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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2

1 ◆VnfocaQoW2:2010/04/04(日) 00:20:17

雑談、キャラクターの情報交換、
今後の展開などについての総合検討を主目的とします。
今後、物語の筋に関係のない質問等はこちらでお願いします。

278話以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。

規約はこちら
>>2

215 ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:29:15

夜分遅くの支援、ありがとうございました。

以下32レス「神鬼軍師の本領」を仮投下致します。

次回は「another one bites the dust」(仮称)。
vsケイブリス、決着編です。

216神鬼軍師の本領(1/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:29:51





       これは戦いではありません。
       狩りです。

       人vs獣の狩りではありません。
       獣vs獣の巻き狩りです。

       私たちはハイエナの群れとなり、
       暴れる巨象を喰らうのです。




.

217神鬼軍師の本領(2/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:31:01

(Cルート・2日目 PM09:30 E−5地点 耕作地帯)

〜第一波〜

五人の戦士がそこにいた。
荒ぶる魔獣の前にいた。

ユリーシャ。
ランス。
魔窟堂野武彦。
高町恭也。
月夜御名紗霧。

時は深夜。雲深く月は無し。
されど、東方で燃え盛る森林の影響で、視界はそれなりに確保できている。
その天然の松明は、ケイブリスの姿を下から照らし、威容と異様を大きく煽る。
その天然の松明は、相対する五人の影を長く伸ばしている。
煙たなびく耕作地帯のことである。

『戦場は、可能な限り遮蔽物のない、平坦な土地が望ましいですね。
 逆に最悪なのが、森の中、町の中。
 魔獣の豪腕の一薙ぎで、木々や建築物は榴弾と化すでしょう。
 それは、炎の魔法よりも強力な、ロングレンジの武器を与えるに等しいです』

紗霧のこの言葉に従い、まひるが我が身を囮に危険を顧みず、
絶好のロケーションへと、ケイブリスを導いてきたというのに。

「なんて…… 大きい……」
「駄目です。こんな狂猛な気を放つ怪物に、俺は立ち向かえません……」
「じゃからワシは言ったんじゃ!この凄まじさは見たモンにしかわからんと!」
「ランス様、ランス様……」

218神鬼軍師の本領(3/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:32:30

紗霧は震える声でケイブリスを見上げていた。
恭也は合わぬ歯の根を打ち鳴らしていた。
野武彦は年甲斐も無く周囲に当り散らしていた。
ユリーシャは目を伏せランスにしがみ付いていた。
現れは各々違えども、五戦士のうち四人もが、
臆病風に吹かれていた。

その身の竦みを見て、笑う者、二人。

「ぐぅえふぇふぇ!」

当然、一人はケイブリスである。
六本の腕を大きく広げ、その巨躯を誇示し、威圧している。
夜空に遠吠えの如き哄笑を響かせている。

「がははは! 何だ恭也、口ほどにも無いな!
 そんな情けない姿、知佳ちゃんが見たら愛想をつかすぞ?」

もう一人とはランスである。
有り余る勇気と無根拠な自信で、怯える仲間を笑い飛ばしている。
斧を八双に構え、臨戦態勢でケイブリスに対峙している。

「おらっ、恭也、ジジイ! 俺様に続け〜〜!!」

吶喊の号令は、そのランスより下された。
威勢のいい掛け声に、しかし誰もが唱和しなかった。誰もが後を追わなかった。
三歩走って振り返るランスの口許がへの字に折れ曲がる。

「逃げましょう、月夜御名さん」
「……そうしましょう」
「うむ、三十六計なんとやらじゃ!」

219神鬼軍師の本領(4/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:33:05

彼らは、あれほどの決意を見せたというのに。
彼らは、あれほどの覚悟を決めたというのに。
恐怖とは、全ての気力をへし折るものなのか。
崩れた士気とは、仲間の勇姿を見ても戻らぬものなのか。

「何だお前ら、仲間だ協力しあおうだ調子のいいコト言っといて、結局コレか!?」
「勝ち目の無い争いは愚かだと言っておるのじゃ。 ……ここは引こう、ランス殿」

そもそもランスは、紗霧たちの激情に焚きつけられたのである。
引っ張られたのである。
その、彼を躍らせた張本人たちが揃って足を竦ませていたのでは、
ランスは、屋に上げられて梯子を外されたに等しい。
彼の憤りは尤もである。
しかし相対するケイブリスにとっては、斯様な経緯など知ったことではない。

「バカかおめーら? 俺様が逃がすとでも思ってやがるのか?」

ケイブリスが数時間前に茶室にて、椎名智機から聞いたところによると。
プレイヤーの残り人数は八人。
残しておかなくてはならない人数は二人のみ。
うち一人はしおりという名のガキンチョ限定。

対して、目の前にいるプレイヤーどもといえば。
保護すべきしおりの姿は無く。
倒すべきライバルが含まれており。
男根触手にビンビンくるメスが二匹もいる。

と、なれば、殲滅するを躊躇う理由など無いのである。

「ぐふふ…… さあ、おっぱじめようぜ、殺し合いをよ?」

もう、大暴れは確定なのである。

220神鬼軍師の本領(5/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:33:23

「そうだそうだ、野郎どもは覚悟を決めろ!
 女の子たちは俺様の勇姿をその目に焼き付けろ!」

ランスはケイブリスに同調する。
闘争本能を高らかに歌いあげる。
命を奪い合おうと。
決着をつけようと。
怖じる仲間を彼なりに勇気付ける。

「高町さん……」

ランスの鼓舞に呼応してか、紗霧が恭也の名を呼んだ。
恭也は小さく頷いて――― 信じられぬ行動に出た。
無骨な好感であったはずのこの男が。
大儀の為に己を殺せるはずのこの男が。
ユリーシャの足を、払ったのである。

「御免」

決して強い蹴り足ではなかった。
怪我をさせぬ程度の配慮は為されていた。
それでもひ弱なユリーシャの膝は崩れ、
ランスの腰に縋りつくように転倒する。

「なにをしやがる!!」

ランスは怒りの形相すさまじく恭也に闘気を叩きつけるが、
腰のユリーシャを振り払うわけにも行かず、
そのために誰をも捕らえることができなかった。

この隙に卑怯者たちは、逃げた。
三者散り散りとなって、逃げた。
ランスとユリーシャを贄として、逃げた。

221神鬼軍師の本領(6/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:02

『初動をミスったなら即撤退』

紗霧はブリーフィングの中で、そう指示を出していた。
しかし、矛を交えることなく逃げ出したなら。
いや、矛を構えることすらなく逃げ出したなら。
それは戦略的な撤退などではなく、恥ずべき壊走でしかない。

「いやはははは! い〜い仲間を持って幸せだなァ、ランスよー」

責めるにも逃げるにもタイミングを失い、
ユリーシャを抱きとめた為に姿勢を崩しているランスを眺め、
心底楽しそうに膝を叩くのはケイブリス。

「むかむかむかぁっ!! あんなヤツラ仲間でもなんでもないわ!!
 強い強い俺様には友達なんていらないのだ!!」

巨獣に見下ろされているランスは、精一杯強がった。
しかし、荒い息に、喰いしばる奥歯に、隠し切れぬ動揺が現れている。
見通したケイブリスはさらに笑う。
大きな顔を近づけて、焦るランスの顔色を眺めている。

その時であった。
震えているはずのユリーシャが、震えぬ声で囁いたのは。


「目を閉じてください、ランス様」


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222神鬼軍師の本領(7/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:31

〜ユリーシャ〜


『ユリーシャさん。
 あなたはランスが飛び出さぬよう、くっついて離れないでください。
 そうすれば、魔獣は得意げに寄ってくるでしょう。
 ランスを嬲りに近づくでしょう。
 か弱く怯える貴女を視界に収めはしても、焦点を合わせることは無いでしょう。
 その、人間様を舐めきったマヌケ面に向かって【これ】を放つのです』


ケイブリスの嘲笑はユリーシャの鼓膜を痛いほど揺さぶり、
ケイブリスの鼻息はユリーシャの足元をふらつかせる。

(でも――― 怖くなど、ありません)

ランスが腰を抱いてくれている。
自分を気遣ってくれている。

『この腕の中は世界で一番安全な場所だ』

かつて、あまりにも強大な黒幕の影に怯えるユリーシャに、
ランスが放った、無根拠かつ骨太な保護の宣言。
それは彼女にとっての魔法の言葉。神棚に鎮座する聖なる宝石。

信じている。盲目的に。
慕っている。独善的に。

故に青髪の少女は迫る巨獣を恐れない。
恐れる理由など見当たらない。

(ランス様に楯突く豚め…… 後悔しなさい!)

223神鬼軍師の本領(8/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:34:47

彼女がいつしか手に構えしは、アルミホイルの芯サイズの筒。
至近で見下ろすケイブリスの顔面。
大きくつぶらな、クリアブルーの瞳。
ユリーシャはそこに筒先を向け、筒の尻に取り付けられた紐を一息に引いた。


  ―――ぱん。


それが、真の決戦の開始を告げる喇叭となり。
同時に、この戦いにおける一番槍ともなった。


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224神鬼軍師の本領(9/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:35:03

〜恭也〜


『ユリーシャさんの【フラッシュ・紙コップ】が成功したなら、
 魔獣は数秒間、視覚を失うでしょう。
 その数秒間が、勝負の分かれ目です。
 高町さん、特訓の成果、見せてください。
 眩んでいるだけの目を貴方の【飛釘】で、完全に潰すのです』


ランスの背後、数メートルの地点。
密やかに舞い戻った高町恭也が、目晦ましに惑うケイブリスを見上げていた。

(想定よりも、遥かに――― 易い!)

高さ、約3.5m。
ケイブリスはランスの表情を眺める為に中腰になっていた。
故に、直立時の高さ6mに比して、より鋭く強い飛針投擲が可能となる。
しかも、的が大きい。
魔獣の瞳は、恭也の知るどんな大型哺乳動物の瞳よりも、何倍も大きかった。
象と熊の瞳を想定していた恭也にとって、嬉しい誤算である。

恭也は、それに、高揚しない。
恭也は、それに、慢心しない。
己を律し、己を殺し、呼吸を整え、気を正し。
修練に無言で付き合ってくれた糸杉に、心中で一礼すると―――
飛釘を強く、握り込んだ。

225神鬼軍師の本領(10/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:35:25

体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。

奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は30度少々。
目線の先にはケイブリス。
射線の先には瞼の閉ざされた瞳。

(小太刀二刀・御神流師範 高町恭也……)

フラッシュに閉じられていたケイブリスの瞼がついに開かれる。
顔面を覆っていた複腕が高く振り上げられる。
恭也の射線イメージと無防備な瞳とが、結ばれた。

「……参る!」


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226神鬼軍師の本領(11/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:36:12

〜まひる〜


『フラッシュ、それに次ぐ真の目潰し。
 魔獣は驚愕し、叫ぶでしょう。
バカみたいな大口をバカみたいに拡げて、バカみたいに喚くでしょう。
 バカだから。
 まひるさん、そこであなたです。
 ケイブリスに駆け寄り、飛び上がり、注ぎ込みなさい。
 獣の口に【この液体】を』


一部始終を草むらに隠れて見物していた広場まひるは、
偽装撤退を計った紗霧と、打ち合わせどおり合流した。
そこで手渡された紙コップには、ラップがかけられており、
中には強酸性の水周り洗浄液がなみなみと満たされていた。

結局は持ってきてくれたレギンスを身に付ける間にも、
まひるの鼓動はどこまでも高鳴りを増してゆく。
興奮。緊張。重圧。責任。
様々な要素が絡み合い、溶け合っている。
とにかく、昂ぶっている。
それでも―――
要素の中に、恐怖感だけは存在しなかった。

(あれ? あたし、意外とイケそう?)

