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羽娘がいるからちょっと来て見たら?

1代理 ◆Ul0WcMmt2k:2006/08/08(火) 18:57:48 ID:/i4UGyBA
どうぞ

643二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:31:32 ID:TFlfCwF6
*音開始
 秒針が真上に向かえば。軽い音がした。
「ショータイム……」
 静かに告げ、前へ、ラプンツェルへと差し出した指は、先ほど鳴らした動きの完了を見せている。手袋の上からでも華麗に響く音色はスイッチのようで。
「わ……」
 アトラスを始点に、放射状にライトアップが伝わっていく。円形に配置された都市ならでは、といった様子で、彼女たちを下から人工の星が幾つも照らす。
 初めは白だった。黄色、赤、青、三原色が追いかけ、それらを混ぜた色が追いかけるように溢れた。
 色彩のカクテルは次第に色を一つにしていく。遠方から見えるの光は、波長のいこ雷図された一つの光、その塊だ。塊はその色を暖かなオレンジの混ざる白色に定め、星々となった強い灯りすら飲み込んで、全てを二人に伝え。
 溢れる照明に目を釘付けにされたラプンツェルの横、アンジェラは満足げにうなずく。直立した姿勢が紳士を思わせ、そうして遠慮がちな咳払いがあり。
「空を……」
 アンジェラが誘う、上空の視線。
「あぁ……」
 光と闇を分断され、夜空をちりばめる星はそれでも己を主張する。
「宝石箱のマジックです」
「綺麗……」
 見入るラプンツェルの瞳が輝く、そうアンジェラは思い。
 映った星や夜景より、自然と内から輝く星を横目で見つめる。

「素敵ですよね。人の力で下の星が生まれて……上の星も負けじと先輩の威厳を護ってるんです」
 笑みを漏らし、ラプンツェルの視線は空からアンジェラへ。
「詩人ですね」
 笑みと視線、言葉に気づき、アンジェラの慌てと赤面は同時で。
「あ、っと……その。一応国文科ですから」
「お上手」
 顔の横、重ねられた両手がある。アンジェラに合わせるかのようなラプンツェルの芝居がかった動き。
「あ……あはー」
 着飾り、芝居じみた先ほどまでの空気が崩れ、普通のアンジェラとして照れた。
「あれ……?」
 光が増える。下よりの光はざわめきを交え。昼と夜の境目から大人しくなった人の流れを復活させていく。
「ミュトイの夜は自由です。早くから光を使い、境目を仕事の終わりとして定めました」
 ラプンツェルはアトラスの縁まで歩み、そこで活動の熱を感じる。
「聞こえてきそう……」
 楽しげな喧噪や、話し声。それが収斂され、しかし上空に立つ彼女らにはぼやけた、騒がしいというニュアンスだけが伝わり。
「ミュトイの夜、といえば苦痛よりの開放、一夜のアバンチュールなんて、そんな比喩もあったりしたんですよ」
「なんか解る気がします」
「さて……」
 改めて芝居じみた動きがアンジェラにあり、片膝を付いて恭しくラプンツェルに左手を差し出す。
「空の旅は如何ですか?」
「あ、あの……」
「どうしました?」
「礼儀作法とか知らないんです……」
 申し訳なさそうに手を組み、うなだれる頭と視線の先へそれをやる。
「あはは。私もかじったきりです」
 ラプンツェルの組んだ手を、アンジェラの手袋に包まれた手が支え。
「行きましょう」
「羽根は……」
「大丈夫ですっ!」
 左手を掴めばすぐに、助走に入った。
「素敵な場所にお連れします」
 二人の体が空に舞い。
「いきますよー!」
 夕刻、スヴァンがそうしたように地を目がけ、落下に近い急降下が始まる。

