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鬼和尚に聞いてみるスレ part19

342避難民のマジレスさん:2021/10/27(水) 05:12:16 ID:/twCFiPU0
私は鬼和尚のいう観察をやっていた際にある程度まで観察して厭離したら厭離した直後に自分という感覚、世界と分離してる私という感覚が抜け落ちたんです。
その後10秒ほど経ったら私が戻ってきて私対世界という主客の感覚が戻ってきてしまいました。
鬼和尚はそれを忘我の体験とおっしゃいましたが、あれは鬼和尚のいう観照だったのではないかと何となく思っているのです。
というのも一度私という分離感がすとーんと消え去って二度と私が戻らない不可逆的な目覚め体験よりも(ラマナマハリシが典型例)、私という分離感が消えてもしばらくして私という分離感が戻ってきてしまう目覚め体験である場合の方が圧倒的に多いと色んなところで聞きます。

であればラマナマハリシのような不可逆的な目覚め体験だけを観照と呼ぶのではなく私のあの10秒くらいの体験も観照なんじゃないかと思うのです。なにせ観察が成功して厭離が起きた直後に私という感覚が抜け落ちたというのもあるからです。だから突発的な単なる忘我体験というより鬼和尚のおっしゃる観照なんじゃないかと思って。

そしてなぜ私があの体験以降も観察をしまくったのになぜ私という分離感がまだあるかというと、これは私の仮説なんですが、私は未だに悟りたい、座禅をして悟りたいという思いが強くあるのです。500億円か悟りかどっちか貰える。というなら迷わず悟りを選びます。
だからそのような悟りへの強い欲望が底流で常にザワザワと波をなびかせて悟りの認識から遠のかせているのではないかと思うのです。だから「悟りたい」がなくならない限り「私」という分離感もなくならないのではないかと。
「悟りたい」が邪魔して悟れない。というケースもあると鬼和尚は思いますか?


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