ケイブリスを相手にした、一時間以上に渡る逃走と誘導。
その接した時間の長さが、己の意のままに誘導できた自信が、
まひるのケイブリスに対する恐怖感を、拭い去ったが為に。

227神鬼軍師の本領(12/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:39:48

「げはァ!!?」

ケイブリスが、叫びと共に仰け反った。
一度目の叫びとは違い、明らかに苦痛を伴った叫びであった。
二本の腕が両目を覆い、四本の腕が闇雲に振り回された。
それは恭也が眼球の破壊を成功させた証に他ならなかった。

「いけ、まひるちん…… みんなのために!」

己を鼓舞して意を決したまひるが、夜空高く、跳躍する。


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228神鬼軍師の本領(13/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:40:55

〜野武彦〜


『あなたは言っていましたね?
 万能オタクは軍事にも兵器にも精通すると。
 よろしい。
 その自信を買い上げましょう。
 高町さんとまひるさんの連撃で、ヤツの意識は顔面周辺に集中している筈。
 その意識の隙を突き、バズーカで足を壊しなさい。
 初動の雪崩式四連撃。
 トリを飾るのは魔窟堂野武彦、貴方ですよ!』


(なんたる…… 跳躍力じゃあ!?)

まひるが見せた本気のジャンプに、魔窟堂野武彦は嘆息する。
しかし、その美しさに見とれている場合でもない。
野武彦はまひるの戦果の可否にこそ、集中すべきであると思い直す。

「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」

高高度にて為されたまひるの投擲を、野武彦は目視できなかった。
しかし、喉を抑えて悶絶するケイブリスの姿が、その成功を物語っていた。
ケイブリスは暴れ周り、転げまわる。
野武彦はその動きを観察しながら、魔獣との距離を測り、
距離を開けつつ、駆け回る。

229神鬼軍師の本領(14/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:44:15

M72A2 LAW―――
レプリカ智機よりの戦利品は、奇しくも高原美奈子に配布されし
携帯用バズーカと同型であった。
無論、軍事オタクでもある野武彦は、この兵器を良く知っていた。
評して曰く、戦車以外には非常に有効な対戦車兵器。
装甲厚き戦車を貫きは出来ずとも、ヘリや稼動銃座如きは粉砕出来る。
この微妙さ加減が、野武彦的には【不器用さが愛いヤツ】との認識であった。

やがてケイブリスはうずくまり、嗚咽する。
野武彦はその背後20mの位置へと回り込み、
無防備に晒された尻のその下に照準を合わせる。

「―――ファイエル!」

野武彦は力を込めてトリガーを引く。

ドイツ語的には間違っている、オタク語的には圧倒的に正しい、
その発音は、銀英伝の古来よりの伝統的な発射合図である。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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230神鬼軍師の本領(15/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:45:19

〜ケイブリス〜


ど ぉ ぉ ぉ ん ! !


大きく鳴動した地響きが、自分が転倒した故に発生したのだと、
混乱するケイブリスには解らなかった。

眩しい。それだけのはずであった。

(小娘が何か光らせやがった!?)

一瞬、複腕によって目を覆った後、ケイブリスはそう思い当たり。
小細工を弄した小娘に制裁の鉄拳を食らわせようとして。
瞼を開き、腕を振り上げた刹那。
最初は右。
次いで左。
視界が、強い痛痒感と共に、ブラックアウトしたのである。

「げはァ!!?」

間髪入れずに、喉に理解不能な焼け付く痛み。
咄嗟に嗚咽を発したものの、痛みはじわじわと浸透した。
魔人は喉を焼く異物を吐き出さんと、指を喉に突っ込み、這い蹲る。

「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」

その背後から、衝撃と、爆音。
肉の焦げる臭い。血の滴る臭い。骨の砕ける音。
傾く体。
左腕の一本からは、圧迫感と破裂音。
痛みは後からやって来た。

231神鬼軍師の本領(16/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:45:34

そして――― 今に至る。

なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?

ケイブリスには、判っていない。
なにが起きたか、判っていない。
ケイブリスは、混乱の極みにある。


この間、実に10秒。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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232神鬼軍師の本領(17/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:46:11

〜紗霧〜


『ここまでが初動。
 もしこの段階で魔獣の目、喉、足のうち二点以上を潰せなければ、
 即座に撤退しましょう。
 逆に、二点以上の破壊を達成した場合、戦闘は継続。
 第二波へと、進みます』


目を潰す事で命中率を著しく落とし、
喉を潰す事で唯一のロングレンジ攻撃である炎の魔法を封じ、
足を潰す事で機動力と逃亡可能性を殺ぐ。
そうすることで圧倒的な攻撃力差をカバーできる。
月夜御名紗霧は、うち二つも達成できれば十分と踏んでいた。しかし。

「初動の成果は、両目・喉・左足に加え、左腕一本ですか。
 理想以上の成果です」

左腕の予期せぬ破壊は、初動四連撃のラストアタック時に発生した。
ロケット砲がケイブリスの左ふくらはぎの大半を吹き飛ばした折、
受身を取ることなく倒れた巨獣の自重によって、
無防備に下敷きとなった左第一腕の手首周辺が、解放骨折したのである。

紗霧は震えていた。ケイブリスの予想を越えたダメージに。
紗霧は酔っていた。兵士たちの予想を越えた精強さに。

「やったのう、紗霧殿!」

233神鬼軍師の本領(18/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:47:50

高揚する野武彦を皮切りに、恭也とまひるも駆け寄って来た。
指揮官・紗霧より、新たな指示を仰ぐ為に。
紗霧は興奮を沈め、頭を切り替え。
次なる方針の確認を、仲間たちに求める。

「第一波の連撃とは違い、第二波は連携がテーマです。
 ―――攻撃役!」
「は、はい!」
「回避役!」
「マム!イエス、マム!」
「攪乱役!」
「了解です」
「各々の役割を徹底し、徹底し、徹底してください。
 第二波、開始!」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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234神鬼軍師の本領(19/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:49:29

〜ランス〜


『良い囮とは、囮であるを知らぬ囮です。
 敵の関心を引く囮です。
 と、いうわけで。
 ランスには何も伝えません。
 どーせ勝手に振舞う男ですから、その勝手さを利用しましょう』


ユリーシャのフラッシュ紙コップのあおりを食ったランスが
視界を取り戻したのは、30秒ほど前のことである。
今、彼は阿呆の如くぽかんと口を開け、紗霧の「狩り」を眺めている。

「うそだろ、おい……」

無論、この段に至ってはランスも己が囮とされたことは理解している。
先程、騙したことに対するユリーシャからの謝意も受けた。
本来であれば、このような騙しを、仲間はずれを、ランスは嫌い、怒る。
しかし今のランスには、そのような余裕など存在しなかった。
自分の内で培っていた精強なケイブリス像と、目の前で醜態を晒す惰弱なケイブリス像。
その二つの差異をすり合わせるだけで精一杯であった。

「ケイブリスって、こんなに弱かったか……?」

ランスは魔王城でのケイブリスとの決戦を思い出す。
軍配はランス率いるリーザス軍に上がりはしたものの、
数多の屍山血河を踏み越えた末にもぎ取った勝利であった。
それが、今。

235神鬼軍師の本領(20/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:50:07

魔剣を無くしてダメージが与えられる状況もあろう。
素晴らしい身体能力を持った三人がいることもあろう。
それでもなお。
味方に一切の損害を出さぬまま、一分にも満たぬ時間で、
かの魔人の領袖をここまで追い詰めるとは。
一体、どういう戦略眼か。
一体、どういう深慮遠謀か。

「いいえランス。あの怪獣は強いです。物凄く。
 ただ、明確な弱点が二つあった。初動にて、それを攻むるに成功した。
 それだけです。
 攻むるを損じていれば、こちらの被害は甚大だったでしょうね」

解答は唐突に、返された。
薄い煙のベールを引き裂いて、悠々と歩み寄ってくる紗霧によって。

「紗霧ちゃん、二つの弱点って、なんだ?」
「一つは、的が大きいこと。
 高町さんはともかく、戦い慣れしていないジジイとまひるさんでも、
 適切な個所に的確な攻撃を加えることができますからね」
「もう一つは?」
「オツムが残念なことです。
 私たちの偽装逃亡を鵜呑みにし、囮に意識を取られてしまう程度に」
「がはは! 確かにアイツは単純バカだな」
「流石はあなたのライバルです」

ランスは紗霧にバカにされたことに気付かなかった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

236神鬼軍師の本領(21/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:57:34

〜第二波〜


そこに、まひると野武彦も合流した。

「恭也のヤツはいないのか?」
「高町さんはサポート役です。より正確には撹乱役ですか。
 いずれにしろ、本人の希望通りの役割です。
 ミドルレンジからの投擲で、ヤツの意識と武装を引きつけるのです。
 私たちに魔獣の攻撃が向かぬよう、まひるが安全に攻撃できるよう、
 牽制し続けるのです」

紗霧の指差す向こうに一人佇む御神流師範。
堂に入った投擲姿勢より放たれた投石連弾が、ケイブリスを襲う。
闇雲に暴れていた触手が矢鱈に振り回されていた腕が、
風切る音と感覚を頼りに、にわかに一方向に寄せられる。

「まひるさん。高い位置に孤立したあの触手を、一掻きだけで」
「りょーかい!」

かさかさ。
まひるは四足歩行で昆虫の如く低く飛び出す。
紗霧はその背を見送りながら、ランスに向けて解説する。

「左右の動きには案外戦いなれていれば対応できるものです。
 だから、上下の動きを積極的に取り入れるといいです。
 まひるさんはその点、理想的な能力を持っています」

237神鬼軍師の本領(22/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:58:46

タン、と。軽い音を残してまひるは跳んだ。
棒高跳びの国際級アスリートに競る高さまで、バーを使わずして跳んだ。
その高さの頂点で、まひるは蠢く鋭い爪を伸ばす。
先端を浅く引き掻かれた触手は、鮮烈な血液を迸らせる。
まひるはその数滴を背中に浴びたものの、勢いを殺すことなく着地した。

その際を狙ってか、偶然の賜物か。
別の触手の一本が、棍棒の勢いでまひるを叩き潰さんと、襲い掛かる。

「危ないっっ!!」

ランスは思わず叫んだ。
ユリーシャは耐え切れず目を伏せた。
紗霧は涼しい顔で解説を続けた。
野武彦は姿を消していた。

「まひるがヒット&アウェイのヒットを担うなら、
 ジジイはアウェイ担当です。
 攻撃なんてする必要はありません。
 まひるのヒットタイムが終了後、直ちにまひるを抱え上げ、
 魔獣の射程範囲外に離脱させます」

