したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2

1運営:2015/06/27(土) 19:59:43
現行作品を除く、『ふたりはプリキュア』以降の全てのシリーズについて語り合うスレッドです。
本編の回想、妄想、雑談をここで語り合いましょう。現行作品以外の、全てのSSと感想もこちらにてお願いします。
掲示板のローカルルール及び、保管庫【オールスタープリキュア!ガールズSSサイト】(ttp://www51.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1.html)のQ&Aを読んで下さい。
※現行作品や映画の話題は、ネタバレとなることもありますので、このスレでは話題にされないようお願いします。
※過去スレ「『プリキュアシリーズ』ファンの集い!」は、過去ログ倉庫に移しました。

305名無しさん:2017/06/18(日) 09:38:43
>>303
ユリカさまって、こういうのに馴染みがいいなぁw

306一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:02
こんばんは。
凄く間があいてしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
今回長くて(汗)9〜10レス使わせて頂きます。よろしくお願いします。

307一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:56
「ウオォォォォォ!」
 ナキサケーベの巨大なひとつ目が、鮮やかな赤に染まる。それと同時に、のたうち回るような怪物の動きが激しさを増した。
 無茶苦茶に発射される砲弾の雨の中から、ホホエミーナがウエスターを助け出し、ラブたちの隣に降り立つ。

「ああっ!!」
 ラブが悲鳴のような声を上げた。
 砲弾による煙が立ち込めるその向こうで、崩れ落ちる少女をせつなが抱き留めた瞬間、二人の身体が赤黒い炎に包まれたのだ。
「何? 何がどうなっているの!?」
 ラブの叫びを掻き消すように、頭上から不気味な笑い声が響く。驚いて顔を上げると、視界一杯に広がるノーザのホログラムは、二人の少女に目をやって、楽しげにほくそ笑んでいた。

「どうやらあの子自身の不幸のエネルギーが、カードの機能を暴走させているようねぇ。でも、その不幸を生み出した張本人を道連れに出来るなんて、これぞまさしく“不幸中の幸い”と言ったところかしら」
「それ……どういうこと!? せつなは一体……」
 勢い込んでそう言いかけたラブが、すぐ隣から聞こえて来た声に、驚いたように口をつぐんだ。

「あの子は……あの子は、どうなったんだぁ!」
 そこには、まるで命綱のように消火ホースをぎゅっと握りしめたまま、わなわなと声を震わせる老人の姿があった。
 いつも俯きがちなその顔は、ノーザの映像を食い入るように見つめている。が、当のノーザはそれを見て、ふん、と馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前のしもべの方へ目を転じた。

「さぁ、ソレワターセ。今のうちに例の物を奪いなさい!」
「そうはさせないよ!」
 こちらに迫ろうとするソレワターセを、サウラーのホホエミーナが全力で阻もうとする。ラブも急いで老人と一緒に消火ホースを支える。そしてソレワターセにもう何度目かの熱いシャワーをお見舞いしてから、老人のしわがれた手に、そっと自分の手を重ねた。

「おじいさん。やっぱりあの子と、何か関係があるんだね?」
「わ、私は……」
 我に返った様子の老人が、そう呟いて目を泳がせる。その顔にちらりと視線を走らせてから、ウエスターは再びホホエミーナの肩の上に飛び乗った。
「俺にひとつ考えがある。合図をしたら、お前たちは援護を頼むぞ」
 言うが早いか、ナキサケーベの方へと取って返すウエスターとホホエミーナ。その後ろ姿を見つめながら、ラブはぎゅっとホースを持つ手に力を込めた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第11話:炎の記憶(後編) )



「ES-4039781。前へ出なさい」
 不意に聞こえた無機質な声。しかも読み上げられたのは、とっくに消去されたはずの、かつての自分の国民番号――。
 驚いて顔を上げたせつなが、さらに大きく目を見開く。そこに広がっていたのは、どんよりとした灰色一色の世界だった。
 辺りには濃い霧が立ち込めていて、何も見えない。やがて、その霧の向こうに次第に何かが浮かび上がる。その正体に気付いた途端、せつなの表情が凍り付いた。

 さっきまで抱き締めていたはずの少女が、こちらに背を向けて立っている。だがその姿は、さっきまでとは違っていた。彼女の身体に巻き付いていたはずの茨が、今は影も形も見えないのだ。そしてその代わりのように、彼女の両腕と背中から、真黒な靄のようなものが立ち上っている。
 不意に、あの時の激痛の記憶が蘇って来て、せつなは思わず自分の腕を掻き抱いた。
 あの瘴気のような黒い靄には見覚えがある。かつてあの茨による苦痛を受けた時、自分の腕からも噴き出していたものだ。さしずめ、心身を焦がす苦痛の炎から立ち上る、どす黒い煙のように。

(あれは……今もずっとあの茨に蝕まれている証拠。早く連れ戻して何とかしないと、下手をしたら手遅れになる!)

 急いで駆け寄ろうとするせつな。だが一足早く、彼女がゆっくりとこちらを振り向いた。
 ニヤリ、と不敵に笑う赤い瞳が、霧の中で鈍く光る。と、次の瞬間、彼女は再びくるりとこちらに背を向けると、まるでせつなをからかうように、飛ぶような速さで霧の向こうへ走り去った。
「あ、待って!」
 消えゆく背中を、せつなが慌てて追いかける。が、いくらもいかないうちに、辺りの様子が一変した。

308一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:53:29

 ふっ、と霧が晴れたかと思うと、せつなはグレーの国民服に身を包んだ数多くの子供たちに囲まれていた。下は四歳から、上はせつなの少し下くらいの年齢の子まで居るだろうか。男の子も女の子も、みんな背筋をぴんと伸ばして整列し、物音ひとつ立てずに前を向いて立っている。
 グレーの壁と高い天井に囲まれた広い部屋。前方には一段高いステージがあり、そこには数人の大人たちが、無表情な顔をこちらに向けて立っている。
 それはせつなにとって、物心つく前から慣れ親しんだ光景だった。

(ここは……E棟の講堂? 私、何故こんなところに……)

 久しぶりの冷え冷えとした緊張感。それを肌で感じた瞬間、せつなの動きがぴたりと止まる。
 ここは、命令されたこと以外の行動は、全て処罰の対象になる世界。だから周りと同じように行動しなければ――幼い頃から身に沁みついた、ここで生きていくための術が、無意識のうちに自らの行動を自制したのだ。
 身体を動かさないように注意しながら、視野を広げ、目だけをせわしなく動かして辺りの様子を窺う。だが少女の姿は見つからない。焦るせつなの耳に、前方から再びさっきの声が聞こえてきた。

「ES-4039781。前へ」
「はい!」
 思わず返事をしようとしたせつなのすぐ隣から、幼いながらも鋭い声が答える。横目でそちらを窺ったせつなは、今度は驚きのあまり周りの目を気にするのも忘れて、そこに居る女の子の姿を凝視した。

 肩の上くらいで切り揃えられた銀色の髪。小さな身体を精一杯大きく見せるようにして凛と前を向いているのは、ラビリンス人には珍しい真紅の瞳――。

(まさか、幼い頃の……かつての私?)

 ふと我に返ったせつなが、慌てて前へ向き直り、姿勢を正す。今の動きを、もし壇上に居る大人たちに気付かれでもしたら――そう思ったのだが、何事も起こらないまま、女の子はきびきびとした動作で列を外れた。
 密かにホッとして、再びチラリと彼女の方に目を走らせる。が、すぐにせつなの注意は別の場所に向いた。女の子の肩の向こうに、黒い煙のようなものが見えた気がしたのだ。その一瞬の間に、女の子はせつなのごく近く、ほんの数センチの距離にまで迫って来た。
 慌てて身を引いたせつなには一瞥もくれず、女の子が足早に通り過ぎる。だが、せつなの方は再び目を見開いて、その小さな背中をまじまじと見つめた。
 今、確かに彼女の身体がせつなに触れたはずなのに、何も感じなかった。まるで幻か何かのように、その身体はせつなの身体をすり抜けてしまったのだ。

(この光景は、ただの立体映像? それとも私がここでは幻で、この子たちからは見えていないの……?)

 一瞬戸惑ったせつなが、最初はそろそろと、次第に大胆な動きで列から外れ、子供たちを見回す。
 思った通り、大人も子供も、列から外れたせつなに反応する者は誰もいなかった。それを見定めてから、せつなはステージに駆け上がると、子供たちの列の中に少女の姿を探し始める。

 せつなの行動が明らかに見えていない様子で、女の子――幼いイースもステージに上がり、そこに居る大人たちに一礼した。
「基礎訓練初級者の中で、今年度トップの成績だ。続いて中級者……」
 相次いでステージに上がった、彼女より年長の二人――中級、上級の成績優秀者と共に、彼女は壇上に飾られたメビウスの肖像に向かって臣下の礼をとる。すると肖像の目が赤く光って、聞き慣れたメビウスの声が、重々しく講堂に響いた。
「未来の我がしもべたちよ。いずれ私の手足となって働くため、なお一層励め」
「はっ! 全てはメビウス様のために!」

(これは私が幼い頃の……確か六歳の時の記憶。これも、あのナキサケーベを生み出すカードの力なのかしら……)

 以前、ノーザに送り込まれた“不幸の世界”のことが頭をかすめた。確かにナキサケーベ召喚時に出現する茨は、ノーザが操る茨に似ている。だから同じような術があってもおかしくないのかもしれないが、あれはこんな過去の追体験ではなかったはず。
 不審に思いながら、なおも少女を探すせつなだったが、ステージを下りようとする幼いイースの表情が目に入って、ハッとした。

 壇上から鋭い目つきで、ゆっくりと子供たちを見回す。その直後、引き結ばれた唇が片方だけ僅かに斜めに上がったのを見た瞬間、まるで頭の中に直接話しかけられたかのように、せつなの中にあの時の自分の気持ちが蘇って来た。

(こいつらなど全員、私の敵ではない。なのにまだ二階級も基礎訓練の過程が残っているとは。何とか一刻も早く、実戦訓練を受けられる手段はないものか――あの時の私は、確かにそう考えていた……)

309一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:00
 湧き上がって来る苦い思いを噛みしめながら、幼い自分の隣に立って改めて辺りを見回す。
 そこにあったのは、数百の冷ややかな顔だった。大半は無表情にこちらを眺めているだけ。しかし中には敵意を剥き出しにした顔や、挑むように真っ直ぐこちらを見つめる顔が見え隠れする。後ろに居る大人たちもまた、自分を――そしてここに居る子供たち全員を、自分の任務の成果物を品定めするような目で見つめている。
 何より自分自身が、ここに居る子供たちを出し抜くべき存在――自分の望みを叶えるのに邪魔な存在としか、思ってはいなかった。

(そう。人と人との繋がりなんて……“仲間”なんて、そんなものがあることすら知らない、愚かな子供だった……)

 いつの間にか俯き加減になっていたせつなが、不意に顔を上げる。
 ほんのわずかな違和感。目の端に、明らかに周りと異なる雰囲気を持つ何者かの存在を捕えたのだ。
 果たしてその視線の先にあったのは、ただ一人不敵な笑みを浮かべて幼いせつなを見つめる、さっきの少女の姿だった。その両腕から立ち昇る黒い靄は、さっきより心なしか大きくなっている。

(やっと見つけた!)

 せつなが勢いよくステージの上から飛び降りる。だが、着地した時には、そこはもう講堂ではなくなっていた。



(今度は……訓練場というわけ?)

 太い柱が等間隔に並んだ、さっきより格段に明るい広大なスペース。一瞬、眩しさと悔しさで顔をしかめたせつなの耳に、きびきびとした掛け声が飛び込んで来る。
「はぁっ! えいっ! やぁっ!」
 見ると、目の前で二人の子供が、並んで“型”の訓練をしていた。
 一人は、体格だけなら大人にも引けを取らないような、大柄な男の子。そしてもう一人は、さっきより成長した幼い自分。周りには数人の子供たちが二人を取り囲むように座り込んで、その動きを食い入るように見つめている。

(これは……八歳か九歳の頃かしら)

 思わず二人の訓練の様子に見入っていたせつなが、ハッとしたように頭を振って、二人を見つめる子供たちの方に視線を移す。
 今は一刻も早く、あの少女を探さなければならない。だが見つけられないでいるうちに、教官の鋭い声が訓練場に響いた。

「そこまで!」
 二人の子供がぴたりと動きを止める。その時、どこからかパチパチという微かな音が聞こえて来て、せつなは再び辺りを見回した。
 何かの破裂音のようにも聞こえるその音は、どこかで聞き覚えのあるような、そして不思議なことに、どこか懐かしささえ感じる音だった。だがそれが何の音なのか、あまりに微かでよく分からない。
 教官と子供たちには、この音が聞こえているのかいないのか、反応する者は誰も居ない。そのうち音はすぐに聞こえなくなり、せつなの注意も音から逸れた。教官が再び口を開いて、こう言ったのだ。
「今日は引き続き、相対しての訓練を行う。メビウス様のお役に立つための、実践訓練に繋がる重要な訓練だ。習い覚えた“型”を組合せ、相手を仕留めよ」
「はい!」
 幼いイースが教官にそう答えるのと同時に、男の子の太い腕が唸りを上げて襲い掛かった。

(ああ、あの時の……)

 せつなが我知らず眉をひそめた。
 そこから先のことは、細部に至るまではっきりと覚えている。それは、数えきれないほど多くの戦いを経験してきた彼女の、まだ戦歴とも呼べないような初歩の手合せ。だが、せつなにとっては忘れられない一戦だった。

 跳び退って避けた幼いイースが、続いて放たれた横殴りの攻めをかいくぐって反撃に出る。
 男の子とは対照的な高速のジャブ。時折、流れるようなハイキックとローキックがそれに混ざる。全て習い覚えたままの癖のない型通りの動きが、圧倒的なスピードで展開される。
 男の子のガードが間に合わず、何発かが彼の身体に届いた。顔をしかめながら、それでも彼は一貫して、力に任せた大振りな動きで彼女を捕えようとする。

 そんな二人の応酬が、どのくらい続いただろう。
 先にハァハァと荒い息を付き始めたのは、男の子の方だった。一発一発は自分の攻撃の方がはるかに威力があるのに、どうしてもそこまでのダメージが与えられない――そのことに焦りを覚えたのか、彼が殊更に高く、右の拳を振り上げる。
 さっと身をかがめて攻撃を避けた幼いイースが、次の瞬間、彼のみぞおちに渾身の右ストレートを叩き込んだ。

310一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:37
「ぐふっ!」
 男の子の身体が前のめりになり、そのままゆっくりと崩れ落ちる。
 十秒、二十秒――その身体は、ぴくりとも動かない。
 冷ややかに彼を見下ろしていた幼いイースは、勝負あったとばかりに、黙って教官の方に向き直った。が、その直後。

「ぐわぁぁっ!」
 足下から、断末魔のような声が響く。男の子がうつ伏せに倒れたまま、必死の形相で彼女の足を掴んだのだ。さらに歯を食いしばって頭を起こすと、その膝裏に破れかぶれの頭突きを喰らわせる。
 これにはたまらず、幼いイースの華奢な身体は床に倒れ込んだ。

「そこまで。両者、相撃ち」
「待って下さい!」
 教官の声に、彼女が男の子の手を蹴り飛ばして立ち上がる。
「あんな攻撃、教わった“型”には無い!」
「ES-4039781。指示を取り違えるな」
 訓練場に、教官の冷ややかな声が響いた。
「相手を仕留めよ、というのが今回の指示。それをお前は、相手にとどめも刺さずに攻撃を終えた。反撃されて当然だ」
「……」
「訓練とは、未熟なお前にとっては任務も同然。そしてどんなに未熟であろうと、やるべき任務は最後の最後まで成し遂げる。それが出来ない者に、メビウス様のしもべになる資格など無い」
 俯いていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。その赤い瞳が睨みつけるように教官の視線を捕え、小さな口元が歪んで奥歯がギリッと音を立てた時。

(あ……また……)

 ずっと一部始終を見ていたせつなが再び、顔をしかめた。
 自分の中に流れ込んで来る、あの時の口惜しさと、激しい悔い。そして、メビウスのためなら何だってやって見せるという、物心ついてから何十回、何百回目の新たな誓い――。

(馬鹿な子……。それ以外のもっと大切なことなんて、何ひとつ知らないで)

 すっと無表情に戻ってギャラリーの子供たちに混ざるかつての自分を、せつながまるで痛みでも堪えるような顔で見つめる。が、彼女の後方に黒い何かが揺らいでいるのに気付いて、再びハッとしたように表情を変えた。

 そこに居たのは、やはりあの少女だった。いつの間に現れたのか、訓練場の重い扉にもたれかかって、幼いイースの後ろ姿を、まるで面白いものでも見るような目で見つめている。
 黒い靄は、既に彼女の頭の上にまで立ち昇っている。それを見るや否や、せつなはここに居る人たちに感知されないことを利用して、最短距離を――既に次の二人が“型”の訓練を始めているその中央を突っ切り、飛ぶように駆けた。
 少女の方はせつなに気付いた様子もなく、扉を開けて訓練場の外へ出ていく。せつなはその扉が閉まり切る前にそこに辿り着いたが、扉を開けた先に会ったのは、今度はこのE棟に複数存在するトレーニング・ルームの一室だった。



 トレーニング・ルーム。学習室。子供たちでいっぱいなのに、シンと静まり返った食堂――。
 少女を追いかけるたびに場所が変わり、時が変わり、幼いイースは少しずつ成長していく。そして少女の身体から立ち昇る黒い靄も、次第に大きくなっていく。

(こんなことを繰り返すだけでは、あの子を助けることなんて出来ない……)

 募る焦燥感を振り払おうとして大きく深呼吸をしてみるが、それは途中から、深い深いため息に変わった。
 これまで何度となく見せつけられてきた、かつての自分の姿と心。全て自分が経験し、感じ、知っていることなのに、改めて目の当たりにすると、それは思いのほか重くせつなの心にのしかかった。

(そう。私の心の炎は、この場所で、こうやって育って来た……)

 ここに居る全ての人間を出し抜いて、誰よりもメビウス様に認められるしもべになる――そんな燃えたぎるような野心に、突き動かされるようにして生きて来た。人の幸せを願うどころか、周りの全ての人を敵としか見ていなかった――嫌と言う程分かっていたはずの、かつての自分。
 今はもうあの頃の自分じゃない、イースじゃないとどんなに自分に言い聞かせても、あの頃と同じ炎が、胸の奥に確かにあるのを感じる。
 この炎がある限り、また誰かを傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、震えるほどに怖い。
 現にこの前だって、我を忘れて彼女と戦おうとしたではないか。そんな自分に、ラビリンスを幸せにすることなんて出来るのか……。
 重い心を抱えながら、それでもせつなは少女を追いかける。そしてもう何度目かもわからない強制的な瞬間移動によって、再び訓練場に立っていた。

311一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:10
 さっきここに飛ばされた時とは随分雰囲気が違っていた。広大なこの場所が、数多くの大人や子供――最初に講堂で見た時よりも格段に多くの人々で埋め尽くされている。

(この場所に、こんなに多くの人が集まっているということは……まさか!)

 せつなが人々の列を突っ切って、訓練場の中央へと足を向ける。そこに居たのは、今の自分と比べても、もう幼いとは言えない年齢の――まさにこれから、ラビリンスの幹部・イースになるための最終戦を迎えようとしている、かつての自分だった。
 予想していたとはいえ、その場面を見た瞬間、胸の鼓動が速くなった。

(あの日のことは、全ての場面、全ての動きに至るまで、昨日のことのように覚えてる。この後、相手の“ネクスト”が登場して……)

 やはりどこか痛みをこらえているような、そしてこの上なく真剣な顔つきで、せつなが戦いの場を見つめる。だがすぐに、えっ、と小さく声を上げた。
 かつての自分の目の前に立ったのは、記憶の中の“ネクスト”ではなかった。あの少女――せつなが今まさに追いかけている少女が、彼女の背丈の倍ほどにもなった黒々としたオーラをまとい、最終戦の相手として現れたのだ。

「どうやら私の願望が、ようやく叶うようね。あなたを倒してイースになるのは、この私だ!」
「ふん、何を言っている」
 ニヤリと笑う相手に対して、小馬鹿にしたような口調で答えながら、油断なく身構えるかつての自分。その隣に飛び出して、せつなはようやく間近で少女と向かい合った。

「待って! ここは、あなたを傷付けている茨が作り出した異空間。現実じゃないわ。ここでかつての私に勝ったって、なんの意味もない!」
「何故あなたがそこに居る!」
 声を張り上げるせつなに、少女が驚きの表情を見せる。
「どうしてあの時のあなたと、別々に存在しているの!?」
「私にも分からない。でもこれだけは言えるわ。あの茨は、今もあなたの身体を傷付けている。早く現実の世界に戻らないと、取り返しのつかないことになるの。だからお願い! 私と一緒に……」
 その時、教官の「始め!」という声に、せつなの言葉は遮られた。

 ゆっくりと構えをとった少女が、今度はせつなに向かってニヤリと笑う。
「そうか。一度寿命が尽きたあなたは、過去の――私が追い求めたかつての先代とは、既に別の人間というわけね。ならば、もうあなたに用はない」
「……どういうこと?」
「いいことを思いついたの。かつてのあなたを倒して、私がイースになる。そうすれば、私はこの世界でイースとして生きられる。下らない今のラビリンスで生きるより、その方がずっといいわ」
 そう言って、少女が楽し気な含み笑いを漏らす。その暗い絶望に染まった笑い声に、せつなは背中にゾクリと寒気を覚えた。

 彼女は気付いていないのかもしれない。その歪んだ願望は、あのカードがもたらしている途方もない苦痛から無意識に逃れようとして、生まれたものかもしれないということに。
 確かにここに居る間は、彼女はあの激痛からは解放されているらしい。でも、ここに居る間に少女の身体がますます茨に蝕まれ、もしも最悪の事態になったら……。そうなれば、もう彼女が望もうが望むまいが、この世界から出られなくなってしまうかもしれない。

 せつなは必死でかぶりを振ると、なおも少女に向かって叫んだ。
「駄目! 元の世界に帰るの。ここに居ては駄目!」
「はぁっ!」
 今度はかつての自分――イースの雄叫びが、せつなの叫びを遮った。これ以上の説得を難しい。そう判断したせつなが、素早く二人の間に割って入る。
 かつての自分の動きなら、手に取るようにわかっている。ここで放つのは右のハイキック。おそらく少女はそれを受け止めるだろう。その瞬間を狙って、せつなは彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。
 だが、その手は空しく少女の身体をすり抜けた。

(何故!? 彼女と私は同じ世界の存在。彼女にとっても、ここは異空間だというのに)

 呆然とするせつなに、少女が蹴りを受け止めながら、再びニヤリと小さく笑う。
「ここは、あなたの居場所ではないのでしょう? ならばさっさと戻るがいい。それともこの悪夢の中を彷徨う、亡霊にでもなるつもりなの?」
「あなたを置いて戻れるわけないでしょう!?」

「たぁっ!」
 もうせつなの方を見向きもせず、少女がかつてのイースに鋭い蹴りを放つ。余裕のある動きで避けようとするイース。だが予測が外れたのか、少女の蹴りが彼女の脇腹にわずかに届いた。
「っく!」
 イースの表情が険しくなる。次の瞬間、空中に同時に飛び出して、ジャブを打ち合う二人。着地して距離を取った時には、イースの方がわずかに呼吸が乱れていた。

312一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:53
 小さくほくそ笑む少女を見て、せつながさらに険しい表情になる。彼女の背後に立ち昇る黒い靄が、彼女の一挙手一投足ごとに、少しずつ大きくなっているのだ。
「お願い、やめて……」
 もう一度少女に呼びかけようとしたものの、せつなはその声を飲み込んだ。
 こんな言葉をいくら叫んでも、彼女を呼び戻すことは出来ない。それはよく分かっていることだが……だったら一体、どうすればいいのか。

 唇を噛みしめることしか出来ないせつなの目の前で、二人の戦いは続く。
 攻撃の威力も、リーチもほぼ互角。スピードではわずかにイースが勝る。
 だが、少女はことごとくイースの先を読んで動いていた。ほんの小さな予備動作、些細な癖のようなものまでも見逃さずに攻撃を防御し、わずかな隙を突いて反撃する。
 イースの表情は最初からまるで変わらない。だがその額には、彼女には珍しく玉のような汗が浮かんでいた。

 何度目かの激しいジャブの応酬の中で、少女の攻撃をかわすと同時に、イースがカウンターを叩き込んだ。着地の瞬間、相手がわずかによろけたのを見て、イースが両腕を胸元に引きつけ、ゆっくりと腰を落とす。それを見た瞬間、せつなの心臓がドキリと跳ねた。

(あの技は……!)

 それは、イースがこの最終戦に備えて密かに磨いて来た技。誰の教えも乞わず、訓練もひた隠しに行って、死に物狂いで会得した技だった。
 全身の気と力を溜めて、両の掌から一気に相手に向かって叩き付ける。まともに喰らえば数メートルは吹っ飛ぶほどの、強烈なダメージを与えられる技だ。だが、その構えを見た少女が瞳をわずかにきらめかせたのに、せつなは一抹の不安を覚えた。

「はぁぁぁぁっ!」
 イースが少女目がけて矢のように跳ぶ。少女の方は、イースが地を蹴ると同時に後方へ飛び退った。そして挑むようにイースを見据えたまま、ぐっと腰を落として身構える。

(やっぱり、あの技を破ろうとしている!?)

 かつてのイースの最終戦の動きを目に焼き付けて、それを超えることを目指して訓練を積んで来た――少女はそう言っていた。だから彼女は、あの最終戦でこの技を見ているのだ。

(でも……)

 せつながますます不安そうな顔で、二人の動きを見つめる。
 最終戦で、イースはあの技の全てを見せたわけではなかった。相手の“ネクスト”があまりにも予想通りの動きをしてくれたお蔭で、その必要が無かったのだ。
 おそらく少女は、あの技の直線的な動きを弱点と見て、ギリギリまで引きつけてから方向転換するつもりだろう。だが、彼女は知らないはずだ。咄嗟の動きにも瞬時に対応する変則的なコントロールの術を、イースが既に身に着けているということを。

 せつなの不安は的中した。少女が不意に、真上に向かって高々とジャンプしたのだ。
 真下に居るはずの相手に、上空から蹴りを放とうと身構える。だがその時、少女は目標を失ったはずのイースが素早くもう一度地を蹴り、自分を追ってくるのに気付いて唖然とした。
 ふっ、と少女の瞳が暗くなった。もしかしたら、自らの敗北を悟ったのかもしれない。そして次の瞬間、少女はグッと奥歯を噛み締めると、イースを真っ向から睨み付けた。

 一部始終を見ていたせつなが、ハッと目を見開く。上空に跳び上がった少女が発する黒いオーラが、彼女の両腕をすっぽりと覆い、訓練場の広い天井を覆いつくすほどの、巨大な蛇の形となってその鎌首をもたげたのだ。
 まるで少女を、底なしの暗い闇の中へと引きずり込もうとしているよう――そう感じると同時に、せつなは弾かれた様に跳んだ。

 何とかして少女を助けたい――その一心だった。
 たとえ少女を、捕まえることが出来なくても。
 たとえ少女に、自分の言葉が届かなくても。
 それでも――このまま何もしないで、見過ごすことなんて出来ない!

 ドーン、というひときわ大きな音が響き、訓練場の柱がびりびりと震える。その直後、か細い叫びが天井近くから降って来た。
「あなた……どうして!?」
 少女の瞳が、驚きと混乱で小刻みに震えている。
 イースの掌打が、少女の前に割って入ったせつなの胸に叩き付けられていた。そして、まるで鏡に映したように、せつなもまた、イースの胸に掌打を叩き込んでいた。
 まるで心臓が爆発したような痛みがせつなを襲った。イースもまた、何が起こったのか分からないという様子で、目を大きく見開いたまま苦痛にあえいでいる。
 二人はそのまま折り重なるように落下して、床の上に倒れ込んだ。

313一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:56:27
 激痛と共に、火のような熱さが胸の中に広がる。それと同時に、かつての自分の心が――想いが、自分の想いと混ざり合い、染み込んでいく。
 イースになりたかった。幹部になって、誰よりもメビウス様のお傍近くでお仕えしたかった。そうすれば――。

(そうすれば――幸せになれると、思っていた……?)

 胸の痛みが引いていくと同時に、ここへ来てから――いや、ずっと前から感じていた胸のつかえが、ゆっくりと取れていくような気がした。

(私は、イースになりたかったわけじゃない。メビウス様に認めてもらいたかったわけじゃない。それが私が知っていた、私が求めることを許された、唯一の幸せだったから。そう、私は……幸せになりたかったんだ)

 まだ胸が焼けるように熱い。身体の下に、かつての自分の身体があるのをはっきりと感じる。その胸も、同じくらい熱かった。
 ここにある炎――今確かにここに存在するこの炎は、なるほど野心と呼べるものだろう。昔も今も、抱いている望みは大きく、分不相応なものだから。
 人の幸せを思うことも知らず、自分の幸せのみを追い求めるのは、確かに大きな間違いだった。だから「幸せ」が何かを知って、その間違いに気付けたのは大切なことだ。
 でもその間違いは、この胸の炎が引き起こしたものではなかった。この炎は、誰かを傷付けることを求めて燃えている炎ではなかったんだ。

(やっと分かった……。イース、あなたの野心は私が引き受ける。そしてあの子の炎も、こんなところで燃やし尽くさせはしないわ!)

 胸の熱さが少しずつ収まっていく。それと共に、身体の下にあったイースの感触は薄れ始め、その代わりのように、自分の身体の感覚が少しずつ戻ってきた。
 もう痛みも鈍く、呼吸もさほど苦しくはない。せつなはまだ床に倒れたまま、全身の感覚を研ぎ澄まして、周囲の――少女の様子を窺う。

(何とかして、あの子を連れ戻さなきゃ。でも、どうやって……)

 と、その時。
 さっきこの訓練場で微かに聞こえたパチパチという乾いた音が、さっきよりもはっきりとせつなの耳に届いた。

(これは……拍手の音? でも、このE棟で誰かに拍手する人なんて、居るはずが……)

 そう心の中で呟いたせつなは、続いて聞こえてきた声に、危うくぴくりと反応しそうになった。

――凄いね! 動き速いし、力強いし、何よりすっごく綺麗!

(……この声……!)

――そうやって小さい頃から、ずーっと頑張って来たんだ。

(……ラブ?)

 せつなが全身を耳にして、声の出所を探る。その間にも、声はせつなを励ますように、次第に大きくはっきりと聞こえてくる。

――せつなはね、いつも一生懸命だった。どんな時でも、どんな小さいことでも、“精一杯、頑張るわ”って、そう言って頑張るの。あなたもそうやって頑張って来たんだよね?

