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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部
1
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)
9
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:14:18 ID:sufKPwQg0
(´・_ゝ・`)「ああ、それは困る。長年の夢をようやく叶えて、このカフェを作ったというのに。
あ、もうこっち来るの。お店出る前にシャワー浴びてね、汚いから」
( ^ν^)「わかってるっての」
ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けて、厨房入り口の隣にある従業員室の扉を潜った。
デミタスがなにやら語っている声が聞こえてはいたものの、全てを無視して扉を閉めた。声は遠ざかった。
コーヒーの香りはこの従業員室にも染みこんでいる。
細長いテーブルが一つと、背丈ほどのロッカーが二つ。片方は扉が開いており、乱雑な中身を覗くことが出来た。
制服が数着、ロッカー脇のハンガーに掲げられている。ベルトや帽子もハンガーに提げたフックに余すところなく留まっていた。
見えるところは概ね整頓されている。しかし狭い。
その室内が、この店の従業員室の全景であり、ニュッ君にとっては十年見慣れた景色でもあった。
ニュッ君という名は、あだ名である。新入りのニューが、縮んでニュッ君。本名はあるものの、公的機関の手続き以外では主にあだ名で通していた。
とくにその名の考案者であるデミタスはことあるごとにニュッ君の名を呼んでいた。
曇り硝子の貼られた折り戸を潜り、素早く服を脱いでシャワーを浴びて、これまた素早く泥を落とした。
鴉に掴まれた腕や、翼で叩かれた肌は赤くなってこそいたが傷はどこにもない。嘴でつつかれていたらどこか抉られていたかもしれない。
突発的な喧嘩とはいえ、血が一滴も流れなかったのは不幸中の幸いだった。
10
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:15:22 ID:sufKPwQg0
身体を拭いて、制服に着替える。
といってもボーダー柄のYシャツにロゴ入りのエプロンを羽織るだけの簡素なものだ。
ごてごてしい装飾をデミタスもニュッ君も嫌っていた。
(´・_ゝ・`)「どんな豆を選んだんだい」
カウンターにてデミタスに尋ねられ、荷物袋からコーヒー豆の包みを取り出した。
( ^ν^)「あんたなら嗅いだ方が早いだろ」
焙煎された豆が香ばしい香りを放っている。漂うそれが見えるかのように、デミタスが目を輝かせていた。
コーヒーのことは、ニュッ君には詳しくはわからない。
強いていうならば、デミタスが美味しいと言ったものを飲んでいるうちに、とことん味わいの薄いコーヒーが嫌いになった。
飲めないコーヒーが増えたことをデミタスだけが喜んでくれた。
(´・_ゝ・`)「ニュッ君、テーブルを拭いて置いてくれるかい」
( ^ν^)「砂糖や紙ナプキンの補充は?」
(´・_ゝ・`)「気づくことは全部やっておいてよ」
( ^ν^)「雑か」
11
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:16:21 ID:sufKPwQg0
ニュッ君はテーブルをひとつひとつ巡っていった。
テーブル脇のベレー帽のような砂糖瓶に、スプーンで少しずつ砂糖を足していき、凹面で押して均していく。
それが終わるとテーブルを拭いた。ポケットにしまった紙ナプキンを必要ならば取り出して置いた。
何度も手先を動かさなければならない作業を、ニュッ君は自分の勘でてきぱきと進めていった。
秋といえども、動けば身体が熱を発する。
テーブル席を粗方巡り終えたときには額に汗の玉が浮き始めた。
残りはカウンターだけ、と息巻いたところで、呼び鈴に足を止められた。
( ^ν^)「なんだよ、開店前だぞ」
(´・_ゝ・`)「看板が見えていないのかな」
( ^ν^)「迷惑だ。追い返してやる」
(´・_ゝ・`)「まあまあ、もうしばらくで道具の準備が終わるから、それまで待ってもらえば提供できるさ」
( ^ν^)「あんたはコーヒー飲ませたいだけなんだろ」
12
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:17:21 ID:sufKPwQg0
ニュッ君は何度か抵抗を試みたが、デミタスが緩やかにいながらも立場を曲げなかった。
すでに呼び鈴は五回も鳴らされている。派手に舌打ちをしながら、ニュッ君は扉に近づいた。
( ^ν^)「何ですか」
曇り硝子の向こう側に対し、一応は、接客の態度をした。
怪しい奴だったらすぐに追い返す、と心に決めていた。
「お届け物です」
( ^ν^)「は? 客じゃねえの?」
「え、何か売っているんですか、ここ」
( ^ν^)「んだとこの野郎」
上がり框に身を乗り出したニュッ君を、デミタスが「まあまあ」と宥めに入った。
(;´・_ゝ・`)「お店の中も外も、質素を貫いている。勘違いする人も多いから」
渋々、ニュッ君は扉を開いた。
13
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:19:42 ID:sufKPwQg0
「やあ、どうもどうも」
男が立っていた。ニュッ君自身にとっては全くしらない男の人。まだかなり若い。ニュッ君と二つと離れていないだろう。
「さっきは街道で大変そうだったね」
舌打ちを、ニュッ君はまたしてしまう。デミタスが「なに?」と首を出してきた。目がまた輝いて見える。
鴉と喧嘩した経緯を男は語り、デミタスはにやにやしながら頭を掻いた。
(´・_ゝ・`)「なるほど、やっぱり喧嘩していたのか。怪我はなかったかい、ニュッ君」
( ^ν^)「ねえよ」
「ニュッ君、って言うんですか」
(´・_ゝ・`)「そうだよ」
「変わった名前だ」
( ^ν^)「本名じゃないぞ。てめえが勝手にそう呼んでいるだけだろ、デミタス」
(´・_ゝ・`)「この町にいる君の知り合いなら全員に伝わると思うけどな、ところで旅人さん、一応ここは喫茶店なんだけど、注文あるかな」
「あ、コーヒーホットでお願いします」
( ^ν^)「普通に答えるんかい」
(´・_ゝ・`)ゞ「はい了解」
( ^ν^)「おい」
14
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:20:38 ID:sufKPwQg0
コーヒーミルに焙煎豆が注がれて、木挽の音がじりじりと響き渡る。
香りがだんだんと強まっていく中、男はずっとにこやかに座って待っていた。
( ^ν^)「他にご注文は」
水を運びながら、ニュッ君は尋ねた。
客は首を横に振って返した。
「ところで、お届け物のことだけど」
( ^ν^)「あ、そういえば何だったんですかね」
「これ」
広げられた客の掌をニュッ君が覗き込んだ。
中指の付け根のあたりに、指の節に埋もれてしまいそうなほど小さな金色の鍵があった。
「街道に落ちてたよ。君の知っているものかな」
( ^ν^)「……ああ」
鍵を見下ろすニュッ君の目が、わずかに揺れた。
( ^ν^)「落としたのか、そうか」
肯定も否定もしないまま、ニュッ君は俯いて呟いた。
「ずいぶん小さな鍵だけど、小物入れ用かな。何にせよ、鍵がないと困るでしょう」
15
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:21:56 ID:sufKPwQg0
「贈り物かい」
開口一番の一言だ。ニュッ君はわずかに息をのんで、小さく長く吐息を落とした。
( ^ν^)「そうっすね。ずっと昔に別れた母のです」
「それは……悪いことを訊いてしまったかな」
( ^ν^)「え? ああ、んなことないですよ」
ニュッ君は鼻で笑い、唇の端っこをつり上げた。
( ^ν^)「死別とかではないです。首都の教会の入り口に、俺を置いてってトンズラしたんすよ」
ニュッ君が口を閉じ、客も黙った。
気まずい沈黙はしばらく続いた後、コーヒーが出来たよ、とデミタスの声が入った。
「随分と楽しげな声だね」と、客が呟いた。
( ^ν^)「あいつは自分で淹れたコーヒーを人に飲ませたくてしかたないんだよ」
口元に指を当ててニュッ君は控えめに、ぎこちなく笑った。
客は目を伏せ、黙していた。
16
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:22:58 ID:sufKPwQg0
運ばれてきたコーヒーは、淹れ立てということもあり、深い香りをあたりにふりまいていた。
砂糖をミルクの瓶が添えられていて、客は早速スプーンに手を伸ばし、いくつか掬った。水面に落ちた砂糖が砕けてはらはらと散っていった。
客を残して、ニュッ君は残りの仕事にも手をつけた。が、残っていたのはカウンターの掃除程度のもので、すぐに終わった。
開店までは今しばらく時間があった。
「ニュッ君」
( ^ν^)「はいはい。もうその呼び方定着っすか」
ニュッ君が駆け寄ると、客は居住まいを正した。
「君は気にすること無いと言うけれど、さっきは、やっぱりすまなかったと思うんだ」
ニュッ君は軽く面食らった。
( ^ν^)「母親のことっすか」
「そう。あまり深掘りするものではなかった。反省する」
( ^ν^)「そんな、俺が勝手に話をしただけなのに」
「まあ聞いてくれよ。反省の代わりに、君にひとつアドバイスをしたいんだ」
17
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:23:58 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「へえ、なんですか」
わずかに首を傾げながら、ニュッ君は問いかけた。客はこほんと小さく咳を払った。
「どんなに嫌なものであっても、思い出はなるべく大切にしたほうがいいよ」
( ^ν^)「なんだ」
ニュッ君は噴き出すように鼻を鳴らした。
「わかりきったことかい」
( ^ν^)「ありふれていますよ、そんな忠告。オルゴールのことですか」
「うん」
( ^ν^)「俺を捨てた女のものなのに、大切になんてする必要はないでしょう」
「君、そう思っていないだろう」
( ^ν^)「え? なんで」
「だって、本当にその理由で要らないというなら、もっと前にも捨てられたはずじゃないか。壊れるのを待たなくてもよかったはずだ」
18
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:24:59 ID:sufKPwQg0
ニュッ君の笑みが、一瞬歪んだ。への字の形に唇が曲がったと思ったら、また傾いてカモメのようになった。
( ^ν^)「捨てにくかったんですよ、ええ、確かに。
まだ使えるものを無理矢理捨てるなんて気が引けるし。壊れたから吹っ切れたんです。だから捨てた。筋は通っていませんか」
「通っている、でもそれで君は、本当に吹っ切れているかな」
( ^ν^)「さあ、どうだか。あんまり気にしたくなかったんですよね、正直。今の俺には関わりない人のことですし」
ニュッ君は鼻で笑ったが、客はなおも黙りこくっていた。
( ^ν^)「それでも、思い出を大事にって言うんですか」
「うん」
( ^ν^)ゞ「わかんねえなあ」
窓から差し込む陽の光が傾いて、西日が赤く輝き始めた。もうすぐ夕方。お店の開店が迫っている。ニュッ君は立ち上がった。
19
