したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

242以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/19(火) 18:59:23 ID:JpUODbb6
>>244への熱いネタフリ

243 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/19(火) 22:51:50 ID:1Inh7GHg

>>237-238

 さーて、誰でしょうネー



>>239

 パーツ単位で見ると極めて高価ですよね。フルセットの合計価格をデュラDi2やスパレコEPSと比較して見てみるとそうでもなかったりする。


>>240-242

 ンモー、イジメはよくない。よくないなー

 >>244だな?

 見た目は可憐な駆逐艦、海の上では修羅道至高天!

 真実はいつも一つとは限らない(冷酷)――――君にこの謎が解けるか!

 >>244の中に! 初期艦がいる!

244 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/19(火) 22:52:23 ID:1Inh7GHg

吹雪「特型駆逐艦・吹雪です! 脚質はオールダメンダー……って司令官ひどい!!? メインコンポはシマノ105、愛車はオルベアです! ま、まだまだへたっぴデ、転んでばっかりで、レース用なんて怖くて乗れないけれど……私、頑張ります!」


 大器晩成型ブッキー。要領が悪い。七転び八起き。トライ&エラーを恐れぬブッキーは成長限界がおっそろしく高い。雑草などという名の草はない。ソフトボールみたいなコロッケを作る子。憧れの艦娘は扶桑さん! 扶桑さんです! 赤城さん? 舞風が尊敬してる艦娘ですねえ。


叢雲「特型駆逐艦・叢雲よ。脚質はルーラー。ま、TTも山岳もイケるけどね。メインコンポはスーパーレコードEPS、愛車はフランスのルックよ。何? ウィリエールにしろって? 私の勝手でしょ!」


 「斧槍(ウィリエール)使えよ」と色んな所でツッコミ入れられるルック乗り叢雲。龍田は誰にも言われないし誰も言えない。そうよね、だって怖いもん!(小島風感) 嗅覚がヤバい。とある初春型駆逐艦と乗るバイクがダダ被りして大喧嘩(傍目には殺し合いにしか見えないが喧嘩の範疇)する。チームレースは代理戦争に近い。


漣「特型駆逐艦、もとい綾波型駆逐艦・漣ですよ! 脚質はスーパーアルティメットブラボーファンタスティックビバクライマークイーン、メインコンポはスラムe-Tap! 愛しのバイクはスペシャライズド・エスワークス(゚∀゚)キタコレ!! ご主人様ったら漣の事好きすぎじゃね!? 可愛すぎてすまんの! あじゃーっす!」


 そんな脚質も事実もありませんねえ。伊語・仏語・英語をミックスしすぎ。でもクライマーとしては特級だ。ところでお調子者な気質が災いしてしょっちゅう提督の怒りを買いゴルゴダ風味に磔刑される駆逐艦がいるらしい。ゲェーッ、ごしゅじんたま!?


電「特型駆逐艦・電です。電の脚質はルーラー、メインコンポは『電』動式のアルテグラなので……ッ、だ、駄洒落じゃないのです! 乗っているのはアンカーですよ! とってもかっこいいのです!」


 言われてはじめて気づく電動式を使う電という微妙な微笑ましさにほっこりする提督の笑みに、鬼怒が物陰から嫉妬。ギギギ、鬼怒と何が違うのか。艦種かな? 天龍や阿武隈にとても懐いているのです。エースを護り抜く名アシストになるか、はたまた主役に躍り出るのか。


五月雨「白露型駆逐艦・五月雨って言います! 脚質はオールラウンダーなんですよ! メインコンポは機械式のアルテグラで、大切なバイクはピナレロ! もうドジッ子なんて言わせませんから!」


 大天使五月雨。史実でメシマズ艦だったのを気にしていたのか奮起し、今では駆逐艦内で漣や磯波に並ぶお料理上手勢の一人。活けスズキを余裕で捌ける。夕張が大好き。ドジ故に提督にフォローしてもらうラブい役得が発生しがち。万能脚質でサポートも主役もなんでもござれです!

245以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/20(水) 13:28:47 ID:di2Jw2hg
回収乙w
さみちゃんオールラウンダーかいな

246 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 21:57:24 ID:gKbQMtME

>>235からの続き
………
……


 ――――ヒトナナサンマル。場面は再び潜水艦寮。

 掃除を終え、料理も仕上げを待つばかりとなった彼女たちは、二手に分かれて入浴となった。

 ゴーヤ、ろー、はち、ニムが風呂に入っている間に、残るメンバーは先にカタログを読んでおこうという目論見である。

 目論見だったのだが――――。


イムヤ「さぁ、四人がお風呂行ってる間に、カタログに目を通しておくわ! その後は私たちがお風呂よ!」

イク「キレーなお部屋にキレーな体で、てーとくをお迎えするのね! イクたちのロードバイクを決めちゃうの! すーっごく楽しみなの!!」

まるゆ「まるゆ、上手に乗れるかなぁ」

しおい「大丈夫だよきっと! ね、ね! 早く読もうよ! しおい、もうわくわくしてきちゃって!」

イク「こ、これがロードバイクなの……いろんなバイクがあって目移りしちゃうのね〜!」パラッ

しおい「うん! わっ、すごい! きれいだね! イクちゃん、もうちょっとこっち寄せてよー」

まるゆ「ま、まるゆにも見せてよぉ……わぁ………まるゆたち、こんな綺麗な自転車に乗れるの? 嬉しいなぁ」

イムヤ「うーん、いろんな国のバイクがあって、目移りしちゃうわね」

247 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 22:03:50 ID:gKbQMtME

しおい「そーだねー。あ、でも提督言ってたよ! 「自分一人で解決できる問題なら、悩んだ時こそ自分がこれがいいって思ったのが一番いい」って! だから、しおいはこれっ!」

まるゆ「そうなんだ。じゃあまるゆは一目見て気に入ったこれにします―――――って」

しおい「? どうしたの?」

まるゆ「ふ…………ふぅれむ販売?」

イク「フーレム? ハーレムの親戚か何かなの? …………って、フーレムじゃなくてフレームなの。ところでフレーム販売って、なんなの?」



 問題に対峙する時、自分一人で解決できる問題ではないという見極めこそがまず大事である。



しおい「え、あ、あれ? しおいのもよく見たら……? え? コンポーネントは別売り……? ペダルは付属しない……?」

イムヤ「でもホラ、写真だとちゃんと完成して……あ、あら? そういえばペダルはついてないような……ん? んんん??????」


 それが分からない状態で一人思い悩むことこそがドツボなのだ。既に相談必至の案件である。

 そんな感じで――――まず、しおいとまるゆが落とし穴に落ちた。


イムヤ「あれ? そういえばこっちのカタログ……」

イク「あれ? そんなカタログもあったの? そういえば二冊貰ったのよね?」

248 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 22:09:08 ID:gKbQMtME

しおい「これ、バイクのカタログじゃないよ? えーっと、あれだ、こん、こん……えっと、なんだっけ………そう、コンポ! これか! これがコンポーネントのカタログだ!」

まるゆ「ロードバイクの部品………あ、そうか。フレームで選ぶと……えっと、部品? 部品は別で選ばないといけないんです、よね?」

イク「そうなるみたいなのね。ハンドルやステムは付属されてたりされてなかったりなの………って、イクが欲しいロードバイクもフレーム販売なの!?」

しおい「イムヤちゃんは?」

イムヤ「ま、まだ決めかねてるけど……むしろこれ、完成車でいいの? なんだか、高い奴はみんなフレーム販売とかバラ売りって書いてあるような……」

イク「そ、そんなことないの! こ、こっちはハイエンドモデルだけど、完成車、で………し、仕様スペック?」


 そしてイムヤとイクもまた落ちる。


まるゆ「……バラ組み? 完成車? バラ組みって、フレームだけってことですよね? 完成車は……………………えっと、こ、コンポ…………こん、ぽ……?」


 まるゆがじっと見つめるカタログの項目に並ぶ文言を、他の三人も注視する。


 シマノ、カンパニョーロ、スラム。

 レッド、コーラス、ソラ、アルテグラ、スーパーレコード、105、ポテンツァ、ティアグラ、レコード、フォース、デュラエース、ケンタウル、レッドe-Tap、アテナ、ライバル、ヴェローチェ、アペックス。

249 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 22:22:13 ID:gKbQMtME

イク(…………呪文? ハイエイシェント的な? カイザード・アルザード的な? それともモビルスーツの名前?)


 「なんでも横文字を魔法の名前に見立てたり、ガ〇ダムを頭に付ければそれっぽく見える不思議」という香ばしい思考にイクは陥った。


イムヤ(ぽ、ぽて、ぽてん……ポテンツァ? ポテンヒット? ……アテナって何……音速や光速で拳を振るったりするあの……?)


 それは野球用語である。そしてそんな速度で走れるロードバイクがあったらこのSSは終わりだ。


まるゆ(れこーど……? すーぱーが付いてるからこっちの方が強いんでしょうか?)


 プッツンして強くなったり速くなったりする輩は夕立や綾波を始めいないわけではない。だが根本的に着眼点が違う。


しおい(ふぉーす……ゆーうぇあーざちょーずんわん?)


 四人が四人ともロードバイクのダークサイドに堕ちかけているという点においては共通している。

 大いに混乱している四人であった。何が何だかわからない。見た目で選んでいいものかがまずわからない。

 機構の違いこそ説明書きを読めばなんとなくわかるものの、理屈で分かってもまるで実感がない。

250 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 22:38:21 ID:gKbQMtME

 グレードの違いもまた同様である。

 三社の中で値段が最も安いものと、最も高いものを比べると二十倍以上の価格差があるのはどういうことか。

 そこまで違うのか? そんなにも違うものか?

 仮にそこまで違うのならば、選択次第では誤りがあるのではないか?

 考えれば考えるほど、読めば読むほどドツボに嵌っていく。落とし穴の底には底なし沼が用意されているという念の入れようである。


イムヤ(クラリスってあれだ。泥棒さんに心盗まれちゃったあの子……私が司令官に心奪われたような……)

イク(こっちは穴だらけなの……なんで穴だらけの方が高いの……? おかしいのね、乗り物と言うものは須らく穴が開いてない方が希少価値がある筈なの……!)

まるゆ(105? 波号第百五潜水艦? それともハサウェイ的な……?)

しおい(Di2って、何……? ESPって……機械? 電動? 無線? 何が違うの……?)


 それでもまだ慌てない。慌てるような時間ではなかった。

 彼女たちは頭が悪いわけではない。

 ただ前述の通り、実感がないのだ。

 乗ったことも触ったこともないものを、その機構やお値段だけを見て性能を計れというのは無理がある。

251 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 22:47:52 ID:gKbQMtME

イク「だ、ダメなの……ホイールはメーカーが多すぎて何が何だかわからないの……!」

しおい「あ、よく見たらEPSだ……いーぴーえす……いーえすぴー……えす、ぴー、いー……かんぱ……かんぱ……ちねりれ……こっぴどく……」

イムヤ「しっかりしなさいしおい!」

まるゆ「うう、たいちょーに聞いた方がよさそうですよこれ……なんとなくで決めたら後悔する予感がします……!!」

しおい「や、やめてよ!? まるゆちゃんの予感ってかなり当たるじゃない!?」

イムヤ「こ、こんな、こんなの、どうしろっていうの……す、スマホ! スマホで調べるわ! こんな時こそインターネットの出番よ!」


 十数分後に「日本シマノ党vs熱狂的カンパ教団vsスラム街の悪夢」という構図を悟り、偏向した意見が交錯するインターネットの闇を垣間見るイムヤであった。

 何気にまるゆが大正解である。

 「司令官(提督)が選んだものなら間違いはない」と即断即決した長良や天龍、金剛、そして鬼怒。彼女たちは正解だ。なんせ何一つ疑ってないからだ。

 「天龍ちゃんと御揃いがいーなー♪」で受動的に決めた龍田。彼女もまた正解。天龍と御揃いと言うのが至上である故に。

 「カッコいいからこのカンパニョーロっていう奴でお願いします!」で直感を信じた比叡。結果的には大正解だった。手が小さめの比叡には使用感が合ったという。

 「やっぱり統一感は大事だと思うんですよね!」という質実剛健な理由で、和製フレームのパナソニックと揃えて親方日の丸のシマノにした青葉。凄く正解の一つだ。そもそもどのコンポもみんな良くてみんな好きと言う稀有なタイプである。

 そう、誤りなどない。だが疑ったまま選ぶとなんであれ誤りとなるのがコンポーネント選択という罠である。

 アレにすればよかった。コレにすればよかった。なんでこれを選んでしまったんだ。どうしてどうして――――知らなかったからである。

252 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:04:23 ID:gKbQMtME

 そんな彼女たちはともかく、五十鈴らや大淀をはじめ、コンポーネントの吟味には相応の時間をかけた。


大淀(シマノの変速性能もいいですが……やはりトマジーニはイタリアンフレームですし、カンパの方がルックス面でも……あ、このアテナ、銀色が映えていいですね)


 市場からアテナシルバーが消えたのは大淀の仕業という噂が立つ。


五十鈴(スラムは惜しかったけれど……カンパニョーロのブレーキフィーリングは好き。試用した際の感触からこれは確定。問題は機械式か電動式か……軽量性か確実性か……うーん)


 求める外観と使用感のマッチングが極めて良好だった五十鈴が、最後に求めるのがまさかの性能というのはなんとも皮肉な話であった。


名取(シマノ、かな……このカブトガニみたいな見た目はちょっと、その……だけど、Di2の滑らかな変速は、すごく……ああ、でもやっぱりスーパーレコードEPSも……レッドE-Tapも……ううううう)


 悩みに悩んだ後、親指スイッチの変速時に頭の中で何かがハジケる感覚が決め手となり、スパレコEPSを用いることとなる。


由良(うーん、悩ましいなあ……試乗会に行ってみようかな……提督さんに聞いてみちゃおっかな。うん……)


 自分で弄ることにも楽しみを見出した由良は、整備面でも優秀な機械式のシマノデュラエースを選択するに至った。

253 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:18:12 ID:gKbQMtME

阿武隈(か、軽さを考えれば絶対にスラム……で、でも、あのクリック感はあたし的にはイヤ! それにイタリアンフレームには絶対にカンパの方がキレイ……で、でも変速ならやっぱりシマノ……超悩みどころなんですけどぉ! ふぇえん)


 シフトレバーの握り心地を重要視した結果、機械式スーパーレコードを選択する阿武隈である。


榛名(変速の確実な管理を考えれば、電動か無線の二択に絞れますが……やはりここはもう一度、試乗会に行きましょう。今度はコンポーネントの差を意識して……)


 独特のエアロポジションを保ったままに変速ができることを考えた時、小指でシフトチェンジが確実に行えるデュラエースDi2を選ぶことになる榛名はとても大丈夫です。


霧島(コンポーネントチェックー、ワン、ツー……まずは資料、資料、と―――――レースにおけるコンポーネント使用率……実績……各社の株価と、ハイエンドコンポの性能比較表を作って……よし、と)


 増設可能なスプリンタースイッチやその他諸々の情報を精査した結果、榛名と同じくデュラエースDi2を選択した霧島は流石ね。

 各自が様々な価値観から吟味する中で、例外が二人。


島風(電動デュラ。だって速いもん)

夕張(電動スパレコ。だって島風をあとちょっとまで追い詰められたもの)


 白熱したレースを魅せつけた二人は、プレゼントされたバイクに最初から搭載されているコンポーネントにお熱であった。

 一目惚れ同然である。

254 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:39:52 ID:gKbQMtME

 オーリョクールズ
 閑話休題。


 ヒトハチマルマル――――潜水艦寮のエンタランス、ホールへとつながる扉が開く。


ゴーヤ「艦隊戻ったよ! 今日もいいお湯だったでち……やっぱり広いお風呂は最高です」

はち「うん。特にアロマ風呂のオイル配合といい量といい、絶妙でしたね」

ろー「ですって! そろそろ暑い時期だから、さっぱりミントなお風呂はいいですって!」

ニム「はぁ、ほっこりなのにすーすーする……おーい、イクお姉ちゃん! ニムたち、帰投したよー! 今日のお風呂はすーすーだったよ! おーい!」


 元気いっぱいに声を張り上げるが、返ってくるのはニム自身の声が反響する音ばかり。


はち「……? 返事がないわね。どうしたんでしょう……?」

ゴーヤ「きっと夢中になってロードバイクカタログ読んでるだけです。ろー、フルーツ牛乳飲むでち」

ろー「ですって! ろー、取ってきますって!」


 とてとてと廊下を走ってリビングへの扉を開けるろー――――その扉の先に広がっている光景は、

255 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:50:44 ID:gKbQMtME

ろー「………で」

ゴーヤ「でち? どしたんで……」

ニム「どしたの、ゴーヤちゃん、ろーちゃん? ニムにもフルーツぎゅうにゅ……」

はち「はっちゃんはコーヒー牛乳がい………」


 四者四様、言葉が止まり硬直する。


ろー「で、で、で………」


 蒼ざめたろーが指さす先、そこには先ほどまで元気いっぱいに先行入浴組を見送った四人の、

256 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:55:51 ID:gKbQMtME

https://www.youtube.com/watch?v=_pyfH3oj_eg&feature=youtu.be&t=24s


まるゆ「カンパのシフトレバーにシマノの正確無比なディレーラー変速が加わり、更に明石さんの魔改造を経て無線化したレッドE-Tapが加わることによりハンドル周りの軽量化がまさに究極それはきっと最強のMOGURAとして木曾さんも気に入ってくれるわけでつまりシマのもかんパもすラむもみんなもぐらになれだれですかいままるゆのことをもぐらってイッたひと」

しおい「あ〜、いいね、いいとおもいます! ところでまるゆちゃん正気? しおい? しおいはね……どぼーん! どぼーん! どぼーーーーん!」

イムヤ「オーケイ、オリョクル………質問に答えて………この世で最も正解なコンポーネントはなあに? …………なによ、なんで答えてくれないのよ……イムヤのこと嫌いになった……?」

イク「い、いくぅ……」


 無残な姿があった。

 瞳の中がぐるぐるしているまるゆ。正気度が無くなっているしおい。病んでるイムヤ。曖昧になっているイク。

 もぐもぐ、どぼーん、わぁおわぁお、イクイクイクの――――煉獄の有様である。オリョール海のように。


ろー「で―――――DEATHって!!」

ゴーヤ「うめーこと言ったつもりでちか!?」

ニム「イクお姉ちゃんが!? お姉ちゃんがぁあああああ!!」

はち「」


 この数分後、龍鳳が到着するまで惨状は続いた。

257 ◆9.kFoFDWlA:2017/12/24(日) 23:57:55 ID:gKbQMtME
※深く考えると死ぬ

258以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/25(月) 07:30:15 ID:w5WY2Sv6
>>1

259以下、名無しが深夜にお送りします:2017/12/26(火) 15:34:26 ID:.vydBxOY
BASTARD!の七鍵守護神の呪文なんて今時誰がわかんだよw

260以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/08(月) 23:39:15 ID:1MD2aJx2
にゃしぃ

261以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/20(土) 17:33:54 ID:hb8KMpBE
初走り

262198:2018/01/23(火) 15:16:27 ID:Fw336yTQ
一月空くと不安になる…
保守!

263以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/23(火) 17:38:37 ID:cM.XlR/6
あっちのスレで近況言ってるだろう
無茶を言っちゃいけない

264以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/23(火) 18:38:55 ID:UiFaEfMw
あっちってどっちだよ!教えてよ!

265以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/23(火) 18:45:16 ID:6cybomjk
他にも書いてるのか!
知らなかった…

266以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/23(火) 21:25:05 ID:lbxcjeVQ
ここで満足してるなら知らなくてもいいかも

267以下、名無しが深夜にお送りします:2018/01/23(火) 23:12:09 ID:I17DWGvE
身内の不幸が重なって洒落にならんくらい多忙状態らしいからしゃーないさ
「ゴタゴタが解決したら復活する、1月くれ」ってあちらでは言ってたし
こっちのことも一応触れてたからまったり保守しながら待とうや

268以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/01(木) 23:13:57 ID:8BUikDgU
保守

269以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/17(土) 22:55:34 ID:K1OFtqTM
まだかなー

270以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/18(日) 17:54:46 ID:G6Oq13Ng
お待ち申し上げております

271以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/21(水) 16:46:51 ID:pNGqAgVk
保守&支援
他スレ知らないからわからないけれど、大丈夫なのでしょうか……

272以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/21(水) 19:50:19 ID:DF2QE9UI
生存報告だけでも欲しいよねえ

273 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/21(水) 20:05:44 ID:GtlaovE2
※他のスレ? 知らない子ですね。生きとったんやワシィ。

 ほぼ書き終えてますが平日は投下の余裕がないデース

 身内と艦これと仕事でイベントラッシュなのデース

 オリョクルズ編の続きは今週末には投下行きます。

 >>1ね、このイベントが終わったらね、サイクルジャージ姿の海防艦たちをカルガモの親子の如く単縦陣で曳きながらほのぼのサイクリングする短編も書きたい

274以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/22(木) 18:51:58 ID:zGlOF3gw
生きとったんか青葉ァ!
楽しみに待っとるで

275 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 00:36:00 ID:4jt4w35I


………
……


 ヒトハチサンマル―――夜の帳が落ち始めた鎮守府内道路にバンを走らせ潜水艦寮に到着したのは、軽空母・龍鳳だ。

 勝手知ったる他人の寮――――血よりも濃い絆で結ばれた――――潜水艦寮へと合流した龍鳳は、かつて面倒を見ていたオリョクルズ達の有様に目も当てられないといった表情で、静かに呟いた。


イムヤ「オリョクル……オリョクル……オリョクル……あの時、私たちが撤退させられたのは深海棲艦の策略……謀った喃、謀ってくれた喃……」

イク「狂ほしく血のごとき月はのぼれりなの……秘めおきし魚雷いずこぞや、なの……」

まるゆ「木曾さん、木曾さん……まるゆはこんなにも、こんなにも上手にもぐれるようになったんですよ、ねえ、ねえ……? 敵だって、たくさん沈めたんです、いっぱい、たくさん、やまほど……」

しおい「どぼーん、どぼーん、あはは、どぼーん! ヲ級改Flagship……その機関部、もらい受けるよ! 生まれてきた意味も知らずにぃ!! どぼーんするといいよぉ!!」

ゴーヤ「おめーら正気に戻るでち!! 木曾さんはおらんでち! そしてここにおわすはヲ級じゃなくて龍鳳さんです! とっとと風呂入ってきてね!」

イムヤ「龍鳳、さん……? ああ、龍鳳さん……龍鳳さんだ!!」

龍鳳「―――――成程……『なまじ生真面目な子たちほど、この罠にはまる』……提督の仰っていた通りになりましたね」


 その表情には苦笑が滲んでいる。こうなることが分かって私を呼んだとしたら、やはりあの人は切れ者だなと思う。

276 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 00:40:32 ID:4jt4w35I

イムヤ「おかしいの、おかしいのよ龍鳳さん……このばかスマホ、答えてくれないの。イムヤのことがきっと嫌いなのよ……こんなに一番すごいコンポを教えてって頼んでるのに、デジタルプレイヤーしか表示させてくれないの……」

龍鳳「イムヤちゃん、貴女はそれでもオリョクルズリーダーですか。私の渡したバトンはそれほどまでに重いものですか? 長たる者に相応しい冷静さを身に付けなさい。それと『ロードバイク』を検索ワードに組み込まないと。それではオーディオ機器しか出てきませんよ……!」

しおい「あー、龍鳳さんだ! 聞いて聞いて! あのね、しおいね、考えたんだ! もうね、何が何だかわからないってことが分かったの!! こんなんじゃ提督に嫌われちゃう、嫌われちゃうよぉおおおお!!」

龍鳳「大丈夫、大丈夫よしおいちゃん。提督はしおいちゃんのことを大事に大切に、大好きだと思っていらっしゃる。安心していいのよ」

まるゆ「りゅーほーさんりゅーほーさん、カンパとシマノを合体するんですよ!! スラムもですよ! なんかイイって言われてるところ全部ごちゃまぜでいいとこどりにしてしまえばまるゆのかんがえたさいきょーのろーどばいくが! ああ窓に! 窓に!!」

龍鳳「落ち着きなさいまるゆちゃん。戦艦並みの砲撃に空母並みの航空運用力を備えたところで、出来上がるのはあの謎のSF時空に突入している航空戦艦というキメラだったことを忘れましたか」

イク「くるほしく ちのごとき イクはのぼれり」

龍鳳「秘めおきし魚雷を放つのは今宵でもこの場でもありません。ええ、左様ですとも。さ、お風呂に入ってオリョール脳を平時脳に戻してきなさい、みんな」

イムヤ「うん……わかりました……」


 龍鳳の有無を言わさぬ号令と共に、幽鬼の如く怪しげでぬるりとした動きで立ち上がった四人。


龍鳳「後程、提督も此処へいらっしゃいます。それまでに今抱えている疑問は深く考えずにおいて、素直に提督に聞きましょうね」


 その背に優しく声をかける。こくりと四人は首肯し、のろのろと大浴場へ向かって行くのであった。

 潜水母艦であった龍鳳。彼女はこの地獄の猟犬たちの首輪がわりであった大半の潜水艦から絶対の信頼を得ていた。母のように、姉のように。そして鬼のように。

277 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 01:07:21 ID:4jt4w35I

龍鳳「さて、それではゴーヤちゃん、ニムちゃん、はっちゃん、ろーちゃん。ちょっとお外に出てくれますか?」

ゴーヤ「ぴぃっ!? お、お許しを、お許しを……!! オリョクルもバシクルもカレクルも行けと言われれば行って殺ってやるでち! でも、訓練だけはいやでち!!」

ろー「も、もう対潜訓練の的にされるのは嫌ですって……!」

はち「あの四人に責を問われるのであれば、このはちに……何卒、何卒、他の子達には寛大な処置を……!!」

ニム「!? は、はっちゃんだけが悪かったんじゃないです! 怒るならこのニム、ニムを!」

龍鳳「……何を勘違いしているのかは知りませんが、別にお説教に来たわけではないですよ?」


 龍鳳は苦笑しつつ部屋の外へと指先を向けて、言った。


龍鳳「外に車を停めてあるのだけれど、ロードバイクを積んであるわ。八台ね。それをここへ運んでほしいのよ」

ゴーヤ「えっ! そうなんですか!?」

龍鳳「やはり実物をその目にしながら体感してもらうのが一番だと提督は仰りました」

ろー「やった! やりましたって、でっち! ろーちゃんたち、ロードバイクに乗れるんですって!! 取ってきますって!」

ゴーヤ「でっち言うな! 龍鳳さん、ありがとうございまち! はっちゃん、ニム、おめーらも手伝いなさい!」

ニム「が、がってんしょうちー!」

はち「よ、よかったぁ……」

278 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 01:09:22 ID:4jt4w35I

龍鳳「慌てちゃ駄目ですよ、まずは予習ですよ。提督もいずれここに……食事の後に本格的な説明はしてくれますが、ええ、とりあえず私から軽く触りを教えて差し上げましょう」


 先の四人と比べれば足取りも軽く寮の外へ走っていく。

 その背中に向けて声をかけると、はーいと力強く返事が返ってきた。

 龍鳳はますます笑みを深め、


龍鳳(後であの体たらくについては叱りはしますが)


 刃の如く刺々しい威を放つ笑みであった。


龍鳳(とはいえ、私自身も触りだけの突貫理論武装を済ませた程度。ならば話すのは最低限のことでいいでしょうね)


 かくして、ロードバイクコンポーネント説明と相成った。



……
………

279以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 05:59:39 ID:Ft15uxGs
>>1


280以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 11:17:00 ID:/DttgwJM
いいところで切りやがって……乙ぅ

281 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 21:06:45 ID:4jt4w35I

………
……


 ヒトキュウサンマル。すっかり日が落ちて夜の帳に包まれた鎮守府。

 入浴を済ませた四人も合流し、集結したオリョクルズの八名は、龍鳳の指示で運び出されたロードバイク八台を各々の傍に携え、リビングの大広間で龍鳳の説明に耳を傾けていた。


龍鳳「では予習と行きましょう。ロードバイクには完成車とフレーム販売というものがあります」

ニム「完成車と……」

イク「フレーム販売なの……さっきはこれにしてやられたの」

龍鳳「皆さんに先ほどお貸ししたロードバイクを見てください。それは既に走れる状態にあります。いわばこれが完成車の状態です。あ、ペダルは別売りという場合が大半ですよ?」

イムヤ「ペダルは別売り……!? あ、頭が痛くなってきた……!!」

しおい「今は考えない方がいいと思うな!」

龍鳳「ええ、その通りです。そちらには今フラットペダルを装着していますし。(私もよくわからないですし)

   対してフレーム販売は、ロードバイクのフレームとフォークのセット。中にはシートポストも付属するものもあります。

   フレーム販売とはこのようにまだ自転車として走ることができないフレームの状態での販売形態を指すもので、BBやクランク、変速機、ブレーキといった部品は別途購入して使う必要があります。

   一般的には購入したお店でそうした部品も一緒に購入し、組み上げて貰うのが主流だそうですが、中には自分で組み上げてしまう方もいらっしゃるとか」

282 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 21:13:06 ID:4jt4w35I

ニム「う、うぐぐ……ど、どっちが正しいんですか? 完成車と! フレーム販売!」

龍鳳「正しいというか好みと言うか……提督が仰るには、やはり完成車の方が別途部品を購入して組み立てて貰うより安く上がるそうです。好みの構成が揃ってるなら完成車の方が予算を抑えやすいとか。

   ですが、フレーム販売にもメリットはあります。完成車を構成するパーツは一つずつ選択することはできません。カタログ通りの構成で気に入れば購入すればよい、と」

まるゆ「やはりシマノとカンパニョーロとスラムを合体することで究極のロードバイクが?」

龍鳳「いいえ、まるゆちゃん。提督曰く、それは原則としてかなり調整がシビアでお勧めしないとのことです。

   話を戻しますが、こうしたロードバイクの部品をコンポーネントと言い、これらの主要パーツを同一ブランドの同一グレードで揃えて販売されているものをグループセットと言うんです」

ゴーヤ「グループセット……や、ややこしいでち」

ろー「こんぽーねんと……奥が深いですって」

龍鳳「ロードバイクコンポーネント市場、そのグループセットのシェアは三社が占めており、三大コンポーネントメーカーと呼ばれています。

   ひとつは日本が誇る大阪は堺に本拠を構えるシマノ。

   ひとつはイタリアの走る芸術品カンパニョーロ。

   ひとつはアメリカはMTB界を席巻したスラムです。

   原則として同一のメーカーでコンポーネントを揃えるのが主流です」

はち「シマノと、カンパニョーロと、スラムですね……」

まるゆ「そっかぁ、メーカーを統一するのが主流……」

283 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 21:16:52 ID:4jt4w35I

龍鳳「そして各メーカーで販売されているグループセットにはグレードがあります。こちらのホワイトボードに記載した通りです」


〇Shimano(シマノ)機械式

 CLARIS(クラリス)⇒SORA(ソラ)⇒TIAGRA(ティアグラ)⇒105(イチマルゴ)⇒ULTEGRA(アルテグラ)⇒DURA-ACE(デュラエース)

〇Campagnolo(カンパニョーロ)機械式

 CENTAUR(ケンタウル)⇒POTENZA(ポテンツァ)⇒CHORUS(コーラス)⇒RECORD(レコード)⇒SUPER RECORD(スーパーレコード)

〇Sram(スラム)機械式

 Apex(エイペックス)⇒Rival(ライバル)⇒Force(フォース)⇒Red(レッド)

〇Shimano(シマノ)Di2(電動式)

 ULTEGRA-Di2(アルテグラDi2)⇒DURA-ACE-Di2(デュラエースDi2)

〇Campagnolo(カンパニョーロ)EPS(電子式)

 CHORUS(コーラスEPS)⇒RECORD(レコードEPS)⇒SUPER RECORD(スーパーレコードEPS)

〇Sram(スラム)無線式

 Red E-Tap


龍鳳「シマノならばクラリスが下位、デュラエースが最上位グレードとなりますね」

284 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 21:33:11 ID:4jt4w35I

イク「で、出たの!? 呪文なの!!」

イムヤ「あ、あれ? アテナがないわよ? アテナっていうやつがあった筈よ?」

龍鳳「あ、あら? そんなのあるの? 後で提督にお伺いしますね(カタログにはあるけれど、これってひょっとして……)」


 2018年現在ではとっくに廃盤である。


しおい「こ、この機械式と電動式と電子式と無線式って、なんなんですか……?」

龍鳳「変速の方式ですね。お手元のロードバイクを確認してください。ハンドルレバーのところにスイッチがあるでしょう?」

はち「あ、はっちゃんの借りたこのバイクに装備されてるのは、カンパニョーロの……レコードですね。翼が生えた車輪のデザインですか……いいですね」

まるゆ「まるゆのもカンパニョーロです。レコードESP!」

ろー「ろーちゃんのはシマノですって! えっと、えっと……アルテグラ? ですって!」

ゴーヤ「ゴーヤのもシマノでち。ゴーヤのもアルテグラって書いてありますが……これ、Di2?」

ニム「ニムはスラムだね。えっと、レッド?」

イク「イクのもスラムなの。レッドEタップって読むの?」

285以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 22:05:58 ID:lpB8y60g
ここまでかな?
乙です

286 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:06:23 ID:4jt4w35I

イムヤ「イムヤのは……ほえ? これ、なんか全然違う?」

しおい「しおいのも、なにこれ……?」

龍鳳「イムヤちゃんとしおいちゃんのはダブルレバー……機械式です。STIレバーと呼ばれるハンドル部分にある機構で操作するものとは違い、よりクラシックなクロモリバイクに見られる、ダウンチューブに装備されたレバー操作のものです。

   ダブルレバーを除けば、各社で操作方法は異なりますが、原理は同じ。まず機械式は手の力でワイヤーを引っ張ることで、ディレーラーを動かして変速する方式です。

   ワイヤーのテンションの張り方などの調整一つで渋くも滑らかにもなりますが、より操作している実感を楽しめる変速方式とのことですよ」

はち「なるほど……あ、あれ? 変速しませんけど?」

ろー「ですって!? こ、壊れてる……?」

ニム「い、いきなり壊しちゃった……!? お、怒られる、怒られる……」

龍鳳「ち、違います。クランクを回しながらでないと変速できませんよ。固定ローラー台も持ってきたんですから、せっかくですからみんな回してみてください。

   リアのギアを重くすることをシフトアップ、軽くすることをシフトダウン」


 やたらと落ち度を気にするオリョクルズである。

 極端にミスを恐れるのは、リーダーのイムヤを始め、多かれ少なかれ彼女たちに共通している点であると言えよう。


はち「お、おお……こ、これは……成程、動力を与えないとディレーラーが動かないのですね。

   カンパは右手の親指でリアのシフトアップ、レバーを押すとシフトダウンする……フロント側は左手で操作、シフト操作は右手の真逆になる……はっちゃん、覚えました」

287 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:13:45 ID:4jt4w35I

ろー「た、楽しい! 右手をかちかちしてると、後ろの車輪がカチョンカチョンって変速していきま――――ぴぃっ!? ぶ、ブレーキレバーがぁ!? こ、壊しちゃった!?」

龍鳳「大丈夫ですろーちゃん。シマノのハンドルはブレーキレバーごと押し込むことでリアがシフトダウンします。左手はフロント操作ですが、右手とは逆の操作になります」

ニム「よ、良かった。壊れてな………こわれてるぅうううう!? シフトアップしたりシフトダウンしたりするよぉおおお!? 同じレバー押してるのにぃいいいい!?」

龍鳳「落ち着いてニムちゃん。スラムのレッドはダブルタップレバー方式を採用しています。右手のレバーを軽くタッチするとリアシフトアップ、深く押し込むとリアシフトダウンします」

ニム「ひ、冷や汗が出てくる……で、でもこれ、面白い! 面白いよ!」

イムヤ「成程。ダブルレバーってシンプルね。右側のレバーを手前に倒すとシフトアップ、奥に倒すとシフトダウン……左はやっぱり逆になるんだ? あ、クラシックってひょっとして……」

しおい「そっか、変速するのにいちいち手をハンドルから放さないといけないから……」

龍鳳「最速を競うレースにおいて、このダブルレバー方式が廃れた理由がそれですね。提督が仰るには調整しやすいからホビーで使う分にはとても面白くて良い、とのことです」

イムヤ「確かに……」

しおい「うん、いいね! いいと思います!」

龍鳳「続いて電動式・電子式……これは呼び方が異なるだけで、原理は同じ。

   バッテリーによるエレクトリックな変速方式……要はスイッチ一つでギアを切り替えるための、いわばリモコンです。

   操作性は言うに及ばずストレスフリーですが、値段が高価になりがちで、バッテリーで動く故に電池切れすればたちまち動かなくなります。たまの充電は必須ですね」

ゴーヤ「お……! これは、なかなか面白いでち! スイッチを押すとチュインチュインと……あ、電動式だとブレーキレバーは押し込めないんですね?」

まるゆ「わ、わ……うん。面白いです。操作方法は、機械式と変わらないのかぁ……」

288 以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 22:15:50 ID:3qX/pBsM
リアルタイム更新が見られるとは思わなかった
いいぞもっとやってください

289以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 22:16:16 ID:lpB8y60g
久々のまとまった更新で嬉しい

290 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:23:15 ID:4jt4w35I

イク「ねえねえ、イクのは? これ、無線式っていうの?」

龍鳳「ええ、最後に無線式ですが、現在では最新の変速方式で、文字通り通信方式が無線タイプになっています。

   現在はレッドEタップだけがこの方式ですね。前述の電動式との違いは、通信方式が無線のため、配線の必要がないという点です」

イク「はっ!? 確かにイクのバイク、ハンドルから配線が伸びてないの!? すっごくハンドル周りがスッキリしてるの!」

龍鳳「また操作方法が機械式のレッドとはやや異なります。左手のスイッチを押すとシフトアップ、右手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。

   より直観的に操作できる点が高く評価されているようですね」

イク「こ、こいつぁ面白い玩具なの……!!」

ニム「い、イクお姉ちゃん! 交代! 次、私がそれ弄ってみたい!」

イク「OKなの! 取り換えっこして色々試してみるのね〜♪」

はち「まるゆちゃんの電子式も試してみたいなあ」

まるゆ「あ、はい! まるゆも機械式のカンパ、使ってみたいです」

ろー「でっちー、でっちー、ろーちゃんも電動式を試してみたいですって」

ゴーヤ「でっち言うなと言ってるサル!!」

イムヤ「ちょ、ちょっと、私としおいにも貸してよね! ダブルレバー同士だから交換しても同じなのよ!」

しおい「そうだそうだー!」

291 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:26:21 ID:4jt4w35I
※ごめん、誤記

○:龍鳳「〜(中略)右手のスイッチを押すとシフトアップ、左手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。

×:龍鳳「〜(中略)左手のスイッチを押すとシフトアップ、右手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。

292 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:32:03 ID:4jt4w35I

 こうして各メーカーのコンポーネントの操作方法を実感したオリョクルズである。


龍鳳「とりあえずこの三社のメーカーのグループセットの、いずれかのグレードから選んでおけば、楽しい自転車ライフは確約される――――提督はそう仰っていました」

ろー「なるほどですって! 似たようなものってことですか?」

龍鳳「違います」

ゴーヤ「それ、見方を変えたらこの三社以外のメーカーは地雷ってことでち?」

龍鳳「初心者向けではないという意味では冒険でしょうね。結果が出なければ『次』がありませんから」

イムヤ「次がない?」

龍鳳「では問いますが、売れないという結果が出てしまった商品に次をと望む多くの声はありますか?」

イムヤ「世知辛すぎるわ」

まるゆ「…………なるほど。需要がなければ供給はありませんね。当たり前のことでした」


 例えばローターやオーシンメトリックといったメーカーの楕円形チェーンリングは、一定のユーザーから指示を受けているが、初心者向けとは言い難い。形状からしてお察しである。

 初心者からすれば間違いなく地雷であるが、まず選択することはないだろう。

 なんせこの三社に対して我こそは四社目よと名乗りを上げたはいいものの、数年足らずで廃れるメーカーは後を絶たない。廃れるということは後発がないということだ。

 各メーカーは数年のスパンで商品は最新のものへと切り替える。マイナーチェンジであれ大幅なバージョンアップであれ、そこには確かな変化があるが、他のメーカーを選ぶということはその商品が廃盤になった時に心中する覚悟を持たねばならない。

293 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 22:46:15 ID:4jt4w35I

 70年代のコンポーネントセットの概念がなかった時代ならいざ知らず、今やコンポは各メーカーでまとめるのが主流。しかし例外はある。

 ミックスコンポだ。効率的なペダリングを行うというメリットを得るために楕円形チェーンリングに変えるのとは違い、完成車として購入した時点でミックスコンポである場合だ。

 完成車の値段をより安く抑える点では理に適っているが、同じメーカーで統一したいというある種のコンプリート願望を持つ乗り手にとってはイマイチな組み合わせである。

 オーリョクールズ
 閑話休題。


イムヤ「それじゃあ龍鳳さん……結局のところ、どれを選べば正しいのかしら?」

龍鳳「それは……」


 龍鳳が口を開こうとした時――――ホビーで乗る分にはどれ選んでもいいぞ。好みでいいんだ好みで――――と、そんな声が割り込みをかけた。

 声の主を求めて龍鳳が振り返った先にはやはり、


龍鳳「あ、て、提督!」

提督「龍鳳、ご苦労だった。悪いな、覚えたてなのに説明任せちまってよ」

イムヤ「!! 司令官! いらっしゃいませ!!」

提督「や、イムヤ。すっかり遅くなって済まなかったな。八時回っちまったよ」

イク「そうなの、てーとく! とってもおそいの! イクたち、首を長〜くして待ってたの!」

294 以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 22:50:31 ID:3qX/pBsM
しょっぱな突然の航空戦艦ディスりで笑ってしまった

295 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 23:00:34 ID:4jt4w35I

提督「そう詰ってくれるな。俺もここに来れるのを楽しみにしてたよ」

はち「もう、相変わらずお上手ですね……お待ちしておりました、提督。はっちゃん、もうおなかぺこぺこです」

ニム「あっ、そうだ! ニム、カレー温めてくるね!」

提督「お、夕飯はニムのカレーかァ。久々だなあ。大盛でよろしく!」

ニム「うん、ニムに任せておいて! ほら、まるゆちゃんたち、提督をご案内して!」

まるゆ「ようこそお越しくださいました、隊長! さあ、どうぞこちらへ!」

提督「ん。まず手を洗わんとな。おまえたち、ロードバイク弄ってたろ? 俺も一応外から来たし……洗面台に連れて行ってくれ」

ゴーヤ「はっ!? それもそうです!」

ろー「洗面所はこっちで……ああああああ!?」

ゴーヤ「どうしたんでち、ろー」

ろー「せ、洗面所はダメですって……まだお洗濯してないから、洗い物籠に、みんなのお洋服や下着が……」

しおい「それはだめだよ!?(乙女的な意味で)」

提督「それはいかんな(風紀的な意味で)。しゃーねえ、イムヤ、おしぼり作ってきてくれ」

イムヤ「はい、ただいま!」

提督「相変わらず、賑やかだなここは」

296 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 23:27:25 ID:4jt4w35I


龍鳳「お、お恥ずかしい限りです……」

提督「元気があるのはいいことだよ――――重ねてご苦労だった、龍鳳。どこまで説明してくれたか、後で報告を頼むよ。夕食の席でな」

龍鳳「は、はい!」


 ほっとしたように笑う龍鳳に、提督もまた微笑み返す。

 イムヤはそんな二人を、おしぼりを取りに行く後ろ目で――――否、後ろ耳で聞いていた。




……
………

297 ◆9.kFoFDWlA:2018/03/25(日) 23:29:40 ID:4jt4w35I
※久々の投下で案外投下に時間がかかるのを思い出した

 次回は提督の生臭い(ロードバイクコンポーネント選択の)お話である。

298 以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/25(日) 23:36:27 ID:3qX/pBsM
お疲れさまでした
これからも楽しみにさせていただきます

299以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/26(月) 05:10:58 ID:6.QV7JPE
>>1


300以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/26(月) 17:39:51 ID:gfnPEibs
シマノあかんことになってる

301以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/26(月) 20:01:25 ID:WfH4fJzI
乙した


あまり航空戦艦を虐めないでやってくれ、ウチの日向は対潜旗艦なんだ

302以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/28(水) 02:00:36 ID:J0gs5N.M

待ってたんだよ貴方のことを!
昔買ったopera盗まれてもうロードバイク乗らないかなと思ってたけどまた欲しくなってきたよ
まとめから入った勢だけど面白い、夕張vs島風は本当に涙ぐんでしまった
プライベートが忙しそうですが、次回投下をお待ちしてます

303以下、名無しが深夜にお送りします:2018/03/30(金) 21:36:26 ID:S7hhRIrk
生きとったんかワレェ!
たのしみにしてます!!

304 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:18:24 ID:BwCo/bVk

………
……


 かくして待望のお食事タイムであった。提督はもちろん、オリョクルズたちもお腹を可愛らしくくぅくぅと鳴らしている。

 長手のテーブルの中央上座に座る提督に対し、輪を作る様に卓を囲っていくオリョクルズ。提督の左隣はゲストの龍鳳。

 オリョクルズリーダーのイムヤは、右隣……ではなく、提督の正面である。実質、潜水艦寮の主故にゲストには机を挟んで対峙する。これが礼儀である。

 寄り添えることはなくとも、真正面から提督と見つめ合えるこの位置取りは、かつて龍鳳が大鯨であった頃の定位置である。この位置を、イムヤはとても気に入っていた。

 提督の右隣でニコニコ笑顔で食事を楽しみにしているのはまるゆであった。事前に決めていた純粋なくじ引きの結果である。二位のゴーヤと三位のろーが表現しがたい表情でまるゆを睨んでいる。

 龍鳳を恨むことはないが、龍鳳が来なければ提督の隣に座っていたのはゴーヤであった。並々ならぬ葛藤の末、行き場をなくした感情の矛先はまるゆへと向けられていた。それは八つ当たりという。

 されど、まるゆもまた立派なオリョクルズ。刃の切っ先のようなゴーヤの視線を豪胆にも柳に風とばかりに受け流し、横目で提督の顔をちらちらと見上げながら、時折提督と視線がかち合うと、嬉しそうにえへへと笑う。

 提督は思う――――なんて平和なんだと。空母寮ではこうはいくまい。その感慨深い思いが中断された。料理が運ばれてきたのだ。

 ニムとはちが手にしたトレイの上に並ぶメニューはもちろん――――。


ニム「ニム特製! フィリピン風のココナッツミルクを使ったチキン馬鈴薯カレーなの!! 新作だよ!」

提督「フィリピン風……オリョール海か」


 オリョール海のモデルはフィリピンのオーモック海と言われている。

305 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:22:50 ID:BwCo/bVk

 フィリピンのカレーと言えばココナッツミルクカレーだろう。だが、その常道から少しばかり外れたものだと、提督の視覚と嗅覚は感じ取っていた。

 まず色が赤い。フィリピンカレーは使われる香辛料次第であるが、黄色いものが多い。

 そして香り。ココナッツのふんわりとしたミルキーな香りに纏われる香辛料の香りは、ほのかな酸味を帯びている。

 しかし提督は慌てない。慌てるのは戦艦寮における金剛型の部屋と、駆逐艦寮における陽炎型の部屋だけだ。

 常道から外れようとカレーは期待を裏切らない。人の本能に根付く渇望、それを潤すための存在である故にだ。

 一部例外があるが、それは往々にして作り手側に問題がある。


提督「では、いただきます」


 提督の礼に合わせ、オリョクルズや龍鳳もまた唱和する。それが終われば、待ちきれないとばかりにスプーンを手に魅惑の赤い液体をライスに絡めてはむとほおばるゴーヤとイク。


ゴーヤ「あ、あれ? 赤っぽい色合いから覚悟決めて口に入れたけど……辛くないでち? っていうか、これ……」

イク「ちょっと酸っぱい……かな? でもおいしいの! とろとろの鶏肉によく絡むの〜♪」


 さらさらの汁気が強い黄色い液体に、くったりと蕩けた具材が浮かんでいる。


まるゆ「カレーっぽくないのにちゃんとカレーですねコレ……」

306 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:26:55 ID:BwCo/bVk

ニム「あはっ、提督、どうどう? わかるわかる?」

提督「……ん、この酸味と甘みは……トマトとタマリンドを加えたのか。成程、ベースはフィリピン『風』の南インドのエッセンスを取り入れたのか。これは旨い」

ニム「ホント? やったぁ!」

提督「ブイヨンで伸ばしてサラサラ仕立てなのがいいな。盛り付けもきれいだし」

はち「あ、盛り付けははっちゃんですよ。上手になったでしょう?」

提督「おお、味といい盛り付けといい、腕上げたな二人とも……うん、うん、旨い。パクパクいける」

ろー「てーとく、食後にははっちゃん特製のアプフェルシュトルーデルもありますから……お腹いっぱいにはしないでくださいって」

まるゆ「あ、はい! まるゆもアイスクリン、作るの手伝ったんです!」

提督「ほう、はちとまるゆが? それは楽しみだ。ちゃんと腹八分目にして期待してるぞ」

イムヤ「あ、あの、司令官? お飲み物、どうぞ」

提督「お? カットライムを添えた……炭酸水か? ペリエ? ゲロルシュタイナー?」

ゴーヤ「ペリエでち! てーとくは炭酸水好きなんですよね?」

しおい「うん! イムヤちゃんから教えてもらったんだ!」


 炭酸には疲労物質たる乳酸を排除する効能がある。代謝を加速し、運動に対するパフォーマンスを上げる効果や血流量の増加などいいことが多い。

307 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:31:24 ID:BwCo/bVk

 提督が愛飲する飲み物の一つであった。

 談笑しながら食事は進んでいく。じっくりと染みたさらさらのルーは食べやすく、空腹も手伝ってかあっという間にみんなの皿はからっぽになった。


提督「ごちそうさま……さて、龍鳳からはコンポーネントの主要三社について聞いているらしいが」


 デザートのアプフェルシュトルーデルをパクつきながら、提督が龍鳳に話を振る。


龍鳳「はい。実際にコンポーネントにも触れてもらいましたが……こちらのホワイトボードに」

提督「ふむ……シマノのターニーを除いたのは?」

龍鳳「クラリスからデュラエースまではシフトチェンジ機構は同じだが、このターニーだけは違います。カンパニョーロに近い機構の親指シフトです。

   比較対象とするには微妙過ぎるかと……クラリスとの価格差も誤差のレベルですし」

提督「実機としてアルテグラ、レコード、レッドの各二種のグレード、そしてダブルレバーを選定した理由は?」

龍鳳「はっ! ……まずアルテグラとレコードですが、機械式と電動式、もとい無線式の違いを最も肌で知れるグレードです。

   かつレースパフォーマンスにおいて十二分な性能を有しているものと説明してくださったのは提督です。

   スラムにおいてはフォースもまた性能面においては足るものではありますが、無線式との比較ならばやはり同グレードのレッドが適切かと。

   また、ダブルレバーは懐古主義的ではありますが、クラシックバイクを用いる上では避けては通れないコンポーネントです」

308 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:42:26 ID:BwCo/bVk

提督「シマノのデュラエース、カンパニョーロのコーラス、あるいはスーパーレコードを選ばなかった理由は?」

龍鳳「ロードバイクのコンポーネントは上位に行くほど不可逆的な感覚が襲ってくると教えて下さったのもまた提督です。下を知ってから上を知るのはともかく、上を知れば下では満足できぬようになると」

提督「愚問だったな。ダブルレバーに使ったのはどこだ? シマノか? シュパーブプロか?」

龍鳳「ダブルレバーとしての性能を追求したダブルレバー式のデュラエースに、古き良き時代の変速感を味わうことを狙いとしたシュパーブプロで組み上げられた逸品です」

提督「………」

龍鳳「………」


提督「――――パーフェクトだ龍鳳」

龍鳳「感謝の極み」


 男くさい笑みを浮かべて頷く提督に、花開き感極まったように深くお辞儀をする龍鳳。

 ある種の様式美であった。


イムヤ「………」


 それを面白くなさそうな目で見ているのは、イムヤだった。

 オリョクルズのリーダーになった。だけど、提督と楽しそうにお話している龍鳳を見ていると、実質のリーダーはきっとまだ龍鳳の――――大鯨のままなのだと、思い知らされたようで。

309 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/02(月) 00:43:55 ID:BwCo/bVk
※おしごと、おしごと、おしごと……

310以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/02(月) 23:15:22 ID://U.dsCc
>>1


311 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/15(日) 22:46:45 ID:ktmRztdM
※よっしゃ来週末は間違いなく書けるでぇ

312以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/16(月) 09:47:04 ID:fC56NOqY
よっしゃこれで1週間戦えるわ
マジチンの方も楽しみにしてる

313 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 22:33:34 ID:KQZZm5WE

 大鯨が改装を経て龍鳳となった時のことを覚えている。

 彼女は潜水艦寮から離れ、空母寮へと住まいを移した。

 隠し切れぬ寂しさに表情も昏く俯いたイムヤに、龍鳳は言った。


 ――――潜水艦隊を頼みましたよ、と。


 後日、正式な辞令が下り、イムヤは潜水艦たちのリーダーとして龍鳳から業務の引継ぎを行い、すぐに重要な作戦会議や鎮守府運営にかかわる議案にも関わるようになった。

 それはきっと喜ばしい事なのだろう。しかし沸き立った心に冷静さが戻った頃、『なぜ自分なのか』という疑惑がイムヤの心中に浮かび上がった。

 リーダーとしての業務は苛烈を極めたが、それに忙殺されることはなかった。

 当時の潜水艦隊にニムはいなかったが、イムヤは己がリーダーとして適正であるとは思えなかった。管理職として潜水艦隊をまとめる日々が続くにつれ、その疑念はますます強まっていく。


イムヤ(あの時、大鯨さんはこんなに大変なことを、苦労なんておくびにも出さずにこなしてたのね……)


 大鳳には足を向けて眠れないと新たに尊敬の念を深めると共に、イムヤは改めて己の価値を検分する。

 果たして、自分には何があるのだろうかと、いつだってベストを求めてきた。ベストを尽くしたって安心できなかった。

 だって、イムヤは―――――イムヤ自身をこそ、何よりも信用できなかった。

314 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 22:40:48 ID:KQZZm5WE

 イムヤは旧型の潜水艦である。史実においてこそ大戦果を挙げたものの、スペックひとつとっても他の潜水艦達には劣っていた。


 破格の砲火力に冷静沈着な判断力を持ち、土壇場では腹を据えた苛烈さと勇猛さをも持ち合わせたはち。

 雷撃のみならず、航空機運用に砲撃・防空と隙のない戦術の幅広さを持つマルチプレイヤーのしおい。

 神がかり的な予見と勝負勘を頼りに敵の作戦を読み切り、多くの戦果を挙げてきたイク。

 隙の無いスペックにここぞという決定力を持つ純粋な強さならばゴーヤ。夜戦における敵の撃沈率は、ゴーヤが魚雷を放つ=撃沈数という、潜水艦内の撃沈王だ。

 この四人は、潜水空母への改装を経て、水上機まで運用できる。

 当時は着任していなかったニムもまた、今は潜水空母だ。彼女たちに負けず劣らずのポテンシャルを持っている。未熟なれど前向きな頑張り屋で、姉のイクに負けじと強さに貪欲なひたむきさを見せた。

 ではろーは? その頃はまだ艦隊に加わっていなかったが……呂500に改装する以前から、ろーは――――ゆーはイムヤでは及びもつかない性能を誇っている。彼女もまたギフテッドであった。

 ではまるゆは? 純粋なカタログスペックを問わぬ心の強さという意味では、イムヤはまるゆ以上の艦娘を知らない。事実、まるゆは潜水艦隊にとって欠かせぬ、立派な戦力を備えるに至った。


 翻って、イムヤにあるものはなんだろう。近代化改修を済ませた結果、火力も装甲も増えエンジン放射音を極限まで抑えた防音性を有した。

 だがそれは全員がそうだ。ならばイムヤにあるものは、なんだろう。真面目さか? 負けん気か?

 イムヤは否だと思う。ならばきっと、自分が選ばれた理由は『それ』意外に考えられなかった。

 そして『それ』を考えれば考えるほど―――自分は、ただの提督にとって便利な『いい子』に過ぎないのではないかと思えた。

 客観的に己という存在を、旧型の潜水艦たる自分に価値を見出すとすればそれしかありえないと思うようになって、漠然とした不安はどんどん大きくなっていった。

315 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 22:44:37 ID:KQZZm5WE

 ――――嫌な『音』が聞こえた。いつもの『音』だ。鉛色の音。はじまりの音だ。

 不安を抑えきれなくなって、すぐに提督に問いを投げた。返ってきた答えは呆気にとられるぐらいシンプルで、とても嬉しい言葉だった。


イムヤ(覚えてる。今でも、一言一句違わず、音程一つ間違えず、頭の中で再生できる)


 その時の声を思い返すたびに、『音』は消えた。天にも舞い上がるような気持ちになる。嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになる。

 だけど、あの時の提督は、どんな『音』をしていただろう。それが、喜悦の彩で塗りつぶされている。

 イムヤの心中では、今頃になってそれが不安に思えてきていた。

 また、『音』が聞こえだした。


イムヤ(…………いやだ)


 イムヤは初めて提督という存在を知覚した瞬間に、恋に落ちた。

 提督の采配の下で戦い続けた。しゃにむに戦った。深海棲艦の補給線を破壊し、時に資材を奪い、脅威となる敵を無音潜航で秘かに沈めて行った。

 帰投した時には温かく出迎えてくれる提督のことがどんどん好きになった。

 闘いの日々は辛く厳しいものだったが、それでも楽しかったと思える。一航戦と二航戦――――あの飛龍とも再会を喜び合い、少しずつ増えていく潜水艦の仲間達と親睦を深められるのは、有難い事だった。

 それに、こうして提督と交流できる時間は、イムヤにとって掛け替えのないものだ。

316 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 22:47:02 ID:KQZZm5WE

 その一瞬一瞬が宝物のように煌めいている。

 好きな人のちょっとした仕草やクセ、色んな表情が分かっていく。知って幻滅することなんて、イムヤには一つもなかった。提督のことがますます好きになっていく。

 出撃中の提督に会えぬ日々は辛いものだったが、増えていく仲間と共に戦場の海を泳げることは心強かった。

 過ぎゆくとともに、想いは募り焦がれて、もう鉛色の音を忘れかけた。そんな日のことだった。

 待ちに待っていたはずの『あの日』は、イムヤにとって―――。


提督「イムヤ」

イムヤ「っ、え?」


 心音と共に視線が跳ね上がる。そこにはじっと心配そうにイムヤの顔を見つめる、提督の両目があった。その両隣では、まるゆや龍鳳も同様の視線を向けている。


提督「これからコンポーネント市場の主要三社のより詳細な説明しようと思うんだが……」

まるゆ「顔色が悪いですよ? 大丈夫、ですか?」

イムヤ「っ!? だ、大丈夫。大丈夫よ! イムヤ、元気いっぱいだから!! ちょっと考え事してて……」


 嘘だ、とイムヤは思った。自分自身の言葉が嘘だと。きっと今、イムヤはひどい顔色をしている。それを自覚していた。

317 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:12:59 ID:KQZZm5WE

 気づけば、提督だけではなく、誰もがイムヤに視線を向けている。ある者は心配そうに、ある者は不安げに、ある者は苦虫をかみつぶしたような表情で、一様にイムヤの様子を見ていた。


イムヤ「ご、ごめんなさい、みんな! 本当に大丈夫だから……司令官! お話を続けてください……」


 日を改めることすら考慮に入れ始めた提督の思考に割り込んだのは、イムヤの悲痛さすら感じさせる声だった。


提督「…………ん、そうか。体調悪いなら、あんまり無理しちゃ駄目だぞ」


 提督はきっと、困った顔をしている。それがイムヤには分かった。顔を見なくても、俯いたままにそれが分かった。

 自分自身さえ納得させることができない言葉では、この場の誰も欺けない。

 もちろん龍鳳もだ。その横で静かに瞳を細める龍鳳だったが、あえて言葉はかけなかった。

 追及はすまいと、無言のままに、誰もがそう思っていた。


提督「さて、では改めて………コンポーネントの選定。まずシマノ・カンパニョーロ・スラムの三社から一社を決定するためには、何を重要と捉えるかが肝だ」

イムヤ「そ、そうなんだ。それで、どのメーカーのどのグレードを選ぶのが正解なの?」

提督「ぶっちゃけるぞ――――まずグレードを後回して、ただ三社を選ぶだけなら好みでいい」

イムヤ「…………え?」

318 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:21:57 ID:KQZZm5WE

 イムヤは、己の胸の中心から、何かが跳ねる音を聞いた。


はち「……あら。それはどうしてですか? 好み……というのも、少し漠然としている気がします」

提督「純然たる好みという意味でもいいんだが、要は嗜好や事情、そこに利便性や自転車に乗る目的を絡めての『好み』だ。

   そういう意味じゃあシマノは断然オススメだぞ。なんせ日本製だ。ロードバイクを扱うショップならばどこでだって入手が容易だ。まず間違いはないってメーカーだよ。優等生よな。

   カンパニョーロはイタリアンバイクが似合うって風潮がある。人間的な……エルゴノミクスに配慮した直観的な操作感覚はクセになる。他のメーカーと比すれば少しお高いがね。ブランド志向も強めだ。

   スラムもまた独特の変速性能はやみつきになる魅力を備えている。カチンッ、カツンッと来る刺激的な変速の快感は、とても言葉にできん。より感性や本能を刺激する攻撃力があるな」


 提督にしては、言葉を重ねてなお曖昧な表現であると言わざるを得ない――――はちは胸中で少し微笑んだ。可愛いところもあるんだなと。

 しかし、成程、案外そういうものなのかもしれない――――そうも思った。

 あくまで感性の話である。いかな提督とて個々の持つ感性を完璧に表現する言葉は持ち合わせてはいまいと、はちはそう結論付けた。


提督「変速方式が使ってみて気に入ったとか、使用感が好きとか、見た目が好きとか、イタリアンバイクに乗りたいからカンパにするとか、アメリカンだからスラムとか、日本製だからシマノにするとか、そういうこだわりでイイのだ」

提督「そこからグレードを選ぶわけだが、財布の中身と相談ってのが最も多い。グレードが高い方がもちろん性能はいいよ」

しおい「むむむ……あの、提督、その上でどれが一番性能がいいんです? シマノ? カンパニョーロ? スラム?」

イク「そ、そう! それなの! イクたちが知りたいのは、まさにそれなの!」

319 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:25:41 ID:KQZZm5WE

提督「それ聞いちゃうか。地雷を踏みたがるというか、もとい機雷にぶつかっていきますね君たち」

ゴーヤ「は?(殺意)」

はち「機雷? 大嫌いです……」

まるゆ「たいちょー……いくらたいちょーでも、言っていい事と悪い事があります。まるゆ、知ってますよ。それこそが、まさに地雷っていうんです」

提督「そ、そうだったな……じゃ、じゃあここからは生臭い話だ。ホワイトボード借りるぞ」


 先刻の龍鳳と同じように、提督もまたホワイトボードに情報を書き連ねていく。


提督「大体こんなところだろう。()内は備考だ」


 1.値段(予算に相談)

 2.整備性・維持費(メーカーやグレードごとに違うものもあるので自分で整備するなら勉強必須。乗るのが目的なら維持費の計算まで入れておいた方が吉)

 3.取り回しの良さ(まさに好み)

 4.変速性能(予算が潤沢でかつコスパを大事にするとか、面倒なのは嫌いなら電動か無線。整備の腕に自信があるとか軽い方がいいなら機械式)

 5.マッチングとフィーリング(価値観次第。美意識。えこひいきとも言う)


提督「以上の要素で、自分にとって何が最も重要なポイントとなるかで、正解は枝分かれして分岐する」

320 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:32:04 ID:KQZZm5WE

ニム「えと、じゃあ提督のオススメは?」

提督「色んな意味でシマノ」

イク(もうシマノでいいんじゃないの?)

ゴーヤ(てーとくのロードって、ひょっとして全部シマノさんかな……?)


 ゴーヤもイクも提督はシマノ贔屓かと思った。合っているが、微妙に違う。提督としてはカンパもスラムも好きだ。むしろこのロードバイクにはスラムだろ、こっちはカンパニョーロだと思ってるものもある。

 しかし、提督はフレーム素材を乗り比べるのも好きだが、ホイールを使い分けるのも好きだ。

 同じシマノ製の同じグレードに纏めることで、ホイール交換の互換性を重視した結果、やむなく同じメーカーに統一しているというのが正確である――――ホイールのスプロケットは、グレードやメーカー次第で互換性がないものがあるのだ。


提督「ちなみに上記の点は重要だが、それらを冷徹に判断した上で、この中にはそうして出た結論をひっくり返しうる要素がある。項番の5……マッチングとフィーリングだ。これ以外に重要なものはないと断言する猛者もいるね」

ろー「まっちんぐ?」

しおい「フィーリング?」


 何故しおいの方が流暢に喋るのか? 提督は訝しんだが、話が逸れるのでそのうち聞いてみようと思った。

321 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:36:41 ID:KQZZm5WE

提督「己の欲すべきところをまず見定める――――好み。やはりこの一言に尽きる。つまり正解はない。あえて言い換えるとすれば、美意識だ」

ニム(美?)

イク(意?)

ろー(識?)

提督「例えばさっき話したイタリアンバイクにカンパニョーロコンポを至高とする教団のことだ。彼らはホイールもカンパニョーロにすることを絶対の正義とする」

はち「……ああ! なんというか、少しわかる気がしますね。統一感というか、同じお国で同じパーツを使うと、ふしぎな安心感があるっていうか」


 はちは納得した。几帳面な性質故か、そうした『きっちり』したものを好む傾向がある。

 だがその一方、


しおい(えー……)

まるゆ(ちっともわかんない)

ゴーヤ(せ、正解が、ない? なんでちそれは……っていうか生臭いところがどこにあるんでち?)

ろー(コクゴの問題かなあ。えっと確か、かい、かい……カイシャク、次第? カイシャク、シモス? だっけ?)


 微妙に違う上に残虐薩摩風味だが、ろーの感想はとても的を得ていた。

322 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/22(日) 23:37:45 ID:KQZZm5WE

イク「は、話変わってないの!! 結局『好み』ってなんなの!?」

提督「いいや、変わってるよ。ここからは感想ではなく、価値観だ……冷徹な評価に基づいた話になる。その上で、その結果をどう見るかは、やはり本人の好みとなるわけだ」

はち「結果、評価…………成程、レースですか」

提督「そう。レースにおける最速を、より純粋に目指すのならば、各社のトップグレードを選ぶべきだ。だがそのどれかを選ぶのは乗り手次第……ところがプロとなると機材を選べん」

ニム「? 選べない?」

提督「えり好みできんということだ。レース機材ということは結果が求められる。レースリザルトはメーカーにとって見逃せない商売材料になる。フレームメーカーは無論、コンポーネントメーカーもな……故にこそ、どれを選んでも正解だが不正解、つまり正解がない」

ゴーヤ「………ああ! そういうことだったんでちか!!」

はち「時節と結果、求められる性能はそこから来るという訳ですか……はっちゃん、よくわかりました」

イク「い、いくぅ……」

ニム「て、提督! もっと、もっともっと簡単にお願い! イ、イクお姉ちゃんが曖昧に!」


 ――――イクはしばしば曖昧になり、精神の均衡を崩す時があった。

 昂ぶる感情を上手く処理できない時や、難しい話を聞いた時、魚雷を外した時……提督の意を理解できぬ己に不甲斐なさを感じた時など……その兆候が顕著になる。

 ただし仲間が傷つけられた時は一転して、秘めおきし魚雷による、およそ一切の潜水艦において見たことも聞いたこともない雷撃を放ち、射程距離内にいる深海棲艦を艦種の区別なく轟沈させる魔神と化すのだ。

 『オリョール海の魔神』と呼ばれた伊19の真骨頂である。

323 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/23(月) 00:02:19 ID:n0kedviA

提督「……優勝したレーサーは注目される。要はメチャクチャ目立つんだ。観客が沸く。島風と夕張のレースを見た時、お前たちも心が躍っただろう?

   では、あのレーサーが使っていたロードバイクはなんだろう? 用いていたフレームは? アイウェアは? ヘルメットは? コンポーネントは?

   レースの結果が劇的であり、より輝かしい勝利を得た選手の用いた機材ほど光り輝いて見える。

   こうして購買層への訴求力が高まることで……「あれ欲しいのー☆」って気持ちが来るわけだ。わかるな、イク?

   その奈落の底みたいな目も可愛いが、俺はいつものキラキラしたイクの目の方が好きだぞ」

イク「イク、とってもすごくよくわかったのー♪」


 即座に精神の均衡を取り戻すイクであった。

 最後の言葉が特に効いているのもあるが、イクは悪く言えばミーハー、よく言えば流行に敏感なところがあった。


龍鳳(さす提)


 龍鳳は提督のペラ回しに絶対の信頼を置いていた。大鯨だった頃にもイクへの教導には手を焼いた。焼かれたのは手だけではなく、脳髄にまでこびり付くような香ばしい記憶である。


提督「分かりやすいのは、やっぱりあこがれの選手が使うロードバイクのあれこれだろうよ。ファン心理はわかるだろ?」


 こくこくと頷くオリョクルズ達と龍鳳。イムヤだけは未だに顔色が悪く俯いたままだったが、提督は『あえて』無視した。

324 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/23(月) 00:12:59 ID:n0kedviA

提督「では目的を定め、メーカー選んだ上で、いよいよコンポーネントを選ぶ――――グレードを選ぶわけだが」

イムヤ「………」

提督「多くの初心者ロードバイク乗りにとってネックとなるのは値段だろう。初心者はそもそもロードバイクってのがどんなものかキチンと理解できているかも怪しい。

   ホビー嗜好の消費者観点から性能面を見ると、シマノなら105、カンパならコーラス、スラムならライバルのグレードが欲しいところだ。

   これらは日常乗り回しても遠乗りでもレースでも充分な性能を備えており高級感があっていい。

   だがホビーならば、金を積めるなら何でも構わん。性能に不満が出ることを恐れる、言わば安物買いの銭失いを避けるなら上位のグレードを買うのが良いだろう。

   ――――ほら、これは好みではないか?」

ゴーヤ「い、いやいや、確かに好みですけど、イチマルゴもコーラスも、それってミドルグレードでち。そもそも下位のグレードでも高いでちよ? コンポだけでママチャリが買えます。上位グレードだと10台以上買えちゃうレベルです!」

はち「ええ……物凄く高い買い物だと思います……」

提督「ごもっとも。ところがロードバイクには、ロードバイク乗りにしかわからぬ不思議な法則があってな……」

まるゆ「ほ、法則って……」

提督「大袈裟じゃあねんだなぁこれが。続けていくと金銭感覚が麻痺していくんだ。金銭感覚の麻痺、即ち価値観の麻痺だ――――重度になると「デュラ組のフラッグシップ完成車が税込80万以下」というだけで「あら! お買い得!」と感じるようになる」

しおい「病気だよゥッッッ!!」

提督「そして見栄と言う厄介なシロモノが心を支配してくる。あいつは総額いくらのバイクに乗ってやがる、畜生負けてたまるか! とな」

ろー「何と争ってるんですって……」

325 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/23(月) 00:17:36 ID:n0kedviA

提督「プライド? じゃね? そもそもレースに出ないならハイエンドモデルは乗り回そうと宝の持ち腐れってのは、皮肉にも一般ユーザーにとって大多数の意見よ」

イク(あ、なんか、分かったの)

ニム(ニム、それすごく分かる)


 二人は各々がより強い魚雷装備を求めて、それを与えられた時の優越感を思い出していた。

 多分、それと似たようなものだろうと。そしてどれだけ凄い魚雷でも、近海への輸送任務で用いるには勿体ないということも。使うべきは命を懸けて戦う難敵であるべきだ。

 提督が言いたいのは、まさにそういうことである。適材適所だ。

 要は入りたての新入社員なのだ。何が分からないかが分からないという、フレッシュで何色にも染まっていない状態である。

 それに何かを与えるとすれば、即戦力ならまだしも、仕事道具より先にルールや仕組みを徹底して覚えさせる。


提督「フレームからのバラ組みというのは予算が潤沢ならば何も言うことはないんだが、予算が限られている場合となると、これは必然的にシマノへ傾向する」

ゴーヤ「なんでです?」

提督「はい、ここからとても生臭い話その1――――この中ではシマノが一番安いが、コストに対して一番精度が高く整備性が良好でパーツ入手しやすいのもシマノというツッコミどころの多いお話。親方日の丸は馬鹿に出来んよ」


 日本のものづくり、手作りであろうと工業製品であろうと、比類なきクォリティを誇る。

 特に後者の製品に対する一律した精度の高さは誰もが納得の変態性である。

326 ◆9.kFoFDWlA:2018/04/23(月) 00:20:20 ID:n0kedviA
※さて、このペースでガンガン書いていきましょうねえ

 次の次ぐらいでオリョクルズ編はラストよ

327以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/23(月) 03:54:59 ID:gJgb/gZo
乙でち


シマノの冷間鍛造技術は、ソッチ方面の専門家が絶賛するほど凄いらしいからなぁ

328以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/26(木) 22:57:38 ID:65q35Eqk
>>1


329以下、名無しが深夜にお送りします:2018/04/27(金) 23:16:30 ID:5IAWwPXM
乙、ちなみに夕張の覚醒予定ってあるん?

330以下、名無しが深夜にお送りします:2018/05/07(月) 21:12:09 ID:iT9lcnlM
ふと、ちょっと思い出したことがあって電ちゃんのバイクを検索したらコンポがデュラエースだったでござる
うーむ残念、艦番号「105」が「いなづま」、具体的には現役「むらさめ」型護衛艦の5番艦にして旧海軍から通算4代目だったのだが

331以下、名無しが深夜にお送りします:2018/05/13(日) 22:23:14 ID:NcF53ND6
まってます!

332 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/03(日) 23:16:26 ID:KBMgNl52
※復活の―時ー(来週ぐらいから)

333以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/05(火) 22:08:30 ID:vKBYfrVU
めっちゃ待ってた

334以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/06(水) 02:27:47 ID:v.Kl9PKQ
めちゃくちゃ待ってた。

梅雨の時期、ってか雨天時は更新が増えるかな〜なんて期待してる。

335以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/07(木) 23:03:42 ID:4KBhJfQ2
全裸待機

336 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 22:36:25 ID:8qDx26Y6

ろー「じゃ、じゃあシマノさんを選ぶべきですって。比較的お安くて、整備性もいいなら……」

提督「多くの人にとってはそうだろう。三社の中では一番安いし頑丈だし精度が高い。コストパフォーマンスでも性能でも文句はない。

   ところがそう簡単な話じゃあない。龍鳳が説明してくれたように、各メーカーごとに変速機構が異なる点や、微妙な違いがある。つまりフィーリングの話になってくるわけだ」

しおい「フィー」

イク「リン」

ゴーヤ「グ」

提督「そ、フィーリング。使ってみてどうだった? 『あ、これ面白いな』とか『しっくりくる』って思ったのがあったろ?」

まるゆ「は、はい! まるゆ、手がちっちゃいから、カンパニョーロのブラケットは握りやすいなって思いました!」

はち「まるゆちゃんもですか? はっちゃんも同じものを感じましたね。カンパのはブラケットの形状が少し内側に向かって緩やかにカーブしているせいか、握った際にスッと馴染む感覚があって……」

提督「お、それはカンパの強みの一つだ。価値観の違いと言ってもいいんだが、純粋な変速性能だけ見ればシマノはやはり強い。

   一方で使い心地や扱いやすさはカンパニョーロの方が手に馴染みやすい。

   スラムはと言えば、先ほども言った通りメカニカルなシフト操作の快感が快楽中枢を直に突き抜けるような面白さがある。

   そういうのって大事なんだよ。苦しいレースの中で重要なものの一つが『楽』だ。

   より『楽』しめる、より『楽』できる。そういう要素がコンポーネントにはある。

   レースに求められるものの違い、狙いというのが主要三社で異なるんだ」

337 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 22:46:15 ID:8qDx26Y6

ろー「せいぞんせんりゃく、ですって!」

提督「まあそんなところだ。カンパニョーロの話に戻るが、日本販売はホイール含めて高級ブランド路線ってのもあって見落とされがちなんだが、エルゴノミクスに配慮したハンドルはしっくりと掌に馴染みやすい。

   ブレーキフィーリングについてもよりレース志向の微細なスピード調整に向いている。

   五十鈴と名取が電子式スパレコ、阿武隈も機械式スパレコを使ってるが、それぞれが選んだ理由は共通部分もあるが異なる部分がある」

まるゆ「い、五十鈴さんが……た、たすけて、たすけて木曾さん!」

はち「あの全潜水艦の天敵めいた悪魔と、その悪魔の姉と妹たち……ああ、爆雷が! 爆雷が!!」

イク「い、いくぅ……お、おのれ、五十鈴め……あ、あのとき、あのとき、イクのてーとくのご褒美を得るチャンスをふいにしたるは、忌まわしき爆雷が起因……やってくれた喃」

ニム「イクお姉ちゃん!」

しおい「寝ておられるのですか!?」

提督(おまえらトラウマスイッチ多すぎだよ)


 まるゆもはちも五十鈴型、もとい長良型が苦手だ。五十鈴を筆頭に特に後期型である由良・鬼怒・阿武隈は対潜性能が高く、幾度となく演習で煮え湯を飲まされてきた過去に起因する。

 特に五十鈴だ。潜水艦は海の中にいる。いるのに、『視線がかち合う』のだ。その度に歯の根が合わなくなる。


ゴーヤ「……わかったでち。この話題はやめるでち。ハイ!! やめやめ……! スラムの話するでち。イクが気に入ってたみたいよね」

イク「い、イクは……スラムのあのカチカチした変速、スキなのね。とーっても素敵な感覚がしたのね!」

338 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 22:55:54 ID:8qDx26Y6

ニム「あ、それ分かる分かる! 電動、じゃなかった、無線のすっきりしたハンドル周りも良かったけど、機械式の変速してるなーって感じ、あたし好きだよ!」

提督「スラムか。スラムはこの三社の中で一番後発だが、後発故にMTBで培ったノウハウを注ぎ込んだメカニカルさが少年ハートをくすぐる面白さがある。無線式も大きなメリットがあるしな」

ニム「うんうん!」

イク「誰か使ってる子いないの?」

提督「ん、それは………………ん?」


 シマノ:長良・由良・鬼怒・天龍・龍田・雷・電・青葉・金剛・榛名・霧島・島風

 カンパニョーロ:大淀・五十鈴・名取・阿武隈・暁・響・比叡・夕張・明石


提督「うん、間違いない………今のところいないな」

イク「そうなの!? じゃあイク、スラムにしようかなー。なんか人が使ってないものって使いたくなってくるのね!」

ニム「ニムもー! なんかレア!! レアなのは重要だよ!」

しおい「雑! 二人とも雑です!!」

提督「そうか? 良いと思うよ。そんなもんでいいのだ」


 そういう理由でスラムを選ぶ者は少なくない。

339 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 22:59:52 ID:8qDx26Y6

提督「そんな感じで三社のうちのどれかを決めたら、次はグレードだ。グレードはフレームに釣り合うか、目的に釣り合うか、どちらにも釣り合うか、これが肝要だ」

イムヤ「………釣り合い? 釣り合いって、何?」

提督「ここから生臭い話その2だ……ふむ、仮にエントリーモデルのフレーム、目的は街乗りという場合にシマノコンポを選ぶケースを考えてみよう」


 提督が再びホワイトボードに向かい、シマノの項目を赤丸で囲う。


〇Shimano(シマノ)機械式
 CLARIS(クラリス)⇒SORA(ソラ)⇒TIAGRA(ティアグラ)⇒105(イチマルゴ)⇒ULTEGRA(アルテグラ)⇒DURA-ACE(デュラエース)

〇Shimano(シマノ)Di2(電動式)
 ULTEGRA-Di2(アルテグラDi2)⇒DURA-ACE-Di2(デュラエースDi2)


 右に行くほどグレードが上位となり、値段も加速度的に上がっていく。


提督「ブレーキのストッピングパワーを考慮するなら精々が105までが正解だろう。それ以上は少しやり過ぎだ。

   アルテグラはDi2がでたところで、整備面や調整のストレスフリーな点を考慮してフィーリング面ではまあアリかもしれんが、デュラエースはやり過ぎだ。というかやる奴は何をしたいのか分からん」

ゴーヤ「? どういうことです? いいものを使った方がいいでち?」

提督「釣り合いというのはそこよ。レース機材だから変速性能を求めるのは重要だが、問題なのは街乗りって点だ。街乗りで使えるエントリーグレードクラスのフレームはフレーム単品じゃあ10万円を切るものがほとんど。

   ではそのフレームに対し10万、20万するコンポーネントが必要かと言えば、あらゆる意味でいらない。美意識的なところでも性能面でもだ」

340 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 23:15:02 ID:8qDx26Y6

ゴーヤ「あ、そういうことでち?」

提督「そういうことでち。ではカリッカリのレースで上位を狙うという目的ならばどうか? デュラは無論、アルテグラも当然アリ、105だって十分な性能を誇る。

   が、ティアグラ以下になると「もうちょっと変速時にシームレスな反応が欲しいなあ」になってくる」

しおい「うーん……遠乗りとかで使うならどれがいいんですか?」

提督「どれでもあり。フレーム次第と言っていいだろう。エントリーグレードなら先ほどの街乗りと大差なし。

   ミドルグレードになればアルテグラでもあり。

   ハイエンドクラスのエンデュランスフレームを求めるなら、そこにデュラがハマッていても俺は別におかしいとは思わん」

まるゆ「うーん、よくわかんないんですけれど、フレームとの釣り合いっていうのが、こう」

提督「そうだな……エントリーグレードとミドルグレード、そしてフラッグシップやハイエンドグレードのフレームの値段は知ってるか? 完成車でもいいから比べてみ?」

まるゆ「え? あ、そうだ、カタログ……………うぇっ!?」


 手元のカタログをぱらぱらとめくるまるゆは、目が点になった。

 厳密に言えば、ロードバイクのフレームは5段階でグレードが分かれていると言われる。

 エントリーモデルは10万円未満のロウアークラス。これは分かる。分かる。まるゆも理解できた。

 10〜20万円台のロウアーミドルクラス。これもまだ理解できる。何とはなしに分かる。だが、10〜20万のどこがロウアーミドルなのか? カタログを持つまるゆの手が震え出してきた。

341 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 23:18:45 ID:8qDx26Y6

 30〜50万円のミドルクラスと、60〜90万円のアッパーミドルクラス。もはやまるゆにはロードが付かないバイクのカタログを見ている気がしてきた。

 60〜90万円となれば普通に単車が購入できる。なのにロードバイクは人力だ。一体なんだ。何が起こっているというのだ? まるゆは目の前が真っ白になりそうだったが、霞む視界にそれを捕らえた。

 ――――ハイエンドモデルは軽く100万円以上。

 まるゆの意識が飛んだ。


提督「見ての通り、エントリーグレードはフレーム単品で取り扱ってるところは少ない。大抵が完成車だ。

   なんでだと思う? そもそもエントリーグレードフレームを上位のコンポで組もうとする人が極めて少数派だからだ。そらそうよ、フレームより高価なコンポーネントって何なのさって話だよな。

   俺もお勧めしない。ハイエンドフレームにエントリーグレードコンポというのだけはやめた方がいい。マジで。有り得ん」

イムヤ「な、なんで?」

提督「素で正気を疑われるからだ。フレームとコンポのグレードが釣り合っていないロードバイクは、目的が定まっていない」

はち「釣り合いに、目的、ですか」

提督「くどいようだが、ロードバイクフレームはそもそもレース機材。街乗りで用いる目的ならレース用の変速機の性能は不要、というかあっても無駄」

ゴーヤ「どうしてでち? 見た目もかっこいいですけど」

提督「信号のストップアンドゴーが多いから。特に都内住まいには猫に小判。

   例えるならばメインとなるフレームもコンポーネントも、車で言えば外観と内装。エンジンは己の両脚よ。見た目ポンコツだがエンジン最高みたいなのはある意味浪漫だろ?」

342 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 23:23:02 ID:8qDx26Y6

イク(男の子の発想は分からないの)

提督「だが見た目が超高級車なのにエンジンポンコツってのはどうなんだ?」

ろー(あ、それはなんとなくわかる気がしますって)

提督「高級なロードバイクフレームに乗っている肥満体を想像してみろ」

ゴーヤ「…………」


 苦瓜を噛みしめたようなゴーヤの表情が全てを物語っていた。


提督「ああ、財力はあるんだろうなと思うよな。そして自分を客観視できてないんだなあとも思うよな。まあいいんだよ、趣味ってのは自己満足だから」

ゴーヤ「ひょっとしててーとく、肥満体の人がハイエンド乗ってるの、嫌いでち?」

提督「嫌いじゃないよ。すぐに後方に消えていくからね。痩せて鍛え抜けば一緒に走れるのになあって惜しむ気持ちでいっぱいになる」

ゴーヤ(嫌いよりタチが悪いでち)


 きっと阿賀野を見る叢雲のような目をするのだろう。


提督「形から入っていくっての言うのは好きよ。モチベーション上げて運動のパフォーマンスや頻度も上げちゃおうって剛毅さな」

343 ◆9.kFoFDWlA:2018/06/10(日) 23:25:16 ID:8qDx26Y6
※次回、オリョクルズ編最終回。そしてオリョクルズ達が駆るロードバイクが明らかに。

 そして深海へ沈むイムヤの心を提督は掬うように、救い上げることができるのか。

 raise your flag!

