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■■神道とキリスト教のつながりについて

53名無しのひつじさん:2007/04/25(水) 16:32:52 ID:lRpwgqoI
アイヌの系統と、日本列島北方の人達は、たしかに、アメリカ大陸に移住
した人々と非常に近い関係にあることは事実なんだが、そのアメリカ大陸
の人々の多くも、Y染色体ではCとかが多くて、これはアフリカから東南
アジア経由、日本列島(およびシベリア)からアメリカに入るってことだ。
もちろん、アメリカ大陸にいった人の中には、mtDNAのXとか、ヨーロッパ
系と関連する系統もいるが、日本人の中では、Xは発見されていない。
で、20世紀末ごろの日本人の研究者の文献の中には、縄文人骨のmtDNA
が、ヨーロッパ型だったとかいう話があるが、その当時はハプログループ
の定義もあいまいだし、全長配列での解析はしてない。
前にも書いたように、それで大間違いしたのが、中国山東半島の白人
系って話だったけど、全長配列解析したら、結局mtDNAのM型の亜種で、
東南アジアから北上した人達だったことが判明したりしている。
研究の日付が20世紀中で、著者が国立遺伝学研究所とかの系統だと、
宝来先生とか斉藤先生のもふくめて、ちょっといまではまったく通用しない内容になっている。

ヨーロッパ人の中にも、たしかに中央アジア系がいて、その中には、
東にいたって日本や中国までいたった人々と共通祖先だったこともあり、
それもはっきりわかっているが、(こと氷河時代末までの2万年前ごろ
までの話だと)日本列島は、北から南まで、どっぷり東南アジア系の
人々であるといえる。で、その一部がアメリカ大陸までわたったわけだ。

なお、もう少し加えると、こういう初期にアフリカから出た人々の子孫
は、2万年前ごろまで、形質的にはかなり古い特徴をもっている。
いわゆる北方系ののっぺり顔なんていなくて、髪の毛もたぶんちじれて
いて、肌もかなり黒い。このあたりは、日本の旧石器時代の人骨の特徴
でもあるし、さらには中国での旧石器時代の人骨の特徴でもある。
世界的にみて、現代人の地域ごとのいろいろな顔の特徴、肌の色などは、
ここ1万年か1万5先年ぐらいで形成されたもので、ヨーロッパ人も、
この時代、現代のヨーロッパ人と同じ顔をしていたとは思えない。

54名無しのひつじさん:2007/04/25(水) 16:33:53 ID:lRpwgqoI
クロマニョン人一般も、骨だけからはアフリカ人と区別が付かないという。
だから、ドイツ発見のグリマルディ人が黒人の祖先とかいわれて
いるわけだ。まあ、北方東洋人ののっぺり顔が世界ではもっとも先鋭
的な顔であることも事実だわな。
あと、アフリカの黒人も黒くなったのは、ここ1万年かそこらだ。
もっと古い民族であるブッシュマンはかなり色が薄い。

最近チェックいれているけれど、国立遺伝研関係とかのページの内容が
ほとんど更新されていない。20世紀のままになっていてまったくこま
ったものだよね。日本人の研究者がこのあたりでまったくもって研究
を発表していないんじゃないかって思うくらいだ。
以下のページが、日本人の書いたものだけど、読んでみてくれ。
全部は訳せないしな。
http://www.genome.org/cgi/reprint/14/10a/1832.pdf
これは、かなり網羅的な研究で、弥生時代以降のものと、それ以前では
まるっきり違う系統のようで、古い層は、南方系(mtDNAのMとかNとかの
系統)が多いということが書かれているぞ。ただ、非常に複雑なので、
簡単ではないが、とも書かれているな。まあ、読んでみてくれ。

>アルタイ方面から移動して朝鮮・日本や中国・東南アジアに分裂した
>可能性だってある訳だろ。
ない。理由は簡単だ。日本にやってきた東南アジア系
(もちろん、アフリカ、アラビア、インドを経てってことだが)の子孫が、
断続的にきっちりと、アフリカ、アラビア、インド、スリランカ、
東南アジアに分布している。それと、関連する人々が、
オーストラリアまで移住していることもある。
逆に、アルタイ方面にその当時いたのは、それこそ、アメリカ大陸まで
移住していったmtDNAのハプログループXの人々だが、この系統は、日本
列島にも入って来てない。

55名無しのひつじさん:2007/04/25(水) 16:52:01 ID:lRpwgqoI
数万年前の人々の移動が現在まで痕跡が残っているっていうのは不思議
に思うかもしれないが、現実には、いろいろな分析法によって、くっき
りと遺伝子密度の勾配が見えるんだよ。

とくに、日本にアフリカ、アラビア、インドを経てやってきた東南アジア系の人々の系統が
アンダマン諸島とかと関係があるとなると、
考古学的にも孤立した人々の話で、かなり信憑性が出てくる。
遺伝子勾配も、数珠状につらなるアフリカからの流れも、ひとつひとつ
はそれだけだと、根拠はうすいんだが、相互に相補的に証拠としてでて
くるので、よほどのすごい発見がないかぎり、崩れない結論だ。
だから、ない!ときっぱりいえる。

日本に水田技術を伝えた人たちの移動ルートは
稲のDNA追跡から、判明している。

江蘇、浙江、福建→日本西南部→朝鮮半島の順。

稲と共にどれだけの人が渡ってきたのかはまだ不明。
日本への陸稲 8千年前に伝来
日本への水稲 3千年前に伝来

http://www.athome.co.jp/academy/genetic/gen04.html

下戸の遺伝子(世界分布図)
何千年前に移動したのかがわからない

1)日本列島に「東南アジア方面から」「旧石器人」がやってきたのは、
「3万年以上」前のこと。
この人々が、基本的に縄文時代の日本人のベースとなっている。だから、
アイヌや、琉球の系統にこの「原日本人」の系統が多いってことだ。

56名無しのひつじさん:2007/04/25(水) 16:55:07 ID:lRpwgqoI
2)日本列島から、中国北部やアメリカ大陸に向けて人口の拡散がおこって
いて、その時期は、2万年前から1万5千年前。これは日本列島とその
近隣(朝鮮半島も含む)からの「拡散」であって、日本列島への流入ではない。

3)弥生時代の始まりとともに、あきらかに大陸から日本列島に稲作文化を
ともなった大陸人の移動があったが、これは、紀元前1000年ごろである。
朝鮮半島経由か、中国南方からかはわからないが、系統は中国南方の系統だとされる。

年代をしっかり整理してくれよ。3万年前、2万年前。そして3千年前だ。

シュメール学の権威であるS・N・クレーマーによれば、
「ついこの間まで、プレアデス星団を指すシュメール語ムル・ムルと、この星々を
表す日本語「スバル」との間に、何か歴史的な、あるいは文化的なつながりを想定
するなど、だれにも夢想だにできないことだった。それが優れたオリエント学者
ロイ・ミラーが、権威あるアメリカ・オリエント学会の会長講演をもとに加筆し
“スバルの跡をたどれば、本当にシュメールの昔にまで行き着く”ことを論証した
のである」という内容の論文だった。

>>「スバル」=古事記、日本書紀、では「すまる、統る」とも記す。ちなみに
沖縄方言でムルブシ(星)八重山方言でムルカ星と言う。「スバル」星は「東」
の方角を指す道標。天皇(スメラミコト)も東に輝く「スバル」のミコトでは?

57名無しのひつじさん:2007/04/25(水) 17:00:26 ID:lRpwgqoI
福岡県珍敷塚古墳壁画 6世紀後半(西暦550年以降)黄泉の国と、黄泉の国へ
向かうための船 http://cyber.infoware-d.jp/kikaku/pictures/uzu02006.png
http://www.bekkoame.ne.jp/~gensei/ten/boat2.gif

エジプトのピラミッドの壁画、死後の世界へ旅立つ太陽の船とホルス神。
http://www.bekkoame.ne.jp/~gensei/ten/boat1.gif
ホルス神はエジプト神話のオシリスとイシスの子。ホルスはギリシア語。
ハヤブサの頭をした男、あるいは女神イシスの膝に乗った幼児。これはキリスト教
の聖母子像の原型とされる。

両者が全く関係ないというほうが無理がある。珍敷塚壁画を描いた人々は、
どうしてエジプトの太陽の船とホルス神の構図を知っていたのか

58名無しのひつじさん:2007/04/26(木) 02:52:02 ID:sigf5wuI
良スレあげ

59名無しのひつじさん:2007/04/26(木) 13:39:24 ID:l6VTH9BU
★DE*YAP+遺伝子から見た(下の方)、中東→中央アジア→日本、日本人のルーツ
 http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=80022
★タジク人(上のアイヌ人にそっくり)
 http://www.travel-images.com/view.shtml?tajikistan5.jpg
★サマルカンドで会った、沖縄のお婆親子です
 http://homepage2.nifty.com/hashim/smile/samarqand02

http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/81000/20070415117662333055430800.jpg
                 ↑
YAP変異(挿入)はアフリカと中東と日本だけみたいね。
日本人男性の42〜43%が保有。問題は多形が何時生じたかだね。
日本のYAP+変異は中東・アフリカと相似なのかな?

