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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば

763避難民のマジレスさん:2022/04/02(土) 22:27:19 ID:gUkKzeYA0
147.
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)〜SRI H.W.L.POONJA
第13章 自由 ☆Part3②

Q:愛とは何か知りたくて仕方がありません。

 この愛に対する熱望が100%充分ではないので、愛に関する質問が起こってくるのだ。河の水面から頭が突き出しているときだけ話すことが出来る。頭を愛の河に沈めたまま話そうとしてごらん。話せるかね?

 話すときは頭がいつも河の水面から突き出て河の両岸にいる人々に話しているのだ。頭が完全に愛の河に沈み込めば、愛について質問することはない。

   愛は身体の毛穴を通じてそれ自体で話す。
   口を開けて離す必要はない。
   愛には言葉がない。
   愛について話すことや経験することができるものは愛ではない。
   考えや饒舌は哲学で愛ではない。

   愛すると愛になる。
   誰が誰に話すというのか?
   ただ見つめてごらん、すると愛が起こる。
   全てが偽りだ、人工的だ、愛以外の全てが。

   愛するとどのように愛するかが分かる。
   分からないというのなら愛ではない。
   愛は内からひとりでにやってくる。
   それを妨げることは出来ない。
   愛があるとき残りの全てが終わりだ。
   他のものに対する執着は落ちる。
   愛だけが、愛することだけが存在する。

   時間がかかるというのは延期していることだ、
   愛のほかに興味があるのだ。
   愛は自発的でハートの住人だ。

Q:「私である」私が宇宙の踊り手に見えます。ありがとうございます。

 私はこの経験を祝福しよう、実際にはそれは経験ではないが。これはここで起こって、あなたは真理への最後のステップに入る。これがあなたの人生の目的だ。

 真理を実現した後は全てを目撃する。良い悪いの判断はない。全てがゲームだと悟る。もし誰かがキスするならOK。誰かがあなたを打ったなら、彼の手が傷つかなかったか確かめなさい。

 昔、ある聖人がいて、水を飲むために川に降りて行った。川の中にサソリが押し流されているのに気づいて、助けようと手を差し伸べたら指を噛まれた。サソリに噛まれるとそれは痛いものだ。

 それでも彼は何度もサソリを助けようと試みて、その度に指を噛まれた。これを近くで見ていた人が聖人に尋ねた。

 「あなたを噛もうとしているサソリをなぜ助けようとしているのですか?」

 聖人が言うには、「習性である噛むことをサソリがやめないのに、なせ私の奉仕の習性をやめるべきかね?」

 だから、演じるには難しいゲームであるかも知れない。あなたに噛みつく多くのサソリはいるし、うじ虫が餌になるあなたを待っている。死があなたを待っている。

 だから、あなたの息が続く限りこのゲームを演じなさい。まわりで起こっていることを全て目撃していなさい。そうするとあなたは賢人だ。
  (´・(ェ)・`)
 (つづく)


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