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2015

7名無しさん:2015/05/27(水) 23:33:35
パンティーをはかせたままに足広げしわの一筋指でなぞりて

母と月に一度、健康ランドへ行くように一応なっていて理由の解らぬ不調を抱えつつも、<体を休めよう>と最近ずっとこればかりで・・運動不足なのだが、昼食をしてのんびりと湯につかったのであった。その後、母がパートをして働いているうちは・・ということで、マッサージに行かせてもらっていて、大体私はタイ・マッサージの60分三千円に行くのである。そういえば、月一度という訳ではなく久し振りであったろうか、以前から目を付けていたマッサージの店へとその後行ったのである。そのタイ古式マッサージだが江戸川区の小岩には、実に数多くあって大体が知る限りマッサージするだけの店なのだが、まあ売春・・があったとかで一度事件にもなっていた。それで母と<いかがわしい>マッサージとか、ぼったくりの店の話になった時に、値段が明記されていて余程バカではない限り、江戸川区でぼったくられる、何て事はないと話し伝えた。そして昔二十台の時に新宿の歌舞伎町で、ぼったぅられた体験談の話をした。私が虎ノ門のホテルの宴会で、働いていた時に、静岡にも同系列のホテルがあってそこから研修に来ていた方々が、いたのであるがその内の女性の一人と非常に親しくなった。それで二人で新宿のカラオケへ行ったら店が多分問題だったのだと思うが、何万円と請求されたのであった。母にその話をして、湯につかったり、リラックスルームで横になったりしながら思い出したのは、その相手の女性とのやり取りであり、非常に痛い思い出だった。カラオケの後、ホテルへと行って彼女と一夜を共にするのであるが、そのロマンスに欠けたさま・・まだその頃は薬の乱用以前の時だが、覚えているのは自分の下着が先ず血だらけだった事、私はずっと<ぢ>をわずらっていた。かなりひどいもので、肛門の内側の肉が外へと出て、血が出てきてしまうのであった。今は手術して直ってはいる。それとそれ以前にもあったが、仮性包茎で酒を飲んでいたし、いざ彼女をベッドの上に置いても、出来なかった。彼女はショーツを、下着を付けたまま目をとじて、黙っていて私は彼女の女性の部分のその、ショーツの上から触れた覚えがある。まあ記憶は嫌な事だけを覚えている傾向があるから、全部が全部ダメだったとは思わないけれど、もっとロマンチック出来ないものかな・・と思う。そういう性の実体験の不器用さは、プロ相手以外では繰り返された。まあアダルト・ビデオの大絶叫とかスポーツ・SEX・・そういうのに見慣れてはいるが、自分が求めているのは今は時間を気にしないような肌の触れ合いなのだと思うのである。まあでも、場合によってはさらっと済ませる事の出来た相手も居たが、今彼女も居ないで、時に千束へ行くと一体四十分で何が出来るか・・と思うのであった。だからこれも相性だと思う。彼女は浜松へ帰ってしまい、手紙が何通も来たが私はその返事は書かずじまいだった。何故だろう。ホテルを出て松戸まで、彼女を見送り、その時彼女と会ったのが最後だった。彼女の初めて見知った時の顔。段々と知り合ってゆくうちの変化。そして別れ際の少し寂しそうな表情。<何で返事呉れないの>と手紙に書いてある。私はバイクに乗って浜松まで行って、そのホテルの近くまで行った。自分がわからず、今もまだよく分からない。その時の行動。一度別れてしまうと、それ切りであって<幸せ>を祈っている、そうきっと幸せに暮らして、自分の事なぞ忘れているだろうと思うのではあった。合掌


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