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鬼和尚に聞いてみるスレ part3
257
:
エッチでリッチな なめなめおじさん
◆sQELVfrnG.
:2014/03/30(日) 01:11:10 ID:bwqs7JBk0
禅にゴマをすっておこうかのお^ー^w
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禅の人は生を、存在を、あるがままに受け入れます。そして、なんの理由もなくそれを楽しみます。
そこに好悪の判断は入りません。ただ、あるがまま、起こるがままを理由なく楽しむ。
自分に起こることは全て受け入れる、すべて自分が責任を取る。なんてすごいことでしょう!
なんて美しい人なんでしょう! 人の究極の姿がここにある、と思いませんか?
自分の生に起こることは全てOKだ。生がもたらすものは全てOKだ。完全にOKだ。
この磨き込まれた鏡の様な質、これが禅の人の質です。
何も良くはなく、何も悪くない。全てが神性なのです。
生を出来るだけあるがままに受け入れるようにしたいものです。
それを受け入れることで、やがて、欲望が消えます。緊張が消えます。不満が消えます。
それをあるがままに受け入れることで、人はとても楽しく感じ始めるでしょう。
全く何の理由もなしに! 喜びに理由があると、それは長続きしません。
喜びの原因になったことが去れば元に戻る。しかし、喜びに何の理由もなければ、
それは永遠にそこにあるでしょう。
禅の人は常に理由のない喜びの中にあるのです。素晴らしいですね!
しかし、この質は他でもない、あなたにもあるのですよ。あなたの中にも隠されているのです。
ただ、気が付いていないだけ・・・・・
あなたが自分の内側に入ること、自分の内側を見ることを続けていれば、
いつか必ず、それも突然、理由のない喜びが起こることでしょう。
それはあなたを解放するに違いないのです。
http://www2.odn.ne.jp/~chr58670/zen_short.html
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『災難に逢ふ時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候、
是はこれ災難をのがるる妙法にて候』
仏様の『安らぎ』の世界をわが住み処としている人は、苦も楽も、生も死も、悲しみも喜びも、
順縁も逆縁どちらとも、合掌礼拝で受け取る人なのです。
これは有名な良寛和尚のお言葉ですが、私達一般人から言えば、災難に遇いたくないから苦労しているんだと言いたいところです。
また死ぬのが嫌だから怖いからどうしようかと苦にしているのに、と言う想いですが、
仏教の悟りと言った世界では、こう言うのを苦労な事、あれを楽しい事と区別し、生と死を区別し、
これは悲しい出来事、これは喜ばしい事と区別・差別しているのは、人間の自我から決め付けた偏見で、
この世の中で起こる全ての事は、本来色の無い、無色透明であって、善でも無く悪でも無い、と言う訳です。
良寛さんはそういう境地で、定住のお寺も持たず、野に設けた庵に住んで近所の子供達と、日暮れまで遊んだと言う事です。
私達にはなかなか到達出来そうに無い境地ですが、『災い転じて福と為す』とも言いますように、
自分に発生した事をそのまま受け容れて、避けよう逃れようとせずに対処すれば良いのかも知れません。
『病気になる事は仕方無いとしても、病気に悩む事は止めましょう』と言う事を聞いた事があります。
また病気は天からのお手紙と思って有り難く受け取ってしまえば、病気と仲良く出来て却って治りも早いかも知れません。
http://www.plinst.jp/musouan/26.html
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