「YAPハプロタイプの5種類すべてと27種類のコンビネーションハプロタイプのうち21種類は、
アフリカの人類集団で観察され、他の地理 的な場所に由来する集団に比べて、
より大きなハプロタイプの多様性をもっていた。
5種類のハプロタイプの特定の組合せ(サブセット)のみがアフリカ以外の集団では観察された。
今回観察された地球規模でのY染色体DNA変異のパターンは、
現代人の複数回に渡る脱アフリカと地域拡散の仮説を支持するものである。」

新しい出エジプト集団の多形が古い変異を持つ集団の分布に上書きしていったと考えれば、
日本人の持つYAP+は初期の「出エジプト」集団に起源を持つということになる…?

ヨセフは、エジプトの祭司ポティ・フェラの娘アセナテと結婚してエフライムとマナセが生まれた。(創41:50) 
(*当時のエジプトにはまだアレクサンダー遠征によるギリシャ人の血が入っていない) 
          ↓
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00000dna6.htm
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00000dna5.htm

60聖書と日本:2007/05/02(水) 03:00:14 ID:???
http://www.geocities.com/heartland/lane/7662/nihon/nihon00.htm

61■ユダヤ人の知性の秘密は「生後8日目」の割礼儀式:2007/05/11(金) 16:07:04 ID:taPIsFPg
■ユダヤ人の知性の秘密は「生後8日目」の割礼儀式

また、別の明治天皇の孫と自称する女性ジャーナリストによると、
皇室では、ユダヤ教と同様の割礼の習慣があるという。

明治天皇の孫と自称する女性とは、中丸薫。
私は立ち読み程度なので覚えていないが、
『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ』の中に、
「皇室の皇子は割礼をうけている」という記述がある。

明治維新にユダヤ人の影が見え隠れするといえば、
そればかりではない。
私の祖父に当たる明治天皇自身もある時期、
先のフルベッキ牧師のもとに三条実臣を遣わせている。
明治天皇は、旧約聖書と新約聖書をずいぶんよく学んだといわれる。
また史実を見ただけでも、維新以降、
皇室の中にはさまざまな形でユダヤ的なるものが入っていると
感じざるを得ない。
その一つが、天皇家の皇子たちがみな「割礼」をうけているという
事実である。
明治天皇以降、大正天皇、昭和天皇など、皇室の皇子は
すべて割礼を受けている。
もちろん、私の父・堀川辰吉朗も例外ではない。

http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1335738

62名無しのひつじさん:2007/05/11(金) 17:03:15 ID:Pd5XCxPE
ブッシュの背後にはネオコンのユダヤ人が居て資金援助をしてくれて選挙を戦えた
という。

日本でも同様の動きがあるのだろうか?

63名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 12:17:22 ID:/GTeHdBk
か〜ごめかごめ・か〜ごのな〜かのと〜りいわ・いついつでや〜る
よあけのばんに・つ〜るとか〜めがすべった・うしろのしょうめんだ〜れ

神護目神護目・几の中の鳥「鳳凰」日の鳥は・いついつ出や〜る
夜明けの晩に・鶴「天」と亀「地」が統一べった・「後ろの正面」だ〜れ?

天皇・皇族はそれを受け入れるか?
日本国民はそれを受け入れるか?
イスラエルは何を言い出すか? 世界の反応は?

ロスチャイルド家が動く
      ↓
ロスチャイルド家だけじゃないよ
1、南アフリカのデビアス社総帥(ドイツ系ユダヤ人)オッペンハイマー家、
  親日家で自宅に巨大な日本庭園を5年かけ作ってる。京都がお気に入り
2、ロイヤルダッチ・シェル社創業者マーカス・サミュエル
  日本の湘南海岸でアサリ拾いが始まりで後「貝」シェルをトレードマークとする。

天皇家=ユダヤの王家 イスラエルの正当な後継者
朝鮮=通り道。百済と新羅は通り道の残りカス

まず、天皇家がユダヤだってどうやって証明すんだろ?
陳舜臣が言うには、中国からシナゴーグの跡が発見されてるから、中国までユダヤ人が来てたことは確かだろうが、
民族としての足取りが資料から掴めず、漢族の中にに溶けこんでしまったんじゃないかと推測している。
ユダヤ人の要素としては、遺伝的血統よりもユダヤ教に対する信仰やヘブライ語を母語とする事が重要だと思うが、
日本文化の中心にいた天皇がユダヤ人なら、日本語や祭祀の中に目に見える形で多くの痕跡があるはずなんだがね。

64名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 12:18:23 ID:/GTeHdBk
マルコ・ポーロやキリスト教宣教師や回教徒の旅行家の記録によると、
まちがいなく唐代以降、中国各地に大きなユダヤ人集団が存在していた。
回教徒は海のシルクロードを使ってアラビア圏と中国の間で交易を盛んに
していたわけだから、それに便乗して中国にやってきていたユダヤ人が
日本にまで交易品を求めてやってきていたとしてもおかしくないわな。
ただ、それはあくまで唐代以降の話で、天皇のルーツがどうのこうの
っていうのは、ぶっ飛び過ぎなんじゃないの?あの中国国内ですら、
唐代以前にユダヤ人がやってきていた証拠はほとんど皆無なんだしさ。

必ずしも、 古代朝鮮人 = 現代朝鮮人  でないね。
必ずしも、 中国の歴史 = 漢民族の歴史 でないようにね。

仁徳天皇稜の石棺の中央に書かれてる文字はなんだろ。
ググると出てくるけど。漢字には見えないし。

四国に栗枝渡(クリスト)神社という神社がある。このちかくには鶴亀山(現在、剣山)があり、
ノアの箱船で有名な7月17日に毎年恒例の儀式を行う。
このクリスト神社にはなぜか鳥居は無く、天皇家の菊の御紋がたくさん印されている。

ザビエル以前にキリスト今日の文化が伝わっていたと見るほうが自然なんだろう。
ググってみたが、鶴亀山の信仰がかなり古く、古代ユダヤと酷似しているらしい。

古代の中東近辺の民族が日本人の祖先にいることは間違い無いみたいだね。
中国や朝鮮を渡り、日本に行き着いたか、シルクロードもそのルートの一つか・・・?

シルクロードの終着点、正倉院にはヘブライ語が記された剣やらいろいろ残っているしね。
そもそも、秦氏の「秦」という字は中国では「ペルシャ」を指すから、
ユダヤ人がペルシャで囚われた歴史を考慮するとつながるね。

いろいろ考え方はあるけど、日本国と古代ユダヤのつながりは非常に大きいっていうのが現在の学者の通説。

65名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 12:42:50 ID:/GTeHdBk
三井財閥の三井は秦氏だということを知らないだろう。
応神天皇の頃の渡来人秦氏はキリスト教の一派である景教徒の可能性が高い。
秦氏と日本の神社には大きな関係がある。
http://www.harimaya.com/o_kamon1/syake/kinki/s_matuo.html

全国に多胡っていう地名あるでしょ、
そこは古墳時代からの西域人(西アジア人)居住地。有名なのは群馬県吉井町多胡、
ここには羊太夫という西域人が帰化し豪族となって地域を治めていた。
全国で多胡はほとんど旧名になってしまっているが千葉県の成田空港のお膝元には多古町がある。

マジレスすると、
ユダヤ人と日本人がある特定の共通の母系遺伝子病を保持している事は完全に証明されているよ?
この場合、韓国人と中国人にはこの母系遺伝子病を保持する者が1人もいなかったのに対し、
ネイティブ沖縄人の場合、地域差があるが40%〜70%
日本人の場合でも地域差があるが5%〜30%
他の遺伝子解析の話でよければ
長崎と沖縄だけ日本人より中国人に近い遺伝子もあるし、あえて地域名は出さないが、
日本人というより朝鮮人に遺伝的に近い地域が2ヶ所、
東北は半島から来た渡来系とは別系統の北方ツングース遺伝子高頻度である一方、
あきらかにコーカソイドの遺伝子も入っているし。
こんだけいろんな遺伝子の入った日本人とユダヤ人が同祖とは普通思わないでしょ
ただし、ユダヤと朝鮮人で共通の遺伝子は見つかっていない。

