撃が始まったのである。
榴弾が建物に着弾し、爆散する。

焼夷手榴弾によって街路樹が燃え、民家に燃え移り、黒煙が上がる。
だがトソンは落ち着き払っていた。

(゚、゚トソン「消火活動は市民が行う。
     惑わされるな」

『了解』

イルトリアは街そのものが一つの組織として機能できるよう、緊急時の役割が割り当てられている。
消火活動や救命活動についてはその専門職とボランティアによって迅速に行われるため、軍隊は戦闘に集中することが出来る。
建物を壁にして街に降り立った敵の数と位置は、市民からの通報によって陸軍の情報統制室に集約され、共有される。
狙撃手たちはその情報を元に移動し、即座に敵を撃ち殺す。

(゚、゚トソン「……おや」

空を見上げていたトソンが、小さく声を上げた。
視線の先。
そこには巨大な航空機が2機浮かんでいるが、その内の一機の機体からはオレンジ色の炎が上がっていた。
そして、螺旋を描くようにして落下を始めたのであった。

290名無しさん:2022/07/18(月) 07:45:09 ID:C7JjIM2M0
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_,,... --─  ̄\  \ ___x==ミヽ''7ニL|_|。s≦圦| _⊥‐/¨~三三| |∠_ ̄__/|/ 「 { i| }
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同日 AM09:28

高高度での戦闘は僅かに3機の航空機によって繰り広げられていた。
巨大な鳥と相対する一匹の蜂の様な構図だったが、その戦闘は一方的だった。
攻防は互いの大きさとは真逆で、小型の戦闘機が優位に立っている。

『敵航空機、本艦の直上に!!』

原子力飛行空母“ムーンフォール”は突如として現れた戦闘機に対し、慌てふためく他なかった。
彼らの予想の中に戦闘行という概念は存在せず、ましてや、彼らが事前に与えられていた知識の中にもそれはなかったのだ。
そしてそれは、ムーンフォールの復元の際にも存在しない物だった。
操縦室にいる人間達が無線を通じて、艦内だけでなくもう一機の原子力飛行空母にも現状が伝わっているが、手助けはできない。

ムーンフォールの艦長、マーヴェリック・アイスマンはこの事態を収束させようと、力強く命令を下した。

(+゚べ゚+)『何をしている、迎撃部隊を出せ!!』

『だ、駄目です!! 高度が高すぎます!!』

旧来のムーンフォールに備わっていた対空装備は外され、その代わりに有線式のラスト・エアベンダーが配備されていた。
万が一頭上を取られることがあるとしてもヘリコプター相手であるため、ラスト・エアベンダーの方がより柔軟な迎撃が出来るという理由からだった。
それが裏目に出てしまった。
ラスト・エアベンダーは高高度での戦闘を前提とされていないため、圧縮空気による飛行が困難なのだ。

291名無しさん:2022/07/18(月) 07:46:09 ID:C7JjIM2M0
対空機銃があれば高度は関係なく使用できるため、どんな種類が相手でも問題はなかったのだ。
イルトリア相手に優位性を確保するために高高度を飛行していることが仇となった。

(+゚べ゚+)『ギリギリまで高度を落として迎撃をしろ!!
     この艦が落とされることがあってはならない!!』

ムーンフォールとスカイフォールは対イルトリアの象徴でもある。
ここでその片翼が失われることがあってはならない。
むしろ、失われるという前提がない。
しかし、彼らの思惑を嘲笑うかのように巨大な船体に振動が伝わる。

それからほとんど間を開けずに、大きな爆発が起きた。
瞬く間に機体が左に傾き、高度が落ちる感覚に襲われる。

『被弾しました!! 第1、3、4、5、8エンジン出力停止!! エンジンストール!!
速度、高度、方向維持不可能です!!』

(+゚べ゚+)『ちいっ……!!
     一人でも多く生きて降下させろ、今すぐに!!
     せめてこの艦をイルトリアに落とし、奴らを地獄に送ってやるぞ』

左側のエンジンが軒並み破壊されたため、ムーンフォールは螺旋を描くようにして落下しながら飛行するしかない。
加速と減速を適切に続ければ、その巨体は質量兵器として使用することが出来る。
しかし、細かな操縦が出来なければ海に落ちるだけだ。

『乗員は全員、緊急降下準備!!
何でもいい、近くにある降下兵器に搭乗しろ!!
後部ハッチ開放、降下開始……っ?!』

それまで勇ましく指示していたオペレーターの声が狼狽に振るえ、直後、悲鳴のような声で報告をする。

『敵機、急減速!!
後ろに取りつかれました!!』

そして再びの衝撃。
容赦のない銃撃が開かれた後部ハッチから内部に向けて浴びせかけられ、そこにある機材や人間を撃ち抜いていく。
振動は操縦室にまで伝わってきた。

(+゚べ゚+)『ハッチを閉じろ!! このままじゃ誘ば――』

明らかに内部で発生した爆発が、艦全体を大きく揺さぶった。
後部には支援用の弾薬が積まれているため、これだけ撃たれれば誘爆するのは必至。
爆発が次の爆発を生むのは時間の問題だ。

『接続部をやられました!! ハッチが閉じ切りません!!』
消火装置が作動しません……!!
誰かが手動で動かさないと!!』

『コントロール不能!! 推力偏向不可能です!!
海上に墜落します!!』

292名無しさん:2022/07/18(月) 07:46:56 ID:C7JjIM2M0
パニックは伝播し、冷静さを取り戻そうとするのはごく少数。
目の前に迫る死は大義を忘れさせ、統率を失わせる。
マーヴェリックはゆっくりと息を吸い、そして活を入れるようにして声を張り上げた。

(+゚べ゚+)『駄目だ、最後まであきらめるな!!
     我々の空は、ここで終わらない!!
     ラスト・エアベンダー部隊、生存者を一人でも多く連れて本艦から離脱するんだ!!』

高度が下がれば、ラスト・エアベンダーも使えるようになる。
ハッチが開かなくとも、人間用の脱出口はいくつも存在する。
危険な状況だが、今はこれが最善であると判断したのは、マーヴェリックがこれまでに幾度も辛酸をなめてきた敗軍の将故。
イルトリア軍相手の撤退戦は誰よりも経験してきたと自負しており、一人でも生還させるための決断の経験は誰よりも豊富だ。

無線機のマイクをオフにし、マーヴェリックは静かに、その場にいる仲間たちに命令を下した。

(+゚べ゚+)「後は私に任せて、君たちも逃げるんだ」

「いえ、艦長。 私もお供させてください。
最後まで、私はあなたの部下として戦いたいんです」

(+゚べ゚+)「駄目だ。 いいか、この戦いは我々が勝つ。
     だがな、空で散っていった同志たちの事を語り継ぐ人間が必要になる。
     君たちが生きてさえいれば、同志たちは永遠に生き続ける。
     降下中、一人でも多くの同志を守るんだ。

     さぁ、行くんだ!!」

それ以上の会話は必要なかった。
艦長の命令は絶対であり、その言葉の正しさは言うまでもなかったからだ。
皆敬礼をし、持ち場を離れる。
一人残ったマーヴェリックは操縦桿を握りしめ、落下する巨体の姿勢を直すべく、バランスを崩している原因のエンジンを切った。

(+゚べ゚+)「征くぞっ……!!」

代わりに、フラップを駆使して機首を上げ、落下速度を落とす。
制御された墜落へと転化させれば、状況は好転する。
あわよくばイルトリアへの墜落だが、それが叶うような進路ではない。
どうにか海上に胴体での着陸をすることができれば、味方の士気が落ちることは無い。

(+゚べ゚+)「うおぉぉぉ!!」

今こうしている間にも、味方が一人でも多く脱出していることを願う。
変化した世界を生きることが彼らの夢。
ここで死ぬようなことがあれば、それは、あまりにも惨めな夢の終わり方だ。
そうならないためにも、そうさせないためにも、彼は一人でこの事態を収拾させようとしているのだった。

川 ゚ -゚)『同志マーヴェリック、どうだ?』

それは、幹部であるクール・オロラ・レッドウィングからの通信だった。
スカイフォールはこちらが攻撃されているのを見て、即座に距離を取っていた。

293名無しさん:2022/07/18(月) 07:47:45 ID:C7JjIM2M0
(+゚べ゚+)「正直、もう持ちません……
     イルトリアに進路を持っていきたいのですが、それが出来そうもないので海に胴体着陸を試みます」

海上からイルトリア海軍による激しい砲撃を受け始め、機体全体が悲鳴を上げている。
落下地点にいる軍艦程度であれば巻き添えにできるかもしれない。

川 ゚ -゚)『なるほど。 よくやったぞ』

(+゚べ゚+)「ありがとうございます…… 今、一人でも多くの同志が生きられるよう、脱出させています。
     彼らの事を頼みます」

川 ゚ -゚)『あぁ』

(+゚べ゚+)「それと、ラスト・エアベンダーでは頭上に取りつかれた時に対応できません。
     高度を下げなければ……」

川 ゚ -゚)『分かっている。 だから、私がやる。
    後は任せろ』

その力強い言葉を聞いて、マーヴェリックは安堵のため息を吐いた。
心の底から安心した。
もう。
後のことは、任せていいのだ。

(+゚べ゚+)「……後をお任せします」

彼の目に映る海はその大きさを増す。
ゆっくりと瞼を降ろす。
そして――

294名無しさん:2022/07/18(月) 07:48:59 ID:C7JjIM2M0
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同日 同時刻

山の様に巨大な水しぶきが上がった。
それまで空を優雅に飛んでいた巨大な航空機が海に墜落した光景は、まるで夢の様な光景だった。
味方からすれば悪夢。
敵からすれば嬉しい夢だ。

マーヴェリック・アイスマンの決死の操縦の甲斐あり、ムーンフォールの動力源であるニューソクは爆発を起こさなかった。
仮に爆発が起きれば、周辺にいる敵味方関係なしに致命的な打撃を受けることになる。
更には、空に向けて広がる衝撃波によってもう一機が墜落しないとも限らない。
クール・オロラ・レッドウィングは瞬き一つで気持ちを切り替え、部下たちに向けて命令を下した。

川 ゚ -゚)「高度は維持だ。
     後部ハッチに射撃部隊を用意し、牽制射撃で奴を頭上におびき寄せろ。
     私が討ち取る」

上着のポケットから、ケースに入ったサングラス型ヘッドマウントディスプレイを取り出して被る。
白い本体に青白い光が灯り、クールは言葉を紡いだ。

川 【::▼:】)『真の心は真の肉体に宿る』

直後。
彼女の傍らで、もう一人のクールが立ち上がった。
違いは服装ぐらいで、光の宿らない冷たい目も無表情なところも彼女そのもの。

295名無しさん:2022/07/18(月) 07:49:27 ID:C7JjIM2M0
川 【::▼:】)
     『徹甲弾を装填したミニガンとジョン・ドゥを用意しろ。 それと、狙撃に自身のある者は対ブルライフルをもって私についてこい』
川 ゚ -゚)

声は両者の口から出た。
奇妙な芸にも見えるその光景。
彼女が起動させた“サロゲート”は自分自身の分身として遠隔操作が可能な物で、彼女が遠征する際には必ず用意している物だった。
人間よりも強い膂力を持つが、その脆さは人間並みだ。

しかし、毒ガスも酸素も、水中であろうとも関係がない。
半径1キロ以内であれば何一つ不自由なく操作が可能なその棺桶は、使い方一つで十分な兵器としての力を発揮できる。
彼女が乗るスカイフォールはムーンフォールと同様に対空砲を取り除いているため、防御手段がない。
だがサロゲートであれば、例え高高度を飛行する航空機の上であっても問題なく戦える。

小さな飛行機相手であれば迎撃できる。
クールの脳波に従い、サロゲートが艦内を人間離れした速度で駆け抜ける。
操作には集中力が必要となるため、クールは椅子にもたれかかり、深く息を吸う。

川 【::▼:】)『叩き落してやる』

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同日 同時刻

視線の先を飛ぶ巨大な航空機は、海を泳ぐ鯨の様にゆっくりとして見えた。
合計18基のエンジンが通過した後には白い筋が生まれ、これまでの軌道を青空というキャンバスに描いている。
横幅は優に一キロを超え、輸送している兵の数は数百以上。
高高度から相手の領空に侵入し、大量の兵を降下させるという目的に特化して設計されたのは言うまでもない。

だが本来は単体ではなく護衛機を伴って運用するのも言うまでもない。
護衛がいなければ、同じく高高度を領域とする戦闘機にとってはただの巨大な的でしかないからだ。

从´ヮ`从ト「……」

296名無しさん:2022/07/18(月) 07:50:55 ID:C7JjIM2M0
既に一隻、あるいは一機を撃墜したばかりのチハル・ランバージャックは慎重に相手の動きを観察していた。
左斜め後方、更に高度は相手と同じ高さを保っている。
味方が撃墜されたのを見て、どう動くのか。
流石に後部ハッチを開く愚はまだ犯していないが、背後に取りつけばそれは時間の問題だ。

故に、妙な感覚があった。
この距離に取りつかれていながら、目立った動きがない。
進路をイルトリアから変更し、南に向かって進んでいる。
明らかに誘っている動きだ。

从´ヮ`从ト「ふぅん……」

巨躯で出来ることはいくつもあるが、相手の注目をこちらが浴びている今が好機。
しかし既に積載していた銃弾のほとんどは撃ち尽くされ、残されたのは僅かな弾と無誘導弾二発――直線にしか飛ばないロケット弾――だ。
こちらの弾がないことを知る術はないため、相手はこちらが攻め込んでくることを前提とし、準備をしているだろう。
弾を補給しに戻れば相手に逃げられる可能性がある。

ここで落とす。
それが最善の手であることは間違いない。

从´ヮ`从ト「……予定通りに行くよ」

それだけ言って、チハルはアフターバーナーを使用して機体を加速させた。
高度を上げ、エンジンを撃ち抜ける位置に付けるように位置取りをする。
そして、視線の先に相手の思惑を見つけた。

从´ヮ`从ト「誘いに乗ってあげるんだ、退屈させないでよ」

〔欒゚[::|::]゚〕

人間離れした視力を持つ彼女の視界には、はっきりとその白いシルエットが映っている。
それは、ミニガンを手にした一機の棺桶だった。
間違いなく対空防御をするために機上に武器を持って現れ、チハルの邪魔をする為に命をかけようとする愚か者の類。
その姿はあまりにも健気だった。

握りつぶすのが惜しくはない。
逆に、たった一機だけが姿を現していることが奇妙だった。
積載している対空防御用の棺桶がまさか一機だけということはないだろう。
射程圏内にこちらが入るのを待っているのか、まだ発砲がない。

ミニガンはその性質上、砲身が回転しなければ発砲することは無い。
曳光弾を装填していればこちらも射線を読むことが出来るが、果たして、そこまでの準備を相手がしているかが問題だ。
撃ってこないのならば、それを待つ理由はない。
彼女の脳波、そして視線をヘルメットに組み込まれた高性能な演算装置が読み取り、即座に機体の隅々に反映させる。

装備された四門のガトリング砲の銃腔がエンジンに向けられる。
ヘッドマウントディスプレイに表示される照準は彼女の視線に合わせて的確に定められ、それぞれの砲がどのエンジンを狙っているのかが一目で分かる。
菱形の照準の横にはそれぞれの残弾が表示されており、ほとんどが100発前後の数だった。
合計で400発弱。

297名無しさん:2022/07/18(月) 07:51:15 ID:C7JjIM2M0
エンジンを破壊して墜落させるには不十分と言わざるを得ない残弾だ。
そんな事を考えていると、ジョン・ドゥに変化が現れた。
ミニガンの銃腔をこちらに向け、発砲の準備に入っている。
空気そのものが壁となって背中からぶつかってくる状況にもかかわらず、ジョン・ドゥの使用者は迷いがない。

恐らくは足場と磁石によって固定されているため、吹き飛ぶことがないと信じているに違いない。
エンジンを破壊するよりも先に、あのたった一機のジョン・ドゥを始末したほうがいいと、彼女の直感が告げる。
一門だけジョン・ドゥに向け、銃撃を始めようとした、その刹那――

从´ヮ`从ト「っと」

――ジョン・ドゥの足元に潜んでいた狙撃手が放った一発を、チハルはバレルロールで回避しつつ、その場に向けて銃弾の雨を浴びせかけた。
瞬く間に銃弾がジョン・ドゥと狙撃手を襲うが、仕留められたのは狙撃手だけだった。
ジョン・ドゥはその場から素早く移動しており、ミニガンによる対空射撃を始めた。
引き続きバレルロールによってその場から離れ、曳光弾が空に吸い込まれるのを目で追う。

残されたガトリングは三門。
どうやらあのジョン・ドゥは予想以上に命知らずの様だ。
文字通り一歩間違えれば自由落下するのに、まるで躊躇いがない。
高所という圧倒的なまでの状況下で、そこまで冷静に動けるとしたら、よほどの馬鹿かそれに慣れる訓練を積んだ者。

仮に後者だとしたら、不自然なのはその装備だ。
準備不足にもほどがある。
対空防御の要として配備されているのならば、もっと装備に気を配っているはずだ。
射撃についても偏差射撃をしてこない。

戦闘は素人。
しかし胆力は並み以上。
ちぐはぐな相手だ。

从´ヮ`从ト「……面倒だな」

こういう時、相手にするだけの弾薬の余裕があれば容赦なく蜂の巣にしているところだが、今はその余裕がない。
排除を後回しにし、別の手段で落とすことにした。
機首を下に向け、急降下すると同時に敵の射線上から姿を隠す。
そして相手の懐へと潜り込む。

機体底部へと難なく入り込み、チハルは機体構造を観察し始める。
着水に耐えられるように設計はされているらしく、中途半端な攻撃をしたところで不時着をされてしまう。
先ほどの様に鋭角で墜落させなければならないが、今の装備でそれをするのは非常に難しい。
一門の弾薬を使いきってエンジンを一つ破壊し、無誘導弾で更に二つ。

合計で四基のエンジンを停止させたとしても、墜落を誘発するのは無理だ。
だが、ここまでは想定通り。

从´ヮ`从ト「落ちてもらおうか」

298名無しさん:2022/07/18(月) 07:52:11 ID:C7JjIM2M0
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同日 同時刻

スカイフォールの操縦室内は焦りの色が如実に浮かび、切羽詰まった空気が漂っている。
こちらの対空防御手段を見て即座に逃げられ、機体の下に入り込まれたのは手痛い展開だった。
殺された狙撃手は艦内で一番腕のいい男だったが、相手はいかなるトリックを使ったのか、必殺の一撃を回避した。
もう同じ手は使えない。

「敵の位置を絶対に見失うなよ!!」

艦内中の戦闘員が棺桶を身に着け、銃を手に取り、射撃可能な位置を探している。
だが、このスカイフォールは内部からの銃撃を想定した設計はされていない。
どの窓も分厚いガラスで作られており、開閉は不可能だ。
今考えついている手は後部ハッチを開き、パラシュート降下した兵士たちに撃たせるというものだが、滞空時間が絶望的だった。

「同志クール、提案が」

川 【::▼:】)「何だ?」

「このまま南下し、ストラットバームに向かいましょう。
相手の燃料が尽きれば、こちらから離れていくはず。
もしくは、こちらに攻撃を仕掛けてくるはずです」

少なくとも、相手が攻撃できる位置は前後左右、そして上だ。
下から上に向けて攻撃する手段はないため、こうしている限り、こちらが攻撃を受ける恐れはない。
クールの存在が抑止力となり、相手を牽制で来ているのであれば、この状況はこちらにとって有利だ。

川 【::▼:】)「……」

299名無しさん:2022/07/18(月) 07:54:24 ID:C7JjIM2M0
しかし、クールは即答しなかった。
何かを考えているのか、それとも、遠隔操作に集中しているのか。
その答えを知る前に、事態が大きく動いた。
衝撃がスカイフォールを揺さぶり、一斉に警報装置が鳴り始める。

「な、何だ?! 敵の位置は!!」

「攻撃は……真下からです!!
真下から攻撃を受けています!!」

「そんな……馬鹿な?!
映像を出せ!!」

真下から攻撃するとしたら、銃腔が真上を向くか、機体が真上を向いていなければならない。
だが、上昇してきているならばいざ知らず、こちらとの距離は大して開いていない。
そんな中で真上を無ことなど不可能だ。
機体の各所に設置されたカメラによって、敵影がモニターに映し出される。

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敵の飛行機は、ほぼ真上を向いたまま飛行していた。
まるで子供がおもちゃを持って飛ばすかのように、非常識な姿勢での飛行は、彼らの中にある常識のどれにも当てはまらない。

「あんな動き……出来るはずが……!!」

300名無しさん:2022/07/18(月) 07:54:51 ID:C7JjIM2M0
敵の飛行機は、ほぼ真上を向いたまま飛行していた。
まるで子供がおもちゃを持って飛ばすかのように、非常識な姿勢での飛行は、彼らの中にある常識のどれにも当てはまらない。

「あんな動き……出来るはずが……!!」

現実であることを再認識させるように、衝撃が彼らを襲う。
機体の大きさから考えて、相手のガトリング砲の攻撃を受けたところで、機体底部には大した打撃を与えることはできない。
本来であれば、そうなのだ。
一点集中などという非常識な撃ち方をされない限り。

両翼の下に吊り下げられたガトリング砲の砲門はそれ自身に意志があるかの様に動き、正確に照準を一か所に向けている。

「被害報告、急げ!!」

「底部装甲、第3層まで貫通。
電気系統に支障が出ています!!」

ほぼ一か所に集中して撃ち込まれた銃弾が装甲を穿ち、装甲内部で跳弾し、打撃を与えた。

「まだだ、まだ耐えるんだ!!
奴の残弾はほとんどないはずだ!!
落ち着いて対処を――」

これまでにない大きな衝撃と爆発音がスカイフォールを襲った。
まるで真下から殴られたような衝撃、そして間近に落ちた雷の様な音。
それらの原因を一瞬の間に理解できたのは、注意深くモニターを見ていた人間だけだった。

「な、何だ?!」

「ロケット弾のようなものがっ……!?」

そして、二度目の衝撃。
その衝撃は機体を大きく傾けさせ、高度を落とさせた。
報告を担当している男は、それでも己の役割を決して見失わなかった。

「か、火災発生!! 装甲内部での火災です!!
機内気圧急激に低下!! 機体底部に穴が開きました!!」

「隔壁閉鎖、消火急げ!!」

撃ち込まれた物が何であれ、今の状況が非常に危険なのは言うまでもない。
機外は酸素が薄いため、火災など気にもならないが、機内は酸素で満たされている。
炎は酸素を求めて燃え広がり、たちまち機体内部に煙と熱気が侵入する。
隔壁を閉鎖しなければ貪欲な炎と空気がこの機体を内側から破壊していくことになる。

「電気系統にエラー発生!!
隔壁閉鎖も、自動消火装置も作動しません!!」

「敵機離脱!! くそっ、高みの見物かっ……!!」

301名無しさん:2022/07/18(月) 07:55:14 ID:C7JjIM2M0
このままでは機体が空中で分解する可能性がある。
炎をどうにかしなければと思うが、断続的に何かが爆ぜる衝撃と安定感を失った機体の動きが彼らから容赦なく判断力を奪う。
唯一、現実的な判断を下したのは、冷静さを常に失わない人物だった。
ヘッドマウントディスプレイを取り外したクール・オロラ・レッドウィングは、淡々と言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「急降下し、海面に一時的に不時着しろ。
     海水で一気に消火し、隔壁を手動操作で閉じてから再び空に昇れば機内の気圧は問題ないはずだ。
     高度が多少下がろうが問題ない。
     後部ハッチを開放し、海水が抜け出るようにしろ。

     電気系統が更にやられたらそれすらできなくなるぞ」

異議を唱える者も、反対する者もいなかった。
このまま沈むのであれば、一か八かの賭けに出るべきである。
海水の影響で電気系統が破損したとしても、墜落よりもずっといい。
今このスカイフォール内で命令系統の最上位に君臨する人間の言葉は、まるで金言のように染み渡り、行動を促した。

「了解!! これより急降下する!!
総員、体を固定させろ!!」

「カウント30、用意!!
近くの物に体を固定させろ!!
固定されていない物に潰されないよう、気をつけろ!!」

「破損区画への送電中止!!
後部ハッチ緊急開放!!」

艦内に放送をする人間達はベルトで自分の身を座席に固定しながら、声を出し続ける。
その間にも、時間は刻一刻と迫る。

「カウント20!! 急降下に備えろ!!」

エンジンの出力が最大値になり、進行方向とは逆側に押し付けられる。

「カウント5!! 行くぞ!!」

僅かな浮遊感を覚えた直後、全てが海面に向けて吸い込まれるような猛烈な加速。
ほとんど鋭角に飛び込んだ急降下は、正に墜落と表現するのが相応しいほどの速度だった。
瞬く間に目の前に海面が迫る。
巨体を持ち上げるのに必要な時間を誤れば、即座に墜落することになる。

操縦桿を握る人間は勿論、計器類を見る人間も、誰もが死の隣に座っているような物だった。
それでも、彼らは諦めや絶望、ましてや失敗する未来を考えもしていなかった。
彼らの目の前にあるのは死ではなく、明日に続く道。
これが唯一の活路なのであれば、必ずや切り開けるはずだと信じていた。

「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」

操縦室にいる人間達の咆哮に呼応するように、計器類の針が絶叫を上げて振動する。
乗員全員に強烈なGが全員に襲い掛かるが、クール・オロラ・レッドウィングは眉一つ動かさず、瞬き一つすらせず、睨みつけるようにして全てを見届けようとしていた。

302名無しさん:2022/07/18(月) 07:57:04 ID:C7JjIM2M0
川 ゚ -゚)

スカイフォールとムーンフォールの真の役割は、イルトリア攻略戦の最終工程にある。
組織でも屈指の戦闘力と経験を持つ人間、そして高性能な棺桶。
この二つを合わせることにより、長期戦闘によって疲弊し、油断したイルトリアにとどめを刺すという計画を担っている。
ムーンフォールから脱出した者達がイルトリアを攻めることで、順番は変わるが、イルトリアに打撃を与えるという目的は達成できる。

だが、今この艦が沈むわけにはいかない。
伏兵は機会を選ぶものだ。
可能な限り空からプレッシャーをかけ、この後合流する地上部隊と連携してイルトリアを攻め落とす。
最善のタイミングで最高の兵を送り込むことこそが、スカイフォールの真なる役割なのである。

「衝撃に備えろ!!」

急激な浮遊感が彼らの平衡感覚を一瞬狂わせ、重力を忘れさせた。
しかし、直後に艦を襲った衝撃は即座に彼らを現実の世界に引き戻す。
世界の全てが揺れていると思わせるほどの上下の激しい衝撃。
視線の先にある物を注視していたとしても、その焦点が正確に合うことは難しい。

だが、スカイフォールの操縦室にいる人間達は違った。
海面と僅かに降れる超低空飛行は、一歩間違えればそのまま海の藻屑と化す危険がある。

「一部着水確認!! 各計器類チェック急げ!!
最寄りの人間は破損個所の隔壁を手動で閉鎖しろ!!
完了後即座に報告!!」

「敵戦艦が撃ってきてる!! 死にたくなければ死ぬ気で動け!!」

「消火、もう間もなく完了します!!
っ……!! 第3エンジン被弾!!
エンジンストール!! 出力低下、第17エンジンを切ります!!」

「海水の侵入確認!! 後部ハッチ可動部への負荷、許容量を越えました!!
隔壁閉鎖確認できました!!」

機体の振動が着水時以上に大きくなる。
必然、脳裏に墜落の二文字が浮かぶ。

川 ゚ -゚)「第3、第17エンジン共に海に投棄。
     後部ハッチ切断。
     消火完了と同時に全速力で空に飛べ」

彼女の言葉に従い、機体のバランスを崩していた原因が海に捨てられる。
後部ハッチが切り離され、海面に叩きつけられるようにして投棄される。

「消火完了!! 各計器類数値確認!!」

「全計器類、許容範囲内!!」

「エンジン最終確認、出力問題なし!!」

303名無しさん:2022/07/18(月) 07:57:28 ID:C7JjIM2M0
川 ゚ -゚)「よし、飛べ」

機首が上を向くと、機内に入り込んだ大量の海水が吐き捨てられた。
そして空に向けてスカイフォールは再び浮上を始めた。

「やったぞおおおお!!」

歓声がいたるところから聞こえ、スカイフォール内は祝賀ムードに包まれた。
空という安全圏に再び浮上したスカイフォールは転身し、イルトリア上空へと向かう。
だが。
だがしかし。

着水の瞬間を待っていたのは、彼らだけではなかった――

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同日 某時刻

――規格外の巨大航空機が出現した時、その対応策は即座に練り上げられた。
超高高度への上昇が可能な唯一のヘリは、別の作戦に使うことになっている。
イルトリアが所有する空軍が対応できるのは、恐らくは一機だけ。
高高度での戦闘が可能なSu-37に積載できる武装では、どれだけ効率的な攻撃をしたとしてもそれが限界だった。

そして、即座に対応策が生まれた。

304名無しさん:2022/07/18(月) 07:57:50 ID:C7JjIM2M0
从´ヮ`从ト「海面か地上ギリギリまで降下させて、乗り込んで内部から落とすのはどう?」

空軍大将、チハル・ランバージャックからの提案に対し、目の前に座っていた男は憮然として答えた。

( ゙゚_ゞ゚)「どうやって降ろすつもりなんだ?
    それができるんなら、乗り込まないで海軍の集中砲火で十分だろ」

オサム・ブッテロの発言はもっともだった。
高高度にいる航空機を墜落寸前まで高度を降ろさせることが出来るなら、そのまま十字砲火を浴びせて撃墜したほうが確実である。
しかし、それは航空機の持つ問題を無視すればの話だ。

从´ヮ`从ト「動力源のニューソクが爆発すれば、それだけで大打撃になる。
      もっと言えば、それが何基積まれているのか我々は知らない。
      戦艦の砲撃じゃ、調節が難しいんだ」

( ゙゚_ゞ゚)「だけど一機は落とすんだろ? なら一緒だろ」

从´ヮ`从ト「エンジンをいくつか停止させて、ね。
       連中も馬鹿じゃないだろうから、ニューソクを使って何もかもを吹き飛ばすつもりはないはずだ。
       もしそうなら、ニューソクを空から落とせばそれで済むからな」

( ゙゚_ゞ゚)「手厚く落とすってことか。
     分かった。
     それで、どうやって乗り込むんだ?」

从´ヮ`从ト「そりゃあ、海を渡ってさ」

( ゙゚_ゞ゚)「船か」

从´ヮ`从ト「半分正解。
      船と二輪バイクを使って移動してもらう」

オサムは目頭を指で押さえ、二秒後、言葉を選ぶように口を開いた。

( ゙゚_ゞ゚)「正気か?」

从´ヮ`从ト「この上なく正気だよ。
      落下地点が分からない以上は、臨機応変に立ち回れて尚且つ相手に見つからないのが必要だ。
      更に言えば、上陸能力があるのがいい。
      そうなると、水上バイクが選択肢から消える」

( ゙゚_ゞ゚)「だからって、普通のバイクが海を走るなんて聞いたことないぞ」

从´ヮ`从ト「私も見たことがないよ。
       だけどね、出来る能力があるなら、それを使うのが戦術ってものさ。
       三人でやれば、簡単に落とせるだろうよ」

( ゙゚_ゞ゚)「で、運転は」

ノパ⊿゚)「あたしだ」

305名無しさん:2022/07/18(月) 07:59:58 ID:C7JjIM2M0
それまで彼の後ろで腕を組み、沈黙を貫いていたヒート・オロラ・レッドウィングが短く声を発した。
オサムはそちらを一瞬だけ見て、すぐに視線を前に戻した。

( ゙゚_ゞ゚)「三人目は?」

(∪´ω`)゛

小さく手を挙げたのはヒートの隣に座るブーンだった。
だがその挙動にオサムが視線を向けることは無かった。

从´ヮ`从ト「以上三人で二隻目を落としてもらう。
      質問は?」

( ゙゚_ゞ゚)「勝算はあるのか? 悪いが、俺は命を懸けるほどの義理はねぇぞ」

从´ヮ`从ト「知りたがっている情報を教えてやる、と言ったら?」

( ゙゚_ゞ゚)「仕方ねぇ、やってやるか」

腕を頭の後ろで組み、オサムはそう言い切った。
チハルはその姿を見て僅かに笑みを浮かべた。

从´ヮ`从ト「と、言うわけだ。
      バイクのカスタムはタイヤの交換とフローティングの取り付けで終わるから、すぐに準備は終わる。
      じゃあ、詳細を説明するよ」

――そして、時が来た。

「敵航空機、高度急速に低下。
作戦開始」

合図を受け、海軍の所有する一隻の戦艦の甲板上に置かれた防弾コンテナからバイクが姿を現した。
深い蒼に塗装されたそのバイクの両脇には重量のあるコンテナが取り付けられ、更に子供を含めて三人がフルフェイスのヘルメットを被って座っていた。
ハンドルを握るのはヒート。
その後ろにブーン、そしてオサムが続く。

( ゙゚_ゞ゚)「……」

オサムは両手を背後のグリップ回し、ブーンから距離を置いていた。
一方、ブーンはヒートにしがみつく様にして両手を腹に回している。

ノパ⊿゚)「落とされても拾わねぇからな」

( ゙゚_ゞ゚)「……ふん」

ノパ⊿゚)「ディ、行くぞ!!」

ブーンが名付けたバイクの名前を口にすると、三人が跨るバイクが静かに起動した。
ほぼ同時にエンジンが高速走行に備えて始動し、ブーンとヒートのインカムに静かな声が届いた。

306名無しさん:2022/07/18(月) 08:00:19 ID:C7JjIM2M0
(#゚;;-゚)『えぇ、行きましょう』

(;゙゚_ゞ゚)「え? しゃべ――」

そして、ディは放たれた弓の様な勢いで甲板から飛び出した。
音速を越える速度を出すのに要した時間は1秒にも満たなかった。
飛翔したディは別の戦艦の甲板に着地し、再び飛翔。
配備された戦艦の甲板を橋として移動し、頭上に浮かぶ航空機を追う。

最後の一隻から飛び立ち、海面に向けて猛スピードで落下する。

(#゚;;-゚)『衝撃に備えてください』

それは驚くほど優しい声色だったが、その状況に全くそぐわないものだった。
彼女としては機械的に口にしているだけだが、どこか皮肉の様にも聞こえた。
着水は鋭角に行われ、想像していたよりも揺れは少なかった。

(;゙゚_ゞ゚)「マジで走ってるのか、海面を……!!」

その言葉は無意識のうちに紡がれた物だったが、それも無理からぬ話だ。
二輪のバイクが液体の上を走るなど、普通は不可能だ。
ましてや両脇には重量の大きく異なる棺桶を取り付けているため、バランスを取るなど不可能なはず。
だが後輪のタイヤにオールの役割を果たすヒダをつけ、機体を浮かせるためのフローティングがあるのならば不可能ではなくなる。

荒れる海面でアンバランスな状況のバイクでバランスを取るのは極めて難しい物だが、バランスは全てディに備わる電子機器が制御するため、搭乗者には負担が一切ない。
人間であれば不可能だが、ディの人工知能が行う計算に狂いはない。

(#゚;;-゚)『海面を走るのは初めてですが、悪くないものですね』

ノパー゚)「あたしも初めてだよ!!」

(∪*´ω`)「ディすごいお!!」

(;゙゚_ゞ゚)「バイクが喋るのもすげぇな、おい」

(#゚;;-゚)『えぇ、そうです。 私はすごいんです』

(;゙゚_ゞ゚)「……」

誇らしそうなディの言葉に、オサムは言葉を失っていた。

(#゚;;-゚)『シートが汚れるので、排せつ物を出さないでくださいね』

(;゙゚_ゞ゚)「……腹立つ!!」

(#゚;;-゚)『冗談です。 目標物、急速に高度を低下させています』

ノパ⊿゚)「あぁ……」

307名無しさん:2022/07/18(月) 08:01:21 ID:C7JjIM2M0
ヒートの言葉が尻すぼみになったのは、何も臆したからではない。
目の前に迫る光景があまりにも現実離れした物で見とれていたからだ。
巨大な翼を広げた航空機が目の前で機首を思いきり持ち上げ、海にその胴体を擦り付けた瞬間、巨大な波が発生した。

( ゙゚_ゞ゚)「おおっ!! やっぱりデカイな!!」

ノパ⊿゚)「一気に行くぞ!!」

(#゚;;-゚)『了解です』

その瞬間、ディは最高速度に達した。
音速の二倍近くの速度で海面を走り、目の前にある巨大な航空機の生み出した波を器用に避けながら接近していく。
胴体が着水しているため、後部の空間から内部に入ることが可能になっている。
しかし、問題はその波だ。

移動する傾斜の厳しい丘を連続で越えるようなもの。
一度ミスを犯せばたちまち波に飲まれ、ディが再度浮上することは無い。
ディが波の上でも沈まずにいられるのは、常に移動しているからに他ならない。
止まることは沈没を意味する。

巨大な白波をものともせず、ディは航空機の真後ろに位置取った。
波しぶきを浴びながら、三人と一台はその距離を着々と縮めて行く。
ひと際巨大な波を乗り越えた先に、それはあった。
直線で構成された人工洞窟と形容できる程の、巨大すぎる貨物室の入り口。

そこには戦車やヘリが床に固定されており、それだけで軍隊を形成できるほどの兵器が並んでいた。
積んでいた全ての兵力を降下し終えたものだと思っていたが、まだ余力を残している様だ。
海面を擦るギリギリの高度で飛行しているため、そこに入るための段差は僅かしかない。
搬入用の道も兼ねたハッチが海面にぶつかり、跳ね上がっては波を生み出している。

(#゚;;-゚)『加速します』

リミッターがディの意思で解除され、更に速度が上がる。
跳ねあがったハッチが海面に触れたのと同時に、ディの前輪がそこに乗り上げる。
それまで感じていた風が全て凪ぎ、四方全てが鋼鉄の空間に切り替わった。
戦車の影に停車すると、三人はすぐに降り、周囲を警戒した。

ノパ⊿゚)「……」

ヒートは懐から取り出したベレッタM93Rを片手で構え、もう片方の手でブーンを自分の背中に隠す。
オサムは周囲を睨めつけつつ、背負っていたG36を構えている。
だが激しい振動によって、その銃腔は上下左右に激しく揺れてまともな照準は期待できない。

( ゙゚_ゞ゚)「……」

アイコンタクトで周囲に危険がないことを確認し、ヘルメットを脱ぎ捨てる。
ディからそれぞれ棺桶を取り外して背負った直後、足場が急激に傾き始めた。

308名無しさん:2022/07/18(月) 08:02:18 ID:C7JjIM2M0
ノハ;゚⊿゚)「やばっ?!」

(;゙゚_ゞ゚)「ちいっ!!」

(∪;´ω`)「おっ?!」

三人は立てなくなるほどの斜面になる前に近くの物に手を伸ばし、それぞれ両手で掴んで体を固定させた。
だが。

(#゚;;-゚)

視線の先で、手を持たないディが物理法則に従って貨物室をずり落ちていく。
タイヤのグリップで耐えきれる角度には限度がある。

(∪;´ω`)「……!!」

ディに呼びかけるブーンの声は、地響きの如く響くエンジンの音でかき消される。
インカムがなければディの声を聞くことはできない。
今、彼女が何を思い、何を口にするのかも分からない。
手を伸ばそうにも、ブーンの両手は戦車を固定している部品を掴んでいるため、声を出すしか出来ない。

助けるには遠く、彼はあまりにも無力だった。

(#゚;;-゚)

後輪から海に向かって落ちる寸前、ディのヘッドライトが数度瞬き、そしてその姿は消えた。
三人を乗せた巨大航空機は凄まじい速度で上昇し、雲の上へと到達。
次第に姿勢を整え、ようやく水平になった。
エンジンも静かになったが、風の音はブーンの心の様にざわめき、落ち着くことは無かった。

(∪;´ω`)「おっ……」

既に見えなくなったディの安否を心配し、ブーンは声を漏らした。
ブーンにとってディはただのバイクではなく、友人や姉弟の様な存在だった。
あまりにも呆気のない離別に耐えられるほど、まだ彼の心は強くない。
ヒートは呆然とするブーンの肩を掴み、強引に自分と目線を合わせることで心が折れるのを寸前で止めさせた。

ノパ⊿゚)「落ち着け、ブーン」

その声は静かで優しかった。

ノパ⊿゚)「最後にライトが光ってただろ?
    あれはモールス信号ってやつだ。
    大丈夫、って言ってたんだ」

(∪;´ω`)「ほ、本当ですかお?」

309名無しさん:2022/07/18(月) 08:02:39 ID:C7JjIM2M0
いつもなら即座に受け入れる言葉だが、ブーンの不安はぬぐいきれなかった。
今の彼は猜疑心に囚われていた。
自分を落ち着けようと言ってくれている言葉なのかもしれないと、思わず近くにいたオサムに視線が向いた。
それを見たオサムは眉を顰める。
  _,
( ゙゚_ゞ゚)「……少し違うな」

そして少しだけ口角を上げ、言った。
  _,
( ゙゚_ゞ゚)「“ちょっと海水浴に行ってくるけど大丈夫”、だとさ。
     あいつ、本当にバイクなのか?」

それを聞いたブーンは、心から安心して方から力を抜いた。
すぐに気持ちを切り替え、ヒートの手に自分の手を添えた。

(∪´ω`)「……僕も、大丈夫ですお」

ノパー゚)「よし」

ヒートはブーンの頭を撫で、立ち上がった。

ノパ⊿゚)「ブーンはあたしと一緒に操縦室に行く。
     えーっと、あんた名前なんだっけ……」
     とりあえず、あんたはどうする?」

( ゙゚_ゞ゚)「……俺は好きにさせてもらう。
     派手に暴れてやるさ」

コンテナを背負い直し、オサムは起動コードを口にした。

( ゙゚_ゞ゚)『どんな戦いにも正義が二つあるわけじゃない。
     最後まで正義を貫いた者が唯一の正義なんだよ』

姿を現したのは重装甲のユリシーズ・カスタム。
オサムが依頼し、イルトリアに用意させたそのユリシーズの手にはMk48軽機関銃が握られている。
制圧を目的とし、弾数と射程を要求したオサムに与えられたその銃には対強化外骨格用の弾が込められている。
最大の特徴は給弾方法だ。

バックパック式給弾装置によって安定した給弾が可能となり、戦闘中の動きに制約がなくなる。
一度に給弾できるのは約1000発。
それを二つ装備しているため、オサムは一人で2000発の銃弾をこの船の中にまき散らすことが可能だ。
銃身自体にも加工が施されているが、予備の銃身も用意されているため、全てを撃ち尽くすことが出来る。

〔 <::::日::>〕『覚えておけ。
       俺はオサム・ブッテロ。
       愛の為に戦う男だ』

ノパ⊿゚)「……そっか、頑張ってくれ」

310名無しさん:2022/07/18(月) 08:03:09 ID:C7JjIM2M0
そして、オサムは駆け出した。
残されたヒートとブーンはその背中を見送ってから、戦車やヘリを固定している器具の解除を始めた。
次に機首を上に向けるようなことがあれば、ハッチを失ったせいでこの貨物室の中身は全て海中に落ちることになる。
逆に、機首が下を向けば中身は全て奥へと転がって行き、これらの兵器は壊れることになる。

運が良ければ爆発も期待が出来た。

ノパ⊿゚)「……人を撃つのはあたしがやる。
    ブーンは敵が近づいてきたり、隠れていたりする相手の方向を教えてくれるか?」

(∪´ω`)゛「分かりましたお」

ノパ⊿゚)「だけどもし撃つ必要があったら、その時は撃っていい。
     その為の銃だ」

ブーンの腰のホルスターには悩みぬいて選んだ銃があった。
ベレッタM84には小型だが強力な対強化外骨格用の弾が装填されており、ブーンの両手で支えることで十分に正確な射撃が出来るよう訓練が済んでいた。
候補に残った三種類の銃からそれを選んだ最終的な理由は、ヒートが使用している銃と同じ会社の物だからというものだった。

ノパー゚)「さて、行くか」

ヒートは懐のホルスターからベレッタM93Rを取り出し、安全装置を解除してセレクターをフルオートに切り替えた。

(∪´ω`)゛

ブーンも銃を取り出し、安全装置を解除して両手で構えた。
イルトリア軍人と共に訓練した結果、今の彼にとって銃器は未知の道具ではない。
その使い方も。
その存在理由も、よく理解している。


















――知らないのは、人を撃ち殺す経験だけ。
.

311名無しさん:2022/07/18(月) 08:03:33 ID:C7JjIM2M0
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            /-__z-‐´_>-´``ー-、)
             //_ .-‐‐tノ-─ ー- 、 }
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第九章 【 Ammo for Rebalance part6 -世界を変える銃弾 part6-】 了
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312名無しさん:2022/07/18(月) 08:03:56 ID:C7JjIM2M0
これにて今回の投下は終了です
質問、指摘、感想等あれば幸いです

313名無しさん:2022/07/18(月) 08:34:26 ID:2GWAQKm20


314名無しさん:2022/07/18(月) 12:54:44 ID:O/CfaWK20
乙乙
特攻野郎Aチーム好きだから出てきて嬉しい!
ヒートとクールどうやって決着つけるんだろうと思ってたけどまさか乗り込むとはビックリだわ

315名無しさん:2022/07/18(月) 21:46:55 ID:3yG/zwgo0
おつ!
全戦順調だけどまだまだ序盤だもんな
オサムのアウェイ感半端ないけど生き残ってほしい

316名無しさん:2022/07/20(水) 20:59:47 ID:Fc71Oeho0
乙乙
ディさん余裕っすねwww
オサムモールス信号わかるのか、凄いな。流石愛の為に戦う男だねぇ
マーヴェリック艦長しっかりとした軍人らしくてかっこよかった。ちゃんと責任果たしてるところが特に
アベさんのセリフの汎用性ホント高いよねwwちょっと改変したらすぐカッコよくなるところが凄いww
おまけに某赤い人の名言も、ね

>>276
"多才"な戦場に対応できるよう

多彩だね。

>>285
"一声"放送システムから響いた

"一斉"放送かな。

>>295
狙撃に自身のある者は"対ブルライフル"をもって

"対物ライフル"の事かな……? あんま自信無いけど

>>299
そんな中で真上を"無こと"など不可能だ。

真上を"向くこと"など不可能だ。かな。

あとついでに同レス内でAAの後の敵の飛行機は〜の下りが次レスの最初の部分と被っちゃってるね。

>>302
海面と僅かに"降れる"超低空飛行

"触れる"の方が正しい…のかな?

317名無しさん:2022/07/20(水) 22:27:55 ID:3U5Zl6vs0
乙です
何気ブーンとオサムが一緒にいるの初めてか?
デレシアと風呂場でアレやってたの知られたらオサムの脳ぶっ壊れそうだなwww

318名無しさん:2022/07/21(木) 19:06:50 ID:O.al8bkU0
>>316
毎回ありがとうございます!
今回はいつにもまして酷い誤字脱字でお手数をおかけしました……

319名無しさん:2022/08/16(火) 17:28:27 ID:Dd2ljih60
今度の日曜日にVIPでお会いしましょう

320名無しさん:2022/08/17(水) 10:14:00 ID:fpT2woW20
早く感じる 楽しみ

321名無しさん:2022/08/22(月) 21:23:54 ID:uIzofZlI0
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その日、世界の天秤が傾いた。
傾いた天秤の中身がどうなるのか、言うまでもないだろう。
ましてやそれが――

                                         ――ボブ・スプレマシー

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September 25th AM10:01

それは成人男性の身の丈ほどもある二振りの刃だった。
湾曲したその特徴的な刃は実体があるにも関わらず、その切っ先が見えない程の速度で眼前を通過した。
息をする間もなく繰り出される連撃を生身の人間でありながら回避する男は、その手が持つ強力な拳銃を使う機会を窺う余裕もなかった。
ジョルジュ・マグナーニの目の前にいる円卓十二騎士最古参の男は、同郷相手でも一切手を抜くつもりはないようだった。
  _
(;゚∀゚)「くおっ!!」

瓦礫の上をバックステップで下がり、足場が崩れたおかげで顔を両断するはずだった一線を避けたジョルジュの肩が背後から掴まれ、思いきり引っ張られる。
その直後に言葉がかけられた。

〔欒゚[::|::]゚〕『同志!! 下がって!!』

<::::_/''>

砂漠用の迷彩を施されたCクラスの棺桶は、ジョルジュと入れ替わるようにして現れたジョン・ドゥの首を一閃。
更に見せつけるようにして両側から袈裟斬りにし、肉塊を作り上げた。
数の有利はジョルジュたちにあったが、戦場の環境は相手に地の利があった。
四足歩行という異形の脚部は、瓦礫と化した町での白兵戦を優位にしている。

高周波振動の音はしないが、単純な膂力と速度、そして正確に装甲の隙間を狙う技量がジョン・ドゥを切り殺したのである。
ジョルジュはその棺桶を使う人間を知っていた。
無論、名前だけだが。
円卓十二騎士の第一騎士、シラネーヨ・ステファノベーメル。

詳細は知らないが、確実に言えるのはその戦闘能力がシナー・クラークスを凌駕しているということ。
シナーの戦闘能力はジョルジュよりも高い。
つまり、ジョルジュが正攻法で勝つことは無理ということだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『距離を取って撃ち殺せ!!』

ジョルジュが離れたのを機に、銃弾が一斉に襲い掛かる。
ジュスティア陸軍相手を前提としているため、ライフルに装填されているのは対強化外骨格用のそれだ。
追加装甲でもない限り、その使用者を殺めることのできる強力な銃弾。

<::::_/''>『小賢しい』

322名無しさん:2022/08/22(月) 21:24:24 ID:uIzofZlI0
銃撃が始まる寸前、四つの足が動いたのをジョルジュだけが目視できた。
限界まで前傾姿勢を取った次の瞬間、その体が加速。
爆ぜるようにして後退し、左手のショーテルを投擲した。
そのショーテルはジョン・ドゥの手が持つライフルを切り裂き、柄から伸びるワイヤーによって誘導され、つむじ風の様に周囲を薙ぎ払う。

まるでそれ自身に意志があるかのようにうねり、次々と味方を襲っていく。

〔欒゚[::|::]゚〕『う、おおおっ?!』

殺傷力は先ほどよりも落ちているとはいえ、十分すぎるほどの牽制が出来る。
特に、その戦闘力の断片を見せつけられれば警戒しないわけにはいかない。
照準が定まらなくなったその一瞬。
巨体が肉食獣めいた動きを見せ、その場から瞬時に移動した。

着地と同時に二体のジョン・ドゥの胴体を切り裂き、更に別のジョン・ドゥにショーテルを投げ、顔を破壊した。
その間、ジョルジュは後退しつつ、手に持ったオートマチック・ツェリザカ――ダーティハリー――を構えて狙いを付けようとしていた。
だが巨体に似つかわしくない高機動に対し、狙いが簡単に定まるはずもない。
威力は絶大だが反動も大きいため、狙いを誤ると次の瞬間には殺されている可能性が高い。

近くにいる味方に当たれば命を奪うだけの威力を持つ銃弾だけに、ジョルジュの行動は慎重さが求められるものとなっていた。
撃鉄は既に起きており、銃爪を引くだけだが、それができない。
オートマチックで放たれるのは六発だけという不安が、どうしても拭いきれないのだ。
未だジュスティアで受けた尋問の傷が癒え切らないジョルジュが逃げ続けるのは不可能であり、どこかで覚悟を決めなければならない。
  _
(;゚∀゚)「あぁ、くそっ……!!」

次々に味方が現れ、そして殺されていく。
退くしかない。
彼の周囲にいるのは組織の中でも腕利きの人間だった。
だが、まるで歯が立たない。

ジュスティアの最高戦力の中でも、上位七人――レジェンドセブン――の一人。
更に言えば、入れ替わり制の円卓十二騎士の中で最古参ということは、最も戦闘経験のある人間ということでもある。
ジョルジュが知る情報はそこまでだが、それだけで十分だった。
こうして目の前で圧倒的な力を見せつけられれば、嫌でも理解することになる。
  _
(;゚∀゚)「ミルナ、クックル!! こっちに来れるか?!」

だが無線機はむなしくホワイトノイズを吐き出すだけ。
大規模な通信妨害が行われている様だった。
自軍が壊滅状態にあるという状況からか、それとも、あえて無線を完全に封鎖した状態で戦うことが出来るのか。
  _
(;゚∀゚)「ちっ……!! おい、俺をミルナたちのところに連れていけ!!
    こいつは円卓十二騎士だ!! 全力中の全力で殺せ!!」

ここで負けることは許されない。
ジュスティアにはまだこのレベルの人間が後11人はいることになる。
この日の為に訓練と実戦を積んできた部下たちがまるで赤子扱いだ。
調整を済ませた量産機ではまるで太刀打ちできない。

323名無しさん:2022/08/22(月) 21:25:36 ID:uIzofZlI0
ミルナ・G・ホーキンスとクックル・タンカーブーツの二人ならば、この規格外の人間を相手に戦えるはずだ。
あの二人と合流すれば、生存率が高まることは確実だ。
正面から戦って勝てる相手でないと判断したジョルジュは、この場からの撤退を決めた。

<::::_/''>『指揮官が逃げるとは、情けないな!!』

何と言われようとも、生きていなければ意味がない。
挑発に乗るような矜持は持ち合わせがなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『同志、お急ぎください!!』

銃声を背に、ジョルジュはジョン・ドゥに担がれてその場から逃げ出した。
果たしてどこまで持ちこたえられるのか。
10分も稼げれば御の字と言えるだろう。

<::::_/''>『雑魚が集まったところで、何も変わらん』

〔欒゚[::|::]゚〕『いいや、変わるね!!』

ライフルを撃ちながら男が答える。
答える義理などないのに。
答えたところで何かが変わることは無いのに。
あと少しの命だというのに。

それでも、男は答えたのだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『世界は、今日変わるんだ!!
      俺達が変えるんだよ!!』

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第十章 【 Ammo for Rebalance part7 -世界を変える銃弾 part7-】

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324名無しさん:2022/08/22(月) 21:25:56 ID:uIzofZlI0
同日 同時刻

市長執務室にて、フォックス・ジャラン・スリウァヤは情報の統合による状況の整理を行っていた。
既に街に質量弾が撃ち込まれ、スリーピースが持つ防衛機能は7割以下に落ち込んでしまっている。
対空防御の穴を突かれるのは時間の問題だった。
海戦ではまだ目新しい戦果を挙げられていない。

爪'ー`)y‐「……ふぅ」

溜息を吐き、万年筆を机に置く。
海軍大将が死に、陸軍大将は命からがら逃げ伸びた。
既に陸軍は大打撃を受けており、大規模な妨害電波による攪乱と円卓十二騎士を二人派遣することでどうにか偽りの均衡を演じている。
正直なところ、陸軍が受けた打撃は極めて大きかった。

全てを失ったわけではないが、これだけの短時間で半数近くを失ったのは明らかに予定外だ。
超長距離からの非常識な砲撃がなければ、こうはなっていなかった。
既にハート・ロッカーが起動し、砲撃を開始しているという事実はジュスティアだけでなくイルトリアにとっても脅威だ。
派遣したハロー・コールハーンからの連絡は途絶えており、状況は分からない。

同様に、敵艦に潜入しているワカッテマス・ロンウルフからも連絡がない。
だがラヴニカにいるティングル・ポーツマス・ポールスミスからは連絡があり、ラヴニカでの武装蜂起が成功した旨は聞いていた。
更に、アサピー・ポストマンと共に行動しているニダー・スベヌも連絡を寄越してきたが、イルトリアに向かう敵を追跡しているというものが最後だった。
街の外に円卓十二騎士の半数を派遣しているため、街の中の守りも完璧とは言えない。

次に敵が打つ手は容易に想像が出来る。
市街戦は決して避けることのできない展開だろう。
特に気をつけたいのは海上から上陸してくる敵だ。
積極的な姿勢に切り替わった敵艦隊を止められないと仮定すると、次に控えているのは上陸戦。

ラスト・エアベンダーの飛行可能な高さ次第では、スリーピースに迎撃用の兵を送らなければならない。
敵艦の到着までは後10分程度だろう。
それまでに打てる手を打たなければ、ジュスティアは負ける。
敵戦艦とハート・ロッカーが健在である以上、それは避けられない。

戦闘における攻撃可能範囲は絶対だ。
より遠方からより正確な攻撃が出来るのであれば、反撃を気にせずに一方的に相手に大打撃を与えることが出来る。
こちらは人員を派遣しているが、それが効果を発揮するまでには時間がかかる。
こればかりは現場の人間達を信じるしかないが、状況が状況であるため、絶対はない。

爪'ー`)y‐「……保険をかけるか」

電話を手にし、フォックスはダイヤルを押して言葉通りの保険をかけることにした。
彼が電話を終えた時、状況は更に変化していたのであった。

325名無しさん:2022/08/22(月) 21:26:57 ID:uIzofZlI0
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         \                   \
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

同日 同時刻

ジュスティアの海上は大荒れだった。
残骸と化したジュスティア海軍の艦隊を巨大な空母が蹴散らし、容赦なく進んで行く。
空母であるオーシャンズ13はそれ一隻だけで十分な壁として機能するだけでなく、侵攻対象の湾に対して物理的に接岸することで部隊を安全に上陸させる役割を担っていた。
後方に控えるロストアークによる砲撃は一発単位で指揮を向上させ、同時にジュスティアの士気を低下させる。

ワカッテマス・ロンウルフはジュスティア攻略の要であるロストアーク内で、大規模な妨害工作を行っていた。
円卓十二騎士として彼がティングル・ポーツマス・ポールスミスと共に与えられた任務は、正体不明の秘密結社に潜入し、その目的と作戦の一切合切を把握すること。
そして、相手にとって最悪のタイミングで出鼻を挫くこと。
潜入中の報告は全て各自に委ねられ、どこまで手を貸すのかも委ねられていた。

結果、ワカッテマスが選んだのはまさにジュスティアに攻め入るこの瞬間だった。
彼が潜入して分かったのは、敵組織の持つ圧倒的な軍事力と用意周到な準備は決して崩せないという非情な現実だった。
用意されていた棺桶の総数と性能はジュスティア軍を凌ぐほどであり、今日を迎えるにあたって用意された全ての計画は容易に覆せないほど綿密な物だった。
世界各地で行う一斉蜂起。

その規模。
その執念。
計画が実行に移されるまでの間で解決できる可能性も策もないため、彼が選んだのは出鼻を挫くこと。
13隻の空母という規格外の概念。

そして、スリーピースを破壊し得るロストアークという戦艦。
少なくともジュスティア軍は正面切っての戦闘には耐えられるかもしれないが、この戦艦が持っている主砲は危険極まりない。
スリーピース唯一の弱点である質量弾を用意していることが分かったのは、出航の直前だった。
今ワカッテマスにとって優先するのは主砲の無力化だった。

合計20門ある主砲の内、5門を無力化することが出来ているが、まだ15門も残されている。
自動装填装置に細工をしたことが功を奏し、今のところは砲撃を抑え込めているが、修理にどのくらい時間を費やすのかはまるで読めない。
優秀なエンジニアが乗っている可能性を考えれば、後5分もすれば解決してしまうかもしれない。

(#´・ω・`)「待てよああああ!!」

326名無しさん:2022/08/22(月) 21:27:36 ID:uIzofZlI0
背後から怒鳴りながら走ってくるショボン・パドローネもまた、解決しなければならない問題だった。
今、ワカッテマスは船中から狙われる身となっていた。
操舵室に向かって進んでいることを悟られないように戦艦内を走っている間も、思考を止めることはしない。
構造は理解しているため、逃げ道に迷うことは無かったが――

( <●><●>)「ふんっ……!!」

――出会い頭に現れる人間を掌底で殴り倒し、武器を奪い、拾い上げた閃光手榴弾を背後に投げ捨てて行くのには限界がある。
狭い船内で使うことを想定した棺桶がいないことが幸いだったが、Bクラスの棺桶が出されることは時間の問題だった。
奪い取った銃に装填されているのは通常の弾だった。
生身の人間を殺すことは出来るが、棺桶相手には意味を成さない。

船の中で撃てば船の隔壁を貫通し、思いもよらない被害を生み出してしまうためだ。

( <●><●>)「さて、どうしたもんですかね」

主砲の無力化は絶対の任務だ。
スリーピースが無事である限り、壁を越えて侵入しようとする敵は蚊の様に落ちることになる。
だがその壁が失われてしまえば、ジュスティアは混沌の坩堝と化す。
外からの攻撃を防ぐ壁が転じて内部の人間の退路を断つことになる。

( <●><●>)「ふぅむ」

数の力をどう抑え込むのか。
いつ、どんな時でも彼はその状況に直面してきた。
モスカウの統率者である“ロールシャッハ”が使用する棺桶“ウォッチメン”の能力で補えるのは、いつでも限りがあった。
それはいつものことであると同時に、彼がこの仕事を続ける理由の一つでもあった。

容赦のない制約の中で自分を試す。
己を試すという行為は、彼にとって幼少期から常にあったものだ。
学力、体力、人望など、あらゆるものを試すことで自分の力を知ることが出来る。
それは危険と隣り合わせのものだが、彼はその快楽から逃げることが出来なかった。

試して、知る。
一つの結果が幾つもの結果に転じるその瞬間が、彼にとって生きているということを実感させた。
謎を解き明かすことは彼にとってその代案でしかなく、モスカウの最高責任者の椅子に座ることになったのはその産物に過ぎない。
彼にとって現段階で最大の目標は、ある女の素性を知ることにあった。

今はその過程であり、世界の天秤を狂わせようとする輩の計画を邪魔することはついででしかない。
無事に真の目的を達成するためには、この場を生きて抜け出さなければならない。

〔欒゚[::|::]゚〕『逃がすか!!』

( <●><●>)「あー、もう」

一機のジョン・ドゥが道を塞ぐようにして現れ、拳を握り固めて振りかぶり、襲い掛かってきた。
その速度は人間を遥かに凌駕しているが、ワカッテマスの動体視力と彼の肉体を補助するウォッチメンの能力が力の差を埋め合わせる。
狭い空間であることと、味方が大勢いることから銃を使うという選択を選ばなかったのは正解だが、棺桶を使っての格闘戦は経験値が物を言う。
余裕をもって右ストレートを回避し、ワカッテマスは猫の様にしなやかな動きで相手の懐に入り込む。

327名無しさん:2022/08/22(月) 21:28:18 ID:uIzofZlI0
ジョン・ドゥの腰のホルスターから拳銃を抜き取り、その銃腔を相手の腹部に向けて銃爪を引く。
連続で放たれた銃弾は装甲を撃ち抜き、守られていた内臓を著しく損傷させた。

〔欒゚[::|::]゚〕『ごふっ……!?』

彼らの装備については熟知している。
棺桶が持っている武器にだけは対棺桶用の弾が装填されていることも、知っていた。
ようやく戦える武器を手にしたワカッテマスだったが、銃声によってこちらの位置は更に広く知れ渡ることとなった。
瀕死の男を押しのけ、右舷甲板に通じる扉を開いた。

潮風と砲声が一気に飛び込んできた。

( <●><●>)「うん、良くないですね」

海面に浮かぶ船の残骸はジュスティア海軍の物が多く、戦況が芳しくないことを物語っている。
やはり一斉に起きた自爆がジュスティア海軍に一番の打撃を与えたのだろう。
連携力を失い、虚を突かれた軍隊は極めて脆くなる。
ましてや指揮官を失った後ともなれば、混乱が収まるのはまずもって不可能と言える。

二つの砲撃にさらされれば、スリーピースはひとたまりもない。
スリーピース唯一の弱点である質量弾についてこうも早く看破されるのは、流石に予想外だった。
いや、正確に言えば、本番用の砲弾として爆発以外の手段で壁を破壊する用意があったことが予想外だったのだ。
敵の準備は完璧だった。

用意周到。
最悪を予期して最善を尽くす、という基本に忠実な準備でありながら、一切の油断もない。
ジュスティアを相手にするということをよく理解している。
甲板を走りながら、ワカッテマスは相手に対して畏敬の念を抱いていた。

世界を変えるという目的を達するために用意してきた歳月と執念は、呪いの類と言っても過言ではないだろう。
標的も正確に定め、その攻略についても徹底している。

(#´・ω・`)「見つけたぞ糞野郎が!!」

( <●><●>)「あ、もう来ちゃいました?」

筋力補助を受けたワカッテマスの走る速度と、薬物によって強化されたショボンの速力は拮抗していた。
巨大な戦艦の甲板は波に揺られて左右に傾き、足場は不安定だった。
未だ健在の主砲を無力化するという目的を気取られないよう、ワカッテマスは別の入り口から再び船内へと向かった。
階段を一気に飛び降り、狭い通路を全力で駆け抜ける。

曲がり角は壁を使って走り抜けることで速度を落とさないようにし、時間的な余裕を少しでも捻出するように努めた。
主砲を無力化する為に彼が用意したプランは二つ。
一つは直接手を下すこと。
もう一つは、すでに仕掛けが終わっているが、装填される砲弾の細工が発動することだ。

時間がなかったために大掛かりな仕掛けではないが、自動装填装置の不備を突いたその細工は実際に上手く効果を発揮した。
装填される砲弾に爆薬を仕掛け、砲撃しようとした瞬間に砲門が吹き飛ぶというシンプルな物だ。
一つは遠隔操作で爆破できるようにしていたこともあり、任意のタイミングで砲弾が置かれている場所ごと吹き飛ばすことが出来たが、他の場所は健在。
仕掛けを施した砲弾がいつ使われるのか分からないため、残った三か所については自ら手を下さなければ早急な無力化は不可能だ。

328名無しさん:2022/08/22(月) 21:28:58 ID:uIzofZlI0
だがどちらも重要な場所であるため、常に兵士が待機している。
侵入は容易ではない。

(#´・ω・`)「待てって言ってるだろうが!!」

( <●><●>)「嫌ですよ、男との追いかけっこなんて」

〔欒゚[::|::]゚〕『通すか!!』

曲がった先でジョン・ドゥが2機、両手を広げて道を塞いでいる。
ワカッテマスは速度を緩めることなく走りながら、奪った拳銃を発砲した。
正確に頭部のカメラを撃ち抜かれた2機は仰向けに倒れて沈黙した。
死体を乗り越え、すぐに水密扉を閉めてバルブをねじ切った。

これで多少は時間が稼げる。
船を沈めるという最終手段を取らずに済むよう、やれる限りの事をするしかない。
モスカウの統率者は静かに息を吐き、意識を任務に向けて集中させた。
ジュスティアが敗北するということは、正義の天秤が傾くということ。

そうなれば、世界は――

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i√i¨}==、     __ィf===========ト丶
  i|:i}  ー 、 {辷ア'¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨}i}\丶
  i|:i} i/i ii } i}イ {i/i}   {i/i}  }i}//\}                            
\i|:i} i/i ii },ri|  {i/i}   {i/i}  }i}//}¨       ,r‐t、
、 .ムi}   ,ィ升f、   ┌i    ┌i 込、/}=ri|    i}/i}圦      r=i   _
 乂i}_/  /乂}     ¨     ¨    r‐t辷*。__i}/i}  `i、     | イ,少'´ ̄¨
 /}、込ム__//iillム-‐‐‐冖宀冖¬'¨ ̄|  | |\_斧'i}   }   | /i}
  \彡ヘ/_/            .......i|  | |乂_}}イ'    i}   /..{/}            /}
    }、//}、_/            ............i|  | |i/\ ̄\=‐、i}¨i_/. //i}          //
    iト、/ム          ...............i|  | |{  / ̄ ̄ヽ__ノフ7劣辷i}         /イ___
    / i}斧ム         ...............i|  | |i\/:.:.:.:.:.:./i}/ ̄ ̄|i\込、_ -‐_ -‐'./   /|
       i}、州i}\      ...................i|  | |≧=‐-≦「_イ´ ̄ ̄¨¨¨´t辷__〕__.ィ.........../ i|
       ≧=≦ム==f宀 冖冖冖¬'¨¨ ̄    ,、     r‐ュ          ´ ̄¨¨¨¨' \_
      /厂≧=‐\      ,    ゜ 
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同日 AM10:25

相手は戦闘のプロだった。
困難な任務に幾度も参加し、成功を収めてきた。
イルトリア軍人として訓練を積み、経験を積み、実戦を生き延びてきたことは何よりも自信につながっていた。
その自信はジュスティア軍に対しての過小評価につながり、そして、今につながる。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ぬぇああああ!!』

329名無しさん:2022/08/22(月) 21:30:44 ID:uIzofZlI0
レーザーによる攻撃を諦め、力任せに振りかぶる巨大な鉤爪。
その挙動の全てから、彼がこれまでに経験してきた戦闘の多くを理解することが出来る。
ダニー・エクストプラズマンは攻撃を回避し、冷静に目の前の巨漢を分析していた。
武力、戦闘力があれば大概の事は解決できると信じてきた動きだ。

似`゚益゚似『しっ!!』

隙だらけとなった胴体に放ったのは槍の様な鋭い前蹴り。
接触する寸前に高周波振動を付加し、破壊力を爆発的に向上させる。
しかしその一撃を、横合いから伸びてきた四枚の盾が防ぐ。
高周波振動と触れた盾は壊れることなく、金属同士を擦り合うような甲高い音を上げてダニーの攻撃を防ぎ続けている。

本来は自分の装甲として身にまとっている物が展開し、薄い盾として広域の防御が出来る棺桶なのだろう。
つまりは防御特化のコンセプト・シリーズ。
攻撃については驚異足り得ない。

〔 【≡|≡】〕『雄雄雄おおっ!!』

似`゚益゚似『キャオラッ!!』

盾を足場にして飛び上がり、空中で四度蹴りを放つ。
演舞でしか見せることのないようなその攻撃を実戦で披露したのは、決して彼の油断や過信が原因ではない。
武術全般を習得し、これまでは演舞として披露されていた技の数々を実戦で使えるように鍛え抜いてきた自信に基づく行為だ。
攻撃を全て防いできた盾を蹴り飛ばし、着地と同時にバク転で距離を置く。

直後、八本のレーザーがその場を網目状に切り裂き、離れた位置に着地したダニーに向かって伸びてくる。
しかしそのどれも彼に当たることなく虚空へと消えてゆく。

似`゚益゚似『だおっ!!』

強烈に踏み込み、その場から一気に跳躍する。
一見して無防備な空中だが、攻撃を担当している人間は今再装填の際中。
迎撃するとしたら、盾を持った人間だけとなる。
ダニーにとって盾は攻撃を防がれるだけでなく、こちらの攻撃の足場にもなり得るものだ。

相手が次にどの手を選ぶかによって、更に力量を測ることが出来る。
放つのは正中線連撃。
強化外骨格に身を包まれていたとしても、そこの奥にある急所に変わりはない。
正中線がある以上、その法則から逸脱することはまずない。

そう。
棺桶にも急所は存在する。
各関節のつなぎ目。
機械の集中する中心部。

そこを的確に狙い、打撃を与えることで人体と同じかそれ以上の損傷を与えられる。
人体であれば精神力でカバーできることもあるが、機械の場合はそうはいかない。
一度エラーを出せば命令を受け入れず、動くことは無い。
股間、水月、喉、人中。

330名無しさん:2022/08/22(月) 21:31:56 ID:uIzofZlI0
そこに存在するのは関節の要所、精密機器の中継地点、そして外部情報を収取する重要箇所だ。
一秒にも満たない間に放たれた必殺の連撃を防ぐために再び盾が展開される。
想定通りだった。
確かにここではそうするしかないだろう。

互いに役割を決めているのであれば、そうするしかない。
しかしそれでは足りない。
盾を踏み台にしてさらに跳躍し、狙うのは青黒い装甲を持つ盾役の棺桶。
防御特化であろうとも、それを打ち破る武術の前には意味を持たない。

頭上から重力を加えた踵落としを相手の頭部に放つ。

〔 【≡|≡】〕『んなああぁっ!!』

こちらの意図を寸前で察したのか、両腕を交差させてその攻撃を防ぐ。
衝撃が腕を通じて下半身に向かい、そして足場にしている瓦礫に伝達する。
瓦礫が砕け、足場が崩落する。
防御は出来ても姿勢制御は平均通りの性能であるため、そのまま姿勢を崩して転倒した。

一方、備えていたダニーは着地と同時に疾駆し、不安定な足場から強烈な足払いを鉤爪の棺桶に向けて放った。
再装填の終わったレーザーを放とうとしていた姿勢が大きく崩れ、レーザーは空に向けて放たれた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『うおおおっ?!』

姿勢を元に戻そうと力むも、足場が脆いため、すぐにまた姿勢を崩す。
どちらもCクラスということが災いし、瓦礫の山と化したこのオリノシではその重量と巨体が仇となる。
崩れた姿勢を見逃すことなく、後ろ回し蹴りを無防備な股関節部に向けて放った。
その一撃はつるはしの様に鉤爪の棺桶の股関節部に直撃したが、妙な手応えにダニーは眉をしかめた。

似`゚益゚似『追加装甲かっ……!!』

彼の打撃が間接に到達した瞬間、足に覚えた違和感。
そして一撃を当てた途端に外れた黒い装甲。
通常の設計とは別に追加された肉厚の装甲に間違いない。

似`゚益゚似『それが弱点か!!』

追加装甲はとどのつまり、装甲の補強が目的だ。
通常の装甲では不安であることの裏返しであり、排熱の関係で装甲の厚みが薄いことを示唆している。
狙うならば追加装甲のはがれた場所。
更に連続して蹴りと拳を放ち、装甲の継ぎ目を執拗に狙って攻撃するのが定石。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『こっ、こいつ!!』

似`゚益゚似『逃がすか!!』

腕と足を駆使した連撃は練り上げられた武の極致。
例え実戦経験豊富な軍属だったとしても、防ぎきることは不可能だ。
巨大な氷を削る刃の様に追加装甲を剥ぎ取り、元の白い装甲が露わになっていく。
その連撃を防ごうと青黒い盾が介入してくるが、その都度弾き飛ばす。

331名無しさん:2022/08/22(月) 21:34:09 ID:uIzofZlI0
防御力は比類がないほどに高いが、衝撃にはそれほど強くはない。
折り畳み式の構造上、特に上下への衝撃は負荷がかかるため安全装置が備わっているはずだ。
事実、ダニーが弾いた盾は関節部に負荷がかかったようで、再び動き出すまでに時間がかかっている。

〔 【≡|≡】〕『クックル!!』

展開していた盾が一斉に使用者の元に戻り、分厚い装甲へと変貌する。
防御による援護を早々に諦めた青黒い棺桶がダニー目掛けて突進する。
肉薄する巨体、後退する巨体。
ダニーはそのどちらにも対応した。

似`゚益゚似『ふんぬっ!!』

まずは青黒い棺桶。
接近してくるエネルギーを利用し、左拳の直突き。
高周波振動は使わず、純粋な技術と力を合わせた攻撃。
狙い違わず胸部に拳が触れた瞬間、強い踏み込みによって威力を増強。

つま先から段階的に加速を加えたその一撃は、通常の直突きとは一線を画す威力を発揮した。

〔 【≡|≡】〕『ぬっああああ!?』

装甲が頑丈でも、衝撃を殺しきることは出来ない。
ましてや、装甲の内側に向けて衝撃が入る様に放った一撃は至近距離で暴徒鎮圧用の弾を食らうようなものだ。
重量のある棺桶が宙を舞い、瓦礫の山に背中から倒れ込んだ。

似`゚益゚似『ちぇえあああ!!』

そして続く一撃は、正面の追加装甲をほとんど失った棺桶に向けての渾身の右ストレート――

[,.゚゚::|::゚゚.,]『っせるかよ!!』

――まるで空間そのものを切り裂く様に、上と横から合計八本のレーザーが襲い掛かる。
逃げ道はない。
元より、後退という道はない。
前に進む。

ただ、それだけ。

似`゚益゚似『呼っ!!』

本命は、右ストレートに偽装した超低姿勢からの足払い。
上から迫るレーザーが当たるよりも早く、ダニーの足払いは相手から足場を奪い取った。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『そう何度も!!』

不安定な姿勢から腕を地面に突き立て、それを軸にしたアクロバティックな回し蹴り。
しかし付け焼き刃的な攻撃だ。
左腕の高周波振動を起動させ、防御と攻撃を両立させる。
回し蹴りを放った右足を受け止めると、金切り声の様な音が鳴り響く。

332名無しさん:2022/08/22(月) 21:35:04 ID:uIzofZlI0
辛うじてふくらはぎに残されていた追加装甲が粉々に散って行く。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『やれ!!』

〔 【≡|≡】〕『応!!』

頭上から両手を組んだ棺桶が降下。

似`゚益゚似『ちっ……!!』

すかさず高周波振動によって全身を守る。
相手がこちらの衝撃を防ぎきれないのと同じく、こちらも相手の重量を完全に防ぎきることは出来ない。
左脚で直上からの攻撃を防ぎ、体術によってその衝撃を全て地面へと受け流した。
足場となっていた地面が大きく陥没し、三人は体勢を崩す。

ダニーだけはその状況でも冷静さを失わず、白い棺桶の両腕に備わった排莢口に打撃を加えるだけの余裕があった。
一撃を加え、ダニーは即座に両者から距離を取る。

似`゚益゚似『ふーっ!!』

深く息を吐いて呼吸を整え、ダニーは右手右足を前にして構えた。

〔 【≡|≡】〕『化け物か、こいつ……』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『くそっ、排莢出来ねぇ……!!』

これで近距離戦に集中できる。
油断なく、躊躇いなく。
確実にここで息の根を止める。

似`゚益゚似『――しっ!!』

吐きだした息を置き去りに、ダニーは疾駆する。
狙うのは防御特化の棺桶。
打撃が駄目ならば、別の技で仕留めればいい。
高周波振動さえ防ぎきる鎧。

だが、動く以上は関節が存在する。
足元の瓦礫を蹴り上げ、相手のカメラを物理的に一時無力化する。
その隙に低い姿勢から一気に飛び掛かり、相手の肩に背後から乗る。

〔 【≡|≡】〕『んなっ?!』

似`゚益゚似『ふっ!!』

首を脚で包むにようにして胡坐をかき、全体重と反動を利用して――

333名無しさん:2022/08/22(月) 21:35:25 ID:uIzofZlI0
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同日 同時刻

“魔術師”シラネーヨ・ステファノベーメルは無心で戦闘を続行していた。
両手のショーテルは的確にジョン・ドゥの関節部に突き刺さり、その奥にある人間の体を傷つけ、致命傷を与える。
十字砲火を浴びるも、銃弾を受け流すように設計された流線型の装甲の恩恵もあって致命傷には至らない。
バッテリーの残量は十分とは言えないが、ここにいる敵軍を排除するには十分だ。

<::::_/''>『……!!』

彼の使用する“ロレンス・オブ・アラビア”にとって、この戦場は有利とは言い難い。
液体か、もしくは細かな粒子状の物がなければその性能を最大限発揮することは出来ない。
現実的な問題として、彼の棺桶が有する武器は両手のショーテルだけだ。
地の利がなければ、その威力はただのナイフ程度でしかない。

それを補うのが経験と実力、そして身につけてきた武力だ。
今彼が敵対している様な、無抵抗な人間を殺してきた即物的な兵士とは違い、実戦でこそ真価を発揮する力。
例えば、ショーテルの切っ先を使って釣り上げた瓦礫を投擲したり、刃の食い込んだジョン・ドゥを盾にしたりと、戦い方は多彩を極める。
時間はかかるだろうが、この戦場で後れを取ることなど有り得ない。

「何だ、この体たらくは」

その声の主は、50メートルほど先の場所で停車していたジュスティア陸軍の車輌から姿を現した。
誰もいないものと思っていたが、何かに苛立ち、我慢しかねて現れたようだった。
そして奇妙なことに、白いパンツスーツに身を包んだその女の出現と共に銃撃が止んだ。
あまりにも異様な光景に、思わずシラネーヨは立ち止まって攻撃の手を止めていた。

334名無しさん:2022/08/22(月) 21:36:18 ID:uIzofZlI0
その女に、彼は見覚えがあった。
爆殺されたライダル・ヅーの死を偽装するため、ジュスティア警察が雇い入れた女。
名は――

〔欒゚[::|::]゚〕『ど、同志キュート・ウルヴァリン!?
      何故ここへ?!』

o川*゚-゚)o「殺しの童貞は捨てたが、結局のところこの程度か」

――キュート・ウルヴァリン。

<::::_/''>『なぜ貴様がここに?』

o川*゚-゚)o「シラネーヨ」

それは、紛れもなくシラネーヨの声色そのものだった。
自分の声色で自分の口癖を使われたことに対する驚きよりも、その胆力に驚いた。
ここは非の打ち所のない戦場で、激戦地だ。
生身のまま姿を現すことの愚を知らないわけではないだろう。

o川*゚-゚)o「質で劣るなら数で攻め落とせばいいだけだろう。
       こんな老人相手に躊躇する必要などない」

<::::_/''>『……はっ、随分と吠えるな。
    お前、最初からこいつらの仲間だったのか』

o川*゚-゚)o「あぁ、そうだよ。
       知らなかったのか、この間抜けが」

<::::_/''>『なら、今ここで殺す』

o川*゚-゚)o「殺す? お前が? 私を?」

直後、キュートはそれまでの顰め面を歪ませ、爆笑した。
黒い手袋をはめた手で腹を抱えて笑い、目尻からは涙が流れている。
その手袋にケーブルが繋がっているのを、シラネーヨは見逃さなかった。
あれは、Aクラスの棺桶だ。

o川*゚ー゚)o「あっはっはははは!!
       本気か?! 正気か?! 痴呆症か?!
       無理だよ、無理。
       自慢の棺桶を使っても、お前は私を縊り殺すことさえ出来ないさ」

<::::_/''>『駄犬ほどよく吠える。
     多少は鍛えているようだが、その驕りは若さ故か?
     哀れなものだ』

335名無しさん:2022/08/22(月) 21:37:19 ID:uIzofZlI0
o川*゚ー゚)o「レジェンドセブンも耄碌したものだ。
       最古参の席、そろそろ若手に譲る日が来たみたいだな。
       おい、お前たちは一切手を出すな。
       これは私とこの死にぞこない、あぁ、“棺桶に入った”爺との喧嘩だ」

その高慢な態度は一切変化しないどころか、完全にこちらを見下したままだった。
生身でCクラスの棺桶を身にまとったこちらに勝てると、本気で思っているのだ。
何か策があるのか、それともただの驕りなのか。
いずれにしても、安い挑発に乗る程シラネーヨは若くない。

罠があると考えて間違いない。
このタイミングで登場し、このタイミングで裏切りを宣言したのには意味がある。
そして挑発行為。
間違いなく、何かしらの勝算があってこちらを誘っているのだ。

恐らくは装着している棺桶の性能に自信があるのだろう。
小型という点で考えれば、コンセプト・シリーズだとしても過剰に恐れる必要はない。
彼の知るAクラスのコンセプト・シリーズのほとんどが携帯性と対強化外骨格戦闘に特化させた物。
その戦闘力を上げているのは、例外なく武器の類を使用してのこと。

ダーティハリーであれば銃を。
ブリッツであれば高周波振動刀を、といった具合だ。
しかも手袋に偽装しているということは、それ自身に何かしらの力があるということだ。
精々電撃によってこちらのバッテリーを破壊する程度だろう。

電撃対策に予備のバッテリーが備わっているこちらには、大した脅威ではない。
無論、それすらも触れられればの話だ。
生身の人間に後れを取ることは絶対にない。

<::::_/''>『乗ると思うか、そんな安い挑発に』

o川*゚ー゚)o「挑発? あぁ、そう聞こえたなら謝罪しよう。
       事実を述べただけだ。
       私と喧嘩をしたくないのなら、そう言えばいい。
       怖いものな、罠だと思って一斉射撃でもされるのは。

       全員、弾倉を外して銃をその場に置き、両手を挙げて跪け。
       そんなもの、この場には必要ない。
       私一人でこいつを殺す」

その言葉に対し、周囲の残党は驚くほどにあっさりと従った。
ほとんど同時に弾倉を外し、ライフルを地面に置いた。
更には両手を頭の上に乗せ、跪いた。

o川*゚ー゚)o「これでも怖いか?
       丹念に練り上げ、積み上げ、育て上げてきた武が否定されるのが」

不意打ちの可能性がこれで消えたが、まだ不十分だ。
キュートに対して彼の本能が一切の油断を許さない現状に、何一つとして疑問はない。

336名無しさん:2022/08/22(月) 21:40:00 ID:uIzofZlI0
<::::_/''>『そこまで自信があるのか、自分の腕に』

o川*゚ー゚)o「いいや、それはない。
       だが確信がある。
       円卓十二騎士などともてはやされて図に乗った馬鹿など、恐れる必要はないとな。
       銅像を恐れる道理がどこにある?」

<::::_/''>『はっ! 言うに事を欠い――』

――直後。
彼の姿は砂塵を残して消失し、最大出力で加速。
キュートの死角となる背後に位置取り、ショーテルをその胴体目掛けて振り下ろした。
華奢な体が袈裟斬りにされ、宙を舞う。

<::::_/''>『……』

そのはずだった。
ショーテルはキュートを切り裂く前に空中で静止し、それ以上進むことは無かった。
否、それだけではない。
彼の使用するロレンス・オブ・アラビアその物が動きを止めている。

人間の反応速度で対応できるものではない。
正に必殺を確信して放った一撃だった。
キュートの意識と視界の死角を利用したその一撃は、止められたのではなく、止まってしまっていた。
彼女に触れられてすらいないというのに。

o川*゚ー゚)o「感心しないな、死角から不意打ちなどと。
       騎士のすることではないだろうに」

<::::_/''>『……』

シラネーヨは反論の声を出していた。
だが、マイクは一切機能をしていない。
棺桶のあらゆる機能が停止し、身動き一つ取れない。
バッテリーの破壊に備えた予備電源も備わっているが、それも動かない。

o川*゚ー゚)o「どうした? 女は殺せないか?
       優しいな、騎士様は」

違う。
どれだけ力んでも、彼の全身を覆う棺桶は人の力で動くことは無い。
間違いなく言えることは、彼は攻撃を受けてなどいない。
電撃で回路がショートさせられたのであれば分かるが、それでもない。

キュートは彼の耳元に顔を寄せ、囁いた。

o川*゚-゚)o「EMP――電磁パルス――だよ」

337名無しさん:2022/08/22(月) 21:41:22 ID:uIzofZlI0
その言葉の意味を、シラネーヨは知らなかった。
果たしてそれが何を指し示し、この結果に繋がったのか。
一体いつ、それが彼の棺桶を襲ったのか。
冷静に巡る思考の中、紛れのない動揺の一欠が彼の心を刺激する。

o川*゚-゚)o「気になるか? 何が起きたのか。
       だがな、もう必要のないことだ。
       貴様は今ここで死ぬんだ」

淡々と述べられる言葉。
動かない体。
シラネーヨの背筋に冷たい物が走る。

o川*゚ー゚)o「関節部に銃腔を突っ込んで撃て。
       カメラに向けて撃て。
       確実に殺すんだ。
       お前たちは、円卓十二騎士最強の男をその手で一方的に殺す。

       死体はジュスティアに見せつけてやれ」

<::::_/''>『……!!』

戦って死ぬのならばいい。
戦いに敗れるのならばいい。
不意打ちで傷つくのもいい。
だが。

何も抵抗できずに死ぬのだけは、断じて受け入れられない。
体が動きさえすれば。
腕の一つでも動けば、戦って死ぬことが出来る。
せめて何か、相手に一矢報いるまでは死ねない。

無抵抗のままに死にたくない。
無意味に死にたくない。
こんなところで死にたくない。
ただ死ぬことだけは、絶対に!

<::::_/''>『〜〜っ!!』

カメラは光学レンズを通して見える正面の世界だけを映しており、周囲で何が起きているのかは音でしか判断できない。
弾倉が装着され、コッキングレバーを引く音が聞こえる。
薬室の中の一発が地面に転がる音が聞こえる。
興奮した兵士の息遣いと跫音が聞こえる。

銃腔が間接部に乱暴に押し込まれるのが分かる。
レンズに銃腔が押し当てられるのが見える。
そして――

<::::_/''>『……』

338名無しさん:2022/08/22(月) 21:41:42 ID:uIzofZlI0
――銃声が、一斉に彼を襲った。
銃撃で関節は砕け、その先にある彼の肉体を貫通した。
内部で跳弾した弾丸が更に彼の体を破壊し、徐々に肉塊へと変えてゆく。
しかしその苦痛と恐怖は一瞬のこと。

目の前で光った白い光を最後に、彼の命は瓦礫の山に散っていたのだから――

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同日 同時刻

――自ら技を外し、転がり落ちるようにしてその場から避難していなければ、間違いなくダニーの頭部は宙を舞っていただろう。
代わりに左肩の装甲が吹き飛び、鈍い痛みが左腕全体に走る。
大口径の対強化外骨格用の弾は掠め飛んだだけでも十分な威力を持つ。
高周波振動の防御を発動していない場合、ダニー・ザ・ドッグの装甲は普通のBクラスの棺桶と大差はない。

似`゚益゚似『……ジョルジュ・マグナーニ!!』
  _
( ゚∀゚)「悪い、痛かったか?」

硝煙の立ち上る銃腔をダニーに向けたまま、ジョルジュはそう言った。
己の迂闊さに憤りを覚えるが、即座に気持ちを落ち着けた。
左肩の防御が失われても、彼には戦う術がある。
だが鍛え上げた体と技があっても、今の状況は圧倒的に不利だ。
  _
(;゚∀゚)「くっそ、一難去ってまた一難かよ……」

こうしてジョルジュが現れたことは、ダニーにとって予想外の事だった。
後ろ側から挟撃を担当していた“魔術師”が生身の人間を取り逃がすことなど有り得ない。
起きてはならないことが起きている。

339名無しさん:2022/08/22(月) 21:43:43 ID:uIzofZlI0
似`゚益゚似『……』

鉄壁の防御となる全身の高周波振動は、左腕以外でしか使うことが出来なくなってしまった。
しかも、左腕はマヒした状態であり、戦いに使うことも出来ない。
そのことが悟られるのは時間の問題だろう。
左腕を集中して狙われれば、果たしてどうなるのか。

考えても仕方のない話だ。
左腕を捨てる覚悟を決め、右腕を眼前に構える。
そして、全身の高周波振動発生装置を起動し、盾と矛を手に入れた。
現状を打破する戦略は、短期決戦一択。

問答は一切不要。
三人とも殺すだけだ。
  _
(;゚∀゚)「ミルナ!! 盾を!!」

〔 【≡|≡】〕『分かってる!!』

こちらの意図を察した二人が即応する。
ダニーが狙うのは当然、ジョルジュだ。
腕以外は生身である彼を殺すのが容易であること、そして、飛び道具を持つ人間であるという点で優先的に殺すのはあまりも自然。
最大出力で加速するのと同時に、足元にある瓦礫を思いきり蹴り飛ばす。

飛び道具などなくても、足場には町一つ分の瓦礫がある。
当たれば致命的な一撃となる瓦礫が横殴りの雨よろしくジョルジュを襲う。
青黒い装甲が展開し、ジョルジュを包み込むようにして瓦礫を防ぐ。

〔 【≡|≡】〕『お前が強いのは分かった、認めてやる。
       だがな、武術なんていうのは!!
       兵器の!! 性能の!! 前には!! 意味がない!!』

瓦礫を防ぎながら、こちらの突進に合わせて迫ってきた。

似`゚益゚似『ぬっ……!!』

タイミングが僅かに狂い、ダニーの体が盾に押される。
しかし、狙いは決して外さない。
展開された盾の関節部に向け、上から拳を叩きつける。
関節部にかかった負荷は設定された数字を大きく上回り、結果、関節を起点に折れ――

似`゚益゚似『ちいっ!!』

――ない。
関節部にまで強固な素材を使っているらしく、関節が折れることは無かった。
だがその駆動部は今の一撃で故障した。
残る盾は三枚。

一瞬の攻防の中、次々と盾を払い除け、蹴り飛ばして進路を確保する。

340名無しさん:2022/08/22(月) 21:44:04 ID:uIzofZlI0
  _
(;゚∀゚)「待ってたぜ!!」

盾の先に待ち受けていたジョルジュが銃を構え、こちらが絶対に避けられない状況で攻撃してくることは分かっていた。
銃爪が引き絞られ、大口径の銃弾が六発放たれる。
全てが必殺の銃弾。
高周波振動で弾丸自体を削り落としても、衝撃で各部位が使い物にならなくなるのは必至だ。

ならば、受け流せばいい。
狙われるのが分かっているのならば、それも出来る。
右手の手刀と右足で銃弾の軌道を横合いから妨害し、全て自らの周囲に着弾させた。
演舞の類として披露されるその技は、だがしかし、ダニーの技術があれば実戦でも十分に使える。
  _
(;゚∀゚)「なっ?!」

既にジョルジュは間合い。
盾は全て払い除けた。
踏み込み、放つのは基本の拳。
基本を極めた者が放つ崩拳の威力は、人間を即死させるほどのものを発揮する。

似`゚益゚似『破ぁっ!!』

右拳の一撃は、彼に敵対する者の命を奪い取るのだ。

〔 【≡|≡】〕『通じないんだよ!!』

――飛び出してきた棺桶によって、ダニーの拳は正面から受け止められた。

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     |  ヽ   ./´./ . ,!ノ   /             :!______________________二二二_____
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ミルナ・G・ホーキンスの人生は、失うばかりの人生だった。
幼少期、彼は貧困によって夢を失った。
彼の進む道は軍人以外になくなったが、両親はそれを喜んだ。
今ではその頃の夢を思い出すことはできない。

341名無しさん:2022/08/22(月) 21:45:19 ID:uIzofZlI0
軍人となり、命令に従って生きるのは楽だったが、彼の心は満たされなかった。
やがて部下を引き連れる立場となり、ようやく、彼は己の心が求めるものが理解できた。
それは支配欲。
力によって物事をあるべき姿に変えるという、人間の持つ薄暗い欲望の一つだ。

彼の部隊は常に作戦を成功させてきた。
戦果は求められた以上を叩きだし、世界は彼の望んだ姿に近づいていった。
イルトリアの考え方は彼にとって眩しいほど理想的だった。
力による支配。

力による変革。
そう。
力があれば世界を変えることが出来る。
自分の夢を叶えるために自分の力を使えばいい。

今の時代にこそあった考え方であり、彼にとって最高の指針だった。
イルトリアという街への愛着は、人一倍あると自覚していた。
だが。
ある日を境に、彼の軍歴にケチが付き始めた。

派遣された戦闘地域で、奴隷として飼われていた耳付きを部下に射殺させた日。
害獣を始末させただけだったのだが、その日を境に部下からの人望が徐々に失われていったのだ。
確かに、イルトリアでは耳付きに対して差別的な傾向はない。
しかし世界的に見れば、耳付きは害獣の類として認識されている。

間違っているのは自分ではない。
“ビースト”と呼ばれる耳付きの人間がイルトリア軍でも高い地位にいるのが間違いなのだ。
軍内部には彼の考えを理解する者もいた。
クックル・タンカーブーツもその内の一人だった。

耳付きに関する発言で注意を受け、謹慎処分を受けた時にミルナの気持ちに疑念が生まれた。
果たして、間違いはこのままでいいのだろうか。
ジュスティアに対していつまで経っても宣戦布告をしないのは、なぜなのだろうか。
争いを避ける姿勢は、イルトリアらしいと言えるのだろうか。

やがて、クックルが降格処分を受けて除隊したことでミルナはイルトリアに対して強い不信感を抱くようになった。
彼が憧れていた、心酔していた強いイルトリアは失われつつある。
取り戻すためには、荒療治が必要になる。
改めて世界のルールを統一すれば、その目的は達成することが出来るはずだ。

彼は争いの中に身を置かなければ正気ではいられなかった。
イルトリア軍を抜けた後、彼は他の軍人たちと違って名を変えることなく傭兵会社に籍を置いた。
世界中に派遣され、殺しを請け負った。
街を襲い、無垢な人間を殺すたび、彼は心を痛めた。

だがそれ以上に心を痛めたのは、少年兵の存在だった。
少年兵は不要な存在だ。
子供が人を殺すなど、あってはならない。
ましてや、子供が殺されることなど許容されてはならない。

342名無しさん:2022/08/22(月) 21:45:41 ID:uIzofZlI0
世界のバランスは、間違いなく狂っていると思った。
力は正しく使わなければならない。
壊れたバランスを正すためには力が必要だ。
真に強いイルトリアがこの世界に再誕すれば、無用な争いはなくなる。

いつかその日が来ることを夢見て、ミルナは銃を手に戦い続けた。
やがてクックルが彼と同じ傭兵会社に加わり、傭兵として民間人を殺すことにも慣れてきた頃、運命の転機が訪れた。
クックルを介したティンバーランドという秘密結社からの接触だった。
彼らが掲げる世界を一つにするという目標に触発され、参加を快諾した。

世界が一つになっても争いがなくなることはないだろう。
管理されることを嫌う人間は決していなくなることはない。
故に、世界という基準で見た時にそうした人間は明確な悪となる。
悪を撃ち滅ぼすための暴力が正義として定義され、ジュスティアの様な自己満足の正義が淘汰される。

世界から耳付きを絶滅させることで、世界は完全な形に向かって行く。
全ては、世界が大樹となる為に必要な行動だった。
故に。
今、防御特化の棺桶を用いる自分とジュスティア内部に精通しているジョルジュの命を天秤にかけた場合。

優先されるのは、ジョルジュの命を守り、円卓十二騎士の命を奪うこと。
その為であれば、ここでマン・オブ・スティールを失っても構わない。
ほぼ生身のジョルジュを守るため、彼の前に飛び出した行動にミスはない。
ここで相手の拳を受け止めれば、後の二人が始末をつけてくれる。

世界最硬度の装甲を打ち破れる攻撃など、この世界には存在しない。
先ほど見せた装甲を貫通する打撃は確かに驚いたが、耐えきれない程ではない。
鍛えた肉体に力を込めれば、受けきることなど造作もない。

〔 【≡|≡】〕『……ごふっ?!』

――そう。
装甲は、確かに無事だった。
傷一つつかず、確かに拳を受け止めている。
だが、如何なる原理か、彼の内蔵は深刻なダメージを負っていた。

口の中いっぱいに血の味が広がり、たまらず吐血。
意識は全て痛みで満たされる。
予想外の一撃。
想定外の負傷。

辛うじて倒れないように膝に力を入れているのが精いっぱい。
受け止めた拳を掴もうと腕を動かそうとするも、指一本動かない。
苦痛が体の動きを阻害しているのか、それとも、別の要因があるのか。
思考が止まる。

意識が朦朧とする。
意識が飛べば、次に目覚めるのはいつになるのか分からない。
視界がぼやけ、徐々に黒く染まる。
目の前に現実とも妄想とも分からない幼少期の己の姿が浮かぶ。

343名無しさん:2022/08/22(月) 21:46:51 ID:uIzofZlI0
楽しそうに笑う自分。
果たして、自分にはそんな瞬間はあったのだろうか。
分からない。
自分が戦う理由はそこにあるのだろうか。

嗚呼。
そうだ、とミルナは思う。
子供が戦わなくていい世界。
子供が笑顔でいられる世界。

その為に、力が欲しかったのだ。
自分の夢。
幼少期に抱いた、あまりにも稚拙な夢。
世界中の人が笑顔でいられる世界を作るという、夢。

大人になるにつれ、その夢は形を変え、戦いというものに変化した。
子供たちが戦うのではなく、大人が戦えばいい。
殺し合いは大人たちだけで十分。
それも、必要最低限の戦いたい人間がやればいい。

そのために、世界のルールを変えたかったのだ。
初心を一瞬にして思い出したが、すでに意識は消えつつあった。

〔 【≡|≡】〕『お……は……』

まだ、世界が変わるその瞬間を見ていない。
夢見た世界を見届けていない。
世界はこれから――

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     ヽ       ヽ_゚ノ  _ノ ヽ                ,' , ヽ゚_ノ           ノ )
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     .i ,'       : : : : :  ./ (         ....::        i i : : : : : : : :        ヽ )
      ! {: : : : : : : : : :     .i  i´         .....::::          .l |   : : : : : : : : : : :     i |
       i .{           し´      ........:::::::         .i.j               i l
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クックル・タンカーブーツにとって、ミルナはかけがえのない戦友だった。
彼が身を挺してジョルジュを庇う間に、クックルはジョルジュを抱えて素早く後退していた。
この場にいる三人の中で最も無防備でありながら、最も重要な役割を担っているのがジョルジュであることは議論の余地もない。
ジュスティアに地上から入るためにはスリーピースを突破しなければならず、ジョルジュはその方法を知る人間だ。

344名無しさん:2022/08/22(月) 21:47:13 ID:uIzofZlI0
彼だけが知る壁の抜け道。
それを利用し、一気に攻め入る。
地上部隊の本命はオセアンに待機させているキュート・ウルヴァリンの私兵部隊“サウザンドマイル”だ。
精鋭無比の兵士だけで統一されたその部隊ならば、攻城戦で苦戦することは無いだろう。

既にジュスティアには砲弾が幾つも着弾しており、混乱状態にあるはずだ。
攻め落とすのは時間の問題だが、要となる地上部隊への道を作るのがクックルたちの主任務だった。
ここで勢いを失いたくはない。
例えミルナを失ったとしても、その命を無駄にはしない。

似`゚益゚似『邪っ!!』

すぐに迫ってくる棺桶を前に、クックルは覚悟を決めた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ジョルジュ!! お前は先にジュスティアに行け!!』
  _
(;゚∀゚)「……ちっ、借りにしといてくれ!!」

ジョルジュはこちらの意図を汲み取り、すぐにその場から逃走した。
目指す先には乗り捨てられた装甲車がある。
それに乗れば、負傷しているジョルジュでもジュスティアに問題なく到着できる。
問題は、ただ一つ。

似`゚益゚似『行かせるか!!』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『邪魔させるか!!』

四本の鉤爪を展開し、打撃戦へと備える。
未だ使用済みのバッテリーは排莢出来ていないが、それでも、ジョルジュが逃げられるだけの時間を稼がなければならない。
ミルナを失い、仮にクックルが死んだとしても、計画の遂行が最優先だ。
この歩みは止めてはならない。

ジョルジュを生かすために倒れたミルナの覚悟を無駄にはしない。
バトンをここでつなぐことが、クックルの役割だ。
命を懸けるのは、ここだ。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『はいだらぁああああああああ!!』

ミルナが打撃でやられた瞬間、クックルは理解した。
確かにこの世の中には、積み上げてきた技術が兵器の性能を上回ることがあると。
彼の敗因は装甲に対する絶対的な評価と相手の技量を見誤ったこと。
しかし今のクックルは相手を正しく分析し、油断なく戦うだけの覚悟が決まっている。

改良型エクスペンダブルズの四本の鉤爪は飾りではない。
リミッターを解除すれば、Bクラスの棺桶の装甲を握り潰すほどの力を発揮するだけの近接武器になる。
高周波振動相手には敵わないが、ダニーの左腕には装甲がない。
弱点を徹底して狙い、ジョルジュがジュスティアに到着するだけの時間を確保するしかない。

345名無しさん:2022/08/22(月) 21:48:27 ID:uIzofZlI0
左下から薙ぎ払うように放つ四本の爪。
それをあっさりと回避されたが、それは囮だ。
右上から放つ対角線上からの攻撃。
だが、それすらも躱される。

こちらの意図を読まれないよう、攻撃の手は決して緩めない。
回避された後も、クックルは右のローキックを放つ。

似`゚益゚似『付け焼き刃の武など!!』

踏みつけるようにしてローキックを払い除け、その体勢から後ろ回し蹴りが飛んでくる。
それを左腕で防いでいなければ、胸部の装甲が抉れていたに違いない。
代わりに左腕の装甲の一部が剥がれ落ち、地面に突き刺さった。
更に、こちらが反撃する間もなく次の蹴りがクックルを襲う。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『雄雄おおおお!!』

今度は右腕の装甲を犠牲にし、攻撃を防ぐ。
内に宿る恐怖を押し殺し、クックルは前に進んだ。
蹴り技を使う人間は接近を嫌う。
蹴りが放てない距離に接近すれば、残されたのは右腕の攻撃だけ。

それを防ぎさえすれば、活路はある。
実際、すでに半分は開かれている。
しかもまだ気づかれていない。
ならば、ここで攻めなければ次のチャンスはない。

技も何もない、身長差と力を利用したタックル。

似`゚益゚似『っせい!!』

だが、ダニーは右腕一本で対処してのけた。
それを軸に、クックルの巨体が嘘のように宙を一回転し、地面に叩きつけられた。
力の流れを操作する類の技術が実戦で使われるのを、クックルは初めて体験した。
この男はクックルにとっての初めてをあまりにも多く奪ってくる。

起き上がる間もなく踏みつけが来ると予想して両腕で顔と胸を防御する。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ぐぬうっ……!!』

巨大な腕が幸いし、踏みつけ攻撃には耐えることが出来たが、アイスクリームをスプーンで削る様に装甲が削り取られた。
飛び上がり、四足歩行の獣の様に両手両足で前傾姿勢になる。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『がああっ!!』

決してジョルジュを追わせはしない。
醜態をさらしても、彼だけは絶対に守り抜く。
再び突撃。
狙いは変わらず、負傷している左腕。

346名無しさん:2022/08/22(月) 21:48:47 ID:uIzofZlI0
似`゚益゚似『じゃっ……!!』

振り向きざまに放たれた裏拳。
この時、クックルは装甲の下でほくそ笑んだ。
魚が針に食いついた。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『もらった!!』

左腕の爪がその拳を受け止める。
高周波振動と合わさった強力な打撃は、それだけでクックルの肘を破壊した。
何という威力。
何という練度。

そして、何という過信。

似`゚益゚似『っ?!』

腕一本を犠牲にし、“すでに相手の打撃で強制排莢を済ませた”クックルはエクスペンダブルズの主兵装であるレーザーを放った。
掴んだ相手の拳に直撃したレーザーが装甲を――

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347名無しさん:2022/08/22(月) 21:49:07 ID:uIzofZlI0
似`゚益゚似『ぜっ!!』

――削り切る前に、高周波振動によって左腕の爪が全て破壊され、レーザーの照射が停止した。
その僅かな隙が生まれるよりも早く放たれた回し蹴りが肘関節に直撃し、腕が千切れ飛んだ。
だがまだ右腕がある。
こちらの腕も排莢を済ませてあるため、レーザーを使える。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『だああああ!!』

似`゚益゚似『ちいっ……!!』

両腕を使用不可能に持ち込んだ上に、相手は今片足立ちという不安定な姿勢。
回避も攻撃も、迎撃も不可能。
この瞬間の為に左腕を捨てたのだ。
この一瞬こそ、絶対の勝機。

四本の爪を合わせ、最大出力で放つ極太の一撃。
オリノシを両断した一撃は、爪先から放つ物とは比較にならない程の太さを持つ。
ならば、点や線ではなく面の攻撃となる。
武術は面の攻撃に弱いはずだ。

何故なら面で放つ攻撃など存在せず、その対応など出来るはずがない。

似`゚益゚似『あ゛ああああああ!!』

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                       ̄ 二─ _
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                           -、\   \
          /                  \\   \
         //                  \ヾ ヽ     ヽ
        ///                 \ ヾ、 |       i
     /__(                     |! `i        |
    <_,へ >- 、       ,.-、_         |         |
       \ノ人\    / 、 }! \        |         |
         \へ〃\/ヾ\_ノ、ノ人 ,.-、    |         |
          \|\rj\ヾ /   \_フ ,/   |! リ        |
          rm\ノ _  Y     Lノ      /    |    |
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咆哮が聞こえた気がした。
不安定な姿勢で回避が出来ないはずのダニーが繰り出したのは、サマーソルトキック、だった気がした。
顎を打ち抜くように衝撃が襲った時には、クックルの意識がブラックアウトし始めていた為だ。
自分の攻撃がどうなったのか、それを考えるよりも先に、クックルの思考は急激に遠のいていく。

――初めて軍隊に入った日、クックルは己の天職を見つけた気分がした。
イルトリア軍人として訓練を積み、必要に応じて派遣され、時には傭兵として戦争に参加した。
戦争はクックルにとって生きがいとなった。
粗暴者だった彼が彼らしく生きていけるのが、戦場だった。

348名無しさん:2022/08/22(月) 21:49:32 ID:uIzofZlI0
クックルの暴力性は戦場で多くの実績を生み出し、戦果となった。
一人でも多く敵を殺せばそれだけで味方の為になった。
見せしめの為にあえて残虐に殺す役を喜んで買って出た。
自ずと、彼に付き従う部下は彼と同じはぐれ者だった人間が増えていった。

フィリカ内戦という泥沼の戦場で、クックルはプレイグロードを投入し、戦況を変えた。
化学兵器による大虐殺となったが、それが効果を生んだことは明らかだった。
しかし、イルトリア軍はそれを良しとせず、彼を叱咤した。
それをきっかけに、クックルはイルトリア軍を抜けて傭兵として世界を転々とすることになった。

彼が求めているのは争いの絶えない世界。
つまり、兵士にとって理想的な世界だった。
ジュスティアが世界の正義を掲げ、仮にそれが達成された場合。
世界は平和になり、兵士たちは職を失う。

戦いの中でしか自分でいられない人間にとって、その世界は地獄そのものだ。
クックルは争いを少しでも長引かせるため、あえて劣勢の勢力に加担し、戦争を長引かせた。
その点で言えば、傭兵という仕事は彼にとって都合がよかった。
そしてある日、ティンバーランドの勧誘を受け、彼らと同じ夢を見ることにした。

例え己を犠牲にしたとしても。
例え何万人の犠牲を生んだとしても。
最終的に世界がより良い姿になるのであれば、悪と呼ばれても構わない。
争いがなければ生きられない人間の居場所を守ることが出来れば、それでいい――

似`゚益゚似『ねっ……!!』

――意識を失ったクックルの頭部は、その後に放たれた踵落としによってヘルメットごと叩き潰された。
だがそれよりも前に、ジョルジュが乗った装甲車はジュスティアに向かって出発することに成功していたのであった。

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                                        >zzzく
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                                          | l| /,
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似`゚益゚似『ふーっ……!! ふーっ……!!』

349名無しさん:2022/08/22(月) 21:49:54 ID:uIzofZlI0
二体の名持ちの棺桶を相手にし、両腕を負傷したダニーは息を整えつつ、ジョルジュが逃げた方向を睨みつける。
既に車輌は小さな点となり、走って追いつけるような距離にはいない。
妨害電波によって周囲の通信は封鎖されているが、その中でも使うことのできる特殊な無線機に向かってダニーは静かに告げた。

似`゚益゚似『ジョルジュに、逃げられました』

だが返答はない。
空電の一つもない。
それが物語るのは、最悪の展開だ。

似`゚益゚似『……奴を追います』

それだけ言葉を残し、ダニーは残されていたもう一台の装甲車に乗ってジュスティアに向かった。
視線の遥か先。
ジュスティアのある方角で、巨大な火柱が上がった。

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                              )     (
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                           {       (
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               _ ‐ _  -‐…・・・¬冖冖冖冖冖冖¬・・・…‐-  _- _
                ¨ ‐-=ニニニニニ/⌒゛         )ニニニニニニニ=-‐ ¨
                      /⌒            乂_
                        {                 }
                      _,ノ       l | l         ノ
                     (      l l | | | | l l l    〈
                     \  l l | | l     l | | l l  }
                          r'  l l           l l  `⌒ヽ
                  _ -‐-'         i|i          )
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同日 AM10:44

350名無しさん:2022/08/22(月) 21:51:32 ID:uIzofZlI0
イーディン・S・ジョーンズは退屈していた。
観測手との連絡が途絶えて久しく、精密な砲撃ができないこともそうだが、彼の予想に反する動きの報告が来ないことが原因だった。
イルトリアとジュスティア、両方から連絡がない。
こちらの動きを読まれ、観測手を殺されたのか、妨害電波を使われているのだろう。

だが、ジュスティアにはまだ砲撃の手段がある。
その人間からの連絡があれば――

(::0::0::)「ドクタージョーンズ、連絡です。
     コードFoxtrotです」

(’e’)「あ、もうFなんだ。
   じゃあ、やっちゃおう」

――歴史を変える一撃は、あまりにも軽い口調で告げられた。

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             }.:.:.:.;.:.:}V/ハ.:.:.:.:.:..:.:.:.:.:.\
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          ∨/⌒ーミ   ≠=ミx从.:.:.:. 〉
          {v ィェェハ  イ、_    }.:.:.:.:.{
            {.i    .}  ^"⌒ ノイ^Y
          人:,   〈:.      , : fリノ
           从 f _    _  /.イ
       ,.. -‐≠∧  ニ==ー ^ , イ__
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同日 AM10:39

舞い込んでくる膨大な情報を処理するフォックス・ジャラン・スリウァヤの前に、一人の軍人が立っていた。
視線は前に向けず、作業はそのままでフォックスは言葉を投げかける。

爪'ー`)「珍しいな、作戦中に君が来るとは」

机の上に広がる無数の紙には、陸軍と海軍からの報告がまとめられており、もう間もなく全貌が見えるところだった。
情報を集めて見えてくるのは、敵の真の狙い。
そして、こちらが抱える穴。

( ,,^Д^)「急を要する要件だったもので」

ジュスティア軍元帥であるタカラ・クロガネ・トミーは短く告げた。
いつも通りの返答だが、彼の事をよく知る者が見れば、どこか緊張していることが分かったことだろう。
現在、ジュスティア軍は劣勢に立たされており、当初の予定よりもかなり多くの被害が出てしまっている。
その責任を一身に背負うのは、元帥である彼に他ならない。

351名無しさん:2022/08/22(月) 21:51:55 ID:uIzofZlI0
爪'ー`)「で、用件は何だ?」

( ,,^Д^)「単刀直入に申し上げます。
     降伏を考えてはいただけませんか?」

そこでようやく、フォックスは作業の手を止めてタカラを見た。

爪'ー`)「降伏、だと?
     それはないな。
     いや、それだけは絶対にない。
     降伏などすれば、この世界の天秤が狂うことになる」

( ,,^Д^)「お言葉ですが、すでに天秤は傾いています。
     今ならばまだ、無用な死者が出ずに済みます」

爪'ー`)「連中の砲撃に臆したか」

( ,,^Д^)「いえ、連中の戦力と兵力を鑑みての意見です」

爪'ー`)「そうか、答えは言った通りだ。
    オリノシに向かった陸軍からの連絡が途絶えているから、そちらの情報をすぐに集めてくれ」

そう言って、フォックスは再び作業に戻ろうとした。

( ,,^Д^)「……もう一度考えていただけませんか」

爪'ー`)「駄目だ。 ここで受け入れれば、我々はテロリストに屈したことになる。
    それのどこに正義がある?」

( ,,^Д^)「残念です、市長」

タカラはそう言って、フォックスに背を向けた。
執務室を出て行こうとする彼の背に、フォックスは静かに告げた。

爪'ー`)「君の目的は何なんだ?」

( ,,^Д^)「死者が減ることです」

爪'ー`)「違うよ。 君がティンバーランドに組する目的だ」

瞬間、その空間の空気が凍り付いた。
両者ともに身じろぎ一つせず、沈黙したまま。
指一つ、瞬き一つさえしない。
タカラが唾を飲み、口を開く。

( ,,^Д^)「仰る意味が分かりません」

352名無しさん:2022/08/22(月) 21:52:16 ID:uIzofZlI0
爪'ー`)「ティンカーベルで起きた連中の奪還事件の際、君は罠にかかった。
    関係者に伝えた情報はそれぞれ少しずつ違うようにして、内通者が分かるようにしていたんだよ。
    その結果、君だった。
    正直君の事を信じたかったが、街で起きた奪還事件でも関係していたのが決め手だった。

    で、何故だ?」

一つ深い溜息を吐いて、タカラは振り返らず答える。

( ,,^Д^)「私は、この世界に正義を取り戻したいのですよ、市長。
     今のジュスティアは正義の都を名乗るには、あまりにも腐敗している。
     どうして世界中の街に警察を配備しない?
     そうすれば、世界中が同じ基準、同じ法律の下、同じ正義を信じられるというのに。

     あなたはそれをしようとしなかった。
     このままでは世界は変わらない。
     このままでは正義は幻のままだ。
     故に、私は彼らに手を貸すことにしたんですよ、市長」

爪'ー`)「“世界警察”構想に近い考えだが、それよりも乱暴だな。
    それぞれの街の考えを統一するのは絶対に不可能だ。
    ましてや、従来の考えを力ずくで矯正することを避けられないのならば猶更。
    正義という概念に基準を設け、それを強いるとすれば間違いなく争いが起こる。

    人が人である限り、その争いは無くならない」

世界警察構想。
それは、ジュスティア警察が大昔に考え、そしてすぐに頓挫した考えだった。
全ての町にジュスティア警察を派遣することで連携が可能となり、犯罪者を確実に罰することが可能になる。
問題は、契約を結ばせなければならないという根本的な部分だった。

独自の警察組織を持つ街がある以上、この考えは決して実現しないという結論に落ち着いたのだ。

( ,,^Д^)「その争いを起こす人間こそが悪であると断じられる。
     時間はかかるでしょうが、間違いなく世界は正義を手に入れられるのです」

爪'ー`)「ははっ、大した自信だ。
    やれるものならやってみろ」

( ,,^Д^)「……えぇ、言われずとも」

タカラが懐に手を入れる。
フォックスは机の上で手を組み、その背を見つめる。
タカラが振り返ろうとした刹那、ショットガンの巨大な銃声と散弾の雨が彼の背中を襲った。
近距離で放たれた散弾は、防弾繊維の上から彼の背骨を破壊した。

机の下に隠された仕込みショットガンは足で操作する様に作られており、装填されている散弾の火薬の量は多めになっている。
執務室に備え付けられた緊急用の設備の一つで、その全てがこれまでに一度も使われることのなかった装置だ。
初めて使用されたのが同じジュスティア人で尚且つ軍の元帥だというのは、あまりにも最悪の歴史と言える。
席を立ち、フォックスはその場に倒れたタカラに歩み寄って膝を突き、言葉をかける。

353名無しさん:2022/08/22(月) 21:52:36 ID:uIzofZlI0
背骨を破壊されたタカラは立ち上がることも姿勢を変えることも出来ない。

爪'ー`)「馬鹿だよ、君は……」

( ,,^Д^)「知っています……
     だけど、これでいい。
     私の歩みが、世界を変える」

タカラの手に小さなリモコンがあるのを見て、それから、フォックスは窓の外に目を向ける。
小さく溜息を吐き、ゆっくりと机に向かって歩きながら呟いた。

爪 ー )「……とっておきの葉巻、吸っておけばよかったな。
     今日は今までで――」

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         ,イ.| ̄i| |i ̄ ̄|i>。.
        / i|!|i才| |斗-=ミs、i| |>。.
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     /斗´  i||i-‐ |!|i ̄ ̄`ヽ |ij{’ヽ.|i  `'守
    ./´ .| ,. i||i   |i|i-ニ三`ヽi!ヽ  .i!ヽ |ii|`'守 / ̄ヘ
     .|i>i! , ´i!x≦i!|i    \{  `ヽ!. ..ヽ|i  /ヘ    `ヽ/|
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    .|i *'” ̄.|i|-=ァ|i ̄ ̄ミxミ.j{ ヘ {    ヾ≧s、>''´    j{ヽ-   ./            _
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    .|i  |i _,≪ii!-=ニi|   -=ニ二 ̄    \    /|       |ヘ   /,x  ´     .{ ハ   / /
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    .|i_ |i_.ニ!|i  ...|i __   .|i /-=ニ ̄!  i´            ヽヘ ̄
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    .|i..,x|i   |i   !|i__   !|ト  .|  !|./`ト.|i>。 | >i。. ヽ   _/
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    .|i-. |i   |i_ニ  |_ニミ   .|i>。 !|  iト _  |i >。トi、 .i|  |
    .|i  |i-=ニi} ̄ ̄|i    `ヽ |i。   ト 、.!|  =-|i 、  |>。!|、 !|
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354名無しさん:2022/08/22(月) 21:53:02 ID:uIzofZlI0
そして、ピースメーカーの横腹に巨大な砲弾が直撃した。
一瞬にして爆炎が建物を包み込み、炎の柱と化す。
続けて新たな砲弾が着弾し、建物の半分が吹き飛んだ。
ジュスティアの街の中心にある70階建ての建物が倒壊するのに、5分とかからなかった。






――この日、世界の天秤が大きく傾いた。






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                                γ ⌒ ⌒ `ヘ
                             イ,,,, ""  ⌒  ヾ ヾ
                          /゛゛゛(   ⌒   . . ,, ヽ,,'' ..ノ )ヽ
                         (   、、   、 ’'',   . . ノ  ヾ )
                      .................ゞ (.    .  .,,,゛゛゛゛ノ. .ノ ) ,,.ノ........... ........
                      :::::::::::::::::::::( ノ( ^ゝ、、ゝ..,,,,, ,'ソノ ) .ソ::::::::::::::.......::::::
                      . . . . . . ,,,. . ,,,::::::( , ゛゛..(’_''/,,, ..ノ
                      . . . ,, . . ((,⌒ノ,,,.:::::' (   (’''....ノ ソ ::::::: ... . . ,,,,,,,,,::::::::::::
                      . . (’’,,,/(~〜ノ(’''''ソ:.:.,、,,,,,(__/:::::::::::::::::,.;ゝ.
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                      ::::::::::: .(’’,,,/(~〜ノ(’''''ソ /:,.;‐''~ ,.ィ‐'~   |~`―-
                     y(、,,'''ノ(、/ \~~~``ー--ゥ'~ ,.;;-‐''~~ |, :-|   |
                        ミ彡 /::::::::`>  ,.-''~.‐'~~-‐''~~.| .|  |    |
工___                       ミミ|彡ム-''~~ーv'~ ~:::::;;;::   i-‐i |~~|  |   |
\===|                 ミ-‐''~:::::_,.ィ''~~|~  ~~`|~   |T | |~I.|  |   |
  \==|======i__          ミ>,-|~~`i'~I |   |     |   | | |_,.+‐ !┴!―--'

第十章 【 Ammo for Rebalance part7 -世界を変える銃弾 part7-】 了

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355名無しさん:2022/08/22(月) 21:53:25 ID:uIzofZlI0
これにて今回の投下は終わりです

質問、指摘、感想等あれば幸いです

356名無しさん:2022/08/23(火) 08:33:52 ID:sv/hzXxg0


357名無しさん:2022/08/23(火) 21:00:22 ID:dPAyngWE0
おつ!!
キュートさん兵器に頼ってイキリ倒すとか小物すぎん?
結局自分で殺してないし
しかし一気にやばい展開になったなジュスティア

358名無しさん:2022/08/24(水) 20:27:01 ID:jmrCIGqQ0

円卓十二騎士が来たからって無双できるわけじゃないのが、ティンバーランド組の強さの証明になってるねぇ
相性とかもあるかもだけど、手玉に取られるなんてね
両方に信念があるからやってることはひどいけど、ティンバーランド組も嫌いになれないんだよねぇ〜
ショボンとワカッテマスのキャッキャウフフはいつまで続くのかな?
後、>>323の<::::_/''>『雑魚が集まったところで、何も変わらん』からのくだりすごい好き


>>321
顔を両断するはずだった"一線"を避けた

"一線"じゃなくて"一閃"だね

359名無しさん:2022/08/24(水) 21:18:19 ID:yacQ7iCk0
>>358
ぐわああ!!今回はばっちりだと思ったのですが、まだまだ未熟でした……ありがとうございます!

360名無しさん:2022/08/24(水) 21:21:24 ID:5/LBdX4Y0

ミルナって社長の護衛にいたから幹部クラスかと思ってたけど実力的には円卓以下なのか
今のところキュートとジョーンズが敵の中で頭一つ抜けてる感じだな

361名無しさん:2022/08/24(水) 22:39:15 ID:Gdj.AzkQ0
デレシア無双が始まるのは何時になるやら

362名無しさん:2022/08/25(木) 19:02:19 ID:Ekg3/1ZU0

エクストめっちゃ強くてかっこいいんだけど地の文がずっとダニー呼びなの草

363名無しさん:2022/08/27(土) 16:56:02 ID:vRFXToxQ0
>>360
ミルナはNo.3でキュートより上だった気がする

364名無しさん:2022/10/06(木) 21:42:44 ID:.n.QkDYE0
今度の日曜日にVIPでお会いしましょう

365名無しさん:2022/10/06(木) 22:09:41 ID:9PLqIPyU0
わーーーーーーーーーー!

366名無しさん:2022/10/09(日) 19:40:47 ID:HZj.FCC60
VIPにスレ立てが出来ないので、もうしばらくお待ちください

367名無しさん:2022/10/09(日) 20:39:26 ID:HZj.FCC60
明日駄目ならこちらに投下させていただきます……

368名無しさん:2022/10/10(月) 19:16:14 ID:.jWT7Gas0
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日常にはスキャンダルしかない。
野生にはドラマしかない。
戦場にはスクープしかない。
本当のカメラマンであれば、世界の一瞬を切り取り、世界を揺るがしたいのであれば。

どこを撮影場所に選ぶかは、言うまでもない。

                            ――戦場カメラマン ロンドベル・キャパシティ

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September 25th AM09:17

戦車の搭乗口から見上げる空は、どこまでも澄み渡る青空だった。
無限軌道がアスファルトの舗装路を削りながら進む音がいくつも重なり、本来聞こえてくるはずの潮騒がどこか遠く感じる。
周囲の景色は代わり映えのない緑と茶色の風景で、右手側には遥か離れた場所にある巨大なクラフト山脈がうっすらと見える。
クラフト山脈に近い場所ほど緑が多く、自然が豊かなことが分かる。

重厚で無機質な戦車が奏でる駆動音はそうした景色の中で初心を忘れさせない、一種のBGMとしての役割を担っていた。
通常、戦車は四人で運用する物だが、ティンバーランドが用意した戦車に搭乗する人間は三人で済むようになっている。
操縦士、砲手、そして指揮官だ。
砲弾の自動装填装置があるため、従来よりも一人少なくて済んでいるのだ。

搭乗口には銃座が備え付けられており、装填されている銃弾は対強化外骨格用のもので、生身の人間に当たればたちまち肉塊と化すほどの威力を持っている。
緊急時には一人で操縦と砲撃が行えるなど、操作系統にかなりの工夫がされている。
イルトリアへ進軍を進める部隊の殿を務める貞子・ハンス・ルアゴイフはかつて夫と見上げた青空を思い出していた。
彼と最後に見上げた青空は、ちょうど、今日の様な青空だった。

川д川「ふぅ……」

長い黒髪を風になびかせ、貞子は目を細め、口元を緩める。
夫と見た最後の青空は、故郷の町の外れにある小高い丘でピクニックをした時だ。
手作りのサンドイッチと水筒に入れた紅茶をもって、二人だけで過ごす久しぶりの時間。
見下ろした町の小ささに思わず二人そろって笑い、そして、慈しみを覚えた記憶がある。

翌日、唐突に起きた近くの町との戦争によって彼は帰らぬ人となった。
もしもあの時、イルトリアの傭兵を雇ったのがこちらの町だったら、結果は違っていたのかもしれない。
しかし全ては過去の事。
町と夫を戦争で失った事実に変わりはないが、久しぶりに空を直視することが出来た。

ふと、視線を背後に向けた。
本来そこには遠ざかるニョルロックの街並みだけが見えるはずだったが、一台のセダンがいることに気が付いた。
一般車両の可能性もあるが、彼女はヘルメットについたインカムを使って味方に報告をすることにした。
出発して間もないが、このタイミングが彼女の中に何か嫌な予感を思わせたのだ。

369名無しさん:2022/10/10(月) 19:24:04 ID:.jWT7Gas0
貞子は首から提げた双眼鏡を手にし、運転席を見る。
そこには目の細い男と、眼鏡をかけた男がいた。
眼鏡の男はカメラを首から提げていた。

川д川「“テイルズ”より報告。 セダンが一台、後ろにいます。
     カメラを持った男が乗っています」

先頭を走る荒巻・スカルチノフからの返答は極めて淡々としていた。

/ ,' 3『可能性に悩む手間が惜しい。
   スクープ狙いのマスコミなら死んでも誰も気にしないだろう。
   残念だが、死んでもらってくれ』

あまり残念そうに聞こえなかったが、貞子の腕は微塵のためらいもなくM2重機関銃に伸びていた。
レバーを引いて薬室に確実に弾を送り込む。
上部に取り付けられたダットサイトを覗き込み、ゆっくりと両手の親指でレバーを押そうとしたが、思いとどまった。

川д川「せっかくだから、主砲の練習をします。
     私以外のテイルズ部隊は止まらず、先に行きなさい」

インカムにそう告げると、主砲がゆっくりと回頭してセダンを向いた。
微調整が行われ、いつでも撃てる状態になる。

川д川「ってぇー!!」

戦車砲が火を噴いた。
放たれた砲弾はセダンのやや手前に着弾し、ダメージを与えられていない。
すぐに自動で装填作業が行われ、車外に薬莢が排出される。
即座に砲声が響き、地面を吹き飛ばしていく。

だがセダンは、まるでこちらの狙っている先が分かっているかのように、爆風の殺傷範囲から巧みに離れながら接近してくる。
かなり名うてのドライバーに違いない。
スクープの為に有名人を追いかけまわし、恨みを買うジャーナリストは多い。
その為、ジャーナリストの中にはプロのドライバー顔負けの技術を持つ人間がいると聞く。

戦車隊を尾行するだけの自信がある人間ならば、そういった類の人間であることは十分にあり得る。
再装填が行われる僅かな間に運転手が交代し、セダンが急加速してきた。
何という豪胆。
何という無鉄砲。

戦車相手にセダンで何が出来るというのか。

川д川「骨のあるジャーナリストだねぇ!!
    だけどさぁ!!」

機関銃で相手の進路を制限し、誘導すれば自ずと砲弾に飛び込むことになる。
所詮はジャーナリスト。
信念と実力の天秤が釣り合っていない人間など、恐れる必要はない。
M2重機関銃が火を噴き、次々と弾丸を放っていく。

370名無しさん:2022/10/10(月) 19:24:41 ID:.jWT7Gas0
曳光弾の軌跡と砂の柱が徐々にセダンを追い詰めるが、こちらが苦手とする軌道を知っているかのように回避する。
戦車とセダン、その機動力は全てにおいてセダンに軍配が上がる。
攻撃力ならば負ける気がしないが、いざ回避行動に専念されると厄介だ。
砲撃主と連携した攻撃をしなければ当たる気がしない。

不意に、セダンの助手席から男が身を乗り出した。

川д川「へぇ、ガッツがあるねぇ!!
    おもしろ――」

<ヽ`∀´>凸 ファッキュー

が、男は歯が見えるほどの笑顔で中指を立てて車内に戻った。
たかがジャーナリスト。
人の不幸を食って生きる害虫の類だ。
安い挑発に乗り、本気にするような価値のある相手ではない。

これからこちらはイルトリア軍を相手にするのだから――

川#д川「……野郎ぶっ殺してやる!!」

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                      _____
                  // ̄ ̄ ̄ ̄ ̄       ==-、、
                //                      ヽ、`∀´>凸
              /´ ̄}//                       ヽ、
           ー-/ `、 ̄ ̄ ̄、 ̄    ――---   __  ヽ´ ̄}
             ∥   `、    丶                ',    ̄\゙く
             .ハ 「ΓΤ二二ニT Tニニ __  ―┬ ┬‐--  ⊥ム
            ∧|ニ=┴‐-- __ ⊥ ⊥二二二 __―| |二ニニl  |
             ∥, |三lニニニコ===「 ̄ ̄_―‐---  ̄ ̄ __ 二ニ=ハ
            || |、|―‐---  ̄二ニ= ┌―===┬-- _ ┘ ̄lニニニコ|
             || |T 、_└┴‐__ ⊥⊥凵      |ΤΤT T   ┬‐ ┘|
          :. Ⅵ{リリリリリ}三≧==≦三二ニ= ┘三二ニ==‐┘_/'リリ
           乂=彡'////          ̄ ̄ ̄ 、=彡'/乂=彡'////
              `¨¨ ¨¨´                    `¨¨¨´ `¨¨ ¨¨´

第十一章 【 Ammo for Rebalance part8 -世界を変える銃弾 part8-】

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セダンのハンドルを握るアサピー・ポストマンにとって、車の運転は歩くようなものだった。
ティンカーベル支社で勤めていたとき、車が最重要の移動手段だったのもあるが、彼がカメラマンを心がけた時に尊敬する人間の言葉が大きな影響を与えた。
スクープは足で稼ぐ、故にあらゆる足に精通しているのが真のカメラマンである。
その為、移動手段となり得る物は一通り動かせるように練習していた。

その努力が今、最悪の形で実を結んだ。

(;-@∀@)「な、何で挑発をしたので?!」

371名無しさん:2022/10/10(月) 19:25:02 ID:.jWT7Gas0
車内に戻ってきたニダー・スベヌは爽やかな笑顔で答えた。

<ヽ`∀´>「え? 面白いからに決まってるニダ。
      そんなことより、ちゃんと写真撮ったニダ?」

(;-@∀@)「こんな状況で撮れるわけないでしょ!!」

必死に声を荒げながらも、アサピーはしっかりとハンドルを握って飛んでくる砲弾と銃弾を避けていく。
心底愉快そうに笑い声をあげ、ニダーは器用にウィンクをして言った。

<ヽ`∀´>「じゃあまたやるから、ちゃんと撮るニダ」

(;-@∀@)「滅茶苦茶怒ってるのにですか?!」

機関銃を持つ女の形相は鬼のそれだ。
ヘルメットからこぼれた黒髪の下に見える目尻は、怒りで凄まじい角度になっている。

<ヽ`∀´>「機関銃の弾は無限じゃないダニ。
      撃ち尽くさせるニダ」

(;-@∀@)「あ、なるほど。
      その後はどうすれば?」

<ヽ`∀´>「戦車の真横に車をつけるニダ。
      それまでは写真を撮って油断させて、とにかく遊んでやるニダ」

(;-@∀@)「分かりましたけど、質問をしてもいいですか?
      このセダン、実は防弾仕様とか?」

バッテリーやシャフトに被弾すれば、車が動かなくなり、的になる。
そして的になれば、生き残る可能性はゼロになってしまうのだ。
ニダーの事だ、きっと何か策を用意しているに違いないとアサピーは期待を込めて聞いた。

<ヽ`∀´>「これが? んなわけないニダ。
      ただのセダンニダ。
      あ、ミラーが取れたから気をつけるニダよ」

ニダーに言われて初めてサイドミラーが失われていることに気が付いた。
銃弾か砲弾の破片か、何が原因かは分からない。
最も恐ろしいのは、それに気づけなかった自分だ。
これがエンジンルーム、もしくはアサピー自身に起きていたらと思うとぞっとする。

(;-@∀@)「ああっ!! ミラーが!!」

<ヽ`∀´>「写真、忘れないようにするニダよ」

そして再び、ニダーが窓から身を乗り出し、今度は両手で中指を立てた。

凸<ヽ`∀´>凸 フルファッキュー

372名無しさん:2022/10/10(月) 19:27:09 ID:.jWT7Gas0
悲しいほどの性で、アサピーはシャッターを切ってその光景を写真に収めた。
ニダーが細工をしていたのか、不必要なフラッシュが炊かれた。
これではガラスに反射して白くなってしまう可能性がある。
しかし、カメラの小型ディスプレイに映った女の顔は色白になってしまったが、その詳細までしっかりと映し出されていた。
  _,
川#゚益゚川

(;-@∀@)「うわ、すげぇ顔……」

表示された女の顔は先ほどとは比べ物にならない形相をしており、正直なところ、直視に耐えかねるものだった。
人は怒りでここまで醜くなるのかと感心すらした。
気が付けば自発的にもう一枚写真を撮っていた。

<ヽ`∀´>「今の良いニダね!!」

(;-@∀@)「見たところ、給弾ベルトの残りは――」

<ヽ`∀´>「――そろそろ始めるニダよ」

言葉と同時、いやさ、それよりも早くアサピーはアクセルを踏み込んでいた。
セダンが急加速し、戦車の真横に向かって一気に走り出す。
だが向こうは完全に油断している。
こちらの目的が写真だと思っているのだ。

ニダーは満を持してその手に拳銃を持ち、再び身を乗り出した。

<ヽ`∀´>「お邪魔するニダ」

そう言ってニダーは戦車に飛び乗り、アサピーはセダンで並走し続けることにした。

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                                   rァヒコ_...  -───ァ冖、
                                     rv    r─rf三|    / fr㍉l
                                    しーrrn─┴ ┴   ̄| 、-ノh
                                  /  川 |  ____________」    !|
                                  ∠二二Ti「 じ       | {こ} 「
                        _厶==、_____レ┴─‐--L仁_    }   __!___j
   y'´  /       `ー─个'´        / ̄ j  /          V´ ̄/
   〈   /                /        /  /  ヽ   ー─、─j }ニ7
    い/ イ  /                    |   ′   }         ̄丁´
   ∨   |            ;′        |   |      ‐──一ァ′
    ヽ                    |   |    ヽ       ノ
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一瞬の出来事だった。
装弾しようとしている隙にセダンが急加速したかと思うと、先ほどまで中指を立てていた男が戦車に乗っていたのだ。
しかもその手には拳銃が握られており、しっかりと銃腔はこちらを向いている。
貞子は戦慄した。

373名無しさん:2022/10/10(月) 19:27:31 ID:.jWT7Gas0
実戦で銃腔を向けられる経験は初めてだったが、生きたような心地のしない嫌な気分だった。
マスコミを装った襲撃者。
完全に油断してしまっていた。

川д川「あんたぁ、謀ったのかい……!!」

<ヽ`∀´>「馬鹿が勝手に誤解しただけニダ」

戦車にとって致命的な展開が一つある。
それは、取りつかれることだ。
ただでさえ戦車は近接戦が不得意であり、近接用の戦闘手段がないのだ。
直上という弱点に取りつかれたが、生身の人間であることが唯一の救いだった。

川д川「何が狙いだい」

しかし、相手が馬鹿で助かった。
すぐに殺さず、こちらが常に無線をつないでいるという可能性を考えていない。
既に全体にこちらの状況は伝わっている。
友軍が助けに来ることを、貞子は確信していた。

<ヽ`∀´>「知りたいことがあるニダ。
      とりあえ……あれ、ちょっと待つニダ……!!
      あれ何ニダ?!」

男が突如として形相を変えて貞子の後ろを指さす。
思わずそちらを振り返ると、そこで意識が途絶えた。
次に目を覚ました時、そこは停車した戦車の中だった。
強烈なライトで目を潰され、次の瞬間には顔に衝撃が三度。

奥歯が折れ、口の中が切れて血の味が広がった。
両手両足は結束バンドの類で拘束されており、自由に動かせない。
椅子に座らされた貞子の上に男が馬乗りになっているため、そもそも抵抗が出来ない状態だ。
仲間は皆、座席付近に血を残してどこかに消えていた。

<ヽ`∀´>「“敵は無力化した”と報告するニダ」

先ほどの男がヘッドセットをこちらに差し出し、そう言った。

川д川「ぺっ」

口の中の血を顔に向けて吐き捨て、拒絶の姿勢を示す。
悲鳴も命乞いもしない。
そんなもの、戦場に足を踏み入れることを決めた人間にとっては弱さの象徴でしかない。
男は顔に付着した唾を指で拭い、貞子の上着で拭いた。

<ヽ`∀´>「困ったニダね。
      ……仕方ないから、1分あげるニダ。
      耐えきれるか、見せてもらうニダよ」

374名無しさん:2022/10/10(月) 19:29:33 ID:.jWT7Gas0
凌辱だろうが、拷問だろうが、貞子には耐えきるだけの自信があった。
夫を戦争で失って以来、彼女は失うことに対して何ら恐怖を抱かなくなったのだ。
最愛を失うことに比べれば、それ以上の痛みはない。
そう、思っていた。

彼女が想定していた痛みは所詮、想像の中の痛みでしかなかった。
男が使ったのはナイフ一本だった。
溜息を吐くようにナイフが一閃し、激痛が貞子を襲う。
こちらに覚悟を与える間もなく右目から光が奪われ、鼻がそぎ落とされた。

悲鳴を上げようとしたが、ナイフが口の中に差し込まれて何もできなかった。
歯茎の根元から右奥歯を乱暴に削り取られ、そのまま右頬が内側から大きく切り裂かれた。
上の前歯の間に刃が差し込まれ、前歯が抉り取られる。
悲鳴を上げた瞬間、ナイフの切っ先が舌を切り裂き、喉の奥に血が溜まってゴボゴボと声にならない音が出る。

次に左頬が右頬同様に内側から切り裂かれ、下唇に男の指が触れた。

<ヽ`∀´>「これで一気に皮を剥げるニダ」

川д川「あがっ……!!」

何か軽口をたたく間もなく、貞子の下顎の皮膚が剥がされた。
顎先まで剥がされた唇が垂れ下がる。
ようやく自分が失禁していることに気づいたが、最早それは些事でしかなかった。
恐怖に耐えるための覚悟の時間もなく、瞬く間に体のパーツを失うという恐怖。

失ったという現実は、あらゆる想像に勝る力を持っていた。

<ヽ`∀´>「ちゃんと話してくれれば、殺しはしないニダ」

川д川「ひっ……ひぐっ……!!」

顔色一つ変えずに淡々と解体作業をするように貞子の体を切り刻むその男は、貞子の下唇を指で弾いてそう言った。
激痛が思考の大半を占め、残りの半分は恐怖で埋まっていた。
意地や誇りの類はどこにもなかった。

川д川「い、い……くそっ……」

言葉を紡ぎきる前に、ナイフが左耳を切り落とした。
思わず体が震えた。

<ヽ`∀´>「次は髪ニダ」

夫が奇麗だと褒めてくれた髪。
それは、彼女にとっての自慢だった。
体の部位が失われるより、その髪を失うことが嫌だった。
唯一彼女に残された思い出を、たった一つの誇りを失うような気がするからだ。

375名無しさん:2022/10/10(月) 19:29:54 ID:.jWT7Gas0
それに気づかれてしまった。
ナイフが髪に触れたその瞬間に体が起こした、あるかないかの僅かな反応。
いや、この男はひょっとしたら最初から気づいていて、最後まで残しておいたのかもしれない。

<ヽ`∀´>「どうするニダ?」

この男はそれを見逃さない。
まるで植物に対して実験をするかのように、こちらの反応を観察しているのだ。

川д川「やめっ……やめろお……」

きっと、生け花にされる花はこんな心地なのだろう。
成す術もなく自分自身を切り刻まれ、相手の望む結果となるしかない絶望感。

<ヽ`∀´>「頭皮ごと剥がすニダ?」

川д川「わぁっ、分かった……分かったから……」

<ヽ`∀´>「……」

だが。
貞子の心は折れていなかった。
この男は気づいていないのだ。
既に味方がこちらの異常に気付き、行動していることに。

ヘッドセットには生体反応を監視する装置が付いており、それが異常な状態を感知した時、即座に味方に共有される。
本来は市街戦ではぐれた味方の安否を確認するための物だったが、今、それが役に立っている。
今の自分に出来ることは時間を稼ぐこと。

<ヽ`∀´>「アサピー!! そのまま先に行くニダ!!
      連中、こっちに気づいたニダ!!」

男が車外に向けて大声で叫ぶ。

「でぇぇ?! 何でぇええ?!」

<ヽ`∀´>「さぁ、それは知らないけどとりあえずこの女にやられたニダ!!
      まぁいいニダ。
      役には立ってもらうニダよ」

自慢の髪を乱暴に掴まれたかと思うと、そのまま首に巻き付けられ、手綱の様に引っ張られた。
首が締まり、呼吸が止まる。

<ヽ`∀´>「ちょっと生け花して、遊んでから追いつくニダ!!」

男の楽しそうな声が聞こえたが、それからすぐに貞子の意識は途絶えていた。

376名無しさん:2022/10/10(月) 19:32:09 ID:.jWT7Gas0
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ヘリカル・アルエフにとって、戦争とは常に被害者を生み出し続ける忌むべき存在だった。
彼女の住んでいた街で起きた内戦は、昨日までの隣人を今日の敵にした。
隣人がショットガンを手に家を訪ねてきた時、ヘリカルは何かの冗談だと思っていた。
彼女の両親が撃ち殺され、自分が凌辱された時でさえ、悪夢を見ているのだと感じていたほどだ。

内戦がわずか二日で終わり、街の人口が大きく減ったが、若い女たちの妊娠率は劇的に上昇していた。
街唯一の産婦人科は堕胎手術を拒否し、別の街で堕胎することさえも規制された。
街から出られないまま、望まれない子供たちが生まれ、人口は回復していった。
言葉ではとても言い表せない屈辱的な日々。

忌々しい存在が体の中にあると思うだけで、死を望むほどだった。
しかし、彼女は死を選べなかった。
殺された人々の存在が、彼女に復讐を望んでいると考えたのだ。
彼女は力を欲し、精神的な強さを求めた。

彼女の覚悟に呼応するかのように、彼女の体は身籠った命を流産させた。
戦争で凌辱された者たちが密かに集まり、復讐に向けた日々が始まった。
自分たちを犯した人間を見つけ、マークし、監視を続けた。
そして街に少しずつ、情報という毒を広めることにした。

毒が街に広まって再び内戦が始まった時、ヘリカルはその手に銃を持っていた。
彼女と共に立ち上がった女たちによって、街にいたほとんどの男たちが殺された。
実に爽快だった。
全てが終わってからは、虚しさだけが残った。

377名無しさん:2022/10/10(月) 19:33:30 ID:.jWT7Gas0
崩壊を待つだけとなった街を救ったのは、内藤財団だった。
彼らは街の体制を変え、内戦の被害者たちへの手厚いサポートを行った。
街に蔓延っていた毒は消え失せ、平穏な日々が戻ったのは、間違いなく彼らのおかげだった。
それと同時に、彼女たちの戦いが無駄ではなかったことが報われたのだと胸が熱くなった。

世界にはまだ多くの戦争被害者がいる。
この世界から戦争が消えない限り、彼女の様な悲しみを味わう人間がいなくなることはない。
街に派遣されてきた貞子と意気投合し、彼女はティンバーランドへと参加することになった。
世界から戦争を無くすための、最後の戦争の為に。

“アンクル”の部隊長としての役割を持つ彼女は、貞子からの連絡が途絶えたことに悪寒を覚え、独断で引き返していた。
部隊長が二人も最後尾に向かうなど、用意されていたマニュアルにはない動きだ。
だが、友人を見捨てるなど彼女にはどうしても我慢できなかった。
確かに今は間違っているかもしれないが、それが正解である可能性もあるのだ。

友情にマニュアルはない。
同様に、同志を思いやる気持ちにマニュアルなど意味がないのだ。

*(‘‘)*「貞子さん、無事で――」

兵員輸送用装甲車の銃座についていたヘリカルは、貞子の乗っていた戦車がこちらに向かってくるのを見つけた。
そして、その主砲の上に乗せられた赤い塊に気づく。
まるで枯れた彼岸花の様に見えたそれは、人間だった。
顔の皮膚を花弁の様に切り裂かれ、頭皮を髪ごと左右に半分剥がされた人間。

戦車の振動なのか、それとも息をしているからなのか、その人間の形を辛うじてとどめた物体は上下に揺れていた。
生きているのならば正に生き地獄だろう。
死んでいるのだとしても、その残虐極まりない処置は人間の所業ではない。
血で固まった長い黒髪が風に揺れているのを見て、ヘリカルは全身に鳥肌が立った。

あれは、貞子だ。
自慢の黒髪を誇らしげに語っていた、ヘリカルにとって母親の様な存在だった貞子だ。
命そのものを冒涜した残虐な所業。
それだけの悪逆に手を染められる人間が、まだこの世界にいることが恐ろしかった。

*(‘‘)*「ひっ……ひどすぎるっ……!!」

あえて主砲に乗せているのは嗜虐的な趣味もあるだろうが、こちらに対する圧倒的なまでの威圧と牽制が目的だ。
怒りと恐怖を掻き立て、指揮系統を混乱させる目的に違いない。
一度装甲車の中に戻り、ヘリカルは同乗する四人の部下に言った。

*(‘‘)*「同志貞子が殺された!!
    敵は戦車一台だが、油断せずに全力で敵勢力を殺すぞ!!」

(::0::0::)「了解!!」

戦車はただの支援用。
イルトリアに攻め入るための要は、当然、強化外骨格だ。
戦車相手でも正面から戦える棺桶ならば、例え体力的に男に劣る女でも互角の殺し合いが出来る。

378名無しさん:2022/10/10(月) 19:33:51 ID:.jWT7Gas0
(::0::0::)『全ては、世界が大樹となる為に』

四人が一斉に起動コードを入力。
車内に取り付けられていたコンテナ内に取り込まれ、装着を終えると、車外に直接姿を現す。
輸送車と連動したこのシステムによって、安全な場所で装甲を身にまとい、即座に出撃することが出来るようになっていた。
対イルトリア戦は速度が命であるのと同時に、一切の妥協を許さないことから生み出されたこのシステムを最初に使うのがよもやこの時になるとは。

ヘリカルも位置につき、コード入力をする。

*(‘‘)*『化け物には化け物をぶつけ――』

しかし、言葉を最後まで言い終る前に装甲車を衝撃が襲った。
装甲車は横転し、ヘリカルはその中で頭部を何度も頭を打ち付けてしまったため意識が朦朧とした。
砲撃を受けたのだと理解するのに、僅かな時間が必要だった。
車外に這い出ると、すでに戦車とジョン・ドゥが戦闘を開始していた。

〔欒゚[::|::]゚〕『あああ!!』

用意した戦車はただの戦車ではない。
イルトリア軍の棺桶との戦闘を想定し、頑強な装甲と強力な火砲を用意している。
こちらの装甲車が横転だけで済んだのは単に当たり所がよかっただけで、もしも直撃していれば今頃ヘリカルの体は車輛と共に爆散していたに違いない。
戦車砲が火を噴き、その直撃を受けたジョン・ドゥが花火の様に飛び散った。

車体に取りついている者もいたが、砲撃の衝撃で振り落とされてしまっている。
だが、砲身に括り付けられている貞子の体はぶらぶらとしているだけで、落ちていなかった。

*(‘‘)*「糞ッ……!!」

横転した装甲車に戻り、棺桶を装着すべく位置につく。
だが、衝撃によって装置が動作を停止しているのを見て、舌打ちをした。
仕方なく対物ライフルを手に戦車に向かって走り出したが、何かに躓いて転んでしまった。
それが、彼女の命を救った。

戦車砲が頭上を通過し、装甲車に直撃。
装甲を貫通した砲弾が車内で爆発し、車体が宙を舞った。
あれでは棺桶用のコンテナもひとたまりもない。

*(‘‘)*「戦車一両で、よくも!!」

棺桶と戦車では、その機動性に大きな差がある。
そのはずなのだが、目の前にある戦車はまるで闘牛のように動き、接近を許さない。
下手に近づけば履帯で踏み潰されるというあまりにも現実的な暴力が目の前にある。
ライフルを構え、ヘリカルは履帯に向けて発砲した。

履帯のつなぎ目を壊せれば、戦車は機動力を失う。
轢殺される心配もなくなる。
後は主砲さえ黙らせればこちらの勝ちだ。

*(‘‘)*「履帯だ!! 履帯を撃て!!」

379名無しさん:2022/10/10(月) 19:34:21 ID:.jWT7Gas0
ヘッドセットに向けて放たれた彼女の指示に、生き残った三人の部下が即座に従う。
履帯の装甲と構造であれば、手持ちの銃の強装弾で破壊できる。
集中して放たれた銃弾により、呆気なく左右の履帯が壊れ、戦車が止まる。
砲塔が回転するのを、味方が強引に止めた。

後は搭乗口から中にグレネードを放り込めば、決着がつく。

*(‘‘)*「油断するなよ、相手を熊だと思え」

――直後、砲塔に乗せられていた貞子の体が爆散した。
周囲に肉片が飛び散り、近くで砲塔を止めていた味方が衝撃で飛ばされた。
爆発物の威力は棺桶の装甲を破壊する程ではなかったが、一瞬の隙を生む。
爆散した貞子の血肉が棺桶のカメラに付着し、即応を妨害した。

<ヽ`∀´>「ハロー」

拳銃を持った男が姿を現したが、相手は生身。
こちらは完全武装だ。
恐れる必要はない。

<ヽ`∀´>σ「お前だけ生きていればいいニダ」

――そう、思っていた。
三体の棺桶が取り囲んでいるのに、男はこちらを見て指をさしてそう言ったのだ。
鮮やかなほどの動きで拳銃がひらめき、銃声が四度。
ライフルを構えていた全員の腕の中で、ライフルが暴発した。

〔欒゚[::|::]゚〕『ひっ?!』

*(‘‘)*「きゃっ?!」

構えてから射撃までの時間はほとんどなく、こちらが体勢を崩し、狙いをつけている隙に全ては起きていた。
どこの所属の人間なのかを考えるよりも先に、ヘリカルはしびれた腕で腰にあるはずの拳銃をまさぐっていた。
棺桶三機では勝てないかもしれないと、瞬時に判断してしまったのだ。
ライフルを失った棺桶はそれでも、人間を殴り殺すには十分な力を持っている。

〔欒゚[::|::]゚〕『多少はやるようだが!!』

<ヽ`∀´>「さっさとするニダ」

男は戦車の上に仁王立ちになり、圧倒的不利な状況にあるにも関わらず、あまりにも大胆すぎる態度だった。
思わず、ヘリカルの口から言葉が漏れ出てしまう。

*(‘‘)*「馬鹿かこいつ……」

〔欒゚[::|::]゚〕『なめるな!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『死にたがりがよ!!』

380名無しさん:2022/10/10(月) 19:34:45 ID:.jWT7Gas0
キャサリン・ブブラサーモンとフィージー・ニッケージの二人が、声を荒げて男に飛び掛かった。
二人は共に戦争で男に対して恨みを持っており、戦闘訓練には積極的に参加し、イルトリア軍出身の教官からは高い評価を得ていた。
彼女の率いる部隊の中でもその実力は五指に入る。
ライフルを失ったとしても、彼女たちには徒手がある。

<ヽ`∀´>「あ〜、これニダよ……」

男が何事かを口にし、溜息を吐いたように見えた。
逃げ道のない戦車の上で、何が出来るというのか。
空を舞う燕の様に素早く接近した二機のジョン・ドゥの攻撃は、だがしかし、男に当たることは無かった。
男はネコ科の動物を彷彿とさせるしなやかな体捌きでそれまでいた場所から地面に転がり、その途中で二発の銃弾を放った。

一瞬の出来事だったが、その一連の動きはヘリカルの目に鮮烈に焼き付いてしまった。
あまりにも美しい動きは例え戦場で殺し合いをしている最中であっても、こちらの心を奪ってしまうのだと、教官が嘯いていたことを思い出した。
それはイルトリアではなくタルキール出身の人間で、その武術は組織内でも極めて上位の腕の持ち主。
しかし、その教官よりも遥かに洗練された動きに、ヘリカルは羨望に似た絶望を覚えた。

*(‘‘)*「なん……」

着地と同時に銃腔はロキシー・デキシーの頭部を正確に撃ち抜き、直立したまま絶命させた。
瞬く間に三機の手練を殺した男は、準備運動を終えたばかりの様に息一つ乱さずにヘリカルを見つめた。

<ヽ`∀´>「情報、話してもらうニダ」

細い目の奥にあるどろりとした黒い感情の炎に、ヘリカルの全身は硬直した。
脚は震え、指先から血の気が失われていく。
結果がどうなるのかは、想像しなくても容易に分かってしまった。

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381名無しさん:2022/10/10(月) 19:35:17 ID:.jWT7Gas0
同日 AM11:30

無限軌道の巨大さから想像は出来ていたが、その振動はこれまでに経験したことのないほど巨大な地震を思わせた。
足元から、天井から、そして壁から。
あらゆる場所が振動し、共振し、地鳴りよりも酷い騒音に包まれた空間。
鋼鉄と熱が溢れたその空間は街を攻撃目標とした対都市攻略用強化外骨格、“ハート・ロッカー”の内部だった。

高層ビル並みの高さを有するそれが砲撃するたび、内部は巨大な手によって振り回された壺の様に全てが揺れた。
優れた身体能力を有するアスリートでさえ、その空間では通常の力の三分の一以下しか発揮できないだろう。
現に、イルトリアとジュスティアが誇る高い身体能力を持つ諜報員たちが四苦八苦しているのを見れば納得のいく話だ。
二人が特に苦戦していたのが、物理的に足場が失われる瞬間だった。

どれだけバランス感覚や腕力に優れた人間でも、足場がなければその力は本来の一片すら発揮できない。
移動するだけでも一苦労だが、入り組んだ迷路のように狭い空間が何よりも二人を苛立たせた。
血管の様に張り巡らされたケーブル類はどれも分厚い外皮で守られ、その内側は鋼鉄の被膜で保護されている。
ギン・シェットランドフォックスとハロー・コールハーンがハート・ロッカー内部で行う予定だった破壊工作は、未だにその兆しが見えていなかった。

砲撃が始まっている段階で、彼女たちの任務は完全な形での遂行は不可能となっていた。
この規模の失態は彼女たちの長いキャリアの中でも初めてのものであり、この上ない屈辱を感じていた。
しかし、屈辱を味わってはいたが、冷静さを失いはしなかった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「見当たらんな」

ハハ ロ -ロ)ハ「次の砲撃までの間があるということは、何かしらの変化があったんだろうナ」

使える武器は道中で手に入れた高周波振動のナイフだけだが、何もないよりかはいい。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「胸部、もしくは腰の部分までのルートがないとなると、厄介じゃな」

天井が低いのは幸いだが、その天井の奥にある物が分からない。
迂闊に高周波刀で切りつけ、火花が引火するようなことがあれば元も子もない。
ハート・ロッカーの無力化とは砲撃能力の無力化であり、次いで機動力の無力化だ。
このハート・ロッカーの動力がニューソクなのは間違いないが、それ以外の何かが組み込まれているかは分からない。

脚部に侵入してからまだ何一つとして任務遂行に必要なことが行えていないのは、間違いなくハート・ロッカーの構造が関係している。
恐らくだが、再構築の際に侵入者対策に複雑化したのだろう。
完全に独立した設計なのであれば、一度外に出て改めて胴体への侵入を試みなければならない。
既に脚部のエンジニア達の居場所は確認しており、いつでも尋問が可能だ。

彼女たちが探索した脚部は全体の半分ほどの面積を有しており、100メートルほどの高さを持つビルを探索するのに等しい労力と時間が必要だった。
その中でエンジニア達を見つけられたのは重畳だったが、ここで彼らを殺したところで、メンテナンス担当程度の存在だったのであれば無駄に警戒心を植え付けることになりかねない。
情報を聞き出すのもそうだが、制圧するのに要する時間は極めて短い間で完結させる必要がある。
確認しただけでも10人はいた。

一人でも殺し損ねれば、二人がここに閉じ込められて任務が失敗する可能性は大いにある。
万が一に備えて二人は念入りに調べ、そして、結論を出した。

ハハ ロ -ロ)ハ「外に出て、砲塔を使えないようにするしかなイ」

382名無しさん:2022/10/10(月) 19:35:44 ID:.jWT7Gas0
内部からの制圧が困難、あるいは時間がかかるのであれば、直接的に手を下すのが正解と言える。
爆発物がないため、ニューソクを破壊するのが最短かつ確実だ。
だがそれは、二人とも命を落とすという結末に縛り付ける行為でもある。
別の手段を模索している時間があればいいが、すでに砲撃が始まっている現実が、覚悟を決めさせた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ニューソクを爆発させるか、砲弾を誘爆させるしかないのぅ」

ハハ ロ -ロ)ハ「そのどちらもどこにあるのか、どうやって保護されているのかが問題ダ。
       ニューソクが脚部にないということは、上半身のどこかだろうナ。
       砲弾は訓練の動きから察するに、外ダ。
       ……隠密作戦はもはや意味がなイ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「同感じゃ。 大暴れして、最後に花火を上げるのも悪くはないな」

それが意味するところを、ハローは理解していた。
どちらの手段を取るにしても、結果としてこのハート・ロッカーは大規模な爆発を生み出すことになる。
砲弾に誘爆させたとしても、結局のところニューソクが爆発することになるのは明らかだ。
つまり、派手な葬式が待っているということだった。

ハハ ロ -ロ)ハ「なら、最後まで付き合ってもらうゾ」

正義の為に働き続け、汚れ仕事を請け負ってきたハローの人生が今日、ここで終わる。
そのことに対してハローは微塵も後悔の念を抱いていなかった。
いつかは死ぬ日が来ることは分かっていたし、何より、後悔をしないためにこの仕事をしているのだ。
これまでに汚した手は、何も己の命惜しさにではない。

円卓十二騎士として得た“影法師”の名は、決して伊達ではない。
影で生き、影で死ぬ。
それは今彼女の目の前にいるギンも同じだ。
相対する街で似た役割を担う彼女もまた、同じような生き方をしてきた人間。

覚悟など、とうの昔にできているのだ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「もとよりそのつもりじゃ。
       と、なればじゃ。
       ここに味方を近寄らせるわけにはいかんな」

ハハ ロ -ロ)ハ「ティンカーベルで報告されたあの規模の爆発は、流石にナ。
       私が爆破させル。
       通信手段を奪って、味方に連絡を入れてから合流しロ。
       間に合わなかったらその時は諦めるんだナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ジュスティアはいいのか?」

ハハ ロ -ロ)ハ「この作戦は私単独でやる予定だからナ。
       お前は部下を待機させているんだろウ?」

383名無しさん:2022/10/10(月) 19:39:10 ID:.jWT7Gas0
イ从゚ ー゚ノi、「あぁ。 じゃが、こちらの状況を伝えておく程度じゃ、すぐに済む。
       一度外に出ないと電波が拾えんが、増幅器の類がないか探してみる。
       ダメなら外で通信する」

