したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです Яeboot

1 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 05:30:51 ID:ytUFOiFEO

 

010100010110101010100100101110110101010001010101110

system setup

01010100100101101010010011000101010101001110010010101

server access

0100101101010010100010010111101011010010100100110

changed protocol

01010110101001010100011101010001110101101000101010101001

 

.

126 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:13:53 ID:GXwXwpuY0
思いの他長い下りの末、視界が開ける。

深さにして、地下5メートル程だろうか。
地下室の割には天井の高い部屋は、元はボイラー室だったのだろう。
パイプやダクトが這いまわり、錆ついたボイラー設備が無言のままに鎮座する空間。
階段を降り切って、真っ直ぐ、突き当りの壁に、背を預けて座り込む人影があった。

( ※_ゝ§)「ヒヒ…アー…イイ…ソイツを…アア……」

('A`)「……」

これで、会うのは五度目だな。
そんなことを、ぼんやりと考えながら近づいて行き、その前にしゃがみ込む。
サイバネティクスの配線が顔面を這いまわる男は、俺の接近にも何ら反応を示す事も無く、痙攣した様な笑いを漏らし続けていた。

( ※_ゝ§)「コ、コレが…フィヒ…き、キモチイイんだ…アア…フィヒヒヒ!」

前に会った時は、右腕と左目だけだったサイバネ改造は、今は右眼と左腕にまでも広がっている。
配線や強化樹脂装甲が露出する男の左耳の下には、追加ニューロジャックやソフトウェアソケットが増設されており、そこからは膿みと機械油の混じった腐汁が溢れ、彼の肩に垂れていた。

改造に次ぐ改造。整備不良によるサイバネティクスの老朽化。
それらによってニューロンが損傷した結果、精神を病む者は少なくない。
目の前の彼もまた、「サイバーサイコ」と呼ばれるその一人だった。

127 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:14:51 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……」

頭の高さに構えていたカスタムデザートイーグルを、だらりと下ろす。
こうなってしまったら、もうどうする事も出来ない。
ふん縛ってアサイラムに入れた所で、何かが変わるわけでもない。傷ついたニューロンを修復することなど、今の科学では不可能だ。

俺は、踵を返す。
腹の底から胸へと向かって、言いようのない倦怠感のようなものが、せり上がってくる。
背後で聞こえていた笑い声が、ふいに途切れた。

(;'A`)「――シッ!」

即座に振りかえり、銃を構える。

( ※_ゝ§)「ケヒ!ケヒヒヒィィイイ!」

バネ仕掛けめいて飛び出してくる男を、ニューロンが補足。
コンマゼロ秒の誤差も無く、パルス信号の命令で、直結されたカスタムデザートイーグルのトリガーが引かれる。
少なくとも、引かれはした。

(;'A`)「なっ――!?」

腰の高さで固まった左腕。あらぬ方向へと飛んでいく銃弾。ここに来てのフリーズ。
たとえそれが、一コンマの遅れであろうと、命のやり取りにおいては致命的な遅れだ。
低く飛んだ男が、両腕を熊めいて振りかぶった姿勢で、突っ込んでくる。
咄嗟に左の手で上体を庇おうとするが、三世代も前のサイバネ義手は未だその硬直が解けない。
間に合わない。俺は、反射的に目を閉じる。

128 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:15:49 ID:GXwXwpuY0
予測された痛みは、しかしやってこなかった。
ゆっくりと目を開ける。

从 ゚∀从「やれ、矢張り貴様を先行させるべきでは無かったな。これは私の判断ミスだ」

黒衣の堕天使めいた鋼鉄の処女が、サイバーサイコの振り上げた左の長腕を、両手の長物で受け止めていた。

从 ゚∀从「――で、“コレ”は処分してしまっても構わないか?」

つばぜり合いを続けながら、鋼鉄の処女は振り返らずに尋ねてくる。

( ※_ゝ§)「イヒ!フィヒヒヒー!裂いて!裂いて!裂きたいのおおおお!アヘヒャヒャヒャ!」

俺は、依頼人の言葉を束の間思い出す。

「来月、結婚するんです。だから、兄には是非出席してもらいたくて…今更、ムシの良い話かな、とも思うんですが……」

「兄のお陰で、僕はこんなに幸せになれた、兄のお陰でここまで来る事が出来た、それを兄に伝えたいんです。
 そして謝りたいんです。あの時の言葉を」

('A`)「……」

俺が答えを出しかねている間にも、鋼鉄の処女はサイバーサイコを腕ごとその長物で押しやり、自分もバックステップで距離を取る。
ボイラー室の狭い通路ギリギリの長さを誇る彼女のエモノは、幅広にして肉厚な刃を持つ大鎌だ。
伸縮式の柄と取り外し可能な刃によって構成されるそれは、何の特殊機構も持たない極めて原始的な武装だ。
刃自体の重量と、伸縮式の柄により間合いの調整が可能な事以外、何の強みも持たないそれは、本来は常人が扱う様な代物ではない。
ハインリッヒが、人外の運動能力を有する鋼鉄の処女が握ってこそ、初めて一線級の活躍が期待できるものなのだ。

129 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:17:22 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「ヘヒ…ヘヒヒ…?」

从 ゚∀从「……哀れな奴だ。私の主の次くらいには、哀れな奴だよ、貴様は」

二人は、互いの間合いを窺うように、足を前に出したり引っ込めたりしながら、通路の間で睨み合う。
だがすぐに、サイバーサイコの方が待ちきれなくなり、右の腕を腰だめに構えて地を蹴った。

( ※_ゝ§)「刺して!挿して!サシテサシテサシテサシテエエエ!」

鋼鉄の処女に向かって一直線に突進するサイバーサイコの右腕の掌が、カメラのファインダーめいて開く。
ボディブローの要領でもって、電撃的速度で突き出される右腕。
その肘の部分に仕込まれた火薬が炸裂し、くい打ち機構めいて打ち出された単分子ランスの鋭い切っ先が、鋼鉄の処女を狙う。

ハインリッヒはこれを、上体を僅かに逸らして回避。
サイバーサイコはすぐさま右腕を引き戻し、続く第二撃を放つ。
瞬時に格納された単分子ランスが、次弾の装填の済んだ火薬によって再び爆発的に突出。
鋼鉄の処女は上体と膝を曲げてブリッジの姿勢。
難なく避けると、そのままの姿勢で両手を地面につき、バックフリップの勢いで蹴り上げた。

下から掬いあげるように繰り出された爪先が、カミソリのような鋭さでサイバーサイコの顎を捉える。
金属と金属のぶつかる硬質な音。鋼鉄処女の重い蹴りを受けたサイバーサイコはよろめき後ずさる。
一回転して姿勢を整えたハインリッヒは、大鎌を構えて一歩前進。両者の距離は2メートル弱。

从 ゚∀从「攻撃が単調に過ぎる。最も、サイコに判断力を求めるのが間違いか」

無機質な言葉と共に、両手の中の大鎌を振るった。

130 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:18:03 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「アバッ!?アババババ!?」

銀の閃きとなった大鎌の切っ先が、サイバーサイコの右腕を捉える。
和紙を勢いよく千切る様な断裁音に続いて、西洋甲冑の籠手めいたサイバネ義手が宙を舞う。
一拍遅れて、その平坦な切断面から、潤滑油と血の混じり合った毒々しい液体が噴出、地下ボイラー室の湿った床を斑に染めた。

从 ゚∀从「トドメッ!」

振り抜いた勢いを利用して大鎌を頭上で回転。
ハインリッヒは袈裟掛けに切り下ろす。
死神の審判めいたその切っ先がサイバーサイコの肩口を捉える寸前、狂える男はその場で後ろに跳躍、死の刃を逃れると同時、後方の壁を蹴って斜め上からの奇襲に出た。

( ※_ゝ§)「アイイイイイ!エエエエエェエ!」

サイバーサイコが頭上で振りかぶる右の腕は、左に比べて線の細いシルエットの鉄板装甲に覆われている。
軽装鎧の籠手めいた上腕部の装甲が跳ね上がり、そこからスリット状の発射口が出現。
空気の抜けるような乾いた射出音と共に、そこから円盤状の小型刃が無数に飛びだした。

閃く銀環の群れが、鋼鉄の処女の黒衣を裂いて、その上体に次々と突き刺さる。
矢襖めいて円盤を生やした鋼鉄の処女は、しかし怯む様子は無い。

从 ゚∀从「羽虫の特攻が――」

先に袈裟掛けに振りおろしていた大鎌の刃を上に向け、彼女は柄を逆手に握り直す。

从 ゚∀从「私を止められるなどと思いあがるな!」

怒号と同時、鋼鉄の処女は逆手に握った大鎌を振り上げる。
悪鬼の下顎から突き出す牙めいて跳ね上がった大鎌の切っ先が、頭上に迫ったサイバーサイコの腹を貫通。
振りあげた勢いもそのままに、鋼鉄の処女は半身を捻ると、空中で串刺しにした狂人の身体を、後ろの床に叩きつけた。

131 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:19:05 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「オグッ――!カッ――ポッ――!?」

ずしりと音を立ててボイラー室の床に伏したサイバーサイコの口から、血の泡が吹き出す。
蛙めいて手足を痙攣させるその体は、大鎌の刃によって縫い付けられ、最早身動き一つ取れそうも無い。
最後の足掻きとばかりに、大鎌の刃を掴もうとする右の手を、鋼鉄の処女が無慈悲に踏みつけた。

从 ゚∀从「――それで、どうする?」

刹那の内に殺陣を終えた鋼鉄の処女が、上半身に食い込んだ銀環を引き抜きながら、こちらを振り返る。
血の様に真っ赤な双眸は、相変わらずの機械らしい無表情を湛えて、真っ直ぐに俺を見つめていた。

从 ゚∀从「ここで処分して、依頼主には適当な報告を返すか?それとも拘束して連れ帰り、引き合わせるか?」

('A`)「……」

妙に気だるい体を動かし、サイバーサイコの元へ近づき屈みこむ。
未だに痙攣し続けながら、血の泡を噴き出す男の顔を、俺は覗きこんだ。

( ※_ゝ§)「ゲフッ――ガッ――ハァ…カアァ…ェエェ――ッサをヤるのサ…」

虫の息の彼の口が、意味のある言葉を紡ごうとしている。
俺は、耳をそばだてた。

132 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:20:07 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「俺がマスターで…お前が給仕でよゥ…ヘヘッ――ジャズ喫茶を…やるんだ」

むせながらうわ言を言う男の眼は、焦点があっていない。

( ※_ゝ§)「だから――お前…ジャズ喫茶だからヨゥ…練習――チャんとしておけよゥ――ゲホッ!ウェホッ!エホッ!」

('A`)「……」

( ※_ゝ§)「オオオオオレも――ゲホッ!ガホッ!――ピピピアノの…練習…しとくかラ――ウェッ!…馬鹿野郎――俺ァ、お前とは年季が――ゲホッ!ガボッ!ゴボッ!」

そこまで聞いて、俺は立ち上がる。
カスタムデザートイーグルの遊底を引いて、銃口を男の頭に向けた。

( ※_ゝ§)「イイ案だと思わねェか?なあ、兄弟でジャズ喫茶だ――なあ――」

俺は、無言でトリガーを引いた。
乾いた音が地下室にこだまし、男の身体が一瞬大きく跳ねた。
薬莢が、ボイラー室の床を叩く音が、耳朶を打った。

133 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:21:43 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「依頼主には、何と報告する?」

大鎌を引き抜き、柄と刃を分解しながら相棒が聞いてくる。
しばらく考えてから、俺は答えた。

('A`)「病死だ。過労が祟っての病死。カルテや戸籍は適当に用意する」

ホルスターに銃をしまいつつ、コートの内ポケットを探る。
くしゃくしゃになった紙片を引っ張り出して、それを開く。
ミミズののたくったような字で書かれたアドレスを一瞥してから、俺はそれを男の亡骸に向かって放った。