644二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:32:03 ID:TFlfCwF6
「わああああ……」
 どこが地面なのか解らぬ恐怖、それよりも感嘆の声が口を付いて出た。腹側には光のパネルが幾つも流れ、背中側には溢れる喧噪と熱気が翼に伝わり、真下を向く視線には、近づく人工の宝石箱が近づいていく。
「そろそろ起きあがってくださいね」
「はいっ」
 空に寝そべる形、それに移れば上下の夜空が二人を迎え。そして下方の光に飲み込まれ。
「市街飛行といきましょう」
 街灯に彩られる街並み、そこを行く人々の頭上で腹這いの二人が屋根を避け、隙間を踊り。まるでダンスのようだと感じたラプンツェルは、相手がそうさせている物かもしれないと思う。
 上空よりの来客に、一瞬人々は驚き、それでも慣れがあるのかにぎやかさは少しずつ確実に戻っていく。
「……今の軍曹?」
「かもね」
「お相手ゲット、すかねぇ?」
「「また先を越されるの!」」
 カフェでは新たな騒ぎが一つ。
 夜空を舞う二人には関係のない事だ。

 屋根を渡り、夜風に踊り、二人はミュトイの光に遊ぶ。
「あははっ……!」
「どうですか。もっともっと……お見せします!」
 落下の勢いを利用した飛行は速く、再びそこから空へと舞い上がり。目指す先には光の環があった。
「あれって……」
「はい、ビルの間にある通り抜け口です。牽引機のお陰であんな構造なんですけど、夜中でも大丈夫なようにライトアップされてるんです」
 説明の間にリングを通り抜け、アンジェラの誘導する手は上空を誘う。
「ここからのが見やすいですから」
「……?」
 疑問の答えが出ぬ間に屋上へたどり着き。二人は屋上に降り立つ。
 喧噪より離れた屋上は、アトラスのそこよりも静寂があり、灯りも少なかった。
「文化庁だから遠慮無しです」
 軽い笑みから、手を繋がぬ右手が前から横へ、緩やかに動く。

645二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:32:35 ID:TFlfCwF6
「……あ」
「フォルトゥナは運命を定める環ですけど……」
 円弧が解る。三重のリングはその輪郭を小さな光の集合でおおよその形状を示し、赤の点滅が瞳に残像を与え、形状を露わにした。
「夜は天使の環なんですよ」
「綺麗ですね……」
「私達で護りたい物……なんですね」
 改めて意志を口にしたアンジェラが微笑みかける相手は、その意志を固めるきっかけになった娘だ。
「頑張ります!」
 光を映し、そして自ずから輝く瞳をアンジェラに向け、意志の光を彼女に見せる。対してアンジェラは満面の笑みを浮かべ。
「頑張りやさん。ラプンツェルさんはテレビでも今でも、そう思います」
 気恥ずかしそうに瞳を伏せ、笑みの表情がかすかにあった。
「私、いっぱい助けて貰ったんです」
「恩返しがしたい、ですか?」
「いえ……」
 改めて天使の環に包まれた宝石箱を眺め、両手を広げた。自然と翼がそれを追い、暖かな風が彼女を包む。
「私もそんな人になりたいんです。誰かを殺すんじゃなくて……誰かを助けて、ううん……」
 アンジェラは何も言わず、無言こそが的確と思いそれを実行するのみで。ラプンツェルの揺れる栗毛を見つめ、目を細める。

 両手を空に、翼を風に。ラプンツェルは意志の現れを空へと。
「幸せにしてみたいんです!」
「私は、貴女のおかげで頑張れて、すごくすっきりしました」
 みんなもそうですよ、と告げ。アンジェラは隣にラプンツェルを置く位置へと歩み。
「貴女の一生懸命は、とっても元気を貰えます!」
「えへへ……嬉しいなぁ……」
 つま先立ちでラプンツェルがアンジェラの姿を認め、そのまま方向転換は回転へ。
「みんな凄く強くて、色々……。私って才能無いのかなって思ってたんです……」
 ネガティヴな発言を風に流しながらも、彼女のソロダンスはくるりくるりと留まることが無く。浮き上がりながら文化庁の縁を回り。
「追いつこうって、見習おうって、頑張って良かった……」
「ええ。文化庁に来たときも、メモを頑張って……嬉しそうで……」
「お勉強とか大好きですから。えへへ……」
 回転が止まり、彼女は一つ跳ねた。一瞬だけ広がった翼が閉じ、同時に手は後ろで組まれ、顔は笑みでアンジェラを迎え。
「私は幸せですよ。貴女とお話しできて……」
「も……もぉっ。からかっても何も出ませんよ!」
 いつものからかわれ癖が反論をつむぎ、それでも高揚した感情が彼女の頬を膨らませるサービスを込め。
「本音ですってばー……っと」
「どうしました?」
「そろそろ……! こっちへ!」
 慌てるアンジェラがラプンツェルの手を掴み、再び空へと己を踊らせる。

