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エスペラント改造論

1やぱーの@管理人:2006/10/12(木) 17:46:51

申し訳ありません。すでに、このスレを立てたのですが、タイトルが「敢えて...」でした。
管理人初心者でしたので、お許しください。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7882/1158318733/l50
改造論のスレを立てます。アルファングル以外は、こちらでどうぞ。

263松戸彩苑:2008/06/06(金) 03:29:17
今回はいつもと違って、かなり長めの文章を掲載します。
---

「1905年に Fundamento de Esperanto が採択され、これによってエスペラントの改造が
禁止された」

このような解釈が現在にいたるまで「エスペラント界の常識」になってるわけですが、しか
し、この解釈ではどうにも説明できない事があるんですね。

それは、ザメンホフの著作や、いとうかんじ氏のザメンホフ研究書を読んだことのある人で
あれば「ザメンホフ自身が1905年以降にエスペラントの改造案を何度も発表している」と
いう事実をご存じだと思いますが、この理由がまったく説明できないわけです。

このうち、1906年1月18日づけで Javal に送った改造案(pvz 06-13)と、同年11月22
日づけで Boirac に送った改造案(06-115)については、「Javal に気に入られるようにと
考えて送ったものだ」という説があります。

また、1907年12月20日づけの改造案(07-133)にしても、「Ido の支持者に少し妥協し
て、騒動を収めるためにしたことだ」という解釈があります。

しかし、1909年1月5日づけで言語委員会に送った改造案(09-05)や、1915年に執筆
されたと推測されている「Porĉiama revizio de Esperanto」(15-11)については、どのように
解釈したら良いのでしょうか。
---

結論から言ってしまえば、Fundamento de Esperanto の序文には「変更」はいけないが
「改良」は出来る、と書いてあるんですね。

こんなことを言われても、どういう意味だか判らないだろうと思いますが、Fundamento de
Esperanto の後ろのほうに、こんなふうに書いてあるんですね。

  「たとえ明らかな誤りがあったとしても、我われの言語の基礎にはぜったいに手を触れ
  てはならない」と、私は述べた。こう言うと、我われの言語はきわめて硬直的で、発展
  の余地がないと思う人もいることだろう。……とんでもない。基礎は厳重に不可侵であ
  るが、たえず内容を充実させるだけでなく、たえず改良し完成へ向かう可能性がじゅう
  ぶんあるのだ。

  (水野義明(編訳)『国際共通語の思想』153ページ)

これだけを読みますと「たしかに改良と書いてあるが、これは新語根の導入のことなんじゃ
ないか」と思われるかもしれません。
たしかに新語根の導入も「改良」の一方法ではあるんですが、しかし先に引用した箇所の
すこし後に、こんなふうに書いてあります。

  二、「我われの言語のうちある種の単語や規則があまりに不都合だ」と、権威ある中央
  機関が認めた場合は、それをただちに取り除いたり変えたりしないで、新しい語形を提
  案し、古い語形と並行して用いるように勧告すればよい。時間とともに新しい語形は古い
  語形を徐々に排除し、古い語形は死語となるだろう。あらゆる自然言語でも起こってい
  ることだ。ただし、こういう古語は、もともと『エスペラントの基礎』の一部となっているの
  で、まったく捨て去られることはなく、新しい語形と並んで学習書や辞書に掲載される。
  このようにすれば、言語がもっとも完成した段階でも、エスペラントの統一が損なわれる
  ことはなく、最初期のエスペラント作品といえども後世の人びとによってその価値を失わ
  ず、よく理解されると、確信してもよい。

  (同書154〜155ページ)

この引用文のなかで注目すべきなのは

  ただし、こういう古語は、もともと『エスペラントの基礎』の一部となっているので

という部分です。

これは要するに「Fundamento de Esperanto の一部分であるところの Universala Vortaro
に含まれている語根であっても、これに代わる新しい語形を提案することが出来る」ってこ
となんですね。

そのように解釈しないと、この部分がまったく理解できないわけです。
ですから、そのように解釈すべきだと私は思います。

264松戸彩苑:2008/06/06(金) 03:32:00
>>263 の続き)

しかし当然のことながら、このように言っても、まだ疑問は残るわけですね。
「じゃあ、Fundamento de Esperanto の前半部分でエスペラントの改造をさんざん批判して
たのは何なんだよ?」という問いが当然出てくることと思います。

先の引用文のなかには

  「我われの言語のうちある種の単語や規則があまりに不都合だ」と、権威ある中央機関
  が認めた場合は、それをただちに取り除いたり変えたりしないで、新しい語形を提案し、
  古い語形と並行して用いるように勧告すればよい。