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:25:57 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何はともあれ、ご忠告どうもありがとうございます。伝票はここに置いておきますから、お好きなときにカウンターへどうぞ」
決まり切った言葉を交わし、その場を立ち誘うとする。さっきまで話していたことが、まるで何もかも幻であったかのように、ニュッ君はつとめて形式的でいた。
踵を返すと、デミタスが厨房で料理の仕込みを始めていた。ニュッ君も急ぎめに足を踏み出した。
そのとき、客が喋った。
「記憶が欠けているんだ」
客の口は静かにそう告げた。
「十歳から今までの記憶がすっぽり抜け落ちている。
生まれた場所も、メティスじゃない。もっと東の、ラスティアっていう国だった。今はもう、無くなっているみたいだけどね。
気がついたら今年の春頃、森の中にいた。そこから人の通る道をひたすら歩いて、エリノメという麓町に辿り着いた。
それから日雇いでもできる仕事を探して必死に働いて、行商人に同行して、ようやくこのヘルセまで歩いて来れた。人と話すなんてのも実は久しぶりだよ」
( ^ν^)「冗談っすか?」
「どれもこれも本当だよ」
頭を抱えていた掌を開いて、客は視線を上に飛ばした。そこに何もありはしないが、客はことさらおどけて見せた。
20
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:27:19 ID:sufKPwQg0
「僕の感覚だとほんの二ヶ月前までは小さな子どもだった。今は、309年だそうだね。
ひと月前に目が覚めたとき、僕が覚えている時は303年、十歳の頃までなんだ。
今の僕は十六歳。六年間をどこかで過ごしていたのだろうけど、どこなのか皆目見当がつかない」
客が話し終える間、ニュッ君は振り向いた姿勢のまま固まっていた。
客は特に気にすることも無く言葉を終えて、コーヒーの残りを一気に飲んだ。満足そうな笑みを浮かべた。
「良いことも悪いことも、何も無いって、結構キツいよ。僕が言いたいのはそういうこと」
彼は伝票を持って立ち上がり、ニュッ君を追い越してレジカウンターの前に立った。
ニュッ君は虚を突かれた様子だったが、慌てて小走りにレジに向かった。
( ^ν^)「なあ」
コインを受け取り、お釣りを差し引きしながら、ニュッ君は彼に尋ねた。
( ^ν^)「あんた、名前は」
すると、男は財布から視線を上げた。口角が持ち上がり、零れるほどの笑みを見せてくれた。
( ^ω^)「ブーン・ホライズン。残っている記憶の通りだし、なんとなくしっくりくるし、たぶんこれが本名でいいと思うんだ」
21
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:28:18 ID:sufKPwQg0
お釣りを受け取った彼はにやりと笑って玄関へと向かった。
( ^ω^)「しばらくこの町に滞在するから、時折ここへ寄っても良いかな」
( ^ν^)「……ああ、もちろん」
( ^ω^)「ありがとう。気に入ったよ、ここのコーヒー」
開かれた扉の向こう側、夕暮れの空が、ブーンの身体を赤く照らした。
開店の時は近い。エプロンの帯を締めて、制服をただし、それからニュッ君は、玄関の札を切り替えた。
☆ ☆ ☆
22
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:32:50 ID:sufKPwQg0
夕方から夜遅くまでがロッシュの一日の営業時間だった。
定休日は無し。午前からお昼にかけては、食材を集めたり、新しいコーヒーを探求したり、あるいはお店を離れての雑務で追い立てられている。
何もしていないように見えて実は忙しい。しかしデミタスはいつでもゆったりと行動する。
それはニュッ君にとっては、じっくり目を向けていると苛立ちに見舞われる程度のゆったりさだった。
開店前に立ち寄ったあの日から、ブーンはロッシュによく顔を出すようになった。
来るのはいつも、開店したばかりの時刻か、そのときにこなければ夜の遅くだった。
良い仕事に巡り会えたとブーン本人は言っていたが、何かの制服やスーツを着てきたことはなく、いつでも最初に来たときのようなゆるやかなシャツを羽織っていた。
薄緑やベージュなど、色合いには種類があったが、どれもこれも不思議と淡泊な色だった。
秋の日々が過ぎていった。
青果店の軒先に並ぶ食材の種類も日を追う毎に少なくなった。
枯れ枝から零れた木の葉が山の方からいくつも舞い散り町へ降り注いでいた。
ニュッ君は荷物袋を抱えて町中を進んでいた。袋の数は四つ。肩で背負うにはボリュームがあった。
あたりを警戒しながらも、その足取りは速い。一度も休むことなく郊外まで抜けて、ロッシュの玄関をくぐると、デミタスが目を丸くしていた。
23
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:33:51 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「どうしたんだい、そんなにたくさん買って」
( ^ν^)「めずらしく何にも奪われなかったんだ。奇跡だな」
空からの窃盗が日常茶飯事なこの町で、手荷物が一枚も破かれずに済んだ。それだけでもニュッ君にとって初めての経験だった。
(´・_ゝ・`)「餌を食い飽きたのかねえ」
( ^ν^)「なに侘しげに呟いているんだよ」
デミタスが首を傾げるのを尻目に、ニュッ君は厨房へと上がり込み、食材を冷蔵庫に逐一詰めていった。
と、その途中で動きを止めた。
( ^ν^)「おい」
客席へと顔を戻し、中央のテーブルに堂々と陣取っている男に声をかけた。
( ^ω^)ノシ「どうも」
24
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:34:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何してるんだよ、また開店前に来やがって」
( ^ω^)「今日はすぐ仕事に行かなくちゃだから開店時間に間に合わないかも、って言ったら店長が入れてくれたよ」
ブーンが言い、デミタスが「すまん」と軽く返してくる。普段のニュッ君なら言い返しているところだが、今日は別のことに思考が向いていた。
( ^ν^)「それは」
ブーンの前に置かれていた、小さな楕円の卵形。オルゴールだ。
先日その鍵を、ブーンに拾ってもらったまさにその機械である。
ブーンの指先には、小さなドライバーが握られていた。
テーブルの上には他にネジや錐、やすりや小さな歯車入りの袋もある。
( ^ω^)「時計屋に聞いてみたら、すぐに見せてくれたよ。時間が無くてまだ手をつけられずにいたらしい」
( ^ν^)「買ったのか、わざわざ」
( ^ω^)「うん」
25
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:35:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「物好きな奴だな。出来るのかよ」
( ^ω^)「こう見えて機械いじりは得意なんだ」
ブーンは腕を曲げて筋肉を強調した。機械いじりとおよそ関係の無い部位である。
ニュッ君は口をもごもご動かして、結局「ふん」とそっぽを向いた。
ネジと金属の擦れ会う音と、コーヒーの煮える音とが行き交い、お店の中を満たしていった。ニ
ュッ君はブーンの方を何度か見ながら、手早く開店の準備を進めた。
いつものごとくテーブルを拭き、床を磨き、メニュー表を整えて、一息ついてまたブーンを見た
。まだ作業の途中であり、難航しているのか、彼の額には汗の玉ができていた。
( ^ν^)「何か食べるか」
気まぐれに尋ねたニュッ君に、ブーンは目を見開いた。
( ^ω^)「くれるのかい」
( ^ν^)「ただじゃねえよ、買えよな」
( ^ω^)「それはもちろん。ありがたい。君は料理が出来るんだね」
26
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:36:52 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「デミタスはコーヒーしか作れない、それ以外は俺が担当。何にするよ、メニューにあるものならすぐできるぜ」
( ^ω^)「メニュー、か。パスタはある?」
( ^ν^)「ある。好きなのか」
( ^ω^)「故郷の料理だよ。小さい頃はそればっかり食べさせられていた。十歳の頃には既にね」
種類はお任せで、とブーンが言う物だから、ニュッ君は勇んで厨房へと向かった。
デミタスが物欲しそうに見つめてきた物だから、ニュッ君は買ってきたばかりの乾燥パスタを二束取り出した。
水を張った鍋に入れてかき混ぜる。ものの数分で膨らんだパスタを掻き上げて皿に盛る。
そのあとのトッピングに、ケチャップをふんだんに使った。
赤い色合いが馴染んだパスタをまっさらな皿に盛り付け、仕上げにパセリを真ん中に載せた。
( ^ω^)「これは?」
差し出された料理を前にして、ブーンは作業の手を止めた。
( ^ν^)「パスタだ。冷めないうちに食べな」
27
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:37:50 ID:sufKPwQg0
(;^ω^)「ケチャップと和えるなんて初めて見たよ……」
( ^ν^)「あれ、そうなのか? でもコーヒーとよく合うんだぜ。食べてみろって」
珍しくニュッ君の方から急かされて、ブーンは当惑しながらフォークに手を伸ばした。くるくるとまとめ上げたパスタを口に含んで、静かに噛んだ。
音を立てずに見つめているニュッ君に、ブーンはゆっくり顔を向けた。
(*^ω^)「いいかも」
( ^ν^)「だろ?」
デミタスのコーヒーも淹れ終わり、ニュッ君とブーンとで三人で飲み合った。
いつしかそれが、喫茶店ロッシュの開店前の習慣になっていた。
28
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:38:57 ID:sufKPwQg0
☆ ☆ ☆
深まった秋が足早に去って行く。
虫のさざめくとある夜、ロッシュの店内は賑やかだった。
ただし決して居心地の良くない騒々しさでだ。
「商売あがったりでよー」
客の一人が、大声を上げて叫んでいる。隣のテーブルどころか店中の客がその声を聞いていたはずだ。
ボリュームもかなりのものだったが、止めに入る声は無かった。
その客には翼が生えていた。一際大きな鴉の魔人だ。四方のテーブルも全て彼の仲間の魔人たちで埋まっていた。
大鴉たちは日が暮れるとともにやってきた。
苛立った様子を隠しもせず、仲間を数人引き連れての来訪に、デミタスはもちろんニュッ君も固い表情で応対した。
コーヒーはちゃんと頼んでくれたのでニュッ君は文句も言わずに黙っていたが、そのあとも騒々しい態度を続けていたのにはさすがに腹を立てそうになった。
デミタスが腕を握って宥めてくれなかったら、ニュッ君はとっくに抗議していたかもしれない。
魔人は獣の血が流れている分、人よりも筋力が発達している。純粋な力勝負だと勝てる見込みは薄い。だから、周りにいる人間の客たちは誰も鴉を咎めようとしない。
鴉たちは岩山に住んでいる。人は町に住んでいる。それがこのヘルセの町の大原則だった。
棲み分けがなされているからこそ誰も傷つかずに住んでいる。今日みたいに、人のいる町のしがない喫茶店に鴉たちが訪れてくるのは珍しかった。
29
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:39:52 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「で、結局彼らはここで何をしているんだ」
