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【王様】一行リレー小説【麒麟】

1名無しさん:2003/01/14(火) 10:03
一人一行。

794名無しさん:2005/03/11(金) 00:39:33
上手く思い出せない。
自分は誰かに羨望と嫉妬心を抱いていたような気がする…今も。
そう、麒麟だ。風漢は実は王で、その王の心を捉えて離さないという美貌の者。
そこまで思い出して、ある者の面影が頭をよぎった。
美しい若者…確か更夜とかいった…その更夜に対して自分は不穏な気持ちを抱いて
いたはずだ…
それではあの並外れて美しい若者が麒麟…王によって更夜という名を与えられた。

795名無しさん:2005/03/28(月) 22:13:27
尚隆は思う。全く、今日という日はまだ終わらぬのか。
幾ら退屈を厭うと言っても、こうも立て続けに事が起こる事は無かろうに。

「――よう」
妙な挨拶だと我ながら思ったが、目の前の子供はややあった後素直に微笑んだ。
普段の気の強さ、生意気な気性は影を潜めている様であるが、これも六太の一面であるという。
「風漢、ここ…どこ?」
六太は己の置かれている状況が解せず、辺りを見渡す。
そこは一方を幄が垂れた方形の小さな密室で、床には敷布が敷いてあり牀榻の中である事が分かった。
そして己自身を見れば、華美ではないが肌触りの良い絹の衣に袖を通している。
不思議に思うのは、そんな上等なものを身に付けて違和感が無い事だ。
一通り巡らした視線を最後に風漢に向ける。
「ここは俺の部屋、ああ、雁の城、玄英宮の中だ」
「玄英宮…。雁の王宮…」
王宮、と聞いて閃いた事が有った。
「あのさ、風漢。いや、風漢は王なんだよな。ええと、え、延王さま…」
態度を改める六太に寂しさを覚え、尚隆は「風漢で良い」と諭した。
「俺、前に王宮に大好きな、会いたい奴が居る、って言った事覚えてる?」
「ああ」
「それさ、多分…リコウって奴だと思うんだけど…。風漢はそいつ知らない?」
尚隆は顔を顰め、大きく舌打ちをする。
記憶を失っている上に、媚薬の効果とは厄介な事この上無い。
「知っている。…だが、あいつは元々この国の者ではない」
それを聞いた六太は「そっか…」と大きく項垂れ、肩を落とした。縋るものを失くした様に。
気落ちし、小さな身体を更に小さくした六太の様子に尚隆は大きく息を吐く。
「――俺じゃだめか…?」
問うたその瞳はどこか寂しげで、六太はその視線が辛かったのか面を伏せる。
「だめも何も…。風漢、延王には…延麒が居るんだろ。恋焦がれてる…」
思い描いたのは、あの美しい若者。

796名無しさん:2005/03/29(火) 23:48:51
尚隆は少し微笑むと、
「恋焦がれてる、か。そうかもしれんな」
と言いながら六太の頬から顎のあたりを優しく撫でた。その手の動きのせいで、六太の体に電流のような感覚が走る。
しかし、それはすぐ切ない想いにとって代わられた。
「オレ、田舎に帰りてえ」
あの田舎では六太は風漢を一人占めすることができたのだ。
だが、この王宮では風漢は美しい延麒のもの。
六太は田舎のみすぼらしい蒲団が心底恋しかった。
今、自分はこのような贅沢な場所にいるけれど、風漢は延麒のものであり六太には
とうてい手が届かない。ここに二人きりでいようが身分の貴賎の差ははかり知れない
程大きい。側にいるだけで畏れ多いことなのだ。
あの田舎では他にも子供はいたけれど六太は風漢を独占することが出来た…。
「こんなの、やだよぅ…」
六太は呟くと涙が溢れてきた。溢れて止まらないので片腕で目を拭く。
すると次第に不安になってくる。これからどうやって暮らしていけばよいのか。
風漢は王宮で仕事をくれるかもしれないが、それでは偉い人達に頭を下げて暮らさねば
ならなくなってしまう。そして延麒の前でも頭を下げ這いつくばらねばならないのだ。
でも…王宮を離れるわけにはいかない。風漢のいるところから離れるなんてできない。
そんなことをしたら寂しくて死んでしまうだろう。

797名無しさん:2005/04/01(金) 02:48:06
「六太」
大きな手が六太の濡れた顔を拭った。六太は視線を逸らす。
泣いているところはあまり見られたくなかったが、
間近にいれば隠しきれるわけもなかった。
六太、と再び呼ばれる。
その低い声にどこか切ないものが滲んでいるような気がして、
六太は思わず顔をあげた。
「…何だよ」
けれど返事はなかった。
風漢は、何かを言おうとしたものの、躊躇っているふうだった。
ただ頬にあてられた掌だけが、確かめるように六太の頬や頭をゆるゆると撫でている。
見詰めあったまま、互いに言葉もなかった。
その無骨な手のぬくもりと、見下ろしてくる深い瞳の色を眺めているうち、
六太の気分は少しずつ落ち着いてきた。
涙が乾きはじめると、子供じみた独占欲で風漢を困らせている己に自嘲がきざした。
今更ながら、自分を宥めようとしている男の本体に心が向いた。

彼は、王だ――。

守るべき国があり民が居て、六太は見たことはないが、
その傍らには常に、大切な半身が静かに控えているのだろう。
別の字(あざな)で、ほんの少し下界で係わりあっただけの自分を振り返る必要など、
本当はどこにもなかった。
そんな男に、出会いからずっと自分は我侭ばかりをぶつけている。
「ごめんな、風漢」
詫びると、男の顔が微かに歪んだ。
ふいに肩をつかまれたかと思うと、薄暗い視界が閉ざされ、
さらに眼の前が暗くなった。息が詰まる。息ができないほど強く。
抱きしめられていた。

798名無しさん:2005/04/07(木) 22:59:01
「苦しいよ、離して風漢…」
落ち着いた筈の心が、再び早鐘を突く。これは駄目だ。延王に抱きしめられるなど。
こんな事をされては、この人を得たくなる。国と民の為に在り、延麒のものであるこの人を。
優しい王は、必要も無いのに自分を気に掛けてくれているだけであろうに。

抗い、胸を押し返そうとする腕の力が、このまま彼の胸に甘えてしまいたい、
そんな思いに負けそうになる。
もがく為に、足元で激しく鳴る衣擦れの音。尚隆の抱擁がそれを封じる。
「何を謝る必要が有る?」
「だって、だってオレはいつも…」
お前に迷惑を掛けている、彼の腕の中でそう小さく呟いた。
先程は田舎に帰りたい、などと独占欲ゆえの我儘を言った。
今だってそうだ。
こうしている間にも、風漢は美しい麒麟の訪れを待っているかもしれないのに。
いつかかの村で聞いた延王延麒の小説では、彼らは毎晩の様に衾褥を共にしている
というのだから。
六太の胸の内に苦いものが広がっていく。その正体は、延麒に対する羨望と嫉妬心。
「何も迷惑など掛けられてはおらんぞ?」
「でも、風漢には延麒が…っ」
尚隆は六太の面を窺う。己を厭うかのような、多少拗ねたようなその表情には見覚えが有った。
そして、今度は見誤らぬ、そう思った。
「…俺の周りの何もかもに、か。存外、お前は嫉妬深い」