从 ゚∀从「――結局、一度も飲むことは無かったな」

別段興味も無さそうに言う相棒を促し、俺は地下室の階段へと足を進める。

('A`)「そういう事の方が多いさ、この街では」

言いながら火を点けたマルボロは、味がしなかった。

134 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:23:18 ID:GXwXwpuY0

track-8

――その日の「コシモト」には、俺達以外の客の姿は無かった。

∬´_ゝ`)「ン何よモウ!今日は暇だったからもう閉めようと思ってたのにン!」

来店一番、俺達の姿を認めた姐者が顰め面で口をとがらせる。

('A`)「客商売がそんな事を言ってて成り立つのか?」

∬´_ゝ`)「アータ達は別ヨゥ!うちにボトルも入れてくれないじゃないの!」

相棒が入ったのを確認して、後手にドアを閉めるとガラガラのカウンターに腰を下ろす。

('A`)「それじゃあ今日は特別だ。コレで空けられる適当なウィスキーを頼む」

一万円のクレジット素子を、カウンター越しに姐者に放る。
両の手で挟むようにしてそれをキャッチした彼女が、珍しそうに眉を上げた。

∬´_ゝ`)「何?ボトル?アータが?何があったのヨ?」

('A`)「快気祝いだよ。俺の」

∬´_ゝ`)「ハァ?アータが病気?ヤダモウ、変な冗談止めテよネ!」

右の手を振り、ケタケタと笑いながら酒瓶棚へと向かう姐者。
隣の相棒が密かに鼻を鳴らすのを聞きながら、俺は黒革の手袋に包まれた左の手を見つめる。
ここに来る度に何度も繰り返したが、もう一度掌を握っては開いてみる。
微細な稼働音こそすれ、以前よりも遥かにマシになった感触がニューロンに返ってきた。

135 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:24:16 ID:GXwXwpuY0
('A`)「そう言えば、前にキミは事務所の名前が気に入らない、って言ってたな」

右隣に行儀よく座って、お冷のグラスをじっと見つめる相棒を振り仰ぐ。

从 ゚∀从「んん?ああ、そう言えばそんな事もあったな」

膝の上に両手を揃えて、魅入られたようにグラスを見つめていた彼女は、まるで慌てたようにしてこちらを向く。
カウンターで酒瓶を吟味する姐者をちらりと見て、先の鋼鉄乙女の挙動を思い出した俺は、胸中で密かに笑った。

('A`)「今、良い案が思い浮かんだんだ。リブート、と言うのはどうだろう」

从 ゚∀从「リブート?再起動?――由来は?」

問い返してくる相棒に、左の手を振って見せる。
相変わらずの仏頂面でそれを見ていた彼女は、口を半開きにしたまま暫く思案するかのようにしていたが、やがて鼻を鳴らして首を振った。

从 ゚∀从「まあ、貴様にしては悪くないんじゃないか?」

('A`)「新しい門出、ってわけ。再出発だよ」

从 ゚∀从「これで借金もリセットされれば言う事は無いんだがな」

('A`)「違いねえ」

136 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:25:32 ID:GXwXwpuY0
束の間、封を切っていない督促状の山の事を思い出しかける。
幸いな事に、目の前に勢い良くおかれたウィスキーのボトルが、俺の思考を遮ってくれた。

∬´_ゝ`)「どうせもう閉めるつもりだったんだから、アタシにも付き合わせなさいヨ」

氷の入った二つのグラスに、銘柄も知らないウィスキーが注がれる。
先に注いだグラスに俺が手をつけようとすると、姐者はそれをひったくる様にして奪うと、一気に煽ってゲップを吐いた。
俺は、唖然としてそれを見つめるしかなかった。

∬´_ゝ`)「アータ達だからこんな姿見せるのヨ」

('A`)「嬉しくねえよ」

∬´_ゝ`)「ヤーダー!モーウ!」

芝居めかしてしなを作ったかと思えば、一転、厚かましい中年女性の態度で笑いだす姐者に、俺は顰め面を作る。
仕方なく、手酌でウィスキーをついでいると、視界の端では隣の相棒が、カルピスの入ったグラスを前に、再びあの姿勢を取っていた。
洗浄が面倒なので、今までこのような場面になる度お預けをくわせていたが、少しばかり哀れに思えた。

∬´_ゝ`)「それよりヨ、ちょっとアレ見テ、アレ」

既に赤ら顔になりつつある姐者の指し示す先、カウンター席の隅の壁には、古ぼけたグランドピアノが置いてある。

137 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:26:30 ID:GXwXwpuY0
∬´_ゝ`)「こないだ馴染みのお客さンがね、持って来たのよ、ソレ」

('A`)「は?」

∬´_ゝ`)「トラック呼んでヨ!?信じられル!?」

グラスを煽ろうとして開いていた口が、そのままの形で固まる。

∬´_ゝ`)「ピアノの心得があるから、ここで弾きたいって言いだしてサ。
      でも、ウチにそんなピアノを買うお金なんテ無いッテ言ったのよ。
      そしたら、自分で用意するカラいいって言って、それでアレよ」

「ホント、信じられないわ」と言いながら、二杯目をグラスに注ぐ姐者。

从 ゚∀从「世の中には、貴様以上に想像を絶する狂人が居るものだな」

皮肉っぽく言って、相棒はカルピスのグラスを手に取る。
唇にグラスが触れた所で、我に返ったのか、彼女は恨めしげな顔でグラスをカウンターに置こうとした。
視線でそれに、OKサインを出す。
目を見開いた後、彼女は僅かに眉を顰め、それでもグラスを空にした。
口元が僅かに緩んだ。

∬´_ゝ`)「でもネ、結局そのお客さん、それから一度もウチに来てないのヨ。
      連絡先も知らないし、捨てるにもお金が掛るじゃない?だから仕方なく、そこに置いてるッテわけ」

('A`)「まあ、置いてる分には金は掛らんからな」

138 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:27:55 ID:GXwXwpuY0
言いながら、グラスを空にしてカウンターに置くと、俺は立ち上がってピアノの方へと近づく。
年季こそ入っているが、黒塗りのそれには傷一つ無い。
不釣り合いに粗末なパイプ椅子に腰を下ろすと、鍵盤を覆うカバーを上げた。

∬´_ゝ`)「なにアータ、ピアノ弾けるの?」

('A`)「いや別に」

露われた鍵盤も綺麗なものだ。
白い鍵盤の上に両手を乗せると、俺は矢張り「ねこふんじゃった」の譜面を頭に思い浮かべた。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

∬´_ゝ`)「やだもう、下手くそねェ。アタシのがヨッポドか上手いワヨ」

('A`)「芸才には恵まれてなくてね」

言いながらも、鍵盤の上を打つ指は止めない。
修理を済ませた為か、左の手も前より滑らかに動いている。

にゃーご、にゃーご、ねこかぶり、ねこなでごえで、あまえてる

ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ねこおどかしちゃってごめんな

歪んだ音が、ひと際高く響いた。
俺は、両の手を止めた。

139 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:28:57 ID:GXwXwpuY0
∬´_ゝ`)「ンモー、ホンッと下手くそ。なにヨソレ、小学生?アータ小学生でももっとマシよソレ」

げんなりした表情で茶々を入れてくる姐者に苦笑いを返して、左の手を見つめる。
黒革の手袋に包まれた三世代前の戦闘用義手は、相変わらず低いモーター音を立てていた。

140 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:29:41 ID:GXwXwpuY0

Epilogue

――暮れなずむ夕日が、あばら家の建ち並ぶ下町の傍らを流れる、ドブ川を黄金色に染め上げる。
少年とその兄は、まばゆい金の輝きを反射する川沿いの堤防を、二人並んで家路についていた。

「ねえ、兄ちゃん、僕の演奏どうだった?」

胸の前で、両手を演奏の形にして動かしていた少年が、傍らの兄を振り仰ぐ。
黒い楽器ケースを肩に担いだ兄は、小さく鼻を鳴らすと、その顔に意地の悪い表情を浮かべた。

「まだまだだな、ありゃ。全然、まだまだ」

「えー!だってお客さん、沢山拍手してくれたよ!?」

「そりゃ、お前がガキだからサービスしてくれたんだよ、馬鹿」

兄の言葉に、少年はしゅんと項垂れる。
予想以上のその落ち込みように、兄は幾分かばつの悪い表情で頭をかいた。
カラスが、遠くの空で鳴いていた。

「あー、その、なんだ、それじゃあ今度一回、俺と音合わせしてみるか?」

「だって兄ちゃんピアノじゃん。意味無いじゃん」

「馬鹿、他の楽器に合わせるってだけでも、練習になるんだよ」

「本当に?」

「本当だ」

141 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:30:42 ID:GXwXwpuY0
納得のいかないような顔を作る少年。
その歩みが、知らず知らずのうちに遅くなる。
夕飯の買い物を済ませた主婦が、スーパーの袋を自転車の籠に入れて通り過ぎていく。
兄は、空いている手で少年の背中をどやしつけた。

「ジャズ喫茶、やるんだろ?なあよ?だったら、今からその時の為に練習しねえとよ」

少年は、兄の顔を見上げる。
兄はそれに、にっかと笑ってみせた。

「ちゃんとよ、俺の演奏についてこられるように、練習しねえとなあ。お前はまだまだだから……」

ぶつぶつと言いながら歩き出す兄の背中を、少年は足を速めて付いて行く。

「ねえねえ、じゃあどっちがマスターやるの?僕?」

「はっ?お前、酒作れんの?」

「作れるようになる!」

「あそう」

「作れるようになるよ!」

「酒もいいけど、お前はサックスの方をいっちょ前にしろよ」

「うん!」

142 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:32:18 ID:GXwXwpuY0
「分ってんの?」

「うん!」

「本当に?」

「うん!」

目を輝かせて、自信満々に頷く少年に、兄は苦笑を返すと再び前を向く。
夕焼けが、丁度彼らの向かう先を照らして橙色に灼熱していた。

「約束だぞ。ちゃんと、サックスの練習をすること」

「約束する!」

元気に返事を返す少年に、兄は手を差し出す。
その手を握ろうともせずに少年は駆けだすと、兄を追い越していった。
紅の中で逆光になったその背中を、目を細めて見送りながら、兄はゆっくりと瞬きした。

「兄ちゃん、早く!早く!」

ある日の、帰り道の事だった。

143 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:36:38 ID:GXwXwpuY0
 

 

         从 ゚∀从は鋼鉄の処女

           =Яeboot=
 

          /// the end ///

 

.

144 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:37:49 ID:GXwXwpuY0
 

 

         从 ゚∀从は鋼鉄の処女

           =Яeboot=
 

         「the common case」

 
          /// the end ///

145 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:54:52 ID:zubNyNBAO
■親愛なる読者の皆さんへ■責任問題だ■囲んで棒で叩く■激しく重点■

今回のエピソードはこれで終了です。尚、最後のエンドタイトルに不手際が散見された為、投稿担当者は速やかにケジメされました。ごあんしんください。

次回の投稿日についてはまだ決まっていない。だがどういう話を書くかは決まっているので大丈夫だ。なので大丈夫です。と思う。

いじょうおわり

146名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 23:58:52 ID:Hu7Gs.K60
投下はえーなおい


147名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 00:35:10 ID:4784m5Wc0


148名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 00:50:48 ID:fa37GdkQ0

なんていうか世の無常って感じのお話だったな
エピローグぐっときた

ところで>>9のget ladyはreadyじゃなくてあえてのlady?

149名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 00:58:21 ID:bWFT8CDA0

救われねぇな

150 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/28(土) 01:56:19 ID:F7IOq84cO
>>148=サン指摘された通りざっと見返しただけでも今回のエピソードではミスタイプが目立っています。

担当責任者を問い詰めた所、UNIX端末の不調によって、出力時に何らかのエラーがあったかもしれないとの証言があったため現在事実関係をついきゅうちゅうです。

尚、この間違いはなんか後日修正されるかもしれません。お騒がせしております。

151名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 03:50:04 ID:UrSaLR6.0
乙!
なかなかキツイ話だったな

152名も無きAAのようです:2012/07/28(土) 03:51:42 ID:N/k/FF/Q0
帰ってきてくれてマジで嬉しい
当時一番好きな作品だったものの続きが読めると思うとwktkが止まらない

153名も無きAAのようです:2012/07/29(日) 00:36:49 ID:co/VI7Co0
おかえりなさああああい!
昨日気がついて、一気に読みました!
また読めるなんて思わなかった!!

154名も無きAAのようです:2012/07/29(日) 08:33:51 ID:JkD/QpYY0
鋼鉄処女の人お久しぶり、そしてお帰りなさい
芸さんの掲示板でラブコールかけまくってホントに良かったよ

155名も無きAAのようです:2012/07/29(日) 08:38:17 ID:lR2Ed3Q6O
久しぶりだな!ダークヒーロー!

156名も無きAAのようです:2012/07/30(月) 10:38:16 ID:a12.RbYE0
ところでなんでコメントだけこんな翻訳して再翻訳したような文章なんだ

157名も無きAAのようです:2012/07/31(火) 01:45:45 ID:y2ZS.ST60
ドクオの性格変わった?

だいぶハードボイルドになったような気がするwww

これも作者さんの意図かな?

