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2015
1
:
春日宮
:2015/04/16(木) 03:37:18
這い上がる塗炭で独りごつ記す 俵五俵を背負う女神よ
自分の計算もあったのだが、ある時ある宗教法人の団体の研修会に参加した。その講座にて、俵五俵だったかを女性三人が背負っているスライドがあったのである。「女性は昔から強い・・」とおっしゃっていたか・・。まあその団体では一応女性の教主がトップ」という事で以前仏教の雲の上の存在の様なトップとはまた違う感じではあるが、面会の機会・・といっても名を呼ばれるだけの話で、まあ申し込む積もりもなかったが当日の思い付き・・ただバカバカしいけど体験してみよう、と軽く考えたのである。今日、今晩もそうだが昨夜は非常に深い苦しみへと落ちて、何とか一首と思い平仮名を記してはいたが、その女性が重い俵を山程背負っている姿が思い起こされ、教主が女性という事もあり、女神としたのではあろうか。
2
:
春日宮
:2015/04/16(木) 03:38:25
紹介の必要はなし一瞬で気が触れスマホ壊しそうだぞ
八十の歌私の氏名・住所書き送ったことが苦しみの訳
ローマ字の音の明細じゃなく使う平仮名の文字は四十八
八十の歌文字の明細記さずに出来上がりのみ送る先どこ
ゴミ箱の分別として八十の歌誰へ送るか迷う今でも
個人とし言葉と物の芸術は我が物ならず捨て去るのみか
3
:
春日宮
:2015/04/16(木) 03:40:22
夜明け前単車へ乗する新聞が風に倒されひた水浸し
私は二十才位の時、虎ノ門のホテルで働いていたが、薬物の乱用等・・その手の友人から逃げたり、家から逃げる為にと、ホテルのラウンジ・・ワイン・バーだったが辞めて、実家からも逃げる様にして白金の朝日新聞のお店へ住み込み、働き始めたのである。何をやってもそうだったが長続きせず、一年位働いた。初めは自転車で、慣れると単車での配達になった。冬の寒い日や夏の暑い日、風の強い日。ある時嵐の様に雨風が強い日に、単車へと大量の新聞を乗せていたのだが、倒れてしまい水浸しになった。それを見捨てず、ある先輩は必死に直すのを手伝ってくれたのであった。
4
:
20150320
:2015/04/24(金) 18:54:09
20150320
平仮名で話をして整理をつけたはずではあったが、その通りに紹介も少し行い短歌も一首ができた。夜は図書館へと行き、歌を完成させてしまおうとも考えていたが、胸の圧迫感があり、再び何かのチラシを作り始めたり、破ってしまい、何だかよく分からないまま、再び漢字も入れた話をしてみることにした。今日は事務所の方が訪問に見えるとのことで、私は眠っていたが無事迎え、済ますことが出来た。そしてもう一つの出来上がった器をさも忘れてしまったかのように、とある場所に箱に収め、紙袋に入れて置いてきたのである。この二つ以外には、土手での万葉の読み上げだとか、図書館での後ろの段の完成であるとか、考えてもいたのだが、多分昨日のチラシ作りとその破棄、長々とした昔話、この影響であろう今もまったりと調子が思わしくないのである。昨日はこうして話をして考えることが必要で、チラシには問題が無かったのかもしれない。図書館での勉強は古事記や古事記伝が中心で、字統や字訓など使う物はそれほど違いはないのである。自分の名前があった頃は、桜隊や言霊学をざっと見る程度ではあったのだが、今その歌作りが学びの中心であり、コトタマの方は誰か仲間を見つけて、遣れればいいなと考えていた。百神を紹介して、アクセスの数を楽しむよりも、その方が自分で起こして好きなように・・輪読・・会報がウェブのサイトにあるので、それを輪読・・すれば一月は掛けて自分は深くそれを知ろうとするであろう。これだけは、テキストや団体の質の違いで、宗教が入ると自由な発想が遮られる、そして短歌でもなく俳句でもなく、古典でもなく、純粋にテキストを言霊の会や百神のものを使えば、何だか面白そうだと思ったのである。それで昨日チラシを百枚ばかり作り・・その後体調を崩し破り捨ててしまったのだが、その時にこうして自分の内で考えて置くべきだったのである。長い目でみれば、完全に心の拠り所には思えない宗教や趣味・・短歌だけとかに制限されたものを極める・・それはそれであり、それとは明確に分けてやろうと思うのである。だからまた懲りずに、チラシを作ってみようか・・と今思う、内容は昨日と同じでよろし。
