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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:01:30
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
2
:
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:04:46
【キャラクターテンプレ】
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【パートナーモンスター】
ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【使用デッキ】
合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。
カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。
3
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:16:04
「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
宿で充分に休養を取り、貸し切りにした食堂の丸テーブルに仲間たちが勢揃いする中、
ポヨリンを抱いて椅子に座ったなゆたが徐に口を開く。
「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
いきなり突拍子もない話である。
しかも、今なゆたが話しているのはソーシャルゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』の話ではない。
むろん、ゲームも中心になって作ったのはその三人なのだが、なゆたの語っているのはもっとマクロな話だ。
即ち――自分たちが現在いる『現実のアルフヘイム』の話
もっと言えばイブリースたちの本拠ニヴルヘイムと、自分たちが元々住んでいたミズガルズ――地球の話である。
つまり。
なゆたはカザハやガザーヴァらモンスターだけでなく、自分たち……明神にジョン、エンバース、
その他大勢の人々さえも『ブレイブ&モンスターズ!』という大きな括りのゲームの登場人物なのだと言っている。
それを創造したのがローウェルとバロール、そしてシャーロットなのだと。
明神たちがプレイしていた『ブレイブ&モンスターズ!』は、いわば本当の『ブレイブ&モンスターズ!』の中に出てくる、
作中作であったということらしい。
「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
ソーシャルゲームに限らず全てのゲーム、否。この世に存在するありとあらゆる娯楽、コンテンツには寿命がある。
どんなに隆盛を誇った作品も、いつかは終了する時がやってくるのだ。
「とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった」
人気の落ちたコンテンツ。古臭いと見切られた作品。
そういったものがどういう末路を辿るのか?
「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
ゲームの真の終焉とは、いったい何か。
魔王を倒すこと? 世界に平和を取り戻すこと?
隠しダンジョンの踏破? DLCのコンプリート? スタッフロールを最後まで見て、THE ENDという文字を見届けること?
違う。
サービス終了こそが、ゲームの終焉。
運営がサービス終了の告知を出した時点で、すべては終わる。
その世界は『消滅』するのだ。
「当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う」
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とキングヒルで会ったときから、
世界に住まう者の命より世界そのものの維持を優先して考えていた。
それは、バロールこそがこの世界を創り上げた文字通りの『創造主』であったからだ。
それを鑑みれば、バロールの二つ名が『創世』であり、無から有を生み出すことができるのも頷けるだろう。
「でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……」
ぎゅ、と胸に抱いたポヨリンを強く抱きしめる。
強く唇を噛み、苦しげに眉を顰める。思い出すのも辛いというように、これから先のことを告げるのは苦しいというように。
だから。
「ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ」
なゆたの言葉の先を、エンデが継ぐ。
「マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ」
世界を蝕む『侵食』の正体。
それはローウェルがマスターデータを消去し始めたために発生した、データの欠損だとエンデは言う。
それならば、ゲームキャラである世界の住人たちに打つ手がないというのも納得であろう。
「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がバロール率いるニヴルヘイムの軍勢と戦い、ニヴルヘイムを崩壊させ。
勝利したアルフヘイムが今度はミズガルズへと攻め入って何もかもが崩壊した、一巡目の戦い。
それも、ローウェルが仕組んだことであったのだ。
4
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:19:43
「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
テーブルに頬杖をつきながら、ガザーヴァが憤慨したように口を開く。
「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
は、とエンデが息をつく。
「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。
でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ」
かつて『賢人殺し』と言われた一流プレイヤーに超レイド級相当の力を与え、
討伐対象として他のプレイヤーと戦わせる、大規模PVP。
それもまたローウェルが最後にブレモンを盛り上げるために打った手であった。
「ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね」
「何も、ゲームそのものをサ終する必要はなかったんじゃ? ローウェルだけ降板して、
新しいプロデューサーを据えてやれば……って思うかもしれないけれど。
元々、ブレモンの三つの世界はローウェルのアイデアだったから。
自分のものだっていう気持ちがあったんだと思う、他人の手には委ねたくないって。
だから、ローウェルはサービスの終了と共にすべてを破棄することにした。
シャーロットとバロールは……食い止められなかった。
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに討伐され、ニヴルヘイムは滅び――
アルフヘイムが勝ち残った。でも、侵食は止まらなかったんだ。
データの消去はローウェルにも止められなかったの。最初からローウェルの言ったことは出鱈目だった。
結果……アルフヘイムの人たちは活路を見出すため、地球へ攻め込んだ」
遊んでおいで、とポヨリンを解放し、なゆたが改めて語り始める。
「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
消えてゆくマスターデータを未完成状態の不完全なバックアップデータに移植するという方法で、
シャーロットはブレモンを構成する三つの世界を守ろうとした。
時間のない中で敢行した作戦のためデバッグも何もできず、その結果統合させた世界には多数のバグが発生してしまった。
イベントフラグはバックアップデータのまっさらなものが適用され、キャラクターデータも軒並み初期値に戻った。
いわゆる『セーブデータが飛んだ』という状態だ。
だが、バグにより中にはカザハやイブリースのようにマスターデータの記憶を保持している者もごくわずかではあるが残った。
「シャーロットのやったことは完全な独断だった。彼女は自分がローウェルに処断されることを理解してた。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』に救済のシャーロットという存在が反映されないことも。
平たく言うと、会社をクビになってもうデータに触れなくなっちゃうって感じかな……。
だから、シャーロットはバックアップデータが自分の手を離れた後のことを見越して、あらかじめトロイの木馬を仕込んだんだ。
自分は二巡目の世界に介入できない。でも二巡目を生きる人たちのために、
自分がやったことや今まで起こったことのすべてを“記録”として残し、
新しく作成したキャラクターの中に隠して、何かの切っ掛けをトリガーとしてそれが解凍されるように……ってね」
使用すれば存在や記憶が消滅するという触れ込みの禁呪、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』。
その正体が時間を巻き戻す魔法などではなく、新たに構築された二巡目の世界そのものであったこと。
性急で荒っぽい作業によって多数のバグが発生してしまったこと。
世界から救済のシャーロットというキャラクターの存在が消え去った、その理由。
「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
なゆたはそっと自らの胸に片手を添える。
そしてそこまで説明すると、ふーっと大きく息を吐き出した。
今までずっと謎のままだった重要事項を一気に話し終え、一段落ついたというような表情を浮かべる。
5
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:24:53
「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
エカテリーナとアシュトラーセが口々に呟き、文字通り頭を抱える。
いかにアルフヘイム最高戦力の『十二階梯の継承者』といえど、この事実は些か重荷が過ぎるらしい。
「でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?」
「それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね」
なゆたがシャーロットの記録を蘇らせた瞬間、頭上から聞こえた大気を震えさせるような怒声。
それが結果的に皆の記憶を取り戻させるトリガーになった、ということなのだろう。
「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
額に片手を添えながら呻くアシュトラーセ。
「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
仲間たちの顔を見渡し、質問を募る。
そうして皆の疑問にひとつひとつ答え、しばしの時間が経過した時。
なゆたたちのいる宿屋の周囲を、ただならぬ気配が包み込んだ。
「―――ッ!?」
宿屋を包囲する多数の人の気配に気付いたガザーヴァがガタリと椅子から立ち上がり、
エカテリーナとアシュトラーセも鋭い視線を入口へと向ける。
外には長槍を装備した多数の聖罰騎士たちの姿が見えた。一騎だけでも恐るべき力を秘めた、プネウマ聖教の最強戦力である。
蝟集しているのは聖罰騎士だけではない。多数の神官や司教、僧侶たちの他、
エンバースあたりは影の中に潜む穢れ纏いの存在をも感じ取ることができるだろう。
エーデルグーテの聖職者たちが一ヵ所に集う、その意味するところはひとつしかない。
聖罰騎士たちが宿の入口の両脇に整然と控え、携えていた槍を頭上へ掲げる。
まるで聖なる式典の最中のような、聖罰騎士たちの作った道を、ひとりの女性がしずしずと歩いてくる。
それが誰なのかは、もう考えるまでもないだろう。
蒼紫色の膚、零れ落ちそうなほど豊かな胸元の開いた豪奢なドレス。
この世のものとは思えない、ふるいつくような美貌――
十二階梯の継承者・第三階梯、教帝『永劫の』オデット。
「え……、『永劫』の賢姉……!」
「……オデット」
エカテリーナが驚き、なゆたが呟く。
「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
テーブルについた一同の反応を一頻り見遣ると、オデットは静かに微笑んだ。
地下墓所で戦った際の魔物然としたおぞましい姿は跡形もなく、ミドガルズオルムの攻撃を喰らった身体も、
今は完全に回復しているように見える。超レイド級の攻撃をまともに浴びて、
たった半日で回復するとは相変わらず規格外の生命力である。
アシュトラーセが新しい椅子をもってきて、オデットに勧める。
オデットはそっと椅子に腰を下ろすと、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちへ深々と頭を下げた。
「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
そう告げるオデットの双眸は、まるで憑き物が落ちたかのように澄んでいる。
いや、実際にそうだったのだろう。きっとローウェルやそのしもべに唆され、
自身の弱みに付け込まれて、侵食に希望を託すなどという誤った選択をしてしまったのに違いない。
「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「……はい」
ガザーヴァがここぞとばかりに糾弾するが、オデットは俯くばかりで一切反論しない。
が、そんなオデットに弟弟子のエンデが助け舟を出した。
6
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:31:30
「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「……どーゆー意味だよ」
「聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ」
エンデがすらすらと説明する。
実際に、ゲームの中でも基本的に味方であるオデットに敢えて敵対するルートを選ぶと、
聖罰騎士や穢れ纏いが独断でプレイヤーを粛清するため刺客として現れるというイベントが発生する。
普通にプレイしていればオデットと敵対することはまずありえないため、それを知らないプレイヤーが多いのも無理はない。
「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
「終末期医療だよ」
エカテリーナの問いに、こともなげに応えるエンデ。
医療技術の発達したミズガルズ――地球と違い、このアルフヘイムは中世ファンタジー世界が土台になっている。
当然、医療技術は未発達である。医学薬学は未熟で、まともに人体や医術に精通した医者などほとんど存在しない。
骨折や火傷、創傷といった外傷の類ならば魔法である程度癒すことはできるものの、疾病に対しては無知と言わざるを得ない。
万が一病にかかった場合、大半の人々は民間に伝わる胡乱な薬草やら処方箋に頼るしかなく、
やれ悪霊に取り憑かれただの、体内の精霊のバランスが狂っただのと言って祈祷や除霊といった手段を講じる他ないのだ。
だから――
「回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ」
「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
ガザーヴァが拳を作って思わず唸る。
そんな反応も構わず、エンデは小首を傾げた。
「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
うん、となゆたが頷いて意見を纏めようとする。
「妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ」
「あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから」
ぱたぱたと両手を振って、姉弟子扱いを固辞すると、そんななゆたにガザーヴァが突っ込みを入れる。
「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
あはは……と困ったように愛想笑いを浮かべる。
覚醒し、シャーロットが保有していた記憶――この世界の真実やゲーム中のシャーロットが保有していたスキルを得たことで、
なゆたは以前とは比べ物にならないほどパワーアップした。
しかし、それは決していいことばかりではない。
「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
右手で後ろ頭を掻きながら照れくさそうに笑う。
呼び名に関する話題が一段落すると、改めてオデットが皆の前で頭を下げた。
「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
これで、当初の目的であるオデットの協力を得るという目的は達成された。
アルメリアの兵力に加え、『覇道の』グランダイト率いる覇王軍、そしてプネウマ聖教。
これほどの戦力が集まれば、きっとニヴルヘイムとも真っ向勝負ができるに違いない。
7
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:40:14
「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
残った継承者二名のうち『真理の』アラミガは金次第でどちらにでも転ぶ。
レプリケイトアニマではバロールが大金で雇い入れ、エンバースらの味方をさせたが、
今後も味方でいてくれるとは限らない。もし敵に回ればまずいことになる。
現在のところは数でアルフヘイム側の継承者がニヴルヘイムに優っているが、
アラミガが敵になればそんな数の優位など容易くひっくり返されてしまうに違いない。
可及的速やかに居場所を突き止め、再度雇用する必要がある。
『霹靂の』クサナギに関しては、自らが治めるヒノデ以外のことにはまったく興味がない人物だ。
勝利を盤石のものとするためには今からでもヒノデに赴いて仲間に引き入れたいところだが、
世界にそこまでの猶予があるのか分からないため、気軽には動けない。
「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
ガザーヴァが右拳で左の手のひらを叩く。すでにやる気は満々だ。
意気軒高なガザーヴァを真似て、ポヨリンもふんすふんすと鼻息を荒くしている。
なゆたは首を縦に振った。
「……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな」
「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
「うん、その話なんだけど。
マスターデータ、つまり一巡目の世界は消滅したけれど、シャーロットの機転で二巡目の世界――
つまり今わたしたちがいるこの世界、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』が生まれて、
みんなは当面の危機を回避することができた。けどローウェルはこの二巡目の世界までも消滅させようと、
またプロデューサーの強権を発動して、バックアップデータの消去を始めた……。
このままじゃ、この世界もマスターデータと同じように消え去っちゃう。そこまではさっき説明したよね。
でも……一巡目のマスターデータと二巡目の『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』とでは、
決定的に違う部分がひとつだけあるんだ」
ブレモン運営の最高責任者であるローウェルの権限によって、一巡目の世界は成す術もなく消滅した。
シャーロットとバロールが力を合わせても、ローウェルの強権を覆すことはできなかったのだ。
しかし。
「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
本来であればローウェルのアクセスを阻害するセキュリティでも組み込んでおけばよかったのだろうが、
未完成で不完全な急ごしらえのシステムが災いし、結果として二巡目の世界も、
一巡目のマスタデータと同じように『侵食』の脅威に晒されることになってしまった。
だが一方で、未完成で不完全であるがゆえにローウェルがマスターデータのときに揮ったような絶対的な力も、
この世界の中ではまともに機能しないということらしい。
「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
理解した、とばかりにアシュトラーセが喜色を湛える。
「妾たち十二階梯の継承者はこの世界を襲う未曽有の危難に対応すべく集結した。
その方針は今でも変わらぬ。例え黒幕が誰あろう、発起人である師父ローウェルであろうともじゃ。
むしろ、発起人であるがゆえに師父には落とし前をつけて貰わねばならぬ。
我らを欺き謀った償いは、必ずして貰おうぞ!」
「……師父様には、永遠の生に倦み闇に沈んでいたわたくしの心を引き上げて頂いた恩があります。
しかし……それさえも破滅的終末へ至るための策謀であったとするならば、捨て置くことはできません」
エカテリーナとオデットも自分たちを長らく騙していたローウェルへの憤りを露にする。
そんな継承者たちをまあまあと宥め、なゆたが言葉を続ける。
8
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:44:31
「ローウェルがこの世界にいるとしたら、その場所は『転輾(のたう)つ者たちの廟』以外考えられない。
廟の入口はニヴルヘイムの最奥、バロールの居城――暗黒魔城ダークマターの玉座の裏にある隠しポータルの先だから、
何れにしてもニヴルヘイムには行かなきゃならないわね」
「今まではニヴルヘイムの連中にやられっぱなしだったケド、今度はこっちから攻め込むってワケか。面白そー!
ニヴルヘイムの連中め、目にもの見せてやる……って、ボクも元々ニヴルヘイムの三魔将だったっけ!」
「わたし(の前任者)もね……」
ガザーヴァのノリツッコミになゆたがあははと笑う。
「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
タマン湿性地帯での戦いではミハエル・シュヴァルツァーの横槍が入ったため有耶無耶になってしまったが、
イブリースはあの時ほとんどジョンの説得に応じかけていた。
もう一度、今度はミハエルに邪魔されないよう説得を試みれば、きっとイブリースも理解を示してくれるはずなのだ。
「アルフヘイムからニヴルヘイムへの正規の直通ルートは、本来『石造りの天空』を下って行かなくちゃいけない。
でも、アルメリア王国軍や覇王軍、プネウマ聖教軍にあのダンジョンを踏破させるのは難しい。
だから……ぼくとバロールで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開く。
アルフヘイム連合軍が通れるくらい大きいのをね……。
あちらの世界に到着したら、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のみんなはニヴルヘイム軍は構わず、
真っ直ぐ暗黒魔城ダークマターに向かって欲しい」
エンデが提案する。
そこでガザーヴァが思い出したように、明神の方へと首を巡らせる。
「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
ガザーヴァの言葉に反して、スマートフォンをチェックしてもバロールやみのりからの連絡は来ない。
エーデルグーテではしばらく通信不能になっていたから、きっとバロールたちも気を揉んでいたはずだ。
魔霧の通信妨害が消滅した今、キングヒルと通信するのに障害はなくなったはず、なのだが。
なゆたは眉を顰めた。
「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
「……うん」
頷く。が、なゆたは嫌な予感を拭い去ることができなかった。
バロールは単なるNPCではない。この世界を創り上げた三人のクリエイターのひとりなのだ。
いわば、神にも等しい存在。そんなバロールよりも強い者など、思いつくことさえできないというのに。
「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「そうね。アルメリアには私とカチューシャも同行しましょう。
あちらで『創世』の師兄や覇王と一緒にニヴルヘイム攻略の作戦を考えるのがいいと思うわ」
「わたくしは出征の準備を指示しなければなりませんので、今は聖都に残ります。
けれど――そうですね。一週間……いいえ、四日頂ければ、百万の軍勢を以てキングヒルに馳せ参じましょう。
そう『創世』の師兄に伝えて下さい」
継承者たちが口々に言う。
エンデは何も言わないが、なゆたの行くところに行くというスタンスに変わりあるまい。
そして。
「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
不意に、一行が囲んでいるテーブルから離れた場所で声が聞こえた。
見れば宿屋の二階へ続く階段の前に、黒いローブを纏いとんがり帽子をかぶった少女がパートナーの事典を伴って佇んでいる。
“知恵の魔女”ウィズリィ。『悪魔の種子(デーモンシード)』を額に植え付けられ、
大賢者ローウェルの走狗に成り下がっていた彼女はミドガルズオルムの攻撃に晒されて気を失って以来、
ずっと二階の客室で昏睡していたのだが、やっと目を覚ましたということらしい。
その額には包帯が巻かれており、見るからに痛々しい様子ではあったが、意識はしっかりしているようだった。
「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
ガタリ、となゆたが椅子から立ち上がって安否を気遣う。
ウィズリィはかぶりを振った。
9
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:48:38
「ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……」
俯き加減になりながら、ウィズリィが謝罪を口にする。
ウィズリィはリバティウムの戦いのどさくさにイブリースによって拉致され、ずっと囚われていたのだという。
とはいえイブリースはウィズリィを何かに使うようなことはなく、ずっと飼い殺しにしていたのだが、
そんなウィズリィをローウェルが有効活用しようと額に『悪魔の種子(デーモンシード)』を埋め込んだ――ということらしい。
種子に意識と肉体を乗っ取られていたとしても、記憶はしっかり残っているようだ。
「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
ウィズリィの色違いの双眸に涙が溜まり、頬を伝って落ちる。
なゆたはすぐさまウィズリィに駆け寄った。
「ウィズのせいじゃないよ。むしろ、謝らなくちゃならないのはわたしたちの方。
リバティウムじゃ自分たちのことを守るので手いっぱいで、ウィズのことを気にかけてあげられなかった。
本当にゴメンね……でも、もう離さないよ。
ぜったい、ウィズのことを守るから」
優しくウィズリィの肩を抱き、衣服のポケットからハンカチを出して涙を拭ってやる。
ウィズリィは冷静沈着が売りの彼女らしからぬ様子で静かに嗚咽を漏らしていたが、
一頻り泣くと気分も落ち着いてきたのか、強い意志を秘めた眼差しで一行を見詰めてきた。
「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
二つ返事で許可するなゆたが仲間たちの顔を見回す。
皆が了承すると、ウィズリィは深々と頭を下げて謝意を示した。
「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ウィズリィの処遇が決まったところで、いつもの調子で音頭を取り、大きく右腕を空に掲げる。
そんなところは、以前のままのモンデンキント――崇月院なゆたと何ら変わるところはない。
と、そのとき。
ガガァァァァァァァンッ!!!!
不意に宿の外で耳を劈くような轟音が鳴り響き、地面が振動する。
外で整然と控えていた聖罰騎士たちがざわざわとどよめく。
「い……、今のは……?」
「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァが身軽に宙を蹴って外へと飛び出す。
なゆたもそれを追って外へと駆け出すと、その視界の先には魔法機関車がすぐ近くの民家の壁に頭から突っ込む形で停車していた。
想像だにしていなかった光景に、思わず目を見開く。
「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
魔法機関車はボロボロだった。車体のあちこちから黒煙が上がり、装甲は穴だらけ。
車輪もいくつか欠落しており、先頭車両も半壊状態になっている。
これは、決して民家に激突した際に壊れたものだけではあるまい。
まるで王都から必死で逃げてきた――とでもいうような惨状に、息を呑む。
そうこうしているうちに先頭車両の扉が開き、中からボロボロになったブリキの兵隊がよろめきながら転がり出てくる。
なゆたはその身体を慌てて抱き留めた。
「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
「あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……」
ボノはうっすら目を開けると、煤まみれの顔をなゆたへと向けた。
そして、わななく口で必死に何事かを伝えようとする。
「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「―――――――――――!!!!!」
まるで、金槌で頭を殴られたような衝撃。
キングヒル陥落――
ずっと感じていた嫌な感覚が気のせいでなかったことを、今になってなゆたは思い知った。
【なゆた、シャーロットの記憶を用いてパーティーの皆に状況説明。
オデット、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力を約束。
ウィズリィ、再度パーティーの一員に。
半壊状態の魔法機関車が到着。ボノからキングヒルがニヴルヘイムに攻められ陥落したとの報を受ける。】
10
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:34:34
カザハは、オデットを誰が運ぶかを巡るのろけコント(?)も、覚醒なゆたちゃんをどっちで呼ぶかに関するやりとりも、黙って聞いていた。
真面目な話題の後者はともかくとして、前者はいつもならツッコミの一つも入れそうなところですが。
ところで私も一応馬なんですが……もうすっかり人型形態が画面に馴染んでいるということでしょう。
帰り際に、カザハが明神さんに小声で告げる。
「明神さん、こっちの住人に自由意思――”勇気”は無いって件は……みんなには伏せておこう。
今更誰も動じないかもしれないけど……それでもわざわざやる気を削ぐようなことを言う必要もない」
あの時エンデの話を直接聞いていたのは、おそらく私達と明神さんだけ。
エンデ自身はあの長々しい解説をそのままもう一度はしないだろうし、掻い摘んでみんなに伝えるとしたら、
ブレイブの力の本質は勇気、というところまでで止めておけば何の問題もなく大筋は伝わるだろう。
そしてオデットを信徒達に引き渡して宿に戻り、半日後に食堂に集合ということになった。
「ガザーヴァ……!」
自室に戻ろうとするガザーヴァを、カザハが呼び止める
「ずっと言わなきゃって思ってて。
レプリケイトアニマで庇ってくれたこと、仲間だから一緒にいなくちゃいけないって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。ありがとう。
昔たくさん辛い思いさせてごめんね。今度は幸せになって。
大丈夫だよ、君は顔以外全然我に似てなくて強くて賢くて可愛いんだから」
何も考えていないように見せかけつつ権謀術数を弄する策士と
常に気遣いが明後日の方向にぶっとんでて結果的に何も考えていないように見える天然……。
確かにもはや顔以外全然似てない……! むしろ正反対だ!
返す返すもバロールさん、これならいっそ顔も似せなければここまでややこしいことにならなかったのでは!?
えっ、カザハは何も考えてないように見えて実際に何も考えてない天然じゃないかって!?
ぶっちゃけ私もそう思ってたんですが、精神連結をした拍子に分かってしまったんですよ……。
カザハは自室に戻って扉を閉めると、小さく呟いた。
「でも……ごめん、もう一緒にはいられない……」
「それって……」
「こっちがやっと再会した同胞が二人も死んだ時、宿命の糸から逃れられないと知った時、あっちはいつも幸せそうだった……。
でも、そんなの全然大したことじゃない。
一巡目、向こうはずっと虐げられてるのに、こっちは能天気に笑って冒険してたんだ……。
何も知らずに、大事なものを全て奪ってたんだ……。そんなに酷い事してたのに、一緒になんていられない」
少し前まで、ガザーヴァに突っかかってくる事に対してカザハは困惑するばかりだったが
ここ最近の状況の落差に嫉妬して始めて、相手は今までずっと何十倍も何百倍もそう思っていたことに気付いたんですね。
でも、それってただ巡り合わせが悪かっただけで、二人とも何も悪くない。
11
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:36:09
「我の兄弟は君だけだ。君さえいればいい。
――カケル、我と一緒に風の双巫女を継いでくれるか?」
――やっぱり、そう来ましたね……。
「君に魂を分け与えたのは、きっとそのためだったんだ。
あの二人の統治が長かったから、もうみんな風の巫女は二人一組だと思ってるもの。
草原をしばらく統治して、生きる事に飽きた頃に後継が出てきたら、
一緒に風精王になって、あの二人が我に望んだ通りにずっとこの世界を見守るんだ……。
きっとそうプログラムされてるんだ。どうせ宿命に抗えないなら――抗うのはやめよう」
「でも……私達が抜けたらちょっとは戦力ダウンしてみんな困りません?」
「困らないよ。それどころかこれから先の戦いについていったら、逆に足手纏いになる。
さっきは背景で驚いてるだけだったし、冷静に考えてみれば今までの戦いだって散々だっただろう?