158名も無きAAのようです:2012/07/31(火) 02:18:01 ID:Cm9KWx8Q0
年月は人を変えるものよの
っていうかヘッズになって戻ってくるとは

159 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/31(火) 13:12:09 ID:tFqY5Ngo0
ドクオがどうしてカタユデになったのかは、彼の左腕と事務所移転の秘密と共にこれから語られるだろう。備えよう。


という構成担当者からの言葉を我々は預かってきております。

因みに今日はЯeboot以前の頃(以後、無印)のダソク・リチュアルであったキャラクウータープロフィールと、インデックスの投稿にやってきた。

キャラクウータープロフィールの方はЯebootになってからもやるかもしれないが、インデックスの方は無印が完結次第廃止される。

何故ならばそれは大いなる宇宙意志の思し召しによるもので、遥か電子空間の果てに存在するハッカー達のヴァルハラの繊細なコズミックバランスを崩しかねない危険性を孕んでいるからに他ならない。

だけどインデックスが無くなっても鋼鉄処女は鋼鉄処女だし、ハインリッヒは毒舌のままだ。ごあんしんください。

160 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/31(火) 13:14:14 ID:tFqY5Ngo0
=index=



【blank disc P-4. Subliminal murder】

story…幼き日の淡い愛。若かりし日の青い誓い。在りし日の残照をグラスに浮かべる暴君。
    血濡れの言葉。不確かな現実。罪人を追う電脳の申し子たち。
    過去と現在が交錯する先に待つのは、果たして光か闇か。
    ――人は、変わらなければ生きていけない。

tips…パーナル外伝。彼女とダイオードの出自を描いた話。サスペンス風。

↓成分表↓
バトル…☆☆☆☆☆
罵詈雑言…★☆☆☆☆
ミステリ…★★★☆☆
サイバーパンク…★★★★★
萌え…★★★★☆
サスペンス…★★★★★
ショタ…★★★★★
ハイン…☆☆☆☆☆
シュール…★★★★☆
R-18…★★★☆☆
田所さん…★☆☆☆☆

161 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/31(火) 13:15:55 ID:tFqY5Ngo0

キャラクタープロフィール

ノ从パ-ナル

氏名:パーナリア・カンテミール
年齢:70歳(AD;2150年現在)
性別:♀
誕生日:9月4日
血液型:A 型
人種:ロシア人(スラブ系)
現住所:不明
本籍:ロシア モスクワ カンテミール財閥本社ビル12‐1
所属:“シベリア”モスクワ支部代表
病歴:無し
術歴:脳核挿入手術(非公式施術の為市民IDは無い)、全身義体置換手術
頭髪:灰色。ウェーブがかった肩甲骨までのロングヘア。
瞳:鳶色
好きなもの:ダイオードが作ったスィルニキ、ワイルドターキー、クラシック(特に小フーガト短調)、ニーチェ
嫌いなもの: 紅茶、ロックンロール、野球とそれを好んで見る人種、人混み(人の波を見るたびにチェーンソーで薙ぎ払いたいと思う)

――シシリアンマフィア“シベリア”のモスクワ支部、通称「氷の旅団」の代表。50年前の灰の二年間を生き延びた帰還兵。
全ての戦闘行為において加減というものを知らず、目の前に立ち塞がるもの全てを根絶するそのやり方から「氷の暴君」と呼ばれている。
日本という国に対して非常に強い憎悪を抱いており、出来るならこの小さな島国を世界地図から消し去りたいとすら思っている危険思想の持ち主。
中途半端を嫌い、全ての行動が徹底的だが、零か百かでしか物事を考えられない不器用な性分であるともとれる。

162 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/31(火) 13:16:41 ID:tFqY5Ngo0
キャラクタープロフィール

/ ゚、。 /

氏名:ダイオード・アバカロフ
年齢:78歳(AD;2150年現在)
性別:♂
誕生日:2月19日
血液型:AB
人種:ロシア人(スラブ系)
現住所:不明
本籍:ロシア モスクワ カンテミール財閥本社ビル12‐1
所属:“シベリア”モスクワ支部構成員
病歴:無し
術歴:脳核挿入手術(非公式施術の為市民IDは無い)、軍用特殊全身義体置換手術
頭髪:くすんだ白
瞳:白(サイバーアイ)
好きなもの:雪、ベラスケス、廃墟、退廃美全般。
嫌いなもの:いさかいごと。

――パーナルの右腕にして“氷の旅団”の切り込み隊長。特注サイズの軍用全身義体は並大抵の火器では貫けない堅牢な装甲を誇る。
根は穏やかで争いを嫌う性質だが、主人であるパーナルへの忠誠心から現在の立場を受け入れた。
余談であるが、現在の義体を入れてから今日至るまでの40余年の間、彼は一睡もしていない。

163 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/31(火) 13:23:26 ID:tFqY5Ngo0
インデックスとプロウフィールの方はいじょうだ。

公式まとめサイトブーン芸VIP=サンの掲示板でも告知しましたが、無印は無印として完結する話であり、わかりやすくいえば無印は第一部ということになるだろう。つまりЯebootは第二部だ。

どうして第一部が完結しないのに第二部が始まるのかという質問があるかとも思いますがごもっともだ。しかしそれについては大丈夫。マザーユニックスの判断にゆだねよう。不安は無いです。安定です。

いじょう緒連絡などでした。

164名も無きAAのようです:2012/07/31(火) 13:49:55 ID:a.9phntk0
70越えてたのか
びっくりだわ

165名も無きAAのようです:2012/07/31(火) 16:48:09 ID:OO2Z2G5s0
可愛らしい女の子と従順な執事が戦場に放り込まれたら
スーパージジババになって帰ってきたでござる…

スィルニキをググったら腹減ってきた

166名も無きAAのようです:2012/08/01(水) 09:16:57 ID:6X/4rOVIO
へははw
戻ってきたのかー

楽しみしております。

167名も無きAAのようです:2012/08/07(火) 01:01:20 ID:RZtzTpzkO
てめぇこのやろう忍殺重点しすぎて忘れかけてたぞこのやろう。いいからハイクを詠め、さもなくば…あとはわかるな

168 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 13:35:40 ID:WbucYHaY0
■RADIO塊IM■capsule‐Starry Sky http://www.youtube.com/watch?v=LA37DbXmx9E■接続■貴方?筒■

169名も無きAAのようです:2012/08/08(水) 15:39:17 ID:9obI6rSg0
何か狙いがあるんだろ。
期待して待ってようぜ

170 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:33:58 ID:WbucYHaY0

 

           【IRON MAIDEN】

 

.

171 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:37:35 ID:WbucYHaY0

 

“Today I’m dirty

I want to be pretty

Tomorrow I know, I’m just dirt

We are the nobodies

Wanna be somebodies

When we’re dead , they’ll know just who we are”

 

……The Nobodies/Marilyn Manson

172 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:39:15 ID:WbucYHaY0

 

 

       从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです

         Disc11.No. of the beast

 

 

.

173名も無きAAのようです:2012/08/08(水) 18:40:02 ID:Ajlw6rYA0
もう来たのか!wktk支援

174 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:41:23 ID:WbucYHaY0

Prologue


――極彩色のライトをミラーボールが反射して、ダンスホールの中は赤、青、黄、緑とひっきりなしにその色彩を変ずる。
多元アンプから吐き出される、重低音の繰り返しに合わせて、サイバーテクノヒッピー達が踊り狂う様は、一種宗教染みてすら見えた。

ニーソク区三番街の地下ディスコ「ゲヘナ」。
享楽と頽廃の権化。夜毎繰り返される、サバト染みた狂乱の宴に足を運ぶのは、
埋め込み式サイバーサングラスやミラーシェードで目元を覆い隠した与太者達、サイバーヒッピーと呼ばれる人種が殆んどだ。

幾何学的なシルエットのヒッピー達の服装は、ホール内の目まぐるしく変わる毒々しい色彩にも共通するカラーコーディネートで、
そのPVC加工されたジャケットやズボンの表面を、0と1などの意味の無い英数字の緑色の羅列が、電光掲示板のように流れ過ぎていく。
およそ非自然物のカリカチュアめいたサイバーテクノヘアやボブカットの男女は、
その露出した腕や腹、背中にも衣服同様の電光掲示板めいた液晶ディスプレイをインプラントしている者が散見された。

サイバーテクノへと帰属する者達の間で共通のシンボルのようにして流行している、この「テクノタトゥー」は、
彼らサイバーテクノヒッピー達の自己表現の一種でもある。
自分の座右の銘や、リスペクトするテクノアーティストや思想家の名前などを、
緑色の電子文字にして自分の肌の上を流す事は、サイバーテクノへの帰属度を計る一種のバロメータとしても機能しているようだ。

175 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:45:57 ID:WbucYHaY0
服の上にLEDを這わせただけのものは二流。ファッションテクノだ。
自らの肌に直接ディスプレイをインプラントし、サイバーテクノと文字通り一つになる。
無論、そのような反道徳的なインプラントなどを施してしまえば、社会においては真っ当な地位につける筈も無い。
そのリスクを冒してでも、インプラントを良しとし、反社会の精神を体現する事こそが、
「サイバーテクノヒッピー」としての覚悟の表れなのだと彼等は語るのだった。

(,,゚Д゚)「――理解出来んな」

炭のように黒いトレンチコートを着こんだ、がたいの良いその男は、サイバーテクノヒッピー達の饗宴の中にあって、浮いていた。
短く刈り込まれた黒髪と、無精髭の生えた浅黒く精悍な顔立ち。
夜の闇の底で獲物を狙う狼のような鋭い眼光とも相まって、とてもカタギの人間には見えない。
首筋から覗く展開式ヘッドギアの漆黒のシルエットと、トレンチコートの下に隠された夜色の強化外骨格は、
彼が電脳時代の狩人である事を無言のうちに語っていた。

黒狼のギコ。
夜に生きる住民の中で、その名を知らない者はいない。
漆黒の強化外骨格に身を包み、日本刀めいた振動実剣を振るう、始末屋。

サイバーヒッピーの群れを掻き分けながら、ギコはダンスホールの中を確かな足取りでもって進んで行く。
無論、彼にサイバーテクノを聴く趣味は無い。ギコの眼は、サイバーヒッピー達の群れの、ある一点に注がれていた。

176 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:47:36 ID:WbucYHaY0
(,,゚Д゚)『対称の一人を捕捉した。この騒ぎの中ならやれるが』

脳核回線を開いて、ギコは依頼主に問いかける。

『タイミングについては全て君に任せるよ。荒事に関しては、僕よりも君の方が専門だろうからね』

アノニマス表示の依頼主が、ギコの視覚野の隅で合成音声を返した。

『ただ、気をつけて欲しい。彼女は君が思っているよりも遥かに手強い。くれぐれも、油断はしないように』

(,,゚Д゚)『俺に油断は無い。後にも先にもだ』

短く告げて通信を切ると、ギコは改めて今回の標的の後頭部を注視する。
プラチナブロンドの頭髪は、左側がピンクや青のメッシュを入れたウェーブ状、右側がドレッド編みにされたアシンメトリースタイル。
一見した所では、ネオ・ゴス・パンクスのようにも見えるその女が何をしたのか、ギコは知らない。だが興味はある。

普段なら、女子供は手に掛けない主義を持ち出して、依頼そのものを突っぱねる筈だったが、今回は違った。

依頼主からの事前情報と、尾行によって見えてきた標的の輪郭は、この女が、
何時も相手にしているサイバーサイコやヤクザ崩れ達とは一味も二味も違った存在である事を示している。
隙だらけに見えて、その実は涎を垂らして牙をむき出しにした狂犬の如き殺気を、薄皮一枚の下に押し隠したかのような立ち居振る舞い。
長年この稼業を続けてきたが、ギコはついぞこのような者を相手にした事は無かった。

177 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:49:00 ID:WbucYHaY0
トレンチコートの裾の下で、手首の内側の格納鞘から単分子ナイフを手の中に滑り込ませる。
久しぶりに強敵と相まみえるかもしれない、という予感めいた感覚に、ギコは暗い期待を寄せている自分が居る事に気付いた。

(,;-Д-)「……」

ゆっくりと目を閉じ、苦悩深い皺の刻まれた眉間を、ギコは左の手で揉む。
その浅黒いこめかみを、脂汗が伝っていた。
自分の思考回路は、まるでウォーモンガーのそれではないか。
ミイラ取りがミイラになる。ぞっとしない話だ。

体内のドラッグホルダーを起動し、ダウナー系のドラッグを脳髄に染み込ませる。
ダンスホールの重低音が遠くに聞こえ、幾分か冷静さが取り戻されてきた。

(,,゚Д゚)「大丈夫だ…俺は、まだ大丈夫だ……」

自分に言い聞かせるように呟くと、ギコは額の汗を拭って単分子ナイフの感触を確かめる。
テクノカットやボブカットの頭の中にあって、ピンクとブルーのメッシュが入ったドレッド・アシンメトリーのヘアスタイルは随分と浮いている。
標的を見失う心配が無い事に、幾分かのやり易さを覚えながら、ギコはその背中へとヒッピー達の群れを掻き分け近づいて行った。