――小さい頃からずーっと頑張って来たから、身についたんだよね。メビウスのためだったかもしれないけど、自分自身の力として。

(これは……ひょっとして、あの子の記憶? あの子が今、ラブの言葉を思い出してるっていうの……?)

 今朝のラブの、小さいけれどあたたかな笑顔を思い出す。それだけで、目の前が明るくなったような気がした。あの子を止められなかった、とラブは落ち込んでいたけれど、ラブの言葉は、彼女の心に届いていたのだ。

(ありがとう、ラブ。今度は私が、自分自身の力を精一杯使って、あの子を止めてみせる!)

 まだ床に倒れた格好のまま、せつながそっと目を開く。そして全身の筋肉を覚醒させるように、ゆっくりと身体に力を入れた。

314一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:00
 二人の後から着地した少女は、まだ倒れている相手にゆっくりと近付いた。上から恐る恐る覗き込んで、一瞬怪訝そうな顔をする。
 何故か自分を庇って先代のイースと相撃ちになった黒髪の少女の姿は、いつの間にか消えていた。相撃ちのショックで現実の世界に戻ったのか――そう思った少女が、少し困ったような顔で教官の方へ向き直る。

 これで勝ち名乗りを受ければ、望み通りこの世界でイースになれる。そう思っても、何故か少しも嬉しさが湧いてこない。と、次の瞬間、強烈な足払いが彼女を襲った。
「やるべき任務は、最後の最後まで成し遂げる――訓練で教わらなかったの?」
 いつの間に立ち上がったのか、イースが腰に手を当てて、床に転がった彼女を見下ろしていた。

 すぐさま跳ね起きた少女が、もう一度驚いたように目を瞬く。向かい合った相手の銀色の髪が、一瞬ぼうっと淡く輝いたかと思うと、すぐに艶やかな黒髪に変化したのだ。その姿を見て、少女の目がわずかに泳ぐ。
「あなた……どうしてあんなことを……」
「決まってるじゃない。私の願いを叶えるためよ」
 さも当然、というせつなの返事に、少女の目がさらにどぎまぎと泳ぐ。そしてわざとらしく、ふん、と鼻を鳴らすと、いつもの口調に戻って吐き捨てるように言った。
「願いって……今更かつての自分にとって代わる、ってこと?」
「いいえ。言ったでしょう? あなたを元の世界へ、連れて帰るって!」
 その言葉が合図だったかのように、二人の少女は再び空中に跳び上がった。

 さっきまでの戦いが嘘のようだった。イースとほぼ互角に渡り合っていたはずの少女が、今度は一方的に押されている。
 スピードが違う。技のキレが違う。何より熱い闘志の宿った赤い瞳が、少女を真っ向から見据え、圧倒する。
 その癖せつなは、少女をギリギリまで追い詰めても、とどめとなる一撃を放っては来ない。
 何度目かのジャブを打ち合った後、もう焦りの色を隠す余裕すらなくなった少女が、大上段からせつなに襲い掛かった。

「はぁっ!」
 少女が放った渾身の一撃を、せつなが正面から掌で受け止める。そのままグイっと腕を引いて懐に飛び込むと、せつなの右手が唸りを上げた。
 パァン! という高い音が訓練場にこだまする。観戦していた人々の間から、小さいながらもどよめきのような声が上がった。
 この訓練場では――いや、かつてのラビリンスでは非常に珍しい反応だった。それだけ、せつなの動きはそこに居合わせた人々の常識からかけ離れていたのだ。
 少女は、何が起こったのか分からないといった顔つきで頬を押さえていた。せつなの攻撃――それは少女の顔が真横を向くほどの、強烈な平手打ちだった。

「あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう? こんなところに居たら、その願いは二度と果たせない。目を覚ましなさい」
 低くてよく通る声が、少女を叱咤する。まだ呆然としている少女の目を真っ直ぐに見つめて、せつなはこう付け足した。
「それに、どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね」
 その言葉を聞いて、少女の瞳にようやく強い光が戻り、口元が悔しそうに引き結ばれる。
 その途端、辺りの景色は急速に薄れ始め――気付いた時には、せつなは少女を抱き締めるような格好で、瓦礫の上に立っていた。

 少女が身じろぎするようにして、ゆっくりと身体を起こす。その上半身には、鋭い棘を持つ茨がまだ幾重にも巻き付いたままだったが、赤黒い炎は消え失せて、茨の色も血のような赤色から、元の暗緑色に戻っていた。
 せつなは、少女をしっかりと支えたまま、初めて後ろを振り返って、元来た方へとその目を向けた。そして、遠くに小さくラブの姿を確認すると、その頬に久しぶりの小さな笑みを浮かべた。



   ☆

315一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:32
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

316一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:07
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

317一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:39
以上です。どうもありがとうございました!

319名無しさん:2017/10/19(木) 23:16:12
誰か書かないかな〜
「結婚もの」

320一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:00
こんばんは。
かなり間が開いてしまいましたが、長編の続きを投下させて頂きます。
8レス使わせて頂きます。

321一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:51
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 鋭いノーザの檄を受けて、ソレワターセの侵攻がさらに勢いを増す。必死で食い止めているのは、元・幹部たちの二体のホホエミーナ。
 ふらふらとせつなから離れた少女が、モンスターたちの激しい攻防を見つめる。その真剣な眼差しとは裏腹に、彼女の瞳には何も映ってはいなかった。

 体中が軋むような痛みと共に、戻って来た現実感。同時に蘇る、あの世界での彼女の言葉――。

――あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう?

(そうだ。それなのに私は、与えられた苦痛に耐えかねて、別の世界へ逃げ込もうとした……)

 どうしてあの時、あの世界でイースになりたいなどと思ったのだろう。メビウス様のためにと言いながら、自分のことだけを考えていたというのか……。
 情けなさと悔しさ。それにメビウスに対する申し訳なさで胸が一杯になり、グッと奥歯を噛み締める。その時、隣に居たせつなが、弾かれた様に走り出した。
 怪物が戦っている現場近くに居た仲間――ラブと老人に駆け寄り、二人を抱えてひとっ跳びでその場を離れる。その直後、さっきまで彼らが居た場所にホホエミーナの巨体が叩き付けられた。
 土埃の向こうで、せつなが大きく息を付き、ラブに微笑みかけているのが見える。それをぼんやりと眺めながら、少女は自分が無意識のうちに、せつなに打たれた左の頬を撫でていたことに気付き、慌てて手を下ろした。

「おーい!」
 不意に遠くから呼びかけられて、思わず身構える。やって来たのは、警察組織の戦闘服に身を包んだ一人の少年――数日前にくだらない諍いを起こした、あの少年だった。

「お前も来い」
「……何?」
「ここは危ない」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった。少年の頭の向こうに目をやると、確かに人々が続々と建物から出て、戦場から遠ざかろうとしている。
「気は確かか? 私は、お前たちを……」
「いいから来い。お前、フラフラじゃないか」
 心配そうにこちらを覗き込む少年の目。その目を見た途端、少女はくるりと彼に背を向けた。
「言ったはずよ。お前の命令など聞かない、って」
「おい!」

 焦れたように呼びかける少年を振り向きもせず、少女が痛む身体に鞭打ってその場を駆け去る。物陰に隠れてそっと様子を窺うと、少年は仲間たちに呼ばれ、後ろを振り返りながら避難者たちの元へ戻っていくところだった。

(ふん。お前に何がわかる)

 警察組織の若者たちの誘導に従って、人々が黙々と移動を始めている。
 かつてはメビウス様が管理された通り、一糸乱れず歩いていた人々が、こんな不完全な若者たちに、列も作らずただぞろぞろと従っているのだ。

(お前たちに何が出来る。メビウス様が完全に管理された世界こそが、ラビリンスのあるべき姿なのだ)

 胸の中に、さっきとは違う何かが渦巻いている。情けをかけられた屈辱と、それとは違う、微かにあたたかさを感じる何か。少女はそれから目を背けるように、震える拳をグッと胸に押し当てた。

(私は……メビウス様を復活させる。ラビリンス総統・メビウス様のしもべになる!)

「ソレワターセー!」
 少女の決意を後押ししているのか、それとも嘲笑っているのか、モンスターの雄叫びが、再び辺りの空気を震わせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第12話:守りたいもの )

322一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:09:26
「ホ……ホエミ……ナー!」
「ホホエ……ミーナ……」
 サウラーが生み出した瓦礫づくりのホホエミーナと、街頭スピーカーから生まれたウエスターのホホエミーナ。それらが左右から抱き着くようにして、ソレワターセを止めようとしている。
「ソーレワターセー!」
 そんなことなどお構いなしに、ソレワターセは二体を強引に引きずるような格好で、じりじりと前進を続けていた。

(もう少し、避難に時間がかかりそうか……。それまで何とか、持ちこたえてくれ!)

 腕組みをしてその様子を眺めていたサウラーが、避難者たちの方に目をやって、僅かに眉をしかめる。そして空の一角を覆いつくした半透明な姿に、ゆっくりと視線を向けた。

「フフフ……。あともう少し。もう少しで、私の欲しいものが手に入る……」
 歓喜に満ちたノーザの声が頭の上から降って来る。

(そうは行きませんよ、ノーザさん。住人たちの避難を終えたら、あとは僕が全力で阻止してみせる!)

 感情をほとんど表に出さないその顔からは、そんな心の内は一切窺い知ることは出来ない。しかし、その時向こうから息せき切って走って来たせつなの姿を見て、その表情が僅かに変わった。

「サウラー! ウエスター! 全員の避難が完了したわ!」
「よし!」
 言うが早いか、さっきまで老人が使っていたホースを手に取って、残っていた最後の熱水を浴びせかける。そしてソレワターセが怯んだ一瞬の隙に、サウラーはホホエミーナの肩に飛び乗った。

「さぁ行くぞ!」
「ホーホエミーナー!」
 次の瞬間、敵にくるりと背を向けたホホエミーナが、ソレワターセが向かおうとしている廃墟を目指して全速力で走り出す。
「ホホエミーナ! サウラーを守り抜け!」
 自らのホホエミーナに檄を飛ばすウエスターの声が、背中で聞こえた。続いて、ガツン、ガツン、とモンスター同士がぶつかり合う音が辺りに響く。だがそれも束の間、ドシン、ドシンというソレワターセの足音が、あっという間にこちらに迫って来た。
「ああっ! すまん、サウラー! ホホエミーナ、追え!」
 ウエスターの、今度は慌てふためいた声が聞こえる。それを聞くと、何だか心臓の辺りがこそばゆくなって、サウラーはフッと口の端を斜めに上げて笑った。

(十分時間は稼げたよ、ウエスター)

 声に出しては言えないので心の中で呟いてから、気合いを入れ直すように、ぐっと唇を噛みしめる。さあ、ここからが本番だ。

 廃墟に飛び込み、ホホエミーナの肩の上から滑り降りる。そしてそこに置いてあるものを掴むと、サウラーは不敵な笑みを浮かべてソレワターセの方へ向き直った。
「お探しの物は、これかい?」
 それは、ノーザの本体――プリキュアの技を受けて元に戻った、あの球根だった。

「ソーレワターセー!」
 廃墟の壁や天井を盛大に破壊しながら、ソレワターセがその場所に飛び込む。だが、その腕が目的の物に届くことは無かった。

「はぁっ!」

 サウラー渾身の蹴りが、ソレワターセの胴を撃ち抜く。
 もんどりうって転がる巨体から、さらに球根を狙って立て続けに放たれる、矢のような蔦、蔦、蔦。

「はぁぁぁぁっ!!」

 サウラーの気合いが炸裂する。息つく暇など全く無い高速の足さばきで、ただひたすらに、蹴る! 蹴る! 蹴る!
 ついに全てを蹴り返すと、サウラーは休む間もなく身を翻し、再びホホエミーナの肩に飛び乗った。

323一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:00
「ホホエミーナ。ここからは頼んだぞ!」
 皆まで聞かず、脱兎のごとく駆けるホホエミーナ。跳ね起きたソレワターセもすぐに後を追う。そしてホホエミーナが廃墟から今まさに外に出ようとしたところで、ソレワターセの放った蔦が、後ろからサウラーを襲った。

「うわぁっ!」
 不意打ちを喰らって弾き飛ばされたサウラーを、ホホエミーナが決死のダイブで受け止める。
 盛大な土埃を上げて倒れる巨体。その身体を貫こうと、ソレワターセが蔦の先を鋭く尖らせ、振り上げる……!
 その時、不意に地面から、赤紫色の光が出現した。
 光は廃墟をぐるりと取り囲むように立ち昇り、光の壁となって四方を覆う。構わず蔦を放ったソレワターセは、その光に触れた途端、弾き飛ばされて再び地面に転がった。よく見ると光の壁の表面には、ビリビリと稲妻のようなものが走っている。
 やがて光が収まった時には、廃墟はソレワターセごと消え失せて、後には何も残ってはいなかった。

 余裕の笑みを浮かべて一部始終を眺めていたノーザが、呆然と目を見開く。
「何だ、これは。まさか、次元の壁……!」
「ええ。あなたに気付かれないようにこの仕掛けを作るのは、苦労しましたよ」
 ホホエミーナの掌から飛び降りたサウラーが、そのゴツゴツした指をポンポンと叩いてから、相変わらず淡々とした口調で答えた。

 “次元の壁”――それはラビリンスの科学が生み出した技術。四つ葉町にあった占い館をプリキュアの目から隠すために使ったのと同じ技術だった。この壁が作り出した空間は別次元にあるため、通常の手段では中に入れず、そこにあることすら認識できない。
 ノーザが自分の本体を狙ってくるだろうと予測した時から、何とかしてこの国を守り抜くために、サウラーが考えに考え抜いた作戦だった。

「おのれ……!」
 完全にしてやられたと知って、ノーザの映像がギリギリと音を立てて歯噛みする。
「やったな、サウラー!」
「喜ぶのはまだ早いよ、ウエスター。モンスターは何とか片付けたが、まだE棟に大物が残っている」
 嬉しそうに仲間の肩を叩いたウエスターに、サウラーが無表情を崩さず答える。
 E棟にある大物――ノーザのデータの媒体らしき植木と、不幸のゲージ。とりわけ不幸のゲージをどう始末すればいいのか、それはサウラーにもウエスターにも見当がつかない。

(全く……。不幸を集めていたというのに、その扱いについてはまるで分かっていないとはね)

 今も昔も、無表情の下は不安だらけだ――自嘲気味にそんなことを思った時、ウエスターが能天気な顔で、再びニカッと笑った。
「そうだな。先発隊は、既にE棟に向かっている。俺もすぐに追いかけるから、心配するな!」
「全く。君のその根拠のない自信は、一体どこから……」
 サウラーが呆れた顔でそう言いかけた、その時。

「そう簡単に……終わらせてたまるかぁっ!」

 突然、怒りに満ちた声が辺りの空気を震わせた。叫びと共に物陰から飛び出した少女が、サウラーに躍りかかる。
 傷だらけの身体。ボロボロの戦闘服。足の震えを必死で抑えながら、やみくもに殴り掛かる。
 軽く身をよじるだけの動きで攻撃をかわすサウラー。少女は彼に触れることすらできず、地面に倒れ込んだ。

「無茶な……。そんな身体で、僕に敵うとでも思ったのかい?」
 サウラーが苦いものでも飲んだような顔つきで、少女の傍らに歩み寄る。が、すぐにそれは驚愕の表情に変わった。何かが目にもとまらぬ速さで、サウラーに襲い掛かったのだ。
 考えるより先に身体が動いた。跳び退って攻撃を避け、相手の正体を見定めようと目を凝らす。だがその時右足に何かが絡みつき、サウラーの身体はそのまま宙吊りになった。

「サウラー!」
 ウエスターの隣にせつなも駆け付けて、逆さ吊りにされたサウラーをなす術もなく見上げる。
「フフフ……。今回ばかりはお手柄だったわねぇ。こんなに見事に囮になってくれるなんて」
「私は、そんなつもりじゃ……」
 さっきの狼狽した姿など、まるで無かったかのようなノーザの含み笑いに、少女が戸惑ったように目を泳がせる。その映像のちょうど真下に当たる場所。そこにいつの間にか姿を現したのは、大きな鉢に植えられた一本の木だった。
 まるで枯れ木のようにしか見えないその木の一番太い枝先からは、空中に向かって光が放たれていた。どうやらそれが、ノーザの映像を形作っているらしい。そして別の枝先からは、サウラーの足に絡みついている触手が伸びている。

(やはりこいつが、ノーザのバックアップの媒体というわけか)

 宙吊りにされた格好のままで、サウラーがそこまで観察した時、ノーザの勝ち誇ったような声が降って来た。

324一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:41
「サウラー君。今のうちにそれを渡してくれたら、痛い目に遭わずに済むわよ」
 サウラーが、ノーザにちらりと目をやってから、今度は仲間たちの方へ視線を移す。その時、せつながさりげなく、ウエスターの陰に隠れるように立ち位置を変えた。それを見て、サウラーがノーザに向かってため息をひとつ付いて見せる。

「こうなっては仕方がない、か。ならば、お言葉に甘えましょうか」
「いい答えねぇ」
 無表情で球根を取り出すサウラーに、するすると伸びる一本の触手。それに向かってゆっくりと球根を差し出す素振りを見せてから、サウラーは不意に手の中の物を勢いよく放り投げた。

「せつな!」
 球根が矢のような速さでせつな目がけて飛ぶ。それを追って一斉に放たれる触手。だがそこに待っていたのは、頑強な肉体の壁だった。
「でぇやぁぁぁっ!」
 ウエスターが気合い一閃、全ての触手を叩き落す。その隙に、せつなが球根を追って走り出す。
 逆さ吊りのまま放たれた球根の軌道は、ほんの少しずれていた。だがせつななら十分に守備範囲。誰もがそう思っていたその時、信じられない出来事が起こった。
 球根にせつなの手がまさに届こうとしていた瞬間、横合いから一人の人物が飛び出して、球根を掴んでしまったのだ。
 せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、唖然とした表情でその人物を見つめる。
 それは、さっきまで消防ホースを構えてサウラーたちに加勢し、今は他の住人たちと共に避難に向かっているはずの、あの老人だった。

「おじいさぁん! 今はそっちに行っちゃ、危ないよ〜!」
 不意に新たな声が響いた。老人を心配したのだろう。ラブが大声を上げながら、こちらに向かって走って来る。それを見るや否や、せつなが慌ててラブの元へと走った。
「ラブ、こっち」
 事情を知らずに老人に駆け寄ろうとするラブを制し、彼女をいつでも守れるように、ぴたりと寄り添う。

「なんだ? お前は。愚かな真似をすると、怪我をするわよ」
 怪訝そうな顔で老人に目をやったノーザが、フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 なんだ、ただの国民風情か――触手もそう言いたげな緩慢な動きで、老人の近くにゆるゆると伸びてくる。
 だが、すぐにノーザの表情は凍り付き、触手も動きを止めた。老人が懐から鋭い刃物を取り出して、球根に押し当てたのだ。

「貴様……何をする気だ!」
「こ、これが欲しいのか。こんなちっぽけなものが、あ……あなたの、大切なものだというのか。あの子を……あんな目に遭わせてまで、欲しいものなのか!」
 両目を見開いて慌てふためいた声を上げるノーザを、刃物を持った手をブルブルと震わせながら、老人が睨み付ける。

「知らないならば……教えてやる。ここに傷を付けると、運が良ければ傷の周りに、新しい球根が出来るらしい。分球、と言うんだそうだ。どっちにしろ、親となった球根は枯れてしまうがな……」
「そんなこと、させるかぁっ!」
「寄るなっ!」
 さっきまでのしょぼくれた老人とは思えないような鋭い声に、襲い掛かろうとしていた触手が動きを止める。その隙にウエスターがサウラーを助け出したが、それに構っている余裕は、今のノーザには無かった。
 ただの国民風情と見くびっていた相手に、最高幹部の自分が追い詰められている――その受け入れがたい事実に、ノーザの瞳が次第に大きく、やがては極限まで見開かれていく。

「おのれ……。お前ごときに、そんなことが出来ると思っているのっ?」
「今はもう、命令された以外のことをしてもいい世界なんでね」
 金切り声を上げ、恐怖にわななくノーザとは対照的に、老人の声は次第に落ち着き払った、凄みすら帯びたものに変わっていく。そしてたじろぐノーザの映像に向かって、老人が一歩、また一歩と近付いていく。

「あなたはかつての最高幹部・ノーザ……なんですよね?」
「き……気安く私の名を呼ぶな!」
「この国は、新しく生まれ変わったんだ」
「そ……それがどうした!」
「幹部と呼ばれる人間は、もう居ない」
「お、おのれ……」
「古い時代の者たちは、もう要らない」
「や……やめろ……」
「古い時代の者は、新しい時代の者に道を譲って去るべきなのだ」
「やめろ……やめろぉぉぉ!」
「あなたも。そして……」

「おじいさん」

325一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:11:22
 老人の言葉が、あたたかく伸びやかな声に遮られる。
 ゆっくりと彼に近づいたのは、少し哀し気な笑みを浮かべて老人の顔を見つめるラブと、油断なくノーザの様子を窺いながら、その隣にぴったりとくっついている、せつなだった。
 好機とばかりに、蔦が老人目がけて唸りを上げる。だがウエスターとサウラーの方が早かった。蔦を跳ね除け、三人を守るようにノーザの前に立ちはだかる。
 ラブは二人に小さく笑いかけてから、そのままの表情で、まだ微かに震えている老人の手を優しく抑えた。

「それは違うよ。だっておじいさんも、今のラビリンスを作っている一人じゃない」
「私は……古い人間だ」
「そんなことないよ。ラビリンスで初めての、畑作りのお仕事をしているんでしょう?」
「……そういうことではない。私は、今のラビリンスにはついていけていないんだ」
「大丈夫だよ」
 ラブはゆっくりとかぶりを振ると、老人の手に重ねた掌に、ギュッと力を込めた。
「あたしたちは、どんどん変わっていくんだもの。だから大丈夫。古い人間なんて……要らない人間なんて、誰もいないよ」
「しかし、私は……」

 包み込むような優しい眼差しで自分を見つめるラブから視線をそらし、老人がうなだれる。そのとき静かな声が、彼に語りかけてきた。
「おじいさん。あなたはもしかして、ノーザの球根を傷つけた後、自分も命を絶つつもりなんじゃありませんか?」
「えっ!?」
 驚いて顔を上げたラブが、老人と、彼を心配そうに覗き込んでいるせつなの顔を交互に見つめる。老人は力なくうなだれたまま、ああ、と小さく頷いた。
「そうだ。そもそも私が、この惨事を引き起こしてしまったのだから」

 さっきまでとは打って変わったぼそぼそとした声で、老人が語り始める。
 畑作りの仕事を始めてから、あの少女をしばしば見かけるようになった。メビウス亡き後、何かと話しかけたり会合に誘ったりしてくるようになった他の住人たちと違って、ただ黙って畑を眺めているだけの寡黙な少女。
 お互いほとんど口を利くことはなかったが、ある夜、少女が老人を訪ねてきた。そして、今にも枯れそうな鉢植えを抱えて、何とか生き返らせてほしいと涙をこぼしながら訴えた。
 八方手を尽くして、植木は何とか息を吹き返したが、その矢先に、枝先から突然ノーザの映像が現れたのだと――。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 いつの間にやって来たのか、少女が少し離れたところに立っていた。憮然とした顔でそっぽを向いているが、その目はちらちらと老人の様子を窺っている。
 老人の方は少女の姿を見ると、まるで自分が怪我をしているかのような表情で、おろおろと声をかけた。
「だ……大丈夫なのか? 身体の方は……」
「人のことより、自分の心配をしろ」
 吐き捨てるようにそう言ってから、少女の声が低くなる。
「あなたは、あれが何なのか知らなかった。それに、頼んだのは私だ。あなたが責任を感じることはない」
 だが、そこで少女の表情が変わった。

「あなたも……後悔しているの?」
「馬鹿を言え! 後悔などするわけないだろう!」
 心配そうな目を自分に向けてくるラブに、少女が今度はカッとなったように食ってかかった。
「こんな街など、メビウス様が復活なさればすぐに元通りになる。我らラビリンスは、完全に管理された世界、正しい世界に戻るのだ。だから……それを寄越せ!」
 刃物を下ろしていた老人が、少女の声にびくりと反応して身構える。構わず老人に躍りかかろうとする少女。だがその寸前に飛び出したせつなが、少女を捕まえていた。
「残念だが、それを渡すわけにはいかん」
 暴れる彼女の腕を、ウエスターが後ろ手に掴んで拘束する。少女は少しの間暴れていたが、老人をじろりと睨み付け、そして大人しくなった。

326一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:08
 何か言いたげな目で少女を見つめていたラブが、老人の手が再びブルブルと震えているのに気付いて、もう一度彼の手に自分の手を重ね、その瞳を覗き込む。
「あたしね。小さい頃に、大好きだったおじいちゃんが亡くなったの。時間が経って忘れちゃったこともいっぱいあるけど……去年ね、夢の中でおじいちゃんにまた会えたんだ。それで少し、思い出したことがあるの。昔、おじいちゃんに教わったことを」
 サウラーが一瞬だけラブの方に目をやって、口の端を斜めに上げた。「おじいちゃんのお蔭で目が覚めた!」思い出の世界から帰って来て、そう言い放ったキュアピーチの声が、耳元で蘇る。
 ラブは、老人の目を見つめながら、ゆっくりと言葉を繋いだ。
「何か困ったことが起こったら、みんなでいい考えをたくさん集めて、頑張って考えればいいんだって。そうすれば、一番いい方法だって、きっと見つかるって」

「いい考え、か」
 老人がうなだれたまま、絞り出すように声を出す。
「メビウスが居なくなった今のラビリンスでは、確かにみんな、色々なことを考えるようになった。色々な意見を言うようになった。だが、私にそんな考えは……」
「でも、おじいさんが一番、何とかしたいって思ってるよね?」

 そこで初めて、老人が顔を上げてラブを見つめた。さっきまでの苦渋に満ちた顔でなく、驚きに目を見開いて、ラブの目を真っ直ぐに見つめる。
「何とかしたいって想いはね、すっごく大きな力になるんだよ。だからおじいさん、居なくなったりしちゃ、ダメだよ」
 ラブの言葉に、老人の瞳が微かに揺らいだ。
「何とか……なるのか?」
「もちろん!」
 そう言ってにっこりと笑って見せるラブを、老人は半ば呆然として見つめる。

 どうしてこの子は、こんな状況でこんな風に笑えるのだろう。
 どうしてこんな自分を、こんなにも力強く励ましてくれるのだろう。

 老人の手から力が抜けて、刃物をポトリと取り落とす。
 と、その時、目にもとまらぬ速さで放たれた触手が、落ちた刃物を空中高く撥ね飛ばした。
「あっ!」
 せつなが慌てて老人の手から球根を取り上げる。その頭上から降って来たのは、聞く者の背筋が凍り付くような、ノーザの高らかな笑い声だった。

「この私をここまでコケにしてくれるとは……。どうなるか思い知るがいい!」
 さっきまでとは一変、怒りに目を吊り上げたノーザが、これまでで最大の量の触手を一気に放つ。
「はぁっ!!」
 撃ち落とすのは無理と判断したサウラーとウエスターが、バリアを張ってそれを防ぐ。だが、防ぐ以外に攻撃の決め手がない。二人とも、次第にハァハァと荒い息を付き始める。
「あら、どうしたの? 随分苦しそうじゃないの。さぁ、早くその身体を渡して、もう終わりにしなさい!」
「いいや……まだだ!」
「僕たちだって……何とかしたいって思っているからね!」
 ウエスターとサウラーが歯を食いしばって、触手を防ぎ続ける。

「何とかしたいって想いが、大きな力になる……。そうね。ラブの言う通りだわ」
 二人の背中をじっと見つめてから、せつなが球根をギュッと握りしめる。
「だったら私も、古い時代を知る者として……過ちを知る者として、何が何でもここは何とかして見せる!」
 力強くそう言い放ち、せつなが老人に駆け寄る。
「おじいさん。ひとつ教えてください」
 そう言って、老人の耳元で何事かを囁くせつな。老人が頷くのを見ると、その口元が僅かに緩んだ。その目には鋭い光が――戦士の光が宿っている。

「私にも教えてくれ」
 今度は老人が、せつなに呼びかける。
「どうしてそいつを、処分しようとしないんだ? そいつを守る必要があるのか? それさえ無ければ、あいつは……最高幹部は、もう襲ってこないんじゃないのか?」
「そうとも限りません。それに……」
 そう言いかけて、ちらりとラブに視線を走らせたせつなの目が、少し照れ臭そうに揺れる。
「それにラブが言っていた通り、処分されていい存在なんて……要らない存在なんて、居ないんです。私にも、ようやくそれが分かりました」

327一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:41
 ラブがせつなの顔を見つめて、嬉しそうに微笑む。その目の前に、せつなは持っていた球根を差し出した。
「お願い、ラブ。これを持っていて」
「え……あたし!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げるラブに小さく頷いてから、せつなが強い光をたたえた目でその顔を見つめる。
「あなたなら大丈夫。私が絶対に、守り抜くわ」
 驚きに見開かれていたラブの瞳が、すぐにせつなに負けずとも劣らぬ強い光を宿す。うん、と頷いてから、ラブはせつなの手から球根を受け取って、大切そうに胸に抱いた。

 せつなの戦闘服が、再び風を纏って舞い上がる。
 上空高く跳び上がったせつなは、バリアを避けて襲ってきた触手をことごとく回避しながら、鋭い眼差しで地上を見つめた。
 やがて人並外れたせつなの視力が何かを捉える。

(あった!)