799名無しさん:2005/04/09(土) 04:55:09
はっと、息を呑む。刹那、抱いてくる尚隆の胸を押し腕を振り切った。
そして、力無く尚隆から背を向ける。
嫉妬深い――。言われ、惨めだった。己とは比べるべくも無い麒麟に嫉妬心を抱き、
また、それを看破されている。
俯き、手元の絹の敷布を握り締める。その手触りの良さから、己の居る場所が王の寝所で
ある事が思い出された。
視線は握り締めた拳に注がれたまま、問う。
「なんで…?なんでオレがこんなとこ、お前の寝床になんて居るの…?」
あまりにも場違いではないか。この後延麒の訪れが有れば、己は邪魔者として悄悄と
ここを出て行く羽目になるのだ。

悲愴な面を晒す六太に、尚隆は居た堪れなくなったのか、やや間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
いたずらに不安がらせ、嫉妬心を煽る事もあるまい。
「…俺の牀榻に勝手に入って来る奴も多少は居るが、共に寝るのは一人だけだ」
尚隆は腕を差し出し、俯いたままの六太の金のあたまの上にその手を置く。
「俺の麒麟だな。…六太、お前だ。お前は麒麟だ。この雁国の」
苦笑し、ゆっくりと頭を撫で付ける。
「記憶に無かろうとな。…また、言わねばならんか?」
愛の言葉などなかなか気恥ずかしくて吐けぬ、そう言って笑った。

800名無しさん:2005/04/12(火) 01:13:25
「え…でも、延麒ってものすごく美人でかわいいって聞いたんだけど…?」
六太は訝しげに問うた。

801名無しさん:2005/04/13(水) 01:43:00
 好奇心と驚きに満たされた六太の顔は無邪気で、尚隆は胸をつかれた。
 麒麟は、王の鼓動を支配する。
 少なくとも、延王は、延麒に心臓を支配されているに違いない。
 こんなに胸が痛くなるなんて。
 「そうだ」
 尚隆の声がかすれた。
 愛しくて、愛しくて、ならない。
 手放すことはできない。
 他に与えることもできない。
 独り占めしたいのは、自分のほうだ。
 「俺の可愛くて美人でわがままで短気者でやんちゃでサボり好きで
  存外に疑い深くて自信がなくて泣き虫で、いつまで経っても
  王を信用しない馬鹿者は、お前のことだ」

802名無しさん:2005/04/13(水) 16:43:12
王を信用しない――。
胎果ゆえ、その生まれゆえ、麒麟としてはあるまじき心を持つ六太。
だが、麒でも麟でも、自身の麒麟が六太でなければ、己はとうに雁を滅ぼし、
自身の生も終わらせている。
麒麟など、たかだか愛玩動物に心臓を握られて良しとする己ではないのだから。

「違う…」
六太は眉を寄せる。風漢の言う延麒像は――。
「小説の延麒と全然違う…。延麒はそんな奴、そんな子供みたいな奴じゃないよ。
延麒は儚げで、しとやかで、優しくて…」
「あの小説は、大概虚構だ」
六太の抱く延麒像を遮り、尚隆は苦笑する。どの口で言うか、と。
「うそ、なの…?」
軽く、驚きの声を上げる。当の本人、延王が言うのだからそうなのだろうが、
あの天上人達の夢物語が、作り話だとは。
「ああ。延麒、お前ははそんな子供みたいな奴だ。大体、延王…俺とてあれ程
真面目な王ではない。いい加減な奴なのだ。…それでも五百年保っているが」
延麒に続き、延王像をも壊されたのか、六太は少々萎えている。その少し気落ち
した肩に、肩から頬に手を添える。微笑を伴って。

「…民の夢が盛り込まれた娯楽小説であるが、一つだけ、真実が有る」
その言葉に六太は面を上げる。そこには尚隆の真摯なまなざしが有った。
そして頬を温かな手で撫でられれば、堪らない。
六太の頭に「愛撫」という言葉が浮かぶ。今、己は愛しい人から愛撫を受けている。
「真実…?」
「俺と、麒麟のお前が相愛だという事だ」
尚隆は自覚する。今、この小さな麒麟を口説いている事を。
「俺の、自惚れだろうか…?」
返事はない。だが、その瞳に引き寄せられるかのように六太は尚隆の胸に身体を
預けた。そして、その胸に擦りつける様にゆるゆると首を振る。

803名無しさん:2005/04/17(日) 22:41:12
「オレ、本当に麒麟なの?お前の、麒麟なの…?」
王とつがいの。尚隆の胸の中で、疑いよりはその幸福を確かめる。
胸の中に自ら納まった子供が愛しくて、尚隆はその頭を撫でつつ頷いた。
「…あの村は悪事の温床であったゆえ情報が閉ざされていたが、
金の髪は麒麟の証だ。それに、明日になれば官吏や女官達は麒麟の
お前や王の俺に平伏し、敬うのだ。…一応」
尚隆は己を見上げてくる六太の額を軽く撫でる。「ん…」と軽く呻き
身を震わせる子供に、額、角に触れられる不快感も麒麟である証である事を告げた。

「じゃ、じゃあ何でオレはあの村に居たの?麒麟なのに…」
麒麟が重労働に従事し、あのような扱いを受けるものか。
それはもっともな疑問である。尚隆は少々眉根を寄せ、数刻の後に口を開いた。
「…少し喧嘩をしてな。お前が飛び出して行き着いた先があの村だ。
喧嘩の原因は些細な行き違いであるが…」
流石に「俺の女癖の悪さが原因でな」とは言えなかった。だが六太は項垂れる。
こんなに優しい王と喧嘩をするなど、きっと己が至らなかったからに違いない。
「ごめんなさい…」
「い、いや、悪いのは俺だ。俺なのだ」
互いに謝し、尚隆が六太を宥めた後落ち着くに至ったが、常にはむしろ罪を着せ
合う仲だけに、このような遣り取りは調子が狂う。

その後も六太は尚隆に幾つかの疑問を投げる。「リコウとか誰か」を問われれば、
尚隆は「自分達の友人のような男であるが、六太の過去の想い人などでは断じてない」
と憮然として答えた。
その態度、不機嫌な面に少々驚いたものの、六太はそれ以上の追求はしなかった。

804名無しさん:2005/04/19(火) 17:00:34
あの田舎でも六太は風漢とともに寝床に入った。こんな立派な寝具ではなかったが。
しかし小説や人々の噂によると王と延麒というのは、六太と風漢がしていたように
寄り添って眠るだけではなく、なんというか…体の交わりをしているという話であ
った。
 それでは自分はそのようなことを風漢としていたのであろうか?
六太はふとそんなことが思い浮かび一人赤面した。