コンマ数秒後。
まひるを叩き潰しているはずの触手は空を切り、まひるに触れることなく、
したたかに地面に打ち込まれていた。

「ふぉふぉふぉ…… 人呼んでオタクのジョーとはわしの事!」

気付けばまひるを抱えた野武彦が、ランスの隣に舞い戻っていた。
加速装置―――
オタクの夢と希望の象徴がここに躍如していた。

238神鬼軍師の本領(23/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 03:59:48

この装置、原典に於いては、生身の人間を抱えたままの加速は不可能とされていた。
生身の肉体には、かかる加速の負担に耐えられぬという理屈である。
それは尤もな話ではあるが、広場まひるは、生身の人間に非ず。
ひとでなしである。
異能にまで卓越した身体能力は、超加速に、超速度に、耐え得るのである。

撹乱、攻撃、回避。
単純にして明確な役割分担。
それを徹底させることで生まれる、流れるような連携。
それを反復するだけで成果となる、単純明快さ。
立案の歯車と実働の歯車とが、これ以上無いほどかみ合っている。

「お前らみんな…… 結構やるんだな」

ランスの口から素直な感想が、ぽそりと漏れた。
受ける紗霧は、ふふん、と得意げに笑って見せた。

239神鬼軍師の本領(24/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:00:42


【ハイエナたちの晩餐】


紗霧はブリーフィングの折、一連の戦術を、そう名づけた。
由来は、戦術の骨子から採られていた。

『ハイエナから学ぶべき点は三つ。
 1つ、一撃離脱を基本とすること。
 2つ、五感を潰すことを優先すること。
 3つ、連携を徹底すること』

戦術は、突飛な発想によるものではなかった。
どちらかと言えば基本的な、誰でも思いつく類のものであった。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど緻密に絵を描ける者はいないであろう。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど深くに潜り込める者はいないであろう。
単純明快。
然れども、微細深遠。
それが【神鬼軍師】が立てる作戦の特性といえよう。

240神鬼軍師の本領(25/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:01:06


例えば、戦術、第一波。

―――機先を制す。

紗霧はその一点に集中させた。
これ以上ない密度で昇華させた。
人材を。武装を。策略を。天運を。

そしてまた、大胆不適でもある。
誰も思うまい。
思ったとしても実行すまい。
ランスを囮とし、主力から外すなど。

それとて紗霧にとって、特段奇を衒ったものではない。
囮として最も有効な駒がたまたま最強の駒であっただけである。
その囮を使って生まれる隙こそが大事なのであれば、
戦闘力が低下するを惜しまぬのが、彼女の「当たり前」であった。

241神鬼軍師の本領(26/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:02:36


例えば、戦術、第二波。

―――戦闘力を削ぐ。

紗霧はその一点に集中させた。
決して敵の急所を狙うことなく、
直接命を奪いにいくことなく、
ただ、敵の攻撃力を削ることを目標とした。

油断無く、手抜かり無く。
茶道の作法の如く決められた所作を反復し続け。
触手の一本一本を、丹念に潰し。
腕の一本一本を、丁寧に壊し。
牙の一本一本を、懇切に折り。
時間の経過と共に、敵の抵抗力を減じて行く。

基本、基本、基本。
全ての行為は基本を逸脱しない。
順序、人材、武装、タイミング。
それらが適切に実行されているだけである。
にも関わらず。
なんと圧倒的で。
なんと非情で。
なんと効率的な作戦と化しているのか。

242神鬼軍師の本領(27/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:03:01


『皆さんの命、私に預けなさい。
 誰一人として無駄にすることなく、
 有効に使いきって差し上げます』


紗霧はブリーフィングの前に、決起を促すべく、こう口にした。
それが全き事実であったことは、戦士たち全員が実感しているし、
なにより、眼前に倒れ伏すケイブリスの姿が如実に証明している。

月夜御名紗霧―――

一長一短、一点豪華な人材を最適なパートに配し、
一曲の壮大で圧倒的な戦場音楽に仕立て上げる。
見えざるタクトをその手に握る指揮者であった。


.

243神鬼軍師の本領(28/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:12:10

―――本筋に戻す。

ケイブリスは這っていた。這って、左回りにぐるぐると回っていた。
錯乱しているのではない。
本人は、逃走しているつもりである。
左足と左の腕の二本の機能を失っていれば、
力加減のバランスが保てず、必然、輪を描く動きと成り果てる。
しかも、ケイブリスは目も見えぬ。
死にかけのゴキブリの如く円舞を踊っていることを視認出来ず、理解できぬ。

強大であった敵の、そんな惨めな様相を見ても、しかし紗霧は満足しない。
腕が三本、残っている。
触手も三本、残っている。
牙も残っている。
右足も残っている。
紗霧の描く第二波は、未だ完了していないのである。

「高町さんは『有能』、まひるさんとジジイは『異能』。
 さて、ランスはどうなのですかね?
 まさか、『無能』なんてことはありませんよね?」

紗霧は涼しげな瞳で、挑発的な発言で、ランスに参戦を促した。

「むかむかっ! ならば見せてやろう! この俺様の『全能』っぷりをな!」
「あ、そうそう。あなたのために右足は残しておきましたよ」
「おうっ、まかせろ!」

ランスは心底楽しげに、ケイブリスへと突貫する。
進行方向にうねっていた触手が、方向を逸らす。
状況を把握した恭也が、ランスへの戦闘支援を行ったのだ。
それもまた、紗霧の策のうちであった。

244神鬼軍師の本領(29/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:12:37

「長丁場になりますからね。
 まひるさんとジジイには小休止を取って貰って、
 しばらくはランスを遊ばせときましょう」

紗霧はランスの背を熱っぽい眼差しで見つめるユリーシャに
レーザーガンを手渡すと、自らはボウガンを取り出して、言った。

「さて、勝負は決したと言ってよいでしょう。
 あとは消化試合です。
 でも、気を抜いてはいけません。
 狙いを定めずに振り回した腕でも、まともに食らえばお陀仏です。
 ですので、私たちも攪乱に参加しましょう。
 皆の力を一つにあわせて。
 じわりじわりと。
 ねちねちと。
 慎重に丁寧に攻撃力を削いでゆきましょう」


畏るべきかな、神鬼軍師。
哀れなるかな、ケイブリス。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

245神鬼軍師の本領(30/30) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:01





     ……あら知らないんですか?

     ハイエナの集団は百獣の王すら捕食するんですよ?








246神鬼軍師の本領(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:30
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−3 草原】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン(←紗霧)、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】

247神鬼軍師の本領(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/14(土) 04:13:54
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】

【広場まひる(元№38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】



【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【備考:出血(中)、左足大破、両目破壊、喉破壊、左上腕及び下腕破壊、
    左右中腕骨折(補強済み)、触手5本破壊(残3本)】


<フラッシュ紙コップ>
 ユリーシャが持っていた使い捨てカメラからフラッシュを摘出、
 内側にアルミホイルを巻いた紙コップに設置したもの。

248284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/14(土) 20:40:56
新作投下お疲れ様でした。
これぞ神鬼軍師!
攻撃メンバーも限られた手段の中でそれぞれの長所を活かして
敵を追い詰めていく様が爽快でした。
マイナスに働くと思ったユリーシャの攻撃性がここで役に立ったとは……。
あと序盤に少しびっくりしました.

ともきん、やることなすことがとことん裏目に出てるなあ。

291話までのまとめをUPしました。
パスはageです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1090842.zip.html

次は遅くても来週の月曜日の夜に。

249名無しさん@初回限定:2010/08/16(月) 13:46:53
素晴らしい!
溜めに溜めたものが一気に爆発する、その階梯をこうも見事に描かれると
もはや感嘆の声を漏らすしかありません。
次回、どんな決着が待っているのか…楽しみにしています。

250名無しさん@初回限定:2010/08/16(月) 19:52:19
自ロワが進展しないので暇に任せて覗きに来たんだが、なんだか凄いものに出会ってしまったかもしれん…

よくある「一方的」な戦いじゃなくて「圧倒的」な戦いが描かれそこに説得力も勢いも乗っている
構成(策の内容が一つ一つ明らかにされてゆく手法)も見事
これはただ事じゃない

>>249の「溜めに溜めたもの」が気になるからまとめサイト行ってくる

251284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/16(月) 20:48:23
執筆が進みません……。
新作投下はまだ先になりそうです。

252 ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:16:37
本スレにての支援、ありがとうございました。

以下24レス「another one bites the dust」改め
「孤爪よ、天を穿て!」を仮投下致します。

次回は「ちぇいすと☆ちぇいす!〜復路〜」。
知佳、透子、レプリカ智機が登場予定です。

253孤爪よ、天を穿て!(1/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:19:59

【丸い者】目【リス】科―――

稀に2mに迫る個体も見られるが、基本的には120〜130㎝ほどの体長。
白いふわふわもこもこの毛玉に、青く輝く大きな瞳、
鳥類の如き細長く体毛の無い手足などが、外見的特長である。

生息地は寒冷地、及び、光差さぬ洞窟の中。

成長力高く、個体によっては人間並みの知性に到達することすらあるが、
その性は臆病で、人前には滅多に姿を現すことは無い。
巣穴に外敵が接近すれば、戦うことなく巣穴を放棄し、逃げる程である。

ケイブリスは、そうしたケモノから転じた、魔人である。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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254孤爪よ、天を穿て!(2/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:22:10

またか!
また、触手を狙いやがったか!
おいおい、これで何本目だぁ?

ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……

げぇえ!? あと二本しか残ってねぇのかよ!

がーっっ!! むかつくむかつく!!
この目さえ見えりゃお前らなんて薙ぎ払ってやるのに。
この足さえ動きゃお前らなんで踏み潰してやるのに。
なんつーヤらしい戦い方すんだよ、このニンゲンどもは!
こんな戦い方されたら、折角の鎧の意味がねーだろ?
壊れた所、智機のヤツに補修してもらったってのによー。
オラァアアアア!!
もっと、なんつーか、こう、真っ直ぐ来いよ!


……なんて強がっていた頃が、俺様にもありました。


俺様、謙虚だからよ。
最強魔人のプライドとかそんなのには縛られねーで、
事実をありのままに受けいれることにするぜ。
ヤツらにゃあ勝てねー、って事実をよ!

だったら俺様の取るべき道は、一つしかねーよなあ?


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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255孤爪よ、天を穿て!(3/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:23:19

ケイブリスとは最古の魔人である。
六千年―――
気の遠くなる程の年月を、彼は魔人として生きてきた。

その間、彼の血の主である魔王は幾度か代替わりした。
その間、彼は魔人で在り続けた。
通例では、魔王の代替わりと共に魔人も入れ替わる筈であるにも関わらず。

何故か?