トランスミュージックと、ハードコアテクノの中間の様な、ざらざらとしたサウンドがギコの耳朶を嬲る。
異常な熱気に沸いたダンスホールの中で、標的と自分の周りの時間だけが静止したかのような、妙な錯覚を覚える。
標的の、レザーボンテージスーツの開いた背中に、狙いを定める。
幾重にも巻かれた、包帯と拘束ベルトの隙間から覗く、病的なまでに白い肌。
手を伸ばせば、届く距離。何気ない動作に見せかけて、右手を動かすだけ。それだけで、一つの命を刈り取れる。

178 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:50:17 ID:WbucYHaY0
(,,゚Д゚)「……」

果たして、そんなに上手くいくものなのか?
ギコの胸中に、疑問が浮かんだ、まさにその瞬間だった。

「やあっと、来てくれた」

目の前の、拘束衣めいた衣装に包まれた背中が、ゆっくりと振り返った。

(*゚∀゚)「尾行ばっかで、全然話しかけてくれないから、待ち遠しかったんだゾ?」

血の気の無い石膏めいた輪郭の中で、白と黒の逆になった双眸が、愉悦の三日月に歪む。

(,,;゚Д゚)「――ッ!?」

不味い。ギコのニューロンが、警告のレッドアラートを鳴らした時には、既に遅かった。

(*゚∀゚)「レディを待たせるなんて――マナーがなって無いゾ?」

胸を貫く、生温かい感触。
ギコは、目を落とす。
包帯に覆われた生白い腕が、トレンチコートと、その下の強化外骨格を貫いていた。

喉元から、鮮血の奔流がせり上がってくる。
全身の力が、一瞬にして抜け切る。
そのまま倒れ込むギコの上半身を、左の手で受け止めながら、アシンメトリーヘアの病的な女は、彼の耳朶に愛おしそうな声で呟いた。

179 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:50:59 ID:WbucYHaY0

「逢いたかったよ、ギコ」

相前後、彼の意識は黒の奔流に飲み込まれていった。

180 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:53:18 ID:WbucYHaY0

Track-α

 


――はためくジープの幌の間から、生ぬるい潮風が吹きこみ、彼の頬を撫でる。
無理を言って大陸から取り寄せた「飛虎包」も、湿気を吸ってか酷く不味かった。

<ヽ●∀●>y―~「――これは興味本位で聞くんだが…お前さん達にも嗜好ってものは存在するのかい?
        自己発想許容型AIってのは、実際の所はどうなんだ?」

ジープの荷台の隅、木箱の上に腰を下ろした中華系の男が、大陸葉巻を唇から離して紫煙を吐き出す。
茶色のトレンチコートに、黒のスーツ。
オールバックに撫でつけた頭髪と、いかつい顔を更にいかつくしている丸サングラスからは、右の眼に走った裂傷が微かにはみ出していた。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

ユーラシア最大の犯罪組織、三合会。
その下部組織である陣龍の日本支部代表を任された、香主ニダーの言葉にも、ワタナベの秘書官は淡々とした態度を崩す事は無かった。

列島から出島めいて突き出した、ニホン国特別政令指定都市VIP、その北の外れ。
松の防砂林の向う、黒々とした太平洋の表面を、重金属酸性雨が叩く。
足が三本になったウミネコ達の群れを左手に望むここは、円形の出島の外周部を走る沿岸道路。
大型装甲車と、兵員輸送車じみたトレーラーが幾台も縦に連なり、手狭な車道を大名行列めいて走る光景は、
どんよりと黒く濁った太平洋の荒波とも相まって、破滅から逃げ出す一種のエクソダスめいてすら見えた。

181 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:54:24 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「――なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃあないか?ウリ達は、一体何を運んでいる?」

輸送隊列の先頭から二番手を走る装甲ジープの荷台の中。
潮風を吸って不味くなった葉巻を幌の間から捨てて、ニダーは再び寡黙な秘書官に問い返す。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

菫色の瞳を揺らがせる事も無く、機械的に跳ね付けるトソン。
もうかれこれ、十度ばかり繰り返されたやり取りであった。
芝居めいた仕草で肩を竦めると、ニダーはやれやれと小さな溜息をついた。

<ヽ●∀●>「……確かに、お宅からは口止め料にビルが買えるだけの金は受け取っている。
        ウリ達としても、渡辺グループのお墨付きが貰えるなら、今よりも遥かに商売がしやすい。それについては何の文句も無いさ」

だが、と香主はその先を続ける。

<ヽ●∀●>「これだけのダミーの輸送車両と警備を用意するっていうのは、ちっとばかし尋常じゃあねえ。一体これは何事だ?」

(゚、゚トソン「……」

事務所を訪れた、渡辺のネゴシエイターを名乗るラテン系のイタリア男の弁を、ニダーは束の間思い出す。
  _
( ゚∀゚)『ブツを運んで欲しい。前金はここにある。足りなかったら言ってくれ。上と掛け合ってみる。
     詮索は無用だ。渡辺グループはそれを望まない。兎に角重要なブツだ。受けるか?受けないか?この場で直ぐに決めてくれ』

182 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:55:46 ID:WbucYHaY0
挨拶もそこそこに、ビズの話を持ち出したネゴシエーターが喋ったのもそこまで。
胡乱な話ではあったが、渡辺グループとのパイプは持っていた方がこの街では遥かにやり易い。
陣龍の香主としては、そこに何かしらの地雷が見え隠れしていようと、受けざるを得なかった。

<ヽ●∀●>「それとも、このキャラバンは地獄行きか?積み荷はウリ達、華僑共と、こう来るわけだ」

(゚、゚トソン「……」

<ヽ●∀●>「笑えねえ冗談だったか?」

(゚、゚トソン「……いえ」

荷台の中央、巨大な麻布で覆われた、棺桶程もある縦長の鉄箱の傍らにしゃがみ込んだトソンは、相変わらずの鉄面皮だ。
“オーライ、レディ”。香主は小さく頭を振る。

<ヽ●∀●>「それじゃあ、質問を変えよう。今度のオフは何時になる?是非ともキミを食事に誘いたい」

少しの間。思案するようにしていたトソンは、ややあってから、矢張り表情を崩すことなく答えた。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

少しの間。豆鉄砲を食らった鳩のようにしていたニダーは、ややあってから、首を仰け反らせて乾いた笑いを上げた。

気に入らない仕事だ。それでも、乗るしかない。
乾いた笑いの下に、泥濘のようにどろりとした表情を押し隠し、ニダーは葉巻をもう一本咥えた。

183 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:57:28 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――黄昏の空、光化学スモッグの琥珀色。
バベルの塔めいて、天の神まで届かんばかりに林立する超高層ビルの大森林と、
その間に御神木めいて頭を突き出す、企業アーコロジーの超巨大三角錐のシルエット。
地上から伸びたサーチライトが右に左に光の道を伸ばす空を飛ぶのは、浮遊式街頭スクリーンや、セキュリティボットの群れ。
電脳時代のニホンの中心たるラウンジ区の高層建築の景観は、宝石を散りばめた巨大な墓石群めいたおどろおどろしさを持って、
足元を歩くハイソサエティなビジネスマン達の頭上にのしかかってくるようでもあった。

( <●><●>)『それで、ヴォルフの尻尾の方は、無事回収できたのかね?』

ニホンの中心ラウンジ、更にその中心、ニホンという国の玉座たる、渡辺グループのアーコロジー。
CEOとその身辺警護担当者を含む、ごく一部の人間のみが立ち入る事を許可された、ピラミッドの頂上階層部。
大理石の床にギリシャ彫刻や世界の名画や芸術品が立ち並ぶ、美術館めいたこのフロアは、
階層そのものが丸ごと、渡辺グループのCEOの為だけに用意された執務室となっている。

从'ー'从「ええ、その件につきましては、何も滞りなく。事は全て、順調に進んでおりますわ」

クリスタル細工のローテーブルの上に置かれた、三角錐型の立体ホログラフ投影機。
そこから掌サイズの小人のようにして映し出される、老人のホログラフに語りかける女性こそ、
このフロアの――ひいてはVIPという街の支配者たる女王、渡辺グループ総帥アヤカ=ワタナベに他ならない。

184 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:00:39 ID:WbucYHaY0
緩く外に跳ねた飴色のくせ毛に覆われたその顔は、渡辺グループの総帥という立場にしては異常なまでに幼い。
空色のスーツを上品に着崩し、本革のソファにしなを作る様にしてもたれかかった彼女は、
そのくるくると動く子供のような瞳をホログラフの老人から逸らして、わざとらしい仕草で髪をいじった。

从'ー'从「最も、この時期にムズリーマに飛ぶと言われた時は、正気の沙汰とも思えませんでしたけれどね」

したり顔でそう言う彼女の言葉の端には、ホログラフの老人を非難する様な響きがあった。

( <●><●>)『全てはTHUKU-YOMIの導き出した答えだ。“彼等”の言葉に間違いは無い』

从'ー'从「我々は、その有り難い御言葉に従うのみ、ってわけかしらん?」

ホログラフの中の老人は、ワタナベの言葉を咎める様な様子も無く、まるで幻想小説の中の賢者のような顎鬚をしごく。
皺だらけの顔の中から覗くその二つの眼は、老獪な鷲か、はたまた宇宙の深淵を宿したかのような、底知れない輝きを湛えて静かに揺れていた。

( <●><●>)『兎に角、ヴォルフの尻尾を回収できたのなら、それに越した事は無い。至急、我々の下に移送を――』

老人の言葉を遮るように、甲高く短い電子音が、断続的なリズムで響く。

从'ー'从「あら、失礼。キャッチが入ってしまいましたわ。お話の続きはまた後ほど……」

( <●><●>)『そんなものは後でいい。ヴォルフの尻尾の方が……』

185 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:02:01 ID:WbucYHaY0
尚も抗議の声を上げようとする老人を無視して、ワタナベは手元のチャンネルからキャッチ先を呼び出す。

从'ー'从「ビジネスは一分一秒を争うものですわ」

既に途切れた映像に向かって舌を出して見せると同時、新たな通話相手のホログラフ映像が彼女の前に浮かび上がった。

(´・ω・`)『やあ、アヤカ総帥におきましてはご機嫌麗しゅう……取り込み中だったかな?』

从'ー'从「ううん、全然〜。何も問題は無いよぉ。何も、ねっ」

くたびれたような垂れ目と眉が特徴的な、優男のホログラフ映像。
ワタナベの声音は、その相手を認めた瞬間に、蠱惑的に砕けたものとなった。

(´・ω・`)『それは良かった。先日のムズリーマの件ではお世話になったね。
      何しろニホンじゃどうしてもアレの試運転を気軽に行えるものでもないからね。助かったよ』

从'ー'从「こちらこそ、面白い物を見せてくれて有難う。
     うちの工場の人たちも、貴方に触発されて量産化の打診をしてたみたいで、良い刺激になったよぅ」

(´・ω・`)『ははは、それもまた面白いかもしれないね。
      ――それで、今日はそのお礼と言ってはなんだけど、耳寄りな情報を持って来たよ』

しょぼくれ眉の優男は柳が笑うような表情を作る。
昼下がりの喫茶店での恋人同士の会話めいたその物腰の中には、しかし、
どろりとした得体の知れない灰褐色の何かが蟠っている様な空気が感ぜられるようだった。

186 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:03:13 ID:WbucYHaY0
(´・ω・`)『そう、これはムズリーマの話の続きでもある。ヴォルフの尻尾を、キミ達は持っているね。それを狙う賊の情報さ』

ぴくり、とワタナベの眉が上がる。

(´・ω・`)『向うでも随分と多くの賊に狙われていたみたいだけど、彼等中々しつこいね』

从'ー'从「……それで、賊と言うのは?」

勿体ぶったような優男の口調に、ワタナベは努めて平静を装いながらも、焦れた様子を隠し切れない。
優男はそれが可笑しかったのか、口の端を僅かに緩めた。

(´・ω・`)『一週間前、フェリーの監視カメラで確認した。ムズリーマでやんちゃをやらかしていた二人が、日本入りを果たしたようだよ』

束の間、ワタナベは記憶の糸を辿る。
燃え盛る兵器格納庫の中で、狂ったように笑うネオゴスパンク女の姿が、直ぐに思い出された。

(´・ω・`)『御節介だと思ったけれど、既に僕の方でも一人、その道のプロを雇って後を追わせている。
     それでもあの二人は手強い。キミ達の方でも準備をした方がいいだろうね』

