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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

804宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:28:43 ID:WSuwR3hw0

「ありがとう。しかし鈴仙、これはたとえ他人から……それこそ『親』から突き付けられる言葉や事実の類では答えにならないクエスチョンです。僕自身が納得し、辿り着くしかない『運命』だと考えています。
 僕はブランドーか? ジョースターか? 究極的には、この謎に答えを出す必要すら無いかもしれない。どちらでも構わないと、そう励ましてくれる存在が身近で支えてくれる環境には感謝しかありませんが、この曖昧な感情を心に仕舞ったままでは、きっとDIOには勝てない。そう思うんです」

 そうだ。ジョルノはアウトローの人間だが、その環境に不満など無い。幼少期にこそ骨身に堪える苦慮を強いられていたものの、またその因果の起こりがDIOの常軌を逸した悪意から端を発したものの。
 〝汐華初流乃〟は救われていたのだ。幼き頃、名も知らぬギャングと出逢ったあの瞬間から。裏側の人間の発言としては妙だが、自分は恵まれた環境に居るのだと誇ってよかった。
 自らの選択によって、今の自分はこの環境に立てている。なればこそ、この『先』を作っていくのも此処からの自己選択なのだ。

 自分の運命については、それで納得できる。
 過去とは人を雁字搦めにしてしまう厄介なもの。DIOやディアボロが苦心したように、決して逃げることの出来ない『影』のような存在。
 過去からは逃げられないが、逆を言えばそれは、過去も決して逃げない。だからこそ過去というのは呉越同舟の、つまりは影と言えた。
 どれだけ時間を掛け、悩もうとも。自分の『選択』を待ってくれている無二の存在が、過去というしがらみに違いなかった。ジョルノはそう思っている。


「ですから、僕が心配しているのはメリー……貴方です」


 肝心なのは、少女の方。
 自分とは違い、恐らく。限りなく陽の当たる世界で、およそ一般的な幸福を受けてきた少女。
 歳下の、しかも何とまあ中学生の男子に心配される立場を、この少女は笑って受け入れられている。

「貴方は先程、自分自身をマエリベリー・ハーンだと言っていましたが……既に〝以前〟までのマエリベリーと大きくかけ離れつつある兆しも自覚しているのでしょう」

 言うまでもなく、それは八雲紫の記憶と意志がその肉体に混在している故の現象だ。今でこそ二面性で済ませられる段階であるものの、これが最終的に一面性へと変わり果てないという保証はどこにもない。
 そうなってしまった時、本来の彼女はどこへ行ってしまうのか?

「元ある私───つまりマエリベリーの個性が、紫さんの残存意識に〝殺されかねない〟と、ジョジョは心配してるわけね」

 それは言い換えれば、マエリベリー・ハーンという人間の『死』。肉体はおろか、残った精神性までもが変えられてしまったのであれば、彼女の何処に〝マエリベリー・ハーン〟というかつての痕跡が遺るのだろう。

「記憶転移、みたいな話ですね」

 横から挟んだ鈴仙が神妙な面持ちで告げた。極めて優秀な師のいる医療現場に携わる彼女だからこそ、引き出せた名称かもしれない。

「記憶転移……ですか。確か、何かで読んだことがあります」
「私もその事例なら聞いたことがあるわ。眉唾物ではあるけど、心臓移植したらドナーの記憶が残っていた、みたいな話ね」

 記憶転移。臓器移植の結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、性格の一部、さらにはドナーの経験の断片が自分に移ったという報告が、稀少ながらも存在している。メリーの言う通りに医学的には眉唾物である現象だが、実際にそういった報告があるのもまた事実だった。
 DIOが高々と語っていた『プラナリア』や『魂』……ついては『ジョースターの意志』といった精神論もこれに通ずるものがある。鈴仙の出した事例は的を射ていた。

「DIOが僕に語った言葉は、奇しくも貴方にもそっくり当て嵌ってしまう。メリー自身、それを自覚した。先程の『合点がいった』とは、そういう意味も込めていたのでしょう?」
「……私という人格を形成する魂の構成物質には、〝誰〟の記憶が宿っている、か。本当に、憎たらしいほど皮肉が上手い悪党だわ」

 意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。これを疑う者は、もはや今この場には居なかった。
 ジョルノの中のジョースター。
 メリーの中の八雲紫。
 その意志が各々の肉体の内に生きているという非常識を謳うならば、彼らこそが記憶転移の体現者そのものという存在なのだから。

805宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:31:14 ID:WSuwR3hw0

「……紫さんの判断は、果たして正しかったのでしょうか」

 大切な誰かを守る為、やむを得ない事情があったにせよ。
 ひとりの人間を妖の者へと変貌させるような行いを、彼女が心から望んだとも思えなかった。
 幻想郷という独自の掟を背負った土地において、それは特に重罪でもあるから。
 八雲紫には郷での比肩なき立場がある。その重役ゆえに、天秤に掛けた秤は傾いた。
 幻想郷の賢者としての肩書き。能力。知恵。どれを手放すにしても、郷の維持に甚大な影響が出ることは火を見るより明らかだった。
 彼女が死の間際……何を思って死んだのか。何を託して死んだのか。

 彼女がもしも───端からただ力を持っただけの〝普通の女の子〟であったならば。
 結果はまた違ったのかも、しれない。

「過去の選択が正しかったのか、過ちであったのか。未来を知る術のない私たちにとってその判断は、きっと……すごく難しい問題なのでしょうね。私に『力』を継がせる判断を決意したあの人も、最期までそこに苦悩していたわ」

 遠い何処かを見つめるように、メリーは虚空を仰いで淡々と言う。
 未来を知る術。そんな手段があるのであれば、まさに『天国』のような場所なのかもしれない。何処かの誰かが執拗に憧れた、そんな夢みたいな到達地点。

 メリーはしかし、夢は夢であるとかぶりを振った。元より其処は、紫が焦がれた虹の先とは違う。
 未来など、やはり知るべきではない。それが成せずに苦心し、手に取ったあの人の選択を否定するような考えはしたくなかった。

「ジョルノ・ジョバァーナはブランドーか、ジョースターか。この命題と同じに、現在の貴方はマエリベリーか、八雲紫か、という致命的な自己矛盾に陥っているのではないですか?
 同情心、なのかも知れません。僕がメリーを酷だと感じているのは、そこです」

 ひとひらの白雪が、ふわりとジョルノの肩へ舞い降りた。小さな妖精が音もなく溶け、少年の体温をちびちびと奪っていく。
 ただ時間が経過する。これだけの出来事に、掻き毟りたくなるほどのむず痒さを覚える。考えなくてよいことを考えてしまう。大切にしてきた色々な何かが色褪せ、どんどんと体から抜け落ちていく感覚だった。

 DIOは百年前、ジョナサンを殺害しその肉体を奪った。意思はDIO。依り代はジョナサン。人の意識や記憶が必ずしも脳に残るのではないとすれば、己の存在とは『どっち』なのか? これが自身に立ち塞がった命題なのだと、DIOは豪語していた。
 そして今また、その息子であるジョルノも同じ命題にぶち当たっている。DIOは既に命題に自ら答えを見出していた節があるが、ジョルノはこれからなのだ。皮肉な因果としか言えなかった。

 もしかしたら。
 娘を殺し、その肉体を奪ったディアボロにも同じ事が言えるのかもしれない。そう思ったからこそ、始めにディアボロの話題を膨らませたのだ。

「───話を戻します。かつて『レクイエム』によって強制的に肉体を交換させられた者……彼らが『最終的』にどうなっていくか、僕は目撃しました」
「それは私も気になっていたの。世界規模で拡がった異変が、どのような形で『終結』を迎えるのか? ジョジョやブチャラティ達は『何』を阻止したのか、是非聞きたいわ」

 レクイエムの齎した肉体交換現象の末路。あの能力の真髄とは、入れ替わった者が最終的にこの世のものでは無い〝別のナニカ〟へと変貌させられるという、げに恐ろしき力である。それも世界規模で範囲が拡がっていくというのだから、ともすれば幻想郷とて被害を受けかねない大異変。水際でこれを阻止したジョルノ一行の功労は計り知れない偉業であった。
 己自身やDIO、ディアボロといった前例だけでなく、このような大規模での実体験もジョルノは通過している。そんな彼が目の前の少女の行く末を危惧するのは、至って自然な思考だ。

806宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:32:40 ID:WSuwR3hw0
 ジョルノはレクイエムが起こした一連の結末を事細かに伝えると、流石に肝を冷やしたのか。メリーも鈴仙も、暫く閉口していた。ただのギャング組織の内輪揉めから始まったよく聞くような事件は、思いの外に巨大な異変に繋がって外界を揺るがしかけたのだから。

「レクイエムはあくまで極端な一例に過ぎませんが、肉体を交換した者が最終的に〝どうなる〟のか? 本質的な所で、それは非常に危ういという意味では変わらないと僕は思っています」

 レクイエムの時は人が化け物のような姿へと変貌した。無論、それと今回の話ではわけが違うが、己の存在意義を問うジョルノの精神的な葛藤とは違い、メリーの場合は実際に物理的な齟齬が現れ始めている。
 人間は、元ある己とは全く異質の外的要因を内に取り込むとどうなっていくのだろう。そしてそれは、何処までのラインを過ぎてしまえば『終わり』が見えるのだろう。
 メリーがメリーでなくなってしまう線引きを割った時、他人の目からは彼女がどう見えてしまうのか。不明瞭な未来を抱える少女を、ジョルノは不憫だと感じずにはいられない。

「……テセウスの船、と言ったところかしらね。今の話のように、これから数年後、数十年後の私が、肉体的・精神的にも全く〝別のナニカ〟に変わってなどないと断言するのは、ちょっと難しいわ」

 あるいは、そんなに未来の話ではないかも知れなかった。紫の力を授かった今のメリーが具体的にどう変わってしまったのか。生物学的な寿命や肉体構造の違いも不明なままだ。
 だが少なくとも、判明している課題もあった。

 人間として生きるか、妖怪として生きるか。

 こんな根本的な二択ですら、メリーに迫られた苦渋の運命なのだ。
 これが酷でなくて、何なのだろう。
 人が人に何かを託す。素晴らしいことだと思う。
 しかし時にはそれが、途方もなく無責任な残酷の刃と化して、背負わされた者の背中を知らずの内に切り裂いてしまいかねない。

 ただの少女だったメリーはこの日、唐突に、あまりにも重すぎる宿命を受け継いでしまった。
 ジョルノの危惧は、それを深く理解している。かつての父が人を捨て、人外へと成り果てた愚かさを知っているからだった。

「このままでは〝マエリベリー・ハーン〟と言う名の個人は死ぬかも知れない。それを免れるには、貴方自身が『真実』へ辿り着くしかないのではありませんか?」

 敢えてジョルノも重い言葉を選んだ。自分と同じ苦悩、と比較すれば彼女に失礼かもしれないが、ここから暫くは運命共同体に等しいのだ。
 知己朋友といった豊かな存在が、少女の命題を綺麗に解決できると考えるのは浅薄だ。しかし共に歩み、悩めることで、彼女の苦悩は支えられるかもしれない。

「ジョジョ……ううん。───ありがとう」

 メリーにも胸に浮かべた色々な言葉はあったけども、まずは少年の根元にある優しさに感謝を告げた。
 真実へ辿り着く。ジョルノが示した言葉には様々な意味があり、個人によってきっと答えは違ってくる。
 秘封倶楽部的には、『謎』あっての『真実』だ。ジョルノにはジョルノにとっての謎があり、メリーも然り。彼女にとっての差し当っての謎とは目下のところ、自分に宿る八雲紫の意識と力との付き合い方。力に溺れた悪役のストーリーは映画などでもよく見かけるが、あのDIOの生き様はあながち他人事だと笑えなかった。

(もっとも、見る限りDIOは決して力に溺れてはいないわ。求めた力を使いこなし、己の手足として完全に支配できているみたい)

 だからあの男は厄介なのだ。力の使い方に迷いがない。己の運命にどこまでも前向きだ。その一点のみを捉えれば、羨ましいとすら思える。
 ジョルノらの前では余裕そうに振る舞うメリーであったが、実際のところ内奥では不安の方が勝っている。世には暴かないままの方が良い謎も多数あり、自分に眠る謎を暴いた結果、パンドラの箱である可能性も否めない。
 ただでさえ自分の中には、DIOが求めてやまない『宇宙の境界を越える力』とやらが眠っているらしい。こんな謎だらけの身体ならば、いっそ全てに蓋をして楽になりたい。

 一応、この問題の具体的な解決法にあてはあった。その答えは到ってシンプルで、メリーが力を返還すれば事足りる。
 身の内に残った大妖の力を使い、再び双方の肉体を交換すればいい。幸いにも遺体は手元にあるのだから、行きが可能で帰りは無理なんて不条理もない筈なのだ。
 身に余る力は元の鞘に収まり、メリーも真の意味で人間へと戻れるだろう。日帰り旅行を試みるなら、今を置いてない。


 メリーはしかし、それを選ばない。

807宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:33:59 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの判断は果たして正しかったのか。ジョジョはさっき、そう言ったわね」

 この力はメリーを不幸にするのかも知れない。
 この力はメリーを殺してしまうかも知れない。
 それでも、八雲紫が何を想い、何を信じてメリーに託したのか。

 幻想郷へのたゆまぬ愛情。
 メリーへのたゆまぬ信頼。
 その何もかもが、彼女の意識を通してこのカラダに流れ込んでくる。
 秤に掛けた物もあった。諦めた物もあった。
 正直、今はまだ分からない所も沢山あるけど。
 こんなにも他愛のない小娘を信じてくれた、もう一人のジブン。

 その選択を、メリーは信じたい。

「紫さんは私に、全て託して死んでいった。それがたとえ、本人も心からは望まない不可抗力の結果だとしても……私はあの人の選択を信じるわ」

 弱者が強者に依存するだけの。ただ無条件で無責任な、形だけの信頼ではなく。
 肉体的な繋がりを経て。精神的な理解を得て。
 その末に自分自身がきちんと考え、改めて信じる事こそがメリーの答えであり。
 そして。その答えに応えるのもまた、メリー自身だ。