ハハ ロ -ロ)ハ「分かっタ。 すぐに来イ」

二人はそこで分かれ、それぞれの行動に移った。
ギンが向かったのはエンジニア達が集まる一種の通信室だった。
脚部には常時数人のエンジニアが点検の為に巡回しているが、その部屋を中継地点にしているのはほぼ間違いない。
一網打尽にするのであれば部屋に集まっているところを狙えばいいし、巡回している人間は個別に殺せばいい。

跫音一つさせずに進むギンの姿は、正に暗闇を歩く一匹の黒猫の様に静かで優雅だった。
道中で見つけた部屋の扉を開き、僅かな隙間から中に侵入した。
逆手に構えた大振りのナイフが天井の明かりを反射し、光の尾を残してその場に居合わせた3人のエンジニア達を襲い始める。
ギンの姿を目視した唯一のエンジニアは、耳を境に頭部を上下に両断された。

(::0::0::)「にゃっ……」

そのまま手放されたナイフはギンに背を向けていた男の後頭部に突き刺さり、壁に縫い付ける。
最後の一人は物音に気付いてようやく振り返り、ギンの放った金的を食らい、そのまま天井に頭を打ち付けて即死した。
部屋の中にはDATが2台並び、画面にはハート・ロッカーの全身像が青色の線で表示されている。
そこに細かな数字が表示され、細かな制御が行われていることが分かる。

だが、恐れていた通りの事態が起きた。
目の前のモニターの脚部に赤い文字で警告文が出たのである。
そこには短く、生体情報喪失、とあった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「なるほどな」

侵入されることを想定し、それぞれの作業員に生体情報を発信する装置を付けていたのだ。
つまり、彼女たちがここに来ることを予期していた。
今は術中にあると言っても過言ではない。
DATを使ってハート・ロッカーの制御を狂わせようとしたが、直後にモニターが黒くなり、一切の操作を受け付けなくなった。

端末にナイフを突き立て、二台とも破壊する。
異常事態に対応するための処置としてか、ハート・ロッカーの移動が停止した。
これで僅かでも時間稼ぎが出来ればいいのだが。

イ从゚ ー゚ノi、「通信装置は上か」

死体の耳にはインカムがついている。
大きさから察するに、それは内部での通信用の物だった。
砲撃を担当する人間のいる場所に通信装置があるのは間違いない。
制御装置の類を壊したいところだったが、そのコントロール権は恐らく別の人間に譲渡されたはずだ。

DATを脚部に二台も用意できるだけの資金と備え、そして転用するための技術と知識を持つイーディン・S・ジョーンズがいればそれは自明の理。
味方への連絡手段を手に入れるには、上に行くしかない。
ギンは溜息を吐き、部屋を出た。
その時だった。

384名無しさん:2022/10/10(月) 19:39:31 ID:.jWT7Gas0
鈍い金属音が空間全体に響き渡った。
地響きや無限軌道のそれとは異なる音。
優れた聴力を持つ彼女の耳が聞き取ったそれは、まるで呼吸のように思えた。
更に、その音に紛れて聞こえたのはハローの荒い息遣い。

急いで音の方に向かうと、そこには――

/◎ ) =| )

ハハ ロ -ロ)ハ「ぐっ……ぬ……!!」

――灰色の強化外骨格が、ハローの首を絞めようとしているところだった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「しっ!!」

強化外骨格の膂力と人間の膂力とでは、桁が違う。
ハローの腕がかろうじて相手の攻撃を封じていたのは、決して奇跡の類ではない。
二本の腕を使って首を絞めようとすると、体格差によってその可動域が限定される。
彼女が行ったのは相手の末端を狙うこと。

首を絞めようと伸びてきた両腕の中指を的確にとらえ、それ以上相手との距離が縮まらないようにしているのだ。
時間が経てば破れる状況だが、今は違う。
疾風のように駆けたギンは名も知らない強化外骨格、即ち棺桶の死角となる両者の間からその頭部を強襲したのである。
合金が仕込まれたブーツの踵が杭打機の様に正確に顎を捉え、大きく揺さぶった。

棺桶はカメラの関係で一部の例外を除き、人間の頭部は棺桶の頭部の位置にある。
故に急所として絶対的な位置を確立しており、生身で棺桶を相手にする時には真っ先に狙う場所だった。
そして、顎という末端を的確に狙い打った一撃は、その奥にある生身の脳を揺さぶるのに十分な威力を発揮したはずだ。

/◎ ) =| )『む……う……』

その場からハローが離れたのを確認する間もなく、ギンは不安定な地面を強く蹴り、相手の顎に対して追撃を加える。
脳震盪を誘発すれば時間を稼げる。
ここで無理に戦う必要はない。

/◎ ) =| )『なんてな!!』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「なっ?!」

伸びてきた腕を辛うじて回避し、ギンは構えを取る。
大きさから分かるのはBクラス。
この狭い空間での戦闘は行えるが、決して利があるとは言えない。
問題となるのは、どうしてその巨体でハローを襲うことが出来たのか、という点だ。

ハハ ロ -ロ)ハ「気をつけロ!! そいつは――」

385名無しさん:2022/10/10(月) 19:42:28 ID:.jWT7Gas0
――ギンはハローの言葉とほぼ同時に、その謎が理解できた。
相手の下半身がなく、まるで魔法の様に壁に張り付いていたのである。
恐らくは磁力を利用して金属に張り付き、移動する構造なのだろう。
それならば、配管の一部として擬態し、ハローを待ち伏せして襲うことが可能だ。

頭部に与えたダメージが効いていないのは、人体の構造を無視したその棺桶に秘密があるのは間違いない。
恐ろしいほど静かに、そして素早く二人から距離を取ったその棺桶は、両肘から蒸気を噴射し、構えを取る。
素人の構えだが、金属の塊が襲ってくると考えれば楽観視はできない。
しかも、壁を移動できるということは、天井も移動できるということ。

ハート・ロッカーの中は全て相手の道であり、そこに上下の制限はないのだ。
狭い空間で正面から襲われでもしたら、無傷では済まない。
ここで殺さなければ、後々の面倒になる。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「こいつの面倒は任せろ。
       すぐに追いつく」

ハハ ロ -ロ)ハ「分かっタ」

ハローがその場から駆け出そうとした時、灰色の棺桶が動いた。
まるで蒸気の力を溜めていたかのように、一気に壁を移動してきたのである。
しかしあまりにも直線的な移動。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ワシが面倒を見ると言うたじゃろうに!!」

ギンは笑顔でそれを迎え撃つ。
構えから察していたが、棺桶の性能に頼った素人のそれだ。
恐れる必要があるのは棺桶の性能だけ。
考えなしに突っ込んでくる馬鹿の思考を恐れる必要はない。

武術を身に着けた馬鹿ならまだしも、そうでない馬鹿であれば、殺すのは容易い。
無論、疑念がないわけではない。
脳震盪不可避とも言える一撃を二度受けながらも、その動きにはまるで影響が見受けられない。
その点を踏まえ、ギンは間接的に人間に攻撃を加えるのではなく、直接的な攻撃に転じるしかないと判断していた。

使用できる武器も時間も限りがあるため、より短時間での決着が望まれる。

/◎ ) =| )『ラララアアアイイイ!!』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ちぇいっ!!」

蒸気を噴出させて加速した巨椀がギンの体を捉え、頭部を水風船のように破裂させて即死させる。
一瞬、その幻像が相手のカメラには映ったことだろう。
ギンの使用する棺桶、“グランドイリュージョン”は先刻よりすでに相手のカメラに干渉し、幻像を見せていた。
真逆の方向に向かって攻撃を加えた相手の背後に飛び乗り、高周波振動ナイフを頚椎に突き立て、一気に首を切り落とした。

386名無しさん:2022/10/10(月) 19:42:50 ID:.jWT7Gas0
だが、ギンは奇妙な手応えに眉を顰めた。
人間の首を切り落としたにしては、あまりにも軽い。
そして実際に、噴出するはずの血がないことがこれまでの疑念に答えを出した。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ちっ……!!」

コンマ数秒の逡巡。
そして、刹那の判断がなければギンは命を落としていたに違いない。
関節の可動域を無視して、背中に向けて伸びてきた二本の腕を避ける。
飛び退き、着地したギンが首の切断面に見たのは人間の両目だった。

(^J^)「ゲームオーバーかぁ……」

まだあどけなさの残る、少年と言っていい年頃の顔立ちをしている。
棺桶を使う時、その規格と体格が見合わないことがある。
体格が最低基準に満たない場合、それを補助するための器具があるが、それが使われることは非常に珍しい。
特に、成人男性よりも頭一つ分大きい程度のBクラスでそれを使うことなどまずない。

着地とほぼ同時に投擲したナイフに額を貫かれ、呆けた顔のまま死んだ少年に近寄る。
下半身が壁に張り付くには、当然、そこに下半身があってはならない。
考えられる可能性は、ただ一つ。
脳の一部が付着したナイフを抜き取り、それを使って魚を解体する様に手早く装甲を切り開く。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……なるほどのぅ」

そこにあったのは、四肢のない少年の体だった。
人体の構造を無視した動きも、その構造も、これで説明がつく。
最初から四肢がなければ、人体の制約に囚われない動きが出来る。
棺桶の復元においても、下半身が失われた物を利用できるという大きなメリットがある。

デメリットは、生身よりも繊細さに欠けた動きになるという点ぐらいな物だろう。
無論、通常以上に使用者の力量に左右されるという点については言うまでもない。
この一機だけがハート・ロッカーに配備されているとは考えにくい。
各要所の防御と整備の補助が目的だろうか。

いずれにしても、狭い空間で動きに制約を受けにくい設計をしている棺桶は厄介だ。
例えその技量が糞の様なものだとしても、逃げ場が制限されてしまう以上は、環境が向こうの味方をしてしまう。
残り何体いるのか、それが気になるところだが、まずは目的の達成が最優先。
こちらに向かっているであろう増援に対して警告をしなければ、余計な犠牲と手間を生み、そして時間を失うことになる。

ハローの後を追い、ギンは外の空間へと急いだ。
道中、不運なことに出会ったエンジニアを撫でるように殺し、ほどなくしてハート・ロッカーの外に通じる扉を開くことが出来た。
目に飛び込んできたのは、荒野。
澄んだ青空、そして純白の入道雲。

387名無しさん:2022/10/10(月) 19:43:24 ID:.jWT7Gas0
押し開いた気密扉の向こうは、信じられないぐらいに澄み切った夏の空気と空が広がり、一瞬の間戦争を忘れさせるほどの物だった。
無限軌道の頂上部、胴体との接合部は平面な空間が広がっている。
胴体の正面を除いてハート・ロッカーを覆うような形の空間の端には、整備中の転落防止のためか柵が設けられていた。
見渡しても、ハローの姿はなかった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「もう行ったのか…… いや、違うか」

それにしては早すぎる。
風の音に混じった彼女の音を探る。

ハハ ロ -ロ)ハ「らあっ!!」

金属が砕ける音とハローの雄叫び。
それは、ギンの頭上から聞こえてきた。
音の方を見ずに、ギンはその場から跳躍して離れた。
目の前に何かを抱いて落下してきたハローは、流れるような受け身をとって落下のダメージを軽減。

高さのダメージを一身に受け、装甲に半ばまで埋まっているのはやはり下半身のない棺桶だった。
より正確に言えば、両腕も失った棺桶だ。

(十)『ぎ……ギ……!!』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「さっきの奴な、四肢のないガキじゃった」

ハハ ロ -ロ)ハ「こいつは小人症ダ。
       胴体に入ろうとしたら襲ってきタ。
       やっぱり金属部分に張り付いていやがっタ」

共通点は体の小ささだ。
狭い空間内での戦闘を有利に進めるためには、どうしても体格がネックになることがある。
規格外の体型をしている人間は、そうした場所でも戦うことが出来る。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ということは、各所にこいつらがいるということか。
       面倒じゃな、正直」

ハハ ロ -ロ)ハ「今の内に通信をして、作戦を進めロ。
        このクソガキは私が処分すル」

(十)『だ……く……キ……だ……!!』

息も絶え絶えに紡がれたその言葉を、ハローは最後まで聞くことは無かった。
元より四肢がなく、その上両腕を切断された強化外骨格など、恐れることは無い。
乱暴に引きずりながら、二人はどこかへと消えた。
尋問と掃除をハローに委ね、ギンは無線機を起動した。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「本部、聞こえるか? こちら火狐0」

388名無しさん:2022/10/10(月) 19:43:49 ID:.jWT7Gas0
『こちら本部。 火狐0どうぞ』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ハート・ロッカーはニューソクで動いておる。
       それを爆破して無効化する故、友軍へは別の指示を」

『本部了解。 すでにそちらに向かっている部隊がいるため、指示を出す』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ワシの部下にも同様に指示を頼む」

『了解』

これが生涯最後の通信になるとしても、両者ともに感情を出すことは無い。
任務が始まった時から、いつ命が失われても不思議ではないことは覚悟の上だ。
イルトリアの前市長が率いた“ビースト”の一人だとしても、それは例外ではない。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「よし」

ハハ ロ -ロ)ハ「こっちも終わっタ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「早いな。 どうやって捨てた?」

ハハ ロ -ロ)ハ「関節部に頭から詰めておいタ。
       ハート・ロッカーが動けば潰れるようにしたから、少しは時間稼ぎが出来ル」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ははっ、流石じゃな。
       さぁて、山登りを始めようかの」

ハハ ロ -ロ)ハ「どっちかと言えば、墓穴を掘る作業だがナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「確かにそうじゃな。 ここがワシらの墓になるんなら、もう少し豪華にしてやろうか。
       いや、棺桶といったほうがいいのか」

ハハ ロ -ロ)ハ「お前と一緒に死ぬだけならまだしも、同じ棺桶に入るなんて思ってもみなかっタ。
       ……だが悪い気はしなイ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「あぁ、悪くないな。 さぁ、ワシらの葬式を始めるかの。
       ド派手な奴をな」

二人はかつて意図せずに行った共同作戦の日に一瞬だけ思いを馳せたが、それはコンマ数秒の事。
任務を遂行するため、二人は先を急いだ。

389名無しさん:2022/10/10(月) 19:45:21 ID:.jWT7Gas0
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同日 AM11:45

高高度を飛ぶヘリコプターに通信が入ってきた時、すでにニョルロックが目前に迫っていた。

ミ,,゚Д゚彡『予定変更だ』

それは、イルトリア市長、フサギコ・エクスプローラーの声だった。
背後からは爆発音や発砲音が聞こえており、イルトリアでも戦闘が始まったことを如実に物語っている。
答えたのはトラギコ・マウンテンライトだった。

(=゚д゚)「だろうな。 で、どんな変更ラギ?」

作戦が全て予定通りに進むことは無い。
刑事としての実戦経験が多い彼にとって、予定の変更は逆に予定通りとも言える。

ミ,,゚Д゚彡『ハート・ロッカーは既に起動し、ジュスティアに砲撃をしている。
     破壊工作として取れる手段がニューソクの破壊に伴う爆破になった。
     トラギコ、お前はジュスティアで支援をしてほしい。
     やつらの拠点についてだが、心配ないとのことだ』

トラギコの任務、もとい、役割はハート・ロッカーの無力化だった。
事前に潜入している人間は、イルトリアとジュスティアを代表する工作員。
“茶会事件”の当事者同士ということもあって、その力量は計り知れない。
しかし、ハート・ロッカーの起動と砲撃は彼女たちの任務が予定外の形で動いてしまっていることを物語っている。

そしてイルトリアの市長が当初の予定と違ってジュスティアに戦力を割くことを指示するのは、更に予定外の事が起きていることを意味している。
つまり、ジュスティアに何かが起きたのだ。
彼にとってジュスティアは故郷であり、彼の守るべき場所の一つでもある。

390名無しさん:2022/10/10(月) 19:45:44 ID:.jWT7Gas0
(=゚д゚)「……分かったラギ。
    ジュスティアの現状は分かるラギか?」

ミ,,゚Д゚彡『正直に言うと、非常にまずい。
     戦艦とハート・ロッカーの砲撃で被害がかなり出て、上陸して攻め込まれるのは時間の問題だ。
     ピースメーカーは砲撃を受けて崩落、別の場所では円卓十二騎士が一人死んだ。
     第一騎士だと聞いている』

円卓十二騎士の第一騎士、シラネーヨ・ステファノメーベルは紛れもなく実力者であり、歴戦の猛者だ。
最古参でありながらその力量は衰えを知らず、ある種の伝説と言ってもいい次元にいた存在。
その彼が、死んだということはにわかには信じがたいが、受け入れなければならない現実だ。
敵の備えは、こちらが想像している以上の物なのだと再認識しなければならない。

トラギコが最も驚いたのは、ピースメーカーの崩落だった。
スリーピースと同様にジュスティアを象徴する物であり、それが崩落することの街全体への影響は計り知れない。

(;=゚д゚)「市長は?」

市長であるフォックス・ジャラン・スリウァヤは、その執務室をピースメーカーに設けている。
彼が耄碌しない限り、この状況下でも執務室にいたはずだ。

ミ,,゚Д゚彡『ピースメーカーにいたことは確認されているが、その後は分からない。
     だがあいつは保険をいくつかかけていた。
     その保険の一つが、お前だ。
     民間人の避難を完了させる為に、働いてほしいそうだ』

(=゚д゚)「スリーピースがある以上、避難はそう簡単に行かないラギよ。
    ありゃあ檻みたいなものでもあるラギ」

外部からの攻撃、侵略に対して有効なスリーピースではあるが、内側から外に出る道は限りがある。
早期段階での市民の避難が行われていれば別だが、ジュスティア地下に存在するシェルターに避難させるのがこうした場合のセオリーだ。
逃げ出した市民を狙われるのを避けるのが目的だが、何より、それによって開いた出口から敵が侵入してこないとも限らない。
避難民に扮した敵の内通者がいれば、その出入り口を開いた状態にされることも考えられる。

ミ,,゚Д゚彡『普通はそうだ。 だが言った通り、保険がある。
     一度に避難できる人数には上限があるから、それを何度実行できるかが問題だ』

(=゚д゚)「保険? 俺以外にも保険があるラギか?」

ミ,,゚Д゚彡『あいつが用意した保険は複数ある。
     世界最長の街がその一つだ』

世界最長の街。
それはつまり――

(=゚д゚)「エライジャクレイグ……?!」

鉄道都市であり、世界最長の都市でもあるエライジャクレイグ。
スノー・ピアサーを始め、テ・ジヴェなどの多くの列車を持つ街だ。
確かに内藤財団の介入を受けていない街の一つだが、この状況下で手を貸してくれるというのは驚きだ。

391名無しさん:2022/10/10(月) 19:47:15 ID:.jWT7Gas0
ミ,,゚Д゚彡『地下鉄を使って、可能な限り乗せて移動させるそうだ。
     だが奴が危惧しているのは、別件だ。
     内部からの突破、それを恐れていた。
     だからトラギコ、内外に精通したお前が必要なんだそうだ』

(=゚д゚)「まぁ、俺は大丈夫ラギ。
    でも、そうするとデレシアは?」

もう一人の乗客であるデレシアを見て、トラギコは言った。
話を振られた本人はまるで表情も態度も変えず、トラギコの視線に対して笑みと共に答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「私はニョルロックで降りるわ。
       適当な移動手段を見繕って、それから目的地に向かうだけだから」

恐らく、トラギコが初めて見た時と同じ服装。
カーキ色のローブ――腕を通す穴とフードが付いた特殊な物――と、通気口の付いたデザートブーツ。
豊作を確信する程の黄金色を思わせる金髪の下にある、空色の瞳。
化粧を一切必要とせず、その生のままで圧倒的な美貌を保有している。

しかし、もしも幾度も命のやり取りをしたことのある者であれば、その全身が醸し出す恐るべき気配に気づけるはずだ。
近づけば命がない、という確信。
白熱化した鉄、轟く雷鳴、荒れ狂う嵐の海。
それこそが、トラギコの持つデレシアという女に対する印象だった。

(=゚д゚)「ってことで、こっちは問題ないラギ」

ミ,,゚Д゚彡『負担をかけるがが、よろしく頼む』

直後、ヘリが機首を下に向けて一気に降下を始めた。

(=゚д゚)「そっちは大丈夫ラギ゙か?」

ジュスティアが苦戦している今、イルトリアが無事である保証はない。
世界最強の軍隊を保有していると自負していても、圧倒的な物量を前にしては無傷ではないだろう。

ミ,,゚Д゚彡『あぁ、こっちは気にするな。
     だが、砲撃がこっちに向けられると困る。
     これ以上奴らを勢い付かせたくない』

フサギコの懸念も現状も、今の一言で十分にトラギコに伝わった。
苦戦をしてはいないが、楽な戦いをしているわけでもないのだろう。
敵にとっての安全圏内から致命的な攻撃を仕掛けてくる相手など、厄介以外の何物でもない。
長引かせればそれだけこちらが不利になる。

(=゚д゚)「まぁ、ジュスティアは俺に任せてくれていいラギ」

ミ,,゚Д゚彡『フォックスの事は気にせず、思い切りやれ。
     あいつなら大丈夫だ』

392名無しさん:2022/10/10(月) 19:48:37 ID:.jWT7Gas0
その言葉は慰めの類ではなく、まるで、目の前にある事実を述べているかのように自信と確信に満ちていた。
しかし、例えフォックスが優れた人間だとしても、生身で物理的な打撃による致命傷を克服できることはない。
他にも落下による衝撃など、自然の摂理に反することは誰にでも無理なのだ。

(=゚д゚)「ピースメーカーが崩落したんだったら、流石に楽観視は出来ないラギよ」

ミ,,゚Д゚彡『それでも、だ。
     なぁに、俺を信じろよ。
     あいつのことはお前よりもよく知ってるんだ。
     さて、ここから最短でジュスティアに向かうには、どうしてもクラフト山脈を越える必要がある。

     燃料を少しでも節約するために、低空飛行に切り替えることになるが、敵の攻撃が予想される。
     どうにかしてくれ』

高高度を飛ぶためには、どうしても推進力である燃料が必要になる。
ローターで飛ぶためには空気が必要であり、高度が上昇するにつれてそれは薄くなってしまう。
その為、ある一定の段階でヘリは上昇することが出来なくなってしまうのだ。
先ほどまで飛行していたのは、積載した燃料を燃やして推進力を得ていたにすぎない。

クラフト山脈を越えるためには燃料が不可欠。
敵が対空部隊を用意していたとしたら、かなり嫌な状況になる。

(=゚д゚)「予想されるっていうか、もう確定しているんじゃないのか?」

ミ,,゚Д゚彡『まぁな。 偵察部隊からの報告で、ニョルロック周辺に攻撃ヘリが複数確認されている。
     ライフルは持ってるだろう? それでどうにかしてくれ』

(=゚д゚)「それ以外の選択肢がないんだったら、そうするラギ」

手元にあるライフルならばヘリを落とせるが、そのためにはかなりの技量が必要になる。
果たして揺れるヘリの中から当てられるだろうか。
その問題に目を瞑れば、問題はないと言ってもいい。

ミ,,゚Д゚彡『ははっ、上出来だ』

頼もしく笑ったフサギコの声に、トラギコもつられて薄く笑った。
状況は良くはないが、悪くもない。
戦争は始まったばかりなのだ。

ミ,,゚Д゚彡『……それと、デレシア。
     ブーン達は無事に奴らの航空機に乗り込んだ。
     そこから先は分からん。
     何せ連絡をくれたのは、あー、なんだ』

それまで一度も言い淀むことのないフサギコだったが、僅かに躊躇いの様な間を挟んだ後、続けた。

ミ,,゚Д゚彡『……ディ、からなんだ』

393名無しさん:2022/10/10(月) 19:50:20 ID:.jWT7Gas0
その名前を、トラギコは知っていた。
デレシア達が使用しているバイクの名前だ。
バイクが報告をする、という非常識な話が出れば、誰だって戸惑う。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、あの子も粋なことするわね。
       ってことは、別行動になったのね」

ミ,,゚Д゚彡『あぁ、ディは今ウチの戦艦に収容されてる。
     自分で最寄りの船に連絡して、自分で色々とした。
     流石に船長もびっくりしてたよ。
     あいつ、相当賢いな』

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、とっても賢いの」

話の次元が違うことは間違いない。
機体内のランプが緑色に点灯し、酸素マスクを外してもいいという合図が出る。
機内の二人はマスクを外し、溜息を吐く。

(=゚д゚)「……そろそろじゃないのか、デレシア?」

体を機体に固定していたベルトを外し、扉を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 私はこの辺りで降りるわ。
       それじゃあね、刑事さん」

そう言って、いつの間にかパラシュートを背負っていたデレシアはヘリコプターから一切躊躇うことなく飛び降りた。
眼下に広がるのはニョルロックの街並み。
背の高いビル群の間から湧き上がる様にして、人々の興奮が伝わってくる。
まるで祝祭。

世界経済の中心とも言えるニョルロックは内藤財団系列の企業がひしめき、その恩恵にあずかっている人間は数知れない。
街全体が今回の戦争を祝福し、肯定しているのは不気味ですらある。
普段は戦いと無縁の人間達が争いを肯定し、そして、支援する。
やがてそれは義憤にも似た感情を生み出し、戦いに身を投じる人間の数を増やすことだろう。

人を動かす最も簡単な方法は、感情を揺さぶることだ。
長い時間をかけて内藤財団の言葉に力を持たせた結果がこれだ。
もしもこれが、新興宗教が突然言い出したのであれば、誰も耳を傾けないだろう。
仮に十字教だとしてもその影響力は気にするほどでは無い。

だが、生活の中に入り込み、多くの慈善事業をしてきた企業の一言がもたらす力は絶大だ。
全てはこの日の為に準備されてきたのだと、ニョルロックの平穏な空気を感じ取って痛感する。
しかし、その祝祭ムードが間もなく終わることになる。
相手はデレシア。

破滅と破壊、絶望と崩壊をもたらすでたらめな存在だ。
すでに彼女の姿は街の中に消え、トラギコを乗せたヘリはジュスティアに向けて転進する。

(::0::0::)『……マジか』

394名無しさん:2022/10/10(月) 19:50:42 ID:.jWT7Gas0
ヘリの操縦士の間の抜けたような声が、トラギコの耳に入ってきた。
しかし、それとほぼ同時にトラギコも同じような気持ちを抱いて視線を別の方に向けていた。
視界の端に映ったその非常識な光景は、ティンカーベルで見たことがある。
天に昇る火柱、地面から生えてきたマグマの血が通う石柱のような姿。

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″ ./  /  ./ ,i′      i|                     |i.  ..l.  .ヽ  .ヽ ヽ.
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'" ./   ,/ /     .、  i|          i            |i   l   ヽ    ヽ
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./   ./ ./      ./ i|  i                        |i     |″ l
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同日 AM11:48

それは、ニューソクが爆発した時に見せる恐るべき光景に相違なかった。
その光景に一喜一憂する余裕はなかった。
直後に響いた警告音とヘリの急加速。

(::0::0::)『悪いな、刑事さん。
    お客さんを出迎えてくれ』

(=゚д゚)「おっしゃ!!」

395名無しさん:2022/10/10(月) 19:51:10 ID:.jWT7Gas0
ここまで来たら、大企業が相手であろうとも善良な市民であろうとも、戦うしかない。
自身の体とヘリをつなぐワイヤーの接続を今一度確認し、扉から体を半分だけ出す。
眼下のビルから飛び立ったのは、実に20機もの攻撃ヘリ。
飛び立ったのが高層ビルの屋上ということもあり、追いつかれるのはそう遅くない。

こうなることを予期していたのか、それとも保険だったのか。
ハート・ロッカーに向かうこのヘリの存在が報告され、それに備えたと考えるのがいいだろう。

(;=゚д゚)「って、多すぎラギ!!」

(::0::0::)『悪いが、このヘリに武器は積んでない。
     持ってきたのでどうにかしてくれ』

(;=゚д゚)「ちいっ、とりあえずジュスティアまで急いでくれラギ!!」

(::0::0::)『あぁ、ジェットを使って急ぐ。
     だが、それはクラフト山脈を越えてからだ。
     ジェットの付いてないやつらのヘリじゃ、クラフト山脈は越えられないはずだ。
     任せた』

マスターキーの付いたH&KG36A2を肩付に構え、トラギコは息を吐いた。
本来は屋内での戦闘を予定していただけに、弾倉の数は十分とは言えない。
だが威力はBクラスの棺桶を想定した弾であるために十分だ。

(=゚д゚)「……へっ、俺の勘は当たってたラギね」

オセアンから始まり、そして気が付けば世界中を巻き込んだ戦争。
事件を一目見た時に感じたその直感は、間違いなく正しかった。
トラギコの刑事人生をこれで終わりにしてもいいと思える、大きな仕事。
彼の持つ夢。

誰にも教えたことのない夢が、叶うかもしれない。
今世界で起きていることを、ビロード・フラナガンが聞いたらどう思うだろうか。
今世界で起きていることを、ドクオ・マーシィが見たらどう思うだろうか。
今世界で起きていることを、ラブラドール・セントジョーンズが知ったらどう思うだろうか。

トラギコは誰にも見せたことのない笑顔で、心の底から楽しそうに叫んだ。

(=゚д゚)「やっぱり、これが俺の天職ラギね!!」

銃爪を引き、トラギコの人生において最初で最後の空中戦が幕を開けたのであった。

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第十一章 【 Ammo for Rebalance part8 -世界を変える銃弾 part8-】 了

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396名無しさん:2022/10/10(月) 19:51:45 ID:.jWT7Gas0
これにて今回の投下は終了です
相変わらずVIPでのスレ立てが規制されているので残念です……

質問、指摘、感想等あれば幸いです

397名無しさん:2022/10/10(月) 20:44:11 ID:HjSrQ6ek0
おつ

398名無しさん:2022/10/12(水) 20:15:08 ID:TqBDzvQw0

この花屋さんの生け花は遠慮したいですね…
いやーホントにディさん優秀ですね。出来ない事がないんじゃないっかてぐらい
最後のシーンでトラギコが思い返してる人たちは夢鳥花虎の人達だよね。こういう作品間の繋がりがあるってやっぱいいよね!

>>377
戦いが無駄ではなかったことが報われたのだと

ここなんだか言い回しが気になっちゃって、無駄ではなかったと報われたのだと
の方がいいような気がするけど、そのままでよかったのならすみません…

>>378
ヘリカルはその中で頭部を何度も頭を打ち付けて

ここ頭部と頭が意味が被っちゃってるから片方だけでいいんじゃないかな?

399名無しさん:2022/10/12(水) 21:44:36 ID:t3m.hXxY0

色々ありすぎてこの戦争の結末がどうなるかわかんねえな…
個人的にはデレシアとヒート・ブーンの動向が気になる

400名無しさん:2022/10/13(木) 19:27:01 ID:X1P2xk/.0
>>398
うはぁ……ご指摘いただいた通りです……!!
毎回本当にありがとうございます!

401名無しさん:2022/10/16(日) 14:42:16 ID:1aexbhPw0
おつ!
目まぐるしいな
棺桶とかの兵器戦闘が主だったからそれに頼らないニダーの強さがかっこいいわ
そしてアサピー有能すぎる

402名無しさん:2022/12/02(金) 20:22:32 ID:l1uQgmjk0
長らくお待たせいたしました。
VIPでのスレ立てが引き続き規制されているので、場合によってはこちらで日曜日にお会いしましょう。

403名無しさん:2022/12/03(土) 09:29:26 ID:RCoxUfBs0
ひゃっほーう

404名無しさん:2022/12/05(月) 19:44:00 ID:/v63KFhk0
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人の中に愛を見つけた者がいると聞いた。
だが私は見つけられなかった。
神の中に愛を見た者がいると聞いた。
だが私は見つけられなかった。

私は、愛を見つけたいだけなのだ。
理解してくれるのは、きっと、神だけなのだろう。

                                     ――ある神父の手記より抜粋

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十字教の聖地、セントラス。
静謐かつ荘厳な空気の漂うその街で銃声が響くのは、極めて珍しい事だった。
しかしそれ以上に珍しいのは、セントラス内で戦闘が起きていることだった。
街を守るための“クルセイダー”は遠征しており、外敵との戦闘は銃を手に戦うことを決めた一般市民たちだった。

彼らの信仰する十字教の教えに反する行為だったが、それを破ってでも戦わなければと覚悟を決めたのだ。
だが現実は非情で、奇跡が起こることもなく、一人またひとりと銃弾に倒れていった。
セントラスを攻め落とす為に現れたのは、彼らがこの世界の地図上から消そうとしているストーンウォールの精鋭たち。
戦闘経験も覚悟も段違いだったが、何より、加護と奇跡を信じていないのが大きな差だった。

銃弾の恐ろしさを知るストーンウォールの人間は自らの安全を確保した上で射撃し、英雄的行動などはとらずに淡々と攻撃を加えた。
街の防御はお世辞にも万全とは言えなかった。
特に、外敵からの攻撃に対する防御手段が何もないのは致命的だった。
壁か、あるいは簡易的な地雷原でもあれば展開は違ったことだろう。

多数の車輌を止めるだけの手段がないセントラスは、ストーンウォールの部隊を発見してから僅か3分で侵攻を許してしまった。
街の法律上、路上駐車の存在がなかったことにより、まるで山から流れ込む川の水のように、武装した人間がセントラスの大地を進んで行く。
機動力を生かした電撃戦は、平和に慣れ、自衛手段が手元にないセントラスに対して極めて有効だった。
やがて、川の行き着く先が海であるかのように、ストーンウォールの大部隊はセントラスの中心に集まっていた。

――即ち、大聖堂“ノーザンライツ”。

そこが、セントラスとストーンウォールの戦いの終着点となった。

405名無しさん:2022/12/05(月) 19:44:21 ID:/v63KFhk0
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                     (⌒)
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            ,.´llllllllllllllllllllliiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii .、            ||
            illllllllllllllllllllllliiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii_:|          γ ⌒ヽ
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            |i:::::li;;;;;|i:::::|||i:::::li;;;;;|i:::::||i:::::li;;;;;|i:::::|         丿;;;::i;;;......し
            TIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII了        l⌒ll⌒ll⌒l|
            l__i__i__i__i__i__i__i___†___i__i__i__i__i__i__l         li :;;|l;;;;;|l::..||
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ラヴニカで起きている戦闘は、依然としてその激しさを増すばかりだった。
初撃の混乱は既に収まりを見せ、ゲリラ戦の有利を失ったラヴニカの人間達は地の利と武器の質を頼りに戦っている。
使用される多くの武器が大量生産されていない物ばかりで、棺桶に至っては初めて起動する類の物も混じっていた。
複雑に入り組み、高低差のある街の構造を知るだけでも彼らにはかなりの利がある。

内藤財団の支援を受けている弱小ギルドも参戦していたが、ラヴニカの意思と反する存在はあらかじめマークされており、早々に殲滅されていた。
彼らの決起は組織立っており、尚且つ計画的だった。
世界規模で起きた同時多発的な内藤財団の戦闘行動の利点は、その突発性だ。
その突発的にも思える攻撃に対し、出鼻を挫くことが出来たのは世界でもイルトリア、ジュスティア、そしてこのラヴニカだけである。

蜂の巣をつついたような反応。
そして祝祭の様な熱狂。
街中に散らばる約8000人の敵勢力に対し、街がほとんど総出で対応すれば、これまでラヴニカで開かれたどんな祭りよりも盛り上がることは必至だった。
素人の8000人ならば即座に降伏する程の抵抗だったが、それぞれが古強者の戦闘員で構成された部隊。

地の利と数の不利を負いながらも、彼らは一歩も引かずに街中で戦闘を繰り広げていた。
極めて小さな探し物。
たったそれだけの為に、ラヴニカは戦場と化していた。
消耗戦が予期されたが、それは長くは続かなかった。

――“灯内戦”の最終局面は、文字通り炎と共に幕を開けた。

拮抗状態が崩れたのは、街に火が放たれてからだった。

406名無しさん:2022/12/05(月) 19:44:44 ID:/v63KFhk0
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____..!         l l                  リ           ,ト |     l |しイ {
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_二.|..|..二.. ,..|..|二 `Y´( i/ ̄'.  ̄'l.,/    く、  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.ヽ、  /i_|  ) 、.::: /       }. ̄ ̄ ̄...丿)   ̄ ̄ ̄ ̄`--i:::::..、..
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第十二章 【 Ammo for Rebalance part9 -世界を変える銃弾 part9-】

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マドラス・モララーが十字教の信者となったのは、生まれた時からだった。
彼の両親は敬虔な十字教の信者で、息子である彼も入信させたのは自然なことだった。
生まれてから彼の周囲には十字教の人間が多く、学校で作った友人も皆同様だった。
宗教は彼にとって、日常生活の一つであると言っても過言ではない環境だったが、それは世界中にいる信者にも言えることだ。

十字教の教えを教育に生かした学校に入り、彼は多くを学んだ。
教養。
友情。
集団生活。

そして、命の事。
彼が初めて命の終わりを見たのは、6歳の時だった。
クラスで飼育していた金魚が死に、校庭に埋めた。
皆が泣く中、モララーだけがその理由を分からずにいた。

死んだ者は皆神の傍に旅立つと教えられていたからだ。
家庭で、そして学校で。
彼は死を悲しむことが理解できなかったが、他にも涙を流していない人間がいたので、自分がおかしいとは思わなかった。
13歳の時、再び彼は死を知ることになる。

彼の祖母が死に、葬式が開かれた。
彼にとって、初めて身近な人間の死だった。
歌を歌い、色とりどりの花で満たされた棺桶に彼もまた花を添えた。
祖母の死に顔は穏やかな物だった。

407名無しさん:2022/12/05(月) 19:45:16 ID:/v63KFhk0
だが、彼の心は凪いでいた。
祖母にはよくしてもらった思い出しかない。
お小遣いも、おやつも、全てが優しさで溢れていた。
しかし、祖母が急逝したと聞いた時も、こうして死体を見た時も、湧き出る感情は金魚の時と同じく虚無だった。

死は、果たして悲しい物なのだろうか。
神の傍に行くことが悲しい事なのだろうか。
神のいる国は悲しみも苦しみもない楽園だと教えられた。
そう教えた大人たちが、一人の人間の死に対して涙している光景は、彼の目には異常に映った。

モララーが神について学ぶにつれ、疑念が膨らんだ。
神の実在と同様に、聖書に現れる愛という言葉。
その二つはまるで同義の様に語られ、使われている。
つまりは、神と愛は同時に存在し得る存在なのだと結論付けたのは彼が16歳の時。

丁度その時、彼に好意を寄せる異性がいた。
彼と同じ学校、そしてクラスにいる異性だった。
彼の事を好いていると言ってくれた。
年頃の彼にとって、初めての恋愛だった。

彼は恋が分からなかった。
それ故に、この機会を大切にしようと思った。
手を繋ぎ、下腹部に熱い何かを感じた。
口付けを交わし、下腹部に熱いものを感じた。

だが、愛は感じられなかった。
彼の生殖器だけが反応するだけで、心はまるで揺らがなかった。
彼の心を揺るがしたのは、彼女の言葉だった。

「私はあなたを愛しているの、モララー」

愛していると告げられたのは、これが初めてだった。
いや、ひょっとしたら過去に両親が言ったのかもしれない。
しかし彼の記憶にある最初の言葉は、それが初だった。
その時の感情は、彼の記憶に強烈に残されている。

何と。
嗚呼。
何と、陳腐な物なのだろう。
神が皆に与えているという無償の愛。

その正体は、果たして、こんなに安っぽい物なのか。

「あなたは私を愛している、モララー?」

問いかけられ、彼は答えに窮した。
何が正解なのかは分かっている。
だが、ここで答えてしまえばその言葉の陳腐さを肯定することになる。
彼は反射的に答えた。

408名無しさん:2022/12/05(月) 19:45:54 ID:/v63KFhk0
( ・∀・)「うん」

愛している、と口にしなかったのは彼に残されたたった一つの希望からだった。

「嬉しい」

その時。
世界に、一匹の獣が生まれた。
愛を知る為に、愛を貪る獣が。
16歳、それが彼の最初に殺人を犯した年齢だった。

街から離れた森で、恋人だった異性――名前は忘れた――は彼の手によって絞殺された。
つい先ほどまで目を潤ませて愛を口にしていた彼女は、死ぬ寸前の虫の様に四肢をばたつかせて死んだ。
愛は、そこにあったのだろうか。
果たして、その死体のどこに愛があるのだろうか。

その手で命を奪ったという実感はあったが、感慨はなかった。
蚊を潰したような、そんな感覚だった。
手に愛は残されていない。
神は、愛は、果たしてどこにあるのだろうか。

死体と化した恋人を見て、モララーが抱いた感情はただ一つ。
この死体と己の殺人をどのようにして正当化するかという、極めて単純な困惑だった。
床に水をこぼして、それをどうするか悩む程度の感情。
つまり、彼女とモララーとの間には正しい愛はなかったのだと考え、後悔は一切なかったのだ。

結局、死体は野生動物に食わせ、彼自身は獣から逃げるために崖から落ちたという設定にして誤魔化せた。
学校を卒業してから、彼は聖職者としての仕事を得て、世界中に派遣されることになった。
若さとその傾聴力によって、多くの異性が彼に惹かれた。
そして、その多くが彼の手によって殺された。

命をどれだけ冒涜しても、どれだけ分解しても、その中に愛は見つけられなかった。
最後の希望である神は、未だに見つかっていない。
世界を愛で満たせば神が見つかると考え、世界を変える為に戦うことを決めた今となっても、未だに答えは出ていない。

( ・∀・)「うんうん、いい感じですね」

彼はノーザンライツの屋上で、恍惚とした表情を浮かべていた。
足元からは銃声と悲鳴が響き、爆発音も時折聞こえてくる。
命が消え、その魂という概念は神という概念に吸収されていく。
目に見えないその連鎖が、今、足元で起きている。

それらは全て想像に過ぎない。
仮に直視していたとしても、その循環を直視することは出来ない。
見られないからこそ、見ないのだ。
観測しなければ可能性は存在し、彼の中に残された神と愛という存在を否定することは無い。

409名無しさん:2022/12/05(月) 19:46:48 ID:/v63KFhk0
死体の山の中に神を、愛を見出せるかもしれない。
全ては、まだこれからなのだ。
殺し合いの果てに愛はあるのか。
戦いの果てに神は姿を見せるのか。

まだ、何も分からない。
愛と神の観測者になるためには、何もかもが不足している。
ギコタイガー・オニツカ・コブレッティは信奉する正義の為に戦いに赴いているが、モララーはまだ戦う必要性を感じていなかった。
セントラスという街が滅びるのは、正直なところ、計画の一つでもあるからだ。

世界中に影響力を持つ宗教を利用したのは単純に組織の根を張り巡らせるためで在り、その後は切り捨てる予定だった。
無論、モララーは今でも十字教徒だ。
しかしそれとセントラスの存続とは、まるで別問題だった。
聖地が失われることで神の力に影響が出るのであれば、それまでの話であり、信仰心に影響が出るのであればその程度の存在ということだ。

全てはただの名称であり、大した意味を持たない。

( ・∀・)「はぁ…… 悲鳴はいい……」

ノーザンライツにいるのはほとんどが非武装の人間で、戦闘などとは無縁の人間達だ。
自分たちの街を守る為に攻め入ってきた相手に対して出来ることは、神の愛やその類を口にする程度の知識しかない。
そんなもので守れるものは何もないのだと知りながら、今、銃殺されていく人間の悲鳴はどんなワインよりも豊潤で雄弁だった。
女子供も関係なく、ストーンウォールの人間達は殺していくだろう。

彼らの存在を否定する相手に遠慮など無用。
道徳や倫理に反することだと知っていても、生存するためにはやむを得ないと割り切って殺してくれる。
全ては生存のため。
互いに殺し合い、疲弊し、極限まで削り切った後に残るものが愛なのかもしれない。

モララーはその残滓を覗き見たいがために、組織の意とは別の動きをしているのであった。

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410名無しさん:2022/12/05(月) 19:47:39 ID:/v63KFhk0
ギコタイガー・オニツカ・コブレッティはジュスティア警察の中でも、ある意味で異質な存在として知られていた。
正義の味方に憧れて警官になる人間は大勢いたが、トラギコ・マウンテンライトに憧れて警官になったと公言する人間は一人だけだったからだ。
ジュスティア警察内でトラギコと言えば、はみ出し者の厄介者。
警察の汚点とも言える存在だったが、一部の界隈では彼の暴力的な素行を肯定する者がいるのも事実だった。

“CAL21号事件”は、特にそうした力による正義の執行を是とする人間達にとって、まるで伝説の様に語り継がれる話だ。
ギコタイガーはトラギコの姿に憧れ、彼の様になるべく、型破りな捜査で事件の解決を図った。
だが警察上層部も馬鹿ではない。
ジョルジュ・マグナーニとトラギコの存在だけで頭を痛め続けてきたこともあり、第二、第三の無法者を生み出さないために徹底して規則の順守を言い渡した。

表面上、彼は上層部のいいなりとなり、大人しく模範的な警察官として事件に関わることになった。
実際は違った。
法で裁けない犯罪者を、彼は闇夜に紛れて殺して回ったのだ。
あらゆる犯罪者は、より残酷に、より凄惨に殺された。

殺人を犯した者も、窃盗を働いた者も、ギコタイガーが関わっていない犯罪者も、皆殺された。
ナイフで、銃で、素手で、その辺にあった石で。
警察内部でもその異様さに気づいた者がおり、ギコタイガーを事件担当者から外すなどの措置が取られたが、彼はその手を血で汚すことを止めなかった。
事件が起きたことを聞きつければ、人知れず現場となった街に繰り出し、容疑者を殺した。

一時、ジュスティア警察の未解決事件の数が増えたのはこのためであると言われている。
彼の信条は極めて単純だった。
犯罪者を全て殺せば、犯罪は起きない。
その結果、犯人と確定していない段階で殺された人間が大勢生まれ、その犯行が内部の人間によるものだと確定した。

警察は内部の汚点を世に知らしめることを嫌い、確たる証拠を見つけずに一連の事件を迷宮入りにさせた。
犯人候補であるギコタイガーは現場から遠ざけられ、監視を付けられることになった。
資料整理係という現場から離れた、いわば警察署内でも隠居した老人たち向けの業務へと追いやられたのは自然な流れだった。
しかし、それこそが彼にとって転機となった。

資料整理の中、彼はジュスティアが歴史の闇に葬り去ろうとしたある事件の資料を見つけたのだ。
“CAL21号事件”。
トラギコが関わり、そして、その後の警察全体に影響を与えた大きな事件だ。
警察署内でこの事件について知らない人間はいない。

無論、ギコタイガーはこの事件について誰よりも興味を持ち、調べてきたと自負していたが、彼の知る情報と事実は違った。
“金の羊事件”、“砂金の城事件”、そしてCAL21号事件。
この事件は全て連鎖的に起きており、その起爆剤は言うまでもなくトラギコだった。
そのトラギコが、この事件を機に“モスカウ”へと転属になったのは周知の事実である。

彼が関わったこの3つの事件。
その後、それぞれの街に復興の名目で介入したのはいずれも内藤財団だった。
目が覚めた思いだった。
トラギコの成してきた正義の代償は、街の経済に対する絶望的な打撃だ。

暴力だけでは世界は救えない。
経済力だけでは世界は救えない。
その両方を持った存在が必要なのだ。
ギコタイガーが内藤財団を訪れ、そして、ティンバーランドに参加したのはあまりにも必然だった。

411名無しさん:2022/12/05(月) 19:49:51 ID:/v63KFhk0
彼は今、夢の中にいた。

<゚Д゚=>「はぁ……はぁ……!!」

興奮で息が上がる。
彼の陰茎は勃起し、全身が性感帯になったかのように敏感になっている。
彼にとって暴力は性交のようなものだった。
だがそれを自制できるからこそ、彼は警官としていられた。

今、その暴力性を存分に解き放てる。
弱者を守る為に。
圧倒的な悪者たちに対し、世界の平和を乱す輩に対し、思う存分振るえるのだ。

<゚Д゚=>「いいぞ、もう少しだトラァ!!」

ノーザンライツの正面玄関。
分厚い金属で作られた扉の閂が、外側から火花を散らして切断されている。
避難指示に従わず、遅れて避難してきた人間達は皆扉の前で射殺された。
銃弾が扉に当たる音も、必死の思いで扉に爪を立てて開こうとする音も、神の名を呼ぶ声も。

全て、ギコタイガーは分かっていた。
数多の死が、今後の教訓になるだろう。
避難指示に従わなければどうなるのか。
不当な暴力を前にどうすればいいのか。

宗教で平和ボケした人間達にはちょうどいい薬になったことだろう。

<゚Д゚=>「俺はここだ、ここにいる!!」

ノーザンライツは巨大な施設であると同時に、巨大な避難施設でもある。
天災や人災から聖職者たちが自分を最優先に守りつつ、信者に恩を売ることが出来る重要な施設だ。
その為、地下にはシェルターと脱出路を用意しており、外壁は極めて頑丈な金属の複層構造。
建物はその外壁が突起の少ない滑らかな形状をしているだけでなく、全ての階の壁が反った形をしているために、よじる昇ることも出来ない。

噴き出した噴水、あるいは、芽吹いた花の様にも見える。
宗教的な象徴性を持たせつつ、侵入者を徹底して排除する構造は籠城にうってつけだ。
そしてそれを正面から迎え撃つ準備と覚悟さえあれば、後は、問題なく殺せる。
扉の前から音が聞こえなくなり、頃合いだと判断した。

相手は今、この扉を爆破するために工作している頃。
扉を吹き飛ばすと同時に突入してくるだろうが、その出鼻を挫く。

<゚Д゚=>『お前ら全員病気だ!! 俺が特効薬だ!!』

口にしたのは、彼が与えられたCクラスの強化外骨格の起動コード。
警察組織が軍に開発を依頼し、あまりにも殺傷力が高すぎるために実戦配備を見送られた量産機。
重武装暴徒鎮圧用強化外骨格“コブラ”。
艶のない黒色の装甲に施された黄色の縞模様のマーキングは、遠目に見ても警告色であることを意味している。

412名無しさん:2022/12/05(月) 19:50:12 ID:/v63KFhk0
装甲は衝撃を吸収しやすくするためと、電撃による攻撃を無力化するために表面を特殊樹脂でコーティングしている。
右腕部には空気銃が組み込まれており、棺桶に対しても有効な威力を持った高圧電流弾を撃ち込める。
左腕部には催涙効煙幕弾の射出装置が付いており、その煙が持つ粘性はガスマスクを無力化するだけでなく、生身の人間が吸えば呼吸器官の全てを塞ぐことになる。
高すぎる殺傷力のため、集団での戦闘には不向きだが、単身で多数を相手にする時には非常に優秀な力を持っていた。

そしてこのコブラは、この場所を防衛するために徹底した改造が施されている。

[::-■=■]『来いよ!!』

避難してきた人間達は皆、建物の中心部にある礼拝堂に押し込めてある。
入り口は無数にあり、扉の頑強さは正面扉の数分の一。
爆薬を使わずとも、棺桶の蹴りで簡単に破壊されてしまう。
だからこそ、燃えるのだ。

彼の声に呼応するかのように、目の前で扉が吹き飛んだ。
そして、彼が夢にまで見た防衛戦が始まったのであった。

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ストーンウォールの人間達にとって、十字教徒は常に敵だった。
彼らの在り方を全否定し、居場所を奪い続けてきた。
理解は不可能だと諦め、こちらからの接触は一切してこなかったが、十字教徒は何かにつけて攻撃を仕掛けてきた。
同性愛者や性的少数派が性犯罪を起こした時、それだけでストーンウォールが槍玉に挙げられた。

聖職者が犯罪に手を染めた時、彼らは沈黙した。
しかしそれでも、ストーンウォールは戦争を望まなかった。
自分たちにとっての聖域が守られている限りは、その外で何が起きていようとも気にする必要がないからだ。
だが、今回の戦争は違った。

セントラス内にいる人間が、クルセイダーが攻め入る予定であることを密告してきたのだ。
彼は十字教徒でありながら、同性愛者であることを隠して生き続け、クルセイダーが遠征することを知ってセントラスを裏切ることを決めたのだという。
半ば半信半疑だったが、送られてきた写真や他の詳細な情報から、それを信じることにした。
街が総出で対応することに対して異を唱える者は、一人としていなかった。

413名無しさん:2022/12/05(月) 19:50:33 ID:/v63KFhk0
そして、戦争が始まった。
作戦通り、そして予定通りに人間と兵士が動き、十字教の拠点に足を踏み入れたのだ。
狙いはただ一つ。
セントラスを乗っ取ることだ。

彼らがしようとしていたように、ストーンウォールがセントラスを滅ぼす。
その最初の一歩が、ノーザンライツの破壊だ。
この街にいた協力者は無事に脱出していることが確認されており、後は、この街にいる人間を皆殺しにすれば終わりだ。
争いには争いで対抗するしかなく、人数と武装で劣るストーンウォールの人間達にできるのは電撃戦しかない。

街に攻め入ると同時に、部隊は二つに分かれた。
一つは街の中にいる民間人を殺す部隊。
そしてもう一つが、大聖堂ノーザンライツを攻略する部隊だ。

(゚A゚* )「一人も生かしておいたらあかんで!!」

これは生き残りをかけた殺し合いなのだ。
十字教の考えが残る限り、ストーンウォールを居場所にする人間達にとって安住の地はない。
ノー・ガンズ・ライフが口にしたその言葉は、彼らの覚悟の表れだった。
不毛を極めるその言葉は、非道徳的ではあったが、最も理にかなった言葉だった。

終わらない争いを終わらせる、最短の道。
冥府魔道。
殺される前に殺す。
十字教の教えがストーンウォールの滅亡を望んでいる以上、十字教を根元から滅ぼさなければならない。

どちらかが滅びなければ、この戦いは未来永劫続くことになる。
荒廃した世界になり、兵器が失われても、石と木の枝で殺し合うだろう。
これはそういう戦いなのだ。
一人でも生き残れば遺恨が生まれ、再び争いが始まる。

(゚A゚* )「女子供、老人も関係なしや!!」

避難の遅れた市民たちを、容赦なく撃ち殺していく。
銃弾の節約をしたいと思う者は銃剣や適当な石で殺し、家には火を放った。
ここに正義はない。
あるのは、殺戮だけ。

そして、ノーザンライツに通じる正面扉の前が血で染め上げられた頃、そこにいたセントラスの人間は全員死体となっていた。
子供を庇うようにして死んだ母親。
祈りを捧げる途中で射殺された老人。
正に、地獄絵図だった。

扉は物理的に封鎖されており、それを開けるには爆破する以外の手段がないことは事前に調べて分かっていた。
他にも侵入者を防ぐための幾つもの防衛装置の存在も承知しており、最短で最大の戦果を挙げるルートは決まっていた。
高性能爆薬を要所に設置し、即座に起爆。
内側に向けて吹き飛んだ分厚い扉が、ゆっくりと倒れる。

414名無しさん:2022/12/05(月) 19:52:35 ID:/v63KFhk0
事前の指示通り、牽制射撃と同時に焼夷手榴弾が投げ込まれた。
爆発と発火。
薄暗がりだった屋内に、オレンジ色の光が満ちた。

[::-■=■]

炎の中で仁王立ちになっていたのは、警告色をした棺桶。
大きさはBクラス、いや、Cクラスはある。
少なくとも、こちら側が得ていた情報にはない機体だった。

[::-■=■]『いくぞトルァ!!』

防衛を目的としてそこにいるはずなのに、何一つ躊躇せずに飛び出してきた。
振り上げた右手には、棍棒の様な武器が握られている。
何かしらの防衛手段を講じているとは考えていたが、まさか、頭の悪そうな者が一人だけとは思いもよらなかった。
棺桶には棺桶を。

力には力を。

(゚A゚* )「やっちまいなぁ!!」

後方に控えていた棺桶部隊が、彼女の号令よりも早く飛び出していた。
近接戦を得意とする棺桶は、総じて装甲に自信がある。
並みの銃弾では止められないことを瞬時に理解し、その部隊は援護の為にライフルを構えて散開した。
代わりに、一機の棺桶が迎え撃つべく跳躍していた。

対接近戦に特化した武器を構えているのは、クロマララー・バルトフェルドのジョン・ドゥカスタムだ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『だりゃあああ!!』

構えていたのは、一振りの巨大な太刀。
ジョン・ドゥの身長と同じだけの長大な太刀は、その刃先が高周波振動によって絶叫の様な音を上げている。
切り上げるようにして、振り下ろされた棍棒を迎え撃つ。

[::-■=■]『ちぇぇい!!』

空中で激突し、同時に着地。
即座に鍔迫り合いが始まった。
互いに響かせる高周波振動の金切り声が、ノーザンライツ内に木霊する。
倒れた扉の上で激突した両者だったが、その巨大さが仇となった。

複数で防ぐならばまだしも、単騎でこの広さは防ぎきれない。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『先に行け!!』

二人の脇を通って、続々とノーザンライツ内部に棺桶で武装した味方たちが進んで行く。
だが。

(゚A゚* )「あかん!! 一旦引かなあかん!!」

415名無しさん:2022/12/05(月) 19:53:05 ID:/v63KFhk0
意外にも、ノーの言葉が味方の前進を止めた。
その言葉が届かなかったのか、あるいは足を止められなかったのか、数人がノーザンライツに入った後だった。
棺桶の身体補助機能が災いし、彼女の声が耳に届いたところで足を止めるには遅すぎたのだ。
内部は煙と炎で満ちていたが、その煙の量が尋常ではないことに、クロマララーもようやく気が付いた。

焼夷手榴弾の高熱でも、流石に無機物を燃やすことはできない。
建物全体が頑丈な素材で作られているノーザンライツを燃やせるのならば、最初からそうしている。
つまり、今発生している煙は敵が意図的に生み出した物で、罠であると考えるのが妥当だ。
彼女の判断と警告は適切だったが、如何せん、遅かった。

『ぶ……はあっ……!!』

聞こえていた声が徐々に小さくなり、そして聞こえなくなった。
ガス攻撃であれば、棺桶に備わっているガスマスクがある程度防ぐはずだ。
だが、そういった類の攻撃ではなさそうだった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『何をしやがった』

[::-■=■]『さぁな!! 異常性欲者にとっちゃ、この建物は毒みたいだな!!』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『先にこいつをやるぞ!!』

[::-■=■]『やれるんならなぁ!!』

直後、男の持つ棍棒に青白い電流が走ったのを目視した。
それはクロマララーの持つ大太刀に流れ込み、高周波振動装置を破壊。
呆気なく折れた刃が地面に落ちる前に、その棍棒がクロマララーの頭部目掛けて振り下ろされていた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『うおおっ!?』

電撃を放つ武器と、高周波振動の武器が両立するのは極めて難しい。
特に、高圧電流によって電気系統を破壊する程の物となると、その装置が破損するだけで自爆行為になりかねない。
危険を承知で設計された武器なのか、それとも、その危険性を克服した武器なのか。
近接用の武器を失った瞬間、彼は半ば反射的にその場から跳び退いていた。

それでも、完全な回避は間に合わず、胸部を棍棒が掠めていった。
装甲が剥がれ落ち、生身の胸部が露わになる。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『こいつ!!』

[::-■=■]『逃げるか、変態!!』

棍棒による刺突が、むき出しの胸部に向けて突き出される。
回避運動をするにも、彼の両脚はまだ空中。
接地する前に棍棒が胸を貫くのは必至。
刹那の猶予の中、彼が選べたのは両腕による防御だけだった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『があっ!?』

416名無しさん:2022/12/05(月) 19:54:27 ID:/v63KFhk0
高周波振動の打撃は、斬撃と違って芯に響く攻撃だ。
装甲の内側に向けて放たれるその一撃は、防御に使用した両腕の間に巧みにねじ込まれた。
骨に響く攻撃は激痛としか表現しようがなく、まるで直接骨を殴られたような衝撃だった。
踏み込みすらせずに放った一撃だったことが幸いし、棍棒が彼の胸を貫くことは無かった。

〔Ⅱ゚[::|::]゚〕『これ以上好き勝手は!!』

周囲からの援護射撃がなければ、二度目の刺突でクロマララーの胸はザクロの様に爆ぜていただろう。
対強化外骨格用の銃弾を浴びせかけられながらも、男はまるで怯まなかった。

[::-■=■]『一匹ずつ駆除だ』

〔Ⅱ゚[::|::]゚〕『弾が……当たらない!?』

誰よりも間近で見ていたクロマララーの次の言葉が、それを正確に説明した。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『曲がってる!!』

銃弾の軌道はある程度までは直進し、途中から減退し、下方に向かう。
しかし、クロマララーが見た銃弾の軌道はそれとは違った。
弾が天井に当たり、更にはクロマララーの耳元を掠め飛んで行ったのだ。
それを曲がったと即断したのは、似た性能を持つ棺桶を知っていた彼の知識と経験だった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『こいつ相手に銃は使うな!!
      同士討ちになる!!』

あの棺桶は周囲に強力な磁界を形成し、電流の強弱によって磁力を操作する。
強装弾に使用されている金属は磁力に反応する性質があるが、それは極めて強力なものに限る。
この棺桶は、それは実現させるだけの力を持っており、銃弾は荒れ狂う磁界によってその軌道を捻じ曲げたのだ。
理屈では可能だが、それを実現させるにはかなりの電力が必要になるはずだ。

かつてラヴニカで技術者として働いていた経験のあるクロマララーは、その装置に関するデータを見た記憶があった。
“フォーチュン計画”という名目の兵器設計図で、あまりにも現実離れしたその構想を鼻で笑った。
一瞬起動させるだけでも棺桶のバッテリーを全て消耗する程のもので、実用性が皆無だったのだ。
だが、今目の前にいる棺桶はその装置を使っている。

補助電源ケーブルもなしに、そんな芸当が可能なのだろうか。

[::-■=■]『おうおう、どうしたぁ!!』

〔Ⅱ゚[::|::]゚〕『調子に乗りやがって……』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『こいつに構うな、中の信者どもを殺すんだ!!』

[::-■=■]『曰く、神は来る者を拒まないそうだ。
      まぁ、ゆっくりしていけトルァ!!』

417名無しさん:2022/12/05(月) 19:54:56 ID:/v63KFhk0
直後。
クロマララーの全身が、ノーザンライツに向けて引っ張られる感覚が襲った。
何かが触れているわけではない。
見えない力が四肢を掴み、引き寄せているのだ。

正体は磁力。
銃弾の軌道を捻じ曲げるだけの、圧倒的な磁力が金属の塊とも言える棺桶を引き寄せている。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『まずい、金属の物を捨てろ!!
      引き込まれるぞ!!』

〔Ⅱ゚[::|::]゚〕『願ったり叶ったりだ!!』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『違う!! 磁力で動けなくなるぞ!!』

的確な言葉が瞬時に出てこない。
辛うじて出てきた単語で、誰かが察してくれることを願うが、通じない。
手にした武器も、棺桶を身に着けた味方も。
あらゆる金属が、一気にノーザンライツに取り込まれる。

クロマララーもその場に踏ん張ることが出来ず、磁力によってノーザンライツに取り込まれた。
陽光で淡い明るさに照らされるノーザンライツ内は、芸術品の様な美しい内装をしていたが、それを堪能する者は一人としていなかった。
地面に縫い付けられるようにして倒れている棺桶が、最初に突入した味方であるのは間違いない。
煙幕の中で何かが起きて、そして、ここで死んだのだ。

[::-■=■]『ゴキブリは、そこで死んでな』

投じられた煙幕弾が、濛々と白煙を噴出させる。
すぐに視界をその煙に奪われたが、ここで何が起きたのか、その身をもって理解することになった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『はぁ……はっ……あっ……!?』

ジョン・ドゥのマスクは優秀だ。
粉塵や毒ガスから使用者を守るため、有害な酸素を無害化するためのフィルターを搭載しており、どんな状況下でも戦える。
だが。
酸素の供給が途絶えてしまえば、生身の人間は生きていけない。

粘性の高い煙幕がフィルターを詰まらせ、酸素の供給を停止させたのだ。
それを取り除こうにも、内部に入り込んだ煙を指で掻きだすことは出来ない。
これが生身の人間だったならば、呼吸器官を無力化させられ、窒息死するだろう。
カメラにも煙が張り付き、どのモードに切り替えても何も見えない。

逃げ出そうにも、強力な磁力で足が捉えられているため、その場から動くことが出来ない。
何もできず、ただ酸素だけが奪われていく。
仲間に事態を伝えようとしても、酸素がなければ声が出せない。
この備えがあったからこそ、あの男は一人でここを防衛していたのだと、ぼんやりとした意識の中でクロマララーは納得した。

僅かな酸素を全て失い、クロマララーが窒息死するまでにはそう時間は必要なかった――

418名無しさん:2022/12/05(月) 19:55:32 ID:/v63KFhk0
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: /::::::|: :|:|:| |:::/: : :.:.://::    |:::::::   |:::|i|:::::::::|:::::|::::|:::|::::::|:::/ニ{:::| ̄|¨辷冖¬|:|TTTTTT
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――時を同じくして、ラヴニカでの内戦は次の舞台に移っていた。
ラヴニカは黒煙に包まれていた。
それは火事による黒煙でもあり、発煙筒による黒煙でもあった。
スーツ姿のシナー・クラークスの堪忍袋は既に張り裂け、組織から指示された目的は忘却の彼方に置き去っていた。

( `ハ´)「状況は?」

<=ΘwΘ=>『駄目です、足取りさえ』

( `ハ´)「もっと家を燃やせば出てくるアル」

<=ΘwΘ=>『ですが、これ以上燃やせばこの街の復興が……』

( `ハ´)「焼き畑っていうのを、お前は知らないアルか。
     燃えた分は、いい肥料になるアル」

<=ΘwΘ=>『……かしこまりました』

目的としていたチップは手に入らない。
ならば、この街を灰の山にしたところで問題はない。

( `ハ´)「……私は一人になりたいアル。
     護衛はいらないから、さっさと行けアル」

彼の周囲にいた部下は装甲の下で驚愕の表情を浮かべたが、小さく頷いてその場から走り去った。
炎と煙、そして悲鳴と銃声がその場に残された。
ラヴニカが誇っていた技術の多くが、この戦いで失われることだろう。
保管していた貴重な何かも、例外ではない。

419名無しさん:2022/12/05(月) 19:55:52 ID:/v63KFhk0
( `ハ´)「さっさと出てくるアル。
     モーガン・コーラ」

(*‘ω‘ *)「……気づいてました?」

物陰から姿を現したのは、土壇場でシナーを裏切った女だった。
分厚い化粧の下に隠された表情は、決して真実を物語らないことだろう。
彼が初めて見た時と顔はまるで別人だが、放つ不愉快な雰囲気は変わらない。
あえてこちらに気づかせようとしている可能性もあるが、今となってはどうでもいい。

モーガン・コーラという名前も偽名だったのは、言うまでもない。

( `ハ´)「化粧臭いアル」

(*‘ω‘ *)「失礼しちゃう!! けっこういい値段の化粧品なんですけど」

( `ハ´)「チップを手に入れたのに、どうしてここに残ってるアル?」

(*‘ω‘ *)「保険ですよ、保険。
      ラヴニカはこの世界に必要な街なのでね、滅茶苦茶にされないようにしないと」

( `ハ´)「だったらもう手遅れアル。
     ……で、何でここに来たアルか」

(*‘ω‘ *)「いやぁ、礼儀として決着をつけてあげないと」

( `ハ´)「礼儀? 決着?
     随分と高貴な考えアルね、反吐が出るアル」

言いぐさがまるで騎士だ。
土壇場でこちらを裏切り、逃げ回っていた人間の言葉とは思えない。

(*‘ω‘ *)「まぁまぁ、死ぬ前にせめて何かしらの武勇伝を持っておきたいじゃないですか。
      タルキール出身なら、そういう考えあるんでしょう?」

( `ハ´)「いつタルキール出身なんて言ったアルか?」

(*‘ω‘ *)「アクセントもそうだし、料理の好みで分かりますよ。
      さぁ、私が憎いんでしょう?
      ラヴニカと同じぐらい憎いなら、今ここで私と戦うのはいい気分になりますよ」

こちらの逆鱗を撫でるように、女は言った。

( `ハ´)「貴様、これ以上私を愚弄するアルか」

(*‘ω‘ *)「あぁ、勿論素手で戦ってあげますよ。
      いいハンデでしょう?
      負傷を言い訳にしたとしても、十分だと思いますが」

420名無しさん:2022/12/05(月) 19:56:28 ID:/v63KFhk0
(#`ハ´)「挑発しているつもりなら、最高の挑発アルね。
     ただの女が、私に素手で勝つ?
     面白い、やってみればいいアル!!」

(*‘ω‘ *)「その言葉を待っていました、シナー。
      ここから先は、一人の武人としてお相手願いましょう」

(#`ハ´)「武人?! お前が?!
     ふざけるな!!」

(*‘ω‘ *)「……少し、愚弄しすぎたみたいですね。
      こうでもしないと、あなたは本気で乗ってこないと思いましてね」

左手は後ろ腰の位置に。
右手は甲を下に向け、槍の様に束ねた指先をシナーに向ける。
指をゆっくりと曲げ、勝負に誘われる。

(#`ハ´)「女だからといって、油断も手加減もしないアルよ」

(*‘ω‘ *)「“タルキールの龍”、そう呼ばれていた時もあったそうですね。
      街にいる連中は、その時の部下でしょう?」

流通の中継地点。
“竜の口”の名で知られるタルキールは、栄はするものの、決して豊かになることは無かった。
他の街が生み出す流通によって栄えているだけであり、そこに生じる僅かな需要によって生きながらえているだけの街だ。
シナーは街の未来を危惧し、己の未来を憂いた。

安全な道が一つ生まれてしまえば、それだけでタルキールの活気は激減するだろう。
ヨルロッパ地方にある街がいくつも協力し合えば、それが実現してしまう。
生まれた街が衰退するのは見たくない。
幼少期から祖父に武術の英才教育を受けた彼は、仲間を募り、タルキール以外の街で盗賊行為に手を染めた。

狙ったのは金持ち、あるいは権力者。
得た金は貧しい者に分け与え、己の行為を正当化した。
武器は極力使わず、徒手によって相手を無力化した。
部下が増え、思想が生まれた。

思想は広まり、更に部下が増えた。
世界のバランスは極めて危うく、力を持つ誰かのちょっとした匙加減で崩れてしまう。
数千人の部下を各地に持っても、世界を変えることは出来ない。
そんな折、シナーはある組織からの接触を受け、彼らの参加に入ることにしたのだった。

シナーが本当に許せなかったのは。
世界を変えたいと願ったのは――

(;`ハ´)「……情報通らしいが、それだけじゃ勝てないアルよ」

(*‘ω‘ *)「勿論、情報で戦うつもりはありません。
      私があなたのことをよく知っている、それを理解した上で戦ってもらいたいのです。
      全力で、死力を尽くして、持てる全てを注ぎこんで戦ってほしいのです」

421名無しさん:2022/12/05(月) 19:58:33 ID:/v63KFhk0
(#`ハ´)「私じゃない、お前が死力を尽くすアル!!」

(*‘ω‘ *)つ◆「これ、何だと思います?」

小さく、そして金属特有の輝きを放つその人工物。
血眼になって探し、街に火を放ってでも手に入れようとしたチップだ。

(#`ハ´)「……」

(*‘ω‘ *)「私を倒せば、簡単に奪えますよ」

それを胸ポケットに入れ、女は挑発的な笑みを浮かべた。

(#`ハ´)「調子に乗ったアルな、お前」

(*‘ω‘ *)「これでやる気が出たでしょう?
      さぁ、いつでも」

強い踏み込みが強い打撃を生むのは事実だが、それが欠けたとしても、それを補うための技術がある。
飄々とした様子だが、醸し出す芯の強さは偽物ではない。

( `ハ´)「……名前を聞いてやるアル」

(*‘ω‘ *)「ティングル・ポーツマス・ポールスミス。
      あなたを殺す女の名前です」

( `ハ´)「いいや、墓石に刻む名前アル」

悠然と一歩を踏み出し、シナーは静かに拳を突き出した。
ティングルはその意図を汲み取り、同じようにして拳を突き出した。
磁力に引き寄せられるようにして、両者の拳が触れ合う。
それが、開始の合図。

( `ハ´)「ふんっ!!」

(*‘ω‘ *)「?!」

拳に込めた絶妙な力。
足元から発生させた力を腰、背中を使って加速させ、拳に移動させる。
そして捻転するような力の流れへと変化させ、相手の腕を通じて体全体にその歪みを伝える。
自分の体に流れ込んでくる不愉快な力から逃げようと咄嗟に動いたティングルは、シナーの思惑通りにバランスを崩す。

そのまま倒れるほどの力で放ったのだが、踏み込みの浅さが災いして、片膝を突かせるだけにとどまった。
それで十分。
絶好の位置に頭が落ちてきたことにより、シナーは躊躇わずにローキックを放つ。
連撃は、だがしかし、ティングルの絶妙な防御によって阻まれた。

顔に当たる寸前でシナーの足を受け止め、低い体勢を利用して、彼の股間目掛けてアッパーを繰り出してきた。

( `ハ´)「ちっ!!」

422名無しさん:2022/12/05(月) 20:00:05 ID:/v63KFhk0
(*‘ω‘ *)「ぽっ!!」

体捌きで攻撃を回避した直後、ティングルの裏拳がシナーの鼻先を掠める。
まるでハンマーの様に思い一撃。
鼻孔の奥がジワリと痛み、鉄臭がした。
鼻の奥から血が垂れてくる前に、シナーは親指でそれを拭い取った。

( `ハ´)「ハンデのつもりあるか?」

今の場面なら、足払いが来るはずだった。
そうすれば、シナーを転倒させ、有利な状況を生み出せた。
まるで最初からその選択肢を選ばないようにしているかのような攻撃に、思わず言葉が出ていた。

(*‘ω‘ *)「いいえ、ハンデではありませんよ。
      あのタルキールの龍に勝つということは、正面から技で勝負するということですから」

(#`ハ´)「それの驕りがハンデアル!!」

倒れ込むようにしてその場に両手をつき、シナーは四足歩行の形態をとる。
次の瞬間、両腕の力を使って両足を持ち上げ、ティングルの頭上に向けて振り下ろした。

(*‘ω‘ *)「ぽっ!!」

ティングルは両腕を交差させてその一撃を防いだ。
こちらの攻撃を受ける必要などないのに。
まるでプロレスの様な動きに、シナーは苛立ちを抑えきれない。

(#`ハ´)「ぬうあっ!!」

(*‘ω‘ *)「ぼ?!」

防御され、効果がないと分かった瞬間、シナーの次のプランは動いていた。
両足でティングルの足を挟み、強引に引きずり倒したのだ。

(*‘ω‘ *)「ぃんっ!!」

致命的な一撃になり得た攻撃だったが、ティングルは受け身を取って衝撃を緩和。

(#`ハ´)「ちぇぃ!!」

両手が地面についた状態のティングルの上に跨り、シナーは絶対的に優位な位置を手に入れた。
マウントポジション。
体格差のある馬乗りの状態は、決着をつけるにはあまりにも簡単すぎる。
しかし、相手が女子供でも、シナーの拳は容赦なくその命を奪う。

踏ん張れないのであれば、踏ん張る必要性の少ない体勢に持ち込むしかない。
ティングルの腹の上に乗ったシナーは、一瞬の躊躇いもなく拳を彼女の顔に向けて振り下ろした。

(*‘ω‘ *)「流石っ!!」

423名無しさん:2022/12/05(月) 20:02:05 ID:/v63KFhk0
(;`ハ´)「ぐっ!?」

瞬間的に下半身の力でシナーが持ち上げられたことによって、彼の拳は何もない地面に直撃していた。

(*‘ω‘ *)「だけど、優秀だから次の一手が分かりますよ」

( `ハ´)「……なるほど、認識を改めるアル」

再び拳を振り上げ、シナーはティングルの胸骨に向けて左の一本拳を放った。

(*‘ω‘ *)「エッチ!!」

それを難なく横から叩き、軌道を反らせつつ手首を掴まれる。
が、シナーの右拳はティングルの腹に乗せられていた。

(*‘ω‘ *)「しまっ……!!」

無寸勁、あるいはノーインチパンチ。
触れた状態からでも十分に人体にダメージを与えられるその攻撃を受け、ティングルは初めて苦悶の表情を浮かべた。
悲鳴と共に腹の底から空気を吐き出し、悶絶する。
だがシナーの攻撃は止まない。

( `ハ´)「じぇい!!」

解放された左拳で顔を殴りつけ、右拳で眼球を狙う。
女という生き物である以上、顔を徹底的に痛めつけられることに耐性はない。
左右の連打によって徹底的に戦意を奪おうとしたが、目に攻撃を受けないよう、頭部を動かすだけの冷静さはあった。
鼻血を出し、口の中を切り、頬に痣が出来ても――

(* ω *)「……ははっ」

――女は、笑っていた。

(;`ハ´)「こいつっ!!」

直後。
シナーの判断が一瞬だけ遅れた。
それまでほとんど無抵抗だと思っていたティングルが、突如として体を持ち上げ始めたのだ。
腹の上に男を一人乗せたままブリッジを行い、シナーの体制が崩れたところに、体重を乗せた右ストレートを放った。

それはガラ空きの肋骨を捉え、的確にダメージを与えた。
更に、そこに指をねじ込み、骨を圧迫してきた。
筋肉で覆われているはずの肋骨を、指で破壊しに来たのだ。

(;`ハ´)「ぐっ……おおお!!」

痛みから逃げようと、攻撃を加える。
その都度肋骨を刺激され、大した威力を発揮できない。
更に、左手が得物を狙う蛇の様に股間に伸ばされているのを察知したシナーは、流石にその場から跳び退かざるを得なかった。

424名無しさん:2022/12/05(月) 20:03:45 ID:/v63KFhk0
(;`ハ´)「えげつない戦い方するアルね」

(*‘ω‘ *)「ぺっ! あなたも、女の顔を殴るなんてえげつないですね」

地面に吐き出した血の中には、歯の欠片が入り込んでいた。
これだけ打撃を受けていながら、ティングルの目には涙一つ浮かんでいない。
まるでプロボクサーだ。

(;`ハ´)「……どこの組織の人間アルか?」

(*‘ω‘ *)「ふふっ、知りたければ……ね?」

軍人の女でも、ボクサーの女でも、ここまでの豪胆さは手に入らない。
乗り越えてきた修羅場の質と数は、恐らく、こちらが想像している以上。
武術の心得はあるが、技量ではシナーに劣っている。
しかし、それを補うだけの汚れた戦い方をしてくる。

的確に急所を狙い、的確に攻撃を防ぐ。
軍人としての経験は間違いないだろう。
戦場格闘技に通じる動きがある。
ならば、技術で押し通す。

( `ハ´)「……」

シナーは己の右手を前に出した。
先ほどティングルが仕掛けてきたのと同じように、今度はシナーが勝負を仕掛ける番だ。

( `ハ´)「来いアル」

(*‘ω‘ *)「面白そうですね、では遠慮なく」

お互いに手の甲を触れ合わせた瞬間、シナーが動いた。
ほとんど無意識の内に体が動き、ティングルの手首を掴む。
関節と骨を利用し、その場に投げ飛ばそうとした。
だが、途中で攻撃が止まってしまう。

(*‘ω‘ *)「さぁ、どうしました?」

(;`ハ´)「こ……の……馬鹿力がっ……!?」

曰く、理想の筋肉とは緩急の差が著しい物を指す。
この時のティングルの筋肉は、万力を想起させるほどの頑強さで、シナーの技術を受け付けなかった。
冗談の様に硬くなった腕と、服の上からでも分かる隆起した筋肉。
特出しているのは、布地が弾けんばかりに膨張した下半身の筋肉だ。

上半身の筋力不足を補って余りある下半身の筋肉が、こちらの理をねじ伏せているのだ。
どういう生き方をすれば、ここまでの筋肉を手に入れられるのだろうか。
馬乗りの状態から逆転されたのは、この下半身の筋肉が原因だろう。

425名無しさん:2022/12/05(月) 20:05:07 ID:/v63KFhk0
(*‘ω‘ *)「腕力よりも脚力の方が出力は上。
       で、あれば踏み込みが万全でない人の技など私の筋力では意味がないんですよ」

(;`ハ´)「膂力なんぞ!!」

(*‘ω‘ *)「打撃戦において膂力は絶対。
      さぁ、どうします!!」

まるでこちらを試しているような物言いだが、拮抗状態が出来ている事実は覆せない。

( `ハ´)「ふっ!!」

力むことによって生み出した、筋力の拮抗状態。
それを打破するのは、言うまでもなく技術だ。
生み出された不用意な力を利用し、ティングルの体を宙に浮かせる。

(*‘ω‘ *)「なっ?!」

( `ハ´)「きゃおらっ!!」

狙うはわき腹。
体の中心軸を狙うことにより、姿勢を乱す狙いだ。
抉り込むようにして掌底を放ち、吹き飛ぶことで威力を軽減させようとする目論見も、腕を掴み合っている今は通じない。
掌底がティングルの腹に当たった瞬間、太いタイヤに対して打撃訓練をしていた日々が脳裏をよぎった。

生半可というレベルではない。
筋肉に対する圧倒的なまでの信仰心。
無駄を削ぎ落した体に残された筋肉は、正に結晶体と言ってもいいだろう。
ここまでの次元の筋肉を持つ人間は、これまでに見たことがない。

組織でも1、2を争う筋量を持っているクックル・タンカーブーツも、ここまでの密度には至っていなかった。

(*‘ω‘ *)「女性のお腹を触るなんて!!」

(;`ハ´)「ちっ!!」

着地され、その勢いを利用して押し倒されそうになる。
踏ん張ろうとした時、両足に激痛が走り、抵抗むなしく尻から地面に倒れ込んでしまった。
そのまま馬乗りされ、先ほどまでとは逆の立場となった。

(*‘ω‘ *)「技術も、怪我には勝てませんか」

女には男と違って、一撃で悶絶させ得る器官が露出していない。
だが、共通する弱点はある。

(;`ハ´)「軽いアル!!」

426名無しさん:2022/12/05(月) 20:07:26 ID:/v63KFhk0
今出来る範囲内で脱力し、加速させた右手が放ったのは、顔面への強烈な平手打ち。
顔を正面から打ち付けたその一撃は、打撃に慣れている人間だとしても怯まざるを得ないものだ。
目、鼻を同時に攻撃したことにより、反射的に大量の涙が溢れ出る。
激痛とは違い、まるで電撃を浴びたかのような痛みが瞬間的に思考を支配する。

(*;ω; *)「ぬぁっ?!」

(;`ハ´)「技術は!!」

背中に回した左手で脊椎に直接攻撃を与える。
本人の意思とは無関係に直立してしまったティングルは、何が起きたのか理解できていない様子だった。

(;`ハ´)「膂力に!!」

下半身の筋力に対する自信を、シナーは逆手に取った。
脚の付け根を掴み、骨の内側に対して防御不可能な一撃を放つ。

(*;ω‘ *)「AッChiiッ!?」

その痛みを形容するなら、焼けた針を骨に突き立てられたようなもの。
如何に優れた体感、筋力を持っていても、瞬間的なこの痛みには対抗できない。

(#`ハ´)「勝る!!」

崩れた体勢。
しかしこちらは倒れたまま。
それでも、シナーには勝算があった。
狙いは一つ。

筋肉で補えない、関節。
流れるようにティングルの利き足である右足に絡みつき、足緘――下方から相手の膝を破壊する関節技――を放つ。
これを用いて足を折れば、勝機はこちらにある――

(*‘ω‘ *)「……はぁ、面白くない事しましたね」

(;`ハ´)「んなっ?!」

――シナーが関節技を放ったまま片足で持ち上げられ、地面に叩きつけられるまでは、そう思っていた。

(;`ハ´)「がっ?!」

(*‘ω‘ *)「関節技対策を怠っていると思ったのなら、残念でしたね」

(;`ハ´)「化け物か……!!」

関節部の頑強さは並ではない。
男一人を持ち上げて、叩きつけられるだけの力。
馬鹿力ではなく、技術に対抗するための力を持っている。

427名無しさん:2022/12/05(月) 20:09:09 ID:/v63KFhk0
(*‘ω‘ *)「タルキールの龍ならあるいは、と思いましたが。
      残念です、この程度で」

(#`ハ´)「勝手に期待して、勝手に失望してるんじゃないアル!!」

背中を打ち付けられたことによって呼吸が乱れていたが、すでに回復しつつあった。
関節技は既に解かれているが、まだ、奥の手がある。
立ち上がり、ゆっくりと息を吐く。

( `ハ´)「ふぅ……!!」

(*‘ω‘ *)「培った技術、この程度ではないでしょう?
      どうします? マックスペインを使いますか?」

こちらが隠し持っている薬物について読まれていたのは予想外だったが、それでもかまわない。
もとより、それに頼るつもりはない。

( `ハ´)「こんなもの、使う必要はないアル」

ジャケットの内ポケットから取り出したアンプルを地面に叩きつけ、踏み砕く。
一時的な身体強化の薬など、感覚を鈍らせるだけだ。

( `ハ´)「かかってこい、筋肉馬鹿」

(*‘ω‘ *)「では、行かせていただきましょう」

そう言って、ティングルが仕掛けてきた。
踏み込みを感じさせない程の短く低い跳躍。

( `ハ´)「破ッ!!」

真っすぐに伸びてきた右ストレート。
それに合わせて、左の手のひらで受け止める。
加速した上に伸びきった状態に合わせたため、その衝撃でティングルがよろめく。

(*‘ω‘ *)「んぬ!!」

( `ハ´)「邪ッ!!」

続けて放つのは崩拳。
縦に構えた拳を踏み込みと同時に放つ。
両足に激痛が走るが、それを意識の外に追いやる。
常軌を逸した集中力こそが、シナーの奥の手だ。

(*‘ω‘ *)「ちいっ!!」

こちらの様子が豹変したことに気づいたのか、ティングルが防御の為に両腕を交差させる。

( `ハ´)「腕もらった!!」

428名無しさん:2022/12/05(月) 20:10:18 ID:/v63KFhk0
触れた瞬間、抉る様にして威力を上げる。
拳の下で、骨に当たる感触。
下半身とは違い、上半身の膂力は一般人よりも優れている程度。

(*‘ω‘ *)「があっ!!」

だが、こちらの威力を殺すためにティングルは僅かに後方に跳躍していた。
そして着地と同時に前蹴りが飛んできた。

( `ハ´)「ふあっ!!」

それを右手で受け止め、ティングルがやったのと同じように跳躍して威力を殺す。
ただし、こちらのそれは確かな技術の産物。
消力。
己の四肢を極限まで弛緩させ、あらゆる攻撃の威力を霧散させる高等技術だ。

( `ハ´)「どうしたアル?」

(*‘ω‘ *)「……これが消力ですか」

( `ハ´)「来ないならこっちから行くアル!!」

大股で接近し、シナーは弛緩させた右腕を思いきり振り抜いた。
狙いは顔。
反射的にティングルはそれを左腕で防いだ。

(*‘ω‘ *)「ぎっ!?」

( `ハ´)「いくら我慢しても無駄アル」

続けて太腿。
服の下にある人体最大の器官、皮膚への攻撃は筋力や年齢の一切を無視する。
両椀を鞭にした一撃は、技術を軽んじた人間にはよく効く。
鞭の様な打撃、これ即ち鞭打。

( `ハ´)「しゃっ!!」

(*‘ω‘ *)「ぬぇい!!」

しかし、すぐに攻撃の隙を見つけてきた。
鞭化するのはあくまでも先端部分。
その軌道は結局のところ根元が事前に示すため、防御するためには攻め込むのが最善の手となる。
台風の中心部に向かうような恐怖の中、ティングルは的確にシナーの関節に打撃を当て、鞭打を無力化する。

膝蹴りがシナーの顔に飛んできた。

( `ハ´)「は……ぬ?!」

429名無しさん:2022/12/05(月) 20:11:00 ID:/v63KFhk0
咄嗟に消力で無力化しようとした瞬間、首の後ろにティングルの両手が回された。
なるほど。
消力最大の弱点は脱力後に攻撃の威力を減退させる距離の有無だ。
壁に追い込まれれば消力が無力になるのと同じように、こうして捉えられてしまえば威力を殺すことなど不可能。

この僅かな攻防で弱点を理解したとは、恐ろしいほどのセンスだ。
両手を顔の前に出し、威力を可能な限り殺す。
自らの手と主に顔に受けた衝撃は殺されることなく、二度、三度と膝蹴りが顔を襲う。
四度目の攻撃が来る前にシナーはティングルを持ち上げ、地面に叩きつけた。

(*‘ω‘ *)「げぁっ!?」

(#`ハ´)「ふーっ!!」

距離を取り、構えをとる。

( `ハ´)「さぁ、まだアルよ!!」

格闘戦でここまで苦戦することは、これまでに一度もなかった。
苦戦することが楽しいと思ったのは、これが初めてだった。

(*‘ω‘ *)「楽しいですね!!」

( `ハ´)「むかつく奴アルね!!」

最初は憎しみ。
今は楽しみ。
思う存分己の技術を出し切れる相手がいるというのは、幸せなことなのだ。
武器や兵器の性能に左右されることなく、鍛え上げた拳足と技術で戦う純粋さ。

(*‘ω‘ *)「あなたの技量、感服しました。
      研鑽の日々に敬意を表します。
      故に、円卓十二騎士、末席の騎士としてここで引導を渡しましょう」

ジュスティアの最高戦力である十二人の騎士。
その一人というのであれば、この馬鹿げた戦闘能力の高さも頷ける。
よもや、こうして騎士と戦える日が来るとは。

( `ハ´)「……やっぱり、その類だったアルか。
     だが、肩書は実力じゃないアル!!」

(*‘ω‘ *)「本当はもっと戦いたかったのですが、ここで幕引きとします。
      お詫びに、私が得たものをお見せしましょう。
      武人として知りたいでしょう?
      一撃必殺を」

( `ハ´)「はっ! 一撃必殺なんていうのは――」

430名無しさん:2022/12/05(月) 20:11:58 ID:/v63KFhk0
(*‘ω‘ *)「そう、武人の夢です。
      そして、悪を滅すると誓った人間にとっての理想。
      私はこの手に掴んでいるんですよ、その技を」

――その言葉は、シナーの中にある夢の一つだった。
許せなかったのは不平等。
納得できなかったのもまた、不平等だった。
富める人間がいて、飢える人間がいる。

何故助け合えないのか。
同じ人間ならば、助け合えばいい。
隣人や友人同士が助け合えるのなら、隣町が、離れた街が助け合ってもいいはずだ。
力によって何もかもが変わってしまうこの世界のルールがなければ、世界は一つになれるのに。

文句を言う輩を黙らせることが出来ればと、彼は技を身に着けた。
そして戦いの中で気づく、一撃必殺という言葉の遠さを。
急所を的確に狙い打てば殺せるが、確実ではない。
結局のところ武器に頼るしかないのだと、どんな武人でも諦める夢。

( `ハ´)「面白い、やってみるアル!!」

見たかった。
ぜひとも、見たかった。
世界の正義を名乗るジュスティアの騎士が放つ一撃必殺。
常人離れした筋力を獲得し、技を力でねじ伏せるほどの人間が言う一撃必殺を。

任務も、義務も。
シナーの心には、幼少期からの夢が満ち溢れていた。
これまでに多くの武術家が夢見て到達できなかった幻想の一つ。
仮にそれが完成していたとしたら、それを打破したい。

幻想は幻想のままだと。
夢は夢のままだと。
全てを、否定してみせたい。

(*‘ω‘ *)「言い残すことは?」

( `ハ´)「夢見たまま死ねアル」

直後にティングルが見せた構えは、あまりにも無防備だった。
両肩を脱力させ、視線だけはこちらに向けた姿。
まるで幽鬼のようだが、下半身が語るのは圧倒的な加速への用意。
速度、そして脱力。

先ほどシナーが見せた消力の亜種とでも言おうか、緊張と緩和の差による威力の増大を狙った攻撃。
なるほど、とシナーは内心で溜息を吐いた。
結局のところ、打撃の威力を高めるには脱力が欠かせないのだ。
最速で放つ一撃を的確に急所に当てる。

431名無しさん:2022/12/05(月) 20:12:21 ID:/v63KFhk0
それが、ティングルの言う一撃必殺の正体だ。
これは誰もが考え、そして挫折するものだ。
急所に当たりさえしなければ、何も恐れなくていい。
片腕を犠牲にすれば、十分に対応できる。

自分の左肩をティングルに向くように捻り、備える。
刹那。
何かが、シナーの背後から頬を掠めていった。

(;`ハ´)「あ?」

直後に銃声。
目の前では、ティングルが膝を突いていた。
その表情は呆気に取られており、動揺の色が浮かんでいる。

(*゚ω゚ *)

<=ΘwΘ=>『同志!!』

(;`ハ´)「な」

<=ΘwΘ=>『この糞尼!!』

(;`ハ´)「止めろ、撃つな!!」

――警告は、僅かに遅かった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
            :,:           :(::)
            /⌒''⌒) :,,゜      '         ,,,,,,,
           (:::::::::::::::!'                 (::::::)
           ヽ::::::::';'''                 ''``   。
           τ'::/ .;:
            )/
         。            '  、       ;: 。
                               `'''`~''・    ' `
     f''`⌒(     ,,,,               !:(',,,,、              ::,,,,,、...
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432名無しさん:2022/12/05(月) 20:14:15 ID:/v63KFhk0
[::-■=■]『はぁ……はぁ……!!』

ギコタイガーは膝を突き、肩で呼吸をしていた。
武装は全て使い果たし、高周波振動と電撃を同時に放てる警棒は折れ曲がっている。
地下からのワイヤレス式の電力供給がなければ、こうしていることすらできていない。
目の前に転がるのは侵入を試みたストーンウォールの兵士たち。

そして、背後に転がるのもまた、ストーンウォールの兵士たちの死体だ。

[::-■=■]『ったく……てこずらせ……やがって!!』

防御に特化した棺桶でも、ここまで耐えきることは難しかっただろう。
強力な磁力、そして煙幕弾がなければ持ちこたえることは不可能だった。
特別にあつらえた装甲はその防御性能を失い、銃弾を曲げたり防いだりすることはもうできない。
満身創痍。

死に物狂いで襲い掛かってきた人間達は控えめに言っても強敵だった。
科学力の差が勝敗を分けたと言っても過言ではない。

[::-■=■]『う……!! 雄おおおおおお!!』

しかしそれでも、ギコタイガーは咆哮を上げた。
疲弊しきった体でも、その声は上げずにはいられなかった。
勝利を確信し、己の達成した偉業を知らしめる叫び声は、ノーザンライツ内に木霊した――

ノリ, ゚ー゚)li「……何かぶつぶつ言ってるねぇ」

(゚A゚* )「大方、自分が英雄にでもなった夢やろ、しょうもない」

――彼の耳に聞こえるのは、彼の死に際に放った雄叫びの残響。
目に映るのは勝利の名残だけだった。
現実とは違うことに気づけぬまま、彼は幸せな夢を見る。
幸せな夢がいつまでも、そう、いつまでも続くのだ。

433名無しさん:2022/12/05(月) 20:18:05 ID:/v63KFhk0
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ノーザンライツ自体に何かしらの細工があることは、調べるまでもなく分かっていることだった。
十字教の要であることに加えて、十字教の重鎮が住まう施設ならば、それは必然。
防御に特化させた仕掛けが複数あることは想定しており、それらを打破するために備えはしていた。
ノー・ガンズ・ライフたちが用意したのは、大量の高性能爆薬だった。

建物の壁を破壊するために用意したものだったが、唯一の入り口を塞ぐ厄介な棺桶を相手に使うことを躊躇いはしなかった。
それだけ相手の用意が厄介であり、一度に多くの犠牲を出してしまったことが決断を速めた。
加えて、磁力を使っていることは明白であり、それを利用しない手はなかった。
自分自身が移動する時にだけは磁力を弱め、防御に徹する時は最大出力で対応する。

実に分かりやすい相手だった。
クロマララー・バルトフェルドが死んでしまったのは非常に手痛い代償だったが、得たものはあった。
相手は、究極的な馬鹿ということが分かったのだ。

(゚A゚* )「残りの爆薬は?」

答えたのは、ジャンヌ・ブルーバードだった。

ノリ, ゚ー゚)li「さっきの扉1枚ぐらいだねぇ。
      でも、内側はそこまで手厚くないって情報だよ」

(゚A゚* )「しゃーない、最悪は高周波ナイフで蝶番を切り落とせばえぇ。
    残りはこの中にいるのは間違いないはずや!!
    ええか、ここで殺さな、ウチらが殺されるんや!!
    応酬の連鎖はここで終わりにするんや!!

    マイノリティがノーマルになるんなら、ここしかないで!!」

434名無しさん:2022/12/05(月) 20:18:25 ID:/v63KFhk0
控えている仲間たちに声をかけ、世界最後の悪役になる覚悟を決める。
内藤財団がその役を担おうとしていたようだが、実際は違う。
彼らが代弁するのは大多数の意見であり、世界の日陰に生きてきた人間の声ではない。
ここで立ち向かわなければ、マイノリティは駆逐の対象となり、これから先の世代の一部を切除することになる。

性とは人の命そのものだ。
辛みを好む人間がいれば、苦みを好む人間がいる。
それと同じこと。
それを否定する世界は間違っており、それを前面に押し出そうとする世界は決して受け入れてはならない。

これは自分たちの存在を否定させないための戦いであり、そのために悪になると決めた人間達の行動だ。
故に、虐殺と言われる行為に手を染めようとも、一向にかまわなかった。
自分たちと同じマイノリティが虐げられてきたように、彼らもまた、それを実行に移すだけに過ぎない。
不毛な応酬と言えばそれまでだが、それがここで終わるのならば、決して不毛ではない。

中央の礼拝堂に街の生き残りがいるのもそうだが、教皇のクライスト・シードがまだ見つかっていない。
街の外に通じる地下通路が存在している可能性があるため、早めにこの建物を崩落させなければならない。
だが残された爆薬の量では、それは叶わない。
残された手段は、焼き払うことだけだ。

(゚A゚* )「油断せず行くで!!
     さっきみたいなけったいな装置がないとも限らん。
     クリアリング、報告を徹底するんや!!」

建物内全てを消毒すれば、いずれにしても十字教の権威は失墜する。
十字教という巨大な組織がなくなれば、マイノリティの居場所は確保できる。
宗教とは価値観。
ならば、その価値観が瓦解すれば、差別や偏見が変わるのは間違いない。

6人一組を原則とし、ノーたちは建物中に散り散りになった。
無論、彼女を筆頭とする腕に覚えのある者達は礼拝堂に通じる扉の前に立っていた。
これから行うのは、間違いなく虐殺行為になるものだ。
逃げ場を奪い、最後にすがるものとして神を選んだ哀れな十字教徒を殺す。

各々、ライフルの残弾を確認し、準備が整ったことを確認し合う。
先陣を切ることになったのは、ジャンヌ。

ノリ, ゚ー゚)li『握り拳と握手は出来ない』

両腕に“マハトマ”を装着し、続けて別の棺桶の起動コードを入力する。

ノリ, ゚ー゚)li『忘れないで。私だって男の子に愛してほしいと言っているだけの、ただの女の子よ』

小型ポーチの形をしたコンテナに収められていた布を取り出し、それを眼前に掲げる。
すると、その布が一瞬の内にはためきを止め、一枚の盾の様に固まった。
携帯用護身布を使用する“ノッティング・ヒル”は携帯性に優れ、電流によって硬度を変える繊維によって防御と攻撃の両方を可能とする。
扉に右手をかけ、左手はノッティング・ヒルを盾として構え、上半身を守る。

その背後で、仲間たちが銃を構え、いつでも射撃が可能な状態にあった。

435名無しさん:2022/12/05(月) 20:18:52 ID:/v63KFhk0
ノリ, ^ー^)li「よーし……」

次の瞬間、豪華な装飾を施された重厚な扉が冗談の様に吹き飛んだ。
マハトマの筋力補助だけでなく、ジャンヌ自身の膂力とセンスの成す技だ。
宙を舞った扉が、厳かな空気の礼拝堂に並ぶ椅子をいくつも潰す。
部屋の中央にある巨大な十字架を囲む形で並べられた木製の椅子は、恐らくそれ一つだけでも数百万ドルの値が付くほどのアンティークだ。

高い天井から差し込む日の光が部屋を程よく照らし出し、壁画や天井画の鮮やかな色合いが目に付く。

ノリ, ^ー^)li「ジャジャーン!!
       どうもー、神の使いです!!」

十字架の足元には、身を寄せ合って怯えすくむ老若男女がいた。
数にして100人ほどだろうか。
誰も手に武器を持たず、十字架だけを持っている。
女子供は泣きだし、男は十字架を握りしめて祈りを捧げている。

諦めたか現実逃避をしているのか、穏やかな表情を浮かべている者さえいる。

ノリ, ^ー^)li「神様にお祈りは済んだ?
       じゃあ、ここまで!!」

背後でライフルが火を噴いた。
容赦なく一斉に放たれた銃弾がジャンヌの視線の先にいた人間を、肉の塊にしていく。
悲鳴も祈りの声も、嘆きの声すらも、銃声が上書きする。
次々と死体が増える中、ジャンヌは疑念を抱いていた。

数が少なすぎる。

ノリ, ゚ー゚)li「地下室でもあるのかな?」

「正解です」

その声は、十字架の裏から聞こえてきた。
出てきたのは、スーツ姿の男だった。

( ・∀・)「この十字架をどかすと、教皇とその愉快なお仲間たちがみんな隠れていますよ」

ノリ, ゚ー゚)li「民間人は?」

( ・∀・)「地下は二重構造になっていて、民間人が手前、その奥に教皇たちです」

ノリ, ゚ー゚)li「情報ありがとう。 で、君は誰?」

( ・∀・)「マドラス・モララーです。
     親しい人もそうでない人も、皆モララーと呼びます」

ノリ, ゚ー゚)li「そうか、モララー。
       その情報が正しいかどうかは分からないけど、一応感謝しておくよ」

436名無しさん:2022/12/05(月) 20:19:55 ID:/v63KFhk0
( ・∀・)「いえいえ、お気になさらず。
     で、行きます? それなら、私が色々と案内しますよ」

ノリ, ゚ー゚)li「遠慮しておくよ。 罠でない保証がない」

( ・∀・)「あらら、残念。
     では、私は行かせてもらいますね」

ノリ, ゚ー゚)li「狙いは何?」

( ・∀・)「愛を手に入れるんです」

ノリ, ゚ー゚)li「愛?」

( ・∀・)「えぇ、愛。 私ね、こう見えて前は牧師をやっていたんです。
      皆が愛って言葉を使うから、私はそれが欲しくなりましてね。
      人だけが持つ愛ってやつが、どうしても手に入れたいんです」

ノリ, ゚ー゚)li「……あっそう。
      だけど、モララー、君はここで死んでもらうよ。
      狂人のふりをしているセントラスの人間なら、生かす理由はないからね」

( ・∀・)「どうしても駄目ですか?
     私がこれからすることは、決して皆さんの損にはなりませんよ」

ノリ, ゚ー゚)li「それは言葉だけだからね。
       じゃあね」

手を上げ、発砲を促す。
無慈悲に放たれる無数の銃弾。
しかし、モララーはその場から動くことも、目を閉じることもしなかった。

( ・∀・)「……私はね。 神とやらに愛されているみたいなんですよ」

だが、銃弾は一発も彼の服に穴を開けなかった。
両手を広げ、不敵な笑みを浮かべる。

( ・∀・)「だけど、愛が分からない。
     己の愛の為に他者の愛を踏みにじる君達なら――」

ノリ,;゚ー゚)li「ちっ!!」

銃弾が当たらない芸当なら、先ほど見たばかりだ。
ジャンヌは迷わずに接近戦を選び、疾駆した。
ノッティング・ヒルを細長くし、槍の様に突き出す。
金属以外の物も曲げられるのならば話は別だが、そうでなければこれでトリックが暴ける。

( ・∀・)「――私に、愛を与えてくれるかもしれませんね」

437名無しさん:2022/12/05(月) 20:20:50 ID:/v63KFhk0
膂力を強化した一投は、だがしかし、当たるかと思われたその直前に眼前に掲げられた小型のコンテナに阻まれた。
人間の腕力ではない。
ドーピングをしているか、棺桶を使っているに違いない。
だが、攻撃を防いだということは、こちらの攻撃を危険視したということ。

攻撃は通じる。
銃弾は駄目だが、近接戦闘ならば問題はない。

( ・∀・)『食えるときは無礼な奴を食うんだ。 野放しの無礼な奴を』

コンテナを眼前に掲げたまま、モララーがそう告げた。
中身が空になったコンテナが地面に落ちると、そこには口元を覆い隠す異形の仮面があった。

( ・曲・)『さぁ、愛の対話をしましょう!!』

ノリ, ゚ー゚)li「ペトロヴィッチ、タルコフ!! こいつの相手を!!」

ソルダットに身を包んだペトロヴィッチ・グラスゴーとタルコフ・ホップスターが前に出る。

([∴-〓-]『任せろ』

([∴-〓-]『神父を殺すのが夢だったんだ』

ノリ, ゚ー゚)li「拳で殺せ。 油断するなよ、さっきのあいつと似たような装置を使っているぞ」

( ・曲・)『では、どこまでの覚悟があるのか見せてもらいましょう。
     ……ねぇ?』

地響き。
そして、巨大な振動が一同の足元から生まれた。

ノリ,;゚ー゚)li「なんっ?!」

      ラース・オブ・ゴッド
( ・曲・)『神 の 怒 り。 教皇たちは“ラスゴ”と呼んでいましたね』

次の瞬間、モララーと十字架の周囲を残して全ての地面が消失した。

438名無しさん:2022/12/05(月) 20:21:54 ID:/v63KFhk0
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第十二章 【 Ammo for Rebalance part9 -世界を変える銃弾 part9-】 了
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439名無しさん:2022/12/05(月) 20:22:18 ID:/v63KFhk0
これにて本日の投下は終了となります

質問、指摘、感想等あれば幸いです

440名無しさん:2022/12/05(月) 21:08:23 ID:1mqPoQOc0


441名無しさん:2022/12/07(水) 20:45:11 ID:vP1mjYos0
乙乙
ティングルさん普段でも戦闘中でもぽっぽ言ってるくせに一回ぼって言ってるwwwとか笑ってたらまさかの……
モブ兵士くんさぁ……
仕方ないとはいえ敵も味方もネームドの人達が結構やられてくねぇ

今回別にいいと思うんだけど、あえて口うるさく言わせてもらうなら

>>404
一人またひとりと銃弾に倒れていった。

ここの一人は平仮名か漢字かどっちかに合わせた方がいいかもって思うんだよね。

442名無しさん:2022/12/07(水) 22:54:43 ID:4jbZNraE0
おつ!
ちんぽっぽさん流石に戦争のど真ん中で横槍想定してないとかないよね…?
それにしてもシナーがかっこいい

443名無しさん:2022/12/08(木) 19:09:11 ID:SDhe36uk0
>>441
いつもありがとうございます!
確かに、合わせた方がいいですね
あともうちょっとだったか……

444名無しさん:2022/12/25(日) 21:01:43 ID:/AJ47ZnE0

ティンカーベル編の時からモララーの得体の知れなさ好きだなあ

445名無しさん:2023/01/23(月) 20:38:41 ID:shnMO2vc0
来週の日曜日、VIPでお会いしましょう

446名無しさん:2023/01/23(月) 21:58:00 ID:44PD4wHo0
ッシェイ

447名無しさん:2023/01/25(水) 22:29:19 ID:i0tzziqA0
きたな!!あけおめ!!

448名無しさん:2023/01/30(月) 19:40:29 ID:cQao1NtM0
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日が傾き、夏の空に朱が滲む頃。
戦火は世界中に飛び火し、燃え広がっていた。
その中で最も激しい戦闘を繰り広げていたのは、間違いなくイルトリアだ。
だが。

周辺への圧倒的な破壊を見せた戦いであれば、それは別だ。
地形が変わり、生態環境が変わったのは別の戦場だった。

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深海を航行していたレッド・オクトーバーがストラットバームに通じる海底トンネルに到着した時、すでに予定の時間は過ぎていた。
そこから更に、ドックへと通じる扉が停電の影響で開かず、潜水作業用の棺桶を使って開くしかなかった。
艦に搭乗していた全員がこうした状況への訓練を積んでおり、尚且つマニュアルがあったことが唯一の救いだった。
だが、到着してから追加で2時間も費やしたのは完全な誤算であり、致命的失敗だった。

頭上で分厚い扉が開き、明かり一つないドックへと浮上していく。
棺桶で武装した兵士たちが続々と降り立ち、施設を復旧させる為に奔走した。
無線で施設内の仲間に呼びかけるも、酷いノイズだけが返ってくる。
一体どれだけの大部隊がこの施設に攻め込んできたのか、想像するだけで寒気がした。

ティンバーランドの要石とも言えるこの施設は、難攻不落であると誰もが信じていたのだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『くそっ、通信は相変わらずか……!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『……酸素濃度が低い、換気システムもダウンしているらしい。
      生存者がいるかどうか、怪しいな』

地下に深くに作られたこの施設の泣き所は、空気だった。
酸素濃度を保つための換気システムには予備電源があてがわれているが、現在全ての電源が失われている。
脱出しようにも各所に設置された侵入者対策の扉が冷たくそれを拒む。
天蓋と呼ばれる垂直方向の隔壁は、停電したとしてもそれが閉鎖するよう設計されていた。

侵入者対策のための装置が転じて、中にいる者達を閉じ込める蓋となったのである。
地上に近い所にいた人間は助かるが、そうではない非戦闘員たちに待っているのは酸欠による死。

〔欒゚[::|::]゚〕『酷いマネしやがる……』

暗視ゴーグルが映す世界の片隅に、作業着に身を包んだ死体が転がっていた。
ハート・ロッカーの整備を担当していたのか、それとも、この施設の電源を復旧させようとしていたのか。
中には、抱き合ったまま息絶えている同志たちがいた。
もっと早く到着していれば、この中の誰か一人でも救えたのではないかと思うと、誰もが胸を痛めた。

だがとにかく、ストラットバームはティンバーランドにとって重要な拠点であるため、一刻も早く電源を復旧させ、使用できるようにしなければならない。
作戦はまだ続く。
世界を変えるための戦いがすぐに終わらないことは、誰もが理解している。
世界の正義を名乗る街と、世界最強の街を地図から消すには時間がかかる。

449名無しさん:2023/01/30(月) 19:40:54 ID:cQao1NtM0
逆を言えば、その二か所を落としてしまえば、抵抗する街はなくなるだろう。

〔欒゚[::|::]゚〕『こちらゴードン、レッド・オクトーバーと発電機をケーブルでつなぐ!!
      一気に活を入れてやれば復旧できるぞ!!』

レッド・オクトーバーもストラットバームも、その主たる電力はニューソクによってもたらされるものだ。
停止したニューソクを再稼働させる手段の中で、最も簡単なのが膨大な電力を流し込むことによって再稼働を促す方法だ。
通信を聞いた人間達によって、すぐさまケーブルが発電室まで運ばれてくる。
作業は慎重に行われ、すぐにレッド・オクトーバーから電力が流し込まれた。

〔欒゚[::|::]゚〕『よしっ、でんげ――』

――そして、ストラットバームは地図上から跡形もなく蒸発した。

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第十三章 【 Ammo for Rebalance part10 -世界を変える銃弾 part10-】
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AM11:48

ストラットバームで発生したニューソク2基の爆発の衝撃は、たちまち周囲に大きな影響を与えた。
地下深くで発生した爆発はまず大地を揺るがし、観測史上最大の地震を引き起こした。
クラフト山脈では大規模な雪崩が発生し、ストラットバームに面していた一部は一瞬で蒸発、残りは麓の町や森を襲った。
天蓋は溶けてなくなり、ハート・ロッカーを地上に押し上げるリフトを通じ、炎と衝撃波が直上に吹き上がった。

450名無しさん:2023/01/30(月) 19:41:15 ID:cQao1NtM0
それが、世界中ほぼ全域で観測されるほどの中間圏を越える程のキノコ雲を作り出した。
さながら銃腔、あるいは砲口の様な形となって放たれたそれらのエネルギーは、余力だけで半径10キロの全てを焼き尽くした。
湖を一瞬で蒸発させる熱を帯びた風が森を訪れ、燃え上がり、舞い上がった砂埃が新たな丘を作り、それまであった丘が埋もれ、削れて消えた。
音の振動が空にいた鳥を叩き落し、風がそれを離れた場所に押し飛ばす。

生まれた風と振動は、離れた位置で砲撃の準備をしていたハート・ロッカーの背中を容赦なく襲った。
如何に安定性のある三角形のフォルムをしていても、ニューソクが生み出す暴風には耐えられなかった。
前のめりに転倒し、更に悪いことに、砲身が地面にぶつかった衝撃で横転してしまったのだ。
前後への転倒対策は出来ているが、横倒れになるのはほとんど考慮に入れていない。

無限軌道を展開し、足のように使うハート・ロッカーの形態が仇となっていた。
起き上がれないことは無い。
だが、あまりにも時間と労力がかかるため、それはまだ一度もテストしてなかった。
全体が安定性に優れる三角形の姿をしているのに加えて、規格外の重量を持つハート・ロッカーが転倒するなど有り得ないと考えたからだ。

(;’e’)「があっ?!」

転倒した瞬間、操縦室にいた全員が、例外なくパニックに陥った。
地震が起きたかと思えば、次の瞬間にはハート・ロッカーが倒れていたのだから無理もない。
イーディン・S・ジョーンズを始めとした全員が、シートベルトを着用していたことに心から感謝した。
もしも体が固定されていなければ今頃は頭が爆ぜたザクロの様になっていたに違いない。

(;’e’)「何が起きた?!」

(::0::0::)「不明です!! 後部カメラに切り替えます!!」

そして映し出されたのは、真っすぐに立ち上る炎の柱と巨大なキノコ雲。
その光景を見た瞬間、ジョーンズは射精していた。

(;’e’)「お……おぉ……!!
    奇麗だ……!! ティンカーベルで見た物とは比べ物にならんな……!!
    そうか、ストラットバームとレッド・オクトーバーの2基の光か!!
    はははっ、ストラットバームが吹き飛んだだけはあるな!!

    その価値があるぞ、これは」

(::0::0::)「ストラットバームが?!」

(;’e’)「あれはニューソクの光だ、間違いない。
    今の内によく見ておきたまえ。
    生きている間にあれを二度も見られるとは、いや、生きてみるものだ」

ジョーンズは興奮のあまり、落ちそうになりながらも身を乗り出して画面を食い入るように見つめていた。
パネルを操作し、ズームし、血の様に赤い炎を凝視する。
圧倒的な破壊力。
その付近にいた者は最後に光を見て、白い世界に消え去ったことだろう。

451名無しさん:2023/01/30(月) 19:41:51 ID:cQao1NtM0
資料で知る限り、その光が生み出す熱は太陽に匹敵するほどだという。
有害な物質は生み出されないが、その破壊力は街一つを余裕で消し去る。
人は、本能的に強い物に惹かれる性質がある。
動物でも、道具でも。

強い物は美しい。
そして、その美しさを手中に収めたいと思うのは人間であるが故の本能だ。

(;’e’)「私はしばらく映像を見ているから、復帰作業は君たちでやりなさい。
   ギルターボに協力させるといい」

投げやりにそう言って、ジョーンズは画面を見つめ続ける。

(::0::0::)「で、ですが横転時のマニュアルはまだ不完全で……
     それに、侵入者もまだ……」

(#’e’)「マニュアルや他人に頼らないと何もできないのか君たちは!!
    頭を使ってくれよ、頭を!!
    何のための“保険機能”があると思っているんだ!!
    侵入者がまだ生きているっていうなら、さっさと殺してくればいいだろう!!」

激昂した口調でジョーンズがそう告げると、誰もが口を紡いだ。
彼のこのような姿を、これまでに見たことがない。
どんな状況下でも余裕を持った横柄な態度を崩すことなく、的確に対処をしてきた知的な姿の欠片もない。
プレゼントをもらった子供の様に、今はニューソクの爆発に目も心も奪われている。

(’e’)「はぁ……!! いい……!!」

故に、自分たちに迫っている危機に対する警戒心があまりにも疎かになっていた。
ハート・ロッカーに用意していた警備では圧倒的に力が不足していることは、誰も考えていなかった。

452名無しさん:2023/01/30(月) 19:42:14 ID:cQao1NtM0
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      | \  ∧    ´ ゚     |: /    /´ _√ ̄⌒^\  >: :´ ̄ ̄ ̄\    \ ハ
      人  \_公。           ,ふ    /\厂:::::::::::::::::::::::::::\_: : |\: : \: : \    \|
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ストラットバームまだ地図上にあった時、ハート・ロッカーには二人の招かれざる客がいた。
二人の目的はハート・ロッカーの無力化。
そしてそのために下した決断は、心臓部であるニューソクを破壊することだった。
ニューソクの破壊が大規模な爆発に直結することは承知しており、文字通り命がけで止めることを決めていた。

ニューソクがあると思わしき胴体に入る前に、二人は可能であれば砲塔の無力化を先に行うことにした。
多少の危険が伴ったとしても、ニューソクの停止までに時間がかかるようであれば、その間に砲撃によってどこかの街が吹き飛ぶ可能性が生まれてしまう。
巨大な移動基地としての機能も有するハート・ロッカーには必然、乗り込んでくる侵入者に対する迎撃要員がいる。
通常の基地と違って機体の中を移動することが前提となっていない作りであるため、その中での作業に特化した装備が必要だった。

その為に選ばれたのが、先天的あるいは後天的に身長や四肢が通常の人間よりも小さな人間だ。
彼らは専用の棺桶を身に着け――上半身部分はコンセプト・シリーズのそれ――、まるでコバンザメの様にハート・ロッカーの表面を滑るように移動する。
電磁石を利用したその移動速度と軌道は常人にとっては異次元のものだ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「しっ!!」

だが、ギン・シェットランドフォックスにとっては問題なかった。

/▽▽『ラララララ!!』

高機動であっても、移動できる個所が装甲表面に限定されている以上、攻撃の予期は容易い。

/▽▽『痺れろ!!』

453名無しさん:2023/01/30(月) 19:42:53 ID:cQao1NtM0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「断る」

振り下ろされたのは異形の腕。
関節が三つあり、それを振るえば意思のある三節混が出来上がる。
回避行動を始める前に彼女の耳が、その腕に通る高圧電流の音を聞き取っていた。
高機動に加え、ほぼ全ての関節が通常の人体よりも一つ多くあり、さながら昆虫の様な構造をしていることを一瞥しただけで把握する。

しかしどれだけ棺桶の関節の数を増やしたところで、人間の関節はそれに対応しきれない。
使用者が自分の四肢以外を使うことに長けていなければ、それを使いこなすことなど決してできない。
ギンに襲い掛かってきている襲撃者は、間違いなく四肢を欠損し、義手の扱いに長らく長けている人間だった。

/▽▽『力こそが!!』

戦い方にも切れがあり、素人とは思えない。
元軍人か、その類だろう。

ハハ ロ -ロ)ハ「うるさいバカ」

それまで砲塔に対する工作を行っていたハロー・コールハーンが、横合いから男に襲い掛かった。
手に持っているのは巨大なパイプレンチだ。
振り下ろされたそれを、男は反射的に腕で防御する。
だがすでにハローはパイプレンチを手放しており、ギンに投げて寄越された高周波振動のナイフを深々と男の胸部に突き立てていた。

使用者の体の大きさに関わらず、その中心部を狙えば何かしらのダメージは期待できるためだ。
小型で高機動となれば、装甲の厚みはあってもBクラス程度。
その読みは的中し、男は一撃で息の根を止められていた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「どうじゃ、砲塔部の破壊はできそうじゃったか?」

ハハ ロ -ロ)ハ「いいや、やっぱり駄目ダ。
       高周波ナイフでもダメだろうな、単純に装甲が厚すぎル。
       砲弾に細工をして爆発させて、ニューソクの誘爆を狙うカ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ニューソク周辺の装甲は一番堅牢じゃろうな。
       誘爆に備えていないとは思えん」

ハハ ロ -ロ)ハ「やっぱりそう思うカ。
        ……よし、機関部に行くゾ」

ハローは死体からナイフを回収し、逆手に構える。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そっちには爆薬が通用するといいんじゃがな」

ハハ ロ -ロ)ハ「強度が気になるのは同意ダ。
       だが、万が一に備えてのメンテナンスを考えると、入り方があるはズ。
       状況によっては、ニューソクの停止よりも、操縦室に行って皆殺しにするしかなイ」

454名無しさん:2023/01/30(月) 19:43:15 ID:cQao1NtM0
それが出来れば苦労はしないが、選べる手段はその全てが例外なく玉砕覚悟の力技しかない。
これまでに経験してきたほとんどの作戦は、緻密に計算し、準備した上で答え合わせをするようにして遂行されてきた。
イルトリアとジュスティアの諜報員たる者、賭けに出るような真似は最終手段でなければならない。
有益な情報がないまま、時間が差し迫っている今は、下調べなどする時間がない。

とうに覚悟を決めている二人だったが、まだ、完全に諦めているわけではなかった。
自爆は確かに有効かもしれない。
だが仮にそれが有効でなかった場合、このハート・ロッカーを止める人間がいなくなる。
既に部下は退避させているため、ここで戦えるのは二人だけ。

他に何か手がないか、それを考えるのが賢明だ。

ハハ ロ -ロ)ハ「こういう場合、機関部はどこにあると思ウ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「定石で考えれば、一番装甲の厚い部分じゃな。
       じゃが、こいつの一番装甲の分厚い脚部は左右に展開できる上に、さっき見てきたからの。
       と、なると胸部か腰の部分じゃな。
       ……胸部じゃ」

ハハ ロ -ロ)ハ「理由ハ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ジョーンズは変態じゃが優秀じゃ。
       やつなら、すぐ傍にニューソクがあった方が都合がいいじゃろう。
       すぐにメンテナンスが出来るとなると、奴がいる操縦室の近く。
       外見的に、このハート・ロッカーで脚部に次いで堅牢なのは胸部じゃ。

       そして、胸部には――」

ハハ ロ -ロ)ハ「あぁ、そうカ。
        あの死体があったナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「死体に起動コードを入力させていた。
       奴らの要石が壊れれば、ハート・ロッカーは動かなくなる。
       こいつは巨大な棺桶じゃ、ならば使用者が死ねば機能が停止するのは道理。
       となれば、ますます壊したくないじゃろう」

ニューソクを破壊せずとも、起動コードを入力する際に使った物を破壊すれば、ハート・ロッカーを無力化できる。
手段はまだ残されていた。

ハハ ロ -ロ)ハ「操縦室を襲えば、一石三鳥ぐらい狙えそうダ。
       幸先がいいナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、爆薬の一つでも投げ込んでやれば景気づけになるじゃろ」

ハハ ロ -ロ)ハ「で、爆薬はどこにあるんダ?」

455名無しさん:2023/01/30(月) 19:43:35 ID:cQao1NtM0
肝心な部分について、ハローから質問があった。
それを聞いた途端、ギンは目を丸くして驚きを露わにする。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「は? お主持っとらんのか」

ハハ ロ -ロ)ハ「そんな危ないもの、持っているわけないだロ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……はぁ、自力で殺して回るしかないかの」

正直なところ、現地である程度の物を手に入れられると思っていたが、これまで殺してきた兵士が持っていたのは精々手榴弾。
とてもではないが、装甲を破壊したり一度に大勢を殺せるような高性能爆薬ではなかった。
持ってきていた爆薬は基地のニューソクに仕掛けてしまい、当然、予備はない。
ハローならあるいは持っているのではないかと思ったのだが、彼女もどこかに仕掛けてきたようだ。

ハハ ロ -ロ)ハ「先頭は私が行こウ。
        どうせほとんどが生身の人間なら、私の棺桶を使った方が合理的ダ」

爆薬で解決できないならば、手間暇をかけて殺し尽くし、破壊する。
ニューソクを破壊しなくて済むのであれば、彼女たちが生還する道が開ける。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「なら、せめて先に何があるかぐらいは教えてやろうかの。
       ……入り口は、どうやらあそこのようじゃの」

ギンが指さしたのは砲塔の横、背中に位置する場所にある小さな扉だった。
よく見れば凹凸がそこに向かって続いており、一種の梯子の役割を果たしているのだと分かる。
把手に相当する物が見当たらないため、どこかに開錠するための仕掛けがあるのだろう。

ハハ ロ -ロ)ハ「まぁ、あれしかないナ。
       急ぐゾ」

その時、ハローが仕掛けた罠の一つが作動し、ハート・ロッカーの動きが止まった。
まるで歯車に挟まった砂粒。
押し潰そうとする力に対し、小さいながらも懸命な抵抗を見せる。
棺桶の装甲の堅牢さが幸いし、無限軌道を動かす装置に負荷をかけているのだ。

その隙に二人は足の力だけで凹凸を駆け上がり、引手のない扉に手をかける。
すると、手をかけたところ場所の内側から、青白いテンキーが魔法の様に浮かび上がった。
触った個所にパスワードを入力させるということは分かったが、その仕組みはこれまでに見たことがない技術が使われていた。

ハハ ロ -ロ)ハ「……分かるカ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「分からん。 じゃが、力技でいけるかもしれんぞ」

ハハ ロ -ロ)ハ「指をかける場所がないゾ。
        隙間にナイフを刺して折れても困るナ。
        それ一本しかないんダ」

456名無しさん:2023/01/30(月) 19:44:06 ID:cQao1NtM0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「まぁまぁ、ちとやらせてみろ」

一見して滑らかな表面だが、塗装や製造工程の中で生まれた微細な傷やサビは隠せない。
指を這わせ、具合のいい場所を探る。
二人が立つには狭く、不安定な場所であるために踏み込みも満足には出来ない。

ハハ ロ -ロ)ハ「ははは、それで開いたらビールを奢ってやるヨ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「抜かしたな。
       なら、ジュスティアの酒場で店が潰れるまで飲んでやる」

ゆっくりと。
だが、確実に扉が開いてゆく。
彼女の膂力、握力、そして下半身を総動員してやれば出来ないものではなかった。
如何に自動扉とは言っても、安全装置が必ず存在する。

ハハ ロ -ロ)ハ「……馬鹿力ダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ちょっとした工夫じゃよ。
       ほれ、手伝え」

指が十分入るだけの隙間が生まれ、ハローがすぐに加勢する。
すると、急激な負荷に対する防御策としてか、扉が自動で開き切った。
閉まる前に二人は中に入り、すぐに周囲を警戒する。
扉が背後で閉じ、重厚な駆動音が反響する空間が目の前に広がる中、ギンの聴力は必要な音を聞き漏らさなかった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……ニューソクの駆動音じゃ。
       それに、人間も大勢おる。
       当たりじゃ」

ハハ ロ -ロ)ハ「手ごろな武器でも欲しい所だナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「贅沢は言えんさ。
       ん――」

ギンの背筋が一瞬で凍り付き、次の瞬間には声が出ていた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「――何かに掴まれ!!」

直後、世界の全てが反転した。

457名無しさん:2023/01/30(月) 19:44:27 ID:cQao1NtM0
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 ゚  D  \                   /
     p  ヽ_________/
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二基のニューソクが爆発した頃、セントラスにある大聖堂、ノーザンライツの地下は恐怖で満ち溢れていた。
地下に作られたシェルターは、長い年月をかけて建造された最後の砦だ。
そして、有事の際に侵入者を一掃するための装置として用意されたのが、“神の怒り”と名付けられた物だった。
シェルター周囲のみならず、ノーザンライツ内にある全ての床を同時に一瞬で崩落させ、最後には十字架とその周囲にいる信心深い人間だけが生き残る装置。

それが起動したことは振動と轟音が如実に物語るが、その装置の存在を知るのは高位の聖職者のみ。
避難に成功した一般人にとっては、何が起きたのかは全て想像するしかない。
もっとも、一般人と聖職者達ではシェルターの階層と構造が異なり、最下層にいる者達の盾として切り捨てられる存在なのだが。
全部で二層あるシェルターの内、一層目にいるミッシェル・エルレガーデンは娘と夫の三人で抱き合いながら、全てが終わるのを待っていた。

彼女たちのいるシェルターは空間の隅に非常食と水が積み上げられ、天井に等間隔で吊るされた電灯以外何もない広い空間だった。

「神よ……」

首から提げた十字架を握りしめて口から出るその名は、先ほどから何度も呟かれていた。
しかし一向に外からの知らせが入って来ないため、不安だけが募ってしまう。
夫のジェリコも、娘のソガンも、そしてミッシェルも一度は口にしたが、今は無言で待つだけだった。
長期休暇を利用してセントラスに来たために、このようなことに巻き込まれるなど、思いもしなかった。

ジェリコは素潜り漁をし、ミッシェルはそれを市場で売るというだけの、平凡な家庭。
これまで争いや暴力行為とは無縁の暮らしをしてきた一家にとって、これは間違いなく人生で最大の困難と言えるだろう。
頭上で重々しい音が響き、階段を下ってくる音が聞こえてきた。
一人分の優し気な跫音。

少なくとも、侵入者ではないだろう。

( ・曲・)『どうも、皆さん』

奇妙な仮面をつけた男が、爽やかな挨拶と共に現れた。

( ・曲・)『侵入者は全員撃退しました。
     ご安心ください』

458名無しさん:2023/01/30(月) 19:44:57 ID:cQao1NtM0
「おおっ、神よ感謝します……!!」

先ほど神の名を口にした男が十字を切り、両手を組んで膝を突く。
神への祈り。
誰ともなく、その動きに入ろうとした時、男が手で制して言った。

( ・曲・)『あぁ、いや、違いますよ?
     撃退したのは私であって、神ではないです』

「えっ、あぁ、はぁ……」

( ・曲・)『でね、私は皆さんに質問をしに来たんです』

「質問?」

( ・曲・)『ここにいる皆さんは、きっと自分も含めてご家族を愛されていると思うのです。
     その愛が持つ強さ、それはどれほどのものでしょうか?』

「は?」

( ・曲・)『愛は勝つ。
     愛は強い。
     愛があれば他には何もいらない。
     ほら、世の中には愛について語る言葉がごまんとある。

     ですが私はそれがイマイチ理解できないんですよ。
     愛と金を天秤にかける言葉があるなら、金に実体があるように愛にも実像があるはずだ。
     だけど、愛には実像がない。
     愛していると口にしても不貞を働く者。

     愛の尊さを口にしながらも我が子を傷つけ、殺める親。
     愛と好意の違いは?
     恋と愛の違いは?
     愛が究極の感情なのであれば、何故破局するのか?

     ここにいる皆さんは、少なくとも自分自身の命を守る為にここにいる。
     ならば、自己愛がある。
     その自己愛がどの程度の物なのか、ここで実験させてもらいます』

「な、何を言って――」

男は懐から円筒状の物を取り出し、そのピンを引き抜いた。

459名無しさん:2023/01/30(月) 19:45:19 ID:cQao1NtM0
( ・曲・)『これはちょっと変わったガスでしてね。
     濃度は薄めてありますが、その場の酸素をすぐに失わせる性質があります。
     扉の開閉と換気システムはダウンさせてあるので、そうですね、この広さなら……
     10分もあれば、酸素濃度は6%以下になるでしょうね。

     そうすれば、一度呼吸しただけで意識を失い、絶命します。
     ですが、私の手元に酸素マスクが3つだけあります。
     この場にいる皆さんの中で、3人だけ助けてあげます。
     どうか皆さんの持つ愛という感情で、答えを出してください』

そう言って、男は筒を投げ捨てた。
すぐに不可視の何かが噴出したのが、音で分かった。
即座にシェルター内は阿鼻叫喚の渦と化した。

「そんなこと、させない!!」

声を上げたのは、ミルスペック・オスビエだ。
建設業を営む彼の体は良質な筋肉で覆われており、ひとたび暴力を行使すればただでは済まない。

「そんな悪魔の契約、受け入れられるわけがない!!」

( ・曲・)『ならばどうします? 神に祈ります?』

「お前を倒して、ここを出ていく!!」

( ・曲・)『あぁ、それは白けるので止めてください。
     知っていますか? 酸素が足りなければ、人は――』

「みんな、やるぞ!!」

その言葉に賛同するように、男たちを中心として皆が一斉に立ち上がった。
脅しに屈するのではなく、脅しに立ち向かう。
ジェリコも拳を握って立ち上がり、今まさに駆けだそうとしていた。
理不尽な困難に立ち向かうその姿は、この絶望的な状況下で輝いて見えた。

( ・曲・)『……無駄だって言えばいいですかね?』

その声を聞いた瞬間、ジェリコは立ち止まり、ゆっくりと腰を下ろした。
瞬時に何かを察したのだろうが、それが何なのかは、ミッシェルには分からなかった。

「うおおおおお!!」

雄たけびとともに走り出し、一気に襲い掛かる。
四方八方から攻められれば、武装していようとも生身の人間である以上は勝てるはずがない。
次の瞬間には男が倒され、皆でここから逃げ出す未来を誰もが想像した。
だが。

素手の拳が人間の胸に深々と埋まったり、蹴られた人間が宙を舞い、壁に叩きつけられたりする姿は現実の光景として受け入れられなかった。

460名無しさん:2023/01/30(月) 19:45:57 ID:cQao1NtM0
( ・曲・)『そうやって暴れると、酸素が余計に薄くなりますよ?
     ほら、今ならまだ助かる命がありますよ』

男の拳足によって倒された者達が痙攣し、口から白い泡を吹いているのを見ても戦意を保てる者はいなかった。
分厚い胸筋さえ冗談の様に陥没させられたミルスペックは、一目で絶命しているのが分かった。

「ひいっ!!」

( ・曲・)『選べないんなら、私が選んでもいいですか?
     では、まずは子供から助けましょう。
     この中で一番愛されている子供は?』

怯えながらも、子供たちが皆手を挙げた。
男は溜息を吐いた。

( ・曲・)『一番愛されていると思う子は、私のところに来てください』

最初は自制が効いていたのかもしれないが、親に背を押され、一人が走り出すと全員が一斉に走り出した。
我先にと走り、先を走る子供の服を掴んで引き倒し、男の傍に群がって行く。
あまりにも醜く、あまりにも凄惨な光景だった。
助け合い、慈しみの心の欠片も見られない。

男が殺すのは人の命だけではなく、これまでに築き上げてきた尊厳や信念といったものなのだと、ミッシェルは気づいた。
恐らく最もおぞましい殺人。
悪魔的発想を実行に移す精神性は、最早、男自身が悪魔であると言っても過言ではない。
ソガンを抱きしめたまま、成り行きを見守る。

( ・曲・)『一人だけです。
     それ以外はいりません。
     話し合うでもいいし、殺し合うでもいいので決めてください。
     さて、後二人分ですが……』

子供たちは躊躇ったが、すぐに話し合いを始めた。
だがそれは長く続かなかった。
一人が誰かの肩を押し、それがきっかけとなって殴り合いが始まったのだ。
普段は仲の良かった者同士が、生き残りをかけて暴力に手を染める。

地獄の様な光景だった。
それを満足そうに眺めていた男は、芝居がかった口調で優雅に言った。

( ・曲・)『一つは自分の最愛の人を殺した人に渡しましょう。
     ちなみに、残った時間は5分程度ですのであしからず。
     あぁ、その間に私は楽しんでいますので』

男は子供たちのところに向かい、地面に倒れて泣いていた少女の傍に屈みこんだ。
歳はまだ一桁ほどだろう、非常に幼い顔立ちをしている。

( ・曲・)『君の名前は?』

「ひっ……!!」

461名無しさん:2023/01/30(月) 19:46:23 ID:cQao1NtM0
( ・曲・)『大丈夫、悪いようにはしないよ。
     君の名前を教えてほしいんだ』

「し、シンディ……」

( ・曲・)『そうか、シンディだね。
     君は親に愛されていると思ってここに来たんだろう?
     こうして君が倒れていても君の親はここに来ない。
     それでも愛されていると思うかい?』

「ふぇ……」

( ・曲・)『君の親の愛を、試してみたいんだ。
     協力してくれるよね』

答えが出る前に、男は行動していた。
無理矢理シンディの衣服を全て剥ぎ取り、髪を掴んで持ち上げたのだ。

( ・曲・)『私は今からこの娘を犯します。
     だがもし、シンディの親がそれを見逃すというのなら、私はこのシンディにマスクを渡しましょう。
     しかし他の皆さんにもチャンスを上げます。
     我が子を私に差し出すのなら、マスクをその子に譲りましょう。

     最後に犯された子だけがマスクを得られる、思いやりのリレーです。
     さぁ、急がないと皆死にますよ』

シンディをその場に叩きつけるようにして降ろし、男はチャックを降ろして股間から陰茎を解放した。
その大きさは、子供の腕ぐらいの太さと長さがあった。
常人離れした膂力もさることながら、その陰茎の醜悪さはこれが悪夢であることを心から願う要因の一つとなった。
再びシンディを持ち上げ、小さな秘所にあてがう。

どう見てもそれを受け入れる状態にまで体が成熟していない。
それどころか、規格があまりにもかけ離れすぎており、そのまま殺してしまうのではないかと思うほどだ。
一方、シンディの両親は一向に動く気配を見せない。
我が子が今まさに犯されようとしているのに、確実に生殖機能に後遺症を与えかねない状況なのに。

なのに、動かないのだ。
否、動けないのだ。
動けば助からないことが確定するが、動かなければ確率が生まれる。

( ・曲・)『そー……れっ!!』

肉が避ける音と、少女の悲鳴。
未熟な体に突き刺さった陰茎には大量の血が付着し、さながら経血のようだ。
悲惨の一言に尽きるその光景に、流石に母親が絶叫した。

「止めてええぇぇ!!」

( ・曲・)『あ、分かりました』

462名無しさん:2023/01/30(月) 19:47:01 ID:cQao1NtM0
驚くほどあっさりと男はシンディを開放した。
股関節が外れたからなのか、それとも避けた個所の問題なのかは不明だが、シンディはその場から動かなかった。
まるで壊れた人形の様に小刻みに痙攣し、鼻をすする声がしている。

( ・曲・)『残念、無駄に苦痛を受けただけですね』

直後、男がシンディの腹を蹴った。
衝撃で彼女の体が宙を舞い、母親にぶつかる。
それでも勢いは殺しきれず、母親ともども壁に叩きつけられた。
二人とも、微動だにしなくなっていた。

( ・曲・)『チャンスは今、潰えました。
     さぁ、他には?』

我が子を思う気持ちを利用し、究極の天秤にかける。
名乗りを上げてこないのを、男は黙って見ていた。
周りではまだ子供たちが殴り合い、髪を掴み合い、首を絞めている。
大人たちは隅の方で別れの言葉を告げ、どちらが殺されるべきなのかを話し合っている。

( ・曲・)『残り1分。
     どっちもダメですね、これじゃあ皆仲良く死ぬしかないじゃないですか。
     結局――』

「この子を、助けてっ……!!」

最後までその腕に抱いたままにしようとしていた我が子を、母親の一人が差し出す。

( ・曲・)『じゃあ、股を開かせてください』

「それは嫌っ……!!
でも、お願い……助けて!!」

( ・曲・)『じゃあ、神に祈ってみてください。
     今なら世界で最初に願い事を聞き届けてくれるはずですよ。
     ……あぁ、ですが、時間切れですね』

ふと。
まるで、猛烈な眠気が襲ってきたような感覚があり、そこでミッシェルの意識は途絶えた。
光も音も匂いも、そして温もりさえも。
もう、何も――

463名無しさん:2023/01/30(月) 19:47:24 ID:cQao1NtM0
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マドラス・モララーは死体の山を見渡して、溜息を吐いた。
結局、この中にも愛は見いだせなかった。
我が子を守る為に自ら命を差し出す者もいなければ、全てを賭してモララーを止めようとする者もいなかった。
ましてや、神の奇跡も起きなかった。

結局、愛は言葉でしかないのだ。
宗教は愛ではなく、ただの心の安寧に過ぎない。
神の愛という一切合切存在しない物の呆気なさは、今、こうして証明された。
神の足元と称されるこの場所でさえ、神は現れなかった。

宗教家として人々に神の愛を布教してきた過去は、まるで意味がなかったのだ。
愛を信じれば真実の愛を手に入れることができる。
愛を獲得すると同時に宗教間の戦争を無くす最善の方法としてモララーが考えたのが、ティンバーランドへの参加だった。
十字教の掲げる愛をテストするというその考えは、同じ組織内の誰にも口外していないことだった。

結局のところモララーは自分の欲を満たすことだけが目的であり、世界平和などの高貴な目的は興味がない。
率先して十字教関係の根回しに手を貸し、そして最終局面でこの土地の防衛を任された時から、彼はこの為に動いていた。
長い時間を我慢し続け、そして、得た答えがこれだ。

( ・曲・)『……神はいない、か』

万が一の可能性に賭けてみたが、神は姿を見せることは無く、奇跡は起きなかった。
極限の状況下で互いに見せた思いやりや愛情も、意味はなかった。

( ・曲・)『はぁ……』

満たされない。
ここまでしても、モララーの心は微塵も満たされなかった。
彼が昔に抱いた疑問は、今、核心へと変わった。
神は存在しないのだ。

464名無しさん:2023/01/30(月) 19:47:57 ID:cQao1NtM0
そして、宗教は人を救わない。
十字教を信仰し、その為に他の宗教の人間を殺していた歴史が帰着するのがこの惨憺たる光景である。
この結末は想定していたが、いざこうして目の当たりにすると強い虚無感が襲ってくる。
下の階にいる聖職者は単純にガスで殺し、この世界から十字教が姿を消せばモララーの目的の一部が達成される。

宗教がなくなれば、人々は自らに救いを求めることになるだろう。
そうすれば、きっと、いつか。
モララーの求めている愛が結実するはずなのだ。

( ・曲・)『さて、と――』

――首筋に衝撃があった。
最初は針が刺さったのかと思ったが、どうやらそれは熱を持っている様だった。
否、熱などない。
痛みが熱さに感じ取れただけ。

(;・曲・)『いっ?!』

振り返ると、そこには知らない男がいた。
誰だかは分からない。

「……ふっ」

大きく息を吸った男は、一瞬でその場に崩れ落ちた。

(;・曲・)『こ、い……つ!!』

息を止めて、こちらが油断するのを待っていたのだ。
日常的に呼吸を止めることに長けている人間でなければ、この状況下でその判断を下せるはずがない。
万が一、素人がその手段に出たとしても、パニックになって1分程度延命するだけだ。
呼吸を止め、極限状態に慣れている人間など、軍人でもいない。

ましてやここはセントラス。
戦闘に長けた人間が避難しているなど、あり得ない。
あり得ないと判断したから、モララーはここまで余裕をもって行動していたのだ。
“マックスペイン”を服用していても、筋肉を貫いた刃の痛みとその傷は防げない。

首に刺さった異物を抜くと、信じられない勢いで血が流れ始めた。
それは、十字教徒が首から提げている十字架だった。
先端部が歪に変形し、鋭利さを獲得している。
モララーが余裕を見せている間に影で十字架を加工し、武器にしたのだ。

信仰の対象である十字架に手を加える決断力。
信仰を捨てるのに等しい愚考。
その愚考を、土壇場で実行する人間がこの場にいたのだ。
神を捨てられる人間が。

(;・曲・)『あが……!! くっ……おおお!!』

465名無しさん:2023/01/30(月) 19:48:25 ID:cQao1NtM0
引き抜いたせいで傷口が広がったため、止血が出来ない。
激痛が思考を乱す。
最後の場面でこのような失態を晒すことになろうとは、考えもしていなかった。

(;・曲・)『まだ……愛を……愛が……!!』

体温が失われ、四肢の先端から感覚が消失していく。
力が抜け、地面に膝を突く。
まるで自分の影を染め上げるように、赤黒い血が広がっていた。

(;・曲・)『どうして……こんな』

無意識の内に両手を合わせる。
指と指を絡め、正に祈りのための形となる。
とうの昔に捨てたはずの信仰。
いるはずのない神への懇願。

ここでは終われない。
ここで終わっては、これまで自分が為してきた全てが無意味になる。
その瞬間、彼の中で何かが噛み合わさる感覚があった。
これまで無関係と思われた全てが合わさり、動き、答えとなって導き出される。

( ・曲・)『……そうか』

苦痛が消えた。
寒気もなくなった。
あるのは、穏やかな感情。

( ・曲・)『これが……神の……!!』

白い光に抱かれるような感覚を最後に、モララーは息絶えた。

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シナー・クラークスは、複数の銃弾を浴びた女の前で膝を突いていた。
ティングル・ポーツマス・ポールスミスという名の女は浅い呼吸を続け、何事かを口にしたかと思えば、そのまま動かなくなった。
首筋に指を添えて確認すると、脈は止まっていた。

466名無しさん:2023/01/30(月) 19:48:46 ID:cQao1NtM0
(;`ハ´)「……」

<=ΘwΘ=>『同志シナー、お怪我は?』

直前まで心から楽しい戦いをしていたシナーにとって、部下の介入は決して望んでいたものではなかった。
ましてや、このような結末など、あってはならないものだ。
だがそれを一度でも口にしてしまえば、部下たちに示しがつかない。
ゆっくりと立ち上がり、シナーは答えた。

(;`ハ´)「……問題ないアル」

<=ΘwΘ=>『チップは?』

倒れたままのティングルを一瞥し、シナーは首を振る。
せめてもの手向けとして、一つの嘘を吐くことにした。

( `ハ´)「……もう壊されていたアル。
     撤退するアル。
     ラヴニカは後でハート・ロッカーに砲撃してもらえばいいアル」

<=ΘwΘ=>『は、はぁ……』

( `ハ´)「それよりも、次の戦場に行くアルよ」

ラヴニカ攻略が終了した場合、次に行く場所が決まっていた。

( `ハ´)「イルトリアはここなんか比べ物にならないアル。
     武器と弾薬を温存して、さっさと行かないと明日到着することになるアル」

部下を急かし、シナーはその場を立ち去る。
後は街の中で戦い合い、疲弊すればいい。
こちらの撤退を知って喜び、勝鬨を上げればいい。
その頭上から襲ってくる砲弾が祝砲代わりとなるだけだ。

そうなれば、ティングルの死体も炎が焼き尽くしてくれるだろう――

467名無しさん:2023/01/30(月) 19:49:13 ID:cQao1NtM0
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F√i-ュ| ̄|明-ュ| ̄L―┐-ュFl-ィニニユ 「 ̄|::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ニ´t|    /F√i-ュ| ̄|
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――武術において、一撃必殺とは夢の話だ。
一撃で相手を屠り、一撃で勝敗を決める技。
何度も議論が繰り返され、終わることのない探究が続く夢。
当てる箇所、当てる速度、当てる相手など、条件によってその探究結果は悉く否定され続けてきた。

だが例外的に、一つだけその夢を実現させる手段が存在する。
たった一撃で勝敗を決するという点において、これ以上の技は存在しない。
幾度も潜入任務をこなし、死地を越える為に服用した仮死薬によって獲得した特異体質。

(*‘ω‘ *)「……っぷはー!!
      あー、死ぬかと思ったっぽ」

ティングルは意図的に心臓の動きを止め、仮死状態を作り出すことが出来る技を身に着けていた。
この技は“相手のあらゆる攻撃を一撃必殺”にする。
その為、相手がこちらの死を疑わないような状況下であれば比類なき効力を発揮するのだ。
シナーは根っからの武人だった。

それ故に、血糊の入った防弾ベストに着弾したことでティングルが部下に射殺されたと思い込んでくれた。
相手が彼でなければ、念のためにとティングルの頭に銃弾を撃ち込んでいたことだろう。
仰向けになり、笑顔で独り言ちる。

(*‘ω‘ *)「はい、武の勝利ってね」

シナーという男は敵にするには惜しい男だ。
彼の中には組織の願いとは違う考えがある。
ラヴニカを火の海にしてでも手に入れようとしたチップを、こうもあっさりと諦めたのがその証拠だ。
無論、ティングルが見せたチップは偽物だ。

しかし、それを見抜く時間はなかったし、その手段もない。
つまり、彼が独断でこの場から撤退したのは紛れもない事実なのだ。
その自我が組織の強みを瓦解させるのは言うまでもない。

468名無しさん:2023/01/30(月) 19:49:36 ID:cQao1NtM0
(*‘ω‘ *)「しかし……」

ラヴニカの上空に立ち上る黒煙。
どうにか任務の一つは達成できたが、無傷とはいかなかった事実がそこにあった。
だがまだ、任務が残されている。
与えられたのは3つ。

一つ目は敵組織に潜入し、妨害工作を行う。
これは潜水艦に積まれていたいくつかの備品に細工を施したことにより、後に効果を発揮することになるだろう。
ニューソクに繋ぐ事で他の施設に電力を供給するケーブルには特に陰湿な細工をしてあり、その役割を果たす時が来た場合、ケーブルをつないだ両者は蒸発することになる。
給電が必要になるということは、相手にとって都合の悪い展開になっているということであり、そこを狙った工作だった。

二つは組織の狙いをギリギリまで見極め、直前で破綻させること。
世界中に宣戦布告するという目的が分かり、ラヴニカの鎮圧と誘導チップの奪取を任された時、妙案が浮かんだ。
以前、ラヴニカに潜入したワカッテマス・ロンウルフが用意していたレジスタンスだ。
殺したと思わせ、地下深くに潜伏させていたギルドマスター達に情報を流し、ラヴニカを奪われることを防がせた。

そして三つ目。
敵組織の弱体化である。
強大な組織であればあるほど、要所にひずみが生じる。
それを狙い、組織に穴を開ける。

迷いのあるシナーを離反させれば、必ず他の作戦に打撃を与えることになる。
彼が目指す先にあるイルトリア。
皮肉なことに、この世界の天秤を保つためには彼らの存在が必要になる。
必要であれば敵対していた街を守る為に命を賭さなければならない。

(*‘ω‘ *)「またあそこに行くことになるとは、不思議なものっぽね」

かつてイルトリアに潜入して唯一生還した人間として、再びあの街に足を踏み入れることになろうとは思ってもみなかった。
しかもそれが、イルトリアを助けるためというのだから、皮肉にもほどがある。
ゆっくりと立ち上がり、服についた汚れを払い落とす。

(*‘ω‘ *)「もう一仕事、頑張るっぽ!!」

街から撤退していくシナーの部下と共に、彼女はラヴニカを後にしたのであった。

469名無しさん:2023/01/30(月) 19:50:01 ID:cQao1NtM0
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物理的に周囲の世界が反転したハート・ロッカー内で唯一、二人の女だけが即応出来ていた。
味わった衝撃、ハート・ロッカーの巨体を転がす出鱈目な力の原因について思い当たる節があったからである。
ハローとギンは、双方ともに基地の無力化に一手を打っていた。
ストラットバームに潜入した際にハローはニューソクに、ギンはドックにあった電力関係の設備に高性能爆薬を仕掛けていた。

万が一、電力を復旧しようとした場合にそこが爆発するようにというささやかな細工だ。
それが効果を発揮すれば、ニューソクを原動力として動いているあの基地は吹き飛ぶ。
それが今なのだと分かれば、対応に迷う必要はなかった。
受け身が間に合い、二人は転倒と横転の衝撃を最小限に抑え込むことに成功していた。

横転したことにより、二人はパイプひしめく壁を地面として利用し、駆けることが出来た。
目指すのは、多くの声が聞こえてきた操縦室。
今が千載一遇のチャンスであることは言うまでもなく、二人がそのチャンスを逃すことは有り得なかった。
機体がゆっくりと起き上がり、姿勢が変わって行く。

床だったものが壁に。
進行方向だったものが床に。
横転した状態から、うつぶせの状態に切り替わっていく。
その中でも、二人は止まらなかった。

ハート・ロッカーが倒れたままでいれば、破壊せずに無力化できる。
砲撃に必要なのは角度だ。
その角度を確保できない姿勢であれば、驚異足り得ない。

|::━◎┥『何ダ、オ前?!』

反転していく機体内で天井に張り付いていた何かが、驚愕の声を上げる。

ハハ ロ -ロ)ハ「ッ……!!」

|::━◎┥『ダ……?!』

470名無しさん:2023/01/30(月) 19:50:26 ID:cQao1NtM0
ギンの背中に隠れていたハローがナイフで首筋を一撫で。
装甲の継ぎ目に正確に入り込んだ刃が首と胴体を何の抵抗もなく分断し、一瞬で屠る。
死を運ぶ颶風と化した二人は重力を利用し、操縦室と思わしき部屋に直上から侵入した。
一撃で扉を蹴破ると、広い空間が足元に広がっていた。

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機体がうつぶせになったことにより、席に着いている人間達は皆、シートベルトによって辛うじて落下を免れている状態だ。
逃げだそうとすれば顔から落下し、負傷は免れられない。
最前列に座る人間だけは自由が効くが、いつ背後から人が降ってくるか分からない。
重力を強く意識すればするほど、人は抗えない力を前に憶病になってしまう。

ここから先、二人が言葉を交わす必要はなかった。
必要なのはこの状態のままで敵を殲滅すること。
一人残らず殺し、ハート・ロッカーが操縦されることのないようにするだけ。
全てはコンマ数秒で決断し、行動しなければならない刹那の世界だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……っ!!」

ハローと違い、ギンは獣由来のバランス感覚と身体能力を有している。
故に、例え足場になる物が遥か下に見えていたとしても、その動きに怯えの色が滲み出ることは無い。
下から迫ってくる世界の中、ギンの視線は瞬時に標的を捕捉していた。
イーディン・S・ジョーンズ。

彼を殺せば、間違いなくティンバーランドに大打撃を与えられる。
その為には、他の邪魔になる存在を無力化する。
彼女の四肢は生来の身体能力と鍛錬によって凶器へと錬磨され、生身の人間であれば難なく殺すことが出来る。
人間の上に着地し、後頭部を踏み潰す。

471名無しさん:2023/01/30(月) 19:50:49 ID:cQao1NtM0
衝撃を利用し、高々と跳躍。
突起物に富んだ操縦室を縦横無尽に飛び回るのは、そう難しくない。
掴み、蹴り、そうして上を目指す。

(,,゚,_ア゚)「侵入者だ!!」

ようやく声が出たのか、周囲に絶望的な緊張感が走る。
しかし当然、逃げようとすれば落下死が待っている。
恐怖に室内の空気が染まる中、意外なことにジョーンズが最も冷静に動いていた。

(;’e’)「ギルターボ!!」

[ Д`]『分かったよ、ファーザー!!』

天井を高速で伝って迫るのは、これまでに見てきた異形の棺桶と同型機。
この場所を守る護衛であることは間違いない。

[ Д`]『オオ!!』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

故に、ギンは焦らなかった。
既にグランドイリュージョンはその能力を発動し、彼女の姿は機械の目には映っていない。
見当違いな場所に向かって突進し、そこにいた仲間を殴殺し始めた。

[ Д`]『死ね!!』

(;’e’)「ギルターボ、何をやっているんだ!!
   私だ!! 私を!! 私を守れ!!」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「さよならだ、博士」

槍の刺突を彷彿とさせる抜き手が、ジョーンズの喉に突き刺さる。
鍛えていない人間の喉など、彼女の指にとってはパンの様に柔らかく脆い。
深々と突き刺さった指は反射的に喉笛を掴み、引きちぎっていた。

(;’e’)「げぁ……!!」

[ Д`]『ファーザー!! 分かったよ、こいつ!!』

分かったところでもう遅い。
既に最重要人物の殺害は今成った。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「殺れ!!」

ハハ ロ -ロ)ハ「死ネ!!」

472名無しさん:2023/01/30(月) 19:51:27 ID:cQao1NtM0
[ Д`]『おぽっ!!』

ギンの幻影と戦っていた棺桶の首を一撃で切り落とし、ハローは逃げ出せずにいる人間の背中に着地した。
魚を捌くかの様に、自然な手つきで足元の人間の首をナイフで切り、大量に出血させる。
抵抗力を失ったその空間は、瞬く間に死人で溢れ返った。

从´_ゝ从「た、助けて!!」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「駄目じゃ、皆殺しじゃ」

素手で殺される者。

(,,゚,_ア゚)「む、息子がいるんだ!!」

ハハ ロ -ロ)ハ「そうカ」

ナイフで殺される者。
命乞いは意味をなさず、助けを求める悲痛な叫びは聞き届けられることは無い。
ハート・ロッカーが振り撒いた死の数に比べれば少ないが、この先の被害を考えれば実に道徳的な殺戮だった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……おい」

ハハ ロ -ロ)ハ「何ダ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「まだ動いているぞ、こいつ!!」

ゆっくりと。
だが、確かに空間が動いている。

ハハ ロ -ロ)ハ「操作する人間はいないはズ。
        何故ダ……!!」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「とにかく、強制的に止めるぞ!!」

二人は死体をどかし、血に濡れた操作盤を見て回る。
何がどうなっているのか、流石に見ただけでは分からない。
その間にもハート・ロッカーは両腕を使い、体を持ち上げ始めている。
転倒から復帰までの時間が予想以上に速いこともそうだが、操縦者が不在となってもなお動き続けるこの棺桶が不気味で仕方がない。

自立行動できる兵器など――

ハハ ロ -ロ)ハ「……そうか、こいつは棺桶ダ。
       棺桶持ちをどうにかしないと止まらなイ」

473名無しさん:2023/01/30(月) 19:51:49 ID:cQao1NtM0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「あの死体がか?
       死体が動かすなど……」

二人が施設に潜入した際、死体に手を加えた物をハート・ロッカーに挿入していた。
起動コードの入力のためだけに必要な存在だと思っていたが、改めて考えると、それだけではない。
有事の際の保険。
万が一操縦室が制圧されたり、操縦が出来なくなった場合に備え、操縦系統をもう一つ用意しておいたのだろう。

入力された指令を実行するという、極めて単純なものだとしても、今は十分に危険だ。
砲撃が再開されようものなら、ジュスティアの壊滅は必至。
そして次はイルトリアになるだろう。
ここで完全に沈黙させなければ、後顧の憂いとなる。

少なくとも、自動操縦の類がどこまで及ぶのかが分からない以上、砲塔だけでも破壊しなければならない。
ハローは逡巡し、答えを出した。

ハハ ロ -ロ)ハ「分かりやすい場所にあるとよかったが、この状況で探すのは無理ダ。
       それより今は、どうにか電源を遮断するゾ。
       お前の予想通り、ほラ」

視線の先にはジョーンズの死体。
そしてその後ろには厳重に封鎖された扉がある。
扉に描かれているのは黄色と黒の花の様なマークで、間違いなくそこにニューソクがあることを表しているものだ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……本当に自分の傍にあったのか」

ハハ ロ -ロ)ハ「姿勢が戻らないと作業も探索も出来ないのが問題ダ」

今の状態では扉に向かって登り、重力に逆らった状態での作業になる。
常人には装備がない限り不可能だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「それならワシがやる。
       その間、一つ頼んでもいいか?」

ハローからナイフを受け取り、ギンは言った。

ハハ ロ -ロ)ハ「何ダ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ジュスティアとイルトリア、両方に現状の報告をしておくのと、向こうの様子を聞いてくれ。
       これが終わったら、ワシらがどっちに行くべきなのかを考えなければならんじゃろ」

少なくとも、ジュスティアが窮地に立たされているという可能性は高いだろう。
連続した砲撃によって街が受けた打撃もそうだが、陸と海の両方から攻め込まれるとあの街は弱い。
スリーピースの守りがあったとしても、内部に裏切り者が一人でもいれば、それが突破される可能性もある。
安全の保障するのと同時に、街から逃げ出すための機能をマヒさせてしまう壁が問題だ。

474名無しさん:2023/01/30(月) 19:52:09 ID:cQao1NtM0
ハハ ロ -ロ)ハ「分かっタ」

援軍に行くとしたら、距離と状況の関係でジュスティアが優先される。
まだジュスティアがあれば、の話だが。
ふいに、ギンの耳に聞いたことのない音が聞こえた。
それは徐々に増幅し、まるでグラスから水が溢れ出る寸前の様な緊張感を覚えさせた。

音の正体に思い至った時、口から出たのは謝罪の言葉だった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「すまん、やられた……」

ハローはそれだけで察し、これまでに聞いたことのないような穏やかな声と表情で言った。

ハハ ロ -ロ)ハ「まぁ、いいサ。
       一緒にやれてよかっ――」

――次の瞬間、二人の世界から色と音が消えた。
その日、三基目のニューソクが爆発した。

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475名無しさん:2023/01/30(月) 19:52:40 ID:cQao1NtM0
イーディン・S・ジョーンズが死ぬ寸前、激痛と苦しみの中でさえ、その瞬間を見られないことを悔やんでいた。
世界が変わることよりも。
自分が死ぬことよりも。
何よりも、ニューソクの炎に抱かれる瞬間を感じることも見ることも出来ないのは、あまりにも無念でならなかった。

ハート・ロッカーには大した思い入れはないが、そこに使用することになったニューソクには思い入れがあった。
彼が復元を手掛け、彼が改造を施し、彼が愛情を注いで生み出した物だ。
恐らく、現代でニューソクを正確に復元できるのは彼だけだろう。
無論、その自負が彼にはあった。

その為、自分が手掛けたニューソクが奪われたり、失われたりすることだけは絶対に避けたかった。
棺桶以外に心惹かれたのはニューソクが唯一だった。
自らの手から離れるのならば、その時はニューソクが奪われるということ。
その時は、ニューソク諸共棺桶を破棄するよう密かに設計していた。

起爆の鍵は二つ。
一つは言わずもがな、ジョーンズの生体情報が失われること。
二つ目は、彼が用意した五人の警備兵の内、ギルターボを含めた半数が失われることだ。
この二つの条件が満たされた時、ニューソクは爆発する。

侵入者が何者であるかは分からないが、ハート・ロッカーの無力化を目論むのであればニューソクの無力化か、内部の完全制圧しかない。
果たして侵入者は、彼が用意した二つの鍵の条件を満たした。

(’e’)「……おや」

故に、今目の前に広がっている白い世界は、間違いなく彼の脳が生み出した幻影に違いないのだ。
音はない。
静かな、本当に静かな空間。
冷たさも暖かさもないその空間が、ジョーンズにとっては心地が良かった。

(’e’)「久しぶりだね」

「……」

目の前には、無言のまま微笑む一人の女性がいた。

(’e’)「今、思い出したよ。
   君だったんだよ、私の人生を変えてくれたのは」

「……」

女性は何も答えない。
ただ、微笑みを向けているだけ。

(’e’)「ははっ、なぁに、ここには私しかいない」

「……」

476名無しさん:2023/01/30(月) 19:53:03 ID:cQao1NtM0
ジョーンズの皮肉にも、女性は無反応だった。
それでも構わない。
彼にとって、この時間は人生の清算のようなものなのだ。
聞いてもらえるだけでいい。

いや、口にするだけでいいのだ。

(’e’)「……初めて君を知った時、正直、意味が分からなかったよ。
   だからもっと知りたいと思って、大学に飛び級で入ったんだ。
   資料の山を見て、ますます訳が分からなくなってね。
   で、棺桶に触れるきっかけがあって、君の事を忘れて、今があるんだ。

   君には感謝しているよ。
   今の今まで忘れていたが、そう、君がきっかけだったんだ」

「……」

(’e’)「組織の中には君に執着する人たちがいたが、だからこそ思い出せなかったんだろうね。
   私が諦めたパズルを、彼らは諦めずにずっと解こうとしているんだ。
   私らしくもないが、羨ましかったんだろうな。
   夢を追い続ける人間というのは、時には眩すぎて人の目を眩ませてしまうものなんだ。

   そうやって、見ないようにしていたからこの瞬間まで思い出せなかった。
   お恥ずかしい限りだ」

溜息を一つ吐く。

(’e’)「私達のボスは、果たしてどれだけ君の事を追い続けていたんだろうねぇ。
   なぁ、これは私の推測なんだが――」

次第に、声が遠くなっていく。
自分の声も、認識も。
周りの白に取り込まれるように、遠ざかっていく。
楽しい時間がすぐに過ぎるように、心が淡い物で満たされていく。

胸の中にあった疑問を口にし続ける。
彼が抱く、世界の疑問。
それを、女性は無言で受け止めている。
最後に、ジョーンズは心の底から残念そうに言った。

(’e’)「――私も見たかったよ、最果てを。
   ノ・ドゥノを」

ζ(゚ー゚*ζ

最後の瞬間まで、彼の目の前にいたデレシアは何も言わなかった。
だがそれでも、彼の心は満たされていた。
ジョーンズの独白が終わった時には、彼の世界も穏やかな終わりを迎えていた。

477名無しさん:2023/01/30(月) 19:53:23 ID:cQao1NtM0
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                         l   : : : : : :.     `'' ..
                          j   : : : 从从
                     /   : : : :ミミ沁从
                   /  . : : : : :ノ_`寸圦
                   /    .: : : :/イ)}  `寸V
                イ . ..: : : : : : : :∥iiリ     マヘ
               _ -ニ .. : : : : : : : : : : _从!イ       Ⅵ
          _ -ニ   : : : : : : : :彡i㍉ー-、、、,,,__ 刈
        _ -ニ       : : : : : : : ,i "⌒ ̄``''冖゙ミ
  _ -ニ             : : :  ...::   _,,,、、 -‐''


第十三章 【 Ammo for Rebalance part10 -世界を変える銃弾 part10-】 了
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478名無しさん:2023/01/30(月) 19:54:11 ID:cQao1NtM0
これで今回の投下は終了です。
ギリギリ1月に投下出来て安心しました。

感想、指摘、質問等あればお気軽に。

479名無しさん:2023/01/30(月) 20:36:17 ID:qyDlQpw20
おつ
大物がどんどんあっけなく死んでいくなぁ

480名無しさん:2023/01/31(火) 07:43:15 ID:cgh8SMTI0


481名無しさん:2023/01/31(火) 21:52:28 ID:w3cXrIx60
おつおつ
モララーとジョーンズがこんなにあっさり死ぬとは思わなかったなぁ
諜報組の功績は計り知れないな

482名無しさん:2023/02/01(水) 21:07:53 ID:QqOflteQ0
乙乙
両陣営とも退場者が増えてきたなぁ……仕方ないとは言え寂しいものだね
モララーを倒した人は何者だったんだろうか
後ティングルさん本当にすごいですね
デレシアさんもまた謎が増えたみたいだし、正体は一体……?