ミドガルズオルムの時もさっぴょんの時も、マリスエリスの時も全然話にならなくて……。
いつもタイミングよく助けが入って運よく助かってるだけだ」
どうしよう、その通り過ぎて反論できない……!
「それもそのはずだよ、我々には、なゆや明神さんみたいなみんなを引っ張っていく力も、
エンバースさんやジョン君みたいに身を呈して仲間を守る圧倒的な覚悟も、
ガザーヴァみたいに主に全てを捧げる一途さも、何もないもの」
「……」
私は、心が折れてしまったカザハを前に何も言う事が出来なかった。
戦力外とか、自由意思が無いとかに関しては、私も全く同じ立場なので、反論のしようがない。
物理的には、立場が逆転して私がブレイブ側になっている今なら、
カザハが何と言おうとパートナーモンスターとして連れて行くことは出来る。
今までなんだかんだ言いながらカザハが私を引っ張ってきてくれたのだから、
ここは私が強引にでも引っ張っていくのが正解なのかもしれない。
でも、悲しいことに私はやっぱりカザハに頭が上がらないので、無理矢理連れて行くなんてことは出来ない。
そもそもカザハが離脱すると言い出したのは今に始まったことではない。
むしろ、こんなところまで来てしまった方が奇跡なのだ。
「みんなには我から言うよ。始原の草原に帰らないといけないとだけ言う」
「いえ、私が……」
「戦力外だからとか、プログラムでしかないからとか、余計な事を言うつもりだろう?」
「……分かりました」
それは承諾というよりは、出来レースの形式上の追認に近い。
表面上反対する素振りを見せてみたところで、カザハの魂の一部を譲り受けてしまった私は、結局は同じ結論に辿り着いてしまう。
地下墓地でエンデの言葉を聞いてしまった時から――いや、もっと前から、いつかこうなることは分かっていたのだ。
12
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:37:55
半日後、皆が集まった食堂にて。
「あの……」
カザハが何か言い出そうとするも声が小さくて皆には聞こえず。
なゆたちゃんが、一見唐突な話題を切り出した。タイミング逃しましたね……。
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
なゆたちゃんは、自らに宿ったシャーロットの記録を用い、この世界の真実を語り始めた。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?」
カザハが、未だにはっきりとは明かされていないエンデの正体について質問する。
続いて私は、ゲームのブレモンについて。
「いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……」
ゲームのブレモンの中で作ったなゆたハウスやみのりハウスが現実に反映されていたり、
この世界に召喚されるブレイブは、ブレモンのアプリをインストールしている者の中から選ばれている。
……って、私達、もういなくなるのにカザハに釣られて普通に質問してしまいました。
カザハったら、質問とかしてないで早く言わないとタイミング逃しますよ!?
その後、ただならぬ気配に一瞬臨戦態勢に入るものの、すっかり落ち着いた様子のオデットが現れた。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
ガザーヴァがオデットに詰め寄り、エンデがオデットに対するいくつかの誤解を解いていく。
それにより、逆らう奴は容赦なく殺し、逆らわない奴も全員穏やかに殺す、という今までのオデットに対する認識が全く変わってしまった。
13
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:39:09
>「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
地下墓地でもエンデは情報開示にあたってなゆたちゃん(シャーロット)の許可を求めていた素振りがあるし、
もしかしてエンデがミステリアスな無口系キャラなのは、守秘義務に縛られているからなのでしょうか……?
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「……そっか。なゆは、シャーロットが希望を託して新しく世界に送り出した存在だったんだな……。
元からみんなの希望の象徴だったけど、本当の本当に世界の希望だったんだ! 凄いや!
君なら……君達なら、きっと……」
君達なら→我々ではなく君達→つまり自分は入っていない そう言いたいのか!?
それ、遠回し過ぎて絶対分からないやつ!
そして話題は、具体的な作戦会議へと移っていく。
皆やる気に満ち溢れているが、戦力的に全くついていける気がしない私達。
うん、これ全然出る幕ないやつですね……! 聞く前から分かり切っていたことではあるけど。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
目を覚ましたウィズリィが、同行を申し出る。
>「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
なゆたちゃんが、皆にウィズリィ同行の同意を求める。
14
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:39:54
「いいも悪いも……このパーティのアルフヘイム産モンスター枠は元々君の席だからな。
みんなのことをよろしく」
ウィズリィに向かって告げるカザハ。やっぱり遠回し過ぎる……!
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ほら、全然気付かれてないじゃん!
もうこれはカザハは無理っぽいので私が言わないと駄目なパターンですね……!
と思っていると、やっと切り出した。
「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
突然轟音が鳴り響き、それどころではなくなった。
>「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
急いで外に出てみると、民家の壁に、ボロボロの魔法機関車が突っ込んでいた。
そこから、やはりボロボロになったボノが出てくる。
「だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!」
ボノが、なゆたちゃんに抱きかかえられながら衝撃の事実を告げる。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
みのりさんは、一緒にいた期間は短いけれど、こちらの世界に来てから初めての戦闘らしき戦闘で、
ミドガルズオルムに何も考えずに突撃した(!)私達を助けに来てくれた仲間だ。
(超レイド級に突撃とか今考えると頭がおかしいとしか思えないが、異世界転移直後の謎テンションというのは恐ろしいものである)
なんだか馬刺しにされそうな物騒な視線を感じたり感じなかったりしましたけど、
それでも結果的に助けてくれたことには変わりはない。
「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
急いで救出に向かう気満々のカザハ。
あまりに突然の衝撃的な展開に、辞表を出そうとしていたのもとりあえずいったん吹っ飛んだらしい。
15
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:40:32
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
オデットとの戦いを終え、エーデルグーテで十分な休息を摂り終えた後。
俺たちみんなを食堂に集めて、なゆたちゃんは述懐を始めた。
説明はあまりに荒唐無稽で、これまでの旅どころか俺の人生自体を根底から揺らがすものだった。
一巡目の顛末と言う名の種明かし。バロール、ローウェル、そしてなゆたちゃん――シャーロットの正体。
なにもかもが、俄には信じがたくて、信じたくない真相だった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
マジかよ。
……マジかよ。
こんなややこしい入れ子構造があるかよ。
ゲームの世界に迷い込んだと思ったら、実際は現実すらも作り込まれたゲームの設定で。
ゲームのキャラが作中のゲームの中にマトリョーシカよろしく入ってたってことなの。
つまり本家のブレモンは『ブレモンをプレイするゲーム』ってことで……ああもうこんがらがる!!
俺が暮らしてた地球のさらに『外』には現実の世界があって……
それこそ神様みたく世界を創って弄ってしてた連中がローウェルはじめ運営連中なわけだ。
いや言ってること理解はできるけどね?……急に俺自身ゲームのキャラだったとか言われても納得できねえよぉ。
「俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない」
言ってから、無意味な反駁だと悟った。
世界5分前仮説とかその辺の使い古された思考実験を引き合いに出すまでもなく、
『25年こんな風に生きてきた』という設定を持って生まれたキャラクターが俺だと言われりゃそれまでだ。
掌を見る。ゆっくりと握ったり開いたりする。
指がつくる影や、薄く浮かんだ血管の伸び縮み、シワの歪みまではっきりと見える。
どんだけ高性能のグラボを積んでりゃ人間の毛穴のひとつひとつまで再現できるのか。
それとも、俺が単にデータ上の存在だから『そう見えている』だけか。
「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
とんだ茶番だ。そんでこいつは勿論俺だけの問題じゃあない。
ジョン――幼馴染をその手で殺し、その兄と世界ひとつ跨いだ因縁を繰り広げたあいつの人生も。
そういう設定でしかなかったってことになる。
ようは……世界には剣も魔法もはじめからなくって。
何もかもがソシャゲのサーバーの中で起きたデータ上の話だったってことだ。
「ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
開陳された衝撃の事実を、俺はなんとか飲み下した。
細けえこと考えんのは後で良い。なゆたちゃんの述懐は続く。
16
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:41:54
>「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
そして――本日二度目の衝撃が、俺の頭を直撃した。
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
「ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?」
なゆたちゃん曰く、ローウェルは陳腐化したブレモンをオワコンだと判断し、
まだ余力を残していたサービスを全閉じして撤退しようとしやがった。
あまつさえ、他のスタッフの制止も振り切ってゲームのデータ全削除の暴挙。
これはもう暴挙と言うほかない。
「意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!」
当たり前だがソシャゲはサービスを中心としたビジネスだ。
運営は魅力的なコンテンツを提供し、その対価としてユーザーは課金する。
翻っては、ユーザーの課金に対する還元として、運営はコンテンツを提供しているとも言える。
まだ集客力のあるサービスのデータを全消しして、別のゲームを開発する?
それはつまり、旧サービスを新サービス展開のための集金装置としか捉えてないってことだろ。
しかも運営同士で意思の疎通がとれずにPの独断専行ときた。
こんな馬鹿馬鹿しい話があるかよ。俺たちゃお布施でゲームやってんじゃねえんだぞ。
そりゃ運営も営利企業だから、新しいサービスで新しい顧客にじゃぶじゃぶ課金して貰いたいのは分かる。
旧サービスの収益で新サービスを立ち上げるのだって拡大再生産の原則からすりゃ健全な経営だ。
だけどローウェルの経営戦略は真っ当な運営とユーザーの関係からは逸脱してる。
ブレモンを強制的にサ終すれば、課金がユーザーに還元される機会は未来永劫消滅する。
プレイヤーの金は全て運営のポッケに入り、既存ユーザーとは何の関わりもない別のコンテンツに注ぎ込まれる。
それはあまりにも、既存ユーザーに対する不義理であり、不誠実だ。
「ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから」
この世界を創った連中の居る『外』がどのくらいの技術水準なのかは知らんが、
仮にミズガルズが現代社会をモデルに作られたものなら、文明や法律や社会道徳なんかも似たようなもんだろう。
ソシャゲがあるなら、インターネットもある。SNSやそれに類するソーシャルメディアだってあるはずだ。
ネットに残った悪評は消えない。クソみてえな不誠実をやらかした運営が、その先も受け入れられるとは考えづらい。
ソシャゲが世界に一つしかないディストピアならまだしもな。
で、運営の一番えらいひとであるローウェルは、サ終の前に3世界三つ巴の大戦争を企画したらしい。
それが一巡目。末期のソシャゲにありがちなお話を強制的に終わりへ持っていく強引な舵切り。
世界は崩壊し、伏線も因縁も何もかもぶん投げて、コンテンツは終焉を迎えた。
「なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……」
イブリース……お前ホントにローウェルの下で動いてていいの?
ニヴルヘイムを救うとかいうエサもジジイの気分次第でなかったことになっちゃうかもだよ?
信じられる要素ゼロじゃん。ブレモン絶対壊すマンだよそいつ。
17
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:42:56
>「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
「ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ」
ハイバラも……死なずに済んだはずだ。
魔王となったコイツと、俺たちは真っ当に対戦を楽しめたはずなんだ。
ローウェルはブレモンを完全消滅させることに、偏執的なほどこだわった。
そこにどういう心の機微があったかは計るべくもない。いちプロデューサーにそこまで出来る権利があったとも思えん。
それでも結果的にローウェルは、運営会社の資産であったはずのゲームデータすら全消去してしまった。
まぁ小さい会社だとプロデューサーってイコール経営者みたいなもんだし、
ワンマン社長が会社の資産は全部オレのモンだってとち狂った感じなんだろう。多分。
今、俺たちがいるこの世界は、PGだったシャーロットが手元のデータと統合してでっち上げたバックアップ。
それがデウスエクスマキナの正体であり、最後に残された希望だった。
侵食は、サルベージし切れなかったデータの欠損。
そして、現在進行系でローウェルがデータの再削除を行っている証なんだと。
シャーロットは、データのサルベージを最後にシステムから締め出しを食らった。
創造主としての彼女はもう居ない。今、なゆたちゃんの中にあるのは残滓のようなデータだけだ。
そいつを呼び覚ましたのは、地下墓所で聞こえてきたあの声。
>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
「……えっ」
なんかサラっと流されてっけど……んん??
「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
あ?待て待て待て。
じゃあバロールは?なゆたちゃんが言うには、あいつも運営の中の人らしいが……。
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「今んトコよくわかんねえのはバロールの立ち位置だな。一巡目における運営の一人ってのは分かった。
じゃあ今のあいつは?バックアップの運営にも関わってんのか?
シャーロットみたくクビになってんじゃねえなら、今のバロールは単なるバックアップのデータじゃなくて、
創造主の最後の一人として中に人が入ってるってことかよ」
それからしばらく質疑応答が続いて、不意にガザーヴァが立ち上がった。
18
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:44:00
>「―――ッ!?」
「お、おい、どうした……」
遅れて俺も気付く。なんぼニブチンだろうと近づいてくる濃密な魔の気配に総毛立つ。
隊伍を組んで食堂へ近づいてくる、正罰騎士の群れ……
モーセのごとく割れた横隊の奥から、オデットがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「ごきげんよう、愛し子たち。 少し……母に時間を頂けませんか?」
騎士たちに護送されるようにして食堂へ足を踏み入れたオデットは、
そのまま勧められるがままに着席する。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
そう言って、頭を下げる。
えーどうしよう、言うて俺たちもしこたまぶん殴ったし今更落とし前っつってもなぁー。
もごもご言葉を選んでいると、ガザーヴァがガブリと噛みついた。
そこへすかさず助け舟を出したエンデが言うには、正罰騎士共が俺たちを襲ったのは連中が勝手にやったことらしい。
「いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ」
モロに悪い宗教の狂信者がやるムーブじゃねーか。
ともあれ、オデットも流石に部下が勝手にやったことだからと責任回避するつもりはないらしい。
まぁね。そりゃね。聖都への軟禁自体は思いっきりオデット本人の意思だったわけだしね。
>「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
>「終末期医療だよ」
そんで魔霧の件も種明かし。
手の施しようがない重病人が、せめて苦しむことなく最期を迎えられるよう、
言うなればホスピスとしての機能がこの街にはあったらしい。
「お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「カテ公とアシュトラーセにはぶん殴られても文句言えねえぞお前……」
継承者二人が何のために地底で隠遁してたかと言えば、魔霧から村の人々を守るためだ。
なんぼなんでも報連相がガバガバ過ぎんだろ。バロールにも言ったわこれ。
変なトコばっか兄弟子の影響受けるんじゃありませんよ。
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「異論なし。もとから俺たちは別にエーデルグーテを救いに来たわけじゃない。
コトの真相がどうあれ、聖都の在り様の是非を問うつもりもない。そっちは継承者同士でやってくれ。
ポヨリンさんが生きてた今、俺たちが求めるのは同盟の締結、ただひとつだ」
19
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:44:36
俺自身の所感を述べるなら、魔霧がホントは寿命を吸ってようがそれを止めようとは思わん。
エーデルグーテは治安の良い街だ。魔物や賊のはびこるこの世界で、屈強な騎士に護られ人々は平和に暮らしてる。
それがどれだけ得難く、尊いものであるか……これまでの旅で十分すぎるほど分かった。
その、平和な暮らしを維持するために、吸血鬼の女王に寿命を吸われているのなら……
正当な対価だと思う。ただちに健康を損なうわけじゃないみたいだしな。
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
地下墓所での俺の問いを、ガザーヴァが重ねる。
なゆたちゃんは、困ったように苦笑を浮かべた。
>「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
怨身換装……強化パーツによる別人の再現。
なゆたちゃんの身に起きた変化が、『シャーロット化MOD』をインストールしたものだと言われれば、納得もいく。
本体はなゆたちゃんのままで、ガワとスキルだけシャーロットのものを一時的に借り受けているのなら。
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん」
それから、オデットが正式にアルフヘイム陣営へと加わる言質をとった。
これでエーデルグーテでの用事は終わり。継承者3人も合わせれば、相当な戦力がバロールの下に集うことになる。
残るは拝金主義者のアラミガとお国引き籠もりのクサナギ……。
流石にヒノデ以外どうでも良いってツラのクサナギも、ヒノデごと世界が滅ぶっつったら腰を上げるだろう。
どっちに転ぶか分かんねえのはアラミガだが、奴があの世に口座でも持ってねえ限り侵食を受け入れることはあるまい。
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「ひひっ燃えるじゃねえの。女王殺しの次は神殺しってわけだ。
あとは……データ上の存在に過ぎない俺たちが、この世界を創ったガチの神を殺せんのかってことだけど」
その件についても、なゆたちゃんには切り札となる『記録』があるようだった。
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
デウスエクスマキナはシャーロットが管理していた、言わばテストサーバー。
この環境下では、プロデューサーとしての権限は最上位にはならない。
バックアップの世界の中では、奴は管理者ではなくいちキャラクターでしかないらしい。
20
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:45:46
「良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ」
自分で言った大団円って言葉に、何かが引っかかった。
「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
ローウェルのやったことは、俺たちデータの住人からすりゃたまったもんじゃない。
意味不明で許しがたい狼藉だ。それは多分、『大元のブレモン』のユーザーからしても同じ気持ちだろう。
その一方で、ローウェルの判断を理解しようとしてる俺が居る。
「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
なゆたちゃんは、ブレモンが長くサービスを続けていて、人気に陰りが見え始めたと言っていた。
ローウェルの判断はたしかに性急ではあったが、しかし完全に見当外れだったってわけでもないんだろう。
少なくともUIの陳腐化は、サービスが代替わりする理由として十分だ。
5年も経てば、市場に出回るスマホのスペックは別物になる。処理能力も、描画性能もだ。
古いスマホのスペックに合わせてサービスを続ければ、それはどうしたって陳腐になる。
陳腐なサービスに、新規顧客は望めない。
「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ」
世界三つ格納できるサーバーはそれはもう途方もないハイスペックだろう。
それがどのくらいのお値段で揃えられるかは、データの身分じゃ計り知れやしないが。
「そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった」
もしかしたら――この世界の創造主たちは物凄く文明の進んだ世界に住んでいて、
世界まるごと再現するだけのデータが家庭用PCで動かせるのかも知れないけれど。
それだってノーメンテで未来永劫動き続けるようなもんじゃないはずだ。
「仮に、採算度外視でずっとこの世界を存続させてくれる奇特なパトロンが見つかったとしてだ。
ローウェルが世界を消滅させるためにとれる手段は、データの削除だけじゃない。
それこそ奴は、『現実』のサーバーにコップ一杯の水をぶっかけるだけで容易く世界を終わらせられる」
データ全消しなんて暴挙に出た執着を思えば、それは決して無視できる可能性じゃない。
管理権限が使えないとなれば、物理的な破壊手段に訴えてもおかしくないはずだ。
「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
俺はローウェルと一度、腹を割って話をしてみたい。
データ上の存在に過ぎない俺の主張を、奴は鼻で笑って捨てるかもだが。
それでも、この世界を創った連中の考えてることを、少しでも知りたい。
21
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:46:35
奴の居所には見当がついてる。
ニヴルヘイムエリア、魔王城の最奥――『転輾つ者たちの廟』
ローウェルが本来のブレモンでふんぞり返ってた場所だ。
バロールの助力があれば、ニヴルヘイムまでの直通ルートが開ける。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな」
>「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
なゆたちゃんがそう呟くのを、俺は一笑に付せなかった。
バロールの下には石油王も居る。あいつからの連絡すらないってのは流石に不安が勝る。
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「だな。エーデルグーテはもう十分満喫した。いい加減魔王サマのしけたツラ見に行こうぜ」
方針は決まり、俺たちは一路キングヒルへ。
出発に向けて椅子から尻を剥がそうとしたところで、ウィズリィちゃんが現れた。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
自由を取り戻したウィズリィちゃんは、俺たちにキングヒルへの同行を願い出る。
断る理由なんか元からない。
「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
おーっ!と拳を上げて応じた瞬間、外からものすごい音がした。
なにか言いかけたカザハ君の言葉を置き去りに、窓の外へ視線が集中する。
>「い……、今のは……?」
>「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァに続いて食堂を飛び出した俺の目の前には、民家に突き刺さった魔法機関車があった。
22
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:47:12
「おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!」
異変は、線路から飛び出しただけにとどまらなかった。
半端な魔物の爪なんか跳ね返せる装甲が、見るも無惨にズタボロだ。
爆心地を走り抜けてきたかのような惨状に、ただならぬものを感じる。
そして、先頭車両から影がひとつまろび出た。
ボロ雑巾のようなそれは、嫌ってほど見知った顔。
魔法機関車の車掌――ボノ。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
ボノは、ところどころひしゃげたブリキの口で、たしかにそう言った。
「なんだと……!」
悪寒の的中。温度のない汗がどっと背中を駆け下りる。
>「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
「クソ、クソ、ローウェル!!また先走りやがった!!!」
総出でボノを手当しながら、ぐるぐると思考を回す。
このタイミングでキングヒル襲撃。まず間違いなくローウェルの差し金だ。
シャーロットの意思がこの世界に残ってると知って、すぐさま行動に出た。
狙いは何だ?もう一人の創造主、バロールを片付けに来たのか?
だがバロールは腐っても魔王。自分の創ったゲームの中で魔王名乗ってる筋金入りのやべえやつだ。
デウスエクスマキナの環境下で奴の管理権限がどのくらい効くのかはわからんが、
シャーロットと志を同じくしていた以上、少なくともローウェルより下位の権限ってことはないはずだ。
無敵の創世魔法があって、どうしてキングヒルの陥落なんて許す?
仮に奴の調子が悪かったとして、グランダイト軍20万は何やってんだよ。
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
カザハ君の言葉は希望的観測に過ぎないってわかってる。
それでも、縋り付いて立ち上がるだけの力を俺にくれた。
「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
【バロールの二巡目世界における立ち位置について質問。
ローウェルを倒して侵食を食い止めたとして、サ終したこの世界に未来はあるの?】
23
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:53:57
【リバーニング・リベンジ(Ⅰ)】
「『ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?』
ブレイブ一行のみが集った宿の食堂で、なゆたが切り出した。
エンバースは出入り口の傍――いつも通りの、常時警戒態勢。
「いや、見当もつかない。俺達プレイヤーがベータテスターに分類される事なら知ってるけど」
『そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ』
「……妙だな。それじゃまるで――」
『ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ』
「――そう言っているように聞こえるが」
明神はひどく動揺していた――視線も仕草も、落ち着きを欠いている。
『俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない』
エンバースは――自分でも驚くほど冷静だった/困惑はあってもショックはなかった。
理由も分かっていた――ハイバラとしての時間は、もう終わってしまっているからだ。
自分はもうエンバースで、人生を既に終わってしまったものとして認識しているから。
『……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ』
『ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
「正直……この世界の運営開発がヤハウェとイエス・キリストじゃなかったってだけの事だろ?
この話を聞くまで、自分の人生は神様の筋書き通りだなんて考えた事あったか?
俺はないね……だから、別に今の話で何が変わるって訳じゃないさ」
『実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ』
「ははあ、なるほど。さてはブレイブ異世界転移編がクソ評判が悪かったんだな。そうだろ?」
24
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:54:18
【リバーニング・リベンジ(Ⅱ)】
『とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった』
「おっと、惜しいな。つまりそうは思ってなかったローウェルによるテコ入れが、この異世界転移――」
『ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって』
「…………なんだって?」
『ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?』
『意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!』
「まあ……俺達の知るブレモンと、もう一つ上の次元にあるブレモンが同じ代物だとして。
あれだけ課金ありきのコンテンツを用意しといて、飽きたらハイおしまい?
そりゃ、なんというか……本当に、クソゲーだな。信じられん」
『ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから』
「はは、どうだか……何度運営に裏切られても金を落とし続けるヤツは、意外といるかもしれないぜ。
次のガチャ更新でどうせナーフされる最新ユニットを、それでも引き続けるヤツはいる訳だし……」
『当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う』
「……愛着?アイツが?それは……なんとも似合わん言葉だな」
『でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……』
「まだ何かあるのか?これ以上、バカな事なんてしでかしようが――」
『ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ』
「――あるのかよ。勘弁してくれ」
『マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ』
「よく知ってるとは言っても……確実に分かっている事は名前くらいだけどな」
25
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:57:39
【リバーニング・リベンジ(Ⅲ)】
『マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ』
『なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……』
「登場人物が皆死に散らかすイベントが最後の大盤振る舞い?そりゃ、プレイヤーは大満足だったろうな。
こう言っちゃなんだがゲームなんて、主要人物のキャラが立ってりゃそれなりに面白んだ。センスないな」
『なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?』
『うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。』
「人気を取り戻せたら、ね……自分でクソイベおっ始めておいて、大した言い草だ」
『だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど』
「……正直こんな事言っても、なんにもならないんだけど。
この話ってさ、一番やらかしてるのって実は人事なんじゃないか?