「選択が正しいか誤りかを重要とするのではなく、選んだ道を〝最後まで信じ抜いて生きる〟のが、今の私に出来る償い……だと思ってます」

 償い。そう言った。
 人に過ぎないメリーに記憶や力を与えてしまった紫の選択を、本人も罪悪を感じていた事と同じに。
 メリーだって、紫に対し途方もない罪悪感を抱いている。
 邪心に魅入られし親友を救わんと我儘を訴えたのは他ならぬ自分だ。小娘の愚かな我儘を律儀にも聞いてくれ、蓮子を救いたてる身代わり役を買って出たのは紫の慈愛だった。

 その結果として、あの人が死んでしまった。
 本来なら、死ぬべくは私の方で。
 此処に立ち、ジョルノと共に異変を解決するこの上ない適役なのは、あの人であった筈なのに。

(……ううん。誰のせいだとか、そういう非建設的な思考はもう止めよう。蓮子と紫さんに叱られちゃうもの)

 胸中に抱いた罪悪感は、とても拭えない。
 だとしても。この感情を鉛だと吐き捨て、唾棄するべきではない。肩と足に重くのしかかるような不快な気持ちとは、きっと違う。
 我が肉体に残ったマエリベリーの部分が、意地っぱりにそう叫んでいた。
 そしてマエリベリー〝ではない部分〟も、陰から自分を応援してくれているような気が、して。


「───私の操縦桿を握れるのは、私だけなのですから」


 大きな大きな勇気が、無限に湧いてくるのだ。


「君は近い未来、道を踏み外すかも知れない。同じく人間をやめたDIOの様な善悪の括りから、という意味でなく、……───」

 その先を、ジョルノは口に出来なかった。
 少女が背負わされた艱難辛苦の運命。それを悲観したことによる心の躊躇い、ではなく。
 予感される前途にも向き合い、先知れぬ暗雲を照らさんばかりの〝黄金〟のような高尚さ。彼女の眩い瞳に、それを見付けたから。

 この顔を前にすれば、全ての助言も忠告も安っぽい虚飾の様に思える。無粋もいいところだ。

 参ったよ。降参だ。
 諸手と白旗の代わりに、ジョルノは賛美の言葉を以て彼女への意を示した。

「いえ…………君は本当に強い人だ。それは誰かから与えられた賜物ではなく、メリー自身が本来持つ純粋無垢な力だと、僕は尊敬します」

 初めてかも知れない。〝マエリベリー・ハーン〟の顔を、正面から覗いたのは。
 少女はこんなにも純朴で、澄み切って、一所懸命なのだ。決して何者と比較するようなものではない。

 勇気を心に宿したメリーの笑顔は、驚くほどに朗らかだ。あの嘘臭い妖怪の賢者が浮かべるそれとは、似ても似つかなかった。素材を同じくして、こうまで似て非なるものがあるのかと、ジョルノは初めに浮かべた少女への印象とは真逆の感想を浮かべる自分に苦笑する。

808宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:35:30 ID:WSuwR3hw0

「……なーんか、二人して雰囲気良いわね。私、おじゃま虫なのかなぁ」

 傍から見れば笑い合う男女という光景。その輪に、どうも自分は馴染めていないらしいと鈴仙は頬をふくらませた。

「あら、そう見える?」
「見えますよ〜。面白くないなぁ」
「じゃあ、鈴仙にはもっと頑張ってもらわなきゃね。これから忙しくなるだろうし」
「ん……?」

 悪態をついてはみせたものの、微妙に蚊帳の外であった空気が悲しくなっただけだ。鈴仙からすれば、ちょっと輪の中に入ってみたいぐらいの幼稚なアピールだった。メリーの言う『もっと頑張ってもらわなきゃ』や『忙しくなる』の意味を理解できない。
 メリーの表情は変わらず笑顔。だというのに、その笑顔には本能的に忌避したくなる程の嫌な予感がふんだんに込められている。
 それは紫が鈴仙を恐怖のどん底に陥れようとする時の笑顔と、何一つ変わらなかった。ガワは同じなのだから、当然といえば当然だが。

 やっぱりこの人、紫さんだ。
 私をからかう時の、あの人の顔だ。
 間違いない。〝メリー〟はやはり演技で、化けの皮はこうもあっさりと剥がれ落ちる。
 いやそもそも。肉体を交換したなんてのはあの人の壮大な嘘八百。つまりドッキリで、普通に最初から八雲紫だったのでは?

 魂の底から叫びたい気持ちを胸に秘め、鈴仙は額に冷や汗を流しながら少女の台詞を待った。

「DIOは遅かれ早かれ、また私とジョジョを狙ってくるわ。今度は本気でね」
「………………………………?」
「その折には是非とも、鈴仙の大活躍を期待しております」

 はて。……はて?
 なんだか前にもこんな感じのことを言われた気がする。前っていうか、めちゃくちゃ最近に。

「も…………もーう! 紫さんったら、相変わらず冗談キツすぎですってば〜!」
「私はマエリベリーだし、大マジな話ですけど」
「アハハ………………誰が、いつ、何を狙ってくるって言いました?」
「DIOが、近い内に、私とジョジョを、です」

 心労で禿げそうだと怯えるのはもう何度目だろう。紅魔館からメリーを救出しますと紫から宣言されたのは、そう昔ではない筈だ。腹を貫かれ、やっとの思いで地下図書館から脱した直後にまたDIOの元へ戻れと命令されたのも、ついさっきだ。
 三度目は無いだろうと……いや、湖越しに単身DIOの邪気にあてられた時をカウントすると、もはや四度目だ。世界中の自殺志願者を掻き集めたって、あのDIOと好き好んで四度もの逢瀬を重ねたいと思うマゾヒストはいないだろう。
 紫(メリー)に抗議をあげる行為が逆効果だと、鈴仙は理解している。せめて欲しかったのは理由───Becauseであるが、胸中に渦巻く憤慨と諦観と絶望を喉元で言語化する術は、今の彼女には残っていなかった。

「どういう意味でしょうか、メリー」

 口をパクパク上下させるだけの鯉に成り果てた鈴仙を余所目に、代わりに疑問の声を上げたのはジョルノである。

「言ってなかったけど、DIOは私の中に眠る『蛹』の能力を狙っているの。紅魔館に幽閉されていたのも、その為」
「さなぎ……? 貴方へと受け継がれた紫さんの能力ではなく、元々の貴方が持っていた力、という事ですか?」
「そう、みたい。蛹と表現したのはつまり、まだ完全に『羽化』したわけではないから。あの男はこの力に相当固執しているみたいだし、絶対に奪いに来るわ」

 それきりメリーも思い耽るようにして押し黙る。人間から妖怪へとすげ替わりつつある実態は、周囲の人間から見れば目下の問題ではあろう。それ以上にメリーを悩ませているのは、寧ろこっちだった。
 曰く、宇宙の境界を越えるらしいこの力を秘めるばかりにDIOから的にされる羽目となった。傍迷惑な力だと自棄にもなるが、この力をDIOに明け渡すわけには絶対に行かない。


 参加者全ての力に『枷』が嵌められた状態で、この催しが始められたというのであれば。
 この世の誰にも知られていなかった、まだ見ぬ私の蛹。
 この力の『真実』を完全に暴き、羽化させることで───あの主催への『切り札』にも成り得る。

 この異変の黒幕は、あくまで主催なのだから。

809宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:38:45 ID:WSuwR3hw0
 数瞬の沈黙の狭間に、両者様々な思惑が交錯していき、気まずい空気が流れた。
 やがて糸を切ったのは、ジョルノの方からだ。

「…………どうやらその『力』についての詳細は、黙秘のようですね」
「というより、今はまだ分からないことが多すぎて話せる段階にない、というのが正確ね。一番混乱しているのも、他ならぬ私自身だし」

 メリーも一瞬、躊躇った。信頼出来る仲間に対しては、隠した虎の子を開示するべきだろうか、と。
 考えて、不確定要素が多すぎると却下した。切り札は最後まで隠すことが効果的であるし、例えばディエゴの翼竜などから情報が外に漏れ出た場合、最悪主催にまで伝わる可能性もある。十中八九、ディエゴは既に気付いているだろうが。メリーからすれば、ディエゴだってDIO並にきな臭い部分を持っている。

 最終的には、主催二人が敵。
 とはいえ、やはり元凶へ辿り着くまでの最大の壁はDIO一派だ。
 奴らを倒す手段……メリーには既に見通しがついていた。

「えっ? えっ!? んっとじゃあ、DIOがジョジョを狙って来る、というのは!?」

 ワンテンポ遅れて、鈴仙が話題を出してくれた。寧ろ良いタイミングで。

「それについては鈴仙も直に聞いていたでしょう。あの男は息子である僕を……もっと言えば、ジョースターの血を恐れていました。ただならぬ執念とも言える、強烈な敵意で」

 ジョルノが語ってくれた、DIOとジョースターの因縁。ヒントはそこにあった。

 始まりは百年前。
 ジョースター家の男───ジョナサン・ジョースター。
 かつてDIOを倒したらしい人間。
 そして、ジョルノの父親……かも知れない人間。
 詳細は、未だ不明。放送ではまだ呼ばれていない。

「〝DIOはジョースターを恐れている〟……それもジョルノという子供を産ませ、ジョースターの因子を再確認した上で殺害を目論むほどに」

 先程ジョルノから語られた話を、メリーは確認の意味も込めて噛み砕く。改めて、人間性の欠片もない話だ。ここまで来れば異常を通り越して臆病とまで言えた。更に言えば、肉の芽で支配したポルナレフを使ってジョースター狩りまで行っていた経緯も判明している。筋金入りだ。
 慎重の上に慎重を重ねるような。叩いて通った石橋を余さず破壊して痕跡を消すぐらいの徹底さと用意周到さを兼ね揃えた男だ。慎重なのか大胆なのか、もはや分からない。

 全てはジョースターから始まった。
 ならば全てを完結させるのも、ジョースターで然るべき。DIOの異様な執念が、それを物語っている。

「ジョースター根絶を狙うDIO。奴を滅ぼすには、同じくジョースターである貴方……『ジョジョ』しかいないと、私は思ってます」

 ジョルノの表情にほんの一瞬、陰が曇った。自分に奴が倒せるだろうか、という不安か。まさか今更、父への情が湧いたわけでもあるまい。
 陰りはすぐに掻き消え、ジョルノの顔はいつもの色味を取り戻した。淡々とした、けれども堂々たる自信を内に構えた顔だ。本人には口が裂けても言えないが、こういう所はDIOとよく似ている。

「つまり、僕らが今後取るべき行動は……」
「……ジョースター、達との接触?」

 メリーがあらぬ思考を浮かべる間、ジョルノと鈴仙が同時に解答を出した。対DIO作戦を重点とするなら、誰であれここに辿り着く最もベターな対抗手段だろう。

「ぴんぽーん」

 出題者としては嬉しい限りの、満足いく解答が無事得られた。何故だかほくそ笑むようなメリーを見て、ジョルノも鈴仙もふうと息を吐いた。またしても八雲紫の悪い癖が垣間見えた、と。
 あるいはそれも、メリー本来の顔なのかもしれない。その判断は付かないが、そうだとすれば喜ばしい限りなのだろう。

810宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:39:42 ID:WSuwR3hw0
「接触というか、出来れば友好条約を結びたいわね。……ジョースターの皆が皆、マトモな人望を持っている前提の話だけども」
「僕の首のアザ……『シグナル』には、会場内に4つか5つ程度の反応を感じてます。正確な位置は……例によって、ですが」
「相変わらずあやふやだなあ。4つか5つって」

 波長を拾う業前に関してはプロをも自称する鈴仙ならではの無意識なる皮肉。彼女の余計な一言を無視し、ジョルノはアザに気を集中させた。ジョースターと接触するという明確な目的を持った上で気配を探れば、もう少し上等な結果が出ないものかと試したが、無駄なものは無駄である。
 それに面倒なことに、DIOやウェスといった厄介者の反応まで拾ってしまうのがこのシグナルの欠点だ。DIOは別にしても、あの天候を操る男の正体もジョースターというのであれば、この方針にはそもそもの穴がある事になる。味方どころか敵を増やしかねない。

「まあ、近くにジョースターの気配があるかどうかが判るだけでも十分よ。先んじるにしても様子見にしても、心構えが出来るという余裕はこちら側のアドだしね」
「特に『ジョナサン・ジョースター』は率先して捜し出したい所ですね。かつてDIOを倒したジョースター……個人的にも思う所がありますし」
「ジョナサン・ジョースター、か……」

 ふと、メリーの脳裏に一人の老紳士が現れる。
 ウィル・A・ツェペリ。この会場に連れられて、初めて出会った参加者だった。共に過ごした時間こそ短かったものの、ツェペリはメリーの恩人だ。孤独の恐怖にオロオロするばかりだったメリーを導き、多大な影響を与えた人生の師と言っていい。
 彼はかつてジョナサン、スピードワゴンと共に、石仮面によって吸血鬼となったDIOを討つ旅の中途だと語っていた。館でのDIOの話しぶりから、その旅の目的は果たされた……とは言えないだろう。
 ジョナサンはDIOを海底に百年間、封印した。代償として、自身の命と肉体を奪われた。これまでの話を整理すると、こうだ。

(あのツェペリさんが全幅の信頼を置いていたというジョナサン……個人的にも会っておきたい人物の一人ね)

 DIOを倒すという目的にあたり、真っ先に協力を願いたい人材であることに間違いない。ただでさえ『ジョニィ・ジョースター』なる明らかなジョースター族が一人、放送で呼ばれているのだ。時すでに遅し、という事態は避けなければ。
 会場内の参加者には、あと何人のジョースターが居るのだろう。それを考えた時、メリーは唐突に気になってジョルノへと訊ねた。

