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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 4
22
:
避難民のマジレスさん
:2018/07/16(月) 08:58:26 ID:LC3de7YgO
>>20
『I AM THAT 私は在る』
【34 マインドは落ち着きのなさそのものだ】(つづき)
質問者 そうです。私はつねにアヒンサー(非暴力)の考えに魅了されてき
ました。
マハラジ
本来、アヒンサーは「傷つけてはならない」という意味だ。
善を行うことがはじめに来るのではなく、傷つけるのをやめ、苦しみを加え
ないということなのだ。
他者を喜ばせることがアヒンサーなのではない。
質問者 私は喜ばせることを話していたわけではありません。他者を助ける
ことを思っているのです。
マハラジ
与える価値のある唯一の助けとは、さらなる助けの必要性からの自由にある。
繰り返される援助は、まったく助けになっていない。
他者が援助の必要性を超える地点にあなたが連れていくまでは、他者を助け
る話はしない方がいい。
質問者 どのようにして援助の必要性を超えるのでしょうか? そして人は
他者がそうするのを助けることができるのでしょうか?
マハラジ
すべての存在は分離と限界のなかにあり、苦痛に満ちていると理解したとき、
そして、あなたが純粋な存在として、すべての生命と「ひとつであること」
のなかに完成されて生きようとする意志をもったとき、あなたはすべての助
けの必要性を超えたのだ。
あなたは規範と実例によって、とりわけあなたの存在によって、他者を助け
ることができる。
あなたがもっていないものを与えることはできないし、あなたは、あなたで
ないものはもっていないのだ。
あなたであるものしか与えることはできない。
そしてそれは、あなたがかぎりなく与えられるものなのだ。
質問者 しかし、すべての存在は苦痛に満ちているというのは本当でしょう
か?
マハラジ
この世界的な快楽の探求の原因が、何かほかにあるだろうか?
幸せな人が幸せを探すだろうか?
なんと人びとは落ち着かないのだろう!
なんとつねに動きまわっているのだろうか!
彼らは苦痛のなかにいるから快楽のなかに解放を探しているのだ。
彼らが想像できうる幸福のすべてとは、繰り返される快楽の保証なのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)
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