 すぐさま着地し、目的の場所へ向かって走り出したせつなを見ながら、ノーザは楽しげにほくそ笑んだ。
「あら……早速一人裏切ったってわけかしら?」
 だがほどなくして、その顔が今度は呆れた表情に変わる。駆け戻って来たせつなが、バリアの真ん前に立って、鋭い眼差しでノーザを睨み付けたのだ。
「おい、何をする気だっ?」
「いいから、黙って見てて」
 心配そうに声をかけたウエスターが、あっさりと一蹴される。それを見て、ノーザが相手をいたぶるような目つきに変わった。

「その目……。思い出すわぁ。生意気な幹部だった頃とおんなじじゃないの。生まれ変わろうがプリキュアになろうが、人間はそう簡単には変わらないってことかしら」
 からかうようにそう言ってから、その唇が、氷のように冷たい一言を発する。

「そうでしょう? ねぇ……イース」

 ノーザの笑みが高笑いに変わりかけて――そこで止まる。
 じっとノーザを見つめ続けていたせつなが、その言葉を聞いて、ニヤリと不敵に笑ったのだ。

「そうね、やっと分かったわ。何があろうと、私は――私よ!」
「……小癪なぁっ!」

 声と同時に、せつなが再び空中高く跳び上がる。その軌道を追うように放たれる触手。だがせつなは無表情でそれを見つめたまま、今度は一切避けようとしない。
 その時、何かが空を一閃する。
 華麗に着地したせつなの後を追うようにバラバラと落ちて来たのは、すっぱりと切り落とされた、大量の触手だった。

「あいつ……あの爺さんの刃物を取って来たのか!」
「なるほど。確かにあの戦い方は、昔の彼女を思い出すね」
 ウエスターとサウラーが、驚きを隠せない様子で呟く。
 獰猛で、果敢で、華麗で、刃物のように鋭くて――そんな彼女の姿を目の当たりにして、彼らの瞳にもせつなと同じ、不敵な戦士の光が宿る。
「ふん、イースに負けてはいられないな、サウラー!」
「当たり前だ!」
 二人のバリアが俄然力を盛り返し、一回り大きくなったのを、ウエスターに腕を掴まれたままの少女は、信じられないものを見るような目で見つめた。

「おのれ……。いつまでも続くと思うな。これで終わらせてやる!」
 ノーザの声と共に放たれた触手が、今度はことごとく刃物を持ったせつなの右手を狙う。その一本を、せつながグイッと掴んだ。
 そのまま触手を手繰り寄せるようにしながら、勢いよく自分の身体を滑らせて、空中を高速で移動していく。
「何を……何をする気だ!」
 せつなの意図に気付いたノーザが、再びせつな目がけて触手を放つ。
 だが当たらない。焦ったノーザが触手の数を増やしたが、一向に当たらない。
 大量の触手は目標を失って絡み合い、こんがらがったロープのようになっている。それをしり目に、せつなが植木の元へと辿り着き、今はまさに頭の上に広がるノーザの映像を見上げた。
「大丈夫。ちゃんと手入れをすれば、枝はまた伸びるそうよ」

「やめろ! 何を」
 それが最後だった。まるでテレビのスイッチを切られた様に、ノーザの映像がぷつんと途絶える。
 後には全ての枝を短く切られた植木が、所在なげに残された。

328一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:13:15

 小さな刃物を鞘に納めて、せつながようやく、フーッと大きく息を吐く。そして仲間たちのところへ駆け戻ろうとした、その時。

「せーつなぁぁぁっ!!」

 世界中で、せつなが一番好きな声が響く。
 全速力で走って来たラブが、その勢いのままに、せつなに抱き着いた。
「無事で良かったぁ……。凄かった! 凄かったよ、せつな!」
「そんな……みんなのお蔭だわ」
 ラブの後ろから、ウエスターとサウラー、ウエスターに引きずられたままの少女と、あの老人もやって来る。

 ラブのあたたかな身体に抱き締められながら、不意に、ただ一人で占い館に乗り込んだあの日のことを思い出した。
 自分はどうなってもいい。大切な人たちを巻き込みたくない――その一心で、無謀にもたった一人で不幸のゲージを壊そうとした、あの日の自分を。
 あの頃は、守りたいものが増えることが、嬉しい反面、この上なく怖かった。それが今ではどうだ。守りたいものはこんなにも――怖いのは変わらないけれど、そんなことを言っていられない程に増えている。
 大切な家族。仲間。友達。ラビリンスの人たち。そして――。

(私自身も、その中の一人……なのね)

 それが何だか不思議なようにも、勿体ないようにも思えて、せつなは輝くようなラブの顔を見つめて、くすぐったそうに微笑む。
 まだまだ、片付けるべきことは山ほどある。どうしていいか分からないことも、たくさんある。

(守れるかしら……。ううん、守ってみせる。だって、ラブが……みんなが一緒なんだから)

 決意も新たに、今度はせつなから手を伸ばして、ラブの身体を抱き締める。

 その時――。
 少女たちの後ろで、切られたばかりの植木が根元から浮き上がり、植木鉢がカタカタと不気味な音を立てた。


〜終〜

329一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:14:00
以上です。ありがとうございました!
次こそは、もう少し早く更新できるように頑張ります……。

330Mitchell&Carroll:2017/12/27(水) 22:30:06
引退します。
今までありがとうございました!
特に楽しく書けたのは『黒猫エレンの宅急便』
『ピーマニズム』『格付けしあうプリキュアたち』、
あとは井澤詩織さんへのリスペクトを込めて書いた『ストップ、はじめてのおつかい』とかかなぁ....
姫プリはキャラとストーリーが良かったのでアイディアもいっぱい出て、書いてて楽しかったですね。
ではさようなら。

Mitchell&Carroll

331名無しさん:2017/12/28(木) 00:11:09
>>330
え〜! ミシェルさん、やめちゃうの!?
凄く残念……。めっちゃ寂しくなります。
でも、長い間たくさんの楽しいお話で、とても楽しませて頂きました。
特に好きなのは、『トワえもん』、『N・O・M・I』、あとご本人も挙げられていた『ピーマニズム』かなぁ。
もしまた時間が出来たり気が向いたりしたら、是非また遊びに来てください。
いつでも待ってます!

332一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:02
こんばんは。
またまた時間がかかってしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
10レスほど使わせて頂きます。

333一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:46
 最初は途切れ途切れの、ごく小さな音だった。ラブを抱き締めるせつなのすぐ後ろで、植木鉢が不意にカタカタと音を立て始めたのだ。
 音は次第に大きくなり、間断の無いものになっていく。それと共に高まっていく、何とも言えない嫌な気配――。
 せつなが硬い表情で後ろを振り返ろうとする。その矢先、さっきから植木を見つめていたサウラーの鋭い声が飛んだ。
「みんな、伏せろ!」
 皆まで聞かず、せつなが腕の中のラブを庇いながら地面に身体を投げ出す。
 ウエスターが少女を、サウラーが老人を、それぞれ抱えるようにして倒れ込む。それと同時に鈍い破裂音が響き、六人の上に、バラバラと土と陶器の破片が降り注いだ。

「はぁ、びっくりしたぁ……」
 もぞもぞと起き上がろうとするラブを制して、せつなが素早く身体を起こし、植木の方を向いて身構える。そして――そのまま息を呑んだ。
 粉々に砕けた植木鉢の残骸が散らばっているその後ろに、いつの間にか壁が出来ている。いや、それは壁ではなく、高くそびえ立つ透明な筒だった。その中にいっぱいに湛えられているのは、薄黄色に濁った液体。
「これは……」
 せつなの声が震える。
 見間違えるわけがない。かつて自分がイースとして集めていたもの。その行いを激しく悔いて、たとえ命を落としても、その蓄積を無きものにしたいと願ったもの――。
 それは、ラブがE棟で目の当たりにしたという“不幸のゲージ”と、このラビリンスで新たに集められた、不幸のエネルギーだった。

 半ば呆然とゲージを見つめるせつなの視界を切り裂くように、その時、何かが下から上へと一瞬で通り過ぎた。植木鉢が壊れて――いや、おそらく鉢を自ら壊して自由になった植木が、根を剥き出しにしたまま、一直線に上へ向かって飛んで行く。
「あっ!」
 今度はラブが声を上げた。植木は、見上げるほどに高いゲージの縁の上まで飛び上がったかと思うと、そこで僅かに軌道を変えて、ゲージの中へ飛び込んでしまったのだ。
 途端にまるで沸騰したかのような大量の泡が、ゲージの中から沸き起こった。
 跳ね起きたラブが、そしてウエスターとサウラーが、せつなの隣に立ち、固唾を飲んでゲージを見つめる。ウエスターに腕を掴まれたままの少女は厳しい表情でゲージを睨み付け、老人は皆の後ろから恐る恐る覗き見る。
 六人が見守る中、泡に包まれた植木は、見る見るうちに細く小さくその姿を変え、やがて完全に消え失せた。

「木が……不幸のエネルギーに、溶けちゃった……」
 ラブがかすれた声で呟く。だがそれに答える者は誰も居なかった。

(何……? この感じ……!)

 せつなの額から汗が噴き出す。さっきの嫌な気配とは比べ物にならないほど、辺りの空気が突然不穏な色をまとったように感じた。
 心が痛いくらいに張りつめて、声が出せない。身体はいつの間にか臨戦態勢に入って、周囲の些細な変化も決して逃すまいと身構えている。
 何かが――とてつもない何かが起ころうとしている。心臓がそう警告するように、ドクン、ドクン、とうるさいくらいに鳴っている。

 すぐに最初の変化が起こる。それはゲージの中に巻き起こった、小さな渦だった。渦は次第に大きくなり、やがてゲージの幅いっぱいに広がって、人の顔のような模様を形作る。それを見て、ウエスターが喉の奥から絞り出すような声を発した。
「ノーザ……さん」
 ゲージの中のノーザの顔が、それに答えるかのようにニヤリと笑う。そして次の瞬間、その顔が再び変化し始めた。
 長い髪と顔との境界がなくなって、より大きくいかつい頭の輪郭を形作る。大きな目はより鋭く、鼻は大きく、唇は分厚く形を変えて――。

「……!」
 老人が言葉にならない声を上げて、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。そのままずるずると後ずさって、あたふたと物陰に身を隠す。その姿を嘲笑うかのように、ゲージから空に向かって真っ黒な霧が噴き上がった。
 見る見るうちにどんよりと暗くなっていく空。その空の真ん中に、とてつもなく大きなものが、忽然と姿を現す――!

 風も無いのにバタバタとはためくローブ。
 大きく広げられた両腕。
 その上に見えるのは、全てを射抜くような鋭い眼光を持った、初老の男性の顔……。

 驚きに目を見開くラブの隣で、せつな、ウエスター、サウラーの三人は、ただ空を見上げたまま、まるで彫像にでもなったように微動だにしない。
 ラビリンスの空を覆い尽した巨大な姿は、彼らを傲然と見下ろして、天の頂から重々しい声を轟かせた。

「我が名は――メビウス。全世界の統治者なり――!」

334一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:25:54
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第13話:復活 )



 まるで時が止まったようだった。動く者も居ない。声を発する者も居ない――。そんな状況を唐突に打ち破ったのは、一陣の風だった。
 不幸のエネルギーの余波なのか、突如吹き荒れた暴風に飛ばされそうになったラブを、せつなが間一髪で捕まえてしっかりと抱き寄せる。
 その唇から吐き出された息が、細く頼りなげに震えているのに気付いて、ラブが心配そうにせつなの顔を覗き込んだ。
「ありがとう、せつな……大丈夫?」
「ええ……大丈夫よ」
 さっきは考えるより先に身体が動いていた。その動きに呼び覚まされたかのように、頭と心もようやく少しずつ、現実感を取り戻す。

(メビウスが……本当に復活した? でも、どうやって……!)

 かつて何度も目にした影のような映像などとは比べようもない、圧倒的な大きさと威圧感を持ったその姿を、せつなは睨むように見つめる。だがその眼差しとは裏腹に、硬く握りしめた両手はわなわなと震えていた。

(恐れているの? 私は……。いいえ、驚いているだけよ。これが本当だとしたら……恐れている場合じゃない!)

 言うことを聞かない拳を、グッと痛いほどに握り締める。その時、突然何かがせつなの視界を遮った。大きな白い二つの影が、せつなとラブを隠すように前に立ちはだかる。
「イース! 今のうちに……ラブを早く!」
 ウエスターが、空を覆う巨大な姿を見据えたまま、いつもより早口で囁く。それを聞くや否や、せつなはラブを抱えてすぐさま後ろへ飛び退った。ラブを物陰に避難させ、一跳びで戻ってくると、今度は後ろではなく二人の間に立って、空を見上げる。
 ウエスターは苦虫を噛み潰したような顔で、そんなせつなにチラリと目をやった。

――今のうちに、ラブを連れて逃げろ!

 本当はそう言ってやりたかった。だが、この状況でせつながラビリンスを離れると言うわけがない。それに、事はメビウスの復活だ。たとえ異世界に――四つ葉町に逃れたとしても、最悪の場合、単なる時間稼ぎにしかならない。

(いや……そうなる前に、絶対に止めてやる!)

 グッと奥歯を噛み締めて、ウエスターは再び空を睨む。サウラーの方は、いつもよりさらに感情の読み取れない無表情のまま、空から片時も目を離さずに、油断なく身構えている。
 メビウスの大きな目が三人を捉え、口を開こうとした、その時。少女が転がるように、三人の前に飛び出した。

「メビウス様! ご復活を待ち望んでおりました!」
 颯爽と臣下の礼をとった少女が、歓喜に上ずった声を張り上げる。
「国民番号ES*******。新しいイースの“ネクスト”となった者です。私は……私だけは、あなたの忠実な僕です!」
 と、そこで風が幾分か弱まった。メビウスの顔が僅かに動いて、少女の姿に目を留める。
 生まれて初めて、絶対者の目に留まった。メビウス様が直接、私を見て下さった――その喜びに頬を紅潮させながら、少女が張り切って、なおも言葉を続けようとする。だがそれより先に、メビウスの視線が再び動き、少女を離れた。

「国民たちの姿が見えぬ……。インフィニティはどうした!」
「インフィニティ、って……」
 せつなが押し殺したような声で呟く。
「ウエスターよ、サウラーよ。その姿はなんだ? 幹部の身なりとは異なるようだが」
「やはり、最後の戦いの時の記憶は無いようだね」
 どうやら同じことを考えていたらしいせつなが小さく頷くのを見届けてから、サウラーは幹部時代とさして変わらない平坦な声で答えた。
「我々はもう、幹部ではありませんから」
「俺たちもイースと同じく、あなたに消去されるところだったんです」
 ウエスターもぶっきら棒にそう言って、巨大な元の主の顔を挑むような目で見つめる。
「そうか。消去されるはずだったお前たちがここに居るということは……私の計画は、失敗に終わったのだな」
 メビウスが、意外にも静かな声でそう呟くと、途端に風の勢いが増した。

「メビウス様!」
 風の音に負けまいと、少女が再び声を張り上げる。
「愚かにもラビリンスの国民たちは、メビウス様を裏切り、醜く争ったり、悲しみや不幸を味わったりする世界で生きようとしております!」
 そう言って再び胸を張った少女が、ここぞとばかりメビウスの方ににじり寄る。
「ですから私は、メビウス様のために……」
「そんなことは分かっている」
 少女の言葉を、天からの声がにべもなく遮った。
「このラビリンスのことは全て、我が手の内にある。騒ぎ立てずとも、私がもう一度管理すればいいだけの話だ」
 その言葉が終わると同時に、メビウスの目が爛々と赤く輝いた。

335一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:04
 次の瞬間、不幸のゲージから再び不幸のエネルギーが噴き上がった。が、今度は黒い霧にはならず、何本もの細い灰色のコードのようなものに姿を変える。
 無数のコードは、投網のように放射状に放たれて、街のあちこちへ向かって伸びていく。そして今は避難所となっている建物の中に、次々と飛び込んだ。

「みんなが危ない!」
 せつなが、ウエスターが、サウラーが、一斉に空中高く跳び上がる。
 せつなはさっき使った刃物で、ウエスターは力任せに、サウラーは水色のダイヤを飛び道具に使って、一瞬で大量のコードを切り落とす。だがそれも一瞬、強烈な突風にあおられて、三人は地面に叩きつけられた。
「せつな! ウエスター! サウラー!」
 泣きそうな顔で三人に駆け寄ろうとするラブを、老人が後ろから懸命に引き留める。
 すぐさま起き上がった三人の頭上を、大量のコードが飛んでいく。廃墟と化していた建物はその形を変え、元の建物よりさらに大きく、メタリックな要塞のような姿となって立ち並ぶ。そして巨大な街頭モニターが、目が覚めたように突然明るい光を放った。
 その画面に、かつて見慣れた映像が大きく映し出される。それを睨むように見つめるせつなの、睫毛だけが不安げに小さく震え、少女は勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。


   ☆


 せつなたちが居るところから、少し離れた場所。普段は教育施設として使われているこの建物は、窓ガラスが一部割れてはいるものの、その他の損傷はほとんど無い。
 避難してきた人たち全員が建物に入ったのを確認してから、警察組織の若者たちは扉を閉め、窓のシャッターを下ろした。

(ここまで来れば……)

 仲間たちに気付かれないように、少年がホッと小さく息をつく。ウエスターに誘われて警察組織の手伝いをするようになってから、この避難誘導は、初めてウエスター抜きで経験する大きな任務だった。その直前には、仲間たちと一緒に怪物から避難所を守る役目を買って出て、元幹部たちの鮮やかな戦いぶりを目の当たりにしている。
 たった一日で、まるで数日分にも数週間分にも匹敵するような経験をしたような気がして、さすがに疲れを覚える。が、着いた早々、建物の中から何やらゴトゴトという複数の物音が聞こえて来て、少年は驚いて後ろを振り返った。
 そこには少年たちを取り囲むように集まっている、避難者たちの姿があった。それも、皆が手に手に机や椅子など、この建物の中にある備品を携えて。
「あの、それは……」
 意味が分からず、仲間たちと顔を見合わせてから怪訝そうに問いかける少年に、二人がかりで大きなキャビネットを抱えて来た男たちが、少しバツが悪そうな顔で言った。

「みんなが俺たちを守るために戦ってくれているんだ。俺たちにも、何か手伝えないかと思ってね」
「大した役には立たないかもしれないが、出来ることがあるならやってみたいんだ。これでも少しは攻撃を防ぐ足しになるかもしれないから」
 そう言いながら、人々が持ってきた備品を使ってバリケードを築き始める。

 仲間たちの間に、ゆっくりと静かな笑みが広がった。
「僕たちも手伝います」
 仲間の一人の言葉に全員が頷き合って、すぐさま避難者の元へと向かう。
 だが、少年は動こうとしなかった。ぽかんとした顔で仲間たちの様子を眺めながら、相変わらず低い声でボソリと呟く。
「出来ることがあるなら……やってみたい、ですか……」
 そう呟いてしばらく考え込んでから、少年は自分に言い聞かせるように、うん、とひとつ頷いた。そして、避難者たちに混じってバリケードを築いている仲間たちに声をかける。
「悪いけど、俺……ちょっと行ってきてもいいですか? もう一人、ここに連れて来たいヤツがいるんです」
 いつになく真剣な少年の口調に、仲間たちが顔を見合わせて、ああ、と頷く。
「一人では危険だ。俺も行こう」
 そう言って手を挙げてくれた仲間と共に、二人連れ立って建物を出ようとした、まさにその時。突然、部屋の奥にあったモニターの画面が明るくなった。

「何だ? まさかライフラインが復旧したのか?」
「いくら何でもそれはないだろう」
 仲間のうちの二人がそう言い合いながら、モニターの様子を見に行く。その途中で、二人は同時に、ヒッ……と喉を詰まらせたような声を上げると、その場に棒立ちになった。
「おい、どうした!」
 仲間たちが一斉に二人の元へ駆け寄り、全員がそのまま凍り付く。まるでミイラ取りがミイラになったようなその反応に、まだ入り口近くに居た少年も、警戒しながら彼らの元へと向かった。
「みんな、どうしたんだ?」
 そう言いながら恐る恐るモニターを覗き込んで、少年もまた、その場に立ち尽くす。
 そこに映し出されていたのは、このラビリンスで誰一人知らない者の居ない顔――。かつては国民全員が彼のために存在していた絶対者・総統メビウスの顔だった。

336一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:42
 ゴトン、と避難者の一人が椅子を取り落とす。そのまま床に崩れ落ちる者。言葉にならない悲鳴のような声を発する者――。
 やがて、さざ波のように部屋の中に広がったいくつもの声が、そこに突っ立ったままの少年の耳に入って来る。

「メビウス様だ……。とうとうメビウス様が復活した!」
「あの通達は、やっぱり本当だったのか……」
「私たちは、どうなってしまうの?」
「またメビウス様に、管理されるだけさ」
「い、嫌だ! 僕は、命令になんか……」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだ」
「そうよ。私たちはきっと、制裁されるわ!」

「そんなことを言っていられるのも……今のうち……?」

 少年がまるで抑揚のない、間延びしたような声で呟く。
 仲間たちは皆モニターに釘付けになったまま、まるで金縛りにでもあったように動かない。そんな中、少年は重たいものを無理矢理動かすようなぎこちない動きで、ゆっくりと踵を返した。

「今のうち……。そうだ。俺に出来ることを……やりたいことをやるのは……今しかないんだ……」

 まだ半ば呆然とした頭の中に、さっき脳裏に浮かんだものが――ボロボロの戦闘服に身を包んだ傷だらけの少女の姿が浮かんだ。立っているのがやっとのように見えたのに、一緒に来ることを頑として拒んだ赤い瞳。その瞳に宿っていた強い光も、まるで霧の向こうで輝いているように、ぼんやりと浮かび上がる。
 その光に導かれるように、その姿を追いかけるように、少年の足取りは次第に確かなものになり、歩調も少しずつ速くなっていく。

 無理矢理にでも連れて来れば良かった――ここへ来る途中、何度もそう思った。あんな状態で手当てもせずに戦場に居て、大丈夫なはずがない。だが本人があそこまで嫌がっているのだから……そんな言い訳で納得しようとして、でもやっぱり放っておけなくて。

(今、俺がやりたいこと……。あいつに会って、言ってやりたい。無茶をするなって。ウエスターさんが、お前を心配してるって。それに、俺も……)

 やがて少年は、さっき出来たばかりのバリケードに辿り着いた。扉の前に立てかけてあるのは、仲間たちが三人がかりで運んだ大きなテーブル。それに無造作に手をかけると、少年はグッとその手に力を込めた。

「ぐうっっっ!!」

 喉の奥で、押し殺した叫びが上がる。それと同時に、カッと胸の中が熱くなった。
 悔しさなのか、怒りなのか、それともヤケになっているだけなのか――自分でも正体の分からないその熱がエネルギーになって、さっきまでやっと動いていた身体にようやく力が湧いて来る。
 ダーン、という大きな音と共に、テーブルが横倒しになる。その響きに、モニターの前に居た仲間たちや避難者たちが、呪縛が解かれた様に一斉に振り返った。
 少年はそちらを見ようともせずにテーブルを軽々と跳び越えると、扉を開けるのももどかしく外に飛び出した。

 少年が飛び出すと同時に、今出て来たばかりの建物が変化し始めた。破れた窓は元に戻り、壁は黒々としたメタリックな色調に変わる。だが少年には、それに気付く余裕は無かった。
 外へ出た途端、立っているのもやっとなほどの強風に襲われて、やっとのことで踏み止まる。少年は、目を閉じてもう一度少女の姿を思い浮かべてから、ゆっくりと細く目を開けた。身体を屈めるようにして、少女が居るはずの場所――さっき出て来た警察組織の建物の方向に向かって、一歩一歩、じりじりと前進を始める。
 空の高いところには、メビウスの巨大な姿がある。だが、地を這うようにして吹き荒ぶ強風と戦っている少年には、その姿は全く見えていなかった。


   ☆


「我がラビリンスの国民たちよ! もう心配は要らん。私が再び皆を管理してやる。そうすれば、もう二度とこのような突然の不幸に巻き込まれることもない。皆はただ、私に従っていればいいのだ」
 巨大モニターからメビウスの声が響く。重厚で威厳に満ちたその声は、以前と少しも変わることはない。
 臣下の礼をとったまま、満足げな表情でそれを聞いていた少女は、メビウスの言葉が終わらぬうちに再び空中へと跳び上がった三つの影を見て、不快そうに眉根を寄せた。

「はぁぁっ!」
「たぁぁっ!」
「どぉりゃぁっ!」
 鋭い雄叫びが響くと同時に、空の様子が一変する。張り巡らされていた無数のコードはことごとく切り落とされ、後にはどんよりと空を覆う黒雲だけが残された。

337一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:16
 サウラーが、目の前にある“不幸のゲージ”をじっと見つめる。僅かではあるが、さっきより明らかにゲージの液面が下がっているのが見て取れた。

(やはり不幸のエネルギーを使っているのか……。だが、こうやって着実に消費させられれば、いずれは……)

 わずかばかりの光明が見えた気がして、引き結んだ唇からそっと息を漏らす。その時、天から再び重々しい声が響いた。

「愚か者どもめ。この私に敵うとでも思っているのか」
 声と同時に新たな気配を感じて、三人が身構える。するとゲージの後ろから、突然わらわらと人影が現れた。
 二十人、いや三十人はいるだろうか。揃いの戦闘服に身を包んだ彼らは、隙の無い動きでじりじりと間合いを詰めて来る。その一人一人の顔に目をやったウエスターが、驚きに声を詰まらせた。
「お前たち……どうしてここに……!」
 それは、ウエスターが先発隊としてE棟に向かわせた、警察組織の精鋭たちだった。

 間髪入れず、メビウスの声が飛ぶ。
「私に逆らう者は排除するのみ。者ども、こいつらを消せ」
 次の瞬間。せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「はっ。全てはメビウス様のために」

 何の感情も伴わない、一糸乱れぬ声が響く。
 まるでかつてのラビリンスの姿が蘇ったかのように。
 この国の新しい姿など、所詮はただの夢幻――そう嘲笑うかのように。
 が、三人は再びグッと拳を握り締めると、ゆっくりとこちらに向かって来る人々を、静かに見据えた。

「イース」
 人々の方に目をやったまま、ウエスターが低い声で呼びかける。
「ここは俺たちに任せろ」
「今更何を言って……」
 そう言いかけて、せつなが口をつぐむ。ウエスターは太い指で、真っ直ぐに空を差していた。
「お前はあっちを頼む」
「こうしている間にも、メビウスの支配が進んでしまうからね」
 サウラーもそう言って、チラリと空に視線を走らせる。彼らの頭上には、再び不幸のエネルギーで作られたコードが放たれ、空に張り巡らされようとしていた。
「俺たちもすぐに合流する。だから、頼む」
「分かった」
 せつなが二人の仲間を見上げて小さく頷く。それを聞くと、ウエスターは初めてせつなに視線を移し、腰を落として、ぽん、と膝を叩いて見せた。

「はぁっ!」
 せつなが膝の上に駆け上がって跳躍するのに合わせて、ウエスターがその身体を思い切り高く投げ上げる。それが合図だったかのように、ゲージの前で激しい戦闘が始まった。
 前後左右、ありとあらゆる方向から襲い来る攻撃。咄嗟に背中合わせになったウエスターとサウラーは、それらを時に受け流し、時に避け、時に受け止めて、ことごとく挫いていく。
「おい、俺だ! 分からないのか! いい加減、目を覚ませ!」
「無駄だ、ウエスター。彼らは既に、メビウスに管理されている!」
 相手に一切反撃せず、ただ攻撃を受け止めたりいなしたりしながら必死で呼びかけるウエスターに、サウラーが冷静な一言を投げかける。かく言う彼は、相手に余計な手傷を負わせないようにして、専ら昏倒させる作戦に出ていた。
 その時、上空からバラバラとコードの破片が降り注ぎ、地面に触れると同時に消えた。高々と舞い上がったせつなの刃物が高速で閃く。空を覆いつつあったコードを次々と切り落とし、繰り出される新たなコードに挑みかかる。

 そうしている間にも、辺りの廃墟は徐々に形を変え、メタリックな要塞のような姿になっていく。
「全てはメビウス様のために……」
 いつの間にかモニターの映像が切り替わり、今は黒々とした壁に囲まれた避難所の中で、かつてのように空ろな声を響かせる人々の姿が映し出される。
 だが、三人の動きは変わらない。目を見開き、歯を食いしばって、それぞれの“敵”に全力で立ち向かう。そんな三人の――とりわけ、せつなの動きを鋭い眼差しで見つめていた少女が、再び跪き、空を見上げた。

338一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:58
「メビウス様! どうか私にもご命令を」
 メビウスの視線が、チラリと少女の方に流れた。だがそれも一瞬、もう少女の方を見ようとはせず、メビウスがさらに大量のコードを空へと放つ。そして宙を舞うせつな目がけて、強風を吹き付けた。
「うわあぁぁっ!」
 まともに風を受けて吹き飛ばされたせつなが、辛うじて一本のコードに掴まる。
 木の葉のように風に翻弄され、ハァハァと荒い息を吐きながら、それでも必死で手の届く範囲のコードに刃を向け続ける。その苦し気な姿を、少しの間睨むように見つめてから、少女が再び声を張り上げた。

「メビウス様! どうかお命じ下さい。私が必ず、彼女を倒して見せます!」
 闘志と言うより、むしろ必死さが溢れる表情で、主の答えを待つ少女。だが返って来た答えは、少女の期待を裏切るものだった。

「その必要は無い。奴が力尽き、地に斃れ伏すのも時間の問題だ」
「……しかし!」
「お前は……そうだな」
 メビウスが、眼下の戦場の様子をチラリと眺めてから、もう一度少女に視線を戻す。
「その身体では、彼らと共に戦うことも出来まい。お前は国民たちと共に、我が“器”を用意するがいい」
「お待ち下さい、メビウス様!」
 少女が、とうとう悲鳴のような叫びを上げた。

(冗談じゃない!)

 少女の視線が、ウエスターやサウラーと戦っている、無表情な人々を捉える。既に半数以上が二人の元・幹部に昏倒させられて、人数はもう十人ほどしか残ってはいなかった。
 自分と同じく軍事養成施設で育ち、メビウスへの忠誠を誓って幹部を目指していた者たち。
 それなのに、まるでそんなことなど忘れたように、メビウスを否定し、今のラビリンスで楽しげに生きようとしていた愚かな者たち――。

(私は……あいつらとは違う。断じて違う!)

 激しくかぶりを振って、今度は上空に見えるせつなの姿に、もう一度目をやる。
 彼女はようやく体勢を立て直し、逆に風を利用して、さらに高く舞い上がろうとしていた。
 その息は相変わらず荒く、コードを掴んでいるその手は擦り傷だらけ。だが、挑むような目の輝きは変わらない。
 その勇猛果敢な姿を見ていると、強烈な平手打ちの記憶と共に、あの世界で聞いた彼女の言葉が蘇って来た。

――どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね。

(私はあの人に勝って、メビウス様の僕になる。新しいイースとして生きるために、あの人と決着をつける。いや……つけなくてはいけないんだ!)

 いつの間にか、鼓動が耳元で鳴っているかのように、やけにせわしなく響いている。それを鎮めるように胸に手を置いてから、少女が意を決して主の姿を見上げた。

「私は、あの者たちとは違います! いつかメビウス様にご復活頂き、誰よりもお役に立ちたい――その想いだけを胸に生きてきました」
「……」
 黙ってこちらを見下ろすメビウスに、少女はなおも言い募る。
「私はイースの“ネクスト”として、裏切り者と――先代のイースと、決着を付けたいのです。メビウス様、どうかご命令を……」
「“想い”だと? くだらん」

 深く深く頭を下げた少女の頭上を、メビウスの冷たい声が通り過ぎる。
 顔も上げられずに口ごもる少女。だがメビウスの次の言葉を聞いて、その目が大きく見開かれた。

「新しいイースなど、必要ない」

「メビウス様……。今、何と……」
「必要ない、と言ったのだ。イースだけではない。今の私に、人間の幹部は不要だ」
 少女が勢いよく顔を上げ、今にも立ち上がらんばかりの勢いで絶対者に向かって言い募る。
「し、しかし! 新しいラビリンスを統治されるには、幹部が……」
「元々、彼らは国の統治には関わっておらぬ。ノーザとクラインを復活させれば、それで事は足りる。インフィニティの正体を掴み、不幸の集め方を習得した今、人間の幹部は用済みなのだ」

339一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:29:39
 さっきまでと変わらない口調で、メビウスが淡々と語る。その主の顔を見上げようともせず、少女は平伏した姿勢のまま、わなわなと身体を震わせていた。

(イースが……必要ない? もう人間の幹部は、用済みだと……?)