「───ねえ、ジョジョ」
「はい?」
「貴方はどうして〝ジョジョ〟なんだっけ」
「……質問の意図がイマイチ伝わりませんが、あだ名の由来を訊いているのでしょうか?」
「そうそう。まあ、大体分かるから別に答えなくても良いのだけれど」
「はあ」

 じゃあ何故訊いたんだ、と言わんばかりのジョルノの不審顔を尻目に、メリーは再びあの老紳士との会話を回顧する。
 ツェペリはジョナサン・ジョースターを〝ジョジョ〟と呼称していたのを覚えている。だからジョルノからも同じあだ名で呼んで欲しいと言われた時には、内心不思議な共鳴を感じたものだが。
 しかしその〝不思議な共鳴〟は、配られた参加者名簿に目を凝らせば多数存在していた。

811宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:40:33 ID:WSuwR3hw0
 〝ジョ〟ナサン・〝ジョ〟ースター。
(因縁の出発点。あらゆる点でも最重要人物ね)

 〝ジョ〟セフ・〝ジョ〟ースター。
(聞けば、リサリサという女性が捜す家族の名。そのリサリサさんの本名も〝エリザベス・ジョースター〟か……)

 空〝条承〟太郎。
(彼は紅魔館でDIOに一度敗北している。容態が無事であれば、今頃は霊夢さんと一緒のはず)

 東方〝仗助〟。
(……これをジョジョと訳すにはかなり強引かしら? 彼だけまるで情報無し。一旦保留)

 〝ジョ〟ルノ・〝ジョ〟バァーナ。
(歳下には見えないぐらい、すごく気高く、頼り甲斐のある男の子。髪型のセンスだけは合わないかな)

 空〝条徐〟倫。
(承太郎さんを〝父さん〟と呼んでいた、魔理沙と共にいた女性。意思の固そうな瞳をした、姉御肌という感じかしら)

 〝ジョ〟ニィ・〝ジョ〟ースター。
(知る限りでは、ジョースター唯一の死亡者。そしてジャイロさんの相棒、でもある)


 名簿と照らし合わせて、ざっと七名程の〝ジョジョ候補〟を算出できた。一部微妙なのもいるが、ここまで一致すれば偶然とも思えない。
 メリーと八雲紫、双方の持つ記憶。そしてジョルノらの情報を合算すると、大まかではあるがこれがジョースターの候補である。中にはウェスやエリザベスといった、判断の難しい存在もいるが。

 それにしても……この〝七〟という数字にも、運命的な奇縁があるものだ。
 満天の星空であの人が語ってくれた『夢』の内容は、まるでこの事を予知していたかのように───。


 〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴。


 〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴。


 〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴。


 〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴。


 〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴。


 〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴。


 〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴。


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


───それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。

───虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも。



(紫さんが求めた虹のその先。今、私たちに出来ること。必要な〝何か〟を、集めなくちゃ……)


 必要なものは〝巡〟である。
 必要なものは〝人〟である。
 必要なものは〝絆〟である。

 それら全てを総称して、〝変化〟と呼ぶ。
 齎しを得るなら、対価は己が脚だ。
 早い話、行動しなければ始まらないという戒めである。
 幻想郷も、同じだった。
 あの人も歴史の変遷を経る度に、そうして動いてきたのだ。

812宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:41:53 ID:WSuwR3hw0


「───差し当って、七人」


 メリーが立った。唐突に呟かれた数字は、夢で語られた紫の先見と、情勢を見据えた上での必要最低戦力。
 理屈に非ず。第六感が語る〝七〟という数字への強烈な引力。確信があった。

「いえ、ジョジョ……ジョルノを除けば、あと〝六人〟くらいは欲しいところかしら」
「その数字は、僕のようなジョースター家が後六人、何処かに散っているという意味ですか?」
「まあ……全く根拠のない憶測だし、そもそも貴方のシグナルは後4つないし5つなんでしょう? 後手後手になる前に、最悪でもジョースターと〝近しい立場〟にいる者ぐらいは接触したい所ね」

 メリーの返答は答えになっているような、いないような、曖昧な解答ではあったが。事実としてジョニィなるジョースター族は既にこの世にいない。シグナルの数も合わない現状を考えると、全てのジョースターを回収して回るというクエストの完全遂行は現時点で無理難題なのだ。

「鍵は貴方たちジョースター。捜しましょう、本当に手遅れとなる前に」
「あてはあるんですか? ジョースターさんの居所に」

 荷を整理しながら鈴仙が至極当然の疑問を尋ねる。全く無い、わけでもなかった。ジョースター(候補)の空条承太郎、空条徐倫の二名は幸いなことに霊夢と魔理沙が一緒だ。
 上手く事が運べば、ジョースター(候補)の二人に加え、幻想郷が誇る最高の何でも屋さん二人も合わさり、強力な人材が一気に四人増える。優先する価値の高い目標だ……が。

(魔理沙さんはともかく、霊夢さんは異様な異変解決力を持ち合わせた逸材。F・Fさんが上手くやっていれば、紫さんの遺した手紙が渡っているはず)

 博麗霊夢の驚異的な勘を頼りにするのであれば、わざわざ我々が霊夢らと合流しなくとも、彼女は彼女で自律的に行動へ乗り出しているのは想像に難くない。
 霊夢の性格上、衆を築いて戦力を増強するやり方は〝らしくない〟が、彼女は別に好きで一匹狼を気取っているわけではない。必要が無いから、異変の際はいつも単独で出掛けると言うだけの話である。
 そして何故だか、そんな霊夢の周りにはいつも誰か(主に魔理沙)が居る。霊夢はそれを無下にはしなかったし、人妖問わずに誰をも惹き付ける魅力が彼女にはあった。
 今回の異変もそうだ。本人が頼んだわけでもなかろうに、自ずと霊夢の周りには惹き付けられた者たちが見られた。ならばもう、八雲紫の殻を被っただけの小娘(わたし)の助言など、必要ない。

「ジョースターの居所にあてはないけど、霊夢さんはあてにはなると思うわ。彼女に任せられる部分は、任せちゃいましょう」
「それって、霊夢の勘頼り? それとも霊夢は霊夢で、私たちは私たちでそれぞれジョースターを確保するって事です?」
「どっちもね」
「ですがメリー。まずは合流なりしなければ、我々の新たな目的がジョースターである事すら彼女は知りようがない。僕は霊夢さんの人柄などは詳しくありませんが、そもそも彼女は重体でもあった筈です。任せられる、という根拠は一体?」
「女の勘よ」

 いとも潔く返したメリーの答えに、さしものジョルノもあっけらかん。これを言われたら男としてはこれ以上何も言えやしない。第一メリーも実際、霊夢とは会話したことだってない。心に飼った八雲紫の意識が、そう答えろと言っている気がしてならなかった。
 理想は、単純ではあるが霊夢らと二手に分かれての捜索だ。これからの暗中を占うように、メリーは空を仰ぎ見る。飛び翔る者を遮るように張られた木々の傘、それらの隙間から覗くのはすっかり覇気を無くした夕陽の、最後の煌めきだ。
 夜の帳が下り、妖怪達がざわめき出す時間が来る。それはDIOといった、外の世界の妖も例外ではない。もはや奴らが屋根に引き篭る必要も掻き消え、ここからは鬱陶しい縛りを払い除けての大暴れも予想される。

813宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:42:48 ID:WSuwR3hw0
 ふと、ではないが。
 かねてよりずっと気にかけていた事柄もあった。

(阿求たちは……今どこでどうしているんだろう)

 この場所で友達となった稗田阿求を始め、メリーを支えてくれた様々な人物を放ったままである現状を苦痛にも感じていた。
 優先すべくはジョースター、と偉そうに言ったものの。そもそも自分は霍青娥といったDIOの配下に急襲を受け、紅魔館に攫われたのだ。
 阿求。ジャイロ。ポルナレフ。皆、無事なのだろうか。放送では豊聡耳神子の名があった。つまりは〝そういうこと〟になる。
 ジョースターの居所にあてはないと言ったが、阿求達とはここより南東の『太陽の畑』で離れ離れとなった。流石に今はもう居ないだろうが、戻ってみる価値はある。戻って、再会して、そして。


(……そして、幽々子にも)


 胸中で呟かれたその言葉。
 それはメリーのものではなく、紫の声色で再現されていた。

 唯一無二の従者の訃報を聞かされ、更にその下手人が唯一無二の親友だと知り、半狂乱となった姿。最後に見た彼女の光景は、そんな醜態染みたものだ。
 原因は、紛うことなき自分/紫。魂魄妖夢を撃った時の生々しい痛覚が、今でも腕に染み込んでいる。

(あの子にも、会わなければ。会って、話さなければならない事がある)

 会って「すみませんでした」で終わる話ではない。正当防衛が働いたとはいえ、大事な人の、大事な存在を奪ったというのだ。
 ただでさえ放送時の幽々子の取り乱しようは尋常ではなかった。その後の彼女の容態を知る由はないが、あのコンディションにケアが無いまま会うなどすれば、最悪の事態も考えられる。

 その〝最悪な事態〟が起こってしまった時。
 八雲紫/メリーは、どうすべきなのか。
 良くも悪くも〝託された者〟でしかないメリーにとって。
 そして〝奪われた者〟の幽々子にとって。
 これもまた……あまりに残酷で、皮肉な運命であった。


 間もなく、夜が降りてくる。
 星芒を失った宇宙のように黒々と広がる暗幕に、北斗七星の灯火を添えられるかどうか。
 まるで宇宙を一巡するような。そんな目的の旅。
 永く、壮大に輪廻する───とある少女の、銀河鉄道の夜。
 運命の車輪は、既に道なき宇宙の線路を走っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

814宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:43:30 ID:WSuwR3hw0
【C-4 魔法の森/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:ジョースターを捜す。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、宇佐見蓮子の遺体、マエリベリー・ハーンの遺体、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:ジョースターを捜す。
3:南東へ下り、阿求達と再会したい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。
※『宇宙の境界を越える程度の能力』を自覚しました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:ジョースターを捜す。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

815 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:44:00 ID:WSuwR3hw0
投下を終了します。

816名無しさん:2021/08/23(月) 13:20:02 ID:oycyC9zI0
応援してます!執筆大変かと思いますが、頑張ってください!

817名無しさん:2021/09/19(日) 01:38:59 ID:p.UvvZ7w0
最新話まで追いつきました。自分も執筆してみたいなあと思うのですが、なかなか難しいです。
書き手の皆さんは構図や心理描写や戦闘シーンを緻密に計算して執筆していらっしゃるのでしょうか?

818名無しさん:2022/01/23(日) 00:17:27 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

819名無しさん:2022/01/23(日) 00:18:01 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

820名無しさん:2022/01/24(月) 16:39:56 ID:xAaNr6e.0
また前みたいに投下くださいよぉボス

821名無しさん:2022/03/01(火) 18:04:07 ID:A2Q4mu.w0
うむ。

822名無しさん:2022/12/31(土) 23:59:57 ID:1ts0gaqk0
来年はもっとがんばりましょう!

823名無しさん:2023/12/31(日) 23:59:23 ID:xEIMmFO.0
今年は書き込みすらありませんでしたね…
来年こそは頑張りましょう!

824 ◆Su2WjaayOw:2024/07/10(水) 21:26:33 ID:wusw3pgI0
ディアボロ、吉良吉影、封獣ぬえ、パチュリー・ノーレッジ、比那名居天子、東方仗助、レミリア・スカーレット、岸部露伴、上白沢慧音、火焔猫燐、ファニー・ヴァレンタイン
ロワ初投下ですが、以上十一名で予約します。
数年投下無いのでゲリラ投下でもいいかと思いましたが、ジョースター邸のカオスな状況を何とか形にできそうになってきたので、万が一被ったら悲しい……

825 ◆Su2WjaayOw:2024/07/17(水) 19:07:44 ID:6STwyAes0
>>824の予約を延長します

826 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:09:43 ID:U4GpWkmk0
投下します

827 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:10:13 ID:U4GpWkmk0
【C-3 ジョースター邸 食堂/午後】

「キラークイーン!」

 直前の激しい戦闘により、テーブルや椅子は散らかり、床には無数の焦げ跡を残して水浸しになったジョースター邸の食堂。
 強敵エシディシに対する勝利の余韻に浸る間も無く訪れた新たなる危機に、吉良吉影は再び自らのスタンドを呼び出した。

「ぬえ!私の背後を警戒しろ!」

「わかってる!」

 吉影と封獣ぬえは、胸を貫かれた岡崎夢美の遺体と昏睡するパチュリー・ノーレッジを背後に庇いながら、背中合わせに立って言葉を交わす。
 新たな襲撃者が何者なのか、場所も姿も能力もすべてが『正体不明』である現状、二人に出来ることは、互いの死角を補いながら周囲を警戒する他に無い。

 ほんの数時間前、吉影とぬえの間には、凡そ信頼関係と呼べるものは皆無だった。
 それどころか、ぬえは吉影の命を狙って密かにスタンドDISCで手に入れたメタリカの能力で彼を攻撃していたし、吉影もまた、ぬえが自らをこの集団という『居場所』から排斥し、『平穏』を脅かすものであると薄々感じていた。
 しかし、先ほど吉影が持ち掛けた会談により、互いの生存のために『今は』対立するべきではないという最低限の合意が得られ、更にはエシディシの襲撃により否応なしにとはいえ共闘したことで、吉影とぬえが迷わず自らの背中を預け合うという、奇跡のような状況が生まれた。

(エシディシの熱が何処に残っているかもわからない今、『シアーハートアタック』は使えない……下手すれば自爆する……!)

(夢美は何をされたのかもわからないうちに致命傷を受けてた……即死させる力が無い『メタリカ』じゃあ太刀打ちできない……!)