805名無しさん:2005/04/23(土) 04:25:32
紅くなった頬は熱を持ち、知らず鼓動が早くなる。
「……」
しばしの沈黙が過ぎ、六太の頬に尚隆の手が再び触れた。
促されるまま上を向くと目の前に尚隆の顔があって六太は思わず瞳を逸らせる。
──それは、愛らしい仕草であった。
普段の六太が拗ねて見せるそれとは違い、明らかに素直な羞恥からくるそれ。
その初々しい様が、尚隆の胸に火を灯した。
顔を背けようとするのを阻み、強引に口付ける。
「んんっ…!」
びくりと震えた肩を掴んで逃さず、開いた唇の合間に素早く舌をくぐらせる。

806名無しさん:2005/04/23(土) 22:47:04
 この感触は、知っていると思った。あの村でくれた柔らかな口付けとはまた違う。
口腔を舌で蹂躙され、神経にピリピリと甘い疼きが走る感覚。
記憶よりは、その身体に焼き付いた。
 それでも六太はそれにどう応じて良いか分からず戸惑っている内、尚隆は六太の胸に
着衣の上からそっと手を触れ撫でてくる。
「!あっ…やっ…」
驚きのあまり、咄嗟に六太は腕を伸ばし尚隆の胸を押し返した。
胸の、触れられた箇所の熱い疼きを感じながら。
 尚隆は離され、手持ち無沙汰となった手を宙に浮かせていたが、やがてそれを引き込めた。
「…すまん」
「あっ、あの違うんだ。嫌とかじゃなくて、おれ、ただ恥ずかしくて、それに、
 驚いて、だから、ほんと、嫌ってわけじゃないんだ」
つい拒んでしまった事が悲しくて、そして風漢を傷つけてしまった気がして、
必死に言い訳をする。
六太が尚隆を窺い見れば、やはりと言うか、彼はばつが悪そうに顔を伏せている。

「…あのさ、おれ…あの村に居る時、男に襲われた事が有るんだ」
その件は尚隆も知っているが、いきなり突拍子な話を持ち出して六太は何が言いたいのか。
「その時、…風漢なら良いのにって、そう思った…。だから…」
消え入りそうに小さく、囁くように告白した。あまりの羞恥に頬を染めながら。
だが、尚隆は救われた思いがする。

807名無しさん:2005/04/24(日) 18:26:32
しかし今このまま先に進んでよいものかどうかと尚隆は躊躇した。
六太は田舎での例をあげてはくれたものの、どうしようもなく恥ずかしがっている。
そのためますます愛おしさは募るのであるが。

その途惑いを六太は敏感に感じとらざるをえない。
六太の言動により風漢はこの後の態度を決めるのだろう。
恥ずかしいけれども風漢のものになりたいという以前からの夢を叶えるため、
今こそ勇気を出さねばならない、そう六太は想った。

808名無しさん:2005/04/24(日) 21:19:02
少々の沈黙の後、六太は思い切って口を開いた。
まずは、先程から気になっているあの事を。
「…おれ、お前と、その、…した事、有るの…?」
〝した〟とは何をだ、などと野暮な事は聞かず、尚隆はただ「ああ」と
短く肯定した。
その答えは意外であり、予想通りでもあったが、六太は真実を知った事
に狼狽する。相変わらず頬を紅潮させながら。
「そ、そっか、そっか、そうなんだ。…でも、覚えてないや」
これは困った。風漢のものになりたい、そう願っていたのに自身の身体は
既に風漢のものだったのだ。けれど自身にはその記憶が無い。今の自分がひどく
宙ぶらりんな状態に思えた。
六太は続けるべき言葉を失ってしまい黙り込む。尚隆も同様である。
その為、二人の間に静寂が訪れた。

809名無しさん:2005/04/24(日) 21:57:18
沈黙の中、尚隆はいろいろと考えていた。いつもかわいい六太であるが、
記憶を失った状態の六太はまた独特にかわいい。いとおしすぎる。
この状態の六太を抱いてみたい気持ちに自分は支配されてしまっている。
このいじらしい少年を満たしてやりたい。
だがそれで良いのだろうか。相手を普段の意識とは違う状態にしておいて抱くなど
なにか卑怯ではないのか。
そしてまた、明日の商談のことも頭にあった。いったんこのような六太を抱けば、
自分は自制がきかなくなり際限のないことになってしまうのではないか。
そのようなことが気になりつつも、やはり抱きたい気持ちが先に来る。

810名無しさん:2005/04/25(月) 00:53:33
「なんで、俺、忘れてしまったんだろう……」
六太の唇から小さな声が漏れ出る。
自分の声に、六太ははっとして、尚隆の顔を見遣った。
口にするつもりはなかったはずの、考えているだけの言葉が、音になってしまった。
尚隆は、六太に続きを促すように、じっと見つめる。
「俺、ずっと風漢に触れたいと願っていたんだ。浅ましくて、いやらしくて、
 言ったら嫌われるかもしれなくて怖かったけれど、ずっと触れたくて、
 抱かれたくて……。なのに、なんで、俺、憶えていないんだろう。
 そんなのもったいなくて、悔しい」
「もったいないか」
尚隆は明るい笑い声を室内に響かせた。その言いっぷりも、
頬を膨らませた子どもらしい反応も、普段の面影が蘇る。
記憶があろうと、なかろうと、これが愛しい雁の麒麟。

811名無しさん:2005/04/25(月) 19:17:56
もったいない――。笑む口を閉じ、尚隆はふと眉を寄せ考える。
果たして己との交わりが、そんなに良いものだったろうか。

以前、利広と一悶着有った後の六太とのいざこざを思い出す。
己は王としてはともかく、愛人としては信じられてはおらず、
六太は自身を「尚隆にとって体だけが目的の玩具」だと思っており、
それが原因のいざこざだった筈である。
…六太は性交の折、痴態を晒しながらも心は泣いていたのではあるまいか。
己を好いていれば、尚更。
そんなものが、そんな行為がもったいないだろうか。

更に、初々しい様子を見せる六太は己が初めてこの子供を抱いた時の事を
思い出させた。もう、遥か昔の事であるが…。
真実、愛情を伴った行為ではなかった。強姦した訳ではないし、後悔も
していないが、六太には思い出というほど良いものではないだろう。
ただ、その時の六太の具合が存外に良かった為、後もこの子供の身体を求める
ようになっただけだった。
抱く度に色香が増す様子にそそられた。子供のくせに、と。
聖なるものをこの手で堕としている快感が有った。…神獣のくせに、と。
それでも、己と六太の間に降る年月は愛情をも積もらせた、そう思っているのだ。