646二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:33:39 ID:TFlfCwF6
 手を引かれるがまま、夜風に体を踊らせるラプンツェルは、引かれる手の方へ体を運び、風に負けぬだけの声量で疑問を放つ。
「ど、どこへ?」
「良いところです!」
 落下、そして滑空。アトラスから飛び立った事を再び行う。しかし、勝手が多少違った。文化庁の周りは穏やかで、喧噪も灯りも少なく。アンジェラの誘導だけが頼りだった。
 ようやく降り立った場所は暗闇の多い公園のようで、静寂の隙間から小さな喧噪は遠くからの物だ。
「ここで少々お待ち下さい」
 暗闇に遠慮がちな光を交えたそこには、踊る月が寝そべっていた。
「ここって……」
 案内された、文化庁の前、そこにあった池だと確信し、改めて疑問を持つ。そして、期待を一つ。
「本日のフィナーレです。さぁ、お嬢さん? 拍手の準備は宜しいですか?」
 道化の真似事を交え、池を背にアンジェラがおどけた。
 対して観客であるラプンツェルが笑い、芝居に乗ってやろうと思い立ち。
「手品師さん、期待してますよ」
 小首を傾げ、逆光の相手へ輝くような――文字通り輝く――笑顔を見せた。
「宜しいですね。では、フォー、スリー、ツー、ワン……」
 左手が指折りを始め、右手はシルクハットの鍔を持つ。
 あと一秒がもどかしく、楽しみに。じらすような秒読みに感じられるほど時の流れは濃密に変わっていく。

647二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:34:12 ID:TFlfCwF6
 左手の指は全て収まり、拳となった。同時、シルクハットを空に遊ばせる。
「はいっ!」
 主の元より飛び立ったシルクハットよりも、何よりも高い白が地よりわき上がり、空を目指す。
「わ……」
 高らかに上がる噴水、それを確認できたのは周囲から突き刺さる光の柱、サーチライトによる物で。その水源より色とりどりのライトが水柱を美しく彩る。
「ふふっ。私のとっておきです!」
 自由落下したシルクハットを頭に湛え、傾いたままのそれを正さず、両手を広げアンジェラは微笑んだ。
 微笑んだ、と解るのは逆光のせいで視覚のおかげではなく、あくまで声色から推測する事だ。
「綺麗……」
「大好きなんです。私……水と光が……独り占めしてたんですよ!」
 嬉しそうな声色は上ずり、その声色に当てられたのか、声の主は少しずつ浮き上がる。
「ああ……ラプンツェルさんに見せられて良かった!」
 痛めた羽根はどこへやら、黒い人影が水柱の周りを螺旋状に飛び上がる。
 上昇からこぼれた水滴までもが彩られ、宝石の雨のようだ。そうラプンツェルが思い。

 たまらず、ラプンツェルも飛び上がる。
「素敵な物をありがとうございます!」
「いいえ、見せたかった物です!」
 水柱を間に置き、二人の手を繋がぬダンスが笑い声に彩られ。
「ラプンツェルさん……私、今幸せなんですよ」
「私も……!」
 色づいた光が霧に押し込められ、虹色となる。水柱はそれに応えるかのように色彩の光を交えつつ、一時の飛行を楽しみ。
 水は彼女たちにも当たり、濡れた髪が体温を奪う。それでも二人には内からわき起こる熱量があり、冷えた事など些末な事実で、発熱は終わることがない。

「あの……あのっ!」
「どうしました?」
「大好き……です。ずっとテレビで見て……いつも想ってました……」
「……」
「あ、えっと、えっと……! 困らせてるわけじゃなくて……! 大ファンです!」
「嬉しいです……よ……」
「私……貴女が一番……お手伝いしたい人です!」
「はい……」
 ラプンツェルの瞳の中、ゆっくりと動くアンジェラと。地へ戻らんとする水滴が虹色に染まる様が焼き付けられ。
 頬の紅さは何に映っているか、それは誰にも解らぬ事で。
「私のこと、好きなのかな……」
 つぶやいても、答えは無く。細い声は水音がかき消すだけだ。