優男の言葉と同時に、ロ―テーブルの脇の情報端末がメールデータの受信を知らせる。
直ぐ様それを開いて、中身のデータを確認したワタナベは、その薄い唇を忌々し気に歪めた。

187 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:04:43 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「“髑髏と骨”……米帝も、随分と“あのお方”に御執心みたいだねぇ……」

(´・ω・`)『元同僚としても、彼らの百カ年計画には舌を巻かざるを得ないよ。
      その内、彼等は銀河の警察でも名乗るつもりなのかな?ぞっとしないね』

从'ー'从「本当、ぞっとしないよねぇ……」

優男の言葉に合わせながら、ワタナベは先の老人の事を思い出す。
予言の忠実な遂行者。ニホンという国の舵を取っているつもりの、賢者気取りの愚者。

支配者達の欲望に果ては無い。
地上の全てを手に入れても尚、飽く事の無いそれは、最早無限にも等しい。
自分もまた、それらと肩を並べ、予言の為に動く一つの歯車となって動いているという事実が、尚の事腹立たしかった。

(´・ω・`)『そう言うわけで、僕の方でも動いてはいるけれど、
      そっちでも出来る限り何か対策を練っておいてほしい、という話でした』

最後に「またね」と下手くそなウィンクを作って通信を切る優男を見届けてから、
ワタナベは本革のソファから身を起こすと、顎の下に指を当てて思案を繰りつつフロアの端へと歩いて行く。
360度が総ガラス張りの頂上フロアからは、VIPという街の全景が見渡せる。
大気汚染にくすむ、黄昏の街並みを見下ろす彼女の脇に、何時の間にか並ぶようにして佇む者があった。

188 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:06:13 ID:WbucYHaY0
(゚、゚トソン「それで、如何なさいますか?」

栗色の髪をバレッタでひとまとめにした、秘書風の井出達の女の名前はトソン。
菫色の瞳で主を真っ直ぐに見詰める彼女は、ワタナベの傍仕えを任された特A級護衛専任ガイノイド、「アイアンメイデン」だ。

(゚、゚トソン「先日のムズリーマでの彼女達の様子から鑑みるに、やると決まれば彼女達は手段を選ばないと思われます。
     脅威度で言えば、シベリアの“暴君”には及ばないかもしれませんが、それ以上に行動に予測がつきにくい分、危険かと」

从'ー'从「うん…そう、かもね」

(゚、゚トソン「シベリアの“暴君”と言えば、我が社の株式は未だ彼女達の手に大半を握られたままです。
     買い戻しや新たな株券の発行により、彼女達の影響力を弱める工作は続けておりますが、それでも寝首を掻かれる危険性は十分に存在するかと」

从'ー'从「……うん、うん、分ってるよ」

(゚、゚トソン「ニーソク界隈における陣龍の台頭も無視できない状態です。
     加えて、ブラウバイオニクス社も今でこそは協調路線を維持しておりますが、彼等の動向も注意すべき所でしょう。
     “カグラ”の方も、今回のヴォルフの尻尾の移送が滞っているという事で―-」

从#'ー'从「分ってる!分ってるって言ってるでしょ!」

189 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:09:20 ID:WbucYHaY0
堪え切れなくなったワタナベの一喝が、二人だけのフロアに木霊する。
何時もは支配者の余裕たる微笑を湛えた唇は、今は焦燥と怒りに歪んで引きつっていた。

从;'ー'从「分ってる…分ってるわよ…そんな事…」

海外犯罪組織の流入からこっち、渡辺グループの支配体制は目に見えない所で揺らぎ始めている。
ニーソクを二分していた日系ヤクザが、陣龍と氷の旅団によって壊滅させられてからは、その傾向が顕著だ。
渡辺傘下の企業でさえも、下部の下部にまで視線を落とせば、これら海外犯罪組織の買収・脅迫活動により、
既に食い物にされたものが何社も見受けられる。
ムズリーマ行の少し前に、業を煮やした渡辺によって、ロイヤルハントを導入しての「氷の旅団壊滅作戦」が指揮されたが、
それさえもニホン軍の過去の汚点を盾に回避されてしまった。
実際、その痛手はかなり大きかったと言えよう。

今の所、ラウンジ区を中心に根を張った「氷の旅団」と、ニーソク区に根を張った「陣龍」が、
ニューソク区を干渉地帯にして睨み合っており、これからどう転ぶのかは未だに判然とはしない。
いっそのこと、この二勢力が互いに食いつぶしあってくれれば、渡辺グループとしては言う所は無い。
最も、三合会とシベリアという世界規模の犯罪組織に、そのような愚鈍な采配を期待するのが間違いと言うものだろう。

企業警察を導入して一斉摘発を行おうにも、「氷の旅団」は先だっての壊滅作戦の失敗以後、
その本拠地を変えた様で、それを突き止めるにも時間が掛りすぎる。
片や陣龍はと言えば、万魔殿を中心としたニーソクの与太者達を賄賂などで上手く抱きこんでいるようで、
多少の攻撃もトカゲの尻尾切りで上手く逃げられるだけだろう。
氷の旅団にも共通して言えることだが、頭を潰さない事には決定打には至らないと言えた。

190 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:10:22 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「頭を潰す……」

強化ガラスの向うに広がる悪徳の街を見下ろしていたワタナベの顔が、何かを思いついたかのように上向く。
すぐさま情報端末の方へと取って返すと、アドレスリストを開いて定型文からメールをこしらえて送信した。

(゚、゚トソン「何か、案が?」

機械らしい無感情な調子で秘書官が尋ねてくる。

从'ー'从「トソン、貴方には陣龍に出向してもらいます」

得意の嘲う様な調子を取り戻すと、ワタナベは口の端をほころばせて言った。

从'ー'从「――そこで、香主殿と共に、ヴォルフの尻尾の移送任務に当たってもらいま〜す」

満面の笑みを湛える渡辺グループCEOの顔は、苺のケーキのワンホールを前にした少女のようですらあった。

191 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:11:35 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――アサヒ・ウギタは今年で43歳になる。
結婚十年目、妻と一人娘と三人で、ニューソク区の一番安い2LDKのマンションで暮らしている。
酒と煙草はほどほど、ギャンブルには見向きもしない、いたって真面目な男だ。
中肉中背の体型に、牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けた彼は、一見しただけでは何処にでも居る中流階層のサラリーマンにしか見えない。

(-@∀@)「こないだの父兄参観も、結局出られなくてよ……」

「で、今日の学芸会も出られない、と」

(-@∀@)「埋め合わせに今度遊園地連れて行く事になってはいるがよ……」

「そっちも潰れたりして」

(-@∀@)「馬鹿野郎!――そういうのは…止めろ。……ホント、止めてくれ」

「ハハハ、スンマセン」

輸送隊の最後尾。
ダミーの10トントレーラーの助手席に座ったアサヒは、二回りも年下の若手組員の軽薄な笑いに、顔をしかめる。
ピンクファウンデーション系列のマーケティング企業に就いていた彼は、
ピンクファウンデーションがブラウナウバイニクス社を買収した際の人員整理の煽りを受けて、二年前の四十路突入早々、職を失った。
二十年以上を務めた会社も、手を切るとなればそこには一切の慈悲も無い。
会社の為にとサムライが如き忠義で仕えてきたアサヒは、雀の涙程の退職金だけを突き付けられて、
一方的に追いだされるような形で路頭に放り出された。

192 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:12:58 ID:WbucYHaY0
あの時。
あの時だ、とアサヒはふとした瞬間などに述懐する。

あの時から、アサヒの中での価値観は一転した。
上司の嫌味に耐え、行きたくも無いキャバレーに接待と称して連行され、取引先に頭を下げて、残業、残業、また残業の繰り返し。
それでも妻子の為にと粉骨砕身してきたアサヒは、あの時、何の前触れもなく、
一瞬にして職を奪われたあの瞬間から、止まっていた時間が動き出したかのような錯覚を覚えている。

ピンクファウンデーション系列と言えば、一流とまではいかなくても株式上場企業の一端だ。
同業他社の再就職先に困る様な事は無い。
それでもアサヒは、もう二度とあのような世界に戻りたいとは思わない。
それはある種のトラウマなのかもしれない、とも思う。

(-@∀@)「そういうお前はどうなんだよ?え?アケミちゃんだっけ?」

窓外を流れる松の防砂林の刺々しい頭の群れから眼を戻して、アサヒは隣の同僚に向かって小指を立てて見せる。
二回りも年下の、アサヒにとっての“先輩”は、バツの悪そうな顔で目を逸らした。

「いやーほら、アイツはアイツで忙しいだろうし。一応、俺もたまに店に顔出したりするんすけどね」

(-@∀@)「それだってお前、陣龍の仕事とかでだろう?プライベートではどうなんだって話だよ」

「んープライベートっすかあ…無いっすねえ…特に…あ、こないだ一緒に焼き肉行ったかも」

(-@∀@)「こないだって何時だよ」

「えーと、半年前?」

193 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:14:36 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「馬鹿野郎、それはこないだって言わねえんだよ。
      大昔だ、大昔。そんなんじゃ、直ぐに冷められちまうぜ?」

「ウェー……。止めて下さいよ、そういうの。……マジで、止めて下さいよ」

(-@∀@)「ムハハハ!スマンスマン!」

苦虫を噛み潰したような顔でハンドルを握る同僚の背中を叩いてひとしきり笑った後。
ふと、アサヒはフロントガラスの向うに気になるものを見つけ、その目を細めた。

(-@∀@)「ん?なんだ、ありゃ?」

目の前を走る装甲トレーラーのコンテナの上に広がる、灰色の雨雲。
重金属酸性雨降りしきる、暗黒の空。
疲れ切ったウミネコの群れに混じって、ひと際大きな白い影が飛んでいた。

(-@∀@)「鳥か?……それにしたって、ありゃ随分と――」

「どうしたンスか?」

(-@∀@)「いや、アレなんだけどよ――」

欠伸を噛み殺しながら聞いてくる同僚に、答えを返そうとして、アサヒはもう一度その影があった場所へと視線を戻す。
重金属酸性雨で粘ついたフロントガラスの向うには、しかし先に彼が認めた影は見当たらなかった。

194 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:15:48 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「んん?おかしいな…確かにさっき――」

首を傾げてフロントガラスに首を近付けるアサピー。
前の装甲トレーラーのコンテナと灰色の雨雲の間の空に、目を凝らす。
耐えがたい程の衝撃がアサヒ達を襲ったのは、まさにその瞬間だった。

「なななななんなンスか!?」

上からの衝撃に、10トントレーラーが束の間揺れる。
タイヤが滑り、車体がかしぐ。若手組員がハンドルを慌てて切りなおす。
なんとか、横転だけは免れた。

しかし、それだけでは終わらなかった。

(;-@∀@)「ナンダ!?一体何が起こっているってんだ!?」

トレーラーのコンテナを、巨大なハンマーか何かで打つような鈍い音が断続的に響く。
コンテナ。襲撃か?
二人がその予測を頭に浮かべた瞬間、ひと際大きな打撃音の後、金属が裂ける身の毛もよだつような音が、車体全体に響き渡った。

(;-@∀@)「通信を!香主にこの事を知らせなければ!」

慌てふためきながらも、咄嗟に思い至ったアサヒがダッシュボード脇の車載無線に手を伸ばす。
しかし、その手は無線を掴むことは無かった。

195 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:16:35 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「――え?」

アサヒは、我が目を疑った。
これは、何だ?手か?人の手、生白い、包帯だらけの細い腕?それが、自分の肩越しに突き出して――。

(-@∀@)「――何で?」

疑問に答えるように、生白い掌が開く。
相前後、鷲の鉤爪めいて開いた掌が、アサヒの顔を掴み、後ろに引いて押しつぶした。

196 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:19:34 ID:WbucYHaY0
◆休憩時間◆ご飯とか食べなさい◆

197名も無きAAのようです:2012/08/08(水) 19:29:31 ID:uq4li3AI0
飯くっちゃったよ!