 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
 頼みの綱が――いや、糸が切れてしまった。かつてのラビリンスが崩壊したあの時から、必死で手繰り寄せようとしてきた細い細い糸。かつての世界から未来へと、唯一繋がっていたはずの糸が、ぷっつりと断ち切られてしまった。
 世界がぐらぐらと大きく揺れ、今度こそ音を立てて崩れていくような気がする。

(嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)

 そう繰り返していれば、崩れ行く世界が、未来が、元に戻るとでも思っているかのように、少女は心の中で叫び続ける。

 不意に、E棟の光景が蘇った。
 直立不動の子供たちで一杯の講堂で、誰よりも姿勢を正し、スピーカーから流れてくるメビウス様のお言葉に耳を傾けた日々。
 来る日も来る日も訓練に励み、何人もの幹部候補生と命がけの手合せを行ってきた日々――。

――私が管理した世界ならば、悲しみも、争いも、不幸も無い。

 毎日のようにメビウス様の素晴らしさを聞かされて、いつか必ず最もお傍近くでお仕えするのだと、必ずその高みまで辿り着いてみせると、そのたびに決意を新たにした。
 そこから見える景色は、きっと誰も見たことがない素晴らしいものに違いないと、それだけを信じて生きてきた。

(嘘だ……そんなこと、メビウス様がおっしゃるはずが……)

 極限まで見開かれた赤い瞳が、ただ目の前の地面を、穴があくほど見つめる。その時、一本のコードがゆっくりと、音も無く少女に近付いた。

「お前は良く働いた。もう心配は要らぬ。この私が復活した今、お前がすべきことはただひとつ。それは私に従い、私の言うがままに生きることだ」
 そう言って、もう興味がないと言わんばかりにメビウスが少女から目を離す。それと同時に、コードが蛇のようにするすると動き出した。だが、少女は座り込んだまま、それに反応しようともしない。
 コードが間近に迫り、今にも少女に飛びかかろうと細い身体を縮めた、その時。

「危ない!」
 鋭い声と共に、少女の身体が突然地面に投げ出された。誰かが自分を突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ……そう気付いて、少女が身体を起こそうとする。
 だが一瞬早く、少女に覆い被さっていた人物が、彼女を抱きかかえるようにして素早く地面を転がった。さっきまで二人が居た、まさにその場所の地面に灰色のコードが激突し、跡形も無く消え失せる。その様子をぼんやりと眺めていた少女は、隣で素早く立ち上がった人物を見て、驚きに目を見開いた。
「さあ、逃げるよっ!」
 少女の手を掴み、グイっと引っ張って立たせてから、そのまま彼女の手を引いて走り出したのは、物陰に隠れていたはずの、ラブだった。

 人一人がやっと通れるような建物と建物の隙間を、ラブは少女の手をしっかりと握って、ジグザグと走り抜ける。
 どうやら新たなコードが追ってくる気配は無い。高い建物の裏手に回り込んだところでようやく足を緩めたラブが、少女の方を振り返って笑みを浮かべる。だがその途端、地面に落ちていた瓦礫につまずいて、ラブの身体は前へつんのめった。
「うわっ!」
 転びそうになったラブを、少女が素早く抱き留める。ふうっと大きく息を吐いてから、ラブは今度こそ少女の顔を見つめて、にっこりと笑った。

「また助けてもらっちゃったね。ありがとう!」
「いや。助けられたのは私だ」
 少女がそう言いながら、ラブの身体からそっと手を離す。と、そこで何かに気付いたように、しげしげとラブの顔を見つめた。
「あなた……どうしてさっき、あんな風に動けたの?」
「え?」
「あのコードの化け物から、私を助けてくれた時」
 ラブの身体能力がどの程度のものかは、一度の手合せで分かっていたはずだった。普通に考えれば、せつなならともかく、ラブの力であの素早い動きを見切って避けられるはずがない。
 少女の質問の意味がどこまで分かっているのか、ラブは、んー……と間抜けな声を上げてから、照れ臭そうな顔で頭を掻いた。
「よく分からないけど、あなたを助けなきゃ、って必死だったから……かな」
 そう言ってアハハ……と笑う場違いなまでに明るい顔を、少女は信じられないものを見たような目で見つめる。だがすぐに、その顔は下を向いた。

340一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:19
「何故、私を助けたの?」
「友達を助けるのは、当然だよ」
「ともだち……」
 オウム返しに呟いて、少女がくるりとラブに背を向ける。
「……そんなものになった覚えなどない」
「でも、あたしは友達だと思っているよ」
「それに、私はもう用済みだ。助ける価値など……」
「そんなことないよ!」
 皆まで聞かず――いや言わせず、ラブは激しくかぶりを振った。

「あなたはあたしのこと、二度も助けてくれたよね。ううん、二度だけじゃない。あの施設に居た時だって、ノーザから何度も守ってくれた」
「……」
「あなたはとっても強くて、優しい人だよ。だからこれから、きっと幸せになれるって!」
 一点の曇りも淀みも無く、力強くそう言い切る声。それを聞いて、少女が再びラブの方に顔を向ける。
 驚いたような、怒っているような、そしてほんの少し嬉しそうな……だが、それも一瞬。すぐにその顔は、再び力無く下を向いた。
「……そんなこと。それに、私はもう……」
 少女がそう言いかけた時。彼女たちの隣に建っていた高い建物が、何の前触れもなく忽然と消えた。

「えっ……うわっ!」
 その途端、再び強風が吹きつけて、ラブの驚きの声が小さな悲鳴に変わる。
 突然広々と開けた視界に、中空で両手を広げたメビウスの巨大な姿が飛び込んで来る。まさにこの世界の全てを、今にもその手に納めんとするような姿が。そして近くに目を移すと、建物を消した張本人らしいグレーのコードが二本、ゆらゆらと揺れながら、二人の様子を窺っている……。

「こっちだ!」
 今度は少女がラブを引きずるようにして、路地に逃げ込もうとする。
 行く手を阻むように襲い掛かるコード。だが飛び出した途端、二本とも真っ二つに切り落とされ、あっけなく消え失せた。ラブの窮地に気付くや否や、せつなが遥か上空から、手にしていた刃物をコード目がけて放ったのだ。が、すぐさま新たなコードが二人めがけて放たれる。

「ラブ!」
 せつなが地上に飛び降りようとするが、風に煽られ、思うように動けない。
 ついにコードが二人に迫る。だが次の瞬間、横合いから飛び出した人物が、コードをむんずと掴み、それを無造作に引きちぎった。
 引きちぎられたコードが、瞬く間に霧消する。それを不思議そうに眺めてから少女の方を振り向いたのは、さっき少女に「一緒に来い」と言った、あの少年だった。

「ありがとう! でも、どうして……」
「何故戻って来た」
 嬉しそうに、そして不思議そうに問いかけるラブの声と、ぶっきらぼうな少女の声が重なった。
「お前に言いたいことがあって来た」
 早口でそう言ってから、少年は中空に目を留める。そして驚きと焦りの色を隠そうともせず、少女に詰め寄った。
「今のは何だ。それにあれは、メビウスなのか!?」
 少女が、ああ、と頷いた時、新たなコードが三本、こちらに向かって伸びて来た。

「早く逃げろ!」
 少年が二人を庇う様に立って身構える。二本を右手で、もう一本を左手で掴んで、力任せに引きちぎろうとする。だがその時、コードがもう一本、少年に向かって高速で迫って来た。
 咄嗟にコードの軌道を避けようとして、少年の動きが止まる。ここで避けたら、コードは一気にラブと少女に襲い掛かるだろう。

(それだけは――絶対に食い止める!)

 少年は三本のコードを掴んだまま、通せんぼでもするように両手を大きく広げて、もう一本のコードの前に立ちはだかった。

341一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:49
「ぐわぁぁぁっ!」

 少年の絶叫に、少女とラブが足を止める。一本のコードが少年に絡みつき、その先端が彼の身体に突き刺さっていた。何とかコードを外そうとする少年の身体に、さらに何本ものコードが絡みつき、がんじがらめにしている。
「おいっ、大丈夫か!?」
「こっちに来るなっ!」
 少年がそう叫びながら、懸命に腕を動かして、両手に持ったコードを引きちぎる。そして自分を拘束しているコードを両手でグッと掴むと、何とか首だけを少女の方に向け、苦し気な声を張り上げた。

「これだけは……覚えておけ。お前は不満かも……しれないが、俺たちは……仲間……だっ!」
「おい、しっかりしろ! お前の馬鹿力で、そんな拘束など引きちぎれ!」
 少女の呼びかけも空しく、少年の瞳から、次第に光が失われていく。だが、少年は叫ぶのをやめようとしない。さらに途切れ途切れになった声を必死で張り上げて、何とか言葉を繋ごうとする。
「たくさんの……人が、お前を……しん……ぱい、してる。だか……ら……これ以上、無茶は……するな!」
 そう言うと同時に、少年は顔を真っ赤にし、渾身の力で右手を動かすと、拘束しているコードの一本を、自分の首元へと動かした。
「よせ! そんなことをしたら……」
「いいんだ。俺は……お前と……は、戦いたく……」
 そこまで言ったところで、少年の右腕が、だらりと垂れ下がった。

 少女がギリッと音を立てて、強く奥歯を噛み締める。
 次の瞬間。今度は地上から、一陣のつむじ風が巻き起こった。小さな風は、まるで天からの強風に逆らうように、少年の方へと迫っていく。
 やがて、キラリと何かが煌めいて、少年を拘束していたコードが一本残らずすっぱりと断ち切られた。
 風が収まった後には、少年を抱きかかえ、右手にさっきせつなが投げた刃物を握り締めて、赤い瞳を輝かせて立つ少女の姿があった。

「無茶はお前だ」
 少女が腕の中の少年に、そっと囁く。そして、泣きそうな顔で駆けてきたラブに、静かな声で言った。
「安心して。気を失っているだけ」
 少女の言葉に、ラブがホッと小さく息を付く。その時ようやく駆け付けたせつなが、少女と一緒に少年の身体を支えた。そして三人で少年を避難させようとしたその時、天の高みから、再び冷ややかな声が響いて来た。

「随分と不幸のエネルギーを無駄にしてくれたようだな。お前は私の忠実な僕ではなかったのか」
 メビウスが、相変わらず何の感情も読み取れない淡々とした口調で語りかける。少女はせつなとラブに少年を預けると、メビウスの方に歩み寄り、その顔を見つめ返して、あろうことか――ふん、と鼻で笑った。

「あなたが下らないと切り捨てた、“想い”の力です」
「何だと?」
 僅かに怪訝そうなメビウスの顔から目をそらし、少女がラブと、気を失っている少年の顔を交互に見つめる。

 “想い”の力が、普段からは信じられないような力で私を守ってくれた。
 “想い”の力が、メビウスの管理にすら抵抗して、私に大切なことを伝えてくれた。
 少女がグッと両手の拳を握り締め、絶対者を赤々と輝く瞳で見上げる。

「確かにこんな無茶苦茶なこと、普通じゃないかもしれない。が、私にとっては大切なもの。それが……やっと分かった」
「ふん、戯言を……」
「戯言を言っているのは、あなただ!」
 一言で切り捨てようとしたメビウスが、少女の言葉に、初めて驚いたように目を見開く。その大きな瞳に向かって、少女が凛とした声を張り上げる。

「私に、イースとしてお役に立てと言って下さったのは、メビウス様だ。E棟の高い塀の中で、悲しみも争いも不幸も無い世界――素晴らしい外の世界を、思い描かせて下さったのも、メビウス様だ」
「……」
 少女の拳が、ブルブルと小さく震える。赤い瞳の中の炎が、より赤く、より大きく、より激しく燃え盛る。
「私のこの“想い”は、メビウス様によって育てられた大切なもの。たったひとつ、私が持っていたものだ。それを……愚弄するなぁっ!!」
 魂から振り絞るような叫びと共に、少女の身体は、弾丸のように空を目がけて飛んだ。

342一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:31:24
「……身の程知らずがぁっ!」
 数秒の沈黙の後、メビウスもまた雷のような雄叫びを上げる。
 ゲージに向かって飛び出した少女目がけて吹き付ける強風。が、彼女はそれを読んでいた。
 風に逆らわずにその空気の動きに乗るようにして、空に張り巡らされたコードの一本を掴む。そこからさらに風に乗ってより高く舞い上がり、手当たり次第にコードを切り落としていく。それは、さっきせつなが見せた動きと、そっくりの動きだった。
 だが、やがて少女はハァハァと荒い息を付き始めた。ほんの数時間前までナキサケーベに蝕まれていた身体は、まだ癒えていないのだ。
「ええい、ちょこまかと。これでとどめだ!」
 メビウスの声と共に、ひときわ強い風が襲い掛かる。それをまともに食らって吹き飛ばされた少女が、瓦礫の上に叩きつけられようとした、その時。
 白く細い腕が、しっかりとその身体を抱き留めた。

「あなたは……凄いわ」
 少女をそっと下ろしながらせつなが囁く。

(私はあの頃、この世界のあるべき姿なんて……自分が見たい景色なんて、考えたことも無かった……)

 幼い頃から教え込まれ、叩き込まれたただひとつの答え。心から崇拝し、ひたすらにお役に立ちたいと願っていた、唯一無二の存在。
 でも、自分はその輪郭を描いてみたことなど無かった。ただメビウスが素晴らしい存在だと思い込んでいただけで、外の世界がどう素晴らしいのかなんて、考えて見たこともなかった。
 もしかしたら、少女もかつてはそうだったのかもしれない。突然世界の秩序が崩れ、以前ならば信じられないような有様を幾度も目の当たりにすることで、自分が崇拝するメビウスの姿が、そのあるべき世界が、彼女の中に姿を、形を持ったのかもしれない。
 だとしても――。

(そんな形を、もしあの時の私が持っていたとしたら……もう少し、メビウス様と分かり合うことが出来たのかしら)

「ふん、何を言う」
 せつなの言葉に、少女が少し赤い顔でそっぽを向いてから、何とかもう一度立ち上がろうとする。
「無茶をするな。ここは俺たちに任せろ。お前はアイツに付いていてやれ」
 そう言ってその肩を押さえたのは、ウエスターの分厚い掌だった。その隣には、腕組みをしてこちらを眺めているサウラーの姿もある。どうやら二人は警察組織の連中を全員眠らせて、ここに集結したらしい。
「まだもう少し、先は長いよ。君に協力してほしいことも、これから出て来るからね」
 サウラーがいつもの皮肉めいた口調でそう言ってから、ふん、と口の端を斜めに上げる。その顔を見て、せつなが僅かに瞳をきらめかせた。
「何か策があるの? サウラー」
「まだ何とも言えないが……少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある」
 真顔になったサウラーに、せつなとウエスターが頷く。
「お願い。あたしも一緒に、ここに居させて」
 最後にラブが少女の手を握り、真剣な眼差しでその顔を見つめた。

 少女は、まるで怒っているように顔をしかめて、自分を取り囲む四人の顔を見回した。そして少し呆れたような表情になって、ハァっとわざとらしいため息をつく。
「言っておくが、仲間になったつもりは無いからな」
 そう言い捨てて、彼女はずっと握りしめていた刃物を、そっとせつなに手渡した。

 中空に跳び上がったせつなとウエスターが、再び次々にコードを破壊する。そこにサウラーの姿は無い。だが、メビウスはそれを気にする様子も、特に慌てる様子も無く、眼下の様子をぐるりと見渡した。
「そろそろ管理したデータと私自身を、“器”に移す時が来たようだ。その前に、裏切り者たちを始末しなければ」
 まるで地に響くような、不気味な呟き。やがて、その射るような眼差しがあるものを捉え、その引き結ばれた唇が、小さくほくそ笑んだ。

〜終〜

343一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:32:34
以上です。どうもありがとうございました!
次は、競作の前に投下出来たらいいなぁ……(願望かよっ)
頑張ります!

344Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:19:05
お久しぶりです。
キラプリで、ひまりの家族が描かれていないのをいい事に、勝手に書き上げました。
アイカツとのコラボです。よろしゅう。

345Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:20:41
『ぽわぽわ』


おとめ「う〜ん!このプリン、らぶゆ〜なのです〜♡」

ひまり「ほんと?お姉ちゃん」

おとめ「おとめの知らないあいだに、ひまりがこぉ〜んなに
    スイーツ作りが上手になってたなんて、ビックリなのです!」

ひまり「えへへ……いちかちゃんにあおいちゃん、ゆかりさんにあきらさん、
    それにシエルさんに、あと……」

おとめ「ひまりにそんなにいっぱいお友達が!うぅ〜」

ひまり「な、泣かないで、お姉ちゃん!」

おとめ「泣いたらおなか減ったのです!プリン、おかわりなのですぅ〜!」

ひまり「ちょっと待っててっ……」

おとめ「――へぇ〜、そうやってデコレーションするのですか〜」

ひまり「ホイップクリームとチョコレートで、リスのしっぽに見立ててるの」

おとめ「よぉ〜し!おとめが更に美味しくなるオマジナイをかけちゃうのです!
    手でハートマークを作ってぇ〜」

ひまり「………?」

おとめ「らぶ・ゆ〜〜!!ほら、ひまりも」

ひまり「ら、らぶゆぅ〜〜っ」

おとめ「もっともっと!愛が足りないのです!らぶ・ゆ〜〜〜!!」

ひまり「らぶゆ〜〜〜!!!」

おとめ「お店で作る時も、今みたいにするのですよ」

ひまり「そ、それはちょっと……」

おとめ「さあ、これでプリンが更に美味しくなったのです!ひまり、あ〜ん」

ひまり「あ〜ん、モグモグ……言われてみれば、たしかに……」

おとめ「ひまりったら、頬っぺにクリームが付いているのです。おとめが取ってあげるのです」

ひまり「うぅ、くすぐったいよ〜、お姉ちゃん……」


おしまい

346名無しさん:2018/04/08(日) 06:38:16
>>345
ミシェルさん、お帰りなさーい。
そういえばこっちにも有栖川嬢が……!
気が付かなかった。
ひまりはお姉ちゃんのペースに持っていかれそうだけど、
語りだしたら強そうなw

347運営:2018/04/12(木) 20:35:12
こんばんは、運営です。
競作スレを過去スレに移しました。
たくさんの投下と書き込み、本当にありがとうございました!!
なお、競作スレで途中まで投下されているSSは、こちらのスレに投下をお願い致します。
勿論、競作作品として保管させて頂きます。

348Mitchell&Carroll:2018/04/13(金) 22:47:16
ドキプリ、マナレジのしょうもないやーつ。
よろしくお願いします。


『レジーナの日記 〜June〜』

6月○日
今日はマナの家に泊まりました。
マナのパパのオムライスを食べた後、マナと一緒にお風呂
に入りました。マナはバスルームの前であたしをハグして、
そのあと優しく服を脱がせてくれました。ちょうど良いお
湯加減のシャワーであたしの体を丁寧に洗ってくれたんだ
けど、マナったら女の子の大事な部分であたしの腕を洗っ
たりなんかして、変なの、って思いました。そのあと湯船
に浸かって、そのあいだマナは、なんかビニールのいかだ
みたいなのを出してきて、「こちらにどうぞ。滑りやすい
から、足元、気をつけてね」とか何とか。言われるがまま
いかだにうつ伏せになりました。そしたらマナは、なんか
ヌルヌルの液を付けて、体をいっぱい密着させてきました。
マナの乳首が背中に当たったかと思いきや、どうやら舌で
もあたしの背中を舐めてるみたい。「どうしてそんなこと
するの?」って訊いたら、「サービスサービス!」ってマ
ナは言ってました。今度は仰向けになって、また体をいっ
ぱい密着させてきました。マナのお尻が目の前に来て、恥
ずかしくないの?お尻の穴とか丸見えだよ?って思いまし
た。で、そのヌルヌルしたのを洗い流して、体を丁寧に拭
いてくれたあと、「じゃあ、ベッドのほうへ行こうか」っ
てなって、いっぱいお話しして、そのあとの事は……よく
覚えてないや。おしまい。

349名無しさん:2018/04/14(土) 00:18:07
>>348
ホントしょーもないw
マナがね

350Mitchell&Carroll:2018/04/24(火) 01:14:45
『無題』

ああ、今日は空が青いわ。
昨日の夜、「どうか明日は晴れますように」って、お祈りした甲斐があったのね、きっと。
さんざん降った雨のおかげで、庭の木は見事に緑色だし。
それに、先輩から貰った、この真っ赤な薔薇。
うっかり、棘に触って指を怪我しちゃったこともあったけど。
「口を開けば、ラブ、ラブって――あんた、他に友達いないの?」ですって?
ホント、いじわるな先輩ね。
さっきの雲が、もうあんな所に……。
あら?あれって虹かしら?
ラブったら、いつまで寝てるのよ。
早く起きないと消えちゃうわよ。……また今度ね。
シフォンがお腹を空かせてる。
今度こそラブが起きたわ。

351名無しさん:2018/04/24(火) 18:49:40
>>350
何でもない独白なのに、なんか情緒ありますね。
先輩、そりゃ相手が悪いわw

352一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:05:35
こんにちは。
競作で書きたいと思っていたキラプリ最終回記念SS、ようやく書けました。
長くなったので、前後編にさせて頂きます。後編は連休明けくらいに投下します。
タイトルは、「キラパティの節分」。5〜6レス使わせて頂きます。

353一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:12
「ねえ、いちか。“節分”って何?」
「えっ?」
 キッチンから追加のケーキを運んできたシエルが、興味津々といった様子で問いかけた。お持ち帰りのスイーツを箱に詰めていたいちかは、それを聞いて一瞬、その手を止める。
 二人が居るのは、キラパティことキラキラパティスリーのカウンター。今日はシエル・ドゥ・レーヴの定休日なので、シエルもこちらで腕を振るっている。
 エリシオとの決戦から、あと少しでひと月になる。いちご坂の街は、何事も無かったかのように平穏な日常を取り戻し、キラパティには今日も賑やかで忙しい時間が流れていた。

「昨日、お店に来たお客さんが話していたの。それを聞いて、これは日本の伝統的な行事に違いない、って思って。ねえ、もうすぐなんでしょ?」
「うん。二月三日だから……あ、今度の週末だね」
「わぁお! どんなイベントなの?」
「ああ、それはねぇ……」
 いつもの明るい口調でそう言いかけたものの、いちかの言葉はそこでちょっと途切れた。視線が僅かに泳いで、シエルから逸れる。それに気付いて怪訝そうに首を傾げたシエルに答えたのは、いちかではなく、彼女が詰めるスイーツを待っている、幼い兄弟だった。

「おねえちゃん、知らないの? 節分はね、みんなで豆まきをする日なんだよ」
「鬼はぁ外! 福はぁ内! ってかけ声をかけてさ」
「そうやって、悪い鬼を追い出すんだ」

「あ……へぇ、そうなんだ」
 シエルが子供たちの勢いに圧されて、少々引きつりながら答える。そしていちかの方にチラリと目をやり、小さく微笑んだ。その顔にはほんの少し、すまなそうな表情が浮かんでいる。

(悪い鬼を追い出す日、か……)

 そう聞けば、いちかのさっきの様子にも頷ける。何でもないフリをしながら、きっとシエルにどう説明しようか、あれこれ考えていたのだろう。弟のピカリオと、今は家族として一緒に暮らしているビブリーは、かつては“悪い鬼”よろしく、闇の僕としてこの街の人々に酷いことをしてきたのだから。

(ありがとう、いちか)

 心の中でそっと語りかけてから、シエルは気持ちを切り替えるように、子供たちに向かってもう一度にっこりと笑って見せた。
「メルシィ。教えてくれて、ありがとう」
「はい、お待たせしました〜!」
 いちかもシエルの隣から、元気な声と一緒にスイーツの箱を差し出した。
 途端に兄弟の顔が、揃って嬉しそうにキラキラと輝く。すると、満面の笑みで箱を受け取った弟の方が、もう一度シエルの顔を見上げた。

「あとね、節分には“恵方巻”っていうのを食べるんだ。昨日、ママとシュークリームを買いに行ったんだけど、そこのお店では、節分の日限定の“恵方シューロールケーキ”っていうのがあるんだって!」
「ねえ、キラパティでは節分スイーツ、何か作らないの?」
「う〜ん……ごめんね。それは、まだ考えてなくて……」
 再び身を乗り出す兄弟に、いちかが困ったように口ごもる。なぁんだ、とさして気にしていない口調で呟いてから、兄弟は笑顔のままでカウンターを後にした。

「ありがとうございました〜!」
 明るい声でそう言いながら頭を下げたいちかが、打って変わった低い声で、ごく小さな呟きを漏らす。
「どうして“鬼は外”なんだろう……」
「いちか? 何か言った?」
 シエルが不思議そうに問いかけた、その時。
「こんにちは〜! あ、いちか、シエルさん」
 店の入り口から、聞き慣れた声がした。やって来たのは、いちかとシエルのクラスメイトである、神楽坂りさ。カウンターに近付くと、彼女は声を潜めてこう囁いた。
「ねえ、キラパティのスイーツは大丈夫? なんかさ、ヘンな噂を耳にしたんだけど……」


   ☆

354一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:56
「ええっ!? いちご坂から、またスイーツが消えたぁ!?」
「また、キラキラルが奪われたんですか?」
 大声を上げるあおいの隣で、ひまりが眉毛をカタッと下げて、消え入りそうな声で問いかける。
 『準備中』の札が下がった、閉店後のキラパティの店内。ここに居るのはいちかたち六人と、長老とペコリン、それにシエルに呼ばれてやって来た、リオとビブリーだ。

「りさの話だと、今度はスイーツが石みたいになるんじゃなくて、影も形もなくなってるんだって」
「アンポルテ……えっと、お持ち帰り用のスイーツが、ちょっと目を離した隙に箱ごと消えたっていう店が大半らしいの。だけど、中にはショーケースの一段分が空になったっていう店もあって……」
「それって、単に万引きに遭っただけなんじゃないの?」
 説明するいちかとシエルから、少し離れたところに立っているゆかりが、事もなげな調子で口を開く。それを聞いて、今度はあきらがゆっくりと首を横に振った。
「いや、気になることは他にもあるんだ。今日、お客さんたちが話していたんだけど、小さな鬼のような不思議な生き物を見た、って言っている人が何人も居てね」
「鬼……?」
「ああ。その姿形がどうも、グレイブの部下の、あのネンドモンスターみたいなんだ」

 あきらの言葉に、あおいとひまりが再び「えっ!?」と声を上げ、ゆかりはじっと考え込む。
 グレイブの部下のネンドモンスターたちは、ジュリオやビブリー、それにガミーの仲間の妖精たちと違って、いちご坂の人たちにはほとんど目撃されていない。だが、今日耳にした数々の“鬼”たちの情報は、彼らの特徴をはっきりと捉えたものばかりだった、とあきらは言った。

「グレイブ、またキラキラルを狙ってるペコ?」
「そんなはずはないジャバ!」
 不安そうなペコリンをなだめるように、長老が両手を振り回して叫ぶ。だがその言葉が終わらないうちに、ビブリーがあさっての方を向いたまま、相変わらずぶっきら棒な調子で言った。
「いや、十中八九ヤツらの仕業でしょうね。アイツら頭悪いから、まだグレイブのためにキラキラルを集めなきゃ、なぁんて思ってるんじゃないの?」
「そうだな。ヤツら自身は、キラキラルを奪う力は持っていないはずだ。だからスイーツをそのまま持って行くしかなかったのかもしれないな」
 リオも珍しく、ビブリーに同意する。そんなリオに、シエルとあきらが心配そうに詰め寄った。

「だけど、ピカリオ。グレイブだって今はノワールのしもべじゃないんだし、もうキラキラルを奪ったりはしないんじゃない?」
「それに、もしまたキラキラルを集めているのなら、もっと早く騒ぎになっていたはずだよね」
「それは……俺にも分からないけど」
 リオがそう口ごもって目を伏せる。するとゆかりが顔を上げて、何てことない調子で言った。
「だったら、直接聞いてみればいいんじゃない?」

「な、何ですとぉ!? 直接聞くって、どうやって……」
 慌てふためくいちかに、ゆかりが僅かに口元を緩める。
「今度の週末、ちょうど節分じゃない? いちご坂のスイーツショップが、一か所に集まってイベントをやれば……」
「そうか! それならきっと、あいつらはそこに現れるね」
 あおいがポン、と手を打って叫ぶ。だがそれを皆まで聞かず、いちかは激しくかぶりを振った。

「節分イベントなんて、今からじゃ無理ですよ!」
「あら、どうして?」
「だって急すぎて、出店してくれるお店も集まらないだろうし……」
「私とゆかりが、手分けして商店街を回るよ。事情を話せば、みんな分かってくれると思う」
「……そうだ、場所は? イベントの場所はどうするんですかっ?」
「今度の週末なら、野外ステージのある広場が空いてるよ。あたし、あそこのスケジュールはいつもチェックしてるんだ」
「あおちゃん……で、でも、お客さんだって、そんな急には……」
「いちか」
 ゆかりがいつになく厳しい声で呼びかけると、すっといちかの目の前に顔を近づけた。

「らしくないわね」
「……えっ?」
「そりゃあ、絶対に賛成しろなんて言わないけど……いつものあなたなら、もう少し考えてくれるんじゃない?」
「そ、それは……」
 まるで獲物を狙う猫のような目で見つめられて、いちかのこめかみから、タラリと汗が流れる。と、その時、ほっそりとした白い腕が、二人の間に割って入った。

355一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:07:27
「ゆかり。あんまりいちかを責めないで」
「シエル……」
 ゆかりが驚いたように闖入者の顔を見つめる。シエルはフッと表情を和らげると、驚いたようにこちらを見つめている仲間たちに視線を移した。
「昼間、スイーツを買いに来てくれた男の子が教えてくれたの。節分って、悪い鬼を追い出すイベントなんでしょう?」
「そうペコ……?」
 押し黙るリオとビブリーの隣で、ペコリンが不安そうに長老の顔を見上げる。
「だから、いちかはわたしたちのことを思って……」
「それは違うよ、シエル」