344以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/11(月) 06:36:10 ID:HTazOnVY
>>1

345以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/11(月) 18:40:58 ID:7cqbmlO.
舞ってた

346以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/01(日) 23:30:56 ID:nHnEnVgw
待ってる

347以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/03(火) 20:16:06 ID:Yn5SixSo
はやくしないとツール・ド・フランスはじまるぞ

348以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/30(月) 15:59:41 ID:cjNEl79Y
ツール・ド・フランスが終わってしまったな。

349以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/01(水) 09:49:07 ID:4hk6m.mI
夕張の代わりに秩父のダム巡りしてきました

350以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/03(金) 18:16:27 ID:nhVg87fU
ロード始めようと思って気が付いたら山登りがメインになりましたとさ

351以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/05(日) 01:06:41 ID:rMujIRvI
ロードで登山口まで行って、そこから徒歩で登山するのか?


登山と言えば、新しいイージス艦が「まや」様襲名したな

352以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/05(日) 18:18:16 ID:v2wXpYug
トライアスロンの為にロード始めたら膝壊してランニングさえまともに出来なくなった勢がここに

353以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/07(火) 22:16:05 ID:Wj4vL1rE
まってます

354以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/14(火) 23:14:04 ID:TNsSllP.
この人の文章はキャラがイキイキしてて好きだな。
提督にしても>>342の時の表情、ゴーヤからどう見えたのやらw

続きはのんびりと待ってますね

355 ◆B2mIQalgXs:2018/08/16(木) 08:00:09 ID:OZKgxPwo
てすと

356 ◆Yhb2JD.SmQ:2018/08/16(木) 08:00:41 ID:OZKgxPwo
しまった昔の酉だ。再テスト

357 ◆Yhb2JD.SmQ:2018/08/16(木) 08:01:11 ID:OZKgxPwo
しまった昔の酉だ。再テスト

358 ◆Yhb2JD.SmQ:2018/08/16(木) 08:04:18 ID:OZKgxPwo
※むぅ、酉忘れてしまったぞ……この酉で週末頃に再開します
 今週さえ乗り切れば夏休みぞよ

359以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/16(木) 08:04:56 ID:9FQVte/.
>>355
>>1か?無事で何より

360以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/22(水) 20:31:51 ID:GE3reID2
再開、お待ちしているのです…

361以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/25(土) 07:34:57 ID:qN5oOtF.
舞ってます

362以下、名無しが深夜にお送りします:2018/08/25(土) 17:02:47 ID:umscPDt.
再開宣言から一週間
ブエルタ・ア・エスパーニャはじまるぞおい

363以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/13(木) 08:18:31 ID:xN9eteUI
まってます(*´∀`*)

364以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/13(木) 19:44:26 ID:3ApHx5Hg
生存報告欲しい

365 ◆gBmENbmfgY:2018/10/28(日) 22:37:04 ID:u2OvN1Po
※さて、こっちもボチボチ再開していきたい
 私生活が落ち着いたとはいえまだまだ忙しいので投下速度はゆっくりです
 堪忍してつかあさい

366以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/30(火) 00:17:52 ID:9C0EvwfA
>>365
うっかりロードバイク買ってしまったぐらい楽しみにしてた

367以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/01(木) 11:27:27 ID:qkvAye.M
待ってました!

368 ◆gBmENbmfgY:2018/11/03(土) 23:45:39 ID:mwl41/FU

ろー「むーん……つまり、エントリーフレームには基本的にエントリーグレードのコンポが正解? ろーちゃん覚えましたって!」

提督「はっはっは――――ところがぎっちょん」

はち「またですか……イクちゃんの曖昧化が深刻になるので、色々と選択肢を増やすのはほどほどにしてほしいんですけど」

提督「何事にも例外があるということだよ、はっちゃん」

はち「あら、そういうものですか? ではその例外とは? 早く仰っていただきたいです――――なんせ既にイクちゃんが曖昧になりかけてますし、ニムちゃんまでもが」

イク「い……い、い、い」

ニム「……大きな艦載機が、飛んだり爆ぜたりしている……大きい……アーマード晴嵐ちゃんマークツーかな? い、いや、ちがう、ちがうな……」


 イクは魚雷に手をかけながら白目を剥きかけていたし、ニムは蒼海の空に飛び交う艦載機の輝きを見ていた。此処は屋内なのに。


提督「……こ、ここいらで時代に逆行するようなクロモリフレームはいかがかな?」

まるゆ「う? クロモリですか?」


 余談だが、提督がこのクロモリという選択肢を与えたことがきっかけで、後に鹿島の『なんでもしますよ事件』が起こる。

 更には後のアイオワ事件や、菊月事件へと繋がることになるのだが――――悲喜交々である。

369以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/03(土) 23:49:26 ID:NZbiV6lI
!! 待ってました!

370 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:15:01 ID:Rn/P4k1U

 ニム ハ ニーナ ジャネエ!
 閑  話  休  題


提督「そそ、クロモリ。カタログで言えばコレだな。ほら、イク、魚雷なんか掴んでないでこっちこい」

はち「あら、これは……ほらほら、ニムちゃんも精神崩壊してる場合じゃないですから見てください」

イク「ぃ……あ、これってさっき乗った時に同じようなものがあったの」

ニム「――――ッはぁッ、も、戻れた……あ、これって機械式の、ほら、えっと、さっき乗った……ダブルレバーのやつ!」

提督「そうそう。クロモリってのはクロムモリブデン鋼な。言ってみれば鉄のパイプを溶接して作られてるフレームのことだ」

しおい「あ! レースでも大活躍してるメーカーさんも、クロモリを販売してるところがあるんですね! なんだか手作り感があってしおいは好きだな!」

提督「そう、この手作り感というのが大事だ。というか昔ながらのハンドメイドで、職人さんが一つ一つ溶接してるメーカーもあるんだぞ。ほら、イムヤも見てみ?」

イムヤ「う、うん……」

ろー「ぉおおおお……見て見て、でっちぃ! このパイプを繋いでるところ! すっごくキレイですって!」

ゴーヤ「だからでっちと……おお? これは……ありでち!!」


 ゴーヤが見たクロモリ製のラグフレームは、でっち呼ばわりされた怒りも思わず吹き飛ぶような美しさだった。

 カラフルな細身のパイプを、まるで丹念に削り出された彫刻のような白銀のラグが受け止め、見事なトライアングル形状を生み出している。

371 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:34:16 ID:Rn/P4k1U

はち「……うん。はっちゃんとしても、これはアリですね」

ろー「はい! とってもステキですって!」

ニム「はー……カーボンバイクの近代的なカッコよさもいいけど、こういうのもいいね」

提督「うむ……俺が生まれる前の時代は、このクロムモリブデン鋼のラグフレームを駆るライダーたちがプロの世界でもアマチュアの世界でも溢れかえっていたという」


 誰もがコロンバス製のフレームに憧れた。ラグフレームの魅力に取りつかれ、クロモリバイクで山岳を力任せにこぎ続けることが正義の時代があった。

 第二次世界大戦の後に雄飛したファウスト・コッピは、今でもイタリアの英雄として名高い。

 フェデリコ・バーモンテス――――『トレドの鷹』と呼ばれた山岳王。

 フェリーチェ・ジモンディの『不死鳥』の如き活躍。更に時を経てベルナール・イノーの英雄譚。

 コンコルドTVT92と共にグレッグ・レモンがクロモリ全盛期に引導を渡すその時まで――――最前線で輝き続けた伝統のロードバイクフレームは、数十年の時を経ても色褪せない。


提督「わくわくすんだろ。こんな重いフレームで山岳を駆けあがって、何百キロって道を駆け抜けた。全力でだ。そこに――――」

イムヤ(古くて、重くて、でも、その時は最新鋭で……)

提督「かつて時代を席巻し、最上級クラスのレースを駆け抜けたこのクロモリフレームに、クラシックなダブルレバーを避け、あえて現代の最新鋭のコンポを乗せる。これもまたロマンよ」

しおい(わかる! これはしおいにもわかる! いいね! いいと思います!)

まるゆ(まるっとわかる!!)

372 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:38:23 ID:Rn/P4k1U

 しおいとまるゆ――――この二人はいいとこどりが好きだ。

 しおいは器用であるが故に。まるゆは足りぬものを様々なもので補ってきた故に。

 意外性のある組み合わせが思いもよらぬ結果を生み出すことがあることを、経験から知っている故に。

 もちろんうまくいかないこともある。だからこそそれはきっと、ロマンと呼べるものなのだろう。


ゴーヤ(なるほど、わからんでち。美しさは認めます。でも提督指定の水着と違って、これはまるで機能的ではないでち)

はち(わ、わからない……古きよきものは、古きよきものと組み合わせた方が、はっちゃんとしてはいいかなって思います……)


 ゴーヤはワリとドライなところがあり、はっちゃんは前述の通り統一感を大事にしていた。


提督「まあ、こういう選択肢もありってこった。カンパのシルバーとかもほっそりしたラグフレームには合うんだぜ? 大淀も乗って……」

ゴーヤ「そうなんだ、大淀さんが………おおよど、さん、が……」

提督「ん? どうしたゴーヤ、なんか顔色が……」

ろー「ぁああああああああああああ!!!」

イク「はっ……!? い、いけないの! ゴーヤとろーちゃんにとって大淀さんと夕張さんはトラウマトリガーなの!!」

しおい「おお、ぶっだ!!」

373 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:40:48 ID:Rn/P4k1U

提督(俺の知らないところで何やった、大淀)


 大淀と夕張に聞いても必死に『何もしてません! 信じてください!』と言うだろう。


大淀『ただ私は、私と夕張は――――提督が出張時の潜水艦隊との鎮守府内演習で、勝利を確実にするために対潜装備をガン積みにして飽和爆雷攻撃を敢行しただけです!!』


 と、悪びれることなく余計なことを言う。いわゆる4スロ軽巡こそがゴーヤとろーにとっての天敵であった。

 おわかりいただけるだろうか。

 海の中にいる。海面に見えるのは光。圧倒的な闇が視界の大部分を占める。音を頼りに敵の位置や動きを探りながら泳ぐ。

 五十鈴は恐ろしい対潜能力を持つ艦娘だ。だがその察知力すらゴーヤとろーは、確実とは言わぬもののすり抜けることができる。


大淀『雷装? 水偵?』イガイナコト!!

夕張『色々試す? 知るかバカ! 今は対潜演習だ!』バクライタメシテモイイカシラ!!


 メシマズが手当たり次第に鍋にモノを放り込むように、彼女たちは次々に爆雷を投げ込んだ。五十鈴が絶句する光景である。なんて無駄な資材の浪費を、と。もちろん五十鈴はこの演習後、大淀と夕張に対してブチギレした。

 ところがそれが偶然、よりにもよって幸運艦たるゴーヤとそれに追従するろーの乗る海流にジャックポットした。しかも浮上中に。これはそんな嫌な事件である。

374 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:44:41 ID:Rn/P4k1U

 勘が良いイクならば近寄らなかっただろう。大淀と同じ眼鏡属性のあるはちも妙なシンパシーを感じ取り『嫌な予感がします』と近寄らなかっただろう。

 まるゆなら大淀と夕張より先に他の艦娘に近寄ってはもぐもぐアタックを敢行していただろう。しおいならば晴嵐さんを運用しつつ出方を伺っていただろう。

 イムヤならば――――そもそも『それ以前の話』で、近寄るという選択肢は論外だっただろう。つまり、運が悪かったのだ。


ろー「右を見ても左を見ても……上も!!」

ゴーヤ「―――――爆雷しかねえでちィ!? きゅ、急速潜こ……!!」


 もう一度言う――――浮上中である。下に逃げるにももはや時間切れであった。油断がなかったとは言わない。

 だからってこんなのアリか――――自分がもはや脱出不可能かつ時限爆弾付きの檻に監禁されているという恐怖を、ゴーヤとろーは光が爆ぜたことで思い知った。

 ろーとゴーヤはその光を見た。きっと瑞雲よりもヤバめの光である。


 ――――瑞雲、それはカ級が見た光。

 ――――ヨ級が見た絶望。

 ――――瑞雲、それは航巡のこころ。

 ――――幸せの赤緑白。


 パニックホラーも大パニックである。

375 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:47:08 ID:Rn/P4k1U

ゴーヤ「こええよ……こええよぉ……!! なんなんでちあの鬼畜メガネと産地詐欺の未完熟メロンは……こんなの返品でち!

    クーリングオフでち! ナチュラルに殺意高すぎでち!! あんな脳筋戦法、米帝めいてやがる……クソッタレがぁ……!!」

ろー「ひんひん……怖いよぉ、怖いよぉ、でっちぃ……あのひとたちすっごくあたまがおかしいよぉ……ずのうちすうがひくいよぉ」

ゴーヤ「丁稚言うんじゃねえと言ってるでち爆ぜろ……それと知能指数でち……それこそずのうちすうが低くなるよーなことを言うんじゃねえでち……」

ろー「ぅえええん、うぇええん」

提督(どうしよう。話がブッた切られまくりで、まるで先に進まないゾ……沼地かなここは?)


 抱きしめ合って震える二人に、提督は「一番いいバイクをあげよう」と思った。

 そして後で大淀を呼び出さなくてはと思った。叱責ではないが軽い注意が必要である。

 「おまえ鬼畜メガネとか言われてたぞ」と。

 流石に大淀もこれには地味に傷つくことになるだろう。でも言わねばならなかった。なぜなら彼は司令官だからだ。

 なお夕張は後日だ。流石にあれだけのレースをした当日に呼び出しとかあまりにも空気が読めてない。

376 ◆gBmENbmfgY:2018/11/04(日) 00:50:29 ID:Rn/P4k1U

※やあ、よい子のロードバイク乗り諸君、また会ったね!

 明日(今日)はさいたまクリテリウムのお時間だよ!

 艦これプレイでダンケもいいけど、近場に住む人や見に行く人は、仲良くレースで応援しよう!

 具体的にはアレアレ、ベンガベンガ、ヴァイヴァイしよう!

377以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/04(日) 09:59:40 ID:qVtFg87o
>>1 乙、待ってた

378 ◆gBmENbmfgY:2018/12/16(日) 23:28:12 ID:3CmeTyrk
※スマン、zwiftに嵌り過ぎてた。近いうち復帰します

379以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/17(月) 12:59:23 ID:5mvsjj1k
zwiftなら文句も言えない……のかなぁ?


待ってます。

380以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 00:51:41 ID:zA9x0Jn.
向こうには復帰してたからそのうち戻るはず

381以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 01:05:10 ID:lRk3.Imo
向こうってのを教えてくれ死ぬ程更新を待ってる

382以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 06:05:29 ID:E8O.u7nI
速報Rだよ 今ならさほど苦労せずに見つかるよ

とだけ言っておく

383以下、名無しが深夜にお送りします:2019/04/22(月) 11:13:56 ID:YYiMyUNw
初書き込みなのでマナーなってなかったらすいません。

昨日車で一時間かけてバイクショップに行き、初めてクロスバイクとロードバイクに乗ってきました。
(島風ちゃんの乗ってるスペシャライズドの直営店?みたいなお店でターマック?というのに乗りました)
乗ったのは10分少々でしたが、速さ、ギアのパチンとはまる感じ、とても気持ちよかったです。
このSSを読んで自転車に興味をもち、実際に体験してみてもっと興味が沸きました!

投稿者の方、レスで興味深い記載をしてくださる読者の皆様、ありがとうございました!

384以下、名無しが深夜にお送りします:2019/04/22(月) 12:01:02 ID:ngdqWRsQ
>>383
実際に自分のロードバイクを手に入れてみるとびっくりするほど楽しいぞ。


と、このスレの影響でロード沼にはまった先達として助言しておくわ。

385以下、名無しが深夜にお送りします:2019/04/23(火) 20:14:24 ID:oOeuaM5o
先日、シーパラまで20kmくらいなのでお散歩がてら走ってきた。
開園から閉園近くまでがっつり遊んだら筋肉痛になったw自転車での筋肉痛じゃないよな…

386以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/04(土) 23:05:20 ID:D.Xey2Lc
ロードバイクって車道走るの?
車に轢かれたりしないんか?圧倒的に車とスピード違うけど
ママチャリで歩道しか走ったことの無い俺には想像も出来ん世界だ

387以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 04:20:16 ID:g5L9KCro
>>386
車道じゃないと速度出せないし逆に危ない
でもバイクや車には勝てないから、上手く譲ったり避けて走るよ
疲れるけど楽しい+トレーニングにもなる+移動費浮かせるetcと良いことは多い
ミラーもハンドルの端につけられるから、後方確認もミラー→直視と安全面に気を使えるぜ

388以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 06:37:22 ID:mikBEF2g
車運転する側としてはこの上なく邪魔なんだけどな!

389以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 12:20:39 ID:g5L9KCro
>>388
俺も車運転するから分かるよ。だからそこは側溝脇まで避けてどんどん譲るよ

390以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 16:23:31 ID:NXmTzZR2
普段は譲るけど、冬に豪雪地帯でムチャやってた時は避ける場所が無いのと半端に避けると逆に引っ掛けられて死にそうになったから左轍を占拠してたなぁ
もろちん、大名行列になったタイミングで適宜脇道とかに逃げて、後続車両のヘイトを稼ぎ過ぎないように工夫してたけど

ついでに、そんなムチャやった経験ではアイスバーンに強いタイヤは、実はロード用の細いやつ

391以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/15(木) 21:25:11 ID:S9mlLr3g
台風で乗れぬ・・・

392以下、名無しが深夜にお送りします:2019/08/24(土) 09:22:01 ID:bbqRUO1I
今更ながら影響受けてクロスバイク買ってみたわ

ママチャリとは違いすぎて初めて乗ったときに笑ったわ

393以下、名無しが深夜にお送りします:2019/11/22(金) 15:20:41 ID:fyQmjrWA
もうこないのかねぇ

394 ◆gBmENbmfgY:2019/11/28(木) 23:36:37 ID:FmezigXg
※お久しぶりです

 流石に間が開きすぎたので土日にでも投下させていただきます

 内容が分からない人のためにあらすじ

395 ◆gBmENbmfgY:2019/11/28(木) 23:38:43 ID:FmezigXg

【大体合ってる1話目のあらすじ】

長良「いい物に乗っているではないか」

提督「おお長良、乗りたいのか? じゃあお前の奴を」

長良「司令官が乗っているそれがあるではないか……寄越せ」

提督「え? い、いや、サイズが大分違うし、これは俺のだし思い出もこれから……」

長良「――関係ない。それを寄越せ」

提督「」

396 ◆gBmENbmfgY:2019/11/28(木) 23:50:24 ID:FmezigXg
【大体合ってる2話のあらすじ】
 大淀が自転車に興味を持った。ただしそれがルック車(LOOKのことではない)だったことを知り提督がプッツン。共に自転車ショップまで二人連れだって自転車を走らせることになったのだ。

大淀「提督と自転車デート♪ 自転車デート♥」

青葉「デートと申したか」

大淀「!?」

長良「公道を走るとな? この長良に先んじて……」

大淀「わ、私はそのようなことは……」

 口は禍の元。大淀のどでかいつぶやきを聞いていたパパラッチと軽巡界覇者がお目見え。 共に河川敷を走った先には、見たかったものが見えた。戦い、戦い、戦い抜いて得た平和があった。人がいた。思い思いに励んでいる。遊んでいる――笑っている。

 このために戦ってきたことを実感した彼女たちは、

青葉「青葉、また司令官に、泣かされちゃった……」

大淀「私は、私は、このために戦ってきたんだって。これを知った以上、私はどこまでも強くなれるんだって、そう思いました」

長良「これからは私たちも、生きる場所……心が滾る。自由になっていく。なんてすばらしい心地なんだろう」

 感涙にむせびながら、彼女たちはいつまでも河川敷の光景を見つめていた。そして後日――。

397 ◆gBmENbmfgY:2019/11/28(木) 23:53:24 ID:FmezigXg

提督「おまえのDOGMA-F8が届いたぞ。流石のイタリア謹製、コンポは全て電動デュラ。ホイールもフルクラム! 直線じゃあちょっと他に負けない強さのあるいいフレームだぞ」

長良「一番気に入っているのは」

提督「なんだ?」

長良「(司令官との)お揃いだ」

提督(きゅん)

 泣いて帰って来たのは罪だから罰として、司令官は五十鈴やら衣笠やら明石やらにボコボコにされた。

398 ◆gBmENbmfgY:2019/11/28(木) 23:57:21 ID:FmezigXg
【大体合ってる3話あらすじ】

 五十鈴以下、長良型の姉妹たちは激昂した。必ずやかの容姿端麗にして才気煥発な提督におねだりせねばならなかった。
 五十鈴らにはロードバイクはわからぬ。だがそのロードバイクに長良だけが夢中になっているのは我慢ならなかった。
 「くれ」という申し出に対し、提督は即座に「いいよ!」と返す。
 好みのロードバイクが全てが純正イタリアンブランドだったりしたが、スムーズに受け渡しは終了。

 鬼怒が誰の股下が一番長いかなんてことを言いだすまでの話であった。平穏なんてものはすぐに崩れてなくなる、悲しいものなの。

399 ◆gBmENbmfgY:2019/11/29(金) 00:02:01 ID:FWsp9qxM
【大体合ってる4話のあらすじ】
 島風が挑んだ。生身で。
 夕張が受けた。ロードバイクで。
 提督の介入により、勝負の途中で島風がロードバイクを得た。
 夕張は滾っていた。これまでの悔しさ、劣等感を吹き飛ばすほどの島風の一言が、夕張を熱く燃え上がらせた。

 ――夕張は、速いね。

 どれだけ嬉しかったのだろう。
 絶対に認められるはずがないとあきらめていた人からの称賛は、夕張にとってはいかなる勲章にも勝る栄誉であった。
 そして島風もまた滾る。
 自分よりも前を走る存在がいる。本気で頑張っても追いつけないかもしれない、そんな存在は初めてだった。
 レースが始まる。
 初めてのレース。
 そして、これからも続く二人にとっては、まだ一回目のレースに過ぎなかった。

400 ◆gBmENbmfgY:2019/11/29(金) 00:05:23 ID:FWsp9qxM
【大体合ってる5話のあらすじ】
 雪風は初心者である。されどそのヒルクライム技術は初心者にして初心者を逸脱した恐るべきクライマーであった。
 島風と共に初体験となる山岳――ヒルクライムに挑むも、その脚質の違いを見せつけるようにするすると坂道を駆けあがっていく。
 そして雪風の一言が、提督の魂に火を点けた。

 上がるケイデンス、上昇し続ける体温と心音のビート。
 勝利の女神が山頂で微笑むのは、果たしてどちらか。

401 ◆gBmENbmfgY:2019/11/29(金) 00:06:15 ID:FWsp9qxM
※こんなところじゃね。明日明後日をお楽しみに

402以下、名無しが深夜にお送りします:2019/11/29(金) 01:19:41 ID:wYO5CWM.
待ってた
ずっと待ってた
お帰りなさい

403以下、名無しが深夜にお送りします:2019/11/29(金) 09:59:26 ID:RwEv3oU2
舞ってた

404以下、名無しが深夜にお送りします:2019/11/29(金) 11:41:49 ID:gLZSYS/6
まってたよ。潜水艦娘が提督選定のジャージ(ツルツルして空力的)を身に纏って輪になって「ワオーン」ってウルフパックごっこするのはまだですか?

405以下、名無しが深夜にお送りします:2019/11/29(金) 12:48:00 ID:Qh6iEEwE
待ってたよ

406 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:53:09 ID:hgJRyAx.

>>376の続き

提督(大淀も俺の知らんところでやらかしがあるんだな……普段はきっちり仕事を定時内に片づけ、他の艦娘達の規範となるべく振る舞っているデキる子の大淀が。

   …………かはは、なんだよ、そんなカワイイ一面もあるのかあいつ)


 何故か提督の好感度を上げる鬼畜メガネ。


提督(まあそれはそれとしてやってることはイカレなので、夕張ともどもきっちり叱るか)


 なお個人的な好悪は別として、司令官としての人格は明確に二人への罰則が必要だと訴えているので、きっちり締めるところは締める。

 それは古参の艦娘ならば、誰もが知っていることだった。


イムヤ(…………)


 もちろんそれは、イムヤも。

 また聞こえ出した。嫌な『音』が聞こえた。いつもの『音』だ。鉛色の音は、喪失の音。

 はじまりの音で、おわりの音。

407 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:54:45 ID:hgJRyAx.

提督「――まあ、そういうことで、だ」


 雑な話題転換の言葉を枕に、提督はぱんと手を打ち鳴らした。


提督「基本は押さえられただろう。コンポの違い、フレームとコンポのチョイス、クロモリという選択。フレームについてはそれこそ星の数ほどあるからな。明石のところで予約して他の試乗車に乗りながら決めてもいい」


 はーいと元気よく返事をする潜水艦の同僚たちの声。提督が会話の締めに入る気配を感じ、イムヤはびくりと肩を震わせた。

 このまま、提督を帰らせてしまってもいいのだろうかと思う。

 胸の内の不安を、彼に打ち明かすべきではないかと思う一方で、このまま杞憂と決め込んで抱えてしまった方がいいと思う自分がいた。


提督「さて、そろそろ俺はお暇するよ」


 ――どうすればいい。言うべきか、言わざるべきか。

 そんな葛藤が心を締め付けた時だった。


提督「――イムヤ」

408 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:56:02 ID:hgJRyAx.

 声が、意識に差し込まれる。


提督「少し、外を歩かないか? 見送ってくれ」


 イムヤの返答を待たず、提督は椅子を立った。有無を言わせぬ決定事項は、僅かに命令の『色』を帯びているのを察したイムヤは、粛々と頷き、同じように立ち上がる。


ろー「はいはいはい! それ、ろーちゃんも行きたいって――ごふっ」


 ぴょんぴょん跳ねながら立候補する無邪気な少女の首筋に容赦なく手刀を打ち下ろす軽空母がいた。


龍鳳「当て身」


 龍鳳だ。その胸部装甲は甘やかな顔立ちに似合わぬほど豊満であった。

 ぴくぴくと死にかけたGのように地べたを這うろーちゃんを一瞥すらせず、龍鳳はにこりと笑い。


龍鳳「では提督。ご一緒したいところではありますが、少しばかり個人的な要件がありますので、ここで失礼させていただきます」

提督「ん。あんまり遅くならないようにな。おやすみ、龍鳳。おやすみ、みんな」

409 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:57:16 ID:hgJRyAx.

 ひらひらと手を振って、イムヤと連れ立って潜水艦寮のリビングを出ていく提督に、各々がお休みの言葉を返す。ろーちゃん以外は。

 ばたん、とドアが閉められたところで、ろーちゃんは怨嗟の声を上げた。


ろー「な、なして……? なして今、ろーちゃんは龍鳳さんにぶたれたんですって……? でっち……おしえて?」

ゴーヤ「空気を読めてねーんでち。そしてまだ喋る余裕があるおめーのフザケた口がホザいた言葉によって、ゴーヤもおめーを殴らねばならなくなったでち。ゴーヤの拳が光って唸る」

ろー「お慈悲!」


 いつもの二人がいつもの様子でじゃれ合う中で、龍鳳や他の潜水艦娘たちは、静かに提督とイムヤが出て行ったドアを見る。


龍鳳「はっちゃん」

はち「はい、龍鳳さん」


 わずかに緊張した面持ちで、はちが龍鳳に向き直って敬礼する。


龍鳳「――もう、大丈夫でしょうか?」

はち「はい。この部屋はプライベートルームを除けば、比較的防音が効いている部屋です」

410 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:58:35 ID:hgJRyAx.

 そう前置きした後、龍鳳は深くため息をついた。


龍鳳「あの子の心配性や、自分に信を置けないところは……結局治らず仕舞いでしたか」

はち「……面目ありません。繊細なあの子を支えていかなきゃならなかったのは、私たちだったのに」

ニム「? ???」


 二人のやりとりに疑問符を浮かべるのは、この中では最も新参であるニムだった。空気を読んで黙っていたし、イムヤが何か思い悩んでいることは察していた。

 だがその真意は、未だに分かっていなかった。

 そんな様子を察したのだろう、龍鳳は柔らかく笑って、ニムへと伝えた。


龍鳳「ニムちゃんは知ってるかしら。あの子は――イムヤはね、先読みがすごいんですよ」

ニム「は、はい。それはもちろんあたしも知ってます」


 終戦も間際ではあった。だがニムは何度も出撃を経験している。その際に、何度も何度も先輩にあたる彼女たちの強さに驚かされた。

 特にイムヤの――敵の居場所を察知するあの能力には、瞠目に加え、畏敬すら覚えたほどだった。

411 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 21:59:29 ID:hgJRyAx.

龍鳳「そう。それじゃあこれは知っていましたか。あの子の耳が、とても良いことと――」


 言葉を区切り、居住まいを正す龍鳳の様子に、ニムもまた表情を引き締めて頷く。

 これはきっと、真面目に聞かねばならない話だと、彼女は察した。


龍鳳「――あの子は、元々はこの鎮守府の艦娘じゃあないんです」


 龍鳳の口から語られるのは、悲劇の物語だ。

 それは、とてもとても『嫌な音』の話。



……
………

412 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:00:04 ID:hgJRyAx.

………
……



提督「――昼間は少し暑いくらいだったのに、やっぱり夜はそれなりに冷えるな」

イムヤ「……はい」


 呟く声は遠いようで近く、中天の星をわずかに揺さぶらせた。

 夜の鎮守府は明るい。広大な面積を誇る鎮守府道路は、設置されているライトで足元がはっきりわかるほど照らされていた。

 それでもイムヤにとっては、まるで大雑把に煤を散らした画用紙の上みたいに感じられた。

 先行する提督の歩みはゆっくりだ。それに合わせてイムヤはその三歩後ろから、同じようにゆっくりと進む。

 それきり、提督は何も言わなくなった。沈黙が両者の間を包む。

 だけど、イムヤにとってそれは不快なものではなかった。気まずくなる要素など何もなかった。

 だって、『音』が聞こえるからだ。その『音』が知らせてくれる。司令官は別に怒っているわけでも、動揺しているわけでもないと。

 ただ、待ってくれている。

 そう、信じられている。

413 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:00:50 ID:hgJRyAx.

イムヤ「ねえ、司令官」

提督「なんだ」


 だから口を開いた。口火を切るとはよく言ったものだと、イムヤは思う。


イムヤ「覚えてる? 潜水艦隊……最初は、私とゴーヤだけだったよね」

提督「ああ、覚えてるとも。すぐに龍鳳が――大鯨が来た。ゴーヤのやんちゃっぷりに最初はあわあわしてたっけな」

イムヤ「うん、そう。そうだった」


 もう三年近く前になる。初夏を迎える直前の晩春の頃、イムヤはこの鎮守府に着任した。

 泳ぐには冷たい夜の海の底で、震えていた自分を救い上げてくれた人。


イムヤ「司令官、約束したこと、覚えてる?」


 イムヤは思い出す。嫌な『音』を、思い出す。


イムヤ「もう叶えてくれた約束よ」

414 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:02:02 ID:hgJRyAx.

 嫌な『音』は、いつだって聞こえていた。今ではもう、あまり大きくないけれど。

 それでも聞こえている。戦争が終わったあの日に、聞こえなくなったと思っていたのに。


イムヤ「司令官、イムヤはもう、ひとりぼっちじゃないわ」


 提督は立ち止った。背後のイムヤの足音が聞こえなくなったからだ。

 振り返った先で、イムヤは俯いていた。


イムヤ「司令官が、いっぱい仲間を連れてきてくれた。だから……」


 ゆっくりと見上げた、その顔は。


イムヤ「イムヤはもう、さびしくないわ」


 とても悲しげで、寂しそうだった。そんな顔で、イムヤは孤独じゃないと呟いた。


イムヤ「司令官、いっぱいイムヤとの約束をかなえてくれたよね。私、本当に嬉しかったのよ」

415 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:02:36 ID:hgJRyAx.

 大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


イムヤ「でもね、司令官。私、きっと弱くなっちゃった」


 先ほど提督は、春先の夜は冷えると言った。その寒さに凍えるほどのものはない。

 それでもイムヤは、己の身体を掻き抱いた。震える体を温めるように。


イムヤ「こわいの、こわいのよ」


 思い出すのは、戦争が終わった日の事。


イムヤ「あれだけ頑張ったのに、みんなが、みんなで、一生懸命がんばって、戦争が終わった。終わったの。やっと平和になったのに」


 あの時、イムヤが感じたのは、恐怖だった。漠然とした恐怖だった。今はそれが、明確な形を持っている。


イムヤ「イムヤ、こわいの。嬉しくないの、ないの、ない、のよ」


 戦争が終わった日に感じた思いの正体を、やっと理解した。そう思った理由までも。

416 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:03:41 ID:hgJRyAx.
http://www.youtube.com/watch?v=8CDMEUU_nTU


イムヤ「だって、戦争が終わっちゃったら、平和になっちゃったら」


 その恐怖の正体が、やっとわかった。


イムヤ「司令官はきっとイムヤのこと、いらなくなっちゃう――」


 自分でもよくわからなかった思いが、するりと言葉に出た。

 発露した思いを自覚した瞬間、イムヤは己の感じていた焦燥と恐怖の正体を理解した。

 イムヤには、何もない。

 何もない自分を救い上げてくれた。

 何もない自分を掬い上げてくれた。

 そんな彼の事が好きだった。好きで好きで、どうしようもないぐらい好きで、だけど自分は彼にふさわしい存在ではないことを、イムヤ自身が認めて諦めていた。 


イムヤ「司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの」

提督「そりゃ買い被り過ぎだ」

417 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:06:21 ID:hgJRyAx.

 そうかもしれない、とイムヤは思った。だけど、こうも思うのだ。


イムヤ「私がいなきゃ、できないってことは、ないでしょう?」


 あの日の事を思い出す。この鎮守府に来るきっかけを思い出す。


イムヤ「司令官に、必要とされなくなっちゃうって思うの。悪い子なのよ」


 あの日も、イムヤは何もできなかった。それでも司令官は来てくれたのだ。イムヤがいなくても、きっとできたのだろう。

 平和を迎えることが、できたのだろう。


イムヤ「だって、イムヤは………『聞こえる』だけだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。


イムヤ「敵がいっぱいいるところが聞こえるだけだもの。何をしようとしているのかが聞こえる、だけだもの……行こうとするところが分かるから、そこを張ってるだけ」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。

418 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:07:06 ID:hgJRyAx.

イムヤ「なのに、司令官や友達のことが、わからないんだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。

 だけど、イムヤには何もできなかった。出来なかったのだ。


 イムヤは、海域で保護された艦娘だ。

 だが、ドロップ艦娘と呼ばれる深海棲艦が艦娘へと『反転』した存在ではない。


 イムヤは、別の鎮守府の艦娘だった。

 もう、今はどこにもない鎮守府の――――所属艦娘だった。



……
………

419 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:07:39 ID:hgJRyAx.
………
……

http://www.youtube.com/watch?v=E5GfV6nVrGA


 ――駄目だよ、そっちに行っちゃ駄目だよ。戻らなきゃ。鎮守府に戻らないと。


 イムヤは仲間たちに、そして自らの鎮守府の長たる司令官に、そう訴えた。


 ――敵が待ち伏せしてるんだよ。そっちに行ったら駄目だよ。いっぱいいるの。私たちの倍はいるの。迂回しなきゃ……『聞こえる』んだもの、そっちには、いっぱい敵がいるの。


 その日のイムヤは、連合艦隊の一員として、ある作戦に参加していた。


 ――だって、聞こえるじゃない。エンジン音が、艦載機のエンジン音が。


 必死に彼女は、自身の司令官にそう訴えた。


 ――声だって聞こえる。どうして、みんなには聞こえないの――!?


 通信が入る。彼女にとっての、当時の司令官の声だ。決して無能な人ではなかった。

420 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:08:50 ID:hgJRyAx.

『………艦隊の誰もが、そんなものは聞こえないと言っている。すまないが、その意見はとても受諾できない』


 此度の作戦は連合艦隊による任務。イムヤの司令官は、多くの鎮守府が合同で参加するその作戦に乗った。責任者は、彼女の司令官ではない。

 どうしようもなく、巡り合わせが悪かったと言えばそれまでだった。

 だがそれはイムヤにとって、死刑宣告にも似た声だった。ただし死刑が宣告されるのは、イムヤではなく――――。


 ――駄目だよ、駄目なのに、なんで、みんな死んじゃう。みんな死んじゃうよぉ……!!


 イムヤを除く、艦隊の仲間達だ。

 同じ艦隊にいたけれど、イムヤは諜報として別行動を取っていた。

 その異常な索敵能力を、イムヤはうまく説明できなかった。説明できていたとしても、理解してくれたかもわからない。それほどまでに信じがたい話だった。

 それでも、イムヤには聞こえていた――深海棲艦たちが待ち伏せを目論んでいる会話が。

 イムヤにはずっと聞こえていた。そしてもう一方で、ある鎮守府を襲撃しようとする二面作戦の内容が。

 最初からすべて――――イムヤには聞こえていたのだ。

 イムヤは決断を迫られた。連合艦隊を護りに行くか、鎮守府に襲撃をかけようとしている別動隊を叩くか。

421 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:11:00 ID:hgJRyAx.

 イムヤは後者を選択した。距離の問題があった。僅かに鎮守府に戻る方が距離が短い。

 命令違反と叱責を受けようと、最悪解体されることになっても、その方がマシだった。

 だが、時間と距離の残酷さが立ちはだかる。

 ――浮上してどれだけ急いで航行しても、鎮守府まで一日半はかかる距離に、イムヤはいた。

 それでも、イムヤは必死に泳いだ。


 一緒にご飯を食べた仲間。

 明日はどんな世界になるだろうと、夢を語り合った友達。


 ――ゴーヤちゃん。ゴーヤちゃんがいる。助けなきゃ、助けなきゃ。


 誰にも聞こえない全ての声と音が、イムヤにだけは聞こえていた。

 世界で自分だけが孤立しているような気分を味わい、そして、一日が経った。

 唐突に、暗い音がする。何かが爆発する音だ。


 ――あ。

422 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:11:58 ID:hgJRyAx.

 次いで音が響いた。何かが壊れていく音だ。


 ――ああ。


 聞こえたのは、鉛の音。

 もうそれしか、聞こえない。


 ――あああああああああああああああああ!!


 あふれる涙をそのままに、イムヤは泳いだ。泳ぎ続けた。ますます音は耳朶を打ち鳴らす。

 助けて、という言葉が聞こえた気がした。そんな気がした。気がしただけだ。イムヤには聞こえない。


『――――助けて、イムヤちゃん。いたいよぅ。いたいのいたいの、とんでかないよぅ』


 そんな悲痛な声が聞こえた……気がした。気がしただけのはずだ。だから、イムヤには聞こえない。

 だって、そんな声が聞こえるはずがないのだ。

423 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:12:37 ID:hgJRyAx.

 ――ああ、そうだ。司令官の言う通りだ。私がおかしいんだ。そんなの、聞こえるわけがない。


 イムヤが必死に危険を訴えた時、イムヤが潜航する海域は、彼女たちが出撃していった海域と――――600km以上も距離が離れていたのだ。

 もうイムヤは、泳ぐのをやめた。

 海の底で耳を塞いだ。必死に耳を塞ぎ続けた。


 そしてイムヤは――本当に、ひとりぼっちになった。


 海の底は、落ち着いた。

 嘘だ。

 何も聞こえない。

 嘘だ。

 自分の心音。

 そちらの方が、小さく聞こえた。

 どんどん苦しくなってきた。

424 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:13:53 ID:hgJRyAx.

 イムヤの存在に気付いた深海棲艦が、絶望する彼女を取り囲んで嘲笑する。

 もう、このまま死んでしまってもいいと思った。

 そんな折だった――今の鎮守府の司令官が――彼が、艦隊を率いて駆けつけてくれたのは。


 ――――あ。


 イムヤの瞳に、光が灯った。

 だってその人の心音が、とてもとても綺麗だったから。

 自信にあふれた音だ。生きている音だ。

 義憤に高鳴る鼓動は、猛々しいマジェンタの色。

 冷徹に凍てつく鼓動は、透明感のあるシアンの色。

 慈愛に溢れた鼓動は、お日様のようなイェロウの色。

 三原色の色合いが、奇跡のようなバランスで配置されていた。素晴らしい色を持つ音だった。

 
 だから、もう一度だけ、もう一度だけ縋ってみようと思った。

425 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:16:05 ID:hgJRyAx.

 ―――――初めてその心音を聞いたその時から、イムヤは提督に恋をした。


 海の中にいると、嫌な音が聞こえる。

 どうしようもなく、耳にこびりついて離れない。

 今も聞こえる。

 どうしようもなく聞こえる。

 どうすればいいのか、わからない。

 気付けばイムヤは、自分の心音が鉛色に聞こえるようになっていた。

 だけど司令官の音は、何一つ変わらない。

 変わらないまま、大きくなった。背丈も、そのスケールも、地位も、何もかも――――心音さえも。

 それを、あらためて実感できた。


提督「イムヤ」


 過去に沈んだ意識が、その声で引き揚げられた。

426 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:19:59 ID:hgJRyAx.

 察しの良い人だと、イムヤは知っている。

 イムヤが何を考えているのかも、察してくれたのだろう。


提督「イムヤがいなくなっちまったら、誰が俺を守ってくれるんだ?」


 提督の心音は変わらない。

 激情のマジェンタ。

 冷徹のシアン。

 慈愛のイェロウ。

 その配置は、イェロウの割合が強くなっていた。だから、イムヤは笑った。優しい人だから、笑えた。


イムヤ「あは、嬉しいなぁ……でも、イムヤがいなくなっても、いっぱいいるじゃない。司令官を護ってくれる子、いっぱいいるよ。イムヤよりずっと強くて、可愛くて、綺麗で……」

提督「イムヤ」


 色合いが、濃くなった――最初はそう思った。

 だけど違った。単純に、音が大きくなった。

427 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:22:53 ID:hgJRyAx.

提督「俺の『ここ』には、もうお前がいる」


 抱き締められていた。イムヤの耳に、司令官の胸が密着していた。


提督「イムヤがいなくなってしまう寂しさは、いったい誰が埋めてくれるんだ?」


 わずかに音が高鳴った。どうしてか、その色合いに鉛の色が混ざり出す。

 聞いたことのない音だった。


提督「俺が望む幸せの形の中には、もうイムヤがいるんだ」


 マジェンタの色は、怒りの色。ひときわに濃くなった。


提督「誰かがいなくなると、心にはその人の形と大きさの穴が開く。どんなに優しい人でも、どんなにきれいな人でも、その形にぴったりと嵌る人はいない」


 シアンの色は、悲しみの色。染みのように広がっていく。


提督「俺が嘘を言っているか?」

428 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:26:13 ID:hgJRyAx.

 イェロウの色は、優しさの色。その色で、司令官の音が溢れた。


提督「居なくなってしまった悲しさは、完全には埋まらない。時間が立てば、その人を形作っていた空白を色んなものが埋めてくれる。

   友達、仲間、兄弟、恋人――――それでも、隙間が残る。その人の形を取れるのは、その人だけだ。その人が居てくれなきゃだめなんだよ、イムヤ」


 その色に、どうしてか鉛の色が縁取る。

 ――ああ、そうか。この色は。この音は。


提督「前にも教えただろ、イムヤ。痛いなら、苦しいなら、声を出さなきゃだめだって。息をしなきゃだめだって」


 ――私の音だ。私の色だ。その色が、司令官の中で混ざって、ひとつになっている。


提督「お前ほど耳は良くないけれど」


 イムヤの身体を、太い男の腕がきつく抱きしめる。


提督「俺は痛いと声を上げてくれるなら、助けて欲しいという声が聞こえたなら、いつだって助けにやってくる」

429 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:30:57 ID:hgJRyAx.

イムヤ「ほ、んと、に?」

提督「もちろんだ」


 心が跳ねた。イムヤの心音がだ。

 ばくんばくんと、かつてない音で響く。

 その色合いが、鉛の色ではなくなっていくのを、イムヤは確かに感じた。


提督「お前が与えてくれるなら、痛みでも、悲しみでも、喜んでそれを受け入れよう」


 その色はどんどん提督の色と混ざっていく。


提督「俺だって痛いのは嫌だ。でも、イムヤが一人で痛いのは、それ以上に嫌だ。イムヤが喜びを与えてくれるなら、そっちのほうが嬉しいよ。

   でも、痛みを俺にくれるってことは――――それは信頼があるからこそだ」


 提督の色もまた変わっていく。


提督「イムヤがいない人生を考えるとな、もう辛い。信じられないぐらい辛いよ。そういうことは抱え込まずすぐに言えっての」

430 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:36:58 ID:hgJRyAx.

提督「イムヤがいなくなる? あーやだやだ、俺はとても寂しい。寂しくて死ぬ。そんなのは嫌だ。俺は嫌なのは嫌だ。だって、嫌なものは嫌じゃあないか」

イムヤ「なに、それ……ふふ」


 イムヤは笑った。嬉しかったからだ。彼としての彼も、司令官としての彼も。変わらず、イムヤを大切に思ってくれている。それが『色』で理解できた。


提督「イムヤのことがいらなくなるわけないだろう――俺がジジィになっても、例えイムヤが耳の遠いバァさんになったってだ。イムヤは俺の傍にずっといるんだ」

イムヤ「あはは、あははは、やめて司令官、やめて、あははは」


 泣きながら笑った。

 聞こえる音に、もう鉛色はなくなっていた。

 その代わりに、幸せの色が聞こえた。


 幸せの色は、とても淡くてきれいな――――桜の色をしていた。




……
………

431 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:47:20 ID:hgJRyAx.

………
……

https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

龍鳳「――ということがあったんです」


 ――未来の鎮守府でも、その話は語り継がれていた。


イヨ「……ちょ、自分、涙いいすか」

ヒトミ「びぇええ、びぇええええ」

ごー「イムヤしゃん……」

しおん「……その、ゴーヤさんは」

ゴーヤ「ん? 呼んだでち?」

しおん「い、いえ。その……イムヤさんが元々着任していた鎮守府のゴーヤさんは……」


 その時のゴーヤは、今はもう―――。

432 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:50:40 ID:hgJRyAx.

ゴーヤ「え? だから呼んだでち?」


 提督が救い出し、もうこの鎮守府に馴染んでいる。


イヨ「えっ」

ヒトミ「えっ」

ごー「えっ」

しおん「えっ」

ニム(うっわー、すごいデジャヴが。デジャヴ)


 なおニムが説明された時もべえべえ泣いて、ゴーヤが生きてると知ったときにはゴーヤに抱き着いて更にべえべえ泣いていたのは内緒である。


龍鳳「――まあ、そういう話ですよ。つまりイムヤちゃんに内緒話はできないって事です」

イヨ「う、うん……? そんな雑な締め方でいいのかな?」

ヒトミ「だ、だけど、イムヤさん……今はとても楽しそうだし、それでいいんじゃない、かな……?」

ごー「ヒトにレキシありってこういうことを言うのね」

433 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 22:55:57 ID:hgJRyAx.

しおん(何かが違う気がします)


 それを口に出さないだけの優しさがしおんにはあった。


ゴーヤ「んなことより、さっさと昼練いくでち! オラッ、つまんねえ昔ばなしは終わりです!」

龍鳳(つまらない?)


 ゴーヤの檄が飛び、ひええと新人潜水艦達が悲鳴を上げる中、龍鳳は密かにゴーヤへの教育値を高めた。


イク「イクのー!! もう道路でイムヤちゃん待ってるの!」

はち「今月末の駆逐艦・潜水艦・海防艦クラスのレース、私たちがいただきです! 追い込んでいきますよ!」

ろー「ですって! げきあつですって!」

まるゆ「まるゆとしおいちゃんは今回は応援ですが、練習にはまるっとおつきあいです!」

しおい「うん! いっぱい応援するからね! 目指すは優勝だよ、優勝!!」


 夏が来る。一年前とは違う夏が来る。

434 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:01:24 ID:hgJRyAx.

 駆け出した潜水艦娘たちが向かう先には、オリョクルズのリーダーがいる。

 鉄の絆はそのままに。

 鉛の色は遠く消え。

 銀輪がアスファルトを切り裂く音が近く響く。

 春の温かな空気が、既に灼熱のそれに変わっていても。



イムヤ「さあ、今日も気合入れていこう!!」



 今日もイムヤの世界は、優しい桜の色で包まれている。


【4.5 鉄血のオリョクルズ】

【大成功!】



【続く!!】

435 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:02:27 ID:hgJRyAx.
https://www.youtube.com/watch?v=PiQpGzYMVos
********************************************************************************

海大VI型 潜水艦:伊168改
【脚質】:パンチャー
 ――――奪え。

 鎮守府内で提督の七色ボイスを見破る、もとい聞き破ることのできる艦娘の一人。聴覚のギフトを持つ。
 『ほぼすべての海上艦の天敵』とまで呼ばれている『鉄血のオリョクルズ』リーダーにして、駆逐艦を含む最強のパンチャー。というか対潜能力を持たない深海棲艦にとっては悪夢以外の何物でもない。
 陸上型は魚雷無効? 残念、しおいの晴嵐さんと、はっちゃんのアハトアハト(レギュレーション違反)がある。もうやだこいつら。なお例の瑞雲狂いにとってはさほどの脅威でもないとか。日向マジ日向。
 当鎮守府最強の艦娘たる武蔵でも艦隊内演習で相手艦隊にイムヤがいると聞くと仮病を使ってまで出たくないと言い張る。五十鈴が相手艦隊にいると今度はイムヤが嫌そうな顔をする。
 色聴の共感覚を持っている。紛れもないギフトであるが、それを抜きにしても異常なまでに広い探知能力を持つ。それに磨きをかけて反響定位(エコロケーション)を物にしているのであった。
 その聴力は日常生活においても常人の数倍にも及び、艤装補助を受けて海の中に潜れば数百倍にも及ぶ。
 海中においては千キロ先の敵すら補足する。鯨か何か? 師は大鯨ですがなにか? 妙な説得力を付けるのはよしなされ。
 ロードバイク鎮守府で最も信用度の高い艦娘ソナーであり、敵艦隊の配置を丸裸にする。『音海の狩人(スナイパー)』とは良く言ったもの。なおその能力はS級秘匿事項であり、提督以外だと龍鳳およびオリョクルズメンバー、そして大淀を始めとする司令部メンバーや極一部の艦隊旗艦にしか知らされていない。
 駆逐艦で知ってるのは霞・初霜、それと卯月ぐらいである。最後の卯月っていうのが大問題であった。
 ロードレースにおいてもエコロケーションを活用。というか常時展開。路面状況の把握に、敵チームの心拍の乱れやギアチェンジの音でアタックタイミングを容易に察する。ヒソヒソ内緒話も聞こえちゃう。
 ヘタな駆け引きするだけ無駄。前提としてイムヤに勝る地力がないと勝負にもならない――――のだが。

卯月「…………」

 悪魔の頭脳の持ち主は、それを利用してくる。嘘ついてる時に心拍が変わらない奴がいるとは夢にも思わぬイムヤちゃん。
 提督に一目惚れ勢。正しくは一聴き惚れ勢。
 初めて提督の心音を聞いたときから好きだったというお話。この話を出すと茹蛸のようになって悶えるのであまり弄るとオリョクルズが怒る。弄っていいのは私たちだけだとばかりに。
 イムヤ曰く『透明感のあるコバルトブルーの内側でマジェンタが炎のように揺らめくように聞こえる』らしく『聞いていると安心する一方でとてもどきどきする』とか。成程、わからん。極めて特殊な才能を要する感覚の領域だ。

 閑話休題。その聴覚を活かした敵のアタックタイミングの察知に長ける。というか心音や呼吸音からフェイントかそうでないかまで100%バレる。敵への挑発なども心音からファンブル判定可能。ガチート。
 レースにおいても司令塔であり、潜水艦のみに伝わるハンドサインで言葉を介さず意思疎通可能。OK、オリョクル!

436以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/01(日) 23:03:35 ID:ZB/ohLIg

イムヤ嫁提督だからイムヤメインの話が読めて嬉しかった!
向こうのスレの方も期待してるね!

437 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:07:45 ID:hgJRyAx.
 そして敵チームの心音や呼吸音が聞こえるということは、完全に相手の疲労度を測ることができるということ。そしてイムヤはパンチャーだ。もうお察しであった。
 アップダウンコースにおけるイムヤの逃げ成功率は、100%である。逃げる時は成功が確約されている時。
 別の見方をすると、そこまでにアタック潰しの名手(特に大井)を潰しておかなければならないムリゲーめいた難易度を達成しなければならないのだが、それは別のオリョクルズに適任がいる。アタック潰しを潰すスペシャリストだ。

【使用バイク】:CUBE LITENING C:68 SL(Team Wanty)
 イムヤのバイクはドイツの新興ブランド・キューブ、そのフラッグシップのライトニング・C68よ!
 え、知らない? んー、まあそれならそれでいいけれど。
 日本じゃあ知名度のないバイクかもしれないけれど、あのツール・ド・フランスにもレース機材を供給したメーカーなんだからね!
 これで私は一番になるの! そ、そして、表彰台で、その、司令官に、えっと……だ、だめ! 言えないわ!

********************************************************************************

438 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:08:56 ID:hgJRyAx.

【夜空を焦がす】


雷「ライトニングと聞いて飛んできたわ!」

電「あの稲光、なのです!」

提督「雷、電。ライトニングと言っても綴りはLightning(稲光)の方じゃなくて、Litening(照準ポッド)の方だ」

雷「あ、あら、先走っちゃった?」

電「な、なのです……だけど、来てよかったのです! イムヤさんのロードバイク、とても素敵なのです! 可愛いのです!」

イムヤ「海のスナイパー、イムヤにぴったりでしょ?」

雷「でも68だと、1が足りないわね」

電「妖怪1足りないの仕業なのです」

提督「あの野郎絶対許さねえ……!!」


 なおこの妖怪はこの鎮守府においても頻繁に出没するが、「うるせえ沈め」とばかりにルール違反のもう一発でゴリ押しする艦娘ばかりである。

 提督的に許せないのは「てめえらみたいな海の塵屑が無駄に生き汚い足掻きしたせいで弾薬一発分を余計に消費したぞ……!!」っていう慈悲なき怒りだ。

439 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:09:55 ID:hgJRyAx.

イムヤ「ふふ、そうよ。1はね、足りないの――――今はね」

ろー「??? どういう意味ですって?」

提督「このバイクで、レースで『1』番になったら?」

ろー「え? ……! おおー!? かしこい!!!」

イク「い、いくぅ……」

ニム「に、にむぅ……」

提督「ろーもかちこいぞ(ちゃんと察してくれる当たりが他の残念な子と比して特に)」

イムヤ「そ、それと、こ、恋の、結果でも、その、うん……」

雷(綺麗な顔してる)

電(こっちまでドキドキしてくるのです)


 イムヤは純粋に提督のお嫁さんになりたい。子供は五人ぐらい欲しい。

 そこまでは提督も知っている。というか初対面の時に知ってた。だが提督すら知らないことがあった。

440 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:11:19 ID:hgJRyAx.

イムヤ「司令官とくっつくと、なんだかドキドキするの。なんでかな……凄く気恥ずかしい気分になって、だけどもっとくっついていたいって気持ちになってさ……ちゅ、ちゅーとかしたくなっちゃったりして」

はち(ふむふむ)

イク(きゃっ)

ニム(いやーん)

イムヤ「ちゅ、チューしたら、あ、赤ちゃんできちゃうもんね。我慢我慢」


ゴーヤ・はち・イク・ニム((((それはひょっとしてギャグで言っているのか!?))))


 イムヤは子供の作り方までは――――知らない。スマホの使い方が下手だからだ。これを知った時は流石の提督も絶句であった。

 やはり性教育の導入は急務であると思う一方で、それによっていらぬトラブルが発生しそうな気がしていてならない。


しおい(そういえば赤ちゃんってどうやってできるんだろう?)

まるゆ(キャベツ? レタス? 白菜? でしたっけ? その権化らしいですよ、赤ちゃんって)


 サイバイマンかな? そのままでいて欲しい、しおいとまるゆ。

441 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:13:57 ID:hgJRyAx.

イムヤ「愛する人と一緒にキャベツ畑に行ってキスをする、その儀式を行うことで、抑止の輪より天秤の守り手たる黄金のコウノトリさんが荘厳なBGMと共に突如として飛来し、赤ちゃんを運んできてくれるって聞いたわ」


 なおこの説明をしたのは秋雲だ。純粋無垢にして性的な知識のない朧と共に、キラキラした瞳でそんなことを聞かれてしまったのが、折り悪く秋雲だったのである。

 秋雲は頑張った。頑張って言葉を濁したのだ。その背後で待機していた漣と朝霜は同意を示すように神妙に頷きながらも、内心では「笑いてぇよぉおおおwwウォオオンwwww」ってな具合で必死に腹筋を制御していたのだ。


しおい「そうなんだ! なんだか素敵だね!」

まるゆ「なるほどー!」

ゴーヤ(色々混ざってよくわからない異教の儀式と化してるでち)

ろー(ろ、ろーちゃん、流石にそれは知ってるって……保健体育のお勉強、でっちとがんばりましたって……)


 以前提督が入浴中の浴場に突撃したことがあるろーちゃんは、ゴーヤによってきっちり教育されていた。

 かくしてオリョクルズの絆は日々深まっていくのだ。相互理解はチームにおいてとても大切である。つまりはKENZENだ。

442 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:16:24 ID:hgJRyAx.

【一方その頃のOCHIDO】

不知火「赤子? フッ……舐めないで貰いたいわ。キスすればできるに決まっているでしょう?」

天津風「あっはっは、不知火姉ったら冗談ばっか………り……―――――ッ!? ッ……!! ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 流石に冗談だろうと思ったが不知火がマジの顔をしていたので全てを察し、物凄く何か言いたげだが、何を言っても姉の顔を潰すことになるので言葉に詰まる天津風。


陽炎「……」


 オロついてる天津風の肩に手を置き、無言で首を左右に振る陽炎。彼女も頑張ったのだ。以前説明したことさえある。だが理解不能になった不知火はそのまま鼻血を噴いて気絶し、目覚めたときには性知識を失っていた。


親潮「」


 同じく察した結果、絶句する親潮。


雪風「さすが不知火おねえちゃんです! はっ!? ど、どうしましょう!? ゆきかじぇ、しょっちゅう幸運の女神のキスをかんじちゃってます!」

不知火「大丈夫よ雪風――――おでこやほっぺたで赤ちゃんはできません。ましてや女の子同士で、赤ちゃんはできないわ」

443 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:17:23 ID:hgJRyAx.

雪風「さすがは不知火おねえちゃん! さすしぬ!」

不知火「褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、その略し方はやめてくれますか、雪風。『流石に死ぬ』みたいに聞こえるわ」

雪風「さ、さすぬい!」

不知火「『刺して縫う』みたいなマッチポンプというか、長く楽しめるかのようなサイコパスを感じるからそれもちょっと……」

時津風(ま さ に 落 ち 度)

陽炎(どうしよう。一周回って酷く愛しいっていうか、尊いものを感じるわ)

黒潮(自分が酷く穢れた存在に思えてくるからやめーや)


 なんですか? 不知火に落ち度でも?

444 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:28:42 ID:hgJRyAx.

********************************************************************************

巡潜3型 潜水空母:伊8改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)/ランドヌーズ

 ――――長距離巡航の持続力なら、誰にも負けませんっ!

 海に8.8cm KwK 36(アハトアハト)持ち込んで敵戦艦をくり抜いたことがあるレギュレーション違反に定評のあるはっちゃん。人呼んで【オリョール海のマジ○チ】である。
 本人は大変遺憾に思っており【オリョール海の知将】とか言ってほしいらしい。誰もが苦笑いするばかり。
 なおロードレースの実力だが、前述の発言に偽りなく、長距離巡行の持続力はマジで誰にも負けないんだよなあ。ペース走を得意とする一方、急激な速度変化やアップダウンの多いコースは苦手。
 長距離クリテリウムなどの平地メインの周回レースでは名取・由良にも匹敵する巡航を魅せる。
 自分のペースで一定距離を走らせたら、自己ベストをぽんぽこ更新する点では自己管理能力トップクラス。スケールの違いはあるが、足柄に匹敵する。
 実はチームレースより個人レースの方が得意。といっても僅差だ。元々自己管理能力も他者への指示出しもうまいからだ。まだチームが完熟していないから個人レースの方が得意という意味である。
 アタック潰しは少し苦手だが、他のチームへの体力を伴わない精神的駆け引きに長ける。

【使用バイク】:FOCUS IZALCO MAX(Black/Yellow)
 はっちゃんのバイクは、ドイツのフォーカス・イザルコマックスです。
 コンポーネントはカンパニョーロ……―――スーパーレコードEPSです。
 ええ、古きよきものとしてポタリング用のバイクは別に用意していますが、はっちゃんのレース用決戦仕様はこれですね。
 ええ、アイウェアにもこだわりがありましてね。私のはオークリーのフライトジャケット・プリズムロードです。
 1枚レンズは視野角が広いのがいいですね。どうです、似合ってますか? うふふ、ありがとうございます、提督。

********************************************************************************

445 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:30:16 ID:hgJRyAx.

【フォーカスというバイクについて(ろんぐらいだぁす!の倉田亜美ちゃんも乗ってる)】

提督「おおー……フォーカスというとシマノ組みばっかり見てたが、なかなかどうしてカンパが似合うじゃないか」

はち「ドイツメーカーですからね。ゲルマンは完璧主義の傾向が強いので、とっても造りが丁寧で精度がいいんですよ?」

提督「(その割にプライベートやDIY的な日常大工はすっげえ雑な印象が強いが)なるほど」

イムヤ(あっ、司令官、今、本心を押し隠すような心音に……!!)

しおい「乗り味はどうなの? きもちー?」

はち「ええ、もちろん。よく言えば全く『くせ』がないわね。回さなきゃ進まないとか、ひたすら硬いとか、安定感に欠けると言ったデメリットがありません。ハンドル高を高めにすればロングライドでも全く問題なく行けます」

イク「ほえー、万能なところに纏めてきてるのね」

ろー「それもまたドイツらしさですって! はい!」

はち「悪く言えば……面白みに欠ける、と言ったところでしょうか」

提督「そうか? どんなコンディションでもイケるってのは非常に頼もしい相棒じゃないか。俺、長丁場で山多めのステージをガンガン攻めてくんだったらオールラウンド性の高いバイクってすげー好き。

   フォーカスは直進安定性にも定評がある扱いやすいバイクだよ。ピーキーさがないのはロードバイクの乗車姿勢に慣れていない初心者にも、極限状態におけるトラブルを避けたい玄人にも広くお勧めできる安心感だ」

はち「! はい! 提督にそう言ってもらえると、はっちゃん嬉しいです」

446 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:32:11 ID:hgJRyAx.

提督「はは、しかしイイの選んだね。フォーカスはパッと見だとありがちな近代ロードバイクのテンプレート的な外観だが、かなり細部にこだわったメーカーだ」

イムヤ「!? なにこのシートポスト!? 穴が開いてる!?」

ゴーヤ「ヘッドチューブ、かなりボリュームあるでち……って、このアウターケーブル受け!? 見たことない形してるでち!」

ろー「わぁ、シートステーとチェーンステーが細いですって! すっごくスマート……あっ、フロントフォークもしなやかですって!」

イク「塗装も丁寧でつややか……すっごくピカピカなの!」

まるゆ「あ、あれ? よく見る形だなあって最初思ってたのに、じっくり見てると、どんどんカッコいいところが見つかっちゃいます……?」

はち「ふふ、でしょう?」

提督「そんなカッコいいフォーカスの特徴と言えば、その『素直さ』だな」

しおい「素直さ?」

まるゆ「です?」

447 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:34:02 ID:hgJRyAx.

提督「どうペダルを回せば進むのか―――回すタイプ、踏むタイプ、もがくタイプ、振るタイプ。

   反応性――――トルクをかけるとギュンッとシームレスに加速するタイプ、じわりとパワーを均(なら)すようにグングン加速するタイプ。

   回した時に足に来る感触―――ひたすら固い一枚板タイプ、微かにしなるタイプ、あからさまにバネを感じるタイプ。

   重心が下に来るタイプ、上に来るタイプ、その中間。

   フレームには各メーカー・各国によっての特色があり、狙った性能があり、それによって癖がある。

   フォーカスはライダーに対して『こうやって乗るんだよオラァン!?』みたいな強いる乗り方と言うものがない。とても素直で穏やかだ」

ニム「吹雪型の子みたいに普通ってことですね」

提督「吹雪型をディスるのやめろ。吹雪だけだ、普通なのは」

ゴーヤ(てーとくが一番吹雪ちゃんをディスってると思うでち)

イムヤ(いいえ、アレはディスってるようで信頼の裏返しよ。吹雪ちゃんほど、正しく『普通』を体現している子はいない。いい意味でよ?)


 イムヤは真剣な顔で言う。


イムヤ(彼女ほど多くの海域で活躍した駆逐艦はいないわ。全海域制覇かつ出撃数だけならウチの最多よ、最多)

448 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:36:29 ID:hgJRyAx.

【提督指定の……】


提督「しかしまあ、なんだ。改めてお前たちを見ていると」

ゴーヤ「でち?」


 ずらり勢ぞろいした潜水艦娘たちのロードバイク用の正装は――――。


提督「水着姿じゃないお前たちを見てると、なんだかほっとするんだよ」


 もちろんレーシングジャージであった。お揃いのオリョクルズマークが胸と腕に刺しゅうされた、色違いのジャージ。


提督「男としちゃあ複雑というか、誤解を招きかねんのだが」

イムヤ「……司令官のえっち」

イク「あははー! イクの水着が見たいなら、提督にならいつだって見せちゃうの! スクール水着じゃない水着でもOKなのね!」

ろー「ですって! みんなお揃いです! れんたいかん? がげきあつになるんですって!」

449 ◆gBmENbmfgY:2019/12/01(日) 23:45:20 ID:hgJRyAx.
※今日はここまでですね。

 改めまして遅くなって申し訳ない。

 実はけっこう書き溜めあるんだけど、リクエスト聞いておこうかな。

 少し手直しすればすぐに投下できそうな設定集や小話、レース話があるんだ。

【各艦娘】

・睦月型
・吹雪型(特Ⅰ型)
・綾波型(特Ⅱ型)
・白露型
・改白露型
・朝潮型
・初春型
・夕雲型
・秋月型


【レース】
1.足柄さんはポタリングに行きたいようです(レース。え? 時系列的に離れてるので別スレ立てる)

2.那珂ちゃんは、泣かないよ(レース。時系列的に離れてるので別スレ立てる)

3.軽巡洋艦最速決定戦(ワンデーレース。本編)

×:加賀と瑞鶴の確執(※本編用。まだ発表するには早すぎる時期なので凍結)

450以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/01(日) 23:54:44 ID:/2heHpAU
おつおつ
その中だと個人的には秋月の話が気になるな

451以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 01:18:02 ID:jeXe0O3I
乙ー

別スレ建てるのは勿体無いので本編投稿希望

> 日向マジ日向
まぁ、そうなるな

452以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 02:39:19 ID:qis2OfI6

質素倹約の秋月型がどんなバイク乗ってるか気になる

453 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 12:27:46 ID:/sduyqbU
※おお、忘れてた。他にも候補あるよ。
 オリョクルズのバイク紹介と小話終わったら正式にリク取ってみよう
 じゃけん上記で挙げた秋月型とかも含め、詳細内容も断片的に添えて羅列しておきますね〜。なお全部書くよ。見たい順番を参考までに聞くだけ。

【各艦娘】(本編)
・睦月型:提督とポタリングする話。瑞雲の話をしていたらヤツがきた。提督の女子力に如月が轟沈する。キレてねーっつってるじゃないすか。卯月さまはとても頭の良い御方。望月はかったるいことでもガンバるようです。カワイイね!
・吹雪型(特Ⅰ型):吹雪はダメダメな艦娘だったようです。頑張り屋の白雪。ズイフター初雪。叢雲は槍女で鼻が利く。健気な磯波。ド根性浦波。深雪様はピュアッピュア。
・綾波型(特Ⅱ型):思春期の艦娘は提督に恋愛対象として見てほしい。自転車活用術。ぼのたんは多趣味。天霧と朧はトレーニングジャンキー。狭霧は絵になる。漣はオチ担当。潮は子供。敷波は可愛い。綾波は釈迦。
・白露型:後述の改白露型を後日譚とするお話で、白露型・改白露型でレースするお話。白露がいっちばんを目指す理由。江風がいっちばんを目指す理由。涼風がかっこいい話。ちょっとだけ満潮。
・改白露型:上述の白露型のお話の後日譚。江風は井の中の蛙だったようです。山風が鎮守府の中心でタスケテを叫ぶ。海風はピッコロさん。涼風は寝ている。提督とパワトレする話。
・朝潮型:白露と共に朝潮がレースで詐欺にあう話。詐欺……いったい何月の仕業なんだぴょん……。アゲアゲ大潮。平地最強格の荒潮と山雲のあははあららうふふ。朝潮はいい子だからこそ、エースになれないという話。朝雲おねえちゃん。霞ガンガン。霰フリーダム。満潮は頭を抱えた。
・初春型:子日は駆逐艦内最強のオールラウンダーのようです。今日はどんな日なのか、いつも気になっていた。だけど今は、明日が気になる。今日は、子日の日だ。初春と叢雲の話。若葉は辛くてキツくて長く続く苦しい壊れちゃいそうなのがお好き。はつしもふもふ。
・夕雲型:夕雲型の長女はヤベーやつのようです。陽炎と双璧のヤベーやつ。秋津洲と高波は自転車のバラ組に挑戦。朝霜ちゃんはクソガキムーブな乙女。長波様は子日に勝ちたいようです。
・秋月型:初月は終戦間際に着任したせいで大分甘やかされていたようです。秋月っていうヤベーやつと照月っていうヤベーやつ。ロードバイクを欲しがります、勝ったから。提督の愛も欲しい二人。だが誘惑方法が80年代。
・海外艦娘たち:艦種問わず。ビスマルクたちが鎮守府へ帰還。みんながロードバイクに乗ってることにプンプンするようです。海外の文化についても少しだけ。レーベが尊い。マックスがデレッデレ。リベが尊い。そうだ、湖畔を走ろう。

454 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 12:48:42 ID:/sduyqbU

・神風型:とんでもねえ鎮守府に着任しちまった彼女たちの日々はそれでも過ぎていくようです。鎮守府施設や福利厚生、給料諸々。下積み時代だがんばれ。
・海防艦たち:明石がハンドメイドフレームに挑戦するようです。やだいやだい佐渡さまもロードバイク乗りたいんだい! 子供特有の欲にも応えてくれる匠の技。もう二度とばかしなんて呼ばせない。だが彼女は馬鹿だった。

提督(一人に作ったら、ほかの子も欲しがるに決まってんだろ……おまえ自分の腕の良さ分かってんのか……? こないだの夕張んときから何も成長していない……)

【小話】
・球磨型:大戦後、北上さんがニートになった話。バイクの話だ。バイクのな……。
・ゴトランド:ゴトランドは提督にロードバイクとフィンランド式サウナ(ロウリュ)の設置を求めるようです。由良や明石と一緒にサウナでゆらゆらする話。サイクリングもしちゃう。サウナに入る時にはね、もっと静かで、落ち着いていて、なんていうか救われてなきゃあダメなのよ。
・ロードバイクテクニック講座(大丈夫? 提督の教導だよ?):多くの艦娘が登場。小競り合いも発生。舞風や野分、一部艦娘は講師役で大活躍。きぬぅ!!
・天龍ちゃんと龍田ちゃん:あちこち走り回っている彼女たちが気付いたこと、疑問に思ったことを提督が応えていくスタイル。体重が落ちすぎるって話とか。冬場? 積雪時? アキラメロン。
・隼鷹が悪夢にさいなまれている話。遠くに行きたかった。誰も自分の事を知らないところへ行きたかった。
・菊月がトランペットに憧れる少年のように、とあるロードバイクに惚れ込むお話。ほちい。
・ガンビーが日本横断するようです。太平洋から日本海への約360kmライド。果たしてガンビーは迷わず辿り着けるのだろうか(※無理です) ベーイ、ベーイ(泣き声)
・デ・ロイテルはオランダバイクの良さをわからせてやるようです。わかるわかる? コガよ!
・提督のパーフェクトスプリンター育成教室。長良や霧島が悲鳴を上げるようです。
・暁「一人前のレディとしてビンディングペダルにするわ!」

455 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 12:59:11 ID:/sduyqbU
・雲龍が提督と姉妹たちと共に渋峠に上り、雲海を見下ろして感慨にふけるお話。真面目なお話。それと草津の湯。
・提督に騙される艦娘たちは、あちこちの峠を走らされるようです(メンツは度々変わったり常連がいたり)

【以下、本編に組み込むのでよっぽどリクエストが来ない限りは単独では書かないボツ】
・響「山岳用決戦ホイールは結局どれがいいんだ!」(底なし沼・山岳編)
・赤城「ビッグプーリー? 小さいのとは違うのですか?」(プーリー編)
・球磨「グルメライドするクマー♪」(美味しそうな匂いのするお話編)
・葛城「BB規格が多すぎて何が何だかわからない……」(超生臭い話編)
・まるゆ「シマニョーロ?」(禁断の果実編)
・鳳翔「そ、その、提督……この格好は、少し、私には、その……はしたないというか……」(サイクルウェア編)
・大鳳「ま、またパンク……?」山城「不幸だわ……」(パンク修理編)
・日向「手組ホイール! そういうのもあるのか!」(ホイール手組編)
・熊野「フレームをガラスコーティングしますわ!」(コーティング編)
・漣「ご主人様ぁ……漣の脚、揉んでぇ?」(スポーツマッサージ編)
・瑞鶴「来たわよ空母ババア……カタパルト寄越せ!!」空母棲姫「カエレェエエ!!」(瑞鶴の狂犬時代+蹂躙)


 カタパルトだ! 持ってんだろおまえ!! カタパルト出せ! カタパルトだよ!! カタパルトォオオオオオオオオオオオ!!!

 出さないなら殺す! 出したら楽に死なす! もったいぶるなら殺して奪う! 出せ! カタパルト! 私に必要なもんなんだよあの腐れ一航戦に一泡吹かせるためによォオオオオオオオオ!!!

456以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 21:34:09 ID:xWpODVLk
神風型見たい

457以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 22:11:45 ID:ttcUCqdA
北上さまの婿提督なのでぜひ読みたい

458 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:22:33 ID:/sduyqbU

********************************************************************************

巡潜乙型 潜水空母:伊19改

【脚質】:TTスペシャリスト/クラシックハンター(クラシックスペシャリスト)

 ――さぁイクの! 地平線の彼方までカッ飛ばすのね!

 脚質はスプリンターとTTスペシャリストの両方のいいとこどりであり、どっちかと言えばTTが得意という誤差のレベル。上り坂? 死んでほしいの!
 【オリョール海の魔神】の異名を持つイク。いつも曖昧になってるわけではない。曖昧になるのは魚雷外した時や難しい話をされた時だけだ。何よりも曖昧の先の領域に開き直られると面倒である。
 とにかくトルクにモノを言わせたペダリングにより、トップスピードに達するまでが速い。だが落ちるのも速い。それだけならガッカリ性能なのだが、イクは回復するのも速くゾンビの如し。
 性格は極めてマイペースで悪意のない自分本位(わがまま)で、かつ刹那的快楽至上主義者。当て感が良いなんてレベルではないぐらい魚雷を当てまくる。勝負勘が強い。感覚派の極みに位置している。
 個人ワンデーレースが性に合ってるのは当たり前の事であった。根拠とか過程を抜きに、感覚のみで最適解を導き出す類の、集団生活を送る上では厄介なあれ。イムヤが苦労させられたのはもちろんである。
 とはいえチームワーク皆無ではオリョクルズでやっていけるはずもなく、そのあたりのルールは大鯨(龍鳳)やらイムヤやらにきっちり仕込まれた。ほぼ催眠に近い方法で。

龍鳳「出撃が終わったら、好きにしていいんです。でも出撃中は自分勝手なことをしてはいけません。もししたら……」
イク「し、したら……? ど、どうなっちゃうの?」
イムヤ「――死ぬ」
イク「い、逝くぅ……」

 死にます。逝きます。そういう暗示がかかっている。ひでえ話もあったものである。なお着任当初の話であり、今は自発的に協力する。チームワークは大事! なの!(※死ぬので)
 とはいえ、イクはそもそも戦うことなんて大嫌いなのだ。戦いを刺激とするほどウォーモンガーではない。原則ぐーたらしていたいし、人の面倒を見るなんてのも性に合わなかった。
 誰かと目的を共有してそれを達成する喜びは実感としてわかるが、個人的な勝利こそを至上としていた。
 そんなイクの意識が変わったのは、終戦も間際の事。
 伊26――ニムが着任したことがきっかけである――。
 続きは本編で。

459 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:23:31 ID:/sduyqbU

【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (gloss chameleon purple)
 イクのバイクは、スペシャライズド・Sワークスのターマック! なの!
 もちろんコンポはスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるのー!
 かたろぐ? すぺっく? ぶっちゃけよくわからないけど、多分これがイクにとってベストな一番速いバイクだと思ったの!
 イクの両脚がうずうずしてるの! 戦艦だろうと空母だろうと、イクの大逃げを止められるものなら止めてみろ、なの!

********************************************************************************

460 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:24:28 ID:/sduyqbU

********************************************************************************

巡潜乙型 潜水空母:伊26改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――私は、チームを勝たせるためにここにいる。だから、だから……だから!!

 オリョクルズのみんな絶対勝たせるウーマン。
 オリョール海の新たなる刺客。オリョール海の深海棲艦は潜水艦を見る度に震え上がるほどのトラウマを抱える破目に陥る。
 【オリョール海の新たなる死亡フラグ】【三つの問いかけ】【どう答えても魚雷】。終戦後だというのに、オリョール海へしつこく間引きに行くオリョクルズ達。そのときに貰った二つ名。
 イクと正反対に相手の気持ちを慮ったり空気を読んでの大人な対応ができる。勉強熱心で料理上手。
 本編開始時点でオリョクルズの中では一番の新参だが、イクを始め潜水艦隊のみんなとの関係も良好である。面倒見も良い。きっと後輩たちが入って来た時には良き先輩となるだろう。
 そんなニムの脚質はルーラー。万能な脚質はチームレースでのサポートに特化しており、本人の気質もあいまってやる気満々。進んで誰かのフォローができる。
 イクとは着任当初こそ不仲とは言わないまでも壁や距離を感じていたがあったが、既に阿吽の呼吸でやってのける。ハンドサインもばっちり。オーケイ、オリョクル。
 今ではイクのみならず、潜水艦仲間のやらかしをバッチリフォローできる立場に。イムヤと同じく苦労人気質かもしれない。
 イムヤやゴーヤにとっては救いの女神に等しい。やっと、やっとまともな後輩が入ってくれた……! はっちゃん? あれはヤベーやつよ。

【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (Red)
 ねえ! ねえねえねえ、聞いて! ニムのバイクが納車されたの!
 イクお姉ちゃんと同じ、スペシャライズド・Sワークスのターマック! いいでしょ、いいでしょいいでしょ!
 もちろんコンポもお揃いでスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるね! キてるキてるキてるよ!
 これってすっごいバイクなんだって? なんかいっぱい、有名なレースで勝ったり、有名な選手がこれに乗ってたりするんでしょ?
 これなら私も、お姉ちゃんやオリョクルズのみんなを立派にサポートできるよね! できる! できるできる!
 まだまだ新参で無名に等しいあたしだけど、ここでいっちょう凄いことを、艦隊のみんなにアピールしなきゃね! 見ててね! 見てて見てて!