198 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:47:00 ID:WbucYHaY0
■RADIO塊IM■Marilyn Manson- The Nobodies (Against All Gods Remix) http://www.youtube.com/watch?v=qi5nTb-NRFU ■白粉■貴方?筒■

199 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:50:15 ID:WbucYHaY0
◆再開ドスエ◆

200 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:52:04 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――脳核通信を切ると、香主は後ろ腰のホルスターからつがいのベレッタM76を抜き取り、両の手にそれぞれ構えた。

<ヽ●∀●>「パラグライダーでの襲撃だとよ。この雨模様で、よくもフライト許可が下りたものだな?」

冗談めかして、香主は傍らのトソンに語りかける。
遠くで、金属を殴りつける鈍い音に紛れて、ひっきりなしに銃声が響いている。
後続車両の間では、既に戦いが始まっているようだった。

(゚、゚トソン「……」

ダークブラウンのスーツを召した渡辺の忠実な秘書官は、ニダーの冗談に応じる事は無い。
麻布に覆われた鉄箱の傍らにしゃがみ込んだ彼女は、揺らぐ事の無い菫色の双眸で、ジープの幌をじっと睨みつけていた。

<ヽ●∀●>「オーライ、お喋りの時間はここまでだ。真面目に勤労に取り組ませて貰うとするさ」

二丁拳銃を握ったままで、香主が降参めいて両の手を肩の高さで上げる。
直ぐ後ろの車両で、爆発音が上がった。

続けざまに、サブマシンガンの銃声が響き渡る。

「糞ったれが!なんだコイツは!何なんだこいつは!」

「死ね!死ね!死ね!死ね畜生めえええええ!」

201 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:53:03 ID:WbucYHaY0
組員達の恐慌した叫び声。
風切音。肉の弾ける湿った音。

「邪魔、邪魔、邪魔、邪魔だよ邪魔あ」

場違いな程に間の抜けた、女の声。
硝煙の臭いと、それに混じる血の臭気。重金属酸性雨の湿り気。
ひと際高く銃声が響いた後、不気味なまでの静けさが訪れた。

<ヽ●∀●>「……」

遥か後方で、トレーラーが横転して爆発する音が聞こえてきた。
ニダーは、両掌に握ったベレッタM76の感触を確かめる。
恐らくは、今ので全てのダミー車両がやられた事だろう。

<ヽ●∀●>「――舐めた真似、してくれるじゃあねえか」

混沌する脳核通信で、ニダーが唯一確認できた現状の襲撃者は一人。
一人。たった一人に、自分達の部下が、恐らくは全滅させられた。
腹の底から赤黒い炎にも似た感情がせり上がり、ニューロンを焼けつく舌先で舐める。
ニダーは、昨年の冬の事を思い出していた。

たった一人の殺し屋崩れに、陣龍そのものが地獄の釜の上でジルバを踊らされた、あの時の事を。

知らず、噛みしめていた奥歯から、ゆっくりと力を抜く。
もう終わった事だ。あの悪夢は、もう冷めたのだ。

202 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:53:44 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「下らねえ…下らねえ茶番だ…全部な」

ジープの幌の間から、白い指が覗く。
物思いを中断すると、ニダーは両手のベレッタM76を、両腕を交差させる形にして構えた。
遠くの空で、稲光がどよもした。

203 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:55:04 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――沿岸道路を一列になって走る、装甲トレーラーとジープの群れ。
重金属酸性雨降りしきる太平洋の黒波を背景に、そのトレーラーの間を飛び石めいて跳ね渡っていく一つの影があった。

(*゚∀゚)「……」

黒革の拘束衣めいた衣装の上から、拘束ベルトと包帯を幾重にも巻きつけたその姿は、果たして人のものなのか。
プラチナブロンドヘアの左側頭部を、ピンクとブルーのメッシュのウェーブヘアに、
右側頭部をドレッド編みにしたそのネオ・ゴス・パンクの女の瞳は、黒と白が真逆になっており、一種の怪物めいた様相を呈していた。

今しも、その怪物じみた女が蹴って跳躍した10トントレーラーが、制御を失ったかのように蛇行し、
車線を外れて左の防砂林へ向かって流れていく。
バイオ植林の松の林にぶつかった車体が、壮絶な爆音と共に爆発炎上する中、
既に前のトレーラーのコンテナの上に着地していた女は、その包帯と拘束ベルトが巻きついた腕を槍のようにして構えると、
足元のコンテナの鉄板装甲に勢い良く振り下ろした。

鋼鉄と生身の拳の衝突は、しかし生身の拳の勝利だ。
泥濘を長靴で踏み抜いたかのような穴がコンテナの鉄板装甲に穿たれ、怪物じみた女はその穴の中へと滑るようにして降りていく。

「来やがった!撃て!撃て撃て撃てー!」

直後、コンテナの中で待ち構えていた陣龍の組員達が、手に手に握っていたサブマシンガンによる一斉放火を浴びせてくる。
黒のスーツで上下を固め、防弾ベストを着こんだ組員達の数は五人。
白と黒の逆になった双眸でそれらをぬらりと見渡すと、女は人形めいた仕草で首を傾げた。

204 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:56:10 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「ああ?んんん〜?」

運転席側と接するコンテナの、二つの頂点からの十字砲火。
飛んでくる銃弾の一発一発の軌道を、女は鈍化した世界の中で確かに認めた。
認めたうえで、その中へと無造作に飛びこんで行った。

「糞ったれが!なんだコイツは!何なんだこいつは!」

「死ね!死ね!死ね!死ね畜生めえええええ!」

弾幕の中に身を晒し、肉を抉られ、嬲られながらも突進してくる女に、組員達は狂乱の叫びを上げる。
違う。こいつは違う。人間じゃあ、ない。
組員達の誰もが同じ思いで引き金を引く中、刹那の疾駆で距離を詰めた女の爪先が、一人の組員の頭を文字通り砕いた。

「うわ、うわ、うわ、うわああああああ!?」

血の飛沫になったそこから、女は爪先を鎌めいて横に薙ぐ。
隣の組員の首が、壁に衝突したトマトめいて破裂し、肉塊がコンテナの壁に飛び散って赤黒い染みとなった。

(*゚∀゚)「んん――んっん〜…ああ、うんうん、まあ良いか?」

振り抜いた足を、カポエイラの型めいて宙でぶらぶらさせて、女はもう一方の隅の組員達を焦点の合わない眼で見据える。
一瞬にして二人の仲間を失った組員達は、狂乱と恐怖の中にも、目の前の怪物に対する戦闘意欲を失ってはいない。
三人のうちの二人が、マガジンを交換する中、残る一人が弾の切れたサブマシンガンを捨て、腰の特殊警棒を手に突進して来た。

205 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:58:04 ID:WbucYHaY0
「くそっ!くそっ!くそっ!くっそおおおお!」

(*゚∀゚)「あーちょっと待て。今、繋がる…ああ、もうちょっともうちょっと」

組員の決死の特攻を前に、怪物じみた女はヤク切れのジャンキーめいて口を半開きに、こめかみの辺りを自らノックするような仕草を取る。

(*゚∀゚)「…いー……ああ、うんうん…イイんじゃあないか…うん…」

「しゃっこらー!死ねやああああ!」

手負いの獣の如き形相で特殊警棒を振りかぶる組員。
電磁パルスが流れるその黒い棒身が、女の首筋に叩きつけられる瞬間。

(*゚∀゚)「よしっ、繋がったっ」

虚ろな目で虚空を見つめていた女が呟く。
同時、特殊警棒を握っていた組員の右手の手首から先が、消失していた。

「――え?」

何が起こったのか。組員が自分の右手へと視線を向けた瞬間、彼の全身を赤黒い奔流が飲み込んだ。

(*゚∀゚)「ケッ。こんなもンかよ。ま、悪くはねえか?」

組員を一瞬にして飲み込んだ赤黒いゲル状のそれは、血と肉片の散乱するコンテナの床から立ち上っている。
ぼこぼこと泡立つ、不定形の怪物染みたその奇怪な物質の登場に、組員達の中に残っていた最後の勇気が崩れ落ちた。

206 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:58:58 ID:WbucYHaY0
「あ、あ、ああ……!」

「うわ…うわああ…ああああ……」

マガジンの交換の済んだサブマシンガンを胸に抱いて、だらしなくその場に尻もちをついた二人の組員を、女は爬虫類の様な眼で見やる。

(*゚∀゚)「あー…終わりか?もう、終わりか?」

耳をほじりながら言う女に、組員達がえずくようにしてしゃくりあげた瞬間。
赤黒い不定形の塊が、残りの組員を包みこみ、押しつぶした。
断末魔の悲鳴すら、残らなかった。

怪物染みた女はその光景にも何ら感慨も抱かずに、屠殺場と化したコンテナの中をぐるりと睥睨する。
組員達の肉片の他には、これといって何も無いコンテナの様子に、彼女は気だるげに舌打ちした。

(*゚∀゚)「はいっ、ここも外れー」

投げやりに吐き捨て、女は先に自らが空けた穴からコンテナの外へと飛びあがる。
銃撃によって穴だらけになった血塗れの細身を、重金属酸性雨の粘つく雨粒が容赦なく叩く。
女はシャワーでも浴びるかのように、黒々とした天を仰いで眼を閉じると、束の間溜息を吐き出した。

207 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:00:26 ID:WbucYHaY0
退屈。退屈だ。
好き勝手に肉を引き裂いて、暴れまわるのは気分が良い。
気分は良いが、至極退屈だった。

ヴォルフの尻尾。それを回収するのが、ムズリーマから今に至るまでの彼女の、ツーの任務だ。
既に、トレーラーを六つは潰した。今したように、ヤクザ者達を虫でも潰すかのように嬲り殺しにしてきた。だが、その中に目当てのものは見つからなかった。
それについてはどうでもいい。至極、どうでもいいことだ。

ツーにとっては、暴れられる口実があるのならば、理由だとか目的だとかは一切関係ない。
肉を貫く感触と、血飛沫のシャワー、断末魔の叫びと、弱者の命乞いの声。
それだけが快感であり、全てにおいて優先される事だった。

パラグライダーを用いての空からの奇襲。
あれは気持ちが良かった。続く、コンテナへの襲撃。組員達の、恐怖に歪んだ断末魔。
これについても、概ね問題は無い。肉の感触は、そこそこに美味であった。

なのに満たされない。数日前からこっち、未だ喉は乾いたままだ。
原因は、はっきりとしている。

(*゚∀゚)「クソッ、下らねえ仕事だ……」

先日の件。良い所で、邪魔が入った。
極上の御馳走を前にして、目の前で犬に糞をされたような、あの顛末。
思い出すだけで、腸が煮えくりかえり、喉が渇く。

こんな事をしている場合じゃない、と本能は告げる。
原因が分かっている以上、一刻も早くこの渇きを鎮めなければならない。

208 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:01:19 ID:WbucYHaY0
遥か彼方の洋上で、遠雷が轟く。
一段と強くなった雨脚に、嵐の気配を感じながら、ツーは目の前のジープの幌を睨みつけた。

先頭の車両とも合わせて、残りは二つ。
コンテナからトレーラー運転席のルーフに飛び乗ると、右の手で屋根を貫いて中の運転手の首を手さぐりでねじ切る。
生温かい感触を掌に残しつつそのまま跳躍、ジープの尻の足場に着地し、幌に指を掛けた。

(*゚∀゚)「はい、御開帳〜」

冗談めかして言いながら、ツーは幌を開く。

<ヽ●∀●>「ガッチャ」

瞬間、その狂気染みた拘束衣のシルエットが、襤褸布のようにして斜め上方に吹き飛んだ。

209 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:02:46 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――爆音にも似た連射音が、雨に気ぶる沿岸道路に響き渡る。
ヘリのローター音めいた断続的な銃声の音源は、ジープの荷台、その中央にあった。

(゚、゚トソン「……」

棺桶めいた鉄の箱から立ち上がるようにして、その姿を晒しているのは、秒間一千発という驚異の弾幕を誇る、ワタナベ造兵廠製のガトリング機銃「W−999」。
攻撃ヘリの対地制圧用機銃を、足の間に挟んでそのグリップを握るのは、ワタナベの忠実なる秘書官、鋼鉄の処女トソンに他ならない。

ツーがジープの幌を開けるのと同時、この秘書官は鉄箱の麻布を取り払うや、即座に棺桶めいた箱の中のW−999を起動。
アイドリングもそこそこに、その驚異の弾幕を、たった一人の襲撃者に向けて解き放ったのだ。

炸裂火薬の爆炎にしか見えないマズルファイアと、そこから伸びる無数のレーザー照射めいた橙の火線が、
拘束衣が如き装束を纏ったツーのシルエットを、削岩機のようにして削っていく。
人間一人を対象とするには余剰に過ぎる集中砲火の衝撃は、化け物染みたタフネスを誇るツーをして、尚、その場に踏みとどまる事を許さない。
真正面から10トントラックに衝突されたような勢いで、ツーの細身は宙を舞い、
重金属酸性雨でドロドロに濡れたアスファルトに襤褸雑巾のようにして転がった。