 奇しくも互いに隠し持ち、互いの命を脅かし合った能力が二人の脳裏を過ったが、その選択肢を却下する。
 隠すことを諦めるとしても、この状況を打破できる能力ではない。

(ぬえは愚かな妖怪ではない)

(吉影はバカじゃない)

((今するべきなのは『協力』……『生存』のための『仲間』としてはコイツは『信頼』できるッ!!))

828 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:11:00 ID:U4GpWkmk0
 食堂の隣室、壁の向こうの敵を正面から始末する決意を固めたディアボロは、即座に方針を決める。

「時間を吹き飛ばし、不意討ちで即座に始末するべき相手は当然ジョルノ・ジョバァーナだ……そしてスタンド使いの男と能力不明の女をキング・クリムゾンのパワーとスピードで殺す!
その後、脱出する前に気絶している魔法使いの女に一撃を叩き込むのは容易い……つまり不意討ちと脱出、外の連中が来るまでに時間を吹き飛ばす回数は『二回』……恐らくこの『二回』で今のオレのスタンドパワーは限界だが……問題ない」

 殺意の衝動に任せるまま、熱く震える吐息と共に壁抜けののみを構えるディアボロだが、発した言葉とは裏腹に自身の行動を整理できていないことに気付いてはいない。
 最初にディアボロが確認した敵は不意討ちで殺害した夢美を含めて『四人』であり、残りの『三人』を始末するべく改めて壁抜けののみを使って食堂内部を確認した際、そこには『ジョルノ・ジョバァーナとゴールドエクスペリエンス・レクイエムがいた』。
 ディアボロが認識できたのはそれだけであり、正体不明の種による恐怖に脅かされたディアボロには、ジョルノがどこから現れたのか、他の者はその時何人居たのかといったことを正確に観察する余裕など無かった。
 館の外からも敵が向かってきている現状、ディアボロには更に思考を巡らせる時間は残されておらず、逃走の選択肢は自ら排除した。
 だが、ディアボロはそれを無謀とは思わない。帝王として、この『恐怖』に打ち勝つ『試練』に背を向けるわけにはいかない。

「─────キング・クリムゾン」

 壁抜けののみで壁に穴を開けると同時に、ディアボロは能力を発動した。
 短時間で全員を攻撃するため、ディアボロは夢美に対して行ったような投擲ではなく、自ら食堂に飛び込んだ上でのスタンドによる直接攻撃を選択する。
 帝王だけが認識することを許される絶対時間の中、キング・クリムゾンの赤い拳がジョルノ・ジョバァーナに迫る!

 ─────が、次の瞬間、ディアボロが見ていたジョルノの姿はかき消え、そこにはジョルノとは似ても似つかない、黒髪に黒いワンピースの少女、能力不明の女がいた。

「何ィッ!?」

 ディアボロは、ジョルノが実際にはそこにいない可能性を考慮していなかったわけではない。
 スタンド使いだけでは済まない数多の異能力が跋扈するこのバトルロワイヤルにおいて、最初に殺し損ねた古明地さとりのような、自分にあつらえたとしか思えない幻影を見せる能力、あるいはそれに似たものがいくら存在していてもおかしくはないからだ。
 だが、ディアボロ自身は敵に何もされてはいないのにも関わらず、キング・クリムゾンによる絶対時間の中で急激な視界の変化が起こった。
 思い出されるのは、兎耳の女。このバトルロワイヤルでディアボロに植え付けられた新たなるトラウマ。
 絶対時間の中で唯一ディアボロに干渉することが可能な、『可視光』のみで精神を破壊するキング・クリムゾンの天敵。
 それに類する可視光だけで精神に影響を与えられたとしか思えない能力を前に、未だ残る頭痛が跳ね上がる。
 ゴールドエクスペリエンス・レクイエムと狂気の瞳、トラウマの波状攻撃にディアボロは襲われた。

 封獣ぬえ。正体不明の恐怖を司る大妖怪の『正体を判らなくする程度の能力』は、能力を使う『対象』が自分自身ないしは味方であっても、能力の『作用』は敵の精神の方に発生する。
 ディアボロが『恐怖』を『克服』していようと、それは例えるなら暗闇を畏れないという気の持ちようでしかなく、暗闇の向こうが見えるわけでは無い。
 実際に暗闇という『正体不明』の向こうに何があるかを見るには、暗闇を照らしてみることで『正体を見抜く』以外に無いのだ。
 狂ったロジックを押し付ける理不尽な能力を前に、キング・クリムゾンの絶対的な筈の力を拠り所とした帝王の矜持が揺らぎかけた。
 しかし、それでもディアボロは止まらない。止まる気はない。

829 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:11:42 ID:U4GpWkmk0

「何かわからんがくらえッ!」

「ガハッ!?……こなくそッ!!」

 結果として、ぬえの心臓を打ち抜くことを狙ったキング・クリムゾンの拳はわずかに逸れ、肋骨を砕き片肺を損傷させたものの、致命傷を与えるには至らなかった。
 兎耳の女の能力によるダメージを受けての平衡感覚の不調と酷い頭痛に加え、未来予知能力である『エピタフ』の喪失、使い慣れないトリッシュの身体、直前のぬえの能力による精神的動揺。
 正確な攻撃をするにはあまりにもディアボロに不利な要素が多すぎた。
 対するぬえは、直前までは自身の妖力の低下を危惧していた。『正体不明』であることこそが存在意義かつ妖力の源であるにも関わらず、同行者のほぼ全員、外の世界の人間である吉影に至るまでその『正体』を知られていることに気付いてしまったからだ。
 とは言え、エシディシとディアボロに対して能力を使い、正体不明の恐怖を植え付けることに成功したため、一時的にではあるが妖力の低下は止まり、ぬえは大妖怪に相応しい妖力を込めた渾身の拳をキング・クリムゾンに対して反射的に叩き込むことができた。
 ただし、『スタンドにダメージを与えられるのはスタンドだけ』。ぬえが如何に大妖怪であっても、このルールは破れない。
 キング・クリムゾンのスタンドビジョンに対する、見かけ通りの少女の力ではない強烈な反撃にディアボロは一瞬怯んだものの、ダメージは無い。
 ─────が、その『一瞬』こそが、ディアボロには命取りとなった。

「吉影……ゲホッ……!う、後ろ……!」

「後ろかッ!?」

 今のぬえには、スタンド使いである吉影という仲間がいる。即死は免れたとはいえ、キング・クリムゾンの一撃を受けて吐血しながら崩れ落ちるぬえだったが、何とか吉影に敵の位置を伝えた。
 吉影はぬえの叫びに応じて即座に振り向き、ぬえに対するキング・クリムゾンのトドメの追撃を間一髪のところでキラークイーンの腕でガードする。
 キラークイーンとキング・クリムゾン、近距離パワー型スタンド同士のラッシュの応酬が始まった。

「うおおおおおッ!!」

「死ねッッッッッ!!」

 やや細身ながらも2メートルほどの体躯を持つキラークイーンと、筋骨隆々のキング・クリムゾンの拳が激しくぶつかり合う!
 ディアボロの身体は様々な理由でかなり消耗しているが、吉影もまた、『メタリカ』の攻撃を受けたことによる鉄分不足のダメージが残り、エシディシとの戦闘での火傷と疲労がある。
 しかし、吉影は殺人鬼であり、ディアボロはマフィアの帝王である。
 精神力こそが重要なスタンド戦において、二人共、スタンドの拳に本気の殺意を込めることには何の抵抗もない。
 間に生身の人間がいたとしたら一瞬でミンチ肉になるであろう拳撃の暴風雨は、しばらくの拮抗状態を見せた。

(つ、強いッ!この『赤いスタンド』……!かなりのパワーとスピードだ!本体は『赤髪の女』?一体どこから入って来た!?
いや今はそんなことはどうでもいい!夢美さんを殺した『謎の能力』を使われる前にこいつを始末しなければならないッ!
こいつは私の能力には気付いていないのか?キラークイーンの拳に触れることを避けてはいない!ならばこの『赤いスタンド』を直接爆弾にすればいい!
ラッシュを搔い潜っての『一撃』……!確実に能力を発動できる『一撃』さえ入れば私の勝ちだ……が……!……強すぎるッ……!)

(クソがッ!あの『ジョルノの幻覚』は一体何だったというのだ!?あれのせいで『瞬殺』に失敗した!この男のスタンドも相当手強い!
もう一度時間を吹き飛ばせばコイツは始末できるが……駄目だッ!冷静になれ!それでは『外の敵』に対処できないッ!スデに時間をかけ過ぎている!
ここは『撤退』の為に能力を使わなければならないッ!ただしこの男をこのまま殴り殺してからだがな!……しぶといヤツめ……!)

 一瞬たりとも気を抜くことが許されない攻防の中、吉影とディアボロは『切り札』となる自身のスタンド能力を如何に使うかを思案する。
 だがしかし、均衡は崩れ始めた。
 『発動すれば勝利』のキラークイーンが押され始め、『発動すれば逃げられる』キング・クリムゾンが押し始めた結果、どちらも能力を使う踏ん切りがつかないという奇妙な状態が続く。
 次に起こるのは果たして、キング・クリムゾンの能力によりディアボロがその場から『消える』か、キラークイーンの能力により『爆発する』か。
 ──────そのどちらかが起こるより先に、ジョースター邸の窓がガシャン、と乱暴に開け放たれた。

830 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:12:24 ID:U4GpWkmk0
「吉良あっ!あるいは違うヤツ!かかってこいやあ!」

 初めに食堂に突入してきた比那名居天子の声を耳にし、吉影はディアボロとの戦闘に集中したまま、思わず顔をしかめた。よりによってこいつが先頭か。

「地子さんッ!」

 続いて突入したのは東方仗助。レミリア・スカーレットから渡されたキング・クリムゾン対策のウォークマンのイヤホンを耳に付けている。
 ちなみに曲目は『有頂天変 〜 Wonderful Heaven』。
 初めに渡された時には『亡き王女の為のセプテット』にセットされており、再生ボタンを押すと、穏やかで重厚感のある曲の出だしが聞こえてきた。
 ……いやこれ難しくねえか!?と仗助は思った。初めて聞く『知らない曲』の『曲が飛んだ瞬間』に正確に反応しろというのは厳しい。『知っている曲』はどうも無さそうだし、『同じ曲を何度か聞く』なんてことをする時間も無い。
 『リズム』やらなにやらの『不自然さ』に気付くには、せめてもっとこうアップテンポで、曲調がコロコロ変わったり、いろんな楽器を使ったりする、ハイテンションでやかましい感じの曲が望ましい。
 そう思い、慌ててウォークマンの選曲ボタンを連打する仗助の目に入って来たのが、『有頂天変 〜 Wonderful Heaven 比那名居天子のテーマです』という文字列。
 有頂天で変でワンダフルヘブンな天子さん、改め地子さんのテーマ曲。すげえやかましそう。
 仗助は無事に期待通りの音楽を聴きながら、地子を先行させ過ぎないように声をかけた。

 吉影はチコ、とは何だ?と一瞬思うも、そんなことよりこの状況は非常にまずい。
 天子と仗助が『仲間』と認識しているであろう夢美、パチュリー、ぬえの三人は床に倒れている。
 この二人では、下手すればそれを吉影の仕業だと誤認しかねない。
 吉影はこの交戦中の敵スタンドを一刻も早く爆弾に変えて始末しなければならない。
 だが、挌闘戦では押されている。慌てて能力を使おうとすれば、手痛い一撃を貰うだろう。
 キラークイーンに匹敵する程のパワーをまともに喰らえば、フィードバックによるダメージで吉影は無事では済まない。
 先程外に出たばかりの慧音さんは入って来ていないのか?と吉影は思うものの、窓の方に目を向ける余裕は無い。
 上白沢慧音が戦闘力に特別優れた類の妖怪でないことは知っているが、敵スタンドのスタンド使い、本体は恐らくただの生身の女だ。今の吉影に必要なのは、強弱に関わらず確実な『味方』である。
 そんな吉影にとって幸か不幸か、仗助とほぼ同時に突入してきたのは、戦闘力的には最強クラスの妖怪、しかしながら吉影とは先ほど初めて顔を合わせたばかりのレミリア・スカーレットだった。
 
 「ディアボロッ!」

 レミリアは、突入と同時に、まずは『ディアボロ』の名を叫んでみることにしていた。それがとりあえずの策だ。
 敵がディアボロ本人であれば、交戦経験があるレミリアからの突如の呼び声に、何らかのそれとわかる反応をする可能性が高い。
 放送で呼ばれたにも関わらず生きているのであれば、その謎に迫れる。
 更に、突入した三人のうち誰かがキング・クリムゾンで攻撃されるとすれば、それは『能力を知られている』レミリア自身だろう。
 天人の肉体強度を失っている天子、生身の人間かつ負傷者の仗助と違い、ほぼ万全の体調の吸血鬼である今のレミリアに、連発できない時間飛ばし、一撃による『即死』はまず無い。
 制限によって吸血鬼であっても脳へのダメージで死に至るらしいが、いくらなんでも一撃で頭部が爆散するほどのパワーはありえない。
 しかし念のため、魔力で頭部をガードしておく。意識を刈り取られる可能性も無くなり、盤石だ。
 腹をブチ抜かれようが手足が千切れようが、レミリアはその程度で戦闘不能にはならない。
 仗助の能力による保険もある。そのためにウォークマンを渡した。
 天子は正直突入させるべきではないと思ったものの、止めても聞き入れるわけがないということの他に、天子と仗助が危惧しているらしい『吉良吉影の裏切り』の可能性も否定はできず、吉影が敵ならば、そのスタンド能力にレミリアより詳しいであろう天子は、腕力に関わらず戦力になりうる、かもしれない。
 レミリアは『どちらかと言えば』吉影の裏切りの可能性は低いと考えていたが、パチェが割と吉影を信用してるように見えた、くらいの根拠しか無い。
 天子や仗助が信用に足らない連中とまでは思わない。あり得る話だ、と心の準備はしておく。

