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鬼和尚に聞いてみるスレ part19
549
:
避難民のマジレスさん
:2021/12/17(金) 21:30:19 ID:DPZIW9O60
>>545
ご返信くださり、ありがとうございます。孤独な修行の励みとしております。
何時間も座り続けるのは人には無理ということですが、ブッダが悟ったときは実は途中で食べたり眠ったりトイレに行ったりしていたということでしょうか?
歴史的な禅僧の本などを読むと、3日とか7日とか13日とか座り続けたという記述を散見しますが、これも本当ではないのでしょうか?
今でも蔵入りなどは死にかけていますよね。あれは無駄の多い苦行にしか思えませんが。
また、観察中に視界が眩しくなり深い瞑想状態に入ったり、無念無想や体が消える感覚になったなどの場合でも、姿勢が正しくないということもあるでしょうか?
毎回少しずつ工夫はしていますが、もし姿勢をより正しくできるなら、そうしたいです。
しばらく前に、瞑想中ではないのですが、肉体、思考、感情、記憶などのずっと底に、「ただ、ある」としか言えないような、何の特徴も境界もなく、徹底的に均質な、ただただ静かな無限の存在があるのを感じました。
自分だと思っていたものはこんな表面的なものでしかなかったのか、死ぬというのは上に乗っている思考や記憶などが剥がれるということなのだ、本当はこの無限の存在しかないのだ、本当の本当に何もないのだな、肉体も世界も全部観念だというのはこういうことか、などとなんとなく理解できた気がして、少し死や悟りの恐怖が薄れて安心しました。
この経験以降、自分と同一視している肉体、思考、感情、記憶などをうわべだけの嘘のものとして、日常的に観察しやすくなった感覚があります。
そして昨日と今日のことなのですが、瞑想中にすべてを俯瞰するように観察していて、深い瞑想状態に入ったときに主体に意識を向けたのですが、途端に心臓や鳩尾あたりに我慢できないほどの圧迫感、苦痛を感じました。何年も瞑想をしていて、ここまでひどいのは多分初めてです。
この苦痛をよく観察しようとしたのですが、まるでナイフで何度も刺されながら、刺されている箇所を観察しているような緊急事態感で、苦しすぎて瞑想をやめたくて仕方がなくなり、集中の瞑想に切り替えたり、まだ気が済んでいないんだねなどと自我をなだめたりいろいろした挙げ句、瞑想を終了しました。
このように昨日から、主体を観察すると必ず心臓と鳩尾の苦痛が起こるのですが、苦しさをこらえながら無理に観察したらよいのか、自我が消えたくない理由を推測して一つ一つ自分に問うて、収まるかどうかの反応を見て当たりをつけるのか、どうしたらよいですか?
もしかしたら、まだ集中力が足りないということでしょうか?
どうしたらこの先に進めるのか、ぜひともご意見をお聞かせください。鬼和尚しかいません。たのんます。
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