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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 4

75避難民のマジレスさん:2018/08/06(月) 09:12:53 ID:LC3de7YgO
>>70
『I AM THAT 私は在る』
【37 苦痛と快楽の彼方に至福がある】(つづき)

 質問者 なんと奇妙な! あなたはそれが体験であるかのように話をします。
 マハラジ
 私がそれについて考えたとき、それは体験になるのだ。
 質問者 目に見えない光が花に遮(さえぎ)られて色となるように、それは
 体験となるのでしょうか?
 マハラジ
 そうだ。
 それは色のなかにあるが、色そのものではない。
 質問者 古くからおなじみのナーガールジュナ(竜樹:りゅうじゅ)の四重
 否定です。これでもなく、それでもない、その両方であり、そのど
 ちらでもない。めまいがしそうです!
 マハラジ
 あなたの困難は、実在を意識の状態と考えることから生じるのだ。
 あたかも実在が多様な尺度をもった属性か特質かのように、あなたは「これ
 は真実で、あれは真実ではない。そしてこれは部分的に真実で、部分的に偽
 りだ」と言う傾向がある。
 質問者 私ならこう言うでしょう。結局、意識は苦痛をともなったときに問
 題となるのです。永遠の至福の状態では、質問は起こりません。す
 べての意識は快楽と苦痛の混合なのです。なぜでしょうか?
 マハラジ
 すべての意識は限定され、そしてそれゆえ苦痛に満ちているのだ。
 意識の根底には体験への衝動という欲望が横たわっている。
 質問者 つまり、欲望なしに意識はないということなのでしょうか? では、
 無意識であることにどのような利点があるのでしょう? もし私が
 苦痛からの自由のために快楽を差し控えなければならないとしたら、
 私ならどちらも取っておくでしょう。
 マハラジ
 苦痛と快楽の彼方に至福があるのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)


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