それは、服従である。
強いものには媚びへつらい、機嫌を伺い、身を粉にして忠勤する。
または、変節である。
それまでの主義主張も軋轢も放り投げて、偉大なるイエスマンへと転身する。
その、保身の為のあからさまな、それでも徹底した献身ぶりに、
歴代魔王たちは、臣下であり続けるを許してきたのである。

リスの性質である臆病さが為せる、一流の処世術である。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
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256孤爪よ、天を穿て!(4/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:24:05

俺様が取るべき唯一の道。
ザ・降伏。
つまりはニンゲン野郎どもに頭を下げて、下げまくって、
必死に、必死に、命乞いをするって寸法だぜ!

だって俺様死にたくねーし。
死ななきゃそのうちイイコトもあるだろーし。
頭下げるのに金なんてかかんねーし。
俺様の茶飲み友達のネコムシ使徒も言ってたぜ?
生きてこそ浮かぶ瀬もあれ、ってな。

だからよ、とにかくこの俺様の熱い気持ちを、
今すぐにニンゲンどもに届けてやらねーとな!


「ぐべぅおあげべげべぇ!」(ままま、参りましたァ!)


あ…… しまった!
俺様、喉が潰されてんじゃねーか!?
こんなんじゃ何言ってるか聞き取れねーぞ!?

んじゃー土下座か…… って、足、動かねえし!
右足! ふくらはぎ吹っ飛ばされて、骨までバキバキ!
左足! 足首メッタ斬りにされて、アキレス腱ブチブチ!
正座もなにも、腰を起こすことすらできねーよ!

じゃあ白旗か?
なんか白いモンねーの!?
……ねーよ!
俺様の全て、真っ赤に染まってるぜ!

257孤爪よ、天を穿て!(5/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:24:38

どーするよ、どーするよケイブリス?
俺様の負けましたって素直な気持ちを、どーやって伝える?
ごめんなさいを、どう形にする?
命ばかりはって願いを、どう叶える?

  ―――リスさま、痛いにゃん! 許して欲しいにゃん!
  ―――くぅ〜〜ん……。 ぶたないでほしいのねぇ〜。

そうだ、あいつらだ!
俺様最強使徒たちが仕事をサボったり粗相したりする度にやってた、
お仕置きを許してもらうためのキメポーズがあったじゃねーか!

仰向けに寝っ転がって。
動く腕の肘を全部曲げて。
触手を股ん中に折りたたんで。
下をだらりと垂らして。

そう、こんな風に!

解るだろ? な? な?
ワンとニャンの得意技「負け犬のポーズ」!
届くだろ? な? な?
俺様が本気で降伏してるっていう気持ちが!

えへへぇ……
そう、俺様、他の何一つも望んだりは致しません。
命!
ただ、お命ばかりは見逃して頂きたいと。
なんとかお情けをおかけいただけませんかと。
ニンゲン様のご慈悲にお縋りするばかりで……

258孤爪よ、天を穿て!(6/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:25:00

「あぎゃごばばば!!」(痛ぇえええええ!!)

おいおい、何、腕抉ってくれてんの!?
つーか、この熱い冷たいのは何だ!?

いや、ホントに! マジで!
二心なんて無くてですよ?
偽装なんかじゃ無くてですよ?
ただひたすらに死にたくな……

「ぐごっっ!!」(ぐおぉぉぉ!!)

腕一本、感覚無くなったああああ!?
千切られたのか?
燃やされたのか?
砕かれたのか?
わかんねええええええ!?

畜生!
降伏を受け入れねーってのか!?
どうあっても、とことん殺すってーのか!?

……ぃゃ…………。

………いや……だ。

いやだあああああ!!
死にたくねー!!
他の何をどんだけ失っても、死ぬのだけはいやだー!!

259孤爪よ、天を穿て!(7/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:25:35

智機!! 俺様を助けてくれー!!
ホントは聞いてるんだろ!?
俺様の大ピンチに気付いてるんだろ?
もったいぶってねーでソッコー助けにきてくれよおおお!!

神様仏様魔王様プランナー様!!
誰でもいいからとにかく誰か!!
俺様を助けてくれえええええ!!


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

260孤爪よ、天を穿て!(8/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:28:06

時は過去。
ケイブリスが一度目の死を迎える数ヶ月前のこと。

魔人同士の権力闘争において、ケイブリスが、敵の領袖である女魔人を軍門に下した折。
彼はそれまでの鬱憤を晴らすかの如く、この麗しの女魔人を犯し抜いた。
人間大の相手に対して八本の巨大触手を全て費やす、凄惨な陵辱であった。
膣から子宮を破り内蔵を潰し。
口腔へ注がれる精液は胃を破裂させ。
眼窩までをも挿入対象とした。
そんな地獄の七日七晩を経てもなお、かの女魔人は生きていた。
ケイブリスの精液の白濁と己の血液の黒赤に染め上げられながら、
女魔人は辛うじて命を繋いでいた。
魔人の持つ再生能力とは、それほどのものである。

今のケイブリスは、魔王の加護を離れ、無敵結界は制限されている。
闇のデアボリカ・アズライトと同じく、再生能力も抑制されている。

それでもなお。
人の世の常識ではありえぬ程の回復力を、ケイブリスは有していた。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

261孤爪よ、天を穿て!(9/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:29:07

俺様は死ぬ…… のか?
死ぬんだな……
必死の命乞いもまるっきり無視されて。
ニンゲン野郎なんかに嬲り殺しでよぉ……
惨めな死に様だぜぇ…… 畜生っ……

体の端からちびちびと削られてよ……
この触手も、その触手も、あの触手すら、ぶち壊され……

……あれ?

今…… 触手に感覚、あったよな?
一番最初にぶっ壊された触手が、痛えって感じたよな?
気のせいか?

……いや、違う。
ちくちくと針でも刺さったみたいな痛さを、確かに感じるぜ。
ナイフか? 剣か? 木の枝か?
これは…… 俺様の爪、だな。
戦っているうちに剥がされた爪が転がってんだな。

畜生…… ホントならよぅ。
この爪の一掻きで、ニンゲンなんて真っ二つにできるのによう。
この爪の一突きで、ニンゲンなんて貫通できるのによう。

この爪の……

この爪が……

投げ出された触手の下敷きになってる爪……

ヤツらが気付いていない爪……

262孤爪よ、天を穿て!(10/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:29:33

それが、ヤツらがもう動かないと思っている触手の下にある……?

爪一本……

触手一本……

まだ、あるんじゃないか?
まだ、諦めるには早いんじゃないか?
俺様がここで終わることは決まっていても、
タダで終わらせない何かを起こせるんじゃねーか?


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

263孤爪よ、天を穿て!(11/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:32:34

ケイブリスは、魔人最強である。

紗霧に推されたように、頭脳の出来が残念であるにも関わらず、
リスなどという体格にも特性にも恵まれぬ出自であるにも関わらず、
それでも魔人最強の称号を恣にしていたのには、訳がある。

努力である。
成長である。

決して効率のいい努力にはあらねど、ケイブリスは。
六千年間、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを止めなかった。
今もなお、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを進めている。

リスから生まれた最弱の魔人が、弛まぬ努力と牛歩の成長により、
屈強な肉体と特異な能力を持つ最強の魔人へと、至ったのである。
常軌を逸した執念深さを無しに成し遂げられぬ成果であった。

根性である。

その暴と巨躯に気を取られがちで、魔人仲間にすら気付かれぬ性質であるが。
それを見せることは弱みであり恥であるとの彼の考えから秘されてはいるが。

決して諦めぬ粘り強さが、
必ず目的を達するという執念深さが、
いわば体育会系の魂が、
ケイブリスの本質なのである。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

264孤爪よ、天を穿て!(12/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:33:37

そーだよな……
どうせ死ぬなら開き直らねーとな。
俺だけ死ぬのって納得いかねーよな。

屈辱喰らいっ放しで、終われねえよなあ?
あいつ口ほどにもなかったぜ、なんて、思われたくねえよなあ?
ニンゲンどもに舐められっ放しなんて、許せんよなあ?

「がはははは! そぅれそれぇ!」

特に、おめーだよ、おめー。
そこで得意げに笑ってるおめーだよ、ランス。

二度、魔王になるっつー夢を断ち切られてよ……
二度、惨めな命乞いを踏みにじられてよ……
二度、命を奪われてよ……

その二度が二度ともに、おめーは関わってんだぜ?
俺様のびくとりー・ろーどを断ち切ったんだぜ?
許せねーよなぁ?
生かしておけねーよなぁ?

……そうだぜ。
視覚が潰されちまったからって、ヤツらを全く捉えらねえ訳でもねえんだよな。
だって、聞こえてんじゃねーの、苛つくバカ笑いがよ。
それってつまり、俺の聴覚が死んでねぇってことだろ?
そいつを研ぎ澄ませばよー。
触手で爪をぶっ刺すことも、出来るかもだぜ……?

265孤爪よ、天を穿て!(13/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:34:23

……なにが「かも」だよ。
弱気になってんじゃねーよ。
やるんだよ。
やらなきゃなんねーんだよ!

頭! ぼーっとしてる場合か!?
体! オラァ! もっと気合入れろ!
心! 泣き入れてんじゃねえ!
俺! 全てを統合しろ!

注ぎ込め! 六千年の歴史を!
注ぎ込め! 俺様の残る全てを!
ぽんこつになった、一本の触手に!
力に変えて、注ぎ込め!

「がはははは! 俺様最強!」

ああ、見えるぜランス。
見えなくなったこの目にくっきりと見えてるぜ。
暗闇の中に、ただ一本。
俺様とお前とを結ぶ触手の軌跡が、な。

行くぜランス、喰らいやがれ。
俺様の最大で最強で最速で最高で……


     ―――最期の一撃を!!


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

266孤爪よ、天を穿て!(14/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:02

この件に関して、月夜御名紗霧を責めることは出来ぬ。
全ては想像されていた為に。
全ては想定されていた為に。
全ては検討されていた為に。
紗霧が入手したケイブリスに関する情報の全てが、
この戦いに生かされていた為に。

今、目の前で、しかし意識の外で起きようとしていることは、
彼女たちの手持ちの情報では想定が出来ぬ事態なのである。
起きるはずのない出来事なのである。
悪夢の如き奇跡なのである。

【魔人の超回復能力】

紗霧は、この重要なワンピースを入手できなかった。
故に立案してしまった。
時間をかけて嬲り殺すという戦術を。

その、かける時間の長さこそが。
友軍の安全性を高める為の手法こそが。
完璧なはずの作戦の瑕疵となった。
触手の有り得ぬ回復を許してしまう余裕を生んだ。

故に―――
死せる筈の触手が放った鋭い刺突に、反応できた者はいなかった。
それは、ターゲットとされたランスとて、例外では無かった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

267孤爪よ、天を穿て!(15/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:33

ずぶりと、突き刺さる抵抗感。
熱い液体が、触手に滴る感覚。


「……はへ?」


届いたぜぇ……

俺様の生命の炎を燃やし尽くした一撃で、
ランスのドテッ腹に、風穴をぶち開けてやったぜ!


「……マジでか?」


ああ、よっくわかるぜランスよー。
その「信じらんねー」って気持ち。
こんなところでこんな死に方するなんて、ありえねーって思い。
さっきまで俺様も感じてたからな!