ユダヤ人といっても混血が多いかんね。ユダヤが母系社会って書いてあった事で少し解決した。
母系遺伝病だから父親が別人種でも母親が、
この母系遺伝病の遺伝子を持っていたら、100%遺伝する。それから
俺の言ったユダヤ人とは、イスラエルに住むユダヤ人と東欧(旧ソビエト)
と中欧(ドイツ)などに住むユダヤ人の話。
アメリカとか中国に住むユダヤ人の遺伝病解析の論文は探したらあるんだろうけど、
読んだ事ないから知らない。

66名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 13:01:15 ID:/GTeHdBk
東シナ海油田で石油や天然ガスの違法採掘(ある意味日本への嫌がらせだが)をし
近年NYよりも凄いビル郡を中国各都市に立ててるのも中国のサッスーン財閥
実はこれはユダヤ財閥

ロックフェラー、ロスチャイルド,モルガンなどのスファラディユダヤ財閥繋がりとでもいうべきかな
サッスーンはこれらと血縁関係を結んでるらしい
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe100.html#02
サッスーンについてはここを読むとわかる

★レモンバーム(メリッサ)
この植物は、ギリシャ神話ではゼウスに蜂蜜を与えた半神半人のメリッサという女性を象徴する花と言われていますが、
この植物を象徴する最も有名な伝説は「さまよえるユダヤ人」の話でしょう。
ある年の精霊降誕祭の日の話です。
最後の審判の日まで放浪する運命を背負ったとされるユダヤ人の一人が喉の渇きに苦しみながらさまよっていたそうです。
そのユダヤ人が、ある貧しい農家でビールを1杯飲ませて欲しいと頼んだところ、
自分達でさえ滅多に飲まないビールを快く飲ませてくれました。 そのころビールは贅沢品で、
そのユダヤ人も他の家では「お前にやるようなビールは無い」と何度も断られていたのです。
その1杯のビールを飲むと、のどの渇きはたちまち癒され元気が出てきたので、
ユダヤ人は礼を言ってその家を立ち去ろうとしました。
ところが、礼を言おうと家人の顔を見るとその家の主の顔色が非常に悪い事に気がつきました。
事情を尋ねてみると、主人は悪い病気で、回復の見込みも無いといわれたのだということです。
それを聞いたユダヤ人はビールの礼に次のように言い残し、農家をあとにしました。
「ビールの壷にメリッサの葉を3枚入れ、出来るだけ毎日飲みなさい。
そして4日毎にその葉を新しい物に取り替えなさい。
そうすれば10日と2日すれば、身体の具合が良くなるでしょう」
家人は不思議に思いながらも、放っておいても病気は回復しないのだからと、
ユダヤ人の言うとおり毎日メリッサの葉を入れたビールを飲みました。
すると、12日後本当に病気は回復し、主人の顔色も良くなったということです。

あるHPから転載。

67名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 13:16:53 ID:/GTeHdBk
客家(ハッカ)とは、中国に存在する数々の民族・部族の中で
漢民族の下位集団とされて来た存在であり、その名は字の通り「客人」「他所者」を意味する。
中国南部や四川省、広東省に住む部族であり、他とは異なる特有の言語を持つ事で
世界人類史の研究者に認知されている人々だ。
また、周囲の民族とは異なる文化の下で、一般に外部と離れた場所で
生活して来た歴史を持つ為に、他の民族や部族との軋轢もかなり多く、更に過去から
コミュニティを保つ為の防衛手段の一環として、「土楼」と呼ばれる
外部からの襲撃を防ぐ役割を持つ造りの集合住宅を建造して生活しているという
他に類を見ない建築文化を築き揚げている。(現在でもこの土楼は福建省や湖南省で見られる)
歴史的な面では他からの偏見や差別、村八分に遭いながらもそういった迫害に屈しない
精神力・忍耐力と知恵を代々から受け継き続けている存在とされているが、日本人と同じく
かなりの働き者であり、頭の回り方も目を見張る程速い上、行動や観念・概念が
ユダヤ人と似通うといった特徴を持つので「東洋のユダヤ人」の別称を持つ。
(一説では、この部族がユダヤ人の血を引く中国人と言われている)

華人社会での認知度は実に少数だが、それとは逆に華人社会を完全に
前後上下左右隙間無く押えてしまっている為、とてつもない勢力を誇っている。
中国は勿論のこと、台湾・香港・マカオやシンガポールを始めとした華人圏の国々は
客家によって支配されていると言っても過言ではない。その様子がまるで現代ユダヤ人代表の
アメリカユダヤ人そのものである為、各国のユダヤ人研究家は世界中のユダヤ人達と接点が在るのではと見ている位だ。
過去を遡れば中国はあの孫文や孫文婦人の宋慶齢、毛沢東、蒋介石婦人の宋美齢、訒小平、周恩来らが、
香港は李華誠、台湾は元総統の李登輝、タイは元首相のタクシン、シンガポールではリー・クアンユーらが代表である。
彼ら客家は、「東洋のユダヤ人」と言われる。

68名無しのひつじさん:2007/05/15(火) 14:29:26 ID:/GTeHdBk

★渡来人研究会
http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/keijiban6.htm

69名無しのひつじさん:2007/05/16(水) 15:53:38 ID:/GTeHdBk
●大和政権の発展のために働いた渡来人(渡来人研究会ttp://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/index.html)

秦氏・・・秦の始皇帝の末裔を自称していたと伝えられる。
   蘇我氏の元で、諸外国の技術・知識を調べ出すことを、当時の政権のため、
   あるいは氏族自身の朝廷での優位性をたもつために、熱心におこなっていただろうことが想像される。
   蘇我氏の仏教導入のための造寺、儀式導入など。
   養蚕から絹織物との関わりも考える説もある。
   大蔵・内蔵官人職との関わりが強く、文筆業・算術などにも長けていたものとおもわれる。
   長岡・平安遷都には、山城に拠点をもった秦氏とその土木技術が大きく影響を及ぼしている。

東漢氏・・・韓半島でもカヤ地域から河内に渡来してきた氏族。
   漢帝国に属した帯方郡から渡来したという伝承に由来して「漢」と称することとなったと考えられている。
   伝承面では東漢氏の渡来伝承には、神牛の導きに従い、中国漢末の戦乱から逃れ、朝鮮に渡ったこと、
   皆才芸に優れ重宝されたこと、さらに聖王が日本におり、このままでは滅ぼされてしまうとして、
   渡来してきたと伝えられている。 
   蘇我氏の兵士として奉仕していたが、壬申の乱では、蘇我氏を見捨てることもあった。
   その後天武天皇にそれら推古天皇以来の武力の技をとがめられている。

西漢氏・・・物部氏と結びつきが深かったとの説がある。東漢氏に準ずる形で組織が成立していったらしい。

文氏・・・王仁の後裔氏族。文筆業を主としたことから、その呼称・氏族名が生じたものと考えられている。

今来漢人・・・遅れて渡来した漢人。外交関係に従事。
   陸系先進技術を通して、王権に奉仕していったものと考えられている。
   奈良時代にはその一部は雑戸・品部として、官営工房などに配属されたようだ。

吉士集団・・・6世紀ごろに渡来した新羅系の渡来人集団。

7世紀以降の渡来人・・・百済・高句麗が滅んだときに亡命してきた、百済王氏・高麗王氏らの亡命渡来人や、
   朝鮮三国の官職をもって渡来した氏族とその子孫、唐から遣唐使などを通して渡来した唐人などがある。
   また、7世紀ころになるとペルシアやインド方面からの渡来人も記録されている。
   これらの渡来人は、当時最先端の大陸系の知識・文化を身につけていたことから、
   時に重宝されることがあったものと考えられている。

70名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 16:23:11 ID:sYito2/w
911 :神も仏も名無しさん:2007/06/25(月) 14:37:30 ID:I0K5+Uau
ttp://q.hatena.ne.jp/1138821235#a480236
12 回答者:JAMES 2006-02-05 06:38:18
http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda/empp.htm
皇室の人の大部分がクリスチャンです。皇后陛下がクリスチャンであることは有名ですが‥それだけでなく…。
天皇皇后両陛下をはじめ皇族の大部分。皇室職員の大部分。…がクリスチャンであることは公然の秘密です。
皇后陛下および宮妃(宮家の奥様)は全員クリスチャンです。
・皇后陛下‥(旧姓)正田美智子さま カトリックの名門正田家(日清製粉)から。
・常陸宮妃‥(同)津軽華子さま 青森の津軽家(旧大名)から。津軽家の藩校は現在ミッションスクール(東奥義塾・・プロテスタント)。
・三笠宮妃‥(同)麻生信子さま 九州のカトリックの名門麻生家から。麻生セメント。
・高円宮妃‥(同)鳥取久子さま 四国の鳥取家から。おそらく聖公会だとおもいます。
歴代侍従長の多くはクリスチャン。現職女官長井上和子氏など皇室職員の大部分がクリスチャン‥‥。
個人名は多すぎて書ききれません。参考のサイトは上記以外多数あります。http://www5e.biglobe.ne.jp/~BCM27946/

