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なぜエスペラントは普及しないのか?

263松戸彩苑:2008/10/11(土) 12:25:21
>>262 の続き)

ところで最初の引用文中で、田中氏が「言語学者がエスペラントを支持しない理由」につい
て述べておられましたけれども、この本のなかには以下のような記述もあるんですね。

  【田中】そうそう、インテルリングア。ぼくは鈴木さんのイングリックと非常に近いと思って
  いるんだけれども、ただ、イングリックは自然発生的にできる。エスペラントは計画的に
  つくる。だから言語学者がどうしても反感を持ってしまう。ぼくも、歴史的に発展しない言
  語は言語じゃないという考え方を数年前まで持っていたんですよ。(中略)

  一九世紀がつくった言語学のタブーに口を封じられている状態ではよくない。言語学と
  いうのは、いろいろなタブーを置くでしょう。ソシュールのように歴史を考慮してはいけな
  いとか、ブルームフィールドのように意味を考えてはいけないとかいったタブーを置くこと
  によって言語学が成り立っているようなところがある。そのタブーを基準にしてほかの言
  語を判断してはいけないと、ぼくはいま少し悔い改めているんですよ。

  (同書108〜109ページ)

また私の考えでは「言語学者がエスペラントを支持しない理由」として、このほかに、次のよ
うなものがあると思うんですね。

(1) 言語学者というのは「言語を学問的に扱う」という事をきっちりと身につけた人たちで
    ある。
    で、この「言語を学問的に扱う」という事のなかには「実際に使われている、ありのま
    まの言語のありようを、そのまま正確に記述する」といったことが含まれている。
    これは逆に言えば「現実の言葉のありようを無視して、勝手に作ってはいけない」と
    いう事である。

    つまり、言語学というのは、本質的に「作る」という発想が欠けてると思うんですね。
    「整理する」というのはあるんですが、「何にも無いところから作る」ということは絶対
    にやらない学問なんですね。

    こういうことを骨の髄まで身につけた人たちから見ると、シロウトが勝手に作っている
    ようにしか見えないエスペラントみたいなものは、どうしても「安易」「いい加減」に見
    えてしまうのではないでしょうか。

    判りやすく言うと「子供の暗号遊び」みたいなものではないかと思ってしまうということ
    です。

(2) 「エスペラントを日常的に話す社会」というものが存在したことが無い。

    考えてみれば、現代ヘブライ語にしても、トク・ピシンにしても、この言葉を日常的に話
    す社会があったから、数百万人もの母語話者を獲得することが出来たのだが、エスペ
    ラントの場合は、現在にいたるまで、そういうものが存在しない。

    だからエスペラントというのは、現代社会においてラテン語やサンスクリット語などを
    流暢に話せる人たちのようなもの(つまり個人的な趣味)にしか見えないのだろう。

    また、エスペラントには、モノリンガルのネイティブ・スピーカーが存在しない(現在にお
    いても過去においても)ので、他の言語の影響を受けてばかりいて「独立した言語」で
    はないように見える。

(3) 単純に「エスペラントは広まっていない」「成功しているようには見えない」から、関わ
    りをもつ気になれない。
    成功すれば、当然、関わっても良い。

    これまでにも言語学者がエスペラントに言及したことがあったんですが、調べてみると、
    好意的な意見の多くは、エスペラントが盛んだった1920〜30年代か1950〜60年
    代のものなんですね。

    こういう事実を知って、私は「言語学者というのも、ずいぶん現金なものだ」と思いまし
    た。

こういった事があって、言語学者はエスペラントに関わろうとしないのだろうと思いました。

結局、残念なことなんですが、「現在の正統的な言語学を身につけてしまうと、エスペラント
みたいなものを素直に受け入れることが不可能になる」ということがあるみたいですね。


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