 レミリアは、ここまでの思考を冷静に組み立ててから突入した。
 やっと再会できたばかりの親友がいる場所から、突如聞こえた戦闘音。
 感情の赴くままに突撃するより、冷静になるべき。当たり前のことだ。
 ─────急速に回転していたレミリアの思考にノイズが混ざり始めたのは、いつからだったか。

831 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:12:48 ID:U4GpWkmk0
 ─────十数秒前。

『あいつがお前の力で治せるとか言っていたからね。
 なら、この場で致命傷を受けてはならないのは貴方よ。』

 仗助は致命傷を受けてはならない。当たり前のことを言った。
 仗助が致命傷を受けるかもしれない。そのことを思った。
 ……私は『また』虹村億泰に託された心を裏切るのか。

 それを思った途端、『言わなくてはならないことがある』この言葉がレミリアの思考に無視できない大きさで割り込んできた。
 否。『今』ではない。緊急時に無理に言わなくてもいい。
 レミリアの理性はそう主張するが……耐えられなかった。
 今、初めて、一つでも、億泰の願いを果たせるという自らの想いに。
 キング・クリムゾンへの対策の説明を駆け足で行ったあと、急いでウォークマンを操作する仗助に、レミリアはそれまでとは別の話題を振った。
 
『それと、億泰って名前に覚えはある?』

『!』

『彼からの伝言よ。『すまねえ』って。』

『……億泰のヤロー……』

 然程、無駄な時間をかけてはいない。
 だが、今からぶっつけ本番で初見のスタンド能力に対応しなければならない仗助、プレッシャーを跳ねのけなければならない仲間の精神を波立たせるようなことを言うべきだったろうか。
 ……正しいとか、正しくないとか、そういうことじゃあないんだ、これは。レミリアはそれだけ考え、思考を打ち切った。
 そして、別のことを考える。窓の向こうにいるのがもし『ディアボロ』なら……ここで仕留める。
 億泰の魂の安らぎのため、ブチャラティの悲願のため。……『元』天人、仗助。あなた達、まさか足手まといのつもりじゃあ無いわよね?
 無論、親友の危機を救うため、仲間の命を守るためにレミリアは今から戦う。
 そして、敵がディアボロなら、何よりも優先するべきなのはここで仕留めること。
 『不意討ちも回避もし放題』レミリア自身が言った言葉だ。
 あの能力が仲間に向けられているのなら、『今この場を安全に凌ぐ』ことは何の解決にもならない。『逃がさず仕留める』ことが何より重要だ。間違いない。

 レミリアの水鏡が如き冷静さは、どす黒い殺意によって静かに波立っていた。

 ─────数秒後。

832 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:13:24 ID:U4GpWkmk0
 レミリアは食堂の光景を目にしながら、考える。
 『赤いスタンド』はキング・クリムゾンで間違いない。しかしスタンド使いは別人の『女』だ。保留。
 『女』の『ディアボロ』という言葉への反応を待つ刹那、倒れている仲間たちを見やる。
 夢美。動かない。赤い。服ではなく、別の『赤』。吸血鬼にはハッキリと見分けられる。……致死量。近くに血が付着した棒状の物。胸への貫通。ブチャラティがやられたのと同じ。
 ぬえ。うずくまって動いてはいる。吐血、胸を押さえている。怪我は他に見当たらない……アイツはそれなりに強力な妖怪だったはず。それを『一撃』で?……古明地さとりがやられていたのと同じ。
 パチェ。なぜ最後に意識が向いた?『赤』が見当たらないから。だが動かない。パチェが、動かない。……落ち着け!息はある!『運命』は途切れていないッ!

「……チィッ!」

 舌打ちと共に最初に走り出したのは、天子。
 突入してすぐに見えたジョースター邸食堂の光景は、倒れている三人の仲間。それらを庇う様にして戦っているのは吉良吉影が操るキラークイーン、その相手は謎の赤いスタンド。
 吉影以外の敵がいる可能性を事前に聞いていた以上、吉影をぶちのめすのは一先ずお預け。無論、文句は山ほどある。なんで仲間がみんなやられてお前だけが立ってるんだ。
 しかし、それを理由に吉影に襲い掛かるほど天子も馬鹿ではない。

 そして、その天子の後ろで、レミリアは、この時、『見ていた』。
 先に突入し、剣を振り上げて『女』に向かって走り出した天子。
 『女』の目はそちらではなく、『ディアボロ』という言葉を発したレミリアの方を見て目を驚愕に見開いていたのを。
 隣でスタンドを出している仗助でもなく、間違いなくレミリアを見ている。
 そして、キング・クリムゾンで『ディアボロ』に攻撃されたブチャラティやさとりと同じ状態の仲間二人。
 ─────十分だ。お前は、『ディアボロ』だ!

「なッ……!?」
 
 ディアボロ自身は、レミリアの姿を見るのはこれが初めてだ。
 レミリアの姿を直接見たのはドッピオのみ。それも普段とは違い、ディアボロの人格は『気絶』していたため、ドッピオの視界を通してレミリアを見ることも無かった。
 だが、ディアボロは目を覚ましてからドッピオと分離するまでの僅かな間に、記憶から最低限の情報は得ていた。
 兎耳の女の能力によるダメージが深い頃だったせいで、最重要と思われる第一回放送の情報をその時点では得られなかったが、その次に重要な、兎耳の女以降に出くわした危険な敵に関する記憶。
 サンタナとかいう原始人じみた服装の巨体の化け物、そのサンタナと戦っていた『レミリア・スカーレット』。
 見た目は蝙蝠のような羽を持つだけの小柄なメス餓鬼、だがその力はサンタナにも引けを取らない正真正銘の『化け物』であると。
 何故か名乗り合っていたため、名簿とも照らし合わせることができ、サンタナ共々その生存は知っていた。
 そして今レミリアが呼んだディアボロの名は、レミリアと共闘していたあの裏切り者のブチャラティから伝えられた情報だろう。
 ブチャラティは既に放送で呼ばれたが……何にせよこのガキが例の化け物、レミリアで間違いない。
 レミリアの存在を中途半端に知っていたため、急に名を呼ばれたのも相まって、ディアボロは露骨に驚愕してしまった。
 スタンドビジョンも含めたこの状況を自らを知るものに見られ、『放送で呼ばれている』『容姿が変わっている』といった情報アドバンテージを失った危険性、否、それを失わせるためにレミリアが自らの名を呼んだことに気付き、ディアボロは歯噛みする。

(よりによってコイツかッ!最優先で始末……いや、既に周りの連中にもキング・クリムゾンの能力は知られていると考えるべきだろう……化け物の分際でッ……!)

 このような思考の迷走、意識の空白が、ディアボロから、キング・クリムゾンを『即座に』『撤退のために』発動するという選択肢を奪った。
 エピタフの未来予知さえあればそうはならなかったが、今のディアボロには無い。

833 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:14:08 ID:U4GpWkmk0
 しかし、相手がディアボロであるとほぼ確信したレミリアの方も、ディアボロがその驚愕の『声』まで出した事には若干困惑した。

(……『未来予知』はどうした?)

 レミリアは、今のディアボロからエピタフの能力が失われていることを当然知らない。
 地霊殿の戦いでは、地霊殿全体を紅霧で包んでまで妨害したあの能力だ。
 レミリアが観察しようとしたのは、例えばレミリアがディアボロの名を口にする『前に』、それ自体の時間を飛ばした上でレミリアを攻撃するといったような、乱入者にレミリアがいることを『事前に知っている』ディアボロの反応である。
 レミリアがまさかそこにいるとは思っていなかったとでも言いたげな『普通の反応』は少々予想外だ。
 とは言え、大した問題ではない。
 ディアボロを倒すには『未来予知していても逃げられない』攻撃が大前提であり、それが『未来予知していないから逃げられる』なんてことは有り得ないのだから。
 時間飛ばしは連発できない、突入前にも最低一度は使っているという事実から、能力の再発動が遅くなること自体は予想していた。
 発動までの時間が長いならその時間分、『未来予知していても逃げられない』攻撃の組み立ては既に考えてある。
 広すぎず狭すぎないジョースター邸の食堂に、戦力はレミリア、天子、仗助、吉影の四人。
 ディアボロを仕留めうる『瞬間』は、今をおいてそうそう来るものではないだろう。
 ─────その瞬間、レミリアの足元が、爆ぜた。

『デーモンキングクレイドル』

 宣言こそしなかったが、レミリアが帝王に対して選択したのは、何の因果か『魔王』の名を冠した自らのスペルカード。
 レミリアの最速最強の突撃技である『ドラキュラクレイドル』と比較して、遅い突撃。
 『ドラキュラクレイドル』は外したが最後、レミリアの体はあらぬ方向へとすっ飛んで行き、悠々と弾幕を用意した対戦相手の反撃を甘んじて受けることになる。
 『デーモンキングクレイドル』は、外したなら外したで、反転攻勢をかける余裕がある。
 幻想郷での弾幕戦における違いはこんなものだ。
 キング・クリムゾン相手に『速さ』は意味が無い。攻撃を察知された時点で銃撃だろうと当たらないのは地霊殿の戦いで見た。
 この攻撃の目的は、時間飛ばしの使用を強制すること。それ以外で回避できない速さがあれば、それ以上は必要ない。
 必要なのは、突撃しながらも自在に動ける力の調整。
 レミリアは突撃の始動と同時に、天子と吉影に向かって弾幕を飛ばした。
 先ほど露伴に向けて撃ったのと同じ、殺傷能力を極限まで抑えた、『押し出す』のが目的の弾幕。

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 後ろから撃たれた天子は、もんどりうってレミリアから見て左の壁へと飛ばされる。
 吉影はその逆の壁に背を向けた形で飛ばされた。
 加えて、羽で風圧を起こし、吉影の足元に倒れていた三人の仲間を、壁へと飛ばされる吉影を追わせるように飛ばす。
 可能な限り優しくしたとはいえ、負傷者を吹き飛ばすというのはあまりに無茶苦茶な行為であるとレミリアも自覚している。
 だが、レミリアが見ていたのは短時間とは言え、キング・クリムゾンの拳をある程度見切っていた吉影なら対応できるはずだ。
 吉影は、自分に向かって飛んでくるぬえ、夢美の二人をキラークイーンで、パチュリーを自身の体で何とか受け止めた。
 そして、レミリア自身はディアボロに向かって猛然と迫る!

834 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:15:12 ID:U4GpWkmk0
 仗助は、めぐるましく変わる目の前の状況を必死に見ていた。
 近距離パワー型スタンドの中でも精密動作性に一歩抜きんでたクレイジー・ダイヤモンドを持つ仗助は、何が起こっているのかを正確に見ることができる。

(レ、レミリアさんがプッツンして俺以外全員ブッ飛ばしてディアボロとかいうヤツに突っ込んだ!?)

 目の前で行われたレミリアの凶行は、そうとしか見えないものだったが、仗助は突入直前のレミリアの冷静な姿を思い出し、それを否定する。

(いや違えッ!ブッ飛ばした目的は『移動』……目的は『包囲』!これで両側の壁には地子さんと吉良のヤローがいる!
そして窓がある壁には俺、レミリアさんが『時間飛ばし』で躱されたら俺とは反対側の壁に到達する!ディアボロは四方を囲まれることになるッ!)

 プレッシャーに負けない少年、東方仗助はレミリアの意図を正確に読み取った。
 そして圧縮された時間の中、仗助は考える。
 ネズミ狩りの時と同様、重要なのは敵の次の行動を誘導し、読み切ること。
 誘導する役目は既にレミリアがやっている。仗助に要求されるのは、それを読み切った上での『対応』だ。

(レミリアさんの攻撃を躱すために時間飛ばしを使ったディアボロの次の行動は『攻撃』か『逃走』……
スタンドパワー自体は吉良のスタンドに苦戦する程度、連発できない時間飛ばしで四対一は多勢に無勢……つまりは『逃走』!
そのためには『四人の中の誰かの近くに行く』ッ!
部屋の真ん中に居たままじゃあフツーに袋叩きだからな。さて誰の近くに行くか……
『俺』は無い。コッチには入って来た窓がある。他の敵がいるかもしれないと考えるだろ。実際いるしな。
『レミリアさん』も無い。ディアボロがレミリアさんの強さを知ってるなら、間違っても『安全』だなんて思わないハズだ。
『吉良』は……無くはないか?時間飛ばしで好きに不意討ちできるなら、キラークイーンに苦戦してようが吉良の本体を倒せばそのまま逃げられると考えるかもな……だが、奴にとってより『安全』なのは!
『地子さん』しかねえッ!地子さんの武器は『剣』!スタンドには効かない!しかもレミリアさんにブッ飛ばされてすっ転んでいるッ!)

 仗助はディアボロの次の行動を予測し、イヤホンから流れる音楽に集中する。
 目端に、レミリアに飛ばされて転がる天子の目が見えた。
 レミリアに対してプッツンしているわけではない。いやそれもあるが、その目にあるのは消えない闘争心。
 そこに動揺は無く、戦う者の鋭い光がある。

(へッ……地子さんが攻撃されたなら俺が即座に治す!……だがもしディアボロ、テメェが『この女は転んでいるから無視して近くから少しでも早く逃げる』なんて甘いこと考えてるなら……テメェの負けだッ!)

