"sleeping baby" については、例えば赤ちゃん写真展で "smiling baby" や "crying baby" などと分類して展示する場合なら自然ですが、お母さんが赤ちゃんの寝顔を話題にするとき "my sleeping baby" などと言おうものなら "Sleeping Beauty" が想起され「かわいそうに、病気か何かで眠ったままなのかな」と思われてしまうかもしれません。"flying bird" については、例えば飛ぶ鳥と飛ばない鳥についての文脈なら自然ですが、>>2で挙げた* The cat tried to catch the flying bird. のような文なら「飛んでいる間に」ということは伝わらないでしょう。"swimming boy" については、例えば野球少年やサッカー少年と同様に競泳に夢中になっている少年に関する話なら自然でしょうが、>>2で挙げた*The swimming boy is one of our classmates. のような文なら「今そこで泳いでいる」こと以上の意味も加えてしまうでしょう。
このように、 DO-ing が意味する以外のことについてしているかする能力のあるような場合と区別して「限定」する文脈なら DO-ing 前置は自然ですが、ただ単に今そうしているという説明を「限定」せず加えるだけなら DO-ing 後置の方が英語としては自然で日本語からの直訳で前置すると言いたいことが伝わりにくいと思うのです。また、「限定」語の順序>>5についても、後より前の方が「限定」するしぼりがキツくならないと自然に感じられません。要するに、大西先生に倣って言えば、前置と「限定」が tandem に意識されるか否かが、その文脈で前置できるか否か判定する大原則になると考えます。