と書いてありましたが、ザメンホフが批判していたのは、この

  不都合な単語や規則があった場合に「ただちに取り除いたり変えたりする」

ことなんですね。
これが彼の言う「改造」「破壊」「変更」であり、絶対にやってはいけない事なのです。
逆に、彼が勧めていたのは

  不都合な単語や規則があった場合には

  (1) 権威ある中央機関が、新しい語形を提案し、古い語形と並行して用いるように勧
      告する。

  (2) 時間とともに新しい語形は古い語形を徐々に排除し、古い語形は死語となる。

  (3) ただし古い語形は、新しい語形と並んで学習書や辞書に収録しなければならない。

という方法だったわけです。

つまり、ザメンホフは「手続き」にこだわってたってだけなんですね。
後者のちゃんとした手続きさえ踏めば、たとえ Universala Vortaro に含まれている語根で
あっても、それに代わる新しい語形を提案することが出来るが、前者のようなやりかたは
絶対にダメなんだということを言ってただけだと私は解釈しております。
---

これまでの話を判りやすく具体的に言えば、語根Aがあるのだが、なんらかの理由で都合
が悪いので語根Bを提案するというのは良いんですが、この時にいきなり「これからは語
根Bを使うから、語根Aを使うことは一切まかりならん」と言ってしまって、さらには辞書から
も語根Aの記述を削除してしまう、みたいなことをすると混乱するのでダメなわけです。

だから「語根Bを使いましょう」と勧告しつつ、しばらくのあいだ「試用期間」を設けて、両方
を併用しようって事なんですね。
語根Bがエスペラント界全体に広まるのに多少時間がかかるということの他に、しばらく使
ってるうちに、語根Bのほうに不都合な点が見つかるかもしれないわけですから、併用す
る期間も必要だろうと考えたのでしょう。

で、語根Bをしばらく使ってみて「やっぱり語根Bのほうが良いな」という事がみんなに判れ
ば、語根Aのほうが使われなくなって死語になっていくわけです。

しかし、辞書から語根Aの項目が無くなってしまいますと、語根Bしか知らない人たちには
理解することが出来なくなりますので、「かつて語根Aというのが使われていた」という情報
をちゃんと残しておいてくださいよ、とザメンホフは言ったわけなんですね。

で、こういうふうにするのであれば、Universala Vortaro に含まれている語根であっても、
別の語形を提案することが出来るということなんですね。
---

しかし、ここまで論じても、まだまだ疑問は無くならないのが当然だと思います。

たとえば『Lingvaj respondoj』の54(pvz 04-50)には「ŝipo という語根がすでにあるから、
ŝipo の代わりに navo などという語根を提案してはいけない」と書いてたではないか、と
おっしゃる方がおられるかもしれませんね。

しかし、この文を注意ぶかく読んでみると判るのですが「ŝipo という語が《気に入らない》
という理由で navo を提案するのはダメ」ということなんですね。

ですから、もっとマトモな理由があって、そして先述の正しい手続きにしたがうのであれば、
ŝipo の代わりに navo を導入しても構わないはずなんですね。

265松戸彩苑:2008/06/06(金) 03:36:26
>>264 の続き)

これだけ説明すれば、ザメンホフが1905年以降に改造案を何度も送ったことも不思議で
はないという事になるのではないでしょうか。

先の引用文のなかに「権威ある中央機関」というのが出てきましたが、1905年に言語委
員会(Lingva Komitato)が発足してるんですね。

これが彼の言う「権威ある中央機関」ですので、ザメンホフは1905年以降、言語委員会
に対して改造案を送ったということなんですね。

このように考えていけば、ザメンホフの言動と行動にはなんら矛盾が無いということになる
はずです。

そもそもザメンホフは、1887年に発表した時点で「エスペラントは将来、改造しなければな
らない」と考えていたわけです。

それは1887年に出版した『国際語』(『第一書』)のなかに「改造すべき点について教えて
ほしい」と書いていたことでも判るんですが、私の推測では、それだけではないんですね。

原エスペラント(pra-Esperanto)というのがありますが、あれを見ますと、民族語から単語を
採用しているんですが、かなり単語を短くしてるんですね。

一方、1887年に発表した現在のエスペラントは、欧州各国語から単語を採用しています
が、名詞・動詞・形容詞などについては、ほとんど元の語形のままなんですね。

私はこれを見て

  ザメンホフは最初「発音しやすい人工語を作ろう」と努力していたが、しかしそのために
  単語を短くすると、発音は容易になるが、憶えるのがかえって困難になるということに
  気がついた。

  これでは「学習しやすい人工語」ではなくなってしまう。

  この時にザメンホフは「ラテン語が変化して、ロマンス諸語ができていった」ということを
  思い出したのではないでしょうか。
  そして、それを思い出したとき「最初っから発音しやすい言葉をつくる必要は無いんだな」
  と考えたはずです。

  「少々発音は困難になるかもしれないが、最初は、民族語で使われている単語をその
  まま採用することにしよう。そのほうが学習も容易なので、話者が増えやすいだろうし」
  「で、あとで徐々に、みんなの意見も参考にして、より発音しやすく改良していこう」と考
  えたのではないでしょうか。