日本キリスト教女性史
津田梅子‥津田塾大学創始者
市川房枝‥国会議員、婦人運動家……などなど‥非常に多数。
歴代総理大臣、閣僚のうちの多く。たとえば戦後の総理大臣は‥‥吉田茂 片山哲 鳩山一郎 大平正芳 羽田孜
総理大臣以外の閣僚もというと多すぎて書けません。財界の有力者のうちの非常に多く。
樋口廣太郎…住友銀行副頭取からアサヒビール社長・会長・名誉会長、経団連副会長、経済戦略会議議長
小林陽太郎…富士ゼロックス会長、経済同友会代表幹事
速水優…日銀総裁、経済同友会代表幹事、東京女子大学理事長、日商岩井専務
小倉昌男…故人 ヤマト運輸社長・会長  森泰吉郎…故人 森ビル創業者
などなど、あまりにも多くて書ききれません。緒方貞子〜新渡戸稲造‥など新旧超大物人物多数。多すぎて書けませんので下記などを参考に…

71名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 16:53:42 ID:sYito2/w
イスラエルの歴史

●BC2000頃
ヘブライ族の古バビロニア王国成立
その後、モーゼによる出エジプト(エクソダス)、約束の土地カナン、今のパレスチナへ
ダビデ、ソロモン王のイスラエル王国時代(12支族、エルサレム神殿)
●BC931 南北に分裂
●BC722
北イスラエル王国、アッシリアに捕囚(その後戻らず、消えた10支族、サマリア人として広く
ユーフラテス大陸全般に拡散?一部東進?)
●BC586
南ユダ王国、新バビロニア王国によるバビロン捕囚
アケメネス朝ペルシャによって解放、帰郷(一部戻らず、東進?)
ユダヤ教徒=ユダヤ人誕生、旧約聖書成立 ヘブライ、アラム語
●BC2世紀頃
古代のシルクロードのユダヤ系支配、中東、ペルシャ出身者の東進、華僑との交流
〜インド、開封あたりにまでユダヤ街を建設
●1世紀頃
イエス誕生、ユダヤ教の復古主義(反パリサイ派、反律法派、神秘主義カバラ)として弾圧、処刑
イスラエル、ローマに対して蜂起、敗北
イエス直系のエルサレム教団(12使徒トマスら、原始ユダヤキリスト教、セム系スファラディ)
シリア(大秦)ペルシャ方面に拡散、後の東方教会に影響。ヘブライ、アラム語
特にトマスはアッシリア、アルメニアを教国化した後、インド(一説にはチベット、中国まで)で
原始ユダヤキリスト教として布教。(後漢の光武帝に侵入したチベット族はイエス伝説を残してる)
同時に12使徒パウロのアンパティオ教団の中から非ユダヤ人への布教活動が開始、弾圧されつつも
西方ローマ支配地に拡散、後のローマ教会につながる *新約聖書成立コイネーギリシャ語
やがてエルサレム教団はヨルダン川東のギリシア人系都市ペラを最後に消えていく(シルクロード東進?)

72名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 16:54:42 ID:sYito2/w
>>71よりつづく
●2〜3世紀頃
弓月国(シルクロードほぼ中央、他に数十ヶ国乱立)東洋で最初の原始キリスト教国(エルサレム教団系)に
日本では卑弥呼の邪馬台国から三輪王朝の時代、やがて大乱、ニニギ(神武天皇)の東征?初期大和朝廷へ

●300年頃、秦氏の半島登場?
>>399(百済王家は辰王家。辰韓の所伝では、中国から秦人が逃げてきたので、馬韓が東方の地を割いて与えた
辰韓は秦韓と表記されていた。辰王は秦王)
秦氏が亡命する前後の中国大陸は、北側をチベット系の前秦のフケンが統治し、ペルシャ系、ツングース系
とか辺境多民族が混在する五湖十六国時代。同時にこの頃の中国は、すでに書聖王義之らが活躍する中世的オタク文化時代
---「後漢書東夷伝」では万里の長城の苦役にたえかねて中央アジアの 保護国から半島、日本に西域の民が集団で亡命
「魏誌東夷伝」では秦氏は背が高く、異国風の風俗で、身の回りを清潔にしていたらしい。

●350年頃(一説には220年頃)
応神天皇に呼ばれ弓月王(秦15世)が天山山脈のホータンあたりから一族120県を引き連れ、百済まできたが
新羅に邪魔されたので、任那まで葛城将軍(隼人系)他に助けに来てもらい渡来開始。頭満王とか先陣が帰朝(日本書紀)
*但し、実際は新羅系の瓦などが大量入植した秦氏根拠地からでるので、書紀記述は当時の政治的配慮で虚偽がある
(同盟の百済系というしかなかった。先祖が始皇帝というのも、同じ渡来人系の霊帝末裔を名乗る漢氏への対抗から)

●秦氏以降、応神、仁徳稜など前方後円墳が急に巨大化(最近半島でもやっと前方後円墳が見つかり始めた)
雄略天皇の時代に秦氏19万人、渡来系氏族だけでなく古代日本のなかで最大人口の氏族だった
秦氏は、各種の移民系種族の集合体で、王権が族長ウズマサ任命権をもって いた可能性大
他の氏族と異なる最大のポイントは、国造制、ミヤケ制の成立過程に王権直属の部族としてミツキの納府者として統括
され、クラの役職につき、その後の律令時代の大蔵省をになう経済官僚になる。
地方に入植した一族が土豪と融合したり、地元民を秦部に編成し、天皇制国家の成立根幹に関与?
古代には、物部、蘇我のように軍事的、政治的権力抗争をしない。
最大の組織 集団制をもつ、全国的な殖産、 市場重視の国家機能を寡黙に果たす。
製塩、銅、水銀、鉱産資源開発、治水灌漑土木、都市開 発、農業経営、養蚕、美術、宗教、財政、等実務的領域全般。
注目すべきことは、太子一族との関連でも有名なように上宮家財務 の責任者であるだけでなく、古来、秦氏の子供たち
からなる小子部(少年近衛兵、呪術、鎮魂を職務)をもち、隼人たち(大王近習、陵墓警護、朝義参加の習わしあり)を
率いていた点。

73名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 16:55:48 ID:sYito2/w
>>71-72よりつづく 
6世紀
●ウズマサ秦河勝、聖徳太子を補佐、上宮家財務の責任者、最初の遣随使の返礼で
隋書倭国伝「瀬戸内海沿岸に秦王国という中国語を話す人々からなる 地域(吉備)、さらに都はまさしく
秦そのもの(山城)のようだ」という記述あり
*ちなみに >>549
 >>秦氏=非漢族系他民族渡来集団
 >まず、このように断定(推測)できる理由がわかりません。どうして?
中華思想の漢族が、自らを秦氏だというはずがない。秦には西域、流浪とかの意味がある
8世紀まで大量移民してくる秦氏のなかに福音をもつ氏族がいてもおかしくないし、
当時の国際語だったアラム語、ヘブル語(イエスもアラム語を使用)が、漢字と同時期に大和朝廷に外交国際語として
流入していておかしくはないが...
蘇我の朝廷図書焚書事件で、表面的には消滅?

●784年
桓武(母方は百済系)+藤原種継(母方は秦氏)の計画で秦氏根拠地の山背(京都)に長岡京遷都、
その後種継は天武系シンパから暗殺されるが、藤原一族はこれを天武系
シンパ抹消に利用、保守派の万葉集の大伴家一族らも殺りく、天武系からもとの天智系に完全に戻す
(天武は天智と兄弟でなかった説がある、これで万世一系を再び確保?)
794 年、さらに秦氏に近い和気清麿(吉備の美作)らによる平安京遷都を強行、秦氏全国から人夫、資金提供

桓武+秦氏+和気清麿+藤原が1000年続く京都をつくる
秦氏については、伊勢神宮、八幡神社、お稲荷さん、山岳信仰、とか古い出雲系神社以外の多くの社建立に
関与、京都の開墾者として天皇家とも縁の深い松尾、上下賀茂神社、景教伝説のある広隆寺などを建立

そういう背景から、もっと中央の学者はまじめに秦氏を研究すべき
功績の割に評価も低いし、実態が見えてこないので、トンデモ説(上記もそうかもしれないがW)がはびこる

幕末に再び、秦氏系の幕府要人(勝海舟ら)、勤王土佐(長曽我部系の庄屋同盟、後の勤王党、海援隊、陸援隊)
隼人(秦人説もあり)末裔薩摩、渡来系長州らが盛り上がっているのも面白いしね
庄屋同盟では決起文に、「秦臣下」と書いていたはず...