ローウェル、クリエイターとしてはマジで優秀だけど昇進させたらマズいヤツじゃん」
ローウェルを擁護するつもりはない――が、ブレイブ&モンスターズは面白かった。
それだけは確かな事実で――その事に対してエンバースは嘘がつけない。
それは自分のゲーマーとしてのセンスを否定する事になるからだ。
『それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。』
「――ああ、例の魔女っ子がそんな事を言ってたな。魔王、魔王か……そういや、そんな話をされた事もあった」
『でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ』
「人聞きの悪い事を言うなよ。失敗したんじゃない――続ける理由がなくなっただけだ」
強がり――だが虚言でもない=全てを失ってなお戦いと殺戮の道を進む気力は、ハイバラには残っていなかった。
『ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ』
「そもそもブレイブのデッキシステムと異世界転移が相性悪すぎるんだよ。
カードのクールダウンシステムのせいで、万全のデッキを使える状況は殆どない。
必然スキルやアイテム頼みになるし、最悪コモンカードでデッキを組まざるを得ないクソイベだ」
『ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね』
「俺とリューグーの皆の命もか?……まあ、いいさ。相応の報いを受けてもらうだけだ」
26
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:58:35
【リバーニング・リベンジ(Ⅳ)】
一巡目の旅の中、ハイバラに常に付き纏っていた感情は失意と絶望だった。
突然異世界に召喚されて――殺さなければ殺されるから、憎くもない相手を殺し続けた。
ただ苦しかった/憎むべき相手すら分からないまま、殺し続けた――その相手が、やっと分かった。
正直なところ――エンバースはそれ以降の話に集中出来ていなかった。
世界の趨勢/命運なんて元から大して興味なかった――ただ親しい人達を守りたかった。
ハイバラ/エンバースはずっとそうだ――今のパーティに根付いたのも、再び守りたい相手が出来たからだ。
だからと言って――かつて守りたかった人達の事を忘れられた訳ではない。
やっと復讐の足がかりを見つけた――集中力を欠くのも、やむない事だった。
『シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……』
「……言われなくても、それくらいの事は軽くこなしてやるさ。
どのみち――ローウェルには地獄を見てもらう予定だしな」
『でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?』
『それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね』
『あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ』
『あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……』
「つまり、じょじいちゃん……いや、なんでもない。忘れてくれ」
『今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ』
「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
暫しの沈黙/静聴――ふと、エンバースが壁に寄りかかった体勢を正す。
『―――ッ!?』
宿の外に数十の気配=恐らく聖罰騎士/穢れ纏い――完全に包囲されている。
「……早まるなよ、ガザーヴァ」
オデットとの和解は成立済み/聖罰騎士お得意の暴走だとしても、流石に数が多すぎる。
『え……、『永劫』の賢姉……!』
『……オデット』
宿の外にはオデットがいた――敵意は感じない/エンバースも話を拗れさせぬよう、敢えて臨戦態勢は取らない。
27
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:00:07
【リバーニング・リベンジ(Ⅴ)】
『ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?』
「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
『このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します』
『今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?』
「……おい、やめとけよガザーヴァ。外の金ピカ程度に殺されかけたなんて言いふらすの、恥ずかしいぜ」
とは言ってみたものの――最悪の場合殺されていた以上、落とし所が難しいのも事実。
『聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ』
『……どーゆー意味だよ』
「ああ……まあ、聖罰騎士ならそういう事もあるか」
『聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ』
『いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ』
「何を今更。元々そういうヤツらだったろ。それに、おかげでイベントフラグを幾つかスキップ出来た節もあるんじゃないか」
肩を竦めるエンバース。
『では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?』
「……その話は、初耳だな」
怪訝そうに呟くエンバース――ややオデットらしからぬ所業に思える。
『終末期医療だよ』
『回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ』
『〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?』
「……ホントに、ハッキリそう言ったのか?俺にはなんとなく察しが付いて来たぞ」
『お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……』
『……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない』
「だったら……次から何か伝え損ねている事があったら、頭の上に感嘆符を浮かべておいてくれ。
NPCにもそれくらいは出来るだろ?マップが変わる度『はなす』を試すのも、嫌いじゃないけどさ」
察し=エンデは恐らく、特に古式ゆかしいタイプのNPC――故に自分から話を切り出す『設定』に欠ける。
28
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:02:16
【リバーニング・リベンジ(Ⅵ)】
『ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで』
「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
『妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ』
『あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから』
はにかみ、笑うなゆた――なゆた以外を見出す事が難しいくらい。だが真実は見えない。
『んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド』
知りたい事は幾らでもある/だが、それが聞きたい事かと言うと――己の言葉がリフレイン。
『わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど』
引き継いだのが記録だけだとしても、何の影響もない訳がない。
行動から目的を知り、目的から動機を知り――動機から価値観を、信念を知る。
そうして記録から「心」を読解していけば――それは結局、記憶を読み取る事とそう変わらない。
『正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!』
だが――それを言及する気にはなれない。真実を暴く事が怖かった。
『わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん』
「おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント」
話が一段落――次の議題は、最終的な各陣営の戦力図。
『……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな』
「あー、その事なんだが……決してビビってる訳じゃないんだが、一つ大きな問題が――」
29
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:05:11
【リバーニング・リベンジ(Ⅶ)】
『なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?』
「そう、それだ。『右クリック+Dキー』でワンターンキルされる可能性があると、流石の俺も少しやりにくい」
頼みの綱のチェーンソーを探している時間もありそうにない――だが、なゆた曰くその心配はないらしい。
『加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、』
『師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない』
「それは、大したもんだ。だが待てよ。それなら――」
思案――だが、その結論が出るよりも早く会話は進む。
『良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ』
『……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?』
「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
輝かしい未来/仲間/最愛――全てを失ったハイバラは、デッドエンドの先を目指せなかった。
『ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない』
「どうかな。グッドエンドを迎えられれば、サービス終了後にオフライン版が発売されるかも」
そこにパッケージングされた存在が、今ここにいる存在と同一という保証はないが。
『世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな』
「……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある」
一巡目の旅はただのイベントだった――ハイバラからすれば最低最悪の真実。
だが――そのイベントを投げ出したのは、ハイバラからだった事もまた事実。
「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
吐き気がするほど甘い解釈――だがエンバースはゲーマーとしての感性故に、その可能性の存在を見過ごせない。
30
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:11:10
【リバーニング・リベンジ(Ⅷ)】
「とは言え、そんな可能性はローウェルをぶちのめしてから議論すればいい。まずすべき事は――」
ローウェルの制圧――その前段階としてニヴルヘイム、暗黒魔城を確保する必要がある。
これに関してはバロールとエンデの助けがあれば、必要な行程の殆どを省く事が可能だ。
『そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?』
「ああ、そう言えば……アイツからの便りがない時間が快適すぎて、忘れていたな。ええと――」
『……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな』
『キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど』
「……ここは正真正銘、ゲームの世界なんだろ?ならフラグを立てるのはやめておこうぜ」
『心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい』
「それもそうだ。なら、俺は装備の点検と消耗品の補充に行くけど誰か一緒に来るか?お土産を買うなら早めに――」
エンバースはそう言って食堂の出口へ向かい――
『――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴』
『ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?』
『ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……』
新たな闖入者の登場に、足を止めた――魔女術の少女族、ブレイブの案内人となる筈だった少女。
エンバースは彼女との面識はない――だから罪悪感に押し潰されそうな少女に、言える事もない。
『……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから』
そして何かを言う必要もない――伝えるべき言葉なら、皆が持ち合わせている。
『わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?』
「勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない」
ウィズリィにはデモンズシードの影響下だった時の記憶がある。
つまり――ダインスレイヴの真の力について何か知っている可能性がある。
勿論、そんなものが無くても魔剣の主は自分だ――それでも、人事は尽くすべきだ。
それはそれとして、そんな安直な強化に頼っているとは思われたくない――だから密談を希望した。他意はない。
『さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!』
「レッツ・ブレイブ……このノリも、なんだか懐かしい感じだ」
『ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……』
歯切れの悪いカザハの声――それを掻き消す大音響=石が砕け/金属がひしゃげる音。
31
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:14:24
【リバーニング・リベンジ(Ⅸ)】
『い……、今のは……?』
『行ってみよーぜ明神! マゴット!』
「おい待て、モンデンキント。なんでお前まで先に行くんだ。危なっかしい真似してくれるな」
制止の声/早足で出口へ先行/屋外へ――半壊した民家に、これまた半壊した魔法機関車が突っ込んでいた。
『……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……』
先頭車両の扉が開く/ブリキの兵隊が転げ出る――止める間もなくなゆたが飛び出す。
『あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?』
『あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……』
「無理に喋らなくてもいい。ここまで来てくれただけで、十分な情報を――」
『……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……』
「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
なゆたの腕からボノを引き受ける/遣わされた聖罰騎士の前で下ろす。
降り注ぐ癒しの光が、ひしゃげたボノの体を緩やかに復元していく。
修復に滞りがない事を見届けると、エンバースは仲間達を振り返る。
『早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?』
『あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!』
「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
焦る気持ちは分かる――だが不利な状況で勇み足に動いて、事態が改善する事は滅多にない。
「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースがなゆたを見遣る。
「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
それから、視線を左手首に固定したスマホへ。
「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
自分をハイバラに――とは言わなかった/戻りたいという気持ちもなかった。
生身の体を取り戻しても、自分がハイバラとしての人生に戻る事はもうないからだ。
この世界にはこの世界のハイバラがいる――自分が守りたかったものは、この世界にはもうない。
自分は、もうエンバースなのだ――だがフラウは、ずっとフラウだ。
まだやれた筈だった――それでも全てを諦めた自分と共に終わってくれた。
やりきれない思いをさせてきたに違いない――あの時も/騎士竜の姿と力を失った今も。
「……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな」
32
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:24
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
「あ〜…なゆが嘘をつくとか…思ってるわけじゃないんだが…いきなりなんの話だ…?」
>「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
この場にいる全員なゆの口からでた驚愕の真実に驚く…驚くというか唖然とするというか…
要約すれば…いきなり僕達は全員ゲームのキャラクターですって事になるのだろうが…余りにも現実味がない。
>「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
意外と自分の中での驚きや悲しみはなかった。シェリーとロイを殺した事が…データ上の設定かもしれないからではない。
今まで見て、聞いて、考えて…実行してきたあれこれは…例えデータであっても…今…今現在の僕の現実なのだから…
過去に興味がなくなったわけじゃない。必ず僕は最後には罰を受ける。だが…なゆ達と未来を創る…これは変わらない。現実だろうと、データだろうと
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
>「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
>「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
>「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
「…現実の神話の神様だって…ああ現実っていうか俺たちの知ってる地球での…ああいや…うーん紛らわしいな…
まあとにかく現実にある神々の話だって人間に絶望して滅ぼそうとする話なんていくらでもある…
ローウェルという神様はどんな理由にせよ僕達…この世界に対する興味を失ったってわけだ」
どんな形・戦いであれ敗者は滅ぶしかない…実際一週目は完璧に滅ぼされたわけだ
33
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:37
>「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
一部例外に記憶保持した特殊個体とそうじゃない奴らと違いがよくわからないのが…少し気がかりだが
エンバースとかカザハとか明らかにまだ秘密を抱えてそうだし…なゆには言ってるのかもしれないけど…まあ深く聞く必要もない。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
正直この世界に対する愛情をそんなに持っているわけじゃない。
ゲームはたしかに好きだったけど…ないならないで別に行くだけだ…人間なんてそんなもんである。
他のみんなは並々ならない愛着、思い出があるだろうけど…僕はなゆ達が大事なのであってブレイブ&モンスターズはどうでもいい。
だってそうだろう?ゲームは無限の種類あるけど好きな友達はこの世に一人だけなのだから。
だからほんの少しだけ…この世界を破棄しようとしたローウェルの気持ちがほんの少しだけわからんでもない…が
「ぶっちゃけそのシャーロットとかいう奴の想いなんて知ったこっちゃないけど…親友が好きなゲームを守れるなら守るよ…僕は」
>「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
>「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
「敵と目的がさらにはっきりしたんだ…それだけでも十分じゃないか?もちろんデータと言われて僕もショックがないわけじゃあないけど…
僕は僕で…他人にいくらなんと言われようと考える必要なんてない」
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
>「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
「女性だとすると…まさか…ドラマでよくある…ドロドロした人間関係?…意外とだれか…そう例えば…バロール(中の人)を中心とした愛憎劇だったりして」
さすがにねえか…と心の中で悪態をつく
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「あ〜〜〜〜…」
自分の右腕をみる。今は人間の腕となんら遜色ない…今は…。
感触が微妙に違うし…なんだが右上で動かそうとすると若干のラグがあるような気がする…。
問いただすなら正直なゆじゃなくてこの腕に宿っているであろう力の主のほうなのだが…
>「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
自分は自分で、だれがなんと言おうと…他人は他人だから。
少なくとも僕はそう思っている…けどこれを口で言ったところで共感など得られないし…エンバースの探している答えではないだろう。
こればっかりは…各人が…心の中で自分なりの結論を出すしかない。
>「―――ッ!?」
この…背筋が凍る感覚…は
34
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:51
>「……早まるなよ、ガザーヴァ」
「しまったな…囲まれるまで気づかないなんて…安心しすぎて平和ボケしていたか…」
見慣れた聖罰騎士…RPGによくありがちな僧侶・神官…見慣れた[エネミー]が総出でお出ましとは…となれば。
>「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「え……、『永劫』の賢姉……!」
>「……オデット」
気持ちなゆより前にでる。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
「…人に物を頼むのに軍隊を連れてくるなんて永劫…君には常識がないのか?それともわかってて脅迫しに来たのか?…どちらにせよ笑えないな…」
>「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
エンバースが僕と永劫の間に割って入る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
分かってるさ…分かってる…ちゃんと永劫と話しあわなきゃいけないなんて事は…だが…僕はどうしても永劫が好きになれない。
なゆを殺そうとした事が一番だが…なによりあれだけの死闘を繰り広げたのにも関わらず…声を聴くとなぜか心が安心してしまうから…、
術なのか…永劫本人のカリスマなのか…どっちにしろ人に会いに来る態度を分かってない永劫の事は好きになれない…なってしまってはだめだ…僕の直観がそれを告げていた。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
>「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「悪いが…僕は…あなたを絶対に許せない…周りの兵士達もそうだが…君…本気で謝る気でいるのか?」
>「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「なあ――」
エンデがこの街で…この街の住人の真実を話す。
そうじゃない…そうじゃないんだ…例えどんな裏話があろうと…なゆを後少しで騎士に…この街の住人に殺されるところだった!
直に命令したわけじゃないにしろ…黙認するような形になってしまったのは事実なわけで…
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「…………………………みんながそれでいいなら」
僕の中に黒い感情が渦巻く。分かってるよ…本人が許してるなら部外者がなにか言うのが間違いなんだって!でも…
>「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
>「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
エンバースが落ち着すぎて…なんだが馬鹿らしくなってきた…一旦このことを考えるのをやめよう。
戦力が増えて…いい事だ…そこだけとらえておこう…
35
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:03
>「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「…言うのは簡単だが…」
>「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
恐らく世界最強で…なゆの言葉を信じて…確かならそれだけじゃすまないだろう。
なゆが…シャーロットとかいう奴が…機械仕掛けの神を動かしたように…また相手もそれに準ずる力を保有してる可能性がある。
「神の力…何かしらは確定でもっているだろうなあ…それが世界をどうこうできるかはわからないけど…僕達にとって嬉しくない能力には違いない。」
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
>「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
>「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
少し話がうますぎるような気がするが…だからといって気にしすぎて行動を縛られているような時間は僕達には…ない。
今こうして盛り上がってる間も…世界は壊れていくのだから
36
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:13
>「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
>「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
僕は正直言えば…自分の中で結論がでていた。気にしない…正確にいえば気にしても僕一人では過去を変える事なんてできやしないだろうという事と…。
シェリーやロイが生きているかもしれない…[生きている事にできる]事もできるのかもしれない…でも…それをして何になる?僕は・・・
たしかに僕は一回本気で時を…戻す事を考えた…僕が消えても二人いるなら…と…でも今は…
どうでもいいわけじゃない…二人には帰ってきてほしい。僕の命一つで帰ってくるなら是非そうしていただきたい!
でも僕は…なゆ達と出会って今まで感じた事のないこの心を…想いを…無視したくない…決して無くしたくない
過去の償いは必ず僕に訪れるだろう…惨い最後を飾るだろう。例えデータの話でも…本当はそんな物なくたって…それが僕の罰で…それでいい…
>「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
>「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
明神は…自分がデータという事を…なるべく触れないように…世界の救援のプランを話す。
僕でも分るほどに…明神は明らかに動揺し…それを次のクエストで塗りつぶそうとして…時間を稼いでいるように見える。
そんな簡単に…あなたはデータです。世界を救うのと同時に消滅するかもしれません…そんな話を飲み込むのは…不可能だ。
>「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
エンバースは…相変わらず…ポーカーフェイス(顔があったら間違いなく)口調で…僕には心を推し量る事はできない…
彼の事だから…僕とは全然違う方向で悩み…解決しようとしているのかもしれないが…エンバースは貯めこみすぎて危うい空気を感じる。
なゆに一言でも相談していればいいのだが…
様子と言えば…カザハの様子も気になる…いつもカザハならここで士気があがるような事を無意識に無邪気に発言しそうなもんだが…
今回に限っては調子が悪いというか…変に固くなっているというか…この辺も気にかかる。
みんなうまく…乗り切れればいいのだが…このままの気持ちでいけば…恐らくなゆの予想通りの展開とは程遠い場所にたどり着く気がする…。
…って一番気にしてるのは僕かもしれない…思考を切り替えよう。
37
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:26
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「そういえば妙だな…バロールの性格を考えれば24時間いつでも通信が回復した時点で連絡をしてきて煽り文句の一言でもありそうなもんだけど」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
たしかにバロールを落とせるならもっと早くに実行しているだろうし…
そもそもバロールの食えない性格を考えれば本当に緊急時にはなんらかの通信手段や逃走手段をコソッと用意しててもなんら不思議ではない。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
“知恵の魔女”ウィズリィ。かつて…なゆと旅を共にしていた魔女。
>「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
僕は…彼女の事をあまり知らない…もちろん彼女の事はみんなから簡単に説明を受けた…受けたけども…。
実際僕がみたウィズリィは…ドSの女王様のような威圧感と相手を壊す事しか考えないやべー奴である。
あの状態のほうが見ている時間が長い僕には…許すとか許さない以前に…どう接していいかわからない。
>「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
うーんさりげない気遣い…イケメンに許されるイケメンムーブを平然と使いこなす…ほんとそうゆうとこだぞ明神。
どーせなんも気にしてないしそんな気もないんだろうけど…後ろ気にしよう明神。ガザーヴァがすごい顔してますよ。
カザーヴァちゃん顔こわ
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
「…なゆが許したんなら僕からなにもいう事はないね」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
全員で一斉にいつもの叫びを…いやカザハがなんか言いかけてた気がするけど――しようと…みんながレッツと声上げたその時。
38
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:50
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
>「い……、今のは……?」
どうして…嫌な予感だけはすぐに当たるのか。
それとも考えてしまったからなのか…心の中でぼやく
>「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
>「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
キングヒルが陥落した…それが指し示す事は一つ。
バロールや…あそこにいる仲間達が――
>「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
「バロールの事だ…どうにもならなくなってから助けを呼ぶようなヘマはしないはずだよ…
…でも情報を持たすほどの時間と余裕をボノに与える事もできないほど余裕がない…事でもあるかもしれないけど」
ボノが無事とは言えないがここにこれた…それを考えれば助けに入る時間はまだ残されているはずだ…はずだが…
バロールをそこまで追いつめられるローウェルがボノを…生かして外に出すようなヘマをするだろうか…?
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
「焦るのは分かるし、大切な事だけど…エンバースの言う通り一回落ち着いて整理して…少ないだろうができる限り情報を収集したい」
エンバース以外焦っているを通り越して混乱している。この状況でいくのは危険だ。
「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
僕達が死ねばみんな死ぬ…ゲームで使い古されたような言葉だが…いままさにその状況に置かれているのだ…僕達は。
39
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:54:14
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
「バロールを追い詰める事ができるような奴がボノを…魔法機関車を見逃すような初歩的なミスするだろうか…
…どうも僕にはボノがここにやってきたのが敵の罠に思えてならない…僕達を戦場に慌てて引きずり出す為にわざと見逃された可能性がある…」
バロールのほうが一枚上手の可能性はもちろんある…が
できる限り物事は最悪なほうの考え方のほうがいい事が多い…特に今回は…
「…罠だと分かっていても僕達はもう飛び込まなきゃいけない立ち位置にいる…だからこそ…ボノが情報を持っていると助かるのだが…」
どちらにせよどうやっていくか乗り物すら決まっていないのだ…少し頭を整理する時間はあるだろう。
「出発方法と時間が決まったら呼んでくれ…僕は少し…オデットと話しをしてくる
…あぁ心配しないでくれ…喧嘩売りにいくわけじゃない…こんな状況じゃなかったら売ってたかもしれないけど」
オデットは忙しそうに魔法機関車が突っ込んだ家の住民などの安否やボノの治療の指示…その他もろもろ忙しそうにしていた。
「忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな」
オデットの返答を待たずに話を進める。
「まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで」
生命の輝き…僕の右腕とオデットの大量に肉片で生まれたこの世界の異物。
今はどんな力でも欲しいのが本音ではる…しかしあれは例外だ。
「あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ」
僕はもともと戦闘を楽しみ、その結果を求める…そんな性格なのだと最近自覚した。
あの剣は…そんな僕です自覚していなかった…心の奥を100%引き出してしまう。
正直相手がオデットでなければ…今回だって…相手を間違いなく…僕は殺してしまっていただろう。
なゆは優しい。
どんな理由があれ彼女は決して人を自分から喜んで相手を傷つけたりはしない…僕とは違って。
「僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…」
王城でみた…敵対していたとしても…笑って過ごしてしまうような超がつくような…お人よしに…僕はたしかに…未来をみたんだ
「でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ」
だからこそ…生命の輝きは…置いていく。
「触れるのも危険そうならその場にほっといてくれてもいい…そこらへんに放置したからっていって壊れるほどヤワな剣じゃないからな
この旅が終わったらすぐ回収しに戻るよ」
すまん、なんか長話になっちまったな…最近感情を抑えられないな…これも僕が変わったって事なんだろうが
そんな事を思いつつその場を立ち去ろうとする。
「すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね」
さて…なにか進展があればいいが。
【ボノの脱走は罠なのではないか説を唱える】
【オデットに生命の輝きを預ける】
40
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 15:21:12
>「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
部屋に戻りながら考える。この答えに…僕は即答できなかった。
騒ぎが起こったのをいいことに答えから…逃げるように…部屋を飛び出した。
たしかに…僕の言葉は響いていた…でも…それはみんなの力あってこそ…
僕だけではイブリースの耳を傾けさせることなどできなかった
今回のオデットの事だってそうだ…結局僕では…最後まで届かなかった。
僕には…
バチン!
自分の頬を思いっきり叩く
「くそ…僕が弱気になってどうする!なゆが信じてくれてんのに僕が自分が信じれなくてどうする!」
一人でできないから仲間がいる。仲間がいるからできない事もできるようになる!
そうみんなから僕は教わってきただろう!どんな状況だろうと…!どんな困難が前に立ちふさがっても…!
みんなから教わった事を…そのままイブリースにぶつけるんだ!難しい事なんて考える必要なんてない!
「やるぞ…勇気を出して…!年下の女の子が頑張ってるのに大人ががんばんなくてどうすんだ!」
思いっきり部屋の扉を開く!
「暗い顔は僕達には合わない!どんな時でも前を…希望持って進むんだ!」
僕は柄にもなく…少し…いや…かなり…余りにも似合わないほどハイになっていた。
41
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:05:20
>それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?