********************************************************************************

461 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:26:11 ID:/sduyqbU

【お揃いSワークス】

提督「出たなターマック……!! レアなフレームがいいと言った割には王道で攻めてきたじゃあないか」

イク「色合いがレアなの! それと多分このバイク、すっごく速いと思うし、イクの脚にも合ってると思ったのね!」

ニム「お姉ちゃんが選んだから多分間違いないかなって! ねえねえねえ、そうでしょ?」

提督「お、おう……(当たってるよそれ。根拠なしに決めてるくせしてどーしてそうなる? イクってば徳の高い何かが憑いてんじゃね?)」


 このターマック――提督が島風へプレゼントするロードバイクを考えた時、最後まで残った候補であった。スプリンターやTTスペシャリスト、オールラウンダー御用達の名車である。


イムヤ「そんなにいいバイクなの?」

提督「ああ。輝かしい栄光に彩られたロードバイクフレームだ」


 とてもとても分かりやすい硬度を備えた直線スプリントに強いオールラウンドフレームであり、様々な試乗会において一二を争う人気を誇っている。


提督「すっげえ扱いやすいのよコレ。加速力もグンッッと来る感じで、踏み心地もパリッとインパルスが走ったような反応を返してくれる。

   つーか俺も欲しいんだよね。ローバルのホイールも試してみてーし」

462 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:27:54 ID:/sduyqbU
********************************************************************************

巡潜乙型改二 潜水空母:伊58改

【脚質】:オールラウンダー

 ――――まだ、行けるでち。そうでしょ?

 ロードバイクチーム・鉄血のオリョクルズ、そのエース。特にステージレースを得意とする。
 海においては【オリョール海の必殺仕事人】とか【深海棲艦絶対殺すウーマン】とか【伝説の始まり】とか呼ばれている。
 とにもかくにも深海棲艦には死んでもらいます。殺意高め。勝利への嗅覚はイクの方が優れているが、それを補って余りある勝利への執念はゴーヤが勝る。プレッシャーに強い。正しくはそれをねじ伏せる術に長ける。
 提督に対するスタンスはお兄ちゃん勢――――ではなく、御屋形様勢という希少種。
 義理と人情を重んじるゴーヤにとって、自分とイムヤを救ってくれた提督は足を向けて寝れない大恩人である。もちろんその人間性においてもゴーヤにとっては好ましいらしく、尊敬と敬愛と敬意を持っている。
 実は提督の言葉はすべてに優先すると思っており、死ねと言われれば笑って死ぬレベルの忠義の輩。これには朝潮もマッハで首を縦に振って同意。ヤンデレ予備軍。
 もちろん提督は誰がそんなこと命じたよ頼んでもいねーよと度々苦言を呈している。
 そう提督に言われてからは、一見するとお兄ちゃん勢っぽい接し方になった。ゴーヤはそのあたりは頑固ではないので、普段は提督にも結構お気楽な態度で接している。なお朝潮は改善しないもよう。
 提督に軽んじられるのは彼女にとって堪らない苦痛であるらしく、自己研鑽は怠らない。この辺りはイムヤと同じだ。必要とされなくなるのが怖いのだ。史実における戦後処理の事も恐らく響いている。無用物になりたくない。
 着任当初からイムヤを支え続けた。イムヤにしかわからないイムヤの苦悩に寄り添い、励ましながら頑張り続けてきたオリョクルズ影の功労者である。素でいい子。
 そんなゴーヤにも転機が訪れる。ドイツからの友軍であるUボート――U-511の面倒を見ろと、提督直々に命が下された時のことだ。続きは本編で。

【使用バイク】:MERIDA SCULTURA 10K-E
 ゴーヤのバイクは、台湾のメリダ、そのオールラウンダーモデルの最上位、スクルトゥーラのフラッグシップでち!
 そう、日本の誇るロードバイク選手、新城幸也選手も乗ってるメーカーなんだよ!
 コンポはもちろん、提督指定のデュラエースDi2だよ! やっぱり提督が愛用してるだけあって、すっごく機能的でち!
 軽量オールラウンドモデルを謳っているだけのことはあって、すっごく軽いし加速性能も登坂性も両立した名機です!
 これでゴーヤは勝って見せるね、提督! 誰にも負けないよ! 誰にも――――あの馬鹿にも、でち。

********************************************************************************

463 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:30:10 ID:/sduyqbU
********************************************************************************

呂号潜水艦:呂500

【脚質】:スプリンター

 ――――げきあつですって!!

 かつてはドイツのUボート。ユーと呼ばれた少女は、斜め上の方向へと成長してろーちゃんとなった。
 【オリョール海のスマイリーデス】とか【苦瓜のお供】とか【最恐の助手】とか【天使のような悪魔】とか。
 オリョクルズ最強のスプリンター。がるるぅー、がるるー! 後半の伸びが凄まじい。というか粘りが凄い。一度抜かれた後に再加速とか信じられないことをやってのける。
 典型的な競うタイプで、そこで強者を名乗れる域に達している。
 下積み時代にとっても苦労した経験が、今も生きている。それも全てはゴーヤのおかげと言ってのける。
 ゴーヤのことが大好きで、そのことを隠そうともしない。ゴーヤはいつものむっつり顔で適当にあしらってるが、内心ではまんざらでもない。
 チームレースではチーム、ひいてはゴーヤのアシストとしてしおいと共にアタックしかけまくりポイント狙いまくり。
 エーススプリンターとしてそこそこポイントも取れる。


【使用バイク】:CANYON AEROAD CF SLX
 ろーちゃんです! はい! ろーちゃんのロードバイクはドイツのキャニオン! えあろーどしーえふ、えすえるえっくす――ですって!
 えへへ、かっこいいでしょ? プロ選手のマルセル・キッテルさんも使ってるバイクなんですって! げきあつですって!
 ねっと販売だけのメーカーなんですって! でっちと龍鳳さんと一緒に組んだんですって!
 それでね、でっちったらね、文句言いながらも組むの手伝ってくれました! ろーちゃんもがんばって組みました! すごいでしょ? 褒めて褒めて!
 レースもサイクリングも、いっぱい楽しみたいって! それにてーとくと一緒に、温泉にも行きたいですって!
 でっちも誘って、今度行こうね! ぜったいです!

********************************************************************************

464 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:32:30 ID:/sduyqbU

https://www.youtube.com/watch?v=AMETIhgsFQ0
【ユーのもくひょう】

 ユーは、ほんとうはいやでした。

 ニホンにくるの、いやでした。

 しらないクニ。しらないコトバ。しらないヒトたち。

 どうしてユーなんだろうって、あたまのなかでぐるぐると、なんどもなんどもいやになりました。なやみました。かえりたいっておもいました。

 だけどこたえはでなくって、うまくニホンゴがしゃべれなくて。

 こわくて、ふあんで、こころぼそくて、ユーはしくしくなきました。

 ひとりぼっちで、なきました。さびしくてさびしくて、かなしくてかなしくて、いっぱいいっぱいなきました。


「――――世話の焼けるやつでち」


 だけど、そんなユーをひとりぼっちにしてくれないひとがいました。

 ゴーヤという、せんぱいでした。

 ユーのせんぱいは、「でちでち」いうひとでした。とってもカワイイこだけど、とてもコワイひとでした。

465 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:33:14 ID:/sduyqbU

 ゴーヤってよべっていわれたけれど、でちでちいってるからでっちってよぶことにしました。でもよぶとおこります。こわい。


「いいでちか? 魚雷の狙いはこう」


 いわれるままに、いっしょうけんめいがんばりました。

 ユーはまだまだニホンゴがへたっぴで、うまくいしそつうができなかったけれど。

 ゴーヤは、ユーをみすてませんでした。ユーがわかるまで、ずっとずっとおしえてくれました。


「手紙を書く? そりゃ喋るのも厳しいおめーにゃ難易度高いでちねえ……箸の握り方から教えてやりてーとこでちが……しゃーないでち、付き合ってやるでち。いいでちか? ここは……」


 このおてがみも、ゴーヤがかきとりのべんきょうをしてくれたおかげでかけました。あ、ないようは、ないしょです。はずかしくて、つたえられないから。

 なんどもなんどもかきなおすことになったけれど、ゴーヤはずっとずっとかきとりのおべんきょうにつきあってくれました。ニホンゴは、だんだんじょうたつしてきたとおもいます。

 ゴーヤには、かんしゃのきもちでいっぱいです。

 ゴーヤだって、いっぱいいっぱいくんれんして、へとへとなのに。

 ユーのおせわをしてくれながら、にんむだってこなしているのに。

 そうおもったら、ユーは、なみだがでました。

466 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:34:19 ID:/sduyqbU

 ユーはまたなきました。いっぱい、しくしくなきました。

 だけど、それはかなしいからじゃありませんでした。

 くやしかったからです。

 ユーはおにもつなんだって、やくにたてていないんだって、それがくやしくてくやしくて、なみだがとまりませんでした。

 あるひ、ゴーヤとぎょらいのくんれんをしてるときに、たえられなくて、ユーはまたなきました。

 くやしい、くやしいっていって、なきました。


「本当に、世話の焼ける奴でち」


 ゴーヤはあきれたようにそういって――だけど、それでもユーをみすてませんでした。

 なさけなくなきじゃくるユーを、ちからいっぱいだきしめてくれました。


「最初は誰だって役立たずでち。だけど、役立たずのままじゃいられねーんでち。その点、おめーはよくやってるでちよ。

 ――なぜならおめーは、それが悔しくて、情けなくて、そんな自分のままじゃあいたくないって、ここで強くなろうと足掻いてるからです。

 おめーは泣き虫ですが、立派な潜水艦でち――どれだけ泣いても、どれだけ悔しくても、おめーは毎日訓練してる。諦めることを考えていない」

467 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:35:17 ID:/sduyqbU

 それはゴーヤでもむずかしいことなんだって、ゴーヤはそういいました。


「だから、泣かずに――――ここで強くなろ? ゴーヤと一緒に、ね?」


 みあげたゴーヤは、やさしいえがおをユーにむけてくれました。

 ユーはまたなきました。

 いっぱい、ゴーヤのうでのなかで、なきました。

 くやしかったし、かなしかった。だけど、それいじょうにうれしかったからです。

 ユーにとってたいせつなひとができました。

 ゴーヤは、ユーのたいせつなひとになりました。

 いつかりっぱなせんすいかんとして、ゴーヤといっしょにたたかいたいとおもいました。

 だから、ユーのもくひょうは。



 ――ゴーヤといっしょに、へいわなうみをとりもどすことです。

468 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:36:33 ID:/sduyqbU

………
……


ろー「でっちー! ねえねえ、でっちー!」

ゴーヤ「でっち言うなと言ってるサルゥ!! 仕舞いにゃ五体解体(バラ)して魚の餌にしてやるでちよ!?」

ろー「で、でも、ゴーヤはしょっちゅうでちでち言ってるって。だからでっちー」

ゴーヤ「だからでっちってのは丁稚っつー昔の下働きの小者未満って意味があるって言ってるでち!! 現代じゃ蔑称そのものでち!」

ろー「そ、そうなんだ……で、でも」

ゴーヤ「でも、なんでち?」

ろー「ろーちゃんにとって、でっちはでっちですって。その、べっしょう、なんかじゃ、ないですって。

   でっちの口癖、優しい感じがします。ろーちゃん大好きですって」

ゴーヤ「っ、ば……」



 それからユーは、がんばってつよくなって。

 ユーは、ろーになって。

469 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:41:00 ID:/sduyqbU

 ニホンで、大切なお友達ができました。いっぱいいっぱい、できました。

 イムヤちゃん、イクちゃん、はっちゃん、まるゆちゃん、ニムちゃん。

 駆逐艦の人たち、軽巡、重巡、軽空母、空母、戦艦の人たち。

 ほかにもいっぱいです。

 だけど、一番の大切なお友達は、やっぱりゴーヤで。

 そんなゴーヤに出会えたのも、ろーちゃんがユーだったときに、ここに来たおかげでした。



 ろーちゃんは、日本にこれて、良かったと思っています。




……
………

470 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:43:07 ID:/sduyqbU

【宛名はドイツのビスマルク】

ビスマルク「ユーから……ろーからの手紙は読んだかしら、グラーフ。私が昔、バルト海を暴れまわってた頃に貰ったのよ。私はもちろん日本語だって完璧だから当然読めたんだけど、それがまさか仇になるとは……なつかしいわね……グラーフ? グラーフ?」

グラーフ「ちょっと目から水漏れがな……おまえは平気か、ビスマルク」

ビスマルク「フフ、そりゃあ平気よ――――何せ昨日の夜に読み返したら不覚にも涙ボロッボロで既に枯れ果てたわ!!」

グラーフ「……なるほど、道理で目が赤いわけだな」

アイオワ(堂々と言う事じゃないわゼッタイ)


 ビスマルクの言動はいちいち『スゴ味』があった。


レーベ「この手紙読んでると、ボクも昔を思い出すなあ」

マックス「この戦線ももうじきひと段落―――そろそろ帰らない? 日本へ」






【ユーのもくひょう――つづく】

471 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:47:03 ID:/sduyqbU

https://www.youtube.com/watch?v=D2uqpqrYmMY
********************************************************************************

潜特型 潜水空母:伊401改

【脚質】:パンチャー/クラシックスペシャリスト

 ――――ここのポイント、貰い受けるよ!

 【オリョール大サーカス】とか【焦げたしばふ】とか【スズメバチ】とか【素晴らしき晴嵐さん】とか【脱ぎ女】とか多くの異名を持つ。真っ二つ。
 ロードバイクチーム・オリョクルズにおいての役割はマルチプレイヤー。遊撃である。ステージレースにおけるポイントハンターであり、あの手この手でどぼーんとアタックしていく。
 潜水空母としての能力と同様、ロードバイク乗りとしても隙のないマルチプレイヤーかつ、超攻撃的なレース展開を得意とする。
 アタック。アタック。そしてアタック。地形問わず仕掛けてくるあたりが嫌らしい。いい意味で空気を読まないし悪い意味でも空気読まない。
 個人ワンデーレースにおいては自身の勝利を積極的に狙っていくアタッカー――かと思いきや、意外とクレバーで冷静なレース運びをする。
 提督はお兄ちゃん勢。メッチャ甘える。ごきげんようと挨拶するのは、提督の気を引きたいのもある。おしゃま。
 だが羞恥心がなかった。知識もねえ。提督が入浴時に乱入しようとする(故意・事故問わず)未遂を起こした数は数知れず、全艦娘中最多を誇る。
 しおんの着任によって改善――されるといいな、と提督は消極的かつ楽観的な希望を抱いている。思考を放棄した提督はゴミだと教えたはずだがな。
 かつて、蒼き鋼と共に霧の艦隊を撃退した際、海域で発見された艦娘。今はいない潜水艦の少女との間には、確かな友情があった。

【使用バイク①(ポタリング用)】:GIOS REGINA
 ごきげんよう! これがしおいの蒼き鋼! ジオスのレジーナだよ!
 うーん、いいですよね、この深い青! レースでメインに乗るのとは別で、これにはしおい、思わず一目惚れです!
 はい、やっぱり思い出しちゃいますよね、あの子の事!
 ――イオナちゃん、元気かなあ。タカオさんやハルナさんも、きっと元気にやってるよね。
 また……逢えるよね。逢えますよね、提督。

472 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:47:36 ID:/sduyqbU


【使用バイク②(レース用)】:Daccordi 80+1(Ottanta Piu Uno・Matt Black/Blue)
 じゃじゃーん! しおいのレース用バイクはこれ! イタリアはダッコルディのおったんた……ええと、お、お、おった、おったん……。
 …………て、提督、読んで?
 …………お、おったんた、ぴう、うの! ですよ! 読めました、へへ……。
 高耐性カーボンを使った、すっごいカーボンフレームなんです!
 ハンドメイドのバイクもいいけれど、そういう老舗が作るカーボンも、いいよね? いいと思います!

********************************************************************************

473 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:50:11 ID:/sduyqbU

【お目付け役】


提督「くれぐれも頼んだぞ、はち。イムヤやゴーヤがフォローできないところについては、君の手腕にかかっていると言っても過言ではない。嫌なプレッシャーだとは思うが、よろしく頼んだ」

はち「お任せください、提督が危惧していることは分かっています。このはっちゃんの目が黒いうちは決して――――」


 初夏の陽気。その日、提督はオリョクルズと共にサイクリングを楽しむことになったのだが――。


しおい「はー、暑い暑い……ジャージの前、開けちゃお……あー、風が入ってきてきもち―。良いね、良いと思います!!」

ゴーヤ「確かに暑いでちね……って、しおいィィィイイイ!? なんでおめーインナー着てねえんでちィィイイイイイ!? それで前全開って、羞恥心どこに捨ててきたァアアアア?!」

しおい「はー? 何それ、おいしいのー? 別にいいじゃない、減るもんじゃないよ」

イク「またしおいちゃんの露出癖が出たのぉ! お茶の間にちょっとしたえっちなハプニングをお届けするあざとい作戦なのね!!」

しおい「え、なにそれ? って、あ! 提督だ! おーい、おおーーーい!! 今日は楽しくサイクリングしよーねー!」

ゴーヤ「ギャーーーー!? てーとく、こっち見ちゃ駄目! ダメったらダメでちぃいいいい!!」

イク「ニ、ニム! 早く! 早くモザイク持ってくるのぉおおお!!」

ニム「ゴッドモザイク! ゴッドモザイクはどこ!? しまった、ポタリングで油断してた持ってきてない!」

474 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:52:25 ID:/sduyqbU

 しばしば曖昧になるイクのご尊顔を隠すため、ニムはゴッドモザイクを持ち歩いている。


はち(目が黒いうちどころか、まだ目を付ける前のやらかしなんて想定外にも程があるでしょう?)

提督「きゃああああああああああああああああ!?」

はち「ああっ!? 提督が絹を引き裂くような悲鳴を上げながら自主的に記憶を抹消しようと、また岩を!! 見ちゃったんですね!? だから岩を!! 頭で!!」

鬼怒「え、鬼怒呼んだ? 鬼怒を引き裂くとか不穏な単語も聞こえたけどやる気? うっかり殺しちゃうよ?」

まるゆ「うわああああ!? なんでこのタイミングでぇ!? あっちいけ! あっちいけぇ!! 長良型の悪魔!!」


 長良型はナチュラルに精神を追い込んでくる上に、人が嫌がるベストタイミングを狙いすましたかのように突っ込み、進んで嫌なことをする軽巡の鑑である。



 オーリョクールズ
 閑話休題。



提督「全く君には呆れましたよしおいさん」

しおい「ねえ、なんでしおい、正座させられてるの? そして提督、なんで敬語なの? それと大丈夫? 頭から血がいっぱい出てるよ?」

475 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:54:30 ID:/sduyqbU

提督「おまえが【ハレンチ学園黙示録】したっつーその事実だけを残して映像記録を抹消したんだよ言わせんなクソ痛い」

しおい(提督が何を言っているのか、しおいはたまにわかりません)


 そろそろ理解してほしい提督と、本気で分かっていないしおい。平行線なのだ。いくら提督がインナーを着ろと言っても、


しおい「ええー? やだよー、暑いもーん」

提督「おだまりなさい。君はまだインナーウェアの重要性や快適性を知らないだけなのです」


 言って、提督はポケットからサッとインナーウェアを取り出した。用意の良い事である。


提督「このノースリーブのメッシュインナーを着なさい。今なら提督からの厚意で本来なら1着のところを3着プレゼント」

しおい「でも、お高いんでしょ?」

提督「プレゼントっつってんだろ」

しおい「タダより高いものはない!」

提督「うまくないぞぉう」

476 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:55:53 ID:/sduyqbU

 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」

477 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:57:28 ID:/sduyqbU

 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」

478 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:58:12 ID:/sduyqbU

しおい「えっ」


 しおいは知らない。


提督「残念だ、しおい。俺が優しく説得しているうちに、君は素直に耳を傾けるべきだったのだ。

   そも俺もお説教対象となる。俺が悠長に、そのうち羞恥に目覚めるさなんて思って楽観していたのもいけない。共に地獄を見よう」


 しおいはもう、詰んでいたのだ。

 鴉に続いて、次は猫だ。野良である。

 彼らはその存在に対して、道を作るかのように、綺麗に列をなしてごろんと地面に転がった。


提督「小動物が自主的に自らを贄にしろと腹を見せだした……来るぞ……!!

しおい「い、一体、何が――」

479 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 22:59:51 ID:/sduyqbU

https://www.youtube.com/watch?v=OoaD0rOMHCM

竜飛「淑女を心がけない子がいると聞きまして」

しおい「」


 【マッマ】【おかん】【おかあさん】【おっかさん】【マンマ】【ママーーーッ!】。

 うっかりそう呼んでしまった艦娘の割合、なんと八割越え。(青葉通信Vol.34:2015年度)

 彼女を前にした瞬間、全てを悟ったしおい。

 小麦色のしおいの肌が、漂白剤をブチ込まれたかのような驚きの白さに。

 なお武蔵の時も同じだったもよう。


龍鳳「………ちょっとこちらへ」


 龍鳳もついている。

 微笑んでいた。


しおい「や、やだ……やだやだやだやだやだ、やだぁああああああああああ!!!」

480 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:01:01 ID:/sduyqbU

 しおいは己が何を間違ったのか分からない。

 だが悟った。本能がそれを悟らせた。

 ――――恐ろしいことが起こる。

 ――――自分は何かとてつもない間違いを犯していて、そのせいでこれからとっても怖い目に合うのだ、と。

【りざると:しおい】

・異性の前で脱がなくなった。

・そもそも野外で脱がなくなった。

・お風呂にどぼーんはする。これはもはや常識。そしてしおいのアイデンティティ。

・だが彼女の小麦色の日焼け跡に変化が。そう――水着の肩紐部分がくっきりと白くなるようになったのだ。


【りざると:提督】

・鳳翔をしばらく「さん」付けで呼ぶことになった。自主的に。

・ガミガミされた時に「そんなに怒らないでくれよ母さん」と思わず母さん呼びしたところ、何故か赤面されてビンタされた。首から上がすっ飛んだかと思った。雑木林に頭からダイブする威力。提督、全治一週間。

・今度、居酒屋鳳翔で飲み食いすることになった。わけがわからないよ。

481 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:04:08 ID:/sduyqbU
https://www.youtube.com/watch?v=nlzk_-0tGUk
********************************************************************************

三式潜航輸送艇:まるゆ改

【脚質】:クライマー/ダウンヒラー

 ――――土竜の登坂を見せてあげる。

 艦ダム・マルユトス。【オリョール海の白い悪魔】とか【白い土竜】とか【忍者】とか。最後の異名の由来はそのうちわかる。
 ロードレースにおいては山岳における最強のアシストであり、ヒルクライムレースにおいては文句なしのエースでもある。山岳ゴールではないがコースに超級山岳があり、続く平地などがゴールとなる場合、まるゆ以上のアシストはいおない。
 チームレースでメンバーにまるゆがいるだけで、地獄のような山岳コースも確実かつ最速なヒルクライムをお約束。超頼もしい。(なお苦しくないとは言っていない)
 潜水艦で最も小柄な体型、されど単位時間当たりの最大出力は駆逐艦含め最強という脅威のポテンシャル。これには島風もびっくり。平地を流すような速度で坂を……!?
 思考は固いが、記憶力に優れる。記憶の引き出しを検索する能力が優れており、既存の戦術をなぞるのが上手い。
 読み筋以外の新手に弱いのが弱点と言えば弱点だが、長考の余裕さえあれば最低でも堅実に対応し、うまくいけば打開策を練り上げて見せる。
 ただ本人は勘が鋭い。鋭い故に己の中の戦闘論理とたまに相反するため、上手く歯車がかみ合わないと空回りしてしまう。いわゆる「野生」と「理性」が上手く調和しないのである。
 「嫌な予感がする」とのこと。それなりに虫の知らせがあるらしい。伊19や伊13も同じこと言ったらトラブル確定。未来予知かな? フォース的な? ニュータイプ的な?
 趣味は相撲観戦と将棋、押し花。他の潜水艦の仲間と同じくダイビングを好む。谷風らとは趣味が合う。お相撲さん達はおっきくてかっこいいので好きとのこと。
 たいちょーも一緒に、素潜りどうですか? まるゆ、近代化改修も済ませて練習もして、とっても上手になったんですよ! ちゃんと浮かべますし!
 平地巡航は雪風より少しだけマシってレベル。別に体力無いわけじゃないが、体重と最大出力の都合上、まるゆは絶対的に見ると持続できるパワーが足りない。
 シフトウェイトをうまく使って最大出力以上の絶対的なパワーを引きずり出すのが極めて苦手。平地のアタックとか苛め以外の何物でもないと思ってる。素の体重が軽すぎた。
 見た目通り体重が軽く、華奢で小柄ながらも非常にリズムよく丁寧なペダリングでスルスル坂を上っていく。八割の力を九に見せたり、時に五に見せたりするあたりが業師である。はい! もぐもぐアタックです! 土の中の土竜は正体不明と言いたいらしい。
 平地はとってもとっても苦手。といっても単独で信号なしノンストップで平地巡航35km/hはクリアしている。これでも駆逐艦の運動能力平均値から見てもかなり遅いレベルである。
 集団内にいるなら50km/hを30分ぐらいならイケる大丈夫。
 同じ陸軍出身のあきつ丸とは深い交流があり、気心の知れた友人関係。時折、あきつ丸のやらかしに巻き込まれることもあるが、それを加味しても仲良しである。なおあきつ丸も組手は強い。ダブル烈風拳。モロに喰らうと相手はしばらく飯が食えねえ。そういうことである。
 木曾は憧れの人で大好きである。まるゆにとって木曾は着任当初からヒーローだった。
 既に木曾が幾度とない挫折と難渋を乗り越えた末に改二となり、頼もしくなっていたこともあるが、弱いまるゆをいつも励ましてくれた。だからまるゆは天龍のことも好きだ。だから提督も好きだ。
 大好きがまるっと繋がっていくこの鎮守府が大好きだ。

482 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:05:52 ID:/sduyqbU

【使用バイク】:YONEX CARBONEXHR (Graphite)
 はい! まるゆのロードバイクは日本国産、ヨネックスのカーボネックスです!
 え? ヨネックスって言ったら、テニスやバドミントンだろ……って? そんなぁ!?
 すっごく軽くて登坂には最高のフレームなんですよ!
 あ、コンポはカンパニョーロにしました。はい、機械式のスーパーレコードです! やっぱりエルゴパワーがまるゆの手にはしっくりきます。
 日本国産のフレームと合うかなあって心配でしたけど、どうです? カッコよくないですか?
 で、ですよねたいちょー! たいちょーもカッコいいって思いますか! そうですか!

********************************************************************************

483 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:24:35 ID:/sduyqbU

【もぐもぐ登坂(弱)】

 ――――なおそんなまるゆも、乗り始めはヒルクライムが苦手であった。


まるゆ「はぁ、ふぅ、へひぃ……ぅわぁあん……へとへとだよぉお……」


 特別おかしなことではない。ヒルクライムの技量とは積み上げるものである。

 ヒルクライム初体験時にホビーレーサーの中堅どころを軽く凌駕するテクや結果を残した雪風や阿武隈の方が圧倒的におかしいのである。


まるゆ「……ぅう、たいちょー……ヒルクライムが、どうにもまるゆ苦手で……」

提督「しょうがないにゃあ……(多摩声) んー、今度一緒に走ってみるか。俺の後ろについて、俺の真似しながら走ってみそ」


 そんなこんなで、提督と共に近場の中級者向けの山岳コースまで走ったのだが、


まるゆ(何、この安心感……!?)

提督「呼吸を整えてー、深く吸ってー、吐いてー。あんまり下は見ないことー。アップライトに構えて、胸を張って、息をまた大きく吸ってー」

まるゆ(たいちょーの大きな背中に隠れて、次の坂道が見えない……なのに)

484 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:25:27 ID:/sduyqbU

 言われた通り、まるゆはただついていくだけ。駆けあがっているのは、辛さに負けて足を突いてしまったことのある坂道だった。

 それが、どうしようもなく楽になっている。


まるゆ(たいちょーの走るラインに合わせていれば、ただケイデンスだけに気を払ってれば……あっ? ライン取りが変わって……?)


 提督が走るライン取りを変えながら、ちょいちょいと地面を指さすジェスチャーを取る。まるゆがその指先を視線で追えば、


まるゆ(あ! 地面にクラックあったんだ……まるゆ、全然余裕がなくって、気づけなかった)

提督「はい、上を見てー。何が見える?」

まるゆ「えっ、あ―――さ、山頂が!!」


 永遠に続くと思われた坂道が、そのゴールがすぐそこまで。


提督「んじゃラストスパート! ギアを二段上げて、ダンシング開始するぞー。ケイデンスはできるだけ維持しなさい」

まるゆ「あ、はい! えい、えいっ」


 ジャコンジャコンと、小気味よい音を立ててギアが上がる。

485 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:26:00 ID:/sduyqbU

 その度に両足にかかる重さは増していったけれど。

 まるゆはもう、山頂がそこにあることを見た。

 心が、軽くなっていくようだった。


提督「さ、立ち上がれ。そろそろお尻も疲れてきちゃったろ?」

まるゆ(あ……まるゆ、ずっと座りっぱなしでペダルを回してたんだ)


 何気ないアドバイスの一つ一つが、まるゆにとっては新鮮で、とても有意義なものだった。


まるゆ(ふぅ、ふぅ……ダンシングって疲れるけれど、座りっぱなしで固まってる筋肉がほぐれる感じがします……そっか、たまにはダンシングを入れないといけないんだ)

提督「そこで力をかけすぎない」

まるゆ「!?」

提督「潜水艦らしく肺活量も中々だ。トルクかける走りもいいが、基本は心拍で走れ。筋力使うのはここぞってところがいい」


 そう言って、まるゆに並走する提督は、優しく微笑みながら、ヘルメットごしにまるゆの頭をぽんぽんと撫でた。

486 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:27:17 ID:/sduyqbU

提督「センスあるぞ、まるゆ。ヒルクライム頑張れば、きっとすごい乗り手になれるぜ」


 前を向けば、もう山頂まで100m程度。


提督「牽かれることで、すごく楽に走れただろ? 何よりも気持ちが」


 そうだ。心が軽くなったんだ。その気持ちを、まるゆは覚えている。

 だから、なりたいと思った。


提督「山岳がキツいレースにおいて。山岳では誰もが頼りにする――――そんな子になるのはどうだ?」


 ――そうなりたいと、思ったのだ。


はち「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」

ゴーヤ「誉めてやらねば、人は動かじ……まるゆは自分に自信のねー子でち。未知のことについては、特に」

はち「自分で自分の才能に蓋をしてしまいがちですからね。提督に先を越されちゃいましたか」

487 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:28:04 ID:/sduyqbU

ゴーヤ「てーとくの手を煩わせちまったでち。罰として今日はゴーヤと一緒にスプリント地獄でちよ、ろー」

ろー「」



 ろーは納得できなかったが口ごたえできなかった。


【もぐもぐ登坂(弱)・完】

488 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:28:45 ID:/sduyqbU
※こんなところですね

 次からは別の話(本編か小話)になりマッシュ。

489以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 23:39:02 ID:zaz9wW/.
乙なのね!

悩ましい、実に悩ましい!
全部読みたいぞ全部だ!

でもまずは秋月型かな

490 ◆gBmENbmfgY:2019/12/02(月) 23:48:50 ID:/sduyqbU
※秋月型のリクエストが多いのは何故だろう





 何故だろう
 ぼくにはかいもくけんとうがつかない

491以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/02(月) 23:49:28 ID:ZH.B2jyI
乙なのです
朝潮型が読みたいのです

492以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/03(火) 07:18:46 ID:f7e36tGY
吹雪の描写とか見てるとそれだけで
この作者の艦これは安心して読めるって
気持ちにさせてくれるのが良い

……魔法レアトレジャーも余裕できたら再開してほしいね

493 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 21:02:37 ID:hqf5poSc
※ご感想およびリクエストありがとうございます

 秋月型が3票と獲得数最上位なので秋月型にするかな

 ちょっと書けるとこまで書き足して投下していく

 その次当たりに神風型と朝潮型か、もしくは北上さんだ。さらにリクエストあれば前向きに考慮はする。(やるとはいってない)

 なお北上さんがニートになる話は、正しくはニートじゃない。

 大戦が終わった北上さんが燃え尽き症候群になって部屋の隅で膝を抱えて虚空を眺めつづけて一日を終えるという状態が続いたことで、異変に気付いた大井っちがギャン泣きしながら提督に土下座で助けてくださいと懇願する話である

 提督は結婚をはぐらかされたカイザーみたいな顔をしている

494以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/03(火) 22:01:52 ID:.f45OP8w
北病みさんとか最高じゃないか……!
ひょっとして初期艦大井っちだったりするのだろうか?

495 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:49:58 ID:hqf5poSc

【6.秋月型トレーニング!】

 初月が鎮守府に着任してから、約半年が過ぎた。

 週に一度、バイキング形式で振る舞われる月曜日の朝食ですら、初月にとっては堪らないひと時だ。


 ――今日も一日がんばるずい!


 むんと両手を握りこぶしの形に固め、自らに言い聞かせるように声を出す初月の姿がある。その名に関する一文字を体現したような初々しさを感じさせるしぐさだった。

 今日も一日が始まる。訓練が始まるのだ。優しくも厳しい、理想的な先輩たちに囲まれ、充実した一日となるだろう。

 慣れというものは恐ろしいものである。よその艦娘がこの訓練に参加した日には、一日を待たず一時間で脱走するか死ぬかする訓練だ。だがこれこそがここの鎮守府にとっての平常運転なのだから、大戦が激化していた時は比較にならない程に辛かったのだろう。推して知れる。

 だからこそいつまでも新人気分ではいられないと一念発起する彼女は、秋月型四番艦・初月だ。怜悧な顔立ちからクールな印象を抱かれがちな彼女はその実、心の内側に熱い情熱を秘める頑張り屋である。

 瑞鶴主導による対空射撃訓練から始まってしまう陰鬱かつ凄惨なはずの月曜日が、この朝食のおかげで待ち遠しさすら感じる曜日になる。

 艦娘や憲兵、鎮守府のスタッフたちでいっぱいになった食堂には列ができる。まだ朝六時だというのに、艦娘も憲兵もスタッフもバッチリカッチリと各々の制服を着こなして、活気に満ちた顔色を輝かせていた。

 思い思いが食器を手に持ち、列を形成している。その始点には、大量の卵と色とりどりの食材が並ぶ移動式の調理台――――その前にはフライパンを持った間宮や伊良湖、そして瑞鳳と鳳翔、たまに提督までもが立っている。

 オムレツやスクランブルエッグ、目玉焼きや卵焼きを焼いてくれるのだ。その順番待ちの列である。

 卵の調理方法を選んだ後、中に入れる具材はリクエストに応えてくれる。そのための背後の大量の食材だ。

496 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:51:37 ID:hqf5poSc

 瑞鳳の焼いてくれる卵焼きも人気だったが、提督のオムレツや鳳翔の出汁巻き卵、伊良湖の絶品ふわトロオムレツスフレ、間宮のトロたまベーコン巻きも負けていない。

 特に初月は提督が作ってくれる刻んだタマネギとハム、チーズにトマトを大匙一杯分加えた、中ぐらいのサイズのオムレツが大のお気に入りだった。

 初月好みの焼き加減を熟知しており、それに違うことなく仕上げてくれるので、提督に調理してもらえる日はとてもツイている。

 もちろん今日の初月が並んだのは提督の列だ。今日は一番人気で列が最長である。両隣の鳳翔と間宮がむぅと頬を膨らませているのが見える。両者の視線にどこ吹く風で、いつも通りの笑顔で艦娘たちに料理を手渡していく提督は図太い男であった。

 かくして朝の糧を手に入れた初月。一番先に手を付けるのは、瑞々しい採れたての、色とりどりの野菜で構成された至高のサラダだ。シャクシャクと噛みしめると、わずかに残っていた眠気がスッキリ取れてくる。

 思考と味覚が鋭敏になってきた頃、まだアツアツの提督特製オムレツにナイフを走らせる。

 割ってみれば、期待を裏切らない極上のふわふわとろとろ、中身がこぼれない絶妙かつ究極の焼き加減だ。表面は黄金色のくせに、中には指定した食材がぴったりと収まっている。

 たまらずフォークで掬って口に放り込む。


初月「…………♪」


 初月の頭頂部、その左右から飛び出した髪の房が、ぴこぴこと揺れる。


初月(か、完璧だ……完璧に、僕のイメージした、僕の理想とする、オムレツだ……好きな具材が適当に入った焼き卵じゃない。卵というシルクの帯に、食材という宝石が最も美しい配列でちりばめられている……)


 意外と詩的な初月である。

497 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:53:28 ID:hqf5poSc

 意外と詩的な初月である。

 重層の帯が重なり合ったような半熟の卵に絡む、タマネギの食感とジューシィなハムの旨み、芳醇な酸味弾けるトマトと薫るチーズ……混然とした旨みが、舌の上でとろりと解ける。


初月(きっとジ○リアニメの登場人物は、毎日こんなのを食べているに違いない……!!)


 添え物のマッシュルームの肉厚な歯ごたえと風味が口の中をさっぱりさせ、次の一口への欲求をこれ以上なく掻き立てた。

 サクサクの焼き立てクロワッサンをほおばり、もぐもぐと咀嚼した後に、菊月の珈琲を流し込む。

 ごくりと喉を鳴らして嚥下すると、ずっしりとした心地良い重みが胃を満たしていく――――ああ、食べた。いっぱい食べたなあ、と。

 仕上げとばかりに、伊良湖が趣味で作り出したカスピ海ヨーグルトに旬の果物をトッピングしたものを掻きこみ、濃厚なエスプレッソを三口で嚥下すると、初月の気力ゲージは最大限に高まっているという寸法である。

 これだけで『今日も一日頑張るずい!!』という気持ちになれる。週の始まりに欠かせない活力の源であった。

 それは初月のみならず、多くの艦娘達にとってもそうだ。


加賀「――――素晴らしい。今日も朝からやる気がわいてきます」

赤城「はふはふ、おいしいですねぇ……あら、加賀さん、今日は変わり種で納豆オムレツにしてもらったんですけど、これもイケまふよぉ」

加賀「オムレツに、納豆ですか」

498 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:55:47 ID:hqf5poSc

 表情こそ変わらないが、加賀は驚きからぱちぱちと瞳を瞬かせた。


赤城「はい。意外とイケます」

加賀「ふむ……成程、私の常識からするとなかなか発想の浮かばない組み合わせです。しかし物は試しと言いますね……ええ、それでは一口頂けますか? 私のチーズとほうれん草のオムレツもどうぞ」

赤城「はい」

加賀「ありがとうございます。では………む、これは、確かに……意外な組み合わせのようで、いえ、思えば納豆に卵を割り入れることもありますね。加熱によりナットウキナーゼが死ぬという話も聞きましたが、おいしいは正義……加熱の有無でここまで違いが……ふむ、ふむ、美味ですね」

赤城「いえいえ、ではこちらも……まあ、これもまたおいひぃれふねぇ……あむ、はぐ……」

蒼龍「あのお二人は本当に美味しそうにご飯食べるなあ」

飛龍「いいじゃない。ごはんが美味しいって、それって幸せってことよ。ね、多聞丸!」

蒼龍(うん、貴女も負けてないけどね飛龍)


 戦艦や空母らは五回ぐらい並び直して大盛おかわりする始末である。

 纏めて調理してもらうようなことはしない。巨大なオムレツや卵焼きは見た目が愚劣である。それに出来立ての方が美味しいから何度でも並ぶのだ。

499 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:56:30 ID:hqf5poSc

伊勢「うん、うん、ふふ、おいしいねえ日向」

日向「ああ。空っぽの腹に、力強く染み渡っていく……今日も瑞雲の光をあまねく世界に輝かせようという活力が湧いてくるな」

伊勢「え?」

日向「ん?」


 ロードバイク鎮守府――――衣食住においても比類する鎮守府はそう多くない。とても無碍な話をすれば資金力が違う。

 特に体を資本とする艦娘達へのクオリティ・オブ・ライフ(生の質)への、提督の力の入れようは半端ではなかった。


扶桑「はぁ……今日もスッキリ快眠、訓練の疲労も抜けて、月曜日の朝ご飯はとっても美味しい……幸せね、山城」

山城「扶桑姉さま……油断してはいけません。禍福は糾える縄のごとしと言います」

扶桑「あのね山城……貴女にはもっと前向きに生きて欲しいなって思うの。姉さま思うの。思うのよ……割と本気で。どれぐらい本気かというとスリガオ海峡で敵艦隊をブッ沈滅(ちめ)た時並に」

山城「前向きだからこそ、油断なく一歩一歩を踏み出すのです、姉さま……機雷とは『え、嘘、そこに?』ってところに潜むものです」

扶桑(うん、やっぱりこの子が西村艦隊の旗艦よね。私が支えてあげなきゃ……)

時雨(山城は今日もいつも通りの山城だなあ……うん、今日の月曜モーニングも、いつも通り……美味しいね)

500 ◆gBmENbmfgY:2019/12/03(火) 23:57:56 ID:hqf5poSc

 寝台一つとっても艦娘一人一人にあった寝具を手配、医療施設においても女所帯である鎮守府の体制を鑑みて、女性比率の高い医療スタッフが常勤、作戦開始時から終了までの期間は非常勤スタッフも増える。

 トレーニング施設も充実の一言。都内のジムならば月額数十万円はかかるだろうトレーニング器具や艦娘の身体能力を熟知した一流どころのインストラクターを取りそろえ、科学的なスポーツ療法までもを盛り込んでいる。

 なんせ提督が率先してこの体制を生み出したのである。なお経費は鎮守府の収入で賄っているから大本営の援助金はない。文句を言おうものなら「じゃあウチんとこより劣る施設でウチより戦果上げるか、使った費用に対する効果、即ち戦果を示せ」と返すのが定期である。

 あれこれ難癖付けて異動させ、この鎮守府を慰労施設にしてしまおうという意図が隠す必要もなく見え見えなのだから、提督も怒り心頭である。維持するだけの金も捻出できん癖に人の所有物をねだるあたり、我儘なクソガキよりもタチが悪いと提督は思う。提督はナリだけの大人というのが大嫌いであった。


長門「うむ……やはり朝はプロテインよりもこの素晴らしき朝食よな。やるぞ、やってやるぞ、という気持ちになる」

陸奥(それでも起き抜けにプロテイン飲むわよね貴女。ホエイのプレーンのやつ。まあ、提督も推奨してはいるけれど)


 不足しがちな栄養素はサプリで補うのは今や常識的である。可能な限りは食事で摂取するという点においては実に健全であろう。

 憲兵的にも自分たちの健康維持のためにウルトラOKですってな代物だ。なんせ艦娘らと交流を深めつつ旨い朝食で活力を得られるのだから反対する理由が一つもない。

 艦娘達にとっても、提督以外の男性との会話になれるための、ある種の社会勉強の一環と認識しつつも、純粋に会話を楽しみながら食事をとる。

 提督が前述した台詞通り、かけた費用に対してあげる戦果の割合、即ち利益で考えるととてつもなく高い。使った金は高くつくが、それ以上に利益を出し、利益率が極めて高いとなれば文句のつけようがなかった。

 他の鎮守府の艦娘からも「あそこで建造・ドロップ、あるいは異動できたら日常生活面の充実を150%保証」と言われている。余った50%は想像以上という意味だ。

 そもそもロードバイク鎮守府への異動に当たっては、並の艦娘では達成不可能レベルに厳しい条件がある――――達成できた艦娘は、極僅かな例外を除き、五指で数え切れる。

 しかも無事に異動できたとしても、トレーニングはシャレにならないぐらいキツいのでトントン、むしろややマイナスと言ったところか。

501 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:05:56 ID:x9H3IH0c

 そう、マイナスなのだ。それでもマイナスになる。それほどの訓練密度である。

 だがそれも慣れる。慣れるまでが大変で、慣れてしまえば天国だ。ただし、この天国には常に地獄が隣接している――否、ミシン目のように編み込まれているのだ。

 即ち、初月が今立っているのはそのミシン目なのだ。直面している地獄は、


秋月「――食制限をしますよ、初月。一週間の合宿です」

照月「体を締めるわ。イエスと言いなさい、初月」

初月「絶対にノゥ! 奪うのか!? 与えておいて、それを今更僕から奪うのか!!!? 姉さんたち!?」

秋月「はい。今更何かを言えた話ではありませんが、初月――私たちは、貴女を可愛がりすぎました」

照月「うん。甘やかしすぎたよ。ちょっとそのあたり、秋月型が有する力に目覚めてもらうためにも、合宿への参加はマストだからね」

初月「なんて、ことだ……」


 こんな旨いものは食べたことがないと、着任当初は食事のたびに涙を流していた。

 一食二食ぐらいならば粗食はいいだろう。むしろ初月自身が望むところである。事実、秋月・照月は節制と健康を心がけ、贅沢な食事は多くても月に三回程度であった。そちらの方が喜びも大きいという実体験が、初月に「贅沢とはたまに味わうからいいものだ」という実感を与えていた。

 ただ初月の場合問題なっているのは、その頻度だ。毎日である。朝がっつり贅沢したらあと粗食。朝と昼に粗食だったら夜贅沢、といった有様。

 それが一週間……これは立派な罰ゲームであった。一週間ともなればもはや拷問だ。

502 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:08:19 ID:x9H3IH0c


 これから初月は、一日に一度の贅沢が許されない。一週間の禁欲生活(食)に入るのだ。

 汗水流して、へとへとになって、さあご飯だ、楽しみだなあ―――――そんなところに脂っ気の少ないお料理。新手の拷問である。それ以外の何物でもなかった。

 タンパク質は脂の滴る肉や魚からではなく、植物性の大豆や、さっぱりとした鳥のササミから摂取することを強いられる。これが先が見えるならいい。一週間後は贅沢なご飯が待ってるという希望があれば耐えられる。

 ―――それを断つ所業だ。鬼! 悪魔! 提督!

 阿賀野が以前ダイエットしていた時に食していたプランであるが、阿賀野の時とは事情が違う。阿賀野には体重が減少し体がみるみる動くようになることの楽しさというモチベーションアップの要素があった。

 初月にはない。だって素晴らしいスタイルをもともと持っているからだ。体だってピンピン動く。

 だが逆らえぬ理由があった。提督、その人自身である。

 他のトレーニングを経て、提督はヘロヘロ状態だ。誰が見たってやせ我慢しているし、生まれたての小鹿のほうがまだガッツがあると思うだろう。

 だから。


初月「ッ――――やってやろうじゃないか!!! この血の一滴、この肉の一片に至るまで、姉さんたちと鶴姉妹に鍛えられたんだ!! 僕の憧れた、あの人達に!! この僕を、秋月型を舐めるな!!」


 なおこの決意は、数分と持たないのは誰もが予想可能であった。

503 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 00:09:09 ID:x9H3IH0c
※かるーく導入編ですね

 秋月達にはお腹いっぱい食べて欲しい欲がある提督は意外と多いのである

504以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/04(水) 00:25:00 ID:KWSyRr02

飯テロでこんな時間なのにお腹が空いてしまった

505以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/04(水) 11:04:45 ID:TfvjDvmI
乙おつー

506 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:42:28 ID:x9H3IH0c

 さて、物語は少しばかり前後する――。

 提督は人間である。たまに自信がなくなるとは艦娘たちの言葉だ。古参の艦娘ほど答えに窮し、悩んだ末に「人間だ――多分な!」と、自信たっぷりに自信なさげに答えるという有様。

 そんな提督は最近、ロードバイクで速くなりたい艦娘たちを募って、個人練習なるものを定期的に行っている。

 各人のレベルや脚質、身体能力を加味した上で方針を立てるのだ。得意分野を伸ばす、あるいは苦手分野を無くす、得意分野を作る、苦手分野は捨てる――目的は様々、狙いも様々だが、共通していることはトレーニングを望む艦娘たちの個人個人に方針を立てて、そのトレーニングプランを考えているということ。


提督『懐かしいな。まだウチの鎮守府の規模が100人未満だった頃にはしょっちゅうやってた。こういうのも俺の仕事だったんだよ。やれ砲撃の威力を高めたいとか、命中率上げたいとか回避重視で立ち回りたいとか、いろいろあったなァ』


 鎮守府で正式に雇っているトレーニングスタッフ(艦娘への心理的ストレス軽減を鑑みて女性オンリー)が舌を巻くほどの、艦娘たち一人一人の事が分かっていなければとても立てられないプランを矢継ぎ早に作成し、後学のためトレーニングスタッフたちにも確認してもらい、文句なしに太鼓判を得た後に実施するという念の入れよう。

 とはいえ、これには問題があった。提督の仕事が増える、という点もそうだが、ロードバイクの技量を教え込む人員が、提督以外に居ないという点である。スタッフの中にも少しばかりロードバイクについてかじっている人間はいた。だが提督の経歴を聞いて、誰もが身を退いた。退かざるを得なかった、そんな経歴だったという。

 与えられた計画に乗っとってトレーニングを進める艦娘たちにも、疑問は出てくる。このトレーニングのやり方は? 意図は? そこは提督を信じてるから聞かないけれど発展するにはどうすればいい? そんな質問が飛んできた場合、提督はどうするか。

 ――――時間の許す限り、同行するのだ。主に鎮守府内道路を使ったテクニック講座や、登坂でのスキルにおいては自転車のソフトを用いたローラー台での実演など、その方法は多岐にわたる。

 提督はへとへとだった。体力的な面でも精神的な面でも搾りつくしている。

 そんなタイミングで、今度は初月のトレーニングに付き合ってくれるという。


初月(多くの先輩方が、こいつを尊敬するわけだ。視線が同じなんだ――司令官として、僕たちの上位者として、そこに絶対の線を引いておきながら、それをするりと飛び越えて寄り添ってくれる。同じ嬉しさや悩みを共有してくれる……ああ、これは)

507 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:50:30 ID:x9H3IH0c

 戦いの中で寄り添われた艦娘たちは、どれだけ嬉しかっただろう。どれだけ心強かっただろう。それが初月にも理解できる。

 ――堪らない男だと、初月は思った。子供と言っても過言ではない年齢なのに、しっかりとやることは大人だ。初月の目には、提督がとても好ましい男に映った。

 翻って、自分はどうなのだ?

 初月は思う。まだ初月は与えられる側に過ぎない。新人であるなしは関係がない。

 まだ何一つ、提督に返せていないのだ。

 そんな男の傍に立っても見劣りしない存在になるには、どうすればいいのだろう。


秋月「強くなりなさい」

照月「強くなるしかないわよ」


 姉たちが口を揃えてそう言った。初月も同意した。心の底からそう思った。しかし大戦は終わった。既に戦果を挙げられる場所は欧羅巴圏や、亜米利加圏に僅かに残るばかり。

 初月は既に、そこでも戦い抜けるだけの力は有していた。

 ここに所属してからわずかに半年だが、されど半年――――修羅の鎮守府と呼ばれるここに所属する先輩艦娘たちが、惰弱を惰弱のままにのさばらせてくれるはずもなく、初月は相応のトレーニングを積んで強くなっていた。まだレ級はワンパンできないけれど、ワンツーで倒すことぐらいはできる。

 しかし、そうして戦果を上げれば、彼にふさわしい存在になれるだろうか――自覚のない恋心が、初月を悩ませ、考えさせた。考えて考えて――考えても分からなかったので、提督を見ることにした。

 気づいたのだ。彼はロードバイクが、本当に大好きだということが。

508 ◆gBmENbmfgY:2019/12/04(水) 23:54:36 ID:x9H3IH0c
※毎日更新を目指してゆっくり投下していきます。
 こういうコメントは今後なるべく控えます。
 切りの良い節々で差し込みます。
 でも読んでいただいたら感想いただけるとモチベが上がって島風スプリントや夕張スプリントがすこぶります。
 感想はもちろん、この子の話が読みたいといったご要望もあればじゃんじゃん書いてってください。励みになります。

509以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 03:30:49 ID:f1Qd.nbI

やっぱ貧乏性の秋月型とか機械オンチっぽいイメージのある神風型とかが人気よね
意外性があってどんなバイク乗ってるか想像がつかない分見てみたくなる

510以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 09:48:24 ID:GRmx1vCg
乙おつ
いつも楽しませてもらってます
連載中断してた間も何度も読み返して待ってました
本編の流れ的にはまだまだキャラ紹介や序盤の段階っぽいですが、島風と夕張の時みたいな熱いレースも早く読みたいぞー!

511以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/05(木) 13:48:56 ID:piJCSsYk
>>509
神風おばあちゃんの事を機械オンチとか言っちゃダメだろ!いい加減にしろ!

512 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 22:44:55 ID:Fk1pz5TE

秋月『貴女が知りたいと思った人の為人が知りたいならば、まずはその人の気持ちになって考えなさい』


 当たり前の事。だがその当たり前の何と難しい事かと、初月は改めて姉の偉大さを知った。

 ロードバイクについて教えたり実践して見せる時の提督は、年相応の幼さがにじんで見えた。弱冠19歳という異例の栄達。最速の英雄。全鎮守府の頂点。彼の心が休まるときはいつなのだろうと考えた。

 それがきっと、これなのだろう、と。

 出撃した時の事を思い出す。

 出撃前は母港で集合だ。それぞれが艤装を身に着け、提督からの激励の言葉を水面の上で待つ。

 波止場の上に立ち、海面に集結する艦隊を見下ろす提督の表情は真剣そのもので、そこに笑みはない。生きて帰ってこいと伝えられて、出撃する。

 思い返してみれば――提督は苦しんでいたのではないか。

 そのままだが――着せたくない服を着た少女を見る。そんな目で見ていた。

 だが、今はどうだ?


提督『お、利根! 新しいジャージ、カッコイイじゃないか!』

利根『目の付け所が違うの、提督! 吾輩かっこいい? かっこいいじゃろ! そうじゃろそうじゃろ♪』

提督『ヘルメットもアイウェアもばっちりだ! 筑摩に選んでもらったのか? センスいいなあ』

513 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 22:51:40 ID:Fk1pz5TE

利根『そうじゃろそうじゃろ! 筑摩のせんすは天下一品じゃからな! お揃いで吾輩も筑摩もすーぱーかっこいいのじゃ!』

筑摩『まあ、利根姉さんったら……お褒めの言葉、ありがとうございます、提督。提督から頂いたロードバイクにぴったりあうジャージを選んだつもりです』

提督『ん。楽しんでるようで何よりだ』


 ――楽しんでいるのは、提督のように見えた。

 提督は艤装よりも、私服を好む。

 私服よりも、ロードバイクを楽しんでいる子達を見ると、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 何故か、初月はその笑顔を見ているたびに、温かな気持ちと一緒に、悲しい気持ちになってくる。

 それがどうにもわからなかった。

 考えても考えても分からなかったので――今分かっていることを実践しようと思った。

 提督はロードバイクが好きだ。彼の言葉を借りるなら、愛している艦娘たち――――が、己の好きなものを好いてくれるから、余計に嬉しいのかもしれない。

 ならば、提督は――ロードバイクで速く走れる艦娘は、もっと好きになってくれるのではないか?

 初月が辿り着いた答えはそこだ。

 姉たちが自分を合宿で鍛えると言い出したのは、渡りに船だったのかもしれない。

514 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:00:25 ID:Fk1pz5TE

 これより初月が参加する合宿名は――――ロードバイク合宿というそのままのネーミングだ。

 一週間の間、ロードバイク漬けのトレーニングを中心に日々を過ごし、食事についてもプロのロードレース選手がツアー中に実際に食しているものと同じ献立で組まれる。

 かくしてへろへろの提督を伴っての合宿が、次の日から幕を開けた。なお昨日までへろへろだった提督は、あっさりばっちり完全に回復していた。

 かくして始まる一つ目のトレーニングは――。


提督「――――おまえたちの最大値を測る」


 まずは実力を確かめようということだろう。この場には多くの艦娘たちが集まっていて、その中の一人に過ぎない初月はそう思ったが、半分は間違っていた。

 実力を測ると同時に、トレーニングにもなる――そんなアクティビティだ。


提督「ローラー台に自転車をセットし――20秒間、全力でこぎ続けろ。その後は10秒のレストタイム(休憩)。終わればもう一度20秒スプリント、10秒のレスト。スプリントとレストを1セットとし、これを8回連続で行う」


 聞いた時、艦娘たちの反応は様々だった。

 新人ほど「そんな簡単でいいの?」と疑問符を頭上に浮かべた。初月もまた疑問に思った側だ。

 中堅の艦娘は「あ、ヤベ」と顔色を悪くした。

 古参の艦娘は「気合入れていかねば」と、まるで戦場に赴く直前のように、口元を引き締めた。

515 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:16:12 ID:Fk1pz5TE

 どんなトレーニングなんだろう、そんなに辛いのだろうかと、期待と不安をそれぞれ1:1の割合でカクテルされたものが心の中に満ちている初月の耳に、ある駆逐艦たちのやり取りが聞こえてきた。

 ――タバタ・プロトコル、と。

 話していたのは、天霧と朧だ。そして続く言葉に、初月の心の七割を不安が占拠し始めた。

 ――何人、立って終われるかな、と。

 その言葉の意味を、この時の初月は理解していなかった。誰も彼もが気合を入れた表情をしている。瑞鶴も、翔鶴も、そして――秋月と照月も。

 途端に心に闘志が流れ込み、不安も期待も一切合切を吹き飛ばした。何が何でも『僕は立って終わらせてやる』と決意した。

 このトレーニングの成否は、それが全くの逆だったとも知らず。


 そうして艦娘たちが順番に提督の指示を受けて、トレーニングを終えた頃。

 ――初月は、立って終われた。

 望み通りの結果だった。先ほどまで気合を入れてトレーニングに挑んだ古参の艦娘たちが全員倒れているのに、初月は倒れなかった――倒れることが出来なかったのだ。

 そうだ。倒れてしまうほどに、己を追い込めなかったのだ。

 ――タバタ・プロトコル。このトレーニングの狙いは心肺機能上昇と持久力向上にあるが、8セットから成る『疲労困憊に至る間欠運動』を前提、否、目的とする。

 8セットのトレーニングタイムは合計で僅かに4分。無酸素運動と有酸素運動を交互に行うトレーニング。無酸素運動では常に全力で20秒間。有酸素運動では軽い運動に留める。

516 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:23:34 ID:Fk1pz5TE

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。

517 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:24:14 ID:Fk1pz5TE
>>516ミス

518 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:24:54 ID:Fk1pz5TE

 その内の休みは合計で1分20秒。実際に全力を出しているのは、僅かに2分40秒に過ぎない。

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。

519 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:33:02 ID:Fk1pz5TE

 見れば、初月以外の新人、新人上がりの多くは、倒れ切れていなかった。

 それでも、全員が出来ていないわけではなかった。

 吹雪型――浦波は見事にやり遂げていた。

 綾波型――天霧もそうだ。

 神風型――達成できたのは旗風だけだ。

 誰もがこのトレーニングの真意を知り、悔し気に俯いていた。俯くだけの余裕がある自分が、初月も悔しかった。

 どうしてだ。なんでだ?

 初月は自問自答する。姉たちに教わったように。

 ――身体能力なら、僕はこの中で特別劣っているわけじゃない。瞬発力、持久力に優れる天霧や浦波には及ばないだろう。

 だけど、旗風は達成できている。

 僕よりも身体能力では、間違いなく下と断言できる旗風がだ。

 どうしてこうなるんだろう。

 悔しさで頭の中が真っ赤になった思考で考えたが、答えは出なかった。

 酷い敗北感で、初月の心は千々に乱れた。

520 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:38:44 ID:Fk1pz5TE

 ――僕は、駄目な奴なのだろうか。


 そんな思考が脳裏をよぎった。

 慌てて首を振って考えを払拭させる。諦める思考に陥りそうになっていたのを自覚した。

 深く呼吸する。浅く呼吸する。出し切れなかったため、次第に呼吸と共に思考は落ち着いてきた。

 冷静になって考える。

 ――僕にはなくて、旗風や天霧、浦波には、僕にはない何かがあった。

 そう考えることにした。ではそのないものはなんだろう?

 そればかりは、どうしてもわからなかった。

 達成できなかった他の新人たちも同じことを考えているのだろう。一様にむっつりと押し黙り、思案に耽る。

 そんな折だった。提督が声をかける。


 ――何が何でも達成してやるって意志が、足りなかった。正しくはその達成してやるって気持ちを燃やし続ける術を知らんのだ、おまえたちは。


 言葉に冷たいものはなかった。だけど、僕はその言葉が痛かった。自分には根性がないんだと、口先ばかりの奴なんだと、言われた気がした。

 涙がこぼれそうになった。こんなんじゃ、こんな様じゃあ、あいつの傍にはいられない。立つことなんてできない。

521 ◆gBmENbmfgY:2019/12/05(木) 23:47:44 ID:Fk1pz5TE

 そんな初月の内心を見透かしていたわけでは――ないのだろう。だが続く言葉には、確かな糧があった。


 ――今感じている『それ』だ。『それ』だって燃料になるんだぜ。


 今感じている思い――憤怒、悲哀、後悔、情けなさ、不甲斐なさ、無力感。


 ――そいつをもう二度と味わいたくないっていうのもまた、燃料だ。

 ――そして達成できたときに何を得られるのかを考えろ。


 僕は、達成できなかった。考えるより先に、達成できた人たちを見た。

 瑞鶴も照月姉さんも、まだ苦しそうだった。翔鶴も秋月姉さんも、まだハンドルにもたれかかったまま動かない。

 だけど、声が聞こえた。苦しげだけど、嬉しそうな声だった。


 ――これで、一航戦にまた近づけた。

 ――赤城さん、加賀さんの……一航戦の先輩たちの背中は、私たちが守るんです。

 ――これで、朧先輩に負けない。

 ――比叡さんも、霧島さんも、護り抜ける強さを、掴むまでは。

522 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:00:49 ID:V/II/Ac.

 初月は唖然とした。

 だけど、否定してはいけないものだと思えた。何の事情も知らない初月が、訳知り顔で『そんな理由』などと言ってはいけないことだと思った。

 並々ならぬ何かがそこにあるのかもしれない。あるいはないのかもしれない。

 誇りなのか、安いプライドなのかはわからない。


 ――お前たちには、そんな苦しい思いをしてまで勝ちたいという欲がない。心に闇を飼っていない。飼いならせていない。


 言って、提督は新人たちから視線を切り、古参の艦娘たちに――――新人と同じく、達成できなかった古参の艦娘に―――向ける。

 視線の先には、朝潮と深雪と皐月がいた。

 彼女たちが今『茫然自失』の状態にあることは、遠目に見る初月にも分かった。


 ――お前たちは今日、自分に負けたんだ。強かったかもしれない自分か、弱かったかもしれない自分に。そんな自分に勝ちたいなら、悪い子にならなきゃならない。いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 びくり、と三者の肩が震えた。大きな瞳には涙が浮かんでいたが、気丈にも上を向いて、決して溢れないようにと、悲痛な表情で歯を噛み締めているのが、初月には見えた。

 初月は――――僕はこの時に気づいたんだ。

 強くなるためには、目的がいる。どうして強くなりたいのかという、明確な理由がいる 強くなるという大きな目的と、それを達成するための質なり量なりを伴う理由が必要なんだと。

523 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:07:57 ID:V/II/Ac.
※ミス修正
>>518
×:苦しい戦いには慣れている?

  ――もう二度と言えない。
○:苦しい戦いには慣れている? 誰の言葉だっただろう。

  少なくとも僕には――もう二度と言えない。

524 ◆gBmENbmfgY:2019/12/06(金) 00:11:30 ID:V/II/Ac.
※キリ良しとする。前哨戦終了。

 合宿は続く。初月には強くなるための燃料が足りない。

 強くなりたいという願いはいくらあってもいい。大きなものが一つでもいい。

 だけどそれを絶対に達成してやるんだもんげ!という燃料をどっから持ってくるかという話。

 照月がフラグ立てたろ。アレだ。秋月型が持つ能力をイカせ。

 という次回予告で続きは明日。またの投下をお楽しみに。


 タバタきついよ。死んじゃうぐらいきついよ。自分の性根と向き合えるよ。初心者から玄人までお勧めだよ。死んじゃうけど。

525以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 02:01:29 ID:MbbpBIi.
おつ

526以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 08:28:18 ID:cVx1tL3c

トレーニングの段階で熱さが伝わってきそうな展開
メンタル面でも鍛えにいくのかな

527以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/06(金) 23:27:11 ID:eqwkHPVQ
だもんげを読んだ瞬間心のギアが三つくらい落ちた
してやられたぜ

528以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 01:48:04 ID:p6c8m0Qw
オレの中ではロードバイク提督は空自の官品息子説が半ば確定してしまったのだが、作者様的にはソレが創作の邪魔にならないか少し心配ではある


現状あんまり関係無いけど、オレが個人的に知ってるリアル提督こと「海自隊員の艦これ提督」で最も階級が高いヒトは、確か空自の官品マンだったな

529 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:22:41 ID:zDNbxelo

>>528
※そのうち落ち着いたら過去を小出しにしていこうと思っていましたが、少しだけバラします。(つーか以前>>1が書いたSSで晒したネタをちょいちょい拾い集めて繋げた設定を流用している)

 そういうのが嫌な人は次のレスをスルー推奨。

530 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:27:06 ID:zDNbxelo

 致命的なネタバレを伏せてバラしますと、老舗料亭の次男坊という設定だったりする。叢雲の舌はこれで陥落した。五人兄弟。

 十歳以上年の離れた跡取りの兄(料亭の跡取り。こと料理に関しては提督以上のスキル持ち。ただし超がつくコミュ障。嫁がいる)、七歳年上の姉は製薬会社の社長(すんげえ蓮っ葉なお姉さん。すげえ美人だがメシマズ。提督に対しブラコン気味)、双子の妹が一人、六歳離れた妹が一人(カワイイ)の構成。

 提督はいわゆるギフテッド。同時にタレンテッド。提督の兄と姉も提督ほどではないがギフテッド。そのおかげで親の理解があったという幸運に恵まれ、姉の同伴で幼少時からイギリスで生活、その後ドイツ。行く国のメシがことごとくマズい。そして姉のメシがマズい。提督はまず料理を覚えた。

 かくして非営利活動法人のギフテッド養成機関で専用のカリキュラムを組まれてすくすく成長。当時の担当教員や機関長からの評価は歴代最高。そらイムヤも『何でもできる人』だという。

 「極めて多才。興味を示した分野はもちろん、示さない分野でも高レベルの結果を残す。八種の多重知能全てにおいて均衡の取れた万能のギフテッド。

 創造力の分野においても卓越しており、好奇心旺盛で知識に貪欲、高度な思考能力を備え、既得権益を淘汰することなく新たなビジネスモデルを展開していくバランス感覚に優れる。

 高いリーダシップあり。他のギフテッドの少年少女らの中でもひときわ高い能力を持ち、リーダーシップを発揮。たまに愉快犯。扇動者になる危険性あり。

 ソーシャル・スキルにおいて特に稀有な能力を有しており、道を誤まれば新興宗教立ち上げてヤベー教祖になりそう。それと身体能力マジパナイ。ぶっちゃけ人間じゃないっすわあの子」

 これが教育者の言うことかよ。マジブリカッス。だが合ってるぞ流石だグレートブリテン。ある意味不変のコロンビア。マルチプレイヤー。スペシャリストにしてジェネラリスト。子供の頃から色々ビジネスに手を伸ばしており、不労所得いっぱいのガチな高等遊民である。

 そら天才の島風やら雪風、イムヤ、まだ掘り下げてない他の天才艦娘たちの気持ちが痛いぐらい理解できるわけである。

 競える人間がいない、理解してくれる人がいない、孤独感を感じる、自分以外の人間が馬鹿に見える――それがたまらなく辛いことだというのを実体験で知っている。

 なお叔父の方が自衛隊関係者。ただし陸自。なお空挺教育隊のエリートのもよう。フィジカル・メンタルにおいて無敵を誇る。未だ現役。アホみてえに優秀な叔父。

 もちろんロードバイクやらモーターバイクを始め、サバイバーな趣味を教えたのはこの叔父の仕業。提督が真っ向のステゴロ勝負で勝てない数少ない人類。

 環境が人を作るというが、そういう点では誰よりも恵まれているガチート。なお上記のネタバレでも全然致命的なネタバレは含んでいないので、行間を読んで想像するのもよいのではないかと。

531 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:33:17 ID:zDNbxelo

 僕にはきっと、それがない。すぐに気づいた。トレーニングが終わった後、僕は動けなかった。

 だけど――朝潮と深雪と皐月は、すぐに動き出していた。申し合わせたかのように三者はトレーニングルームの飲食スペースに移動し、プロテインを飲んだ。アミノ酸、電解質、炭水化物を含んだサプリメントも摂取した。

 僕はまだ、提督に言われた言葉がぐるぐると頭の中をめぐって、動く気力すら湧き上がってこなかったのに、彼女たちはすぐに切り替えた。

 黙々とストレッチをしつつも、その瞳に決意の火を灯す者、己が信頼し尊敬する艦娘に教えを乞う者、再び己を追い込みはじめる者。

 行動は三者三様、しかし彼女たちには悩んだり落ち込んだりするよりも先に、やるべきことがあると分かっている。
 
 
 ――僕に、あるのだろうか。できるのだろうか。強くなりたいという思いを次々に作り出し、燃やし続けることが。


 そんな不安を抱えたまま、全員の計測が終わった。今日のデータをもとに、提督が次の日のトレーニングメニューを考案するという。


 ――初月、体が冷えるわ。ひとまずプロテイン飲んで、柔軟しましょう。


 呆然とする僕の肩を叩いて誘ってくれたのは、瑞鶴だった。

 乱れた心拍と呼吸を整え終わったのだろう。秋月姉さんと照月姉さん、そして翔鶴も合流した。

532 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 03:45:48 ID:zDNbxelo

 ――基本的に、ねっ? 負けず、嫌い、なの、よっ……私に、限らずっ、艦娘ってっ、そう、いう、もの……よっ。


 長座体前屈で筋肉をほぐしながら、瑞鶴はそう語り出した。


 ――まあ、艦娘に限らずとも、多かれ少なかれ負けたくないって気持ちはあるものよ。誰にだってそう。


 同意するのは、翔鶴だった。言われてみれば当たり前の事なのだろうけれど、初月には意外に思えた。いつもおっとりとして、上品な彼女にも、そんな気持ちがあるのだろうか、と。


 ――ええ。それは誰にでもある。誰だって負けたくないのよ。だけどそこから『どうするのか?』……それは人によって異なるわ。


 秋月の言葉で思い出すのは、やはり先ほどの三人の事だ。朝潮と、深雪と、皐月。


 ――飛び越えられなかったハードルにまた挑むのもいい。諦めるのもいい。諦めた、負けた、と。そう認めることができるなら。折り合いをつけることができるならね。


 照月はそこに「だけど」と付け加える。


 ――それを認めないのは、駄目よ。『最初から戦っていない』とか『本気でやっていなかったから』とか『自分は駄目なやつだから』とか……そんな理屈で自分を誤魔化すなら、もう駄目よ。


 その言葉に、初月は背筋に氷柱を突きこまれたような恐怖を覚えた。

533 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:00:48 ID:zDNbxelo

 図星だった。トレーニング直後に脳裏をよぎった『僕は、駄目な奴なのだろうか』という考え。

 必死に否定しようとしたけれど、その考えは少しずつ、初月の心を侵していった。軋みを上げる心の内側の感覚が、次第に鈍くなっていく。

 そこに、滑り込んでくる言葉がある。


 ――だから照月はこう言うわ。『そんなことはないよ』と。その人が駄目にならないうちに。


 じわりと少しずつ腐っていくような感覚が走る心に、確かな震えを感じた。


 ――小さな勝利を積み上げる。大きく勝つことを知る。それを知ることで、『負けたくない』という気持ちが強まる。障害が発生した時、闘争か逃避かを選択する。自然な在り方です。健全と言えますね。知性を備えた生物は、選択していくことによって強くなる。誰かが言った言葉だったかしら。


 続く翔鶴の言葉もまた、小さく、しかし確実に心を揺らす。


 ――負けることは怖いわよね。私だって怖いわよ。だって負けるのって嫌だもの。悔しいもの。不甲斐ないって思うもの。でもね、初月。それ以上に怖い事ってあるのよ。 


 立ち上がった瑞鶴は、真剣な面立ちで言う。


 ――冷たくなっていくこと。自分の中に確かにあった情熱が、崩れ落ちていくこと。強くなりたいと誓った自分を、嘘つきにすること。

534 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:15:46 ID:zDNbxelo

 鼓動が熱を持った。初月は己の内側で、『それ』が跳ねる音を聞いた。

 思い出したことがある。

 いくつもの思い出があった。

 着任した時の事。提督との初顔合わせの時、酷く緊張していたことを思い出す。

 姉と再会したこと。右も左もわからない初月に、姉たちは張り切って鎮守府を案内してくれた。

 その時に鶴姉妹に抱き締められたこと。二人とも本当に嬉しそうに、初月との再会を喜んでいた。

 そして、共に訓練に励んだこと。充実した日々だった。訓練は辛く厳しかったけれど、それでもあの時の初月は、一度だって弱音を吐かなかった。


『海を平和にするんだ。皆で笑い合うんだ』


 そんな気持ちが、確かに胸の内側で燃えていた。

 その時の熱とは異なる、確かな熱が心の内側で燃えている。

 ――ここにあったんだと、心が叫ぶ。


「あ」

535 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:20:28 ID:zDNbxelo

 すとんと、二つの事が理解できた。

 終戦後、初月がどこか漫然と日々を過ごしていた時だった。遠く、雷鳴のように聞こえる声があった。


『――見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!』


 その声に導かれ、出逢ったものがある。


『ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!』


 雷鳴のような声が、幾度も聞こえた。


『――――な、んです、か、あれは……?』


 窓の外には、初月の知らない乗り物を駆る、島風と夕張の姿があった。


『し、知らない。し、新兵器?』


 姉二人も知らないその乗り物は、銀輪を携えた漆黒の馬と青緑の馬だった。

536 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:46:59 ID:zDNbxelo

『おお……!! アレは凄いな、姉さん!』


 あれを見た時の興奮を、今でも覚えている。あんなにも速く、大地を駆け抜けることができる乗り物があるのかと思った。


 ――僕も、あれに乗ってみたい。


 始まりは、そんな単純な欲求だった。

 それが提督から与えられた時のことも思い出す。ぴかぴかのフレームだった。これが今日から自分の者になると思うと、心が弾んだ。

 一日中、飽きもせず乗り回して、体中のあちこちが痛くなって、姉たちと笑いあったことを覚えている。

 それに乗った人たちが集まって、誰が一番速いかを競うレースがあると知ったときの興奮を覚えている。

 個人レースもあれば、チーム編成でのレースがある――それを知った時のことを。

 初月は、覚えている。


 ――ああ、そうだ。僕は、僕は……僕がやりたいことは。譲れないことは……。


 それを思い出して、初月はぎゅうと強く左胸を押さえた。掌に伝わる鼓動は、熱く、そして速かった。

537 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:47:46 ID:zDNbxelo

 ――それでもはき違えて欲しくないことがあります。艦娘の本分は、海上での戦いにこそある。


 初月の思考に、秋月の言葉が割り込んだ。とても優しい声だった。


 ――貴女が今感じていること、想像はできる。だけど、正確なところはわからないの。


 そうだ。初月はまだ一度も伝えていない。呆然としていたところに姉と鶴姉妹に話しかけられて、ただ伝えられる言葉を聞いていただけだった。

 何がしたいのか。

 どうしたいのか。

 その意思を、伝えていない。

 初月は自分が甘ったれていたことを自覚する。

 手を差し伸べられるのを、待っていたのだ。助けてあげると、言ってほしかったのだ。浅ましくも。女々しくも。

 初月はそんな自分に、腹が立った。

538 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:48:55 ID:zDNbxelo

 ――どうしたいの、初月。これは趣味に過ぎない。本気でやろうと、手を抜いてやろうと、どっちだっていいのよ。


 諦める、と言えば、きっとそれでもいいと言ってくれるのだろう。

 どうもしたくないなんて、誤魔化そうとすれば、きっとすぐにバレてしまうのだろう。

 怒られるのかもしれない。

 悲しまれるのかもしれない。

 呆れられてしまうかもしれない。

 ……見捨てられてしまうかも、しれない。

 それはとてもイヤだった。

 だけど、それよりもずっとずっとイヤなことがある。


 ――……ロードバイクで、速くなりたい。レースに出たい。ぼ、僕は―――。


 胸から、熱があふれ出た。言葉が閊(つか)えた。行き場を失った熱量が、瞳から火のように溢れ出して、ぼろぼろと零れ落ちた。

 それでも熱は失われなかった。次々に胸の内側に溢れ出す熱が、大粒の涙となっていく。

 未だ心に燃えているこの熱を、もう失いたくなかった。誤魔化したくなかった。

539 ◆gBmENbmfgY:2019/12/08(日) 04:52:32 ID:zDNbxelo

http://www.youtube.com/watch?v=BIZ-4jUJLk8

「姉さんたちと、ロードレースに出て、優勝したい……みん、など、いっじょ、に……はじりだい、でず……それを、あ、あぎらめだぐ、ない……」


 悔しかった。提督に言われた言葉が辛くて、苦しくて、それでもあの三人みたいにすぐに動けなかった自分は『負けた』と思ったのだ。

 ――だけど負けたという思いから目を逸らした。僕は駄目な奴なんだと、姉さんたちに思われたくなくて。

 ――悔しくなんてないと、自分に嘘をつこうとした。

 だけどもう駄目だった。抑えられなかった。誰が好きとか、何を失いたくないだとか、もう関係なかった。


「僕を、鍛えて、ぐだざい……おねがいじまず、おねがい、じまず」


 ――ロードバイクが、好きなんだ。

 提督が好きだったからじゃなかった。

 初月自身が、既に惹かれていた。

 呆れたように―――だけど瑞鶴は、優しく笑った。翔鶴と同じ笑みだった。


「ちゃあんと言えるし、泣いちゃうぐらい悔しいなら――――そこにあるじゃない。貴女の燃料」

540以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 14:44:40 ID:KO6M2MQ6
いっぱい更新されてる!
レースはまだ先かな

541以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/08(日) 23:18:47 ID:6ORMXbQA
やっぱ胸熱な台詞は良いな
乙です

542 ◆gBmENbmfgY:2019/12/09(月) 23:52:07 ID:y4axZzL6
※忘年会、を、わすれて、た
今のテンションだと邪神系列のしか書けないので明日明後日あたりにどうか、どうか……

543以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/10(火) 20:25:43 ID:ugT8qspg
待ってる

544以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/10(火) 21:31:21 ID:VlYsF7RQ
>>1のおかげでクロスバイクを買って自転車にハマって今日ピナレロの17年式GAN S アルテグラを新車で買ったわ

>>1本当にありがとう

545 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:28:38 ID:uvs5v5VM
>>544
おお、おめでとうございます! 私のSSの影響で買ってくれたと言われるとすごくうれしいです。こちらこそありがとう。
初のロードバイクでPINARELLO GAN S ULTEGRAとはお目が高い。レースもロングライドもイケちゃいますな。
世界中で高評価な東レのカーボンt700を使用、安心と信頼のスレッド式BB、そして所有欲を満たしバッチリ変速が決まるアルテグラ。
素晴らしい選択だと思います。
艦娘でGAN Sに乗せる予定の子がすでにいたりしますのでお楽しみに。

546 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:29:53 ID:uvs5v5VM

………
……


 同日同刻、同鎮守府の異なる場所においても、初月が願ったように、他の艦娘達も同じことを願った。

 ロードバイクで速くなりたい、と。

 弱い自分に負けたくない、と。

 強い自分ですら上回る自分になりたい、と。


吹雪「――ありますよ」


 こともなげに、深雪の姉……吹雪はそう言った。己の限界を超える方法は、確かにあるのだと。

 深雪は、その言葉を信じた。否応なく信じられた。

 何故ならば――誰あろう吹雪こそが、その限界を次々に越えてきた艦娘だからだ。

 それは深雪のみならず、彼女の経歴を知る誰もが認めるところだった。その軌跡は決して華やかではなかったかもしれない。だが、深雪は知っている。

 決して才能があるとは言えない吹雪は、人よりも多く失敗した。時に涙を流し、時に辛酸を舐めることもあったが、それでも一切腐ることなく、できることを探し、見つけ、挑み、失敗し、成功し、弛まずに歩み続けた。

 深雪はそれを知っている。恥ずかしくて本人に言うことはできなかったけれど、いつだって尊敬している姉だった。

547 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:47:35 ID:uvs5v5VM

 吹雪は変わらない。自らを衒うことなく、極端に卑下することもなかった。ありのままの自然体で、いつだって一生懸命だった。

 それでも雪風や島風すら上回る駆逐艦最多の出撃数、誰よりも多くの海を越えてきた経験は、確かな自負となって吹雪の中で根付いている。確かな背骨が、真っ直ぐに彼女を立たせている。

 その吹雪が言うのだ。同情でもおためごかしでもない。深雪の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳には、真実だけがあった。


吹雪「耐久力や強さ、そしてスピード……あらゆるものには物理的な限界というものがあるよね。それは人間でも、もちろん私たち艦娘にもそれはある。

   だけどね、深雪ちゃん――『自分の事を自分以上に知ってる人』がいないと思うのは大間違いだよ?