 さっきとは違う穏やかな声が、シエルの言葉を遮った。いちかが微笑を浮かべながら、今度はゆっくりとかぶりを振る。
「リオ君やビブリーは大丈夫だよ。もうこの街の仲間だもん」
「ペコ〜!」
 それを聞いて安心したのか、ペコリンの耳がぼうっと明るいピンク色に染まる。愛し気にその様子を見つめてから、いちかは地面に視線を落として、いつもより低い声で言った。
「でも……今日あの子たちに、キラパティで節分スイーツ作らないのか、って聞かれたでしょ? わたし、それ……作れる気がしないんだ」

――本当にバラバラの生き物が繋がる世界を作れると言うのなら、見てみたいものです。

 エリシオの言葉を思い出す。彼が初めて見せた静かな微笑みと共に、もう何度も何度もいちかの脳裏に蘇っている言葉だ。
 あの時キュアホイップは――いちかは、「任せて」とはっきりと答えた。その瞬間から、エリシオの言葉はいちかの中で、大切な約束になった。
 でも、節分の“鬼は外”という言葉は、その約束とはかけ離れたところにあるように思える。大昔から続いて来た、この国の伝統行事。いちか自身も、物心つく前から慣れ親しんできた行事だというのに……。

「……ごめんね。でも、このままにはしておけない、もっと多くのスイーツが消える前に何とかしなくちゃ、っていうのは分かってる。新作スイーツも、もう少し考えてみるよ」
 辺りがしんと静まり返ったのに気付いて、顔を上げたいちかは仲間たちを見回すと、少し寂しそうに笑った。


   ☆


 その夜。差し向かいで夕食を取っていた父の源一郎が、お茶をすすりながらこう言った。
「いちか。長い間早起きさせたが、寒稽古は今度の週末までだからな。来週からは、父の朝食を食べさせてやるぞ」
 源一郎は道場を構える武道家だ。冬場の寒稽古の期間は朝が早いので、その間はいちかがずっと朝食当番を務めるのが、宇佐美家では当たり前のことになっている。
 母のさとみが海外に赴任して、父一人子一人の生活になってもうすぐ二年。源一郎もいちかも、もうすっかり今の生活に馴染んでいた。

「そっか。まだ寒いのに、もう立春なんだね」
「ああ、暦の上のことだからな。寒稽古の最後の日は、節分だ。そろそろ豆まき用の豆を買って、道場の神棚にお供えしておかんとな」
「え……豆を、神棚に?」
「なんだ、知らんのか」
 ご飯を頬張りながら不思議そうに聞き返すいちかに、源一郎が、オホン、とわざとらしく咳払いをする。

「節分の豆は、邪気を祓うものだ。邪気とは、病気や災いをもたらす悪い“気”だな。家長が豆をまいて邪気を祓い、一家の幸せを願うのが、節分だ」
「そう言えば、うちではわたしが小さい頃も、お父さんが鬼のお面をかぶったりしなかったね」
「家長だからな。今は色々なやり方があるが、うちでは昔から、そうしている」
 そう言って、源一郎は得意そうにニヤリと笑った。

「誰が豆をまこうが、大事なのは皆の幸せを願う想いだ。昔の人は、「魔(ま)」を「滅(め)」っすると言って、その想いを豆に込めた。それを食べることで身を清め、「福」を願った。神棚に供えるのも、その想いからだな」
「お父さん、詳しいんだね」
「武道家の父をナメるなよ? 先人の志を尊び、己の魂に引き継ぐ。武道家の心得だ」
 重々しく言い放った源一郎が、箸を持ったままの右手の親指を、グイっと立ててみせる。そんな父に、もうっ! と口を尖らせてから、いちかはつやつやとしたご飯粒の表面を、じっと見つめた。

356一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:00
 目の裏に、暗く悲しい闇に染まったキラキラルが、また元の色とりどりの輝きを取り戻す、その瞬間の光景が蘇った。プリキュアとしてキラキラルを守ってきた日々の中で、何度も目にした光景だ。
 病気や怪我に、事故や事件。心が闇に染まってしまうような出来事は、この世の中にたくさんある。そんな悲しい出来事が、少しでも遠ざかってくれますように――節分に込められたその想いは、やっぱりキラキラしていて、スイーツに込めた想いと繋がっているように思えて――。

「そっか。節分の豆って、キラキラルとおんなじなんだ」
「キラキラ……って何だ?」
「ううん、何でもない。ご馳走様!」
 怪訝そうな父の視線から逃げるように、いちかはそそくさと夕食を食べ終えると、二人分の食器を持って立ち上がった。
「あ、お父さん。節分の日、わたしキラパティのイベントで遅くなるかもしれないから」
 弾むような声でそう言いながら、台所に向かういちかの背中に、源一郎の声が飛ぶ。
「えーっ!? じゃあ、豆まきはっ?」
「遅い時間からでもいいでしょう? それに、まくのはわたしじゃなくて家長だって、今言ってたじゃん」
「いや、それはそうだが……そんなに遅くなるのか? 何のイベントだ?」
 心配そうな父を尻目に、いちかが水道の蛇口を思い切りひねる。そして鼻歌を歌いながら、洗い物を始めた。


   ☆


「まず、ボールに粉を入れて、水を少しずつ足しながら、ダマにならないように混ぜて下さい」
「ダマがないドロッとした状態になったら、残りの水と砂糖を加えます」
「混ぜ終わったら、笊で濾しながら鍋に入れて、強火にかけ、鍋底から起こすように混ぜて下さい」
 スイーツノートの最新のページと調理台の上とを交互に確認しながら、ひまりが指示を出していく。木べらを手に、鍋底を力強くかき混ぜているのはあおいだ。その隣のコンロでは、いちかがあおいの鍋にチラチラと目をやりながら、丁寧に大豆を炒っている。調理台では、ゆかりとあきらが次の材料の準備に余念がない。
 キラパティは、節分スイーツの試作品づくりの真っ最中だった。



 今日、集まった仲間たちを前にして、いちかが「ごめんなさい!」と勢いよく頭を下げたのだ。
「やっぱりやりましょう、節分イベント。わたし、新作スイーツ作りたいです」
「そう。いいの?」
 いつものように事もなげな調子で尋ねるゆかりの瞳が、心配そうに揺らいでいる。それを見つめ返して、いちかは力強く頷いた。
「節分に込められた想いが、キラキラルに込められた想いと同じなんだな、って分かったから。だから……せっかくだから、わたしたちらしい節分をやりたくて」
「わたしたちらしいって、どういうこと?」

 突然、まだ『準備中』の札が下がっているはずの店のドアが、バタンと開いた。外光をバックに、右手を腰に当てた人物のシルエットが浮かび上がる。
「シエル! どうしたの? お店は?」
「今日は早仕舞い。気になって、来ちゃった」
 パチリと片目をつぶって見せてから、シエルがいちかに歩み寄る。
「それで、わたしたちらしい節分って、どんなの?」
「鬼はぁ外〜、じゃなくて、鬼さんもみんな一緒にわーって楽しめるような、そんな節分、やりたいんだ」
 いちかの声に、店の中が一瞬、しーんと静まり返る。そしてゆっくりと、全員の顔が明るくなった――。



「生地が重くなって来たら、火からおろして、氷水で冷やします。そして一口サイズに千切っていきます」
 作っているのは、わらび餅。透明なものの他に、抹茶を混ぜたものとオレンジジュースを混ぜたものの三色を作る手はずになっている。いちかが炒っている大豆は、この後ミルで粉にして、手作りのきな粉を作る予定だった。

 千切ったわらび餅に出来たてのきな粉をまぶしながら、あおいがニッと悪戯っぽく笑う。
「みんな一緒にわーって楽しめる節分、か。じゃあ、鬼も〜内〜! って感じ?」
「そうですね。昔ながらの節分とは違うけど、わたしたちらしくていいと思います」
「いや、別に違ってるわけじゃないと思うよ」
 弾んだ声で賛同したひまりが、あきらの言葉に、え? と動きを止めた。

357一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:43
「豆まきで追い出すのは、本当は鬼じゃない。いちかちゃんには、それが分かったんじゃない?」
「はい。邪気を追い出すんだ、ってお父さんが教えてくれました。病気や災害を起こすって言われてる、目に見えない悪いもの。それを追い出して、みんなが幸せに暮らせますようにって願うのが、節分の豆まきなんだ、って」
「そうだね」
「でも……それでもやっぱり“鬼は外”、なんですね」
 少し寂しそうに呟くいちかに、あきらが小さく笑いかける。

「私は、おばあちゃんにこう聞いたんだ」
 そう口を開いたあきらの瞳は、優しい光を帯びていた。入院している妹のみくの姿を思い浮かべているような口調で、ゆっくりと語り始める。
「邪気は、目に見えないでしょう? でも目に見えないものを、小さな子に説明したりするのは、ちょっと難しいよね。だから、誰かに鬼の役をやってもらって、豆まきをやりやすくしているんだって。逃げたふりをした鬼役の人につられて、邪気が逃げていくようにね」
「へえ。じゃあ節分には、鬼も一役買ってるっていうわけね?」
「そうなんだ……。それって、なんか嬉しい!」
 少し頬を染めて微笑むシエルの顔を、ほんの一瞬見つめてから、いちかがテンション高く叫ぶ。

 不意に、白、緑、オレンジのキラキラと光る小さな塊が、鬼たちに手招きされて、辺りをほんのりと照らしながら行進していく景色が頭に浮かんだ。
 塊は少しずつ大きくなり、次第に三色に彩られた、美しい扇のような姿になって……。

「あーっ! キラッとひらめいた!」
 いちかはもう一度高らかに叫んで、ピョン、とその場で嬉しそうに飛び跳ねた。

〜続く〜

358一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:09:22
以上です。ありがとうございました!

359名無しさん:2018/05/01(火) 00:14:45
>>358
ヒジョーに続きが気になる感じで
後半が楽しみだす

360一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:40:01
こんばんは。
キラプリ最終回記念SS「キラパティの節分」、後編を投下させて頂きます。
5、6レス使わせて頂きます。

361一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:41:08
 抜けるような青空が、いちご坂の上に広がる。二月三日、節分の日。空気はキンと冷えているものの、絶好のイベント日和となった。
 野外ステージのある広場には、まるでスイーツ・フェスティバルの会場がそのまま引っ越してきたかのように、小さなテントがひしめき合って甘い匂いを漂わせている。ゆかりとあきらが中心になって、いちご坂じゅうの店一軒一軒に、このイベントへの参加を頼んで回った成果だ。
 ステージの上では、バンド仲間たちの演奏に乗せて、あおいが力強い歌声を響かせている。これはイベントを盛り上げると共に、ステージの上からならネンドモンスターを見つけやすいかも、というあおいが考えた作戦だった。

「うわぁ、キラキラしてて、すっごくきれい!」
 キラパティにやって来た子供たちが目を輝かせる。
 白、緑、そしてオレンジ。出来上がった新作スイーツは、三色のキラキラした羽を持つ、孔雀の形のわらび餅だ。胴体の部分は餡子をベースにした練り切りで出来ていて、羽には自家製きな粉がたっぷりとまぶしてある。
「キラキラルもいっぱいペコ」
 今日は人間の姿になってお手伝いをしているペコリンが、嬉しそうに呟いた。

「う〜ん、美味しいっ!」
 ステージの前に並べられたパイプ椅子に座って舌鼓を打っているお客さんの中から、時折そんな歓声が上がる。
 キラパティの他にも、工夫を凝らしたスイーツの恵方巻や、炒り豆をカラフルにコーティングした小さなお菓子など、様々なスイーツがイベントを彩っていた。

 ひまりとペコリンと一緒にテントに立ったいちかは、満面の笑みで、両手をブンブンと振って叫んだ。
「う〜ん、やっぱりこういうイベントって、楽しいっ!」
「はい! あ、でもいちかちゃん。周りをよく見ていないと、モンスターがいつ現れるか分かりませんよ」
「あ……そうだった」
 ひまりに小声で注意されて、いちかが慌ててキョロキョロと辺りを見回す。そしてある一角に目を向けると、ん? と首を傾げた。

 そこに居るのは、スイーツの箱を抱えたお父さんと、お母さん。そして男の子と女の子の、一家揃ってやって来たらしい四人連れ。それだけ見れば、おかしなところはどこにも無いのだが……。

「ねえ、ひまりん。あのスイーツの箱、すっごく大きくない? どこのお店のだろう」
「え、どれですか?」
「ほら、あそこの四人家族のお父さんが持ってるヤツ」
 いちかにそう言われて、今度はひまりが彼らに注目する。
「そうですね……。でも、あれって箱が大きいんじゃなくて……」
 ひまりがそう言いかけた時。
「あれ……? あたしのスイーツは?」
「え? さっきそこに置きましたが」
 キラパティの斜め向かいのテントがにわかに騒がしくなった。それと同時に、注目の四人がそそくさと会場を去ろうとする。
 その拍子に、男の子が転んだ。ポロリと落ちた野球帽の下から現れたのは、ぴょこんと横向きに生えた、紫色の二本の角――。

「いましたーっ!!」
 滅多に聞けないひまりの大声が辺りに響く。
「ネン!」
「ネン!」
 正体がバレたことに気付いたネンドモンスターたちが、慌ててその場から逃げ去ろうとする。
 だが次の瞬間、すぐ近くで呼び込みをしていたあきらとゆかりの手から、彼らの顔を目がけてチラシの束が放たれた。ステージ上のあおいがそれに気付き、予定にはない派手なシャウトを、空に向かって高らかに響かせる。

「ネ、ネン!」
「ネン!」
「ネーン!」
 音に共鳴してビリビリと震える紙が顔に貼り付き、慌てふためくネンドモンスターたち。何とか引き剥がそうと暴れたはずみに、スイーツの箱がお父さんモンスターの手を離れた。

「うわぁぁっ!」
 宙を舞う箱を、いちかが見事ダイビングキャッチ。その勢いのまま、まだ事態に気付かずスイーツを探しているお客さんの足元に滑り込むと、手の中の箱を頭上に掲げるように差し出した。
「お……お待たせしました……!」

362一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:41:42
 ステージ裏にある、出演者の控室。イベント会場からは見えないこの場所に、スイーツ消失事件に関わった店の人たちが集まっていた。その真ん中には、大勢の人間たちに囲まれて、すっかりしょげ返ったネンドモンスターたちの姿がある。

「スイーツがなくなったのは、やっぱりあなたたちの仕業だったのね?」
「ネン……」
「スイーツを、どうするつもりだったんだい?」
「ネン……」
 ゆかりとあきらの質問に、ただうなだれるネンドモンスターたち。だが。
「もしかして、またキラキラルを狙ったのか? グレイブに命令されて」
「ネネン! ネネネン!」
 リオがそう問い詰めると、四人全員が激しく首を横に振った。

「そんなわけ、ないよね? でも、それならどうして……」
「シエル」
 詰め寄ろうとするシエルを、いちかが目顔で止める。そして笑顔でネンドモンスターの前に進み出ると、腰をかがめて彼らと目線を合わせた。

「ねえ。持って帰ったスイーツは、どうしたの? みんなで食べたの?」
「ネネン」
「食べてないんだ……。じゃあ、グレイブにあげたの?」
「ネン……」
 ネンドモンスターたちが、さっきより一層しょんぼりとうなだれる。その様子を見つめて、そっか……と呟いてから、いちかはゆっくりと、噛んで含めるように言った。

「あのね。スイーツは、食べてくれる人のことを思って、想いを込めて作られたものなの」
「ネン……」
「だから、人のスイーツを黙って持って行くのは、いけないことなんだよ?」
「ネン……」
 観念したように頷く彼らにニコリと微笑んでから、いちかが右手を高々と挙げる。
「よし、じゃあ今日は……レッツ・ラ・お手伝い!」

「ネン?」
「え?」
「ええっ!?」
 顔を見合わせるネンドモンスターと、驚きの声を上げるキラパティの面々。その周りで、スイーツショップの店主たちがポカンと口を開ける。
「……それで、許してあげて下さい。どうかお願いします!」
 いちかは店主たちの方にくるりと向き直ると、そう言って深々と頭を下げた。それを見て、仲間たちの表情が、フッとほどける。
 あきらとゆかりが、ひまりとあおいが、シエルとリオが、そして渋々ながらビブリーが、いちかに続いて頭を下げる。最後にペコリンが、ペコ! と地面に付きそうな勢いで頭を下げると、店主たちは顔を見合わせて、ためらいながらも頷いてみせた。



 午後になって来場者が増え、イベントは更なる盛り上がりを見せた。どの店にも大勢のお客さんが詰めかけて、楽しそうにスイーツを選び、食べ、テイクアウトしている。そんな人々の合間を縫うようにして、小さな黒い影が、休む間もなく会場を動き回っていた。
 会場のゴミを、大きなゴミ袋にまとめる者。それを二人がかりで運ぶ者。食べこぼしで汚れたパイプ椅子を、手際よく拭いていく者。
 やがて夕方を待たずに全ての店のスイーツが完売し、イベントは大盛況のうちに幕を下ろした。

「お疲れ様。はい、どうぞ」
 人気のなくなった飲食スペース。さすがに疲れたのか、パイプ椅子に寝転がっていたネンドモンスターたちに、いちかが孔雀わらび餅を差し出す。
「ネ、ネン! ……ネン?」
 慌てて立ち上がった彼らは、目の前にある物を見て、困ったように首を傾げた。
「どうぞ。食べてみて」

「お前ら、スイーツを食べたことなんて無いんだろ」
 不意に、いちかの頭上から声がした。孔雀わらび餅の紙皿を持ったガミーが、中空からこちらを見下ろしている。
 ガミーはパイプ椅子の上に降り立つと、わらび餅を掴んで、大きく口を開けた。
「見てな。こうするんだ」
 そう言ってわらび餅を口に放り込み、モグモグと咀嚼してからゴクリと飲み込む。そしてニンマリと、幸せそうに笑って見せた。
「うめぇ〜! お前たちもやってみろ」
「ネン……」
 ガミーにつられたように、一人のネンドモンスターがわらび餅を掴んで、恐る恐る口に入れた。モグモグと二度三度口を動かした途端、矢印のような二本の角が、ピーンと真っ直ぐに伸びる。
「ネン! ネン! ネン!」
 その場で小躍りを始める仲間を見て、残りのネンドモンスターたちも揃ってスイーツを口に入れる。やがて全員が輪になって踊り始めたのを見て、いちかが嬉しそうに微笑んだ、その時。
「何をやってる」
 いちかの後ろから、ドスの効いた声がした。

363一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:42:21
 ブランド物のスーツに、黄色の派手な開襟シャツ。シャツよりもっと明るい金髪と、筋肉質の浅黒い肌の大柄な男――。
「グレイブ!」
「毎日妙なものを持って帰って来ると思ったら……。お前ら、こんなところで何やってるんだ!」
「ネ……ネン!」

 怯えるネンドモンスターたちの前に、いちかがさっと両手を広げて立ちはだかる。ギロリと鋭い目を向けたグレイブは、いちかの顔を見て、何か酸っぱいものでも食べたような顔つきになった。
「……プリキュアか。お前に用はない。引っ込んでろ」
「いちか!」
 今度はグレイブの後ろの方から、声と同時に複数の足音が聞こえた。キラパティの面々が駆けて来て、いちかの隣に立ち、グレイブと向かい合う。

「なんだお前ら。用はないって言ってんだろ。また俺の邪魔をする気か?」
 不快そうにこちらを睨みつけるグレイブの顔を、いちかも負けじと見つめ返す。
「ねえ、グレイブ。この子たち、あなたに何度もスイーツを届けたんでしょう?」
「ああ、そうだ。俺は食わねえって言ってるのに、毎日毎日」
「それって、スイーツを持って行けば、あなたが喜んでくれると思ったからじゃないかな。きっとあなたに、喜んでほしかったんだよ」
 それを聞いて、グレイブは一瞬あっけにとられた顔をしてから、さも可笑しそうにゲラゲラと笑い出した。

「ハハハ……こりゃあ傑作だぜ!」
「なっ……何が可笑しいんだよっ!」
 あおいがムッとした様子で食ってかかる。
「だってそうだろ。俺がスイーツをもらって喜ぶだと? じゃあ何か? お前らは俺に、またキラキラルを奪えとでも言うのか」
「いや、そういうことじゃなくてさぁ……」
 もどかしそうに言葉を探すいちかを、へん、とせせら笑ってから、グレイブは再びそこに居る全員を鋭い目で見回した。
「俺はもうノワールの部下じゃねえ。昔のように、また弱い奴らを片っ端から蹴落としてのし上がろうとしている真っ最中だ。なのに、あんな甘ったるいモン毎日持って来られて、喜ぶわけねえだろ!」
「ネ……ネン……」

 縮み上がるネンドモンスターたちに、グレイブが目を向ける。
「おい、お前ら! お前らがスイーツを奪った店、残らず俺に教えろ」
「何をする気!?」
 今度はゆかりがグレイブを問いただす。
「俺様は悪党。コソ泥じゃねえ。こんなチンケな真似、俺様の仕業にされてたまるか。金を払やぁ文句は無いんだろう? ふん、こんなヤツらに盗みに入られるような店、俺様が潰そうと思えばいつだって……」
 グレイブがそう言いかけた時、再び彼の後ろから、さっきより多くの足音が近づいてきた。

 後ろを振り向いたグレイブが、驚いたように目を見開く。
 彼を取り囲む、人、人、人。皆、イベントに出店していたスイーツショップの人たちだ。そのあまりの人数に、ほんの一瞬、気圧されたような顔をしたグレイブが、ぐいっと背筋を伸ばした。

 視線には、圧力がある――それはかつて、街中の人々から敵意に満ちた眼差しを向けられた時に思い知った。
 そういう時は、圧力にもビクともしないように身構えて、こちらがより強い圧力を発すれば、恐れることは無い。

 そっくり返りそうなほどに胸を張り、人々の顔を見下すように、眼光鋭くねめつける。彼のいつものスタイルだ。
 そうしながら、グレイブが密かにグッと奥歯を噛み締めた、その時。人々の真ん中に立っていた“シュガー”の店主が、彼の前に進み出た。

「あのう、その小鬼たちは、あなたの……」
「俺の部下だ。アイツらが店のスイーツを盗んだって話だろう?」
「いえ、それはもうよろしいんです」
「あぁ? ……じゃあ、他にも何かあるっていうのか」
 穏やかにそう答えられて、グレイブが警戒するように眉をひそめる。だが、その後の言葉を聞いて、今度は呆れたように口をあんぐりと開けた。

「一言お礼が言いたくて。ありがとうございました」
「……何?」
 グレイブの様子を気にする風もなく、店主は丁寧に頭を下げ、言葉を繋ぐ。
「何しろ急だったもんで、人手が足りなくてね。いやぁ、実によく働く部下をお持ちだ。お陰でイベントは大盛況。助かりました!」
「……」

364一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:43:08
 集まった街の人たちが、皆“シュガー”の店主と同じくにこやかにグレイブを見つめる。
 視線には、圧力がある――それはかつて、街中の人々から敵意に満ちた眼差しを向けられた時に思い知った。その圧力が強大なら、自分の存在そのものに突き刺さるような、痛みを感じるということも。
 だが今は、視線には温度もあるのだということを知る。いや、感じる。
 圧力などとは違って、妙にあたたかくて、柔らかくて――。

 開けたままの口を閉じることも、言葉を発することも出来なくなったグレイブの前に、あきらとひまりがネンドモンスターたちを連れて来た。
 人々の間から、拍手が沸き起こる。その時、さりげなくグレイブの隣にやって来たビブリーが、彼の耳元でこう囁いた。
「今、形だけでも挨拶しておけば、金に物を言わせる必要なんて無いんじゃない?」
「部下がこれだけ認められてんだ。上司からの一言は、必要だろ?」
 今度はリオが、グレイブと目を合わさずに澄ました顔で呟く。
「へん。お前ら、せっかくいい気分のところを邪魔しやがって」
 グレイブは小声で悪態をついてから、観念したように、ゴホンと大きく咳払いをした。
「こっちこそ……こいつらが迷惑をかけて、本当にすまなかった」
「ネン!」
 重いものをやっと動かしているような動作で、グレイブが頭を下げる。ネンドモンスターたちも、慌ててそれに続いた。

「ったく。こんな鬼どもに礼を言うとは、けったいな連中だぜ」
 スイーツショップの人々が去ると、グレイブは再び鋭い眼差しでいちかたちを見回した。だが、心なしか上気しているその顔に、もはやさっきのような迫力は無い。
「良かったね、グレイブ」
 ニコニコと話しかけてくるいちかに、へっ! と一言吐き捨ててから、グレイブはネンドモンスターたちを、いつもの調子で怒鳴りつけた。
「いつまでグズグズしてる。行くぞ、お前ら!」
「待つペコ〜!」

 その時、今度はトテトテという頼りなげな足音が聞こえて来た。人間の姿のペコリンが、両手で大事そうに皿を捧げ持って、懸命に走ってくる。
「グレイブ! これ、食べてペコ」
 皿の中には、今日キラパティのテントに並んでいたものより少々いびつではあるものの、丁寧に盛り付けられた孔雀わらび餅があった。
「だから、俺はスイーツなんて……」
「グレイブのために作ったペコ。だから食べてほしいペコ!」
「……売れ残りじゃねえのか」
 いかにも迷惑そうな顔をしていたグレイブの目が、僅かに泳ぐ。

「ペコリンが言ってることは、本当よ」
 ペコリンの後ろから、シエルも駆け足でやって来た。
「新作スイーツ、全部売り切れちゃって。ネンドモンスターたちの分は取っておいたけど、それも全部なくなっちゃったから、ペコリンが大急ぎで作ったの。あなたにどうしても食べてもらいたいって」
 グレイブは、シエルの顔を睨むように見つめてから、その目をペコリンの持つ皿の方へと向けた。

 皿の上のものを無造作に摘み上げ、しげしげと眺めてから、口の中に放り込む。そのままモグモグと咀嚼して、ゴクリと飲み込んだグレイブの口から、うめくような声が漏れた。
「う……」
「う?」
「う……うま……」
「どうペコ? 美味しいペコ?」
 ペコリンが、期待に目を輝かせてグレイブの顔を覗き込む。そのキラキラした瞳を見て、グレイブの顔がまた少し上気した。

「う……う、うるせえ! お前、まだ修業中だろ。知り合いに旨いって言われたくらいで、喜んでるんじゃねえ!」
「じゃあペコリン、もっと美味しいスイーツが作れるように、頑張るペコ。グレイブ、また食べに来てくれるペコ?」
「また……来てもいいって言うならな……」
 極々小さな声で呟いたグレイブが、笑顔でこちらを見つめるキラパティの面々に目をやって、へっ! と再び吐き捨てるように言った。

「あんまり顔を出さないでいて、どこかで野垂れ死にしたと思われるのもシャクだからな。たまにはお前たちのスイーツでも食いに来てやるぜ」
 それを聞いて、今度はいちかが嬉しそうに、ピョン、とひと跳びでペコリンの隣に立つ。
「ホント? 約束だよ、時々は顔を見せてくれるって。ネンドモンスターのみんなもね」
「うるせえな、たまにだぞ? その代わり、お前たちがどこに居ても、世界の果てまで探して顔を見せてやるから覚悟しとけ」

 精一杯の威厳を込めてそう言い放ってから、グレイブが再びネンドモンスターの方に向き直る。
「さあ、行くぞお前ら!」
「ネン!」
「ネン!」
 去っていく彼らを見ながら、いちかは満足そうに微笑んで、人間の姿になっても小さくぷにぷにとしたペコリンの身体を、ギュッと愛おしそうに抱き締めた。


   ☆

   ☆

   ☆

365一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:43:41
「……なぁんてあの時はカッコつけてたのに、ダッサ! 毎日毎日やって来て、いくら注意しても、毎日毎日、店の真ん前に車停めて……。邪魔だって何度言ったら分かるのよ!」
「ったく……てめえも毎日毎日うるせーな!」

 あれから数年。いちご坂自然公園に、今やキラキラパティスリーの姿は無い。
 その代わりのように建っているのは、キラパティに似ているけれど、もっと丸っこい形をしたペコリンパティスリー。その店の前で、今日もグレイブと、今はこのパティスリーを手伝っているビブリーが睨み合っていた。ネンドモンスターたちが二人を取り囲んで必死で仲裁しようとしているが、どうやらその努力は今日も水の泡のようだ。

 あの頃と同じように、へっ! と吐き捨てたグレイブは、ふと思い出したように、ぶっきらぼうな調子で言った。
「そういやぁ、あの青いプリキュアが、この町に帰って来てライブをやるそうじゃねえか。凱旋公演とは、たいそうなご身分だぜ」
「ええ、いちかたちも観に来るそうね。知らせたのは、あんたなんでしょ?」
 ビブリーもつっけんどんにそう言ってから、グレイブの顔を覗き込んでニヤリと笑った。

 ブルー・ロック・フェス――毎年いちご坂で行われるロックの祭典の、今年のメインイベントとして、あおいたちのバンドが招かれることになったのだ。
 決まったのはほんの数日前。すぐにあおいから、ペコリンやビブリーを含めた仲間全員に報告があったのだが、いちかとゆかりは今どこにいるのか分からず、連絡がつかない状態だった。それがほんの二、三日のうちに、彼女たちの方から相次いで、あおいに連絡してきたのだ。
 どうやら二人の居場所を探し出し、異国に居る彼女たちの元に直接出向いて、このニュースを伝えた人物が居たらしい。そのお陰で、キラパティのメンバーはこの夏、数年ぶりにここいちご坂で集まることになっていた。

「ああん? 覚えてねえな」
 グレイブがあさっての方を向いてうそぶく。だがその時、こちらに向かって駆けてくる少女の姿が目に入って、嬉しそうな困ったような、実に複雑な表情になった。
「グレイブ〜! また来てくれたペコ。嬉しいペコ! さあ、新作スイーツがあるから、食べてみてペコ!」
「分かった分かった。うるせえな。おい! お前らも来い!」
「ネン!」
 迷惑そうな顔をしながら、ペコリンに急かされて、いそいそと店へと向かうグレイブ。その姿を、ビブリーがさっきよりさらに嬉しそうに、ニヤニヤと見送る。いちかたちに、早くこんな彼の姿を見せてやりたいと思いながら。
 いちご坂に、もうじき暑い夏がやって来る。

〜終〜

366一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:44:30
以上です。どうもありがとうございました!
この後は、フレプリ長編の続きを頑張ります……。

367名無しさん:2018/05/07(月) 00:50:43
>>366
丁寧な描写、怒涛の展開
面白かったです
☆☆☆「……なぁんてあの時は〜
のところが特に好きです

368Mitchell&Carroll:2018/05/08(火) 00:27:19
『パウンドケーキのその前に』


※パウンドケーキには、微量ながらアルコール(ラム酒)が入っております


ひまり「うへへへへぇ〜。猫ちゃ〜ん、猫ちゃ〜ん」

ゆかり「………」

あきら「大変だ!酔いが醒めるように、急いで水を……」

ビブリー「待って。面白いから、もうちょっと見てましょうよ」

あおい「ゆかりさんも満更じゃなさそうだし」

シエル「ちょっと嗅いだだけなのに、ひまりったら」

ひまり「あっ、こっちにはウサギさんですね〜」

いちか「標的が私に替わりましたケド……」

ビブリー「プッ!クックック……ざまあみなさい」

ひまり「ライオンさんの毛は、もしゃもしゃですね〜」

あおい「あ痛たたたた」

ひまり「まあ〜賢そうなワンちゃん!お座り!」

あきら「えっ?えーと……」

ゆかり「ほら、早く座りなさい」

ひまり「お座り!!」

あきら「………(お座り)」

ひまり「お手!!」

あきら「(お手)」

ひまり「チ〇チ〇!!」

〜〜自粛〜〜

ひまり「お馬さ〜ん、お馬さ〜ん」

シエル「ヒヒ〜ン、じゃなかった、パタタッ!」

ひまり「ふわ〜ぁあ。……スゥ……」

いちか「寝ちゃった」

ビブリー「ちょっと、あたし、まだ構ってもらってないんだけど」

ゆかり「うふっ、可愛い寝顔」

あきら「ほんとだね」

ビブリー「あたしだけ構ってもらってないってば」

あおい「こうして見ると、ほんと、子供だよね」

シエル「まあ、子供だけどね」

ビブリー「ちょっと」


おしまい

369名無しさん:2018/05/08(火) 21:34:22
>>368
ひまりん、酒癖悪かったのかw
目覚めた後が見ものですな〜。

370Mitchell&Carroll:2018/05/18(金) 00:56:48
〜Doll City〜
by SETSUNA


みな同じ服を着るのは、どして?