今回気になったのは

>>461
動けば助からないことが確定するが、動かなければ確率が生まれる

言い回しがくどくなるから削ったんだろうなって思ったんだけど、一応動かなければ助かる可能性って意味だよね

>>465
最後の場面で

ここはどっちなのかが分からなかったんだけど、実験の最後って意味なのか、それともモララーの最期なのかがちょっとよくわからなかったって感じですね
後者なら最期の方がいいかなって思います

483名無しさん:2023/02/01(水) 22:25:25 ID:igtm8VxA0
遅れ馳せながら最初から読み始めたら止まらん

484名無しさん:2023/02/02(木) 14:35:51 ID:IW..upfA0
乙乙 めっちゃ人が死ぬなあ ちんぽっぽが生きてるのは良かった

モララー殺したのは途中出てきた素潜り漁師してる夫では?

485名無しさん:2023/02/02(木) 18:23:58 ID:Ce9Hd5PM0
>>482さん
いつもご指摘ありがとうございます……!!

>>461は結構迷った部分ですが、仰る通りそういう意味でございます
>>465は実験の最後という意味でもあるのですが、最期の瞬間でも通じるから厄介な場面でしたね……

モララーを殺したのは>>484さんの仰る通り、素潜り漁をしている夫です

486名無しさん:2023/02/02(木) 19:07:05 ID:URtBh4SI0
ちんぽっぽさん疑ってすみませんでした
とうとう核心に触れそうな言葉が出てきたけど現時点で推測可能なのだろうか

487名無しさん:2023/02/02(木) 19:30:07 ID:Ce9Hd5PM0
>>486
核心部分については最初から推測可能な状態でございますが、割とヒントがあちこちにあるのでぜひお楽しみください

488名無しさん:2023/04/01(土) 12:59:53 ID:pnFIhOjA0
明日の夜VIPでお会いしましょう

489名無しさん:2023/04/03(月) 20:17:44 ID:J1j5lG3E0
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その瞬間、誰もが空を見上げた。
異なる戦場。
異なる立場に関わらず、その光景は絶望的な物に映った。
      _ __:.:.:.:.:.:.:.:::::::::::....
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誰もがただ、見上げるしかできなかった。
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   , ⌒ヽ:::::::::::::::..      . .. ...::.:::    ____ .:::...
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       ヽ___ノ´ ̄ ̄`ー、         : : : : : : : : : : : : : : .
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9月25日。
午後0時4分。
カーテンを閉じるように夏の昼空が灰色に染まり、世界に夜が訪れた。
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September 25th PM00:04

その現象は世界各地の空で観測されていた。
ある者は争いの中で。
ある者は日常の中で。
そして、ある者は死にゆく中で、見慣れた空が変容する様を目撃した。

初めは灰色、あるいは黒い柱が地上から空高くに立ち上っていく様子が確認された。
数秒の内にその柱は世界中で目視されることになったが、似たものを見た経験のある人間はいた。
“鐘の音街”こと、ティンカーベルで観測された巨大な爆発を記憶している人間だ。
あの時は海中で起きた爆発だったため、ここまで巨大なものになることはなかった。

故に、この現象は世界中にいるほとんどの人間にとっては初体験の物と言っても過言ではなかった。
経験済みの人間はティンカーベルで起きた爆発を見た人間ぐらいだが、その規模は桁違いだ。
この現象を世界で最初にカメラに収めた人間は、後にこう語っている。

490名無しさん:2023/04/03(月) 20:19:18 ID:J1j5lG3E0
『あれは、世界の終りの様な光景でしたね。
最初はね、何か、ただの黒い煙だと思ったんですよ。
だけど次第に成長していくから、これは妙だと思ってね。
えぇ、はい。 だから写真を撮りました。

丁度手元にあったし、これを撮っておかないと後悔すると思ったからです。
正解でしたよ、撮影していて』

映された写真は見ようによっては、黒い大樹が生えてきたかのような光景。
刻一刻と形を変え続ける雲は大木に巻き付くツタの様に電流を纏い、光り輝いている。
ほとんどの目撃者が仰け反る程に見上げた辺りで、黒雲が空を覆い始めた。
すぐに衰えるかと思われたその現象は一切萎えることなく、世界中の空に広まった。

『柱の頂上、って言えばいいんですかね。
それがね、まるで見えない天井にぶつかったみたいに横に広がり始めたんです。
その時も写真に撮っていましたよ。
私はあまりオカルトを信じないのですが、あの時確信しました。

この世界にはどうしようもない天井があるんだな、って。
ははっ、もちろん比喩ですよ。
ほら、高山病ってあるじゃないですか。
あれも目に見えない天井を越えた人間にだけ現れますよね。

あの時の煙も、そうした類の天井に阻まれたんでしょうね。
物理的な、そうした壁です。
人間が空の彼方に飛び立てない壁が、そうさせたんでしょうかねぇ』

最も離れた地点から観測した人間――天体観測が趣味の男――でも、空の片隅に炭を垂らしたかのように世界が黒く染まっていくことが確認されている。
空はすぐに青さを失い、濃い灰色の雲によって日の光が遮断された。
神々しくもあり、禍々しくもあるそれは、数分の内に世界中に影響を及ぼし始めた。
太陽光発電は機能を停止し、気温が大幅に低下した。

その現象について、ホッパー・ブリエビオはこう述懐する。

『あれは、暴力的な冬だったよ。
まだ薪の用意も、当然、冬の支度もしていなかったから町中皆が凍えてな。
そうだなぁ……風が一番辛かったな。
突風みたいな、そう、木枯らしとでも言おうか。

生ぬるい風が吹いてきたかと思ったら、一気に冷たい風になってな。
嵐が来る前の空模様に一番近いな。
大きな違いは、太陽からの熱が全くなくなったことだよ。
日差しが完全に遮られているのに、空の高さは分かるってのが、不気味でなぁ……

……これはオフレコなんだが、正直、興奮していたよ。
嵐が来ると思うと、ほら、なぁ?』

491名無しさん:2023/04/03(月) 20:20:38 ID:J1j5lG3E0
神を信じることのなかった人間も、この時ばかりは世界の終わりを予感した。
三基のニューソクの爆発が引き起こしたこの現象は、第三次世界大戦以降初となる人口の冬を作り出した。
だがそれは、冬というよりも夜。
分厚い雲が遮断した陽光は世界のほとんどを夜にしてしまった。

もともと夜だった地域からは星空が失われ、巨大な月も鳴りを潜めた。
暗がりの世界でも、非日常的な光景の前に大勢が冷静さを欠いた。
これが世界を巻き込んだ巨大な戦争の、第二局面の始まり。
即ち――












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          ――人類が経験する、二度目の核の冬の始まりだった。

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第十四章 【 Ammo for Rebalance part11 -世界を変える銃弾 part11-】
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492名無しさん:2023/04/03(月) 20:21:51 ID:J1j5lG3E0
同日 PM00:07

空に起きた異常事態を前にしても、戦いの勢いが萎えなかったのは世界で唯一イルトリアだけだった。
海と空から攻め込まれた世界最強の街の住人は、だがしかし、悲壮感や絶望感は微塵も感じていなかった。
それどころか、彼らの大部分――赤子を除く――は歓喜していた。
戦争の相手がジュスティアでないだけで、いつかこうした形で戦争が起きることは分かっていた。

世界中に傭兵を派遣し、多くの人間を殺してきた経験を持つ人間が多く住んでいるため、戦争で生じたあらゆる恨みが濃縮されるような街だ。
ここに住む以上、誰もが覚悟を決めていた。
そして、誰もがその時に向けて行住坐臥、殺し合いの準備をしていた。
落下傘部隊はその多くが生きて地面に足を付けることなく死んだが、その死体は爆弾としての役割を持っていた。

体中に装備した爆発物によって死体が爆ぜ、地面や家屋に損傷を与える。
爆発と同時に可燃性の液体が散布され、周囲に引火した。
生きて街を燃やすか、それとも、死体となって燃やすかの違いだった。
だがこれは自爆テロを躊躇しない集団との戦闘で多くのイルトリア人が経験しており、対応法は今も昔も同じだった。

撃ち殺す、ただそれだけだ。
躊躇えばそれだけ被害が増える。
躊躇うことによるメリットは何一つない。
可能であれば余計な動きをされる前に、安全な場所で撃ち殺すに限る。

陸上と違い、空中の的は風によって流されてしまうため、撃ち殺したとしてもそれが安全な場所に落下するとは限らない。
その点で言えば、よく考えられた爆撃だった。
半分は相手の思惑通りに街は空爆を受け、多数の民家が被害を被った。
既に死者も出ているだろう。

イルトリア中に鳴り響く数多のサイレンが、これまでに街が経験したことのない攻撃を受けていることを意味している。
そうした状況下であっても、空の異変に対して彼らの意識が向けられないのは、それどころではないからだ。
目下、イルトリア人にとって空の脅威は雲ではなく、相手の飛行兵器なのである。
現代では貴重品となっているはずのヘリコプターが群れを成して空を飛び、火を噴いて墜落していく。

墜落したヘリコプターが新たな爆弾と化し、イルトリアの街に新たな火柱と黒煙が上がる。
自宅を焼失しつつある人間でさえ、その手に持ったH&K416ライフルの照準がぶれることは無かった。
一家に最低でも人数の二倍の銃器があるイルトリアにおいては、侵略行為は常に意識していたことであり、銃の扱いに慣れた彼らが戸惑うことなど有り得ないのだ。
イルトリアの戦場で最も活躍しているのが軍人であることは当然だが、次いで戦果を挙げているのは退役軍人たちだった。

「ワドル!! 弾よこせ!!」

とある退役軍人用の老人ホームでは、車椅子に座った老人たちが嬉々として銃を手に取って空に向かって発砲していた。
彼らが現役の頃に手にしていた銃に比べれば、かなり高い精度での復元が実現しており、不調は一切感じられなかった。
素材の違いもそうだが、生産するための向上の品質と材料の確保が安定化したのが大きな理由だった。
加えて老人ホームに支給されているライフルはあえて重量を増すことにより、射撃時の安定性を確保していた。

例え老いたとしても、体に染みついた射撃の腕は衰えていない。
安楽椅子で弾薬を準備していたワドル・ドゥランドは、ここ数十年の中で最も生き生きとした表情を見せている。
かつては戦場で機銃を手に猛威を振るった男も、寄る年波には勝てず、銃を構えることが出来なくなっていた。
だが、弾倉に弾を込める速度は今でもほとんど変わらず、空になった弾倉に誰よりも速く弾を込めていた。

「ほれ、落とすなよ!!」

493名無しさん:2023/04/03(月) 20:22:13 ID:J1j5lG3E0
大声でそう叫びながら、弾倉を放り投げる。
その動きと声はまるで鈍さを感じさせない。
彼らが人生の多くを過ごした時が今、ここでこうして蘇っているのだから無理からぬ話なのかもしれない。
心を戦場に置いてきた人間にとっては、この時ほど嬉しい瞬間はない。

彼らにしてみれば、よく間に合ってくれた、と感謝の気持ちさえ抱くほどだ。
もしも戦場がこうして誕生しなければ、彼らは心と離れたまま死ぬことになる。
今日は死んでもいい。
それが、イルトリア中の老人ホームで最も声高らかに叫ばれている言葉だった。

「助かる!!」

受け取ったデズモンド・デサントス・デイランダーは素早く弾倉を交換し、一発だけ空に向けて撃った。
その一発は降下中の棺桶を撃ち抜き、空中で爆散させた。
死体の破片が炎を纏い、落ちてゆく。
最後の降下兵を撃ち殺した時点で、彼ら老兵の仕事は終わった。

後は、今を生きる者達がどう戦うか、だ。
戦える者が市街戦に参加し、そうでない民間人は街で起きている火災等の対処に当たる。
民間人だからと言って敵が手を抜くことはあり得ない。
それを知るイルトリア人だからこそ、街中総出で戦争に参加していた。

大人も。
子供も。
そして、彼ら老人も。
皆、生き残る為に銃を手にし、人を殺す覚悟を決めていた。

「最後のあいつで、俺は20人は撃ち落としたな」

狩りの成果を自慢気に語るデズモンドに対し、ワドルは鼻で笑いながら答える。

「あぁ、それぐらいは落としたな。
だけど、あっちのばあさんたちはもっと落としてたぞ」

老人ホームの庭や屋上に偽装用のパラソルを広げ、優雅に狙撃銃を構えていた老女達の間から朗らかな笑い声が聞こえてくる。
彼女たちの自慢し合う戦果は、最低でもデズモンドの二倍はあった。
潔く自分の負けを認め、デズモンドは溜息を吐く。

「元狙撃手の連中じゃ分が悪い。
さぁて、街の中は若手に任せるかの」

老人にできるのは定点での防衛だけ。
街中で銃を撃ち合えるほど元気であれば、今頃は老人ホームではなく、別の場所にいたはずだ。
彼らにとって重要なのは、この施設を守り切ること。
そして、その周囲の敵勢力を壊滅させることだ。

狙撃手の老人たちを筆頭に、それぞれが施設の形状を利用した防衛陣地を作り上げていく。

「籠城戦に備えるなんて、いつ以来だ」

494名無しさん:2023/04/03(月) 20:23:30 ID:J1j5lG3E0
「冬に塹壕を掘るよりはいいだろ」

「確かにな!! とりあえず、雪かき用のスコップでも用意しておくか」

黒く染まっていく空を見上げ、二人は大昔の戦場に思いを馳せていた。

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同日 PM00:09

イルトリアから北に離れた荒れ地を、複数の装甲車、戦車が高速で移動している。
その最後尾から離れた場所を走るのは、一台のセダンだった。
ハンドルを握るのは細目の男。
助手席でカメラを構え、興奮気味にシャッターを切るのは眼鏡の男だ。

(;-@∀@)「すげっ!! すげぇっ!!」

<ヽ`∀´>「いやぁ、ありゃあ凄いニダね。
      前にティンカーベルで報告されたやつと同じような気がするニダ」

(;-@∀@)「確かに!! でも、それ以上ですよ、これは!!
      空が侵されているなんて、初めて見ました!!」

すっかり変貌した空模様を見て、アサピー・ポストマンが更に興奮する。
表情を変えはしないが、ニダー・スベヌも正直、この景色には驚きを覚えていた。
微細な変化ならまだしも、天候そのものが変わってしまうほどの何かなど、考えたこともない。
そもそも、人の作り出した物が天候を左右することなど有り得るのだろうか。

<ヽ`∀´>「……方角は分かるニダ?」

495名無しさん:2023/04/03(月) 20:26:17 ID:J1j5lG3E0
(;-@∀@)「あ、えっとちょっと待ってくださいね。
      っと、フェッチ山脈があれだから。
      クラフト山脈の方ですね。
      位置もクラフト山脈からそう遠くないですよ」

<ヽ`∀´>「そこまで分かるニダ?」

望遠レンズで拡大して見ているとはいえ、そこまで断言できるとしたらそれは才能の類だ。
ヨルロッパ地方に踏み入っているにも関わらず、彼の目は目標を違えることなく捉えていた。
観測手として狙撃手の隣にいれば、これほど心強い人間はいないだろう。

(;-@∀@)「えぇ、望遠レンズで拡大して見ていますが、あの黒い柱……
      背後にクラフト山脈があって、その比較をすれば何となくは。
      いやぁ、デカイ……
      ティンカーベルで見たやつの二倍はありそうですね。

      あ、でももう一本ありますね。
      それも割と近くですが」

二か所で起きたニューソクの爆発。
それらが無関係であるはずがない。
クラフト山脈の近くは円卓十二騎士の一人が潜入予定の施設があり、そこの発電をニューソクで行っていることはほぼ確定している。
敵の本拠地と思わしき場所での爆発だとすれば、ハロー・コールハーンは任務の一つを果たしたことになる。

<ヽ`∀´>「……ってことは、そうニダか」

(-@∀@)「何かありましたか?」

<ヽ`∀´>「いや、こっちの作戦の一部が完了したってだけニダ。
      アサピー、空だけじゃなくて前の連中の方の情報も収集してほしいニダ」

(-@∀@)「あ、分かりました。
      ……うーん、速度は変わらずですね。
      そろそろカルディコルフィファームが見える辺りでしょうか」

アサピーの言葉に、ニダーはちらりと左側に広がる海を見やる。
確かに、そこには大きな島が広がっており、ビルが幾つも建ち並んでいるのが見えた。
内藤財団によって復興を果たし、統合された街。
こうやって街の復興に介入してきたのも、自分たちの影響力を高めるため。

そして、イルトリアから近い位置に陣取るためだったのだろう。
広大な大地を生かし、戦力をそこに隠すことも可能。
交易が盛んな街であれば頻繁に船が出入りしても不自然なことはない。
武器と兵器を運び入れるのに、これほど都合のいい場所はない。

イルトリアを攻略するならば陸と海の両方から攻め入るのは必然。
そうでなければ、世界最強の軍隊によって正面から打ち破られるのは火を見るよりも明らかだ。
対して、ジュスティアに対する備えは陸にあった。
陸続きである複数の街に介入し、兵力を増強させ、今日を迎えたのだろう。

496名無しさん:2023/04/03(月) 20:27:55 ID:J1j5lG3E0
<ヽ`∀´>「……そろそろお迎えが来ると思うニダ」

(-@∀@)「イルトリアの陸軍ですか?」

<ヽ`∀´>「そうニダ。 ただ、こっちが巻き込まれないようにしないといけないニダね」

イルトリア陸軍からすれば、侵略者もニダー達も同じ存在にしか見えない。
白旗を上げても意味がないため、合流される前にこちらがイルトリアの味方であることを知らせなければならない。
その最善の手段は一つだけ。

(-@∀@)「結局、我々は何をどうすればいいんで?」

<ヽ`∀´>「あいつらからかっぱらった狙撃銃で、後ろから攪乱してやるニダね。
      正直、装備が全然足りないニダ。
      イルトリア軍から見て、ウリたちが味方だと思わせるには、それなりの活躍を見せないと駄目ニダ」

挟撃の形を取るようにすれば、イルトリアはこちらを味方と判断してくれるだろう。
少なくとも、可能性の一つではあるが。

(-@∀@)「まぁ、そりゃあそうですけど。
      ライフルでどこまでやれますかね」

ニダーが襲った集団が所持していたのは、どれも強力な武器だったが、棺桶が使用する前提の物ばかりだった。
強力な弾が装填されている大口径の狙撃銃は、その反動だけでも十分に危険な物だ。

<ヽ`∀´>「やれるだけやるニダよ。
      アサピーは銃をどれぐらい撃てるニダ?」

狙撃銃ともう一種類、鹵獲したアサルトライフルがある。
手に入れた弾薬の数と敵の数は、絶望的なまでの差があった。
だが、ないよりはいい。

(-@∀@)「正直、当てられないと思いますよ」

<ヽ`∀´>「じゃあ写真撮影をしながら、状況をウリに教えてほしいニダ。
      その銃は自分の身を護る為に使うニダ」

彼の特性を生かすのならば、戦闘要員ではなく観測手として協力させる方法が最善。
少しでも人手が欲しい所だったが、今回の場合銃が撃てても当てられないのでは意味がない。

(-@∀@)「頑張ってみます」

<ヽ`∀´>「それでいいニダ。
     さて、そろそろ挨拶するから、運転代わってほしいニダ」

周囲にあるのは荒野と海。
そして、海に続く高い崖ぐらいだ。
整備された道路ではあるが、遮蔽物になるようなものはない。
ここで仕掛ければ、間違いなく発見される。

497名無しさん:2023/04/03(月) 20:29:20 ID:J1j5lG3E0
(-@∀@)「ま、まぁそう言うなら……」

だが、ニダーがブレーキに足を乗せようとした時、それは起きた。
離れた場所からでも分かる程の爆発が車列の中で発生したのだ。

<ヽ`∀´>「あら?」

(;-@∀@)「え!?」

すかさずアサピーはカメラを構え、様子を窺う。

(;-@∀@)「多分ですが、車列の真ん中で爆発が」

<ヽ`∀´>「事故じゃなさそうニダね」

高性能爆薬による爆破。
対戦車用地雷の可能性もあったが、その爆発の威力は明らかに過剰だった。
地雷の様な指向性がなく、非常に荒々しい爆発だった。
何者かが地中に高性能爆弾を仕掛け、爆破させた可能性がある。

(;-@∀@)「あれ…… 何だ、あれ……?」

丁度下り坂に差し掛かったからこそ、彼らはそれを目視することが出来た。
高速で移動していた車列が最初の爆発に戸惑ったかと思うと、その最前部と最後尾で同時に爆発が起きた。
連続した爆発のせいで、まるで蛇の頭を潰したかのように車列が乱れている。
黒煙を纏った爆発を避けようと、左右に車列が展開する。

そして、更なる爆発。
周囲にオレンジ色の炎が一瞬でまるで海の様に広がり、連鎖的に爆発が起き、周囲を包み込む。
まるで煉獄が一瞬にして生まれたかの様な光景に、ニダーは思いきりブレーキを踏み込んだ。
これ以上の接近はこちらが巻き込まれる。

<ヽ`∀´>「失礼!!」

(;-@∀@)「知ってました!!」

構えていたカメラのシャッターを切りながら、アサピーは叫ぶ。
後に爆発は道に埋められていた物が爆発したのだと、彼のカメラが撮影した写真が一連の動きを説明する貴重な資料となった。

(;-@∀@)「い、イルトリア軍ですか?!」

<ヽ`∀´>「……なんか違う匂いがするニダ」

そう言いつつ、ニダーは車をその場に停め、後部座席から狙撃銃を手に取って屋根の上に乗った。

<ヽ`∀´>「アサピー、状況を教えてほしいニダ」

(-@∀@)「はい、えーっと……
      先頭の数台がそのまま行きましたが、半数以上が残っています。
      あっちこっちを見て……って、こっちを見ている奴がいます!!」

498名無しさん:2023/04/03(月) 20:30:00 ID:J1j5lG3E0
<ヽ`∀´>「了解ニダ。 もし接近してくる奴らがいたら教えてくれニダ」

そして銃声がアサピーの頭上で響いた。
放たれた大口径弾は車輛から降りたジョン・ドゥの胸部を撃ち抜き、その場に転倒させた。
次弾が装填され、薬莢が屋根から転がり落ちる。
訓練を積んだ狙撃手でさえ運に委ねる要素が強い、一キロ近い距離の狙撃。

ニダーが積み重ねてきた訓練と実戦の濃さがその一発に表されていた。

<ヽ`∀´>「襲撃者はどこの誰ニダ?」

(-@∀@)「い、いえ、それがまだ見つからなくて……
      連中も探しているみたいです」

<ヽ`∀´>「……部隊なら、とっくに仕掛けているはずニダ。
      どこの誰か知らないけど、何かを狙っているニダ」

敵の敵は味方、とは言ったものだが敵対する存在の素性は少しでも知りたい。
ニダーにとっての情報の価値は極めて高く、時には銃器に勝るものだ。

(-@∀@)「あ…… 多分、あれかな?」

<ヽ`∀´>「見つけたニダ?」

(-@∀@)「うーん、自信はないんですが……
      あっ!!」

<ヽ`∀´>「……ありゃ、あれは」

――荒野が、一斉に牙をむいた。

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499名無しさん:2023/04/03(月) 20:32:25 ID:J1j5lG3E0
同日PM00:15

その襲撃は全く予想外の物だった。
対イルトリア用に進軍を開始した10の部隊は、道中で8と2に分かれた。
それ自体も予想外だったが、部隊を途中で切り離してでも進軍が可能な様に打ち合わせは済んでいた。
“アンクル”と“テイルズ”からの通信は途絶していたが、それでも進軍を止めなかったのはそういう訳だった。

だが、追跡者を引き離したかと思えば、イルトリアを前にして襲撃を受けてしまった。
上位3つの部隊である、“ヘッド”、“アイズ”そして“ネック”は離脱に成功した。
大部分がこの荒野に釘付けとなってしまったのには、理由があった。
まず、一つ目が初動である。

敵の仕掛けた高性能爆薬は部隊の中腹である“ストマック”の一部を吹き飛ばし、それと同時に多数の車輛のタイヤが溶けた。
恐らくは化学物質を使った罠。
結果としてタイヤを破壊された車輛がその場に立ち止まらざるを得ず、被害を受けずに済んだ車輌が仲間を助けるために停車したのである。
こうなった場合の指揮系統は上から順に移行するため、“チェスト”の部隊長ニュッ・バランスにその場の指揮を執ることになった。

( ^ν^)「慌てるんじゃない!!」

装甲車の中からインカムを通じて仲間に呼びかけるも、混乱は収まらなかった。
それが問題の二つ目である。
視界を遮り、戦意を喪失させる炎の壁だった。
棺桶はあらゆる攻撃や環境に対応できる力があるが、炎は数少ない天敵の一つだった。

特殊なゴムで作られたタイヤさえ溶かすほどの炎であれば、バッテリーや他の電気系統に支障が出る。
そういった点で言えば寒冷地も弱点の一つだが、今周囲を取り巻く炎は人間の本能にも恐怖を植え付ける。
装甲車の中は比較的安全だが、バッテリーが熱によって爆発しないとも限らないため、ここから先は徒歩での移動が強いられる。

( ^ν^)「俺の声が聞こえる奴は棺桶を装備して敵を迎え撃つぞ!!」

炎の外に脱出しさえすれば、いくらでも手立てはある。

( ^ν^)『全ては、世界が大樹となる為に』

装着が終わった人間から車外に出ることになったが、そこで彼が目にしたのは、予想していない光景だった。
襲撃者の正体はイルトリア軍ではなかったのだ。
その正体は、よりにもよって――

〔欒゚[::|::]゚〕『こいつら、セフトートの残党か!!』

――世界を変える祝砲で散ったはずの、セフトートの生き残りだった。
あらゆる犯罪行為が容認され、あらゆる犯罪者が集う悪徳の街。
その街はハート・ロッカーの砲撃で確かに滅ぼしたが、その残党がこちらの動きに合わせて襲撃してきたのだ。
セフトートの残党であると一目で分かったのは、独特な装飾を施した棺桶にあった。

街である以上、セフトートにも軍隊が存在する。
軍隊という名の盗賊と言い換えるのが適切だが、確かに軍隊がある。
その軍隊では鹵獲した棺桶を使用しているために装備はバラバラ、機体もバラバラだが、同士討ちを避けるために統一した装飾が施されている。
棺桶の頭部、そのマスク部分を更に覆う黒い追加装甲に白い骸骨が描かれているのだ。

500名無しさん:2023/04/03(月) 20:33:10 ID:J1j5lG3E0
[::゚Ш゚::]

圧倒的な威圧感を与えるための装飾。
ヨルロッパ地方、そしてシャルラ地方に近い街だからこそ、その戦闘力の高さは生半可なものではない。
ジュスティアでさえ攻め込もうとせず、派遣警官を密かに潜入させ、犯罪者を逮捕するだけだった。
真っ先に砲撃で狙い打ったのも、そのポテンシャルと反抗心の強さがあったからだ。

そして、ニョルロックに近いという問題もあった。
もしかしたらニョルロックに攻め入ろうとしていた時にこちらの部隊に気づき、襲撃を決めたのかもしれない。
イルトリアともジュスティアとも違う彼らの軍隊の強みは、言うまでもなくその残忍さにある。
奇襲、包囲、そしてこちらが仲間を助けるために車外に出てきた瞬間に四方八方に隠れていた銃腔から放たれた銃弾が、驟雨となって部隊を襲う。

〔欒゚[::|::]゚〕『散開して対応しろ!!
      各リーダー、指示を頼む!!』

しかし、ここで慌てているようではイルトリア軍との戦争には勝てない。
彼らは訓練を積んできたのだ。
血の涙を流すほどの憎しみと訓練を経て今日を待ったのだ。
このような場所で、このような相手に手間取ってはならない。

装甲車のドアを力任せに取り外し、即席の盾にする。
ライフルを手に、ニュッは炎の中から飛び出した。

[::゚Ш゚::]『出てきたぞ!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『あぁ、出てきてやったよ!!』

複数の銃腔が彼一人に向けられた瞬間、ニュッはほくそ笑んだ。
これでいい。
彼の使うジョン・ドゥ・カスタムは、トゥエンティ・フォーの装甲を流用した防御特化の物。
上位の棺桶である“名持ち”と称される物と同等か、それ以上の性能を有するジョン・ドゥの防御力は極めて高い。

飛来した対強化外骨格用の強装弾をあえて車の扉で受け、その方向に向けてライフルを斉射する。
片手で発砲したライフルの弾は荒野に吸い込まれるが、悲鳴が聞こえることは無い。
黒く染まった空の下、鳴り響く銃声と発砲炎の不気味なコントラストが戦場を不気味に装飾する。
炎を背に、ニュッは叫ぶ。

〔欒゚[::|::]゚〕『どうしたぁ!!』

司法から放たれる銃弾は装甲表面で潰れ、その場に落ちる。
次々と炎の中から味方が姿を現し、爆発的加速力で襲撃者たちに接近する。
襲撃の優位性を奪い取ればこちらのものだ。
そもそも奇襲をしてくるということは、自分たちの戦力がこちらに劣ると考えている何よりの証拠。

正面突破こそが相手にとっては最も嫌う展開であると分かれば、味方たちの行動は迅速だった。
元イルトリア軍の同志から受けた訓練の成果が、ここで現れる。

〔欒゚[::|::]゚〕『イルトリアの前の前菜だ!!
      一人残らず食ってやれ!!』

501名無しさん:2023/04/03(月) 20:34:21 ID:J1j5lG3E0
ライフルを投げ捨て、ニュッは叫んだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『近接戦用意!!』

高周波振動ナイフを抜き放ち、疾駆する。
その姿が土煙に隠れるほどの速度に達するのに要したのは、僅かに二秒。
そして眼前に襲撃者を捉えたのはその直後だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『お前たちはこの世界に入らないんだよ!!』

[::゚Ш゚::]『うおおおっ!!』

近接戦の用意をする間もなく、ニュッのナイフが深々と敵の脳天に突き刺さる。
それに呼応するかのように、彼の後ろから続々と味方が飛び出し、反撃に打って出ていた。

[::゚Ш゚::]『全部奪い取れ!!』

だがそれは相手も同じだった。
奇襲の効果が失われる前に放ったその号令で、一斉に近接武器に手が伸びる。
近代兵器を用いても、この距離であればやることは一昔前の殺し合いと同じ。

〔欒゚[::|::]゚〕『何一つくれてやるな!!』

――白兵戦だ。

502名無しさん:2023/04/03(月) 20:35:41 ID:J1j5lG3E0
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ニニ三三三三三_ {       ノ
ニニ三>‐ _二二_ヽ`┐_zz〔_
ニ/´  /:::::::/aヾ::::/:i//:::::::ヽヽ_
¨7ー-‐"::::::::::::`¨´i∨i:i:i:l |:::::: ::::::} l 、 \
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   廴ド/ /.: . : . :`弋:i:i:i:i:i:≧=≦--.._ :. : ヽ
    (Уヽ/' /. : .,>::::斗≦:i:i/:,r=、ヽ. : . :∨
     ゝイ/ー/ ヽ./,ィ .;i:i:i:i:i:i:i:i:i:{::丈ノ丿 . : . ∨
 /¨¨  ̄. .ー ^才/ f;i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:≧=<. : . : . : .\
 . . . . . .__/ ノ{ }:i:i:i:i:>≠≦     `ヽ、_: . : . ヽ
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. . . イ. : .      ̄  寸:i:i//:ゞ':i:i{ソ \: . : ///ニニ≧
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 ∨:ヾ:::::::::::::::::_ヽ」_//三三三斗_. . . .ハ三三ニニニ
  ヾ:_:才¨¨ ̄`ー ^丈:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:<./. . \三ニニニ
  .::::/_ 、 _ ヾ: . : / :i:i〉:i:i:i:i:i:i:i:i:ヘ∧. . . . . .` <ニニ
 .:::::/ ヾ三三斗: ./ .i:/`¨¨¨¨¨¨´ '∧
ニ才三二". : . : . :./ .i:/.: . : . : . . . . . '∧
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<ヽ`∀´>「おーおー、楽しそうなことやってるニダね」

スコープの先で起きた時代錯誤とも言える白兵戦に、ニダーは思わず声を漏らした。
運転席でハンドルを握ったまま、アサピーが尋ねる。

(;-@∀@)「ど、どうします?」

<ヽ`∀´>「連中の装備とかをイルトリアに教えたかったけど、もう手遅れニダね。
     あそこまで楽しそうにやってたら、情報の収集なんてイルトリア軍だけで出来るニダ。
     本格的に参ったニダね」

二人の作戦は破綻し、ニダーが独自で担っていた役割も無意味になった。
世界の変化があまりにも急激であるため、事前の計画は意味をなさない。
一つだけ意味があるとしたら、散り散りになっている仲間の動向を予想できるぐらいだ。
新鮮な情報は全て現地から得るしかなく、本部に助けを求めることは出来ない。

二人はジュスティアから完全に切り離され、独自の裁量で行動しなければならなくなっていた。
素人のアサピーと共に出来ることは限られていた。
既に敵の一部がイルトリアに向かったことを考えれば、今出来ることは情報取集ではない。
世界のバランスを崩そうとする組織に対抗できる数少ない存在を、これ以上減らさせないようにすることだ。

503名無しさん:2023/04/03(月) 20:36:06 ID:J1j5lG3E0
<ヽ`∀´>「……こっから援護して、弾がなくなったらイルトリアに向かうニダ」

(-@∀@)「なるほ…… えっ?!
      やっぱり戦うんですか?!
      イルトリア軍じゃないんですよ?!
      そのまま素通りしましょうよ!!」

<ヽ`∀´>「仕方ないニダよ。 本当は手を貸したくないけど、セフトートの連中をここで失うのは惜しいニダ。
     陸上部隊の半分以上をここで削り切れば、イルトリアにとっちゃ残党はやぶ蚊程度の存在ニダ。
     はぁ…… 手を貸すのは本当に嫌ニダ」

セフトートはニダーにとっても、ジュスティアにとっても目の上の瘤の様な存在だった。
犯罪者にとっての楽園は、言い換えれば治安維持組織にとっては癌そのもの。
世界中のならず者が集い、奇妙なバランスと秩序を保ち、弱肉強食の世界のルールをどこよりも色濃く体現していた。
だからこそ今日まで生き延び、真っ先に潰されたのだ。

そんな街に手を貸すのは、警官であるニダーにとっては苦渋の選択だ。
だがこれが最善手である以上、躊躇は出来ない。
後は、彼らが馬鹿でないことを願うだけだ。

<ヽ`∀´>「さっきと同じく、とりあえずウリが気づいていないような敵の動きを教えてほしいニダ」

(-@∀@)「り、了解です」

再度ライフルの光学照準器を覗き込み、息を吐く。
狙いを定め、銃爪にそっと指を添える。
銃声と共に反動が肩に伝わる。
レバーを引いて次弾を装填し、三人目に狙いを定める。

(-@∀@)「……ニダーさん、今何人撃ちました?」

唐突な質問に、ニダーは半ば呆れながら答えた。

<ヽ`∀´>「まだ二人ニダ」

(-@∀@)「おっかしいな…… あっ、やっぱり。
      ジョン・ドゥの射殺体が他に4体はあるんですよ」

<ヽ`∀´>「そりゃあ、セフトートの方が仕留めたニダよ」

(-@∀@)「そうですか……」

分かり切ったことをアサピーがあえて訊くということは、何か違和感を覚えたのだろう。
その正体に彼が気づくのを待つのでは間に合わない。

<ヽ`∀´>「だけど、アサピーが変だと思ったのなら、絶対に何かあるニダ」

(-@∀@)「えっ」

504名無しさん:2023/04/03(月) 20:38:39 ID:J1j5lG3E0
<ヽ`∀´>「ウリはお前の事を信頼しているニダ。
      ジャーナリストの勘っていうのはかなり信憑性があるニダ」

光学照準器の倍率を変更し、より広域を目視できるようにする。

<ヽ`∀´>「……ひょっとしたら、あいつが生き残っているかもしれないニダね」

(-@∀@)「あいつ?」

<ヽ`∀´>「セフトートがこれまで残っていた理由の一つニダ。
      “狂犬”ニダ」

ニダーは遂に、光学照準器にその影を捉えた。

<ヽ`∀´>「やっぱり、トレバー・アヒャ・フィリップスがいるニダ。
      ジュスティアが最重要犯罪者として広域手配して、ずーっとマークしている奴ニダ」

初めて犯罪行為に手を染め、警察に追われることになったのが8歳。
それから街を転々とし、犯罪を重ね、気が付けば世界最悪の犯罪者の一人になった。
それだけの重罪人をジュスティア警察が放置するはずもなく、幾度も逮捕もしくは殺害を試みた。
しかし、今日までそれは成功していない。

“モスカウ”の警官が何人も挑み、そして返り討ちにあった。
無論、一対一であればモスカウの警官が後れを取るようなことは無い。
だが、アヒャが潜伏しているのは世界最悪の街だ。
警官が入り込んでいると分かれば、街が総出で排除に尽力するような街。

街に入り込んでも無傷で済めば御の字。
命がある状態で帰還できた警察官の数は、極めて少ない。
ましてや犯人を確保した状態で脱出に成功した人間は、十指に収まる程しかない。

<ヽ`∀´>「あいつがやったことのない犯罪はないニダ。
      特筆すべきなのは、戦闘の才能ニダ」

(;-@∀@)「どの程度のものなんですか?」

<ヽ`∀´>「あいつは以前、円卓十二騎士を一人殺したことがあるニダ。
      それも、素手で」

(;-@∀@)「うそん」

警官上がりの円卓十二騎士であるその人物は、セフトートへの潜入を成功させ、アヒャとの接触に成功した。
だが、彼を生け捕りにしようとしたのが失敗だった。
寝込みを襲ったところ、警察官の匂いを嗅ぎとったアヒャによって投げ飛ばされ、そのまま殴り殺されたのだ。

<ヽ`∀´>「あいつを逮捕しようとして派遣されたけど、返り討ちニダ」

(;-@∀@)「それだけの人間なのに、どうしてあまり知られていないんですか?」

505名無しさん:2023/04/03(月) 20:39:14 ID:J1j5lG3E0
ジャーナリスト、あるいは新聞記者としての経験があるアサピーでさえその名を知らないのは無理からぬ話だ。
重犯罪者をジュスティアが逮捕できず、あまつさえ円卓十二騎士を殺されたとなればジュスティアの恥になる。
幸いなことにアヒャが名声の類を気にするような人間ではなく、本能のままに生きる人間だったことだ。

<ヽ`∀´>「秘匿したニダ。 あいつをセフトート以外に出ないようにして」

視線の先で、アヒャが駆る棺桶が炎の中から飛び出してきた。
その棺桶はあまりにも不格好だった。
恐らく、素人のアサピーが見てもそのコンセプトを理解することはできないだろう。
それは四機の棺桶を継ぎはぎにして作り出された異形であり、アヒャ以外には扱えない代物なのは明らかだ。

([∴゚[::|::]゚]

絶句しつつ写真を撮るアサピーに、ニダーは静かに説明を続けた。

<ヽ`∀´>「ジョン・ドゥ、ジェーン・ドゥ、ソルダット、そしてエーデルワイス。
      それぞれの装甲と腕部をくっ付けたのが、あの棺桶ニダ。
      あんな棺桶使うやつはあいつ以外にいないニダ」

骨格のベースはエーデルワイスとジョン・ドゥを合わせたものであり、脚部の構造は速度を重視したジェーン・ドゥ。
装甲の一部はソルダットを用い、防御性能も重視している。
最大の特徴は通常の両椀に加えて、背中から生えた三対の腕だ。
合計で八本の腕がそれぞれ意志を持って動き、近距離から遠距離の戦闘を実現している。

二本の腕は高周波ナイフを構えているが、他の腕は防弾の盾、拳銃、そして長距離射撃が可能な機関銃を持っている。
一言でいえば、滅茶苦茶である。
そう、完膚なきまでの出鱈目であり、不格好そのものだ。
まるで子供が好きな食べ物を一つにまとめたかのようなその棺桶は、セフトートにやってきた元ラヴニカの技術者による作品だった。

複椀を操作するための技術は、基盤だけが生き残った“ヒューマン・センティピード”という名のコンセプト・シリーズのものを使用しており、見た目と中身は何もかも違う。
動かす人間の持つセンスだけでその棺桶は動いており、彼が一人で戦いの中に入って生き残ることのできる所以の一つでもある。

(;-@∀@)「複椀を操作するなんて、聞いたことないです」

<ヽ`∀´>「普通の発想じゃないニダ。
      世の中には天才って人種がいるニダ。
      数字の羅列を見ただけで計算ができるような類の天才と同じで、あいつは戦場にいるだけで場の空気が全て読める天才ニダ。
      だから捕まえられないし、殺せないニダ」

危機察知能力だけでなく、適切に対処する術を感覚で全て行える人間。
その代償かは分からないが、彼の理性のタガは外れている。
欲望のまま、狂気のままに行動する。
あらゆる犯罪に手を染め、動物以上に欲望に忠実に生きているのだ。

(;-@∀@)「うへぇ…… 相手にしたくないですね」

<ヽ`∀´>「まぁ今回ばかりはその天才っぷりに感謝ニダね。
      ただ、流石に物量で押されたら勝てないニダよ」

506名無しさん:2023/04/03(月) 20:41:20 ID:J1j5lG3E0
四方八方をカバーできる複椀ではあるが、その隙間を狙った銃撃を防ぎきれるものではない。
盾で守れるのは最大で二方向。
相手がアヒャの危険性に気づき、一斉に攻撃をすれば流石に命はないだろう。

<ヽ`∀´>「セフトートの連中も馬鹿じゃないから、アヒャを守るだろうけど、まぁ手を貸した方がいいニダね」

(;-@∀@)「で、でもこっちの手持ちの武器なんて限られていますし、狙撃ぐらいしかないですよね?」

<ヽ`∀´>「普通はそうニダ」

(;-@∀@)「普通は」

<ヽ`∀´>「でもほら、今は普通じゃなくなったニダ」

全てを諦めたようなアサピーの顔を見て、ニダーは心からの笑みを浮かべた。

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        /イハ/レ:::/V\∧ド\
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      /|;ィ:::::N,、‐'゛_,,.\   ´''""'ヽ  !;K
        ! |ハト〈  ,r''"゛  ,       リイ)|
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              `i;、     / l
                〉 ` ‐ ´   l`ヽ
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トレバー・アヒャ・フィリップスにとって殺しとは、自慰をするようなものだった。
殺したいから殺す。
その考えが間違っていると言われたが、それを我慢することはできなかった。
生まれつき我慢することが苦手だった彼には、幸いなことにその我儘を貫き通せるだけの筋力があった。

小さな町で生まれ、そこで初めて手を染めた犯罪は窃盗だった。
店にあった玩具を手に取り、そのまま逃げたのだ。
大勢の大人が彼を追いかけてきたが、半殺しにしたことで玩具は彼の物になった。
それから彼は暴力の有用性を学び、次々と実践に移した。

結果として警察が彼を追い、彼は仕方なく生まれた町を出て行った。
行く先々で暴力と窃盗、欲望の発散を行った。
気が付けば世界中どこでも彼を追う人間がいたが、今日まで生きてきた。

([∴゚[::|::]゚]『あっひゃひゃひゃ!!』

507名無しさん:2023/04/03(月) 20:43:03 ID:J1j5lG3E0
そして、今日。
これまでの人生で一番と言えるほどの愉快な時間が訪れていた。
長らく世話になったセフトートが吹き飛び、運よく生き延びた彼の心に生まれたのは、純粋な怒りだった。
故郷と呼べるものを奪われた気分を初めて味わい、これまでにないほどの怒りを胸に戦いに臨んだ。

奪ってきた立場の人間が、奪われて憤るなどあまりにも自分勝手な考えだが、アヒャにはその自覚がない。
彼にとってセフトートは彼を受け入れてくれた唯一の楽園だ。
だからセフトートの軍に入り、街のために働いていた。

([∴゚[::|::]゚]『どうしたぁ!!』

思い出すのは、今はなき街並みと、そこにいた彼の友人たち。
友人でないとしても、彼を受け入れてくれた大切な人間。
その面影がちらつくたび、彼の怒りが燃え上がる。

([∴゚[::|::]゚]『手前ら全員皆殺しだぁ!!』

彼の棺桶には複数の腕だけでなく、死角を補うための複数のカメラが搭載されている。
自分を中心に周囲全方位をカバーする視覚情報をもとに、彼の意思をくみ取った複椀が動く。
余計なことは考えず、目に付いた敵は全て撃ち殺すか、銃弾を防ぐか、ナイフで切り裂く。

〔欒゚[::|::]゚〕『狂人があああ!!』

明らかに指揮官が駆る銃装甲のジョン・ドゥが立ちはだかる。

([∴゚[::|::]゚]『ありがとよ!!』

双方が構える高周波振動ナイフが激突し、火花と甲高い音が手元から発生する。

〔欒゚[::|::]゚〕『こいつを殺せば一気に押し崩せるぞ!!』

([∴゚[::|::]゚]『ははっ、そうかよ!!
      だったら手前をぶっ殺す!!
      そのついでに全員ぶっ殺す!!』

重装甲だからと言って、あらゆる攻撃に耐えきれるわけではない。
棺桶である以上、狙えるものはある。

([∴゚[::|::]゚]『どっせい!!』

狙ったのは膝関節と顔面だった。
膝を狙った前蹴りと同時に、機関銃で顔面を殴打する。
関節部の強度には限度があり、例え重装甲で名を馳せる棺桶だったとしても、アヒャの一撃を耐えきることは出来ない。
逆側に折れた関節から潤滑油と血しぶきが上がる。

〔欒゚[::|::]゚〕『あっ……ぐおおあああっ!!』

([∴゚[::|::]゚]『そこでおねんねしてな、ベイビー!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『つ…… 捕まえた!!』

508名無しさん:2023/04/03(月) 20:47:47 ID:J1j5lG3E0
残された足で踏み込み、アヒャに抱きついてきたかと思えばそんな事を口走る。
なるほど、とアヒャは冷静に思った。
この程度の人間が指揮官であれば、恐れる必要はない、と。

([∴゚[::|::]゚]『見えてるんだよぉ!!』

炎の中から飛び出した挟撃も。
遠方から狙っている銃腔も。
全ては、アヒャの目には見えていた。
全方位カメラが捉えた敵影に対し、彼の脳波に反応した服椀が即応する。

発砲、防御。
この動作だけがあれば、アヒャが殺されることは無い。
指揮官が捨て身で攻撃を仕掛けてくるということは、それだけ切羽詰まっているということなのだ。
群れを率いる存在が前に出てくるなど愚の骨頂。

理屈ではなく感覚でそれが過ちであると知るアヒャは、嬉々として目の前の男の首を切り落とした。
首の付け根に滑らかに差し込まれたナイフによる一閃は、本人が苦痛を感じるよりも先に切断を終えていた。
首より先に胴体が地面に倒れ込み、最後に首が地面に落ちる。
機関銃から吐き出される薬莢の雨の中、アヒャの両眼は周囲を睨め回し、近接戦闘に備えた。

([∴゚[::|::]゚]『こいやぁ!!』

初めて彼が覚えた感情の正体が、これまで彼が踏みにじってきた感情であることは、アヒャはまだ知らなかった。

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同日 PM00:01

世界に夜の帳が降りる少し前に、ジュスティア沖にいた13隻の原子力空母は所定の位置に到着していた。
錨を降ろし、上陸艇に乗った兵士たちが続々とジュスティアに上陸していく様は、巨大なケーキに群がる蟻のようだった。
ジュスティアを守るはずだった海岸警備隊は度重なる砲撃にさらされ、文字通り全滅している。
唯一、スリーピースだけがジュスティアを外敵から守るため、その役割を果たしていた。

509名無しさん:2023/04/03(月) 20:52:24 ID:J1j5lG3E0
そして、その防壁を破壊するだけの威力を持つ主砲を構える超ド級戦艦“ロストアーク”だけが、ジュスティアへの攻撃を完全に停止させていた。

(#´・ω・`)「あの糞野郎どこ行きやがった!!」

停止の原因はたった一人の裏切り者による工作だった。
ショボン・パドローネにとっても、そして彼の所属するティンバーランドにとっても、その工作は十分すぎる効果を発揮していた。
つい数分前までは追う側だったにも関わらず、今では追われる側になっている。
全ては、彼が追っていたワカッテマス・ロンウルフの仕業だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『裏切り者を見つけ出せ!!
      あいつはジュスティアの犬だ!!』

噂とは恐ろしい物だ。
ほんの僅か、そう、一滴の毒だけで状況が一変してしまう。
戦時中という特殊な状況下でなおかつ、それに慣れていない人間は容易く噂に流されてしまう。
一度でも噂が流れてしまえば、後はそれが脚色されて広まるのも時間の問題だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『艦長が言った通り、何人もジュスティアの犬がいるぞ!!』

時差で訪れたこの展開は、明らかに混乱を狙ったもの。
要は時間稼ぎのための混乱だが、今のショボンにとっては迷惑極まりない展開だった。
こちらが何を言っても信用されず、何をしても疑いが晴れることは無い。
流された噂は、恐らくショボンがジュスティアの内通者であるという旨のものだったに違いない。

そしてそれは、信用に足る人間の口から漏れ出た言葉が発端だったのは間違いない。
ティンバーランドという組織は広く受け入れをしている反面、その背景については念入りに調べ、決して志がぶれないように注意している。
となると、噂の始まりと今に至る経緯を想像するのは難しくない。
だが、味方がそのことに気づけていないのが問題だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『拳銃に通常弾を装填しておけ。
      艦内で徹甲弾を撃てば大惨事になりかねないぞ』

聞こえてくる言葉を真実と仮定すれば、この船の艦長であるスパム・シーチキンにワカッテマスが何かを言ったのだ。
それに対して彼女が何か反応をし、それを聞いた部下が誤解し、仲間に噂を流す。
程よく広がったあたりで、ワカッテマスはショボンから逃げた。
当然、裏切り者を始末するために追うショボンだが、その姿を見る者の視点によって状況は変わってくる。

ワカッテマスが逃亡中に噂を追加で流布すれば、その効果は絶大な物になる。
時間が経てば解決するような噂だが、その時間を生み出すことなど今は無理だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『いたぞ!!』

拳銃から容赦なく銃弾が浴びせかけられる。
辛うじて物陰に隠れ、抗議する。

(#´・ω・`)「だから、俺は違う!!」

510名無しさん:2023/04/03(月) 20:53:47 ID:J1j5lG3E0
反撃を一度もせず、口頭と行動で己の潔白を口にするが、効果は見られない。
こちらが一切の反撃をしていないということにすら気づけてないのは、戦艦という極めて閉塞的な空間がもたらす心理的な圧迫が原因だろう。
既にショボンの命令に従っていた同志は射殺され、ワカッテマスとの立場は逆転した。
ここからの逆転は非常に難しい。

彼は円卓十二騎士の一人、“ウォッチメン”。
何にでもなれる者、の二つ名で呼ばれたジュスティア警察創立以来の最優秀の警官と言ってもいい。
真実を見抜く力に長けているということは、相手の弱点を見抜く力を持っているということ。
遅効性の毒を効果的に用いることで、こうしてショボンを追い詰めている手腕がその証拠だ。

こうしている間にも彼はこの戦艦を無力化しつつ、脱出を図るだろう。
もしもそれが結実すれば、間違いなくロストアークは任務を果たせなくなる。
現に主砲の一部が使用不可能となり、その影響で他の主砲も急ピッチで確認作業が行われている。
その主犯は間違いなくワカッテマスだが、今はショボン一派の犯行ということになっていた。

(#´・ω・`)「同志を撃つんじゃない!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『黙れ裏切り者が!!』

跳弾から逃げるため、流石にその場から走り出す。
鉛弾が船の壁を撃ち抜くことは無いが、ショボンの命を奪うことはあまりにも容易だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『……っ!! おい、こっちで同志が一人殺されてるぞ!!』

(#´・ω・`)「それはお前らが!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『絶対に逃がすな!!』

ジュスティアの攻略にロストアークの援護射撃は不可欠だ。
スリーピースを突破するためには、圧倒的な質量で攻め込むしかない。
ここで戸惑っていては、ジュスティア攻略に時間がかかってしまう。
速攻勝負のこの作戦は、時間が経てば経つほど不利になる。

長期にわたってジュスティアに仕込んだ毒が意味を成す前に終わってしまえば、これまでの努力が水泡に帰してしまう。

(#´・ω・`)「この……馬鹿野郎どもが!!」

もしも自分がワカッテマスの立場であれば。
もしも自分がこのロストアークを無力化しなければならない立場であれば。
今行うべきことは、生き残った主砲の無力化だ。
ロストアークには主砲が合計で40門存在する。

五連装砲が四基、それが艦橋を挟んで前後にそれぞれ設置されている。
ワカッテマスが先ほど行った妨害工作で前方部の数基が無力化されたが、その詳細は分からない。
自動装填装置を破壊されてしまっていれば、1トン以上の重量がある砲弾を人力で装填しなければならない。
そのような訓練を受けた人間は、ほんの数人しかいない。

511名無しさん:2023/04/03(月) 20:54:38 ID:J1j5lG3E0
最悪の場合は砲弾が誘爆し、船が真っ二つになる未来だ。
そこでようやく、ショボンはワカッテマスの所在に思い当たった。
この船の無力化をするならば、沈没させるのが最適解だ。
それを簡単に行えるのは、間違いなく爆発の起きた砲塔の近く。

体にまだ“マックスペイン”の恩恵が残されている間にそこに向かい、ワカッテマスの妨害工作を止めなければならない。

(#´・ω・`)「うおおお!!」

狭い艦内を走り回り、ショボンは最短ルートで目的地に向かう。
砲弾が保管されている場所が近づくにつれ、火薬と物が焼け焦げた匂いが濃くなっていく。
サイレンが鳴り響き、海水を使ったスプリンクラーによる放水が行われているエリアに到着した時には、それは匂いだけでなく黒い煙と共に彼の鼻に入ってきた。
足元に溜まっている海水が、その放水量と時間を如実に物語っている。

(´・ω・`)「……頼むぞ」

それは、味方に対する願いであると同時に、自分の持つ悪運の強さに対する切実な気持ちだった。
そして何より、砲弾への誘爆が一番の心配だった。
最悪の場合はニューソクの誘爆へとつながり、付近にいるオーシャンズ13のニューソクにまで連鎖的に誘爆する展開だ。
頭上からしたたり落ちる水を無視して、ショボンは自動装填装置のある場所に向かった。

彼の推理が当たっていれば、ワカッテマスは間違いなくこの空間で工作をしているはず――

( <●><●>)「――いやはや、本当に来るとは」

角を曲がった瞬間、仁王立ちになったワカッテマスがショボンを出迎えた。
出会い頭に放たれたのは言葉と前蹴り。
完全な不意打ちによって防御不可能な一撃と化した前蹴りは、正確にショボンの鳩尾にめり込んだ。
力を籠めることも出来ず、胃の中身をその場にぶちまける。

(;´・ω・`)「げはぁっ?!」

( <●><●>)「優秀な刑事だったからこそ、私の行動が読めるのも分かっていました。
       そしてその読みは、概ね正しいですね」

ドーピングで強化できるのは筋力だけであり、内臓の強化はできない。
痛覚を遮断できることもできないため、膝を突いて苦悶の声を押し殺すのがせいぜいだった。

(;´・ω・`)「あぐ…… 糞ッ!!」

( <●><●>)「おや、悪態が出るならまだいけますね」

無防備な後頭部を狙って、ワカッテマスの踵が振り下ろされる。
当然、防御などできない。
後頭部を直撃した一撃はショボンの意識を現実から遠ざけ、激痛が意識を現実とつなぎとめた。

(;´・ω・`)「目が覚めたよ、糞が!!」

( <●><●>)「さて、優秀な刑事さんに質問しましょう。
       どうして私がここであなたを待っていたと思いますか?」

512名無しさん:2023/04/03(月) 21:02:28 ID:J1j5lG3E0
(;´・ω・`)「さぁな、悪趣味な奴の考えなんて分かるかよ」

( <●><●>)「答えは簡単。 同じジュスティアの人間として、お話がしたかったからです。
       あぁ、ご安心くださいね。
       すでに工作は済んでいるので、この船は沈みます」

(;´・ω・`)「野郎……!!」

痛みが和らいできたが、まだ後頭部に受けた一撃の余波は消え切っていない。
相手が悦に入っている間に、反撃の隙を伺うしかない。
今は耐える時。
だが、次に出てきたワカッテマスの言葉に、ショボンの思考が停止した。

( <●><●>)「ジュスティアの秘密は、どこまで調べましたか?」

一瞬、何を言っているのだろうかと聞き返そうとしてしまう。
こちらの沈黙の意味をくみ取ったのか、ワカッテマスが続ける。

( <●><●>)「力が全てを変える時代に、あの街が生まれたのは何故か。
       スリーピースの建造と、防衛装置の技術。
       知れば知る程、ジュスティアが分からなくなるんですよ。
       私はそれについて調べて、ある人物に辿り着いた。

       だけどひょっとしたら、別のアプローチがあるのかもしれない。
       そこで、あなたに質問なんですよ。
       何か、知っていることはありませんか?」

(;´・ω・`)「何を言ってるんだ、お前は」

流石に、ショボンの中にある疑念が言葉となって口から出てくる。

( <●><●>)「きっと、ジョルジュさんはそれを知っている。
       てっきり同郷のあなたに話しているものだと思ったのですが、無駄だったようですね」

興味を失ったように溜息を吐き、ワカッテマスはショボンに背を向けた。

( <●><●>)「後はどうぞお好きに」

(;´・ω・`)「……そうさせてもらうさ!!」

ショボンは一気にその場から駆け出し、ワカッテマスの横を通り過ぎた。
今はこの男に構っている時間がない。
先ほどの言葉が真実だとしても、まだこの船を沈ませるわけにはいかない。
せめて、せめてスリーピースだけでも突破しなければジュスティアを攻め落とすのは難しい。

三重の壁に砲撃で空いた穴から入り込もうと部隊が派遣されたが、その作戦は失敗に終わっている。
空から攻め入ろうとした部隊は砲弾を撃ち落とした兵器によって瞬く間に全滅し、地上からの攻略を余儀なくされている。
だが壁の中は今、甚大な被害を受けているはずだ。
ジュスティアの要所であり、正義の象徴とも言える左右対称に建てられたビル、ピースメーカーが倒壊したことが分かっている。

513名無しさん:2023/04/03(月) 21:03:56 ID:J1j5lG3E0
今が好機なのは間違いないが、スリーピースの入り口は固く閉ざされており、ジュスティア陸軍による厳重な防御陣地がこちらの進軍を阻んでいる。
火薬の匂いが濃くなるにつれ、ショボンの焦りもより強いものになっていく。
ついに作業をする人間の声や跫音、作業をする音が耳に届く場所に到着した彼が見たのは、想像よりも遥かに酷い損傷具合だった。
自動給弾装置は戦艦の要だが、その装置が跡形もなく吹き飛び、床や天井にその破片が突き刺さっている。

他の区画にまで被害が及んでおり、頭上からは日の光が差し込んでいた。
降り注ぐ日の光に反射するのは、消火に使われた海水だ。
その絶望的な光景の中で棺桶に身を包んだ者達が床に走った亀裂を溶接し、砲撃の衝撃で亀裂が広がらないように懸命に修理をしていた。
この船にある他の主砲を撃たないのは、砲弾への細工を警戒しているだけではなかったのだ。

砲塔が直接爆発したのではなく給弾装置が爆発したことにより、砲弾に詰まっていた火薬が炸裂し、これだけの被害をもたらしたのだ。
逆に言えば、砲弾の爆発でもこれだけの被害で抑えたこの空間の堅牢さが分かる。
常に数発だけがその給弾装置内にあり、必要な分は下の階からエレベーターを使って自動で輸送する形をとっていたのも幸いした。
しかしワカッテマスがどのような罠を仕掛け、この船を沈めるのかが分からなければその堅牢さも気休めでしかない。

だが狙うなら、とにかく亀裂だ。

(;´・ω・`)「……くそっ」

ここで声をかけ、ワカッテマスが仕掛けた罠を見つけ出し、解除することが出来れば話は簡単だ。
だが今のショボンは裏切り者としてのレッテルを貼られており、声をかけた瞬間に殺されかねない。
相手が棺桶で武装しており、こちらが生身である以上は一方的な敗北は避けられない。
かといってここで黙っていても、船が沈没する未来が避けられるわけでもない。

ショボンは意を決し、両手を挙げて作業中の仲間たちに声をかけた。

(´・ω・`)「俺の話を聞いてくれ!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『ん?!』

溶接作業をしていたジョン・ドゥの手が止まる。

(´・ω・`)「敵はまだこの給弾装置に罠を仕掛けているはずだ!!
     頼む、俺に手を貸してくれ!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『裏切り者がのこのこと!!』

作業をしていたジョン・ドゥがその場から消えた。
超至近距離での加速は常人の視力では捉えられない。
足元に上がった水しぶきだけが移動した唯一の証拠。
思いきり壁に叩きつけられたショボンは肺の中の空気を全て吐き出し、苦悶の声を上げる。

だが一切の抵抗も、回避行動もしなかった。
全身の筋肉を硬化させ、どうにか致命傷を防ぐ程度に抑えたのは、相手がこちらを殺そうとしてなかったからだ。
壁に押し付けて持ち上げられる。
無言で見上げられ、機械仕掛けの両眼の奥にある男の目を正面から見据える。

〔欒゚[::|::]゚〕『……』

(;´・ω・`)「……頼む」

514名無しさん:2023/04/03(月) 21:08:29 ID:J1j5lG3E0
その言葉を聞き、僅かの沈黙。
男はゆっくりと言った。

〔欒゚[::|::]゚〕『……分かった』

〔欒゚[::|::]゚〕『おい、いいのかよ!!
      だってそいつ、ジュスティアのスパイなんだろ』

〔欒゚[::|::]゚〕『だったら、こんなところに来やしないだろ。
      今は手が必要なんだ』

(;´・ω・`)「助かる」

ジョン・ドゥの手がショボンから離れ、その場に降ろされる。

〔欒゚[::|::]゚〕『それで、アテはあるんだろうな』

(;´・ω・`)「あぁ。 亀裂を塞ごうとしているだろう?
     奴は恐らく、亀裂を広げるために爆弾を仕掛けている。
     ワカッテマスがここに来なかったか?」

〔欒゚[::|::]゚〕『……それなら、俺が見たよ』

別の場所で作業をしていたと思わしき男が、のそりと姿を現した。

〔欒゚[::|::]゚〕『さっき向こうに行ったやつだろ?
      この下のフロアにある弾薬保管庫から出てきたのを見たぞ』

〔欒゚[::|::]゚〕『そこは今誰が見てる?』

〔欒゚[::|::]゚〕『分からない、だが、あそこに入るにはキーコードが必要だ。
      俺達じゃ入れないぞ』

その瞬間、空気が一気に変化した。
パズルのピーズがはまり、一枚の絵が出来上がる感覚だ。
誰もがワカッテマスが描いた絵を理解し、今必要なことを理解した。

〔欒゚[::|::]゚〕『艦長に連絡を!! 急げ!!』

後は時間との勝負だ。
弾薬保管庫には主砲の砲弾が弾種ごとにコンテナに数十発単位で収められており、一種のマガジンの様になっている。
それを機械制御で上にある装置へと送り込み、連続した砲撃が実現する。
ワカッテマスが仕掛けた最初の罠の被害がそこまで甚大にならなかったのは、その仕組みのおかげでもある。

そしてそこを狙われれば、この船が一撃で二つに分断されるのは言うまでもない。
だからこそ厳重な管理下にあり、権限を持つ人間でしかアクセスできないようになっている。
そこに入っていたとなると、答えは言うまでもない。

〔欒゚[::|::]゚〕『艦長!!』

515名無しさん:2023/04/03(月) 21:12:03 ID:J1j5lG3E0
艦長である、スパム・シーチキンに連絡が行く。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『なんだ』

〔欒゚[::|::]゚〕『時間がありません、とにかくすぐに前方の弾薬保管庫のロックを解除してください!!』

この船を直感的に操作できるスパムならば、閉鎖された区域のロックを解除するなど何ら苦ではない。
今ならば、まだ間に合う可能性がある。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『……いいだろう。
      作業をしながら説明しろ』

〔欒゚[::|::]゚〕『ありがとうございます!!』

すぐにショボンを含めた5人が下の階へと急行する。
分厚い鉄の扉が開き、薄暗い空間に敷き詰められたコンテナの林が彼らを出迎えた。
頭上で輝く蛍光灯の明かりはコンテナに遮られ、満足に物陰を見ることが出来ない。
だからこそ、そこは機械の目を持つ仲間に任せることにした。

〔欒゚[::|::]゚〕『急げ!! 爆発物があれば身を挺してでも処理するんだ!!』

(;´・ω・`)「時間がなかったはずだ、コンテナの装甲が薄い場所を探すんだ!!」

狙うならば、自動給弾に必要不可欠な穴のある個所だ。
そこに高性能爆薬を仕掛ければ、後は勝手に誘爆し、この空間が全て吹き飛ぶ。
ショボンの言葉を理解したジョン・ドゥたちが示し合わせたようにコンテナの上に乗り、不審物の探索をする。

〔欒゚[::|::]゚〕『おい、ここにあったぞ!!』

早速一人が見つけたが、爆弾は一つとは限らない。

〔欒゚[::|::]゚〕『複数ある可能性がある、おい、この通信が聞こえている奴は全員弾薬保管庫に来るんだ!!』

手分けをして大量のコンテナを捜索するが、それが無駄に終わる可能性は極めて高い。
それでも、何もしないでこの船を沈めさせるわけにはいかない。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『総員に告ぐ。 これより本艦はスリーピースに突っ込む。
      錨を投棄。 直線上にいるあらゆる友軍は直ちに退避せよ。
      艦内にいる同志たちは必要な物を持ち、速やかに脱出せよ。
      弾薬保管庫で作業中の同志諸君。

      ……すまない』

その言葉は事実上の敗北宣言と捉えられるものだった。
作業を中断することなく、誰もが声を荒げる。
まだだ。
まだ終わっていないのだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『そんな!! まだ諦めないでください!!』

516名無しさん:2023/04/03(月) 21:12:55 ID:J1j5lG3E0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『諦めてなどいない。 主砲が撃てない戦艦など、よくて盾か囮にしか使えない。
      私はこの船と共に奴らに挨拶をしてやるだけだ。
      残り時間が分からないなら、終わりの時間はこちらで決めさせてもらう』

スリーピースの突破には主砲が必要不可欠だが、その主砲が使えない戦艦は確かに無用の長物と言ってもいい。
もしもこの規模の船がスリーピースにぶつかるか、接近することが出来ればこの船が橋としての役割を果たせる。
しかし、それは分の悪い賭けだ。
戦艦である以上、出せる速度はたかが知れている。

喫水の事を考えれば、陸上に乗り上げること自体がそもそも不可能に近い。
同時に、ショボンたちがワカッテマスの罠を全て見つけ出すこともまた、不可能に近いのだ。

(´・ω・`)「なら、我々も自分たちの終わりを自分たちで決めさせてもらいますよ」

ショボンたちの作業が成功すれば、この船が突撃する必要はなくなる。
だが時間が分からない。
可能性を信じれば、可能性に殺されることになる。

〔欒゚[::|::]゚〕『糞っ!! タイマーが止まらねぇ!!
      残り1分だ!!』

それは、最初に爆弾を見つけた男の発言だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『とにかくコンテナから遠ざけろ!!
      誘爆すればもうこの船はお終いだ!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『ああっ、糞!! 糞!!
      道を開けてくれ!! このまま外に持っていく!!』

コンテナから飛び降り、男は胸に爆弾を抱えたまま部屋を飛び出した。
その瞬間。
ショボンの背筋に電流の様なものが流れ、全身の血の気が引いた。

(#´・ω・`)「ああああ!!
      の野郎おおおおおお!!」

ショボンは叫びながら男が直前までいたコンテナに飛び乗り、そこに置かれていた物を手に取る。

(#´・ω・`)「いぇおう!!」

弾薬保管庫で大爆発が起きたのは、そのすぐ後の事だった。

517名無しさん:2023/04/03(月) 21:23:34 ID:J1j5lG3E0
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        二 ニ ゙て∠rιク_;.,、_,ー-'^- =ニ_
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ワカッテマス・ロンウルフの得意とする諜報戦は、毒を数滴垂らすことだった。
複数の真実に嘘を一つ紛れ込ませることで、その嘘は遅効性だが威力の高い毒となる。
毒が効果を発揮するタイミングをこちらであらかじめ決めることが出来れば、戦況を変えることは可能。
この戦艦を無力化するために選んだのは、そういった嘘だった。

まずは艦長に対し、ショボンへの信頼を疑わせるよう、スリーピースの情報を流す。
当然、それを聞いていた彼女の部下がそれを他者に話すことも想定している。
ショボンからの追跡を逃れる間、彼が複数のジュスティア人と共に反旗を翻したと噂を流布した。
その噂が艦内に広がり、認識をマヒさせ、こちらの思った通りに毒するには僅かな時間が必要だった。

結果、この艦内におけるショボンの立ち位置と彼に同行した人間は裏切り者のレッテルを貼られ、それまでの立場が逆転することになったのである。
だがそれでも、この戦艦を無力化するにはまだ不足だった。
主砲の一部を破壊したことによって艦内に亀裂が走り、間接的に砲撃を止めることは出来たが、まだ足りないのだ。
溶接作業が行われてしまえば、ある程度の砲撃能力が回復してしまう。

そうなる前に、せっかく生まれた傷を広げない手はない。
主砲を破壊した工作は一度しか使えない物だったが、出来れば砲弾への誘爆を利用してこの戦艦を沈めたい。
そこで、ショボンを利用することにした。
このような組織に落ちぶれ、周囲から追われたとしても、それでも彼の本質はジュスティア人だ。

真実と正義の為に動くようにと、その体は長年の訓練にさらされてきた。
一度体に染みついた習慣はそう簡単には消えない。
ワカッテマスが次に打つ手を考え、対策仕様と躍起になるはずだ。
例え自分が裏切り者として周囲から追われたとしても、彼は正義のためにその身を犠牲にしてこの船を守ろうとする。

518名無しさん:2023/04/03(月) 21:29:00 ID:J1j5lG3E0
だから、与えたのだ。
分かりやすい答えを。
納得のいく、疑問の余地のない答えを。
既に罠は仕掛け終え、ワカッテマスはこの船から逃げ出すという答えを。

事実は逆だ。
罠はまだ仕掛けていない。
そして、ワカッテマスはこの船に残る。
弾薬保管庫への侵入は現実問題として、不可能だった。

だが、ショボンがわざわざ味方を引き連れて艦長に依頼した結果、不可能は可能となった。
後はジョン・ドゥを身にまとい、共に爆薬を探すという体で爆発物を設置する。
その場からの脱出は、爆発物の処理が出来ないから外に出ると言えば簡単に行く。
戦艦の外に出たと同時に、下から大きな爆発音と衝撃が彼を襲った。

いつの間にか、空が灰色に染まりつつあった。
嵐ではない。
何かもっと、別の要因だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『……おかしいですね』

まだ船が沈む気配がしない。
爆薬の量は申し分なかったはずだ。
そう思った時、背後からその答えが現れた。

(#´・ω・`)「はぁ……はぁ……!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『よくもまぁ生きていますね』

傷だらけのショボン・パドローネ。
その姿は傷だらけで、いたるところが煤だらけになっている。

(#´・ω・`)「お前は……っ!!
      お前だけは絶対に殺す!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『無理ですよ。 生身で私を殺そうなどと』

(#´・ω・`)「それはどうかな」

そう言って、ショボンが右手を掲げ、指を鳴らした。
その、直後の事だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『?!』

(#´・ω・`)「どぅら!!」

マックスペインの力によって人間離れした速度でその場から駆け抜け、ショボンがワカッテマスの目の前に現れる。
背後は手すりを挟んで海。
後退するのには、僅かばかりの逡巡が生じた。
その逡巡が、命取りとなった。

519名無しさん:2023/04/03(月) 21:35:20 ID:J1j5lG3E0
(#´・ω・`)「一緒にハッピーになろうぜ!!」

その言葉と共にショボンが抱きつき、ワカッテマスはショボンの意図を理解する。
どうしてわざわざ声をかけ、どうして生身でこちらに挑んで来たのか。
マックスペインを重ねて使用し、命を削って得た運動能力。
それは全て、彼が腹に巻き付けた大量の高性能爆薬をこの距離で使うため。

引き剥がすには、もう遅い。

〔欒゚[::|::]゚〕『このっ……!!』

(#´・ω・`)「イピカイエェェェ!! マザファ――」

――形容しがたい大爆発がワカッテマスを襲い、その意識を奪い取った。

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同日 PM00:16

ゆっくりと。
朝日が昇る様に、ゆっくりと、だが確実に意識が覚醒していく。
激痛が全身に広がり、血の気が失われているのが分かる。
爆発の衝撃を受けた正面の骨はほぼ全て折れているだろう。

(;<●><●>)「あ……そ……」

ショボンという男を侮っていた。
あの爆発の規模の理由と彼の傷から導き出される答えは、一つだけ。
こちらの仕掛けた爆弾を味方のジョン・ドゥに向かって投げつけ、それを体で覆わせたのだ。
そうすれば弾薬への誘爆は防ぐことができる。

520名無しさん:2023/04/03(月) 21:35:44 ID:J1j5lG3E0
そしてそのままこちらを追いかけ、どこかで調達した爆薬で自爆してきたのだ。
爆発はジョン・ドゥの装甲を吹き飛ばし、ワカッテマスに致命傷を与えた。
ショボンは爆発四散し、その肉片は戦艦の壁の染みとなっている。
しかし、それでも彼はやり遂げた。

この船を沈めさせない、ということを。

(;<●><●>)「っふふ、流石……」

ワカッテマスは海風を浴びながら、そう呟く。
任務は失敗した。
戦艦の無力化には成功するが、その先がない。
この船は間もなくスリーピースに突っ込む。

(;<●><●>)「いやぁ……まいった……なぁ」

不思議と、後悔はなかった。
ギリギリの綱渡りを楽しんだ結果がこれだ。
自分の気持ちのままに、答えを知りたいがために動いた。
ならばこの結果は因果応報。

相応の結果なのである。
何もかもを最前線で知りたいという欲がこの結果を生み出しただけ。

(;<●><●>)「さぁて……」

打てる手は全て打った状態だ。
主砲の無力化は図らずも成功したが、この船がスリーピースに激突すれば恐らく侵攻は止められなくなる。

(;<●><●>)「……ここまでか」

船底が削れるような振動が船全体を襲う。
まるで悪夢の様にスリーピースが迫る。

(;<●><●>)「ふふっ……こうすることは……分かってましたよ」

そして、その振動がこの戦艦に引導を渡すことになる。
断末魔の様に甲高く、そして重々しい金属が裂ける音が響き渡り、船が傾き始める。
船底に仕掛けた爆弾が振動によって起爆し、船のバランスを崩したのだ。
速度が徐々に失われ、岩礁に乗り上げた戦艦が倒れていく。

肉食獣が眠りにつくようにゆっくりと傾く中、ワカッテマスは嬉しそうな声を上げた。

(;<●><●>)「……おや、来ましたか」

その声が誰かの耳に届くことは無い。
サイレンと悲鳴、金属が千切れる音が船全体に広がっている。
もう間もなく、この船は跡形もなく爆散するだろう。

(;<●><●>)「まったく……君はいつも……」

521名無しさん:2023/04/03(月) 21:36:25 ID:J1j5lG3E0
黒く染まりつつあるジュスティア上空にそれを見た時、ワカッテマスの胸に去来したのは安堵感。
どうにか時間を稼ぐことは出来た。
彼が来るまでの間、ジュスティア内への侵入は防げた。
後は、彼に委ねよう。






――ロストアークが爆散した時、ジュスティアに一機のヘリコプターが降り立った。






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第十四章 【 Ammo for Rebalance part11 -世界を変える銃弾 part11-】 了
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522名無しさん:2023/04/03(月) 21:36:45 ID:J1j5lG3E0
これにて今回の投下は終了です

質問、指摘、感想等あれば幸いです

523名無しさん:2023/04/03(月) 22:50:25 ID:XesLE3W.0
うおお乙
これまで重要な役目を担ってたショボンやらがあっさり死んでいくのは戦争の無情さを感じるね
アサピーが個人的に大好きなんだが生き残れるだろうか…

524名無しさん:2023/04/03(月) 23:11:19 ID:OuW63qoI0
乙です

525名無しさん:2023/04/03(月) 23:44:22 ID:qSOncVv20
おつ

>>517
>ワカッテマスが次に打つ手を考え、対策仕様と躍起になるはずだ。
対策しようと の間違い?

526名無しさん:2023/04/04(火) 20:33:42 ID:4MYSSGdw0
>>525
Oh NO!
その通りでございます!!

527名無しさん:2023/04/04(火) 21:10:13 ID:EzKvRTaQ0

散々ワカッテマスさんに振り回されてきたショボンが最期に一矢報いたのは胸が熱くなった
イルトリアのお年寄りさんたちは元気で何より

>>490
空の片隅に"炭"を垂らした

これは多分"墨"の方がいいんじゃないかな

>>492
生産するための向上の品質と材料の確保

ちょっとおかしな言い回しになってるから、生産するための品質の向上と材料の〜でいいんじゃないかな?
上手い言い回しが思いつけなくて申し訳ない……

>>385 >>428 >>505 >>506 >>507 >>508

これ全部"腕"が"椀"になってますね。
>>508に至っては服椀になってます。
以前の投下分には見逃してました……

>>511
痛覚を遮断できることもできないため

痛覚を遮断することもでいいんじゃないかな

528名無しさん:2023/04/04(火) 21:16:17 ID:4MYSSGdw0
>>527
いつもありがとうございます!

椀!! みんな飯を食っているのか!!

今回はいつにも増して酷い誤字が……
修正した物をまとめの方に載せさせていただきます……!!

529名無しさん:2023/04/06(木) 10:59:19 ID:kNPF7c8.0

ショボン死んじまったか…ダイ・ハードで戦ってる所がすごい好きだった

530名無しさん:2023/06/25(日) 10:29:54 ID:DxVw7D.w0
そろそろ来ないかな

531名無しさん:2023/06/26(月) 18:28:43 ID:uXya/F0A0
後もうちょっとで書き終わるので、今しばらくお待ちください。
運が良ければ今度の日曜日に投下できるはずです……!!

ちなみに、文量はいつもの二倍ぐらいです

532名無しさん:2023/06/27(火) 22:05:00 ID:sMxxLnmg0
さすがっすわ待ってます

533名無しさん:2023/06/28(水) 19:14:29 ID:0m6lxS7c0
今度の日曜日、VIPでお会いしましょう

534名無しさん:2023/06/29(木) 00:11:45 ID:2DzhpL/Y0
二倍とかすげー

535名無しさん:2023/07/02(日) 20:25:28 ID:EB0RZRkQ0
投下途中に落ちました……
ので、こちらに投下します

536名無しさん:2023/07/02(日) 20:25:49 ID:EB0RZRkQ0
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正義や神や奇跡の有無よりも、私は正義の味方の存在を信じている。
あの人がまた私を救ってくれることを、信じている。
だって、あの人は私を救ってくれたのだから。

                                       ――とある少女の日記より

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September 25th AM11:49

足場が激しく上下し、風が何もかもを吹き飛ばそうとする過酷な環境下での射撃など、トラギコ・マウンテンライトは経験したことがなかった。
しかもそれが追われる身であり、空中でとなると体験した人間は世界中どこを探してもほとんどいないだろう。
彼は今、ニョルロック上空からクラフト山脈を経由し、ジュスティアを目指すヘリコプターの中にいた。
そのヘリコプターはジュスティアと因縁の関係にあるイルトリア軍の所属だが、操縦士も、そこに乗っているトラギコも今は過去の遺恨は頭にない。

(=゚д゚)「やっぱり全然当たらねぇラギ!!」

ライフルを構え、弾倉を一つ撃ち切ったトラギコが、操縦席に向かってそう叫ぶ。
操縦士は後ろを見ることなく、的確な答えを告げる。

(::0::0::)『ローターだ!! ローターを狙ってくれ!!
     パイロットを狙うのは無理だ!!』

(=゚д゚)「よーく分かったラギ!!」

空になった弾倉を、後ろから迫ってくる敵のヘリ目掛けて投げつける。
当然それは当たらないが、少しは気が晴れた。
新たな弾倉に交換し、狙いを定める。
光学照準の先にいるのは、20機からなる攻撃ヘリの群れ。

双方の距離は徐々にだが、確実に広がりつつある。
飛行性能ならば間違いなくこちらの方が優れている。
だが相手は両翼に機銃を取り付けた攻撃ヘリだ。
距離が開けば開くほど、相手にとっては照準を合わせやすくなる。

可能ならば頭上を飛ぶのが一番だが、そのような余裕はないだろう。
不規則に揺れる状態で照準を安定させることが出来ないため、トラギコは思わず悪態を吐く。

(=゚д゚)「くっそ!!」

こちらの持つ弾の数と、相手の持つ弾の数は圧倒的な差がある。
その差がある以上は、こちらが一方的に撃たれ続けるという展開が濃厚だ。
どれだけ逃げ切れるか、そして、どこで相手が限界を迎え、ジュスティアに到着する前に全滅できるか。
一種のチキンレースだ。

(=゚д゚)「……あれは」

537名無しさん:2023/07/02(日) 20:26:26 ID:EB0RZRkQ0
その時、トラギコの視界に入ったのは青空に向かって立ち上る巨大な黒煙。
雷を纏い、青空を異形の色に染め上げようとする暴力的な爆発。
海に近い陸で起きたその爆発は、あまりも巨大で、以前にティンカーベルで見た物とは比較にならなかった。
ティンカーベルで起きた爆発とは、何かが根本的に違う。

今トラギコの目に映っている爆発は、暴力的、そして無秩序なものだ。
以前のものはどこか調整された、控えめと言っていい爆発だった。
上空に向かって立ち上るその煙は瞬く間に空を黒に染め上げていき、徐々に明るさを失っていく。

(=゚д゚)「なぁ、俺たちは大丈夫ラギか?!」

ヘリコプターは繊細な乗り物だ。
風の影響を受ければ簡単に傾き、場合によっては墜落の危険性さえある。

(::0::0::)『大丈夫だ、あんたは絶対にジュスティアに送り届ける』

衝撃波を一度切り抜ければ、後はどうにでもなるということなのだろう。

(::0::0::)『しっかし、あんな爆発をお目にかかれるとはな』

光学照準器を覗き込み、トラギコは改めて敵の攻撃ヘリに狙いを付ける。
曳光弾のないトラギコにとって、自分の弾の軌道が分からないというのは極めてやりづらいものだ。

(=゚д゚)「曳光弾でもあればよかったラギ」

そう心の声を嘯きながらも、トラギコの目は自分の放った弾がどうなっているのか、先ほどの弾倉一つ分の射撃でつかめていた。
相手のドアガンナーがこちらを狙っているのを見るに、安定した距離を確保したということだろう。
ならば、急激な移動はないはず。
トラギコは息を深く吐き、狙いをやや上に調整して銃爪を引いた。

メインローターの一部で火花が上がった。
狙いは合っているということだ。
更にそこから狙いをずらし、ドアガンナーに狙いを付ける。
ジェットエンジンを搭載しているこちらのヘリに被弾すれば、空中で大きな花火が上がることになる。

体を固定するベルトに体重を預け、トラギコは更に体を外に乗り出し、風の吹きすさぶ中で射撃を行った。
最初の数発は外れたが、ドアガンナーに命中し、力なくうなだれるのが見えた。
弾倉を更に一つ使いきり、新たな弾倉に交換する。
次はローターに狙いを変え、三発ずつ発砲した。

ローターから火が吹きあがり、空中で機体が回転を始める。
高度が落ち、地上に落ちる前に空中で爆散した。

(=゚д゚)「1機落としたラギ!!」

続けて撃とうとした時、銃弾がヘリの横を掠め飛んで行った。
後続のヘリが攻撃を始めてきたのだ。

(=゚д゚)「やりやがったな!!」

538名無しさん:2023/07/02(日) 20:26:46 ID:EB0RZRkQ0
それでも、トラギコの狙いは怒りにぶれることは無かった。
一発ごとに調整を加え、放った銃弾が操縦席のガラスに穴を穿つ。
続けて放った銃弾はその上に着弾し、ローターが火を噴いた。
二機目を落としたが、安心はできない。

(=゚д゚)「もっと速度でないラギか?!」

トラギコが三つ目の弾倉を空にして叫んだのとほぼ同時に、操縦士は唖然とした声色で言った。

(::0::0::)『クラフト山脈が見えてき……
     ……おい、ランディ、あれが見えるか?』

(::0::0::)『マジか……
     あんなの、ありかよ……』

つられて、トラギコは視線を前に移す。

(=゚д゚)「あぁ?! あぁ……」

それを見た時、トラギコも言葉を失った。
まるで巨大なビルが荒野に立っている様に見えたが、それは間違いなく人の形をしていた。
巨大なキャタピラ。
巨大な砲塔。

目に映る全てが規格外の巨大さであり、まるで現実感が湧かない。
だがそれは紛れもなく、兵器だった。

(;=゚д゚)「あれが……ハート・ロッカーか」

近づくにつれ、その全容が明らかになってくる。
だが同時に、その姿の不自然さも明らかになった。

(::0::0::)『だが砲撃してないってことは、何かが起きてるってことだ。
     ……あれ、倒れてないか?』

転倒しづらいものほど、起き上がるのが困難な構造をしていることが多い。
あれだけの巨体が転倒し、起き上がるとなると相当な時間がかかるだろう。
腕が付いているのはそのリスクを軽減するためだろうが、巨体故に時間を失うのは必然だ。

(;=゚д゚)「あ、本当ラギ。
    さっきの爆発に関係してそうラギね」

(::0::0::)『何にしてもラッキーだ、ジュスティアが砲撃されずに済む』

機体が前傾姿勢になり、更に速度を出して進んで行く。
眼前に迫るクラフト山脈が徐々に視界を埋めていく。
しかし、機体は確実に高度を上げ、クラフト山脈を飛び越える態勢を整えていた。
距離が離れたこともあり、トラギコは後ろのヘリに銃撃を浴びせることを止めた。

(;=゚д゚)「さっむっ!!」

539名無しさん:2023/07/02(日) 20:27:08 ID:EB0RZRkQ0
一気に風が氷の様に冷たくなったことに、トラギコは思わず間の抜けた声を上げた。
先ほどまでとは比べ物にならない冷気は、彼の体から容赦なく力を奪っていく。

(::0::0::)『あぁ、悪い。 反対側の扉を閉じるのを忘れてた』

(;=゚д゚)「そ、そういう、レ、レベルじゃないラギ!!」

あまりの寒さに歯の付け根が合わない。
ライフルを構える手からも熱が一気に失われ、構えることが出来ない。
その代わり、追手との高度と距離が瞬く間に離れていく。
曳光弾が飛んでくることがないのがせめてもの救いだった。

(;=゚д゚)「こっちも閉じるラギ!!」

(::0::0::)『おう、早く中に入ってくれ!!』

高高度になればそれだけ空気が薄くなるため、ヘリはその飛行性能を落とすことになる。
それはどちらの機体も同じことが言えるが、こちらのヘリにはジェットエンジンが搭載されている。
このクラフト山脈を越えるため、そしてジュスティアへ最高速で向かうための装備だ。
扉を閉め、トラギコは叫んだ。

(;=゚д゚)「頼むラギ!!」

(::0::0::)『マスク忘れるなよ!!』

言われて息苦しさを思い出し、トラギコは天井から下がる酸素マスクを口に当てる。
既にクラフト山脈の白い壁が目の前を覆い尽くしており、機首がはるか頭上を向く。
ジェットエンジンが点火したことを、トラギコは音よりも先に強烈なGで理解した。
座席に体が押し付けられ、呼吸が止まる。

(;=゚д゚)「おおおお!!」

(::0::0::)『刑事さん、今クラフト山の頂上を越えるぞ!!
     なんだったらよく見ておきな!!』

機体が一瞬だけ水平を向き、その拍子に周囲の景色が目に入ってきた。
クラフト山脈の頂上よりも上からしか見られない、圧倒的な光景だった。
たなびく雲の群れ。
深い青色の海の彼方に見える大きな入道雲さえ、あまりにも小さい。

まるで、巨大なハードルを乗り越えたかのような、そんな浮遊感を覚える。
その直後の事だった。

(::0::0::)『あっ』

操縦士のつぶやきは一瞬。
その理由は、ほぼ同時に襲った衝撃が答えた。
見えない手によって機体が背後から殴られたかのような、でたらめな衝撃。
ベルトで座席に固定していたトラギコの体が天井に叩きつけられ、機首が真下を向く。

540名無しさん:2023/07/02(日) 20:28:12 ID:EB0RZRkQ0
(::0::0::)『……くっそ!!』

様々な警告音が一気に鳴り響く。
操縦士の二人は天井のパネルを操作し、手元のレバーを動かす。

(::0::0::)『刑事さん、大丈夫か!?』

(=゚д゚)「何とかな!!」

(::0::0::)『しっかり掴まっていてくれ!!
     エンジン再始動、ジェットエンジン再点火準備!!』

(::0::0::)『各数値問題なし、制御系も問題なし!!
     エンジン再始動、ジェットエンジン再点火準備ヨシ!!』

(;=゚д゚)「おいおいおいおい、大丈夫ラギか?!」

垂直にクラフト山脈沿いに落下していくヘリの中、トラギコの体は席に押し付けられ、声を出すので精一杯だった。
操縦士たちは冷静さを微塵も失わずに、冷静かつ大きな声で答えた。

(::0::0::)『あんたは絶対にジュスティアに連れて行く、安心しろ!!』

(::0::0::)『エンジン再始動、ローター回転数問題なし!!
     姿勢制御開始、後方確認を頼む!!』

(::0::0::)『姿勢制御をオートモードからマニュアルモードに切り替え!!
     雪崩よりも早く頼むぞ!!』

(;=゚д゚)「雪崩?!」

振り返ろうにも、落下による加速がトラギコを座席に縫い付けるように押さえつけ、身動きを許さない。
だが機体の横を通り過ぎていく雪の塊が、背後で起きている自然現象を物語っている。

(;=゚д゚)「爆発の影響ラギか……?」

空中のヘリを叩き落す勢いで発生した爆発は、ニューソクの爆発と考えていいだろう。
問題はその威力だ。
ニョルロック付近で遠くに見た爆発とは、明らかに威力が違う。
それはつまり、距離が関係しているはずだった。

最も高い可能性は、ハート・ロッカーが爆発したという可能性だ。

(::0::0::)『ジェットエンジン準備!!
     一気にジュスティアに向かうぞ!!
     どうせ機体がもたないんだ、限界まで届けてやるぞ!!』

(::0::0::)『予備タンクからの接続を開放!!
     刑事さん、少し我慢してくれよ!!』

541名無しさん:2023/07/02(日) 20:28:33 ID:EB0RZRkQ0
機体の向きが思いきり上向きになる。
機首が地面と平行になった瞬間、再びトラギコの背中が座席に押し付けられた。

(::0::0::)『ジェットエンジン点火!!』

その時に発生した加速は、筆舌に尽くしがたい物だった。
目玉が飛び出すのではと思うほどの急加速は、トラギコの肉体を遥か彼方に置き去りにしつつ、それでも前進させるような強引さがあった。
その加速度に思わず目を閉じてしまう。
クラフト山脈を越える時とは、明らかに速度が違う。

(::0::0::)『速度上昇。 機体制御補助装置をオートモードで起動。
    数値安定、高度確保。
    ……ふぅ、どうにかなったな』

(;=゚д゚)「な……にが……」

(::0::0::)『多分だが、ハート・ロッカーが爆発した。
     その熱と衝撃波でクラフト山脈の雪が溶けたんだ。
     で、雪崩が起きた。
     あの爆発の規模だ、山越えできないのに俺たちを追ってきたヘリは全滅だな』

機体側面の鏡に気づき、それを見る。
クラフト山脈の白い姿が遠ざかる中、その背後に立ち上る黒い煙がニューソクの生み出した爆発であることを示唆している。
空が灰色から黒に染まる中、三人を乗せたヘリはまっすぐにジュスティアを目指す。
ようやく体が加速に慣れてきたらしく、トラギコは深呼吸をする余裕が生まれた。

(::0::0::)『スリーピースについて訊いていいか』

(=゚д゚)「あぁ」

(::0::0::)『何か仕掛けがあるんだろ?
     空からの侵略にも対抗できる何かが』

(=゚д゚)「そうラギね。
    仕組みは知らないけど、とりあえず飛んでくるものなんかは撃墜されるラギ」

スリーピースはジュスティア防衛の要だ。
あらゆる侵略者から市民を守る為に建造されたその三重の防壁は、例えジュスティアの高官でさえも詳細を知らない。
街に入ろうとする人間を調べるための検問所はあるが、そこにいる人間も詳しいシステムなどは分かっていない。
だが、分かっていることは複数ある。

過去に侵入を試みた輩は後を絶たないが、その度にスリーピースに備わった防衛機構が分かるようになっている。
トラギコが知っている対空防御の手段は、彼の上司から聞かされた情報だけだが、真実味はあった。

(::0::0::)『射程距離とかは分からないか?』

(=゚д゚)「いいや、俺も又聞きだから詳細は分からないラギ」

(::0::0::)『刑事さんが中に入る手段とか手筈ってのは、特にないんだよな』

542名無しさん:2023/07/02(日) 20:30:01 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「ないラギね」

(::0::0::)『最高にヤな感じだ。
     賭けに出て死ぬのも嫌だが、どうしたもんか』

(=゚д゚)「だけど、大丈夫ラギよ」

そのことだけは、断言出来た。
この先の戦況がどうなるかは分からない。
敵が何を狙いにしているのか、その真意も分からない。
だが、それだけは言い切れる自信があった。

(=゚д゚)「こいつぁ、市長が用意した筋書きラギ。
    あんたらがイルトリア市長を信頼しているのと同じように、俺はフォックスを信頼しているラギ」

フォックス・ジャラン・スリウァヤがトラギコをジュスティアに呼び戻すということは、そのための準備は全て済んでいるということだ。
彼が保険としてトラギコを指名した以上、それは絶対だ。
彼の描く筋書きは全て規則正しく進行する。

(::0::0::)『分かった、ならその言葉を信じよう』

(=゚д゚)「割とあっさりラギね」

(::0::0::)『あんたは有名人だからな、俺達軍人の間でも知らない奴はいないよ。
     何だったら、あんたのファンもいるぐらいだ』

(=゚д゚)「そりゃどうもラギ」

(::0::0::)『俺も、その一人だ。
     あんたをジュスティアに連れて行くってのは、名誉な話だ。
     そのあんたが信じるっていうんなら、俺もそれを信じるよ』

(=゚д゚)「恩に着るラギ」

(::0::0::)『今の内に装備を整えておいてくれ。
     着陸に成功したとして、その時のジュスティアが安全とは言い切れないからな』

(=゚д゚)「あぁ、分かったラギ」

そして、彼らを乗せたヘリがスリーピースを視認できる距離に来た時。
海に浮かんでいた巨大な戦艦が、波しぶきを上げながらスリーピースに直進する姿が見えた。

(;=゚д゚)「突っ込む気ラギか?!」

(::0::0::)『潔いやつだな』

ジュスティアまで、もう間もなくとなったところで、ヘリが減速する。
急激なブレーキに体が前のめりになるが、どうにか耐える。

543名無しさん:2023/07/02(日) 20:30:23 ID:EB0RZRkQ0
(;=゚д゚)「こっちはいつでも行けるラギ!!
    ここから降下するから、あんたらは逃げて――」

(::0::0::)『駄目だ、連中の部隊が下に集まってるし、ジュスティアからしたら俺たちは不法侵入者だ。
     あんたが空中で撃ち殺されたら、この作戦が無意味になる。
     ヘリで中に降ろすから、それまでどうにか死なないでくれ』

(;=゚д゚)「……分かったラギ!!」

そしてヘリはスリーピースを越え、ジュスティア上空へと侵入に成功する。
高度を下げ始めた時、戦艦が座礁し、大爆発を起こした。
直前に誰かの声を聞いた気がしたが、爆風に揺られる機体の中でそれを詳しく考える余裕はなかった。

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Ammo for Rebalance!!編
                                            __―――
                                  __――― ̄ ̄
    ――――――――――――――[[>!!<―― ̄ ̄
                      __l___ll_ ___
                  _ィ‐ ´ ̄ ヽ ヽ⊂))_    ̄)``` ュ_
               ,ィフィヶ―, ヶ―‐、ニ>=====(__]>__ミー  _
             _∠∠..._〃::::::::| l l::ll::l  :|::::::l l:::::l | ±      ̄``―ニニ―--_
           γ´  γ ̄l  ̄ ̄ l ‐ ‐ { .l└ ┘'―' |  ii                
            ヽ、__ ヽ- ´   ィzzz   「l____|__    ______.....
               ̄ ̄ ̄`ィフ、 ̄``.ィZヽ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄        \
                   ヽ_ノ   ヽ.ノ
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September 25th PM00:17

迅速に降下を果たした一行は、周囲の状況を確認しながらヘリから降りた。
長時間の飛行で疲弊しながらも、トラギコはライフルで周囲の状況を確認するのを怠らない。
操縦士の二人も座席の下から取り出したH&K MP5Kを構え、安全を確認している。
街は酷いありさまだった。

幾度も撃ち込まれた砲弾で街並みの半分が崩壊し、ピースメーカーは瓦礫の山となっている。
ハンマーで殴りつけて壊した玩具の城の様な有様を見て、相手が質量弾でスリーピースの防御網を突破したのだと悟る。
普通の砲弾であれば防御装置によって迎撃される。
間違いなく、ジュスティア内部からの情報漏洩があったのだ。

(::0::0::)「まだ侵入はされていないみたいだな」

(=゚д゚)「だけどこりゃあ……酷い有様ラギ」

(::0::0::)「エライジャクレイグの到着までに市民を誘導するって言っても、この状況じゃぁな」

(=゚д゚)「何より、暗さが厄介ラギ。
    これじゃまるで嵐の前の天気ラギ」

544名無しさん:2023/07/02(日) 20:32:25 ID:EB0RZRkQ0
黒々とした空は、それまであった夏空をかき消している。
九月にしては肌寒い風が吹き、思わず身震いしてしまう。
スリーピースの外側から聞こえてくる銃声と爆発音は、並の戦闘ではないことを意味していた。
ジュスティア陸軍が街への入り口を文字通り死守していれば、民間人が脱出するための時間を稼ぐことが出来る。

人の気配が消えたジュスティアの街並みは、戦争で負けた街の姿そのものだった。

(=゚д゚)「あんたら、本当にいいのか?」

(::0::0::)「あぁ、いいに決まってるさ。
     言っただろ? 俺はあんたのファンなんだ」

(::0::0::)「俺はファンって程ではないが、まぁ、ここで戦うのは嫌じゃない。
     むしろ、楽しみでさえあるさ」

安全がある程度確認されたところで、二人がヘルメットを外す。

彡 l v lミ「俺はランディ・スズキ・ゴードン、スズキでいい」

( l v l)「俺はゲイリー・ムネオ・シュガートだ。
    ムネオって呼んでくれればいい」

(=゚д゚)「よろしく頼むラギ。
    とりあえずは、シェルターに向かうラギ」

彡 l v lミ「分かった。 ちょっと待っていてくれ、ヘリを無力化する」

そう言って、スズキがヘリに戻り、いくつかのケースを運び出してからスイッチを操作した。
離れるように指示が出され、ほとんど時間を置かずにヘリが爆発四散した。

彡 l v lミ「敵に利用されたら元も子もないからな。
       とりあえず、あんたにお願いしたいのが、この街の人間に俺達が味方だって伝えることだ」

(=゚д゚)「俺がいればどうにかなるラギ」

( l v l)「そりゃ頼もしい。 シェルターってことは、地下か」

(=゚д゚)「あぁ、行き方があるラギ」

彡 l v lミ「案内は入り口まででいい。
      俺達が入り口を守っておけば、後はあんたが市民を誘導するだけでいいだろ?」

(=゚д゚)「そこまでする義理、あるラギか?」

彡 l v lミ「ははっ、面白いことを言うな、刑事さんは。
       これは義理じゃない。
       俺たちは、これがしたいから軍隊に入ったんだ」

545名無しさん:2023/07/02(日) 20:35:51 ID:EB0RZRkQ0
( l v l)「そういうこった。
     ジュスティアの人間には理解がし辛いだろうが、発想は同じだ。
     だから俺たちが死んだとしても、あんたが何かを感じる必要はない。
     この作戦はジュスティア市民を避難させればいいんだ。

     俺たちの生死は作戦には加味されていない、そうだろう?」

(=゚д゚)「……そうラギね。
    なら、利用させてもらうラギよ」

片手にライフルを、もう片方の手にアタッシェケースを持ったトラギコの前後を囲むようにして、二人が位置につく。
シェルターに通じる経路は複数あるが、最終的にその道は一つに集まる様になっている。
その入り口があるのが、ピースメーカーの地下深くに作られた空間なのである。
既に住民の気配がしないことから、ある程度の避難が完了していることがうかがえる。

戦える者は武器を手に、街のどこかに散っていることだろう。
現在地から最寄りの避難経路を使おうとしたが、すでに封鎖されていたことに、トラギコは違和感を覚えた。
この封鎖という処置は、以降人的災害や自然災害がシェルターを襲わないようにするためのものであって、シェルター側から行うものだ。
街の人間が全員避難を終えているのならば正しい判断だが、果たしてそうだろうか。

(=゚д゚)「……何かあったラギね」

こうなると、恐らくは他の入り口も全て封鎖されていることだろう。
向かう手段はただ一つ。
ピースメーカーにある直通の避難経路を使い、地下に向かうことだ。
シェルターからどうやって列車に乗るのかはまだ分からないが、とにかく、フォックスが残した保険を信じるしかない。

瓦礫の山と化したピースメーカーに向かう途中で、ようやくトラギコたちはジュスティア人に遭遇することになった。

(,,゚,_ア゚)「あっ……!!
     トラギコさん!!」

その男は、群青に近い青の制服を着ていた。
それは、非常時に着用が義務付けられている警官の戦闘服だった。
防弾繊維で作られたその服は、衝撃を殺すことは出来ないがナイフや小口径の銃弾であれば防ぐことができるものだ。

(=゚д゚)「状況は?」

幸いなことに、相手はトラギコの事を知っている様だった。

(,,゚,_ア゚)「生き残った全員でシェルターへの直通路を確保しようとしておりまして、その間に生存者を探しているところです」

(=゚д゚)「お前たちが逃げ遅れることになるラギよ」

(,,゚,_ア゚)「それでも、です」

その目は決して絶望に濁ってはいなかった。
これがジュスティア人の強みだと、トラギコは内心で満足する。
少なくとも彼は警官として腐ってはいない。
腐っていない警官がいれば、まだ大丈夫だ。

546名無しさん:2023/07/02(日) 20:37:14 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「いい心がけラギね。
    警官はどれぐらい生き残れたラギ?」

(,,゚,_ア゚)「ほとんどが生き残れました。
     連中が攻めてくる直前に、市長からありったけの武器を持って街中に散る様に連絡がありました。
     おかげで、市民の誘導が十分に行えています」

人がいても武器がなければ戦いにならない。
相手の兵器と対等に戦うためには、それなりの装備が必要だ。
運び出した装備がどの程度の物か、それが重要だった。

(=゚д゚)「連中は棺桶を使っているラギ。
    こっちも用意しないと、ジリ貧になるラギ」

(,,゚,_ア゚)「軍の補完していた棺桶は陸、海軍共に軒並み駄目になりました。
     直前にタカラ・クロガネ・トミー元帥の指示で移動させたらしく、そこに砲撃が……」

(=゚д゚)「内部の裏切りラギね。
    で、ツーとジィは生きてるラギか?」

警察長官ツー・カレンスキーと副長官のジィ・ベルハウスの生存は、生き延びた警官たちにとっては重要な問題である。
指揮官の有無だけでなく、シェルターにいるジュスティア人にとっても希望になり得る。
市長が瓦礫の下にいる今は、それが重要だった。
よほど強い精神を持っていない限り、指揮官を失った組織は瞬く間に疲弊する。

(,,゚,_ア゚)「はい、現在は街の中で生存者を探しています。
     とにかく、誰もこの場に残さないようにとの命令を受けています」

だが、その二人が生きている限りは、警察が折れることはない。

(=゚д゚)「なるほどな。
    シェルターの警備は?」

(,,゚,_ア゚)「腕に覚えのある警官隊がついています。
     軍属は皆、スリーピースの外側で迎撃に向かいました。
     海軍がかなり押されていて、壊滅は時間の問題かと」

敵の巨大戦艦が沈んだとはいえ、物量は圧倒的なまでの差がある。
棺桶の性能が高ければ高いほど、海軍は不利になる。
むしろ彼らは、敗北を覚悟した上で市民が逃げるための時間を稼いでいるのかも知れなかった。

(=゚д゚)「分かったラギ。
    俺と一緒にいるこの二人は、イルトリアからの援軍ラギ」

(,,゚,_ア゚)「い、イルトリアから?!」

(=゚д゚)「不思議じゃないラギ。 俺たちは今んところ、同じ敵を相手にするラギ」

(,,゚,_ア゚)「と、トラギコさんがそうおっしゃるなら」

547名無しさん:2023/07/02(日) 20:39:24 ID:EB0RZRkQ0
その時、瓦礫の影で悲鳴に似た歓声があがった。

「し、市長?!」

「市長だ、市長がいたぞ!!」

(;=゚д゚)「……え」

歓声と共に、重々しい跫音が近づいてくる。

〔::‥:‥〕『概ね予定通りの時間だね』

それは、重装甲の棺桶の代名詞である、トゥエンティー・フォーだった。
通常と異なるのは、装甲の節々に突き出した複数のパイプ状のフレームだ。
棺桶を脱ぎ捨て、中から出てきたのは紛れもなく、ジュスティア市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤその人。

爪'ー`)y‐「ふぅ、生き埋めの後の一服は格別だな」

葉巻を口に咥え、フォックスはまるで風呂上がりの様に呑気な言葉を口にする。

(;=゚д゚)「あんた、良く生きていたラギね」

爪'ー`)y‐「あぁ、そりゃあそうだ。
      私は世界中の悪党から嫌われる街の市長だよ?
      執務室に備えをするのは当然だろう。
      他の部屋よりも頑丈だし、落下しても生き延びる可能性を作っておくぐらいのことはするさ」

(;=゚д゚)「そりゃあ、まぁ、そうラギね……」

堅牢さならばトゥエンティー・フォーは間違いなく棺桶の中でも五指に入る。
彼が使用していた機体は落下の衝撃を殺すためのダンパーが大量に備え付けられており、ビルの崩落に巻き込まれても体が押しつぶされないように考慮されていた。
緊急時に執務室で己を守るのであれば、それだけの備えをしておかなければならない。
だが、落下の衝撃を完全に殺せない。

棺桶だけでなく、執務室の設計その物に秘密があると考えられた。
瓦礫の山と化したスリーピースを前にそのようなことを考えても、全く意味はないのだが。

爪'ー`)y‐「残念だが、タカラは連中の細胞だったよ。
      軍も、そう長くはもたないだろう。
      何をどう細工していたのか、その全ては分からないからね。
      だが、円卓十二騎士もいる。

      市民を逃がすまでの時間は、絶対に確保できる。
      だから安心したまえよ」

(=゚д゚)「第一騎士が殺されたらしいが、それでも平気ラギか?」

第一騎士、“魔術師”の名で呼ばれるシラネーヨ・ステファノメーベルの死は、ジュスティアにとって大きな打撃だ。
言わば円卓十二騎士の中でも最強格の人間が殺されたのだ。
相手の実力を推し量るのに、これ以上ないぐらいの話である。

548名無しさん:2023/07/02(日) 20:39:47 ID:EB0RZRkQ0
爪'ー`)y‐「あぁ、平気だ。
      彼を含めて、レジェンドセブンが三人死んだとしても、だ」

(;=゚д゚)「んなっ?!」

爪'ー`)y‐「ハローも、ワカッテマスも死んだよ。
      幸いだったのは、二人とも爆死したことだな。
      これで死体を弄ばれる心配はない。
      それに、二人のおかげでもう砲撃の心配がなくなったのも幸いだ」

第二騎士、“影法師”のハロー・コールハーン。
第十一騎士、モスカウの統率者である“ロールシャッハ”こと、ワカッテマス・ロンウルフ。
いずれもトラギコにとっては知らない仲ではない。
どちらもモスカウとは縁の深い存在であり、彼らに世話になった人間は数知れず、解決された事件はその倍以上あるはずだ。

だが今は感傷に浸っている時間はない。

爪'ー`)y‐「何より、ワカッテマスは敵戦艦を安全に沈めてくれた。
      ニューソクに誘爆したら、今頃辺り一帯は消し飛んでいただろうさ。
      連中の空母、という種類の船は全てがニューソクで動いている。
      あれはこちらへの牽制だったらしいが、おかげでどうにかなった」

ハート・ロッカーと敵戦艦の砲撃がなくなれば、スリーピースが時間を稼いでくれる。
籠城戦が出来るならば、まだ市民を逃がすことは可能である。

爪'ー`)y‐「というわけで予定変更だ。
      君はギリギリまで戦ってくれ。
      何せ人員が少ないものでね」

(=゚д゚)「それはいいけどよ、市長。
    俺たちは何時まで踏ん張ればいいラギか?」

爪'ー`)y‐「最低でも午後四時きっかりまでは、持ちこたえなければならない。
      逆を言えば、その前にシェルターに侵入されれば終わりだ。
      連中の侵入を防ぐためにも避難用の入り口は一か所だけにしている。
      最悪はそこを守り切ればいいようにした」

(=゚д゚)「後3時間半とちょっと……
    それまで俺たちは持ちこたえられるラギか?」

物量戦に持ち込まれている以上、スリーピースの北と南にある二か所の出入り口が突破される可能性は十分にある。
街の中に侵入されることは避けられないだろう。
それからシェルターの入り口を見つけるまでにどれだけの時間がかかるのか分からないが、余裕はないはずだ。
最後の守りが必要になることは決定事項。

つまり、ジュスティアは今日で――

549名無しさん:2023/07/02(日) 20:41:44 ID:EB0RZRkQ0
爪'ー`)y‐「あぁ、絶対の自信がある。
      軍だけでなく、円卓十二騎士がいる。
      作戦が狂う要素がない。
      だがそれは、君がいてくれればの話だ」

(=゚д゚)「……分かったラギ。
    だけど、市民を全員移送できるラギか?」

エライジャクレイグの助力があるとしても、輸送できる人間には限りがある。
列車に乗ることのできる人数を考えれば、一度で送り出せるのは3000人程度だろう。
車輌の編成数にもよるが、1万人を送り出せれば御の字だ。
避難している人間の数は恐らく、10万人を下回ることは無い。

ならば、少なくとも10回は輸送作業を行う必要がある。
円滑に乗車、退避が出来るという前提で計算は出来ない。
そのため、一度の輸送でかかる時間を考えても、1時間は見積もっておかなければならない。

爪'ー`)y‐「詳細は省くが、大丈夫だ。
      私の保険が遅れることは絶対にない。
      何があろうとも、絶対に定刻通りに到着する。
      検問所が突破されるまでの間に警官の君たちは、とにかく取りこぼしのないように街中を見てほしい」

それでも、フォックスの自信は揺るがなかった。
街を守り切るのではなく、街から逃げ出すという選択を受け入れられないのか、近くにいた警官が恐る恐る口を開く。

(,,゚,_ア゚)「街は……街はどうなるのですか?」

爪'ー`)y‐「街が人を作るんじゃない。
      人が、街を作るんだ。
      この場所にあるジュスティアは捨てざるを得ない。
      君たちが市民と共に生き残れば、その場所がジュスティアになる。

      さぁ、頼んだよ」

そして、生き残った者たちによって生き残るための最後の作戦が始まったのであった。

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/////人ヽハ  ヽ二彡   ::::::`==彡'_, レ「ヽ__
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同日 午後02:44

550名無しさん:2023/07/02(日) 20:43:04 ID:EB0RZRkQ0
夕方から夜に切り替わる寸前の暗さの中で、ジュスティアでの戦闘は行われていた。
ピースメーカーの北部にある検問所前での戦闘は、最後の一人が倒れたことによって終わりを迎えた。

\(^o^)/「……く……そ」

最後の一人となった男の名前は、オワタ・ジョブズ。
そしてその男に拳銃で引導を渡した男の名前は、ジョルジュ・マグナーニだった。
  _
( ゚∀゚)「……」

ジュスティア陸軍の大将であるオワタは指揮官でありながら最後まで戦い、そして最後に死んだ。
軍人の姿勢としては合格だが、結果としては不合格だった。
戦争は結果が全てであり、過程は最後の清算時に手向ける花束みたいなものだ。
陸軍と合流し、ティンバーランドの陸軍との戦闘に参加し、善戦したが決め手となったのは所有している棺桶の質だった。

両者ともに多大な犠牲を出したが、それだけの価値があった。

o川*゚ー゚)o「躊躇がなかったね」

拍手と共に、ジョルジュの背後から姿を現したのはキュート・ウルヴァリン。
彼女の棺桶がなければ、結果は違っていたことだろう。
  _
( ゚∀゚)「同郷だろうが、今更躊躇するかよ」

彼女の棺桶で陸軍の主戦力を軒並み無力化し、最後に生き残ったオワタをジョルジュの拳銃で殺したのだ。
棺桶を防衛の要としていたのが災いし、北部の防衛を任されていた部隊はキュートの参戦をもって全滅したのであった。
呆気のない決着だが、もしも彼らが棺桶に頼らず、生身でいたならばここまでもたなかっただろう。
全てはキュートの持つ棺桶の性能と、彼女の特技がもたらした結果だ。

o川*゚ー゚)o「まぁいいさ。
       ……しっかし、やられたね」

確かに、陸軍を全滅させることには成功した。
だが、彼らが最後に見せた維持は、ティンバーランドにとってはあまり歓迎できるものではなかった。
その点では、完全な成功とは言えなかった。
彼らの視線の先にあるのは、街に通じる検問所の前に積み上がった車輌と棺桶、そして死体の山で作られたバリケードだ。

オワタはそのバリケードの前で両手を広げたまま仰向けに息絶え、無言で地面を見つめていた。
入り口を封じればそれだけで時間稼ぎになることを知っているからこそ、兵士たちは最後にこの形になる様に死ぬ瞬間を決めていたのだ。
戦車や車輌の隙間を埋めるように手をつないだ棺桶が並び、死体が積み重なる姿は、不気味なオブジェそのものだ。
ジュスティア人の持つ矜持こそが、世界で最も邪悪な存在なのかもしれない。

そうでなければ、このような造形のオブジェが世に生まれるはずがない。

o川*゚ー゚)o「動ける棺桶はどれぐらい残っている?」
  _
( ゚∀゚)「増援がまだ到着してないから、精々30ってところだ。
    生き延びた連中の数を考えれば十分すぎるぐらいだ。
    円卓十二騎士が来る前に、このバリケードを退けなきゃならねぇ。
    お前も手伝えよ」

551名無しさん:2023/07/02(日) 20:46:26 ID:EB0RZRkQ0
彼らは早い段階で見切りをつけていたのか、検問所の奥に戦車が停められ、砲身を動かし、互いに絡み合うようになっている。
まるで、負けることが決まっていたかの様な手際の良さだった。

o川*゚ー゚)o「断るね。 この先、絶対に私の棺桶の力が必要になる。
       少なくとも、ジュスティアへの侵入は私がいなければ成り立たない。
       そんなことぐらい分かっているだろう?
       さぁ、仕事をしなよ」

この作戦における自分の重要性を知っているだけに、キュートの発言力は絶大だ。
彼女がいなければ作戦の成功はなく、彼女がいなければこの先の作戦が進まない。
  _
( ゚∀゚)「……分かったよ」

不満げな態度を微塵も隠すことなくそう言い、ジョルジュは一歩前に踏み出した。
その時である。

<_プー゚)フ『好きにさせるか』

機械の作った声が、どこからともなくジョルジュの耳に届いた。
その声は紛れもなく、円卓十二騎士の一人、ダニー・エクストプラズマンのもの。
棺桶は身に着けていないが、その体には力と怒りが満ちているのが分かる。
ここに到着するまでに時間がかかったのは、恐らくだが移動手段が途中でダメになったか、襲われたかだろう。

彼ほどの実力者が襲われて時間を失うことは考えにくいため、棺桶のバッテリーが切れたことが原因に違いなかった。

o川*゚ー゚)o「おやおやおや!!
       そんな恰好でどうしたのかな」

嬉しそうにそう言ったキュートは、両手で部下に手を出さないように指示を出す。
まるで彼の存在が脅威ではないと言わんばかりの行動に、流石のジョルジュも呆れ顔を禁じ得なかった。
手負いとはいっても、円卓十二騎士内でも1、2を争う武術派だ。
女の筋力で勝てる相手ではない。

棺桶の力で円卓十二騎士に勝てても、生身で勝てる道理はない。
電子機器の無力化に特化した棺桶ならば、対人戦闘では意味をなさない。

<_プー゚)フ『お前は、俺が殺す』

o川*゚ー゚)o「やれるものなら、どうぞ。
       そう言って、第一騎士は無様に死んだけ――」

<_プー゚)フ『邪ッ!!』

電光石火の加速。
エクストの姿勢は地を這うように低く、迎撃が困難な状況を作り出している。
高速で接近して繰り出したのは足払いとは言い難い、膝関節を狙った強烈な回し蹴り。
関節を狙ったその一撃は、その後に続く連撃の合図。

流れるように繰り出されたその一撃は、まるで嘘の様にキュートの足が受け止めていた。
拮抗する力で的確な位置に、的確なタイミングで放たれた一撃はエクストの動きを完全に止めた。

552名無しさん:2023/07/02(日) 20:46:46 ID:EB0RZRkQ0
o川*゚-゚)o「……まぁ、流石は円卓十二騎士か。
       だがこの程度では、私は殺せないぞ」

直後にキュートの放った殺意は、ジョルジュでさえ戦慄を禁じ得ない物だった。
これまでに彼女の存在と実力はあまり気にしたことがなかったが、この攻防で分かったことがある。

o川*゚-゚)o「つまらないな」

腰からいつの間にか取り出した大口径の拳銃の銃腔は、すでにエクストの眉間に向けられていた。
撃鉄は起き、銃爪には指がかかっている。
距離、タイミング、共に回避は不可能。

o川*゚-゚)o「避けてみな」

<_プー゚)フ『なっ……!?』

奇襲などせずとも彼女の実力は――

o川*゚-゚)o「犬は犬らしく、地を這えばいいんだよ」

<_プд゚。゚ ・ ゚『ごっ、あ……?!』

――円卓十二騎士以上。

o川*゚-゚)o「……何をぼさっとしている?
       さっさと押し入るぞ」

淡々とそう言い放ったキュートの雰囲気に、ジョルジュは既視感を覚えた。
その正体は、すぐに分かった。
  _
(;゚∀゚)「……お前、デレシアと何か関係があるのか?」

その問いに、キュートは無言でジョルジュに冷たい視線を向けただけであった。

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             \ト   \、  . ..\⌒      ∠/  _、-   √
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                〕沁<゜ \_`⌒      ⌒´   〕:     √
                   〕 : .`                〕:    .√
                 〕  : .丶               〕:   √_、-
                     〕   : .\ `````丶      _.〕:    √:::::::
                   〕   . .:} ヽ `      ..< 〕:    √::::::::
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                 〕   . . √        , ´   〕:   .√:::::::_..
                      〕  . . √       ′   〕:   .√ ̄ //
                    } i. . .′         {    .〕:   √-‐//
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553名無しさん:2023/07/02(日) 20:48:45 ID:EB0RZRkQ0
同日 同時刻

スリーピース南側では、北側よりも大規模な戦闘が継続していた。
上空からの侵入が不可能と判断したラスト・エアベンダーの大部隊はオセアンからの部隊と合流したが、迎え撃つのはジュスティア陸軍の中でも精鋭部隊。
陸軍、そして海兵隊の大将が判断した防衛の要となる検問所は、南側だった。
オセアンが敵の手に落ちている以上、大規模な増援が可能となる。

対して北側にあるのはシャルラ地方。
数と質を考えれば、南側と比べては危険視する程の物ではなかったのだ。
北側の部隊が全滅したことを知らないまま、南側の兵士たちは地上と上空から襲ってくる敵兵に対して一歩も引かずに応戦している。
だがこの状況は、ティンバーランドの上層部にとっては予定通りの展開だった。

南側での戦闘は突破できれば御の字、戦力を削るのが目的で、もっと言えば時間稼ぎをすることが狙いだった。
更に、もう一つの狙いがあった。
それは、円卓十二騎士を戦場に引きずり出すことである。

( `ー´)「連中の指揮官、見えるか?」

( ノAヽ)「見えないノーネ」

( `ー´)「やっぱり、こいつらは捨て駒じゃネーノ?」

( ノAヽ)「そうだと思うノーネ、兄ちゃん」

バリケードで物理的にも封鎖された検問所を守る最後の要として、スリーピースの頂上部に二人の騎士がいた。
歴代唯一の双子、ネート・グッチとノーネ・グッチである。
第九、そして第十騎士である双子は対物ライフルを使い、遠方から攻撃を行いつつ、敵の指揮官を探し続けていた。
圧倒的な物量に隠された敵の指揮官を見つけ出せれば、戦況を変えられると思ったのだが、それは徒労に終わりそうだった。

数機紛れていた名持ちの棺桶を射殺したが、攻撃の勢いは変わらなかった。
敵味方の死体の数で言えば、間違いなく敵の死体の方が多い。
5度の増援に耐え、4度の挟撃に耐え、3度の自爆攻撃にも耐えた。
それでも、敵の勢いが萎えることはなかった。

まるで馬鹿の一つ覚えの様に攻撃を続け、死体の数を増やしていく。
この勢いが続けば最初に全滅するのはこちらだが、その展開は考えにくい。
いくら敵が無尽蔵の金を持っていたとしても、人員と兵器には限りがある。

( `ー´)「だけど、守るしかないんじゃネーノ」

( ノAヽ)「そうだね、兄ちゃん」

そう言って、二人は深く息を吐き、同時に同じ言葉を口にした。

( `ー´)
『これは語られざる者達の物語。 これは謳われぬ者達の物語。 これは、我らの物語』
( ノAヽ)

554名無しさん:2023/07/02(日) 20:50:31 ID:EB0RZRkQ0
その言葉は、一対のコンセプト・シリーズの棺桶を起動するためのコードだった。
“レター・フロム・アイランド”、そして“フラッグズ・オブ・ファーザーズ”。
完全な復元には成功していないが、コンセプト・シリーズの所以たる特化した機能は復元に成功している。
フラッグズ・オブ・ファーザーズは右腕に、そしてレター・フロム・アイランドは左腕に通信用の装置が収納された円盤状の端末が取り付けられている。

背中にはその稼働を支える大型のバッテリーがあり、装置がついていないもう片方の腕は筋力補助の機能だけが生きている。

( ノAヽ)「いくノーネ!!」

直後に鳴り響いたのは、曇天とは相反する澄み切った独特のソナー音。
レター・フロム・アイランドは左腕にのみ装着され、その特化した機能は索敵だ。
場所を問わずにその効果を発揮するアクティブソナーにより、電子妨害やステルス設計に影響を受けずに敵の位置を把握することが出来る。
有効範囲は半径1キロ。

敵味方識別信号に関係なく、ソナーが反応した兵器の全てがその位置を晒すことになる。
把握した情報を共有するのが、フラッグズ・オブ・ファーザーズの役割である。
だが、共有するための機構が復元できていないため、把握した情報を利用できるのはネーノだけ。
フラッグズ・オブ・ファーザーズの右腕にある受信機は、反応のあった存在の距離と方角を振動と微弱な電流によってネーノに伝える。

( ノAヽ)「変な奴、見つけたノーネ!!
      ……こいつ、バリケードの中にいるノーネ!!
      生身なノーネ!!」

( `ー´)「そいつが本命じゃネーノ!!」

本来であれば視覚情報となって共有されるのだが、不完全な復元が原因で性能の半分以下の力しか発揮できていない。
しかしそれでも、彼らにとっては十分だった。
不完全な棺桶を使っているからこそ、彼が得意とする単独の戦闘が可能になるのである。

( `ー´)「各位、防衛を優先しておけ!!
     侵入者は俺が殺る!!」

スリーピースから飛び降りたネーノの右手には対物ライフルが握られており、その弾は機関銃のそれと同じように弾薬箱から弾帯で供給される形をとっている。
極端に切り詰められた銃身からも推測できる通り、単純に威力だけを意識した銃であり、遠距離からの狙撃性能は全く考えていないことが良く分かる。
更には、銃身下部に取り付けられた銃剣が近接戦闘を想定した物であることからも、離れた場所で戦いを挑む気がないのだと分かる。
地面に激突する前にパラシュートを開き、落下速度を落とす。

着地と同時に検問所へと走り出し、ノーネが見つけた異常な存在へと接近する。
どのような手段を使ったかは分からないが、こちらの防御をいともたやすく掻い潜り、侵入を試みた胆力は賞賛に値する。
たった一人を侵入させる為にこれだけの攻撃を仕掛けてきた可能性も視野に入れ、ネーノは気を引き締め、バリケードの前に立つ。
積み上げた車輌を、まるで玉座か何かの様に使って座る女が、そこにいた。

从'ー'从「はぁい」

若い女だった。
防弾ベストを着ているが、その服装は極めて軽装。
銃を持つ代わりに背負ったコンテナが、その目的を如実に物語る。
女が浮かべた笑みに、ネーノの全身が総毛立った。

( `ー´)「……糞ッ!!」

555名無しさん:2023/07/02(日) 20:52:08 ID:EB0RZRkQ0
刹那に感じ取った相手の殺意、そして危険性は、森の中で猛毒を持つ蛇を見つけた時のそれに酷似していた。
放つ雰囲気が、女の積み重ねてきた死体の数の多さを物語っている。
腰だめに構えたライフルをフルオートで放ったのは、彼なりの慈悲でもあった。
痛みを感じる間もなく絶命し得る暴力の驟雨は、だがしかし、女の肉を穿つことはなかった。

背を向け、コンテナで銃弾から身を守りつつ、女は棺桶の起動コードを口にした。

        Victory   loves   preparation.
从'ー'从『勝利の女神は周到な準備にこそ微笑む』

その直後、ネーノの体が文字通り吹き飛んだ。
肉片と化した彼の体が周囲に飛び散り、生命の痕跡の一切を失った。
如何に訓練と実戦を積み重ねた円卓十二騎士であっても、不意打ち的に放たれた数千の対強化外骨格用のベアリング弾を前にしては、成す術はない。
一瞬で挽肉のように引き裂かれたのは、彼の肉体だけではなく、その体に装着していた棺桶も同様だった。

片割れの異変に気付き、弟であるノーネが降りてくる。
散らばった兄の肉片を見ても、彼は円卓十二騎士らしく、冷静に戦闘行動を開始した。

( ノAヽ)「だらぁっ!!」

射撃を得意とする兄とは逆に、弟は近接戦闘を得意とする。
その得物は身の丈ほどの長い高周波刀。
一撃必殺を常とし、一騎打ちであればその戦果は華々しい物である。
彼ら双子が円卓十二騎士として登録されたのも、お互いを補って余りある高い戦闘能力と連携力を買われての事。

だが、その弱点や癖を事前に知る者からすれば、脅威は半減する。
相手からすれば初見だが、ティンバーランド側からすれば何度も研究を重ねてきた対象の答え合わせをする気持ちなのだ。
潔く棺桶を放棄した女は、余裕を持ってそれを迎え撃つ。
その手には小型の棺桶が一つ。

胸の前に抱き、睦言のようにコードを入力する。

从'ー'从『この手では最愛を抱くことさえ叶わない』

両手を覆う、異形の爪。
放つ高周波振動の音を耳にした時には、すでにノーネは攻撃態勢に入っている。
逡巡なく踏み込み、穿つように刃を女の胴体に向けて放つ。
地面に落ちた小型コンテナを蹴り上げ、女はその一撃を防ぐ。

コンテナに弾かれた刃を素早く切り替え、ノーネの二撃目が女の右足を狙う。
生身ならば難なく切断できるその攻撃が形になる前に、ノーネの左肩を強烈な前蹴りが襲い、強制的に距離を取らされた。
着地と同時に次の攻撃に移行する。
この攻防の間、ノーネは呼吸を止めていた。

呼吸をすればその隙を狙われる、そう判断したのだ。
彼の判断は正しかった。
呼吸、瞬き、それらの生理的現象の間を縫うように女は攻撃を行えるだけの技量があり、実際にそれを狙っていた。

从'ー'从「あなたじゃないの、騎士さん。
     私が会いたいのは、あなたじゃないのよ」

556名無しさん:2023/07/02(日) 20:54:11 ID:EB0RZRkQ0
( ノAヽ)「ふっ……!!」

女の言葉を無視し、ノーネは再び深く地面を蹴り飛ばし、低空からの斬撃を敢行する。
そこで再び攻撃を邪魔したのは、小型のコンテナだった。
棺桶を収納するコンテナはその性質上、頑丈に作られている。
しかし高周波振動を用いた攻撃や、強力な銃弾を前にしては流石にその力を発揮することはできない。

先ほどの一撃は角度の関係で攻撃が反らされたが、今度の一撃は蹴り飛ばされたコンテナが刃先に当たり、軌道が狂わされたのだ。
鼻先を掠め飛んで行った一撃を冷たい目で見送り、女の繊手が深々とノーネの心臓を貫いた。

从'ー'从「さようなら」

( ノAヽ)「……ご」

――この間、実に10秒。

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                        {:;;;;三圭圭圭圭圭圭i////////\;ミ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;i
                       ノ,,;;圭圭圭圭圭圭圭圭i//////////\ミ;;;;;;/`゙゙_7´
                      j;;圭圭圭圭圭圭圭圭,>\//////////,\ヽ  /´
                     /;;;#圭圭圭圭圭圭圭ノ  ,;: \//////////,i  ̄
                    ノ;,;圭圭圭圭圭圭圭/##;; ;,;;;;  \,////////ヽ
                    );;三圭圭圭圭圭>#### ;#; ;;;;;;   , \,///////i
                    {,;;;;三圭圭圭/ ̄# ;## ;;###    ;;,   )///////;)
                   /;#圭圭圭>/\  ヾ メ#;; ;    > 、//////;;{
                   ヾ圭圭///////\     Y'';  /圭圭i/////#}
                    ~{;;///////////\   ;;; }圭圭圭;;i////i;;;/
                    ///////////////.\   i´圭圭圭;;;,i///,/´
                  ////////>ー////////`i-イ圭圭圭圭;i///i
                ー´/////,>   ////////,/圭圭圭圭圭三;i///i
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同日 PM03:25

ティンバーランドの部隊がスリーピースの北部検問所を突破したのは、午後3時半頃のことだった。
高周波振動発生装置を備えた破城鎚を用いて最後の隔壁を破壊し、数百の部隊がジュスティアへと侵入した。
その陸上部隊を最初に出迎えたのはジュスティアの街並みではなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『……何だ、こいつら』

百人程度の人間が、まるで待ち構えていたかのようにこちらを見据えている。
装備はバラバラだったが、出迎えた人間の服や装備には一様に同じ文字が書かれている。

POLICE
警  察、と。

文字通り本当に警察なら、よほど頭のおかしい連中の集まりに違いないと、誰もが思った。

(*゚∀゚)「来たな」

557名無しさん:2023/07/02(日) 20:56:30 ID:EB0RZRkQ0
その集団の最前列、そして真ん中で腕を組んでいるのは鋭い眼光の女だった。
歳を感じさせる顔だが、その正体に気づいた誰かがその名を口にする。

〔欒゚[::|::]゚〕『……ツー・カレンスキーだ!!
      “串刺し判事”の!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『だぁっはははっ!! ってことはこいつらただの警官の集まりかよ!!
      “お巡りさん”が、俺たちを止める気なのか!!
      逃げておいた方が良かったのにな!!』

背後から嘲笑が起こる。
圧倒的な戦力差がある以上、侵略者の優位性は揺るがない。
棺桶は30機ほどしか生き残っていないが、生身の部隊がまだ生き延びている上に、援軍がもう間もなく到着する予定なのだ。
使用する武装の潤沢さは、間違いなく相手に勝っている。

後は蹂躙するだけであり、今は美食を前に舌なめずりをしているようなものだ。
だが今度は、ツーとその後ろに控える警官隊が嘲笑した。
構えた盾の下部を地面に叩きつけ、拍手の代わりとする。

(*゚∀゚)「はははっ!! 逃げる?
    我々は警官だ。
    軍人と違って我々には撤退などという言葉はない。
    守る街を、人を背にして逃げないからこそ、我々は“お巡りさん”なのだよ。

    犯罪者には分からんだろうなぁ!!
    弱い者いじめが大好きな弱者には、特に!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『強がりを言うなよ、ババア。
      お前らは俺たちに命乞いをする立場なんだ。
      今ここで殺さないのは、俺たちが――』

だがその言葉を遮り、ツーが咆哮した。
歓喜と狂気、そして怒気にまみれたその咆哮は獣のそれと聞き違えるほどの迫力だった。

(*゚∀゚)「敵対意思確認!! 逮捕はなしだ!!
    叩き潰してやれ!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『っ……ぶっ殺してやれ!!』

その瞬間、空気が震えた。
双方から起きた雄叫びと銃声が鳴り響き、戦闘が始まった。

――その数分後、南部の検問所が突破された。

円卓十二騎士の庇護を失った検問所を最初に突破したのは、装甲車に乗った部隊だった。
ジュスティアに恨みのある人間で構成された部隊は、スリーピース前での戦闘では後方に控え、援護射撃を行っていた。
その部隊が担う役目は、検問所を突破した先で待ち受ける市街戦での道づくりだった。
一般市民が避難しているシェルターへの道のりもそうだが、地図に載っていないような古い地下通路も徹底して確保することが任務だ。

558名無しさん:2023/07/02(日) 20:57:42 ID:Bnrzt0RI0
きたな!

559名無しさん:2023/07/02(日) 20:57:54 ID:EB0RZRkQ0
だがその任務は、すでにその大部分が終わっていた。
街に密かに持ち込ませた薬物により、決して表には出てこない通路や死角の情報が大量に手に入ったのだ。
そうして作られた地図を元に、更に薬をばらまき、その整合性と実用性を確認した。
口伝で手に入れた情報ではなく、実際の情報として得たジュスティアの地図は侵略者にとっては値千金の物である。

〔欒゚[::|::]゚〕『あ?!』

侵入してすぐに、その部隊はその場に止まることになった。
先頭を行く装甲車が急ブレーキを踏み、それに続いて続々と停車する。
行き場を失った車両が検問所の中で渋滞を起こしてしまう。
停車した理由は、警察の格好をした人間の構える数多の銃腔と殺意、そして地面に敷かれた大量のスパイクベルトだった。

出迎えたのは、多めに見積もっても数百人程度の警察官たち。
戦力差は優に十倍はある。
その最前列に、予想外の人間がいた。

爪'ー`)y‐「ようこそ、ジュスティアへ。
      と、言いたいところだが君たちは歓迎していないんだ。
      お帰り頂こうか」

ジュスティア市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤが葉巻を口に咥えたまま、不敵な笑みを浮かべて指を鳴らした。
直後、銃声が一斉に彼女たちを迎え入れた。
重装甲の装甲車の表面を銃弾が殴りつけ、強化ガラスにひびが入り、細かな破片が運転手を襲う。
中には貫通した銃弾もあり、棺桶を装着できない運転手がその銃弾によって負傷し、悲鳴を上げる。

(::0::0::)「がやあああ!!」

(●ム●)「目が、目がっ……!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『後部席の者が誘導して前進しろ!!』

そう言うよりも早く、装甲車のフロントガラスが黒に染まった。
強盗や誘拐犯が好んで使う速乾性の熱遮断ペイント弾だ。
警察が使うなど、聞いたことがない。
間髪入れずに窓ガラスの隙間から黄色い煙が入り込んでくる。

(●ム●)「げっ……ほああががっ……!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『ガスだ!!
       くそっ!! 全員降車しろ!!』

ただの催涙ガスではない。
これもまた、強盗が好んで使う神経毒の類だった。
四肢の自由を奪うことに特化しつつ、意識を混濁させる類の毒だ。
ジュスティア軍でも使用禁止兵器として登録されているが、それを警察が使った例は一度もない。

降車した棺桶を装着した部隊が、煙の中から一斉に飛び出す。

〔欒゚[::|::]゚〕『お前は……!!』

560名無しさん:2023/07/02(日) 20:58:16 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「よぅ、“お巡りさん”は嫌いラギか?」

迎え入れたのは、トラギコ・マウンテンライト率いる武装した警官隊。

〔欒゚[::|::]゚〕『ああっ……!! 糞ッ!!』

盾の壁の隙間から覗き見えた銃腔は、あまりにも大きく、凶悪な殺意を纏っていた。
だが、それよりも強い殺意を纏う人間が、ただ一人だけをめがけて駆け出していたことに、誰も気づいていなかった。
唯一、“虎”と呼ばれる刑事を除いて――

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Ammo for Rebalance!!編
##/ィ|::::〃.:/     /.::/ニニ/.:://'.::::::/// イ::〃/_/_/.://.:::::/. : :}:::/
#.'  |::::::/^ー― --,'∠..___  }:://.:::/ /'/ !::/  ,..ィ,/.://.:;ィチ}: : :,':/∧ ̄ヽ
#   |:::/ft====={'ェェェェミ、ヽ.}〃/  / ,ィェ|/ -t''´’ノ.::〃.;</ /ヽ:/'´.: :∧ : ∧=- .
'/|  {/  ゙ミヽ    廴_i!ノ,ィ ` }::/   ,ハ ^ミtl'    ̄/.::; イ / /ヽ.∧: : : : ∧ : ∧: :
 |  '   ヾtニニ====彡'   ,'/     |::{    `ー=ニ// ,'/ /三ニ}: l : : : : ∧:. :∧: : :
 |                      |::{         ´  ,'´,厶ニニニ}: l: : : : : :|ハ : ∧: : :
 {                           |:ム          /イ三三ニニ}: l: : : : :.:|: :!⌒ }
第十五章 【 Tiger in my love -愛に潜む虎-】
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同日 PM03:32

彼にとって、敗北と勝利の両方を得るための作戦は初めてだった。
トラギコ・マウンテンライトにとって、この日の作戦は人生で最も忌まわしく、そして、最も警官らしい仕事となるのは間違いない。
そして、煙の間からまるで弾丸のように疾駆してくる影に気づいた時、何もかもが頭から消え去った。

从'ー'从「刑事さん!!」

迫ってくる女の姿が目の前に現れた時、トラギコは傍らに置いていたコンテナを手に取っていた。
否、正確に語るならば、彼女の姿を目にするよりも先に手に取り、構えていたのだ。
それは確信だった。
まるで恋人が近づいていることが分かるような、そんな直感によるものだ。

(=゚д゚)やっぱり来たラギね!!」

振るわれた五指の一線をコンテナでいなし、勢いをそのままに起動コードを口にする。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

コンテナが展開し、トラギコの両腕に籠手を装着させ、大振りの山刀じみた刀を手に取る。
空中で刀を構え、ワタナベ・ビルケンシュトックが振るう二撃目を迎え撃った。

从'ー'从「会いたかったぁ!!」

(=゚д゚)「俺は嫌だったラギ!!」

561名無しさん:2023/07/02(日) 20:58:36 ID:EB0RZRkQ0
押し切られるようにして、トラギコはたたらを踏む。
背後に控えていた警官隊は、すでに盾を構えて別の敵を迎え撃っている。
今は誰もが自分のことを自分でやらなければならない状況だった。
生き残ったジュスティア警察に課せられた使命は、最低でも残った28分を防ぎ切ること。

北部と南部、両方からの侵入を防ぎつつ、避難シェルターに通じる唯一の通路を防いだ状態での防衛戦。
負ける前提での戦い。
つまり時間稼ぎでしかない。
一切の余裕がない中での作戦だが、負けるだけのつもりでいる人間は一人もいなかった。

左右からの連撃を回避し、トラギコはワタナベを引き付けて市街地へと移動することにした。
彼女の戦闘能力の高さは決して油断できるものではない。
ここはトラギコが引き受け、遠ざけるのが正解だ。

(=゚д゚)「内側からやらないってのは、過信ラギか!!」

ワタナベは以前、ジュスティア内部への侵入を成功させていた。
つまりはわざわざ外側から攻め込む必要がないのにも関わらず、こうして大規模な攻撃に参加しているということになる。
その意図が分からないため、どうにか情報を引き出し、敵の次の手を読む必要があった。
単純に力だけでジュスティアを攻め落とすのであれば、話は別なのだが。

万が一、別動隊がシェルターに向かっているとしたら致命的な展開なのだ。

从'ー'从「ううん、そんなことする必要がないからぁ!!」

音からも分かる通り、相手は両手が高周波振動の兵器であり、その一振りが致命傷になり得るのは明確である。
しかし、彼女の両腕の可動域以上の攻撃は不可能であることさえ分かれば、焦る必要はない。
とにかく、ワタナベという存在を警官隊から遠ざけることに意味があった。

从'ー'从「人気のない路地に誘い込んで、何をするつもりかしらぁ!!」

(=゚д゚)「ぶっ殺すためラギ!!」

从'ー'从「やだ怖い!!」

おどけるようにそう言いつつも、ワタナベの攻撃の手が緩まることはない。
全ての攻撃が急所を狙い、確実にトラギコの命を狙っているのが分かる。
殺すつもりで攻撃を仕掛け、殺される覚悟で攻撃を受けている。
トラギコも同様に殺すつもりでワタナベと刃を交えつつ、徐々に誘導していく。

ワタナベはトラギコの意図を知りながら、それに乗って理想的な動きで最前線から離れていく。
まるで、即興の踊りだった。

(;=゚д゚)「……くっそ」

実際問題、トラギコは押されなければならなかった。
ワタナベの攻撃を受けつつ、目的の場所に誘導するにはどうしても受け身にならざるを得なかったのだ。
年齢的、そして体力的な差から、長期戦がトラギコにとっては不利に働く。

从'ー'从「ねぇ、お話ししましょう!!」

562名無しさん:2023/07/02(日) 21:00:36 ID:EB0RZRkQ0
(;=゚д゚)「なら、攻撃してくるな!!」

从'ー'从「やだぁ!!」

以前に会った時よりも確実に自制が効かなくなっているのは、何かに興奮しているからだろう。
興奮の原因は分からないが、刃が触れ合って生まれた火花が照らす笑顔と高揚した頬はまるで恋した乙女のそれ。
殺しを嬉々として行う女の恋心など、不気味としか言いようがない。
だがワタナベという女は、人を殺して性的な快感を得る狂人。

そもそも、何かの尺度で測ろうということ自体が間違いなのだ。

从'ー'从「ねぇねぇ!!」

(;=゚д゚)「このっ!!」

実際問題、一切の余裕のない状況で、ワタナベの攻撃を防ぐだけでそれ以上を得ることは難しかった。
顔が触れるほどの至近距離に近づいたかと思うと、飛び退いて攻撃を回避しなければならなかった。
何かの問答に付き合うのは、極めて神経をすり減らす作業でもあった。

从'ー'从「やっと、他の人を気にしないで一緒になれるねぇ!!」

(;=゚д゚)「あぁっ!? 嬉しくねぇラギ!!」

次第に、トラギコは相手が意図的に攻撃のタイミングをずらし、長引くように仕向けていることに気づいてきた。
受け流した傍から放たれる一撃は、こちらが確実に受けられるように調整されている。

从'ー'从「ずーっと!! ずーっとお話したかったのぉ!!
     今日までずっと我慢してきたけど、もう我慢できない!!
     我慢なんてしなくていい!!
     刑事さん!! お話ししましょう!!」

(;=゚д゚)「これまでの犯罪行為を話したいんなら、留置所で勝手にすればいいラギ!!」

从'ー'从「ううん、違う!!
     もっと楽しいお話をしたいのぉ!!
     ねぇ、好きな食べ物はぁ? 好きな音楽はぁ? 好きなタイプはぁ?
     刑事さんのこと、もっともっと知りたい!!」

(;=゚д゚)「何だぁ、手前……!!
    薬でもやったラギか?!」

テンションが明らかに異常だ。
精神を高揚させる類の薬を摂取しているとしたら、かなり厄介だ。
ただでさえ厄介な性格をしている彼女のネジが外れれば、行動の予想などまるで出来ない。
今のところはこちらの意図した通りに前線から離れているが、いつ正気に戻るか分からない。

最悪なのは、この状態でシェルターに侵入されることだ。
その展開だけは絶対に避けなければならない。
ニクラメンで起きた大量虐殺を思えば、ワタナベを生かして民間人の傍に連れて行くことは終わりを意味する。

563名無しさん:2023/07/02(日) 21:01:49 ID:EB0RZRkQ0
从'ー'从「薬? ううん、そんなものじゃないわぁ!!
     恋よ!!」

(;=゚д゚)「恋?!」

間違いなく、ワタナベは向精神薬を使っている。
興奮し、神経の伝達速度を上げるような薬物を使われているのであれば、勝てる見込みがない。

从'ー'从「好きな人の事を知りたいって思うのは、恋よ!!
     だから、ねぇ教えて!!
     何が好きで、何が嫌いで!!
     どんな人生を歩んできたのか!!」

連撃の勢いは以降に衰えない。
それどころか、勢いが増すばかりだ。
受け流すどころではなく、攻撃を受けるだけで精いっぱい。

(=゚д゚)「うるっせぇ!!
    俺はお前と違って若くねぇんだ、話しながら戦うなんてのは、向いてないラギ!!
    歳を考えろ!! 歳をよぉ!!」

从'ー'从「あっはぁ!! 可愛い!!
     そんなところも、昔から好きぃ!!」

(;=゚д゚)「……昔?」

その言葉に、トラギコの反応が僅かに鈍る。
狂人の言葉など、耳を貸すべきではない。
しかしそれでも、ワタナベの言葉に反応してしまったのは、彼女が時々見せる理性的な一面を知っているからだ。
毛ほどの油断を見逃さず、ワタナベの繊手は防御が困難な刺突を選択する。

防御か、回避か。
コンマ数秒以下の世界で彼が下した判断は、技術によるカウンターだった。
警察学校時代に学んだ護身術の一つを生かし、突き出された左腕の外側に体をねじ込み、足を首の後ろに素早く絡ませ、足の力と勢いを使って引きずり倒す。

(=゚д゚)「おぅらぁ!!」

从'ー'从「!?」

防御困難なカウンターに、ワタナベの顔がコンクリートの地面にほぼ垂直に吸い込まれる。
顔への一撃が見込まれたが、ワタナベは空いた右手を地面に突き立て、トラギコの攻撃を受け止めた。
右腕一本で自重とトラギコの体重を支えたかと思うと、次の瞬間、二人の体が回転した。
見えていた地面が天井になったかと思うと、背中に衝撃が走る。

(;=゚д゚)「ごっ……はっ……!!」

肺の空気が強引に押し出される感覚。
そしてそれまで、腕と足に感じていたはずのワタナベの感触が失われる。
いち早く態勢を整え、倒れた状態のトラギコの傍で屈んで見下ろしていた。
その気になればトラギコの命を奪えるだけの時間的な猶予があったにも関わらず、そうしなかった。

564名無しさん:2023/07/02(日) 21:05:08 ID:EB0RZRkQ0
从'ー'从「二人でピロートークをするのはまた後っ!!
     今は話しながら踊ろうよぉ!!」

手を取られ、強引に引き起こされる。
わざわざ高周波振動を切っての行動に、ますますトラギコの混乱に拍車がかかる。
そして再びの攻撃。
反射的に防ぐほか、トラギコには選択肢はなかった。

(;=゚д゚)「本当に、手前は何なんラギ?!」

从'ー'从「何って、刑事さんの大ファンに決まってるじゃない!!
     初めて会った時からずーっと!!」

(;=゚д゚)「ニクラメンでの出会いで、そこまで好かれる理由は――」

从'ー'从「何、言ってるの?」

突如として、ワタナベの声が冷気を孕む。

从'ー'从「十五年前のCAL21号事件。
     十二月十六日に、法廷で叫んでくれたでしょう?
     どれだけの未来が奪われたと思ってるんだ、って。
     あの場で私達の味方は、刑事さんだけだった」

(;=゚д゚)「私……達……?
    な、何を……」

从'ー'从「お花屋さんのサンディとカレン、二人とも元気だったでしょう?」

(;=゚д゚)「馬鹿な……手前……まさか……?!」

背筋に冷たい物が走る。
ワタナベが口にしたのは、CAL21号事件の被害者だった少女二人の名前だ。
事件後に二人はジュスティアの施設で引き取られ、新たなファミリーネームを得てそれぞれの人生を歩んだ。
ジュスティアで二人が花屋を営んでいることを知るのは、当時の事件関係者だけ。

そして、CAL21号事件で生き延びた子供は3人だけ。
2人はジュスティアの施設に入ったが、もう1人は名も知らぬ誰かに引き取られたはずだ。

从'ー'从「助けた奴の事なんでいちいち覚えていない、ってよく言ってるよねぇ。
     私達はね、イトーイに助けてもらったんだよ。
     あの子、刑事さんに会ってから警察官になりたがってたんだ。
     どう? これでも思い当たることはない?」

CAL21号事件を解決に導いた一人の少年の名前が挙げられた瞬間。
トラギコは、認めざるを得なかった。
あの少年の存在を知っている人間がいたとしても、名前を知る者はほとんどいない。
更に、トラギコと少年との邂逅を知るのは、施設にいた人間でもごく少数。

565名無しさん:2023/07/02(日) 21:05:28 ID:EB0RZRkQ0
殺し合いの最中に、トラギコは動きを止めた。
それがどれほどの愚行か、彼は良く分かっている。
分かっているが、動きを止めざるを得なかった。
彼の中にある、ただ唯一の心の傷が撫でられたのだ。

(;=゚д゚)「あの時にいた……ガキの一人ラギか?」

ワタナベが満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が、トラギコの心臓を掴んだ。

从'ー'从「お久しぶり、役立たずの愛しい刑事さん」

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ワタナベ・ビルケンシュトックが救われた日は、人生の中でわずか2日だけだった。
ブルーハーツ児童養護施設を襲った性犯罪者によって心と体を壊されたが、命を奪われる前にイトーイがその寸前で救ってくれた日。
所謂、“CAL21号事件”である。
そしてもう1日も、その事件に関係のある裁判で判決が下された日だった。

566名無しさん:2023/07/02(日) 21:05:50 ID:EB0RZRkQ0
裁判が始まる前に施設の人間が買収され、被告人に対して然るべき罰が下されないことが決定したことは、その日になって知ったことだった。
あれだけの人間を殺し、その人間の尊厳を奪ったにもかかわらず、告げられた判決は懲役3年。
あの時の静寂と形容しがたい苦痛は、今でも鮮明に思い出せる。
だが、味方のいない裁判所でたった一人だけ声を荒げ、彼女たちの味方をしてくれた人間がいた。

判決は覆らなかったが、その姿に彼女は僅かだが救いを感じた。
しかしそれでも、彼女の心は極めて脆い状態だった。
一夜にしてあらゆるものを奪われ、信じていた施設の人間にも裏切られたという精神的なショックを克服するにはあまりにも幼すぎたのだ。
抗っていたトラギコの姿は脳裏に焼き付いたが、彼女の心が癒える間もなく、環境は瞬く間に変化していった。

裁判の後、ワタナベはすぐにある男に引き取られたが、その夜に犯された。
それが、彼女の心に致命的な傷を負わせた。
屈辱と苦痛に耐える日々の中で、心はそれに順応するために変化をした。
初めての殺人を経て、トラギコへの感謝の気持ちが黒い感情に染まった瞬間は、決して忘れることはない。

彼がもっと早く、あるいは、もう少しだけ救った人間に興味を持っていれば、ワタナベはこのような苦痛を味わわずに済んだかもしれない。
生き延び、味わった苦痛が彼女の生きる糧となった。
同時に、人を殺すことの才能に開花した彼女はそれから殺しを生き甲斐とすることにした。
いつかどこかで、トラギコに会う日が来たら、彼を殺すために。

殺しを続けていく中で、キュート・ウルヴァリンと出会い、性犯罪者を一人残らずこの世から消すために、ティンバーランドへの参加を決めた。
参加の条件にワタナベが提示したのは、彼女の邪魔をしない、そしてトラギコに関する情報を逐一報告するという2点だった。
組織内で力のあるキュートはその要望を受け入れ、殺しが主となる任務に彼女を派遣することを約束した。
そして事前情報の通り、ニクラメンで彼と再会し、罵倒の言葉を浴びせてから殺し合いを始めた。

本気で殺すために攻撃をしたが、彼はそれを防ぎきった。
途中で邪魔もあったが、標的を殺し損ねたのはそれが初めての事だった。
殺しの大将を前にして彼女の下腹部が熱くなるのを感じたのもまた、初めての事だった。
憎しみに似た何かが恋心であることに気づき、その時からワタナベはその気持ちを今日まで押し隠すことに決めたのだ。

トラギコなら、ワタナベのことを受け入れてくれる。
あの日、彼女に救いを与えてくれた正義の味方であれば、きっと。
きっと、彼女を――

从'ー'从「さぁ、続きをしましょう!!
     刑事さん、お話をしましょうよ!!」

トラギコは苦虫を潰したような表情を浮かべ、手にした武器を構え直す。
高周波振動を発するその武器は、ワタナベのシザーハンズに対抗できる唯一の武器。
定石はそれを奪うことだが、それでは意味がない。
出来る限り会話を重ね、その末に殺そうとすることに意味があるのだ。

彼の事を知り、理解した状態でなければ意味がない。

(=゚д゚)「絶対にお断りラギ。
    ……だけど、少しだけ話をしてやるラギ!!」

567名無しさん:2023/07/02(日) 21:06:11 ID:EB0RZRkQ0
こちらの正体を知ってもなお、トラギコは同情するような表情は浮かべなかった。
嫌悪感に近い何か、もしくは鋼の様な心がその正体だろう。
彼は犯罪者に対して、絶対に同情はしない。
これまでに歩んできた彼の歴史が、これまでに見聞してきた多くの犯罪が、今の彼を作っているのだ。

内藤財団が取集したトラギコに関する情報に全て目を通したワタナベは、彼の心の機微まで分かる程にそれに精通していた。
分からないのは、ただ一つ。
正義の味方として、彼は何を感じ、何を思い、何を考えて今に至るのか。
それだけが知りたいのだ。

腐った世界の中でも正義を信じつつも、ジュスティアの方針とは異なった生き方をしている理由。
ジュスティア警察でただ一人の、本物の正義の味方として生き続ける矜持。
CAL21号事件において、ただ一人、世界を敵に回しても構わないと思って行動した人間。
彼こそが正義の味方なのだと、ワタナベが確信に至る情報が得たいのだ。

(=゚д゚)「手前は、俺が止めてやるラギ」

そう言った瞬間、トラギコが一気に前に向けて駆け出した。
速度ではワタナベに劣るが、振るう一撃の重さは確かなものだ。
受け流しが難しい左下方からの切り上げをバックステップで回避し、反動を利用して即座に一歩前に踏み込む。
距離を取らなければ相手に攻撃を許すことになる。

しかし逆に、距離を詰めれば彼女の両手の武器が真価を発揮する。
互いの吐息が聞こえるほどの近距離へと入り込むことによってトラギコの右腕を使用不可能にし、ワタナベは両手をトラギコの背中に回す。
鉤爪が背中に触れた刹那、ワタナベの腹部に触れるものがあった。
直後に貫くような衝撃。

从;'-'从「けっ……はぁっ……!?」

間に合わなかったが、それでも、ワタナベは上半身を弛緩させて攻撃の威力を軽減させることには成功していた。
人間の膂力の攻撃ではない。
いつの間にか、トラギコの拳がそこに構えられているのを見て、ワタナベは苦しみの中で歓喜した。
彼は切り上げを放つことで、こちらが意図した通りに動くように仕向けたのだ。

ジュスティア警察仕込みの直突き。
距離が稼げなくとも上半身の可動だけで繰り出す一撃は、護身における隠し玉だ。

(=゚д゚)「手前があの時の生き残りだとしても、俺は手前を殺すだけの理由があるラギ。
    これまでに殺してきた人間が、手前を許さねぇラギ!!」

そう。
それでいい。
憎しみや怒りは置き去りにして、ただ互いを求め合う。
心の求めるまま、刃を交えればいい。

ワタナベの放つ攻撃を、トラギコは巧みに刀を使って防いでいく。

568名無しさん:2023/07/02(日) 21:06:39 ID:EB0RZRkQ0
从'ー'从「ふふっ……!! そうでしょうねぇ。
     でも、それが何?
     裁判を待たずに逮捕ではなく殺すと決めたのは刑事さんよぉ?
     それは刑事さんの意思で決めたことでしょう?