   案外、自分で思ってるよりもずっとずっと高い能力があるもの。当の本人が気づいていないだけで、深雪ちゃんもそうだよ」

深雪「……根性論、か?」

吹雪「うーん、それがないわけじゃあないんだけど……それを言っちゃうと、ホラ」 


 吹雪は苦笑いしながら深雪の背後を指さした。釣られるように深雪が振り返ると、果たしてそこには根性なんて欠片もなさそうなのがいた。

 初雪だ。初雪は先ほどのタバタ・プロトコルで見事に結果を出していた。単純な出力だけならば、吹雪型でも最高の結果を叩き出していた。

 そんな初雪はゲームをしている。据え置きハードでの格闘ゲームだ。対戦相手は叢雲であるが、その優劣は一目瞭然である。


初雪「なぁにその甘えた攻撃……本気出していいのよ叢雲?」

叢雲「ア、アンタ、この叢雲様を煽って……!?」

548 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:53:10 ID:uvs5v5VM

 淡々と処理を行うように淀みなくスティックとボタンを操作する初雪に対し、叢雲の表情は必死であった。

 程なくして、叢雲の本日初めてとなる「きぃいいいいい」という叫び声が上がった。勝敗は、もう見るまでもなかった。


初雪「ハチュユキィ、ウィン」

叢雲「く、き、ぎぎぎ……も、もう一度よ! もう一度勝負!」

初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらTVゲーム――鳳翔や磯波が言うところのぴこぴこ―――に興じる彼女たちは、とても楽しそうであった。

 ひとしきりその様子を眺めた後、深雪は吹雪へ向き直った。

 苦虫をかみつぶしたような顔だった。別に勝負していたわけではないが、深雪は思った。

 ――あたしはあんなのにすら劣るのか、と。


吹雪「深雪ちゃんがさっき言ってた根性論……初雪ちゃんにあると思う?」

深雪「ハハッ、ナイスジョーク」

吹雪「あるよ」

深雪「あるのかよ!!」

549 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:56:32 ID:uvs5v5VM

 猛烈にツッコミを入れる深雪に、助け船を入れるのは白雪だった。


白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

   正しくは『健全な精神は健全な身体に宿れかし』です。

   意味するところは『健全な精神は健全な体に宿るべきなのになあ』という願望というか、そうあれかし、そうあるべきという意味なんですよ」

叢雲「デキムス・ユニウス・ユウェナリスだったかしら? パンとサーカスで有名な?」

白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


 二度目の「きぃいいいいいい!」が響いた。


白雪「……誤用された原因は大体、世界大戦で主要各国が上げたスローガンのせいですが、まあそれは置いておくとして――」

深雪「あたしは……鍛え方、足りねえのか?」

白雪「う、うーん、そっちのネガティブ思考になっちゃいますか、深雪ちゃんは」

叢雲「鍛えは足りてるけれど、単に頭が悪いのよアンタの場合」


 いつの間にか叢雲が深雪の横に仏頂面で立っていた。振り返った先では、初雪がうつぶせのまま倒れ伏していた。恐らく槍女に槍されたのだろう。ぴくりとも動かなかった。

550 ◆gBmENbmfgY:2019/12/12(木) 23:57:33 ID:uvs5v5VM
※助け船入れるってなんだよ脳味噌邪神かよ

 助け船を出すだよね。出す方が邪神っぽい気がしてきた。ので今日はここまで。

551以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/13(金) 07:22:53 ID:zBKJ3Lds

それにしても秋月姉妹や鶴姉妹が
身体中から色々なもの排出しつつゼエゼエしている空間に出くわしたら
絶対正気や理性失う自信あるわ

552 ◆gBmENbmfgY:2019/12/13(金) 20:26:07 ID:YTX8C94c
※先日の投下で誤字脱字誤記多すぎて死にたくなったので投下し直していいですかダメっすかそうすか

>>548
×:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
○:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける要素はかけらもないし……」

>>549
×:白雪「健全な精神は健全な身体に宿る、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
○:白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

×:白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
○:初雪「この初雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


今日は頑張って投下しよう。

>>551
その反応はきっと健康的な男子としては健全ですが、きっと>>551が望む描写はどっかの邪神に満たされたSSの方にあると思うんだ

553 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 00:02:18 ID:39liyFfo

 そして深雪も動けなくなった。膝をついて五体投地だ。いつもの深雪ならば馬鹿呼ばわりされた怒りで叢雲に噛みついているところだったが、タバタを達成できなかったのが殊の外堪えていたらしい。


吹雪「叢雲ちゃん、言い方」

叢雲「何よ。本当の事じゃない? できるはずのないことをやろうとして、当たり前のように達成できなくて、当たり前の事なのに落ち込む。馬鹿以外のなんだっていうの?」

深雪「た、達成できないのが当たり前なんてわけねえだろ?」

叢雲「――いいえ、少なくとも今のアンタには達成不可能よ。さっき白雪が言ったのとは別に、原因はいくつかあるけれど……まずアンタ、司令官の言うことを鵜呑みにして、馬鹿正直に全力でやりすぎたんだもの」

深雪「………どゆこと? だって全力でやらなきゃ意味がねえトレーニングだろ? そんぐらいあたしだって知ってる……やったことだって、ある」


 深雪とて最古参の一人だ。大戦時から提督が指導するトレーニングの中にはタバタ・プロトコルはもちろん、様々なHIIT(High Intensity Interval Training)が含まれていた。

 そのやり方は提督から艦隊旗艦たちへと伝えられており、軽巡たちも非常にこのトレーニングを好んでいたし、深雪たちが所属する三水戦――川内もまた頻繁に訓練へ取り入れていた。

 名取率いる五水戦――皐月が所属する水雷戦隊もそうだ。神通らが率いる二水戦――朝潮もまた、それを好んだ。だが三者ともに、自転車では失敗した。

 深雪も、皐月も、朝潮も、それらを全て達成してきた。だからこそ、今回の失敗はショックだったのだ。


叢雲「自転車でタバタやるのは今回が初めてだったでしょ?」

深雪「そりゃそうだけどよ。結局のところやることは同じだろ!? 全力で20秒間体を動かして、10秒休む! あたしはちゃんとやったぞ? やって、やったけど…………8本目のラストで、全力出せなくなっちまった、けど」


 言葉を紡ぐごとに、深雪の気勢が萎れていく。その一方で、叢雲は頭痛を抑え込むようにこめかみを揉んだ――呆れたのだ。深雪が自信なさげに言ったことの、あまりの凄さにである。

554 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 00:11:39 ID:39liyFfo

 なのに当の深雪が、どれだけ凄まじいことをしているのか、気づいていないのだ。

 吹雪もまた気付いていた。白雪も。そして初雪もだ。磯波は深雪と同じグループ枠でタバタ・プロトコルに参加していたため、おそらく気付いていなかっただろう。


叢雲「だからアンタは馬鹿なのよ。いえ、司令官の言葉を借りれば『いい子』なのよ」

深雪「いい子じゃ、駄目だって……だ、だけど」

叢雲「そう。司令官がトレーニング後に言ってたでしょ――『いい子』のままじゃあ、勝てないって」


 深雪は目に見えて落ち込んだ。意味が分からなかった。分かったことは一つだけだ。司令官が言うなら、きっと自分はいい子なのだろう、と。だけどそれじゃ勝てないという。

 ならば悪い子になろうと思う。だけどその方法が分からない。自分がどうしていい子と呼ばれてしまったか、その原因が分からないからだ。手を抜く、というのはきっと違うと思う。それじゃあトレーニングは、本当に達成できなくなってしまうからだ。


初雪「呆れた――じゃあぶっちゃけ初雪がもう答えの一つを教えてあげるんだけど……」


 ピクリとも動かなかった槍女に槍された被害者・初雪がむっくりと起き上がり、深雪にダウナーな雰囲気のままに告げる。


初雪「あのさ、深雪。朝潮も皐月もそうだったけどさ……タバタやってたときはひたすらに『踏む』ペダリングしか、してなかったじゃん?」

深雪「…………え? 駄目なのかあれ?」

叢雲「この、馬鹿……できるわけないでしょ。むしろできるギリギリまでやってのけたアンタは凄いのよ、あんな馬鹿丸出しの手法で!」

555 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 22:46:29 ID:39liyFfo

 全力、と提督は言った。これが『いい子』にとっての罠なのだ。吹雪たちが推測するに、恐らくは提督が意図的に伏せた罠である。

 その全力とはその時折のセットで出せる全力の事を指しており、別にペダルの回し方、使っていい筋肉については指定していない。

 だが『己と戦うタイプ』の乗り手は、更に自分を追い込む。

 即ち使える筋肉すら特定して、自身を追い込んでいくのだ。

 朝潮も、皐月も、深雪も、見事にその罠に嵌ったのだ。だがもし分かっていたとしても、おそらく同様の結果になっただろう。

 この三人には、ロードバイクにおいて共通する欠点がある。

 ――――ペダリングが凄まじく下手という点だ。三名共に、ペダリング時に重要となる引き足を活用できていない。

 ペダルをひたすらに踏み続ける。クランクを引き上げる際にも力を籠め続け、あっという間に呼吸は乱れ体力は目減りし、ライディングポジションも崩れ、生簀で餌をねだる鯉の如くに口をパクパクし始めるのだ。

 正しい姿勢で正しいペダリングが出来ないというのは、それだけで余計な体力を消耗する要因となる。


吹雪(まあ、だからこそ本当の意味で全力すぎて、正しい意味ではタバタ・プロトコルを行えているんだけれど……それをどうにかしないと、ロードバイクで速くなるという目的には届かないよ)


 吹雪はそれをあえて口にしなかった。言わない方が深雪の成長につながるという確信があったのだ。

 吹雪自身もペダリングは上手くない。むしろ下手な部類に入る。

 だからこそ、吹雪は工夫する。亀の歩みであっても、己の成長を諦めることはしない。

 クランクのひと回しひと回しを丁寧に。新雪の野を征くがごとく、己の両脚に、そして足のみならず、自らの肉体の動きに集中して、その反復動作を馴染ませる。

556 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 23:20:41 ID:39liyFfo

吹雪「それにね、深雪ちゃん。深雪ちゃん、レストの時にちゃんと休めてた?」

深雪「や、休めてたよ。ちゃんと、次の20秒間で走れるように、必死こいて息を整えてたさ」

吹雪「その時に考えてたことを当てようか? 『はやく呼吸を整えなきゃ』とか『こんなに苦しいのに次の20秒間を走り切れるんだろうか』とか、焦ったり不安に思ってた。そんなところじゃない?」

深雪「…………!」


 驚きのあまり言葉が出てこない様子で、深雪は硬直した。まさにその通りだったからだ。


吹雪「それは休めてないよ、深雪ちゃん」

深雪「吹雪は、違う……のか? そんな不安は、なかったの、か?」

吹雪「私がレストの時に考えていたのは、少し違うかな。私はただひたすらに体を楽にできるように姿勢を整えたり、今自分の身体でどこが一番疲弊しているのか探ったり、次のセットではこうやって足を回そうとかイメージしながら、正しいペースで息を吸って吐いて――ただひたすらに回復することに『集中』してたの」

深雪「そ、それ、あたしのと、なんか違うのか?」

初雪「そりゃあ違うよ」

白雪「全然違います」

叢雲「そういうのはオタついてるって言うのよ」

深雪「おめーらあたしにセメントだな!? つーか磯波よぅ!? さっきから黙ってねえで深雪様を助けてくれよ!? 弾幕薄いよ!? 何やってんの!?」

磯波「ごめんなさい。今、浦波ちゃんのマッサージで忙しいから、深雪ちゃんはまた後で……」

557 ◆gBmENbmfgY:2019/12/14(土) 23:28:34 ID:39liyFfo

 うつぶせにマットに倒れ、息も絶え絶えに喘ぐ浦波と、その浦波の身体を跨ぎ、四肢を献身的に揉み解す磯波に、流石の深雪も押し黙るほかなかった。

 浦波はタバタ・プロトコルが終わった瞬間に、支えを失った丸太のように横倒れとなった。

 横で監督役としてついていた軽巡が受け止めたため大事なかったが、それが深雪の劣等感をますます煽ったのは言うまでもない。

 深雪も本当は気付いていた。吹雪が前述したとおりだ。

 「今のあたしには、決定的に集中力が欠けている」と。


 ――集中するということ。

 ――精神と肉体は、密接に影響を及ぼし合っているということ。


 先ほど白雪が言いかけた、そして言いたかったことの真意はそこにある。

 そして初雪もだ。深雪がタバタ・プロトコルに失敗した答え―――その「『一つ』を教えてあげる」と前述したのはそこだ。

 肉体と精神のバランス。

 心ばかりが先行していては、肉体はついてこない。逆も然りなのだ。精神が肉体の在り方を正しく認識し、それに応じて肉体を動かさねばならない。それこそが健全な精神と健全な肉体の理想的な在り方なのだ。

 深雪が失敗した原因は、ペダリングだけに非ず。

 何に集中すべきなのかを見定める判断力。そしてその集中をどうやって持ってくるか。どうやったらそれをより強く深く、そして長く維持できるのか。

 目的を定め、その目標を達成するための手段として、自身が何をどうすべきかを選択し、それに没頭する力。それが集中力だ。

558 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:46:10 ID:CfDvoho.

 即ち、己の心の火を―――提督が言うところの『燃料』を―――モチベーションを向上・維持するための引き出しが、深雪には足りていない。それが最大の要因と言っても過言ではなかった。


吹雪「集中力を鍛えるということ、高めた集中力を維持できるということ、それは己のパフォーマンスを引き出すことに繋がります。本番で緊張して実力が発揮できないなんてことはよく聞くでしょう? というか、体験がある筈です」


 吹雪の丁寧な説明を受け、深雪は頷いた。覚えがある。今でも覚えていることだった。

 深雪がまだ鎮守府に着任して、さほど時間が経っていない頃の時だ。

 今の新人たちは、しっかりと座学や訓練で実力の下地を作ってから実戦投入――表向きは平和なためあくまでも遠征や資材調達の体ではあるが――されている。

 深雪たちの時は、それはなかった。必要最低限な情報を与えられ、軽巡に率いられ、海に飛び出し、敵と戦う。それほどまでに情勢は悪化の一途を辿っていた。沖ノ島を突破するまでの一ヶ月間の内に着任した艦娘達は、皆そんなものだった。

 初陣となる深雪はその日、まるで緊張はしていなかった。むしろ浮かれていた。生前は果たせなかった実戦だ。意気軒高で海へと飛び出した。

 だけど、そんな気分は続かなかった。海に出てしばらくして、同伴の艦娘達の様子がおかしくなった。深雪と同様、今回が初陣となる駆逐艦たちだ。

 単縦陣が――陣形が乱れだす。それに檄を飛ばそうと口を開いて、深雪は声が出ないことに気付いた。喉がカラカラだった。

 持たされた水筒で水分を補給しようとした。だけど、どうにもうまく蓋が開かないのだ。

 深雪が、自分の指先が震えていることに気付いたのは、その時だった。

 艦娘とは大雑把に言えば――人の血と肉と骨でできた身体に、艤装の補助が入った存在。ベースは艦なのか、それとも人なのか。いずれにせよ、艦艇だった頃には存在しなかった感触と心がそこにある。

 ――出来上がったばかりの心が叫ぶのだ。怖いと。死にたくないと。戦いに赴く前は、あんなにも戦いたかったのに。

 気づけば深雪は、他の随伴艦たちと同様に、カチカチと歯を鳴らせて、涙でにじむ視界のまま、朧げな航海をしていた。後悔しながらだ。

559 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:57:55 ID:CfDvoho.

 とても戦える状態ではなかった。だが敵は待たず、確実に航海の先に待ち受けている。そして敵が迫って――――それでも深雪は、いま生きている。

 実戦とスポーツの違いが明確に存在するとすれば。軍人と一般人の違いを、あえて明文化するのならば。その答えの一端は、そこにある。

 記者会見で、試合前の選手が言う――『命懸けで戦う』と。同じく言う――『全力を尽くす』と。

 その言葉は、軍人はもちろん、艦娘の心には響かない。

 『お前ら、負けても死ぬわけではないだろう? その死はキャリアや選手としての寿命って意味だ』

 『私たちは違う――私たちは負けたら死ぬんだ。死ぬんだよ。本当に』

 蔑んでいたわけじゃない。ただ羨ましかった。そういうことができるのが平和なんだって、信じられた。取り戻さなきゃと思った。そのときはそう思ったが――その羨んだ存在に、今の深雪は届かない。

 初月もそうだったが、深雪もまたそうだった。大戦時は『海を平和にしたい、静かな海を取り戻したい』という一念があった。執念と言っていい。

 提督から発せられるその意思が、艦娘達にも伝播した。何が何でも己でそれを成し遂げて見せるという覚悟を感じたのだ。それが自らの力を高め、信じられないほどの力をひねり出した。


深雪「みんなは、何を燃料にしてんだ?」

吹雪「燃料……集中する時のモチベーションって事だよね? 私はもちろん、楽しむことかな」

深雪「なるほど」


 深雪はしっかりとメモした。――芋い、と。

560 ◆gBmENbmfgY:2019/12/15(日) 23:58:38 ID:CfDvoho.

白雪「より自分を高めたいって欲求ですね。乗り始めの頃はあちこち体が痛くなって、10kmも走ったところでお尻が痛くなっちゃったりしたけれど、だんだん走れるようになる、速くなってるって言う実感は嬉しいものです」

深雪「なるほどなるほど、あんがと」


 深雪はしっかりとメモした。――意識高い系、と。


初雪「達成感以外に何がある? ダルいしツラいことでもさ、できずに終わるのとできて終わるのじゃあ、その後の気持ちに違いが出てくるし……初雪はやればちゃんとできる子だって、ちゃんと証明したいし」

深雪「すげえ納得した」


 深雪はしっかりとメモした。――意外とストイック、と。


叢雲「私以外の速いヤツはどいつもこいつも脚攣ってしまえという気持ち」

深雪「前から思ってたけど、やっぱり叢雲ってヤベーやつだな」


 深雪はしっかりとメモした。――叢雲はヤベーやつ、と。


深雪「………天龍、は?」

初雪「天龍、好きだよね……深雪は」

白雪「お世話になった人だものね。深雪ちゃん、すごく懐いていましたし。川内さんが妬けちゃうなあなんて茶化すように言ってましたね」

561 ◆gBmENbmfgY:2019/12/16(月) 00:05:25 ID:dYxR59vA

叢雲「その天龍がどうやってるのか知りたいなら、明日トレーニングルームに行けばいいじゃない――――今日私たちがやったタバタ、明日は軽巡と重巡の方々がやるそうよ」


 ――軽巡。つまり、天龍も参加するということだ。


吹雪「深雪ちゃんの心の燃料が、「負けたくない」ってだけなら、いい勉強になると思う。見ているだけできっと、深雪ちゃんに伝わってくるものがある筈」

初雪「ん。初雪も川内さんがどうやってクリアするのか見てみたい」

白雪「私もです」

深雪「そっか……天龍が、走るのか」


 呟きながらも、深雪の意識はとても似てはいるが、別のところに集中していた。

 深雪の初陣の時。あの時、何があったのか、あまり覚えていなかった。必死に戦ったことは覚えている。駆逐艦一隻を撃破する戦果を上げて、意気軒昂に鎮守府に帰還したころまで、時間が飛んでいる。

 ――どうして、という言葉が頭にリフレインする。


深雪(あの時、この深雪様はどうして強くなりたいと思ったんだろう―――)


 その一端、あるいはすべてが、明日わかる。深雪がロードバイクで速くなりたいという目的を達成するための、燃料は何なのか。その燃料を燃やしつくすほどの火は何なのか。

 それが分かるのが、明日の軽巡洋艦・重巡洋艦が実施するタバタ・プロトコルで判明する。

562 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:13:49 ID:cSOC.1m2

………
……


 ――いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 司令官に言われた言葉がぐるぐると頭の中で廻っている。

 朝潮は自分という存在が真っ白になっていくような、得も言えぬ虚脱感に包まれていた。

 皐月や深雪もまた悔しがり、落ち込んでいたのは何となく覚えていた。

 けれど、朝潮は分かっていた。呼吸を整え、体をほぐし、再びロードバイクにまたがっていても、鬱屈とした心地は晴れない。

 朝潮は分かっていた。


 ――司令官が仰ったあのお言葉は、きっと私にだ。

 ――私に『だけ』向けられていたんだと。


 朝潮の認識は、間違ってはいない。単なる被害妄想というわけではない。概ね間違ってはいない。

 実際のところ提督は、その言葉のほとんどを朝潮に向けて放っていた。

 だが――肝心な受け手である朝潮が、言葉の真意を勘違いしていた。あえて提督がそれを言わなかったこともある。朝潮本人が気づかねば意味がないと判断したのだろう。

563 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:20:45 ID:cSOC.1m2

 それに気付くことができたならば、朝潮は信じられないほどの成長を遂げると、期待を――否、確信していた。


朝潮(だって、朝潮は……私は、あの言葉を、昔も言われたことが、あった……司令官にも、そして――)


『そんな『いい子』は戦場では通用しませんよ』


 ――厳しい顔立ちで叱責する神通さん。そして。


『あんたさ……融通が利かなすぎだよ。『いい子』なのは結構だけど、それだけじゃ疲れない? あたしにはさ、なんかさ……あんたが酷く余裕のない奴に見えるよ』


 ――心配そうに朝潮に構ってきた、敷波にも。


朝潮(お三方とも、きっと清濁を併せて呑むことの重要さを、私に諭してくれていたのだと思う)


 正義のみを受け入れるのは狭量なのだと。悪徳を受け入れられる器を持たねばならないのだと。そう説かれていたのだと思う。

 朝潮は優秀な艦娘だ。座学においても、訓練においても、この鎮守府における水準以上の成績を残している。

 だが、演習や実戦で、まるで結果が振るわなかった時期があった。

564以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 00:25:30 ID:hOag6kpE
朝潮ちゃん!

565 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:27:20 ID:cSOC.1m2

 ある演習の総評で、朝潮は名指しで神通にとがめられたことがある。

 二班に分かれた二水戦の模擬演習結果――もちろん朝潮は惨敗した。


神通『立ち回りが素直すぎます。基本に忠実で、教本通りであることは否定しません。

   実に素晴らしい――素晴らしく愚かです。教わったことをなぞるのみ。それをなぞることの難しさはあるでしょう。
 
   ですが朝潮。貴女にとってそれは『とても簡単』でしょう? 楽な方へ楽な方へという考えです』


 その言葉の意味が、言われた時には理解できなかった。

 だって、正しいことは正しい事じゃあないか――そう思った心を、言葉にして言い返せない自分が、とても惨めに思えた。

 神通の言葉の意味を正しく理解できたのは、しばらく経ってからのことだ。

 妹たちが、どんどん強くなっていった。

 座学でも、訓練でも、そして演習でも。

 朝潮は勝てない艦娘だと言われたこともあった。


朝潮(ああ、そうだ……私は、『何も考えていなかった』んだ。勉強して、砲撃や雷撃の訓練を頑張って……だけど、私には人の心が分からない)


 目標があっても、そこに至るまでの道筋はいつも一本道だった。それは明確に道が見えているという意味ではない。たった一つの事しかしていない、それ以外にやれることをしらないのだ。

566以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 00:33:38 ID:GgJjZJWo
神通=サンだって、根はそういう真面目一辺倒だろうに
潜った地獄の数の差か、ソレとも蕨の死が「扉を開けて」しまったのか

567 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 00:36:29 ID:cSOC.1m2

 ――北上さんとは、大違いだ。北上さんはいくつも枝分かれした岐路で、己の道を『それのみ』と選び取った。

 ――朝潮は、私は……自分がこうなりたいという願望はあっても、ただ我武者羅にやるばかりだった。

 ――それ以外に道はないのか、探そうともしなかった。何も考えていなかった。なりたい自分が、わからない。

 明確なヴィジョンがないのだ。かつて香取の授業で行われた『将来の自分』というテーマの作文で、朝潮は目指すべき目標だけは書けたが、自分がどうなりたいのかだけは、ついに書けなかった。

 言われたことをやる。言われたことをやり遂げる。言われたことだけは、教わったことだけは、できた。きっと誰よりもできたという自負がある。

 それでも、言われなかったことは? 教わらなかったことは? 初めて相対する物事に、どうやって取り組めばいい?

 失敗と敗北を繰り返した。それを経験していれば、未知は既知となる。だが再び新しいことに遭遇してしまえば、朝潮はあっけなく敗北した。

 そして今回もまた、朝潮は失敗した。

 だから、聞きに来たのだ――神通に。


神通「――貴女は常に気を張っています。常在戦場を問うのであれば素晴らしい事です。ですが日常生活においてのそれは、ただの注意力散漫です」


 朝潮は膝をついた。今日も神通の言葉は的確に朝潮の小さな腎臓を狙い打つキドニーブローである。流石だ、と朝潮の表情が苦悶に満ちる。


神通「対潜哨戒任務においては実に頼もしいの一言なのですが、そうして普段から集中力を常に垂れ流していると、いざという時にはからっぽで使えないでしょう?」


 朝潮は立ち上がった。今日も神通の言葉は下げてから上げてくる。長良型とは一味違うフォロー溢れた素晴らしい上司の鑑であった。長良型なら下げた後に奈落へ落としてくるという徹底的というか容赦のなさがある。流石だ、と朝潮は口元をへの字にして、再びむんと神通へ向き直る。

568以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 02:28:14 ID:I0y3/rdk
長良型の方が神通さんより辛口なのか意外だ

569以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 02:45:52 ID:3gCPMPSs
某所の即堕ち時空の朝潮ちゃんならここらへん上手くやりそう

570以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/17(火) 22:30:35 ID:gj/6NAiw
この鎮守府の長良型で、落とすつもりで落とすのは五十鈴だけ
残りは落とす気は特に無いけどナチュラルに落とすねん

571 ◆gBmENbmfgY:2019/12/17(火) 23:43:27 ID:cSOC.1m2

神通「ロードバイクは好きですか、朝潮」


 力強い声で肯定を返答し、こくこくと頷く。


神通「その気持ちを大事にしましょうね。大事にしながら乗り続けなさい。そして、嫌いになってしまったなら、降りてしまうのもいいでしょう」


 今度は返答できなかった。困惑がある。神通の言葉とはとても思えなかった。優しいという意味ではなく、厳しくないという意味だ。

 同じことのように思えるが、全く意味が異なる。これが訓練だとして、訓練をやめるなんて言い出した途端――もちろんそんな馬鹿は艦娘に居なかったので想像ではあるが、十中八九―――。

 ――死ぬでしょう。

 朝潮には確信があった。駆逐艦なら誰もがそう思うだろう。つまり確率としては100%ではない『十中八九』が付いていても、そう思った子が十割なので確実絶対に死ぬということだ。


神通「ふふ。不思議ですか? 私の言葉とは思えない、と?」


 朝潮は神通がエスパーだと思った。朝潮は顔に出るタイプなので、誰が見ても「ありゃそう思ってやがるな」と確信されてしまう。つまり朝潮の落ち度だ。


神通「貴女がこれからもずっとロードバイクの事が大好きならばいいでしょう。

   ですがレースでの結果を求めるというのなら、いくつかの覚悟が必要です。正しさだけではどうにもならないことを、楽しいだけではどうにもできないことを、乗り越える覚悟。

   そしてロードバイクの事が、嫌いになってしまう覚悟です」

572 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 00:08:24 ID:.GjKxMqA

 今度こそ朝潮は、ぽかんと口を開けて固まった。

 自ら望んでロードバイクに乗り、それを競わんとレースに参加する。そこまではわかる。だがそれでどうして嫌いになってしまうのか。


神通「分かりませんか、朝潮。それは次までの宿題としておきましょう。あまり時間はありませんよ。遅かれ早かれ、その答えは貴女のもとにやってくる」


 提督と違い、神通はあっさりと答えを教えてくれることは少ない。だがその言葉が脅しでないことと、朝潮の事を軽んじて言っているわけではないことは、長い付き合いもあって理解できた。

 神通がそう言うのならば、そうなのだろう。必死にならねばならないと、朝潮は強く心に刻んだ――その必死さこそが、彼女に残酷な答えを迎え入れさせることになるとも知らず。

 そのアドバイスをしっかりと心の中で反芻することに夢中で――――今の神通がどんな顔をしているのか、朝潮は気付けなかった。


神通(…………その素直さは美徳ですが、争いごとにおいては決して利点とはならない。気付きなさい、朝潮。

   ――海戦と、レースは、違う。今まで、敵は敵に過ぎなかった。だけど朝潮――レースで争うのは、味方なのですよ。

   やはり朝潮、貴女は……)


 そこまで考え、神通は首を横に振った。


神通(いいえ)


 まだ結論を出すには早いと、二水戦所属の可愛い部下を見定めるには、まだいくつかの段階を経なければならないと、そう自分を戒める。

573 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 00:23:14 ID:.GjKxMqA

神通「……いずれにせよ、私から言えることはあまり多くありません。だから――」


 神通は薄く笑みを浮かべ、それを見た朝潮の表情が凍った。戦いに赴く際の神通が、時折見せる表情と寸分たがわぬ笑みだった。


神通「明日実施されるタバタ・プロトコルで、私や……他の軽巡・重巡の方々をよく見ておきなさい。きっと――何か伝わるものがあるでしょう」


 奇しくも吹雪が深雪へと告げた言葉と同義であった。

 硬い唾を飲み込みながら、朝潮は敬礼した。今の時点でも、既に伝わるものがあった。

 ――神通さんの瞳には、確かな闘志があります。

 一体何を見据えての物なのか朝潮には窺い知れぬことだったが、確実に分かるものがある。

 ――越えたい、と思っている。

 自分に。誰かに。その意志で押し通らんとする覇気がある。

 歌が聞こえた。二水戦の歌。戦いの歌。意を貫く歌。


 ――通りませ、通りませ、ここは神通の路なれば。


……
………

574 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 00:42:12 ID:.GjKxMqA
※キリ良しとする。皐月? さっちゃんは殺月と書いてさつきと読めになっちゃうからね。(嘘です)

 次回は皐月視点にするか軽巡・重巡らのタバタにするかは少し考え中です。どっちの方が面白いかな。面白いと思った方にします。

>>564
 かわいい!

>>566
 真面目にも種類があります。極論を言えば、真面目さが目的になっちゃってるのがこの朝潮。朝潮、その先は地獄ゾ。
 ここの神通にとって真面目さは手段に過ぎない。神通、とっくの昔に地獄に在住してるゾ。
 神通さんは『いい子』です。提督によって『いい子』の仮面を付けられていますが、その留め金が誰あろう提督の手によって外されようとしている。外れる時にその時の回想シーン入ります。おっぞましいぞ。

>>568
>>570
 神通の辛口は入り口に過ぎず、結果的に相手の成長につなげられるようにフォローすることが多いので優しさに通じています。ご立派、旗艦の鑑。
 長良型の辛口はありのままそこに起こっている事実を指してセメント攻撃である。
 そしてセメント攻撃で落ち込んでるところに「落ち込んでたらまたダメな結果に終わっちゃうよ?」と事実だけど突き付けられると大激痛で救いはねえ物言いが待っている。
 「ピンチの自分はヒーローの自分で救うんだお前を救ってくれる都合のいいヒーローはこの世に提督ぐらいしかいねえ」というスパルタ形式。特に五十鈴。提督という保険があるのをわかってる分、とても容赦がない。

>>569
 あっちの節穴提督ならまだしも、ここの提督が見抜けない訳ないんだよなあ……。

575以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/19(木) 09:58:00 ID:1ryxtM9A
>>574
節(くれだったモノを)穴(に挿れる)提督の方も待ってるよー

576以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/19(木) 21:36:46 ID:Ph6AT11g
腹黒朝潮ちゃんすこ

577 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 23:05:16 ID:.GjKxMqA

………
……


 この世界に生まれ落ちた時の事を、今でも覚えている。

 聞こえたのは潮騒。鼻孔に広がるむせ返るほどに満ちるのは磯の香り。瞳に映るのは青く澄み渡った空と、どこまでも広がっていく水平線。

 それまでは漣一つ立たぬ鏡面の水面へ立っていたはずなのに、足元が酷く揺れていた。鏡面は既にその形を失い、波立った海面となっている。

 背後に誰かの気配を感じる。意のままに動く両足を――船首を返せば、見たことのないヒトガタがいる。本来ならば戸惑い、驚き、あるいは恐怖する場面だったのかもしれない。

 だけど、どうしようもないほどに彼女たちが『自分の仲間』だとわかった。

 初めて耳にする音、初めて嗅ぐ香り、初めて見た風景、初めて出会ったヒト。

 全てに奇妙な懐かしさを感じ、どこか温かいものを覚えた。

 奇妙というよりそれは異常なのだろうと知ったのは、彼女たちに迎え入れられて、自らが『艦娘』と呼ばれる存在であると、頭で理解した時の事だった。

 人は世に生まれ落ちた時、自らが何者なのか理解していることなどないという。周囲の環境を学習し、次第に自己を確立していくものだ。

 だけど、彼女にはすぐに自分の名前が分かった。そしてその役割も。何をするべく、この世に生まれたのかも。

 元大日本帝国海軍の艦艇。峯風型・神風型の流れを汲む最後の艦型。


 ――ボクは睦月型駆逐艦五番艦――『皐月』なんだと。

578 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 23:21:44 ID:.GjKxMqA

 だけど、今はもうそれが分からなくなっていた。戦うために生まれたはずだ。そのためだったのに、戦争は終わったという。

 終わったことを聞いて、皐月は当初こそ素直にそれを喜んだ。もう戦わなくていいんだと思えた。これからは楽しい日々が待っているんだと、無邪気にそう信じられた。

 その平和が見せかけの平和だと知ったのは、すぐのこと。皐月はとてもしょんぼりした。

 鍛錬は続く。訓練は続く。密かに、戦争は続く。大人の事情というものらしいとは、皐月が所属する第五水雷戦隊旗艦・名取からの説明だ。

 皐月には難しくてよくわからない話だったが、日本が一人勝ちをしている状況や、深海棲艦によって皮肉にも人の悪行が制限されているという事実、そして戦後の艦娘達の扱い――それを考えた時、提督がブチ切れながら出した結論はこれが限りなく最善に近い次善なのだという。

 それでも皐月は納得した。よくわからないけれど、司令官がいいというならそれでいいのだ。カワイイのだ。だからよしなのである。

 何より――提督に貰ったロードバイクに乗るのは、すごく楽しかった。

 だけど、いつからだろう。どこか頭にチラつくものがあった。それがはっきりとわかったのは、先刻のタバタ・プロトコルに挑んだ時の事。

 自らが生きる理由を。

 存在することの価値を。

 戦争するために生まれてきたはずの自分は、一体何をやっている? 

 冷めた自分が頭の中で自分に囁くのだ。

 『いい子では勝てない』と提督は――司令官は、そう言った。だけど、もしもそのことで思い悩む自分が『いい子』なのだとしたら。


 ――ボクは、悪い子になりたくない。

579 ◆gBmENbmfgY:2019/12/19(木) 23:42:21 ID:.GjKxMqA

提督「――――で、皐月よ。そんなことを悩んじゃった君は真っ先に俺のところに飛んで来るんだな。さてはおまえ俺の事が好きすぎだろ? 今日も最強にカワイイやつだなおまえは」

皐月「いっ……な、なんで司令官はいきなり茶化すかなあ!? ボク、大真面目に言ってるんだよ!? 可愛くないなあ!!」

提督「おまかわ。そんな怒るな。そしてあんま詰め寄るな。それ以上近づかれると不可抗力とはいえ、皐月のカワイイスカートのカワイイ中身が見えちまうぞ」

皐月「ッ、司令官のえっち!! セクハラだぁ!!」


 ムキー、とスカートを押さえながら顔を真っ赤にしてぷんぷん怒る皐月のやや下方から、からからと笑い声が響く。むしろ未然に防いでるあたり超健全だろうがと、欠片も悪びれない男だった。

 人気のなくなったトレーニングルーム内、トレーニングマットが敷かれた区画内で、提督は逆立ちしていた。

 提督が前述した言葉通り、皐月はタバタ・プロトコルを終えて解散となった後、ルーム内に人気がなくなったのを見計らって司令官と話をすべく突撃した。

 どうして逆立ちしているのかを問いただせば、『軍人としてのトレーニング』だという。成程、体力の向上や維持に努めるのは軍人として正しい在り方だろう。皐月はそれを咎めるほど狭量ではないし、その権限もない。

 だが、皐月とて突っ込みたいところがいっぱいある。

 例えばその逆立ちが、一般的にイメージされるそれとは逸脱しすぎた代物だとか。

 片手倒立である。しかもマットに接地しているのは左手の指先だけだ。75kgはあるだろう提督の肉体――両脚先を綺麗に揃えて、天井から糸で釣られているのではないかと錯覚するほどの見事な倒立を成し遂げている。

 そんな状態で制止するならまだしも、あろうことか腕立て伏せをやっていた。皐月はこんなエグい倒立を見たことがなかった。メッチャキレッキレであった。よどみなく提督の身体は上下する。

 皐月は筋肉が好きである。ぶっちゃけ提督ほど素晴らしい筋肉の持ち主には、鎮守府広しトレーニングスタッフや憲兵多しといえど、同性ではお目にかかったことがない。女性では長良とか長門とか、同じ駆逐艦なら天霧や朧だ。ありゃあすごい。

 しかも提督は上半身裸で、余すところなく筋肉の躍動が皐月の視界に飛び込んでくる。プッシュアップ動作で身体が上下するたびに玉のような汗がデコボコとした肉体を滑り落ちていく様は、皐月には目の毒すぎた。

580 ◆gBmENbmfgY:2019/12/21(土) 01:25:52 ID:7mbL1rnA

提督「それでどうするんだ? ああ、悪いが話は引き続きこのままの体勢で聞くぞ? コレも俺の仕事の内だからな。今日は加圧スーツ着てないから回数こなさにゃならん。なあに、あとたった50回だ」


 なお既に右手は実施済みだという。左手側では皐月が覚えている限り、既に50回を数えている。


皐月「司令官は一体何を目指してるんだい!? 最強かな!?」

提督「馬鹿言え、とっくの昔に世界最強の艦隊司令官だ。しかも現役。交流がてらの他鎮守府との演習で負けなし。実戦でもブッチギリでトップの戦果。違うか?」

皐月(フィジカルの話してんのになんか強引に話が変えられた気がするんだけど、本気で言ってるなあ! 事実だもんね!)


 提督の言葉には事実を背景とした凄みがあった。少しばかり話がねじ曲がったとしても、そこに確かな実績や肩書、立場というものが付随すると妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。これも一つの力である。


提督「……さて、話の続きだ。君の言いたいことはわかった。そのうえで問うが、皐月はどうしたい?」

皐月「ど、どうしたいって……」

提督「よし、聞き方を変えよう。皐月はどうなりたい? 少しずつでいいから、自分の中にある望みを口に出してみろ。その望みを叶える過程や、立ちはだかるであろう障害は無視していい」

皐月「無視していいって……でも、それが一番大事なんじゃ……」

提督「忘れたか、皐月。かつて俺は教えたはずだな? 夢はデカく持てって」

皐月「あの、ボク……そういう不安があって、どうにも集中できないって話をしてたと思うんだけど」

提督「ああ、そうだな。その話からブレてねーぞ」

581 ◆gBmENbmfgY:2019/12/21(土) 01:36:15 ID:7mbL1rnA

皐月「えっ」

提督「集中力を発揮するために必要な要素はいくつかある。その中の一つが『喜び』や『楽しみ』と言ったプラスの感情だ……っと、ぷはー、これで終わりだ」


 エグいプッシュアップを終え、器用に体を折り曲げて両脚でマットの上に立つ提督。いい汗かいたと言わんばかりに微笑む姿に、皐月はドギマギした。

 先ほどまでは鬼が宿ってそうな提督の背中を見て会話していたのが、急に提督の胸元が視界に飛び込んでくればキョドりもする。

 司令官は、皐月がかつて知っていた司令官とは違う。こうして対峙するとますます理解できた。

 着任当初から、皐月と比べて頭一つ分大きかった司令官は、既に頭二つ分以上身長で引き離されていた。

 かつては少年の域を出ない、どこか女性的ですらあった端正な顔立ちも変わった。綺麗な顔立ちは変わらないが、背丈が伸びてしっかりと筋肉が付き、匂い立つような男の風格を備え始めている。

 熱い吐息を腹式呼吸で整えながら、汗拭きタオルで首元を拭うさまも、その度に収縮と弛緩を交互に繰り返す筋肉の動きも、皐月の眼を惹き付けてやまなかった。


提督「夢中になれることって楽しいよな。終わってみるとあっという間に時間が過ぎていたような錯覚を覚えたことがあるだろう? 皐月が俺の胸をさっきからチラチラ見てるのもある意味では集中力が働いている結果だ」

皐月「ッ、ボ、ボボボボボクをいつ司令官のムネに大好きで夢中だって証拠だよ!?」

提督(初々しいなあ。この純朴さの一割ほどが木曾にもあって欲しかった)


 結果はあの進駐軍も真っ青な、風呂場への強制連行である。苦笑しながらタオルを首にかけ、マット横のベンチに腰掛ける。

 ちょいちょいと手招きすれば、真っ赤な顔をした皐月はしぶしぶながら提督の横にちょこんと腰かけた。

582 ◆gBmENbmfgY:2019/12/21(土) 01:47:09 ID:7mbL1rnA

提督「矛盾しているように聞こえるかもしれんがな。苦しいことをやり遂げるために必要なものがまさにそれだ。楽しむということ。よく言うだろ?」


 ――『楽しいことは、苦にならない』。この言葉を聞いて皐月が思い出すのは、やはり天龍だった。皐月は第五水雷戦隊所属だったが、数えきれないほど天龍や龍田と共に出撃や輸送任務を行ったことがある。

 何のことはない。天龍の口癖がまさにそれだったのだ。そこまで考えたところで、ふと皐月は気づいた。その言葉の意味を、深く考えたことは今まであっただろうかと。


提督「文字通りそれよ。楽しさで苦しさを忘れちまおうかって手法だ。苦しさそのものを楽しめと言っているわけじゃあない。それは若葉だ」

皐月「若葉ちゃんへの熱い風評被害をやめよう!」

提督「根も葉もある時点で事実なんだよなあ。話ズレそうだから戻すけど、要は苦しさの中に、あるいはそれを乗り切った先にある楽しさを見出すことで、モチベーションも上がれば発揮できるパフォーマンスも上がる。一種の自己暗示だな」


 提督はいくつか例を挙げて説明を続けてくれた。

 純粋にフィットネスとしての側面で、これをやり切れば筋肉が増強するぞ、代謝が増えて痩せることができるぞ、とか。心肺機能が上がるぞ、強い強度でもっと長く走ることができるようになるぞ、とか。

 こんな苦しいことができる自分って凄いなという達成感。それは自信と誇りに繋がる、確かにプラスとなることだと。短期的な夢ならばそれでいいのだという。だがもっと大きなことを目指すのならば、


提督「レースで勝ちたいって思うなら、勝った自分を……『勝てる自分』をイメージしなきゃな」

皐月「ッ……」


 工夫が必要だという。

583以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/21(土) 10:27:48 ID:6Pxom5.I
F1のチームよろしく鎮守府の人間サイドで
提督以外にロードバイクに関わってるスタッフはおらんのかね
ふと思ってしまった

584 ◆gBmENbmfgY:2019/12/22(日) 01:55:15 ID:5NNworRw

提督「それにな、皐月よ。前提からして少しズレてるぞ君は。集中できない理由があるのならそれを排除しちまえばいいだけの事だし、何より集中しよう集中しようと思って集中できないなら、集中へ至るためのアプローチを変えていかねばならない」

皐月「え? そ、それってどういう……?」

提督「まずは気が散る要素からな。コイツを消すぞ。これから集中しなきゃって時に、君が言った『こんなことをしてていいのか』っていう、ミョーな罪悪感にも似た疑問が湧くってところ。ブチ消すぞ。こいつは簡単だぜ。速攻で消し去ることができる――スライム相手に使うニフラムのようにな」

皐月「じょ、冗談だろう、司令官? そんな都合のいい呪文みたいな……」

提督「冗談なんかじゃない。本当に一言で済む」

皐月「ど、どうすればいいの?」

提督「よろしい、魔法の言葉を教えてやろう」


 もったいつけるように腕を組み、提督はカッと目を見開いて――言った。


提督「そんな疑問が浮かんで来たら、次からこう思え……あるいは叫べ!」

皐月「はい!」

提督「『全部司令官のせいだ。あの野郎……!!』だ!」

皐月「はい! ………は!? え!? ええ…………?」

提督「あるいはこうだ……『よし、司令官に相談して、そういう悩みは全部考えてもらおう!』だ!」

585 ◆gBmENbmfgY:2019/12/22(日) 01:59:09 ID:5NNworRw

皐月「ボク……いい子じゃなきゃ絶対嫌ってわけじゃないけれど……そんな最低最悪な子にはなりたくないよ……」


 それは丸投げである、と皐月は思った。

 絶対にやってはいけないことだし、やりたくないことだとも思った。


提督「何がだ?」

皐月「だ、だって、そんな……ボク、そんな大事なこと、司令官に押し付けられない……」

提督「押し付けられてないぞ?」

皐月「え?」


 皐月は見上げるように首を傾けた。心底不思議と言わんばかりの表情をした提督は、ぽつりと零すように言う。


提督「今、ちゃんと俺に相談してくれたろ?」

皐月「――――」


 今度こそ皐月は、思考が止まった。微笑む提督が手を伸ばし、金色の髪の頭頂部を、ぽんぽんと叩くように撫ぜる。

 かっと皐月の胸の中に、熱がこもった。それはきっと、足りないと言われていた『燃料』だ。そこに火がつこうとしている。

586 ◆gBmENbmfgY:2019/12/22(日) 02:03:16 ID:5NNworRw

提督「ごめんな、皐月。君は真面目で頑張り屋で、いつも明るい笑顔で俺を元気にしてくれる。だからきっと、甘えちまってたんだな――そんなに悩んでたなんて、気づかなかったのは俺の落ち度だ」


 その表情に嘘はなかった。皐月にはないとしか感じられなかったし、頭を撫でてくれる掌がとても温かくて優しかったから、司令官は本当にそう思っているんだと確信できた。


提督「相談してくれてありがとう。すぐに答えは出ないかもしれないけれど、考えような――俺と皐月で、一緒にだ。皆も巻き込んじまおうか?」

皐月「っ…………」

提督「ん」

皐月「う゛ん……」


 声が濁り、皐月の瞳にはまた涙が滲みそうになった。タバタ・プロトコルを失敗した時の悔しさとは違う、嬉しさに端を発する涙は、止められそうになかった。

 自分の頭に乗っている、節くれだった男の指から伝わる温かさが嬉しかった。この絶対的な安堵を与えてくれる掌が、皐月は好きだった。

 それでも、零れ落ちる寸前で、乱暴に袖で目元を拭った。今は泣くときじゃないと、そんな意地があった。


提督「よし、一個解決だ。じゃあ次な。集中したいって時だ。そもそも『集中しよう』とか、『集中しなきゃ駄目』とか思ってる時点で力みが入ってる。それはわかるよな?」

皐月「あっ、そ、そうか……前に座学で教わったっけ。ルーティンとか、ゾーンとか……集中に入る、技法」


 皐月もまた古参だ。そうした海戦で役立つ集中力の底上げや、それを発揮するための準備など、座学で一通り叩き込まれている。

587 ◆gBmENbmfgY:2019/12/22(日) 23:43:25 ID:5NNworRw

提督「皐月。君は俺の事を信じているか?」

皐月「う、うん! もちろんだよ、司令官!」

提督「んじゃ、少し付き合え――ロードバイク乗るぞ。ローラー台でだ。ただし――」


 指を立てて、提督は言う。


提督「今度は負荷をかけず、ゆっくり乗る」

皐月「え? それって、トレーニングじゃ……」

提督「有酸素レベルだからな。俺の筋トレ後のサイクリングに付き合ってくれ。皐月は好きに回していいよ。ただし丁寧にな」

皐月「わ、わかった! ボク、ロードバイク取ってくるね!」


 ぱたぱたと忙しない様子でロードバイクを取りに行く皐月は、まだ気づいていない。

 これが提督からの教導なのだと。

 バイクを二揃え。一つは提督のピナレロ・ドグマF8。並ぶのは皐月のロードバイク。


提督「俺の言葉をイメージしながら走れ。勝つイメージのプロセスの一例を、おまえに刷り込ませる」

皐月「わ、わかった! いつでもこい!」

588 ◆gBmENbmfgY:2019/12/22(日) 23:59:06 ID:5NNworRw

 皐月は自然と、目を閉じていた。体幹を意識し、両足の回転にのみ意識を費やす。

 ――思考にノイズが走る。こんなことをしてていいのだろうか。


皐月「し、司令官や皆と考える! 今はロードバイク!」

提督「お、いいぞ。その意気だ。次はこう考えろ」


 提督の言葉に耳を傾ける。これは簡単に集中できた。何を言ってくれるのだろう、何を教えてくれるのだろう、心の中にわくわくがいっぱいだ。


提督「まずは己のレベルを知れ。お前たちは今、ロードバイク乗りとしての練度は1だ。どいつもこいつも団栗の背比べよ」


 ――そうだ。みんな一緒なんだ。海戦の時とは違う。才能が有る無しは仕方ないことかもしれないけれど、始めた時期はそう変わらない。


提督「ロードバイクに勝つためのトレーニングは厳しい。今日のタバタ・プロコトルなんて序の口だ。アレを30分にわたって行うHIITだってある。

   それは想像するにも恐ろしくキツいだろう。勝利のためとはいえ、その前に凄まじい艱難を極め、乗り越えるために幾多の難渋を強いる」


 皐月の眉根が苦渋によって寄せられる。そんな苦しいトレーニングじゃ、とても達成できている自分をイメージできない。

 だけど、提督はどんどん言葉を紡ぐ。

589 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:01:22 ID:1nwj.P5c

提督「しょうがねえさ。最初はちっぽけなもんだ。振り返ってみてみれば、なんのこたあない。あんなちっぽけなもんに自分は苦戦してたのか――――後になればそう思うさ」


 ――それは皐月がもう強くなっていくことをイメージさせてくれる言葉。


提督「でもな、思い返すべきはそこではない。そこについてきたモノこそが、原動力になる」


 ――思い返すこと。即ち実績。司令官に褒められた。旗艦の名取さんに褒めてもらえた。MVPを取った時。つまり敵をやっつけた時だ。

 この時、皐月の中からは『今それをすべきなのに、どうしてここでロードバイクに乗っているのか』という疑問は想起されなかった。
 

提督「思い返してみろ。海の上でも、陸の上でもどこでもいい。クリアできなかった課題をクリアできたときの達成感を」


 倒せなかった敵を倒せた。演習で勝った。お料理ができるようになった。将棋で勝った。

 次は――ロードバイクで勝つ。


提督「その時、褒めてくれた友達はいたか? 仲間はいたか? 憧れた者でもいい。部下でも上司でもいい。あるだろう、そんな思い出が。無い子はいない筈だ」


 ――ロードレースでは、それはまだいない。だけど勝てばきっと褒めてくれる。

 ――睦月型の姉や妹たち。艦娘の友達。名取さん。そして、司令官。

590 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:01:58 ID:1nwj.P5c

提督「仲間たちと掴んだ勝利は、どんな気持ちだった?」


 あれは、あれは―――言葉にできなかった。あんなに嬉しくて、そのあまり疲れが完全にどこかへ消えていく心地だった。


提督「それを誇らしいと思えるなら、きっとそれはお前たちの中で黄金にも勝る宝だろうよ」


 ――そうだ、誇らしかった。ボクが頑張れば頑張るだけ、海は平和に近づいていくのが分かった。あんなに嬉しかったものはない。こんなにも頼もしい自信はない。


提督「悔しいこともあっただろう。辛いこともあっただろう。これからもある。今日かもしれない。明日かもしれない。だけど」


 ――ロードバイクにおける悔しい事、辛い事、それはわかる。練習だろう。毎日毎日乗り続ける。きっとしんどいものだろう。


提督「笑っていた時の記憶が多い方が、嬉しいよな。笑える記憶にしたいよな。だから今のうちにズルして備えちまおうぜ。レースやるって話は聞いただろう?」


 ――それでも、それに見合うものがあると信じて足を回す。


提督「お客さんもいっぱいくる。艦娘が陸上で、ロードバイクで走ったらどんなことになるのか――――好奇心で来る人もいる。応援に来てくれるファンだって来るぞ。知ってたか、おまえらには少なくないファンがいる」


 ――お客さん。外部の一般国民の人たちすら集めてのロードレース大会。

591 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:03:35 ID:1nwj.P5c

提督「友達だって来てくれる。他の鎮守府にも、いくつか招待状を出した」


 ――容易くイメージできた。知っている艦娘達が大勢来てくれる。


提督「苦しいレースになるだろうか。いやいや、自分が大きく逃げ切って、大勝ちしてしまうかも」


 ――ああ、きっとそれはとても苦しい。悔しい思いを味わうかもしれない。あるいはとても楽しい気分になれるのかもしれない。皆を出し抜いて逃げなんて、とてもワクワクしてしまう。観客のみんなが、誰もがボクを見ている。


提督「だけど、やっぱり苦しいよな。そんな時に、声をかけてくれる。見知らぬ女性が、男性かもしれない、おじいさんやおばあさん、子供かもしれない」


 ――見える。コースの両脇に設置された仕切り板の向こうで、観客が叫んでる。その名前が、ボクのだったら、ボクの名前を呼んでくれるなら。


提督「口を大きく開けて、言ってくれるんですよ――――皐月、がんばれ、がんばって……って」


 ――ふと、力が入った。すっかりタバタ・プロトコルで腑抜けた両脚が、どんどん回転数とトルクを上げていく。そうしたかったからだ。まるで苦しくないからだ。

 何よりも――楽しかった。


提督「海の上じゃ、仲間同士で掛け合っていた言葉だろ。通信越しだったこともある。直接かけられる時は、曳航する時される時だ。それが、かけられる」

592 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:05:51 ID:1nwj.P5c

 万雷の声が聞こえるのだ。島風と夕張がやり合った時の、数十倍もの言葉だ。


提督「嬉しい、だろうなあ。でももっと嬉しい声をかけてくれる――――ゴール前で」


 ――皐月のイメージは、像を結んだ。あっさりと想像できる。今自分が置かれている状況を正しい意味で幻覚し、その世界で――。


提督「そんな衆人環視の中で―――――この中の誰かがチャンピオンに……カンピオニッシモになる」

   チームレースじゃ、エースをゴール前へ送り出すアシストがいるだろう。その姿を見届けることができる位置にいるだろうか。いないのならば、歓声が答えを運んでくれるかもしれない」


 勝利する。駆逐艦・潜水艦で厄介なエースは限られている。その厄介な奴らのどんなちょっかいがあろうと、理想のボクはへっちゃらへーな飄々さで、彼女たちを出し抜く。そして――。


提督「接戦のスプリントか? 白熱のヒルクライムか? 怒涛の逃げ切り大勝利か? いやいや意外な結末に終わるかもしれない。己がその勝利を掴める時を、想え。ありったけの気持ちで想え――――」


 スプリントでも! ヒルクライムでも! 逃げ切りでも! ダウンヒルやアップダウンでだって!! ボクが勝つ! 勝ったら、それは――。
 

提督「勝った。勝ったぞ! 自分が! 自分のチームが! 勝った! 勝ったんだ!! ってな!」


 ――うれしい。うれしい! うれしい! こんなに、うれしいことはないと思えた!

593 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:11:18 ID:1nwj.P5c

提督「……目を開けろ、皐月」

皐月「……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ」

提督「――できたじゃねえか、タバタ」

皐月「はぁ、はぁ……は? え、え? あ、あれ……?」


 自転車から降りようとビンディングペダルを外した途端、身体から力が抜けた。そのまま引力に従うまま、皐月の身体はゆっくりとマットレスに頭から吸い込まれていき――。

 ――提督の両腕で、抱きとめられる。


皐月「し、しれぇ、か……ぼ、ボク……?」

提督「その感覚を覚えておけ。お前は今、タバタ・プロトコルを実施した。あっという間だったろ?」


 提督の話術に従っていたら、自然とペダルを回す速度が速くなり、時にゆっくりと回し、再び激しく―――皐月が気付いていないだけで、それは20秒×10秒×8セットの、タバタ・プロトコルだった。

 それを皐月は今度こそ見事に――達成していた。もちろん出力はガタ落ちしていた。でも持てる全てを『出し尽くした』のだ。


提督「――それが、集中だ」


 皐月だけはこの日――掟破りの二度目のタバタ・プロトコルに挑み、それを見事に達成した。

594 ◆gBmENbmfgY:2019/12/23(月) 00:21:00 ID:1nwj.P5c

提督「この世で最も得難く、そして心を躍らせるものの一つは、いつだって最高の勝利だ。堪らないだろ、今感じてる充足感は」

皐月「はぁっ、はぁっ、う、ぅん……そ、だ、ね、けほっ、けほ、これ、くせに、な、り……こほっ」

提督「ああ、まだ無理に喋んな。筋肉も疲弊してんだし、呼吸整ったらプロテイン飲め、ほら」

皐月「はぁっ、あ、ありが、と……はっ、はぁっ、ぐ、ごく……ッ!? げほっ、げっほ!!」

提督「呼吸整ったらって言っただろ? 落ち着け、皐月。ほら、口元拭くぞ。零れちまってる」

皐月「ご、ごめ、ん。で、でも、う、うれしくて、はぁ、ぜぇっ」


 心に満ちる炎。まだ燃料がそこにあった。

 尽きることなく燃え上がっている。

 心臓の音の高鳴りと同時に、熱く熱く全身に燃え広がりそうな気分だった。


皐月「司令官、ボ、ボク……悪い子、に、なっちゃ、った……?」

提督「――ハッ、何言ってやがる。皐月はいい子のままだ。いい子のままで――やってのけちまったな。凄いやつだぜ」

皐月「そ、そっか、あは、あははっ……ボク、嬉しい」


 ――ボクはきゅっと抱き留めてくれる司令官の首に抱き着いた。本当に嬉しかったのだ。

595以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/23(月) 22:53:16 ID:y00LOtAg
熱いじゃねぇか……!

596以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/23(月) 23:21:23 ID:vqxSdj1o
素晴らしいアツさ

597 ◆gBmENbmfgY:2019/12/24(火) 23:31:44 ID:jcHdMFYE
※今日明日(ヘタすりゃ明後日まで)は書き溜め中。
 比較にならんほど熱いヤツを。
 ストーブもヒーターもいらん奴を頑張ります

598以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/24(火) 23:42:09 ID:TxAfZSrc
待ってる

599以下、名無しが深夜にお送りします:2019/12/25(水) 01:03:53 ID:y48bl8x.
ロード提督(もはやロードバイク提督ですらなくLord提督)が規格外にストイック過ぎて、実家の老舗料亭に行ったらドーピングコンソメスープとか喰わされるんちゃうか疑惑ががが


正直、軽重問わず巡洋艦でタバタ失敗する面子はなかなか想像つかない
加古なんか失敗しそうだけど、初雪が達成してると途端にヤれそうに見えるから恐い
「典型的な『他人と競うタイプ』」の阿賀野はちょっと怪しいかもだが、むしろ長良への対抗意識を自覚したら捩じ伏せるくらいの馬力ありそう
那珂ちゃん・・・は無いな、此所の那珂ちゃんは那珂ちゃん=サンだから

600以下、名無しが深夜にお送りします:2020/01/19(日) 05:43:45 ID:mZ6Wicb2
待ってます

601 ◆gBmENbmfgY:2020/01/21(火) 23:09:56 ID:ML9/ZEiM

 見た目通りにか細く、弱々しい腕で縋りついてくる皐月の身体を抱き上げる。掌から伝わる運動の熱、吐息と共に上下する胸元、しっとりとした汗までもが熱い。

 苦しげに息を乱し、くったりと力の抜けた皐月の軽い体は、すんなりと持ち上がった。

 煽情的でさえある汗だくの肢体の熱さは湯殿のそれ、若い活力の漲る肌には張りがあった。そんな皐月を抱き上げる提督は、不埒とは程遠いことを考えていた。


提督(――ふむ。俺の言霊にずっぽりはまり込む子は他にも何人かはいた。司令部施設を用いた海戦においてだが……皐月はこれほど高い適応率は示さなかった筈。

   それは海戦ではなくレース――自身の勝利を空想する、イメージするという点において適性があるということ。

   ならば皐月、おまえは――)


 提督は確信する。

 ――皐月はチームレースにおけるエースが備えて然るべき勝利へのヴィジョンを持てるようになるかもしれない、と。


提督(文月や望月が向いていると思ったが、皐月も負けていないな。皐月は、勝利することをモチベーションにできる引き出しを得た。これでコイツに好敵手が出てくれば……楽しくなってきた)


 そんな乗り手になるのだろう。提督の最近の楽しみはそれだ。

 艦娘が新たに艦隊に加わるたびに、提督は喜びと期待で胸がわくわくした。その気持ちが、今度はロードバイクに乗る艦娘の数だけ同時にやってくる。

 酷く高揚した。提督はロードバイクが大好きで、艦娘達の事も大好きなのだ。彼女たちはそれぞれどんな乗り手を目指すのだろう。どんなレースを見せてくれるのだろう。

 個人では? チームでは? ステージレースでは? 時にはロングライドもいいだろう。シクロクロスも悪くない。

602以下、名無しが深夜にお送りします:2020/01/27(月) 22:05:22 ID:gpl.IXiE
きたー( ・∇・)

603 ◆gBmENbmfgY:2020/02/02(日) 23:57:44 ID:fwcE2siY

 そんな折だ。


 ――司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの。


 ふとそんな言葉が脳裏をよぎる。イムヤに言われた言葉だ。イムヤだけではない。二十年に満たない人生の中で、似たような言葉を聞いた。

 時に称賛として。

 時に嫉妬として。

 時に怨嗟として。

 時に憎悪として。

 時に嫌味として。

 言われ続けてきた。そんな人生を送って来た。出来ない事なんてなかった。


提督(なんでもできるってことはな、イムヤ。なんにもできないことと同じだよ)


 その未知の最高峰に立つ人間には勝てないということだ。それ一辺倒にやってきた人には絶対に勝てないのだ。

 それでも勝てたとしたら、それは最初から底の浅いものだったのだろう。才能で努力を覆してしまえる程度のものなのだろう。

 だから提督は選んだのだ。

604 ◆gBmENbmfgY:2020/02/03(月) 00:00:55 ID:RuHXJyBE

 なんでもできる彼が、何か一つだけは『誰よりも』できるようになりたいと。

 深海棲艦の侵攻により、提督は『誰よりも』を一つ手に入れた。

 ――司令官としての能力だ。

 では、次は?


提督(――ロードバイクにも、才能というものはある。あらゆるスポーツには全てあると言っても過言ではない)


 提督は見たかった。才能の輝きに惹かれている一方で、才無き者たちがどこまでやってくれるのか。

 ロードバイク――ロードレースは過酷なスポーツだ。それに参加することは、時に楽しみを奪ってしまう。神通が朝潮に対し危惧していたことがまさにそれだった。

 一踏みで軽く進んでいく自転車への高揚を楽しむ余地は、そこにはない。

 移り変わる風景を眺める暇はない。困難な坂道を駆けあがった後の達成感もない。

 心地よい風や、時に障害となる風を感じて、時にはしゃぎ、時に悲鳴を上げて、しかしそこにいる誰かと笑いながら走る――そんな潤いはない。


 ――勝利のために、走るからだ。


 定められた食事制限。ステージレースともなれば日に日に体力と共に体重が落ちていく。それでも食べねば走れない。娯楽と化した食事は、機械的な栄養摂取の場に成り代わる。

 好きなものを好きな時に食べられない。これまでは好きなことをできていた余暇の時間を、ロードレースの練習や勉強が埋めてしまう。

605 ◆gBmENbmfgY:2020/02/03(月) 00:06:37 ID:RuHXJyBE

 練習に次ぐ練習。好きな分野、得意な分野のみならず、苦手な走り方、苦痛に感じるコース、全てを走り続ける。

 辛く、苦しく、もう嫌だと思う――それでも走る。その果てにある栄光を信じてだ。

 ロードバイクはまさに『努力が結果に反映しやすい』スポーツなのだ。努力が報われてくれる。素晴らしいことだと提督は思う。その一方で――。


提督(皮肉なことに、俺の大好きなあいつらには、頑張る奴らしかいない)


 個人レースの頂点に立つ者は一人。チームレースでは1チーム。

 スプリント賞はある。山岳賞もある。敢闘賞や、新たに着任した艦娘達がロードレースに興味を示し、その身を投じていくのならば、新人賞も用意されるのだろう。

 しかしその枠は限られている。涙の味を知るものは出てくる。何度大会を開催するだろう。十回だろうか、それとも百回だろうか。

 その全てで負け続ける者は、きっと出てくる。

 それでも、と提督は思った。


提督(俺の想定を覆す偉大な結果を、俺の予想を凌駕する見事な成長を、俺の期待を上回る灼熱のレースを。

   それを見せてくれないかと、見せて欲しいと、願う自分がいる)


 きっとこれは己のエゴなのだろうと提督は思った。レースの楽しさを知って欲しいと思う一方で、負けて泣き出す子の顔を見たくはない。

606 ◆B2mIQalgXs:2020/03/10(火) 23:19:25 ID:mIVCJMso

 これが艦隊戦ならば、敵が深海棲艦ならば。

 何が何でも勝つという気概を持って、出来ることをやればよかった。

 勝利を目指せばいい。

 全ての艦娘に共通する勝利だ。目指す場所は同じで、辿り着く場所は一つだ。

 艦隊の勝利は全員の勝利。

 だが今回の勝利は、得られる枠がひとつっきりだ。


提督(我ながら度し難い。俺が長良に告げた言葉がそっくりそのまま俺を呪っている)


 『俺は、司令官だからな』

 ――提督は、誰も贔屓することができない。

 レースに出場するならば、もう全員が平等なのだ。海戦とは違う。最前線には最前線の、突撃部隊には突撃部隊への、支援艦隊には支援艦隊への、それに応じた指示を出せる。

 ――提督は、誰も助けることができない。

 艦娘達が日常を送る上での労働シフトも各々が異なる。即ち練習時間や、練習する相手の質や量にも差が出てくる。

 この合宿一つとってもそうだった。初日から七日間通しで参加できる艦娘もいれば、途中から参加する者もいる。隔日参加する者もいる。

 ――提督は、誰も平等に接することができない。

607 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:26:59 ID:mIVCJMso

提督(皐月が俺に直接聞きに来たのは、まァ……セーフと言えるか。せめて多くの気づきの機会を与えてやりたい)


 艦娘が求めるならば、提督は己の持つ全てを授けるつもりでいる。

 新人も古参も区別なくだ。ロードバイクの基本的なテクニックから、レースでの戦略・戦術、ちょっとした戦法に至るまで、その何もかもを。

 ――提督に教わってなかったから負けた。

 そう謗られることを覚悟の上で。


提督「……」

皐月「……? 司令官?」


 思案に耽る様子に気付いたか、訝し気に腕の中で声を上げる皐月に、提督は「なんでもないよ」とかぶりを振った。

 皐月の呼吸が整ったことを確認して、彼女の身体をゆっくりと床に降ろす。


提督「――間を置かずに励め、皐月。レースする時には、カッコイイとこ見せてくれよな」

皐月「う、うん!! 了解だよ!」


 快活に笑って敬礼する彼女の金糸の髪を撫でつけながら、提督は微笑んだ。

608 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:40:29 ID:mIVCJMso

 一方その頃、その日にタバタに参加していなかった艦娘達が何をしていたかと言えば――提督の指示のもと、鳳翔に率いられ、とある山岳にいた。

 クライマーやパンチャー脚質の艦娘や、アップダウンの対応力をつけたい子たち、そして一部問題を抱えてた艦娘――主に体重的な意味でだが全員がダイエット成功している――を連れて、彼女は近所の初心者向けの峠にいる。


大和「」

赤城「」

蒼龍「」

翔鶴「」

高雄「」

摩耶「」

鈴谷「」

羽黒「」

望月「」

初雪「」


 死屍累々の有様であった。

 誰もが『酸素を下さい』って顔で疲労困憊の極致にある。

609 ◆gBmENbmfgY:2020/03/10(火) 23:55:41 ID:mIVCJMso

 彼女たちはこそこそダイエット生活を送ることで、元通りのカタログスペックを取り戻した。へっこんだ腹部に喜ぶ彼女たち。


高雄『これで提督の前に出れますよ!』

摩耶『やったな姉貴!』

初雪(あっ)

望月(おい馬鹿やめろ)


 ――だがそれが逆に提督の逆鱗に触れた!

 そう、結局のところ太ったことがバレたのだ。自主的に申し出てくるならまだしもこっそりと己が怠惰だったことの事実を脂肪ごと消滅させようとしたことが提督の勘気に触れたのである。

 軍人のみならず艦娘とて体が資本。まして最古参から古参揃いだったことが提督の怒りを加速させた。それはそれ、これはこれである。

 怠惰に日常を過ごし、腹に慢心を抱え込んだ事実は消えることはない。

 かくして鳳翔に命じての特別トレーニングと相成った。

 なお阿賀野は翌日のタバタ参加予定のため、不参加だ。ホッと安心する阿賀野だったが提督がそんな逃げ道を赦すはずもなく、後日マンツーマン指導が待っている。


武蔵「…………」


 時間はおよそ2時間ほどさかのぼる――アップダウンの対応力を身に付けたい艦娘の一人――同伴する武蔵の顔色は極めて悪かった。

610 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:10:03 ID:MMem8xpE

 はしゃいでいるのは中堅どころの艦娘ぐらいである。武蔵を始めとする古参や最古参の顔色は極めて悪い。まるで厳冬期に屋外で放置された腐れ芋の如しである。

 顔色が悪い理由、それはもちろん―――この先頭を曳く存在である。


鳳翔「もうすぐ提督指定の坂道に着きますよ」

龍驤「せやな」


 鳳翔と、龍驤――もう嫌な予感しかしなかった。ここで嫌な予感を覚えない奴は古参じゃない。もしくは長良とか鬼怒とか島風とかだ。

 なお軽空母は脚質問わず強制参加であった。瑞鳳は「ぴよぴよ」とひよこみたいに鳴いて現実逃避していたし、祥鳳は「このロードバイクジャージ、露出が多くて派手じゃないかしら」とトチ狂ったことをほざく有様。

 隼鷹はいつも通り「うひひ」とか「うへへ」とか呟いててとても隼鷹だったし、飛鷹もまたいつも通りしっかりと遺書をしたためてからトレーニングに参加するという念の入れよう。

 千歳と千代田は初夏の陽気で青々と高い空を眺めては「あの空にかかる虹の向こうでまた会いましょう」「うん、千歳お姉」とかやたら私的なことをのたまっている。虹はどこにもかかっていない。

 春日丸は「よいしょ、よいしょ」とペダルをこいでいる。まだ立ちごけが怖いのかビンディングではなくフラットペダルだ。一生懸命であった。

 かくして辿り着いた山岳――斜面の手前で停車した彼女たちは、一様にその坂を見上げ、絶望した。

 前日に現地で指示を出した提督曰く。


提督『――――この激坂(笑)を登って降ってを繰り返しだ。なあに――ほんの勾配12〜15%をたったの800mだ』

鳳翔『なるほど』

611 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:12:25 ID:MMem8xpE

 悪魔のような顔をした提督がいたという。


鳳翔「この坂を登って下さい。そうですね、7割から9割ほどの力です。ええっと、え、『えふてーぴー』換算です」

赤城(かたこと!)

加賀(相変わらず、なんとお可愛らしい方……! ですが仰る内容が鬼のそれ)


 ――FTPとは!

 Functional Threshold Powerの略称であり、ペダリングパワーの一つの指数である。

 その数値は「1時間維持できる限界出力」を示し、その数値はW(ワット)数で記される。

 これは絶対的な数値ではない。というのも数値が高いからといって一概に凄いと言えるものではないのだ。高いほど良いのは間違いないが、この数値は乗り手の体重によって大したものではないものに成り下がる。

 例えば体重50kgの乗り手が出す400w。

 例えば体重70kgの乗り手が出す550w。

 さて、凄いのはどちらか? それを測るにはwをkgで割ればいい。

 前者は8.0w/kg。後者は7.85w/kg。つまり1kg当たりの重量に対する出力比が高い前者の方が速く走れることになる。

 ピンと来ない方もいると思われるので補足しよう。

612 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:16:41 ID:MMem8xpE

 FTPとは! 「意識がなくなる寸前くらいのギリッギリの限界パワー」で! 「1時間ペダルを回し続けた時」の! 平均パワーであるッ!!

 鳳翔さんはそれを7割から9割出せとの仰せだ。提督の指示とはいえこれはひどい。

 そして続く鳳翔のアナウンスを聞いた艦娘達の顔は一様に引き攣ることになる。


武蔵「ど、どれぐらい走ればいいのかな、鳳翔さん?」

鳳翔「そうですね。2時間程度でいいでしょう」

武蔵(死んだ)


 武蔵は遺書をしたためてこなかったことを酷く後悔した。


赤城(一航戦だって死にます)

加賀(死は免れません)


 赤城と加賀も、各々の微笑と鉄面皮が崩壊気味であった。


鳳翔「だ、大丈夫です。私も坂道はとても苦手ですが、がんばりますからね! それに今日は帰ったら腕を揮いますから――美味しいご飯がみんなを待っていますよ!」


 むんっ! と力こぶを作るポーズで微笑む鳳翔の姿がそこにあった。

613 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:21:22 ID:MMem8xpE

加賀(だからこそ死ぬのです。終わったわね)


 ――鳳翔は、坂がめっぽう苦手であった。その鳳翔が死ぬほど頑張るのである。古参にとっては死の宣告に等しい。

 「鳳翔さんが頑張ってるのに、自分は頑張らないのか?」

 そう問いかけられているようなもので――できる訳がなかった。酷い人質作戦もあったものである。提督の思惑通りであった。

 頑張らないとかクソだと思った。そんな不届き千万な艦娘がいたら武蔵が手ずから海の藻屑にするだろう。否、武蔵が手を下すまでもなく、おそらくは――。


龍驤「なんや? なんか文句でもあるんか……おどれら……司令官の命令で指示出しとるウチと鳳翔に……つまり売っとるんか……司令官と、ウチに」


 付き合いの長い軽空母達は言わずもがな――その場にいる艦娘の誰もが、明らかに龍驤の雰囲気が変わったことに気付く。


龍鳳「い、いえいえ、滅相もありません。質問がありまして、よろしいでしょうか」

龍驤「さよか。ええでええで、龍鳳! なんでも聞いてええんやで〜」


 コロコロと殺人鬼と美少女の顔を切り替える龍驤。

 鎮守府において鳳翔と並ぶ最古参であり。

 着任から現在に至るまで一貫して――最強の軽空母である。

614 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:36:03 ID:MMem8xpE

龍鳳「こ、このトレーニングの名前と、その目的を教えていただきたく」

龍驤「おお、説明したるでー! 鳳翔が!」

鳳翔「はい! こほん、それではご清聴下さい……トレーニングの名前はえ、えすえふあーるトレーニングです!」

赤城・加賀(尊い)


 一航戦が香ばしくなっているが説明は続く。


鳳翔「激坂を重いギアの高負荷で登ることで、高いトルクで回す能力を獲得するのが目的の『一つ』――と、提督は仰っていました」


提督『このトレーニングにはもう一つ狙いがある。

   呼吸器や循環器系、そしてスポーツにおいてエネルギー供給の要となる身体の代謝と分解能力の改善だ。

   正しく行うことで効率的かつ滑らかなペダリングスキルを身に付け、有酸素運動能力強化に大いに効果がある』


 提督に受けた事前説明を思い出しながら鳳翔が語り終えると、再び質問が上がる。蒼龍だ。


蒼龍「ちゅ、注意点や、その―――制限などはありますか?」

龍驤「あるで」

615 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:51:19 ID:MMem8xpE

赤城(あるんですかやっぱり)

加賀(あるのねやっぱり……)


龍驤「このトレーニングはいわば筋持久力トレーニング……低ケイデンスで重いギアを回すことが肝要や。故に速度の下限は問わん。

   ただし…………インナーローは禁止な♪ 最低でもミドル寄りで走れや」


※インナーロー:最も軽いギアの組み合わせ。フロントギアはアウター(重)・インナー(軽)、リアギアはトップ(重)・ロー(軽)で表記される。

 ミドル寄り:この場合「フロントをインナー、リアギアは11速の場合は4速から8速程度のギアを使用しろ」ということである。


瑞鳳「――ぴよ?」


 ――瑞鳳はクライマーである。そしてギア管理を走りの武器とするタイプだ。

 瑞鳳は、おそらくこの中で最も自転車の専門知識が薄い。だが、最もヒルクライムを知っている。坂道を登るのが大好きなのだ。彼女にとっては平地である。『なぜか自分以外が遅くなってしまう平地』なのだ。

 その彼女がインナーローを封じられる。


瑞鳳「……………ぴよ?」

 
 雛鳥を彷彿とさせる顔で硬直する瑞鳳であった。これがエンガノ沖で伝説を打ち建てた栄えある軽空母がしていい顔であろうか。

616 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:57:58 ID:MMem8xpE

 だが誰もそれを嗤わなかった。地獄オブ地獄の訓練で名高い一航戦・二航戦でさえ顔色が悪い。

 そして悟る――――あ、これって自転車を動かす筋力の徹底的な底上げが狙いだ、と。鳳翔が言ったとおりであるが、これは特に非力な奴を狙い打ちにしている。まさに坂道での基礎能力を身に付けるのにもうってつけであろう。

 ぶっちゃけSFRトレーニングとはそういうものである。

 ケイデンス40〜60程度でギリギリ回せるギアでひたすら坂を上り続けるという、想像するだけで地獄が垣間見える類の。

 なお提督は2時間を指定したが、これが完全に罠である。


提督『――2時間は無理だ。ケイデンス50〜60ならいいとこ1時間。ケイデンス40〜50程度だと、限界は40〜45分程度だと見ておけ』

鳳翔『? ではなぜ2時間を指定して……――ああ、そういうことですね』

提督『1時間真面目にやればブッ倒れる。武蔵や赤城、加賀……それに飛龍あたりはそれでもやりかねないから君たちで止めろ。根性云々の話じゃなく、膝への負担も大きいから絶対にやめさせるんだ。

   だが他の奴が1時間経過してもまだ走れるようならば、それは――』

龍驤『――サボッてたと判断してええってことやな?』


 日常の練習にも地雷を設置することに勤しむ提督である。これだから地獄鎮守府と陰で言われるのだ。

 かくして説明の後にトレーニングが開始し、冒頭の死屍累々へと至ったのである。

617 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 00:59:48 ID:MMem8xpE

 トレーニングが始まってすぐ、龍驤は思い出していた。


龍驤『なぁなぁキミぃ。これって前に教えてもらったタバタと何がちゃうん? 同じ全身フル稼働の筋トレちっくやん?』

提督『大いに違う。タバタプロトコルは短時間で限界のちょっと上まで『死ねよ』って勢いで急な追い込みかけることで心肺機能と筋力それぞれの上限値をアップさせるのが主な狙いだ。

   が、それを成すために試されるのは心根。

   なんせ本気で取り組んだら本当に死ぬ。こっちの方は少しばかり実戦志向が強めだ』

龍驤『? それって実走やからか? タバタは固定ローラーやもんね』

提督『まあそれもあるんだが、走ってるうちに、すぐ気づくよ……このトレーニングのコンセプトはな――『筋力を上げてトルクで走れ』だ』


 800m――――ロードバイクならばあっという間の距離だろう。全力で飛ばせば1分と掛からない。これが平地であれば。

 それが12%の坂道となれば話はまるで別物になる。


龍驤(た、たったの、800m……そのはず、そのはずや……いつもの、ウチなら、すいすいやぞ、こんなん……け、けど――――)


 ギア管理を制限されることがどれだけ恐ろしいか、それを龍驤は身をもって味わっていた。

 シンプルに『キツい』のだ。

618 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 01:15:46 ID:MMem8xpE

蒼龍(お、重ッ……重ッ、重ぉぉおおおおぉい!!!? し、しかもこの坂、後半にかけて14%に、徐々に、傾斜が、ましてるぅ……!?)


 それは蒼龍もまた同じだ。空母内では低身長、だがやや重めの彼女は、2〜5km/h程度の速度で、錆び付いた歯車のようにのろい動きで坂道を登っていく。


飛龍(すっごく、キツ……い! でも、その分、しっかりペダルを回せば、身に付く……高負荷での、回し方が……!)


 呼吸を乱しつつも、目的に沿ったスキルを身に付けんと意識を集中させるあたりが飛龍が飛龍たる所以である。逆境にあってこそその判断力、観察力が輝く艦娘であった。


加賀(ッ、もう、脚に来ましたか……呼吸も、乱れる。整えながら……速さは、いらないと、そう仰っていましたね。ならば、丁寧、にっ……)

赤城(エネルギーが、エネルギーが、枯渇していく……ほ、補給食を食べてもいいかと、事前に聞いておいて、良かった……)


 二人が取り出したるは間宮印の羊羹だ。もぐもぐして、クラスターデキストリンもたっぷり溶かしたBCAAドリンクもごくごくして、必死にペダルを回し続ける。

 1kgにも満たないボトルの重さすら今は恨めしいと思いながらも、適切な摂取量を心がける当たりは流石の一航戦であった。


武蔵(と、遠い……800mが……そ、それが……永久に思えるぐらい、遠い……と、遠ぉい……と、と……遠ォオオオオオオオオオオ!)

大和(死、死んじゃう、死んじゃうぅ……!!)