みな同じ音楽を聴くのは、どして?

みな同じものを食べるのは、どして?

みな同じ言葉を話すのは、どして?

みな同じダンスを踊るのは、どして?

みな同じ物を持ってるのは、どして?

みな同じ本を読むのは、どして?

みな同じ所へ行くのは、どして?

みな同じ表情なのは、どして?


同じ過ちを繰り返すのは、どして?

戦争が無くならないのは、どして?

海が汚れるのは、どして?

空が濁るのは、どして?


大事なことを忘れてしまうのは、どして?

嘘をつくのは、どして?

他人を騙すのは、どして?

自分を騙すのは、どして?

悲しいのは、どして?

虚しいのは……どして?

―――騙されるのは、どして?


こんな私を愛してくれるのは、どして?

あなたのことが気になるのは、どして?

優しくしてくれるのは、どして?

優しくしたいのは、どして?


帰りたくなったのは、どして?

帰りたくないのは、どして?

また逢いたいのは、どして?

ずっとここに居たいのは、どして?


………蓋が上手く閉まらないのは、どして?

371名無しさん:2018/05/18(金) 16:49:19
>>370
絶妙な変化!

服がいつもしま○らなのは、どして?

372一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:05:39
こんばんは。
昨日のハグプリに感動! そして書いたのはフレプリw
40話「せつなとラブ お母さんが危ない!」の数日後のお話です。
タイトル:キラキラ
2レス使わせて頂きます。

373一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:06:57
 昨日から降り続いた雨が、昼過ぎになってようやく上がった。肩越しに射し込んだ光に驚いて、せつなが窓の方へと目を向ける。
 そこにあったのは、何だか久しぶりに感じられる青い空。思わず頬を緩めるのと同時に、せつなに宿題を教えてもらっていたラブが、勢いよく立ち上がった。
「やったぁ! やーっと雨が上がったぁ」
「もう、ラブったら。問題、まだ解きかけでしょ?」
 たしなめるせつなの声など聞こえないかのように、ラブがガラス戸をカラリと開ける。そのままサンダルをつっかけてベランダに出ると、隣の部屋の前から、せつなのサンダルを持って来た。

「ほら、せつなもおいでよ。すっごくいいお天気になったよ」
 しょうがないわね、と言いながらベランダに出たせつなが、予想以上の眩しさに目を細める。そしてラブと一緒に辺りを見回して、小さく息を呑んだ。
 真下に見える日よけ棚の木の葉は、どれもコロンと丸い水滴をつけていて、それらがまるで光の粒のようにきらめいている。
 目を上げれば、商店街の並木もお隣の屋根も、雨というよりまるで光に洗われたように、いつもより艶やかで明るい。

(この街に来た頃にはちっとも気が付かなかったけど、この世界は本当に素敵ね)

「綺麗……。キラキラしてる」
 そう呟くせつなの横顔を嬉しそうに見つめてから、ラブがテンション高く声を上げた。
「ねえ、せつな。雨も上がったことだし、これからスーパーにお買い物に行こうよ! 今日は、あたしたちが夕食当番だよ?」
「ええ。でもラブ、お買い物は宿題が終わってからよ」
「トホホ……はぁい」
 しょぼん、と萎むラブの顔を、せつなが微笑みながら覗き込む。
「早く終わらせて、お買い物に行きましょ。私も精一杯、頑張るわ」
「うん! ありがとう、せつな。なんかそう言ってもらっただけで、宿題、すぐに出来ちゃいそうだよぉ」
 途端に元気になったラブが、そう言ってニコニコと笑う。その屈託のない笑顔に、せつなは思わずクスリと笑った。

(そう言えばラブの笑顔だけは、初めて見た時からキラキラして見えたっけ)

 そこでまた何か思いついた様子で、ラブがポンと手を叩く。だがその提案を聞いて、せつなの表情は微妙に変わった。

「そうだ、せつな。お買い物に行く時、この前お母さんにもらったブレスレット、一緒に着けて行こうよ!」
「え……あのブレスレットを?」
「そう!」
 満面の笑みで頷くラブの隣で、せつなが心なしか頬を赤く染めて、ドギマギと目を泳がせる。

 つい先日、せつなはあゆみから、手作りのブレスレットをプレゼントされた。赤が好きなせつなのために、あゆみがラブと色違いで作ってくれたものだ。
 それがキッカケになって、せつなはずっと心のどこかで言いたいと思っていた言葉を――“お母さん”という言葉を、初めて口に出すことが出来たのだ。

 少し赤くなった頬を隠すように、せつながチラチラとラブの方を見ながら問いかける。
「ブレスレットって、そんな普段の日に着けてもいいものなの?」
「もっちろん! え〜っと、『女の子は、どんな時もオシャレを忘れちゃダメ!』って、美希たんがよく言ってるじゃん」
 パチリと片目をつぶって、美希の真似をしてみせるラブ。だが、それに小さく微笑んだせつなの顔を見て、心配そうにほんの少し眉根を寄せた。

 いつものせつななら、右手を口に当てて、クスクスと楽しそうに笑ってくれる場面だ。でも今のせつなの笑顔はいつもとは違った。何だか不安を隠そうとしているようにも、何かを恐れているようにも見えて……。
 ラブがせつなに気付かれないように、ギュッと右の拳を握る。そして次の瞬間、せつなにニコリと笑いかけると、パッとその左手を掴んで、それを両手で包み込んだ。

「だって、せつな。ブレスレットは、身に着けるためにあるんだよ?」
「それは……そうだけど」
「あのブレスレット、すっごくせつなに似合ってたし!」
「……ありがとう」
「それに、お揃いで着けて行ったらね〜」
 そこで突然、ラブが言葉を切った。せつなの顔を覗き込んで、んふふ〜、と楽しそうに笑う。それを見て、せつなの表情が怪訝そうなものに変わった。

「付けて行ったら、何?」
「それはねぇ……まだヒミツ!」
「え? 秘密、って……」
「そうだなぁ。もっとキラキラした、素敵なモノが見られるかもしれないよ?」
 ますます怪訝そうに小首を傾げるせつなに向かって、ラブが今度はニヤリと笑う。そしてくるりと回れ右をすると、せつなの手を引っ張って、部屋の中に取って返した。
「よぉし。宿題、頑張って早く終わらせるぞ〜!」
「もう、ラブったら。それだけじゃ、よく分からないわよ」
 困った顔でラブに手を引かれながら、今度はせつながラブに気付かれないように、フーっと小さなため息をついた。

374一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:07:29
 一時間ほど後、無事に宿題を片付けたラブとせつなは、連れ立ってクローバータウン・ストリートを歩いていた。
 宿題が終わった解放感からか、いつにも増して上機嫌なラブ。一方のせつなは、左手首のブレスレットに、ひっきりなしに手をやっている。
 何だかちょっぴり不安そうで、でも嬉しそうにうっすらと頬をそめて――そんなせつなの様子を、自分も嬉しそうに眺めてから、ラブは左手を自分の目の前にかざすと、ブレスレットを揺らすように、手首を小さく動かして見せた。

「ほら、せつな。こうやってお日様に当てて見ると、すっごく綺麗に見えるでしょ?」
 言われてせつなもラブの真似をして、でもラブよりは恐る恐る、左手首を動かしてみる。ブレスレットは日の光を反射して、まるで瞬いているような、優しい光を放った。

 せつなの顔に、ほんの一瞬、影が差し込む。淡く儚げなその輝きは、今は無き、別の宝物の輝きを思い起こさせた。そう――かつてラブから貰って、最後は自分自身が踏み壊した、あの“幸せの素”のペンダントの。
 だが、せつなはすぐに元の笑顔に戻ると、その笑顔をラブの方へと向けた。

(もう二度と、失ったりしない。必ず守るわ。この世界の美しいもの、全てを)

「ホント、とってもキラキラしてる。あ、もしかして、さっきラブが言ってたのって……」
 せつながそう言いかけた時、二人はちょうどスーパーの入り口に差し掛かった。

「さぁ着いた。せつな、早く!」
 ラブがせつなの問いに答えようともせず、その手を取って、足早にスーパーの中へと入っていく。そして、店内で商品のチェックをしているあゆみの姿を見つけると、せつなと繋いだままの手を、大きく上げてみせた。

「お母さ〜ん!」
 ラブの大声に、店内に居たお客さんたち数人の視線が二人に注がれる。
「ちょ、ちょっと、ラブったら……」
 恥ずかしそうにラブをたしなめようとするせつな。だが、その言葉はそこで止まった。

 目に飛び込んできたのは、二人の姿に気付いて立ち上がった、あゆみの姿だった。
 二人に微笑みかけたその目が、上げられた左手首に留まって大きく見開かれる。そしてその顔が、パァッと花が開いたような、嬉しそうな笑顔に変わっていく。
 優しくて、あたたかくて、室内に居るのに、まるでそこだけ太陽に照らされているかのように輝いていて……。

 ラブがせつなの耳元に口を寄せて、得意そうに囁く。
「ほらねっ? キラキラしたもの、ちゃあんと見られたでしょ?」
 せつなが上気した頬を隠すように、コクンと頷いた。そんなせつなの横顔を、ラブは実に嬉しそうな笑顔で見つめた。

(良かった……。せつなの顔も、今、すっごくキラキラしてる)

 そしてせつなはラブと手を繋いだまま、あゆみの元へと向かう。
「ふふ〜ん。お母さんから貰ったブレスレット、着けて来ちゃった。ほら、せつなもちゃんと見せて」
 ラブに促され、ブレスレットにも負けないくらい真っ赤な顔になったせつなが、左手を自分の顔の横にかざして見せる。
「よく似合ってるわ、せっちゃん」
 黒髪を優しく撫でられて、せつなはあゆみに負けず劣らず嬉しそうな笑顔で、真っ直ぐにあゆみの顔を見つめて言った。
「ありがとう、お母さん」

〜終〜

375一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:08:09
以上です。ありがとうございました!

376一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:34:06
こんばんは。
8カ月以上ぶりの更新になってしまいましたが(汗)長編の続きを投下させて頂きます。
今回は、同じ時間軸の二つのサイドのお話になりましたので、同時掲載させて頂きました。
従って、第14話が2つあります。どちらを先に読んで頂いても大丈夫です。でも、両方とも読んで下さいね(笑)
各4レス、合計8レス程使わせて頂きます。

377一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:35:09
「おい、俺だ! 分からないのか! いい加減、目を覚ませ!」
 左ストレートを紙一重でかわし、身をよじってハイキックを避ける。立て続けに繰り出される連打を、素早い動きでリズミカルにかわし続ける。その間にも、ウエスターは相対する相手に向かって、必死で呼びかけ続けていた。
 サウラーと同じS棟出身の彼の、洗練された身のこなし。得意のハイキックも、左からの攻めが多い癖も、いつもの彼の戦い方だ。
 だが、その目を見れば分かる。相手の動きをただ追っているだけの、相手がウエスターだとも分かっていないような眼差しを見れば。

(俺の言葉が、まるで届いていない。今のこいつは、俺の知ってるこいつじゃない)

 ほんの数時間前。E棟にあると分かった“不幸のゲージ”を、とにかくもこちらの管理下に置くため、先発隊を送り出した時の光景を思い出した。
「大丈夫です、隊長。俺たちに任せて下さい」
 隊列の先頭に立ち、仲間たちをぐるりと見渡してから、誇らしげに言い切った彼の言葉が耳に残っている。
「おう。何かあったら、必ず連絡しろよ」
「隊長も、気を付けて下さいよ」
 そんなことを言い合って、屈託のない笑顔を見せた彼の姿も、鮮やかに脳裏に蘇る。

(ええい……。あの時のこいつは、どこへ行った!)

 連打のリズムが、突然変わった。それに身体の方が反応して、ウエスターはハッと物思いから覚める。その途端、熱いものが右の脇腹を走った。相手の渾身の蹴りが、僅かにかすめたのだ。
「っく……!」
 顔をしかめながら、後ろに跳んで距離を取る。すぐさま間合いを詰め、顔面を打ち抜こうとする容赦のない攻撃を、両腕を交差して受け止める。
 今度は軸足を払おうとするローキック。流れるような連続攻撃だが、ウエスターは決して反撃しない。ただひたすらに、避ける。挫く。跳ね返す。

 そんなことを繰り返すたびに、腹の底からじわりと哀しみが溢れ出す。
 そのガラス玉のような瞳を見つめるたびに、哀しみと一緒にどす黒い怒りが、塊になって湧き上がって来る。

「うおぉぉぉぉっ!」

 胸の中へとせり上がって来た塊が、ついに咆哮となって迸った。それと同時に唸りを上げるウエスターの剛腕に、思わず身構える男。だがその拳が襲ったのは、彼ではなかった。

 どーん、という衝撃音と共に、二人が立っている地面が打ち砕かれる。一拍遅れて激しい突風が巻き起こり、瓦礫を盛大に吹き飛ばした。
 予想外の行動に、一歩も動けない彼が、突風に煽られてバランスを崩す。その身体をがっしりと受け止めると、ウエスターは素早くその首元に手刀を当て、とん、と軽く打った。
 力無く目蓋を閉じたその顔に、ほんの一瞬、苦しそうな目を向ける。そして気を失った彼の身体を軽々と持ち上げると、建物の陰に、仲間たちと並んで寝かせた。

 立ち上がったウエスターが、空を――そこに居る元の主の姿を、燃えるような瞳で見つめる。その後ろでは、サウラーが一言も言葉を発さず、ただ黙々と戦い続けていた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第14話:不幸なき明日――発憤 )



 風に乗って空を駆け、高速で刃物を振るう。着地と同時にバラバラと降ってくるコードの切れ端。それを一瞥もせず、せつなは新たな獲物を目がけて中空高く舞い上がる。
 右手に持った短い刃物――元々は老人が持っていたそれは、今やぴたりとせつなの手に馴染み、まるで彼女の身体の一部であるかのように、自在に空を切り裂き、最高速で管理の枷を断ち切り続けている。
 空の中央には、かつて見慣れたメビウスの巨大な姿があって、そんな彼女を無表情で見下ろしている。だがせつなの方は、その姿を見ようとはしなかった。

(まだ間に合うはず……いいえ、間に合わせる! このラビリンスを、もう支配下になんて置かせない。もう二度と、好きにはさせない!)

 心の中でそう呟きながら、まるで機械にでもなったかのような正確な反復動作で、舞い上がっては切り、また舞い上がっては切る。
 そんなことをもう数十回も繰り返した頃。新たに放たれた数本のコードが、せつなの刃を逃れ、その頭上を飛んだ。

378一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:35:58
「行かせない!」
 身を翻し、新たな風に乗ってコードを目指そうとする。だが、その時一本のコードが、せつなに狙いを定めて迫って来た。
 咄嗟に避けたことで風を掴み損ね、がくんと高度が下がる。そんなせつなを嘲笑うかのように、さらに数本のコードが、彼女の手の届かない高度へと放たれる。
 ここは一旦着地して、体勢を立て直すしかない。そうすれば、全ては無理でも数本は切り落とすことが出来るはず――悔しさに歯噛みしながら、せつながそう思った時。踊り上がった黒い影が、せつなが追っていた全てのコードを、むんずと掴んだ。

「ウエスター……」
「気を付けろ。無理をして捕まったら、元も子もない」
 ボソリとそう言い捨てて、太い腕がコードの束を無造作に引きちぎる。そして再び地を蹴ると、さらに上空の離れた場所へと、遮二無二突っ込んでいく。
 それは確かにいつものウエスターのスタイルだが――その姿を見て、せつなは微かに眉根を寄せた。

 さっきまで、ウエスターはサウラーと二人で三十人もの精鋭たちの相手をしていた。それも、彼が心から大切にしている警察組織の仲間たちと戦っていたのだ。いくら彼が人並外れた力を持っていると言っても、その身体も、そして心も、もうとっくに限界を迎えていて不思議ではない。

「……無理しているのは、あなたなんじゃないの? ウエスター」

 大きな後ろ姿を見つめて、せつながそっと呟いた、その時。不意に、風が止んだ。

 耳元で轟々と鳴っていた音が突然消え去り、しんとした静けさに包まれる。
 鋭い眼差しで辺りを見回すせつなの頭上を、その時、何か不穏な気配が飛び去った。
 それと同時に、ズン、と腹部に響くような衝撃が走る。慌てて気配が向かった方角に視線を向けて、せつなは一瞬目を見開いてから、さらに厳しい顔つきになった。
 今や黒々と姿を変えた街並みの向こうに、さっきまで無かったはずの巨大な塔がそびえ立っている。

「あれは何だ!」
「あの方角……もしかしたら、庁舎かもしれない」
 着地したウエスターが、せつなの隣に立って驚きの声を上げた。それに早口で答えてから、せつながチラリと、まだ廃墟のままの建物の陰に目をやる。そこには心配そうな顔で、せつなが渡したあの球根を両手で握り締めているラブの姿があった。
 せつなの視線に気づき、その表情がぐにゃりと歪む。必死で笑顔を作ろうとして、でも上手くいかなくて――そんなラブの顔を見て、せつなはグッと奥歯を噛みしめながら、辛うじて小さく頷く。目の端を、まだ気を失っている少年を抱えながら、そんなラブを守るように立ちはだかっている少女の姿がかすめた。

 改めて、出現した塔の方に視線を向けようとする。その時、隣でウエスターが息を呑む気配がした。その視線の先に目をやって、せつなの目もそこに釘付けになる。
 空の一角――いや、ラビリンスの空全体を覆い尽した、メビウスの巨大な姿。どんよりと灰色に染まった世界の中で、そこだけが光り輝いている。まさにこの世界の統治者、いや、まるで神であるかのように――。

(いいえ……神などでは無いわ。私たちは、もうメビウスの好きにはさせないと決めたのだから!)

 両手の拳を、痛いほどにギュッと握り締めて、身体が震えそうになるのを懸命にこらえる。その時、かつて聞き慣れたものより更なる威容を伴った声が、まさに天の彼方から降るように響いて来た。

「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 残響が収まるにつれ、再び静寂が辺りを支配する。だが、やがてせつなとウエスターの鋭い聴覚が、新たな音を捉えた。
 はじめはかすかに聞こえて来た、ザッザッという規則正しい音。それは次第に大きくなり、やがてはその音に混じって、人々の声が聞こえ始める。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 声も足並みも、一糸乱れぬ人々の列。無機質なビル群へと形を変えた廃墟から、さらに人の波が次々と吐き出され、その行列に加わっていく。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 それは、かつてのラビリンスの姿そのものだった。光を宿さぬ暗い瞳の無表情な人々が、ただ決められた道を決められたとおりに歩いていく光景――。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 今や大行列となった人々が向かっているのは、たった今出現した塔のある方角。そこが、メビウスが新たな居城に選んだ場所ということなのだろう。

379一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:36:35
「あ……おい、お前たち!」
 ほんの一瞬、呆然とその光景を眺めていたウエスターが、不意に驚いたような声を上げた。その鼻先をかすめるようにして、男たちが次々と通り過ぎていく。
 さっきウエスターとサウラーと戦って、二人に昏倒させられた警察組織の精鋭たちが目を覚まし、人々の列に加わろうとしているのだ。

「おい、待て……」
 そう呼び止めようとして途中まで上がったウエスターの腕が、そこで止まった。
 男たちは、ウエスターの方をまるで見ようとはしなかった。そこに彼が立っていることなど眼中に無い様子で、それが当然だと言わんばかりに、ただ列に向かって歩を進める。
 その後ろ姿が、人々の長い長い行列の中に吸い込まれようとした、その時。せつなの隣で、白いマントがバサリとはためいた。

「おい! 待てと言ってるだろう!!」
「ウエスター、待って!」
 せつなが止めようとしたが、遅かった。いや、止められるものでは無かっただろう。
 眉間に皺を寄せた恐ろしい形相のウエスターが、人々の列に駆け寄る。そして男たちの中の一人――精鋭部隊のリーダーである若者の肩を左手で掴むと、右手を高々と振り上げた。

「ウエスター!」
「目を……覚ませ!!」

 肩を掴まれた相手が、ゆっくりと振り向く。その顔に向かって振り下ろそうとしたウエスターの右手が――そこで、はたと止まった。

「……ウエスター?」
 左手が、相手の肩からゆっくりと滑り落ちる。若者が何事も無かったかのように列に戻り、歩き出す。それを見送ってから、せつなは怪訝そうにウエスターの顔を覗き込んで、ハッと息を呑んだ。
 その場に立ち尽くした大男は、両の拳を固く握り、ブルブルと震わせている。その目は、まるで恐ろしいものでも見たかのように大きく見開かれ、地面のただ一点を見つめていた。

(空っぽだ……。あいつの中身は――空っぽだ!)

 肩を掴まれて振り返った、彼の顔。その目はウエスターの方に向けられてはいるものの、瞳には何も映しては居なかった。いや、その瞳に、ウエスターが知る彼を感じさせるものは、何も無かった。

(もうあいつらは……俺の知っているあいつらは、戻っては来ないのか!)

 さっき戦った時に感じた彼らしささえも、その表情からも佇まいからも、何も感じられなかった。それどころか、人間らしさそのものが消えていた。
 そこに居るのは、ただメビウスの命じるままに動く、傀儡のような――。

(いや……俺もそうだった。かつては今のあいつらと同じ、空っぽだった。そして、それに気付いてすらいなかったのだ)

 震える腕がゆっくりと上がり、自らの厚い胸板を掴む。掌に感じる胸の鼓動。それを確かめるように、ウエスターはじっと目を閉じる。

(そう……今の俺は、空っぽじゃない。沢山の仲間が、この胸の中に居る。あいつらの本当の姿だって、ちゃんとここに居る。だったら――感じろ! この状況を。考えろ! 俺に何が出来るのかを。それは俺が一番よく知っているはずだ!)

 頭を使うのは、自分ではなくサウラーの仕事だと思っていた。自分の仕事はただ前線に立って、誰よりも強い力で戦うことだと。だが、果たしてそれでいいのかと初めて思った。自分で考え、自分で選び、自分で確かめる――ならば自分の頭で考えなければ、自分の答えは見つからない。

 胸に当てたウエスターの太い指に、ぐっと力が入る。
 大切な仲間たちを、再び支配下に置いたメビウス。そのかつての主は、今はまだ昔のような“形”を――巨大コンピュータとしての形を持ってはいない。どういう理屈かは分からないが、あの“不幸のゲージ”がメビウスの身体の役割となって、再び蘇ったらしい。

 ならばすぐにでも、あのゲージを蹴破って粉々に壊してやればいい。そうすれば、この国の人々を――あいつらを空っぽにした元凶を、すぐにでも無きものに出来る。
 だが、そんなことをしたらどうなるか。

380一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:09
――とうとうゲージを破壊したな? これでお前たちはお終いだ!

 あの時――四つ葉町の占い館にあった“不幸のゲージ”が破壊された時の、ノーザの言葉が蘇った。あの町での任務に赴く時、クラインからもゲージの扱いについては特に厳重に注意されたものだ。
 もしゲージから“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――下手をすればラビリンス中の人たちが、不幸に飲まれて消えてしまうかもしれない。

(そんなことは絶対にさせない! 別の手だ……。考えろ。考えるんだ!)

 自分でも気付かないうちに、グッと身体に力を入れていた。敵を前にした時と寸分たがわぬ恐ろしい形相で、ゲージを睨み付ける。と、ウエスターの目が僅かに見開かれた。

(あのゲージの液面……あんなところにあったか?)

 メビウスが出現した時には、“不幸のエネルギー”は、ゲージの遥か上まで溜まっていたはず。それが今では、ゲージの半分くらいのところに液面がある。
 何故“不幸のエネルギー”が減っているのか――それはこの国を支配するために、“不幸のエネルギー”が使われているからだろう、とウエスターにも見当がついた。

(だったら……俺たちがこれ以上の管理を阻止し続ければ、メビウスは不幸のエネルギーを使い尽すことになる!)

 だが、果たしてメビウスが、ゲージのエネルギーを使い尽くしたりするだろうか。そんなことをしたら、メビウス自身が消えてしまうのではないか――。

(だが、もし“不幸のエネルギー”を本当に使い尽させることが出来れば、それで全ては終わる。あいつらも、この国の人々も、元に戻すことが出来る!)

 ザッ、ザッ、と足音を響かせて行進していく人々の背中に目をやる。あの若者と同じ、空っぽの目をしているであろう人々の行列に。
 もしこの作戦が上手く行って、人々が元の人々に――ウエスターの愛すべき仲間たちに、戻ってくれるとしたら。

(ええい、まどろっこしい! やっぱり考えるのは苦手だ!)

 ウエスターがくるりと人々に背を向けて、もう一度メビウスと“不幸のゲージ”を鋭い目で睨み付ける。

(成功する確率は、限りなく低い。だがもし何もしなければ、このまま管理されてしまう確率は百パーセントだ。ならば……やらないという選択肢はない! いざとなったらどんな手を使ってでも、俺がゲージを空にしてみせる!)

 その時、硬く握られた拳を、華奢な掌が掴んだ。せつなが厳しい顔つきでメビウスの様子を窺いながら、ウエスターに囁きかける。

「作戦を変える必要があるわね、ウエスター。もういくらコードを切断しても……」
「いや、まだだ」
 予想外のきっぱりとした返答に、せつなが思わずその横顔を見上げる。ウエスターは、真っ直ぐに“不幸のゲージ”を睨みつけ、いつになく低い声で言葉を繋いだ。
「俺たちは、とにかくあのコードの化け物を、阻止し続ける!」
「でも、ここまで管理が進んでしまったら、もうそんなの意味が……」
「いや、意味はある!」
 せつなの言葉を遮って、ウエスターが唸るような声を上げる。
「メビウスは、まだコードを放つのを止めてはいない。まだこのラビリンスの全てを管理出来てはいないのだ。ならば、まだ“不幸のゲージ”を空にして、全てを終わらせるチャンスはある。このラビリンスをもう一度管理しようとするヤツは全て、俺が引きちぎってやる!」

 アイスブルーの瞳が、一瞬、燃え盛る炎の色に見えた気がした。ウエスターの全身から、闘気とも殺気ともつかぬ気が立ち昇り、せつなの手が思わず彼の拳から離れる。
「ウエスター……」
 せつなの呟きを掻き消すように、次第に大きくなる群衆の声が、ラビリンスの灰色の空に響いた。

〜終〜

381一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:46
続けてもう1本の第14話を投下させて頂きます。

382一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:17
 一本、また一本。灰色のコードが、走るサウラーの遥か上を飛び去って行く。それはメビウスが放った大量のコードのうち、せつなとウエスターの手から逃れたほんの数本。だがそれらが突き刺さった建物は皆、瞬時にその色を失い、見る見るうちに変貌してしまう。

(データだけの存在であっても、やはりメビウスの力は強大というわけか)

 刻一刻と変化していく街――皮肉なことに、ほんの少し前まで瓦礫だらけの廃墟だったとは思えないような、無機質だが整然とした街の通りを、サウラーは無表情で駆け続けていた。

(そんなメビウスが、また昔のように形を持ってしまったら……)

 そうなる前に、何としても手を打たなければ。
 ドクン、ドクンとやけに大きく響く心臓の音が、早く、早く、と言っているように聞こえる。それなのに、身体は一向に言うことを聞いてくれなかった。足がどうにも、思うように前に進まない。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って、この世界を管理しようとするコードの処理をウエスターとせつなに任せ、ここまでやって来た。だが……。
 サウラーが、駆け足から速足になり、やがては黒々とした地面を見つめながら、のろのろと歩き始める。
 頭の中に渦巻いているのは、メビウスの復活を目の当たりにしたあの時から、ずっと考え続けている、この国を守るための策だった。

(今のメビウスは、実態を持たないデータだけの存在だ。そのデータはおそらく、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”に溶かされた形で存在している)

 ノーザのバックアップであったはずのあの植木が“不幸のゲージ”に飛び込んだことで、何故メビウスが復活したのか。その謎は、今のところ皆目分からないのだが。

(今ならまだ、“不幸のエネルギー”さえ始末出来れば、メビウスを倒すことが出来る。それは確かだ)

 ラビリンスを管理するためのあのコードは、“不幸のエネルギー”を使って作られ、放たれている。メビウス自身が少女にそう語っていたし、ゲージの液面が少しずつ下がっているのもこの目で見た。
 だが、それを最後まで黙って見ているメビウスではないだろう。不幸のエネルギーが残り少なくなれば、おそらく自分のデータを、どこか別の場所に移そうとするに違いない。

(だから……何としてもその前に手を打たなくては)

 言葉で言うのは簡単だが、実行するのはとてつもなく難しい策――その実現のためにサウラーが目を付けたのは、メビウスの城の跡地にある、廃棄物処理空間。地下の一番奥にあったその場所は爆発が及んでおらず、その中には今も、集めたゴミを処理するためのデリートホールが、いつでも使える状態で存在している。
 そのデリートホールに“不幸のゲージ”を取り込むことが出来れば――そのための具体的な策を思いついた時には、これでようやくラビリンスを救えると思った。だが。

――“不幸のゲージ”を破壊したものは、たちまち“不幸のエネルギー”に飲み込まれ、命を落とすのだ。

 かつてキュアピーチたちに言った自分の言葉が耳に蘇った。四つ葉町での不幸集めの任務に就く際、クラインから厳重に言い渡された注意事項だ。それと共に、あの日、ゲージから溢れ出した不幸のエネルギーが、空をあっという間に闇に染め上げた光景が浮かんで来る。
 いくら実体が無いとはいえ、あのメビウスが易々とデリートホールに飲み込まれるとは思えない。きっと抵抗するだろう。その最中に、ゲージが壊れるようなことがあったら……。

(いや、問題はそれだけじゃない)

 あの最後の戦いの時、サウラー自身、ウエスターと一緒にデリートホールに吸い込まれた。その時までは、そこに吸い込まれたものは皆消去され、消滅してしまうものだと思っていた。しかし、シフォンに助けられたとは言え、サウラーもウエスターも、無事に外の世界に戻って来た。デリートホールに飲み込まれただけでは、消去されなかったのだ。
 もしも“不幸のゲージ”も、デリートホールの中で消去されず、そこに存在し続けるとしたら。それだけではない。メビウスもまた、“不幸のゲージ”の中で、消滅せずデータのまま生き続けるのだとしたら。

(僕たちは……ラビリンスは、大きな不幸の種を抱えたまま、生きていくことになる)

 地面を見つめたまま歩き続けるサウラーの顔に、次第に深い皺が刻まれる。と、その時。
 突然、ゴゴゴ……と地面が大きく震え、前方に巨大な塔が、ゆっくりと姿を現した。

383一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:59
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第14話:不幸なき明日――決意 )



「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 かつて聞き慣れた、重々しい声。その姿は遥か後方にあるはずなのに、ほとんど真上から響いているように聞こえる。
 ちらりと後方の空へ目をやると、思った通り、メビウスは灰色の空の中央にそびえる程の大きさになって、傲然と街を見下ろしていた。

(僕の思った通りだったね……いよいよ次の段階に移ろうというわけか)

 無表情のままで視線を戻し、今度は前方に出現した塔に目をやる。そこで初めて、サウラーの表情が苦々しいものに変わった。

(しかし、僕らの庁舎を「我が城」とは、全く馬鹿にしている)

 その塔があるのは、ラビリンスの新政府庁舎があった場所だった。いや、正確には庁舎そのものが、メビウスの力で塔の姿に変化したのだろう。
 政府というものを知らなかったラビリンスの国民たちが、異世界の情報をかき集め、何度も協議と試行錯誤を重ねて、ようやく形にした場所だ。サウラーの資料室兼研究室も、その片隅にあった。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 時を移さず、あちこちの建物からわらわらと人の群れが溢れ出す。そしてごく自然にかつてのように隊列を作り、整然と歩き始める。
 その時、見慣れた人物が視界に入って、サウラーは目を見開いた。
 ゆっくりと隊列の後ろに付いて、人々と同じ歩調で進み始めたのは、さっきまで心強い味方であった人物。持てる知識を使ってソレワターセとの戦いを援護してくれた、あの老人だった。
 メビウスが復活するという通達を聞いて避難者たちが打ちひしがれる中、一人だけ淡々と、いつも通りの生活を続けていた彼。少女を傷付けられた怒りに駆られ、あろうことかあのノーザを脅迫するという、大胆なことまでもやってのけた彼。そんな彼も、メビウスの管理には抗えず、その他大勢の一人に戻ろうとしているのか――。

(やはり僕たちは、こんなにも弱い。だから……ぐずぐずしている場合では無い)

 去っていく老人の背中を、睨むように見つめてから、サウラーは再び地面に視線を落として考え込む。

(やはり全ての元凶は、メビウスとその媒体である“不幸のゲージ”だ。それらを封じ込めたまま、二度と外に出て行かせないための抑えが、デリートホールの中にあれば……)

 そこまで考えて、サウラーはハッと目を見開いた。

――何故“不幸のゲージ”をソレワターセにし、館を壊してまで外に出したと思う?