74名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:08:19 ID:sYito2/w
389 名前: 天之御名無主 投稿日: 01/09/16 02:03

秦氏のことがでてくるので、ちょっと寄り道
>隋書倭国伝には、瀬戸内海沿岸に秦王国という中国語を話す人々からなる
 地域がある記述あり

これは古代吉備王国、いまの岡山県総社市秦のこと。オイラの実家で、一族は
「馬で大陸からやってきた」と歴史の教師だった祖父からよくきいた。裏庭には秦廃寺跡があり、
(県最古)吉備式瓦がいまでも掘るとでる。礎石の柱穴はでかいので鶏の餌場にしていたな(藁
最近、近くの鬼の城の発掘で日本最古の巨大山城の全貌が明らかになりつつあるらしい。
たたら(鉄製造)は古代ここにしかなく、神武(応神)天皇は8年間滞在と書記にはある。
ちなみに吉備は当時大和と連合しており、半島経営を担当。

さかのぼると350年頃、応神天皇に呼ばれ弓月王(秦15世)が天山山脈のホータンあたりから一族2万人
を引き連れ、百済まできたが新羅に邪魔されたので、任那まで葛城という武将に助けに
来てもらい亡命。ユーヅー(弓月王)たちはヤマトゥ(ヘブライ語?)に親秦政権が
樹立されたので再びきたとしたらしい。頭満王とか先陣が帰朝していたので。
ちなみに岡山の秦にはハシリュウの本家もあるし、ある神社の爺は始皇帝からの家系ズ
を公開して自慢している。始皇帝、オイラ信じてはないけどね、墓には百済系(新羅系もあり)
弓月王という表記が多いので、最近までそれを信じていたが、どうやら違うらしい
オイラの苗字はシルクロード入り口の地名で、半島出身じゃ伝承と違うからね(w

雅楽の東儀(秦末裔)のお母さんによれば、今でも年に一度、太秦と上陸地の赤穂で
秦氏末裔の交流会が開催されてるらしいが、参加したことはない。
トンデモ本の影響もあるので、ユダヤのことはみんな知ってるけど、中東、ペルシャ出身、
古代のシルクロードのユダヤ系華僑という自覚があるみたい。
いまも宮中で演奏する「越楽天」は景教音楽であることは宮内庁も認めてる。
秦氏寄贈がおおい正倉院には証拠となる宝飾品たくさんあるよ。
奈良時代に天皇家にもたらされた香木には、アラム語系ソグド文字の押し印とかある。
秦氏については、伊勢神宮、八幡神社、お稲荷さん、山岳信仰、とか古い出雲系神社
以外の多くの社建立に関与していたことは神社庁も認めてるし、京都の開墾者として
松尾、賀茂神社、景教伝説のある広隆寺なんか有名ですよね
ちなみに秦は「ハダ」とよみます、うちでは昔からそうらしい

75名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:09:33 ID:sYito2/w
  なお、景教が大陸で盛んに布教を展開したのは唐代になってか
  らで唐の滅亡と同時に景教もほぼ全滅する。
  秦氏は雄略天皇の時代に渡来したといわれており、残念ながら、
  唐代より約200年ほど早い。あぁ、ほんとに残念。
景教ーー4世紀に異端とされるが、中身はエルサレム教団と同じでむしろ正統派でしょ。日ユ同祖論、秦氏で重要な
のは、1世紀、後のシリア東方教会になるエルサレム教団(原始ユダヤクリスチャン)のほうで
特に12使徒のトマスはアッシリア、アルメニアを教国化した後、インド(一説にはチベット、
中国まで)で布教し南部ミラポールの現地で死んでるでしょ。
ユダヤコミュニティは紀元前には開封にも、シルクロード50カ国の多くにあったといわれてるし、
後漢の光武帝に侵入したチベット族はイエス伝説を残してる。つまり、2世紀にはすでに東洋で
最初の原始キリスト教国(エルサレム教団系)になっていた弓月国から、後に大量移民する秦氏
のなかに福音をもつ氏族がいるのは当然で、当時の国際語だったアラム語(イエスもアラム語を
使用、上流階級はコイネーギリシャ語を使用)が、漢字と同時期に後の大和朝廷に外交国際語として
流入していておかしくはない。(シリア語はアラム語の方言、ヘブル語と兄弟語)
秦氏が亡命する前後の中国大陸は、北側をチベット系の前秦のフケンが統治し、ペルシャ系、ツング^ス系
とか辺境多民族が混在する五湖十六国時代。フケンも東方クリスチャン、マニ教などの
世界型先端宗教の影響を受けた当時の進歩派で、後の景教の影響で民族融和と宗教の自由化政策で
史上初のコスモポリタン帝国維持を成功させるフビライたちの先駆者。
秦氏がきた頃の大和は、確かに天皇制度確立以前だから、こういうと混乱するが、
五湖十六国時代の中国は、書聖王義之らが活躍する中世的オタク文化時代でもあるわけで、あまり
トンデモよりの議論にもっていかないほうが面白いのでは
秦氏以降、応神、仁徳稜など前方後円墳が急に巨大化してるし、後の長岡京、平安京開発が彼らに
よることは反証しずらいよね。最近半島でもやっと前方後円墳が見つかり始めたし(w
その後成立する隋唐は、もう成立段階からペルシャ系とか移民複合国家なんだし、シルクロードの
終着駅である日本だけが中東、西域の影響がないという論こそ、トンデモですよ。

76名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:14:09 ID:sYito2/w
410 名前: 天之御名無主 投稿日: 01/09/17 19:50

遣隋使・小野妹子の帰国に従って来日した隋使・裴世清は、大和朝廷への
紀行で、対馬・壱岐を経て筑紫に至った後、さらに東行して秦王国に至った
と書いて、ここの住民はまるで華夏(中国)人と同じで、この国をなぜ蛮夷
の国と言うのか分からないと言っている。そこから先にも「十余国あって海
岸に達する」とあり、それらの国々については国名も挙げられず記事もない
ことから、江上波夫氏は、この秦王国は倭国王の都した大和の国だと断定し
ている。さらに、日本では、辰韓を秦韓と表記するなど「辰」の字は「秦」で
表されていることから、秦王とは辰王のことで倭国王の出自が百済の辰朝で
ある事を示していると主張している。
秦王国の位置については九州にあって、十余国を経て海に出て、瀬戸内海を
航海して直接大和に入ったと考えるのが自然だが、オレは江上氏の解釈を支
持する。
当時は聖徳太子の時代で、前に述べた通りオレは日本の王・タリシヒコ=聖徳
太子=蘇我馬子=弓月王(秦王)と見なしている。裴世清が秦王国と記したのは
まさに秦王(蘇我氏)が君臨する都だったからだろう。また中国人と同じと書
いたのは、秦人は中国人ではないが、中国文化をうけた塞外民の謂だったこと
が中国文献の用例から推知されることで説明できる。秦王国は正確には飛鳥で
はなく、秦氏の領国のことだろう。

77名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:24:52 ID:sYito2/w
429 名前: 天之御名無主 投稿日: 01/09/18 20:53

本州のDNAサンプルサーベイだと、アイヌ分類、琉球分類、
韓国分類、中国南部、北東部分類、ポリネシアン分類、そのいずれにも
はいらないグループシェアが26%
他にも東大のウイルスチェックで、本州東北部には白人コーカソイド
特有のウイルスをもつものが10%程度いるらしいよ
ユダヤについては初期移動神殿だった伊勢神宮の構造、警備方式、
儀式形態、使用されたランドマーク、紋章などが酷似
ユダヤ系中国人、アジア人もいるように、ユダヤ系 日本人がいなかった証明など不可能。

455 名前: 天之御名無主 投稿日: 01/09/20 06:16

戦前、北九州かどこかで初期大王の古墳らしき
墳墓を調査した宮内庁委託の学者が、古代ユダヤのトーラー
をみつけたんで、全部焼いた。ていうはなしをきいたことがある
また近く出てくるんじゃない、今はナチスとも同盟してないし
気兼ねなく公開していいよ(W

蘇我が朝廷図書館を焼いて無きゃね〜
「蘇我=秦氏」のひと、あの事件はどう説明されるのかな?