 大和・武蔵もびっくりの高負荷である。それでもギアを決して軽くしようとしないのは、連合艦隊旗艦を務めたものの意地か、戦艦としての誇りか、大和型としての自負か、或いはすべてか。

619 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 01:18:26 ID:MMem8xpE
※このSSの欠点はわかってるんだ

 酷く個人的なことになるんだけど、書くと乗りたくなるのよ

 だから深夜帯に書くわけなんだけど、日中に疲れ果ててるとどうにもこうにもならん

 遅い投下で本当に申し訳ないですが、エタるつもりはないので気長に待って楽しんで下されば本望

 早くレースさせてあげたいなあ

620以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/11(水) 09:47:52 ID:RlGjpQx2
乙乙
自分もここ見ると乗り行きたくなる
コロコロでシーズン初めのレースが中止になって寂しい…

621 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 22:52:43 ID:MMem8xpE

初雪(なん、で……初雪、と……望月、だけ……? きょ、今日はもう、タバタ、やってる、のに……き、きつい……だらけてたから、司令官、怒ってるんだ……)

望月(太ったの、隠してた、から、か……ち、ちきしょお……)


 先ほどのタバタ・プロトコルを走り切った中で、この二人だけは更に強制参加だ。提督の名指しである。

 寝正月を過ごしたことを悔やむ二人であったが、実はそれは不正解である。どっちにしろ二人は参加させられていただろう。

 この両名に共通している点がある。ロードレースにおいて、それは島風や雪風が今は持っていない武器になりうるのだ。


提督『ああそうそう――鳳翔、龍驤。初雪と望月には目をかけてやってくれるか』

龍驤『はいよー…………ん? 聞き間違いか? 目を『付ける』、じゃなくて? 目を『かける』?』

提督『聞き間違いじゃあない。目を『かけて』やれ。むしろよく観察してみろ……あの二人に自覚はないだろうが、以前ヒルクライムに同行した時、かなり面白いことをやっていた。

   特に鳳翔はよく見ておくといい。君の抱えている課題の解決策が見つかるかもしれん。クライマーの龍驤にとっても十分に参考に値するほどのことをやっているぞ』

龍驤『ふーん……? ようわからんけど、了解や。バッチシ目をかけとくで!』

鳳翔『は、はい…………?(クライマーとしては、確か特型では磯波ちゃん、睦月型では菊月ちゃんが実力を備えつつあると聞いていましたが……初雪ちゃんと、望月ちゃんを?)』

提督『まァ、タバタ・プロトコル後だからな……膝壊されても困るし、長くても30分程度で上がらせてやってくれ』


 提督の言葉通りだ。二人はまだ自覚していないだろうが、初雪と望月の両名は『休むことが上手い』のだ。

622 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:00:51 ID:MMem8xpE

 サボリ癖が……ないという意味ではないが、そうではない。

 力を最小限にとどめるための運動効率――即ち『課題の条件を満たしつつ手を抜く余地があれば必ずそこを見つけ出してサボる』――そんな能力が高いのだ。


鳳翔(…………!? これ、は)

龍驤(なんや、こいつら)


 鳳翔と龍驤は二人の後ろに位置取りし、その動きを観察していた。

 否、それはもはや観察というより――。


鳳翔(こ、これは……休んで、いる? この二人……!! 提示した条件を、きちんと満たしたまま! 休めている!? で、出来るのですか、こんな……?)

龍驤(…………う、巧い。何が上手いって――何もかも巧い)


 ――魅入っていた。

 坂道では、己の脚に嘘を付けない。かつて前述したとおりだ。常に己の体重とロードバイク自体の重量が重くのしかかる。鳳翔も龍驤もそれを知っている。まさに味わっている。

 だがそこで消耗する体力を温存する走り方というものはある。あるのだ。それを実践している者達が、目の前にいる。

 それをそうとは知らず実践している――初雪と望月。ひたすらに無駄を省く――即ち『疲れたくない』という欲求からだ。

623 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:02:55 ID:MMem8xpE

鳳翔(提督のペダリングとは違う。純粋なペダリングとしてならば、提督や赤城さん、加賀さん、神通ちゃんに比べればまだ粗がある。

   けれど……下死点における足の脱力を、ダンシング時もシッティング時も完璧に成し遂げています……二人ともが! これに限れば、神通ちゃんを超えているかも……?)

龍驤(つーかライン取りがメチャウマやなおどれら?! よぉ路面を見とるわ……路面のクラックはもちろん、アスファルトの僅かなギャップまで……きっちり躱しとる!?

   それでいて登坂のラインは最短、或いは最も傾斜が楽な場所を選んで……!? 上体を起こして、姿勢も斜面に合わせて変えとる……!)


 環境を認識し、最善を選ぶ――それは雪風の持つ『眼』と同じであったが、発想が違う。使い方が異なるのだ。そして最善に対する認識も違う。

 より速く己を頂上へ連れていくためにではなく、いかにして疲れないように最大を発揮するか。

 似ているようで違う。雪風のそれは残った体力・気力を全て使い潰すためだ。だが初雪と望月はそうではない。坂を登り切った後にまだ続いているコースを見据えているような走り方だった。

 山岳をゴールとするヒルクライムレースならば、雪風の走り方は正しい。

 だが、あくまでも山岳賞が狙いではない、その先にあるポイント賞や優勝を狙っていくレースであれば――。


鳳翔(この二人――化けますね)

龍驤(こんな走り方が、あったんか……!)


 二人は勘違いしていたが、まさに提督の言葉通り、鳳翔と龍驤は初雪と望月から学んでいた。

 何せこの二人は、今もなおサボろうとしている。

624 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:07:41 ID:MMem8xpE

初雪(うう、駄目だ。力任せで踏むと、つ、疲れる……踏み抜いちゃ、駄目だねこれ……クランクが0時〜3時のところできっちり力入れて、後はもうぷらーんとさせよう……こっちの方が、疲れない)

望月(うへぇ……足がプルプルしてきたぁ……サドルやハンドルに持たれちゃダメだこりゃ……足の使い方変えよ……上体起こそう……すーはーはー、すーはーはぁーーーーー……あー、少し整ったぞぅ)


 弟子に教わる、とは少し異なるが、鳳翔と龍驤は瞠目した。

 鳳翔はただ耐え忍ぶようにペダルを回し続けるだけだった。

 龍驤は本来の適正ギアに変えられないことに歯がゆい思いをしながら、同じく回していただけだった。


鳳翔(初雪ちゃんも、望月ちゃんも……今、まさに成長しようとしている……! タバタで消耗した二人を参加させると聞いたときはどうかと思いましたが、これが狙いだったのですね。

   そして私への提督の狙いも……二人のこれを見せるため! 私は、坂道が苦手です。こいでも回しても速度が出ない、耐え忍ぶだけの競技だと……こんな走り方があったのですか。

   この二人は、『疲れずにペダルを回す動作』を、知らず習得している……!! 私に足りないものを持っています……!!)

龍驤(やるやないか、この二人……サボリ常習犯の悪ガキどもとしか見とらんかったが……悔しいけど、見習わせてもらう! そんで盗ませてもらうで、そのスキル!!)


 二人の目に火が灯った。その視線を感じ取った初雪と望月は――げんなりとした。


初雪(う、うー……龍驤さんが、見てる……なんですか、初雪、サボりませんよ……? 信用無いのかな……司令官、初雪に、がっかりしちゃったのかな……帰ったら、ちゃんとごめんなさいしよう……許して、くれる、よね……?)

望月(な、なんだよぉ鳳翔さん……ちゃんとケイデンスも維持してるし、ギアだってミドル寄りでやってるじゃんかぁ……ただでさえしんどいのに、プレッシャーまでとか……ホントに司令官、怒ってんだな……嫌われたら、泣きそう)

625 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:24:17 ID:MMem8xpE

 なお帰った後に提督に謝ったところ、纏めてぎゅうと抱き締められて幸せいっぱいな顔する二人である。

 だが――提督にとって想定外だったのは。


武蔵(――成程、ああいう走り方が)

大和(取り入れましょう。艦種は違えど、序列も違えど―――彼女たちは私たちの、先輩なのですから)

赤城(加賀さん……あの子たちにできて、私たちにできないことはあってはいけません)

加賀(もちろんです、赤城さん――二航戦は無論、五航戦たちも日に日に練度を上げている……強くなるための糧は、全て喰らいつくしていきましょう)

蒼龍(あー、うん、なるほど…………なんだ、意外と簡単。最初からこうすれば良かったんだね……といってもキツいものはキツいけど、大分マシだ)

飛龍(ッ、私が辿り着いたやり方と、ほぼ同じ……!? いえ、二人の方が上手い……!?)

翔鶴(提示された条件の中で、やれることを探す……私は探していたでしょうか、あの二人のように――――今からでも、遅くはないわよね)


 意識の変化だった。


瑞鳳(そ、そっか……ペダリング改善が、目的なら……試さなきゃ、ね)

祥鳳(ええ、やりましょう……良き技術、素晴らしいやり方は、どんどん取り入れて糧とする――それが私たちの鎮守府の力。私たちの絆なんですから)

飛鷹(ふ、う……どうやら、あの二人のマネすれば、遺書は無駄になってくれるかもね……)

626 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:27:00 ID:MMem8xpE
       モン
隼鷹(いい技術もってんじゃねえのおチビども――あたしに寄越しな、ソレ)

高雄(馬鹿め、と言って差し上げますわ……今の私に。そしてそれでいいのよ、と言って差し上げます――これからの私に!)

摩耶(ガキどもより、頭漬かってねえのか私は……ああクソ、クソが! 頭来るぜ! 頭来るけど――あとで褒めてやるよ、初雪ェ! 望月ィ!!)

鈴谷(マジあり得ないし……この鈴谷が、あんなちびっこたちに教わるとか……頭切り替えてかないとダメだねこれは)

羽黒(すごい、すごい……二人とも、戦艦や空母の方々が出来なかったこと、出来てる……!! わ、私だって、やってみせます!)

千代田(あ、あー……なるほど、そういう。それじゃあ――いただきね!!)

千歳(凄いじゃない、あの二人……!!)

春日丸(へひ、はひぃっ……す、すごい。小さな子たちも、あんなに、がんばって……私も、がんばらなきゃ……がんばらなきゃ)


 武蔵も、大和も、そして他の重巡や空母・軽空母達も、この二人を見習いだしたことだろう。

 軍艦としての誇りとは、目下の者を軽んじることに非ず。むしろ正しく評価し、優れた技術を生み出したのならば諸手を挙げて称賛し、受け入れるべきことこそが大器であると認識している。

 提督がまさにそうだった。

 古参・最古参が多いこのメンツで、提督がそうして成長してきたのを、彼女たちは見ている。

 水雷戦隊の運用――駆逐艦や軽巡洋艦に分からないことがあれば積極的に質問し、疑問点を洗い出しては戦術に組み込む。

 空母機動部隊も、連合艦隊も、提督に問われなかった者は一人としていない。そして二度同じことを聞かれることは、一度たりともなかった。

627 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:33:12 ID:MMem8xpE

鳳翔(ふ、ふふ――私と貴女のお目付けは、最初からいなかったのかもしれませんね、龍驤さん)

龍驤(せやなぁ……そうかもしれん。んじゃまあ、このやり方を研ぎ澄ませて……行ってみよう!!)


 全員の瞳に火が灯る。いつだって駆逐艦の奮闘が、彼女たちの心に火を点けた。

 小さな体、短い射程、ちょこまかと動き回る敏捷性――だけどいつも不安だった。

 手の届かないところで、沈んでしまうかもしれない。あんな装甲で、敵の攻撃を耐えられるのか。

 そんな子が、今また頑張っている。


 ――――ここで燃えなきゃ、軍艦として恥だと。


 誰もがそう認識したのだ。

 そんなこんなで一時間が経過し――。


武蔵「ま、まだ、だァ……ごっ、ごの、むざじは、まだっ、い、いけるぞぉ……!!」

加賀「が、鎧袖、い、一触、よ……たかが、あと一時間程度……私ならばやれる。やれます……私は、一航戦……ここは、譲れません」

鳳翔(提督の予想通りに!?)

龍驤「はいはい、終わりやでー。最初にいた二時間はな――ウソや」

628 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:36:00 ID:MMem8xpE

 その龍驤の宣告に、一同は一瞬凍り付いたように押し黙る。

 そして叫ぶ。

 例の言葉をだ。



 ―――よくも騙したァアアアアアアアアアアア!!!



 その大咆哮は、峠の奥の奥まで、遠く遠く染み渡っていったそうな。



……
………

629 ◆gBmENbmfgY:2020/03/11(水) 23:38:25 ID:MMem8xpE
※提督は嘘をつかないと言ったな

 アレは嘘だ

 騙して悪いが、提督は地雷を設置するのが好きなのだ

 さて、いよいよ合宿初日が佳境。お食事の後は睡眠。

 二日目には、軽巡・重巡ら(一部不参加あり)のタバタ・プロトコルが開始です。

 ただし普通のタバタとはちょっと毛色が違います。そう、いつもいつも提督って奴が悪いんだ。

630以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/12(木) 00:45:53 ID:r0yaSN/w
乙。


あぁうん、全盛期くらいの時期ですら42-26なんて甘えたギアで登坂してたオレには耳が痛い

631以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/13(金) 00:26:19 ID:Q1Y.OFME
バイクに浮気してたけど、このスレ読んでると乗りたくなる……
足も細くなってきたし、さっさとフレーム組み終えて乗ろう

632 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:43:41 ID:a0vO2vQc
………
……


 合宿一日目のプログラムは、日の入りと共に完遂された。

 座学においては大淀と明石主催による自転車の整備方法やパンク時の対応、レースにおける基本的なルールや特記事項の説明が行われた。


嵐『すぴすぴ、すやり……』

大淀『てい!』

嵐『ぁぅ』

まるゆ『明石さん、明石さん、まるゆ、シマニョーロという画期的ないいとこどりを考えて――』

明石『そぉい』

まるゆ『ぅゃっ』


 寝てる子や関係のない質問を飛ばす子には、容赦なく二人のチョークが飛んだ。時速120kmぐらいで。


白露『す、すいません大淀さん! 夕立が! ウチの夕立が!!』

時雨『ハンモック持ってきて堂々寝始めてるんだ……ごめんなさい。今日合宿があるのを楽しみにしすぎて、昨日はロクに寝付けなかったんだ……』

大淀『いい度胸してますねこの子……』

633 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:45:28 ID:a0vO2vQc

夕立『ぽいちょむにゃむにゃ……ゆらゆらしちゃう……こいのとぅーふぉーいれぶん……よどさんはおに、あくま、きちくめがね……』

大淀(#^ω^)


 大淀のチョークは飛ばなかったが、チョークスリーパーに切り替わった。夕立が激痛で目覚めた後にオチる五秒前のことである。そんな問題があったが、それ以上の問題もあった。


夕張『マイクロロン処理について教えてください』

明石『ほう』

大淀『!?』


 明石がとある話題に食いついてしまったのだ。


大淀『そんなニッチかつ効果が本当に発揮できてるのか、発揮していたとしても実感できないレベルで微妙なものは後です』

夕張『な、なんてこと言うんですか大淀さん!!』

明石『そうですよ! メカニックの立場から言わせていただきますが、選手が乗る機材は少しでも良いものにしたいというこの工作艦魂を――』

大淀『時間外にやって下さい』

夕張『 (´・ω・`)そんなー』

明石『 (´・ω・`)そんなー』

634 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:46:38 ID:a0vO2vQc

 大淀のメガネが光り出したあたりで、ようやく全員が真面目に座学に取り組むようになった。補給食を取るタイミングや、練習方法によっての諸注意など、説明しなければならないことは山ほどある。

 その一方、テクニックにおいては一部のバランス感覚に優れた艦娘が講師となって、実演形式で指導していた。


子日『子日うぃりー! Wheelieeeeeeeeeeeee!!!』

若葉『なるほど。これはカッコいい』

初春『惑わされるでない、若葉よ。アレはレースには必要ない技術じゃ。まさに無駄よ。無駄無駄、無駄無駄無駄無駄……』

子日『えー? でもレースで優勝してゴールした後にこれを披露できたら……』

初霜『か、カッコイイわ……!!』

初春『惑わされるなと言っておるーーーーッ!!』


 これぐらいはまだ可愛いものであり、スタンディングスティル(※)練習中に問題は起こった。

 ※スタンディングスティル:自転車のトリックの一つであり、自転車に乗った状態でペダルを回さず静止し、足を地面に着かずにバランスをキープする技である。

 レース技術というよりは、日常的な自転車活用法である。信号待ちなどで使える。そして使えるとカッコイイのだ。

 なおミスってコケると自転車に凄まじいダメージ、そして凄まじい恥ずかしさが同時にやってくる。

 格好悪い上に歩行者や車のスゴイ=メイワクになるので、いい子の提督たちは時間と場所と自らの自転車乗りとしてのスキルの分は弁えなよー!

 そんな練習中のことである。

635 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:50:47 ID:a0vO2vQc

 練習用のバイクにまたがって必死にバランスを取り、よたつきながらも『お? コツが掴めてきた?』と口元に笑みが浮かび始めてきた加古の姿がある。

 そんな加古を卯月はキラキラした瞳で見つめている。卯月が懐く数少ない先輩艦娘の一人が加古であった。古鷹や夕張も好きである。その時、悲劇が起こった。


野分『ノワッチ!!』

加古『ぶっはwwwwwwwってうぉあああああ!?』

卯月『か、加古ーーーーっってぴょーーーwwwwwなんwwwだっwwwwぴょんwwwwそれwwwww』


 スタンディングスティル練習中に、いつかの陽炎型シェイクダウン時に開眼したノワッチ乗りが不意打ち気味にお披露目。爆笑した加古、そして加古のみならず被爆した艦娘たちは、尽く横倒しとなった。

 なお左右にマットを敷いての練習だ。大事はない。だが急に難易度が上がった。絶対に笑ってはいけないみたいな空気になってしまったのだ。


日向(耐えろ、堪えるんだ日向……瑞雲を、瑞雲の数を数えるんだ……瑞雲は幾多の海域を私と共に乗り越えてきた戦友……私に勇気を与えてくれる)


 そんな日向のところに、サドルの上に逆立ちしながら自転車を転がす舞風がいっきまーすぅ!!


舞風『あ、日向さん! 上手に乗れてますね。良いですよ、その調子その調子ぃ!』

日向『煽っているのか君は!? って、あっ』


 日向ー、アウトー。

636 ◆gBmENbmfgY:2020/03/13(金) 00:52:58 ID:a0vO2vQc

 マタツマラヌモノヲカイテシマッタ
 閑  話  休  題。

 各艦娘の課題に合わせた練習はつつがなく終了し、各々が大浴場へと向かっていく。

 各々が一日の汗を流しながら訓練の内容を共有し、反省点や得られたものを語り合う。

 以前は艦娘としてのトレーニング内容を語り合っていたが、この日ばかりは誰もがロードバイクのことだけを口にしている。

 一日の汚れを疲れと共に洗い流し、湯船につかり始めた頃には、そんな彼女たちの頭の中は『あるもの』一色になっていた。


 ――――ごはん!


三隈(体の中のグリコーゲンが枯渇しているような……全身の細胞が食べ物を欲しているような心地……ロードバイクに乗るときは少なからず感じていましたが、こんなに明確に食欲が出てきたのは久しぶりです)

古鷹(いっぱい動いたから、とてもお腹が空きましたね……提督にいっぱい補給食を頂いていきましたが、まだお腹空くなんて……あんなに食べたのに)


 ――鎮守府内では食が細い三隈や古鷹ですらそう思う。誰だってそう思う。


清霜「おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた……御夕飯、なんだろう? お肉がいいなあ……」

霞「肉は……どうかしらね。プロのロードバイク選手を意識したメニューって言ってたし……あんまり脂っこいものは出ないと思うわよ?(食べたくないとは言ってない)」

637以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/13(金) 00:57:17 ID:oo31GyXU
ジャストインタイム乙

638以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 08:08:20 ID:wB6YwwkE

>>613のRJちょっとリーゼントっぽくなってませんかね

639以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 10:40:27 ID:IADL56pY
龍驤はお屋形様勢かな?
立会人やってそう

640以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/14(土) 14:49:59 ID:rHRMzmm2
>>633の夕立の寝言、由良さんも那珂ちゃんも四水戦旗艦だったか


チョークスリーパーがマトモに喉仏に入った時の痛みって独特だよね、デカい鈍痛というか

641 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:11:40 ID:sON9gTFc

隼鷹「ロードバイク選手が食う食事ねえ……? 糖質制限だとか脂乗ってるのはダメとか、無味乾燥なモンばっかりなんだろうなあ……今日はあたしらのグループ、メチャクチャ坂道走ったから肉が良いよ肉ぅー!」


 隼鷹が「それと酒」と言わない当たり、その飢餓っぷりは推して知れたものである。他の空母・軽空母も似たり寄ったりで、これからの夕食に各々が思いを馳せていた。

 何にしてもお腹いっぱい食べたいが、それすら叶うかすら分からない。不安げな者、食べられるなら大丈夫と空元気で笑う者、様々であった。

 そんな中、初月は――。


初月「ロードバイク選手が食べてる食事が出るんだろう? 知ってるぞ。僕は知ってるんだ……大丈夫。僕は秋月型だ。清貧なんてへっちゃらへーだ。が、頑張るずい!」


 一人湯船に肩までつかりながら決心を新たにする初月。その両隣では姉二人も神妙にうんうんと頷いた。



 ――が、その期待は大いに裏切られる。初月にとっては良い意味と、悪い意味の両方でだ。



……
………

642 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:12:49 ID:sON9gTFc
………
……


http://youtu.be/hpxWvYPgs1E

 かくして食堂へと場面は移る。

 ある艦娘はウキウキ気分で、ある艦娘はげんなりしながら、各々の歩みの軽重は異なっていた、が――彼女たちは忘れていた。

 提督がふるまう料理はハズレなしである、ということ。


提督「今日、鳳翔旗下でSFRトレーニングしたグループと、足柄旗下でスプリントトレーニングしたグループ、こっちの席に座りなさい。

   筋肉を酷使し、グリコーゲンも底をついているであろう諸君らは、これをモリモリ食べなさい。鳳翔も手伝ってくれた逸品揃いゾ」


 それはそれは見事な――料理の数々であったという。


足柄「あら」

清霜「わぁあっ!」

霞「え、嘘っ……!?」

島風「おぅっ!?」

三隈「えっ」

643 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:14:27 ID:sON9gTFc

 提督のスペシャリテは本日、このグループにふるまわれた。

 まずは鳳翔旗下・足柄旗下のグループのメニューである。

【肉・魚料理(選択制。もしくは両方も可能)】
・鳳翔特製〜蜂蜜酒の温製酔鶏(酔っ払い鶏)風〜
・ヒラメの蒸し焼き・提督特製豆腐ソース

【サラダ】
・キヌアサラダ〜インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え〜

【メイン】
・サフランリゾットを用いたラグーとチーズのアランチーニ(シチリア・パレルモ風)

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


提督「筋肉酷使してきた自覚がある奴は、メインより肉・魚を食え。上質のたんぱく質でいっぱいだぞ! ミネラルやビタミンもだ!」

隼鷹「う、うぉおおおおお!? め、メッチャうまそう……!!?」

鳳翔「ふふ、腕によりをかけると言ったじゃないですか」


 かくしてお腹を空空均せた欠食艦娘達は、ほかほかの料理から上り立つ食欲誘る香気に誘われ、アッというまに夕食会は開始された。

644 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:17:21 ID:sON9gTFc

隼鷹「う、うめえ……やっべ、うめっ……このスープリ……じゃなかった、アランチーニ? 肉とチーズがゴロンゴロン入ってて、すげえ食い応えあるぅ……染みるぅ……でもグループでメニュ―違うのなんで?」

提督「トレーニングメニューが違うからだ。炭水化物は例外なく摂取してもらうが、筋肉酷使した奴にはタンパク質を多めに取ってもらう。

   足りない分はサプリメントやプロテインから補ってもらうが、なるべくちゃんとした食事でとってもらいたい」

霞「意外ね。ロードバイク選手用の料理っていうから、もっとパサついた鶏ささみに塩ゆでパスタにチーズだけ、みたいなのを想像してたわ」

提督「ステージレースで消耗しまくった選手はひたすら炭水化物でグリコーゲン貯めさせるけどな。お前らにはまだ早いよ」

清霜「このコロッケの中に入ってるお肉、すっごく柔らかくておいしい!!」

島風「うん! おいしいね! ちょっとご飯が少なめ? でも美味しい! いっぱい食べてもっと速くならなくっちゃ!」


 このグループに提供される食事は、PFCバランス的に言えば、たんぱく質を重点的に摂取させようという意図が丸わかりな献立であった。


提督「三隈も筋肉つけような」

三隈「が、がんばりますわ! いただきます!」

提督「おいしい?」

三隈「はい、とっても。疲れた身体に染みていくような優しいお味ですわ」


 本心からそう思っているのだろう。儚げなれど嬉しそうな笑みに、提督も満足げに頷く。ならばよし、と。

645 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:20:29 ID:sON9gTFc

提督「さて、本日タバタ参加後に座学、もしくはスケジュール関係上、座学しか参加してない、或いはその後のテクニック講座以外の運動はしてない子達――それと参加してなかったとしても、戦艦はこっちだ」

【肉料理(一択)】
・提督特製〜温製鶏むね肉のトマト生姜煮〜

【サラダ】
・キヌアサラダ〜インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え〜

【メイン】
・ラグーソース(牛肉のワイン煮込み)かけパスタ

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


 選択肢が一部異なる。というかない。一択だ。これに疑問の声を上げるのは、戦艦達である。


伊勢「…………白米、は?」

提督「おまえたちはおパスタ食べろ」

武蔵「あっちの連中が食べてる、ライスコロッケ……アランチーニは?」

提督「ねえよ? 消費カロリー差だ。大体だな武蔵ちゃん、お米は朝とお昼に食べたでしょ?」

武蔵「私をボケ老人の如き扱いするな! 炭水化物!! よこせ!!」

提督「あるだろ? ジャガイモ、パスタ、キヌア(※)が。好きなの選べよ」

646 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:22:27 ID:sON9gTFc

大和「こ、米、は……?」

提督「戦艦をこっち呼んだ理由がそれだ――おまえら、米食いすぎだ。朝と昼にな。だからダメ。炭水化物欲しいならキヌアサラダ食え!! たっぷりとな!!」


 ※キヌア:ヒユ科アカザ亜科アカザ属の可食植物。粟(あわ)や稗(ひえ)と同じ雑穀に分類される。

  インカ帝国の時代から存在している食物であり、『チソヤ・ママ』と呼ばれる神聖な食べ物であったという。ママーーーーッ!

  炭水化物を多く含むが、特筆すべきはタンパク質含有量である。なんとおよそ14%。極めて粘性の高いでんぷん質を豊富に含んでいる。粉末にして麺に打ち込むとコシのある麺が作れるゾ。


提督「本日の武蔵の運動量と食事のタイミング、食べた内容、そして補給食の内容……総摂取量から逆算して――食べていいのはこの中からだ。コレ以外はダメ。武蔵は炭水化物取りすぎなので、本来は朝昼でリミットです」

武蔵「パスタはいいのか……? なんで米は、ないんだ……?」

提督「パスタはいいんだよ。白米に比べて血糖値上がりづらいから。武蔵の場合、米は駄目」

武蔵(その白米がないのが痛いんだよぉ……!!)


 戦後、食の欧米化が急速に進んだとされる日本にあって、当然のように武蔵はお米派だった。

 そこに不満がある子は一定数いた。今後は朝昼は好きにお米食べてもいいが、夜は米なしという風に、だんだんと切り替わっていくだろう。金曜のカレー曜日だけは例外的なチートディ扱いだ。

 その説明が終わると、艦娘の多くが納得し、それを受け入れた。まあロードバイクで速くなるためなら文句はないという風に。

 ――だが、一部の例外はいる。その不安要素は――初月だったのだが。

647 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:24:34 ID:sON9gTFc

初月(…………? 戦時の一汁一菜すらままならなかった頃に比べれば、十二分に贅沢では?

   …………あ、あれ? 最初は凄く嫌だったけれど、このラインナップなら僕は全然耐えられるが?)


 ――秋月型や雲龍型。何故か彼女たちは個体ごとにある程度の差はあれど、質素倹約が建造・ドロップ時から染みついている。本来なら特型駆逐艦の方が、史実の建造時には世界恐慌とモロに衝突していたため、よほど清貧を強いられていたはずなのにだ。

 艦娘として生を受け、現代の食事事情に一種のジェネレーションギャップというか、カルチャー的ショックを受けることはあれど、質素であることをさほど苦痛と思わないのである。

 そんな不思議な認識の相違があった。

 具体例を挙げるとすれば――初月にとっての粗食とは、後述のような献立のことを言うのだ。


・ふかした吹雪


 以上である。芋である。芋とは吹雪だ。それをふかすんだから戦争ってのは地獄だぜフゥーハハー。

 仮に「今日の夕食はこれだけだよ?」と提督ににこやかに言われて吹雪(芋)を差し出されたならば、大半の艦娘は「提督は私たちの事が嫌いになったんだあ……!!」と悲観に暮れ、芋(吹雪)はふくれっ面を晒して怒るだろうが、少なくとも初月は違う――食べられるものがあるならそれでヨシ! ってな具合である。

 これで満足できないなら「よし魚を釣ってこよう」って発想になるのが彼女だ。後に着任する涼月は自給自足が板についており、家庭菜園――と呼ぶには規模がでかすぎる――を営む山雲あたりとは、姉妹ともども仲良しになるのはまた別の話である。


 さて――得意料理が麦飯に沢庵、芋の味噌汁の初月。カレーや牛缶をこの上ない贅沢品と言う。


 現代人にはピンとこないかもしれないが、当時の日本は戦争云々以前に、その日の食事に困る人間は一定数以上いた。

648 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:25:57 ID:sON9gTFc

 戦時中の食糧難の時代は、食糧や調味料が配給制。麦ごはん(米が入っているとは言っていない)が基本である。おかずに使われる食材も品目が乏しい。

 米の代用食としてさつまいも(吹雪)・じゃがいも(吹雪)・水団(すいとん)・草殻・もち草・柏の葉・サトイモ(吹雪)・かぼちゃ――の、葉や茎まで食べるという有様だ。吹雪と吹雪と吹雪が被ってしまった。

 農家であっても米なんかない。政府から供出制度(簡単に言えば米は全部買い上げますよっていう話し。なお強制である)により、軍隊に全部持っていかれるのだ。

 農家以外の家庭も十分な米の配給を受けられない、極めて深刻かつ絶望的な食糧不足の時代である。「お米食べろ? その米がねェんだよ!! 政府が強権揮って持ってくから!!」という有様だ。

 そんな食事がフツーであった。ただしこれは民間人の話であり、軍は除く。これで暴動が起きないどころか、戦時中の民間人は「贅沢は敵だ」なんて言ってるのだから、当時の日本の末期的状況は推して知るべしであろう。

 ――さて、何故かそんな民間の食事事情が何故か記憶に染み付いている秋月型である。

 そら着任当初、初月が提督に提供された料理を食べた時に「こんなうまいものはこの世にない」と言って泣き出すわけである。

 着任から半年が過ぎた初月は、この米のない夕食に耐えられるのかと言えば――。

 
初月(思ってたよりおいしい……この肉の入ったパスタ、すごくおいしい。パスタも見たことない形状……きしめん? に似てる? 未知の味と食感だ……僕、これ好き……好きぃ……♪

   ワインもついてくるのか……1杯だけならいいって言ってたけど、僕はいらないな)


 ワリと余裕であった。幸せいっぱいにラグー(牛赤身肉の煮込み)ソースがかかったパスタを頬張る初月であった。チーズもたっぷりかけちゃうのだ。付け合わせのブロッコリーやサラダもたっぷり食べる。

 頭頂部の髪の房は、朝と同じようにぴこぴこと左右に揺れている。

 少し話は脱線するが、初月の好きな男性のタイプは料理上手な人である。かつ大人だったら最高。理想がほのぼのしているが、提督のせいでかなりハードル高くなっていることに本人は気付いていない。

 何にしても、この料理は初月にとって嬉しい誤算だった。未知の美味なる料理――照月にとってはモチベーションを上げるだけのものだった。

649 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:30:02 ID:sON9gTFc

初月「なんだ――これなら僕、全然頑張れるぞ! なあ、姉さんたち――」

秋月「…………」

照月「…………」

初月「? 姉さん? どうしたんだ、そんな辛そうな顔で料理を見て……!?」


 そう、誤算があったとすれば、初月ではない。

 秋月型の――二人の、姉。


https://youtu.be/BIZ-4jUJLk8?t=54

秋月「…………おこめが、食べたいです」

照月「今日は味の濃いものをおかずに、お米が食べたかったなあ……」

初月「!? ね、ねえさん、たち……!?」


 【提督って奴のせいで】悲報――たらふく食べさせた結果がこれだよ【とっくに舌が堕落しているんだッッ】

 そう――姉二人の方が、着任してからの期間が長いため、贅沢品に対する耐性が無くなっていた。

 何せ照月の着任日の時点で、初月の着任日からは一年以上の差がある。秋月に至ってはほぼ丸二年の差……!!

650 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:32:22 ID:sON9gTFc

 二人の記憶に呼び起こされるのは、着任した当初から今日に至るまで、提督からふるまわれた料理の数々――春、夏、秋、冬、季節折々の旬の素材を使った料理の数々。初月はまだ着任半年で、初冬から初夏にかけての料理しか知らない。この差はデカい。

 秋月が秘書艦研修に初参加する日――その朝の出来事である。

 顔合わせこそ済んでいたが、食事を通して為人を知ろうと、食堂で鶴姉妹らも含めて朝食を共にした時であった。


秋月『え!? 今日は秋月も銀シャリ(白米)食べていいんですか!?』

提督『きょ、今日『は』って何……?』

秋月『…………? 私が秘書艦としてお勤めする初日だから、お祝いというわけではないのですか?』

提督『え? あ、あのさ君……着任したの、四日前だよね? なんか酷い苛めでも受けてんの……? それまでメシどうしてた……?』

秋月『? いえ、普通に食堂で麦と菜っ葉と沢庵を配給していただいていましたが』

提督『は?』


 ――この時期の秋月は、食堂で好きなものを注文できると知らなかった。秋月にとって食堂とは配給場所である。

 周りの艦娘らがどんなに美味しそうなものを食べていようと、「彼女たちが贅沢品を食べているのは何か特別な日か、もしくは大きな戦果を上げた優秀な艦娘なのでしょう」ぐらいにしか思っていなかった。

 なお着任した秋月に鎮守府内施設の案内をしたのは、立候補した鶴姉妹である。

 自然、提督の殺意は二人に飛んだ。

651 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:35:22 ID:sON9gTFc

提督『おい、翔鶴……』

翔鶴『ど、どうしてそんな目で私を見るんですか、提督!? ち、違いますよ……! わ、私も瑞鶴も、ちゃんと説明しました! し、しました! 本当ですぅ!!』

提督『ほんとぉ? ほんとにぃ? おい、二人とも――俺の目を見ろ』

瑞鶴『そこでなんで私に殺気込めた目を向けんの!? ち、違うからね!? なんかこの子、よくわかんないんだけど無駄に清貧気質なのよ!? 自炊もできるっていうから任せてたんだけど、進んでお昼におにぎりと沢庵だけを美味しそうに食べてるの! ほ、本当よ!?』

提督『なにそれ可哀想……あ、あのな、秋月? 別に毎日、白米食べていいんだよ? おかずもね? 度が過ぎる偏食さえなければ、好きなものをしっかり食べて、しっかりトレーニングして、しっかり眠って英気を養っていいんだぞ?』

秋月『え……? す、好きなもの、を……? だって、配給制だから……あ、あれ? そういえば配給おねがいしますって鳳翔さんにお願いしたら、不思議そうな顔をされて、何を食べますかって……え? だから、秋月、たくあんと、麦飯を……麦飯、白米が多めに入ってて、鳳翔さんって優しい人なんだなあって……』


 後に事情を知った鳳翔がほろりと泣き崩れ、秋月に美味しい料理をふるまったのは言うまでもない。


翔鶴『!? そ、そうよ? いえ、違うのよ!? ごめんなさい、私たちの説明が足りなかったみたい……! あのね、秋月――食堂ではね、好きなお料理や定食を頼んでいいの。御品書きにあるものはなんだって頼んでいいのよ?』

秋月『え? あれは高級士官や大活躍をした艦娘、そして空母や戦艦たちのための特別な御品書きではなかったのですか?』

瑞鶴『そんなわけないでしょッッッ!? 艦娘だろうと憲兵だろうと、それこそあんたの言う高級士官だろうと、あそこにある御品書きは好きなもの注文して食べていいのよ!?』

秋月『!?』


 信じられないことを聞いたという目で秋月は提督を見た。鶴姉妹の言葉を疑っているわけではないのだろう。だがそれは秋月にとってあまりにも衝撃的すぎて、現実味がなかったのだ。

 提督は、静かに頷いた。

652 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:41:03 ID:sON9gTFc

秋月『ッ、ッ〜〜〜〜〜!! し、司令、ぢれぇ……!!』

提督(な、泣いてる……!? たんとお食べ……?)


 提督の焼いた一夜干し縞ホッケは肉厚で、脂と旨味たっぷりだった。焼き加減も絶妙で、外はカリッ、中はフワトロ、かつ味わいは期待通りのジューシィさ。噛み締めるほど塩気と共にグルタミン酸が染み出してくるようだった。

 添えられた大根おろしもまたたっぷりだ。贅沢に――贅沢に!――醤油を垂らして味の変化だってできるし、吹雪たっぷりの御味噌汁までついてきて、何よりご飯と吹雪汁はお代わりだってできる! 当たり前だ!

 ほろほろのホッケの切り身を咀嚼しながら熱々のご飯を頬張ると、味の奔流が口の中で爆発した。やがてそれは収束し、後にはとろけるような旨みが噛み締めたご飯の甘味と混然一体となって、舌に残るものはもはや幸せだけになる。

 秋月の瞳からは笑顔のままに涙がとめどなくあふれてきた。

 秋月は『お腹がいっぱいということはなんと幸せなことなんだろう』と思った。この食事事情を護るために、秋月は護国魂を燃やした。護らねば、このご飯を。

 後に『魔弾の射手』とか『マリアナ沖の守護天使』とか『防空女帝』とか『五航戦最強の盾』とか称される最強の防空駆逐艦――海軍駆逐艦ランキング七位・『覇天』の秋月。

 その強さの原動力が美味しいご飯だったなどと誰が知るだろう――鎮守府の古参はワリと知ってる。

653 ◆gBmENbmfgY:2020/03/15(日) 23:42:50 ID:sON9gTFc
※秋月型ったら、また泣きながらご飯食べてりゅ……

 次は照月よー。そしていよいよ2日目の軽巡・重巡タバタよー

 もちろんSFRやスプリントトレーニング参加した子は疲労が残ってる状態よー

 それでもきっちり追い込むのよー。走れー、わー、提督の鬼ー

 ご期待ください

654以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 05:44:47 ID:388gFuSQ

洋食珍事府みがある

655以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 12:07:05 ID:9RZyP8T2
GCNJapanのYouTubeチャンネルでやってた土井ちゃんおすすめの朝食メニューがなかなか良さそうだったなぁ

656以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 12:51:13 ID:uOm7.DOI
作者は芋に、いや吹雪に何か恨みでも?w

657以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/16(月) 14:20:50 ID:QR.83U5s
思いがけず日本の食の歴史だった

658 ◆gBmENbmfgY:2020/03/16(月) 23:47:49 ID:bite6EM2
>>654
 まだそれを覚えていてくれた人がいるとは……ベースはこっちだったりする

>>655
 アレいいですよね。ロングライド前の食事とか。パスタ+塩コショウ+チーズは結構うまい

>>656
 >>1のリアル艦これは吹雪と始まったんだゾ。
恨み? まさか! 愛だよ! 

>>657
 ブッキーは戦時も大人気だ。だってお芋は蒸しても焼いてもみそ汁の具にもなる。
 だから焼き吹雪も蒸し吹雪も吹雪汁も大好きだ

659 ◆gBmENbmfgY:2020/03/16(月) 23:51:48 ID:bite6EM2

 そして照月である――前回の反省点から、鶴姉妹と先任たる秋月は、食堂の使い方を間違いなく、過不足なく、完璧に、照月に教えた。

 照月もまた涙をぽろぽろ零しながら食堂で美味しいご飯に舌鼓を打った。薄切りの牛肉を鳳翔手製の割り下で作ったすき焼きは、すわ天上の食べ物かと茫然自失するほどのおいしさで『いつか、いつか涼月や初月にも食べされてあげたい』と強く願った。秋月姉、タッパーウェアどこー?

 その巡り合える日が必ず来る。その日までに生きねばならない。彼女たちが沈んだ海に、迎えに行かねばならない。そう――生きて、強くあらねばならない。かくして鎮守府に着任した二人目の防空駆逐艦の力が目覚めた。

 ―――秋月型が持つ力とは、食事の力。清貧を至上とする彼女たちが初めて出会った現代の食文化。飽食だ無駄だといくら声高に叫ばれようと、圧倒的美味の前では無駄無駄の無駄である。

 そこから何を得るのか。秋月は『ご飯を護る。つまり国を護る』という極めて高いモチベーションを得た。そう、食事の幸せをモチベーションに変え、何かを成すのが秋月型が目覚めた力。

 ――集中力の持久・瞬発が、共にズバぬけている。一瞬を無限に、無限が一瞬に感じるほどの長く短い時間の中で、月の輝きは決して途絶えず欠けぬように、その光を照らし続ける。

 雲霞の如く迫りくる敵艦載機。その軌道を読み切り、砲撃を放ち、射撃を放ち、通過すべきところに置くように撃つ。当たるのは当然、当たらば堕ちるは必然、即ち防空駆逐艦の本懐なり――と真面(マジ)で言ってのけるが、秋雲型の流儀である。

 照月もまた『いつか妹たちと美味しいご飯を食べる。鳳翔さん、すき焼き、美味しゅうございました……!!』という夢を、己が強くなって生き延びることを達成することで成し遂げようとした――必要なものは、圧倒的な力。力。力だ!! 何千、何万と、鶴姉妹の元で対空射撃訓練を繰り返した。

 秋月の異名に肖った『光弾の射手』と称される照月は、誰からも異論を赦さぬ防空駆逐艦へと成長し、至った姿こそが――――海軍ランキング十三位・『紅天』の照月。 

 これには提督も青空笑顔。このままエンディングの流れでもおかしくないほどにパーフェクトであった。

 だが無情にも、悲報は届く。意外なことに、その悲報の語り手が、雪風であった。


雪風『し、しれえ!! 照月ちゃんが、照月ちゃんが――――お風呂場で、石鹸で髪を洗ってました!!!』

提督『』


 これには流石の提督も求婚をはぐらかされた時のカイザーのような顔で、握りしめた万年筆を縦に粉砕した。

660以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/17(火) 00:52:20 ID:sJ7xkR9k


芋≡総て吹雪では勿体無いだろ、白雪ちゃんがサトイモだったり峯雪ちゃんがヤマノイモだったり深雪様がコンニャクイモだったりすべきでは?

あと秋雲オメー、過去の型式不詳を逆手に取ってネームシップ立ち上げたな?

661 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:11:18 ID:aRODnWyE

 提督と共に執務に励んでいた大淀と、工廠での開発結果報告のために訪れていた明石も口を押さえて驚いた。

 共に激務の最中にあったが、思わず手を止めて雪風を問い詰める大淀と明石。


明石『せ、石鹸? 石鹸って、せっけんよね?』

雪風『せ、石鹸です』

大淀『しゃ、シャンプーは? リンスは? コンディショナーは?』

雪風『雪風もそう聞いたら『なにそれ』って言われました』

島風『島風も見てたんだけど……むしろこの子の常識が『なにそれ』って感じだった』


 偶然、雪風と共にその衝撃映像的な現場に居合わせた島風も、神妙な顔で頷くばかりである。


提督『ッッ…………しま、った』


 提督は己のやらかしを悟った。

 秋月型には何故か――何故か!――戦時の民間人の生活をそのままサクッとスライドさせて記憶に埋め込んでいるかのようなちぐはぐさがあった。それは秋月が着任する以前から、ある程度は分かっていたことだ。

 と言うのも、秋月型にとどまらず、艦娘にはしばしば見られる特徴であった。

 建造された工廠が関西の方面ではないのに関西弁を話す艦娘や、東京方面でないのに江戸っ子口調だったり、名前から連想される動物をモチーフにしたような特徴的な語尾で会話をしたりと、艦娘とは摩訶不思議な存在だキソ。

662 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:24:04 ID:aRODnWyE

 その奇妙な固定観念は食事関係のみに留まらない。むしろ留まっているとどうしてそう思ったのだろう。

 艦娘は着任当初が特に常識の差異が顕著であり、どこか現代的な常識と噛み合わない部分がある。鎮守府で時を過ごしていれば、先輩艦娘達からの指導もあり自然と学んでいくのだろうが、座学としてきちんと教わるのと環境から受動的に学んでいくのとでは習熟度合いはまるで違ってくる。

 それをうまくかみ合わせるための教育体制を整えるのも提督の仕事であった。

 だが生憎と――着任から一年と四ヶ月が経過した頃――照月が着任した当時の提督は、『サーモン海域チキチキ蹂躙作戦(副題:戦艦レ級eliteの内臓がボロンとまろび出るよ! 何色かな?)』という大仕事が佳境に入り、頭脳の大半が深海棲艦絶対殺すマンと化していた。

 常識や道徳、情操教育などを後回しにしたうぬが不覚よ。無理やりに改造手術を施しておきながら、洗脳を後回しにするヌケサクな悪の秘密結社の如きマヌケっぷりである。

 そんな殺すマンな脳味噌が冷静さを取り戻した瞬間、提督の脳裏に雷撃的に駆け抜けた記憶がひとつある――かつて提督が戦時の民間人の生活や風俗をまとめた書記をテキトーに速読で流し読みした時の事だった。


提督『せ――洗髪の頻度か……!!』

大淀『あっ』

明石『あっ』


 その提督の一言で、大淀と明石の二人もまた察した。二人ともに、かつての教え子をビデオで見た時の安西先生みたいな顔だったという。

 なんやかんやと幅広い知識を持つ二人である。

 洗髪頻度が高くなり始めたのは、日本では戦後からだったという。

663 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:29:29 ID:aRODnWyE

 聞いて驚け、むしろおののけ。


 1950年ごろまで、日本人の洗髪頻度は『月に平均2回』だ。


 『日』ではない。『月』だ。マメな人でも週に1回程度だったというから、現代人からすれば鳥肌が立つレベルであろう。

 なお比較対象として、平安時代で年1回。江戸時代では多い人で月1〜2回であったという。バッチイか? バッチイに決まってる。

 『江戸っ子は綺麗好きだった』なんてフレーズでピンと来る人もいるかもしれないが、その綺麗好きで知られる江戸時代においてすら、多くてもそんなもんなのだ。

 悲しいことにそこから「まるで成長していない……!!」のが当時の日本である。現代から過去へ転生なんてやるもんじゃねえとお判りいただけるだろう。その英知でこの不潔っぷりを何とかして見せろ!!

 なるほど、戦時は食糧難だったのだろう。その日に喰らうおまんまにありつければマシな方であったのは間違いない。

 だがそれは食料だけか? 勿論否だ。あらゆる物資が規制され、手に入りづらくなる。


 ――じゃあ石鹸は?


 答えはシンプルだ――食事より悲惨である。洗濯用を含む家庭用石鹸は『油脂性』だ。当然のように政府から規制対象――配給制となった。

 こうした物資不足は戦局の悪化と比例して下降の一途を辿る。国内で配給される石鹸は、石鹸成分がわずか30%、粘土や陶土が70%を占めるという、もはやこれは石鹸なのか芸術家気取りの陶芸家が叩き割った駄作の破片なのか判然としないものとなる。

 香料? 色素? ああ? 入ってねえよんなモン。しかもこの石鹸、入浴用と洗濯用の『兼用』である。地獄か? 地獄であろう。

664 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:32:27 ID:aRODnWyE

 配給という名の地獄の時期を乗り越え――戦後の経済的急成長の陰には、こうした文化的な成長もあった。


 さて、ここに一つの命題がある。


 ――そんな時代の常識が、女の子の形にモールドされ、さながら型抜きのように『ポンッ』と海の上に放り出されたとしよう。


 こんにちは! 私、照月です!!


 ――そんな子をお風呂に入るのを勧めたとしよう。


 どうする?











 どうなる?

665 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:35:47 ID:aRODnWyE

https://youtu.be/yv23BDV_jH4

照月『こんな柔らかくてきれいで、泡立ちが良くて、すごくいい香りのする石鹸で髪を洗えるなんて……!!』

雪風『』

島風『』


 ――あんのじょう、こうなりました。

 雪風はダムを破壊されたビーバーのようなご尊顔を晒し、島風は顔面を迷路にしたアザラシのごとき変顔で硬直した。

 嬉しそうに石鹸で髪を洗い始める照月を止めるどころか、流石の二人も茫然と見ているしかなかったという。絶句とはこのことだ。

 視界の中でキュゥキュゥと、不思議な音が聞こえてくる。それは照月の髪から奏でられる音――キューティクルが死んでいく断末魔である。

 なおその光景を見ていたのは、雪風と島風だけではない。


綾波『…………』


 大浴場の湯船に浸かりながら南無妙法蓮華経を唱えていた綾波が声を失った。

 アルカイックな笑みを浮かべたまま、しかし流石にショックを受けていたのか、左右の手は来迎印と摂取不捨印を結びながら硬直していた。

 その鼻から一筋の血が流れた。理解が追いつかない。なんだ? 一体何が起こっているのだ? どうすればよいのだ? レ級を片手間で肉塊にする彼女だって、困ることぐらいあった。

666 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:40:52 ID:aRODnWyE

夕立( ゚Д゚)


 そして綾波の隣で同じく湯船につかりながら、玩具のアヒルで遊んでいた夕立もまたそれを見た。


夕立( ゚д゚ )


 こっちみんな。

 夕立は半笑いと驚愕を絶妙にミックスした形容しがたい表情のまま、あっちこっち見ていた。

 夕立は自由奔放なわんこ気質である。アクティブで常に動き回っている忙しない彼女は、この時、完全に自分を見失っていた。


吹雪「ふー…………」


 そんなことを知る由もない吹雪は、一人静かにサウナでぽかぽかとふかし芋風味になっていた。

 駆逐艦の最上位勢が揃いも揃ってこのダメっぷりであるが、さもありなん。

667 ◆gBmENbmfgY:2020/03/17(火) 23:46:19 ID:aRODnWyE

 そして照月は執務室に呼び出され――。


照月『毎日髪を洗わせていただけて、照月は幸せですよ! ちょっと贅沢しすぎですかね、うひひ♪』

提督&大淀&明石『OTZ』

照月『提督と大淀さんと明石さんが挫けた!? そ、そんなに経済がひっ迫していたのですか……!? 私、なんてことを……!?』


 明石と大淀は挫けたというより、無力感からの五体投地であったという。照月の言葉が更に彼女たちを打ちのめし、やがて鎮守府の好感度を上げるがごとくうつぶせに倒れ伏した。


提督『ちくしょう、ちくしょう……!!』


 提督は純粋なDOGEZAだ。キューティクルを殺してしまったことへの罪悪感が並の乙女より強い男であった。

 着任より一年と四ヶ月――彼はまだまだ未熟であった。

 新任の艦娘向けのマニュアルはおろか、鎮守府内のあらゆる施設のマニュアルが徹底的に見直されたことは言うまでもない。


提督『おのれ深海棲艦……!!』


 そして深海棲艦への怒りを燃やす。全ての経験を、あらゆる苦汁を、『全て敵のせいだ』と闘志に変換していると言えば聞こえはいいが、ただの八つ当たりであった。ただし誰にも迷惑をかけない八つ当たりである。だって相手は深海棲艦だもの。

668 ◆gBmENbmfgY:2020/03/18(水) 00:08:40 ID:gTTQmrQ6

 閑話休題――そういう意味であれば、初月は非常に良い時期に鎮守府に着任したと言えよう。

 共にソロモンでやらかした綾波の『世紀末迷子事件』や、夕立の『伝説のスーパー白露型事件』といった諸々の問題の当事者にならなかったし、とっくに戦艦レ級eliteの内臓は無事に海の藻屑と化した後に南方海域は攻略(蹂躙)済みである。鎮守府内のあらゆる施設は充実の一途を辿り、新任艦娘への教育制度も日々バージョンアップしつつも骨子は完成していた。


秋月『いいですか初月――髪を石鹸で洗ってはいけません』

照月『その通りよ初月――そして食堂は配給場所じゃあないわ』

初月(姉さんたちは一体、何を言っているのだろう)


 時に怪訝な目で見られようと秋月と照月は挫けなかった。あの悲劇を知ってるからだ。身をもって。

 今や二人は食堂で堂々と季節のランチ(10食限定)を注文してしまうし、なんと大浴場ではシャンプーで髪を洗うのだ! 文化的!

 洗髪後にトリートメントは欠かさないし、タオルドライ後のヘアオイルは入念に、しかもドライヤーまでかける! ブルジョワ的!

 お出かけ時にはUVケアで髪と肌を守るし、おしゃれ着だって部屋の桐たんすに10着も入ってる! おしゃれ!

 だがそんな二人は今や、


秋月「……」

照月「……」


 どこか暗い雰囲気で夕食のパスタを食む。初月には理解不能である。こんなにおいしいのに、一体全体どこが不満なのかと。

669以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 15:06:43 ID:Xu0npiGI
>>1のために吹雪の参考画像を拾って来た
http://dec.2chan.net/60/src/1584592848576.jpg

670以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 18:38:48 ID:.LpDOef6
>>669
なんてすけべなんだ

671以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 21:44:07 ID:xN0mqGo6
今後の新規着任者には女子力講習を受けさせなきゃならないな
鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?

672 ◆gBmENbmfgY:2020/03/19(木) 22:57:06 ID:/zDhuaTg
>>669 >>670
これはとてつもなくすけべな吹雪ですね。マジカル味を感じる。

>>671
>鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?
女子力の定義によるかなあ……。
ここの陸奥は自己管理や自分磨きという意味だと非常に熱心でフレキシブル。紛れもなく天才だがそれを嫌味に感じさせない柔軟な立ち振る舞いができる。
極めて優等生。提督とかいうバグみたいな存在を知ったせいか、高飛車や高慢とは無縁。第三砲塔の調子もいい。
慢心に過信に油断で一度天狗っ鼻を叩きおられて成長した赤城・加賀とはタイプが異なる。調和を大事にしつつも、恋愛で一歩先を行けるしたたかさがあります。強さと弱さの使い分けが上手い。
提督が大型二輪免許(一発)取ったときにしれっと隣でご一緒に取得(一発)してたりする。機を見るに敏、そして妖艶で意味深。これには潮や如月も憧れる。なるほど、女子力高い子です。
ただしこの鎮守府における女子力の定義を提督基準にすると誰も勝てないというオチな。髪型変えた? 香水変えた? リボン変えた? 艤装のオイル変えた? 髪1mm切った? やだこのひとこわい。ヘタなホラーよりホラー。

管理能力って意味の女子力ならダントツが二人います。大淀と足柄です。

大淀は他者への管理能力が極めて高い。なんでもできちゃう。管理職の鑑。手が長いのだ。まさに痒い所に手が届くマルチプレイヤー。パーフェクト軽巡の異名は伊達ではない。全ての艦娘に同時に指揮が出せますけどってレベル。
大淀旗下にいる限り、どんな時でもまず間違いなく不調になることはない。ただし新人への教育は苦手。むしろ絶対にダメ。その子がぶっ壊れる。提督が親潮の教導に大淀は有り得ないと言ってた理由がこれ。
ある一定レベルに達した駆逐艦を複数に教導するというなら問題なし。その集団のレベルに合わせられる。が、マンツーマンだと考えすぎてダメになる。大淀には凡人の気持ちが分からない。

ここの足柄は自己管理においては大淀以上にズバ抜けて完璧です。他者への管理も範囲は狭いが、手が行き届く範囲内では最高水準。
メタ的な話で言えば、決戦の日程をあらかじめ通達しておくと自身含め、自身の部隊の艦娘達のCOND値をMAXにしておいてくれる。そら長良や球磨が懐くわけよ。
提督、皆のCOND値MAXにしておいたわよ! これには提督も心がキュンとする。
なのに飲み会だとからあげに勝手にレモンかけてマヨネーズ添えて、いつの間にか大量に揚げたカツまで添えてくるのが足柄。これには提督も殺人鬼みたいな顔する。

だが海軍の公的なパーティ(海軍の将校やエリートが集う堅苦しい場)に連れていく際に、艦娘を一人選ぶという状況があったとしよう。
提督が迷わず声をかけるのは――。

――飛鷹か隼鷹です。

ギャグでもなんでもなくこの二人が最有力候補。高水準で教養を身に着けている戦艦勢もこれには悔し涙。
だってここの飛鷹と隼鷹、一般教養や語学、社交性、マナー、政治、ダンスまでこなせるもの。化粧に着付けも完璧ですよ。酒さえ、酒さえ……。

673以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/19(木) 23:22:18 ID:TH4Ozf5.
前もって与えておいたら自爆だから、ご褒美としてぶら下げておけば完璧ってことですね

674以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/20(金) 01:51:25 ID:zmc9N/p2
同じ天才同士大淀とイムヤってマンツーマンの相性いいのかしら

675以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/20(金) 07:51:40 ID:LVx2BqDE
潜水艦は対潜軽巡が嫌いでち

676 ◆gBmENbmfgY:2020/03/22(日) 01:55:36 ID:5AoOO.k.

提督「明日の朝はグレインブレッド出すからな。あとハチミツと豆乳混ぜた奴にミューズリーを一晩漬けたやつ」

千代田「げ」

提督「オムレツとかはいっぱい食べていいよ」

秋月「グレインブレッド、かあ……」

照月「ミューズリーかぁ……」

初月「あっ」


 初月はその二つを食べたことがない。だが姉二人の表情でなんとなく察した。

 グレインブレッド:ドイツ風雑穀パン。あの黒っぽいヤツ。察して。カロリー欲しいならそこにヌテラ(チョコクリーム。超高カロリー)をべっとりして喰らうがよい。意外とイケるよ。

 ミューズリー:未調理の加工穀物にドライフルーツやナッツをブチ込んだやつ。味? 味とか以前にまず『硬い』。

 牛乳や豆乳、ヨーグルトなどで一晩漬けおきしとくと比較的柔らかくなって、比較的美味しく食べやすい。食べ応えもある。所謂一つのキュケオーン。お通じも良くなっちゃう。

 タンパク質に不満があるなら、そこに蜂蜜代わりのバニラ味プロテインや、蜂蜜そのままにプレーン味のプロテインをブチ込めばよい。味はお察しだ。マズくはないがウマくもない。

 朝からロングライドしちゃうって時の朝食の選択肢に入るだろう。


提督「それと補給食な。間宮と伊良湖にレシピ渡したから、外を走る奴は鎮守府を出立前に忘れず受け取るようにしましょう」

677 ◆gBmENbmfgY:2020/03/23(月) 23:08:40 ID:mWYLMsow

 提督レシピによる間宮・伊良湖謹製の補給食――今は羊羹だけだったが、次第にバリエーションが増えていく。


提督『試作したから食べてみろ、間宮、伊良湖。まずバナナワッフル、こっちはジャム挟んだくるみゴマクッキー。こっちはバナナとナッツ類を挟んだクッキーサンド。

   それとチーズ入りのライスケーキに、これはドライフルーツたっぷりのグラノーラバーだ』

間宮『あら、おいしい! これ、おいしいですよ提督!』

伊良湖『本当に美味しいです! これ、お菓子として出しても――』

提督『食ったな?』

間宮・伊良湖『えっ』

提督『今……間宮が二つ食べた、その何気ないバナナワッフルのカロリー、400kcal超えてるぞ。伊良湖の方は一つだったがな……チョイスが拙かったね。そのチーズ入りライスケーキに至っては700kcalを超える凄いヤツだ』

間宮・伊良湖『』

提督『食ったならば走る。これはロードバイク乗りの常識! 食ったら乗る! 乗らぬなら食うな! そして乗ったら食って良し!! これがルール!

   さあおまえたちの分のロードバイクも納車したぞ!、鎮守府回りを5周して来い! それでカロリー消化できるだろうよ!』

間宮(は、はめられたぁ……)

伊良湖(提督さん、こういうことするから……もぉ。一緒に走りたいなら、そう仰っていただければいいのに……)


 そんな内心の間宮も伊良湖も、嬉しそうだった。裏方で食事を作り続ける日々を送る二人にとって、提督と過ごせるのは朝や昼、夕食時のキッチンでの仕事がメインだ。

678 ◆gBmENbmfgY:2020/03/23(月) 23:32:56 ID:mWYLMsow

 もっと提督と触れ合いたいという想いは、二人にもあった。なんのことはない。少し迂遠ではあるが、提督からの間宮・伊良湖へのポタリングのお誘いである。勿論望むところだった。

 かくしてロードバイクに魅入られた間宮と伊良湖ものめり込むようになっていき、二人もまたロードバイク合宿への参加が決定した。

 上手い食事、適切なトレーニング、上質な休息プランもついてくる。後に如月の女子力を木っ端みじんに破壊する、提督の女子力が炸裂する日は近い。

 具体的には睦月型とポタリングした日に起こる。それとは関係のない悲劇もだが――さておきだ。


提督「――明日の朝一は軽巡洋艦、重雷装巡洋艦、練習巡洋艦、重巡洋艦、航空巡洋艦に、タバタプロトコルを実施してもらう」


 その言葉に、長良を始めとする参加予定者の操るカトラリーの動きが、ぴたりと止まった。

 皆一様に動きを止め、提督に視線を向ける。

 不敵に笑みを浮かべる者。楽しみで楽しみで仕方ないと笑い声をあげる寸前の者。

 いつも通りの気負わぬ表情で佇む者。いつも以上に闘志に満ちたオーラを纏っている者。

 緊張と困惑と不安に、身を縮こませる者。泰然自若として表情が読めぬ者。

 多種多様な在り方で提督を見つめる彼女たちに、提督は言う。


提督「少しばかり趣向を凝らしている。各々、励めよ。俺もずっと見ている――ロードバイクとはいえ、トレーニングとはいえ、お前たちのカッコいいところを間近で見れるのは嬉しい。とても楽しみにしている」


 ――提督は、すごく楽しそうだった。それを見て、艦娘達も笑った。

679以下、名無しが深夜にお送りします:2020/03/24(火) 18:02:31 ID:Ev4Xl2uo
「少しばかりの趣向」とやらによって笑顔が苦悶に歪む未来が見える気がする……
乙です

680 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:02:51 ID:sEhcdCmI

 言葉は違えど。場面は違えど。表情は違えど。空気は違えど。

 軽巡は、雷巡は、練巡は、誰もが気付いていた。

 駆逐艦たちの多くが気付いていないことに、彼女たちは一人の例外もなく気付いている。

 海の上での戦いではない。レースとは陸の上で行われる競技だ。深海棲艦を斃すという共通目的の果てには、同じ勝利があった。辿る道筋は違っても、至るべき終点は同じだという確信があった。

 それが今はない。

 楽しそうに笑う提督の表情には、どこか出撃を命じる時に通じる真剣さがあって、更には一抹の弱々しさがあった。

 この中の誰かが沈むわけではない。それでも――負ける者は出てくるのだと。

 だからだろう。提督が少しだけ、寂しそうに見えた。

 いつも自信満々で、元気という概念が人の皮をかぶって歩いているような彼が、年相応の青年に見えた。

 ――だから、艦娘達は笑ったのだ。

 各々が、提督を安心させようとする笑みを浮かべた。


 提督の通達をもって、合宿一日目はこれにて終了。

 だがそれでも、艦娘の中の一部の聡い者は気付く。


長門(……不純、とは言うまい。難渋を乗り越えてこそ、我ら提督旗下の艦隊、そしてその艦娘たる)

681 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:03:25 ID:sEhcdCmI

武蔵(相棒よ――タバタプロトコルに、競争の概念を盛り込む気か?)


 長門と武蔵は、示し合わせたかのように、ほぼ同時にその予想に至った。長門はどこか確信を持っているようだった。

 答え合わせは明日と、言葉にすることこそなかったが――。


陸奥(やりかねないわね……軽巡クラスは普通のタバタなら、それこそ新人の鹿島ちゃんだってやり切れるでしょうけど……そうなると辛いかもしれないわね)

大和(矢矧は……気付かないでしょうね。気付かないなら気付かないでいいのですが、懸念されるのは気づくタイミングです。よりにもよってタバタ中だと、取り返しがつかなくなるかもしれない)


 陸奥と大和もまたそれを想定した。ありえない話ではない。だからこそ沈黙し、指摘することはなかった。

 もし彼女たちの予想が合っていれば、提督はそれを直前に告げられた際での対応力や心の強さをも量っている。知らせれば台無しともなりかねない。だからこその沈黙だ。


霧島(……流石は司令。駆逐艦らとは違い、私の分析が正しいならば、それはより軽巡・重巡クラスに相応しい、順当なステップアップを経た課題と言えます)


 霧島も同じ分析の元、それに辿り着く。ただし好意的にだ。より強くなるという点において、それは一切の支障はない。

 勝つということは強いということ。負けたということは劣っていたということ。そしてその敗北をバネに強くなってきた古参とは違い、中堅や新人上がりは未だそれを知らない。

 それを乗り越えてこそ歴戦となる。敗北から得られるものなどないと突っぱねるならそれまでのことだ。霧島は軽巡・重巡らが現在どのような成長を――あるいは退化しているのかを、見極めたかった。


日向(……なるほど、己との戦いだけではなく、他との戦いもか。さては、いや、やはりというべきか――提督、君は航空戦艦だな……?)

682 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:04:00 ID:sEhcdCmI

 発想は上記五名と同じだが結論がイカ○トンチキ。


山城(えっぐいこと考えてるに違いないわあの人だもの……そうなると、ああ、不幸ね最上……私の不幸が貴女に感染ったのかしら)


 最上の不幸は自前だ。


龍驤(タバタは自らの限界に挑む。つまり自分との戦いや……もしも、そこに競わせる要素を入れるなら、どう受け止めるかがキモやな。なんせ脚質の違いで、結果は天と地ほどまで開くでぇ? 脚質によっちゃ負けても負けやない)


 龍驤の想像通りのタバタプロトコルが実施されたならば、確実に劣るものが出てくる。だがその劣るものは気付かなくてはならない。

 ――劣っているからこそ、レースでは優勝できる可能性もあることを。


赤城(……どんな趣向をこらそうと、やることは変わらない。変わらないのです。それに気づけぬ者は負ける。

加賀(けれど、それに気づけずとも勝つ者がいたとすれば――)


 それはきっと、一つの超越者だろう。

 一つの頂点に立つものだろう。

 一航戦のように。

 もし、そんな艦娘が出てきたならば、加賀は、そして赤城は――。

683 ◆gBmENbmfgY:2020/04/06(月) 23:04:33 ID:sEhcdCmI

 そんな参加する軽巡・重巡らの決意、観客として見学する戦艦や空母達の思惑。

 異なる思惑や想念を胸に、鎮守府の夜は更けていった――。

684以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/06(月) 23:19:39 ID:9lIkQxlI
ドキドキ(*´∇`*)
いつも楽しみにしてます
乙!

685以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/07(火) 23:14:22 ID:XysF9/4A
続きがめちゃくちゃ楽しみです

686 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:44:14 ID:0fDHyAmI

………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は香取に対し苛烈極まるものだった。

687 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:44:51 ID:0fDHyAmI

………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は鹿島に対し苛烈極まるものだった。

688 ◆gBmENbmfgY:2020/04/07(火) 23:45:52 ID:0fDHyAmI
※疲れている。少しずつ行きたいですね

689以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/08(水) 00:46:39 ID:C3CFpNNc
乙です


あやや、物欲クイーンが人格フォーマットされかけてら

690 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:35:06 ID:fI9aLRlo

 鹿島に本格的な指導を開始する際に、香取はこんな話をしたという。


香取『私の名である香取、その由来は香取神宮……軍神たる経津主(フツヌシ)を祭る神社です。

   軍神とは戦勝や武運長久の祈願を聞き届ける神――もちろん私は神ではありません。はいそうですかと結果のみを与えることはできない。

   強くなりたいと願う者には、強くなるための試練を与える者でありたい』

鹿島『香取姉……! はい!』


 香取の言葉に感動する鹿島だった。私の姉はこんなにも立派な理念を持つ教育者の鑑なんだと、鎮守府のみんなや提督に自慢したくなるほどに。


香取『では試練を与える者として――まだ生まれたての殻のついたヒヨコに過ぎない新人の艦娘を正しく教え導くためには、練習巡洋艦には何が必要だと思いますか?』


 香取の問いかけに、鹿島はうんうん唸って頭を悩ませた。


鹿島『…………あ、愛?』


 熟慮した結果、そう答える。

 この答えに、香取はにっこりと笑みを浮かべた。花開くような笑みだった。

691 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:46:26 ID:fI9aLRlo

http://youtu.be/SoCMIuYwC_A

香取『大間違いです――強さですよ』

鹿島『えっ』


 なんだか空気がおかしくなった。鹿島はこの教導を姉妹の絆を深める、もっとこう姉妹水入らずというか朗らかなイベントだと思っていた……もちろん大間違いである。

 香取の教導は、提督からの評価が極めて高い。誉め言葉として『何事も卒なくこなす』ことができる艦娘に鍛え上げる上では最適解の一人だろう。ただし、香取自身には個々の秘められた才能を見出すほどの才気はない。

 香取自身は、地力の人であり、努力の人だ。大淀とは違うベクトルで優秀なのだが、乱暴な言い方をすれば大淀が大天才とすれば、香取は秀才止まりである。

 そんな香取が行う指導の主旨は『出来ないことを無くす』ことに尽きる。苦手だろうと普通だろうと優秀だろうと関係ない。とにかく普遍的に水準に至らせるのだ。

 まず指導する対象に全力でマウントを取りに行くことから始まる。どちらが上で、どちらが下か。視線だけで見下す側と、這いつくばって仰ぎ見る側を決めねばならない。

 だから見せつけるのだ――香取自身は全てを一定水準以上にこなすことができることを。そのベンチマークを示し、分からせるのだ。身体と精神にだ。

 この提督評においては『とても優しい教導』であるが、もちろん実際に彼女から教導を受けた艦娘からは悲鳴にも似た歓喜の声が上がった――本当に悲鳴だったという説もある。後に着任する海防艦たちが震えあがる地獄の教導だ。


香取『愛? 友情? 努力? なるほど、育めばよろしい――勝った後にです。勝つためには何が要りますか? 勝つ方法を教えるには何が必要ですか?

   ――強さ以外に何があると? 弱いものから教わることはありません。教わろうとも思いません。その無様さや軟弱さから察することはあれど、弱者から教わることなど何一つとして在りはしない。

   弱者が強者に教えることができるなどと、発想そのものが烏滸がましい。そうは思いませんか?』

鹿島『』

692 ◆gBmENbmfgY:2020/04/08(水) 23:53:19 ID:fI9aLRlo

 ――誰だ?

 鹿島は香取がどこかへ行ってしまったような錯覚を覚えた。目の前にいるこの『ワレハ悪魔・鬼畜メガネ……コンゴトモヨロシク』とか言いそうな仲魔は一体誰だと。

 不可思議な現象によってメガネのレンズが光って見える。その向こうにある筈の瞳がどんな色をしているのかが、鹿島からは見えない。

 
香取『繰り返します――練習巡洋艦に必要なものはまず強さです。新人と一口に言っても様々な艦娘がいます。

   気性の荒い者、気弱な者、自らの力量を見誤る者、ハネッかえり……どれも一筋縄ではいきません。

   故に最初に理解させ、発揮させるのです――自らの力の臨界を。その程度の臨界では、練習巡洋艦にすら届かないということを。

   そしてこれも繰り返し言います。貴女が理解するまで何度だって言いましょう――弱きものに教わることなど何もありはしない。強くあらねば誰もついてこない。言うことを聞かない』

鹿島(ポケモンのバッジの話だよね?)


 鹿島は現実逃避し始めた。理解できるけど理解したくなかった。

 何を理解したくなかったかと言えば、もちろんこの後の論理の帰結だ。

 鹿島は――残念というか、喜ばしい事というべきか、香取とは違うタイプだった。どちらかと言えば大淀に近いタイプ――天才型だ。

 つまり、分かるのだ。

 見えるのだ。

 どんなオチが自分に降りかかってくるのかが、分かってしまう。

693 ◆gBmENbmfgY:2020/04/09(木) 00:12:20 ID:R.8Ops8g

http://youtu.be/mGypt9C0YP0

 即ち、このような――。


香取『鹿島……貴女もまた私と同じく鹿島神宮より由来する名を持つ艦娘。鹿島神宮の祭神――軍神たる建御雷神(タケミカヅチ)の如くあれ。

   強くありたい、強くなりたい、勝利したい、負けたくない――そんな艦娘たちの願いをオールサポート。ただしまずはどちらが上か理解してもらうぞ、という具合ですね。

   繰り返します――我々は練習巡洋艦。練習とは同等以上でなくては強くなれないもの。貴女にはまずその強さを体験してもらうことから始めましょう』

鹿島『えっ』


 香取は一振りの大太刀を構えていた。駆逐艦たちが震えながらに語るところの、通称『絶対マウント取る構え』だ。普段なら切っ先を喉元に突き付けて殺気を飛ばし、駆逐艦が尊厳喪失するところで終わりだが――香取は実は、とてもすごく浮かれていた。

 鹿島が着任したことを誰よりも喜んだのは、香取であった。この子は絶対強くしなきゃと思っていたのだ。そして先日、提督から鹿島への教導許可が下りた。

 本当に嬉しかった。でも妹だからと言って手心は加えない。身内に甘いなどと噂が立てば、それは香取のみならず鹿島にとっても傷になる。

 だから鹿島が尊厳喪失してもやめるつもりはなく、怯えて竦んでガチガチ歯を鳴らして命乞いするまでやる所存であった。成程、完璧な理論だ。トラウマになる可能性があるってことを無視すればの話だがな。


香取『ええ、もちろんこれは実戦を想定してのただの模擬戦――鹿島、貴方も抵抗して構いませんよ? ――全部無駄だと分からせますので。大丈夫、貴方の姉さんは―――とても強いですよ?』

鹿島『お慈悲!!!』


 ねえよンなモン。トラック諸島の北西75kmあたりに捨ててきたわ。

694 ◆gBmENbmfgY:2020/04/09(木) 00:18:22 ID:R.8Ops8g

香取『いざぁ』

鹿島『ぎゃああああああああああああああああああ』


 このような無惨な訓練の末、鹿島は強さを手に入れた。色々失ったけれど手に入れたものがある。

 おめでとう、鹿島もまた修羅の仲間入りだ。Bキャンセルはできない。

 カトリネェーー!!
 閑話休題。


 さてそんな香取と鹿島、そして他の軽巡・雷巡・重巡・航巡は先にトレーニング施設に入っており、


初月「もう軽巡と重巡クラスの人たちはアップを始めているみたいだが――ずいぶんと観客が多いな」


 大和と武蔵。長門と陸奥。

 金剛四姉妹に、扶桑姉妹。伊勢姉妹。

 現時点で鎮守府に着任済みの日本の戦艦が、全員がローラー台の周囲に陣取っている。駆逐艦たちもいっぱいだ。

 軽空母の面々も勢ぞろいしていた。二航戦の蒼龍・飛龍の姿もある。水母――秋津洲や、補給艦・速吸もプロテインや各種サプリメントをテーブルに広げている。

 そしてローラー台では既に、タバタプロトコルを行う軽巡勢・重巡勢が各々ウォーミングアップを始めていた。

695以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/09(木) 20:30:06 ID:8d6pruo2
むーざん むーざん
きちくめーがねの かーこいもの

696 ◆gBmENbmfgY:2020/04/19(日) 23:54:07 ID:y7CQfZ/g

照月「それだけ注目を集めているということよ。軽巡・重巡の方々は古参・中堅揃い……長く鎮守府に在籍しているだけ交流も広いし、戦艦や空母の方々も気にするでしょう」

秋月「提督が仰っていた言葉も気になりますしね」


 初月は昨夜の提督の言葉を思い出す――少しばかり趣向を凝らしている、と言っていた。

 惹かれなかったかと言えば嘘になる。初月自身は達成できなかったタバタ・プロトコルに、提督は何か別の要素を付け加えようとしている。

 それによって難易度が上がることはあっても、きっと下がることはないだろう。参加する当の軽巡・重巡クラスはひしひしと感じているのだろう。だからこそ入念にアップしている。

 提督の無茶振りは、慣れたものだ。その無茶を無理にしないために、彼女たちもまたベストを尽くす。提督は無茶を振る。やれると思っているからだ。無理は振らない。出来るわけがないからだ。


初月(…………なんだか、いいな。こういうの。凄くいい雰囲気だ。僕は、個々の鎮守府に拾われて、本当に良かったと思える)


 ――ごはんも美味しいし、とは口に出さなかった。着々と秋月型の才能が芽吹き始めている初月である。


天城「ううん、でもやはり駆逐艦の子たちが多い……比率を考えればそれも当然ですが、まあ納得ですか。

   昨日とは違い、本日は軽巡・重巡クラスがそろい踏み……多くの駆逐艦たちにとって直属の上司に当たる人が走るのです」

初月「……なるほど、それもあるのか。そういう意味では、僕は――」


 初月は防空駆逐艦という、対空火力特化型の駆逐艦だ。その特殊性ゆえに通常のカリキュラムとは少し異なる研修を受けていた。

697 ◆gBmENbmfgY:2020/04/19(日) 23:55:38 ID:y7CQfZ/g

 全ての駆逐艦を始め、新人たちには必須となる共通科目こそ変わらないものの、多くの駆逐艦たちはまず天龍や龍田の元で基本的な教育を受ける。


初月「天龍と龍田以外の軽巡の方とは、あまり接点がなかったか」


 艤装の完熟訓練、乗組員妖精の活用方法、海上での航海練習、それらは演習や座学を通じて学ぶ。トレーニングも余念がない。

 新人は特に必要最低限のスタミナをつけるため、筋トレと有酸素運動を交互に行う。プロテインやサプリメントも専門のインストラクターがついての徹底管理だ。

 その後、天龍・龍田の報告から見出された適正を元に提督が仮配属を決め、以後はその隊を取りまとめる軽巡洋艦・重雷装巡洋艦・練習巡洋艦の教育方針に基づく研修が始まる。

 初月が知っている限り、配属先は以下の通りだ。どこも一筋縄ではいかない、くせの強い艦娘たちの集まりである。

 第一水雷戦隊――阿武隈旗下。

 第二水雷戦隊――神通・能代・矢矧旗下(一部の軽巡・駆逐艦が臨時旗艦を務めることあり)。

 第三水雷戦隊――川内旗下(名取が第五水雷戦隊旗艦兼任・夕張が臨時旗艦を務めることあり)。

 第四水雷戦隊――那珂・由良旗下(長良・木曾が臨時旗艦を務めることあり)。

 第五水雷戦隊――名取旗下(長良は臨時旗艦を務めることあり)。

 第六水雷戦隊――夕張旗下。

 第十一水雷戦隊――酒匂旗下(長良・多摩・天龍・龍田がフォローとして随伴する)。

 特設水雷戦隊――北上・大井・五十鈴・鬼怒旗下(いわゆる作戦時の特殊編成部隊であり、対潜特化や雷撃特化・対空特化など再編されることしばしば)。

698 ◆gBmENbmfgY:2020/04/20(月) 00:00:56 ID:VU.6VtrU

 その他の遊撃部隊や戦隊を担当している球磨や多摩、長良や阿賀野らにつくこともあれば、配属先の水雷戦隊の研修の一環で一時的に他の部隊へ預けられることもある。

 重巡が仕切る戦隊、そして長良が仕切る戦隊――果ては空母や戦艦付きの護衛艦も。

 前述の香取による練習遠洋航海などもそれに当たる。

 そして前述の通り、防空駆逐艦として特殊な立場にある初月は――。


瑞鶴「この公開タバタ・プロトコル練習で、初月が見るべき艦娘は誰か、わかるわよね」

葛城「最強の防空戦力は貴女たち秋月型と――――もう一つ」


 二人の空母が視線を向ける先は、ウォームアップ中の重巡洋艦のグループだ。

 誰もが輝くような威と圧を発するその中で、ひと際研ぎ澄まされた刃のような気を発している者がいる。

 最強の防空重巡洋艦――。


初月「摩耶、か」

秋月「摩耶先輩と言いなさい」

照月「それと朧先輩や秋雲先輩――野分と舞風もよ。今日は走らないけれど、あの四名は一航戦付の護衛艦なのだから。ご挨拶もそのうちね」

初月「は、はい。姉さんたち」

699 ◆gBmENbmfgY:2020/04/20(月) 00:08:05 ID:VU.6VtrU

瑞鶴「…………まあ、摩耶についてはそこまで真剣に見る必要はないかもしれないけれど」

初月「えっ」

瑞鶴「摩耶に関しちゃ特にね。あの人はなんていうか……しょーもないもの見れると思うわよ。あんまり参考にならないからね」

雲龍「…………まあ、そうでしょうね。天龍や五十鈴ちゃん、鬼怒ちゃんあたりがいいんじゃないかしら」


 あまり会話に入ってこない雲龍さえ同意する。

 初月は言葉の真意が掴めず、やや不満げな表情を見せたが――すぐにわかるだろう、と誰も説明しなかった。

 防空重巡洋艦・摩耶。

 彼女が着任したのは鎮守府発足から一ヶ月の間。即ち最古参の一人である。

 そこからずっと一位だったわけではない。

 だが今や不動の一位だ。『着任から半年』でその地位を確立し、以後はその王座を占有している。

 ――それは初月も知っている。だからこそ、先ほどの不満げな表情は、「僕は彼女に届かないと、劣っていると判断されたのか」という誇りを傷つけられたことによるもの。

 だが嫌でも理解するだろう。海の上でなくとも、陸の上での、ただのトレーニングを見ているだけでもわかるだろう。


雲龍(――摩耶。あの人はあらゆる意味で規格外すぎる)

700以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/20(月) 15:41:05 ID:0rzDDx0k
乙です


摩耶様が何やらかすのやろか、まさかイージスシステム?

701以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/21(火) 01:26:59 ID:l5t5RNwA
>しょーもないもの見れると思うわよ。
惨劇の予感……

702以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 10:12:49 ID:uZR/0WPQ
10万円入ったらちょっと上乗せしてクロスバイクかエントリーモデルのロード買えるなぁ……とか思い出した僕を止めてください……

703以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 16:25:35 ID:rBEivq2Y
ageちゃうような人は勝手にすれば良いと思います

704以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/24(金) 19:15:05 ID:I6gXLFyw
むしろこのスレならばあきつ丸辺りが煽るパターンでありますな

705以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/25(土) 15:08:55 ID:Qchepn3g
>>702
クロスバイクを買ったところですぐにロードバイクが欲しくなる。

エントリーロードを買うのがいいと思いますよ。

706以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/26(日) 14:30:44 ID:L3MOPnDI
前スレのログを見返して気付いたのだが、球磨をブラッシングしてる時に「弟がいる」ということになってたけど、>>530では妹が二人で弟いないな?
まぁ提督の実家設定そのものが裏設定に近いモノのようだし、別にあんまり問題無いか

707 ◆gBmENbmfgY:2020/04/26(日) 23:25:07 ID:tiuIrMIU
※今日はコメント返しだけつかれた
 いつも感想ありがとう。そして投下が遅くてごめんよ

>>700-701
惨劇というかしょーもない感じ
重巡には利己心の塊みたいな子が多いのです

>>702-705
あきつ丸「目的次第ではありますが、軽快な乗り心地や運動を目的にするのであればロードバイクの方が良いであります」

あきつ丸「試乗してみてガチで嵌りそうだと確信できたなら、コンポは105からを選んだ方が後々後悔することもありますまい」

あきつ丸「では授業料にその上乗せする十万とやらをこのあきつ丸に……」

>>706
裏設定故、弟も妹もいてもええかなあと。弟君も妹ちゃんも場合に寄っちゃ出番あるよ。
なんでもできる兄に対しての憧れとコンプレックス拗らせた感じの弟と妹な
提督の兄も姉も叔父も父も母も、それこそ爺さん婆さんまである種のギフテッドで常人とは言い難い連中なので

708以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/30(木) 19:03:43 ID:L/pRf3pk
タバタやってみた
生きてる
ぐぬぬ

709以下、名無しが深夜にお送りします:2020/05/19(火) 21:52:50 ID:47inAopQ
1さんの脚質はなんだろう?

