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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章

1 ◆POYO/UwNZg:2022/09/30(金) 22:01:30
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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101崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:34:33
>――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
 えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
 折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?

「ふふ、そうね。
 いいよ、エンバースの行きたいとこ、わたしも行きたい」

>……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント

「うん」

差し伸べられる手。
ほんの少しだけ間を置いて、なゆたはその手にそっと自分の手を重ねた。

>さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
 心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
 なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?

「お願い、エンデ」

「わかった」

足代わりとして利用されるのに一瞬不満げな表情を浮かべたエンデだったが、マスターであるなゆたに頼まれ、
その上エンバースに食べ物で釣られるとすぐに態度を改めた。
エンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、エンバースとなゆた(とお供)はヒノデへ向かった。

>見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ

ヒノデ首都、ヤマト。まるで時代劇の世界にいるような和風情緒の中、入ったゴフク屋――いわゆる防具屋の中で、
着替えたエンバースが此方に装備を見せてくる。
エンバースが着ているのはサブクエスト『フーマ・クランの陰謀』の報酬だ。
ガチガチの具足は対物理・対魔法双方の防御力に優れ、なおかつ戦国武将気分も味わえるというので人気が高い。

「カッコいい! シバタ・ジ・オーガみたい!」

なゆたは手放しで絶賛した。ヒノデ関連のイベントに出てくるネームドNPCを引き合いに出す。
これで身の丈ほどもある大刀『ザンバ・エクスキューショナー』でも装備すれば、
どこからどう見ても一人前のモノノフ・ウォーリアだ。
エンバースの言う通り、インベントリの中の装備は消滅してもプレイヤーが立てたフラグのデータまでは消えていないらしい。
実際、なゆたもデスティネイトスターズとの戦いでかつてゲームでクリアし報酬として入手していた小達人の証を見せ、
三人娘の懐柔に成功している。

「わたしもハイネスバーグで蒼天装備一式回収した方がいいかなぁ……」

最終決戦にあたって、もう一度根本的な装備品の見直しをしようかと考える。
と、不意に具足姿のエンバースが歩み寄ってきた。その右手がなゆたの頬へ伸ばされる。

>……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――

「あはは、そう? それなら嬉しいなぁ。
 コーディネートを考えるのって好き。アルフヘイムに来てからは特にね……だってファンタジー世界の服なんて、
 地球じゃコスプレ会場でもない限り――」

誉められて悪い気はしない。なゆたは嬉しそうに笑った。
それからエンバースの目配せで姿見に視線を向けると、なゆたは自分の黒い髪を彩る髪飾りに気付いた。

>けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか

瑠璃の髪挿し。いつの間に挿されたのか、まるで気付かなかった。

「わぁ……」

きらきらと光の加減によって七色に輝く髪挿しに、思わず感嘆の声をあげてしまう。
確かにシャーロットの絹のような銀髪に、この髪挿しは良く似合うことだろう。

>……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
 それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――
>――かわいい、だったな

「ばか」

揶揄うような口ぶり。なゆたは頬を桜色に染めると、エンバースの甲冑を右手でこつんと軽く叩いた。

>……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
 来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな
>だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ

「そうね。わたしも色々見繕ってみる」

>……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
 悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
 どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ

「んん……お茶はまだいいかな。ヒノデを見て回って、もし疲れたらそのとき言うよ。
 それより、エンバースがどこへ行くのかが見たい。
 エスコートしてくれるんでしょ? 楽しみ!」

ぎゅっとエンバースの右腕に抱きつく。
エンバースが珍しいくらい浮かれているのと同じように――なゆたもまた高揚していた。
これって、ひょっとして。
いやひょっとしなくてもデートじゃない? なんて思いながら。

102崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:34:57
>さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ

「ムラサマ・レイルブレード……! 皆皆伝かぁ〜! エンバース、あれ使ってたの?
 性能がピーキーすぎて使いづらいって評判だったし、わたしもポヨリンには全然使えないってうっちゃってたけど。
 あーでも、リューグー・クランの人たちくらいになれば逆にああいうのがアリなのかぁ……」

悪趣味な金ぴかの高層建築、キンカク・ゴジューノビルディングの敷地前で腕組みする。
皆皆伝は当然のようになゆたもクリアしている。結構手間のかかる大掛かりなクエストだったはずだが、
それをこれからクリアするとなると当然、三日では済まない。
どうするのかと思っていると、エンバースは徐にスマホを操作しマップを表示させた。

>本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
 俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ

「ふむふむ」

イベントでは最終的にCEOゴデンにあるレイルブレードの研究所カジバ・ラボが暴走すると共に、
ダイミョー・コバヤカワを裏で操っていた黒幕である古代の刀鍛冶の亡霊ムラサマ・グランドオンリョウが現れ、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と決戦するという流れなのだが、当然そんな時間はない。
だから全てのイベントをすっ飛ばし、直接設計図を頂こうという算段であるらしい。
ブレイブ&モンスターズ! の修正パッチとしてある程度ソースコードの改変が可能な、
公式チートツールとでも言うべきエンデがいるからこそ可能な横紙破りと言えるだろう。

>『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』

>悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ

エンデが開いた『門』で一気にダンジョン最深部へ到達し、コバヤカワを一蹴して設計図を手に入れる。
クリアに要した時間、5分。皆皆伝RTA記録更新(非公式)の瞬間だった。

>よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ

エンデの開いた門を通って、次のクエストに駒を進める。
次はマラソン・ニンジャだ。これはとにかく素早さが要求されるイベントである。
ジョウカマチ・ストリートの軒を連ねる建物の屋根に視線を向ければ、ものすごい速度で屋根から屋根へと飛び移り、
疾駆している黒装束のニンジャの姿が見えた。

>折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
 マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
 けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?

>〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
 私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉

>よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
 あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
 最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ

「ふふ」

エンバースとフラウの軽妙な遣り取りに、思わず笑ってしまう。
いいコンビだ。日本一のプレイヤーだけあって、お互いにぴったり息が合っているように思う。
だからこそ――負けていられない、とも思う。
なゆたにとってエンバースに明神、カザハ、ジョンたちは大切な仲間であると同時、ライバルでもある。
いつまでも後塵を拝してはいられない。

「エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに」

ふふん、と余裕の笑みを見せてエンバースに告げる。
そうして許可が得られると、なゆたは素早くスマホの液晶画面をタップした。

「みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
 ―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
 更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!」

立て続けにスペルカードを切る。
楕円形だったポヨリンが軟化で扁平なサーフボード状に変化し、さらに硬化によってその姿のまま定着する。
なゆたはポヨリンの上に乗ると、強く片足で地面を蹴った。

「名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
 いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!」

液状化のスペル効果で底部から水が噴き出す。なゆたはまるでサーフィンでもするように猛スピードで、
一目散に走ってゆくマラソン・ニンジャを追跡し始めた。

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:35:16
>……ところで、モンデンキント

「んむ?」

マラソン・ニンジャとの追いかけっこを終え、
小腹が空いたとジングー・シュライン脇のチャヤでエンデと一緒に団子をぱくついていると、
エンバースに声を掛けられた。

>お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?

>〈幼稚ですね〉

すかさずフラウが突っ込んでくる。

>シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?

「う〜ん……スキル名ねぇ。全然考えてなかったなぁ。
 何せ、あれはわたしも咄嗟に……っていうか、無意識に発動させたものだから。
 今だってわたしの意思で気軽にONとかOFFできるのかさえ分からないし……」

団子を呑み込みながら返す。
実際に銀の魔術師モードに覚醒したのは本当に命の危機に瀕した土壇場のことであったし、覚醒の条件も現状では分からない。
もし生命の危機が発動のトリガーなのだとしたら、出来れば使用は避けたいところだ。

>〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉

>はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
 という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
 シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう

>〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉

>そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな

>〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉

「……巫女服……ね〜。
 エンバース、そういうのが好きなの?」

フラウとの遣り取りを聞き、にんまりと悪戯っぽく笑う。
銀の魔術師モードの名前はともかく、“そういうこと”ならこちらの返答はハッキリしている。
さっきも言った通り――服をあれこれとコーディネートするのは好きなのだ。
ジングー・シュラインの神官、グウジに頼んで巫女装束を一着借りる。もちろん、喜捨という名目でルピを寄付した上でだ。
社殿の中で着替えを終え、ややあってエンバースのところへ戻ってくる。

「じゃーんっ! どう?」

純白の小袖に緋袴を穿き、白足袋に草履を合わせ。髪もシュシュで纏めたサイドテールではなく、
後ろで纏めて水引で縛ってある。
どこからどう見ても巫女だ。このまま社務所でおみくじを売ったとしても違和感はないだろう。
なゆたは出で立ちをよく見せようと軽く一回転してみせた。ふわりと小袖が揺れる。

「ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
 と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……」

無念そうに唇を噛む。が、すぐに気を取り直すと、エンバースの前で手に持った御幣を軽く振る。

「かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
 ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?」

両手を腰の後ろで結び、軽く腰を折ってエンバースの顔を上目遣いに覗き込む。
心からふたりの時間を楽しんでいるという表情で、なゆたは双眸を細めて笑った。

>……もう、日没か。早いもんだな

楽しい時間というのはあっというまに過ぎるもの。
例によってエンデの『門』を使ってやってきたマウントフジの山頂で、ふたり並んで夕暮れを眺める。

>今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
 けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど

「うん……わたしも楽しかった。いっぱい遊んじゃった。
 ありがとう、エンバース……わたしを連れて来てくれて。
 ――行っておきたい場所?」

エンバースの顔を見て、一瞬不思議そうな表情を浮かべる。

>なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
 お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
 どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ

「もちろん。乗り掛かった船だもん、最後まできっちり付き合うよ。
 わたしの時間、全部エンバースにあげる。だから……連れていって。エンバースの行きたいところへ」

大事な話。
そんな言葉に、どきんと心臓が大きく鼓動を打った。

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:35:35
翌日。和のテイスト溢れるヒノデから一転、エンバースとなゆたら一行はオリエンタルな墳墓都市スカラベニアを訪れていた。
スカラベニアのアサシン教団が所有するユニーク防具『マスターアサシンの法衣』と、
バルクマタル王墓に眠るスペルカード『雨乞いコーリングウォー』回収のためだ。
……が、むろん用件はアイテム回収だけではない。むしろその後が重要と言ってもよかった。

>さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ

>〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉

>装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?

>〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
 そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
 適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉

>つまり……似合ってないのか

>〈あのですね、今はそういう話は――〉

>……似合ってないのか

>〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉

「あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
 ……っていうか、エンバースより……」

相変わらずのエンバースとフラウの漫才めいた会話に笑顔で応えるも、すぐにその表情が曇る。
なゆたは視線を下げ、自分の格好をまじまじ見遣った。
スカラベニアは言うまでもなく古代エジプトをモチーフとした土地柄だ。
国土のほとんどが広大なヒートスウィーク砂漠によって占められており、年中暑い。
夜になると気温が一桁台になるという寒暖の差はあるが、基本的に住人は皆薄着である。
従って――

「……わたしの方が問題だと思うんですけど」

なゆたは豊かな黒髪をターバンで纏め、鼻から下をヴェールで覆い、
黒い薄手のブラとゆったりした白いハーレムパンツにサンダルという踊り子風の服装に着替えていた。
ハーレムパンツはシースルー素材で、普通に太股も丸出しと変わらない。総体、ほとんどビキニの水着を着ただけのような格好だ。
海で水着姿なら何とも思わないが、さすがに陸地でこの格好は恥ずかしすぎる。
ぁぅ〜……と大きな羽根扇子で顔を隠し、なゆたは身悶えした。
が、そんな恥ずかしさもスライム牧場を訪れると吹き飛んでしまう。
たくさんのスライムが放し飼いになっている広大な牧場と、スカラベニアの一大娯楽スライム・ランをするためのコース。
コース前には名だたるプレイヤーの記録が大きく掲示されており、いつでもタイムアタックに挑むことができる。

「見て見て、これ!」

タイムアタックランキングの頂点、トップの項目を指差す。
そこに記載されたプレイヤー名は『MONDENKIND』――
未だかつて不敗の記録であった。

>……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
 まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
 そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ

「寒い……けど、うん、大丈夫……。
 ポヨリンも専用の装備があるから。おいで、ポヨリン」

『ぽよぉ……』

続いてやってきたフロウジェンは、ヒノデとは違う意味でスカラベニアとはまったく毛色の違う極寒の土地だ。
さすがにエーデルグーテから着てきたキトンやヒノデの巫女装束では寒すぎる。スカラベニアの踊り子衣装は論外だ。
インベントリから防寒着を取り出す。

【ふんわりダウンコート=特殊なやり方で弾けさせた綿を詰め込んで縫製したコート
 抜群の防寒性能を持ち、柔らかいが丈夫な防寒着
 製作可能なアイテムのひとつ

 身につけることで、一時的に冷気を軽減する
 また、もこもこなので見た目もかわいい

 フロウジェンに行くなら、ふんわりいこうよ】

ポヨリン用にフードの部分だけを縫ったコートを着せる。なお、エンデだけはそのままだ。
一応ボロボロのフード付きマントを纏っているが、その下は簡素なシャツとショートパンツだけなので見た目にとても寒そうだ。
本人はケロッとしているが。

>見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?

まるでアイアンゴーレムのような見た目になったエンバースが感想を訊いてくる。
なゆたは半眼になった。

「あんまりかわいくない……。着る○○シリーズだったら、オフトゥーンの方がいい」

聖鎧オフトゥーン――優れた防寒性能と全属性への高耐性、さらにユニークスキルまで持つレア装備。ただし見た目は布団。

>〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉

>おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな

「却下」

にべもない。

105崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:00
>あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ

「ううん、別にそうでもないよ。
 機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん」

次に訪れたタウゼンプレタ魔法工廠で、ばつが悪そうに言うエンバースへかぶりを振る。
多数の職人が行き交い、鎚の音が高らかに響き渡る工廠は今までの場所とはまた違う雰囲気を醸し出している。

「わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
 ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
 シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
 ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!」

作業台に置いてある銃を手に取り、くるくるとガンスピンしてみる。

>バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう

「いいの? せっかく来たんだし、時間はいっぱいあるから。
 もっとゆっくり見て回ろうよ」

>〈ハイバラ?〉

>あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
 ――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!

>〈ハイバラ?もしもし?〉

{エンバース?」

>なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――

なんとか用事を済ませようとするエンバースだが、正直言って気もそぞろといった様子だ。
魅力的なものが周りにありすぎて目移りしてしまうという状態なのだろう。

>〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉

>ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
 えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?

「ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ」

やっぱり男の子だね。なんて思いながら、フラウと顔を見合わせて肩を竦める。
結局、タウゼンプレタ魔法工廠を出るのには五時間ほど掛かった。

>エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ

「……わかった」

>別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ

エンバースが最後に指定した場所は、地上ではなく海の底だった。
海中箱庭ワタツミ保護区。エンバース、ハイバラのホームグラウンド――リューグークラン、即ち“竜宮”の名の由来。

「ここが……リューグークランの本拠地……」

門を潜って目的地に到着すると、いかにも複数人の雑居スペースといった空間が一行を迎えた。
カードが置かれたままのポーカーテーブルに、ソファに、壁に掛けられたたくさんの賞状。
リューグークランの強さを示す、多数のトロフィー。
かつて、ここには確かにエンバースの――ハイバラの仲間たちがいた。日本最強のチームが。
しかし今はもう誰もいない。引退したのではない、死んだ。
PvPでスターダムを駆け上がり、これから世界大会で各国の名だたる強豪と対峙し。
絶対王者であるミハエル・シュヴァルツァーに挑もうとしていたある日、彼らはひとり残らず失踪した。
そして――前人未到の『光輝く国ムスペルヘイム』で、命を喪った。

>まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
 でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ

エンバースがポーカーテーブルの天板をそっと撫でる。――慈しむように。

>流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
 黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
 あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して

「……」

>結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど
>……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど

「……」

>この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
 だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない

パチン、とエンバースが指を鳴らす。指先に小さな炎が灯る。
もう今はハイバラではなくなってしまった、ハイバラだったモノが、ハイバラの記憶を懐かしむ。

>デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
 でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
 お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ
>俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
 俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
 けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない

「……」

なゆたは少し離れたところで、ただエンバースの独白に耳を傾ける。
彼の姿を、背を見詰めながら。

106崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:16
>だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
 でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
 世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?
>……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな

この広大な世界のどこかに、二巡目のハイバラと彼の仲間たちが存在しているのかどうか、それはなゆたにも分からない。
ただ、ローウェルによってムスペルヘイムへ召喚された一巡目の存在であるエンバースがそう言うのなら、
きっとそうなのだろう――とも思う。
人には直感というものがある。絆というものが。
それは数値化できない、隠しステータスでさえない、けれども確かに存在するパラメータ。
エンバースとリューグークランとの絆は、まだ途切れてはいない。
であるのなら、エンバースがそう感じるのなら。
おそらくそれは真実なのだ。

>悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど

「ううん、話してくれてありがとう。
 大事な話だよ……それは決してそのままにしてちゃダメなこと。きちんと向き合わなくちゃいけないことだよ。
 それを打ち明ける相手に、わたしを選んでくれて……嬉しかった」

振り返ったエンバースに、胸元で両手を組み合わせて告げる。
エンバースが――ハイバラが、どれだけリューグークランの仲間たちを大切に想っていたのか。
彼らの命を守ってやれなかったこと、独りだけ生き残ってしまったことを苦痛に思っているのか。
それが痛いほどに理解できた。
話すのには大変な勇気が要ったことだろう。決意がなければできなかっただろう。
だが、エンバースは話してくれた。
自分だけに――それが、素直に嬉しい。
だから。

>帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む

今度は、自分の番だ。
ばつが悪そうに帰還を促すエンバースに応じ、エンデが『門』を作る。

「待って、エンバ―――」

なゆたは口を開きかけた。
だが、次の瞬間。

>――誰かいる

エンバースが身構える。刀身が溶け落ちたダインスレイヴを抜き、間断なく周囲に気を配る。

「え……?」

とても冗談とは思えない緊張感のある声音に、なゆたは思わず身体を強張らせた。

>〈……私には、何も感じられませんが〉

フラウには何も感じられないらしい。ポヨリンもなゆたの警戒に応じて周囲をきょろきょろと見回しているが、
何も見えないらしい。
なにより、エンデが無反応だ。ソースコードレベルで物事を見ることのできるエンデの索敵能力から身を隠せるとしたら、
それこそローウェルやバロールなどブレモン管理者・運営レベルでなければ到底不可能だろう。
だというのに、エンバースには確かに“それ”が見えているらしい。

>は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?
>……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?

「エンバース……!」

まるで白昼夢だ。しかしどれだけ目を擦り、意識を集中させてエンバースの見ている視線の先を凝視しても、
そこにはただ無機質な暗闇が広がっているばかりだ。
だが、エンバースには間違いなく視えている。
そこからは、もうなゆたの想像を超える事態だ。
短くも長い時間が過ぎ、幻影が消えたとおぼしき頃、エンバースは右手で頭を抱えた。
フラウが気遣わしげに声をかける。

>悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと

それ以上の会話や考察を放棄するように、エンバースは踵を返して門を潜り、クランの箱庭から姿を消した。

「…………」

皆が門を潜り、なゆたが最後に残る。
誰もいなくなった箱庭で、なゆたは凝然と佇立したまま、眉根を寄せきゅっと強く下唇を噛んだ。

107崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:37
「エンバース、いる?
 ……入ってもいい?」

エーデルグーテに戻ったなゆたは、その日の深夜にエンバースの部屋を訪った。

「ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
 明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
 ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから」

部屋の中へ通されると、なゆたはそっとベッドに腰掛けた。
それから少しだけ俯いて黙っていたが、ややあって意を決したように顔を上げ、口を開く。

「今日はありがとう、すごく楽しかった。
 ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
 エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
 きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
 ……一緒にいられて、嬉しかった」

オデットに四日の準備期間を与えられたとき、なゆたは先ずエーデルグーテからは出ずに装備を整え、
残りの時間をシャーロットの記録と向き合うことで過ごそうと思っていた。
自分の中に存在するシャーロットの権能。管理者、運営としての力を、果たしてどう使うべきか?
それをじっくり考えようと思っていたのだ。
が、エンバースに誘われたことで当初の計画は崩れ、四日の時間はアルフヘイムの各地を探訪することに費やされた。
結局この四日間、なゆたはほとんどシャーロットや今後の世界のことなどを考えることが出来なかった。
しかし、今となってはそれでよかったと思っている。
元々出たとこ勝負、当たって砕けろがモットーのなゆたである。
突然大きな権能を与えられたからといって、あれこれ考えたところでいい方策など生まれるはずもないのだ。
今までがそうであったように、これからも感情任せで、イケイケドンドンで、猪突猛進で突っ走る。
結局、それがなゆたにとって一番いい方法なのだ、きっと。

「最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
 あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
 わたしは、そうは思わないよ。
 今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
 だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
 それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
 でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
 そこで大事な話があるって。
 第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?」

なゆたはエンバースの罅割れた双眸を見上げた。そして、淡く微笑む。

「リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
 ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
 わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
 預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
 ビックリしちゃったなぁ」

突然現れた喋るアンデッドモンスターに、明神たち周囲の人間と共にひどく驚いたことを、懐かしそうに語る。

「そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
 なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
 わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
 あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を」
 
あの頃は生まれ持った向こうっ気の強さと月子先生のプライドで、素直にエンバースの言葉に耳を傾けることが出来なかった。
酷く反撥し、必要ないと拒絶した。パーティーに加えることさえ否定的だった。
でも、今は違う。

「あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
 仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
 みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
 そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
 ましてや――」

そこまで言って、自身の胸元に右手を添える。

「別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
 大事にしてなくちゃ、できないことだよ」

なゆたは迷いなく告げた。
それは、何もハイバラというプレイヤーが死んで燃え残り(エンバース)というアンデッドに変質した、という意味ではない。
今のエンバースは、かつてリバティウムやキングヒルで行動を共にしたエンバースとは“違う”と。
そう言っている。

108崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:37:12
「……最初は、気のせいかなって思ってた。
 外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
 でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
 間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
 ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
 あなたは引き留めてくれたよね。
 わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
 リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった」

なゆたが決定的な違和感に気付いたのは、そのときだった。
何も生前のハイバラのパーソナリティを何もかも把握している訳ではないし、エンバースについても同様だ。
だけれど、違うと思った。
まるでそっくりさんのような。よく出来た物真似のような。
本人に見えるけれど、本人じゃない――そんな微かな違和感を、なゆたは確かに覚えたのだ。

「あ、でも、誤解しないで。
 それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
 そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
 あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの」

もちろん、あのときはカザハや明神からも考え直すようにと説得を受けた。
けれど、ポヨリンを喪いすっかり折れてしまっていたなゆたの心を最終的に奮い立たせたのは、エンバースの一言であったのだろう。
なゆたはベッドから立ち上がるとエンバースへ歩み寄り、そっと両手でその焼け爛れた頬に触れようとした。

「ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
 同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
 それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
 全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
 あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
 出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
 でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま」
 
ほんの少しだけ頬を桜色に染め、なゆたははにかむように笑った。

「つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
 リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
 無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
 だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
 そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
 いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな」

エンバースの頬を両手で包み込むように触れながら、微かに目を細める。

「もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
 わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?」

死してなお、廃墟と化した古巣を訪れ昔を懐かしむほど愛着のある仲間たち。
エンバースの、ハイバラの大切な者たちと自分を並び立たせるだなんて、厚かましいにも程があると思ったけれど。
それでも、訊かずにはいられなかった。
湿っぽくなった空気を誤魔化すように、なゆたはエンバースの頬から手を離すと長い髪を揺らして身体を反転させ、
エンバースから背を向けた。

「あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
 もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
 てことで――エンバースに新しいオーダー!」

肩越しに振り返り、右手の指を二本立ててみせる。

「ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
 ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
 ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!」

アルフヘイムに召喚されて、さまざまな場所を冒険したつもりだが、
それでもなゆたたちが足を運んだのはブレモンのごく一部にすぎない。
地球――ミズガルズがそうなように、アルフヘイムの隅々までを冒険しイベントをコンプリートするには、
膨大な時間がかかるだろう。
それを、エンバースと一緒にやりたいと言っている。

「それから、もうひとつ。
 今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
 無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
 でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――」

もう一度なゆたは右足を軸に身体を反転させ、改めてエンバースへと向き直る。
両手を腰の後ろで結んで眉を下げ、少しだけ恥ずかしそうに。
けれども、意を決し――

「……なゆた、って呼んで欲しい。
 モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ」
 
なゆたは真っ直ぐにエンバースを見詰めると、静かにそう告げた。

109崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:37:52
準備期間にと与えられた四日間は瞬く間に過ぎ、決戦当日の朝が訪れた。

「やっぱ、わたしの正装って言ったらこれよね!」

銀色に輝く甲冑に蒼いマント、ミニスカートに白のニーハイブーツ。
自室にある姿見の前で姫騎士装備一式を身に纏い、なゆたは満足げに頷いた。
召喚されたときに着ていたセーラー服に始まって、サマースタイルのワンピースや水着姿。
流水のクロースや、先日エンバースと一緒に色々見て回ったときに着た巫女装束など、
今までの旅の中でなゆたは様々な衣装に袖を通したが、やはりこの姫騎士装備が最も身体にしっくり来る。
決戦に着ていくのはこの装備しかないと、なゆたは前々から決めていた。

「っし! やりますかぁ! いくよポヨリン、エンデ!」

『ぽよっ!』

「うん」

パートナーのポヨリンとエンデも既に準備万端だ。と言っても、いつもと何も変わらないのだが。
なゆたは自室を出ると、意気揚々と作戦会議室になっている聖堂へと向かった。

「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」

円卓を前に揃った一同の中で、プネウマ聖教の頂点、教帝こと『永劫の』オデットが口火を切る。
エーデルグーテの白亜の大門の外には既に夥しい数の兵が集結しており、出陣の号令を今か今かと待ちわびていた。
武具や火薬、食糧、それに医療道具なども山ほど用意してあり、まさしく戦争の直前といった佇まいだ。
軍勢は最高幹部たる大司教の下、六つの軍団に分けられ、その下に中隊長・小隊長として聖罰騎士たちが控える。
光を標榜する教団の擁する軍らしく、回復役も潤沢だ。ちょっとやそっとの傷なら、
後方支援部隊の薬師や僧侶が瞬く間に癒してくれるはずだ。
主な戦闘要員である騎士や戦士たちの他、戦いが始まれば穢れ纏いたちも影よりニヴルヘイム軍に襲い掛かることだろう。
まさしく最終決戦に相応しい軍容と言える。

「余は遊軍として五百騎を率いる」

この四日間で最新鋭の治療を受け、すっかり復調したグランダイトが腕組みし低い威圧的な声で言う。
プネウマ聖教軍の陣列には加わらず、好きに戦場を馳駆するつもりらしい。
始原の草原に置いてきた兵をかき集めた五百騎は当初保有していた覇王軍二十万と比べると見る影もないが、
それでも意気軒高である。皆、同胞の仇を討とうと闘争の炎を猛らせている。

「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない」

アレクティウスが手にしたソロバンで円卓の中央に広げたニヴルヘイムの地図を指し、
説明する声が聖堂に響く。

「だが、当然そんな時間は我々にはない。
 よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
 このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
 第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
 ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」

遊軍のグランダイトと違い、アレクティウスはどうやらオデットと共に本陣に残って作戦指揮を執るらしい。
グランダイトに心酔し片時も離れず行動しているアレクティウスのこと、
この世界決戦に主君と離れて行動することには少なからぬ葛藤があっただろうが、今は落ち着いている。
ただし、その目は真っ赤だ。きっとたくさん泣いて、嘆いて、最終的に受け容れたのだろう。
未来を生きるために。

「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
 
ぱぁん! と右の手のひらを左拳で打ち、黒甲冑姿のガザーヴァが気合を入れる。ダークマター突入組は、

崇月院なゆた(ポヨリン)
カザハ(カケル、むしとりしょうじょ)
明神(ヤマシタ、マゴット)
エンバース(フラウ)
ジョン・アデル(部長)
“知恵の魔女”ウィズリィ(ブック)
五穀みのり(イシュタル)
幻魔将軍ガザーヴァ(ガーゴイル)
『虚構の』エカテリーナ
『禁書の』アシュトラーセ
『黄昏の』エンデ

と決まった。

110崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:38:19
「いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
 弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
 それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ」

「そうね……。それから『詩学』と『万物』。『聖灰』……何より『黎明』とも話をつけなければ……。
 継承者のことは、私達に任せて貰うわ。これは――身内の話だから」

「……ぼくは修正パッチとして、継承者に対し完全なアドバンテージがある。
 引き付ける役は請け負うよ」

ニヴルヘイムとの決戦にあたり、ローウェルの走狗と化している継承者たちとの衝突は避けられない。
真正面からぶつかれば苦戦必至の難敵だが、それは此方の継承者たちが受け持ってくれるという。
とすれば、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の警戒すべき敵は兇魔将軍イブリース、ミハエル・シュヴァルツァー、
そして首魁である大賢者ローウェルだけに絞られる。

「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
 絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
 きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」

「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
 みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
 みのりさんも――」

色違いの瞳に悲愴なほどの決意を湛えるウィズリィに、なゆたは頷いた。
それから、バロールのものによく似た白いローブを着て隣に佇んでいるみのりに視線を移す。
四日前、魔法機関車によって運ばれて来たときは意識もなく重傷だったみのりだったが、
グランダイトやアレクティウスらと同様、プネウマ聖教の治癒魔法によって今はすっかり回復していた。

「そうやねぇ。
 なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
 まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
 ウチとお師さんの完全な失策や……」

「ううん、そんなの誰にも予想なんてできないよ。
 犠牲は沢山出たけど……、でもみのりさんが無事で本当によかった。
 もし、みのりさんがキングヒルから逃げ遅れて、万一のことがあったらって考えたら……」

「ん……。おおきに。
 身体張ってウチらを逃してくれはったお師さんに報いるためにも、気張らせて貰いますわ。
 少し前の、それこそキングヒルに到着したころのウチやったら、そんなん冗談やないって突っぱねとったんやろけど。
 世界がのうなるか、のうならんかの瀬戸際や。四の五の言ってられへん。
 ……それにしても……」

みのりが眼帯に覆われていない右眼でなゆたを頭の天辺から爪先までまじまじと見る。
なゆたは首を傾げた。

「?」

「直接会うんは久しぶりやけど。
 ……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」

「え、そうですか?」

「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
 キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
 世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
 頼もしいわあ」

ふふ。とみのりは隻眼を細めて笑った。

「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
 わたしたち、みんなの力で!」

大きく頷き、なゆたは拳を握り締めてガッツポーズを取った。
そうして各々が最終決戦へ向け、決意を新たにする中――

>みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ

不意に、ジョンがそう切り出してきた。
これから戦うニヴルヘイムの軍勢を率いる主将、兇魔将軍イブリース。
今後の世界のため、平和のために、イブリースを殺すのは得策ではないと主張する。
それは、言うまでもなく皆考えていることだ。だが頑なにアルフヘイムを拒絶するイブリースの感情を前に、
現状有効な策が出ず問題を先送りにすることしか出来ていない。
しかし。

>策はないが…考えがある…カザハ、頼む

ジョンがフィンガースナップをすると、それを合図にカザハとカケルが歌を歌い始めた。

111崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:38:40
「これは……」

>…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
 注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ

カザハが歌い終えると、ジョンが説明を始める。
アレクティウスはこんなときに歌など歌うなと文句を言いたそうな様子だったが、
オデットやグランダイトらが無言でいるため、渋々沈黙を貫いた。
ジョンの言いたいことはこうだ。
イブリースにはお互いの打算のために主従関係を結んでいたバロールとは違う、真の主君がいる。
その人物と交わした約束を愚直に守り続けている、そこを付け込まれてローウェルの走狗になってしまったのに違いないと。
今までの自分たちでは、その主君が誰なのかを察することが出来なかったが――今は違う。
エーデルグーテを訪れる前までの自分たちと、現在の自分たちとでは、持っている情報に決定的な違いがある。
つまり――

>なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?