835 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:16:24 ID:U4GpWkmk0
「キング・クリムゾン!」

 ディアボロは、何もかもを吹き飛ばして突撃するレミリアを前に、一にも二にも無く能力を発動した。
 次の瞬間、何にも干渉されない絶対時間の中で、レミリアの体がディアボロの体をすり抜けた。
 弾丸をすり抜けて回避したこともあるディアボロだが、体当たりなどという原始的な攻撃を相手に同じ経験をするとは思っていなかった。
 小柄な少女とはいえ、人体が丸ごと自分をすり抜ける感覚……何か『感覚』があるわけでも無いが、ディアボロは少し戦慄した。

「化け物め……まあ良い、今回はこれで『時間切れ』だな。」

 キング・クリムゾンには、その能力が発動できる限りにおいて『時間切れ』は存在しない。
 だが、今は主催者による制限のせいで連続発動には限界がある上、体力的にもこれ以上の戦闘は厳しい。
 ディアボロは壁抜けののみを取り出し、あたりを見回した。
 キング・クリムゾンの発動中は、ディアボロは何者にも干渉されないが、逆に干渉することもできない。
 能力解除後、壁に穴を開けて脱出する一瞬は『認識』されざるを得ないため、敵から遠い場所から逃げるに越したことはない。
 一度死角に入れば、後は壁抜けののみさえあればどうとでもなる。
 最初に入ってきた食堂の隣室の方の壁を見て、気付く。
 変な体勢……明らかに転倒している剣を持った青髪の女が、ディアボロと壁の間に滑り込んできていることに。

「なんだこいつは。化け物に飛ばされたか?一応離れるか……」

 そう言って振り向くと、反対側の壁には先ほどまで戦っていたスタンド使いの男がこちらを向いて立っていた。
 いつの間にか、倒れていた赤い魔女、紫の魔女、黒髪の女をスタンドと男とで抱えている。

「!? いつの間にあんなに離れた……?いや、これは……!」

 横を見ると、先ほど自分を通り抜けたレミリアが見える。
 その反対側には、黒い服にリーゼントのスタンド使い。

「包囲だと……?フン、バカバカしい。」

 仲間を撒き散らして強引に一瞬で完成させた包囲陣。
 そんなものでキング・クリムゾンを攻略できればあの裏切り者の護衛チーム共も苦労しないだろう。
 ディアボロは自らの多々の弱体化も忘れ、鼻で嗤った。
 そして然程迷うこともなく、青髪の女のすぐ近く、隣室と食堂を隔てる壁の真ん中付近で壁抜けののみを構えた。
 レミリアにも、リーゼントのスタンド使いにも近づきたくはないために、真ん中だ。
 レミリアは当然として、リーゼントのスタンド使いは負傷しているようだが能力は不明。外から新手が来ないとも限らない。
 反対側の白いスタンドを使う男がいる方も面倒だ。少なくとも脱出より先に本体を一発攻撃する必要がある上、人数が多い。
 赤い魔女は仕留めたが、まだ死んでいない黒髪の女はキング・クリムゾンに対して猛烈な反撃を放ってきた。紫の魔女も意識が戻らないとは限らない。
 壁を抜けるのにかかる時間は精々一秒。転倒している青髪の女がすぐ近くにいたところで、体勢を立て直して剣を振るう時間など無い。それも時間の認識が飛んだ直後に。
 万一何かの間違いで切っ先がこちらに向かってきても、たかが剣。スタンドで受け止めればいい。

 ─────もし今のディアボロに『エピタフ』があれば、ここまでレミリアと仗助、そして天子の術中に嵌ることは無かっただろう。
 そうだったとして、逃げ切ることができたかどうか。それは誰にもわからない。

836 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:17:15 ID:U4GpWkmk0
 ディアボロは、『剣士』を知らない。
 『スタンド使いの剣士』であれば知っている。
 ジャン・ピエール・ポルナレフ。その神速の剣は炎をも切り裂き、スタンドの剣という特性を活かして障害物の向こうの目標だけを斬るような芸当すら可能とする超一流のスタンド使い。
 しかし、キング・クリムゾンの敵ではなかった。
 マフィアがスタンド以外で扱う刃物は、精々がナイフ程度。
 天子が持つLUCK&PLUCKの剣のような大剣は、映画のスクリーンの向こうにしか存在しない。
 そもそもディアボロの時代には、マフィアに限らずとも、そんなものを大真面目に振るう古典的な『剣士』などまずいないだろう。
 そしてそのような古典的な剣士は、剣を手放していない限り、戦闘態勢を解いてはいない。
 転倒し、自身の体が制御不能となれば、剣士は必ず剣を手放す。刃物の危険性を知るが故に。
 剣を持ったまま訳も分からず転がれば大変なことになると知っているからだ。無論、スタンド使いの剣士には無縁の話。
 剣を持ち続けているということは、剣を制御し続けている、即ち戦えるということ。
 ディアボロは剣士を知らないが故に、天子が剣を手放していないということの意味に気付けなかった。

 比那名居天子は紛れもなく『剣士』である。
 天人の体だった頃、その体は刃物など通らない強度を持っていたが、彼女の愛剣は刃物などではなく『気質』でもって全てを切り裂く『緋想の剣』。
 それを素人が玩具を振り回すかのように振るうことは決して無く、美しさを競う弾幕戦のルールにおいて華麗に舞い、幻想郷に大波乱を引き起こした本物の『天人剣士』だった。
 そして今は、人間の体でLUCK&PLUCKの剣を振るう、『人間剣士』比那名居地子。
 天人の体は失えど、その剣術は失われていない。

837 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:18:47 ID:U4GpWkmk0
 ─────受け身を取ろうとしたら、取り終わるところだった。
 天子が突然感じた奇妙な感覚は、これだった。
 『時間飛ばし』の事は聞いていたが、即座に結び付けるには理解も経験も足りない怪奇現象。
 後ろから、多分レミリアによって唐突にブッ飛ばされた瞬間、天子の身に宿る剣術は、LUCK&PLUCKの剣の重量、落ちた握力を考慮した上で、剣を把持したまま受け身を取ることができると判断した。
 それを実行した記憶も無く終わっていた。
 困惑は主にレミリアへの怒りが吹き飛ばした。あの吸血鬼、やっぱりブン殴らないと気が済まない。それも一発じゃあ足りない。
 しかしそんな意思とは無関係に、天子の体はほとんど自動的に周囲を索敵する。
 剣を持ったまま受け身を取ったなら、次は敵に対する警戒。剣士の基本的な行動原理である。
 弾幕戦であれば、弾幕が目の前に迫ってきていたり真上から墓石が降って来たりするものだが、天子の目に映ったのは、先ほど自分で襲い掛かろうとした敵だった。
 何故かあまりにも近くにいる赤髪の女と赤いスタンド。
 赤髪の女は、何やら壁に向かって棒を向けている。赤いスタンドは、その背後で、目の前の敵である自分よりも何か別なものを警戒しているように見える。
 ─────などということを観察する時間があったかどうか、天子は即座に赤髪の女に剣を振り下ろした。
 時間が途切れ、認識が途切れても、天子の闘争心は途切れなかった。目の前に敵がいるのなら、次の行動は攻撃。そこに迷いは無い。

「っらあ!!」

 ガッ!

「ぐうッ……!?」

 天子の剣はキング・クリムゾンの右腕に止められた。
 が、天子の剣は、キング・クリムゾンの能力解除から攻撃まで、僅か0.5秒で振り下ろされていた。
 予想外の速さにディアボロの反応は遅れ、スタンドの腕で剣を止めた時には、既に壁抜けののみを持つ本体の右手首に剣が深く切り込まれていた。
 切断こそされなかったものの、ディアボロはその少女の容姿に似合わない呻き声を上げ、壁抜けののみを取り落とす。

(速いッ!?まさかコイツもレミリアと似たような化け物の類なのか!?)

 少し前の天子相手には正しかったディアボロの推測だが、今は的外れ。
 ディアボロにとって未知の力である点は同じでも、それは妖怪の力でも天人の力でもなく、人間の剣術。
 しかし、見事な剣術を披露した天子は、ここで次の手を考えるのに一瞬の逡巡を必要とした。

838 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:19:59 ID:U4GpWkmk0
(『スタンド』に止められたッ!次は……)

 天子とて、スタンド使い相手に人間の体と剣一本で何の策も無く突っ込んだわけではない。
 狙うのはあくまで本体、スタンドには近寄らない。スタンドを躱せないのなら近接戦で無理せず弾幕攻撃に切り替える。
 この程度の方針は立てていた。
 しかし、時間跳躍により、いきなり本体もスタンドも目の前にいるという状況に放り込まれた。
 本能的に攻撃はしたが、スタンド相手の近接戦の形になってしまうというのは想定外であり、論外。勝負にならないとわかり切っている。
 逡巡の間に思い出したのは、先ほどのレミリアとの攻防。
 レミリアはスタンドではないが、今の天子にとっては腕力差がありすぎて似たようなものだ。
 片手で剣を受け止め、もう片方の手で天子を煽っていたレミリアがもし敵スタンドだったとしたら、煽っている方の手は天子への攻撃に使われることだろう。
 同じ状況になったなら、剣を捨てて弾幕を放ったあの動きを即座に繰り出せばいい。
 だが、一瞬でも迷ってからでは、即座ではない。

 ディアボロは、剣士は知らずとも、拳士ではある。挌闘能力があるスタンドの使い手は皆そうだ。
 スタンドは出すも消すも自由であるため、組み技、投げ技の類に意味は無い。
 スタンド能力抜きでのスタンド同士の挌闘戦は、その殆どがパワーとスピードばかりがものを言う、拳打のぶつかり合いとなる。
 ディアボロのキング・クリムゾンは、右腕で天子の剣をガードするのとほぼ同時に、ボクシングでいうワンツーの動き、拳士として当然の動きで天子に向けて左拳を放っていた。

(あ、ヤバ……くもないか)

 死を告げる拳が飛来するのを前に、天子の心は実に暢気だった。
 退避と追撃の対応は間に合わなかったが、剣を放した手を前方に掲げるくらいのことはできた。
 今の天子の両腕が聖人の遺体によるものであれど、スタンドの拳を生身の『手』でガードすることはできないが、砕かれた手は急所への直撃を避けるクッションにはなる。
 天子には、重傷を負おうと、即死さえしなければ問題ない理由がある。

(痛い思いをする羽目にはなるわね……今の私だともしかしたら……いーやジョジョがいるから絶対大丈夫!だけど私ったら簡単に怪我してこれじゃあ足手まと……いやいやいや!
悪いのあの吸血鬼だから!いきなり私無視して敵に突っ込んで何してくれんのよアイツ!……あれ?吸血鬼が敵に突っ込んだのに敵が私の目の前にいたってどういうこと??)

 天子は漸く不可解な状況に疑問を持ち始めたが、既に自分が時間飛ばしに対して超人的な対応力を見せた後だということには未だに気付いていない。
 それよりもスタンドの拳を人間の体で受ける危険性を心配する天子だったが、そんな心配は必要無かった。

「ドラァ!」

「がはぁ……ッ……!!?」

 天子にキング・クリムゾンの拳が届くより先に、キング・クリムゾンの脇腹にクレイジー・ダイヤモンドの拳が突き刺さっていたのだから。

839 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:22:07 ID:U4GpWkmk0
 仗助は、その『瞬間』をはっきりと認識することができた。
 イヤホンから急に特徴的なトランペットの音が『途中から』聞こえてきたからだ。
 サビらしいこのパートの入りを聴きたかったな、という思いを頭の片隅に、瞬間移動というには目の前の景色が変わりすぎている中から、予想通りに天子のすぐ近くにいるディアボロを見つけ、距離を測る。
 そして仗助は、クレイジー・ダイヤモンドの足で床を蹴り、一足飛びで天子のもとへと跳んだ。
 天子を治すもよし、キング・クリムゾンを殴るもよしの位置を狙って跳んだ仗助は、その移動中の空中で、いつの間にか立っていた天子が剣を振り下ろし、ディアボロの手首から鮮血が散るのを見た。

(やはりそうなったかッ!地子さんを甘く見たな!そのザマじゃあ飛び掛かる俺に気付く余裕なんて無えよなあ?不意討ちってのは少々気が進まねーが……
この『時間飛ばし』の能力は正直マジにクレイジーだぜ……『音楽』で『意識』して『経験』した俺にはわかるッ!
『不意討ちも回避もし放題』!完ッ璧にその通りじゃねーか!こんな奴が『殺し合いに乗っている』!『仲間を奇襲した』!
やるしかねえッ!下手すりゃあのヴァニラ・アイスよりやべえ奴かもしれねえぞこのディアボロって奴はよおーッ!)

 仗助は、ディアボロが具体的に何をして食堂の惨状を引き起こしたのかはわからない。
 レミリアが知る億泰とディアボロの因縁についても何も聞いていない。
 突入前のタイミングでレミリアが億泰の伝言を口にしたのは、それが影響してのことでもあるとわかるはずがない。
 だが、そこに強い怒りは無くとも、ディアボロは『危険』過ぎる、本気で倒さなければいけない相手だと判断するのに十分な材料は揃った。

「ドラァ!」

「がはぁ……ッ……!!?」

 キング・クリムゾンが天子に反撃の拳を放とうとしていたため、仗助はまずは一発を脇腹にお見舞いした。
 完全に仗助の接近に気付かずに壁抜けののみを拾っていたディアボロは、フィードバックのダメージで大きく体勢を崩した。

(何……だ……ッ……!?窓の前にいた……スタンド使い、だと!?いくら何でも速すぎる……ッ!コイツの本体も化け物か……!?)

 プレッシャーに負けない仗助の心の強さも、今のディアボロにとっては化け物にしか見えない。

「地子さん!『アレ』いきますよッ!!」

「『アレ』ね!上等ッ!!」

 今度は仗助の方から提案した。
 仗助と天子。この不良コンビには、目の前のディアボロや、二人で戦ったヴァニラ・アイスのような『能力を発動されるだけで危険』なタイプのスタンド使いを完封する必殺の合体技がある。

「おらおらおらぁ!!!」

「ドラララララァ!!!」

 天子がありったけの要石を出現させて放ち、クレイジー・ダイヤモンドの拳がそれらを全て粉砕する。
 一瞬のうちに、大量の砂がディアボロに浴びせられた。

(何だ……砂!?いやどうでもいい!一刻も早く脱出せねば……!)