「ランスさまああああ!!」

おっ、いまの「ゴボッ」は血の塊を吐き出したな「ゴボッ」だな?
体がビクビク痙攣してるのも、触手に伝わってくるしよ!
なんかもー、上手く言えねぇが、最高にキモチーぜ、おい!

「いけませんユリーシャさん! ジジイ、止めなさい!」


268孤爪よ、天を穿て!(16/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:35:59

いやいや、ちょっとちょっと。
確かに気持ちよくはあるんですけど。
マジで触手までいきり立ってきたんですけど?
嘗てないほどにビンビンなんですけど?

「あい判った!!」

ああ、あれか。へびさん魔人が言ってたやつか。
死ぬ間際にゃ生殖本能が刺激されて…… なんとかってやつ。
……突っ込んでみてもいいですか?

「なんなのアレ? なんなのアレぇぇ!!?」

まさか最後に犯すのが野郎のドテッ腹にぶち開けた穴だとは
    想像もしてなかったがよー、
これはこれでちょーきもちイーぜ!!
そぅれ、入らなーい♪ 入らなーい♪ 無理にねじ込めー♪

「広場さん…… あなたは、見ないほうが、いい」

げへへっ! ランスがゲボゲボ吐いてんな!
見てぇなあ、目ン玉裏返ったアイツの汚ねぇツラをよー!
そしたらもっとキモチくなれんのによー!

「げびょっ!! ぎょぼっ!!」

  そんなにビクビク痙攣すんなよ、ランス……
  お前の腸の締め付けがどんどんキツくなるじゃねーか。
  こんなんじゃスグにイっちまう!

269孤爪よ、天を穿て!(17/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:36:43

「ぐぼぼぼぼぼぼ……」

ああ、とまらねえ、たまらねえ!
とまらねえ、
      たまらねえ、
とまらねえ、
      たまらねえ、
とまらねえ、
      たまっおふっ!
……三擦り半で出ちまった。えへ。

「え、え? 触手の先っちょから、あれ? なんで?」
「なんという下衆……」
「家畜の分際でェェ! 身の程も弁えずゥゥ!!」
「……」
「紗霧殿? おい、紗霧殿、しっかりせぬか!!」

おーおー、ヤツらが揃いも揃って混乱してやがるな!
この隙を突いて、根こそぎ薙ぎ払ってやりてーが……
もう、触手、萎え萎えで動かねーしな。残念だぜぇ。

あー眠ぃー。
あー怠ぃー。

……こりゃもうダメだ。
体にも頭にも、もういっこも力、はいんねー。
射精と一緒に、残りの命までぶっ放しちまったみてぇだぜ。
まーいーや。
最期にちょっとスカッとできたから。
あとはさっぱりお陀仏だな!

270孤爪よ、天を穿て!(18/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:37:28

お、ランスの体も大分冷えてきたなぁ。
もうピクリとも動かねえしよ。
一足先に逝っちまったみてえだな。

待て待て、ランス。俺様を置いていくなって。
おててつないで、一緒に行こうぜ?
楽しい楽しい地獄巡りによ!

ぐぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ!!

ふぇっふぇっふぇっ!


ふぇっふぇ……



ふぇ……




……







   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

271孤爪よ、天を穿て!(19/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:38:21

「がはははは! そぅれそれぇ!」

どうしたことか。
ケイブリスの道連れとなったはずのランスのバカ笑いが、未だに響いていた。
それどころか。

「あんにゃろ、あんなモン隠し持ってやがったのか!」

ケイブリスを中心に、声から90度の角度を隔てた位置には、
傷の一つも負っていないランスが、紗霧と共にいるのである。

「しかも壊したはずの触手が動いてました。やれやれ、とんだ生命力です。
 今からは壊した触手や腕も、定期的に壊し直さないといけませんね」

紗霧は溜息と共に仲間たちに指示を送った。
それから、90度向こう―――
ケイブリスの触手が突き出された空間の直下に設置してある、
黒い小さな機械を見やった。

「がはははは! 俺様最強!」

ランスの馬鹿笑いは、その箱の中から垂れ流されていた。
カセットデッキである。
以前、磯部にて二人の監禁陵辱魔を嵌めた時と同様、
紗霧はランスの声で以ってケイブリスを騙し、
その最期の一撃を、見事に無効化したのである。

執念深い紗霧が。この神鬼軍師が。
奪えぬはずのない聴覚を奪わなかったのには、
歴とした理由があったのである。

272孤爪よ、天を穿て!(20/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:39:51

「まあ、結果オーライとしておきますか」

紗霧にとって、カセットデッキは保険であった。
恭也や自分の遠距離攪乱が見破られた場合を想定し、
その際に攻撃が向かう方向を誘導する為に聴覚を残し、
聴覚に訴える音声を、友軍のいない方向に設置したのである。

確かに、潰した筈の触手からの攻撃その想定を外してはいた。
しかし、ケイブリスはランスの位置特定に聴覚を用いてしまった。
それで、魔獣の乾坤一擲は想定外である利を失ってしまい。
それで、音声の罠に嵌ってしまい。
結局、単なる誤差の範囲内に収まってしまったのである。

「ぐぇぶぇぶぇぶぇぶぇ……」

最後まで紗霧の掌の上で転がされていたことに気付くことなく、
焼かれた喉で、もはや声にならぬ音を発するケイブリスの顔には、
それでも、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。

「ちょっとちょっと紗霧さん? 怪獣さん笑ってるみたいですが?」
「死に際に都合のいい夢でも見てるんでしょう。放っときなさい」


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   
.

273孤爪よ、天を穿て!(21/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:40:28

(Cルート・2日目 PM23:45 E−5地点 耕作地帯)

腕。触手。爪。牙。
ケイブリスの武装を全て奪ったことで作戦行動の第二波は終わり、
最終ミッションである第三波へと移行して、既に一時間半が経過していた。

第三波の内容とは――― 【放置】。

紗霧たちは、仰向けに倒れているケイブリスを、遠巻きに囲んだ。
死にゆく巨凶をただ眺め、見張った。
触手等の復活を確認すべく、時折、恭也に投石させたりもしたが、
決して止めなどは刺さなかった。

更に一時間。

ケイブリスの流した血はドス黒く変色し、凝固していた。
傷口には目敏い蝿たちが集っている。
獣臭と血臭に、かすかに死臭が混じり出していた。

「魔人が死ぬとちっちゃい赤い玉になるのでは?」
「の、はずなんだがなぁ」
「しかしのぅ…… ありゃどう見ても死んどるぞい」

本来、死せる魔人は遺骸を霧散させ、ピンポン玉大の紅玉へと態を移行する。
【魔血魂】である。
それは魔王の血の縛りの証。
魔人の力の根源にして、魂の揺り籠。

但し、このケイブリスは魔王直下の魔人ではない。
プランナーがこのゲームのバランスを考慮した上で、能力を調整した魔人である。

274孤爪よ、天を穿て!(22/22) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:41:12

プレイヤーの攻撃を無効化する無敵結界は故に解除されていたし、
死後の魔血魂化もまた、同様に取り消されていた。
魔血魂を呑んだ者が新たな魔人となる。
そこに生まれるゲームのバランスブレイクを忌避した為である。

理由はともあれ―――

野武彦の見通し通り、ケイブリスは既に死んでいた。
絶息の正確な時間はわからない。
第三波に移行してからの二時間半。
そのどこかで誰にも気付かれること無く、息を引き取っていた。

「しかし……哀れとは思わんが、えげつないな」

苦虫を噛むが如き顔つきでランスが呟いたこの感想を以って、
三時間超に渡る紗霧の作戦、【ハイエナ達の晩餐】は完了した。
誰一人傷つくことなく難敵を完殺するという、完璧な成果にて。




【ケイブリス:死亡】

―――――――――主催者 あと 4 名


            ↓

275孤爪よ、天を穿て!(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:41:59
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−3 草原】

【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×1、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】
※銃(50口径)及び飛釘は撃ち尽くしました。

276孤爪よ、天を穿て!(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2:2010/08/21(土) 23:43:50
 
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

【広場まひる(元№38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機
     体操服の上(←ユリーシャ)】
 ※体操服の下、レギンスは装着済です。


※「?服」の一つは、体操服の上下でした。

277284 ◆ZXoe83g/Kw:2010/08/23(月) 18:56:15
本編SS、地図、死亡者情報、ネタバレ名簿を更新したまとめをUPしました。
パスはroです。

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1107566.zip.html



まさか本当に無傷で勝利するとは恐るべし六人組……恐るべし神鬼軍師。
ケイブリスも紳一もらしい最期といえば最期だと思いました。
でもどこか不吉な予感は拭えないのが意味深。
まひるが夜に目覚める本投下で体操服を着用しなかったのはこのためだったのですね。
もうすぐ九回目の放送かな。次のパート楽しみにしてます。

まとめ管理人さん先週の更新ありがとうございました。

278 ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:03:49

まだ完了はしていませんが……
本スレにての支援、ありがとうございました。


以下36レス「ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜」を仮投下致します。

今回気付いたのですが、この三部作のタイトルを今まで間違えていました。
「〜☆ちぇいす!」ではなく「〜☆ちぇいすっ!」でした。
お手数ですが >>◆ZXoe83g/Kwさん のまとめ次回更新時に、
「〜往路〜」のタイトル変更をお願いいたします。

また、「〜折り返し地点〜」の冒頭数レスの【私】視点パートは、
本投下時には削除しようと考えております。


次回は「知佳ちゃんハリケーン!」。
知佳、智機、レプリカN−21が登場予定です。

279ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(1/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:07:33

【タイトル:ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜】

(Cルート・2日目 23:15 I−7地点・海岸線・岩場)


灯台南部の磯は静寂の中にあった。

引く潮は穏やかに細波も立てず、北東の風は火災の禍を運ばず。
つい先ほどまで喜びの歓声を上げていた二人の乙女も、
今は、泣き疲れてか、笑い疲れてか。
腰を下ろし肩を寄せ合って、沈黙と共に、水面を眺めている。

(この二人、百合ん百合んか? 勿体無いのぅ……)

下品な魔剣も一応は空気を読むらしい。
下卑た思念波を発することなく心中で呟くに留めていた。

  ―――主催者は誰一人として地位を失っていない
  ―――ゲームを満了させれば願いは叶えられる

仁村知佳は先刻、エンジェルナイトから読み取った一通りの情報を
御陵透子に語って聞かせていた。
今、沈黙の中で透子は、それらの情報を咀嚼している。
殊に透子の意識を占めているのは、以下の一節であった。

  ―――蒼鯨神を楽しませる限り資格は失われない

実は透子は、この島に来てからの記憶/記録の検索の中で、
図らずもルドラサウムの記憶/記録にも幾度か触れていた。
つぶさに思い返してみれば、鯨神の記録は実にシンプルであった。
大別すれば二種類にしか分類できなかった。

280ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(2/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:08:52

楽しい。
つまらない。

その傾向も、実にシンプルであった。

動きがあれば、楽しい。
動きがなければ、つまらない。

ここでいう動きとは、心の動きではない。
悩んだり迷ったり勇気を振り絞ったりを指さない。
あくまでも体の動き、アクションである。
撃ったり刺したり燃やしたりである。
と、いうより。
ルドラサウムは、心を読んだりはしないらしい。
あくまでも表層の表れにのみ着目している。
耳目によってのみ、ゲームを鑑賞している。

