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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば
888
:
避難民のマジレスさん
:2022/05/30(月) 17:07:03 ID:VeAhvEaw0
ラマナ・マハルシとの対話 343
質問者
手が切断されようとも、人はそれに無自覚でなければなりません。
なぜならバガヴァッド・ギーターでは、真我は肉体とは異なると宣言しているからです。
マハルシ
怪我の痛みに気づかないことが、ジュニャーナなのでしょうか?
質問者
痛みに無自覚であるべきではないのですか?
マハルシ
大手術は、患者を痛みに気づかない状態にさせるため、麻酔をかけて行われます。
患者は同時にジュニャーナも得るでしょうか?
痛みに無感覚であることがジュニャーナであるはずがありません。
質問者
ジュニャーニ(賢者)は痛みに無自覚であるべきではないのですか?
マハルシ
身体的な痛みは、身体意識に従っているだけです。
それは、身体意識がない場合には存在することはできません。
心は、身体に気づいていないとき、その苦痛や快楽に気づくことはできません。
ヨーガ・ヴァーシシュタの、インドラとアハリャーの物語を読んでみなさい。
そこでは、死そのものが心の働きであると言われています。
痛みは自我に依存しています。
痛みは「私」なしでは存在することはできませんが、「私」は痛みなしであり続けることができます。
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