「違う」
カザハの質問に対して、エンデは一度かぶりを振った。
「ぼくも今のマスターと同じく『一巡目にはいなかった存在』だ。
消えてゆくデータ、消えてゆく世界を守るために前のマスターが使用した、最後の召喚魔法。
そう、ぼくは――」
そこまで言うと、エンデはテーブルについた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見回した。
シャーロットが『侵食』――ローウェルの企てたデータの消去に抗うため、
自らの管理者権限の剥奪と引き換えに使用した手段。究極の召喚獣。
「十二階梯の継承者、『黄昏の』エンデ。
真名を『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』」
消去されつつある世界のマスターデータと、念のため用意していたバックアップデータ。
そのふたつを融合させて創り上げた“二巡目の世界”。
「と言っても、今ここにこうしているぼくは世界そのものとは違う。
君たちにも分かりやすいように言うと、ぼくは世界の修正パッチみたいなものさ。
世界の歪みを可能な限り修正する、継ぎ接ぎする、延命のためのプログラム。
それが、ぼくだ」
相変わらず眠そうな様子で、しかしエンデは世界の根幹に関連する重要な情報を開示してゆく。
エンデが世界そのものの修正パッチなのであれば、他の継承者が知らないこの世界の真相を知っていたり、
未実装のスペルカードを所持していたとしても何も不思議ではない。
そして修正パッチという立ち位置であるがゆえ、通常のNPCのように円滑なコミュニケーションが取れない。
「妾たちは『創世』の師兄が抜けた後の十二人のことを十二階梯の継承者じゃと思うておったが。
実際には師兄を入れ、御子を抜かした十二名が本来の十二階艇の継承者であったということか……」
「考えてみれば、おかしな話よね。
師兄が継承者の序列から抜けたのは、師父が身罷られたとの情報が世間に流布されてからのこと。
だというのに、私達はずっと十二人のままだった。
それなら、エンデを継承者の列に入れたのは誰? ということになるわ。
そんなことにさえ違和感を抱いていなかったなんて……」
エカテリーナとアシュトラーセが難しい顔をして呻く。
十二階艇の継承者は大賢者ローウェルが世界の脅威に対抗するため集めた最強戦力という触れ込みだった。
中にはバロールがスカウトしてきた者もいるが、基本的には皆ローウェルの直弟子ということになる。
だというのに、ローウェルが死にバロールが魔王となった後も、継承者は依然として十二人のままだった。
であれば、誰がエンデを序列に加えたのか? そんなことが出来る者はもう、この世に存在しないのに。
すべてはシャーロットがそのようにプログラムしたからなのだろう。そんな露骨な矛盾さえ、誰も違和感を覚えないようにと。
親兄弟にも等しい継承者のことを、実はまるで理解できていなかったという事実にふたりが衝撃を受ける。
>いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……
「それも、違う。
……逆なんだ」
今度はカケルの質問。それに対しても、エンデは首を横に振った。
「あのゲームは『君たちよりも先にあった』。
リバティウムのマスターの箱庭も、キングヒルの五穀豊穣の箱庭も、君たち以前に存在していたんだ。
君たちは、あれらの施設を最大限活用できるようにプログラムされたキャラクター。
君たちが箱庭を作ったんじゃなく、箱庭に合わせて君たちが作られたのさ。
つまり――
君たちの知るゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』は、君たちがミズガルズからこの現実のアルフヘイムに召喚された際、
違和感なくスムーズに冒険が出来るようにと予め用意されたチュートリアルだったんだよ」
消滅しつつある二巡目の世界を救うには、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力が必要不可欠。
しかし、突然ミズガルズの住人を異世界に召喚したところで、徒に混乱させるだけであろう。
だからシャーロットはミズガルズにゲームとしての『ブレイブ&モンスターズ!』を普及させ、
いつか本物のアルフヘイムへ召喚するときのため、事前学習としてプレイさせたのだ。
だからこそなゆたや明神たちは実際に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としてアルフヘイムへ召喚された際も、
ゲームと要点は同じだと理解し過酷な戦いを潜り抜けることが出来たのである。
42
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:05:45
>……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ
「……うん。
エンデは、わたしたちミズガルズ出身者にだけ勇気があるって。他はプログラムをなぞっているだけって言ったけれど。
プログラムをなぞって生きているのは、わたしたちだって一緒だよ。
そうでしょう? わたしたちはみんな身体に、遺伝子に、DNAに刻まれたことをこなして生きている。
ものを食べたい。眠りたい。子孫を残したい……それは全部『本能』っていう名前のプログラム。
何も、アルフヘイムやニヴルヘイムの人たちがロボットだって言ってるわけじゃないんだ。ただ――
わたしたちミズガルズの人間には『勇気』というパラメータがステータスにひとつ追加されてる、ってだけでね」
足許にじゃれついてくるポヨリンを軽く相手しながら、なゆたが口を開く。
「勇気。それが具体的に何を意味しているのか、それがあればどんな恩恵があるのか。
それはわたしにも分かんない。わたしたちに勇気というパラメータを組み込んだシャーロットは、もういないから。
でも……それがこの世界を救う鍵になるんだって、それだけは確信してる。
じゃなきゃ……わたしたちのことを“ブレイブ”なんて名付けないでしょ?
……ちょっと休憩、お茶淹れてくるね」
ガタリと席を立ち、キッチンへ向かう。
ややあって温かなお茶の入った人数分のマグを用意し、皆に配る。
マグを両手で持ってお茶を啜りつつ、なゆたは続けた。
「それから……確かにわたしたちはこの世界を救うために造られたキャラクターではあるけれど、
今までの何もかもが設定されたものってわけじゃないよ。
いくらバロールやシャーロットだって、地球の約80億もの人間の性格や歴史をいちいちプログラムできないからね。
この二巡目の世界だって、別に一年や二年前に出来たものじゃないんだ――ちゃんと歴史がある。
だから。明神さん、あなたが歩いてきた25年の人生は、あなたが自分で選び歩いてきたもの。
誰に与えられたものでもない、あなただけのものだよ」
「ひひっ、じゃあボクたちモンスターと明神たち人間の違いは、単に勇気とかいうパラメータがあるか無いかってだけか!
まっ! ボクは明神が人間だろーとキャラクターだろーと、どーだっていーケドな!」
ぎゅぅっとガザーヴァが明神の首に抱きつく。
それからなゆたの呼称について話柄が移るも、それも恙無く進行してゆく。
>わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん
>おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント
「ありがと、明神さん。
わたしはわたしだよ、他の誰でもない。シャーロットの要素があろうとなかろうと、わたしはわたしのやりたいことをするだけ。
今までだってそうしてきたんだもん、これからも全速力で突っ走るだけだから!
エンバースも――。
頼りにしてるよ、クールでイケてるわたしのパートナーさん!」
シャーロットの記録が蘇っても、崇月院なゆたの信念には些かも変わるところはない。
なゆたは満面の笑顔で笑った。
が、話はそんな幸せな雰囲気のままでは終わらない。
>……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?
明神が今までの会話上に浮かび上がってきた問題点を指摘する。
>「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ
>そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった
「そうだね。
現状、この世界のサーバ的なもの……の管理は、ずっとバロールがやってるんだ。
サーバの保守と管理、メンテナンス。それから……うん、お金のことも。
わたしたちの世界の常識と、その……所謂『上の世界』の常識は、結構違うところも多いんだけど。
でも、世界の維持にお金に相当するものが必要っていうのは変わらない。
バロールはそれも対策を練ってた。プロデューサーにそっぽを向かれたコンテンツで、会社的な後ろ盾は存在しない。
手助けしてくれるスタッフもいない。シャーロットも手出しができない――
そんな中、バロールは全部ひとりで対処するしかなかったんだ。
……苦労を掛けちゃったよ。
あ、わたし今ネタバラシしちゃったけど、バロールには言わないであげて。
本人はそういうの、気遣って貰いたくないタイプだから」
お茶を啜りつつなゆたが返す。
通常、何十人何百人とスタッフが必要なはずのゲームの維持、世界の補完。
驚くべきことに、現在はそのすべてをバロールがひとりで司っているのだという。
バロールが時々音信不通になるのは、設備点検や金策などで奔走していたという背景もあったのだろう。
43
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:06:06
>……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある
>つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで
「うむ、それは妾の『虚構』の名に懸けて保証するぞ。
師父は間違いなく、この世界の脅威に対処しようとしておられた。
……よもや、その脅威を……『侵食』を発生させたのが他ならぬ師父ご自身であったとは、
さしもの妾の目を以てしても見通せなんだが」
エカテリーナがすかさず告げる。
今となってはローウェルの思惑の下に結成された継承者の名にどれほどの意味があるのかは分からない。
しかし、それでも。
エカテリーナにとって十二階梯の継承者という肩書は、自分を構成するのに必要不可欠な要素であるのだろう。
「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
もしも、本当にローウェルの提示した条件を示すことができるなら。
>世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな
「そうだね。いずれにしてもローウェルとは決着をつけなくちゃいけないけれど――
ローウェルを倒すこと、それはわたしたちの最終到達点じゃない。
侵食を食い止め、この世界を救うこと。それがアルフヘイムに召喚された当初からずっと一貫して変わらない、
わたしたちの旅の目的だったんだから」
異動や退職の際にそれまで自分が製作してきた書類やデータなどを全部破棄してしまい、
引継ぎを行わない人間というものは、どこの職場にもいるものだ。
どうやらローウェルもそういった手合いらしい。
だが、そんなローウェルに実際にこの世界にはまだまだ隆盛を取り戻せる力があり、魅力があるということを知らしめ、
納得させることができたなら。
それはプロデューサーの意に添わぬ延命という手段でない、真の意味での世界存続の足掛かりとなるに違いない。
ローウェルと直接対峙し、彼の言い分を聞いたうえで、真正面から此方の力を見せつける。
そうして改めて、この世界の未来を決める。必要な行動の指針は決まった。
>勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない
その後、再度パーティーに加わったウィズリィに対してエンバースが声をかける。
部屋の隅に移動してのエンバースの問いに対し、ウィズリィは戸惑いがちに口を開いた。
「ダインスレイヴ……“星の因果の外の剣”。かつて大賢者様が『賢人殺し(トート・デス・ヴァイゼン)』に授けた、
この世界には存在しないはずのアーティファクト……ね。
私もよくは知らないの、力になれずごめんなさい。
ただ……大賢者様がスルト計画について、イブリースと話していたのを小耳に挟んだことがあるわ。
ダインスレイヴは『武器ではない』と――」
ウィズリィの知っているのはそれだけだった。
元々、ダインスレイヴはブレモンの世界では未実装のアイテムである。
ブレモンのキャラクターであるウィズリィが知らないのも無理はない。
「大賢者様は――ハイバラというプレイヤーのことをとても警戒しておられたわ。
貴方たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも、特別と言っていいほどに。
かつてハイバラであったエンバース、貴方のこともね。
それはきっと、貴方がダインスレイヴを持っているからだと思う」
エンバースの罅割れた双眸を見詰めながら、ウィズリィは続ける。
「世界ランキング上位者さえも成し得なかった『転輾(のたう)つ者たちの廟』の踏破。
それを唯一達成したハイバラのことを、大賢者様は高く買っておられた。
だからこそハイバラにダインスレイヴを与え、手ずから召喚し魔王になるための試練を与えた。
最強のプレイヤーであるハイバラを、運営側に抱き込もうとした――という訳ね。
けれど、結果的に大賢者様はハイバラを手に入れることが出来なかった。
自分の手駒にすること前提で使わせるつもりだったチートアイテムのダインスレイヴも、
エンバース……貴方が持ったまま。
この世界に於いて全知全能を体現する大賢者様にとっては、まさに大誤算でしょうね」
魔王となったハイバラに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを倒させるため、
運営――ローウェルはダインスレイヴを与えた。
ダインスレイヴが未実装なのも、そもそもスルト計画で魔王としての適性を見出された者専用のアイテムであり、
プレイヤーサイドには最初から流通させるつもりがなかった、ということなら説明がつく。
“星の因果の外の剣”とは、星(ブレイブ&モンスターズ!)の因果(プレイヤー、ユーザーが干渉できるステータス)
の外の剣(アイテム)、という意味だったのだ。
44
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:06:38
会議が一段落しても、それで何もかもが落着したわけではない。
突如出現した魔法機関車の脱線激突事故に、周囲が騒然となる。
>おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!
>だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!
「ボノ、しっかりして……!
スペルカード『高回復(ハイヒーリング)』、プレイ!」
ボロボロのスクラップ同然になって各所から煙を漂わせる魔法機関車を目の当たりにして明神が驚愕し、
傷つき倒れたボノを見たカケルが回復魔法を要請する。
すぐになゆたはスマホを取り出すと、スペルカードを発動させた。
治癒の淡い輝きが、傷だらけのボノを回復させてゆく。
>そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?
>早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?
>あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!
>……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!
キングヒル陥落。ボノの報告に、周囲は俄かに騒然となった。
早速みのりとバロールを救援に向かおうと提案するカザハと明神だったが、
そんな二人をエンバースとジョンが制止した。
>……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ
>焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ
「……そうだね。一刻も早く助けに行きたいって気持ちは、みんな一緒だよ。
でも今は、こっちのことを片付けていこう」
なゆたもエンバースとジョンに賛同する。
オデットの命令で回復魔法に長けた聖罰騎士がなゆたの手からボノを受け取る。
ボノはカテドラル・メガスの医療機関に運ばれ、治療を受けることになった。
>……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと
「問題ない。君たちをキングヒルに連れて行くくらいなら」
エンデが頷く。大人数は難しいが、今ここにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を移動させる程度なら可能らしい。
>それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?
オデットや聖罰騎士たちが魔法機関車の激突で発生した被害を調査する中、エンバースがなゆたに訊ねる。
なゆたは少しだけ逡巡すると、
「……できるよ」
そう、荘重に返した。
しかし、その表情は晴れやかではない。
さらにエンバースは質問を続ける。
>……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?
>……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな
「フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――」
メインプログラマーの権能は、この世界ではまさしく神の如く作用するらしい。
管理者権限を以てローウェルを弱体化させ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』サイドに究極の力を与える。
そうすれば、労せずすべてに決着をつけることが出来るだろう。
だが。
45
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:04
「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
仲間たちの顔を見渡し、なゆたはきっぱり言った。
「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
仲間たちの顔を見遣り、一旦言葉を切る。
そして。
「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
なゆたはいかにも、とっておきのアイデアを閃いたとでもいうように笑った。
むろん、現在自分たちの置かれている状況はゲームなどではない、紛れもない現実だ。
敵は本気で此方を殺そうとしてくるだろうし、死ねばもちろん蘇ることはできない。
リトライのあるゲームオーバーなど存在しないのだ。
世界の存亡を懸けた戦い。その戦いに必ず勝てる方法が存在し、すぐにも使用することが出来るというのに、
敢えて使わないなど狂気の沙汰であろう。
だが、それでも。
ローウェルが使用してくるであろうチートに対してチートで対抗したのでは意味がないと、なゆたは思った。
それはゲーマーとしての、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての矜持である。
「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
なゆたの無謀としか言いようのない提案に、さっそくガザーヴァが噛みつく。
が、今まで長く一緒に旅を続けてきた仲間たちならきっと分かるはずだ。
これから、話がどんな流れに行き着くのか――
その証拠に、ガザーヴァが明神へちらちらと期待の眼差しを送る。
『その言葉』を一緒に言いたいと、真紅の瞳が言っている。
>忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな
仲間たちの輪から離れたジョンが、忙しなく配下に指示を送っているオデットへ声をかける。
オデットはゆっくりと振り返った。
「なんですか? 愛しき我が子」
>まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…
あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで
「……どういう意味です」
ジョンの申し出に、オデットはぞっとするほど整った青紫色の顔貌に怪訝な色を湛えた。
>あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、
僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…
なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ
>僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…
というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…
>でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ
「……」
オデットは無言でジョンの言葉を聞いていたが、ややあってその意志が固いと判断すると、小さく頷いた。
「分かりました。では、その剣はわたくしが然るべき時まで責任をもって保管しておくことと致しましょう。
しかし……良いのですか? これからの戦いは、世界の行く末を決定づけるもの。
今までよりも一層の激しさを見せることでしょう……未だかつてない脅威に直面した時、
貴方は一体どうするつもりなのです?」
生命の輝きを手放せば、ジョンは最大の攻撃手段を失う。
この先の戦いにはローウェルの他にもイブリース、ミハエル・シュヴァルツァーなど強敵が控えている。
特にイブリースはジョンが命を賭して生命の輝きを発動させ、やっと互角に持ち込んだというのに。
それをなくして、どうやって戦いに勝つというのだろう?
しかし、オデットはそれ以上追及することはしなかった。
>すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!
…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね
「ええ。……貴方に、太祖神の導きがありますように」
オデットは豊かな胸元で手指を組み、静かに祈った。
46
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:36
ガァンッ!!
オデット以下プネウマ聖教の手勢が事故現場周辺の救助活動に奔走する中、大破した魔法機関車が一度大きく揺れた。
と同時、機関車の客車の扉が内側から爆ぜて吹き飛ぶ。
「な……」
なゆたは瞠目した。
キングヒルを襲撃したニヴルヘイムの兵が車両に潜伏しており、それが侵攻を始めたのかと身構える。
ポヨリンもなゆたの足許で臨戦態勢を整える――が。
濛々と立ち込める煙の中から姿を顕したのは、ニヴルヘイムの尖兵などではなかった。
豪奢なエングレービングの施された赤黒い鎧。立派な髭を蓄えた、魁偉な顔貌。鋭い眼光の双眸。
そして、腰に佩いた竜の意匠の長剣――。
総体只者ではない王者の覇気を湛えたその男の名は、
「……『覇道の』……グランダイト……!!」
アシュトラーセが目を見開く。
『覇道の』グランダイト。十二階梯の継承者第七階梯にして、二十万の軍勢を率いる覇王。
風の魔剣ストームコーザーの主。
カザハたちが風の双巫女の魂と引き換えに仲間に引き入れ、会談を行うためキングヒルへ向かったはずの人物が、
魔法機関車の客車から姿を現したのだ。
しかも、驚くべきことはそれだけではない。
グランダイトはひとりの人間を両腕で横抱きにかかえていた。
覇王のいつも纏っているマントにくるまって、ぐったりと意識を失っているのは――
「みのりさん!!」
思わずなゆたは叫んだ。
額から血を流したみのりが、まるで死んだように目を閉じて覇王の腕の中に抱かれている。
「陛下! みのりさんは……」
「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
グランダイトが低い声で返す。
なゆたは安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
エカテリーナが矢継ぎ早に質問を口にするも、グランダイトは答えない。
みのりを抱いたまま、オデットへ歩いてゆく。
「それは違う……、陛下のお力あればこそ、我々は此処まで辿り着けたのだ……」
客車の奥から声がする。
中から傷だらけのアレクティウスがふらつきながら出てきて、主君の代わりにエカテリーナの質問に答えた。
「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「あわわっ!
マゴット! レスキュー!」
そこまで言うとアレクティウスは力尽き、ふらりと大きく身体を傾がせるとどっと倒れた。
ガザーヴァが慌ててマゴットに抱き起こすよう指示する。
「『覇道』……」
「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
見れば、グランダイト自身もみのりやアレクティウス同様――否、それ以上に傷を負っている。
きっとキングヒルから脱出する際にニヴルヘイムの手勢と戦闘になり、負傷したのだろう。
ぶっきらぼうなグランダイトの言いざまに、オデットは微塵の不快も顔に出さずすぐに踵を返した。
ひとまず現場を何人かの聖罰騎士と司祭たちに任せ、大聖堂カテドラル・メガスへ引き上げようとする。
「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
「はい!」
オデットの申し出に、なゆたはすぐに頷いた。
ポヨリンを胸に抱くと、エンバースの隣に立つ。
「みんな、行こう!」
仲間たちに号令を下す。
これ以降、明神たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の本拠はエーデルグーテのカテドラル・メガスとなった。
47
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:58
「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
一時間後、カテドラル・メガスの一室で円卓を囲み、改めて対策会議が行われた。
みのりとボノ、アレクティウスは高度な医療設備の整った聖堂内の施療院で治療を受けている最中だが、意識は戻らない。
唯一意識があり応急手当てを受けたグランダイトの語る王都キングヒルの状況に、みな一様に息を呑む。
「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
「『侵食』だ」
エカテリーナの言葉に、グランダイトが眉間へ皺を寄せる。
グランダイトの話によると、確かに王都には来たるべきニヴルヘイムとの決戦に備えてアルメリア正規軍15万、
覇王軍20万に加え、群青の騎士や西方大陸広域戦闘企業団、夜警局といった戦闘集団が集結していたが、
ニヴルヘイム軍の襲来とほぼ時を同じくしてアルメリア王国各地に『侵食』が出現。
キングヒルにも複数の『侵食』が現れ、ことごとくを呑み込んでしまったのだという。
間違いなくローウェルがキングヒル周辺のデータをピンポイントで削除したのだろう。
データ削除という所業の前には、精強を以て鳴る覇王軍であろうと一溜まりもない。
結果、キングヒルに集結していた軍勢は全滅。ただ魔法機関車のみが命からがら脱出に成功した、ということだった。
「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
アシュトラーセが訊ねる。
「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
「……『黎明』……、ゴットリープ様が……」
いかに魔王とはいえ、さすがに三魔将と継承者の相手は荷が勝ちすぎる。
しかし共に戦うというグランダイトの申し出を、バロールは固辞したのだという。
バロールはグランダイトにみのりを守ること、何が何でもニヴルヘイムの包囲網を切り抜け、
エーデルグーテにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流することを命じると、
創世魔法『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』で虹の線路を創り出し、
魔法機関車を送り出したらしい。
その後王都を脱出する際、魔法機関車はニヴルヘイム軍の激しい妨害に遭った。
みのりやボノ、アレクティウスだけではどうにもならなかっただろう。グランダイトを機関車に乗せたバロールの判断は、
間違っていなかった。
そして、黎明――『黎明の』ゴットリープ。現在の十二階梯の継承者筆頭。
今まで表舞台には出ず、裏方に徹していた高弟までもがキングヒルに姿を見せていたという話に、
アシュトラーセが複雑な表情を浮かべる。
元々アシュトラーセにとってゴットリープは継承者入りを口利きしてくれた人物で、上司でもある。
その上司と干戈を交えなければならないかもしれないという事実に、胸が塞がれる。
「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
円卓にはつかずふわふわと明神の近くの宙を漂いながら、ガザーヴァが呑気に言う。
超レイド級モンスターは例外なく一対多の戦場において有効な広域殲滅用のスキルを持っている。
オデットとの地下墓所の戦いでそうしたように、ベルゼビュートとミドガルズオルムの超レイド級二柱が出るなら、
ニヴルヘイムの軍勢がどれだけの規模を誇っていたとしても物の数ではない。
ただし、超レイド級の召喚は文字通り奥の手、最後の手段である。
それを開幕早々切ってしまうのは、言うまでもなく大きなリスクを伴う。加えて今度の戦いは文字通りの最終決戦だ。
ローウェルのところに辿り着くまで、超レイド級は可能な限り温存しておきたいと思うのが自然だろう。
「……鬣の王が……。陛下が……」
ウィズリィが小さく嗚咽を漏らす。
元々、ウィズリィは鬣の王の命を受けて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人となった。
その王が崩御したと知って、衝撃を隠しきれないでいる。
「ウィズ……」
なゆたは悲しげに眉を下げた。
彼女と鬣の王の間にどんな絆があるのかまでは分からなかったが、それでも浅からぬ間柄であったのだろう。
かける言葉が見つからない。ぎゅ……となゆたは拳を握り込んだ。
「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
エンデが提案する。
アルメリア正規軍や覇王軍が消滅したとしても、まだ此方にはオデットのプネウマ聖教軍が残っている。
こちらも集めれば相当な数になるはずだ、そして聖教軍の強さは聖罰騎士や穢れ纏いたちと直接戦ったばかりの、
明神やエンバース達が身をもって知っているだろう。
48
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:08:29
「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
「見捨てていく」
「てめえ――――」
ガザーヴァの指摘に、エンデは即答した。
当然ガザーヴァは今にも噛み付かんばかりに柳眉を逆立てたが、エンデは相変わらず淡々としている。
「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「うぐ……」
年端もいかない少年の姿をしたエンデに論破され、ガザーヴァは呻いた。
明神のお陰で随分マシになったとはいえ、それでもファザコンが抜けきらないガザーヴァである。
未だにバロールのことをこの世で誰よりも強いと信じている。
そのバロールの力を疑うようなことが出来るはずもない。
「ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!
ならば、逆に我らはニヴルヘイムに攻め込むが常道よ。
暗黒魔城ダークマターといえば、魔王と化した後の師兄の居城じゃ。
其処で合流というのも分かりやすいしの」
長煙管を銜え、紫煙をくゆらせながらエカテリーナが笑う。
どんなにろくでなしの人でなしの腐れ外道で、信用も信頼もできない胡散臭い人物であっても、
バロールがこの世界最高の力の持ち主だという一点だけは皆の共通認識であり、揺るぎない事実である。
そんなバロールがみすみすイブリースたちに敗北する筈がない。
結局こちらの作戦は変わらず、プネウマ聖教軍の準備が整い次第エーデルグーテから直接ニヴルヘイムへ乗り込む、
ということで結論が出た。
「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!」
オデットの厚意によって、エーデルグーテ内で販売されているアイテム類は全品ロハになった。
ガザーヴァがさっそく遊びに行こうと、明神とマゴットの手を引っ張って外へ遊びに繰り出そうと誘う。
「妾もちと準備をしてくる。虚構魔法を存分に揮うには、入念な下準備が不可欠じゃからの」
「そうね。私も一度メイレス魔導書庫へ戻るわ。今までのことを書き記しておく時間も必要だし。
……『覇道』の賢兄はどうされるのかしら?」
「キングヒルに駐屯させていた本隊は全滅したが、双巫女との約定により始原の風車に駐留させた軍があと500騎残っている。
それを一旦回収し、覇王軍として再編する」
エカテリーナ、アシュトラーセ、グランダイトもそれぞれ最終決戦に備えて準備を整えるという。
ニヴルヘイム軍には『黎明の』ゴットリープ、『聖灰の』マルグリット、『万物の』ロスタラガム、
『詩学の』マリスエリスが加担している。
継承者同士の戦闘になってしまうが、それも世界の存亡の前には已む無しなのだろう。
一度聖都を離れると言う三人に対し、エンデはといえば相変わらずなゆたの傍にいるらしい。
元々なゆた――シャーロットありきの存在だからか、別の場所に移動する理由もないということか。
「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
バロールが生死不明の今、自分たちの司令塔はみのり以外にはいない。
みのりの力なしには、いくら死線を潜り抜けてきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と言えど、
ローウェルに勝利するのは難しいだろう。
今から四日後までに無事みのりの意識が戻ることに期待して、
なゆたは全員に準備期間として自由時間を与えた。
49
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:10:12
「おい」
夜になり、各々が聖堂内に用意された部屋へ就寝に入るころ。
腕組みして廊下の壁に凭れかかったガザーヴァがカザハを呼び止める。以前とは反対の状況となった形だ。
ガザーヴァは軽く顎で自分の部屋を示すと、
「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
カケルに釘を刺し、カザハを半ば無理矢理部屋の中へと連れ込み、内側から鍵を掛ける。
更に施錠したドアの前に立って逃げ出さないよう厳重に対策を取り、ふふんと小さく息をつくと、
「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
と、やにわに切り出してきた。
「分かんないと思ってたのかよ? 不本意だけど、ボクはオマエのコピーとして生まれた。
オマエの考えることなんて、手に取るように分かんだよ。
お荷物で、足手纏いで、物の役にも立たねーから消えたいって。そう思ってんだろ?