シャーロットが、イブリースの真に臣従する主君なのではないか? ということだ。
ジョンに真っ直ぐに見詰められ、なゆたはきゅっと唇を一文字に引き結ぶと、小さく頷いた。

「そうだよ」

此方もジョンの碧眼を見返す。

「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

争いを好まず平穏を愛するシャーロットは、イブリースに相争い殺し合うことの無益を常々語っていた。
そして一巡目の世界でアルフヘイムとニヴルヘイムの戦いが激化する中、
イブリースに同胞たるモンスターたちの命を守るようにと命じたのだ。
世界が二巡目となってもなお、イブリースはその命令を――約束を遵守し続けている。
ジョンの予想は正しかった、しかし。

「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
 
なゆたはあくまでシャーロットの権限やスキルを継承しただけの別人である。
ハイバラ本人が死後に変質したエンバースのような存在とは根本的に違う。
そんな自分がまるでシャーロット本人のように面影をちらつかせて戦いをやめろ、仲間になれと言ったところで、
イブリースは肯うまい。あべこべにシャーロットを騙るなと激昂されかねない。

「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」

ジョンの提案は使えないと、悲しげにかぶりを振る。
けれどもそこまで言いかけたとき、なゆたの頭の隅で何かが小さく光った。

「――――ッ、本物のシャーロット……?」

はっとして、自分が何気なく口にした言葉を繰り返す。

>アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
 という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
 シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう

更に、ヒノデへ出向いた際にエンバースが告げた言葉を思い出す。
あのときは巫女装束を着せたいがための方便と思っていたが、今にして思い返せば大きなヒントだった。

「なゆちゃん?」

腕組みし、何やら難しい表情で呻き始めたなゆたを気遣って、みのりが声をかける。
すぐになゆたはハッと我に返り、ぱたぱたと両手を振った。

「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

纏まらない思考を一旦脇に退け、なゆたはジョンに約束した。
と、聖堂内に聖罰騎士がひとり入ってきてオデットに報告する。
オデットが皆を見回す。

「刻限です。参りましょう」

「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

なゆたはそう言うと、徐に前方へ右手を突き出した。暗に皆、この手に手を重ねろと言っている。
ニヴルヘイムとの決戦、大賢者ローウェルとの決着。
世界を救うための戦いが始まった。


【デート終了。ニヴルヘイムへ出陣】

112カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:11:04
>「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」

「ジョン君……」

>「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」

カザハは真っ赤になりながら頭をふるふる振っている。お前絶対覚えとるやろ!
それにしても、あの頃の謎テンション突撃バカから紆余曲折を経て随分キャラ変わりましたね……。
まあ、地球で何十年と生活してた人がいきなりこんな世界に放り込まれて平常心を保っている方が例外なわけで、
ああ見えて無理矢理テンションぶち上げて自分を保ってたんでしょうか。

>「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」

「勇気……」

それは、地球出身のジョン君達にはあって、もともとこちらの世界出身のカザハには無いかもしれないもの。
もちろんエンデが言うところの”勇気”はブレイブだけが持つ未だ正体不明の何かを指す特殊用語であり、
一般の言葉としての勇気とはまた別物なのであろうが。
それでも、カザハは本当に嬉しそうに微笑んだ。

「そっか。それなら本当に……良かった。
あのさ――いつぞやは引っぱたいたりしてごめん。全然偉そうに言える立場じゃないのに……。
実は……自分は場違いなんじゃないかって最初からずっと思ってて。
とどめにアルフヘイムの住人に”勇気”は無いって聞いて……もういいやって思って。
でもね。
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないって。
自分なりのやり方で思い出を作っていけばいいって、我の兄弟……いや姉妹かな?が言ってくれた。
それで……自分なりのやり方って何だろうって、何が好きだったっけって考えたら、こうなった」

カザハの兄弟といえばジョン君はきっと私のことだと思うだろうが、もちろん私ではない。
ということはもしかしてガザーヴァ?
え、待って!? あのガザーヴァがそんな事言ってくれたんですか!?
あんなに前世で殺し合った因縁があって相性最悪の犬猿の仲のくせに姉妹……だと!?
あなたの兄弟は私だけじゃなかったんですか!?

「実は普通に歌ったらジャ〇アンリサイタルなんだけど……
ちょっと思いついてレクス・テンペストの力で補正をかけてみたんだ。
君で二人目だよ――この力が何かを傷つける以外に役立つと言ってくれたのは」

ちなみに一人目は私。もう随分昔のことです。
この言い方だとまるで殺傷力だけは高いのが前提の能力みたいに聞こえるが、私の頃は本当にそうだったのだ。

113カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:13:44
「言っただろう? これでも昔は結構物騒だったって。
そもそも四大精霊族はこの世界の四大属性を司る神代遺物を守るための機構だ。
我の元々の名前は風の刃と書いて風刃。
風の巫女の一角として始原の風車を守ってて……始原の風車を狙ってくる人間をたくさん斬り殺した。
だから、頑張れば前みたいに戦えるはずって思ってたよ。だけど無理だった。
2巡目の我は、努力は苦手、奪い合うのも競い合うのも嫌いなどうしょうもないヘタレなんだ。
当然みんなとの差は縮まらないし、広がるばっかりだった。
……きっと、根性とか気合とかの問題じゃなく物理的に無理だったんだ。
ゲーム風に言えば多分……同じ名前の同じキャラでありながら仕様が変更されてる。
テンペストソウルの質が変わってしまったんだ。あの頃の純粋で残酷な魂はもう無い――」

なまじ前の記憶を保持していたばっかりに、仕様変更に気付かず適性の無い方向に空回っていたということか。
仕様変更が本当だとすれば、そこに何者かの介入があったのか、それもバグの一貫なのかは分からない。
元々私達の場合混線とか、単なるバグでは説明が付き切らないことが多々あるような気もしますが……。

「でも、それでいいんだ。自分で望んだことだから。
自分の名前も力も、あんなに嫌いだったのに。どうして昔に戻ろうとしてたんだろう。
もう前の世界に捕らわれるのはやめだ。昔みたいに前には出ない。サブアタッカーも回避タンクももうしない。
今まで使用不可だった呪歌系スキルが解放されたみたいなんだ。この力でみんなのサポートに徹するよ」

と、珍しく真面目な台詞を言ってはみたものの。

「なんて、もともと辛うじてサポーターとしてしか機能してないか! あはははは」

自分が真面目な台詞を言っているという状況が耐えられなくなったらしく、自分で茶化す。
そんなカザハを、ジョンくんはド直球のかっこいい台詞で鼓舞した。

>「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」

「決めたよ――
呪歌の効果範囲って味方全員が多いんだけど、もしも誰か選ばないといけない時は――強化するのはキミに決めた。
君は見てて心配になるぐらい王道のアタッカーだから。捻りの無いバッファーとは多分最も相性がいい。
それに、我の歌に勇気をもらったと言ってくれた君にはきっと一番よく効く。

……
………
あ、飽くまでも戦略的に有効と思われるからであって他意はない!」

自分の発言が誤解を生みかねない発言となっている事に気付いたらしく、慌てて言い訳をするカザハ。
ジョン君は別に何とも思ってないと思いますけど……。
そういえばミズガルズには「キミに決めた」と言いながら女子高生略してJKに突撃した不審者のオッサンがいましたね……。
というか、真っ先に強化するのは不動のパートナーモンスターたる私じゃないんですかね!? 常識的に考えて略してJK!
カザハは気を取り直して言葉を続ける。

114カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:18:18
「とにかく! 君は絶対役に立つし力になるよ! そうなるように我が強化する!
ロールをサポーターに絞る理由、他じゃまともに機能しないっていうのはもちろんだけど、それだけじゃないんだ。
もしも、もしもだよ? 自分には勇気が無い奴が仲間の勇気をぶち上げることが出来たら……最高にかっこいいじゃん!」

カザハは楽しそうに笑った。久しぶりに見た屈託のない笑顔だった。
長らく悩んでいたカザハがやっと前を向けたのだ。
普段の私なら当然一緒に喜ぶはずなのに――何なのでしょう、この気持ちは。
ジョン君と別れ、カザハがこっちに来たので慌てて平常心を装う。

「我のキャラじゃないことを言ってしまった……今の拡散したら駄目だからな!?
……どうかしたか?」

「……何でもないです」

……装えてない!? ……これじゃあいわゆる”面倒くさい彼女”そのまんまじゃないですか!
いくらなんでも格好悪すぎる。絶対悟られてはならない……!
それに、今まで私だけに依存していたカザハがやっと皆の本当の仲間になろうとしているのだから、水を差してはならないのだ。



「これはやっぱりあなたが……」

その夜、私は神妙な面持ちで、預かっていたスマホをカザハに差し出した。

「一瞬でも私が引っ張る側だなんて思ったのは間違いでした。
やっぱり、ずっと依存していたのは私の方。
飛べるようになったのも、今生きているのも、全部あなたのお陰――」

「本当にその通りだ。カケルのくせに生意気だぞ!」

「ごふっ」

カザハがぶん投げた枕が、顔にぶちあたる。
こっちがちょっと真面目にしんみりした雰囲気出してるのに何この仕打ち!?

「こんなことになったのは君のせいなんだ。
そもそも最初に野垂れ死なずになゆ達と合流できてしまったのも、なんだかんだでこんなところまで来れてしまったのも、君のせいだ。
双子だったテュフォンとブリーズがすごく羨ましくて……ほんの出来心だったのに。
全部全部、冗談半分で兄弟ごっこを始めた我に文句ひとつ言わずに付き合った君のせいなんだからな!」

「カザハ……」

「たとえ妹が増えようと我の最初の兄弟は君だし、
たとえ強化をかけなくたって君には我と共有するレクステンペストの力があるだろう?
そんなことも分からないような奴はスマホ没収だな!」

「全部バレてる――!?」

115カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:24:27
私が動揺した隙に、カザハは無駄に高い素早さを発揮して私からスマホを掠め取った。
そして器用にベッドの上に着地し、私を抱きとめるように両手を広げる。

「忘れるな! ”君と来た旅路”があっての”皆で行く旅路”なんだ!」

私はその胸に飛び込む……と見せかけて無駄に高い素早さを発揮して必殺技を発動した。

「さっきの仕返しです! 必殺! 脇の下くすぐり!」「ぎゃぁあああああああああ!!」

クリティカルヒット! カザハは絶叫をあげながらベッドに倒れ込み、私も勢い余ってその隣にダイブする。

「こいつら……小学生から何一つ変わってね―――――――――ッ!!
二人揃ってキッズケータイでも首から下げとけや!!」

むしとりしょうじょの全力のツッコミが響いた――

そして……それから出発までの二日間、私は”新たに解放されたスキルの練習”と称しての路上ライブに付き合わされたのでした。
ユニット名は『2代目T SOUL SISTERS』だそうです。
上手いこと言っているのかいないのかよく分かりません。
2代目ということは初代は必然的に今はストームコーザーの中にいる二人ということに……
――謝れ!初代に謝れ!
そうしていると隣でむしとりしょうじょがタンバリンを打ち始めたりして。
「ちょっと待って何で物が持ててんの!?」
「よく分からんけど気合入れたら持てるようになった」
「経験点配分されてんの!?レベルアップしてんの!?」
とかいうやりとりがあったりなかったり。
というかベルゼブブは羽化したけどこの人全然成仏する気配ないんですけど!? 
これ、たまに出てくるギャグ要員としてなんとなく最後までいくパターンじゃね!?

そして出発前夜、いつものように寝る前にベッドに寝そべって駄弁る私達。
特に出発前夜らしい会話をするでもなく、いつも通りのとりとめのない会話である。

「そういえばこの世界はゲームなのにBGMが無いんだな……」

カザハがまた妙なことを言い出した。

「そりゃまあ……ゲーム内の登場人物には聞こえないようになってるんじゃないですかねぇ」

「ブレモンのBGM、滅茶苦茶いいのに勿体ないな……」

「言われてみれば確かに……」

最初は妙なことを言い出したと思ったが、ブレモンのBGMは確かにいいので、聞こえないのは勿体ない気がする。
カザハはブレモンのゲームはド素人だが、サントラだけは買って何回も聞いている。
いわゆる”サントラだけ買う勢”ですね。

「でも、こっちの世界の住人は、ブレモンにBGMがある事自体知る事すら出来ないのが普通なんだな……。
知る事が出来たのはゲームのブレモンがあるミズガルズに飛ばされたおかげだな」

116カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:34:01
地球にあったブレイブ&モンスターズ(私達から見たゲーム)のBGMは、
ブレイブ&モンスターズ(私達にとっての現実)のBGMの一部が使われていると考えられる。
ブレモン(現実)には、私達には聞くことのできないゲーム版未実装のBGMがたくさんあるのだろう。
そして、それらもゲーム実装済の曲と同程度のクオリティと考えれば、きっとどれも素晴らしいのだろう。

「この世界は大人気ゲームだったらしいが……駄目精霊の我としては難易度が高すぎるしもうちょっとぬるい世界観の方が好みだな。
特にミズガルズエリアは莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大なるクソゲーとしか言いようがない。
が、神BGMを搭載してるなら仕方ないが全部ひっくるめて神ゲーと認定するしかない……。
世界を救ったら運営に全曲収録の完全版サントラを発売してもらうようにお願いしよう。
いやいっそBGMをONにする機能を実装してもらおうか。
その状態で世界の果てまで冒険しよう! カケル、一緒に来てくれるな?」

「四六時中BGMが流れてたらちょっとうるさくありません!?」

また滅茶苦茶な謎理論を展開しているが、世界を好きになるきっかけは何でもいいのかもしれない。
ブレモンのゲームをやり込んだのがきっかけでこの世界を好きになっても、
ブレモンのサントラを聞きまくったのがきっかけでこの世界を好きになっても、別にいい。

「本当は……今でも時々聞こえてる。賑やかな王都。風渡る草原。それから……みんなの曲。
なゆは……まるでアイドルソングみたいに可愛らしくてそれでいてすごく勇壮。
明神さんは……ちょっとワルっぽくてかっこいいドラムとベースの効いた疾走感のある曲だな。
エンバースさんは、出だしはオサレでクールとみせかけてサビはめっちゃ熱い。
ジョン君はやっぱちょっとアメリカンで? すごい激しくてでも切なくて……うーん、うまく言えないや。
とにかくテーマ曲が用意されているということは……間違いなく主要人物だ。我が語るべき勇者で間違いない」

「ふふっ、そうですね」

単に妄想や例えで言っているだけか、地球で言うところの共感覚のようなものか。
それとも本当にゲーム内の登場人物には聞こえないはずの音が時々聞こえているのか。
そうだとしたら5Gの影響を受けているのでアルミ製の帽子を被らないといけないやつの気もしますが……。
真相が何であっても、私にとっては大した問題ではない。カザハが不思議なことを言い出すのはもう慣れている。
重要なのは、ちょっと(かなり)変わった表現だがカザハが皆のことをすごく特別に思っているらしいということだ。

117カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:35:30
決戦当日の朝、皆が聖堂へ集う。
決戦に備えて装備変更した者、今までと変わらない者、様々だ。
なゆたちゃんは、この街に来るまで長く着ていた姫騎士装備に身を包んでいた。
カザハの服装はほぼ変わっていないが、ヘッドギアが羽根付きヘッドホンのようなデザインものに変更されている。
頭の装備は全体の印象に結構な影響を与えるとはよく言ったもので、こうして見ると吟遊詩人系クラスのように見えなくもない。

>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
>「余は遊軍として五百騎を率いる」
>「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない」
>「だが、当然そんな時間は我々にはない。
 よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
 このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
 第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
 ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

オデットやグランダイト、その部下のアレクティウスらが、厳かに会議を進めていく。
そんな中、例によって例のごとくガザーヴァはいつも通りだった。

>「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」

「ブレなさすぎやろこいつ……誰に似たんだ……? ちなみに我はキャラブレまくりだから違うぞ」

いつも通りのガザーヴァを見て、カザハは自虐系ギャグ(?)を言いながら笑っていた。
突撃バカ、絶叫ヘタレ、なんちゃって達観系ときて今はその全部を足して3で割った感じになってますね……。

>「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
 絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
 きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」

>「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
 みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
 みのりさんも――」

「みのりさん……! 元気になったんだな!」

118カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:40:58
>「直接会うんは久しぶりやけど。
 ……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
>「え、そうですか?」
>「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
 キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
 世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
 頼もしいわあ」

「みのりさんのサポートあってこそだよ。
危険を顧みずにストームコーザー探しに行ってくれたり……本当にありがとう」

>「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
 わたしたち、みんなの力で!」

そんな中、ジョン君が話を切り出した。

>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」

急に頼むと言われても何のことだか分からなかったかもしれないが、私達は、ジョン君から事前に打ち合わせを受けていた。
イブリースを必ず説得して助けたいこと、私達の歌った歌からそのヒントを得たこと。
イブリースには真の主君がいて、それを悪用されてローウェルの走狗になってしまっているのではないか。
そして、真の主君はシャーロットなのではないかという仮説。
イブリースは今やアルメリアを壊滅させた宿敵であり、カザハにとっても、テュフォンとブリーズを直接間接に葬った憎き仇。
それが直接のきっかけとなりカザハは色々こじらせてしばらく鬱モードだったのだ。
きっと、カザハもまたイブリースの処遇に関して複雑な想いがあったに違いない。
それでもカザハは最終的にはジョン君の考えに賛同し、彼と共にこの提案をすることとした。
楽器を持ったカザハと私が前に進み出る。

「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」

こんな非常事態に何も歌わなくても、歌詞のポイントとなる部分を掻い摘んで説明すればいいのでは、
とも思ったが、カザハはジョン君の提案通り歌おうと言った。
この曲が上の世界から見たブレモンのテーマ曲と共通して使われているものだとしたら、
思わぬところにヒントが隠されている可能性もあること、
そして何より「ジョン君が”勇気をもらった”と言ってくれたから」とのことだ。
案の定、生真面目なアレクティウスの”こんな時に何呑気に歌っとんねん”的な視線を感じたが、それでも最後まで黙って聞いていてくれた。

>「これは……」

>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」

119カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:44:43
歌ったカザハですらも、ジョン君からこの解釈を聞かされる前はシャーロットからブレイブに向けた言葉とばかり想定していた。
「私が消え果てもかならずやりとげてくれる君達なら」このいわゆる大サビを境に、歌詞のニュアンスが
ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から、パーティ全員の絆を歌っているように微妙に変化する。
“君とゆく旅路”から”皆でゆく旅路”への変化
それはもちろん、ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から始まり、
いつしか共に旅するブレイブ達が本当の仲間になっていた――という解釈が自然だが。
それを遥かに拡大して、皆の中にイブリースまでも入っているとすれば――妙に辻褄が合ってしまうのだ。
シャーロットはきっと、皆で手を取り合って世界を救ってほしいと願っているのだろうから。

>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」

ジョン君はついに自らの仮説を皆に披露し、シャーロットの記録を持つなゆたちゃんに問う。

>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」

>「そうだよ」

なゆたちゃんは、神妙な面持ちで頷いたのであった。

>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」
>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

とはいえ、エンデはなゆたちゃんを本物のシャーロットとして扱っているように見えるし、
シャーロットそのものではなくてもまるっきり別人とも思えないのだが、
シャーロットの記録を持つなゆたちゃんがそう言うからには少なくともイブリースにとってはそうなのだろう。
残念そうにかぶりをふるなゆたちゃんに、カザハは申し訳なさげに告げる。

120カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:45:51
「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」

>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
>「――――ッ、本物のシャーロット……?」

なゆたちゃんは、言葉の途中で何かを突然閃いたようだった。

>「なゆちゃん?」

>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

「そう言われるとめっちゃ気になるんだが!?」

そこで、出発の時間となった。オデットが皆を見回して告げる。

>「刻限です。参りましょう」

>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

前方へ突き出されたなゆたちゃんの手。カザハはその意図を汲み、迷わず手を重ねた。
まるで、何も考えてない系キャラだった最初の頃のように。

「必ず最後まで見届ける――きっと力になるから! レッツ・ブレイブ!!」

121明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:44:33
俺の思考回路は、この世界を創った三人の中で、おそらくローウェルに最も近い。
これまで幾度となくブレモンの『キャラクター』を唆し、けしかけ、暗躍してきた奴にすれば、
俺ほど御しやすい存在は他を置いて居ないだろう。

ネクロドミネーションみたく、容易く操られる危険すらあった。
だから、いざって時には、助けてくれ。
オブラートに幾重も包んだこの上なく情けない独白を、ガザーヴァは一切遮らずに聞いて――

>「……つまんない」

ズバリと切って捨てた。

「おまっ……面白いこと言おうとしてるわけじゃねえんだよ!
 なんぼ明神さんでもTPOくれー弁えて喋るわ!!
 俺達みんなの生死にかかわる問題なんですよ、もうちょい真面目によぉ――」

>「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
 ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
 普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
 ワカってねーなー!」

「うぐ……」

ガザーヴァは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
ガラじゃねえってこた分かってんだよ俺も。
それでも、腹の底から鎌首もたげる弱気を無視出来ない。
楽天的で居続けるには、人が死にすぎた。

>「まっ! でも、それがオマエだもんな。
 逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
 小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
 いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」

臆病になるな!とか、そんな風に背中でも叩かれるのかと思った。
ガザーヴァは、目を細めて俺の振る舞いを肯定した。

>「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
 そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
 だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
 今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」

ああ……そっか。
どこかで俺は、未だになゆたちゃんの言ってたことを信じきれてなかったのかもしれない。
俺がこれまでやってきたことは、製作者の決めた『設定』に則ったものに過ぎなくて。
知らず知らずのうちに、ローウェルの意図を反映するように振る舞ってしまっているのかもしれない。
何度も死線くぐってきたこれまでの旅は、そんな風にレベルデザインされただけのコンテンツなのかもしれない。

だけれど今、俺の隣にはガザーヴァが居る。
一巡目の――ゲームのブレモンに定義付けられた『幻魔将軍』としての運命を否定し、
ただのダークシルヴェストルとして、俺の愛すべき存在として、一緒に釣り糸を垂れている。

122明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:45:18
ブレモンに執着していたローウェルなら、絶対に許さなかったであろう、設定の逸脱。
俺がやったことだ。俺がガザーヴァにそうさせた。俺が、ゲームのブレモンを否定した。

ガザーヴァがここに居る、そのことこそが、俺が自分の意思で何かを決めてきた何よりの証明だ。
こいつの知る明神が。瀧本俊之が。この世界で歩んできた俺の全てだ。

>「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
 それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
 だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
 もう一度スキになることが出来たじゃんか。
 ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
 きっとオマエだけなんだ。だから――」

俺がローウェルに影響を受けるなら、その逆だってあり得る。
例え一度は絶望し、憎悪に駆られたとしても……注いできた愛と熱量は変わらない。
好きだったことを思い出す――もう一度、好きになる。
そんな心変わりは、決して机上の空論じゃない。

>「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
 オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」

変われるはずだ。現に俺は変われた。俺達は変われた。
この世界で旅した経験は、何も無駄じゃなかったって、そう言ってやるんだ。
ガザーヴァが隣に居てくれるなら、俺はカミサマ相手だって胸を張れる。

「……ひひっ。お前にそう言われちゃ、頑張らねえわけにはいかねえな。
 ちゃんと格好つけるからよ。見といてくれよ、俺の格好良いところ」

新しい仕掛けを付けて竿を振るう。
隣でふわふわ浮いていたガザーヴァが、何やら悪戯っぽく笑って、

>「どーんっ! ……へへっ」

「うぉわっ!?」

ケツから俺の胸元に飛び込んできた。
思わず竿を手放してキャッチする。甘える猫みたいに、ガザーヴァが両腕の中に収まった。

「あっ、竿、あー……まぁ、良いか」

取り落とした釣り竿が埠頭を滑って海に落下する。
そのまま流れてユグドラエアの木の根に引っかかるのを見届けて、俺は目で追うのを止めた。
回収なんかいつでも出来る。竿の居場所を強奪したガザ公と目が合う。

>「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
 ボクとパパさえいればいいって……。
 でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
 みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
 アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」

「ローウェルが聞いたら解釈違いで憤死するかもな。
 でもそれで良いんだ。俺達はもう、虐殺上等の悪役でも救いようのないアンチ野郎でもない。
 初期の設定なんか忘れちまったよ。大事なモンが増えるのは、きっとめちゃくちゃ幸せなことだ。
 ……俺達は今、幸せなんだ」

123明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:46:08
>「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
 オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
 もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
 連れてってくれるんだろ?」

「ったりめーだろ、まだまだ巡ってないロケーションは山ほどあるんだ。
 樹冠から差し込む青い光の束がめちゃくちゃ綺麗なブラウヴァルトだろ。
 金色の雫がオアシスの木々を星みたいに鮮やかに彩るコルトレット。
 超でっけえ船の中が一つの街みたいになってるノートメア号なんかも面白いな。
 ああそうだ、ガンダラにも一回帰ってマスターを紹介するよ。すげえ気の良い漢女だぜ」

世界を救うのは、そんな楽しい観光旅行の前段階でしかない。
存亡をかけた戦いの後は、存続した世界を思いっきり楽しむご褒美が待ってる。

できるはずだ、俺達なら。
キングヒルに詰めてた軍団は軒並み消滅しちまったが、何もかもが手詰まりになったわけじゃない。
プネウマ聖教が丸ごと味方になって、十二階梯の継承者の協力も取り付けた。
エンバース、カザハ君、ジョン……そしてなゆたちゃん。ブレイブとしての戦力も十二分だ。

何より――

>「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」

――俺達が居る。
この期に及んで益体もない謙遜はしねえよ。
俺とガザーヴァが組めば、この世界に止められる奴なんか存在しない。
そう自信持って言えるだけの根拠を、俺達はこの世界で積み上げてきたはずだ。

俺が自分を信じられるのは、お前のおかげだ。ガザーヴァ。
お前が信じる俺を、俺は何度だって信じて立ち上がれる。

>「明神」

腕の中でガザーヴァが囁く。
アーモンド型の整った眼の中、星空を封じ込めたような瞳が俺を見る。
否が応にも、顔面に血が集まっていくのを感じた。

>「……ちゅーしたい」

「………………っ!!??」

喉から絞り出た声は、言葉にならなかった。
心臓が、心臓がものすごい勢いで仕事するのが手に取るようにわかる。
きっと俺の胸に頬を寄せるガザーヴァにも、鼓動は伝わってるだろう。

待て。待て待て。待て待て待て待て!!
きゅ、急にそんなこと言われても、心の準備が……
何をやってんだ俺は!そんな中高生みてーなドキドキやってる歳でもねえだろ!

124明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:47:21
……いや。
いまさら斜に構えて紳士ぶんのなんかやめろ。
したいようにして良いんだ。俺のしたいことは何だ?

「……顔、見んなよ。初めてなんだ」

ガザーヴァに目を閉じさせる。
ああ、昼食ったパエリアのバジルとか歯に挟まってたりしねえよな……?
地球からフリスク持ってくりゃ良かった……!