厨房に引っ込んでいたデミタスが、青い顔をして尋ねると、ニュッ君は溜息交じりに口を開いた。
( ^ν^)「隠語使ってごまかしているけど、ようは宝石商みたいだ」
(;´・_ゝ・`)「宝石……岩山の?」
( ^ν^)「いや、多分人から盗るんだ。で、それをまとめて別の人に流している。そっちはきっと人間。そういう商売をしているんだよ」
ロッシュは町の中心部から外れた場所にある。こぢんまりとした店内は隠れるのにうってつけらしく、怪しげな客もたまには来ていた。
そのような人たちが陣取っている間、他の客は逃げる。今日も、常連が何人も入り口で回れ右をしているのが見えた。
「どうも邪魔が入っているように思える。心当たりはあるかよ、お前ら」
一際大柄で、一際嘴が鋭い鴉があたりを見回した。傷だらけの身体から醸し出される威圧感を隠しもせずに発散している。
周りにいる鴉たちは身を震わせていた。
「近頃警備が強力になったみたいで、なかなか獲物があがらないみたいですよ」
震える声で提唱された説明は、「知っている」の一言で蹴破られた。
30
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:40:53 ID:sufKPwQg0
「この町もいよいよダメかも知れないですね」と、別の鴉が嘆息を零した。
「狙い目ではあったけど、こう警戒されると立つ瀬が無いです」
「そう簡単に逃げられるか。光り物さえ集めれば売れるんだ。こんな楽な仕事他にあるまい。諦める前に現状を直そう」
「綺麗事を言うなよ。他の土地のが上手くいくって」
鴉たちがわめきだし、嘴を鳴らして舌鋒を鋭くした。ばたつかせる翼から羽根がいくつも落ち、散乱した。
( ^ν^)「猛禽どもが」
立ち上がろうとするニュッ君を、またデミタスが握りしめておさえた。
(;´・_ゝ・`)「耐えろ」
( ^ν^)「でも床が汚れる」
(;´・_ゝ・`)「ここで喧嘩されたらかなわないよ」
31
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:41:52 ID:sufKPwQg0
「ウェイター!」
唐突に呼ばれて、ニュッ君は返事をした。
一際大きなあの鴉が、指を折り曲げてニュッ君を招いていた。
「なんだこれは」
駆け寄ったニュッ君に対して、冷たく言った。指先はテーブルの皿に向けられていた。
いつの日かブーンに提供した、オリジナルの、コーヒーによく合うケチャップ入りのパスタ。
「俺は淡泊な味が好みなんだ」
皿が、翼に押されて端に押しやられた。
「作り直せよ」
( ^ν^)「……」
32
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:42:51 ID:sufKPwQg0
「ん、どうした。返事は」
( ^ν^)「代金は」
「払わねえよ」
鴉はふんぞり返って口を尖らせた。
「当然だろ。一度払っているんだから」
( ^ν^)「追加の注文なので代金が要ります」
「そっちの料理が口に合わなかったから作り直せって言っているんだよ。なんだてめえ、言い訳する気か」
( ^ν^)「……」
「おい」
( ^ν^)「失礼、もう半分ほど召し上がっているように見えますが」
「一口だけだ」
鴉は喚いた。
ニュッ君はあからさまに大きな溜息をついた。
33
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:43:50 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「わかりました。作り直します」
テーブルの端に半分だけ乗っていた皿をつかまえて、脇に抱えた。
鴉は鼻を鳴らして、仲間に目を向けた。もうニュッ君の方を見ていなかった。
ニュッ君はその場を離れようとした。
が、そのとき。
「な、上手くいくだろ」
と声を聞いた。
ニュッ君の顔が強張って、ふたたび振り返った。
( ^ν^)「なんのことっすか」
「え?」
( ^ν^)「上手くいくとは」
「ああ、こっちの話だよ」
34
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:44:51 ID:sufKPwQg0
にたにたと、笑みを浮かべる鴉。
よく見れば、周りの鴉も同じように、粘りけのある笑みでニュッ君を見つめている。
みながいっせいにニュッ君を見ていた。静けさがあたりを包み込んだ。
( ^ν^)「やっぱり食ったんだよな」
接客向けの丁寧な態度は、この言葉で綺麗に洗い流された。
「さあ、なんのことだ、か」
鴉の声が途切れる。
ニュッ君がその胸ぐらを握っていた。
( ^ν^)「半分食ったんだろ、なあ、おい」
持ち上げようとして、上手くいかず、服の皺ばかりが幾重にも続いている。
周りの鴉たちが一斉にどよめいた。人はもちろん尻込みしている。デミタスもだ。
渦中のニュッ君と、大鴉だけが微動だにせず張り詰めていた。
「なんだよ」
( ^ν^)「食ったんだから代金を払え。それが客の責任だろ」
「あんなぼんくらな料理、金を出すだけありがたいと思ってもらいたいね」
35
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:46:33 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「んだと、この野郎」
ニュッ君の拳が赤くなる。持ち上げようとして、それができず、鴉ののど元で震えている。服の皺はなおも刻まれている。
鴉の顔には粘っこい笑みが残っていた。
「せっかく不問にしてやっているのに、逃げねえとは馬鹿だな」
鴉の掌が、ニュッ君の腕を握り、力が籠もった。
(;^ν^)「いっ!」
ニュッ君の顔が歪む。
震えていた拳が開き、その隙に鴉が身をひいた。
今度はニュッ君が握られる番となっている。痛みに歪んだ顔のまま、離れることも出来ず、目だけで必死に鴉と相対していた。
(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」
デミタスが叫んだ。
店内はとうに静かだ。その呼び声はよく聞こえた。だが、誰も反応しなかった。
36
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:48:14 ID:sufKPwQg0
「ちょうどいい。こっちはむしゃくしゃしてるんだ。お前何かで埋め合わせろよ」
(;^ν^)「何かって、何だよ」
「物ならなんでもいいぜ。ルートはいくつもあるんだ。どんなゴミくずでもいい。
金属部分があれば溶かして資源にできる。木材も切り刻めば紙の原料になる。それ以外の形ある物、全部何かしらに役に立つんだよ」
だからさ、と続けたところで、ニュッ君が地面を蹴った。
鴉の嘴に、ニュッ君が頭を突っ込んだ。
鴉の言葉が止まり、目も白黒し、周りの人たちが唖然とする。
(;^ν^)「けっ」
逃げられない姿勢のまま、ニュッ君は大きく舌打ちをした。
「……こいつ」
目を瞬かせた鴉が、ニュッ君を見下ろした。
もう笑ってはいなかった。その代わり、腕が赤くなる。ニュッ君の顔が痛みを訴える。
「今自分が何をしたのか、わかってるのか」
鴉は一層目を見開いて、ニュッ君の眼前に立ち塞がった。
37
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:49:37 ID:sufKPwQg0
「辺境とはいえ、メティスなんだろ。俺たち神の使いじゃなかったのかよ」
大鴉は鋭い嘴を何度も叩いたが、ニュッ君は黙っていた。
目は見開いて、顔は赤らんで、目元が潤んで、それでもなおも鴉を睨み付けている。
「しかたねえな」と鴉がぼやいた。
息を吸い込み、腕を持ち上げる。
ぎりぎりと音が誰の耳にも聞こえた気がした。
そのとき、空気を切り裂く音がした。
「なっ」
( ^ν^)「え?」
何が起きたのか、咄嗟に把握できた者はその場に皆無だった。
気がついたら、床には羽根が散らばっていた。
ニュッ君を握っていた男の手は離れていて、その男は肌色を覗かせていた。
羽毛はほとんどなくなっている。
38
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:50:34 ID:sufKPwQg0
( ω )「彼の料理は美味しいよ」
鴉の背後から、揺らめくように影が現れた。
風変わりな旅人の影。
( ^ω^)「コーヒーにも合うし、お金を払う価値は十分あると思うな」
( ^ν^)「ブーン……」
荒く息を吐いていたニュッ君を見ると、ブーンは微かに舌を出し、すぐ引っ込めて鴉たちを眺め回した。
( ^ω^)「他のやつらも、静かに頼むね。そろそろ五月蠅いから」
「このやろう!」
言葉を遮るようにして、大きな鴉は拳を振った。
肌色のこぶしは人の何倍も大きくて、勢いもあり、あたれば確実に骨が何本か折れるだろう
39
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:51:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)「こっちの台詞だよ」
閃光が鴉の背中に刺さった。光を反射した剣の光だ。
「ぎゃあ」と、弱弱しい悲鳴が上がる。
あたりの鴉が喚いている。
まるでその場の王になったかのように、ブーンの瞳が全てを黙らせた。
「こいつ、もしかして雇われ警備兵」
「強力な新人が入ったって噂、まさかこいつが?」
「に、逃げるぞ」
賛同の波が鴉たちに広がり、退却を後押しする。
ロッシュの玄関へと鴉たちは一目散に流れていった。
40
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:55:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)ノシ「職場で会うのを楽しみにしてるよ」
笑顔でブーンは手を振った。
踏ん張っていたニュッ君の足が今頃になって限界を訴えてくる。
むしゃくしゃする気持ちも冷めきれないまま、自然とその口が動いた。
(;^ν^)「なんなんだよ、その強さ」
力が抜けたニュッ君は、その場で座り、しばらく起き上がれずにいた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆
☆
41
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:57:18 ID:sufKPwQg0
第十六話 鴉の町 前半 (冬月逍遥編①) 終わり
第十七話へ続く
42
:
同志名無しさん
:2016/06/10(金) 22:00:21 ID:0mmLtdsg0
乙乙
43
:
同志名無しさん
:2016/06/10(金) 22:45:53 ID:.mXYUnnYO
復活したのか!
乙
44
:
同志名無しさん
:2016/06/11(土) 13:41:58 ID:py5htyX20
ついに来たか
45
:
同志名無しさん
:2016/06/11(土) 18:42:20 ID:RbSbLo520
おつおつ
一年以上振りじゃないか
46
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:00:41 ID:9ibHGYpc0
投下します。
47
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:04:11 ID:9ibHGYpc0
第十七話
鴉の町 後半 (冬月逍遥編②)
.