78名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:27:34 ID:sYito2/w
●万世一系の祭祀王たる天皇家とイスラエル王家の類似
神嘗祭、新嘗祭、大嘗祭など重要な皇室行事とユダヤ仮庵の祭りの酷似
●正月、餅、七草粥、御盆、盆踊り、出産、お七夜、婚儀...の類似
●天皇家の始祖といわれる「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」
(古事記、日本書紀の公式名、諡、神武天皇、ニニギ)の撥音は意味不明、アイデルバーグの
ヘブル語的解釈では「サマリヤの王、ヤハウェのヘブル民族の高尚なる創設者」
●「ニニギとヤコブ」神話、「山幸彦とヨセフ」神話、「天皇家とエフライム族の家系図」の類似
●十氏族のひとつゼブルン族の紋章の「船」と秦氏の古代家紋「船」は類似
●日本の神官の祭事服にある「房」と古代イスラエル人の風習の「房」は同一
日本習字教育財団会長だった原田氏(故人)は秦氏の末裔で先祖はイスラエルと公言、
家には古来からの「房」があった
●森有礼(明治の文部大臣)は伊勢神宮の三種の神器のひとつ「八タ鏡」の裏面に
ヘブル語「エヘイェ・アシェル・エヘイェ」
(I AM THAT I AMを意味する出エジプト記3-14の有名な言葉)をみたと主張。
そのレプリカは皇居の賢所にあるが、天皇さえみてはならない。他にこれをみたのは
戦後GHQ将校、青学の左近博士。(森有礼説を追認したという噂)
●昭和27年、ある夜ミハエルコーガン、三笠宮グループがこの真相を調査しようと盛り上がった
ところ、翌日同席していた東京イブニングニュースの支局長により同紙にスッパ抜き記事がでた。
調査されたかどうかは不明だが、海外でもこのニュースは話題となる。
その後、元海軍将校の矢野祐太郎が伊勢神宮宮司から密かに写生させてもらったいう模様のコピー
をトケイヤーが入手、神代文字、アラム文字、ヘブライ文字に似てはいるがなんとも判読しがたい
ものらしい。

79名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:28:43 ID:sYito2/w
●万世一系の祭祀王たる天皇家とイスラエル王家の類似
神嘗祭、新嘗祭、大嘗祭など重要な皇室行事とユダヤ仮庵の祭りの酷似
●正月、餅、七草粥、御盆、盆踊り、出産、お七夜、婚儀...の類似
●天皇家の始祖といわれる「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」
(古事記、日本書紀の公式名、諡、神武天皇、ニニギ)の撥音は意味不明、アイデルバーグの
ヘブル語的解釈では「サマリヤの王、ヤハウェのヘブル民族の高尚なる創設者」
●「ニニギとヤコブ」神話、「山幸彦とヨセフ」神話、「天皇家とエフライム族の家系図」の類似
●十氏族のひとつゼブルン族の紋章の「船」と秦氏の古代家紋「船」は類似
●日本の神官の祭事服にある「房」と古代イスラエル人の風習の「房」は同一
日本習字教育財団会長だった原田氏(故人)は秦氏の末裔で先祖はイスラエルと公言、
家には古来からの「房」があった
●森有礼(明治の文部大臣)は伊勢神宮の三種の神器のひとつ「八タ鏡」の裏面に
ヘブル語「エヘイェ・アシェル・エヘイェ」
(I AM THAT I AMを意味する出エジプト記3-14の有名な言葉)をみたと主張。
そのレプリカは皇居の賢所にあるが、天皇さえみてはならない。他にこれをみたのは
戦後GHQ将校、青学の左近博士。(森有礼説を追認したという噂)
●昭和27年、ある夜ミハエルコーガン、三笠宮グループがこの真相を調査しようと盛り上がった
ところ、翌日同席していた東京イブニングニュースの支局長により同紙にスッパ抜き記事がでた。
調査されたかどうかは不明だが、海外でもこのニュースは話題となる。
その後、元海軍将校の矢野祐太郎が伊勢神宮宮司から密かに写生させてもらったいう模様のコピー
をトケイヤーが入手、神代文字、アラム文字、ヘブライ文字に似てはいるがなんとも判読しがたい
ものらしい。

80名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:29:44 ID:sYito2/w
以下、あくまで伝承、あるいは後世の作成でしょうが...

●京都の大酒神社はもとは大辟(おおさけ)神社と称され、祭神を秦始皇帝、
弓月王(ゆんずのきみ・ゴンユゥェワン)、秦酒公(はたのさけき
み)。秦始皇帝14世の孫、功満王(こうまんおう・ゴンマンワン)が中
国の兵乱を避けて来朝し、ここに勧請したのが始まり。この功満王の子とされる弓月王が
百済から(広隆寺伝)127県18、670余人を統率して渡海、その孫が酒公だと
される。(日本書紀)畿内で40万の人口と推測されている当時、これは5%にあたる。
この神社の門柱には「ウズマサ明神」をまつっていると書かれている。
ウズマサとは、「ウズ・マサ」イエス・メシヤを意味するアラム語イシュ・マシャからか?
もう一つの門柱には「機織管絃楽舞之祖神」ともある。
「大辟」つまりダビデ(ダビデの子であるイエス?)の漢訳
(中国ではダビデ大王を大闢(ダーピー)大主と表記)
ダビデは、竪琴の名人。雅楽・楽器は、ペルシャ楽舞に源流を見ることができ、
シルクロードを通って渡来。
●弓月王は中国の巨丹(新彊・ウイグル自治区のホータン)に生ま
れ、弓月国とは、敦煌よりさらにはるか西にある原始クリスチャン国。
陽関地方を含めた120県から一族を集めて、AD238年に大挙し
て日本に移住して来た。この地方に「弓月の君、百二十県の民を率い、
大挙して日本に渡来、移住す。」(史記)という記録が残されている。
●当時のシルクロードはユダヤ人、ペルシャ人が支配。
旅程6日ごとにシナゴーグが置かれていたともいわれる。
●兵庫県赤穂郡坂越町、大避神社(おおさけ)。天照大神、春日大神、大避大神をまつる
秦氏の祖霊を祀った古社。大避大神とは、「大辟」つまりダビデの漢訳
(秦河勝を祭神とする分祀は三十余社あった)
●秦河勝(はたのかわかつ)の所持した神楽面をご神体として小祠をたてた大避神社。
神楽面は正倉院の湖王面と近似、頭上に天使ケルビムの像が彫られている。河勝は雅楽の祖とも
いわれる。観世弥、世阿弥親子は秦河勝の直系子孫

81名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:30:44 ID:sYito2/w
●木嶋坐天照御魂神社
通称「蚕の社」とよばれている秦氏創建の神社。 以前には「景教徒・キリスト教・ネストリウス派の秦氏が・・・」と由緒書にあった。代々、秦氏系の神服氏が宮司を務める。(ユダのヘブル語発音は、エフダで訛って秦(ハダ)になったといわれる)
境内に清水がわき出す泉があり、「元糺の池」の中央に鳥居が立つ。
日本で数少ない三方が正面となっている「三柱鳥居」があることで有名、他に山口、東京の三井家
の神社も「三柱鳥居」(キリスト教三位一体を表わしているといわれる)。どの方向からも正面として池の中央にある御神体の「泉」を参拝できるように工夫されている。
古来「元糺の池」では禊ぎをしていたが、その後、秦氏関連の下鴨神社の「糺の池」にその習慣は
受け継がれ、平安時代には天皇家が土用の丑の日に禊ぎをしていた、現在の「御手洗祭り」。
天皇家の「葵祭り」で有名な上賀茂神社と下鴨神社は秦氏の縁戚神社のひとつ。
●ユダヤ、キリスト教の「洗礼(バプテマス)」と神道の禊ぎは類似しているが、イスラエルの
バプテマスの池と「元糺の池」、下鴨神社「糺の池」の階段建築構造も類似している。
●広隆寺
山城最古の寺院、別名「蜂岡寺」、秦公寺、葛野寺、太秦寺とも。
秦河勝が聖徳太子の命により(推古天皇11年603年)建てたもの。「南蛮寺」ともいわれていた。
江戸後期の儒学者:大田錦城は、この寺について「寺という名はついているが
仏教の寺ではない。景教の寺である。」といっている。国宝第一号で有名な
『ミロク菩薩』 があり、菩薩の指の形が、キリスト教三位一体を表わしている
ともいわれる。(西域の十字架を持つ景教僧侶の指の形と同じ)
●この寺の横には、万葉集にもでてくる『いさら井』 という井戸が今でもあり、
「イスラエルの井戸」「ヤコブの井戸」と指摘する学者もいる。昔は十数ケ所にあった。