『グフォ……?』

覚悟を決めた傍に置いてあったスマホから声が聞こえた。
心拍数の急激な増加で魔力が乱れたのか、供給経路を繋いでいるマゴットがスマホの中で目を覚ました。
画面が点灯し、デフォルメされた蝿男の姿が表示される。

起きちゃったか。起きちゃったかぁ〜〜〜!
いやね、流石にね、マゴットの見てる前でそれはね、教育に良くないよね。
他人の目のあるとこでね、そういうことすんのはね、モラルがね。

……………………。

「……ごめん、マゴット」

俺はガザーヴァを抱いたまま、ポケットからハンカチを取り出して――

寝起きで目を白黒させるマゴットが表示された……スマホに被せた。

 ◆ ◆ ◆

125明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:48:26
4日後、決戦当日。
準備を整えた俺達は、聖堂で作戦のブリーフィングを行っていた。

>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」

「は、八十万……流石は大陸全土をカバーしてる宗教だ、スケールが違ぇや……」

始原の草原で見た、地平線まで埋め尽くすような軍勢ですら二十万だった。
あの四倍。全員が戦闘員ではないにせよ、途方もない規模感に頭がクラクラした。

ソロバン殿が作戦概要を説明し、進軍後の動きを頭に入れていく。
例のインチキテレポがこっちの手札として使えるようになったのはデカい。
本来順番に攻略していかなきゃならないニヴルヘイムの殆どの段階をスキップできる。
当然、たどり着くまでに相応の損耗を被るであろう大軍団を、無傷で最下層まで送り届けられる。

>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

八十万余の軍勢は、言ってみりゃ超大掛かりな陽動部隊だ。
決戦戦力は俺達ブレイブと継承者。少数精鋭でダークマターの最奥部を目指す。

>「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」

「勝手にブレモンをオワコン呼ばわりしやがった老害Pを分からせてやろうぜ。
 こんな面白いシナリオ途中で止めんなってよ」

>「そうやねぇ。
 なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
 まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
 ウチとお師さんの完全な失策や……」

復調した石油王が、白いローブを揺蕩わせながら頭を下げる。

「ローウェルとイブリースに会ったら、二三発余分にぶん殴って良いぜ。お前にはその権利がある。
 俺も殴るよ。1万発くらい……全部、キングヒルで殺された連中の分だ」

4日で頭を冷やすと言ったが……結局、俺は結論を出せなかった。
このままニヴルヘイムに乗り込み、イブリース達と協同体制をとって良いのか。
奴らが引き起こした殺戮を水に流して手を取るのは、死んでった連中に対する不義理じゃないのか。

>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…
 平和の為にイブリースは必ず必要になる
 明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」

ジョンは、俺よりも先に自分なりの答えを出したようだった。

「もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
 あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった」

感情論をカンペキ度外視すれば、ジョンの言うことは間違いなく正しい。
ニヴルヘイムの魔族を取りまとめられるのは、現状イブリースしかいない。
頭目を欠けば、この戦いが終わっても残党による抵抗は命尽きるまで続くだろう。
戦争を終わらせるには、イブリースに終結を宣言させなければならない。

126明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:49:35
「あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ」

>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」

ジョンが指を鳴らすと、カザハ君がスイと前に出た。

>「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」

カザハ君が奏でるのは、俺もソラで歌えるブレモンのテーマ曲。
ログイン画面で何度も聞いた。歌詞だって、カラオケで困らない程度には覚えてる。
しかしカザハ君歌うめーな……マイクもアンプのないのにめちゃくちゃ響く。吟遊詩人できるじゃん。

「……あれ?二番……」

さんざん聴き込んだ一番が終わっても、伴奏が続く。
ブレモンのテーマに二番なんてあったか?CD買ってねぇから分からん……。

>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…」

「いやカザハ君の創作かい」

急に何だよ。オリジナル歌詞の発表会なんかやるタイミングじゃねーだろ!
だけど、カザハ君の歌った『二番』は、不思議とストンと腑に落ちた。

>「注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」

「なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……」

なゆたちゃんから話を聞いてちょっぱやで拵えたにしては妙に歌詞の完成度が高い。
まるで初めから存在していたかのような、不思議な感覚――
カザハ君はメモリーホルダーで、混線やら何やらブレイブとしても特殊な立ち位置だ。
シャーロットの断片的な記憶を、歌詞という形で保存していた……?

>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
 でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが 実際もっとあう部分があったたんだ
 恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…
 あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」

ジョンは少しずつ、何かを探るような面持ちで言葉を重ねる。
イブリースは、誰かに意思決定を委ねている。その第三者の言葉こそが、今のあいつには必要なんだと。

>「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
 じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
 でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」

「それって――」

ジョンが誰のことを言わんとしているか、流石の俺にももう分かった。

>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」

>「そうだよ」

なゆたちゃん――シャーロットの記憶をその身に宿したブレイブは、頷きを返した。

127明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:52:56
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

その、『シャーロットがイブリースの上司である』って情報は、シナリオをクリアしたプレイヤーなら既知のものだ。
記憶から抹消されたシャーロットにまつわる設定も、既に解凍されて蘇っている。
だから俺は、なゆたちゃんの答えに驚きはなかった。

驚いたのはむしろ――ジョンが、独力でその答えに辿り着いたことだ。
元々こいつはシナリオ読み飛ばし勢で、アルフヘイムの基本的な世界観すら何も知らなかった。
俺達ガチ勢がパっと思い出したシャーロットのことも、こうして随分遠回りする羽目になった。

イブリースと何度も競り合った経験と、カザハ君の歌に隠された僅かなヒントから。
遠回りでも……ジョンはヒャクパー自分の力で結論を見つけ出した。

「マジかよ。すげえな、お前、ジョン」

シンプルな称賛が口をついて出た。
天動説が幅を効かせてた時代、地球が公転してることを天体の動きだけで導き出したように。

それだけジョンは本気でイブリースのことを考えて、考えて考えて考え抜いてきたってことだ。
救うために。その執念と、何より固い意思を、俺は理解してしまった。

だけれどそれゆえに、歯痒い。

>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

シャーロットはもう居ない。なゆたちゃんの中にあるのはただの残滓だ。
イブリースの求めていた『主君』は、永遠に失われてしまっている。

>「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
 こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」

「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」

カザハ君がなゆたちゃんを慰める隣で、俺は目頭を揉んだ。

「仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
 確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
 だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ」

ニヴルヘイムの安寧を守る一方で、アルフヘイムの連中はぶっ殺して良しとは言うまい。
シャーロットは三魔将であると同時に、アルフヘイムの十二階梯でもあったんだから。
あの女にとって、アルフヘイムもまた守るべき同胞だったはずだ。

「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
 イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
 シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」

あの野郎のお気持ちに配慮してやる義理なんぞありゃしねえが。
下手にシャーロットを出せば、イブリースを追い詰めることになりかねない。

128明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:54:26
「ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
 戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
 その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない」

出陣に向けて高まりつつある熱気が、水を浴びせたように冷えていくのを感じた。
こんなこと言ってる場合じゃないんだろうけれど。今言わなきゃ、何もかもが手遅れになる。

「奴はキングヒルを滅ぼした。グランダイトは、王宮も市街地も生存者は皆無と言った。
 民間人が避難できてるならそんな言い方はしない。あの街に居た人たちはみんな死んだってことだ。
 百歩譲って、正規兵も覇王軍も、軍人が殺し合って戦死したって話なら文句は言わねえよ。
 だけど街の人間は違うだろ。無辜の、剣をとったこともないような人々まで、皆殺しにされた」

手を下したのがイブリースか、ローウェルか、ゴットリープか、今はどっちだって良い。
ニヴルヘイムの軍勢を率いていたのはイブリースだ。
奴にとって大切なのはニヴルヘイムの同胞で、人間はその数のうちに入っていない。

「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの」

このイブリースの処遇については、俺自身の感情論とは別に、もうひとつ問題を孕んでいる。

「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」

散々イキり散らした挙げ句にチャンピオンに抱えられて逃げ帰るわ、
同胞の恨みを口にしときながら自分も虐殺に手を染めるわ、
もう既に何度もイブリースには失望させられてきたが……
それでもなおあいつの根底に流れているのは、ニヴルヘイムの幸福を願う一貫した意思だ。
そこだけは、正道の武人としてのキャラクターを遵守している。

「……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
 奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた」

死体にしちまえばこっちにはオデットが居る。
ニヴルヘイムへの終戦命令だってどうとでもなると思ってる。
だけど、それじゃ何も解決しないってことを、俺はジョンに教えられた。

「ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
 イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
 そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する」

ジョン・アデルと兇魔将軍イブリース。
形は違えど同じ痛みを抱えた者同士の因縁は、シナリオを彩るドラマになる。
プロデューサーなら、その物語の萌芽を切って捨てられないはずだ。

「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

方針が決まれば、俺はようやく高らかに言える。
「レッツ・ブレイブ」と。


【ブレモンをオワコンにしない新しいコンテンツ:
 ジョンとイブリースの因縁を軸にドラマを作る】

129embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 00:59:55
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅰ)】


『エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに』

「なら、お言葉に甘えて……お手並み拝見といこうか」

『みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
 ―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
 更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!』

「へえ、面白いスペルの使い方するんだな……って、いや待て。お前まさか――」

『名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
 いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!』

「ああ……お前は、なんでそう危なっかしい事ばっか閃くかな……おい!頼むから転ぶなよ!」

〈ポヨリンさんに限ってそんなミスはしませんよ。ふむ、人一人乗せてあの速度……やりますね〉



『……巫女服……ね〜。
 エンバース、そういうのが好きなの?』

「さあ?だが、もしそうだとしたら……どうしてくれるんだ?」

『じゃーんっ! どう?』
『ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
 と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……』

「つまり……限定スキンは俺が独り占めって事か。悪くない気分だ」

『かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
 ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?』

「……なら、そういう軽率にかわいい行動は控えてもらおうか?
 言っておくがな、その巫女服――めちゃくちゃ似合ってるんだからな。
 その破壊力を自覚せずに振る舞われては……はあ。まったく、俺の身が持たないぞ」



『あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
 ……っていうか、エンバースより……』
『……わたしの方が問題だと思うんですけど』

「問題?問題なんてどこにも見当たらないけど……もっとよく目を凝らさないと見えないのか?
 ……俺が今、急に今日一日ずっとスカラベニアに滞在したくなってきたのは確かに問題だが」

〈今のところ、一番の問題はあなたのその発言ですがね〉

130embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:00:10
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅱ)】


『見て見て、これ!』

「……このコースを、このタイムで?さっきのフラウより早いぞ……やるな、ポヨリンさん。
 フラウ、流石のお前も今回ばかりは相手が悪かったみたいだな……って、どこ行くんだよ」

〈さっきのでコースは覚えました。あと二回……いえ、三回も走れば――〉

「――いいや。俺の見立てじゃ、アレはそんな一朝一夕で超えられるタイムじゃないね。
 悪いが、今日はお前の負けず嫌いに付き合ってやる時間はないんだ……ほら、行くぞ」

〈だったら一回です。一回でタイム更新すれば……ちょっと、アンサモンはズル――〉



『却下』

「なにぃ!?確かにかわいくはないけど……だが、待て。考えてみろ。
 こういうクソデカアーマーにこそ、往々にして美少女が入ってるもんだろ?
 ブレモンというゲームのエンタメ性に寄与する為にも、そういう夢をプレイヤーに――」

〈で、入ってるんですか?〉

「いや、まあ、入ってないんだけどさ!」



『ううん、別にそうでもないよ。
 機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん』

「真ちゃん……アイツ、最終決戦には間に合うのかね。チャンピオンは……生憎、俺がやっつけちまうけど」

『わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
 ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
 シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
 ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!』

「……しまったな。デリンドブルグでカウボーイ装備を回収してくるんだった。絶対似合ったろうに」



『ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ』

「悪い……ありがとな。そうと決まれば早速……おおい、そこの君!君だよ!スティルバイトちゃん!
 こっちにおいで。武器を打つ為の素材が欲しいんだろ?俺が用意してあげるからさ。
 代わりに頼みたい事があるんだ――大丈夫、きっと君も楽しめるから」

〈あの……ハイバラ?あなた、明日の朝を一人だけ牢屋の中で過ごすつもりですか?〉

131embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:00:35
【ルート・ジャンクション(Ⅰ)】


「――悪い、モンデンキント。最後、お前を置いてけぼりにしちまったな……。
 ちょっと……すぐには冷静になれそうにない。今日はここまでにしてくれ」

ワタツミ保護区から帰った後、エンバースはなゆたにそう言うと、部屋に戻ってしまった。
ベッドに腰掛ける/両手を組む/その上に額を預けて――だが、どうにも思考が纏まらない。

「……クソ。とにかく、明日の準備をしないと」

消え入るような呟き――スマホを開く/この三日間で集めたカードを取り出す/床に並べていく。
デッキコンセプトは――自身の最大火力=ダインスレイヴの補助/強化を軸にすべきだ。
つまり継続的な魔力放出/乗算形式のダメージ強化が出来るカードを積めばいい。

一度これと決めて考え出せば、蓄積した知識/理論が思考を推し進めてくれる。

「……『予告のダイス』がここにあればな」

それでも、ふとした拍子にさっきの事を――リューグークランの事を思い出してしまう。
まだ試してみたい連携があった/隠しておいた戦術だって幾つもあった。
皆の力なしで、ミハエルに勝つ為のデッキが完成する訳がない。

カードを手繰る手が止まる/拳を震えるほど強く握り締める。

『エンバース、いる?
 ……入ってもいい?』

不意に、部屋の外から聞こえた声/エンバースの背中が小さく跳ねる。

「……モンデンキント?あ……ああ、鍵は開いてる……どうしたんだ?」

慌てて立ち上がるエンバース。

『ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
 明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
 ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから』

「……話って、何を」

ベッドに腰掛けたモンデンキントに向き合う。

『今日はありがとう、すごく楽しかった。
 ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
 エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
 きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
 ……一緒にいられて、嬉しかった』

「楽しんでくれて何より……って言いたいところだけど、俺もだ。
 俺の方こそ……楽しかった。お前が一緒に来てくれたおかげだ」

呼吸二つ分ほどの静寂――なゆたが口を開く。

『最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
 あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
 わたしは、そうは思わないよ』

空っぽの筈の胸がどきりとざわつく/双眸の炎が不安げに揺れる。

132embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:01:30
【ルート・ジャンクション(Ⅱ)】

『今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
 だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
 それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
 でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
 そこで大事な話があるって。
 第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?』

――もしかしたら。俺はただ薄情で嫌なヤツになりたくなくて、そんな事を言ってるだけかもしれないぜ。
そんな考えが脳裏に浮かんで/だが口にはしない――弱音を吐くにしても、それはあまりに情けなかった。

『リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
 ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
 わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
 預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
 ビックリしちゃったなぁ』

「はは……確かに。あの時、問答無用で攻撃されなくて良かったよ」

弱音の代わりに零れる、虚勢めいた笑い。

『そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
 なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
 わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
 あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を』

「……ああ」

『あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
 仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
 みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
 そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
 ましてや――』

『別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
 大事にしてなくちゃ、できないことだよ』

はっと、エンバースがなゆたを見つめる/自分をまっすぐに捉えたその双眸を。
そして理解する。少女は、己の秘密に――隠し通した筈の秘密に気づいている。

「……お前、いつから」

『……最初は、気のせいかなって思ってた。
 外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
 でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
 間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
 ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
 あなたは引き留めてくれたよね。
 わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
 リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった』

「……モンデンキント。俺は、お前を騙したかった訳じゃないんだ……ただ……」

『あ、でも、誤解しないで。
 それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
 そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
 あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの』

「……そう言ってくれると、助かるよ」

呼吸など必要ないアンデッドが――それでも震える嘆息を零す。
かつて遺灰の男だった存在にとって、少女の言葉は救済だった。

133embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:09:58
【ルート・ジャンクション(Ⅲ)】

『ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
 同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
 それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
 全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
 あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
 出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
 でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま』
 
なゆたが立ち上がる/エンバースへと歩み寄る。

『つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
 リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
 無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
 だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
 そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
 いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな』

少女の両手が、エンバースの頬に触れる――淡い微笑みに目を奪われる。

『もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
 わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?』

闇色の眼光が一瞬揺れる/小さな嘆息――両手でなゆたの頬を包む。

「……バカ」

そして少しだけ、ほんの少しだけ強く、己の額で少女の額を打った。

「勘弁してくれ。そんなの……次はもう耐えられそうにない」

そうして紡いだその言葉は――問いの答えとして、十分に機能し得る筈だ。

『あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
 もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
 てことで――エンバースに新しいオーダー!』

己の手中からすり抜けていく少女を、名残惜しげに見遣る。

「……仰せのままに、マスター?」

『ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
 ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
 ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!』

「いいな、それ。きっと……次も楽しくなるんだろうな」

『それから、もうひとつ。
 今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
 無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
 でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――』

「……なんだよ、今更そんな改まって」

『……なゆた、って呼んで欲しい。
 モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ』

エンバースの身体が僅かに強張る。それが嫌だから、ではない――むしろ逆だ。

134embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:10:18
【ルート・ジャンクション(Ⅳ)】

己を見つめるなゆたの瞳に宿るもの/己の空っぽの胸の内側を掻き乱して、ざわつかせるもの。
それをどう呼べばいいか――エンバースは、確証などないが、知っている気がした。
生前――もうずっと昔に思えるその時にも、同じものを持っていたから。

エンバースはもう自覚していた――自分が、なゆたの願いに応えたいと思っている事を。
少女の瞳の中と己の胸中に在る「それ」を――照らし合わせてみたいと望んでいる事を。

「……改めてそう言われると、少し……照れ臭くて、参っちゃうな」

それでも――エンバースは二の足を踏む。
なゆたの願いに応えてやりたい――心からそう思っている。
自分がどう呼ばれるのか、それがどんなに大切かエンバースはよく知っている。

だが――そうする事で自分の中で何かが変わってしまわないか、怖い。
自分の中の一つ目の「それ」を塗り潰してしまわないか、恐れている。

無理に踏ん切りを付けなくてもいい/今すぐじゃなくてもいい――なゆたはそう言ってくれる。
だが――いつになれば割り切れるのか/それまでずっと曖昧なままにしておくのか。
全て「なあなあ」のままにして――呼び続けるのか。モンデンキントと。


『――ハイバラ』


不意に背後から声が聞こえた――なゆたには、それは聞こえていないようだった。
マリの声――今でも自分をハイバラと呼ぶ声が、エンバースの背に刺さる。
その響きはナイフのように冷たい――かえって、それで目が覚めた。

「……さっき、お前が言ってくれた事。嬉しかったよ。気が楽になった」

こんな風にただ、じっと悩んでいるのはハイバラらしく――自分らしくない。

「無理に踏ん切り付けなくたっていい……確かに俺、自分で自分を追い込んでたのかもしれない。
 でも……やっぱり俺、踏ん切りを付けたいんだ。しなきゃいけない……とかじゃなくて。
 ちゃんとしたいんだ。でないと皆にも、お前にも……アイツにも、不義理だから」

ゆっくりとなゆたに歩み寄る――今更、後には引けない。
だから。そう言って、エンバースは一度言葉に詰まり――

「なゆた」

悩みを振り切るように、ただそれだけ呟いた。

「……はは。なんていうか……少し、くすぐったいな」

照れ臭そうな笑い/泳ぐ視線/右へ/左へ――どうにか、なゆたをじっと見つめ直す。

「なゆた。なゆた……ああ、駄目だ。むずむずする。
 ずっとこうして呼んでいれば、その内慣れるかな」

少女の名を呼ぶ度、疼く微かな罪悪感――心の中にある一つ目の「それ」は、まだ動かせなかった。
だけど、かえって少し安心した――たったこれだけで忘れてしまえたら多分、自己嫌悪は免れない。

「……それで、なゆた。それだけで良かったのか?」

さておき――エンバースはそう尋ねた。

135embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:10:38
【ルート・ジャンクション(Ⅴ)】

自分がどう呼ばれたいか――その命題について考えると、どうしても思い出す。
今のなゆたは、以前のままなのか、それともシャーロットなのかという疑問について。
少女の説明は曖昧だった――シャーロットではない/だが以前の自分のままだと断言も出来ない。

遺灰の男は、エンバースと呼ばれる事に意味を見出していた――なゆたも、そうなのかもしれない。

「他には何かないのか?お前の望みなら、なんでも聞いてやるぜ。
 ……実はよく眠れないから、子守唄を歌って欲しいとかでもな」

とは言え、深く詮索出来るような話題でもない。こうして冗談混じりに聞くのが精一杯。

「……さあ。そろそろ寝ないと、明日に差し支えるんじゃないか?……部屋まで送るよ」

そうしてなゆたを送り、自室の前まで戻ると――エンバースは一度立ち止まり、意を決してドアを開けた。
部屋の奥。窓から差し込む月光の中に、マリがいた――血塗れの姿で何も言わずにエンバースを見ていた。

「……アイツのおかげで、一つ思い出したんだ」

エンバースが窓辺に歩み寄る。

「この二巡目の世界でお前と会うのは……今日が初めてじゃなかったな」

キングヒルでの決闘――その最中にエンバースは幻覚を見ている。
エンバース自身すら忘れていた事に言及出来る――マリの幻覚を。

「あの時とは……随分と態度が違うじゃないか。俺に愛想を尽かしたのか?」
 それとも――本当はまたあの時みたいに、俺に発破かけてくれてるのか?」

窓枠に右前腕を置く/マリの顔を覗き込む――返事はない。

『えー?それは、ちょっと都合よく考え過ぎじゃないですか?
 こっちは散々、あなたのダサいとこを見せられてきたのに』

背後からの声/もう驚きはしない/振り返る――流川たなが、ベッドの上で足をぶらぶらと揺らしている。

136embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:11:53
【ルート・ジャンクション(Ⅵ)】

「いいや、同じ事さ」

『はっ、そうやった煙に巻こうとしたって――』

「だって考えてみれば、お前らの言い分は要するに――
 俺にもう一度惚れ直させて欲しいって事だろ?
 随分とまあ、いじらしいじゃないか?」

『んなっ……!リューグーじゃあんなにしょぼくれてたくせに、よくもそんな事が言えますね!』

「ふん、それで?」

『……それでって、何がですか』

「今のやり取りは?ハイバラポイントで言うとどれくらいだ?」

『〜〜〜〜〜っ!はー!?あーあーそうやって言葉尻捕らえてくる感じだ!
 はいはい!そういうのハイバラさん好きでしたもんね!べ〜〜っだ!!』

流川が悔しげに舌を出す/そのまま煙のように掻き消える。
窓際を振り返ると――マリの姿はもう見えなくなっていた。

「はは……今のはかなり効いたな。大丈夫……心配するなって。
 明日はちゃんと見せてやるよ。お前らの知ってるハイバラを」

エンバースは、己の魂が今までになく燃え盛っているのを感じていた。
なゆたは、今までの全ての自分を認めてくれた/全ての自分を信じてくれた。
フラウは、一巡目で心折れて投げ出した自分を――今でもハイバラと呼んでくれる。

マリも、そう呼んでくれる――その本心がどうであれ。

リューグーの皆は、自分に惚れ直したくて堪らないらしい――そう思う事にした。
それに――ミハエル・シュヴァルツァー。世界一位が自分を名指しで待っている。

これら全ての、期待という言葉だけでは一括りに出来ない思いの存在に気づいた時――エンバースは、それに応えたいと思った。

「――ああ、思いついたぞ。カードはまだ足りてない……けど、このシステムなら――」

エンバースがカードの前に戻る/思いついた戦術を膨らませて形にしていく――懐かしい感覚が、蘇ってきた。

137embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:12:12
【ルート・ジャンクション(Ⅶ)】


翌朝、エンバースはカテドラル・メガスの裏庭にいた――昨夜からずっとだ。
昨夜閃いたシステムを手に馴染ませる為、何度も練習を繰り返していたのだ。

周囲には巻き藁代わりに、アルメリア兵士の大剣を始めとして無数の刀剣が突き立てられていた。
どれも激しく刃毀れするか/大きく歪むか/折れるか――或いは、切断されている。
まるで剣の墓場といった風情――その中心にエンバースは立っていた。

〈ハイバラ。聖堂内の足音が増えてきました。そろそろみたいですよ〉

「もう、そんな時間か……フラウ、これで最後にしよう」

〈いいでしょう……行きますよ〉

アルメリア兵士の大剣を足場にしたフラウが、溶けた尾を鍔に絡める――体を固定。
触腕を枝分かれさせる/周囲の直剣に伸ばす――都合十本の刃が宙に浮かび上がる。

「ああ、いつでもいいぜ――」

瞬間、宙空へと舞い上がる刃――エンバースの右手が残像すら残さず瞬く/十重に響く金属音。
周囲に武器が散乱する――折れて/歪み/引き裂け/貫かれ/溶けて/朽ちて/砕け散った残骸が。

「……トゥループ・システム。完成だ」

スマホを操作/散らばった武器の残骸を一括回収――エンバースは裏庭を後にした。



皆よりやや遅れて聖堂に参じたエンバースは、マスターアサシンの法衣を身に纏っていた。
赤と金で縁取りされた純白のローブ/目深に被ったフード/真紅の飾り帯。
左腕にはスマートフォンを固定した竜鱗のアームガード。

『プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう』

「総勢五十二万の相互ヒール軍団か――マル様と親衛隊の出方が気になるところだな。
 さっぴょん……少しは腕を上げたみたいだし、久々に一戦交えてみたいもんだけど。
 アイツ、今JPサーバーで何位なんだ?覚えてる限りじゃ……十四位とかだったっけ」

ニヴルヘイムの軍勢はウィズリィが失敗した事を知っている。
ならば、プネウマ聖教軍が敵に回る事も当然に想定しているだろう。
その対策として、マル様とその親衛隊をぶつけてくる可能性は大いにある。

〈五十二万ですよ?たった四人のブレイブでは流石に――〉

「そりゃ、ヤツらだけじゃな……でも、向こうだってニヴルヘイム連合軍と連携を取ってくるかもしれない」

G.O.D.スライム/アニヒレーターの破壊的な範囲火力。
デスメタルビルドの騒音による回避困難な詠唱/祝祷の妨害。
さっぴょんのグランドクロスは、大軍を容易く分断/包囲殲滅し得る。

たとえ十全のメンバーでなくとも、大軍殺しこそはマル様親衛隊の十八番――警戒しておいて損はない。

『余は遊軍として五百騎を率いる』

エンバースは何も言わない――用兵/遊撃をグランダイトに説くなどあまりに無意味だ。

138embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:13:08
【ルート・ジャンクション(Ⅷ)】

『作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない――

 ――敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ』

「……プランは、あくまでプランだ。俺達が予想以上に手こずる可能性も十分ある。
 いざとなったら、俺達を置いて一時撤退する事も視野に入れておけよ。
 こっちは最悪、エンデさえいれば逃げ道は作れる……筈だ」

『うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!』
 
エンバースは黙考=己が全てを失う事になった元凶に、どれほどの報いを望むべきか――答えは出ない。

『いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
 弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
 それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ』

「今回は、ずっと傍であやしてやれるか分からないからな。ちょっとやそっとで泣きべそ掻くなよ。
 継承者どもは……任せるしかないか。クソ、マル様にもロスタラガムにも借りは返せず仕舞いか」

『みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
 明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ』

ふと、ジョンが声を上げた/一瞬、聖堂から声が消える。

『もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
 あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった』

真っ先に反論したのは明神だった――この中で、最も中庸/善良な感覚を持つが故の反論。

「……オーケイ、分かった。なら俺に任せろ。イブリースを上から下まで真っ二つにしてやる」

同調するエンバース=極めて断定的な口調/会話の主導権を強奪。

「勿論、ロスタラガムとマリスエリス、ゴットリープも俺が貰う。
 誰が何人殺したかは分からない……けど、加担した事だけは確かだからな。
 向こうの陣営にいて止めなかった以上、マルグリットだって同罪だ。皆ぶっ殺してやるよ」

冷水のように浴びせかける暴論/極論。

「……そうしてどいつもこいつも殺していけば、晴れてGエンドに到達だ。グッドエンドじゃないぜ。
 ジェノサイドエンドだ……そこまでは求めてないって?らしくない我儘だな。
 じゃあ……どこまでならいいんだ?どこまでやれば満足する?」

露骨にケンカ腰=それほどまでにはっきりと表明しておきたかった――そのルートは「無し」だと。

「無いんだよ、そんなの。ここまでなら殺していい、コイツだけなら――なんて線は。
 『うっかりLV2になるヤツなんているか?冗談キツいぜ』……ってヤツさ。
 一人でも殺せば……次を殺さない理由はもう、なくなるんだ」

真に迫る声=経験談。

139embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:14:51
【ルート・ジャンクション(Ⅸ)】

「……そんなに睨むなよ。言いたい事は分かるぜ?イブリースを殺さずにおくとしても――」

『あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ』

「……正直、まだ何も思いつかないけど。けど、それを考えてた方がまだ建設的――」

『策はないが…考えがある…カザハ、頼む』

「……なんだと?」

ジョンが指を鳴らす/カザハが前に出る。

『聞いてほしい曲がある。
 『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ』

「歌?…………それで、この歌がどうしたって――」

『……あれ?二番……』

一番が終わったと同時に口を挟もうとして、タイミングを逃す。
ゲーム内の楽曲であるブレモンのテーマは、二番などなかった筈なのに。
自分がムスペルヘイムに召喚された後で、二番が実装されたのか――などと考える。

「んん……?いや待てよ。そもそも――」

『…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…

『いやカザハ君の創作かい』

「創作?いやいや、おかしいだろ。だって今の――」

『注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ』

「それ以前に――」

『なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……』

「違う。そこじゃなくて――」

『なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?』

「……オーケイ。まずはそっちの話に区切りを付けよう」

エンバース=何か言いたげだったが断念――視線をなゆたへ。

『そうだよ』

『もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは』

「そうか……ジョンはメインクエストも未クリア……いや、読み飛ばしてたんだっけ?」

140embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:15:58
【ルート・ジャンクション(Ⅹ)】

『マジかよ。すげえな、お前、ジョン』

エンバースが細く長く溜息を吐く――明神の言う通りだ。
ジョンは独力で、イブリースのバックボーンを読み取った。
ただ――それでも、その閃きは車輪の再発明止まりでしかない。

『でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも』

「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」

『やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――』

『――――ッ、本物のシャーロット……?』

「どうした、モン…………なゆた?」

一度深呼吸をして、気を取り直して少女の名を呼ぶ――しかし返事はない。
何かを深く考え込んでいる様子――これだよ、と言いたげに両手を上げる。

『……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな』

「明神さん、まだ言うつもり――」

『仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
 確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
 だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ』

まだGルート行きを引きずるつもりか――言いかけた言葉が、行き場を失う。

『ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
 戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
 その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない』

明神の意志は堅い――だが声は大分、冷静さを取り戻している。

『ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの』

「……認められなかったら、どうするって言うんだ?」

問い=挑発といった調子ではない――純粋に続きを促している。

『犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない』

「確かに……そういう解釈の下でなら、死なせてやるのも一つの選択肢だろうけど」

その線は考えてなかった、といった口調――実際、メインストーリーの中ではイブリースは死んでいるのだ。
せめて武人らしくという大義名分さえあれば、物語のクオリティとイブリースの死は両立し得る。
そのルートでも結局、和平への筋道が立たないという問題は残るが――不可能ではない。

141embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:18:37
【ルート・ジャンクション(ⅩⅠ)】

幻魔将軍をどうにかニヴルヘイムのトップにねじ込むか。
はたまた――シャーロットの力をモノにして皇魔をでっち上げるか。
手持ちのカードでどうにかする――それはそれで、ゲームのルート分岐として面白みがある。

『……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
 奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた』

だが――明神の目はもう、そんなトゥルーエンド未満を見ていないようだ。

『ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
 イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
 そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する』

「間違いない。地球に帰ったらイブ様親衛隊の隊長になれるぜ」

『イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ』

「……結局、自分で言い出した事、全部自分でひっくり返しちまったな?でも……うん、それがいいよ。
 なにせ明神さんの腕じゃ、イブリースのあの丸太みたいな首はどんなに頑張っても落とせっこないし」

からかうような/だが嬉しげな声色=明神が殺しの螺旋に落ちてこなくて良かった。

『なゆちゃん?』

『あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!』

「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」

飛空艇からの自由落下/二度に渡るオデットへの特攻/二度目は殆ど自殺行為――懇願の根拠は十二分。

「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

視線の先=カザハ/カケル。

「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

声色は極めてフランク――その実、言動は事情聴取/物証の有無を確認。

「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

エンバースは念の為、尋問めいた雰囲気を隠そうとしている――だが実際にはカザハは嘘をつかない。

「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」

ふと、エンバースが椅子に深くもたれかかる――虚空を見上げる。

「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

そこにある筈の、プレイヤー達の覗き窓へと語りかける。

142embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:23:34
【ルート・ジャンクション(ⅩⅡ)】

「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

実は夢の中で教わりました、示唆されました――では説明にならない。何故なら――

「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
 少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
 つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」

たかが風精王――ここでは『それが何代目であれ、所詮はゲームのキャラクターに過ぎない筈の存在』の意。

「それだけじゃない……一巡目にガザーヴァと混線?したって事は、お前らは同時期に死んでた訳だろ。
 だが、ゲームの中では……シャーロットが初めて登場するのはガザーヴァの死後になる。
 俺達の知るブレモンが、一巡目の顛末を基にして作られているとすれば――」

これについては確証はない。だが――

「――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
 ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
 なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな」

とにかく、と話を本旨へ戻す。

「その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
 だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
 間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?」

前へ向き直る――カザハを見据える。

「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」

円卓に仰々しく両手を打ち付ける/身を乗り出す。

「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」

楽しげに言うエンバース。

「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
 ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」

いつもより僅かに柔らかな声/一呼吸置いて、こう続ける。

「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」

今度は一変して、芝居がかった脅かすような口調。

「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
 シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」

人差し指/中指/薬指を立てる――薬指を折る。

「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
 でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」

中指を折る。

「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

残った人差し指を口元に添えて、エンバースが笑う。

143embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:25:10
【ルート・ジャンクション(ⅩⅢ)】

「そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ」

実際、一巡目の崩壊時、二巡目に向けて布石を打てたのがシャーロットだけと断定出来る根拠はない。
キングヒルへの『侵食』を見るにローウェルの権限は二巡目でもある程度機能しているし、
サルベージされる前の一巡目のデータが既に干渉を受けていた可能性だってある。

「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」

最後、やや投げやりに締めくくる/エンバースは一息ついて――

「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」

明らかに狙い澄ました能天気さで、そう言った。

「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」

とぼけた口調/口元に僅かに垣間見える笑み。

「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」

エンバースが椅子に深く体を預ける。

「そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
 目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?」

そしてもう一度、架空のカメラを見上げる/両手を広げる。

「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」

一巡目の感覚を思い出す――物語の全貌を把握し切れないが故の息苦しさを。

「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」

だが、そう言って皆を見渡すエンバースは――強気な笑みを浮かべていた。
物語の全貌を把握し切れない――それは渦中の当事者にとっては耐え難い苦痛になる。
だが――この世界がゲームである事を完全に受け入れてしまえば、最上級の娯楽にもなり得るのだ。

「いや……もしかして、そんなの俺だけか?だとしたら……悪い事しちゃったな。
 ま、物語には適度なケレン味と緊張感が必要って事でさ……勘弁してくれよな」

そして――程なくして、聖堂に一人の聖罰騎士が入ってきた。

『刻限です。参りましょう』

『了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!』

「ちゃんと楽しむ事も忘れるなよ。全部一度きりだ。リプレイは出来ないんだからな」

エンバースが立ち上がる/天井を見上げる/人差し指を突きつける――これは、お前達に言っているんだと示す為に。

「さあ、行こうぜ――レッツ・ブレイブだ」

144ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:35:29
>「そうだよ」

やはり…イブリースの違和感の一つはこれで消滅した。
ちゃんと話したわけではないが…ポヨリンを一度葬った後の発言…僕達は即座に殺さず話を聞いてしまうお人よし感
僕は今までイブリースは非情だ…しかしそれと相反するようにお人よしな部分が見え隠れする…違和感がずっとあった。

>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

でもそれが…お人よしの部分は…他人の影響受けていた…。僕がなゆに影響を受けたように…イブリースもまたシャーロットから影響受けていた。
僕はなゆに…イブリースはシャーロットに…影響を受けた相手すらも実質同一人物だった…とは…これは運命なのか…。

>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

「なん…!」

>「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
>「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」

「なぜだ…?本人がいなくたって…!」

>「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
 イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
 シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」

「それは…」

そんな事は言われなくたって分かってる…!しかしイブリースをどうにか説得しなければ…!
世界平和なんて夢のまた夢なんだ…それは明神だって分かってるだろうに…!

>「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの」

>「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」

明神の言わんとしてる事は分からんでもない…けど、僕には…イブリースというゲームのキャラクターの中の一つであるイブリースは殆ど知らない。
目の前の…言葉を交わしたイブリースが僕の全部の情報だ。一貫性だとか…ゲームとしての存在の魅力がどうだのこうだの僕にはわからない…。

>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

僕達がイブリースを何らかの手段で説得・懐柔したとして…イエスマンになったイブリースにニブルヘイムの統治はできない。
そもそもローウェルが洗脳したにせよ口でコントロールしてるにせよ…確かにそこになんの違いもないのかもしれない。

でも具体的にどうすればいいのか?ストーリーも…世界観も分かってないこの僕が?

145ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:35:45
仲間にする事ばかり考えていた。
なゆ達が僕にしてくれたことをそっくりそのまま実行すればイブリースを助けられると信じていた…でも…
自分の意志で…なにかを実行した事がない僕が…相手に説けるだろうか?

不安になっちゃいけない…ここまできてできないは許されない…!それでも…僕は明神の言葉に返事できずにいた。

>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」

いや…なに考えてるんだ…!なゆに…みんなにここまで何を教えられたんだ!僕ならできる!カザハに言っといて自分でできなくてどうする!

>「なゆちゃん?」

>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

「任せとけ!僕が必ず…!」

フライングした…ちょっと恥ずかしい。
だめだ最初から最後まで空回りしてる気がする…いや気のせいじゃない…もう少し冷静にならねば…

>「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」

エンバースがその気があってかなくて…なかった事にしてくれた…優しが身に沁みる。

落ち着け…考える事はなにもイブリースの事だけじゃない…むしろイブリースの事は前座…真の敵はまだその先にいるのだから。
力配分…戦闘態勢を整えておかなければならない…イブリースをどうこうできても負けてはまったく意味がないからな。

「行くぞ部長…今まで…僕の一人よがりだったけど…今度こそブレイブとして…みんなの役に」

やはり元気だけが空回りしている僕にエンバースが待ったを掛ける

146ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:36:02
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

エンバースとの付き合いもまあまあ長くなってきた今日この頃…エンバースの真面目な声のトーン…
なにか確信を得た時に発する凍てつく視線と声…その矛先は……カザハ?

>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

嫌な予感がする――この状態のエンバースは遠慮がない

>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

「なあ…エンバース…その話今関係あるのか?ただ前の週の思い出を思いだしただけだろ?そんなにマジメに追及する事なのか?」

>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」

あ〜だめだ…エンバースがこうなったら疑問を徹底的に口に出さないと気が済まないぞ…。
エンバースの一人で完全に把握する癖と気になった事はとことん突っ込まないといけない性格は分かってはいたが…

>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

うわ…なんかなんにもないところに向かって話始めた…なんかどっかのドラマのテーマソング流れそうな雰囲気だよ!周りは凍ってるけど!エンバース…君は古畑任〇郎か?

>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

「なあ…エンバース…君が無駄な事はしないって僕は知ってるよ…けどそんなに尋問するようにしなくたって…」

>「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
 ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」

違うそこの心配してるんじゃないだって!僕は心の中で愚痴りながらなゆと明神を見る。

う〜ん…これは様子を見るしかないのか。

>「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
>「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
 シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
>「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
 でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」

>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

「エンバース!」

意図はないとは分かっているが…さすがにカザハがかわいそうだ…さすがにこの辺にしろと意味を込めて名前を呼ぶ
まるで悪戯がバレた子供のように含み笑いをしながらエンバースはひらひらと手で返事する。

>「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」

「あぁ…わかった…ってこの流れで気分よく承諾できるかあ!!!周り見ろ!周り!氷ついてるよ!
台風が過ぎ去った後みたいな空気になってるよ!トルネードだよ!こんなサイクロンみたいな空気でよくそんな事言えたね君!?」

>「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」

「違うんだよなあ…そうじゃないんだよなあ…なにが間違ってるのかな…?僕の言い方が悪いのかなあ?…ジャパニーズ日本語カミング?」

ジョン・アデルは完全に混乱している!

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:36:17
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」

もちろんエンバースが追及した謎はエンバースが言う通り確認しなきゃいけないのは間違いはない…間違いはないんだが…
カザハをさすがにいじめすぎじゃないだろうか?カザハも本気で攻めてないのは分かっているだろうけど…。

これ以上追及してもしょうがないから切り替えるしかない。決戦の時はもうすぐそこなのだから。

>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」

「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」

>「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」

「…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ。
僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど」

あ〜あ…我慢できなかった。場が妙な空気になる。こんな予定じゃなかったんだけどな…
まあエンバースも僕がギスギス目的で言い放ったわけじゃないとわかってくれるだろう…たぶん。

>「刻限です。参りましょう」

そんな会話から少し経つとそこに空気を読まない…いやこの場合は読んでる…騎士が現れる。ついにきたのだ…出陣のその時が

「カザハ…少しまってくれ」

みんなが外に出ていく中…カザハに声を掛け呼び止める。

「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」

相変わらず気の利いた一言でも言えないのがもどかしいが…生憎僕は愛の言葉を囁いた経験はない。ついでになゆ達以外の友達がいた事すらない
なんの心もない愛の言葉と体の使い方ならいくらでも知ってるんだが…そんな言動をカザハに言うつもりはない。

僕の精一杯の誠意で

「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」

僕は跪いて差し出されたカザハ手の甲にキスする。

「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」

君に勇気をもらったから…少し恥ずかしいけど…お返しだ。

「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」

澄まし顔で最後まで言えたらよかったんだけど…途中であまりにもむず痒くて顔が赤くなっちゃったよ

「…あ〜それと…盗み見はよくないな?カザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」

茶化しながら陰で隠れて僕達を見ている…たぶん気配からしてカザーヴァだと思われる人物に話掛ける。

「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」

僕の心は静まり返っていた。
一度怒り気味なったからこそ…冷静にいる事ができる…分からない事を永遠に悩む事も…もうない。

エンバースはここまで見通していたのか?…まさかな

「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」

>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

「もちろん…全員で必ず生きて世界救ってやろう!レッツブレイブ!」

みんなが僕を信じてくれている。ならやる事は一つしかない…全力で…これから起こる事柄全てに全力で体当たりする!
出来ないかも…僕になんか…ネガティブにそんな事をいちいち考える僕にさよならを告げるんだ…!

148崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:07:54
>あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ

なゆたの一瞬の閃きは、結局そのまま消えてしまい何も生み出すことはなかった。
けれども、何かを閃きかけたということが重要なのだ。それにまつわる切欠さえあれば、また新たに閃く可能性はある。

「あはは、うん……出来るだけハラハラさせない方向で善処する……たぶん、きっと……メイビー……」

エンバースの突っ込みに、臍の前で両手指をもじもじ絡め合わせながら言う。
何せ、自分でも何を閃くか分からないのだ。当然それが危険なのか安全なのかも分からない。
そして、例え危険だとしても――それが現状一番有効な策だと判断したら、自分は間違いなくそれを実行に移すだろう。
エンバースには申し訳ないが、それはもうそういうマスターなのだと観念して貰うしかない。

>――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど

不意に、エンバースがカザハへ話柄を向ける。

>カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?
>白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?

カザハがしどろもどろになって説明するのを聞いて、エンバースはさらに追及を強める。

>ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に

そこまで言うと、エンバースはふと何もない、明後日の空間を見上げて騙り出した。

>カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ

「……エンバース?」

なゆたが怪訝な表情で思わず名前を呼ぶも、エンバースはお構いなしだ。

>お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?
>――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
 ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
 なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな

「そなたら、何を言っておるのじゃ?」

「訳が分からないわね……」

エカテリーナとアシュトラーセが眉間に皺を寄せる。
これは完全にプレイヤーとしての会話だ。ゲーム内のキャラクターである十二階梯の継承者にとってはちんぷんかんぷんだろう。
けれども、なゆたにはエンバースが何を言いたいのか分かる。

「ふむ」

>その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
 だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
 間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?
>ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない
>……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ

一巡目の世界では、カザハとガザーヴァはアコライト外郭で相討ちになって死んでいる。
シャーロットは幻魔将軍の死後、ストーリーの中に姿を現した。
とすれば、カザハとシャーロットには面識はない。なのに――カザハがシャーロットのことに言及する歌詞を作れたのは何故なのか?
答えは簡単だった。

>――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を

誰かが、予めそう仕組んでおいた――ということ。
そんなことが出来るのは、ブレモンの運営しかいない。
とすればメインプログラマーのシャーロットか、チーフデザイナーのバロールか、総合プロデューサーのローウェルの何れかということになる。
けれど、エンバースはシャーロットとバロールの可能性を否定した。
とすれば――

>……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?

大賢者ローウェル。『ブレイブ&モンスターズ!』に見切りをつけ、サービス終了と称して世界を破壊しようとしている張本人。

149崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:10:34
「そんなこと……」

>そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ

なゆたが言いかけた言葉の続きを、エンバースが継ぐ。
常識的に考えて、ローウェルが此方に利するような行為をするとは思えない。
既に次のゲームの企画さえ用意しているようなローウェルだ。落ち目のゲームなど一刻も早くサービス終了させたいだろうし、
延命させる理由もないだろう。
しかし、だとしたら何故――?

>……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて

>絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
 どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
 どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
 精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
 最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
 白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
 本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
 みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
 自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
 自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
 でも、いざこうなったらこんなにも……

エンバースの追及に、カザハが申し訳なさそうに口を開く。
結局、思いついたというのはカザハの思い込みでしかなく、仕込まれたという仮説に対しての反論はできないということらしい。

>……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
 ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
 こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……

「オマエ、この期に及んでまだ――」

あれだけ説得したというのに未だに思い悩んでいるカザハに対し、ガザーヴァが気色ばむ。
ニヴルヘイムとの最終決戦を前に、士気が殺がれるようなことがあってはならない。
なゆたはカザハの言葉にじっと耳を傾けていたが、ややあってひとつ息をつくと、口を開いた。

「いいよ」

カザハの顔を真っ直ぐに見つめて言う。

「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
 ……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
 そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
 自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
 あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」

カザハが先ほど歌い上げた歌が、エンバースの言う通り何らかの意図によってカザハの中に組み込まれたものであったとしても、
それはそれで構わない。
であるのなら、今度は本当にカザハ本人が目の当たりにしたもの、耳で聞いたもの。
心で感じたもの、実際に直面し抱いた思いを歌にすればいい。

「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
 他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
 わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
 だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
 カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
 一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」

びし、と右手の人差し指でカザハを指し、厳命を下す。

>……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな
>そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
 目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?

そう言うと、エンバースはふたたび虚空を見上げた。まるで其処に何者かがおり、今も此方の遣り取りを眺めている――とでもいうように。

>……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?
>こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも

「……ん。ここまできたら、もうトロコンしかないでしょう!」

なゆたは頷いた。
こうなったら、もう進むべきはトゥルーエンドしかない。フラグを残した中途半端なエンディングなんて望んではいない。
そうしてカザハとジョンの遣り取りを経て、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はエンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を用い、
ニヴルヘイムへと向かった。

150崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:16:53
ニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)は、ニヴルヘイムの軍勢にとって最も重要な本丸である。
従って、その制圧には激しい抵抗が予想された。
アルフヘイム対ニヴルヘイム、まさにふたつの世界の総力を尽くした『最終戦争(ラグナロク)』――
そんな熾烈な戦いを予想していたのだが。

「……これは……」

エンデの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜ってニヴルヘイムの地に足を踏み入れたなゆたは、
眼前に広がる光景に思わず呆然と立ち尽くした。
ニヴルヘイム真界の最奥、暗黒魔城ダークマターの前には、広大な平野が広がっている。
当然、オデットらアルフヘイム軍首脳陣は陣を敷くに適したその平野で決戦が行なわれると考えており、
あらかじめ布陣しているに違いないニヴルヘイム軍が先制攻撃してくるものとばかり思っていたのだ。

しかし――

其処には、誰もいなかった。
ただ、一行の目の前にはどす黒くぶ厚い雲が重苦しく頭上に垂れ込め、
罅割れた赤黒い大地がどこまでも続く荒涼とした世界が広がるばかりだ。
そして、そんな荒れ果てたニヴルヘイムの空と言わず大地と言わず、至る所には大小さまざまな“穴”が開いており、
まるでアニメに出てくる穴あきのチーズのような様相を呈していた。
侵食によって喰い荒らされ、刻一刻と消滅しつつある世界。
そこにはアルフヘイム軍を食い止めるために布陣した軍勢はおろか、野良の魔物の姿さえ見当たらない。

「オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」

兜を小脇に抱えたガザーヴァがガンガンと騎兵槍の石突で地面を叩く。

「……ビビッて逃げた……」

そんなガザーヴァの言葉に、はっとする。

「………………そうかも」

「おぉーい!? マジか!?
 クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
 敵前逃亡するなんて見損なったぞ!」

「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

「心得ました」

オデットが頷く。アレクティウスが迅速に各部隊へ指示を飛ばし、門を潜ってニヴルヘイムに集結した軍勢が続々と陣容を整えてゆく。
もしこの静寂がニヴルヘイムの策であり、兵を隠して奇襲を目論んでいたとしても、これなら即座に対応できるだろう。
軍備と一緒に運んできて貰っていたヴィゾフニールに乗り込み、操縦席のクレイドルにスマホを挿す。
フィィィィ……という低い起動音と共に目覚めたアルフヘイム最速の強襲飛空戦闘艇は、
ゆっくりと離陸し高空から一路暗黒魔城ダークマターへ進路を取った。

「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」

艦艇内のモニターで眼下の地上を確認しながら、みのりが右手を頬に添えて小首を傾げる。
ニヴルヘイムに生きる者たちにとって、この真界はかつて支配者たる皇魔が住んでいた、いわば聖域だ。
余程のことでも起きない限りは、彼らがこの世界を廃棄して逃亡するなどということは考えられない。ただ――
その『余程のこと』が起こったのだとしたら、状況は変わってくる。

「……いない」

暗黒魔城ダークマターに到着してヴィゾフニールから降り、巨大な正門を潜って城内に侵入を果たしても、様子は同じだった。
人っ子――否、魔物っ子ひとりいない。
ゲームの中のエクストラダンジョン扱いだったダークマターならば、
メインストーリークリア後の強力なザコ敵がまさしく雲霞の如く押し寄せてきて、プレイヤーの行く手を阻むはずなのに。

「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」

「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」

黒を基調とした重厚かつ荘厳なエントランスで、ガザーヴァに告げる。
快諾したガザーヴァが先行して歩き出す。なゆたもシャーロットの記録を持っているためダークマター内部には詳しかったが、
万が一の奇襲を警戒してここは慎重を期した。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の自分が先頭を歩くより、ガザーヴァに斥候を任せた方が伏兵にも対応できる。

「……行こう。エンバース」

ポヨリンを足許に従え、エンバースを一瞥してから歩き始める。
ダークマターは六階構造で、いかにもバロールが手がけたものらしくトラップが山盛りであったが、
ガザーヴァがその悉くを無効化して何事もなく先へと進んでゆく。
精緻な彫刻の施された大柱が等間隔にそそり立つ黒い回廊を通り、長い長い階段をのぼって最上階へ。
そうして最終フロアの最奥にある大扉を開くと、そこには謁見の大広間があり――

本来魔王が座しているはずの玉座に、何者かが腰を下ろしていた。

151崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:23:08
「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

一際高い吹き抜けの天井と、七色のステンドグラスから降り注ぐ光。対照的に黒曜石のように輝く床と、そこに敷かれた真紅の長絨毯。
かつての皇魔の支配を偲ばせる謁見の間に、低く重々しい声が響く。

兇魔将軍イブリース。

誰もいない世界、誰もいない王城の中で、ただひとりその存在を顕すニヴルヘイムの首魁が、
ジョンら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の姿を見て口を開いた。

「イブリース……!」

なゆたはポヨリンと共に身構えた。スマホを片手に握り締め、臨戦態勢を取る。
しかし、イブリースは玉座に悠然と腰掛けたまま動かない。

「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」

「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

エカテリーナの問いに、イブリースはせせら笑った。

「やっぱり……!」

そんなイブリースの反応に、なゆたが戦慄する。
嫌な予感が当たってしまった。
真界マカ・ハドマーに乗り込んだ際、もぬけの殻の世界を見てガザーヴァは『ビビッて逃げ出したのでは』と言った。
それはまさしく正鵠を射ていた。アルフヘイムとニヴルヘイム、ふたつの世界の軍勢が総力戦を開始すれば、
双方ともに多大な犠牲が出るのは避けられない。イブリースは自らの部下たちが大戦争で命を落とすことを厭い、
配下たちを逃がしたのだ。
そして、自分ひとりだけがこの壊れかけの世界に残った。
エンバース達『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をこの場に足止めするために。

「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――」

ウィズリィが怪訝な表情を浮かべる。
だが、なゆたにはとっくに見当が付いていた。きっと他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも同様だろう。
アルフヘイムの最重要地点キングヒルが陥落し、司令塔として皆に指示を送っていたバロールが姿を消した。
キングヒルに参集していた夜警局や群青の騎士、覇王軍といった数多の精鋭も軒並み侵食によって消滅した。
プネウマ聖教軍や『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はまだ健在だが、パワーバランス的にはアルフヘイム軍は瓦解したと見ていいだろう。
相争っていたふたつの世界の片方が壊滅し、生き残った方が新たな世界へ攻め込む。
それはまさに『ブレイブ&モンスターズ!』の一巡目と同じ流れだ。
となれば――

「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

「……なんてこと」

行き先はミズガルズ、すなわち地球。
一巡目ではアルフヘイムが侵攻したものが、今回はニヴルヘイムになっただけだ。
いつか赤城真一が幻視した、一巡目の地球の末路。
飛び交う戦闘機とドッグファイトを繰り広げるドラゴン、隊伍を組んで行進するタイラント。
炎に包まれ、崩れてゆく街――それが再度繰り返されてしまう。

「地球へ……帰らなきゃ……!」

思わず叫ぶ。
キングヒル襲撃に続き、またしてもニヴルヘイムに出し抜かれた。
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とプネウマ聖教軍は、まんまと罠に嵌められたのだ。
ニヴルヘイムの住人達はとっくにこの穴だらけの世界に見切りをつけて、地球を新たな故郷とするべく行動を開始していた。
とすれば、最終目的地としていた転輾つ者たちの廟にもローウェルはいないだろう。
こんな廃墟に等しい世界にいつまでもいるのは無意味だ。一刻も早く地球へ行き、戦いをやめさせなければならない。
でなければ、また一巡目と同じくすべてが灰燼と帰すことになる。
けれど――いったいどうやって地球に帰還すればいいというのだろう?
それに。

「それを、オレが許すとでも思っているのか?」

イブリースが唸る。と同時、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの背後の巨扉が音を立ててひとりでに閉まった。
扉には魔力結界が張られ、破壊は困難。意地でもカザハたちを逃がさず、ここで足止めするつもりらしい。
外に布陣しているオデットやエンデ達プネウマ聖教軍とも連絡がつかない。完全に分断されてしまった。

「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」

「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」

みのりが緊張した面持ちでイシュタルを前列に召喚しながら言う。

「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」

152崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:28:07
「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
 だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
 兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」

ギュオッ!!

兜をかぶった黒騎士姿のガザーヴァが単騎でイブリースへと特攻する。
ダークマターの玉座は魔王バロールのもの。愛してやまない父の所有物である玉座に、
たかだか一将軍に過ぎないイブリースがのうのうと腰掛けているのが我慢ならないのだろう。
暗月の槍ムーンブルクの穂先がイブリースの胸元に狙いを定める、が――イブリースの発した瘴気によって阻まれ、
あべこべに吹き飛ばされてしまう。

「あうッ!」

吹っ飛んだガザーヴァをマゴットが受け止める。
虚空から愛剣『業魔の剣(デモンブランド)』を喚び出し、イブリースがゆっくりと玉座から立ち上がる。

「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

全身から禍々しい濃紫色の瘴気を嵐の如く発するイブリースが、右手を突き出す。
其処にはクルミ大の球体が十個ばかりも握られていた。

「あれは……!」

ウィズリィが瞠目する。
むろん、明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もそれが何なのか知っているだろう。
『悪魔の種子(デモンズシード)』――
大賢者ローウェルが造り上げた、モンスターを超強化させ邪悪な傀儡に変化させる魔具。
たったひとつでも上位継承者たるオデットを暴走させ、ウィズリィを完全に洗脳していた其れが、十個。
イブリースは目玉のように時折瞬きする其れを口許に持っていくと、一気に噛み砕いた。
ガリッ、ボリ、と硬い咀嚼音を響かせながら、そのすべてを嚥下してしまう。
想像を絶する悍ましい光景に、なゆたは絶句するしかない。

「……な……、な……なんてこと……」

「ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」

やがてすべての『悪魔の種子(デモンズシード)』を飲み込んだイブリースは、背を丸めて苦しみ始めた。
喉を掻き毟り、巨躯を仰け反らせ、苦悶にのたうつ。
ビキビキと首筋や米神に血管が浮き上がり、まるで別の生き物のように脈動する。

「ごォォォォォォォ……!!
 ぐ、ぎ……ッガァァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!!」

ギュゴッ!!!

イブリースの身体から噴き出す瘴気がその勢いと濃度を一層増す。
エーデルグーテで戦ったオデットの発した瘴気とは比較にならない毒素だ。
ウィズリィとアシュトラーセが慌ててこの場にいる全員に抵抗(レジスト)の魔法を施す。
これで瘴気の毒に身体を蝕まれることはなくなったが、代わりに嵐のように渦を巻く負の嵐によって攻撃ができない。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に出来ることは、ただATBゲージが溜まるのを待つことだけだ。
そして、その最中にもイブリースは変質してゆく。
3メートル程度だった体躯は5メートル程にも巨大化し、二対の黒翼は三対に。
太い角はより長大になって凶悪に枝分かれし、尻尾も一回りほど太くなってドラゴンもかくやというものに。
黒い鎧は金色のエングレービングが増してより豪奢になり、装甲部も増して飛躍的に防御力が増したように見える。
業魔の剣も持ち主の巨大化に合わせて変容し、相応しい長さと巨大さになり――
最後に頭部へ帝位を示す漆黒の輝きを放つ月桂冠を戴くと、新たな姿となったイブリースは耳を劈くような咆哮を上げた。

「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」

「な……なんだよ、アレ……!
 イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」

ガザーヴァがフェイスガードに覆われた兜の奥で慌てた声を出す。
ゲームを一通りクリアした『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってもこのイブリースの姿は初めて見るものだろう。
今までもタイラントやオデット、ウィズリィなど『悪魔の種子(デモンズシード)』に操られた者は見てきたが、
外見を此処まで変質させた者はいなかった。
しかし――

「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」

エンデが静かに口を開く。
聞き慣れない名に、なゆたがエンデを見る。

「……兇魔皇帝……イブリース・シン……?」

「うん」

荘重に頷くエンデ。
しかし、これはエンデにとっても想定外のことだったらしい。その表情は珍しく強張っていた。

「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」

153崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:33:46
最終形態へと変身を終えたイブリースが、カハァァ……と濁った息を吐く。
その周囲にはかつてタマン湿性地帯で戦ったときとは桁違いの量の怨霊が乱舞し、
瘴気の渦の中でうねってはアルフヘイムの者たちに対する呪詛を撒き散らしている。

EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シン。

企画段階では、第二部ではバロール亡き後のアルフヘイムには束の間の平和が戻ったが、
実は生き延びていたイブリースがニヴルヘイムを再興し、自らが旗手となって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に復讐戦を挑む、
というストーリーが考えられていたらしい。
その際の、ニヴルヘイムの新たなる盟主となったイブリースの名が『兇魔皇帝イブリース・シン』。
現在のところ、大多数のプレイヤーたちは『六芒星の魔神の饗宴』など超レイド級を相手とするイベントで盛り上がっているが、
そう遠くない将来には超レイド級さえ難なく屠る猛者たちが現われ、現状の敵では満足できなくなる時が必ず来る。
まだ見ぬ廃人プレイヤー達に対抗するためには、超レイド級の更に上のクラスを新たに設定する必要がある――
こうして生み出されたのが、規格外を表す『EX』の称号を持つモンスター、イブリース・シンであった。
ただしそんな設定もローウェルがブレイブ&モンスターズ! に見切りをつけ、
サービス終了を発表した時点でお蔵入りとなった……のだが。
どうやらローウェルはそんな没ネタになっていた兇魔皇帝の設定を引っ張り出し、急遽実装したということらしい。

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」

ゴウッ!!!