5
:
名無しさん
:2015/05/03(日) 11:57:13
矢張り振り返ることは、どうしても必要で表に出しても、構わないであろう。内々で書き記したり、独り言をしてもとても・・何だかわからない。だから今回問題であると思われる地点から、今に至るまでを振り返る。この間お寺に時間潰しと、声でも出したいそのような軽い気持ちで行ったのだが、たまたま行事にも参加して、大きな声・・を出すのが気持ちよくも思えた・・がしかし、本尊は破り捨て、二度と参るまいと決めていた・・気持ち上、全く他人のような風を装い・・参加して話を聞いて、五分の内容が変わり、920・387となったのであり、また振り仮名は付けないで、その日の内に自分の住所と名前を記し、三通は投函したのである。その何処に問題があるか。先ず五分は、南無ではなくそれ以前の日付でやり、春日はその中に入れ込むことである。そう、私はその日何時間か池袋で時間に余裕があり、うっかり参詣してしまったが、それは止めることだ。加えて紹介も止めること。もう何の縁もない、寿量品だけなのである。だからその五分全体を戻して、紹介は止めることだ。こちらの奉納は、昨日の神前の能の様に、自分個人の名前は避けるべきであろう。が歌の方は、個人に対して謹呈される、名前あるからこそやる気にも成るのであるから、自分の名前を記すことだ。ウェブでは統べて辻としてメールアドレスも添えた状態で、発言・・昨夜は急にコメントをしだしたのであるが、独り言で十分足りるであろうから、コメントは必要なかろう。とにかく今日は、歌の方を完成させて、個人へ謹呈をする、紹介はしない、そこまでをとにかく終わらせるのである。それ以外のことは、その後にまた考えればいいであろうとその様に思う。自分の 名前で個人に対してやその歌を送ることである。
6
:
春日
:2015/05/20(水) 02:12:13
独り居間 モルタル壁と 天井と
柱すき差す かすかなるもの
自分が座禅を始めたのは、十年以上
前で団体生活をしている頃だった。少
しして独り暮らしになり、その座禅と
いうものを独り室内で続けていた
ある夜の事である。すごく未練の残
る形で別れた女性が居て、私は
座禅しながら、オーバーな言い方だが
まさにその女性と向き合っていたので
ある。もちろん現実には私は室内に
一人で居て、相手は外国で知り合っ
た方で何年か前に別れた切りで
あり、多分別々に別々の場所
で生きている・・のは明白なのである
が例えば恋でも何でも好きな人が
頭から離れないとか・・何故か
心に浮かんで来る。というのを越
えて私自身のその独り善がり?な
座禅の力もあってか、相手の存在感
は強く手を伸ばせば触れる事が
可能とも思える程だったのである。
それを昨日位から、ある人を思い
出す事によって思い出した。この何
日かでずい分と心身が安定してき
て、幸せ妄想のような事をついつい
考えてしまうのであるが、その思い
をさえぎる形で年令・・社会的立
場とか、信念とか<絶対に駄目
であろう>と強く思い込もうとする自
分も居る。しかし、何となく宛には
しないまでも、夢をみる何かを、楽
しい事を心に描くのは気持ちが良い
もので、それはいつか終わりが来る
のではあろうが、今この時はそれで
良いだろう。しかし安定が続くような
ら現実的なものとして、夢として
だけでなく、心に描くものを
近づけていくような気持ちは失
いたくないものではある。と考えな
がら、数年前気に止まった女性
軒並みにアプローチして失敗・・自
分は一人前ではないと・・なれない
とへこんだままの気持ちが残る
のも確かだし、そういう色恋事と
は一線画して諦めの境地で
日々をやり過ごす・・・そんな事をも
思う。が夢は抱えながらも、今の
安定感をしっかり保ってゆく
事、それをやってゆくことだろう。
7
:
名無しさん
:2015/05/27(水) 23:33:35
パンティーをはかせたままに足広げしわの一筋指でなぞりて