モンスターだから、明神やモンキンやジョンみてーな勇気もない。
焼死体みてーな切り札も持ってない。自分にはなーんにもないってよ」
軽く肩を竦め、挑発するようにせせら笑う。
「ワカってんじゃねーか、自分を客観的に判断できるってのはイイコトだぜ?
確かにオマエは役立たずの足手纏いだよ。戦闘力は大したことねーし、バフだって戦局を左右するほどじゃない。
レクス・テンペストの力って言っても、ブラッドラストやダインスレイヴと比べたらタカが知れてる。
モンキンはもちろん、ウチの明神やマゴットともハナっから比べ物になんねーし!
ボクだって今や超レイド級として進化したしな! けけけっ!
あー、今思うとボクはどうしてあんなにレクス・テンペストになりたがってたんだろ?」
超レイド級モンスター・ベルゼビュート、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァに進化したガザーヴァは、
今やカザハに対して抱いていたコンプレックスを完全に克服した。
『ブレイブ&モンスターズ!』の世界に於いて、超レイド級以上のランクは存在しない。
加えて、それは愛する明神との絆の果てに掴み取ったもの。
力と絆――ずっと求めていたものをガザーヴァはやっと手に入れたのだ。
「ホンット、情けねぇヤツだよなー? オマエってさ!
オマエがいてよかったー! 助かったー! なーんて局面、今まで一度だってなかったし、
別にいなくなったって戦力的にボクたちはぜーんぜん構わねぇんだよ!
ボクらのパーティーでブッチギリのお荷物、それがオマエさ、バカザハ!
なのに――――」
今までのへらへらした挑発的な笑み顔から一転、憎悪の籠もった眼差しできっとカザハを睨みつける。
ガザーヴァはツカツカとカザハに近付くと、恐るべき素早さで右手をカザハの胸倉へと伸ばし、力強く掴み上げた。
「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
ギリ、と歯を食い縛る。
「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
ぐ、ぐ、とガザーヴァがカザハの胸倉を掴む手に力を込める。
平素でも神代遺物の騎兵槍を片手で軽々と振り回す、レイド級の筋力だ。
実際にガザーヴァがやろうと思えば、いつでもカザハの脛骨をヘシ折るくらいのことはできるのだろう。
「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
ぐんっと右手を引くと、ガザーヴァは勢いをつけてカザハを壁に叩きつけた。
バァンッ! と大きな音がして、部屋が微かに揺れる。
「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
息を荒らげ、ガザーヴァが感情を爆発させる。
「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
カザハが脱退を表明すれば、きっと明神は少なからず落胆するだろう。
自分に何らかの落ち度があったのかもしれないと、自らの努力や理解が足りなかったと考えるに違いない。
明神とはそういう人間だ。
50
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:11:14
「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す。
人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
ゴウッ! と音を立て、ガザーヴァの全身から闇色の瘴気が噴き出す。
虚空から暗月の槍ムーンブルクが出現し、右手に握られる。
ガザーヴァは本気だ。カザハが本当に人の心というものを理解できない存在であるのなら、
彼女は本当にカザハを殺しにかかるだろう。
じゃき、とガザーヴァがカザハの鼻面に槍の穂先を突きつける。
「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
憤怒を満々と湛え、一気に捲し立てる。
しかし。
「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
そう、魂から絞り出すように告げるガザーヴァの大きな深紅の双眸には、いつの間にか大粒の涙が溜まっていた。
「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
ぐすっ、とガザーヴァは一度鼻を啜った。
ガザーヴァにとってカザハという存在が憎悪の対象であることは、今もまったく変わらない。
憎い、恨めしい、殺してやりたいという気持ちを、ガザーヴァは今でも持っている。
だが――
決して、彼女がカザハに抱いている気持ちは、決してそれだけではない。
少なくとも一巡目では芽生えることもなかった感情を、今のガザーヴァは持っている。
「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。
…………まぁボクは思ってねーケドな!」
ひゅん、と手許から暗月の槍が消える。
目元に溜まっていた涙を軽く拭うと、ガザーヴァはいつもの調子でへへっと笑った。
「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
ドンドン、と扉を叩く音が聞こえる。
どうやら先ほどガザーヴァがカザハを壁に叩きつけたときの音で、なゆたが何事かと様子を見に来たらしい。
ガザーヴァがドアの方を見遣る。
「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そう最後に肩越しに振り返って告げると、ガザーヴァは踵を返して鍵を開け、自らドアを開けて外へ出て行った。
「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
頭の後ろで両手を組んで、しれっとなゆたの横をすり抜けてゆく。
きっと、これもガザーヴァなりの激励であったのだろう。
顔だけではない。その心も、バロールがカザハに似せて創ったものだから。
想いが理解できるから。
姉妹だから。
【グランダイト、みのり、アレクティウスが合流。
なゆた、此方のチート&ローウェルのナーフは可能だがやりたくないと発言。
四日後に最終決戦の予定。それまで各自自由時間。】
51
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:12:36
エンバースさんがなゆたちゃんに、駄目元でシャーロットの管理者権限について問う。
先ほど管理者権限を駆使してローウェルを弱体化させることが出来ると言っていたが、
そんなものが無制限に出来るのだったらこんな作戦会議をするまでもない。
負担が大きいとか、難しい条件を揃える必要があるとか、そう簡単に出来るものではないと考えるのが妥当だろう。
>「……できるよ」
予想外の返答。できるんかーい!! という感じで背景でカザハがずっこけた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
「え……やりたくないって……」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。」
当初の作戦に入っていたローウェルの弱体化すらやりたくないと言い出した。
>「わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
世界が消えようとしているのに、この期に及んで面白い面白くないとか、誇りとか言ってる場合ではない。
と言いたいところだが。これはその常識が通用しない特殊な状況なのだ。
死なずにクリアーしなければいけないのはもちろんだが、それだけではなくローウェルに面白いと思わせなければ、世界は終わってしまう。
ゲーム制作者のローウェルを面白いと思わせられる感覚を持つのは、やはりゲーマー達なのだろう。
だとしたら、ゲーマーではない私達は、彼らの判断を信じてついていくまでだ。
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
というわけで、お約束の流れを見守ったのだった。
「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
問題は今度こそ「もう付き合ってられんわ」と思ってそうな約一名をどうやって連れて行くかですね……。
ところで私ってこんなやる気に満ち溢れたキャラでしたっけ。
多分元ただのニートから元病弱系ニートに昇格(?)した影響ですね。
いわゆる「重病から奇跡的に復活した人に超ポジティブ補正がかかる現象」というやつです。
52
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:13:46
>ガァンッ!!
話が一段落したころ、大破した魔法機関車の扉が吹き飛ぶ。
「今度は何ですか!?」
扉から、『覇道の』グランダイトが降りてきた。
更に驚くべきことに、その腕にはみのりさんが抱えられている。
>「陛下! みのりさんは……」
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
オデットによって、みのりやグランダイト達に治療の手配がされる。
更に、私達もカテドラルメガスへ招かれた。
>「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
>「はい!」
カテドラル・メガスで改めて対策会議が行われ、四日間の自由時間が与えられることとなった。
>「おい」
夜になり、そろそろ就寝というころ、ガザーヴァがカザハを呼び止める。
あっちから積極的に話しかけてくるなんて滅多になかったのに何事なのでしょう。
不穏な予感がする……!
>「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
「え、あ、ちょっと……あんまり手荒なことはやめてくださいよ!?」
カザハは強引に部屋に連れ込まれてしまった。
因縁のある二人を密室で二人っきりにするのはどうなのでしょう……。
それ以前に今更ながら同じパーティにいる時点でどうなのでしょうという根本的な問題がありますが。
因縁のある者同士を同じ部署に配属してはいけないのは基本中の基本である。
バロールさん、ゲームデザイナーとしては超一流かもしれませんけど人事はちょっと……。
とか思いながら、私は先に自室に帰った。
53
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:19:31
>「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
ガザーヴァは単刀直入にそう切り出し、カザハを挑発するように怒涛の勢いで煽り始めた。
「え……いきなり何……?」
カザハは突然のことに戸惑っている。
>「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
「ひえぇええええええ!?」
胸ぐらを掴み上げられ、あまりの事態に悲鳴をあげるカザハ。
>「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
暫しビビって固まっていたカザハだったが。
「お前に……お前に何が分かるんだよ!!
バロールさん、属性から間違ってるしまともにコピーできてないじゃん!
考えてみれば君のモデルになるのを許可した覚えなんてないんだけど!?」
窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、キレた。
ところで、ガザーヴァはコピーキャラとは言いながら属性からして違い、性格も一見全然違うので、
カザハの中では「コピーキャラのつもりで作ったけどただ見た目が似てるだけの他人」ぐらいの認識になっている。
しかし、バロールがこの世界のすべてを描いたデザイナーだったということは……
少なくとも「うっかりコピー失敗しました」ということは無いのだろう。
ということは、属性が違うのは仕様と考えられ、無理矢理地球の生物学風に例えると、
かなりの時間差で生まれた一卵性双生児ぐらいに近い関係性なのかもしれない。
>「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
壁に叩きつけられながらも、売り言葉に買い言葉で言い返す。
「抜けるどころか一度裏切ってるくせに偉そうに言える立場!? じゃあ正直に言ってやろうか。
こっちこそお前みたいなあざとくて我儘放題で乱暴な奴は大っっっっ嫌いなんだよ!
あの時さ……わざと一人取り残して死ぬように誘導したよね!?
本当に……なんでテンペストソウルなんて欲しがったんだよ!
散々欲しい欲しい詐欺しといて気付いた時には興味無くして葬式モードの隣でキャッキャウフフしてやんの!!
でも……あの雰囲気で言えないじゃん! 可哀そうな君を責めたらこっちが悪者だもんな!
せめて可哀そうだから仕方ないって憐れむぐらい許せよ!」
54
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:21:15
>「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
「ああそうだよ! 駄目人間だからそういう体育会系なノリに付いていけないんだよ!
付いていけないお荷物引き留めて何がしたいの? 嫌いな奴がいなくなって何が不満なんだよ!!」
>「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
「……」
ここまで脊椎反射的に応戦していたカザハが、言葉に詰まったように黙る。
>「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す」
「……そんなこと……分かってる……!
どいつもこいつも何の得にもならないお荷物を進んで背負い込もうとするお人よしばっかり!
でももしも足手纏いがいたばっかりに最悪の事態になったらガッカリするぐらいじゃ済まないんだよ!?」
次第に声音が泣きそうな声へと変わる。
>「人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
「ブレイブじゃないならいっそ人間の心なんてなければ……純粋な精霊でいられればどんなに良かったか!
こんな理不尽で非合理なものがあるから不毛な争いが絶えないんじゃないか。
本当は君は何も悪くないよ。それどころか……
二人は最初からあのつもりで……あれしか勝ち筋がなくて
君のおかげでみんな生き残れたんだから感謝しなきゃいけないって分かってるよ!
昔は……前の世界ではこんなんじゃなかった!
昔の我は……何も考えてないけど汚いことも考えなくて、いつだって迷わず突き進んで、
今みたいにヘタレじゃなくて、少なくとも君と相打ちになる程度には強かった!
使えてたはずの切り札も純粋じゃなくなったからもう使えない……!
こんなのでどうやって……どうやって付いて行けばいいのさ!」
55
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:22:19
>「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
さっきまでとは打って変わって、魂から絞り出すような声。
「ちょ、ちょっと……え……嘘……なんで……なんで泣いてるんだよ!?」
ガザーヴァの双眸に大粒の涙が溜まっているのに気づき、焦りまくるカザハ。
ガザーヴァは自分のことが殺したいほど大っ嫌いで、レプリケイトアニマで庇ってくれたのは正義の味方になりたいからで。
……でも、本当にそれだけならここで泣くだろうか。
カザハはガザーヴァのことがちょっといやかなり苦手で気まずくて、だけど可愛くて今度は幸せになってほしいとも思っている。
もしかして相手も、大っ嫌い以外の感情を持ってくれているのだろうか。
「……泣くなよ! 調子狂うだろう……!」
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから……
……。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
反論しようとするも次第に声が小さくなり、ガザーヴァの涙の前に成す術もなく陥落した――
>「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。」
「そういえば、そうだったな――」
人が続々死ぬしガチで世界の存続が危うくなって最近それどころじゃなくなっていたけど、確かにそうだった。
明神さん、余計な事言ってくれて――と言う感じで苦笑するカザハ。
もしかして、もしかしなくても、どういうわけだか今自分はガザーヴァに励まされているらしい。
>「…………まぁボクは思ってねーケドな!」
「せっかくいい事言ってたのに一言余計だよ!?」
いつもの調子で笑ったガザーヴァにつられて笑う。
>「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
扉を叩く音が聞こえる。心配したなゆたが様子を見に来たようだ。
>「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そういえばそんなことも言ったわ……!
伝説を語る者って……どんだけ厨二病やねん! そんな大風呂敷広げてどうすんの!? ちょっと前の自分怖っ! そしてそんなことをよく覚えてやがるなコイツ!
などと思っている間に、ガザーヴァは何事もなかったようにさっさと出て行った。
>「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
>「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
「……切り替え早ッ!」
56
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:24:18
しばらく経って、カザハが帰ってきた。
「大丈夫でしたか!?」
「どうしよう……どうすればいいのだ……」
カザハは深刻そうな顔をしている。案の定ガザーヴァにいじめられたのだろうか。
「我はどうやら伝説を語る者になると言ったらしいのだが……アシュリーさんみたいな文才ないのだが」
私はずっこけた。
「知りませんよそんなこと! その前に世界が滅亡したら元も子もありませんからね!?」
さっきまで足手纏いになって世界が滅亡したらいけないから抜ける(意訳)と言っていた人が、
世界を救った後にどう伝説を語るかを心配している……! どういう風の吹き回しですかね!?
ガザーヴァが説得してくれたのでしょうか。一体どんな手を使った……!?
ちなみに、カザハはスマホに毎日冒険日誌を書いているが、私が見る限り小学生の作文レベルで確かに文才は無い。
「分かんないですけどこういうファンタジー風世界で伝説を語るっていったらやっぱり……いえ、なんでもないです」
57
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:25:45
その夜、カザハは夢を見た。
「やあ、歴代達が随分手荒な真似をしたね」
そう語りかけてくるのは、草原で大きなハープを爪弾いているシルヴェストル。
フードを目深に被っていて顔はよく見えないが、雰囲気からして少女型だろうか。
「あなたは……!?」
「私? 私は初代の風精王――」
「初代……!?」
世界の風を生み出しているのは始原の風車で、その核になっているのがテンペストソウルの結晶体。
それはつまりレクステンペストの素質を持つシルヴェストル達の魂の集合体だが、
そもそもシルヴェストルは始原の風車から生み出される風から生まれている。
それでは、初代の風精王とは一体何なのだろうか。世界の最初の風はどうやって生まれたのだろうか。
もちろん、その辺の世界の基本的な仕組みは出来上がった状態からこの世界がスタートしたとすれば
スタート地点より前の部分は謎のままで置いておかれていて設定されていないという可能性もある。
しかし、なゆた(シャーロット)は、急ごしらえで出来た二巡目の世界でも、
少なくとも何十年単位では実際に時を刻んでいる、という風なことを言っていた。
二巡目ですらそれなら元々の世界は、本当に世界創生に近いところから始まっている可能性も否定できない。
初代風精王の出どころに関する疑問はひとまず置いておいて。
オデットとの戦いの最中、一瞬だけだが歴代の風精王達と繋がった。
その影響でこんな夢を見ているのだろうか。
「キミはもう知っているはず。伝説を語る方法――。
思い出して。地球で生きていた時に好きだったこと。
昔と同じように戦わなくていい」
そこでカザハはあることに気付く。
「あ、それ知ってる……!」
よく聞くと、彼女が弾いているのはゲームのブレモンと無印版アニメのテーマ曲だ。
「歌ってみて」
カザハは暫し逡巡して首を横に振った。
「……。駄目なんだ……。下手糞なんだ……音痴なんだ!」
「なんだ、そんなこと? 地球ではそうだったかもしれない。
でも、こっちでのキミはたとえどんなに弱くても風の支配者――」
58
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:28:15
そんなこんなで一夜明けて、次の日。私は珍しくカザハと別行動でお使いに行かされた。
お使いと言っても頼まれたものをタダで貰ってくるという簡単なお仕事です。
最終決戦に備えて時間を有効活用するために手分けして準備をしようということらしい。
やる気に溢れすぎて逆に怖いんですが……。こんな時は大体碌なことが無い。
用事を済ませて戻ってみると、「中央広場で路上ライブするので来るように」と置手紙が置いてあった。
嫌な予感が的中した。
「なんですって―――――!?」
というのも、カザハは歌が滅茶苦茶下手糞なのである。
風系スキルと音系スキルは近接関係あるいは包含関係とも言われており、シルヴェストルのスキルの中にも呪歌系の技がいくつかあるが
今まで音響操作系の技は使っていても呪歌系の技は使っていないのはそのためだ。
伝説の語り手志望でありながら定番の吟遊詩人路線をお勧めできないのもそのためだ。
昔「歌ってみた」と称して路上ライブを敢行しては苦情が続出し、懲りてやらなくなっていたのだが……。
昨日までとは別の意味で追い詰められてヤケクソでやろうとしてるんですかね!?
とにかく騒音公害が発生する前に止めないと……!
なゆたちゃんもエンバースさんも明神さんもガザーヴァもどういうわけだか見当たらない。
この大変な時にまさかデートなんてしているわけはなく、最終決戦に備えて準備に忙しいのだろう。(※フラグ)
たまたまいたジョン君&部長に声をかける。
「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
駆けつけたときには一足遅く、中央広場の一段高くなっている場所で、
キーボードのような楽器を手にしたカザハは歌い始めてしまった。
何故かむしとりしょうじょが普通に体育座りして聞こうとしてるし……!
いるんなら呑気に見てないで止めて下さいよ!
「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「あ、あれ……!?」
私は驚愕した。
結果的に私が危惧したような騒音公害は起こることはなく、普通にかなり上手かったのだ。
でも考えてみれば、こっちの世界のカザハは腐ってもレクス・テンペストなんですよね……。
敵をなぎ倒す威力としては大したことなくても、ほんの少し空気の揺れを調整して音を加工するには充分ということか……!
なんで今まで気付かなかったんでしょう。思い込みって怖いですね。
歌っているのは、ブレモンのテーマ曲のようだ。
「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
私の姿に気付いたカザハが、声をかけてくる。
59
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:31:12
「カケルー! 来てくれたんだな! 下のパートお願い!」
ギターのような楽器を投げ渡された。
「えぇっ!? そんないきなり……! というかその曲ってそこで終わりじゃ……。
下のパートって……メロディーの分岐あるんですか!?」
ところで、この曲は今のところいわゆる1番にあたる部分のみしか存在せず、フルバージョンは未だ公開されていない。
私の戸惑いをよそに、カザハはまさかのあるはずがない2番を歌い始めた。
「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
もう一緒に歌うしかない雰囲気になったので、間奏に入ったところでカザハに駆け寄り、肩に触れて精神連結する。
明らかに能力の使い道間違ってますね……!
「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
精神連結によってカザハと意識が共有され、曲の情報が入ってくる。
分岐したパートを二人で歌い上げる。
「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
歌い終わり、一息ついたところで、カザハに尋ねる。
「カザハ、その2番って……自分で捏造したんですか?」
「……自分でもよく分からないんだ。
そうかもしれないけど……考えたというよりは思い出したような気もするしいつの間にか知っていたような気もする」
カザハはジョン君に気付くと、手を振りながら駆け寄った。
「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
元はといえば騒音公害を阻止するために私が連行してきたのですが……
嬉しそうにしているので敢えて真実を告げる必要もないですね。
「持っといて。聞いてくれたお礼」
そう言って、小さな宝石のようなアイテムを差し出す。
音精のタリスマン――音響系スキルによるバフの効果10%アップらしい。
とはいってもこの街では普通に売っているもので、つまり貰おうと思えばタダで貰える状態だ。
なので深い意味はないほんの気持ちと言ってしまえばそれまでなのだが。
「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
他の皆のように前線で仲間を守ったり大火力で敵を薙ぎ払ったりできなくても、
ほんの微力でも皆を手助けしながら最後まで見届けるという決意表明――私にはそう思えました。
60
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:02:13
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
すぐさまキングヒルまで直行しようとした俺とカザハ君の背に、エンバースの制止の声が飛んだ。
振り返ればジョンもまた言葉で俺に釘を刺す。
>「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
「んなこと言ったって……っ!キングヒルは陥落して、音信も不通なんだぞ!?
ここで足踏みしてる間に籠城に限界が来たら――」
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースが続けた言葉に、俺は背筋ごと頭が冷えていくのを感じた。
足元ではボノが、ブリキの口を歪ませて苦しそうに呻いている。
オデットの配下たちが回復魔法を唱えてるが、痛みはすぐさま消えてなくなるわけじゃない。
俺は、こいつが目の前で満身創痍で苦しんでいるのに、何も見えちゃいなかった。
「……悪かった、ボノ。お前が命がけでここまで情報を持ってきてくれたんだ。
回復するまで待って、一緒にキングヒルに戻ろう」
なゆたちゃんの回復スペルが効き、次第にボノの表情から険が抜けていく。
そうだ、キングヒルからエーデルグーテまで陸路で来るなら海を大きく迂回しなきゃならない。
魔法機関車をどんだけぶっ飛ばしたって、何日分もの時間を今焦って埋められるはずもない。
タッチの差で命運を分けるんじゃないなら、むしろ十分な準備を整えてから向かうべきだ。
>「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
共にボノの容態を見守っていたエンバースがなゆたちゃんに水を向ける。
そうか、キャラクターのステを弄れるなら強さも自由自在ってことだよな。
それこそ一日一回しか使えない超レイド級を使いあぐねるよりも、
俺自身が超レイド級になっちまえば即日ローウェルのアホをギタギタにできる。
>「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
エンバースの本題はむしろ……『不可逆な変化を取り戻せるか』に向いていた。
フラウ。ホワイトナイツナイトの成れの果て。
溶けかけたミシュランマンみたいになってる今の姿を、もとの騎士竜に戻せるのなら。
――『燃え残り』を、『ハイバラ』に戻すことだってできる。
だけどエンバースは、当然あるべきその可能性について言及しなかった。
61
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:03:35
>うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。でも――」
問われたなゆたちゃんは、躊躇いながらも決然とした表情で答えた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。 それは……やりたくない」
「できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ」
なゆたちゃんの言ってることは、俺にもよく理解できた。
元々俺はお膳立てが嫌いだ。降って湧いたご都合パワーで収める勝利なんかクソ喰らえだって思ってる。
『シャーロットがステ弄ってくれたから勝てました』なんて結末を、俺自身が受け入れられない。
だけどそれだけじゃあ、命を懸ける理由には足りない。
>「それに――」
なゆたちゃんは続ける。
>「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
「おいおいおいおい……んな一時の爽快感のためにこっちの切札捨てるってのかよ。
相手は世界の神みてーな存在なんだぜ。目が合った瞬間デリートされちまうかも知れねえんだ。
ヒャクパー感情論のこだわりで絶対勝てる方法を取らねえで、五分にもならん勝負に命張るつもりか?