*音ここまで
Clean Tears ( 勝史 )様
Cosmic Display
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a003738

648二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/05(月) 23:36:28 ID:TFlfCwF6
×いこ雷図
○イコライズ
これは特に酷い誤字ですねorz

649二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/06(火) 02:53:41 ID:0.ocYtk2
「だーかーらぁ……エルヤ様は私だけを見ていれば……うぅっ」
 酒の勢いに任せ、ナンナがシヴィルにしなだれかかった。酒気を帯びぬシヴィルは戸惑いつつも苦笑いの反応のみを見せ。
「はいはい、だからって真理の刑とはね……」
「いいえ。それはいけないことよ中尉! 愛という物は淀みなく一人に対して……」
「酔ってるし……」
 白い肌を薄桃に染め、シヴィルに食ってかかるスヴァンは明かな酩酊の様相を見せていた。
「あー……あたしも飲むかな……」
 左右から酒気に挟まれ、中央のシヴィルからはため息が漏れる。
「うー……はずかし……」
 小鶴の刑を受けたエルヤがおずおずと部屋へ入り込み。
「ぶふっ! 何それ!」
「な……ナンナからの指示……」
 バニースタイルのエルヤが申し訳なさそうな様子を表情に乗せ、すでに疲労困憊と言った様子をシヴィルと分かち合うべく彼女の眼前に座る。
「ぶらっくばにー……ぶらっくばにー!」
「黒なの! 白にしなさいよー!」
「二人とも落ち着け……はぁー……」
「はぁぁ……」
 騒ぎ立てる者二人、うなだれる者二人。それが一室の喧噪を埋めている。くたびれる側の二人は額をつき合わせ、騒ぐ二人が左右を彩り。
「聞いて下さいよースヴァンさん! エルヤ様って小さい頃から可愛らしくて……ほらー!」
 何故か涙で顔を溢れさせつつ懐をまさぐり、ナンナの手が写真を突き出す。
「こ……これあったんだ……」
「……可愛いじゃん」
「これはいいですね……教育したくなります。うふふふ……」
「白いの怖……」
 十歳くらいだろうか、小さな少女が自信満々に仁王立ちをする姿、それが写真の内容だ。加えるならば、アザラシの頭らしき物を被り、広がった皮はマントのように長い髪と背中を包みつつ、あぶれた丈が地を這いずっている。
「エルヤ様が初めて飛んだ日の写真なんですよ! 可愛いですよね中尉! ね!」
「う……うん。とりあえず落ち着こうよ?」
「飲んでらっしゃらないから……」
「ちょ……ちょっとま……むぐぐぐぐ!」
 しばらくの抵抗があった。
 現在では酒瓶が口に刺さったまま停止している。
「エルヤ様もー!」
「飲みましょうヤール!」
「ちょ、ちょっとスヴァンさんまでー! むぐぐぐぐ!」
 酒宴はまだまだ続く。

 数時間後、他の物は就寝し、ただ一つ騒がしい部屋がある。
「ナンナがねー……もーベッドで離さないんだよー。けらけら」
 酒気にまみれるエルヤが楽しげに笑い。
「ほほー? じゃー……」
 同じく、アルコールに流されたシヴィルがナンナを見やり、そのすわった瞳は楽しげな目尻を持っている。
「あーまーえーさーせーろー!」
「……エルヤ様って最近浮気っぽくてもー!」
 包容を返した。
「な、なんだとー! こりゃー! なーんーなー!」
 反対側からエルヤが張り付き。
「これも愛よねぇ……」
 酒瓶を煽り、スヴァンがうなずく。
 朝焼けを目にしたのは誰でもなく。見つめられぬ朝焼けは無情にも昇っていく。

650二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/03/07(水) 23:36:44 ID:TVHhKElM
20.百を超えさせないで
 ――自分ではなんとかできない自分の事。
    寿命が縮まっても感じていたいのは、やっぱり。