母と月に一度、健康ランドへ行くように一応なっていて理由の解らぬ不調を抱えつつも、<体を休めよう>と最近ずっとこればかりで・・運動不足なのだが、昼食をしてのんびりと湯につかったのであった。その後、母がパートをして働いているうちは・・ということで、マッサージに行かせてもらっていて、大体私はタイ・マッサージの60分三千円に行くのである。そういえば、月一度という訳ではなく久し振りであったろうか、以前から目を付けていたマッサージの店へとその後行ったのである。そのタイ古式マッサージだが江戸川区の小岩には、実に数多くあって大体が知る限りマッサージするだけの店なのだが、まあ売春・・があったとかで一度事件にもなっていた。それで母と<いかがわしい>マッサージとか、ぼったくりの店の話になった時に、値段が明記されていて余程バカではない限り、江戸川区でぼったくられる、何て事はないと話し伝えた。そして昔二十台の時に新宿の歌舞伎町で、ぼったぅられた体験談の話をした。私が虎ノ門のホテルの宴会で、働いていた時に、静岡にも同系列のホテルがあってそこから研修に来ていた方々が、いたのであるがその内の女性の一人と非常に親しくなった。それで二人で新宿のカラオケへ行ったら店が多分問題だったのだと思うが、何万円と請求されたのであった。母にその話をして、湯につかったり、リラックスルームで横になったりしながら思い出したのは、その相手の女性とのやり取りであり、非常に痛い思い出だった。カラオケの後、ホテルへと行って彼女と一夜を共にするのであるが、そのロマンスに欠けたさま・・まだその頃は薬の乱用以前の時だが、覚えているのは自分の下着が先ず血だらけだった事、私はずっと<ぢ>をわずらっていた。かなりひどいもので、肛門の内側の肉が外へと出て、血が出てきてしまうのであった。今は手術して直ってはいる。それとそれ以前にもあったが、仮性包茎で酒を飲んでいたし、いざ彼女をベッドの上に置いても、出来なかった。彼女はショーツを、下着を付けたまま目をとじて、黙っていて私は彼女の女性の部分のその、ショーツの上から触れた覚えがある。まあ記憶は嫌な事だけを覚えている傾向があるから、全部が全部ダメだったとは思わないけれど、もっとロマンチック出来ないものかな・・と思う。そういう性の実体験の不器用さは、プロ相手以外では繰り返された。まあアダルト・ビデオの大絶叫とかスポーツ・SEX・・そういうのに見慣れてはいるが、自分が求めているのは今は時間を気にしないような肌の触れ合いなのだと思うのである。まあでも、場合によってはさらっと済ませる事の出来た相手も居たが、今彼女も居ないで、時に千束へ行くと一体四十分で何が出来るか・・と思うのであった。だからこれも相性だと思う。彼女は浜松へ帰ってしまい、手紙が何通も来たが私はその返事は書かずじまいだった。何故だろう。ホテルを出て松戸まで、彼女を見送り、その時彼女と会ったのが最後だった。彼女の初めて見知った時の顔。段々と知り合ってゆくうちの変化。そして別れ際の少し寂しそうな表情。<何で返事呉れないの>と手紙に書いてある。私はバイクに乗って浜松まで行って、そのホテルの近くまで行った。自分がわからず、今もまだよく分からない。その時の行動。一度別れてしまうと、それ切りであって<幸せ>を祈っている、そうきっと幸せに暮らして、自分の事なぞ忘れているだろうと思うのではあった。合掌
8
:
春日宮
:2015/06/26(金) 20:24:27
身だしなみ整へむため鏡見る外に面は見で醜やかなり
先日農業体験に行ったが、土にまみれ一緒に作業をした方々も男性ばかり。ズボンもTシャツも土だらけで、外見なんか・・・何度か神前にお参りをした時以外は気にする事はなかった。とはいっても上着を着る、肌を露出しないという程度のものである。が、東京へ帰って来て、ボウズ頭もどうかと思って短か目スポーツ刈りにしたり、町中は鏡というか店前のガラスにうつる自分をよく見るし、周囲の人々は装っている。私はTシャツに一応、折り畳式のウィンド・ブレーカーを持ち歩く程度のものである。眼鏡も四年間使わなければならないので遠近