710 ◆gBmENbmfgY:2020/05/30(土) 00:30:27 ID:iZpg.bhQ
※生存報告
 ギリギリ生きてます
 走りたいー、はしれーなーいー
 私はぼっち走行かZwiftばっかりですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか

>>708
ガチで死ぬレベルまで追い込める人は相当高いヴィジュアライゼーション持ってますね
国内ならどんなレースでも勝てちゃうと思いますハイ

>>709
スプリンターを名乗りたいパンチャーだゾ

711以下、名無しが深夜にお送りします:2020/05/30(土) 11:16:12 ID:QBgktJWk
おつ乙
気長に待ってるよー

712以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/01(月) 02:02:39 ID:jK5rn5Bo
>>710パンチャーなんですね ありがとうございます

713以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/04(木) 19:21:56 ID:8cxPT/OI
そういや>>1って今までGIANTとかMERIDAのロードバイクを出しとらんよな確か
あんま好きじゃない感じなんかな…TCRとか乗ってそうな艦娘おりそうやけどな…ありきたりなんかな

714 ◆gBmENbmfgY:2020/06/04(木) 23:24:10 ID:xiRbNqNQ
※コメ返し

>>713そこに戦艦と言うでっかい艦娘が大好きな艦娘がおるじゃろ?
 んで桜模様のフレームを出したMERIDAってメーカーが似合いそうな大和型がおるじゃろ?

 大好きですね。GIANTとMERIDAは避けて通れない。
 そのありきたりと言うのは誉め言葉ですぜ
 誰もが知ってる、誰かが乗ってる、だからありきたりと言うのは早計よ
 誰もが乗ってるだけの魅力、乗り続けられる信頼、安価で手に入れられる高品質がある
 どっちもいいメーカーです

715以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/10(水) 09:26:36 ID:G5DVrC7w
むしろジャイメリの価格が普通っていうか、そもそもロードバイク界隈の価格設定がおかしいというか…
最近モーターバイクの方に鞍替えしたけど、思い返してみればロードパーツのぼったくりっぷりに呆れるっての呆れないっての

雑誌とかでもやたら高価格のパーツばっか推すし、こういう風潮は早いとこ撤廃しないと新規参入者なんて永遠に来んわな

716以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/11(木) 19:25:58 ID:Iu/gO87M
>>1
どうも、>>713でち
読み直してみるとゴーヤがスクル10K乗ってたでちね…
早とちりしてすまんかったでち

717 ◆gBmENbmfgY:2020/06/16(火) 22:51:45 ID:WKnbAkrw
>>715
【あきつ丸のー、超辛口アドバイス小話ー】

あきつ丸「シビアな話をすると、価格設定はおかしいと言えば全てがおかしいし、おかしくないと言えば全くおかしくないのであります。何せ『高い安いは、買う人が決める』のであります。どんな世界であろうと、これは同じであります」

あきつ丸「巷で転売ヤーが雨後の筍や春先の変質者のようにあちこち生えては絶えぬ理由がそこであります。主観的にクソだと思うものであろうと、別の人にとってはそれが高価であろうと欲しい人は欲しい、安かろうと欲しくない人は欲しくないのです。それを選ぶ自由がある時点で、ぼったくりではありませんな」

あきつ丸「もちろんロードバイクの原価や諸々かかる諸経費を考えれば、成程、確かに高いのでしょう――ですが『それでも売れる』ならばその値段になるのであります。ドイツのCANYONが掟破りの通販限定という離れ技を決め、業界に一石を投じた事例もありましたが、業界は依然として旧態然としておりましょう?」

あきつ丸「何よりも安い自転車は安いのであります。以前にも解説した気がしますが、自転車のホビーユーザーにとって初心者向けのエントリーモデルも、玄人向けのハイエンドモデルも、タイムに圧倒的な差が出ることはない――1分1秒を争うプロ以外にとって大差ないのであります」

あきつ丸「つまり『趣味』であります。趣味とは見栄と自己満足が絡むもの。こだわりがあってしかるべきであります。只の運動と定義されるのであれば、それこそなんでもよろしい。それにいくらお金をかけるかは、それこそ当人の自由な選択でありましょう? あ、妻子持つ輩は家計を圧迫しない程度というのは大前提でありますが……」

あきつ丸「どんな雑誌をご覧になられたかはわかりませんが、高価格のパーツを推す理由も明記されていたのでは? 納得がいかないのであれば、それでいいのでありますよ。その値段に見合う、見合わないというものを決めるのは、前述したとおりに『買う人が決める』ものあります故」

あきつ丸「ただこれだけは――新規参入の有る無しについてのご意見については、はっきりと『否』と言わせていただきたく。くどいようですが、『買う人は買う』のです。スポーツで新規を確保できないメーカーに明日があるとでも? 国内で下火になったとしても、本場は欧米諸国でありますよ? モーターバイクが好きな人。嫌いな人。ロードバイクが好きな人。嫌いな人。両方乗ってる人(>>1とか)――すべて『趣味』であります」

あきつ丸「ただビッグプーリーだとかセラミックベアリングだとか、プロでも効果を実感できるかわからんレベルで費用対効果が微妙な代物を、口が悪くなりますが、雑誌の編集やら国内レースレベルで実績を上げた程度の人が、さも素晴らしいものであるかのように絶賛するのは片腹大激痛でありますな」

あきつ丸「ぶっちゃけアレこそ趣味の領域であります。どノーマルで十分でありますよ? というか絶対実感できないでありましょう。楕円形チェーンリングのホビーユーザーの使用感レビューなども全く怪しいものでありますなあ、あっはっはっは!!」

提督「…………」←ビッグプーリー、セラミックベアリング、共に換装している。

長良「…………」←提督と同じ装備。提督大好き。絶許。

天龍「…………」←楕円形チェーンリング大好き。提督大好き。絶許。

足柄「…………」←同じく楕円使い。提督大好き。そして餓えた狼。

※この後、あきつ丸はみんなにメチャクチャ粛清されました。

718 ◆gBmENbmfgY:2020/06/16(火) 22:58:43 ID:WKnbAkrw
>>716
いいのでちよ。
>>1も結構ヨーロッパに偏ってるなーと思ってはいたのでち。本場で選択肢が多いでちからね。
でもぶっちゃけ鎮守府内でもジャイアント乗りは結構いるんでちよ。
GIANTならぶっちゃけ前述したとおり、戦艦になりたい駆逐艦の子とか、その姉とか、この作品中では世界最強の艦娘と言われてる属性過多なメガネ戦艦とか。
MERIDAなら大和型の目立つの嫌いな方とか、でち公とか。


マジで忙しいでち……。

719以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/17(水) 00:24:10 ID:hGrmtY86
乙なのね


へぇ、ビッグプーリーはマジで知らなかった、ちょっと面白いアイテム
楕円形チェーンリングは理屈としては解るけど、ビンディングペダルの存在も加味すると、小細工の印象
セラミックベアリングかぁ、今世紀初めの頃トライボロジーで世界有数の先生が曰く
「鋼球とは真球度が比較にならないからモノになるか怪しい」なんて言われてたから意外

一昨年くらいには様子見扱いだったディスクブレーキの評価は如何?

720以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/17(水) 18:26:52 ID:B.y9UUKs
乙なのです!
こちらもマジカ(粛清されました)も楽しみにしてます

721 ◆B2mIQalgXs:2020/07/21(火) 22:07:30 ID:aR3mK4xY
※リアルの地獄がひと段落しそうなので書き溜め分だけ週末投下(予定)
 信じられないことに軽巡らがローラー台でタバタしてるだけの内容(嘘はついていない)

>>719
 楕円チェーンリングは足柄をはじめ、短距離TTに限って使う子がいたりする好んで使ったりする予定
 ビッグプーリーはメリットデメリットを天秤にかけた時に、乗り手によって評価がおもっくそ分かれる印象ですね
 セラミックベアリングは、うん……セラミックスピードとかはもう廃人域ですが、スギノあたりを使うなら比較的安価で、微かに効果が実感できるような出来ないような、要はプラセボ的なアレ
 ただ寿命の長さはそこそこ実感できてますので、手間考えると案外イイものかもしれません

>>720
 マジカ……? すけべそうな名前ですが、はて、何の話か

722 ◆gBmENbmfgY:2020/07/21(火) 22:08:25 ID:aR3mK4xY
※うお、また酉忘れてました、こっちですこっち

723以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/21(火) 23:38:28 ID:fPle2Jvc
待ってる

724 ◆gBmENbmfgY:2020/07/26(日) 22:54:25 ID:9zTVXNrU
※ごめんちゃい、明日になりそう。案外乱雑に書いててまとめきれなかったです

725以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 10:43:57 ID:V8asdzDs
ええんやで

726 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 21:39:19 ID:N0CujLrM
>>699続き

雲龍(相対する空母の艦載機だけに注意を払っていられない――摩耶が立つ海に、摩耶は必ず『脅威』として存在する)


 雲龍も――そして今や空母の中でも最上位を争う実力者となった瑞鶴でさえ、思い出すたびに震える記憶がある。雲龍は震える指先を誤魔化すように強く握った。

 ありありと思い返すことができる、あの全身を走る悪寒、氷柱が延髄と差し変わったかのような怖気。

 ここに居たくない、居てはならない、恐ろしいことが起こるという――理屈ではない本能に訴えかけてくる恐怖。

 向けられている感情があった。

 それは憎悪によるものではなかった。

 それは怨恨に根差すものではなかった。

 そこには、殺意すらなかった。

 彼女のそれは、ただの純粋な――。


摩耶『――飛行機が、嫌いなんだ』


 かつて彼女が言った言葉を思い出す。

727以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 21:49:03 ID:k5mKa02A
全裸気を付け!
ロードバイク提督に、かしーらー、なか!

728 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 21:53:01 ID:N0CujLrM

摩耶『断りなくあたしの上を飛ぶ無遠慮さが。クソの代わりに榴弾やら銃弾やらのクソ未満をひり落としていきやがる躾のなさが、人を見下しやがるあの高さも、何もかもがウザったくてしょうがねえ。

   ゴキブリっているよなあ? あいつらも飛びやがるしクソウゼえが、普段は慎ましやかに目のつかねえところにいる。その分別があるだけ上等だ。

   だがアレはダメだ。絶対にダメだ。文字通りにお高く留まってやがる。何様のつもりだ? あたしを誰だと思っている? あたしは――』

 
 ――航空母艦にとって、摩耶という存在は一つの壁である。

 翔鶴型にとっても、雲龍型にとっても、例え一航戦であっても、演習時に摩耶が相手陣営にいた際には相応の工夫が必要だった。

 そして工夫以上に――彼女を知る必要があった。そうだ。摩耶が常に発しているアレは、もはや理屈の埒外にある――。


提督「揃ってるようだな」


 良く通る声に、思考が寸断される。提督の声だ。

 トレーニングルーム内の艦娘達の視線を集め、その波をくぐりながら、提督はトレーニングルーム内の大型モニター前に立った。


提督「さて……予定通り、軽巡クラスと重巡クラス合わせて42名が参加だな。では一斉にタバタ・プロトコル開始――と言いたいところだが」


 ――来た、と。提督が何かを試みようとしていることを予想し、内心であたりを付けている艦娘達が身構える。

729 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:02:46 ID:N0CujLrM

提督「覚えているよな? 趣向を凝らすと云った事を。

   御覧の通りギャラリー多いし、何よりマシン台数の都合もある――特定の参加者を応援したい子たちもいるだろうし、グループを分けることにした……」


 その言葉を字面通りに受け取る者は、良くも悪くも古参内には多くない。


提督「軽巡・雷巡・練巡。そして重巡・航巡の諸君。大いに喜べ――君たちに楽しい余興を用意している」


 悪巧みの詳細を語る時の目だった。海戦や演習前の作戦会議……提督が作戦立案する場にしばしば同席する艦娘達――参加者で言えば大淀や香取――はとてつもなく嫌な予感を覚えた。

 大淀はおおよその予想がついていた――答え合わせというよりも、もはや間違い探しの時間である。だが提督が先に語った前置きから、己の予想の大筋に間違いはないと踏んだ。

 香取もまた複数のパターンで予想を付けていたが、その中でもひときわ悪辣なものが来ることを悟った。一方で、まるでわかっていない者もいる。


川内「む」


 ――余興。つまり夜戦だ。ははん、提督ってばわかってるなと川内はまるでわかっていない論理を展開し始めた。

730 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:12:33 ID:N0CujLrM

球磨「クマ?」


 ――ひょっとして頑張ったらナデナデしてくれたりするクマ? 球磨が魅力的だからって、人前での御触りは困っちゃうクマぁ……まるでわかっていないのは彼女もである。


提督「ここからの説明は明石が行う」

明石「はい! 皆さん、モニターにご注目です!」


 提督と入れ替わるように明石が艦娘達の前に立つ。彼女が手元の端末を操作すると、背後の大型モニターにいくつかのグラフや記号が表示された。


明石「まず、タバタに参加する軽巡・重巡の皆さんが現在使用している固定ローラー台には、各種計器を取りつけさせていただいています。

   ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度、そして指先に装着していただく機材からは血中酸素濃度――こうしたデータが各自、私の背後にあるモニターに表示されます! 項目別に!

   20秒間のワーク時の最大・平均心拍数、最大パワー、平均パワー、最大ケイデンス数、平均ケイデンス数などが自動計算されるわけですね!」

大淀(あー……やっぱり)

香取(……ということは)


 二人の予想は的中したが――それは更なる苦痛の到来を意味するものだった。


明石「まあ簡単にいえばですね――タバタ・プロトコルで走破した距離が出る。つまり……順位が出ます!」

731 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:49:50 ID:N0CujLrM

 ――空気がひりついたのは云うまでもないことだった。

 その空気を自分が生み出してることに気付いていないのは、もちろん明石である。


明石「(あ、あれ? なんか反応悪いな……)さ、参加者の方々は、今もローラー台でウォーミングアップしている最中で恐縮ですが、一度に計測するのは『六人』です!

   公平を期すためタバタ開始の1分前から提督が名前を読み上げてくださいますので、軽巡・重巡の皆さんはそのまま引き続きアップを続けてくださいね!」

天龍(……明石、あいつ気づいてないんだろうなァ)

龍田(ああ、読めたわ……ロクでもないことだわ。提督ったら本当に、なんて悪辣な事を思いつくのかしら……効果的では、あるのだけれど)


 ――前日に、戦艦達や一航戦らが予想していたことがズバリ的中していた。


提督「これは独り言だが……ご存知の通り、タバタ・プロトコルには8回のセットがある。大型モニターにも表示されるが、各セットごとの順位が参加者全員のお手元にあるサイコンにも表示されるのだ――まるで区間賞のようだね!」

金剛「Oh…………あーあー、そういうことデースか……これはひどいデース」

比叡「? ????? ? お、お姉さまぁー! 比叡、お恥ずかしながらよくわかりません!」

金剛「いい質問デースネ、比叡。分からないことを分からないと言えるのは美徳デース。

   ――このトレーニングはただのタバタ・プロトコルではないのデース! まずはタバタプロトコルのトレーニング内容と目的と達成条件をおさらいしてみまショーウ!

   霧島ぁー! 説明プリーズ!」

732 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:52:53 ID:N0CujLrM

霧島「はい。それでは僭越ながら説明させていただきます」


 タバタ・プロトコル。HIIT(High Intensity Interval Training)の一つである、全力運動と僅かな休憩を繰り返すトレーニング方法である。

 このトレーニングは20秒の全力運動と10秒の休息。これを1セットとし、8セットで疲労困憊に至る間欠運動で成り立っている。僅か4分間……明確に言えば3分50秒で完結するシンプルなトレーニングだ。

 目的は心肺能力の向上。有酸素運動エネルギー(長距離走)と無酸素運動エネルギー(短距離・中距離走)の両方にも効果が絶大とされている。

 そしてこのトレーニングだが、応用性が高いことが特徴の一つとして挙げられる。

 運動の種類に『指定が無い』のだ。ダッシュ、水泳、バーピー――そしてロードバイクやエアロバイク。


霧島「さて、ここまでがただのタバタ・プロトコルですが――比叡姉様、ここで提督の言葉……ひいては明石さんの説明に違和感を覚えませんでしたか?」

比叡「え? えーと、ええーと…………あれ? これって別にみんなでいっぺんにやればいいし、なんなら別々でも構わないよね? 何よりもモニターに表示する意味ってないよ? ――だって『競争』するわけじゃないんだし」


 ――まさに比叡の抱いたその疑問は核心を突いていた。


霧島「そう。その『競争』というのがミソです」


 ――タバタ・プロトコルは、自身との戦いと呼ばれることがしばしばある。

 そこには『競争』がないのだ。自らを追い込むトレーニングである。誰彼に勝つ必要はない。そもそも『意味』がないのだ。悪趣味とすら言える。だが本来必要がないはずの、その『競争』の概念を取り入れている。

733 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 22:56:49 ID:N0CujLrM

霧島「まず軽巡・重巡クラスは誰もが並の鍛え方をしておりません。身体も、そして心も。

   この条件下においても間違いなく誰もが『疲労困憊になる』ことはできるでしょう。つまりタバタ・プロトコル自体は成功します。

   ……ですが『出し切れる』のと『ベストを尽くせる』のはまた別の課題なのですよ」


 それを見誤るものは失敗する、と霧島は補足した。


榛名「どういうことです? 榛名もよくわかりませんが……」

霧島「例えばだけれど――仮に比叡姉様の隣で金剛姉様が一緒にスプリントレーニングをするとしましょう。イメージしてみてください、比叡姉様。榛名も自分に置き換えて想像してみて」

比叡「楽しいです!」

榛名「楽しいですね。とっても疲れると思いますが、榛名は大丈夫です!」

霧島「では金剛姉様が『もっともっと速度を出して』と仰ったら?」

比叡「が、頑張ります! 苦しいでしょうけれど! 気合、入れて、行きます!」

榛名「は、榛名は大丈夫です!」

霧島「ですがそんな苦しいところ、金剛姉様は更に速い速度で走っています。それについてこれるよう、もっともっと速度を出すように指示を出されたならば?」

比叡「…………金剛お姉さまはそんなこと言いませんが!! 多分バテバテになっちゃうでしょうけど、しっかり効率考えて走ります! ペダリングとか、フォームとか意識して!」

榛名「榛名も同じです!」

734 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:01:09 ID:N0CujLrM

霧島「そう、それが問題なんですよ。さて、タバタの話に戻りますが――タバタに効率は必要ですか?」

比叡「え? そんなの、元々必要ない―――ん?」

榛名「………あ!」


 得心いったように、比叡が頷き、榛名も「ああ!」と声を上げた。


比叡「――な、なるほど! そういうことだったんですか!」

金剛「そうデース! 元々自分を追い込めるだけの全力運動すればOKなタバタプロトコル! ペダリングの効率とか関係ナッシング! 乱暴な言い方をすれば『疲労困憊になれる』のならば、そもそもペダルを回す必要だってありません!

   だけど互いのライバルたちのリザルトが嫌でも目に飛び込んできマース! そんな中で一切ハートが揺らぐことなく、いつも通りのペースで自分のベストを出す、そして出し切ることを両立できマースか?」


 ――無理である。どうしたって意識し合う。ましてかつては海の上で戦友として信頼し合うと同時に、ライバルとして切磋琢磨してきた――同じ艦種のメンバーだ。意識しない方がどうかしている。

 特に1セット目だ。最も足がフレッシュで、パワーが漲っている状態で行うセットが1セット目である。

 つまり誤魔化しがきかない。最大最強を曝け出す。そのパワーが誰彼よりも劣っていたら? 精神への動揺を抑えきれるだろうか? それによって始まる2セット目にどんな影響があるか? ただ全力で回すだけのタバタプロトコルで、出し切りつつも上位の成績に食い込めるだけの効率も求められる。

 そもそも両立することは極めて困難である。

 全力を出す、イコール、自身の最速では断じてない。


霧島「故に考えるべきは提督の狙いです」

735 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:04:25 ID:N0CujLrM

 提督に狙いがあるとすれば何か――その答えの一つに、既に辿り着いている者達がいる。


大和「提督は後々、艦種を問わないチームによるレースの開催も視野に入れておられるのでしょう。そう考えたならば、このギャラリーだらけの公開トレーニングにも意味が見いだせます」

武蔵「だろうな。いい機会だ――よく見ておけよ、浜風、清霜」

浜風「ええ」

清霜「わかりました!」


 つまりこの場は――。


伊勢「――絶好のアピールの場ってわけね。私たちの時は、ちょっとばかり派手にやった方がいいかな」

日向「ふむ……となると解せんことがあるのだが。先日は駆逐艦や空母など参加する者の艦種はまちまちだったぞ。今日になって軽巡・重巡を競わせるのは何故だ? 昨日は何故やらなかった?」

扶桑「駆逐艦と空母には新人の子たちもいたからかしら……それだけではないような気も」


 だが、違う視点から意義を見出している者もいる。


山城「本質を見誤ってない? 姉さまも、伊勢と日向も」

736 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:07:49 ID:N0CujLrM

山城「まずは8回のスプリントで全力を出し切る。その大前提をクリアしなきゃ。

   それ以外は全て不純よ――まあ尤も」


 軽巡・重巡達の顔を一人一人眺めながら、山城は言う。


山城「……わかってる子は何人かいるみたいだけど、わかってないのもいる。わかってる上で、それを止められない子もいるみたい」


 『ただ出し切る』事を考えるもの。

 『絶対に負けたくない』と思うもの。

 考え方は様々だ。だが見えるものは多くある。


山城「アピールする機会というのは、間違ってないわ。だけど、アピールの方法もね……案外どうにもならないわよ。えげつないわこのトレーニング」


 苦しい時に、人の本質は見えてくる。綺麗なものもあるだろう。汚いものもあるだろう。

 それを見せることを強要するトレーニングだ。だからこそ、山城はそこに一つの真実を見る。


山城「『この人がいれば勝てる』のと……そして『この人を勝たせたい』は、同じようでまるで違うものよ」

737 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:11:50 ID:N0CujLrM

 そう、最悪なことにこの場はアピールの場にもなりうる。

 『こんなにも早く走れる』『誰彼よりも速い』

 それをアピールすることで『この人のチームで走りたい』と勧誘に走る者はきっと出てくるだろうし、『この人が敵チームに居たら厄介だ』と探りを入れる者も出てくるだろう。


日向「君ならどんな子をチームに?」

山城「愚問ね。私なら……『一緒に勝ちたい』と思える子と走りたいわ。チームであればそれが必要不可欠かつ最低条件……私が一緒に勝ちたいと思うのはもちろん、西村艦隊のみんなとよ」

伊勢「――あら」

日向「ほう」

扶桑「まあ」


 瞠目して山城を見やる三人に対し、山城は眉をひそめた。


山城「なんですか……姉さまも、二人も……じっと見たりして……ああそうか、私が失言したのね……同じ会社の誰かが起こした不始末のせいで、TVの前の『誰よアンタ』って突っ込みたくなる誰かのように頭下げたり号泣会見を開かなきゃいけないんだわ……不幸だわ……あんな無様を晒すなんて、私なら恥ずかしくて死んだ方がマシだもの……」


 今日も山城は被害妄想が酷いが、それ以上に誰かへのディスが惨い艦娘であった。

 なんか何の根拠もなくよくわからん細胞があるとかないとかほざき、学歴に見合わぬ無学さ、見ている側が情けなくなるほどの矮小さ、性根が腐ってるとしか思えない卑劣さを晒した馬鹿をテレビで見た時も。

738 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:14:00 ID:N0CujLrM

 『むしろやってないやつおるんか必要なことならやってもええんよ?』とツッコミたくなるほど多発する政務活動費の不正利用が発覚し、記者会見で無駄に泣き喚き被害者面を晒した挙句、実刑判決喰らってなお未だ被害者面をやめない元議員を見た時も。

 山城は無慈悲に『死ねば』と思った。

 『粗にして野だが卑ではない』――石田禮助(石田礼介)の言葉がある。

 『外見や言動が雑で粗暴、洗練とは程遠いものであったとしても、考え方に一本筋が通っていて、決して卑しい行いや態度をとらない』という意味だ。

 艦娘として生を受けた後に、山城はある出来事がきっかけでこの言葉を知り、酷く感銘を受けた。気骨ある生涯を貫いたその生き様を尊敬している。どこか、『戦艦・山城』を――史実の自身を運用した西村提督に通じる考えだと、大いに共感していた。

 そんな山城に言わせれば『こいつらは粗でなく野でもないが、賢しいだけで自己保身ばかりを考えている。まるで腐肉をシルクで包んでいるかのよう。悪臭を見た目や香料で誤魔化そうとしても、その醜悪さは隠せない。性根が卑しい哀れな生き物よ』だ。物乞いの方がまだ謙虚に生きているとすら言うだろう。

 自分はそうはなりたくないと思った。だから常日頃から己に言い聞かせている。恥じることをするなと、律し続けている。道理のないことを決して迎合しないという態度は、山城の頑なで意固地な悪徳でもあったが、それ以上の美徳でもあった。

 ネガティヴではあるが、ハートとガッツがある。悲観的ではあるが、諦観はなく、絶望に立ち向かう勇気と覚悟がある。

 不幸を嘆くことはあっても、希望と理想の光を掲げた。艤装の欠陥や無力さに溜息をつくことはあっても、それを言い訳にすることはしなかった。決して卑に流されることを善しとしなかったのだ。

 こんな自分を、旗艦として仰いでくれる駆逐艦がいる。不幸を嘆くことなく、まっすぐに笑顔を向けてくれる航空巡洋艦がいる。


日向「ああ、いや……君が言うと言葉に重みがあるなと。この日向、感服した。うん、恐れ入った。そうだな、確かに君の言う通りだ。私も、一緒に勝ちたいと思える子たちと走りたい。なあ、伊勢?」

伊勢「ええ、私もそう思うよ。山城ったら普段は人生どん詰まりみたいな暗い雰囲気してるけど、流石はニシムラセブンの筆頭よね。扶桑も鼻が高いんじゃない?」

扶桑「あ、あまり揶揄わないで、伊勢」

山城「……姉さまが私のことで鼻を高くしてくれない……ああ、私はきっと卑しいんだわ……卑しくて不幸だわ……」

739 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:17:58 ID:N0CujLrM

扶桑「ち、違うのよ山城! 姉さま、ちょっと妹が褒められたけど謙虚に受け止めるべきよねって思ったっていうか伊勢が揶揄うからちょっと恥ずかしくなっちゃったって言うかとにかく山城貴女は私の自慢の妹よ!!?」

山城「姉さまに気を遣わせた……死のう……提督との子供を10人ぐらい生んでから死のう……」

伊勢「こんな長期に渡る遠大な自殺計画は初めて聞いたなあ」

日向「今日も山城は愉快だな」

扶桑「貴女には言われたくないわ、日向」


 ――大戦の最中、『ニシムラセブン』と呼ばれた奇跡の艦隊があった。

 スリガオ海峡を抜け、レイテ沖へと突入した少数精鋭部隊。史実においては大敗を喫し、一隻の駆逐艦を除いて海に没した艦隊。

 艦娘としての浮世において、それを覆した。


 ――西村艦隊・旗艦。


 海軍戦艦番付――武蔵・長門に次ぐ、三位。

 最強の航空戦艦。

 『明星』と呼ばれた航空戦艦――それが山城だ。

740 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:22:50 ID:N0CujLrM

日向「ははは。しかし山城、一つ抜けてるぞ?

   『この人がいれば勝てる』と『この人を勝たせたい』と『一緒に勝ちたい』以外に、少なくとももう一つはあるだろう?」


 ――『この人に勝ちたい』だ。


山城「…………そうね。それを見極めるんでしょ? 今日。ここで」


 視線を前に向ける。絶景かな――最強と呼ばれた艦隊の精鋭たる重巡・軽巡の歴々が居並ぶ壮観がある。


日向「まあ、黙って見ていよう。良き瑞雲はおらぬものかな」

伊勢「あ、このトンチキの言葉はともかく、黙る前に聞きたいことあったんだった。ねえ、山城。興味があるんだけれど――軽巡クラスの中にはいるかしら。貴女が一緒に走りたいなって思う子」


 軽巡クラス、と伊勢はあえて限定した。重巡クラスには最上がいる故にだろう。


山城「まだ走る前でしょ……これから見定める――と言いたいところだけど」


 一呼吸おいて、山城は言う。

741 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:27:40 ID:N0CujLrM

山城「まあ……期待してる子はいるわ……天龍、ね」


 意外な名前が挙がった――と捉えるものは、誰もいなかった。

 日向に至っては納得、それも当然――と言わんばかりに頷き、しかし疑問はあったのだろう。


日向「……君にとって天龍は、一緒に勝ちたいのか、戦力として欲しいだけか? それとも――勝たせたいのか、勝ちたいのか」


 意地の悪い質問だった。日向も自覚があるのだろう。いつもの柔和な笑みに、少し陰りが見えた。


山城「勝たせたい、というタイプね。ズルい子よあの子は。一生懸命やってるのを隠そうとして、隠しきれていない」


 苦笑しながら山城は言う。その言葉に憐れみはなかった。ただ報われて欲しいという、祈るような願いがある。


日向「……無理もないことだろう――なにせ、あいつは」


 見据えた先に、天龍がいる。

 この重巡・軽巡の中で――『ただ一人』だけ眼帯を付けたままロードバイクに跨る彼女を見つめながら云う。木曾は眼帯を付けていない。

 日向は、真っ直ぐな視線を天龍に注ぎながら、痛ましげに云う。

742 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:30:25 ID:N0CujLrM


日向「私たちの中で――艦隊でただ一人の、隻眼だ」



 日向がそう呟くと同時、示し合わせたかのように提督が1グループ目の参加艦娘の名を呼ぶ。

 トレーニングが始まる。

 その魁として選ばれたのは。



提督「――天龍」

天龍「おう」


 真っ先に呼ばれた艦娘は期せずして、天龍だった。

743 ◆gBmENbmfgY:2020/07/27(月) 23:31:06 ID:N0CujLrM
※今日はここまでです……明日明後日遅くても週末ごろにはまた見てロードバイク!

744以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/27(月) 23:54:03 ID:1yaQa1IE
乙ー乙ーよくやった!

細かい疑問だけど、>>730
> ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度
と言っても、スプリントの模擬としては走行抵抗は体重によるタイヤ転がり抵抗よりも風圧抵抗の方が主要素では?
・・・うーむ、ここの明石=サンでは体格とフォームから風圧抵抗を推測計算して
ローラー台の抵抗力を自動補正、みたいな変態技術は、流石にちょっと難しいだろうかねぇ?

745以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 11:11:36 ID:hvtz2ckE
乙ー
無理して死にそうな子が出てきそう...

746以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 17:57:26 ID:UG78Wpiw
>>743スプリント勝負の話にすりかわっててちょっとなにいってるかわからない
身長体重に脚質差もあるから張り合っても意味ないぞっていう引っかけなのでは?

747以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 19:51:42 ID:9vs9riDc

指輪の9割を渡している艦種だから順位が気になってしまう

748以下、名無しが深夜にお送りします:2020/07/28(火) 20:10:06 ID:2Jy2WT7s
山城の株が上がったり下がったり乱高下
きっと彼女の脚質はパンチャーだ

749 ◆gBmENbmfgY:2020/07/29(水) 22:35:18 ID:5pq7tgU2
※ンンンン週末になりそう……
 感想どうもです。案外人おるやん。

>>744
>>746>>744のコメントへの言及? ですよね?)
 その疑問は正しい。そして明石の技術なら可能。そのうちVRというかシミュレーションによる仮想現実レースとかやっちゃう子。チートは即BAN。
 でもこのタバタでは空気抵抗についてはひとつも言及していない。
 つまりそれを加味した測定ではない。単純な出力考えたら体重重い子の方が有利になるのだ。FTP換算、そしてギアの大小は別としても同一の機材を用いたという想定時の順位になります。
 結局のところ提督の狙いはそこだったりします。自分を見失えば一番の目的を見失う。でも他人の存在が自らの力をより強く引き出す要素になり得るなら、大いに利用しろという話。

>>745 いるかもですねw

>>747 軽巡は育てやすいですからね

>>748 山城はいい子ですよ。しょっちゅう死にたがっては孕みたがるおちゃめな一面がありますけど。脚質は、まだナイショです。

750 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:31:28 ID:b8S9Ktis

深雪「――――!」


 天龍の名が呼ばれ、真っ先に反応したのは深雪だった。まだタバタプロトコル開始の合図が出ていないにも拘らず、彼女の視線は天龍に釘付けとなった。

 ――あたしは。

 ――深雪様は、どうして強くなろう、なりたいって思ったんだっけ。

 その疑問は一日たった今でも、深雪の心の内側で燻っている。その答えが、天龍を見ていればわかるような――思い出せる気がした。

 次いで駆逐艦たちの多くが沸く。第六駆逐隊の面々は喜色を浮かべて天龍の名を呼んだ。それに呼応するように、多くの駆逐艦が天龍の名前を呼んだ。頑張れ、ファイト、天龍さん出し切って――次々に応援の声が上がり、拍手する者もいる。


初月「っ、と。すごい人気だな、天龍は」

秋月「天龍さんは――『華』のある方ですからね」

初月「はな……?」

照月「見てれば分かるよ。それと――天龍『さん』ね」

初月「あ、ああ」


 初月を見る姉二人の視線には凄みがあった。

751 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:43:12 ID:b8S9Ktis
 声援に片手を上げて応える天龍の左目は、眼帯で覆われている。

 駆逐艦たちの拍手や応援の声、その間隙を縫うように、提督の声が滑り込んだ。


提督「木曾」

木曾「ああ!」


 寸毫ほどの間もなく、覇気に満ちた声で応答するのは木曾。今の彼女の右目に、常日頃から装着されている眼帯はない。

 瞼の上から頬にかけて割断するような傷痕が、うっすらと奔っている。


まるゆ「!! 木曾さん! がんばってください!!」

あきつ丸「ファイトでありますよ! 木曾殿!!」

木曾「ああ、見ててくれ」


 口端を吊り上げて不敵に笑う姿に、まるゆとあきつ丸もまた笑みを深めた。

 こうしたやり取りを経ながら、提督の口から次々に1グループ目のタバタ・プロトコルに参加する艦娘達の名が読み上げられていく。

752 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:45:15 ID:b8S9Ktis

提督「矢矧」

矢矧「ええ!」


 凛然とした声と引き締まった表情で応答する矢矧。


提督「夕張」

夕張「はい!!」


 力強く声を張る夕張――そして。


島風「――おうっ!!」

長波「座ってろ、島風。ステイだ。見学してんだよあたしらは。アホか」

島風「おっ、ぉぅ……」


 長波に首根っこを掴まれて座らされる島風。

 残る参加者は、二人。その二人は――。

753 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:50:05 ID:b8S9Ktis

提督「阿武隈」

阿武隈「はい!」

提督「――北上」

北上「はいな」


 この二人の名が続けて読み上げられた時、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれた。


阿武隈「げ」

北上「にひ」

大井「は?」


 対照的な二人の反応と、隠そうともしない殺意を発し始める大井――これには駆逐艦のみならず、空母や戦艦達の間にもどよめきが走った。


日向「――ほう。あの二人か」


 そんな中で、納得したように薄く笑むのは日向だった。


伊勢「あー、やっぱ気になる? 日向としては」

754 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 21:53:36 ID:b8S9Ktis

山城「……? 阿武隈と、北上? 日向と接点があったかしら?」

日向「日常生活においてはさほど。だが注目はしていた。特に北上はな」

山城「瑞雲使えない子よ?」

日向「君は私を何だと思ってるんだ?」

山城「瑞雲狂いよ」

日向「な、なんだいきなり……そう当たり前のことを褒めないでくれ。照れる」

山城(ただの気狂いかもしれない)


 本気で照れてるのか少し居心地悪そうに体をくねらせ、しかし満更でもなさそうに笑みを深める日向の姿に、山城はとてもシツレイなことを思った。


日向「いや、何。北上は……いいや、あの二人はな? なんというか――私と同じタイプだからだ」

山城「だから瑞雲は積めない子たちよ? 大丈夫? お薬いる?」
    オ ク ス リ
日向「緑と赤と白の瑞雲なら間に合っている」

山城(手遅れだったわ)


 もはや処置なしかと、匙を投げて無視して開始の合図を待とうと思った山城だったが――。

755以下、名無しが深夜にお送りします:2020/08/02(日) 21:56:18 ID:2rZgVk96
何やろ、事故歴から華麗な転身したクチ?

756 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:02:06 ID:b8S9Ktis

日向「阿武隈も、北上も、多くの道を選ぶことができる。選択できるだけの贅沢があった。

   阿武隈はいささか遅咲きで、北上は早咲きという違いこそあるものの……二人とも同時にいくつもの道を選びとり、そこで一流と呼ばれるぐらい成長できるほどの才能がある。

   阿武隈は多くを選んだ。全てを半端にせず、苦手の多く得意に変えていった。

   だが、北上が選んだのは一つだけだった。一流ではなく、超一流と呼ばれる存在になることを選んだ。ああいう子は好きだよ」

山城「……へえ(イカレのくせして、見るべきところはしっかり見てるわねこいつ)」

扶桑「――――ああ、言われてみれば確かにそうね。それは北上と貴女にある共通項よ」

日向「まあ、そんな北上の脚質はパンチャー……比較的万能的な脚質で、その一方で阿武隈は登坂の専門家たるクライマー……云いたいことが分かるよな?」

伊勢「ああ、なーる……確かにそう言われると、気になるね」


 どんな走りを見せてくれるのか。

 互いが持っていた主義を捨ててしまったのか。

 その誇りの所在は、今は何処にあるのか。


提督「――1分後に開始だ。10秒前からカウントスタートする」


 提督の言葉に、微かな話し声こそ聞こえるが、観客たる艦娘達の多くが静かになった。

757 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:09:01 ID:b8S9Ktis

天龍「よう、矢矧も一緒か。オメーとはあんま仕事で一緒になったこたァなかったな。ま、よろしく頼むわ」

矢矧「は、はい! よろしくお願いします!」

木曾「思えば俺たちが一堂に会して、こうして互いの鍛錬を競うなんてこと、年に一度の体力測定ぐらいのものだったな」

夕張「まあ、お互いにあちこちの海で仕事してたわけだし」

北上「そうだねえ。ねえアブもそう思うよね?」

阿武隈「……あたしに話しかけないでください。気が散ります」


 艦娘達の多くが鎮まったからこそ、どこか緩い――そんな会話がはっきりと初月の耳にも届いた。


初月(……? なんだ? 矢矧や阿武隈はともかく、なんだって彼女らはああも緩い雰囲気で話してる?)


 初月は、雲龍の言葉を思い出していた。

 初月は天龍や五十鈴、鬼怒に注目すべきだ、と。

 だが、天龍をはじめ、半数以上が気の抜けた表情をしているように見える。

 そう、思った矢先だった。開始まで残り30秒を切ったあたりで、異変に気付く。

758 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:22:30 ID:b8S9Ktis

初月「―――――え」


 弛緩していた空気が、一気に緊迫していく。

 張り詰めた鋼糸にがんじがらめにされている心地だった。

 己が冷や汗をかいていることに気付き、改めて軽巡たち六名の表情を見る。


初月「っ、あ、ぁ……?」


 漏れた声が震える。誰も彼もが、見たことのない表情をしていた。命を叩きつけられるような迫力が、総身から放たれている。

 座り込んだまま彼女たちを見ていた初月は、凍えるように抱えた膝を強く擦り合わせた。最後の意地とばかりに、視線だけは天龍を捉える。

 天龍の隻眼は、据わっている。ただ前を向いている。一秒ごとに鋭さを増していった。

 初月は知らない。それが彼女たちが、『敵に値するもの』と会敵した時だけに見せる表情であり――命の危機が迫ったときにのみ見せる、鬼気と呼ばれるものであることを。


初月(理解、でき、ない。これは、トレーニングだぞ? それも、砲撃や雷撃じゃあない。艦娘としての鍛錬じゃあない――ロードバイクだ。なのに、なんで、こんな)


 ここを戦場として認識しているかの如き変貌。

 だが初月にとって理解できないそれは、軽巡にとっては疑問に思うことさえない『当たり前』のことだった。それができないものから死ぬ世界に生きており、その世界を生き抜いた。

759 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:29:59 ID:b8S9Ktis

 軍人と、アスリートの違いを改めて明文化するのならば、仕事の成果が文字通りの生物的な死に直結するか否かにある。

 しかし、彼女たちは決してスポーツマンを舐めている訳ではなかった。自ら精神を極限状態へ追い込み、肉体のポテンシャルを最大限に発揮するための技術において、スポーツマンはある意味で軍人の遥か上を行く。

 己の名誉、キャリア、積み上げた経験、自負、あらゆるものを力に変えて勝利へと邁進する姿勢は、尊敬に値するものだろう。文字通りのライフワークが、この極限にある。競技の結果に全てを賭けるのが、彼らの生きざまだ。

 我を押し殺すのが軍人ならば。

 我を押し通すのがアスリートなのだ。

 ならば、我を押し殺したままにスポーツに挑んだ軍人は勝利できるのか?


朧(――無理ですね)


 慣れているかのように――事実慣れているのだろう――軽巡たちの変貌を見据えている第七駆逐隊の面々は、各々が過去に思いを馳せた。


朧(タバタはキツいトレーニング。耐えることももちろん大切だと思う。内臓が全部、口から飛び出そうな心地になる。

  けど、問題はそこじゃない。そんなの、あたしは耐えられる。肉体も、精神も、耐えられる。やろうと思えばだけど……だけど……それが海の上か陸の上かで、話が違ってくる)


 だが命懸けが当たり前の軍人の日常において、その当たり前を成り立たせるための前提――――どんな甘ったれでも簡単に燃料にできる死への恐怖や生への渇望を、スポーツの中に見出すことができない。

 ――――だって、死ぬわけじゃない。

 そんな冷めた思いが脳裏をよぎる。それはある意味で強さであり、弱さでもある。

760 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:36:19 ID:b8S9Ktis

 死を己のものとすることが常態化しているが故に、それを発揮するための燃料をそこに見つけられない。

 故に朧は思う。無理だと。そして曙もまた思う。多くのものに裏切られ続けてきた駆逐艦は、思う。


曙(ここが海の上なら『危機感』がある……だって、本気でやらなきゃ沈む。死んでしまう。その恐怖がある。それに負けない、死にたくない、自分も、仲間も、死なせるもんかって気持ちが、自然と湧き上がってくる。

  だけど、アタシたち艦娘には、多分本能的な安堵がある。言ってみれば安心感……陸の上にいるとそれが顕著になるのよ)


 曙もまた、それを実感していた。決して口にはしないだろうし、問い詰められても認めはしないだろう。

 だが曙もまた、戦時は『それ』を原動力として戦っていた艦娘の一人だ。

 ――失って溜まるもんか、と。

 もう二度と悔しくて泣いたりするもんか、と。


漣(死ぬことがないって分かってしまう安心感。ああ、それはとても素敵な事ですとも。ご主人様と一緒に掴んだ平和です。何て愛しい!

  ――どっこいそいつがなんて皮肉なのか……こういう遊びの場じゃあ敵になっちゃうんだよねえ)

潮(大戦のときは、こんな苦境なんていくらだって耐えられました。百回だろうと二百回だろうと耐えられました。

  でもそれは――――仲間を護るとか、絶対死んじゃだめだとか、勝ちたいよ、負けたくないよ、みんなとまた笑いあいたいよって気持ちが、あったから。

  ああ、てぃーとくが、言ってた通りだ――――あたしの中で、あの時……『まだ生きたい』って、気持ちがあった。あの時は、あたしの中の全てがそう叫んでた)

761 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:42:01 ID:b8S9Ktis

 目に見えて迫る命の危機があった。

 己の。誰かの。

 それが、ない。

 魂が震えない。本能は叫ばない。

 ならば楽かといえば――――逆である。

 乗り越えるために『必死』を要する壁を登るとする。死ぬ覚悟がないと登り切れない、そんな前提のある壁だ。海戦では、その壁を登り切れなければ死を意味していた。

 だが、今は安全ロープがしっかりと己の身体に巻き付いている。堕ちても死ぬことはない。

 登るのに失敗したとしても死ぬわけではない――――だが『死ぬ覚悟がないと登り切れない』という条件だけが変わっていない。

 そこで必死になれぬということは、何を意味するだろうか?


 決して乗り越えられぬという事。


提督「―――開始まで10……9……8……」


 カウントダウンが始まる。

 その解法のいくつかが、すぐにでもわかるだろう。

762 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:45:47 ID:b8S9Ktis

提督(わかっただろ? お前たちとは……艦娘とは、軍人とは、真逆なんだ。だが、それは温いって意味じゃない。記録のために『本当に死んでしまうかもしれない』ことを、イカレた理屈でやってのけるのがアスリートだ。

   つまり『馬鹿になれる』んだ。悪い子になれる。どう考えても支離滅裂。だがどれだけか細かろうと、途切れそうなぐらいに頼りなかろうと――そこにたった一筋の道理が通っているのならば。

   アスリートはそれを信じ抜くことができる、言葉通りの『馬鹿げた一念』の強さがある)

提督「――4……3……2……」


 誰もが固唾を飲んで見守った。

 深雪も。

 朝潮も。

 皐月も。

 そして――初月も。


提督「――1」


 軽巡たちが一斉に立ち上がる。

 やるべきことはもう決まっている。

 ただ全力を出す。最初から分かり切っていたことだった。

763 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:55:59 ID:b8S9Ktis

 ――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ。

 天龍は嘘をつき。

 ――俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている。

 木曾は後悔を思い出し。

 ――何よりも強く。ただ速く。全力で、全開で、全速で――――回す。それだけよ。

 矢矧は覚悟を決め。

 ――私はもう、見失わない。見捨てない。見誤らない。私はただ――私の速さを、疑わない。

 夕張は信念を抱き。

 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。

 北上は気負わず。

 ――頭の中が、透き通っていく感じがする。

 阿武隈は征く。


提督「―――――ゼロ」


 かくして、1グループ目のタバタ・プロトコルが開始した。

764 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 22:56:51 ID:b8S9Ktis
※時間切れである

 次回から怒涛ゾ

765 ◆gBmENbmfgY:2020/08/02(日) 23:15:51 ID:b8S9Ktis

 軽/重雷装/練習 巡洋艦:ロードバイク&脚質まとめ(☆マークは今回出走)

 ☆天龍:SCOTT FOIL PREMIUM オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 龍田:SCOTT FOIL PREMIUM ルーラー(天龍限定)
 球磨:KUOTA KHAN オールラウンダー(スプリンター寄り)
 多摩:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 ☆北上:WILIER ZERO 6 パンチャー
 大井:WILIER ZERO 6 ルーラー(軽巡最強ルーラー。ただし北上フォロー時限定解除)
 ☆木曾:??? オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 長良:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K スプリンター(ピュアスプリンター)
 五十鈴:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 名取:BIANCHI OLTRE XR4 ルーラー(という名のTTスペシャリスト)
 由良:BASSO DIAMANTE SV ルーラー(の皮をかぶったTTスペシャリスト)
 鬼怒:WILIER Cento-10-AIR Red スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 ☆阿武隈:COLNAGO V1-r クライマー(ピュアクライマー)
 ☆夕張:BIANCHI Specialissima CV スプリンター?
 川内:DE ROSA PROTOS オールラウンダー/ダウンヒラー(スプリンター寄り)
 神通:DE ROSA KING XS オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 那珂:DE ROSA SK オールラウンダー(クライマー寄り)
 阿賀野:TIME SCYLON AKTIV スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 能代:TIME RXRS ULTEAM ルーラー(阿賀野限定)
 ☆矢矧::TIME ZXRS TTスペシャリスト/ダウンヒラー
 酒匂:TIME VXRS ULTEAM World Star オールラウンダー(万能型・スプリント能力有り)
 大淀:Cervlo S5 クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)
 香取::BMC Teammachine SLR01 TWO パンチャー/ルーラー(どちらでも通用する万能性)
 鹿島:レース用バイク現状不明・脚質不明

766以下、名無しが深夜にお送りします:2020/08/02(日) 23:23:56 ID:2rZgVk96
乙!

やだ、この軍人とアスリートの比較むっちゃ刺さる

長良型のルーラー組がTTスペシャリスト寄りになってるけど、個人的印象では由良=サンはクライマー寄りだと思ってたのでちょっと意外
まぁ、スプリンターやパンチャーよりはTTスペシャリストとクライマーは遠くないし、そこそこ互換性があるのだろうと納得してみる

767以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/11(日) 20:19:21 ID:pn8bg/nw
更新楽しみだなぁ

768 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:28:00 ID:kmxiKmOo
※おまたせ

769 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:29:04 ID:kmxiKmOo

 タバタ・プロトコルが始まるその寸前。

 ――天龍は、今日もまた嘘をついた。


 〝――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ〟


 HIIT――高強度インターバルトレーニングにおいての最大の敵は、常に己自身とされる。

 競う相手はいないからだ。目指すべき目標こそあれ、それはタイムや強度といった記録に過ぎない。

 故にこそ倒すべき敵は、己の内側にしかいない。

 そこに提督は『比較対象』を――『競争』の概念を持ち込んだ。

 記録を競う。

 己自身のものだけではなく、他人との記録をだ。


 勝敗を、優劣を定めるためのものではないトレーニング――それでもあえて順位を出すというのならば、そもそも始まる前から勝敗が分かり切っている。


 ――このメンツなら、確実に矢矧が勝つだろう。山岳ステージならカモなんだけどなァ。


 天龍に並ぶ高身長。そしてTTスペシャリストという高出力・高負荷の全力運動に長ける脚質。

770 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:30:03 ID:kmxiKmOo

 ローラー台という空気抵抗を考える必要がない訓練においては、あの長良や阿賀野にすら迫るかもしれない。


 ――ホント性格悪いぜアイツ。このトレーニングにおいて最悪なのは、てめえのペースを見失うことだ。タチが悪ィのは、この競争はレースみてえにパッと見でわかるもんじゃねえって点だな。


 手元にあるサイコン、これが曲者だ。だから天龍はトレーニングが始まる前の時点で、それを視界に入れないようにした。

 他の艦娘との差が見える。順位として現れる。それによって奮起する者もいるだろう。だが天龍にとっては毒でしかない。


 ――ああ、これがレースなら、劣っているヤツの前にはより速ぇヤツがいるんだろうよ。だがこれはローラー台での記録を出すだけのものだ。


 本来はどれだけの差があるのか、文字通りに『目では見えない』。結果が出るまではわからない。なのに結果が目の前に数値化してしまう。

 それは焦りを生む。それを嫌ったからこそ、天龍は見ないことにした。


 ――見るべきものは、ずっと見えてるよ。


 前述した、軍人とアスリートの違い。

 ここに例外がある。

 命を懸ける必要がないことに、命懸けになれる艦娘がいる。

 できる艦娘がいる。

771 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:31:48 ID:kmxiKmOo

 ここにいるのだ。


 ――このトレーニングが、できない、なら、オレは―――――死んだ方がましだ。


 その一人が天龍であった。最初から全力で、両足に踏力を注ぎ込む。

 ひたすらにこぎ続ける。ひたすらに力を込めて。

 ただそれだけだ。押し寄せてくる苦しみの中で、ただ一念を想う。

 そう己に言い聞かせ、本気にできる。

 天龍は愚かではない。

 だが『必要とあらば馬鹿になれる』類の艦娘であった。


 ――オレが積んだ経験は、乗り越えてきた訓練は、これまで培ってきた身体は――――まさに、『こういうもの』を捻じ伏せるためだ。


 天龍は、些細な物事を大げさに捉える。男勝りな言動が目立つ彼女だが、石橋を叩いて渡る慎重さが備わっていた。


 ――着任した当時のオレには、なかった。


 物事を認識し、捉えたそれを己が内に秘め、煮詰めて、カサカサの屑になるまで苛め続けるのだ。

772 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:32:51 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。


 提督との思い出だ。

 あの日に、天龍は己を定めていた。

 思い返すたびに願い、想い、憂い――胸にこみあげてくるほどの激情がある。



……
………

773 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:33:26 ID:kmxiKmOo

………
……



https://www.youtube.com/watch?v=U1kJ4yX3ATM

 天龍は、この鎮守府において初の軽巡洋艦だった。

 雪風と島風、そして初期艦。

 この三名で出撃した正面海域――そこで邂逅した艦娘である。


 ――オレの名は天龍……フフ、怖いか?


 提督との初対面で、彼女は大仰にのたまった。

 完全な悪手であった。何せこの時期の提督は――。


『それで凄んでるつもりならば、笑わせる』


 ――恐ろしかった。

774 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:34:31 ID:kmxiKmOo

『怖さがない。薄い。温い。飢えがない……つまり敵じゃねえってことだよお嬢さん。何が天龍だトカゲに改名しろクソザコ弱トカゲ』


 ――ぴえっ!?


 小柄な少年としか見ていなかった彼から発せられる、凄まじい覇気。

 これは彼が極めて沸点が低く、最も尖っていた時期であり――天龍にとっては、本来なら思い出したくもない過去だった。余りの怖さに悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった苦い記憶。

 雪風と島風、そして初期艦は苦笑いと共に証言する。あれは、とても酷かったと。


『走るぞ。おまえの体力をまず見る』


 ――えっ。


『外に出ろ』


 ――い、いや……施設の案内とか、鍛錬なら海上での砲撃訓練、とか、は?


『ついてこいクソザコ弱トカゲ』


 ――は、話聞けよ、てめっ―――!? は? なんだこの力、おまっ、ちょ―――すげえちからだ!?

775 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:36:05 ID:kmxiKmOo

 引きずられるように――事実引きずられていた――訓練場に連れ出されては基礎、基礎、基礎に次ぐ体力トレーニング。

 終わった頃にはもう指一本動かせないぐらい疲弊していた。

 なのに、同じメニューを難なくこなした提督は、数分で呼吸を整えた挙句にこう言った。


『次は座学だ。駆逐艦率いて海に出たけりゃ全部覚えろ』


 またしても引きずられた。もう抵抗する気力も無ければ、指一本動かす力も残っていなかった。

 涼やかささえ感じさせるほど、疲労を感じさせない声だった。天龍にとっては絶句の一言である。

 思えば、この時期の提督は焦っていたのだろう。正しく深海棲艦との勢力差を理解し、艦娘達の未熟さを把握していたからこその焦り。

 それが付け焼刃に過ぎないものであれ、彼は『現実』を踏みしめながらも、『次』へと活かしていけるような鍛錬を、艦娘達に課していた。

 それも思い返せば、という話だ。当時の天龍にとっては地獄でしかなく『なんて鎮守府に着任しちまったんだオレは』と己が不幸を嘆いたこともあった。


 ――だが、それもほんの数日の事だった。


『乗組員――――つまり妖精とコミュニケーションを取れ』


 提督の命令に、粛々と従う。たったの数日ではあるが、逆らってもまるでいいことがない事を体験済みであったし――何よりも。

776 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:38:37 ID:kmxiKmOo

『――反応速度。そして作業の並列処理。それには必ず限界がある。それを補うためだ』


 提督の指導は、的確だった。そこにはかならず意味があったのだ。

 提督としての最低条件にある『妖精が見えること』。その中でも歴代最高レベルの適正を持つ彼は、いち早く艦娘を強くするための術を理解していた。


 手足のように艤装が動く。

 誘導した敵を撃つために、居て欲しい位置に、駆逐艦たちがいる。


 提督の差配は、神がかっていた。


 その頃には『いけ好かない脳筋チビ』という印象が、『頭が切れる上に艦娘たち一人一人に根気よく向き合う強い少年』という印象に代わっていた。

 何よりもハートがあった。海を平和にするという強い意志を嫌でも感じ取れた。だからこそ、天龍もまた奮起した。

 天龍はすぐに頭角を現した。他の軽巡洋艦が着任しても、いつだって天龍が海のフロントラインに立っていた。

 鎮守府正面海域を突破したのは、天龍率いる水雷戦隊の、輝かしい戦果だった。まだまだ小さな一歩だったけれど、この鎮守府の魁として、その水雷戦隊の旗艦を務めたことは、天龍にとってはたまらなく名誉なことだった。

 この時の天龍の『両目』には、未来への期待に満ちていた。



 これは、天龍の黄金の記憶。

777 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:40:57 ID:kmxiKmOo

 これは、天龍の黄金の記憶。

 多くの駆逐艦たちから慕われた。教えを請いに来てくれる。

 満ち足りた日々だった―――微かな違和感はあったものの。

 誰にも言えない不安はあったものの。

 そこには、天龍にとって掛け替えのない栄光の日々だった。




 その輝きが陰りを見せたのは、鎮守府発足からわずか一ヶ月――沖ノ島海域を突破した後、すぐのことだった。



……
………

778 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:42:37 ID:kmxiKmOo

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=m5gelOM43Co


『――あ、れ?』


 ある日、違和感に気付く。あれは確か、鎮守府正面海域を突破した頃だった。

 最初はただの気のせいだと思った。

 別のある日、違和感は異変となっていて。

 その時もまさかそんな筈はないと思った。


 更に別のある日――認めた頃には、もう駄目だった。


 認めるのが早かったらどうにかなっていたわけではなかったけれど――天龍の左目に、異変が起こっていた。


 ――ある一定以上の距離を置くと、砲撃が当たらない。


 避けられるはずだった攻撃に被弾する。

779 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:44:19 ID:kmxiKmOo

 目標との距離を見誤る。

 航行中に、舵取りがブレる。

 些細なことから、致命的なことまでが、一気に噴出した。


『う、うそだ、うそだ……おい、妖精ども。どうなってんだよ……おい。何とか言えよ。なあ』


 ――左目が。

 これまで見えていたはずの左目が、見えなくなっていた。

 変調はあった。

 異変はあった。

 だけどある日、シャッターを下ろすように、ばつりと。

 天龍の左目から、光が失われた。


『なん、で』


 見えない。見えない。何も見えない。

 天龍の左目を覆う眼帯は視力補助のための艤装だ。

780 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:44:58 ID:kmxiKmOo

 彼女の元々低かった視力を強化し、常人と変わらぬ視力を齎した――彼女が着任して一ヶ月の間だけは。

 だが、その補助機能がもう働いていない。その故障を疑い訪れた明石の工廠で、天龍は現実を知った。

 ――明石の診断の結果から言えば。

 涙と鼻水塗れになった明石が語った言葉が、今も忘れられない。


 ――もう、天龍の左目は、二度と光を捉えることはないと。


 地震が起こったのかと思った。床が抜けたのだと、天龍はそう誤認した。

 だって足元が崩れ、膝が折れたのだ。

 だから、転んでいるのは、自分だけだと気付いたのは――。


『なんでだ?』


 どうやって自分の部屋へ戻ったかは分からない。


『どうしてオレだけ……? だ、だって、これから、これから、だって、提督が……みんなが。オレは、水雷戦隊の、旗艦、で、なのに――』


 沖ノ島を――南西諸島防衛線を突破した。いよいよ北方海域に挑むと、誰もが意気込んでいた。

781 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:45:43 ID:kmxiKmOo

 だけど。


『お、オレにだって、オレにだって……左目、あれば……オレだって、やれるんだ……やれるんだ』


 なのに。


『やれる、のに……なんで、おれ、おれの左目、なんで……みえない……?』


 なんで。


『みえ、ない。みえないよ……見えないよぅ、見えないよぉおお……!!』


 視力の良し悪しは天性のものだ。実績を残し、活躍する多くのアスリートたちに共通するのが、この視力の良さだ。


『なんで、なんでぇ……?』


 海上砲撃戦においては――――艦娘としては語るまでもない。残酷なまでのハンディである。

 己の弱さに嘆いた日を思い出す。

 提督に課されたトレーニングを、黙々とこなしていた日々を思い出す。

782 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:46:40 ID:kmxiKmOo

 すがるのは『そこ』だった。

 それしかないと思った。


 ――正面海域を突破した頃には、既に天龍は左目に違和感を覚えていた。

 それでも、黙々と訓練をした。提督には、打ち明けなかった。

 だけど、提督が言う――天龍が目に不調を感じた、まさにその日のうちのことだった。


『――天龍。おまえ、左目をどうかしたか』


 心臓が止まるかと思った。動揺が顔に出さないように精一杯で、なんといって誤魔化したかも覚えていない。

 ――視界が、霞む。だけど、言えない。言えるもんか。前線から下げられるなんて、いやだ。

 怖がりながら、訓練した。

 ――無用物にされるのは、いやだ。憐れまれるのは、いやだ……。

 怖くて怖くてたまらなかった。だから訓練をする。

 ――提督に、捨てられるのは、いやだぁ……!!

 なのに、提督が信じ切れなかったから、怖いままだった。目の不調を隠し続けた。

783 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:51:23 ID:kmxiKmOo

 だけど、もう何も見えなくなってしまった。


(目が見えない艦娘なんて、ただのお荷物だ……オレはきっと、解体される)


 だけど鍛えた。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて――虚勢を張った。

 明石には口止めを頼んだ。土下座して訴えた。泣きながら彼女は、それは駄目だと言った。

 彼女を攻めるのはお門違いだ。こんな状態の艦娘が海に出たところでいい的になる――天龍とてそれは承知だった。

 ――何かを叫んで、天龍は鎮守府から飛び出した。鎮守府正門を預かる憲兵の制止すら振り切って。

 いつか提督に連れて行ってもらった外の世界――もう半分しか見えない街へと。


 これは天龍の、錆び付いた記憶。

 いつか泡沫となって消えて欲しいと、夢であってほしいと思った記憶だ。

 己の惨めさに、泣き喚いた記憶。

784 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:53:38 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=7L4N4GGbwzM

 夜の街を走る。あてどなく走る。

 提督に鍛えられ、自主訓練だって怠らなかった。だから走れた。いつまでだって走れる気がした。

 だけど、目に見える世界は、やっぱり半分で。


 強くなるんだ。

 ――違う。

 オレが一番強いんだ。

 ――違う。嘘だ。

 本当に強くなれるのだろうかと、そんな疑問を抱き続けながらも、誰に知られることもなく、海に沈んで錆び付き、朽ちていく未来が待っているのではないかと、そんな不安から眠れぬ夜が続いた。

 夢の中で提督が言う。

 ――目が見えない? そうか、じゃあさようならだな天龍……これまでご苦労さん。


(いやだ……いやだ、いやだ!!)


 悪夢を振り払うように走る。走って、走って、走り抜いて――――それでも、不安は消えなかった。

785 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:56:57 ID:kmxiKmOo

 夜通し外を走り回って、空が白み始めた頃――気づけば天龍は、鎮守府へ戻ってきていた。

 全身に疲労がまとわりついている。喉はカラカラで、もう汗の一滴も出てこない。

 だけど倒れることさえできなかった。こんなにも鍛えてもらったのに、この強さをもう発揮できないのだ。


『――なあ、提督。オレ、どうすれば、いいんだ……?』


 独白ではない――鎮守府の入り口には、提督が立っていた。

 どれだけそうしていたのだろう。季節はまだ春の終わりとはいえ、夜通し立ち続けていたのかもしれない。

 提督は答えなかった。

 ただ、その口から紡がれる言葉はあった。


『――天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、先天的に左目に障害を抱えている』

『…………』


 天龍は、驚かなかった。

 来るべき時が来た、と。そう認識した。

786 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 22:58:23 ID:kmxiKmOo

『他の鎮守府からも多く報告が上がっている。それらを統合して大本営が出した結論はこうだ。

 〝工廠での建造、海上での邂逅を問わず、天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、多くが最初から左目の視力を失っている個体と、左目の視力が著しく低い個体に分かれる。極稀に正常な視力を備えている者もいる〟

 だがその結末は同じだった――報告に上がっている限りでは、長くとも1か月以内に左目の不調を覚え、程なくして視力を失う……と』


 ――ああ、そうなのか。他人事みたいにそう思った。

 もう自分の運命はそこに収束されている――そう思って、もう膝を着いてしまおうと思った時、その言葉が耳朶を打った。


『本当らしいな――この報告を受けたのは二週間ほど前だが』

『…………え』


 ――知っていたならば、どうして。

 それは怒りではなかった。

 当惑があった。

 知っていたのだったら、どうして。

 ――どうして、オレを前線に出した?

 捨て駒か? いや、違う。

787 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:02:34 ID:kmxiKmOo

 ――だったらどうして、オレを強くしてくれた?


『時間がかかってすまんな。片目のハンデをどう埋めるか、資料をまとめてた』


 その言葉が、嘘にしか聞こえなかった。

 だから枯れた喉を酷使して、提督を詰った。

 嘘だ、嘘つき、そんな希望を持たせるな――オレがどんな思いで過ごしてきたか、何も知らないくせに。


『ああ、知らねえ』


 ――そうだ、知るわけがない。提督は何度も天龍に目に不調はないかと聞いていた。

 ――嘘つきは、オレのほうだ。

 だけど、もう止められなかった。提督を責める言葉が、次から次へと湧き上がっては溢れ出す。

 そんな甘い言葉言ったって、どうせ役立たずになったオレを解体するんだろう、と。


『…………? ――片目が無くなったから、諦めるのか?』


 至極当然のように言ってのけるこの少年は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。

788 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:04:39 ID:kmxiKmOo

 頭に血が昇った――その顔を殴りつけてやろうと掴みかかろうとして――。

 ――?

 提督が、目を瞑っていることに気付く。

 甘んじて受け入れようという態度だろうかと思った。だがそれは違っていて――。


『……右手を俺の左肩へ向かって伸ばしている』

『!?』


 まさに提督の左肩を掴もうとしていた右手が、驚きに止まる。

 だが、それも一瞬のことだ。薄目を空けてみているに違いない。馬鹿にしている。

 だが、次いで提督は天龍に背を向けた。


『おい、トカゲ。なんかポーズとってみ?』

『え?』

『ポーズだ――やれ』

『あ、ああ』

789 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:11:26 ID:kmxiKmOo

 もう慣れ親しんだ命令口調に、染みついた習性のように、言われたとおりにポーズをとってしまった。

 驚いたのは、そこからだった。


『――右足を上げて、左手の親指と人差し指で輪を作っているな』

『……!!』


 的中された。まさかと思う。どこかで誰かが見ていて、提督に伝えているのかと思ったが――彼はイヤホンの類を耳につけていない。

 また別のポーズをとる。


『右手はグーか。そんで今度は右足を後ろに下げて、重心を深く取っている。ヨーイドンの姿勢だな――違いがあるとすれば、後ろ手に隠した左手はチョキを模ってるってところか』

『!?』

 提督には――見えている。天龍にとっても、仮にどこからか覗き見している人間がいたとしても、そこまではわからない筈だった。

 なのに、何故提督はわかる?


『天龍』


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

790 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:16:07 ID:kmxiKmOo

 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

 ――恐らくは二人きりの状況においては初めて、彼は彼女を天龍と呼んだ。


『俺は、諦めたくないと叫ぶことができる奴には、いくらだって力を貸す。相応の代金は頂くけれどな』


 そう言って、微笑んだ。天龍が見たことのない笑顔だった。

 何故か、涙が零れた。

 もう、彼を疑えなかった。いつだって彼は、天龍に話しかけるときに、その目を見るのだ。

 たった一つしかない目を、彼の両目が見据えている。


 ――オレは、解体されないのか?


『しねえよバカ。するかよ阿呆。俺が手塩にかけて育てた『大事なお前』を、なんだって俺が解体せにゃならん?』


 また一つ、涙がこぼれた。役立たずになった左目でも、涙は出てくるんだと思った。

 鼻がツンとした。


 ――それで、代金は?

791 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:19:19 ID:kmxiKmOo

 先ほどの話だ。提督は何かを望んだ。その何かがなんであれ、天龍は縋りたいと思った。

 例え彼が望むのが、自分の体であったとしてもだ。

 だけど。次に紡がれた彼の言葉で、そんな己の邪推が、酷く薄汚れたものだと理解してしまった。


『俺が望むものはいつだって――勝利だ。高えぞ、かはは』



 とうとう、天龍は泣き喚いた。泣き喚きながら、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


『で、でい、どぐ……すで、ないで』

『だから捨てねえよ』

『いやだ、やだ、ずっど、ごごに、いだい……』

『いりゃあいいさ』

『あ、あ、あ……』


 だって、天龍はまだ、返答していなかったからだ。

 提督の問いに。

792 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:22:26 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=3L1DEvzsftw


『あぎらめだぐ、ない……!! オレ、まだ、戦いだい、よぉ……』


 膝を着いた。すがるように、少年の域を出ない彼の膝に抱き着いた。

 ――無要物になるのは嫌だ。

 ――捨てられるのは嫌だ。

 ――あんたのところにいたいんだ。

 ――オレはもっと、戦えるんだ。

 この少年の――この男の元で働きたいんだ。

 泣きじゃくりながら、何度も何度もそう訴えた。

 訴える度、提督は「うん」とか「ああ」とか、優しい声を響かせながら、天龍の背中を撫でてくれた。

 その願いは、彼が先ほど言った通り――。


『おうよ――そんじゃあ代金は後払いでいいぜ。まずは風呂入って飯食って寝ろ! 起きたら特訓するぞ、特訓!!』


 快活に笑う彼は、天龍にとってまるで太陽のようだった。

793 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:23:13 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。

 これから何年、何十年と時が過ぎようと。

 例え果てのない地獄の坩堝に身を堕とそうと。

 決して忘れられない、忘れてはならない思い出が――ここから始まった。


 ――北方海域への進撃は、とある事件によって一時的に中断される。

 ここからおよそ半年――戦いのない日々が訪れた。


 そんな日もまた、朝から走っていた。

 並走する影がある。


 提督だ。


『な、んっ、でっ……!!』

『あぁん? 質問か? 走り終わってからにしろや――天龍』


 疑問は山ほどあった。思わず疑問の呻きだけが出た。

794 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:24:28 ID:kmxiKmOo
 視力についての問題解決しようというのに、どうしてまた走り込みから始まるんだよとか。

 前々から思ってたがなんで艦娘の全力ダッシュ20本に余裕でついて来てんだよテメエとか。

 それ以前に――どうして提督が一緒になってくれているのかとか。


『おまえの視力の問題を解決するには、高い集中力を必要とする。その下地を作ってるわけだな。なぁに、すぐ身につくよ?

 ――……ちょっと頭おかしくなるぐらいドギツいけど身につくよ……身につけるまでやるからそら身につくわ……かはは。

 だからまずは走り込みだ。頭使うと妙に疲れる経験ってないか? 集中してる時ほど顕著だ。そして集中は疲れてる時、心が弱った時ほど底をつきやすい。

 では集中力を正しく身に付けるにはどうすればいいと思う? 集中力の持続力、回復力を減らすには?

 そう――まずは体力付けるんだよ。座学で教えることもあるけど、当面はダッシュな。こういう走り込みは基本中の基本だ。おまえには基本マスターになってもらう。

 俺が一緒に走るのは俺のトレーニングがてらだ。余裕でついていけるのは俺が提督だからだ。提督とは俺のことであり、俺が提督だ。最強とは俺のためにある言葉だと理解しろ』

(心を! ナチュラルに! 読みつつ! 煽んなや! テメエ!!)
 

 後にこの走り込みにも意味があったことを、天龍は知る。片目での運動に慣れるためだった。

 提督のトレーニングへの知識は、その道の専門家もかくやとばかりに深く、そして分かりやすいものだった。

 提督が作った【ビジョントレーニング】――視覚機能を高めるためのトレーニングは、尋常のものではない。

 各スポーツ界のアスリートたち、彼らが専門とする競技によってトレーニング内容が変わるように、それは艦娘である天龍専用と言っても過言ではないほど綿密に調整されている。

795 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:28:32 ID:kmxiKmOo

 資料を読み進める度、ページをめくる天龍の指先が震えた。

 ――これなら。

 ――これなら。

 ――これならば! と。

 まずはダブルボールリフトトレーニング……両手を左右に限界まで広げ、両手に持ったボールを同時に上へ向かって投げ、左右の手で同時にキャッチするトレーニングから始まった。

 最初は困難を極めた。左目が見えない。左手側のボールを掴むことができない。


『かはははは――馬鹿め。なんで艤装つけて海の上でやらせてると思ってんだ。馬鹿め。艤装補助を活用しろ。天龍という艦の乗組員たる妖精たちとの視界をリンクさせろ。馬鹿め。

 コツが掴めないようなら、後で龍驤にアドバイスを貰え。話は通してあるから後でいけ。それと大事なことを言い忘れたが天龍―――このヴァカめ』


 十秒に一回は馬鹿めの罵声が飛んだ。背後で佇む高雄――当時は秘書艦――は何故か提督が馬鹿めという度に嬉しそうな顔をした。ありゃきっとすけべだと天龍は確信した。概ねその通りだった。

 絶対にできる、という確信に満ちた声での罵倒は、不思議と辛い思いをするどころか、鬱屈とした気分すら忘れさせられた。先日、提督が目を瞑り背を向けたまま天龍がどんなポーズをとっているかを当てたのは、何のことはない――提督の周囲にわらわらいる妖精や、天龍に纏わりついている妖精たちが、それを教えただけのことだった。

 だが――自らの周りに侍る妖精たちはおろか、他の艦娘についている妖精にまで指示を出し、意識を共有し、情報を交換するなど、当時の天龍にとっては有り得ないことだった。

 この頃、妖精たちの活用方法についての第一人者は、鳳翔であった。

 『鳳翔』という軽空母の乗組員――妖精たちを用いることで何ができるのか、何ができないのか。それを誰よりもよく知っている。

 提督や鳳翔のアドバイスを元にやってみたそれは、劇的なまでに天龍の周辺視野を大きく広げた。最初から、提督の妖精と会話しろという命令には、意味があったのだ。

796 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:32:32 ID:kmxiKmOo

 今となっては走りながらでもダブルボールリフトトレーニングができる。そしてこのトレーニングと並行して、別のトレーニングも課された。一つや二つではない。


『よし、尻尾を切り離す暇もなく轢き潰されたトカゲみたいになってる天龍型トカゲ――そのまま聞け。動体視力について、だ。

 まず先日の座学のおさらいだ。動体視力には二種類ある。DVA動体視力と、KVA動体視力だ』


 DVA動体視力――横方向または上下方向に動くものを見る動体視力。メジャーどころで言えばサッカーやバスケットボールだ。他の選手の動きを見ながら縦横無尽に動くボールを捉えるための視力。

 KVA動体視力――遠方から手前に向かって迫ってくる物質を、外眼筋を使わずに捉える動体視力。飛んでくるボールや自動車・バイク、そして自転車の運転時に用いられるものだ。


『そして静止視力。これも鍛えろ』


 次々と与えられる課題を、黙々とこなす。

 もう提督のことを疑わなかった。何一つ疑う余地はなかった。

 だって、この人は目を見てくれるのだ。

 天龍の目を。


『見るというのはこういうことだ――お前の睫毛の数が何本か、教えてやろうか?』


 日に日に、違和感が違和感でなくなっていく。片目であることを受け入れて、それでも残っていた違和感が消えていく。

797 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:33:06 ID:kmxiKmOo

 距離感が掴める。

 己の死角を、妖精たちが知らせてくれる。

 フィジカルな側面が物を言う戦闘において、戦略戦術戦法を除く、個に求められる能力とは、筋力―――――とは少し違う。

 目の良さ。

 視力の強化。

 視力には一口で言っても様々な種類がある。

 跳飛性、瞬間視、追従性――――ひたすらに眼を鍛えた。


『俺が人類でもまれに見る天才でよかったな。おまえって世界で一番運のいい天龍だぞ』


 そんな冗談みたいなことを本気で言う少年に、天龍も笑い返す。笑える余裕が、できていた。


『死角を無くせ。素の右目の視力も強化していくぞ。トレーニングのやり方はな――』


 訓練の時は真剣そのものだった。天龍が分からないところを徹底的に、わかるまで教えてくれる。

 彼にも、彼の仕事があるはずなのに――そう思ったのは、訓練が始まってから一月経ってからのこと。

798 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:37:43 ID:kmxiKmOo

 大本営からお達しが来た。

 ――忘れられない思い出がある。

 これは、耐えがたい屈辱と、深淵よりも深く天よりも高い崇拝と、湧き上がる情熱の記憶だ。

 大本営からのお達しは、以下の通りだった。


 ――そんな砲撃の当たらない艦娘に時間と資材を割くのはやめ、後方任務に当たらせろ。


 ああ、そうだった。急に、現実に引き戻されるような思いがした。

 天龍はその場に同席していた。モニター越しの指示だ。提督よりも階級の高い海軍のお偉いどころが揃っている。

 解体しろ、とまで言わない当たりは温情なのだろう。この鎮守府の天龍――つまりオレは多大な戦果を挙げている。

 後方勤務ならできるだろうから、そこに従事させてはどうかという、大本営からすれば、まさに温情そのものであった。

 だが――提督は言う。 


 ――僅かばかりの猶予と機会を。こいつには才能が有ります。

 ――お疑いであればこそ、なにとぞ機会を――演習の結果にて結果を出します。

 ――今後の、海軍全体における天龍についての可能性を、必ずや示してみせます。

799 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:38:22 ID:kmxiKmOo

 提督が嘘をついた。天龍は察した。才能が有る、と言った。

 ――嘘だ。

 天龍は今でもそう思っている。アレは間違いなく嘘だったと、そう思っている。

 この言葉が、今でも天龍の心を救うと同時に傷つけてもいた。

 だが否定できない。提督は海軍全体の天龍、といった。つまり天龍たるオレが成果を上げれば、他の鎮守府の天龍達の扱いも良くなるということで。


 ――提督は、そんなところまで考えていた。

 会議が終わった。暗くなったモニター群を前に、うつむいたまま黙ってしまうオレに、提督は言う。


『ぁあん? なんだショボくれた顔しやがって――俺は嘘をついた覚えはねえよ』


 提督に問い詰めた時、彼は真剣な表情で言った。加えてこうも言った。

 だがふっと表情を緩ませて、悪戯がバレた子供のようなばつの悪そうな顔で、言ったのだ。


 ――でもまあ、嘘つきでもいいか。


 天龍にとって、その言葉は今でも重い。どうしようもなく重いのだ。

800 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:39:02 ID:kmxiKmOo

 はじめて、自分の名前を呼んでくれたひと。

 最初は若い上にチビなくせしてなんておっかない奴なんだと、苦手に思った。

 挑発に乗せられ、なにくそと努力を続けた。多くの敵を倒し、鎮守府では後任の軽巡洋艦や駆逐艦たちの訓練を見てやる日々――とても忙しかったが、楽しかった。うまく使われてるような気分で少しだけ腹が立ったけれど、頼られていると思った。

 ――嬉しかった。

 気が付けば、もう気安く互いを呼び合う仲になっていた。歯に衣着せずに本音をぶつけ合うことができるようになっていた。心地良い男だと、理解していた。

 だけど、目が見えなくなって。未来が途絶えたような絶望に満ちた畔に迷い込んだ天龍に、手を差し伸べてくれた。

 ――嬉しかったんだよ、提督。

 そんな彼が、嘘をつこうとしている。

 嘘をつかれることが、悲しかったのではない。


 ――悔しかった。


 ――くやしかったんだよ、提督……すごく、くやしかったんだ。おまえが、おまえがバカにされるのが、くやしかった。


 ――オレの提督はすごいんだ。天才なんだ。かっこいいんだ。

 ――そんなひとが、オレのためなんかに頭下げている。

801 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:39:47 ID:kmxiKmOo

 ――忘れられない思い出がある。

 これは憤怒の記憶だ。


 今まさに提督を嘘つきにしようとする自分の弱さが、何よりも憎かった。

 最強を謳った。

 自分が一番強いんだと、何も知らなかったくせに。

 結果が偶然ついてきただけなのに、そうやって吹き続けた。

 無知な自分の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、提督で。

 その言葉は、天龍自身が信じていないものなのに。


(オレは……オレ、は)


 ――何をやっていた? 何を思った?

