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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば
53
:
避難民のマジレスさん
:2020/07/08(水) 21:14:01 ID:0cl365bM0
最初と最後の自由 第一部
第六章 信念 2
それは、この信念と知識の問題は、ほんとうにとても興味深い問題です。それは私たちの生においてなんととてつもない役割を演じるのでしょうか!私たちはいかに多くの信念を持っているのでしょうか!確かに、私がその [霊的という] 言葉を使えるなら、人は知的であるほど、文化的で [・教養が ] あるほど 、霊的 [・精神的] であるほど、理解する能力がないのです。現代の世界においてさえも、未開人は無数の迷信を持っています。思慮深いほど、目覚めているほど、鋭敏であるほど、おそらく信じることがないのです。それは、信念は束縛する [から] 、信念は孤立させるからです。そして、経済的、政治的世界、またいわゆる霊的 [・精神的] 世界においても、世界中でそうであることがわかります。あなたは神があることを信じています。そしておそらく私は神がないことを信じています。またはあなたは [共産主義者や国家主義者として] あらゆるものごと [に対して] 、あらゆる個人 [に対して] 完全な国家統制を信じています。そして私は [資本主義者として] 民間企業とその他すべてを信じています。あなたは [一神教の信者として] 、唯一人の救い主がいるし、彼をとおしてあなたの目標を達成できるということを信じています。そして私はそんなふうに信じていません。こうしてあなたはあなたの信念を持ち、私は私の [信念] を持って、自己を主張しているのです。それでも二人とも、愛について、平和について、人類の統合について、一つの生命について話をするのです-それは完全に無意味です。なぜなら、現実に信念こそが孤立の過程であるからです。あなたはバラモンです。私は非バラモンです。あなたはキリスト教徒です。私はイスラム教徒です、などです。あなたは同胞愛について話をし、私もまた同じ同胞愛、愛、平和について話をします。しかし現実には、私たちは分離しています。私たちは自分たちを分割しています。平和が欲しい、新しい世界、幸せな世界を造り出したいと思う人は、確かに、どんな形の信念をとおしても自分自身を孤立させられません。それは明らかでしょうか。それは言葉上はそうであるかもしれません。しかし、あなたがそれの意義と妥当性と真理がわかるなら、それは作用 [・行動] しはじめるでしょう。
(´・(ェ)・`)つ
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