48
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:05:15 ID:9ibHGYpc0
キラキラ光る銀細工の渦巻き模様に彩られた、緑色のオルゴール。形は卵に良く似ている。
渦巻き模様に囲われたくさび形の穴がひとつあった。鍵を差し込み動かせば、どこかに嵌まる。
その感触を頼りにして、ブーンは鍵を慎重に捻った。
音が鳴った。最初の本の数秒間。音楽というにはあまりにも短すぎるその音は、すぐに途絶えて静まってしまう。
( ^ω^)「部品の一部が欠けているみたいだ」
(´・_ゝ・`)「わかるのかい」
( ^ω^)「なんとなく。鍵自体は回る。時計屋が本体は直したって言うし、考えられるとすれば連結部の以上だよ」
微動していたオルゴールが完全に止まった。
ブーンは鍵を抜き出して、その丸い表面を指で撫でた。
傾いた卵は、倒そうとしても元の位置に戻る。下部に銀細工の環があってバランスを取るようにできていた。
(´・_ゝ・`)「機械に強い人は頼りになるね」
興味深げにオルゴールを見つめていたデミタスが、期待を込めた瞳でブーンを見上げた。
(´・_ゝ・`)「これでニュッ君もきっと喜ぶ」
( ^ω^)「えっ」
(´・_ゝ・`)「おや、直すのは難しそうかい?」
49
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:06:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「いいえ、むしろ直すのは自信あります。でもニュッ君は喜びますかね。勝手に直すんじゃねえって怒りそうな気がします」
警備員の仕事の傍ら、通い詰めた喫茶店ロッシュ。
店長のデミタスとも、店員のニュッ君とも知り合いで、顔を見合わせている。
一度店内でお客を相手に啖呵を切ってしまったブーンに対しても、その非を咎めずに受け入れてくれていた。今となっては、足繁く通う常連の一人だ。
だからこそ、ニュッ君がどんな人なのか、ブーンにはもうよくわかっていた。
自分よりも若く、親に捨てられるという悲惨な幼少期を送りながら、教会の選んだ受取主であるデミタスのもとで齷齪働いている真っ当な青年だ。
馴れ合いは好まず、怒るときは年上だろうと容赦なく怒る。
(´-_ゝ-`)「もしも怒られたら僕のせいにすればいい。僕はいくら怒られても気にしないよ」
真剣に悩んでいるブーンに対して、デミタスの態度はどこまでもあっけらかんとしていた。
ブーンは若干困りが小野まま、椅子の背もたれに寄りかかった。木製の固い椅子がよろけた身体を支えてくれた。
折良く、厨房のケトルが笛を鳴らした。
湧いたお湯をデミタスが嬉々としてドリッパーに注ぎ、サーバーに抽出されたコーヒーが溜っていく。
ちょうどコーヒーカップ二杯分。運ばれてくるまでの過程をブーンはじっと見つめていた。全ての動作は滞りなく、流れるように執り行われていた。
(´・_ゝ・`)「それにきっと、初めから面と向かって直すなんて言っていたら絶対許してくれないよ」
( ^ω^)「ああ、それもそうですね」
50
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:07:14 ID:9ibHGYpc0
お互いに笑いながら、淹れ立てのコーヒーを口に注いだ。
メティスの南方の農場から運ばれてきた豆による、苦みの強いそのコーヒーは、デミタス曰く冬に良く合う味であるそうだ。
(´・_ゝ・`)「君はまたしばらくしたら旅に出るのかい」
ブーンの向かいに座ったデミタスが首を傾げて聞いてくる。
開店前でお客はいない。ニュッ君は買い出しに出かけている。
このような二人きりの時間のとき、デミタスの声のトーンは普段よりもいくらか下がる。
( ^ω^)「ある程度稼いだら。今の仕事は収入も結構よくて、気に入ってはいるんですけどね」
(´・_ゝ・`)「目的地は決めているのかな」
( ^ω^)「ええ。といっても明確なものじゃないですよ。
僕はほら、記憶がないですから、とりあえずは情報収集です。もしかしたら僕のことを知っている人もいるかもしれないし」
(´・_ゝ・`)「それはなかなか、大変そうだね。手当たり次第に当たるほかない。
よしんば君のことを知っている人がいたとして、その人が君を恨んでいたら、君を黙って刺すかもしれない」
( ^ω^)「もちろん、警戒はしています。元々そう人のことを信じるタチじゃありませんし」
(´・_ゝ・`)「おや、そうなのかい? なんだか意外だね。人の良さそうな顔をしているのに」
51
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:08:14 ID:9ibHGYpc0
σ( ^ω^)「これは……僕も不思議でいますよ」
凝り固まった自分の頬を、ブーンは指でぽりぽりと掻いた。
( ^ω^)「気づいたら笑っていたんです。今までずっとそうだったみたいで、解れないですね、、なかなか」
目が覚めたときには、もう笑っていた。
森の麓の川で、名前も思い出せないでいる自分の顔を眺めたときの衝撃はなかなか忘れられずにいた。
( ^ω^)「ニュッ君とは、真逆です。あの子はいつでも口を尖らせていますよね。あれはあれで、凝り固まっているんでしょうか」
(´・_ゝ・`)「多分そう。ここに来たときからあんな顔だったよ」
( ^ω^)「やっぱり」
密やかな笑い声が重なり合って、穏やかに消えた。
(´・_ゝ・`)「あいつは来年で十五だ」と、デミタスの方から切り出した。
(´・_ゝ・`)「十五というと、この町ではもう大人なんだ。義務教育は十四歳で終了する。
そのあとはみんな何かしらの職に勤めて働き始める。ほとんどの子がヘルセには残らない」
52
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:09:15 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「あれ、そうなんですか?」
(´・_ゝ・`)「気づいていなかったかな」
( ^ω^)「見落としていましたね。小さな子どもは結構いる印象を受けたのですが」
(´・_ゝ・`)「そのとおり、子どもは多い。でも十代後半以上の若者は少ない。
この街には大した仕事も無いし、鴉が横暴を働かせている。
首都の方が、多少の人混みに目をつぶればずっと自由に快適にすごせる。みんながそう考えるから、この町の景色は毎日少しずつ寂しくなるんだよ」
デミタスの視線は自然と窓の外へと向けられた。郊外にあるロッシュの窓からは、柊の尖った葉の遙か先に街の建物が見下ろせた。
(´-_ゝ-`)「卒業の時、ニュッ君は全く出て行こうとしなかった」
デミタスが、また一段と声を潜めた。
開店前の時間であれば、決して聞こえなかっただろう、ささやかな声。
(´・_ゝ・`)「周りの同い年の級友がいなくなっても、何も言わずに僕についている。
今年ももう十一月。彼は不満一つ言わずに仕事にのめり込んでいる。
それはそれで、結構なことだ。でも、このままでいいのか、僕にはあまり自信がない。
そのことをなるべく傷つけないように彼に伝えているのだけど、なかなかうまくいかなくてね」
53
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:10:15 ID:9ibHGYpc0
コーヒーカップが音を立てて置かれた。デミタスの双眸がブーンに向けられていた。
(´・_ゝ・`)「もしもよければ、ブーンさん、あいつを外に出るよう説得してくれないかな。このまま彼の人生が留まってしまうのは、とても惜しいことと思うんだ」
飲み干したコーヒーを片手に、デミタスは微笑んだ。
目元は寂しげに傾いでいる。
( ^ω^)「僕の言葉を聞いてくれるでしょうか」
(´・_ゝ・`)b「うん。その点は自信を持ってくれよ。君は案外気に入られているよ」
ニュッ君が帰ってきたのは、その話をされてからちょうど五分後だった。
☆ ☆ ☆
54
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:11:23 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「はあ、やだよ」
第一声がそれだ。
「ええ」と、ブーンは肩を落とした。
( ^ω^)「そんなに嫌?」
( ^ν^)「嫌だね。外に行ったからって何があるって言うんだ。
人がたくさんいて、めんどくさそうなことやってこんがらがっているだけだろう。
そんなところへ首を突っ込むなんてまっぴらごめんだね」
( ^ω^)「どこもかしこも人だらけっていうわけでもないけど」
( ^ν^)「この街を出て行く必要がないんだよ」
強い口調で主張され、ブーンは立つ瀬が無くなった。どうしようかと考え込んでいる討ちに、ニュッ君が「で」と話を続けた。
( ^ν^)「この話をどうしてしたんだ」
デミタスの名前は、もちろんブーンは出していない。ブーンは首を大きく横に振った。
( ^ω^)「ただ僕が思いついただけ」
( ^ν^)「ほう」
品定めするように細められた視線を受けながらブーンはじっと耐えていた。
55
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:13:14 ID:9ibHGYpc0
「おうい」と呼びかける声がした。手伝ってくれとデミタスが呼んでいる。厨房の方からだ。
( ^ν^)「たく、なんだよ今度は」
ニュッ君はそそくさとその場を後にする。ブーンには睨みを一瞥し、大股で走り去っていく。
カウンターの隅っこの椅子に座っていたブーンは、がっくりと肩を落として前のめりに倒れた。
気に入らないものには近寄らない。ニュッ君の態度はいつでもはっきりしている。
ニュッ君はブーンの顔を見なくなった。料理の注文を受ける際も、不自然なほどに伝票だけを見つめがら商品をきた。
水を出すときにさえ明後日の方を向いていた。そのような接客が何日か続いた。
(;^ω^)「どこが気に入っているって言うんだ」
と、ブーンはとうとうデミタスに愚痴をこぼした。声を潜めて聞かれないように。
56
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:14:18 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「いやはや、すまない」
デミタスは苦笑を浮かべていた。
(´・_ゝ・`)「でも気にはなっているってことだよ。顔を合わせないってことは、図星だからさ。何もないんだったら、いくらなんでも顔は合わせられるだろう」
(;^ω^)「そうですかね」
(´・_ゝ・`)b「そうなんだよ」
デミタスにはあまり議論する気はさらさらないらしく、ブーンの返事を待たずに厨房に引っ込んだ。
時を同じくしてトイレのドアが開き、ニュッ君が戻ってきた。もうこれ以上、ブーンは何も口にしなかった。
ニュッ君は今日も顔を合わせないまま、コーヒーの種類を質問してくる。
ブーンは気を取り直して注文をした。ニュッ君は頭を下げて、厨房に引っ込んでいった。
ブーンは今一度机に突っ伏して重い溜息をついた。
57
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:15:19 ID:9ibHGYpc0
☆ ☆ ☆
ヘルセの町を囲む山々から緑は次第に消えていった。
まばらな枯れ木に鴉が数羽、遠くへ向って鳴いている。空っ風を呼んでいるみたいだ。
冬は専ら乾燥の季節。雪を降らせる雨雲も滅多に立ち止まらなかった。
丘陵地帯の僅かな盆地に這うように伸びたこの町の、貴重な繁華街をニュッ君は歩いていた。
雑草まみれの石畳を軽々と歩いていた。袋はたくさんあったが、まだ買い物にでたばかりであり、ほとんど空だった。
コーヒー豆に、サンドイッチやパスタの材料、掃除用具に事務用品。
事前に調べて置いた買うべき物をメモ帳に記載してある。すでに購入したものには大きく×印を書いた。
デミタスから頼まれたものはほとんどコーヒー関連のものだけで、あとはニュッ君が自分で買うべきだと考えたものたちだった。
大通りを見渡してみれば、幌を張った馬車に乗った買い物客が何人かいた。
高い声で笑い合っているのが聞こえてくる。何の変哲もない平日なのに、家族連れの人もいた。
ニュッ君は一旦見つめた後、周りに聞こえるくらいの大きな音で鼻を鳴らし、さっきよりも力強く地面を踏みしめ、帰路を急いだ。
あと何キロあるのだろう、と頭に暗い疑問が過ぎったそのとき、脇を通る人が急に立ち止まった。
気配を感じて、ニュッ君も振り向く。
58
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:16:14 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君!」
飛びつかんばかりの勢いで、女性がニュッ君に握手する。
ぶんぶん振られる両の手を、きょとんとしながら見つめるニュッ君に、女性はなおも話しかけた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「元気にしてた!? ずっと、卒業してから何にも連絡無いんだもの。心配しちゃってたんだから」
高い声を出しながら喜んでいる彼女のことを、ニュッ君は記憶をたぐり寄せるまでもなく思い出した。
( ^ν^)「スパム先生」
お久しぶりです、と続けようしたが、その間にも腕は振るわれ続け、なかなか言葉が継げなかった。
メティスの国では、六歳から八年間、義務教育が課せられる。
そこから先の高等教育は選択式で、ヘルセの街には高校がないものだから、ほとんど全ての子どもが街をでて学舎に入るか、仕事を探して街を出る。
ごく限られた人間が街に残って暮らしを続ける。
スパムは、ニュッ君が一年生の頃から卒業の頃まで彼のクラスの担任を受けもっていた先生だった。
59
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:17:14 ID:9ibHGYpc0
「久しぶり」と、結局スパムが言った。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「こんなところで会うなんて偶然。今日はお休み?」
( ^ν^)「いえ、買い出しです。先生は?」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「私は普通のお買い物」
( ^ν^)「あれ、でも今日は平日じゃ」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん」
仕事は、と口にするニュッ君を気にせずに、スパムは道の先を指差した。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お店巡り、一緒にしようよ。せっかく出会ったんだし」
目を細めて言うスパムの姿は、学舎での姿よりもずいぶんと華やいでいるようにニュッ君には見えた。