     なら、求めているのは、刑事さん自身。
     あははっ!! 私達、両想いだったんだ!!」

互いに互いの命を狙い、こうして刃を交わす。
心臓の鼓動が高鳴り、息が荒くなる。
求めるのがお互いの命であれば、それこそは求愛行動と言っても過言ではない。
双方の武器が触れるたび、火花が散る。

火花が二人の顔を照らし、黄昏時と見紛うばかりの空の下で鮮やかな光景を生み出していた。
まるで、二人の傍で爆ぜる極小の花火のようにワタナベの目には映っていた。
いつまでもこの光景を見続けていたいと思う傍ら、心の中にある殺戮症状が鎌首をもたげる。

(=゚д゚)「あぁそうラギね」

从'ー'从「嬉しいっ!!」

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                      ,. <::-ゞ=、ヽ }::::::::::::::ト ;._:::::::\ ∨:::::::::::トヾ
                   ,  _ {r 斗≦: : : V/::::::\/r<ヽ `ヽ`ヽ_/:::::::::::::::r'⌒
                _r¬{   !ニVム: : r=z: :人:::::::::::::メ_ノ       ',:::.`⌒丶{ヽ
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              / ',...:ヽ:::::ヽ=┐'´-===ミ \r'   L 、 /_ニノ   ,::,. <: : : : ,: ≧=┐
            <ム::::´:r==≦: ノ{x< ̄`丶ヽ |     ,. ヽ'´    /  __,. ∠: : : __: : `丶
       ,. <:::::::::::::::::ヽ、___,. ィ´∠/: :/: :j: : } } リ   /=ミ:::ム.... イ, '´ ̄_: :`丶: : : : :
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距離を開けたトラギコが右肩に担ぐようにして刀を構え、深く息を吐く。
連続した攻撃か、あるいは重みのある一撃に賭けてくるのか。
両肩から力を抜き、ワタナベはそれを迎え撃つ。

(=゚д゚)「仕方ねぇ、俺がお前を止めてやるラギ」

だがトラギコは、そのままじりじりと距離を詰めてくるだけで、攻撃の気配を見せてこない。
ワタナベの戦闘スタイルが、カウンターや相手の隙を狙うものだと分かったのだろう。

569名無しさん:2023/07/02(日) 21:07:07 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「ほら、来いよ!!」

从'ー'从「いいよ!!」

そして、ワタナベが仕掛ける。
左手を鞭のようにしならせ、深く息を吐きだした瞬間に距離を一気に詰めてから攻撃を仕掛ける。
斜め上からの一撃を防ぐためには、構えた刀を使うしかない。
これによってトラギコは防御を余儀なくされ、攻撃の手を捨てることになる。

ワタナベの狙いはトラギコの動きを奪った上で命を奪うことだ。
高周波振動の兵器を奪いさえすれば、後はこちらの自由だ。
一刻も早くトラギコとの逢瀬を楽しみたいワタナベの心とは裏腹に、その頭の中は冷静に状況を分析していた。
放った一撃は必殺とは言わないまでも、トラギコの肉を割き、血液と戦意を奪い取ることだろう。

それだというのに、トラギコはまるで防御するそぶりを見せない。
構えた刀を使わなければこちらの一撃を防ぐ術はない。
相打ちを狙っている可能性を視野に入れつつも、ワタナベは攻撃を敢行した。

(=゚д゚)「だらぁっ!!」

从'ー'从「っ!!」

振り下ろした一撃は、確かにトラギコを捉えた。
だがトラギコは攻撃が形となる前に踏み込み、ワタナベの腕の内側に入り込んだことによって危険な爪先を一時的に体から遠ざけたのである。
刀での攻撃を犠牲にして肘から先を肩で抑えられているため、それ以上曲がらない。
鞭化した攻撃の欠点を的確にとらえていた。

しかしこれで、トラギコはワタナベの用意したもう一つの攻撃を回避できない距離に入った。
予め用意していた右手を一本の槍のようにして繰り出す突きは、重装甲の棺桶でなければ防御は不可能。
わき腹の肉を抉り取れば動きが鈍る。
この状況、トラギコならどう乗り越えるのだろうか。

1秒にも満たない攻防。
トラギコの目は、まっすぐにワタナベの目を見据えていた。
まるで、全てを見抜いているかのように。

(=゚д゚)「あめぇラギっ!!」

从;'-'从「しまっ……!?」

突き出す前に、トラギコの左手がワタナベの肩を掴んだ。
一瞬の激痛。
そしてそれは熱を持ち、まるで突き刺すような痛みを生み出した。
トラギコの棺桶は筋力補助だけしか機能を持たないが、その単純な機能で彼女の肩を折ったのだ。

肩の骨が折られたことにより、ワタナベは用意した一手を失った。
だが攻撃の手段を失ったのはトラギコも同じはず。
後退しようとした時、トラギコの腕がまだ彼女の肩を掴んでいる事実に驚愕した。
完全に出遅れた。

570名無しさん:2023/07/02(日) 21:07:27 ID:EB0RZRkQ0
この状況でトラギコが次に選ぶ攻撃は、ただ一つ。

(=゚д゚)「せー!!」

そして次の瞬間、トラギコは大きく頭を後ろに引いて――

(=゚д゚)「のっ!!」

从;'-'从「あぶっ!?」

――顔面に遠慮のない頭突き。
鼻の骨が折れたのが分かった。
まともに受けたその一撃によって、ワタナベの涙腺から大量の涙が放出される。
視界が奪われ、思考もマヒする。

突き飛ばされ、反射的にたたらを踏む。

(=゚д゚)「俺はな、女でも容赦なく顔を殴るラギ!!」

从;'-'从「ちいっ!!」

その宣言に思わず無事な左腕で顔を防御する。
体に染みついた戦闘の経験がそうさせてしまったのだ。

(=゚д゚)「ほらよっ!!」

だが衝撃を受けたのは腹。
胃液が逆流する程の一撃に耐えたが、最早、決着はついていた。
両手を掴まれ、そのまま足払いを受け、押し倒される。
腹の上に馬乗りになり、両手を抑えられてしまえば、ワタナベが抵抗する術はない。

体重の差、そして筋力の差が二人の間にはある。
彼が手にしていた刀はワタナベの背が地に着くのと同時に、地面に落ちていた。
高周波振動のスイッチは切られており、全てが囮であったことを如実に語っている。

(=゚д゚)「さぁて、これで落ち着いて話が出来るラギね」

从;'-'从「……」

確かに、対話はワタナベの求めていたものだ。
しかしこのような形での対話は求めていなかった。
殺し合いの中で交わされる言葉だけが真実だと疑ってやまない彼女にとって、生殺与奪を握られた状態での会話は意味がないのだ。
知りたいのは彼の本音なのだ。

(=゚д゚)「お前は、俺に殺されたいラギか?」

从'ー'从「……」

571名無しさん:2023/07/02(日) 21:08:00 ID:EB0RZRkQ0
その一言が、ワタナベの脳を甘く痺れさせた。
こちらの本心を、一瞬にして見抜かれた。
股下がうずく中、口を開く。

从'ー'从「うん」

(=゚д゚)「じゃあ俺は殺さねぇラギ。
    死刑執行人にやってもらうラギね」

从;'-'从「何で?! 意地悪しないでよぉ!!」

(=゚д゚)「犯罪者の望みを叶えてやる理由がねぇラギ。
    やっぱ手前は逮捕してムショにぶち込むか、別の奴に殺させるラギ。
    ツーのババアなら喜んで手前を殺してくれるラギ」

从;'-'从「やだやだ!! 私、刑事さんに殺されたいのぉ!!
      ねぇ!! お願い!!」

トラギコは世界最後の正義の味方だ。
彼以外の人間に殺されるなど、決して受け入れられない。
ワタナベの命を求め、奪われるというこの上ない愛情表現の機会を失うことになる。
それはこれまでの彼女の苦労の全てを無に帰すことになる。

彼との対話を重ね、その上でワタナベの命を求めるということによって、彼の正義は本物になる。
正義を。
自分にだけ向けられる一心不乱の正義を、ワタナベは見たいのだ。
それを独占したいのだ。

独占したまま死ぬことが出来るのであれば、死ぬことは何一つ怖くはない。
こちらがトラギコを殺せば、彼の正義を彼女が独占できる。
彼が生涯最後に向けた正義の矛先は、彼女だけの物なのだ。
誰にも譲るつもりはない。

世界の全てを敵に回してでも、トラギコを独り占めしたいのだ。

从;'-'从「殺してよぉ!! 私を!!
     それか、私に刑事さんを殺させてよぉ!!」

(=゚д゚)「だったら最初からそう言わなかったのは何でラギ?」

从;'-'从「だって、絶対に嫌って言うでしょ?」

(=゚д゚)「あぁ。 絶対に嫌ラギ」

从;'-'从「ううっ……!!」

このままでは願いが叶わない。
悲願が成就する寸前で終わろうとしている。
僅かの油断。
僅かの慢心。

572名無しさん:2023/07/02(日) 21:08:22 ID:EB0RZRkQ0
あるいは、トラギコを前にして高鳴った胸のざわめき。
十五年も温めてきた想いがそう簡単に抑えられるはずもなく、彼女の理性と判断力を鈍らせたのだろう。
全ては手遅れ。
取り返しのつかない失態だった。

弱みを引き出され、握られ、後は生きたまま殺されるだけ。

(=゚д゚)「……手前の事は気にかかっていたラギ。
    これは嘘じゃないラギ。
    CAL21号事件以降、手前だけが行方が分からなかったからな。
    こんな形で再会して、本当に残念ラギ」

両腕は動かない。
全身の力を総動員しても、トラギコを動かすことはできない。
腹部に感じる彼の体重が愛おしいと思いつつ、抵抗できないことに記憶の奥にある何かが煽られている気がした。

从;'-'从「この状況で、どうするっていうの?」

そう。
まだ状況は終わりではない。
トラギコが彼女の両腕を抑え、跨っている以上は攻撃の手段はない。
ここからの攻防は僅かの油断が左右する。

(=゚д゚)「俺はどうもしないラギ。
    あいつが、決着をつけてくれるラギ」

从;'-'从「え?!」

それは、彼女の失いたくない物を引き出したからこそ有効な一言だった。
油断した直後に、彼の体重を乗せた一撃が腹部を襲った。
そしてその衝撃に戸惑う間に放たれた頭部への一撃が、ワタナベの脳を左右に揺らして意識を飛ばした。
彼の両手が彼女の頭部を包み、若干の時間差をつけて打撃を放つことによって脳震盪を引き起こしたのである。

――次にワタナベが目を覚ました時、そこにトラギコはいなかった。
寝かされていた場所には見覚えがあり、トラギコが何を思ってそこに彼女を置き去りにしたのか、意図を汲み取るのは簡単だった。
失恋した生娘のようにワタナベは声を殺して涙を流したが、やがて、何かに導かれるようにしてジュスティアの街を歩きだした。

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573名無しさん:2023/07/02(日) 21:10:02 ID:EB0RZRkQ0
同日 PM03:41

ジュスティアでの市街戦は、どれだけ時間を稼げるかの戦いだった。
戦闘に参加する全ての警官、生き残った軍人がそれを理解していた。
勝ち残ることは無理だろう。
生き残ることも無理だろう。

だからこそ、生きた証として市民の脱出を成功させなければならない。
警官隊による奮闘の甲斐あって、敵を検問所付近で食い止めることに成功はしていたが、徐々にそれも危うくなっている。
特に激戦となっている南部では、円卓十二騎士の中でも実力者に与えられるレジェンドセブンの称号を持つ、イヨウ・ジョセフ・ジャックが最前線で戦っていた。
バリケードを構築しつつ負傷者を後方に運ぶという、一人でも多く生かし、一秒でも長く戦うための戦い。

衛生兵として数多くの戦場で何百人もの命を救ってきた彼は、飛び交う銃弾と砲撃の中でも決して泣き言は言わない。
円卓十二騎士で唯一、武勲ではなく救ってきた人間の数が評価された男である。

(=゚ω゚)ノ「あともう少しだから、目を閉じるじゃないよぅ!!」

最低限の筋力補助を行う棺桶を身にまとい、赤い十字の描かれた盾を構えて負傷者を見つけ出し、危険を顧みずに救助する姿は戦場において極めて異質な姿だった。
殺し合いの中でただ一人、救い続ける人間。
彼は衛生兵としての任務だけでなく、あえて目立つ格好をすることによって敵の注意を引き付けるという役割も担っていた。
これは初めての事ではなかった。

彼がレジェンドセブンとして認められたのは、決してその命がけの行動だけが理由ではない。
円卓十二騎士の中でも極めて優れた防御の才能を持ち、危機回避能力の高さを持つためである。
掲げる盾の頑強さは、棺桶の装甲にも勝る程の分厚い合金で作られており、身を守るためには最適な武器だった。

(-゚ぺ-)「糞ッ……痛てえぇ……」

(=゚ω゚)ノ「後20分耐えるんだよぅ!!
     そうすれば、俺たちの勝ちなんだよぅ!!」

一人、また一人と銃弾に倒れていく中で黙々とイヨウは負傷者を物陰に連れて行く。
物陰に避難させられた負傷者たちは、壁を盾にして拳銃を発砲し、少しでも敵の侵入する勢いを殺そうとしていた。
対強化外骨格用の弾を装填した重機関銃を使い、射撃を続けるフォックス・ジャラン・スリウァヤの顔から余裕が消えていた。

爪#'ー`)y‐「まだだ、まだ耐えろ!!」

検問所から出てすぐの場所で待ち受けていたのは、相手の逃げ場所と勢いを奪うためだった。
狭い場所に閉じ込めれば、大群の利は失われる。
相手が装甲車や戦車を使ってくることを知っていたため、検問所内に高性能爆薬を仕掛け、爆発させて動きを鈍らせた。
これにより、南部での戦闘をこの時間まで長引かせることに成功していた。

戦闘開始早々にトラギコが訳の分からない女に巻き込まれ、市街地に消えて行ったのは計算外だった。
しかしフォックスにとって、この状況はまだいい方だった。
海岸沿いに控えている相手の部隊がいつどうやって市内に入り込んでくるのか、それが分からない。
シェルターから市民を全員逃がすための算段に不安はないが、不確定要素には注意を払わなければならない。

――北部の戦闘は、南部よりも苛烈を極めていた。

574名無しさん:2023/07/02(日) 21:10:22 ID:EB0RZRkQ0
ツー・カレンスキー率いる腕利きの警官隊は、特殊警棒と盾を使って敵対勢力を撲殺していった。
後方に控える狙撃手たちの援護射撃は戦場の濃度を高め、故郷に攻め込まれた怒りが暴力性を強くしていく。
だが攻めてきた敵の部隊もまた、怒りに燃える集団であった。
上陸艇を使って現れた援軍は、そのほぼ全員がジュスティアへの恨みを持つ者達で構成されていた。

(・∀ ・)「うおらぁ!!」

奇声と共に戦うのはサイトウ・マタンキ。
度重なる露出行為により警察に指名手配され、セカンドロック刑務所に送られる際に睾丸を砕かれた。
それによって彼は露出することに対して恐怖を抱くようになり、それが警察全体への恨みに変わった。

(-_-)「……死ねよ!!」

ヒッキー・ブラインドの低く、そして小さな声にはそれを凌駕する殺意が込められている。
幼少期に学校で受けた苛めを理由に、近隣の学校に対する脅迫行為を常習的に行った。
遂にその行為に堪忍袋の緒が切れた警察により彼は実家から引きずり出され、地獄とも言えるセカンドロック刑務所の矯正施設に送り込まれた。
施設の人間から受けた暴力行為と家族に売られたという屈辱が、警察への恨みに繋がった。

/ ゚、。 /「ふぅ……!!ふぅ……!!」

スズキ・デイダラ・ダイオードの眼光は、それそのものが鋭利な刃物のように鋭い。
彼女はセフトート出身の卸売業者で、決して人から物を盗むことはなかった。
ただ、墓の下に眠っている金品を発掘し、それを売っていただけだった。
土に還るならばそれを金にして、生きている人間に還元すべきだと考えたのだ。

その考えが根底から否定され、10年以上もセカンドロック刑務所で過酷な生活を余儀なくされた彼女が最初に考えたのが、ジュスティアへの復讐だった。

 |;;;;| ,'っノVi ,ココつ「ふしゅる……!!」

サカキヴァラ・マリントンはジュスティアで保育士として働き、30年以上のキャリアを積んできた。
そのキャリアが、保護者からの苦情によって一日で終わりを告げた。
聞き分けのない子供の頭を思わず殴りつけてしまったのだ。
彼の言い分は全面的に却下され、そして、職を失った彼に残されたのはセカンドロック刑務所での暗い未来だった。

( ,'3 )「ふしゅ……」

マリントンの同僚であり、彼の擁護をしたナカジマ・バルケンは児童への性的虐待を訴えられ、マリントンと共に職を失った。
児童への性的虐待など身に覚えがなかったが、内部の人間の密告が原因だと分かり、その復讐を果たすことにした。
虚偽の密告をした元同僚の顔面が陥没するまで殴り続け、気が付いた時にはセカンドロック刑務所にいた。
刑務所におけるヒエラルキーで最下層に位置するのが、子供を相手にした性犯罪者だ。

彼は謂れのない罪によって投獄され、そして、刑務所内での壮絶ないじめを経験した。
失ったのは尊厳。
奪われたのは誇り。
彼が取り戻そうとしているのは、人生そのものだった。

( ・3・)「あるぇ〜?」

575名無しさん:2023/07/02(日) 21:10:42 ID:EB0RZRkQ0
ボルジョア・ヴェクターは周囲を見渡し、その壮絶な戦いの様子を堪能していた。
合法的な商売で金を稼いでいた彼は、ある日突然ジュスティア警察によって逮捕された。
彼の部下が非合法に稼いだ金をボルジョアに献上していたというのだ。
部下の行動など知らないボルジョアにとって、それは寝耳に水であり、あまりにも理不尽な仕打ちだった。

数十年かけて蓄えた金を一日で失い、活力を失った彼に差し伸べられた手は、内藤財団副社長のそれ。
商才を買われ、内藤財団の発展に一役買いつつも、その胸中にある復讐心は健在だった。

( ^^)「すぅ――」

得た物を失ったという点では、ワタル・ヤマザキも同じだった。
彼は金を稼ぐためではなく、読者のために多くの作品を世に生み出しただけだった。
その内の一冊がとある街の法律に触れ、逮捕されることとなった。
それによって彼の作品は世に広く周知され、更に悪いことに一部の過激な団体に目を付けられ、これまでの全ての本を失うことになった。

声の大きなマイノリティたちに耳を貸したジュスティア警察のせいで、彼は半身を失ったのだ。

(゜3゜)「んふーっ!!」

ポセイドン・ゲッター・タナカは、かつては有名な学者として知られていたが、6年前にとある研究が原因で“モスカウ”に目を付けられ、秘密裏にセカンドロック刑務所に投獄された。
そこで受けた精神的、肉体的な虐待は筆舌に尽くしがたく、彼から言葉を奪った。
失語症になりながらも彼は復讐の心を忘れず、頭の中で研究を続けてきた。
その研究の成果が、ここで披露されることを彼は誰よりも信じている。

そして、その八人の犯罪者たちを率いるのが九人目の犯罪者である、シュール・ディンケラッカー。
誘拐と殺人の罪でセカンドロック刑務所に投獄され、こうしてジュスティアに対して復讐するのを夢見てきた。
九人に与えられた棺桶は極めて短い時間でしか稼働ができない代わりに、極めて強力な威力を発揮するものだ。
全ては、円卓十二騎士の一人に対する復讐を果たすため。

lw´‐ _‐ノv「……いたぞ!!
      ショーン・コネリだ!!」

銃弾と悲鳴が飛び交う中、九人はその瞬間を待ち続けていた。

<::[-::::,|,:::]『うおおおお!!』

アーティクト・ナイン。
それを使う人間は、ジュスティアで一人しかいない。
ミニガンと高周波刀を持ち、鬼神の様な戦いぶりを見せている。
増援に次ぐ増援をものともせず、銃弾をまき散らし、警官隊と共に死体の山を作り出していた。

活路が見いだせた瞬間、九人は一斉に走り出していた。

lw´‐ _‐ノv『狙うは一撃、放つは一瞬。
       我らの願いは流れ星!!』

それは、棺桶としての機能としては最低限の物だけを搭載したAクラスの量産機。
名持ちの棺桶でありながら、大量生産され、多くのテロリストやゲリラに供給された使い捨ての棺桶。
“ズヴィオーズ”という名の棺桶の特徴は、ただ一つ。
高威力の対棺桶用誘導式ミサイルを放てることにある。

576名無しさん:2023/07/02(日) 21:11:04 ID:EB0RZRkQ0
生身の人間が使用すれば腕を折るほどの反動があるが、このズヴィオーズはそれを補助するための右腕の強化外骨格と一体化している。
混戦状態の時にはあまり役立たないが、ショーンの姿をはっきりと目視できた今、確実に当てられる。
爆風だけでもBクラスの棺桶を破壊することが出来るミサイルを九方向から同時に受ければ、どれだけ技術が卓越していたとしても、確実に爆発に巻き込まれる。
アーティクト・ナインの装甲が軽量であること、そして相手が戦闘に簿等している今が好機。

照準器を覗き込み、標的をマークする。
そして、各々の想いを乗せて銃爪を引いた。
このミサイルの特徴は、発射した直後に直上に急上昇し、落下速度を上乗せして相手の頭上から襲い掛かることにある。
それぞれが発射のタイミングをずらし、位置を変えたことにより、雨を避けるような不可能な技が要求されたショーンに逃げ場はない。

<::[-::::,|,:::]『……?!』

一瞬、何か声が上がったような気がしたが、すぐに爆炎が全てを消し去った。
頭上から現れた殺意の塊。
ましてやこの混戦の中、暗い空から降り注ぐ何かに対して即応できる人間はいない。
濛々と立ち昇る煙が晴れるにつれ、九人の犯罪者たちは血の気が失せるのをこの上なく感じ取っていた。

<::[-::::,|,:::]『……脱獄囚か!!』

ミニガンをその場に投棄し、アーティクト・ナインは一瞬で移動を開始していた。
筋力補助など期待できない棺桶を身に着ける九人は、ただ、己の命が刈り取られるのを待つしかなかった。
一撃目。
それはこの上なく正確に、そして無駄のない動きでマタンキの胴を上下に両断した。

二撃目。
マタンキの臓物が地面に落ちるより前に、ショーンはヒッキーの体を左右で切り分けた。
そこでようやく、攻撃に失敗した理由を考えるよりも殺戮機械から逃げることを選ぶ人間が出現する。
即座に重荷となる棺桶を破棄し、駆けだしたのはシュールだけ。

三撃目。
タナカの首が宙を舞った。
そして、空中でそれが四分割されたのを目視したヤマザキも袈裟斬りの四撃目によって命を落とした。
瞬く間に殺された四人の内、誰よりも先に遠くへと逃げ出したシュールが振り返っていれば、何故ショーンが生き延びたのか、その理由が分かったはずだ。

瓦礫となったピースメーカーの影に隠れる、複数の狙撃手の視線と銃腔。
その中でも抜きんでた命中精度を誇る一人がいたのだ。
だがそれに気づいたのは、ボルジョアの頭がバラのように開花した瞬間だった。

lw´;‐ _‐ノv「っ……狙撃手がまだいたのか……!!」

彼女を筆頭とした部隊の目的は、兎にも角にも突破口を開くこと。
後ろに控える本隊を安全にジュスティア内部に入れることだ。
キュート・ウルヴァリン率いる部隊が無傷で辿り着けば、制圧は時間の問題だ。
言われずともその為の先兵であり、捨て石である自覚はあった。

全ては世界がより良いものになる為に。
榴弾の流れ弾を受けたマリントン、そしてバルケンの肉体が細切れに爆ぜ、その肉片がシュールの肩に付着する。

/ ゚、。;/「し、死にたk――!!」

577名無しさん:2023/07/02(日) 21:11:24 ID:EB0RZRkQ0
助けを求めるスズキの声が途中で銃声の中に消え、いよいよシュールは自分一人だけとなったことに気づいた。

lw´;‐ _‐ノv「ああっ!!」

<::[-::::,|,:::]『ふんっ……!!』

目に映る世界が斜めにずれた。
そして、そこでシュールの役割は終わりを告げた。
だがしかし。
彼女が稼いだ極めて短い時間は、“サウザンド・マイル”をジュスティア内に突入させるのに役立ったのだ。

シュールを殺すことに執着していたショーンは、一斉に向けられた銃腔を前に短い言葉を吐き捨てた。

<::[-::::,|,:::]『……無念』

――午後3時44分の事だった。

o川*゚ー゚)o「さぁ、ただいまだ!! ジュスティア!!」

キュート・ウルヴァリン率いる部隊の制圧力は凄まじいものがあった。
それまでの拮抗状態を瞬く間に崩し、特殊装備で固めた警官隊が次々と命を落としていく。

(*゚∀゚)「来たか、本隊が」

溢れた川を止められないように、入ってきた部隊の威力を殺しきることはできない。
ツー・カレンスキーとジィ・ベルハウスは検問所を囲むように積み上げたバリケードの裏で腕時計を見て、深く溜息を吐いた。
背後に聳え立つ多くのビル群は砲撃によってその多くが損壊しているが、まだ、ジュスティアの街が終わったわけではない。

爪゚ー゚)「後十五分……!!
    仕方ない、やりましょう」

(*゚∀゚)「各部隊、全ての武器の使用を許可する。
    何としてでも食い止めろ!!
    1分でも多く、1秒でも長く!!」

生き残った警官隊に通信を入れ、彼女自身も戦いに向けて棺桶を手に取る。
警察上層部である、この二人に支給されている棺桶。
コンセプト・シリーズでありながら同時に二機の開発がされ、そのまま採用された警察組織専用の棺桶。

(*゚∀゚)
    『共に生き、共に死ぬ。
    愚行も、蛮行も、あらゆる行いは我らの正義のために。
    我々は一生涯の悪友。
    この絆こそ至宝。 この絆こそ、世界を照らす力』
爪゚ー゚)

“バッド・ボーイズ”。
Aクラスのサイズでありながらも、そのコンセプトは極めて冒険的な物だ。
Cクラスの棺桶を相手にしても長時間の戦闘が可能、もしくは無力化が可能な性能、である。
その為に最も強化しているのが脚力の補助だ。

578名無しさん:2023/07/02(日) 21:12:41 ID:EB0RZRkQ0
攻撃を受けず、尚且つその機動力を最大限生かすために両腕は捕縛用の装備に特化させている。
軽量の装甲は各関節部を守るだけであり、筋力補助の装置も最低限で済ませている。
だからこその高速戦闘が可能となるのだ。
彼女たちが狙うのは雑兵ではなく、この機に乗じて侵入してくる厄介な敵だ。

コンセプト・シリーズを身にまとっているか、もしくは明らかに指揮官、役職を持っている人間を排除する。
多くの勇敢で優秀な警官を失った今、最後の砦は彼女たち二人と円卓十二騎士の二人。
一人でも多く、厄介な敵を排除すれば侵攻速度が落ちるはずだ。

(*゚∀゚)「こんなのを使うのはポリシーに反するが、仕方がないな」

爪゚ー゚)「その割には笑顔ですね、長官」

(*゚∀゚)「悪の道具が悪を滅するなら、それは素敵なことだろう?」

傍らに用意していたドラムマガジンが取り付けられたショットガンを手に取り、初弾を薬室に送り込む。
ツーの持つショットガンに装填されているのは使用が禁止されている劣化ウランを使用したスラッグ弾。
そして、ジィの持つショットガンには粘度の高い燃料を使用した焼夷弾が装填されている。
いずれも世界では禁止兵器に指定されているが、犯罪組織から押収し、警察に保管されていた。

防衛戦が確定する前に、大量の押収品が搬出され、万が一のために街中に隠されていた。
それを今ここで使い切り、ジュスティア市民が脱出するまでの時間を稼ぐ。
銃弾が飛び交う中、二人の警察官がバリケードから素早く身を出した。
左右に同時に姿を現し、目の前に広がる絶望的な光景を前にしながらも二人の歩みはしっかりとしている。

それに続くように、続々と生き残っていた警官たちが物陰から飛び出す。
狙いは時間稼ぎと要人の排除。
雄叫びを上げながら一気に襲い掛かるが、それは特攻に等しい行動だった。
実際に特攻であり、彼らは死ぬことが前提として攻撃を仕掛けていた。

背中に巻き付けた小型のガスボンベ。
それこそが彼らの覚悟の証だった。
押収した数々の武器の中でも極めて毒性の高いD-VXガスが充填されており、その殺傷力は比類のない凶悪さだ。
高度な対毒ガス装備のない棺桶であれば、一度呼吸をしただけで即死するものだ。

だがその目的はあくまでも、ガスボンベを散らして配置すること。
既にバリケードや街角に複数の罠が仕掛けられ、スイッチ一つで連鎖的に爆破することができる。
そうなればジュスティアの街はたちまち毒ガスで満たされ、侵入者にとっては死の街となる。

o川*゚-゚)o「……へぇ、覚悟を決めたか。
       ったく、最後まで正義の味方って奴は」

装甲車の上で足を組み、腕を組み、状況を見ていたキュートの声が聞こえる距離に接近したのは、ツーが最初だった。
言葉もなく構えたショットガンの銃腔は精確にその胴体に狙いがつけられており、銃爪は躊躇いなく引かれた。
だが放たれた凶悪なスラッグ弾は突如として現れた三人の棺桶持ちが一列の盾となり、キュートへの直撃を防いだ。

(*゚∀゚)「ちっ」

o川*゚-゚)o「躊躇いなしか」

579名無しさん:2023/07/02(日) 21:13:04 ID:EB0RZRkQ0
二発目を装填し終えたツーは周りから向けられる銃腔に構わず、キュートへの射撃を敢行する。
四方八方から放たれる銃弾の雨を寸前のところで回避し、片手で発砲。
気だるげに装甲車から飛び降りたキュートは銃弾をやり過ごした。

o川*゚-゚)o「最後のおしゃべりもなしでいいのか?
       死ぬ前に色々と教えてやってもいいんだぞ?」

(*゚∀゚)「死ねっ!!」

怒声に乗せた三発目の発砲音。
否、フルオートで放たれたのは合計で10発のスラッグ弾。
ほぼ一つに重なる程の連写速度で放たれたそれは、全てが凶悪な力を持つ。
生身であれば掠め飛んだだけでもショック死する程の物だ。

o川*゚-゚)o「断る」

〔::‥:‥〕

〔::‥:‥〕

どこからともなくキュートの前に現れたのは、強固な装甲を持つトゥエンティー・フォーが2機。
両腕に取り付けられた追加装甲を盾にし、更には自身の装甲も盾にしてキュートを守る。
全ての銃弾がトゥエンティー・フォーの装甲に穴を開けたが、やはり、キュートには届かない。
まるで自分の手足のように部下の命を使うその戦い方を、ツーは見たことがなかった。

常軌を逸した忠誠心か、それともシステムを使った連携力なのか。
キュートという女の本性に気づくのが遅れた今となっては、あらゆる推測は意味をなさない。

o川*゚ー゚)o「ははっ、やはり“串刺し判事”といえども、寄る年波には勝てないか。
       あの頃、お前に死刑にされた者達が笑っているぞ」

判事として数多くの犯罪者に死刑を言い渡してきたツーに恨みを持つ人間は、枚挙にいとまがない。
挑発の言葉としてそれを送られはしたが、ツーはそれをまるで意に介することはなかった。
歳をとったのは事実。
実戦から遠ざかったことにより、腕が鈍ったのもまた事実。

(*゚∀゚)「なら私がそれを嗤ってやるさ!!」

o川*゚ー゚)o「やれるものならな」

距離は問題ない。
スラッグ弾の初速と人間の運動速度の限界は圧倒的に乖離している。
トゥエンティー・フォーの壁を失った今、ツーの周囲に障害はいない。
しかし――

(*゚∀゚)「罠を仕掛けるなら、もっと上手にするといい!!」

――それが罠であることは、明白だった。
不自然なまでの余裕。
視線が下を向いたその瞬間を、ツーは見逃さなかった。

580名無しさん:2023/07/02(日) 21:13:27 ID:EB0RZRkQ0
o川*゚ー゚)o「ちっ……!!」

その場から跳び退いたツーの足元が、何の前触れもなく爆発した。
笑顔で舌打ちをしたキュートはそのまま両手を広げ、不敵な笑みを浮かべた。

o川*゚ー゚)o「やれ」

指を銃の形にして、キュートが小さく命令を下す。

(*゚∀゚)「しまっ……!!」

直後、ツーの胸部に巨大な風穴が空き、首と両腕が分離した。
当然、心臓は一瞬で消し飛び、意識も命も、その瞬間に奪われていた。
検問所の影から大型の拳銃を構えていたジョルジュ・マグナーニはようやく瞬きをし、かつての上司を射殺した実感をその手に感じ取っていた。
  _
( ゚∀゚)

o川*゚ー゚)o「元上司を殺した感想は?」

無線機を使い、ジョルジュに激励の言葉を送るキュートの声は皮肉がたっぷりと詰まっている。
  _
( ゚∀゚)『何もねぇよ。
    それより、俺たちはさっさと作戦を始めていいんだろうな?』

o川*゚ー゚)o「あぁ、かまわない。
       地下シェルターへの行き方と位置は問題ないな?」
  _
( ゚∀゚)『あぁ、糞みたいなクスリのおかげで、この街の完璧な地図があるんだ。
    迷う要素がない』

キュートの部下を引き連れ、ジョルジュはジュスティアの街へと侵攻を始めた。
その様子を見送りながら、キュートは周囲を見渡した。

o川*゚-゚)o「もう一人は?」

ジィの姿を探すが、どこかで戦っている様子もない。
別の場所で戦っていないのであれば、ツーが死んだ瞬間を見て、作戦を変えたのかもしれない。

〔欒゚[::|::]゚〕『恐らく南側に向かったのかと』

o川*゚-゚)o「なんだ、つまらない」

〔欒゚[::|::]゚〕『追いますか?』

o川*゚-゚)o「いや、どうせ死ぬんだ。
       放っておけ。
       それより私は南側に向かう。
       無事な装甲車を一台寄越せ」

〔欒゚[::|::]゚〕『了解です』

581名無しさん:2023/07/02(日) 21:14:12 ID:EB0RZRkQ0
ジュスティア北部の侵略が開始された時、その進軍を食い止める人間は誰もいなかった。

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582名無しさん:2023/07/02(日) 21:14:32 ID:EB0RZRkQ0
同日 PM02:51

地下シェルターに入る唯一未封鎖の入り口は、呆気なく発見された。
事前の諜報活動によって露呈した街の地図とジュスティアでの勤続経験があれば、封鎖されていない入り口を特定するのは容易だった。
それが正解であることの裏付けとして、入り口の周囲には大勢の警官が待機していた。
警官たちは善戦したが、数分で勝敗は決した。

シェルターに通じる道はやや下り坂になっていて薄暗いが、足元の白いライトが流れるように明滅し、決して迷わないように工夫されている。
その先頭を歩くのはジョルジュ・マグナーニ、かつては街の治安を守る、法律の番人だった男。
顔に刻まれた深い皺は、これまでに経験した苦行とも言える激務によるものだ。
愛用していた強化外骨格はバッテリーと弾が切れたために、後ろをついてくる部下に持たせている。

彼の周囲はキュートの私兵部隊“サウザンド・マイル”が取り囲み、いかなる距離、兵器からも彼を守れるようにしている。
それは、ジュスティアが用意しているシェルターの特殊性に理由があった。
ジュスティアの地下深くに作られたシェルターは、ジュスティア中にある入り口からの利用が可能になっている。
だがそれは複数の入り口があるのではなく、最終的には同じ道に合流してシェルターに入ることになっていた。

これは、シェルターの入り口を守るために人員が確保できない前提で設計されているからだ。
ジョルジュが知っているのはそこまで。
かつて一度も使われることのなかったシェルターがどのような構造をしているのか、避難民の最終的な脱出手段は何なのかは、まるで分からない。
進むにつれて徐々に光が減り、薄暗くなっていく。

棺桶を使用する人間にとってはその暗さは大した問題ではないが、暗視ゴーグルを欺く罠が仕掛けられている可能性があるため、常に警戒しながらの移動となった。

〔欒゚[::|::]゚〕『……なん』

先頭を歩く男が声を上げた瞬間、銃声が前方から鳴り響いた。
即座にサウザンド・マイルの面々が展開し、応戦する。
銃声が反響し、ジョルジュは咄嗟に両耳を塞いだ。
遮蔽物が一切ないこの通路での撃ち合いは単純な物量ではなく、工夫こそが勝利への鍵となる。

訓練された部隊は盾を構え、矢じりの様な隊列を組む。
少しでも被弾する面積を少なくすると隊列のまま、歩みは緩めない。
だが、盾を構えている者達が続々と倒れていく光景は、あまりにも異様だった。
盾によって急所を守っているにも関わらず、まるでそれが意味のない行為であるかのように。

〔欒゚[::|::]゚〕『う、後ろからだ!!』

その答えを誰かが口に出す。
そしてそれが合図となり、周囲が真昼のように明るくなった。
悲鳴のような声が聞こえたと思った時には、すでに敵の術中にあった。
前後からの挟み撃ち。

〔欒゚[::|::]゚〕『挟撃だろうが敵は一人ずつだ!!
      何を手間取っている!!』

その言葉を聞いて、ジョルジュは背筋に冷たい物が走った。
単騎でここまでの戦闘が可能なのは、間違いなく、円卓十二騎士。
狙撃を得意とするのはただ一人。

583名無しさん:2023/07/02(日) 21:14:53 ID:EB0RZRkQ0
  _
(;゚∀゚)「モナーのじじいか!!」

モナー・ドレイク。
レジェンドセブンであり、現在ジュスティアで生き残っている狙撃手の中で最高の腕を持つ存在だ。
カラマロス・ロングディスタンスにその座を奪われていた時期もあったが、モナーこそが最高の狙撃手だという人間はかなりの数がいる。
その理由は、彼がこれまでに“動的な物”に対する狙撃を得意としてきており、長距離よりも中距離の狙撃を得意としている点だ。

つまるところは実戦性の高さこそが、彼の名を円卓十二騎士に連ねさせている要因なのだ。
“ウミネコ”の渾名を持ち、船上からの狙撃を容易に行える化け物じみた動体視力の持ち主。

( ◎|[::])

単独での狙撃任務を支援するBクラスの棺桶、“ヤマネコ”の使用によってその実戦力の高さは伝説的な物になった。
頑強な装甲、そしてそれを展開することで自身を守る盾と狙撃時の台座を作ることができる。
複数の派生機が開発されたコンセプト・シリーズだが、彼が使用するのはその最初期の機体となる。
大口径のボルトアクションライフルは連射性が低いが、彼の持つ技術と腰に下がった四丁のサブマシンガンがそれを補う。

ジュスティア軍と互角に戦えるだけの高い練度を持つはずのサウザンド・マイルだが、正確無比に飛んでくる一発必殺の銃弾からは逃げられない。
意識をモナーに向けると、今度は正面から攻撃をしてくる別の存在が命を狙ってくる。
巨大な扉を背にして立つのは、カウボーイハットの様なヘルメットを被る女が一人。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「さぁ、どうした!!」

ジュスティア軍の歴史を紐解いても、カウ・ガルバルディ以上に孤軍奮闘に適した人間はいないだろう。
円卓十二騎士、そしてレジェンドセブンに名を連ねるに至った逸話はあまりにも有名だ。
周囲を荒野に囲まれた小さな町で、セフトート出身の1個大隊に匹敵する人数の強盗団を相手に戦い抜いたのだ。
陸軍出身の彼女が休暇で立ち寄っていたその町で起きたその事件は、後に“最悪の奇跡”と呼ばれることになる。

彼女の使用する棺桶は、今も昔も変わらない。
初期の棺桶によく見られる、単身での戦闘行動を補助することに特化した汎用型のコンセプト・シリーズ。
“ミッドナイト・カウボーイ”。
防弾、携行できる弾薬の多さ、そして各身体能力の増強が目的のAクラスの棺桶だ。

つまるところ、彼女が円卓十二騎士に選ばれたのは完全な実力によるもの。
尚且つレジェンドセブンに選出されたのは、彼女の持つ応用力と判断力の高さだ。
自分の周囲に大量の重火器を並べ、そして分厚い透明の特殊防壁の後ろでライフルを撃っている。
その防壁は分厚く、対強化外骨格用の弾丸でも貫通できていない。

ひび割れも見られないことから、硝子ではないことは明らかである。
その素材の特徴に、ジョルジュは聞き覚えがあった。
棺桶のカメラ越しには視認が出来ない特殊素材で作られた不可視の壁。
極めて貴重な素材を使うため、ジュスティア内では量産を見送っていたはずのもの。

射線を確保できる穴は彼女だけが知るため、一見して無防備な姿だが、その実は安全な場所から確実な射撃が可能な状況にあった。
穴の位置を把握するためには棺桶を脱がなければならない。
こちらが指示をして味方が混乱する可能性を考え、ジョルジュは苦渋の決断を下した。

584名無しさん:2023/07/02(日) 21:15:13 ID:EB0RZRkQ0
  _
(;゚∀゚)「あぁ、糞ッ!!
    兎に角攻めろ!!」

ジョルジュの判断は的確だった。
不可視の壁があったとしても、守りに徹すれば負けることになる。
攻め込み、ガルバルディのライフルの射線上にある隙間から入り込むしかない。
相手が悪いとはいえ、近接戦闘に持ち込めれば勝算は十二分にある。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「どうした、ジョルジュ!!
     隠れているのがお前の正義か!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『同志、下がって!!』

コルトM4ライフルから放たれる弾でさえも、ジョルジュを守る勇猛な仲間を容赦なく狙い撃ちにしていく。
絶妙な傾斜が盾では補いきれない隙間を生み出し、そこを集中的に攻撃してきている。

〔欒゚[::|::]゚〕『白兵戦用意!!』

その号令と共に、10機のジョン・ドゥが一斉に加速体勢に入った。
爆発的な加速力を得たジョン・ドゥ達は四方に散り、壁を走り、深く沈むような体勢で駆けた。
高周波ナイフを使えば特殊防壁を切り裂くことができる。
射線の癖からどこに隙間があるのかを察知し、散り散りになったことでガルバルディの攻撃を掻い潜る隙間を作り出したのである。

時間にして実に1秒未満の攻防。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「三下はすっこんでな!!」

次の瞬間、足元から分厚い何かが一瞬でせり上がり、接近していたジョン・ドゥが見えない壁に激突し、転倒した。
まるで空中で停止したかのようにその壁に突き刺さった高周波ナイフが、極圧の特殊防壁の出現を物語っている。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「ここから先は行かせないよ、何があってもね!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『通るんだよ!! 俺たちの歩みは止まらねぇ!!』

ナイフで切り裂けない厚みの防壁であれば、この先に進むことはできない。
長さが足りないのであれば、後は勢いで通るしかない。
壁に突き刺さったナイフを掴み、体重を乗せて一気に下まで切れ目を入れる。
その切れ目に新たなナイフが突き立てられ、奥まで押し込まれる。

強引に切れ目を拡張させ、砕く算段なのだ。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「……」

〔欒゚[::|::]゚〕『うるぁああああ!!』

585名無しさん:2023/07/02(日) 21:15:34 ID:EB0RZRkQ0
助走をつけ、ナイフの柄に飛び蹴りを放つジョン・ドゥ。
空中に深い亀裂が走った。
その間にも後方からの狙撃で仲間が減っていくが、まるで意に介さず、彼らは壁の突破を試みる。
だが高周波振動を発する装置の長さが物理的に足りない。

検問所を突破する際に使った破城鎚さえあれば、確実に突破できるのにと歯噛みする。
大音響と共に彼らが現れたのは、正にその時だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『待たせたなぁ!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『でかした!!』

それは、この上ないタイミングで現れた四人の援軍だった。
高周波振動発生装置を搭載した破城鎚を持ち出し、余計な会話をする間もなく一気に突撃した。
モナーは背後から現れた予想外の攻撃に対応する間もなく、一瞬で粉砕された。
彼の経歴を思えば、あまりにも無残な、そして、無慈悲な一撃だった。

粉々に粉砕されたモナーの死体には目もくれず、味方の一部を巻き込んだその一撃は彼らを隔てる最後の障壁を難なく打ち砕いた。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「……ふっ!!」

目の前で砕けた2枚の特殊防壁。
それを前にして、ガルバルディは決して後退しようとはしなかった。
腰から大型の回転拳銃を抜き放ち、破城鎚を運搬する人間に対して正確無比な早撃ちを敢行した。
その早撃ちはジョルジュをも上回るほどで、コンマ数秒で放たれた銃声は一つに重なって聞こえるほどだ。

そしてその精確さは、カメラを撃ち抜かれた四つの死体が証明している。
運び手を失った破城鎚が地面に転がり、ガルバルディの目の前で止まった。
拳銃を呆気なく手放したかと思うと、足元に置かれていた重機関銃を蹴り上げ、それを腰だめに構えて掃射。
ジョルジュを守っていた部隊がまるで雑草か何かのように倒れていく。

使われている銃弾が一般にある対強化外骨格用の物でないことは、盾を握った腕が宙を舞うのを見れば明らかだ。
だがそれも長くは続かない。
増援部隊の一斉射撃によってガルバルディは左脚を失い、転倒した。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「ぬぐっ……!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『殺せ!!』

振るえる腕で構えた拳銃。
その銃腔が誰かを覗く前に、数百発の銃弾が彼女の体を肉塊へと変えた。
  _
(;゚∀゚)「ふぅ……」

円卓十二騎士といえども、物量には勝てない。
守りに徹する任務であればなおさらだ。
破城鎚を持った味方が現れなければ結果は違っていたかもしれない。

586名無しさん:2023/07/02(日) 21:16:54 ID:EB0RZRkQ0
从'-'从「……終わったぁ?」

気だるげに姿を見せたのは、Bクラスのコンテナを背負うワタナベだった。
  _
(;゚∀゚)「あぁ、後はシェルターの扉をこじ開ければ……」

既に最後の扉を前に、味方の士気は最高潮に達そうとしている。
天井まで続く一枚の扉。
その厚みや材質は不明だが、高周波振動の力を使えば突破できないことはない。
地面に落ちた破城鎚を持ち上げ、部下たちが一気に突撃する。

――扉が軋みを上げ始めた時、地上では一つの歴史が終わろうとしていた。

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                       ,'   , ハ刈トヾ  `ヽ
                    |!1 i { | |i !j^ヽ  |!i\
                    |! | | | ,イリ从ふj |!l  ド、
                    |! | | | =ナ′ j ト jリ j  \
                        ト、!ヾL _ ュ ノY / /    \
                          '| i   ̄∨∨/    ⌒ヾ
         __                 | }  ,   〉f'     i /  /│
       // ̄⌒ヽ           j |  /;;; /│ ;;;;;;;;;;,|/  /  !
        //     \            ノ j /;; /  ! ;;;;;;;;; |   /  j
     //   i    \         /   ン;;  i.  j  ;;;;;;;i /   i
      /' ,   / !       \    /  ,ノ   丿  ノ ,,;;;;;;/ / /  /
    / /  / ノ {       \ノ  i r'  /  /,,,,;;;;;;;;/ /  /
.   / /  /  ,ヘヽ       ∨_上'_ /  / ,,,;;;;;;;;//   /
  / /  / /  \       j    厶<、    ;;;;/´    '
  / /  /  rニ三\    ノ  \\  ヽ  //    /
/ /   /     `Tニ 二\ ∠ニ    `ー  ∨/    /
ヽ /  /        _, -‐''´    ̄  ̄  /     /
、 \ /    , -‐ ´            / ̄`ヽ  /
 >'´   /               /⌒ヽ   ∨
´    /                   __ イ rイィィ 〉= ´
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同日 PM03:57

南側の検問所の守りは突破され、最後まで抵抗を続けていた男は腹部に受けた銃創を庇いながらビルの壁に背を預けていた。
時間が経てば死ぬことは明らかだった。
男の名はフォックス・ジャラン・スリウァヤ。
ジュスティアの市長である。

爪;'ー`)y‐「ふぅ……」

葉巻を咥え、紫煙を吐き出す。
彼の手前には二人のイルトリア人の死体があった。
最後の瞬間までフォックスを守ろうとした二人は、だがしかし、物量を抑えきることができなかった。
そして彼の隣には、最後まで止血を施そうとしたイヨウ・ジョセフ・ジャックの死体が転がっていた。

587名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:14 ID:EB0RZRkQ0
拳銃を片手にその様子を見下ろす女がいた。

o川*゚-゚)o「……」

キュート・ウルヴァリンである。

o川*゚-゚)o「無駄なあがきをしてくれたな」

爪;'ー`)y‐「無駄じゃないさ。 少なくとも、お前を不機嫌にできただけ上出来だ」

o川*゚-゚)o「死ぬ前の言葉にしては気が利いているな」

爪;'ー`)y‐「だろう? それで、私に何を訊きたいんだ?
      内容によっては教えてやるよ、出血大サービスだ」

o川*゚-゚)o「……何を狙っている?」

爪;'ー`)y‐「そんなの決まっているだろう?
      正義の味方の登場だよ」

o川*゚-゚)o「この期に及んでまだそんな戯言を」

フォックスはキュートの言葉を無視し、腕時計を見た。
そして、ニヒルな笑顔を浮かべて言った。

爪;'ー`)y‐「……さて、時間だな」

直後、爆発。
街中で一斉に爆発が起き、地面が揺れた。
頭上から聞こえてくる落下音と爆発の仕方から、砲撃と爆破の両方が起きていることが分かった。

o川*゚-゚)o「っ……!! 何を?!」

爪;'ー`)y‐「定刻通り、流石だよ。
      さて、後は幕引きだけだな」

o川*゚-゚)o「こいつ!!」

キュートは怒りに身を任せて発砲した。
だが、胸を撃ち抜かれてもフォックスは最後まで笑みを崩さなかった。
ゆっくりとイヨウの方に倒れながら、中指を立てた。

        Hasta la vista baby
爪;'ー`)凸「地獄で会おうぜ、ベイビー」

その言葉をきっかけに、街中に仕掛けられた大量の爆弾が連鎖爆発した。
ビルが次々と倒壊していく様は、まるで夢が覚めるかのような非現実的な光景だった。
その中に降り注ぐ砲弾。
ティンバーランドの人間ではなく、全く別の勢力が仕掛けてきた砲撃。

588名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:34 ID:EB0RZRkQ0
o川*゚-゚)o「糞っ……!!」

それを感知できなかったのは、決して彼女の部下の怠慢や油断ではない。
距離にして60キロ。
荒野に走る秘密線路にその姿はあった。
並ぶ砲身はその全てが規格外の巨大さを誇り、装填される砲弾は人間ほどの大きさだった。

世界最長の都市、エライジャクレイグの列車砲である。
瓦礫と化す正義の都を前に、その列車砲の運転手は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ポツリと呟いたのであった。

(^ム^)「……定刻通り」

“定刻のジュノ”の渾名を持つジャック・ジュノの指示通り、列車砲は容赦のない砲撃をジュスティアに浴びせかけた。

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ニL〕ニニニニ=‐γ⌒ヽ ̄ ̄∨ニニニニニ∧ニニニニニニ/ニニニニニニ./‐‐‐<⌒
、ニニニニニ----〈: : : : :〉ニニ∨ニニニニニ∧ニニニニニ./ニニニニニニ./‐‐‐‐‐‐‐‐
⌒≧s。ニニニ‐‐‐‐\,ノニニニ∨ニニニニニ∧ニニニニ/ニニニニニニ./‐‐‐‐‐‐‐‐‐
====⌒≧s。ニ‐‐‐‐‐‐‐‐<ニニ∨ニ◎ニ◎ニ=》──‐‐.:ニニ◎  ◎ニ/‐‐‐‐‐‐‐‐‐
========⌒≧s。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐∨ニ◎ニ◎ニ/  〉⌒¨《ニ◎  ◎ニ /‐‐‐‐‐‐‐‐‐
============⌒≧s。‐‐‐‐‐‐‐‐‐∨ニニニ= イ\// ̄ \ニニニニ/ \‐‐‐‐‐ _
================⌒≧s。‐‐‐/ \_>'  >''"〉〉     ⌒> ‐く/⌒. \ /‐
、=====================)ixく  /\ rく   ィ(        ̄ ̄     /く‐=ニ
``〜、、============◎===∧\《.   ゝx彡  >──<         《: : ヽ ◎
ニニニ``〜、、====◎  ◎ /::::》─》    、丶`   .|i i|    }h、./〉     ∨: ∧
ニニニニニニ  、‐===◎=./::::/  /   /.、     .|i i|     //      ∨: ∧
ニニニニニニニ=`〜、、= 《__/  /  _ア .\ \    |i i|   //:::::`、    ∨/
ニニニニニニニニニ/ ̄ ⌒\/  _ア  / \ \>xく ⌒> 、/::::::::::::::.      廴
ニニニニニニニニ‐,' /⌒7  ̄   /  ,'    〉.::::::>─ <:::\>''"::::::___
ニニニニニニニニ 〔_/_/  〔ニニニ=‐  _/'::::Y:::::::::::::::::::::::YA‐=≦ニニニ‐
ニニニ=-   -=≦⌒}h、_\   〔_⌒≧s。〉{:::::{::::::::88::::::::::}:::} ̄ ̄  }}
ニ‐ -=≦ ===◎ ◎.マA ̄ ∧  .W     八:∧::::::::::::::::::::::ノ::八    .八
==================.マA _〕 〉  V/  ィ(^ア\}h、 ___ ィ(/  \  / ア
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同日 PM03:57

苦戦するかと思われた扉の破壊は、想像よりも呆気なく終わった。
破城鎚の一撃が扉を固定する安全装置に干渉したらしく、けたたましいサイレンと共にゆっくりと手前に開き始める。
その先頭にジョルジュが立ち、開き切るのを待つ。
僅かに扉の奥が見えた瞬間。

発砲音が一つ。
そして、途中で止まるのを止めた扉を背に最後のジュスティア人が現れた。
拳銃をジョルジュに向けてはいるが、多勢に無勢。
戦力差は数えるまでもないというのに、その姿には焦りは感じられなかった。

(=゚д゚)「よぅ、待ってたラギ」

トラギコ・マウンテンライトはいつも通りの表情で、ジョルジュらの前に姿を見せた。

589名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:54 ID:EB0RZRkQ0
  _
(;゚∀゚)「トラギコ……!!
    お前ら、手を出すな!!」

撃たれた右肩を押さえるジョルジュは、だがしかし、後ろで銃を構えた味方に大声で指示をした。
それは命惜しさ故ではない。
トラギコとは一度ゆっくりと対話をしたいと思っていたからである。

(=゚д゚)「手前なら、絶対に先頭で来ると思ったラギ」
  _
(;゚∀゚)「はっ、そりゃいい勘をしてるな。
     流石だよ、トラギコ」

(=゚д゚)「この先には行かせねぇラギ」

銃腔はジョルジュに。
視線は広く、ジョルジュとその後方に控える部下たちに向けられている。
  _
( ゚∀゚)「話を聞けよ、トラギコ。
    俺もお前も、同じ目的があるはずだ」

(=゚д゚)「あぁん?」
  _
( ゚∀゚)「俺たちはデレシアについて知りたい。
    そうだろう?
    俺と来れば、それが叶う」

彼女が世界の秘密を知る存在であることは間違いない。
それは、これまでにジョルジュが自分の人生をかけて調べ上げてきた事実だ。
ジュスティアの歴史にも、イルトリアの歴史にも名を残す存在。

(=゚д゚)「んなもんどうでもいいラギ。
    俺はな、あいつを捕まえるのが目的ラギ」
  _
( ゚∀゚)「そんな下らないことが狙いなのか?
    あいつを捕まえて何がある?
    そもそもあいつは――」

核心部分を口にしようとした時、トラギコが被せるように言った。

(=゚д゚)「――俺はな、刑事ラギ。
    世界の秘密だとか、誰かの正体だとか、そんなもんは今はどうでもいいラギ。
    事件がありゃ、それを解決するのが仕事ラギ。
    俺の最後の仕事を邪魔するのは許さねぇラギ!!」
  _
( ゚∀゚)「馬鹿がよ……!!」

(=゚д゚)「お前には言われたくねぇラギ!!」
  _
( ゚∀゚)「そうやって死ぬまで意地を張るつもりか!!」

590名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:15 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「羨ましいラギか?
    最後までお巡りさんを貫けなかったヘタレにゃ、眩しいだろうな!!」

その言葉を聞いた瞬間。
ジョルジュの中の何かが切れた。
  _
(#゚∀゚)「残念だよ、お前となら分かり合えると思ったんだがな。
    刑事なんて糞みたいな仕事を続けるっていうなら、ここで死ね!!」

傷口を押さえていたジョルジュの左手がゆっくりと拳銃に伸びる。
負傷していたとしても、その早撃ちの技は健在だ。
例え相手が構えている状態にあったとしても、遅れはとらない。
ましてや、彼の背後に控える銃腔は100を超える。

(=゚д゚)「手前にゃ分からねぇだろうがな!!」

こちらの合図一つですぐに肉片になる。
有利なのは言うまでもなく、ジョルジュなのだ。

      This is the only work I can do!!
(=゚д゚)「こ れ が 俺 の 天 職 な ん だ よ!!」

だというのに。
トラギコは、勝ち誇ったような顔を浮かべていた。
更に、銃を降ろし、ジョルジュと同じ条件にまで並べてきたのだ。
  _
(#゚∀゚)「俺に早撃ちで勝とうってか?」

(=゚д゚)「あぁ、勝てるラギ。
    圧勝ラギ」
  _
(#゚∀゚)「……」

先の先。
相手の初動の起こりを察知し、それよりも早く動く。
早撃ちに必要な技量は言うまでもなくその能力だ。
警官として長いキャリアと汚れ仕事による実戦経験から、ジョルジュが身につけた早撃ちの技量は伊達ではない。

刹那。
両者が動いた。
ほぼ同時に動いたかに思われたが、その実、出遅れたのはトラギコだった。
重なるように響いた銃声が一つ。

そして、その陰に隠れて響いたもう一つ銃声が勝敗を決した。

(;=゚д゚)「……」
  _
(;゚∀゚)「……」

591名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:36 ID:EB0RZRkQ0
トラギコの放った銃弾はジョルジュの首筋を掠め、薄らと血をにじませる。
そして、ジョルジュの放った銃弾はトラギコの腹に赤黒い染みを作り出した。
  _
(;゚∀゚)「……」

だが、隠れて放たれた銃弾は、ジョルジュの心臓を背後から破裂させていた。
  _
(; ∀ )「は……」

ゆっくりと膝をついて崩折れ、ジョルジュの体が血溜まりの中に倒れた。

(;=゚д゚)「……なん……で」

ジョルジュに引導を渡した人間が、まるで踊る様にトラギコの前に歩み寄る。
両手を背に回し、抱き着いたのはワタナベ・ビルケンシュトック。

从'ー'从「……あったかいなぁ」

トラギコの胸に顔をうずめ、ワタナベはうっとりとした声でそう呟く。

〔欒゚[::|::]゚〕『う、裏切りだ!!』

後ろから響く怒声も。
銃声も。
今の彼女には届いていなかった。
彼女の耳に届くのはトラギコの息遣いと、心臓の音だけ。

背負った棺桶が銃弾を防ぐ中、静かにワタナベは囁く。

从'ー'从「やっぱり、刑事さんは刑事さんなんだねぇ」

(;=゚д゚)「て、手前……何を……?」

从'ー'从「最後まで刑事さんの事が好きで良かったぁ。
     じゃあね、私の愛しい刑事さん」

名残惜しそうにトラギコの胸から顔を離し、ワタナベは深く息を吸う。
やや強めに、トラギコを扉の奥に押し飛ばす。
その光景はまるで、十代の少女が一世一代の告白をしようと覚悟を決めた姿にも見えた。

从'ー'从『さぁ、坊や。さぁ、さぁ、よい子の坊や。さぁ、さぁ、さぁ、眠ろうか』

プレイグロードの起動コードが入力され、黒い布を身にまとった死そのものがジョン・ドゥたちに襲い掛かった。
銃弾の雨が容赦なく装甲を削り、穴を開け、ワタナベの命を脅かす。
しかしそれらを微塵も気にせずに振り下ろすのは、鉄塊かと見紛う毒ガス弾を発射する装置であるファイレクシア。
ジョン・ドゥたちは装甲ごと頭を潰され、叩き潰され、薙ぎ払われていく。

592名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:57 ID:EB0RZRkQ0
そして誰もが、その毒ガスに最大級の警戒を向けていた。
呼吸だけでなく、皮膚に触れただけで威力を発揮するその毒ガスは、ジョン・ドゥの装甲の隙間からも入り込むものだ。
猛毒を使われれば、誰もが無事では済まない。
ワタナベの得意とする至近距離に入り込み、同士討ちを嫌う人間の性質を利用して攻撃を続行する。

一撃で殺せなくとも、ワタナベの放つ一撃は戦闘不能に追い込むだけの威力があり、それを巧みに使う技術もあった。
プレイグロードには高周波振動発生装置を伴った武器がなく、単純な膂力の補助と本人の才能だけで大立ち回りをしているのだ。
大量殺戮によって性的な快楽を覚えるワタナベだが、その技量は普段にも増して冴えていた。
冴えた状態の彼女の駆るプレイグロードは、さながら死をまき散らす風のように兵士たちの間を俊敏に動き回った。

だがしかし、兵士の一割を殺した頃には、すでに装甲の大部分が損傷し、彼女自身も負傷していた。
それでも。
それでも、彼女はその足を止めなかった。

/、゚買゚〉『はぁ……!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『D-VXガスを使われる前に撃ち殺せ!!』

一斉に放たれる銃弾を、ワタナベは正面に構えたファイレクシアで迎えた。
棺桶が完全に壊れる直前、ワタナベはプレイグロードを脱ぎ捨て、新たなコンテナを胸に抱いていた。
囁くようにコードを入力する刹那、ワタナベは微笑んだ。

从'ー'从『この手では最愛を抱くことさえ叶わない』

両手に装着された鉤爪。
それは近接戦闘だけに特化し、更には少数を相手にすることが前提にされた棺桶だ。
体重差、身長差共に倍以上もあるジョン・ドゥを多数相手にするのは自殺行為だ。
飛び交う銃弾を辛うじて躱し、懐に入り込んで刺殺していくのにも限界がある。

从'ー'从「ははっ!!」

関節の付け根を執拗に狙い、失血死を狙った一撃を次々と放っていく。
まるで虎が遊ぶように。
まるで鳥が舞うように。
ワタナベは心底楽しそうに、愉快そうに、そして気持ちよさそうに殺戮を重ねる。

〔欒゚[::|::]゚〕『対人用の弾か白兵戦に切り替えろ!!』

キュートの私兵だけあり、その判断は早かった。
ジョン・ドゥの体を盾にし、銃弾を回避していくが、彼女を囲む輪が狭まるにつれてそれも困難になる。
やがて、ワタナベが刺突を繰り出したその隙を突き、一人の兵士が彼女の腕を掴んだ。
己の腹で攻撃を受け止めたまま、叫ぶ。

〔欒゚[::|::]゚〕『掴んだ……!!』

そして、四方からナイフが突き立てられ、ライフル弾がワタナベの体を穿った。

从 ー 从

593名無しさん:2023/07/02(日) 21:19:51 ID:EB0RZRkQ0
体の穴という穴から血を流し、ワタナベは満足そうな死に顔を浮かべて絶命した。
彼女が稼いだのは時間にして僅かに3分ほど。

〔欒゚[::|::]゚〕『急げ!! 余計なことをされる前にジュスティア人を全員殺すぞ!!』

生き残った数十機のジョン・ドゥが扉の奥に突入していく。
そこは完全な暗闇だった。
暗視ゴーグルに素早く切り替えたジョン・ドゥたちは、足元にトラギコの血痕を見つけたが、死体はどこにも見つけられなかった。
それどころか、避難してきた人間も、シェルターらしき建造物もない。

あるのは広く、暗い空間。
風が遠くから吹き込み、そのまま抜けていく音だけが不気味に響いている。

〔欒゚[::|::]゚〕『……トンネル?
      いや……これは……』

何かに気づいた一人が、足元を覗き込む。

〔欒゚[::|::]゚〕『線路?!
      やつら、まさか――』

頭上で巨大な地響きが聞こえてきたと思った時、地下シェルターとそこに通じる道をテルミットの炎が一気に焼き払ったのであった。
幸運な者は苦痛を感じる前に灰と化したが、棺桶の頑丈さが仇となり、生きたまま焼かれる苦痛を僅かに味わうことになった。
全てはフォックス・ジャラン・スリウァヤが備えていた、ジュスティア敗北のシナリオ通りの展開だった。

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                      イ辷=<_´    `ヽ、` ヽ 、
                    ,,,/"     `ヽ 、    ` ,,,,,,>,,_、
                  /,,=-‐‐‐‐ =‐-、     ,,-‐"´     `ヽ
            ,=、 __  イ "           ,,-"   ,-‐‐-、    .ヽ
           ヽソ./ /i ∠============  ,/     .i'    .',     i
            ヾジjイぐミジ   __,,,,,,,,-‐‐イ   ,,--、ヽ、   ノ __   j
        ,,- 、_   j/イ二jjヽ‐'''"      j  ./    ヾ'''-‐'/´. `ヽ  j
       /   7イ゙゙ゝ</ぐ"´         ヽ ',    j   .j    j j
       ` ヽ/ j// / ヽ           \弋_ケ   ヾ、  ,ノ. ノ
         i / /  j イ  \           `''‐---------ニ-‐イ
      イ"゙゙jフ  /__j /    \ 、                   /
      ',__/  / \ソソ       \ヽ、                /
       ./ ,,/ /ゝ"´ヽ      ,,--、  `ヽ、           ,イ、 ,,,,__
   ィチフイ"  /,' .,'   \   /   ヽ    ゙'''''‐---------"´ ヽ",-"`'.,
  ,,イツンソヽ  イ ,'  ,'     \  ヽ  ノ              \  ヽ  ノ
  llj(i(i(i(iゞヾ"  ,'  ,'  ,,ーーーゝ_辷____________ゝ--辷'、
  ヾミッゞ/⌒j. ,'  ,'  イソ ソイ/フ--イフッ‐イ-ッ  ,,-,-、  _   ,,,,イj _イ',ヾヽ、
     `ヾoツ,,,'  ,','フ//イゾイ i/ イ j/ イ i / /i  i .i  ,' i i.ヽ ', i i、 ヽj jヽj jヾイ
       ヾ辷i  i//////イ ソイj ./ イj! / ./j  .j j ,' i j ヽ ',j j ヽヽ.j ヾヽ\\
         ヾ ∨イシ/イ/イ i〈/i i// j  ///  i i__j j  j ヽ i  .i  ヾ__ゝ  \ゝヾゝ
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同日 同時刻

594名無しさん:2023/07/02(日) 21:20:11 ID:EB0RZRkQ0
ジュスティアの地下に作られたシェルターは、二つの役割を持っていた。
一つは避難所。
そしてもう一つは、安全な場所に脱出するための移動手段だ。
地下に用意されたシェルターはその実、線路上を移動できる複数のコンテナがとぐろを巻くように置かれたものだった。

シェルターを区切るという意味もあるのだが、避難を要する人間は心理的に奥へ奥へと進むものだ。
それを利用し、自発的に奥に進む様に仕向けた仕様なのである。
一つのコンテナに乗ることのできる人間は最大で1500人。
大型であると同時に、その一つだけでもある程度の期間を生き延びることのできる設備と装備が用意されている。

そして、ジュスティアの電力を賄っているニューソクがそのコンテナの一つに積まれている。
このコンテナが街を出る時、それはつまり、ジュスティアという街が安全でなくなるということなのだ。
だがこれだけの人数を乗せたコンテナを牽引するとなると、並の列車では動かせない。
並外れた馬力を持ち、尚且つ高速で移動できるという列車が用意できる街は世界でただ一つ。

世界最長の軌道都市、エライジャクレイグだけだ。
ジュスティア市長のかけた保険が、エライジャクレイグからの支援である。
一つは街全体への砲撃による、侵入者の一掃。
もう一つが、地下にあるシェルターの脱出の算段である。

シェルターを牽引する為に用意されたのは“スノー・ピアサー”と同じ技術で作られた、“アンストッパブル”だ。
シェルターの最前、最後尾に連結し、ニューソクから得る爆発的な電力を利用して走ることで速やかにジュスティアからの脱出を成功させたのである。
ジュスティアから離れた荒野に作られた秘密線路から、アンストッパブルの赤い先頭車両が姿を現したのはジュスティアが瓦礫の山と化した時だった。
100両以上のコンテナを引き連れた列車が暗闇の中に姿を現し、その長さは二キロ以上にもなる。

間違いなく、世界最長の列車である。

豸゚ ヮ゚)「定刻通り」

最後尾の車両に乗る車掌のジャック・ジュノはそう言って、深く息を吐いた。
そして、ゆっくりと歩きだしたかと思うと、駆け足で次の車両に移った。
そこでは持ち運び可能な無菌室内で手術が行われていた。
無菌室の外で銃を構えて警備をする男に、ジュノは静かに尋ねた。

豸゚ ヮ゚)「刑事さんの容体は?」

从´_ゝ从「血液のストックが足りるか分からないのもありますが、とにかく危険な状態です。
     弾が抜けているのが幸いですが、大口径の銃で撃たれたので失血が多く、内臓の損傷も著しいです。
     この状態でここまで歩いて来たのが奇跡ですよ」

豸゚ ヮ゚)「私たちに何が出来る?
     輸血であれば、乗客からも募ろう」

後ろで手術をしている医者たちを一瞥し、男は言った。

从´_ゝ从「全ては、本人次第です。
     本格的な病院に移送しなければ危ないと言わざるを得ません。
     内蔵の縫合はもう少しで終わります。
     そのためにもどうか、安全な運行を」

595名無しさん:2023/07/02(日) 21:20:35 ID:EB0RZRkQ0
豸゚ ヮ゚)「分かった。 後は任せる」

今の自分にできることを全力で行う。
それだけが、今の状況を悪化させない唯一の方法であることを彼女は理解していた。
運転席に戻ると、アナウンス用のマイクを手に取り、焦る感情が表に出ないように声を発する。




豸゚ ヮ゚)「次の停車駅は、ラヴニカです」




――この日、一人の快楽殺人鬼が命を落とした。
その事実は大勢の人間に知られることとなった。
だがその日、彼女がこれまでに奪ってきた全ての命よりも多くの人間を救ったことを知るのは、ただ一人だけ。
そして、その女が刑事の懐に白い花びらを忍ばせたことは、誰も知らない。

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Ammo for Rebalance!!編

        |: : : : :.:∧        ′      /: : : : :|
        |:!: : : :/: :.ヽ    、 - ‐ ァ     イ: :| : : i:|
.        从{ : /: : : : :へ、    ̄    /: :| : |.:.:.:从
       / リ ∨: :|: : i: : :.:r>   __  イヽ:,ハ{: /!:.:/  ヽ
       /   }:./|: :;ハ:./   \    / ヽj/ 乂{
           j/_,j/: :´{       >、rく     Y、  ヽ
     _,,‐: :´: : : : :.:∧     /  `Yヽ   |: `: :ー. . __
    / -、: : ヽ: : : : :/ : ヽ  /     !  ヽ /: : : : : : : }: :ヽ

第十五章 【 Tiger in my love -愛に潜む虎-】 了
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596名無しさん:2023/07/02(日) 21:21:02 ID:EB0RZRkQ0
これにて本日の投下は終了です
長らくお待たせいたしました。

何か質問、感想、指摘等あれば幸いです。

597名無しさん:2023/07/02(日) 21:43:57 ID:Bnrzt0RI0
あまりにも死にすぎて声が出ないよ

598名無しさん:2023/07/03(月) 00:18:15 ID:Pf7XAMRg0
AAは戦争まで死ななかった分ここ数話ですげー死んどるな
ティンバーランド側もう殆どいないんじゃないか

599名無しさん:2023/07/03(月) 03:27:00 ID:UWJGp5t20
ぬおおお…すげえ展開…おつ…

600名無しさん:2023/07/03(月) 09:30:12 ID:Wd5onfiI0


601名無しさん:2023/07/03(月) 20:51:11 ID:mAszBqWY0

前話の最後は残りの十二騎士かと思ったらトラギコだったのか
というか残りの騎士がモブすぎる
トラギコの方が強くない?

602名無しさん:2023/07/03(月) 21:28:29 ID:Pf7XAMRg0
まぁあんまり言いたくないが…円卓は物凄く在庫処分みを感じたな

603名無しさん:2023/07/03(月) 22:08:58 ID:ahxHY.Sw0
英雄だろうが強敵だろうが関係なく無慈悲に死んでいくな…これが戦争か

604名無しさん:2023/07/04(火) 19:49:01 ID:TXpUwF6Y0
ああお気に入りのキャラクター達が………
ワタナベがトラギコに渡した花びらってってやっぱプリンセチアかな?
夢鳥花虎でのあの二人がトラギコに渡したように
花言葉は思いやりなんだよねぇ

>>550
彼らが最後に見せた"維持"は

意味合い的には間違ってはないだろうけど多分"意地"の方だよね

>>566
殺しの"大将"を前にして

まあワタナベの中じゃあ大物だもんねぇ"対象"ですね

      This is the only work I can do!!
(=゚д゚)「こ れ が 俺 の 天 職 な ん だ よ!!」
ここ最高に好き

>>565のAAのワタナベのなんとも言えない表情も好き

ずっと気になってたんだけどAmmo for Restart!! 序章【anniversary-記念日-】のキュートと最近出てるキュートって何か関係があるのかな?

605名無しさん:2023/07/04(火) 20:15:07 ID:fw7h8azY0
>>601 >>602
今回は主人公補正を解除した戦争を書きたかったので、仰る通り円卓十二騎士があれな感じになってしまいました……
本当はもっとそれぞれの活躍を書きたかったのですが、書くとさらに文量が膨れるので割愛させていただいた次第です。
トラギコの方が、ということについては今後ある方からしれっと語られるのでお待ちくださいませ。

>>604
いつも誤字の指摘、本当にありがとうございます……!!
お察しいただいた通り、スピンオフでのあれと同じ花でございます。
気付いていただいてありがとうございます!

キュートについては

606名無しさん:2023/07/05(水) 04:47:45 ID:h7L84F9M0
申し訳無いんだけど円卓のヤラレシーン飛ばしちゃった

607名無しさん:2023/07/05(水) 19:25:48 ID:5/CmFzhU0
おつ
ワタナべ関連終わったらトラギコ死ぬと思ってたからまだよかった
ジュスティア敗北を前提として動いてたとかまじかよ…
イルトリアはどうなっちまうんだ

608名無しさん:2023/08/16(水) 11:33:10 ID:7wDPJDa60
ジョルジュはデレの秘密知るために全部捨てたのにあっさり裏切られて死ぬって哀れすぎるなぁ…
トラギコはワタナベが裏切らなかったらどうするつもりだったんだろ

609名無しさん:2023/08/27(日) 22:08:53 ID:T9tZbIQ.0
>>608
トラギコは命がけで時間稼ぎをする予定でしたので、ワタナベが裏切らなかったらあの場で死んでいました。
最後まで正義の味方でいてくれたトラギコの姿を見たからこそ、ワタナベが裏切ったわけです。

610名無しさん:2023/09/29(金) 22:59:40 ID:uDeUs3Bg0
クライマックスだからか間隔が空いてきたな、頑張ってくれ紳士

611名無しさん:2023/10/24(火) 19:23:36 ID:AHvMbDPA0
大変長らくお待たせいたしました。
今度の日曜日にVIP(駄目ならこちら)でお会いしましょう。

612名無しさん:2023/10/25(水) 07:54:33 ID:qkxW/XhI0
うお〜〜〜〜〜〜〜〜

613名無しさん:2023/10/25(水) 19:00:54 ID:V60hswNk0
まってるよおおおお

614名無しさん:2023/10/30(月) 19:09:22 ID:tOv5UUqs0
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復讐の果て。
私が求めた復讐の果て。
復讐が生み出した旅の果て。
全ての果てに私が得たのは――

                                            ――とある復讐者

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September 25th

世界を変える規模の戦争では、必ず歴史に名を刻むほどの兵器が登場する。
第二次世界大戦で核兵器が登場したのと同じように、第三次世界大戦では軍用第七世代強化外骨格“棺桶”が登場した。
そして時が流れた9月25日。
この日に起きた戦争では、歴史に名を刻むはずだった兵器が時を経て登場した。

人類史を紐解いた上で、人類史上最大の飛行機は間違いなく“スカイフォール”と“ムーンフォール”の二機だ。
世界最大にして最新。
9月25日、史上唯一の原子力空中空母であるその二機が同時に世界の空を支配するはずだった。
それを阻んだのは、世界唯一の空軍を秘密裏に有していたイルトリアである。

一機は既に海の底に沈んだが、スカイフォールは依然としてイルトリアの上空に浮かんでいる。
“月”は堕ちたが、“空”はまだ健在。
世界最強の軍隊を有するイルトリアとの戦闘を経たにしては、これでも十分な戦果と言えた。
実質的に世界を支配していた二つの街の中でも、特に注意しなければならないのはイルトリアだ。

常に争いの事を考え、幼少期より戦いの英才教育を受けている彼らの中には一人で分隊並の力を発揮する者もいる。
それだけの戦闘力を有する軍隊を相手にするには、数と質で攻め込む以外の策はない。
その為、ジュスティアに攻め入った兵力の二倍の数がイルトリアに向けられた。
その甲斐あってか、戦闘は依然として継続していた。

だがそれはあくまでも即死を免れただけであり、猛烈な反撃と多大な犠牲を出さなかったということではない。
その反撃を受けたことにより、戦闘に参加した人間は皆、同じ感想を抱いた。
仮定の話だが、もしもジュスティアとイルトリアが戦争を起こしていたとしたら、勝っていたのは間違いなくイルトリアだ。
攻め込んだ人間がそのように断言する理由は大きく2つあった。

1つ目。
そもそも攻め入る段階での敷居の高さだ。
ジュスティアの様な壁がないが、街を覆う壁がないということは、それだけ視野が開けているということ。
そして、自由に動けるということなのだ。
イルトリアの軍隊は何よりも自由に動けることを好み、臨機応変が強みの彼らにとって、壁は邪魔でしかないのだ。

また、街そのものが基本的に外敵に対して強く作られており、背の高い建物からは街に入ろうとする輩が監視できるようになっている。
街の人間達が戦いやすいよう、家屋には塹壕や即座に展開できる遮蔽物など有事に備えた装備や準備が充実している。
街にいる人間全てが戦闘員であることを考えれば、攻め入るという行為そのものがどれだけ命がけなのか、想像に難くない。

615名無しさん:2023/10/30(月) 19:09:44 ID:tOv5UUqs0
そして2つ目。
最高戦力である、円卓十二騎士とイルトリア二将軍の性質の違いである。
これまで長い間、実戦とは遠い場所でその名を馳せてきた円卓十二騎士と実戦の場で名を馳せてきた2人の将軍であれば、戦闘で活躍するのは後者だ。
そして何より、十二人と二人の力量が比較されているといる事実がその裏付けとなっている。

前者は戦場で名を馳せてきた武勲や、単騎での武勲によって選抜された人間がほとんどであり、長期にわたる戦歴はあまり重視されていない。
それに対して後者は言わずもがなイルトリア軍を率いる存在であり、そのためには圧倒的なまでの武力を有している必要がある。
いわば、ジュスティアが個対個としての力量を見ているのに対して、イルトリアは個対軍としての力量を見ているということ。
そもそもの性質の違いが両者にはあり、その性質は軍隊にも引き継がれている。

陸海空の三方向からイルトリアに攻め入ってからすでに1時間近くが経過しているが、侵入を成功させたのは未だに空からの部隊だけだった。
運よく生きて海からの上陸を試みることができた部隊は、大地を踏んだ瞬間に埋設されていた高性能地雷によって爆散している。
機動性に優れた高速艇は、イルトリア海軍の防衛網を突破出来ていない。
頼みの綱である原子力潜水艦はその防衛網に穴が出来るのを海底で待ち続けているが、一向にその気配は訪れない。

しかし、そうした不利な点を帳消しにし得るのが、スカイフォールとムーンフォールという存在だった。
その2機に搭載したニューソクを使えば、イルトリアを焦土にすることが出来る。
だがそれは最後の手段であり、用意した部隊が全滅する、あるいは敗北が決定的になる前に使うことになっている。
海中に沈みつつあるムーンフォールも、高高度を飛行するスカイフォールも、遠隔操作でニューソクを爆発させることが可能だ。

イルトリアの上空を悠然と飛行するスカイフォールがその気になれば、一瞬でイルトリアを蒸発させることができる。
犠牲にさえ目を瞑れば、絶対に勝つことが約束された戦争なのだ。

川 ゚ -゚)「……」

故に、スカイフォールを指揮するクール・オロラ・レッドウィングは焦る必要がなかった。
そう。
焦る必要など、どこにもない。
そう分かっているはずなのに、彼女の心臓は早鐘を打ち、背筋に嫌な悪寒が走っている。

銃腔を突き付けられている様な、ナイフの切っ先が喉元に押し当てられている様な心地がしているのだ。
その気持ち悪さから逃げるために、クールは短く命令を下した。
それは嫌悪感から目を背ける人間の本能的な動きだったが、本人にその自覚はなかった。
自らの意思で合理的な判断を下したと、そう思い込んでいた。

川 ゚ -゚)「……高度を急上昇させろ。
     狙い撃ちにされるぞ」

難を逃れたとはいえ、まだイルトリアからの攻撃が止んだということではない。
洋上の制圧が済んでいない以上、高度を上げて安全な場所から状況を俯瞰するのが賢明だ。
ただし、格納庫のハッチが閉じない状況にあるため、酸素の事を考慮した高度を飛行しなければならない。
彼女の言葉に従い、機首が上を向く。

エンジンが唸りを上げ、一気に高度を上げていく。

川 ゚ -゚)「……ん? 揺れて――」

――彼女が呟いた瞬間、それを肯定するかのように警報機が機内に大きく鳴り響いた。
複数の警告灯が赤く輝き、ディスプレイに次々と警告のメッセージが流れてくる。

616名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:06 ID:tOv5UUqs0
川 ゚ -゚)「報告をしろ」

从;´_ゝ从「か、格納庫から戦車と装甲車が落下しています!!
     固定具が外れています!!」

川 ゚ -゚)「高度8000メートルまで止まるな。
     詳細はその後だ」

彼女の指示に従い、スカイフォールは高度を上げていく。
高度8000メートルに到達すると同時に機体が水平になり、振動が収まる。
計器類の異常を確認する部下たちを一瞥し、クールは静かに、だが明らかな怒りを孕んだ声を発した。

川 ゚ -゚)「……報告をしろ」

从;´_ゝ从「固定具が自然に外れることはあり得ません!!
      それに、先ほど海面から離れる際にはこんなことにはなりませんでした!!
      誰かがタイミングを見て意図的に外したとしか……」

パニックになる操縦士を一瞥し、クールは静かに息を深く吸い込んだ。
考え得る限り最悪の事態が起きただけ。
そうなった場合の備えは用意されている。
焦りは更なる焦りを生む。

不測の事態は、想定の範囲内なのだ。
ため込んだ息と共に、クールは命令を下す。

川 ゚ -゚)「……侵入者がいる。
     総員、戦闘準備。
     侵入者を見つけ次第殺せ」

だが、その命令が下されるよりも早く、彼女の部下たちは動き出していた。
彼女の眼光が、無言の内に全てを物語っていたのである。

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Ammo→Re!!のようです

   |i: : : : : : l: : : : : : : : | : : : :{! : : : : : :l: : : : : : l: : : : : : : : : |: : l : l: : : : : i|
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   |i: : : : : : l: : :{i: l: : : :| : : : :{! : : : : :| |: : : : : l: : : : :l: : : : :|: : : : l: : : : : i|
   |i: : : : : : l: : :{i: l: : : :| : : : :{! : : : : l| |: : : : : l:l : : : l: : l : :|: / : ′: : : : :
   |i: : : : : : :', : {i>- : |_: : : :{! : : : : l| l : : : : 从l : :_l斗l七|/: :/: : : : : : i|
   |i: : : : : l : ',: :|从─┴‐─ゝミー‐┘ ゝ‐‐>七'ー┴从//: :/: : : : : : : i|
   |i: : : : : l: : :',: l ャセ=芹圷心ミー       ,ャセチ示7气ミ 7: : : l: : : : : i|
   l: : : : : :l: : : l: l  ` V辷ツ_,         、_ V辷少  '′ /|i : : l: : : : : i|
   : : : : : : : : : :|ヾl                            |i : : l : : : : : :
  . : : : : : : : : : |ヽ’                     /ノ |i : : l : : : : : :

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617名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:27 ID:tOv5UUqs0
同日 AM09:56

スカイフォールの機内はその大部分が格納庫であるため、ほとんどの通路が狭く、入り組んだ形状をしている。
そのため、兵士たちの装備は動きやすく理にかなった軽装備で統一されていた。
用意されている棺桶は大きくてもBクラスの“ジョン・ドゥ”で、基本的にはAクラスの“キーボーイ”が支給されていた。
鳴り響くサイレンの中、Aクラスの棺桶を身に着けた男たちが四人一組で機内を駆けている。

〔欒(0)ш(0)〕『急げ!!』

降下作戦後、機内に残っている人間は操縦士や整備班だけではなく、キュート・ウルヴァリンの私兵部隊である“サウザンドマイル”も40人ほどいた。
彼らは高度な訓練と多くの実戦経験を積み、その力量はジュスティア軍を凌駕する程である。
しかし、構えたM4カービンライフルに装填されているのは対人用の弾だった。
機内で貫通力の高い弾を使えばどうなるのか、彼らは良く分かっているからだ。

彼らが向かう先は格納庫だった。
侵入者によって固定具が解除されたのであれば、その付近にいる可能性が高い。
格納庫に続く道にある扉は全てが厳重に閉ざされており、気圧差による問題は今のところ発生していない。
風が吹き荒れる格納庫に近づいた時、前触れなしに銃声が鳴り響いた。

放たれた銃弾が次々と壁を貫通し、砕けた壁の破片が雪のように降り注ぐ。
しかし、その銃弾で倒れた者は一人としていない。

〔欒(0)ш(0)〕『格納庫で接敵!! 敵は対強化外骨格用の弾を使っているぞ!!
        撃たせるな!!』

グレネードなどの軽量の投擲物は周囲への被害が大きいため、使用が出来ない。
使えるのは銃と刃、そして己の拳足だけだ。
スカイフォールの床には磁石が仕込まれており、金属を含む物は強い衝撃を受けなければ機外に飛ばされる心配はない。
だがそれは敵も同じだ。

〔欒(0)ш(0)〕『俺が行く!! 援護を!!』

姿勢を低くし、近接戦に備えてライフルの銃身に高周波振動のナイフを取り付ける。
銃撃の合間を縫うようにして、マリソン・ディルヘイムが駆け出した。
それを援護するために、複数機のキーボーイが銃だけを壁から覗かせて発砲する。
こちらの弾が対人用だと悟られなければ、十分に牽制射撃としての意味はある。

〔 <::::日::>〕『出てきたな!!』

彼が目にしたのは、両手に機関銃を持つCクラスの棺桶“ユリシーズ”。
空になった格納庫で青空を背に仁王立ちになる姿は、まるで劇画の登場人物の様に芝居がかっている。
マリソンはこちらの装備で抵抗できないことを一瞬で悟りながらも、その後の踏み込みに躊躇はなかった。
武装の有利不利を考えたところで、すでに戦端は開かれている。

〔欒(0)ш(0)〕『敵はユリシーズだ!!』

その情報を口にし、構えたライフルを槍のように刺突させる。
だが、その切っ先が装甲に触れる前に機関銃の弾がマリソンの右手と右足をミンチにした。
その場に転倒したマリソンは見えない手に掴まれたかのように、格納庫から大空の彼方に消えて行った。
彼の残した言葉を聞き、最初に弾倉を対強化外骨格用の弾が装填された物に切り替えたのは、アンカー・スパイマンだった。

618名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:47 ID:tOv5UUqs0
〔欒(0)ш(0)〕『一気にやるぞ』

それに続いて弾倉を変えたのは、スペランカ・ツァーリとピエトロ・シングレッド。
増援が近づいてきていることを無線で確認しつつも、この狭い通路で待機することの愚を理解している三人は作戦を立てる間もなく、その場から跳び出した。
機関銃から放たれる曳光弾がほんの数ミリの差で格納庫の壁に着弾し、火花を散らし、穴を開ける。
どれだけ発射速度の速い機関銃であろうとも、構えている銃が二挺である以上、同時に狙えるのは二人が限界だ。

対してこちらは三人であり、二人が囮になっている間にもう一人が攻めれば勝機はある。
三つの銃腔がユリシーズに向けられ、同時に火を噴く。
先ほどの攻撃でこちらの弾が通常弾であると油断していれば、初弾でその命を奪い取れるはず。
しかしスカイフォールに侵入するだけのことはあり、ユリシーズの使用者はその場から真横に飛び、銃弾を回避した。

左腕で顔を胸から顔を防御する姿勢を取ったことで、銃腔が一つに減ったのを、三人は見逃さなかった。

〔欒(0)ш(0)〕『らあああああ!!』

雄叫びを上げ、スペランカが腰の高周波振動ナイフを逆手に構えて疾駆する。

〔 <::::日::>〕『駄目なんだな、それが!!』

だが。
ユリシーズはそれまで掲げていた左手を嘘のように下に降ろし、機関銃の銃床でスペランカの横面を殴った。
まるで野球ボールのように、スペランカの頭部だけが壁に激突した。
一瞬の内にユリシーズが残された体を盾にして、残された二人に接近する。

スペランカの生み出した一瞬の隙を、ここで使わなければならない。
弾倉を交換していたピエトロは潔くライフルを投げ捨て、ナイフを手に近接戦に備える。
巨体が嘘のように跳躍し、ピエトロの頭上に現れた。

〔欒(0)ш(0)〕『うおおああああ!!』

踏み潰される寸前でピエトロは横跳びになって回避し、着地直後の無防備なユリシーズにナイフを突き立てる。
着地と同時に、ユリシーズは逡巡した様子もなく機関銃でそれを受けた。
火花が散り、機関銃が二つに分かれる。
銃身から両断された機関銃はこれで使い物にならなくなった。

〔 <::::日::>〕『いい判断だが、甘い!!』

巨大な足がピエトロの胸部を捉え、思いきり蹴り飛ばされる。
直前に右手で防御をしていなければ、彼の胸は心臓ごと潰されていただろう。
もしもこれが地上であればピエトロはまだ再起を図れたが、気づいた時にはピエトロは格納庫から姿を消していた。
残されたアンカーは弾倉の交換を終え、発砲を開始している。

その射撃により、ユリシーズの持っていた最後の機関銃が手の中で爆散し、その衝撃でたたらを踏む。

〔 <::::日::>〕『ちっ!!』

ユリシーズは背中から弾の入ったバックパックを投棄し、肉弾戦に備えてボクシングの様な構えを取る。
こちらに余裕があればその誘いに乗っていたかもしれないが、今は緊急時だ。

619名無しさん:2023/10/30(月) 19:11:08 ID:tOv5UUqs0
〔欒(0)ш(0)〕『乗るかよ、そんな誘い!!』

〔 <::::日::>〕『そうかい』

つまらなそうにつぶやいた直後。
ユリシーズの榴弾投擲装置が静かに一発の榴弾を放った。
目の前に現れた黒い榴弾に気づいた時にはもう遅く、アンカーの頭部が爆発によって吹き飛んだ。
機関銃を失ったユリシーズは悠々と死体から高周波ナイフを奪い、両手でそれを構える。

〔 <::::日::>〕『まだまだ付き合ってもらわねぇとな』

近づいてくる複数の跫音を耳にした男はそう言って、深く息を吐いたのであった。

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Ammo→Re!!のようです

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                                         Ammo for Rebalance!!編
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同日 AM10:40

“葬儀屋”オサム・ブッテロがこれまでにこなしてきた殺しの仕事は、100を下ることはない。
荒廃した街に生まれた彼にとって、殺しとは生きるための手段だった。
幼少期、酒癖の悪い父と男癖の悪い母から彼を救ったのは殺しだった。
眠っている両親を三徳包丁一本で殺し、金と自由を得た彼に残されたのは、やはり殺しだけだった。

初めはマフィアの使い捨ての駒として、そしてそこから成り上がり、殺し屋として生きてきた。
殺しは彼にとって、数少ない娯楽でもあった。
一度覚えた興奮は、そう簡単に上書きできるものではない。
極上の娼婦を抱いても、困難な仕事をこなしても、常に乾いた欲求が彼に襲い掛かっていた。

刺激を。
更なる刺激を。
ギャンブルでは味わえない、命のやり取り。
命を奪う瞬間に味わえる、唯一無二の優越感。

だがそれは、デレシアという規格外の人間に出会ったことによってあっさりと打ち砕かれた。
ビルから落とされ、記憶を失い、これまでの自分を失った時。
彼の中に、夢が生まれた。
ピアノを弾き、絵を描き、音楽や絵画を生み出したいという夢。

620名無しさん:2023/10/30(月) 19:11:32 ID:tOv5UUqs0
一笑に付すような夢だが、何故かその気持ちが薄れることはなかった。
そもそも音楽や絵画に対する興味も、人並み以下程度しか持ち合わせていなかった彼にとって、この夢の出現は本人でさえ理解しがたい物だった。
それでも。
それでも、彼は夢を諦めようとは思わなかった。

鍵盤に指を走らせたときに感じた、ある種の高揚感。
筆を持ち、思うままにキャンバスの上を巡らせた気持ち。
自分の指が何かを作り上げ、それが即座に反映される快感。
それを手放すことを何よりも恐れている自分が、一番の驚きだった。

殺し屋が夢を見るなど、あまりにも荒唐無稽で自分勝手な世迷言だ。

〔 <::::日::>〕『……ははっ、良い旋律が浮かんだぞ』

記憶を取り戻してから、彼の日常は音楽に溢れていた。
誰かが怒鳴る声も。
列車の軋む音さえも。
全てが音楽であり、彼の中に創作意欲を生み出していった。

過去を振り返ってから、彼の日常は絵画で溢れていた。
あの瞬間の風景を。
あの時の表情を。
あらゆる瞬間を、刹那を、全てをキャンバス上で表したいと思うようになった。

そして今。
彼の中で新たに浮かんだ旋律は、勢いよく通り抜ける風の音と、近づいて来る多くの跫音から着想を得たもの。
彼の中に生まれた情景は、正に今、自らが置かれた状況に対する心象風景そのものだった。

〔 <::::日::>〕『さぁ、来いよ!!』

この日の様に、圧倒的な戦力差の中で行う仕事は一度もなかった。
だからこそ、なのだろう。
これまでに聞いたことのない旋律が彼の頭の中で生まれ、流れ、それを形にしたいと切望してしまうのは、生物が死の間際に子孫を残そうとする生存本能と同じだ。
思い描いたことのないような色合いが浮かんだのは、心が無駄な情報と断じた色味の全てを拾い上げたからに違いない。

彼は今、消えることのない創作意欲の中で戦っていた。
古より人が決して捨てることのできなかったその意欲こそが、人間に残された最後の雑念で在り、欲望なのだと彼は理解した。
創造力は死の淵にこそ開花し、それらを拒絶した彼方にこそ結実する。
何かを残したいという気持ちは、己の遺伝子ではなく、己の生み出した何かであっても同じなのだと分かったのだ。

最初の四機はこちらの手の内が分かり切る前に殺せたからいいものの、増援はそう簡単にはいかない。
オサムは持ち込んだ武器の優位性を失い、現地調達したものを頼りにするしかない。
手に入れたのはナイフを二振りだけ。
地面に落ちているライフルには手を出すつもりはなかった。

装填されている弾が対人用か、それ以外かを見極めるほどの余裕はない。
特に、今彼が装着しているユリシーズは装甲を優先したために小回りの利かない大型の棺桶だ。
足元に落ちている銃を拾うという動作一つで、簡単に関節部の隙間を露出してしまう。
そのリスクを負うぐらいであれば、高周波ナイフや拳足を使った戦いをしたほうが遥かに利口なのだ。

621名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:07 ID:tOv5UUqs0
それに、接近戦は彼の得意とする分野でもあった。
恐らくは最高速度で侵入してきたキーボーイが壁を走りながら現れ、そして、オサムに飛び掛かってきた。

〔欒(0)ш(0)〕『しゃっ!!』

短く、そして濃厚な殺意の籠った一声。

〔 <::::日::>〕『っせいい!!』

相手の練度の高さは素直に感嘆するものがあった。
並の相手であれば二振りで殺せるのだが、何度も鍔迫り合いをした上で、棺桶の膂力によって強引に命を奪わなければならない。
その間にも援護射撃がユリシーズの装甲を容赦なく削るため、戦いに集中することが出来ない。
機内の張り巡らされた通路を通るには、ユリシーズはあまりにも大きすぎた。

その為、オサムは格納庫に居座るしか道がなく、そこから先に進むことができていない。
最も、ここに敵を集中させることによって他の二人が最深部に容易に進めるというメリットがあるので問題はない。
この作戦にオサムが抜擢され、更にはヒート・オロラ・レッドウィングと耳付きの少年がチームに入っている理由は説明されずとも理解していた。
彼の役割は陽動であり、この狭い戦場内の注目を集めることにある。

〔 <::::日::>〕『ほら、どうした!!』

既に大量の銃弾で航空機の内側に穴を開けたため、吹き込んでくる風の強さが尋常でないものになっている。
そこに加え、ユリシーズに内蔵されているグレネードランチャーでの爆撃が彼を無視できない存在にしていた。
異常事態を知らせるサイレンが鳴り響き、銃声と悲鳴と怒号が事態をより一層悪化させている。
オサムという存在に対する憎しみは一秒ごとに増加し、他の侵入者への意識を軽薄なものにする。

増援で現れたキーボーイを屠り、装備を奪い、死体を盾として使うたびに敵からの攻撃が過激になってくる。
ナイフで突き刺し、切り裂き、そして撃たれる。
一歩間違えれば死と隣り合わせの中、オサムは被弾をゼロにするのではなく、致命傷を受けないことに集中した。
Cクラスの棺桶の装甲は厚みも強みだが、肉体との距離が離れていることも強みの一つだ。

そこに加えて、装甲の厚みが強みであるユリシーズを使用しているオサムにとって、長期戦は最初から織り込み済みの展開だった。
つまるところ、対強化外骨格用の銃弾に体に当たりさえしなければ問題はないのである。

〔 <::::日::>〕『はぁ……はぁ……!!』

戦闘開始から30分が経過し、10人以上の死体を作る頃には流石のオサムも息が上がり始めていた。
過剰なストレスにさらされただけでなく、手強い人間を相手に殺しを続けることのプレッシャーが重圧となっている。
既に高周波ナイフは三度目の交換を終え、いよいよ装甲の被弾による損傷も洒落にならなくなっていた。
何かを待っているのか、それともオサムが機内に入っていかないことに気づいたのか、増援が止んだ。

息を整え、機内に繋がる道に目を向ける。
格納庫から機内に入る道は増援のおかげで確認が出来たが、その狭さはユリシーズにとっては致命的だ。
オサムにできることは二つ。
一つは、この場に留まること。

そしてもう一つは、ここで棺桶を脱ぎ捨て、生身で戦いを挑むということだ。
彼が決断に要した時間は僅かに数秒だった。
視線で棺桶を操作し、その場にユリシーズを脱ぎ捨てる。

622名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:32 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「さぁて、仕事だ仕事!!」

これで敵の使っていた銃を気兼ねなく使える。
死体からM4カービンライフルと弾倉、そして高周波ナイフを奪い取る。
キーボーイであれば、ライフルとナイフでも十分に殺せる。
機内に踏み入ろうと一歩を踏み出した、その瞬間だった。

全ての出入り口にシャッターが降り、オサムは一瞬で格納庫に閉じ込められた。

( ゙゚_ゞ゚)「……へぇ、賢いやり方だな」

退路のないオサムをこの場にとどめておけば、高山病に似た症状で苦しめることができる。
棺桶を使っていたとしても、バッテリーが切れればそれまでだ。
潔い判断の裏にあるのは、これ以上の戦闘続行が彼らにとって望ましくない状況にあることを意味している。
閉じられたシャッターがどれほどの堅牢さなのか、それによってオサムのこの後の動きが決まってくる。

シャッターに近づくと、低く唸るような音が鳴っていることに気づいた。
高圧電流に違いなかった。
もしも高周波ナイフを突き立てれば、柄の部分に入っているバッテリーが爆発することだろう。
貫通力のない銃弾ではとても貫通できそうにない。

( ゙゚_ゞ゚)「やるじゃん」

だが、彼にとってこれは焦る事態ではなかった。
高圧電流による妨害は、棺桶を使う人間であれば必ずぶつかる壁だ。
オサムは脱ぎ捨てたユリシーズの元に戻り、それを装着してから保険の作業をした後、シャッターの前に戻る。

〔 <::::日::>〕『おい、カメラで見てるんだろ?
       この格納庫にデカイ穴開けられたくなかったら、さっさとこのシャッターを上げろ』

当然、返答はない。
返答があったところでやることに変わりはない。
遅いか早いか、それだけなのだ。

〔 <::::日::>〕『さぁて、それじゃあ!!』

両手をシャッターにかざす。
両手の裾に隠された榴弾が炸裂すれば、最低でもシャッターを閉じる電気系統にダメージを与えられ、開く可能性を産む。
その時、オサムは背中に視線を感じ取り、そこで動きを止めた。

〔 <::::日::>〕『……驚いた、一人か』

ゆっくりと振り返る。
攻撃してこなかったのはこちらの装甲を破るだけの火力がないからだ。
それが分かれば、余裕を持って対応できる。

〔 <::::日::>〕『なんだぁ、手前?』

623名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:53 ID:tOv5UUqs0
そこにいたのは、今にも風で飛ばされそうな線の細い男だった。
顔には精悍さはなく、気だるげな、自信のなさそうな顔つきをしている。
若干の猫背。
銃を構えるその姿は、素人そのものだ。

人を殺した数よりも自慰をした数が勝る男の顔だった。

('A`)「お前を止める男だよ」

〔 <::::日::>〕『……あー、時々いるんだよな、こういう馬鹿が。
       自分がヒーローになった気になる奴が。
       弾が当たらないとか、自分の攻撃が一撃必殺になったと勘違いしている奴』

('A`)「ん? 鏡でも見ているのか?」

〔 <::::日::>〕『お前、素人だろ。
       銃の構え方で分かる。
       ……いや、薬をキメた素人か』

瞳孔が開いていることに気づき、息遣いの乱れを察する。
向精神薬か、別の何かを使っているはずだ。
“マックスペイン”の可能性もあるが、それ以外の薬であればオサムには関係のない話だ。
素人がどれだけ薬で気分を盛り上げようとも、戦闘能力に変化はない。

薬がもたらす大きな影響は、言わずもがな精神面に対するものだ。
そして戦闘力は現在本人が有している筋量を越えることはない。
傷つくこと、そして死を恐れないための薬でしかない。
脳のリミッターを外し、身体能力を劇的に向上させるマックスペインでなければ、臆病な素人が馬鹿な素人になるだけである。

('A`)「すげぇな、分かるのか」

〔 <::::日::>〕『分かるさ。 お前みたいな臆病者が俺の前に立つってことは、薬を使うしかないからな』

('A`)「……俺は臆病者じゃない」

〔 <::::日::>〕『じゃなきゃ、ヘタレだな。
       よう! ヘタレ! 久しぶりだな!!
       この前の同窓会ぶりだな!!
       確かトイレでずっと泣いていただろ?!』

おどけた様に言葉を投げかけるが、男は激怒した様子を見せない。

('A`)「そうやって俺を挑発するってことは、俺が怖いんだな。
   そりゃそうだ。
   棺桶を使って俺に負けたら大事だからな」

〔 <::::日::>〕『安い挑発だな。 廃棄処分寸前の鶏の言葉だ』

624名無しさん:2023/10/30(月) 19:13:24 ID:tOv5UUqs0
('A`)「いや、いいんだ、誤魔化さなくて。
   なんせ俺とお前の間の技量には圧倒的な差がある。
   負ける方が難しいぐらいだ。
   だから、そう。

   俺に負けたとあっちゃ、死んでも死にきれないよなぁ」

〔 <::::日::>〕『ははっ、声が振るえてるぞ。
       だが、その勇気に免じて相手してやろう。
       喜べよ。
       お前は今、“葬儀屋”の前にいる。

       葬儀がタダで出来るぞ』

('A`)「だったら、棺桶なんて捨ててかかって来いよ」

〔 <::::日::>〕『なら、殴り合いでもするか?
       よしてくれ。
       弱い者いじめはしない主義なんだ、こう見えても』

('A`)「来ないんなら、こっちから行くぞ?」

男はそう言って、拳銃を腰のホルスターにしまった。

〔 <::::日::>〕『四の五の言わず、最初からそうしておけ……よっ!!』

仕掛けたのは、オサムからだった。
航空機全体を震わせるほど強く踏み込み、その勢いを乗せた拳を真っすぐに突き出した。

('A`)「せいっ!!」

その拳を、男が正面から受け止めた。
あり得ない光景だった。
男は拳の形を作っているが、オサムの拳とは直接ぶつかっていない。
間に分厚い壁があるかのように、空中で静止している。

〔 <::::日::>〕『……変わった棺桶だな』

('∀`)「……ばれちまったか」

不可視の形状、そしてその特性。
紛れもなくコンセプト・シリーズのそれだ。
問題は、果たしてその棺桶が何なのか、という点である。
オサムの知る棺桶であれば対処も出来るが、恐らく、これは彼の知らない棺桶だ。

('A`)「さぁ、勝負だ!!」

〔 <::::日::>〕『間合いなんてな、一度殴り合えば分かるんだよ!!』

625名無しさん:2023/10/30(月) 19:13:56 ID:tOv5UUqs0
不可視の棺桶との戦闘はこれまでにも経験があった。
しかしそのいずれも、所有者ごと隠すことを目的に設計されていた。
生身の人間が見えている状態の棺桶というのは、あまりにも不可思議な設計だった。
だからこそ、見えてきた形状がある。

文字通り体を覆う形の外骨格、もしくは独立して動く副腕だ。
そうでなければ男が拳銃を持っていられるはずがなかった。
拳と見えない拳がぶつかり合ったことを考えると、拳を覆う形でまとう棺桶である可能性が高い。
ならば、単純な棺桶のクラス差を考えれば負ける道理がない。

大型と小型。
単純な質量のぶつかり合いならば、Cクラスに分がある。

〔 <::::日::>〕『だらぁ!!』

左拳で振り下ろす一撃。
受け止めるか、それとも避けるか。
相手の持つ近接戦闘の経験値と、棺桶の補助能力を試すための一撃だ。

('A`)「雄オ!!」

それを左手一本で受け止め、男が右拳を握り固める。
だがそれが突き出されるよりもずっと先に衝撃がオサムの胸部を襲った。

〔 <::::日::>〕『ぬぐがあ!?』

想像以上の衝撃だが、耐えられない程ではない。
しかし。
この環境で受けたその衝撃はユリシーズの巨体を宙に浮かべ、格納庫の端から壁にまで叩きつけただけでなく、そのまま数メートルも機体後方に流された。
オサムは相手の狙いをここで理解した。

どうして近接戦を仕掛けてきたのか。
その意図を。
淵まで残り1メートルの地点で踏みとどまり、オサムは息を吐いた。

〔 <::::日::>〕『殴り殺せないなら空から落とすってか』

('A`)「あぁ、この高さから落ちれば絶対に助からない。
   お前は今、俺の装備が分からないだろう?
   臆さずにかかって来れるか?」

先ほどの一撃で、副腕が独立して動いていることが分かった。
男の動きと連動していると思わせ、タイミングを狂わせた一撃を放つ。
近接戦でこれほど嫌われる行動もないだろう。
不可視でありつつ余計な動きで惑わすなど、発想が――

〔 <::::日::>〕『――お前、ひょっとしてバンズ家の人間か?』

思い当たったのは、同業者であるバンズ家の戦い方だった。

626名無しさん:2023/10/30(月) 19:16:04 ID:tOv5UUqs0
('A`)「え?」

〔 <::::日::>〕『やっぱりそうか、思い出した。
       お前、バリーの息子か。
       確かに顔が似てるな』

その名を出した瞬間の男の顔は、まるで一瞬で凪ぎ、凍り付いた海の様だった。
押してはいけないスイッチを押した瞬間の心地がした。

('A`)「な、何で親父の名前を……」

〔 <::::日::>〕『そりゃあ、俺が殺した人間の名前だからな。
       お前の誕生日パーティーの日に、母親も死んだだろ?
       俺が頭を斧で叩き割って殺したはずだ』

バリー・バンズ。
それは、オサムがとある組織の依頼で殺した殺し屋の名前である。
組織に対する深刻な裏切り行為が発覚したことにより、オサムによって殺された男だ。
極めて優れた技量を持つ男だったが、オサムには勝てなかった。

家族という弱みを持った殺し屋など、彼の敵ではない。
殺し屋が殺し屋として生きるためには、弱みを見せることは禁忌だ。
家族を脅しの材料に使えばいくらでも弱体化できる。
家族を得たことによって命を失ったバリーの戦い方は、今目の前にいる男のそれに酷似していた。

(#'A`)「お、お前……お前が!!」

〔 <::::日::>〕『最後に家ごとガスで爆破させたからてっきり殺したと思ってたんだが、生きていたか。
       そうか、母親の死体を被ったのか。
       いや、しっかしすげぇな。
       世間の狭さに笑っちまうな。

       よし、お前は絶対に殺してやる。
       本気で相手してやるよ』

(#'A`)「殺してやる、絶対に!!
    お前だけは!!」

627名無しさん:2023/10/30(月) 19:16:47 ID:tOv5UUqs0
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         ,.イ .::,'     ..:/ .::::i!.::{::.       | :::..   }.      | .i! ヘ.、ヾ
 ____     / | .:/:  .:  .:ヾ、.::::/{ .:i!:::.       } | マ::::.  i!::.     i! i!.   マ`ヽ、
    "''<,イ::::::::i!.:,:::  .:  .::::_i!.:::\.|::::|::::::.       |: :} マ:::::. .|::::.    | ハ:::::.. マ::... `ヽ
          ヾ::::|.,:{::i! :: .::::::ス"`r 、\|::ヤ:::.    .:|!::i!  ヤ ,r=''"::    , i! ヘ ::::::...ヾ、:::::::
         `!:::|::i :::..:::::/ }r{、弋シヾヽ::::::..   .:|i!:}_,r≦___,,,,:::::: ::  ,: リ::::.. ヽ、 ::::::::\:
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:::.        :::::::ヤ::マ::::::,'::i!  |!    マヘ:::::::...::i!  r ̄ .}:リハ:::::..:: /:: i! r 、二>イ
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..、:::::::::::::::::......    マリ ヾ:|:::|::',  i!     {  マ::/   .リ   /:::|::::/:::: .i!::::マ!:イ::::::::::::
::::::`ヾ、::::::::::, r=    i! .::::` .i!::} 、    , 、___´__ '    /  /'::::::|:イ/:: i!::::::}!::::::___,,, イ
::::...  `''''"     / }::::: リ:::リニヘ   fラ=-- =ヘ    /ニ,'::::::::':/::: ,'::::::::|!イ
::::、:::::::::       ,'  }:::/,':::∧二 ヘ、 {|::::::::::::::::,リ , イ二ニ{i::::::::/.::  ,:::::::ノ   ..:::::::::::::::::
::::::マ:::::::      .,'  ノイ.:}:::/ニマニr=マ、ヾ、,,___シ,rイ二ニ, イ!i:::::/ /  ,'::,イ   ..:::,, r===--
::::::::}       /  /' /リ/ヘ二マ',  } `=- =イr=、二/ニ{'::::/ /  ,'   ...::::::::::::::::::::::::::::::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ドクオ・バンズは、己の心に立てた一つの誓いを胸に、目の前にいる男を空から叩き落すために飛び出した。
学校で孤立していたドクオの唯一の味方だった優しい両親を殺し、彼を孤児にした一人の殺し屋。
その正体を掴む為に、彼は出来るだけの事をしたが、微塵もつながりを見つけることはできなかった。
復讐に生きることの虚しさに気づき、彼は社会的弱者のための支援施設で働くことにした。

そこで過ごした日々は今でも輝かしい思い出だが、偏見を持った人間達に施設が襲撃され、死体に出迎えられた時の瞬間は悪夢でしかない。
だが彼は復讐ではなく、そうした偏見や差別をこの世界からなくすことが彼らへの手向けになると考えた。
そして一つの誓いを立てた。
不要不殺の誓いである。

相手を殺害することによる解決など、何の意味もない。
むしろ、殺害するに至った背景を考え、それが再び起きないようにすることこそが最大の復讐なのだと考えたのだ。
そんな彼の命を助けてくれたクール・オロラ・レッドウィングと、内藤財団の存在が彼の人生を変えた。
彼女と共に世界を変える。

そう思い始めてから過ごした日々は、何よりも彼の人生で輝いていた。
そして今。
彼の人生の中で最大の悪夢が、目の前にいる。
そして彼の夢を邪魔している。

(#'A`)「死ねぇええええ!!」

相手を殺すことに感じるはずの躊躇いは、事前に摂取した薬物によって脳の中から完全に消え去っていた。
彼の五感は研ぎ澄まされ、頭はかつてないほどに洗練されていた。
怒りに身を委ねているように見せかけ、その実、頭の奥では男が次にとる行動を冷静に分析し、予想してている。
ドクオが使用する棺桶“ウォンテッド”ならば、彼の力を何倍にも増幅させ、復讐の果てをここに結実させることだろう。

ウォンテッドは単なる不可視の鎧ではない。
不可視の副腕であり、その大きさはAクラスでしかない。
肉体の補助は一切なく、あるのは戦闘の補助だけ。
しかしその不可視という特性が、何よりも相手に脅威を与えることになる。

628名無しさん:2023/10/30(月) 19:17:09 ID:tOv5UUqs0
更に、不可視の副腕には関節が複数存在するため、相手の予想をはるかに裏切る軌道が可能なのだ。
副腕は全部で四本。
その全てが拳の形を作ることも、抜き手の形を作ることも出来る。
即ち、男にとっては理外の攻撃が2つ存在することになる。

無論、相手はプロだ。
こちらの攻撃から、腕の存在が明らかになるのは時間の問題。
更にそれが多関節であることが見破られれば、戦いにおける優位性は減少する。
それを回避するため、ドクオにできるのは短期決戦という選択だけだった。

今ならば棺桶の大きさを気にせず、勢いで相手を殺せる位置関係にある。
この機を逃す手はない。

〔 <::::日::>〕『はははっ!! 来いよ、死にぞこない!!』

相手は慢心している。
今なら。
今しか。
今だけが、ドクオが仇敵を殺す最高の機会。

(#'A`)「お前は!! 生きていたらいけない人間なんだよ!!」

脚代わりにしている二本の腕により、ドクオは人間の身体能力以上の加速で男に迫る。
空中に飛び出したことにより、空気が彼の背中を押す。
一層の加速を得たドクオの手中には高周波ナイフが握られている。

〔 <::::日::>〕『生きていなきゃいけない人間なんていないんだよ!!』

ユリシーズの装甲に突き立てれば致命傷にはならずとも、駆動部に損傷を与えることができる。
飛び掛かるドクオを一睨し、男は左手を目の前に掲げた。
腕一本を犠牲にすればドクオを止められるという算段なのだろう。
それが過信だと気づいていない今は、正に絶好の機会と言えた。

(#'A`)「らぁっ!!」

ナイフを中空で手放し、背中から伸びる副腕に握らせる。
重みを持った一撃を振り下ろすのと同時に、残った三本の腕が男の両足と右手を狙う。

〔 <::::日::>〕『見えてんだよ、殺る気がさぁ!!』

男はそれを待ち構えていたかのように左手を素早く横薙ぎに振り、ドクオの一撃に合わせてきた。
ナイフを握る副腕を正確に捉えたその一撃は、だがしかし、その軌道全てを書き変えることはできなかった。
切っ先が深々と男の肩に突き刺さり、火花が散る。
代わりに副腕が一本破損し、その姿が露わになる――

〔 <::::日::>〕『何?』

629名無しさん:2023/10/30(月) 19:17:31 ID:tOv5UUqs0
――そう、男は思っていたに違いない。
だが現実は、副腕は破損せず、姿も露呈していない。
多関節故に横からの衝撃に対して強く、折れずに済んだのだ。
薙ぎ払いという選択が、この棺桶には通用しない。

(#'A`)「もらった!!」

両足、そして右手を副腕が掴む。
長時間は持たない。
手に入れられるのは一瞬の油断。
その油断こそが、ドクオの目的だった。

(#'A`)「これで終わりだ!!」

本命は腰のホルスターに収められた拳銃。
空いた手でドクオはそれを抜き放ち、ユリシーズの首の受け根に銃口を差し込んだ。
銃爪を引くのは一瞬だった。
フルオートで放たれた対強化外骨格用の弾は、容赦なくユリシーズの首を貫く。

一瞬の内に30発全てが放たれ、ユリシーズはそのまま動かなくなった。

(#'A`)「はぁ……はぁ……!!」

奇妙な静寂が流れた。
聞こえるのは風の音と、自分の荒い息遣い。
長い復讐の旅の果て、ドクオは遂に仇を取ったのだ。

( ゙゚_ゞ゚)「素人にしちゃ、頑張った方だな」

その声は、足元から聞こえてきた。
男はいつの間にか棺桶から抜け出し、余裕そうな表情でドクオを見上げている。

(;'A`)「な?!」

( ゙゚_ゞ゚)「だがここまでだ」

打ち上げるような後ろ回し蹴りがドクオの腹を穿った。
最悪なことに、ドクオの体は自らその場に固定していたため、衝撃の全てを受けることになった。
内蔵を損傷した経験は一度ともなかったが、その一撃が彼の臓器の一部を損傷させたことだけは自覚できた。
その証拠に、どこからか出てきた大量の血液が喉からせり上がり、一瞬の鉄臭の後、彼の鼻と口から噴き出たのだから。

(;'A`)。゚ ・ ゚「げはぁっ!!」

張り付けにされたかのように、ドクオは中空でもがき苦しむ。
握っていた拳銃をその場に落とし、腹を押さえてパニックにならないように思考を巡らせる。
薬物で得た興奮は彼の痛みを紛らわせるには至らない。

630名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:05 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「発想は良いが、意図がバレバレだ。
     戦い方は父親そっくりだが、技量は段違いだな。
     話にならない。
     まぁ、最初の一発目はよかったがな」

男の肩に薄らと滲む血が、ドクオの放った一撃が確かに到達したことを証明している。
だが深手ではない。
当然だ。
刃の長さと装甲の厚みを考えれば、よく刺さったと言ってもいいぐらいだ。

( ゙゚_ゞ゚)「冥途の土産に俺の名前を教えてやる。
    オサム・ブッテロ。
    じゃあな、バンズの息子」

ドクオの思考は加速し、次に自分がすべきことを考えていた。

(;'A`)「お……れ……」

オサムと名乗った男の抜き手が、ドクオの鳩尾を狙って放たれる。
殺し屋の抜き手は槍の一撃。
防弾着の上からでも十分な攻撃になるだろう。
内蔵に負ったダメージがドクオに命の危機を強く物語る。

(;'A`)「俺はぁぁ!!」

意識をどうにかつなぎ止め、ドクオは副腕を使ってその場から跳び退いた。
オサムの手刀が寸前までドクオの腹があった場所を貫く。

( ゙゚_ゞ゚)「それで次はどうする?!」

距離を取っても、ドクオの体力が回復するわけではない。
だが数秒だけでも時間を稼いだことにより、思考するだけの時間を得られる。
棺桶はダメージを受けていない。
ならば、優位性はこちらにこそある。

(;'A`)「すぅっ……!!」

薄い酸素を吸い込み、脳を活性化させる。
薬によって強化された感覚が四肢に力を与える。

( ゙゚_ゞ゚)「馬鹿がよぉ!!」

右手を腰に伸ばしたかと思うと、オサムは一瞬で拳銃を抜いていた。

( ゙゚_ゞ゚)「殴り合いしたいんなら、素手でこい!!」

そして発砲。
副腕を使い、ドクオは自分の身を護る体勢に入る。
結果としてドクオは思考する時間を得たが、こちらの手の内はほとんど相手に見破られた可能性が生まれた。

631名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:27 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「ほらほらほら!! 討つんだろう? 仇をさぁ!!」

(;'A`)「ぐっ……」

腰の後ろに手を伸ばし、ドクオはそこから拳銃を抜く。

( ゙゚_ゞ゚)「ちっ!!」

オサムは舌打ちをし、先ほど自ら脱ぎ捨てた棺桶の背後に隠れる。
決して貫通しないことを知りつつ、ドクオは銃腔を向けて銃爪を引く。
ユリシーズの装甲の上で火花が散り、それを見てオサムが笑い声をあげた。

( ゙゚_ゞ゚)「何だよ、通常弾かよ」

(;'A`)「手前を殺すには十分さ」

( ゙゚_ゞ゚)「その下手糞な銃撃で?
    おいおい、鶏だって殺せないぞ」

(;'A`)「殺してやるさ!!」

再び発砲するが、やはり、ユリシーズの装甲に阻まれる。

( ゙゚_ゞ゚)「奇跡でも起こさなきゃ無理だな」

('A`)「起こしてみせるさ」

そして、三発目。
それがドクオにとって最後のチャンスだった。
油断し切った今ならば、オサムの言う奇跡が起こせる。
ウォンテッドの多関節副腕は、“特化した目的”の副産物でしかない。

副腕はすでにドクオの狙い通りに急カーブを描き、狙いを定めていた。
放たれた銃弾は副腕に沿って軌道を変え、遮蔽物を越えた位置からオサムを狙い撃ちにする。

(;゙゚_ゞ゚)「んぐあっ?!」

小さな呻き声と共に、オサムが倒れる。
その腹に赤黒い染みが出来ていた。
運よく防弾着の間に命中したのだ。

(;'A`)「起きただろ? 奇跡は」

ウォンテッドの設計目的は銃撃の支援。
湾曲した軌道を描く銃撃に特化した棺桶。
遮蔽物を飛び越えた銃撃を実現することが、そもそもの目的なのだ。
故にこその多関節。

相手の位置が分かってさえいれば、銃弾は任意の軌道を描いて着弾させることができる。

632名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:48 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「あー、くっそ!!」

腹を押さえながら、オサムが銃を構える。
だがそれよりも先に、ドクオは銃爪を引いて次々と銃弾を放っていた。
遮蔽物がなくなった以上、ウォンテッドを使う必要はない。
それが焦りだと気づいたのは、10発放ったにも関わらず、オサムの胸部に1発だけしか着弾しなかった事実を理解してからだ。

(;゙゚_ゞ゚)「ぐっ……!!」

(;'A`)「はぁっ……はあっ!!」

弾倉を交換し、再び銃を構える。
恐らく強風の影響で銃弾が狙った通りに飛ばなかったのだろう。

(;゙゚_ゞ゚)「よーく狙えよ、へたっぴ。
    でないと、次は俺が当てるぞ」

両手で構え、照準をオサムの胴体に向ける。
銃爪を引く。
だが、オサムの体よりも奥の床に弾が着弾した。

(;'A`)「わざと外してるんだよ」

(;゙゚_ゞ゚)「いいや、違うね。
    お前は殺しの美酒ってやつに酔っちまったんだよ。
    生殺与奪を握った優越感が薬のせいで倍増して、お前は自分の体がまともに動かせないんだ。
    ははっ、みっともねぇなぁ!!

    興奮して暴発させるって、まるで童貞の初夜だな!!」

(;'A`)「う、うるさい!!」

(;゙゚_ゞ゚)「命乞いでも期待していたか?
    まさか。
    それこそ、死んでもごめんだね」

優位なのはこちらだ。
相手に会話の主導権を握られてはならない。
撃ち殺さなければ、ドクオの精神が侵される。

(;'A`)「……何で、親父とお袋を殺したんだ」

(;゙゚_ゞ゚)「あ? ようやくそれを訊くのかよ。
    仕事だよ、仕事。
    依頼があれば誰だって殺す。
    それが殺し屋だ。

    お前の親父が殺し屋だったのと同じだよ」

(;'A`)「でも、親父は……」

633名無しさん:2023/10/30(月) 19:19:18 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「分かってねぇな。 殺し屋に、良い殺し屋も悪い殺し屋もねぇんだよ。
    あるとしたら信念のある殺し屋か、そうでないかだけだ。
    あぁ、安心しろ。
    バリーは俺と同じで、信念のある殺し屋だった。

    ほら、これでいいか?」

(;'A`)「親父はお前とは違う!!」

(;゙゚_ゞ゚)「いいや、同じだね。
     殺し屋にとって、過程はどうでもいいんだよ。
     結果が全てだ」

オサムが銃腔をドクオに向ける。

(;゙゚_ゞ゚)「ほら、お前が撃たないなら俺が撃つぞ。
    サービスタイムは終わりだ」

その宣言通り、オサムの手の中にある銃が火を噴く。
副腕が防御に入る。

(;゙゚_ゞ゚)「三、いや四本か。
    ならよ!!」

それまでの苦しみの表情がまるで演技だったかのように、オサムが地面を蹴ってドクオに接近する。
銃弾を浴びせながら接近してくるオサムに対し、ドクオは無意識の内に防御行動に出る。
副腕はドクオを銃弾から守る為に体の正面に展開するが、そのせいで彼は銃を構えられない。

(;゙゚_ゞ゚)「殴り合おうぜ!!」

弾を全て撃ち切ったのか、オサムは手にしていた拳銃を投げ捨てる。
それがドクオ目掛けて投げつけられたため、副腕が自動的に迎撃する。
その隙を突き、オサムがドクオの懐に入り込んだ。

(;'A`)「うおっ!?」

(;゙゚_ゞ゚)「そんなもん捨てちまいな!!」

手刀がドクオの手首を襲う。
握っていた拳銃をその場に落とし、攻撃の手段を失う。

(;゙゚_ゞ゚)「タマがあるんだろうよ!!
    男の子だろ!!」

その言葉の真意を確認するまでもなく、ドクオの股間に激痛が走る。

(;'A`)「きっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「棺桶を解除しな。
    でねぇと、お前のタマと竿が引きちぎられることになるぞ」

634名無しさん:2023/10/30(月) 19:19:50 ID:tOv5UUqs0
(;'A`)「て、め……」

(;゙゚_ゞ゚)「急所からの失血死、こんなに格好悪い死に方するぐらいなら俺は自殺するね。
    それに、あんまり怖い言葉を使うなよ?
    緊張して潰しちまうだろ」

睾丸を握るオサムの手に力が込められる。
睾丸とは体外に出ている人間の臓器。
臓器を握られれば、どんな薬物を使っていてもその恐怖が薄れることはない。

(;'A`)「あひっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「ほら、そろそろタマが一つ潰れるぞ」

自らの体の一部が爆ぜようとしている感覚が、ドクオに強い恐怖心を植え付ける。
風船が破裂する寸前の感覚。
男であれば例外なく感じる恐怖心が強くなっていく。
ウォンテッドを動かすために割ける精神的余裕は、どこにもなかった。

(;'A`)「やめっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「安心しろ、もう一つタマがあるだろ?」

(;'A`)「くっ!! そっ!!
   解除する、するから!!」

(;゙゚_ゞ゚)「くしゃみが出そうだ。
    そのはずみで潰しちまうかもな」

(;'A`)『人が疎かにされるような社会は長続きしない!!』

遂にドクオはオサムの脅迫に屈し、棺桶を解除することにした。
その言葉に呼応するように、ウォンテッドの不可視化が解除され、背中から外れて落ちた。

(;゙゚_ゞ゚)「ようし、それでいい」

(;'A`)「早く放せ!!」

だがオサムの手は依然としてドクオの睾丸を握ったままだ。

(;゙゚_ゞ゚)「待った」

(;'A`)「あ?」

(;゙゚_ゞ゚)「くしゃみが出る!!」

(;'A`)「止めろ!! その前に放せ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「へ……」

635名無しさん:2023/10/30(月) 19:20:19 ID:tOv5UUqs0
(;゚A゚)「やめろおおおおおおおおおおお!!」

心からの叫び。
それを聞いて、オサムが意地の悪い笑顔を浮かべた。

(;゙゚_ゞ゚)「……引っ込んじまったよ」

(#'A`)「て、手前!!」

からかわれたのだと分かると、ドクオの中に生まれたのは殺意。
しかし。
睾丸が握られている今、ドクオにできることはない。

(;゙゚_ゞ゚)「オーケー、それじゃあ殴り合おう。
    よし、今から3つ数えたら手を離す。
    そうしたら殴り合いだ」

(#'A`)「……上等だ」

(;゙゚_ゞ゚)「イチ、ニィ……サン!!」

(#'A`)「だあああ!!」

予想と違い、オサムは本当に睾丸から手を離した。
大きく距離を取ったドクオに聞こえたのは、オサムの呆れたような声だった。

(;゙゚_ゞ゚)「ったく、喧嘩の基本ぐらいきちんと勉強しとけ」

(#'A`)「うおおおお!!」

怒りに身を任せ、ドクオは拳を握りしめて飛び掛かる。

(;゙゚_ゞ゚)「おらよ!!」

腹部に強烈な衝撃を受けたが、ドクオはそのままオサムの顔に殴りかかった。
横面を殴られたオサムは、だがしかし、その鋭い視線をドクオに向けたまま。

(;゙゚_ゞ゚)「世界を変えるんだろ!!
     だったらもっと気合入れろ!!」

(#'A`)「馬鹿にしやがって!!」

左右両方からオサムの顔を殴る。
それに対し、オサムは再び腹部に向けて鋭い一撃を放つ。

(#'A`)「ぐっ……」

(;゙゚_ゞ゚)「ちっ、少しは楽しめるかと思ったけど結局この程度か。
    手前の手を汚さないで世界を変えようとする奴なんてそんなもんか。
    もう飽きた」

636名無しさん:2023/10/30(月) 19:20:39 ID:tOv5UUqs0
ドクオの後頭部を掴み、強烈な膝蹴りがドクオの腹を襲う。
血反吐を吐き散らし、ドクオは四肢から力が抜けるのを感じた。
抱え上げられ、格納庫の後部に連れて行かれる。

(;'A`)「は……せ……」

ハッチの淵。
足場のない、即死へと通じる一方通行の道のりが足元に広がっている。

(;゙゚_ゞ゚)「付き合ってられねぇよ、お前には」

風が吹き荒れる中、ドクオは次に自分の身に何が起きるのかを分かっていた。
眼下に広がる白い雲と、その下で煌めく青黒い海。
この高度から落ちれば即死は免れられない。

(;゙゚_ゞ゚)「じゃあな」

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同日 AM11:49
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637名無しさん:2023/10/30(月) 19:21:01 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「……は?」

それは一瞬の事だった。
世界が白く光ったかと思うと、遠くから凄まじい爆発音が聞こえてきた。
オサムの視線はドクオではなく、開かれたハッチの向こう側に釘付けになっていた。
つられてドクオもその視線の先を見る。

そこには黒い大樹かと見紛う黒煙が立ち上り、空をその色で染め上げているところだった。
その光景がどのように彼の目に映ったのかは分からない。
だがこれが千載一遇のチャンスであることは間違いなかった。
素早くオサムの顔を平手で叩くことで、視界を一瞬だけ奪う。

(;゙゚_ゞ゚)「ぐっ」

ドクオはオサムの腕を掴んで体を捻り、どうにか床に着地してからそのまま壁沿いに駆け出した。

(;゙゚_ゞ゚)「逃げるんなら方向が違うぞ!!」

(;'A`)「逃げる? まさか!!」

そして、壁際に取り付けられている装置のスイッチを思いきり殴りつけた。
誤作動を防ぐために薄いガラスで保護されていたスイッチが深々と押されると、けたたましい警報音と赤いランプが点滅する。

(;゙゚_ゞ゚)「……何しやがった、手前!!」

(;'A`)「こっから先は一人で楽しんでくれ!!」

それは、格納庫の床で発生している強力な磁場を遮断するためのスイッチだった。
彼らが先ほどまで戦えていたのはその恩恵であり、それが遮断されれば、自重以外で彼らを床に縛り付けるものはない。
気にもしていなかった風の影響が、容赦なく二人を襲う。
それに備えていたドクオは近くの手すりに摑まるが、ドクオを放り捨てようとしていたオサムは――

(;゙゚_ゞ゚)「くそっ!!」

――足に力を入れ、風で飛ばされないように姿勢を低くして耐えていた。
だが腹に受けた銃弾が彼の体から力を奪い、流れ出る血が命を奪う。
持久戦に持ち込めばドクオの勝ちだ。

(;'A`)「これで終わりとは、残念だったな!!」

(;゙゚_ゞ゚)「終わるかってんだよ!!」

(;'A`)「もう手足に力が入らないだろうに!!」

(;゙゚_ゞ゚)「……くそっ」

(;'A`)「後は勝手に死んでるんだな!!」

ゆっくりと手すりを伝って安全な場所にまで戻っていく。
その姿を見ながら、オサムが絞り出すような声で言った。

638名無しさん:2023/10/30(月) 19:22:00 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「こんな終わり方でいいのかよ」

(;'A`)「いいさ、お前が死ぬんなら」

(;゙゚_ゞ゚)「ふん……つまらねぇ奴だ。
    復讐するってのに、そんなぬるい方法でいいのかよ」

(;'A`)「何?」

(;゙゚_ゞ゚)「復讐する時ってのはな、遠慮したら駄目なんだよ。
     お前は俺が憎いんだろう?
     だったら、これまでの恨みを込めて俺を殺せよ」

(;'A`)「俺は、お前とは違う。
   殺しを楽しむなんて嫌だね」

(;゙゚_ゞ゚)「おいおい、お前の夢でどれだけの人間が死んだと思っているんだ?
    今更善人面するなよ」

(;'A`)「……」

ティンバーランドが実行した数多くの作戦で民間人の間にも死者が出たのは事実だ。
無論、ドクオはそれに対して疑問を抱かなかったわけではない。
直視しないよう、意識しないように過ごしていた、いわば傷口だ。
夢に向かって進むいくつもの歩みは、血に汚れている。

だがそれらの犠牲を無駄にしないためにも、歩みを止めるわけにはいかないのだ。

(;゙゚_ゞ゚)「お前は俺よりもタチが悪い。
    俺は仕事で人を殺すが、関係ない奴を殺すことはほとんどない。
    仮に殺すことになったとしても、殺したことは認知するし、自覚もするさ。
    だがお前はどうだ?

    お前は、自分の手が汚れていることにすら気づかないようにしているだけだ。
    自分は奇麗な人間だと思い込んで、おまけに声高に主張して他者を批難していやがる。
    正義のために大勢を殺したくせに、殺したとは思っちゃいない。
    父親から人殺しの道理を教わらなかったのか?

    どんな理由があろうと、殺しは殺しだ。
    間接的だろうが直接だろうが、本質は同じなんだよ!!」

(;'A`)「黙れよ!!」

まるでこちらの気持ちを見透かしたかのように、オサムは淡々と告げる。

639名無しさん:2023/10/30(月) 19:22:22 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「いいや、俺はどうせ死ぬんだ。
    だったら、俺がお前に真実って奴を教えてやる。
    俺がこの手でぶっ殺したお前の父親の代わりに、道理と一緒に教えてやるさ!!
    いいか、お前の手足は血で汚れているんだ!!

    お前らの夢も!!
    お前の理想も!!」

(;'A`)「黙れぇぇぇぇ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「お前は結局――」

一発の銃声が響き、オサムがドクオの目の前から一瞬で消えた。

(;'A`)「え」

それは、封鎖されていた扉の向こうから放たれた銃弾だった。
監視カメラでドクオの窮地を知ったのか、それとも事態が悪化したことを察したのかは分からない。
確実に言えるのは、ドクオの仇敵は全くの第三者によってその命を奪われたということ。
恐らくはオサムの死体は風にさらわれ、空に吸い込まれるようにして格納庫から消えたのだろう。

〔欒(0)ш(0)〕『同志ドクオ!! 無事ですか!!
        装置を起動しなおしますので、もう少しだけ耐えてください!!』

(;'A`)「あ、あぁ……」

あまりにも呆気のない幕引き。
望んでいた物とはまるで違う復讐の終わり。
両親を殺され、復讐を誓っていた男の夢の果て。
燃え尽きることさえも許されない、そして、満たされることのない終わりだった。

――緊急通信が入ったのは、そんな時だった。

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Ammo for Rebalance!!編

: : : : : : : ; : : : : : /彡三ミx、`ヽ       __. `≧/Ⅵ: i : : : : : i: : : /
: : : : : : ::; : : : : :.; .{::::::::::::心.  ヽ    ,ィ ´_ニ 三 \.i: i : : : : : i彡´
: : : : :彡;: : : : : :;.込::_:_::歹        彡:::::心 ヽ .i: i : : : : : iミ、
>: ´: : ;: : : : : :;    ̄       ,    {:::::::::ゞ } i  i: i: : : : i: i: : : ミ: :三: 彡′
:彡´ノ: : : : : : : i           {   `ヾ:::歹 ノ  i: i : : : :i :i: : : : : : : /
  ./: : :i: : i : : i          /      `   ./j: i: : : : i j_: : : 彡´
./: : : :i : : : : ハ         _            ./ ; : i : : : :i; - ´
: : : : : : i: : i : :i.ム.       ' ´   `          /´}; : i: : : : :i 、
: : : : : : i: : :i : i: : \     :::::::          ./ /;: : : : : : :;: :三彡′
ー―彡.i: : :i : i: : :|. \             . :イ/ : ;: : : : : : /彡´

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640名無しさん:2023/10/30(月) 19:23:33 ID:tOv5UUqs0
同日

“レオン”こと、ヒート・オロラ・レッドウィングにとって、巨大な建造物の中に潜入し、対象を抹殺するという行為は初めてではない。
むしろ、彼女が仕事として人を殺していた頃はそうした仕事がほとんどだった。
ホテルで殺すこともあれば自宅で殺すこともあったし、基地に逃げ込んだ男を追って殺したこともあった。
しかし大抵はヒートに狙われていると知ると、地下に作られたシェルターや警備員で固めた建物に立てこもった。

正面から行けば返り討ちに会うのは目に見えているため、ヒートは静かに侵入し、殺害していった。
復讐を果たすために身に着けた技能は今日まで彼女を生かし、そして、再び復讐を遂げるために役立っていた。
だがこの日は、これまでとは全ての事情が違う。

ノパ⊿゚)「どうだ?」

(∪´ω`)「誰もいないですお」

復讐の対象を殺すという目的は同じだが、子供を相棒にして行うのは初めてだった。
耳付きと呼ばれる、獣の身体能力と特徴を持つブーンの能力を使えば、確かに潜入は楽になる。
扉の向こう、曲がり角の先、あるいは背後や頭上に隠れていたり接近する人間の匂いや息遣いを正確に把握することができる。
五感の内棺桶が補助できるのは聴覚と視力だけであり、聴覚の強化は戦闘中の妨げとなるため、基本的には推奨されていない。

しかしながら、床が金属でできていれば跫音は必ず生まれるため、屋内戦において位置を知るためには重要な要素となる。
徹底的に改造を施したベレッタM93Rの銃腔には、銃声を抑えるためのサプレッサーが装着されていた。
同時にこの巨大航空機に乗り込んだオサムが後ろの方ですでに大騒ぎを始めているため、ヒートが己の存在を悟られないようにするのは自然な流れだった。
事前の打ち合わせがあったわけではないが、彼が陽動を引き受けたのは、ひょっとしたらブーンが彼女と一緒にいたからなのかもしれない。

デレシアに対して並々ならぬ感情を抱いているのは分かったが、ブーンに対して気遣えるだけの道徳心を持ち合わせていることが驚きだった。

ノパ⊿゚)「……」

だが確かに、殺し屋には妙な拘りを持つ人種が多いことも事実だった。
ヒートも多分に漏れず、その類だった。
彼女の場合、その拘りは殺し屋になった理由故のもの。
根底的な部分で言えばオサムとは違う人間だが、本質は同じだ。

人を殺し、その報酬を受け取ることに対して躊躇しないという部分。
例えそれが、殺しの対象に制約があるとしても、オサムとヒートは同じ穴の狢なのである。
彼女が握る拳銃から放たれた数多の銃弾は、あまりにも多くの命を奪ってきた。
男女の違いも、年齢の違いもなく、子供も老人も殺した。

その両手は血に染まり、頭まで血に浸かっている意識もある。
だが、彼女もオサムと同じく、これまでの行為に対して一切の後悔の念を抱いてはいない。
生まれる前の赤子を殺したことに対しても、ヒートは後悔していない。
本来持つべき道徳心は彼女の父と弟と共に、ヴィンスで粉々になっていた。

だからこそ、ブーンが警告を発するよりも先に出合い頭に遭遇した整備員の格好をした男を見ても、顔色一つ変えなかった。
機内の酸素が急激に低下しているため、各要所で防壁が展開しており、それを開く時の音はヒートの耳でも聞き取ることはできる。
銃身下部に取り付けられた鋭利な刃が男の喉を切り裂き、喉から噴き出した鮮血が男の服を赤黒く染め上げる。
群青色だったはずの作業服は瞬く間に濃い色に変わり、それとは対照的に男の顔から血の気が失せていく。

( 0"ゞ0)「こ……ひゅ……」

641名無しさん:2023/10/30(月) 19:23:54 ID:tOv5UUqs0
死にゆく男の口を押え、声を出せないようにして静かに殺しつつ周囲を睨めつけるその視線には、一切の余裕がない。
彼女が果たしてきた復讐の最後の標的が、今、同じ空間にいるのだ。
それは情報によるものではなく、直感によるものだった。
同じ血を持つ者同士だからこそ分かる、非科学的な確信。

間違いなく、彼女の母親であるクール・オロラ・レッドウィングがこの航空機の中にいる。
興奮を自覚しつつ、傍らにいるブーンを守らなければならないという使命感も抱いていた。
相反する二つの感情に挟まれながらも、ヒートは決して焦らなかった。

(∪´ω`)「ヒートさん、2人、来ますお……」

ノパ⊿゚)「分かった」

殺人を前にしても、ブーンは一切動じなかった。
彼が歩んできた人生を考えれば、この程度は動じる必要のない事だ。
だが、とヒートは思う。
これだけ小さな少年が人の死を前にして何も思わないというのは、あまりにも残酷なことだ。

時代が違えば。
或いは、生まれが違えば、ブーンはもっと別の人生を歩めたはずだ。
獣の体を持つが故に迫害され、差別されるような時代でなければ。
彼は――

ノパ⊿゚)「ちっ……!!」

( 0"ゞ0)「なっ……」

(::0::0::)「ぎっ……」

サンドバッグを思いきり殴ったような二発の銃声は男二人の命を奪い取り、その場に倒れ込ませた。
直後に警報装置が鳴り響いていなければ、その銃声は確実に別の誰かの耳に届いていただろう。
オサムの陽動と相まって、どうにかヒートたちの存在は機内で知れ渡らずに済んでいる。
仮にこの航空機にクールがいないとしても、これを墜落させるだけでも十分だ。

イルトリアへの侵攻がどのような動きになるのか、ヒートにはまるで予想がつかない。
断言できることの一つに、この航空機の存在の厄介さがある。
これだけ巨大な航空機を飛ばすとなると、必要になるエネルギーはただの発電機では賄えるはずがない。
間違いなくニューソクが使用されており、それがある以上、これは空飛ぶ爆弾でもある。

安全な場所で爆発させなければ、イルトリアは地図上から姿を消すことになる。
それを回避するには、この航空機の操縦室に乗り込み、安全な洋上へと誘導する必要がある。

ノパ⊿゚)「流石にそろそろばれるかな」

(∪´ω`)「……お」

オサムが陽動をしていても、その内ヒートたちが目撃され、報告されるだろう。
更には、この航空機内に隠しカメラがないとも限らない。
既に気づいていながら放置されている可能性もある。

642名無しさん:2023/10/30(月) 19:24:16 ID:tOv5UUqs0
(∪´ω`)「……」

通路を直進すれば最短で到着できるのだろうが、それはこちらにとって必ずしも利益を生むとは限らない。
二人は跫音を頼りに道を変え、決して焦ることなく着実に操縦室へと向かっていた。
時には手近な部屋に身を隠し、オサムを目指して進んで行く増援をやり過ごす。
もしもヒートが身軽な恰好をしていれば、もっと別の進み方があった。

しかし、彼女が背負う棺桶は棺桶との戦闘になった際、必ず必要になる。
あらゆる棺桶を敵視し、対抗するために設計された“レオン”は旅の途中で立ち寄ったラヴニカでその修復を終え、完全な状態にある。
この航空機に積まれている棺桶の種類を考えれば、レオン一機で十分に対抗は可能だ。
恐らくは自分一人であれば、そのまま標的を殺すために突き進んでいたことだろう。

だが今はブーンがいる。
ブーンの存在はヒートにとっての枷であり、安全装置であり、そして燃料でもあった。
自制するために必要不可欠であるのと同時に、彼の存在がヒートに復讐の炎を思い出させてくれるのだ。
彼によく似た、自分の弟。

母親に蔑まれ、女子の名を与えられた弟。
自分が愛した、マチルダという弟の事を――

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同日 AM11:49

   /,イ l   |/ |  /l /‐/ |   / /´| /‐-! l  l  ',  |、ヽ
  ノ' / |   !  ! / レニミ |   // ニニミ ∨|  |  |  | \!
   /  ィ l |  | lイ´んハ | //   んハ ヽ |  !  |  !
   / / | /! A !V! らし!i レ /'    トしj ! リ! l  ト、 ',
  ノ '   |ハ| |ハ ヘ ヽゞzツ       弋z少 //ハ  !| \
       N ヘヽ\::::::::    ,    :::::::: /イ / ハ ∧!
         \l ! ゝ            / /_イ リ
         ヽ|ヽ 、     r 、     /!//|/
            |ハヽ    `´   , ィ ル

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異変を感じ取ったのは、ブーンが最初だった。
何かに気づいたかのように周囲を見渡し、すぐにヒートの足にしがみついた。
それは怯えの感情だった。
あまりにも唐突な変化に戸惑ったヒートだったが、その理由を、突如として光った空に見出した。

ノハ;゚⊿゚)「なん……」

思い当たったのは、ニューソクの爆発だった。

:;(∪;´ω`);:「お……」

ノパ⊿゚)「……大丈夫、大丈夫だよ」

643名無しさん:2023/10/30(月) 19:24:36 ID:tOv5UUqs0
怯えた表情のブーンを片手で抱き寄せ、その背中を優しく叩く。
数多くの死地を乗り越え、荒れ狂う海に放り投げられてもなお、デレシア達と旅を続けてきたブーンを怯えさせたのは果たして爆発だけが原因だったのだろうか。
人間よりも鋭いその感覚が、別の何かを捉えたのかもしれない。

(∪´ω`)「お……」

ノパー゚)「あたしが一緒なんだ、大丈夫だよ」

(∪*´ω`)「お」

彼の正確な年齢は、デレシアも知らないという。
ブーンはまだ誰かに頼り、依存したい年頃なのは十二分に分かる。
だが彼は、依存を良しとせず、自分の足で歩いていこうと生きている。
時には年相応に甘えてくることもあるが、一人の男として立ち上がろうとする姿は、見ていて気持ちのいい物だ。

この戦争がどう決着するのかはまるで予想がつかない。
言えるのは、ここでイルトリアが敗北すれば、ティンバーランドを止められる存在はこの世界から消えてなくなる。
世界を一つにするという夢は、言葉尻だけを捉えれば実に理想的な物だといえる。
しかしそれは、あまりにも多くの物を切り捨て、失う理想だ。

“耳付き”が生きることのできない世界など必要ない。
必要なのは、誰もが生きることのできる世界なのだ。

ノパ⊿゚)「よし、行こう」

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                  第十六章
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...  ...     ...:.:.             .    ...   ....:.:.:.:.::..