そんなの――」
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
一緒に噛みついたガザーヴァが、ちらりと俺に視線を投げる。
んんー?せーので言いたいのかい?しょうがないなぁ……。
それでは皆さん、ご唱和下さい。
「――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ」
62
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:04:15
俺達のセリフは完璧にハモった。
そのステレオな響きは耳朶をうち、比類なき自信と力を俺にもたらしてくれる。
言葉にはパワーがある。俺は何度だって強気な煽り文句で自分を鼓舞してきた。
「実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ」
ローウェルは、ブレイブ&モンスターズに見切りをつけている。
世界はオワコンで、これ以上の集客を生み出すことはないと考えてる。
その判断を覆すには、俺たち自身にプロデューサーが食指を動かす付加価値を創造しなきゃならない。
『ブレモンはまだまだ戦えるコンテンツ』だと、認めさせる必要がある。
「ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな」
>「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
「おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな」
ソシャゲのユーザーの90割はスマホでしかゲームやらねえようなライト層だ。
コンテンツを復活させるには、そういう多数派にこそ訴求できなきゃならない。
カザハ君やジョンも含めて、ライトユーザーの意見は絶対に必要だ。
◆ ◆ ◆
63
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:07:16
それからしばらくボノの回復を待っていると、突如として魔法機関車の鉄扉が弾け飛んだ。
中から顔を見せたのは――
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
キングヒルでバロールと会談していたはずの、グランダイト陛下そのひとだった。
そしてもうひとつ。陛下が抱えているのは。
「せっ、石油王……!おい、石油王!!」
思わず駆け寄る。グランダイトに抱かれた石油王は、血を流していてピクリとも動かない。
最悪の想像が、背筋を流れ落ちる。
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
はたと気付けば、グランダイト自身も石油王以上にズタボロだ。
豪奢な鎧はところどころが煤け、ひしゃげ、隙間からは赤黒い血が流れている。
あの覇王が、こんなボロボロに……。キングヒルの『壊滅』という言葉が、鈍く頭を打った。
目を覚まさない石油王を引き取り、後から這い出てきたソロバン殿と一緒にグランダイトをメガスへ連れていく。
そこでもたらされた情報は、現状をさらに絶望に追い落とすものだった。
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
「生存者が……皆無……」
キングヒルが。アルメリアの首都にして、最大の規模を誇る街が。
そこに暮らす何万って人々が……全員殺された。イブリースの軍団に。
「イブ……リー……ス……!!」
シャーロットのユニークスキルで生え変わったばかりの奥歯がミシミシと軋む。
真っ白になるくらい握った拳から、滲んだ血の赤が見えた。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「『侵食』だ」
グランダイトが言うには、王都の防衛にあたっていた戦力――
正規軍や覇王軍はおろか、他国からの支援として駆けつけた軍事組織が軒並み全て、
『侵食』によって消滅してしまったらしい。
ローウェルによるデータの強制削除だ。
軍が一箇所に集まるのを待って、まとめてデリートしやがった。
辛うじて侵食を逃れたグランダイト達は、バロールを殿に残してキングヒルから撤退。
魔法機関車で敵の包囲を突破し、エーデルグーテまで辿り着いたという。
64
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:09:35
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
「ガザーヴァ」
強がりか本心か、ガザーヴァの言葉を俺は制した。
「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
イブリースによる侵攻はいつも突発的に始まる。住民を避難させる余裕なんかあるはずもない。
そもそもどこに逃げるってんだ。首都の人口を丸ごと匿って養えるような場所は存在しない。
市街地含めて生存者は皆無――侵食に飲まれたか、ニヴルヘイムの怪物たちに皆殺しにされたってことだ。
初めて王都に着いたときに泊まった宿屋も。
エンバースに死化粧を施した洋服屋も。
バロールに塩対応してた、あのメイドさん達も。
みんな……死んだ。
始原の草原で俺たちを断罪した、イブリースの言葉が頭に蘇る。
――>『今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……今更どの面を下げて『救う』だと!
オレたちの生きる世界は! 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――!!』
ああ……イブリース。お前はずっと、ずっとずっと、こんな気分だったんだな。
お前が俺たちを拒絶する気持ちが、ようやく実感できたよ。
「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
脊髄反射でエンデに反駁して、それからこいつの言うことが正論だと理性が言った。
駄目だ。怒りでまともに頭が回らん。
だけどまだキングヒルにはバロールが居るはずだ。あいつを助けなきゃ。
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ」
よしんばデリートされたとして、『中の人』が居るならやりようはいくらでもある。
コンタクトがとれない以上、俺たちの側からはどうすることもできない。
65
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:11:09
だけどこの胸騒ぎはなんだ……?
「バロールには創世魔法と名を変えた、『中の人』としての権限があるはずだ。
だけど、その権限をもってしてもローウェルによる侵食――データ削除は止められなかった。
シャーロットと違って、プロデューサーとデザイナーの権限は拮抗してるのかもしれねえ」
気がかりはもうひとつある。
「初めて王都でバロールに会った時。
あそこであいつが一言『シャーロット』と口にすれば、世界の真実はもっと早く明らかになったはずだ。
そうできない理由があった。あの段階では、まだ俺達に対するローウェルの影響力が強かったからか?」
あの段階では俺達はまだスマホ越しのローウェルの指示で動いてたもんな。
プロデューサー権限による情報統制が働いていてもおかしくはない。
本当は、出会ったあの時からバロールはシャーロットのことを口に出していて。
だけど俺達は、『シャーロット』という単語を認識できなくされていた?
デウス・エクス・マキナの詠唱者について訪ねたとき、バロールが『わからない』と言ってたこともこれで説明がつく。
「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
俺たちの進路は変わらずニヴルヘイムへ。
当初の予定通り、準備を整える次第となった。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「わかった。4日後にまた会おうぜ。……それまでには、ちゃんと頭冷やしとくからよ」
最低限の取り決めを交わして、俺たちは解散した。
◆ ◆ ◆
66
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:11:54
その晩、聖堂に割り当てられた寝室で、俺は酒の入ったグラス片手に室内をウロウロしていた。
まったく寝られない。ずっと、壊滅したキングヒルのことを考えてる。
壊滅させたローウェルと……イブリースのことを考えてる。
タマン湿性地帯での戦いで、あいつの想いに触れられたと思った。
ヒトと魔族の、ミズガルズとニヴルヘイムの垣根を超えて、協力する足掛かりが出来たと思った。
三世界を救うって目的のもとなら、因縁を押さえつけてでも手を取り合えると……
そう思ってたんだ。
あいつはキングヒルを滅ぼした。そこに暮らす全ての人々を蹂躙した。
ロイ・フリントを使ったアイアントラスの虐殺に続いて、これで二度目だ。
もしかしたら、俺が知らないだけでもっと色んな街を滅ぼしてきたのかもしれない。
なあイブリース。
お前にとってタマンでのあの戦いは、信念のぶつかり合いは、何の意味もなかったものなのか?
何一つ心動かされることなく、ミハエルの乱入でノーゲームにしちまえるようなもんなのか?
そして俺達も、あいつが言うところの一巡目だかゲームの中だかで、
ニヴルヘイムの何万という生命を蹂躙してきた。
なゆたちゃんは、敵とさえも殺し合わずに世界を救おうとしている。
ジョンは、イブリースと分かり合うことで協働を図っている。
だけど、もう、無理だろ。
和解を目指すには、俺達はお互いに取り合う手を血に染めすぎている。
少なくとも俺は、あいつとあいつの率いる軍勢に殺された人々から目を背けられない。
たとえイブリースの言い分が、正当な報復だとしても……納得できない。
あいつの首を手土産にしなけりゃ、キングヒルをの敷居を跨げない。
世界を救うのにあいつの力が絶対に必要なのであれば、その後で良い。
必ず報いは受けさせる。
グラスの中の酒を一気に呷った瞬間、背筋を叩きつけるような圧力に晒されて盛大にムセた。
凄まじい魔力が部屋の外から押し寄せてきた。
「ぶえっ……!なんだ!?」
慌てて退路を確保するために窓を開けると、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえる。
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
「ガザーヴァ……?」
隣はガザーヴァの部屋。聞こえてくる声もあいつのものだが、誰かと言い争ってる?
>「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから…………。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
今度はカザハ君の声だ。
水と油みたいな二人がなんだってこんな夜更けに。
姉妹でパジャマパーティー……ってガラじゃねえだろうに。
67
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:12:47
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
いけないと分かっているのに、ついつい聞き耳を立ててしまう。
そうして一部始終を盗み聞きして、合点がいった。
「カザハ君……」
飲み干したグラスの中の氷がカラリと音を立てる。
アコライト外郭での防衛戦の後、一度俺はあいつがパーティを抜けるんじゃないかって慌てたことがある。
それはとりこし苦労で、元気に朝練してるカザハ君を見つけるだけに終わったが……
あれからもずっと、あいつは悩み続けていたんだ。
世界を救うこの度に、出所の曖昧な自分が居続けて良いのかって。
思えば、今朝も魔法機関車が突っ込んでくる前に何か言いかけていた気がする。
気付けなかった。
気付いたのは……カザハ君を苦々しく思っていたはずの、ガザーヴァだけだった。
「……なんだよもう。ちゃんとお姉ちゃんのこと、気にかけてるじゃねえか」
それは、ガザーヴァがカザハ君を『いけ好かないコピー元』じゃなくて、
『一人の仲間』として認めてるってことの証なんだと思った。
これ以上盗み聞きしちゃ悪いや。
わざわざ部屋に呼び出したってことは、他の誰にも聞かれたくない話なんだろうしな。
「おやすみ、二人とも」
俺は窓を閉じて、歯磨きして、床についた。
不思議とよく眠れた。
◆ ◆ ◆
68
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:15:07
「ガザ公、デートをしようぜ」
朝食を終えたガザーヴァに、俺は声をかけた。
四日間の自由時間っつったって、俺自身はとくにやることもない。
旅に必要な物資は一通り補充が済んでるし、俺は武器を使わないからメンテも必要ない。
強いて言うならジョンの言葉通り――最終決戦に向けて英気を養う義務があった。
「今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ」
有無を言わさずガザーヴァの手を引っ張って、街へ出た。
「このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?」
オープンテラスのカフェで海鮮パエリアを突付く。
クラーケン……それはイカなのか?タコなのか?プルプルの肉からは、生前の姿が想像できない。
「俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ」
魔術師の持つ杖は、別になくても魔法が使えないわけじゃない。俺も素手で死霊術使うしな。
じゃあ何のためにあるかっつうと、魔法を『速く強く飛ばす』ための発射台みたいなもんらしい。
店員曰く今の流行りは指揮棒みたいな大きさの杖。軽くて取り回しも良い。
バロールとかマルグリットが持ってるバカでけえ杖は魔法ガチ勢だけが使うもんだそうな。
「マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……」
『グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!』
スマホから地響きのようなマゴットの声が聞こえた。
「あれ羽化直後だからとかじゃなくてデフォで全裸なの?
姉上とユナイトしたときのあの露出度お前の趣味かよ。
エロゼブブがよ。エロゼブブオルタナティブがよ」
『は?ちげーし……!!』
「キャラが不安定すぎる……」
市場を巡って、色んな飯を食って、色んな買い物をした。
オデットの指示で店の商品はなんでも100%オフだ。すげえ大盤振る舞い。
会計の代わりに、購入した物品の目録を渡された。
これにサインすると、品代がプネウマ聖教の財務部から各店舗に支払われるらしい。
「やべえな。ビキニパンツ買ったことオデットに筒抜けだ」
そうして最後に釣具屋へ行き、竿の新調ついでにガザーヴァの分も買ってやる。
スマホからはマゴットの寝息が重低音となって聞こえてくる。
はしゃぎ疲れたみたいだ。スマホん中でどうやってはしゃいだのかは知らんが。
さて、エーデルグーテは海上に突き立った万象樹の根本に築かれた街であるからして、
八方を海に囲まれた臨海都市でもある。地場の水揚げ品が毎朝市場に並ぶ程度に漁業も盛んだ。
複雑に張り巡らされた木の根の隙間は魚にとって絶好の住処になる。
マングローブとかサンゴ礁みたいなもんだな。
69
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:17:37
「ミズガルズの埠頭にはテトラポッドつって波を弱めるためのブロックがあってさ。
こう、四角錐?みたいな形が積み上がってるんだけど、その隙間がいい感じに魚の巣になるんだ。
エーデルグーテの埠頭も隙間がたくさんあるし爆釣だぜ多分」
もうめちゃくちゃに釣れるから、釣り人はこういうスポットを高級マンションとか言って有難がる。
毎年のようにテトラポッドの隙間に挟まって死ぬ釣り人が出んのもそこが爆釣ポイントだからだ。
「俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ」
専門用語とかは何一つわからんが、仕掛けの付け方や竿の振り方は一通り教えてもらった。
リバティウムに居たときも、こうやって降って湧いた余暇を過ごしたもんだった。
ガザーヴァの釣り針に錘と買ってきたイカの足を取り付けて竿を返す。
「ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!」
遠心力で発射された釣り針が水面に落ちる。
それを見届けてから、インベントリにしまってあった椅子をふたつ出した。
「あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ」
もひとつ、持ってきたワインのボトルとグラスふたつ。
手酌で注いで呷れば、雲ひとつない空が目に映った。
「……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う」
だから、そこを泳ぐ魚の一匹一匹までには、運営の手が及んでいない。
この世界に息づく命は、運営が用意した水槽の中で自然繁殖し、育ってきたものだからだ。
「アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな」
ミズガルズという水槽を泳いでいたエビを網で掬って、
アルフヘイムという水槽に投入した。その結果が……一巡目だ。
「一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る」
俺も竿を振る。うなりをつけた釣り糸は、遠くの水面に波紋を立てた。
「そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ」
70
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:19:28
考えてみりゃゲームの作中作のアンチって何だよ。意味不明な存在過ぎるだろ。
だけどそこに『史上最大のアンチ』とも言えるローウェルの意図があると考えりゃ筋は通る。
俺の配役は、さしずめ他のブレイブの足でも引っ張って旅を頓挫させるってところか。
ひひっ身に覚えあるわ。キングヒルのクーデターも、一歩踏み外してりゃパーティ崩壊だったもんな。
「一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある」
竿先から伝わる感触。糸を手繰り寄せれば小さな魚が掛かっていた。
タモで拾い上げて、海水を張った桶の中に入れる。
「ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――」
こんな時、迷わず俺を殺せって言えるなら、カッコいいんだけどな。
「……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える」
【デート】
71
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:48:30
【ワンダリング・ハート(Ⅰ)】
『フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも』
「出来る……のか?何の代償もなしに?なら――」
自分は強くならなくてはいけない――今よりも、ずっと。
地下墓所での勝利は、勝つべくして勝ったとはとても言えない。
もう一度やったら、結果は分からない――もっと出来る事があった筈だ。
この世界はゲームだ――ならば、物語が進むにつれて敵はもっと手強くなる。
マルグリットと次に戦って自分は勝てるのか/ロスタラガムにはどうだ/マリスエリスは。
ゴットリープも敵に回った/アラミガだって、その拝金主義は絶対的な『設定』だ――どう転ぶかは未知数だ。
仮にそれらをなんとか出来たとしても、今の自分はミハエル・シュバルツァーの足元にも及ばない。
強くならなくては/せめて、かつての自分に追いつかなくては――次の戦いには、決して勝てない。
『みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――』
「でも……なんだよ。やっぱり何か問題があるのか?」
『エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない』
「……正気か?」
『できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?』
『さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた』
――ああ、お前の言いたい事は分かるよ。与えられた手札で勝負する。それがゲームだ。
だけど……これはただのゲームじゃない。負ける事も降りる事も出来ないんだよ。
最小限のチップを支払って、もう一回手札を引くなんて事は出来ないんだ。
『わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――』
――今ある手札じゃ勝てないし、次のドローも出来ないんだ。
だったらもう、セカンドディールに頼るしかないじゃないか。
『自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――』
――言え。言うんだエンバース。俺の天性の才能をもってしても、流石にそろそろ限界だって。
今の俺じゃマルグリットにもロスタラガムにも――ミハエルにも勝てないって、そう言うんだ。
72
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:48:50
【ワンダリング・ハート(Ⅱ)】
『最っっっっっっ高に面白いって思わない?』
そしてエンバースは口を開いて――言葉を振り絞れない/声の出し方が思い出せない。
ゲーマーとしてのプライドか/或いは――目の前の少女の笑みを裏切りたくないのか。
宙ぶらりんの決意を吐き出せずにいるエンバース――その右足を、何かが叩いた。フラウの触腕だ。
「……フラウ?」
返事はない――代わりにもう一発、右足を叩かれた。
「……おい、フラウ?今、大事な話を――」
〈今ではありません。大事な話はこれからします。私が、あなたに〉
互いにひそひそ声/それでも伝わる煮え返るような怒気――何も言えない。
『――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ』
「え?あ……ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
迸る青春の波動――もう今更、今のままじゃ無理だなんて言い出せる空気ではない。
『実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ』
「なら、トドメの一撃は明神さんとガザーヴァの役目だな。
ムーンブルクを二人で手を重ねて構えて、なんかすごいビームを撃つんだ。
スキル名は……【愛の一刺(アウトレイジ・ラブラブズッキュン・インヴェンダー)】とか?」
『ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな』
「実際、ローウェル側としてもそれが最適解になり得るんじゃないか。
俺達の縛りプレイを信用してシャーロットによるハック対策を怠るよりも、
侵食をぶつけ続けてシャーロットにまともな仕事をさせない方が合理的に思えるけど」
『ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから』
『おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな』
「そうさ。次のアンケに書いてやれよ。侵食なんてやめて、もっと緩いイベント増やしてくれってさ。
後は無料石をもっと配って、詫び石ももっと配って……後はえーと、無課金を差別するなとか……」
エンバースが戯言を切り上げる/フラウを見下ろす――屈んで、可能な限り目線を寄せる。
「……それで、大事な話って――」
不意に響く鈍い轟音=金属音――魔法機関車の客車の扉が大きく吹き飛ぶ。
エンバース/フラウ=瞬時に臨戦態勢。そうして車内から出てきたのは――
『……『覇道の』……グランダイト……!!』
『みのりさん!!』
『覇道の』グランダイト――そして、その腕に抱えられた/額から血を流し/目を閉じた五穀みのり。
73
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:50:16
【ワンダリング・ハート(Ⅲ)】
『陛下! みのりさんは……』
『……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ』
「命に別状はない。それは、お前の方もか?カッコつけて突っ立ってないで、さっさと治療を受けろ」
『『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?』
「やめろよ、エカテリーナ。まためそめそ泣き出したお前を励ますのは御免だぞ」
『久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を』
『ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト』
「グランダイト、とりあえずみのりさんをこっちに寄越せ。怪我人に怪我人を運ばせても危なっかしいだけだ」
『我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります』
かくして一行は大聖堂へ――怪我人に応急処置を施し/病床を割り当て/そのまま手近な一室へ。
『兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ』
グランダイトの報告――エンバースは何も言わない/小さく嘆息を零すだけ。
自分自身ですら驚くほど、エンバースは動揺していなかった。
何の意味もなく、数多の命が奪われたというのに。
どんな他人事の死も、等しく忌み嫌ってきた筈なのに。
何故、今なのか――とか。継承者とイブリースを自由に動かせるなら、
もっと問答無用で全てを終わらせるタイミングはあった筈なのに――だとか。
それに何より、この『展開』にはどこか既視感がある――バロールが魔王を務めた一巡目だ。
バロールが鬣の王を弑して魔王を標榜したイベントを、今度はローウェルがなぞっているのか。
タイムループを下敷きにしたストーリーラインが少し見えた気がする――正直俺好みだ、とか。
そんな事を考えられてしまう。
『そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……』
『『侵食』だ』
「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
プレイヤーをゲームに繋ぎ止める楔を、またぞろ雑に使い捨てた訳だ――そう、ぼやこうとして、しかし思い留まる。
とても気分のいい言動ではないと思い直したからだ――だが、エンバースは己の思考の変調にまでは気づけなかった。
自分が、人命をゲームの盛衰を決める資源として見ている事に。
この世界がゲームであるという事実は、エンバースに極めて急速に馴染んでいた。
『現実』だった人生を既に失っている為だ――世界が/現実がゲームだろうと極論どちらでもいい。
かつてと今の自分を取り巻く全てがゲームであると認める事に、心理的抵抗が全く生じ得ないのだ。
74
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:50:34
【ワンダリング・ハート(Ⅳ)】
『では、『創世』の師兄はどうされたのです?』
『あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ』
「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
『ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?』
「……おい」
『ガザーヴァ』
『『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ』
エンバースは何も言えない/ただ耳が痛かった。
『ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる』
「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
闇色の眼光が、どんな些細な所作も見落とさないほど鋭くグランダイトを見遣る。
「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
『キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う』
「……ま、別に今すぐ決めなきゃいけない事でもないか。よく考えておいてくれ」
イブリースを殺せば、最早ローウェルを倒した後でも戦争が終わるとは限らなくなる。
現状、イブリースはニヴルヘイム側で唯一、和解の可能性が見出だせる人物だ。
それが消えれば、戦争はただの互いのリソースの削り合いに成り果てる。
グランダイトはそのくらい、説明しなくても分かっているだろう。
だとしても、そういう理由があるからイブリースは絶対に生かしておこう。
などと提案する事は出来ない――そんな言葉でグランダイトの心を動かす事は出来ない。
世界の平和/皆殺しにされた軍勢/仲間割れになる可能性――それらを、グランダイト自身が天秤にかけるしかない。
『ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ』
『待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?』
「落ち着けよ」
『見捨てていく』
『てめえ――――』
「だから落ち着けって。実際、今からキングヒルに行ってどうするんだ」
75
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:52:55
【ワンダリング・ハート(Ⅴ)】
『みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?』
「キングヒルが侵食で消滅するなら、バロールにとっての最適解は敵を逃さず、自分は逃げる事だ。
魔法列車が追えない程度には逃さず、十分に時間を稼いだらさっさと逃げる。
その場に留まる理由はない……アイツなら十分やり遂げられる」
『クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ』
「……多分、それは出来たとしても本当に最後の手段だろうな。
ログアウトした地点に侵食を置かれたら、その時点で詰みだ」
『ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!』
「……ま、とにかくこれで基本方針は決まりだな。とは言え、まず足並みを揃える必要がある」
『あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい』
「……なら、そうだな。後で贖罪庫の鍵を届けさせてくれ。それと用意出来るだけのルピもだ」
【贖罪庫=呪われた器物の中でも、特に回収までに一人以上の信徒を死なせている悪霊憑きの保管庫。
オデットならば当然許すだろう――しかし、ただ浄化されて終わりではあまりにも死者の面目が立たない。
そうした器物をいつか使い潰しの装備として扱う為の――信徒である前に人間である者達の、ささやかな復讐の寝所。
そこには当然呪われたままの、しかしそれ故に驚異的な力を秘めた武具が眠っている】
『よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!』
『……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――』
「それじゃ、俺達も一旦……って、フラウ?おい、どこに行くんだよ」
話に区切りが付いた途端、エンバースに先んじて部屋を出るフラウ。
そのまま聖堂の外へ――決してエンバースに追いつかれぬよう、少しずつ早足に。
早足が弾むような跳躍に変わる/更に加速する/市街の屋根を瞬く間に飛び渡る――追いつけない。
「お、おい!おいってば!マジでどこまで行くつもり――」
不意に、フラウが立ち止まる/市街地の端/屋根の上――エンバースに背中を向けたまま。
〈――昔の私が恋しいですか?〉
フラウが大破した魔法列車を見下ろしながら呟く/エンバースは己の言動が誤解を招いた事を察した。
「違う。アレは……言い方が悪かった。俺はただ、お前が元の姿に戻りたいんじゃないかって」
フラウの返答はない。
76
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:54:23
【ワンダリング・ハート(Ⅵ)】
「……お前を力不足だと思った事なんてない。あの時、前に進めなかったのは俺の方だ。
だから……俺はあの時も、今だって、お前に悔しい思いをさせちゃいないかって……」
エンバースがフラウに歩み寄る=恐る恐るといった足取り――そして気づいた。
〈……ふ、ふふ〉
フラウが小刻みに震えて――笑っている事に。
「……おい、勘弁してくれよ」
〈言っておきますけど、最初はちゃんとカチンと来てましたからね。それに〉
「それに……なんだよ、まだ俺をからかい足りないのか?」
〈いいえ?ただ……私は今のこの体、そんなに嫌いじゃないですよ。だって――〉
フラウの触腕が細く伸びる/エンバースの右手を繭のように包む。
〈少なくとも……昔より遠くまで手が届きます。望めばあなたの鎧になる事も出来る。
私はクールでイケてるかつての姿を失いましたが……それによって得たモノもある〉
純白の肉塊に埋もれた金眼がエンバースをまっすぐに見つめた。
〈それはあなたも同じですよ、ハイバラ〉
「……そりゃ、まあな。生きてた頃より力は強いし、体は軽いよ。けど、それだけじゃもう――」
〈いいえ。それだけじゃない。何もかもを失っても、あなたには遺された物がある。そうでしょう?〉
エンバースは暫し沈黙――視線が何度か宙を泳いで、再びフラウを見遣る。
「……それは、確かにそうだ」
懐を漁る/小さな革袋を取り出す――肌身離さず持ち歩いている、かつての仲間達の遺品を。
「――だが、今の俺に……アイツらの遺品に頼る資格があるのか?」
〈逆でしょう。その資格があるのは、あなただけだ〉
「……俺が、もうハイバラじゃなくて。ただの燃え残り……エンバースに過ぎなくてもか?」
〈そのわりには、私がハイバラと呼んでもそれを訂正しませんよね?〉
「それは……お前がそう呼んでくれるのを、あえて無碍にする理由もないだろ」
〈なら、彼らに対しても同じ事が言えるでしょう。彼らはきっと、今でもあなたをハイバラと呼びますよ〉
「だと、いいけど」
〈……なんにしたって、決めるのはあなたです。好きなだけ悩んで下さい。
ですが――私が思うに、あなたはすぐにそんな事気にしなくなりますよ〉
「そっちも……そうだといいけど」
エンバース=皆の遺品を暫し見つめる/それから大聖堂を振り返り――自分のスマホに触れる。
ブレモンのアプリを/そのメッセージ機能を開く――宛先は、モンデンキント。
数秒の逡巡の後、指先をフリック/短いメッセージを入力――送信。
《明日の昼から予定を空けておいてくれ。行きたいところがある》
77
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:56:18
【デートイベント(Ⅰ)】
翌日、エンバースはモンデンキントの部屋を尋ねる/ドアを二度ノックする。
「おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない」
アンデッドには睡眠が不要――昨日の疲労がどれほど後を引くかも、予想する事が難しい。
「よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?」
エンデの『門』はパーティ全員をキングヒルまで運べる。
であれば、より少人数をヒノデまで運ぶ事も出来て当然。
〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
「理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる」
〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
「ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?」
他にも、と続けるエンバース。
「チームアルフヘイム連合軍はどいつもこいつも自儘な連中ばっかりだ。
自分の用事の傍ら、駄目元でクサナギに一報入れておこうなんて考えないだろう。
エドキャッスルにまで登城するかはさておき……何かしら連絡を入れておいて損はないよな」
幸いな事に、ヒノデには古来より伝わる連絡手段『ヤブミ』文化が存在する。
「後はそうだな……この世界がゲームって事は、俺達の旅は今もユーザー達に見られているって事だよな?