例えば、椎名智機が学校にて鬼作らを制裁した折。
例えば、椎名智機が病院を急襲した折。
ルドラサウムは、笑い転げていた。
ゲームのルール云々などは一切関係なく、
主催/参加者の枠を意識することなく、
ドンパチや自爆や建物の崩壊を楽しんでいた。
そんな記録が、空間には残っていた。

故に、透子は決意した。
願いの成就の為、己が為すべきを改めた。

(私も、戦う―――)

281ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(3/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:10:08

であればと、透子は考えを進める。
今後の具体的な身の振り方を検討する。

自分のテレポートは有用ではあるものの、戦闘力に措いては非常に乏しい。
肉体的な能力が著しく低いためである。
それは、先刻の亡霊・勝沼紳一追跡の折に、身を以って知った。
そんな自分が単独で、海千山千のプレイヤーたちを向こうに回せるとは思えない。
力が、必要である。
ザドゥとカモミール芹沢。
この、戦闘に特化した能力を持つ同胞の力無しでは、勝ち抜けぬ。
その為には。
シェルターへ戻り、朝まで目覚めぬ二人を守らねばならぬ。

「ありがとう、透子さん」

唐突に、知佳が礼を述べた。
知佳はゆっくりと立ち上がり、姿勢を正し、深く頭を下げた。
その動きは、畏まったものであった。
その声色は、固いものであった。
その両方に、知佳らしからぬ硬質な冷たさが含まれていた。

「……なにを?」

透子は知佳の辞儀の意味を図りかね、問い返す。

「魔獣から逃げることができたのは、透子さんのお陰だよ。
 あの時、私はあなたに命を救われたの」

地下通路で、知佳に襲い掛からんとするケイブリスを諌めた。
そんなこともあったなと、透子は思い返す。

282ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(4/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:11:10

「ううん」
「お礼を言うのは私のほう」

透子は姿勢を正し、深々と頭を下げて。
受け止めた知佳の感謝を、より大きな感謝で以って返礼した。

「紳一を倒してくれて」
「ありがとう」
「自殺を止めてくれて」
「ありがとう」
「天使を読んでくれて」
「ありがとう」
「私のほうがいっぱい」
「ありがとう」

透子がこれほどの言葉を連ねるのは、何百年ぶりかのことであった。
その全てが、衷心からの言葉であった。
しかし、知佳の顔に笑みは戻らない。
硬質さはより一層増し、悲痛とさえ言える顔つきで透子から目を反らした。
そして、呟く。

「じゃあ…… もう、借りは返したってことで、いいね?」

何故、今更貸し借りなどと口にしたのか。
透子にその意図は分からない。

「ごめんね、とは言わないよ」

続けて紡がれたのは謝意を否定する形にての謝罪の言葉。
透子にその意味は分からない。

283ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(5/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:14:51

軽く混乱する透子が反応を返すのを待たず、
知佳はその表情のまま背を向け駆け出した。
北北東へと。
ちらりと見えた知佳の横顔には、確かに涙が一しずく浮かんでいた。
その涙の理由もまた、透子には分からない。

「逃げなくてもいいのに」

透子はしばし、呆然と知佳の背を見送り。
知佳が置いていった魔剣カオスの柄を握って。
地下シェルターへと戻ろうと意識して。
そこで、ようやく勘付いた。
自分のテレポート先と、知佳の走行方向が同じであることに。



【 朝まで目覚めぬ ザドゥと芹沢を 守らねばならぬ 】



読まれていたのである。
肩を寄せ合っていたのは読心能力を持つ相手だと分かっていたのに。
透子は、安心感ゆえの無防備で、その思念を漏らしてしまったのである。
主催者の内情を、危機を、秘中の秘を。

ごめんねとは言わないよ―――

この「ごめんね」とは、逃げる事に対する「ごめんね」ではない。
透子が折角取り戻した希望の芽を摘むことに対する「ごめんね」であった。
無防備なザドゥと芹沢の命を奪うことへの「ごめんね」であった。

284ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(6/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:16:04

知佳は、故に、走った。
逃げたのではない。向かっている!

「―――!!」

走り去る知佳の背はすでに小さく、遠く、迷い無い。
透子は念じた。

(知佳に――― 追いつく!)

ここに、知佳と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。



   ―――灯台跡まで、あと1000m。



自分が撒いた種で、芽吹いたばかりの希望を、
その自分が、次の瞬間、引き千切り踏み躙る。
知佳がしようとしていることは、そういう行為である。
掌返しの裏切りである。

しかし知佳が心がけてきた、読心による情報収集とは、
まさにこうした情報を欲していた故であり。
その情報を遠方の恭也たちの為に最も活かせる行動が、
無抵抗の主催二名の暗殺であるのだから。
いかに友を傷つけようとも。
いかに友を裏切ろうとも。
この得難き機を見過ごすわけには、ゆかぬのである。

285ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(7/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:17:41

故に知佳は、ごめんねとは言わなかった。
本当は謝りたい気持ちで一杯であった。
それでも言えなかった。
言ってはならなかった。
ここでする謝罪とは自分の心を軽くする為の偽善でしかないのだと、
知佳には、分かっていた故に。

知佳が透子の呆然とした姿を頭に思い浮かべるのと時を同じくして。
その幻像が目の前に、実体として現れた。
透子に残存する唯一の【世界の読み替え】――― 瞬間移動である。

「すとっぷ」

知佳はその突然の出現に驚かなかった。
むしろ登場が遅いとさえ思っていた。
自分が今、為さんとしていることに思い当たれば、
或いは、その記憶/記録を読めば、
透子が自分を止めに来ることは、必然のなりゆき故に。

「気付いたんだ…… 気付いちゃうよね、どうしても」
「ん」
「透子さんを殺そうとは思ってないよ。どいて?」
「どかない」

知佳の頬には、涙の跡がある。
透子の頬にも、涙の跡がある。
しかし、それはあくまでも、跡である。
過去の名残なのである。
確かに咲いた友情の花は、無情の仇花でしかないのである。

286ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(8/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:18:20

「あなたがわたしを」
「殺せなくても」
「わたしはあなたを」
「―――殺せる」

その言葉に、知佳はショックを受けた。
そしてすぐに、ショックを受けた自分を恥じた。
透子を先に裏切ったのは自分である。
だのに、裏切られると悲しいなどとは、なんという身勝手さか。

《敵か? 知佳ちゃんは敵なんですか!?》

カオスが発した戸惑いの思念波で、知佳は我に帰る。
透子の言葉に嘘偽りはなく、既に、カオスは振り上げられていた。

「テレキ……」

テレキネシス、と。
反射的に知佳は反撃しようとして、逡巡した。
対する透子に躊躇は無い。
カオスは既に振り下ろしの体勢に入っており、
力弱いながらも、知佳の額をかち割らんとしていた。

「―――サイコバリア!」

透子が振り下ろしたカオスは知佳の額に到達しなかった。
知佳の前面に展開された、念動の障壁に受け止められた。

「ぁう!」

287ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(9/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:19:00

障壁は、不可視ではない。
その背のフィンに同じく、目視可能な透明である。
シャボンの膜の如き、オーロラの如き。
透明で有りつつも複雑に絡み合う色がうねりを見せる、力場である。

透子にダメージは無かった。
サイコバリアの強度が、緩く柔く、制御されていた為に。
足をふらつかせ、カオスを手放すに留まった。

殺そうとは思ってないよ―――

知佳のその言葉は、本気の発言であった。
それは、知佳が通すべき筋であり、
己に科した制約であり、
重い罪悪感への軽減措置であり、
また、透子に対する友情への未練でもあった。

「テレキネシス!」

知佳は透子の落としたカオスを念動にて吹き飛ばした。
透子は無言でカオスの飛ばされた先へテレポートし、回収をはかる。
知佳はその僅かなタイムラグの間に少しでも距離を稼ぐべく、疾走を再開する。



   ―――灯台跡まで、あと900m。

.

288ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(10/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:20:21

シェルター付近で待ち伏せする。
透子はそれをしなかった。
思いつかなかったわけではない。
できなかったのである。

《この追いかけっこ、どっちが勝つかな? どっちが勝つかな?》

透子は、掴んだのである。
厚き雲の上、星々の宿り、天空の遥か彼方。
そこから発せられるルドラサウムの記録を。
巨大な尻尾をぺちぺちと振り、童の如くはしゃぐその情景を。

(注目されてる―――)

透子は自分の判断に間違いが無かったことに高揚する。
そして緊張する。
ルドラサウムを――― 観客を、失望させてはならないと。
リクエストに答えねばならないと。
この追跡と戦いを半端に終らせてはならないと。

しかし、唯一の手持ち武器・カオスでは、
知佳の足を止めることが出来ぬは、既に実証されている。
サイコバリアに阻まれて、切り裂けぬを知っている。

(……武器が要る)

透子は、その思いで、心当たりの場所へと跳んだ。

289ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(11/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:26:05



   ―――灯台跡まで、あと800m。



例えるならば、サイコバリアとは「一枚の大盾」である。
前後左右、どの方向にも展開できるが、用を為すのは一方向のみである。
透子の攻撃が盾を構える正面から打ち込まれたなら、弾き返すのは易い。
しかし、盾の背後から打ち込まれたならば。
或いは、盾の側面から打ち込まれたならば。
その攻撃は無防備な知佳の柔い体に齧り付き、喰い破ることであろう。

それでも、武器がカオスであれば、問題は無い。
透子には、長剣に類されるカオスを、自在に振り回す腕力や技量が無い。
知佳はその運動音痴ぶりを既に【読んで】いる。
故に、たとえテレポート能力を駆使されようとも、
刀身が知佳を捉える前に、バリアを必要方向に移すことも可能である。

故に、今。
前面にサイコバリアを展開したまま、知佳は疾走を続けていた。
だが、その知佳の準備に透子が応える様子はない。
もう、それなりの距離を稼いだにも関わらず。

(待ち伏せ…… かな)

透子が知佳を止めるのを諦めた、とは考えられぬ。
何百万年もの間想い続けている愛しい人の復活が掛かっているのである。
その深き情と比せば、あらゆる事象は水溜り程の深さしか持たぬであろう。
増してや知佳との、ほんの僅かな心の交流など。

290ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(12/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:27:44

それでも透子が走行の妨害に現れぬということは。
追跡に分が無いを悟り、戦法を待ち伏へと変更したからであろう。
おそらくは地下シェルター付近で。
おそらくは武装を充実させて。
背水の陣を敷き、眠れる同胞たちを死守するつもりであろう。
その場合……

殺そうとは思ってないよ―――

知佳は自問する。
その誓いを、覚悟を、守ることが出来るのか?

身体能力に劣るところは無い。
それでも。
本気で、必死で、死に物狂いで向かってくるであろう相手に、
手心を加えた上でやり過ごすことなど、果たして可能であろうか?