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同日 同時刻

クール・オロラ・レッドウィングは腕を組み、画面に映し出される二人の姿を睨みつけていた。
既に監視カメラが捉えたその侵入者は、彼女の直感が告げていた通りだった。

川 ゚ -゚)「……」

忌々しい話だった。
自らの血を分けた子供が、親の夢を潰しに来る。
まるで自分が裏切るかのような感覚だ。
育て方をどこで間違えたのか。

間違えたのは産み落としたことなのは間違いないが、それに気づくまでの間の教育にミスはなかったはずだ。

从´_ゝ从「本当にあの二人を止めなくていいのですか?」

644名無しさん:2023/10/30(月) 19:26:31 ID:tOv5UUqs0
傍らでカメラを操作する部下が、心配そうに尋ねる。
クールは画面から目をそらさず、即答した。

川 ゚ -゚)「不要だ。 私が産んだ私の罪だ。
     私がこの手で処理する」

夫と人間の出来損ないは無事に処分したが、自ら手を下さなかったのが失敗だった。
本当であればヒートもその日に死ぬはずだったが、何かの手違いで生き延び、こうして牙をむいてきた。
外見は人間のそれだが、本質は獣だったということだ。
つまるところ、クールが産んでしまった子供というのは、どちらも人間ではなく獣だったのである。

どちらの血が獣の遺伝子を持っていたのかは分からないが、その遺伝子はここで絶たねばならない。
人間が獣を産むなど、あってはならないのだ。

川 ゚ -゚)「先ほどの閃光は?」

从´_ゝ从「不明です。 ですがストラットバームの方角です。
     恐らくはニューソクの爆発かと……」

川 ゚ -゚)「ハート・ロッカーか、あるいはストラットバームのニューソクが爆発したか。
     忌々しい話だな」

事実を淡々と受け入れつつ、クールは思考を巡らせた。
作戦開始から時間が経過しているとはいえ、この展開は早すぎる。
内通者の存在を疑うが、そうだとしたら逆に遅すぎる。
つまり、この事態を予想して備えていた集団がいるということだ。

川 ゚ -゚)「だが我々の歩みは止まらない。
     前に進むだけだ。
     世界を変える歩みは誰にも止められない」

ストラットバームを失ったとしても問題はないが、ハート・ロッカーが失われたとしたら作戦に支障が出る。
超長距離の砲撃を可能とするハート・ロッカーが破壊されれば、ジュスティアやイルトリアに対する優位性が若干だが損なわれてしまう。
だがしかし。
ハート・ロッカーの性能を世界に向けて知らしめた時点で、その脅威を排除しようとする存在の発生は予想されていた。

むしろ、そうした存在がハート・ロッカーに向かうように仕向け、敵戦力の分散が一つの目的でもあった。
最優先事項はイルトリアとジュスティアの陥落。
それが実現できれば、この世界を一つにすることは容易だ。
無傷で世界が変わるとは誰も思っていない。

多少の痛みと犠牲を覚悟しなければ、何かを得ることなど不可能なのだ。

从´_ゝ从「……同志クール、格納庫にいた侵入者を排除したとの報告です」

川 ゚ -゚)「時間がかかったな。
     だがまぁいい。
     後は2匹だけだ。
     情報の収集を忘れるな」

645名無しさん:2023/10/30(月) 19:26:52 ID:tOv5UUqs0
从´_ゝ从「了解です」

川 ゚ -゚)「……そろそろ出迎えてやるかな。
     発電室に誘導しておけ」

从´_ゝ从「進路はいかがしますか?」

川 ゚ -゚)「イルトリア上空を旋回していろ」

ゆっくりと立ち上がり、クールは己の罪を清算すべく歩き出そうとした、正にその時。
二度目の閃光が世界を灰色に塗り潰し始めた。
彼女にはそれが己を祝福する花火の様に見えたが、世界にとっては歓迎しがたい冬の到来を告げるものだった。

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............... ..ヽ . ;: . / .⌒ _,,..__ ヽ  ) ;. :ノ......... .........
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        ._ゝ,,. .-ー;''""~ ';;; - .._´,
       ._-" ,.-:''ー''l"~:|'''ーヾ  ヾ
      ::( ( .     |:  !     )  )
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          ""'''ー-┤. :|--〜''""
              :|   |
              j   i
            ノ ,. , 、:, i,-、 ,..、
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同日 PM00:05

二度目の閃光が視界の端に映った時、ブーンは怯えることはなかった。
徐々に世界が灰色に染まる中、思っていたのはこの先に待ち受ける者だった。
全身で感じる嫌な予感は、まだその正体が分からずにいる。
確実に言えるのは、あまりにも巨大な悪意を持った人間がいるということだ。

まるでその悪意に誘われるように、二人は入り組んだ通路を進む。
やがて、発電室と書かれた開けた部屋に入ったところで、ヒートが足を止めた。
部屋の中央にある、天井と床を貫くように設置された太い円柱状の物が淡い青白い光を放ち、いくつもの太いパイプがまるで血管のようにそこから床や天井に伸びている。
周囲に響くのは低く唸るような音。

漂うのは熱風。
長時間ここにいるのは健全ではないと、すぐに分かる空間だった。

ノパ⊿゚)「……ブーン、先に行ってろ」

ヒートの言葉はこれまでにないほど強い物だった。
そしてその言葉の意味を、ブーンは彼女よりも少し早い段階で理解していた。
機械音に混じって聞こえた、僅かな駆動音。
人の跫音、あるいは関節が軋むような音。

646名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:12 ID:tOv5UUqs0
川[、:::|::,]『……気づいたか。
      流石は獣だ』

円柱の影から姿を現したのは、青黒い装甲の棺桶だった。
女性的な曲線を描くその棺桶は人間じみた姿をしている割には、生気を感じさせていなかった。
まるで空洞だ。
息遣いもない。

しかし、殺気だけは確実に感じ取ることが出来た。

ノパ⊿゚)「遠隔操作か。
    相変わらずの臆病者だな」

川[、:::|::,]『お前を殺すのに、私自ら姿をさらすまでもない。
     耳付きと同じ空間にいること自体、私には我慢ならない。
     いや、同じ空気を吸っていることもおぞましい』

ノパ⊿゚)「どこにいても、手前は絶対にぶっ殺す」

川[、:::|::,]『出来るものならやってみるがいいさ』

一瞬の事だった。
それまでいた場所から棺桶が姿を消したかと思うと、ヒートの前に現れていた。
ブーンの動体視力をもってしても追いつけない程の加速力。
しかし、ヒートの反応速度はそれを凌駕していた。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ!!』

足は、自然と動いていた。
今は前に進む時。
その手が握る拳銃が何のためにあるのか、ブーンはよく理解していた。
姿勢を低くし、極限状態の前傾姿勢で一歩を踏み出す。

言葉を交わさずとも、両者の気持ちは寸分の違いなく通じ合っていた。

647名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:32 ID:tOv5UUqs0
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第十六章 【 Love for Vendetta -復讐に捧げる愛-】

:: l   ∧     '.      /                ヾヘ         /     /
:: |     ヘ    '.    /}__               /::ト、         /     /
:: '.     ヘ    \,/ く:::::ヘ                  l:::::::/\     /     /
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:: :イ´ ̄::::::::::::7 、   ヘ   '、::{' 、      |      /:::::::/  /´ _ ィ´ ̄ f ー-- 、
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  }──1    |  _,}/ ____ 7 、    /`  ,  _`丶、    }     !::::::::::::::
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棺桶を収納するコンテナの頑強さは、収納される棺桶以上であることがほとんどだ。
使う人間を一度コンテナ内に取り込み、使用者の体に合わせて最適なフィッティングを行う以上、その間は完全に無防備になる。
量産機ほどそのフィッティングに時間を要するのは常識だが、使用者の登録数に制限のあるコンセプト・シリーズの場合は極めて短い時間で行えることがほとんどだ。
無論、その大きさや特徴によって装着時間は変動するが、ヒートの使用するレオンは3秒ほどで装着を完了させることができる。

起動コード入力直前に背を向けるのは棺桶持ちとしては無防備な姿を晒す時間を短縮するためであり、常識でもある。
正面切っての戦闘経験が乏しいであろうクールがそのことを知ってから知らずか攻撃を仕掛けてきたのは、あまりにも迂闊としか言えない。
コンテナで攻撃を受け止め、装着を終えたヒートが即座に距離を取って左手を地面について低い姿勢を取り、応戦体勢に入る。

ノハ<、:::|::,》『行くぞ、糞ババア!!』

脚部のローラーが低い唸りを上げ、内蔵されたモーターによって予備動作なしでの加速を実現させる。
加速に要する時間は、コンマ一秒にも満たないものだった。

川[、:::|::,]『やれるものならな』

一方、クールは中身が人間ではないことを逆手に取り、身体構造と本人の能力に頼らない動きでその場を離れる。
大きく地面を蹴り飛ばし、空中へと避難。
次いで、壁面に蜘蛛のように張り付いた。
恐らくその手足に強力な磁石が内蔵されており、それによって張り付くことが可能になっているのだろう。

648名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:53 ID:tOv5UUqs0
だがヒートは一切速度を緩めず、壁に逃げたクールを追う。
狭い室内だとしても、レオンは近接戦を得意とする棺桶だ。
ましてや、その三次元的な戦い方を相手にするのは初めてではない。
あらゆる素材に張り付き、翻弄して戦うことに特化したコンセプト・シリーズの棺桶が世の中には存在する。

“ヴィンスの厄災”で相手をした“親愛なる隣人”の名を持つ用心棒の方が、遥かに厄介だった。

ノハ<、:::|::,》『逃がすかよ!!』

加速の勢いを利用してそのまま壁を登り、クールへと迫る。
ローラーが生み出す加速力があって初めて実現できる芸当は、幾度も実戦で使ったことのある技術だ。
戦闘における経験値の差が両者の間にあった。
この状況に追い込まれた生物は皆同じ行動を取ることを、ヒートは知っていた。

川[、:::|::,]『ちっ』

飛び降り、距離を取る。
安全圏だと思っていた場所への侵入は、即座に避難行動へとつながる。
予めそれが分かっていれば、次に取る行動に躊躇などない。

ノハ<、:::|::,》『知ってんだよ、そう来ることは!!』

壁を蹴り飛ばし、直線の軌道を描いてクールに向かって飛び掛かる。
中空での攻撃。
回避行動は不可能。
既に右腕の杭打機は起動が済み、視線の先にその狙いを定めていた。

川[、:::|::,]『……』

死を危惧せずに済む遠隔操作の棺桶。
それが生み出す精神的な隙は、戦いの中においては全てが致命的となる。
問題は、相手が本当にこの場に一人だけでいるかどうかだ。
ヒートの知る限り、目の前にいる女は狡猾かつ、臆病だ。

この空間にヒートたちをおびき寄せ、わざわざ声をかけてから襲撃を仕掛けたのは勝つ算段があるからだ。
つまり、これは罠。
考え得るのは増援。
そしてこの場所を選んだのは、お互いに飛び道具を封じるという目的。

遠隔操作の棺桶を使う上で危惧しているのがアンテナの破損だろう。
飛び道具が互いに使えなければ、そのアンテナを破壊される心配が減る。
ニューソクの威力をヒートが知っており、子供連れであることを考えれば、この場所で迂闊な戦いが出来ないという制約があるのは事実だ。
それを期待しているのであれば、なるほど、確かに理にかなった行動ではある。

〔欒(0)ш(0)〕『しっ……!!』

直下から静かに襲い掛かってきたキーボーイの殴打をヒートは難なく躱したが、そのせいでクールを狙った一撃を放ち損ねた。
着地し、即座にその場を離れる。

ノハ<、:::|::,》『だろうよ、お前は!!』

649名無しさん:2023/10/30(月) 19:28:20 ID:tOv5UUqs0
正々堂々とはかけ離れた性格の人間であれば、次に狙ってくる行動と罠が予期できる。
続々と現れたのは、5機のキーボーイ。
ヒートを取り囲むようにして位置取りながらも、手を出してこない。
警戒ではなく、別の意図があるのは明らかだ。

ノハ<、:::|::,》『……』

全員が手練。
それは、放つ雰囲気と佇まいが雄弁に物語っていた。
一人を殺したとしても、残った四人がヒートを殺すというだけの覚悟もある。
それぞれの得物を抜き、静かに眼前に構える姿に隙は伺えない。

目に見えているだけでこの数であれば、まだ他の伏兵を用意している可能性は十分にあった。

〔欒(0)ш(0)〕『同志、お待たせいたしました』

川[、:::|::,]『こいつはここで確実に殺す。
     害虫駆除に手を貸してくれ』

〔欒(0)ш(0)〕『承知』

ノハ<、:::|::,》『やれるもんならやってみな!!』

地面を蹴り飛ばし、かつローラーによる加速を得たヒートが最初に狙ったのはクールだった。
周囲を取り囲むキーボーイは驚異だが、断言できることが一つだけあった。
クールは、この空間にいる中で最弱であるということ。
複数を相手取る時、最も強い相手を最初に潰すというのが定石の一つにある。

しかしその定石には前提が一つある。
その強者に周囲が僅かでも依存しているということだ。
指揮官を失った弱者は慌てふためき、大きな隙を産む。
だがしかし、この場ではその定石は当てはまらない。

クールは弱く、そして庇護下にある存在だ。
いてもいなくても彼らの作戦に影響は出ない。
だからこそ、頭数を減らせるのならばそれが最善だ。
ヒートにとっての怨敵だが、所詮は遠隔操作の棺桶。

ここでそれを破壊しても、何一つ気持ちが救われることはないのである。
左手の鉤爪を大きく開き、一呼吸の間に一撃で掴む。
否、掴むはずだった。

〔欒(0)ш(0)〕『そいつは通さねぇ』

トンファーでヒートの一撃を防いだ男は、驕りを感じさせない静かな声でそう言った。

ノハ<、:::|::,》『いいや、押し通る!!』

ここで時間を割くわけにはいかない。
右手の杭打機を構える。

650名無しさん:2023/10/30(月) 19:28:41 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『っ……!! せぁあああああああああ!!』

だが杭打機は使わず、ヒートは左手だけで男を持ち上げ、ニューソクへと投げつけた。
咄嗟の事にトンファーを離し損ねた男は背中からそこに激突するかに思われたが、他の仲間に寸前のところで受け止められていた。
すかさずその場を後退すると、大振りのナイフと斧が数瞬前までヒートの首があった位置を通り過ぎる。
踵のローラーが予備動作なしでの加速、そして前後左右への自在な動きを補助するため、そう簡単にヒートを捉えることはできない。

近接戦に持ち込んだことが、期せずしてレオンの強みをより際立たせる事態へと発展していた。

ノハ<、:::|::,》『ふっ!』

スケートで氷上を滑るかのように素早く後退しつつ、短く息を吐き、再びクールを狙って直進する。
ここまで狙い続ければ、流石に相手もヒートの心境を理解して対応せざるを得ない。
先端が赤く塗装された手斧を振りかぶり、両者の間に一人が割り込む。

〔欒(0)ш(0)〕『させるか!!』

横薙ぎの一撃はヒートの進路を強制的に変更させるか、速度を低下させるための一撃だ。

ノハ<、:::|::,》『どけよ!!』

だがヒートは速度を落とさず、そのまま進む。
切っ先が触れる直前、ヒートは空中に避難し、速度を生かした強烈な飛び蹴りを相手の喉元に叩きこんだ。
軽量の棺桶ではあるが、加速を加えた飛び蹴りは砲弾のごとき威力を発揮する。
首の付け根に入ったつま先はそのまま男の首を乱暴に千切り、頭だけが飛んで行った。

それをクールが垂直に伸ばした足で地面に叩きつけ、踏み潰した。
そして肉片と金属片の混合物となったそれをヒート目掛けて蹴り飛ばす。
グロテスクなサッカーを思わせる光景だった。

ノハ<、:::|::,》『らぉい!!』

左手で弾き飛ばす。
その隙にクールは大きく後退し、二人の男が行く手を遮った。

〔欒(0)ш(0)〕『流石は殺し屋レオン……!!』

〔欒(0)ш(0)〕『だが!!』

二機のキーボーイがヒートの注意を引き付け、ヒートの背後から残った二機が迫っているのを、彼女は感覚で理解していた。
連撃に躊躇いも、ましてや時間差もない。
彼らは常に最善の道を選び、それを最短で行動する様に訓練を受けていることは明らかだ。
これまでに相手にしてきた兵士たちとは違う。

左手を地面に突き立てて軸にし、進路を直角に変更する。
高速で後退したまま、敵の動きを見極める。

ノハ<、:::|::,》『ちっ……!!』

651名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:02 ID:tOv5UUqs0
そしてヒートが回避行動に移行したと同時に、彼らもほぼ同時に追撃してきていた。
防御と攻撃の切り替えが早い。
そこに好機を見出し、ヒートは進路を真逆に、即ち後退から前進に切り替えた。

〔欒(0)ш(0)〕『しまっ……』

ノハ<、:::|::,》『らぁっ!!』

杭打機が、短い咆哮を上げた。
心臓部を撃ち抜いた太い杭が男の悲鳴を奪い、命を一撃で奪い取った。
一瞬で死体と化した男の体を盾に、ヒートは反撃を開始する。

〔欒(0)ш(0)〕『そんなことをしても!!』

味方の死体に動揺するのは素人。
だがヒートの狙いはそんな些事ではない。
一瞬でも自分の姿を相手から隠せればそれでよかった。
杭打機がバッテリーを排莢し、二発目の攻撃に備える。

ノハ<、:::|::,》『どうかな!!』

死体を投げ飛ばし、その下を滑るように加速。
死角となる直下から、体全体を打ち上げるような一撃が男を襲った。
反応する間もなく放たれた杭打機の攻撃は下腹部から喉にかけて直線に突き進み、内臓器官を一気に損傷させて絶命へと導いた。

〔欒(0)ш(0)〕『そのまま潰れろ!!』

ヒートの背後から特殊警棒による大振りの一撃。
それは床に突き刺さる程の力で振り下ろされたが、ヒートの姿は既にそこにはいない。

ノハ<、:::|::,》『遠慮しとく!!』

左手が男の顔を掴み、大出力の高電圧が叩きこまれる。
それは機械だけでなく、人間の脳を焼き切り、沸騰させた。
軽量のキーボーイでなくとも、その一撃は死に至る威力を持っていた。
皮膚が露出している棺桶であれば、その一撃を防ぎきることは不可能だ。

残りは一人、否、クールを含めれば二人。
クールは依然として空間の隅に立ち、戦闘の経過を眺めている。
あまりにもそれが奇妙であり、ヒートは己の直感に従い、距離を取ることにした。

川[、:::|::,]『頃合いだな』

〔欒(0)ш(0)〕『えぇ、これで十分かと』

二人もまた、ヒートから距離を取る。

ノハ<、:::|::,》『……』

652名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:23 ID:tOv5UUqs0
その理由は、すぐに理解できた。
この部屋にヒートを一定時間閉じ込めることこそが、彼らの狙いだったのだ。
だがそれは、彼女にとってどこまで影響のある罠なのかは、これから分かる。

ノハ<、:::|::,》『結局、手前はいつもそうなんだな』

川[、:::|::,]『……』

ノハ<、:::|::,》『殺すだ、駆除だと言っておきながら、手前は直接手を下さない。
      やることなすこと、全部卑怯なんだよ』

川[、:::|::,]『害虫を素手で殺す必要があるか?』

ノハ<、:::|::,》『そうだと分かるまで、素手で接していたくせに良く言うな』

川[、:::|::,]『私の人生の汚点だ。
      だが最大の汚点は、貴様らを産んでしまったことだ』

ノハ<、:::|::,》『そうかい』

川[、:::|::,]『しかしな、私は人間だ。
     ここでお前が餓死しようとも構わないが、この空間が汚されるのは我慢ならない。
     本来は手を出すまでもないが、害虫がいつまでも生きていると分かっているのは精神衛生上よくない。
     だから、今、引導を渡してやる』

それも恐らくは罠。
ヒートをこの場に釘付けにすることで、何かの作業が裏で進行しているはずだ。
時間が勝負の要となることを察したヒートは問答を止め、攻め込むことにした。

〔欒(0)ш(0)〕『ちっ!!』

クールを守ろうと前に出てきた最後の一人。
この場でクールの遠隔操作機を守る理由が基本的にない中で、男は咄嗟に反応した。
それが全てを物語っていた。
何か事を成そうとしているのはクールの棺桶だ。

そしてそれは時間を要するのと同時に、何かしらのリスクを負っている物だと推測できる。

ノハ<、:::|::,》『どきな!!』

両手を広げ、どちらの側から攻撃が来るのか予想をさせない。

〔欒(0)ш(0)〕『?!』

だがそんな構えは、あまりにも子供じみた構えであり、高い実力を持った者同士での殺し合いでは見ることはない。
いきなりそんな姿を見せられた男は僅かに呆気にとられ、そして、次に命を取られた。
左手の鋭い爪が深々と喉に突き刺さり、血液が噴水の様に噴き出す。

〔欒(0)ш(0)〕。゚ ・ ゚『げっ……はぁ……』

653名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:44 ID:tOv5UUqs0
そしてその死体を越え、ヒートはクールの前に再び現れ、右腕の杭打機を構えた。

ノハ<、:::|::,》『次は逃がさねぇ!!』

川[、:::|::,]『……来い!!』

刹那の交差。
クールが選んだ退路は上空。
ヒートが狙った位置は上空。
空中という逃げ場のない空間に跳躍したクールの胸部を、杭打機が容赦なく撃ち抜く。

川[、:::|::,]『……はっ、馬鹿が』

黒い棺桶の装甲の隙間から、白いガスが噴出する。
反射的に杭打機から棺桶を投げ捨て、ヒートは溜息を吐いた。

ノハ<、:::|::,》『毒ガスか』

川[、:::|::,]『お前の棺桶に毒ガスが効かないことぐらい、知っている。
     獣を殺す時に使うものを知っているか?』

その言葉を後押しするかのように、レオンのバイザーに警告が表示される。

ノハ<、:::|::,》『二酸化炭素……!!』

排気システムが静かに稼働し、部屋の中の酸素が外部に向けて排出されていた。
部屋の酸素濃度は極めて低くなっていたが、顔を覆う形の棺桶を使用するヒートがその事態に気づくことは難しい。
そしてダメ押しにクールの棺桶から排出された大量の二酸化炭素が、部屋の酸素濃度を更に低下させ、遂にはレオンのセンサーがそれを感知するに至ったのだ。

川[、:::|::,]『我々と同じ空気を吸うことなく死ね』

ノハ<、:::|::,》『押し破れないとでも思ったのか?』

川[、:::|::,]『ニューソクを置く部屋の硬度は他のそれとは比べ物にならない。
     強化外骨格相手には比類なき強さだろうが、これは航空母艦だ。
     それにお前は、ニューソクを暴走させられないはずだ。
     あの糞忌々しい犬畜生がこの船に乗っていれば、お前は絶対に手出しできない。

     私がこういえば、お前は喜んで死ぬだろうさ。
     お前が抵抗しなければ、あの犬畜生は殺さないでやってもいい』

ノハ<、:::|::,》『……それは、本当なのか』

確かに、この航空機の装甲は棺桶のそれとは比較にならない。
厚みがあるだけでも杭打機は意味をなさない。
そして、ブーンがいる以上、自爆覚悟でニューソクに手を出すことは出来ない。
こちらの弱点を分かった上で罠を仕掛け、時間を稼いでいた理由の全てに納得がいった。

川[、:::|::,]『さぁな。 だがその可能性が生まれるには、お前が無抵抗で死ぬしかない』

654名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:06 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『そうか』

ゆっくりと扉に向かって近づき、ヒートは右手の杭打機を振りかぶった。
そして、強烈な一撃を放つ。

川[、:::|::,]『……気が狂ったか』

ノハ<、:::|::,》『正気だよ、この上なくな』

クールの言葉で信じられることは、あまりにも限られていた。
耳付きを憎み、嫌悪し、この世界から存在を消したがっているという点は、疑いようもなく真実だ。
だが、だからこそその言動があまりにもちぐはぐで穴だらけなことが気にかかった。
ブーンとヒートが分かれて行動することを許したのは、ブーンを人質として確保しやすいからだろう。

互いの姿が見えない状態であれば、ブーンを捉えたという嘘も、彼を殺したという嘘も吐くことが出来る。
そしてヒートの実力を知るならば、この程度の棺桶持ちでは対処できないことも分かっているはずだ。
もしも本当に酸欠でヒートを殺すことができるのなら、黙って戦い続けるか、その目的を伝える必要はない。
何故なら彼女は耳付きを世界で誰よりも殺したがっており、ヒートもその対象になっているからだ。

無駄な慈悲などかける必要がない。
クールが饒舌だったのは時間稼ぎもあったが、ヒートが抵抗を諦めるようにすることが目的である可能性が高かった。
それはつまり、この空間から脱出することが可能だということ。
あたかも不可能であるかのように思わせ、労力を割くことなく安全に殺すことが目的だったのだ。

ノハ<、:::|::,》『この扉の向こうにいるんだよ、ブーンが。
      追いかけねぇとな』

川[、:::|::,]『無駄なことを。
     その扉を壊すことは――』

二度目の杭打機による攻撃は、扉を陥没させるだけの威力を見せたがそれ以上には至らない。
厚みと硬度が並外れている。
ニューソクへの被弾などを想定しての設計なのだろう。
砲弾以上の威力を持つ武器でなければ、十分な打撃を与えられないはずだ。

ノハ<、:::|::,》『そうみたいだな』

だが酸素が輩出できるということは、その先がある。
ヒートは十分に後退し、一気に加速した状態で壁を駆け上った。
天井に達し、重力に引かれて落下する直前、天井にある換気システムの網に左手の指をねじ込む。

ノハ<、:::|::,》『今から手前を殺しに行く』

ヒートはそう言い残し、換気用のダクトから内部へ侵攻を始めた。
六年前に始めた復讐の終わりを求めて、ただ、前を目指す。

655名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:27 ID:tOv5UUqs0
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    \     ∨ /↓/ノ//|: l      \≧i          `¨¨
      、   ∨.:∧″//|i |         ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

クール・オロラ・レッドウィングは作戦の失敗を目の当たりにしても、冷静さを欠かなかった。
こうなる可能性は想定していなかったが、焦る必要はなかった。

川 ゚ -゚)「進路をイルトリアから絶対にずらすな」

从´_ゝ从「了解」

川 ゚ -゚)「残った兵はどれぐらいいる?」

从´_ゝ从「15人……いえ、16人です」

キュート・ウルヴァリンの私兵は一騎当千の猛者だと信じていたが、すでにそれだけに減ってしまったのが悔やまれる。
だがその大きな原因の一つは、乗り込んできた気狂いじみた男のせいだ。
銃火器を使い、壁越しに大勢の兵士を撃ち殺した厄災そのもの。

川 ゚ -゚)「機内の全員をここに呼び出し、あの女をここで確実に殺せ。
     私はもう一匹を縊り殺す。
     最悪の場合、この艦をイルトリアに落としてやれ。
     お前たちも戦え。

     そして時間を稼げ」

その言葉に、部下が初めて異議を申し立てた。

从;´_ゝ从「で、ですが相手はあの“レオン”です。
     お言葉ですが、一人であれだけの戦いが出来る人間を相手に時間稼ぎは絶望的です」

ただ一人の殺し屋にそこまで怯える必要はない。
所詮は尾ひれの付いた話であり、一人の人間が噂になっているだけだ。
伝説的な殺し屋ほど話が誇張され、真実からかけ離れたものになる。
語り継がれているレオンの功績が本当ならば、サウザンドマイルが20人いても勝てる可能性はない。

656名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:47 ID:tOv5UUqs0
しかしおとぎ話を真に受けて戦う人間は、彼らの中にはいない。
戦闘では結果が全て。
どれだけ名を馳せていても、実際の戦いが全てだ。
先ほどこちらを瞬殺できなかったことが、その良い証拠だ。

川 ゚ -゚)「そんなこと知っているが? いいか、時間稼ぎとは一分一秒の単位を言う。
     お前たちが稼ぐ一秒が明日に繋がる。
     そしてその明日が、世界の未来を作る一歩ということだ。
     私ならばその一秒を明日へと導ける。

     それに、ドクオがいるだろう?
     奴もすぐに呼び戻せ。
     銃火器を使用すれば、あの棺桶に負ける道理がない」

从´_ゝ从「操縦はいかがしますか?」

川 ゚ -゚)「簡易操縦モードがあるのだろう?
     ならば最悪、我々の中で生き残った者が操縦すればいい」

兎にも角にも、数で制圧するしかない。
数を揃えることでヒートの機動力を封じ、近接戦ではなく中距離で戦うことでその攻撃力を無力化する。
子供でも分かる理屈だ。
そこに耳付きの死体を転がしてやれば、作戦は万事うまくいく。

川 ゚ -゚)「……獣ごときに、我々の夢が食い破られてたまるものかよ」

小さくそう呟き、クールは操縦室を後にした。

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同日 同時刻

ブーンはヒートの言葉を忠実に守り、単独で機内を静かに進んでいた。
手にする金属の塊である拳銃に頼もしさを感じながらも、彼が真に信頼しているのは己の五感だった。
耳に届くあらゆる音の中から、正解と思われる音を選び、迷路のような道を進む。
時には立ち止まり、しゃがみ、隠れ、走った。

657名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:09 ID:tOv5UUqs0
目指す先は操縦室。
全ての生物が頭と心臓を潰されれば死ぬのと同じように、どれだけ巨大な建造物になろうとも、その動力と操縦系統を潰せば動かなくなる。
ヒートならば両方を潰すことができるだろうが、ブーンはそのどちらも潰すことが出来ない。
だからこそ、自分にできることを必死になって考え、答えを出そうとしていた。

彼にできるのは考えることだった。
抗い、もがき、そして自力で最適解に辿り着くことだった。
戦況を左右する作戦に何故自分が選ばれ、ヒートと共に行動することになったのか。
デレシアならば、そこに必ず理由を用意しているはずだ。

(∪;´ω`)

だが、恐怖はあった。
殺されるかもしれない恐怖ではなく、自分の役割が果たせない事への恐怖だ。
手にした拳銃で殺せるのは生身の人間と、装甲の薄い棺桶を装着した人間だけ。
もしも、拳銃の弾では殺しきれない装甲の棺桶が現れれば、ブーンに太刀打ちできる術はない。

川 ゚ -゚)「見つけたぞ、害獣が」

――目の前に現れた人間の正体を、ブーンはその第一声で見抜いた。

(∪;´ω`)「お」

川 ゚ -゚)「死ね」

向けられた拳銃の銃腔から火が見える前に、ブーンの体は動いていた。
考えるよりも先に肉体が彼の命を守る為に動き、そして、選んだ道に誤りはなかった。
一直線にその女に向かい、ブーンは銃弾が頭上を通り過ぎるのを感じ取りながらも、狭い足元をすり抜けることに成功した。

川 ゚ -゚)「……糞が」

背中に感じる殺意。
しかし、それで立ち止まることはない。
銃爪が引き絞られる音と銃腔が向けられている位置は、見るまでもなく分かる。
数発の発砲。

照準の修正は風切り音が知らせてくれる。
銃弾は面でもなければ、線でもない。
点での攻撃である。
攻撃速度が音速を越えるため、その射線上にいなければ攻撃を受けることはない。

跳弾先は音の響きが教え、空気の振動がブーンに正しい選択をさせる。

川 ゚ -゚)「このっ……!!」

憤りの声が聞こえ、跫音が近づいてくる。

川 ゚ -゚)「大人しく死ね!!」

(∪;´ω`)「お!」

658名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:30 ID:tOv5UUqs0
頭を下げたのは、音や振動を感じ取った結果だった。
もしもこれがただの人間であれば、間違いなく彼の後頭部は飛び後ろ蹴りによって抉り取られていたことだろう。
暴風を思わせる轟音を響かせ、殺意の塊がブーンの頭上を通過していく。
一撃で位置が入れ替わったことにより、ブーンは足を止めざるを得なかった。

川 ゚ -゚)「首の骨を折るか、心臓を潰すか。
     それとも頭を抉るか、空から落とすか。
     選択肢をくれてやる。
     どれがいい?」

(∪;´ω`)「……どれも嫌だお」

川 ゚ -゚)「その選択肢はないんだよ、犬畜生が。
     私の問いに答える気がないのならば、お前をヒートの目の前で刻み殺してやる」

(∪;´ω`)「絶対に嫌だお」

川 ゚ -゚)「生意気さはあいつの真似か?
     いや、もういい。
     両手足を折って、ヒートの前で殺す。
     そうだな、焼き殺すのがいいだろう。

     火で焼かれる怖さをお前は――」

(∪;´ω`)「そんなの、怖くないお」

精いっぱいの返答だった。
今、自分に向けられる殺意の濃度はこれまでに感じたことがないほどの物だった。
嫌悪、憎悪、そういった感情が極限まで高まった別の何かと言っても過言ではない。
ここまでの感情は、これまでに味わったことのない物だった。

しかし。
恐怖を覚えるのは初めてではない。
命の危機を感じるのもまた、初めてではなかった。
ナイフで刺され、切られることも。

鈍器で殴られ、首を絞められ、殴られ、蹴られ、生きた的として銃弾を浴びせかけられることも。
笑いながら焼けた鉄の棒を押し付けられることも。
痛みは、十分に知っている。

(∪;´ω`)「怖いのは、何もできないまま死ぬことだお」

そして、ブーンは初めて殺意を込めて拳銃を構えた。
銃腔の先。
視線の先。
その先にある全てを殺すために、拳銃を構えたのだ。

川 ゚ -゚)「おいおい、そんなおも――」

659名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:54 ID:tOv5UUqs0
言葉の途中で、ブーンは銃爪を引いていた。
銃弾は狙った通りに、訓練で培った射撃の精度と大差なく、相手の右目を撃ち抜く。
その、はずだった。

川 ※-゚)「……害獣風情が、やってくれたな」

右目は砕け、顔の皮が一部剥がれ飛ぶ。
皮膚の下に現れたのは銀色の骨格。
血液の代わりに火花と電流が見え隠れする。

(∪;´ω`)「……」

思った通りだった。
話す言葉に混じる僅かな機械音。
手足が動くたびに軋む金属音。
それが意味するのは、ブーンの命を狙う存在は生身の人間ではなく、機械であること。

漂う金属臭が何よりの証拠だった。

(∪;´ω`)「……やっぱり」

自分の手を汚さずに戦うという話は聞いていたが、この狭い機内でもその考え方は健在だった。

川 ※-゚)「この強化装甲は砕けなかったな。
     所詮は小口径。 さて、その武器が私に通じないことが良く分かっただろう?
     大人しく殺されろ」

(∪;´ω`)「嫌だお」

川 ※-゚)「死ね!!」

およそ人間離れした脚力による加速は、ブーンとの距離を一秒にも満たない時間でゼロにした。
加速によって破壊力を増したローキックがブーンの顔を襲う。

(∪´ω`)「……っ!!」

その動きに合わせて、ブーンは一歩だけ前に進んだ。
ローキックはブーンの体の横を通り過ぎ、ブーンは相手の懐に入り込む。
銃撃が効かないのならば、戦うことはできない。
股の間をすり抜け、ブーンは再び走り出した。

川 ※-゚)「すばしっこい!!」

踵を返してブーンを追おうとしたその顔に、二発目の銃弾が命中した。

川 ※- )「……糞!!」

660名無しさん:2023/10/30(月) 19:32:15 ID:tOv5UUqs0
遠隔操作をする棺桶が最も頼りにしているのは、視覚そのものだ。
自分の位置や相手の位置が分からなければ、どれだけ遠隔地から操作をしていたとしても、大した意味を持たない。
恐らくはこちらを油断させる為に人間と同じ姿をしている棺桶なのだろうが、それが仇となった。
ブーンは最初の段階で人間ではないことを看破し、目の形をしたカメラのレンズの厚みなどを推測していた。

(∪´ω`)

不思議な気分だった。
銃声はこれまで、恐ろしい物として認識していた。
しかし自分がそれを使うと、これほどまでに頼もしい物はなかった。
何故銃声が大きいのか、ブーンは唐突に理解した。

銃声とは咆哮なのだ。
獣が威嚇するのと同じように。
声を失った者でも何かを口にするために。
自分は無力ではないと叫ぶために。

川 ※- )「目がなくてもなぁ!!」

何かしらの手段でブーンを感知しているのか、一直線に迫ってくる。
速度はブーンの優に2倍はある。
振り返れば一瞬で追いつかれることは明白であり、ブーンは音を頼りに体を捻って回避行動に移る。
首根っこを掴まれそうになるが、代わりにブーンのローブが引き抜かれた。

その衝撃で転倒したが、すぐに立ち上がった。
一進一退の状況ではあるが、確実に操縦室に近づいているのは分かる。

川 ※- )「獣の居場所なんて分かるんだよ!!」

まだ何かのセンサーが生きているのだ。
機械が伝えられる情報には限りがある。
少なくとも五感の内、視覚と聴覚以外を伝える必要はほとんどない。
ならば、聴覚でこちらの位置が分かるのだろうか。

ブーンは棺桶の詳細を知っているわけではない。
その設計思想によって数多くの棺桶があり、それぞれの特徴がある。
それによっては、聴覚情報をブーンのように利用して相手の位置や動きが分かるのかもしれない。
知識があれば何かしらの答えが出たかもしれないが、ブーンは己の無知を嘆くようなことはしなかった。

今、彼は無知を知った。
ならば、次はそれを受け入れ、行動に生かすだけである。

(∪;´ω`)

相手の情報を得るために、ブーンは低空を這うように静かに後退した。

川 ※- )「それで誤魔化したつもりか!!」

(∪;´ω`)「……!!」

661名無しさん:2023/10/30(月) 19:32:39 ID:tOv5UUqs0
しかし、何一つ迷うことなく正確にこちらに向かって歩いてきた。
あまつさえ、傍らに設置されていた非常用の斧を手に取ってそれを振りかぶっている。
音ではない。
脳が即座に次の可能性を考える。

デレシアからもらったローブは防弾、防刃性に優れた物だったが、それを奪われた今ブーンは相手からの攻撃を受けることはできない。
腕が折れるだけならば経験があるからまだ耐えられるが、切り落とされてしまえばそれどころではない。
思考を加速させ、両目を失った棺桶が何故周囲の状況を正確に把握できているのかを考える。
聴覚ではない。

(∪;´ω`)「……お」

対強化外骨格用の銃弾をもってしてもカメラの破壊がやっとということは、それ以外の装甲はかなり強固なはずだ。
抵抗することが不可能な以上、逃げる以外の選択肢はない。
問題は、こちらが逃げ切れる算段がない事である。
ローブを地面に投げ捨て、ノイズの混じった声でブーンに殺意をぶつける。

川 ※- )「絶対に殺す!! 犬畜生の分際で!!」

操縦室に逃げ込めたとしても、勝機はない。
相手は全身が武器なのだ。
接近戦で噛みつきが通用することもなければ、人間の体が反射的に起こす反応もない。
つまり、付け入る隙がないということ。

川 ※- )「なぁっ!!」

ブーンの視界が一瞬だけ揺らめき、気が付いた時には、風と音が耳元を通り過ぎ、背後に気配があった。

(∪;´ω`)「?!」

腕に衝撃が走り、手にしていた拳銃を取り落とす。
そしてその隙に、ブーンは髪を掴んで持ち上げられてしまった。

(∪;´ω`)「〜っ!!」

一瞬、懐かしささえ覚える痛みがあった。
デレシアと出会う前には嫌というほどに味わった痛み。
痛みを和らげようと、毛髪を掴む手首を掴む。

川 ※- )「消えろ、この世界から!!」

それは一瞬のこと。
体がもの凄い勢いで振り回された次の瞬間、硬い壁に激突し、そのまま突き抜ける不思議な感覚があった。
砕け散る分厚いガラス片と共に、ブーンの体は機体の外に投げ捨てられていた。

(∪;´ω`)「ぐっ……ほ……あ……!!」

そして思い出したかのように感じ始めたのは、浮遊感と圧倒的な風圧。

川 ※- )「海の藻屑になれ!!」

662名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:15 ID:tOv5UUqs0
一瞬で声が遠ざかる。

(∪;´ω`)「あ……!!」

巨大な機体が顔のすぐ横を通り過ぎて行く。
船上都市オアシズで感じた時の死を直感する感覚。
自然の摂理、物理法則の全てが死に直結する感覚だ。
灰色に染まりつつある空が視界いっぱいに広がる。

青空だったはずの空が徐々に限りなく黒に近い灰色に染まる光景は、唐突な夜の到来を彷彿とさせた。
瞬く間に機体はブーンから離れ、遂に、格納庫が通り過ぎて行った。

(∪;´ω`)「お……!!」

後は堕ちるだけ。
海面に叩きつけられ、死ぬだけ。
これで人生が終わる。
長い旅が、これで終わる。

(∪;´ω`)「や……やだ……!!」

夢中になって手を伸ばす。
しかしその手が何かを掴むことはなかった。

663名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:36 ID:tOv5UUqs0
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(∪;´ω`)「……?!」

だが、その手を掴む者がいた。

(;゙゚_ゞ゚)「ったくよ、何やってんだよ!!」

それは、オサム・ブッテロだった。
高度のせいか、顔に血の気がない。

(∪;´ω`)「ど、どうして?!」

664名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:58 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「そりゃこっちのセリフだ!!
    どうやってあそこに戻ろうか考えてたら、お前が飛んできたんだ!!」

オサムの左手は機体にまで伸びるワイヤーが握られ、右手はブーンの手を掴んでいる。
凄まじい風圧が二人を引き離そうとする中、オサムは大声で続ける。

(;゙゚_ゞ゚)「まぁいい!! とりあえず、急いであそこに戻れ!!」

(∪;´ω`)「はい!!」

戻る手段は一つしかない。
オサムが何かしらの手段で機体につなげた、約10メートルのワイヤーを辿っていく道だ。

(;゙゚_ゞ゚)「いいか、途中で振り返らずに行けよ!!」

(∪;´ω`)「はい!!」

オサムの体を伝い、ワイヤーに手を伸ばす。
張り詰めたワイヤーは一見すれば金属製だが、その張力に限界が来ていることが触れた瞬間に分かった。
彼に言われるまでもなく時間がないため、振り返る余裕はない。
正面から吹き付けてくる風に飛ばされそうになりながらも、ブーンは両手両足を使ってワイヤーを使って機体に戻っていく。

その背に向けられる視線の正体に、ブーンは気づいていなかった。

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                     〃;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;i;!ハ!:.i!ハi!:.ハii!;;;;ム゙
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                    {!ト!;;;iミiトヒ・テミ゙ソィ孑升ソ;;;;;;;;}リ
                  从;;;;ド`¨¨` '´`ィ'モ・テァ;;;ハ;ノ
                  /,'ィ;;i`゙   ィ  j゙T7'ノィ;;レ'
                  ´ !ヘ;;ヘ. ヽ、____,|!i;;;{メ::レ!
                   八乂i、j!`¨†’,l!ソイノイ__,、,.-― 、
                     ,ィヘ 二三/ 〉='.:〃     ヽ
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――順調に遠ざかるブーンの背中を見て、オサムはようやく全身から力を抜くことが出来た。
格納庫から落ちたオサムは、だがしかし、万が一に備えてワイヤーをつないでおり、落下を途中で止めることができていた。
だがそれだけだった。
ワイヤーを手繰って戻るだけの体力も気力も、オサムには残されていなかった。

後は自然に死ぬか、それとも落ちて死ぬかを決めるだけとなっていたところにブーンが飛んできたのである。
手を伸ばしたのは無意識の行動だった。
伸ばしたところで届かないかもしれない。
掴んだところでワイヤーの耐荷重を越えてしまう。

665名無しさん:2023/10/30(月) 19:35:19 ID:tOv5UUqs0
それでも、目の前でブーンが落ちて行くのを見て過ごすことはできなかったのだ。
ブーンが細いワイヤーを懸命に伝って進む姿は、彼の選択が誤っていなかったことを示している。

(;゙゚_ゞ゚)「……あばよ」

ワイヤーとハーネスをつなぐ金具を、オサムは躊躇いなく解除した。
最期に見上げる空が灰色なのは、きっと、これまでの報いなのだろう。
最期に心に残された感情の正体を、オサムは知っていた。
まさかまだ自分にそのような感情が残されていたとは思っておらず、近づいてくる死を前にして、思わず苦笑する。

女も子供も、老人も殺してきた。
殺すことに抵抗はなく、殺されることには若干の抵抗があった。
まともな人生とは呼べない物であることは良く分かる。
もしも天国と地獄があるのならば、オサムは順番待ちの列に並ぶまでもなく地獄に行くことになるだろう。

最期の瞬間に自らが選んだ道は、決して死を前にしての奇行ではない。
ましてや地獄の苦痛を和らげようという浅ましさでもない。
極めて単純で、極めて強い感情がそうさせたのだ。
最期の瞬間にこうしてブーンを助けるために、きっと、自分の人生があったのだと思えるほどに強い感情。

(;゙゚_ゞ゚)「……デレシアを任せた」

海面に叩きつけられて即死する刹那、オサムはそう呟いたのであった。

666名無しさん:2023/10/30(月) 19:35:41 ID:tOv5UUqs0
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                                ゜
                              .        デ
                                       レ
                                       シ
                                O      ア
                                       を

                            o     任
                                  せ
                                。 た


                                    ,
                               ,,;;:'
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                             ':;;;;;,;;;;;,,.  ト、   _ . {>)'!/{ ハ. ,/ ,ィ/
                               `゙;;;;;;, lノ.! /  ´   __∨///V{.///!
                          __--―\"''ー‐、 l ' i ト、  ,ィ〉-/////,V//{
                       __-=ニ/    ヽニヽ.  l/ ヽl∨ゝ>ー////////}ソ/!
                   __‐二/ ,       ,仁ニ,  '   'rV////////////////,j. ,
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どうにか格納庫に到着したブーンは、安全な場所まで這って進み、それからようやくオサムの方を振り返った。

(∪;´ω`)「お……」

そこに、オサムはいなかった。
力尽きて手を離したのか、それとも意図的に手を離したのか。
何故そうなったのか、理由が思いつくほどブーンはオサムの事を知らない。
知らないが、確かに言えることがある。

彼は、ブーンを生かした。
彼がいなければブーンは海の藻屑と化していた。
それはつまり、バトンが渡されたということを意味している。
生きてる者はそのバトンを次に渡す義務がある。

(∪;´ω`)「ヒートさん……!!」

667名無しさん:2023/10/30(月) 19:36:02 ID:tOv5UUqs0
走り出す。
オサムの消失に嘆いている時間はない。
今は、ただ、走るしかないのだ。
武器は残されていない。

立ち向かえるだけの十分な力もない。
一発逆転を狙えるだけの策もない。
だとしても、走るのだ。
否、だからこそ走るのだ。

狭い道を。
入り組んだ道を。
ヒートの匂いが強く感じられる場所を目指し、駆け抜ける。

(∪;´ω`)「お……!!」

道中、奪われたローブと落とした拳銃を見つけ、それを身に着けた。
ヒートもブーンも、目指す場所は操縦室だった。
彼女に会うためにはそこに向かえばいい。
二人が担う役割を果たすためには、そこに向かうしかない。

転びそうになりながら。
躓きそうになりながら。
それでも、ブーンは走った。

(∪;´ω`)「はっ……はっ……!!」

息が切れる。
人間以上の体力を持つ身ではあるが、酸素が薄い中での全力疾走は流石に厳しい物がある。
喉の奥に鉄の味を感じ取りながらも、足を前に運んだ。
やがて、曲がり角の先により強いヒートの匂いを感じ取り、その先に駆け込んだ。

ノハ<、:::|::,》『手前ら全員皆殺しだ!!』

その言葉はブーンが入るのと同時に、頭上から降りてきたヒートの口から発せられたものだった。
奇しくもヒートはブーンの隣に着地し、ブーンはヒートの隣で足を止めた。
しかし両者の視線は操縦室にいる人間達に向けられている。
武装した人間が20人。

その内4人は棺桶を装着しておらず、操縦席に座ったままだ。

ノハ<、:::|::,》『らあああああああああ!!』

まるで稲妻のように、ヒートが駆け出した。
蜘蛛の子を散らすように目の前にいた棺桶が散開し、収束する様にしてヒート目掛けて襲い掛かる。
左手が青白い電気を纏い、空間を切り裂くようにして一振り。
爪先が周囲を薙ぎ払った直後、力任せに何かを引き裂くような音が鳴り響き、辺り一面が白一色に漂白された。

(∪;´ω`)「わっ……!?」

668名無しさん:2023/10/30(月) 19:36:24 ID:tOv5UUqs0
次に目を開いた瞬間、ヒートに襲い掛かっていた棺桶が全て地面に倒れていた。
そしてその場にヒートはおらず、座席に着く生身の人間を襲っていた。

从´_ゝ从「ひっ!! うわおあああ!!」

回し蹴りが男の側頭部を襲い、頭だけが壁に飛んでいく。
死体を踏み台にし、別の男に襲い掛かる。
振り下ろされた踵が頭頂部を潰し、悲鳴にもならない声が上がる。
飛び出した両目が地面に落ち、光を失った虚ろな瞳がブーンを見つめた。

(∪;´ω`)「お!!」

そこでようやく、ブーンも動き出した。
今自分がやるべきことは決まっている。
この空間にいない、ヒートの母親の捜索である。
ブーンを落としたあの棺桶の匂いは感じない。

だが、別の匂いを感じる。
緊張、殺意、悪意、敵意、焦り、興奮の入り混じった複雑な匂い。
この部屋のどこからか、まだ姿を見せていない何者かの匂いを感じている。
そこに、ヒートの母親が隠れているはずだった。

ノハ<、:::|::,》『おらぁ!! さっさと来ないと全員落ちるぞ!!』

操縦士を守るため、ヒートに生き残った棺桶が雄叫びと共に飛び掛かる。
そこにブーンが介入する隙間はない。
ヒートを含めてこの場にいる人間が並々ならぬ経験を積み、技術を持っていることは一目で分かる。
例外はブーンと操縦士だけだ。

歯がゆさを感じながらも、ブーンは自分にできることを続けるしかない。
操縦室に満ちる様々な匂いは、換気システムによって毎秒変化している。
特にヒートの周囲に立ち込める匂いの主張が強く、狙っている人間の匂いを見つけることが出来ない。
拳銃を手に移動し続け、索敵を行う。

緊張状態にありながらも、ブーンは今の状況に喜びを感じていた。
これまで守られるだけだった自分が、ヒートの足手まといにならずにいる。
彼女の行動を邪魔せず、判断を全て一任されたというその事実が、ブーンに喜びと自信を与えた。

〔欒(0)ш(0)〕『ガキだ、ガキを盾にするぞ!!』

(∪´ω`)「お……!!」

その物騒な声が聞こえた時も、ブーンは焦らなかった。
自分がヒートの動きを抑制するために、人質にされる可能性は考えていた。
だからこそ、ブーンはその事態に陥ることだけは断固として拒否する用意と覚悟があった。
体を低くし、極限状態の前傾姿勢で走る。

〔欒(0)ш(0)〕『くそっ!!』

669名無しさん:2023/10/30(月) 19:37:40 ID:tOv5UUqs0
そして。
その前傾姿勢が、ブーンに手掛かりを見つけるきっかけを与えた。
僅かに嗅ぎ取った、この場にいない人間の匂い。
石鹸の匂いに紛れた女性の匂いだ。

(∪;´ω`)「……見つけた!!」

その匂いは、操縦室の奥にある扉にまでつながっていた。
目に見えない導を辿る様に、ブーンは走り続ける。

〔欒(0)ш(0)〕『まずい!!』

未だにブーンを捕え損ねている男が、明らかな狼狽の声を上げた。
ブーンの進む先に何か不都合な物があるのは明らかだった。
扉の前に辿り着いた時、扉が勢いよく開き、靴底がブーンの胸を強打した。

(∪;´ω`)「げふっ……あ……!!」

川 ゚ -゚)「……ここまで来たか、忌々しい駄犬が!!」

それは間違いなく、人間の声帯から発せられる殺意のこもった言葉だった。
背中から地面に激突しながらも、ブーンはすぐに立ち上がり、自分を追っていた男から逃げ出した。

川 ゚ -゚)「そんな女、にいつまで手こずっているんだ!!
     さっさと殺せ!!」

言葉の中に感じられるのは、明らかな焦りと憤りだった。
そこから分かったのは、目の前にいる女は戦いに慣れていないということ。
これまでは遠隔地から、もしくは直接的な戦闘はせずに過ごしてきたのだろう。
だからこそヒートの強さが分からず、部下に当たり散らしているのだ。

ノハ<、:::|::,》『やっと出てきたか、糞ババア!!』

四人目の操縦士を殺し終えたヒートが、心底嬉しそうな声を上げる。
それを聞いたヒートの母親は、濃厚な怒りの匂いをにじませて口を開く。

川 ゚ -゚)「畜生の分際で、よくもここまでやってくれたな」

ノハ<、:::|::,》『おいおい、まだ足りねぇよ』

残り二人となった棺桶持ちは、ヒートから露骨に距離を取って警戒している。
ブーンを追っていた男もいつの間にかその輪に加わり、攻撃のタイミングを窺っていた。
返り血で赤く塗装されたヒートの棺桶が近くにあった操縦席に左手を乗せ、電撃を放った。
機器から火花が散り、機内の照明が明滅する。

川 ゚ -゚)「……そんな事をしても、このスカイフォールは墜落しない。
     電子制御で常に安全が保たれている上に、高圧電流が流されたとしても安全装置が働いているから、すぐに再起動する。
     無駄なことをしたな」

670名無しさん:2023/10/30(月) 19:38:01 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『いいや、意味はあるね。
      手前はいつもそうだ。 焦ると嘘が出る』

ブーンは跫音を立てないよう、ゆっくりと移動を続ける。
今、この場の視線と注目は全てヒートが受けている。
その間にブーンが出来るのは、ヒートの援護だ。
跫音が一つ、この操縦室の前で止まったことをブーンの耳は聞き逃していなかった。

重みのある跫音、金属が揺れる音、男の荒い息遣い。
棺桶を装備した音が機会を伺い、ヒートに攻撃を仕掛けようとしている。

川 ゚ -゚)「お前も焦っているのだろう?
     長年の復讐相手が目の前にいるんだ、当然の――」

ノハ<、:::|::,》『――焦っちゃいないさ。
      ただ、嬉しいんだよ。
      ようやく手前を殺せるだけじゃなくて、手前の夢まで潰せるんだ。
      早く滅茶苦茶にしたくて仕方がないんだ。

      ここが手前の夢の終わりだ』

川 ゚ -゚)「いいや、ここはお前の最果てだ。
     お前の人生は、ここで終わる。
     私が終わらせてやる」

ノハ<、:::|::,》『今までみたいに逃げられねぇってのに、ずいぶん強気だな』

川 ゚ -゚)「毒虫が目の前にいたところで、人間は負けない。
     ただそれだけだ」

ノハ<、:::|::,》『その毒虫とやらに、お前のご自慢の部下は手も足も出ていないけどな』

川 ゚ -゚)「吠えるのは終わりか? なら、もう死んでくれ」

その言葉に合わせるようにして、扉の向こうから床を強く蹴る音が聞こえた。

(#'A`)「……っ!!」

無言で扉を押し開き、男は構えていたライフルの銃爪を引いた。
銃弾が放たれるのとほぼ同時に、ブーンも拳銃の銃爪を引いていた。
男の放った銃弾は3発。
ブーンの放った銃弾は1発。

(;'A`)「がっ……」

ノハ<、:::|::,》『ちっ!!』

671名無しさん:2023/10/30(月) 19:38:21 ID:tOv5UUqs0
ヒートに向けて放たれた銃弾は直線ではなく曲線を描いて進んだが、ヒートは既に着弾点から姿を消している。
そしてそれをきっかけに、残された三人の棺桶持ちがヒートに銃を向け、発砲を始めた。
制御盤を一時的に破壊されたことにより、銃撃による被害を考える必要がなくなっての事だろう。
ブーンの足元に膝を突き、男は腹を押さえていた。

(;'A`)「こ……ども……?!」

(∪´ω`)「……お」

恐らく、撃たれたのは初めての事なのだろう。
装填されている銃弾が対強化外骨格用の物だったため、男の着ていた防弾着は意味を成さなかった。
ヒートに銃口を向けた時点で敵であることは間違いないが、男からオサムの匂いが僅かに漂っていることが、ブーンから躊躇いを消した。

(∪´ω`)「……」

銃腔を男の頭に向ける。

(;'A`)「や、やめろ!!」

だが、銃爪は引かなかった。

(∪;´ω`)「……」

風が、確かにブーンの頬を撫でたのだ。
何かが静かに動き、男の頭を守る位置に動いた。
絶妙に景色に歪みが見て取れ、金属臭もする。
銃腔を向けたまま数歩下がり、ブーンは呼吸を整えた。

この男は、命乞いをしながらも平気で罠を張る人間だ。

(∪´ω`)「このままだと死にますお」

故に、ブーンは相手の油断を誘うことにした。
こちらを子供だと思っている間は、判断に隙が生じる。

(;'A`)「……子供が銃なんか使うんじゃない。
   そんなもの捨てるんだ」

(∪´ω`)「嫌ですお」

(;'A`)「君は人殺しになるべきじゃない」

(∪´ω`)「別にいいですお。
      何も出来ないより、何もしないよりもずっとずっといいですお」

(;'A`)「だからって、人を殺すなんて間違っている。
   君には未来が――」

その言葉に、ブーンは久しぶりに怒りを覚えた。
否、呆れと言ってもいい感情だ。

672名無しさん:2023/10/30(月) 19:39:19 ID:tOv5UUqs0
(∪´ω`)「間違っていないですお。
      僕は、未来のために人を殺しますお」

自分と同じ耳付きと呼ばれる人種が生存を許されない世界は、今の世界よりも最悪だ。
この男は哀れなことにも、奇麗ごとを並べてこちらが困惑すると思っているのだろう。
血らだけの手で、これから先、さらに多くの血で汚れる手で未来を語っているのだ。
その上で、ブーンに人殺しが間違いであると口にしている矛盾と滑稽さに気づいていない。

人を殺す。
誰かを殺す。
自分のために、他者の命を奪う。
そのことに対する躊躇いは、初めからない。

力が全てを変えるのが、この世界のルールなのだから。

(∪´ω`)「それに、僕の未来は自分で決めますお」

ブーンの手元から銃声が響き渡った時、彼の後ろで起きていた戦闘が終わりを迎えていた。

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          rヽ ̄`寸ハ    ` 、
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            {`ー- .).心       `  .,
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ラヴニカで受けた改修は、レオンの性能を最大限に発揮させ、ヒートは思うままに動くことができていた。
放たれる銃弾の雨を潜り抜け、死体を盾にしながら一人ずつ杭打機で刺し殺していく。
彼らが選択した銃撃という攻撃は、確かに、近接戦闘の装備しかないレオンにとっては苦手な攻撃である。
しかしながら、ヒートが復讐を果たすために積み上げてきた研鑽と経験はそれを補って余りあるものだった。

殺された家族の復讐を果たすために殺しを学び、それを生かす相手に選んだのはヴィンスを牛耳るマフィアたちだ。
戦いの数と実戦性のある戦闘技術は、決して侮ることの出来ない物である
戦場格闘技を煮詰めたような近接戦闘もさることながら、素人故に予想のできない銃撃。
そうした死線を潜り抜け、仮とは言え復讐を果たしたヒートが後れを取ることはない。

〔欒(0)ш(0)〕『お……の……』

673名無しさん:2023/10/30(月) 19:39:45 ID:tOv5UUqs0
最後の一人が杭打機で心臓を吹き飛ばされ、小さく呟いた後、絶命した。
もう、銃声は聞こえない。

ノハ<、:::|::,》『どうした、あたしを殺すんじゃないのか?』

部下が戦っている間、腕を組んで静観していたクールの顔には明らかな怒りと動揺が浮かんでいる。
生身の人間だからこそ浮かべる感情の色。
感情が表に出た瞬間、ヒートはバイザーの下で笑みを浮かべた。

川 ゚ -゚)「……貴様」

ノハ<、:::|::,》『大義名分を掲げたところで、結局は力だ』

この世界のルールを変えるためには、現行のルールに従うしかない。
原初から続く、極めて分かりやすく平等なルール。

ノハ<、:::|::,》『言った通り、手前の夢はここで終わりだ』

川 ゚ー゚)「……っははは!!
     おめでたい奴だな、流石は犬畜生の遺伝子を持っているだけある!!」

ノハ<、:::|::,》『何?』

川 ゚ー゚)「仮にこのまま私達がここで死んだとしよう。
     だが、我々の夢は続いていくんだよ。
     すでに根は張り巡らされ、種も蒔いた。
     この作戦がどういう形で決着しようとも、我々が世界中に見せた一つの思想は生き続ける。

     つまりは無駄なあがきなんだよ。
     世界に我々の夢を見せた時点で、目的は達成されているんだ。
     お前のお友達のデレシアがどれだけ凄い奴だろうが、我々の夢は止まらない。
     残念だったな!!」

それを聞いて、ヒートは深く溜息を吐いた。

ノハ<、:::|::,》『はぁ…… それで?』

川 ゚ -゚)「強がりか?」

ノハ<、:::|::,》『あたしの目的は、別に世界をどうこうすることじゃない。
      これは、あたしの復讐が目的だ。
      親父とあの子の復讐を果たせればどうでもいい。
      ひとまず手前を殺して、それから夢を台無しにしてやるだけだ』

川 ゚ -゚)「お前の復讐など、何の意味もない。
     さぁ、やってみろ。
     こうして口をきいているのは、貴様を産んだ私のせめてもの情けだ。
     四の五の言わず、さっさと殺せばいい」

ノハ<、:::|::,》『あぁ、殺してやるよ』

674名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:07 ID:tOv5UUqs0
一歩、また一歩と接近する。
左手を振り払い、付着した血を地面に飛ばす。
各関節の稼働を確認し、最後に大きく開く。
肉食獣の顎のような鋭さを保ちつつ、満開の花弁の様なで美しい形を形成した。

       This is from Mathilda.
ノハ<、:::|::,》『これは、あの子からだ』

囁くようにしてコードを入力した瞬間。
ヒートは音速に迫る加速を見せ、その五指でクールを壁に張り付けにした。

川;゚ -゚)「ぐっ……!?」

しかし、それはクールの命を奪うための一撃ではなかった。
奪いたかったのはあくまでも自由。
蝶の標本のように壁に張り付けにされたクールは四肢を動かそうとするが、深々と壁に突き刺さった爪が可動域を制限しているため、すぐに諦めた。

川;゚ -゚)「何故……」

ノハ<、:::|::,》『あたしは手前が黒幕だったって知ってから、ずーっと。
      ず―――――――――――――――――――――――と考え続けてたんだ。
      どうやって殺されるのが、手前にとっては辛いかってな。
      そこで考えた。

      何も出来ずに死ねばいい。
      無力さを痛感しながら死ね』

川;゚ -゚)「はっ、子供だな……!!」

人の殺し方と相手が受ける苦痛の度合いを、ヒートは良く知っている。
復讐の過程で得たその知識を生かして、クールが最も嫌がる殺し方を考え続けた。
その結果として導き出した答えは、生きたまま夢を奪われ、何もできないまま命を奪われるという死に方だった。

ノハ<、:::|::,》『あぁ、子供さ。 手前の子供だよ。
      ――あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

そう言うと、ヒートは脱皮をするようにしてレオンを脱ぎ捨てた。
通常の解除と異なるその動きは、レオンに備わった最後の武器の使用を意味している。

ノパ⊿゚)「なぁ、天国ってあると思うか?」

川;゚ -゚)「は?」

ノパ⊿゚)「随分昔にぶっ殺した奴が言ってたんだ。
    神の国、天国はあたしたちの頭上にあるって。
    ちょっと見てきてもらいてぇんだ」

675名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:27 ID:tOv5UUqs0
ヒートはそう言いながら、操縦席に歩み寄る。
クールが言っていた通り、電流を流したにも関わらず、コンソールは何事もなかったかのように情報を表示している。
操作方法について全て情報が表示されており、素人であるヒートでさえボタンやパネルを操作すれば動かせるようになっていた。
操作性と利便性を追求した設計の致命的なまでの欠陥だった。

これがアナログの操縦桿であれば手出しができなかったが、デレシアから得たアドバイスのおかげもあり、苦も無く操作が完了した。
機首が急激に上を向き、足場が傾く。
血を潤滑油にして死体が滑っていく。

ノパ⊿゚)「……ブーン、帰ろう」

(∪´ω`)「はいですお」

ブーンの足元には、浅い呼吸をする男が転がっていた。
腹部から流れた血が大きな血溜まりを作り、その命が残り少ない事を物語っている。
男を一瞥し、ブーンはヒートの元に駆け寄ってくる。

(;'A`)「は……ぐ……っ……」

川;゚ -゚)「ここで死んでおいた方が幸せだったろうに」

クールの言葉を無視し、ヒートは近くの脱出用パラシュートを手に取る。
書かれている耐荷重量を確認してから背負い、ブーンを抱きかかえる。
ハーネス代わりに自らのローブで二人を強く固定し、それからクールを一瞥した。

ノパ⊿゚)「……」

川;゚ -゚)「……」

視線を交わした二人は無言だった。
ヒートは既にかけるべき言葉はかけ、これ以上何かを言うことはない。
非常用の脱出ハッチを開くと、強烈な風が吹き込んできた。

ノパ⊿゚)「しっかり掴まってろよ」

(∪´ω`)「お」

そして一歩を踏み出そうとした時、顔の横で火花が散った。

川;゚益゚)「死ね!! 死んでしまえ!!」

袖に隠してあった小型のグロックがヒートに向けられ、連続で銃声が響く。
これまでに見せたことのない、あまりにも醜い表情。
感情をむき出しにしたその表情は、正に、獣のそれと言っても過言ではなかった。
その様子を一瞬だけ見やり、ヒートは大空にその身を放り出したのであった。

676名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:57 ID:tOv5UUqs0
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撃ち尽くしたグロックを手放し、クールは天を仰いで涙を一粒だけ流した。

川;゚ -゚)「畜生……!!」

高度が上がるにつれ、息が苦しくなる。
損傷したエンジンで更なる高高度を目指せば、待っているのは墜落か爆散のどちらかだけだ。
安全装置が働いてくれれば、どこかの段階で機体が水平になって安定するかもしれない。
ヒートがどこまで装置をいじったのかが分からない以上、何も楽観視できない。

川;゚ -゚)「おい、ドクオ。 まだ生きているな?」

(;'A`)「は、はい……」

ドクオ・バンズの返事は息も絶え絶えだったが、この状況を打破できる唯一の男の声としては十分だった。

川;゚ -゚)「私を助けろ」

(;'A`)「そうしたいのは……やまやまなのですが……
   もう……力が……」

川;゚ -゚)「お前の棺桶を使えば、この拘束を解けるはずだ。
     急げ……!!」

(;'A`)「分かりました……」

文字通り地を這いながら、ドクオがクールに近づいていく。
斜めになった床のせいで速度は出ないが、着実に希望が近づいてくる。
しかし、残りわずかに1メートルのところでその動きが止まった。

川;゚ -゚)「おい、何をしている!!」

(;'A`)「空が……」

677名無しさん:2023/10/30(月) 19:41:17 ID:tOv5UUqs0
川;゚ -゚)「あ?」

(;'A`)「空が……奇麗だ……」

いつの間にか、目の前に広がる空の色が灰色から黒に近い群青色へと変化していた。
星の輝きをはっきりと観測できるほどの景色。
だがしかし、それを堪能している暇などない。

川;゚ -゚)「そんなものはどうでもいい!!」

(;A;)「嗚呼……な……で……」

それを最後に、ドクオは言葉を発することはなかった。

川;゚ -゚)「この……役立た……ずが!!」

やがて、酷い頭痛がクールを襲った。
呼吸の数が増えるも、一向に楽にならない。
次第に意識が朦朧とし始め、見える空の色が黒に変わり始めた。

川;゚ -゚)「く……っ」

その時、彼女を拘束するレオンの爪から抜け殻となった本体のバッテリーに向かって信号が送られ、大爆発を起こした。
そして無人となったスカイフォールは機械制御によって姿勢を元に戻し、飛行を再開した。
それから数十分後、とある海域の上空に侵入したのを契機に、スカイフォールは突如として全ての電子機器の制御を失い、墜落し始めたのであった。

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――風が後ろから強く吹き付けている。
冷たい風をローブが遮断しているが、裾から入り込む冷気だけは防ぎようがない。
まるで風の布団に抱かれているかのような感覚に、空気の存在を実感する。
しかし、ブーンを抱きしめるヒートから伝わる温もりが、何よりも心地よく感じられた。

緊張状態から文字通り一気に解放され、こうして味わう時間に場違いながらも幸せを感じざるを得ない。

(∪*´ω`)

678名無しさん:2023/10/30(月) 19:41:39 ID:tOv5UUqs0
ヒートがいれば、怖い物はない。
その圧倒的な安心感はデレシアと一緒にいる時と同じだが、何か違う感情が自分の中にあることにブーンは気づいていた。
身を委ねることの喜びも、自分を大切にしてくれているという点でもデレシアと同じなのだが、何かが違うのだ。
ヒートから与えられる何かが、ブーンの心に温もりを宿してくれる。

その感情の正体を、ブーンはまだ知らない。
断言できるのは、その感情は極めて心地よく、気持ちのいい物であるということだけ。

ノパ⊿゚)

二人は無言のまま抱き合い、空を落ちて行く。
濃い群青色の空に別れを告げ、灰色の雲の隣を通り過ぎる時でさえ言葉はなかった。
あるのは温もりと優しさ、そして風の音。
息苦しさを感じなくなる頃には、二人は夜の様に暗い空の下にいた。

眼下には多くの船が並び、曳光弾が流れ星の様に行き来している。
イルトリアの沖合であることは間違いない。
冷たい風の中、ブーンの耳元にヒートの口が寄せられた。

ノパー゚)「ブーン……愛してるよ……」

背中に回された手に、優しく力が込められる。
まるで電流が走ったかのように、だが、温かな湯に包まれるような優しい温もりがブーンの内側からあふれ出した。
ブーンもヒートを抱きしめる手に力を入れる。

(∪*´ω`)「お」

その直後、パラシュートが開かれ、二人はゆっくりと降下を始めた。
二人を邪魔するものは何もない。
今、世界には二人だけなのだと錯覚するほどに、温かな気持ちになる。
愛しているという言葉の意味は、まだ分からない。

ペニサス・ノースフェイスから与えられた課題。
しかし今。
その断片が、感覚的にだが分かった気がした。

(∪*´ω`)

しばらくして、ヒートの手がブーンの背中から名残惜しそうに離れていく。

ノハ ー )

海上の一隻から、緑と赤色の信号弾が放たれた。
続けて照明弾が打ち上げられ、その下にいる巨大な船舶の姿を映し出す。
それは、イルトリア海軍の旗艦“ガルガンチュア”だった。
イルトリアに接近する多くの船舶に対して砲火を浴びせかけ、その圧倒的な存在感を見せつけている。

679名無しさん:2023/10/30(月) 19:42:01 ID:tOv5UUqs0
その全ての光景が、まるで花火を見ているかのようにブーンの目には映っていた。
銃声も、砲声も。
今は、何も怖くない。
深い愛情に抱かれながら、ブーンはヒートと共にイルトリア海軍の旗艦の甲板に降り立った。

――雨が、降り始めた。

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上空から接近してくる人間が友軍であることを確認したシャキン・ラルフローレンは、衛生兵を含めた部下を引き連れて甲板にマットを用意させた。
無傷なようであればいいのだが、たった三人で乗り込んでそのような都合のいい話はない。
照明弾と信号弾で誘導し、可能な限り無事に甲板に着陸できるように尽力する。
非常にゆっくりとした速度で甲板に近づき、マットの上に着地した。

着地、というよりは倒れ込む形だったが、すぐに彼の部下たちが抱き起しにかかる。
一瞬だけ歓声が上がるが、しかしそれは徐々に小さくなっていく。
まるで周囲の音が、その部分だけ削り取られたかのような静寂に包まれている。
シャキンが近づいていくと、部下の一人がそっと耳打ちした。

(-゚ぺ-)「……残念ですが」

最後までその言葉を聞く必要はなかった。
パラシュートとマットの中から、すすり泣く子供の声が聞こえている。
それは、あふれ出す何かを抑え込もうと懸命に努力している男児の声。
泣くまいと、声を出すまいとする、一人の立派な男の葛藤の声だった。

パラシュートが取り除かれ、マットの上に二人の帰還者が見えた。
ヒート・オロラ・レッドウィングと、ブーンだった。
そして、仰向けに倒れたヒートの胸の中で、ブーンが声を殺して泣いていた。

680名無しさん:2023/10/30(月) 19:42:41 ID:tOv5UUqs0
(∪;ω;)「うぐっ……うぐぅぅ……!!」

ノハ ー )

(`・ω・´)ゞ「……」

シャキンは、無意識の内に無言で敬礼をしていた。
軍人として長い間生き続け、戦い続けた彼にとって、最大級の尊敬を伝える方法が敬礼だった。
敬礼をしたのは、彼だけではなかった。
全てを察した彼の部下たちから、一人の例外もなく、同時に敬礼が続いた。

衛生兵が、眠るようにして息絶えたヒートの傍に膝を突き、この上なく神聖なものを扱うように脈を測る。
その顔には悲しみが感じられたが、確かな驚きも込められていた。
衛生兵がこのような状況でそのような反応をするのは、あまりにも異例なことだった。
それから、ゆっくりと周囲に状況を伝えた。

( 0"ゞ0)「……恐らくですが、背中に浴びた銃弾が原因で着地のしばらく前に死亡しています。
      医学的な死です。
      ですが……いえ、事実として、彼女は医学的死後も動いて、我々の目の前に現れました」

理由は分からないが、身に着けていた防弾のローブがブーンと彼女を結びつけるために使われているのを見るに、何かしらの覚悟を決めての行動だったのだろう。
銃弾からブーンを庇い、彼を生きて地上に戻すことだけを考えていたのだろう。
自らを盾にし、撃たれる覚悟を決めていたのだろう。

(`・ω・´)「……大した女だ」

死後もブーンを安全に届けるため、止まった心臓で動いたのだろう。
実際、それは奇跡ではなく、いくつもの実例が報告されている事象だった。
シャキンが読んだ文献によれば、遥か昔、捕虜を助けるために首を抱えて走った大将が存在している。
他にも、心停止後もなお手術を執り行った医者の実例など、数は多くないが確かな事実として記録されているのだ。

彼を守る為に、動くはずのない腕を動かし、この船に着陸させた。
それはもはや、科学的、医学的な知識や常識で語ることのできない領域の話だ。
その領域に存在する感情を、人はたった一言でしか表すことが出来ない。
それ以上の言葉がこの世に存在しないのだ。




ノハ ー )




――ヒート・オロラ・レッドウィングは、愛と死の両方を手に、満足そうな表情を浮かべていたのであった。

681名無しさん:2023/10/30(月) 19:43:03 ID:tOv5UUqs0
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          |::|::|::|::|:::|:::ト       i;     ,'::|::::|:::i!:::i::!: ヘ::',
          リ:|::|::|::|:::|:::|ヘ      ′     /:::!::::!:::i!:::i::iト、ヘ;',
           /リ:!::|::!::!:::!:::!::ヘ.    ー- ー'   /|:/!::::!::::!:::i!::i!::\i}
         /イi!::!::!::!::!:::!::::!::ト>       /| |://!:::!::::!:i:!:!::ト、i\!
        _/__リ_!::!::!:::!:::!::::i!:ヘヽ  > _/iトく! i:/リ:/!::::!::!:!:リヘゝ !
      /´: : : : : :リハ!:::!:::!::::i!ヘ\\     / :! :〉/7:/ |:::!:ヽi:!ヘ/

Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編
第十六章 【 Love for Vendetta -復讐に捧げる愛-】 了

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682名無しさん:2023/10/30(月) 19:43:57 ID:tOv5UUqs0
大変長らくお待たせいたしました。
これにて今回の投下はおしまいです。

完結まで残り2、3話となりましたが、最後まで頑張る所存です。

質問、指摘、感想等あれば幸いです。

683名無しさん:2023/10/30(月) 21:33:22 ID:tcCfxP960
嗚呼ヒート……オサム……としんみりした気持ちになった
相変わらず熱量のすごい内容を乙!

684名無しさん:2023/10/30(月) 22:12:07 ID:0mawYBZY0
オツ

685名無しさん:2023/10/30(月) 23:23:46 ID:Fe6nIZt.0
乙でした
ヒート好きだからつらいぜ……

686名無しさん:2023/10/31(火) 20:22:52 ID:PvQPGO5A0
おつ!
ヒートは死ぬと思わなかったからほんとびっくりした
ギコやトラギコも心配になる
でもそれ以上に後2,3話というのにビビる
完結したら間違いなくブーン系史上最長期間最大文章量の作品だな

687名無しさん:2023/10/31(火) 21:38:53 ID:0B5zEoMo0
乙乙
ヒートまじか〜!
これギコどうなっちゃうんだ

688名無しさん:2023/11/01(水) 13:20:51 ID:3Ej2o/pc0
オサムが夢を語りだした辺りであっ死ぬなと思ったけど結構良い終わりだった

689名無しさん:2023/11/02(木) 21:06:39 ID:3sXP/7sY0

オサム……最後までデレシアさんの事を……本当に惚れてたんだなぁ
ヒートは棺桶の起動コードで言ってたのを最後に両方とも手に入れられたんだなって
二人の戦闘中に言えることだけど、相手を言葉で煽りながら戦うのってかっこいいよね! 読んでてニヤニヤしちゃった

例のごとく粗を探すようで申し訳ないんだけど

>>614
街に入ろうとする輩"が"監視できる

これだと輩側が街を監視できるってとれちゃうから輩"を"の方がいいんじゃないかなって思います。

完結まであと少しだなんて寂しいですが、最後まで楽しみにしてます! 頑張ってください!!

690名無しさん:2023/11/03(金) 07:53:45 ID:0XPMuaKw0
>>689
いつもご指摘本当にありがとうございます。
自分が粗ばっかりな文章なので、非常に助かっております!

691名無しさん:2023/11/03(金) 07:55:13 ID:E.a/s0io0
オサムって最初は作中によく出てくる名前付きモブだったのにいつの間にか
くっそおいしいポジションキープしてたな
変態ストーカーから主人公を助ける恩人にまで成り上がった彼の人生に乾杯

692名無しさん:2023/11/03(金) 16:11:35 ID:OUhp2wAA0
おつ!
3人で敵の母艦堕とすとかとんでもない戦果だな
ただヒートの死因がクールの銃撃だとしたら普通に殺しておけば死ななかったのでは…?と思ってしまった

693名無しさん:2023/11/03(金) 16:41:06 ID:0XPMuaKw0
>>692
その通りでございます。

694名無しさん:2023/12/04(月) 15:43:03 ID:H99ipJBI0
そういやヒートの外伝とかはないのかな
ペニサスやトラギコみたいに

695名無しさん:2023/12/04(月) 18:03:19 ID:dQl1OLYE0
>>694
ヒートとギコのスピンオフはそれぞれ本編完結後にひっそりとやる予定でございます。

696名無しさん:2023/12/06(水) 14:59:37 ID:ijcis8eY0
今更更新に気付いた 乙
みんな死んでいってかなしいなあ……

697名無しさん:2023/12/06(水) 19:39:59 ID:rIN9pysc0
スピンオフギコもあるのか!
楽しみだ本編では割と影薄いけど

698名無しさん:2024/04/14(日) 00:47:49 ID:4xxpPj.I0
そろそろ更新来るかな

699名無しさん:2024/04/17(水) 20:25:51 ID:IsuDI9UE0
>>698
まだ50%ぐらいしか書き溜めが出来ていないので、もうしばらくお待ちを……

700名無しさん:2024/04/18(木) 22:10:03 ID:mL1S3LyQ0
リアルが忙しいのかとんでもねぇ物量がくるのかどっちだろうな…

701名無しさん:2024/06/23(日) 21:12:48 ID:Sjfuv4pI0
大変長らくお待たせしております
本文が書き終わり、後は校正とカットインで出来上がりでございます

7月には投下できると思いますので、今しばらくお待ちください

702名無しさん:2024/06/27(木) 07:33:41 ID:oT3X38AI0
とうとうか…!待ってるよ!

703名無しさん:2024/06/30(日) 14:35:36 ID:9BkRH8hM0
8ヶ月ぶりくらい?
楽しみにしてます

704名無しさん:2024/07/05(金) 19:06:29 ID:DQJWPgys0
規制されていなければ来週の日曜日、VIPでお会いしましょう

705名無しさん:2024/07/06(土) 01:07:38 ID:ceuZLXvU0


706名無しさん:2024/07/10(水) 23:18:10 ID:oyEq6gFw0
くるのか!まってるよ!

707名無しさん:2024/07/14(日) 18:28:11 ID:K.ug12hY0
VIPが駄目だったのでこちらに投下します

708名無しさん:2024/07/14(日) 18:28:47 ID:K.ug12hY0
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我が夢は今満開の時を迎え、世界は今、生まれ変わる。
全ては、世界が大樹となる為に。

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

世界2か所で起きたニューソクの爆発により高高度に達した大量の粉塵が、世界の空を覆っていく景色は、絵筆からにじみ出た絵の具が筆洗を汚すようだった。
誰にも止められず、どこまで広がっていく灰色の雲はやがて黒になり、星空のない冷たい冬の夜を生み出していく。
青空に浮かんでいたはずの白い雲は黒い空の下に浮かんでいるが、その輪郭は不気味なまでにはっきりとしている。
夜の世界で輝いていた眩い星空も、巨大な月明かりも、世界中の全てが黒に染め上げられていく。

何が起きたのか、正確に知る人間は極めて少なかった。
だが、取り返しのつかない何かが起きたのだと直感的に理解した人間は非常に多かった。
それは空模様だけでなく、降り始めた雨の色がタールの様に黒い色をしていたことも原因だった。
信心深い人間、あるいは幼い人間はその時の様子を異口同音に“夜が降ってきた”と表現した。

その表現は第三次世界大戦時に起きた“核の冬”の時にも使われたが、中身については大きな違いがあった。
ニューソクと核兵器との間にある大きな差について知る者であれば、その雨が無毒な物であることに大きな安堵を覚えたことだろう。
降り注ぐ雨はただ純粋に粉塵を含んでいるだけで、人々の生活から光を奪うだけのものだった。
ネオンライトや窓ガラスの表面に付着した黒い雨が徐々に街の明かりを薄れさせ、全ての明かりが消えた町さえあった。

世界が二度目の核の冬を迎えた時、イルトリア市街での戦闘は落ち着きを見せ始めていた。
大量の降下兵と航空兵器による強襲は、普通の街であれば即座に陥落していたことだろう。
だが相手はイルトリアだった。
世界最強の街と呼ばれているのは、伊達や誇張ではなかった。

速度と物量に物を言わせた強襲、更には頭上からの攻撃という優位性を有しながらも戦況は襲撃者の思惑通りにはならなかった。
降下した部隊は街中に隠れ潜み、攻め込んだ側なのにもかかわらず追い込まれるという屈辱的な展開となっていた。
だがしかし、“猟犬”の渾名を持つビーグル・ウラヴラスク率いる部隊が生存しているのは決して偶然ではなかった。
イルトリアへの降下作戦を実施するにあたり、3つの部隊と2つの作戦が用意された。

3つの部隊が持つ役割はそれぞれ弾避け、攪乱、そして本隊である。
分かりやすい形で降下し、敵の注意を一気に引き付ける弾避け部隊の合間を抜け、攪乱部隊が地上付近の反応を誘発することで敵の位置と攻撃手段を把握する。
そして、死体や瓦礫に扮してイルトリア内への侵入をするのが選りすぐりの精鋭で構成された本隊だ。
その本隊がイルトリアに降り立ったことは、作戦の半分が成功したと言っても過言ではなかった。

用意した2つの作戦の内、最初の1つは望みが薄いことが示唆されており、実際に早い段階で頓挫した。
プランAは空挺部隊によってイルトリアを火の海とするものだったが、理外の空軍の出現によって破綻した。
その為、プランBが彼らの実行すべき実質的な作戦として最初から考えられていた。
街の破壊工作を生き残った攪乱部隊が行い、その間に本隊が街の要であるイルトリア市長とイルトリア二将軍の殺害を実行するというシンプルなものだ。

街の全てを破壊できないのであれば、街の要人を殺害することで実質的なイルトリアの攻略に繋げることを狙ったのである。
シンプルな作戦ではあるが、その作戦を遂行するために用意したのは全てが最高の物だった。
多数の犠牲の元、ティンバーランドの最高戦力の部隊が静かに本来の勢いを取り戻そうとしていた。

709名無しさん:2024/07/14(日) 18:29:17 ID:K.ug12hY0
▼・ェ・▼「データリンクシステムを使うぞ」

ビーグルの合図により、彼の部隊は一斉に戦術データリンクシステムのスイッチを入れた。
投下されたのは兵器や兵士だけでなく、耐衝撃用のコンテナに入った野戦用小型基地局と戦闘用の棺桶もあった。
膨大な量の投下は攪乱の一環であり、それが今まさに花開くのだ。
芽吹きの時は今。

街中に投下された基地局が時間差で起動して中継点となり、イルトリアのどこにいても独自の通信網を展開すること事が可能になる。
相手にとって有利な戦場をこちらにとっても有利な場に書き変えるため、この短距離の情報共有システムという概念が実戦投入された。
様々な情報を共有するシステムは、イーディン・S・ジョーンズの復元した “ヨーグモス・システム”と呼ばれる過去のシステムが土台になっており、既存の技術の結晶だ。
個々の機器に異なる役割を与え、最終的にそれを統合する“完成化”と呼ばれるプロセスを経て、文字通りシステムが完成となる。

各部隊に渡された機器の負荷を減らすことで長時間の運用を目的としたその特殊な構造故に、全員が揃わなければシステムは完全にはならない。
だが、それ単体でも十分に戦闘支援が行えるため、仮にシステムが一部不足していても問題ではない。
ゲリラ戦でも相手に対して優位性を失わない為に作られたもので、今回の様な作戦でこそ真価を発揮すると言っても過言ではない。
過敏すぎる聴覚を保護するためのイヤーマフの位置を整え、ビーグルは潜んでいるビルの一室から外を見る。

街灯の明かりも、ビルの看板の明かりも、そのほとんどが降り注ぐ黒い雨のせいで明るさが半減している。
物理的な闇を手に入れられるのであれば、こちらにとっては都合がいい。

▼・ェ・▼「クマー、棺桶の位置を」

(・(エ)・)「了解」

クマー・バゴスは巨体を丸めながら、小さなタブレットを操作する。
その端末一つで市民の生涯年収を軽く超えるほどの高級品だが、内藤財団の後ろ盾がある彼らにとって、それは当たり前に手元にある機械となっていた。
そう感じられるように訓練と実戦を積んできた今、この状況は待ち望んだものであると言ってもいい。
画面に表示されているのは、自分を中心として幾重にも重なった緑色の円。

毎秒ごとに自分の位置から円が広がり、特定の位置に緑色の光点が現れる。
その光点の下には高度と距離を示す2種類の数字が表示されていた。
彼らの所有するタブレットは一種のレーダーとしての役割を担っており、その情報が接続された端末に共有されるのである。
保存されているイルトリアの地図情報と重ね合わせ、その正確な位置を確認したクマーが手短に言った。

(・(エ)・)「この向かいのビルの屋上にある。
    後は、3ブロック先に2つまとまって落ちている。
    ……あと1つは8ブロック先だ」

▼・ェ・▼「上出来だ。 2手に分かれるぞ。
      リリはクマーと離れた場所の棺桶を回収しろ。
      マトマトは私と一緒に向かいのビルに来い。
      この暗さと雨だ、敵もそう簡単には攻撃を仕掛けてこないはずだ」

リリ・リリックスとマトマト・マトリョーシカの二人はコルトM4ライフルの遊底を引いて薬室を確認し、頷いた。
本隊に所属する人間に渡されているコルトM4ライフルは、その随所にカスタムが施されており、使う人間にとって最高のパフォーマンスを発揮できるようになっている。
装填されている弾は対強化外骨格用の強装弾。
銃身の長さは使用する人間の好みによって絶妙に調整が施されており、一人として同じ長さの物を持つ人間はいない。

だが弾倉と口径が共通化されていることによって、その互換性の高さが失われることはなかった。
味方が傍にいる限り、彼らは常に助け合える。

710名無しさん:2024/07/14(日) 18:29:43 ID:K.ug12hY0
⌒*リ´・-・リ「市長の位置は分かる?」

今現在の段階で誰かが市長であるフサ・エクスプローラーをマーキングしていれば、それが座標に表示される。
望みは薄いが、確認しなければならない情報だった。
イルトリアにおける最重要人物の3人を殺すためだけに、すでに数千人以上の兵士が犠牲になっているのだ。
その土台を無駄にしないためにも、行動は合理的かつ確実なものでなければならない。

(・(エ)・)「分からない。 だけど、将軍の居場所なら分かる」

⌒*リ´・-・リ「近いの?」

マト#>Д<)メ「近いんなら、そいつを殺っちゃおうよ」

(・(エ)・)「いや、二人とも離れた場所。
    ……今、別の部隊のデータリンクがつながった。
    南に3キロ」

▼・ェ・▼「どこの部隊だ?」

(・(エ)・)「モナコの部隊」

――それはまるで、根を張る様にして繋がっていく。

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                                         The Ammo→Re!!
                                    原作【Ammo→Re!!のようです】

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“剛腕”モナコ・ヴォリンクレックスの指示によって起動したデータリンクシステムは、即座に離れた位置にいる仲間の情報を収集した。
彼女たちの端末が担うのは、全ての端末が集約する音声の統制である。
少なくともイルトリアのどこにいても、彼女たちの言葉は一切の遅れもノイズもなく共有される。
満足そうな笑みを浮かべ、モナコは部下のギココ・ドミナントの肩を叩いた。

リハ´∀`ノゝ「ビーグルの隊も生き延びたみたいだね」

从リ ゚д゚ノリ「うん」

指の一本一本が太く逞しいが、それに似合わない繊細な動きでタブレットの上をギココの指が滑っていく。
丸太の様に太いモナコの腕を鬱陶しそうに払い除け、ギココはタブレットから視線を上げて答えた。

从リ ゚д゚ノリ「だけど、結構な量の棺桶が壊されているよ。
       多分だけど、街の人間が壊しているよ」

単純な推測として、投下した棺桶の数とシステムが表示する棺桶の数に大きな差がある以上、破壊されているのは確実だ。
問題は、破壊している理由だ。
こちらの作戦が見破られたうえで破壊されているのであれば、残されている棺桶はこちらをおびき寄せるための餌。

リハ´∀`ノゝ「ばれてると思う?」

711名無しさん:2024/07/14(日) 18:30:09 ID:K.ug12hY0
彼女の質問に、ギココは遠慮することなく正直に答えた。

从リ ゚д゚ノリ「どうだろうね。
       どっちにしても、やることは変わらないでしょう?」

li イ ゚ -゚ノl|「そうそう、拾って使わないと、この街の人間に殺されるよ」

スノーホワイト・ストロベリーは窓の外に向けたM4をベースにしたMk12狙撃銃の照準器から視線を外さず、そう呟いた。
装着されている照準器は光学式の物で、降り注ぐ黒い雨と闇夜の中で見えるのは拡大された実際の光景だ。
光を増幅させるタイプの暗視装置を持ってきていないのが悔やまれた。
だが狙撃手として血の滲むような訓練を経た彼女にとって、その濃淡の中で何かを見つけ出すのは不可能ではない話だった。

立てこもっているアパートの出入り口の前に座るイスミ・ギコアは同意する様に無言で頷いた。

(ノリ_゚_-゚ノリゝ「……」

彼女の手が握るのは限界まで銃身を切り詰め、近接戦に特化させたM4ライフル。
短機関銃並みの軽い取り回しが可能でありながら、その弾倉に込められているのはBクラスの棺桶を仕留め得る強装弾である。
その銃身下部にあるグリップは通常の半分の太さに削られ、近接戦で使う高周波ナイフが一緒に握られていた。
異様なまでの接近戦へのこだわりは、彼女が世界を呪う理由に起因しているという。

リハ´∀`ノゝ「この部屋の住人に気づかれる前に、さっさと行こうかね。
       最寄りの棺桶は?」

从リ ゚д゚ノリ「2ブロック先の路地。
       後は、どれも5ブロック以上離れている」

リハ´∀`ノゝ「仕方ないか。 力で押し通るよ」

その時、更に新たな隊のデータリンクシステムが起動した。
それは、“石臼”シィシ・ギタクシアスの隊のものだった。

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                脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】

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“石臼”シィシ・ギタクシアスはデータリンクシステムの起動により、ようやく自分の部隊が置かれている状況を把握することが出来た。
降下してすぐに下水道に逃げ込んでいなければ、他の兵士と同じ運命を辿っていただろう。
頭上から響く銃声が控えめになり、戦闘の勢いが弱まっていることは分かっていたが、こちらが優勢になっているとは思っていなかった。
だが確認をしないことには始まらないため、彼女と2人の部下は息の詰まるような下水道で静かにその時を待っていた。

降下直後にデータリンクシステムを使用しなかったのには、2つの理由があった。
一つはシステムを電波が安定した状況で使用しなければ、端末の電池が恐ろしい勢いで減ること。
そしてもう一つは、敵にこの動きを悟られないため、時間を空ける必要があったためである。
元より、この作戦は闇夜に乗じて行うのが最善とされていたため、世界が夜に変わったこの瞬間はまさに好機。

712名無しさん:2024/07/14(日) 18:30:46 ID:K.ug12hY0
独自の判断とタイミングでシステムを使用したが、その判断が間違いでなかったことは別の部隊がシステムを起動しているのを確認したことによって立証された。
彼女の部隊が持つタブレットは各部隊で交わされた通話を文字情報に変換し、リアルタイムで共有するという役割を担っていた。
どれだけ音声が混線したとしても、誰が何を口にしたのかが分かるため、音声の共有をより強固にする役割があった。
情報共有における確実性の確保という点で、その役割は決して軽視できない。

〈::゚-゚〉「他の部隊は棺桶を回収してから動くようだな」

戦術のリアルタイムの共有は、その恐ろしさを知る人間からすれば脅威だ。
何を目的にしてどこに向かい、誰と戦っているのかを瞬時に共有することで、無駄なく動くことができる。
何より、今の様に静的な状態での情報共有では音声よりも文字情報の方が確実に状況の把握が可能だ。

(;TДT)「我々もそれに倣いますか?」

目の下に涙柄のタトゥーを入れたモカー・クリントンの言葉に、シィシは首を横に振った。
彼の言う通り、全員が一度に同じ目的の為に動くのは良いが、同じ目標に対して動くのは今ではない。

〈::゚-゚〉「出来る限り彼らの援護をする。
    攪乱、陽動、動乱だ。
    街を焼き払って、とにかく混乱を招くぞ」

彼女が“石臼”の名を与えられた背景を考えれば、誰も異論を挟むという野暮なことはしない。
思考と決断を疑い続け、拷問まがいの実験を重ねて人の思考を研究し続けた背景は、ティンバーランドの中でも恐れられている。
疑いの果てに残されるのは死体だけ、という彼女の言葉を知らぬ者はいない。
ガナー・バラハッドは意地の悪い笑みを浮かべて、彼女の提案に同意する。

( ‘∀‘)「少しでもこの街の人間を殺せるんなら、喜んで」

一目で女性とは分かりにくい巨躯と短髪を持つ彼女は、その見た目通りに好戦的な性格をしている。
待ちきれないとばかりに彼女が言葉を紡ぎ終えたその時、最後の部隊のデータリンクシステムが起動した。

〈::゚-゚〉「よし、行くぞ」

そして、最後の部隊がデータリンクシステムを起動したのを契機に、全ての隊が本格的に行動を開始した。
最後の部隊はハインリッヒ・ヒムラー・トリッペン率いる部隊だった。

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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】

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从 ゚∀从「……これで全部隊が揃ったか」

ハインリッヒ率いる部隊はイルトリア港にいた。
“終末”ダディ・クール・シェオルドレッドの機転により、部隊は降下後に沈没しかけた友軍の船の中で息をひそめていた。
世界が突如として夜になったのは全くの偶然だったが、彼女たちにとっては絶好の機会だった。
街中に散らばった部隊と兵器の位置が分かれば、後は作戦を進めるだけである。

713名無しさん:2024/07/14(日) 18:31:16 ID:K.ug12hY0
彼女を始め、最優秀の部隊とそれを率いる人間にはイルトリアへの強い恨みがあった。
恨みだけでなく、より多くの戦いに身を投じ、培ってきた経験と実力も兼ね備えた部隊はこの状況でも怖れを感じていない。
怖いのは死ぬことではなく、引き下がることだと誰もが知っているのだ。

|(●),  、(●)、|「我々はどう動きます?」

彼の持つタブレットは、各部隊の人間の生体情報の共有を目的として設計されている。
心拍数、ストレス値など、細かな情報がそれぞれのタブレットに表示されるため、誰がどのような状況なのかが一目で分かるようになる。

从 ゚∀从「やることは一つ。
     あの糞市長を殺す」

降下した全ての隊員の中で、肉体的に受けた傷が理由で最も恨みを持っているのは間違いなくハインだ。
体を刻まれ、多くの部位を失っていながらも命が残っているのは決して運の良さではない。
不定期にハインの目の前にフサ・エクスプローラーが現れ、彼女から何かを奪っていくのである。
その肉体的精神的略奪行為は、彼女が7年前にミセリ・エクスプローラーを誘拐して奪還された時から始まった。

左目はミセリ救助の際に現れた人間に奪われたが、それ以外の左足中指、右乳房、右耳、肛門、左手薬指そして先日のヴィンスで右足の指の全ては、フサの手で奪われた。
恋人も奪われ、家族も奪われた。
誰かに心を許した瞬間、その人間が殺されることを目の前で嫌というほど見せつけられた。
奪われ続け、誰かに頼ることを許されずに生き続けることの辛さは筆舌に尽くしがたい。

それでも、復讐心だけが彼女の心を最後まで支え続けていたのだ。

('(゚∀゚∩「全部隊システム起動を確認。
     “完成化”、いけます」

傍らでタブレットを持っていたナオルヨ・エリシュ・ノーンが報告をする。
降下した本隊の中で唯一の衛生兵である彼のタブレットには、システムに接続された全員の情報を統一するという極めて重要な役割があった。
いうなれば、複数の書類をまとめるクリップのような存在だ。
個々のタブレットが持つ強みを彼のタブレットが統合して配信することで、他の端末の電力消費量を抑えることができる。

ナオルヨのタブレットが最も電力を消費することになるが、他と比べて3倍の容量を持つバッテリーがそれを補う。
仮にタブレットが鹵獲されたとしても、即座に共有を遮断し、敵に奪われる情報量を減らすことができる。

从 ゚∀从「……叩きのめしてやる」

どれだけ過去を振り返っても、彼女の復讐心が萎えかけたことも、自ら命を断とうと思ったことも一度としてない。
体の一部を奪われるたび、親しい人間が惨たらしく殺されるたび、彼女は復讐心に薪をくべ続けた。
今の彼女は全身が復讐心に包まれ、四肢を動かしていると言ってもいい。
この日の為に全てを捧げてきた彼女の狙いはただ一つ。

市長の命を奪うこと。

从 ゚∀从「全部隊、リンク接続再確認。
      情報同期開始。
      完成化するぞ」

その命令を受け、タブレットを持っていたカーン・ヨコホリが命令内容を復唱する。
体の大部分に爆弾による裂傷と火傷を受けた彼の声は、どこか高揚感の色が垣間見えていた。

714名無しさん:2024/07/14(日) 18:31:56 ID:K.ug12hY0
(//‰゚)「全部隊リンク接続再確認、情報同期確認開始。
    音声通信良好。 アクティブノイズキャンセリング動作確認。
    位置情報良好。 誤差10%以内……3%以内……1%以内に修正完了。
    視覚情報同期待機中。 棺桶の使用後、接続を自動的に開始。

    各位バイタル情報同期確認。 全バイタル異常なし。
    全端末同期完了。 ヨーグモス・システム稼働率90%。
    ……現段階での完成化、完了しました」

ヨーグモス・システムは全ての情報端末が同期することで、初めてその真価を発揮できる。
これによって各部隊の行動も状況も、全てが一目で分かるようになる。
棺桶を使用すれば、その情報がタブレットを中継点として全ての兵士に配信される。
全員の接続が確認された段階で、指揮権はハイン

从 ゚∀从「ビーグルの部隊は陸軍大将を。
      モナコの部隊は海軍大将を。
      シィシの部隊は陽動、攪乱を。
      我々の部隊が市長を殺す」

ハインの指示を受け、ビーグルの部隊から短く返答があった。

▼・ェ・▼『道中で街に火を放つが、問題ないか?』

从 ゚∀从「あぁ、問題ない。 予定通り、基本的な判断は各部隊に委ねる。
      相互の情報共有を怠らないようにだけ気をつけろ。
      ここは奴らの巣。 獣の巣穴での立ち回りは臨機応変が常だ。
      シィシ、お前たちの陽動、期待しているぞ」

〈::゚-゚〉『巻き添えにならないように気を付けて』

从 ゚∀从「マーキングを忘れずに。
     ……状況を開始する。
     各自、復讐の時間だ」

そして、4つの部隊が静かにイルトリアへの侵攻を始めたのであった。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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イルトリアを目指して北上していたティンバーランドの陸上部隊は、到着まで残り2キロのところで停止していた。
“ヘッド”、“アイズ”そして“ネック”と名付けられた3つの部隊は想定よりも早い段階で道路に仕掛けられていた地雷によって車両を無力化され、徒歩での進軍を余儀なくされていた。
相手の規模も装備も分からなかったのは、何も急変した天候のせいだけではない。
圧倒的なまでの遠距離狙撃により、まるで対応が出来なかったのだ。

715名無しさん:2024/07/14(日) 18:32:42 ID:K.ug12hY0
熱源感知式のカメラを使おうとした棺桶は、一発でそのカメラごと脳髄を撃ち抜かれ、即死した。
ヘッドの指揮官、アラマキ・スカルチノフの指示によって車両で即席のバリケードを作っていなければ、間違いなく全滅していたことだろう。
遮蔽物と呼べるものが存在しない荒野での籠城。
それが長く持たないことは分かっているが、逆にここまで持ち堪えられていることに、アラマキを始めとした各指揮官は安堵にも似た感情を抱いていた。

後続の部隊と合流が出来れば、必ず突破口は開ける。
更に、イルトリアに直接攻め込んでいる空挺部隊と艦隊の挟撃が実現すれば、狙撃手など恐るるに足らない。
海岸近くで敵の上陸を防ぐために戦うには、どうしても防衛陣地と障害物に頼らざるを得ないという物理的な反応に付け込んだ作戦は、シンプル故に強力だ。
上陸部隊に集中している間に挟撃を成功させることが、今は何よりも重要だった。

空から降り注ぐ黒い雨は双方の視界を遮るカーテンとなり、膠着状態が続いていた。
足場の悪さは刻一刻と深刻になっていく。
まるで出来の悪い悪夢だった。
疑似的に作られた夜の中、悪夢を打ち破るべく打ち合わせが行われていた。

/ ,' 3「残存部隊の数は?」

重装甲車の中で、アラマキはアイズの指揮官であるプギャー・エムナインにそう尋ねた。
戦場で情報端末の統制を担当する彼の部隊は、イルトリアとの戦闘開始から今に至るまで全ての情報を保存、共有していた。
タブレットに表示されている数字を見て、プギャーは言った。

( ^Д^)「137……いえ、136ですね」

/ ,' 3「重畳だ。 暗視ゴーグルはどれだけ残っている?
   ……いや、むしろ棺桶だ。
   棺桶の残数を報告してくれ。
   暗視ゴーグルは歩兵に持たせる」

( ^Д^)「棺桶の残数52です」

/ ,' 3「後続部隊から連絡は?」

( ^Д^)「……連絡はありません。
     恐らく、もう……
     最後の通信で分かっているのは、トレバー・アヒャ・フィリップス率いるセフトートの敗残兵が襲ってきたことだけです」

/ ,' 3「“狂犬”アヒャか…… 相打ちになっていてくれればいいな」

セフトートのアヒャと言えば、その狂人ぶりで世界の悪党大百科に名を連ねる生粋の屑だ。
戦争開始の際にセフトートを吹き飛ばしたのは、彼のような罪人を一掃するためだったのだが、よりによって彼が生き延びていたというのは予想外だ。

( ^Д^)「その後の追撃がないため、恐らく、大打撃を与えることには成功したのだと思われます。
     データリンクシステムの圏外ですので……」

タブレットを操るプギャーの人差し指は、義指だった。
戦争で町を焼かれ、その時、遊び道具として彼の体は刻まれた。
それ以来彼は戦争を憎み、戦争を商売道具とするイルトリアへの強い憎しみを募らせたのである。

716名無しさん:2024/07/14(日) 18:33:08 ID:K.ug12hY0
/ ,' 3「いずれにしても、我々の進路は前だけだ。
   進路は後ろにないし、退路もない。
   ようやくイルトリアをこの目で拝める距離に来たんだ、何が何でも一矢報いるぞ」

孫娘を含めた娘の家族を戦争で失ったアラマキにとって、この戦いは過去の因縁に決着をつけるためのものだった。
この為に生き続け、この日の為に用意してきた。
全てはイルトリア軍人への復讐をするため。
戦争を生業とする人間がいなくならない限り、この世界から戦争はなくならない。

/ ,' 3「シャーミン、左から回り込んでくれ。
   私の部隊が右から行く。
   プギャー、援護を」

全ての部隊の中で、“ネック”を束ねるシャーミン・パインサイドは最年少で戦争被害にあった人間だった。
目の前で母親を凌辱され、殺された光景が目に焼き付き、それ以来彼は不眠症になってしまった。

,(・)(・),「……うん」

しかし、その不眠症が彼に後天的な能力を与えた。
夜間において、彼の左目は誰よりも世界を明るく見ることができるようになったのである。
それを生かし、彼は狙撃手としての力をつけ、この戦場に挑んでいる。
星明りのない泥の夜だとしても、彼は必ず仕事を果たしてくれる。

/ ,' 3「もう少しで、我々の願いが叶うのだ。
   こんなところで立ち止まっているなど、死んでいった同志たちが許しはせん。
   最初から全力で行くぞ。
   奴らの優位性が失われた今、真っ向勝負で挑んで勝つ。

   これこそが復讐だ。
   正面から、正々堂々とした復讐で奴らを蹴散らすぞ」

,(・)(・),「やろう…… 勝とう……」

ゆっくりと深呼吸をし、アラマキ達は最後の戦いに挑む覚悟を決める。
そして、静かにマイクを通じて全部隊に命令を下した。

/ ,' 3「各位に通達。 “マトリックス”の使用を許可する。
   我々の歩みの果てがここだ!!
   さぁ、真実を掴み取るぞ!!」

“マトリックス”は全部隊で個人に支給されている赤と青のピルの名前である。
マックスペインと異なる目的で開発された、向精神薬兼身体能力向上用の薬物だ。
赤いピルを飲むことで一時的に能力の向上を行い、遅れて青いピルを飲むことでその働きを抑制することができる。
マックスペインは薬品の効果が切れるまで継続するのに対し、マトリックスは自らの意思でそれを止めることができるため、反動を気にせずに戦える。

だが。
ピルを二つ同時に摂取すれば、人体に対する負担はマックスペインの比ではない。
脳と心臓に対して強い作用を及ぼすことで、銃弾の軌道さえ目で追えるほどの感覚を得られる。
そして代償は、脳への深刻な後遺症――廃人になる――である。

717名無しさん:2024/07/14(日) 18:33:29 ID:K.ug12hY0
そのリスクを承知した上で、アラマキの命令を聞いた全ての人間がマトリックスを一度に服用した。
命がけでなければ殺される。
どうせ殺されるのならば、後悔すら出来ない程の全力で挑むしかないのだ。
全ては、そう。

/ 。゚ 3「全ては、世界が大樹となる為に!!」

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      撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】

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セフトート最後の生き残りであるトレバー・アヒャ・フィリップスは仰向けに倒れ、浅い呼吸を繰り返していた。
体を覆っていた強化外骨格は余すところなく破損し、電池は底を突き、ヘルメットは戦闘中に吹き飛んでいた。
黒い雨に顔を濡らし、口から赤黒い血を吐き出している姿は、狩猟から辛うじて逃げ延びた動物の最期を思わせる。
命がもう間もなく終わることを、彼はよく分かっていた。

自分がこれまでに奪ってきた命が最後に見せる輝きの様なものが、今の自分の姿なのだと理解していた。
そしてその中で、彼は静かに言葉を発した。

(  ゚∀゚ )「……なぁ、カメラ持ったあんた」

その言葉は、戦場でただ一人、写真を撮影していた眼鏡の男に向けられていた。
苛烈を極めた戦闘の中で、たった一人だけ武器ではなくカメラを持っていた男だ。
彼と同時に現れ、援護をしてくれた男の居場所は分からない。
だが、暗闇の中でも彼の持つカメラが放つフラッシュは何よりも雄弁のその居場所を伝えているため、アヒャは簡単に声をかけることが出来た。

(;-@∀@)「あ、何でしょう?」

(  ゚∀゚ )「俺を撮ってくれよ……」

(;-@∀@)「遺影ですか?」

その返答はジョークにしてはあまりにもブラックであり、あまりにもアヒャを楽しませた。

(  ゚∀゚ )「ははっ…… 面白いジョーク……だ。
      欲しいんだよ……
      俺が……生きた証ってのを……」

(;-@∀@)「あなたの?」

(  ゚∀゚ )「俺ぁよ……ろくでなしって自覚もあるし……恨まれて……当然の人間だって認識も……ある……
      だけどなぁ…… 俺が確かにこの世界にいたって、どうにか残してぇんだよ。
      なぁ……新聞でも……何でもいい……俺が……」

(-@∀@)「分かりました、では一枚……」

(  ゚∀゚ )「……かっこよく……頼むよ、俺の人生で初めて……まともな写真なん……だ……」

718名無しさん:2024/07/14(日) 18:33:51 ID:K.ug12hY0
これまでに撮られた写真は、警察機関に捕まった時のものだけだった。
街中に貼られた手配書の写真もそうした写真が元になっており、後は良くて隠し撮りされた写真ぐらいだ。
そのどれもが、彼の意に反して撮影された物であり、彼の存在を証明するための物ではなく彼の罪を咎めるための物だった。
思い出や、彼を記憶に残したいという気持ちで撮影されたことは一度もなかった。

大きな仕事をした後に写真を撮った者がいたが、結局警察機関が喜ぶ証拠の一つになるだけだったので、アヒャは映ろうとはしなかった。
今際の際に彼が欲したのは、セフトートの仇討ちをしたことに対する称賛ではなく、彼が確かにこの世界に存在していた証だった。
子供もいないし、妻もいない。
つまりここで死ねば、何も残らないのだ。

(-@∀@)「……」

黒い空を背に、男がカメラを構えた。
カメラのレンズがまるで巨大な生物の目玉の様に見える。
意識が遠のき、体に力が入らない。
そして、白い光が視界いっぱいに広がり――

(  ゚∀゚ )「……」

目を開いたまま、アヒャは静かに息を引き取った。
その死に顔は、僅かに笑みを浮かべていた。
間違いなくそれは。
彼の短い人生の中で、最も奇麗な笑顔だった。

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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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アサピー・ポストマンはカメラを持つ手が震えていることに気づいていなかった。
寒さでも恐怖ではなく、何か、得体の知れない感情が胸から湧き出る何かが体を震わせていたのだ。
当の本人だけが、そのことに気づけていなかった。

<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ?」

(;-@∀@)「あ、はい……」

死体から武器を回収していたニダー・スベヌの言葉に、アサピーは辛うじて返事をすることが出来た。
だが実際に何を問われているのかも分からなければ、今の状況で何を求められているのかも分かっていなかった。
戦場に巻き込まれるのは初めてではないが、戦場の中心で全てを見届けたのは初めてだった。
アヒャの援護をしながら大軍を相手に戦い続け、結局は双方が全滅するまで戦いが続いた。

その原因は、相手側の数と戦力、そして途中で使用された薬物の影響だった。
アサピーのカメラが捉えた戦場の光景は、これまでと違って全て彼の肉眼を通じて脳みそに焼き付けるような感覚だった。
これまでに抱いたことのない感覚は、彼に殺し合いの現実をこの上なくストレートに実感させた。
ようやく自分の体の震えに気づき、アサピーは黒い空の向こうに目を向け、次いでカメラを向けてズームした。

719名無しさん:2024/07/14(日) 18:35:13 ID:K.ug12hY0
煌びやかな電飾の明かりに混じり、赤黒く光る街並みが見える。
時折流れ星の様な筋を残した光が街から外に向けて飛んでいく。
それは曳光弾の見せる軌跡だった。
まだ戦闘は続いている。

世界最強の街、イルトリア。
これから二人はイルトリアに向かい、そこで新たな戦闘に参加することになるだろう。
海上から響く砲声と炎が、戦場が地上だけでないことを示している。
流石のイルトリアも、物量に押されれば無傷では済まない。

数枚シャッターを切り、それからニダーに声をかける。

(;-@∀@)「ニダーさん」

<ヽ`∀´>「どうしたニダ?」

(;-@∀@)「この戦争、どうなると思います?」

<ヽ`∀´>「そんなの分からないニダよ。
      ただ、どんな戦争でも言えることがあるニダ。
      最後の一人まで殺し合えば、戦争は終わるニダ。
      ちょうど、ここで起きたみたいに」

四時間近くの戦闘が続き、イルトリアに進軍しようとする部隊の足止めと殲滅戦が行われ、戦場となった荒野で息をしているのは二人だけとなっていた。
奇襲を仕掛けたセフトート残党の優位性が失われる前にニダーが参戦し、戦闘の天秤が何度も揺れ動いた。
ニダーが執拗なまでに優先して攻撃を加えたのは、どうにか進路を確保してイルトリアに向かおうとする部隊だった。
それが結果として、戦闘を一か所に集約することに繋がったのだ。

彼は拾い上げたライフルと瀕死の敵兵を使い、ただ一人で進軍を防ぎきったのである。
その鬼気迫る戦い方は、彼の持つ戦闘能力の高さとジュスティア人らしからぬ非道さだった。
声が足りなければ傷を抉り、言葉が足りなければ体を刻んで味方を呼び寄せさせた。
若く、命に執着のある人間を特に選んで相手への威圧に使い、大量の血が彼の両手と体を汚していった。

そんな中でアサピーにできることはただ一つ。
写真を撮ることだけだった。
戦場から離れた場所ではなく、戦場の中心、死と隣り合わせの中、カメラ一つで戦い抜いた。
ズームは最小限にとどめ、可能な限り近づいて一人一人の死に向き合うようにシャッターを切ったのだ。

不思議な感覚だった。
カメラ越しに見る人間の姿は、そのほぼ全てが棺桶で覆われ、表情を見ることさえ叶わない。
それにもかかわらず、アサピーの目にはマスクの下に全ての表情が見えていた。
誰もが必死で、誰もが取り繕うことのない生のままの表情を浮かべていた。

カメラには残されない、アサピーだけが目撃した戦場。
飛び交う銃弾と倒れた死体だけが真実だった。
自分が一発の銃弾も浴びなかったことに、アサピーはようやく気付いた。
当たらなかったのか、それとも、当てられなかったのかは分からない。

分からないが、無傷という事実は何かしらの意味がある様にしか思えなかった。

720名無しさん:2024/07/14(日) 18:36:50 ID:K.ug12hY0
(;-@∀@)「我々はこの後どうするんですか?」

<ヽ`∀´>「イルトリアに行く以外、道はないニダ。
     あの街を守り切れないと、少なくとも世界の天秤って奴は壊れるニダ」

ジュスティアとイルトリア。
この二つの街によって世界は均衡を保っているが、武力という一点において世界を統べていたのは間違いなくイルトリアである。
そのイルトリアが敗北するということは、世界を抑制するだけの武力が失われるということ。
ジュスティアが完膚なきまでに滅んだとすれば秩序が失われるが、それは一時的なことで済む。

何故ならこの世界のルールは、力なのだ。
武力を振るえば、それだけで秩序を生み出すことができる。
しかし他を圧倒する力が失われれば、誰が自由に力を振ることとなり、秩序が生まれることはない。
それだけは回避しなければならないのは、言を俟たないことだ。

(;-@∀@)「ですが、我々が行ったところで……」

<ヽ`∀´>「……怖いのは分かるニダよ。
      でも、怖がって立ち止まっていても、状況は自分の思った通りにはならないものニダ。
      アサピーはどうしたいニダ?
      ここから先は、強要しないニダよ」

その声はやけに優し気に聞こえた。
そしてその言葉は乾いた砂に水を垂らしたかのように、アサピーの心に染みわたる。
一言、提案を受け入れる言葉を発すればいい。
言葉が出なければ最悪、頷けばいい。

それで、命が助かるのだ。
銃弾が飛び交う場所でもなければ、不気味な黒い雨の降り注ぐ中にいなくていい。
世界が変わってからでも、行動は出来る。
生きてさえいれば、どうとでも出来るのだ。

(;-@∀@)「ははっ、今更引き下がってどうするっていうんですか。
      僕はこの戦争のスクープを、誰にも渡しませんよ」

しかし、ここで引き下がるようではジャーナリストではない。
彼が目指したジャーナリストは、ここで前に進む人間なのだ。
前に。
とにかく、前に。

<ヽ`∀´>「そう来なくっちゃ」

これは病気の類なのだと、アサピーは自覚した。
手にしたカメラが何を映し出したのか、その価値を決めるのは彼ではない。
現像された写真を見た人間が、それを決めるのだ。
その為にはアサピーが出来る限り多くの写真を撮影し、世界に広めなければならない。

721名無しさん:2024/07/14(日) 18:37:13 ID:K.ug12hY0
撮影したデータが失われることなく世界中に発信されるためには、カメラの中身が生き延びなければならない。
今ここでニダーと別れれば、この奇妙な天気の中と世界情勢下で生き延びて写真を広める自信がアサピーにはない。
それ以上に、アヒャの言葉が脳裏に焼き付いていたのである。
自分が生きた証、自分がここにいたのだという、確かな証明。

アサピーにとってのそれは、写真しかない。
戦争に平等はないが、彼のカメラが映したものだけは平等に後世に残される。
確かにここにいたのだと後世に残せる確実な手段が、写真なのだ。

<ヽ`∀´>「だけど、街に着いたらウリはやることがあるニダ」

(;-@∀@)「戦闘ではなく?」

<ヽ`∀´>「……市長から頼まれていたことをやるニダ」
     アサピーを安全な場所に逃がすことニダ。
     戦闘に参加するのはその後ニダ」

(;-@∀@)「いやいや、ここまで来たんですから、自分も一緒に――」

<ヽ`∀´>「――流石に守り切れないニダよ、ウリには。
      弱まっているとは言ってもイルトリアがまだ戦闘を継続しているってことは、連中の戦力はジュスティア以上の可能性が高いニダ。
      質量と物量、この二つを用意してきたってことニダね。
      市街戦の怖い所は、敵味方の判別が難しいことニダ。

      特に、軍隊に所属していないようなウリたちは味方であることを知らせる術があってないような物ニダ。
      カメラを持っていても、さっきみたいに生き延びられる可能性は低いニダ。
      むしろよく生きていられたニダね」

偶然は続かない。
特に命に係わるような事であれば、いつ何が起きても不思議ではないのだ。
この先、アサピーは自分の力だけでイルトリアの戦場を生き延びなければならない。
トラギコ・マウンテンライトやニダーの助けなしで、カメラに多くの生きた証を残すことができるのだろうか。

それがいかに無謀なことか、アサピーは言われるまでもなく分かっている。
それでも、その手が持つカメラが何の為に存在しているのかを、どうしても忘れることができなかった。
自分の事を自分で守るのは、カメラマン、ジャーナリストの基本だが、それ以上に守らなければならないのはカメラだ。

(;-@∀@)「それでもいいです。
      僕は僕の戦場で戦います!!
      ギリギリまで一緒にいてください!!」

<ヽ`∀´>「カメラでどれだけ写真を撮っても、誰にも評価されないかもしれないニダよ?」

アサピーが死を恐れずに戦地に向かえるのは、カメラのデータが世に公表されるということが前提となっていることは否めない。
無論、生きて自らの手で世に発信することが最良であり大前提だが、死後にカメラの中身が公開される保証はどこにもない。
そして、仮に世に出たとしても、それを評価するのは社会だ。
努力が結実しないことなど、いくらでもある。

(;-@∀@)「えぇ、それでも」

722名無しさん:2024/07/14(日) 18:38:27 ID:K.ug12hY0
それでも。
それでも、なのだ。
ジャーナリストを己の天職であると認識した今、恐れることはない。
死ぬときは死ぬ。

しかし、彼の撮影した写真が世界を変える可能性を持っているのだとすれば、可能性の為に死ぬ気で戦う価値がある。
ニダーが武器で戦うのと同じように、アサピーはカメラを使って戦う。
これまで生きてきて、この先もどうにか生きるとして。
何もなさずに生き続けるよりも、何かを成そうとして死んだ方がましだ。

(-@∀@)「僕は、この生き方に嘘を吐きたくない」

<ヽ`∀´>「……成長したニダね。 じゃあ、行くニダよ」

二人は雨の中、遠くに見える光を頼りに荒野を歩き始めた。
そして。
二人が意を決したその時。
ジュスティア上空に、赤い信号弾が打ち上げられたのであった――

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            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

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数時間前は世界の正義を謳う“正義の都”に相応しい街並みが見られたジュスティアは、今や瓦礫の山と化し、かつての栄華を見出すことは不可能であった。
防衛の要であり、象徴でもあった三重の防壁であるスリーピース。
ジュスティア警察を始め、正義の集う場所だった巨大な建造物であるピースメーカー。
そこにジュスティアが存在したと思い出させるものは、何一つ残されていない。

エライジャクレイグの列車砲が行った砲撃は港にまで及び、上陸を試みていた艦隊にも大打撃を与えた。
壊滅的な打撃を受けたが、ティンバーランドの部隊は全滅を免れていた。
また、オセアンから到着した援軍により、ジュスティアの大地は再び侵略者によって蹂躙されることになる。
文字通りの蹂躙。

ジュスティアという名前を持つ瓦礫を踏みにじる行為は、ジュスティアに恨みを持つ人間にとってこの上ない快感だった。
この時、瓦礫の上を歩く人間の中でジュスティアに恨みを持たない人間はいなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『しかし、街を取られないためにここまでやるかね』

棺桶に身を包み、ライフルを構えたまま生存者を探す男が呟いたその言葉は、例えジュスティアの性質を知らない人間であっても同じ言葉を口にしただろう。
市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤが用意した保険は、列車砲による完膚なきまでの砲撃。
敵も味方も関係なしに、全てを瓦礫の下に沈めるという狂気的な発想による作戦は、敵味方問わずに多くの犠牲を出した。
確かに、ジュスティアが侵略され、民間人が虐殺されるというシナリオは回避された。

自らの手で崩壊したジュスティアに踏み入ったところで、それは心理的には侵入にも征服にすらもならない。
結局はジュスティアという街がなくなった事実は変わりがないはずだが、ジュスティア人の中では違うことなのだろう。
民間人を乗せたとされる列車は北に向かって消え去ったが、どの部隊も気にもしていない。
目的は達成されたのだ。

723名無しさん:2024/07/14(日) 18:38:56 ID:K.ug12hY0
瓦礫にすることは自分たちの狙いの一つでもあり、それを代行してくれたのだ。
味方に出た死者の数は無視できないが、短時間での攻略が出来たのは嬉しい誤算だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『これがジュスティアだよ。 こいつらは、正義のためなら犠牲なんて気にしないのさ。
      ジュスティア陸軍がいい例さ』

正義という大義名分があれば、ジュスティアは一切の容赦も躊躇もなく対象に対して暴力を行使する。
味方に犠牲が出ることで敵を倒せるのならば、彼らは迷わず自分たちのいる座標を砲兵に伝えるように訓練を受けている。
現に、ジュスティア陸軍は何度も味方の損害を度外視した砲撃を実行した経験がある。
イルトリア陸軍でさえ、そのような作戦を選ぶことはない。

しかしその狂気こそが、イルトリアとジュスティアの天秤が拮抗していると言われている所以である。

〔欒゚[::|::]゚〕『……なぁ、あの人はどうして平気だったんだろうな』

数千の兵士が周囲を見て回っているが、その誰もが同じことを思っているはずだ。
これだけの砲撃を受けたにもかかわらず、生存者が一人だけいたのだ。
嬉しいことにその一人は彼らの味方なのだが、それを素直に喜べないのは、人間として当然だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『俺にも分からねぇよ……
       これだけの砲撃の中で生きるってのは、人間じゃ――』

その時、一発の信号弾がジュスティア上空に打ち上げられた。
赤い光が黒く染まった周囲の影をほんのりと赤に染め上げる様子を、片目の光学レンズを用いたカメラが映し出す。
そしてもう片目の暗視ゴーグルに一人の女性が映っているのに気づいた時には、もう遅かった。
そこに、彼女はいた。

o川*゚ー゚)o「おやおや、誰の噂をしているんだい?」

それは、ジュスティア市内で唯一の生存者であるキュート・ウルヴァリンだった。
上空に撃った信号弾が照らす雨に濡れた彼女の姿は、あまりにも不気味だった。
まるで、血の泉から立ち上がってきた幽鬼のような姿をしている。
黒い世界の中で白く浮き出て見える笑顔が、あまりにも場違いだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『ど、同志キュート!!』

o川*゚ー゚)o「何か言うことは?」

〔欒゚[::|::]゚〕『も、申し訳ありません!!』

o川*゚ー゚)o「それは何に対しての謝罪かな?」

彼女の手にあるのは撃ち終わった信号銃だけだ。
その装備で棺桶を身に着けている人間を殺すなど不可能。
なのに、まるで死刑執行のボタンをその手に秘めているかのように見える。
問答に間違いがあれば殺される。

何も言われずとも、それは断言できた。

〔欒゚[::|::]゚〕『そ、それは……』

724名無しさん:2024/07/14(日) 18:40:15 ID:K.ug12hY0
銃を向けられている方がまだ生きた心地がする。
ティンバーランド内での権限的な序列は五指に入るが、戦闘力の高さは恐らくは最高位。
イルトリアの二将軍が棺桶の所有者を素手で殺せるように、彼女も素手で殺せるだけの技量と膂力を持ち合わせている可能性はある。
虎の尾を踏んだかのように怯えているこちらの様子を見て、キュートは暗闇の中でも分かる意地の悪い笑みを浮かべた。

o川*゚ー゚)o「ははっ、冗談だよ。 意地悪をしてみた。
       私が生き延びた理由が気になるんだろう?」

〔欒゚[::|::]゚〕『は、はい。 あれだけの砲撃と爆発の中、どうすれば生き延びられるのですか……』

ジュスティアのシンボルと呼べる何もかもが瓦礫と化した砲撃の中、人間が生き延びるには何かしらの仕掛けがある。
幸運の類で生き延びることは、絶対に不可能だ。

o川*゚ー゚)o「答えは実にシンプルさ。
       運が良かったんだよ」

それが嘘なのは言うまでもなかった。
運が良くて生き残れるのであれば、生存者が一人だけであるはずがない。
何かしらの手段を使い、生き延びたのだ。
だがそれは個人的な興味であり、知らなければならない類のものではない。

今、迂闊に口に出してしまった言葉を拾い上げたキュートに生殺与奪権が握られている。

o川*゚ー゚)o「どうしたんだい? 何か言い足りないのかな?」

その言葉は、それ以上の質問を許さないだけの圧を秘めていたが、そう思わせないほど優しく口から紡がれていた。
まるで食虫植物のように、甘い猛毒を漂わせる植物の類だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『い、いえ!!』

信号弾がゆっくりと燃え尽きながら落ちてくる。
その間にキュートの顔も髪も、黒い雨によって変色していった。
赤と黒。
これほどまでに恐怖を掻き立てる配色はないだろう。

黄色と黒が警告色ならば、赤と黒は死と暴力の象徴だ。
沈黙が続くが、まだ質問が終わっていないことは明らかだった。
彼女の瞳が暗闇の中で真っすぐにこちらを見据え、そして、心の奥底を見透かすように微動だにしない。

o川*゚ー゚)o「はははっ、全く。
       ……私の事を化け物だと思っているのだろう?」

〔欒゚[::|::]゚〕『そそ、そんなことはありません!!』

一刻も早くこの空間から逃げたしたいという衝動が、体の内側から湧き上がる。
まだ命の危機から脱したわけではない。
キュートという存在が目の前でこちらに視線を向け、尚且つ興味を向けている以上、いつ何が起きても不思議ではない。

o川*゚ー゚)o「安心しな。 ちゃんと人間だよ」

725名無しさん:2024/07/14(日) 18:42:11 ID:K.ug12hY0
上空から雷の様な唸りが聞こえてきた時、キュートはそう言った。
次第にそれが唸る音がヘリコプターのローター音であると気づく。
黒い影が轟音を伴って近づき、瓦礫のほんのわずか上の位置で停止した。
まるで魔法か手品の様な光景に、息をのむ。

どれだけの練習がこの芸当を可能にするのか、まるで想像がつかない。
瓦礫との間は僅かに30センチほど。
機体と感覚を文字通り共有していなければ、そのようなことは出来ないだろう。
そして、信号弾の発砲から到着までの時間の短さが示すのは、キュートがこのタイミングで死なないということが分かっている前提で作戦が進んでいるということ。

だが、一番の疑問はこの状況でヘリコプターが来たところで何が変わるのか、という点だ。
彼女がどこに行き、何が変わるのか。
作戦の早期終結のためであれば、ジュスティアから離れて向かう先はイルトリアしかない。
これだけの戦闘の後に戻る理由は、果たしてあるのだろうか。

最終的に投入することになった戦力の差は、ジュスティアの2倍以上。
今もまだ近隣の街からイルトリアに進軍していることを考えれば、キュートが参戦したところで大した変化は望めない。
勝利は揺るがないのだ。

o川*゚ー゚)o「ただ、ね」

ヘリコプターに乗りかけた彼女が次に放った一言は、二人から呼吸を奪った。
他愛のない、どこかで誰かが口にしたかもしれないような言葉。
それは不気味なほどに可愛らしい声と表情が伴い、世界の暗部も人の汚さも知らない少女が口にするように。
何の疑いもなく、確信に満ちた口調で紡がれたのであった。

o川*゚ー゚)o「私は、誰よりも愛されて生まれただけだよ」

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             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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連結車両100両編成という規格外の長さを記録した“アンストッパブル”が、ラヴニカに到着するまで残り1時間となっていた。
車内にはジュスティアからの避難民が大勢乗せられており、誰もが非常に大きなストレスを抱えていた。
だが、彼らはどのような境遇にあってもジュスティア人だということを、アンストッパブルに乗り合わせた人間は誰もが思い知った。
きっかけは、一人の乗客の発言――正しくは、ほぼ同時に全ての車両で全く同じ発言が多数あった――だった。

(●ム●)「なぁ、俺たちを助けてくれた刑事さんはどうなってるんだよ!!
     俺たちにも何か出来ることはないのか?!」

それは、彼らを逃がすために最後まで戦い抜いた一人の刑事を案じる言葉だった。
続々と立ち上がり、詰め寄り、彼が今危険な状況であること、そして輸血を必要としていることがたちまち知れ渡った。
恐らく、ここまで人々が一斉に輸血に協力的になった瞬間はジュスティアの歴史上初めての事だった。
一瞬のうちに彼に必要な血液が用意され、手術中の彼の身を案じる人々は、それぞれ信仰する存在に祈りを捧げた。

726名無しさん:2024/07/14(日) 18:46:16 ID:K.ug12hY0
トラギコ・マウンテンライトは、そんな祈りに一切関係なく、麻酔によって長い夢を見ていた。
それはかつて、デレシアを追うきっかけになった日に見た夢と同じく、かつての相棒を失うに至った事件に関する夢だった。
まるで自分ではない第三者になり、自分の体験を眺めている様な夢だった。
砂金の城事件をきっかけに一緒に仕事をすることになった相棒と解決した、金の羊事件を経て、辿り着いた一つの大きな分岐点。

彼が特に気にしていたのは、相棒を失った“CAL21号事件”だった。
自分自身の中に抱いていた多くのことに対する考え方が根底から崩れた、あの事件。
そして、今もなお刑事を続けるきっかけを得た事件。

(=-д-)

その事件で生き延びた人間の一人が快楽殺戮者であるワタナベ・ビルケンシュトックだったということもあり、きっと夢に見たのだろう。
彼が目を覚ました時、そこに見えたのは見知らぬ天井であり、聞こえているのは線路を踏みしめる車輪の音。
そして、偶然にも車内にアナウンスが入ったのはそんな時だった。

『間もなくラヴニカ、ラヴニカに停車いたします。
ラヴニカに停車後、この列車は車輛編成を変更します。
車両編成後、イルトリアに援護に向かうため、ジュスティアからお越しの皆様に関しては、ラヴニカが終点となります。
現在、ラヴニカでの戦闘は終結しておりますが、消火活動等が行われているため、ご配慮ください。

また、ラヴニカの復興作業に手を貸していただける方は駅出口で――』

(=゚д-)「……ど……ことラギ?」

思わず声を出した時、すぐに白衣を着た男が駆け寄ってきた。

ノ゚レ_゚*州「良かった!! 目を覚ましたんですね!!
      いいですか、落ち着いて聞いてください!!
      あなたは――」

(=゚д゚)「うる……せぇ……」

耳元で大声を出す男にそう言葉を投げかけるが、まるで意に介した様子を見せず、男は続ける。

ノ゚レ_゚*州「あなたのおかげで大勢の市民が救われました、ありがとうございます!!」

(=゚д゚)「あぁ……そうかい……」

まだ麻酔で意識が朦朧としており、はっきりとしたことが口に出せない。
とにかく分かるのは、自分が生き延びたということと、市民の脱出が成功したということだ。
あれだけの出血にも関わらず自分が生き延びたことが不思議で仕方ないが、何が起きたのかを想像するだけの気力はなかった。

(=゚д゚)「……なぁ、ジュスティアはどうなったラギ?」

ノ゚レ_゚*州「……そ、それは」

返答に迷う男に代わって、見知った顔の女が現れた。

豸゚ ヮ゚)「そこから先は私が話そう。
     お久しぶりです、刑事さん」

727名無しさん:2024/07/14(日) 18:46:37 ID:K.ug12hY0
その顔、その声に覚えがあった。
視線を女の目に向け、トラギコは溜息を吐くように言葉を吐いた。
彼女の姿を見た時に、何が起きたのかはすぐに分かった。
正確に言うならば、どの計画が実行されたのかは、言うまでもなかった。

(=゚д゚)「ジャック・ジュノか……」

アンストッパブルを運転するエライジャクレイグきっての運転手、双子のジャック・ジュノ。
“定刻のジュノ”の渾名で知られる彼女は、優れた運転技術と状況判断能力を持つ
その目も声も、非常に落ち着き払ったものだったが、瞳の奥に秘めた覚悟の強さは以前とは比較にならない。
淡々と、そして若干の申し訳なさそうな声色で彼女は言った。

豸゚ ヮ゚)「フォックス・ジャラン・スリウァヤ市長との契約通り、我々はジュスティアを砲撃しました。
     我々エライジャクレイグが所有している列車砲は、ご存知のはずです」

エライジャクレイグが所有する兵器について、その存在はかねてより聞かされていた。
超大口径の列車砲を複数所有しており、世界中のあちらこちらに秘匿しており、契約や状況に応じてそれらを持ち出すことになっている。
そして、ジュスティアとの契約内容は市長から密かに通達されていた。
万が一ジュスティアが他の勢力に制圧されそうになった場合、街の全てを砲撃によって吹き飛ばす、というものだ。

(=゚д゚)「あぁ……知ってるラギ……
    そうか……そうなっちまったラギか……」

豸゚ ヮ゚)「市長は最善を尽くされ、かなりの数の敵を誘い込んだ後に爆破、砲撃したそうです。
     刑事さん、あなたが市民を救ってくれたおかげで……」

(=゚д゚)「慰めはいらねぇラギ……
    ジュスティアを守り切れなかったんだ……」

一人でも多くの市民を脱出させることには成功した。
しかし、街そのものは勿論だが、ジュスティアは防衛に参加した円卓十二騎士と軍隊、そして警察までも失った。
市民を逃がすために、全ての警官はその場で死ぬ覚悟で戦いに赴いた。
死んだ人間達に悔いはないはずだ。

ただ一つ、トラギコが解せなかったことがある。
全ての警官を代表し、トラギコが最後の守りを任されたことだ。
円卓十二騎士と共に、迎えが到着するまでの間地下シェルターを守り抜くという大役。
本来であれば、別の警官や円卓十二騎士が任されて然るべき場所だ。

だがワタナベ・ビルケンシュトックが土壇場で裏切ったのは、トラギコがその場にいたからでもある。
それはトラギコの気まぐれの様な見逃しが発端だった。
もしもワタナベを殺していれば、この結果は得られなかった。
同時に、トラギコが最後の守りを任されていなかったとしても同様である。

今、アンストッパブルに乗車しているジュスティア市民を守り抜く責任を一身に背負っているのは、トラギコただ一人。
彼らの帰るべき場所を守れなかった、無力な刑事。
その背中に感じる重圧は、これまでのどんな事件よりも重く感じられていた。

(=゚д゚)「……なぁ、俺の棺桶はまだあるラギか?」

728名無しさん:2024/07/14(日) 18:49:33 ID:K.ug12hY0
豸゚ ヮ゚)「はい、現在充電中です。
     残念ながらコンテナがないので、汎用コンテナを使用しておりますが問題ありません。
     どうするおつもりなのですか?」

(=゚д゚)「俺もイルトリアに行くラギ。
    悪いが、それまで乗せて行ってもらうラギ」

次第に意識がはっきりとし、思考が動き始めたことを認識する。
多くの人間の命のバトンを強制的に受け取った以上、トラギコがここで悠長に眠っていることを許す人間はいない。
少なくともジュスティアの中心にいた人間達がトラギコに期待することは、ただ一つ。
彼の主義に反しようとも、彼の自認に反しようとも。

ただひたすらに、正義の味方であり続けること。
それだけが、多くの警官と仲間たちによってトラギコが背負わされた役割なのだ。
生き続ける限り、トラギコは彼らの想いを引き継がなければならない。

豸゚ ヮ゚)「断っても、同行するつもりなのでしょう。
     では、イルトリアに到着するまでの間は絶対安静にしてください。
     せっかく縫合した腹の傷も、輸血した多くの血も無駄になりますので」

(=゚д゚)「あぁ、善処するラギ」

誰かに期待を押し付けられることは、初めてではない。
特に、正義の味方であることを強要されるのは彼の記憶の中では数えきれないほどある。
それでも、例え一方的な期待を押し付けられたのだとしても。
そのことを恨んだことは、ただの一度としてない。

(=゚д゚)「ラヴニカか……またすぐに戻ってくるとはな……」

ゆっくりと、トラギコは瞼を降ろす。
興味があるのはラヴニカの現状ではない。
少なくとも停車駅として利用できる以上、ラヴニカでの戦闘は収束を見せ、安全な状態にあるはずだ。
ならば今気にしなければならないのは、間違いなくイルトリアである。

世界最強の街にエライジャクレイグが援護に回らなければならないというのは、つまり、戦闘が長引く可能性が高いということでもある。
ジュスティアでさえ攻め込むことをしなかったイルトリアを相手に、長期戦を仕掛けられるほどの物量と質量を有しているという現実。
それを考えれば、今はジュスティアが失われたことを嘆いている場合ではない。
気持ちを整理しながら、トラギコは再び眠りについた。

(=-д-)

――トラギコが如何に自分を責めようとも、彼がいなければ市民は全員死んでいたこともまた事実なのである。

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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

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729名無しさん:2024/07/14(日) 18:49:59 ID:K.ug12hY0
――時間はジュスティア上空に信号弾が打ち上げられるよりも前、世界が正午になろうかとする時。
世界がまだ核の冬を迎えるよりもほんの少し前、世界に青空があった時に遡る。
それは、世界が一つになるという喜びで賑わうニョルロックで、極めて静かに始まった。

(^J^)「しかし、早い所戦争が終わってくれないもんかね」

街にはラジオから流れる戦況の実況が響き、抵抗を続ける街が一つ減る度、歓声と祝杯が上がった。
この日、ニョルロックで酒を提供するあらゆる店は過去最高の売り上げを記録していた。
一歩ずつ世界が変化していく。
彼らの住むニョルロックを統べる内藤財団がその指揮を執り、世界をより良くするというのは実に爽快かつ誇らしいものだ。

ジュスティアが正義を無理強いし、イルトリアが力で押さえつけるような手段が世界から消えることで、世界は真の平和と平等を手に入れられる。
踏み出した足が何かを踏み潰すのは自然の事であり、それが変化を生み出し、新たな何かを創造することにつながる。
それが分かっている街は早々に内藤財団の提案を受け入れ、同じ“国家”の一員として世界を一つにしようと動き始めている。
戦闘に途中から参加した街も多くあり、その圧倒的な物量はたとえイルトリアとジュスティアであろうとも、耐えきることは不可能だ。

まるで祭りの様に賑わう街の中を、ニョルロックの治安維持組織である“レプス”に所属するニトロ・ブルバーストはゆっくりと周囲を眺めながら歩いている。
彼の隣で同じく街の治安を守るソニック・ル・フォードはニトロの言葉への返答を、溜息と共に吐き出した。

(-゚ぺ-)「どうして世界がより良くなるってのに抵抗するんだろうな」

(^J^)「受け入れられないんだろうよ。 自分たちが椅子から引きずり降ろされるのが」

(-゚ぺ-)「あー、なるほどな」

抵抗すればするだけ、抵抗を試みる他の街に対する牽制になる。
あのイルトリアとジュスティアが苦戦しているのならば、自分たちが反抗したところで勝てるはずがない、と認識を変える街も少なくない。
そしてその姿を見た味方は、より強く自分たちの正しさを認識することになるのだ。
世界の変化はもう誰にも止められない。

これまで抑圧されてきた正常な考えが噴出し、世界はあるべき形に変わろうとしているのだ。

(^J^)「世界を変えるっていうのは、中々大変だな」

昨夜ニョルロックで起きた事件は既に処理がほとんど済み、死んだ一部の人間の関係者だけが悲愴な面持ちでいる。
それ以外の人間は、世界が変わりゆく様をカフェで、あるいはバーで、もしくはオフィスでラジオから流れる放送で堪能し、近づく誕生日に胸を躍らせる子供のような気持ちだった。
時折内藤財団の副社長や社長がコメントを述べ、世界が変わっていくことの喜びを語っている。
多くの英雄の功績が報われる時は、決して遠い未来の話ではない。

(^J^)「まぁ、この街は平和だからいいんだけどさ」

――その遥か頭上を一機のヘリコプターが通過したことに気づいた人間は僅かにいたが、そこから人が一人飛び降りたことに気づいた人間はいなかった。
だが、密集した高層ビルの間を躊躇うことなく突き進み、ギリギリのところでパラシュートを展開し、静かに交差点に降り立った時にはすでに多くの目撃者がいた。
その女性の姿を見た一般市民は、皆一様にその容姿を褒め称えた。
初めは何かのイベントなのかと考え、着地した時に拍手を送った者さえいた。

(`・_ゝ・´)「ははっ、素晴らしいパフォーマンスだったよ!」

(,,'゚ω'゚)「空からこんな美女が振って来るなんて、こりゃあ天使だな」

730名無しさん:2024/07/14(日) 18:50:21 ID:K.ug12hY0
近くのオープンテラスでビールを飲んでいた老紳士二人が、思わず声をかける。

(`・_ゝ・´)「どうせなら白い服を着ていれば良かったのになぁ。
      でも、えらい美人さんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、ありがとう」

カーキ色のローブの下に隠れていたのは、彼らがこれまでに見た中で誰よりも美しい女性だった。
完成された美ではなく、到達した美。
円熟でも熟成でもなく、気の遠くなるほど長い時間をかけて自然が生み出した圧倒的な風景に似たその美は、彼らから正常な判断力を奪っていた。
蒼穹色をしたつぶらな瞳と、一本一本が職人の手作業で生み出された金細工の様に輝く柔らかい色をした金髪。

その美貌に目を奪われた結果、そのローブの下に隠された複数の武器に気づくことができなかった。
騒ぎを聞きつけたルプスの一員がその姿を見た時、彼らは己の思考とは逆に、肩から下げたコルトカービンライフルを構えていた。
血の滲むような訓練通りに。
暗唱できるまでに叩きこまれた教訓通りに。

全てが、この瞬間のためにあったかのように。
あり得ない敵、想像上の敵だと思っていた存在が目の前に現れたのは、夢が実現した瞬間でもあった。
夢は夢でも、悪夢なのだが。

【占|○】『夢が叶うというのは、本当にうれしい事ですね』

――期せずして、ラジオから内藤財団副社長の声が聞こえてきた。

|゚レ_゚*州「動くな!!」

【占|○】『夢は人の原動力です。
     どうか、世界中の人と同じ夢が見られるといいのですが』

ζ(゚ー゚*ζ「いやよ」

向けられた銃腔は2つ。
普通ならば、大人しく言うことをきくだろう。
だが、彼らの目の前に姿を現したのは天使でもなければ、ただの来訪者でもない。
ルプスに所属した時、最優先で覚えさせられる顔と寸分たがわぬ顔を持つ人間。

それが、今、彼らの目の前に現実のものとして存在している。
世界最悪のテロリスト。
世界最恐の破壊者。
世界最凶の殺戮者。

そして、世界の敵。

|゚レ_゚*州「両手を頭の上で組んで跪け!!」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしても私に言うことをきかせたいなら、この世界のルールに従ってやってみなさい。
      やれるものならね」

731名無しさん:2024/07/14(日) 18:51:06 ID:K.ug12hY0
仮に、もしもこの世に天使がいるとしたら、きっと、この時のデレシアと同じ表情を浮かべて地上に舞い降りたのだろうと目撃者たちは誰もが思った。
向けられた殺意も銃腔も、その全てを気にしてない姿は神々しくもあった。
その後に起こった全ては刹那の出来事。
笑顔と共に返答した女性の両手に黒塗りのデザートイーグルが構えられているのを目撃した時、彼女を天使だと考える人間はいなかった。

――そして、甘い香りを漂わせる破滅と混沌の化身が優しく殺戮を始めた。

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                     Ammo→Re!!のようです

                     Ammo for Rebalance!!編

                  /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
              / / |│ :│  | /| ://  /// ─-i     :|八 !
            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\

                           最終章

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血液を入れた水風船が破裂する様に、デザートイーグルから放たれる対人用の強装弾“INF”は無防備な男の頭を血煙へと変えた。
人体の破壊に特化したその銃弾の威力は、防弾着さえも容易く貫き、肉を抉り取る。
デレシアの容姿と実力を聞いていたとしても、それは彼女の現実を理解するには不十分過ぎた。
もしも本当にデレシアの実力を正確に理解していたのであれば、生身で彼女に銃を向けるはずがない。

一発の銃声に聞こえる2連射は、街に鳴り響くラジオの音と花火の音に紛れて消えた。
だが、一瞬で死体と化した男二人の存在は、周囲の人間の目にしっかりと焼き付いていた。
まるで映画。
まるで冗談。

そして、まるで悪夢そのものに映ったことだろう。

(,,'゚ω'゚)「あ……な……!!」

(`・_ゝ・´)「な……!?」

ζ(゚ー゚*ζ「失礼するわね」

732名無しさん:2024/07/14(日) 18:51:57 ID:K.ug12hY0
民間人に銃口を向けることなく、デレシアは悠然と歩きだし、ルプスが路上に駐車していたSUVに何食わぬ顔で乗り込んだ。
そのまま街中を走り出すと、サイレンを鳴らして接近する車輌が続々と現れて追跡を始める。
スライドドア、あるいは、ルーフから身を乗り出してライフルを構えてデレシアの乗る車に警告なしで銃弾を浴びせかける。
それは、先刻まで祝祭を享受していた市民にとって、あまりにも唐突に発生した恐怖の瞬間だった。

放たれる銃弾を回避する代わりに、デレシアは歩道に向けて車を走らせた。
その効果は言うまでもなく、てき面だった。
可能な限り車道と歩道の中間を走らせることで、危機感を覚えた民間人が蜘蛛の子を散らすように左右に展開する。
それによって、デレシアを追跡する人間達は照準をずらし、ライフルの銃爪から指を離さざるを得ない。

その躊躇いこそが、デレシアにとっては無限にも等しい時間を生み出すことになる。
置かれていたゴミ箱やテーブル、椅子や自転車を弾き飛ばしながらも速度は一切落とさない。
彼女の目的は市民の殺戮でも街の破壊でもなく、ニョルロックからどこかへと逃げた最高幹部の殺害だ。
あれだけの演説をしておきながら、その後姿を現していないことから、すでに街にいない可能性は高かった。

恐らくは演説はデレシアをこの場におびき出すための演出の一環であり、実際にそれはこうして成功している。
そして、デレシアが現れても力を持つ迎撃部隊が出てこないことを見れば、この街に長居する理由はない。
デレシアをここに呼び寄せた割には、あまりにも歯応えがなさすぎる。
肩透かしというレベルではない。

彼らの悲願の一つはデレシアの抹殺だというのに、用意した兵士はただの警察組織だ。
この場所に幹部がいると印象付けるためには、もっと必死に抗わなければ意味がない。
警察の動きは明らかにデレシアだけを追っており、要人の護衛に向かうようなそぶりはまるでない。
つまり、不在なのは間違いないのだ。

この街に幹部たちがいないと分かってしまえば、追跡されることは分かっていたはずだ。
それを誤魔化して時間を稼ぐのならば、警察組織にその事を徹底しておくのは至極当然の話なのだが。
それがまるで感じられない、ということはそれが不要な備えが施されているということだ。
全の備えをした上で件の放送をかけ、作戦を実行に移したのは間違いない。

そう考えると、これまでの行動が不自然に思えて仕方がない。
例え、“声を上げて行動することで国という考えを根付かせる”ことが彼らの目的だとしても、ここまで長い時間をかけた意味がない。
内藤財団の影響力を極限まで高めてから実行する必要もない。
単位の統一を発表したタイミングに合わせても問題はなかったはずだ。

機が熟するのを待っていたのだろうか。
自らの軍隊が必要十分以上の装備と兵器を手に入れ、イルトリアとジュスティアを同時に相手にできるだけの武力を待っていた。
しかし同時である必要はない。
先にジュスティアを滅ぼし、その後でイルトリアを狙えばいいだけの話だ。

あえて同時に相手にするというリスクを冒す理由は、今のところ見えてこない。
もっと別の要因が彼らに計画実行を決断させ、今日を迎えたはずなのだ。
現に内藤財団の本部であるニョルロックが要所ではなく、捨て石同然の場所と化しているのがその証拠。
ここにデレシアが来ることは分かり切っていて、何も対策をしていないということは、この街に守る価値がないということでもある。

長年育ててきた街に興味がない、ということは他に何かがあるのだ。
街を切り捨ててでも追うべき何かが。
つまり、これは時間稼ぎでしかないのだ。
本命にデレシアが目を向けないよう、一瞬だけでもその目をニョルロックに向けさせるためだけに、この街が作られたのだろう。

733名無しさん:2024/07/14(日) 18:53:02 ID:K.ug12hY0
この街に幹部が残っている可能性を彼女の中に生み、追跡の手を止めさせるためだけに。
あるいは、この街を滅ぼすことで時間を稼ぐために。
いずれにしても長い時間をかけて丹念に作られた餌は、こうして見事にデレシアをおびき出し、時間という何にも代えがたい物を生み出すことに成功した。

ζ(゚ー゚*ζ「……さて、どこかしらね」

だが、とデレシアは思う。
ここまでして時間稼ぎをするのは、何もデレシアから逃げてイルトリアとジュスティアを滅ぼすためではないはずだ。
逃げるだけであれば空中なり、海中なりに逃げればいい。
昨日の夜の時点で逃げることが可能だったため、四方を陸地に囲まれたこの場所から海沿いのどこかに行く時間は十分にある。

逃げておきながら、あえて足跡を残し、誘導するかのような行動が気になる。
その真意に、デレシアは一つ思い当たることがあった。
わざわざこの場所にデレシアを呼び出した、たった一つの理由。
それは、妄執、あるいは偏愛、偏執と言われるものが起因していた。

それであれば、彼らの目的がデレシアをこの場所に連れてくる、というだけだとしても理解できる。

ζ(゚、゚*ζ「……!」

不意に、デレシアは背筋に走った冷たい感覚に意識を取られた。
ハンドルとサイドブレーキを使って車体を45度回転させ、とあるビルのロビーに突っ込んだ。
その直後。
嵐の様な爆風と雷の様な爆音が、ニョルロックを襲った。

街中の窓ガラスが振動し、割れて道路に降り注ぐものもあった。
あまりにも唐突なことに、街中を走っていた車が運転を誤り、次々と事故を起こしていく。
周囲から聞こえてくる悲鳴とは裏腹に、ラジオから流れる言葉は内藤財団の掲げた夢に賛同する街が増えて行く様子を嬉々として語っている。
それはつまり、ラジオの放送をしている人間がこの街の周辺にはいないということ。

副社長である西川・ツンディエレ・ホライゾンの何事もない声がラジオから聞こえてきたことを考えれば、爆発を認識できない場所で放送していることになる。
考えられる場所は、東。
クラフト山脈を越えた場所にいる可能性がある。
そしてその可能性が、デレシアの推測を確信に変えた。

爆風が収まったのを確認し、デレシアは車を後退させて道路に戻った。
彼女を追っていた車両は急停車しているか、横転しているかだった。
普通ならばこの状況でもデレシアの乗った車を追うのだが、今は普通ではなかった。
街の混沌を収めなければ、昨夜の騒動の事もあって警察組織のメンツは丸つぶれになる。

遠方から聞こえた爆発音。
そして、バックミラー越しに見える巨大な柱じみた黒雲。
それはこの世の終わりか、あるいは超常現象の類に見えたことだろう。
その正体を、ニョルロックにいた人間の中で唯一デレシアだけが一目で見抜いた。

ζ(゚、゚*ζ「……」

734名無しさん:2024/07/14(日) 18:53:30 ID:K.ug12hY0
ニューソクの爆発である。
以前にデレシアが爆破させたのは海中だったため、そこまで大事にはならなかった。
しかし今回は立ち昇る黒い煙の量と勢いが尋常ではなかった。
恐らく、爆発したのは一基ではなく、二基。

舞い上がる粉塵と土砂の量が異様なことが、それを証明している。
地中で爆破され、何かしらの経路を通った為に勢いが集約されて高高度にまで達しているのだと推測された。
しばらくの間、地球の気温が下がることは避けられないだろう。
デレシアは吹き付けてくるぬるい風に目を細め、誰にも気づかれないような小さい溜息を吐いた。

これで、ようやく彼らの狙いが分かった。

ζ(゚、゚*ζ「……そういうことね」

大陸の真ん中に位置するこの場所を発展させ、大量のニューソクを手に入れていたのも。
オセアンに眠っていたハート・ロッカーを手に入れようとしたのも。
ペニサス・ノースフェイスを殺害したのも。
オアシズに積まれていた“ドリームキャッチャー”を奪取しようとしたのも。

ジュスティアとイルトリアに攻め込んだのも。
海路と空路を最優先で封鎖し、陸路のみをあえて残したのも。
全ては、この瞬間のためだけに用意していたのだ。
本質から目を背けさせつつ、全てはたった一つの目的を果たすための歩み。

ζ(゚ー゚*ζ「頑張ったじゃない」

その言葉は、心からの賛辞だった。
まるで出来の悪い生徒が宿題を完ぺきに仕上げたのを教師が褒めるように、デレシアはその言葉をつぶやいた。
それと同時に、狙いが分かった為に次にすべき行動が決まった。
陸路では間に合わない。

場所の問題で海路は使えない。
恐らく使用された隠し通路はすでに寸断されているか、複数の分岐を用意してデレシアが追い付けないようにしているはずだ。
残された手段は、空路のみ。
だが相手がここまで用意周到に準備をしているのであれば、空路を断っている可能性は高い。

対空装備がこの街にないとは限らない。
ここに降り立った時点で、デレシアが自分たちを追えないようにと準備をしていたのだろう。
デレシアを殺すことが無理ならば、せめて釘付けにするという割り切り。
最短距離を進んでも、相手の目論見を阻止することはできない。

実によく考えられた作戦だ。
全ての部隊を囮にたった一人を釘づけにして、“自分の本当の目的”を達成するのが、この大騒動の全貌。
流石にここまでの規模の馬鹿げた作戦を実行するなど、考えられなかった。
だからこそ、彼らはデレシアの想定の上を行くことが出来た。

それは素直に認めるしかない。
デレシアに対する正しい評価であり、判断だ。
ティンバーランドは“彼”の本当の目的を隠すための隠れ蓑。
きっと、今も世界中で戦っているティンバーランドの人間のほとんどがその真意を知らないだろう。

735名無しさん:2024/07/14(日) 18:54:22 ID:K.ug12hY0
実際、ティンバーランドの理念は第三次世界大戦の時から変わっておらず、ブレがなかった。
つまり、今の内藤財団には2つの夢があったのだ。
どちらかを防ごうとすれば、必ずどちらかの夢が叶う。
大きく提示された世界統一国家の構想の影に隠れた、もう一つの夢。

たった一つの、小さな、矮小なまでの執着心が生み出した夢だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

だが、デレシアはそれを見逃すことはできない。
それだけは、決して許せない。
その夢は、叶えさせるわけにはいかない。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ」

綿密な計画。
用意周到な準備。
徹底的な情報統制。
そして、予想外の介入。

いつの時代も、完璧なものは存在しない。
完璧を打破するのは、いつだって理外の存在なのだ。
ドアを開いて姿を晒し、内藤財団本社ビルに顔を向け、デレシアは口を開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「協力してもらえるわよね?」

遥か遠方から向けられていた視線の主に、デレシアは人差し指をさしてそう語りかけた。
正体は分かっている。
そして、その返答は聞くまでもない。
デレシアを見つめ続けるその人物は、必ず乗ってくるという確信があった。

その人物は必ず、相手を追うための手段を確保した状態でいることも分かっている。
この街で争いを起こし、この街を去らなかったのは、何かが起きることを予期していたからなのだろう。
ニョルロックは内藤財団そのものと言ってもいいぐらいの力を持っている。
最数的に作戦が全て成功すれば街を放棄するということは、まずありえない。

長期的な目で見れば、ここで待ち受けていれば自ずと敵の首魁が帰ってくるため、そこを狙えば、警戒心が薄れた中での暗殺が行える。
しかし、それはあくまでも長期的な目で見た場合の話である。
今の状況は長期的な目で見るだけの余裕はない。
彼の協力がなければこの状況を打破できないし、彼は目的を達成できなくなる。

ζ(゚、゚*ζ「っ……!!」

再びの悪寒。
急いで車内に戻ると、先ほどとは若干違う方角で巨大な爆発が起きているのが見えた。
今度は先ほどの倍以上の太さのある黒い煙が上空に伸び、空を黒く染めて行く。
そして、先ほどニョルロックを襲った倍以上の強さの衝撃波が再び街を襲う。

紛れもなく、地上で起きたニューソクの爆発だった。

736名無しさん:2024/07/14(日) 18:54:46 ID:K.ug12hY0
ζ(゚、゚*ζ「……」

――核の冬が再び始まる。
それは、決して避けられない事象だ。
ニューソクが連続して爆発すれば、核の冬は間違いなく起こる。
幸いなことは一つだけ。

第三次世界大戦で起きた核の冬は、大量の放射性物質を含んだ灰と雨が降り注いだことにより、地球上の何もかもが汚染された。
だが、それは兵器として敵国を汚染することを目的に使用した国があったことが原因だった。
正しい手順を踏まなければ、ニューソクは放射性物質を拡散することはない。
誘爆、あるいは暴走に起因する爆発であれば壊滅的な爆発を引き起こすだけで済む。

ティンバーランドがニューソクの奪取を行っていたのは、何も、自分たちの兵器への転用だけが目的ではない。
ニューソクがただの発電装置ではないと知り、その研究をすることで“歴史を越える”ことを狙ったのだ。
未だに人類が越えられていない、ニューソクが引き起こした人類史上最悪の状況を突破するために。

ζ(゚ー゚*ζ「何年ぶりかしらね、あの場所に行くのは」

――そして、その先にある物を手に入れるために。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

えぇ、あの時は街全体が酷い混乱に陥りました。
私はカフェでコーヒーを飲んでいたのですが、衝撃でカップを落としてしまいましたよ。
そうですね…… 爆風もそうですが、街に残されていたルプスが翻弄されていたのが印象深いですね。
街を守る彼らが、たった一人を相手に、ですからね。

                               ――ニョルロックの生き残り、A氏の証言

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ギコ・カスケードレンジは光学照準器越しに指をさされた時、驚きの感情を確かに感じながらも、銃を動かすことはしなかった。
卓越した集中力は、彼の心と体とのつながりを遮断しており、どんな精神状態にあっても狙撃に必要な静止力を失うことはない。
強烈な爆風が二度、街を襲っても彼の構えたライフルはビルの振動以外で揺れることはなかった。
再び街で戦いを始めたデレシアの周囲を観察するが、特に大きな動きは見られない。

やはり、敵の総大将はこの街に戻ってはいない。
戻るまで待つつもりではあったが、デレシアと共に行動すればその手間と時間を省けるのは間違いない。
師匠であり恩師であるペニサス・ノースフェイスの友人である彼女ならば、必ずギコの復讐に手を貸してくれるだろう。
逡巡の後、ギコはようやく溜息を吐いて自分に言い聞かせるように言葉を発した。

(,,゚Д゚)「……乗ってやる」

改造の施されたチェイタックM200に装填されている弾は、例え2キロ離れている棺桶を相手にしても一発で命を奪えるほどの威力を有している。
照準器の倍率を変更し、より広い視野を確保する。
徐々に暗くなり始めた街の様子が良く分かる。
人々の動き、息遣いまで見える。

737名無しさん:2024/07/14(日) 18:55:23 ID:K.ug12hY0
そして、ビルの屋上に潜んでいる人間の姿も。
彼のいる場所はニョルロックで最も高いビルの一室。
殺した内藤財団役員から奪ったカードキーで入り込んだ、内藤財団本社ビルの最上階。
即ち、社長室である。

前日に内藤財団の社長が街から逃げたことを知っていたため、この部屋が無人になることが分かっていた。
部屋の入り口には対人地雷を設置してあるため、万が一誰かが入ってきても問題はない。
待ち伏せして殺すために陣取った部屋だが、周囲を360度見渡せるだけでなく防音も対策済みであるという部屋は狙撃手にとってはこの上なく理想的な場所だった。
夜明け前から観察している中で、何故屋上に複数の人間がいるのか、そして、何故ロケットランチャーの類を装備しているのかが分からなかった。

ギコを探している風ではなかったし、何より装備が大げさすぎた。
彼らの視線は街の入り口などに向けられており、まるで外から来る何かに備えている様だった。
その理由は、デレシアの登場で明らかになった。
彼等はデレシアを待っていたのだ。

だが、デレシアが街で暴れている間も、彼らは攻撃を仕掛けるそぶりを見せていない。
そこで合点がいったのは、デレシアの動きだった。
標的がこの街にいないということが分かれば、移動手段を確保して追跡をするのが自然な流れだ。
陸路では速度が落ちるため、選ぶのは空路一択。

ニョルロックには民間機も含めて複数のヘリコプターが存在している。
それを奪取し、移動に使おうと考えるのもまた、自然の流れである。
ヘリコプターは機動力があるが、速度はない。
そこを狙い撃ちにすれば、例え爆殺できなくても落下死を招くことはできるだろう。

つまるところ彼らはこの街全体を犠牲に、デレシアの殺害を考えているのだ。
彼女がヘリコプターに乗るまでは街を好き放題にさせ、その時が来たら逃げ場のない空中で殺すことを狙っているのだ。
場合によっては、爆薬が仕掛けられている可能性も高い。
ギコが街に残っているかどうかを考えることもせず、ただデレシアの来訪と出発を待っていることがその証明でもある。

デレシアにのみ集中しているせいで周囲への警戒が疎かになっていることが、彼らの最大の失敗だと言えた。
実際、十分な充電と整備が施されたヘリコプター――元は幹部の脱出用に地下に隠されていた物――を一機、関係者を装って屋上に用意したことにすら気づかれていない。
いざという時のギコの脱出手段にと思っていたのだが、デレシアは上空からその存在を確認していたに違いない。
その上でデレシアは彼に協力を要請したということは、こちらの意図を汲み取って手を貸してくれるのだろう。

むしろ、ギコにとってはありがたい提案でもあった。
狙いを定めるべき複数の標的を確認し、ギコは息を深く吐く。
最大で1キロ、最短で400メートルの位置にいる。
数は7か所に合計で14人。

装弾数は薬室を含めて11。
用意している弾倉は10。
普通の狙撃手であれば14発で決着をつけるだろう。
だがギコとしては弾の節約を望んでいた。

何より、短期決戦が望ましい。
この街を安全に脱出するまでの時間を稼げればそれでいい。

  One shot, two kills.
(,,゚Д゚)「……1撃2殺」

738名無しさん:2024/07/14(日) 18:56:05 ID:K.ug12hY0
まずは最短地点からの狙撃だった。
光学照準器の調節を素早く行い、狙いを定める。
だが人間ではなく、標的が背負っているロケットランチャーの弾薬を狙い撃った。
全ては流れるように滑らかな狙撃だった。

一発目の着弾とその結果を見るまでもなく、照準器の十字は二か所目に向けられる。
半自動で排莢された薬莢が地面に落ちる時には二発目が放たれた。
榴弾が爆発し、誘爆した音はまるで花火の様に聞こえてきた。
三か所目の人間達は爆発音の方を見ようともしていなかった。

既に街中でデレシアが銃を発砲し、車が爆発していること、そしてどこからか街全体を襲った爆風によって何に注意すればいいのかが分かっていないのだ。
周囲の状況に気を配るのではなく、デレシアの動向にだけ注意を向けるというのはある意味で正解だ。
四か所目では流石に何かを察したのか、首を周囲に向ける人間がいたが、すでに銃弾は放たれた後。
発砲から少しの間を開けて爆発が起きた。

予備の弾薬が多めにあったのか、比較的大きな爆発が起きる。
それを目撃した五か所目の人間がデレシアの襲撃だと勘違いを起こし、ロケットランチャーを構えた。
だがギコの位置と存在には気づいていない。
距離は約1キロ。

着弾までの間に相手がどう動くのかを予想し、銃爪を引く。
1秒近くの間を開け、銃弾は精確に予備弾薬を貫き、爆発を引き起こした。
六か所目に照準器を向けた時、僅かな光の反射を確認した。
何者かがこちらの存在を認識した可能性があった。

冷静に次弾を装填させ、相手の位置と向きを探る。
見つけた相手は体が擬古のいる方角を向き、背負っているはずの弾薬は背後に置かれていた。
誘爆をこちらが誘っていることが分かったのだろう。
しかし遅かった。

放った銃弾が男の体を貫き、そして背後の弾薬に着弾。
爆発の反動か、それとも着弾の反動かは分からなかったが、男の構えていたロケットランチャーから放たれた榴弾が近くのビルに命中した。
最後の一か所はギコに気づいておらず、双眼鏡でデレシアの姿を探している。
その姿が数秒後に爆散し、ギコはようやく息を吸い込んだ。

この間、実に15秒。

(,,゚Д゚)「……ふぅ」

改めて周囲の屋上に目を向け、脅威がいないことを確認する。
後はデレシアがここに来れば済む話だ。
こちらから迎えに行くなど、ビルの密集するニョルロックでは自殺行為に等しい。
地上から撃たれて墜落するなど、あまりにもつまらない話だ。

(,,゚Д゚)「心配はいらなそうだな」

銃声と悲鳴。
そして、圧倒的なプレッシャーがビルに向かってきているのを確認してから、ギコは屋上へと向かったのであった。

739名無しさん:2024/07/14(日) 18:56:25 ID:K.ug12hY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

時間こそが、人類最古の約束だ。

                                           ――ジャック・ジュノ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アンストッパブルがラヴニカに停車し、続々とコンテナが切り離されてジュスティアからの避難民たちが街に降り立った。
激しい戦闘の後に漂う硝煙と煙の臭いは、この世界が取り返しのつかない大きな変化を迎えたことを、嫌でも思い知らせた。
それと同時に、内藤財団の掲げた理想に必ずしも世界中が賛同しているわけではないことを教えるものでもあった。
避難が半分完了した頃に、ジュスティアへの砲撃を完了させた列車砲がラヴニカに到着した。

2人のジュノが合流し、すぐにアンストッパブルと列車砲の連結が開始される。
事前にラヴニカへの連絡があったものの、激しい戦闘の影響で、補給物資の積み込みに遅れが生じていた。
だがそれも、ジュノたちにとっては織り込み済みの状況だった。
砲弾を含んだ弾薬を補給しつつ車両の確認を行い、イルトリアでの戦闘に備える。

光が遮られた空の下、その作業は黙々と行われた。
作業員たちは無駄口一つなく弾薬を積み込み、整備員が車両の細かな調節を行っていく。
ジュスティアへの絶え間ない砲撃の影響で、砲身や車両に大量の煤の付着や歪みが生じてしまっているのだ。
煤を払い落とし、歪みが確認された部品は即座に交換の対象となる。

連結作業は整備と同時並行で行われ、作業の流れはグリスを塗った歯車が回る様にスムーズだった。
時間厳守を旨とするジュノ兄妹と、技術による完璧さを追求するラヴニカの技師たちの動きはこれが初めてとは思えない程の連携を見せていた。
互いにプロとしてやるべきことをやる。
それが、彼らの間の摩擦を全て無くしていた。

(ΞιΞ)「棺桶も何機か持っていくか?」

積み込み作業を行う男の言葉に、ジュノは首を縦に振った。

豸゚ ヮ゚)「是非頼みます!!」

(^ム^)「後、戦える人がいればぜひ搭乗を」

イルトリアでの戦闘が長引けば、それだけイルトリア軍にとって不利になる。
世界中の反イルトリアの勢力はもとより、内藤財団に唆された人間達が向かっているはずだ。
事実上、内藤財団はジュスティアを攻め落とした。
その力を考えれば、イルトリアへの攻撃は時間をかけて長期的に行うことだろう。

一人でも多くの戦闘員がいれば、イルトリアが負けることはない。
とにかく、今は援軍が必要になる。
エライジャクレイグは戦闘に特化した人間が少ないため、今向かっても出来るのは砲撃支援ぐらいだ。
実際の戦闘は街中で行われているだろうから、砲撃は極力避けるべきなのは言うまでもない。

市街戦を得意とする人間が参戦すれば、少しは手助けになるかもしれない。

(ΞιΞ)「それについては今、有志を募っているところだ。
       それよりも、厄介なことが一つある」

740名無しさん:2024/07/14(日) 18:58:37 ID:K.ug12hY0
豸゚ ヮ゚)「何ですか?」

(ΞιΞ)「ラヴニカを襲った連中が、イルトリア方面に向かって侵攻している。
      まだ合流はしないだろうが…… 気になることがあった。
      連中を束ねていた男のアクセントが、タルキールのものだった。
      あいつら、行く先々で味方を増やしていく算段なんだろうよ」

豸゚ ヮ゚)「移動手段は車、ですか?」

(ΞιΞ)「あぁ、連中は車だけだ。 列車は使わせなかったよ、意地でもな。
      時間と距離を考えると、あんたらは恐らくはヴィンスで追いつくことになるだろうな……」

(^ム^)「ヴィンスは連中の傘下だ。
    戦闘は避けられないだろうな……」

観光資源で食いつないでいる街にも、限界がある。
ヴィンスは内藤財団の補助があるからこそ、街が成り立っているようなものだ。
かつてヴィンスを牛耳っていたマフィアたちがとある事件で一掃され、それによって生じた多くの経済的損失を補填するために内藤財団の助力があった。
こうしてヴィンスは昔から変わらずに観光業を前面に出すことができ、今日も観光の街として有名を馳せているが内藤財団の力がなければ一瞬で干上がる。

ここから敗走した部隊と合流すれば、素人集団であろうともより大きな勢力となってイルトリアを目指すだろう。
特に、タルキールでの合流を止められないのが厄介だ。
あの土地にはイルトリアに恨みを持つ人間が大勢いる。
内藤財団が密かに根を張っていたとしたら、非常に厄介だ。

流通の中間点を抑えられているということは、流通の首根っこを押さえたのと同義。
当然、内藤財団にとって不利益を被るような流通は即座に止められることだろう。
戦争状態にあろうとも、流通も経済も止まることはない。
この状況下で内藤財団が協力を要請すれば、どんな企業も首を縦に振ることになる。

内藤財団の為にという大義名分は、言い換えれば、無尽蔵の経済力と物資が後ろ盾になることと同義だ。
つまり、彼らは道中でいくらでも物資と人員の補給が可能になるのだ。
連続して増えてくる援軍も厄介だが、それ以上に素人が集団となり、半ば暴徒の津波じみた勢いのまま攻撃されることの方が脅威だ。
戦闘中のイルトリアがこの状況を察したとしても、派兵するだけの余裕はないだろう。

止めるのならば、今しかない。

(^ム^)「となると、ヴィンスで叩き潰すしかないか」

エライジャクレイグが用いる列車砲は旧来のそれとは異なり、走行中に砲撃することが可能である。
しかしながらその列車砲の特性上、近距離の相手や移動しながらの砲撃は精度が極端に落ちることになる。
更に、相手よりも後方で戦えばレールを破壊されて走行不能になる危険性もあるため、追い越した状態で攻撃を仕掛けなければならない。
決して楽な戦いではない。

相手がこちらに気づき、先にレールを破壊すればそこで大きな足止めを食らうことになる。
必要なのは精度を落とすことなく、相手の常識を超えた速度と精度での猛烈な攻撃。
そして、高い破壊力を秘めた一撃だ。
相手がヴィンスに入った段階で攻撃を仕掛ければ、少なくとも先手を取られることは考えにくい。

741名無しさん:2024/07/14(日) 18:58:58 ID:K.ug12hY0
そうなると、必然、ヴィンスそのものを攻撃することになる。
若干の躊躇いはあるが、この際仕方がない。
ヴィンスに到着するまでの間、相手の正確な位置さえ分かれば追いながら砲撃を行うことができる。
移動の速度を殺さず、かつ遠距離からの攻撃は相手にとって相当に嫌なものになるだろう。

豸゚ ヮ゚)「最悪、ヴィンスを、になるけどね」

(^ム^)「それならそれで仕方ない。
    作業終了時間は?」

(ΞιΞ)「そりゃ勿論、定刻通りだよ。
      後10分以内で完了する」

連結を終え、各システムのチェックが進行していく間、ジュノ達はラジオから流れてくる放送に、一時耳を傾けることにした。

【占|○】『現在、世界中を襲っている異常気象についてですが、南方で発生した二度の大爆発が原因であることが専門家から報告されています。
     ニューソクが爆発したとみられており、相互の関係は不明なままです。
     この気象がいつまで続くかは分かりませんが、予測によれば、数年単位で続くのではないかと言われています。
     太陽光発電に頼っている街は、内藤財団系列の工務店に依頼いただければ、別種の発電装置をすぐに供給いたします。

     在庫数は十分にあるため、焦らず、冷静に行動をして下さい。
     なお、供給の対象となるのは“国”に属することに同意した街のみとなります』

その放送につられて、二人のジュノが同時に空を見上げた。
黒と言ってもいい灰色の空がそこにはあった。
青空は失われ、夏の暑さがぬるく感じる。
吹き付けてくる風は、仄かな火薬の匂いを孕んでいる気がした。

【占|○】『続けて、世界で起きている抵抗運動の近況を報告します。
     ジュスティアでの戦闘は終結し、現在は民間人の救助活動が行われています。
     また、現在、イルトリアで大規模な戦闘が発生しております。
     一部情報では、イルトリア海軍の防衛網を突破し、市街戦に発展した地点もあるとのことで――』

その言葉がどこまで正確なのかは分からない。
こうして平等に放送をしていると思わせ、その実、情報操作をしている可能性は大いにある。
今や、世界の中で少数派なのはジュノ達であり、世界が望んでいる放送はより彼らにとって都合のいい内容でなければならない。
ジュスティアに関する放送が良い証拠だ。

民間人も全員殺そうとした人間が、今更救助活動をするはずがない。
目撃者を一人残らず始末するという行動を言い換えているだけだろう。

(^ム^)「……焦るなよ、ジュノ」

豸゚ ヮ゚)「分かってるよ、ジュノ」

二人が考えていることは、他の誰よりも分かりあえている。
彼らの中にある絆は、他の誰かに真似できるものでもなければ、システムで代用できるものでもない。
あるいは、その絆は別の言葉に置き換えることも出来る。
即ち――