  このように方針を大転換して、単語をほとんど元の語形のままで採用することにして出
  来たのがエスペラントだった。

という事なのではないかと想像したのですが、このように考えていたのであれば、1905年
以降に改造案を何度も提出したのも当然だと思うんですね。
---

これで納得していただけたのではないかと思うんですが、しかしそうしますと「どうして Fun-
damento de Esperanto は判りにくいのか」という点が不思議に思えてきます。

これはまったくの推測なんですが、ザメンホフは「わざと判りにくく書いた」のではないでしょ
うか。

ザメンホフとしては、本気で改造案を提案しようと思っていて、そのために1905年に言語
委員会も発足させたわけですが、しかしその少し前からテオフィル・カールという人物に、
ザメンホフが導入した新語根を批判されてたんですね。

このカールは新語根にさえ猛反対するくらいですから、改造案なんかに賛成するわけが絶
対に無いわけです。

しかし改造案を出さなければエスペラントは発展していかないと考えているザメンホフは、
なんとしてでも「正しい手順をとりさえすれば、改造は可能である」ということを訴える必要
があったわけです。

またザメンホフにしても「安易な改造」については禁止しておきたかったわけです。

そういう事情があったので、Fundamento de Esperanto は判りにくく書かれざるを得なかっ
たのだと私は思います。

266松戸彩苑:2008/06/06(金) 03:37:57
>>265 の続き)

Fundamento de Esperanto の前半部分を読みますと「かなり極端なことを言ってるなぁ」と
いう印象を受けます。

「絶対不可侵」を謳うのはまだ判るのですが、しかし Universala Vortaro の民族語訳に誤
りが多いことを承知のうえで、しかしなおかつ「絶対不可侵だから直さない」などと言ってる
のには、ちょっと付いていけないって感じがしますね。

これは、カールのような人物を安心させるために、わざと極端に書いているのではないか
とさえ私には思えたのですが、みなさんはどう思われますでしょうか。

そして、前半部分で不自然なほどに「絶対不可侵」を謳っておいてさんざん目くらましをした
あとで、先に引用した「しかし改良は可能だ」というのをこっそり持ち出すんですね。

そして、この部分の解釈は、先に述べたとおりなんですが、よくよく注意ぶかく読まないと
絶対に誤解するように書いてあったわけです。

ザメンホフもだますつもりは無かったのかもしれませんが、正面から理論的に説明しても、
納得してはくれないだろうなぁと考えて、こんな判りにくい書き方をしたのではないでしょう
かね。
---

で、何はともあれ Fundamento de Esperanto が採択され、言語委員会も発足したので、
ザメンホフは(一個人の資格で)言語委員会に何度も改造案を送ったのですが、当然の
ことながら理解されなかったわけです。

Fundamento de Esperanto をふつうに読めば「基礎的な語根は絶対に改造できない」とし
か読めないわけですから、当然なんですね。
ザメンホフは、カールのような人物を煙にまくために極端なまでに絶対不可侵を強調した
のですが、それが裏目に出てしまったのだと私は思います。

もっとも、ザメンホフの言わんとしたことを理解した人もいたのかもしれません。
たとえば言語委員会の委員長になった Boirac という人は哲学の先生だったそうですから、
たぶん Fundamento de Esperanto の序文のほんとうの意味を理解できたんじゃないかと
私は勝手に想像してるんですが、しかし彼は、理解はしたが、拒否したのではないかと思い
ますね。

ということでザメンホフは、自分の改造案が受け入れられないまま亡くなりました。
そして、これまで「ザメンホフが1905年以降に、改造案を何度も出していた」という事実が
謎とされてきたわけです。
(もっとも、大部分のエスペランティストは、こんな歴史的事実さえ、まったく知らないのでし
ょうが)

私は10年ほど前に、この謎を解明するために3巻ものの pvz を買いまして、重要な文章を
読んで、あれこれ考えて、これまでに述べたようなことを思いついたわけです。
100%正しいかどうかは判りませんが、しかしかなりの程度ツジツマが合っているのでは
ないかと自負しております。

私はこれまで、このスレにおいて「場合によっては Universala Vortaro に含まれているよ
うな語根についても、新しい語形を提案しても良いのではないか」と論じてきましたが、この
ような大胆なことを自信をもって主張することが出来たのは、ここに書いてきたようなことを
考えていたからです。

今まで「松戸彩苑は Fundamento de Esperanto の不可侵性を無視するつもりなのか」とい
ぶかっておられた方も少なくないと思いますが、これで(それなりに)納得していただけたの
ではないかと思います。

今後、やる気と時間があれば、ザメンホフが提案した新語根について詳しく見ていくような
文章を書くつもりです。

(終わり)


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