812名無しさん:2005/04/25(月) 19:43:47
「風漢…?」
眉間を寄せていた尚隆は六太の呼び声に我に返った。
覗き込んでくる、何も知らぬ六太を堪らず抱きしめる。
そうせずには居られなかったのだ。

しおらしい様子を見せる六太に感化されたのか、尚隆は自身の思考もやや
感傷的になっている事が分かる。
彼の胸に願いが芽生えた。
この記憶を持たない六太に、二度目の初夜をくれてやりたい。
愛しいから抱いたのだ、とその小さな身体に刻んでやりたい。
例え後に、卑怯だと罵られても。

「…〝風漢〟は止せ」
六太の耳元で囁いた。尚隆は「風漢」とは市井に潜る際の偽名である為、
本名で呼ぶように告げる。
「俺の名は尚隆という。読み違いで〝なおたか〟とも。どちらでも、お前の呼び
易い方を呼べば良い」
その時、気付いた事が有る。
妓楼の女には風漢と名乗りそう呼ばれ、本名は官吏の一部に呼ばれる事も有る。
けれど、閨で己の本名を喘ぎ呼ぶのは六太だけである事を。
昔も、今も、これからも。

「しょうりゅう…なおたか…」
六太は教えられた名を唇の上に乗せ滑らすと、それは知った音であるように思える。
「……〝主上〟って呼ぶんじゃないの?」
己が麒麟なら。今まで散々「風漢」と王を呼び捨てにしておいて、今更ではあるが。

813名無しさん:2005/05/01(日) 20:28:05
 一方、媚薬により気分を悪くした利広は更夜の介抱を受けていた。
 椅子に座らせ背を擦り、持参の清水を飲ませたところ利広は徐々に
回復する。それと同時に媚薬―元より少量しか口にしていないが、
その効果も薄れていったようだった。
「全く…他国の王宮で嘔吐するなんて無様を晒すのは六百年生きて
 きて初めてだよ」
利広は家族にはとても言えない、と苦笑して気分が良くなったのか
顔を上げて更夜を見る。
「真君に礼を言おうか」
「俺は尚隆に頼まれてあなたを介抱しただけ。別に大した事は」
「それじゃなくてね。久方振りに、〝胸を焦がすような恋情〟という
 のを味わった気がしたから。その相手が六太というのも、悪くない」
どこか満足気な利広の様子が気に掛かった。
「…六太が好き?」
「好きだよ?何たって六太はとびきり可愛いし。…それにね、延王
 ご執着の六太を延王から奪う為に画策し、あれこれ知略を巡らし
 出し抜くなんて相当な暇潰しの種だと思わないかい?」
「……」
問われた更夜には表情が無かったか、どこか憮然としている。だが利広
は気にしない。
「でも…ああきっと、得てしまったらつまらない…」
「…それでは、あなたは六太が好きなのか、尚隆に執着しているのか
 分からない」
それに対して利広は「ははは」と明朗な笑い声で返すのみだった。
「…で、六太の方は薬の効果はいつ切れるの」
「さあ…。薬は効果自体が変化していたから、何とも言えない」
それは困ったねえ、と別段困った風でもない利広の笑声が部屋に響いていた。

814名無しさん:2005/05/03(火) 01:00:40
「しかしね、こっちは胸焦がす恋情を味わえたというものの、真君の薬があの主従に
一騒動起こしてしまったのも事実だ。このままにしておくつもりじゃないだろう?」
「いったい、どうしろと?」
「真君は黄海で、ただ神と呼ばれているのではない。黄海の民や旅人を守護している
からこそ敬われているわけだ。どのようにして人々を守っているかは、知っているよ。
妖術に長けた真君は特殊な術を用いて人々の危機を察知するわけだろう」
確かに利広の言うことは真実であった。
更夜は黄海で特殊な術を用いている。自分のいる場所からの半径どれだけかの広範囲
にわたって人の気配を察知し、その人々の現在の状況を目の前の空間に投影して
まざまざと見ることができるのだ。
真君はこの術を用いて黄海の人々を暖かく見守り、ときに危機を発見すれば人間を妖魔
から守るためにその場に急行することもあった。
「主従の間に波紋を広げてしまったのだから、見守ってみてはどうなんだ?
今、ここの空間に彼らの現在の様子を投影して、まざまざと眺めることができるのだろう?」

815名無しさん:2005/05/04(水) 02:36:07
利広は、思わずつられてしまいそうな、人懐こい笑顔を更夜に投げかける。
犬狼真君という黄海の守護者たるためにこそ玉京から与えられた能力を、
黄海から離れたこの場所で、しかも極めて個人的な目的のために使う。
それは、自分が持ち込んだ媚薬よりも魅力的で蠱惑的に思われる。
けれど…。
「できることとすることは違う。できることとしてよいことも違う」
更夜は首を振った。
ろくたしか大事なものがなかった幼い頃の自分ではない。
ただただ斡由の言いなりになることが幸せだった若かりし頃の
自分とも違う。
今の更夜には、守るべき民、守るべき役目、守るべき自分がある。
視点を変えれば、更夜も王のようなものであり、王を超えるものでもある。
どんなに六太に心惹かれたとしても、だからこそ恋に狂わずにやってきた。
どんなに延王に心乱されたとしても、だからこそ恋が支えになってきた。
あの人に、あの人たちに、追いつきたくて、並びたくて、
決して惨めではないと誇れる自分でありたくて。
今までそうやって生きていた自分を、どうして自分で貶めることができるだろう。

816名無しさん:2005/05/04(水) 02:47:12
笑顔は崩さず、むしろ一層眼差しをやわらげて、ふうっと利広は息を吐いた。
「よい答えだね」
「どういう意味だ?」
「真君はいい子だ、という意味」
更夜の頬が、かっと熱くなった。
途端に利広の笑顔が腹立たしく思えてくる。
「俺をからかうつもりか?」
「うーん。どうしてそうとがるかなあ。素直に誉めているつもりなんだけどね」
数百年も生きている仙ならば、たとえ多少は年上の相手からであっても、
いい子などと言われれば、普通は腹が立つだろう。
そんなつっこみを入れる者は、その場にはいなかった。
ただ、大人気ない反応を示したことで、更夜はますます顔を赤らめた。
白く透き通る肌の怜悧な美貌が、生身の艶やかさを立ち上らせる。
「いい子だ。本当はわかっているんだよね。わかっているけど、
自分でも思い通りにならなくなるのが、存外、自分自身だったり。
それが恋というものなんだろうけれど、真君はいつもぎりぎりの
ところでは、ちゃんと踏みとどまることができるんだね」