742名無しさん:2024/07/14(日) 18:59:25 ID:K.ug12hY0
(^ム^)「世界はまだ、終わらないさ。
    俺達がそうさせない」

そう言って、2人のジュノは深い溜息を吐いたのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

正義なんてものの為に仕事をしたことは、一度もねぇラギ。
俺はただ、真面目に生きている奴らが馬鹿を見るのが気に入らねぇだけラギ。

                                  ――“虎”トラギコ・マウンテンライト

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

トラギコ・マウンテンライトの意識は戻っていたが、四肢の末端にまで力が入らないことに苛立ちを覚えるだけの余裕はあった。
これまでに何度も病院で医師の世話になってきた彼が学んだのは、医者の言うことには従い、無理はしないということだった。
それが傷の治りを早め、最も合理的かつ万全の状態で職場に復帰する最短の方法だったのだ。
だがそれは平時の話だ。

(=-д-)「……」

ラヴニカからイルトリアに列車が向かうのであれば、それまでの間は眠って休むしかない。
それだけが唯一、トラギコの傷を癒し、1秒でも長く行動できるようにする方法なのだ。
意識にかかっていた靄は薄れ、今は自分の中で自分と対話することも出来る。
しかし、靄が完全に晴れたわけではなかった。

『トラギコさんは、この先どうしたいんですか?』

それは、かつての相棒の声を借りた自分自身への問いだった。
その答えを導き出さなければ、この先、必ず迷いが生じる。
それは自分が最も分かっていることだった。
天秤の秤に乗せる物が何か。

世界を考えるか、それとも、自分の人生を全うするために必要なことをするか。
その迷いは、ずっと前から持っていたような気もする。
デレシアという存在が彼にとって人生最後の難事件に値する物ならば、その途中経過に現れる事件は全て無視しても構わない。
そう、思っていた。

彼が刑事を続けているのは、決して、己の中にある正義感からではない。
多くの人間の期待によって作り上げられ、いつの間にか背負わされた“正義の味方”としてのレッテルが、彼に安易な引退の道を歩ませないのだ。

『刑事さんは、どうしたいの?』

それは、かつて自分が救えなかった少年の声だった。
孤児院で警官に憧れ、最期の瞬間まで正義であろうとした少年。
たった一人で犯人に立ち向かい、抵抗し、そしてそれが逮捕につながるきっかけを産んだ少年。
彼が正義に憧れたのは、その前日に出会った警官が原因だった。

743名無しさん:2024/07/14(日) 19:00:39 ID:K.ug12hY0
彼の存在が、トラギコの背中を押し続けた。
彼が憧れた夢の存在は不退転でなければならないと、命がけで戦った少年の為に自ら課した呪い。
逃げることだけは許されない。
倒れる時は前向きに。

一歩でも前に進むために。

『刑事さんはぁ、どうするのぉ?』

それは、自分が救い、そして救えなかった女性の声だった。
ある意味でそれは呪いに近いものだった。
自分があの日、法廷で叫んだことによって救われ、そして救われなかった女性の言葉。
トラギコはこれまでに犯罪者を見逃すことはしなかった。

例えそれが身内だとしても、手錠をかけ、然るべき判決を受けさせた。
これまでの人生の中で、ワタナベを生かして花屋に置き去りにした理由は、今ならば良く分かる。
それは贖罪のような感情だったのだ。
せめて、奪われた人生をもう少しの間だけでも生きてくれれば、と。

それが、万を越える民間人を救った。
万に近い人間の命を奪ってきた人間の手によって。

『君なら、どうする?』

それは、ジュスティア市長の声だった。
世界の正義を名乗るという、あまりにも荒唐無稽な責務を引き受けた男。
世界中の“悪”から恨まれ、狙われ、それでも立ち向かうことを決めた男。

『あなたなら、どうする?』

それは、ある旅人の声だった。
事件の概要だけで己の人生をかけてでも解きたいと思う謎を残し、その正体に誰もが惑わされた。
彼の先輩もその正体に人生を狂わせ、警官を辞めた。
同じ道を歩むのだけは、断じて御免だった。

『俺は、どうする?』

それは自分自身の声だった。
先ほどから幾度となく繰り返される問い。
迷いを抱えたまま、戦争には行けない。
天秤の傾きに結論を出さなければならない。

ジョルジュ・マグナーニがジュスティアを離反してでも知りたがった、デレシアの秘密。
恐らくは、その秘密に迫る内に徐々に汚染され、秘密を暴くこと、知ることに執着するようになってしまったのだろう。
長く見続けることで発症する病の類だ。
その正体も背景も、何一つ分からないままで彼女を追い続け、逮捕することが目的であるトラギコとは相容れない考えだ。

744名無しさん:2024/07/14(日) 19:01:00 ID:K.ug12hY0
世界の真実を見たところで、トラギコにとって何のメリットもない。
だが気になることも事実だ。
果たして彼女は何者で、これまでに何をしてきたのか。
トラギコの場合はその犯罪歴で、ジョルジュの場合は彼女の人生そのものに興味があったのだろう。

(=-д-)「……っ」

だからこそ、トラギコの天秤は揺らいでしまう。
根底にあるのはデレシアへの興味。
自分が結果としてその興味の矛先を狂わせてしまうかどうか、その保証はどこにもない。
ジョルジュほどの男が狂ったのであれば、自分も例外ではないはずだ。

では、デレシアを追わないと決めた場合はどうなるのか。
トラギコがするべき行動は、内藤財団がこれ以上世界の勢力図を書き変えるのを止めることだ。
ジュスティアが失われた今、イルトリアだけが唯一内藤財団に対抗できる勢力になる。
イルトリアでの攻防戦はジュスティア以上に激しいものが予想される。

負傷し、傷だらけの自分が役に立てるのかは分からない。
それでも、行動を起こさなければならないということだけは分かる。
真面目に生きてきた人間が馬鹿を見る世の中が許せず、それを変えたいからこそ、彼は警官になった。
あらゆる理不尽も、不条理も、彼にとっては打破すべき存在。

例えそれが世界のため、という大義名分を掲げた物であっても、トラギコには関係のないものだ。
世界を統一するために多数を潰すのであれば、それはただの偽善だ。
トラギコの最も嫌悪する、独善的な偽善。
そう思った時、トラギコは自分の中の天秤がすでに答えを出していることを認めた。

後は、自らの中にあった意地を捨てるだけだ。

(=-д-)「……やるしかねぇラギね」

傾いた世界の天秤を、今一度元に戻す。
ジュスティアを守り切れなかった男にできるのは、世界を守り切ることだ。
イルトリアの防衛こそが世界の天秤を正しい形に保つのだ。

(=゚д゚)「……」

目をゆっくりと開き、トラギコはゆっくりと上体を起こした。
麻酔が効いているおかげで、唸り声を上げる程度の感覚だけがある。
彼の動きに反応したのか、ベッドのそばにある何かの装置から警告音が鳴り響いた。
それに合わせて、白衣の男が飛び込む様にして扉を開いて現れる。

(●ム●)「な、何を?!」

まるで世界一馬鹿な患者を見るような目で、男はトラギコを見る。
半臥の状態のまま、トラギコは静かに答える。

(=゚д゚)「……寝るのはやっぱやめたラギ。
    まだラヴニカだろ?」

745名無しさん:2024/07/14(日) 19:01:34 ID:K.ug12hY0
先ほどからまだ車両が動いた気配がないことから、現在地がラヴニカだと推測した。
トラギコの推測に対し、男は渋々といった様子で首を縦に振り、間を置かずに言った。

(●ム●)「まぁそうですけど、馬鹿を言わないでくださいよ!!
      イルトリアに連れて行くってだけでも馬鹿げているのに、寝ないって……!!
      死ぬつもりですか?!」

輸血が必要な程の失血をし、それだけの傷を負ったのは間違いない。
本来であれば医者の言うことをきいて大人しくしているべきなのだ。
それは自分でも理解している。
それでも、寝ている場合ではないのだ。

もしも寝ていれば、大切な場面で何もできないことが考えられる。

(=゚д゚)「俺はこの上なく真剣ラギ。 とりあえず4つ、すぐに用意してほしいラギ」

トラギコの剣幕に気圧されたのか、男は大人しく話を聞く姿勢を見せた。
もう、これ以上トラギコに言葉が通じないのだと理解した顔をしていた。

(●ム●)「……とりあえず、聞くだけですよ」

(=゚д゚)「1つは、BクラスかCクラスの棺桶ラギ。
    とりあえず、装甲の厚くて高火力なやつを用意してもらうラギ。
    試作品でも何でもいい、とにかく俺の体でも動かせるような奴ラギ。
    後は片手で動かせるバイクラギ」

(●ム●)「バイクは偵察用のが一台あるので大丈夫です。
     棺桶の積み込みは既に済んでいるので、その中からしか選べませんよ」

一度積み込み作業が完了してしまえば、追加の荷を乗せるのは難しい。
綿密な計算に基づいて積み上げられたパズルに手を伸ばすような行為。
既に積まれているのであれば、そこから選べばいい。
つまり、棺桶を装着しての戦闘が予定されているということだ。

(=゚д゚)「ラヴニカからもらったんなら、ノーマルじゃなくてカスタム機だろ?
    それでいいラギ。
    さて、後2つだ」

ラヴニカでカスタムされた棺桶であれば、例えそれが量産型のジョン・ドゥであっても、場合によってはコンセプト・シリーズに匹敵する。
今は、負傷した体でも戦うために必要な武器として全身を覆う強化外骨格が必要だった。
この際、贅沢は言っていられない。
“ブリッツ”だけでは、とてもではないが乱戦で生き残ることは不可能だ。

装甲は言うまでもないが、僅かな動きで四肢を動かすことのできる棺桶は必須だ。
トラギコが放った言葉に対して、男はやや警戒した様子で口を開いた。

(●ム●)「な、何ですか」

(=゚д゚)「血の滴るような肉料理と、赤ワインを頼むラギ」

746名無しさん:2024/07/14(日) 19:02:05 ID:K.ug12hY0
――棺桶と違って、それはすぐにトラギコの元に届けられたのであった。

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                     /三三三三三三=ト、<三三三三 /-、ヽ三 ト、 `ヽ
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                      八三ト、三ト、 {ハ \ 乂  ̄  ミ    「 Vニハ乂
                         \! ヽハ ヽ}:ハヽ \|    ミ、  |  !厂}
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                          /三三 \ ー=二vヘV / /: : : : : : / / \
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イルトリア沖での戦闘を表現するとしたら、質と量の激突だった。
古来より、質と量のどちらが優位かを証明するための論争と戦いが多くあった。
ほとんどの結論は、質の勝利だった。
だが果たして、それは十分な検証だったのだろうか。

圧倒するほどの量を投じたのだろうか。
質を上回るだけの量とは、どれほどの物なのか。
一万匹の蟻では意味がなくとも、毒を持った60億、もしくは一兆匹の蟻ならばどうだろうか。
世界最高・最強の軍隊を相手に、世界最大の企業がどこまで戦えるのかという、ある意味では貴重な資料となる実験的戦争でもあった。

イルトリア海軍の戦力は質と量の両方を兼ね備えていたが、相手の用いる量はその5倍を優に超えていた。
時間と共にその数が増すにつれ、次第に、それまで難攻不落と思われた鉄壁の防御に亀裂が入り始めた。
しかし、世界に核の冬が訪れ、空から2人の旅人が海軍大将の乗る船に降り立った時までは、その防御は守られたままだった。
数百を越える軍艦の群れがまるで壁の様に並び、隙間を埋めるようにして海戦に特化した棺桶が水上と水中を哨戒している。

静かな水面に揺れるのは、数千を越える死体と億を超える肉片と化した人間だった物と瓦礫の混合物。
水中にはそれを遥かに越える数の藻屑が揺蕩っている。
海面には油が浮かび、ぎらつき、そして炎が沈没しつつある軍艦がまるで氷山の様に漂っている様子が対岸からは影絵じみて見えた。
それは間違いなく、第三次世界大戦が終わって以来最大の海戦だった。

軍艦同士の撃ち合いによる被害は、双方ともに時間差はあるが刻一刻と深刻化するばかりだ。
時間ごとの損耗の割合は大きく違うが、両者は着実に消耗していた。
機械の塊である軍艦は一度被弾すれば、その個所から更に悪化しないようにダメージコントロールをする必要がある。
その作業に限られた人員が割かれ、その結果どこかの個所が手薄になってしまう。

こればかりは質で対処できないことであり、今回の海戦においてティンバーランドが狙った遅効性の毒だった。
海上という戦場で物量に物を言わせて押し続ければ、質を圧倒できる瞬間が必ず訪れる。
時間をかければ、必ず突破できるという確信があった。
そう言われて攻撃を続けてきた結果が、遂に報われる瞬間が訪れた。

喫水線に集中して攻撃を受け続けたイルトリア軍の軍艦が轟沈したとき、戦場のあちこちで歓声が上がった。
世界最強の海軍の軍艦を一隻撃沈するために払った犠牲は計り知れないが、それでも、彼らは確かにイルトリアの質を数で打ち破ったのだ。
数が質を圧倒した光景は、多くのティンバーランド兵に勇気を与えた。
同時に、イルトリア軍全体にこれまでにないほどの怒りを覚えさせた。

747名無しさん:2024/07/14(日) 19:03:20 ID:K.ug12hY0
そしてついに、イルトリア海軍の一部が突破され、鎮静化していたかに思われた地上での戦闘が激化したのである。
上陸した部隊が最初に狙ったのは、イルトリア軍の基地だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『これが偉大な一歩だ!!』

イルトリア軍基地の土地を最初に踏みしめた男の言葉は、後の世にも残されるほどに有名なものとなった。
それは世界最大の、そして最も苛烈な地上戦の幕開けの言葉となった。
そして同時に。
一人の例外もなくイルトリア軍人を本気で怒らせた言葉として、刻まれることになった。

――例えそれが、数秒後に死ぬ男の言葉だとしても、それは確かに歴史に残されたのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

我等の歩いた後が道になる。
若人よ、後は君たちの時代だ。
老兵よ、先に逝くのは我々だ。

                                ――アラマキ・スカルチノフ、某所にて

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/ 。゚ 3「行くぞ」

薬物投与によって全身の筋肉と感覚が研ぎ澄まされたアラマキは、部下を先導するためにライフルを手に車の外に飛び出した。
周囲に向けてライフルを乱射し、敵の攻撃を誘発する。
どれだけ高性能な銃を使っていても、発砲炎を隠すことは不可能だ。
特に、遠距離となれば火力がなければ銃弾が届くことはないため、高火力を維持するための火薬の燃焼は避けられない。

アラマキは自らを囮にすることで、後続の部隊にその発砲炎を元に敵の位置を知らせることにしたのだ。
友軍は136人。
棺桶は残り52機。
つまり、棺桶を使うことが出来ないのは84人。

真っ先に撃ち殺される可能性の高い人間がそれだけいるのだ。
相手は狙撃手。
どれだけの数がどこにいるのかを判断するためには、犠牲が必要だった。
アラマキ率いる部隊が雨の中イルトリアを目指して走り、発砲を誘う。

/ 。゚ 3「走れ走れ走れぇぇぇ!!」

黒い雨粒が目に入るのも構わず、走る。
部隊が全滅する前にイルトリアに到達できれば、海と空からの部隊と合わせて挟撃が実現する。
地上戦において挟撃は非常に有効な戦術だ。

/ 。゚ 3「狂った犬の様に、イルトリアに向かって走れぇぇぇぇ!!」

748名無しさん:2024/07/14(日) 19:03:46 ID:K.ug12hY0
雨音で上塗りされない湿った銃声が耳に届いた時には、彼の背後にいた部下が4人倒れていた。
イルトリアの光は見えているのだ。
街の光に手が届くのだ。
大きく見開いた目に映る街の輝き。

その輝きを潰すために、一つでも多く消すために、彼らは走った。
銃弾が街のどこからか放たれているのだと察し、アラマキは叫んだ。

/ 。゚ 3「狙撃……手は――」

頬の骨を含んだ顔の一部が吹き飛んだ。
普通ならば、その衝撃と激痛で失神した状態で倒れ、ショック死していたことだろう。
だが今は違う。

/ 。゚ 3「――ビルの上だぁぁぁぁ!!」

二発目が飛来する瞬間、アラマキは狙撃手の動揺を感じ取ったような気がした。
脳髄を撃ち砕かれ、頭部の一部だけを残してアラマキの死体はしばらくの間走り続け、石に躓いて倒れた。
その死体を越えて、雄叫びを上げる部下たちが続く。
2キロの距離であれば、全力で走れば追いつける。

正確無比な銃弾が、アラマキの部下たちの命を容赦なく削り取る。
だが、彼の残した言葉は、プギャー率いる部隊にしっかりと届いていた。

( ^Д^)「どうだ?!」

プギャーの部隊が要求した棺桶は4機だけ。
その内2機が狙撃を目的として配備され、残った2機はその観測手兼護衛を務める。
車両から装甲版を剥がし、それを二重にした即席の盾を構えて狙撃手を守ることで、精神的にも安定した状態で狙撃が出来るようにすることが任務だ。
命を賭してでも狙撃を成功させるという任務は、言い換えれば生贄である。

しかし、観測手を志願した2人は後悔していなかった。
これで道が開けるのならば意味がある。
味方の一歩の為にこそ価値があると信じているからだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『……見つけたぞ』

それは、遥か遠方に見えた熱源だった。
狙撃を担当するニコラス・デッカードは、その熱源の動きとシルエットを見て、激情にかられそうになった。
棺桶を装着した人間だと思っていたが、その姿は、生身の人間のそれだった。
そして、狙撃手はたった一人。

対赤外線用の布を被って姿をくらませているが、完全ではなかった。
まるで誘い出すかのように、不自然なまでに姿が見えている。
それでも。
それでも、だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『ふぅーっ!!』

749名無しさん:2024/07/14(日) 19:05:12 ID:K.ug12hY0
深く息を吐きだす。
肺の中身を全て出し切り、呼吸の一切を止める。
普通であれば心臓の鼓動で照準がぶれるが、そのブレは棺桶の補助装置が抑制する。
バレットM82の安全装置を解除し、熱感知式暗視装置の照準器の十字に熱源を合わせる。

罠であったとしても、撃たない手はない。
観測手が耐えられるのは精々2回。
最低でも1発は銃弾を防いでくれることを考えれば、こちらが発砲する機会は2度ある。
1発目で当てられなければ、次の射撃で全てが決まってしまう。

〔欒゚[::|::]゚〕『……狙い撃つ!!』

銃爪に指をかけ、そして、白い光を見た。
それがニコラスの最後に見た光景だった。
盾の間をすり抜け、小さな点程にも見えないはずの光学照準器を貫通し、そして銃弾はニコラスの眼球を穿ったのである。
距離にして約2キロの長距離狙撃。

しかしそれは、イルトリア陸軍の人間にとっては長距離狙撃の範疇には収まらなかった。
イルトリア陸軍、海軍、そして海兵隊に所属する狙撃手はほとんど例外なくペニサス・ノースフェイスの教育を受けている。
世界最高峰、あるいは世界最高と言われる狙撃手の指導は“全ての狙撃手を育てた”と言わしめるほどのもので、彼女の教えを受けた狙撃手は例外なく大成している。
彼女に追いつくことのできた人間は一人だけだったが、イルトリア軍出身者における狙撃の精度の向上は目を見張るものがあった。

〔欒゚[::|::]゚〕『糞ッ!! ニコラスがやられた!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『まだだ、まだシャーミンがいる!!』

盾役の二人は、背後に控える最後の狙撃手を守る為に体を密に寄せる。
例え自分たちが撃たれても、シャーミンならばカウンタースナイプを決めてくれる。
こちら側に敵の注意が向くだけでも意味がある。
棺桶を装着したシャーミンの部隊がイルトリアに進軍できれば、それだけで作戦は成功だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『……っ』

暗視装置なしでも多くを目撃できる彼の目であれば、すでに狙撃手の位置を特定することには成功しているはずだ。
後は、狙撃を成功させるだけ。
強い衝撃が盾役の頭部を襲い、僅かに体が揺れる。
顔の半分が吹き飛び、ヘルメットの破片がシャーミンの上に落ちる。

それでも、盾役は倒れることなくシャーミンを守り続けている。
死体と化しても、彼の体は最期までその任務を果たす。
盾役は命を賭して一秒でも長く注意を引き付け、一秒でも早く狙撃手を撃ち殺すための手助けをする。
その覚悟が、シャーミンの集中力を揺るぎのない物にしていた。

〔欒゚[::|::]゚〕『……この一撃は、奪われた者達の嘆きだ!!
       この一発は、壊された者達の咆哮だ!!』

銃爪を引き、放たれた大口径の銃弾。
生身の人間であれば掠めただけでその部位を破壊され、ショック死するだろう。
一秒ほどの時間が、まるで永遠の様にも思えた。
そして、空中で火花が散った瞬間は、何も考えることができなかった。

750名無しさん:2024/07/14(日) 19:05:40 ID:K.ug12hY0
何が起きたのかを理解するよりも早く飛来した銃弾がシャーミンの頭蓋を撃ち抜き、全ての苦痛から解放した。

m9 ^Д^)「全員、突撃ィぃぃ!!」

作戦が破綻したことを瞬時に判断したプギャーの号令で、部隊の全てが武器を手に死に物狂いの雄叫びを上げて一斉に攻撃を開始した。
最早、戦術も戦略もなかった。
物量で強引に押し通す。
狙撃の腕が優れていても、同時に撃てるのは一人だけだ。

全員で一斉に走り出せば、何人かは生きてイルトリアの大地を踏める可能性が生まれる。

( ^Д^)「うおおあぁぁぁ!!」

プギャー自身もライフルを手に走り出し、2分で心臓を失って地面に倒れ込んだ。
だが、彼らの突撃は無意味ではなかった。
一斉に攻撃を仕掛けたことで時間が稼げたのだ。
彼等が稼いだ貴重な時間は、彼の部下5名にイルトリアの大地を踏ませることに貢献した。

しかし、5名を待ち受けていたのは、より過酷な現実だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『……何だ』

イルトリアの街から聞こえてくる銃声。
イルトリアの街を照らす炎。
そのいずれも、彼らを驚かせはしなかった。

 ∧∧
(:::::::::::)

影が、燃える街を背に立っていた。
影が、闇から生まれるようにして増えていった。
43機の棺桶と50人以上を殺し尽くした影が、音もなく目の前に立ちはだかる。
その影の数、実に20。

駆け抜ける間に味方を静かに殺し尽くした影に、だがしかし、薬物による肉体的精神的強化を経た男たちは怯まなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『こr――』

人影を確認し、ライフルを構えてから発砲するまでに要したのは3秒程度だった。
だがその間に、新たな影が自分たちの背後や隣に生まれていることに気づけた者はいなかった。
高周波振動のナイフのスイッチが入った瞬間に、彼らの頚椎は解剖学的な正確さで切断されていた。
銃爪にかけられた指に力が込められる間もなく、立ったまま死体と化した。

 ∧∧
(:::::::::::)「……」

〔欒゚[::|::]゚〕『ど、し……』

751名無しさん:2024/07/14(日) 19:06:04 ID:K.ug12hY0
地上からイルトリアに攻め入ろうとした“ヘッド”は、ついに最後の一人が頭を撃ち抜かれたことによって全滅した。
彼等は覚悟を決め、決して後戻りが出来ない劇薬を使ってまでも戦おうとした。
だが、彼らは自分たちが本当に戦うべき相手の位置を把握することができていなかった。
狙撃手に注目している間に、自分たちの周囲に展開していたイルトリア陸軍所属の“ビースト”によって背後に回り込まれ、少しずつ殺されていたことに。

そして、ただ殺すのではなく、練度という貴重な情報を収集することが目的だった。
彼等、あるいは彼女等はあくまでも威力偵察を主とする部隊。

 ∧∧
(:::::::::::)「報告。 敵増援排除。
     街への新規侵攻はない。
     ……客人だ」

カメラを首から下げた男と共に、イルトリアの重要な客人であることを表す特殊な通行証を掲げる男が現れたのは、そんな時だった。
攻め込みに来た真打にしてはあまりにも間抜けな男と、濃い死臭を漂わせる男の組み合わせは異様だった。
二人は死体の山を意に介することなく進み、そして、部隊の存在に気づいていないかの様に会話を始めた。

(;-@∀@)「し、死ぬかと思った……!!」

<ヽ`∀´>「だけど生きているなら、大丈夫だったってことニダ。
      その頑張りの対価に、“ビースト”がお出迎えしてくれるニダよ」

――細い目をした男だけは、その存在に気づいていた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

対話のコツは、相手が何を望んでいるのかを知ること。
それが分かれば、心臓を掴んだのと同じことだ。
実際に心臓を掴む方が効果はあるが、すぐに死ぬのが問題だ。
相手の望みを握れば、何度でも殺せる。

                                        ――“花屋”と呼ばれた男

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前イルトリア市長が耳付きと呼ばれる人種の高い身体能力に注目し、イルトリア軍でも類を見ない“ビースト”と呼ばれる部隊を作り出したことはあまりにも有名な話である。
全ての軍にビーストは配属され、他の兵士と共に作戦を遂行することもあるが、基本的には少数のビーストが特殊な作戦を遂行する。
例えば、拮抗状態を打破するために敵の指揮官を暗殺したり、奇襲の準備をしている敵部隊を逆に奇襲したりすることがあった。
不可能とも呼べる作戦を可能にしてきたその部隊は規模などが一切不明であり、実際にどれだけのビーストがいるのかを正確に把握しているのは軍内部でも一握りと言われている。

今回の様に街が四方から襲撃を受けている時だからこそ、彼らは敵の用意した複数の作戦を察知し、その脅威度を減らすことに割かれていた。
20人近いビーストが闇に紛れて襲撃をしたのは、恐らくは敵の戦闘能力と武装の確認を目的としていたのだろう。
その証拠に、まるで潮が引くように人の気配がその場から消えて行く。
気配は辛うじて感じ取れているが、その数が徐々に減っていることをニダーは感覚で認識していた。

 ∧∧
(:::::::::::)「客人、今は知っての通りでロクなもてなしが出来ない」

752名無しさん:2024/07/14(日) 19:06:24 ID:K.ug12hY0
影から聞こえてくる声に、ニダー・スベヌは笑顔で対応した。
友好的でも敵対的でもないのは、ニダーが市長から預かった通行証を所有しているからだ。
特殊なレンズ通して見るか、人間以上の嗅覚を持つ人間にはそれが本物であることが分かる。
彼等ビーストならば、この酷い雨の中でも通行証がジュスティア市長だけが持つ極めて特別な物であることを判別できたはずだ。

そうでなければ、ニダー達はここまでの接近を許されなかった。

<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ。 ウリたちは、手伝いに来ただけニダ。
      邪魔はしないニダ。
      手を貸させてもらうニダ」

その言葉に、影から若干の困惑を孕んだ声が返ってきた。

 ∧∧
(:::::::::::)「こちらの邪魔にならなければ構わないと言われているが、自分の身は自分でどうにかしてもらうぞ」

<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ。 あと、こっちの男はただのジャーナリストニダ。
      邪魔はしないし、放っておいていいニダ。
      でも一つだけお願いがあるニダ」

 ∧∧
(:::::::::::)「一応聞いておく」

20以上あった気配は、今は目の前の一人しかない。
こちらからの提案や依頼をするなら、今しかなかった。

<ヽ`∀´>「もしこいつが死んだら、せめてカメラと中身のデータだけは回収してほしいニダ」

ニダーが求めたのは、命の保障や保護ではなく、生きた証の保存だった。
合理的な判断ではないことは承知しているが、アサピーと共に過ごした時間が、彼の中の何かを変えていた。
彼の撮った写真が、後に世界の歴史を変える可能性を持っているのだと信じられた。

 ∧∧
(:::::::::::)「……善処しよう。
     お前は何が出来る?」

<ヽ`∀´>「あぁいや、連中の情報を引き出すお手伝いをするニダよ」

 ∧∧
(:::::::::::)「お前がか?」

<ヽ`∀´>「そう、ウリがやるニダ。 そっちの上司に、ジュスティアの“花屋”が来たと言ってくれれば通じるニダ」

ニダーの渾名を聞いた瞬間、ビーストの反応が変わった。

 ∧∧
(:::::::::::)「花屋…… お前が、あの円卓十二騎士の?
     あの、花屋か?」

<ヽ`∀´>「そうニダ。 誰か偉そうなやつ一人生け捕りにしてくれれば、必要な情報を必ず引き出すニダよ」

753名無しさん:2024/07/14(日) 19:06:52 ID:K.ug12hY0
 ∧∧
(:::::::::::)「……分かった。 では、イルトリア陸軍と合流するといい。
     私からも連絡はしておくが、その通行証を持っていれば悪いようにはされない」

そのやり取りを聞いていたアサピーは頷き、そして口を挟んだ。

(-@∀@)「では、私は撮影に行ってきます」

カメラを手に、アサピーは銃声と爆音の響き渡る街に足を進める。
振り返らずに進み、いつしか、その歩みは駆け足へと変わっていた。
その姿が闇の中に完全に消える頃には、ニダーの前にいたビーストは姿を消していた。
彼らがどこに消えたのか、それとも、どこかに潜んだのかは定かではない。

しかし言えることは一つだけある。
ニダーとアサピーはイルトリアへと無事に到着し、拒絶されなかったということだ。

<ヽ`∀´>「……さぁって」

黒い雨と銃弾と砲弾が降る中、ニダーはイルトリア市街へと改めて足を踏み入れた。
響き渡る銃声の中に、悲鳴は聞こえなかった。
銃声のほかに聞こえるのは爆発音、雨音、そして瓦礫が崩れる音。
民間人の避難が完了しているのか、それとも、全員が戦闘態勢に入っているのだろうか。

建物への被害は少ないが、それでも、オレンジ色に染まる光景は無事ではないことをこの上なく物語っている。
背の高いビルが立ち並ぶ街並みに付き物である眩いライトの輝きは、降り注ぐ雨の影響で半減している。
それはまるで、荒廃した街の様にイルトリアの魅力を半減させ、そしてニダーの中に形容しがたい憤りを覚えさせた。

<ヽ`∀´>「流石はイルトリアニダね」

ジュスティアとは違い、街全体が武装集団のようなものであるため、例え四方から攻め入れられたとしても避難する人間の為に街の機能がマヒすることはない。
逆に、街中が外敵を排除するために対応しているせいで建物から一般人の気配が微塵も感じられない。
ここが世界の天秤を守る最後の防波堤であり、世界の在り方を変える最前線にして最終防衛線。
圧倒的不利な状況でありながらも、決して諦めもしない姿勢は、流石の一言に尽きる。

肩から下げたM4カービンを構え、指示のあった通りイルトリア陸軍との合流を目指すことにした。
民間人にとってみれば、ニダーは完全な部外者であるため、撃たれる危険性は十分にある。
特に、敵と同じ武器を持っている人間であれば、そう疑われても不思議ではない。
自分が敵ではないことを知らしめるためには、実際に行動で示すほかなかった。

銃声のする方に向かって小走りで進みつつも、周囲への警戒をおろそかにしない。
特に気を付けなければならないのが狙撃手だ。
近距離であれば会話が成立するが、遠距離であれば会話は成立しない。
見た目だけで撃ち殺される可能性もあるため、背の高い建物は特に気を付けなければならない。

極力建物を背にしながらニダーは進んだ。
やがて、銃声と銃火が同時に確認できる場所に到着した時、戦場にいるというプレッシャーがいきなり彼の背中を襲った。
円卓十二騎士として祀り上げられている身ではあるが、現役の警官であるため、戦場で過ごした時間はほとんどない。
それ故に、戦場での立ち振る舞いは極めて慎重にならなければならないことだけは分かっていた。

(:::::::::::)『アッパーム!! 弾をくれ!!』

754名無しさん:2024/07/14(日) 19:07:21 ID:K.ug12hY0
車を遮蔽物にして銃撃戦をする集団を見つけ、ニダーは相手の姿と装備、そして会話に注意を向けた。

〔欒゚[::|::]゚〕『民間人がよぉ!!』

機関銃を乱射するジョン・ドゥの色、そして金色のロゴがその所属を如実に物語っていた。
鹵獲した銃に装填されている弾がジョン・ドゥのカスタム機の装甲を撃ち抜くことのできるかは、実際に撃ってみなければ分からない。
生身の状態で棺桶を相手にすることの部の悪さは分かる。
しかし、それを補う術をニダーは知っていた。

敵の数が3人であることを把握してから、すぐに行動に移す。
壁に体を押し付け、肩を使ってしっかりとライフルを固定し、光学照準器を覗き込み、静かに銃爪を引いた。
銃弾は狙い違わずジョン・ドゥの背にあるバッテリーを撃ち抜き、即座に動きを止めた。

〔欒゚[::|::]゚〕『敵sy――』

こちらに気づき銃を構えようとしたジョン・ドゥの頭部には、既に放たれた2発目の銃弾が着弾していた。
ヘルメットに被弾したことで首が大きく傾げさせ、攻撃の手を一瞬だけ止めさせる。
そして続く5発の銃弾が正確に頭部を直撃し、首の骨を折った。
残された最後の一人は不幸にも、機関銃の弾帯を交換しているところだった。

もしも彼が経験豊富な人間であれば、躊躇わずに銃を捨ててニダーに向かって接近戦を挑んでいたことだろう。
奇襲によって正しい判断が即座に下せなかったのは、人としてある意味では正しい反応と言えた。
問題は戦場でその反応を見せた上に、機関銃に弾を装填するという愚を選択してしまったことである。
狙いすました一撃は望めないため、ニダーは弾倉の残りを全て撃ち込むことで対処した。

素早く弾倉を交換し、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。
壁から体を離し、姿勢を低くしたまま前進する。
周囲に銃を向けつつ、背中は常に壁に向けることで不意打ちに警戒する。
倒したばかりの三人の傍に屈みこみながらも、ライフルを片手で構えて周囲への警戒は怠らない。

死体からライフルの弾を回収し終えると、バッテリーを破壊して身動きが取れなくなった男の首の関節部に銃口を突っ込み、銃爪を引いた。
たった三人を撃ち殺しただけでも、ニダーが感じるプレッシャーは相当なものだった。
街中が戦場になっている状態で、いつ自分が誤射されるかも分からない。
そんな中にアサピーはカメラ一つで乗り込んでいることを考えると、狂気と勇気の違いが分からなくなってくる。

<ヽ`∀´>「……定石で言えば、別動隊がいるニダね」

イルトリア陸軍との合流を果たす前に、手土産があった方がいい。
イルトリアの攻略について、ニダーはジュスティア軍の高官から話を聞いたことがあった。
正面からの突破はまず不可能であり、内部との連携した攻撃が不可欠。
その為に長期的に内部に工作員を送り込み続け、来るべき時に攻撃を仕掛けるのが現実的という話だった。

実際に試みたこともあったが、イルトリア内部に潜入して生還したのは非公式な人間を含めても五指に収まる。
それでもこうして侵入を許してしまっているということは、恐らくだが、大量の犠牲を無視しての侵攻を試みてその混乱に乗じて街中に潜ませていたのだろう。
そして、海軍の防衛網が突破されたことをきっかけにして内外からの挟撃を実行したと考えられる。
無論、全ては推測でしかない。

755名無しさん:2024/07/14(日) 19:07:41 ID:K.ug12hY0
だからこそ、ニダーは己の推測と直感を信じることにした。
戦場の状況が完璧に把握できていない以上は、五感で把握した戦場の空気から敵の意図と味方の状態を把握しなければならない。
深く、深く息を吐く。
そして、静かに吸う。

瞬きを最小限に。
視線の移動は素早く。
足運びは慎重に。
戦場を歩くということは、死地を歩くということ。

イルトリアの地を進むということは、地獄を進むということだ。
周囲を背の高いビルに囲まれ、ネオンと街灯の輝きが仄かに視界を明るく染めている。
黒い雨の中で明滅する銃火。
濁って聞こえる銃声。

まるで悪夢の中にいるようだった。
犯罪人を相手取っているのであれば注意を向けるべき相手は限られているが、戦場になっただけでこうも勝手が違う。
ジュスティアの防衛を任された警官たちは、これ以上に全身に重圧を感じていたはずだ。
守るべき対象がいる中で、侵略者を相手に戦うなど、訓練項目にはなかった。

現場で戦うことの少なかったニダーが円卓十二騎士にいるのは、その卓越した尋問技術によるものだ。
人の苦しみを利用し、相手の弱みを見つけ、それを責める。
およそ警官には似つかわしくない特技だが、それでも彼にはそれが正義の為に生かせるのであればと日々その手を血に染めた。
全身が血に塗れるような仕事を続けるためには、どうしても自分の中にある良心を殺さなければならなかった。

殺して。
殺して。
殺し続けて、そしてようやく、人を傷つけても何かを感じることはなくなった。
魚を捌く方がまだ感情の起伏がある程にまで、ニダーは心を殺し続けた。

そうして、笑顔に似た表情を常に顔に浮かべることで心の葛藤は完全に誰かに悟られることはなかった。
いつの間にか、自分が担当した事件の功績が認められ円卓十二騎士の椅子に坐することになった。
常に戦場の後方、戦いの裏に隠れ潜む様にして生きていた彼にとって、戦場に対して感じる感覚は常人のそれとは少し違った。
どう捉え、どう質問し、どう動くか。

心の中にある暴力的な衝動をどのように正当化し、どのように実行に移すのかを考え続けている。
ライフルの銃把を握り直し、全方位に注意を向けながらも、接敵した際にどう倒すかという暴力的な考えが心を支配している。
ビルから見下ろされているかもしれないという考えもあれば、路地裏に潜んでいるかもしれないという考えもある。
思考のほとんどが自分に対して敵対的な意思を持つ人間への警戒心だが、その手段が姑息であればある程、彼の中にある嗜虐心がくすぐられる。

大きな通りに繋がる路地を進み、慎重にイルトリア軍の基地に向かう。
目の前に広がる大通りが、不規則な照らされ方をしていた。
明らかに電灯の類ではなく、炎の類によるものだった。
ゆっくりと顔を出すと、その炎が通りの向かい側にある背の高いビルから出火した物であることが分かった。

高さは恐らく10階以上。
火元は最上階付近の一室だ。
ビルの足元には砕けたビルの壁などが散乱しており、砲撃によるものだと一目で分かった。
数メートル離れた場所にはサイレンを鳴らす消防車が停車し、放水作業を行っている。

756名無しさん:2024/07/14(日) 19:08:05 ID:K.ug12hY0
通常と違うのは、消防車の近くにイルトリア陸軍所属のエンブレムが書かれたソルダットを装着した人間が複数立っていることだ。
きっと、彼らも同じ心境なのだろう。
自分たちの故郷を滅茶苦茶にされ、憤りを感じているのだろう。
ようやくイルトリア陸軍を見つけることのできたニダーは、周囲を警戒しながら道路を横断する。

ニダーの姿をカメラに捉えたソルダットが一瞬だけ身構えるが、すぐに銃腔を彼とは別の方向に向けた。

([∴-〓-]『……客人か』

機械の目ならば、ニダーが持つ通行証によって彼が敵でないことを一目で判断できる。
誤射されなかったのは幸いだった。
これが仮に同じ条件下にあるジュスティアの新兵なら、銃爪を引いていたことだろう。

<ヽ`∀´>「ビーストから聞いているか分からないけど、ウリはジュスティアから手伝いに来たニダ。
      敵の捕虜はいるニダ?」

([∴-〓-]『さぁな、全体で捕虜を捕えているかどうかは正直分からない。
      連中はまるでネズミだ。
      少し齧って逃げ出して、って感じでな。
      特に放火が多くてそれどころじゃない。

      見つけ次第殺している』

イルトリア軍にとって、敵兵の捕虜はそこまで価値があるものではない。
街に火を放っている類であれば、生かしておく必要はないのだろう。

<ヽ`∀´>「なるほど。 もしも偉そうなやつを生け捕りにしたら教えてほしいニダ。
      必ず情報を引き出すニダよ」

([∴-〓-]『……善処する。
      とりあえず、その格好で街中をうろつくのは勧められないな。
      ほら、これを使え。
      無いよりはましだ』

そう言って、消防車から防弾ベストをニダーに投げて寄越した。
それはイルトリア陸軍で使われているもので、特殊合金のプレートが仕込まれたものだ。
通常の弾であれば貫通を防げるが、強化外骨格用の強装弾であれば防ぐことは敵わない。
受け取ってすぐに袖を通し、ジッパーを閉じて回収してあった弾倉をしまい込む。

胸元にある鞘には、大振りのナイフが収められていた。
握るまでもなく、その太い柄から高周波振動ナイフであることは間違いなかった。

<ヽ`∀´>「助かるニダ」

([∴-〓-]『そのベストを着ていれば誤射されることはないだろう。
      この後はどこに行くつもりだ?』

<ヽ`∀´>「連中の偉そうなやつを捕まえるから、どこ、ってことは決めてないニダね」

757名無しさん:2024/07/14(日) 19:08:25 ID:K.ug12hY0
([∴-〓-]『そうか。 それなら、この通りを真っすぐに進め。
      基地の近くなら、連中がいるかもしれない。
      その辺りに停められている車やバイクは、動くようであれば好きに使って構わない』

<ヽ`∀´>「感謝するニダ。 それじゃあ、またどこかで会えるといいニダね」

([∴-〓-]『あぁ、じゃあな、ジュスティアの客人』

火災現場から離れ、ニダーは言われた通りに大通りを北上することにした。
イルトリアの機能を奪うのであれば、基地を攻め落とすのは基本だ。
だがしかし、とニダーは考えた。
これだけの攻撃を仕掛けておいて、街中での戦闘がそれに見合った激しさを見せていない。

派手に見えるように放火し、銃撃戦を展開しているのであれば、その本質は陽動だ。
陽動する目的は一つ。
本当の目的から目を背けさせ、時間を稼ぐこと。
つまり、その目的を聞き出すことが出来れば、相手の動きを先んじて防ぐことができる。

遭遇した相手から情報を引き出すため、ニダーは改めて弾倉の中身を確認し、次に相手がどこで騒ぎを起こすのかを予想するためにビルの屋上に向かうことにした。
ひと際高いビルを見つけ、静かにその非常階段を使って上を目指す。
ライフルという長物を構えたままではとても戦闘にならないため、ニダーはライフルを肩にかけ、受け取った防弾ベストに収められていたナイフを抜いた。
街で起きている事態を考えれば、街の人間は積極的に建物の外で戦闘をしようとは考えていないはずだ。

こうしてビルを上る途中で襲われないとも限らない。
民間人であれば殺傷は厳禁だ。
呼吸を浅く、そして遅くして階段を一段飛ばしに駆け上っていく。
踊り場付近は特に気を付けていたが、結局屋上に到着するまでは問題らしいことはなかった。

屋上に続く扉を静かに開き、その理由が分かった。
風に乗って漂う血の匂い。
ライフルを持った複数の死体が並び、その傍で3人の人影が屈んでいるのが見えた。
敵か、それとも味方かは確認する必要はなかった。

死体の服装は軽装で、軍人のそれではない。
そのような服装の人間がイルトリアに攻め入ることは不可能だ。
その死体を作り出した人間の装備は逆光ではっきりとは見えなかったが、彼らの放つ雰囲気だけはニダーの経験によってその正体を看破されていた。
犯罪者、それも、とびきりの悪意と殺意を抱いた人間。

(;TДT)「生き残りが――」

動きは緩慢。
反応は愚鈍。
武器を構えるのは、圧倒的不利な状況にもかかわらずニダーの方が先だった。
手にしていたナイフを投擲し、一人目の喉に突き刺さる。

(;TДT)「いぴゅ――」

758名無しさん:2024/07/14(日) 19:08:46 ID:K.ug12hY0
棺桶持ちであれば、先に潰すべきは喉である。
起動コードの使用を禁じれば、結局は生身の人間だ。
警官としての経験が一目で悪人を見抜き、一撃で殺すだけの反応を可能にした。
犯罪者の潜む建物に生身で突入する時は、常にその感覚が研ぎ澄まされていた。

そして一人目を殺したニダーは、決して肩のライフルを構えようとはしなかった。
その代わりに走り出し、喉に突き刺さったナイフを抜こうともがく男の手からそれを奪い取る――

<ヽ`∀´>「ちっ!!」

――が、その一歩手前で踏みとどまり、口から血を吐く男の体を掴んで突き飛ばした。
もしもそうしていなければ、その後ろでコンテナを背負った男に起動コードを口走らせていたからだ。

〈::゚-゚〉「くっ!!」

ビルの屋上で棺桶を装着する理由は、二つ考えられる。
一つは安全な場所で装着をするため。
そしてもう一つは、何かしらの手段でここにコンテナを用意したからである。
恐らくは後者。

( ‘∀‘)「っだらぁ!!」

ならば、死体の正体はそのコンテナに気づいた民間人というわけだ。

<ヽ`∀´>「うおっ!?」

地面を這うように低く接近してきた巨漢――否、女だ――が、ニダーの足を太い両腕で掴もうと飛び掛かってきた。
レスリング経験者特有の動きは、だがしかし、悪手としか言いようがなかった。
特に、ニダーに対しては最悪だった。

<ヽ`∀´>「せっ!!」

水中を泳ぐ魚の様に滑らかな足さばきで繰り出したのは、実に単純な足技だ。
右の踵で人中を踏み砕き、そこを踏み台に左脚で女の顎を蹴り砕く。
極めて短い距離で放たれた左の蹴りだったが、女の人中を深々と抑え込んだ右足と挟む形で放ったことにより、下顎を完全に破壊しただけでなくその骨片が女の口腔をズタズタにした。
鼻と目から血を流し、女はその場に倒れる。

頭頂部を砕くほどの踏み込みで女を殺し、棺桶を身に纏おうとしている女に飛び掛かる。
不安定な足場が災いし、飛距離が思うよりも伸びない。

〈::゚-゚〉『――大樹となる為に!!』

その間に女は最後の一言を入力し終え、コンテナの中に避難することに成功していた。
コンテナの目の前に着地し、すぐに距離を置く。
恐らくは白いジョン・ドゥカスタムが出てくるはずだ。
じりじりと後退しながら、死体から銃を漁る。

情報通りであれば、通常のそれと同じくジョン・ドゥを装着するには最大で10秒の猶予がある。
その間に奪ったカービンライフルの弾倉を交換し、死体の一つを盾にしつつ、すぐに発砲できるように肩付けに構える。

759名無しさん:2024/07/14(日) 19:09:10 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……」

そして、コンテナが開いてジョン・ドゥが飛び出してきた。
予想通り、白い装甲に金色の木が描かれている。
戦場において、雪原以外でそのカラーリングは最低と言ってもいいほどの色合いである。

〔欒゚[::|::]゚〕『完成化したこちらに勝てるなど――』

耳慣れない言葉を口にした瞬間、ニダーが盾にしている死体を見て僅かに動きが止まる。
素人だ。
そして、仲間想いの良い人間だった。
だからニダーは十分な余裕を持って敵の足を撃ち抜き、倒れたところに死体を投げつけ、更には背中のバッテリーを撃ち抜くことが出来た。

<ヽ`∀´>「――じゃあ、お話をしようニダ」

思ったよりも早い段階でニダーは仕事を始めることが出来そうだった。
バッテリーを破壊された棺桶は、ほとんど例外なくただの鎧か、文字通りの“棺桶”に成り果てる。

〔欒゚[::|::]゚〕『話すことなど……ない!!』

<ヽ`∀´>「いやいや、まだ諦めるのは早いニダよ」

そう言いつつ、ニダーはナイフを手に近寄っていく。
ナイフが一本あれば、会話は十分に成立する。
問題は時間だ。
時間をかければかけるだけ情報が手に入るが、敵に見つかるリスクがある。

戦場での尋問は初めてだが、やってみなければ分からないこともある。

<ヽ`∀´>「まずはフェイス・トゥ・フェイスが基本ニダ」

棺桶を装着状態から引きはがすのは困難を極める。
だが、その作業を練習するための素体として選ばれるのはジョン・ドゥである。
その為、他の棺桶では時間がかかることも、ジョン・ドゥ相手であればさほどの時間を要せずに解体できるようにニダーは訓練と経験を積んできている。
高周波振動で震える刃を首の付け根に差し込み、接合部を丁寧に切断する。

〔欒゚[::|::]゚〕『うわあああっ!?』

<ヽ`∀´>「あー、そうそう、うるさいニダよね。
      でも残念、これはノイズキャンセリング出来ないニダ」

金属同士がぶつかる音、と言えば聞こえはいいが、高純度の合金を切り裂くナイフの高周波振動の音は並の人間であれば数秒も耐えられない程の騒音になる。
甲高い悲鳴に似たその音を聞き届ける耳を塞ごうにも、女の両手は棺桶によって完全に固定されており、人間の筋力では動かすことはできない。
何もできないままで騒音を浴びせかけられる行為は、それだけで十分な拷問の一種になる。

<ヽ`∀´>「時間がないからさっさとお話するニダ」

ニダーの得意とするコミュニケーションは、暴力を介して行われるものだ。
相手の心理状態や、肉体的な弱点などを瞬時に見抜き、そこを狙って会話を進める。
切断し終えたヘルメットを放り捨てると、そこにいたのはニキビ面の女だった。

760名無しさん:2024/07/14(日) 19:09:41 ID:K.ug12hY0
〈::゚-゚〉「くっ……殺せ!!」

<ヽ`∀´>「うーわ、久しぶりに聞いたニダ、そのセリフ。
      それは長持ちしないニダよ」

〈::゚-゚〉「糞ッ…… イルトリアの人間に屈するぐらいなら、私は死をえら――」

その頬を、ニダーの持っていたナイフが無慈悲に切り裂いた。
深々と切れた頬の向こうに、女の口腔が見える。
白かったであろう歯は血で染まり、顔に浮かんでいた余裕や誇りのある表情は恐怖に染まった。
このような人間の扱い方は心得ていた。

<ヽ`∀´>「選べる立場にあると思うなよ。
      選ぶのはこちらだ。
      お前が使えるか、それとも使えないか。
      必要なのはその判断を下す材料をお前が見せるかどうか、それだけだ」

感情の全てを殺した声で淡々とそう告げ、ニダーはナイフを女の頭皮に押し当て、これからそこを攻撃すると暗に伝える。
いくら短く刈り揃えているとはいえ、これからの一撃は精神的に大きな一撃になる。
ナイフではなく素手で髪の毛を掴み、力任せに引きちぎる。
頭皮の一部がついたままの毛髪を、ニダーは女の顔に投げつけた。

〈::゚-゚〉「いぎっ!?」

<ヽ`∀´>「やっぱり素手で散髪するのは難しいニダね。
      まずは質問の1つ目。
      完成化って何ニダ?」

〈::゚-゚〉「お前のおふくろの名前だ!!」

<ヽ`∀´>「ウリのおふくろの名前はもうちょっと上品ニダ」

手慣れた狩人のような素早さで女の頭皮にナイフで切れ込みを入れ、頭皮を力任せに剥ぎ取り始める。
刈り取った獲物の痛覚など気にする猟師がいないように、ニダーはその悲鳴をまるで欠伸か何かの様に聞き流す。
鮮やかな手つきで剥いだ頭皮は、あえて女に見せるようにして捨てていく。

〈::゚-゚〉「ぎゃあああああああ!!」

<ヽ`∀´>「この雨、すっごい染みるニダね。
      っと、ちょと待つニダよ!!」

近くに倒れていた死体からの手首から先を切り落とし、それを女の口に突っ込んだ。

〈::゚-゚〉「も……が……!!」

<ヽ`∀´>「仲間が近くに感じられていいニダね。
      喋りたくなったら教えてほしいニダ。
      その間にお前らの装備を調べるだけニダ」

〈::゚-゚〉「……っ!!」

761名無しさん:2024/07/14(日) 19:10:06 ID:K.ug12hY0
口が閉ざされても、目は口以上に物をいう時がある。
今がその時だった。
女の視線、体の緊張感が、この場にニダーを釘づけにしてどこかに行かせまいとしていることを示している。

<ヽ`∀´>「あー、何かあるニダね」

そう言って、ニダーはコンテナの傍に近寄り、残された相手の装備を調べ始めた。
仄かな光を放つ板状のそれを見つけるのに、そう時間は必要なかった。
戦術用タブレット。
DATの技術を応用して生み出された戦場用のタブレットは、近年その活用が実験的検討されている段階だったはずだ。

内藤財団は秘密裏に研究を進め、実用化にまでこぎつけていたのだろう。
様々な情報を耳にする機会のあるニダーでなければ、これをただのDATと誤解していたことだろう。

<ヽ`∀´>「……これか」

それは、一目で戦況を大きく塗り替えるような代物だと分かった。
広大なイルトリアのほぼ全域の地図が表示され、その随所に動く色の異なる光点――間違いなく友軍の位置を示すそれ――がある。
それだけでなく、光点にはそれぞれの状況が表示され、音声の共有もされているようだった。
正に戦場で必要な情報が集約された代物だ。

最も数の多い緑色の光点を指で触ると、そこに文字が表示された。
電波の強弱、バッテリー残量、距離を示すものだった。

<ヽ`∀´>「ははぁ、これで戦場を――」

動く光点を触ると、タブレットから声が聞こえてきた。

『まだ生きてる、シィシだ!!』

『シィシ、援軍を向かわせる。
後3分で到着するから、それまで踏ん張れ!!』

<ヽ`∀´>「シィシ、って言うニダね。
      お友達が来るみたいだから、少し挨拶しておくニダ」

タブレットを持って近寄り、シィシの顔の傍にそれを置く。
口に詰めていた手を取り除き、ニダーは優しい声をかけた。

<ヽ`∀´>「ほら、喋るニダ」

〈::゚-゚〉「わ……私にか……!!」

<ヽ`∀´>「そうじゃないニダ、挨拶が最初ニダ。
      お前の親は、挨拶を教えなかったニダか?」

むき出しの頭皮に、高周波振動し続けるナイフの切っ先を当てる。
神経が掻き毟られるような激痛が、シィシを襲う。

〈::゚-゚〉「ひっ……!!」

762名無しさん:2024/07/14(日) 19:10:30 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「助けてって、ちゃんと言うニダ」

〈::゚-゚〉「糞くらえ、糞野郎!!」

<ヽ`∀´>「素敵な言葉ニダね。 ご褒美ニダ」

脳天にナイフを突き刺し、彼女の人生を手短に終わらせた。
これで、敵はニダーを追ってこのビルに来るはずだ。
このタブレットがそれだけ敵にとって重要なことが分かった以上、これを返すことはできない。
むしろ、イルトリア軍に渡すのが最良だろう。

尋問は半分成功したと言える。
敵は、イルトリアに正面から立ち向かえるだけの力を有していない。
天秤を動かしているのは、このタブレットだ。
タブレットに向かって、ニダーは出来る限り残虐そうな声で言った。

<ヽ`∀´>「シィシは死ぬほど疲れたから、ちょっと寝かせてやったニダ。
      間に合わなかったニダね、残念」

そして、ニダーはタブレットを防弾ベストの内側に入れてから、死体漁りを始めた。
死体から弾倉と拳銃――コルト・ガバメント――を手に入れ、胸についている汎用ホルスターに収める。
これから増援が来ることが分かっていれば、命中率よりも相手に与える致命打の方が重要だった。
弾幕を一人で展開するには限界がある。

最悪の場合両手で構えていれば、単純な弾幕は二倍になる。
命中率は著しく落ちるが、それに目を瞑れば問題はない。

<ヽ`∀´>「さぁ、鬼ごっこをしようニダ!!」

そう呟いて、ニダーは全速力で助走し、隣のビルへと飛び移った。
距離は優に3メートルはあったが、ニダーの体は吸い込まれるようにして窓ガラスを突き破って隣のビルへと侵入を成功させた。
建物全体に警報機のベルが鳴り響く中、ニダーはすぐに立ち上がって走り出す。
どんな場所であれ、階段を使うのはデメリットが多い。

装備が整っていて、相手を待ち伏せられるだけの状況にあれば問題はないが、そうでないのであれば好んで進むべき場所ではない。
ニダーが走り出すのと同時に、彼が直前までいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。
このビルに飛び移る瞬間を目撃されていないにもかかわらず、まるで迷いのない銃撃だったが、疑問はなかった。
その理由は明らかだった。

『ひでぇ、頭を削がれてる……!! 人間のやることじゃねぇ……』

タブレットから入ってくる声は、間違いなく直前までニダーがいた場所から聞こえている声だ。
位置情報、音声情報の共有が彼らに戦術的な優位性を与えているのと同様に、このタブレットがある限りニダーもまたその恩恵にあずかることが出来る。
当然、ニダーの位置も声も、ひょっとしたらそれ以上の情報が共有されている可能性はある。

『声が筒抜けだぞ!!』

『問題ない、こいつを殺すぞ。
楽に死にたかったら抵抗するなよ、糞野郎!!』

763名無しさん:2024/07/14(日) 19:10:58 ID:K.ug12hY0
会話がこちらにも聞こえていることを気にしないということは、彼らはこちらの位置情報が正確に分かるということなのだろう。
そうであれば、会話の必要はない。
あったとしても最小限に抑えられる自信があるのだろう。
奪い取ったタブレットの重要性が良く分かる。

棺桶には備わっていない機能をつけ足すために再開発され、外部補助装置としての再定義したのだろう。
つまり、このタブレットを破壊すれば彼らが今持っている優位性の一つを瓦解させることができるのだ。
そして、彼らはこのタブレットを何が何でも手に入れたいと考えている。
これを使って街の中で陽動を行っている人間をおびき出せれば、イルトリア軍が上手い事料理してくれるだろう。

『向かいのビルだ、急げ!!』

ゴールはイルトリア軍。
敗北条件は殺されるか、タブレットを奪われること。
実にシンプルなゲームだ。
棺桶を使う相手の方が遥かに有利という点に目を瞑れば、問題はない。

それに、戦場の注目をニダーが引き受ければ、その分だけアサピーに向けられる敵意や脅威が減る。
それは副産物でしかないが、意味のあることだ。
侵入したビルの内装が非常出口の案内板で薄暗い緑色に照らされ、百貨店の類であることが分かった。

<ヽ`∀´>「怖くないんなら、このビルで勝負するニダ」

長期戦はニダーにとってもイルトリアにとっても不利になる。
このビルで出来る限りの敵を引き寄せ、排除し、情報を手に入れたいところだった。
ニダーを追ってくるということは、少なくともこちらの所有するタブレットと同じような物を持っているはずだ。
原理を聞き出し、少しでも相手の優位性を削りたい。

百貨店は遮蔽物や隠れる場所に富んでいるが、一人で大人数を迎え撃つのには適していない。
けたたましい音が鳴り響く薄暗い建物の中を、ニダーは確信を持って走り出した。
棺桶の優位性を奪うための戦い方は、何度も警官時代に経験している。
実戦よりも訓練の方が多かったのは事実だが、それでも何もしないよりはマシだ。

懐から素早くタブレットを取り出し、光点の動きと距離を見る。
緑色と青色の光点が真っすぐにこちらに向かっているのを確認し、即座にライフルを構えた。
ニダーが飛び込んできたのと同じ窓から、一体のジョン・ドゥが現れた。
その瞬間、ニダーのライフルが吠えた。

弾倉の中身を全てフルオートで放ち、ジョン・ドゥに大量の風穴を開ける。
地面に足をつけたのは、死体となったのと同じだったことだろう。
そしてそれは、敵にとっては想定済みのことだったようだ。
間を開けて更に二体のジョン・ドゥが発砲しながら現れ、ニダーは迷うことなくその場から逃げ出した。

<ヽ`∀´>「まずは一匹駆除したニダよ!!」

弾倉を交換しながらニダーは挑発の声を上げる。
建物の柱や商品棚を遮蔽物にしながら走るニダーのすぐ後ろを、風切り音を立てて銃弾が通り過ぎて行く。
まるで蜂が通り過ぎるような不気味な音に、思わず立ち止まったり叫び声を上げそうになる。
しかし、代わりに出てくるのは笑みだ。

764名無しさん:2024/07/14(日) 19:11:52 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「怒りすぎニダ!!」

ライフルではなくガバメントに構え直し、接近を防ぐために乱雑に撃ち返す。
双方の銃弾は当たらないが、追い詰められているのはニダーだ。
誘導されるようにして発砲された結果、ニダーは遮蔽物の少ないフードコートに辿り着く。
テーブルや椅子では、とてもではないが銃弾を防ぐことや姿を隠すことも出来ない。

相手はこちらの姿を暗視装置で確認しながら撃つことができるのだ。
物理的に姿を隠せなければ、銃弾から逃げることは不可能。
片手でタブレットを見ながら、慎重かつ素早く決断して逃げ場所を定めて行く。

<ヽ`∀´>「……みっけ!!」

とある飲食店のキッチンへと逃げ込み、そこでようやく腰を落ち着けた。
だが光点が迷いなく近づいてくるのを見て、すぐに立ち上がる。
銃床で調理台に繋がるガスの元栓を次々と叩き壊し、静かにガスをキッチンに充満させていく。
巨大な業務用冷蔵庫の電源を引き抜き、中身を取り出してそこに逃げ込む。

拳銃の弾倉を交換し、後は敵が罠にかかるのを待つ。

『馬鹿が!! そんなところに隠れてるのは分かってるんだよ!!』

銃声、そしてその銃声をかき消すほどの大爆発が起きた。
衝撃と熱が冷蔵庫の扉越しにニダーにも伝わる。
タブレットの光点がものすごい速度で遠ざかり、動かなくなったのを確認してから扉を開いた。
消火剤を含んだスプリンクラーが作動し、炎は既に消え、ガスは安全装置の作動によって流出が終わっている。

焦げた匂いの充満するキッチンから外に出て、そして、新たな光点が接近していることをタブレットで確認する前にニダーは即応していた。
巨大な腕がニダーの顔のすぐそばを通り過ぎ、流れるようにコンビネーションブローへとつなげてくる。
爆発に巻き込まれていないということは、遅れてこのビルに到着した増援に違いない。

(・(エ)・)「お前、殺す!!」

<ヽ`∀´>「どっかで会ったことあるニダね、お前」

重機の一撃かと見紛う危険な連撃を、ニダーは慣れた手つきで捌いていく。
顔ではなく、その動きでニダーはこれが初見の相手ではないことに気づいていた。

<ヽ`∀´>「あぁ、思い出したニダ。
      どっかの強姦魔!!」

(・(エ)・)「ぶっ殺す!!」

<ヽ`∀´>「武道家に同じ手を二度も見せるのは馬鹿ニダよ」

後ろ回し蹴りをいなし、その致命的な隙を逃さずガバメントの銃弾を男の胴体に撃ち込む。
対強化外骨格用の弾丸は貫通力が高く、興奮している人間の動きを止めるのには不向きだ。
しかし、繰り出される連撃の合間にニダーは確実に関節、そして急所に向けて銃弾を撃ち込み、精神力では到底補えない程の傷を与える。
決め手となったのは、大振りの拳を回避したのと同時に眉間に放った一発だった。

765名無しさん:2024/07/14(日) 19:12:32 ID:K.ug12hY0
決着がつくまでに交わした攻撃の数は20を越えたが、放った銃弾は4発、そして要した時間は僅かに3秒だった。
まるで糸の切れたい人形の様にその場に倒れた男を踏みつけ、念のためにもう一発心臓に撃ち込んで死亡を確認した。

<ヽ`∀´>「よかった、死んではいないニダね」

ジョン・ドゥの装甲は非常に頑丈で、ただのガス爆発程度では中の人間を殺傷することはできない。
しかし、その威力で脳震盪を起こすことはできる。
タブレットに表示されている生体情報を見て、ニダーはこの情報網の真の目的と強みを理解した。
これは、戦場を変えるほどの代物だった。

<ヽ`∀´>「……情報の時代、か」

リアルタイムで音声、位置、生体を含めた様々な情報が共有されるというのは、戦場を変えるほどの発明だ。
現代ではなく、太古の概念を発掘、復元して転用したのだろう。
それが量産化されて普及されれば、戦場の在り方は変わる。
むしろ、今がその途中と言ってもいい。

イルトリア相手にここまで戦えているのがその証拠だ。
情報の時代は遅かれ早かれやってくるが、彼らが持ち込んだ技術は従来の基盤をひっくり返す物と言っていい。
意識を失っている二人の内、どちらがこの装置の詳細を知っているのか。
ニダーは少し考え、まずは彼らのバッテリーを破壊することに決めた。

慣れた手つきでバッテリーを撃ち抜こうとした、その時だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『……そう何度も!!』

唸るような声と共に一人が急に立ち上がり、ニダーの手からガバメントを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした、というよりも蹴り壊した、が正しい表現だった。
これが腕に当たっていれば、壊れていたのはニダーの方だ。
聞こえてきた声は男のそれ。

破片が宙に舞う間に、ニダーは決断を下していた。

<ヽ`∀´>「っ……!!」

急いでナイフを手にし、近接戦に備える。
距離を開けても一瞬で詰められるのならば、最初からこうするしかない。

<ヽ`∀´>「おっと、こいつが壊れてもいいニダか?」

タブレットを盾のように眼前に掲げ、全てを知っている風な笑みを浮かべる。

〔欒゚[::|::]゚〕『無駄だ!!』

返答と同時に、ニダーはナイフを投擲する。
それは容易く弾かれたが、大きく3歩後退するだけの余裕を得た。

<ヽ`∀´>「反応ありがとうニダ!!」

766名無しさん:2024/07/14(日) 19:16:55 ID:K.ug12hY0
彼らがタブレットを取り返そうとするのは、その破壊を回避することが狙いだと分かった。
これは敵にとって破壊されては困る代物と分かれば、それを利用しない手はない。
ニダーの特技は、相手の感情の揺らぎを表情や仕草だけでなく、その場に流れる空気から察することができるというものだ。
背中に回していたライフルを手元に手繰り寄せ、腰だめに撃つ。

それを予期していたのか、あるいは咄嗟に反応できたのか。
両腕を胸の前で交差させ、致命傷を回避した。
代わりに両腕を失ったが、男は必殺の気持ちを込めた蹴りを繰り出す。
床が抉れるほどの踏み込みで放たれた飛び蹴りは、わき腹を掠めただけでニダーの体を容易く両断するだけの威力があるはずだ。

双方の距離を縮めるには一歩で十分だった。
瞬きは厳禁。
仮にニダーが瞬きをしていたら、間違いなく次の瞬間には絶命していたはずだ。
飛び蹴りという選択をした男は、胸中で己の選択が絶対的に正しいと信じていたことだろう。

事実、これが素人相手であればこれで勝負は決していた。
しかし、腐ってもニダーは円卓十二騎士だ。
円卓十二騎士の中で最弱の戦闘力を自負している彼であっても、素人相手に負けるほど軟ではない。
膝を折る様にして仰け反り、ニダーの胴体を狙った飛び蹴りを回避する。

弾倉の中を確認するまでもなく、ニダーは仰け反った姿勢から背後に銃口を向けて銃爪を引いた。
たった2発。
しかし、その2発が決着をつけた。
股関節に撃ち込まれた銃弾は装甲内部で跳弾し、男の体に穴を開ける。

〔欒゚[::|::]゚〕『うぐぅっ!!』

着地もできず、男は顔から倒れ込む。
空になった弾倉を素早く交換し、ニダーは倒れているもう一体のジョン・ドゥの後頭部に向けて撃ち込んだ。
銃弾がヘルメットを貫通し、赤黒い液体が流れ出てくる。
動き出すことはなさそうだった。

<ヽ`∀´>「お前ら何ニダ?」

〔欒゚[::|::]゚〕『っ……そくらえ!!』

<ヽ`∀´>「このタブレット、情報共有するための物ニダね?
      で、どうすればこれをぶっ壊せるニダ?
      もちろん、これを叩き壊すのとは違うニダよ」

〔欒゚[::|::]゚〕『尻でも舐めろ!!』

<ヽ`∀´>「オッケー」

言われた通り、ニダーは男の臀部を撃った。

〔欒゚[::|::]゚〕『あがああああ!?』

767名無しさん:2024/07/14(日) 19:17:17 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「おっ、情報がすぐに更新されるニダね。
      生体情報まで分かるって便利ニダ。
      おいおい、視覚情報まで!!
      声も文字になるし、こりゃあ便利ニダね」

男が何かを言う前に、ニダーは更に銃弾を尻に撃つ。

〔欒゚[::|::]゚〕『んぎぃいい!?』

<ヽ`∀´>「お前の死因は、尻からの失血死ニダ。
      嫌なら話すニダ」

〔欒゚[::|::]゚〕『ふ、ふ、ふざけろ……!!』

情報を引き出すための手段は、何も口頭だけとは限らない。
タブレットを見て、もう一台のタブレットが近くにあることを確信する。
ニダーの手にタブレットがあることを知りながらも、彼らはこのシステムを止めようとはしない。
つまり、止めることが出来ないのだ。

タブレットは一台で完結しているのではなく、恐らくは複数台で完結する類の物だ。
その証拠に、ニダーがこのタブレットを盾にした時に彼らは僅かだが躊躇いを見せた。
この戦争における、彼らの強み。
情報共有における戦場の支配を失えば、イルトリアに勝てる可能性は限りなく低くなる。

強姦魔の死体のそばに落ちていたタブレットを拾い上げ、二台を見比べる。
表示は同じだが、先に拾ったとタブレットの形状が僅かに異なることに気づく。
同一の端末ではない。
そして、タブレット上に映っている青い光点が同一の端末が発する反応であることは間違いない。

これで追える。

<ヽ`∀´>「あー、役割分担しているのを統一してるのか。
      ってことは、絶対に中継点があるってことだから……」

ここでこの二台を壊すことも出来るが、それはニダーにとってデメリットでもある。
タブレットを通じてニダーが得られる情報は複数あるが、どの端末が果たしてどの情報を共有する脳になっているのかが分からない。
それに加えて、相手の動きを知ることのできる手段を失うのはあまりにも手痛い。
街中に散っている光点の数は多くないが、その光点がイルトリアという巨獣に群がる蚊のように見える。

イルトリア全体の地図を覆う光点の数は数百を超えている。
その大半が海岸の近くだが、街の中心部近くで動きを見せている光点も複数ある。
それらが市街戦を展開し、イルトリアに混乱を招いているのは間違いない。
海岸から市街地に向かい、光点が徐々に動いているのを見るに、上陸作戦には成功したのだろう。

しかしながら、狙うべきは青い光点とその周辺にいる緑色の光点だ。
タブレットを全て奪い取り、イルトリアへと渡すことで形成は完全に逆転する。
他にある青い光点は全部で三つ。
その内二つは海岸近くで止まっており、そしてもう一つは街の中を動き回っている。

768名無しさん:2024/07/14(日) 19:18:08 ID:K.ug12hY0
黄色い光点だけは、先ほどから全く動きがなかった。
何かしらの定点観測装置、あるいは中継点の類だろうか。

<ヽ`∀´>「今からお前らに“花”を配達してやるニダ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

軍艦の墓場? あぁ、イルトリア沖のあの場所の事か。
不発弾の漁場? それも同じ場所だな。
そこに船を出せって?
おいおい、あんた馬鹿言ってんじゃ――

                                            ――名もなき漁師

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

巨大な軍艦が何隻も燃え上がり、沈没し、爆発する姿はあまりにも現実離れしたものだった。
イルトリア海軍の築いた防衛戦が突破され、すでに双方ともに多くの船が沈められている。
陸上と違い、海での戦闘では数の有利はかなりのものだ。
常に三次元的な感覚で敵を把握し、攻撃しなければならない。

船という巨大な構造物に乗っている以上、足元への攻撃は絶大な威力を持つ。
結果、被弾して沈没することが決まった海軍の軍艦は敵の進路を防ぐように舵を切り、搭乗員は戦場をイルトリア軍の基地へと移している。
死者の数は少なくて済んでいるが、失った船の数は史上最悪だ。
最も集中して攻撃を受けていながらも、唯一沈没していない軍艦が一隻だけあった。

イルトリア海軍最後の一隻。
それは、イルトリア海軍大将の乗る旗艦“ガルガンチュア”だった。
その戦闘指揮所では、ヘッドセットを被った男たちが淡々と情報の整理と対処を行う。

(,,゚,_ア゚)「甲板に被弾、主砲2門沈黙。
     区画FからGで浸水を確認、区画Qで出火を確認。
     ダメコン急げ」

(::0::0::)「砲弾への誘爆は絶対にさせるな。
     消火作業が無理なら区画を封鎖し、海水を注水する。
     現場判断で実行し、その後報告を」

从´_ゝ从「右舷弾幕薄いよ、何やってんの」

放たれる弾幕は飛翔する棺桶、あるいは取り付こうとする小型艇に対しての射撃だ。
それらは全て人間による射撃で、重機関銃による驟雨である。
曳光弾が四方八方に放たれる光景は花火かと見紛う物だが、暗闇の中でも正確にばら撒かれる銃弾の精度はかなり高い。
一定間隔で打ち上げられる照明弾だけが、唯一頭上からの光として周囲を照らし出している。

それでも光が照らすのは限られた場所だけだ。
照明弾によって濃い影を生み出すために、目視での射撃では限界がある。
暗視装置を通して見ても水面に浮かぶのが人影の類なのか、それとも船の残骸なのかを気にして射撃をするだけの余裕はない。
これが、イルトリア海軍が劣勢になっていると言わざるを得ない状況を生み出していた。

769名無しさん:2024/07/14(日) 19:18:35 ID:K.ug12hY0
飛行する棺桶は榴弾を撃ってくるため、それを優先して撃ち落とすようにしている。
だがそれを撃ち落とせば仕込まれた高性能爆薬によって、機雷と化すのが最も厄介な点だった。
殺せば殺すだけ船にとって不利益を生み出すことになるが、撃ち落とさないわけにはいかなかったのだ。
地上であれば死体は動かないが、海上であれば死体は流されてやがては喫水線に触れて爆発する。

その結果が、この戦果だ。
大量に敵が上陸するのを防ぐ最後の一隻の指揮官は、それでも冷静に指揮を執っていた。
イルトリア二将軍“右の大斧”と呼ばれるイルトリア海軍大将シャキン・ラルフローレンは、皺だらけの顔に僅かに笑みを浮かべる。

(`・ω・´)「……使えない砲弾を全て海に投棄しろ。
      敵艦の数を観測、報告しろ」

その命令から返答までに要したのは、僅かに十数秒。
艦橋で索敵用に作られた棺桶を装着した部下から、手短に返答がくる。

『敵艦、残り72隻。
小型艇はカウントしていません』

残された敵艦の数が多く聞こえるが、実際に彼らが海に沈めた船の数はその倍はある。
それらが大型船の進行を阻害しているのと同時に、小型艇の動きを複雑化させていることは否めない。

(`・ω・´)「かまわん。 部隊の損失は?」

『死傷者45名、他の船は全てプランBに従って動いています。
湾内に入るルートは作戦通りに封鎖し、残存部隊は全て地上での防衛、迎撃戦に移行しています。
海上で戦っているのは我々だけです』

(`・ω・´)「重畳だ。 陸軍の具合は?」

『最新の情報によれば、被害は軽微。
ですが、街での破壊活動がかなり厄介だそうです。
一撃離脱がかなり徹底されているだけでなく、面倒な相手、とのことです』

(`・ω・´)「面倒?」

『情報伝達速度による連携能力が異常である、と。
詳細は不明ですが……』

(`・ω・´)「市長が言っていた通り、やはり情報を武器にしてきたか。
      ジュスティアを潰しただけはある。
      ……10分後に、全員船を捨てて街の防衛に向かえ。
      私はブーンと少し話をした後に、連中を叩き潰してくる。

      各位、彼を最優先で基地に運んでくれ。
      護衛は4人出し、他の者は誘導しろ。
      対象は……3名、絶対に傷つけさせるな」

770名無しさん:2024/07/14(日) 19:19:00 ID:K.ug12hY0
イルトリア海軍に所属し、尚且つシャキンの命令を受けてこの戦闘中にそれを確実に遂行できる人間は限りがある。
それはつまり、彼が信頼を置く重鎮に対する命令でもあった。
金属製の階段を降り、船の中にある医務室に向かう。
揺れる船内でも、大股で歩き続ける彼の歩みが乱れることはなかった。

戦況で言えば押されている状況だったが、彼の心は穏やかな物だった。
もしも、彼の目の前にブーンが現れていなければこうはならなかった。
医務室の扉を開き、ヒート・オロラ・レッドウィングの死体が横たわるベッドの隣で泣きはらした目をした少年の前に膝を突いて言った。

(`・ω・´)「お前は生きて、ヒートをちゃんと埋葬してやれ」

(∪´ω`)「お……!」

見た目通りの年齢であれば、とてもではないが数日は引きずるような別れをした直後だというのに、ブーンの目は決して悲観の色に染まっていなかった。
垂れ目の奥に見えている色を、シャキンはかつて見たことがある。
どうやら、バトンは受け継がれたらしい。

(`・ω・´)「お前はディに乗ってヒートと一緒にイルトリア軍の基地に向かえ。
      ヘルメットはないが、インカムだけなら用意が出来た。
      基地には遺体安置所があるから、ヒートをそこに連れて行け。
      この戦争がいつ終わるか分からないが、少なくとも、ちゃんと埋葬はできる」

(∪´ω`)「……」

(`・ω・´)「埋葬は、生きている人間のためにもするものだ。
      ヒートは間違いなく、お前の手で埋葬されたいと思っている。
      最期まで一緒にいたんだ、分かるだろ?」

(∪´ω`)゛

無言でブーンは頷く。
それは少年特有の無鉄砲な返答にも思えたが、それでも、彼が心で決めたことに対する答えだった。
ヒートと過ごした時間の濃さが、その目に現れている。
こうして少年はいつしか男になり、背中にこれまでの過去を背負って進んで行くのだ。

(`・ω・´)「お前の道は、この俺が作ってやる」

そう言って、ブーンの頭を撫でた。
頷いた時に見せた彼の目は、一人の男のそれだ。
これまでに積み重ねてきた日々。
そして、ヒートに対して抱いていた想いの強さがうかがい知れる。

この少年は、未来に生きるに相応しい存在だ。
壁に取り付けられた無線機を使い、シャキンは部下に指示を出す。

(`・ω・´)「これより本艦はブーンを基地に送るため、この場にて壁を作る。
      錨を降ろせ。
      連中の相手は私がする」

シャキンはもう一度ブーンを見て、彼の前に膝を突いた。

771名無しさん:2024/07/14(日) 19:19:39 ID:K.ug12hY0
(`・ω・´)「私はシャキン・ラルフローレン。
      ブーン、君に会えてよかった」

静かに抱擁し、そしてその場を足早に立ち去る。
シャキンの目の前に現れたのは、彼が気まぐれに手を貸した女から多くを学び、ペニサス・ノースフェイス最後の教え子として、今を生きる存在だ。
何たる偶然か。
何たる幸運か。

狭い通路を歩くシャキンの後ろに、静かに一人、また一人と部下が続く。
彼が戦うと決めた時、常に死地を共にした部下だ。

(`・ω・´)「ホッパー、ナガタ。
      弾薬は満タンだ。
      沈められるだけ沈めるぞ」

(-゚ぺ-)「無論です」

ホッパーの返答に被せるように、ナガタが続ける。

( 0"ゞ0)「もとより、そのつもりです」

その声は、いつもよりも心なしか楽しそうに聞こえた。
対戦艦用の戦闘では、常に人間の常識を遥かに越える巨大な船を相手にすることになる。
例えるならば、鯨を相手にする小魚のそれだ。
しかし自然界においてもそうだが、大きさは勝敗を決する要因足り得ない。

小さな毒虫が人間を一撃で殺せるように。
毒を持った小魚が数百倍以上の大きさを誇る魚から警戒されるように、彼らは戦艦を沈めるための力を持っている。
それこそがイルトリア海軍の強みだ。
出してしまった犠牲は決して少なくないが、それでも、殺した敵の数の多さはイルトリア軍の方が多い。

つまり、個の強さで負けることはない。

(`・ω・´)「では、蹂躙するぞ」

ガルガンチュアの船尾にあるウェルドックに向かう。
兵たちは退艦の為に小型艇や棺桶の準備を始めており、そこにシャキンが現れた瞬間、音が止まった。
聞こえるのは波の音と唸るようなエンジンの音。
誰かが合図を出したわけでもなく、一斉に敬礼が彼に向けて送られた。

(`・ω・´)ゞ

シャキンもまた、敬礼でそれに応じる。
決して死地に赴く人間に対して送られるそれではなく、互いの健闘を祈るための敬礼。
あるいは、男同士にしか分からない感情を乗せた無言の言葉。
それは2秒ほどの出来事だったが、数時間にも感じられる重厚な時間だった。

敬礼を終え、すぐに自分たちがやるべきことに着手する。
シャキンと二名の部下は棺桶を背負い、それぞれ起動コードを口にする。

772名無しさん:2024/07/14(日) 19:20:04 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)
      『海こそが我らの世界。 理想郷は、我らの目の前にある』
(-゚ぺ-)

二人が同時に口にしたのは、Aクラスの名持ちの棺桶、“マリナー”である。
イルトリア海軍で広く運用され、ある意味では代名詞的な棺桶だった。
ダイビングスーツの様な薄い装甲は海上と海中での機動力に特化させたものであって、極めて高い対水圧設計以外にはほとんど用を成さない物だ。
正直なところ、世界中でも復元されている棺桶であって、決して珍しいものではない。

水辺で発見される棺桶の数ならば、このマリナーが筆頭に挙げられるぐらいにメジャーな存在だ。
では、何がその棺桶をイルトリア海軍で確固たる地位を確立させているのかと言えば、復元された武器の存在である。
“ドライランド”と呼ばれるそれは、二つの役割を持つ銛の形をした武器だ。
高周波振動による高い切断能力を有する刃は、あらゆる船の装甲を切り裂けるだけの長さがあり、水圧によって射出することも可能である。

ワイヤー誘導によって縦横無尽に振り回せるだけでなく、それを利用して船のスクリューを破壊することにも特化している。
そして、先端部からは音速の五倍以上の速度で海水を射出することが可能であり、それによって飛来する銃弾に対しても高い防壁を展開することができる。
海水の高圧縮による攻撃、そして、移動時に使用することで高い起動性能を発揮するそれはイルトリア海軍の力を確固たるものにした。
武器の復元に成功した街は多くあったが、機体制御の難しさと相まってその扱いは非常に難しい。

しかし、それを体得した人間が配属されるイルトリア海軍の人間にとって、これほどまでに融通の利く棺桶はそうない。

(`・ω・´)『人は皆死ぬ。私も、お前も死ぬ。だが、それは今日ではない』

そしてシャキンが口にしたのは、コンセプト・シリーズの起動コードだった。
対艦用接近戦特化の棺桶、“バトルシップ”。
それが、イルトリア海軍大将に歴代受け継がれる棺桶である。
大型のCクラスらしい巨体はもとより、背中から生えた羽が頭から胸元までの急所を覆うような異質な装甲は貝殻の様。

洋上迷彩を施されたその姿は、海底から這い出てきた貝の化け物を想起させた。
そして、嫌でも目に付く両腕の錨型の装備は、2メートルはあるバトルシップの等身とほとんど変わりがない。
高周波振動による高い破壊力だけでなく、水圧による射出が可能であり、その破壊力は一撃で船の喫水線に大穴を開けることができるほどだ。
対艦戦闘に特化しているため、その高周波振動の出力は一般的なそれの数十倍を容易に発揮できる。

つまり、どれだけ堅牢な装甲を持つ戦艦であっても、熱したナイフでバターを削る様にして攻撃を加えることができるのである。

〔 ÷|÷〕『行くぞ』

ドックの扉が開き、黒い海が目の前に広がる。
三機の棺桶はそれぞれ圧縮された海水によって爆発的な推進力を得て、一気に水上を駆け始めた。
迷うことなく、三機はイルトリア沖で動きあぐねている敵艦へと向かう。
72隻を相手にするのであれば、一人24隻を沈めれば全滅させられるということである。

海面を進んでいる彼らは、正確に言えば滑っている様に見えて、実際には僅かだが浮いている状態にある。
海中に垂らされたホースから給水し、足の裏から高圧で発射。
それによって海面よりも浮いた状態にあるため、多少の障害物であれば何の問題もなく進むことができる。
沈めた敵の棺桶や船の残骸を乗り越え、敵艦との戦闘を開始したのは出撃から僅かに2分後の事だった。

接敵の瞬間は、即ち戦闘開始を意味する。

〔 ÷|÷〕『粉ッ!!』

773名無しさん:2024/07/14(日) 19:20:35 ID:K.ug12hY0
仮にシャキンの接近に気づいていたとしても、巨大な船では回避行動など間に合うものではない。
二隻の船の間を進みながら、シャキンは一気に左右に向けて錨を射出した。
一撃で喫水線の下に突き刺さった錨は、高速で進むシャキンに合わせて火花を散らしながら船の装甲を切り裂いていく。
まるで巨獣の上げる絶叫の様な音が響き渡り、各種警報音を流しながら徐々に沈んでいった。

これが棺桶の性能に頼った物であると判断するのであれば、その人間は三流もいい所である。
彼が使用する棺桶を動かすうえで欠かせないのが、卓越したバランス能力である。
例えるならば、丸い球の上に立ったまま綱引きをするような、人間離れした力だ。
両腕の錨の重量を少しでも考えれば、その器用さが分かるだろう。

これを当たり前だと思えるようでなければ、バトルシップを操ることはできない。

〔 ÷|÷〕『砕ッ!!』

瞬く間に二隻の船を沈めたシャキンは、空中から飛んでくる銃弾に気づき、行動を起こしていた。
最大出力で一気に放水することで、まるで飛ぶように一気に上空に飛ぶことができる。
隙が大きいため、積極的に使うことはないが敵船に乗り込んだりするためには必要な力だ。
ラスト・エアベンダーの飛ぶ高度にまで達したシャキンは素早く身を翻し、目の前の棺桶の頭上に錨を振り下ろした。

シャキンの存在がまるで悪夢か、それとも幻の様に思っていたのであろう敵は何か抵抗することもなく、慌てた様子もなく静かに頭を潰されて死んだ。
頭上で飛ぶうるさい蚊を潰したかのような気軽さで再び海上に戻ったシャキンは、新たな船を沈めるべく高速で黒い海の上を進む。
シャキンが15隻目の敵艦を沈没させたとき、ブーンがイルトリアの港に無事に到着との知らせが入ったのであった。

『大将、上陸しました!!
これより基地へと向かいます!!
糞どもの背中が良く見えますよ!!』

ノイズの混じった報告に、シャキンは淡々と答える。

〔 ÷|÷〕『よくやった。 その少年は、我々の未来そのものだ。
      絶対に傷つけさせるなよ』

『勿論です。 退艦した全員で、愉快なピクニックを始めています』

思わず微笑む。
果たして、少年は再びイルトリアの基地へと舞い戻った。
後は生き延びてくれれば、それでいい。

〔 ÷|÷〕『後は任せた』

『了解』

そして、シャキンの背後で巨大な爆発が起きた。
イルトリア海軍創立以来、決して轟沈することのなかった旗艦ガルガンチュアが遂に砲弾の雨を受けて大爆発を起こす。
それは最後にイルトリア軍港への大型艦の侵入を防ぐと同時に、敵の標的を一点に絞るという重大な目的を持っていた。
投棄されていた弾薬が暴発し、近くにあった全ての船舶に対して致命傷を与える。

まるで真昼の太陽を思わせる白い輝きがイルトリア沖を照らし出す。
天まで届くほどの高い水しぶきが上がり、ガルガンチュアが真っ二つに折れて沈んでいく。
爆風を背に、シャキンは更に速度を上げて敵艦の駆逐に奔走する。

774名無しさん:2024/07/14(日) 19:21:31 ID:K.ug12hY0
〔 ÷|÷〕『こいつらを沈めて、さっさと街に行くぞ』

旗色が悪くなることは、決して初めてではない。
ほぼ単騎で敵の船団を相手にすることもまた、初めてではない。
軍艦が距離を取り、味方の船を爆発させてでもシャキンたちを仕留めようと砲撃してくる。
それに当たれば流石に棺桶を身に着けていても、死からは逃げられない。

運良く直撃を避けられたとしても、その威力は戦闘続行を不可能にするほどのものだ。
だが、対艦用の棺桶を使う人間が砲撃を恐れているようでは話にならない。
飛来する砲弾を一瞥し、安全圏内に移動する。
避けた砲弾が敵艦に着弾し、爆発を起こす。

既に沈没しかけていた為に、そこまでの被害は出ないだろう。
乗員たちの悲鳴が上がるが、それを上書きする様にして金属同士の摩擦によって生まれる咆哮の様な音が響き渡る。
そして巨大な波しぶきが生まれ、黒い海が静かに荒れる。
波を乗り越え、新たな獲物に向かって直進する。

艦内にいる味方を一人でも逃がそうとする船の喫水線を切り裂きつつ、水圧で跳躍。
艦首甲板に着地し、ウォーターカッターで艦橋を切り裂く。
根元から両断された艦橋がバランスを崩し、海に落ちる。
高い水柱が上がった時には、シャキンは既に別の船に向けて飛び乗った後だった。

喫水線への攻撃だけでなく、艦橋を潰すことで船としての力を奪うことができるのは自明だが、それが合わされば助かる道は万に一つもない。
艦橋目掛けて錨を投擲し、大規模な混乱を生み出す。
その直後に海に飛び込み、すぐさま喫水線へ致命的な一撃を与える。
先ほどの一撃で失われた海水が再び機体内部にあるタンクへと補給される。

<0[(:::)|(:::)]>『見つけたぞ、海軍大将だ!!』

<0[(:::)|(:::)]>『信号弾発射!!
       マーキングをしくじるなよ!!』

<0[(:::)|(:::)]>『やっと出てきた!!
       これで殺せる!!
       伝説は今日、ここで終わりだ!!』

背後から銃弾が飛んでくるのと同時に、そんな声が聞こえた。
備わった背面カメラでその姿を目視する。
それは敵艦にケーブルで接続された、5機のラスト・エアベンダーだった。
確実にシャキンを仕留めるためか、ケーブルを分離させて高度を一気に下げる。

両側を敵艦に挟まれた状況のシャキンの進路は前か、後ろかの二択。

〔 ÷|÷〕『……勢いはいいがな』

シャキンは両手の錨を海面に触れさせ、水しぶきを上げさせる。
そして、注水した海水を最高出力で海面に向けて放つ。
海水が巨大な柱となってシャキンを追う部隊を真下から殴りつけ、頭上から大量の海水が降り注ぐ。
バランスを崩したところに、シャキンはウォーターカッターを振るう。

775名無しさん:2024/07/14(日) 19:21:56 ID:K.ug12hY0
超高圧縮されて放たれるウォーターカッターは、それだけで鋭利な刃物と同義になる。
ラスト・エアベンダーが飛翔可能なのは、その軽量な装甲にこそ秘密がある。
生け捕りにして拷問した敵兵と鹵獲した棺桶の情報を聞いていたシャキンは、その脆弱性を見抜いていた。
薄い装甲は僅かな被弾で使用者から命と戦意を奪い、墜落を招く。

振り向くようにして横薙ぎに振るったウォーターカッターは、果たして、一撃で4機の棺桶を屠った。
さほどの抵抗感もなく切り裂かれ、殺虫剤をかけられた虫の様に落下する様は痛快そのものだ。
オレンジ色に染まる夜空を見上げながら、シャキンは残った1機を投擲した錨で文字通り叩き潰した。
やはり、敵の練度は最低限の物。

実戦経験はほとんどなく、個人での戦いに持ち込めば負けることはない。
イルトリア海軍の船が多く沈んだ最大の理由は、対空戦闘への準備が不足していたことだ。
弾幕を展開できる船には限りがあり、敵は空から海中まで、幅広い領域での攻撃を仕掛けてきた。
物量に物を言わせて攻め込んでくる相手にしては、考えられた構成だ。

海底から攻め込んで来ようとしている相手に対して、イルトリア軍は大量の機雷を設置している。
イルトリア軍の潜水艦部隊からの報告で、相手の潜水艦が沖合で身動きが取れなくなっていることが分かっている。
報告の中で気になったのは、最後尾にいる潜水艦の大きさだ。
こちらの使用している潜水艦の3倍ほどの大きさ。

ただの潜水艦ではなく、敵にとっては旗艦にも等しい存在なのだろう。

〔 ÷|÷〕『ホッパー、ナガタ。
      沖合にいる敵潜水艦の様子を見てこい。
      必要なら、少し遊んでやってもいい』

( L[::::])『了解』

そして、シャキンは指示を出した後に単騎で敵艦を屠る為に突き進む。
軍の優秀性とは即ち、練度の高さと連携の強さに依存する。
イルトリア二将軍がそれぞれ抜きんでた力を持っているとしても、それは軍の強さと直結はしない。
だが。

イルトリア軍が世界最強と言われる所以は、並外れた練度と連携力、そしてそれを指揮する各士官の持つ個人の戦闘力の高さにある。
単純な戦闘力だけであれば、イルトリアが負ける道理はない。
それはジュスティアも認めている事実であり、彼らの最高戦力である円卓十二騎士は人数差があるにも関わらずイルトリア二将軍と同程度の力とされている。

〔 ÷|÷〕『老体を少しは労われよ』

残された敵艦が一斉に砲撃と射撃を行う。
飛来するのはほぼ全てが必殺の砲火だが、あまりにも弾幕が薄く、砲弾はシャキンの残像を捉えるだけにとどまっている。
こちら側が対空戦闘への備えが不十分だったことと同じように、相手は海上にいる小さな敵を相手に攻撃を仕掛けることに準備が不足していた。
元々駆逐艦だろうが何であろうが、軍艦の戦う相手はいつだって対艦だ。

棺桶が戦場を一新したことの一つに、その的の小ささがあるのは言うまでもない。
陸上での戦闘と違い、海上での戦闘はすべからく一撃の威力が物を言う。
潜水艦相手でも、戦艦相手でも、それは変わらない。
弾幕はあくまでも近距離相手のものであって、中遠距離の相手に使うものではない。

776名無しさん:2024/07/14(日) 19:22:21 ID:K.ug12hY0
連射性が乏しい銃火器では、棺桶を仕留めるにはあまりにも心もとない。
実際、戦場で確実に棺桶を仕留めるには近距離戦が最適解だ。
その為、多くのコンセプト・シリーズが近距離戦に特化した設計のものであり、遠距離での攻撃に特化したものは圧倒的な破壊力ないし制圧力を持ったものである。
着弾した砲弾は高い水しぶきを上げ、海上に漂う敵の棺桶が誘爆する。

それでも、シャキンには影響がない。
彼が敵兵の死体を踏み越えても、誘爆はしない。
海上に漂う機雷と化した死体は、バトルシップの移動方法では誘爆し得ないのだ。
船に接触して爆発したことを考えると、極めて目的を限定した起爆条件が与えられていることは分かっている。

そうでなければ自分たちの死体同士で爆発しあい、こちらの艦隊にあれだけの被害をもたらすことはなかったはずだ。
とはいえ、降り注ぐ砲弾の雨は確実にシャキンを捕捉して放たれた物であり、油断できるものではない。
ゆっくりと溜息を吐き、シャキンは両腕の錨を背後に向けて構える。
そして、海水を噴射して更なる加速を得る。

こちらの速度に敵の照準が追い付かなければ、どうということはない。

〔 ÷|÷〕『……分からんな』

攻め込む以上、相手の事は入念に調べておくのが常識だ。
シャキンがこのような戦い方をするというのを知っていれば、必ず対策を用意しているはずだ。
陸と海との挟撃が失敗しかけている今、いつまでも悪戯にシャキンを相手にしている場合ではないはずだ。
優先順位で言えば砲撃、次に味方の上陸を成功させることだろう。

なのに、砲撃はシャキンにのみ向けられている。
恨みがあるのならば分かる。
だが作戦を破綻させてまでも追う意味が分からない。
一切の合理性を欠いたその行動に、シャキンは一つだけ思い当たることがあった。

時間稼ぎだ。
シャキンが陸上に応援に行くのを足止めし、その間に何かを成そうとしている。
それが何か知りたいという好奇心が、シャキンの中で沸々と湧き上がる。
こうして正面から殴り込んでくる輩だ、無策ということはないだろう。

軍人としての直感が、シャキンの体を動かした。
罠が仕掛けられているのであれば、その発動タイミングを狂わせるに限る。
白い水しぶきを上げ、シャキンは恐れを上回る興奮を胸中に抱いたまま、敵艦の群れに突入した。
原則として、軍艦同士は誘爆や避難経路の確保が難しいという点で、決して密にはならない。

だが。
相手が持ち出してきた軍艦は大きく3種類あった。
一つは巨砲を備え、イルトリアへの砲撃を主とした戦艦。
一つは戦艦の援護を行うための巡洋艦。

そしてもう一つが、ケーブルで接続された航空用棺桶を有する船である。
他の船と比べて数倍の積載能力があり、電力の供給能力がある。
防衛能力はなく、全て接続された棺桶に頼っていたのがある種の目的に特化設計の証明でもあった。
その船は戦闘開始の速い段階でイルトリアへの接岸を試み、戦艦の援護と巡洋艦の護衛によってイルトリアへの上陸を成功させた。

777名無しさん:2024/07/14(日) 19:22:55 ID:K.ug12hY0
故に、今生き残っている船は戦艦と巡洋艦の二種類だけであり、ラスト・エアベンダーの残数は数えるほどだ。
だのに、だ。
それだというのに、彼らはシャキンを討ち取ろうと懸命に攻撃を仕掛けてくる。
いっそ、憐みすら覚えるほど懸命で無意味な砲撃に拍手を送りたい気分だった。

巡洋艦の横っ腹に錨で一撃を加え、減速ではなくその制動力を回転力へと転じさせ、より遠くの巡洋艦にもう一本の錨を投擲した。
ワイヤー誘導ではなく手放すことによって、その射程は一時的に飛躍する。
こちらの戦闘を見て距離を取り、作戦を練っていた船員は焦ったことだろう。
砲弾並みの速度で突き刺さった錨によって浸水し、傾き始める。

残った錨を持ち換え、シャキンはその船に接近。
まるで介錯をするようにして船体を切り裂き、自重によって沈没させた。
手際よく巡洋艦を沈めつつも、シャキンの狙いは沖合にいる軍艦だ。
味方の二人が潜水艦を撃沈するまでの間に、果たしてどれだけ沈められるか。

飛来する砲弾をウォーターカッターで迎撃しつつ、距離を詰めて次々と撃沈させていく。
そこでふと、シャキンは相手の狙いが分かってきた。
恐らく、巡洋艦は餌で、本命はこうして戦艦の近くにおびき寄せることだ。
こちらが敵艦を沈めるためにはどうしてもバッテリーを使用する。

である以上、バッテリーがなくなればシャキンは老体の生身で戦わざるを得なくなる。
瓦礫だらけの夜の海で、シャキンが生きてイルトリアに帰還することは不可能と言っていい。
それが狙いだとしたら、シャキン一人を殺すために極めて大掛かりな作戦を用意したことになる。
そして、実に賢い作戦でもあった。

狙いは二つあったのだ。
上陸と、シャキンの抹殺。
そして少数でも上陸はもう済ませた以上、後はシャキンを抹殺することが彼らの目的となる。
イルトリア二将軍を各個撃破するためには、周囲の援護を確実に絶たねばならない。

そうすれば、後は質量と物量、そして最悪の場合は自爆による一撃で屠ればいい。
囲み、やがて狙うのは自爆だろう。
戦艦が搭載している弾薬の数で言えば、例えシャキンの棺桶がトゥエンティー・フォーであったとしても、確実に屠ることのできる量だ。
事実、シャキンに悟られないようにだろうか、戦艦が大きく円を描いてシャキンの進路を誘導している。

自らを餌にしておびき寄せ、攻撃させ、沈めさせ、そして味方が必殺の位置につくまでの時間を稼ぐ。
圧倒的な物量を持つからこそできる作戦であり、船長たちに相応の覚悟があるからこそ成立する作戦だ。

〔 ÷|÷〕『はははっ、派手な葬式を出してくれるのか』

既に船と船の密度が極限まで高まり、目的を隠そうともせずに互いに船体をぶつけてでもシャキンの動きを制限する。
砲撃、そしてケーブルを切断してでもシャキンを追いかけるラスト・エアベンダー。
残された船の数は分からないが、沈めた船は優に30隻を越えているはずだ。

〔 ÷|÷〕『来い、私はここにいるぞ』

四方を完全に包囲されたシャキンは、それでも焦りはしなかった。
一斉に砲撃が始まる。
狙いの外れた砲弾で互いを撃ってでも。
流れ弾で味方のラスト・エアベンダーが木っ端みじんになっても、彼らは攻撃を止めなかった。

778名無しさん:2024/07/14(日) 19:23:37 ID:K.ug12hY0
攻撃を継続しつつ、艦体を徐々にシャキンへと肉薄させる。
まるで建物が四方から迫るような圧迫感。
静かに息を吐き、シャキンは吠えた。

〔 ÷|÷〕『今はまだ死ねないな!!』

そして、イルトリア沖で巨大な爆発が起きた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

深海と闇夜は似ているが、決定的な違いがある。
闇夜はいつか明け、朝日が全てを祝福してくれる。
深海は、そこに近づく者を容赦なく噛み潰す。
祝福などないが、抱擁だけはある。

                          ――イルトリア海軍潜水艦乗りの手帳より抜粋

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イルトリア沖が赤く燃え上がった時、海底近くで動きあぐねている原子力潜水艦“オクトパシー”内部は、全裸の美女を前にした童貞の様な雰囲気が漂っていた。
だが所詮は童貞。
最後の一線を越えることが出来ず、出来もしない欲求を胸に抱いて悶えるだけ。
それが更なる欲望を産み、悶え、循環する。

水深500メートル。
闇と無音の世界が揺れたのと、艦長であるアリエル・ブルックリンが紅茶の入ったマグカップに手を伸ばしたのは同時だった。

( 0"ゞ0)「……でかいな」

巨大な爆発。
海上にいる友軍が沈む断末魔じみた音にはもう慣れたが、これまでで最大の振動がただ事ではないと物語っている。

(-゚ぺ-)「電信です。 ……友軍が、シャキン・ラルフローレンを包囲し、自爆するとのことでした。
     恐らくは、それによるものと」

( 0"ゞ0)「本当に果たすとは、大した連中だ。
      それで、マッピングはどの程度進んだ?」

(-゚ぺ-)「友軍のおかげで、あらかたできています」

海上にいた船は、決してただ闇雲に走っていたわけではない。
海中に設置されている機雷の位置をソナーで調べ、沈没した敵味方の船の位置を随時こちらに送ってきていたのだ。
イルトリア海軍の潜水艦が安全に出航できる以上は、必ず安全な道が存在する。
戦闘開始直後から今まで耐えてきていたのは、このためだ。

オクトパシーに収納されている虎の子の部隊が上陸に成功すれば、市街戦に更なる燃料を投下することができる。

( 0"ゞ0)「では行こう。 センサー感度最大にしつつ無音潜航、目標イルトリア軍港」

(-゚ぺ-)「センサー感度最大、無音潜航了解」

779名無しさん:2024/07/14(日) 19:26:37 ID:K.ug12hY0
全ての電子機器が無音モードへと移行し、静寂が周囲を支配する。
スクリューは極力音を発さない状態で回転し、鋼鉄の塊を静かに進めて行く。
仲間から送られてきた機雷の位置を座標で確認しながら進む様子は、目隠しをした状態で迷路を進むようなもの。
少しでも間違えれば沈没し、圧壊する。

その為、操舵手ホーミー・ウェストはこの日の為に数十年も潜水艦操舵の訓練を積み重ねており、己の腕に絶対の自信を持っていた。
間違うはずがない。
間違えるはずがないのだ。
その腕をティンバーランドにいる誰もが信じ、尊敬しているからこそ“アンコウ”の渾名を送られているのだ。

ホーミーの母親は、故郷では珍しく女の潜水艦乗りとして名を馳せ、街の守りを担う軍人だった。
イルトリア海軍との戦闘で死ななければ、故郷はまだ存続していたはずだ。
家族と故郷を奪ったイルトリア海軍は、だがしかし、その練度は決して他の追随を許さないほどのもので、復讐には時間も道具も必要だった。
そんな折にティンバーランドに加入され、時間と道具と機会を得たのである。

全てはこの日の為に。
積載されている部隊は、この瞬間の為に復元された自爆特化型の棺桶を運用する。
イルトリアの要所、そして市長と陸軍大将を殺すことが出来ればそれが決定打になり得る。
遠方から来ている陸の増援と合わされば、イルトリアの防衛機能を完全に封じることができる。

この戦いは、間もなく終わる。
手に入れた海図にある深度を参考に海底ギリギリを進み、徐々に浮上していく。
深度300メートルを越え、沈没した味方戦艦の残骸を目前にしたところで静かに停止させる。
ここから先は潜水艦で進むことが出来ない。

ホーミーはアリエルに目配せし、ここがゴールであると伝える。

( 0"ゞ0)「無音潜航解除。
      部隊の発進準備。
      デコイ全方位に発射、魚雷装填次第発射」

艦内に光と音が戻る。
それと同時に、部下たちが命令に従って行動を開始する。

(::0::0::)「デコイ全方位発射了解。
     魚雷装填後速発射了解」

(-゚ぺ-)「トランプル隊、発進許可。
     装着次第、即時――」

その時だった。
艦全体に響き渡る、金属質の悲鳴。
高周波振動の刃が金属を切り裂く時に発する音だ。
この水深でそんな攻撃を仕掛けられるのは、棺桶だけだ。

( 0"ゞ0)「くそっ、取りつかれた!!
      発進を最優先で行え!!」

赤いランプが明滅し、サイレンが鳴り響く。

780名無しさん:2024/07/14(日) 19:26:59 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)「どこに取りついている!?」

(::0::0::)「恐らく、ハッチ直上に!!」

(-゚ぺ-)「野郎!!」

普段から混乱や焦りに対応するための訓練を積んでいる彼らでさえも、この奇襲に対しては完全な状態で反応できなかった。
つまるところ、彼らの訓練は所詮は訓練であり、実戦とは違って命がかかっているわけでもなければ、シナリオから逸脱することはない。
深海と言える深度で敵に攻撃を受けるという訓練は、マニュアルの世界にしかない。

(::0::0::)「浸水確認!!
     ブロック閉鎖システム起動!!」

そして、容赦のない攻撃は冷静さを容赦なく削り取る。
深海での深刻な被弾は、ほぼ例外なく死へと直結する。
ただの死ではなく、何も成すことのない死。
それは何よりも避けなければならない、恥ずべき展開なのである。

(-゚ぺ-)「まずい、ハッチのある区画だ!!
     脱出口を塞がれた!!」

( 0"ゞ0)「トランプル隊の準備報告!!」

(-゚ぺ-)「ハッチが剥がされました!!
     区画浸水甚大!!」

管制室は混沌を極めていた。
まさか、この状況でこちらの動きに合わせて取り付いてくる存在がいるとは思わなかった。
そもそもの前提として、場所が相手に露呈しているということとそれが即時攻撃につながることは考えの中になかった。
無音潜航の為にソナーを使うわけにもいかなかったため、完全に虚を突かれた形となったのが、彼らの混乱を揺るがぬものとした。

(-゚ぺ-)「トランプル隊、船首にて準備中!!
     デコイ、魚雷と一緒に出撃します!!」

( 0"ゞ0)「出し惜しみはなしだ、一気にやれ!!」

(-゚ぺ-)「発進準備完了!!
     各位、デコイと魚雷をありったけ撃て!!」

艦首にある魚雷発射管から一斉に魚雷が放たれ、前後にあるデコイ発射管から囮が放出。
それに紛れ、魚雷と共に5機の棺桶が出撃する。
その、はずだった。
更なる衝撃と音がオクトパシーの船首と船尾を襲う。

魚雷発射管が開いた瞬間に何かしらの攻撃を受け、発射に失敗した魚雷が誤爆。
まるで厚紙が潰れて行くように、船首が軋みながら潰れて行く。
その勢いで積載されていた魚雷も潰れ、爆発が連鎖的に起きる。

( 0"ゞ0)「糞がああああああ!!」

781名無しさん:2024/07/14(日) 19:27:31 ID:K.ug12hY0
そんな絶叫は、ほんの数秒で圧壊して鉄の塊と化したオクトパシーに飲まれて消える。
彼等にとって不運なことは、動力であるニューソクは安全装置が働き、爆発を起こすことはなかった点だ。
もしも安全措置を解除していれば、その爆発でイルトリアの軍港に壊滅的な被害を与えられたことだろう。
焦るあまり、その安全装置を解除するという最終手段を取ることを忘れたのは、文字通りに致命的だった。

深海に向けて沈降していく鉄塊となった潜水艦を見送り、三機の棺桶が海面に浮上する。

〔 ÷|÷〕『少し時間がかかったな』

( L[::::])『これだけの量ですから、仕方のない事です』

恐らくは1時間近くかかったことだろう。
音を聞く限り、まだ市街戦は続いている。
陥落していないのならば、やることは一つ。

〔 ÷|÷〕『陸軍の援護に向かうぞ』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

お腹を痛めることは誰にでもできますお。
僕も、何度も蹴られたことがありますお。
だけど、あの人たちは心を痛めながら僕と旅をしてくれましたお。
僕にとっての家族は、あの人たち以外にいませんお。

                                                ――ブーン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

はたから見れば、それは短い時間の付き合いではあっただろう。
1年にも満たない時間しか一緒にいなかった二人の関係は、だがしかし、生まれてからずっと一緒に過ごしている姉弟のような物だった。
ブーンにとってデレシアと出会ってから、多くの人間に助けられてきた。
その中でも、ヒート・オロラ・レッドウィングは特別な人間だった。

そして自分に対して並々ならぬ優しさで接し、温もりを与えてくれた。
自分にとって、デレシアとヒートがいれば世界はそれで十分だとさえ思えた。
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ブーンを抱いたまま息絶えたヒートの亡骸を本物の棺桶に収め、蓋を閉じてからようやく、ブーンは袖で目元の涙を拭った。

(,,'゚ω'゚)「……この棺桶に入れておけば、3日は大丈夫だ。
     葬儀を済ませるなら、それ以内にするといい」

(∪´ω`)゛「はいですお」

ブーンをイルトリア軍基地にある地下遺体安置所に連れてきた男は、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
名前は知らないが、ブーンに対して嫌悪の感情は抱いていない。
むしろ、同情するような“匂い”がした。

(,,'゚ω'゚)「俺たちは街に出るが、ここならひとまず安全だ。
     少し休んでいると――」

782名無しさん:2024/07/14(日) 19:27:55 ID:K.ug12hY0
踵を返そうとした男の袖を、ブーンは握っていた。

(,,'゚ω'゚)「――どうした」

(∪´ω`)「僕も、何かしたいです」

(,,'゚ω'゚)「その気持ちはわかる。
     大切な人を目の前で失えば、誰だってそうなる。
     だが、生きることも戦いだ。
     いいか、ブーン。

     お前たち若者が生き残れば、俺たちは負けない。
     お前が死ねば、お前に想いを託した人たちが浮かばれない。
     だからお前は生きることを最優先にしろ。
     命を懸けて戦うのは、大人の役目だ。

     お前は十分に戦った」

男は膝を突き、ブーンの頭に手を乗せた。

(,,'゚ω'゚)「……それでも、戦いたいというのなら。
     お前は、何の為に戦いたい?」

(∪´ω`)「……まだ、知らないことがあるんですお」

(,,'゚ω'゚)「知らないこと?」

(∪´ω`)゛「僕はまだ、愛について知らないですお」

その言葉を聞いた時、男は僅かに面食らった様子だった。
子供の言うことと一笑に付すことも出来ただろうが、男は、真っすぐにブーンの目を見る。

(∪´ω`)「あと少しで分かるような気がするんですお」

(,,'゚ω'゚)「……戦いの中で分かるのか?」

(∪´ω`)「分からないですお。
      でも、ここで座って待っていても、分からないことだけは分かりますお」

逡巡。
男は、僅かに思いを巡らせ、そして立ち上がる。

(,,'゚ω'゚)「……なら、探してみるといい。
     だがそれは、自分の力で探すんだ」

(∪´ω`)「分かりましたお」

783名無しさん:2024/07/14(日) 19:28:24 ID:K.ug12hY0
(,,'゚ω'゚)「俺には、丁度お前ぐらいの息子がいてな。
     できれば、死んでほしくない。
     厳しい事を言うようだが、ここはイルトリアで、力だけがルールを変え、力が全てを変える時代だ。
     一度吠えたなら、最後までやって見せろよ、ブーン」

(∪´ω`)゛

頷くと、男は不器用な笑顔を浮かべた。

(,,'゚ω'゚)「……俺の、おじさんがな、お前に礼を言っていたよ」

(∪´ω`)「おじさん?」

(,,'゚ω'゚)「ディートリッヒ・カルマっておじさんさ。
     あんなに笑う人だって、初めて知ったよ」

(∪´ω`)「お! ディートリッヒさん!」

(,,'゚ω'゚)「また会って、美味いステーキを焼いて食わせたいって言ってたよ。
     さぁ、ブーン。
     俺はここの鍵をかけたりするから、お前は街に行って、自分にできることを探すといい。
     怖かったり、危なかったらこの基地に戻って来ればいいさ。

     この基地にいた連中はほとんど排除したから、街よりは安全だ」

(∪´ω`)゛「分かりましたお」

ブーンは来た道を戻り、入り口の前に停めていたディ――タイヤは地上用のそれに交換済み――のエンジンを始動させる。
骨伝導式のインカムを通じてディに語りかけた。

(∪´ω`)「ディ、一緒に来てほしいお」

(#゚;;-゚)『……よく考えましたか?』

少しためらいがちに、ディが答える。

(∪´ω`)「うん。 僕はまだ知らないことが多いお」

(#゚;;-゚)『戦場で学べることもありますが、生きて戦場の外でしか学べないこともあります。
    無理に戦場を駆ける必要はありませんよ』

(∪´ω`)「分かってるお。
      でも、今しか分からないことも、今しかできないこともあるお」

(#゚;;-゚)『……非合理的な判断ですね。
    ですが、友人として、手を貸しましょう。
    危険だと判断した場合、即座にここに帰ってきます。
    それが条件です』

(∪´ω`)「ありがとう、ディ」

784名無しさん:2024/07/14(日) 19:29:10 ID:K.ug12hY0
(#゚;;-゚)『どういたしまして、ブーン』

ディに跨り、ハンドルを握る。
しがみつく様にタンクを脚で挟むと、ディがゆっくりと走り始める。
銃声と爆音が相変わらず鳴り響く街。
炎でオレンジと黒に染め上げられた街並みは、不気味な姿そのものだった。

(#゚;;-゚)『何か目星は?』

激しい防衛戦の影響で明かりを失ったイルトリア軍基地の敷地内は、幸いなことに戦闘が起こっておらず、一見すれば安全な状態だった。
しかし一度敷地の外に出れば、待っているのは紛うことなき戦場だ。
その戦場を何の目的も、目標もなく動くのは自殺行為だ。
何かをしたいと願い、思うことは自由だ。

だが、行動には常に責任が生じる。
自分の力だけで何かを成そうとするならば、それは自己責任として己に返ってくる。
無論、ブーンはそれを理解していた。
決して無策でもなければ、自棄になっていたわけでもない。

基地に上陸した時に、抱いた疑問があったのだ。
ディの言葉に、ブーンは、彼女にしか伝わらないであろう言葉を伝えた。

(∪´ω`)「……何か、変な音がするんだお」

(#゚;;-゚)『変な音?』

(∪´ω`)「ここに来た時には聞こえなかったけど、今は聞こえている音だお。
      キーンって、音」

それは耳鳴りに近い音だった。
極めて小さく、震えるような音。
爆発音の合間に聞こえてくるその音は、一種の違和感だ。

(#゚;;-゚)『状況の変化、ですね。
    ……あっ、分かりましたよ。
    暗号化された短距離無線通信の電波が出ています。
    これは懐かしいですね』

ディがどこか嬉しそうに、そんな答えを出す。

(∪´ω`)「お?」

(#゚;;-゚)『昔は、手紙や電話をまとめたような技術があったのです。
    これは、その通信機の基地局が発する音ですね』

(∪´ω`)「……それって、イルトリアの?」

(#゚;;-゚)『いえ、これはあまりにも古く、そして新しすぎる技術です。
    間違いなく、敵のものです。
    この電波を止められれば、イルトリア側にとって有利になると思いますよ』

785名無しさん:2024/07/14(日) 19:29:39 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「止め方、分からないお……」

機械の取り扱いは、全く練習してこなかった。
出来るのは頼まれた通りにボタンを押す程度。
聞いたこともない複雑な機械を取り扱うなど、どれだけ頑張っても無理だ。

(#゚;;-゚)『簡単です。 撃って、壊せばいいんです』

(∪´ω`)゛「それならできるお」

それならば、ブーンにもできる。
むしろ、それでいいのであれば率先して行えるぐらいだ。

(#゚;;-゚)『電波を発する機械は屋上に設置するのが定石です。
    私がブーンを連れて行けるのはビルの前までです。
    どうです? やってみますか?』

(∪´ω`)「やるお」

(#゚;;-゚)『では、行きましょう。
    丁度、地上に――』

ブーンの感じた悪寒とディの沈黙は、同時だった。
ブーンはディにしがみつき、ディは警告なしで一気に加速して走り出した。
直後、ブーンの頭があった場所を何かが通り過ぎる音。
すでにそれは遥か彼方に過ぎ去り、ディは基地内を疾走する。

(#゚;;-゚)『……銃撃です。
    基地内に潜んでいたようですね』

(∪;´ω`)「お」

このまま街中に逃げることも出来る。
だが、それではこの基地が襲われる。
ヒートの遺体がある基地が襲われれば、弔うことが出来なくなる。
そう考えた瞬間、ブーンは今自分が何をすべきかを躊躇いなく決定していた。

両足の力だけでディにしがみつき、懐からベレッタを取り出す。
既に薬室に弾は入っている。
安全装置を解除し、ブーンは覚悟を決めた。

(∪´ω`)「……絶対に、ここで止めるお!!」

(#゚;;-゚)『分かりました。
    ――搭乗者の生命の危険を感知。
    それに伴い、プログラムの書き換えを実行。
    遵守事項Aを例外的に凍結。

    搭乗者の生命を最優先に行動します』

786名無しさん:2024/07/14(日) 19:30:21 ID:K.ug12hY0
かまぼこ型の建物が並ぶ基地内の路面は、滑らかなアスファルト。
ディが走行するための環境としては、申し分のない状況だ。
少なくとも速度が落ちるようなことはなく、常に高速での移動が可能になる。
運転はディが自動で行うため、ブーンがすることは索敵と攻撃。

目まぐるしく移り変わる景色の中、攻撃の飛んできた方向に視線を向ける。
それは、400メートルは離れた位置にある建物の影だった。
人影らしきものも確認できたため、ブーンはそこに敵がいるのだと判断。
視線と声で、ディに方向を伝える。

(∪´ω`)「見つけたお!!」

(#゚;;-゚)『落ちないように気を付けてください』

加速。
両足に加わる力がより一層増し、風がブーンを吹き飛ばそうとする。
スクリーンが自動で上昇し、ブーンにぶつかる風を極限まで軽減した。

(#゚;;-゚)『狙いを外さないように気を付けて』

そう言うと、ディのライトが全て消える。
街の炎以外に明かりがない今、こちらの位置を示す光がなくなれば、敵の射撃の精度が落ちるはず。
仮に棺桶を使っていたのだとしたら、ディが無事であるはずがない。
むしろ、接近戦に持ち込めば瞬間的な加速力で勝る棺桶に分があるため、何を選んだとしても優位性は向こうにある。

そうしないということは、棺桶がないか、何かそうできない事情があるのだ。
今の今まで隠れ潜んでいるということは攻撃のタイミングを窺い、何かしらの理由でブーンに標的を切り替えたのだ。
その理由を考える間にも、ディが敵に肉薄する。
影の数は少なくとも二種類。

こちらの接近に気づき、物陰に消えるがそれは罠であることは言を俟たない。
しかしそれでも、こちらが逃げるわけにはいかない。
逃げ道を後ろに用意することも可能だが、それでは相手の思う壺。
そうならないためには、逃げ道を自分の前に設けるしかない。

案の定、こちらが接近していることに違和感を覚えたのか、うろたえるような気配を感じる。
バイクに乗った子供が自分たちに向かってくるなど、考えに至らなかったはずだ。

(∪´ω`)「ディ、登れる?」

(#゚;;-゚)『えぇ、登れますよ』

刹那、ディの車高が一段高くなる。
そして、敵の隠れた壁と反対側の壁に前輪が触れた瞬間、まるで巨大な波を乗り越えるような感覚がブーンを襲う。
たまらず左手でハンドルを握る。

(#゚;;-゚)『もうちょっと』

787名無しさん:2024/07/14(日) 19:31:14 ID:K.ug12hY0
その言葉の通り、それは一瞬で終わった。
かまぼこ型の建物の頂上に到達すると、ディはブーンの言葉を待った。
それは僅か1秒にも満たない刹那に等しい時間。
敵がこちらの意図に気づく前に攻撃しなければ、この行動の意味はない。

(∪´ω`)「……10時」

(#゚;;-゚)『気を付けて』

右手で構えるベレッタの銃把を、もう一度握り直す。
これから人を殺すかもしれない。
人を撃つことはあっても、殺したという自覚はまだない。
空の上で人を撃ったが、それでも、ブーンはその末路を見ていない。

しかし、ここからは違う。
明確に人を撃ち、そしてその死を受け入れなければならない。
命を奪い、奪われる覚悟を決めて挑む。
ディがいなければ、その勇気は出なかったことだろう。

(∪´ω`)「いくお」

そして、ディが静音モードに切り替えると同時に加速し、屋根から飛び降りた。
眼下に見えたのは、離れた位置に点在する四人の影。
思っていた二倍の数の敵だったが、それでも、ブーンにできるのは集中することだった。
迷わず、まずは明確に殺す対象を定めること。

上空という優位性を手に入れたブーンは、それを余すことなく活用した。
イルトリア軍人との訓練で、ブーンは三次元的な戦い方を学んだ。
それはデレシアが得意とする戦い方で、屋内にあっても健在だった。
それが屋外、それも、こちらが位置的に優位な場所を有している場合であれば耐性のない人間は成す術もなく屠られる。

空中は逃げ場がなく、必殺を確信しなければ選ぶべきではない位置だというのはよく分かっている。
しかし今は、選ぶべき位置だった。
今、ブーンは必殺を確信していた。
バイクが建物を乗り越え、あまつさえ頭上から降ってくるのだ。

普通であれば考えられない。
考えたとしても、あり得ない、と一笑に付すことだろう。
だからこそ、意味がある。

('(゚∀゚∩「んなっ?!」

届いたのは、狼狽する男の声と匂いだった。
ブーンが銃爪を引いた瞬間、男は驚愕に目を見開いたままその場を飛び退こうとする。
それでも、その反応はあまりにも遅かった。
銃弾は男の太腿を撃ち抜き、足首の真上にディの前輪が着地する。

('(゚∀゚;∩「ぎゃあああああああ!!」

788名無しさん:2024/07/14(日) 19:31:36 ID:K.ug12hY0
骨が砕けた音にかぶさるようにして絶叫が響く。
そして、ディは着地の衝撃を生かし、男の足首を踏み台にして後輪を持ち上げ、容赦なく男の顔に振り下ろした。
そのまま加速し、後輪が男の顔を削る。
今度はブーンが物陰に向かって隠れる番だった。

(#゚;;-゚)『数で不利があり、手数が満足にない場合は一撃離脱が有効です』

(∪;´ω`)「おっ」

ブーンが撃ったのは一発。
ディが与えたのは二発。
実質、三撃離脱ではあったが、一瞬の間にそれだけの攻撃を与えられたのはディがいての事。
こちらが返事をするよりもずっと前に、ディは走り出している。

(#゚;;-゚)『さぁ、次に行きますよ』

(∪´ω`)「お!」

その時、ブーンの耳が声を拾う。

「ハイン、あなたは先に市長を!!」

「ここは我々が抑えておきます。
すぐに追いつくから、さぁ!!」

「……ごめん!!」

男が二人、女が一人。
言葉が正しければ、この状況下で誰かを逃がし、市長の元へと向かわせた。
基地を狙う人間と戦うか、それとも、市長を狙う人間を追うか。

(∪;´ω`)「ど、どっちを……!!」

(#゚;;-゚)『選びなさい、ブーン』

戸惑うブーンに、ディの一喝にも似た一言。
迷っている暇などないのだと、ブーンは気を持ち直す。

(∪;´ω`)「なら、足止めをする人たちを!!」

決断を声に出す。
そして、ディはその場から距離を取るようにして走り出した。
大周りで走りつつ、ブーンの視界が常に敵に向けられるよう、弧を描くようにして移動をする。
敵の位置は常に中心。

後は、距離を詰めていくだけだ。

(#゚;;-゚)『一旦別れましょう』

789名無しさん:2024/07/14(日) 19:32:36 ID:K.ug12hY0
詳しいことは聞かなくても分かる。
このまま戦うことになっても、敵が追うのはブーンというよりも目立つディの姿だ。
一度印象付けられた敵の姿というのは、そう簡単に消えるものではない。
だがこれは、ディを囮に使うのと同じ行為だ。

早々に終わらせなければ、ディが殺されてしまう。
ブーンは少し考え、シートの上で立ち上がった。
立ち上がると、流石にスクリーンでも風を防ぎきれない。

(∪;´ω`)「おっ!!」

ディに跨っていた時とは、まるで感覚が違う。
吹き荒れる風の中、立っているのがやっとだが、ブーンはサイドパニアを掴んでディの後ろに移動する。
自殺行為ともとられそうな行動だが、自分の身を隠しつつ高速で移動するにはこれしかない。
グラブバーを掴み、慎重にかつ素早く体を地面に近づけて行く。

ブーツの踵が地面の上を滑り、ソールが削れていく。
自分自身も十分に加速し、走り出す体制が整う。

(#゚;;-゚)『今』

そのタイミングで、ブーンはグラブバーから手を離した。
無人となったディが疾走する姿が遠ざかるが、ブーンもその後を追従する。
狙うのはブーンを待ち構えている二人だ。
この場合の戦い方は一つだけ。

ディに意識を奪われている相手を、出来る限りすぐに殺すことだ。
不思議と、ブーンは誰かを殺すということが確定した今でも、心が穏やかなままだった。
出来れば殺しはしたくないが、今は、殺すか殺されるかの瀬戸際なのだ。
そう思うと、躊躇う必要がどこにもない事に気が付く。

姿勢を低く、かつ出来る限りの前傾姿勢。
卓越した体幹と各関節の柔らかさが実現した、ある種、人類が到達できなかった異次元の走り。

|(●),  、(●)、|「来たぞっ!!」

(//‰゚)「そう何度も……って、いな――」

――ブーンの姿は、ディよりも数秒遅れて男たちの前に現れていた。

(∪´ω`)

姿勢を低くしながら滑り込みつつも、構えは両手。
照門と照星を覗き込み、だが、全体的な視界は相手にだけ集中しないように広めに確保。
呼吸の度に上下に揺れる照準の感覚を把握し、タイミングを掌握。
相手の装備を目視し、ボディアーマーを避けるために頭部に狙いを定める。

790名無しさん:2024/07/14(日) 19:35:32 ID:K.ug12hY0
呼吸も、走る速度も変えずに。
ただ、確実に撃ち殺すために。
ただ、効率よく命を奪うために。
ブーンは殺意を込めて銃爪を引いた。

(//‰゚)「ごっ……ふ……」

銃弾は男の喉を貫いた。
血を吐き出し、男が膝を突く。
二発目の銃弾が、もう一人の男の頬を撃ち抜く。

|(●),  、(●)、|「にぎゃっ……!!」

三発目は男の胸部を貫くも、命を奪うまでには至らない。
恐らくは肺を貫いただろう。
続く四発目は焦ったせいで腹部を抉り、五発目に至っては肩に命中した。
ここまでにかかった時間は僅かに2秒だったが、体感はその十倍以上だった。

最後の一人をこのまま放置すれば、ほどなく死ぬのは心音から明らかだった。
自分が息を止めていることに気づき、六発目を撃つ前にその場で立ち上がって肩で息をする。

(∪;´ω`)「はぁっ……はあっ……!!」

緊張で呼吸が乱れたブーンの前に、ディが停まる。

(#゚;;-゚)『さぁ、もう一人を追いますよ』

(∪;´ω`)「うん!!」

二人の命がどうなったのか、ブーンは見届けることはしなかった。
恐らくはこのまま死に絶えるのだろう。
しかし、それは些事だ。
今は、市長を狙うもう一人を追う必要があった。

イルトリアを束ねる市長、フサ・エクスプローラーが死ねば、この戦争は圧倒的不利になる。
それだけは断言できる。

(∪´ω`)「探そう!!」

ディに飛び乗り、すぐに走り出す。
逃げ出していた女は、すぐに見つかった。
銀髪を風になびかせ、ディを気にした様子はまるでない。
だが突如として立ち止まり、腰から煌めく何かを抜き放った。

(#゚;;-゚)『おや』

从 ゚∀从「ちっ」

791名無しさん:2024/07/14(日) 19:36:56 ID:K.ug12hY0
振り向きざまに抜き放ったのは、まるで紙のように薄い刀。
刃がブーンのすぐ目の前を通り過ぎ、前髪を数本切り裂く。
車体を横倒しにするほどバンクさせていなければ、ブーンの首が切断されていたことだろう。
ブレーキ痕が残る程の急静動でディが停車し、即時反転させたのは機械だからこそできた判断だ。

これが人間であれば、反応は間に合わずに終わっていたはずだ。
ディは即座に距離を取りつつ、女の次の動きに合わせて位置を変えていく。
飛び道具の類があっても、それを回避できるだけの余裕を持ちつつも、エンジンを吹かして威圧感を与える。
それはまるで獣の唸り声だった。

(∪;´ω`)「……どこかで、あの人」

从 ゚∀从「んだよ、耳付きの糞ガキかよ!!」

つまらなそうにそう吐き捨て、女は手に持っていた刀を捨てた。

从 ゚∀从「死ね」

刹那、ブーンが発砲するのと女が懐から拳銃を取り出すのは同時。
命運を分けたのは技量と経験の差だった。
ブーンの銃弾は女の耳を掠めたが、女の銃弾は精確にブーンの顔に向けて放たれていた。
こちらに対する殺意と銃腔の向きを見極めていたブーンは、それを紙一重で避けた。

だが、無理な姿勢で回避したことによってディから落ちてしまう。
落下のダメージを軽減するために転がり、すぐに立ち上がろうと地面に手をつくも、全身の激痛に動きが僅かにだが鈍る。
その背に二発目の銃弾が放たれる前に、ディが女に突進していた。

从;゚∀从「んだこいつ!!」

銃弾がカウルに命中するも、ディの速度は落ちない。
人間や生物と違って痛覚がそもそも存在しないため、飛び石が当たった程度の認識なのだろう。
ディの突進を寸前のところで回避し、女は苛立たしそうにディを狙って拳銃の銃爪を引いていく。
だが人間の動体視力で追いきれない程の速度と翻弄するような動きで、銃弾は空しく暗闇に消えて行った。

その隙を狙い、ブーンは射撃を敢行する。

从;゚∀从「うっぜぇなあ!!」

しかし、こちらの殺気を悟られたのか、銃腔の先から巧みに体を反らして銃弾を回避。
体のバランスが悪いのか、どこか人形じみた動きをしている。
それでも、極めて柔軟に体を動かしての回避行動は持って生まれた運動神経の高さを示している。

从 ゚∀从「犬コロが!!」

(∪´ω`)「!!」

再び銃腔が向けられる。
その動きの中で、ブーンが注目したのは目の動き、指の動き、腕の動き。
全身が次の動きを物語ることを、ブーンは良く分かっている。
そこに殺意という拭いようのない香辛料が振りかけられれば、発砲よりも先に動くことができる。

792名無しさん:2024/07/14(日) 19:37:18 ID:K.ug12hY0
発砲炎を目視するよりも先に、ブーンは即応していた。

从;゚∀从「なっ!?」

地を這うほどの低い姿勢からの加速。
そして狙ったのは、近接戦だった。
互いに手を伸ばせば届く距離にまで接近し、ブーンは拳銃を体に密着させるようにして構えたまま連続で三発撃つ。
胴体に命中するが、甲高い金属音が鳴り響く。

从;゚∀从「ガキがっ……!!」

(∪;´ω`)「おっ!!」

強化外骨格の装甲さえ撃ち抜ける銃弾だが、女の身に着けているボディアーマーはそれを防いだ。
相当に分厚い金属板が仕込まれているのだろう。
しかしそれでも、衝撃を殺すことはできない。
バランスを崩してたたらを踏み、怒りにまかせた回し蹴りがブーンを襲う。

仰け反り、それを避ける。
続いて銃床が振り下ろされるが、バックステップで十分に距離を取って回避しつつ、銃爪を引く。
今度は足を狙った。

从;゚∀从「無礼るなよ!!」

まるでそう来るのが分かっていたかのように、女は身をよじり、回避した。
予期していたとしても、この至近距離での回避は至難の業だ。
一歩間違えれば間違いなく大怪我に繋がる状況で、確信を持って行動したのは経験値の高さを物語る。
ブーンの拳銃は全弾を撃ち切ったために遊底が完全に後退し、ロックがかかる。

(∪;´ω`)「くぅっ……!!」

手に感じた衝撃に、反射的に焦りが生まれる。

从 ゚∀从「邪魔してんじゃねぇ!!」

銃腔がブーンを向く。
同時にブーンに向けられた殺意の籠った目線は、まるで蛇のそれ。
だが、僅かに銃腔はブーンの顔からずれていることに気づいた。
疲労か、焦りか、それともこの暗さと雨が影響しているのか。

いずれにしても、この好機を逃すわけにはいかない。
だが弾倉を交換している時間はない。
近接戦で制圧するには技量に圧倒的な差がある。
それでも、やるしかない。

戦うと決めたのだ。
殺し合うことを受け入れたのだ。
どれだけの困難が目の前に立ちはだかろうとも、前に進むことを決めたのだ。
ならば、ブーンは前に進むためだけにやるべきことをやるだけなのだ。

793名無しさん:2024/07/14(日) 19:37:48 ID:K.ug12hY0
黒い雨が睫毛からしたたり落ちる。
もっと。
もっと、意識を集中させ、全身に血液が駆け巡るのを感じ取る。
体の末端まで感覚を掌握し、そして、その結果として得るのは並外れた動体視力と洞察力。

それた銃腔と相手の視線の乖離を、見逃すことはなかった。
こちらが相手の動きを観察していることを察したらしく、フェイントを交えているのだ。
降り注ぐ雨の一粒を視認できるほどの濃密な時間の中、ブーンの体は、だがしかし機敏に動いていた。
四肢に独立した思考が存在するかのように、頭ではなく体が次の行動を理解している。

拳銃を左手の甲で横に逸らした直後、耳のすぐそばで発砲される。
爆発音にも等しい銃声に、本能が目を閉じさせようとする。
それを無視し、ブーンは更に一歩詰め寄ってヒートから教わった必殺の攻撃を敢行する。
曰く、女子供の護身術。

曰く、非力な者が持つ槍。
曰く、年齢と性別を超越した最高の打撃技。

从;゚∀从「いづっ!?」

全体重と勢いを乗せて放ったのは、踵による一撃だ。
足の甲に向けて放った一撃は、骨が折れる音が示す通り、確かに女にダメージを与えた。
更にブーンは、片手で弾倉を排出。
女の足の上で体を捻りながら脛に回し蹴りを当てた。

再び、骨が折れる音が聞こえた。

从;゚∀从「ごっ!! こ、いつっがあああ!!」

軸足を失った女が怒りに身を任せて腕を振るも、地面という支えを失った状態で放つ攻撃は先ほどまでと違って精彩を欠いている。
避けたまま、もう一方の足首目掛けて踵を落とす。
絶叫がブーンの耳をつんざくが、女は意外なことに倒れなかった。
瞠目するブーンの横面を、硬い銃床が強かに殴りつける――

(#゚;;-゚)『駄目です』

――その刹那。
横合いから一瞬にして加速したディが女を跳ね飛ばし、ブーンを庇うような位置を取る。
優に10メートルは吹き飛んだ女がうめき声を上げる。

从;゚∀从「く……そが……」

一瞬だけ呆気にとられたが、ブーンは落ち着いて新たな弾倉を装填する。
遊底を引き、初弾を薬室へと送り込む。
ディに跳ね飛ばされた女は、それでも立ち上がり、殺意をブーンへと向けてくる。
ベレッタを構え、狙い撃とうとした、その時。

「悪いが、そいつは俺が殺す」

背後から聞こえたのは、ブーンの知る男の声。

794名無しさん:2024/07/14(日) 19:38:23 ID:K.ug12hY0
ミ,,゚Д゚彡

イルトリア市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーだ。
雨で濡れた地面を踏みしめ、大股で女に近づいていく。
その背にある巨大なコンテナは、これまでに見てきたどのCクラスの棺桶のそれよりも大きい。
移動を補助するキャスターのタイヤが通常の倍以上の太さがあることから、その重さはブーンの想像を軽く超えることだろう。

だというのに、フサはそのキャスターを使うことなく棺桶を背負い、悠々と歩いている。

ミ,,゚Д゚彡「イルトリアへようこそ、虫螻。
      喜べ、お前は今日、ここで死ぬ」

从;゚∀从「フ……サぁ……!!」

その瞬間の女の声は、とても人のそれとは思えない程の怒気を孕み、殺意を纏っていた。
漂わせる匂いも、ただの暴力的な感情一色に染まる。
これだけの雨の中でも、女が放つ凶悪な匂いには僅かな恐れの色が滲んでいた。

从#゚∀从「フサ……エクスプローラーぁぁぁぁあああああああああ!!」

骨とは、人間の体を支える唯一無二の存在だ。
折れれば当然、その個所を支えることは物理的に不可能になる。
だというのに、女は折れた足で走り出していた。
手に持った拳銃を連射しながら、そして、叫びながら。

鬼気迫る様子に、ブーンは思わずたじろぐ。
人はここまで狂気に染まることができるのかと、恐れを抱かざるを得ない。
しかしフサは動じない。
女の動きを見定め、静かに女の下顎を蹴り上げ、回し蹴りが側頭部を直撃。

地面に頭を叩きつけられた女は何事かを口から呟こうとしたが、容赦なく頭部に降ろされた踵が、その全てを奪い取った。
その直前に、ブーンの目には女が笑みを浮かべた様に見えたが、踏み潰された頭はその表情の名残の一つも残さなかった。

ミ,,゚Д゚彡「……こいつ!!」

そしてそれは、直後に起こった。
女の体が一瞬だけ膨らんだかと思うと、血肉と臓物をまき散らして爆発したのだ。
文字通り血煙と化した女の肉片に混じり、白い骨も飛散する。
ブーンは咄嗟に爆発に対して背を向けて自分を守ったために、女の目の前にいたフサがどうなったのかは分からない。

不思議と爆風がブーンの傍を通り過ぎただけで、何か痛みを感じることはなかった。
ただ、血や臓物の類がローブに付着した感触だけはあった。
恐る恐る振り返ると、そこにはコンテナで背を守ったフサがいた。
そして更に、ブーンの前にはディが停まっていた。

ミ,,゚Д゚彡「まぁ、そう来るだろうな」

795名無しさん:2024/07/14(日) 19:39:38 ID:K.ug12hY0
以前に何度も見たことがあるコンテナの使い方。
盾として十二分な厚みと頑丈さを持つコンテナであれば、ある程度の爆発でも使用者を守ることができる。
呆気にとられるブーンに近づき、フサは何事もなかったかのように手を伸ばした。

ミ,,゚Д゚彡「怪我は?」

ゴツゴツとした、まるで岩の様な硬さと武骨さを持つその手を取り、ブーンは立ち上がる。

(∪;´ω`)「大丈夫ですお!」

ミ,,゚Д゚彡「ディ、お前は?」

その問いかけに対して、ディが淡々と報告を行う。

(#゚;;-゚)『フロントフォーク、ホイール周辺に歪みが。
    人間程度であれば歪むことはないと思っていたのですが。
    ブーン、彼にそう伝えてもらえますか?』

ディの言葉をブーンがそのまま伝えると、フサは溜息を吐いて答えた。

ミ,,゚Д゚彡「あの女は体のほとんどが人工的な物に置き換わっているからな。
      自爆する時には自家製のクレイモアになるって寸法だったわけだ」

(∪´ω`)「クレイモア?」

ミ,,゚Д゚彡「対人地雷だ。 まぁ、簡単に言うと破片をまき散らす爆弾だ。
      ディ、走れるか?」

(#゚;;-゚)『不可能ではありませんが、走行に支障が出ています。
    歪みが生じている個所のパーツ交換を願います』

言われるまでもなくその言葉をフサに伝えると、僅かに眉を顰めた。
それはまるで、痛い所を突かれたと言った風な反応だった。

ミ,,゚Д゚彡「今のところは基地と街の防衛で手いっぱいでな。
      基地内にエンジニアはもう残ってないんだ。
      倉庫で待っていてくれるか?」

(#゚;;-゚)『……分かりました。
    ブーン、無線はつないだままにして下さい。
    イルトリアの街中であれば、会話が出来ます』

足の速さが失われるのは手痛いが、それでも、一人でないと思えるだけでも十分だ。
積極的な戦闘ではなく、目標物の無力化が目的であるために行動ならば、一人でも進むことができる。

ミ,,゚Д゚彡「何て言っている?」

(∪´ω`)「分かった、って言っていますお」

ミ,,゚Д゚彡「合理的な判断だ。 ブーンはこの後どうするんだ?」

796名無しさん:2024/07/14(日) 19:40:41 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「通信機の中継局? だっけ?」

(#゚;;-゚)『えぇ、それで通じます』

(∪´ω`)「それを壊しますお」

ミ,,゚Д゚彡「そんなもんを用意されていたのか。
      道理で連携が異常なわけだ」

(∪´ω`)「でも、危なくなったらここに戻ってきますお」

ミ,,゚Д゚彡「それがいい。 この基地は必ずしも安全じゃない。
      一応、消毒はすぐに済んだがさっきみたいに潜んでいる可能性もある」

だが、とフサは一呼吸おいて続ける。

ミ,,゚Д゚彡「ヒートの眠っているあの安置所は、絶対に手を出させない。
      俺が保証する」

(∪´ω`)゛「ありがとうございますお」

ミ,,゚Д゚彡「いいか、この街中がお前の味方だ。
      お前は恐れず、お前のやるべきことをやればいい」

その言葉に、ブーンは僅かながら違和感を抱いた。
街中が、というのはどういうことだろうか。
何かの比喩か、それとも別の意味があるのだろうか。
それを察したのか、フサが不器用な笑みを浮かべて言った。

ミ,,゚Д゚彡「ペニサスのばーさんの教え子、ディートリッヒの友人、そんでもってデレシアの仲間ときたら、そりゃ誰だってお前の味方だ。
     誰よりも優先してお前の手助けをしてくれるさ。
     ……無理だけはするなよ」

(∪´ω`)゛

無言で頷き、そして、ブーンは導かれるようにして走り出す。
理屈は分からないが、理由は分かる。
今は動き続けるしかない。
ヒートを失ってもなお、ブーンは動かなければならない。

797名無しさん:2024/07/14(日) 19:41:42 ID:K.ug12hY0
動き続けなければ、涙が溢れ出てきてしまうのだ。
それでは、ヒートの想いに報いることが出来ないからこそ、動く。
走る。
疾駆する。

そして、戦うのだ。
自分に与えられた戦場を。
自分だけの人生を。
自分のための人生を。

――愛の意味を知る為に。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

一歩が小さくとも。
その手が小さくとも。
人は、それでも前に進む生き物なのだ。

                                ――ハリー・“サンダーボルト”・コメット

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ニダー・スベヌがその異変に気づくのに、そう時間は必要なかった。
それまで円滑に共有されていた情報に明らかなラグが生じており、共有されている情報の一部が消えていた。
異変の正体はタブレット上にあった中継点と思わしき黄色い光点が消えていることに関係があるのだと、すぐに分かった。
これで、ニダーが想定していた光点の色分けの意味が正しかったことが分かった。

同時に、これは友軍の誰かがニダーと同じようにこの戦闘における不自然さに気づき、行動しているということも分かった。

<ヽ`∀´>「誰かが中継点を潰しているニダか?」

中継点が失われることで、タブレットが強みとしている連携力が弱まるのは良い。
だが、このままでは重要なタブレットを所有する要人を探すことが出来なくなり、情報を引き出すための機会が失われてしまう。
残された青い光点は一つだけ。
どうにか友軍に合流し、その光点を仕留める前に連携することが出来ればいいのだが。

既にニダーは自らが得た情報を軍と共有し、市街戦での攻勢が逆転しつつある。
それでも、物量による追い込みが激しい事には変わりがない。
気を抜けば即座に瓦解するような危うさの中、ニダーは既に消えた他の反応に関して思案を巡らせていた。
棺桶を装着した敵兵に対し、イルトリア兵はほとんど生身の状態で応戦している。

確かに彼らはそれでも応戦で来ているが、まるで、何かを待っているかのようだった。
大通りで車を遮蔽物にしつつ撃ち合いをする陸軍と合流した時、ニダーはその違和感を抱いたまま戦闘に参加していた。
光点を頼りに指示をしたことにより、軍の射撃制度は抜群に向上していた。
隠れた敵兵に対して榴弾を撃ち込み、出てきたところを狙い撃ちにする。

その間に接近した別動隊が排除し、徐々にそれぞれの区間や建物を消毒して回っている。
彼らが正式採用しているソルダットがほとんど見受けられないのは、あまりにも奇妙な光景だ。
それから推測できる理由は一つだけ。

798名無しさん:2024/07/14(日) 19:42:04 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……どうしてここまで招き入れたニダ?」

あらゆる可能性を考慮した結果、ニダーはイルトリア陸軍大将“左の大鎚”トソン・エディ・バウアーに向かってそう尋ねたのであった。

(゚、゚トソン「どうして? と聞いている場合ですか、花屋。
     お花の配達はいいのですか?」

<ヽ`∀´>「残り一人になっちゃったニダ。
      そっちの作戦次第では諦めるニダ」

(゚、゚トソン「ふむ。 まぁ、いいでしょう。
    我々は今、侵入者を挟撃しています。
    必要だったのは、連中が全ての手札を切ること。
    出し切ったのであれば、後はそれを全て挟み潰すだけです」

防弾着を着こむ彼女もまた、ライフルを構えて銃爪を引く。
本来、大将という存在は後方から指示を出す存在だ。
だというのに、彼女は率先して最前線で敵に対して攻撃し、己の姿を晒しながら指示を出している。

(゚、゚トソン「陸なり海なり空なり、どこから攻め込んで来ようともイルトリアは陸の街です。
     ならば、陸軍が負ける道理がありません。
     一度陸に足を踏み出した人間は、奥へ奥へと勝手に進みます。
     その先に要人がいるという情報があれば、なおさらです。

     そうして引き返せない地点にまで敵を誘い込み、後は――」

<ヽ`∀´>「海軍との挟撃ニダか?」

沖合での防衛にあえて失敗したと思わせ、敵を内地へと誘い込み、機を見て反転。
敵にとっては、攻め入っているつもりが一瞬で包囲されるという状況に転じる。
しかしトソンは表情一つ変えずにそれを否定した。

(゚、゚トソン「まさか。 海軍は呼び水程度です。
     我々、イルトリア人が総出で挟撃し、圧殺するのですよ」

――その言葉の直後。
街の至る所から無数の照明弾、信号弾が打ち上げられた。
その光景はまるで花火の様だった。
ゆっくりと落ちてくる照明弾が燃え尽きる前に新たな照明弾が打ち上がり、夕方程度の明るさが街に戻ってくる。

散発的だった銃声が徐々に大きくなり、数が増えていく。

(゚、゚トソン「ここは、武人の都。
     街にいる誰もが戦いを心得ています。
     広範囲での挟撃では取り逃がす可能性があります。
     穴に誘い込み、潰す方が簡単で確実ですから」

<ヽ`∀´>「……なるほど」

799名無しさん:2024/07/14(日) 19:42:44 ID:K.ug12hY0
(゚、゚トソン「敵の武装も技量も、そして連携の秘密も分かりました。
     我々はこれより攻勢に転じ、陸からの増援が到着する前に敵を撃滅します」

大型のコンテナを背負い、トソンはこれで会話は終わりだとばかりに歩き出す。
その背に向かい、ニダーは冗談じみた声色で小さく問いかける。

<ヽ`∀´>「勝算は?」

(゚、゚トソン「負ける要素がありません」

イルトリア陸軍、そして市民が一気に反撃を開始したのを見届け、ニダーは自らの戦いを再開することにした。
敵の優位性がほとんど崩れていることは否めないが、設置されている情報端末の中継点の破壊は早急に行うべきだろう。
今は各タブレットを繋ぐものとして使われているが、それが増援の敵兵に対して何か有益な力を持っているかは分からない。
無力化させるのは必然の事だが、正直、それを一般市民やイルトリア軍に任せるのはあまりにも勿体ない話だ。

彼らの強みである連携力と個々の経験値は、ニダーが代わりにどうこうできるものではない。
情報共有が済んだ以上、徹底してサポートに回るのが今の彼には求められている。
タブレットを見ながら、黄色の光点を潰すために走り出す。

<ヽ`∀´>「さて、どこの誰が……」

と、言ったところで新たに光点が消える。
すぐ近くの光点だっただけに、ニダーはその場所に急いだ。
建物の屋上であることは間違いないだろう。
トソンからもらい受けた簡易偵察用脚力強化外骨格のスイッチを入れ、ニダーは建物の壁につま先を突き刺しながら壁面を登った。

屋上への登頂を成功させたニダーが見たのは、小さな少年の姿だった。
ライフルが背に回っていることもあり、ニダーはその光景に即応できなかった。

(∪´ω`)「お?」

耳付きの少年は、まるで動じた様子もなく拳銃を構えてニダーを待っていた。
壁を登ってきた音に反応して構えていたのだろうが、彼を驚愕させたのは、少年が銃爪を引かなかったことだ。
この状況下でまともな神経を持つ軍人であっても、反射的に撃ってきたことだろう。
しかし、少年は撃たなかった。

こちらが友軍と分かっていたのだろうか。
もしくは、屋上に現れた瞬間にこちらの服装から味方と判断したのか。
いずれにしても、ただの少年ではない。
少年兵の類をイルトリア軍が採用しているということは聞いたことがない。

しかし、ビーストという部隊が存在する以上は何があっても不思議ではない。
知りたがりの悪癖が、ニダーの口を開かせた。

<ヽ`∀´>「どうしてウリを撃たないニダ?」

(∪´ω`)「……ロマさんの匂いがしましたお」

<ヽ`∀´>「ロマさん?」

800名無しさん:2024/07/14(日) 19:43:14 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)゛「ロマさん」

ロマ、と言えばイルトリアの前市長、ロマネスク・オールデンの事だろう。
しかし、このような少年がロマネスクと知り合いとは考えにくかった。
陸軍にいる知り合いなのだろう。

<ヽ`∀´>「……そうニダか」

だが少年は、ニダーが敵意を向けていないというのに、銃を降ろそうとはしなかった。
油断のない性格をしているのだろう。

<ヽ`∀´>「ウリはニダー、ニダー・スベヌ。
      ジュスティアからここに手伝いに来たニダ。
      なぁ、さっきから何か壊して回っているニダね?
      その手伝いに来たニダ」

(∪´ω`)「分かりましたお」

<ヽ`∀´>「どうしたら銃を降ろしてくれ――」

次の瞬間、少年の銃が火を噴いた。
放たれた銃弾はニダーの顔の傍を通り、背後の闇へと消える。
正確には、背後からこちらの様子を窺っていた敵棺桶のヘルメットを狙って放たれた銃弾。

『糞!! ボビーが撃たれた!!』

ニダーはほとんど条件反射で、少年の方に向けて走り出していた。
横を通り過ぎ、遮蔽物に身を隠す。
その間に、少年は数発ずつ牽制の銃弾を放ちつつ、ゆっくりと後退してニダーの傍にまで来る。
ある意味で訓練通り、そして初々しい対応だ。

(∪´ω`)「手伝ってくれますかお?」

隣にやってきた少年がそう尋ねてきたことに、ニダーは僅かだが虚を突かれた思いだった。
この少年の気持ちが分からない。
人の気持ちについてはかなり理解のある方だと考えていたのだが、まるで読み切れない。
疑っているのかと思えば、手のひらを一瞬で返す。

それでいて油断なく周囲に目を向け、適切な対処ができる。
何なのだろうか。
耳付きという人種に対して、ニダー個人としてはあまり気にしたことはないが、こうして近い距離で話す機会はあまりなかった。
ジュスティアにおいてもそうだが、基本的にほとんどの地域で耳付きは差別の対象となっている。

奴隷として売られ、玩具として売られ、そして消耗品として捨てられる。
それが、耳付きという人種に対する世間一般の反応だ。
例外はイルトリアぐらいなものだろう。
そういった背景を考えれば、少年がニダーに対して銃腔を向けるのは決して不自然な話ではない。

801名無しさん:2024/07/14(日) 19:43:56 ID:K.ug12hY0
彼等にとって、人間は自分たちを傷つける存在なのだ。
イルトリア人であればそうではないだろうが、見るからにイルトリア軍でもないニダーであれば、どのような対応をされるのか分からない。
分からないからこそ、敵意を向けられる前に殺意を持って反応するのだろう。
しかし彼はそうではないようだった。

<ヽ`∀´>「あぁ、手を貸すニダ。
      君は何をどうすればいいのか分かっているニダ?」

(∪´ω`)゛「お。 変な音のする箱を止めるお」

<ヽ`∀´>「そりゃ奇遇ニダ。 ウリも、その箱を止めに来たニダ。
      ウリはその箱がどこにあるのか分かるニダ。
      二人でやれば、作業がスムーズにいくニダよ」

(∪´ω`)゛「分かりましたお」

<ヽ`∀´>「それで、君の名前を知りたいニダ」

(∪´ω`)「ブーン、ですお」

小さな手と血まみれの手が握手を交わす。
同等の目的の為に。
対等な力で。

<ヽ`∀´>「よろしくお願いするニダ、ブーン」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

生きた証を残すのなら、カメラ以上の物は存在しない。
それを撮影した人。
そして、撮影された人の人生を切り取るのだから。

                                 ――とあるカメラメーカーの広告より

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ニダーとブーンが共同で作戦を開始した頃、アサピー・ポストマンはカメラの持つ魔力に魅入られていた。
それはジャーナリストとして、そしてカメラを持つ者としては抗えない魔力だった。
カメラ越しであれば自分が傍観者として全てを見ることができ、記録することができる、という錯覚。
銃弾さえも自分を避けるのではないかという、あまりにも身勝手な錯覚。

(-@∀@)「ふぅ……ふぅ……」
  つ【::◎:】

まるで奇妙な流星群のように、頭上に輝く照明弾。
いくつもの恒星が現れ、そして街並みを照らし出す。
空を除けばほとんど真昼の様な、あるいは、満月の夜の様な白と黒の世界が広がる。
夢中でシャッターを切る中、イルトリア人が一斉に攻勢に転じたことにいち早く気が付き、アサピーは今しか撮れない写真があると焦り始めた。

802名無しさん:2024/07/14(日) 19:44:18 ID:K.ug12hY0
駆ける軍人。
負傷者を運ぶ民間人。
地面に広がる血溜まり。
薬莢の煌めき。

銃声、爆発音を主とした破壊音が街中に広がる。
ジュスティアやニョルロックと言った大都市と比肩しても遜色のない近代的建造物の街並みが、炎と照明弾で不気味な表情を見せている。
全てが幻想的。
全てが退廃的。

その全てをカメラに収め、それでも飽き足らず、アサピーは戦いの場所へと進む。
もう、足を止めたりする気持ちはなくなっていた。
恐怖は依然としてあったが、自分の撮影したものが最終的に世に残されるのであれば、ここで戦う価値があると分かっているのだ。

(-@∀@)「……数だけなのかな」

それは、撮影していてふとアサピーの中に浮かんだ純粋な疑問だった。
イルトリア相手に物量で襲い掛かるというのは、技量の足りない人間であれば誰もが考えつく方法だ。
一般的な軍隊の戦闘能力についてアサピーは熟知しているわけではないが、それでも、ジュスティアとの拮抗状態が何よりも雄弁にその力を示している。
長年その手段が取られてこなかったということは、やはりそれでは通じないということがどこかで分かっていたのだろう。

仮に、今回の敵が数と質を兼ね備えていたとしても、イルトリアを相手取って十分な程のものなのだろうか。
その質とはどれだけ高い物で、どれだけの力があるのだろうか。
ジュスティアを上回るのだろうか。
それとも、何か絶対の自信を持った戦術、あるいは戦略があるのだろうか。

ゆっくりと歩きながら、アサピーは思考を巡らせる。
もしも自分が攻め込む側であれば、勝算のない戦いは絶対にしない。
物量による制圧は囮。
その陰で、敵の最も嫌うことをするのが定石だ。

例えば、指揮官や司令部を直接叩き潰す斬首戦術。
例えば、外部からの絶え間ない増援による物量での圧倒。
もしくは。
もっと別の目的から目をそらさせるための作戦。

(-@∀@)「でも何だろう」

結局は彼の頭の中にある想像でしかない。
何かそういった噂を聞いたわけでもなければ、そういった情報を持っているわけでもない。
だが、このイルトリアとジュスティアに対する戦争の方法があまりにも分かりやすすぎた。
長い間の準備期間を経て、その結論が物量による全面戦争。

意外性という点では確かにあるが、イルトリア相手に本当に正面からの数字で圧倒できると考えたのだろうか。
アサピー程度の人間に分かることであれば、きっと他の人間にも分かることだ。
この戦争は複数の層に分かれており、見る人間、関わる人間によってその姿を変えるのではないだろうか。
今彼にできるのは、その一片を写真に収めることだけだ。

その一枚が、複数の真実を秘めているとしても、それを見つけ出すのはアサピーではないかもしれない。

803名無しさん:2024/07/14(日) 19:44:39 ID:K.ug12hY0
(-@∀@)「でも……」

それでも、と欲望が心のどこからか湧いて出てくる。
この戦場で撮影すべき写真は、今のままの状態では撮れない。
何故かそれが確信できていた。
戦場の中心から心が離れているという不純な気持ちが、何よりそう思わせているのだ。

まるで誘蛾灯に群がる虫のように、アサピーの目は激しく燃える街の中心へと向かう。
銃声の大きな方に向かう。
足を止めることだけは、どうしても出来ない。
迷いや疑念を捨て去り、湧き出てきた思いを踏み潰すようにして歩く。

(-@∀@)「今しか」

そう。
今しか、ないのだ。
ここに今生きる彼にしか撮れない写真がある。
いつだってカメラマンは、そこにあるものしか撮影できない。

カメラのレンズにも左右されるが、目に見えている全ての撮影すらできない。
真実に近づいたカメラマンだけが、それを撮影する権利を得られるのだ。

(-@∀@)「今だけしか!!」

銃声は獣の咆哮と同じだ。
警告、殺意の現れ。
人間が本能的に回避する空間。
武器も、身を守るだけの技術もない人間が向かおうとは思うことのない領域。

純粋な好奇心が。
純粋な生存本能を押し殺し、アサピーを死地へと連れて行く。
止まれない。
止まらない。

カメラがライフルであれば、アサピーの姿は中々に様になったことだろう。
しかし彼が持つのは、どう見てもカメラだ。
戦場で一時間以上も生きていられるのが不思議極まりない状況なのだが、彼は確かにカメラだけでこの戦場を生き延びている。
そしてそのカメラが撮影したのは、彼にとって敵味方関係なく、ただ己の信念の為に戦う人間達の姿だった。

暗がりの中から奇襲を試みるジョン・ドゥ。
倒れた味方を引きずるイルトリア軍人。
燃える車の中にあるぬいぐるみ。
もう、戻ることのない日常の断片。

それを後世に残すことができるのは、カメラマンだけ。
戦場において最も愚かな人種である彼らだけが、誰にも見られることのない戦争と日常の境界線を世に発信できるのだ。

(-@∀@)「僕だけが!!」

804名無しさん:2024/07/14(日) 19:45:06 ID:K.ug12hY0
――もしもこの時。
アサピーにもう少しだけ、自分を客観的に見る力と周囲の思考を慮る力があれば気づくことが出来ただろう。
彼は決して、運が良かったから今まで生き残れていたわけではないということに。
言わずもがな、イルトリア軍の援護があったからでもない。

殺されそうになる場面は、彼の知らぬところで何度も起きていた。
遠方からの狙撃。
物陰からの襲撃。
そのいずれも、他ならぬ彼自身の力によって未然に防がれていたのだ。

敵味方の区別も。
善悪の区別も。
そうした全ての境界線を無視し、ただ平等に戦争の一場面を切り取ろうとする真摯な姿を見て、自然と銃腔が彼を避けていたのである。
情報を得ていないイルトリア市民、ティンバーランドの兵士からも戦場にいる一匹の鳥のように認識されていたのだと、彼が知る由はない。

カメラがなければ。
銃腔を向けられていながらもカメラを手放さず、撮影を止めない姿勢を見せていなければ。
アサピーは戦場で10分と生き延びることはできなかっただろう。
彼は走り続け、撮影し続けることで生き延びることが許されていた。

一瞬でも彼がカメラを手放したり、命惜しさに逃げ出そうとしていればその背中はたちまちの内に穴だらけになったことだろう。
誰の味方でもなく、誰のためでもなく。
ただ、自分が納得のいく記録を残すために、アサピーは戦場の中心へと導かれる。
イルトリアが企てた作戦に誘導されるティンバーランド軍と同じように、中へ中へと進む。

引き返すことなど、頭にはない。
そして最前線。
戦場の最深部に導かれたのは、街中に散っていたティンバーランドの兵士とアサピーだった。
目抜き通りを通って街の中心へと進む間、アサピーは表現しがたい違和感を覚えていた。

背中に何かが刺さるような。
こう動くように誘導されているかのような。
自分の意思で動いているはずなのに、それが取り返しのつかない何かに繋がっている感覚。
返しの付いた罠にはまった動物は、きっとこういう感覚を覚えるのかもしれない。

〔欒゚[::|::]゚〕『ブラヴォー小隊?』

〔欒゚[::|::]゚〕『キュベック小隊が何故ここに?!』

二つの小隊、否、単純な種類で言えばその数倍の小隊が揃っている様子だった。
鋼鉄の仮面越しにも伝わる困惑。
合流し、体勢を立て直そうと隊列を立て直す。
まるで、そうするように仕組まれているかのように。

(;-@∀@)
  つ::◎:】

805名無しさん:2024/07/14(日) 19:45:30 ID:K.ug12hY0
カメラを持つ手が僅かに震えていた。
被写体はたちまちに小隊から中隊へと編成を変え、周囲への警戒を続ける。
見ていて気付いたのは、彼らが獲物を追って、あるいは追われてこの場に来たということだ。
つまりは誘われたということ。

アサピーが空気に誘われたのと同じように、彼らは獲物に誘導された。
だがそれを質と数の両方で打破できると考えたからこそ、この場に留まり、周囲への警戒を続けているのだ。
それに、とアサピーは思う。
彼等は侵略者であり、その進む方向性はいつだって内部に向いている。

攻め入った以上、退路はない。
アサピーも危険だということを重々承知で、中隊規模へと膨れ上がったジョン・ドゥの群れへと近づいていく。
会話が聞こえる距離にいてもなお、彼らはアサピーを一瞥するやそれを無視した。
複数の路地へと散開し、建物からの襲撃を警戒しているがまるで人の気配がしない。

不気味なまでに静かだった。
明滅するネオンの看板。
砕けたショウウィンドウ。
燃える車輌。

しかし、人だけがいない。

〔欒゚[::|::]゚〕『敵指揮官は見つかったか?』

〔欒゚[::|::]゚〕『陸軍大将が市街地にいるって目撃情報はあったが、どこにいるかまでは分からなかった』

炎を背に行進する部隊を、アサピーは写真に収める。
シルエットと僅かに照らされた輪郭があまりにも幻想的な光景に見えたが、果たして上手くそれを撮影できただろうか。
そう思った瞬間だった。

(-@∀@)「ん?」

最初は、蜂の羽音だと思った。
低く唸るような、それでいてどこか甲高い音。
本能的に音の方に顔を向け、カメラを向ける。
何かがいる。

兵士たちはアサピーよりも先にそれに気づき、ライフルを構えていた。
両者の動きには差があったが、銃爪を引くのとシャッターを切るのは同時。
黒い空を背に浮かぶ何かを撮影したアサピーと、それを撃ち落とそうと放たれた銃弾。
空中で何かが爆発して炎が降り注いだ時、その正体を理解した人間は皆無だった。

(;-@∀@)「うおわっ?!」

炎の雨が部隊を襲う。
ジョン・ドゥの装甲表面に張り付いた炎はそのまま燃え続け、熱されたライフルが暴発を起こす。
予備弾倉が爆発を起こし、不運なジョン・ドゥがその場で倒れて行く。

〔欒゚[::|::]゚〕『接敵!! 散開し、各個撃破しろ!!』

806名無しさん:2024/07/14(日) 19:45:52 ID:K.ug12hY0
蜘蛛の子を散らすように、部隊が移動を始めた。
見事な統制力だった。
この場でパニックになっていれば、たちまちの内に大打撃を受けていただろう。

〔欒゚[::|::]゚〕『データリンクが追い付いた!!
      いるぞ、近くに!!』

何がいるのだろうか。
誰が、いるのだろうか。

〔欒゚[::|::]゚〕『観測手より報告!!
      ……陸軍大将、トソン・エディ・バウアーだ!!』

その声。
その意識。
その殺意が向く先に、アサピーはカメラを構えた。
最大望遠で覗き込む先にいるのは、若い女。

彼らの言う通り、陸軍大将のトソンだった。
銃弾が雨のように撃ち込まれる中、まるで焦ることなくその口が動いて言葉を紡ぐ。
唇を読んで聞こえたのは、棺桶の起動コードと思わしき言葉の羅列。

My helmet is stifling. It narrowed my vision, and I must see far. My shield is heavy. It threw me off balance and my target is far away.
(゚、゚トソン『兜は息苦しく、盾は重い。 故に、兜を脱ぎ、盾を捨てん。 我が眼は彼方へ。 我が怨敵、彼方に在り』

背負ったコンテナに抱き込まれ、彼女の姿が消失する。
数十秒の後、そこから姿を現したのは赤と金色の装甲を纏った大型の棺桶。
ヘルメットというよりも兜という造形をしたその頭頂部には、馬の鬣のような赤い何かがたなびいている。
加えて、丸盾と長槍を持つその姿は、時代錯誤な兵士の姿だった。

..:::::[]
【[::゚ |メ]】

銃と爆薬を使う近代戦の中で当然のように淘汰されたその武器と防具は、あまりにも異様だ。

〔欒゚[::|::]゚〕『イルトリア陸軍大将?
      ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
      私がこの手で屠ってやるさ!!』

その姿を撮影しながら、アサピーは彼女が槍を構えていることに気が付く。
構えている、というよりもまるでその先にある物を指しているかのようだ。
そして、槍の向く先で爆発が起きた。

〔欒゚[::|::]゚〕『んなっ?!』

先ほど聞こえた羽音の様な音が聞こえたかと思うと、すぐにそれは爆発音と悲鳴に置き換わる。
建物の中からも爆発が起き、窓ガラスを突き破ってジョン・ドゥの破片が降り注ぐ。
情報の処理が追い付かない。
頭の中で考えが追い付かない代わりに、アサピーは夢中でシャッターを切るしかない。

807名無しさん:2024/07/14(日) 19:46:15 ID:K.ug12hY0
見えるものが全てならば、写したものは全て以上の真実を世に残してくれる。

〔欒゚[::|::]゚〕『何かが飛んでいるぞ!!』

その正体が分からないままに、周囲へと銃を向けて銃爪を引き、そして爆死していく。
榴弾が撃ち込まれている様子ではない。

(;-@∀@)「こんなに正確に……」

問題は精度だ。
決して撃ち漏らしがなく、屋内に逃げ込んだ相手まで正確に爆殺している。
つまりは誘導式の爆弾。
そこまでは答えが出せたが、問題の解決にはつながらない。

トソンの棺桶の能力なのか、それとも伏兵がいるのか。
すぐ背後でその羽音を聞いた時、アサピーの思考は停止した。
だが彼の体は勝手に動き、羽音の正体にカメラを向けて撮影していた。
これが原因で死ぬかもしれなかったが、理性がすでに焼き切れている彼には、そんなことを考える余裕などない。

羽音の主がアサピーの顔の横を凄まじい速度で通り過ぎ、物陰でトソンに射撃を行っていたジョン・ドゥの顔の横で爆発した。
全くの偶然だったが、アサピーはその瞬間の撮影に成功していた。
そして彼の動体視力が、音の正体を見とがめていた。
小さな四枚羽の機械。

(;-@∀@)「な、なんだあれ」

アサピーはその機械を目で追えているが、何故かジョン・ドゥの射撃は精細さを欠いている。
まるで、その実像が見えていないかのように。

〔欒゚[::|::]゚〕『くっそ、糞!! 糞があああ!!』

叫ぶ男がまた一人、爆死していく。
トソンへと突撃を敢行し始めた部隊がまとめて爆破され、辛うじて生き延びた人間も新たな爆発によって殺される。
あまりにも一方的な攻撃だった。
果敢に立ち向かう男たちが爆炎の中に消えて行く姿に、アサピーはもの悲しさを覚える。

たった一人の将軍に、数十人規模の部隊が翻弄されている。
棺桶の性能の高さが両者の間に決して埋めることのできない巨大な溝を生成し、技量の差によって更に深い物へと変化させていた。
この時のアサピーの視点は、他の兵士たちと同じくトソンに向けられ、注意力が散漫になっていた。
音を鳴らして近づくものがあればそれは爆発する、と僅かな間に印象付けられたことにより、それ以外の脅威に対する警戒心が希薄になる。

建物の中に隠れ潜んでいたイルトリア人が音もなく殺戮を開始したことに気づいたのは、銃声と悲鳴が聞こえてきたからだ。
イルトリア軍が正式採用しているライフルの銃声は重く、そして力強さを感じさせるものがあった。
そしてようやくアサピーはイルトリア軍の意図に気づいた。
彼等は、あえて侵入を許したのだ。

奥へ奥へと侵入させ、退路を密かに寸断。
内側と外側からの挟撃によって侵入者を一掃する作戦を選んだのだ。
街の出口にいたビーストは増援に対する対抗手段であり、脱出する相手を殺す役割を担っていたのだ。
増援と退路という生命線を失えば、後は質と数のぶつかり合い以外に目的を達成する道はない。

808名無しさん:2024/07/14(日) 19:46:37 ID:K.ug12hY0
正面からぶつかろうにも、彼らを取り囲むビル群はイルトリアの物。
彼らの方が地形も何もかもを熟知しており、あらゆる作戦において優位な状況にある。
半ば虐殺じみた光景が目の前で始まり、飛び散る血しぶきと爆風が戦争の容赦のなさを如実に物語る。
弱者は強者に食われる。

ただ、それだけの光景。
それでも目の前で死んでいるのは、信念を胸に抱いて戦おうと試みた勇者だ。
これまで誰も手出しをしようとしなかったイルトリア相手に戦争をしかけ、例え罠だったとしてもこの街に打撃を与えることに成功したことは歴史書に名を残す偉業だ。
彼らの始めた戦争の善悪を判断するのは後の歴史だが、それでも。

それでも、彼らの勇気は言祝ぐに値するものだ。
無我夢中で写真を撮り、一人でも多くの生きざまを記録に残す。
アサピーの目の前の部隊が襲撃を受けているのは明らかだったが、そこから逃げるという選択肢がアサピーにはない。
ここで撮らなければ、何を撮るというのだろうか。

〔欒゚[::|::]゚〕『っ……!! さっきから、お前がいなければ!!』

唐突に向けられた殺意。
それは、アサピーの頭上から現れ、目の前に着地したジョン・ドゥから聞こえてきた声だった。
女の声だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『失せろ!!』

奇襲下にありながら、イルトリア軍ではなくアサピーに対しての攻撃。
よほど苛立ったのか、錯乱しているのか、それとも空気が読めないのか。
いずれにしても、構えられたライフルの銃腔は彼の胸を向いている。
恐怖に支配される中、シャッターだけは切っていた。

予想される銃声、衝撃、激痛。
そして――

<ヽ`∀´>「やるニダね」

――聞きなれた、ニダーの声。

〔欒゚[::|::]゚〕『うがっ……!! ああ!!』

手の中で破裂したライフルを投げ捨て、女がニダーに殴りかかる。
それを至近距離で回避しつつ、的確に装甲の隙間にナイフを刺していく。

<ヽ`∀´>「ブーン!! こいつが持っているニダか?!」

(∪´ω`)゛「変な音が、その人からしますお」

<ヽ`∀´>「よっしゃ!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『こっ……!!』

809名無しさん:2024/07/14(日) 19:46:58 ID:K.ug12hY0
装甲が厚くともジョン・ドゥは格闘戦を得意とする棺桶だが、人間との格闘戦においてはその限りではない。
リーチの大きさ故に届かない攻撃。
入り込まれ、動きを合わせられた場合には近接戦闘についての心得がなければ対処が出来ない。
ましてや、ナイフで刺されながらの格闘戦がもたらすストレスは尋常ではない。

言わば、両手がふさがっている状態で足元に毒蛇を招き入れるようなものだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『おい、仲間が!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『駄目だ、近すぎる!!』

ジョン・ドゥの巨体が、ニダーの体を守る盾となっている。
どこを狙おうが銃弾がジョン・ドゥに当たる位置にあるため、今の様な状況下では誰だって撃ちたくはない。

〔欒゚[::|::]゚〕『そ、それどころじゃ!!』

弱音が漏れるのも、無理からぬ話だ。
ただでさえ自分たちの命が吹き飛ばされようとしているのに、たった一人を助けるために行動するなど愚の骨頂。
誰がどうリスク管理をしたとしても、見捨てられるしかない。
女がどれだけの重要な役職にあろうとも、これだけナイフで刺されれば、命は風前の灯火。

避けようのない死が目の前に待っている味方を助けるぐらいならば、指揮権を別の人間が継承したほうが遥かに合理的だ。

<ヽ`∀´>「もらい!!」

そうして無慈悲なまでに正確かつ手早く切り刻まれ、最後はバランスを崩した首筋にナイフが突き立てられる。

<ヽ`∀´>「おるぁ!!」

しかし、そこからニダーは別の兵士に手を出すのではなく、迷うことなく殺した相手の装甲を剥がし始めた。
手際の良さは貝を解体し、その中にある肉を狙う海洋生物を彷彿とさせる。
グロテスクにも見えるが、人間が動物を解体する時の様な神聖さもあった。
瞬く間に装甲が剥がされ、手足が地面に落ちて行く。

〔欒゚[::|::]゚〕『あっ……がああっ……!!』

死んでいなかったのは不運としか言えなかった。
あらゆる棺桶の弱点である装甲の隙間を覆う素材を強化したことにより、ナイフが届く距離を僅かだが遠ざけてしまったのだ。
致命傷の一歩手前ということは、激痛と絶望に思考が支配されるということ。

<ヽ`∀´>「ミッケ!!」

何か、極めて重要な物を手に入れたことを示唆する一言。
カメラを誰に向けるか、アサピーは逡巡する。
ニダーか、それとも別の誰かに向けてか。

<ヽ`∀´>「これで、お前らみんな孤立ニダ!!」

810名無しさん:2024/07/14(日) 19:47:24 ID:K.ug12hY0
そして、背中のバッテリーを剥がしたところでそんな声が出てきた。
反撃の術を生きながらに全て奪われた女は血溜まりの中に立ち尽くしたまま、小さくすすり泣きながら絶命した。
刹那の逡巡の間に、新たな被写体が現れる。

〔欒゚[::|::]゚〕『も、モナコが!!』

聞こえてきたのは悲鳴か、あるいは怒号か。
これまでアサピーと一緒にいた部隊とは別のジョン・ドゥだ。

〔欒゚[::|::]゚〕『野郎、ぶっ殺してやる!!』

殺された女が降りてきたのとは反対方向のビルから、二体の棺桶が濃厚な殺意と共に降下してくる。
怒りのままに攻撃を加えてこうとしたことだけは分かったが、それが未遂に終わったのは降下と同時に銃声が二つ響いたことが関係していた。
棺桶がどれだけ優れた運動性能を発揮するとしても、落下中の無防備な状態でもその行く末を変えることはできない。
その隙が見逃されなかったのは、頭上から聞こえた二つの銃声が証明していた。

〔欒゚[::|::]゚〕『あっぐ!!』

着地と同時に膝を突き、倒れ込む。
その刹那を撮影した写真が、真実を語っていた。
狙い打たれたのは両膝の関節部。
膝を撃たれたことによりただでさえ深刻なダメージを受けていたが、着地がそれを致命的な物へと変えた。

片足だけでも棺桶は動けるが、それに慣れている人間でなければ生身の人間と大差はない。
転倒したジョン・ドゥの頭部へ、ニダーは射的をするような落ち着きぶりを見せながら銃弾を浴びせる。
まるで弱ってひっくり返った虫を叩き潰すかのような手際の良さだった。
その間にアサピーが帯同していた部隊はその場から移動を済ませているか、それとも爆殺されて肉片と化しているかだった。

<ヽ`∀´>「生きていて何よりニダ」

(;-@∀@)「思ったよりも早い再会でしたね……」

一つの街で動いていれば、必然、イルトリア軍の思惑通りどこかで合流することにはなったのだろう。

<ヽ`∀´>「ブーン、これでタブレットは全部ニダ。
      後は通信の箱をぶっ壊すニダよ!!」

そして、再会もつかの間。
ニダーはすさまじい速度で走り出し、建物の壁を文字通り登って行ってしまった。
遠くから聞こえる小さな爆発音が、アサピーの背を押す。
一瞬だけ得られた休憩。

すぐに足は最前線へと向かう。
何かが変わってしまった戦場。
何かが変わってしまった自分。
もう、以前の自分とは別の存在になったことを嫌でも理解する。

811名無しさん:2024/07/14(日) 19:47:50 ID:K.ug12hY0
もしも以前の自分ならば、アサピーの名を叫んで追いかけていたことだろう。
今はもう、それどころではなかった。
最高の被写体と、最高の戦場が目の前に待っているのだ。
ニダーにとっての獲物と同じく、決して逃してはならない存在がいる。

イルトリア陸軍大将の戦闘は、写真に収めなければ必ず後悔する。
イルトリア二将軍の戦闘について、その強さだけは語り継がれているが、どのような戦い方をするのかは軍事上の秘密もあってほとんど知られていない。
もっと言えば、生き延びた敵勢力がいないということなのだ。
大量の屍を越え、アサピーは可能な限り近い距離から陸軍大将の戦いを撮影したいという欲求に囚われ、それまでの恐怖は完全に忘れ去っていた。

導かれるようにしてアサピーはより苛烈な、より悲惨な戦場の奥地へと向かっていくのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

イルトリア陸軍大将?
ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
私がこの手で屠ってやるさ!!

