したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば

693避難民のマジレスさん:2022/03/01(火) 23:43:12 ID:CSwvtlZM0
115.
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)〜SRI H.W.L.POONJA
第11章 精神修行について:存在は修行で達成できない ☆Part1-d①
探求、修行、過程という罠(3)

Q:度々あなたは仏陀を例にあげます。私の理解によると、彼は瞑想を通じて悟りを達成したことになります。しかし、あなたは瞑想には限界があると言っているように思えます。これについて話していただけますか? 仏教徒としては瞑想しなければなりません。

 仏陀としてではなく仏教徒としてだ。仏陀は死んで、彼の弟子達は彼がしたようにすることができなかった。弟子達は仏陀がしたように全てを放棄することができなかった。その為に、弟子達ができる事をやらなければならなかった。しかし彼らは静かに座っていない。

 仏陀は全てを、瞑想でさえも放棄して静かに座っていた。彼はただ静かに座っていた。彼の自由は瞑想の結果ではなかった。仏教徒は仏陀について、悟りについて考えたことがない。彼らは宗教的修行と方法に忙しくて仏陀がしたように静かに座るということを忘れてしまった。

 だから、賢明に「私は誰か」というこの質問を解決しなさい。そうすると分かるだろう。これを教える教師はいない。アーナンダが菩提樹の木の下で仏陀が見つけたものは何かと尋ねても仏陀でさえ話すことは出来なかった。沈黙したままだ。この沈黙は説明することは出来ない。

 しかし、どこに行っても沈黙ではなく、教師の言葉の遊びが氾濫している。真理から逃げ出さないことだ。仏陀は逃げ出さなかった。滞まった。それを得るまで何も食べなかった。この強い決意が必要だ。逃げ出さないこと。それはあなたが決めることだから、私はこれ以上何も言う必要はない。

 マスターが死んだ後、弟子達はその教えに従わないものだ。あるマスターの部屋にネズミがたくさんいて、瞑想中に彼の足を噛んで瞑想の邪魔をした。この理由から彼は猫を飼うことにした。そうすると全てのネズミは消え失せた。

 彼には二人の主なる弟子がいた。その一人が二匹の猫を飼うことにした。猫は瞑想中彼の両足に繋がれた。なぜなら彼のマスターがしたよりも二倍の効果があると考えたからだ。

 もう一人の弟子がこれを見て、競争心を起こして4匹の猫を手に入れて、両手両足に猫を繋いだ。さて、彼らの弟子の数が猫の数に比例して増えていったので、お互いに競争して猫の数を増やして行った。今度は彼らの弟子達も猫を飼い始めた。こうして瞑想は忘れられてしまった。

 ネズミを取り除く為にマスターは猫を飼った、これは全く理屈にかなっている。しかし、猫の為に悟りが起こったのではない。これが世間で起こっていることだ。
  (´・(ェ)・`)
 (つづく)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板