 ディアボロは、最早限界が近いスタンドパワーでクレイジー・ダイヤモンドと戦おうとはせず、キング・クリムゾンにはガードの姿勢を取らせていた。
 弾丸のように浴びせられる要石の破片の勢いはスタンドのガードで防いだが、余波の砂がディアボロ本体にも浴びせられる。
 ディアボロはそれに構わず、今度こそ壁抜けののみで壁に穴を開けようとしたが─────

「─────直す」

 仗助の声と共に復元された要石が、壁抜けののみを持ったディアボロの左手を石像のように固めていた。
 手が動かない、とディアボロが気付いた時には、既に要石は人型の牢獄へと姿を変えている。

840 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:26:02 ID:U4GpWkmk0
「な……に……ッ……!?」

 呼吸すら困難な拘束の中、ディアボロは次の行動─────『行動』はもはや不可能だが─────を判断し、自身の動かない手から、キング・クリムゾンに壁抜けののみをもぎ取らせた。

(まだ、だ……キング・クリムゾン、と……この道具……さえあれば……殺すつもりが……無いのであれば……どんな『拘束』でも……脱出は……可能……)

「ジョジョ!まだまだぁっ!!」

「おうっ!ドォラララララァーーーーーーッ!!!……十分ッ!」

 仗助は更なるラッシュをディアボロに叩き込み、ディアボロの肉体ごと要石を破壊しては直し、スタンドも出せない程に融合させてゆく。
 全身に一通りクレイジー・ダイヤモンドを叩き込み終わると、仗助は攻撃をやめ、即座に踵を返して駆け出した。。
 仗助には、『戦闘』以上にやらなければならないことがある。

「吉良あっ!三人から離れなさいッ!」

 弾幕を撃ち終えると同時に天子が駆け寄った反対側の壁際では、吉影が抱えていた夢美、ぬえ、パチュリーの三人は床に降ろされ、吉影自身はキラークイーンと共に一歩前に出ていた。
 正確には、吉影もまたキング・クリムゾンの影響により、『降ろそうとしたら降ろし終わっていた』という奇妙な感覚を体験していたが、吉影にはその正体はわからない。

「……さっさと治せ。東方仗助」

 完全に敵扱いの天子の物言いに憮然とする吉影だったが、一応天子は剣を手放したままであり、吉影に攻撃しようとするのではなく、吉影と仲間達の間に割り込もうとしている様子だったため、吉影は素直に横に退いた。
 次いで駆け寄った仗助が、重傷と思われる者から順にクレイジー・ダイヤモンドで治療を行う。

「赤おん……夢美、さん……!」

 多量の血を流しているのが明らかな夢美は既に息を引き取っており、手遅れだった。
 しかし今は感傷に浸る暇は無い。
 次いで治療したパチュリーは、息はあるが目を覚まさない。
 クレイジー・ダイヤモンドで治しても目を覚まさないとなると、頭を打った等の戦闘のダメージで気を失ったのではなく、病気か何かが原因ということになるため、仗助は多少の疑問符を浮かべたが、一先ずはパチュリーが生きていることに安堵する。
 最後に、胸を押さえて苦しそうに悶えるぬえを治療した。

「ヒュッ……!?……ッッ!!?」

 肺が潰され、呼吸の度に激痛に苛まれていたぬえは、急に抵抗なく通るようになった呼吸に驚き、思わず息を止めた。

「ぬえさん、大丈夫ですよ。俺の能力で治しました」

「!? ……ああ、治す能力、だっけ。ありがと。……夢美は?」

「……夢美さんは間に合いませんでした。あとパチュリーさんが目を覚まさなくて……」

「……そっか。パチュリーはただの魔力切れよ」

「おい東方仗助。我々は今は『仲間』だろう?」

 魔力切れ?と仗助がぬえに聞き返そうとしたところで、吉影が口を挟んできた。
 仗助は舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、吉影の方に向き直る。
 『仲間』なのだから自分の傷も治療しろということなのだろうが、仗助からすればそれは後回しでもいい。
 何故吉影だけが立っていて他は全員やられたのか、『爆弾』の音は何だったのか、ディアボロの能力とは符合しない、まるで『炎使い』と戦ったかのような火傷や服の焼け焦げ、食堂の惨状は何なのか。
 先に問い詰めることが山ほどある。
 同じような負傷をしていたパチュリーは治したが、あちらは意識が無いため命の危機である可能性があった。
 戦闘の疲労が色濃いとはいえ、普通に立っている吉影を今すぐ治療する義理は無い。
 そう考えて口を開こうとする仗助だったが、吉影は更に言葉を続けた。

「そしてあの『赤いスタンド使い』……奴は我々にとって明確な『敵』だ。夢美さんを殺し、ぬえも私も殺されかけた。それを『拘束』するだと!?馬鹿か、お前は」

 吉影はそれだけ言うと、石の塊と化しているディアボロに向かってややふらつきながら歩き始めた。
 キラークイーンは出現させたままだ。トドメを刺すつもりなのだろう。

「お、おい」

 仗助が吉影に声をかけようとしたその時─────

 ─────ダァン!と一発の銃声が室内に鳴り響いた。

841 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:29:03 ID:U4GpWkmk0
「へぶっ!!」

 レミリアは、キング・クリムゾンの解除と同時に、『デーモンキングクレイドル』の勢いを殺しきれず、顔面から壁に激突していた。
 決してミスではなく、壁を破壊してはディアボロの逃げ道を作ることになるため、反転することよりも減速を優先した結果だ。
 間抜けな絵面になったとはいえ、吸血鬼の体にダメージは無い。
 そして、レミリアは即座に部屋の内側に向き直り、手に魔力を溜めた。

「必殺『ハートブレイ─────』」

 レミリアの予想が正しければ、ディアボロと戦闘になるのは天子、仗助の順番になる。
 ディアボロに攻撃を受けた天子を仗助が治し、仗助とディアボロのスタンドが戦いになっているところで回り込んで本体を撃つ。
 レミリアはそのつもりだったが、何故か仗助と天子が二人がかりで押し込むようにディアボロを攻撃しているため、その隙が無い。

(……撃てないわね)

 二人で有利に戦っているのなら悪いことではないのかもしれないが、ディアボロは何よりも『瞬殺』するべきだとレミリアは考える。

「十分ッ!」

 そこをどけ、と声を上げようとしたレミリアだったが、一瞬早く仗助の声が上がり、二人がディアボロから離れた。
 そこで初めて、レミリアはディアボロの異様な姿を見た。

「……石?これ、どこ撃てば死ぬの?というか生きてるのかしら」

「ウ……グ……!」

「あ、そこが頭ね」

 レミリアはそう言うと、収束させた魔力の代わりに支給品の拳銃、元々は億泰に支給され、地霊殿の戦いではブチャラティが使用したマカロフを取り出した。
 深い意味は無い。ディアボロを殺すのならこれがいい、とレミリアは何となく思った。
 仗助と天子が走った先、仲間の安否も気になるが、先ずはディアボロだ。
 慣れない拳銃を当てるために近づき、ディアボロの頭に銃口を向けたところで、レミリアは気付いた。

(『治す能力』で拘束、か……)

 ディアボロの体は石に覆われているというよりは、ムラがありながらも石と同化している。
 仗助が意図して元に戻さない限り、まともな人間の形に戻ることはまず無いだろう。

 ─────殺したい。ディアボロは、何が何でも殺したい。
 レミリアは、自らに渦巻くどす黒い殺意を意識する。
 しかし、冷静な部分では、既に放送で呼ばれたディアボロがここにいる理由を調べるために、完全に戦えない状態で拘束できるならば今は生かすべきだということにも気付いてしまった。
 ギリリ、と歯噛みしてディアボロを睨みつけるレミリアだったが、ふと別の事に気付いた。
 ディアボロのそばに、忘れもしないキング・クリムゾンのスタンドビジョン、その赤い腕だけが消えかかりながらも残っており、手には棒状の物が握られている。
 その先端が床に届くと同時に、シュルリと床に穴が開き始めた。

(!? これは……『地下に逃げて行った謎の能力』か。支給品だったのね)

 レミリアは『壁抜けの邪仙』を連想するほどには壁抜けののみの本来の持ち主である霍青娥のことを知らないが、破壊を生まずに穴を開ける現象、スタンドの一部ではないことからその正体をここで初めて知った。
 今のディアボロがこれを使ったところでどうなるものとも思えないが、レミリアは行き場をなくして手持ち無沙汰だった銃口を壁抜けののみに向け、引き金を引いた。

842 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:32:53 ID:U4GpWkmk0
「レ、レミリアさん!?」

「……ディアボロのスタンドがまだ消え切ってはいなかったわ」

 いきなりの銃声に驚愕した仗助に、レミリアが不満げに答えた。
 仗助への不満ではない。
 むしろ音楽を利用したキング・クリムゾン対策を見事に成功させ、更には生け捕りにも成功した仗助は凄いヤツだとレミリアは思っているが、無理矢理に抑え込んだ殺意が整った顔を歪ませている。
 目線の先には砕け散った壁抜けののみがあり、尚も足掻こうとするキング・クリムゾンが今まさに消えたところだった。
 吉影はそれ見たことか、と言いたげな軽蔑の視線を仗助に向けてから、レミリアに向き直って話しかける。

「レミリアさん、そのディアボロとかいう敵を殺したのか?」

「吉良吉影、だったわね。殺してないわ。こいつは『今はまだ』殺さない。情報を搾り取ってからよ。殺すのはその後」

「……なるほど」

 レミリアが放つ殺気は、殺人鬼である吉影をもってして、レミリアがディアボロに本気の殺意を向けていることを感じるものだった。
 仗助のような甘いガキとは違う、ということを否応なしに理解させられた吉影は、納得の意を示した。

「仗助、夢美は……駄目だったのね」

「……はい」

「パチェからは魔力をほとんど感じないけど無事ね。魔女は食事や睡眠を必要としない代わりに魔力で補っているから、魔力が尽きると倒れるのよ。じきに目覚めるわ」

「そういうモンなんすか。てっきり心臓か何かの病気かと思って心配しましたよ」

「? パチェは喘息だけど……なんで心臓?」

「違いました?パチュリーさんを治した時に体の中、胸のあたりに『パチュリーさんの体じゃあないモノ』があるみたいだったんで、
ペースメーカー……だったかな、心臓の病気の人がつけるヤツとかがあるのかと思って。
まあ俺医者じゃあないんでよくわからないですけど」

「……??」

 親友の無事を確認し、安堵の息をつこうとしたレミリアだったが、妙なことを言い出した仗助に困惑する。
 魔女であれば何かの実験で自らの体内を弄りまわすくらいのことはしてもおかしくはないが、レミリアがそれを知らないというのは、少なくとも本人としてはいただけない。
 常日頃から、レミリア以外とのまともな人付き合いに乏しいパチュリーが、本に夢中になって喘息の薬を切らしたりしないか、というのはレミリアの心配の種だ。
 ある日図書館を訪ねたら親友が自分の心臓を弄ろうとして死んでた、なんてことになりそうなことを自分に何も言わずにやるだろうか?とレミリアは考える。
 悶々とするレミリアに、吉影が話しかけた。

「レミリアさん。そのパチュリーさんの心臓の事なんだが……ディアボロの直前に我々がここで倒した敵、エシディシのいう男の話からしなければならないな」

「エシディシ!!?を、た、倒した!?」

 レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
 『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
 よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。

843 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:36:11 ID:U4GpWkmk0
 レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
 『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
 よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。

「エシディシを知っていたのか。とにかく、結論から言うとパチュリーさんにはあまり時間が無いんだ。
私は何も先走ってディアボロを殺そうとしたわけでは無くてだな、信用できるかもわからない情報を探るためにディアボロを拷問だ何だとしてはいられないのだよ」

「時間……?まあ、拷問なんて必要ないわ。ねえ、露伴先生?」

 レミリアは唐突に、突入してきた食堂の窓の方、レミリアと仗助に次いで入ってきていた岸部露伴に話しかけた。

「……戦闘は終わったのか」

 露伴もまた、キング・クリムゾンによる再度の時間飛ばしを経験していたが、先に突入したはずの天子、仗助、レミリアが消えたと思った次の瞬間、
離れた壁際で謎のスタンド使いが天子と仗助に叩きのめされていたといった状況だったため、時間飛ばしの仕業だと察しはついたものの、介入の余地は無かった。

「岸部、露伴……」

 吉影が苦々しげに声を絞り出した。吉影としては、露伴の顔は二度と見たくは無かった。
 とは言え、露伴は戦闘の騒ぎを聞いて野次馬根性で戻って来ただけだろう、と吉影は考える。
 また嫌味の一つでも言ってやればいい。そう考えて吉影が口を開こうとすると、露伴がそれを遮った。

「口を開くな。お前が吉良吉影だな。今の僕にはお前に関する記憶が無い。この状態でお前が僕に話しかけることは一切許可しない。
次にお前が口をきいたらその瞬間にお前を本にしてすべてのページを破り捨てて暖炉に放り込む。
……さあ、慧音先生。僕の記憶を返してもらいますよ」

 露伴が声をかけた方向では、窓から食堂を伺う上白沢慧音が、吉影と同じか、下手すればそれ以上に苦々しい表情を浮かべている。

「あー、露伴先生。能力の解除はもちろんするが、まずは状況の整理を……」

「戦闘が終わった以上、今は緊急時ではないでしょう。これ以上待たせるなら慧音先生を本にして記憶を返させてもらいますよ」

 何が何だかわからない食堂の様子を見た慧音は、もう少し引き延ばせないかと考えるも、露伴はとりつく島もない。
 とはいえ慧音自身も、ここからは露伴と確執がある吉影やパチュリーが関わるため、能力を解除しないままに進行するのは無理だろうと感じている。
 従って、ダメ元で言ってみただけではある。
 そのやり取りを見ていた吉影は、慧音の『歴史を食う程度の能力』の事を思い出し、ある程度合点がいった。

(岸部露伴が私を知らないだと?慧音さんが記憶を奪った!?……なんて気の利く人なんだ!
慧音さんはただ優しいだけの人かと思っていたが……流石に露伴のクソカスが相手ともなれば記憶を奪うようなことも容赦なくできるというわけだ!まあ当然だな。
……だというのにこの岸部露伴という奴は……記憶を奪われておきながらなぜ記憶を奪われたことをわかっているんだ?やはり似たような能力があるせいか?
どこまでも迷惑な方向にだけは無敵な奴だ……理不尽にも程がある。
大体何なんだ、今のお前は私のことが『記憶に無い』んだろう?その状態で一言目には『口を開くな』、二言目には『本にする』……
記憶が奪われているということを知っているだけで実質初対面の相手にそれか!?何も変わってないじゃあないか!!お前の常識はどうなっているんだ!?)