                                    ――ルノア・コール、最期の言葉
           後に“ルノアの戯言”=“絶望的なまでに根拠のない自信”として諺になる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ジャン・プロスペクターはイルトリア市街に上陸した兵士の中でも、屈指の戦闘経験と胆力を持つベテランだった。
突如として爆殺され始めた仲間を見た瞬間に、彼はこの攻撃に対抗する最大の手段は前に進んでの攻撃しかないと看過していた。
物陰に隠れても無駄。
屋内に逃げても無駄。

ならば、前に進むしかない。
被弾を恐れず、爆発に巻き込まれることを危惧せず、ひたすらに前へ。
その直感が正しい事を、彼を先頭に駆け出した数人の仲間が身をもって実感していた。
戦場の死線を走るなど、サメのいる水槽で手首を切るようなもの。

〔欒゚[::|::]゚〕『トソンだけを狙え!!』

銃撃は構えられた丸盾に防がれ、本人には当たらない。
盾がただの見掛け倒しでないことは良く分かったが、銃が効かないとなれば、残されたのはナイフだけだ。
既にこちらの持っていた優位性は全て失い、身一つで戦い抜くしかなくなった。
救援はない。

あるのは、イルトリアを憎む全ての人々の増援。
それが一体どのタイミングで、どれぐらいの規模が到着するのかは彼らには分からない。
希望だけは、最期の瞬間まで捨てられない。

〔欒゚[::|::]゚〕『近接戦で仕留めるぞ!!』

僅かな時間ながら、彼らは観察によってトソンの戦い方を分析することに成功していた。
多くの仲間が爆殺されているが、トソンは戦場に姿を現してからほとんどその場から動いていない。
どれだけ銃弾に狙われても、まるでそこにいなければならないのだとばかりに、頑なに動かない。
そして導かれた結論は、謎の爆殺が起きている間、トソンは動けないということだった。

812名無しさん:2024/07/14(日) 19:48:26 ID:K.ug12hY0
小型の爆弾を飛ばしているためか、それとも別の何かなのかは分からない。
分かるのは、これが唯一の光明であるということだ。
質量と速度を合わせてぶつければ、押し倒せるはず。
そうなれば、後は自爆をしてでもトソンを殺せばかなりの効果が期待できる。

エミール・マッキンリー、そしてジョー・ブラッカイマーが左右から襲い掛かる。
ジャンは僅かにタイミングをずらし、頭上からトソンを狙う。

〔欒゚[::|::]゚〕『もらった!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『くたばれ!!』

三方向からの同時攻撃。
仮に空中で撃ち殺されたとしても、後は慣性の法則でトソンに直撃する。
必殺を確信して、そして覚悟して決行した攻撃は、だがしかし。

【[::゚ |メ]】『うるさいですね』

半歩だけ左脚を後ろにずらしたかと思うと、右手の槍を長く持ち替え、弧を描くようにして払った一撃でエミールとジョーを叩き落す。
その一撃を半ば予期していたジャンはだからこそ、全体重、勢いを乗せた一撃に全てをかけていた。
リーチの短いナイフだが、頭に突き刺されば確実に殺せる。
槍を振り払った姿勢のため、盾を構えることも出来ない。

〔欒゚[::|::]゚〕『勝っ――』

ナイフが定められた軌道を。
必殺の道を、突き進む。

【[::゚ |メ]】『消えてください』

最後の光景は目の前いっぱいに広がる炎。
最後の音は爆音。
最後の匂いは金属と肉の焦げるそれ。
最後の言葉は――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヴィンスの厄災はまだよかった。
ヴィンスの落日は、文字通り終わりだった。

                   ――“ヴィンスの落日”の生き残り、ラヴィアン・ローズマリー

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヴィンスにラヴニカから来たティンバーランド軍は、即座に兵員と武器の補充を追加で行った。
かねてより貯蔵されていた武器弾薬、そして食料が解放され、ラヴニカ攻略に失敗した部隊に次々と提供される。
負傷した兵士、ストレスで戦闘続行が難しい兵士たちは即座に病院へと送り込まれた。
協力者の経営する食堂で食事をするシナー・クラークスは、自ら率いるこの一団がイルトリアへと向かい、戦いきれるかどうか不安な部分があった。

813名無しさん:2024/07/14(日) 19:48:46 ID:K.ug12hY0
ラヴニカでの作戦失敗は、かなりの痛手となっている。
優秀な部下を大勢失い、棺桶も失った。
円卓十二騎士が内部に潜入し、この土壇場で計画を根底からひっくり返す行動に出たのが最大の原因だ。
モーガン・コーラと名乗っていた女のせいで失ったものは、あまりにも多すぎる。

ここからイルトリアまでは、まだ同じぐらいの距離がある。
更に言えば、陸路を最短距離で進めば必ず避けられない街がある。
同性愛者の楽園、“蜂の巣街”ストーンウォールである。
敵対を明確にしており、情報によればセントラスへと攻め入り、結果的に壊滅させたという。

セントラスから攻め込んだ部隊との連絡は途絶えており、こちらにとって不都合な何かが起きていることは間違いない。
損耗した兵士たちを率いてストーンウォールを通過すれば、更なる損耗が予期される。
タルキールでの補給に失敗さえしなければ、こうはならなかった。
全ては、タルキールへと行われた超長距離の砲撃が原因だった。

タルキールの地形は天然の要塞だが、言い換えれば、天然の檻だ。
天然の岩を頼りにしている街に対して、無差別という他ない砲撃がどこからか放たれたことにより、半ば敗走する様にしてシナーたちはヴィンスを目指したのである。
こちらがタルキールに到着し、補給をするために油断した正にその瞬間に砲撃が行われたことは、決して偶然ではない。
間違いなく、何者かがタイミングを知らせているのだ。

つまりは観測手、もしくは内通者。
幸いにしてヴィンスに到着してからはまだ砲撃を受けておらず、着々と対イルトリア用の準備が進んでいる。
日も暮れ、夜空が見えてもいい時間だというのに、世界は暗闇そのものだった。

( `ハ´)「はぁ……」

まだ湯気の立ち昇る食事を口に運びつつ、シナーは嘆息した。
コンソメとトマトソースを主として味付けされた野菜と海鮮のスープは、彼の体を内側から温めてくれた。
しかし、苛立ちは収まらない。
空腹による苛立ちではなく、間違いなく環境によるストレスである。

正直食欲はあまりないが、それでも無理矢理胃袋に押し込まなければならない。
スプーンに乗せたエビを一口で頬張ると、ほとんど噛まずに嚥下した。
味わう余裕などない。
ただひたすらに、栄養の補給と空腹を満たすだけに口へと運ぶ。

この後、どのようにしてストーンウォールを通過するべきか。
迂回して進軍するのがセオリーだろうが、それは彼らも予想していることだろう。
内藤財団に抵抗する勢力の繋がりがどの程度の物なのか、事前の予測との差異がどの程度なのか。
考えれば考えるほど、頭痛がしてくる話だ。

恐らくだが、世界のほとんどが内藤財団の力によってイルトリアの攻撃に参加するだろう。
しかしながら、それが長引けば長引くだけ、攻撃への参加意欲は失われていく。
攻撃は鮮度が命だ。
ヴィンスから連れて行く兵士の質が分からないが、攻勢にある今イルトリアを潰さなければ、この戦争は終わらない。

世界中に国という概念が蒔かれ、内藤財団という大樹が根付くまでにはもう少しだけ時間が必要だ。
それを加速させるためには、イルトリアを滅ぼさなければならない。
世界が変わるためにはどうしても――

814名無しさん:2024/07/14(日) 19:49:08 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「――どうしても?」

疑念が、毒蛇の舌のようにちろりと脳裏に浮かぶ。
世界中が内藤財団の思想に染まるのはいい。
それで世界がより良くなるのならば、と協力したのだから、そこに異論はない。
だが。

果たして、どうして滅ぼす必要があるのだろうか。
イルトリアもジュスティアも、国という概念が成立した後に世界中で攻撃なり話し合いなりをすればいいだけの話だ。
何も、国という概念の発表と共に攻め入る必要性はどこにもないし、押し付ける必要もない。
第一、確かに彼らは反対するだろうが、こちらが一致団結してから攻撃をする方が勝率は高いだろう。

何故、すぐに戦争を仕掛けなければならなかったのか。
その理由について深く考えれば考えるほど、シナーは自分の行動に疑念を抱くようになる。
まるで、二つの街に対して戦争以外の事に目を向けさせないかのような行動。
国は一つでなければならない必要は、本当にあるのだろうか。

国という概念は、複数では不都合なのだろうか。
例えば、そう。
ティンバーランドとそれ以外の国。
それこそが本来は――

( `ハ´)「……気にしすぎアルね」

疲れているために、きっと思考がおかしいのだろう。
自分がこれまで信じてきたことの前提を疑うなど、正気の沙汰ではない。
皿に盛られていた料理を全て平らげ、シナーは立ち上がって食堂を出る。
入り口に歩哨として立っていた副官のワーナー・コウメイに、苛立ちや疑念を誤魔化すようにして尋ねた。

( `ハ´)「準備はどの程度済んでいる?」

ワーナーは少し気まずそうに答える。

(::゚∀゚::)「物資の補給は済んでおります。
     後は、兵士だけです。
     この街の人間は、どうにも徴兵に対して前向きではないようで」

( `ハ´)「事前に話が済んでいるはずアルよ。
     そういう契約でもあったはずアル」

(::゚∀゚::)「え、えぇ。 ですが、それでも殺し合いには参加したくはないと」

( `ハ´)「……頭がどうにかしているアルか?
     契約を反故にする気アル」

(::゚∀゚::)「戦闘以外では協力する、と言っています」

( `ハ´)「馬鹿か、そいつらは。
     今の状況で戦闘以外に何が出来るニダ」

815名無しさん:2024/07/14(日) 19:49:35 ID:K.ug12hY0
(::゚∀゚::)「輸送や補給には手を貸すが、とにかく、殺し合いだけは嫌だと」

( `ハ´)「ここでぶっ殺してやりたいアルね。
     代表者はどこにいるアルか?」

(::゚∀゚::)「街の集会場で内藤財団の交渉人と話をしています」

深い溜息を吐き、シナーは黒い雨が降る中、傘もささずに集会所へと足早に向かった。
道中、ラジオから流れてくる戦況は依然としてイルトリア戦が続いていることを告げている。
無駄な時間は極力避けたかった。
だが、ここで兵士を補充できなければ、イルトリアへの攻撃は焼け石に水だ。

質量ではなく物量で押すことこそが、この作戦の要なのである。
集会所の扉を押し開くと、そこには場末の酒場よりも酷い空気が漂っていた。
腕を組み、机に着く男。
その向かい側で何度も契約書に書かれている言葉を読み上げる男。

その二人を取り囲むようにして、涙を流して嘆く者や罵詈雑言を口にする者、これ見よがしに嫌味を口にする者がいた。
交渉人に危害が及ばないように、武器を持った部下が三名だけ待機しているが、その表情は険しい。
今日までヴィンスが存在していたのは内藤財団の支援があったからであり、彼らだけでは“ヴィンスの厄災”で間違いなく滅んでいた。
恩を忘れた、という言葉では足りない程の厚顔無恥な態度に、シナーは一瞬で殺意を覚えた。

( `ハ´)「言い分を手短に」

その言葉は、内藤財団の交渉人に向けられていた。
だというのに、外野の人間の声が風を送られた焚火のように燃え上がる。
まるで新しい獲物を見つけたとばかりに。

(::゚∀゚::)「戦いだけは頑なに拒否しております。
     それ以外であれば全面的に協力をすると」

情報に齟齬はない。
ならば、時間のない彼にとってやるべきことは一つである。

( `ハ´)「戦いはしない、という認識でいいアルね?」

Ie゚U゚eI「その通り!! 我々は人殺しではない。
      殺し、殺されるではいつまでも憎しみの連鎖は途絶えない。
      故に我々は――」

( `ハ´)「――何があっても、戦場に行って殺しはしない?
     それがヴィンスの総意アルね?」

周囲にいた民間人が、一斉に同意の声を上げる。
大なり小なり、その声はシナーたちを非難する色を帯びていた。
それに勇気を得たのか、男が満面の笑みで答えた。

Ie゚U゚eI「そうとも!!」

816名無しさん:2024/07/14(日) 19:49:56 ID:K.ug12hY0
その瞬間、シナーは袖に仕込んでいたナイフを代表者の男の脳天に突き刺していた。
僅かの間を置いて男の目が天井を眺め、そして白目をむく。

Ie゚U゚eI「はぴゅ」

死体と化した男を見て、その場に張り詰めていた空気が一気に塗り替えられた。
悲鳴すら上がらない唐突な展開。

( `ハ´)「戦わないんだろう? 殺さないんだろう?
     なら、今ここで死ねアル」

その言葉は、その場に居合わせた彼の部下たちに何よりも明確な指示となった。
命乞いの言葉も。
誤解を解こうとする弁明も。
あらゆる声は、一斉に響いた銃声がかき消してしまった。

一人残らずの殺害。
それは、誰も予期しておらず、誰も望んでいなかった展開でもあった。
だが戦いを拒むのであれば、それは敵と同義。
イルトリアへの攻撃が出来ないのであれば、いたところで足手まといでしかない。

こういった主張をする輩は、総じて敵を殺すという行為にさえケチをつけてくるのだ。

( `ハ´)「非協力的な市民は全員ここで殺すアル」

一瞬で虐殺現場と化した集会場の中で狼狽しているのは、唯一内藤財団の交渉人だけ。
シナーの命令を理解した部下たちは集会場から街へと繰り出し、強制的な徴兵を開始する。
最早なりふり構っている余裕はない。
戦争は速度が勝負であることは自明の理である。

二人きりとなった集会場に、男の狼狽する声が空しく響く。

(::゚∀゚::)「ほ、本気ですか?」

( `ハ´)「冗談だと思うアルか? こいつらは自分たちの手を汚さずに世界を変えようとしているアル。
     他の誰かに手を汚させ、夢を叶えようとする糞の塊アル。
     殺すのが最適解アルよ。
     ここで躊躇うようなら、結局後で邪魔になるだけアルね」

(::゚∀゚::)「本部に確認をしてから……」

シナーの手が、男の首を掴んで持ち上げた。

( `ハ´)「そんな暇ないアル」

(::゚∀゚::)「でで、ですが、規定では……」

規定。
この状況で口にする言葉が規定。
こんな時に規定を持ってくる輩は、総じて足手まといだ。

817名無しさん:2024/07/14(日) 19:50:19 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「承認印がいるんなら、私の拳でその奇麗な顔にくれてやるアル」

(::゚∀゚::)「ご、ごれば明らかな造反行為でずよ!!」

( `ハ´)「造反? 徴兵の為に使えない連中を間引くだけアル。
     雑草は刈り取らなきゃならないアルよ」

今は一刻でも早く、一人でも多くの兵士を連れてイルトリアに行かなければならない。
絶え間のない増援。
尽きることのない攻撃こそが、イルトリアを攻略する手段なのだ。

( `ハ´)「お前が時間を無駄にするなら、それこそ造反アル」

(::゚∀゚::)「ご、ごの件は報告ざぜでもらOh」

それ以上、男の口が何か言葉を紡ぐことはなかった。
枝を折るような音と共に首の折れた男は沈黙を保ち、これ以上シナーを激怒させることも、彼の時間を奪うこともない。

( `ハ´)「さて……」

死体を手放し、そしてシナーは背筋に走った冷たい何かに思わず顔を上に向けていた。
何かが来る。
そう思った時、ヴィンスに爆発音が響き、大地が揺れた。
集会場も揺れ、電灯が明滅する。

(;`ハ´)「砲撃?!」

その言葉を肯定するかのように、次々と砲弾が落ちてくる音と共に爆発が起きる。
集会場を出ると、辺りは火の海と化していた。
ただの砲弾ではない。
可燃性の液体が詰まった焼夷弾だ。

景観を保つために近代的な建物が少なく、木造の物が多く密集しているヴィンスにとって焼夷弾は最適解の攻撃だ。
炎が瞬く間に広まり、サイレンと悲鳴が街中に木霊する。
雨程度では消えることのない炎は、飢えた獣のように街を炎に包んでいく。
無線機を使い、シナーは即座に指示を出す。

(;`ハ´)「全部隊、すぐにイルトリアに出発するアル!!
     ヴィンスを放棄、徴兵も放棄アル!!」

決断は迅速に下された。
こちらがヴィンスで無駄足を踏んでいることを悟られたということは、相手の砲兵がかなりの距離にまで接近しているということだ。
戦闘準備が整っていない状態で攻撃を受ければ、到着した時よりも最悪の状態でイルトリアに攻め入ることになる。
部下たちをみすみす死地に追いやるなど、シナーには許容し得ない話だ。

彼の決断は決して間違いでもなければ、遅すぎたということもなかった。
街中のスピーカーから流れてきた、その放送がなければ。

『全市民へ!! 近くにいる兵士の指示に従って避難を行うように!!
彼らの指示に従い、安全な場所に避難を!!』

818名無しさん:2024/07/14(日) 19:50:44 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「なっ?!」

それは、最悪の放送だった。
逃げ惑う市民など、足手まといを超越した存在でしかない。

(;`ハ´)「絶対に避難誘導などするなアル!!
     そんなことをすれば――」

「――すれば、とっても困りますね」

その声がすぐ耳元で聞こえたと思った時には、手の中にあった無線機が優しく奪い取られた後だった。

(;`ハ´)「……お前が座標を伝えていたアルか」

(*‘ω‘ *)「駄目ですよ、ちゃんと部下の数と顔は確認しておかないと」

円卓十二騎士の末席にして、恐らくはシナーの天敵。
ティングル・ポーツマス・ポールスミス。

(*‘ω‘ *)「イルトリアへの進軍、諦めませんか?」

砲弾の降り注ぐ中、女は静かに提案をする。
それを受け入れるのは容易だが、ここでそれを受け入れたところで、帰って来るものはない。

(;`ハ´)「ラヴニカも、タルキールも、ヴィンスも……
     ここまで踏み越えてきた何もかもが、それを許さないアル!!」

拳を構える。
万全の体調ではないが、それは相手も同じ。
ここで退くことは死ぬことと同義。
そして、これまでに死んだ全ての人間に対する冒涜だ。

(*‘ω‘ *)「意地を張って、これ以上死者を増やすことになっても?」

女は構えない。
拳で語り合った仲だからこそ、シナーはその真意が分かってしまう。
それでも、止まれないのだ
この歩みは止めてはならない。

世界が変わる機会を失えば、世界はどうしようもないままになってしまう。

(;`ハ´)「来いっ!!」

(*‘ω‘ *)「断る。 この拳は、未来ある若者を殺すための物ではない」

ティングルは腕を組んで、そう言い放った。
頑なに拒絶する意思に、シナーは憤りを覚える。
どこか芝居がかったその口調も、彼の神経を逆なでした。

(;`ハ´)「馬鹿にしているアルか?」

819名無しさん:2024/07/14(日) 19:51:06 ID:K.ug12hY0
(*‘ω‘ *)「いいや。 私は騎士だ。
      例えジュスティアという街が消滅したとしても、この矜持は消滅しない。
      お前は、この戦争が本当に正しいと思っているのか?」

砲撃は悪化する一方だが、彼女の態度はまるで変わらない。

(;`ハ´)「あ?!」

(*‘ω‘ *)「正しいと思っているのならば、相手をしてやる。
      だが、僅かでも疑念があるのならばここで手を引き、こちらに手を貸せ。
      お前たちが逆らうのであれば、死者が増えるだけだ。
      そうして憎しみが生まれ、新たな戦争の火種になるだけだ」

(#`ハ´)「どの口がそんなことを言うアルか!!
     街に砲撃しておいて、よくもそんなことを言えるアルね!!
     憎しみなら、もうこの世界中に溢れているアル!!
     それなら、お前らが止めればいいアル!!」

(*‘ω‘ *)「止める理由はない」

(#`ハ´)「こ……この腐れアマ……!!」

(*‘ω‘ *)「我々が攻撃をするのは、君たちの手に武器があるからだ。
      お前たちの心に反抗の意思があるからだ。
      それがなくなるまで、我々は攻撃を続ける。
      こちらの意思に従え」

(#`ハ´)「挑発なら満点アルね……」

刺し違えてでも、目の前の女を殺したいという衝動が全身を支配する。
構えた拳が震えていないことをシナーは切に願った。

(*‘ω‘ *)「……これが、お前たちとどう違うというのだ?」

(#`ハ´)「……」

何もかも、と言いかけたところでシナーはそれ以上口を開けなかった。
主張の根底は違えど、己の我儘で相手の意思をねじ伏せるという行為そのものに違いはない。
本質は同じだ。
そもそもの作戦が、この世界のルールに従った最後の作戦ということもあり、否定しがたい事実である。

そしてその陰で、踏みにじられる主義主張があるのも事実だ。
暴論ではあるが、確かに同じことではある。
それがこの世界のルールなのだから。

(*‘ω‘ *)「従わなければ殺すのだろう?
      お前が民間人に対して言った……いや、見せつけた行為だ」

(#`ハ´)「だから……だからどうしたアル!!」

820名無しさん:2024/07/14(日) 19:51:31 ID:K.ug12hY0
それが、どうしたというのだろうか。
結果として世界がより良くなるための一歩であり、雑草や虫を踏み潰す程度の事だ。
こちらと過程が同じでも、着地点が違う。

(#`ハ´)「それで揺さぶったつもりアルか?
     無駄アルよ!!」

問答がこれ以上シナーの心を乱す前に、攻撃を開始した。
その拳をティングルは蹴り上げた。
腕は組んだまま、視線はシナーへと向けたまま。

(*‘ω‘ *)「迷いがある。 そんな拳、私を殴るに値しないな」

(;`ハ´)「英雄気取りの!! 偽善者が!!」

一度は拳を合わせた相手だ。
防がれたとしても不思議ではない。
状況と言葉と態度でこちらを揺さぶっているだけだ。

(*‘ω‘ *)「そうだろうとも。
      我々円卓十二騎士は偽善者だ。
      だがな、我々が信じた正義を疑ったことはない。
      お前と違ってな」

(;`ハ´)「ふ!! ざ!! け!! る!! な!! あぁ!!」

両腕から繰り出す正中線連撃も。
両足で放つ高速の蹴り技も。
両手両足を使ったあらゆる技も、彼女には届かない。
ラヴニカでは通じた技も、戦術も、何もかもが到達しない。

足だけで防がれているという事実が、シナーにとっては何よりも心を揺さぶる。

(#`ハ´)「何で……!!」

(*‘ω‘ *)「言っただろう、迷いだと。
      迷いがあり、覚悟もない、ましてや魂の宿っていない拳など、当たるはずがない」

精神的な要素が攻撃に隙を作るのは事実だが、そこまでの物なのだろうか。

(#`ハ´)「どこまでも人を馬鹿にして……!!」

腕力では勝てない。
この女の脚力は、一度ぶつかって分かっている。
単純な膂力であれば、その力はシナーの全てを上回る程。
それでも、そうした単純な差を覆すのが技術力だ。

ラヴニカで見せ切れていない全てを出し切れば、両者の差は埋められるはずだ。
しかし、事実としてそんな技は一つしかなかった。
消力さえも見せてしまった以上、シナーは今のままでは勝てないことを受け入れなければならない。

821名無しさん:2024/07/14(日) 19:51:51 ID:K.ug12hY0
(#`ハ´)「それでも!!」

踏み込み。
そして、その威力を全て拳へと乗せる。
大地の硬さを利用したその技は、高い防御力を貫通させるための技だ。
足で防いだとしても、それが受けるダメージは致命的となるだろう。

(#`ハ´)「破ぁっ!!」

(*‘ω‘ *)「砕っ!!」

踵。
それは、人体の中でも強固に作られた骨を持つ部位である。
拳と踵であれば、比べるまでもなく踵の方が硬質である。
しかしながら、シナーにとってそれは計算の内である。

迎え撃つのが踵であれば、こちらが使うのは拳にあらず。
硬度を利用するのは、地中の奥深くに存在する核である。
踵を中継点とし、それを右拳に乗せた一撃。
右拳を犠牲にしたとしても安い物だ。

足は肉弾戦における攻防の要だ。
両者の攻撃が正面からぶつかり、骨の砕ける音の後、一瞬の静寂が訪れる。
膝を突いたのは、シナーだった。

(;`ハ´)「がっ……ぐっ……」

(*‘ω‘ *)「無駄だというのに」

(;`ハ´)「な……ぜ!!」

(*‘ω‘ *)「お前がその技を使うのなら、こちらもそれを使うまでだ」

相手も蹴り技を使う際に地核の硬さを利用したのだ。
どうしてそこに思い至らなかったのか、まるで分からない。
拳を蹴り砕かれ、反動で膝を突くことになろうとは思ってもみなかった。

(*‘ω‘ *)「夢を信じられなくなったのなら、そんな夢はすぐに捨てろ。
      さもなくば、その夢に殺されるぞ」

夢に殺される。
それもいい。
夢を叶えずに死ぬのであれば、ここまで戦ってきた意味がない。
生きながらえたところで、夢を永遠に叶えられなかったことを後悔して生きなければならない。

生き地獄を味わうのはごめんだ。
疑ったとしても。
信じられなくなったとしても。
それでも、それはシナーの夢なのだ。

822名無しさん:2024/07/14(日) 19:52:13 ID:K.ug12hY0
世界が一つになれば、貧困も争いも、全てなくなる。
時間がかかることだろうが、内藤財団はそれを短縮するために今回の作戦に出たのだ。
それを一瞬でも疑ったのは恥じるべきこと。
右拳の痛みはその代償だ。

(;`ハ´)「だらぁっ!!」

中段を狙っての後ろ回し蹴りは、だがしかし、全く同じタイミングで同じ技によって防がれた。
無線機が落ち、そこから部下の悲痛な叫び声が聞こえてくる。

『同志シナー!! 民間人が押し寄せてきています!!
ご指示を!!』

(;`ハ´)「うるさい!!」

無線機を拾って応答できる状況にない。
今、この女をここで確実に屠らなければまた砲撃を受けることになる。
今浴びている砲弾の雨が正確なのは、ティングルがこちらの座標を教えているからに他ならない。
ならば、その目と耳を潰す。

再度の足技で攻撃を試みるが、ティングルはその場から動くことなく対応する。
空中で放った三連撃。
それを回し蹴りの一発で無力化すると、もう片方の足がシナーの足を蹴り砕いた。

(;`ハ´)「あぐっあああ!!」

地面を転がり、背中から壁にぶつかる。
石造りの壁だったが、炎によって熱せられ、さながら鉄板の様な熱さだった。
背中が焼ける感覚。
飛び起き、片足でどうにかバランスを取り戻す。

その足元に、通信機が転がってきた。

(;`ハ´)「……」

(*‘ω‘ *)「ほら、連絡しなよ」

業腹だが、ここで連絡しなければ部隊が全滅する。
致し方ない。
もう、やるしかないのだ。
自分抜きで歩み出さなければならないのなら、そうするべきだ。

(;`ハ´)「使えそうな民間人を乗せて、今すぐイルトリアに向かうアル!!
     私は後で追いつく!!」

無線機を地面に叩きつけ、シナーはほくそ笑んだ。
これで終わり。
ここで終わり。
部下はシナーの命令に従い、街を出てイルトリアに進軍する。

823名無しさん:2024/07/14(日) 19:52:47 ID:K.ug12hY0
戦わないのであれば、民間人は肉の壁として使えばいい。
そう訓練と教育を済ませているため、彼らは躊躇うことなく作戦を実行する。

(*‘ω‘ *)「……呆れたやつだ」

(;`ハ´)「使えない奴は群れから切り捨てる、それだけのことアル」

(*‘ω‘ *)「内通者が私だけだと、一体いつ言った?」

(;`ハ´)「はっ! そんな言葉を信じると思うアルか?
     私の部下は……」

部下は、と言ったところで気づく。

(*‘ω‘ *)「民間人を連れて行くという甘さが、お前の失敗だよ」

いつの間にか爆発音がなくなり、不思議と静かに感じる時間が流れていた。
それは感覚的な静けさであり、実際には炎の揺らめきやサイレンなど、静寂や平穏とは無縁の音で満ちている。
それでも、シナーの精神は聴覚をマヒさせてでも現実を受け入れることを拒絶していた。

(;`ハ´)「は……ハッタリを……!!」

(*‘ω‘ *)「決断は下された。 後は、答え合わせだ」

(;`ハ´)「……っく!!」

取り返しのつかない失敗。
致命的な失敗。
それらがシナーの覚悟を揺さぶり、拳を構えるまでに数秒の時間を要させた。
辛うじて構えた拳は、だがしかし、震えを取り除くには時間が足りなかった。

(;`ハ´)「だから……だからどうした!!」

その言葉の真偽は分からない。
であれば、迷いは無駄だ。
例え、信号弾が連続して打ち上げられ、部隊の位置が明確になったとしても。
例え、着弾による爆発音が街の外から響いてきたとしても。

それでも、迷わない。

(;`ハ´)「我らの歩みは、止まらん!!」

(*‘ω‘ *)「そうか」

退路は前にあり。
進路もまた、前にあり。

(*‘ω‘ *)「なら、私はもうお前に手を出すことはできないな」

824名無しさん:2024/07/14(日) 19:53:28 ID:K.ug12hY0
ティングルは腕を解くと、つまらなさそうにそう言った。
本当につまらなさそうに。
本当に、落胆したように。
心から残念そうに。

(;`ハ´)「何?!」

(*‘ω‘ *)「この肉体は、弱者を殺すために鍛えたのではない。
      ましてや、死にぞこないの弱虫を介錯するなんていうのは、騎士道に反する」

(#`ハ´)「お前は……さっきから……!!」

(*‘ω‘ *)「馬鹿になどしていない。
      逆だよ、お前が私を馬鹿にしているんだ」

(#`ハ´)「あ゛?!」

(*‘ω‘ *)「私はね、本気のお前と戦いたかったんだよ。
      迷いのない拳。
      魂の込められた拳。
      ラヴニカで私が見たのは、そういう拳だった。

      だが今はどうだ。
      民間人を無駄に殺戮するだけに飽き足らず、抱いた夢にまで疑念を抱いている。
      そんな拳など、私を倒すには至らない。
      弱者の拳と言うんだ、そういうのを」

(#`ハ´)「疑いなどないアル!!
     この夢は紛れもなく、世界を変える!!
     歩めば雑草を踏むし、虫だって踏む!!
     花を咲かせるなら剪定もするだけの話アル!!」

(*‘ω‘ *)「そうだろう。 だがそれは樹を育てるために、隣の庭に火を放つ行為だ。
      それに気づいたのだろう?
      果たして、本当にその必要があったのだろうか、と」

(#`ハ´)「そんな……訳が……!!」

(*‘ω‘ *)「あるからこそ、力づくで徴兵をしようとしたんだろう。
       可能性が分かったんだろう?
       国という単位でまとめたところで、必ず別の意思が芽生える。
       芽生えたその感情、あるいは思想を刈り取ることは避けられない。

       本当に、こうまでして推し進める必要があったのだろうか、とね」

それは否定しがたい事実だ。
以前から推し進め、そして今日まで温め続けてきた計画というだけあって、その詳細は隙がないように見えた。
世界の変化を拒んでいる最大にして最強の派閥がイルトリアとジュスティアということも、納得がいった。
その二つの街がある限り、世界は変わらない。

825名無しさん:2024/07/14(日) 19:53:50 ID:K.ug12hY0
逆を言えば、その二つの街がなくなれば、世界が変わるのに時間はあまりかからないはずだ。
そう思っていた。
だが気づいてしまった以上は、それを忘れることはできなかった。

(*‘ω‘ *)「この作戦の要は速度。
      遅延が鮮度を奪い、鮮度の損失が本質を露わにする。
      結局のところ、世界を一つにし続けるには力が必要。
      そしてそれは、今と何も変わりのない世界だということに気づいたのだろう」

今の世界を縛るルール。
力が全てを変える、という非常にシンプルなルールだ。
だがそれは、ティンバーランドの目的を継続するためには必要不可欠な物なのだと気づいてしまった。
双方の差異は、支配者の違い程度なのだ。

(*‘ω‘ *)「……私も、それに気づいたのは少し時間が必要だった。
      理不尽の正体、あるいは、不自然さ。
      一度気づいてしまえば、もう手遅れだ。
      特に、心の内に正義の天秤を持っている人間ならなおさらな」

(#`ハ´)「正義? 正義の天秤?
     馬鹿にするなアル、英雄狂!!
     そんなもの、この世界にはないアル!!」

(*‘ω‘ *)「いいや、あるさ。
      正義は、確かに我々の心にある。
      だからこそ人は迷い、追い求めるのだ」

もしも、片足が負傷していなければ間違いなく殴りかかっていただろう。
ジュスティア人の言葉は、いつだって真っすぐであり、いつだって正義を基準にしている。
それを信じた時期もあった人間にとっては、それが途方もない幻想であることをよく知っている。
しがみついたところで裏切られる幻想ならば、二度と希望を抱かないように徹底的に否定して生きるしかない。

それが、この世界に生きてジュスティアに愛想をつかした人間の共通点だ。
正義を信じたかったが、信じられないことしかこの世界にはないのだ。
そんなものが夢物語だと気づくまでの時間は、あまりにも無意味な物だ。

(;`ハ´)「そんな幻想、抱いたところで……!!」

正義など、ただの言葉遊びの延長線上にある幻想の塊でしかない。

(*‘ω‘ *)「幻想を抱き続け、貫いたこともない青二才が吠えるな。
      いいか、夢も幻想も、根底は同じだ。
      我々ジュスティア人が何故正義を自称しているか、少しは分かってもらいたいものだ。
      夢も幻想も、諦めた瞬間に消え去る。

      我々は常々、夢を追い続け、それを叶え続けているのだよ」

826名無しさん:2024/07/14(日) 19:54:15 ID:K.ug12hY0
言ってしまえば自転車操業。
自分たちの夢を肯定するために、常に走り続け、そして実現し続けるという果てしのない話だ。
気が狂うであろうその所業。
自我を、初心を失えば一瞬で崩壊するその工程。

それでも、彼らは歩み続けていた。
それはシナーたちの夢と同じく、夢を叶えるための行程だ。
疑い、立ち止まった者とそうでない者との差異がここにある。

(;`ハ´)「だから……だからどうしたっていうアル!!
     こんな問答をして、自分たちの方が上等だって言いたいアルか!!
     民間人への攻撃はお前らもやっていることアル!!」

(*‘ω‘ *)「民間人? はははっ、物は言いようだな。
      それはお前らの定規での話だろう。
      内藤財団に組した時点で、我々からすれば敵勢力とその準構成員でしかない。
      夢を追うのならば、最後まで走り抜ける覚悟を持てということだよ、若造」

(;`ハ´)「夢を追って、それを信じた果てが街の消滅アル!!
     そんなの、元も子もないアル!!」

(*‘ω‘ *)「ジュスティアが滅んだ? だからどうした。
      街が消えただけで、思想は生き残っている。
      円卓十二騎士が破れた? それが何だ。
      彼らは信念を持ち、正面から立ち向かった。

      私が円卓十二騎士の末席に座しているのは、彼らと違って正面から戦うことをしてこなかったからだ。
      彼らの様な志、覚悟、そして矜持を嗤えるものなどいるかよ。
      お前らのように徒党を組んで一人に群がり、ようやっと倒しただけの雑兵が図に乗るなよ。
      夢を追って、その果てが死であれば、我々はそれを受け入れる。

      少なくとも、途中で止まるようなことはしない」

だからこそ、狂人。
だからこそ、英雄狂。
それこそが、ジュスティア人という人種なのだと、シナーは思い知らされた。
目の前にいる女がジュスティア人らしからぬ言動をしていたとしても、その根底はジュスティア人なのだ。

(*‘ω‘ *)「夢を諦めない者だけが夢を叶えられるんだよ」

(;`ハ´)「暴論を!!」

(*‘ω‘ *)「そうだよ、暴論だよ。 そして正論でもある。
      これは戦争だ。
      戦争の中の正義を、我々は貫いている。
      夢を叶えるのなら、夢に責任を持て」

これから死ぬ人間に対して、どうしてここまでこの女は言葉をかけてくるのか。
優越感に浸ることが目的ならば、何もここまで話す必要はないだろう。
我慢の限界に達したシナーは吠えた。

827名無しさん:2024/07/14(日) 19:54:37 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「さっきから説教をして、楽しいアルか!!
     殺すんならさっさと殺せアル!!」

(*‘ω‘ *)「……そうだな、少し喋りすぎた。
      だが私はお前を殺さない。
      死にたいなら、勝手に死ね」

ティングルは溜息を吐き、その場を歩き去った。
残されたシナーは少しの間警戒していたが、やがて、それを止めてその場に座り込んだ。
周囲の建物は全て燃え、世界が黒とオレンジと赤に染まっている。
降り注ぐ雨がぬるい。

水たまりはまるで湯の様だ。
致命傷を負ったわけではないが、片足片手を動かせないというだけで移動は絶望的だ。
果たしてどれだけの部下が無事に街を出られただろうか。
聞こえていなかった砲声が、徐々にはっきりと聞こえてくる。

着弾との時間差がほとんどなく、街の外で鳴り響く爆発音が聞こえなくなるまでに、そう時間はかからなかった。
きっと、全滅したのだろう。
巨大な何かが線路を進む音が聞こえてきた。
なるほど、これだけの短時間で砲撃と移動を可能にするとなると、列車砲の存在は必然だ。

エライジャクレイグが内藤財団に組しなかったことは、何も鉄道の自由を保障するためではなく、別口の契約があったのだろう。

(;`ハ´)「……糞」

夢が成就するかどうか、それを見届けることも出来ない。
シナーにとっては、この待つという時間が耐えがたい苦痛だった。
戦いの中で死ぬことが出来れば、遥かに幸せだっただろう。
何も知らないまま、砲弾で死んでいれば幸せだっただろう。

自らの夢が脅かされているということが分かっていながら、何もできないという無力感。
その無力感こそが、焦燥感に繋がる。
焦燥感はやがて、自分を苛む自己嫌悪の感情へと帰結する。
死にたい、という感情さえ湧き上がってしまうのだ。

立ち上がり、シナーは燃え盛る建物を一瞥した。
焼け死ぬというのも、死に方の一つではある。
許されるのならば、拳銃を使っての自殺が最も苦痛を感じないで済む。
死に方を探している間、不思議と不安はなかった。

これ以上生きていても、何もない。
生きて不安を感じるぐらいなら、いっそ死んだ方が楽なのだ。
誘蛾灯に誘われる虫のように、シナーは燃える家へと歩み寄る。
その時、背後からモーター音と濡れた路面を踏みしめるタイヤの音が聞こえてきた。

思わず立ち止まり、振り返る。
そこにいたのは、予想外の人物だった。

(=゚д゚)「自殺したいラギか?」

828名無しさん:2024/07/14(日) 19:54:58 ID:K.ug12hY0
頬に傷を負った男。
どこかで見たことがある男だった。

(;`ハ´)「……誰アルか、お前」

(=゚д゚)「何だ、俺が手前の幼馴染だったら自殺を思いとどまるラギか?」

(;`ハ´)「ちょうどいいアル。 私を殺せ」

男の懐に拳銃があることを見抜き、シナーはそう言った。
この際、どこの誰でもいい。
これ以上自分を嫌いになる前に死にたかった。

(=゚д゚)「嫌ラギ。 死にたがってる奴を殺しても、良いことないラギ」

(;`ハ´)「なら、放っておくアル」

(=゚д゚)「それも嫌ラギ」

(;`ハ´)「面倒な男アルね」

(=゚д゚)「手前にゃ負けるラギ」

(;`ハ´)「なら、どうするつもりアルか?」

(=゚д゚)「俺は説教が嫌いラギ。 だから手短に言うラギよ。
    とりあえず、捕虜になるラギ」

あまりにも単刀直入。
あまりにも身勝手な言葉。
そして何より、意味が分からなかった。

(;`ハ´)「捕虜? 私が?
     何も話すことなんてないアルよ」

(=゚д゚)「うるっせぇラギね。 こちとら人手不足ラギ。
    料理は出来るだろ?
    俺はまた手前の餃子が食いてえラギ」

そこでシナーは、男とどこで会ったのかを思い出した。
オアシズだ。
オアシズに餃子屋として潜入している時、客として来た男だった。
そして、ワタナベ・ビルケンシュトックが執着していた男。

ジュスティア警察で最も厄介な刑事、トラギコ・マウンテンライト。

(;`ハ´)「オアシズの……!!」

(=゚д゚)「まさかこういう形で再会するとはな」

829名無しさん:2024/07/14(日) 19:55:18 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「馬鹿言ってるんじゃないアルよ!!
     どうして私がそんな真似……!!」

(=゚д゚)「言っただろ? 俺はお前の餃子がまた食いたいラギ。
    ひとまず、この戦争が終わるまでは捕虜として餃子を焼いてもらうラギよ」

トラギコは、ジャケットから銀色に輝く手錠を取り出す。

(=゚д゚)「死ぬのはその後ラギ」

(;`ハ´)「ば……」

(=゚д゚)「ば?」

(;`ハ´)「馬鹿アル……お前……」

(=゚д゚)「あぁ、そうラギよ。
    だが、お前の餃子は馬鹿をしてでもまた食べたい味があるラギ」

手錠が足元に投げられる。
それが意味するのはただ一つ。

(=゚д゚)「ほれ、自分でつけるラギ」

(;`ハ´)「大人しく従うと思うアルか?」

(=゚д゚)「あぁ、思うラギ。 あんた、そういう顔してるラギ」

(;`ハ´)「どういう顔アルか……」

(=゚д゚)「生きたがりの顔ラギ」

ジュスティア人は人の話を聞かないのだろうか。
先ほどのティングルといい、トラギコといい、まるでこちらの意思を無視して話を進める。

(;`ハ´)「体が治れば、確実に裏切るアルよ」

それを聞いて、トラギコは口元に笑みを浮かべた。
疲弊しきっているであろう男の顔に浮かぶのは、一切の取り繕いがない生のままの笑顔。
不器用で、それでいて、どこか安心する笑顔だった。

(=゚д゚)「そん時はそん時ラギ。
    俺は刑事だ。
    裏切る奴も、死にたがりの奴も、もちろん生きたがりの奴も分かるラギ。
    あんたは裏切らないし、自死もしないラギ。

    それでも、もし万が一があった場合は……
    また俺がお前を止めてやるラギ」

830名無しさん:2024/07/14(日) 19:55:52 ID:K.ug12hY0
その目は。
嗚呼。
その瞳は、何と真っすぐなのだろうか。
炎に揺れる瞳の奥に宿るのは純粋なまでの信念。

ジュスティア人にこそ相応しく、ジュスティア人らしい双眸にシナーは初めて救いを感じた気がした。
これまでに出会ったどんな人間よりも、彼の目は嘘を吐いていない。
なるほど、ワタナベが執着するわけだ。
彼女の中の獣はこれを見抜いていたのだ。

(;`ハ´)「あんたはどうして、内藤財団の夢を否定するアルか……」

(=゚д゚)「あ? んなもん決まってるラギ。
    手前のルールに従わねぇってだけでこれまでの生き方を否定されりゃ、誰だって反抗するラギ。
    そんなに仲良ししたきゃな、自分たちだけでやってりゃいいラギ。
    どんだけ長い間、今の形態で世界が進んでたと思ってんだよ」

(;`ハ´)「……そうアルか。
     だけど、それこそどうして私を生かそうとするアルか?
     私が生き残れば、また同じことを言いだすかもしれないアルよ」

(=゚д゚)「あんたにゃ、更生の余地がありそうだって聞いているラギ。
    一度夢を疑ったなら、もう夢を追えねぇラギよ」

(;`ハ´)「……あの口軽女」

(=゚д゚)「流石に今回は人が死にすぎてるラギ。
    救えるんなら、俺は一人でも多く救いてぇのが本音ラギ。
    少なくとも、連中の夢を叶える、なんて馬鹿以外はな」

実のところ、シナーはもうティンバーランドが抱いていた夢について叶えることを諦めていた。
それは実現性の問題ではない。
問題だったのは、その手段と本質だった。
トラギコが言った通り、この方法の最大の問題は力づくで一気に世界中を塗り替えるという手段その物にあった。

段階的ならば、まだ分かる。
しかしながら、長年の計画にも関わらずその計画には疑問を抱く余地があった。
それを誤魔化すかのように世界中への宣戦布告が行われたことにより、作戦の参加者はその疑問について何か言及することは不可能だった。
実際にシナーがそうだったように。

どこかで疑念を抱いた者は、もう引き返せない位置にいる。
世界に対しての宣戦布告こそが、その最後の楔だったのだ。
そこまでに気づける人間は誰もいなかったのかもしれないし、いたのかもしれない。
しかし、それらは一切彼らの耳に入ることはない。

世界を変えるためには情報の統一が必要であり、意志の統一が必要だった。
彼等は“歩み”と呼ばれる複数の作戦に関わることで、精神的にも社会的にも退路を自ら断つことになる。
シナーはその最前線を歩く人間だという自負があったが、それでも、疑念を捨て去ることはできなかった。
極めて稀有な例なのだろう。

831名無しさん:2024/07/14(日) 19:56:26 ID:K.ug12hY0
これまでに彼らの考えに対して異議を唱えたり、ましてや離反するような人間はいなかった。
そういう意味では、シナーは極めて異質な存在だという自覚があった。

(=゚д゚)「手前はまだ、救えそうな気がした。
    それだけラギ」

(;`ハ´)「……」

(=゚д゚)「俺もあのババアは苦手だが、人を見る目はあるラギ。
    自分は説得できなかったけど、手前をどうにかしてやってくれ、って言われてな。
    死ぬ前にこうして話して分かったけど、手前は死ぬよりも生きてた方がいいラギ」

(;`ハ´)「民間人を爆殺しておいて、よく言うアルね」

これだけ言われても、まだ信じ切れない。
トラギコという男の持つ魅力は十二分に伝わってきているし、言い分も分かる。
しかし、それではシナーは自分が許せないのだ。
夢半ばで裏切り、そのまま生き続けるということが。

(=゚д゚)「手前らからすれば民間人。
    俺たちからすれば敵の細胞ラギ。
    手前らがジュスティアで民間人を殺したのと同じラギよ。
    だけどこれが戦争ラギ。

    やってやられて、またやって。
    この戦争はそうやって続いて、結局は死体と瓦礫の山が残るラギ。
    なら、少しでもまともな人間が生き残った方がいいに決まってるラギ」

(;`ハ´)「……普通、敵の指揮官にそんなことを言うなんてありえないアルよ。
     自分の体内に毒を取り込むようなものアル」

あわよくば、トラギコにならば殺されてもいい。
彼にならば、殺されても悔いはない。
むしろ、彼にこそ殺されないとさえ思える。
彼に肯定されることに、何故か無上の喜びを覚えてしまう自分がいることに、シナーは徐々に気づき始めていた。

(=゚д゚)「うるせえな。
    とにかく、手前は生きるラギ。
    そんでもって、餃子を焼くラギ。
    罪の清算やら何やらはその後ラギ」

もう。
もう、意地を張らなくてもいいのかもしれない。
この刑事ならば、シナーの罪を決して許しはしないはずだ。
許されない事こそが、今のシナーには必要なことだった。

仲間を裏切るということ。
夢を裏切るということ。
それら全てを受け入れるには、シナーの心はあまりにも繊細だった。
そして、これまでに歩いてきた道は血で汚れ切っていた。

832名無しさん:2024/07/14(日) 19:56:53 ID:K.ug12hY0
自死することでその道から逃げようとしていたのは、恐らくは事実であり、彼の心が望んだ救済策だ。
重ねてきた罪の数が、人として生きるにはあまりにも多すぎる。

(=゚д゚)「とりあえず、もう時間がねぇラギ。
    一緒に来てもらうラギよ。
    その途中で、あいつらに関する情報をよこすラギ」

シナーは器用に手錠を拾い上げ、それを眺めた。
使い古された手錠。
しかしながら、その堅牢性が保障された手錠だ。

(;`ハ´)「……」

静かに。
シナーは自らの両手に手錠をかけた。
その音が聞こえた時、何か、心の中にあった重荷が初めて自分の一部であると認識できた気がした。

(=゚д゚)「上出来ラギ。
    ほら、後ろに乗るラギ」

(;`ハ´)「……首を絞められるとか思わないアルか?」

(=゚д゚)「とことん素直じゃねぇ野郎ラギね。
    時間がねぇんだ」

足を引きずり、シナーはトラギコの乗るバイクの後ろに跨った。
無防備だが、あまりにも大きな背中だった。

(=゚д゚)「じゃあ行くラギよ」

そして、燃えるヴィンスを後に、シナーはトラギコと共に列車へと向かったのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

かつて、二度の厄災を経験したヴィンスという街があった。
一度目は一人の殺し屋が街の内部を壊滅状態にした。
内部が元通りに機能するまでに要したのは、半年以上の辛酸を嘗める時間。
外的な支援によって、それでも破滅を回避することに成功した。

二度目の厄災は、街の外部を壊滅状態にした。
砲弾と焼夷弾の雨が全てを壊し、燃やし、焼失させた。
黒い雨が全ての炎を消すのにかかったのは3日。
消火活動を行う人間は一人もいなかった。

こうして遂に、ヴィンスは世界地図からその名を消すことになった。
これが、ヴィンスの落日である。

             ――ググルマップ・ヤフー著 『世界から消えた美しい街100選』より

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

833名無しさん:2024/07/14(日) 19:57:21 ID:K.ug12hY0
豸;゚ ヮ゚)「えええ……」

冷静沈着、あるいは一時の感情に流されることとは無縁と思われていたジャック・ジュノの反応は、想像した通りの物だった。
ヴィンスへの砲撃の影響に罪悪感を覚えたのではなく、ラヴニカを襲った部隊の首魁を生きて連れ帰ってきたことに対する純粋な反応だ。
手錠をした状態で大人しく車椅子に座っているとはいっても、その内面に秘めた暴力性と戦闘力の高さは危険の一言に尽きる。
言わば、自ら手負いにした肉食獣を連れてきたのである。

豸;゚ ヮ゚)「どうするんです?」

(=゚д゚)「どうするも何も、ひとまず手当ラギ」

自分自身も怪我人である以上、当然、手当てをするのは搭乗している医療チームだ。
骨折二か所と火傷の治療だけであれば、そこまで時間はかからないだろう。

豸;゚ ヮ゚)「アンストッパブルで暴れられでもしたら、取り返しがつかなくなります」

当然の危惧だった。
誰だって同じ危惧をするだろう。
この状況でわざわざ面倒ごとを取り込むメリットがない。

(=゚д゚)「こいつはそんなことしねぇラギ」

トラギコはこの手合いについて知悉しており、決して見誤ることはない。
この手の男は、そんなつまらないことはしないのだ。
それを選ぶぐらいなら、この類の人間は死を選ぶ。

豸;゚ ヮ゚)「……お知り合いで?」

(=゚д゚)「あぁ。 こいつの餃子が美味いラギ」

僅かの沈黙があったが、その間に列車がゆっくりと発車した感覚が伝わってきた。

豸;゚ ヮ゚)「えぇ……」

(;`ハ´)「……流石に私もそれはどうかと思うアル」

(=゚д゚)「まぁまぁ。 ティングルのババアも見込んだんだ。
    とりあえず、よろしく頼むラギ。
    情報が分かり次第伝えるから、な」

不承不承、といった様子でジュノが頷く。
不穏分子を抱き込んだことにより、作戦に支障が出る危険性が生まれたことは、彼女としては受け入れ難い事だろう。
彼女の様な一般常識人であれば、そもそもこの提案を受け入れるということ自体があり得ない、と断じるのが普通の反応だ。
しかし、トラギコの言葉を受け入れたのは、これ以上のやり取りが余計な遅れにつながることを危惧したのだろう。

もしくは、トラギコの言を信頼してくれたのかもしれない。

豸゚ ヮ゚)「それで、名前は?」

(=゚д゚)「……何てんだ、手前?」

834名無しさん:2024/07/14(日) 19:57:42 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「……シナー・クラークス」

(=゚д゚)「シナーラギ」

豸゚ ヮ゚)「ではシナーさん。
     御覧の通り、現在は緊急事態です。
     くれぐれも、面倒を起こさないようにお願いします」

( `ハ´)「分かったアル」

(=゚д゚)「な? 聞き分けが良いラギ」

目頭を押さえ、ジュノは溜息を吐いた。
ジュスティア警察でもよく上司が見せた行動と同じだった。
そしてそのまま、トラギコに医療チームの待機している車両を空いた手で指す。

豸゚ ヮ゚)「後はお任せします」

(=゚д゚)「助かるラギ」

車椅子を押しながら、トラギコは列車の中を進んで行く。
既にアンストッパブルは砲弾の薬莢等の廃棄を済ませ、イルトリアに向かって進み始めている。
予定到着時間は、夜の11時。
それまでの間は、少なくとも危険はないはずだ。

(=゚д゚)「で、さっさと話をするラギ」

( `ハ´)「何を話せばいいアルか?」

(=゚д゚)「お前らの作戦だよ。
    イルトリアを攻め込むってんだ、何かしらの策があるんだろ?」

自分は何も知らない体で質問をする。
少なくとも、相手が知っていて当然だろうと考えて削られる情報を無くすことができる。
対人コミュニケーションにおいて、情報を正しく得るために彼が警察学校で学んだことであり、役立った情報でもある。

( `ハ´)「陸海空の全方位からの質量による攻撃アル」

思っていたよりもシナーは協力的だった。
言葉をどこまで信用していいのかは分からないが、聞いている情報と一致するものがあれば、後は整合性を見ればいい。
だが、引っかかる部分があった。

(=゚д゚)「陸は間に合ってないラギよ?」

( `ハ´)「そうみたいアルね。
     陸の部隊もあったけど、多分途中でダメになったみたいアル」

835名無しさん:2024/07/14(日) 19:58:04 ID:K.ug12hY0
全方位からの質量による攻撃。
しかし、陸路だけは攻撃の時間に時差があった。
というよりも、トラギコが出発するまでは陸からの攻撃がなかっただけで、その後にあったのかもしれない。
ハート・ロッカーの砲撃を事前に防げたことが大きいのかもしれないが、それだけに頼っていたとは考えにくい。

陸の部隊が出遅れた理由も、海と空の攻撃が同時だった点を考えれば不自然だ。
ここまで入念に準備をして、陸だけが大きく遅れる理由は何だろうか。

(=゚д゚)「陸がそう簡単に駄目になるか?
    それに、力技だけってこたぁないだろ」

( `ハ´)「詳細は知らないアル。 私の担当はラヴニカだったアル」

(=゚д゚)「……役割分担に伴う情報封鎖か」

狩りに裏切り者が出たとしても、情報が漏洩する心配がない。
必要な人間にだけ、必要な情報を。
組織運営としては至極真っ当な考え方だ。

( `ハ´)「だから、話せることなんてほとんどないアルよ。
    もう全部実行済みアル」

(=゚д゚)「ま、そうだろうな。
    イルトリア方面を担当する人間の中に、厄介なのは?」

( `ハ´)「……強いて言うなら5人。
     “終末”、ダディ・クール・シェオルドレッド。
     “猟犬”、ビーグル・ウラヴラスク。
     “石臼”、シィシ・ギタクシアス。

     “剛腕”、モナコ・ヴォリンクレックス。
     そしてハインリッヒ・ヒムラー・トリッペン。
     全員がイルトリアに恨みがあって、それぞれが指揮官アル。
     戦闘能力はイルトリア軍人に負けるだろうけど、恨みと連携力が強みアルね」

(=゚д゚)「何人か聞いたことのある名前ラギね」

( `ハ´)「大体がどこかの罪人アル。
     中でもハインリッヒは、まぁ、多分ただじゃすまないと思うアル」

(=゚д゚)「何でラギ?」

( `ハ´)「恨みが強いけど、逆恨みアル。
     市長にほとんど毎年体のどこかを刻まれているアル。
     だからこそ、痛みや恐怖への感覚が半分マヒしているアルね」

(=゚д゚)「……ただの狂人じゃねぇか」

( `ハ´)「他の細かい所は本当に知らないアル。
     他に話せるようなことはないアルよ」

836名無しさん:2024/07/14(日) 19:58:26 ID:K.ug12hY0
少しの間、トラギコは考えた。
この男から得られる情報は、そこまで期待はしていなかった。
独立した状況下での、情報の共有。
その可能性は考えていた。

しかし、それでも分かることはあった。
つまりは物量戦であることに変わりはなく、トラギコとデレシアがその場に留まる必要性はなかったということだ。
質で攻め込まれていないことが分かれば、後は現場の状況を聞いてから判断すればいい。

( `ハ´)「……ただ、一つだけ良く分からない命令があったアルね」

(=゚д゚)「どんな命令ラギ?」

( `ハ´)「イルトリアも、ジュスティアも。
     最優先で海路を封鎖しろ、って命令アル」

(=゚д゚)「まぁどっちも海に面してるから……な」

確かに理にかなった命令ではある。
大陸の東西に位置する両者の海路を封鎖すれば、海軍を使用した双方向の援軍を封じることができる。
イルトリアとジュスティアが協力関係になることが想定されている状況では、物理的なつながりを封鎖することが重要である。
しかしそれは、半ば杞憂の様なものでもある。

デレシアとトラギコがジュスティアに向かうためにヘリを使い、クラフト山脈を越えるという道を選んだのは両者の間に広がる海こそを懸念したのだ。
ティンバーランドの海軍が待機していたこともある。
そして、ジュスティアへの攻撃を終えた船が真っすぐにこちらに来ないのと同じ理由があった。
“バミューダトライアングル”の存在である。

三つの島を結んだ地点で確認された船舶連続失踪事件によって真実とされながらも、後日その場所には何もないことが確認された。
不気味な事実だけが転がる中、船の航路として現代の常識となっているのがやはりその海域には近づかない、ということだ。
最初に確認されたバミューダトライアングルの位置は奇しくもイルトリアとジュスティアの間であり、万が一を懸念する人間は絶対にその付近を通らないことにしている。
オアシズがポートエレンに立ち寄り、万全の状態であることを確認したのちにティンカーベルに向かうのはそうした理由がある。

あの辺りの海は荒れるのだ。
そうしたことがあるにも関わらず、何故、海路の封鎖を最優先としたのか。

(=゚д゚)「正確には、どんな命令だったラギ?」

( `ハ´)「全ての港を使用不可能にさせ、船の出航を阻止せよ、だったはずアル」

(=゚д゚)「港の封鎖……なんでだ……」

( `ハ´)「言った通り、理由までは知らないアル。
     だから両方の街に大量の軍艦を派遣したアル。
     上陸できる距離まで近づいて潰されても、それだけで出航の障害になるアル」

物量で攻め入るための軍艦でさえ、港を封鎖するための駒。
確かに、そこに異質さを感じざるを得ない。
深く考えれば考えるほど、そこに必然性がないのだ。
まるで、これこそが本命であるかのようでもある。

837名無しさん:2024/07/14(日) 19:58:46 ID:K.ug12hY0
(=゚д゚)「考えても仕方ねぇか」

呟いた言葉は、半ば自分に言い聞かせるものでもあった。
この状況下で追うべきものが今更変わることはない。
今のトラギコがやるべきことは、この戦争の終結に手を貸すことだ。

( `ハ´)「こっちからも質問いいアルか?」

(=゚д゚)「内容次第ラギ」

( `ハ´)「ワタナベとあんたは、どんな関係だったアルか?」

(=゚д゚)「昔の知り合いラギ」

( `ハ´)「そうアルか」

(=゚д゚)「あぁ、そうラギ」

医者のいる車両に到着すると、あらかじめ報告があったのか、腕を組んで怒りを表現する白衣の男がいた。
確か、トラギコの要求を全て叶えてくれた人のいい男だ。
緊張に満ちた空気が漂う中、男が口を開いた。

(●ム●)「勘弁してくれ、って言ったらどうします?」

(=゚д゚)「勘弁しない、って言うラギ」

それを聞いて、男は破顔した。

(●ム●)「分かりました、最善を尽くします」

(=゚д゚)「手間かけるが、よろしく頼むラギ」

シナーを預け、トラギコは近くの椅子に腰かける。

( `ハ´)「仕事はいいアルか?」

(=゚д゚)「これが仕事ラギ」

(●ム●)「いやいや、寝ていてくださいよ!!」

(=゚д゚)「そうしたいのもやまやまだが、こいつが暴れたら大変だろう?」

(●ム●)「暴れないって請け負ったと聞いたのですが……」

(=゚д゚)「あぁ、そうラギね。 だけど、万が一があったら嫌だろ?」

(●ム●)「そりゃそうですけど……
      じゃあくれぐれも暴れないよう、お願いしますね」

(=゚д゚)「あぁ、そうするラギ」

838名無しさん:2024/07/14(日) 19:59:20 ID:K.ug12hY0
トラギコは懐から、スキットルを取り出す。
ワインとステーキを注文したついでに、その場で依頼したカンフル剤的な物だ。
全身の痛みも気だるさも疲労も、正気のままでは耐えきれるものではない。
正直なところ、全身に広がる激痛は戦闘をするにはあまりにも重い物だった。

蓋を開ければ豊潤なウィスキーの香りが鼻孔に届き、束の間の安らぎを与える。

(●ム●)「……それは?」

その香りに、医者がトラギコの方を見る。
その目は、明らかな好奇心に輝いていた。

(=゚д゚)「ボウモアラギ。
    ……ほしいラギ?」

(●ム●)「一杯だけ」

スキットルを受け取った医者は一口呷り、そして、満足そうに息を吐いた。

(●ム●)「……美味い」

(=゚д゚)「だろう?」

今は戦時。
そして今は、世界中が戦場である。
これから世界で最大の戦場と化しているであろうイルトリアに向かうとなれば、心理的なストレスは相当な物だ。
手術をするわけではないため、男は酒を欲したのだろう。

( `ハ´)「もらっても?」

(=゚д゚)「あぁ」

シナーに手渡すと、彼は匂いを味わうようにして嗅ぎ、それから一口飲んだ。
ゆっくりと口の中で堪能してから嚥下し、そして言った。

( `ハ´)「美味いアル」

思想が違えど、美味い物は美味いのだ。

839名無しさん:2024/07/14(日) 19:59:49 ID:K.ug12hY0
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あえて形容するなら、スポンジに染みた水を絞り出すような戦争だった。
水が十分にスポンジに染み渡り、機を見て握り潰す。
他の水が入る余地などない。
何せスポンジは手のひらの中に納まり、硬く握り潰されているのだから。

しかし。
拳はいつまでも握り固めることはできないのだ。

                                ――とある戦場カメラマンの手記より

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September 26th

イルトリアでの市街戦は、着実に終わりへと近づいていた。
街中に分散して設置されていた通信の中継器も、そしてそれを活用するためのタブレットも破壊され、最早ティンバーランドの持つ優位性は失われていた。
増援が来るという算段は打ち破られ、残党が時間経過と共に殺戮されていった。
市街戦を大前提とした市民と部隊に迎え撃たれたティンバーランドの兵士たちは、秒針が進むごとに減っていった。

物量戦に持ち込んだ側が敗北するに至った最大の要因は、イルトリア側の用意にあった。
最初から敵を招き入れ、文字通り全方位から圧殺する自殺行為にも等しい手法は、作戦としては悪辣と言ってもいい。
文字通り陸海空、全方位からの同時攻撃に対抗するためには、これが最適解であると判断を下した最高責任者はこの結果に安堵していた。
宣戦布告から戦闘までに僅かな時間を要したとは言っても、その物量と質量は近代でも最大規模である。

これがイルトリアでなければ、間違いなく耐えきれずに街中が蹂躙されていたことだろう。
この結果を生み出すにあたり、ティンバーランドは大きな誤算をしていた。
それは、空だった。
空を飛翔する移動手段が稀有な物となり、空軍という概念そのものが消えた時代だからこその強みのはずだった。

航空空母を用いた大規模な空挺部隊と軍艦と有線接続された棺桶の存在が、戦場を圧倒するはずだったことは言うまでもない。
世界で唯一、空軍を分散して秘匿していたイルトリアにとってその戦略は対応可能な物だった。
これによって三方向からの攻撃が破綻。
陸上からの攻撃は、ハート・ロッカーがイルトリアに砲撃を行う前に動きを止めたことにより、そのタイミングをずらすことになる。

街の外で待機していたイルトリア陸軍と親イルトリア派の街により、近隣の街から向かってくる増援は街に到着する前に全滅させられていた。
その結果として、海上からの増援だけがあえて街へと招き入れられ、狩りの対象となった。
敵が上陸をしなければいつまでも軍艦の砲撃が街に降り注ぐことになるため、上陸が成功したと思わせる必要があった。
砲撃は敵味方の識別をして行えるものではないため、敵の攻撃を弱体化させるにはこれが最も簡単な手段なのだ。

イルトリア海軍はそれを承知の上で敵を上陸させ、そして弱体化したのを見届けてから敵艦を迎撃。
陸軍は適度に街中には侵攻させ、基地内に入り込んだ輩は容赦なく殺した。
敵戦力が全て注ぎ込まれたことを確認してから、ようやく反攻作戦が開始されたのである。
非戦闘員に被害が出ないよう、戦闘は街の中心に集中する様に誘導が行われた。

そして戦闘要員となる住民は街中に分散し、適度に攻撃を加えつつその瞬間を待ち続けていたのである。

ミ,,゚Д゚彡「増援に注意しつつ、残党を始末しろ」

840名無しさん:2024/07/14(日) 20:00:12 ID:K.ug12hY0
市長フサ・エクスプローラーの一言によって、街中で残党狩りが行われたのは、日付を跨いだ3時ごろのことであった。
フサが彼らの目論見、あるいは作戦を見抜いたのは、複数の情報を統合しての見解からだった。
戦争をするのであれば、兵站という概念は決して無視できない要素だ。
しかしながら、イルトリアを攻め入ろうとする部隊も、ジュスティアに攻め入る部隊も、短期決戦を予定していたのかあるべき兵站線が存在しなかった。

それはつまり、長期戦を予定しておらず、一瞬の火力に全力を注いでいることを意味していた。
一瞬で勝利を決することができると、本気で信じていたのだろうか。

ミ,,゚Д゚彡「あー……こりゃ、やられたな」

しかし、勝利を確信しつつも、負けを受け入れたフサの言葉は黒い空に吸い込まれた。
黒い雨は降り続け、街で起きていた火災は落ち着きを見せている。
隣で大口径の対物ライフルを構えていた妻のチハル・ランバージャックが残念そうに同意した。

从´ヮ`从ト「やられましたねぇ」

単純なイルトリア人の死体の数で言えば、歴代最多。
被害の規模で言っても歴代最悪である。
戦果のみを見ればイルトリアの勝利であるが、敵勢力の目的を達成させてしまったという事実に気づいた時には、もう手遅れだった。

ミ,,゚Д゚彡「損耗はどれぐらいだ?」

从´ヮ`从ト「人員であれば2割、建物なら5割ってところですかね」

ミ,,゚Д゚彡「ジュスティアを最優先にして、こっちは二番目……
     腹立つな。
     あー、フォックスの勝ちだ」

最後に呟いた一言を、耳付きであるチハルが聞き逃すはずもない。

从´ヮ`从ト「あっ、ひょっとしなくても賭けてましたね」

ミ,,゚Д゚彡「あぁ、賭けてたよ。
      戦争になった時にどっちが優先されるか、ってな。
      しかし最初から海が目的だったか」

相手の思惑が分かれば、これほど腹立たしいことはない。
相手の目論見通りに動き、そして目的は達成されようとしている。
海を封じられ、空路を潰され、残されたのは陸路のみ。
この状況を生み出すことこそが、敵の狙いだったのだ。

後は陸から迫ってくる敵増援に対応を迫られることとなる。
街の機能を回復しながらそれを迎え撃つ余力は、正直なところ十分とは言えなかった。
何せ、街中の道路には敵の残骸が散乱し、兵士のまとまった展開が出来ない。
市街地にビーストを始めとする陸軍を待機させていなければ、被害はこれ以上の物になったことだろう。

ミ,,゚Д゚彡「……来たか」

841名無しさん:2024/07/14(日) 20:00:32 ID:K.ug12hY0
巨大な車輪がレールを踏みしめる音が、静けさを取り戻しつつあるイルトリアに届く。
それはある意味で定刻通り。
ある意味で、予定通りの到着である。

ミ,,゚Д゚彡「さて、第二波に備えるぞ。
     連中の殲滅にトソンが出張ったからな。
     後は、こっちで処理だ」

陸軍大将の使用する棺桶“スリーハンドレッド”は、乱戦において比類なき強さを発揮する。
しかし、その力には制限がある。
スリーハンドレッドは300機の小型無人航空機を操作し、敵を爆殺することを最大の特徴としている。
そしてその無人機は全て使いきり、残された装備は槍と盾となっている。

それだけでも彼女は十分に戦えるが、大量の敵兵を相手にするのには不向きだ。
それは単純に敵を殲滅するのに時間がかかるというだけであって、負けるということではない。
彼女が生き延びても、街の被害がこれ以上拡大するのは避けられない。
最終的にイルトリアが得るのは勝利だとしても、受ける被害が後にイルトリアの命を奪わないとは断言できないのが現実だ。

無人航空機の製造にはラヴニカの復興が必須であり、今後数年規模での補充が不可能であることを覚悟していた。

ミ,,゚Д゚彡「……なぁ、チハル」

フサがかけた言葉は市長と空軍大将の間で交わされるそれとは違い、夫から妻へと向けられるそれだった。

从´ヮ`从ト「うん?」

つぶらな瞳が、フサに向けられる。
戦闘機を駆り、対物ライフルを振り回し、死体の山と戦果を築き上げた彼女の声もまた、フサと同じ類のものだった。

ミ,,゚Д゚彡「酒でも飲まないか?」

从´ヮ`从ト「いいねぇ。 どこで飲む?」

ミ,,゚Д゚彡「適当な店でいいさ。
      お前と一緒ならどこでも」

从´ヮ`从ト「はははっ、らしくないねぇ。
      どうしたよ?」

それは、長年連れ添った妻だからこそ分かるフサの心境の微細な変化だった。
そしてそれに気づいてくれることを、フサは期待していたし、確信していた。

ミ,,゚Д゚彡「なに、ちょっと疲れが出たみたいだ。
      いやか?」

普段は数万の市民と軍人を背負い、緊急時には最前線で指揮を執る。
それを平然とやってのけているが、実際のところ、本人の自覚のない所で味わうストレスの負荷は人生最大のもの。
博打にも近い作戦が成功したが、まだ終わらないという事実が彼に支えを欲させる。
一瞬でいい。

842名無しさん:2024/07/14(日) 20:00:52 ID:K.ug12hY0
ほんの一瞬寄り添ってくれる存在がいれば、まだ戦える。
その役割を、彼の妻は言われずとも理解していた。

从´ヮ`从ト「そういう人間らしいところが好きだよ。
      ……旦那」

ミ,,゚Д゚彡「なんだ?」

それは、いつも通りのやり取りだった。
彼女と出会い、一緒になった時から続く約束事のようなやり取り。
言葉遊びから始まり、そして、今も続く合図。

从´ヮ`从ト「ん」

ミ,,゚Д゚彡「あぁ」

差し出された手を、フサは躊躇うことなく繋ぐ。
今も昔も変わらない、心を寄せた最愛の手。
伝わるのは言葉以上のそれ。
人はそれを――

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手をつなげば、言葉以上に分かりあえることがある。

                                           ――ジュスティアの諺

手をつなぐという行為は、言葉を超えることもある。

                                            ――イルトリアの諺

愛を知るための最も簡単な手段。

                                             ――ノ・ドゥノの諺

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イルトリアに到着したアンストッパブルから続々と武器弾薬を降ろされる中、二人のジュノとフサはカフェを転用した司令部で握手を交わし、小さなテーブルを挟んでの会合を開始した。
彼らの目的は、これから出現するであろう敵増援に対する陣地構築と非戦闘員の避難だった。
街中の人間が戦える状態にあるのは事実だが、年齢や体のハンデを鑑みれば長時間戦えない人間がいるのもまた事実だ。
その事実から目を背けるわけにもいかず、どのようにして民間人を避難させるのかという点に難儀した。

アンストッパブルは全面的に砲撃に特化させており、イルトリア防衛の重要な役割を果たすことになる。
そうなると必然、民間人を避難させる最も安全な場所と言えばイルトリア軍基地ということになった。
意図的に敵を上陸させさえしなければ、絶対の防御力を誇る基地に民間人を避難させる。
それは、極めて危険な賭けにさえなり得る作戦だった。

843名無しさん:2024/07/14(日) 20:01:14 ID:K.ug12hY0
敵が砲兵を率いていれば、基地も無傷では済まない。
今回も艦砲射撃によって甚大な被害を受けたが、海軍と空軍が健在だった時の話である。
海軍はその大多数が船を失い、沈没した敵味方の軍艦によって沖合に出ることは不可能となっていた。
空軍は大規模に展開したことにより、バッテリーの充電と整備に時間がかかってしまっている。

つまりは、万全とはおおよそ言い難い状況での防衛戦となる。
威力偵察も兼ねて少数の部隊が展開し、それぞれの方面で敵の動きについて逐一動向を探っている。
報告があるまでの束の間、街では炊き出しや装備の整備や準備など、次の戦いに向けての比較的落ち着いた時間が過ぎている。
温食が戦闘員たちに振舞われ、街に通じる大きな道を中心にバリケードが構築。

陸軍から砲撃を免れた装甲車や戦車が街中に配備され、背の高いビルには狙撃手たちが陣取る。
砲兵たちは牽引式榴弾砲を持ち出し、ビルの上や狭い路地に配置して街の外からやってくる外敵への砲撃に備えた。
敵の残党や罠がないかについては、“ビースト”が担当し、わずかな異変さえも見逃すことはない。
偵察に向かった部隊から連絡があったのは、朝4時のこと。

近隣にある敵対的な街、あるいは内藤財団の傘下になった街からすでに複数の戦闘集団が移動しているという報告だった。
黒い雨によって地面がぬかるみ、暗闇が進軍速度を著しく低下させているのが幸いしたのだろう。
分かっているだけでも、その規模は4万人以上。
イルトリアにとっては相手にできない数ではないが、この状況下で相手にするにはいささか面倒臭い相手だった。

面倒なのは、街の復興が遅れる点にあった。
イルトリアにおいて戦争とは、復興が終わるまでの期間を指す。
その期間を左右するのが、相手が行う攻撃の苛烈さの濃度である。
同じ戦争でも、銃火器が中心になるのと砲撃が中心になるのとでは、まるで別の傷跡を残す。

故に、相手が陸上から攻め込むしかないことが幸いだったが、相手の部隊規模と装備が気になるところだ。
兵站を無視した全方位からの攻撃は、詰まるところ、こちらの主戦力を表舞台に引き摺り出すための捨て身の攻撃。
本命の一撃は、彼らの考えに感化された人間たちによる一斉攻撃なのだろう。
威力は微弱だが、その数で圧倒するという、初めの攻撃にあった質さえも無視した物量での攻撃。

その物量に、どのような質量という味付けがされているのかが問題だ。
間もなく訪れた追加の連絡がもたらしたのは、敵の装備と正体だった。
ぬかるみで進軍速度が落ちている敵の正体は、一般車両のハンドルを握るただの民間人。
そして車の屋根に括り付けている装備は、棺桶だった。

中身を見るまでもなく、内藤財団がすでに各戦場で使用している白いジョン・ドゥであることは明白だ。
大量生産を完了させ、物流を支配したことで世界中に配ったのだろう。
しかしながら、それは朗報でもあった。
相手は優れた兵器を持つ、戦争の素人なのだ。

中には軍隊経験がある人間もいるだろうが、それは瑣末な問題だ。
カルディ・コルフィ・ファームからの増援が最も規模が大きく、2万人近い規模で迫っているという。
幸いにして、カルディ・コルフィ・ファームの部隊は船を使っての進出となっており、少しずつ上陸が開始しているとのことだった。
それらの情報を統合し、イルトリア軍が選んだ攻撃手段は迎撃戦であった。

相手が戦争素人であれば、相手が望む防衛戦をする必要はない。
攻めてくるというのであれば、勢い付く前に全力で迎え撃ち、そして撃滅するだけなのだ。
陸軍は即座に残存兵力を分配し、海軍、空軍と合流して部隊を再編。
街にはビーストと砲兵隊を主とした防衛戦力を残し、即座に行動を開始した。

844名無しさん:2024/07/14(日) 20:01:35 ID:K.ug12hY0
途端に慌ただしくなる中、二人のジュノはアンストッパブルへと戻る。
ここから先は、定刻通りにはいかない。
彼らの得意分野である、精巧な時計じみた動きで戦うしかないのだ。

豸゚ ヮ゚)「当列車周辺の全友軍に通達します。
     間もなく弾着観測射撃を行います。
     お気を付けください」

イルトリア軍との回線を確認し、列車砲の照準を動かす。
そして、カルディ・コルフィ・ファームに砲塔が向き、角度が整った瞬間。
自分の隣に雷が落ちてきたのではないかと錯覚するほど砲声が響き渡る。
弾着観測を担う偵察部隊から、少しして報告が入った。

『弾着確認。 接岸した敵部隊の左翼の一部を削った。
修正座標を送る』

修正後の座標を受け取り、そして二発目。

『弾着確認。 いい腕だ。
誘爆を確認。 このまま砲撃を続けてくれ』

これにより、カルディ・コルフィ・ファームから迫る陸軍に対しての砲撃が本格的に始めることができた。
砲弾をフレシェット弾に切り替え、三発、四発と続け様に放つ。
着弾の報告を受け、更に焼夷弾へと切り替えた。

『この後は我々も連中を歓迎する。
砲撃に感謝を。
継続して砲撃を頼む』

威力偵察に向かった部隊の数は、精々50人程度だ。
今の砲撃でどれだけの敵を無力化できたかは不明だが、不思議とイルトリア軍人が言うと無謀とは思えない。

『威力偵察を担当するのは、陸軍の狙撃部隊だ。
安心しろ、狂ってなどいないさ』

単純な計算で25組の狙撃手。
それでも、それでも、だ。
イルトリア陸軍の狙撃手と言えば、その全員が例外なくペニサス・ノースフェイスの教えを引き継いだ恐るべき兵士だ。
手持ちの弾薬の数だけの死体を生み出すことは、約束されたようなものだ。

後は、砲撃がどの程度まで相手の数を減らせるか。
そして、イルトリア陸軍がどれだけの速度で辿り着けるかが重要だ。
イルトリア陸軍の保有する列車砲を連結させ、アンストッパブルはその砲門を初期の倍以上に増やしており、その破壊力は文字通り地上最強の物となった。
複数同時に砲をコントロールできるという強みを生かし、地平線の先にある別の土地に向けて続々と砲撃を行う。

砲弾の装填作業はそれに慣れたイルトリア陸軍と海軍の人間が行うことで、極めて早い間隔で砲撃が実行出来ていた。
一度でも戦場で砲弾の雨に遭遇すれば、その脅威は骨身に染みて理解できる。
それ故に、民間人で構成された部隊が相手の姿も見えないというのに受けた砲撃は、彼らの正気と統制を奪うのには十分すぎた。
夜明けが近いにもかかわらず太陽は未だ見えず、空が白むこともない。

845名無しさん:2024/07/14(日) 20:02:42 ID:K.ug12hY0
気温が低下し、泥濘の上をタイヤが空転することも増え、車のバッテリー消耗が激しくなるにつれて焦りが生まれてくる。
果たして、このまま無事にイルトリアにまでたどり着けるのだろうか、と。
彼等はまだイルトリアの街の光を目視していないが、降り注ぐ砲弾がもたらした被害だけは嫌でも分かってしまう。
更に、砲弾が耕した地面に転落して身動きが取れなくなる車両もあった。

彼等は舗装路に合流するまでの間、そうした地獄を味わわなければならない。
イルトリアへと続く舗装路は戦車の重量にも耐え得るほどの強度を持っているが、しかし、砲弾の直撃には耐えられない。
土と違い、舗装路はある程度自然に直るものではない。
一度壊れてしまえば、車両の通行を妨害する悪路へと変貌する。

車という文明の利器を使う者にとって、それを放棄するという選択肢はまず浮かんでこない。
ましてや、戦場に向かう中、雨が降り注ぐ中という心理的にも環境的にも安心が欲しい人間にとって、鉄の塊である車は手放しがたい存在だ。
イルトリア陸軍の威力偵察部隊はそれらを遠方から見て取り、砲撃の合間に狙撃を行う。
狙撃と砲撃に誘導される形で、敵部隊が舗装路に続々と合流する。

車列を成したところで、先頭車両から狙撃の対象となる。
前輪を撃ち抜き、シャフトを撃ち抜き、もしくは運転手の額を撃ち抜く。
あっという間に渋滞が起き、溜まったところに砲弾が落ちてくる。
それでも、その勢いは萎えることなくイルトリアへと進軍が続いた。

完全装備の陸軍が各地で撃破に向かうも、取り漏らしがある可能性は否定できない。
それらがイルトリアに侵入する前に対応するのが、イルトリアの最高戦力である。
南部から北上してくるカルディ・コルフィ・ファームとその他の軍を合算すれば、3万人を下ることのない部隊が迫ってくることになる。
陸軍が対応して数を減らしたとしても、連隊規模は想定しなければならない。

対応するのはイルトリア陸軍大将、“左の大槌”トソン・エディ・バウアー率いる300人の最優秀の狙撃部隊。
ペニサス・ノースフェイスが残した教え、そして、彼女が確立した単独での狙撃戦を得意とする殺しの精鋭。
さながら蜘蛛の糸のように、互いの死角を補う形で配置についている。
狙撃に特化した装備のソルダットは、有効射程3キロの狙撃銃を構え、いつでも戦える準備が整っていた。

イルトリアまで1キロの地点で彼らは構えているが、最後の砦として立ちはだかるのは、陸軍大将その人である。

(゚、゚トソン「見つけ次第殺せ。
    見つけ次第叩き潰せ」

手短な命令を下し、それを狙撃手たちは無言で了解した。
東部から迫りくる敵に対しては、海軍大将“右の大斧”シャキン・ラルフローレンが対応する。
海兵隊の猛者を50人、そして海軍の選りすぐりを50人。
荒地から迫ってきているのは、車両を用いた部隊。

その機動力を奪うための罠が設置され、足場の悪くなった荒野での撃ち合いに引きずり込む準備が整っていた。
最前線で腕を組み、シャキンは部下と共に最悪に備える。

(`・ω・´)「見つけ次第殺せ。
      見つけ次第叩き切れ」

こちらもやはり、短い命令を下すだけに留まる。
部下たちは刻一刻と迫る戦闘を前に、武者震いを押さえるのがやっとだった。
海軍所属の人間にとって足場の悪い環境での戦闘は当たり前の事であり、むしろ地面があるだけありがたいというものだった。
南下してくる残党に対しては、“戦争王”フサ・エクスプローラーと海兵隊大将チハル・ランバージャックの二人だけが対応にあたった。

846名無しさん:2024/07/14(日) 20:03:41 ID:K.ug12hY0
ミ,,゚Д゚彡「さて、どう来るかな」

市長の背負う“ロード・オブ・ウォー”は大量の敵を相手にすることに特化した棺桶で、チハルの使用する“シューテムアップ”と合わせて使用することで、優に三桁の敵を相手取ることができる。
放たれる銃弾の数は、数万発を越えることだろう。

从´ヮ`从ト「そら死に物狂いでしょうよ」

迫ってきているのは数千人規模の部隊が複数だと予想されている。
幸いにしてラヴニカからの増援が失敗に終わったため、敵の勢いは決して驚異的なものではない。
二人がそれぞれ用いる棺桶は、こうした状況下でこそ力を発揮するものだ。
そして。

( ФωФ)「とりあえず、落ち着いて飯を食おうではないか。
       交代制で、とにかく全員に飯が行き渡るようにな」

!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「賛成です、主」

イルトリアの街を守る最後の要は、前イルトリア市長“ビーストマスター”ロマネスク・O・スモークジャンパーと、彼の部下である“ビースト”の代表者。
ロウガ・ウォルフスキンはロマネスクの隣に立ち、彼の意見に賛成の声を上げる。
ロマネスクの使う“アンタッチャブル”は集団に穴を開けることに特化し、ロウガの使う“ザ・グレイ”は孤立した敵を確実に仕留め得る棺桶だ。
二人が合わさればロマネスクの通った後に残るのは、無残な死体のみである。

ジュスティアからの客人が三人と、耳付きの少年一人もまた、賛同した。

(*‘ω‘ *)「腹減ったっぽ!!」

ティングル・ポーツマス・ポールスミスは机の上を叩き、料理の催促をする。
それを白い目で見ていたニダー・スベヌは、だがしかし、首肯する。

<ヽ`∀´>「……そうニダね」

(=゚д゚)「餃子だろ? 楽しみラギ」

漂う香りに前のめりになるのは、トラギコ・マウンテンライトとブーンの二人だ。
すでにその料理を食べたことのある二人は、小皿にポン酢を注ぎ、すぐに食べ始められるように準備を終えている。

(∪´ω`)「餃子!!」

そして、彼等が一堂に会した軍食堂の厨房で鍋を振るい、黙々と食事を作るのはティンバーランドの幹部だった男。
シナー・クラークスは無言で料理を作り、そして、大皿いっぱいに盛った餃子を机に置く。
湯気の立ち昇る餃子の表面には黄金色ともきつね色とも言い難い焦げが残り、それでいて包んだ皮から肉汁があふれ出すことのないよう、丁寧に作られていた。
一同が一斉に箸を伸ばし、一心不乱に食べ始める。

その姿は、とても戦争中とは思えない程に微笑ましい物だった。
砂時計から砂が消えて行くように、一定の速度で餃子が皿から消えて行く。
追加の餃子の調理が終わる前に、最初の皿から餃子は姿を消していた。
呆れながらも、新たな皿と交換する。

847名無しさん:2024/07/14(日) 20:04:05 ID:K.ug12hY0
一組に対して大皿2枚分の餃子を提供すること。
それが、捕虜である彼に課せられた仕事だった。
片腕片足を骨折しながらも、その動きは素人目に見ても実に無駄のない奇麗なものだった。

( `ハ´)「次の連中は何人ぐらいアルか?」

新たな餃子の仕込みを始めたシナーの言葉に、ロウガが明るい口調で答えた。

リi、゚ー ゚イ`!「多分50人ずつだ」

野菜を刻む包丁を止めずに、だがしかし、声には確かな動揺をにじませながらシナーが尋ねる。

( `ハ´)「……ずつ?
     何組来るアル?」

リi、゚ー ゚イ`!「さぁな」

(;`ハ´)「時間も人手も足りないアルよ」

リi、゚ー ゚イ`!「安心しろ。 民間人と待機中の軍人に振舞うだけだ」

(;`ハ´)「せめて、下ごしらえの手伝いと配膳の手伝いが必要アル」

幸いにして食材は大量にある。
不幸にして、軍内部の調理担当者は皆戦場にいた。

リi、゚ー ゚イ`!「次に来るのは、ビーストの連中だから急いで大量に作らないとすぐに不足するぞ」

ビーストはロマネスク直属の部隊であり、単独任務を得意とする。
耳付きという人種は優れた身体能力を持つ一方で、その消費カロリーは普通の人間とは比較にならない程のものになる。
激しい運動をせずとも、その体を維持するための凝縮された筋肉、動かすための強靭な心臓を支えるためには食事は欠かせない。

(;`ハ´)「だったら、なおさら手伝いが必要アル!!
     ビースト50人分の餃子なんて片手じゃ無理アル!!」

半ば悲鳴のような言葉だった。
己の身分を考えればそれを言える立場ではないが、それでも、彼は意見を言わずにはいられなかった。
意外なことに、助け舟を出したのはロマネスクだった。

( ФωФ)「ならば、下ごしらえの途中まであいつらに手伝わせるならどうだ?」

リi、゚ー ゚イ`!「あぁ、それなら出来そうですね」

(;`ハ´)「野菜を切って、規定量の調味料を混ぜて、後は包んでくれればいいアル!!」

大振りの包丁を使い、シナーは野菜をみじん切りにしていく。
それらはまるで魔法のように刻まれ、積まれ、そして混ざっていった。
野菜には塩がまぶされ、もまれ、余分な水分が排除されている。
これを冷蔵庫から出したばかりの、即ち低い温度の状態の挽肉と合わせることによって餡が作られる。

848名無しさん:2024/07/14(日) 20:04:27 ID:K.ug12hY0
更にそれを冷蔵庫で寝かせて冷やし、皮に包んでようやく焼き上げるのがシナーの餃子の調理行程だ。
全ての作業に時間がかかるため、同時並行で行えば一食当たりの提供時間が送れる。
戦場において時間は何よりも重宝する物であることは言うまでもない。
これから戦場に身を投じる人間達にとって食事が重要であるのと同時に、それを楽しむ時間を重んじるのが人間というものだ。

食事が早く提供されれば、それだけ時間を贅沢に使うことができる。

リi、゚ー ゚イ`!「分かった。 ……聞いていたな?
      各位、手伝え」

次々と現れた人影は、恐ろしく正確かつ素早く調理の準備を始めた。
シナーの指示に従って野菜を切り刻み、絞り、合わせ、寝かせ、そして包む。
そうして手元にやってきた餃子をシナーが焼き始めると、たちまち香ばしい匂いが厨房に漂い始める。
人間以上の嗅覚を持つ耳付きの彼らは、その匂いだけで破顔していた。

準備をする人間、そして食べる人間でローテーションすることで全員に食事と時間が平等に与えられた。
殺し合いの中、何気のない時間こそが何物にも代えがたい物であることを、イルトリア人は誰よりも知悉している。
ビーストたちが食事をする間、ブーンはロマネスクに連れられ、遺体安置所に向かっていた。
小さな手をロマネスクの大きな手が包むようにして繋ぎ、ヒートの元へと向かう。

道中、二人は無言だった。
安置所に到着し、そして、ヒートの遺体を通称ではない“本物の棺桶”へと移す。
その作業は粛々と行われた。
奇麗に整えられた遺体の周りに色鮮やかな花を供えていく間、ブーンは奥歯を噛み締め、感情が溢れ出ないように耐え続けた。

ヒートはまるで花で作られた布団で眠る様にして棺桶の中に横たわり、そして、もう二度と起き上がらないことをブーンに強く認識させる。
出会い、過ごした日々は決して長いとは言えない。
しかし、その間に交わされた言葉や想いは両者の人生を大きく変えるだけのものがあった。
まだ話したいことも、聞きたいことも、教えてもらいたいことも、山のようにあった。

二度とそれが叶わないと思うだけで、悔しさと寂しさが胸に去来する。
言葉に出さず、ブーンは胸中で彼女に伝えたかった言葉を反芻しながら、ヒートの顔の傍に花を添えた。
自らの手で棺桶の蓋を閉め、そして、火葬に送り出した。
ただボタンを押すだけの作業ではあったが、それはブーンの心の中での区切りの儀式でもあった。

:;(∪; ω );:

( ФωФ)

火葬が終わるまで、ロマネスクは無言でブーンの傍にいた。
手を繋ぎ、ただ静かに、傍にいた。
ただ、手を繋ぎ。
ただ、傍にいる。

それだけで人は――

849名無しさん:2024/07/14(日) 20:04:49 ID:K.ug12hY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

どんな夢でも、力があれば叶えることができる。
夢を叶えられないと嘆く人間は、ただの弱者である。
叶うまで行動し続ければいいだけなのだから。

                                      ――ウォルマート・ディズィー

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

世界が戦争に夢中になる中、恐らくは世界で最も平和な街となったオセアンにはティンバーランドの幹部が集っていた。
それは一部の人間だけが知る集まりであったが、目的を知るのはさらに少ない四人だけだった。
四人は一軒のレストランを貸し切り、食事をしながら船の最終点検が終わる報告を待っていた。

o川*゚ー゚)o

キュート・ウルヴァリン。
ジュスティア殲滅後、予定通りにオセアンに到着した彼女は身なりと装備を整え、悠然と紅茶を堪能している。
その青い瞳は部屋を反射しているが、見ているのは別の物だった。
夢が叶う寸前、夢が現実になる一歩手前の心地。

その目が見るのは、これから別れを告げる世界の姿だった。
夢が現実と置き換わる。
後は、時が来るのを待つのみ。

ξ゚⊿゚)ξ

内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
ニョルロックから直接オセアンに向かい、そこで世界情勢を収集しつつ、夢に至る最後の一歩に向けた準備を行っていた。
決して誰かに悟られず、知られず、気づかれないように進めてきた計画の最終段階。
その準備が、もう間もなく完了する。

彼女の中で考え得る全ての準備、想像し得る全ての障害に対抗する手段は実行済みだ。
後は、時が来るのを待つのみ。

( ^ω^)

内藤財団社長、西川・リーガル・ホライゾン。
生まれながらにして役割を与えられ、それをこなし続けてきた男。
世界を一つにするために粉骨砕身の努力を惜しまず、25歳になるまでを日々過ごした。
準備された日常、用意された友人、与えられた夢。

後は、時が来るのを待つのみ。

( ^ω^)

そして、内藤財団総帥、内藤・ネイサン・ホライゾン。
その存在を極限まで秘匿しつつ、世界に干渉してきた内藤財団の中心人物。
彼の存在を知るのは、ティンバーランドの最高幹部である三人だけだ。
他の幹部はその名前程度の存在しか知らず、公に顔を見たことのある人間は皆無と言っていい。

850名無しさん:2024/07/14(日) 20:05:13 ID:K.ug12hY0
彼はこの日を待ち続けた。
夢を引き継ぎ、そして間もなく夢だったものが現実となる。
後は、時が来るのを待つのみ。
そう。

後は、時が来るだけなのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夢の成就とは、夢が終わることではない。
新たな夢の始まりなのだ。

                                     ――内藤・ネイサン・ホライゾン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

世界が戦争という行為を許容する中、一機のヘリコプターがニョルロックからラヴニカに向かっていた。
バッテリーの残量を考慮し、高度は低めに設定されたまま一直線に向かう。
既にヘリはラヴニカに迫り、海が見える場所にまで来ていた。
操縦桿を握るのは元イルトリア軍人のギコ・カスケードレンジ。

その隣で地図と方位磁針を使って指示を出すのは、デレシアだった。
暗闇と悪天候の中でも彼女の指示は完璧で、日中と変わりのない安定した航路を取ることが出来ていた。

(,,゚Д゚)「そろそろ作戦を教えてくれてもいいんじゃないか?」

その言葉にデレシアは少し考える仕草を見せ、そして言った。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 とりあえずラヴニカに寄って、バッテリーの交換をしましょう。
      後は、あなたの棺桶の受け取りね。
      それからあいつらを追うわ」

(,,゚Д゚)「なら、次の場所はオセアンか?」

二人の乗るヘリでは、バッテリー容量の問題でニョルロックから直接オセアンに行くことも、クラフト山脈を越えることもできない。
故に、クラフト山脈を大きく回り込み、それからオセアンに向かうことが最短の道のりだった。
内藤財団の幹部がオセアンに向かっていることを把握していたギコの言葉に、デレシアは頭を振る。

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、別の場所。 やつらの目的地に行きましょう。
      “バミューダトライアングル”よ」

ギコの眉が僅かに動く。
いくつもの船舶が行方不明になり、不気味な噂だけが取り残された地域の名前だ。
実在はするが、すでにその存在が残っているかは分かっていない。

(,,゚Д゚)「ここまで来てオカルトかよ」

851名無しさん:2024/07/14(日) 20:05:43 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、そうね。
      オカルトのようなものをあいつらが追っているからこそ、私達もそこに行くのよ。
      行き先が分かっているのなら、それが一番。
      まぁ、多分道中で会うでしょうけど」

(,,゚Д゚)「詳しく訊いても?」

大真面目に語るデレシアの口調に、冗談やからかうような物は含まれていない。
ラヴニカの明かりが大きくなってくるにつれ、街の輪郭が薄らと見えてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「少しだけなら教えてあげる。
       バミューダトライアングルは実在するわ」

(,,゚Д゚)「……捜索隊が出て、その場所を再々調査したんだろ?
    で、見つからなかった。
    実在する、しないの議論は終わったはずだ。
    実在はした、だが今は行方不明である、って答えのはずだと思ったが」

ζ(゚ー゚*ζ「違う場所を探したのよ、彼らは。
      そして正しい場所を見つけた連中が、その研究の為に情報封鎖したの」

理屈としては正しい。
ただし、理由が分からない。

(,,゚Д゚)「仮にバミューダトライアングルが実在するとして、連中がそこに行く意味は?
    もっと言えば、何でこのタイミングなんだ?
    このタイミングでなければならない理由は?」

ζ(゚ー゚*ζ「その辺はまだ秘密。
       ギコ、あなたには復讐の機会をあげる。
       それで十分でしょう?」

それ以上は質問を受け付けないし、答えることもないと分かる口調だった。
実際、ギコは復讐さえできればそれでいいと考えている。
世界の命運も、世界の秘密も、どうでもいいのだ。

(,,゚Д゚)「……あぁ、そうだな」

デレシアはそれに満足したのか、笑みを浮かべる。
そして、懐中電灯を使いラヴニカに向けて光信号を送り始めた。
ここまできて撃ち落とされたら笑うに笑えない。
幸いにしてラヴニカからも光信号が返ってきて、無事に二人を乗せたヘリが着陸することが出来た。

( "ゞ)「……驚いた、本当に、いや驚いた」

雨の中で出迎えたのは、フォクシーギルドのデルタ・バクスターだった。
レインコートに身を包むデルタの声は、ヘリのローターが回転を止める前に口から漏れ出たものだった。
その驚きの声は、ヘリが来たことに対してではないのだと表情が物語っている。
まるで、幽霊の類を目撃したかのような驚きの色があった。

852名無しさん:2024/07/14(日) 20:06:09 ID:K.ug12hY0
それは間違いなく、デレシアに対して向けられた感情だった。

ζ(゚ー゚*ζ「バッテリーの交換を急ぎでお願い。
      後、ギコが預けていた棺桶を受け取りに来たわ」

( "ゞ)「えぇ、それは勿論。
    他に必要な物は?」

ζ(゚ー゚*ζ「カフェインレスコーヒーを淹れた魔法瓶と軽食をもらえるかしら?
      少し冷えてきたわ」

( "ゞ)「かしこまりました」

無線機でデルタが指示を出す間、ギコは腕を組んで考えていた。
ラヴニカがかなりの打撃を受け、今復興中であることは言を俟たない。
その中でもデルタが担う役割は大きなものであり、少しでも現場で指揮をしたいことだろう。
それでも、デレシアに会いに来て要望を叶えるというのは間違いなく特別待遇だ。

(,,゚Д゚)「先生もあんたの事を知っていた。
    それも、随分と昔からだ。
    顔が広いんだな」

ζ(゚ー゚*ζ「運がいいだけよ」

ほどなくして、大きな魔法瓶が運ばれ、アルミホイルに包まれたハムとチーズのホットサンドが振舞われた。
コックピット内で包みを開き、大きく頬張る。
ピザソースとレタス、そしてからしマヨネーズが味の調和と旨味の相乗効果を生み出していた。
カフェインレスとはいえ、コーヒーの程よい苦みと香ばしさが操縦で疲れた体に染み渡る。

(,,゚Д゚)「こんなにゆっくりでいいのか?」

世界を変えようと試みる戦争が始まって、もう間もなく一日が経とうとしている。
それだけの時間があったのであれば、とうに目的を達成するには十分な時間だったことだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 あいつらは夜明け前にしか動けないもの」

(,,゚Д゚)「こんな空で夜明けも何もないだろ」

世界が暗闇に染まったのは午後のこと。
日の光が失われた今、夜明けと日暮れの違いを知るには時計を見るしかない。

ζ(゚ー゚*ζ「バミューダトライアングルの周りにある嵐が最も弱まるのは夜明け。
      そこを狙わないとその先には行けないの。
      ギコ、あなたは嵐の手前で復讐を果たせばいいわ。
      その先は私のやるべきことだから」

それは有無を言わせぬ言葉だった。
復讐の機会を与えられた以上、他には望むべきではないと暗に伝えているのだ。

(,,゚Д゚)「……分かった」

853名無しさん:2024/07/14(日) 20:06:53 ID:K.ug12hY0
嵐の手前で復讐を果たすために、選べる手段はそう多くない。
ホットサンドの残りを一口で頬張り、ギコは瞼を降ろす。
コーヒーを一口飲み、嚥下する。
そして、静かに息を吐く。

(,,゚Д゚)「俺も、俺のやるべきことをやる」

バッテリーの交換が終わった連絡が届き、ほどなくして棺桶が後部座席に積み込まれる。
重量が一気に増えたことで機体バランスとバッテリーの消耗が心配だったが、ローターを再始動して聞こえてきた音に問題がない事を確認して安堵する。
離陸の準備を始めると、デルタがデレシアの元に歩み寄ってきた。

( "ゞ)「デレシア様、お気をつけて」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。 ラヴニカをよろしくね」

そして握手を交わし、デレシアがギコに目線を向ける。
ゆっくりと離陸し、ラヴニカの街並みが消える頃、ギコが口を開く。

(,,゚Д゚)「方角は?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアとイルトリアの間よ。
      そこにバミューダトライアングルがあるわ」

世界の両端。
世界の天秤を保ってきた街の間に、それがある。
その事実について、ギコは初耳というわけではなかった。
ジュスティアとイルトリア間での戦争は、常に陸での戦闘が主となることが想定されていた。

海路を使えばすぐにでも攻撃が可能だというのに、彼らは常に睨み合い、そして互いに干渉しないようにしてきた。
歴代の市長たちが幾度もあった戦争勃発の危機に際して、決して最後の一線を踏み越えなかった理由。
クラフト山脈という巨大な壁が世界を二分し、そして、それが不可思議な均衡を保ち続けていた。
海路が作戦の前提から外され続けた最大の理由。

その正体こそが、バミューダトライアングルの存在だったのだ。
実績のある怪異、あるいは事実と認識された悪夢。
にわかには受け入れがたい事実であるが、今はそれを受け入れる他なかった。

(,,゚Д゚)「なるほどな」

機体を旋回させ、南東に進路を取る。
後は、指針がずれないことだけを意識して進むだけだ。
無言の間が気まずいということではないが、何故かデレシアを前にするとギコの口は自然と独白の様な言葉を紡いでしまう。

(,,゚Д゚)「……先生は、あまり自分について話さない人だった」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ペニーはそういう人だったわね」

(,,゚Д゚)「もしよければ、教えてくれないか?
    勿論、話せる範囲でいいんだが」

854名無しさん:2024/07/14(日) 20:07:14 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「教えられる範囲で、か……」

デレシアは考え込み、そして、ゆっくりと口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「昔も今も、外も中も美人だったわよ」

(,,゚Д゚)「あぁ、知ってるよ。 いい歳の取り方をしているって、もっぱら評判だった」

人は歳を取るにつれ、それまでの生き方が顔に現れてくる。
特に、老人と呼ばれる年齢になるにつれ、それは如実に顔に現れてくる。
不思議なことに、懐疑的な人間は狐に似た表情に寄り、沸点の低い人間は最初から怒りの表情が顔に張り付いている。
ペニサスは年老いてもなお、軍人とは思えぬ慈悲深い性格がそのまま表情に現れていた。

狙撃手として生き、そして多くの死体を積み上げてきた“魔女”は、その実誰よりも優しい人間だった。
少なくとも、ギコにとって彼女は家族と同じだけの優しさと厳しさを向けてくれた存在であり、かけがえのない存在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、それは良かった」

(,,゚Д゚)「いつ頃から知り合いなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「親しくなったのは会ってから少ししてだから、そう言う意味では知り合いになったのはティンカーベルね。
       あの時はあそこまで仲良くなるとは思っていなかったけど、出会えてよかったわ」

(,,゚Д゚)「確かに、あの人は時々ティンカーベルの話をする時があったな。
    バイクで旅をするのが好きだった、って聞いたことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 その時も休暇を利用してバイクで来ていたわね。
      その時のバイクが色々な人の手を渡って、今は“ディ”って名前で一緒に旅しているわ」

(,,゚Д゚)「世の中の狭さを感じるな」

デレシアの相槌は、ギコにとって一切のストレスを与えることはなかった。
故に、頭の中に溜まっていた疑問や想いが次から次に出てくる。
しかし、これ以上は口に出さない方がいい。
口に出すべきこと、そしてそうでない物の分別はつけられる。

だから、彼女の知り合いであるデレシアに対してギコが言うべき言葉は一つだけだった。

(,,゚Д゚)「……俺は、事ある度にあの人の教え子で良かったと心底思うよ」

ζ(゚ー゚*ζ「きっと、ペニーもあなたに教えられて良かったと思っているわ」

軍隊に入ってから、自分の生き方について悩むことが多々あった。
人を殺して金をもらう。
人殺しとの違いを考えれば考えるほど、自分の生き方が正しいのかと疑問に思う日が続いた。
己を殺しながら訓練と実戦を積み重ねる日々の中で、明らかに年寄りの女に負けた日のことは鮮烈に記憶に刻まれている。

855名無しさん:2024/07/14(日) 20:07:37 ID:K.ug12hY0
その日から教えを請い、自分の中にある才能を見出された。
それは狙撃の才能だった。
本来は精密な計算を必要とする狙撃に対して、ギコは驚くべき直感と感覚によってそれを不要とした。
いつ銃爪を引けば銃弾がどの方向に飛び、そして曲がり、命中するのかを想像できた。

訓練の中で、彼に観測手は不要だった。
銃爪を引けば命中させられる。
それは狙撃手として恐るべき才能だったが、彼には優しさという欠点があった。
どこまでも冷酷非道にならなければならない狙撃手が甘さを持つということは、言うまでもなくあまりにも致命的な欠点だった。

ペニサスは、それを彼の愛すべき欠点だと言った。
その言葉は、彼の中で今も生き続けている。
軍を引退し、人を救うことに死力を尽くして今に至っても、なお色あせることのない言葉だ。
彼に狙撃の才能と欠点があったからこそ救えた命もあり、変えられた戦局もあったのだ。

その言葉があったからこそ、今のギコがある。
それから無言の時間が続いたが、気まずさは感じなかった。
黒曜石のように黒い海の上に広がるのは、灰色と黒の混じった空。
フロントガラスに叩きつけられるのはコールタールじみた黒い雨粒。

計器類が放つ淡い光とローターの轟音だけが、機内に漂っている。
海上で今自分がどこにいるのかを把握するためには、方位磁針か星に頼るほかない。
しかし、デレシアは一切の迷いなくギコに指示を出していく。
彼女が出発してから方位磁針を一度も見ていないことに、ギコは気づいていた。

ζ(゚ー゚*ζ「このままで大丈夫。
       そろそろ準備しておいた方がいいわよ」

ギコは頷き、オートパイロットに切り替えてから後部座席に移動する。
自然と高度が上昇し、より広い視野が確保される。

(,,゚Д゚)「どっちを使うかは到着してから決める。
    連中の船の種類は想定できるか?」

チェイタックカスタム“ネイラー”を使う狙撃特化の“シューター”。
そして、彼が使ってきた要塞攻略特化の“マン・オン・ファイヤ”。
この2機の棺桶が今ヘリに積まれており、それぞれの長所と短所がある。
相手の正体に応じて使い分けるのはあまりにも自然なことだ。

ギコの質問に対して、デレシアは驚くほど滑らかな口調で答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「最低でも4人乗りの船で、そして余計な機械を積んでいない船ね。
      最悪帆船の可能性もあるけど、多分原始的なエンジンを積んだ船が現実的ね。
      足が速くないから、途中まで牽引してもらっているかもしれないわね。
      場合によっては、ギリギリまで別の船に格納していて、嵐の中で出発するかも。

      後は、護衛艦がいると考えるのが自然ね」

(,,゚Д゚)「嵐を抜けるにしちゃ、そりゃ随分とラフだな」

856名無しさん:2024/07/14(日) 20:08:00 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 ラフだけど、それ故に頑丈よ」

あらゆる人工物に言えることだが、作りがシンプルであればあるだけ、それは頑丈さにつながる。
嵐の中を進むのであれば頑丈さを求めるのは道理だが、帆船は流石に原始的すぎる。
無論、木造ではなく金属製の船体で、尚且つ帆も最新の素材なのだろう。
しかしながら、嵐の中で帆を張るなど自殺行為にも等しい。

確実性を求めるのであれば、最新の電子機制御を用いたエンジンを使うのが道理だ。
理にかなっていない。
そんなギコの疑念の応えるようにして、デレシアは続けた。

ζ(゚ー゚*ζ「精密機器を持ち込むとすぐに壊れるのよ、あの辺り。
      だから単純な方がいいの」

(,,゚Д゚)「雷とかの影響か?」

ζ(゚ー゚*ζ「そんなところ。 さぁ、夢見がちな連中の目を覚まさせに行きましょうか」

そして眼前に航海灯の赤と緑の光を見つけ出す。
やがて巨大な船のシルエットが見えた瞬間、機内の空気が変わった。

(,,゚Д゚)「……あれか」

それは、それ一隻が街にある港程の大きさを持つ三隻の巨大な船だった。
まるで動く城壁そのものと言える直線の多い造形、そして槍衾のように突き出したアンテナ類と銃腔。
帆船とは程遠い、近未来的な物だが、間違いなく船の類ではあった。
全体のシルエットをよく見れば三角形に近い姿をしているが、強引に着陸できないというわけでもなさそうだった。

その直後、まばゆい光がヘリコプターを照らし出す。
急いで席に戻り、自動操縦から手動へと切り替える。
機首を下に向け、重力を味方につけて急降下させる。

(,,゚Д゚)「気づかれたな」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうね」

(,,゚Д゚)「ここから先は別行動だ」

ζ(゚ー゚*ζ「気を付けてね」

敵の数は不明。
しかし、戦力の差は数百倍以上。
墜落寸前の速度での降下を終えて機首を強引に持ち上げ、射線に入らないように海面ギリギリを飛行させる。
曳光弾が後を追うようにして放たれるが、もう遅い。

超低空からの接近は、船が大きければ大きいほど迎撃が困難になる。
雨とも海水とも分からない水を受けながら、ヘリが中央の一隻に接近する。

857名無しさん:2024/07/14(日) 20:08:25 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「……大型原子力ステルス艦“ヘミングウェイ・ペーパー”。
       随分とまた、珍しいのを引っ張り出してきたわね。
       ギコ、操縦は私がやってあげる。
       降りてからは好きにしていいわよ」

(,,゚Д゚)「そうさせてもらう」

そして、機首がほぼ真上を向いて一気に加速。
急上昇を始め、船の直上にまで舞い上がる。
銃弾が機体を削る音が聞こえてきたところで、ギコは棺桶を背負い、ライフルケース型のコンテナを落とす。
躊躇うことなく背を下に向けて飛び降り、そして、起動コードを口にする。

(,,゚Д゚)『目には目をではない。貴様らの全てを奪い取る』

コンテナに体が取り込まれ、彼の体に強化外骨格が取り付けられていく。
そして、重装甲の棺桶“マン・オン・ファイヤ”が姿を現す。

ム..<::_|.>ゝ『いくぞぉぁあああああああ!!』

空中でもう一つのコンテナを掴み、そして、着地。
船体が傾くほどの衝撃は、だがしかし、装甲の一部を歪めただけだ。
並の船舶であれば転覆させるほどの勢いだったのだが、とギコは内心で相手の船への評価を改めた。
直後に頭上で花火かと見紛う爆発が起きたが、その正体を仰ぎ見ることはしない。

〔欒゚[::|::]゚〕『るぁあああああ!!』

雄叫びと共に大振りの剣を振り下ろしてきた男の一撃を回避し、回避した際の遠心力を利用してギコの左拳がその頭部を捉える。
Bクラスの棺桶とCクラスの棺桶の膂力は、その種類にもよるが基本的には倍以上の差がある。
全力で放たれた左ジャブは、ジョン・ドゥのマスクを砕いて使用者の顔を潰した。

ム..<::_|.>ゝ『バンカーバスター!!』

武器の使用コードを入力し、右腕の武装規制を解除する。
目を覚ました右腕のコンテナ“ヘックス”を船の装甲に叩きつけ、そこから強力な対地下施設攻撃用の特殊貫通弾を放つ。
一撃で複数の装甲を一瞬で貫通し、船底にまで続く大穴を開けた。
遅れて爆炎がその穴から吹き上がる。

〔欒゚[::|::]゚〕『炉をやらせるな!!』

更に複数のジョン・ドゥが姿を現し、銃弾を浴びせかけてくる。
あらゆる船舶における弱点。
それは、内側からの攻撃への脆弱性である。
強力な火砲は全て外側に向けられるものであり、内側へは間違っても攻撃が出来ないようになっている。

更に、船の設計にもよるが、真上からの攻撃に対抗する手段はほとんどない。
取り付けられた機銃も真上を向く前提で作られていないため、ギコの降下を止められなかったのだ。
故に、船に乗り込んでしまえば後は船に残っている人間だけが頼みの綱なのである。
そして彼らは炉を破壊されることを恐れている。

858名無しさん:2024/07/14(日) 20:08:48 ID:K.ug12hY0
デレシアの言うところの原子力がニューソクを意味していることは分かる。
ニューソクによる爆発をここで起こせば、彼らが守ろうとしている対象も消し飛ぶことになるからだ。
自爆覚悟で攻撃すれば、ギコの目的は達成される。
だがそれでは意味がない。

奪うのだ。
彼らの命を、夢を。
こちらが死ぬことなく、ただ一方的に奪うのだ。
バンカーバスターを撃ち込んだのは、その先に炉がない事を確信しての一撃だった。

仮にあったとしても、重装甲の船でその個所を強固にしない理由はない。
ニューソクという取り扱いに慎重さを要するものは、総じて強力な安全装置も備わっているものだ。
彼らの重鎮を運ぶ、もしくは守るための船であればその機能は必須である。
しかし、船底に穴を開けられれば船の中に隠れている人間は皆姿を現す。

船と共に死ぬのは船長だけだ。
蜂の巣を叩き落すように、ギコはマン・オン・ファイヤの兵装で攻撃を続行する。

ム..<::_|.>ゝ『テルミットバリック!!』

特殊焼夷弾のコンテナを左手に装着し、そして、開けた穴に容赦なく炎を投じる。
一瞬、船体が大きく膨らんだような気がしたが、直後に熱風が穴から噴き出した。
続けてもう一隻の船に狙いを定める。
デレシアがどの船にいるのかは分からない。

しかし、こちらの攻撃で死ぬような人間ではないはずだ。
放った一発の特殊焼夷弾が船に命中すると、白い炎が船体を覆った。
日中の太陽が出現したかと思うほどの光と共に六千度の炎が周囲百メートルを焼き尽くし、酸素を獰猛に消費する。
暴風にも似た風が周囲に吹き荒れる中、ギコの目は信じられない物を目の当たりにしていた。

船は燃えておらず、悠々と航行を続けているのだ。
船は無事だが、周りにいた船員は皆炭化していた。

ム..<::_|.>ゝ『耐熱装甲か』

先ほどバンカーバスターで開けた穴からも終ぞ炎が出ておらず、この船全体が高い耐熱性を要していることが分かった。
テルミットバリックの炎を防ぐほどとなると、マン・オン・ファイヤに使用されている装甲と同じものが使われているのだろう。
ならば、テルミットバリックは目くらましにしかならない。
潔くテルミットバリックを切り離し、投棄する。

残った最後の一隻の船から大量の銃弾が浴びせかけられる。
曳光弾が花火のように飛来し、周囲の全てを薙ぎ払おうとする。
おぞましいほどの暴風は、とてもではないが回避は出来ない。
銃装甲のマン・オン・ファイヤの装甲に触れるたび、そこが削られている感覚が伝わってくる。

左手でコンテナを構え、盾の代わりにする。

ム..<::_|.>ゝ『切り札は俺が使いたいときに使う』

859名無しさん:2024/07/14(日) 20:09:12 ID:K.ug12hY0
そして、“シューター”の起動コードを入力。
解放されたコンテナからライフルだけを手に取り、ギコは片手でそれを構えて発砲した。
スコープを覗かずとも、距離が300メートル以内であれば当てられる自信があった。
そしてそれは裏切られることなく、ギコに機銃掃射を行っていたジョン・ドゥの胸部を貫く。

ライフルを横に構え、反動を利用して連続射撃を行う。
チェイタックカスタムの“ネイラー”は機械によって自動で棹桿操作を行うことが可能であり、今のように片手でも狙撃が行えるようになっている。
セミオートと違い、排莢の際の反動などを利用するわけではなく、ボルトアクションを機械が代行するという仕組みのため、狙撃性能に影響は出ない。
あらゆる状況下で観測手なしでの狙撃が可能、というコンセプトを実現するためのその銃は、一発が必殺の威力を持つものだ。

十発込められた弾倉を一つ使いきり、新たな弾倉と入れ替える。
この十発が、ネイラーで使用できる最後の弾倉である。
船が傾き始めたことを沈没の前兆と捉え、ギコは助走をつけて隣の船へと飛び移る。
ギリギリで着地に成功し、再び右腕を振り上げる。

しかし、振り下ろすことなく動きを止めた。

ム..<::_|.>ゝ『……お前か』

それは、直感だった。
何者かがギコに対して殺意を抱き、向け、そして決意を固めた意志を感じ取った故の言葉だった。

( ^ω^)「私だよ、闖入者」

内藤財団社長、西川・リーガル・ホライゾン。
背負うのは見るからにCクラスの棺桶だ。
顔には笑顔を、しかし、それは決して友好的なものではない。
成形された笑顔を貼り付けているだけで、その裏に潜む殺意と敵意は隠しきれていない。

周囲に漂うテルミットバリックの熱が、その姿を揺らめかせる。

( ^ω^)「お前は誰だ?」

船が大きく揺れる。
風が強い。
周囲の天候が変わっていることにギコは気づいた。
今彼らは、嵐に触れているところだ。

これから間もなく嵐の中に入り、そしてその先を目指すことになるはずだ。
深入りすればギコも無事では済まない。
しかし、復讐を果たさずにこの場から立ち去るつもりはなかった。

ム..<::_|.>ゝ『お前らに先生を殺された、ただの一般人だよ』

( ^ω^)「先生? ……あぁ、ペニサス・ノースフェイスか。
     どうせ老い先短いんだ、別に構わないだろう」

860名無しさん:2024/07/14(日) 20:09:33 ID:K.ug12hY0
その言葉は、どこか演技じみていた。
己の本心で語る言葉と違い、どこかに脚本があるかのような虚無感があった。
何にしても、安い挑発に乗る程ギコは若くはない。
幾つもの戦場、死地を越えて今に至る彼にとって、その程度の言葉は意味がないのだ。

正確に言えば、ペニサスが殺された時点で、彼の怒りはこれ以上ないほどに燃え上がり、燃料の投下は意味を成さなくなっていた。
今が怒りの頂点。
彼女を奪われてから、彼の心は怒り一色に塗りつぶされ、復讐を果たすための装置と化していた。
今更どのような挑発の言葉が投げかけられようとも、意味はないのだ。

ム..<::_|.>ゝ『挑発は意味がないぞ。
      棺桶を使うんだろう?
      来いよ、それまで殺さないでやる』

決して慢心ではない。
ギコの目的は完璧な復讐である。
内藤財団の幹部がこうして出てきてくれるのならば、十把一絡げで処理するのはあまりももったいない。
一人ずつ、丁寧に夢を踏みにじって殺したいのだ。

横から殴りつけるように降ってくる雨の勢いが強くなる。
蒸発した水分が白い湯気を上げる。
リーガルは雨に濡れ、風で乱れた髪をかき上げた。

( ^ω^)「そうか」

そして、リーガルは覚悟を決めた様に口を開く。
紡がれるのは、必然、コンセプト・シリーズのそれだと分かる言葉の羅列。

( ^ω^)『私は今までに幾つか恥ずべきことをしてきたが、地獄をこれほど身近に感じるのは初めてだ。
     しかし、私はこの道を歩み続ける。色褪せぬグリーンマイルを』

現れたのは、蜘蛛の様な四脚を持つ異形の棺桶だった。
本体の大きさはよくてBクラス。
コンテナの大きさがCクラスだったのは、間違いなく大型の四脚を収納しているからだろう。
身の丈と同じだけの脚部には見るからに堅牢な装甲が備わっており、機動力と防御力の両立を狙っているのが分かる。

脚部の先端はナイフの様に鋭く尖っており、それを攻撃に使用するために必要不可欠な関節部は複数存在していた。
問題は、何に特化した棺桶なのかということだ。
マン・オン・ファイヤは単純な破壊力であれば恐らくは最高の物だが、先ほど最大火力のテルミットバリックが防がれたことを思えば、絶対ではない。
そして装着と同時に攻撃を仕掛けてこないことを考慮すると、防御力には自信があるのだろうが、攻撃に関して近距離が専門なのだろう。

< ゚ |゚>『同じ夢を見ることはできないか』

手に武器らしい武器は見られない。

ム..<::_|.>ゝ『無理だな。 今ここで潰える夢など興味もない。
      死ぬ準備は出来たか?』

< ゚ |゚>『死ぬ? 私は死なない。
    ここで敗れたとしても、夢と共に生き続ける』

861名無しさん:2024/07/14(日) 20:09:55 ID:K.ug12hY0
頭上で雷鳴が響いたと同時にギコは踏み込み、一気に接近する。
相手の攻撃と強みを同時に理解するため、ギコが選んだのはバンカーバスターによる速攻の一撃だ。
当然の動きとして、相手は両足を目の前に掲げる。
収納されていた盾が展開し、防御の姿勢を取る。

そこでギコは、違和感に気づいた。
こちらの一撃がいかなるものか、知らないはずがない。
なのに、そんな薄い装甲で防げると本気で思っているのだろうか。
だが試してみなければ真意は分からない。

叩きつけられたバンカーバスターの先端部に青白い光が光ったのを見た時、真意に気づく。
バンカーバスターを緊急排除し、その場に投棄する。
直後に起きた大爆発に身を委ね、あえて爆風に吹き飛ばされる。
それは衝撃を受け流し、吹きすさぶ風が彼の体を船上にとどめるだけに十分な手助けをした。

ム..<::_|.>ゝ『電磁反応装甲……とは違うな』

< ゚ |゚>『いい勘をしているな。 流石イルトリア軍人』

恐らく、その正体は高圧電流。
金属の類が触れようとした瞬間に放電され、それを警手して精密機器を無力化、暴走させる類の物だ。
コンテナが叩きつけられたのをきっかけに電気が流され、制御システムが破壊されたことからも、その可能性が高い。
近接戦では恐らくこれ以上ないぐらいの盾になるだろう。

無論、無傷で済む類の盾ではない。
攻撃を受ける前提の盾であるため、一度攻撃を受けた個所は使えなくなることが前提になっているはずだ。
ギコの攻撃を誘発したのは、ギコならば違和感に気づいてバンカーバスターを投棄することを予期していたからだろう。
あのまま攻撃を続けていれば殺せたかもしれないが、ギコの右腕は無事では済まなかった。

主兵装を二つ失った状態のマン・オン・ファイヤは、だがしかし、攻撃の術を失ったわけではない。

ム..<::_|.>ゝ『その自信、つまりは』

左手で構えたライフルの銃爪を引く。
対強化外骨格用の弾頭であれば、盾を貫通してその先にある肉体を抉るはず。
しかしながら、構えた脚部の前で青白い光が煌めいただけで、銃弾が当たった様子はない。

ム..<::_|.>ゝ『なるほど電気、強力な磁場か』

< ゚ |゚>『この短時間でそこまで推測するとは、いやはや、ここで殺すには惜しい』

ム..<::_|.>ゝ『素人のお前に俺が殺されると?
      勘弁してくれ、全く笑えない』

< ゚ |゚>『できれば避けたいんだがね。
     どうだろう、今からでも?』

ム..<::_|.>ゝ『さっきから全然動いていないのは、腰でも抜けたか?
      それとも、そこから動けない理由でもあるのか?』

862名無しさん:2024/07/14(日) 20:10:18 ID:K.ug12hY0
これだけ強力な防御手段を持っているのならば、今のギコに攻め込まないのは理にかなわない。
理にかなっていないということは、理由があるということだ。

< ゚ |゚>『そんなもの』

ム..<::_|.>ゝ『もう一人、こっちを見ている奴だな。
      ほら来いよ、仲間はずれになんてしないさ。
      仲良くぶっ殺してやる』

船内に続く扉が開き、金髪の女が姿を現す。

ξ゚⊿゚)ξ「傲岸不遜な態度だな。
      自分の立場が分かっていないようだ。
      ……デレシアかと思えば、ただの雑魚か」

内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
社長と副社長が同時に接待をするとは、よほどの人手不足かギコを重要視しているに違いない。
これ以上ないぐらい、ギコにとっては喜ばしい展開だった。
相手が逃げ出さずにわざわざ来てくれるのだ。

ム..<::_|.>ゝ『客じゃないし、知り合いでもない。
      俺はお前らの全部を奪いに来たんだ。
      夢も希望も、お前らには残しはしない』

鋭い眼光がギコを睨みつける。
その種の眼光にギコは見覚えがあった。
これは、パラノイアを抱く類の人間が他人に向けるそれ。
即ち、高純度の敵意と狂気。

ξ゚⊿゚)ξ『いい物は決して滅びない。 だから、夢も希望も滅びない』

紡がれるのは、やはりコンセプト・シリーズと分かる起動コード。
そして姿を現したのは、リーガルのそれと同じく蜘蛛じみた関節の長さを持つ四脚の棺桶。
ただし、その四脚は全て履帯。
一目で特化している設計とその思想が分かった。

悪路の走破。
あらゆる道を突き進むという意思を持ち、それを体現した棺桶だ。
その走破性を生かし、どんな場所でも難なく戦闘をこなし、支援することができるのだろう。
それが例え揺れる船上であっても、濡れる足場であっても関係はないはずだ。

後は、武装として何を選択しているか。

〔:::゚占゚:〕『お前に殺された同志たちの無念は、ここで晴らす』

ム..<::_|.>ゝ『何でもいい、さっさとしてくれ』

863名無しさん:2024/07/14(日) 20:12:42 ID:K.ug12hY0
狙いは時間稼ぎ、あるいは足止めなのだろうかと思うほどに悠長に構えている。
すでに部下の大半を失い、後はデレシアという厄介な存在が控えているのだ。
確かに、目的地に到着するまでの時間を稼ぎたいのだろう。
手の内を全て出させた後で殺せればギコとしてはどうでもいいため、相手の寸劇に付き合うことにした。

こちらは時間に追われていないのだ。
じっくりと料理してもいいし、早々に殺してもいい。

< ゚ |゚>『らあっ!!』

リーガルが飛び掛かってきても、ギコは驚かなかった。
この状況ではそれが最も好まれることは言うまでもないため、予想される行動の中に入っていないはずがない。
連携も糞もない一撃。
素人の喧嘩に毛が生えたようなものだが、一撃の持つ威力は馬鹿にできない。

頭上から振り下ろされた二振りの足をバックステップで回避し、続くツンディエレの突進を飛びあがって回避。
そして、ツンディエレの背に取りつき、素早く羽交い絞めにして溜息を吐く。
獲物はブルパップのアサルトライフルだったが、それを撃つ間も構える間も与えない。
そして、一気に力を入れる。

〔:::゚占゚:〕『ぐっ、こいづっ……!!』

仮に装甲に守られているとは言え、Cクラスの棺桶が放つ羽交い絞めは同じ程度の装甲がなければ防げるものではない。
むしろ身に着けた装甲が更に首を圧迫し、生身で首を絞められるよりも早く苦しみが訪れる。

ム..<::_|.>ゝ『……』

振りほどこうと暴れるが、羽交い絞めの状態に持ち込まれてしまえばそれは無理だ。
格闘技の知識が豊富で実戦経験も豊富であれば、何かしらの解決策を思いつけただろうが、少なくともこの女にはその手段が取れるはずがない。
となると、もう一つの手段。
仲間の助力を待つしかなくなる。

< ゚ |゚>『離れろおぉぉ!!』

ム..<::_|.>ゝ『……ほら来いよ』

多脚での戦闘はかなりの神経を使うものだ。
特に近接戦。
足運び一つが自らの弱点を晒すことになるため、本来は慎重にならなければならない。
だが相手は攻防が一体となった棺桶。

攻め込むことに躊躇する理由がない。
足さばきを始めとした技術は無視していても、立派に戦闘を行うことができる。
この場合、相手が気を付けることはただ一つ。
その攻防一体の仕様こそが最大の問題であるという点だ。

< ゚ |゚>『後ろを!!』

864名無しさん:2024/07/14(日) 20:13:03 ID:K.ug12hY0
言葉通りに背を向けたツンディエレ。
そしてそこに放たれる一撃は、確認するまでもなく多脚での刺突だ。
ギコは手を離し、その一撃を回避すると同時にチェイタックを構えて銃爪を引いた。
銃弾は展開していた盾を貫通し、リーガルのヘルメットを吹き飛ばす。

(;゚ω^)「お……がっ……?!」

掠めていれば殺せただろうが、ヘルメットが衝撃を吸収したせいで脳震盪止まりとなった一射。
弾が当たった理由に気づけないまま、リーガルは頭を押さえたままたたらを踏む。

〔:::゚占゚:〕『何っ?!』

そしてそれは、ツンディエレも同様だった。
絶大な信頼を置いていた盾が機能しなかったのだ、無理もない。

ム..<::_|.>ゝ『だから素人なんだよ』

更にもう一発、今度はツンディエレに向けて銃弾を放った。
最早回避も防御もできない状態の彼女は、それを右腕の付け根に受けることになる。
根元から腕が吹き飛び、悲鳴が響き渡る。
ツンディエレの精神状態を反映するかのように四脚の履帯が高速で逆回転を始め、その場から急速に退避した。

ム..<::_|.>ゝ『威勢がよかったのは最初だけか』

甲板の広さなどたかが知れている。
ギコから距離を取ろうとも、いくら超越した安定性を持っていたとしても。
船の下は海なのだ。
多脚など、この場では意味を成さない。

(;゚ω^)「かあ……様……!!」

ム..<::_|.>ゝ『お前は後だ。 丁寧に殺してやるから安心しろ』

視界が歪んだままのリーガルにそう言い放ち、ギコはツンディエレに歩み寄る。

〔:::゚占゚:〕『来るな!! こっちに!!』

ム..<::_|.>ゝ『時間稼ぎが願いなんだろう?
      最後までちゃんとやり通せ』

話している途中でチェイタックが火を噴く。
多脚の構造的な弱点である脚部の中心に命中し、ツンディエレの棺桶はその場に座り込む様にして倒れた。

〔:::゚占゚:〕『馬鹿なっ……!! 仮にもキング・シリーズが……!!』

ム..<::_|.>ゝ『相手が悪かったな』

865名無しさん:2024/07/14(日) 20:13:34 ID:K.ug12hY0
ツンディエレが口にしたキング・シリーズはもちろん知っている。
棺桶開発の中でも末期の方に開発されたもので、極めて優れた性能を有する棺桶の開発シリーズである。
そして末期に開発された棺桶は如何なる理由かは分からないが、悪路走破に重点を置いた多脚の物が多い。
それ故に、開発の完成度は二脚の棺桶に比べて非常に低く、弱点の克服は出来ないままだった。

多脚型の棺桶はその設計上、脚部の中心に関節が集中することが多く、隙間が多く生まれてしまう。
その弱点が克服できていない以上、多脚型の棺桶は戦場の後方に控えておくべきもので、前線に投入するべきではない。
シリーズの名前は確かに魅力的だが、それは所詮ブランド名だ。
実戦では、いつだって実用性が求められる。

ム..<::_|.>ゝ『さぁ、解体ショーでもするか。
      お前のママがバラされるのをよーく見ておけよ』

( ;ω゚)「きっ……!! さ……まぁああああ!!」

ム..<::_|.>ゝ『お前に俺を止めるのは無理だ、止めておけ。
      順番を守れ』

リーガルが叫びながら接近し、四本の足がギコを襲う。
体を僅かに反らせて攻撃を回避し、こちらから接近する。
対処法はもう分かっている。

ム..<::_|.>ゝ『どうした、俺はここだぞ』

( ゚ω゚)「無礼るなぁぁ!!」

二本の足がマン・オン・ファイヤの装甲に触れる。
そして流される高圧電流。

( ゚ω゚)「はははっ!! 死ねっ!!」

流される高圧電流によってマン・オン・ファイヤの装甲に埋め込まれていた回路がショートし、火花が散る。
持てる最大出力の電流が流される中、その目は青白い光の先にあるギコの苦悶の表情を見ていた。
そんなもの、幻想でしかないというのに。

(,,゚Д゚)「どこ見てんだゴルァ!!」

リーガルの足の隙間から身を出したギコは彼の首を掴み、一気に力を入れた。
喉仏を握り潰す勢いで、手に力を込めていく。

( ゚ω゚)「へぷっ?!」

(,,゚Д゚)「頼りすぎなんだよ、棺桶に。
    ほら、どうにかしてみろ。
    このままだと、縊り殺されるぞ」

( ゚ω゚)「あっ……まかっ……」

866名無しさん:2024/07/14(日) 20:13:54 ID:K.ug12hY0
酸素が顔に回らないため、どんどんと紫色に染まっていく。
目玉が眼窩から飛び出し、ギコの手をどうにかしようと両手が彼の手首を掴もうとするが、手は空を切る。
体を覆う外骨格を正しく使えば、ギコを引きはがすことが出来ただろう。
今まさに縊り殺されようとしている状況下では、正しく使うことが頭に浮かぶはずもない。

抵抗しようとするも徐々に力を失い、目があらぬ方向を向いてリーガルの生命活動が停止したことを示した。
死体を手放し、ギコはゆっくり振り返る。

(,,゚Д゚)「さて、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
    死ぬにはいい日だな」

〔:::゚占゚:〕『まだ……まだぁ!!』

棺桶を脱ぎ捨て、ツンはその場に降り立つ。
片手でライフルを構え、雨に濡れ、涙で濡れた顔でギコを睨めつける。
右腕の付け根からは夥しい量の血が流れ出ており、意識は朦朧としているはずだった。
しかしそれでも、視線はぶれない。

ξ;゚⊿゚)ξ「いい気になるなよ!!」

対強化外骨格用の強装弾が装填されたライフルを訓練もしていない人間が片手で構え、撃とうとすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
故に、ギコはその視線と銃腔を正面から受けたまま近づいていく。
足元に落ちていたチェイタックを拾い上げ、棹桿を引いて薬室を確認。

(,,゚Д゚)「お前にゃ無理だ」

ξ;゚⊿゚)ξ「あああぁ!!」

銃爪を引いた瞬間、ツンディエレの手から銃が吹き飛んだ。
無事だった左腕はありえない方向に曲がっている。
反動を吸収しきれない形で構えて撃てば、必然、そうなる。

(,,゚Д゚)「さっきそこのブタは答えないままだったが、教えてもらいたいことがある。
    何故、ペニサス先生を殺す必要があった?」

ξ;゚⊿゚)ξ「誰が喋るか!!」

(,,゚Д゚)「お前だよ」

銃床で右の眼球を殴りつける。
間違いなく破裂した感触があった。

ξ; ⊿゚)ξ「あぐっ?!」

体を丸めて防御態勢を取ろうとする顎を銃床で殴り上げる。
骨が砕けたのが分かった。

ξ; ⊿゚)ξ「ぶっ……!!」

(,,゚Д゚)「お前が、その口で、喋るんだよ」

867名無しさん:2024/07/14(日) 20:14:21 ID:K.ug12hY0
今度は鼻を殴り、これも折れたことが分かる。
次は前歯を根元から折った。
腹を蹴り、体をくの字に折り曲げたところで、膝を踏み砕く。
倒れたツンの首を足で踏みつけ、体重をかける。

(,,゚Д゚)「さぁ、どうする?」

ξ; ⊿゚)ξ「ごろ……ぜ……!!」

(,,゚Д゚)「……ここまでお前らの相手をして時間を潰してやったんだ、借りを返すぐらいのことはしろよ」

ξ; ⊿゚)ξ「……すべ……て……おうご……んの……」

(,,゚Д゚)「ちっ」

これ以上話しても無駄だと分かったギコはつま先に力を籠め、ツンの首を踏み潰して殺した。
口から血の泡を吐いた女の目は満足そうだった。

(,,゚Д゚)「……行ったか」

気が付けば、ツンの視線の先にいたもう一隻がどこにもいなかった。
嵐の先に向かったことは容易に想像できるが、何がどうなったのかは分からない。
ギコはデレシアがどう動いたのかを見送ることはできなかった。
だが、見送ったところでこの先の何かが変わることはない。

ここから先は、デレシア自身の決着の場なのだ。
そこに立ち入ることができるのは彼女とその関係者だけ。
そして、そこに立ち入ろうとする並外れた勇気を持つ者だけである。

(,,゚Д゚)「帰るか」

船の制圧と操縦権の奪取のため、ギコは船内へとゆっくりと進み始めたのであった。
手にするのは一挺の狙撃銃。
近接戦では圧倒的なまでに不利な上に弾もほとんどない銃だが、ギコの使い方は常識の範疇に収まらない。
残党の一掃は骨の折れる作業だが、彼にとっては決して不可能なことではない。

更なる死体を生み出すため、ギコは艦内へと進み始めた。

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夢はいつか覚めるからこそ夢である。
しかし、夢とは叶えることではなく追うことにこそ真の意味があるのだ。
追いかけ、追いつけば夢は必ず叶う。
追いかけなければ夢が叶うことはない。

                                     ――西川・リーガル・ホライゾン

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868名無しさん:2024/07/14(日) 20:14:52 ID:K.ug12hY0
最後の一隻となった“ヘミングウェイ・ペーパー”内部では、これから訪れる更に激しい嵐への備えと侵入者に対する対応とが渾然一体となり、混沌を産んでいた。
ヘミングウェイ・ペーパーは汎用型のステルス艦で、輸送艦としても運用が出来るようにウェルドックを有している型の物もある。
そして、嵐の奥へと突き進むそれはまさにドックを有する型のものであり、そこには最新でありながらも高性能な電子機器をあえて廃した上陸艇が鎮座していた。

o川*゚ー゚)o「……侵入者はまだか?」

キュート・ウルヴァリンの一言は、その場の緊張しきった空気が生み出されている原因を的確に表現していた。
内藤財団の威信をかけた、数百年規模の大願。
その巨大な影の中、内藤財団創立以前から続く夢があった。
ヘミングウェイ・ペーパーに搭乗した全ての兵士はその夢の存在について、今も知らないでいる。

キュート達がバミューダトライアングルを目指す、ということ以外は何も知らないままだ。
それでも命をかけるというのだから、その忠誠心の高さは大したものである。

〔欒゚[::|::]゚〕『この艦内のどこかにいるのは間違いないのですが、依然として見つかっておりません。
      戦闘さえ起きていないです。
      隠れ潜んで様子を窺っている可能性が高いです』

o川*゚ー゚)o「相手はあの女だぞ? 常にスリーマンセルで行動し、奴の居場所と動向を確認しろ。
       何があっても各階層のロックを解除するな。
       間もなく我々は出航する」

〔欒゚[::|::]゚〕『はっ!!』

船内で発見されていないということが、必ずしもデレシアが不在ということを意味するわけではないことを、キュートはよく知っている。
空中で爆散したヘリに巻き込まれて死んだとも、海に落ちて死んだとも思っていない。
あの女がここに現れた以上、必ずキュート達の前に姿を見せるはずなのだ。
現にデレシアは、絶対にあり得ないという可能性を越えてこの場に現れたのだ。

o川*゚ー゚)o「……やっぱり、絶対、なんてありませんでしたね」

上陸艇に戻ると、そこにいた老人にキュートは友人に声をかけるような気軽さで言葉を投げかけた。

( ^ω^)「あの女なら、こうなってもおかしくはない。
     だからこそ、我々は備えている。
     ギコを切り離せただけでまずよしとしよう」

o川*゚ー゚)o「ここに降りてくる可能性は、考えないのですか?」

( ^ω^)「可能性はあるだろうね。 だが、だからどうした。
     船の外からここに入るには、穴を開けて真下に行く以外、どう進んでも全て遠回りの道になる様になっている。
     最短でも30分、それだけの時間が確保してある。
     ……さぁ、そろそろ行こうじゃないか」

o川*゚ー゚)o「西川親子は?」

あえて彼の妻子であることを無視した言葉を投げかけたが、内藤はまるで意に介した様子を見せずに答える。
まるで他人事のように。
まるで、捨て石のように。

869名無しさん:2024/07/14(日) 20:15:13 ID:K.ug12hY0
( ^ω^)「死んだのだろう? 流石にギコを相手にしてあの二人が生き延びるとは思っていないよ」

o川*゚ー゚)o「おや、冷たい反応ですね」

( ^ω^)「ギコという男の性質を少しでも知っていれば、諦めた方がむしろ二人のためだ」

無線機を取り、キュートは外に指示を出す。
内藤という男は目的達成のためにはあらゆる感情を廃することが出来る男だ。
ここで議論をする意味はない。

o川*゚ー゚)o「出発する。 準備を」

『了解。 注水開始、前後ハッチ開放準備。
ダミー船展開準備急げ。
各位、引き続き警戒を怠るな』

船底から海水が注入され、上陸艇が波に揺れる。
キュートは舵輪を握り、エンジンをかける。
電気ではなく、ガソリンを燃料にして動き始めた原始的構造をしたエンジンの振動は力強く、生命の放つ鼓動の様でもある。
前後の扉が開き切ったのを鏡で確認し、キュートは複数のダミー船と共に船外へと移動を始めた。

船の外は、雨と風、そして雷が躍る世界だった。
高い波がうなる中、キュートは羅針盤を見て進路を確認する。
スピードを上げ、嵐のその先へと向かう。

( ^ω^)「逃げ切れたな」

o川*゚ー゚)o「あの船は予定通りに?」

( ^ω^)「当然だ。 だが恐らくは、こちらの電波が届くことはない。
      我々が生きて戻った時に発動するだろう」

o川*゚ー゚)o「……」

別に、キュートは残された彼らに同情心を抱いたわけではない。
これから先、彼らが向かう先に何が待っているのか、その情報を聞かされてはいる。
しかし、その情報はあくまでも今の情報ではなく、昔の話だ。
この後、ヘミングウェイ・ペーパーは全て自爆することになっている。

乗員はそのことを知らない。
こちらの船が一定距離離れ、そこから時間経過で自爆する様に設定されているのだ。
だがこの先、電波が乱れる可能性が非常に高く、位置情報が伝達されなければ爆発することはない。
ここまでして追跡される可能性を消したいというのは、ある意味でデレシアへの信頼でもある。

彼女の理不尽さを考えれば臆病とも言えるし、当然の警戒とも言える。
相手はデレシア。
世の中の理不尽を煮詰めたような存在だ。
窓の外に見える景色に若干の変化を感じ取った時、内藤が静かに口を開いた。

( ^ω^)「……前をよく見たまえ」

870名無しさん:2024/07/14(日) 20:15:39 ID:K.ug12hY0
言われた通り、内藤の指の先に視線を向ける。
他の場所と比べ、明らかに波の荒れ具合が穏やかだ。

o川*゚ー゚)o「嵐の……境目ですか」

正しくは、嵐の中心点。
台風の目と呼ばれる領域だ。
頭上の雲の厚みは周囲と比べて明らかに薄く、空の色が透けて見える。
それは夜明けの空の色。

夜と化した世界の中で唯一、本来の空の色が見えている場所である可能性は高い。

( ^ω^)「そうだ。 更に海水温の違いや海底の形の問題で、あの辺りからは荒れることがない。
     ……そろそろ投薬の時間だ」

懐から取り出したアンプルの先端を折り、その中身を呷る。
それに倣い、キュートも薬品を摂取する。
僅かな甘味を持つその液体は、内藤財団が長期にわたって研究を重ねて開発した一つの特効薬の様なものだった。
そして腕時計のストップウォッチを起動した。

それをきっかけに、内藤が口を開いた。

( ^ω^)「バミューダトライアングルについて、君はどこまで知っている?」

間もなく夢が実現することもあってか、内藤の口調は明らかに上機嫌だった。
普段は無口な彼が饒舌に質問をしてくるということに、キュートは僅かに面食らったが、即座に対応する。
今しか聞けない情報があるのならば、それは聞くべきだ。
これから自分が対面する光景をより鮮やかにするためには、情報はあって困ることはない。

情報は人間だけが感じることのできる唯一の快楽なのだから。

o川*゚ー゚)o「自然が生み出したある種の特異点である、ということぐらいです」

もっと言えば、この先に何があるのかについてもキュートは知らされていない。
内藤財団の悲願が叶う場所、ということぐらいしか察することができていない。
先ほど摂取した薬の正体も分かってはいない。
薬品を生み出すのに携わった人間も、その正体は知らないまま開発を進めていたという。

間もなく全ての謎が明らかになると思うと、キュートの心臓は高鳴りを押さえられなかった。
これは自分が生まれてきた意味を知ることでもあるのだ。
当然、何もかもを知りたいと思うのは自然な感情だ。

( ^ω^)「ある意味では正解だ。 だが、完全に自然の産物というわけではない。
     簡単に言えば、人間の生み出した兵器が天候に大きな影響を及ぼし、それが今も続いているということだ。
     故にこの海域には嵐が常に生まれ、海が荒れ電子機器が意味を成さないというわけだ」

o川*゚ー゚)o「天候に影響を及ぼすほどの兵器?」

ニューソクの爆発がそうであったように、使い方と方向性を絞ればそれも可能なのだろう。
実際、複数のニューソクが爆発しただけで世界は日光と青空を失い、夜になったのだ。