 それでも、まだ怖かった。

 こんなに信じて貰っているのに。自分では諦めている己の価値を、こんなにも大切に思ってくれているのに。

 心が怖じている。

802 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:40:29 ID:kmxiKmOo

 心が怖じている。

 この期待に応えられなかったらどうしよう。

 頑張っても頑張っても、それでも右目まで見えなくなってしまったらどうしよう。

 この人に失望されてしまったらどうしよう。


『お、オレ、オレ、は―――』


 嘘をついていたんだ、と。

 本当は一番強くなんてないんだ、と。

 喉元までせり上がってきたその言葉を、ギリギリで飲み込んだ。

 言えなかった。

 言える筈がなかった。

 だって、それを認めてしまったら。


 ――提督を、嘘つきにしてしまうじゃないか。


 血がにじむほどに唇を噛んで、出かかった言葉をギリギリで嚥下した。

803 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:41:26 ID:kmxiKmOo

https://www.youtube.com/watch?v=1ErwgLxBNL0

 心に火が灯る。

 天龍の始まりはここだった。


『おわる、もんか……』


 ――忘れられない思い出がある。

 誓約の記憶だ。


『おわって、たまるか』


 もう未来を思い悩むのはやめた。それよりも怖いことがあった。

 『提督を、嘘つきにしたくない』。


 ――そいつを本当にしちまおうぜ。完全犯罪ってヤツだな。


『オレは最強だ』

804 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:42:05 ID:kmxiKmOo

 いつしか、天龍は、再びそう嘯くようになった。

 天龍の目は、燕を捉えた。

 それはやがて、雄大な空を行く艦載機を捉えた。

 そしてついに砲弾をも。

 死角からの砲撃すら感知し、捕らえ、それを野太刀で切り払うことすら可能とした。

 張り詰めた糸のように、常に意識を研ぎ澄ませた。肌に感じる風の温度、湿度、感触の変化を如実に察した。

 それでも察知できないところは、頼もしい乗組員たちが――妖精たちが補ってくれた。

 提督が呟いたことを、天龍は知らない。もしも天龍の両目が揃っていたならば、島風並みの動体視力と、雪風並の観察力を両立していただろうと。

 意味のないことだ。

 いずれ龍へと至るまで。


『オレは最強なんだ』


 そう嘯き続けた。

 天龍は、己の意地を貫き続けた。

 たとえそれが、短い栄光であったとしても、彼女はそこに立っていた。

805 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:44:14 ID:kmxiKmOo

 ・ ・  ・  ・ ・
 一年、否、半年程度ではあったが――確かに彼女は『そこ』にいたのだ。


『最強でなくちゃ――いけないんだ』


 最強の誉れを体現する、水雷戦隊の長として。

 弱みなんて、見せられなかった。

 鎮守府が興って、一年余り。

 それ以降の時期に着任した艦娘の誰もが知っている。

 『最強の軽巡洋艦は誰か?』

 単騎ならば長良であり、水雷戦隊を率いさせれば神通が最強だと、誰もが言うだろう。

 だがこうも言うだろう――今は、と。

 最古参の駆逐艦たちは、言うだろう。

 その当時において単騎でも、誰かを率いても――最強の代名詞は二水戦旗艦であり。

 そしてその二水戦旗艦を張っていた――即ち、彼女こそが。

 最強を謳い、最強として謳われた古き鋼、始まりの軽巡洋艦。

806 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:45:39 ID:kmxiKmOo

 現・軽巡ランキング最下位。

 だが、『元』一位。

 この鎮守府外においてはどこの鎮守府においても最強を名乗ることに不足はない。


『ったりまえだろ――オレが一番、強えんだからよ』


 初代・二水戦旗艦。

 『最強最古』の軽巡洋艦――天龍。



……
………

807 ◆gBmENbmfgY:2020/10/25(日) 23:46:34 ID:kmxiKmOo
※今日はここまで

 ちゃんと1スレ目で「ぼくのかんがえたさいきょーのてんりゅーちゃん」の伏線を回収できた

 次はいつになることやら……

808以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/26(月) 18:10:08 ID:Z1c1qrXs
乙!


最下位か、この天龍ちゃんだと案外夕張にも勝てそうに見える不具合

809以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/27(火) 01:47:25 ID:lipwQzC.
待ってた
乙です

810 ◆gBmENbmfgY:2020/10/28(水) 22:40:05 ID:EoUW8mGU
※番外編がすっごい量書き貯まってるので、
 そのうち本編と別スレでレースとかうんちくとかヨタ話書こうと思います
 このままじゃいつまで経ってもレースできない

811以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/29(木) 09:16:42 ID:nO41iVVc
楽しみ

812 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:08:03 ID:Ee3fDlXc

………
……



 ――速いはず。


 ペダルに渾身の踏力をかけ続け、1セット目の20秒を乗り切った六名の中――矢矧は愕然としていた。


 ――私が、この中では一番速いはずだ……!


 自転車乗りとしてのスキル、レベル、アビリティに大差はない。されど身体能力という一点において、矢矧はこの中では群を抜いている。


 ――されど、機器が算出した1セット目の総合順位は、矢矧の四位を示していた。

 それも三位から六位まで大差ない。

 一位と二位、その『片方』は矢矧にとってあまりにも想定外の者の名があった。

 天龍ならばわかる。スプリントもこなす、速筋重視型のオールラウンダーの脚質である彼女は、おそらく矢矧の次に来るものだと思っていたからだ。

 だが、一位は――。

813 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:13:59 ID:Ee3fDlXc

「木、曾……!!」

「は、はぁっ――先輩をつけろよ、この落ち武者野郎、が……はーっ、はっ、はっ……」


 息も絶え絶えに、耳ざとく矢矧のつぶやき声を聞いていた木曾が笑う。

 二位が天龍、次いで夕張、そしてようやく矢矧が来て、その矢矧とほとんど横並びで北上と阿武隈が続く。

 矢矧にとって、ありえない事態だった。

 乱れた呼吸を整えながら、働きが鈍る赤熱した頭の中で必死に考える。


(私は、出し切っていた! 人を見ず、自らと戦い抜いた! 私のベストを出し切った――それは数値が証明している。なのに、何故……!?)


 その疑問は無意味なことだ。心が揺れる。ベストを出すために無我の境地でペダルを回していた精神に罅が入った。

 囚われることなく全力を出し切ることがこのトレーニングの達成方法であることを、矢矧は理解している。

 自覚してなお、疑問はやまぬ。心に泡沫のように次々と浮かび上がる何故、何故、何故。

 その様子を――矢矧の内心の動揺を、提督はたやすく見て取っていた。


(いるんだよ、矢矧。そういうヤツもいるんだ。自分と戦うより、他人と戦う時のほうが強いやつは。もちろん生きてく上ではどっちも必要なことだ。どっちが重要かといえばどっちも重要で、優劣は付けられん。が――)

814 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:15:58 ID:Ee3fDlXc

 提督は木曾をちらりと見やりながら、


(前者の意味で間違いなく強いのは――――)


 間違いなく、木曾だと。

 レストタイムも間もなく終わる。

 木曾の心には、一つの憧れがある。

 そして一つの後悔も。


(俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている)


 天龍の背を、追う者達がいた。

 天龍の後輩にあたる軽巡洋艦達がそうだった。

 それも既に通り過ぎた背中――されど、未だその背を自身の前にあるものとして認識する軽巡洋艦は少なからず存在する。

 木曾もその一人だった。


(ああ、そうだ。俺は自分が恥ずかしかった。自分という存在が、情けなくて、みじめで、消えてしまいたいと思ったこともあった)

815 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:34:06 ID:Ee3fDlXc

 かつて、木曾もまた視力にハンデを抱えていた。

 右目の視力が、著しく低い。失明にこそ至らなかったものの、常に眼帯型の視力補助が必要だった。

 だが、木曾はそれよりも嘆くことがあった。


(俺は、どうも、目だけじゃない。言わば心の視野ってやつが、狭かった。狭量で、ちっちぇえヤツだった)


 今では想像もできないほど、着任して間もないころの木曾は、弱かった。

 性能ではない。戦闘能力という意味でもない。

 その心が、弱かった。

 ――左右の違いはあれど、俺と同じように眼帯をつけた艦娘がいる。

 ごく当たり前のように、木曾は天龍にライバル心を抱いた。沖ノ島攻略からおよそ二ヶ月後――その頃からずっと、木曾は天龍に幾度となく演習を申し込んだ。

 海の上ではもちろん、いわゆる道場稽古――銃剣や剣道、時には木刀を用いたより実践に近いなんでもありの形式でも、様々な形で挑み――そして負けた。


『な、なんで……勝てねえ、んだ』


 もう何度目になるだろう。剣道の試合での敗北の後、道場で一人ぽつりと無念をつぶやく。

 天龍にとっては死角となるだろう左からの剣戟――確実に入ったと思った一撃は、視線一つ向けずに竹刀を操る天龍に弾かれ、そのまま返しの面を受けて一本。

816 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:35:41 ID:Ee3fDlXc

 理解ができなかった。理解が及ばなかった。

 だから、木曾はこう思った。

 愚かにも――天龍はきっと、俺とは違う高性能な視覚補助艤装をつけているんだろう、などと。

 天龍はたびたび明石の工廠へ赴いていることは知っていた。だから工廠へ消えていく天龍の後姿を見たとき、魔が差したのだ。

 現場を押さえて、俺にもその艤装を施してもらおう、などと――。

 工廠の裏口からこっそりと忍び込み、何やら話し込んでいる二人の会話を、電探の精度を上げて盗み聞く。


 ――そして、木曾は真実を知った。


 天龍の左目が、もう光を捉えていないことを。

 それが二ヶ月も前に、失われてしまったことを。


(天龍は、誰も、誰にも、言わなかったのか……?)


 木曾が何よりも失望したのは、それを悲嘆するばかりで、腐っていた己自身にだ。

 木曾の右目の視力は、左目と比して確かに低い。だが、見えないわけではなかった。

 幸いにして木曾の利き目は左目であったし、照準を合わせることも、視認することも問題なかった。視野角そのものについても偽装補助が働いている限りは全く問題なく、明確な死角が生まれるほどではなかった。

817 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:37:02 ID:Ee3fDlXc

 一見眼帯で視界を塞がれているように見えるが、常人と大差ないかそれ以上の視力を備えている。眼帯は傷を隠す意味合いが強かった。

 後に三度の手術を経て、今の木曾の右目は、ほぼ健常者と変わらぬ視力が戻っている――艦娘として海に出るときは、遠方の視野を確保するため、望遠機能を持つ眼帯こそ欠かせなかったが――それは当時の木曾にとっては未来の話。

 だからこそ、木曾にとっても天龍の失明の事実は、大きな衝撃を与えた。


(片目のハンデを、誰にも……辛いと、苦しいと、言わなかったんだ。ああ、そうだ。俺はあの時こう思ったんだよ。恥知らずにも――『言い訳にできるのに、そうしなかったのか』と)


 天龍は、提督や明石にだけはその思いを吐露した。他の艦娘達には、誰も言わなかった。きっと、龍田にさえも――察しの良い彼女がうすうす気付いていたとしても。

 それでも木曾の知る限り、天龍は日ごろからそんな素振りさえ見せなかった。


『なあ、明石。オレさ、ちっとばかし心配事があってよ』

『何が心配なんです?』


 これ以上、この二人の会話を盗み聞きするのは良くない――そう思っていても、木曾は電探を切ることができなかった。

 それが、木曾の後悔に繋がる。


『木曾だよ、木曾。あいつも右目、よくないんだろ?』

(――、――)

818 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:39:36 ID:Ee3fDlXc

 木曾の右目の視力は低い傾向にある。しかし艤装補助によって最低限の視界を確保できている。

 ――「今は」「まだ」。

 それが失われることを考えたとき、木曾は全身から力が抜けていくような心地がした。

 だが、それも一瞬のこと。


『ああ、その点なら大丈夫です。軽巡洋艦・木曾……この艦娘が時間経過によって視力の喪失したという個体の実例はなく、私の診断からしてもそれはないと断言できます』


 続く明石の言によれば、手術によって視力が回復した例もあり、艦娘としての戦闘能力に支障はない。

 その事実を聞いた時、天龍は。


『――そっか。ああ、よかった。おっかねえんだよ、アレ。いきなりこう、ばつんって見えなくなるのはさ――そっか。オレだけなら、そりゃよかった』


 心底安心したように、笑った。


 木曾もまた――ほっとした。


 ――ああ、よかった。俺『は』失明しないんだ。

819 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:40:26 ID:Ee3fDlXc

 そう思って、胸をなでおろして。


 ――愚劣なる者の頬に、撫でおろした手で作った拳を、渾身の力で叩き込んだ。


 即座に電探を切り、工廠を後にする。

 部屋に戻った途端に、涙が出た。自身の不甲斐なさに失望すると同時に、想像を絶するほどの恐怖を押し殺していた天龍を想うと、情けなさで死にたくなった。


(俺は、俺は一体、何をしていたんだ……)


 砲撃が当たらない――それは右目が見えづらいからだ。

 何をしてもうまくいかない――それは右目が見えづらいからだ。

 姉たちに劣る――それは右目が見えづらいからだ。

 天龍に勝てない――それは。

 それは。


(ぜんぶ、ぜんぶ、言い訳じゃないか……!)


 天龍と比して、己は一体何をやってきたのだろう。

820 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:45:42 ID:Ee3fDlXc

https://www.youtube.com/watch?v=phR80L9S-ik

 己の才能のなさを、ただ嘆くだけではなかったか。

 それを言い訳に、どこか安心していなかったか。

 木曾は、部屋を飛び出した。向かう先は提督のいる執務室だ。

 ノックもせずに飛び込むように部屋へ訪れた木曾に、提督は何も言わなかった。

 木曾が泣いていたからか。

 あるいは、凄絶な表情に何も言えなかったのか。


『指揮、官……俺、馬鹿だけど、どうしようもない、馬鹿だけど――――』


 これが、木曾のオリジンだ。

 自分という存在が、大嫌いになった。

 こんなにも情けない気持ちにさせられる自分が、嫌で嫌でしょうがなかった。

 自分という存在が、この世で一番嫌いだった。

 こんな自分でいたくないと思った。

 だから。

821 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 21:59:10 ID:Ee3fDlXc

『天龍みたいに……あいつみたいに、つ、つよ、つよく、なるには……どうずればいいがなぁ……?』


 涙と鼻水まみれの顔を隠すこともなく、縋るように強さを求めるのは、こんな情けない思いをするのはもう、これで最後だ。

 自分に誇れる自分でいたい。

 天龍と正しく肩を並べられる存在になりたい。

 強くなりたい。


『履き違えるんじゃあない』


 それだけで事情を察したのだろう。提督は何があった、どうしてそう思ったとは、聞かなかった。


『お前はお前だ。木曾は木曾だ。『これが俺だ』と言えるお前になれ。まずは胸を張れ。前を見ろ。少なくとも、いつだって天龍はそうしてきた』


 椅子から立ち上がり、提督は泣きじゃくる木曾に近づくと、その両肩を強く掴んだ。

 真っすぐに木曾の目を見据える。

 眼帯の奥で、提督の両目が優しげな光を湛えているのが見えた。


『強くなれ。お前が見ている天龍が強いならば、そこに強さを感じるならば――お前が求める強さが何なのか、その右目にはもう見えているだろう?』

822 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:00:16 ID:Ee3fDlXc


 そう言って、笑った。


『俺に最高の勝利をくれるんだろ? 忘れてないぜ。俺はその日を必ず掴みに行くぞ、木曾――おまえと一緒にな』


 天龍に感じた強さと、同じ強さを感じる笑みだった。

 もう、木曾の涙は止まっていた。




……
………

823 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:13:06 ID:Ee3fDlXc

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=EHOPTVBFpgM


 ――何かが伝わるでしょう。


 タバタ・プロトコルに挑む軽巡たちの背を見つめる多くの艦娘たちの中、朝潮の脳裏で、神通の言った言葉が蘇る。

 小さな胸の内側で、何かが音を立てた。


(――なんだろう。胸が、高鳴る)


 想起される思い出がある。いくつもの思い出だ。

 その多くは、海の上で戦っていた日々のこと。

 あの頃の朝潮には、何物にも侵すこと叶わぬ不壊の決意があった。


(ある、のでしょうか。今の私に……この朝潮に)

824 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:15:18 ID:Ee3fDlXc

 朝潮だけではない。

 レストタイムにはいる度、息も絶え絶えに呼吸を乱す軽巡たちの姿を見て――強者たちはかつての自分たちを想う。


(第二水雷戦隊を率いることの意味。艦艇としてではなく、艦娘としてそれに向き合うことの意味。功名心や嫉妬に曇り、真に盲いていた私の目を開かせてくれたのは――それを私に教えてくれたのは貴女です、天龍さん)


 後に二水戦を受け継いだ軽巡は思う。当時の天龍ほど、自分は配下の駆逐艦たちのことを思っていただろうか。ただ強さだけに囚われていた自分自身に恥じて猛省し、鍛錬を積み天龍を超え、その魂ごと二水戦を受け継いだ――あの時。


(天龍、木曾……その面だ。その目に宿る魂だ。諦めなどもはや知らぬと言わんばかりの面魂だ。前だけを見ているようで、後ろから続く者たちをも見据えている、その恐るべき独眼だ。この武蔵の敵は持ち合わせず、味方だけが持っているそれにこそ、私が求める強さがある)


 最強と呼ばれるに至った戦艦は思う。弱者と見下していた者に命を救われた。己がいかに無力で、どれだけ愚かだったかを痛感させられた――あの時。


(私は……一航戦であることの意味を……強さの意味を履き違えていた。鎧袖一触? 違う。託されたものを背負い、乗り越えねばならぬものに立ち向かう? 即ち期待の重みに耐えること? 違う! ――私は、私は、ただ)


 一航戦として在った空母は思う。そう在った過去という礎の後に生まれるという奇跡。己が滅びた後に起こった悲劇と向き合った。抱いた覚悟と決意。それを胸に誓った――あの時。


(ああ、やはりそうだ。そうなのだ。お前たち軽巡もだ。その輝きが、ひたむきさが、この長門の胸を奥底から熱くさせる……艦種は違えど、絶えず鍛錬に励んでいたお前たちの姿に、私は幾度となく救われたんだ)


 落ちこぼれと揶揄された戦艦は思う。妹と比較され、その妹から励まされることが屈辱で。明日を夢見ることさえ叶わぬ無力感に絶望した――あの時。

825 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:16:25 ID:Ee3fDlXc

(私は……今の私は、とても強くなったのに。今の私があるのは――私という重巡洋艦に影響を与えたのは、貴女たちよ……貴女たちに、私はかつて負けた。あれほどの衝撃はなかった。喰らっても喰らっても足りぬ、まだ足りぬと、功名餓鬼に過ぎなかった私に、正しい餓えを教えてくれたのは、貴女たちよ)


 強者として生まれた重巡は思う。才に驕り、餓えることもなく凡才を嘲り、その執念を見せつけられて敗北した――あの時。


(秋津洲は、夢を見ていたかも。強くなる夢を。高く羽ばたく夢を。だけどそれはただの夢だった。夢でしかなかったそれを、秋津洲は叶えた――叶えさせてもらえた。みんなも見ているかも? 新しい夢を。生まれ変わる、夢を。自分だけの力でそれを掴む、夢を)


 出来損ないと蔑まれた水上機母艦は思う。この鎮守府に拾われ、強い人達を見てきた。だからもう一度だけ夢を見てみようと決意した――あの時。


 多くの強者たちが、その背を見た。否、惹きつけられてやまなかった。自然と目を引かれているのだ。

 そして、一人の駆逐艦もまた、その背を見ていた。


「………思い、だした」


 特Ⅰ型。吹雪型駆逐艦の四番艦・深雪は、ぽつりとつぶやく。

 脳裏に、色鮮やかに描きなおされる記憶がある。


 ――初出撃をしたあの日。


 あの日も、天龍は深雪の前にいた。まだ両目が揃っていて、旗艦として十全の力が揮えた頃の天龍だ。

826 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:18:38 ID:Ee3fDlXc

 今だからわかることがある。

 ――天龍だって、あの頃は新人だった。怖かったはずなのだ。

 誰だってそうなのだ。

 だけど、そんな怖じる様子など欠片ほども見せず、随伴となる駆逐艦たちを鼓舞し続けた。


 ――ビビるな。臆すな。前を見ろ。オレの後に続け。

 ――敵を見ろ。砲を構えろ。練習通りに狙いをつけてろ。オレの合図で一斉に発射だ。簡単だろ?


 いつだって最初に切り込んでいくのが天龍だった。


「ああ……そうだ、深雪は。思い出した。あの時、こう思って……あこがれたんだ」


 あの日からずっと変わらない。

 あの頃の天龍には、まだ左目は見えていたけれど。

 変わらないものがある。

 いつだって、深雪が見ていた天龍は――。

827 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:24:55 ID:Ee3fDlXc

「なあ、吹雪。なあ白雪、初雪。叢雲、磯波、浦波よう……天龍は、とってもカッコ良かったんだぜ」


 ――今や名実ともに最強の艦娘が集うこの鎮守府にも、他の鎮守府と横並びでスタートした時期があった。

 鎮守府発足から一年の間、ある水雷戦隊の長として君臨した軽巡洋艦がいた。

 その水雷戦隊は、第二水雷戦隊。華の二水戦。


「そうだろ? 心強いって思ったんだ、すごく。いつの間にか、戦うことにビビることはなくなってて、それで――」


 その座を、設立当初から実力主義の鎮守府にあって、一年だ。

 北方海域攻略を半年近く足止めされ、すべての艦娘が前線から離れ演習や鍛錬に明け暮れていた日々のなかにあったとはいえ、北方海域の完全な奪還まで――最強の華として咲き誇った。

 第二水雷戦隊・初代旗艦は――深雪にとっての、憧れだった。


「深雪様はさ――天龍に……天龍に頼りにされるような駆逐艦に、なりたかったんだ」


 強かった。だけど、深雪が見ていたのはそこではなかった。

 いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。

 いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。

828 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:31:01 ID:Ee3fDlXc

https://www.youtube.com/watch?v=8x1AGTxQffQ

 いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。

 いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。

 その力強い笑みを浮かべた顔が、振り返るさまが好きだった。最初は、こんな艦娘になりたいという憧憬だった。

 やがて焦がれるように思ったのだ。

 ――彼女たちは思う。

 戦争が終わった。

 そこに悔いが残っている。

 見せたい力がある。

 その力を見せたい人がいる。

 こんなにも強くなったんだと、報告したい人がいる。

 こんなにも強い人にだって勝てるようになったんだと。

 戦ってみたいと、誰かは思う。競ってみたいと、誰かは思う。レースで、覇を争いたいと、誰かは思う。

 そして、深雪は。

829 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:33:42 ID:Ee3fDlXc

「あたしは、天龍と一緒に走りたい」


 だから目指す場所が見えた。

 隣で走って競うのではない。

 後ろから付いていくのでもない。


「だって、これまでずっと、引っ張ってもらってきたんだ――いいだろ、あたしが引っ張ったって」


 天龍の背を見つめながら、熱い涙が頬を伝った。

 彼女から貰ったものがなんだったか、それに気づく。


「深雪様は――天龍を、王様(カンピオニッシモ)にするよ」


 貰ったのは――熱いど根性だった。



……
………

830 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:49:52 ID:Ee3fDlXc

https://www.youtube.com/watch?v=A358-QODoI0

………
……


(――まだだ。こんな、もん、じゃ、なかった……)


 順位を指してのものではない。ただ己と向き合っての、自己評価に過ぎない。

 ――現状三位。夕張はただひたすらに自分と戦っていた。

 タバタ・プロトコル、その3セット目が間もなく開始される。

 その時――夕張が思い起こしたのは、島風と勝負した日のこと。


(自分にだけは、二度と負けない。負けられない……負けたく、ない)


 だって覚えている。

 なりたい自分が、そこに見えている。

 そう言ってくれた人の事を、その言葉を覚えている。

 まだそこに、なりたい自分が見えている。

831 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:50:32 ID:Ee3fDlXc

 ――最速となった自分がいる。

 見失ってなんかいない。もう二度と見失うことはない。見失いたくない。

 だから走る。

 義務感などではない。焦燥なんてない。

 いつだって夕張の両脚には、それが絡みついていた。


(あの時――――確かに私の指が、そこに引っかかっていた。『栄光』という名前の付いた星に、指が掛かっていたんだ)


 ずっと縁のないものだと、どこか諦めていた。せめて人並みになりたいという、小さな願いすら叶わなかった。それでも遅い自分は嫌だと、これ以上遅くなりたくなかったから走り続けた。

 少なくとも『速度』という分野においては、絶対に手に入らないものだと。

 勝利の二文字に。

 最速の二文字に。

 だから。

 まごついているうちに、その二文字が消えてしまうことが何よりも怖いから。

 何よりも、嬉しかったのだ。

 速く走れるという自分自身が嬉しかった。

832 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:51:34 ID:Ee3fDlXc

 トレーニングの苦しさなんてどうでもよくなるほど、速くなっていく自分に高揚する。

 その心の躍動が力となって、


(私の両脚は、動く)


 両足に絡みついていた何かが――――鎖が砕けたような気分だった。

 諦め悪く走り続けた日々は、無駄ではなかった。

 報われようとしているのだ。

 結実する日が、訪れる予感があった。

 その予感を、勘違いにしないためにも――。


(――走るんだ。私はもう、見失わない。見続けている。見上げていた。見惚れていた。

 あの星を、一瞬の輝きを、この手でつかみ取りたい。一回だけでもいい。ただ一度きりだってかまわない。

 だから、ゴールを目指す。そこに辿り着きたい――――この両脚で。誰よりも先に、誰よりも速く)


 夕張は、あの日の敗北を受け入れていた。

 掴んだものは黒星だったけれど、それはどんな玉にも勝る黒星だった。

833 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 22:53:40 ID:Ee3fDlXc

 ならばそれが白となったときは、どれほどの輝きを放つのだろうか。

 心が躍った。

 胸が高鳴った。

 目の奥がかっと熱くなる。

 ――――これまで己が絶対に追いつけないと思ってきたものに、指が掛かったのだ。

 その事実こそが、夕張をかつてないほどに燃え上がらせた。


 それは、提督のみならず、一部の艦娘達も察知する。


「あら……あんないい顔ができる子でしたか、夕張さんは?」

「いいえ。ですが彼女がああなったことの心当たりならば」

「島風とのレースですね。あれは佳かったです。胸に来ました」

「うん。良い顔してますね、今の夕張」


 赤城と加賀、そして蒼龍と飛龍――四人は夕張の変化を感じ取っていた。

834 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:03:54 ID:Ee3fDlXc

「……ふーん? 技術屋傾向のある子だと思ってたけど、見誤ってたみたいね。すっごい覇気だわ。それでいて攻撃的じゃあない――好きだな、ああいう子。翔鶴姉はどう?」

「ええ、私も好きですよ。自分自身の到達点を見据えて走っている……とても清らかな闘志です。透き通っている」


 鶴姉妹もまた瞠目し、感心したように夕張の疾走を見やる。

 そして、多くの戦艦たちもまた――特に注目していたのが、夕張だった。


「ふむ……強者が持つ共通項、独特の雰囲気……オーラやカリスマと呼べるものを備え始めています」

「自然と目が引き寄せられるわよね。こうしてみていると、自然と応援したくなってきちゃうわ」


 大和、そして陸奥。


「並の深海棲艦なら今のあいつを前にすれば、一目散に逃げだすだろうな」

「ふうん……一皮むけたじゃない。あの子ったら案外、大器晩成型なのかもね」


 天龍を注視していた筈の、日向と山城さえ目を惹かれた。


「これまではその大器の注ぎ口に蓋がされていましたからね…………あの子は島風と伍した。その事実が、夕張に足りなかった自信を備えさせたのでしょう。ええ、この霧島の計算によれば間違いなく」

「実際に凄いことですよ? なにせ島風ちゃん……あの子、単・中距離のスプリント勝負だと軽巡や重巡の子たちはおろか、榛名たちにすら勝ちますからね。霧島も不覚を取っていましたし」

835 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:05:28 ID:Ee3fDlXc

「う゛っ……あ、あれはその、まだ不慣れだったからよ!?」

「まあまあ、それにしたって夕張ガールはガンバッていましたからネ。よくリバーサイドでスプリントのプラクティスしてました」

「大げさなことなんかじゃなくても――いえ、あの子にとっては大層な出来事だったんでしょうね、アレ」

「……ええ。私たちにも分かりますよ。私たち戦艦は――わからないはずがない」


 ――足が遅い。

 届くはずの手が届かない。

 そんな悔しさを味わったことがない戦艦は、この鎮守府には一人もいない。他の鎮守府でもそうだろう。

 最前線に立っていても、痛感するのだ。

 本当の最前線に立っているのは、先行する駆逐艦や軽巡、重巡らだと。

 彼女たちが決死の覚悟で切り開いた先端をこじ開け、ねじ伏せるのが戦艦の役目。主力を叩き潰し、必ず勝利して帰ってくることが使命である。

 『その時』が来るまでは、血がにじむほどに口元を力ませながらも見据えているしかできない。

 射程距離に劣る軽巡にあっては、おそらくそれ以上の苦悩があったのだろうと、戦艦達は各々が夕張の心情を推し量り、刮目して彼女を見た。

836 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:10:08 ID:Ee3fDlXc

 そんな彼女たちよりも熱心に夕張を見る視線が一対存在する。

 それは言わずと知れた最速――『神速』の異名を持つ駆逐艦。


「あ。夕張のスプリントフォーム、すごく綺麗になってる……前より姿勢が低い。なんだろ……どっかで見たような」

(おまえのスプリントを参考にしたんだろって、言ってやるべきかな……いや、黙っとくか。野暮だし。この長波サマは空気読める女だからな)

「夕張さんのスプリントかっこいいね! 島風ちゃんみたいだ!」

(そうだな。お前はそういう奴だったな、子日)


 長波は乱暴に頭を掻いた。野暮天にもほどがあると子日を注意しようとした、その時だった。


「島風なら、こう。こうやって……いや、こうかな? こう……もっとハンドルを」

「あれ? 島風ちゃん? 島風ちゃーん」

「! …………あー、子日。黙ってような。今の島風にゃ聞こえてねーよ」


 島風はつぶやきながら、座ったまま手足を小刻みに動かしていた。

 それは紛れもなくロードバイクのギアチェンジや、ペダルにトルクをかける際の動作である。

837 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:12:11 ID:Ee3fDlXc

「おうっ!? シッティングからスプリントに移行する動き、すごくスムーズだ。ギアチェンジも上手くなってる……レースを想定して、いっぱい練習したんだろうな……島風も練習に取り入れないと」

(すげー集中力だな、島風。身体は此処に在るのに、ハハハ……島風、おまえ……ここで見ているだけなのに。

 ――おまえの心は、夕張と一緒に走ってんだな)


 長波は苦笑した。そして、心に僅かながら憧憬が浮かぶ。


「……あれだけの出力を、二十秒維持できちゃうのか。緩やかな山なりだけど、確実に速度がじわじわ伸びてく……島風はあの時も、後半に追いつかれそうになった。夕張は疲労耐性が高いのね……。

 ――今の島風と戦ったら、どうかな……? わからないな……わからないのが、こんなに嬉しい。こんなの、考えたこともなかった」

(羨ましいぜ、島風。妬けるよ、夕張……あんたらの関係。だって、すごく楽しそうだ。夕張、あんたのそのスプリント――――島風にそっくり……ん?)


 憧憬の眼差しを向ける長波の肩を、ちょんちょんとつつく感覚。


「………ん!」

「は? え? 何?」


 自らを指さしながら満面の笑みを浮かべる子日がいた。

838 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:13:41 ID:Ee3fDlXc

「子日だよ!」

「お、おう。知ってるよ? それが、どした?」

「むぅ……ねのひー!」

(何が言いたいんだよおまえさんは……――ライバルは私だってか? ハハ、まさかな)」



 ――そのまさかが来ることを、この時の長波はまだ知らない。


……
………

839 ◆gBmENbmfgY:2020/12/13(日) 23:16:55 ID:Ee3fDlXc
※今日はこんなところでレストタイム
 今回はフフ怖てんりゅーちゃんとキャプテンキッソとばりちゃんでお送りしました
 次回は北上様とあぶちゃんかな
 一人足りない? 知らんな……

840以下、名無しが深夜にお送りします:2020/12/14(月) 21:43:40 ID:8j/yWv66



そりゃな、現代栄養学を古典的根性論で否定するような角材ガールは顔じゃない

841以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/02(金) 18:31:56 ID:fie/KCIo
年が明けましたね>>1さんマダかなー

842以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/07(水) 16:57:18 ID:FOY4CTdA
いよいよ向こうのスレの更新かなとwktkして全裸待機してたらSS速報逝っちゃって悲しい
深夜でもスレ数上限で建てられなくなってるけどお蔵入りしないでどこでもいいので日の目を見るといいなあって

843 ◆gBmENbmfgY:2021/04/11(日) 23:02:48 ID:eYaJYtvI
>>1です。
 この度、自宅での病気療養となりすっぽり時間が空いてしまいました。
 命に係わる類の病気ではなく、怪我というわけではないのですがちょっと現状は普通に働くのが厳しい。
 ろ、ロードバイクに、乗れない……。
 少しずつ書き溜めてはいますので、この機会に無理しない範囲で少しずつ投下していこうと思います。

 とはいえスレ上限問題はどうしよう。
 ま、まあぼちぼち投下していきますので気長にお待ちいただけたら幸いです

844以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/11(日) 23:14:59 ID:/hlS3QMI



えっ待って現状でその報告だとコロナ感染発症の可能性あるじゃんマジお大事に!?

845 ◆gBmENbmfgY:2021/04/11(日) 23:26:15 ID:eYaJYtvI
※コロナは3回ほど受けましたが全部(-)でした。
 入院して検査したら、身バレがアレなので伏せますが、そこまで珍しくない病気だけどおっそろしく重篤化しているという厄介な状況になってしまい……。

846 ◆gBmENbmfgY:2021/04/11(日) 23:31:26 ID:eYaJYtvI
※途中で送ってしまった。
 該当する病気が疑われる検査値以外は医者から「うっそだろおまえwww」って言われるぐらい健康的な数値でした。
 んで今回症状が快方に向かったので自宅療養へ切り替えと相成りました。
 厄介なのが「物理的に動くとヤバい」「動かなければ大丈夫」ってとこですな。
 仕事? リモートだろうとだめだってドクターストップですよ。
 物理ってのが喋ったりするのも含むらしいのでHAHAHA畜生。
 そんなわけで無理しない範囲でちょっとずつ……

847以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/12(月) 10:24:40 ID:OMwB9aVw
なんともまぁ…
無理せずお大事に…

848以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/13(火) 14:07:26 ID:2KmLr4cI
SS速報復旧したっぽいね

849以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/13(火) 15:36:25 ID:qwWKxxd.
応援してる

850 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:29:49 ID:iO5JmBRg

………
……



 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。


 北上は思う。

 『いつも通り』が、『いつも通り』じゃなくなった時のことを、思う。

 ありったけの気持ちで、思う――。


 かつて、俯いたままに溢した言葉がある。

 薄暗い部屋の中、寝台の上で膝を抱えて座っていた。

 無理矢理にこじ開けられた扉から、見知った軍帽を被った、着任当初とは見違えるほどの成長を遂げた彼が入ってくる。

 見なくても分かった。こんな強硬手段を取るのは、彼か自分の親友ぐらいのものだと北上は知っている。

 そして後者ならば既に声を発しているだろう。ただの消去法だ。

 彼はベッドの前に立ち、膝を曲げてかがむ。

851 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:34:20 ID:iO5JmBRg

 ――よう。辛そうな空気吸ってんなおい。助けてやろうか? 俺ならどんな絶体絶命の状況からでも救い上げてやれるぞ。


 落ち込んでる様子を察すると、決まって彼は北上をそうやって茶化す。いつもの調子の声だった。

 からかい半分、心配半分。北上という艦娘を知り尽くしている彼一流の励ましの言葉だ。

 ああ、それはきっと、かつての北上であれば頭にかちんとくる言葉だったろう。誰が助けてもらうものかと突っぱねて、目論見通りに奮起してやっただろう。

 だけど、今はもうそんな気力もなかった。

 どこにでもいる、ありふれた負け犬みたいに泣きじゃくる。


 ――あたしはもう、心の形が歪んじゃったんだよ、提督。


 我ながら酷い声だった。錆びた鉄がこすれるような情けない声に、ますます惨めさが募って涙がこみ上げる。

 あんなにも赤く滾っていた鉄の心は、すっかり冷めて罅割れた。

 ――こんなはずじゃあなかった。

 ――こんなざまじゃあなかった。

 いつからか、何かが壊れ始めていたのだろう。それがようやくわかったのは、戦争が終わってすぐのことだ。

 それまで、自分の心の形がどうあったのかは思い出せる。

852 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:35:57 ID:iO5JmBRg

 硝煙交じりの血風吹きすさぶ海上に在ることこそが日常だった。鎮守府での日々こそが非日常。ただの待機時間にすぎなかった。

 戦いを日常とする非日常こそが愛しかった。

 鍛えた技を巧みに使い、ただその時を待つ。凡百の雑魚どもを屠り弑し制し穿ち撃ち、これを沈め、機を伺う。

 本命が顔を出してからが、あたしの仕事の始まりだ。

 頬をかすめる砲撃の熱に肌が粟立つ感触を侍らせながら、生死の境界線をなぞる。

 返す刀で魚雷を放つ。『ただこれのみ』と己で定めた己の誇りに命運を委ねる。

 その瞬間にこそ、心が真っ赤に燃え上がった。寝ても覚めてもそればかり。このスリルこそが生き甲斐だった。

 自らの武器がなんであるかなど、敵味方どちらにも知れ渡っている。

 それしか武器がない事だって知られている。

 タネが割れればはいそれまで。


 ――だがそれがどうした。


 その筈だった只の一芸、それだけだった一発屋、それでもあたしはやってきた。これまであたしはやってきた。

 そうとも、これは見せ札だ。されどされども虚仮の一念、虚仮の一心。ただそれだけの死に札を、誰であろうと見過ごせぬ鬼札となるまで鍛え上げた。

 これよりお見せするのは北上、一世一代の一芸。

853 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:37:01 ID:iO5JmBRg

 避けるは至難。当たらば絶死。振るわば最期、死出の旅路を約束する死神の大鎌。

 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――必殺必中の一発芸。

 かつて四海はおろか七海の果てまで轟きし、門外不出の妙技こそ――『雷神』北上改二の雷撃術。

 これにて終幕、水平線に勝利は刻まれ大団円。


 ――それが、もう、なくなった。


 だって、戦争が終わった。

 終わってしまったんだ。それでも鍛錬に励む。いつものように繰り返す。

 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
 
 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返す。

854 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:39:58 ID:iO5JmBRg

 http://www.youtube.com/watch?v=WwVrHOe93Ek

 繰り返して。

 繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して―――。


 目を、覚ます。

 違和感に、気づいた。


 ――そういえば、最近、ちっとも実戦で戦ってないや。


 だけど、繰り返す。そうだ、繰り返さなくちゃいけない。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

855 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:41:49 ID:iO5JmBRg

 繰り返して。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返して。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返して。

 繰り返して。繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 だって、それしか知らないから。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 それ以外のことを知らないから。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 だって、だって。

 だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって。


 ――誰も教えてくれなかったじゃないか。

856 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:42:29 ID:iO5JmBRg

 呪詛に等しい言葉が頭の中に浮かび上がる。だけどその中で、覚えている言葉がある。

 かつて提督がみんなに言っていた言葉が、いまさらになって脳裏をよぎる。


 『戦う事しか知らないなんて、辛いじゃないか』


 ああ、そうだ。機会はあった。選択肢はあった。だけど戦う事しか知らない。心の形はもう、歪みにゆがんで、元の形も覚えていない。

 もう、ただの廃品だ。アレはきっと提督が与えてくれたチャンスだったのだ。ただ一つの機会だったのだ。

 ……本当にそうか?

 誰かに、お茶に誘われた記憶がある――訓練があるから嫌だと突っぱねた。

 一緒に遊ぼう、と袖を引っ張ってきた駆逐艦がいた気がする――うざい、きえろ、どっかいけ。そう言ってあしらった。

 自分には無用のことだと、どうでもいいと、必要なのは力だけだと、そう突っぱねた。

 姉妹艦の球磨型とはよく話をした。だけど、頭の中では戦うことでいっぱいだった。何を話していたのか、あまり覚えていなかった。

 ――だからきっと、あたしは最初から壊れていたのだ。

 なんだ? やりたいことって、なんだ? 戦う以外のことって、なんだ?

 ――辛いって、なんだ? このどうしようもない無力感のことか?

 それが何の因果か、日頃の行いがむしろ良かったのか、戦後になって気が付いた。

857 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:43:30 ID:iO5JmBRg

 こんな壊れてしまった兵器に価値はない。

 まして、戦えない兵器に、戦う機会もない兵器には、価値がないどころか――存在するだけで、害悪だ。

 だけど、あたしにはそれしかなかった。

 それだけだった。戦うことだけだった。

 なのに、それを取り上げられたら。

 あたしは、どうすればいいんだ?
 

『ねえ、提督……教えてよ。何が、あるの? あたしに、あたしから、戦うこと取っちゃったら、何が残るんだよ』


 ――才とは何か。

 この鎮守府において、この問いに対して最も冴えた回答を持つのが提督だろう。


 天才。非凡。才人。

 凡才。非才。凡人。


 「才には数え切れぬほどの種類がある一方で、それぞれの手が及ぶ範囲があり、足を踏み込める深度がある」と、かつて彼が言っていたことを北上は覚えている。

 そして次いで言った――「重要なことは、本人の才の有無ではなく、それを教育・指導する側にこそある」と。

858 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:44:11 ID:iO5JmBRg

 指導する側がその才の有無、広さ狭さ、深さ浅さを把握し、才の性質を正しく見極め、そしてその才を伸ばし深めるための手法を誤らぬことだと。

 時にはあえてその才の幅を狭めること、浅く留めることもまた必要な手法であると。

 何より才を有する本人のモチベーション。それを引き出すのが提督として最も腕の振るいがいのある所の一つなのだと、確かに彼はそう言った。

 北上は確信している。他の艦娘たちの例に漏れず、この提督はそれが神がかって上手い。

 才能と本人の嗜好が一致していないことなど珍しいことではない。

 好きこそものの上手なれ。これは理想的な才能の伸ばし方だ。本人にやる気があり、向上心があり、技術をみるみる身に着けていく黄金の時である。

 下手の横好き。これは典型的な才能の腐らせ方だ。興味のある事柄に対して、悲しいかな才能がまるでない。これはある一定以上のレベルに達すると頭打ちが来る。その頭打ちに直面した時こそ、現実の壁に直面する。

 提督は、その才を見極める。

 黄金の素質をもって積み重ねてきたはずの素養が、銀に落ちることもある。

 銅程度の素質しかないものが積み重ねた素養が、黄金の輝きを放つこともある。

 まさに指導者としての、提督の腕の見せ所だな――提督は笑いながら北上にそう言ったのだ。

 だから、と思う。

 そんな提督だからこそ、北上に。

 この壊れてしまったガラクタに。

 まだ価値を見出してくれるんじゃあないか。

859 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:46:49 ID:iO5JmBRg

 そんな縋るような希望があった。


 ああ、だけど。

 北上は思い出す。提督が言ってくれた言葉は、こうだった。


『あぁ? ――ねえよ、ンなモン』


 ――ぶっちゃけ、こんな酷い返しがこの世にあるのか。あっていいのか。

 当時のあたしはそう思った。これが世界の戦力をひっくり返すとまで言われた鎮守府の長が、仮にもそのなかでも指折りレベルに武勲を上げた艦娘に対して放つ台詞だろうか。

 信じられねえ天魔鬼神っぷりである。


『それがない、ない、見つからない。だからおまえはべえべえ泣いてんだろう。違うか?』


 ――返す言葉もなかった。その通りだった。

 あたしには、何もない。

 だから……?

 だから、なんだろう。

860 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:50:14 ID:iO5JmBRg

 そうだ、どうして――どうして、それが嫌だと思ったのだろう。

 今までは、それでも、やってこれたのに。


『それが嫌だって泣いてんだろう。戦うこと以外知らない自分が嫌になったんだろう。おっせえんだアホめが――だが許す。ないものねだりしてえなら大井を困らせてねえで、こうしてハナッから素直に俺に言え』


 あたしが欲しかったのはなんだろう。

 戦果に対する、賞賛?

 痺れるような戦いのスリル?

 わからない。


『北上よ。いや、アホがみよ。おまえが探すべきものはな、ハナッから存在しないものもそうだが、もう一つある』


 わからない。ここまでアホ扱いされる理由がわからない。少なくとも、当時のあたしは、とても内心で憤慨した。


『お前に一番必要なのは、どうしてお前がそこまでして戦おうと思ったか、だ。その理由だ。そいつを思い出せ』


 そう言って、提督はあたしの手を引いて立ち上がらせた。

861 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:55:55 ID:iO5JmBRg

『まあそっちはすぐにとはいかんだろう。だからな――ヘイ! そこの三つ編みがちょっと芋いがワリと整ったツラしたお嬢さん! ちょっと俺がデートしてやるぞ……いや、しろ!』

『えっ』


 こうしてあたしは、そんな最低のお誘いの言葉と共に。


『ないものをあるようにするには足し算しかないだろ。掛け算したってゼロはゼロだ。ないない嘆いてるやつを見つけに行こうぜっつってんだよ――北上』


 攫われるような勢いで――人生初の異性とのお出かけを経験したのだ。

 ときめいてはいない。

 断じて。

 そうだとも。ときめくものか。


 だってあたしを抱き上げたのは王子様ではなく、魔王の類で。

 しかもあたしを運ぶ足は白馬ではなく、鉄の馬で。

 ちょっとだけ。ほ、ほんのちょっとだけ、提督の背中の大きさとか、しがみついた時の筋肉の感触とかに思わず心臓が高鳴ったけれど。

862 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:56:46 ID:iO5JmBRg

 それでも、その日、あたしはやっとわかったんだ。

 あたしは、ただ知らないだけだった。

 なら知ればいいんだってこと。

 そして思い出す。


 ――どうして、あたしは強くなろうと思ったのか。




……
………

863 ◆gBmENbmfgY:2021/04/19(月) 02:57:55 ID:iO5JmBRg
※病み上さんフラグを即座にへし折る提督にあるまじき卑劣漢の活躍は次回かもかも

864以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/20(火) 08:33:01 ID:VW4VFnkE
乙!
ずっと、ずっと待ってたんだよこの話を……!
北上さまを病ませてから救い上げて笑顔にさせたい派の俺大歓喜
全力で応援してるから無理のない範囲でな

865以下、名無しが深夜にお送りします:2021/04/23(金) 08:51:42 ID:trYJ4nZE
乙です  どうかお大事に・・・

866 ◆gBmENbmfgY:2021/05/10(月) 02:10:03 ID:utqhtWyg

……
………

 風を切って走る、なんて表現がある。

 絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。


『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』


 あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?

 走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。

 提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。

 久しぶりに、軽巡寮の外に出た。

 あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。

 それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。

 言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。

 そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。


『意外と、乗り心地いい?』

867 ◆gBmENbmfgY:2021/05/10(月) 02:10:35 ID:utqhtWyg

……
………

 風を切って走る、なんて表現がある。

 絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。


『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』


 あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?

 走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。

 提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。

 久しぶりに、軽巡寮の外に出た。

 あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。

 それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。

 言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。

 そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。


『意外と、乗り心地いい?』

868 ◆gBmENbmfgY:2021/05/10(月) 02:17:18 ID:utqhtWyg


 水冷4ストローク並列6気筒エンジンの加速はシルキーだ。そう思っていたのも、高速道路に入るまでのことだった。

 吐き出される音も急速に高まることも吠え出すこともなく、粛々としつつ、しかし確実に伸びあがっていく様は、さながら知恵ある獣の咆哮のよう。

 その反面、前方から間断なく叩きつけられてくる風の威力に、あたしはもう圧倒されるばかりだった。路面が綺麗に整地されていることもあって突き上げによる尻へのダメージこそないが、目まぐるしく流れていく景色の速さときたら、海上で見えるそれとは雲泥の違いがある。

 はっきりと言ってしまえば――怖い。


『贅沢を言えばスポーツ系、ストリートファイターかカフェレーサーの系統がいいんだが、タンデムかつ持ってきたい荷物を積み切るにゃあ、他のだと心もとない。

 アドベンチャーバイクは納車前だし――となればこのツアラーよな』


 当時のあたしには横文字の意味がまるでよくわからなかったが、わかろうと思う気力もなかった。

 もう好きにしてほしいと思った。どこへなりとも連れて行けばいい。行きつく先が死体処理場でもかまわないし、あたしなんかの女でよければそれこそ好きなだけ弄んだっていいと思えた。

 この男が最初にして最期の相手ならば、この北上様としてもやぶさかでもない――なんて、捨て鉢になってたことは否めない。

 重雷装巡洋艦・北上改二は乾いていた。

 少なくとも彼女は自身をそう認識している。それが誤りであろうとも『そうである』と定義していた。

 しばしばドライだと称されることはあった。

 何を考えているのかわからないといわれることもあった。

869以下、名無しが深夜にお送りします:2021/05/10(月) 13:27:17 ID:R8AjfTt6
来たああああああああ

870 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:35:05 ID:F.816xeo

 ――そんなの、あたしが知りたいよ。


 これまで、何を考えていたのだろう。

 どうして、何一つ疑問に思わなかったのだろう。

 なんで、あんなにもがんばっていたのだろう。

 『そうしていくのが間違いなく正しいんだ』と、あたしは信じられたのだろう。

 何を思って、戦っていたんだろう。

 その理由が、闘志を燃え上がらせていたものがなんだったのか、もう思い出せない。

 思い出そうとすると、胸の中がちくちくして、頭の中がガンガンする。ひどく苛立つ。ムカムカした気持ちになる。

 この行くあてのわからないツーリングと同じように、あたしの目の前には厚い霧が広がっているようだった。


『次のICで降りるぞ。したら目的地はすぐだ』


 ヘルメット内のスピーカーから聞きなれた声が耳朶を打ち、堂々巡りの思考の迷宮から意識が浮上した。

 
『あんま深く考えるな』

871 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:36:37 ID:F.816xeo

 柔らかな日差しのような声だった。あたしのささくれた心を慰める、気遣いの声だ。

 惨めだとわかっていても、思わず目元に涙がにじむ。提督の背中にしがみつく手に、わずかに力がこもって――。


『おまえが忘れちまったモンを思い出させるため、提督様が回りくどくも完璧な質問して思考誘導の末に解決してやっからさ――俺の掌の上で無様に踊れ』


 ――すぐ緩んだ。感動を返せ。前言――といっても言葉にしたわけではないのだけれど――撤回だ。

 あるのか? こんな上から目線でかつ『これから君の思考を誘導して救ってあげるから気に病むなよパペット』なんて気遣いが? この世にあっていいのか?


『あるだろここに。俺が言ってんだから、それはもうあるだろ。この世に絶対があるとすりゃあ、そら俺の言葉だろ』


 ――ナチュラルに心読むなよ。うっかり能力と才能を備えてしまった知性と暴力と自尊心の権化め!


『おお、俺を讃えるならいいのよもっと褒めても!』


 ――そういえばビスマルクとかいうウカレトンチキな馬鹿戦艦、まだドイツだったかな。あいつの雷撃は本当にひどかった。今は元気でやってんのかねえ……。


『そうそう、別のこと考えてろ。無駄に思い悩むのはダメだ。ダメダメだ。

 馬鹿の考え休むに似たり。どん底にあるおまえの気持ちが更に暗く深く湿度を増すだけだ』

872 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:40:33 ID:F.816xeo

 ははん、さては現実逃避すらさせる気がないと見た。


『だから無い頭使って考えんな。日頃から天才、天才と呼ばれてきたせいで実は知らなかったかもしれないがな北上――君ってば賢いけど、実はだいぶアホなんだぞ。俺の中じゃあそういう評価だ』


 すっごく気持ちが沈んだ。悪魔だこの男は。人がこんなに落ち込んでるというのに、慰めるどころか足を引っ張ってきやがる。

 あげく人をアホだという。実はかなり尊敬してた人に、そんな風にずっと思われていたというのが何よりも効く追い打ちだ。

 ――悪魔と呼ばれた艦娘は何人かいた気がするが、この男が本当の悪魔ではないのか? スーパー北上様は訝しんだ。

 この読心術と話術を駆使するだけで、彼は稀代の詐欺師にだってなれるだろう。

 油断していた――というか無気力で隙だらけすぎるのもあるが、あたしの精神状態から考えていることまで、完璧に読み取ってくるこの提督。大戦の時だって通信越しにこっちの被害状況を察していた節がある。それどころか敵の心理状態までもだ。

 そういえば敵の取ってくる配置や戦術は無論、海域ごとの些細な違和感や最低限の調査で、敵編成から戦術的目標やら何から何まで見通していたような。

 あまりに状況予測が的確過ぎて、一時期は深海棲艦と人類側でのダブルスパイなのではないかなんて実しやかな噂が流れたものの、提督が取った軍事的行動は全て人類側に利するもの――しょっちゅう近いが遠い隣の国が悲鳴を上げたが、要約すると『必要な犠牲だった、いいね』『アッ、ハイ』と黙らざるを得ない状況に持っていき、その主張を押し通した――で、そうした噂は軍の上層部や手柄を妬んだ他提督たちの負け惜しみだと切って捨てられた。

 なんせ黙らなければその犠牲が増える。切って捨てられるのが命になってしまう。提督はやるといったらやる。今でこそ海軍内で一大派閥の頂点に立っているものの、当時はガラスの綱を渡っていたのだ。高潔な武人肌の艦娘にはとても聞かせられない類のあくどいこともやっている。北上は一端とはいえ、その所業を知っている。

 閑話休題。

 そもそも彼は生誕から現在に至るまでの足取りがきっちり追えるだけの身元が確保されている生粋の人間である。信じがたいほどデビルだが、北上はそれを知っている。だからこそ『マジで人間かこいつ』と思う事がしばしばあった。


『人間だぞ。昔は自信失くしたこともあった。俺だってそういうおセンチな時期はあったんだ』

873 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:43:48 ID:F.816xeo

 嘘だ。まだ19歳のくせに昔話をするように言うんじゃあない。

 爽やか極まる声で言おうが、それは絶対嘘だ。自分以外の存在なんて虫けら同然としか考えていないに違いない。


『嘘じゃないぞ。そうだな、あれはたしか――幸せの絶頂にいる人間が陰で行っていた後ろ暗いことを盛大に暴露し、あることないことのうち説得力があることばかりを上げ連ね、不幸のどん底に陥れてやったときのことだ。あの時、俺は人間なのかと自信を失いかけた』


 ――なんてこと例に挙げやがる。そしてなんてひでえことしやがる。


『なんていいことをしたんだ俺はって気持ちになった。あの時、あいつが浮かべたツラときたら本当に最高だったぜ』


 ――なんて気持ちになっていやがる……!!


『これっぽっちも罪悪感が湧かないどころかもっとしたいもっと貶めたいもっと踏みにじりたいもっと苦しめたいと、ときめきにも似た何かを覚えたんだよな。『人』って文字の成り立ちを考えて、俺って最高に人の一画目だなって思った』


 おそらく提督が言いたいことは、『人』という文字は、一方がもう一方を踏みにじっていると……違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

 この人は悪魔じゃなくて魔神の類だった。海軍内で自分に敵対する派閥はあの手この手で貶めて、社会の底辺はおろか地獄の底へと落とすのだ。怖いのはあることないことではなく、必死で隠していたあることばかりを発掘してはそいつを鬼札に証拠付きで脅迫するのである。

 見てるだけの時もあれば手ずから沙汰を下す時もあるあたりが酷く有能な働き者然としていた。あたしの視界からはヘルメット付きの後頭部しか見えないけれど、きっとすごくいい笑顔で笑っているのだろう。目に浮かぶ。夢に出てきそうだ。悪夢の類だが。


『そう感じてる自分にハッとしてだな。俺ってひょっとして悪魔なんじゃねえのかって思って落ち込む……そんな紅顔の美少年時代が俺にもあったんだよ。ほかにも深海棲艦の悲鳴を聞かないと寝つきが悪かったりしたときとか、ほら……ね?』

874 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:46:57 ID:F.816xeo

 嘘をつくな。いや、嘘だと言ってほしい。そんなサイコなやつじゃないと思わせてほしい。

 何より由良ボイスで同意を求めるな。とても怖い。この北上様に怖いものなんて何一つないけど、絶対に異論を認めないという意思を感じる由良ボイスで迫られるのは怖いのだ。

 きっと遺伝子学上で彼は人であっても、おそらく人でなしと言われる類の破綻者なのだ。どんなジャンルでも経済的・社会的に成功する人間には酷くこういうタイプが多いからもう笑うしかない。

 まあ、あたしの冷めた心は『そらそうでしょう』と思う――誠実なだけの人間がどうして狡猾な悪に勝るというのか。

 なんせ資本主義を是とする社会は競争こそを是とするのだから、人を陥れるのに躊躇しない輩が当然強いに決まっている。

 だけど開けっぴろげで抜き身なのはダメだ。陰でそういうことをやっていながらも外面が良ければもう最悪に最強である。真の善人など偽善者にも劣る害悪未満だ。摩耶の言葉じゃあないけれど、真っ当な人格者などクソの役にも立ちはしないのである。

 その点において、提督は完璧だった。善人の皮を被った悪人である。

 アレは確か二年ぐらい前だったかなあ……提督が武道交流という体面で他鎮守府――もちろん嘘であり、実際は事前の内偵による調査の結果、一切の擁護ができないぐらい真っ黒と判断された鎮守府への粛清である――を訪れた。

 結論から言えば、提督はそこの真っ黒提督モドキを散々にボコしたあげくに消した。おまけに海軍内の自浄作用が働いていることをアピールするため、海軍の将官の告発という形でマスコミにリークし生贄にした。要は物理的にも社会的にもブッ殺したのである。

 そんなひどい実績がある。

 傍目には恐怖の権化だった。我ながら酷い回想の仕方だが、当時はまるで笑えやしなかった。

 なんせ出会いがしら、懐から抜いた投げナイフを両手両足にそれぞれ一本ずつブチ込んだのだ。当事者たる憲兵らはおろか、付き添いのあたしも、武蔵も、誰もが驚愕に体を硬直させた。

 だけど驚くのは早かった。無駄に生きぎたない真っ黒提督は誰よりも速く自らに訪れた運命を悟ったのだろう。

 血まみれで命乞いする真っ黒提督に――提督は字面通りにマウントポジションを取り、

875 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:52:17 ID:F.816xeo

『おやすみの時間よ! おやすみ! ハローグッドナイト! 褒美だ! 受け取れ! 二階級特進だ! 嘘だがな! 喜びに打ち震えながら夢を抱いてねんねしな! 二度と起きなくていいぞ!

 オラッ! ねんねしろッ!! すぐに敵前逃亡した行方不明者扱いにして、切り刻んで海に沈(チン)してやる!!』


 一切の弁明を聞かず、顔面が物理的に陥没するほど殴った。

 死刑宣告も同然のことを爽やかさすら感じさせるイイ笑顔で――しかし歴戦の艦娘を自負するあたしも武蔵も、正規の軍人として訓練を積んできた憲兵らも、微動だにできないほどの怒気を纏いながら――告げる提督。

 当時でジャークで200kgを軽々上げてた人外パワーのちびっこ提督が、グラウンドパンチ連発である。オイオイオイオイ、死んだわアイツ。

 あんな物理的な子守歌を効かされた――誤字ではない――ならば、誰だっておやすみせざるを得ない。

 一発目で眼球が破裂し、二発目で鼻がひしゃげ飛び、三発目で歯が根元から千切れ、悲鳴は金切り声からどんどんと意味をなさぬ獣めいた咆哮へと変貌し、四発、五発とぶち込まれ、真っ黒提督が痙攣し始めたあたりで提督の攻撃が止んだ。


『片づけとけ』

『……はっ? はッ!!』


 血まみれの手袋を新品に付け替えながら、底冷えする声音で命令された提督子飼いの――控えめに言っても優秀極まるはずの――憲兵たちが身震いするほどの暴力の化身。

 その手際は鮮やかだった。鮮やかすぎた。明らかに手慣れている。というか憲兵らの動きもその後はやたらキビキビしてて手慣れていたような気がする。

 あたしが知る提督の闇はそれである。末路? そりゃ宣言通りに見事に海の藻屑でしょうよ、ははは。憲兵さんがうまく処理してくれたんでしょーねえ……。

 流石のこの北上様もあれには顔色悪くなったなぁ……。目を覆いたくなるような悪行が明らかになった以上、もともとこの真っ黒提督は消されることが確定していたものの、当時のあたしは提督が自ら手を汚す類の人だとは思っていなかった。それほどまでに怒り心頭だったのだろう。

876 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 22:56:07 ID:F.816xeo

 ――……?

 提督が激怒していた理由を考えていたら、何やら心に引っかかるものを感じた。だけどその感覚は、すぐに消えていく。

 ――……? なんだろう?

 まあ、いいか……その後すぐに件の鎮守府はなくなったのは言うまでもない。所属していた艦娘たちの多くは自主的に解体を希望したが、ごく一部の艦娘はあたしらの鎮守府への異動を望み、因果関係を含めたうえで、表向きは転属として受け入れた。酷い事件だった。まるで笑えない。


『自分が強い、偉いと思ってるやつに身の程弁えさせるのって楽しいよね――神だとでも思ってんだろうな。そういう輩は神に逢わせてやることにしているとも。

 人類である以上はたいていの輩は死ぬんだぜ。忌まわしきは深海棲艦よ――俺が全力で蹴っても『なかなか死なねえ』とか不敬極まる』


 同意を求めないでほしいと本気で思った。こんな話を一部の提督のことを妄信してる艦娘らが知ったら卒倒する。

 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 提督は茶化しているのか、それこそこれも思考誘導の類なのかはわからない。だけど、もう耐えられなかった。

 辛いんだ。

 苦しいんだ。

 どうして優しくしてくれないんだ。

 あたしは頑張ったじゃないか。

 なのにどうして。

877 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:00:11 ID:F.816xeo

 ――駆逐艦や潜水艦らのちっこい艦娘らがぴぃぴぃ泣いてたら、大抵優しくするくせに、どうしてあたしにはこんなにも厳しいんだよぅ……!


 思わず、弱音を吐いた。


『今、なんつった? ――それをお前が言うのか、北上?』


 は? 事実じゃあないか。


『俺が駆逐艦娘や潜水艦娘に優しい? まあ確かにそうだろうさ。

 だがそれを、誰あろうお前が言うのか。

 誰よりも駆逐艦らに優しくて、誰よりも己に厳しく当たることを求めていたお前が、それを言うのか?』


 ――あいつらに夢を見せたのは、おまえだろう?

 そう続ける声に、あたしの思考が停止する。

 提督がマジトーンの声だったこともある。だが、まるで心当たりがなかった。


『……アホだアホだとは思っていたし、球磨も多摩も愚痴っていたが、そこまで重症か。もういい、続きはついてからだ』

878 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:03:23 ID:F.816xeo

 ――どうして、そこで球磨姉や多摩姉の話になるんだ。

 だけどそれっきり、提督はバイクの運転に集中しだして、あたしの呼びかけにも何も答えてくれなくなった。

 諦めの心境で、ただ目的地に到着するのを待つ。

 高速域で駆動するバイクの挙動にも少しばかり慣れてきた。見上げた空は、ついさきほどまで晴天だったのに、どこか涙を湛えているように見えた。

 曇天の空を見上げながらぼんやりと、提督が言った言葉の意味を考える。


 ――あたしは。

 駆逐艦が、苦手だ。

 弱いから。弱っちいから。好きじゃない。

 見た目がガキで、ガキそのまんまでうるさくて、よく騒いで、同じ艦娘で軽巡洋艦っていうだけの理由で懐いてくる。

 所かまわず走り回るし、コケればぴぃぴぃ泣くやつがいると思えば、すぐにケロッとして、何が面白いのかまたニコニコ笑いだす。

 率直にうざいのだ。あたしはそんな態度を隠すつもりもなかったし、適当にあしらっていたと思う。

 それを己に厳しく当たることを求めていたというなら、そうなんだろう。

879 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:06:47 ID:F.816xeo

 ――だけど、優しくした、とか、夢を見せた、とか。それに関してはわからない。

 提督が嘘を言っていた気配はなかった。声の響きからして、きっとそれは彼にとっては間違いない真実なのだろう。

 あたしが、駆逐艦に優しい?

 厳しく当たられることを、求めていた?

 ……夢を見せた?

 冗談にしても笑えない。

 あんな奴らに振り回されるのは、いい迷惑だ。


 空にかかる雲はますます厚さを増していく。今にも涙がこぼれ落ちそうな気配がする。

 ――ああ、涙といえば。

 『あいつ』もしょっちゅう振り回されて、半べそかいてたっけね。



 ねえ、そうだよね――――阿武隈。



……
………

880 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:12:48 ID:F.816xeo

………
……



 あたしは、駆逐艦の子たちが苦手でした。何、あの子たち……。

 普段は言うことを聞かないくせに、やれと言ってないことばっかりやる。

 ――あたしの指示に従ってください。

 何度、訓練でそう言っただろう。何度困らせられたかわからない。

 だけど、ああ、だけど。

 訓練ではなく、戦場で――彼女たちがやってしまうことは、あたしが命じなければならない、『正しい』ことだった。

 その命令を下さなきゃいけなかったのは、あたしなのだ。意にそぐわぬものだろう。命を台無しにする言葉なのだろう。それでも、言わなければならなかったのだろう。

 盾になれ、と。

 北上さんを前線へ、と。

 そのためなら、ここで死ぬのも貴女たちの仕事だ、と――そう伝えるのは、伝えなければならなかったのは、あたしだったのに。

 あたしが背負うべき責任を、駆逐艦の子たちは自ら持ち去っていくのだ。

 普段は全然、あたしの指示なんか聞いてもくれないくせに。

881 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:15:42 ID:F.816xeo

 どうして、この子たちは、こうなんだろう。

 どうして、あたしはそれを言うことができないんだろう。

 この子たちだけじゃあない。

 あの人も。

 北上さんも。


『――邪魔だよ。阿武隈、そこの負傷した駆逐艦、下がらせて』


 冷たい人だ、と最初は思った。

 子日ちゃんも、初霜ちゃんも、貴女をかばって被弾したのに。

 本当は最後までついていきたいと思っているのに。

 そんな言い方をするなんてひどいと思った。

 だけど。どこまでも北上さんの言うことは正しかった。

 そんなことはわかってる。だけど抑えられなかった。声を荒げて、北上さんを罵った。

 だけど。

882 ◆gBmENbmfgY:2021/06/20(日) 23:24:28 ID:F.816xeo

『なんてことを――……なんてことを言うのよ、阿武隈』


 大井さんに、頬をぶたれた。叩かれた頬が熱を持っている。

 その一方で煮えた頭が、酷く冷え切っていくのを自覚した。

 それはきっと、あたしを叩いた大井さんの方が、ずっとずっと辛そうな顔をしていたからで。

 冷えた頭で、もう一度北上さんを見て――それで分かったのだ。


 ――あ。


 そこにいた北上さんは。

 その表情は。

 決して、冷たいだけの、酷いだけの人には、できない顔をしていたのだ。



……
………

883以下、名無しが深夜にお送りします:2021/06/21(月) 11:25:20 ID:Z0F0M.Xk
北上さまスキーとしては泣くわ(。´Д⊂)

大井っちを佳い女に書くSSは名作

884以下、名無しが深夜にお送りします:2021/08/20(金) 04:54:57 ID:YlFevYCU
こっちもあっちも更新ないけど忙しいのかな

885以下、名無しが深夜にお送りします:2021/08/24(火) 17:46:11 ID:6/FQCQIk
飽きたんだろ
色々スレ立てるけど完走した試しがないからね

886以下、名無しが深夜にお送りします:2021/08/24(火) 20:36:57 ID:a/tPO0aI
>>1の完結作品いっぱいあるんだよなぁ
誰と勘違いしてんだ?

887以下、名無しが深夜にお送りします:2021/08/29(日) 18:43:09 ID:AndogQ2A
つづきまってます!

888 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 20:53:09 ID:1vsmXa8Y
※復活しました。データがいくつが死んだので書き直し中。とりま書き溜めたところで見直したやつを投下してきます。

………
……


 提督が球磨と多摩の二名からそれを問われたのは、随分と昔のことだった気がする。

 『なぜ頻繁に北上・大井を阿武隈率いる第一水雷戦隊に同行させ、作戦行動を共にさせるのか』という、多くの艦娘たちにとっては至極もっともな疑問。

 北上と阿武隈。一見して相性が最悪の二人である。

 それを組ませることを咎めているわけではないのだろう。

 だが組ませる意図を尋ねるというのも、少し違う。

 その意図など、球磨と多摩にはわかっていた。

 だから問いというより、確認だったと提督は認識していたし、まさに球磨も多摩も同様の意図をもってその質問を発していた。

 もしも認識が異なっていたのならば諭さねばならない。分っていて組ませているのならばよし。だが分らず組ませているのならば、殴る。

 そんな暴力の気配が己に近づいていることを知ってか知らずか、提督はあっさりとこう答えた。


『そうだな……阿武隈はしっかり己の原動力を言語化できていて、その一方で北上は、それができてないアホだからだ』

889 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 20:55:54 ID:1vsmXa8Y

 球磨と多摩は、頷く。

 それが完璧な回答だったと、満足して。


『――……ならいいんだクマ』

『――にゃ。よしなに頼むにゃ』


 球磨と多摩は笑う。安堵があった。この提督はきちんとわかってくれている。事前に確認した大井も同様に、ちゃんと理解していた。

 わかりやすい阿武隈。わかりづらい北上。

 その二人の艦娘としての本質がどのようなものかを正しく理解した上で組ませ、交流させようとしているのだろう、と。

 球磨と多摩。

 この二人にとって、北上とは。

 同型艦であり、妹であり、そして――


『提督。あいつアホだけど、よろしく頼むクマ』

『ホントにアホな妹だけど、見捨てないでほしいにゃ』

『見捨てねえよ。アホなだけなら話は変わるが、阿武隈も北上も、そうじゃあないだろう?』

890 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 20:57:32 ID:1vsmXa8Y

 そう言って苦笑する提督は、果たして何に対して笑ったのか。

 散々な言われようの北上に対して?

 それとも照れくさくて誤魔化すような言い方しかできなかった、目の前の二人に対して?

 あるいはその両方か。

 ――球磨と多摩。

 この二人にとって、北上とは。

 言葉通りにアホで――だけど

 それでも――大井が支えたい思うのも納得する、そんな艦娘で。


『優しい子だよ――お前たちに、よく似て』


 柔らかく笑んだ顔を向けられた球磨と多摩は、この人たらしがと内心で悪態をつきつつも、ひどく赤面した。


……
………

891 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 20:58:56 ID:1vsmXa8Y
………
……


 目指した場所は、鬱蒼とした緑が生い茂る山の中にあった。

 北上をパッセンジャーポジションに乗せたバイクが、熱くなったエンジンの回転数を引っ張り気味に上げながら山道を登っている。


『…………ねえ。そろそろ教えてよ、提督』

『あと十分もせず到着だ。そこで勝手に見て、聞いて、勝手に納得して、そして思い知ればいい』


 バイクを走らせてから、何度か繰り返されたやり取りだ。

 北上が幾度問うても、提督は似たり寄ったりの返答で取り付く島もない。

 『それでもわからない場合にだけ、教えてやる』と、そう締めて終わりだ。


『は―――あ』


 新緑が芽吹く、若い生命力の香り漂う山中を走っているというのに、北上には苛立ちばかりが募った。

 それでも、北上は思い出したこともあった。

 
 ――許せないことががあった。

892 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 20:59:44 ID:1vsmXa8Y

 確かにあった。

 記憶の底を覗き込む。掘り返してみる。そのたびにイライラした感情が邪魔をする。ざらざらした気分の奥をほじくるように探る。

 未だ定かならぬ、怒りの根源。それを思い出そうとするとき――覚える感覚が一つだけある。


 ――許せないことがあった。


 最初に感じたのは、確かに『怒り』だった。激しい怒りだった。

 紅蓮色を纏う怒りの渦が、激しい嵐が、身の胸の中で渦巻くを感じた。


 ――許せないことがあった。


 間違いなくそれがあった。

 怒り。これが一つのヒントなのかもしれない。

 それでは何に対して、怒りを抱いているのか?

 次に思い出すのは、傷ついた駆逐艦たちの姿――多くは阿武隈率いる第一水雷戦隊の駆逐艦たちだった。

 小破、中破が主だった損傷。被害状況から、次の会敵があれば、おそらく集中的に狙い撃ちされ、数合と持たぬであろう――それが容易に想像できるほど
に大破した子もいた。

893 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:00:27 ID:1vsmXa8Y

 ――許せないことがあった。


 阿武隈を通し、後方へ退避するように告げる。

 退避を命じられた駆逐艦たちの誰もが泣いていた。

 無念だ、悔しい、一緒に行きたかった。誰も彼もが似たようなことを言っていた。

 まだやれる、とついてこようとする駆逐艦がいた。頭を割と強めにハタく。ギャン泣きし始めたその顔にパンチして黙らせた。

 『うるせえ。そんなザマで何ができんのさ。とっとと帰れ』――我ながら血も涙もねえことを言った記憶がある。阿武隈がキレて何やら喚いていたことを覚えている。

 そんな阿武隈に、あたしは確か――。


『■■■■様が、■■■■の■まで――』

 思考にノイズが走る。そこでまた『怒り』を覚えた。その感情の渦が、そこから先の記憶の閲覧を阻害してくる。


 ――許せないことがあった。


 言うことを聞かない駆逐艦に対しての怒り?

 それは――少し違う気がした。

 それとは明らかに違う『何か』に、北上は怒りを覚えたのだ。

894 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:01:44 ID:1vsmXa8Y

 どうして、あんなにも激しい怒りを感じたのだろう。

 どうして、決して許さぬと思ったのだろう。

 何に怒り、何を許せないと思ったのだろう。

 思い出せぬ怒りの矛先を思い出そうとする時、北上はいらいらする。

 だけど、そのきっかけを思い出そうとする時、北上は――


 ――どうして、あたしの心は、こんなにも甘くなるのだろう。


『着いたぞ。降りろ』

『あ……ぁ、うん』


 停止したバイクのサイドスタンドが立てられ、左に傾く。言われるがままにバイクから降りた。

 数時間ぶりに地に足がつく。鎮守府敷地それよりもるかに柔らかい芝の感触に、少しだけ心が躍った。

 ヘルメットを脱ぎ去ると、僅かに蒸れた頬を、ひんやりとした空気が撫ぜてくる。

 風の出所を探る様に視線を向ければ、見事な野原が広がっていた。その向こう側には波の如き木々の群れ。

 さらにその先には海における高波を思わせる緑の山々が連なっていた。

895 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:03:22 ID:1vsmXa8Y

 次いで見上げた空もまた広い。

 いつの間にか重苦しいほどに連なっていた雲は風に流されていたらしく、燦々とした陽光が降り注いでいた。高所にあるせいか、僅かに流れる雲の輪郭が掴めるほどに近い錯覚を覚えた。

 後方からの水音に振り返れば、正体が小川せせらぎであったことを悟る。

 清らかな水と光錦が複雑に織り込まれた流れには、海で見るそれとはまた趣が異なる美しさがあった。

 山紫水明とはこうした光景のことを言うのだろう。ささくれた心にも染み渡る風景だった。

 だった、が――。

 さくり、さくりと、蒼いカーペット上を数歩歩き、


『ねえ、提督――――ここがあたしを連れてきたかったとこ?』


 背後の提督に、振り返らずに問う。

 この光景に何を感じ、何を得て、何を思い出すことを期待したのかはわからない。だがここから何かを思い出すことを期待したのならば、それは間違いだったと言わざるを得ない。

 だが。


『…………何やってんのさ、提督』


 返事がないことに訝しみ、振り返ると――提督は話を聞いているのかいないのか、あんちくしょうは脇目も振らずに荷解きをしていた。

896 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:11:02 ID:1vsmXa8Y

『見ての通りだ。何ためにツアラーバイクにしたと思ってる……見ろこの荷物を』

『はあ』

『はあ、じゃねえが。手伝え、ホレ。キャンプすんぞ』

『…………ほあ?』

『ほあ、じゃねえが。さっさと枯れ枝拾ってこい。焚火すんぞ。多摩の妹たる君が、まさか野営の仕方を忘れたとは言わせねーぞ』


 多摩ーズブートキャンプ――通称『リアル猫ごっこ』で知られる野営訓練という名の拷問。当然、古参の北上はその経験がある。そしてクリアした。

 クリアしたならばメタルマッチ一本とナイフ、そしてそこに大自然さえあればどこでもサバイバル可能になるが、人として大切な何かを失う、そんなキャンプだった。


『とにかく拾ってこい。話はそれからだ』

『……ちゃんと、教えてよね』

『くどい。拾ってこい』

『…………あいよー』


 投げ渡された丈夫な麻袋を小脇に抱えて、深い深いため息をつきながら――それでも足は動いた。

 見たところ針葉樹が多い林の中を探ると、いい感じの枝が大量に落ちており、触ってみたところかなり乾燥していた。この数日雨がなかったことが見て取れる。手慣れた――手慣れたくはなかった――手つきでひょいひょいと薪を拾い集め、ついでに数個の松ぼっくりも拾得。火種にする目的もあったが、いざとなれば提督に投げてぶつけてやろうという意志があった。

897 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:16:49 ID:1vsmXa8Y

 かくして戦利品を手に、提督が『ここをキャンプ地とする!』としてしまった場所へ帰ってみれば――。


『…………ねえ、なんでテント、一つだけなのさ』

『そりゃあ一個しか持ってきてねえからな。ほれ、よこせ。火ィ起こすから』


 設営は完了していた。大きめのポールテント。おそらくは三〜四人用だろう。中には幅広ではあるが、一つしかないコット(寝台)が設置されている。

 男と女が一人ずつ。

 テントは一つ。

 寝具も一つ。

 それが指し示すことは、つまり――。


『あー、そのー、うん。提督……さすがあたしも、その……初めてが野外ってのは、ちょっと……お風呂も入りたいし』

『君が何言ってんのかわかるけどわかりたくないかな俺は。ここからちょっと山道下っていくと管理棟と入浴施設あるから汗とか気になるなら入ってこい』

『もっとムードがあるとこが……せめて屋根のある場所で……』


 北上は思った――夜空の下での破瓜はロマンチックなのかもしれないけど、もうちょっとこう、ノーマルなのがいいな、と。

898 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:18:22 ID:1vsmXa8Y

『……すけべと勘違いが過ぎるぞアホかみ。マジで脳髄からイカレたか? 俺がそのつもりなら古式ゆかしい伝統ある手法に則り、事前に書面にしたためて下着を同封した上で花束と共にお前の部屋に送り付けるってことぐらいわかんだろ?』

『わかんねえよ』

『最初から決めつけずにわかろうとしてみろ』

『…………………………わかんねえよ!』

『実にアホだな君は』


 北上の忠誠心が、ぐーんとさがった!

 提督を殴れるようになった!

 メタルマッチで火起こし中の提督、その無防備な背中におそいかかった!!


『オラァッ!!』


 北上のハイパー雷巡右ストレート!

 ミス! あんちくしょうは首を傾けただけで回避! かすりもしない!

 続けて左のハイパー雷巡ブロー!

 ミス! あんちくしょうめはバネ足ジャック君を発動! 座ったままの姿勢でジャンプ! ひらりとかわした!

899 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:20:13 ID:1vsmXa8Y

 そのまま無事に火の付いた焚火を飛び越えて着地。火を挟んで対峙する。怒り心頭の北上に対し、提督はむかつくジョジョ立ちのまま諭すように北上へ語り掛ける。

『ヌルいヌルい。引きこもってたにしてはなかなかどうして、踏み込みは相変わらず鋭いし、体幹の強さも見て取れる。鍛錬は怠っていなかったようで感心だ。だが格闘者としての身体の使い方がなっちゃいねえぜ。俺を手籠めにしたきゃあ、せめてヤ
ハギンレベルの武の理を身に着けてからにするがいい』

『…………こ、この怪物が』


 ちなみにヤハギンレベルとは矢矧のことを指し、艤装補助一切なしでプロの格闘技者を一方的に撲殺できる軍人格闘技式の体を成したどういい繕っても暴力な破壊の化身を指す。

 大ぶりのナイフ一本さえあれば、野生の熊に遭遇したとしてもこれを容易く仕留めるだろう。矢矧は軽巡内ステゴロ最強であり、戦艦・空母を含めても鎮守府内で十指に入る実力者、すなわち暴力装置だ。

 素手の矢矧に、天龍と龍田がそれぞれ野太刀と長刀を装備し、一対二の状況で対峙してようやく五分なのである。

 その矢矧でさえ提督は軽くあしらえる。艤装補助なしとはいえ、100mを10秒フラット、しかも素足で駆け抜ける矢矧をである。

 掴まれたならワリとヤバいが掴まれなければどうとでもなるあたり、提督に対する化け物呼ばわりも納得であった。鎮守府の古参たちはみんな提督のことを人間っぽい何かだと思っている。


『…………はあ。ちなみになんて書くの? あと、どんな下着を送り付ける気?』

『はあ? お前相手なら、そうだな――『処女膜貰ってやるからせいぜい処女らしい妄想しながら身を清めて待ってろ。その貧弱貧弱ゥ!な脳みそからひりだした想定なんぞ軽く凌駕するレベルで可愛がってやる……! 泣こうが喚こうが無駄無駄無駄
無駄』って内容をすごく丁寧に書いて送り付けるわ。君ってムッツリだし?』

『む、ムッツリじゃない!』

900 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:21:26 ID:1vsmXa8Y

『いいや、ムッツリだね。君がムッツリじゃなかったら世の中全員清純派だ。ところで話戻すけど、きっと北上は芋っぽい下着しか持ってないだろうから、優しい俺は赤くて薄くてやったらエロいやつめを同封してあげよう。サイズに不備があったら返信用封筒に入れて送り返してこい』

『最低だなアンタ!!』

『は? 最高なんだが? 最高級の下着を同封するに決まっているのだが? 俺の財力をナメないでほしいのだが?』

『う、うぜッ……今世紀最大級にうぜえ……!!』


 『え? 何? 聞こえない』ってな具合で北上の顔を覗き込む提督の顔芸は、実際最高にウザかった。


『そもそもそんなラブレターがあってたまるか……! 世間知らずのあたしでもおかしいってわかる……!!』

『はぁ? 世間知らずって理解してんなら世間を知り尽くしてる俺の言ってる方が正しいって思って素直に聞けよ』

『どこからその自信がくるの? ねえ?』

『納得いかんならちゃんと説明してやる。いいかね、北上くん。そもそも男が女に送る手紙は「やりたくなりました。君という素晴らしいメスに、俺という最高のオスは魅力を感じむらむらとした日々を過ごしています。だからやりましょ? イエスと言え! 天国に連れて行ってやるぜ!」ってのを上品に書いてその気にさせるためのモンだぞ。それが古式ゆかしい恋文というものだ。古事記には残念ながらそう書いてないがこれは事実だ。懸想文(けそうぶみ)というものがあってな。平安文学の代表作に数えられる源氏物語などではしばしば和歌が含まれた文がやりとりされて……』

『やめろ……! それっぽい知識や単語を使って、あたしを騙そうとしてるんだろ……!! ホントだとしたら古式ゆかしいというか頭がおかしい……! 嘘だ、絶対嘘だ……本当だとしたら最低すぎる……!』

『俺もそう思う。だからこそ知ってほしい――恋文なんてものはそもそも最低だってことに。詐欺の魁こそが恋文だということに』

『呼吸するような自然さで嘘つくな! 夢もへったくれもねえ……!!』

901 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:25:10 ID:1vsmXa8Y

『ねえよ。ただの遺伝子に刻み込まれた本能をより理性的かつ崇高なものとして実行するための冴えたやり方にすぎん。すけべしようやという言葉を崇高にしたのが愛って単語だ。

 だからおまえが俺に不埒な妄想を抱くのは構わんが、そういう気分になったらちゃんと書面にしたためて俺に渡せ。奥ゆかしい子は好きだ。ちゃんと読めるモンだったら解消してやらんでもない』

『っ、するか、ばか』


 そんな折、パチパチと乾いた薪に煌々と赤い火が滾り始めた。


『ン。メシ作るぞ。今度は水汲んで来い――ここから300mほど川沿いに下った先に水道あるから』

『は? 自分で行けば?』

『メシ作るんだけど? 働かざる者は食うべからずだぜ』

『別にあたしはおなかすいてなんて――』


 まさかのタイミングで、盛大な腹の音が響く。

 北上の肉体は、持ち主たる北上を裏切った。つまり、ごはん食べたい。


『行け。聞かなかったことにしてやる』

『……あい』

902 ◆gBmENbmfgY:2021/09/05(日) 21:26:24 ID:1vsmXa8Y
※とりあえずここまで

 こっから先はただ北上様が本当に尊かったって話が続きますが、マジで次スレどうしようかな

 週1ぐらいの更新頻度に戻していきたいです。無理な時は事前にここに書き込むのでよろしくー。病気は一応完治しました。死ぬかと思いました。

903以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/06(月) 04:44:31 ID:G/736wDc
生きてたか
向こうの方のデータも死んじゃってるのかな
書き直し頑張れ頑張れ

904以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/06(月) 07:29:46 ID:fCZLtk8w

次スレは有志が立てた深夜の避難所に立てるかSS速報に移住するかの二択だろうな

905以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/06(月) 22:09:06 ID:wklU8OH2
おつ

906以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/07(火) 22:55:06 ID:c.Q8KIKM
無事でよかった!
続き楽しみにしてます!