イブリースが右手に持った業魔の剣を大上段に掲げ、一気に振り下ろす。
途端に颶風が荒れ狂い、4メートルはあろうかという瘴気の斬撃が長絨毯を引き裂きながら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちへ飛んでくる。

「みんな! 散開!
 一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」

なゆたが素早く号令を発し、ポヨリンと共に横っ飛びしてからくも斬撃を避ける。
対レイド級といった多対一の戦闘の場合、相手を包囲するのが戦闘の鉄則だ。
だが、例えイブリースの背後を取ったとしてもその全身に纏う怨霊と瘴気によって、易々とは攻撃はできない。
けれども、だからといって臆することはできない。
真の敵はイブリースではない。それに、一刻も早くニヴルヘイムの軍勢を追って地球へ帰還する方策を練らなければならないのだ。

「ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
 ポヨリン、お願い! 力を貸して!」

『ぽよっ! ぽよよんっ!
 ぽよよぽよよよ〜っ!!』

巨体を誇る者が多数を占める超レイド級モンスターの中でも、ミドガルズオルムは抜きんでた巨躯を誇るモンスターである。
それでもエーデルグーテの地下墓所ではフィールドがユグドラエアの巨大な根の内部に広がる空洞ということで召喚できたが、
さすがにこの謁見の間では手狭に過ぎる。
足許のポヨリンに声を掛けると、ポヨリンはいかにもやる気満々といった様子でイブリースを睨みつけ、ぽよんぽよんと飛び跳ねてみせた。
イブリースはかつてポヨリンに土をつけ、死ぬほどのダメージを与えた仇敵だ。
その相手と再度対峙することで恐怖心やトラウマを植え付けられてはいないかと危惧したが、どうやら杞憂であったらしい。
今でこそ月子先生のスライムとフォーラムで畏怖され、仲間たちにも“さん”付けで呼ばれるポヨリンだが、
駆け出しのころは他のプレイヤー同様、多数の敗北を経験し幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
今さら一度や二度の敗北で折れる心は持っていない。元よりブレモンでもザコ中のザコモンスターである、雑草根性なら人一倍だ。
そして――マスターのなゆたも、覚醒したことで始原の草原でのデュエル時よりパワーアップしている。

「いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」

『ぽよよよっ!』

「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」

次の斬撃を飛ばそうと再度剣を頭上に掲げたイブリースに対し、スキルで先手を取る。
さらに、攻撃。スパイラル頭突きの強化版だ、弾丸状に硬化したポヨリンが激しく回転してイブリースへと迫る。

「ヌゥンッ!!」

イブリースが業魔の剣を振り下ろす。ガギィンッ!! という大きな激突音と共に、盛大な火花が散る。
両者は束の間力比べの鍔迫り合い状態となったが、双方ともにダメージを与えることなく終わった。

「……強い……!」

ポヨリンを足許まで後退させると、なゆたは呻いた。
今さら確認するまでもないことだが、それでも言わずにはいられない。
さすがは超レイド級をも上回るEXレイド級モンスターだ。しかも、未実装ということでその手の内やステータスも分からない。
本物のシャーロットなら兇魔皇帝に関するデータも持っていたのだろうが、残念ながらなゆたが引き継いだ記録にその項目はない。
この戦いのうちで見極めるしかないのだ。

155崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/24(火) 00:50:47
「オオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」

今やかつてのレイド級相当という枠組みを超え、かつてない強敵へと変貌したイブリースが吼える。
その攻撃力は絶大、防御力は無類。
カザハの用いる各種の風属性のバフを三対の黒翼が起こす瘴気の烈風で無効化し。
明神の使用した『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を一息に踏み壊し。
エンバースとフラウの連携を、ただ己の膂力と『業魔の剣(デモンブランド)』の重量のみで叩き潰し。
ジョンの指示で攻撃を繰り出す部長を片腕一本で受け止め、投げ飛ばす。

「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」

イブリースに攻撃を仕掛けるのは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけではない。
果敢に突撃を挑み、その都度弾き返されるガザーヴァが、焦燥も露に呻く。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のパートナーモンスターたちも間断ない攻撃を行なっているし、
ウィズリィはそんなアタッカーたちに攻撃力や防御力、素早さアップのバフを常にかけ続けている。
しかし――

「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」

イシュタルを矢面に立たせ、タンク役としてイブリースの攻撃を食い止めているみのりが思わず悲鳴を上げる。
イブリースが剣を振り下ろすたび、イシュタルの全身がギシギシと軋む。だがこれはイシュタルのブランクが長く、
耐久性が落ちている――という意味ではない。むしろ逆だ、生半可なタンク役ならイブリースの攻撃の一撃目で粉砕されている。
よく持っていると言うしかないが、それもこのままでは長くは続かないだろう。

「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」

「このままではジリ貧じゃ!
 御子よ、何か逆転の策はないのか!?」

パーティーの回復役に徹して皆の傷を癒すことに専念しているアシュトラーセと、
虚構魔法を駆使して攻撃にターゲットの分散にと飛び回っているエカテリーナが叫ぶ。
イブリースの攻撃は凄まじく、その一挙手一投足によって城そのものが鳴動し、天井からパラパラと塵が降ってくる。
その上斬撃や瘴気の波動によって床や壁は既にズタズタになっており、豪奢だった謁見の間は砲撃でも受けたような姿に変わり果てていた。
攻撃は掠っただけでも此方の体力の半分近くを持ってゆき、一瞬たりとも気が抜けない。
エカテリーナの言う通り、何か逆転するための戦術を考えなければ此方が遠からず疲弊しきって全滅するのは目に見えていた。
水を向けられたエンデが眉間に皺を寄せる。

「……ない」

「ない!?」

自分から率先して提案することがないだけで、誰かから訊かれればその都度必ず状況を打開する方法を助言していたエンデだが、
今回ばかりはまったくの無策、お手上げということらしい。

「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

イブリースが左腕を高々と掲げると同時、周囲の風景が謁見の間から濃紺の星空へと切り替わる。
そして、遥か彼方から降り注ぐ隕石群。炎を纏った流星群がアルフヘイムの皆を狙う。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の知識にない、未実装の魔法だ。どうやらイブリースは他にも大量の新技を搭載しているらしい。

「エンバース!!」

なゆたが叫ぶ。なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』以外の回避スキルを持っていない。
このような全体攻撃魔法を相手にするには、エンバースに運んでもらうしかないのだ。
シャーロットの記録を解放し、所謂『銀の魔術師モード』になれば、シャーロット譲りの光属性魔法で何とかなるかもしれなかったが、
なゆたはそれを避けた。
これ以降の戦いに備えて、何度使えるか分からない銀の魔術師モードを温存しようとしたとか、
自らの力でなく別人の力で戦うことに拒絶感をおぼえた――とか、そういうことではない。
対イブリース戦は、あくまでジョンが主役。そう作戦会議で皆と決めたのだ。
その方針を変えたくはない。この戦いはジョンが主軸となり、ジョンの働きによって決着が付けられるべきなのだ。
似た者同士のふたりであるから。
ならば、ふたりを永年縛りつけている呪縛から解き放てるのも、お互いしかいない。
エンバースに安全なところまで運んでもらうと、床に降り立ったなゆたはジョンを見た。そして叫ぶ。

「ジョン! イブリースに語りかけて!」

「ナユタ!? 何を言っているの!?
 イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
 会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」

なゆたの叫びに、ウィズリィが思わず反論する。
だが、なゆたは一度かぶりを振った。

「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
 ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
 伝わるはずなんだ、絶対に――!!」

「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

ふたりの会話を聞いてか聞かずか、イブリースがジョンへと狙いを定める。
ジョンの身丈よりも遥かに巨大な魔剣を大きく一文字に振り、兇魔皇帝はジョンめがけて襲い掛かった。


【ニヴルヘイムは無人。魔城内にイブリースだけが残っており、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は閉じ込められる。
 イブリース、兇魔将軍イブリースからEXレイド級モンスター『兇魔皇帝イブリース・シン』へと進化。
 明神はガザーヴァに指示できる。ベル=ガザーヴァへの進化も可能。】

156カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 20:58:21
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

ジョン君を主軸にイブリースをもう一度魅力的な悪役に仕立て上げる、という方向性で話がまとまった。
更に、なゆたちゃんは、何か秘策が容易できるかもしれないという。
そんな時、エンバースさんが別の話題を切り出す。

>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

視線の先は――えぇ!? 私達!?

>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

――今それ聞く必要ある!?

>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

可哀そうだからやめたげて!?
カザハは、自然に思い付いたからそんなものは無いと答える。

「本当に無いんだ。思い出したような、いつの間にか知っていたような感じで自然に出てきたから……。
もしかしたら自分で作ったんじゃないのかも……」

>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

エンバースさんは、虚空に向かって語り掛けるという不思議な行動をとるのでした。
もしかして、上の世界で私達を見ている誰かに向かって話しかけてます?
私のイメージだとブレモン(この世界)ってフルダイブ型のMMORPGで
今は世界を消すか消さないかで争ってる段階だから一般プレイヤー入りのキャラがうろうろしていない、という解釈でしたが、
もしかしてログインせずに外から観測する機能はまだ解放されてたり……?

>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

エンバースさんは、何かの意図をもってカザハを追及している。

>「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
 少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
 つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」

初代風精王の正体を何の捻りも無く推測するならば、世界創生の時に組み込まれた始原の風車の中枢プログラム、というところだろうか。
そして始原の風車の正体が、時代が進むにつれて構成員を増やして高度になっていくスーパーコンピューターのようなもの、だったか。
が、ゲーム内の機構が「この世界はゲームだ」と解明してしまっては色々と不都合が起きそうなので、
そうならないように予めブロックされていると考えるのが妥当だろう。

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:00:56
>「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」

「それは……双巫女が風の記憶で一巡目のことを知ってたから……それと似たようなものかと……。
でも……シャーロットが消滅してすぐ1巡目の世界は消えてしまっただろうし……
誰も歌詞を作る暇なんて無かったよね……」

>「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」

>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

エンバースさんは矛盾点から仮説を導き出した後に、究極的過ぎて投げやりにも聞こえる結論を言ってしまった。

>「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」

やっと自分の道を見つけ出したと思ったら、それすらも敵に仕組まれた罠かもしれない。
その事実は、今のカザハを動揺させるには充分で。

「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……」

(一緒に行きたい。でもみんなを傷つけてしまうのが……足枷になるのが怖い。
我にはきっと自由意思なんて無いから……上位存在の悪意に抗えないよ……)

カザハは、自分に自由意思は無いんじゃないかと疑っている。
カザハがこうなった理由は、魂を共有する私はなんとなく分かっている。
カザハもまた私と同じように、致命的に人間への換装に失敗していたのだろう。
それが体ではなく心だったから、誰にも気付いてもらえなかった。
精霊というのは基本的に人間ほど複雑な感情は無く単純で純粋な精神性をしており、
特にカザハの場合は始原の風車の防衛機構としてのプログラムがされているわけで、少なくとも人間大好きなはずはない。
1巡目の時の精神性はそのままに人間臭い部分が追加されてしまったら、拒絶反応を起こすのは目に見えている。
自分の心が嫌でたまらなくなって、消えてしまいたくなったかもしれない。
それでも少なくとも表面上はそんな風には見えなかったのは、
自分に存在することが認められない感情をたくさん押し殺して、私のために生きてくれたのだろう。
私を生かすための交換条件と自分に言い聞かせることで、自分に存在し続ける許しを乞うたのだろう。
それが常態化しすぎて、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまっていて。
私から見れば、自由意思が無いなんてことはないのだけれど。
私から見たカザハの生き様は、感情を押し殺しても尚抑えきれない好きや憧れが溢れ出ていた。

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:02:21
(あなたはもう自分のために生きていいんですよ。
この旅で見たのは、決して綺麗なものばかりじゃなかったけど、あなたはみんなのことが大好きになった。
きっともう自分のことも受け入れられる……)

「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」

カザハはやっぱり本心を言えなかった。
長らく負の感情を見せなかったカザハが、最近になって腹を立てたり思い悩んだりしているのは、
むしろいい傾向なのかもしれないが、私にはあと一押しをどうしてあげるのがいいか分からない。
そんなカザハに、なゆたちゃんが毅然と告げる。

>「いいよ」
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
 ……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
 そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
 自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
 あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」

「自分だけの歌……」

>「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
 他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
 わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
 だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
 カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
 一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」

「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」

カザハは満更でもなさそうに微笑んだ。

「ごめん、本当は君ならそう言うって分かってたのかも……。
でも今はまだ、どうしてもその言葉が必要だったんだ。
配属されたのがキミのパーティで良かった……。我が語る勇者がキミ達で本当に良かった」

……ってほっこりしてる場合じゃないですよ!?
なゆたちゃんに判断を委ねたせいで目標が伝説を語るから一億再生に爆上がりしてるんですけど!?
あなたユーチューブの再生数三桁だったじゃないですか! 私もう知りませんからね!?

159カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:05:40
>「カザハ…少しまってくれ」

先ほどからずっと気にかけてくれていたジョン君が、カザハを呼び止める。

>「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」

「うん。きっと事が重大過ぎてどう言っていいか分からなくなったんだよ。
我も真面目な場ほどいっつもテンパって訳わかんないこと言ってしまうもの」

カザハのいつものやつとはちょっと違う気がするけど!

>「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」

「……? 何何? 部長さんがお手してくれるとか!? ――逆?」

冗談っぽく言いながらカザハは手のひらを出して、何か違うらしいということで手の甲を上にする。
するとジョン君はおもむろに跪き……何してるんですかね? ちょっと角度的に見えません(棒)
ここはカザハ自身に語ってもらいましょうか。



我は、目の前で跪いて手の甲に口づけする金髪碧眼の青年を、まるで夢の中のような気分で見つめていた。
その姿はまるで女王に忠誠を誓う騎士のようで。
何気なく差し出した左手の甲には、エメラルド色の宝石のようなレクステンペストの証がある。
その昔、平凡平穏を望んだ我にとっては呪われた宿命の証でもあるけど、それごと全て受け入れて貰えたような気がして。

>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」

自分ですら最後まで自分の味方である自信が無いのに。
キミ達が持っている”勇気”は、多分無いのに。いつも自分を騙してばっかりなのに。
それは、願う事すら厚かましくて憚られる、だけどずっと誰かに言って欲しかったかもしれない言葉だった。

「ジョン君……キミが苦しんでいる時、殆ど何もしてあげられなかったのに。
親友を助けてあげられなかったのに。どうしてそこまで言ってくれるの……?」

未だキスの感触が残る手の甲をまじまじと見て、今度はジョン君の顔を見つめる。

「――えっ!?!?!?!?!?!?!!!!!」

今更ながら認識が追いついて、素っ頓狂な声が出る。
これって要するにうちのパーティーのやたら青春してる約二組的な世界に踏み込もうとしてるってことでOK!?
いや駄目待って無理無理無理無理! 何!? 何かのドッキリ!?
ああいう世界は端から見物して楽しむものであって自ら参戦するものじゃないから!
というかキミ、(そっち系の意味ではないにしろ)なゆにベタ惚れだったじゃん!?
それ以前にこっちは少年(姉)という意味不明な存在なんだけどいいのか!?
……それに、前に我を必ず守ると言ってくれたあの二人は……魔剣の材料として命を捧げてしまった。
そんなの絶対駄目だ。

160カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:10:54
「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」

困ったことに自分の声音が全く困ってるように聞こえない。内心嬉しいのが隠し切れない。

>「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」

いや――いやいやいや、こういうのって普通ここに至るまでに着々とフラグを積み重ねていくものだよな!?
いくらキミが金髪碧眼のイケメンだからって! 一瞬で陥落するほど我はチョロくないぞ!?
いや、そういう問題じゃなくてそれ以前に! 性別もよく分かんない我にとってそういうのは管轄外……
頭ではそう考えながらも、正体不明の感情の波が押し寄せて、今まで抑えていたものが決壊したように涙が溢れ出る。
あまりに自分の鼓動がうるさくて、両手で左胸を押さえる。呼吸ってどうやってするんだっけ!?

「あははじゃないから! どうしてくれるんだよ、やばいっ……!
心臓がバクハツしそう! 感情が大洪水だ!」

――なんでこうなる!? 実は前から気になってた、とかならなるんだろうけどっ!
最初の出会いなんてキミがテーブルの上に落ちてきて我、ニャーと鳴く犬に大爆笑だよ!?
全く何も発展しそうにないじゃん! そりゃあジョン君は大事な仲間だけどそういう意味では別に何とも……。
――本当にそうだろうか。
明神さんがクーデターを起こした時、何も事情が分からない者二人揃って、迷わずなゆに味方した。
キミはまだ普通の人間の身でありながら、モンスターの我を庇ってくれた。
ガザーヴァと分離した後パーティに残ったのは、破滅の力に蝕まれるキミが気がかりだったから、というのも多分にあった気がする。
一度は忘れていたレクステンペストの力を思い出したのは、キミを助けようとしていた戦いの最中だった。
その後も、破滅から免れた代わりに今度は親友を失ってしまったキミを案じていた。
裏切ろうとしていたと明かされた時は驚いたけど、立ち直ってくれて心底安堵した。
気が付けば、我はみんなについていけなくなっていて、キミはパーティの主力として遥か先を歩いていて。
もう我のことなんて眼中にも無いに違いないと思っていた。でも――そんなことはなかった。
歌を聞いてくれた時のキミは、何かを察していたようだった。
そして調子に乗った我は、つい不審者発言をかました。
……あれ!? もしかしてこの気持ちって俗に言うところの……。
……無い無いそんなわけ無い! そんなのキャラじゃなさすぎる!
その時、天啓のごとく閃いたのである。この正体不明の感情は捕獲されたモンスターの気持ちだと!
大昔にアゲハに捕まえて貰った時や最近カケルに捕まった時とは微妙に違う気がするけど、
捕獲方法の違いによるものということにしておく異論は認めないッ!

「どうしよう、謎のビームも赤と白のボールも当てられてないのに捕獲されちゃったみたい……」

161カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:15:20
特別よりも、平凡を望んだ。
自分を愛してくれた人が犠牲になるぐらいなら、あんまり嫌われない程度に平穏に生きることを望んだ。
だからこんなのは望んでもいないし、そもそも自分には端から無関係なもの。
――そのはずだったのに。
心の奥に隠して自分すら忘れていた扉を、ジョン君は意識してかせずか、いとも容易く開けてしまった。
涙が零れ落ちるのも構わず、胸の内を満たす喜びと感謝を伝える。

「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」

あと何回、自分はカケルを助けられるのだろう――助けられなくなったら、自分は用済みだ。そう思いながら、生きてきた。云わば引換券のようなものである。
そんな自分を隠すために、何も考えて無さそうなふざけた人を演じた。
そうしておけば、特に辛くないから、それでいいと思っていた。
こちらの世界に来てカケルは元気になったのに、我の歪み切った思考は抜けなかった。
自分自身には価値はなく、いつも何かの交換条件でしかないような気がしていて。
そのことに気付かれたらどうしようといつも怯えていた。
まあいいか、ふざけた言動でイロモノ枠におさまっておけば誰も深く踏み込んでくることはない。
自分なんか、適当に放っておいてほしい。なのに。誰も放っておいてくれなかった。
明神さんに旅に同行する目的を問い詰められ、即刻コミュ障が露呈した。なんということをしてくれるのかと思った。
おかげで、自分でも気付いていなかった願いに気が付いてしまった。
ズブのド素人に対して超ガチゲーマーの面々と同じ扱いで意見を求めてくるなゆ。
多分的外れなことを色々言ったと思うけど、決して馬鹿にしたりしなかった。
エンバースさんは、始原の草原で、決して皆に言えなかった心の一端を汲んで、テュフォンとブリーズを弔えと言ってくれた。
ガザーヴァは我の卑怯さを全て見抜いた上でそれでも一緒にいたいと言ってくれて。
それだけしてもらってもまだ残っていた最後の障壁をたった今キミがぶち破ってくれた。
本気で自分を引換券と思っていたなんて、意味不明すぎて自分でも笑えてしまうけれど。
おかしいと分かっていても、どうにもならなかったのだ。

「あのさ……我って性別よく分かんないと思うけど、我自身をそのまま見てくれて、すごく嬉しい……。
実は自分でもよく分かんなくて、どっちでも無いみたいで……。
シルヴェストルは風から生まれる種族だから……厳密には性別は無いんだけど。
それでも男性型か女性型どっちかの形態の者が多いんだけど、こういう風によく分からないのもいて」

シルヴェストルは風から生まれる種族のため、厳密には性別は無い。
キャラ付けとしては一応あるのだが生物学的な都合は関係無いというか。
そのため人間のようにはっきり二分されるわけではなく、心の在り様によって個体ごとに様々で。
我の場合はどっちの特徴も無く、髪型や服装によってどっちにも見えてしまう。

「だから……この気持ちはきっと……捕獲されちゃったモンスターの気持ちで……
キミ達人間が持ってるのと同じ種類のものなのかは分からない。
それでも――これだけは言える。キミの想いに応えたい。他の誰でもなく……キミがいい」

162カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:36:33
テュフォンとブリーズのことを忘れたわけではない。
この先に踏み出していいんだろうか、彼女達の二の舞にならないだろうか、と今も胸の奥が棘が刺さったように傷む。
でも、こんな大き過ぎる感情を無い事にするなんて、もう出来ない。だったら道は一つしかない。
あの二人には取り合って貰えなかった我儘を聞いてもらうしかない。
昔から思っていることを言葉にして伝えるのが苦手で、真面目な局面ほど、つい意味不明な事を言って相手を呆れさせてしまう。
これはもう病気のようなもので。なゆを引き留めようとしたときには盛大に爆死したけど。
今度こそ――ちゃんと伝えたい。
ジョン君の瞳を真っすぐに見つめる。本当は相手の目を見て話すのも苦手な陰キャだからすごく緊張するけど……!

「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」

ジョン君の右手を両手で取って、自分の左胸に押し当てる。
風の元素で出来たこの体は、人間とは全く違う素材で出来ていて、中身が全部人間と同じ仕様とは限らない。
だけど、ドキドキしすぎて心臓の在り処は嫌でも分かってしまう。
触ってみたら見た目では分からない程度に微妙にあるなんてことはなく当然見事に何も無いのだが。(何がとは言わない)
それだけに心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。

「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」



私はあまりの展開に驚愕しつつ、事の成り行きを見守っていた。
でも今となって思い返してみれば、カザハはジョン君のことをずっと気にかけてたような気がしなくもありません。
カザハの場合、自分の気持ちに気付かないまま行動だけ伴っていることはよくある。
ジョン君は、カザハが本人すら無自覚のまま立てていた普通なら誰も気付かないようなフラグに気付いてくれたんでしょうか。
あ、ジョン君と激闘しながら叫んでたアズレシアにマイホームを建てるとかいう意味不明な宣言はそういうことだったんですか!?

>「盗み見はよくないな?ガザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」

「えっ!? 嘘……。見てた……?」

はっと我に返ったらしきカザハが、こっちを見る。私と目が合う。

「う、うわぁあああああああああああああ!! そ、そそそそそんなんじゃないから!」

私、別に何も言ってませんけど!?

163カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:38:54
>「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」

「う……うん!」

カザハは何事も無かったような表情を作りながら、ジョン君の後を追う。

>「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」

「何でもないから! 本当に何でもないから!」

皆の視線に耐えきれず、わざとらしく作った神妙な顔で言い訳をするカザハ。
何かあったのがバレバレである。

そんなことがありつつ、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、ついにニヴルヘイムへ足を踏み入れる。

>「……これは……」

>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」

なゆたちゃんやガザーヴァが、ニヴルヘイムの軍勢が見当たらないのを訝しんでいる。
カザハは至るところに空いた大小さまざまな穴を見て、顔を曇らせた。

「あれが……侵食……」

侵食については今まで話には聞いていたが、直接目の当たりにするのはこれが初めてだ。

>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

ヴィゾフニールに乗り込み、暗黒魔城ダークマターに向かう。

>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」

「何これ、逆に怖いんだけど……!」

敵が見当たらないなら見当たらないで、カザハはやっぱりビビリ倒していた。

「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」

また勝手に出ているアゲハさんがジョン君にウザい感じで絡んでますけど!?
早くスマホに収納した方がいいんじゃないですかね!?
……ってカザハが忽然といない! さては緊張しまくってトイレにでも行ったんじゃないでしょうか。
特に意味も無く画面内からしれっと姿を消してる時って多分そういうことです。知らんけど。

「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」

164カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:42:23
あ、そういう解釈も出来るんですね!
私、本人が少年型って言ってるから全年齢向けゲームだから見える部分で判断するんだろうなーって納得してました。
ちなみに進化するとしたらどこがどう進化するんでしょう(意味深) 何この世界一不毛な性別論争。
カザハの正確な年齢は私もよく知らないのですが少なくとも100年以上進化しなかったものはもう今更進化しないと思います。
多分これは「あれはああいう生き物」と納得するのが正解で、考えたら負けなやつですね。
こんな感じでアゲハさんが好き勝手言っているところに、「ずっといましたが何か」みたいな顔をしたカザハが戻ってきました。

「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」

アゲハさんは即刻スマホに収納された。

「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」

何が起こるか分からない緊張感に耐えられずモフモフで気を落ち着かせようとしているようだ。
いくらモフモフで可愛いとはいえ部長先輩をそんなぬいぐるみ的な用途に使おうとは何たる所業……!

やがてダークマターに到着し、城内に突入するも、やはり誰もいない。

>「……いない」
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」

(ボクの部屋以外って強調されると逆に気になる……)

少女趣味の可愛らしい部屋を勝手に想像して勝手に萌えているカザハであった。

>「……行こう。エンバース」

ガザーヴァのおかげで難なく最上階へ到達し、謁見の大広間へたどり着く。

>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

そこに腰かけていたのは、他でもない兇魔将軍イブリースであった。
ニヴルヘイムの現トップなのでその事自体は不自然ではないのかもしれないが、不思議なのは何故たった一人かということである。
エカテリーナがそこのことを問う。

>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――」

>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

165カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:44:22
>「……なんてこと」
>「地球へ……帰らなきゃ……!」

>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」

背後の扉がひとりでに閉まる。カザハが慌てて押したり引いたりするも、びくともしない。

「そんな……! 閉じ込められた!?」

>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」

>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」

>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」

オデット達とも連絡が取れないようで、今ここにいるメンバーでイブリースを倒すしかここから出る方法はないようだ。

>「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
 だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
 兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」

ガザーヴァが特攻するも、イブリースはただ瘴気を発するだけで吹き飛ばしてしまう。
イブリースはここにきてようやく剣を携え立ち上がった。

>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

イブリースが右手を突き出して見せるのは、『悪魔の種子(デモンズシード)』――なんと10個。
その取り込み方も凄まじく、あろうことか噛み砕いて嚥下してしまった。

「ちょ、ちょっと……!」

>「ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」

とんでもない量の瘴気が吹き荒れる。
ウィズリィとアシュトラーセ二人の上位術士による抵抗(レジスト)の魔法が無かったら、それだけで戦闘不能かもしれない。

>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」

>「な……なんだよ、アレ……!
 イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」

イブリースは今や、誰もみたことがない姿に変貌を遂げていた。

>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」

「そんな……超レイドでもとんでもないのに更にその上だなんて……」

166カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:50:30
>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」

イブリースが剣を振り下ろすだけで、4メートル級の瘴気の斬撃が飛んでくる。
私はカザハの襟首をひっつかんで飛び上がって避ける。

「ひゃあああああああああああ!?」

>「みんな! 散開!
 一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」

なゆたちゃんの指令を受けたポヨリンさんがいちはやく攻撃を仕掛けるが、ダメージを通すことはかなわない。

>「……強い……!」

私はカザハを後列に降ろし、精神連結しました。カザハは呪歌スキルで全体バフをかけ始めます。
私は中列から「ソニックウェーブ」で衝撃派を放ち、攻撃に参加。
カザハが使っているのは、攻撃力上昇の『闘いの唱歌(バトルソング)』
防御力上昇の『護りの祝詞(ガードフォース)』、素早さ上昇の『疾風の賛歌(アクセラレータ)』
これは実はブレモンの通常戦闘曲の各フレーズごとのボーカライズバージョンで
それぞれAメロ、Bメロ、サビに対応しているようです。
それどころじゃないので誰も気付かないとは思いますが。
そして3つ重ね掛けするとコンボが成立して全能力値にプラス補正がかかるんだとか。
尤も、イブリースが黒翼をはためかせて起こす瘴気の烈風でコンボ成立する前に無効化されてしまうのですが。
というより即刻無効化されすぎて二つ重ね掛けすらほぼかなわない。
誰も有効打を与えることは出来ず、こちらの体力だけがジリジリと削られていく状況。

>「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」
>「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」

瘴気の波動を避け損ねて腕を掠る。
あれ、と思ったら肉がごっそり削げてるんですけど……! 掠っただけですよ!?

「えっ……」

呆然としかけたが、幸い即刻アシュトラーセの回復魔法がかかってほぼ元に戻った。
こんなん一歩間違えたら即死亡じゃないですか!