(コレを使えば―――)

知佳はポケットに左手を忍ばせた。
指先に転がったのは小さな球体、二つ、三つ。
それは、知佳の配布アイテム。
それを、知佳は二度、使用している。
一度は悪漢を倒す為に。
一度は死地から脱する為に。
これ以上ないタイミングで、行使している。

その機を、見極めれば。
その機を、誤らねれば。

(―――透子さんを出し抜ける)

291ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(13/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:28:24

暗澹たる思いで、揺らぐ気持ちで。
それでも知佳は、疾走する。



   ―――灯台跡まで、あと700m。



「No。君の登場は本当に心臓に悪いな」

透子の目の前で驚愕するのは、レプリカ智機N−22。
二人が立っているのは、崩れた学校の瓦礫の中。

「残念な結果ではあるが……」

校舎の放送施設はやはり死んでいたのだと。
透子が夕刻に放置した通信機を回収したものの、
やはり本拠地との通信は不可能であったのだと。
N−22は突如目の前に姿を表した透子に、
己の任務の結果を報告しようとした。

「それはいい」
「銃を貸して」

しかし透子はレプリカの説明を遮った。
前置きも説明も無く、N−22が腰から下げる銃器へと手を伸ばした。
時間を惜しむ余りに。

292ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(14/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:29:50

シェルターまでの正確な距離の程は、透子には判らぬ。
しかし、知佳がそこにたどり着くまで、あと十分と掛からぬ。
その程度の事は理解できていた。
その焦りが、行動に表れていた。

「Why? 御陵透子、なぜ君が銃を欲する?
 銃を預けるにやぶさかではないが、理由は聞いておきたいものだね」
「仁村知佳が」
「シェルターに向かってる」
「Yes。それは確かに必要だ。しかも急を要する」

N−22は腰に提げた軽銃火器―――グロック17を透子に渡した。
透子は魔剣カオスを放り投げ、銃を受け取った。

《うぉっ、乱暴じゃな!》

カオスの苦情が耳に届く前に、透子は消えた。
知佳を止めるべく、追跡を再開した。

「NO…… 事情はわかるが乱暴なことだな。
 同僚の無礼、私が成り代わって謝罪させてもらおう、魔剣カオス」
《えーと…… ともきんちゃんでよかったかの?》
「Yes、魔剣カオス。 卑猥なのはNoと、最初に断わっておくよ」
《……つまらん嬢ちゃんじゃの》



   ―――灯台跡まで、あと600m。

.

293ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(15/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:30:55

仁村知佳が、走っている。
暗い闇の中を、一人、走っている。
既に周囲は磯ではない。
潮の臭いも届かない。
構造物も樹木も無い草原を、北北東へと走っている。

タン!

音は知佳の背後に聞こえた。
風圧は知佳の真横に感じられた。
銃撃である。
背後から放たれた弾丸が、知佳の脇を疾り抜けたのである。

(待ち伏せじゃなくて、武器の調達だったのね!)

知佳は振り返る。
その背後10mほどの距離に、後方に転倒しかけている透子がいた。
恐らくは始めて発射する銃の反動に膝を崩されたのであろう。
その臀部が地面に衝突する直前に、透子は消えた。

「―――!!」

知佳は咄嗟に身を翻す。
直感は正しかった。
その正面に、透子がテレポートしてきていた。
既に指がトリガーに掛かっている状態で。
タン、タン。
軽い発砲音、二発。

294ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(16/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:31:27

一発目は知佳の腹部を目掛けて飛来した。
銃弾はサイコバリアに弾き飛ばされた。
二発目は明後日の方向に逸れていった。
一発目の反動にて銃口が踊ったために。

そしてまた、透子は消えた。
知佳は、足を止め、周囲を警戒する。
一秒、二秒。
吸気、呼気。
透子は現れない。

(これは…… 危ない)

サイコバリアの利点と欠点は、先程述べた。
襲撃者が透子であり武装が剣であることでの知佳の有利も述べた。
しかし、銃器であれば、話は変わる。
速度。
射程。
威力。
その全てが、透子の運動能力に依存せぬ故に。

対してサイコバリアは、知佳の意思の元に展開されるものである。
発現にも方向転換にも、知佳のコントロールが必要になる。
その速度は、果たして弾丸よりも速いのか?
仮に早いのだとしても、別方向から間髪入れずに、射撃されたなら。
バリアの方向転換は間に合うのか?

知佳は周囲を見遣る。
遮蔽物は無い。
身を隠す手立ては無い。

295ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(17/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:32:01

タン、と。
知佳の一瞬の迷いを衝くかの如く、凶弾が迫り来た。
反応、左側面。
バリア旋回、左回り90度。

(間に合―――)

弾丸は念動の壁に喰らいつくが、食い破ることなく落下する。

(―――った!)

タン、と。
知佳の一瞬の安堵を衝くかの如く、凶弾が迫り来た。
反応、右後方。
バリア旋回、右回り120度。
そのバリア移動、100度ほどのタイミングで、弾丸は走り抜けた。
知佳の右足、太腿を掠めて。

(熱っ!)

擦過傷では済まなかった。
引き裂かれた皮膚から血が滲んでいた。

(このままじゃやられちゃう……)

知佳は、ポケットに左手を忍ばせる。
小さな球体の、虎の子の、支給品。
知佳はそれを、シェルターに侵入してから使うべきだと考えていた。
逃げ場も回避する空間も無い密室にこそ出番があると決めていた。

296ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(18/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:32:37

しかし、武器・銃器と移動手段・テレポートという組み合わせの妙。
その相性の余りの良さに、知佳は行く手を遮られた。
ほんの少しの油断で、命を奪われる危険に襲われた。

(他に手段、無ければ……)

知佳の左手は、未だポケットの中にある。



   ―――灯台跡まで、あと500m。



知佳がポケットに手を突っ込んだ。動きが止まった。
それはあからさまな隙であった。
透子はグロックのトリガを握り、発砲する。
しかし、弾丸は知佳を掠めもしない。
狙い定まらぬ射撃であった為に。
集中力を欠いた射撃であった為に。

(私は殺せる……)

そのはずであった。
しかし、銃撃の感触から自分の有利を確信した時。
気持ちだけの問題でなく、現実として知佳を殺せるのだと実感した時。
透子の胸は、痛んだのである。
とうの昔に失ったと思っていた感情が、切なく蘇ったのである。

(殺せるけど……)

297ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(19/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:41:10

知佳がシェルター襲撃を諦めてくれたらと、透子は思う。
殺せる覚悟は今なおある。
だが、決して殺したいわけではない。
殺さずに済むなら、それに越したことはない。
いっそ降伏勧告でも行おうか。
そう思い、口を開こうとした矢先に―――
透子は読んでしまった。

《あれれ? 決着つかない雰囲気? つまんないなー、肩透かしだなー》

蒼鯨神が、機嫌を損ねたという記録を。
それは、透子の希望の芽が摘まれる可能性を示唆していた。
それは、情に流されかけた透子を、非情の本流に戻させるに十分な記録であった。

(殺すしか……)

思い直した透子は、きょろきょろと周囲を警戒する知佳を見つめ、
為すべき必殺の方策を練り上げる。

まず、バリアの背面から、遠距離にて撃つ。
その弾丸が知佳に達する前に、テレポート。
出現ポイントは側方至近距離。すぐさま連撃。
遠距離のものと、近距離のもの。
その銃弾が同時に知佳に届くことが要である。

即ち――― ひとり十字砲火である。

透子はここまでの六度の銃撃の結果から、あたりをつけていた。
サイコバリアの欠点と、己のテレポートの利点を把握していた。
知佳の危惧は正しく、知佳が立つのは絶対の死地であった。

298ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(20/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:42:44


(……ばいばい)


空間跳躍。
知佳の背後15m。

  ―――知佳がポケットから左手を出した。

即座に射撃。
即座に空間跳躍。

  ―――知佳が左手に握った何かを地面に叩き付けた。

知佳の右側面5m。
即座に射撃。


移動、照準、射撃、タイミング。
土壇場で奇跡の如き集中力を発揮した透子は、
それら全てを理想通りに成し遂げた。
必殺のクロスファイアの完成である。

弾丸は疾り抜ける。
北から―――
東から―――
知佳の居らぬ空間を。

今の今まで、確かにいたはずの空間を。

(―――!?)

299ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(21/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:50:54

ばさばさと。
翼のはためく音が背後から聞こえ、透子は振り返る。
距離、目測にして15m。
そこに、知佳がいた。
大きく展開したエンジェルブレスが、知佳を空へと舞い上がらせる。

ありえない移動であった。
姿を消した瞬間に他の場所に移るなど、
透子の如き瞬間移動でもせぬ限り不可能であった。

(知佳にテレポート能力は)
(無いはず―――?)

透子は状況を飲み込めぬ。
飲み込めぬがしかし、知佳が飛び去ろうとしていることは理解した。

透子は、知佳の真下にテレポートする。
銃口を真上に向けて発砲する。
しかし弾丸は20mと昇らぬうちに力なく頭を垂れて、
あとは重力に引かれるままに、落下してしまった。

その結果を見届けてか、知佳は飛んでゆく。
透子の銃の届かぬ高度を飛んでゆく。
北北東へ。
ザドゥと芹沢が眠る地下シェルターへ。



   ―――灯台跡まで、あと400m。

.

300ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(22/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:51:20

仁村知佳にテレポート能力は無い。
それは事実である。
では、今見せた動きはなんであるのか?

いや、事は今だけに止まらぬ。

森の中で海原琢磨呂に詰め寄った際に為した不可思議な移動が、
新校舎にてDレプリカから逃走した際に壁を透過した挙動が、
テレポートで無いとするならば、一体何であったというのか?

回答は矛盾する。
知佳が為したそれら三つの機動は、テレポートであった。
回答は矛盾しない。
それは知佳の能力に非ず。配布アイテムの恩恵であった。

テレポストーン―――

今は亡きシャロンの出身地である影の一族の地下帝国。
遠く遥かな剣と魔法の世界。
そこであたりまえに売買され、使用される道具である。
効能は、瞬間移動。
但し透子のそれに比して、制約も多い。

同一階層であること。
自分が通過したことのある場所であること。
遠距離に過ぎぬこと。

等々の制約はあれども、魔力も超能力も必要とせず、
この小石を足元に叩きつけさえすれば瞬間移動が成るのであるから、
緊急避難・奇襲などに於いては、まさに虎の子であると言えよう。

301ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(23/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:53:03

テレポートには、テレポートで処す。

確かに知佳は予想通りに、透子を出し抜くことに成功した。
成功したが、これで透子は警戒するであろう。
もう虚は突けぬ。
手元に残る二個のテレポストーンを以ってしても。

(使っちゃったな……)

それでも、使いどころは間違っていない。
先刻の知佳は本当に死の崖っぷちに立っていた。
転移の判断が一瞬でも遅れれば、十字射撃のどちらかが、
知佳の体を貫いていたであろうから。

(しかたなかったんだよ、うん。 頭を切り替えないと)

知佳は沈む頭を切り替えようと、こめかみに拳を軽く当てた。
そこに、また―――
銃声が劈いた。知佳の耳に、はっきりと届いた。
銃弾は貫いた。知佳の濁った羽根、エンジェルブレスを。

「わわっ!?」

不幸中の幸いであった。
羽根は念動力が形を持ったものであり、目には見えども物質ではなく、
打ち抜かれたとて知佳にダメージを与えるものではなかった故に。

「嘘……」

302ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(24/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:53:58

しかし、知佳は戦慄した。
空中であれば、透子の銃撃はないと考えていた。
そうではなかった。
油断していた。

タン!