両用の物で、デザイン・・・今はレンズが小さい物を掛けている人が多いが、私は本が良く読めるよう、映画も楽に見れるよう、かなり大き目の物を頼んだのではある。そして、遠視と乱視だから基本常に掛けている訳で、軽くて丈夫な物を選んだのだった。まぁそれがかなりオヤジっぽいな、とは思うのである。東京の町中、電車の中を歩いて居たりすると、ボウズ頭で色気のない、装っている人が大半・・・眼鏡で周囲を見ながら歩いているが、人々はそれこそ細かいこだわりをもって服を選んで町へ出ているものだと感心させられる。だから、陶芸教室へ行っても自分が前屈みになり、頭が喝食の様にハゲてきたのを見られるのも、気になったし。お茶室でキャーキャーとした女性達の中、その装いと私は夏服は特に購う事は考えていないので、一年中同じ格好・・・夏外ではTシャツ一枚で、室内では長そでのポロシャツを身に付けるのである。非常に場違いな所に居る事を感じて、途中逃げ出したい気持ちにもなり、やる意味ははっきりいって全く感じない。だから切りの良い時に切り捨てるが良いだろう。そんな事を考えつつ、その時は眼鏡はしていなかったが、今後は常に人前でも掛けておく事にしようと思う。身だしなみを整える、最低限は必要であるが、それ以外鏡なぞ見る必要はない。その意味で、農業体験で土にまみになってヒゲ剃って歯を磨き、一日一回風呂に入る程度の生活は楽だった。
9
:
春日宮
:2015/06/26(金) 20:46:25
脱衣所で踵踏みぬるごきぶりの姿態潰してねばねばの液
記憶というのは不思議なもので、妙な事を覚えている。実家に住んでいたずい分子供の頃、浴室の脱衣所で服を脱いでいたら、足元でゴキブリを踏み付けてしまった。この事は不思議と感覚的にもよく覚えていて、グニャッとガムを裸足で踏み付けた様な感覚にも似ていた。多分弱ったゴキブリだったのであろう。そして足の裏を見ると、白くてネバネバした液体が付いていたのである。
10
:
春日宮
:2015/06/26(金) 22:38:10
小魚のししゃも五匹を一本の串刺し貫きて皿の上に並む
今回、月末と次月頭のお手伝いの後のお茶への参加はそれを一区切りとして考える方が良いかも知れない。所詮私が心残りなのは、若い女性の陰、、、だけであろう。祭の手伝い何かは、以外と面白くもあるが、大半は大勢の女性であり、きらびやかな装いや自分が月謝の大半を踏み倒している引け目もあって、入室するだけで気分が悪くなる。加えて、私が健康になったのはお茶に入室するようになったからですね〜おほほと言わんばかりである。これには腹が煮えくり返ったが、この茶を切って参禅の道、、、を選んだ方が良い。器は個人的に扱うが良いし、仮にあそこで女性と縁が出来たとしても、相手の支配下に強くおかれる事必死であり、それをほのめかすいやらしさは、女性特有のものだ。本人らは気付いてないかも知れぬが・・私は茶道を志している訳ではないし、金持ちのよた話で頭痛してくるのである。
11
:
名無しさん
:2015/07/23(木) 23:48:33
20150617
昨日五分の書に振り仮名を振らずに、自分の氏名と住所にて寺院へ送付した。すると、夜には体調が良くなっていて、ヤソの前の段も組み終え、短歌を幾つか 出来たものを投稿した。後に、同じ場所での発言は止めようと思うに至り、また自分の本名を使い夜中に投稿した。この五分はどうしても、自分の氏名と住所が必要で、でないとポストへ投函した直後に崩れる。また、振り仮名は今回不要とした。相手が正直読めるとは思わないが、そのようにして、安定していた。朝五時には起きて座禅をして、ウェブの資料などを使用し歌まで出来て一応完成した。その後、診察の為に外出した際図書館で著名人一人の宛先をメモし、帰宅してから送付した。一筆添えたが、説明や内容を話すと切りがないと思われ、一言だけお伝えした。今ほど、ヤソの内容を明らかにしようと、ウェブでとも考えたが、止めて、先日確かに一時期好転したが、その後一気に落ちて丸一日動けなくなり、顔におできも出来て今も痕に悩んでいる。器はかなり小さく、また夏で乾燥が早いせいか、完成間近に壊してしまった。考えは多少口にしたり、紙に書いて考えたりした。また、この好転は身近な本を一掃した後のことで、図書館を大いに利用する、せっしんは室内が中心だが、図書館でもっと広範囲に本を開いたらいい。また、それ以外にも病院のデイケアなど、日中は外で出来るだけ過ごすのだ。キーボードを壊し捨てたため、時間はかかるが、一日を振り返るのは、公の独り言がいい気がしている。それと紹介は必要ないからやらないことだ。明日は薬を受け取る。昨日はほとんど寝ていないので、今日はぐっすり眠ろう。
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