817名無しさん:2005/05/04(水) 02:57:26
「そうだ。どうにもならない。
 六太がいなければ、多分、俺は生きることに耐えられなかった。
 延王と出会わなければ、俺はここまでやり遂げることができなかったと思う。
 俺は大好きなのに、誰もあの二人の間には入れないっ」
更夜は搾り出すように訴えると、涙を見せないようにうつむいた。
「本当にねえ」
言葉のどこに同意したのか、曖昧なまま、ゆっくりと利広は更夜の体に腕を回した。
びくりと更夜の体が震えるが、抗いはしない。
抱き寄せられた胸のぬくもりが切なくて、更夜は取りすがって泣きじゃくった。
その背中を、後頭部を、ゆっくりとなだめるように、利広は撫でてやる。
「泣いてしまうのもいいさ。どちらも好きなら、どちらか選ばないという
 手もある。あるいは、どっちも手に入るまで待つのも一興。
 それとも、ほかに慰めを探してみるかい?」
利広は、更夜の頭を撫でる手を、髪をすくように耳から顎へとすべらせて、
顎を持ち上げてすばやく口付けた。

818名無しさん:2005/05/06(金) 00:45:52
 利広の手の動きと口付けは、更夜に今は亡き斡由を思い起こさせた。
なんと久しぶりだろう、斡由のことを想うのは。
斡由が更夜を利用していたのは事実であろう。…だけど…。
更夜に初めて人間の肉体の温かみを教えてくれたのは斡由だった。
幼少の頃、まだ体の小さい更夜を斡由は寝室に呼んだ。
幼い更夜はそのような行為のことは知らなかったし、元州では特に男同士のそのような
行為が特別視されていることも知らなかった。
その日から斡由の寵愛は始まり、人々は陰でこそこそ言いながらも更夜に一目置くように
なった。
寝室での斡由は普段の彼から想像できないほどの別人であった。
更夜の尻の割れ目をなぞる斡由。行為のしずぎでくたくたになった更夜を、尚責めたて
る斡由。恥ずかしさ故、声を漏らすまいとする更夜に、どうにかして嬌声を漏らさせよう
と手をかえ品をかえ刺激を加え続ける斡由。
そしてある日。斡由は言ったのだった。
「更夜、お前は本当に良くできた臣だ。よくここまで私の理想通りの体に育ってくれた
ものだ。礼を言うぞ。小さい頃もそれはそれで可愛かったが、なんと美しく成長した
ことか。お前は顔も体も今が最高だ。見たこともないほどの輝きを放っている。
私はお前のこの美しさ艶めかしさを永久に保存したい。そして永久にお前を味わい続け
たい」
そして斡由は更夜を仙籍に入れたのだった。

819名無しさん:2005/05/25(水) 22:25:20
更夜が知っているのは、斡由の愛し方だけだった。
斡由の求める愛し方だけだった。
ただひたすらに求められるままに体を差し出し、心を差し出す。
拒むことは許されない。自分から求めることも許されない。
ただ求められることを待ち、望まれるままに振舞うこと。
だけど、いつまで待っても、六太も、延王も、自分を求めはしない。
斡由のようには、愛してはくれない。他の誰にも代えられない一人だと、
自分を誉めてはくれはしないのだ。そんなことはわかっている。
斡由はもういない。自分を求めてくれる人はどこにもいない。
もしも、今、求められるとしたら、自分は……。
更夜は泣きじゃくりながら、体を大きく震わせた。

820名無しさん:2005/06/11(土) 13:31:01
更夜は六太が羨ましかった。延王が羨ましかった。
お互いに結びついて離れあうことのできない、王と麒麟が羨ましかった。
自分は麒麟になりたかった。斡由を王とする麒麟になりたかった。
王は麒麟を失えば、生きてはいけない。麒麟は王の命綱である。
更夜は、斡由の唯一無二の命綱になりたかった。
けれど、麒麟は、王を失っても、次の王を見つけることができるのだ。

821名無しさん:2005/06/28(火) 03:39:36
 それでも――と、更夜は思う。
 おそらく六太が二王にまみえることはない。彼は現王と共に生き、
死んでゆくだろう。 それは更夜の中で確信に近い。
 元州城での六太の姿がうかぶ。蛇行する川を見下ろしながら、主のことを
投げ遣りに話していた横顔。
『尚隆は悪い奴じゃない。だけど王は嫌いだ。あいつらは碌なことをしない』
 そう口にしていたのに、いざとなると六太は尚隆の臣であることを貫いた。
『よせ! 尚隆に何かしたら許さない』
 叫んだ声の激しさ。
 鋭いもので胸を刺し貫かれたような、あの時の痛みを、更夜はいまも憶えている。
 友人と争う苦痛を宿した眸。戦うことも命を奪うことも出来ないはずの慈悲の少年。
 それが主を守るために更夜に牙を立てようとしている。
 思い知られさた。
 どんなに拒んでいるように見えても、六太は傍らの男がとても大事なのだと。
 六太を王から奪える余地など、始めからどこにもなかったと。

822名無しさん:2005/06/28(火) 03:42:11
 
『おれは尚隆の臣なんだよ』 
『…おれだって、斡由の臣だよ』
 
 だから。
 六太に返した言葉は足掻きも混じっていた。
 どこまでいっても麒麟は王のものだと知らされ。
 そして、ただひとつ更夜の内で優しい思い出だった六太を、自分から奪った憎むべき王が。
 たやすく更夜を許してしまうような男だと知ってしまったから。
 己と養い親にも息をつける場所はあるかも知れないと。
 …刹那、斡由を忘れて、夢を見てしまいそうになったから。
 差し伸べられた腕と温もりに、縋れなかった。

『斡由を守るためなら、なんだってするから』
 
 そして光から顔をそむけ、惑いを振り捨てるように口にしたことも。
 嘘ではなかった。
 己に笑いかける主の顔。頬を撫でる手の温もりと。暗い眸の色。
『お前は本当によく出来た臣だ』
 許されないぐらいたくさん殺しても、おれはその言葉だけで。
 
 最後の最後に、その思いを裏切った。
 共に死んでもいいと思っていたはずの斡由を、手放してしまった。

823名無しさん:2005/07/20(水) 00:02:49
 「おれは主を裏切った……」
漏れ出た自分の声まで、更夜をますます追い詰める。
裏切った。主を裏切り、自分を裏切った。
更夜は斡由と共に、自分の心のどこか一部を失った。
斡由の代わりに幼い頃の自分が持っていた憧れを取り戻したけれど、
失ったものは大きくて、他に目をそらさなければ耐えられないほどだった。
だから、余計に六太に、尚隆に、執着したことはわかっている。
わかっているからこそ、またも自分を裏切り者と責めずにはいられない。

堂々巡りしながら暗い思いの淵に沈みゆく更夜を、
しっかりと抱きとめる腕が、胸があった。
 「もう、いいんだよ」
ささやきかける声が、更夜を過去から現在へと引き戻す。
利広がなだめるように更夜の頭を撫でる。どこまでも優しい、
いたわるような動作に甘えて、更夜は利広の胸に顔をうずめた。
今まで押し隠してきた分だけ、嗚咽が後から後からこみ上げる。
過去を洗い流すほど、更夜の涙は止まらなかった。