教諭としての仕事の間はずっとスーツ姿だったから、そう感じているのかもしれないかった。
60
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:19:14 ID:9ibHGYpc0
スパムの提案通り、二人は街道を並んで歩いた。
十四のニュッ君に対して、スパムの年齢は倍に近い。年齢差はあるが、スパムの方が頭一つ分低かった。
話し声も甲高くて、足取りも軽やかで、年齢を感じさせなかった。
人気のある先生だった。気さくに話が出来る態度を全面にでていた。
生徒の誰にとっても接しやすかった。だから人気もあって、小さなミスを面白がっても、それを本気でけなす人はあまりいなかった。
年の離れた姉くらいに思われていたのだろう。
ニュッ君が卒業して、半年以上。思い出ももう遠くなり始めているが、ニュッ君とスパムは学舎についての話をした。
主に話していたのはスパムの方だ。現在新しい一年生を受け持っているスパムは、今の子たちがどんな悪さをするのかつぶさに教えてくれた。
先生方の話もしてくれた。ニュッ君が卒業してから、移動された先生もかなりいた。来年にはまたさらに移動する。
ニュッ君が学んでいた頃から、経った二年で随分と職員の入れ替わりがあるらしかった。
そのうちの一人にスパムも含まれていた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「一応はお休みをもらう体だけど、そのうち退職しちゃうかも」
薬指の指輪には緑の大きな宝石がはまっていた。
61
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:20:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「いつの間に」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「今年の秋に式を挙げたの。相手が首都の人だから、そこへ行って割と盛大に。あ、呼んで欲しかった?」
( ^ν^)「いや別に」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「他の卒業生も呼んでないんだよね、実は」
ニュッ君の言葉を遮るように、スパムがにっと歯を見せて笑った。
話がしばらく途切れているうちに、大きめの八百屋に入り、野菜や果物を袋に詰めた。
重たくなった袋はニュッ君の片腕にぶら下がる。
スパムはここでは何も買わず、次に寄った旅行用品店で長々と商品を物色していた。
ニュッ君は何も用は無かったが、スパムの隣を歩き続けた。
買い物が終わり、物の重さにふらついて、吸い込まれるように街角のレストランに入った。
椅子に座って一息ついたら、また話が湧いてきた。
今度もまた学舎についてのことで、さっきよりもいくらか昔、ニュッ君が入学した頃の話になった。
それはつまり、スパムの新任の話でもあった。
62
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:21:26 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ヘルセに勤めることになって、実はちょっぴり落ち込んでいたんだよね。
ずっと首都にいたのに、いきなり山の方へいけ、だなんて。
暮らしていた街も結構気に入っていたのに、とても通えないから出て行かなくちゃでさ、ショックだったよ」
スパムの言葉遣いはますます砕けていった。
姉というよりも、同年代の友達のような感覚だ。
ニュッ君の方も、卒業してしまっているものだから、生徒と教師の間柄への意識が薄らいでいた。
入学してから卒業するまでの平日の半日を一緒に過ごしていた、と考えると親しみを抱くのも無理はない。
ニュッ君は心の中で考え、納得した。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君のクラスは大人しい子が多かったよね」
( ^ν^)「そうでしたっけ」
ニュッ君が首を傾げたのに対し、スパムは首を大きく縦に振った。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「だから、結構助かった。
あたしおっちょこちょいだから、一杯ミスもしていたと思うの。舐められやすかったとも思う。
クラスをまとめるのも上手くいっていたのかどうかわからない。
だからなおさら、無事にみんなを卒業させられて本当によかった」
63
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:22:16 ID:9ibHGYpc0
スパムは心底安心した様子で目を細め、注文したオレンジジュースのストローに口をつけた。
吸い込まれていくジュースの薄い影がよく見えた。
ニュッ君はあまり口を開かず、頼んだコーヒーも飲まないままでいた。
( ^ν^)「あまり覚えていないんですよね、他の生徒のこと」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、そうなの」
( ^ν^)「別にすかしているわけじゃないんですけど、なんというか、印象が薄いんです」
言ってしまってから、ニュッ君は身体をかたくした。
スパムの様子を横目で観察して、コーヒーを一口。思ったとおり、不味かった。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうねえ、ニュッ君はあまりクラスメイトと話すタイプでもなかったよね」
スパムは咎めることも無く、ニュッ君に微笑みかけてくれた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「周りの子たちよりももっと遠くを見つめていたのかもね」
64
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:23:18 ID:9ibHGYpc0
微笑むスパムを見ているうちに、ニュッ君は強張っていた身体が解れるのを感じた。
( ^ν^)「地元に残っているの、俺くらいなものですけどね」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なんだ、知ってるんじゃない、他の子たちのこと」
( ^ν^)「そりゃあ進路くらいは、さすがに聞こえてきましたよ。
大抵は首都へ進学か、仕事ですよね。
家業のあるやつや行き場の無い奴が数人、ヘルセに留まっているくらいで」
だから、全然遠くない。
そう続きそうになった言葉が、なんだか当てつけみたいに思えて、ニュッ君は口を閉じた。
聞いたことをを噛みしめるかのように、スパムはゆっくり頷いていた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君。卒業して、何か変わった? 確か、デミタスさんの喫茶店のお手伝いを続けているのよね」
( ^ν^)「ええ。そこはまったく、変わりません。高校時代から手伝っていましたし」
65
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:25:50 ID:9ibHGYpc0
午前中に買い出しをして、午後にはお店を開いてコーヒーを届ける。
初めは簡単なパスタしか作れなかったのが、次第に幅を広げつつある。
掃除、洗濯といった日常の家事はたぶん他の家と変わらない。
たまに友人がきて話してくれるが、次第に見かけなくなった。
常連客が少しずつ出来てきてはいる。
そんなことを雨樋から垂れる雫のようにぽつぽつと口にした。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「楽しそうで良かった」
スパムが言う言葉が、優しくニュッ君の耳を撫でた。
( ^ν^)「そうですか」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん。だって、そうやってちゃんと話せるってことは、自分の居場所があるってことだもの。
人生満喫している証拠だよ」
( ^ν^)「大袈裟っすよ」
思っていたことをそのまま口にしたら、スパムは気さくに笑ってくれた。
66
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:29:02 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お手伝いすることは、いつ頃から決めていたの?」
( ^ν^)「割と早いうちから決めていました。育ててもらった恩義がありますから」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、ニュッ君……」
先生は不意に口を噤んだ。
捨て子とか、教会育ちとか、そういった言葉を先生が飲み込んだのが、ニュッ君にはわかった。
( ^ν^)「恩があるんですよ」
ニュッ君はなるべく胸を張ってそう言った。
奥の歯を少し噛みしめた。こうすると、傍から見れば案外笑っているように見えるものだ。
スパムがもう一口オレンジジュースを飲み込んだ。
空になり、小さな氷が音を立てる。脇に寄せるその薬指の先が陽の光を浴びて光った。
67
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:30:02 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お相手、どんな人っすか」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「いい人だよ。背が高くて、ちょっとやせているけれど、活動的な人」
( ^ν^)「先生と合いそうだ」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そう? ありがとう」
ストローを握るスパムの指がくるくると輪を描き続けた。
( ^ν^)「正直、先生は一人で生きていくタイプだと思っていました」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それは、褒めてるのかな? それとも嘲笑?」
( ^ν^)「俺がどっちを言うと思います?」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うーん、どっちも捨てがたいな」
スパムは本気で悩んでいるらしかった。
68
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:31:23 ID:9ibHGYpc0
往来を行く人の声が耳に届いてくる。
静寂に入り込んでくる音は、どういうわけか心地よい。普段はただの騒音でしかないのに。
人の移り変わりは激しい。外見上も、内面も。
どちらにしても、スパムはヘルセではもう教師をしないらしい。
ニュッ君は頭の中で整理した。喉に込み上げてくる言葉を、コーヒーとともに飲み込んだ。
( ^ν^)「先生」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なに?」
( ^ν^)「首都ってどんなところなんですか」
その問が自然と出ていた。
言ってしまったそばからニュッ君は軽く後悔し始めていた。
69
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:32:05 ID:9ibHGYpc0
時既に遅く、すでにスパムは上を向いて考えていた。
よく考えてくれる人だ、とニュッ君は改めて感じた。あくまでも朗らかに、スパムは質問と向き合っていた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「何て言えばいいんだろう。いろんな人が集まっていて、
高い建物とか、大きな建物も集まっていて、船もやってくる。仕事もある。
入ってくる人も多いけれど、出て行く人も多い。何があるのか、決まっていない、そんな場所」
( ^ν^)「なんか、ごちゃごちゃしていそう」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「嫌い?」
( ^ν^)「整理出来ていないのは気持ち悪いです」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、あたしは結構好きだけどな、ごちゃごちゃしているところ。
あ、でも別に田舎が嫌いなわけじゃないよ、これは本当」
誰に悪いわけでもないのに、スパムは口を押さえてあたりを見回した。
誰にも睨まれていないとわかると胸をなで下ろした。
それから、ニュッ君をじっと見据えた。
おどけていたときからの移り変わりが素早くて、目が合っているのに、ニュッ君は身じろぐのに遅れていた。
70
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:33:04 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君、もしかして外に出て行った子たちのこと気にしてる?」
( ^ν^)「いや」
真っ先に口にしたが、ニュッ君はそれ以上言葉を続けなかった。
スパムの視線は離れない。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「気後れすること無いからね」
( ^ν^)「何も言ってないですよ」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん、何でも無かったら聞流して良いよ。でも、もしも気にしているんだったら、応援してあげようと思って」
( ^ν^)「応援?」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君にはニュッ君の生き方があるってこと。他の子たちと違っても、変わっていても、いいってこと」
71
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:34:09 ID:9ibHGYpc0
口を真っ直ぐ閉じた顔で、スパムが言い切り、少しの沈黙の後に、小さく笑って顔を背けた。
代わりに今度はニュッ君が、顔を硬くして黙っていた。
( ^ν^)「そんなこと、わざわざ言わなくてもいいっすよ」
飲み終わったコーヒーを脇に寄せて、もうしばらく先生と話をした。
今度は一度も街の外のことや、結婚相手のことについて触れたりはしなかった。
話題はすぐに無くなってしまった。
ニュッ君とスパムは店を出て、すぐに別れた。
☆ ☆ ☆
72
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:35:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「おかげさまで、だいぶ貯金も貯まってきたよ」