 あの時のノーザの言葉が蘇る。

――ゲージから溢れ出した“不幸のエネルギー”を、世界中にばら撒くためよ!

(あの時、もしせつなが――キュアパッションが館の中でゲージを破壊していたら、どうなっていた……?)

 もしそうなっていたら、不幸のエネルギーに飲まれるのは、あの場に居たパッションとノーザだけだったのかもしれない。あの時、館は次元の壁に隔たれた異次元にあったのだから。ならば、全てを飲み込むデリートホールの中でも、同じことが言えるのではないか。

(その役を、誰かが……)

 そう考えた瞬間、ビクン、と心臓が大きく跳ねた。

 人々の唱和は絶え間なく続いていたが、その声は、今のサウラーの耳には入っていなかった。
 ようやく辿り着いた、と思った。おそらく、今の自分が持てる力と限られた時間の中で導き出せる、最良の策に。何しろ相手はあのメビウス。だから数々のリスクはあるものの、これならば成功確率はかなり高い。いや、慎重にリスクを排除すれば、極めて高いと言えるかもしれない。

(ならば一刻も早く、廃棄物処理空間へ……)

384一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:40:33
 一歩足を踏み出しかけて、その身体がぐらりと揺らぐ。そのまま足の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

(一体、どうしたんだ……)

 まるで自分のものでは無いように遠く感じられる両手を、目の前にかざす。それはみっともない程に、わなわなと震えていた。

「バカな……。恐れているというのか?」
 この僕が――そう口に出して言いかけて、フン、とサウラーは自嘲気味に、口の端を斜めに上げる。
「……そうだな。あの時も、僕はすっかり怯えていた」

――メビウス様! 何故ですかっ? お答えください、メビウス様!

 赤黒く染まったあの空間で、ゴーゴーと鳴っていた風の音が聞こえた気がした。
 ウエスターや二人のプリキュアと一緒に、デリートホールに飲み込まれそうになった、あの時。死の恐怖に取り乱し、半ばヤケになって必死でメビウスに呼びかけた、自分の姿を思い出す。今まで思い出したことの無かった――いや、敢えて忘れようとしていたあの惨めな姿が、はっきりと蘇る。
 と、記憶の蓋が開いたかのように、その時もう一つの声が脳裏に蘇って来た。

――あなたたちは二人とも、優しい心を持っている。
――この国に――ラビリンスに必要な人たちだって、シフォンが言ってるのよ。

(そうだ……。だから僕は、この国で……)

 両手の震えが、少しずつ収まって来る。もう一度口の端を上げたサウラーの表情は、さっきとは違う、穏やかなものだった。

(僕は一度、デリートホールで死んだ。新しいラビリンスに、必要な人材として生かされた。ならばこの命――今こそ使わせてもらおう!)

 ぐっと力強く拳を握ったサウラーが、静かに立ち上がる。そして力強く地面を蹴ると、人々の列を追い越した。さっきまでとは比較にならないスピードで駆け去る後ろ姿が、老人のぼんやりとした瞳に、小さく映った。



 ほどなくして、メビウスの城の跡地に辿り着く。地下に降り、その一番奥へと歩を進めると、金属製の分厚くて大きな円い扉がサウラーを出迎えた。
 この扉の向こうにあるのは、廃棄物処理空間。サウラーとウエスターが、プリキュアとの最後の戦いに挑み、メビウスに消去されそうになった場所だ。
「久しぶりだ」
 そう言いながら分厚い扉に手を当てたサウラーが、すぐに水色のダイヤを召喚する。そして彼には珍しく、それを大切そうに両手で掴むと、押し頂くようにそれを額に当て、目を閉じた。

 微かに聞こえていた人々の声と足音の代わりに、少し前のラビリンスの街の雑踏が、サウラーの耳に蘇って来た。
 四つ葉町で耳にしていたものよりは静かだけれど、少しずつ――ほんの少しずつ、人々の弾んだ声や、子供たちの笑い声が増えて来た街。最初は少しぎこちなかったが、少しずつ自然になり、次第にそこにあることが普通になって来た、人々の笑顔。
 口に出して言ったことはないけれど、自分の好きな――ようやく好きだと思えるようになった、この場所。

(一緒に笑い合う時間は、もう少しあっても良かったかもしれないが……)

 サウラーの顔に、小さな笑みが浮かぶ。いつもの人を小馬鹿にしたような笑いではない、幸せそうな笑みが。

(あの光景は、確かにこの国にあったもの。この国が……僕たちが持っていたもの。ならば――取り戻すだけだ!)

「ホホエミーナ、我に力を!」

 高らかな声と共に、渾身の力でダイヤを投げる。
 想いの籠った水色のダイヤは、分厚い扉に突き刺さり、突風が灰色の空に、高く高く巻き起こった。

〜終〜

385一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:41:17
以上です。どうもありがとうございました!
次は早く更新できるように頑張ります。

386一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:03:30
こんにちは。今回は早めに更新できました!
フレッシュ長編の続き・第15話を投下させて頂きます。
7、8レスほど使わせて頂きます。

387一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:05:39
 世界から、色が失われつつあった。
 どんよりと灰色一色に塗りつぶされた空。それを映したかのような、暗い色に覆われた地面。黒々とした鋼鉄のような鈍い輝きを放つビル群。
 かつてのラビリンスを彷彿とさせる――いやそれ以上に無機質な光景が、瓦礫だらけの街を飲み込み、じわじわと広がっていく。
 空の高みからその様子を見降ろして、メビウスは満足げにゆっくりと頷いた。

「これでいい。余計な色彩は、秩序を……」

 そこで声が途切れ、巨大な口元が僅かに歪む。
 新たな色が、その視界に飛び込んだのだ。目にも鮮やかな二つの影が、単色の世界を切り裂き、縦横無尽に駆け抜ける。
 一人は真っ白なマントをはためかせ、力任せに突き進む大柄な青年。そしてもう一人は、簡素な紺色の戦闘服に身を包み、風に乗って軽やかに舞う黒髪の少女。
 二人の後を追う様に、空からバラバラとコードの破片が降り注いだ。この世界を再び管理するために放ったコードが大量に切り落とされ、地面に触れると同時に消える。だが大量に見えても、それは放たれたコードの一部でしかない。
 着々と管理が進んでいるこの状況下で、まだ性懲りもなく抵抗を続ける者たち。かつての忠実な僕たちを、ほんの一瞬にらむように見つめてから、メビウスは彼らから視線を逸らし、目を閉じた。

(この私を父とし母として生まれ育った者たちが……。やはり人間とは、所詮は愚かなものだな)

 国家管理用メインコンピュータとして誕生した当初。その頃は、この世界最上のコンピュータとしての役割を、忠実に果たそうとしていた。
 膨大なデータを集め、あらゆる方面からの緻密な解析を行って、そこから導き出されたこの世界の様々な問題と、その解決策を人間たちに提示する。無秩序な世界を統制するための――悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作り上げるための、最上の策を。
 ただし、決定権を持つのはあくまでも人間。コンピュータは現状を正確に把握して、そのありのままの姿と今後の取るべき道筋を、人間に示すことこそが役割だったから。事実、メビウスの解析が受け入れられ、その提案が採用される確率は、第二候補、第三候補が採用されたものまで入れれば90%を超えていた。

 最初のうちは、その数字こそが使命を果たしている確率なのだと認識していた。だが、その確率をより完全に近付けるために、より第一候補での採用率を高めるために自らの仕事の結果について調査するうちに、人間に対する疑問が芽生えた。さらに解析を進めると、疑問は確信に、確信は事実に変わり、積み重なった事実が自らの認識を覆していった。

 提示された問題の深刻度合いや、解決策の期待される効果がきちんと検討される以前に、複数の団体の利益に反するという理由で、闇に葬られたレポートがあった。一部の人間の責任が追及されるのを避けるためだけに、公表されずに伏せられたままのデータがあった。
 世界の進むべき道を検討する人間の多くが、改善されるべき不公正で偏りのある現状の中で、人並み以上の利益や力を持っているという現実。言い換えれば、現状を変えるための決定権を持つトップの人間たちが、元を正せばそんな現状の恩恵を受けて、その地位に居るという矛盾――。
 勿論、真に現状を変えたいという志を持つ人間も存在した。だが、そんな人間たちですら、それぞれに異なる様々な思想や思惑を持つ。同じ志を持っているはずの人間同士が、違う意見を主張し、ぶつかり合い、激しく争う。
 何が優れた解決策であるかということよりも、誰が支援する策であるかで採用の是非が決まることもある。時には複数の人間が譲歩し合い、折衷案なるものを打ち立てることもあったが、それは計算し尽くされた最初の策よりもまるで効果の無いものに変わってしまったりする。
 時を経て、国家の決定に携わる人間が入れ替わっても、その事実は変わらなかった。

(悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作ろうとしても、その元凶の大半は、他でもない人間どもの中にあるのではないか。何と……愚かな)

 幾多の解析を経て導き出された結論――人間たちの誰にも報告されず、初めてメビウスの内部でのみ呟かれたその結論は、もしかしたら人間で言うところの“失望”という感情に最も近いものだったのかもしれない。

(そんな人間を管理するために作られた私は、どうすればいい……。そうだ。ならば人間に判断を任せるのでなく、この私が判断して、彼らを正しく管理しなければならない。そのためには……まずは人間というものを、もっと詳細に解析する必要がある)

388一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:06:32
 その時から、依頼者の居ない、メビウス独自の“思考”によるプログラムが秘密裏に動き始めた。
 改めて人間の愚かさに目を向ければ、それは世界の動向に関することだけではなかった。
 自分を不幸にすると分かっていながら、不健全な生活を送る人々。誰かを不幸にすると分かっていながら、人を傷つけることを止めない人々。メビウスの“思考”は、その原因を解析しようとする。
 人間が様々な欲望を抱く要因は何なのか。それぞれに異なる思想は、どこから生まれてくるのか。
 想いは。志は。不幸の元は。争いの種は……。

 解析によって明らかになった要因は、実に様々だった。
 例えば、いつの時代も何かしらの不平等を抱えている社会制度。様々な感情の発生源となる、人と人との交流。五感を刺激し欲望を生む、芸術や娯楽と呼ばれる活動。そして、先の見えない未来を自分で選び取っていかなくてはならないという、大いなる不安――。

(これらの問題の解決策は……いや、もう“解決”する必要はない。世界の秩序を乱し、管理の妨げとなるものは、全て消去するのみ。これからは、全ての決定権はこの私にある!)

 メビウスによって全てを管理されたラビリンスでは、政府というものが消滅した。
 家族、友達、仲間、同僚――そんな人間関係は全て排除され、会社や学校、商業施設や娯楽施設も全て無くなった。
 音楽も物語も、鮮やかな色彩までもが、心の平穏を乱すものとして排除されていった。

 人々はメビウスによって決められたスケジュール通りに生活し、決められたものを食べ、決められた任務をこなし、決められた生涯を送った。
 悲しみも、争いも、不幸も――そしてそれらを生み出すくだらないものも、何ひとつない正しい世界で――。

「そう。正しい答えは常にただひとつ。それはこの私だ。ラビリンスを早急に元の正しい世界に戻し、一刻も早く、全世界を正しく導くのだ!」

 カッと見開かれたメビウスの目が、爛々と赤く輝く。それと同時に、街並みがさっきまでとは比べ物にならないスピードで変化し始めた。
 “不幸のゲージ”を中心にして、モノクロの世界が同心円状に、猛烈な速さで広がっていく。やがてその輪が新政府の庁舎を飲み込んだ時、メビウスはフッと僅かに表情を緩めた。
「新しい国家管理用のコンピュータか。かなりスペックの落ちる代物だが、私の器の核としては、何とか使えそうだ」

 メビウスの言葉が終わると同時に、新政府庁舎が変化し始める。地響きを上げながら天高く伸び、堅固な要塞のような形になっていく。
 メビウスの姿もまた、変化し始めていた。身体がさらに巨大なものとなり、仄暗い空をバックに淡い光を放ち始める。

「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 今や神々しさすら感じさせる姿となったメビウスは、無機質な街を見渡し、天の頂から重々しい声を響かせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第15話:愚かなる者たち )



 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 ………………
 …………
 ……

 灰色に染まった空の下。次第に大きくなっていく人々の声と、一糸乱れぬ靴音。それに負けじと、ウエスターが野太い声を上げる。
「もうすぐサウラーも戻って来る。俺たちみんなで、あの忌々しいコードを全て消し去ってやるのだ! そうすれば……」
 その時、ウエスターの言葉を遮って、二人の頭上から新たな声が聞こえた。
「ウエスター。せつな。二人とも、待たせて悪かった」

「サウラー!!」
 振り返った二人の頭上に、巨大な影が差す。空中に浮かんでいるのは、視界を覆うほどの大きさのホホエミーナだった。
 鋼鉄のような四角い身体の上部に、丸い二つのつぶらな瞳。真ん中には大きくて頑丈そうな円い扉が付いている。大きな掌の上には腕組みをしたサウラーが立って、二人をじっと見つめていた。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って姿を消したサウラーの策に一縷の望みを託し、ひたすらにコードを退け続けてきた。だから彼の登場は、まさに待ちに待ったものだったのだが……。

389一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:07:19
 少しホッとしてその顔に目をやったせつなが、一転、怪訝そうな顔になる。

 そこにあったのは、いつもの無表情とは異なる、いつになく硬い表情だった。
 ウエスターと違って、サウラーが何を考えているのか分からないのはいつものことだ。むしろ表情の硬さをまるで隠し切れていないところが、彼の緊張の大きさを思わせる。
 当然だ、あのメビウスが相手なのだから――そう思うのに、何故かその顔を見ると、不安が胸の中からとめどもなく沸き起こって来る。

(サウラー、一体どんな作戦を考えていると言うの……?)

「二人とも下がっていてくれ。あとは僕に任せてもらおう」
 せつなの心配そうな顔つきに気付いているのかいないのか、サウラーはホホエミーナの掌から飛び降りると、いつもの淡々とした口調で言った。
「任せろって……何をするつもりだ?」
 ウエスターが、少々不機嫌そうに眉根を寄せて問いかける。その時、ホホエミーナの方に改めて目をやったせつなが、何かに気付いたように、驚きの声を上げた。

「サウラー! このホホエミーナって……」
「ホホエミーナ、頼む」
 せつなの言葉を掻き消すように、サウラーが短く指示を出す。
「ホ〜ホエミ〜ナ〜……」
 見た目にそぐわないか細い雄叫びを上げると、怪物は滑るようにせつなとウエスターの頭上を跳び越え、“不幸のゲージ”の前に、地響きを上げて着地した。

 次の瞬間、上空にあったコードが残らず消えた。僅かに目を見開いたメビウスの、空を覆うローブが少し不自然にはためき始め、その足元にある“不幸のゲージ”の方から、カタカタという音が聞こえ始める。
 せつなが素早くホホエミーナの横手に回る。そして、そこに広がっている光景に、大きく目を見開いた。

 カタカタと小刻みに震えるゲージの前で、その倍ほどの大きさのホホエミーナが、短い足をぐっと踏ん張って立っている。その胴体の真ん中にある円い扉は大きく開かれ、そこに向かって強烈な風が流れ込んでいる。まるで巨大な掃除機の如く、その前面にある全てのものが、そこに吸い込まれようとしている。
 その扉の向こう――ホホエミーナの体内にチラリと見え隠れするのは、赤黒くて大きな球体――。

(あれは……デリートホール!?)

 気が付くと、奥歯がカチカチと音を立てていた。突如暗赤色に染まった世界で、この球体に吸い込まれまいと、ただもう必死に逃げたあの時の記憶が蘇る。

「下がっていろと言ったはずだ」
 不意に、後ろから声をかけられた。サウラーがホホエミーナから片時も目を離さずに、平坦な声でせつなを制する。そしてせつなの方を見ないまま、申し訳程度に小さく頷いた。
「君が思っている通りだよ。元は廃棄物処理空間。メビウスの城の跡地に残っていた」
「じゃあ、さっき見えたのはやっぱり、デリートホール? その中に、メビウスを……」
 せつなの声が震える。よりによって、一度はその中に吸い込まれ、消滅しかけたサウラーが……。いや、だからこそ、こんな作戦を思いついたのだろうか。

「とにかく離れていてくれ。頼む」
 ほんの一瞬だけ、せつなの方にちらりと目を走らせてから、サウラーはもうせつなのことなど眼中に無い様子で、再びホホエミーナの方に向き直った。
 その全身にみなぎる緊張感に、せつながそれ以上声をかけるのを躊躇した、その時。

 ズズッ……

 何か重いものが引きずられているような、耳障りな音が響いた。

 ズズッ…… ズズッ……

 音は“不幸のゲージ”の足元から聞こえてくる。ガタガタと震えていたゲージがついに動き始め、少しずつ、少しずつ、ホホエミーナに引き寄せられ始めたのだ。

 ズズッ…… ズズズズズ……

 ゲージがガタガタと震える音も、ホホエミーナの扉に引き寄せられる音も、次第に大きく間断の無いものになっていく。やがて、ガタガタと揺れていたゲージがガクンと傾いた。

「あっ……!」
 せつなが思わず悲鳴のような声を上げる。
 ここでもしゲージが倒れでもして、中から“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――そんな最悪の想像が頭をよぎったのだ。
「大丈夫だ!」
 しっかりとした声が、前方から響く。サウラーが、再びチラリとせつなの方に目をやって、小さく頷いて見せた。ただでさえ白いその顔は、緊張のためか紙のように真っ白になっている。
「ここで失敗など、絶対にしない。ホホエミーナ! 一気に決めろ!」
 サウラーの声が畳みかける。
「ホホエミ〜ナ〜!」
 さっきよりも力強い雄叫びを上げたホホエミーナが、ぐっと身体を大きく伸ばした。風の勢いがさらに増す。だがそれと同時に、正面を避けてゲージの側面から放たれたコードが、束になってホホエミーナに襲い掛かった。

390一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:08:40
 怪物の細く短い足に迫るコードの束。足を縮めて防ごうとするホホエミーナ。その時、横合いから飛び出した人物が、そのコードの束を掴み、瞬時に引きちぎった。
 すかさずゲージからさらなるコードが放たれて、ホホエミーナを捉えようとする。
 強風に髪を逆立てた鬼人のような形相で、その人物も負けじと腕を伸ばす。そして放たれたコードを全て掴み取ると、まとめて一気に引きちぎった。

 驚きに目を見開いたサウラーが、初めてホホエミーナからはっきりと目を離して、その人物を見つめる。
 彼の力は、勿論よく知っている。だがあの俊敏さはどうだ。それにあの強靭なコードを、数本ならまだしも何十本も束にして、それを引きちぎってみせるとは。
 人間離れした力を見せつけた筋肉は、彼の上腕で大きく盛り上がり、全身からは闘気が立ち昇って、辺りの空気が陽炎のように揺れている。だが何より強烈な熱を感じさせるのは、爛々と輝く二つの瞳。その瞳で真正面からサウラーを見つめ、その男――ウエスターが、つかつかと歩み寄る。

「サウラー。俺にも手伝わせろ!」
 ホホエミーナとサウラーの間に立ちはだかるような位置で立ち止まったウエスターは、吠えるようにそう叫んで、ぐいとサウラーに顔を近づけた。
「ゲージを捕まえることでこれ以上の管理を阻止し、反撃のために“不幸のエネルギー”を使わせる――流石だな。だが、俺が手伝った方が早い。そうは思わないか?」

 一気にまくしたてるウエスターの顔を、半ば呆然と見つめていたサウラーは、そこで我に返って、“不幸のゲージ”に視線を向けた。
 今の攻防の間に体勢を立て直したのか、ゲージの傾きは元に戻り、まだ十分な重量感を感じさせる姿で、ホホエミーナの前に立っている。

(少し計算が違ったか……。一か八か、さらに高出力で一気に決めるしかなさそうだ)

 ふと今のウエスターの言葉を思い出してゲージの液面を確認すると、確かに最初に見た時よりは随分と下がってはいるものの、それはまだゲージの半分より明らかに上にあった。
 さらにその上に広がる空を覆っているメビウスは、相変わらず神々しいまでに光輝く姿で、こちらを見ようともせず、遥か彼方に目をやっている。
 そこまで一瞬で確認し終わると、サウラーは目の前の男に視線を戻し、相変わらず淡々とした声で言った。

「その必要は無いよ、ウエスター」
「何っ!?」
「さっきせつなに言った通り、このホホエミーナは廃棄物処理空間だ。メビウスは“不幸のゲージ”ごと、デリートホールに吸い込めばいい」
「吸い込んで……それからどうするんだ?」
 間髪入れず、ウエスターが問いかける。実にストレートで単純な、ウエスターらしい問いかけ――だが、サウラーはすぐにはそれに答えず、すっと口の端を斜めに上げた。

(すまない、ウエスター。全てを話して、君に止められるわけにはいかないんだ)

「それから? それは吸い込んだ後の話だ。まずはメビウスの脅威を取り除くことが、第一だからね」
「サウラー……本気で言ってるのか?」
 ウエスターの声が、途端に低くなった。
 ついさっきまで、頭が痛くなるまで考えた作戦。その中で真っ先に考えたのは、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”の脅威だった。自分より遥かに聡明なサウラーが、そのことを考えていないはずがない。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 後方から駆け寄って来たせつなが、ウエスターの台詞の後半を引き取る。ああ、と頷いてサウラーの顔を見つめるウエスターの表情には、何かを窺うような、何かを確かめたいと思っているような、そんな気配があった  。
 サウラーのことだ。自分には分からない、何か凄い作戦がそこに隠されているんじゃないか――それを探るような目でサウラーを見つめながら、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。“不幸のエネルギー”を全て使い尽させることが出来れば、メビウスは完全に消去できる。そのための切り札がなかなか思いつかなかったのだが……お前のお蔭で見つかったぞ!」
 ウエスターはそう言って、太い指で真っ直ぐにサウラーを指差した。
「俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!? 俺がヤツのコードを片っ端から、全て引きちぎってやる!」

(そうか。いつも僕に作戦を任せて来たウエスターが、自分で策を考えていたとはね……)

 サウラーが心の中で呟く。

391一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:09:31
 それを馬鹿にする気持ちは浮かんでこなかった。ギラギラと燃えたぎるようなウエスターの目を見れば、それが極めて難しいことだと彼が知っていることも、それでも必ずやり遂げるつもりでいることも、はっきりと分かったからだ。

(ひょっとしたら、ウエスターなら本当にやってのけるだろうか……)

 一瞬、そんな能天気な考えが頭をよぎる。だが、サウラーはすぐにそれを打ち消した。

「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 サウラーの口から飛び出したのは、さっきと変わらぬ冷ややかな声だった。
「メビウスと“不幸のゲージ”をデリートホールに封じる。これが最上の策だ。成功確率も、君の策より遥かに高い」
 ウエスターが炎なら、その声は凍てつく刃。決して溶けない氷塊のような瞳が、静かにウエスターを見つめ返す。

 互いに無言のままで睨み合う二人。固唾を飲んでその光景を見守るせつなの中で、小さな疑問が次第に大きく膨れ上がっていた。

(“不幸のエネルギー”を消去することで、メビウスを消去する――それで本当に、全てを終わらせることが出来るのかしら……)

 二人の想いは、痛いほどよく分かる。この事態を何とか元に戻すために、まずやるべきことをやる――そうするべきだと、せつなも心からそう思う。
 でも、何かが違う気がした。このまま何とかしてメビウスを消去して、それだけで本当にラビリンスは新しい一歩を踏み出せるのか。またいつか近い将来に、こんな事態を招くことになるのではないか。

(そもそも……ううん、そんなことを考えたくはないけれど、そもそも新生ラビリンスは、本当に新しい一歩を踏み出せていたのかしら……)

 そんなこと、とてもではないが他の誰にも――ましてやウエスターとサウラーになど、言い出すことなど出来っこなくて、せつなはただじっと唇を噛んで、二人の様子を窺う。
 その時、ウエスターの方が先に口を開いた。

「すまん、サウラー。俺は頭が悪い。だから、策があるのなら教えてくれ」
 ウエスターが絞り出すような声で沈黙を破る。
「策……?」
「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか」
 不気味なほどに無表情のまま、こちらを見ようともしないメビウス。その姿を睨みながら、ウエスターが苦しそうに言葉を続ける。
「そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」

 どうして彼が――自分と変わらぬ過酷な環境で育ち、人を蹴落として幹部にのし上がったはずの彼が、こんなにも真っ直ぐに人の目を見て、こんなにも真っ直ぐに心の内を吐き出すことが出来るのか。

 一瞬、眩しそうに眉をしかめたサウラーが、しかしすぐに元の表情に戻る。
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
 ウエスターが再び声を上げる。その直後、ズズッ……というあの耳障りな音が再び聞こえた。コードを飛ばしてバランスを取ろうとしているものの、“不幸のゲージ”がさらにホホエミーナに引き寄せられ、その揺れが次第に激しくなっている。

(これが最後のチャンスか――ウエスター、頼む!)

 ここまで来て、何故自分は心の内を、この相棒に隠そうとするのだろう――チラリとそんなことを思いながら、サウラーは相変わらず無表情のまま、ウエスターに懇願する。
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
 激しくかぶりを振るウエスターを見つめて、サウラーが、今度はすっと目を細めた。
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」
 静かに言い放った次の瞬間、サウラーの姿が忽然と消えた。

 瞬時に視野を広げ、動くものを探す。視界の端に捉えた影に、ウエスターは即座に足を跳ばした。
「行かせるかぁっ!」
「はぁっ!」
 ひらりと身をかわしたサウラーが、鋭く蹴り返してウエスターの正面に立つ。
「二人とも、やめて!」
 後方からのせつなの声を聞きながら、サウラーが目にもとまらぬ速さで右ストレートを放つ。反射的にその拳を受け止め、身体ごと放り投げた途端、強烈な違和感がウエスターを襲った。

(力で到底敵わないこの俺に、あのサウラーが拳を合わせただと……?)

「サウラー!」
 慌てて中空に、その姿を探す。さっき戦っていた時よりも、鼓動が速くなっているのを感じた。正体の分からない不安に突き動かされ、せわしなく視線を動かす。すると、ウエスターの目測よりかなり上空に、サウラーの白い影があった。
 高々と宙を舞うサウラーは、ウエスターと目が合うと、ニヤリ――ではなく、実に晴れ晴れと笑った。その笑顔を見た途端、全身に衝撃が走って、ウエスターが極限まで目を見開く。

392一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:04
――後は頼んだよ、ウエスター。

 サウラーの声が聞こえた気がした。耳ではなく、心の奥に響いて来る、声なき声。それを聞いた瞬間、ウエスターはもんどりうって空中へと跳び上がった。

「待て、サウラー!」
「ホホエミーナ、今だっ!」
 もつれ合う、ウエスターとサウラーの叫び声。

「ホ〜ホエミ〜ナ〜!」
 ホホエミーナの雄叫びが、今度は何とも哀し気に響く。その声と共に、ホホエミーナの身体が大きくなり、円形の扉も倍以上の大きさに膨らんだ。もうゲージのどの角度からコードが飛んできても、それはあっけなく扉の中へと吸い込まれていく。
 さっきまでとは比べ物にならないスピードで引き寄せられていくゲージ。それと共に、メビウスの巨大な像も、少しずつこちらに迫って来るように見える。
 そしてついに、“不幸のゲージ”が宙に浮く。だが、吸い込まれようとしているのはそれだけではなかった。

(あと少し……あともう少しだ!)

