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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

340:2025/11/16(日) 12:20:12 ID:LHil3TSU0
>>336 >>339
はじめまして。こんにちは。
貴重な体験談を書いてくださってありがとうございます。(長くなったので2回にわけます)

>一時的な短時間、短期間の経験ですが、世界が消える、認識が消える(止まる)経験をしたことがあります。
絶望して生きる意志を完全に失ったことがありました。

→なるほど。とても大切なお話です。
体験者(個人の「私」)が残ったまま、
純粋意識を超えた領域に触れると、その出来事は

「虚無を体験した私」
「私は虚無を体験した」

という形で、体験の記憶として残ります。
その結果、本来は
「私」も「世界」も含めて一気に飛び越えたジャンプだったものが、
「絶望の記憶」として「個人の私」に引き取られてしまうのです。
その体験そのものが、「個人にとっての恐怖の対象」になってしまうわけです。

>世界の見え方は、意識内に読み込まれる初期設定によって変わる可能性があるのだと思いました。

→世界は本来「流動するもの」「変化し続ける対象」です。つまり、

変わり得るものは、すべて「対象側」
です。だからこそ、真理探求の道筋としては、
不変の主体=「存在・意識・気づき」に立ち戻り、

「私はこの個体そのものだ」

という同一化の錯覚を、少しずつ溶かしていく必要があります。
ここを通らずに一気に超越してしまうと、

無・虚無・絶対的な闇
といったものを、そのまま「個人の私」が「体験者」として持って歩くことになります。
それが、いわゆる「魔境」です。
(※これは多くの探求者が、期間の差こそあれ、大なり小なり通過するものです)

なぜなら、それらはすべて「対象」だからです。

私たちが本当に用があるのは「主体の側」、
さらに言えば、「主体と対象」という二元さえも超えた「最奥の主体」です。

>同じ頃、日中、視覚映像が消えてしまい、意識と清らかで細かい精妙なエネルギーだけの世界だと感じ、見えていることがありました。
微粒子状のエネルギーが〜世界の実体がエネルギーの微粒子であったような感じでした。

→その体験自体には、確かに価値があります。
「世界は心の投影であり、夢のようなもの」
ということを、頭の知識ではなく、体感として一度つかんだ、という意味ですから。
実際、一切の心が完全に停止したら、文字通り「世界」も消えます。

ただし、そのときでさえ、
「世界が消えたことを知っている認識者」
が、同時に消えていなければ、「世界が消えた」ということすら分からないはずです。

つまり、「エネルギーの微粒子があった」「そう見えた」
と知った認識者は、消えずに残っていたわけです。
なので、私があなたにおすすめしたいのは、
その体験を真理探求の過程で起きた一つの神秘体験として、
「なるほど、世界って意外と曖昧なんだな」
と消化してしまい、
過去の一つの出来事として、そのまま棚に置いておくことです。
人によって、そういうエネルギー的・粒子的な見え方が起こることは確かにあります。否定はしません。ただ、その方向の探求は、どうしても「世界(現象)の探究」
になっていきます。
夢の中で、夢の仕組みを延々と研究しているようなものです。

私がここで言っている「自己探求・真理探求」は、世界が何でできているかではなく、
その世界を知っている「気づき」そのもの。
そして、普通の現象・日常の出来事・ときに起きる神秘体験を含め、あらゆる現象を成り立たせている「背後の下地」のほうです。
いわば、スクリーン側のほうですね。


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