>「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」
>「このままではジリ貧じゃ!
 御子よ、何か逆転の策はないのか!?」
>「……ない」
>「ない!?」

オデット戦では敏腕セールスマンのような作戦を出しまくったエンデも、今回ばかりはお手上げのようだ。

>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

イブリースの新スキルで、周囲の風景が濃紺の星空に切り替わる。
背景切り替わる系の大規模全体攻撃魔法だ……!
どうやら無数の隕石を落とし攻撃する魔法のようだ。

《乗って!》

167カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 22:05:36
私は即刻馬型形態に戻り、全速力で飛んでカザハを乗せます。
カザハが風や音で隕石の落下地点をいちはやく察知し、私が避ける。
意思伝達のタイムラグが生じない精神連結状態でならそれが可能だ。
スキルの効果範囲外に出られればいいのだが、戦闘域全部が効果範囲だったら効果持続時間が終わるまで避け続けるしかない……!
カザハを乗せてみて気付いたが、恐怖に震えている。さっきの歌声を聞く限りそういう風には聞こえなかったが。

(恥ずかしい……ヘタレに磨きがかかっちゃった……)

それはきっとカザハが自分の感情に蓋をせずにそのまま感じるようになったからで。
だからきっといい変化で。その証拠にオデット戦の時と違って、精神連結が途切れる気配が無い。
舞うように飛んで隕石を避けつつ、心の中で会話する。

《恥ずかしくなんてない。怖いのはまだ生きていたい証拠だって、昔よく言ってくれたじゃないですか》

(ねえカケル。贖罪とか報恩じゃなくて……好きで付いてきてくれてるんだよね)

《当り前じゃないですか》

大恩に報いたい気持ちはもちろんあるが、それ以上に。

(はじまりは選択の余地のない共依存で……我らを繋いでいたのがたとえ歪な縁だったとしても。
ぼく達、やっと、本当の絆で結ばれたんだね……)

そもそも私、地球にいた時の大恩を最近まで忘れてましたし、ずっと好きで付いてきてるんですが。
でも、カザハは自分が贖罪とか報恩抜きにして誰かに好かれてもいい存在だとどうしても思えなかったんですね……。

《そもそも家族って選ぶ余地のない強制的な縁じゃないですか。
それが本当の絆になるのは――本当は当たり前じゃなくてきっとすごく幸運なことなんですよ……》

何発かの隕石を避けたところで、ジョン君と部長が視界に入った。
ユニサスは騎乗の用途も想定されたモンスターで、カザハは重さが無いに等しいので、あと一人(と一匹)は充分に乗せられる。
彼らは自力で最後まで切り抜けられるでしょうが、ここは体力を温存しといてもらった方がいいですね……!
決してカザハがビビリまくっているからとかいう不純な動機ではなく真面目な戦略的行動である。

《乗って下さい!》

ジョン君達に、カザハの後ろに乗ってもらう。
そうして隕石を避けているうちにようやく持続時間が終わり、風景が元に戻ってきました。
カザハ達が背から降りると、私はスペルカードを使って貰って再び人型になります。
カザハはジョン君の後ろに立ってその背中に両手と額を軽く当て、魔力&レスバトル力(?)アップのバフをかけました。

「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」

ジョン君を前線に送り出し、自分は最後列に下がるカザハ。
私はカザハを激闘の余波から守るべくその少し前に立ちます。

168カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 22:06:40
>「ジョン! イブリースに語りかけて!」
>「ナユタ!? 何を言っているの!?
 イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
 会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」
>「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
 ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
 伝わるはずなんだ、絶対に――!!」

>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

なゆたちゃんの指示が飛び、タイミングを見計らったかのように
イブリースがジョン君に襲い掛かり、激闘の火蓋が切って落とされました。
カザハはこの局面で何を歌うべきか考えている。
いつも見ている、背中を押すと、自ら志願した。その役目を果たそうとしている。
呪歌系スキルは、敵がバフ無効化を多用してくる場合も、一つの歌を歌い続けている間は実質バフがかかった状態にしておける。
ブレモンのBGMのボーカライズバージョンの呪歌はいくつか頭の中にあるが、ローウェルに仕込まれている可能性がある。
この局面では、その可能性がないものを歌いたい。かといって、自分で考えたと確信できるような歌はまだ無い。
ならば――作った者が敵ではないとはっきりしている歌を。かつて共に戦った先輩ブレイブの力を借りることにした。

「マホたん、力を貸して――」

大きく息を吸い、カザハが歌い始めたのは『Blaver!!』。
ユメミマホロが手掛けた、ブレモンアニメの第二弾デュエルメモリーズのオープニングテーマ。
呪歌としての効果は、物理攻撃力、魔法攻撃力共に大幅アップだそうだ。
それは大切な者を救い全てを取り戻すための戦いの歌――
そしていなくなってしまった者の想いを受け継ぎ未来へと歩んでいく希望の歌だ

169明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:26:56
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

いい感じに方針が固まりつつある中、エンバースが疑問を差し挟んだ。

>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

「今掘り下げることかよぉ……固ぇこと言うなって、お前だって丸4日デートに費やしたろ」

話が話だけに俺も空気読んで黙ってたけどさぁ……なんか君、なゆたちゃんと距離近くなってない?
物理的な立ち位置もだけどなんかこう、心の距離的なものがさ……。

>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」

エンバースは、いつも通りの気取った仕草でカザハ君を追求する。
椅子に深く腰を落として、ちらりと虚空に目を遣った。

>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

誰に話かけてんだコイツ……。いやわかる。なんとなくわかる。
こいつが問いかけているのは、この世界の見えざる傍観者――『上の次元のブレモン』のプレイヤー達だ。
バックアップサーバーに過ぎないこの世界のデータが公開されてるのかは知らんが、
今この場で交わされた会話もいずれ『シナリオ』として配信されるなら、いつかはこいつの声はプレイヤーへ届くのだろう。
すげぇメタ発言するじゃん……。

>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

エンバースの言わんとしていること。
ガザーヴァと共に死んだ一巡目のカザハ君は、シャーロットの存在自体知らないはず。
にも関わらず、デウス・エクス・マキナを示唆する内容まで含めて歌詞に出来ちまったのは一体どういうことだ?

>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

「……っ、お前、それは」

――ローウェルの作為の存在。
奇しくもそれは、俺自身の懸案事項と相まって、現実性を帯びている。

『一巡目』、つまりブレイブを使ったアルフヘイムとニヴルヘイムの戦争は、
サ終に向けてローウェルが企画したイベントだった。
ブレイブの選定には、当然企画を主導するローウェルの意思が反映されている。

一巡目の人選を引き継いだ二巡目にも、その影響は残り続けている。
俺が、ブレモンのアンチって立場でこの世界に喚ばれたように。
カザハ君の記憶にも、ローウェルの手が加わったものが混じっているのかも知れない。

>「エンバース!」

ジョンの怒声が響いて、エンバースの推理を制した。
カザハ君からすりゃ急にそんなこと言われてもって感じだろう。

170明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:28:11
「……可能性を潰すなら、シャーロットがガチで歌詞しか残してなかったって線の検討が足りねえよ。
 あの女は自分の作ったゲームでヒロインやるようなやべえヤツだぜ。
 エンデ周りの説明不足と言い、こういう不親切さはいかにも性格の悪い開発様のやりそうなこった」

反論の声は、自分でも驚くくらいに頼りなかった。
すべてを憶測で片付けるには、状況証拠がずいぶん多い。
そして、憶測だからで片付けるには、予想されるリスクが大きかった。

>「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
 どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
 どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
 精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
 最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。

カザハ君は、固まったかざぶたを自ら引っ剥がすような沈痛な面持ちで独白する。
こいつはずっと、三世界を巡る因縁に振り回され続けてきた。
確たる出自と言えるものは何度も覆されて、自分が何者であるかすら、分からない。

>「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
 ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
 こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」

「……ひとつ。このやり取りで確かになったことがある」

こんな時、こいつを安心させてやれるような一言がスラスラ出てくりゃ良いんだけれど。
絶対大丈夫だとか、無条件に信じるだとか、そんな薄っぺらい言葉だけは、吐きたくなかった。

「エンバースが『トロイ説』に言及したことで、伏線がひとつぶっ潰れた。
 カザハ君が実は敵の手先でした!って展開にインパクトがなくなったってことだ。
 ローウェルが仮にお前を通して俺たちの動向を探ってるとして、既に見抜かれた仕込みをゴリ押しするか?」

あのジジイにクリエイターとして最低限のプライドがあるならなおのこと。
"データごとき"に看破された伏線をドヤ顔で回収したりは出来ないだろう。

>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
 ……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
 そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
 自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
 あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」

俯くカザハ君に、なゆたちゃんが穏やかに声をかける。

「ひひっ、そりゃ良いや。テーマ曲ってのはようはオープニングテーマだからな。
 この戦いが終わった後にスタッフロールと一緒にかかる、エンディング曲が必要だ。
 音楽スタッフ全部クビにしちまったんなら、俺たちで書き上げるしかあるめえよ」

俺には作詞のセンスはないし、作曲なんか何すりゃ良いかもわからん。
楽器なんて中学の授業でリコーダーを触ったっきりだ。
歌うのも、歌を作るのも、カザハ君にしか出来ない。

>「カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
 一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」

>「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」

「丸投げはしねえよ。バックコーラスが必要ならいつだってステージに上がってやる。
 弾き手が足りねえなら助っ人を呼んだって良い。ちょうど最近、パンクロッカーと知り合ったばっかだしな」

シェケナベイベのインギーだってプロの音楽屋ならオファーを断わりゃしねえだろう。
ついでにエリにゃんあたり首根っこ捕まえて連れて来ても良いな。

171明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:28:44
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」

「少なくとも、これでエンディングテーマの解禁フラグは立った。
 いい感じの曲調と歌詞になるかどうかは……これから俺たちが決めるんだ」

決まってた筋書きはとっくに逸脱して、俺たちは今、未踏のシナリオを進んでいる。
ハッピーエンドは保証されちゃいないし……バットエンドもまた、定まっちゃいない。
雑展開に定評のあるライターの思惑なんぞ知ったことかよ。ルート回収率もクソくらえだ。
俺は弱いオタクだからよ。みんなが幸せになれるヌルい結末以外見たくねンだわ。

>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」

「へっ、思わせぶりなこと言うじゃん。その伏線、回収されなくても泣くなよ」

>「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
 こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」

ジョンが出したシンプル過ぎる結論に、俺は頷いた。
なるようにしかならんって言葉はあんまり好きじゃないが、サイコロはもう俺たちの手を離れている。
伏せられたカードの裏は既に決まっていて、あとはめくるだけだ。

時間が来た。
誰ともなしに、それぞれが、手配されたニヴルヘイムへの道へ向かって歩き出す。

「おいジョン、そろそろ行こうぜ――」

いつまでも席を離れない大親友の背に声をかけようとして、体が硬直した。

>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
 君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」

ジョンがカザハ君の手に口づけをしていた。
口づけをしていた。
していた――

「えっ?えっ?えっ?」

思わず近くにあった壁に隠れる。
いやなんで隠れてんだ俺は!普通に声かけりゃいいじゃねえか!
そんなんやってる場合とちゃうやろって!

>「こっ……困るよ急に……!
 だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
 いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
 種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
 こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」

カザハ君は真っ赤になってあたふたしている。
俺あいつのあんな顔はじめて見たよ……
いつものヘラヘラとニコニコを1:1で混同したような、脳天気な笑顔はどこにもなかった。

俺には無理だ。あの中に割って入れない。入りたくない。
ジョンの紳士病の発作が起きたとか、美少女かどうかは関係ないのではとか、

……そんなふうに茶化すことも、したくなかった。

172明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:29:10
>「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
 自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって
 考えが抜けなくて……。
 でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
 もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」

カザハ君の自縄自縛を、軽くしてやれるような言葉をかけるべきだと思ってた。
だけどそうじゃねえだろ。理屈をこね回して解決するような問題なら、カザハ君は自分でどうにかできたはずだ。
言葉の力を誰よりもよく知ってるのは、あいつなんだから。

こいつに必要なのは、表面だけ飾った言葉なんかじゃなくて……
自己肯定感の低さを覆す、体ごとぶつかるような、100%の肯定。
それができるのはきっと、同じだけの痛みと苦しみを抱えてきたジョンだけだ。
苦悩から目を背けずに、前へ進む力に変えてきたこいつだけだ。

>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
 ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
 たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」

王都でなゆたちゃんから決着の一撃を受けた時のような、眩しい錯覚が心臓を照らした。
カザハ君とジョン。きっと、俺はこの光景を忘れないだろう。
この輝きの傍にいれば、光の中にいるってことをいつだって感じられる。

ひとしきり腕組みしながらカザハ君たちを眺めて、俺はその場を離れた。

 ◆ ◆ ◆

173明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:29:41
『形成位階・門』の先、ニヴルヘイムの第八層。
キングヒルから凱旋したイブリース麾下の勢力が集っているはずのそこは――

「……もぬけの殻、だと」

>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」

「逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
 魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ」

>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

ヴィゾフニールで高高度から眺めてみても、荒涼とした平野にはコモン敵の魔犬の姿すら見当たらない。
念のため飛空船の索敵センサーを確認したが、敵影は終ぞ捉えられなかった。

やがて俺たちは暗黒魔城ダークマターにたどり着く。
そこにも敵はいなかった。まるで生命の気配の感じられない無人の空間を、おっかなびっくり歩く。
そして、ついに一度のエンカウントも迎えないまま……最奥のフロアに着いてしまった。

そこには一つだけ、敵影があった。

>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

「……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
 他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか」

>「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

「………………は?」

イブリースの、用意していた回答を読み上げたかのような返事に、しばらく頭が追いつかなかった。
コイツ以外誰もいない?新天地で旅立った?またぞろアルフヘイムに侵攻しやがったのか?

待てよ。
新天地?アルフヘイムに攻め込んだんならそんな言い方はしない。
その言い振りはまるで、アルフヘイムでもニヴルヘイムでもない、どこかみたいな――

>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

「は、」

息が、吸えなかった。
ミズガルズ――地球。俺たちの故郷に、ニヴルヘイムの全軍勢が侵攻した……?
その言葉の意味が脳裏に染み渡るにつて、否応なしに記憶が蘇る。

かつて真ちゃんから聞いた、あいつの白昼夢の光景。
あいつが断片的に保持していた、一巡目の記憶――

燃え盛る東京の街。崩落するビル。すべてをペシャンコにしていくタイラントの群れ。
絶望に突き落とされた人々の悲鳴。焼け焦げた死体の山。そして――
人類は防衛線を放棄し、魔物を街ごと焼き払うために核爆弾を落とす。

174明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:30:14
>「地球へ……帰らなきゃ……!」

なゆたちゃんの声でハッと意識が現実に戻る。
だけど頭に焼き付いたイメージはいつまでも拭えず、手が震えるのを感じた。

>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」

イブリースの目的はただひとつ。
ニヴルヘイムの軍勢が地球を滅ぼすまで、俺たちをここに足止めし続けること。
あるいは、これ以上の妨害が出来ないように、俺たちを殺すこと。

>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

吶喊したガザーヴァを羽虫でも払うように跳ね除けたイブリースは、右手になにかを掲げる。
俺たちも良く知る姿をしたそれは、大量の『悪魔の種子(デモンズシード)』だった。

「おい、おい、まさか……」

イブリースは悪魔の種子を全部頬張ると、噛み砕いて中身を飲み下す。
変化はすぐに起こった。

>「ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」

のたうつ肉はより攻撃的に、破壊の意思を体現する姿へと変貌する。
一回りも二回りも肥大化した巨躯は、なんの冗談か、神の子のように月桂冠を戴いていた。

>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」

エンデが珍しく、聞かれもしないのに解説した。
未実装のEXレイド級、その鏑矢となるべきだった存在。
ローウェルが引っ張り出した運営の死蔵品だ。

>「みんな! 散開!
 一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」

「クソ……クソっ!」

続けざまに襲ってくる衝撃から思考が復帰するのを待たず、戦端は開かれた。
なゆたちゃんがポヨリンさんを伴い攻勢を仕掛けるが、スペル込みの一撃すらイブリースの通常攻撃と互角。
まともにダメージを通せない。

「魔法はこっちで防ぐ、近接で決めろ!『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!!」

魔法無効化の城壁を召喚し、押し寄せる魔力の波濤に備えるが――
イブリースが足を大きく振り上げて叩きつけると、それだけで破壊音が響き、バスティオンが崩れ落ちた。

「んな馬鹿な、ウルレア級のユニットだぞ……!?」

いくら無効化できるのは魔法だけとはいえ、バスティオンには鉄壁相応の耐久性がある。
スキルの一発くらいなら耐えられるはずだと見積もっていた。
だが現実は、奴の常軌を逸した震脚――スキルでもないただの挙動で、踏み壊された。

>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

驚愕を咀嚼する暇は与えられない。
イブリースが見たこともないモーションを取ると、星空を背景とした領域が展開。
おびただしい量の隕石が空から降ってくる。

175明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:31:09
「ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!」

『グフォォォォ!!』

マゴットが四本腕をフル稼働させて上空へラッシュを放ち、迫り来る隕石を片っ端から迎撃する。
数は多いがターゲットはランダム指定だ。直撃コースの隕石だけを取り除くことは難しくない。
俺はガザーヴァを抱えてマゴットの庇護下に入り、降り注ぐ流星群をやり過ごした。

束の間、ようやくこれまでに起こった様々な事態を噛み砕く余裕が出来た。
理解が追いつくにつれて、腹の奥底から沸き立つものを感じた。

イブリース。
それがお前の選択なんだな。
この結末が、お前の望んだことなんだな。

腹からせり上がって来たものが、口を経由せずに吐き出される。
負の感情は、闇属性の魔法に力を与える。
ぶち撒けるにはどうすれば良いか、考えずともわかった。
どんな術式で、どんな呪文を唱えればいいか、自然と身体が想いに答えた。

ジョンが飛びかかっていくその先には、イブリースの姿。
俺は腕を掲げ、堕ち切った宿敵へ向けて、五指をひらく。
指先に魔力を集中。

「『闇の波動(ダークネスウェーブ)』――」

ぶっつけの本番にしては、よく出来たと思う。
闇属性上位に属する漆黒の波動が、イブリースの顔面を直撃した。

「ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!」

メテオフォールの効果時間が終わったのか、あたりはもとの石造りの広間へと戻っている。
俺はマゴットの下から這い出て、立ち上がった。

「同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
 ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ」

ニヴルヘイムの魔族は、別に無敵の超生命体なんかじゃない。
戦士に剣で頭を割られりゃ死ぬ。矢で心臓を貫かれても死ぬ。物理攻撃は、普通に効く。
もちろんヒトに比べりゃ遥かに強靭で頑丈ではあるが、それでも生き物の範疇だ。
アサルトライフルで鎧を撃ち抜けなくても対物ライフルはどうだ?ミサイルは?火炎放射器は?
……核爆弾は?

「剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
 生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
 わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ」

魔族が地球に侵攻したとして、地球の住民が無抵抗で蹂躙を受け入れるはずもない。
必ず軍隊が出動する。戦車も戦闘機も動員される。真ちゃんが見た一巡目の結末通りだ。
そして進退窮まれば街にだって核を落とす。

仮に魔族の防御魔法がどんな大火力も防げる超性能だとして。
毒ガスにも自慢の状態異常耐性で耐えられるとして。
毒とはまったく別の原理で生き物を殺す放射線もレジスト出来るのか?

ニヴルヘイムに存在しない未知の概念。
想定すらされていない脅威を未然に防ぐ手段なんかあるとは思えん。
どんな攻撃も問答無用でシャットアウトするような都合の良い加護は、それこそローウェルの領域だ。
そんなものが初めからあるなら、ローウェルにそれを配布する意思があるなら、戦争はここまで長引かなかった。

176明神 ◆9EasXbvg42:2023/02/07(火) 07:32:48
イブリースはニヴルヘイムの幸福のために行動している。それだけは確かなことだと思ってた。
だが実際はどうだ。一から十までローウェルの言う事にホイホイ従って、後戻りの出来ないところまで来てしまった。
挙げ句の果てには言葉の通じない化け物に堕ちて、同胞を導く使命とやらも、こんなにもあっさりと手放した。

「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
 ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
 今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」

地球に侵攻した魔族連中がどっか無人の砂漠地帯とかで大人しくしてるとかでもない限りは、
既に戦争は始まっちまってることだろう。
もしかしたら、もう、俺の家族は戦火に飲まれているかもしれない。

駄目だ。
怒りに染まるな。
キレりゃパワーアップするなんてご都合主義は存在しない。
冷静さを失えば今度こそ食われるぞ。

それでも。

「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」

ガザーヴァとマゴットが融合し、超レイド級へと変貌する。

「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
 だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
 ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」

前衛をガザーヴァ達に任せて、俺は『霊視』を発動した。
タマンで戦った時のように、イブリースの回りには怨霊が纏わり付いている。
密度はあの時の比じゃない。物理的な障壁と化している。

「タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす」

ネクロマンサーの技術の本質は、『霊の観測』、そして『霊との対話』だ。

「亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
 二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな」

イブリースに言葉が届かなくても、周りにいる怨霊は俺の言葉を無視できない。
それがネクロマンサーの能力だからだ。

「お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
 何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
 ……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。」

ローウェルは、ニヴルヘイムの亡霊が討ち果たすべき仇敵すらも、奪い去っていった。
後に残るのは、宙ぶらりんになった恨みだけ。何のためにこの世に残ったのかすら分からない。

「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
 ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
 俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」


【イブリースにキレる。ベル=ガザーヴァを召喚し、ジョンのサポートに回す
 周りの怨霊を挑発しタゲをとる】

177embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:30:56
【マーシフル・キルムーブ(Ⅰ)】


『…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ』

「……珍しいな。こういう話をする時、ジョンとは気が合う方だと思ってたけど」

意外そうな声色=自分とジョン・アデルの思考回路は、危機管理という観点において似通っていると思っていた。
実際、聖都への軟禁が発覚した時点でオデットが裏切ったと決めつけたのはこの二人だけだ。
最悪の事態を強く意識するその気性は、自分とジョンの共通点だと思っていた。

だからこそ、ジョンが何度も自分の話を遮ろうとした事はかなり意外だった。
正直、謎解きゲームの雰囲気を楽しんでいた節があった事は認める。
だが、あの矛盾が見過ごせないものだった事に変わりはない。

『僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど』

「そんな寂しい事言うなよ。俺は結構気に入ってるぜ。ゲームの世界の中にいる俺の事を」

それはさておき――エンバースは売り言葉には買い言葉を返すタイプだった。
ゲーマーの忌むべき習性か――こういう時に、白黒付けたくて堪らないのだ。

「そもそも、なんでそんなに突っかかって来るんだよ。そりゃ……探偵気分を楽しんでた事は認めるよ。
 けど共有しとくべき話だったろ。それとも、もっともっと優しい言葉遣いをするべきだったか?
 疑ってる訳じゃない。あくまで可能性の話だ。他にはなんて言ってやればよかったんだ?」

椅子から立ち上がる。

「もし仮にそうだとしても悪いのはローウェルなんだからね?気にしないでね?気を悪くしないでね?
 はっ……言っちゃ悪いけど過保護すぎるぜ。皆より先にお歌を聞かせてもらったのがそんなに――」

不意にエンバースが硬直する/勢い任せにばら撒いた口撃の中に――もっともらしい可能性を見出してしまった為。

「……あー、えと……そう……なのか?じゃなくて……」

一転、口ごもるエンバース。そして――

「……いや、ちょっと……確かに俺が感じ悪かったかも……な。謝るよ、悪かった……」

未だ困惑が抜け切らないままそう零して、糸が切れたように席に着いた。

それから暫く、エンバースはどうにも気まずそうにしていた。
確かに考えてみれば、ただの仲間同士なら二人だけで歌のお披露目などしない。
実際には二人きりだった訳でも、そもそも現時点で二人が特別な関係にある訳でもないのだが。

とは言え――二人がそういう事なら、やっぱりジョンが絡んできたのはかなり私情が混じってるだろとか。
だけど、今からそれを言い出すのはなんか違うよなとか――益体のない思考が堂々巡りを繰り返している。

178embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:31:45
【マーシフル・キルムーブ(Ⅱ)】

『刻限です。参りましょう』

オデットの呼びかけに、エンバースは気を取り直して立ち上がる。

『おいジョン、そろそろ行こうぜ――』

「あー……先に行っとこうぜ明神さん。そう急かさなくたって――」

『えっ?えっ?えっ?』

「……やめろよ、明神さん。そういうリアクション。何があったか気になっちゃうだろ」

そうは言ったものの、エンバースには他人の色恋に首を突っ込む趣味はない。
意図せず垣間見てしまった明神はともかく、意図的に覗き見るのも悪趣味だ。

「それにしても、ジョンとカザハが……そうか。それは……意外だったな……」

思わず独り言を零す――ジョンもカザハも、「そういう事」には無縁だと思っていた。

実際、そんなに的外れな印象でもなかった筈だ――少なくとも、つい最近までは。
ジョンはいつも自分の罪や、力や、変えられない性分に手一杯に見えた。
カザハだって――その振る舞いは属性由来の精霊そのものだった。

『こっ……困るよ急に……!』

聞き耳を立てたつもりはない――狼狽から来る声の上ずりが、カザハの声を聖堂の外にまで届けた。
エンバースは構わず歩き出した――盗み聞きや、後方腕組みおじさんになる趣味はない。
それに自分を踏み台にしたロマンスの行方を見守るなんてのも、少し癪だった。

「……精々しっかりやれよな。ジョン、カザハ。なんたってこの俺を噛ませ犬にしてくれたんだからな」

179embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:31:58
【マーシフル・キルムーブ(Ⅲ)】


『……これは……』
『……もぬけの殻、だと』

「フラウ」

エンバースが頭上へ目配せ/フラウが全身を収縮/跳躍――数秒後に着地。

〈敵は見えません。こちらに匹敵するほどの軍勢を伏せられるような地形も〉

『オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?』

『逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
 魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ』

「……入れ違いで、ヤツらもどこかに攻め込んだのか?だが、だとしてもどこに……」

『……ビビッて逃げた……』
『………………そうかも』

『おぉーい!? マジか!?
 クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
 敵前逃亡するなんて見損なったぞ!』

「……なんにせよ、まずは先へ進もう」

『確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください』

一行はヴィゾフニールに乗り込む/ダークマターへ到達――そこにも敵影はない。

『ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い』
『ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ』

「なら……まずは謁見の間だ。正直、誘い込まれてる気がしないでもないが」

『……行こう。エンバース』

「ああ、どのみち行くしかない。傍を離れるなよ」

城内を進む一行/敵の気配は未だなし/そのまま謁見の間に辿り着く――巨大な扉を開き、玉座を見上げる。

『……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども』

「……座り心地はどうだ?その椅子。後で俺にも貸してくれよ」

イブリースがたった一人、異邦の魔物使いを見下ろしていた。

180embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:32:14
【マーシフル・キルムーブ(Ⅳ)】

『……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
 他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか』

『軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな』

『………………は?』

「……新天地、だと?おい、待て。まさか……」

『やっぱり……!』
『ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――』

「…………いや、新天地は……ある。だがお前、それは……」

『大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった』

『……なんてこと』

「……バカなヤツめ」

エンバースの呟き――心の底から思った事が、溢れて零れ出たような声。

『地球へ……帰らなきゃ……!』

『それを、オレが許すとでも思っているのか?』
『先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている』

「よせ、よせ、やめろ。粋がるな。俺をこれ以上イラつかせるな……俺は今、お前に心底うんざりしてるんだ――」

『よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!』

「――いっそ殺してやりたいくらいにな」

ダインスレイヴを抜く/左手に突き刺す――炎の刃と共に引き抜く。

『ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
 だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
 兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!』

ガザーヴァが突撃/エンバースが宙高く跳躍――稲妻の如く吼える魔剣。
上下同時の挟撃が――イブリースの全身から迸る瘴気のみで退けられた。

『あうッ!』

「……それで?ここに残って袋叩きにされて、その後は?お前の攻略法はもうとっくに確立されているんだぜ」

『オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!』

「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」

イブリースが握り締めていた右手を開く/手のひらの上には、独りでに蠢くデモンズシード。
制止する間もなくイブリースはそれらを口内に放り込む/噛み砕く――音を立てて嚥下する。

181embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:32:53
【マーシフル・キルムーブ(Ⅴ)】

『ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!』

イブリースの全身から瘴気が嵐の如く溢れる/全身が肥大化する――変化はそれだけに留まらない。
身に纏う甲冑さえより豪奢に分厚く変形していく――そして、最後にその頭上に漆黒の冠が出現。

「これは……進化してるのか?だが、一体何に……」

スマホゲーム内のイブリースには進化形態などなかった――この現象は、始原の草原の時とは訳が違う。
能力やスキル構成どころではなく――イブリースが、イブリースでない者に変貌しようとしているのだ。

『あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――』
『もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ』

「……そいつはすごいな。で、俺達が今そんな事を知りたがっているように見えるか?いいからさっさと――」

『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!』

イブリースが業魔の剣を高く掲げ振り下ろす/吹き荒れる剣風――襲い来る瘴気の斬撃。

「――スキル構成とかさ!そういうのを教えろよ!」

エンバースが地を蹴る――魔物の脚力/遺灰の身軽さで謁見の間の天井へ。
ダインスレイヴを突き刺して体を固定=イブリースの狙いを分散する目的。

『ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
 ポヨリン、お願い! 力を貸して!』

「……便乗するぞ、フラウ。バックスタブを狙いつつ、まずは行動パターン、スキル構成を暴く」

『いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!』
『続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!』

「ここだ」

閃く魔剣/白の触腕――ポヨリンの突撃とまったく同時に放たれた剣閃。

『ヌゥンッ!!』

次の瞬間、炎刃が砕け散る/触腕が切断されて宙を舞う。
何が起きたのか、エンバースでさえ理解するのに一瞬の時間を要した。
ポヨリンを迎撃する為の斬撃、その過程の軌道でエンバース/フラウの攻撃が轢き潰されたのだ。

ただ振り被った剣を振り下ろすだけの/しかし只ならぬ膂力と戦闘勘が無ければ成し得ない通常攻撃だった。

「……クソ」

精彩を欠いた悪態を零すと、エンバースは魔剣を掲げる――周囲の瘴気を吸収/炎刃を増強。
ガザーヴァやポヨリンの仕掛けに合わせて何度も斬りかかる――だが届かない。
どれも迎撃の「ついで」に巻き込まれて、跳ね除けられてしまう。

無質量の魔力刃/伸長した触腕の刃は鋭く素早いが――軽すぎるのだ。

182embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:34:18
【マーシフル・キルムーブ(Ⅵ)】

『何か、戦況を打破する方法を考えないと……!』
『このままではジリ貧じゃ!
 御子よ、何か逆転の策はないのか!?』

「逆転の策?そんなもの――」

『……ない』

「だろうな。いいから、泣き言をやめろ!弱点を探れ!有利な戦術を見つけろ!逆転はそこから始まる――」

「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

聞き慣れないスペルの詠唱/周囲の風景が星空へと塗り替わる――そして降り注ぐ流星群。

『エンバース!!』

「お呼びかマスター!」

跳躍/なゆたの傍へ――両手で少女を抱き上げ、疾駆/無数の隕石を尽く躱していく。
隕石落下の最中、イブリースは腕を掲げたまま動かない――回避中に追撃を受ける恐れはない。
であれば、隕石の起動を観察し、次の安全地帯を見抜く事は容易い――少なくともエンバースにとっては。