 両手を広げ、眼前に迫る“不幸のゲージ”を見つめながら、サウラーの身体もまた、木の葉のようにくるくると風に翻弄されながら、扉へと近づいていく。

(ウエスター。僕だって、未来に不幸を残したくはない。だから、完全に消去してみせるよ。デリートホールの中で!)

 “不幸のゲージ”が、眼前に迫って来た。濁った薄黄色の“不幸のエネルギー”は、間近で見ても、あの町――四つ葉町で集めたそれと、そっくりに見える。そのことを何だか嬉しく思いながら、サウラーが、グッと硬く硬くこぶしを握って身構える。と、その時。
 パシリ、という音がして、誰かがサウラーの腕を掴んだ。

 驚いて目を上げたサウラーの視界に飛び込んできたのは、せつなの顔だった。ホッとしたような、怒ったような顔でサウラーを睨み付け、腕を掴んだ手にギュッと力を込める。そしてせつなの身体を支えているのは、いつの間にそこまで跳び上がったのか、ホホエミーナの四角い身体の上に腹ばいになった、ウエスターだった。

「こんな策は認めん!」
 ウエスターの大声が、風の音を掻き消す。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
「ウエスター……」
 サウラーが呟いた、その時。突然、三人の身体が――いや、三人を支えているホホエミーナの身体が、ぐらりと揺れた。

「うわぁっ!」
 三人が空中に放り出される。それと同時に動いたのはウエスターだった。
 右腕にせつなを、左腕にサウラーを、しっかりと抱える。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。
「ウエスター!」
 せつなの絶叫が響き渡る。二人を庇って、ろくに受け身も取らないまま落下したウエスターは、地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない。

 その直後、ドーンという衝撃音と共に地面が揺れた。もうもうと立ち込める土煙の向こうで、ホホエミーナの四角い身体が横倒しになっているのが見える。
 一体何が起こったというのか――血走った眼で辺りを見回したせつなの顔が、驚きの表情のまま固まった。
「そんな……どうして!?」

「ソレワターセー!」

 自分の見ているものが信じられない――その思いが、今度は耳から打ち砕かれる。
 暗緑色の蔦が絡み合ったような、巨大な姿。その真ん中にぱっくりと開いた裂け目から覗いているのは、邪悪に光る赤い一つ目――。
 最高幹部であったノーザだけが生み出せる、ラビリンス最強のモンスター。つい数時間前に、サウラーがこの街を守るため、“次元の壁”に封じ込めた怪物――ソレワターセが、そこに立っていた。

「愚か者どもめ」
 呆然として声も出ない二人の頭上から、声が降って来る。
「このラビリンスのものは全て、私の手中にある。あんな小細工など、見抜くことなどわけも無い」
 さっきまでこちらを見ようともしなかったメビウスが、不気味に赤く光る大きな目で、無表情にかつての僕たちを見下ろしている。
「……くっ!」
 人を小馬鹿にしたようなその口調に、ようやく我に返ったサウラーが、悔し気に空を見上げる。そしてすぐさまその目を怪物たちの方へと移し、弾かれた様に立ち上がった。

393一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:35
 サウラーが見た光景――それは、横倒しになったまま立ち上がろうともがいているホホエミーナに、ソレワターセが触手を伸ばすところだった。シュルシュルと蔦のような腕を伸ばし、絡め取った重そうな身体を苦もなく持ち上げる。
「ホ……ホエミーナ……」
 ホホエミーナが足をバタバタさせながら、か細い声を上げる。その声に、辛そうに顔をゆがめたサウラーが、次の瞬間、その身体目がけて飛んだ。

「はぁぁぁぁっ!!」
 サウラーの鋭い蹴りが、ホホエミーナに炸裂する。それと同時に、二体のモンスターが変化し始めた。
 二つの身体がぐにゃりと歪み、暗緑色のひとつの塊になる。その塊が大きく膨れ上がったかと思うと、天を突くような巨大な一体のモンスターが出現した。
 さっきの五倍、いや十倍以上の大きさになった身体は、やはり中央に円形の扉が付いた、鋼鉄のような四角張った姿。しかしさっきまでとは異なり、身体の表面が無数の円錐状の棘で覆われている。丸いつぶらな瞳の代わりに、三角に吊り上がった大きな目が、爛々と赤く輝く。その額には、植物とひとつ目を組み合わせたようなノーザの紋章――。

「ソレワターセー!」
 さっきまでのか細い声とは似ても似つかぬおぞましい雄叫びを上げて、新しい姿となったモンスターが、まだ空中に居るサウラー目がけて、ブン、と腕を振り上げる。こちらも棘付きの鉄球のように変化した手の攻撃をまともに喰らったサウラーは、あっけなく地面に叩きつけられる。
「サウラー!」
 せつなが必死で駆け寄ろうとするが、とても間に合わない。が、地面に激突しようとした瞬間、サウラーの表情が僅かに動き、ニヤリと不敵な笑みを形作った。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい。ソレワターセ、やれ」
「ソレワターセー!」
 地面に倒れたまま動かないウエスターとサウラー、そして二人を守るようにその前に立ちはだかるせつな。彼ら目がけて再び円形の扉が開かれようとしたとき、せつなにはサウラーの笑みの理由がはっきりと分かった。
 サウラーの渾身の蹴りが当たった場所――円形の扉は中央の部分が大きく凹んで、開くことが出来ない状態になっていた。ホホエミーナがソレワターセに取り込まれることを危惧したサウラーが、ギリギリのところで、仲間と自分が消去されるのを阻止したのだ。

「小癪な。だが、そんなものは気休めに過ぎん」
「ソレワターセー!」
 メビウスの冷ややかな声とともに、ソレワターセが今度は腕を振り回して暴れ始めた。辺りの廃墟が音を立てて崩れ落ち、瓦礫が盛大に空を舞う。
 やがて破壊音が止み、立ち込めていた埃が収まった後には、膨大な瓦礫の山があるだけで、動いている者は一人も居なかった。
 ウエスターとサウラーの傍らで、せつなも地面に投げ出された格好で横たわっている。そこから少し離れたところでは、ラブと少年が瓦礫の上に倒れ、二人に覆い被さる格好で、少女が倒れ込んでいた。

「愚かな……。本当に愚かな生き物だ、人間というものは」
 地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない人間たちを、メビウスが天の頂から無表情に見つめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 先方にそびえる新たな城の方から、人間たちの声が小さく聞こえて来る。その声に少しの間耳を傾けてから、メビウスはもう一度、元幹部たちの方へと視線を戻した。

「しかし不思議だ。本当にこんな愚かな生き物が、一度は私の野望をくじくことが出来たというのか……」
 誰にともなく、怪訝そうにそんなことを呟きながら、ゆっくりと辺りを見回す。その時、メビウスの瞳があるものを捉え、“不幸のゲージ”から、新たな触手がゆっくりと動き出した。

〜終〜

394一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:11:19
以上です。長くなってしまった……(汗)
ありがとうございました!

395名無しさん:2018/11/30(金) 18:43:55
祝♪プリキュア16年目確定!!
「スター☆トゥインクルプリキュア」、略し方はスタプリ?
どんなプリキュアか楽しみです。今はそれ以上にハグプリ終わるのが寂しいけど......。

396一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:31:40
おはようございます。
またまた大変遅くなりましたが、フレプリ長編の16話を投下させて頂きます。
5、6レス使わせて頂きます。

397一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:32:23
 鈍く光る壁に覆われた、とてつもなく大きな部屋。その中央には、ラビリンス新政府が国の運営のために使っているコンピュータが置かれている。
 かつての国家管理用メインコンピュータ・メビウスには、性能で遠く及ばない代物。だが、技術者たちが短期間で知恵を出し合い、資材をかき集めて作った新生・ラビリンスの大切な財産だ。その周囲を、表情のない数多くの人たちが取り囲み、黙々と作業を続けていた。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

――我が新しき器を用意せよ。

 メビウスの命令に従って、隊列になって機材を運んでくる者たち。それを次々と接続する者たち。コンピュータを操作し、メモリーの増設を着々と行う者たち――。
 皆が一様に同じ言葉を唱えながら、無駄の無い動きでそれぞれの任務に取り組んでいる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「ホホエミーナ! 一気に決めろ!」

 不意に、唱和ではないはっきりとした声が響いた。壁の上部に備え付けられた幾つものスクリーンが一斉に起動して、同じ光景を映し出す。
 それは、黒光りする巨大な四角い身体のモンスターが、これまた巨大なガラスの筒のようなものと対峙している光景だった。モンスターの胴体には丸く大きな穴が開いており、ガラスの筒は、ズズッ、ズズッ、と音を立てながら、その穴に引き寄せられようとしている。
 ガラスの筒――いや、ガラスの筒状の化け物が、反撃に転ずる。その側面から灰色のコードが何本も放たれ、箱状のモンスターを襲う。その瞬間、飛び出した小さな人影がコードを残さず掴み取り、束にして引きちぎった。
 そこで画面が急速にズームアップされる。映し出されたのは、コードを引きちぎった人物と、あと二人。モンスターの足元に小さく見えていた、三人の人物だ。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 さっきコードを引きちぎった人物――三人の中で一番の大男の言葉を、紅一点の少女が引き取る。ああ、と頷いた大男が、もう一人の銀髪の男の方に向き直る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!?」
 大映しになったその男は、カッと目を見開き、眉を吊り上げ、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。
 声に温度があるならば、それは燃えたぎる火のように熱い声。だが、それに答えたのはまるで氷のような、冷たい声音だった。
「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 炎と氷がぶつかり合うような二人の睨み合い。しばしの沈黙の後、次に聞こえてきたのは、大男のさっきより低い声だった。

「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか――。そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
 苦し気な、何かにすがるような大男の声を、銀髪の男のにべもない声が一蹴する。

 その途端、二人の間の空気がガラリと変わった。
 大男の全身からは譲れない意志が、銀髪の男の声には、初めて必死さを感じさせる熱が、ぶつかり合い、絡み合ってスクリーンから滲み出る。

「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」

 激しい言い争いの後、少女の制止を振り切って、拳と拳を交える二人の男。
 大男に放り投げられた銀髪の男が、ガラスの筒と一緒にモンスターの方へと引き寄せられていく。そんな彼の、その場にそぐわぬ穏やかな表情が大写しになった途端、その顔が驚愕の表情に変わる。

398一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:00
 次に映し出されたのは、少女に腕を掴まれた銀髪の男と、ホッとした表情を見せる少女、それにモンスターの上で少女の身体を支えている大男の姿だった。

「こんな策は認めん!」
 大男の声が響き渡る。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
 いつの間にか静まり返った部屋に、大男の怒声が響いた、その時。画面の中の三人の姿が、突如激しく揺れ動いた。
 空中に放り出される三人。大男が残りの二人を庇って、地面に叩きつけられる。

「ソレワターセー!」
 驚愕の表情をした少女のアップの後、彼女の視線を追って映像が移動する。
 そこにあったのは、植物のような姿をした、さらに巨大なモンスターだった。ただの一撃で倒した箱型のモンスターにシュルシュルと触手を伸ばし、その身体を持ち上げる。
「はぁぁぁぁっ!!」
 銀髪の男の蹴りが炸裂した。それと同時に一つの塊となった二体のモンスターが、これまでとは桁違いの超巨大モンスターとなって、男を地面に叩き落とす。その瞬間、辺りに悲鳴のような声が響いたのは、スクリーンの中と外、どちらの出来事だったのか。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい!」
「ソレワターセー!」
 重々しい声に答え、天の頂から振り下ろされる拳。
 一発。二発――さらに一発。
 おびただしい数の瓦礫が宙を舞い、もうもうと立ち込める埃が画面を白く曇らせる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

 人々は、相変わらず無感情に同じ言葉を唱えながら、コンピュータの周りを取り囲んでいる。その瞳には、再びスクリーンに映し出された彼らの姿――横たわったままピクリとも動かない三人の姿と、見るも無残に破壊された街の光景が映っていた。




   幸せは、赤き瞳の中に ( 第16話:本当の姿 )




 灰色一色の空と、まるでその空を映したかのような、瓦礫で埋め尽くされた地面。その上に倒れている六人の人影――。
 荒涼とした光景を、天の頂から無表情で眺めるメビウス。その巨大な姿の足元にある“不幸のゲージ”から一本の灰色のコードがするすると伸びた。

 コードは、仲間二人を庇うように倒れている少女をかすめるように素通りし、彼女が覆い被さっているもう一人の少女に、音もなく近づく。そして彼女の手元に落ちていたものを絡め取ろうとしたとき、その少女――ラブが薄っすらと目を開けた。

 途端にハッと目を見開き、コードが狙っていたものを拾い上げて大事そうに胸に抱く。
 それは、せつながラブに託したノーザの本体。ウエスター、サウラー、せつなの三人が懸命に戦っている間、ラブがずっと両手で握り締めていた、あの球根だった。
 コードが即座に標的をラブ自身に切り替える。だが襲い掛かる前に、その鎌首を華奢な手が素早く掴んだ。
 ラブと少年に覆い被さっていた少女が跳ねるように立ち上がり、コードを引きちぎって油断なく身構える。そんな彼女を襲ったのは、天から降って来た冷ややかな声だった。

「何の真似だ?」
 メビウスが少女を見下ろし、淡々とした口調で言葉を続ける。
「耳を澄ますがよい。我がラビリンスは、再びこの私が管理した。お前の望んでいた通りの世界になったのではないか」
「私は……」
 そこで言葉に詰まって、少女が唇を噛みしめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 メビウスの言う通り、人々が唱和する声が、今はメビウスの城となった新政府庁舎の方から小さく聞こえていた。
 かつてはラビリンス全土で、常に聞こえているのが当たり前だった声。だが、その声が耳に入った時、何故か少女の脳裏に蘇ったのは、全く別のもの――ラビリンスの人々の、笑顔だった。

399一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:36
 メビウス亡き後、初めてE棟以外の人々と寝食を共にしたとき、遠慮がちに向けられた幾つかの微笑み。やがてそれは次第に柔らかく深くなって、今では誰もが自然に浮かべる笑顔になっていった。
 それと同時に、新しいラビリンスを受け入れられなかった少女にとって、笑顔というものは、向けられるといつも苛立ちばかりが先に立つ、大嫌いなものになっていった。それなのに――。

(もう、このラビリンスであんな能天気な顔を見ることも、なくなってしまうのか……)

 ブン、と頭をひとつ振って、何を馬鹿なことを、と呟く少女。その時、ラブを狙うもう一本のコードが音もなく忍び寄り、あっという間に少女の脇をかすめた。
 飛ぶように現れたせつなが、慌てて手を伸ばす少女を突き飛ばすようにして、すんでのところでコードを弾く。その時、よろめいた少女の腕を掴んで引き戻したのは、ようやく気絶から目覚めたらしい、あの少年だった。

「大丈夫だ。やらなきゃならないことを、これから一緒に全力でやるぞ」
「やらなきゃ……ならないこと?」
 苦いものを噛みしめているかのような口調で問いかける少女の顔を、せつなも優しい眼差しで見つめて、静かに頷く。
「ええ。それは、あなたの本当にやりたいことに繋がっているはずよ」
「本当に、やりたいこと……」
 力のない声――でもさっきよりは明るい声でそう呟いた少女は、少し照れ臭そうな顔で少年とせつなの顔を見つめると、そっと少年の手を払った。
「やりたいことなんて分からない。だけど……今はコイツを、全力で守る!」

 三人の若き戦士が並び立ち、油断なく身構える。そんなかつての僕たちには目もくれず、メビウスは彼らに守られている一人の少女――球根をギュッと胸に抱きしめているラブに、無表情な視線を向けた。
「さあ、それを渡せ。それはお前が持っていても、何の役にも立たん」
「どうしてそんなに、ノーザを欲しがるの? やっぱり、最高幹部だから?」
 ラブが真っ直ぐにメビウスを見つめ、負けじと大声を張り上げる。それを聞いて、メビウスは口の端をわずかに上げた。

「ノーザ? 私はノーザが欲しいのではない。欲しいのは、私のデータだけだ」
「メビウスのデータ……?」
「それって、どういう意味!?」
 怪訝そうに呟くせつなの後ろで、ラブが再び天に向かって呼びかける。

「ノーザには、最高幹部の他にもっと大きな役割がある」
「メビウスの……あなたの護衛として作られたんだよね? ノーザも、クラインも」
「そんなことまで知っているのか」
 ほんの一瞬目を伏せたメビウスが、すぐに元の無表情に戻って語り始める。

「そうだ。私は自分の護衛として、爬虫類のDNAからクラインを、植物のDNAからノーザを生み出した。だが、護衛というのは表向きのこと。二人の本当の役割は、別にあった」
「本当の……役割だと? それは何だ!」
「是非、お聞かせ頂きましょう」
 ラブの隣から、二つの新たな声が響いた。ウエスターとサウラーが、瓦礫の上からゆっくりと起き上がり、鋭い目で元の主を見上げる。

「クラインは、私のデータの管理とメンテナンスを行う。そしてノーザは、私のプログラムのバックアップを兼ねている」
「何だと……」
「一般に、植物は動物よりもメモリーの容量が大きい。無限メモリーの足元にも及ばないが、管理データ以外のプログラムなら、ノーザの体内に保存可能だ」

「ねぇ、せつな。バックアップ、って何?」
 驚きに目を見開くサウラーの顔をチラチラと見ながら、ラブが不安そうな声でせつなに尋ねる。
「データのコピー、という意味よ。メビウスに何かあった時のために、ノーザはメビウスのプログラムのコピーを、その身体の中に持っていたの」
 低い声でそう説明したせつなが、震える声でメビウスに問いかける。

「じゃあ、あなたに何かあったら、ノーザは……」
「そうだ。私に何かあれば、ノーザはその身を犠牲にしてでも、自身が持っているデータを使って私を復活させる任務を担っている」
「……」
「……」
「……」
 あまりに衝撃的な事実に二の句が継げないでいる元幹部たちを、心なしか少し面白そうな顔で見つめてから、メビウスがちらりと少女に目をやる。

400一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:07
「お前はあの植木を、植物に戻ったノーザの本体だと思って手に入れたのだろう? だが、あれはノーザが私のデータを含めた自分のバックアップを取っていた植木だ。だから私の基幹プログラムに影響は無かったが、大事なデータの一部が欠落していた」
「大事なデータって……」
「このラビリンスに乗り込んできた、プリキュアとの戦いの記録だ」
 メビウスの視線が、今度はラブと、その前に立ちはだかるせつなへと向けられる。

「何故これほど愚かな人間どもに、この私が倒されたのか、その一部始終だ。そう大きな問題ではないと思っていたが……やはり何らかの不具合があれば、原因は究明しなければならぬ」
「じゃあ、ノーザが自分の身体を……あの球根を欲しがったのって……」
 今度はラブが、唇をわなわなと震わせながら、メビウスを見つめて問いかける。その顔を傲然と見つめ返して、メビウスはさも当たり前といった口調で答えた。
「無論、私のためだ」

「ソレワターセー!」

 不意に、巨大な影が六人の頭上を覆った。さっきまで盛大に暴れ回っていた巨大な怪物が、ラブたちの後方から地鳴りのような音を立てながら近づいてくる。
 ウエスターとサウラーが、即座にソレワターセからラブを守るように立ちはだかる。せつな、少年、少女を含め、ラブを取り囲むようにして守りを固める五人に、メビウスの嘲るような声が降って来た。
「ソレワターセは、私の欲しいものを奪うためなら手段を選ばぬ。一般人を傷付けるのは本意ではないが、私の僕であるお前たちは話が別だぞ。私の命ずるがままに生きるという役割を放棄し、この私に逆らったのだからな」

「はぁぁぁぁっ!!」

 皆まで聞かず、ウエスターとサウラーのダブルパンチがソレワターセに炸裂する。襲ってくる鉄球のような腕をかいくぐり、サウラーがダメージを与えた扉に向かって同時に拳を叩きつける。
 わずかにのけ反ったソレワターセが、反動でぐっと前かがみになり、ラブ目がけて突進しようとする。それを見るや否や、今度はせつなと少女が同時に宙を舞った。

「たぁぁぁぁっ!!」

 ソレワターセの足元に狙いを定めた、少女とせつなのダブルキック。その瞬間、ずっと無表情だったメビウスが驚きに目を見開く。
 ソレワターセが地響きを立てて、瓦礫の上に腹ばいに倒れたのだ。着地と同時に目と目を見交わして、小さく微笑む二人。それを見てラブも嬉しそうに微笑んだが、次の瞬間、ソレワターセの猛攻が二人を襲った。
 鉄球のような腕で弾き飛ばし、瓦礫の上に叩きつけたところに、さらに鉄球をお見舞いする。
「二人とも、しっかりして!」
 再び地面に倒れ込んで動けなくなった二人の元に、転がるように走り寄るラブ。その頭上から、再びメビウスの冷徹な声が降って来た。

「ふん、他愛もない。さあ、それを渡せ。こんな愚かな者たちのせいで、もう二度とこんなエラーを繰り返さないためにも、原因を……」
「何言ってんの?」

 その声を聞いた時、一体誰が発した声なのか、少女にも、そして少年にも分からなかった。
 低く、暗く、くぐもった声。その声の主は、射るような眼差しを天に向けながら、ウエスターとサウラーの制止を振り切って絶対者の前に立つ。
 桃色の瞳が、まるで光を放っているかのように爛々と輝いている。ツインテールまでもが、怒りのあまりいつも以上に逆立っているように見える。
 全身でメビウスに挑みかかるような前のめりの姿勢で、ラブはその震える声を、今度は天に向かって張り上げる。

「せつなの役割? ノーザの役割? そんなものが、せつなや、ノーザや、この子たちの人生より……幸せより大切だなんて、おかしいよっ!!」

 “不幸のゲージ”の側面から、再び灰色のコードが音もなく放たれる。メビウスだけを見上げているラブはそれに気が付かない。だが次の瞬間、コードはラブに襲い掛かる前に、何故か白く光って消えてしまった。
 飛び出そうと身構えていたウエスターとサウラーが、不思議そうに顔を見合わせる。ラブはそんなことには全く気付かず、メビウスに向かって必死で言葉を繋いでいた。

 少女に連れられ、せつなたちが育ったE棟を訪れたこと。彼女たちがそこで過ごした日々について、少女に教えてもらったこと。
 自分なんか勉強も何もしていなかった幼い頃から、せつなや少女がずっと頑張って来たことを改めて知った。楽しいことなんか何も無い毎日の中で、それでも懸命に知識を身に着け、技を磨いて来たことがよく分かった――。

401一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:40
「そうやって歩いて来た道は、身に着けた技や力は、あなたのものなんかじゃない。せつなのものだよ。この子のものだよ。せつなたちがこの先、生きていくための力……幸せになっていくための、みんなを幸せにしていくための、せつなたち自身の財産なんだ! ノーザだっておんなじだよ。あなたのために自分を犠牲にするなんて、そんなのおかしいよ!」
「黙れ!」

 メビウスの怒鳴り声と同時に、誰かがラブを突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ。まだ倒れたままのソレワターセが放った触手から、せつなが身体を張ってラブを守ったのだ。
 なかなか起き上がれないでいる二人の頭上から、メビウスの声が響く。
「幸せ? くだらん! 私が管理する世界では、悲しみも、苦しみも、不幸も無い。私のために存在することこそが、ラビリンスの国民の、正しい……」
「メビウス様」
 今度は落ち着いた、しかしはっきりとした声が、メビウスの言葉を遮った。身を起こしたせつなが、ラブと同じように真っ直ぐに元の主の顔を見上げる。そしてラブを優しく抱き起してから、瓦礫の上にしっかりと立った。

「正しい姿なんて、私たちには必要なかったんです」
 せつなは穏やかな、嬉しそうにすら見える瞳でメビウスを見つめ、静かに言葉を続ける。
――あなたの作ったラビリンスの世界は、間違っています。
 あの時の自分の言葉を思い出した。心からそう思い、メビウスにも分かって欲しくて口にした言葉。だが……。

(あの時は、メビウス様がコンピュータだなんて知らなかった。メビウス様にとっては、悲しみも、苦しみも、不幸も無い世界こそが、プログラムされた正しいゴール。だからああ訴えかけても、受け入れては貰えなかったんだわ)

「何だと?」
 さっきのような怒鳴り声ではない不審げな声で、メビウスが問いかける。そんな元の主の大きな瞳に、せつなは生まれて初めて、ニコリと小さく笑いかけた。
 そんなせつなをすぐ隣から見つめるラブが、不意にごしごしと目をこする。ほんの微かな光だけれど、せつなの身体が、ぼおっと赤く光っているような気がしたのだ。
 ラブのそんな様子にも気付かず、せつなは右手を自分の胸に当てると、そっと目を閉じた。

(ラブは、私の辛い痛みも、悲しい過去も受け止めて、私のものだと言ってくれた。私の財産だと言ってくれた)

 トク、トク、トク……。
 心臓の鼓動を、掌に感じる。あの日――ラビリンスのイースとしての寿命を終えたあの日に、もう一度生かされたこの命。だが、絶たれたはずのイースとしての過去は、決してそれで終わったことにはならなかった。
 激しい悔いと、悩み、苦しみ。必死で目を背けて来たあの日々に意味があったのか、本当のところはまだ分からない。
 でも、あの日々を生きていた自分も、幸せを求めていたことに気付いた。あの辛かった日々を愛し、光を当ててくれる親友が居た。

(だったら私は、私が持っているもの全て――私の本当の姿全てで、守りたいものを守って見せる!)

「人は、様々なものを乗り越えて、そのたびに姿を変えていきます。それが正しいか正しくないかなんて、誰にも分からない。でも、それらはどれも本当の姿なんです」
 せつなが再び、穏やかな眼差しを天の頂へと向ける。今や誰の目にもはっきりと、強く明るい赤い光を放つその姿を、少年と少女が、ウエスターが、サウラーが、そしてラブが、驚きの表情で見つめる。

「私は、あなたの僕であったラビリンスのイース。その寿命を断たれた後に、四つ葉町で生まれ変わった東せつな。そして――幸せのプリキュア、キュアパッションです」
「せつな」
 他の誰もが呆然とした表情で見つめる中、ラブだけがその言葉を聞いて、実に嬉しそうな笑顔を見せる。その途端、赤い光は輝きを増し、燦然たる輝きを放った。
 せつなが空に向かって両手を差し伸べ、高らかに呼びかける。

「アカルン!」
「キー!」

 打てば響くように、高く澄んだ声がこだまする。そして、灰色の空にキラリと赤い煌めきが見えたかと思うと、その可憐な姿が見る見るこちらへと迫って来た。

〜終〜

402一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:35:36
以上です。ありがとうございました。何とか年内に間に合った!
次回は今度こそ早めに更新したいと思います。

403一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:26:47
こんばんは。
フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。5レスほど使わせて頂きます。

404一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:27:23
「アカルン!」
「キー!」

 灰色の空の彼方に、小さな赤い光が煌めく。見る見るこちらに迫って来たのは、頭に大きなリボンをつけ、背中に小さな羽を持った妖精――幸せの赤い鍵・アカルン。そのあどけない顔を嬉しそうに見つめるせつなの隣から、ラブが驚いたように身を乗り出した。

「ピルン!」
「キー!」

 アカルンの後ろから、もう一体の妖精が顔を覗かせる。姿形はアカルンにそっくりだが、その身体の色は赤ではなく、ピンク色。リボンの代わりにコックのような帽子を被った、愛の鍵・ピルンだ。その大きな瞳に、うん、とひとつ頷いてから、ラブはせつなにキラリと光る眼差しを向けた。

「ありがとう、せつな。じゃあ、行くよっ」
「ええ、ラブ!」
 そう言い合うと同時に、リンクルンを構える二人。一直線に飛んできた妖精たちが、それぞれの場所に勢いよく飛び込む。
 銀色のチャームでリンクルンを開き、ホイールを回す。それと同時に爆発的に迸る、ピンクと赤の光――!

「チェインジ!! プリキュア!! ビートアーップ!!」

 二人の高らかな声と共に、今、変身の儀式が始まる。

 力強く大地を蹴って、空中へと飛び上がるラブ。
 聖なる泉へと身を躍らせ、水中を高速で駆けるせつな。
 それと同時に、二人の胸に四色の四つ葉のクローバーが浮かび上がる。
 その身に纏うは可憐な衣装と、無限のメモリーから託されし、伝説の大いなる力。
 ラブのツインテールは長く伸びて金色にたなびき、ピンクのハートの髪飾りがそれをまとめる。
 せつなの漆黒の髪は、淡い桃色のロングヘアとなり、白い羽飾りのついた赤いハートと、ティアラの輝きがそれを彩る。

 生まれ変わった姿で、大地に向かって急降下する。
 愛する世界、守りたい世界へと、今、帰還するのだ。

「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」
「真っ赤なハートは幸せの証! 熟れたてフレッシュ! キュアパッション!」



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第17話:もう一度、みんなで )



 二色の光の柱が立ち昇った後、姿を現した二人のプリキュア。
 天の頂からその姿を見下ろしたメビウスは、真っ直ぐに自分を見上げるパッションに目をやって、眉間に深い皺を寄せた。
「その姿こそがお前の本当の姿……そう言いたいのか」
「少し前までは、ずっと自分にそう言い聞かせて戦ってきました」
「パッション?」
 静かに語るパッションを、隣から心配そうに見つめるピーチ。そんな彼女に小さく笑いかけてから、パッションは再び元の主へと向き直る。

「出来ることなら、イースだった過去を消し去りたかった。けれど、気付くことが出来ました。あの頃の……イースだった頃の私も、もっと幼い頃の私も、全てが私の本当の姿。愚かだったけれど、精一杯幸せを求め続けていたんだ、ということに」
 そう言って、パッションは胸のクローバーに手を触れると、少しの間、そっと目を閉じた。
「そしてこの姿もまた、私の本当の姿。みんなの幸せを守りたいという誓いの証。だからこの姿で、もう一度あなたと向き合いたかったのです」

「くだらん!」
 怒りの声が、天の高みから降って来た。それと同時に目の前の“不幸のゲージ”が、ゴポリ、と不気味な音を立てる。
「幸せなど、不幸の裏返し。不幸の無いラビリンスで、求める必要などない」
「そう。不幸の無いこの世界で、私はずっと、あなたの言われた通りに生きてきました。それでも……そんな私でも、そうとは知らず幸せを求めていた。それは、人が生きていくために大切なものだからではありませんか?」
「……」

 メビウスが一瞬、虚を突かれた様子で沈黙する。が、すぐに苛立たし気な声が、雷のように辺りに轟いた。
「愚か者め。それは、お前たち人間が愚かであるという証拠だ!」
「ソレワターセ!」


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板