「というわけで、本日のミーティングは終了。各員は地域把握と待機に別れてね」
 あれから三日。全く同じ言葉は三度目で終わる朝のミーティングは通過儀礼だけの、ほぼ意味を為さぬ集会に近い。
「本当になんもないな……。暇だし」
「今の内に何かしときゃいいんすけどね、調査くらいしかできねっす」
 愚痴るシヴィルに、倦怠の色を乗せるベリル、二人の言葉は誰もたしなめる者がおらず、ただ日常の言葉として一同の耳を通り抜け、無言の通過は肯定を示す暗黙の了解となる。
 暫定対策本部となった会議室、そこより流れ出る人波の中、動かぬ長机には三人の人影。
「んー……?」
 手をひらひらと遊ばせるセリエの表情は疑問を彩り、隣の存在を伺う。
「今日も雨、多分」
 短く、的確に告げる真理の言葉は天気予報ではなく、珍しい事態になっているこの三日を指している。
「でも、降らないんですよねー。こっちが普通だったりして」
 疑問の表情を悪戯っぽい笑みに変化させ、セリエの手のひらは踊り続けた。
「はー……」
「そろそろ起こして。任務いく」
「りょーかいっ。ラプちゃーん? 朝ですよー!」
「え? あ……ごめんなさいっ!」
 気を取り直し、ラプンツェルが椅子より立ち上がる。集中できぬ事態は珍しいことではなく。
「今日も白紙ー? ちょっと休んだら?」
「す、すいませんっ! 頑張ります! やれます!」
「准尉。曹長のお相手。実地調査行く」
「はーい。任されましたっ!」
 無表情、真理がラプンツェルに与えるのは普段と変わらぬ雰囲気のそれだ。
「曹長には休息を命じる。ですね」
 三人の背後、穏やかなままのドリスが居る。彼女は平坦な日々に休息を与えること、それに誰の問題も無い事を思い、責任者を通すまでもなく指令を与えた。
「さっすがドリス少佐! 話が分かるぅ!」
「うふふ。加えてラファール准尉、お二人で書類整理をして頂けます? 私は都市の見取り図を暗記しますので」
「はーいっ!」
 うろたえ、しかし声も出せずに慌てるラプンツェルを余所に、周囲は動く。
「少尉はどうしますかー?」
「ん、見回りで良い」
「えー。ラプちゃんと仲良しだし、良いと思うんですけどね」
「すいません……」
 見限られた、そのような恐れを抱き、ラプンツェルの謝罪。
「ん。大丈夫。軍曹は一人でも立ち直れる子。二人も手助け、要らない」
 言うなり会議室を出る。
 迷わなきゃ迷路じゃない。そんな言葉を残し。
「うーん……信頼ですねぇ。意味解ります?」
「いえ……」
 書類整理係の二人が揃って右へ首を捻る。

 書類整理。普段の軍部で行う作業ならば、すべてドリスが済ませてしまうこと。それは膨大で、ほぼ半日を費やしす毎日を二人は記憶している。それが今日の書類整理は一人で行っても三時間もかからない分量だ。停滞は書面として、平積みされた紙束として、目に見える形で現れている。そのような分量を二人でこなせば。
「あっさり終わっちゃいましたねぇ……」
「まあ、いいんじゃないですかー?」
 いつも通りの伸び。デスクワークに手を抜いて過ごす定時においても、実務を終え、今日の千切り記録を達成したときにも行われるセリエの伸び。両手を頭上で組み、羽根は左右でバランスを取る、おきまりのポーズだ。
「あの……」
 勢いよく開かれた翼に困り顔を見せながら苦笑する。勢いよく伸びた翼がラプンツェルの眼前まであり、それは整理したばかりの書類を幾枚か一時の飛行を与えている。
「あ、ごめーん」
 小さなはためきを繰り返す翼が、下から上へ風を送り、遊覧飛行の紙片を弄ぶ。哀れな旅行者を空で掴み、ラプンツェルは吐息を一つ。吐き出した吐息と一緒に紙の山へ遭難者を帰すと、改めてため息を吐く。先ほどまで浮き上がっていた軽やかな旅行者も飛び立てぬ、上から下の風は、湿っぽく、そして重い。
「恋煩い?」
 いつもの直線思考だ。
「え? え? や、やですよー! なんで任務中に!」
 反応だけは異例だった。
「ははーん」
 直線軌道すら回避できぬラプンツェルの瞳に、意地の悪い笑みが映る。


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