871名無しさん:2024/07/14(日) 20:16:04 ID:K.ug12hY0
( ^ω^)「その兵器は人体と電子機器に多大な影響を及ぼす猛毒を生み出す。
      その毒から身を守るための薬が、先ほどの物だ。
      世界大戦時では構想だけだったものだが、それをようやく実用化させることが出来たのだよ」

o川*゚ー゚)o「なるほど。 つまりは、この先は毒に溢れている、と」

( ^ω^)「あぁ、そうだ。 だからこそ、運悪くこの海域に入ってきてしまった船の乗組員は死んだのだよ。
      体内、そして体外を蝕む無味無臭の毒に体を蝕まれ、発狂しながらね。
      きっと彼らは、体が焼けるような錯覚を覚えたことだろう。
      少しでも冷やそうと、皆海に飛び込んだ。

      だから死体のない船だけが発見されたのだ」

バミューダトライアングルの正体が、空気中にある毒だったと、誰が想像しただろうか。
だが無味無臭の毒ともなれば、確かに何かしらのオカルト的な噂が真実味を持つというものだ。

( ^ω^)「薬の効果は8時間だ。 連続での服用は命にかかわる」

o川*゚ー゚)o「それで時間は足りるのですか?」

( ^ω^)「分からない。 しかし、この先にある場所にこそ私が望み続けた物がある。
      その時間内に探し出す」

o川*゚ー゚)o「物、ですか」

世界で最も権力と財力のある人間が求めているのが、物というのは意外としか言いようがない。
金さえあれば何でも生み出せるはずだ。
世界中のあらゆる知識も、技術も、材料さえも手に入れることのできる金。
それでも求めているのが物であるということは、現代の技術ではどうしようもない何かであることは確かだ。

( ^ω^)「おお、見えてきたぞ」

o川*゚ー゚)o「……」

視線の先。
凪いだ海の果てに、白い雲が漂っている。
海上に漂うのは、入道雲の様な大きく白い雲だ。
まるで何かを覆い隠すような雲の先に、キュートの目は確かにそれを見出した。

直線で構成された、複数の構造物。
建ち並ぶ高層ビル。
それは、間違いなく大都市の影。

872名無しさん:2024/07/14(日) 20:16:26 ID:K.ug12hY0
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873名無しさん:2024/07/14(日) 20:16:53 ID:K.ug12hY0
o川*゚-゚)o「……街」

( ^ω^)「そうだ。 あれが、バミューダトライアングルの中心にある街――」

まるで、旧友に会った老人のように。
故郷の街を目の前にした老兵のように。
死に分かれたと思っていた恋人に再会したかのように。
うっとりとした様子で、内藤が続ける。

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( ^ω^)「――“最果ての都”、ノ・ドゥノだ」

874名無しさん:2024/07/14(日) 20:17:26 ID:K.ug12hY0
それは初めて聞く街の名前だった。
徐々に迫ってくる街並みは、ニョルロック、ジュスティアそしてイルトリアのそれに酷似している。
背の高いビル群の密度はまるで森のようであり、生き物の様でもあった。
圧倒的な高層ビル。

それらを建設するには、当然それなりの技術が必要になる。
そこに見えるビルの高さは、キュートが見てきたビルよりも優に倍以上は高く、それでいて堅牢さを維持していた。
まるで大樹だ。
悠久の時を過ごしてもなお朽ちない大樹。

揺るぎのない安定感を醸し出すそれは、だがしかし、間違いなく人工物だ。

o川*゚-゚)o「あれは、あの街は生きているのですか?」

街の生き死にとは、そこに住まう人間の事を指し示す。
建物とは不思議なもので、人間が使っていなければ倍近い速度で朽ちてしまうものだ。
今キュートの目に映る建物は長らく使われてきたのか、朽ちている様には見えない。
ガラスの輝きも、建物の表面も、まるで今も人々が使用しているかのような瑞々しさがある。

( ^ω^)「いいや、死んでいるよ。
      ニューソクによる汚染を受け、今もなお毒に汚染されているんだ。
      言ってしまえば、毒漬けの街だよ。
      だからこそ、風化せずにここまで当時の姿を保っていられる」

o川*゚-゚)o「つまり我々は、その毒漬けの街にある物を回収するのが目的である、と」

( ^ω^)「不満かな?」

o川*゚-゚)o「世界中を巻き込んでこれだけの事をしたのですから、それだけ意味ある物だと、そう期待しても?」

( ^ω^)「あぁ、期待してもらって構わない」

物を回収するだけであれば、何もこのタイミングでなくても良かったはずだ。
もっと前の段階、薬が完成した段階で密かに回収に向かえば良かったのだ。
あえてこれだけの騒ぎを起こし、その陰に隠れるようにして物探しをすることが目的というのは、あまりにも割に合わない。
確実に理由がある。

キュートの疑念に対し、内藤は普段通りの口調で答えた。

( ^ω^)「あの街は、デレシアの故郷だ」

o川*゚-゚)o「デレシアの?」

これまでティンバーランドに対し、頑なに抵抗を続けてきた存在の名前。
今もその名前は現役であり、複数の作戦を破綻させた人間である。
間違いなく、ティンバーランド内で最も警戒すべき人間の名前としてリストに名前が載っているはずだ。

( ^ω^)「踏み荒らそうとすれば、たちどころにそれを嗅ぎ付け、防いでくる。
     だから奴を別の場所に釘付けにするために、我々は世界を巻き込んだ。
     ギリギリだったが、どうにか我々の目的は達成される」

875名無しさん:2024/07/14(日) 20:19:40 ID:K.ug12hY0
キュートは目頭を押さえ、ゆっくりと深呼吸をする。
頭の中にある情報の整理をしなければついていけない。

o川*゚-゚)o「……デレシアは何者なのですか?」

徐々に姿がはっきりと見えてくるノ・ドゥノの存在は、今日まで誰かの耳に入ることはなかった。
それがデレシアの故郷であるならば、それは間違いなく街が毒に汚染される前に彼女が生まれたことを意味する。
しかし、バミューダトライアングルの存在が確認された時期などを考えれば、彼女の年齢には疑問しかない。
今いるデレシアは、ノ・ドゥノの存在が誰かに認知されるよりも後に誕生していなければ整合性が取れない。

キュートの困惑を楽しむ様に内藤が言葉を続ける。

( ^ω^)「それについて、ジョルジュは熱心に推理をしていたね。
     残念だが、今のデレシアについて私が分かっていることはほとんどない。
     だが、“デレシア”という名前の存在についてであれば教えてあげよう。
     あいつは、ノ・ドゥノの市長だ」

雨が止んだ。
風が弱まり、静かな世界が訪れる。

o川*゚-゚)o「市長…… ですがそれでは――」

( ^ω^)「第三次世界大戦が起きた時点での話だ。
     その時にデレシアという人間が“都市国家”のノ・ドゥノを統べていた。
     分かるのはそれぐらいだね」

理解が追い付かない。
デレシアという存在は人名でありながらも、まるで概念のように存在している。
確実に言えるのは内藤は、否、ティンバーランドはデレシアを恐れている。
彼女の介入を恐れ、世界を巻き込んだ作戦を展開している。

そうなると、考え得るデレシアという存在の正体は限られる。

o川*゚-゚)o「歴代のデレシアが存在する可能性もある、と」

人間の命が有限であることは、時代によって変わるものではない。
つまり、昔から今に至るまでデレシアが存在しているということは、複数の人間がその名を引き継いでいると考えるのが自然。
現に似たような存在が今、目の前にいる。

( ^ω^)「ジョルジュはそう考えていたみたいだね。
     だが、答えなど今はどうでもいい。
     全てはあと少しで報われるのだから。
     “虹の女神”は我々の手に落ちる」

虹の女神の正体についてここで質問をしたところで、答えを得られないのは明白だった。
故にキュートは口を噤み、沈黙を守ることにした。
そこから先は無言の時間が流れた。
これ以上の問答で得られるものはほとんどない。

876名無しさん:2024/07/14(日) 20:21:12 ID:K.ug12hY0
今日に至るまでの何もかもが報われることに喜びを感じつつ、一縷の不安を抱かずにはいられなかった。
本当にこのまま終わるのだろうか、と。
やがて、船が港らしき岩礁へと到着した。
街を覆う雲のようなものは、恐らくは霧の類だった。

護身代わりの棺桶と拳銃を手にしたキュートを先頭に、二人はノ・ドゥノへと上陸した。
内藤が懐から紙製の地図を取り出し、それを広げた。
仄かな青空から差し込む光がそれを照らす。
かなりの時間が経過していると思わしき地図は、極めて詳細に街の建物の位置が記されていた。

o川*゚-゚)o「この街の地図、ですか」

( ^ω^)「あぁ。 後は、市長室を中心にさが――」

――その時だった。
背筋に氷のような冷たい感覚が走り、全身が総毛立った。
振り向く、という動作をしようとすることがこの上なく恐ろしい。
何をしても命にかかわるという確信めいたその感覚の正体は、紛れもなく殺意だ。

あり得ない、と内藤の口から小さな悲鳴のような声が洩れる。
キュートは確かにその殺意に恐怖を感じ取っていたが、それ以上に喜びがあった。
遂に。
ようやく。

デレシアと対面することが叶う。
歓喜で全身が絶頂直前の痺れに似た喜びを感じる。

o川*゚ー゚)o「……初めまして、かな」

振り返ったキュートの眼前には、果たして、ローブを身にまとったデレシアが立っていた。
波打つ黄金色の髪。
蒼穹色の瞳。
世界の美をそこに結集したかのような整った容姿は、悪魔的でさえある。

どのようにしてそこに現れたのかも。
どうして今まで何もしてこなかったのかも。
あらゆる疑問の答えは、彼女がデレシアだから、という一言で片づけられる。
不条理を煮詰めて抽出した純然たる理不尽の結晶体。

877名無しさん:2024/07/14(日) 20:21:34 ID:K.ug12hY0
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              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー       イ///: : : .____   人: :\/
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ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、初めましてね。
      あなたが、キュート・ウルヴァリンね」

o川*゚ー゚)o「光栄だな、名前を知っていてもらえるとは。
       お前が、デレシアだな」

ζ(゚ー゚*ζ「そしてそっちの老いぼれは……
      内藤・ネイサン・ホライゾンね」

名を呼ばれた瞬間、内藤は肩をびくりと震わせた。
ゆっくりと振り返り、ひきつった笑みを浮かべる。
そこにいつもの余裕も、不敵さもない。

( ^ω^)「……」

天敵を前にした動物のような姿に、だがしかし、キュートは失望することはなかった。
彼女を前にすれば、その実力を知らない人間でも同じ反応をすることだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「会ったことはないはずだけど、私の事もこの街の事も良く知っているみたいね。
      この街に来たってことは、“アイリス・システム”を探しに来たって感じかしら?」

その名が出た瞬間、内藤の顔色が変わる。

(;^ω^)「お見通しか……」

878名無しさん:2024/07/14(日) 20:22:41 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「オセアンを手中に収めたのは何もハート・ロッカーの入手だけでなく、安全な港を手に入れることが目的だった。
      ペニーを殺したのは、万が一にもオセアンから出港する自分たちが狙撃されるのを回避したかったから。
      オアシズのドリームキャッチャーを狙ったのは、自分たちの敵になる棺桶を無力化するための保険。
      わざわざ内陸にあるニョルロックを内藤財団の本拠地に選んだのは、私をおびき寄せた時に移動手段を限定できるから。

      世界中のニューソクを集めたのは自分たちの兵器への転用もあるけど、そもそものニューソク研究に使って、薬を作るため。
      イルトリアとジュスティアを一気に攻撃したのは、ノ・ドゥノに通じる海路を断つことで自分たちの安全を確実なものにするためね。
      ここまで徹底して私を海から遠ざけるということは、ノ・ドゥノに用があるってことはすぐに分かるわ。
      そしてノ・ドゥノに用があるってことは、アイリス・システムが目的だってことは明らか。

      兵站を無視して短期決戦を目論んでいたのは、アイリス・システムが手に入るという大前提があったからでしょう。
      あれがあれば、最低でも戦いの目が自分たちに向けられていない限りは戦争に勝てたでしょうね。
      長い間よく頑張ったけど、やり方が相変わらず乱暴なのよ」

まるで出来の悪い生徒の悪戯を全て指摘する教師のように、デレシアはこちらが用意した策とその裏側を全て言い当てた。
キュートの知らない情報も出てきたが、内藤の反応を見ればそれが正解であることは間違いない。
事実、作戦の根幹は内藤財団幹部が確実に目的地を目指すということにあった。
最悪の想定としてニョルロックの空路を断つという保険も残していたが、ギコ・カスケードレンジの介入によってそれは失敗に終わった。

完璧な作戦における予想外の介入というのは、総じて作戦に致命的な破綻をもたらすことになる。
今回の場合、ギコの介入を誘発してしまったことが失敗だった。
ペニサスを殺したことでリスクを一つ削り、そして新たなリスクを産んでしまったことが悔やまれる。
デレシア一行の排除ではなく、ギコの動向についてもっと注意を向け、ニョルロックでの戦闘で殺しておくべきだったのだ。

o川*゚ー゚)o「アイリス・システム…… あぁ、虹の女神とはそういうことか」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、あなたは知らされていないのね。
       内藤財団がずっと血眼になって探している装置の名前よ」

o川*゚ー゚)o「後学の為に教えてもらっても?」

ζ(゚ー゚*ζ「お断りよ。 私、あなたのこと嫌いだし、後学なんて必要ないもの。
      そこの老人に聞いたら?」

o川*゚ー゚)o「教えてもらえなくてね」

他愛のない女同士の会話だが、漂う殺意は変わらない。
常に喉元にナイフを突きつけられている様な感覚は消えず、この問答が彼女の気まぐれで続けられているのは間違いない。
仮にここで死ぬとしても、それまでの間に一つでも多くの謎を知り、心残りを減らしてから死にたい。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それは残念ね。
      つまりそこまで信頼されていないってことね。
      こ の 日 の 為 に 作 ら れ た の に、残念ね」

その言葉は一瞬でキュートの堪忍袋の緒を切り、逆鱗に触れ、激憤させた。
頭も心も怒りで燃え上がり、手のひらに汗を感じる。
自分の立場も忘れ、キュートは心からの言葉に殺意を添えて言い放つ。

o川*゚-゚)o「……ぶち殺すぞ」

879名無しさん:2024/07/14(日) 20:23:36 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「遺伝子操作は出来ないから、優れた遺伝子の人間同士を掛け合わせていって…… って感じでしょうね。
      確かに望まれて生まれたのでしょうけど、ふふっ、残念。
      不純物は取り除けなかったみたいね」

どうして知っているのか、とは言葉が出てこなかった。
デレシアの言う通り、キュートは優れた因子を持つ人間同士で交雑を繰り返して生み出された存在だ。
誰よりも優れた知識、身体能力、容姿、そしてカリスマ性。
それを目指し、何世代にも渡って交配して生まれた存在であることは、内藤財団の社長と副社長、そして内藤しか知らない事実だった。

世界で最もその誕生を望まれたことは彼女の誇りでもあったが、同時に、それが彼女のコンプレックスでもあった。
即ち。
デレシアという存在に対抗するため、デレシアに近い人間を生み出すという計画の産物であるという点だ。
誰よりもその誕生を望まれ、祝福されながらも、周囲の目に映るのは結局のところデレシアの代用品でしかない。

デレシアに至るための試作品、実験結果の産物という評価が覆ることはない。
それが、キュートという人間の正体なのである。

ζ(゚ー゚*ζ「何年かけたかは知らないけど、ここまでね。
       でも、ここまでよく頑張ったわね。
       そこだけは褒めてあげる」

いつの間にか、デレシアの右手には黒塗りのデザートイーグルが握られていた。
だが銃腔はこちらに向けられていない。
いつでも撃ち殺せるという姿勢。
優位なのはどちらなのか、それを何よりも雄弁に物語る。

o川*゚-゚)o「……」

ζ(゚ー゚*ζ「棺桶を使いたいのならどうぞ、邪魔はしないわよ」

それは慢心。
自分の力を過信した愚かな女の戯言だ。
しかし、キュートはその誘いに乗らなかった。

o川*゚-゚)o「……いいや、使わない。
       使えないんだろう、ここでは」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、気づいた?」

o川*゚-゚)o「電子機器にとっての毒であれば、棺桶が使えるはずがない。
       それに、棺桶が使えるのであれば薬を開発する必要もないはずだ。
       だから私は、これでお前を殺す」

コンテナを捨て、もう片方の手に持っていたコルト・ガバメントの遊底を引く。
世界を変えるための最も小型で最も強力な道具。
長い間人間に愛用され、戦場でも日常でも小さな変化を生み出し続けた傑作拳銃。
人間を殺すのであれば、この大きさと口径で十分だ。

880名無しさん:2024/07/14(日) 20:24:08 ID:K.ug12hY0
相手は人間。
化け物じみた戦闘能力を持つだけの人間だ。
人間相手にこれ以上恐れを抱くなど、耐えられない。

o川*゚-゚)o「しっ……!!」

そして、短く息を吐いて疾駆する。
恐怖に縛られた感情のまま、怒りを抱いたまま。
拳銃同士の必殺の間合いのその先へと持ち込み、技術による一騎打ちでデレシアの殺害を試みる。
至近距離で構えたコルトの銃腔をデザートイーグルの銃床が横合いから弾き飛ばし、近距離で放った膝蹴りは同じ膝蹴りで防がれる。

この攻防は一瞬でもタイミングを間違えても、一手でも間違えれば死につながるもの。
持てるだけの力を吐き出し、キュートは攻撃を続ける。
空いた手で顔に向けて突き出した目つぶしを額で受け止められ、指が壊される。
弾かれたコルトを元の軌道に戻そうとするが、デレシアの左の貫手が右肩に突き刺さる。

コルトを握っていた腕に激痛が走り、指に力が入ってあらぬ方向に発砲してしまう。
心に焦りが浮かんだ時には、容赦のないデレシアの攻撃がキュートを襲う。
デザートイーグルが足元で発砲され、キュートの左脚が付け根から千切れた。
バランスを崩したところに続く二発目の発砲。

胸に大きな穴が開き、そして、キュートの全ての感覚が遮断された。
痛みはもう感じなかった。
あったのは衝撃と驚き、そして悲しみ。
生まれた意味を自問自答しながら、彼女は血溜まりの中に倒れ込む。

o川* - )o

答えを得ることもなく、キュートは静かに絶命した。
虚ろな目には、水色と灰色を混ぜたような色の空が映っていたのであった。

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何のために生まれて。
何をして喜ぶ。
答えは私が用意するのだ。
誰かに用意されるなど、冗談ではない。

                                    ――絵本作家、ヤセタ・カナシー

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イルトリアへ攻め入った部隊の最期は、あまりにも呆気なかった。
イルトリア軍の前衛が報告しつつ、狙撃部隊が攻撃を加えたことによる士気の低下は著しかった。
戦争の経験がほとんどない状態で気が付けば撃たれ、殺され、そしてパニックになるのは必然だった。
そこにすかさず撃ち込まれる砲弾が、彼らの命を容赦なく奪った。

881名無しさん:2024/07/14(日) 20:24:43 ID:K.ug12hY0
泥濘と臓物と肉片とが混ざり合った何かが空中に舞い上がり、自家用車のフロントガラスに付着したことで急停止する車が続出。
ぬかるみにタイヤが取られ、横転や追突が続発。
慌てて車に積んであった棺桶に手を伸ばしたところで、狙撃手たちがそれを阻止する。
寡黙なことで知られる狙撃手の一人が、思わず口から感想を漏らすほどの容易さだった。

(,,゚,_ア゚)「……こいつら、本当にただの素人集団だ」

物量で攻め込まれたことにより、ある程度の取りこぼしは考えられていた。
だが、戦闘力の低さと経験の浅さがその予想を裏切った。
味方の死体で進軍速度が低下し、士気も落ち、指揮を執ることのできるだけの経験者は早々に死体と化している。
戦場において、指揮官のいない部隊ほど脆い物はない。

イルトリア軍を相手にその状態で戦いを挑むということの愚を、彼らは命を持って理解した。
砲弾の音が彼らに恐怖を植え付け、前進するだけの気力を奪うのに、そう時間はかからなかった。
後退しようにも、後ろにあるのは味方の膨大な死体の山。
砲撃が耕した地面が前後への移動を困難にし、彼らの進路を奪った。

電撃戦は一度でも停滞すれば、その鮮度と威力を失う。
特に、戦闘力で劣っている側からすればそれは致命的な展開である。
砲撃を受けるほどの戦闘を経験したことがないことが、彼らにとっては大きな失敗だった。
そしてそれは、作戦を立案した人間にとっては予想外の事だった。

作戦の立案者は元イルトリア軍人、クックル・タンカーブーツとミルナ・G・ホーキンスだった。
彼等は砲弾の雨の洗礼を当たり前の物だと思っており、それが作戦の中においては前提条件となっていた。
否、むしろ考慮すべきことですらなかった。
二人にとっては、銃が撃てるかどうかを作戦立案の際に考えるような物だったのだ。

戦争を知る人間がいない以上、意図的に砲撃が後方と前方に集中して行われていたことに気づいた人間は、誰もいなかったはずだ。
進路と退路を同時に塞ぐ砲撃の雨が彼らに驚くほど有効だったのは、イルトリア軍が与えた被害を見れば明らかだ。
敵の本質が素人集団であり、臆病であることが分かった以上イルトリア軍が防戦ではなく迎撃戦を選んだのは必然だった。
そして、後はただの蹂躙だった。

悪路でも問題なく戦闘行動が可能なソルダットが展開し、逃げ惑う敵を容赦なく殺して回る。
味方の数が減る度、士気はその倍以上の速度で低下。
車を置いて逃げ出す者、棺桶を身に纏おうとしてコードの入力に失敗する者。
遮蔽物のない荒野での戦闘は狩りを思わせるほど、一方的に死体の数が増えていった。

イルトリア包囲網は瞬く間に瓦解し、やがて敗走した。
無論、敗走する人間は全てその背中を狙撃手によって撃たれ、時には仲間にも撃たれた。
運よくイルトリアへと向かうことのできた部隊は、イルトリアの最高戦力によって過剰な歓迎を受け、数分の内に全滅した。
時刻が夜明けを告げるが、世界は依然として夜の色をしたままだった。

雨脚は弱まり、世界は静かな夜明けを迎える。
砲声も、銃声も。
ゆっくりと消え、やがては冷たい風が吹く音だけが何事もなかったかのように戦場に新鮮な空気を運ぶ。
イルトリアに攻め入ろうとした最後の生き残りは、コルトを口に咥えて銃爪を引き、命を絶った。

882名無しさん:2024/07/14(日) 20:25:13 ID:K.ug12hY0
各地での戦闘が終結し、イルトリアの復興が静かに始まった。
ニョルロックでは突然途絶えたラジオ放送に市民が困惑し、世界情勢の変動に関する情報を入手することに注力することにした。
世界の天秤は狂ったまま。
世界のどこにも、自らを勝者だと言い張る街はなかった。

内藤財団の声掛けで生まれた国は、指導者を失ったことに気づかないまま。
戦闘行動が終わり、残党を排除し始めたイルトリアは、だがしかし、その戦線をいたずらに広げることはしなかった。
各軍は追撃を終え、慎重に街へと帰還を始めた。
イルトリア軍は連続した戦闘を終え、街に戻ると同時に即座に街の復興へと任務を切り替えた。

街の外に向けた警戒は続いていたが、損耗は弾薬と電力だけで済んだ事実だけを見れば完勝だった。
それでもイルトリア軍の誰もが勝利を認めていないのは、彼らが街を侵略されたという事実があるからだ。
自分たちが守るべき場所に傷を負ったということ、決して勝利とは言えない醜態なのだ。
そして彼らは次なる戦争に備えなければならなかった。

即ち、復興という名の戦争である。
戦うよりも遥かに難しいこの戦争は、イルトリア人をもってしても困難を極める戦いだった。
壊すよりも直す方がずっと時間がかかるのは言うまでもないが、この戦災復興というのは単純な修理とは話が違う。
取り戻さなければならないのは人々の日常であり、その日常というのが難しいのだ。

一度戦争で壊された物は、決した同じ形には戻らない。
心に負った傷。
失われた命。
そして、周辺の街との関係。

大規模な戦闘はひとまず終わったが、イルトリアがその力を取り戻す前に攻め込もうとする街は皆無ではない。
漁夫の利を狙うのであれば、今が好機だ。
街の復興と防衛の両方に軍隊を総動員し、戦いから戻った者達に向けて市民たちが臨時でレストランなどを開放し、温食を提供した。
コーヒーや暖かいスープは、季節を無視した肌寒い気候の中で雨に濡れた者達の体を芯から温める。

消えかけていた街の光が戻りつつある中、市長の娘であるミセリ・エクスプローラーとブーンは基地の貯蔵庫から毛布などの備品をトラックに積む作業の手伝いをしていた。
街の復興が始まったとはいえ、住む場所を失った人間は大勢いる。
ましてや、傷を負った人間も大勢いるのだ。
彼らに最優先で提供されるのは食事と雨風を凌げるシェルターだった。

予め定められていた大型施設を避難所とし、その中に小型のテントが設置された。
避難する人間達が抱えるストレスは、目に見える物以上の負荷があり、個人の空間を確保することはそれを和らげる手助けになる。
そうした時に、毛布や枕、クッキーと紅茶などといった日常生活を少しでも感じさせる品があれば、幾分か心が救われる。
備品をトラックに積むためには、どうしても人手が必要だった。

基地内でその作業をする軍人はほとんどいないのは、少しでも動ける軍人は街の復興と防衛に割いているためだ。
だからこそ、イルトリアでは有事の際に民間人の徴用が義務とされている。
この街に移住する条件として誓約書に記載されている通り彼等の肩書は民間人だが、実質的にはイルトリアの戦闘員として登録される。
諸事情で軍関係の仕事を続けられなくなった人間達は、こうした有事の際に率先して動くことになっており、現にトラックのハンドルを握るのはかつて陸軍の参謀長だった男だ。

ミセリとブーンに指示を出すのは、海軍の中将だった男である。
イルトリア軍の内情と歴史に詳しい人間がその場にいれば、常に敬礼と昔話で身動きが取れなくなったことだろう。
ある種の同窓会じみたその集団は、現役時代がいかに優秀な軍人だったかを思い起こさせる動きと指揮で物流を途絶えさせなかった。
情報が入れば柔軟に対応し、そしてそれに従って次々と品物が送り届けられる。

883名無しさん:2024/07/14(日) 20:26:05 ID:K.ug12hY0
ブーンの目は赤くなっていたが、それでも、心は既に前を向いていた。
ヒート・オロラ・レッドウィングを失い、自らの手で火葬に送り出した後だというのに、その気持ちの切り替えは大人でも難しいものだ。

(∪;´ω`)□□
    つ□□□

小さな体で大きな荷物を運び、文句ひとつ言わずに働き続けるその心境を、その場にいる誰もが分かっていた。
今は動き続けていなければ自分の気持ちを保てないのだ。
動くことで悲しみに浸る時間を削るという、ある種の自棄にも似た行動だった。
それが悪いとは、ミセリは思っていなかった。

彼女自身、四肢と視力を奪われた時に味わった絶望感を癒すには時間が必要だった。
ギコ・カスケードレンジに救われなければ、きっと今も生きることに対して絶望を抱いていたことだろう。
今では失った物を補うための強化外骨格があるため、彼女は再び世界の美しさと醜さとを甘受することが出来ている。
歳の近い弟であり、友人であるブーンに手を差し伸べるのは自分に与えられた役割であると、ミセリは考えていた。

ミセ*゚ー゚)リ「ねぇ、ブーン」

大きな段ボールを移動させながら、ミセリが声をかける。
作業から2時間近くが経過して、初めての会話だった。

(∪;´ω`)「お?」

手を止めずに、ブーンは宝石の様に輝くつぶらな瞳を一瞬だけミセリに向けた。
荷物を台車の上に置いて、それからブーンは改めてミセリを見つめた。

ミセ*゚ー゚)リ「一緒にお茶しようよ」

(∪;´ω`)「お……でも、仕事が……」

ミセ*゚ー゚)リ「こういう時は、休むのも仕事なんだよ」

(∪;´ω`)「で、でも……」

( *´艸`)「ブーン君、休まないと駄目だよ!!
     その方が効率的だから、ほら、行ってきなよ!!」

軍人の夫を持つ、元軍人の主婦が背を押してくれる。
ミセリは荷物を所定の場所に積み終え、手を差し出して言った。

ミセ*゚ー゚)リ「おいで」

ミセリが差し出した手を、ブーンは僅かな躊躇いを見せながらも掴んだ。
傷だらけの小さな手。
子供の手だが、その手は一人の男の手だった。

(∪*´ω`)゛

884名無しさん:2024/07/14(日) 20:26:59 ID:K.ug12hY0
二人は基地内にある食堂に向かい、そこでミルクティーと茶菓子を注文した。
食堂は民間人に向けて解放されており、飲食店を営んでいる人間達が手伝いに参加しているため、いつでも温かで美味い食事が提供される準備が整っていた。
避難している人間に向けての大規模な炊き出しの準備もここで行い、尚且つ基地で働く人間への食事を提供する一つの拠点と化していた。

( `ハ´)「……お疲れさん」

厨房からそのような声がかけられたような気がしたが、ブーンの意識は皿いっぱいに盛られた大きなクッキーに向けられていた。
漂う主な香りは小麦の焼けた甘い匂いとシナモン、そしてハチミツの交わったそれ。
だが注意して匂いに意識を向けると、そこには他のものが隠れている。
マグカップいっぱいに注がれたミルクティーは、ブーンが長い時間休むことができるようにという心遣い。

手近な席に腰かけ、ミセリは早速クッキーに手を伸ばした。
手のひらほどの大きなクッキーは、よく見れば一枚一枚違った味や香りづけがされているようだった。
口に運び、そしてミセリは眉を顰めた。
これは、ブーンのためのクッキーだと一瞬で理解した。

歯を立てた時、ミセリの脳裏に去来したイメージは、鉄の板。
自分の歯がクッキーの表面を削るというイメージが一切湧かない。
小麦で作られているはずなのに、その硬度は尋常ではない。

ミセ;゚-゚)リ「かっ……たいっ……!!」

巷では時折堅焼き、と呼ばれるクッキーの類が出回ることがある。
それが児戯にも思えるほどの硬度。
文字通り歯が立たない。

ミセ;゚皿゚)リ「ぐおっ……!!」

(∪*´ω`)バリバリ

が。
ブーンはまるで気にした様子もなく、実に美味しそうにそれを噛み砕いていく。
どうにかミセリが一片口に含むことに成功した時、ブーンは二枚目に手を伸ばしていた。
厨房の男が静かに口を開いた。

( `ハ´)「姉さん、それはミルクティーに浸して食べた方がいいアルよ」

言われた通りにミルクティーに浸し、それから口に運ぶと、程よい歯応えのままクッキーをかみ砕くことが出来た。
紅茶の風味がクッキーの風味と合わさり、魔法の様に柔らかい味になる。

( `ハ´)「ブーン、美味いアルか?」

(∪*´ω`)゛「美味しいですお!」

久しぶりに、ブーンの明るい声を聞くことが出来た気がした。
ミセリはその姿を見て、自らの涙腺が僅かに刺激されたことに驚かなかった。
彼の成長も、彼の感情の揺れも、全てが愛おしく思える。
それはきっと、弟妹のいない自分にとって歳の離れた彼に対する母性本能が刺激されているのだろう。

885名無しさん:2024/07/14(日) 20:27:33 ID:K.ug12hY0
友人であり、弟でもある不思議な存在。
死地にありながらも足手まといでしかなかった自分を助けてくれた彼に対する信頼は、家族に匹敵するほどだ。
彼の見せた小さな笑顔は、ミセリも思わず笑顔を浮かべたくなるほどに尊い物だった。
もっと長い時間を日常の中で過ごしたかったが、それでも、愛おしいと思えるほどの感情を彼は与えてくれる。

ミセ*゚ー゚)リ「大変な時、忙しい時こそ休憩が大切なんだよ。
      ゆっくり休んで、それからまた頑張ろう」

(∪*´ω`)゛「お」

( `ハ´)「仕事の途中でも食べられるように小さいのも焼いたから、後で持っていくといいアル」

ミセ;゚-゚)リ「……同じ硬さですか?」

( `ハ´)「ブーン用の特別クッキーだから、そりゃ同じ硬さアルよ」

ミセ;゚-゚)リ「じ、じゃあミルクティーもお願いします」

男は口元を僅かに釣り上げ、言った。

( `ハ´)「勿論アルよ。 お茶とクッキーはセットが基本アル」

――雨が完全に上がり、夜明けの空気が街に漂い始めたのは、そんな時だった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

世界の果て、ノ・ドゥノ。
全てはそこから始まり、そこで終わる。
それ故に、そこは“最果ての都”なのだ。

                                       ――スパイク・アケーディア

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――世界に夜明けが訪れる少し前、一人の男が己の人生がもう間もなく終わることを受け入れ終えた。

内藤・ネイサン・ホライゾンは、瞼を降ろし、ゆっくりと呼吸を整える。
これ以上の戦闘も抵抗も不可能だ。
切り札であるキュートが一瞬で殺され、そして、今の自分には戦う力がない。
どこで間違えたのか、必死に頭を回転させるが答えは出ない。

だが、完敗ではない。
少なくとも、この世界を変えるという大きな目的は達成することが出来た。
世界に国という概念を知らしめ、実際に国が形を成している。
もう、世界は後退することはない。

このまま進めば遅かれ早かれ、世界は国という概念を受け入れることになる。
ジュスティアが消えたことで、世界は新たなルールを受け入れる態勢が整う。
イルトリアが疲弊したことで、世界は抵抗力を失う。
ここで内藤が死んだとしても、世界は回るのだ。

886名無しさん:2024/07/14(日) 20:28:23 ID:K.ug12hY0
それでも、死にたくはない。
夢の成就を見届けたい。
死は避けられない。
それでも、それでも、なのだ。

この世に生まれた以上は、何かを成し遂げたい。
ただの人形もなく、代用品でもなく、一人の人間として。

(;^ω^)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「解せないことがあるの。
       思想を引き継ぎ続けたにしては、どうにも詳しく知りすぎているのよね。
       この街についても、色々なことについてもそう。
       ノ・ドゥノの地図なんて、現存しているはずがないもの」

(;^ω^)「語るとでも思うか、この私が」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、ただの答え合わせをしたいだけ。
       “誰かの思想と記憶”がそのまま引き継がれるなんて、普通は出来ない。
       だから普通じゃないことが起きたのでしょうね。
       例えば、そうね……」

デレシアはどこかで答えに辿り着いているのだろう。
故に、この時間は内藤にとっては延命しているだけの不毛な時間だ。
生殺与奪は全て、デレシアの手中にある。

ζ(゚ー゚*ζ「“ベンジャミンバトン”、使ったのね」

その名が出て、内藤は肩を落とした。
もう、逃げられない。
ベンジャミンバトンの存在を知られている以上、逃げ道はない。

ζ(゚ー゚*ζ「記憶の引継ぎを可能にするあれなら、そうね、思想が今も生きている理由が分かるわ。
       でも残念ね、あなたたちの記憶や想いは誰にも引き継がせない。
       その装置がどこにあるのかを見つけて壊せば、もうこんなことは起きないもの」

ベンジャミンバトンとは、ティンバーランドに代々伝わる装置の名称である。
棺桶と同じく起動コードが存在し、その入力を行うことで自分の記憶を機械に保存することも、機械から取り入れることも出来る。
第三次世界大戦当時から脈々と受け継がれ続けたその記憶と知識が持つ価値は、計り知れないものだ。
人類の宝と言っても過言ではない。

不老不死を実現するための装置であり、同時に、想いを次世代につなぐためのバトンでもある。
蓄積され続けた知識と経験と情報の塊であるそれは、いうなればティンバーランドその物だ。
当然、装置が破壊されればそれらは失われる。
彼らが計画し、今日まで続いた想いも何もかもが失われてしまう。

安全な場所にあるとは言っても、デレシアがその存在を認識した以上は、破壊されることは必至。
全ては時間の問題だ。

(;^ω^)「何故……」

887名無しさん:2024/07/14(日) 20:28:44 ID:K.ug12hY0
自分の人生の全てをこの日の為に捧げてきたのだ。
父親から引き継いだベンジャミンバトンにより、彼は子供の頃から自分というものの存在理由を上書きしてきた。
その父も、そのまた父も、ベンジャミンバトンを用いて世界の秘密を知り、世界の為に動き続けた。
世界を変える、世界をあるべき姿にするという目的の為に生きてきたのだ。

遥か昔から脈々と受け継がれてきた夢の成就の為に貢献し、そのために西川・ツンディエレ・ホライゾンとの間に子供も作った。
次は息子が彼の意思を引き継ぐはずだったのだが、ギコを足止めするために仕方なく犠牲にした。
失ったのは何だったのか。
そして得た物は何だったのか。

今ここで殺されれば、その全てが分からないまま終わる。

ζ(゚ー゚*ζ「何が?」

(;^ω^)「何故、世界が平和になる道を邪魔する?
      何度も、何度も。
      第三次世界大戦の悲劇を忘れたのか!!」

内藤の中にある第三次世界大戦の記憶は、あくまでもそれを記憶していた人間の主観のコピーでしかない。
しかし、世界中が暴力の限りを尽くした世界大戦は二度と繰り返してはならない悲劇だということだけは断言できる。
無関係でいられる人間は誰もおらず、無傷で済む国はなかった。
やがて世界中が核の冬で凍り付き、人類史の失われた時間が今も世界に刻み込まれている。

決して癒えることのない、恐ろしいほどの傷跡。
それを再び繰り返すことだけは、人類として決して看過し得る物ではない。

ζ(゚ー゚*ζ「邪魔なんてしていないわ。
      勝手に失敗しているだけじゃない。
      人のせいにしないでよ」

(;^ω^)「世界は一つになるべきだ。
     その為には今こそ、世界を一つの国にするべきなんだ!!
     国という概念は、人類には必要なんだ!!」

心からの叫びも、デレシアの前にはただのそよ風でしかない。
それでも、一縷の望みをかけて内藤は声を荒げ、説得を試みる。
ここでの説得に失敗すれば、夢が完全に途絶えることになる。
跡継ぎも失い、ベンジャミンバトンの存在が露呈した今、世界の命運は内藤の言動にかかっている。

世界が混沌を歩み続けるか、それともあるべき姿を取り戻すかは、この会話の着地点次第なのだ。
ベンジャミンバトンが残れば、世界があるべき姿でいられる。
思想が引き継がれるということは、夢が続くということなのだ。

888名無しさん:2024/07/14(日) 20:30:01 ID:K.ug12hY0
ζ(゚ー゚*ζ「いらないのよ、そんなものは。
      国があったから世界が滅んだのに、どうしてまたそれが成功すると思うの?
      複数の思想を一つにまとめれば、いつかは破裂するわ。
      ただそれだけの話よ」

(;^ω^)「何故我々の邪魔をする!!
     破裂するかどうかは、やってみなければ分からない!!」

ζ(゚ー゚*ζ「イルトリアやジュスティアの抵抗がその証拠でしょう?
      ましてや、力で世界を変えようっていうのなら、この世界のルールの正しさを証明しているようなもの。
      同じ土俵で同じことをして、そこに立派な大義名分を添えているだけの違いじゃない。
      結局は、そのルールが変わることはないのよ。

      そもそもアイリス・システムを手に入れようって時点で、もう何を言っても言い訳でしかないわ。
      結局は力で世界を支配するって気持ちが隠しきれていないもの。
      だから嫌われるのよ、昔も今も」

(;^ω^)「……それは、正しい使い方をすれば問題ない話だ。
     お前がかつて使ったようにしなければ、アイリス・システムは抑止力として力を発揮する!!」

強大な力とは、抑止力でなければならない。
それを使っていいのは、その力の強大さと愚かさを知る人間だけだ。
世界でただ一つだけ存在するアイリス・システムは、世界の平和を心から願う人間の手が使うべきなのだ。
かつての核兵器の様に各国が持つことで作られる均衡は、いつか破綻する。

核兵器の最大の失敗はその製造方法の流出に他ならない。
誰もが再現可能になった兵器など、抑止力にすらならなくなるのだ。
しかし、アイリス・システムはその心配がない。
当時の技術者たちをもってしてもその仕組みが分からず、再現が出来なかったのだ。

加えて、デレシアがその所有を公言してはいたが、使用を最小限にしていたために誰もその痕跡を見つけることが出来なかった。
確かに存在し、その力が本物であると分かる兵器であれば、発展した世界の均衡を保つのに役立つのである。

完璧な抑止力として世界を統治することができるだけの力がある。
使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねない装置だが、ティンバーランドは間違えない。
デレシアが世界に対して使用したような、あまりにも横暴な使い方さえなければ。

ζ(゚ー゚*ζ「その抑止力を寄越せ、寄越せと言い寄ってきた人間の言葉とは思えないわね。
      自分たちの力を誇示したいがために、アイリス・システムを欲する気持ちは分からないでもないわ。
      でも知っての通り抑止力っていうのはね、最低でも一度は使われないと意味がないのよ。
      あなたたちは間違いなく、アイリス・システムを使ってその力を世界に誇示する。

      それが平和のためだって断言するあなたたちが、私は大嫌いなの。
      世界は、今のままでいいの。
      誰かの意思で変えるんじゃなくて、世界の意思で自然と変わるものよ」

もう、この問答に生産性はない。
デレシアの意見は変わらない。
変わることなどありえない。
待っている結末に変化はない。

889名無しさん:2024/07/14(日) 20:30:45 ID:K.ug12hY0
目の前にいるのは理性と知性を持った頂点捕食者。
何も変わらないとしても、彼は心の叫びを口から出さないという選択はなかった。

(;^ω^)「……何が」

――声は、震えていた。

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此処は最果ての地。混沌と整然、栄華と零落、生と死の共存する都。

                                 ――エリシア・D“ダナー”・エリクソン

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(;゚ω゚)「……何が、何がお前をそうさせるんだ!!
     世界を犠牲にして!!
     世界を滅茶苦茶にして!!
     それでも何が!!

     何が、お前を!!」

叫ぶのは内藤・ネイサン・ホライゾンという男。
狂気と妄執の生み出した不老不死の一つの形。
己の夢を叶えるために全てを捧げ、全てを犠牲にした成れの果て。
大陸の形が変り果てるまでの時間をかけてでも、世界を変えようと試みた男の残滓だ。

その本質はかつて対峙した時とほとんど変わっていなかった。
全くの別人であっても、記憶を全て移植したとなれば、顔つきや言動が同じになるのが道理だ。
そこまでしてアイリス・システムを求めた愚かさに、そして今も昔も変わらない夢を抱き続ける姿。
デレシアは手向けの意味も込めて、それを見せることにした。

890名無しさん:2024/07/14(日) 20:31:13 ID:K.ug12hY0
問答の果てに送るのは、彼女の胸に今も昔も消えることなく残り続ける言葉。
世界を変え続けてきた、人間が今もなお答えの出ないたった一つの感情の名前。











        Ammo Re
ζ(゚ー゚*ζ「  愛  よ  」











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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編

                     最終章『Ammo Re-【 愛 】-』

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891名無しさん:2024/07/14(日) 20:31:48 ID:K.ug12hY0
それは。
世界でただ一つだけ存在する、第一世代強化内骨格“デレシア”の起動コードだった。
独自のアクセントと原語で愛を語る起動コードは、彼女の体内に埋め込まれている“アイリス・システム”を起動するためのコードでもあった。
虹の女神の名を持つ兵器が起動したのは、第三次世界大戦以降初めての事だった。

それは、第三次世界大戦を終わらせた兵器であり、ノ・ドゥノを滅ぼすきっかけになった兵器でもある。
アイリス・システムは空気中、あるいは地表に存在するほぼ全ての物質を介して遠く離れた場所にあるあらゆる電子機器への侵入と操作が可能な兵器だ。
電波や環境に依存せずに稼働し、例えシェルター内に避難していたとしてもその追跡から逃げることはできない。
文明レベルがある一定の水準を越えなければ意味のない兵器だが、一度電子機器の味を覚えた文明においては最強の兵器である。

軍用第七世代強化外骨格が世界に根付き、今も戦場から消えていない以上、その絶大な力は健在だ。
EMPよりも確実に、そしてより強力に戦場を支配できるシステムは当時も危険視され、それを保有していたノ・ドゥノが狙われることとなった。

ζ(゚ー゚*ζ「……夢は覚めるものよ」

笑顔を浮かべ、人差し指で虚空をかき回す仕草をする。
それはただのパフォーマンスでしかない。
分かりやすいきっかけ。
見せかけの仕草はだがしかし、遥か遠方の地に秘匿されていたベンジャミンバトンへの侵入と破壊を一瞬で成功させていた。

そしてバックアップが保存されている場所も見つけ出し、それを破壊した。
彼らの遺産は、一つの例外なくアイリス・システムによって発見され、破壊された。
その仕草に思い至る物があったらしく、内藤が顔面を蒼白にした。

(;゚ω゚)「ま……さか……!!」

ζ(゚ー゚*ζ「想いを次の世代に残したいのなら、自分の口と行動ですることね。
      本当にいい物は滅びないんでしょう?」

ベンジャミンバトンの存在をデレシアに知られたことが、そもそもの失敗だ。
もしも本当に次の機会を狙っていたのであれば、何も言わずに死ねばよかったのだ。
誰かの記憶を引き継いだからこそ、彼は自分自身の気持ちを前面に押し出したいという欲求に逆らえなかったのだろう。

(;゚ω゚)「なん……なんてことを……!!
    夢を……わ、我々の夢を……!!」

今にも泣きそうな内藤を見て、デレシアは落胆を禁じ得なかった。
もしも本当に自分たちの夢を信じているのであれば、機械が壊れたところで慌てふためく必要はない。
所詮は傀儡ということなのだろう。
最初の人間が持っていたであろう信念も覚悟も、所詮は上辺だけの継承なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、忘れたの?
       この世界のルールはこの上なくシンプル」

デザートイーグルの銃腔が内藤の顔を睨みつける。

ζ(゚ー゚*ζ「力が全てを変えるのよ」

892名無しさん:2024/07/14(日) 20:32:17 ID:K.ug12hY0
銃声が響き、内藤の下顎を残して頭部が吹き飛んだ。
地面に落ちる薬莢の乾いた音は、長年にわたる夢に終わりを告げる鐘の音のそれ。
頭上に広がっていた薄い青空は、ほどなくして灰色に染まり始める。
湿気を含んだ風が吹き、どこかへと消えてゆく。

ノ・ドゥノの街並みは薄暗い霧の中。
目を凝らせば、その陰の中に更に濃い影を見つけられることだろう。
永遠に消えることのない影。
建物に焼き付けられた人影が、街の至る所に残されている。

それが何を意味するのか、今の時代を生きる人間で知るのはデレシアだけである。

ζ(゚、゚*ζ「……お花もなくてごめんね」

デレシアの呟きは風が運び去る。
そして彼女は寂しそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとした歩みで船に向かう。
彼女にだけは、その街のかつての姿が見えていた。
そこにあった建物の本来の姿も。

そこに生きていた人々の事も、彼女だけは知っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「少し、見て回ろうかしら」

そして、デレシアは静かに歩き始めた。

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世界が終焉から抜け出せなくなったのは、間違いなくその日である。
カリメア合衆国がノ・ドゥノの市長暗殺を実行に移した日だ。
それは、誰にも止められない巨大な津波の様に世界を終わらせることだろう。
だが。

私は、それでもこの人に生きていてほしい。
世界の終わりが来ても、この人にだけは生き続けてほしい。
そう切望し、私は今からこの手術を開始する。
一切の弁明の余地なく、徹頭徹尾これは私の我儘だ。

この我儘の名前こそが――

                                  ――セファリド・ブーン・アケーディア

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893名無しさん:2024/07/14(日) 20:32:40 ID:K.ug12hY0
――ノ・ドゥノを統べていたデレシアが瀕死の重傷を負ったのは、第三次世界大戦末期の事だった。
街を戦渦に巻き込まれないように守っていたデレシアは、遂にある日、凶弾に倒れる。
心臓を直撃した銃弾により、デレシアは死の淵を彷徨うこととなった。
しかし、彼女を強く想う人間が彼女を救うために世界を変えたのだ。

強化外骨格の研究が煮詰まり、瓦礫と化した戦場を舞台に展開するための多脚構想が主流となる中、彼は外骨格という概念を捨てることにした。
命を救うために彼が行ったのは、代替可能な人間の臓器や骨格を全て機械に置き換えるという物だった。
それは、デレシアの命を救いたいという一念によって完成された世界で唯一の技術。
故に、世界唯一の強化内骨格には“デレシア”の名が冠されることとなる。

( ;ω;)「絶対に……あなたを死なせない……!!」

デレシアの義理の息子として、そしてノ・ドゥノの技術者として傍にいたセファリド・ブーン・アケーディアの彼女を失いたくないという想いが、時代を変えた。
構想自体は存在したが、それを緊急時に実用化させるという荒業は、恐らくどの歴史書にも記されていないはずだ。
まずは置き換えた人工心臓を核戦争後の世界でも半永久的に稼働させるため、アイリス・システムを補助装置兼動力源として使用した。
アイリス・システムは蓄電能力に優れており、デレシアが食事によって体内で生成する熱をエネルギーとして充電する仕組みを確立させた。

同時に、アイリス・システムは彼女の身を守るための盾としても機能を発揮する。
EMPを始めとした電子機器に対する攻撃手段に対して、アイリス・システムは絶対の防御を誇る。
これで、物理的な攻撃手段以外で彼女の命を動かす動力を止めることはできない。
少なくとも心臓と脳は無事で済むはずだと、ブーンは考えた。

彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
臓器の置換だけでは足りない。

( ;ω;)「我儘なのは知っています……だけど……それでも!!
     僕は、あなたに……生きてほしい!!」

骨格を特殊合金製の物に置き換え、筋肉を人工筋肉に置き換えた。
皮膚を始めとする人工の素材は放射線に対する圧倒的なまでの耐性を備え、膂力は常人の数倍を容易に発揮する。
骨格の頑強さに至っては例え車が激突しても問題のないレベルの物となった。
可能な限り彼女のありのままの姿を生かそうと努力し、そして、それは結実した。

手術を終えたデレシアが目を覚ますのは、その手術を終えた一週間後のこととなる。
ただし、それはノ・ドゥノにとって。
そして、世界にとってはあまりにも遅すぎた。

894名無しさん:2024/07/14(日) 20:34:02 ID:K.ug12hY0
――ノ・ドゥノを統べていたデレシアが瀕死の重傷を負ったのは、第三次世界大戦末期の事だった。
街を戦渦に巻き込まれないように守っていたデレシアは、遂にある日、凶弾に倒れる。
心臓を直撃した銃弾により、デレシアは死の淵を彷徨うこととなった。
しかし、彼女を強く想う人間が彼女を救うために世界を変えたのだ。

強化外骨格の研究が煮詰まり、瓦礫と化した戦場を舞台に展開するための多脚構想が主流となる中、彼は外骨格という概念を捨てることにした。
命を救うために彼が行ったのは、代替可能な人間の臓器や骨格を全て機械に置き換えるという物だった。
それは、デレシアの命を救いたいという一念によって完成された世界で唯一の技術。
故に、世界唯一の強化内骨格には“デレシア”の名が冠されることとなる。

( ;ω;)「絶対に……あなたを死なせない……!!」

デレシアの義理の息子として、そしてノ・ドゥノの技術者として傍にいたセファリド・ブーン・アケーディアの彼女を失いたくないという想いが、時代を変えた。
構想自体は存在したが、それを緊急時に実用化させるという荒業は、恐らくどの歴史書にも記されていないはずだ。
まずは置き換えた人工心臓を核戦争後の世界でも半永久的に稼働させるため、アイリス・システムを補助装置兼動力源として使用した。
アイリス・システムは蓄電能力に優れており、デレシアが食事によって体内で生成する熱をエネルギーとして充電する仕組みを確立させた。

同時に、アイリス・システムは彼女の身を守るための盾としても機能を発揮する。
EMPを始めとした電子機器に対する攻撃手段に対して、アイリス・システムは絶対の防御を誇る。
これで、物理的な攻撃手段以外で彼女の命を動かす動力を止めることはできない。
少なくとも心臓と脳は無事で済むはずだと、ブーンは考えた。

彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
臓器の置換だけでは足りない。

( ;ω;)「我儘なのは知っています……だけど……それでも!!
     僕は、あなたに……生きてほしい!!」

骨格を特殊合金製の物に置き換え、筋肉を人工筋肉に置き換えた。
皮膚を始めとする人工の素材は放射線に対する圧倒的なまでの耐性を備え、膂力は常人の数倍を容易に発揮する。
骨格の頑強さに至っては例え車が激突しても問題のないレベルの物となった。
可能な限り彼女のありのままの姿を生かそうと努力し、そして、それは結実した。

手術を終えたデレシアが目を覚ますのは、その手術を終えた一週間後のこととなる。
ただし、それはノ・ドゥノにとって。
そして、世界にとってはあまりにも遅すぎた。

895名無しさん:2024/07/14(日) 20:35:37 ID:K.ug12hY0
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三三三三三三三三 |  |iiiiiiiii|i||ll!!!!!|ll!||:||三三 |┃        ┃|ii|:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
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抑止力だったデレシアが不在であることを察知したとカリメア合衆国が、ノ・ドゥノに向けて核兵器を複数発射。
爆発の威力ではなく、放射線による人体の破壊にのみ重点の置かれた核兵器は建物だけを残し、ノ・ドゥノの街を一瞬で無人に変えた。
それだけではなく、街を中心とした周囲一帯に長期にわたる放射能汚染の被害をもたらし、天候をも変えるほどの甚大な被害を与えた。
殺意の一点に注力して作られた核兵器は、減退という概念を持たないように設計された人類史上最悪の兵器となった。

その兵器が持つ悪意と殺意は、今なおノ・ドゥノを中心としたバミューダトライアングルという地帯の存在が物語る。
そしてそれをきっかけに、世界は自制心を失った。
撃たれる前に撃つ。
世界がギリギリで守っていた最後のルールはノ・ドゥノの壊滅と共に、完全に姿を消すこととなった。

大国が小国に、小国が大国に核を撃ち合い、人類史上最悪の核の冬が訪れたのである。
目を覚ましたデレシアが見たのは、死体とも呼べるものすら残らない、無人と化した街並みと変わり果てた空だった。
混濁する意識の中、デレシアは静かに歯噛みし、そして涙を流した。
生きている人間の姿は、どこにもなかった。

部下も。
友人も。
家族も。
ノ・ドゥノで生きているものは、何もなかった。

896名無しさん:2024/07/14(日) 20:36:22 ID:K.ug12hY0
デレシアは街のシェルターに向かい、そこに生存者がいないかを確認したが、誰もいなかった。
街は彼女一人を残して滅んだのだとようやく受け入れたのは、全てのシェルターを見て回り終えてからの事だった。
変わり果てた空の正体を知ろうとしても、電波が乱れ、EMPの影響を受けた電子機器は軒並み役に立たなくなっていた。
極めて強力な放射能が影響を及ぼしているのだと推測し、自ら用意したシェルターへと向かった。

そこには、電波を利用しない通信機器も用意されており、万が一の際には外部との連絡が取れる準備が整っていた。
インターネット上には、核戦争を生き延びた人間達による情報共有が行われていた。
自分たちの置かれた状況などを共有することで絶望感を和らげ、生存率を高めようという一種の生存本能による行動だったのだろう。
互いの過酷な状況や、生き延びるための術を伝え合い、励まし合っていた。

デレシアは、とにかく情報を手に入れることにした。
少しでも世界に何かしらの救いを見出そうとしたのだ。
人類がそこまで愚かではないことを期待し、そして、それは打ち砕かれた。
皮肉なことに、それが世界の終わりを観測する手段の一つになったのである。

世界最悪の核戦争、そしてそれがもたらした核の冬の被害は甚大だった。
シェルターに避難できなかった人間は、暖房設備の有無と放射能影響によって被害状況が大きく異なった。
核兵器の影響が少ない地域でさえも、唐突に訪れた冬は甚大な被害をもたらした。
平均気温が2桁低下し、水は凍り、電気は止まり、最後にガスが止まって全てが凍り付いた。

その様子を克明に配信していた若者の最期の言葉は、吹雪の音にかき消されて誰にも届かなかった。

最終戦争に備えていた多くの人間がシェルターに避難したが、そのシェルターの違いによっても人々の生存率は変動した。
真っ先に死者を出したのは、核兵器に対する対策をしていなかったシェルターである。
放射能によって徐々に空調設備からシェルター内部が汚染され、そして全滅した。
庭の地下に作られるような簡易的なシェルターは当時の民間人の間では最も多く使用されており、結果としてはただの墓場にしかならなかった。

核の冬に備えていた一部の民間人とシェルターがそれに耐えたが、限界があった。
日光を失ったことにより多くの発電装置は1年で活動を停止し、世界各地の様々なサービスが機能を失う。
自然のエネルギーを活用した設備は稼働していたが、生み出した電力を分配する施設が極低温の気候によって機能を停止し、無駄に終わる。
やがて、無人となった通信会社の非常用電源も底を突き、世界は最大の通信手段を失った。

電波と電力を失ったことで人類の通信手段は急激に退化し、遂には途絶えることとなる。
人類最後のシェルターでは発電機の故障により、空気の供給が停止。
まるで沈没した潜水艦の最期のように、一人、また一人とそれぞれの形で死を選んだ。
こうして、ゆっくりと眠る様にして人類は滅んだ。

一方、ノ・ドゥノの核汚染は非常に深刻で、普通の生物であれば近づいただけで即死する状況だった。
更に、街を覆うようにして発生する異常気象は時間が経っても収まることがないと分かるが、世界を襲う氷河期じみた気象の中で生きられる保証はない。
ノ・ドゥノに用意したシェルターは小型の原子力発電が用意されているため、無理をして外に出る必要はなかった。
核汚染と極低温の世界は、地上に残された多くの生物を淘汰することだろう。

地下での生活は規則正しく、そして決められたことをする日々だった。
彼女自身を生かすためには食事が不可欠であり、その食事を用意するために作物を育てることを始めた。
限られた環境下でデレシアは作物を育て、これまで無縁だった生きるための術を学んだ。
幸いにして、そのための時間はいくらでもあった。

897名無しさん:2024/07/14(日) 20:36:58 ID:K.ug12hY0
何より、街の地下に張り巡らせるようにして作られた巨大なシェルターには彼女一人しかおらず、備蓄された食料や水は十分すぎるほどにあったのだ。
失敗を繰り返し、デレシアは生きる術を一つ一つ手に入れた。
それは来るべき日に向けての準備でもあった。
核の冬には終わりがある。

地球全土が凍結したとしても、それでも、必ず終わりは来るのだとデレシアは知っていた。
そしてその日が来れば、自分が向かうのは文字通り凍り付き、滅んだ世界。
その世界の中で、生きていかなければならないのだ。
知識を蓄え、それを実際に試し、多くの技術と知恵を手に入れた。

結果、彼女は職人たちが連綿と伝えてきた技術の再現が可能になった。
自分の体にも慣れ、一人でいることにも慣れた。
後はその日に向け、装備の用意と見直しが連日行われた。
長距離を歩き続けるためのブーツは、当然ながら丈夫さと機能性を失わないようにしつつ、各部の交換修理が可能な手入れの容易さを確立。

銃は以前から扱っていたデザートイーグルに加えて、ソウドオフショットガンを用意した。
こちらも手入れの容易さを重視し、尚且つ弾種を変えやすいという点で採用を決定した。
備蓄品にあった革製のカバンを分解し、それをホルスターに改造した。
革製の備品は手入れさえ怠らなければ長期間の使用が可能だからだ。

そして、服の用意が最も困難を極めた。
地上に出たとして、待っているのは極寒の大地と予想不可能な天候だ。
それに耐えられ、尚且つその後の世界でも使えるような素材が必要だった。
DATに保存されているデータをもとに、世界最新最高峰の繊維を復元することに成功した。

幸いしたのは、シェルター内部にある備蓄品の中にその繊維のサンプル品があったことだった。
ノ・ドゥノに亡命してきた技術者の一人が持ち込み、万が一の際にとシェルターに入れておいたのだ。
防弾、防刃、防風、防水、防炎、防爆、防汚、防寒等あらゆる負の要素に対して優れた防御力を持つその繊維を使い、ローブを作った。
マントではなくローブにしたのは動かしやすさを重視するためで、尚且つ冷気を塞ぐためでもあった。

――恐らくは十数年後、外部の温度を計測する装置に変化が見られた。

気温の上昇が核の冬が終わりを告げたのを機に、デレシアはノ・ドゥノを発つことにした。
極めて高性能な素材で作られたローブと武器、そして旅に必要な食料品などを詰めたリュックを背負って、静かに街に別れを告げる。
瓦礫と骸、そして破滅の坩堝と化した世界の鍋底を歩くように、デレシアは世界を旅し始めた。
デレシアは滅んだ街を転々とし、仄暗い世界で続ける旅の中、景色は日に日に変化していった。

核の影響が地表からなくなり、太陽の光が地上に降り注ぐようになって、生態系は青々とした色を取り戻した。
汚染の影響を乗り越え、生き延びた生物たちは独自の進化を遂げたが、一巡してかつての世界と同じ動植物が世界に広がる。
大都市だった場所は軒並み荒れ果て、コンクリートの欠片や鉄塔の残骸が唯一の名残。
灰色だった空が徐々に青みを増し、陽の光を感じられるようになった時、世界はその美しさをデレシアの前に広げて見せた。

898名無しさん:2024/07/14(日) 20:37:49 ID:K.ug12hY0
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世界が澄み切った青空を取り戻した日、デレシアは頭上に広がる圧倒的な光景に心を打たれた。
白く、薄らと見える巨大な月。
手を伸ばせば届きそうなほどにそれは近く、そして幻想的な光景だった。
夜空はこれまで見てきたどんなそれよりも輝き、煌めいていた。

星空に圧倒され、銀河がよく見える空の下、旅は続いた。
動物たちが地上を支配する時代が訪れた時、デレシアは第三次世界大戦から随分と長い時間が経っていることに気づいた。
滅んだ文明の跡地を見て歩き、一台のバイクをシェルターの中で見つけた。
それは、少数のみ生産されたジャネーゼ産の大型バイク“アイディール”だった。

水を燃料にして動くそれは、複数のパーツを交換することで稼働できるほどに状態が良く、デレシアはそれを旅の友とすることにした。
濃厚な蒼穹の下、デレシアは旅をしながら多くの事を考えたが、やがてそれを止めた。
考えたところで事態が変わることもない。
それ故に、彼女は世界そのものを楽しむことにした。

生態系が滅んでから一巡する程の時間が経っても死なないのであれば、止まるまで旅を続ける。
世界の行く末を見届け、見守ることこそが、彼女にとっての楽しみとなった。
世界大戦の傷跡は、自然がそのほとんどの痕跡を消してくれていた。
街の中で時折見かける人工物の中でも、棺桶に関しては極めて状態が良く、中には何もせずとも稼働するものまであった。

世界大戦中に人類が生み出した多くの合金は、耐腐食性に優れ、更には風化に対する圧倒的なまでの防衛力を有していた。
だがそれも、瓦礫や土の中に沈み、化石の様に地層の中に消えて行った。
変わり果てた世界も、やがて落ち着きを見せ、生態系の進化も戦前に近づいてきた。
恐らくは、人間が愛玩動物や家畜として管理していた動物が逃げ出し、生き延びたことで生態系のサイクルに補正がかかったのだろう。

おかげでデレシアは食事に困ることはなく、原始的な武器を使って動物を狩り、旅を続けることが出来た。
アイリス・システムの維持に必要だったのは、デレシアの食事によるエネルギー摂取行為だけだった。
そのため、どれだけ酷い状況下でもデレシアは必ず食事をして、生きることだけは忘れなかった。
何万回目の春を迎えたかも忘れ、アイディールが遂に動かなくなった頃、人類に似た生物が誕生した。

899名無しさん:2024/07/14(日) 20:38:11 ID:K.ug12hY0
二足歩行の猿が登場し、やがて、それは道具を使って集団生活を始めたのである。
火を扱い、石器を作り、集落を作った。
縄張り争いも起きるほどの知性と社会性を持ったその旧人類には、大きな特徴があった。
争いの絶えない世界を生き延びるために彼らの耳は獣のそれであり、瓦礫の多い地面でバランスを崩さないために獣の尾を持っていた。

いずれも猿とは違った動物の特徴が表れており、進化の過程でネコ科やイヌ科の物が多く見られた。
後に“耳付き”と呼ばれる現在の人類の始祖である。
耳付きは平均寿命が長く、その容姿がある一定の段階――精通、あるいは月経――を迎えたところで停滞する特徴を持っていた。
その特徴は、自分たちの数を増やすための生存本能だったのかもしれない。

人類の数がある程度増えてくると、それに合わせて耳付きの数は減り、尾を持たない人間の方が多くなった。
気が付けば人類は小さな集落から町を作り、それを広げて街を作った。
農耕技術も発達し、彼らは飢えに苦しむことがほとんどなくなった。
いざとなれば近くの町を襲えば、それだけで事足りるのだ。

ある日を境に、世界各地でほぼ同時多発的に一つの変化があった。
旧時代の遺産の発見と復元である。
それまで弓と槍が主な武器だった時代が、大きく変わった。
まず初めに、拳銃が戦いの中で登場するようになった。

地面の中ではなく、劣化のほとんどないシェルター内に侵入することに成功した人間が銃と弾を見つけ、それを使ったのだろう。
銃の恐ろしさと便利さは瞬く間に世界に広がり、世界は自らの足で進歩するのではなく、過去の遺産に頼ることにしたのだ。
人類の誕生からその成長を見てきたデレシアとしては、この変化は少し悲しくもあったが、これが人類の進歩を飛躍的に進めることを確信した。
事実、彼らはDATの発掘に成功し、多くの知識を手に入れて瞬く間に文明レベルを向上させていった。

知識の入手において必要不可欠だった言語は、だがしかし、彼らが進化の過程でかつての世界共通語とほぼ同じ言葉を使っていたことが幸いした。
DATに表示される言葉に沿うようにして、人類の言語は変化した。
やがて、それが世界共通語へと変わり、大戦以前の世界では実現できなかった言語の統一に成功したのである。
皮肉なことに、自発的な進化ではなく技術に追いつくために自らを変化させたという点で言えば、進化というよりも退化か停滞と表現したほうが相応しいだろう。

街に並ぶ建物がコンクリート製の物に代わり、ひび割れていた地面が舗装され、電気が当たり前の存在となる頃には人類のほとんどは旧時代と同じ姿をしていた。
稀に生まれる耳付きと呼ばれる人間達はその姿から、奴隷や道具として扱われることとなり、差別がなくなる気配はなかった。
後にジュスティアと呼ばれる街の誕生に、気まぐれで携わったデレシアはその時の長に人として間違った道を歩まないように伝えた。
それがいつの間にか、正義を貫徹せよ、という解釈で伝わり続けて街の名前はジュスティアと命名されたのである。

イルトリアという国の跡地に行った時、そこは暴力で満ちていた。
己の力を持て余す者が多く闊歩し、その力の矛先をどこに定めるべきか迷っていたのである。
偶然そこで知り合った人間に食事を振舞われ、その恩返しとしてデレシアは強大な力には鎖が必要であることを教え広めた。
やがてその考え方が浸透し、力で雌雄を決し、その力を振るうことが自分たちの得意分野であることに気づき、街が生まれた。

後のイルトリアとして知られる街は、デレシアによって秩序を手に入れ、街は武力を商品とすることにした。
奇しくも、東と西の端にある街が後に世界の天秤を担うとは、この時のデレシアは思ってもいなかった。
それよりも彼女の関心は、世界の行く末だった。
かつて滅んだ世界の途中から始まったかのように見えて、その実、進化の停滞が見える。

本来、進化とは時間をかけて蓄積して行われるものであって、いくつもの段階を飛ばしていくものではない。
後世に多くの情報を残すために作られたDATの影響は、あまりにも大きかった。
彼等は数世紀以上の過程を飛ばし、今に至るのだ。
次なる進歩に際して、その倍以上のずれが生じることは間違いなかった。

900名無しさん:2024/07/14(日) 20:38:52 ID:K.ug12hY0
そして、いつしか世界のどこかで“ティンバーランド”という組織が生まれたことが分かり、デレシアは久しぶりにその名前を思い出した。
かつてデレシアがノ・ドゥノの市長だった時にも、その名前を聞いたことがあったのだ。
世界を一つの国にするという、あまりにも馬鹿げた理想を掲げる集団。
その長は、かつての合衆国大統領。

世界統一という夢が生まれるには、世界は圧倒的に未熟。
国という概念さえ生まれていない中で世界を統一するというのは、誰かの入れ知恵がなければ浮かばない物だ。
そこで考えついたのが、書物を見つけたか、DATに情報が残っていたのかのどちらかだ。
あえて泳がせておいたところ過激派の集団と化したので、デレシアは彼らを全滅させた。

時代を幾重にも越えたが、国が生まれることはなかった。
それまで世界を支配していた暴力の色は鳴りを潜め、イルトリア的でありジュスティア的な考え方が世界に浸透していった。
暴力は知性と秩序を手に入れ、奇妙な調和が世界にもたらされた。
変わりゆく世界を旅しながら、デレシアは多くの出会いに恵まれた。

世界の形や時代が変わろうとも、言葉が通じればこれまでとは違った出会いを楽しむことができる。
過干渉にならぬよう、デレシアは世界を旅した。
デレシアは世界の天秤を担う街の市長にティンバーランドの存在について軽く伝え、流されないように誘導をした。
若かりし頃のペニサス・ノースフェイス、理想的な警官だった頃のジョルジュ・マグナーニ達との出会いは、実に興味深かった。

危惧はしていたが、やはりティンバーランドの思想は水面下で動いていることが確認された。
何度もその芽を潰したのは、今の時代に無理矢理干渉しようとする過去の意思の不要さが際立っていたからだ。
確かに今の時代は過去の遺産によって作られたことは否めない。
だが、だからと言って過去の思想をそのままに持ち込むというのはまた別の話だ。

国という概念がそもそもない場所に国という考え方を持ち込めば、また同じことの繰り返しとなる。
人類が再び核の力を手に入れた今、国はただ争いの種にしかならない。
しかし、今を生きる人類がそれを思いついたのであればそれは構わない。
問題なのは、その考え方を盲信した人間が世界と統治しようと試みることにあった。

単一国家という夢の産物は、今の世界から多くの物を奪い取る。
彼らの思想がどこから蘇っているのかを考えつつ、デレシアは長い目で世界を見守ることにした。
少なくとも、世界中を旅していて飽きることはなかった。
例え――

ζ(^ー^*ζ

――例えそれが数億年続いている旅だとしても、彼女はそれを愛してやまなかった。

ζ(゚ー゚*ζ

そして何度目になるか分からない7月31日。

:;(∪;´ω`);:

デレシアは、彼に出会うことになる。
彼女の息子と同じ瞳をした、耳付きの少年に。
何度も蔑まれ、暴力に染め上げられながらも、瞳の奥に宿る光は息子と同じだった。
彼を助けようと思ったのは、その瞳に魅入られたこともあったが、息子との出会いを思い出したのもあった。

901名無しさん:2024/07/14(日) 20:40:17 ID:K.ug12hY0
そうして助け、ブーンの名前を与えたことで彼女の旅が大きく変わり始めた。
オセアンからティンカーベル、オアシズやラヴニカといった大きな街を訪れた。
ヒート・オロラ・レッドウィングとの出会いやペニサスとの再会。
そして、これまでと違ってより大々的に世界に介入している内藤財団という名のティンバーランドの隠れ蓑。

可能な限り彼らに関わらないように旅を続けたが、デレシアの存在に気づいた彼らがそれを許さなかった。
結果として第四次世界大戦にも似た戦争が始まり、終わった。
これまでに使おうとしなかったアイリス・システムを使ったのは、彼らが再び世界に出現しないためだ。
過去の人間の思想をそのまま現代に持ち込もうなどと、一体誰が許すだろうか。

この先、一度広まった国という概念が世界をどう変えるのかは分からない。
だが変えていくのは今を生きる人間達だ。
デレシアが介入することでもなければ、過去の人間の意思が介入することはない。
後はただ、時代に任せるだけなのだ。

(<::ー::::>三)「……懐かしいわね」

デレシアはフードを目深に被り、ノ・ドゥノを闊歩する。
かつてそうだったように。
かつての空気を味わうように。
街並みを名残惜しむ様に。

そこにあった光も、影も、人の営みも。
今は全て、彼女の記憶にしかない。
しかしその記憶も永遠ではない。
彼女を今も生かしているのはアイリス・システムのおかげであり、先ほどの大規模な機能の使用は、彼女の命に必要な電力を消費することになった。

アイリス・システムが電力を使用すれば、その分だけデレシアを動かす電力が減ることになる。
その結果が何を生み出すのか、デレシアは理解した上でアイリス・システムを起動した。
起動してでも、この世界から屠るべき過去の遺産があるからだ。

(<::ー::::>三)「……」

902名無しさん:2024/07/14(日) 20:41:05 ID:K.ug12hY0
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      |iiiI|:lll||                     _|三l三|__     |iil :liii| |=i=i=i=i=|
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雲の覆う街、ノ・ドゥノ。
恐らくは今後、誰にも発見されて語り継がれることのない、死が支配する最果ての都。
視界はほとんどないが、彼女だけはその地図を持たずに目的地に行くことができる。
足取りも、息もこれまでとはまるで比べ物にならない程に弱っていた。

やがて、デレシアの目の前には朽ち果てた像らしきものが見えてきた。
否、最早それは像ですらない。
風によって静かに侵食され、台座と像だった何かが残された、ただの岩だ。
岩を背に腰かけ、デレシアはゆっくりと瞼を降ろした。

静かに風が吹き、彼女の頭からフードを優しく取り除く。
静寂が周囲を覆う。
しかし彼女の瞼の裏には、全く別の光景が映っていた。
在りし日のノ・ドゥノ。

息子となる少年と出会った、その日の光景。

903名無しさん:2024/07/14(日) 20:41:39 ID:K.ug12hY0
ζ(´、`*ζ「ふぅ……」

呼吸はやがて静かに、確実に少なくなる。
今はただ、ゆっくりと休むだけ。
久しぶりに訪れた故郷を楽しむだけ。
そして、口元に笑みをたたえて、ただ眠るだけ――




ζ(´ー`*ζ




――四度の夏を迎え、二度目の核の冬が終わっても、ブーンとデレシアが再会することはなかった。




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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編

                  /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
              / / |│ :│  | /| ://  /// ─-i     :|八 !
            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\

                     最終章『Ammo Re-【 愛 】-』

                                                      了

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904名無しさん:2024/07/14(日) 20:42:28 ID:K.ug12hY0
これにて今回の投下は終了です
質問、指摘、感想等あれば幸いです。

次回Epilogueをもって、Ammo→Re!!のようですは完結いたします。
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

905名無しさん:2024/07/15(月) 07:14:53 ID:qyOfuMGA0
おつ
あまりにも膨大すぎる量でいろいろと書きたいけどとりあえずデレシアさんのスケールが違いすぎた
神じゃん

906名無しさん:2024/07/15(月) 08:50:21 ID:z71KQtaY0
読み終えてないけど乙
200レスぎっちり文章つまってておったまげた…

907名無しさん:2024/07/15(月) 12:36:02 ID:NbHFqzVo0
ものすごい文量だ…本当に乙!!
終わってしまうのが寂しいけど楽しみにしてます
それまで読み返して待ってる

908名無しさん:2024/07/15(月) 13:23:09 ID:mpCFUdUM0


909名無しさん:2024/07/16(火) 18:56:20 ID:MjFk3yRw0
おつ!
この回で生き残った人は生存確定か?
・アサピーがなんだかんだで一番ブレてない気がする力もないのに
・トラギコとシナー好きだから生きてて本当によかった
・マンオンファイアで暴れてるギコ見れてよかった
 まさか西川親子やるのがギコとは
・キュート呆気ねぇ…
・デレシアさんの脳と心臓とその他数億年劣化なしってこと…?棺桶も…?
次で終わるのが本当に寂しい

910名無しさん:2024/07/20(土) 04:15:01 ID:UgHSdHiA0
>>811
>もしも以前の自分ならば、アサピーの名を叫んで追いかけていたことだろう。
「ニダーの名」の間違い?

>>814
>( `ハ´)「馬鹿か、そいつらは。
>     今の状況で戦闘以外に何が出来るニダ」
シナーさんがニダーさんになっちゃってる

911名無しさん:2024/07/20(土) 05:37:38 ID:mzYDw5A.0
>>910
\(^o^)/
やっちまいました……

912名無しさん:2024/07/20(土) 05:52:01 ID:UgHSdHiA0
>>893
>彼女を瀕死にせしめた銃弾の問題は解決したが、彼女が浴びた銃弾の雨は、彼女の四肢を生成不可能なまでに傷つけた。
ここも多分「再生不可能」かな?
デレシアさんなら生成しそう

913名無しさん:2024/07/20(土) 10:17:12 ID:W6/O1pX60

デレシアさんも愛によって生かされてたんだなって
登場人物があっさり死んでくのは誰だって劇的に死ねるわけじゃあないからねぇ
シリアスな話なのにちょいちょいネタ挟んでくるんだもん油断してたから吹き出しちゃったww
個人的にルノアの戯言の諺がお気に入りです。

>>735
最数的に作戦が全て成功

ここの最数的にって最終的に? それとも作戦数的になのかな?
指摘が間違ってたらごめんなさい……

次回で終わりなのは寂しいけど待ってます!!

914名無しさん:2024/07/20(土) 10:35:54 ID:Adqi4q0A0

30分時間を稼ぐために何年(何千年?)かけて組織を立ち上げ秘密裏に計画進めて世界大戦まで引き起こしたのに
普通に追いついてるの怖すぎる
そりゃラスボスさんも引きつった笑顔するしかないわな
これからみんながどうなるのか気になりすぎる
エピローグ、待ってます!

915名無しさん:2024/07/21(日) 16:38:30 ID:UKoCGjM.0
とんでもない文量乙!
ようやく読み終えた…
この物語がどういう結末迎えるか想像つかない、最終回も楽しみ

ちなみにキュートってティンバーランドに監視付けられるような立場だった気がするんだけどなんか説明あったっけ
後ローブの復元ってペニサスがしたんじゃなかったっけ?

916名無しさん:2024/07/21(日) 21:40:29 ID:L8/kM8pM0
>>915
キュートは秘密兵器的なポジションなので、表立って護衛をつけることができないので、常に誰かに見られるように誘導されておりました。

ローブはデレシア、そしてペニサスが復元に成功している設定になっております。

917名無しさん:2024/07/21(日) 21:41:39 ID:L8/kM8pM0
>>912-913
(´・ω・`)その通りでございます

918名無しさん:2024/08/04(日) 12:16:20 ID:mbK6Pnew0
来週11日、上手くいけばVIPでお会いしましょう

919名無しさん:2024/08/04(日) 16:02:35 ID:KGkyGMJc0
はっや!やった!
いまさら気づいたけど最後デレ死にかけてるんだな
ほぼ自爆とはいえ相打ちに持ち込むとはやったなティンバーランド

920名無しさん:2024/08/11(日) 18:09:28 ID:XZZ24kQc0
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三度の秋を越え。
三度の冬を越え。
三度の春を越え。
四度目の夏を迎え。

今も、僕は彼女を想い続ける。

                                                 ――ブーン

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世界を変える大規模な戦争の行く末は、世界を襲った未曽有の大寒波があやふやにした。
内藤財団の代表者からの言葉がなくなれば、それまで世界が熱狂していた一つの思想をまとめる存在はなくなる。
理想だけで生きられないと分かった以上は、その理想は早々に捨て去られた。
国という概念はさながら半熟のスクランブルエッグのような物となり、結実することがないままに核の冬を迎えた。

核の冬が訪れ、真っ先に人々が行ったのが熱の確保だった。
電気が使えなくなれば、熱を生み出す手段は薪を燃やすかガスに頼る以外にない。
電力が失われたことにより、ガスは供給手段と採取手段を失った。
人類が一気に退化を強いられたことに気づいたのは、冬の訪れの翌日に身近な人間が凍死した姿を見てからの事だった。

薪を手に入れるためには伐採をするしかない。
伐採をするためにはチェンソーがいる。
チェンソーを動かすためには電気がいる。
電気がないのならば、斧で切り倒すしかない。

芯まで凍り付いた樹木の硬度は時としてコンクリートを越えることもあると、森に住む人間は心得ていた。
その為、停電と同時に彼らは町中総出で森に向かい、木を切り倒した。
限界まで木を切り倒した後、作業用強化外骨格のバッテリーが底を尽きるまでそれを運搬。
小さな町や村の中心に続々と薪が用意され、各家庭へと厳格に調整された数が配給された。

奪い合いが余計なリスクを生み出すと知る町の指導者は、武器を手にその配給を完遂させた。
防寒対策として次に彼らが選んだのは、食料の確保と地下シェルターへと生活の基盤を移動させることにあった。
当然ながら、食料の調達は困難を極めた。
急激な気温変化により野菜は全滅し、果実や木の実は凍り付いていた。

動物も生きたまま凍り付いた姿で発見されたが、それは極めて貴重な食料として重宝された。
天然の冷凍庫があるのならば、危険を冒して狩りをする必要がないのだ。
幸いにして肉類は手に入ったが、魚は凍り付いた川の下にいるため、氷を砕かなければ捕まえられなかった。
だがこれは、自然豊かな町での話。

開墾して作られた近代的な街は、十分な食料を確保することも薪を確保することも出来なかった。
その代わり、生活の知恵として巨大な台風の際に避難することを目的とした地下シェルターが各家庭に用意されていた。
後は、薪と食料が尽きないよう、定期的に森に遠征するしかなかった。
自家発電機や街に大型の発電施設があれば、どうにか凍死だけは避けることが出来たが、以前の豊かさは失ってしまっていた。

921名無しさん:2024/08/11(日) 18:09:49 ID:XZZ24kQc0
自然発電の電気と他の街からの輸入に依存していた街は、混沌と化していた。
太陽光発電の代わりに用意されていた風力は、あまりの寒さに風車の潤滑油が凍結し、損壊。
波力は流氷によってその機能をほとんど失い、辛うじて生み出される電力はあまりにも心もとなかった。
海辺ですらない内陸の街は火力発電によってどうにか難を凌いだが、燃料を供給していた町がそれを止めた為にほどなく稼働を停止。

それまで街を照らしていた煌びやかなライトは消され、静かに耐え凌ぐしかなかった。
数世紀も昔、電気のない時代へと逆行することになった彼らは、だがしかし生きることを諦めなかった。
彼らの住むのは人類の到達した近代建築の完成系であり、電気さえあれば従来の暮らしに戻ることができる。
要となる発電所の再稼働に向け、彼らは武器を手にした。

火力発電所の燃料となるガスと石炭の確保のため、大規模な遠征部隊を編成。
周辺で同じ状況にある街と協定を結び、石炭採掘場を目指した。
凍てつく寒さの中、彼らは生きるために石炭を奪い、帰路で食料になりそうな物を確保して街へと持ち帰った。
だが、それを聞いていた別の街が帰り道にその部隊を襲撃し、醜い殺し合いが始まったのである。

より強い力を持つ街だけが生き延びるかに思われたが、人の持つ道徳心に付け込むことで生き延びる手段が生まれた
安定した電力を持っている街に他所の人間が一斉に訪れ、そのまま住み着くという行為が横行し始めたのだ。
初めはほとんどの街も避難民を受け入れたが、彼等の傲慢さが増長されるにつれ、憎しみが積もった。
避難先での食事提供や住居提供を強要し、拒否をすればすぐに暴動まがいの行動に出た。

自衛手段を持つ街はその避難民を力で排除したが、交渉で解決できると考えて排除を躊躇った街は悲惨だった。
交渉を侮辱、あるいは排除の宣言と捉えて略奪を伴った大規模な暴動が発生。
それは不思議と示し合わせた様に世界中で起き、町の統廃合が連鎖していった。
侵略行為とも取れる戦いによって滅んだ街がいくつも生まれたが、その中でも悲惨な戦いを起こした最たる例として、カルディコルフィファームがあった。

元々複数の町を統合した街だったが、内藤財団の力が失われ、彼らを導く存在が不在になったことによって助け合いの名の内戦が起きたのだ。
戦闘の経験のある男たちが皆イルトリアへの侵攻作戦で帰らぬ人となっていたこと、そして残された武器の貧弱さが問題だった。
更にその武器の扱いでさえおぼつかないため、残された人間たちの争いは実に原始的かつ暴力的な形で実行された。
ナイフ、斧、そしてそれらを長いパイプに括り付けた槍など、直接的な暴力を伴う武器での殺し合いが行われた。

殴り、刺し、切り、潰してその手に殺しの感触が残るという後進的戦闘は人間の持つ残虐性を助長させ、理性を低下させた。
燃料となるものを奪うため、襲った町の家を破壊。
食料を得るためにペットさえ殺し、あまつさえ人間を食べることさえもあった。
だがそんな状況が長く持つはずもなく、カルディコルフィファームは核の冬を迎えて1年も経たずに滅ぶことになる。

寒さは動きを緩慢にするだけでなく思考さえも凍り付かせるのだと、人々は痛みを伴って学んだ。
この状況下で最も多くの人間が目指したのは、意外なことにシャルラだった。
人々は広大な土地の下に隠された巨大な地下施設についての話を聞き、地上よりも地下に安全を見出したのだ。
地熱発電と安定した燃料の確保で可能となった火力発電設備は、極寒の地で今まで生きながらえてきた理由を人々に思い出させた。

食糧事情だけは変わらなかったが、ニューソクがない街の中で最も栄えた街となったのは言うまでもない。
こうした争いは世界中で繰り広げられたが、小さな町が互いに手を取り、助け合うという姿もあった。
そうした中、内藤財団の膝元であるニョルロックは瞬く間に没落してしまった。
指導者を失ったニョルロックはそれでもどうにか世界を束ねようとしたが、自分たちの暮らしを守るだけで精いっぱいだった。

冬となった世界で最も力を持つのは、ニューソクを所有する街だった。
無尽蔵に生み出される電力により、街が凍えることはなかった。
だが、食料の確保が問題となった。
そこで各地でラジオを介して世界中に声をかけて始まったのが、電力と食料の共有だった。

922名無しさん:2024/08/11(日) 18:10:11 ID:XZZ24kQc0
必要になるのが巨大で長大な送電ケーブル。
そして、安定した食料の生産と輸送網の確立だった。
日光を失った世界でも得られる食料の多くが大規模な養鶏場などで得られる肉で、野菜は極めて貴重なものとなった。
しかし、電気があれば野菜の生産もある程度安定させることができることを、多くの街が知っていた。

こうして世界が冬になって1週間後、間違いなく人類史上最大規模の工事が計画された。
ニューソクを有する街から別の町へと送電線が建築され、それがまた別の場所へと向かう。
その工事は驚くべき速度で進められ、冬を越えるための備えは2年で完了した。
その最大の貢献者がエライジャクレイグだったのは、言うまでもない。

世界中に広がる線路を利用して送電線を配置し、協力に同意した街に電気を送る助力をした。
送電線の製造と量産はラヴニカ。
設置中の護衛は、イルトリアが請け負った。
後に世界の天秤の担う新三大勢力となったのは、こうした貢献の賜物という他ない。

ニョルロックを始めとした内藤財団に同調した街々はこの三大勢力と敵対していたこともあり、計画に参加することを渋り、見送った。
その結果、ニューソクで生み出した電力を共有する術を持たない彼らは孤立と衰退を始めた。
内藤財団の援助によって成り立っていたオセアンは、大きな変化を強いられることとなった。
財団の庇護下にあった彼らは、内藤財団の持っていた海軍と陸軍を受け入れたことで、食料と家屋に一切の余裕がなかった。

更に海沿いであることから、普通以上に寒さと戦うことを強いられ、身動きが取れない状況にあった。
そんな中、ニューソクによる安定した電力の供給に目を付けられ、近隣の街から一斉に避難民が殺到し、支配権を奪われてしまったのだ。
武器弾薬食料の供給が途絶えた軍隊は、文字通り死に物狂いの人間達と寒さと飢えで淘汰された。
街の支配者が不在となったオセアンにとって、それはある意味でかえって良かったことなのかもしれない。

クロジング、フォレスタを始めとするニューソクを持たない町がオセアンに流入し、合併し、巨大な湾岸都市が誕生した。
その名を、ニューオセアン。
新三大勢力に次ぐ、巨大な街だった。
世界が徐々に形を変えていく中、長い冬が終わりを見せたのは4年後の事だった。

その日、世界は僅かな時間ながら争いが止まる程の歓喜に包まれ、青空に涙を流す人間が続出した。
凍り付いた地表が溶け、夏の空の下に夏の熱気が戻ってくる。
浮かぶ入道雲は空の高さを思い知らせる。
比類なき蒼穹は果てしのない世界の広さを物語る。

一人の少年が一台のバイクに跨り、旅を再開したのはそんな日の早朝の事だった。

923名無しさん:2024/08/11(日) 18:10:35 ID:XZZ24kQc0
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                                         The Ammo→Re!!
                                    原作【Ammo→Re!!のようです】

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924名無しさん:2024/08/11(日) 18:11:08 ID:XZZ24kQc0
核の冬が本格的なものとなる中、イルトリアの復興の手伝いをしながらブーンはデレシアの帰還を待っていた。
世界中が冬を越えるため、敵味方の区別なくラジオなどの道具を使って連絡を取り合い、乗り越えようと画策した。
その中でも大きく活躍したのがエライジャクレイグの鉄道網、そして外洋を航行していたオアシズの海運能力だった。
人類が生き延びるためには輸送網が必要不可欠であり、どちらも戦争の影響を受けずに安定した輸送が可能な状態だったのだ。

デレシアの帰還をただ待つことを止めたのは、核の冬から1ヶ月後のことだった。
ブーンは防寒装備を身に着け、“ビースト”の面々と共に世界各地を移動する列車の護衛を手伝うことで広い地域で情報を集めることにした。
世界規模となるこの作戦を実施するために選ばれた最初の車両は、スノー・ピアサーだった。
現存する中で寒さに最も強い乗り物であり、その防御力と走破性は実証済みである。

スノー・ピアサーが道を確保し、陸路の要となる土台を作る。
その後に他の列車が追従し、作業要員の展開と素材等の補給を連続して行う。
一度に全てを行うほど世界に余裕がなかったことと、効率化を最優先に考えた計画がこれだった。
必然、複数の作業を効果的に、そして決して途絶えないように続けていく必要があった。

そのため、人類の全滅を防ぐ列車の全てに、完全武装したイルトリア軍の人間が同乗した。
熱源感知式暗視装置付きのライフルの銃腔は全て列車の外に向けられ、銃爪が引かれない日は極めて少なかった。
銃腔の先にいるのは当然、野生動物ではなく武装した人間だ。
悲しいことに、世界が危機に瀕すればするほど、人の本質が剥き出しになったのだ。

大寒波が導いた圧倒的なまでの資材不足がもたらすのは、物理的、そして精神的な貧困である。
その貧困が冷静な判断力を低下させ、送電線を奪おうという短絡的発想に至るのは自明の理だった。
更には、エライジャクレイグが使用する線路の枕木さえ燃料にしようという輩が少なからず現れたため、武装は不可避の選択となった。
線路上の整備と警護を行う小型車両が絶えず巡回し、対応をしても決定的な抑止力にはならない。

そのため、エライジャクレイグはイルトリアの力を利用することにしたのである。
武力で徹底的に叩きのめすことで、同じ真似をすればどうなるのか、その場に放置した死体が雄弁に物語る。
それが何よりの見せしめになるのと同時に、野生動物達の貴重な餌となって自然界の円環に役立つのだ。
食い荒らされた死体の効果は絶大で、道中の安全に一役買った。

資材を積み込むために立ち寄ったラヴニカで、ブーンはにディを修理に出すことにした。
ディに使用されている様々な部品は、そのどれもが極めて繊細かつ緻密な計算によって作り出された物であり、イルトリアでの修理は困難だったからだ。
人間を跳ね飛ばしたことでフレームへの歪みなど、微細な不具合が積み重なっている可能性があり、専門家に任せるのが最善だと判断された。
街の復興がおぼつかない中での依頼だったが、ラヴニカの技術者達は二つ返事で受け入れた。

|゚レ_゚*州「こういうのが好きだから、俺たちは職人をやってるんだよ」

嬉しそうにそう言った職人に、ブーンは心からの礼を告げた。
そして、ディにしばらくの別れを伝える。
まるで馬が嘶くように、ディがエンジンを吹かした。

(#゚;;-゚)『次に会うときは、お互い元気な姿でいましょう』

世界を回れば、いつかデレシアに会える。
そう信じて、ブーンは列車に乗って世界を巡ることにした。
凍結した世界の中でデレシアの情報を集めるのは、あまりにも途方もないことだ。
例えるなら砂漠に隠した一粒の砂金を探すような、終わりさえ見えない日々。

925名無しさん:2024/08/11(日) 18:11:35 ID:XZZ24kQc0
それでも、ブーンは諦めることなく根気強く情報を集めた。
当初は一人のつもりでいたが、一人ではなかった。
その情報収集に手を貸したのは、イルトリアから同行を申し出たトラギコ・マウンテンライトだった。
理由について訊くと、彼はただ一言で答えた。

(=゚д゚)「ガキ一人じゃ心配ラギ」

補給を終えたスノー・ピアサーは海岸沿いに東に向かい、各地で物資の交換を行いつつ、大規模な送電網工事の補助をしていった。
季節が変わり、巡り、日々が過ぎていく。
2年目にして、世界はようやく寒さに対しての戦い方を身につけ、安定した生活を送ることが出来るようになった。
太陽の代わりに電気が熱と光を生むことで、農作物や家畜を屋内で育てることができた。

大規模な電力と引き換えに食料が提供されることで、余計な争いが生まれることは無くなった。
世界を巡り、デレシアに関する有益な情報を一つだけ得ることができた。
奇しくもそれは、ニョルロックから避難してきた人間から得た情報だった。
デレシアと共にギコ・カスケードレンジが行動していたという情報は、値千金のものだった。

(,,'゚ω'゚)「天使みたいな人だったから、よく覚えているよ」

長い時間をかけてイルトリアに帰ってきたブーンは、すぐにまた発つことになる。
今度は、ジュスティアからラヴニカに避難した大勢の人間と彼らを引き連れるトラギコに同行し、ジュスティアのあった場所へと向かう。
イルトリアから再び海岸沿いに進み、今度は停車せずに最高速度で目的地に向けて走った。
道中、車内はピリピリとした空気に包まれていた。

到着すると、そこは雪が覆い隠した瓦礫の街になっていた。
だが、確かにジュスティアが存在していたことを、その場にいる誰もが知っている。
持ち込んだ大量の重機によってジュスティアの瓦礫が撤去されていく間、ブーンは街の人間達の手伝いをすることにした。
炊き出し、作業員のための仮設家屋等の設営、時には護衛や警備などの危険の伴う仕事もした。

当初、ジュスティアの人間は耳付きという人種に対しての嫌悪感を露わにしていたが、やがてそれが無駄な感情だったと気づいた。

(=゚д゚)「腹減ってねぇラギか?」

(∪´ω`)゛「減りましたお」

(=゚д゚)「サンドイッチでよければ作ってやるラギ」

(∪*´ω`)「わーい」

彼らの命の恩人であるトラギコがまるで友人のように接している様子を見れば、差別する対象ではないことは明らかだったのだ。
円卓十二騎士のティングル・ポーツマス・ポールスミスとニダー・スベヌ、そしてアサピー・ポストマンの言葉が後押しした。

(*‘ω‘ *)「彼の勇敢さは我々が良く知っている。
       彼がいなければ、間違いなく皆死んでいるぞ」

<ヽ`∀´>「彼がイルトリアでどれだけ危険な戦いに参加して勇敢に活躍したか、私が証言するニダ。
      彼を侮辱することは我らの騎士道に泥を塗るのと同義ニダ」

(-@∀@)「えぇ、僕も戦場で見ました。
      本当に勇敢な少年で、イルトリア軍の将軍たちでさえ一目置いていました」

926名無しさん:2024/08/11(日) 18:12:04 ID:XZZ24kQc0
一週間もすれば、ブーンに敬意を払わない人間は一人もいなくなっていた。
それと同時に、自分たちが耳付きを差別していたことに対する恥を抱かなかった者もいなかった。
半年近く復興作業に従事したブーンは、ニューオセアンを目指すことにした。
街には大きな港があり、多くの情報が集まることが期待されたためだ。

治安も落ち着きを見せているとのことだったため、そこから先は1人で進むことにした。
別れ際、トラギコがブーンに握手を求めてきたのは意外だった。
だが、2人の間には奇妙な友情があったため、そこに抵抗はなかった。

(=゚д゚)「またいつか会えるといいラギな」

大きく、傷だらけの手がブーンの手を握る。
小さく、傷らだけの手がトラギコの手を握り返す。
ぐい、と引き寄せられ額をぶつけられる。
痛みはなく、そこに込められた想いを感じ取った。

(∪´ω`)「はい」

それ以上の言葉はいらなかった。
言葉以上のものが、その手を通じて伝わったのだから。

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                     {   \  ヽー'´      ノ⌒ヽ
                     ,.-ヽ   `ヽ_ノ             ノ
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                脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】

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927名無しさん:2024/08/11(日) 18:12:34 ID:XZZ24kQc0
結論から言えば、ニューオセアンはブーンを歓迎することはなかった。
彼は街に一歩踏み入った瞬間、敵意のこもった視線を向けられ、そして襲われた。
だが、ブーンはその障害をものともせずに情報収集を行なった。
知りたかったのはギコの居場所だった。

直接デレシアの位置が分からないのであれば、直前まで一緒にいた彼に聞くしかない。
混沌が日常と化したニューオセアンを探索し、そして、ギコを見つけた。
彼は、元フォレスタにあるペニサス・ノースフェイスの墓のそばに暮らしていた。
大型の輸送用コンテナを改造し、電気ではなくガスと薪を使った暮らしは実に質素なものだった。

だが、フォレスタにいた誰もがニューオセアンに移住した今、大量の木が森には残されていた。
ガスだけは買わなければならなかったが、なくても彼は生活できるほどの準備をしていた。
正確に言えば、ガスについてはペニサスが用意をしていたのだ。
家から離れた地下に十分すぎるほどの量を、まるで、いつかこの日が来ることを予期していたかのように。

(,,゚Д゚)「よく見つけたな」

甘い匂いの紅茶を淹れ、ギコは突然の来訪にもかかわらずブーンを歓迎した。
2年ぶりに見る彼の表情は穏やかで、まるで別人のように見えた。
復讐を果たした人間の表情とは、皆このようなものなのだろうかとブーンは不思議に思うほどだった。

(∪´ω`)「せっかく近くに来たから、先生のお墓参りに来たんですお。
      デレシアさんの居場所、知りませんか?」

紅茶を飲み、ブーンはすぐに本題に入った。
それに対して、ギコは落ち着いた様子を崩さずに答える。

(,,゚Д゚)「正直に言うと、分からない。
    分からないが、向かった先なら知っている。
    バミューダトライアングルの中心だ」

その海域の名前は学んでいた。
イルトリアとジュスティアの間にある海域、その名である。
どういう場所なのかも分かっていたが、ギコは続けた。
まるで、ブーンが知っている情報は間違っている、と言わんばかりだった。

(,,゚Д゚)「嵐が停滞しているだけじゃない。
    生物にとっての猛毒が広がっている、そういう場所だ。
    連中が最新の装備と最善の準備で向かうほどな」

(∪´ω`)「じゃあ、デレシアさんは……」

(,,゚Д゚)「すでにそこから逃げたか、まだそこにいるか。
    さっきも言ったが、俺には分からん。
    内藤財団が表に出てこなくなった、ってことは中でデレシアに殺されたんだろうさ。
    連中の用意した道具を奪えば、バミューダトライアングルから逃げられるだろう。

    俺が教えられる情報はこんなもんだ」

928名無しさん:2024/08/11(日) 18:13:03 ID:XZZ24kQc0
ブーンはギコに礼を言い、紅茶を飲み干した。
別れ際、ギコは特に多くの言葉語らなかった。
荷物は大丈夫か、という一言だけで、彼の言いたいことはよく分かった。
その目に宿る優しい光が、ペニサスがかつて自分に向けたものと同じだったからだ。

(∪´ω`)「また来てもいいですかお?」

(,,゚Д゚)「あぁ、いつでも来い」

ブーンはギコと抱擁を交わしてフォレスタを出立した。
体に残る温もりは、決して体温だけのものではないことは確かだった。

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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】

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それからそのまま列車や乗り合いバスを使って南下し、今まで見たことのない世界を見ることにした。
気候が荒れている以上、海の向こうを目指すのは今ではない。
宿題の答えを知る為に踏み出した初めての一人旅。
過酷な世界での旅は、だが、新しい発見の連続の日々だった。

街を転々とし、ニョルロックに到着したのは、秋のことだった。
街の光は煌々と輝いているが、どこか活気に欠ける街だった。
食料が安定して入ってこないという状況は人間である以上は死活問題だったが、街の人間達は内藤財団という巨大な組織がどうにかしてくれることを期待しているだけだった。
幹部を一気に失った財団は、手探りで街の復興に取り掛かっていたが、安定しているのは電力だけだった。

少なくとも、街を訪れたブーンが食事をする場所はどこにもなかった。
ブーンがニョルロックを訪れた翌日、そこで意外な人物に出会うことになる。

( `ハ´)「1人で何しているアルか?」

929名無しさん:2024/08/11(日) 18:13:27 ID:XZZ24kQc0
大量の物資を積んだトラックの一団を引き連れたシナー・クラークスだった。
彼は街に持ち込んだ苗や家畜を増やす術を伝授し、ニョルロックが単独でも生きていけるよう、指導を始めた。
ブーンはその手伝いをしていたこともあり、自発的に補佐を行なった。
痩せ細るばかりだった街が、わずかにだが活気を取り戻していく。

そして、シナーは到着してから僅か3ヶ月で内藤財団の実質的な指導者になった。
まるでそれを待っていたかのように彼は街の人間達、そして世界に向けてラジオで声高らかに宣言した。

( `ハ´)「内藤財団は只今より、イルトリアが掲げる計画に参加し、全力で支援と協力をするアル。
     世界は一つである必要はないが、孤立する必要もないアル。
     我々人類がこの冬を越えるためであれば、あらゆる助力も惜しまないアル。
     遺恨も、面倒も、何もかもは冬を越えてからにするアル!!」

深く息を吸い、全てをゆっくりと吐き出すようにシナーは続けた。

( `ハ´)「耳付きと呼ばれる人種は、決して見下して良い人種ではないアル。
     私自身、過ちを犯したアル。
     だがだからこそ、ここで宣言するアル!!
     あらゆる差別をなくさない限り、人類に未来はないアル!!

     私は今ここで、あらゆる差別と貧困に対して宣戦布告をするアル!!」

事実上の敗北宣言と同時に、自分たちが掲げた国という概念の放棄。
そしてこれが、第四次世界大戦の終結宣言でもあった。
内藤財団は腐っても世界最大の企業であるため、多くの資材と人材を有していた。
明確かつ適切な指示さえ出れば、後は人海戦術によってその達成に向けて止まることなく動き続ける。

エライジャクレイグが使用するための線路の増設、資材を持っている街に送電線の製造を依頼し、その見返りとして食料と電力を提供。
今回の戦争を繰り返してはならないと戒めるため、貴重な資材を投じて世界中に号外を配布し、ラジオで戦争の悲惨さと無意味さを訴える。
新聞というよりも写真集と言うほどの量が掲載された号外がティンバーランドの残党の心を折り、新たな争いを未然に防いだことは、誰にも知られていない。
撮影者であるアサピー・ポストマンの名前は、新聞に小さく載っていた。

耳付きの地位向上に関する演説も新聞とラジオによって世界中に流布され、世界が変わり始める。
差別を助長するような奴隷制度は即刻世界中で排除され、囚われていた耳付きたちが解放、保護された。
内藤財団という巨大な企業が後ろ盾となれば、それに逆らうだけの奴隷商はいない。
こうして全てが迅速に行われ、世界は人類史上最速でつながり始めた。

その様子を間近で眺め、陰でシナーを支えたブーンはバミューダトライアングルに関する情報を集めるため、ニョルロックを後にした。
街を出る際、見送りに来たシナーは拳を差し出してきた。
それに自らの拳をそっとぶつけると、彼は笑顔で言ったのだ。

( `ハ´)「いつでも来るといいアル。
     その時は、餃子を作ってやるアル」

(∪´ω`)「はい、必ずまた来ますお」

握り拳で握手はできない。
しかし、握手以上に通じるものもあるのだ。

930名無しさん:2024/08/11(日) 18:13:49 ID:XZZ24kQc0
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二二二二二二二ア^ー=== ._ {      {  |   レ'` ,¨ ^...ノ        /.    }   }
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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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海に関しての情報を最も有しているのは、間違いなくオアシズだとブーンは考えた。
港のある街に向かい、そこでオアシズの情報を集めることにした。
数少ない安全かつ確実に使える海運の手段としてイルトリアと協力している以上、オアシズの居場所は明らかになっているはずだ。
数ヶ月後にラヴニカに到着するという情報を得て、ブーンは移動を始めた。

それが三度目の冬のこと。
空が徐々に光を取り戻し、間も無く冬が終わることを世界中が確信していた。
黒かった空が灰色になるまで、長い時間がかかった。
ブーンは自分が成長し、今までとは違う視線の高さで世界を見ていることに、久しぶりに気づいた。

ラヴニカに到着したのは、三度目の春がもう間も無く終わろうかという時。
ラヴニカを指揮するデルタ・バクスターはブーンを見て大いに喜んだ。

( "ゞ)「君を待っていたんだよ、我々は!!」

そう言った彼の後ろから、一台のバイクが現れた。
無人で走行しつつも、転倒する気配さえ見せない。
見紛うはずもない。
ディ、と名付けられた世界でたった一台のバイクだった。

(#゚;;-゚)『お久しぶりです、ブーン』

その女性の声はディに内蔵されたスピーカーから流れ、彼を驚かせた。
久しぶりに会う友人の声が、インカムを使わずに聞くことができるというのは感動するのに十分なことだった。

(∪´ω`)「ディ!!」

( "ゞ)「ただ修理するだけってのも味気ないって話になってな。
    インカム経由で要望を聞いたもんだから、少しだけ改造したんだ。
    後は、ディの要望でコーティングをしたんだが、これがまた素材が貴重で素材がないのなんのって騒ぎになってな。
    とにかく、間違いなくディは世界最高のバイクになった。

    旅を楽しんできてくれ!!」

931名無しさん:2024/08/11(日) 18:14:11 ID:XZZ24kQc0
肉体的な接触や、言語でのやり取りを抜きにしても伝わるものがある。
託した物と、託された物。
それがどのような扱いを受け、どのように受け渡されたのかを見れば一目瞭然だ。
ましてや、言葉を介する存在のやり取りであれば、それは如実に分かる。

(∪´ω`)「ありがとうございます!!」

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イV__     ,.イ:::::,.イ  /::::::::::リ   ::::::::::::::::::Vニニニニ,イ  /

      撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】

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それから、ブーンはラヴニカに停泊したオアシズに向かい、市長のリッチー・マニーと話をすることにした。
彼はブーンとディのことを知っているだけに、会話が可能になったディにいたく感動していた。
ブロック長達とも久しぶりの会話を楽しみ、食事を振舞われた。
その中で、ブーンはバミューダトライアングルについての質問を投げかけた。

するとマニーは思案顔で腕を組んで瞼を閉じ、そして意を決したように目を開き、静かに言った。

932名無しさん:2024/08/11(日) 18:14:32 ID:XZZ24kQc0
¥・∀・¥「実はそのことに関して、ここに来る途中で大きな変化があったんだ。
     あの海域の嵐が弱まって、消滅する気配があるんだ。
     おそらく、急激な気温変化で異常気象が上書きされたんだろう。
     そこで、私は見たんだ。

     望遠鏡で、確かに。
     街があったんだ」

その街について、ブーンも実のところ何度か見たことがあった。
水平線の向こうに浮かぶ、幻のようなビル群。
蜃気楼の類ではなく、実在する街の姿。
そのことをブーンが話すと、マニーは半分悔しそうに、そしてもう半分は嬉しそうに言うのだった。

¥・∀・¥「ただ、我々には仕事があるからね、行って確かめる訳には行かない。
     大人になって嫌なことは、冒険ができなくなることだ。
     立場も、体力も、色んなものが冒険から大人を遠ざけるんだ。
     ……行ってみたいのかい?」

(∪´ω`)゛

ブーンは頷く。
デレシアの目撃情報がない以上、手掛かりを得られる可能性が最も高いのはあの街だ。

¥・∀・¥「では、イルトリアから出発するといい。
     ちょうど、沈没船が撤去され始めている。
     今なら、誰にも邪魔はされないよ。
     少しここで船の操縦を勉強してから行くといい」

彼が作り出した時間と機会。
そして、食事や些細な言動一つから伝わる丁寧な気遣い。
それら“マナー”と呼ばれるものは何の為に、誰の為に行われているのか。
数週間も彼の近くで過ごせば、否が応でも理解することが出来た。

頭上に青空が広がったその日、ブーンはディに乗ってイルトリアへと向かった。
デレシアが消息を絶って四年。
四度目の夏。
――水平線の向こうにある入道雲に誘われるようにして、旅が始まった。

933名無しさん:2024/08/11(日) 18:15:29 ID:XZZ24kQc0
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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編

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Epilogue 【All My Memory Of the Road to the lovE-愛に満ちた旅の物語-】

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934名無しさん:2024/08/11(日) 18:17:08 ID:XZZ24kQc0
青空の下で感じる夏の風。
それは、久しぶりの日差しと相待って官能的なまでの心地よさだった。
ラヴニカからイルトリアに通じる道は少し荒れていたが、そんなことが気にならなくなるほどの空気だった。
会えるかどうかの保証はないが、会えないという確信もない。

デレシアにまた会いたいという気持ちは、四年前から少しも衰えていない。
寂しさはある。
悲しみはない。
そして今は、喜びがある。

胸の鼓動と連動するように、ブーンはスロットルを捻って速度を上げていた。

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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】

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935名無しさん:2024/08/11(日) 18:17:30 ID:XZZ24kQc0
イルトリアに到着したのは、その日の昼のことだった。
久しぶりに訪れたイルトリアは復興が進んでおり、街中が活気付いていた。
そして彼を出迎えたのは、共に仕事をしたビーストの面々、そしてミセリ・エクスプローラーだった。

ミセ*゚ー゚)リ「久しぶり、ブーン!! おっきくなったねぇ!!」

ミセリの笑顔は昔と変わらないが、どことなく漂わせる大人の雰囲気にブーンは覚えがあった。
彼女の母親、チハル・ランバージャックのそれだ。
抱擁で再会を喜び合い、すぐにブーンは用件を告げた。

(∪´ω`)「船で行きたい場所があるんだお」

ミセリは詳しくは聞かなかった。
ブーンの言葉を聞き、それを受け入れた。

ミセ*゚ー゚)リ「分かった、先に港に行ってて。
      お父さんにお願いしておく!」

復興の様子を見てブーンは人間の底力というものに感動した。
人間は、前に進もうと思えばここまでやれるのだ、と。
港に着くと、そこではイルトリア二将軍と市長、そして前市長が待っていた。
一人一人がブーンと抱擁を交わし、互いの健康と再会を喜んだ。

( ФωФ)「ははっ、大きくなったな、ブーン。
       この調子ならすぐに追い越されそうだ」

(∪*´ω`)「お! 頑張って追い越すお!」

(゚、゚トソン「顔つきが凛々しくなりましたね」

(∪*´ω`)「ありがとうございますお!」

(`・ω・´)「あぁ、雰囲気が男らしくなった。
      やっぱり男の成長は速いな」

(∪*´ω`)「頑張って、もっと男らしくなりますお!」

自分でさえ気づけない、自覚のない成長を褒められたことは嬉しい事だった。
再会を喜びあうが、ブーンが急いでいることを誰もが分かってくれていた。
フサはブーンの頭を撫で、それから勇気づけるように両肩を叩く。

ミ,,゚Д゚彡「話は聞いている。
      俺たちは、お前を全面的に助けるよ。
      お前はデレシアとヒートの縁者で、尚且つミセリの友人だ」

(∪*´ω`)「助かりますお!」

936名無しさん:2024/08/11(日) 18:17:50 ID:XZZ24kQc0
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そして、すぐに用意された一隻の船に乗り込み、ブーンはコンパスに従って進む。
予め言われていた海域を越えると、巨大な航空機の残骸が海面に突き出ていた。
まるで山だ。
それは、ブーンとヒート・オロラ・レッドウィングが落とした航空機だった。

どうやらしばらくの間飛行し、ここで墜落したようだった。
改めて見ると、その馬鹿げた大きさに驚くばかりだ。
それを通り過ぎ、やがて、それは見えてきた。
幻とばかり思っていた街の影。

世界の果てにある街の姿だった。

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            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

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937名無しさん:2024/08/11(日) 18:24:57 ID:XZZ24kQc0
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澄んだ青空。
穏やかな波。
そして、朽ち果てた巨大な船舶の残骸が2つ。
内側から破裂したような姿となった船は、恐らくティンバーランドのものなのだろう。

船の中を探したが、白骨化した人間の残骸と砕け散った様々な電子機器しか見つけられなかった。
傾いた船体に、巨大な棺桶を身にまとった死体が2つあった。
その造形は明らかにコンセプト・シリーズのそれであり、船の中で唯一見つかったコンセプト・シリーズでもある。
2つの死体は寄り添うようにしてそこに鎮座しており、まるで母親が子に膝枕をするような姿をしていた。

それが何者なのか、ブーンには分からない。
間違いなく、誰かに殺されたのだろう。
だが。
志半ばで殺された姿であったとしても。

何故かそれは、幸せそうな姿に見えた。

                  ヽ.   \`ート、゙い }   -t¬ァ'´__/^Y:1i.   /|! :',iiiiii!
                      \     Y_ヾソ ` ̄ `'_ ノ\__ト-'_ i:|  / :| l  ',iiii!
                     ヽ    ヾ, 、  __ /^Y `!__ノr‐く_ノi:|   1  !   :',ii
                           Y''く  `i |、_,ノrベ!_ } Y! /ハ     }!
                           \ハ___jニr'⌒ト、_}. `′ ハ_八_i〃   /
                              亡「\ `r:J r〜',x'^⌒ヾJ| _, イ! /
                              ヽrヘ┘, _,x:+く    __,比ィイ //::::
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             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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938名無しさん:2024/08/11(日) 18:25:22 ID:XZZ24kQc0
その街は、以前に見た時よりもずっと古びて見えた。
聳え立つビルの高さは、イルトリアやニョルロックのそれとは比べ物にならない程だ。
しかし、その朽ちた姿は寂しさと賑やかさを感じさせる。
朽ち果てる前は、果たしてどのような姿だったのだろうか。

どのような人がいて、どのような生活があって。
どのような人生があって、どのように終わったのだろうか。
全ては想像でしか補えない。
割れた窓ガラスの残骸も、砕けた壁の一部も、鉄だった物だと思われる残骸も。

この街の全てが、ブーンにとっては未知のもの。
ここがデレシアにとってどのような意味を持つ場所なのかは分からない。
しかし、この街が今日まで世界から隔離されていたという事実だけは分かる。

(∪´ω`)「お……」

ディと共に上陸した時。
二つの死体が、そこに転がっていた。
頭部のない死体。
そして、胸部に大きな穴の開いた死体だ。

死体は腐敗がほとんどなく、ゆっくりとしぼむ様にして朽ち果てたのだと分かる姿をしていた。
デレシアでないことだけは間違いなかった。
少し離れた場所に転がる真鍮製の薬莢が、間違いなくデレシアがここに上陸したことを表している。

(∪´ω`)「……この二人は」

(#゚;;-゚)『腐敗がほとんどありませんね。
    ……なるほど、“ニューソク”の影響ですね』

(∪´ω`)「ニューソクって、発電の何かじゃないのかお?」

(#゚;;-゚)『半分は合っています。
    ですがそれを兵器として転用すると、大きく二つの力に分かれます。
    一つは圧倒的な破壊力を生み出し、毒素を出さない力。
    もう一つは、破壊力は全くなく、高濃度の毒素を出してあらゆる生物を滅殺する力。

    ここに使われたのは後者だったようですね。
    極めて強い毒素を持つ反面、桁外れの保存力を持つのが特徴です。
    毒素の残留は若干ありますが、耐性のあるブーンには影響はないです』

(∪´ω`)「僕、耐性あるの?」

(#゚;;-゚)『えぇ、ブーンにこの毒はほとんど効果がありません』

(∪´ω`)「ディは大丈夫?」

その言葉に、ディは自慢げに答えた。

(#゚;;-゚)『世界で数発のニューソクが爆発したことを鑑みて、コーティングを頼みましたから』

939名無しさん:2024/08/11(日) 18:25:52 ID:XZZ24kQc0
街をゆっくりと走りながら眺めていく。
どれだけ昔の建物なのかは分からないが、これだけの規模の街が今日まで現存しているという事実が意味することは一つだけ。
誰にも侵略されなかった世界最古の街並みであり、最新の街並みであるということだ。
この場所をティンバーランドの人間達は目指し、デレシアがそれを追ったということも考えれば、この街は普通ではない。

世界の命運を分ける戦争の影にあった、最重要の価値を持つ街だ。

(#゚;;-゚)『……データに該当する街がありました』

街を半周する頃に、ディが唐突に声を出した。
それはまるで、街の様子を確認してから告げようとしていたかのような絶妙な間があった。
出し惜しみではない。
確信が得られるまで答えるべきではないと判断し、そして告げるべきだと判断したからだ。

(∪´ω`)「何ていう街なんだお?」

(#゚;;-゚)『ノ・ドゥノ。 “最果ての都”、ノ・ドゥノです。
    私の中にある最新のデータでは、市長はエリシア・D・エリクソン。
    “ダナー”と呼ばれる女性であることは分かっています』

(∪´ω`)「ダナー?」

(#゚;;-゚)『彼女のミドルネームですね。
    親しい者は、彼女の事をこう呼んだそうです――』

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     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\





                 ウルトラスーパースペシャルサンクス
                  【いつも校正して下さった皆さん】




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940名無しさん:2024/08/11(日) 18:26:31 ID:XZZ24kQc0
街を吹き抜ける風は冷たく、だが、やはり夏の香りを孕んだ不思議な匂いがした。
淀んでいたものがなくなったばかりの独特の匂い。
街全体が今こうしている間にも長い眠りから覚め、ゆっくりと起き上がっているような不思議な感覚がする。
軋む音も、崩れる音も、全てが血の巡った体が動き出すような音に聞こえる。

この瞬間を待ち望んでいたかのような悲願の音。
巨大な生物が老衰で息を引き取る直前のような終末の音。
雪解けを喜ぶ草木の息吹を思わせる歓喜の音。
そして、まるで万雷の拍手のような祝福の音。

終わりの音が街中から聞こえてきたのは、ブーンがノ・ドゥノを一周し終えた頃だった。

(∪´ω`)「街が……」

(#゚;;-゚)『ニューソクの影響が薄れた為に、一気に風化が進んだのでしょう。
    あまり長く滞在はできませんね。
    ビルの崩落に巻き込まれる前に行きましょう』

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941名無しさん:2024/08/11(日) 18:26:55 ID:XZZ24kQc0
街全体が連鎖的崩壊を始めたのを、ブーンは港だった場所から眺めていた。
ビルがまるで砂のように崩れ、消え、それがまた別のビルを倒していく。
その光景は絶望的な物にも思えるが、一つの終わりを見届けるという誇らしさが胸に去来していた。
全てをやり切ったからこそ誇りを胸に朽ちる大樹を見届けるような、言葉にしがたい光景だった。

(∪´ω`)「……デレシアさん、いなかったおね」

(#゚;;-゚)『恐らく、この街から出立したのでしょうね。
   仕入れた情報だと、オセアンを出た船は3隻でしたね』

(∪´ω`)「沈んでいたのは2隻だったお。
      ギコさんが使ってオセアンに帰ったのを考えれば、計算は合うお。
      でも、じゃあどうやって……」

(#゚;;-゚)『沈んでいた一隻から、小型艇が出たのでしょう。
    船の大きさと沈んでいた場所から考えれば、それ以外の手段でノ・ドゥノに辿り着けません。
    そして私達が上陸した港には、他に船はありませんでした』

ひと際巨大なビルが驚くほど静かに、沈む様にして消える。
舞い上がる砂煙は、街の輪郭を曖昧にしていく。

(∪´ω`)「確かに」

視線を街から離すことが出来なかった。
バミューダトライアングルの中心点にあった街が終わる瞬間を目撃しているのは、恐らく、ブーンだけなのだ。
縁も所縁もないが、それでも。
せめて、最期の時を看取ることだけはしたいと思ったのだ。

(#゚;;-゚)『この後はどうします?』

(∪´ω`)「お? デレシアさんを探すお」

当たり前の事を聞かれ、ブーンは驚きと共に答えた。
覚悟は既に済ませている。
目の前で街が消えたところで、気持ちが変わることはない。
彼女に会いたい。

会いたいから、往くのだ。
ブーンの返答に満足したかのような声色で、ディは言った。

(#゚;;-゚)『では、旅を続けましょう』

消えゆく街を見送り、ブーンは旅を続けることにした。
いつか必ず、デレシアに会うために。

942名無しさん:2024/08/11(日) 18:27:35 ID:XZZ24kQc0
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ヽ         `  _
 ,)_,.v''´⌒ヽ.      ̄ ‐- ...
        )
...   ..:...   ´ヽ.
:.:.:.:.:.:.:.:.:..    :..:⌒;                  __,、         ノ⌒ー'
ヽ:_:.:.:.:.:.:. :. .: .:.:.:.:..:.ノ              ,r ヽ'⌒  `^j      ヽ ..:.:.:.
   ̄ `ー ‐-‐一´             r'´       `ー'⌒ヽ    `ー 、:.
           , '⌒ー-‐、       ヽ,  ....... ... .... . . .. .⌒ヽ
           ヽ-―--‐-ヽ.っ  r_,つ  ヽ.:.:._:_:.:.:.:.___:::.:.:.:.:..:::.:.:ノ- .__,.-
                              ̄   ̄ ̄  ̄ ` ̄ー-

オセアンに帰ってきたブーンは、改めて街で情報を集めることにした。
デレシアがどのタイミングでノ・ドゥノからこちらに帰ってきたのかが分かれば、それだけでも進む道が分かってくる。
幸いなことに、情報を一つだけ手に入れることが出来た。
所属不明の船がある日オセアンに漂着したが、誰も乗っていなかった、というものだった。

船は既に解体されてしまっていたため、具体的にデレシアに繋がる情報はない。
しかし、彼女がノ・ドゥノから生還してオセアンに近郊で降り、旅を始めたという推測をするだけの材料にはなった。
ではデレシアがどこに、どのようにして向かったのか。
それは、まるで見当がつかない。

だからこそ、ブーンは自分が知らない道を選んで旅をすることにした。
小さな町。
大きくなった街。
滅んだ街。

夏の日差しに目を細めながら、大きな入道雲に心を躍らせながら。
時には激しい雷雨が降り注ぐ大地を進み、砂の海を越え、鬱蒼と生い茂る森を抜け。
白夜の街を訪れ、凍り付いた大地の果てを見た。
だがデレシアに関する情報は、何も得られなかった。

――季節が変わり、冬になった。

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943名無しさん:2024/08/11(日) 18:27:56 ID:XZZ24kQc0
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    ゜    o   ゜            。                ○
゜    ○             o      o      o   ゜    。

雪が降り積もる冬の間、ブーンはポルタレーナという街で情報を集めながら滞在することにした。
ポルタレーナはカニ漁の為に多くの漁船と人が集まるため、情報収集には最適だったのだ。
特に、長い間漁に出られなかった漁師たちにとってはこの時期は心から待ち望んだ時期なのだ。
漁師たちを相手に商売をする人間達が集まれば、自ずと世界中の情報が集まってくる。

デレシアに関する情報は特になかったが、ふと、“食い倒れの街”ホールバイトの噂が耳に届いた。
いつかヒートとデレシアと共に行くことを約束した街。
今となっては果たされぬ約束の街だ。
長すぎる冬が終わったことを祝し、春に盛大な祭りを行うために街の復興が始まったという情報を得て、ブーンは次の目的地をそこに設定した。

恐らく、その祭りの噂がこうして広まっているのであれば、世界中の人間が集まってくるはずだ。
デレシアに関する情報を手に入れるいい機会だと考え、ブーンはポルタレーナでその年を明かすことにした。
ホールバイトを訪れるのは、祭りの前日である四月三日に決めた。
それまではゆっくりと他の街を経由し、情報を集めて旅を続ければいい。

――雪解けと共に、ブーンは旅を再開した。

 o ゜      .   ○    ゜          ゜             o
_\  _   ゜         。    。   ゜      o    _  ○ ̄ ̄
  ○ \    o    ゜               。       / /
 ̄ ̄|__ \\ 、     。     ゜     ゚     ○//。__| ̄ ̄ ̄ ̄
∃  |   |  | l l ゜           ゜    。 l l |  |   |○田 田
    |田 | 。| | l      ゜     ゜    。  ゜   l | |  | 田|    o
∃○|   |  | |。  ゜ . .. ... .. ... . ... ...゜ . .. .. ..    l |。|  |   | 田 田
    |田 |  | l‐    .....   ....     .....     -| |  | 田|
∃  |   |○― ....    o      ....   ○ ..... ―  |   | 田 田
   o.... 一      ....     ○    ...  o   ....  ー- | 。
―  ̄   o   ⌒                          ̄ ― -
  ....               ....        ⌒   o  ....      ....
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944名無しさん:2024/08/11(日) 18:29:13 ID:XZZ24kQc0
ホールバイトに向かう道は、街が近づくにつれて活気と熱気、そして車両の数が増えていた。
路上に停まっている車も、目の前を走る車も、ほとんどがホールバイトを目指していることは明らかだった。
フードトラックと食材を積んでいると思わしきトラックが渡り鳥のように奇麗な列を成し、一般車とは異なる車線を自ずと形成していた。
かつてブーンが関わった大規模な送電網の工事の時を彷彿とさせるその姿は、これから始まる祭りの規模の巨大さを物語っている。

無理のない速度で走行する間、ブーンは周囲の景色を眺め、胸いっぱいに春の空気を吸い込む。
春の日差し、穏やかな空。
漂う雲の白さと温かな風は、冬が終わったことを何よりも物語る。
頬を撫でる風の柔らかさに目を細め、ブーンはもう一度深呼吸をする。

春の匂いが鼻孔に広がる。
それは、あまりにも豊潤な香りだった。
芽吹いた草木の匂い、溶けた雪とそれが染みた土の匂い、生物の生み出す匂い。
全てが物語るのは、春の到来だ。

(∪´ω`)「すごい混んでるお」

(#゚;;-゚)『ラジオでも新聞でも宣伝していますからね。
   食の祭典としては、世界最大だと思います』

渋滞に掴まり、ディは歩くような速度で走る。

(∪´ω`)「おー」

(#゚;;-゚)『前夜祭があるので、少し急ぎましょう』

(∪´ω`)「前夜祭って、どんなことするんだお?」

(#゚;;-゚)『明日から頑張るぞー、と士気を上げることが目的の祭りです。
    当日では味わえない雰囲気があります』

(∪´ω`)「楽しみだお!」

(#゚;;-゚)『私は駐輪場で待っていますので、楽しんできてくださいね。
    何かあれば呼んでください』

舗装された道路から外れ、雪解け水でぬかるんだ道なき道を進む。
ディの助けもあり、その日の正午にはホールバイトに到着した。
臨時駐車場にディを止め、別れを告げる。
既に祭りが始まっているかのような賑やかさの中を、ブーンは歩き始めた。

945名無しさん:2024/08/11(日) 18:29:35 ID:XZZ24kQc0
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ホールバイトの空気は、ブーンにとってかなり強烈な物だった。
至る所から美味しそうな匂いが漂い、混ざり、思考と欲望があちらこちらに引っ張られるような感覚だ。
屋台を設営する音もあれば、食材を刻む音も、炒める音も、酒を飲む人々の陽気な声もあった。
色とりどりの飾りが街中に施され、春を喜ぶように咲き誇る鮮やかな花や木々の緑が目に映る。

五感全てが刺激される空気の中、ブーンはまずは街全体を見て回ることにした。
情報を得る第一歩として、街の姿を知っておくことは有利に働く。
そして何より、明日の祭り本番で訪れるべき店を下見することができるのだ。

(∪*´ω`)「おー」

見ているだけでも楽しいが、街全体が喜びに満ちているのがまた面白い。
祭りの前特有の爆発寸前の、決壊寸前の雰囲気は無関係のブーンでさえ興奮させる魔力がある。
いくつかの店は前夜祭と明日の宣伝を兼ねて、軽食や飲料の販売を実施していた。
料理は実食が一番確実な宣伝になるため、低価格か無料がほとんどだ。

(●ム●)「ボウズ、これ食ってみな」

946名無しさん:2024/08/11(日) 18:29:56 ID:XZZ24kQc0
受け取った小さなカナッペは一口で驚きの声を上げるほどの美味さだった。
生ハムとチーズ、フレッシュバジルとトマト。
そこにオリーブオイルと少量の塩コショウで味付けされているだけの、シンプルな料理だ。
ブーンの小さな口でも一口で食べられるほどの大きさだが、口内に出現した旨味はそれを凌駕する規模のものだった。

(∪*´ω`)「美味しいですお!」

(●ム●)「そりゃよかった。 明日また、ここに来てくれよな!」

ブーンの反応を見て、近くにいた別の店の男が手招きする。
男は小さなカップにジュースを注ぎ、ブーンに手渡した。

( *´艸`)「これ飲んでみろよ、うんまいぞ」

飲まずとも匂いでそれがリンゴジュースであることが分かった。
一口飲み、ブーンは目を見開いた。

(∪*´ω`)

水のように抵抗なく喉を通ったそのジュースは全身が震えるほどに瑞々しく、甘美だった。
まるでリンゴその物。
控えめな甘さのはずなのに、口の中にも喉にも、その名残がうっすらと残り続けている。
鼻孔から抜け出るのは上品なリンゴの香り。

べたつく甘さではなく、いつまでも味わっていたいと思える深みのある甘さだった。

(∪*´ω`)「美味しいですお!」

そうして歩いている内に、続々と試食の品が渡されてブーンの腹が膨れていく。
全て試食という形か、もしくは好意で無料だったため、1ドルも支払っていない。
なるほど、と満腹になった腹を撫でながらブーンは思った。

(∪*´ω`)「食い倒れ……すごいお……」

ホールバイトはオセアンほどの広さの街でありながら、どの路地も人で一杯だった。
全ての建物が祭りに関わり、よく観察すれば動線が街中に張り巡らされていることに気が付く。
その為、どこから街に入っても、まんべんなく街中を歩くことになっていた。
計算され尽くしたその出店形態は、この街が長い歴史をかけて培ってきた知恵によるものなのだろう。

街の治安維持に一役買っているのが、正にその“人の目”だった。
巡回する治安維持組織の人間が持つ武器は小型で、威圧的には見えない。
しかしその眼光は鋭く、窃盗の類を決して見逃さないという強い意志を感じる。
その目つきと雰囲気に、ブーンは思い当たる節があった。

それはジュスティア警察の人間が見せる物と同じだった。
仕草、空気。
間違いなくそれは、ジュスティア人のそれだ。

(∪´ω`)「ジュスティア警察の人……」

947名無しさん:2024/08/11(日) 18:31:11 ID:XZZ24kQc0
だが、ジュスティア警察は全滅したはずだ。
ジュスティアはまだ復興の途中で、警察組織の復活どころではない。
なら、なぜここにジュスティア警察がいるのだろうか。
答えは、少し考えれば分かることだった。

彼等はジュスティア警察ではあるが、治安維持組織として契約を結んだ関係にあり、ここに派遣された人間達なのだ。
あの日、ジュスティアで起きた戦闘に参加した警官は当然ながらジュスティア近郊にいた人間だったはずだ。
幸か不幸か、遠方地に派遣されていた警官たちは戦闘には参加せず、当然の義務として自分たちが守るべき街を守ることに徹していたのだろう。
それがジュスティア警察の完全なる全滅を防ぎ、今もこうしてその想いが生き永らえさせている。

ジュスティアの奮闘は無意味ではなかったのだ。
彼らの街が瓦礫と化しても、その強い思想が世界中に広がっているのであれば、決して滅びることはない。
トラギコ・マウンテンライトを始めとした生き残りが街の復興に全力を注ぎ、いつかそれが大きな結果を生み出すことだろう。
命じられたからでも、強いられたからでもなく、彼らの意思その物がそれを実現するのだ。

道中、ブーンは水を購入し、ディの元へと戻った。
長旅で少なくなったタンクに燃料となる水を注ぎ、興奮気味に街の様子を報告する。

(∪*´ω`)「すっごいお!!」

(#゚;;-゚)『食に関して、ホールバイトに並ぶ街はありません。
    彼らはひたすらに食事に力を注ぎ、追求してきました。
    美味しくなければ生き残れませんからね』

(∪*´ω`)「食い倒れって言葉の意味が良く分かったお」

(#゚;;-゚)『よく語られるのが、ホールバイトに来たら体重が増えることはあっても減ることはない、という言葉ですね。
    平均してキロ単位で体重が増えるそうですよ』

(∪*´ω`)「おー」

(#゚;;-゚)『もっと街を見てこなくていいんですか?』

(∪´ω`)「でも、お腹いっぱいだお」

(#゚;;-゚)『ホールバイトは食を楽しむ街。
    恐らく、街の中心に行けば楽しい物が見られると思いますよ』

(∪´ω`)「楽しいもの?」

(#゚;;-゚)『あらゆる時代、場所で言われている最良の調味料は空腹です。
    街の中心には空腹を生み出すような催し物があるはずですよ』

(∪´ω`)「お」

(#゚;;-゚)『さ、行ってきてください。
    私は美味しいお水をもらったし、ブーンの楽しそうな姿が見られて満足です』

(∪´ω`)「行ってくるお!」

948名無しさん:2024/08/11(日) 18:32:36 ID:XZZ24kQc0
背中を押されるような気持ちで、ブーンは再び街へと足を向ける。
もしもこの時。
もう少しだけディの言葉に意識を向けていれば、その真意に気づけたのかもしれない。
だがそれは、あまりにも難しい話だった。

彼女は機械であり、その音声に感情を滲ませないように出力するのは簡単な話だ。
そもそも彼女に感情と呼べるものがあるのかについては議論の余地があるが、少なくともブーンに対して嘘を吐くだけの知性はあった。
そしてその嘘を吐くことに対して、若干の罪悪感にも似た物を感じたからこそ、普段通りの口調で伝えたのだ。
大切なことは言わずに。

――ブーンを見送ったディはその姿が見えなくなったのを見計らい、ゆっくりと走り出した。

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街の中心に近づくにつれ、賑やかさが強くなっていく。
聞こえてくる音の中でも音楽がより大きく感じてくる。
軽快な音楽に合わせて躍っている人間もおり、歌を口ずさむ人間もいた。
あらゆる動線が必ずこの中心部分を経由することになっているため、かなりの往来があった。

広々とした街の中心にはテーブルと椅子が並べられ、屋台で買った飲食物をそこでゆっくりと食べられるようになっている。
そして、飲食物以外のサービスを提供する店もあった。
カラオケ。
大道芸人による曲芸。

果ては、占い師までいた。

(∪*´ω`)「おー」

同じぐらいの年齢の子供たちが集う店に向かい、様子を窺う。
空気銃を使った射的や、グローブを嵌めて的を殴るパンチングマシーンなど、安全面に気を遣った店が多い。
くじ引きなどの簡単な博打もあったが、目玉の商品が当たっている様子はない。
あまり興味が湧かなかったため、別の店を見て回ることにした。

949名無しさん:2024/08/11(日) 18:33:01 ID:XZZ24kQc0
体を動かす類のものが数多く並ぶ中、人だかりができている店があった。
それは、特設リング上で行われるボクシングだった。
しかし、普通のボクシングではない。
一人はヘッドギアとグローブを装備しているが、相対する人間は何も装備していない。

無装備の男に向かって繰り出される攻撃は紙一重で全て回避され、時には横からはたき落とされていた。
看板を見ると、どうやら3分以内に店側の人間に一発でもパンチを当てることが出来れば商品がもらえるという物だった。
ゴングが鳴り、挑戦が終わったことが告げられる。

(::0::0::)「くそー」

挑戦者は悔しそうに、だが清々しく言った。
自分のやれるだけのことをして、それでも通じなかったのだろう。

( ''づ)「結構ひやひやしましたよ」

(::0::0::)「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

道具が返却され、握手で二人は互いの健闘を称えあう。

( ''づ)「さて、他に挑戦する人はいますか?
    そろそろ昼食にしたくてね、次の挑戦の後は少し休憩を挟みますよ」

先ほどの試合以前の攻防を見ていた観客たちの中から、立候補する人間はいなかった。
ただ一人、ブーンを除いて。

(∪´ω`)「やりたいですお」

( ''づ)「おっと、これは可愛い挑戦者だ。
     いいのかい? 俺は子供でも容赦しないぞ」

言葉とは裏腹に、男の目には緊張感の欠片もない。
明らかにこちらを格下と見ている目だ。
ならば、勝てる。

(∪´ω`)゛「大丈夫ですお」

先ほどの動きを見て、ブーンは自分の今の力を試してみたいという欲求が芽生えていた。
そして、見返したいという気持ちも。
グローブだけを借り、リングに上がる。

( ''づ)「少年、名前は?」

(∪´ω`)「ブーンですお」

( ''づ)「俺はジョージ。 よろしく頼むよ」

950名無しさん:2024/08/11(日) 18:33:49 ID:XZZ24kQc0
そして、ゴングが鳴った。
その刹那、ブーンはキャンバスが大きくたわむほどの力で踏み込み、一気に接近した。
放ったのは至近距離から放つ右ストレート。
身長差が防御を困難にする一撃だ。

( ''づ)「ちょまっ!?」

腹部を狙った一撃を、ジョージは身をよじって回避。
急停止した勢いを乗せた左フックを改めてジョージの腹部に放つ。
グローブ越しに感じた確かな感触。
柔らかなグローブとはいえ、その使い方一つで十分な武器になる。

ロウガに教わった戦い方が生きた。

( ''づ)「ごっ……!!」

ジョージがその場に膝を突くと、一瞬の静寂が訪れる。
そして、大歓声が上がった。

( ''づ)「すげぇな……いつつ……」

(∪´ω`)ノ「やたー」

( ''づ)「……なぁ、もう一回いいか?」

(∪´ω`)「お、いいんですかお?」

立ち上がり、ジョージは呼吸を整える。
ブーンを見る目は、先ほどとは違って警戒心の宿るそれになっていた。

( ''づ)「次は油断しないさ。
     よし、こい!!」

再びゴングが鳴り響く。
踏み込み、距離を詰める。
バックステップで器用に距離を取るジョージに対し、ブーンは持ち前の脚力でその差を詰めてゆく。
リーチの差を埋めるためには、相手の反射神経を上回るだけの速度が必要になる。

しかし、ブーンが踏み込むとジョージは的確な方向に移動し、避難を成功させる。
背中に目がついているかのようにロープ際から離れつつ、ブーンの攻撃が当たらない位置を陣取っていく。

(∪´ω`)「おー」

( ''づ)「ふーっ」

立ち止まり、二人は呼吸を整える。
静かに息を吐きだし、そして、ブーンは動いた。
初戦で見せた加速力で距離を詰め、勢いをそのままに右ストレートを放つ。
ジョージはそれをバックステップで回避し、連打を阻止する。

951名無しさん:2024/08/11(日) 18:35:17 ID:XZZ24kQc0
一歩の踏み込みで詰められる距離は後退よりも前進の方に分がある。
二歩目で更に左ストレート。
これはサイドステップで回避される。
目の前に迫るロープを見て、ブーンは覚悟を決めた。

自分には正面から挑むだけの力がない。
力がなければ、技術で補うしかない。
勝利条件はただ一つ。
拳を当てるだけでいいのだ。

(∪´ω`)「ふっ!!」

姿勢を反転させ、背中をロープに思いきり沈みこませる。
反動を利用した攻撃だが、ジョージはそれを予想していたかのように数歩後退した。
だが、彼には大きな誤算があった。
すでにブーンはジョージの動きを何度も見て、移動可能な距離と速度を覚えていた。

単純な速度であればブーンが負ける道理はないが、そこにフットワークという技術が壁となっているのだ。
その技術を学んだブーンは、それを真似するだけの余裕があった。
踏み込み、同じ速度で直角に曲がる。
その先にあるのはジョージの腹部。

次の動きを見るまでもなく、ブーンの左ジャブが的確に彼の腹部を打ち抜いた。

( ''づ)「ぐっ……」

そして、再びの大歓声が二人を包み込む。
ゴングが鳴ってから僅かに30秒。
攻防の時間としては短いが、その濃度は極めて高い。

(∪´ω`)「ありがとうございましたお」

礼を言ったブーンに、ジョージは心底悔しそうに苦笑いを浮かべた。
だがそれは、すぐに清々しい笑顔に変化する。

( ''づ)「いや、負けた。 完敗だよ、ブーン。
     商品を受け取ってくれ」

リングの外に待機していた人間から封筒を受け取り、それを手に、ジョージがブーンを含めたその場の全員に聞こえるように言う。

( ''づ)「ホールバイトで使える食事券だ!!
     一枚で好きな食事と交換が出来るし、無期限で店の指定もない!!
     それが100枚!!」

(∪*´ω`)「100枚も!!」

( ''づ)「食い倒れてくれ、ブーン。
     いやはや、君はいいボクサーになるよ。
     俺が保証する」

952名無しさん:2024/08/11(日) 18:35:44 ID:XZZ24kQc0
ブーンの手からグローブを外しながら、ジョージは周りの歓声に紛れさせるように小さく囁いた。

( ''づ)「昔、俺はライト級のチャンプだったんだ。
     もしもボクシングに興味が湧いたら、いつでも俺を訪ねてくれ。
     ジョージ・ミケルセンだ」

手を差し伸べられ、ブーンは迷いなくそれを握る。

(∪´ω`)゛「分かりましたお」

受け取った封筒から食券を2枚取り出し、ブーンはそれをジョージに差し出す。
困惑するジョージに、ブーンは気恥ずかしそうに言った。

(∪´ω`)「お昼ご飯に使ってくださいお」

( ''づ)「……君はいい教育を受けたんだな。
     ありがとう、ちゃんと使わせてもらうよ。
     絶対にまた会おう、次は友人として」

(∪´ω`)゛「はいですお!」

食券を手に、ブーンは街中へと再び戻ったのであった。
その時である。
まずは衝撃。
全身が痺れるような衝撃が、体を襲う。

そして、鼻孔の奥で感じ取った匂い。
それは間違いなく、ブーンが追い続けた人間の懐かしい匂いだった。
ブーンは走り出していた。
走りたいから、走るのだ。

――走らなければならないと思うからこそ、走るのだ。

953名無しさん:2024/08/11(日) 18:36:06 ID:XZZ24kQc0
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人混みを通り抜け、匂いを辿っていく。
多くの料理と人間の匂いに紛れる、愛しい存在を追うのは容易なことではない。
容易ではないが、不可能ではない。
困難は諦める理由にはならない。

走る。
駆ける。
奔走する。
疾走する。

どこかにデレシアがいる。
それが分かるだけで、全力で走るには十分な理由になる。
か細い糸を追うように。
ブーンは僅かな希望を追い続ける。

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  ヽ  ゝ‐‐ニ`ー-....,,,,_     .``' z;;;;;;;;;;;;;;;;;_,,.、丶´
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954名無しさん:2024/08/11(日) 18:36:34 ID:XZZ24kQc0
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日が暮れ、空が黄昏色に染まる。
やがてホールバイトを一周し、より強く彼女を感じる場所へと辿り着く。
息は上がり、喉の奥から血の匂いがする。
足は疲労と乳酸でまともに動かない。

歩く以上の速度で動くことが出来ない。
ホールバイトの南端。
奇しくもブーンがディを停めた場所と真逆の方角に位置する、もう一つの入り口。
臨時駐車場には溢れるほどの量の車両が押し寄せ、ヘッドライトが星のようにきらめいている。

濃紺に染まりつつある空の下、ブーンは視線を周囲に巡らせる。
人の姿は濃い影にしか見えない。
表情も人相も、全て闇の中に溶け込んでいる。
気が付けば、ブーンは人混みの中に立ち尽くす形になっていた。

自分よりも背丈のある人に囲まれ、視覚情報は人影に占領される。
話し声や音楽、時折聞こえるクラクションがうるさい。

(∪;´ω`)

前夜祭が始まることをアナウンスが告げ、盛り上がりが最高潮に達する。
音楽がひと際大きく鳴り響く。
花火が打ち上がり、悲鳴に似た歓声があちらこちらで上がる。
音は、判断材料にならなくなった。

955名無しさん:2024/08/11(日) 18:36:55 ID:XZZ24kQc0
匂いもダメだった。
食べ物の匂いと人の体臭が周囲に充満し、デレシアの匂いを探し出せなくなっている。
だがこの辺りにいる予感はするのだ。
確信めいた予感の根拠は何もない。

それでも、デレシアが近くにいる気がするのだ。
頭上で花開く鮮やかな花火。
熱狂する人々の声、音楽。
混沌の中でも、ブーンは一歩を踏み出すだけの気概を失わずにいた。

視覚。
聴覚。
嗅覚。
そのいずれも使えない。

進む先に何があるのかも分からない。
進んだ先で何が待っているかも想像できない。
しかし。
進むしか、道はないのだ。

956名無しさん:2024/08/11(日) 18:38:20 ID:XZZ24kQc0
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人混みを抜け、広大な駐車場の先に広がる荒野が視界いっぱいに広がる頃。
太陽は地平線の彼方に沈み、濃いオレンジ色が今まさに消えようとしている中。
青白い月が世界に夜の到来を優しく告げる時間。
一台のバイクに背を預けた女性が、夕日を眺めているのを見つけた。

957名無しさん:2024/08/11(日) 18:38:44 ID:XZZ24kQc0
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958名無しさん:2024/08/11(日) 18:39:28 ID:XZZ24kQc0
あどけなさと大人の片鱗を漂わせる少年の顔に、喜びの感情が十分すぎるほどに満ちてゆく。
ブーンは、彼女へとゆっくりと歩み寄る。
想い続けた彼女を、見紛うはずがない。
彼女の甘い香りを、その存在を間違えるはずがない。

歩みは小走りに。
小走りは、全力疾走へと変わる。
こちらの跫音に気づいた彼女がフードを降ろし、嬉しそうに言った。

ζ(^ー^*ζ「久しぶりね、ブーン」

(∪*´ω`)゛「お久しぶりです、デレシアさん」

デレシアの前で立ち止まり、ブーンは彼女を見上げる。
蒼穹の色の瞳と、優しい黄金の色をした波打つ髪。
声は柔らかく、笑顔は今にも溶けてしまいそうなほど。

(∪*´ω`)「ディはデレシアさんがいるって知ってたの?」

(#゚;;-゚)『途中で知ったんです。
    インカムさえあれば、私に声は届きますから』

(∪*´ω`)「おー!」

(#゚;;-゚)『それに、見届けたいこともありましたので。
    乙女同士の約束は、いつの時代も秘密に満ちているのですよ』

その言葉を肯定し、かつ友人同士で共有する秘密を楽しむ様に、デレシアがディにウィンクをする。
どうやら、ブーンの知らないところで何かしらの話があったようだ。
だがそれは些事だ。
今は、デレシアが目の前にいるという事実だけが重要なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「どう? あれから宿題は進んだ?」

(∪*´ω`)゛

ブーンは頷く。
まだ完全ではない。
不完全だが、分かったことがある。
“愛”とは何か。

その片鱗を伝える手段を、ブーンは今ようやく理解したのだ。
デレシアがブーン視線を合わせたまま、問いかける。

ζ(゚ー゚*ζ「教えてくれる?」

959名無しさん:2024/08/11(日) 18:39:56 ID:XZZ24kQc0
ゆっくりとデレシアが屈み、二人の目線が同じ高さになる。
何度も見上げたその瞳。
正面から見つめて改めて分かったのは、その瞳の美しさ。
その瞳を見つめるだけで、ブーンの胸には熱い感情が湧き上がってくる。

空の青さに夏を感じ、風の冷たさで秋と冬の到来を覚え、小さな芽吹きに春を思い出すように。
当たり前のように胸から湧き出る感情は、決して焦ることのないもの。
感情が思考を置き去りにし、体を動かす。
後はただ、衝動に身を任せるだけ。

960名無しさん:2024/08/11(日) 18:42:30 ID:XZZ24kQc0
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                           あの日
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                             ┃
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                           ノパー゚)
無償の温もりを与えてくれたヒート・オロラ・レッドウィングがいたから、ブーンは愛の存在を疑うことはなかった。

961名無しさん:2024/08/11(日) 18:42:51 ID:XZZ24kQc0
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                           ('、`*川
未来へ導く道を教えてくれたペニサス・ノースフェイスと出会えたから、ブーンは愛という物が存在することを知った。

962名無しさん:2024/08/11(日) 18:43:15 ID:XZZ24kQc0
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                           (,,゚Д゚)
同じ師を持つギコ・カスケードレンジの生き様が、受け継いだ意思に宿る別の感情を教えてくれた。

963名無しさん:2024/08/11(日) 18:43:39 ID:XZZ24kQc0
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                            (゚、゚トソン
命を救ってくれたトソン・エディ・バウアーがいたからこそ、他人を助ける行為に秘められた物を知ることが出来た。

964名無しさん:2024/08/11(日) 18:44:00 ID:XZZ24kQc0
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                           ミセ*゚ー゚)リ
初めての友達となったミセリ・エクスプローラーがいてくれたから、友情という尊いものを得ることが出来た。

965名無しさん:2024/08/11(日) 18:44:23 ID:XZZ24kQc0
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                           ¥・∀・¥
金の正しい使い方を見せつけたリッチー・マニーがいなければ、金はただの無機質な力の一つでしかなかった。

966名無しさん:2024/08/11(日) 18:44:44 ID:XZZ24kQc0
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                          ( ФωФ)
義を教えてくれたロマネスク・O・スモークジャンパーがいたからこそ、人が生きる上で忘れてはならないことを知った。

967名無しさん:2024/08/11(日) 18:45:24 ID:XZZ24kQc0
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                           リi、゚ー ゚イ`!
武を手ほどきしてくれたロウガ・ウォルフスキンがいなければ、ブーンは自分の身を護ることも、誰かを守ることも出来なかった。

968名無しさん:2024/08/11(日) 18:46:10 ID:XZZ24kQc0
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                         ミ,,゚Д゚彡从´ヮ`从ト
家族を想う気持ちをフサ・エクスプローラーとチハル・ランバージャックがいて初めて、ブーンは家族という物の姿を知ることが出来た。

969名無しさん:2024/08/11(日) 18:46:31 ID:XZZ24kQc0
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                           (`・ω・´)
戦場の中でシャキン・ラルフローレンが教えてくれたことが、戦いの中でも変わらない人間の本質を見るだけの力を与えてくれた。

970名無しさん:2024/08/11(日) 18:47:00 ID:XZZ24kQc0
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                            (=゚д゚)
己の正義を貫き通す姿を見せたトラギコ・マウンテンライトの存在が、この世界には善悪を超越した物があるのだと信じさせてくれる。

971名無しさん:2024/08/11(日) 18:47:21 ID:XZZ24kQc0
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                            (#゚;;-゚)
友情に垣根はない事を教えたディがいてくれたから、ブーンは孤独に押し潰されずに旅を続けることが出来た。

972名無しさん:2024/08/11(日) 18:47:44 ID:XZZ24kQc0
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                          ζ(゚ー゚*ζ
そして、地獄の底から救ってくれたデレシアがいなければ、今の自分は存在していなかった。

                             |
                             ¦
                                  !
これまでの旅で出会った全ての人間がブーンに見せ、伝え、教えたこと。
その全ての根底にあるものこそが――

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973名無しさん:2024/08/11(日) 18:48:26 ID:XZZ24kQc0
ブーンはデレシアの首元に手を回し、抱きしめた。
静かに。
確かに。
ゆっくりと、そして、伝えたいことを胸に秘めて。

――愛とは。
言葉でも、文字でも。
行動でも、感情でも。
ましてや、目に見える何かでもない。

ただ、愛としか言い難い何かの事なのだ。
それ以上もなければ、それ以下でもない。
恋でもなければ、依存でもなければ、崇拝の類でもない。
どれだけの時間を経ても色褪せず、減退しない何か。

人を導き、人を強くもする。
人を惑わし、人を弱くもする。
人を誑かし、人を狂わせもする。
人を鼓舞し、人を前に進めもする。

人を導き、人と人を繋ぐこともする。
争いを産み、争いを収めることもする。
それはあらゆる場所に、時代に、生物に、物質にさえ影響を与える何か。
人はそれを愛と呼び、口にし、追い求める。

これが、今のブーンが辿り着いたペニサスの宿題に対する最善の答えだった。
説明するだけの語彙力のないブーンにとって、伝えるための手段はこれしかない。

(∪*´ω`)ζ(゚ー゚*ζ

デレシアの手が、ブーンの背中に回される。
同じぐらいの力で、優しく抱きしめられた。
それだけで、ブーンにもデレシアの感情が伝わってくる。
情欲でも性欲でもない、甘い痺れを伴う温もりが全身に満ち溢れる。

自惚れではない。
誤解でもない。
断言できる。
この温もりもまた、愛なのだと。

ζ(^ー^*ζ「よくできました」

ブーンを抱きながら、デレシアは嬉しそうにそう言ったのであった。

974名無しさん:2024/08/11(日) 18:49:08 ID:XZZ24kQc0
.












ζ(^ー^*ζ「ご飯にしましょうか」

(∪^ω^)「はい!」





                       /
                       ,



                       ;          i   /
                       ;          | /
                         /             |,/
                      /          }
                  〈              /
                      /\           /
                  /   ヽ __. -―'
                 ,     i |
                            |
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                   ;     .ノ  ;
               i     /   .ノ
               |    ,' `!  /
               |ヽ  , / /     旅はまた、ここから始まる。
               | | /ヽ{  {
                  /lノ| i  `i l
                /    | |   ,}ー'
               _l_   | l   〕
              /    `ヽ. ヽ_}   )
           /        ヽ    ∧
         /⌒`ヽ      ゙  ノ`´
        /     \     |´
      /                 |
     /´ ̄ ̄`ヽ     i   |

975名無しさん:2024/08/11(日) 18:50:25 ID:XZZ24kQc0
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                  これは、愛に満ちた旅の物語













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                                     Ammo→Re!!のようです 完

976名無しさん:2024/08/11(日) 18:52:01 ID:XZZ24kQc0
これにて『Ammo→Re!!のようです』は完結となります。
始まってから12年という月日が流れましたが、確かにこうして終わらせることが出来たのは読者の皆様のご協力のおかげです。
冷静に考えると連載開始した時に生まれた子供は小学6年生になっているんですよね……
そんな中でも、最後まで読んで下さり、応援して下さった皆様には感謝してもしきれません。
連載開始してほどなくして心が折れかけた時、皆さんの声があったから今があります。
本当にありがとうございました。

ブーン系小説に関わってから最も長い時間をかけて書き上げた作品だけに、こうして終わらせられて一安心しています。
今後はひっそりと各キャラクターの過去を別媒体等で書いたりしつつ、やりたかった事をやって過ごそうと思います。
その辺のことはブログやTwitter(新:X)にて報告とかしていく予定です。
ともあれ、この場で絶対に言わないといけないことがあります。

いつも校正してくれたみんな―!!
ありがとー!!
いつもプロレベルの校正してくれたひとー!!
本当にありがとー!!

それではまた、いつかどこかで。

977名無しさん:2024/08/11(日) 21:49:09 ID:GDfjXQBk0
おつ、本当におつ
ブーン系史上最長期間最大文量の作品を完結させたこと、尊敬します
この作品が読めて良かったです
ありがとう

978名無しさん:2024/08/11(日) 22:23:41 ID:JX5OKWJI0
乙!!
完結に立ち会えて最高です!!

979名無しさん:2024/08/12(月) 07:10:49 ID:ruRww4cc0
完結乙!

980名無しさん:2024/08/12(月) 09:30:21 ID:sob1rOzM0
終わってしまった……スピンオフも含めて最高の作品でした
この作品を読ませてくれてありがとう
本当にお疲れ様でした!

981名無しさん:2024/08/12(月) 16:45:55 ID:hQKLtFP20
乙!!
うわああああいつもしょぼくれていたブーンがついに笑ったあああああ!!!!!
それだけでも涙がこみ上げてくる…
旅をしながら今まで出会った人たちと再会するっていいよねぇ
魅力的な登場人物が多く生き残った人もいなくなった人もお気に入りの人達がたくさんいます!!

最後までしつこいとは思いますが、お約束という事で

>>924
ブーンは"に"ディを修理に出すことにした。

ここは"に"が多いですね

>>944
渋滞に"掴"まり

ここは"捕"まりの方がいいかもしれません

長期の連載本当にお疲れ様でした。
こんな素敵な作品に出会えた本当に幸せです。
完結おめでとうございます!!!!

982名無しさん:2024/08/12(月) 16:56:18 ID:rbe3If0k0
>>981
いつもいつも本当にありがとうございました。
そして最後まで結局お世話になりっぱなし……
心からの感謝を申し上げます。

         /             ` 、       感謝するぜ  あなたにしてもらえた
       /          ノノ  ヽ
      ,     ニニ彡'⌒    /`ヽ        これまでの  誤字脱字指摘に
      '   ニミ ニニ彡      〈rう├--ミ
       { { ニミ } j j jノx'ィイく  }し{\   `丶、___/ニニニ
      j_ニニミV ハレノ x<⌒ヽ  V ヘ  \    \ニニニニニニニ
      {xミミー'ヾ(、ル( 厶tァァく⌒ヾ}  )ハ::::::.    \ニニニニニニ
     彡ィ'">tァ} \(`ニ彡 ノ` /ト=く   ::::::i     \ニニニニニニ
     (   V^`こ7  _, \``ヾヽ` ノ|`ヽ ヽ l:::::|       \ニニニニニ
         ∧  { '  ` ノ^ヽ    { ノ     !:::::|   ___ノ^ヽニニニニニニ
      /.::::\ゝヽ. _ノヽ``ヽ, -――- 、 /:::::/ /      ̄`ヽニニニニニ
     /.::::::::::::::::>'"ノルハヽ`/ -―- 、⌒V::::::/.// j___ノ、  ヽニニニニニ
  /ニニ、`ヽ`ヾヘ{ {、ムイ 、_(   >  \/ (__ ノニニニ     \ニニニニ
 ,仁ニニニ\ヽヽヽ ∨   /ニニ>彡>--')__ ノ    `ヽニ     \ニニニ二
 ニニニニニニヽ   /     {ニニ> ´ `¨¨´         ニ}      \>''"´
 ニニニニニニニニ/     ∨ /               }八
 ニニニニニニニ./        }ニ{                ノニヽ     ノ
 ニニニニニニニ/       }ニハ               /⌒ヽヽヽ ___彡
 ニニニニニニニ!        ノニニヽ、            /     ` ー=彡'ニニニニニ
 ニニニニニニニ}          ⌒`丶、     /⌒ヽ  ノ     ノ_____
  / ̄ ̄ ̄`ヽ/ヽ、 _彡ヘ{ {        > 、 /     /  ̄ ̄ ̄
     ) 、    /   ヾ、    ヽ ヽ      (    `{    /
 // ⌒ヽ  /    〃 トミ  ___ >--‐=、   ヽ _ノ
  {       /    //     /         \__ノ

983名無しさん:2024/08/12(月) 23:17:34 ID:dCHsVmmM0
ほんっと乙
ハッピーエンドで終わってほんとよかった
ところで最終決戦でビロードって出てきてたっけ?

984名無しさん:2024/08/12(月) 23:35:54 ID:rbe3If0k0
>>983
良くお気づきになりました。
彼は最終決戦に姿を出しておりませんが、その後についてはティンバーランドの残党ということで遠回しに存在が匂わされています。

985名無しさん:2024/08/16(金) 13:54:09 ID:zphZRDpQ0
完結乙です!
歯車の頃から大好きでずっと追いかけていました。
壮大な物語の完結を見ることが出来て幸せです。
本当にお疲れ様でした。
素晴らしい作品をありがとうございます。

986名無しさん:2024/08/20(火) 05:12:54 ID:f6PNlfbg0
おつ!
素敵な完結を観ることができてとても幸せです!
本当にありがとうございました!

987名無しさん:2024/08/25(日) 22:06:10 ID:3yoBdm.g0
久々に見に来たら完結してた 乙 強化外骨格に対してデレシタが強化"内"骨格なのは痺れるね
また一から読み返してくるかあ

988名無しさん:2024/09/21(土) 09:48:01 ID:vI73hRVE0
遅くなったが本当に乙
このボリュームの作品を完結させられるの本当に凄い
自分が好きだったトラギコアサピーシナーが生きててよかったシナー大出世してるし
ところでキャラエピソードは別媒体ってファイナル板以外での投稿ってこと?

989名無しさん:2024/09/21(土) 19:42:37 ID:TPOPaFdk0
>>988
別媒体としての候補はひとまずKindleなどを考えております。

なお、現在はペニサスのスピンオフをゲーム化してDMMで配信中です(宣伝)

990名無しさん:2024/10/11(金) 23:36:40 ID:j5obufMU0
乙!!!!!!!!!!!!!

991名無しさん:2025/06/22(日) 22:31:02 ID:8izIhYHM0
時事ネタでアモーレで見た兵器見るとうおぉ…てなる


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