82名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:39:28 ID:sYito2/w
「建国の謎の4世紀」を調べるなら研究者はまじめに、大陸の五胡十六国とか
当時の多民族の動静と極東政治情勢をおさえてほしいね
鮮卑、匈奴などの騎馬民族だけでなくチベット系、ペルシャ系西域民族が
どのように大陸でクニをつくり離散集合をくりかえしていたか。
前秦フケンの民族融合策(長安と洛陽の住民総入れ替えなど)とかは
世界史的にも画期的だし、南に逃れた漢人の東晋では、文化的にも百花繚乱
の黄金期で王義之たち文人の「曲水の宴」の時代。
当時の儒学の頂点は匈奴の劉淵だし、そういう戦国経済文化高揚の時代に
初期大和朝廷は成立してるのだから、大陸からの亡命者、移住者の多民族
受容は日本の各地のクニにとっても政治的に重要な政策だったと思うけどね
当時ペルシャ人とかがわんさかいても誰も気にしないって(w
7、8世紀頃とかまで栃木あたりでは日本にはいなかった羊牧場があった
というはなしだし、吉備、北九州あたりの初期納税者の大半は渡来系氏族だぜ。

83名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:40:48 ID:sYito2/w
おれは昔の景教/原始キリスト教(ユダヤ教)論の佐伯博士、騎馬説の江上
博士、ユダヤ論者のトケイヤー、ケンジョゼフなどのトンデモ系と称される
ひとたちと、地味な秦氏研究者の平野早大教授、加藤成蹊大講師らの実証研究を加え、実家の
吉備秦廃寺や一族伝承の実話をつないでみせただけで、ここのスレのなかでは
すこぶる良心的容認派なんだがな...(W

庭からでてくる秦廃寺(岡山県下最古の大規模寺、五条の都市構造もあり、
多分発掘されればすごいと思うが、礎石からみて法隆寺並み)の吉備式瓦を
通販で売ってもいいぐらいだよ(W
1万年前のプラント・オパール(縄文水田)も国内最古のたたら跡もすぐそばだし...
キムタルスも「ヤマトより古く奥が深すぎてみえない」て言ってるらしいしね(W

いっとくが、前にもだしたが秦氏は新羅系だとか百済系だとかいうレベルの
渡来集団ではなく、何百年にも渡り何波にもわかれ渡来してきた複合異民族
集団で古代最大の氏族人口と天皇制度を根幹から支えてきており、それゆえ
彼等のシルクロード(ユダヤ含む)文化は重要だという意見ですからね

NHK「日本人はるかな旅5」で、複数のルーツを持つ弥生人の一部は、中国での
春秋・戦国時代の戦乱を逃れて日本に来たとし、その頃の詩を収録した「詩経」の
一作を紹介していた。中国大陸を後にした人の詩と考えられているようだ。

「三年汝に仕ふれども   我をあへて顧みるなし   ここにまさに汝を去り
彼の楽土へ敵(ゆ)かんとす   楽土 楽土   ここに我が所を得む」

「彼の楽土」って「約束の地」を彷彿させるな。
秦氏の祖とされる秦の始皇帝は、名は忘れたが欧州の歴史家の中にもユダヤ人説を
唱える人がいるようだ。ユダ王家→始皇帝→百済辰王→蘇我氏という系図が成立する
かもしれない。百済の辰朝が、本当に三韓を支配した馬韓の辰王家の子孫かどうかは、
歴史学会で議論があるようだが、馬韓の辰王家は中国式の高度な行政組織を持ち、
騎馬民族であった可能性には疑問符が付けられている。
始皇帝は日本に徐福を送ったが、不老不死の妙薬を求めたというのは表向きの口実に
すぎず、他に目的があったのでは。秦氏もまず半島から日本に使いを送り、その民の
日本への受け入れと、そのために必要な施策を大和朝廷に要請した。

84名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:42:15 ID:sYito2/w
>「彼の楽土」って「約束の地」を彷彿させるな。

たしかに、東への憧れ、「約束の地へいく」という表現は古事記、日本書紀の神武東征伐にも
でてくる
今月奈良で5世紀の渡来人居住地から騎馬系のオンドル式住居が発掘されたらしいが、秦氏は
どうみても騎馬系。彼等が来てから巨大化する応神 、仁徳天皇綾をみてもその土木技術は半端
じゃない。天皇家との関係も深いと言うか同族のようなつながりを感じる。
徐福伝説ではないが、秦氏は卑弥呼以前から先陣は帰朝していたのではないかという説も有る。
もし3000人規模の徐福部隊が一度に九州あたりに上陸していたなら、言語、文化、風習への
影響は絶大だったはずなのに、やはり定住はしていなかった?
それとも東征し、ヤマトで同化し、三輪王朝につながる王朝を開いていた?

蘇我=太子説は、その後の藤原家の台頭を考えるとあり得る。
「蘇我=悪者」「太子=聖人君主」というイメージ操作で、蘇我+太子が編纂したといわれる
「国書」?「天皇記」?も焚書させてるし、古事記、日本書紀では古代はみえてこない
蘇我=太子の分離イメージ工作は、12階制度で異常な昇進をした秦河勝(当時の一族の長、ウズマサ)を同時期に朝廷から追い出した、秦氏一族内部の内紛でもあったのかも。
秦氏自体は藤原家にも代々血族をいれ、その後長岡京、平安京を造営している。(山背のウズマサ本家敷地が後の平安京の宮殿となる)

よく聖徳太子の母親の間人媛?がペルシャ系だという話があるけど
気になる。前にNHKがやった 聖徳太子シリーズで 亡き太子を
偲んで蘇我馬子の娘でもある妻が国宝の「天寿国繍帳」?を
秦クマ?(なんか入試にでてたような、懐かしい)に作らせた
らしいけど、その再現CGをみたら天寿国=天国だね

悲劇のプリンス山背皇子も名前からして明らかに秦一族がバックアップ
してるぞていうかんじ。確か桓武天皇も幼少期は母の実家の山背で育成されていたはず

85名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:52:21 ID:sYito2/w
875 名前: 天之御名無主 投稿日: 02/01/27 23:14

主に西日本の縄文人の居住地や遺跡から発見されるペトログラフ(ペトログリフ)は、
楔形文字(シュメール文字の完成型)の源流であるシュメール古拙文字らしい。
この分野はIFRAO(国際岩刻画学会連合)を中心に世界の一流学者、研究者が
取り組んでいる。ハーバード大などの欧米の学者も「日本にあるのは明らかに
シュメール古拙文字やシュメール文字で彫られたペトログラフに間違いない」と
みなしている。
彦島で発見されたペトログラフは、6500年以上前の製作と確認されており、
米国碑文学会では、シュメール古拙文字と同定している。
平成2年、カナダ国際考古学会で他分野の専門学者が成果を突き合わせ、
6500年前には、ユーラシア大陸を中心に、世界的規模で人類の移動があったと結論付けた。

934 名前: 天之御名無主 投稿日: 02/03/18 20:22

遺伝子レベルでの日本人のルーツの調査は色々データがあるが、日本人は北海道から
沖縄まで完全に均質な民族で、バイカル湖付近から樺太経由で日本列島にやって来た
という研究もある。学会の大勢となっているわけではないが。
http://www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg

これが真実ならば、身体的特徴が異なる弥生人と縄文人のルーツが同じであることが
証明されるし、複数のルーツを持つはずの弥生人は、実は同一集団の枝分かれに過ぎ
なかったことになる。
もっともその場合、縄文人のルーツが北方系と南方系に大別されるという仮説は
見直す必要が出てくる。

86名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 17:55:16 ID:sYito2/w
そういや日本書紀の聖徳太子記述は、17条憲法が詳細すぎる、しかもむちゃ同情的
しかも、秦氏の登場の仕方は異常。応神天皇が弓月王(渡来始祖、始皇帝15世)
の人民120県が新羅に邪魔され渡来できないと知り、百済に寵臣を送り、
3年をかけて招き、以来ことあるごとに雄略他、数名の天皇記に登場している。
初代大蔵卿になる秦大津父は継体の子、欽明天皇が幼少のおり夢にでてきて
「秦大津父というものを寵愛すれば、(貴方は)天下を治めるだろう」とまで
いわせ、大津父に「これもかって伊勢で2匹の血だらけで噛み合う狼をなだめ仲裁
したことの報い」だろうと、他の氏族にはない我田引水な記述。
太子パトロンの秦河勝にいたっては、有名な「太秦は神のなかでも神という評判」
という「常世の神」の歌をときの人民がつくったと、編集者による先祖自慢もいいとこ。
1000年の都、平安京をつくるために、当時唐(ペルシャ系)と繋がる藤原4家が西域出自の先祖
を、いかに権威化しようとしていたかが分かるね
(関係ないけど、太秦はウズマサ、大秦はローマ、シリア)

>> 946
景教=ネストリウス派 のまちがい、スマソ(ちなみに中国には7世紀に伝播)
>>948
そうね、国教というのはいいすぎ、公認され「大秦 景教」としてペルシャ人坊主が活躍した