824名無しさん:2005/08/04(木) 17:15:02
一方こちらは延主従。
主上と呼ぶものではないのかと六太にきかれ、
こんなしおらしい状態の六太に主上呼ばわりされたら、まるで小説の主従そのものだ
と尚隆は苦笑する。
そして自分は今、この記憶を無くしたしおらしい麒麟に、再び初夜を与えたいと考えている。
でも。いくら小説の内容に似ていようと。
今このときは現実であるし、自分たちは本当の自分たちだ。
いつもは乱暴な口調や生意気な態度で隠されている一面をあらわした六太。
そんな六太と今から存分に分ちあいたい。
最初のときとは違う、心の表面の衣を脱ぎさった六太と、
最初のときとは違う心情で六太を出来得る限り満たしたいと考える自分とで
真の初夜を。

825名無しさん:2005/08/16(火) 22:06:01
それはもう何百年も昔、元州の乱以降も雁に些細な内乱が
絶えなかった頃。
不甲斐無い王の為に、宮中にて麒麟が刺客に襲われた。
間一髪のところで使令が働き刺客は倒されたが、六太は用意
された獣か何かの血液を大量に浴びせられ、その場で意識を
失った。
急ぎ血を洗い流し、仁重殿に運ばれ黄医による手当てを受け
たが生死の際をさ迷った。
そしてその事件の首謀者が明らかとなり粗方の処理が済ま
された頃、未だ死の際の床に伏せる六太を尚隆は見舞いに
訪れたのだった。

六太との初夜。それは今では互いに禁句に近く――もっとも
改めて話す事でもないが、六太には忘れ得ない、けど思い出す
も苦しい事だろう。

黄医と入れ替わりに六太の牀榻に入った尚隆は、黄医が座して
いたであろう臥牀近くの椅子に腰掛けた。
胸を上下させる六太は王をちら、と一瞥したのみ、苦しいのか
何も言わなかった。
それでもその面に己に対する恨み不満を感じ取り、尚隆は六太の
熱に紅く染まり、汗に濡れた頬に手を伸ばす。
「――すまんかったな」
六太は面を振り尚隆の手を除けた。払い除ける腕が上がらぬ、
禄に動かぬ身体が悔しそうに。
そんな己が半身が痛々しく、尚隆は眉を寄せ苦笑を漏らす。
除けられた手を再び六太の頬に宛がい、撫でる。繰り返し、
繰り返し撫でていた。
忌々しくも、その王気に満ちる掌は気持ち良く、熱による
全身の凄まじい痛みと嘔吐感の中で、その掌が触れる箇所だけ
が心地良く、徐々に六太は大人しくそれを受けていた。

そうして暫し経った後、尚隆はぽつりと呟いた。
「…死ぬのなら、その前にお前を抱いてみたい」

826名無しさん:2005/08/17(水) 22:34:10
途端、六太は尚隆を睨め付ける。徐々に泣きそうに瞳を滲ませ、
そしてゆるゆると首を横に振った。
「…つまらん事を言った。今の虫の息のお前を抱いたら、確実に
死ぬからな」
お前は死んではならん、そう言って椅子から腰を上げ、臥牀から
離れようとする彼の袖を、六太は咄嗟に掴んだ。
小さな掌で。力の入らぬ腕を、必死に伸ばして。
振り返った尚隆に縋る瞳で、またも首を横に振る。
首を振る事で、今度は肯定した。
「…良いのか」
問われ小さく頷いた。

今にしてみれば二人ともどうかしていた。命の危機に際して、正気
ではなかった様に思える。
種の保存本能などでは有り得ない。この世界の仕組みの中で、まして
死に掛けの少年を相手に。
何を確かめたかったのか、尚隆は六太を覆い、その衣に手を掛けた。

衣を剥いた裸体の六太を前に、興奮を覚えた己に驚いた。
目の前の少年は乾いた唇を動かすだけで何も言わないが、その息の
荒さは性交による興奮の為ではなく、ただ病身が重く苦しい為であろう。

ただ一方的な行為に終わった。
だが何が功を奏したのか、今こうして生きている。
後日、奇跡だと喜んだ黄医がそれを知ってか知らずか
「主上は大層強く台輔をお励ましになられたのでしょう」
と涙ながらに言った時、尚隆はただ口元を歪ませただけだった。

827名無しさん:2005/08/28(日) 18:33:40
「しょう…尚隆…」
抱き締められた腕の温もりに、六太は自分の脈が早くなるのを感じる。
同時に、魂が震える程の歓喜も。
心地良い。温かく、光に包まれているような感覚。
「…六太」
尚隆が囁いた。
「覚えておらぬならそれでも良い。お前が記憶を取り戻さず、
俺と過ごして来た長い時を忘れたままであっても、良い…」
主の腕の中、その優しい囁きを六太は目を閉じて聞く。
「それならば今から始めれば良い…──俺にとっては、
お前が何者であっても構わんのだ。…お前が」
そこまで言って言葉を切り、尚隆は体を離し六太の顔を見つめた。
その動きに閉じていた目を開け、眼前の男の顔を見つめ返す六太。
「お前が、ここに、俺の側におればそれで良い。──…離れるな」
優しく、だが強い光を宿した瞳に見つめられ、六太は体が竦む。
それは恐怖ではなかった。先程感じた歓喜、
それが凍えのような強さを持って身を打ったのである。
「尚隆…」
「俺から離れぬと、約してくれ。この先お前が記憶を戻さなくとも、
…戻ってすべてを思い出したとしても、今、ここで俺に誓ってはくれぬか、六太…
──俺の側に在ると。」
「──…!」
今の六太には風漢としての尚隆の記憶し

828切れた…:2005/08/28(日) 18:38:02
すみません、切れました…
続き打ち直します。30分時間を下さい…orz

829名無しさん:2005/08/28(日) 18:58:07
今の六太には風漢としての尚隆の記憶しかない。
なのに、この時の表情には見覚えがあった。目を細め、眉を寄せ、苦しそうな──
…そして、こんなにも切ない顔をした男。
「尚隆…──!」
目の前が滲んだ。
愛しい男の名をただ呟く。
「尚隆…尚隆…っ──!」
何度も、何度も。
「…誓う…尚隆…約束する…──」


『…御前を離れず』


その時、頭に浮かんだ言葉があった。──同時に目の奥がつきんと痛む。
「──御前を…離れず…」
唇が動いた。痛みを堪え、手探りで頭の中を探る。
「しょうめい…に、背かず──」
尚隆は目を見開いた。
「──ちゅう…忠誠を誓う、と、誓約…する…──」
言い終えた時、六太の視界は涙で塞がれ、何も見えなくなった。
自分が発した今の言葉は何であるのか。──わからない。
だが、それは体の奥から湧いた言葉だった。大事な言葉。
言わなければならない、今ここで、この男に伝えたいと思っている言葉なのだ。きっと。
「六太…──」