907以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/10(金) 08:49:40 ID:RVOP8ev.
おつおつ
完治おめ
待ってるよー

908 ◆gBmENbmfgY:2021/09/13(月) 01:08:34 ID:2998YFuE
※来週末ぐらいにはキリのいいところまで書けそうです
 北上と阿武隈の過去についてはそこでおしまい。タバタ完結までまとめられると良いな……。
 矢矧……矢矧か……あのバーサーカーどうしようかな……。

909以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/13(月) 01:22:41 ID:qitz.J0Q
りょーかい
マジカルの方も期待してるぞ

910以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/13(月) 02:20:11 ID:d8.3Lc5I
乙でした

911 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:01:49 ID:mo4oA./w

………
……


 提督から手渡されたのは、折り畳みのウォータータンクが二つと、スマートフォン――北上のもの――だった。

 そういえば、鎮守府に忘れてきたなと思っていたそれは、提督が持ってきてくれていたらしい。


『トラブルがあれば連絡しろ』

『……うい』


 使い切ったシャンプーの詰め替えパックみたいに薄っぺらいボトルを小脇に、通知の有無を確認する気力もなく、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。

 提督に送り出されて一人、とぼとぼと大自然の中を歩く。縄張り競争に負けた野生動物だってもう少しばかり元気があるだろうと、北上は今の自分をそう卑下した。

 視界の右端にちらちら映る、うねるように生い茂った木立の種類はなんだろう。杉か欅か、はたまた白樺か明日桧(あすなろ)か、今の北上には判然としなかった。

 間違いなく落葉松(からまつ)というわけはないだろう。アレは確か国内では唯一の落葉針葉樹だったはずだ。そんな益体もないことを思い浮かべながら、背を丸めて林道を下っていく。

 今度は視界の左端が気になってきた。小さな沢かと思ったら、道を下っていくうちに本流にたどり着いていたらしい。水音が嫌でも耳に届いてくる、豊かな渓流だった。

 渓流釣りを楽しむ人たちの姿も見える。遠く漏れ聞こえてくる声は甲高いもの。良く通る声――きっと子供だ。と、北上は思い、寄せた眉根に落ちた影が、更に色を深くした。


 ――子供は、苦手だ。

912 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:20:29 ID:mo4oA./w

 うるさいし、泣くし、そのくせ次の瞬間にはケロッと泣き止んでて、何が面白いのかケラケラ笑う。

 なによりウザい。遠慮というものを知らない。こちらの都合をまるで考えない。そして、できもしないことを言う。

 『――駆逐艦たちは最悪だ。特に阿武隈旗下の駆逐艦など最悪中の最悪だったな』と、北上は三年間苦楽を共にしたはずの部下たちのことを思い浮かべると、脳裏にそんな血も涙もねえカスみたいな感想を浮かべた。

 だって、思い出すとどうしようもなくいらいらするのだ。

 意味のない会話。よくわからないやり取りに、北上の知らない遊び。

 そして――つまらないことばかりを言う。

 それを聞くたびに、北上はどうしようもなく苛ついた。

 ああそうだ、あたしはあいつらなんて――。


 ――本当に?


 迷宮の出口を指し示す糸が、強制的に断絶されたような感覚。そんな問いが泡沫のように脳裏に浮かび、しかし弾ける。

 どれだけ歩いただろう。提督の話ならそろそろたどり着いてもいいはずだ――そう思った頃合いに、うねった林道のカーブを曲がった。

 このキャンプ地の中心となるサイトはここいららしい――と、目の前に広がる光景から、北上はそう判断した。

 林を抜けた右側には大きく風が抜ける広場があり、その奥には林がある。その林の中にちらほらとカラフルなテントの姿が見て取れたし、見晴らしががよさそうな丘の向こう側にはデッキサイトやバンガロー、ひときわ大きな建物は管理棟か、もしくはコテージか――が、軒を連ねている。

 何より、子供が――それだけ確認して、視線を切った。前を見れば目的の水飲み場がある。隣接しているのはキッチンだろうか。昼時ということもあって、炊飯の煙があちこちでもくもくと立ち上がっていて、青空を白くフィルタリングしている。

913 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:22:44 ID:mo4oA./w

 また、甲高い声が聞こえる。きっと子供の声だ。なんとも無邪気で、無理解で、無遠慮な、笑い声。

 ――ウザい。

 心の中でそう思う。

 ――本当に?

 心の中でそう訝しむ。

 ――そうに決まってる。

 心の中でそう返答する。

 だって子供なんてものは、そういうものだ。そういうものだから。北上の感性やライフスタイルには合わず、どうしても苦手なのだ。

 それが無責任だとか言われても困ってしまう。人として欠けていると言われても、そう感じるのだから仕方がないだろうと思う。


『あれ?』


 また子供の声がするが、意識から切る。さっさと水を汲んで提督のところに戻ろう。そして今度こそ問いただすのだ。

 ……彼の、無駄においしい手料理を食べた後にだ。

914 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:33:08 ID:mo4oA./w

『ねえ、ねえ、あれって』

『……どうした? なんぞあったかの?』


 本当にウザい。北上は嘆息する。子供は好奇心が旺盛だ。あれが知りたいこれも知りたいあれはなんだ鳥か飛行機かいやUFOだと現実と空想の入り乱れた妄言を吐き散らかす暴走超特急だ。そして口調もなんかおかしかったりする。
一人称がコロコロ変わったりするぐらい、いろんなものに影響を受ける。つまりアレコレ意見が変わるのだ。こんなに面倒な存在はあるまい。

 どうせ大したこともないものを見て興味を惹かれているのだろう。そう判断し、やはり無視する。


『……む!? た、確かに』

『!? ま、間違いありません! 行きましょう!』


 聞こえてくるのは、先ほどより幾ばくか落ち着きのある声と、礼節を滲ませた声がふたつ――だが子供だ。おそらく年長者なのだろう。だが子供だ。

 北上は目的だけを果たすために――目的だけを果たすために、己の機能を単一化することに長けている。即ち集中力。この場合は無視することに集中する。


『ねのひだーっしゅ!』


 ……だが、それがどうやら難しい。何せ、何かがおかしいことに北上は気づきかけていた。

 なんでガキの声がだんだんとあたしに近づいてきている? というか今、絶対聞き捨てならないことを言っていたような―――!

915 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:36:33 ID:mo4oA./w

 かくしてその子供たちの足音までもが聞こえはじめ――よりにもよって水道にたどり着こうとしていた北上の目の前で、止まった。


『―――は?』


 呆けた声が出る。だってそうだろう。

 ……なして?


『わーーー! 北上さんだーーーーー!!』


 ――なんで?


『おお! やはり北上殿! わらわたちと同じく行楽目的かの?』


 ――なんで、初春型の駆逐艦どもが、姉妹勢ぞろいでここにいんの?

 その答えはすぐに出た。

 ――あ、あの野郎、は、ハメやがった……!!

 こういう想定外に遭遇するとき、事件の裏にはやつがいる―――そう。

 主に提督が悪いのだ。

916 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:51:10 ID:mo4oA./w
※キリのいいところまで書ききれなかったので明日(今日)

917以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/20(月) 16:46:12 ID:WdP4vMWQ
おつ

918 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:08:08 ID:mo4oA./w
※またまたキリが悪いけれど、不定期に投下してきます

 ――まずいことになった。

 この後に待ち受ける展開は目に見えている。駆逐艦の奴らときたら、あたしを見るや否やいつもいつも――。


『すっごい偶然だー! ねえねえ北上さんはひとり? ひとりできたの? 大井さんは?』

『え、え、あ、いや』

『あ! ご存じですかっ! ここってキャンプ場だけど近くに温泉あるんですよ! 知ってます? 知ってますよね! だから来たんですよね、すっごい評判いいんだって! 子日も楽しみにしてたんだ!』

『あ、そ、そう』

『でもでもアスレチックもあるんだよっ! そこで一緒に、子日たちと遊びましょっ! それで、いっぱい遊んだら、一緒に温泉入りましょう!』


 ――そら来た。一番槍は子日だ。こいつはいつも人の話を聞かない。阿武隈がよく手を焼いていた。


『これはやっちゃダメなんです。分りましたかぁ、子日ちゃん。OK?』

『おーけー!』


 OKと叫びながらダメなことをやる。そういうガキだ。これには阿武隈も『ンンンンン……!』と半角で唸っていたのを思い出す。正直笑ったが、今のあたしの状況があの時に笑ったことのツケであるとすればひでえよ神様。


『こ、これ、子日……そう矢継ぎ早に捲し立てるでない。北上殿が混乱するであろう』

919 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:12:55 ID:mo4oA./w

 困ったように眉根を寄せて子日を窘めるのは初春――だったが、その言葉に咎めるような棘がない。出せよその棘。

 叢雲と張り合ってるときみたいな殺意混じりの、すっげえヤベーやつの眼光を出せよと思う。二水戦の眼光だけは戦艦クラスとか言われてたあのピンク髪に負けず劣らずのやつ。

 あたしのそんな祈りは通じず――それどころか少しだけ期待するような目であたしにちらちらと流し目を送ってくる始末。この時代錯誤の麻呂眉公家雌が! そんなにあたしが好きか!


『お久しぶり、というべきだろうか、北上さん。終戦後の祝勝会以来だったと記憶している』

『お、おう』


 姉二人を無視して挨拶してくるのは若葉だ。サドマゾ具合が結構理解不能なやつだったのを覚えている。


『ご機嫌よう、北上さん。初霜です。ここでお会いしたのも何かの縁』


 そして――まずい――初霜だ。こいつが一番厄介だ。断る際のいつもの常套句『鍛錬があるから』が使えない。そしておそらく、初霜はそれを理解している。

 『ぼっちで来てる』と言うべきか? リスクが大きい。何より駆逐艦なんぞに『え? ぼっち?』って目で見られた日には多分泣く。

 かといって正直に『提督と来ている』なんて言った日には状況は悪化の一途をたどる。あの悪魔の権化みたいな男は、艦娘達からそれはそれはモテる。

 異常だ。理不尽だ。やっぱり世の中間違ってる。顔か、顔がいいせいか。しかも口がよく回るからか。大戦果上げた超エリートだからか。金持ちだからか。多分全部だ。

 クソむかつくのはそれらがおまけ扱いなぐらい、あいつは艦娘に厳しくも優しい。あたしだってその点においては好感を持ってるぐらいで――だから分かるのだ。

 そんな男に連れられて、しかも二人きりで―――二人きりで!―――こんなところに来ていると知られれば、果たしてどうなる?

920 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:14:51 ID:mo4oA./w

 このメンツ、子日と初霜は純粋に提督を慕っているようだが、若葉は間違いなく提督に淡い感情を抱いてるし、初霜も怪しい。

 仮に全員が提督に恋愛感情持っていないとしてもだめだ。

 噂話好きのこいつらは間違いなく鎮守府にいる仲間――温厚なやつらからヤベーやつらまで一切の区別なし――にあたしと提督がここにいることを連絡するだろう。そうなればもう最期だ。


 ――あたしはきっと、明日の朝日を拝めない……!


 足柄、鈴谷、摩耶の重巡・愛のクソ重三銃士がバイクやらスポーツカーやらすっ飛ばしてこの地へとやってくるだろう。

 鳳翔さんもやばい。淑女心掛けない奴は艦種なんぞ知るかと言わんばかりに粛清してくる鎮守府影の番長格だ。

 軽巡もやばい。ここは山だ。多摩姉の海に次ぐ第二のホームと言っても過言ではない。山狩りを行われれば間違いなく焙り出されてあたしは火だるまになる……!

 五十鈴あたりは例のなんちゃら理論を駆使して林道を一切傷つけることなく、濃ゆい顔でハンドリングを切って10t級トラックを操り、必ずやあたしを轢き殺しにかかってくるだろう。

 利根さんあたりも最悪だ。あの人は自分が気に入らないものをしばしば『ポッター』と呼ぶ。『おぬし、ポッターか?』『ポッター……なのじゃろ?』と圧をかけてくる。

 もちろんあたしは『ポッター』じゃない。っていうかそんなの知らない。人違いだ! だけど彼女にとって『北上=ポッター』と確信する何かがあればもう終わりだ。

 『アズカバァアアアン』とか、アバラがどうとかの謎の単語を叫びながらあたしを消し炭にしてくるに違いない。


『? 北上さん?』


 まずい。初霜が黙ったままのあたしを訝しんでる。こいつはやったら勘が良かったのを覚えてる。変に黙りこくってると勝手に推測して、しかもそれが8割当たるという驚異の的中率だ。

921 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:17:09 ID:mo4oA./w

 究極の選択だ。

 一人というか。

 提督と来ているというか。


『その、もしお一人でしたら、良かったら私たちと』


 ――決めた。


『ん……一人で来てるけど。ここへは観光で来てる。あんたらはあんたらで楽しみなよ。あたしは一人でゆっくりしたいんだ』


 そう言って、彼女たちの間を切り裂くように横切って、水道へと向かう。

 あたしはぼっちの汚名を着ることにした。提督、あんたは本日限りはイマジナリー提督だ。どこにもいない。


『ええー!? そんなぁ、遊んでくださいよぉ、北上さんっ!』

『うるさい。いやだ。ウザい。どっかいけ。きえろ』

『子日ショォオオオック!!? うわああん! 若葉ぁーーー! 北上さんが戦争中の時と同じかそれ以上に辛辣だよぉーーーっ! おかしいよぉーーっ!』

『いや、妥当では。普通に旅行中なのだろう。たまたま知り合いに逢ったとはいえ、それが同じ軽巡クラスの方々ならばともかく、我々は駆逐艦だ。一緒にいては気疲れしてしまおう』

922 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:27:15 ID:mo4oA./w

『あ、あのっ。お水を汲むんですよね。二つあるみたいですが、よかったら私も運び』

『いらない。ヤワなあんたらと違って、あたしは毎日鍛えてるから。このぐらいどうってことないから』


 これに関しては嘘ではない。あたしは毎日、毎日、鍛錬を積んでいる。部屋に引きこもってるときも、運動は怠らなかった。


『あたしは一人で楽しむから、ついでこないで』


 意識して――意識して、冷たい声で拒絶する。一言に付された初霜はしょぼんと俯いた。

 15ℓずつ入るタンクに満載された水を、左右のわきに抱え込むようにして持ち上げ、初霜を見ないように歩き出す。


『え、えっと! 水のタンク使うってことは、コテージじゃなくて、テントで一泊するんですよね! 子日、大推理っ!』

『…………』


 背中からかかる子日の質問を無視してのっしのっし歩く。


『ど、どんなテントか、子日、見てみたいなって』

『……』

923 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:34:13 ID:mo4oA./w

『……その』

『…………』

『……えっと』

『……………………………………………………………………………………』

『……うわあああああん! 初春お姉ぇちゃぁあーーー! 北上さんが子日を無視するんだよぉおっ!!』

『ええいまとわりつくでないわ! 行楽地で偶然出会う縁こそあったが、共に楽しむ縁はなかった。そう思って諦めい』

『しょ、しょんなぁ……今日は、今日は、何の日? 今日こそ、北上さんと遊べる日だと、思ったのに』


 ――子日の言葉に、何かが引っ掛かる。だが足を止めるほどでもない。そのまま彼女たちから距離を取ろう。たまに振り返って尾行されていないか確認する必要はあるだろうが。

 我ながら、本当に冷たい。

 提督が言う言葉なんて、やっぱり思わせぶりの嘘だった。

 あたしが、誰に夢を見せた? こいつらに優しかった? 酷い冗談だ。

 こいつらは、この通り、勝手に夢を見て―――。


 ――そこまで考えて、頭痛が走った。

924 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:35:33 ID:mo4oA./w

 思わず脚が、止まる。それほどの激痛だった。

 幸い、あたしの足が止まったことに彼女たちは気づいていないのだろう。背後から、声が聞こえる。


『大丈夫ですよ、子日姉さん。もう平和な世の中になったんです――北上さんや、阿武隈さん、大井さんに、木曾さん。皆の活躍で、平和になったんです』

『うむ。そうだぞ子日姉。だから、遊べる日はきっと今日じゃなかったってだけなんだ』


 ――失敗した。聞くべきではなかった。だって、頭痛が、ひどくなった。

 再び、重い足を動かす。そんなあたしのの背に、明確に呼びかける声があった。

 その一言だった。


『うん! それじゃあ――■■■! 北上さん!』

『ええ、■■。次はご都合を合わせて、共に時間を過ごしましょうぞ』

『■■■■■しましょうね、北上さん』

『うん。北上さん――■■』



 ――あ。

925 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:37:18 ID:mo4oA./w

 あっさりだった。

 あっけなかった。

 それほどまでにすんなりと、凍り付いていた記憶の扉が開く。

 そうして過去が、北上に追いついた。



 彼女が、どうして雷神と呼ばれるに至ったのか。

 その結果ではなく、過程でもなく、その前提にあった。

 そうならねばならないとすら思った、原点を。

 北上のオリジンが、展開する――。



……
………

926 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:38:42 ID:mo4oA./w
※次こそ、北上&阿武隈のクソ重感情まき散らす場面
 みんなは予想できるかななんて
 知ってるか、ワクチンをうつと、筋肉痛に似た痛みで肩が上がらないし、熱まで出てくる

927以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/22(水) 00:00:22 ID:bonBlGt2
>>926
知ってるぜ、俺も今絶賛堪能中だ……

明石と似て非なるタイプのあれなのかな
こいつらが沈んでも自分が耐えられるように、自分が沈んでもこいつらが耐えられるように、ってのと、子どもに戦わせる、戦わせざるを得ない事への罪悪感みたいな
マージナル・オペレーションのアラタみたいな心境が個人的にはイメージに近い

928以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/22(水) 13:34:16 ID:kc/ZWwGE
またね
また
またお会い
また

929 ◆gBmENbmfgY:2021/09/25(土) 23:56:04 ID:09ysfSis

………
……



 重雷装巡洋艦・北上改二は、幾度も天才と呼ばれた。

 雷撃の天才。

 どんな深海棲艦でも一撃で倒してのける。北上の放った魚雷は、まるで『神のように』動いて、吸い込まれるように敵の急所へと突き進んでいくのだ。

 いつしか『雷神』と呼ばれるようになった。


 ――それは、いつからだ?


 そう呼ばれるようになったのはたしか、南西諸島海域を――沖ノ島を突破し、北方海域の攻略を大本営が懇願してくるまでにあった、しばしのモラトリアムの時期だ。半年程度の期間だったが、その間は本土にいる時間が多かった。自然と、他の鎮守府との交流が増える。

 その交流は、北上を大いに失望させた。天才と持てはやす者の大半は、よその鎮守府の艦娘や、入ってきたばかりの艦娘で、後者が抱く憧れの視線はともかく、前者の本心が嫉妬していることなど見え透いていた。

 北上という艦娘の好悪を決める基準はひどくシンプルである。北上は何の努力もしない、することも期待できない怠け者が嫌いだった。

 彼女が現代の日本に対しても同様に思うところはそこだ。余りにも『どうでもいい輩が生き易すぎる』し、いくらなんでも『自称弱者で事実として弱者なロクデナシが多すぎる』と思う。北上以外の艦娘も少なからずこの疑問を抱えている。

 年長者が尊敬され尊重される文化の土台には『現在に至るまでの厳しい状況を乗り越えて今に至った』というバックボーンがあるからだ。そこには厚みがあり重みがある。それを軽んじることは、先人の知恵や努力があって今に至った歴史そのものの否定だ。

 だが現代の日本から、それが失われようとしていると北上は思う。国の庇護がある。最低限の生活基盤が保障され、衣食住に困ることはない。技術は発展し、人の生活は豊かになった。

930 ◆gBmENbmfgY:2021/09/25(土) 23:58:53 ID:09ysfSis

 成程、幸せなことだろう。だがこの『努力しなくてもほどほどにはなれる』という状況こそが曲者だ。尻に火が点かなければ必死になれない輩は案外多い。むしろ自然と言えよう。水が低きに向かって流れるように、自らを厳しく律する理性のないものはどんどんと堕落していく。そしてそうした姿勢でも「どうにかなってしまう」ものだから、堕落する人間は増える一方だ。

 納得はする。理解もできる。問題なのはそれらが平等という在り方だ。

 助け合いの精神はわかる。例えば、健常者が非健常者に対して配慮する。これこそが気配りであり、余裕であり度量である。それが、ただの甘えや馴れ合いになりつつある。己の弱さを他人を攻撃するための理由とする。己が優遇されてしかるべきだと主張する。生まれついてのハンディをプラスに変えようとする意欲である――と好意的に見るには少し厳しい。何せどうしたって性根の卑しさが見えてくるのだ。無論、そんな身障者ばかりではないことは理解している。とはいえ悪目立ちしすぎているし、何が困ったかと言えばそんな声の大きい身障者は実際に優遇されてしまうことだろう。助け合いとは自然に発露した純然たる善意によって行われるもので、それを強請るのはもはや助け合いとは言えない。こういった事例があまりにも多いせいで、声を上げることができない善良な身障者が肩身の狭い思いをする。これすら平等だという。それらを不平等にするのは差別だという。成程、それもわかる。極端なのもよくない。じゃあ――何が区別なんだ、という疑問には誰も答えてはくれなかった。

 歪な仕組みだ、と北上は思った。健康上の都合で仕事ができないとかも理解できる。頭痛が鳴りやまないとか、腰がイカれてるとかはわかる。だが心の病ってなんだ――北上は戦前脳なので、北上基準でそんなナメ腐ったことを抜かす奴は尻を蹴っ飛ばして適当な肉体労働で汗水流させ、きちんとした報酬払って酒でも飲ませ、女なら男を、男なら女を、ホモにはホモを、レズにはレズを、変態には変態をあてがえて鉄兜持たせて駆け込み宿に放り込めばあら不思議――さくばんはおたのしみでしたねという締めの言葉で、一発快癒するんじゃあないかと思ってる節があった。『目にそれとは見えない病なんだからそんな単純な問題じゃないんだ』なんて言う輩がいそうだが、そんなに複雑に考えるのもどうかと、北上は思う。そもそも精神の病なんて、北上からすれば酷くうっさん臭かった。その目に見えないものは精神科医とやらは見えてんのかと思う。スタンド能力者かと。人だってミスするのにそんな診断で精神病んでますとか言われて「はあそうですか」って受け取るならなるほど確かに精神的にヤベえんだなと思う。北上ならそんなこと言われたら五連装酸素魚雷の二十射線×2で病院ごと火の海にしてやるだろう。と言うか、なんだ、銃弾飛び交う戦場よりヤベーのか現代社会はとも思う。戦場のど真ん中に自称・精神病患者を放り込めば多分メッチャ元気に走って逃げ出すと北上は思っている――そのあとに本当にトラウマで精神病になってしまう可能性は置いておくとしても。

 ギャアアアギダガミザァアアン
 閑  話  休  題。

 何も北上は『自分は努力しているのだからもっと優遇されたい』などと言うつもりはない。いや、優遇されるべきだとは思っているしなんなら自分という存在に対して『様』を付けない奴はスーパー不敬なので即スーパー死刑にしたいとすら考えている――なんてやつだ――が、それは強請るものではなく、それに相応しい『何か』を勝ち取ってから要求すべきものだと考えている。

 北上は自らの才能を理解している。それは酷く幸運だと思っている。そして才能がある物事を、北上自身の嗜好が好ましく思うことが多かった。好きこそものの上手なれとはまさにこのことである。

 決戦兵力として期待を受ける――理解できる。むしろ歓迎だ。もっと自分を頼れとすら思う。

 だが嫉妬を受ける。嫌がらせされる――まるで理解できない。

931 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:02:24 ID:CcyWen1s

 北上は陰湿なやり口も嫌う。善悪の問題ではない。ただムカつく。この北上様に嫌がらせするとか、さては雷巡アンチだなオメー。だから殴る。この鎮守府では必修項目に入ってる日本拳法――北上に奥歯ガタガタ言わされるほど殴られた――主に北上の怖さを知らないよその鎮守府の哀れな艦娘である――は30名を下らない。北上がブチギレて誰かぶん殴るときは大抵コレである。摩耶とか隼鷹あたりも似たようなことをやったし、北上が最初にやらかせばそれを止めるどころかむしろ便乗してぶっ殺されてえかヒャッハーヒャッハーした。そういう時に限って、大井とか阿武隈がいないもんだからストッパーもおらず、当然のように当該鎮守府には出禁を喰らう。こればかりは提督からも怒られた。やるならもっとやるしかねえという状況を詰めてから徹底的にやれと。うん? 似た者同士かな? こうして彼女らを出禁にした鎮守府は結構な確率で後ろ暗いことをやっていた――ことにされたか本当にそうだったかは定かではないが――ことが判明し、後に解体されることは多かった。バラされた鎮守府の提督のその後の行方は知れない。多分、鎮守府同様にバラされたのだろう。提督は個人で陸軍憲兵一個師団より怖い。

 さておき、北上の才能に追いすがろうとしてくるなら可愛げもあろう――やることと言えば足を引っ張ることばかり。それを卑劣だと咎めるつもりはない。その卑劣さもろとも敗北を噛み締めさせ
てやるという気概はあった。

 まるで笑えもしない。

 ――こみ上げてくるものがあった。

 ならば翻って、駆逐艦はどうか――幼く生まれてきた。精神も幼い。

 そして北上は駆逐艦が苦手だ。才能の有無はあり、優劣もある。

 ――だが、嫌いになれない。北上は誰一人として嫌いではなかった。

 ――何故だ?


『なあ北上よ。覚えてるか? 君に質問したことがある――駆逐艦は嫌いか、と聞いた時だ。君はこう言ったんだよ。

 『ううん。ただウザくて苦手だけど』ってな。だから俺は、『ああこの子は優しい子なんだな』って思ったんだ』


 提督からそう言われたことを、不意に思い出す。あれは確か、秘書艦として書類仕事したりお茶入れたりスケジュール確認したりと、北上がらしくなくも、案外そつなくこなしたことを褒めちぎられて『畜生この畜将が耳からあたしを孕ませようとしてきやがる……!』と悶えていた時に言われた言葉だ。

932 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:07:34 ID:CcyWen1s

『否定とは得てして強く聞こえる言葉だ。嫌い、って言葉は特にな。でも北上。君はしょっちゅう駆逐艦ウザいとか駆逐艦苦手だとは言ってたが――終ぞ、駆逐艦たちのことを『嫌い』とは言わなかったよ』


 そんなの、当たり前だろうと思った。北上にとって、それは当たり前だった。深く考えるまでもなかったことなのだ。その当たり前の中に、答えはあった。

 ――だって、あいつらはちゃんと『努力している』からだ。

 駆逐艦は弱い。脆い。すぐにベソをかく。泣きだしたかと思えば次にはけろりとしていたり、何がおかしいのかけらけらと笑う。今泣いた烏がもう笑うとはよく言ったものだ。人懐っこい笑みを浮かべて、なれなれしく北上にまとわりついてきた。


 桜色の髪色をした人懐っこい駆逐艦――子日。これで結構なバーサーカーだ。後にレ級の中で特にヤベーのを単艦で血祭りにあげるぐらいの成長を遂げるやつだ。

 いつでもどこでも思いつめたような無表情を晒しながら、天然入った発言をしばしば繰り出す駆逐艦――若葉。確か綺麗好きだった。二つ名もあった。確か『海の掃除屋』とか言われていた。

 真面目が服を着て歩いているかのようなおりこうさんの駆逐艦――初霜。良く物事を見ていた。たまに二水戦に駆り出されて、なんと旗艦まで張っていたことさえある。なかなかのやつだ。

 似非公家口調が鼻につくも、個性的な妹を抱えるだけあってかよく気が利き面倒見がよい駆逐艦――初春。日本舞踊が趣味という、なんというか見た目通りのやつだった。

 こまっしゃくれた発言が目立つも、見栄っ張りなところに妙な可愛げがある駆逐艦――暁。レディになるのが憧れらしいが、そのレディってなんか定義あんのかとちょっと気になった。

 ハラショーハラショーとロシア語で語りかけてくる駆逐艦――響。これでなかなか姉妹思いでしっかり者だ。時々、寂しそうな眼をするやつだった。

 小さな八重歯を覗かせた人好きする笑みを浮かべる駆逐艦――雷。料理やお菓子作りが得意で、頼んでもいないのに北上におすそ分けしてきたこともある。メチャクチャうまかった。年貢を納めてくるとか大したやつだ。

 その雷の背に隠れながらおずおずと、しかし憧れを見る目で見つめてくる駆逐艦――電。あまり言葉を交わすことはなかったけれど、海の上ではしっかりしていた。たまにバグッていたのはなんなのだろう。大したやつだ。

 一番一番と壊れたレコーダーのようにそればっかりを連呼する駆逐艦――白露。雷撃術の教授を一番多い頻度で乞うてきたのが、この子だった。

 そして――時雨。一水戦に編入された当初は、まるで笑わない子だった。だけど、いつのころかケラケラとよく笑うようになって、他の駆逐艦の子たちとの交流も増えて――レイテ沖では、ニシムラセブンの一隻として八面六臂の活躍をみせた。すごいやつだ。

933 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:09:32 ID:CcyWen1s

 全員が、阿武隈率いる第一水雷戦隊旗下の駆逐艦たちだ。後に巡り合うことがあれば、第十七駆逐隊や、他のちびっこどももここに加わるのだろうかと思うと、北上はひどく眩暈がした。

 オフのタイミングで彼女たちにかち合うと最悪だった。やれ魚雷を上手に当てるための砲撃による誘導術を教えてほしいだの、どうやったらあんなに正確な雷撃術が身につくのかだの、北上の都合などお構いなしに質問の雨を降らせてくる。

 諦めていなかった。諦めたくないと顔に書いてあった。できることはなんだってやっていた。できないことができるようになるまでなるにはどうすればいいのか必死だった。

 何度、雷撃術の教授を乞われただろう――頑張っていたんだ。

 幾度、海上演習の相手を務めることを願われただろう――苦悩していたんだ。

 何回、彼女たちの涙を見ただろう――足掻いていたんだ。

 幾回、彼女たちが勝利を喜び合っただろう――全身がそれを主張していた。

 ――だから、力及ないことがあると、本気で悔しがっていた。

 涙を流すほどに。食いしばった口元から血が滲むほどに。血走った瞳に涙を溜めて、懸命に言葉を紡いだ。

 あとは頼みます、頼みます、お願いします、決めてきてください、と。

 そして、最後に決まってこの言葉で締めるのだ。

 ――無事に、帰ってきてください、と。

 願われることはあった。乞われることはあった。だがこんな悲壮な顔で懇願してくることは、なかった。

 何で、そんな顔するんだ。なんでそんな顔して、そんなこと言うんだ。そんな奴らのことを、嫌いだなんて、口が裂けたって言えるわけがないし、そもそも思うわけがなかった。

934 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:11:33 ID:CcyWen1s

『お前らは、お役目をしっかり果たしたじゃあないか。こんな素っ気なくて意地悪なあたしの心配よりも、自分の心配をしろよ』

 幾度も口元から出かかった言葉を飲み込む。どうしても、それが言えなかった。

 軽巡――雷巡・北上は決戦兵力だ。決戦と目された戦場において、主力艦隊の撃滅を期待されて送り出される。だから第一水雷戦隊が北上の護衛につく。そうして北上を守って傷ついたのが彼女たちだ。とても言えなかった。よくやったとしか、言えない。だけどその言葉も言えなかった。よくやったなんて、言いたくなかった。

 そんな心中とは裏腹に、北上の口は言葉を紡ぐ。


『任せな。あんたたちの分まで、この北上様が叩き込んできてあげるよ』


 情動にあふれた言葉だった。どの記憶を切り取っても、北上はいつもそんな大言壮語を吐いている。

 どうしてそんな言葉が出てきたのか、北上自身にもわからなかった。

 ――そう、わからなかったんだ。

 わからずじまいで、理由もわからぬ苛立ちを抱えたまま、敵中枢艦隊が待ち構えている海域を目指し、海を駆ける。

 覚えていることがある。その道中、一秒ごとに体に力がみなぎる感覚を覚えた。

 何かを成そうと望み、必ず成就させんとする気持ちがあれば、なりたい自分になれる――否だ。そんなアタマ日向なことを信じてはいない。

 ただ、健気なほどに才の無い者たちが、懸命に努力している姿を見てきた。

 認めたくなかった。

935 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:12:10 ID:CcyWen1s

 でも、本当は悪くないと感じていた。

 悪くないな、と思った

 ああ、そうだ。

 北上が――あたしが、この鎮守府の艦娘たちに、駆逐艦たちに感じていたものは。


『痺れるねえ』


 未来を、見たのだ。

 勝利を喜び合う未来を。

 戦争が終わって、誰もがその顔に満面の笑みを浮かべる、そんな優しい未来を。

 だけど、ある日気づいてしまった。



 駆逐艦たちが、夢を見ないのだ。



……
………

936 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:14:09 ID:CcyWen1s

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=OLClkB9cnHY


 いつの日だっただろう。

 それは、駆逐艦の何気ない一言を聞いたときだった。


『今日は、どんな日かなあ』


 そう、つぶやく駆逐艦がいた。子日だ。幾度か聞いたことのあるフレーズ。口癖のようだった。

 口癖、だ。だからよせばよかったのだ。

 何の気まぐれか、北上にしては珍しく――自ら彼女へ話しかけた。魔が差したのだ。

 らしくなかった。らしくないといえば、その駆逐艦もそうだった。どこか悲しそうに、その口癖を呟いていたから、だからつい聞いてしまったのだろう。

 沖ノ島海域を抜けてさあこれから北方だといったところにストップがかけられたせいで出来上がった、長い長いモラトリアム。提督が言うには大本営のクソどもがどーあがいたって一年、最悪半年程度で悲鳴交じりの音を上げてくるからそれまで鍛錬だと。こうして得た余暇を鍛錬に充てる日々が続いた中でのちょっとした稚気だった。

 ――なんだって今日の話ばかりする、と

 ――もうじき日付も変わる頃合いだ。どうして今日なんだ。なんだって明日の話をしないんだ。

937 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:15:13 ID:CcyWen1s

 そう聞けば、彼女は言った。


 子日は、言った。


『またねって』


 その言葉を聞きながら見た、彼女の表情に、北上は酷く動揺した。


『――またねって』

『――そう言える日がいいなって、思うんです』


 子日は言う。北上の目を見ながら――何も見えていない目で、言う。


『明日は、明日は……どうなるか、わからないから』


 なんだそれは、と思った。乾いた笑い声が出た。タチの悪い冗談を言うようになったんだなと――そう、思いたかった。

 ――明日は、明日だよ。何をない頭使ってんのさ。今日は勝った。昨日も勝った。一昨日も勝った。勝って勝って、勝ち続けて、そうしてたどり着いた今日だろう。

 ――馬鹿なこと言ってないで、アンタは能天気に笑ってりゃいいんだ。

938 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:16:12 ID:CcyWen1s

 そうせせら笑うように言って見せた。だけど、帰ってくるのは悲しそうな笑みと、湿った言葉だった。


『そう、そうですね……そうです、よね。でも、でもね、でもね北上さん――』


 子日は言う。

 微笑んで言う。

 だけど、死んだ魚のような目で、言った。


 ――その明日は、誰が約束してくれるんですか?


 何も、言えなかった。立ち去る子日の背に、何も言えなかったのだ。

 他の駆逐艦にも同様の話題を振ってみる。

 初霜。


『……すいません、北上さん。笑顔で終われるかわからない今日なのに、明日のことなんて考えられないです。ただ一隻でも一人でも救えるのならば』

『それで私は――それで、満足、なんです』


 なんで、と思った。なんだってそんなことを言うんだ。酷いジョークだ。こんなのが駆逐艦の中では流行ってるのか。そう言って茶化したが、初霜は笑わない。

939 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:17:35 ID:CcyWen1s

 子日と同じ目をして、言う。

 ――本当に満足しているものが、そんな目をするものか。そんな、今にも泣きだしそうな顔をするものか。

 そう問い詰めた。

 それでも、初霜は言う。何も見ていない目で、言うのだ。


『――明日。明日もしも、私がいなくても。ちゃんとみんなで、笑いあえる『明日』を掴んでくださいね。北上さんがそう約束してくれるなら、私も安心できますから』


 ――ああ、北上さんなら安心です、と。安らいだような顔で、言った。

 何の悪い冗談だ。何の悪い夢だ。また、何も言えなかった。小さな初霜の背を、黙って見送るしかなかった。

 気が付けば北上は基地内を走り回っていた。目についた駆逐艦たちに、同様の質問を投げかける。

 だけど、誰も彼もが、似たようなことを言った。

 若葉。

 ただでさえ何を考えているのかよくわからないやつだ。だけどむっつり顔で、時々間の抜けたことを言う子だ。きっと、きっと何か、違う答えを持ってるはずだ。

 ――北上の心は、そう願った。

 だけど。

940 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:19:13 ID:CcyWen1s

『明日? ……ああ、そういえば、そんなことは、あまり考えないようにしていた。ただ――』

『朝焼け空を見上げると、とても心が安らぐ。だけど、何か、とても落ち着かない心地になる。胸がざわつくんだ』


 本当は、この時にこそ、本当はわかっていたのに。


『若葉の、夢……ゆめ、か。人の夢と書いて、儚いというのだったっか……なるほど、と思う。確かに、その通りだと』


 ――やめて。

 悲鳴を上げそうになる口元を必死で手で塞ぐ。

 それでも、若葉は言う。死人のような瞳で、言う。


『そうだな……北上さん。もし若葉が沈んでしまっても、不肖の姉二人と立派な妹を、よろしくお願いしたい。北上さんの口からそれが聞ければ、若葉は――大丈夫だ』


 この時に感じた激情を、北上は忘れてしまっていたのだ。

 余りのおぞましさに、酷い嫌悪感のあまり、記憶からないものとしようとしたのだ。

 何も、言えなかった。何も、何一つ、消えてしまいそうな背に、言葉一つかけることができなかった。

941 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:20:44 ID:CcyWen1s

 初春。

 そうだ、きっと初春なら、と思った。

 初春が日本舞踊を学んでいることを知っていた。いろいろと手広く趣味を広げていることを聞いたことがある。

 だからきっと彼女ならば、と。

 そう思ったのだ。

 ――北上の甘い心は、そう願った。


 だけど。


『……先週、救難信号を受けて駆け付けた他の鎮守府の艦隊に、わらわと同じ初春がおりました。

 ――腕が、ありませんでした。わらわはそれを見て、何も言えなんだ……何も、言えなかったのです』

『ただ、ただ恐ろしかった』

『もし、もしもわらわが、ああなってしまったとき、それを受け入れることができるのかと……思いました』

『だって、だって、わらわは……あやつに、提督に……手慰みにと日本舞踊の手ほどきを受けたことを、思い出すと……心が、温かくなります。

 だけど、腕がなくなってしまったら、もう踊れないのだと……きっと、それを受け入れることができないのではないか……そう、思ったのです。心が、冷たくなりました。

 不意に、頭の中をよぎったのです。腕がなくなったのが、わらわじゃなくて……妹たちではなくてよかった、と……そう、思ってしまったのじゃ……酷い女だと、そう思うじゃろう?』

942 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:05 ID:CcyWen1s

 何も、言えなかった。


『北上殿……わらわには、まだ、まだ、まだまだ夢を、それを望むだけの強さが、足りませぬ。

 まだまだ、精進せば……ですが、それでも一つだけわらわの望みがあるとすれば……そうじゃなあ。

 うん……わらわたち姉妹、そして一水戦の子らの誰一人欠けることなく……なかった、と言える……そんなめでたき日を迎えることができたなら』


 北上には、何も言えなかった。


『――祝福の舞をひとさし、披露してみたいものです。北上殿にも、是非』


 あまりの怒りで。総毛立つほどの激情で、言葉を紡ぐ余裕なんて、なくしていた。

 ああ、そうだ。北上には――絶対に。

 絶対に許せないことがあったのだ。

 かつて己に積まれていた、忌まわしい兵器の記憶がよぎる。豪奢な椅子にふんぞり返った老害が言う。敵の死を望む。ゆえに死ねと命じる。それは誉れだと。


 ――ならば貴様が真っ先に死ね。


 北上にはどちらも等しく害悪だ。同じ糞垂れだ。

943 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:37 ID:CcyWen1s

『戦うことしか知らないなんて悲しいじゃあないか』


 そう言った提督の真意を、知った。

 提督が軽巡に、そしてそれ以上の大型艦種に、駆逐艦たちに相対する自分たちに、何を求めていたのかを知った。

 なんでだ、という疑問が水泡のように心の内海に湧き上がる。


 ――この状況を作っているのは、誰だ。


 誰のせいだ。誰がやった。誰だ。


 ――貴様らの、せいか。


 深海棲艦のせいだ。駆逐艦どもが、夢を見ないのは。見れないのは。

 痛ましいぐらいの、ささやかな夢しか見れないのは。


 ――なんだって貴様らは、駆逐艦どもを泣かせて、嗤っていやがる。

 ――あたしの前で、ガキの夢を踏み潰そうとしてんじゃあねえよ。

944 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:27:13 ID:CcyWen1s

 頭にきた。

 明日を願うことを夢だと語る駆逐艦に怒った。

 それ以上に、その夢を嘲笑うかように攻めてくる深海棲艦どもに激昂した。

 あんな水底から湧いて出た、顔色の悪い連中が、誰の怒りを買ったと思う。

 その激情のままに奴らを殲滅してやりたいと思う。

 だけど、深海棲艦どもをどれだけ叩き潰そうと、きっと駆逐艦たちは夢を見ない。

 何かがいるのだ。劇的な何かが。起爆剤としての何かが。

 ならば。

 ならば。


「だから、あたしたちが見せてやらなきゃならないんだろ―――夢は、あるんだって」


 ――そうだろう、阿武隈。



……
………

945 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:28:14 ID:CcyWen1s
………
……


https://www.youtube.com/watch?v=tumceOX2_Hk

『――おかしいだろう。こんなの、まかり通っていいわけないだろう』


 北上さんは言う。

 あたし
 阿武隈に、言う。

 これは胸のからこみ上げてくる衝動の正体を、北上さんがきっと掴んでいた時の記憶。

 理解しないままに自覚した、世にも珍しい阿呆の――だけど、心優しい艦娘に出会えた時の、あたしの記憶だ。


 北上さんは、子供が苦手で。

 それ以上に、努力しないものが嫌いで。

 足を引っ張ってくる輩が大嫌いで。

 そして、絶対に許せないものがあった。

 ――あたしと、同じで。

 それをきっと、大井さんはわかっていたんだ。だからあたしを叩いたんだ。どうして、よりにもよって貴女にそれがわからないのだと、失望を滲ませていたのだ。

946 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:29:32 ID:CcyWen1s

 戦いにおいても、才能は存在する。向き不向きがある。素養や素質がある。運が左右する場面だってある。それは艦娘とて例外ではない。

 ならば、その差も存在する。ダメな奴は何をどうやったってダメだ。あきらめなければ夢は叶うなんて、それこそ夢想論だ。あり得ない。

 生まれ変わって出直せなんて、人を揶揄し侮蔑する言葉だってあるけれど、それすら北上さんは認めない。「馬鹿は死んだって治りゃしない」というのが、北上さんの持論だ。

 曰く――やり直そうがダメな奴は何度やったってダメなのだという。そんな見下げ果てたやつが、今の世の中には溢れんばかりだ。

 赤ん坊で生まれて、成長して、多くの人と交流して、それでもなお社会に適合できない?

 そんな輩は、たとえ生まれ変わる奇跡があったとしても、『その程度の奇跡ではどうにもなりませんでした』という結果にしてしまう。その程度では――そんな奇跡ですら――台無しだ。うまくできるわけがない。やれるわけがないのだ、と。

 完全に同意したわけではない。でも一理あると思った――何せ次の人生など、あるわけがないのだから。

 いつだって今なんだ。今の人生しかないのだ。今を精一杯生きるしかないんだ。

 だがそれでも、北上さんの心は『違う』と叫んでいたのだ。

 精一杯に叫んでいた。狂いそうなほどの感情を心の奥底に秘めていた。

 嗚呼、これは違う。

 違うんだ、と叫ぶ。

 あたしの心も、北上さんの心も、痛切に、叫ぶのだ。

 ――艦種の違い? 役割の違い? 駆逐艦は脆い? 火力が貧弱だ? 弱い物は弱い? それはどうしようもならないことなのだと?

 そうだということを、知っている。それでも『これは違う』と感じるのだ。思いたいだけなのかもしれない。だけど、認めない。認められないのだ。

947 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:33:02 ID:CcyWen1s

 これは理屈ではない。これは合理的ではない。これは現実主義ではない。

 そんなことは百も承知だった。それでも、北上には受け入れられない。

 ああ、確かにそれは事実だろう。だが、事実を事実のまま、それが現実なんだと示すのが、賢しいのか。

 夢を見れない子供に『それが正しいんだ』と、どこの良識ある大人が笑顔で言ってのける?

 それが、そんなことが、大人のやることか。

 ――糞っくらえだ。

 北上さんにとって、それはまさに糞そのものだと言うのだ。

 どぶ底ような濁った眼をした子供が、大人になって何者になれるというのだ。同じだ。まるで同じ糞溜めだ。澱みの中で育まれ生まれでたものが、同じ糞になっていくだけで、なんにも変わるわけがない。

 あの頃は、そんな諦観がそこかしこに満ちていた。すでにここは腐ったどぶ底だ。深海棲艦は世界中の海で蔓延っている。ただ人類はその命脈を引き延ばしているに過ぎなかった。命の終わりを先延ばしにしているだけ――言葉にせずとも、そんな諦めは伝わってきた。

 勝利を積み重ねてきたこの鎮守府にさえ、そんな空気が漂った時期があった。正面海域を抜き、沖ノ島を突破して、決して浮かれ切っていたわけではない。

 だって、駆逐艦たちが、夢を見ない。自分たちよりもはるかに、現実を見ていた。現実に、囚われていたのだ。ここはマイナスなんだ、と。思い知らされた。

 ――ッざけんな。生まれた時からマイナススタートだなんて、そんなことがあってたまるか。

 何のための艦娘か。何のための命か。それを打破するために、あたしたちはここにいるのだと。

 だけど、駆逐艦たちは夢を見なかった。

948 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:35:30 ID:CcyWen1s

 いつしか人は現実を知るだろう。子供が大人になるときは、いつだって現実を知るときだ。

 ――じゃあ、夢はどこにある?

 ――この世に希望はないのか?

 北上さんはあたしに、問う。あたしは答える。

 否。否。否だ。断じて否。

 あるとも。夢はある。希望はある。未来を見据えている限り、そこに確かに夢も希望も存在する。

 なるほど、それは夢だ。いかにも朧気で、幼げで、未だ形をしていない不定形の幻だ。

 ならば、と。北上さんは言う。


 ――あるんだ。ここにある。ここにあるとも。それを見せてやる。あたしはただ、やるだけだ。いつも通りにやって、それが『ある』のを証明する。


 それを形にして見せてやる。未来は捨てたもんなんかじゃあないのだと。夢はあるんだと。ここに確かにあるんだと。

 彼女の内側には、理性を越えた、もっと原始的な、いっそ幼稚なほどに、頑固なまでの情念が渦巻いている。

 一流の悲劇なんて、いらない。

 三流のハッピーエンドで構わない。

 駆逐艦たちは努力していた。駆逐艦を苦手とする彼女の目をして、そう評価するにいささかの躊躁も忖度も不要であり、ましてや彼女の本質はシンプルに清廉だった。誰かを不当に評価する発想すら持っていないひとだ。

949 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:36:58 ID:CcyWen1s

 駆逐艦たちは、そんな彼女が戸惑いなくそう評価するに足るほどの鍛錬を積んでいた。だけど、彼女たちは夢を見ているようで、見ていなかったのだ。

 阿武隈は、駆逐艦の子たちが言っていたことを、覚えている。


 『いつか平和な海を取り戻したい。それで、みんなで、笑顔でお話するんだ。そよ風の中で、笑って話をしたいんだ! 誰よりも、いっちばんに!』

 『平和な世界で、気持ちのいい春の陽気に、みんなでピクニックにいきたい』

 『またって言って、またって返せる、笑顔で過ごせる日が欲しい』


 それを聞いたときに抱いた感情の正体が、ようやくわかった。

 やはりそれは――苛立ちだった。

 頭の中がざらざらして、瞳の奥がかっかと熱を持つほどに、気に入らなかった。

 なにせそんなもの、北上さんにとって――あたしにとっても――夢なんかじゃあなかった

 夢で終わるような代物であっていいはずがなかった。

 そんなもの。

 そんなありふれたものを。

 ありふれているはずの、ものを。

 どこにだってあってしかるべき日常を、夢だなんて語る、ましてや子供の口からそんな夢など聞きたくもなかった。

950 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:40:33 ID:CcyWen1s

 だけど、言わせてしまう現状があるのも事実だ。現実としてそこにあった。

 頭の中がざらざらして、胸の奥がかっかとした。

 翻って、深海棲艦はどうだ? その挙動、その砲撃術、その雷撃術、その命中精度、どれもこれもがお粗末だ。

 人類への恨み辛み嫉みばかりを口にして、ただただ憎悪の感情だけを撒き散らしては、数を頼りに海を荒らしまわっている。

 どこに夢がある? 夢があるから努力ができる。やってやるという決意へと変わる。

 あたしにはとても、深海棲艦たちに努力した形跡を見い出せなかった。


 ――深海棲艦どもが、いつ努力した。奴らが、いったい何を、頑張ったってんだ。


 北上さんも、そう思っていた。沸き上がる感情の塊を、彼女はこの時に自覚したのだ。自覚して、いたのに。


 ――なんで頑張ってるあいつらが泣いてるのに、チャラけたやつらは嗤ってる。

 ――嗤っていやがる。あいつら、嗤いやがる。深海棲艦どもは、なんで嗤いやがる。


 その感情の正体を、捕まえた。捕まえて、いたのに。


 ――ガキが頑張ってるのを、どうして嘲笑いやがる。ざっけんじゃあねえ。

951 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:41:55 ID:CcyWen1s

 北上さんの持論――と言えるほど、彼女はまだ己の思いを言語化できてはいなかったのだと思う。

 現実は過酷なのだろう。夢は必ず叶うわけではないのだろう。

 それでも『ならぬものはならぬ』と、何にはばかることなく、胸を張って言えることがある。建前やお為ごかしなどではない。

 この世で最も惨めことは夢を見ないことだと、あたしは信じている。だがこの世で最も残なことは、夢が叶わないことなんかじゃあない。夢破れることじゃあない。夢が踏み潰されることですら、ない。

 ――夢見たところへ繋がる道を、絶たれることだ。

 夢とすら呼べないほど小さな、ありふれたものを見ることさえできないことだ。

 夢を見ることさえ許されないことだ。

 ――だから。

 ――ええ、だから。


 ――北上さんには、絶対に許せないことがあった。

 ――あたしにも、絶対に許せないことがあった。


……
………

952 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:43:34 ID:CcyWen1s

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=VnqzL26-SNM

『ガキなんてのはさ』


 北上が言う。


『少しばかり無様なぐらいで、ちょうどいいんだ。好き勝手に遊んで、はしゃいで、喚いて、笑ってりゃあいいんだ。

 現実のしがらみなんて知ったこっちゃないって顔で、夢と現の違いも知らないままに、楽しんでりゃあいいんだよ』


 阿武隈は肯定する。

 『そう、ですね』と言って、頷く。

 『その通りです』と同意する。

 そして思う――果たして自分は、阿武隈は、これまで本当の意味で北上という艦娘に向き合っていたのだろうか。

 こうして腹を割って話すのは、これが最初ではなかったか。

 北上は言う。

953 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:44:21 ID:CcyWen1s

『ガキなんて、そんなウザい生き物なんだよ。……そういう、もんじゃないかよ。

 少しずつ現実を知っていくんだ。上下関係とか、目上に対する口の利き方とか、そういう煩わしいもんを、嫌でも覚えていくんだ。

 あたしが許せなかったのは、あいつらはガキなのに、ちっともガキらしくないんだ。考え方も、やることも、何もかも』


 阿武隈は答えない。

 だが瞳の形も、そこに宿る色も、北上の言葉に同意していた。

 北上は言う。


『あいつらに、夢はあるかって聞いたんだ。聞かなきゃよかった。知らずに済んだ。こんなに頭にくること、知らなくてよかったのに』


 それでも、北上は聞いてしまった。知ってしまった。


『友達にまたねって言って、またって返せる、そんな一日の終わりが来ることが『夢』なんだとさ!

 友達が今日、いなくなるかもしれない。姉が、妹が、自分だって沈んでしまうかもしれない。またねって言うこともできないし、言える相手がいなくなるかもしれない。

 そんな不安ばっかり抱えて出撃していくんだあいつら。でもな、悲壮感はなかったよ。自分が死んでしまうことより嫌なことがあるって、決意を秘めた目をしてた。

 それどころか、明日が無くなることを受けいれるような顔して、一生懸命に頑張って―――だけど、一日の終わりに、本当にほっとした顔をするんだ。今日も生き延びることができたって、ほっとするんだ』

954 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:45:57 ID:CcyWen1s

 だから、北上は言う。血を吐くように、言う。


『夜が深まると、本当に寂しそうな顔をするんだよ。震えてる子もいたよ。しょぼくれた顔してたよ。

 ああ、あいつらだって悪戯したりするさ。悪いことだってするさ。だけどそれは、明日自分がいなくなっても「せいせいした」とか「いなくなってくれてよかった」って、残った奴らの心が少しでも痛まないようになんて、ふざけた気遣いだ。じゃなきゃあ、あんなに悲しそうな顔で悪戯なんかするもんか。げんこつ喰らって、嬉しそうになんかするもんか。時たまそれでも、寂しそうな顔なんて、するもんか。

 ……ふざけんな。そんなガキがどこにいる。いていいわけ、ないだろ』


 阿武隈は静かに話を聞いていた。先ほどまで彼女の中で凝り固まり、ついに噴き出した北上への激情は鳴りを潜めていた。大井に叩かれた頬だけが、やけに熱い。

 それでも阿武隈の心には喜びがあった。激しい歓喜だ。北上という誇り高い艦娘が――こんなにも優しいひとが、自らと肩を並べて戦っていること。

 それがどうしようもなく頼もしく、そして誇らしいことに思えた。

 北上は言う。


『さよならを言えない日が欲しい。さよならを言わなくていい明日が欲しい。またねって言える、そんな日が毎日ほしい。

 その日が多く得られたら幸せだ。そんなことを……言ってた、んだ。笑って、言ってたよ。あんな、あんなの、子供の、ガキの、笑い方じゃ、ない。

 それが『夢』なんだと。そんな明日が来たら、どれだけ素晴らしいんだろうね――無邪気な顔だった。だけど怯えた目で言ってやがったよ』


 一瞬で歓喜は失せ、押し寄せた真紅の激情が、阿武隈の内を満たした。

955 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:46:40 ID:CcyWen1s

 阿武隈は、口元に痛みを感じた。何のことはない――気づけば、唇をかみしめていた。血がにじむほど強く。その痛みで、今にもあふれ出そうになる涙を、かろうじて堪えていた。

 必死に口を動かし『そう、ですね』と相槌を打った。

 本来なら、否定せねばならないのだろう。艦娘として生を受けたのだ。戦う運命を背負っている。人類を守らなくてはならない。自分たちが戦わなければ、誰も戦えない。

 そんな正論はいくらでも言えただろう。

 だけど、終ぞ阿武隈の口から、そんな非情な『現実』を叩きつける言葉は、出てこなかった。

 阿武隈は言う。

 『その通り、です』と。

 『それは、絶対に許せないことです――』と、心の底からそう思って、同意する。

 そして北上は言う。


『ああ、そうだ…………なんだそれ。ざけんなよ。まるで笑えない。なんでだ。あいつら、真面目に生きてるじゃないか。ただのガキじゃあないか。一生懸命、生きてるじゃあないか』


 一呼吸。唇を一度引き結んでから、北上は言う。

956 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:47:40 ID:CcyWen1s

『あれをしたい。これをしたい。あれが好きだ、これが嫌いだ、明日は何をしよう。何をして遊ぼう。今日はとても楽しかった。だから、だから――きっと楽しい明日がやってくるって。

 何かに阿ることもなく、遠慮することもなく、歯に衣着せることもなく、世の中の価値観なんかに左右されることもなく、物おじせずに、それを当然のように言ってのけるのがガキだろ。自分だけの宝石を持ってるのが、ガキだろう。善も悪も超越した自分だけの価値を持ってるのがガキなんだよ。かっこいいとかカワイイとか、そう思ったものに憧れて、目指していくもんだ。

 そうだ、ガキなんてのはそうして馬鹿みたいにウザく笑ってるもんだ。大きくなったら何になりたいとか、こんな遊びをしたいとか、空を飛びたいとか、それこそ夢みたいなことを語ってりゃあいいんだよ。

 当たり前のように明日が来ることを信じてりゃあいいんだ。明日が来ないなんてこと、明日が来ないことの不安なんぞ、考えなくていいんだ。

 それを窘め、時に叱って、やらなきゃならないこと、夢に向かって生きる方法を、一つずつ教えてやるのが大人と子供の健全な関係だろ……?』


 そんな子供も、やがて成長していくのだろう。無慈悲な現実の前に打ちのめされるものもいるだろう。

 阿武隈は、いつも悩んでいた。

 駆逐艦へ、どのように向き合うべきなのかを。

 より強い艦娘を前線へ。ならば弱い艦娘は、強い艦娘を守る盾にならなくてはならない。第一水雷戦隊とは、元より決戦兵力を前線へ押し上げる護衛任務を主としている。

 警戒を厳とし、敵影を補足すれば即座にこれを殲滅――その長たる己は、何をすべきだろう。どのように駆逐艦たちに向き合うべきなのだろう。

 冷徹にあるべきか。ありったけの愛情を注ぐべきか。この時の阿武隈はまだ決めかねていた。考えあぐね、迷った末に――姉たちに問うた。阿武隈には偉大な姉が五人もいる。だが異口同音に、誰もが言う。

 『沈むときには沈む。だからベストを尽くせ。いつだって全力で当たれ。それでも駄目ならばもう、割り切るしかないのだ』と。

 阿武隈は納得できなかった。だって、姉たちは誰もが気丈にそう言うけれど、誰もが泣きそうな顔をしていたのだ。鬼怒に至っては泣きながら言っていた。

957 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:49:54 ID:CcyWen1s

 なんて様だろう。天下の長良型が雁首揃えて、誰一人納得できないことばかりを抱えている。


 長良は言う――自分の持てる全てを惜しまず、駆逐艦たちに教えていく。目を見張るほどの技術を持つ子がいるならば、こちらから乞うぐらいの姿勢で行く。そうでなければその日が来た時に必ず後悔する、と。

 五十鈴は言う――私が上であいつらは下よ。五十鈴の命令には絶対服従。それで沈んだならば、すべての責はこの五十鈴にある。誰のものでもない、誇りも疵も全てこの五十鈴のものだ、と。

 名取は言う――焦りだけは駄目です。つまらないミス一つで沈まれた日には、悔やんでも悔やみきれない。天龍さんたちが積み上げた基礎を外さず、応用を一つずつ丁寧に教えていくことが肝要です、と。

 由良は言う――ありったけの情を注ぐ。由良ができる目いっぱいに愛します。頼ってくれてもいい、だけど捨て鉢になることだけは許さぬと言い聞かせるんだ、と。

 鬼怒は言う――わからない。だけど鬼怒は鬼怒らしくいたい。たとえその日が来たとしても、きっと、泣いちゃうんだろうけれど、笑顔で送れるぐらいに強くなりたいし、絶対沈まないぐらい、そのぐらい強くしてあげたい、と。


 阿武隈は沈思する。きっと、多くの艦娘が抱えているジレンマなのだろう。部隊を率いる艦娘たちは誰もが葛藤しているのだろう。

 お役目だから割り切れと、死ぬことも仕事だと、そう冷酷に言い放つのか――それは阿武隈の心に逆らう。

 決して傷つくな、沈むな、だが敵の攻撃から決戦兵力を守れと、欺瞞と矛盾に満ちたことを言い放つのか――それはお役目に逆らう。

 どっちつかずだ。駆逐艦たちが言うことを聞かないのも当たり前だと、阿武隈自身が納得する。

 だけど。それでも。否、だからこそ――何を目指しているのかだけは、忘れてはならない。

 簡単なことだった。示せばいいのだ。自分たちが向かっている未来は、正しいものなのだと、自信をもって、胸を張って駆逐艦たちを引っ張っていけばいい。引っ張っていくしかないのだ。

958 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:51:27 ID:CcyWen1s

 北上はそれを己の内側で言語化できていなかったが、やることなすこと全てが圧倒的に正しかった。

 夢へと続く道を閉ざすものがいるなら――。

 子供達の笑顔を曇らせる、どうしようもないものであるのなら――。

 それこそが、北上にとって絶対に許せないものだった。

 そしてそれは、阿武隈にとっても絶対に許せないものだった。

 だから。

 これを必ずや殲滅し、未来を切り開く。やらねばならないのだ。


『大人が、なんとかしてやらなきゃあダメなんだろ。ガキに夢見せてやらなきゃあならないんだろ……!!

 迎えられるかどうかもわからないと、毎日に怯えるガキなんか、うっざいぐらいはしゃぎまわってるのを見てた方が幾分マシってもんだよ。

 あたしは、あんな、あんな……あんな、まるでドブ底みたいな目をしたガキなんざ、見たかないんだよ。うざい通り越しておぞましいんだ。

 またねって言える日? さよならを言わずに済む日?

 それは今日だ。そんな明日だって毎日来る。いつだってくれてやる。いくらだってくれてやるさ。そのぐらいのもんなんだ。夢でも何でもない、ありふれたもんなんだってこと、証明してやるんだ。

 だから―――』


 そう、だから――。

959 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:54:27 ID:CcyWen1s

https://www.youtube.com/watch?v=oPGtAA2HaS8

 誓約する。

 北上は、言う。

 稲妻の如き光を灯した瞳で、言う。


『そんな健気で無様なガキの道すらつけようとするやつは、あたしが一発でひねってやる――あんたの旗下で、最強の重雷装巡洋艦たるこのあたしが、すべてギッタギタにしてやる。

 その姿を、あいつらには特等席で見届けさせてやる。あんな海の害獣ども、なんてことはないんだって、あたしが示し続けてやる』


 その宣誓は成され、未来において成就する。

 何の皮肉か、その純粋さゆえに機能を単一化してしまった――することができてしまった――北上にだけは認識されないままに、目標は完遂された。

 北上は『ただ一撃で敵を滅ぼす』――それだけに特化して、北上はこの日、第二改装された。この鎮守府では初の改二。何のためにそうなったのかすら、理由も、動機も、過去も、記憶すら置き去りにして。


『だから、あんたはあたしを守れ。駆逐艦どもの首根っこ掴んで引っ張ってこい。死ぬ気で鍛えろ。死んでも死なすな。ガキども先に死なすぐらいならおまえが先に死ね。でも死ぬな。死んでもガキども引っ張ってこい。死ぬならあたしが勝ってから死ね。

 その代わり、必ずあたしが決めてくる――あたしが、夢を魅せてやる』


 言ってることが滅茶苦茶だった。だけど不意に、ひ、という音が鳴る。

960 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:55:06 ID:CcyWen1s

 それが己の喉からかき鳴らされた声だということに気づく前に、阿武隈は自分が泣いていることに気づいた。もう、ダメだった。耐えられなかった。

 北上は、彼女が言うことがどれだけ傲慢で、同時にどれだけ高潔であるかなど、まるで自覚してはいないのだろう。

 だけど何一つ自身を飾ることなく、それを叫んだ。

 生きたいと願ういのちの道を、必ず拓いて見せるのだと。

 その道の果てに、輝かしい未来を齎し、その果てにある新しい世界に夢を魁せてやるのだと。

 とめどなく涙を流しながら、阿武隈は「わかりました」と言い、強く頷いた。

 どうしても涙は止まらなかったけれど、声はもう震えていなかった。

 だって。


 ――じゃあ、約束です。あたしは今後、北上さんに傷一つつけさせずに、艦隊決戦へ送り込みます。送り届けてみせます。


 だって。


 ――でも、あたし、嫌ですよ。北上さんがいなくなるなんて、嫌ですよ。だから、だから。


 だって。

961 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:56:54 ID:CcyWen1s

 ――きっちり決めて、ちゃんと、元気な姿で、帰ってきてくださいね。


 上手に笑えて言えたかはわからなかった。だけど、こうでも言わないと、きっとこの人はすぐに死んでしまうから。

 そんなのは、いやだった。

 だって。

 こんなに優しいひとが死ぬのは、いやじゃあないか。

 こんなひとを死なせたら、なんだか自分がとってもいやなやつみたいじゃあないか。

 もう軽口も文句も愚痴すら叩きあえないなんて、いやじゃあないか。

 だから阿武隈は、言ったのだ。

 暴風の如き感情を宿した瞳で、言った。

 北上が絶対に許せないと思うことは、阿武隈にとっても絶対に許せないことで。

 北上が願う、子供が子供らしくいられる未来は、阿武隈が何よりも掴みたかったもので。

 北上の夢は、今まさに阿武隈が見ている夢、そのものだった。

 阿武隈は見た。

 確かに見た。

962 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:58:54 ID:CcyWen1s

 それはきっと幻想だったのだろう。

 それでも確かに阿武隈は見た。

 滲む視界に、見たのだ。


 ――虹を駆ける雷光の姿を、北上の中に見た。


 ならば。

 ああ、ならば。

 ――あたしの、なすべきことは――。


 清廉にして峻烈なる想いを乗せた、この稲妻の軌跡に続くこと。願わくば、稲妻に寄り添う一陣の風でありたいと――そう思いながら、阿武隈は今日も己を研ぎ澄ますのだ。


 この稲光と並び立つに不足無しと、誰もが納得するだけの強さを備える、その時まで。誰よりも早く敵を見つけ、誰よりも迅速に敵を沈める。


 ――『風神』と呼ばれるに至る、その日まで。

963 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:59:57 ID:CcyWen1s

 その後に、きっと夢を見よう。

 平和になる夢を。

 平和になった後にも、夢を見よう。

 その頃はきっと、きっと。

 子供が泣かなくてもいい世界が、待ってるはずだから。



……
………

964 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 01:04:40 ID:CcyWen1s

※『疾風迅雷』の第一水雷戦隊の猛攻、これより始まる。

 北上にドチャクソヘヴィな感情持ってるのは何も大井っちだけじゃあないんだな。

 でも『大井っちは親友でちょー好き、木曾っちもといキッソは一家に一台であると便利、阿武隈は下僕で……いてもいなくてもいいかな』とかクソ外道なこと言うクソみたいな雷巡がいるらしい。

 ンンンンン……!!!

 これには阿武隈も半角カナでキレる。北上一流の照れ隠しであることに気づく日は、きっと遠い。HAHAHA! ジョーク! ジョークです! 雷神ジョーク! なんだァ? テメェ……。風神、キレた――!

 なお軽巡内では共に無手の格闘戦においては最弱クラス(当社比)でたまにぽかぽか叩きあってる、ほほえましいシーンが鎮守府で見れる。てぇてぇ、と一部の憲兵から人気だとか。仕事しろ。



>>927 まだあと1回の接種を残している……この意味が分かるな?
 明石と似て非なるタイプのあれというのは正解ではある。軽巡以上は駆逐艦を前に立たせて戦わせることにものすごく葛藤してます。

>>928 大正解です。阿武隈をいじる権利をあげます


 次スレは次回投下時にでも立てます。多分SS速報VIP@VIPサービスに立てますので万一スレ立てる前に埋まったらそちらを探してください。

965以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/26(日) 04:15:11 ID:E.j9lM.Q
乙です
あー めっちゃ良かった
泣かせてもらった
これだよこれ
俺がずっと読みたくて、叶うことなら書きたかった北上さまと阿武隈、あと大井っちの関係性だわ
この後も勿論読み続けるけどこの時点で多大なる感謝を感謝

966以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/01(金) 08:49:25 ID:hnPUz5ys
>>964
泣けたよ…ガチ泣きしちまったよ…
明日が見れない駆逐艦なんて悲しすぎる…

967 ◆gBmENbmfgY:2021/10/06(水) 22:20:05 ID:Ay5k0Gh2
※ご感想ありがとうございます。今週末か来週末にまとめて投下して次スレとなります
次回投下時に次スレ立てます

次回予告風味

ついに己が見ていた夢を、見ていることを自覚すらしていなかった夢を認識した北上が、自嘲するように提督に語りだす。
「こんなにも、ちっぽけだった。あたしの夢、こんな―――こ、こんな、指でつまめるぐらい、ちっちゃかった」
ちゃんと叶っていた夢。見ようとしていなかった夢が現実に溶けた形。それをこれから見ていきたいと、一つずつ、どんな形になっていったのかを見てみたい。
そう語る北上に、提督はバイクなり車なりの免許の取得を進める。世界を広げてみろ、と。
頷き微笑む北上は、改めて提督に問う。戦うことがなくなってしまったら、自分に何が残るんだと。
提督は言う。

「きっと新しい夢を見れるよ。これまで積み上げてきたことは無駄にならない。
 かつての君が無駄と切り捨ててきたすべての中に夢を見出せ。
 これからの君が無駄と断ずる君の戦闘技能、そして鍛えた五体はきっと――次の夢を見るための燃料になる」

北上は免許を取り、大井・木曾たちと共にツーリングに行くことが増えた。
そして北上はロードバイクに出会った。
ロードバイクへ騎乗する彼女の脚質はパンチャー。しかしその両足は、スプリンターをも凌駕するパワーを秘めていた。

次回、ロードバイク鎮守府の日常
【由緒正しい雷巡のポーズ】
絶対面白いよ!

968以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/08(金) 01:05:21 ID:2C8d2JT6

楽しみにしてますねー

969 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:15:46 ID:mpdEdfSE

※ワクチン接種2回目で熱出そうなので予定変更短めです。

………
……



『……水、持ってきたよ、提督』

『――ン。ご苦労様……一個はこっちに。もう一個はそっちの台に乗せておいてくれ』


 そう言って、提督は取り出した食材を軽く洗い、瞬く間にまな板の上で野菜を始め、多くの食材を捌き始めた。水タンクを台に設置しながら、北上は横目でその手際を観察する。

 あっという間に木製の調理台の上に、下ごしらえの済んだ食材が並んだ。牛肉のブロックが一番、北上の目を引いた。北上の好みの赤身肉だが、ほどよくサシが入っている。

 ――あれを焼いてくれるのかな。

 鳴きだしそうなおなかを押さえつつ、思わず期待に満ちた視線を向けてしまう。提督はその期待を裏切る様にファスナー付きの調理袋を取り出す。北上のやる気が下がった。

 熱したスキレットに調理袋の中身がぶちまけられた――じゅわっという景気の良い音が響き、北上の耳を楽しませた。

 次いで食欲をそそる香味野菜の香気が彼女の鼻孔を貫く。

 刻んだニンニクやバター、唐辛子、そしてオリーブオイルの香り。ややあってからそこに混ざり始める、熱の入った殻付きのエビの独特の香気。

 食欲がわいてくる音と香り――エビのアヒージョだろう。北上の好物であり、口中を唾液が満たした。そういえば、朝から何も食べていない。北上のやる気が上がった。

970 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:18:43 ID:mpdEdfSE

『まず一品だ。パンも焼いてる。肉も焼くし、他のも作る。メシも炊いてる。それまでのつなぎだ』


 見れば飯盒がすでに焚火にかけられている。いつ米研いで火にかけたのか。相も変わらず素早い人だな、と北上は思う。


『ほれ、いつまで突っ立てる――そこ座れ』


 提督が指し示す先には、提督から見た焚火の向こう側――アウトドアチェアがある。背もたれや肘当てまでついていて、いかにも快適そうなハイチェアだ。

 北上はその椅子に――腰かけず、調理する提督の後ろに移動する。背もたれもない簡易的なローチェアに腰かけている彼の背中に、自身の背を合わせて、深く深く腰掛けた。ぴたりと密着し
た背中から、互いの体温を交換する。


『んー? スキンシップか?』

『ん』

『寒くないのか?』

『ん』


 まだ春が遠い日だ。寒くないといえば嘘になる。曖昧に頷いて誤魔化した。北上は提督の顔を今は見たくなかったし、提督に顔を見られるのも嫌だった。

 ただ、背中から伝わる温度ぐらいで、ちょうどよかった。

971 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:19:58 ID:mpdEdfSE

『――答えは出たかよ、北上』

『……うん』

『泣いているのか、北上』

『泣いてなんか、いない』


 その声は震えてこそいたが湿ってはいない。

 背後に立っている北上は、確かに泣いていないのだろう――提督はそう思った。


『あたしは、あたしはさ、ホントに、アホだったよ。提督が呆れるのも、当たり前だった……』

『だろ?』

『茶化すな、バカぁ……黙って、聞いてよ』

『はいはい』


 背中から振動が伝わる。きっと、提督が苦笑しているのだろうと、北上は思った。


『あたしが、自分であいつらを遠ざけた。ただ強くあれるんだ、あたしがいれば安心できるんだって、あいつらが、笑えるように』

972 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:24:40 ID:mpdEdfSE
※名物:誤表記
×:背後に立っている
○:背後に座っている



 心の内側から噴き出した言葉が、訥々とあふれだす。


『あたしにも、あったよ。提督、ねえ……ちゃんと、あたしにも夢、あったんだよ。見つからなかったわけじゃ、なかった。捨てたわけでも、なかった。ただ、忘れてただけだったんだ。こん
なアホ、いないよ』


 北上の声の震えが、大きくなった。


『笑っちゃう。あたしの、夢……あるは、あ、あったけど、ちっぽけだった。こんな、こん、な……こ、これぐらいだった。こんな、これっぽっちだった。

 これぐらい……ゆ、指でつまめるぐらい、ちっぽけ、だった。

 だけど、ちゃ、ちゃんと、か、叶ってたんだ。でも……見てなかったから。ちゃんと、見てなかったから、それが叶ってることさえ、気づかなかったんだ』


 提督はそんな北上の在り方を、以前から気づいていた。ずっとずっと気づいていた。

 だけど何もしなかった。できなかったのだ。脇目も振らずに、ただ目的のための手段を磨くことにだけ特化した。研磨した。先鋭化した。

 だから彼女は、夢を忘れた。

 子供たちの夢を叶えさせるために、夢を見させるために、ひたすらに強く。何よりも強く。誰よりも。誰よりも。

973 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:30:44 ID:mpdEdfSE

 姉たちや、親友や、妹の声すら、振り切って。

 阿武隈と共に、夢を賭け、夢を駆け、夢を見て、夢を魅せた。

 そして、夢が覚めて。

 夢が、終わって。

 もう、何も――。


『それでも北上――君は、いつも自分でちゃんと選んできたよ』


 北上が望んだ優しい声が、やっと聞こえた。


『託されたものがあっただろう。背負っていた思いがあっただろう。それを捨てるという選択だけは一度も取らなかっただろう。

 だけど君は――いつも自分の意思で背負っていただろう』


 提督が言う。駆逐艦たちは言っていた、と。幾度となく少女たちと面談してきた彼は、それを知っている。

 特に第一水雷戦隊に所属していた駆逐艦たちは、口々に言っていた、と。

 涙を流しながら、言った。

 ――助けてくれた。

974 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:33:49 ID:mpdEdfSE
 ――北上さんが助けてくれた。

 ――心を、助けてくれたんだ。

 ――沈んでいく心を、救ってくれた。

 ――終わりの見えない戦場にあり、雲霞の如く迫りくる敵を、一筋の雷撃で道を作り出した。

 ――あの強さに憧れた。自分たちにもなれるだろうか。同じ魚雷を使っているんだ。きっとなれる。あんな人になりたい。

 北上は、多くの駆逐艦たちの憧れだった。


『見た夢が小さかったとしても、指でつまめるぐらいちっぽけだったとしても、君が積み上げたものが塵芥であるものか。

 それは星屑だ。何十何百何千何万と、一つずつ積み上げてきたそれは、俺はちっぽけだとは思わない。誰にも言わせやしない』


 北上さんが叶えてくれた。

 北上さんから、たくさんのものを貰った。

 それはささやかな夢のひとかけら。

 されど、それは抱えきれるほどに降り積もった夢のかけらたち。

 明日を夢見る希望を貰った。

 希望を望める明日を、貰った。

975 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:51:47 ID:mpdEdfSE

『もう、遠ざけなくていいんだ。視線を合わせて、腰を据えて、じっくりと話をしてあげなさい。

 初春型の子らも。暁型の子らも。曙も潮も。不知火も霞も。

 第十七駆逐隊の子も。白露も、時雨も。

 君の夢のかけらを両手いっぱいに持っている。もう形をもっているんだから。

 とにかく君は世間知らずすぎるからな――車なりバイクなり、免許取って行動範囲を広げてみたらどうだ?

 慣れてきたら、こうしてキャンプに連れてきてワイワイやるのも、案外オツなもんだぞ』


 喜色に満ちた声と共に、後ろ手に延ばされた提督の手が、放り出された北上の手と重なる。

 北上は思う――大きく、温かい手だ。

 長い指に触れると、ごつごつした感触がある。その温もりが嬉しくて、北上から指を絡めた。


『うん……そうする。そうするよ、提督。でも――』

『ん?』


 再度、問わねばならないことがあった。


『あたしに、何が残ってるんだろう。夢を叶えてた。じゃあ、じゃあ――』

976 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:52:19 ID:mpdEdfSE

 次の、夢は?


『だから君はアホだと言ってるんだ、北上』

『えっ』

『今しがた言ったとおりだ。君はいささか世間知らずすぎる。何が世の中にあんのかもロクにしらねえで夢なんぞ見れるか。

 見分を広げろ。人と話せ。ときに仲たがいすることもあろう。失敗することも後悔することもあろうよ。

 そうして自分がその世の中で何ができんのか一つずつ見つけて、やりたいことも見つけるんだよ』

『で、でも、見つからなかったら』

『ホント、今日の君は別人みたいにしおらしいな――北上様。天才なんだろ? 見つかるさ。見つけるよ、君は。

 それでも不安なら――君以上の天才たる、この俺が保証してやる。君は新しい夢を見つける。OK?』

『…………ぁ、は』


 北上は笑った。苦笑ではなかった。本当にうれしくて、うれしくて、安心して、安堵して、声が漏れた。

 ぎゅうと手を掴む。こんなに温かい手の持ち主がそう言うんだ。とりあえず騙されてみよう――そう思えた。

977以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:00:45 ID:2mx9BDJA
おつです 
(������������)����グッ!

978以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:02:05 ID:2mx9BDJA
変換できずだった
(・∀・)bグッ!

979以下、名無しが深夜にお送りします:2021/12/16(木) 02:59:43 ID:JRY8knIQ
年末か
そろそろ向こうのマジカルな方の更新も待たれる時期だ

980 ◆gBmENbmfgY:2022/03/01(火) 00:16:22 ID:1gsFED7k
※ロードじゃないほうのバイク乗って信号待ちしてたら唐突に黒塗りのア○アに乗った老人が後ろからシューーーッ! 超、大惨事! ってな具合に入院してました。死ぬところでした。

 両腕が動くようになったら少しずつ投下していきますよオホホ

981以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/01(火) 04:26:10 ID:J.banIVQ
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/

982以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/02(水) 18:05:35 ID:okNIwJtY
>>980
なんとまあ……
お大事にー
気長に待ってます(人*´∀`)。*゚+

983以下、名無しが深夜にお送りします:2022/08/04(木) 11:28:10 ID:hvv7kbAA
待ってる

984 ◆gBmENbmfgY:2022/09/25(日) 00:36:52 ID:vtn8ixcc
>>1です
 事故から八ヶ月以上たちましたが未だ通院中です。相手の保険会社とは弁護士にやりあっていただく予定です。
 リハビリ中ですが、ぎこちないまでも手が少しずつ動くようになりました。障害は残らないようですので一安心。
 すぐにとはいきませんが、どれだけ遅くても年内にはぼちぼちこっちも「あっち」も再開していけたらと思います。
 まだ読んでいただける方がいてもいなくても「最低限このSSを最後まで書き切ってから筆を置く」を目標にやっていきます。

 新しいスレはまだ立てていませんが、https://jbbs.shitaraba.net/bbs/subject.cgi/internet/20196/
 もしくはこっちで立てる予定です。https://ex14.vip2ch.com/news4ssnip//threadlist.html
 仮にこのスレが埋まってしまった場合は、>>1が気づき次第、上記いずれかに立てておきます。

985以下、名無しが深夜にお送りします:2022/09/29(木) 21:44:21 ID:3oyCpo3c
>>984
マジかぁお大事に
ずっと待ってるよ

986以下、名無しが深夜にお送りします:2023/10/19(木) 11:51:16 ID:Aa0Rhd0.
まだ待ってる


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板