夜遅い時間帯に入店したブーンは、会計に伺ったニュッ君に小声で伝えた。
( ^ν^)「そりゃ、それだけの技術があれば稼ぐわな」
ブーンの強さは以前この店内でみたことがあった。
暴れ出していた鴉の魔人たちを、一気に三人なぎ倒したのだ。
その姿は強烈で、ニュッ君はついさっきのことのように思い出すことが出来た。
( ^ω^)「まったく身に覚えのない技術なんだけどね」
おどけながら言うにしては、物騒な話であるが、ブーンは自分の強さの理由を何も覚えていなかった。
記憶がなくなる以前は、どちらかというとスポーツの類いはせず、室内に籠もっているタイプであったという。
( ^ν^)「何があったんですかね」
( ^ω^)「まあ、メティスにいるってことがまず驚きだからなあ。二つ隣の国だなんて。
僕はてっきりラスティアで家業でも継いでいると思っていたのに」
73
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:36:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「なんなんすか、家業」
( ^ω^)「鉱夫だよ。穴を掘って石を集めて、価値を見いだせる人に売っていく仕事」
( ^ν^)「それだけ?」
( ^ω^)「ええ、それだけ。わかりやすいでしょう。でも価値はある。わかりやすいところだと宝石とか」
ブーンの説明を聞きながら、ニュッ君の頭の中にはスパム先生の緑色の宝石が飾られたあの指輪が浮かんでいた。
先生は、あれから一度お店に来て、デミタスに挨拶をした。来月には引っ越すと伝えてくれた。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「結婚式の準備とか、住む場所の準備もしなくちゃいけない。意外と忙しいんだよね、のんびりできない」
溜息をつきながら、スパムの顔は相変わらず笑って途切れることが無かった。
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「新居見たい?」
( ^ν^)「いや、いいっす」
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「えー、なんで」
頬を膨らませるスパムの顔を、見つめるのも忍びなくて、ニュッ君はずっと斜め下を向いていた。
先生が帰って、デミタスが「帰ったよ」と教えてくれるまでずっと。
思い出に浸る頭を、ニュッ君は無理に振って雑念を掻き消した。
74
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:37:54 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お金が貯まったら、まずどこへ行くんですか」
( ^ω^)「え」
( ^ν^)「なんすか」
(;^ω^)「いや、まさかニュッ君の方から聞いてくるとは思って無くて」
何か、ニュッ君は言おうとして口を開いた。だけど声が形になる前に、外から音が響いてきた。
大きく甲高い叫び声。
( ^ω^)「外?」
ブーンが言い、ニュッ君が窓際に寄った。
暗い夜道には街灯がいくつか見えていて、断続的に道が照らされている。
道端に人がうずくまっていた。空をには大きな翼がはためいている。
75
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:38:51 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「また鴉か」
厨房から顔を出して、デミタスが呆れ顔で言った。
( ^ω^)「夜道なんて珍しい。あいつら夜は苦手なのに」
すっかりこの街の日常になっている窃盗の光景だった。
(´・_ゝ・`)「ああいうのを防ぐのがブーンの仕事なのだろう? 今はいいのかい」
食器を片付けていたデミタスが顔を出して尋ねてきた。
( ^ω^)「頼まれてはいないですから。それに無理矢理押し入るのもまずいんですよ」
(´・_ゝ・`)「というと?」
( ^ω^)「あれはあれで鴉たちの習性でもあるわけです。
盗まれたものは、壊されるでもなく、いつまでも巣にありますから、良識のある鴉は返しにきてくれる。
だから放っておく人が多いわけで……って?」
76
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:40:51 ID:9ibHGYpc0
言葉の途中で、お店の玄関扉が開かれた。
ニュッ君が、駆けたのだ。
(;^ω^)「え、どうした」
(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」
呼びかける二人には、ニュッ君の動機はわからない。
ニュッ君はひとつの確信のもとに駆けていた。
夜の街灯の淡い光の下で、煌めく明かりが緑色であるように思ったのだ。
☆ ☆ ☆
77
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:41:51 ID:9ibHGYpc0
ニュッ君の直感は半分当たっていた。
あの夜道で聞こえた叫び声は、確かにスパムのものだった。
ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「指輪を盗まれたんです。あの鴉の魔人さんに。でもそれは昼間のことなんです」
警察に事情を聞かれて、スパムは早口に答えた。動揺しているらしく、声がますます強くなっていった。
ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「習性で巣まで持って帰ってしまった指輪を、慌てて返しに来てくれていたんです。
夜道に突然現れたものだからついびっくりしてつい叫んじゃって。
指輪は無事受け取れました。だけど、そのすきにあの子が飛び込んできて」
現場には血痕が大量に見つかった。
鴉の魔人は今、病院に搬送されている。
頭に受けた傷は大きくは無いが、精密な検査をして、しばらくは入院するのだという。
ニュッ君は留置所に入り、事情聴取を再三繰り返した。
窃盗は確かに悪事であり、習性といえども全てが許されるうわけではない。
しかしいきなり殴りかかるのもいかがなものか。
争点は主にその点であり、警察は被害者の方に肩を入れていた。
78
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:42:51 ID:9ibHGYpc0
ニュッ君が解放されたのは翌日の朝だった。
仮眠を取らされて、留置所の門を通り外へ出たのはお昼すぎだ。
(´・_ゝ・`)「おかえり」
デミタスは門のすぐそばで待っていてくれた。
(|! ^ν^)「なんだよ、一人で帰れるよ」
(´・_ゝ・`)「いいや、連れて行くよ。このまま店へ」
ロッシュの入り口には閉店中の看板が下がっていた。
歩いている途中、デミタスとは口を利かなかった。
ニュッ君も多くを語るつもりはなかった。多少奇妙に思いながらも、その沈黙を受け止めて、帰路を全うした。
(´・_ゝ・`)「ニュッ君は休んで良いよ」
店に入ってデミタスはすぐに従業員室を指差した。
ニュッ君は頷きを返し、シャワーを浴びて、粛々と制服に着替えた。
79
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:43:42 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「おや」
デミタスはニュッ君を見て眉を顰めた。
(´・_ゝ・`)「休んでいればいいのに」
( ^ν^)「習慣なんだよ、帰ってきたら着替えるのが」
答えながら、掃除用具箱に歩んでいくニュッ君に、デミタスが「おい」と声をかけた。
(´・_ゝ・`)「本当に、止めておきなさい。疲れているんだから」
( ^ν^)「疲れてねえよ。むしゃくしゃしているんだ。好きにさせてくれ」
反論は来ないだろう、とニュッ君は踏んでいた。
いつものデミタスなら、肩を竦めながらも自分のことを許してくれる、と。
だけれども、デミタスが苦い溜息を吐いているのを以外に感じ、動きを止めた。
80
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:44:33 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「どうした?」
(´-_ゝ-`)「ニュッ君……ちょっとそこへ」
デミタスの指が、テーブル席のひとつを指す。
丸テーブルの上は綺麗に掃除されていた。
首を傾げつつ、ニュッ君が一歩ずつゆっくりと歩み寄り、椅子を引いて腰を下ろした。
少しの沈黙ののち、デミタスが口を開いた。
(´・_ゝ・`)「出て行きなさい」
( ^ν^)「は?」
静かな言葉と強めの言葉が交錯して空気を冷やした。
81
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:45:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「今日から支度を初めて、来週には出るようにしなさい。お金の工面は私がしておくから、君は当分の計画を」
( ^ν^)「おい待てよ。何勝手に話進めてんだよ」
ニュッ君が強い口調を刺して、デミタスが口を噤んだ。
垂れがちの眉毛が所在なげに留まるが、視線はまだニュッ君を捕らえて放さない。
ニュッ君はつきつけるように睨み付けた。
( ^ν^)「そういえばブーンも似たようなこと言ってたな。外に興味はないかとか、出てみないかとか、なんとか。
あれはあんたが仕組んで言わせたのか」
「そうだよ」と、デミタスは素っ気なく答えた。
( ^ν^)「どうしてそんなこと言うんだ。俺が何か、あんたを怒らせることでもしたのかよ」
返事はすぐには帰ってこなかった。
デミタスは目を伏せて、指で机を軽く叩いていた。静かで薄暗い店内にトントンと音が鳴る。
遠くで鴉の声がする。夕焼けがそろそろ空を覆い始める。
82
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:46:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「君の同級生は、ほとんど全員が外へ行った」
デミタスの話は、そこから始められた。
(´・_ゝ・`)「君の学年だけでは無い。君の前の学年も、そのまた前、私の年代だって、そうだ。
十四歳で義務教育が終われば、大人として認められる。
公式の場にどこでもいけるし、酒や煙草も認められる。
大人たちも、知り合いでもなければ大人として扱ってくる。平等に敬い、平等に貶す。
行動に責任を負わされる代わりに自由を手に入れる。
興味のある連中は、その自由を満喫するべく外へと出て行く」
デミタスは一旦言葉を切り、ふうと息を吐いてから、「私もその一人だった」と続けた。
(´・_ゝ・`)「ここにお店を開いたのは私の父だ。
父の体調が悪くなって、首都にいた私は出戻ってこの喫茶店を引き継いだ。
父は結局良くは直らなくて、私が帰郷してから三年後に死んだ。
後追いするように母も亡くなった。以来私は、このお店の店長となって働いた」
( ^ν^)「何の話だよ」
ニュッ君が露骨に睨んだが、デミタスは少し口を閉じただけで、怯まなかった。
83
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:47:35 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「その頃私はもう二十代も後半だった。同年代にも、ちらほら出戻り組が現れ始めていた。
喫茶店にくる連中は大抵が私の友達で、そうした連中の仲間が集まって、常連になった。
今も続いている常連さんは、その頃できたお客だったりするんだよ。私の友達の、友達の友達、くらいのね。
彼らのお陰で、私のお店は軌道に乗って、経営を進められた。
お店の規模が大きくなるについれて、仕事上での人付き合いも多くなった。
働きながら、新しい形の経営を求めて手を尽くした。
内装を変えたり、ジュークボックスやピアノを置いたり、
アルバイトを引き連れて街道を練り歩いたり、思いつくことはいろいろあったが、どれもほとんど成功しなかった。
喫茶店なんてものは、大々的に宣伝するには不向きなんだろうな。
でも私はそのことを信じなかった。認めたくなかった。
だから、稼いだ金のうちの半分くらいを広告宣伝についやした。
顧客が増えれば全て帳消しになる、とその頃は本気で考えていたな。
もう三十代だったけど、大した仕事も出来ず、鬱屈とした日々をおくっていた」
そんな日々の中で彼女と出会った、とデミタスは続けた。
すぐに言葉を切り、目を閉じた。声を出さずに口元だけを動かしていた。
大事な言葉の一つ一つを頭の中で練り上げているようだった。
デミタスの昔話をニュッ君は今まで聞いたこともなかった。
いつも一緒にいはしたが、話題になるのはニュッ君が出会ってからの日々のことばかりだった。
その未知の領域に今から自分は入ろうとしている。ニュッ君の背中を冷ややかな汗がじとりと流れた。
84
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:49:03 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「彼女は首都の人で、この街にはたまたま観光できていた。
そんな彼女に私の方からしつこくアプローチをした。
この街に居座る期間は短くとも、気にせずとことん近づいた。
どうしてそんなに頑張っていたのか、今となっては不思議だよ。よほど人肌が恋しかったんだろう。
やがて、彼女は私のことを認めてくれた。
一緒に暮らすことを提案された。条件として、首都に引っ越してくれと言った。
僕は二つ返事をしたよ。お店なんて閉めればいいと思っていたからね。
だけど、その彼女は僕とすぐ別れた。彼女はやがて僕じゃない男と出会い、君を生んだ」
痛いほどに静かな間が開いた。
往来の声も、鴉の鳴き声も鳴らなかった。ただ夕闇だけが徐々に色濃く落ちていっていた。
「なんで今頃になって言ったんだ」
小さく錐のように尖った声でニュッ君が言った。
(´・_ゝ・`)「私が恐がりだからだ。君に嫌われたくなくて、ずっと隠して今まで来てしまっていた」
すまない、とデミタスは頭を下げた。
85
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:50:07 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「そんなことじゃない。どうしてそれを、わざわざ言ったんだよ」
首を横に激しく振って、ニュッ君の双眸がデミタスを睨み付けた。
( ^ν^)「なあ、デミタス。それを俺に伝えるってことは、何か?