830名無しさん:2005/09/24(土) 21:55:41
「何が有っても、誓う…。尚隆の側に居る…」
王と麒麟を、尚隆と六太を結ぶ誓いの言葉。
己を求めてくれる人に、己を捧ぐ言葉。
六太はそれを言えた事が嬉しかった。まして、彼が喜んでくれるなら――。
六太の頬を流れる涙は喜色を成し、尚隆に満たされた笑顔を向けた。
向けられた彼もまた、己らしからず身体が熱く、満たされる感覚を覚えた。
手を差し出し、六太の頬を己が袖で拭ってやる。その時彼が見たものは。
〝…で?お前は何を誓ってくれるんだよ?〟
そんな事を言う六太の悪戯な笑顔が脳裏に浮かんだ。
尚隆は小さく笑う。
「ありがとう…六太。では、俺もお前に誓おう」
六太が「何を」と聞き返す間も無く、尚隆は臥牀を降り、牀榻の幄に手を掛けた。
「あ…、待って」
牀榻を出て行こうとした尚隆は何事かと六太を振り返る。
「だって…側に居るって、今誓った…」
律儀というか。尚隆は苦笑して六太のあたまを撫でた。
「少し探し物をするだけだ。ここで待っておれ」

831名無しさん:2005/09/24(土) 22:18:55
「何処だったか…」
薄暗い房室の中、尚隆は二百年もの記憶を掘り起こす。他愛も無い出来事は
月日と共に流れ行くが、それでもあれは記憶に留まる物なのだろう。
堂福の裏、榻の下等を覗いてみるが見付からない。誰かが片したのだろうか。
王の私室に出入りする者は限られている。
王の身の回りの世話をする女官、三官吏、そして六太。
彼らの中で、あれに気付いた者は居るだろうか。
己の心の闇と弱さが封じ込められたあの箱を。

程無く書棚の奥から顔を出したそれは、二百年近くその場所に鎮座していた
のであろう、薄らと埃に覆われていた。
久しく存在すら忘れていた――心の何処かには在ったのだろうが、掌に収まる
小箱。果たしてこれを見付けた者が居たとして、それの持つ意味にまで気が
付いた者は居るだろうか。

やがて尚隆が小箱を手に牀榻に戻って来た時、六太は臥牀で半身を起こして
いた。彼に対座し、尚隆は軽く埃を払った後、小箱を差し出した。
他の誰でもない、何よりも愛しい六太に。
「…何?」
「開けてみろ」
言われ、小箱を手に取り、訝しみつつ小さな掌で飾り気の無い箱の蓋をそっと
持ち上げる。
覗くように中を見やると、そこには黒と白の丸い石の数々が犇いていた。素朴
なもの、華美なもの、まるで揃ったものではない。

六太はその一つを無造作に手に取り、見詰める。
「碁石…?」
「お前にやる。捨てるなり、戒めにするなり好きにしろ」
六太には訳が分からない。少なくとも、尚隆は「これで遊べ」と言っている訳
ではないだろうが。

832名無しさん:2005/09/27(火) 16:12:56
くれると言う物を捨てろと言ったり、訳が分からず六太は怪訝に見上げると、
そこにはやはり、目を細め眉を寄せた切ない顔をした男が居た。

当然ながら困惑気味な六太とその手の中の碁石に苦い視線を向ける。
己が六太を必要とし、側に在る事を願った。それに対し、〝側に居る〟と誓った六太。
ならば、己が誓うべき事は。
「――誓おう」
尚隆は六太の手を取り、その小さな手の中に有る小箱ごと、彼の掌で強く包んだ。
そして一拍の間を置いた後、言った。
「決して、お前を裏切らぬ、と」
六太は手の中の小箱と尚隆を見比べる。この不揃いな碁石の数々と、尚隆の誓いの繋がりが、
そしてその重さが、今の六太には残念ながら分からない。ただ彼の面には切なさ以上に
厳しさが有り、己の恋人である以上に彼が〝王〟である事を思い出させた。
「うん…でも、よく分かんねえ」
「だろうな。理解出来ずとも良い。今は」
六太は眉を寄せ寂しげに目線を落とす。
「今は、って。…記憶が戻れば分かるの?」
この手の中のものが示す意味を。
「お前は聡いからな」
碁石の存在を六太は知っていただろうか。知らぬならば、一生明らかにする事は無かった
かもしれない。打ち明ける機会も持たぬままに。
今の六太に告白するのは、卑怯だとは思う。己を責める事を知らぬ六太に。

833名無しさん:2005/11/02(水) 12:55:18
記憶を取り戻さず、
己と過ごして来た長い時を忘れたままであっても、
六太が何者であっても構わない――。

そう尚隆は言った。
しかしそれでは駄目だ。
六太は手の中の小箱、尚隆の態度、そして己自身に歯痒さを覚えた。
何故何も分からない。自身の事、…目の前の彼の事。
不確かな己自身よりも彼の事が知りたくなった。風漢ではなく、尚隆という人を。
…思えばあの村に居た時でさえ、風漢の事は何も知らなかったのだ。
六太は小箱を握る手に力を込める。
「風…いや尚隆、おれはお前の事が知りたいよ…」
からっぽの自身を満たしたい、と心が激しく欲求した。
「お前の側に居るって言った!お前が好きなんだ!…だから、お前の事が知りたいんだ!」
慟哭するように叫んだ六太の瞳。尚隆に向けられたそれは、とても強いものだった。
「六太…」

834名無しさん:2006/04/19(水) 00:33:13
あげときます。

835名無しさん:2006/08/12(土) 02:05:10
これが何なのかは、わからないけれど。
この小箱の中の碁石を見ていると、何故だか悲しくなってしまう。
何故だか涙がこみあげてきてしまう。
こんなものの無い世界に行きたい……。
こんなもののことなど忘れてしまいたい。
いや、忘れてはいけない。それは危険だ。
でも。ひととき、忘れてくつろぎたい。
例えば、こことは違う世界で。
こことは違う世界で風漢……尚隆と一緒に過ごせたら。
いやなことは忘れて、二人で今という時を楽しめたなら。

836名無しさん:2006/11/22(水) 12:53:09
――でも…、と六太は思う。――逃げてはいけない。とも…。
正直を言えば、六太は過去の記憶にそう重きを置いて居なかった。――風漢に出会ってからは尚更に…。
王宮に居るであろうと思った想い人との記憶も、風漢と会ってからはどうでもよくなっていた。己の移気に、思い悩むことはあったが。
ただ在るのは、風漢への想い…。――側に居たい。
それは、風漢が延王と知り、その延王尚隆の想い人が延麒と知知ってもなお、諦め切れぬ想い…。
だが、その延隆が、六太を延麒だと、尚隆と過ごした過去が在ると言う。
かわらず愛しい、おまえだけだと言った。
今はまだ意味の判らない碁石を六太に捧げて、誓うと言ってくれた。ならば尚更―。
「……思い出したい。…全部、全部!思い出したい!尚隆のこと、全部思い出して、全部知りたい!!」
いま一度叫んだ六太を、尚隆は抱きしめずには居られない。
「六太!」
歓喜のまま抱きしめ、己の背に回る六太の手の感触に更に歓喜し、――だが…と尚隆は思う。
宿屋での、幻の夢を見せられ涙していた六太の姿を思い出しながら、――辛い記憶も在ろう…と。