(゚、゚トソン「……殲滅、完了」

抑揚のない声で呟いて、トソンはW−999のトリガーから指を離す。
規格外の連射性能から叩き出される衝撃を、二本の腕だけで御していた彼女はしかし、
スーツの襟元が僅かに乱れただけで、数秒前までガトリング機銃を扱っていたとはとても見えない。

210 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:03:43 ID:WbucYHaY0
きゅるきゅるという、力の抜けるような音と共に砲身の回転が収まるのを見ながら、
ジープの隅で立ち尽くしていたニダーは両耳を塞ぐ手を離した。

<ヽ●∀●>「ご自慢の玩具を見せびらかすのは結構だが、ぶっ放す前に一声掛けてくれると嬉しいね。
        お陰で向う三年は、音楽鑑賞を楽しめそうにない」

抗議を上げる彼の両手に握られたベレッタM76のマガジンには、未だに全弾が装填されたままだ。

<ヽ●∀●>「それとも、それがオタクの会社流のプレゼンテーションってやつか?」

ベレッタの銃口でこめかみを揉む香主を振り返り、トソンは相変わらずの平坦な声で言う。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

鉄面皮が如きその顔はしかし、口元に僅かな頬笑みのようなものを湛えているようでもあった。

<ヽ●∀●>「――だと思ったよ」

鋼鉄処女の微細な表情の変化に、ニダーは一瞬面食らったが、直ぐにその皺の刻まれた顔に苦笑を浮かべる。
がくん、とジープの車体が傾いたのは、まさにその時だった。

211 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:05:50 ID:WbucYHaY0
緩みかけた表情を直ぐに研ぎ澄まされた華僑のそれに転じて、ニダーはベレッタM76を構えると、
穴だらけになった幌を取り払い、後方に流れる沿岸道路を望む。
時速120キロで流れ過ぎていくアスファルトの上、50メートルの後方で、ツーの身体が引きずられるようにして転がっていた。

先の暴風雨の如き銃撃によって半ば肉の襤褸切れと化した彼女の身体、その傷口から流れ出すどす黒い血の筋が、
まるで綱のようにより合わさり伸びている。
赤黒い触手のようなそれは、ツーの全身の傷という傷からニダー達の乗るジープへと伸ばされ、
カーボン装甲に覆われた車体に、まるで蜘蛛糸めいて絡まっていた。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャ…!景気が良い…これだけぶち込まれた方が、遥かに気持ちが良いネエ…!」

ミンチの半歩手前までに追い込まれても尚、壮絶な笑みを浮かべるツー。
両手を交差させて二丁の拳銃を構えるニダーは、そんな地獄の悪鬼の如き襲撃者に底知れぬ嫌悪が湧くのを感じていた。

<ヽ●∀●>「――何だありゃ。手品か何かか?」

二丁の拳銃が火を噴き、水上スキーめいて引きずられるツーの身体に、続けざまに八発の銃弾が食らいつく。
着弾の衝撃で左右にぶれたその体から血飛沫が上がるが、赤黒の軌跡はすぐさまより合わさり、新たな触手となってジープへと伸ばされた。
如何なるバイオ技術の成せる業か。狂えるこの女は、自身の身体から流れた血液を自在に操る事が出来るようだった。
香主の背中を、冷たい感触が僅かに駆け抜けた。


212 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:06:51 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「ヒャーハハッハア!いいね!いいねぇ!」

狂人めいて哄笑し、ツーは自身の身体から伸びる赤黒い触手の一つを握りしめる。

(*゚∀゚)「それじゃあ次はこっちの番だぁ!」

(゚、゚トソン「――!?」

W−999の銃座から立ち上がったトソンが、それを認めるや俄かに駆けた。

(*゚∀゚)「あらよっとぉ!」

細腕に力を込めて、ツーが触手を思いきり引っ張る。
両の手を手刀の形にして飛び出したトソンが、ジープの車体に絡まる触手へ、手刀の切っ先を突き出すも、間に合わない。
華奢な身からは想像もつかないツーの凄まじい膂力によって、ジープに絡まった触手がぴんと張り詰めるや、
相前後、ニダーとトソンの身体が宙を舞った。

<;ヽ●∀●>「チイッ――!?」

後方にかしぐ車体。
アスファルトに火花を散らして足を踏ん張ったツーが、綱引きの要領で触手に力を込める。
一トンはあろうジープが、タイヤを空転させながら宙を舞った。

滅茶苦茶な慣性によって、ニダーとトソンの二人は荷台から投げ出される。
豪雨となった重金属酸性雨のただ中へと放り出されたニダーは、咄嗟に受け身を取るも失敗、
アスファルトに叩きつけられ、ずた袋めいて転がった。

213 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:07:51 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「ガッ――アッ――!」

落下の衝撃による壮絶な痛みに香主の顔が歪む。
俯いた状態で口の端から血を流す彼の脇に、空中での姿勢制御に成功したトソンが、ジャイロバランサーの助力を借りて流麗に着地。
同時、釣り上げられたブラックバスめいて宙を舞っていたジープが、ツーの背後に落下、壮絶な轟音と共に爆発炎上した。

(*゚∀゚)「あっ、やべえ。爆発させたら不味かったか?」

背後で燃え盛るジープの車体を束の間振り返り、ツーはそのドレッドにした右側頭部を掻く。
アスファルトに突き立てて、踏ん張った彼女の足は、脛から下がミキサーに掛けられたかのようにぐちゃぐちゃになっている。
まともな人間ならば、けして意識を保っていられない満身創痍の体でありながら、その生白い顔には何の焦りも恐怖も感じられない。

ジープとの綱引きに勝った事といい、人間離れした奇業といい、ニダーはこの狂える襲撃者に対して恐怖を抱く事を禁じ得なかった。

<;ヽ●∀●>「畜生が…やってくれやがったな…化け物め…」

血痰を吐きながら、痛む身体に鞭を打ってニダーは身を起こす。
胸の鈍痛に、肋骨に罅が入った事を自覚しながら、彼はふらふらと立ち上がった。
ぶるってなんかいる場合じゃあねえ。自分を叱咤して、二丁のベレッタM76を化け物の狂った頭にポイントする。
銃口を向けられたツーの足元で、血だまりがごぼごぼと泡立ったかと思うと、
赤黒いゲル状の塊が、彼女のぐずぐずになった足に纏わりつき、その崩れた肉を整形した。

214 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:09:00 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「随分と便利な身体してやがるじゃあねえか。ええ?
      お前さんを見世物小屋に売り飛ばしたら、幾らんなるだろうな?」

香主が立ち上がる様を、手も貸さずに眺めていたトソンが、ニダーより数歩前に進み出て、両の手を手刀の形にして構える。

(゚、゚トソン「……」

沿岸道路のアスファルトの上。

(*゚∀゚)「んああ…?」

叩きつける様な横殴りの重金属酸性雨を間に挟んだ、両陣営の距離はおおよそ200メートル弱。
コールタールの如く黒く濁った太平洋の荒波がうねり、その上の黒灰の空を、稲光がチェレンコフ光めいて瞬くように照らす。

紅蓮の炎と黒煙を噴き上げるジープの残骸を背にしたツーが、無造作な歩みで距離を詰めてくる。
狂える悪鬼の如きその周囲では、彼女の身体から未だ流れ落ちる血が、空中で渦のように逆巻き、
枝分かれ、赤黒い多頭龍めいて付き従っていた。

(*゚∀゚)「なあ、一応聞くけどよぉ…さっきのジープ、ダミーだよな?
     ヴォルフの尻尾ってのは、いっちゃん前のに乗っけてたんだろ?なあ?」

<ヽ●∀●>「さてな。トカゲの尻尾だか何だか知らんが、気になるんだったら今から追いかけて行って、確かめたらどうだ?」

215 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:10:11 ID:WbucYHaY0
銃口を向けたまま吐き捨てるように答えるニダー。
ツーはその答えに、首を傾げながら頭を掻く。

(*゚∀゚)「いや、ホントんところはどうだっていいんだ。ただ義理で聞いただけ。アタシとしちゃあさ、血が出ないモンには興味無いって言うか――」

その白と黒が真逆になった奇怪な双眸に、どろりとした殺意の光が灯った。

(*゚∀゚)「さっさと、こっからおさらばしたいって言う――かっ!」

言うな否や、ツーの身体がアスファルトの上から消失する。
刹那の後、悪鬼の鉤爪の如く右の掌を振りかぶったツーが、ニダーの正面、斜め上方から飛びかかってきた。

即座に両の手の拳銃を連射しながら、ニダーは身を左に傾け、猛禽の爪めいた急襲を回避、
そのままの勢いで雨粒を跳ね散らかしながらアスファルトを転がる。

<ヽ●∀●>「その意見にはウリも同意したい所だが――どうやらお前さんには、部下が世話になった礼をしなきゃらならんようだっ!」

跳躍からの奇襲をかわされたツーの身体は、ベレッタの弾丸を右半身に受けながらニダーの後方へ。
赤黒い血を纏わせた彼女の拳が、空を切ってアスファルトにめり込んだ。

アスファルトの上を転がりながら身を起こしたニダーは、振り返りざまに二発の弾丸を悪鬼の背中に叩きこむ。
包帯と拘束ベルトに覆われたその生白い背中に赤い花が二輪開花。
噴出した血飛沫が鋭利な棘となり、散弾めいてニダーを襲った。

216 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:11:06 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「糞ったれめいっ!」

咄嗟にニダーは両腕を交差させて顔面を守る。
茶色のトレンチコートに覆われた彼の身体の正面に、無数の赤黒い棘が突き刺さった。
傷自体はそこまで重い物では無い。あくまでも牽制、ニダーの動きを止めるための意味を持ったものだ。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャ!綺麗な薔薇には棘があるっつうっしょ?なあおっさん!」

哄笑しながらアスファルトから拳を引き抜くと、ツーはその勢いを利用しての裏拳をニダーの脇腹に叩きこむ。
反応限界ぎりぎりの速度で繰りだされた横殴りの拳に、ニダーはそれでもギリギリで右腕を下ろしてガードを間に合わせた。

<;ヽ●∀●>「ぬうっ!?」

ネイルハンマーを叩きつけられたような衝撃がニダーの右腕から全身に伝わり、ニューロンが焼けつく様な痛みが広がる。
凄まじい衝撃はニダーの身体を軽々と吹き飛ばし、彼は錐揉み回転しながらアスファルトに転がった。

裏拳の勢いにその場で回転したツーはその場で足を撓めると跳躍。
左の手を槍めいて頭上に構え、這いつくばるニダー目掛けて急降下する。

(*゚∀゚)「先ずは一匹ぃっ!」

空を裂く、手刀の切っ先。赤黒い血塊の奔流。
寸での所でニダーは身を転がすと、死の一撃を回避した。

217 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:12:41 ID:WbucYHaY0
赤黒いゲル状になった血の塊で固めた手刀が、アスファルトを穿つ。
鋭利な切断面を晒すそこから手刀を引き抜くと、ツーは再びニダーを目掛けて振り下ろす。
再びニダーはこれを転がって避けようとするが、常人が完全に見切れる程にツーの攻撃は甘くは無い。
次が来ると分っていても尚、雷の速度で繰りだされる手刀の一撃はかわし切れない。

<;ヽ●∀●>「オブッ――!?」

トレンチコートごと、脇腹を数ミリ抉られたニダーは、血を吐きながらそれでも何とか片膝立ちまで態勢を持って行く。
しかしその時には既に、ツーは次の一撃を放っていた。

(*゚∀゚)「ちょこまかちょこまかと、小汚ぇ中年オヤジがよぉ――!」

渦を巻くようにして赤黒い血の奔流を纏わせた、左の大ぶりなフックがニダーの頭目掛けて繰りだされる。
一本の杭の周りに、無数の触手の細槍が円となって付き従う攻撃は、常識的な格闘技の攻撃範囲を逸脱した一撃。
身を捻っただけでは、本命の左拳の直撃は免れても、血の細槍の攻撃までもかわし切れない。

(*゚∀゚)「これで、くたばれよなっ!」

それでも回避する努力を怠るわけにはいかない。
一本、いや二本、三本か?最小被害を、ニューロンをフル回転させて計算しながら、ニダーは上体を捻り、痛みへの覚悟を決めた。

眼前ぎりぎりまで引き付けた、くい打ちが如き左拳が頬を掠めて通り過ぎる。
同時、その周囲に追随していた血の細槍の群れが、鎌首を擡げた蛇めいて曲がりくねり、ニダーの肩口へと三本の触手が食らいついた。

218 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:13:46 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「アアッ――ガグッ……!」

元はただの血液と言えども、如何な手段によるものか、その切っ先は鉄の槍のそれとなんら違う所など無い。
灼熱するかのような痛みが、ニダーの右の肩を駆け抜け、脳髄を痺れさせる。
それでもこのまま、踏み込まれるままにさせておくわけには無い。