俺があんたに恩義を感じるのは間違っているって言いたいのか?」
ニュッ君はデミタスにつかみかかるほどの勢いで詰寄った。
睨んでいるが、その焦点はデミタスとは結べないでいる。
( ^ν^)「知らねえよ、そんなこと。俺が誰に感謝しようと構わねえだろ」
(´・_ゝ・`)「いいや」
デミタスはようやく顔を上げた。ニュッ君の睨みをまともに受けて、瞳を揺らしながらも睨み返した。
(´・_ゝ・`)「私への恩義など見捨てて街の外へ出ろ。君は知らず知らずストレスを溜め込んでいるんだ。
もう耐えるのはよせ。私のことをずっと構おうなどとするな。私は君を縛り付けたくないんだ」
86
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:51:03 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「わけわかんねえって」
テーブルを蹴って、デミタスに詰寄って、ニュッ君の腕がその襟元を掴んだ。
顔と顔が寄せ合い、鋭い視線が露骨にデミタスを突き刺した。
( ^ν^)「撤回しろよ。俺は何も聞かなかったことにするから、あんたも何も言わなかったことにしろよ。
ここは俺の働く店で、居場所なんだ。身寄りの無かった俺が初めて安心できた場所なんだよ。
それを初めから、嘘だったなんて、騙していただなんて、絶対言うなよ」
握る拳が強くなり、デミタスの喉にも食い込みつつあった。
そのまま押しつぶしそうになるのを、ニュッ君は耐えていた。
同意の言葉は無かった。
(´-_ゝ-`)「すまない」
と、たった一言。
それが、ニュッ君の頭の中で何かが弾けて視界を暗くさせた。
☆ ☆ ☆
87
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:52:11 ID:9ibHGYpc0
切り立った崖やむき出しの岩肌が眼前ににあり、足下にも浸食し始めている。
日はとっくに沈んだ。明かりの無い禿げ山には、枯れ木が月明かりに照らされて墓標のように立ち尽くしている。
ニュッ君は走る足を止めた。
荒い息をいくつも吐き出して、膝を押さえた。
倒れ込みそうになるのを足を踏ん張って耐え、できる限りゆっくりと岩に腰を下ろした。
明かりがまばらに見られる、夜半のヘルセの町並みは、いつも以上に頼りない。
山の暗黒に囲まれている。ふと目を離した隙に、全てが闇に飲み込まれてしまいそうだ。
頼りない町の頼りない身寄りの元を、飛び出して、休むこと無く走り続けた。
街道はすぐに抜けて、郊外の農家も通り抜けて、川沿いに進むと勾配が高くなった。
山に入ったという実感はまるでなく、聳えつつある地面をひたすら踏みつけ前へと進んだ。
岩山には緑がない。枯れ木と川と、それから崖。月明かりでみんな青白く光っている。
88
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:53:19 ID:9ibHGYpc0
ニュッ君は横になった。
首筋を通り抜ける風が心地よい。地面もほどよく冷えている。
火照った身体は、落ち着いた。むしろ寒気さえした。
今の季節がすでに冬であることを、ニュッ君は今更のように思い出した。
もう少し暖かい場所を探そうと、立ち上がったところに、鴉の声がした。
驚いて周りを見る。
一羽、二羽じゃない。どこかに隠れている。岩の影だろうか、枯れ木の裏側だろうか。
(|! ^ν^)「冗談じゃねえよ」
睨みを利かせながら辺り一帯を見回した。
気になる影は見当たらない、と思った矢先、梢が揺れた。
山は鴉たちの住処。人間とは違う世界。入ったことは未だ無い。
夜気とはまるで別種の寒気がニュッ君の身体を包んだ。
逃げようとするが、足が動かない。震えているのがニュッ君自身にもわかった。
なるべく屈んで、目立たぬように。
89
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:54:20 ID:9ibHGYpc0
(|!^ν^)「勘弁してくれよ、こんなところで」
頭を縮めて、座る。膝の間に顔をうずめ、耳だけを外に出した。
鴉の声はなおも鳴っている。
夜鳴きなど町ではほとんど聞いたことが無い。自分たちの住処だから、安心して鳴けるのかも知れない。
そんなことを考えているときに、別の音を聞いた。
はっきりとわかる、足跡だ。
岩の固い地面に刻まれる音。
ニュッ君は顔を上げられずにいた。
足音が徐々に近づいてきている。
90
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:55:20 ID:9ibHGYpc0
足の震えが直に伝わる。
月の明かりが、途絶えた。黒い影が差している。
そして。
「どうしてこんなところに」
ニュッ君は首を跳ね上げた。
( ^ν^)「あ」
どっと、安堵が立ちこめる。
( ^ω^)「ここは危険だよ」
見知った笑顔がそこにあった。
91
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:56:21 ID:9ibHGYpc0
枯れ枝が幾重にも重なり合った木立の奥のそのまた奥に隠れるようにしてその小屋はあった。
季節が違えば緑の葉影の中だったのだろう。
アルミの簡素な壁と屋根に囲われた建物だ。
硝子窓からは白熱灯の明かりが遮光カーテンの内側からひっそりと外に漏れていた。
中に入ると、ありがたい温もりを感じた。ストーブの中には煌々と燃える炎が見えていた。
山の中を歩く人たちを鴉たちから守る、というのが仕事内容だとブーンはニュッ君に伝えた。
徒歩による貿易商や、旅人などが、彼らの恩恵に与っているのだという。
仕事に就いている人たちは当然ブーン以外にもいる。プレハブ小屋に入ったニュッ君はその何人かにもあった。
その全員がニュッ君を一瞥すると、素っ気なく会釈して奥に引っ込んでしまった。
( ^ω^)「みんなバイトだから、仕事以外にはお互いに干渉しないんだよ。その方がいろいろやりやすいのさ」
と、ブーンは教えてくれた。
仕事は交代制で、二時間おきに当番が山を巡回する。
ブーンの当番は今さっき終わったばかり。
その時間帯の最後の最後で発見したのがニュッ君だったというわけらしかった。
92
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:57:19 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「足音を聞いて駆けつけてみたら君が蹲っていたんだ。びっくりしたよ。怖かったろ」
( ^ν^)「……少し」
断りながらも無理矢理かぶせられた布団を握りながら、熱いコーヒーカップの把手を握った。
色の濃いそのコーヒーはブーンが作った物だった。
ケトルやミルをデミタスから借りて、持ち込んでこの仕事場で作っていたのだという。
荒削りながらも芳醇な豆の香りがニュッ君の心を和ませた。
長年かぎ続けている匂いだけに、身体もそれ相応に慣れ親しんでしまっていた。
( ^ω^)「で、どうしてあんなところにいたんだい」
聞かざるを得ない質問を、ようやくブーンの方からしてくれた。
ニュッ君は少しずつ喋った。
起きたことをなるべく簡素に話そうと心がけて、それでも無理なときは当てつけるように感情を込めて。
デミタスに何を言われたか、自分が何を言って何をしたか。
無心で山を駆けて、気がついたら鴉のまみれた岩山に一人でいて、ブーンと出会うまでの時を順々に追っていった。
93
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:58:20 ID:9ibHGYpc0
仕事の時間もとっくにすぎているのに、ブーンは静かに全部聞いてくれた。
就業時間を何十分も過ぎているのに嫌な顔ひとつせず、終わると大きく頷いてくれた。
( ^ν^)「正直、俺、混乱しているみたいっす」
( ^ω^)「というと?」
( ^ν^)「なんで走ったのか、いまいち覚えていなくて。ただもうむしゃくしゃしていたらいつの間にか山にいたんすよ」
髪をつかみ、痛みを感じるほど握りしめて、それでもニュッ君の頭の中は全然すっきりしなかった。
「綺麗な理由がないことだってあるんだよ」とブーンは言った。
( ^ω^)「とにかくそういうのは、無理に考えちゃダメだ。考えるから苦しくなる。わかる?」
( ^ν^)「なんとなく」
( ^ω^)「じゃあ、考えないようにしよう」
94
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 21:59:19 ID:9ibHGYpc0
ブーンは胸の前で手を叩いた。乾いた音が室内に響き、またすぐストーブの音だけになった。
( ^ν^)「でも、気になっているものから目を背けていいんですか。この前は確か、忘れるなって言ってましたよね」
初めてブーンと会った日のことをニュッ君は思い浮かべていた。母のことを忘れるなと伝えてくれたブーンのことを。
( ^ω^)「いいんじゃないかな。大切と言ったって、自分が傷ついたら元も子もないし」
あっけらかんとブーンが答えた。
( ^ω^)「記憶を無くしたときの僕は、これからどうしていいか不安で仕方なかった。
君は僕と違って記憶はあるけれど、同じ気持ちを抱えているんだと思う。
僕は悩むのを止めて、前を向くことを選んだ。そうしないと、一歩も森の外へ出られなかっただろうな」
ニュッ君のコーヒーが空になったら、ブーンが二杯目のコーヒーを注いでくれた。
熱い把手を握りながら、一口啜って一休みした。
所在なく見上げた窓辺からは星が見えた。遮るもののない空は異様に澄んで見えている。
( ^ν^)「ブーンさんは、いつ旅立つんですか」
「うん」ブーンはすぐに答えた。
95
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:00:21 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「もう少しずつ準備はできている。この警備の仕事も今日で終わり。明日からはいつでも出発できる」
( ^ν^)「警備の仕事、儲かるんですよね」
( ^ω^)「すごくいい。僕もびっくりしてる。こんなにいいのは初めて」
( ^ν^)「じゃあ、止めなくても、いいじゃないですか。暮らしていけるくらいもらっているんでしょう?
