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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

341:2025/11/16(日) 12:21:33 ID:LHil3TSU0
>>336 >>339
続き。

ここから少し核心に入ります。

「絶望したのは誰でしょうか?」

真のあなたは、絶望も希望も抱けません。
なぜなら、絶望も希望もすべて
「心・マインド・記憶・身体感覚」の働きだからです。

熟睡中のあなたは、絶望できますか?
気絶しているときのあなたは、絶望できますか?

できないはずです。

つまり、
変化する感情・思考・体験者としての「個の私」が「絶望した」のであって、
あなたそのものが絶望していたわけではない。
真のあなたの中で、「絶望」という出来事が起きていただけです。

さらに核心に近づきます。

あるところに粒子だけがあり、それが動いたとします。
観察者なしで、その「動き」を知ることはできるでしょうか?

例えば、今この瞬間、ハワイで雨が降ったとします。
見る者・体験者が誰もいない状態で、
「ハワイで今、雨が降っている」
という事実を、誰かが「知る」ことはできるでしょうか?

できませんよね。

あなたの過去の体験を「知っていた何か」が、常にありました。
その「知る力」は、個人ではありません。
もし、個人を超えた何かが「見ていた」のだとしたら、
その「見ている主体」は、絶望そのものには決して飲み込まれません。
なぜなら、絶望はあくまで「心の反応」だからです。あなたは人生のどこかで、心が希望を感じたこともあったはずです。
だからこそ、

「自分とは何か? 世界とは何か?
 自分はどこから来て、どこへ行くのか?」
という疑問が湧いてきたのです。

>長年、おうちに帰りたいと思ってきたのに、帰るところなんてなかったんだとも、ここが帰るところだったんだとも思いました。
長時間、泣いていました。気づいたら、エネルギーがこんこんと湧き出ていました。(中略)
すべては終わったと感じました。

→それは、まさに「純粋意識そのもの」に触れた瞬間の描写だと思います。
ただ、ひとつ老婆心からお伝えすると、
純粋意識そのものに触れたことは「終わり」ではありません。
そこからが、むしろ本当の意味での始まりです。
そこから、

・エゴとの同一化
・心や観る者としての「私」
・身体感覚との同一化・癒着
こういったものが少しずつ溶けていくプロセスが始まります。
あなたの文脈でいうなら、

エネルギー的・粒子的なレベルで根深く残っている「個の私」との同一化を、
じわじわとほどいていく、大切な段階の入り口です。
「絶望」も「虚無」も、その中で溶けていきます。
なぜなら、それらは主体ではなく、対象として、
ただ観られていく側に、まわるからです。

あなたは子供の頃から、ある意味、水面下ではすでにスイッチが押されていたように見えます。
真理探求(発心)がずっと続いていたからこそ、
・純粋意識(私は在る)
・私=世界
といった体験が起き、その後に
原因と結果を超えた「絶対のそれ」を一瞥するところまで来たのだと思います。
それは、見方によれば確かに恩寵です。
霊性プロセス的な意味での恩寵です。

同時に、見方によっては、エゴにとって深いトラウマにもなります。
でも、本質的には恐れる必要は何もありません。

なぜなら、ここにいる皆さんだけでなく、
誰もが熟睡時には、毎晩それになっているからです。あなたは、熟睡時に「熟睡体験者」も同時に残してしまった。
そのために「恐怖」として印象付いてしまった。
ただ、それだけのことです。
正確には、恐れる理由は元々、どこにもありません。

>そして、その後〜(エックハルト・トールやテーラワーダ、マインドフルネス、潜在意識、認識変更・・)

→どうにかしながらも、前向きなほうへ少しずつ舵を切ってきたのが伝わってきます。笑
とても良い流れだと思います。
まずは、あなたの言う通り、
「在る」「純粋意識」に安定していくことが大事です。「絶対・超越」に対しての恐怖や虚無をやわらげるには、それが一番シンプルで、かつ精神衛生上もやさしい道筋です。
あなたの、とても貴重な体験談をシェアしてくださってありがとうございます。
きっと、今このスレを読んでいる誰かの参考にもなるはずです。


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