既に腰だめに右の拳を構えて、トドメの一撃をニダーの腹に穿とうとするツー。
痛みの為に鈍くなった筋肉を叱咤して、ニダーは何とかして距離を取ろうと、アスファルトを後ろに蹴った。

追いすがる様にして、ツーの右拳が矢弾めいた動作で放たれる。
ニダーの腹を狙ったそれは、寸での所で届かない。

(;*゚∀゚)「なっ――!?」

<;ヽ●∀●>「おおおぉぉぉ!」

かわし切った。
即座に両手のベレッタを構えて、ツーの頭に銃口を向ける。
ここまでの短い戦いの経験からも、この化け物相手には頭以外を狙って撃っても意味は無い。
W−999の苛烈な弾幕ですらもすぐさま回復されるどころか、血飛沫は相手の手数を悪戯に増やして状況を悪化させるだけだった。
銃弾でこの人外を殺しせしめるには、頭を一気に砕く以外に方法は無い。
まるで、安いムービーホロの吸血鬼狩人めいた思考だな、とニダーが自嘲した時だ。

219 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:15:00 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「なーんちゃって!ヒャヒャヒャヒャ!甘ぇ!甘ぇんだよクソダボがァ!」

伸びきったツーの右腕。
そこに穿たれた無数の銃創から、赤黒い血の触手が伸びていく。
ニダーの胴体へと向かって伸び来る触手の群れは、途中でより合わさり、ねじり束ねられ、一本の太い槍を形作っていた。

後方跳躍を放ったニダーの身体は、未だ宙に浮いたまま。
身を捩ろうにも、既に意識の大半を二丁拳銃による銃撃に回していては、これに反応し切る余裕も無い。

<;ヽ●∀●>「しまっ――!?」

トリガーが引き絞られる。
赤黒の槍が迫る。
南無三。死を目前に、走馬灯を浮かべる余裕すらも無い。
雷鳴が鳴った。丸サングラスの視界が、黒に染まった。
それと同時に、耳をつんざくエグゾースト音が沿岸道路を震わせた。

<ヽ●∀●>「――!?」(゚∀゚*)

エグゾースト音。バイクの立てるけたたましいノズル排気音が、重金属酸性雨の豪雨に負けじと、戦場となった沿岸道路の上に響き渡った。
何事か。至近距離で交錯した二人はしかし、音を気に掛けて首を捻る余裕すらも無い。

未だ赤々と燃えるジープの残骸、その上。
地獄の業火めいて黒い炎の中から、飛び出してくる影がある。

それは、バイクだ。前輪、後輪共に、10トントラックのそれめいて、巨大な二つのタイヤを重ねた、規格外の大きさのバイクだ。
前輪の両側から突き出す、悪魔の角めいたホーン。後輪の両側から、二対四本で突き出す、悪魔の尾めいた排気ノズル。
黒い装甲板に覆われたその禍々しいフォルムは、悪鬼の下僕の獣めいて獰猛なシルエットを、
燃え盛る炎の中に浮かび上がらせながら、嵐の沿岸道路の上空に現れた。

220 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:26:57 ID:WbucYHaY0
地獄の業火の中から飛び出すように宙を舞ったモンスターマシンは、重金属酸性雨のカーテンを切り裂くように飛行。

一刹那の後、赤黒い槍を突き出すツーの身体を、巨大な後輪で押しつぶす様にして着地した。

(* ∀ )「――ガバッ」

有翼の悪魔めいた上空からの急降下奇襲。
飛び散る水飛沫、それに毒々しいコントラストを添える肉片の赤黒。
ツーの身体を横殴りに引き倒したモンスターマシンは、急ブレーキを掛けてドリフト旋回。
猛牛めいたターンの勢いで、後輪に巻き込んだツーの身体を振り飛ばした。

(* ∀ )「AAGRRRATH!?」

ベイゴマのように回転しながら、ツーはアスファルトの上を滑る様に吹き飛ぶ。
下ろし金が如くアスファルトに削られた彼女の身体から、スプリンクラーめいて噴き出す血飛沫。
車線から飛び出したツーは、もんどりうって防砂林の松の一本に打ちつけられ、丈の短い草むらに転がった。

低く唸る雷鳴の如きアイドリング音を響かせて、モンスターマシンがニダーの斜め前方で停止する。
何とか致命傷を免れたニダーは、抉られた脇腹を押えて立ち上がると、その地獄の獣の上に跨るライダーを見上げた。

221 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:28:13 ID:WbucYHaY0
<ヽ8w8>「……」

光化学スモッグと重金属酸性雨の嵐によって、夜中の如く暗い沿岸道路の上。
瞬きのような雷鳴によって照らされる、重金属酸性雨に濡れた漆黒の強化外骨格。
甲虫と爬虫類と地獄の悪魔をない交ぜにしたかのような、細身の節くれだって刺々しいシルエット。
髑髏のような形状のヘッドピース。その後ろから、ざんばら髪が如く垂れ下がるのは、放熱用のワイヤー型スタビライザーだろうか。
唇の無い、牙が剥き出しの口めいた顎部装甲。
その上で、昆虫の複眼めいた四つのアイカメラが、小さな金色の光を湛えて、アスファルトの上のニダーを無感情に見下ろしていた。

<ヽ●∀●>「……」

重金属酸性雨に汚れた丸サングラス越しに、ニダーもまた馬上のペイルライダーめいた漆黒の強化外骨格を睨み返す。

こいつは一体何者だ?
何故突然、この場に現れた?あの化け物を引きずり倒したっていう事は、ワタナベの増援か?
それじゃああの狂ったマシーンも、不吉な強化外骨格も、ワタナベの新作兵器ってとこか?
それとも本当に、ヨハネの黙示録が言う所の第四の騎士だとでも言うのか?

<ヽ8w8>「……」

地獄の悪鬼かはたまた死神か。
不吉なシルエットの強化外骨格は、ニダーの疑問に答える代わりに、モンスターマシンの腹を馬にそうするようにして蹴った。
圧縮空気の漏れだす音と共に、バイクの胴部から刀の柄が飛び出す。
悪魔の鉤爪めいた漆黒の籠手に包まれた右の手で刀を引き抜くと、ペイルライダーはバイクのスロットルを吹かした。

222 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:29:20 ID:WbucYHaY0
(* ∀ )「ギ…コォ……」

松の防砂林の方向。
そこから聞こえてきた、途切れ途切れのツーの言葉に、ニダーは自分の耳を疑った。

(* ∀ )「ヒャヒャ…ウヒャヒャ…こっちから逢いに行くつもりが…これは…ゴブッ――嬉しい…誤算だよぉ……」

<ヽ●∀●>「ギコ…」

ギコ。ギコだと。今、あの化け物女は、このペイルライダーをギコと呼んだのか?

(* ∀ )「ヘヘ…ヘヘヘ…今、そっちに行くから…嗚呼、畜生…こいつは久しぶりに利いた…ヘヘ…ずしんと来る…これが愛なんだねえ……」

モンスターマシンのタイヤに引きずられ、アスファルトのおろし金に掛けられたツーの身体は、既に肉塊と言っても過言ではない。
血だまりの中で自らもごぼごぼと血の泡を噴き出しながら、うわ言の様にして呟く彼女を、モンスターマシーンの上の強化外骨格が見やる。

(* ∀ )「待っててね…今…今、立つから…ゴボッ――ゲボッ…ガッ」

ツーが、血と肉塊の沼で折れまがった四肢をのたうたせる。

<ヽ●∀●>「黒狼?黒狼なのか?」

ニダーが、懐疑の眼差しで二丁拳銃を構える。

<ヽ8w8>「――」

ペイルライダーは、その場で後輪だけを滑らせて旋回、二本のホーンをツーの方向に向けると、
エグゾースト音の咆哮も大きく、アスファルトの上を駆け出した。

223 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:30:22 ID:WbucYHaY0
黒い風となってアスファルトを駆け抜ける地獄の獣。
馬上のペイルライダーは、右手の日本刀めいた振動ブレードをアスファルトに擦りつける。
アスファルトの接触で、切っ先から火花を散らす日本刀の刀身には、梵字にも似た意匠が施されており、
橙の火花に照らされたそれが赤熱するようにぼんやりと輝き始めた。

(* ∀ )「ギコォ!ギコォ!ギコォオオ!」

赤黒の斑に染まった草むらの中で、ツーが立ち上がる。
全身の肉という肉が裂け、四肢はあり得ない方向に曲がり、右の眼窩からは目玉が垂れ下がっていても尚、
彼女の狂った愉悦の叫びは止まらない。
ごぼごぼと濁った音を立てて、彼女の足元の血だまりが泡立ち、そこから立ち上った無数の触手が、
骨や内臓の剥き出しになった肉体に吸いこまれるようにして傷を塞ぎ、急ごしらえの肉体修復を開始する。

<ヽ8w8>「……」

(*゚∀メ)「ギィィイコォオオ!」

ムービーホロのゾンビのように、覚束ない足取りのツー。
地獄の猟犬の如くアスファルト疾駆するペイルライダー。

<ヽ●∀●>「黒狼…黒狼のギコなのか――?」

それを為す術も無く遠目に睨む、満身創痍のニダー。
混沌と化した、沿岸道路の上。
人外同士の影が交錯するその刹那。
ひと際大きな稲光が、黒波うねる太平洋の空を青白く照らした。

224 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:31:32 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――トーキョー摩天楼。
海外からの観光客などは、異常発達した高層建築群を指して、かつてのこの街の名前を未だに口にする。

林立する超高層ビルディングの間を、蜘蛛の巣上に張り巡らされたハイウェイ。
天空の橋めいたその上を、一台のリムジンが走っていた。

从'ー'从「うん、うん、分った。予定通りだね。まあ、そこら辺は頃合いを見て――うん。じゃあね」

通話を終えたワタナベは、受話機をシートに埋め込まれた車内端末に戻すと、
ローテーブルの上のカクテルグラスを手に取り、グラスホッパーの若草色を一口含む。
白塗りのストレッチ・リムジンのキャバレー染みた後部座席には、彼女の他にはそばかすの目立つ、若い代理秘書しか乗っていない。
ただでさえ広い車内の中で、たった一人、ワタナベのすぐ隣に腰かけた代理秘書は、
未だに少女の面影を残すそばかすだらけの顔に、誰が見ても明らかに分る緊張の色を浮かべていた。

('、`*;川「……」

从'ー'从「大丈夫?もしかして酔っちゃった?酔い止め、欲しい?」

('、`*;川「い、いえ!大丈夫、大丈夫です……」

从'ー'从「そう?限界になったら言ってね?エチケット袋はちゃんと持ってきてるから」

('、`*;川「あっはい…あっいえ…えと…あっはい……」

225 ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:33:10 ID:WbucYHaY0
防弾処理を為されたミラーガラスの向うを流れ過ぎる、大陸の柱じみたビルの群れをぼんやりと眺めながら、
代理秘書、ペニサスは、自分が未だにこの女社長の隣に座っているという事が上手く飲み込めないでいた。

('、`*;川「落ちつけ…落ちつけペニサス…なんてことは無いわ…こんなのは、何でも無い事…大丈夫、貴方ならやれる……」

この春、単位をやりくりして何とか都内のトーキョー・ニューディー・カレッジを卒業したペニサスは、
サークルの先輩の伝手を頼って、渡辺グループ傘下の先物取引企業の事務員として、
晴れて新卒組として入社する事に成功した社会人一年目のひよっこだ。

ラウンジ区とニューソク区の丁度境目辺りにビルを持つ、黒井殿証券でのペニサスの主な業務は、
引っ切り無しに電話を掛けては頭を下げる社員達のボックス席の間を行ったり来たりして、お茶やコーヒーを運んで回る、実に単純な仕事だ。

入社して既に半年以上が経つが、未だに彼女は折に触れて「もしかして自分は喫茶店の代行派遣業に就職してしまったのではないか」という疑念が頭を過る事がある。

コネ就職という事で、碌な面接も無いままに入社したペニサスではあるが、
如何せん、中高大、ときて未だアルバイトも経験した事の無い彼女は、「世の中の新入社員」というものは、
最初の数年間はみなこのように、下積みから始まるのだろうと勝手に一人で納得していた。

実のところは、黒井殿証券は渡辺グループ傘下の中でも末端中の末端企業であり、
証券業界の中でも業績順で行けば、最底辺の方を行ったり来たりしている様な、
実に胡乱なものなのだが、良くも悪くも世ずれしていないペニサスには、
自社が現在、どのような状況に置かれているのかも把握してはいないのだ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板