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鬼和尚に聞いてみるスレ part3
881
:
避難民のマジレスさん
:2014/07/15(火) 15:54:05 ID:k7IS4AHUO
夏目漱石 [行人]より
坊さんの名はたしか香厳(きょうげん)とか云いました。
俗にいう一を問えば十を答え、十を問えば百を答えるといった風の、聡明霊利(そうめいれいり)に生れついた人なのだそうです。
ところがその聡明霊利が悟道(ごどう)の邪魔になって、いつまで経(た)っても道に入れなかったと兄さんは語りました。
悟(さとり)を知らない私にもこの意味はよく通じます。
自分の智慧(ちえ)に苦しみ抜いている兄さんにはなおさら痛切に解っているでしょう。
兄さんは「全く多知多解(たちたげ)が煩(わずらい)をなしたのだ」ととくに注意したくらいです。
数年(すねん)の間、百丈禅師(ひゃくじょうぜんじ)とかいう和尚(おしょう)さんについて参禅したこの坊さんはついに何の得るところもないうちに師に死なれてしまったのです。
それで今度は山(いさん)という人の許(もと)に行きました。
山は御前のような意解識想(いげしきそう)をふり舞わして得意がる男はとても駄目(だめ)だと叱りつけたそうです。
父も母も生れない先の姿になって出て来いと云ったそうです。
坊さんは寮舎に帰って、平生読み破った書物上の知識を残らず点検したあげく、ああ、ああ画(え)に描(か)いた餅(もち)はやはり腹の足(たし)にならなかったと嘆息したと云います。
そこで今まで集めた書物をすっかり焼き棄(す)ててしまったのです。
「もう諦(あきら)めた。これからはただ粥(かゆ)を啜(すす)って生きて行こう」
こう云った彼は、それ以後禅のぜの字も考えなくなったのです。
善も投げ悪も投げ、父母(ちちはは)の生れない先の姿も投げ、いっさいを放下(ほうげ)し尽してしまったのです。
それからある閑寂(かんじゃく)な所を選んで小さな庵(いおり)を建てる気になりました。
彼はそこにある草を芟(か)りました。
そこにある株を掘り起しました。
地ならしをするために、そこにある石を取って除(の)けました。
するとその石の一つが竹藪(たけやぶ)にあたって戞然(かつぜん)と鳴りました。
彼はこの朗(ほがら)かな響を聞いて、はっと悟(さと)ったそうです。
そうして一撃(いちげき)に所知(しょち)を亡(うしな)うと云って喜んだといいます。
「どうかして香厳になりたい」と兄さんが云います。
兄さんの意味はあなたにもよく解るでしょう。
いっさいの重荷を卸(おろ)して楽(らく)になりたいのです。
兄さんはその重荷を預かって貰う神をもっていないのです。
だから掃溜(はきだめ)か何かへ棄(す)ててしまいたいと云うのです。
兄さんは聡明な点においてよくこの香厳(きょうげん)という坊さんに似ています。
だからなおのこと香厳が羨(うらや)ましいのでしょう。
兄さんの話は西洋人の別荘や、ハイカラな楽器とは、全く縁の遠いものでした。
なぜ兄さんが暗い石段の上で、磯(いそ)の香(か)を嗅(か)ぎながら、突然こんな話をし出したか、それは私には解りません。
兄さんの話が済んだ頃はピアノの音ももう聞こえませんでした。
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