つまり――今日からの三日間は所謂、アプデ待ちの虚無期間ってヤツになる訳だ。そうだろ?
このゲームの存続を目指すなら、こういう期間にちゃんとイベントを提供しないと」
ふと、エンバースの滔々とした語り口が途切れる。
「それと……これが一番大事な事なんだが」
数秒、奇妙な沈黙が続く。
「俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか」
やや、ばつの悪そうな声色。
「ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて」
宙に泳ぐ視線/所在なさげに鍔広帽をいじる右手――なゆたの返答待ち。
「――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?」
ややエンバースらしからぬ、楽しげな声音。
78
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:57:55
【デートイベント(Ⅱ)】
「……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント」
そう言うと、エンバースはなゆたに手を差し伸べる。
「さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?」
かくして、エンバースの短い一日が始まった。
「――さてと、まずはゴフク屋だ。折角ヒノデに来たんだ……じゃなくて。
ニヴルヘイムの軍勢はフィジカルモンスターか、筋肉バカのどちらかだ。
つまり……今よりもっと、物理耐性に長けた防具を用意しとかないとな」
エンバースの主張=傾向と対策が半分/装いを和装に切り替える為の完璧な口実が半分。
「見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ」
得意げな声――幅広の深編み笠/黒地の当世具足/夜明け色の陣羽織を纏い、両腕を広げるエンバース。
アダマンアミガサ/ホマレレスアーマー/人生如夢の陣羽織――どれも高難度サブクエストの報酬装備。
「思った通りだ。スマホの中身は全部燃えちまったが、
クエストをクリアしてレシピを解禁したってフラグ自体は残ってる。
これなら『マスターアサシンの法衣』や『海賊王シリーズ』……それなりの装備を確保出来る」
エンバースはそのまま、なゆたに歩み寄る――右手を少女の頬へ。
「……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――」
それから店内の姿見へ目配せ――鏡の中の少女は、見覚えのない装飾品に気づくだろう。
「けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか」
瑠璃の髪挿し――触れた事など悟らせない、ハンドスキルの盛大な無駄遣い。
「……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――」
悪戯っぽく笑うエンバース。
「――かわいい、だったな」
いつもの意趣返しだと言いたげな語り口――諧謔の中に本心を隠す、いつものやり方。
「……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな」
とは言え、一連の言動/振る舞いは素面ではやはり耐え切れない――エンバースは誤魔化すように背を向けた。
さておき――遊びに来たんじゃないとは言ったものの。
エンドユーザーにとってブレモンの世界は、どこも等しく庭も同然。
最終決戦にて実用に足る装備/カードはアルフヘイム各地に点在しているが――
「だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ」
それらの蒐集は所詮、タイムアタックの対象に過ぎない。
「……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ」
とは言え――エンバースは明らかに、いつになく浮かれていた。
79
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:59:38
【デートイベント(Ⅲ)】
「さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ」
【ムラサマ・レイルブレードの設計図=長編サブクエスト『皆皆伝』のクリア報酬。
設計図とはあるが、技術的問題によってこれを形にする事は霊銀結社にも出来ないだろう。
例えば『どんな魔法でも無条件に実現可能な』道具を持つ者でもなければ、この設計図は無用の長物だ】
【皆皆伝=国内ばかりに心を砕くクサナギに翻意を抱くダイミョー・コバヤカワに関するサブクエスト。
クエスト内容はコバヤカワが自領の魔法総合研究機関キンカク・ゴジューノビルディングにて、
『クサナギを過去にする刀』を開発している――という噂の真偽を確かめるというもの】
「本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ」
マップを展開/『門』が開く/通過する――コバヤカワが配置されたゴジューノビルディング、CEOゴデンに侵入。
『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』
「悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ」
魔剣を一閃――抜刀前の刀ごとコバヤカワの左前腕を斬り裂いた。
フロア中に響く悲鳴――構わずデスクから設計図=カードを回収。
「よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ」
【マラソン・ニンジャ=ミカワ・タウンの路地裏や屋根の上を超高速で巡回するユニークモブ。
追いついて話しかけると、身のこなしに感服してマキモノ=スペルカードを販売してくれる】
「折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?」
〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉
「よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ」
〈神社?大丈夫ですか?鳥居を潜った途端、体が爆散して成仏したりしませんか?〉
「馬鹿言え、するかよ……しないよな?」
80
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:01:17
【デートイベント(Ⅳ)】
「……ところで、モンデンキント」
【ジングー・シュライン=モンゼン・タウンにある由緒正しきジンジャ。
境内の賽銭箱に一定額のルピを供えると、ゴフ=スペルショップが解禁される。
……のだが、その後もガチャ運上昇の為と賽銭に巨額のルピを放り込む者が後を絶たない。
言うまでもなく賽銭にそんな効果はない……多分、恐らく】
「お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?」
〈幼稚ですね〉
「シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?」
〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉
「はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう」
〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉
「そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな」
〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉
【マウントフジ=首都ヤマトの中央にそびえる霊峰――何を考えてそんな所に首都を置いたんだとか言わない。
魔物は出ないが、ヨウカイ達が「見慣れない客人への些細な悪戯」という体で普通に襲ってくる。
徒歩で登頂を目指すと軽く半日はかかるが、山頂からの朝日/夕暮れは一見の価値あり】
「……もう、日没か。早いもんだな」
山頂――エンバースはなゆたの横顔を一目見て、すぐに夕日へ視線を戻す。
「今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど」
ぼやき――それから、僅かな逡巡。
「なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ」
そう言ってから暫し間を置いて、エンバースは背後を――その先にそびえるエドキャッスルを振り返る。
「さて……そろそろヒノデでの最後の用事を済ませるとしようか。
エンデ、先にエーデルグーテまでの『門』を開いておけ。
モンデンキント、先に門を超えておいてもいいぞ」
スマホをタップ/インベントリを展開――『ヨイチズ・ボウ』と矢を装備。
矢柄の部分に、事前に用意しておいた手紙を結びつけて――弓に番える。
「なにせ……この距離でも、無事に逃げ切れるのか確信が持てない」
そしてエドキャッスルのテンシュタワーへと矢を射かけた。
「――さあ逃げろ、もたつくと首が飛ぶぞ。殿を務める俺の首がな」
81
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:03:16
【デートイベント・エクストラ(Ⅰ)】
「おはよう、モンデンキント。今日は……ヒートスウィーク砂漠に行こう。
スカラベニアのアサシン教団員から『マスターアサシンの法衣』を回収したい。
バルクマタル王墓から『雨乞いコーリングウォー』も回収したい……が、その前に――」
【ヒートスウィーク・スライム牧場=アルフヘイムの砂漠地帯にある巨大なスライム牧場。
アルフヘイムの砂漠にはラクダが少ない。ラクダのコブより大きなスライムならば
ラクダよりも長く砂漠で活動出来るし、水の気配を探らせる事も出来るからだ。
スライム専用装備/アイテムを購入可能なせいでモンデンキッズがたむろしがち】
「――スライム・ラン。その名の通り、スライム達が障害物を設置されたコースを走破する競技だ。
ここで大事なのはだな、フラウ。スライム達が……って部分なんだよ。
お前の種族はなんだ?ほら、俺の目を見て言ってみろ」
〈ぽよよっ?〉
「おい!お前……っ!ドラゴンとしてのプライドはないのかよ!穢れ纏いになんか偉そうに言ってただろ!?」
〈まあまあ、一匹くらい手強いライバルがいないとポヨリンさんも張り合いがないでしょう?〉
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
【墳墓都市スカラベニア=かつて狂王が己の寿命を悟った時、国の全てをもって己が墓を建てろと王命を発した。
暴君に長年取り入りつつ、密かに手綱を握り続けた宰相はこれを好機と見た。大規模な工事を名目に、
墳墓周辺に村を作り、都市へと育て――また墳墓を秘密裏に、大規模な魔道炉に仕立て上げた。
今、かつての暴君の魂は、己を狂王たらしめた魔力を民の為に使っている――恐らく、この先もずっと】
「さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ」
〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉
「装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?」
【マスターアサシンの法衣=白を基調に、赤と金の糸で縁取りされたローブ。
高位のアサシンは、単なる戦闘員ではない――彼らはそこにいないまま恐怖を齎し、
そこにいながら姿を見せず、誰にも悟られぬまま命を奪う。その所業は――人よりも、神に近しい】
〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉
「つまり……似合ってないのか」
〈あのですね、今はそういう話は――〉
「……似合ってないのか」
〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉
82
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:03:40
【デートイベント・エクストラ(Ⅱ)】
「……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ」
【永久凍土フロウジェン=魔剣ロンダルキアによって凍土と化したアルフヘイム南部の土地。
降って湧いた凍土に負けず、逃げず――あまつさえ観光資源へと蹴落とした者達の土地。
つまり彼らの文化は漠然と積み上げられたものではなく――狙い澄ました研鑽の成果】
「見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?」
やけにくぐもったエンバースの声=背部に炎を噴き出すパイプの生えた、巨大な全身鎧姿。
【コタツアーマー=どんなに防寒具を重ね着しても寒いもんは寒いんだよ!というあなたに朗報!
この度プロミネ工房は防寒具を超えた『着る暖房器具』コタツアーマーを開発致しました!
燃料は着用者の魔力の他、フロウジェン・ロック瓶一本で24時間の稼動が可能です!
※注意:雪山での活動時、燃料用のフロウジェン・ロックを飲用する事は推奨していません】
〈……で、それを着て町中を歩くつもりですか?〉
「なんだよ、カッコいいだろ!それに、アンデッドと強固なガワの相性は抜群だ。
明神さんのリビングレザー・ヘビーアーマーだってそうだったろ?
あのコンボは小回りが利かないから出番は少ないけど……」
〈まあ……炎を動力に変えられるなら、あなたとの相性は良さそうですが〉
「だろ?強いて言うなら、俺のカッコいい顔がバケツみたいな頭で隠れちまうのが難点だが――」
〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉
「おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな」
83
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:06:49
【デートイベント・エクストラ(Ⅲ)】
「あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ」
【タウゼンプレタ魔装工廠=フェルゼン公国の心臓と名高い大規模工場。
過去に十一度の増築を経ており、一部の区画はダンジョンのようになっている。
関連クエストを進めると一部のNPCが一点物の『鋼装』を受注生産してくれるようになる】
「バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう」
【グレイテストメイス=これは最早グレードメイスを超えた!これからはグレイテストメイスと呼ぼう!
ロスタラガムでもギリギリ辿り着けそうなくらい頭の悪いネーミングセンスだが、性能は本物。
つまりデカくて、重くて、頑丈で、デカくて、マジで馬鹿みたいに重い……だから強い】
〈それだけでいいんですか?ここにはもっと沢山、あなた好みの武器があったような〉
「シャードロック式滑空砲とかか?確かに好みっちゃ好みだけど……使い所が難しいんだよな。
魔力を充填して大火力を叩き出すなら、別にダインスレイヴで事足りてるし――
――待て。今運ばれていったの、カノンランス試作十四式じゃないか?」
〈ハイバラ?〉
「あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!」
〈ハイバラ?もしもし?〉
「なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――」
〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉
「ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?」
84
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:07:17
【ワンダリング・ハート(Ⅶ)】
気が付けば、空は黄昏色に染まっていた。
「……この三日間は、あっという間に過ぎちまったな」
時間を忘れる――そんな感覚は久しぶりだった。
「エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ」
マップ上で指定された座標は――海の底。
「海中箱庭ワタツミ保護区……ここにリューグークランの本拠地があったんだ」
ゲーム内の箱庭や設備は、プレイヤーよりも先に存在していた。
ならば――そこには今でも、リューグークランの箱庭がある筈。
「別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ」
『門』が開く/視界が亜空に染まる――再び視界が開けると、見覚えのない/だが懐かしい光景があった。
基調は白い石材/朱塗りの柱/ポーカーテーブル/DPSチェック用のゴーレム――エトセトラ。
各々が己の趣味を持ち寄り、我先にと並べたような――整合性の欠片もない内装。
エンバースの身に宿る闇色の炎が、それらを照らし出す。
「まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ」
エンバースがポーカーテーブルを撫でる。
「流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して」
足音が空虚に響く――項垂れたゴーレムを軽く小突く/頭上に1と数字が浮かぶ。
「結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど」
エンバースの視線が、何かを探すように床を這う。
「……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど」
深い溜息/天井を見上げる。
「この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない」
右手を掲げる/フィンガースナップ――指先に炎が灯る。
「デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ」
エンバースは手中の炎を見つめている――その行く先をどうするべきか、探るように。
「俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない」
そして――その炎を、ゆっくりと握り潰した。
85
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:08:21
【ワンダリング・ハート(Ⅷ)】
「だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?」
この二巡目の世界は、本来のブレモンよりも過去にある。
かつて立てられたこの仮説は――実際のところ、最早真実とは限らない。
この世界はゲームだ――だから全てのエリア/イベントで時間的な整合性が取れている必要はない。
最終決戦直前の時間と、世界が滅ぶ寸前の時間が、一つのサーバーに同居していない根拠はない。
「……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな」
だが――エンバースはその可能性に気づいていない/その可能性を疑うという発想自体がない。
もう死んでしまった彼らとは違う存在だとしても、仲間達がこの世界で生きている。
エンバースにならなかった自分が/最愛だった彼女が、この世界で生きている。
その可能性を疑う事など出来る筈がなかった。
「悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど」
エンバースが振り返る/誤魔化すような笑い。
「帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む」
『門』が開く――そして、なゆたとエンデがそれを潜る直前/或いは潜った直後。
「――誰かいる」
はたと、エンバースがダインスレイヴを抜いた/真に迫る声色。だが――
〈……私には、何も感じられませんが〉
フラウは何の気配も感じ取れないまま――困惑している。
〈ここの空気に当てられただけ……という可能性は?〉
「違う、勘違いじゃない。確かに、誰かが――」
『――アンタにはガッカリですよ、ハイバラさん。昔のアンタは、そんなヌルい事言わなかった』
不意に、どこからともなく響く声/エンバースが振り返る。
『いや待て、今のコイツをハイバラって呼べんのか?こんなヘタレのハンパヤローを』
『ああ、今の君からは……かつてのこだわりが燃え落ちてしまったようだ。正直、見るに堪えないよ』
ダインスレイヴの剣先ごと右へ/左へ振り向く――そこにはかつての仲間達がいた。
流川たな=口から大量の血/黒刃=全身刺傷だらけ/あいうえ夫=首に横一文字の傷。
86
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:10:55
【ワンダリング・ハート(Ⅸ)】
「は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?」
『おっ、今のは少しそれっぽかった!その調子ですよ、そっくりさん!』
〈ハイバラ……?そこに誰か……いえ、誰がいるか……見えているんですか?〉
彼らは幻覚ではなく、確かにそこに存在している――だが、朧気だ。
恐らくは――ゴースト属の中でも最下級の、『残留思念(エコー)』。
「……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?」
『え?あれ?今なんか言いました?……はい、リテイクです。もう一度どうぞー』
「……なら、俺か遺品のスマホにこびり付いてたんだな。残留思念が。
そして――ずっと分配され続けてきた。俺が戦って、発生する経験値を。
こないだのオデットの分で、こうして粋がれるくらいにレベルアップした訳だ」
『わお、一発クリア!さっすがぁ!大体そんな感じです!』
「それで久々の再会で出てきた言葉が、さっきのアレか?感動的だな」
『仕方ないでしょー、そっくりさん。全部本当の事なんですから。
正直、今のアンタが……あの金獅子に勝てるとは思えないです』
『オメーをハイバラと認めちまえば、俺達はハイバラが無様に負ける様を見なきゃいけねー訳だ』
『そうなるくらいなら……君にはただの、かつてハイバラだっただけのアンデッドとして終わって欲しい』
『すみませんねー。でも、私らはただの残留思念。一度死んで、目覚めて、また失望する事に耐えられるような意志は残ってないんです』
「マジで言いたい放題だな……俺がミハエルに勝てないとしたら、どうするって言うんだ。
俺が堕天使にボコられて成仏する時、お手々を繋いであの世まで案内してくれるのか?」
『……ハイバラじゃないオメーに、俺達のカードを貸してやる義理はない。って言ったら?』
瞬間、エンバースが弾かれたように、当世具足の左胴に括り付けたポーチを探る。
遺品のスマホを取り出す/画面を荒い手つきで叩く――ロック画面が表示される。
元々は、ロックなどかかっていなかった――外しておこうと皆で決めたのだ。
もし誰かが死んだら、残された仲間の為に使えるように――その筈だったのに。
87
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:12:00
【ワンダリング・ハート(Ⅹ)】
「お前ら……分かってるのか!?この世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだぞ!こんな事してる場合じゃ――」
『あーあー、今のはマイナス1ハイバラポイントです。ハイバラさんはそんな事も言わない』
「なんなんだよ、クソ……いや、待て。マリは……どこだ。いないのか?アイツなら――」
『はあ、気づくのが遅いっすよ……ほら、そこです』
流川たなの残留思念、その指先がエンバースの背後を示す――振り返る。
かつての最愛は確かにそこにいた――頭から血塗れの姿で/エンバースの真後ろに。
エンバースが思わず後ずさる/次の瞬間には、マリの姿は消えていた――流川へと向き直る。
だが、流川たなの姿ももう、そこにはなかった――黒刃も、あいうえ夫も、見えなくなっていた。
『そんな訳で――私らの力を借りたいんだったら、もうちょいカッコいいとこ見せて下さいよ。
ま……そう心配せずとも大丈夫っすよ。だってこの世界、ゲームなんでしょ?
なら、いきなり金獅子との最終決戦にはならないでしょ……多分』
エンバースは暫く動けなかった――だが、やがて魔剣を懐に収めて、右手で頭を抱えた。
〈ハイバラ……彼らは〉
「悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと」
エンバースの姿が『門』に消える/残された竜宮が、再び闇に沈んだ。
88
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:23:22
覚悟を決めてドアを開け!叫んだその時。
ガァンッ!!
大きな音がなる。僕の後ろ側、つまり外側からだ。
オデットの兵隊がいる今この場に敵襲…?ありえなくないが効率が…いやそれよりも…
「おい!大丈夫か!」
急いで飛び出したその場には
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
ボロボロになったグランダイト…そしてその腕に包まれていたのは
>「みのりさん!!」
頭から血を流しているのを見てゾッとしたが…大事には至っていないようだ。
出血よりも衰弱のほうがひどかった。ぐったりとうなだれ…意識を失っている。
どんな目にあったのか……今からいこうとしていた場所がどうなったのか…いちいち聞くまでもなかった。
>「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「おいあんたも随分ふらふらじゃ…」
衰弱しているのはグランダイトも一緒だった。
気合でなんとか気をやらずに済んでいるが…それでも今にもその最後の気合そうなほど衰弱している…。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
>「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
>「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
オデットとその部下達以外は静まり返っていた――
僕達はまだキングヒルが生きている――つまりまだ劣勢ではあるが耐えているものと考えていたが…
グランダイトが列車から現れた事によって…決定的になってしまった…
キングヒルに生存者がいないという事――死の街になったという事を…説明なんかされなくたって認めなければいけないという事を。
あのバロールでさえ逃がせたのたったこれだけである。
きっとどんな手を使われてもあの男なら準備周到だったはずだ…お茶らけていても実力だけは一級品だ…世界に疎い僕でさえしっているただ一つの真実。
つまり・・・この魔法機関車に乗った人以外は…
>「みんな、行こう!」
「あ…あぁ……!」
なゆの一声で我に返る。
さっき人に落ち着けと言っといてなんたるざまか…でもそれだけ…この事実は…僕には大きかった。
89
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:23:49
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
>「イブ……リー……ス……!!」
>「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
イブリース…まだ僕達と対峙した時には理性が…本能残っていたが…分かれる直前の最後のほうはイブリースの精神状態ははっきりいってまともではなかった…
第三者が絡んでるのは間違いない…今回のオデットのようにイブリースに細工している者が確実にいる…が
「あまりにも人が死にすぎている…」
操られていようがいまいが…重要なのは実際に殺した人数だ。
殺された家族にこの人は操られていました。はい分かりましたはありえない…
どんな状況であろうと人殺しは人殺しでしかないのだ。
>「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
>「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
いくらバロールでも浸食…引いてはネームドの大軍勢には成すすべもなかったのか…
いやそれでもみのりとグランダイトと脱出させたのは流石としかいいようがない。
>「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
「…逆にあのバロールでさえ博打のような脱走劇をやらざるを得ない程の相手って事でもあるけど…」
策を巡らせていたはずだ…準備だって怠らなかったはずだ…それでも…結果はグランダイトとみのり…
そして恐らく生きてるだろうが僕達が動きださねばあちらからアクションは起こせないであろうほど切羽詰まっているバロール…
バロールが言うならまだ逆転はあるのだろう…それがどれだけの確立なのかは…聞きたくないが…
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
>「ガザーヴァ」
怒っている…悲しんでいる…明神は…冷静に…落ち着いて…感情を剥き出しにしている。
>「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
例えこの世界がゲームであろうと…寿命以外で死んでいいはずがない…
本当にゲームの世界の住人であろうと…その終わりが世界の破滅や…ましてや怪物の中で悲鳴を上げながら息絶える事なんてあってはならない。
なぜだ…お前は僕達と対峙した時…恨みに身を任せても…その先は無限の地獄に繋がっていると…感じてくれたはずだったのに…
第三者を願っていた…誰かにやらされたと思いたかった…でももし…もし自分の意志で実行していたとしたら…
>「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
どうして…こうなってしまったのか。
>「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
>「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
「僕は…イブリースは悪くないって思いたい…誰かに操られているって…でも…そうだとしても…殺してあげるのが…本人の為に…」
イブリースは誇りを重んずるタイプだ…僕の目が曇ってるだけかもしれないけど…少なくとも無抵抗の人物を無差別に殺して喜ぶの人間じゃないはずだ
イブリースは決して僕のようなバトルジャンキーじゃない…それほど終わっている人物なら会話できたり…ましてや僕達の言葉で動揺するなんてありえない…。
もし本当に洗脳やそれに近い状態だったとして…正気に戻せたとして?無差別な殺人を告げて…イブリースにどうしろというのか…
今まで生き地獄を味わっていた僕からしてみれば…殺してもらったほうがマシという物に…感じてしまう。
それほどまでに生きるという事は辛いのだ…罪を犯した人間は…特に。
「手を尽しても…『その時』がきたら…トドメは僕が…やる」
90
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:00
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「…まあ…そうなるだろうね…」
>「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
「明神…落ち着けよ」
普段捻くれていて…それでいてもなんだかんだ熱血漢な明神の事だ。内心煮えくり返っているのだろう。
僕達が…イブリースと対峙したあの時に…説得できていれば回避できたかもしれない悲劇を前に…冷静になれる人間もそういないだろうが…
>「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
>「見捨てていく」
>「てめえ――――」
「あのバロールが…後手に回ったのは事実だが…それでも最悪は必ず回避する男だ…態度は気に入らないけどね?…でも彼は間違いなく有能だ、それはみんな分かってる事だろう」
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
僕達が動けば抜け目なくバロールは動き出す…それは相手も読んでいるはずだが…恐らく相手に警戒されても相手にダメージ、もしくは動揺を与えられるカードを間違いなくバロールは隠し持っている。
笑顔でヘラヘラ取り繕った…誰にも奥底だけは覗かせないような…あのバロールがただ一方的にやられるはずがない。
>「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
僕達にできる事を最大限するしかない…バロールが信じてくれたのに…僕達が自分を信じなければ。
>「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「四日…四日か…」
本当にそれだけ待ってもいいのか?今すぐ…1日のほうがいいのではないか…そんな事が頭を過る。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「あ…うんそうだね…」
なゆの一言で我に返る。落ち着いてないのは明神でもカザーヴァでもなく自分だと思い知らされた。
焦ってはいけない…一つのミスが世界の終わりなのだから…
91
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:14
「…で…やる事がこんな事とは…自分の事ながら…」
今僕は…部屋でちくちくと…裁縫していた。
僕の愛用のパーカーは度重なる戦闘でボロッボロだった。
旅先で似たような色の糸を買ってはその都度補強していたが…もはや負傷が激しすぎて元の色は殆どなくなってしまった。
そもそもあんまり裁縫得意じゃないのにやってるから見た目もちょっとカッコ悪い…でも
「元の世界から着ていて愛着のある服だからなぁ…」
でも何かに集中できるのはいい…余計な力みを生まずに済む。
シェリーによく言われたもんだ…気持ちが下向きになった時はなにかに集中しろって…
僕はちゃんとできているだろうか?前向きに生きると言葉だけになっていないだろうか?