837名無しさん:2006/11/22(水) 12:54:38
六太を蔑ろにした憶えは無い。
だが、己はそうでも、六太はどうだろうか?
六太だけが愛しい…と、己の想いを馳せるその前までの、己の所業…。それは六太を苦しめていたのだろう。だから―。
「…六太」
離したくないと、抱きしめたその腕をほどかぬまま―。
「俺は、おまえが記憶を無くした頭への衝撃も、妖術も、切っ掛けに過ぎぬと思う。辛い何か…忘れてしまいたい何かが、在ったのだろう…」
―それがおそらく、己の所業が原因だとは言えぬ苦々しさを感じるまま、言葉を続ける。
「おまえが側に居れさえすれば、どんなおまえでも良いのだ。元気なガキ大将のおまえも、素直な可愛らしいおまえも、どちらも愛しい、手放してやれない俺の…六太だ。わざわざ辛い記憶を思い出さなくても良…」
「嫌だ!」
尚隆の言葉を遮るように、六太もまた、尚隆の背に回した手をそのままに言い募る。
「どんな記憶でも良い!それが辛い記憶だろうと、尚隆と過ごした過去があるなら、全部思い出して全部俺の物にしたい!」
尚隆の背に回された六太の手が、すがるように力が込められてゆく。
「辛くとも、苦しくとも、尚隆との記憶が欲しい!」

838名無しさん:2006/11/22(水) 12:56:02
六太の言葉を聞いて、尚隆は聞かずに居られなく、静かに問う。
「…それが、俺が与えた苦しみ…だと、してもか?」
腕の中の六太が身を固まらせた。…沈黙が、己の身に痛い。
「うん」
暫しの沈黙の後、応えた六太の声は明るいものであった。
「そうだとしても、記憶を無くす程に、尚隆のことを想い悩んだってことだろ?だったら構わねえ」
その応えに、今度は尚隆が身を固まらせる。――なんてことだ…と。
今更ながらに思う。――こんなにも、この愛しい麒麟は己を想うて居てくれたのだ…と。
この上ない幸せを感じて居た。
だが、――俺も存外、小心者よ。
「嫌われて居らんと勝手に憶測していたが、もしや過去のおまえは、俺を憎んで居ったかもしれんぞ?」
―馬鹿なことを…と思いつつ、確かめずに居れない己が居る。
「其れ故、記憶を…」
「そんな筈ない!」
六太はまたも尚隆の言葉を遮り、今度は少しだけ身を離して、尚隆の顔を真正面に捕えて叫んだ。
「憎んでなんて…そんな筈、絶対に無い!だって、記憶が無くてもこんなに好きになったのに、少しでも憎んで居たら、…こんなに好きに……なって………居なかった…………と、…思う…」

839名無しさん:2006/11/22(水) 12:57:34
六太の語尾が小さいものになったのは、己が顔が原因であろう。
初めは驚愕したが、六太が勢いに任せて言い募るうちに、己が頬が緩むのが判った。――こんなにも愛しい。
…そりゃ、と六太が言葉を続ける。
「…少しは……憎らしい………と、…思った……かも………しれないけど、…心底、憎んでなんて……居なかった………筈…」
言い終えた六太は、恥ずかしさにいたたまれなくなったのだろう、真っ赤な顔して下を向いてしまった。
そんな六太を、いま一度、己が腕に取り戻す。
「あっ…」
驚いて、わずかに声を挙げる六太を、そのまま腕に閉じ込める。
六太の手も、そろそろと己が背に回されるのを感じる。
抱いて居るのは、己か、六太か…。――おそらく六太であろう。
こんなにもこの麒麟に想われて居ったのに、己が質が悔やまれる。――大事なことこそ言葉が足りない。なんと愚か者よ、己は…。
「そうか。ならば足して誓おう。おまえの記憶が戻るよう最善を尽すと。記憶など関係無しに、愛しいおまえを、今後絶対に離さなぬと」

840名無しさん:2006/11/22(水) 12:59:10
「尚隆…」
歓喜が六太の身を包む。――俺は今、なんて幸せなんだろう。
尚隆に抱きしめもらって、この上ない誓いをもらって、一片に様々なことを教えられて少々混乱してるものの、尚隆の側に居られる。ただそれだけで、嬉しい…。
勿論、記憶を思い出したいが、今は………あれ?―
「なあ、尚隆…」
「ん?」
尚隆は抱擁を解かぬままに応えてくれる。
「頭をぶつけたってのは判るんだけど、妖術って…何?」
「…おまえが掛けられた、妖しい力封じの術だ」
――力封じの術…。でも―。
「なんで俺が掛けられたの?」
尚隆の体が固まった。これほど身を寄せていれば、些細な変化もすぐ判る。
「………俺の不覚だ」
暫しの沈黙の後、漸く応えてくれた声はなんか…苦々しかった。――なんで?
「とにかく!俺が最善を尽す!安心して任せておれ!!」
そう言った尚隆は、少し力を込めて俺を抱きしめた。俺も尚隆の背に回したままの手に、少し力を込めた。
「うん!任せた!」
おそらく俺は今、笑っているだろう。久しぶりに、心から…幸せそうに。でも―。
「…安心したら、……眠くなってきた………」

841名無しさん:2006/11/22(水) 13:00:44
「おい、六太…」
六太の手が、尚隆の背を撫でるように落ちてゆく。
「ごめん…尚隆、……もの凄く…眠い……」
尚隆が慌てて六太の顔を覗こうと、抱きしめていた腕の力を抜いた時既に遅し、その腕の中で完全に六太の体から力が抜けた。次に聞こえるは、六太の寝息。
それを、なかば呆然と見ていた尚隆だが、諦めたように僅かな笑いを洩らす。
「ガキめ…」
尚隆に抱かれたまま寝入ってしまった六太を、寝床に寝かし直し、己も隣に横になる。
心地好さそうに眠る六太に、眠気を誘われる己がいる。――長い今日一日の褒美が、この寝顔なら悪くない。
だが―と。眠って居る六太の鼻を摘んで言い放つ。
「初夜のやり直しが、おあずけになったな。…覚えておれよ」
鼻を摘まれても六太は起きない。
尚隆はそんな様子にも僅かに笑って、六太を起こさぬように抱き寄せ、己が腕に囲い込み、静かに眠りに着いた。

842名無しさん:2006/12/31(日) 16:52:17
おおおおお、一気に増えてる!!

843名無しさん:2013/09/18(水) 00:29:42
黄海に落ちていった驍宗さまと泰麒が懐かしい(感想)


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