イブリースから距離を取る/魔剣で床を三度切り裂く/フラウがそこに触手を接着――持ち上げて即席の遮蔽と塹壕が完成。

「フラウ、今のスキルは狙い目だったかもな。次が来たらダインスレイヴを預ける。いい加減、一発イイのをくれて――」

『ジョン! イブリースに語りかけて!』

「……通じるのか?今のアイツに、俺達の言葉が」

『語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
 ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
 伝わるはずなんだ、絶対に――!!』

「だと、いいけど……ジョン!ヤツの攻撃はまともに受けるなよ!牽制は俺に任せて――」

『ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!』

不意に謁見の間に響く怒号――明神の声。

『同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
 ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ』

『なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
 ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
 今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!』

「……正直言って、返す言葉もないよ」

エンバースが深い溜息を零す/項垂れる/かぶりを振る。

「ああ、そうだ……全部お前のせいだぞ、イブリース。
 この世界はゲームの中で、目の前には未実装のレイドボスがいて。
 なのに……全然楽しめないじゃないか。お前が救いようのない馬鹿野郎なせいで」

思わず口をつく恨み言――明神の爆発に誘発されて、抑え切れなくなった言葉が零れる。

183embers ◆5WH73DXszU:2023/02/14(火) 04:38:19
【マーシフル・キルムーブ(Ⅶ)】

「この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
 なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
 終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?」

どうせ今のイブリースに言葉は通じない/それでも吐き捨てずにはいられない――そんな声色。

「俺には分かるぞ」

インベントリから魔法薬を取り出す――乱暴な手付きで胸へ突き刺す/突き刺す/突き刺す。

「次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
 お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ」

この世界はブレイブ&モンスターズだ――モンスターズ&ブレイブにはならなかった。
何故か――きっと、このゲームのクリエイター/プレイヤーがモンスターズではないからだ。
だから、もし次回作がリリースされたとしても――モンスターズは、モンスターズのままでしかない。

闇色の眼光がイブリースを突き刺す――そこに宿る感情は、深い深い哀れみだった。

「……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ」

スマホをタップ――近未来的造形の刀/鞘がエンバースの手中へと出現。
刀を鞘へ――鯉口に三つ設置されたインジケータランプが一つ緑に点灯。

「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」

それは本心からの言葉だった――今まで零れ出てきた言葉と同じ。
抑え切れない/吐き捨てずにはいられない、本心の発露。
故にその言葉は、エンバース自身の心を揺らす。

「……いや。そうか。その手があったか……」

瞬間、エンバースから漂う濃密な殺気――語りかけ、説得するには無縁無用の気配。

「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」

二つ目のインジケータランプが青く光る。

「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」

エンバースの口調=至って真剣。

「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
 上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」

最後のインジケータランプが紅く灯る/瞬間、鞘から溢れ出す紅蓮の稲妻。
これがムラサマ・レイルブレードの固有スキル――納刀状態で待機する事で鞘が帯電。
帯電バフが最大の状態では、更に専用スキル【超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ)】が発動可能。

「この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ」

イブリースは完全に正気を失っている――だが一方で戦闘における直感/合理性までは失っていない。
むしろその戦闘勘は野獣の如く研ぎ澄まされている――だからこそ察知せずを得ない。
エンバースから常に伸び来たる殺気が、常に己の右腕に絡み付いている事に。

「皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ」

滑るような足捌き――イブリースの右側へ回り込む/回り込み続ける。

「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
 パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
 剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」

184ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2023/02/15(水) 16:13:40
覚悟を決め『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を介し、決戦のフィールドに到着した僕達。
そこで見たのは…知識が殆どなくても分かるほど普通ではない異様の穴のようなナニカが…開いた草原…そこに寂しくそびえ立つ城…それだけだ。

>「……これは……」

なゆから困惑の声が聞こえる。いや…なゆだけじゃない…この場にいる全員が動揺を隠せなかった。
これからイブリースの元にたどり着く為に血まみれの抗争が始まる…その覚悟を持って全員この場に来たのだから。

>「あれが……侵食……」

「カザハ!あまりに近寄るな。これが浸食か…何かのトラップなのか今の僕達には分からないから…念の為近寄るのはやめておこう」

とはいえ…なゆ達の話では兵の大群が陣取る為にラストポイントはここだけだったはず…。
城の中に入れば大群は逆に邪魔になり枷になる場合がある…となれば残る可能性は精鋭だけを城に残して…?

その場合は大勢の兵士達はどこに・・・?

>「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」

考え事をしているとふと背後から声を掛けられる

>「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」

僕に一瞬の会話の隙も与えず早口であれこれ言ってくる。

「あの…」

>「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」
>「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」

どこからともかくすっ飛んできたカザハのスマホに勢いよく吸い込まれた自称マスターはなんかよくわからん挨拶を残して消えた。
誤魔化すようにカザハは部長をモフモフしてるし………ん〜…深く考えるのはやめよう。今は目の前の事に集中したいし。

>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

>「……なんにせよ、まずは先へ進もう」

その後…僕達は何事にも妨害される事なく…本来の最終目的地であるダークマターへ到達するのだった。

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2023/02/15(水) 16:13:58
>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」

とうとう乗り込んでも尚…歓迎はない。
あるのは巨大な建造物に不吉に風が流れ込み…不気味な建物がさらに不気味になったという事実だけ…

「世界が壊れるほどの大決戦になる予定の大群が…誰にも悟られずに…行ける場所…」

僕は常に最悪のケースを考えるクセがある。これは今までの人生で全てに期待していなかった事…。
最悪よりもマシになれば嬉しいという…僕の捻り曲がった人生観で培われた物だが…。

最悪のシナリオを一個見つけてしまった…しかしそれは…
今は僕の人生で一番外れててほしいと思うほかなかった。エンバース当たりは既に感づいていそうだが…

>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」

こうして…トラップオンリーの城内を抜け…辿り着くは玉座…。そこにやはりというか…外れてほしかった人物が…'一人で'佇んでいた。

>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

「イブリース…?君は一人なのか?…君の仲間達を一切連れずに?…一人ぼっちで…?」

崩れ逝く世界。こんな幸せとは一切無縁になった…もはや廃城に近い場所で一人っきり…。
他の仲間達にはどう見えているか分からないが…イブリースの目から…表情から…佇まいから…前戦った時のような覇気を…野望を…誇りを…一切感じられなかった。
虚空…もうイブリースは僕達に対しても…自分のこれからの生についても…なんにももう感じていない…。

シェリーが死んだあの日…ナイフに反射して見えた僕の顔と同じ…全てを諦めた…絶望を前にそれを受け入れた…。
この世界に来る前の…なゆのPTに加わる前の僕に…そっくりだ。

>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」

>「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

イブリースは似合わぬヘラヘラとした笑いで僕達を馬鹿にする。

>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――」

>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

「だから…?死ぬのか?こんな寂しい場所で…?一人ぼっちで…?」

>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」

「やめろ…!やめろ!こんな事が最善手じゃないなんて…お前が分かってるはずだろ!?」

地球人は…戦争にルールを設ける事によって辛うじてバランスを保っていて…それは外の世界から見れば腑抜けた人種に見えるかもしれない…
しかし…外敵なら話は別だ…ルールが必要なく…地球人が本気で平気を開発し始めたら……最初は勝てても…

「地球人は…自分達の為なら…数百種類のもの生物を絶滅に追いやってきた…魔法こそないけれど…殺しの技術のエキスパートなんだぞ…!」

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2023/02/15(水) 16:14:13
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

>「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」

イブリースはずっと握っていた右手を開き…その手のひらから現れたなにかを口に入れた…。
永劫さえも手中に収めた『悪魔の種子(デモンズシード)』…それを大量に自分の口に…。

>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」

「結局は…殺し合うしかないのか?」

>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」

この正真正銘の化け物の正式名称なんて知りたくない。
いや…その他詳細の情報すらも…知りたくない…。

>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」

どうせ元に戻す方法は分からないとか言うんだろ…!なら聞きたくない!

>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ゴウッ!!!

「くっ!…部長!」

無差別な…瘴気による無差別範囲攻撃…。僕は部長抱えて回避行動で精一杯いっぱい…!
攻撃に転じようとすると即座に出だしをつぶされ…実質的になにもできないようにコントロールされ…

>「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」
>「ここだ」

なゆとエンバースのコンビネーション攻撃もいとも簡単にいなされる始末!
理性を犠牲に…スピード…パワー…体格以上に大幅にパワーアップしている…!

>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

イブリースが聞きなれない呪文名を叫んだ途端…背景が…いや…視界が星空に染まる…。
僕の本能が危険信号を大量に出していたが…僕と部長ではこれを返す手段が…ない。

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2023/02/15(水) 16:14:29
《乗って下さい!》

僕のピンチにカザハが駆けつけ隕石の雨からなんとか逃れたものの…逆転の一手は以前見えなかった。

…僕には…今のイブリースを止める手段は思つかなかった…もちろん殺し合いという意味でなら全員で団結すればできるのだろう…。
でも…今の僕にはイブリースが…未来の自分に重なって見えてしかたなかった。

人殺しの罪人の成れの果て…どれだけ幸せを願おうとも…結局幸せは訪れず…絶望の中一人寂しく…救われず死んでいく。

>「ジョン! イブリースに語りかけて!」

なゆの言葉すら届かないほど…不安で押しつぶされそうな僕の事を察したのか…カザハが僕の後ろに立って背中と両手と額を軽く当て

>「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」

バフと…言葉が体に…心に掛かる一瞬…今までの出来事が…僕の頭を横切っていった。

暴走してみんなに迷惑をかけた事。それでもみんなは笑ってもう一度向かい入れてくれたこと…
ロイが死んだあと…時を遡る手法の話を聞いて…一度裏切りを決心したが…結局実行に移せなかった…事。

>「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」

みんなを一度明確に裏切ってしまった僕をパートナーと呼んでくれる人がいる事・・・。

どれか一つでも…みんながいなかったら…間違いなく僕は…今のイブリースと同じ立場にいたのだろう…。
でも僕は今ここに立っている…仲間と一緒に…未来を迎える為に…。

>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」

今の僕はが…本当にするべき事は嘆く事でも…後悔する事でもない…!

「ありがとう…カザハ」

もう一度膝をついてカザハの手を軽く握り…軽く手の甲にキスをした

「いってくるね」

188ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2023/02/15(水) 16:14:45
>「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」

今まで感じた事ない…殺意を剥き出しにしてイブリースと対面するエンバースを見る
地球が大変な事なってる以上…明神もエンバースも…そしてなゆも手加減してる余裕などない…

そしてその中でもエンバースは…恐らくチャンスがあれば間違いなくイブリースの命を奪うだろう…。
止める事など出来はしない…だが…エンバースに可能性を見せつけて気を変えてもらうまでの話だ。

>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」

僕にさえ殺気を隠そうともしない…本気なのがひしひしと伝わってくる。

>「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
 上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」

「そんな殺気垂れ流しで言われたら信じるしかないだろうな…だが先制は譲ってもらうぞ。いいな?」

>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
 パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
 剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」

イブリースの弱点であるパリィを狙うエンバースを追い抜き…エンバースより更にイブリースに近づく。
手を伸ばせば届く距離まで接近し…イブリースを見上げる…デモンズシードでより巨大化したために…見上げなければ顔すら見えない。

「君は否定するかもしれないけど…君と僕と一緒なんだ…ただ君にはみんなが…腹を割って話せる仲間がいなかっただけで…。
なゆ達がいなければ…僕は間違いなくそっち側だった…いや…今でも僕はそっち側なのかもしれない…
もしシェリーとロイを天秤に出されたら…その時どう思うか…僕にもわからないから…」

もし目の前にシェリーやロイを蘇らせる手段があったら…その時僕は…どんな選択をするのだろうか
なゆ達の事だ…きっとなにをしても…僕の事を許してくれるのだろう…でもそれは…甘えにすぎない…。

過去ではなく…今を生きなきゃ…自分の選択を恥じない為に…選択をもう一度させてくれた仲間達の為に。

>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

イブリースが理性を失った叫び声をあげる。
僕の声がどこまで届いているのだろうか?そんなの関係ない…届くまで…。

「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」

ブオン!

イブリースは巨大な魔剣を大きく振り上げ…僕に目掛けて振り下ろす。

ズドオオオオオオン!

僕はそれを…永劫の祝福を受けた右腕で受け止めた。

「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」

ぼたぼたと受け止めた右手から大量の血が滴り落ちる。指は曲がり、腕全体は少し曲がってはいるが…
永劫の再生能力と頑丈な腕さえ完全にはイブリースの攻撃を完全に受ける事はできなかった…だが関係ない。戦えるなら…!

「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」

イブリースの巨大な剣を右腕一本で弾き返す…そしてパーカーの袖口をまくり失った代わりに永劫の祝福を受け真っ青になった右手を掲げる。
もう既に永劫の力によってあり得ない方向に曲がっていた指や傷は塞がっていた…右腕限定だが…まさに永劫の名に恥じないチートっぷりである

「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」

僕は最初に掛けてもらった瘴気を防ぐ為のバリアをスマホを操作し、解除する。そして一撃受け止めただけで悲鳴を上げる全身に力を籠める。

なゆ達と出会えた以上の幸せが僕にあるとは思えない…きっとこの旅が終わった後僕には…現実を直視する事になるだろう…でもそれでいい…みんなが暖かさをくれたから
最後の幸せを願って辛くても前に進み続ける…それが人殺しのできる唯一の事…だから僕は諦めない。

シェリーとロイの分…必ず生きてみせるぞ

「まずは一発!!」

ドゴオオオオオン!

僕は跳躍し…イブリースの顔面を思いっきり右腕で殴りつけ…王座に吹っ飛ばした。

「勝てんぜ、お前は」

部長を抱きかかえる。そしてカザハを見る。僕に覚悟を…力ではない…心の強さを…明るい未来への希望をくれた。
こんなに支えられていて…一人ぼっちで全てを諦めたイブリース…お前に負ける通りはない。

「僕には最高のパートナーがいるからな」

189崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:15:51
理性を捨て去り、文字通りの怪物――EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シンに進化したイブリースが、
虚空から隕石の雨を降らせる。
灼熱に燃え盛る隕石本体は勿論、落下した爆発にも判定がある、広範囲極大殲滅魔法だ。
一撃でも貰えば死、そんな流星雨を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はそれぞれの方法で掻い潜ってゆく。

>エンバース!!

>お呼びかマスター!

ポヨリンを胸に抱いたなゆたをエンバースが抱き上げ、隕石の軌道を冷静に把握してその隙間を縫う。

>乗って下さい!

カザハはジョンと共にカケルに跨り、暗い星空へ変わった空間を翔けて何とか隕石をやり過ごす。

>ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!
>グフォォォォ!!

明神は体重の軽いガザーヴァを抱え、マゴットに指示を出して自らに降り注ぐ隕石を叩き落す。
継承者たちも障壁を張ったり虚構魔法で自らを霧に変えたりして、やっとの思いでイブリースの無差別魔法に抗っている。
やがて隕石の雨は終息し、周囲は星空から元の大広間へと戻ったが、事態は何ひとつ好転していない。
と、不意にイブリースへ向かって飛ぶ闇の閃光。

ガガァンッ!!

『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』――ベルゼブブの得意技にして、闇属性上級魔法。
最初はマゴットが撃ったのかと思ったが、違う。その攻撃は驚くべきことに、明神が放ったものだった。
以前は闇魔法初級の影縛りだけで息切れしていた者が、まさかこんな短期間でレイド級の用いる上位魔法をマスターするなど、
明神の成長速度に瞠目せずにはいられない。
が、そんな『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』も今のイブリースには些かの痛痒もないらしい。
顔面から細い煙をあげながらもその皮膚には火傷ひとつなく、炯々と輝く三つの眼を明神へと向ける。
尤も、明神としてもこれでイブリースを仕留められるとは最初から思ってもいないだろう。

>ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!

明神が叫ぶ。

>剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
 生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
 わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ

明神は捲し立てたが、ファンタジー世界の住人に石油だ半導体だと言ったところで通じる訳がない。
だいいち、今のイブリースは正気を完全に欠いている。

>なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
 ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
 今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!

>……正直言って、返す言葉もないよ

「…………」

なゆたはきゅ、と唇を噛み締めた。その気持ちはエンバースと同じだ。
イブリースはついに禁忌を犯してしまった。大賢者の甘言に惑わされ、最終戦争の引き金を引いてしまった。
このままでは、明神の言う通り大切な人々がみな死んでしまう。
なゆたの父親も、赤城家の住人も。学校のクラスメイト達もみんな――。

>『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!

明神が切り札を切る。
マゴットの姿が崩れてデスフライの群れへと変わり、明神の隣に立つガザーヴァへ纏わりついてゆく。
その姿が巨大な蝿球に覆われる。

>俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
 だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
 ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く

断固たる決意だ。明神の指令と共に、蝿球が徐々に薄れてゆく。
全身を覆う漆黒の甲冑から一転、露出の激しいビキニスタイルの幻蝿戦姫に変貌を遂げたガザーヴァは、
愛しい主人の命令を耳にすると嬉しそうに双眸を細め、

「――イエス。マスター」

そう言って、左手の親指をぺろりと舐めた。

190崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:22:00
>この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
 なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
 終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?

次のイブリースの攻撃に備えて身構えるなゆたの横で、エンバースが口を開く。

>俺には分かるぞ
>次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
 お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ

言いながら、魔法薬のアンプルを己の胸に突き刺す。それも一本や二本ではなく、
矢継ぎ早に尋常でない量の魔法薬を自らに投与し、ドーピングを図ってゆく。

>……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ

中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー世界にはそぐわない、未来的な造型の刀剣がエンバースの手許に現れる。
ヒノデへ一緒にデートに行った際、エンバースが手に入れた武器だ。

>本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ

起動し、帯電する刀を携えながら、今度はジョンへ提案する。

>なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か
>それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か

「エンバース……」

なゆたは目を瞬かせた。
イブリースのことは殺さない、と決めたのだ。その選択が結果的に最終戦争を招くことになってしまったが、
それでもなゆたは今なおイブリースを殺してはならないと考えている。
最初は殺すつもりはなかったけれど風向きが怪しくなってきた、自分の意図する結果にならなかったから、
やっぱり殺すことにしました――では、余りに信念がなさすぎる。
信念を貫き通したお陰でみんな死にました、ではそれこそ話にならないが、しかし。
最後の最後まで、なゆたはイブリースの改心に賭けたかった。ジョンが心を通じ合わせ、
イブリースの頑なな心を開いてくれることに期待した。
それはなゆた自身の望みであると同時に、かつてのイブリースの朋輩であり主君であったシャーロットの願いでもあるのだ。
一方で長い付き合いの中で培った信頼の許、なゆたはエンバースの心の裡を推し量る。
未知のEXレイド級、ニヴルヘイムの首魁たる兇魔皇帝イブリース・シンとの戦闘において、
手心など加えられる訳がない。殺したくないから〜とかできるだけ生かして〜などという甘っちょろいことを言っていては、
あべこべに此方が殺されることになるだろう。
全力で相手をするというのは、当たり前の前提だった。

>この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ
>皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ
>さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
 パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
 剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ

エンバースがイブリースの右側に位置取りする。
なゆたもそれに倣った。この戦い、あくまで主役はジョンである。
自分たちはイブリースの十重二十重の攻撃手段と防御障壁をすべて取り払い、ジョンに道を拓くのが役目だ。
確かに、どれだけパワーアップしようと新しいスキルを身につけようと、兇魔皇帝のベースがイブリースなのは変わらない。
だとすれば、パリィされると大きくひるむという以前のイブリース戦で培った経験も生かせるはずだ。

「……エンバース。あなたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも『ぶっ殺す』っていう言葉は苦手だわ」

スマホを握り締めながら、すぐ傍らのエンバースへ軽く咎めるように言う。
といって、その意思を否定するつもりは毛頭ない。なゆたは彼の横顔をちらりと見た。

「甘っちょろい考えだっていうのは自覚してる。殺す気でかからなきゃ、こっちがやられるってことも。
 けど、やっぱり『殺す』は言いたくないから――」

じゃきん! と右手に持ったスマホを顔の前に翳して構える。
ポヨリンが気合充分とばかり、ぽよんぽよんと跳ねる。

「……絶対に……『勝つ』!」

断固とした決意と共に、なゆたは新たなスペルカードをタップした。

191崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:31:50
「『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』!!」

身軽に跳躍したガザーヴァが左手を高々と掲げ、パチンとフィンガースナップを鳴らす。
と同時、イブリースの身を淡紅色の魔力が包み込む。

『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』。

『人の不孝は蜜の味(シャーデンフロイデ)』と同じくガザーヴァが幻魔将軍時代から得意としている、
対象に掛かっているありとあらゆるバフをすべて無効化してしまう固有スキルである。
スキルは一瞬効果を発揮したように見えたが、すぐに効力を失い光もまた消えてしまう。

「ッちぃぃ〜、永続バフか!
 今のまんまじゃボクの『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』も効き目ないな……!」

>タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす

舌打ちするガザーヴァに対し、明神が冷静に相手を分析する。
その巨体に纏わりつく視認できるほど濃厚な怨霊の群れは、イブリースの防御の要だ。
怨霊たちがイブリースに常に強力なバフを掛け続けているお陰で、いくらガザーヴァがそれを引き剥がしたとしても、
またすぐにバフが掛かってしまうのだ。
であるのなら、怨霊たちを無効化してしまえばいい。
かつてタマン湿性地帯で戦ったときと同じく、明神がネクロマンサーの技能を駆使して怨霊に対処する。

>亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
 二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな
>お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
 何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
 ……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。
>かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
 ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
 俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる

明神の言葉に反応し、夥しい数の怨霊がイブリースから剥離したかと思うと、一気に襲い掛かってくる。
濃紫色の瘴気に包まれた無数の髑髏があぎとを開き、悍ましい呪詛を吐き散らしながら迫る。
そのひとつひとつを、ガザーヴァが魔法と暗月の槍ムーンブルクを駆使して撃破してゆく。

「そう、マスターを殺せりゃテメーらの勝ちだ!
 でもなァ……そう簡単にうまく行くなんて思うなよ! なぜなら――
 マスターの命は! この最強モンスター、ベル=ガザーヴァさまが護ってンだからなァ!」

右手に騎兵槍を持ち、左手で『闇撃驟雨(ダークネス・クラスター)』の盲撃ちをしつつ、ガザーヴァが嗤う。
明神が心置きなく怨霊たちを煽れるように。思う侭の行動がとれるように、鉄壁の防御でマスターを護る。

「――来い、『聖蝿騎兵(フライリッター)』!!」

ガザーヴァの周辺を飛び回るデスフライの群れが、本体の命令に従い何かの形を取ってゆく。
それは、馬甲冑を着込んだ騎馬に跨った騎士。ただし騎士、騎馬ともにその頭部はマゴットとよく似た蝿の形をしている。
長大なハルバードを構えたそれが、四騎。
デスフライたちが形を成した騎兵たちが嘶きをあげて怨霊たちに突進し、蹂躙を開始する。
自らの分身である蝿たちを自由自在に操る超レイド級モンスター、ベルゼビュートのユニークスキルのひとつだ。
更にガザーヴァは左手を自分たちのいるフィールドを闇属性の『地獄』へと変質させる。
風景が大広間からニヴルヘイムよりも一層荒涼とした世界に一転する。

「まだまだ行くぞォ!
 蒸発しろ! 『獄嵐極熱焦(インフェルノ・スチーム)』!!」

剥き出しの岩場から高熱の蒸気が噴き出し、範囲攻撃となって怨霊たちを呻き声を出すいとまも与えず蒸発させる。
亡者の皮膚を焼き喉を爛れさせ、永劫の苦痛に苛むという地獄の熱気の再現だ。
神を彷彿とさせる超レイド級の恐るべき力で、ガザーヴァはイブリースの怨霊たちを平らげてゆく。
しかし、それでも怨霊たちは一向に減少する気配を見せない。まるで無尽蔵のようにイブリースの身から湧き出しては、
断末魔めいた悲鳴を上げて襲い掛かってくる。
むろん、生身の人間である明神は一度でもその攻撃を喰らえばアウトだ。
また、仮に直接攻撃を被弾しなくとも、亡者たちの怨嗟の声は明神の精神と正気とを徐々に蝕んでゆくことだろう。
それだけは魔法やスペルカードで防御することはできない。今までの冒険で成長した明神の心の強さが持ち堪えるか、
亡者たちのアルフヘイムへの怨念が勝つか、小細工なしのガチンコ勝負だ。

「明神」

すい、と宙に浮かぶガザーヴァが明神の隣へやってくる。

「……あいつらは救われたがってる。安息を求めてる。誰だって恨みのために戦いたくなんてねーんだ。
 イブリースに取り憑いたあいつらがボクたちに攻撃してくるのは、“それしか知らないから”だ。
 あいつらもバカのイブリースと同じように、ボクたちを殺しゃ救われるってクソジジーに吹き込まれたんだろうよ。
 んなら……後は簡単だよな?」

怨霊たちが殺戮以外に安らぎを得る手段を持ち合わせていないというのなら、殺戮以外の救済方法を教えてやればいい。
そして、それが出来るのはこのフィールドにいる者たちの中で、死者と真正面から対峙することのできる明神だけだ。
ガンダラのバルログに始まり、ガザーヴァやオデットなど、明神は今までたくさんの本来倒すべき敵を懐柔し、
自らの仲間にしてきた。それはまさしく敵を自身の戦力に変換する『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の真骨頂であろう。
超一流のネクロマンサーは死者を従属させるだけに留まらず、『死者の方から望んで協力を申し出る』という。
明神がその一握りの超一流になれるか、それとも一山いくらの凡庸な死霊使いで終わるか――
ここがその分水嶺であった。

192崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:34:41
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」

カハァァ……と耳まで裂けた口から瘴気を吐き出し、怪物と化したイブリースが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼ぶ。
無限の怨嗟。無限の憎悪。無限の憤怒――
理性が消し飛ぶほどのそれら負の感情にすべてを塗り潰してしまったイブリースに、生半可な攻撃は通じない。
エンバースが巧みな剣技でパリィを誘うが、イブリースはなかなか乗ってこなかった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側がイブリースの特性をよく理解しているように、
イブリースもまたタマン湿性地帯の戦いで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦術を把握している。
執拗に纏わりついてくるエンバースを振り払うように、『暗撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を放つ。
かと思えば額の第三の眼を輝かせ、エンバースめがけて空から闇の雷撃を落とす。
雷撃は自動追尾でエンバースを執拗に狙い、一発浴びれば雷属性ダメージの他、ATBゲージを半分持っていく。

「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」

エンバースを牽制すると、今度は大きく背を仰け反らせ、次の瞬間勢いをつけて紅蓮の炎を吐き出す。

バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

『大破壊の焔(カタストロフ・ブレイズ)』。
イブリースの前方、広範囲のフィールドを炎で埋め尽くす範囲攻撃だ。防具のアーマー値で効果を減退させることはできず、
水属性か聖属性の魔法でダメージ緩和を狙うしかない。

「ポヨリン! 『水護幕(ハイドロスクリーン)』!」

『ぽよよっ!』

なゆたが鋭く指示を飛ばし、ポヨリンが高速回転を始める。
ポヨリンの足許の地面から噴水のように大量の水が溢れ出し、水属性の障壁を形作る。

「みんな、大丈夫!? ダメージを負った人は申告して! すぐに癒します……!」

「スペルカードは出し惜しみしないで、どんどん使って頂戴!
 『多算勝(コマンド・リピート)』で再度使用可能に出来るから!」

なゆたの『水護幕(ハイドロスクリーン)』でも防ぎきれない熱波を、
聖属性の『聖なる護り(ホーリー・プロテクション)』でさらに減少させながら、アシュトラーセが注意を促す。
ウィズリィも傍らにブックを従え、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の援護に徹している。

「戦えば戦うほど、規格外のバケモノじゃな!
 ニヴルヘイムの首魁という二つ名は伊達ではない、ということか……!」

煙管を吸う暇もないと愚痴りつつ、エカテリーナが呻くように言う。
そんな言葉を聞き、イブリースは裂けた口角に禍々しい笑みを浮かべると、

「オレが……バケモノ……?
 違う……オレは……悪魔だ――――!!」

と言って哄笑した。
そんなイブリースへ、ジョンが無造作に近付いてゆく。

>イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
 誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
 どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…

ジョンの語りかけに、イブリースは魔剣の一撃を以て応える。
が、ジョンは驚くべきことにイブリースの振り下ろしを右腕一本で受け止めてみせた。

「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ……」

>イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…
 だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
 僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない

受け止めたからと言って、むろん無傷という訳ではない。
ジョンの右腕は衝撃で滅茶苦茶に壊れ、白い骨が皮膚を突き破って覗いている。
しかし、その右腕は自ら切断して以来、『永劫の』オデットの力を取り込んだ不死の肉体。
急速に破壊が、断裂が元の姿に復元されてゆく。

>そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから

ジョンはそう言うと、何を思ったか自らに掛けられているバフを自分で解除してしまった。
既にフィールド全体にはイブリースの瘴気が隅々まで行き渡ってしまっている。瘴気は肺腑を冒し、骨肉を蝕み、
やがて精神までも侵食してゆくことだろう。
だが。

>まずは一発!!