なゆ達とちゃんと向き合えているだろうか…
もうこの世にいないシェリーとロイは今の僕を見てどう思うのだろうか…
「ニャー!」
「あ…」
ダメだ部屋の中にいるといくら集中しても限界がある…それほど今の僕は不安に押し潰されそうだった…。
考えるべき事は考えるべきだが…今は少しでも落ち着きたい…。
焦ってなにか考えれば考える程相手側の策略にハマっていく気がする。
「…散歩でもいくか」
「ニャー!」
喜び飛び跳ねる部長にリードをつけ…いや部長はかしこいからいらないんだがつけないと周りの目とか痛いしね…
みんなはルールを守ってちゃんとペットのお世話をしようね
「って…誰にいってんだ僕…」
部屋を出てほどなくして部長と楽しく散歩していると
>「なんですって―――――!?」
どこからともなく叫び声が聞こえた…
…?オデットがいるからここに敵はこないはずだが…しかし一度聞いたからには確認せねばならないだろう…
そう思った瞬間
>「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
曲がり角でパンは咥えていないがカケルとごっつんこ。
なにやらやばい程焦っているように見える。
「ええっと…大丈夫かい?…ってなんだって…?騒音テロ?」
物騒なのか物騒じゃないのかどっちかにしてほしい。てゆーかこんな忙しい時になにしてんだ…?
いや僕もあんまり人の事はいえんけども…
カケルに手を引かれ僕は広場に向かった。
92
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:28
カザハが音痴で…?それを大音量で…街中で流そうとしている?え…なにしてんの?
つい口からそう零れそうになるのを我慢
「いやなにしてんの」
できなかった。
どういう流れになったらそうなるんだ?そうはならんやろ
いかん明神の口癖っぽいのが飛び出した。
中央広場に近寄るにつれ音が…声が多きく…より鮮明に聞こえてくる。
たしかに大音量だ…だけど…聞いていたよりも…いや…全然…
>「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「なあ…全然上手いじゃないか…迷惑どころか金取れるレベルだぞ…これは」
>「あ、あれ……!?」
どうやら嘘をついているわけじゃないらしい。
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
心地よい声が…歌が流れていく。
ブレモンのテーマ曲…最初ゲームをやり始めたくらいの時にゲームを起動したときは…よくわざとスキップせずに最後まで聞いていたっけ…
歌を聞きながらまるで何十年も前の事を思い出すように…ゆっくりと想いに耽る
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
「ニャー」
一緒に散歩していた部長気持ちよさそうに小声で鳴く。
この世界に来てから…部長には随分と苦労を掛けた。
時には部長を傷つけた…それでも部長は嫌な顔一つせず僕についてきてくれている。
部長にはない火力を僕が出す…それ自体は正しい物だったが…やり方が…大きく間違えていた。
手を出してはいけない禁忌の力に手を出し、我を忘れた…でも部長は僕を見捨てなかった。
僕は殺されたって文句を言えないくらいの事をしたのに…今もこうして付き添ってくれる。
僕達は一人と一匹…いや…二つで一つ。命令する側とされる側じゃない…僕達揃って初めて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ
カザハの歌によって…僕の心は冷静を取り戻せた。
93
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:40
>「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
聞き入っていると聞いた事のない歌詞が続く。
初めて聞く歌詞に驚くが…カザハはまるで元からあったかのように続ける。
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
シャーロット…今で言えばなゆの事だ…今の状況を歌で歌っているだけに聞こえる…でもなぜか妙にしっくりくる…
本当に元からあったように…
>「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
>「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
只の歌だ…そう決めつけてしまえば楽だが…僕の心には…無視できない音が響いていた。
>「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
歌い終わってこちらにきづいたのか…カザハが走ってくる。
歌の余韻もそこそこにカザハに元気よく挨拶する
「そうお…えっと…そう!カケルに教えてもらったんだ!…カザハのコンサートをやるって!」
カケルがこちらをじっと見つめる。
僕は鈍感主人公じゃないから分かってるよ…騒音被害と言われてきたなんて言われなくたって言わないって…
>「持っといて。聞いてくれたお礼」
>「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」
やっと吹っ切れたんだな…カザハ。
「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」
「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」
こんな事言える立場でも…偉そうにいえる事を経験してきたわけでもないけど…
「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」
94
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:25:21
カザハと別れ、散歩から帰ってくる。
色々迷っていたが…カザハのおかげでだいぶんすっきりした。
もちろん頭と体…心もだ。
落ち着いた気持ちで考えを整理する。
明神はああいってはいたが…イブリースは絶対に仲間にしないといけない
なにも僕達は相手を滅ぼすまで戦争続けるわけじゃない…しかし戦争に勝ったとして…残されたニブルヘイム側が次の問題になる。
残党が群れを成して新たな軍になるかもしれない…もちろん僕達がいれば大きな被害がでる事はないだろうが…しかしそれは平和とは程遠い物だ。
戦争に負け…残った者を導く人材が必要だ…僕達でも…ましてやオデットや他の継承者ですらその役をこなすことは絶対にできない。
この世界が仮に続くのなら…戦争の記憶が薄くなるまでオデットが守りたかった者達が他と関わり合いになるのは愚策と言える。
つまりイブリースしかいない。残された者達を導けるのは。
イブリースが死ねば…間違いなく今とは違う別のベクトルで…暗黒時代に突入する。
世界平和を目指すなら絶対に回避するべきだ…するべきなんだが…。
しかしキングヒルで起こった事……大虐殺の責任を取れるのもまたイブリースしかいない。
主導者は別にいたとしても…実行したのがイブリースなら…これから先キングヒルから始まる恨みは全てイブリースにいく。
イブリースが生きている限り彼と彼の仲間は一生嫌な思いのまま生きる事になるかもしれない
「完全に詰んでるじゃねーか…ク〇ゲーか?」
いかん今日はちょいちょい明神の口調が乗り移るな。
「なゆに判断を仰ぐか…?」
昔からシェリーとロイに依存しっぱなしだった…僕の人生の9割を決めたとっても過言じゃないくらいに
そして今は…なゆ達に依存している。…我ながらなんと情けない事か……でもイブリースは逆に…
「イブリースにも…もし…人生で少しだけでも心を許せる相手がいれば…」
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
ふとなんとなくそんな事を呟いた。その瞬間頭の中でカザハが歌った歌詞の一部が流れ出す。
本当になにも考えず発現した一言が…しかしその言葉が…歌が…僕の中で…なにかが…繋がった気がした。
>「ぐ……! 黙れ! 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる!?
姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか!
誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな!!」
>「オレが……過去に縛られている……」
今に思えばイブリースと僕が似た物同士であると勝手に思っていた…いや…後ろを向いてるという点では間違いなく同じなのだが…
もしかしたら…後ろを振り向き続ける理由も…僕と一緒なのかもしれない…
僕がシェリーとロイの事を未だに想っているように…僕の殆どが二人でできているように…
イブリースがイブリースたる根幹を作る…心の拠り所だった人物がいる…。
都合よく偶然が重なってだけに過ぎないのかもしれない…それでもそう思ってしまうほど不自然に重なり合っている…。
あくまでも予想に過ぎないが…僕とイブリースが妙に引きあうような感じがあるのは…そうゆうことなのか…?
きっと今この僕の疑問に答えられるのは…なゆしか…いない…勘違いならいい…だけどハッキリさせなければならない…!
95
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:25:37
「ええ…!?エンバースとどっかにいったまんまどこに行ったかわからない!?」
うーむ…僕としても恐らく最後の自由で…仲良く青春を送っている二人の時間を奪う事は本位ではないが…
仕方ない…落ち着いて…少し整理してみるか…
今の僕の中で…確信として持っている…イブリースの根幹を担っている…イブリースの…大事な人…奴の性格を考えれば恐らく主君のような人物がいる…
だが本人を含めそんな人物の名を上げた事はない…これは一体どうゆう事だ?
疑問が膨れ上がる。
本人だけならまだわかる…単純に忘れているか…強制的に忘れさせられているか…まあ明らかに後者だが…。
でも実際にはなゆや明神…エンバースも…攻略本を持ってるカザハですら名前を上げていない…
「この世界の誰も存在を覚えていない…そんな事が…」
いや…つい最近現れたじゃないか…この世の誰にも覚えられていない存在が…
シャーロット…いやでもあれは【機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)】による異例中の異例だって話だったし…あんな特例がそんなポンポンでてくるとは思えない…
前に読んだカザハの攻略本には主君バロール個人に対する忠誠心はないと書いてあった。
そんなに話し合ったわけじゃないが…イブリースの性格を考えればバロールの絶対効率主義なんて忠誠心どころか敵対心すらあってよさそうなもんなのに…
実際にはバロールが裏切るまでいっしょにいた…もしかして本当はバロールが主君なんかじゃなくて…
その消えた人物に仕えていた時にいっしょにいた?下手したら共にその人物に仕えていた、もしくはいっしょに行動していた?その人物の存在が抹消されたからバロールがその位置に補完された?
いやさすがに話が飛躍しすぎか?そもそもバロールは管理者の一人って話だしなあ!
「〜〜〜〜〜!!だめだ僕一人じゃ余計混乱するだけだ!やはりなゆに…みんなに相談しないと
そもそも世界から誰にも違和感を持たれずピンポイントで存在を抹消なんてそれこそ機械仕掛けの神でも無けりゃ…?」
いくら管理者でも存在を抹消なんてしたら設定を根本から変える必要がある。
一人を消しました、その存在に関する記憶を消しました…それだけじゃだめだ…絶対に矛盾が起きる…メインキャラに関わるようなキャラならなおさら…。
違和感なく一人消すのにストーリーから変える必要があるだろう…僕が思った以上に膨大な作業量が必要になるかもしれない。
>「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
なゆはローウェルはこの世界を愛していると言っていた。
それが本当ならストーリー…つまりこの世界の根本を弄るような真似はしないはず…。
でも実際に一人…存在が消えている……………?
96
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:26:56
作戦決行直前にて…全員がいる場で僕はこの違和感を切り出した。
「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
明神も…本音で言えば助けたいんだ…そんなの分かってる…でも虐殺をしてしまったという事実が…
交渉の余地なしと思われている…実際そうだ…このままじゃイブリースは死んでも首を縦に振らないだろう。
「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
パチン
指で音を鳴らすとカザハとカケルの歌が始まる。
〜〜〜♪
「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
どこまで暴いていいかわからないが…しかしここまできて引き下がるわけにはいかない。
「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」
例えばみんなを頼んだ…とか世界を救え…とか…恐らく言葉の一つ一つだけを覚えていてそれを優先して…自分の思考を最小限にして繰り返す…
そんな状態の相手なら洗脳せずとも口がうまい人物ならコントロールするのは容易だろう
「恐らくその人の事を断片的に思い出してそれを忠実に守ろうとしている……イブリース性格から考えれば自分の家族か…仲間か…もしくは自分の主君だった…と思われる
…僕の予想では…バロールではなく本当に忠誠を誓った相手がいるんだ…そして…イブリースに耳を傾けてもらう第一歩として…僕はその人を…記憶が必要だと思っている
最後は僕達の誠心誠意の心をぶつける…だけど今のままじゃ聞く耳を持たれない…その第一歩」
もちろん最後に頷かせるのは今を生きている僕達の役目だ…けどこのままではきっとイブリースに耳を傾けてもらう事などできない
妨害だって予想される…前回のように寸でですれ違うような事は…あってはならない…そうなればイブリースは…この世界も…平和を掴める二度とチャンスはこない。
「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」
僕はなゆをじっと見つめる。…なゆの…シャーロットの記憶が不完全である可能性
そもそもローウェル…管理者の力を持ってすればNPCをピンポイントで消せる可能性がまだ残っている
「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
【カザハの歌で勇気を取り戻す&ヒントを得る】
【イブリースの主君シャーロット説を提唱】
97
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:09
>ガザ公、デートをしようぜ
「デート?」
突然の明神の提案に、朝食後大図書館から借りてきた本を仰向けになって宙に浮かびながら読んでいたガザーヴァは目を瞬かせた。
>今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ
「釣りくらいやったことあるよ、バカを煽るときに! ……え、その釣りじゃないって?
ちょっ……デートなら、おめかしくらいさせろよぉ!」
問答無用で明神に手を引かれ、着の身着のままで外へと出てゆく。
聖都は今日も平和だ。まるで魔霧の中で襲撃を受けたり地下墓所で激闘を繰り広げたのがウソのように、
一行がエーデルグーテを訪れた頃と変わらず活気づき、巡礼者や旅人、たくさんの聖職者や住人たちで賑わっている。
そんな聖都の目抜き通りを、ふたりで歩く。いかにモンスターが普通に往来を行き来する世界とはいえ、
マゴットは悪目立ちし過ぎるためスマホの中で留守番だ。
>このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?
「ちょい前に寄港したノートメア号の連中が持ち込んできたって店のおっさんが言ってたからホントかもな。
船かぁー、船旅ってどーゆーカンジなんだろ? なー明神、今度やってみよーぜ!」
パエリアのエビをフォークでつつきながら、海路に思いを馳せる。
今まで幌馬車での陸路やヴィゾフニールでの空路は体験しているが、海路は未経験である。
世界を救った暁には、アズレシアあたりまで船旅を楽しむのもいい――などと提案する。
>俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ
「杖ねー。ほんにゃらかんにゃらパトローナム! みたいなカンジ?
あ、じゃあコレ! これ超かわいい!」
魔法道具屋でふたり、ショッピングを楽しむ。
杖は魔力や魔法の集積効率を増すためと、指向性を持たせるのに便利というだけで必須の触媒ではない。
魔術師の中には義眼や前歯を差し歯にして、そこを基点に魔力を放つ手合いもいるという。
店売りされているたくさんの杖のうち、ガザーヴァが籠に刺さってビニール傘のように売っている一本を手に取る。
ねじくれた本体に髑髏やら目玉やらがやたらくっ付いた、お世辞にもかわいいとは言い難い杖だった。
>マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……
>グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!
「マントとかいーんじゃね? と思ったけどマントの下は全裸とか変態なのは変わんねーか」
『姉上……』
何だかんだとお喋りしながら、明神とガザーヴァ(とスマホの中のマゴット)は聖都の中をそぞろ歩く。
往来にずらりと軒を連ねる露店で冷たい飲み物やフルーツを買い、使うかも分からないアイテムを気分とノリだけで買い、
歩き疲れれば近くのカフェで休憩する。
その様子は誰がどう見てもヒュームの男性とダークシルヴェストルの少女の逢瀬であったことだろう。
たっぷりショッピングや買い食いを楽しみ、最後に釣具屋へ立ち寄る。
ガザーヴァは釣りには大して興味がないようだったが、それでも明神が楽しそうに竿を選別するのを見ては、
律儀に足並みを揃えて明神に付き合う姿勢を見せた。
>俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ
海を臨む埠頭で、釣りに勤しむ。
>ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!
「こう?」
明神の釣り指南に耳を傾け、手本に従って釣り糸を垂れる。
『創世の』バロールの娘だけあって物覚えの良さと運動神経は抜群だ。
>あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ
「ふぅん……」
隣り合って椅子に座り、明神が用意したワインをちびちびと飲みながらアタリが来るのを待つ。
空は抜けるように蒼く、海も波は高くなくどこまでも凪いでいる。
時折吹く潮風が頬を撫でてゆく感触が心地よく、海鳥の鳴き声がいかにも海に来ている――といった実感を齎してくれる。
>……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う
「…………」
明神の語り始めた話を、ガザーヴァは海原に視線を向けたまま無言で聞く。
98
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:28
>アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな
「…………」
>一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る
>そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ
「…………」
ちら、とガザーヴァは明神を横目で見た。
けれども、何も言わない。まるで明神が一頻り語り終えるのを待っているかのように、
饒舌で空気を読まないという自らのキャラクターとは相反する沈黙を貫いている。
>一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある
くいくい、と水面に浮かんでいた浮きが揺れる。
明神が慣れた手つきで竿を引くと、小さな魚が針を銜え込んでぴちぴちと跳ねていた。
おー、とガザーヴァは歓声を漏らした。が、今は魚よりも明神の話が聞きたいというように、それ以上は何も言わなかった。
>ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――
>……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える
明神が告げる。
これから大賢者ローウェルとの最終決戦に臨むにあたり、
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で誰よりも思考がローウェルに近い明神は、
直接対峙した際にその影響をもろに受けてしまうかもしれない。
それでなくとも悪魔の種子を使い、弟子たちを使嗾し、人心掌握に関しては他の追随を許さないような相手だ。
ひょっとすると洗脳されてなゆたたちを裏切り、寝返ってしまうかもしれない。
今まで一緒に旅してきた仲間たちの敵になってしまうかもしれない――それを危惧している。
しかし。
「……つまんない」
明神の願いに対して、ガザーヴァはたっぷり一分ほど沈黙した後で、ガシガシと右手で後ろ頭を掻きながら零した。
「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
ワカってねーなー!」
あーあ、と呆れた調子で背を反らし、大きく伸びをしてみせる。
が、といって明神に対して愛想を尽かしたという訳ではない。むしろ逆だ。
「まっ! でも、それがオマエだもんな。
逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」
双眸を細め、口許をにんまりと歪ませて、くくっといかにも意地の悪そうな小悪魔の笑みを浮かべる。
「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」
>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!
アコライト外郭で明神はカザハの肉体を乗っ取ろうと画策するガザーヴァに対し、そう言った。
カザハの肉体という器の中に入った、自分たちの知らないガザーヴァでなく。
本物の幻魔将軍ガザーヴァに会いたいと、そう言ったのだ。
そして、ガザーヴァはその提案に乗った。
99
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:49
「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
もう一度スキになることが出来たじゃんか。
ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
きっとオマエだけなんだ。だから――」
好きだったものを自ら破壊しようとする気持ちに共感できるなら、
憎んでいたものを好きになる気持ちを共感させることだってできるはず。
竿を地面に置き、ガザーヴァは椅子から立ち上がった。
「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」
ふふっとおかしそうに笑い、ふわりと宙にその身を浮かせる。
かと思えば、ガザーヴァは不意に体当たりでもするような勢いで明神の胸へ飛び込んできた。
「どーんっ! ……へへっ」
明神が竿を取り落としてしまっても気にしない。明神に姫抱きにされるような体勢へ自ら収まると、
両腕を伸ばして相手の首へと絡める。
「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
ボクとパパさえいればいいって……。
でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」
ぐりぐりと、ガザーヴァは人馴れした仔猫のように明神の胸元に額を擦り付ける。
「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
連れてってくれるんだろ?」
大きな真紅の双眸で、上目遣いに明神を見詰める。
他人の不幸を嗤う嫌われ者。尊い命を無碍に摘み取る悪党。プレイヤーに憎まれ、討伐されるだけの存在。
それらが『ブレイブ&モンスターズ!』における幻魔将軍ガザーヴァの役割だった。
だが、今明神の腕に抱かれるガザーヴァはそのどれとも違う。
明神がガザーヴァを敵キャラというローウェルやバロールの定めた宿命から解き放ったのだ。
「シャーロットの力を持ったモンキンに、焼死体に、ジョンぴー。ついでにバカザハ。
みんな、レイド級のボクから見てもとんでもねぇ強さのヤツばっかりさ。
十二階梯の連中だって、もう半分以上がこっちの味方になってる。
パパは目下行方知れずだけど、ぜってー生きてるに決まってんだ。
どーせ、今頃は一番おいしいトコを持ってくタイミングでも見計らってるんだろ。
いくらラスボスが相手だからって、これだけの面子がいて負けるなんてコトあるか?
こっちのパーティーが強すぎて、ジジイが気の毒なくらいさ!
第一……」
ふふん、と自信に満ち溢れた表情で笑う。
「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」
ガザーヴァの言葉や表情からは、明神への揺るぎない信頼が満ち満ちている。
例え相手が大賢者であっても、神であっても。この世界の創造主であったとしても、決して負けることはない。
ふたりで力を合わせれば、必ず打ち勝つことができる――そう一片の揺らぎもなく信じている。
「明神」
名前を呼ぶ。愛しい男の名前を。
その顔を見詰める。自分を殺戮の運命から、嫌われ者の宿命から、破滅の天命から掬い上げてくれた男の顔を。
埠頭には、ふたりの他には誰もいない。ただ遠くから響く潮騒の音と、海鳥の鳴き声以外には何も聞こえない。
ガザーヴァはほんの僅か、明神の首に回した両腕に力を込めた。
何かを決意するように。
そして――
「……ちゅーしたい」
と、囁くように言った。
100
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:34:11
>おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない
「おはよ、エンバース。ううん、大丈夫だよ……今さっき準備ができたところだから」
エンバースにノックされ、部屋のドアを開ける。
今日の服装は姫騎士の鎧でも流水のクロースでもない。キトンという亜麻色の一枚布を身体に巻いて群青色の腰布を締めた、
ノースリーブミニワンピースのような出で立ちだ。脛まである編み上げのサンダルを履いたその姿は、
古代ギリシャやローマの民のように見えるだろう。
前日の夜、エンバースから予定を空けておいて欲しいとのメッセージを貰ったなゆたはすぐに『いいよ!』と返事を送った。
四日後の決戦まで、パーティーは各々自由時間を取ることに決まった。きっとエンバースのことだから、
この四日間をフルに使ってじっくりと装備の選別に費やすのに違いない。
エンバースの正体がかつて日本のブレモンシーンを大いに沸かせたリューグークランのリーダー、
ハイバラだというのは周知の事実であったし、そんなエンバースに同行して彼の行う下準備を見たなら、
きっと大いに勉強になるだろうと思ったのだ。
エーデルグーテにはアルフヘイムで流通しているほぼ全てのものが手に入る。聖都の中で用事を済ませるなら、
きっと戦闘に至ることはないだろうとの判断から、防御力のある装備でなく動きやすい薄着にしたのだった――けれど。
>よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?
「いるよ」
ひょこ、と眠たげな表情のエンデがなゆたの背後から顔を覗かせる。
その腕にはポヨリンがまるで抱き枕のように抱えられている。どうやらなゆた(とシャーロット)のパートナー同士、
仲良く眠っていたらしい。
「ヒノデ?」
>〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
なゆたとフラウの声がハモる。
てっきりエーデルグーテの中を歩くとばかり思っていたなゆたは、不思議そうに小首を傾げた。
>理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる
>〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
>ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?
「なるほど」
納得した。かつて、グランダイトを懐柔するためにはテンペストソウルが必要と言われたときのことを思い出す。
当時は事前にゲーム内で手に入れていたテンペストソウルを渡そうとインベントリを漁ったものの、
確かに存在していたはずのソウルはなぜかインベントリの中から忽然と消滅してしまっていた。
それと同じように、ストーリーのイベント絡みだったり一定のレアリティを持つユニークアイテムの類は、
きちんとこの世界で段取りを踏まなければ手に入らないらしい。
自分で使うものは人から譲られるのではなく自らの力で手に入れたいという、
いかにもゲーマーらしいエンバースの言い分も分かる。
エンバースは他にも幾つかヒノデに行く理由を挙げたが、なゆたとしては特に拒絶する理由はない。
元々アウトドアの好きな気質だ、旅行気分で遠出するのもいいと思っている。
そして――
>それと……これが一番大事な事なんだが」
>俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか
「え……」
意外な一言に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
>ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて
まさかエンバースの口からそんな言葉が聞けるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
けれども決して不快という訳ではない。
元々、ヒノデに行こうと提案したのは自分だ。あのときはオデットの意向によって聖都に軟禁されてしまい、
遠出の計画もそのまま頓挫してしまっていたのだが、まさかエンバースがそれを密かに楽しみにしていたなんて知らなかった。
おまけにそれを今でも覚えていて、この機会に一緒に行こうと誘ってくれるなんて――。
「……あは」
なゆたは両手で頬を押さえ、にやけそうになる口許を何とか堪えた。
エンバースが鍔広帽を弄びながら返答を待っている。クールで皮肉屋のエンバースだけれど、そんな様子は可愛らしいと思う。
込み上げる嬉しさと気恥ずかしさ、照れくささの綯い交ぜになった感情を抑えるのにひどく梃子摺り、
なゆたはたっぷり十秒ほどの時間をおくと、
「うん。行こ」
エンバースの顔を見上げ、はにかみながら応えた。
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