またしても、銃弾は逸れた。
しかし、知佳の怖気は益々強まった。

下方では無く上方から銃撃されたから。
地面では無く天空から銃撃されたから。

「嘘じゃない」
「現実」

知佳の耳に、抑揚の無い聞き慣れた声が届いた。
知佳の耳に、自らの翼ならぬ風切る音が届いた。
知佳はその声と音の発生源、上方を見遣る。

透子が、落下してきていた。
そして、消えた。

即時、出現。落下。
即時、出現。落下。

知佳は、透子の瞬間移動能力を甘く見積もっていた。
足場無き位置には跳べないとタカを括っていた。
透子の移動に、時間も場所も関係ない。
存在できるだけの空間さえあれば、どこであろうと、即時に。

303ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(25/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:54:52

出現。落下。出現。落下。出現。落下。出現。落下。
出現。落下。出現。落下。出現。落下。出現。落下。

テレポートを小刻みに繰り返せば。
透子は、スカイウォーカーとなる。

《凄ーい! 今度は空中戦だ! どっちが勝つかな、どっちが勝つかな♪》

大空は、決してセーフティーゾーンではなかったのである。
むしろ、危険地帯なのである。
なぜなら、テレポストーンが使用できない故に。
それは、地面に叩きつけて発動するアイテムであるが故に。

(為す術がないなら…… 前に進むしかない!)

覚悟を決めた知佳が、速度を上げた。



   ―――灯台跡まで、あと300m。



空中でテレポートを繰り返すという透子の閃きは、成功した。
ぶっつけ本番にしては、上出来であった。
今、知佳がひたすら速度を増したのは、
透子に意識を向けぬのは、
バリアを上方に展開したまま動かさぬのは、
透子が知佳を追い詰めたことを、如実に示していた。

(……決める!)

304ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(26/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/25(水) 23:57:02

タン! 側方に逸れた。
タン! 二の腕を掠めた。
タン! 下方に逸れた。
タン! 脇腹を貫いた。
タン! 大きく逸れた。
タン! バリアに弾かれた。
タン! こめかみを掠めた。
カチ!
カチ!

怒涛の連撃は、たった七発で終了した。

さらに二度の空トリガーを引いて、透子は漸く気付いた。
銃口から弾丸が発射されていないことに。
グロック17。
その名の通り、装弾数は17発であり―――
透子はその全てを、撃ち尽くしてしまったのである。

弾数のことなど、計算に無かった。
素人にありがちな判断ミスであった。

(新しい武器を……)

どこに取りに行けばいいというのか。
それを取って戻る時間の猶予はあるのか。
目を凝らせば、眼下に。
北北東の向こうに。
崩れた灯台の瓦礫の山が見えているというのに。

305名無しさん@初回限定:2010/08/25(水) 23:58:01

知佳は穿たれた脇腹から血を滴らせ、
それでも速度を緩めずに、
透子を振り返ることもせずに、
ひたすらシェルターを目指している。

まずは十数秒。それだけの時間で、知佳はシェルターへとたどり着き。
さらに十数秒。それだけの時間で、知佳はザドゥと芹沢を永眠させる。

(なにがある?)
(なにができる?)

こうして透子が迷っている間にも、
銃数秒のうちの数秒が経過していた。
あと数秒で方針を決めねば終わる。
あと数秒で行動を起こさねば終わる。

(……なにもない!)

そう、武器は、何も無い。
有るとすれば……

(私……だけ!)

透子は、瞬間移動した。
知佳の真上に。
サイコバリアの真上に。
透子はクッションの如きそれに柔らかく受け止められた。

知佳は透子のその動きも反応しない。
脂汗を流し、歯を食いしばり、
ひたすらシェルターへと突き進む。

306ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(28/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:00:02

透子はサイコバリアの縁を掴み、身を乗り出し。
知佳の足首を、両腕で抱えたのである。

「……つかまえた」



   ―――灯台跡まで、あと200m。



この異能同士の追跡劇の最終局面は、キャットファイトとなった。
結局、極限まで追い詰められれば、それなのである。
矢尽き盾折れれば、人には、肉弾戦しか選択肢がないのである。
普遍的な、生き物と、生き物の、争いである。

不意に足を掴まれた知佳は、その重みにバランスを崩す。
瞬間、翼の制御を失った。
落下、数m。
呼吸を整え、翼を力いっぱい羽ばたかせ、漸く落下は止まったものの、
透子は、知佳の足にぶら下がったままであった。

知佳は、透子の顔を見た。必死の形相であった。
額に汗は滲み、端正な顔を醜く歪ませて。
瞳の焦点を合わせて、奥歯を噛み締めて。
親の仇とばかりに、知佳を睨みつけていた。

透子は、知佳の顔を見た。必死の形相であった。
額に汗は滲み、あどけないな顔を醜く歪ませて。
瞳の焦点を合わせて、奥歯を噛み締めて。
親の仇とばかりに、透子を睨みつけていた。

307ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(29/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:01:02
 
 
「離して」
「できない」


知佳のサイコバリアは霧消していた。
念動力をフィンに一点集中したが為に。
なぜならば。
フィンの制御を失うということは、飛行不能であるを意味し。
それは逃れられぬ墜落死へと、繋がるからである。

透子の狙いも、将にそこにあった。
故に透子は、なんとしても、知佳を叩き落さねばならぬ。

脹脛に爪を立てる。
ぶら下がり、大きく揺れる。
かと思えば、急に転移して。
知佳の小さな背に、ボディプレスを仕掛ける。

知佳も、透子のその意図を理解していた。
故に知佳は、なんとしても、透子を振り落とさねばならぬ。

蛇行して振り払う。
旋回して肘を入れる。
転移の隙に、体勢を整えて。
空中でバック転し、透子の背面を抑える。


「離して」
「できない」
.

308ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(30/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:02:49

銃撃ではない。
念動ではない。
武器でもない。
道具でもない。

喰らい合うのは、互いの肉と肉。願いと願い。
ぶつけ合うのは、互いの骨と骨、意地と意地。
しのぎ合うのは、互いの血と血、想いと想い。

命と、命。


「離して!」
「できない!」


知佳の眼前に現れた透子が右手を伸ばす。
透子のその手を知佳が左手で払う。
透子の払われた腕は知佳の髪を掴み、引っ張る。
知佳は引かれた勢いに乗り、透子の腹に頭突きを食らわす。
知佳の握られたままの髪が纏めて引き千切られる。

知佳が喚く。
透子が呻く。
二人が吼える。

指を使う。爪先を使う。肘を使う。膝を使う。
噛み付く。引っ掻く。踏みつける。しがみ付く。

309ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(31/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:04:12

なんと醜い戦いであろうか。
なんと剥き出しな戦いであろうか。
なんと生々しい戦いであろうか。


《ファイトだファイトだ、とーうこちゃん♪ 負けるな負けるな、ちーかーちゃん♪》


ルドラサウムの興奮が最高潮を迎えた頃。
ついに戦いは、幕を閉じる。

知佳の脇腹に。
グロック17が唯一穿ちぬいた風穴に。
透子が指を差し込んだのである。

「うぁあああ!!」

これまで感じたことの無い激烈な痛みが、知佳の脳髄を焼いた。
そして一瞬、失った。翼の制御を。

落ちる―――

確実な死の予感が、知佳の焼かれた脳髄に冷や水を浴びせた。
その瞬間、弾けた。周囲の空間が。

落ちたく無い―――

知佳の頭の中には、それだけしかなくなった。
死に物狂い。
その意味を、知佳ははじめて知った。

310ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(32/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:05:20

落下、反転、上昇。
知佳は透子をぶら下げたまま、天上を目指した。

昇れば落ちるから遠ざかる。
落ちるの反対は昇る。
そんな単純な考えに凝り固まっていた。

ぐんぐんと、知佳は上昇する。
ロケットの勢いで。


その重力加速度が、決め手となった。


知佳にとって、そのGは、既知の衝撃であった。
念動力の実験と称された病院での訓練にて、幾度も経験してきた。
透子にとって、そのGは、未知の衝撃であった。
故に透子には耐えられなかった。
不可避の急性貧血が、透子の視界をブラックアウトさせた。
意識も薄く延ばされ、四肢から力が失われ―――

「……あ」

透子が、口を開いた。無意味な発声であった。
呟きは木霊することなく、知佳の後方へと流れて行った。



   ―――灯台跡まで、あと100m。

.

311ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(33/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:07:09

透子を振り払った。その実感に知佳は安堵した。
安堵はエンジェルブレスの安定をもたらした。
故に知佳は無思慮な上昇を止めた。

透子は、すぐにテレポートしてきて。
透子は、すぐにしがみついてくる。

そう予想し、身構えた知佳の元に、しかし透子は現れなかった。



   ―――ぱちゃ。



後方から。地面から。
水風船が弾けたかの如き音が届いた。
小さい音であるにも関わらず。
知佳の耳に、はっきりと聞こえた。

いや、聞こえる筈はない。
それは、幻聴であった。
或いは、予兆であった。
虫が知らせる不吉の調べであった。

透子が噛んでいた腕が、痛む。
前歯の一本が、そこに刺さったままになっていた。

  ―――透子はまだ、現れない。

312ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(34/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:08:11

また、戦法を変えて来るのか。
そんな空々しいことを夢想しても。

  ―――透子はまだ、現れない。

透子を殺す心算は無い。
そう誓ったのは、果たして誰であったか?

  ―――透子はまだ、現れない。

肉弾戦になったとき、確かに思ったはずだ。
透子を振り払い、突き落とすのだと。
それは、殺意なのではないか?

  ―――透子はまだ、現れない。

自分は友の希望を踏み躙って。
裏切って。
誓いを破って。
その果てに、この状況が、ある。



  ―――透子はもう、現れない。

.

313ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(35/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:08:56

顛末を見届けること。
それは自分の責任であるのだと、知佳は覚悟を決める。
目を背ける訳にはいかないと、知佳は自分を激励する。

無防備に瞑目。
深呼吸、数度。
知佳は瞳を閉じたまま、降下する。
下りること80m余り。
深呼吸、数度。

そこで知佳は漸く震える瞼を開いて。
後方の地面を、見下ろした。

「ああっ……」

花が、咲いた。
地面に撒き散らされた透子を見た知佳の、感想である。


.

314ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜復路〜(36/36) ◆VnfocaQoW2:2010/08/26(木) 00:09:48

御陵透子は―――

加速度に、決して離れぬはずの知佳から引き剥がされ。
遠心力に、テレポートを思う間もなく意識を刈り取られ。
重力に、100mの上空から、身構え無しに引っ張られ。

その命と、引き換えに。
緑の草原に、鮮やかな薔薇の花を咲かせたのである。




《きゃはははは! 知佳ちゃんの、かちー♪》




【御陵透子:死亡】

―――――――――主催者 あと 3 名


           ↓


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