心身を蝕む瘴気も、ジョンの決意までを糜爛させることはできない。

「ゴォッ……!!?」

耳を劈く炸裂音と共に、ジョン渾身の右拳がイブリースの左頬に突き刺さる。
五メートルもの巨体であるにも拘らず、イブリースはその威力に吹き飛ばされ、玉座に激突して盛大な煙を上げた。

>勝てんぜ、お前は
>僕には最高のパートナーがいるからな

ジョンが部長を抱きかかえる。部長は主人の想いに応えるように甲高く鳴いた。

193崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:38:23
濛々と立ち込める煙が、徐々に晴れていく。
ガシャ……と甲冑の音を響かせ、中からイブリースが姿を現す。
ジョンの鉄拳は狙い過たずイブリースの右頬を捕らえていたが、ダメージがあるようには見えない。
やはり怨霊たちの齎す極大のバフを剥がさない限り、イブリースに直接ダメージを与えることは困難なのだろう。

>マホたん、力を貸して――

カザハが歌を歌い始める。地球で放映されていたブレモンのアニメ『デュエルメモリーズ』のOPテーマ、『Blaver!!』。
アニメの出来自体は微妙という評価であったが、それでもテーマソングは名曲との呼び名が高く、
本編を知らない人間でも歌は知っているというヒット曲だ。
フィールドにいる味方全員の物理、魔法双方の攻撃力が大幅に強化され、頭上に『↑ATK/MTK』のアイコンが付く。

「――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!」

果敢に攻撃を繰り返すエンバースやなゆたを無視し、イブリースはジョンだけを狙って突進する。

「みんな、ジョンさんを援護や!
 いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」

イシュタルの双眸が輝き、地面からばばばばんっ!! と、イシュタルをもっとシンプルにしたような案山子が無数に現れる。
その総数は五十体以上。フィールド全体に所狭しと案山子が突き立っている状態だ。
案山子はそれ自体が攻撃を直接食い止める障壁の役目を果たし、陰に隠れれば敵の攻撃から守ってくれるほか、
パーティーの誰かが死亡するほどのダメージを負った場合、自動で身代わりとして爆散する機能も有している。
イシュタルのこのスキルが発動中、つまり案山子が残っているうちは、パーティーは全滅しないという訳だ――が。

「ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

バギバギバギィッ!!

イブリースが尻尾を大きく鞭のように振るい、案山子へと叩きつける。
本体と比べてもそう遜色がない耐久力を誇るはずの案山子が、まるで苧殻のように吹き飛ばされ、圧し折られる。
みのりは悲鳴をあげた。

「こらあかん! なんぼも持たへんで!」

「好き勝手はさせぬ!」

エカテリーナが素早く虚空に呪印を描く。と、イブリースの周囲に蒼く輝く四つの魔法陣が出現し、
其処から魔力の鎖が飛び出して四肢に絡みついた。

「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」

イブリースが束の間歩みを止めた間隙を縫い、スマホをタップしながらなゆたが鋭く叫ぶ。
ポヨリンがいったん大きく後退したかと思えば、何を思ったか今度はフラウへと全速力で突進してゆく。
かつてジョンがブラッドラストの力に呑み込まれたとき、なゆたは部長とアブホースのコンビネーション技を即興で考案した。
それを、今度はポヨリンとフラウでやろうとしている。
百戦錬磨のエンバースとフラウなら、きっとその意も瞬時に汲み取れるに違いない。
スペルカード『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』によって硬質化したポヨリンが、
ずどんっ!! とフラウの胴体に突き刺さる。
フラウの伸縮自在の肉体が、スリングショットの役割を担う。大きく伸長したかと思うと、
ポヨリンはフラウの反発によって突進時の数倍のスピードで跳ね返り、イブリースめがけて飛んでいった。

「真! ポヨリン砲弾ッ!!」

単体の頭突きでは、イブリースにダメージを与えることはできない。
しかし、コンビネーション技ならどうか?

ドゴォォォォッ!!!

先ほどのマグナム弾とは比較にならない、文字通り砲弾と化したポヨリンが身動きの取れないイブリースの胸板を直撃する。
ギリ、と歯を食い縛り、イブリースが僅かに苦悶の表情を見せる。そのぶ厚い装甲の一部にヒビが入る。
やった、となゆたは快哉を叫ぼうとした――けれど。

「オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

イブリースはぐっと身を低く腰だめの姿勢になったかと思うと、次の瞬間には全身から爆発的に瘴気を噴き出して、
瞬く間に鎖を破壊しなゆたとエンバースの合体技までも弾き飛ばしてしまった。

「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」

「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」

「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」

大気を震わせる咆哮をあげ、業魔の剣を投げ捨てたイブリースは一気にジョンへと襲い掛かった。

194崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:46:42
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」

イブリースの周囲で怨霊たちが荒れ狂い、瘴気が空間を糜爛させてゆく。
大きく上体を捻ったイブリースの振りかぶった右の巨拳が、先刻のお返しとばかりにジョンの胴体に炸裂する。
ぱぁんッ! と派手な音を立て、戦場に突き立つ案山子のひとつが跡形もなく爆ぜた。
その一撃だけで致死量のダメージだったということの証左だ。
しかし、それだけでは終わらない。さらにイブリースは突進しながらジョンへ暴風のような拳の連撃を叩き込んだ。
それはもう、オデットの加護を受けた右腕だけでは防ぎきれない。
一撃一撃がミサイルの爆撃にも等しい、EXレイド級の本気の攻撃がジョンの全身を穿つ。
フィールドに整然と佇立している案山子の群れが、ぱぱぱぱぱんッ!! と雪崩を打って破裂してゆく。

「ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」

拳の乱打から、そのままジョンの頭を右手で鷲掴みにしたかと思うと、突進の勢いのまま壁にジョンの全身を叩きつける。

メギッ!!!

ジョンの身体を中心に、まるでクレーターのように放射状に壁が凹み、亀裂が入る。 
ぱぁん! と大きな音を立て、みのりが『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』で生成した案山子の最後の一体が爆ぜた。
そして。

「……死ね……!!!」

キュィィン――とジョンの頭を鷲掴みしたままのイブリースの右手に、闇色の魔力が宿る。
そして、発射。兇魔将軍時とは比べ物にならない威力の『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』の零距離射撃。

ギュバッ!!!!

ついに魔城の壁が崩壊し、ガラガラと崩落する。
イブリースはジョンの身体を襤褸屑のように打ち捨てた。そして一旦は放棄した業魔の剣を呼び戻し、
再度その手に掴む。

兇魔皇帝イブリース・シンの必殺連携『巨神闘争(ティタノマキア)』。
己の纏う無限の憤怒、無尽の怨嗟を暴風のような拳の乱打と共に叩き込み、手近な壁面に叩きつけた上、
零距離から『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を見舞うという、必中決殺の新スキルだ。
その特性は回避不能、防御無視、光属性の相手にはダメージ2.5倍といったものだが、
どれも些末なことであろう。ともかく『喰らえば死ぬ』、文字通りの必殺技である。

「ジョン!!」

なゆたが叫ぶ。
いくらジョンがブラッドラストを持ち、オデットの加護を得た右手を有しているからといっても、
大ダメージは免れまい。

「何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!」

「やってる! これが精一杯よ!」

みのりがジョンへ『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを切り、
アシュトラーセが『聖なる癒し(ホーリー・リバイブ)』の魔法を唱える。

「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……。
 …………『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ―――――――――――ッ!!!!!」

ギュオッ!!

イブリースが咆哮をあげると、またしても全身から夥しい量の瘴気が火柱のように噴き上がる。
瘴気は嵐となって大広間を荒れ狂い、颶風が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』や継承者たちの全身を強かに打ち据える。
兇魔皇帝となったイブリースの発するあまりの濃さの瘴気に暗黒魔城ダークマターが振動し、天井から粉塵が舞い落ちる。
まさに規格外。EX級の名に相応しいモンスターへと変貌を遂げたイブリースに、誰も有効打を与えることが出来ない。
しかし――

「みんな、見て!」

それまでになかったイブリースの明らかな変貌に気付き、なゆたが指をさす。
イブリースの炯々と輝く三ツの眼から、血が溢れている。
真っ赤な血は頬を伝い、顎から滴って点々と零れ落ちる。

「……イブリースが……泣いてる……」

血涙を流し、大気を震撼させる吼え声をあげるイブリース。
その声はどこか、哀惜の慟哭に似ていた。

195崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 14:56:17
「なんだと? もう一度言ってみろ、ミハエル・シュヴァルツァー」

今から数時間前、暗黒魔城ダークマターの大広間でミハエル・シュヴァルツァーの発した言葉に、
イブリースは耳を疑った。

「聞こえなかったのかい? イブリース。
 “君はここに残れ”――と、そう言ったのさ」

全身から怒気を溢れさせるイブリースを前にしてもまるで平然としたまま、ミハエルが薄く微笑しながら応える。
アルメリアの王都キングヒルが陥落し、其処に常駐していた者たちが敗走したことで、
事実上アルフヘイムの戦力は瓦解した。
一巡目の結末を覆し、ニヴルヘイムが勝利を収めたのだ。
だが、勝利の余韻に酔い痴れている暇はない。次はミズガルズへと侵攻し、其処を第二の故郷としなければならないのだ。
イブリースは当然、自らが先陣に立ってミズガルズへと攻め込もうと思っていた。
が、そんなイブリースに対してミハエルが言い放ったのは、崩壊しつつあるニヴルヘイムにひとり残り、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を迎撃せよという命令であった。

「莫迦な……! ならば、誰が我が同胞たちを導く? 誰が同胞たちを襲う脅威を排除できるというのだ?
 同胞たちにはまだ、先導者が必要なのだ! 先頭に立って新天地への道を切り拓く者が――!!」

イブリースは莫迦力だけが取り柄の無能ではない。当然ミズガルズの抵抗は予想しており、
そのための備えも考えていた。
ニヴルヘイムの魔物たちは、アルフヘイムの住人たちと違って他種族、異文化との交流というものを殆どしない。
同種で群れを形成するケースならあるが、基本的には共存共栄ということをしないのだ。
それは個々の力が弱く支え合うことでしか生存の確率を上げられない生物と違って、個体ごとの力が強いためだが、
裏を返せばそれは協調性がない、規律ある行動が取れないということでもある。
そんなニヴルヘイムの住人を掻き集め、集団行動を取らせるためにはどうすればよいか?
簡単な話だ。突出した一個体が、その圧倒的な力で他を捻じ伏せればよい。
イブリースはそれが自分だと思っていた。
例えミズガルズの住人がいかなる未知の攻撃を用いて来ようとも、それを率先して浴び、受け止め、粉砕する。
そうして、身を挺して同胞たちを護る。
この最終決戦に勝ち、仲間たちがミズガルズで生きるための端緒を掴むのを見届ける。
そこまでして初めて、イブリースはすべての役目を終えることが出来るのだ。
今はまだ、その座を降りるには早い。

「そうだね。正直言って、君のお仲間は足並みを揃えて歩くことさえ難しい烏合の衆だ。指導者は必要さ、ただ――
 それは、必ずしも君である必要はないんじゃないかな?」

「お前は何を――」

イブリースは気色ばんだ。
ニヴルヘイムの魔物たちをひとつに纏め上げ、守ってやれる存在が自分以外にいるとは思えない。
だが、ミハエルはかぶりを振った。

「僕が代わりに彼らを導いてあげるよ。イブリース」

「……お前が……?」

「ああ。君も知っての通り、僕は最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だ。
 そして、当然ミズガルズ出身でもある。ミズガルズの兵器、武装、戦術……そのすべてがここにインプットされてる。
 君のように『まず喰らってみて確認する』なんて、悠長なことをする必要がないってことさ」

ミハエルは右手の人差し指でトントンと米神をつつき、端麗な面貌をゆがめて笑った。
驚くべきことに、ミハエルは自らの故郷である地球に攻め入らんとするニヴルヘイム軍を止めるどころか、
自らその旗頭となって侵攻に協力するという。

「ミズガルズはお前の故郷だろう、ミハエル・シュヴァルツァー。
 オレたちはそこを戦火に包もうとしているのだぞ?
 やめろと諫言こそすれ、お前自身が攻め込むなどと――」

「そうかい? 僕は別に、そういうのは“どうでもいい”のさ。
 だって、この世界のすべてはゲームなんだよ? 上位者たちによって設定されたゲーム。命を懸けたお遊戯さ。
 家族も、友人も、この僕自身も、何もかもそう設定されたプログラムにすぎない。だったら――
 一番おもしろいシナリオがやりたいって思うのは、当たり前のことだろう?」

にたあ……と、ミハエルの細められた双眸に喜悦が宿る。

「いつか話したろ? 僕の見た幻視を。
 ミズガルズを闊歩するタイラントの隊列。戦闘機とドッグファイトするワイバーン。
 港湾を押し流すミドガルズオルム、そして市街地を蹂躙する魔物たちの軍勢を!
 ああ、あの光景を実際に再現できて……しかもこの僕が自ら指揮できるなら!
 それはどんなにか素晴らしいことだろう!」

「……ミハ……エル……」

両手を広げ、恍惚とした表情で歌うように告げるミハエル。
その眼差しに、イブリースはこの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の心の中にある底知れぬ狂気を垣間見た気がした。

196崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 15:02:27
「それにね、イブリース」

変わらず笑みを浮かべながら、ミハエルは続ける。

「ニヴルヘイムの軍勢を率いるのは、僕だけじゃない。
 他にもいるんだ……心強い仲間がね」

そう言うと、ミハエルはパチンと指を鳴らした。
と同時、五メートルほどの間隔を置いてイブリースを取り囲むように四人の影が姿を現す。

ひとりは、耳にダイスのイヤーカフスをつけカジノディーラー風のタキシードを着込んだ金髪少女。
身長一メートル程度の直立し溝鼠色の甲冑を着込んだネズミのモンスターを従えている。

ひとりは、頭をすっぽり隠した黒いパーカー、ダウンジャケット、カーゴパンツにワークブーツという出で立ちの男。
まるで鉱石のように黒光りするスライムを足許に侍らせている。

ひとりは、ディープグリーンの髪色とワインレッドのマットアイシャドウ、ミントグリーンのリップティントが奇抜な長身の男。
水晶めいて結晶化した体躯を持つ老魔術師を後方に控えさせている。

ひとりは、長い黒髪に白のブラウス、ネクタイに、ショートパンツと黒タイツといったスタイルの高校生ほどの背格好の少女。
闇色のヴェールで全身を覆った、女性型のシルエットのモンスターが隣に寄り添っている。

「これは……」

魔神たるイブリースをして、その存在にまるで気付かなかった。

「彼らは僕ほどじゃないけれど、いずれも一騎当千の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちだ。
 その彼らが、ニヴルヘイムのミズガルズ侵攻に力を貸してくれると言ってる……。
 君が何も考えず特攻をかけるより、よっぽど巧く戦えるよ。
 もちろん、君の大切な仲間たちの被害も抑えられる」

「新たな『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だと? いつの間に」

今まで、ニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はみなイブリースが召喚していた。
しかしミハエルが紹介した四人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のことを、イブリースは何も知らない。
けれど、その理由は簡単なことだった。
そも、イブリースの召喚は大賢者ローウェルから与えられた能力。
であるのなら――

「ローウェルの力でブレモンの、いや……この世界の膨大なデータをちょっと弄れば、
 望みの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼び寄せることなど容易い。
 シャーロットはこのバックアップデータのコンソールコマンドを使えるのは自分だけと思っているようだけど、とんだ勘違いさ。
 さ……これで分かったろ? イブリース、君の役目は僕たちが引き継ぐ。
 君はアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をここで迎え撃つんだ。
 恨み骨髄の相手だろう? 決着をつけるには、このダークマターほどお誂えの舞台はないよ」

「いいや……駄目だ」

もっともらしいミハエルの説得を、しかしイブリースは退けた。
確かにミズガルズ出身のミハエルたちが先導すれば、新天地での戦いはぐっと楽になることだろう。
しかし、イブリースにはどうしても仲間たちの運命を外部の人間に委ねるということが出来なかった。
ミハエルやローウェルとは協力関係を結んではいるものの、やはり根底で信用できない。
ニヴルヘイムの未来を掴むのは、ニヴルヘイムの手によって――それがイブリースの、
ただひとり残された三魔将としての矜持であった。

「幻視の光景を再現したいと言ったな。
 お前は我が同胞たちの未来を考えてミズガルズへ行くのではない、ただニヴルヘイムとミズガルズの戦いが見たいだけだ。
 我らを使ってゲームを楽しみたいだけだ、そんな者に我らの未来を託すことなど、出来ると思うか?
 第一……我が同胞たちはプログラムなどではない。この世界に生きる、かけがえない生命なのだ……!」

「…………」

ミハエルが薄笑いを消し、不愉快そうにイブリースを睨みつける。
これほどまでに懇切丁寧に説明してやっているのに理解できないとは、莫迦な奴――その眼がそう言っている。
怒りを押し殺しながら、イブリースは『業魔の剣(デモンブランド)』の切っ先をミハエルへ突きつけた。

「立ち去れ、ミハエル・シュヴァルツァー。お前をここで殺さぬことが、オレがお前へ向ける友誼の証明と思うがいい。
 大賢者めとの同盟もこれまでだ。奴のところへ帰って伝えろ……今までの協力感謝する。
 しかしこれより先は手出し無用、ニヴルヘイムはすべてを克し、未来を掴み取ると!」

「やれやれ……。もうちょっと君は賢いと思っていたけどね、イブリース。
 『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』――」

ニーチェの言葉を引用し、小さく吐息したミハエルがズボンのポケットをまさぐり、スマートフォンを取り出す。
と同時、周囲にいた四人も同じようにスマートフォンを手にする。
イブリースは身構えた。

「所詮、君も浅墓な物の考え方しかできない愚か者だったか。
 君は今まで通り、僕とローウェルの言う通りに動いていればいいんだよ!!」

「―――ミハエル・シュヴァルツァ―――――――――――ッ!!!!」

イブリースは大きく振りかぶった業魔の剣を、狙い過たずミハエルの頭上めがけて振り下ろした。

197崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/02/23(木) 15:09:40
業魔の剣が、大広間の床に突き立っている。
角が折れ、翼は裂け、鎧の砕けた血みどろのイブリースは豪奢な絨毯の上に片膝をつき、
肩で荒い息を繰り返しながら、前方のミハエルを睨みつけた。
闘いはすぐに終わった――結果はイブリースの惨敗だった。
ミハエルを含めた五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前にイブリースの攻撃はまるで功を成さず、
それどころかイブリースはその連携、見たこともない戦術とスペルカードに翻弄され、ほとんど成すがままに攻撃を浴び続けた。

「これで分かっただろ?
 君の力じゃ逆立ちしたって僕たちに勝つことはできないのさ。
 大人しく僕の言うことを聞いて、僕のために戦う……それが君のさだめなんだよ、イブリース」

無傷のミハエルが敗者となったイブリースを見下ろして嗤う。
ことここに至り、イブリースはようやく悟った。

「……そうか……。
 オレは最初から、お前たちに踊らされていたのだな……。
 バロールにとって、オレたちはこの世界を構成する多くの要素のうちのひとつでしかなかった。
 だからオレは奴と袂を分かった、お前たちの差し出した手を取り、今度こそ……この世界を、仲間たちを守ろうとした……。
 しかし、お前も大賢者も……オレたちを只のゲームの駒としか考えていなかった……」

「それは少し違うな。
 言ったろ? ゲームの駒なのは、この僕も同じ。
 ただ――どうせ駒なら、最強がいい。そう思っているだけさ。
 チェスだって、ポーンよりもキングの方がいいだろう?」

ミハエルにとって、自分を含めたこの世の一切はゲーム。
であるならトロフィーをコンプリートして、すべてのイベントを消化して、最強の駒として君臨したい。
そう思っているだけなのだ。
ミハエルを利用しようとしていたのはイブリースも同じだが、少なくともイブリースはミハエルに対し、
彼の心を理解しようと努めていた。不倶戴天の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ではあるが、
共感できる部分はあるかもしれない――そう考えていたのだ。
だが、ミハエルはそうではなかった。ミハエルにとってイブリースは、
どこまで行っても単なるゲームの中に出てくるネームドのモンスターでしかなかった。
共感や協調とは、双方の歩み寄りによって発生する。
最初から歩み寄るつもりのない相手とは、相互理解など図れようはずもない。
嗚呼。
また、自分は間違えた。一巡目と同じ轍は踏むまいとあらゆる手を尽くしたつもりだったのに。
手を組むべきでない者の手を取り、力を合わせるべき者の差し伸べた手を跳ね除けてしまった。
だが、もう後戻りはできない。悔いてやり直すには、自分はあまりにも罪を重ねすぎた。
ギリ……とイブリースは奥歯を噛み締める。

「……ミハエル・シュヴァルツァーよ……」

魂の奥底から絞り出すような声音で、イブリースは目の前の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の名を呼ぶ。

「なんだい? イブリース」

「本当に……我が同胞たちを、ニヴルヘイムの者たちを……勝利に導いてくれるのだろうな……?」

「もちろんさ。そりゃ、損害ゼロというのはさすがに難しいだろうけれどね。
 僕はスマートにゲームに勝ちたい。僕の率いる軍勢が負けるなんてことは百パーセントないと断言するよ」

ミハエルは頷いた。
その言葉を聞き、イブリースはもう一度深く息を吐くと、ミハエルに対して深々とこうべを垂れた。

「……そうか……。
 ならば、ゲームの駒でも構わん……。同胞たちが生きて……生き延びて、未来を……歩んでくれるのなら……。
 侵食の脅威から逃れ、新しい世界で幸福を掴んでくれるのなら……。
 ミハエル・シュヴァルツァーよ……オレの代わりにオレの、オレの大切な仲間たちを……頼む……」

臓腑すべてを吐き出すような苦しみの下、イブリースはミハエルへ懇願した。
己の誇りも、信念も、何もかも擲った命乞い。
だが――例えゲームの駒として扱われようと何だろうと、滅びるよりはずっとマシだ。

「約束しよう」

にぃぃ、とミハエルは禍々しい笑みを浮かべ、宣言した。
そしてスマートフォンをタップしてインベントリを開き、イブリースの眼前に何かを放る。
それは、十粒の『悪魔の種子(デモンズシード)』。

「……こ……れは……」

「それだけあれば足りるだろ? 全部あげるよ。
 アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は手ごわい。何せ、あのハイバラがいるんだからね。
 今の君じゃきっと負けるだろう。でも……『悪魔の種子(デモンズシード)』を使えばまぁ、
 相討ちくらいには持ち込めるんじゃないかな?」

『悪魔の種子(デモンズシード)』を与えられる、それはとりもなおさず、
ミハエルにとってイブリースが捨て駒程度の価値しかないということの証明である。

「じゃあ、さよならだイブリース。
 君と過ごした時間、短かったけれど結構楽しかったよ。それじゃ――Auf Wiedersehen!」

颯爽と踵を返すと、ミハエルは瞬く間に姿を消した。周囲の四人もそれに従って消失する。
誰もいなくなった大広間で、イブリースは目の前に散らばった悪魔の種子をガリリと床に爪を立てながら掴むと、
ひとり哭いた。

「……すまぬ……。
 …………す……まぬ…………!!」

それは売り渡したに等しい同胞たちへのものか、それとも約束を交わしたかつての主君に対してのものか。
あるいは、もう少しで気持ちを通じ合わせることが出来たかもしれない、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の青年に対してのものか――


【イブリース、ジョンを集中攻撃。
 怨霊のバフを剥がさない限りイブリース打倒は不可能。
 怨霊は目下明神、ベル=ガザーヴァ狙い。
 血涙を流すイブリース】

198カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/03/01(水) 01:57:08
【カザハ】
>「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
 ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
 今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」

>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」

明神さんやエンバースさんはイブリースに対して怒りを露わにする。地球に侵攻されているのだから、当然だ。
我とカケルは、なゆや明神さんと違って、地球に残っている家族はもういない。
それどころか、元々こちらの世界の存在の我らは、
今となっては地球に最初からいなかったことになっている可能性すらあるのだ。
地球が侵攻されているのに自分でも驚くほど心が反応しないということは――きっとそうなのだろう。
きっと、あの世界にもう帰る場所は無い。
それでも仮に、地球と我々との縁はもう断ち切られてしまっているとしても、イブリースは姉妹とも言うべき存在の仇なのだが。
今となってはイブリースを単純に憎めなかった。
イブリースとは1巡目の記憶を持っているという共通点があり、自分自身もローウェルの手駒という可能性も少なからずある。
上の世界の管理者以外のメモリーホルダーというものは、みんなローウェルの操り人形なのかもしれなくて、
そうだとしたらたまたま自分はイブリースとは違う役が割り当てられているだけなのかもしれない。
ローウェルの匙加減一つ、気まぐれ一つで立場が逆になっていたかもしれないのだ。
大体、前の周回の記憶が残っているというのは、余計なものに雁字搦めになってばかりで、ろくなことがない。
草原を出奔したばかりにそのまま死んでしまい、テュフォンとブリーズに多大な迷惑をかけた。
ありもしない楽園を夢見たばかりに、カケルに辛い思いをさせた。
そんな記憶があるから、自分が何かを望めば誰かが不幸になるような気がして。
本当はずっと受け入れられていたのに、こんな自分は受け入れられるはずはないと勝手に思い悩んだ。
どうせ定められたシナリオには抗えないと諦めて、自分の頭で考えたり心で感じることすらも放棄しようとした。
そうなれば、偉い人が決めたルールとか言う事を忠実に聞く操り人形の出来上がりだ。
そしてローウェルは世界で一番偉い人なのだ。
もちろん、イブリースはカリスマの敵役でニヴルヘイムを率いる完璧な将軍だから、こんな豆腐メンタルのヘタレとは全然訳が違うのだろうけど。
でも――この旅で何度も思い知らされた。見えている面だけが、全てじゃない。
もしかしたらイブリースだって本当はすごく努力して、カリスマで完璧に見せていたのかもしれない。
ここに至るまでに何があったのかは、分からないけれど――

>「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」
>「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
 だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
 ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」

199カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/03/01(水) 01:58:35
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
 パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
 剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」

>「……絶対に……『勝つ』!」

明神さんの指令を受けたベル=ガザーヴァが、エンバースさんとなゆが、ジョン君のために道を切り開くべくイブリースに向かっていく。

>「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
 ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
 俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」

明神さんはネクロマンサーの力をもって、イブリースのまとう怨霊のバフを引っぺがそうとする。
なんでそこまで全員の戦況が把握できているかというと、一番敵から離れた最後列で歌っているからで。
こんなことを思っている場合ではないのに、胸の奥がざわつく。
後ろで歌ってるよりも、隣で活路を切り開いてくれたり、相手に直接攻撃が通るようにしてくれた方が心強いに決まってる。
みんなが羨ましい――自分と似た姿をしたガザーヴァは特に。

「余計なこと考えてないで集中してくださいッ! フェザープロテクション!」

イブリースが吐き出した炎で、前方広範囲が埋め尽くされる。
ポヨリンさんとアシュトラーセのおかげでここまでは本流は来なかったものの、それでも防ぎきれなかった余波をカケルが防ぐ。
……あれ? これっていわゆる最後列で守られてるポジション!?
いやいやいや、それは可憐な美少女だけに許されるポジションであって!!

(謎の雑念垂れ流さないで!? 呪歌の出力に影響しますよ!)

ちなみに脳内で思っていることを垂れ流しているこの間、端から見ればひたすら真剣に歌っているようにしか見えないだろう。
ぶっちぎりのヘタレのくせに選曲がbraverなんてウケ狙いかと自分でツッコみたくなるが。
案外それなりに形になっていて、こんなヘタレのどこから凛々しい声が出ているのか、自分でもよく分からない。
でも精神連結をしているカケルには雑念も全部筒抜けなわけで、注意された。
そうだ、ただでさえ碌に役に立たないのだからせめて集中しなければ。

>「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」
>「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」

ジョン君は、イブリースの魔剣を、オデットの力によって再生した右腕で迎え撃っている。
オデットの力で再生したから右腕だけオデット仕様になったということか。

200カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/03/01(水) 01:59:42
>「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」
>「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」

我は正直言って、ジョン君がそこまでの罪を背負い続けなければいけないことをしたとは思わない。
だけど――

(キミが贖罪を望むというなら、キミさえ良ければその隣で……。
だってさ、キミのおかげで昨日よりも息がしやすいんだよ。深く吸えるんだよ。
訳の分からない強迫観念に怯えて息を詰まらせてたぼくはもういないんだよ。
この歌、キミに届いてるかな? 少しでも力になれてるといいな――)

>「まずは一発!!」

――入った!
ジョン君のパンチをまともにくらい、玉座に吹っ飛ばされるイブリース。

>「勝てんぜ、お前は」

部長を抱きかかえたジョン君がこっちを見て、目が合った。
嬉しいけど駄目だって! 余所見してる場合じゃないよ!? 

>「僕には最高のパートナーがいるからな」

(――――――――!!)

天然か狙っているのかも分からない不意打ちに、鍵盤を弾く手元が狂いかける。
――いや、落ち着け自分、最高のパートナーって部長さんのことだから!
でもさっきめっちゃこっち見たよな!? じゃあ同率一位ってこと……!?
こんなポッと出が部長大先輩と同率一位なんてちょっと評価高すぎるよ……!?
部長大先輩は当然!任せとけ!と言わんばかりに返事している感じだが。

(ジョン君……我はそういうノリに慣れてないのだが!!)

我はなんだかんだ言って、謙遜から来る身内下げが横行し
ツンデレとか以心伝心とか遠回し過ぎてよく分からない愛情表現を美徳とする奥ゆかしき国日本の文化に染まり上がっているわけで。
仲の良い者(主にカケル)とは愛のあるディスり合いをしながらどつき漫才をする文化しか知らない。
どうしよう、どんな顔をしていいのか分からない。だけど、胸の奥にじんわりと熱が灯るような不思議な感覚がする。
どうやら自分は滅茶苦茶嬉しいらしいのだ。基本努力は苦手だけど、何故か頑張れるような気がするのだ。
思わず、いつかこういうノリに慣れてジョン君の半歩斜め後ろで「最高のパートナーですが何か」みたいな自信に満ちた顔をしている自分を一瞬想像して。

不意に、記憶が蘇った。それは1巡目の、今際の際に願ったこと。
今度生まれ変われるとしたら。断ち切る力ではなく、繋ぐ力を――。
打ち負かす力ではなく、癒し元気付ける優しい力を願った。
ほれ叶えてやったぞと悪意に満ちた運営の声が聞こえてきそうで、なにもここまでヘタレにしなくてもいいじゃん!? と文句言いたくもなるけど。
それでも自分で選んだ道なら、胸を張って進もう。
今はまだ自信がなくても、いつかこの道を選んでよかったと思えるように。


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