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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば

551避難民のマジレスさん:2022/01/06(木) 23:33:43 ID:3AGa3WB.0
61.
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)〜SRI H.W.L.POONJA
第9章 世界は幻想 ☆Part2-a④

マーヤー:幻想の力

Q:このことを忘れないために新しい名前をいただけますか?

 マドウー・蜜という名前をあげよう。私がなぜこの名前をあなたにあげるのか説明するためにある
話をしよう。
 昔、ある男が森を歩いていて偶然にも井戸に落ちてしまった。彼はあわてて井戸の中に生えている
蔦を掴んでそれにぶらさがった。
 井戸の中で下を見たら腹をすかしたワニが口を開いて待ちかまえている。上を見たら白と黒の二匹
の野ねずみが蔦をかじっている。
 井戸の真上に蜂の巣のついた木があり、その巣から丁度彼の口に届くように蜜が垂れていた。彼は
蔦につかまりながら蜜の一滴一滴を楽しみ始めた。この楽しみのためにねずみとワニの事を忘れてし
まった。
 これがマーヤー、人生のお話だ。男は死の井戸にぶら下がっている。ワニは死そのもので白と黒の
ねずみは昼と夜、時間の経過を意味している。蔦は人間の寿命、時間によって切り刻まれて行く。蜜
が快楽で私達を死と時間から引き離す。これがまさにこのサンサーラの状況だ。そしてみんな幸せだ。
(笑)
 ねずみに寿命を切り刻むのを許さないことだ。しかしまず第一に,井戸に落ちないことが一番よいの
だが。次の足がどこに着地するのか見なさい。注意深く生きなさい。
 井戸に落ちてワニの恐怖にさらされるより、木に登って蜂の巣丸ごと手に入れる方が良いに決まっ
ている。これを今、決心しなければならない。
  さもないと死のワニはあなたを待っているし、ねずみは蔦をかじり続けるだろう。誰もすぐに蔦
をつたって登って行こうと考えない。たとえ短い登りでもそれを考えない。井戸の外に出たら幸福と
至福の蜜を楽しむことが出来るというのに。
 だからこのイメージを毎日憶えていなさい。これが最高の教えだ。すべての人が自分自身の死に気
づくべきだ。蜜を一滴一滴楽しんでいて誰もかつて死を避けた人はいない。
 自由でありなさい。そうして、始めて人生の蜜を味わうことが出来る。感覚を通しての快楽は蜂の
蜜と同じようなものだ。それは恐ろしく暗い井戸に人を閉じこめてしまう。これは単なるお話ではな
く、教訓だ。

Q:今、蔦を登って来る方法がありますか?

 まさにその通りだ。「今」が蔦で「今」が出口だ。蜜を一滴一滴味わうのを止めて、ねずみがあな
たの寿命を切り刻んでいるのを見なさい。だから、あなたが賢明なら井戸から飛び出すだろう。
 怠け者のように待っていないことだ。あなたを困難に巻き込む可能性のあるものを楽しまないこと
だ。決めなければならないことは、
 「何があなたのためになるのか? 何があなたに幸福を与えてくれるのか? 蔦にぶら下がってい
ることが幸福か?」
 少数の人がこの井戸という世界から飛び出す。死はワニで、寿命は蔦だ。ねずみは昼夜を分たず蔦
を切って行く。待っていることは賢明ではない!
 賢明な人々は仏陀のように飛び出す。彼はその国で最も美しい女性達と眠っていたが真夜中にすべ
てを捨てて宮殿を去った。ほんの少数の人々がこれをやり遂げた。
 2600年経った今も私達は仏陀を憶えている。このようにみんな仏陀になることができる。欲望
というベッドから目覚めて起きあがるだけでよい。
  (´・(ェ)・`)
 (おわり)

賛欽山禪師 4/4 
尿床鬼子大難心 尿床の鬼す大難の心
定老當機恩力深 じょう老当機恩力深し
夜雨燈前渾即忘 夜雨燈前すべて即忘す
風流茶店旧時吟 風流のさ店旧時の吟

くま訳
欽山禪師批評
寝小便たれ小僧(欽山)が窮地に陥った
定上座の相手の能力に応じて導く力、大恩は深いのであるが、
雨降る夜の灯火の下、全てを忘れてしまうのだ
風流な遊里で作った昔の詩である

*定上座:臨済義玄の優れた弟子の一人
*当機(とうき):相手の能力素質に応じた導き方をすること。
(´・(ェ)・`)b


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