「……分かったよ。能力は解除する。だがヴァレンタイン大統領が来てからだ。『説得』の話は聞いていただろう?」

「彼はどこへ?」

「警戒のため、お燐と共にジョースター邸の外を一周して玄関からこの食堂に来るそうだ」

「では記憶が先ですね。安心してください慧音先生。いきなり出ていくようなマネはしませんよ」

「ちょ、ちょっと待て!」

844 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:39:24 ID:U4GpWkmk0
 ツカツカと歩み寄り、手を伸ばそうとする露伴を前に、慧音は必死にスタンドの使用を思いとどまらせようとする。
 記憶を奪う前の露伴を知る慧音からすれば、いきなり出ていくようなマネはしない、と言われても、ハッキリ言って全く信用できない。
 もはやレミリアがヴァレンタインと交わした契約、ヴァレンタインによる露伴の説得に賭けるしかない状況だが、これではその前に全てがご破算だ。
 だが、露伴のスピードから逃れられる気はしない。
 慧音が絶望しそうになっていたところで、レミリアが口を挟んできた。

「露伴、待ちなさい!」

「……レミリア。悪いが君が何をしようとも、僕が屈することは無い。僕の頭の中を勝手に弄るようなマネは妖怪だろうと神サマだろうと許せはしないね」

「何もしないわよ。私が言いたいのはまだ戦闘は終わっていないということ」

「敵はもういないだろう。それともそこの吉良吉影が敵か?」

「いいえ、敵はあっちの石。情報を得るために生かしてあるけど、あのスタンド能力だと万が一ということもあるかもしれないわ。貴方の能力でその万が一を無くして、それで戦闘終了よ」

「……いいだろう」

 露伴はそう言うと、慧音にかざした手を引っ込め、ディアボロに向かって歩き出した。
 レミリアは、姑息な時間稼ぎとは思いつつも、内心で少し安堵した。
 露伴がスタンド能力を介して慧音から記憶を戻させることができるのは厄介だ。
 ヴァレンタインとの契約である遺体の先渡し、そして和解が不可能と思われる吉影をこの場から引き離す前に記憶が戻っては困るのはレミリアも同じだ。
 ディアボロの万が一の抵抗に警戒するという体で、レミリアもディアボロに近づく。

「ヘブンズ・ドアー!」

 露伴はディアボロに対してスタンド能力を発動すると、『意識を失う』『スタンド能力が使えなくなる』の二つを書き込み、一瞬で能力を解除した。
 だがその一瞬、ディアボロに近づいた本当の目的、ディアボロの『内容』をレミリアは見た。

「名前は……『ディアボロ』!」

「「「!!!」」」

 レミリアの声を聞いて、事前にレミリアから説明を聞いていた天子、仗助、慧音が驚愕して息を呑んだ。
 露伴も驚いた様子を見せたが、それ以上に不満げな目をレミリアに向ける。

「おい、レミリア。僕の能力を使って情報を得るなんてのは記憶を戻してからだ」

「わかってるわ。もののついでよ、ついで」

 とは言え、とレミリアは考える。
 この襲撃者がディアボロだと確定した以上、ヴァレンタインには何が何でも露伴の説得に成功してもらわないと困る。
 一応、説得に失敗したとしても、放送で呼ばれた死者が生きてここにいるという事実の重大さは流石の露伴でも無視できないだろう。
 それでも、和解しないままに露伴の能力をあてにするというのは厳しいものがある。
 レミリアがそう思っていると、食堂の内側、窓でも壁でもなく正規の入り口から、威厳のある声が聞こえた。

845 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:43:15 ID:U4GpWkmk0
「その石にされた敵は既に放送で呼ばれた『ディアボロ』……間違いないのだね?レミリア君」

「ええ、大統領」

 責任重大というわけか、とヴァレンタインは口の中で呟いた。
 そして、火焔猫燐と共に初対面の吉影、ぬえに向き直った。

「まずはそちらに自己紹介だな。私はアメリカ合衆国第23代大統領、ファニー・ヴァレンタイン。こちらは私の協力者で幻想郷の火車、火焔猫燐君だ」

「あ、えーっと……」

 ヴァレンタインの淀みない自己紹介を受けたぬえは吉影に助けを求めるような視線を向けるも、露伴が吉影を睨み続けているせいか、吉影は一言も言葉を発しようとはしない。
 仕方なく、ぬえは初対面の相手に最大限の警戒を払いながら、自己紹介に答える。

「……私は幻想郷の妖怪、封獣ぬえ。寝てる紫の方が同じく魔女のパチュリー・ノーレッジ。こっちは外の世界の人間の吉良吉影。それと……」

 ここで、ぬえは少し言葉を詰まらせた。
 ぬえは人間の命などどうでもいいとは思っているが、夢美がいなければエシディシ相手に全滅していた可能性、そして彼女の遺言を聞いたこともあり、思うところが無いわけではなかった。

「……赤い方は、外の世界の人間の、岡崎夢美。たった今、そこのディアボロに殺されたところよ。もう一人の侵入者、エシディシを皆で力を合わせて倒した直後にね」

「!! ……そう、か」

「夢美が……!?」

 仗助に体は治されていたこともあり、ヴァレンタイン、燐、慧音、露伴は夢美の死に気付いていなかった。
 驚愕の後、視線が仗助に集まったが、仗助は黙って顔を伏せた。
 静まり返った食堂で、ヴァレンタインがゆっくりと語りだす。

「レミリア君からディアボロの能力については簡潔にだが聞いている。またエシディシについては私自身とお燐君も一度遭遇した。
エシディシはとてもじゃないが普通の手段で倒せるとは思えない怪物だった……あまりに理不尽な暴力に晒されたのだな。
ここにいる我々、夢美君を含めた十人の参加者は、一枚岩とは言えないかもしれないが、決して殺し合いには乗らず、この狂ったゲームを打破しようという意志を持った同志だ。
まずは皆で彼女の魂に黙祷を捧げるとしよう」

 そう言って目を閉じたヴァレンタインに、意識が無いパチュリーを除く全員が倣った。
 黙祷を捧げる八人に様々な思惑はあれど、奇跡的に、あるいは必然的にか、夢美の死を悼んでいない者は一人としていなかった。
 状況が状況であるため、数秒の短い黙祷だったが、それを終えるとヴァレンタインは更に語る。

846 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:45:45 ID:U4GpWkmk0
「……さて、エシディシとディアボロに相次いで奇襲を受けたということだが、私とお燐君は今しがたこのジョースター邸の外周を見回ってきた。
 だが足跡などの痕跡は我々のものを除いて存在しなかった上、先程まで雨が降っていて地面がぬかるんでいるにも関わらず、窓や壁に泥の付着のような侵入の痕跡も見受けられなかった。
私は数時間前に一度ここを訪れ、内部の探索を済ませている。そしてこの屋敷には地下通路への入り口がある。侵入経路はそこからと見て間違いないだろう」

 ここまで話すと、ヴァレンタインはレミリアに目配せをした。前置きは終わった、ということだろう。
 レミリアはそれを受け、遺体の心臓を取り出し、ヴァレンタインに渡した。

「じゃ、これね。それと吉影。パチェを別の場所に寝かせたいから手伝ってくれる?さっきのパチェとエシディシがどうとかいう話も途中だったし」

「ム、それは構わないが……」

 吉影は自らを睨む露伴に戦々恐々としながらレミリアに答えた。
 露伴の腕がピクリと動いたが、それ以上は動かなかった。今スタンドを使えば流石にレミリアに止められると判断したのだろう。
 それを見た吉影は、慎重にぬえに話しかける。

「ぬえ、君も来てくれ。エシディシの話をするならその方がいいだろう」

「ん、わかった。夢美の体もこんな荒れた部屋の床じゃあ何だし、運ばないとね」

 吉影の要請に、ぬえはあっさりと首を縦に振った。
 ぬえからすれば、吉影とレミリアという二大戦力の庇護下にいながら、彼女にとって危険すぎる能力を持つ露伴とは離れられるのだから、ついていかない理由が無い。
 一方、吉影がぬえに同行を求めた理由は、端的に言えばレミリアへの恐怖である。
 レミリアは天子と違って殊更に吉影を敵視しているようには見えず、吉影にとって間違いのない『仲間』であるパチュリーとの絆の深さも感じさせてはいる。
 だが、そのパチュリーの意識が戻らないままで、友の心臓に仕掛けられた毒というレミリアの特大の地雷を踏みぬくであろう話をしなければならない。
 まさか怒りに任せて暴れだすようなことは無いだろうが、一対一で話すには重すぎる、ぬえとレミリアは顔見知り未満程度であれ、幻想郷側の存在がもうひとり居てほしいというのが吉影の心情だった。

847 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:49:22 ID:U4GpWkmk0

「場所は地下通路への入り口がある部屋ね。地下からの警戒も兼ねるから、悪いけど仗助、吉影の怪我を治してくれるかしら」

「……ッス」

 パチュリーの現状を知らないレミリアは、吉影の恐怖に気付かないフリをしながらも疑問に思いつつ、仗助に対しては多少言葉を選んで話しかけた。
 普段から何かと人間に優しい面を垣間見せるレミリアとて、会ったことも無い人間の死に何かを感じる事など無い程度には人間とは離れた存在ではある。
 そのため、パチュリーと同じく、吉影が外の世界で殺人鬼であるというその性質そのものについては然程気に留めてはいない。
 だが、吉影は仗助が住む街の平和を脅かす殺人鬼というだけではなく、仗助自身の友人も殺されているのだ。
 友を殺された憎しみが、『状況』や『利害の一致』などでは絶対に割り切れないということは、レミリアにも痛いほどにわかる。

 仗助が吉影を治療する中、今度はレミリアがヴァレンタインに目配せをした。
 吉影を連れ出すのは契約内だが、パチュリーとぬえについては違う。
 ただ、露伴と確執があるパチュリーが、いつ目を覚ますかもわからない状態でこの場にいるというのは説得の上では面倒事でしかないだろう。
 ぬえについては、どこに居ようと露伴の説得には関係なさそうではある。
 レミリア自身もヴァレンタインが納得させるべき対象の一人だが、パチュリーが意識を取り戻すまで離れる気は無い。
 とは言え、契約を重んずる悪魔であるレミリアは、独断で状況を変えてはならないと判断した。
 ヴァレンタインが軽く頷くのを確認してから、レミリアはパチュリーを抱え上げる。
 パチュリーは然程大柄でも無いが、レミリアがそれより二回りは小さく、パチュリーの服装がゆったりしたものであるのも相まって、子供が無理矢理大荷物を抱え上げているようにも見える。
 一瞬、近くの者がレミリアに気を遣いそうになったが、レミリアが吸血鬼の腕力でパチュリーの体を揺らすことなく保持し、重さを感じさせない軽やかな足取りで歩きだしたのを見て、思いとどまった。
 同様に、夢美の体を持ち上げたぬえも、その細腕で人をひとり抱えているにしては不自然なほど簡単に歩き出す。

「吉影、二人のデイバッグお願い」

 少女二人に病人と遺体の運搬を任せた成人男性の吉影は、多少の居心地の悪さを感じてどちらかと代ろうとも思ったが、レミリアに声をかけられて、二つのデイバッグを拾った。
 そこで、吉影は気付く。この中のどこかには広瀬康一の解剖済みの生首が入っているのだったということに。
 こんな爆弾をうっかり忘れていき、露伴に見られようものなら、意識の無いパチュリーに襲い掛かりかねない。
 人知れず肝を冷やした吉影を最後尾に、三人は食堂から退出した。

848 ◆Su2WjaayOw:2024/07/24(水) 22:52:44 ID:U4GpWkmk0
なんか時間かかりすぎてるので残りは明日以降投下します。
本当にごめんなさい…

849名無しさん:2024/07/31(水) 11:08:57 ID:vm3APg3.0
>>848
何を謝る必要があるんですか…初投稿、スレに更新が無いといった状況なんですから…期限などはあまり気にせず頑張って下さい…!

850 ◆Su2WjaayOw:2024/08/01(木) 16:39:19 ID:4/PXliNg0
>>849
ありがとうございます
そしてちょっと矛盾と言うかなんというか、難しいところに気付いてしまったので手直し中です…
ヴァレンタインにヘブンズ・ドアーを使ったらヴァレンタインが基本世界の存在になる前、聖人の遺体が無い並行世界の記憶が出てきてしまうんじゃないのかと
勝手に結論付けるにしても色々キツいのでヴァレンタインを本にしない方向に大幅修正するしかない…

851 ◆Su2WjaayOw:2024/08/09(金) 02:54:36 ID:i45IUM7A0
>>824->>847の投下を破棄した上で、再度>>827の予約をします
展開を変えなければならないのに加えて、誤字や改行ミス、コピペミスが酷い…
それ以前にタイトル考えてなかったり分割するべき長さなのを忘れてたりと見切り発車にも程がある
プロットは組み直しましたが、ちゃんと読めるものになるのかがわかりませんが…
書き手さんって大変なんだなあ

852 ◆Su2WjaayOw:2024/08/22(木) 22:18:21 ID:Jo64SAr20
えー、再予約?
>>824の予約で二週間以内に投下します…
次があったらほんとにちゃんとやるのでジョ東ロワ復活して…

853名無しさん:2024/12/31(火) 23:59:59 ID:/urCfYLw0
今年はようやく話が進みましたね。来年はもっと頑張りましょう!


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