旅なんかしなくても、十分じゃないですか。
ちょっと記憶が無いくらいのことなんて、それこそ気にしなければ生きていける
( ^ω^)「記憶か」
ニュッ君の熱くなりがちな言葉を受けて、ブーンは小さく呟いた。
( ^ω^)「もちろん記憶については気になっているし、あわよくば取り戻したいと思っている。
でも君の言う十分は、僕にとってさほど魅力的ではないんだ。それに、旅をする目的は記憶だけじゃないよ」
96
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:02:14 ID:9ibHGYpc0
おもむろに、ブーンは懐から手帳を取り出した、
日常のスケジュールが綴られたページには、今日の今日までぎっしりと書かれている。
明日からは反対に真っ白だ。
ブーンはページをすらすらとめくっていき、最後の見開きページを見せてくれた。
大きな、この国とあたり隣国の地図だった。
( ^ω^)φ「僕のもっている六歳のころまでの記憶を辿れば、僕の故郷はここなんだ」
メティス国から、隣国のテーベを東に抜けて、半島を有する土地。
かつてラスティアと呼ばれていた国の跡地をブーンは指差した。
( ^ω^)φ「まず、ここへはいずれ行きたい。これは単純に自分の出自への興味だ」
それから、と言いながら、ブーンは自分の指をなぞっていく。
出身地から、北へ行き、ラスティア領を西に渡ってテーベを進んでいく。
( ^ω^)φ「今メティスにいる僕はおそらくテーベを通り抜けてきたんだと思う。
マルティアの可能性もあるけれど、エウロパの森を抜けるよりは堅実なルートだからね。
もちろん陸路と仮定してだけど。
そこも視てみたい。僕が忘れてしまった、けれど体験したはずの景色だ」
97
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:03:46 ID:9ibHGYpc0
そして、と、指はメティスに辿り着き、ゆっくりと下に降ろされた。
( ^ω^)φ「視てみたい場所は他もある。
前人未踏のエウロパの森もそう、西の荒れ地や東の砂漠、
行ったことのないマルティア国にだって行ってみたら何かを学べるかも知れない。
経験して、味わえるかもしれない。そういうことを考えないでいることもできる。
でも僕は考えてしまうんだ。きっと記憶以前に、身体にその性分が刻まれているんだろう」
身体に残った記憶は忘れずに残る。
ブーンは譫言のように繰り返すと、ニュッ君の方を向き直った。
( ^ω^)「デミタスのやり方は上手かったんだろうけど、どうしてそうしたかはわかるよ。
あの人は傷つく君をなるべく見たくなかったんだ。
何も知らず、体験もせずに終わる人生の危うさを君に知って欲しかったけど、
口ではなかなか伝えられずにいたんだ」
( ^ν^)「でも、それはあの男が勝手に心配したってだけのことだろ」
さっきデミタスに怒ったときと同じ気持ちが胸もとまで押し上げてくる。
吐きそうになるのをこらえて、ニュッ君はブーンを睨んだ。
一方のブーンは涼しい顔をしていた。
( ^ω^)「そのとおり、デミタスが自分で考えていたことだ。
君が何かを選ぶのに影響するようなものじゃない。でもね、参考にすることはできるはずだ」
( ^ν^)「参考?」
( ^ω^)「そう。あくまでも選ぶのは君。その前段階としての情報だけをデミタスは示した。それだけだ。
君は君のやりたいことを選べば良い。そこには誰の制止もない」
98
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:04:53 ID:9ibHGYpc0
どうする? と、ブーンが首を傾げる。
ニュッ君は俯いていた。
頭の中は相変わらずこんらんしていて、有象無象のイメージが氾濫していた。
その中でも、ひとつ答えを選ぶ。自分自身の選択で。
飲もうとしたコーヒーカップはすでに空になっていた。
ニュッ君は息を吸い込んだ。
濾過された空気には、先ほどの色の濃さが残っている。
( ^ν^) 「俺は……」
語り始めたニュッ君の話を、ブーンはじっくりと聞いていてくれた。
☆ ☆ ☆
99
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:05:51 ID:9ibHGYpc0
それから、三日後。
買い物袋をぶら下げたニュッ君は往来を掻き分けて進んでいた。
長閑な昼間。鴉の声も遠くに聞こえる。冬だというのに天気は少し暖かく、柔らかな陽射しが街を照らしていた。
ロッシュに踏み込んで、早々に叫んだ。
( ^ν^)「おい、買ってきたぞ」
高々と掲げる袋は、概ね食料が詰め込まれていた。はち切れるほどに詰め込まれていて、不安げに揺れている。
キッチンから顔を出してデミタスは顔を崩した。
(´・_ゝ・`)「ありがとさん。こっちにもってきてくれよ」
( ^ν^)「やだね、俺は忙しいんだ。あんたがこれから使うんだから、料理の仕方とかちゃんと勉強しろよな」
ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けた。
従業員室の中にある引き戸を開くと、簡易なテーブルが置いてあった。
ニュッ君が準備していた大きなリュックサックも、口を開けてそこにあった。
買ってきたばかりの荷物を、ニュッ君はひとつひとつ丁寧に押し込んでいった。
100
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:06:56 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「コーヒー飲む?」
キッチンから声がする。
「じっとしてろ」とニュッ君は言った。
やがて作業は終わった。
客席にもどって、デミタスがニュッ君を見つめていた。
( ^ν^)「なんだよ、なにか用か」
(´・_ゝ・`)「一つね」
デミタスが指を一本立てる。奇妙にその顔はニュッ君から斜め下に剃らされていた。
(´・_ゝ・`)「これを、視てくれ」
そういって、デミタスはカウンターの下からひとつの卵形を取り出す。
ニュッ君は苛立ちをわすれて「あ」と呟いた。
101
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:08:29 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「オルゴール」
小さな鍵はすでにデミタスの手に握られていた。
(´・_ゝ・`)「聞いてくれよ」
デミタスはニュッ君の返事を待たずして、鍵を静かに卵形の下部にぽつんと開いていた穴に差し込んだ。
いくらか動かして、金属のこすれる音がして、そして鍵が捻られる。
https://www.youtube.com/watch?v=d4fIEb0UA9Y
(リンク先:スカボロー・フェア/サイモン&ガーファンクル【オルゴール】)
か細い音が重なり合って、音楽が流れた。
静かな、流れるような、曲。悲しげな雰囲気を横たえた演奏がロッシュの中に広がった。
コーヒーの香りと混ざり合う。
102
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:09:21 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「こんな曲だったんだな」
デミタスが言った。
問いかけだと気づいて、ニュッ君は首を横に振った。
( ^ν^)「俺も初めて聞いた」
(´・_ゝ・`)「どう感じた」
( ^ν^)「結構、暗いんだな」
(´・_ゝ・`)「君の母からのだけど」
( ^ν^)「……確かにいいものだと思う。でも今の俺にはいらねえよ」
ニュッ君が言うと、デミタスが若干目を伏せ、それからすぐにニュッ君をまた見つめた。
103
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:10:31 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「じゃあ、ここに置く」
( ^ν^)「え?」
(´・_ゝ・`)「この店の、カウンターの、ここ」
とんとんと、指でカウンターの端を叩いた。レジの横のスペースは、席からもちょうど離れている。
(´・_ゝ・`)「ときどき鳴らすんだ。店内BGMに飽きたときや、静かなときに、流すと良さそう」
( ^ν^)「別にいいけど、いいのかよ。あんたを捨てた女の音楽だろ」
そうだけど、と顔を引きつらせながら、デミタスは続けた。
(´・,_ゝ・`)「でも、ニュッ君の音楽でもあるから」
デミタスは微笑みながら、オルゴールの球面を撫でた。
104
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:12:09 ID:9ibHGYpc0
(´・,_ゝ・`)「君の片割れはいつでもここに置いてある。いつでもここにいる。だから君も、安心して旅立てるだろ」
( ^ν^)「けっ、お互いさまだろ」
ニュッ君は扉へと歩き出し、途中で翻ってデミタスを指差した。
( ^ν^)σ「言っておくけどな、俺はあんたに言われて旅に出るんじゃねえぞ。
俺がしたいと思ったから旅立つんだ。だから、もういらねえ心配なんてするんじゃねえぞ」
デミタスのことはもう振り返らなかった。
微笑みかけたその頬を、決して見せないように注意しながら、扉を開いて一気に外へ出た。
聞こえるはずの無いオルゴールの音が耳の奥で木霊していた。
☆ ☆ ☆
105
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:13:05 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「買ったんだよ」
毛むくじゃらの背中を撫でながら、ブーンは得意げに話した。
仕事を辞めて得られた金のいくらかを注ぎ込み、手に入れたのだろう。
ふさふさの灰色の毛で覆われた背の低いロバだった。背中の鞍からロープが伸びて後ろの荷台に繋がれていた。
「本当に使えるんだろうな?」
虚ろな目を向けてくるそのロバを前にして、ニュッ君は半信半疑でそう聞いた。
ブーンは首を傾げる。
( ^ω^)?「そんなこと、歩かせてとわからない」
( ^ν^)「おい」
( ^ω^)「まあまあ。最悪の場合は背中で背負おう。さあ、荷物を」
106
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:13:58 ID:9ibHGYpc0
ニュッ君は自分の荷物を載せた。重みが伝わったのか、ロバは苦しげに呻いた。
( ^ν^)「で、行き先は決めたかい」
( ^ω^)「ああ」
ニュッ君はブーンの返事に答えるべく、目を閉じて、頭の中で反芻する。
( ^ν^)「首都に行く」
まずは即答。
( ^ω^)「それから?」
( ^ν^)「それから……あとはそのとき探す。それができる旅だと思う」
ニュッ君がにやっと笑い、空を見上げた。
107
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◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:15:28 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「じゃ、行こうか」
幌を牽いたロバ車が進む。ブーンの鞭を受けて、進み出すロバ。ゆっくりしているが、速度は安定している。
目指すは首都、メガクリテ。
( ^ω^)「それ」
一際振られた鞭が音を立てて鳴る。
そして彼らはゆっくりと次の土地へと進んでいった。
☆ ☆ ☆
☆ ☆
☆
108
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/11(土) 22:16:30 ID:9ibHGYpc0
第十七話 鴉の町 後半 (冬月逍遥編②) 終わり
第十八話へ続く
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