佐伯博士の説、高木ケイゾウ、他---弓月国はAD199〜283年には成立、イスラム改宗以前はキリスト教徒
だったトルコ系タタール人が多数住むエリア、2世紀には聖トマス後裔の東方原始キリスト教
(ユダヤ教)の布教が西域、インド、チベットまでされていた
魏志韓伝---秦人が秦韓(後の新羅)、弁韓を建国と記述、後に分裂
ウズマサ---旧約聖書のアラム語のインド北部方言(セム語系)で イエス・キリストは「ユズ・マサ」

>やた鏡の裏面の古代ヘブライ文字
三笠宮が英字新聞にスッパ抜かれたので、一度周辺に否定したが、その後
東京タイムスオーナー他に「みたらやはりヘブライ文字のようなものがあった」
と伝えているという話が各種の本には載ってますが
アイデンバーグの本に掲載されてる模写は、一見ヘブライ文字のようですが、
神代文字のようでもあり、よくわからないというのが真相ですね
もちろん、それ自体がネタであっても別に否定論の根拠にはならないでしょうし

87名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 18:05:14 ID:sYito2/w
527 :世界@名無史さん:2007/07/12(木) 16:01:11 0

古代エジプト文明を築いたのはイスラエルです
エジプト古王国は日本人の祖先のイスラエル王朝
古王国の彫像は日本人の顔をしている
古代日本の遺跡はエジプトと同じ尺度で造られている
例えば、法隆寺が神聖キュビト尺で造られているなど
古代エジプト語には日本語が夥しく含まれる

http://www.geocities.jp/atelier_efraym/

ちなみに今のヘブライ語はエジプト時代のイスラエルの言葉とは違うらしい

558 :世界@名無史さん:2007/09/07(金) 07:36:27 O
そもそも北支族は南ユダヤとは、かなり違う豊かな文化を持っていたとドイツやイタリアなどの学者が書いたものを読んだ事がある。
つまり今のギリシア、イタリア、シリアなど北方面地域との文化交流がかなりあった。イスラエル方言(北)とユダヤ方言(南)は、かなり違う面があったらしい。

現代日本語の「は」や「へ」は、語を特定したり、方向を表して各語の末尾に着くが、万葉集などでは、「は」が語の前に着いているとも考えられるような、前後の未分化状態です。
つまりヘブライ語の定冠詞ハha(英語のthe)と方向(場所)の語尾ha,heハとヘ に由来する以外に、考えられないのです。

さらに北支族は、ギリシアの影響も少なからず受けていたとされ、「なので」のような意味を持つつなぎ言葉ガルGARのRが脱落して日本語の「が」になっている可能性が大なのです。garは「が、...」のように文頭にも使えるのです。
同様に日本語の「と」もギリシア語のto,touという冠詞のような、あいまいな意味の、まさに繋ぎ言葉に由来している可能性が極めて高いはずです。
というのも、北支族が外来語を今の日本の英語のように文法上「破格」的に使っていた可能性も充分あるからなのです。

88名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 18:06:16 ID:sYito2/w
568 :世界@名無史さん:2007/09/17(月) 04:24:24 0
(´・ω・`) < 「ユダヤ人マナセ族→羌岷(チャンミン)族→羌人→越人or呉人→縄文人」にならないかなぁ?エロイ人おしえて

民族学伝承ひろいあげ辞典 2006/7/1(土)午後6:06 縄文時代人バイカル湖起源は整合か否か1
 …日本列島の先住民だった縄文時代人のDNAには中国東部のカザフ地方の古代人のものが34parの割合で入っていた。…
 日本の弥生時代にあたる中国の史書「魏志」に出てくる「黥面文身」の風習が、
ちょうど中国江南地方の呉越の人々の風習に合致する…。…
彼らは越人とも呉人とも言われるところから、おそらく同族であったと思われる。…
 …呉国王孫権は額に黥面文身していた。…その呉太伯は…中国北東部の犬戎種族である羌人であった。
すなわち日本の縄文時代人の中に流れる血液、DNAには中国北東人のものが基礎となっていたことになるのではなかろうか。…
 この隼人が祭る神の国である大隅阿多地方にある正八幡・大隅国鹿児島神宮は
なんと呉太伯を祭る唯一の神社であり、彼らは自ら呉太伯の子孫であると名乗っていた。…
 全く同じことを名乗っているのが中国の呉越人なのである。…
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/10257507.html

神のホームページ>DnA分析とエフライム>4.弥生時代以降の変化と秦氏について
(2) 秦氏の謎について:
 秦氏…、朝鮮半島東北部の新羅(4C中-935)に在住していた…。…
 …新羅が377年にはじめて前秦(チベット系・(てい))に朝貢したという記録が宋時代の文献にあり、
この時代からチベット系の人々と新羅との関わりが出来上がる。…
 そのうちの、チベット系の羌(キョウ=タングート、蔵人)が384年後秦を建国し、わずか33年後に後秦が滅亡(417年)したが、
その新羅へ逃亡した民の末裔が秦氏一族であるという説がある。…(BY.田辺尚雄氏(1883-1984))
 そして、この羌は、アミシャブが発見した現在の中国四川省の少数民族の羌岷(チャンミン)族と同じである。
羌岷族は、後秦滅亡の時、山地へ逃げた民の末裔で…、秦氏は、マナセ族の末裔であることが考えられ、…
すでに、BC231年に現在の中国の開封(カイファン、河南省、シルクロードの終点の一つ)にユダヤ人の居留区があった…。…
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00000dna4.htm

89名無しのひつじさん:2007/09/17(月) 18:16:17 ID:sYito2/w

★DNA調査ポイントの青写真  ・・・・ 日本とイスラエルのリバイバルに向けて
          ↓
 http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/000000sekaiidennsi1.htm

90名無しのひつじさん:2007/09/22(土) 21:11:35 ID:sYito2/w
573 :世界@名無史さん:2007/09/20(木) 21:32:47 0
テレビ東京 : 新説!?みのもんたの日本ミステリー!3〜失われた真実に迫る!
9/21(金) 21:00 〜 22:48
日本のルーツは古代イスラエル・ソロモンの秘宝は四国にあった!?

過去2回の放送でも取り上げた衝撃の報告、「日本のルーツは古代イスラエル」。
日本語とヘブライ語には500もの同じ音と意味を持つ言葉があるという。今回番組では、
京都の祇園祭りと古代イスラエルの共通点に注目した。八坂神社を総代として
疫病退散を願って1ヶ月にわたり繰り広げられる祇園祭。古代イスラエルには、
7月から1ヶ月行われる“シオンの祭り”が存在する。はたして“祇園”イコール“シオン”なのか!?
また、日本の神輿と類似する古代イスラエルの聖なる箱「失われたアーク」が、
四国徳島の剣山に眠っているという情報を得て、四国に向かう・・・。
http://www.tv-tokyo.co.jp/nihonmystery3/

91名無しのひつじさん:2007/09/28(金) 22:11:03 ID:HbWBluiw
見たよー、その番組!! いや〜すごかったね〜!!神輿に イサクが

リベカから水をもらう絵や 砂漠のらくだの絵が 描かれているなんて信

じられないいよ〜〜!!ユダヤ人が 来てたのは間違いないね!!

あれテレビ東京の番組だよね、映らない地方もけっこうあったりするから

意外と見た人は 少ないかもね・・!!メジャーチャンネルで、ゴールデン

タイムでやれば もっと反響があるだろうねえ・・・それやってほしいよ

ねえ・・・それに徳島の剣山に ユダヤ人伝説があるってやってたけど

徳島には もうひとつユダヤ人伝説の場所があるのよ・・神山ってとこ

なんだけど かみやまと読む。なにやら名称からして いわくありげな感じ

だよね〜。その地にもいろいろな物証が 残っているんだけど モーセの岩

と呼ばれる大きな岩があって 本当にモーセの顔そっくりなんだよなー!!

もちろんモーセが どんな顔してたかわからないけど どうみても彫りの

深い外人の顔してるのよー!自然にできたものではなく 人口的に彫られた

ものらしい・・ここも取材して放送してほしいなあ・・詳しくは 郷土史家

地中孝氏の著書 聖櫃とウカヤ王朝ー神山に隠された古代阿波の言霊ー

幻冬舎ルネッサンス 1429円 を興味ある人は ご覧あれ・・

92名無しのひつじさん:2007/10/05(金) 21:49:44 ID:/GTeHdBk
474 :天之御名無主:2007/08/16(木) 17:00:36
「マナの壷」は「八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)」として天皇が所持しており現在皇居内部の賢所に安置されている。

「アロンの杖」は「草薙の剣」として熱田神宮のご神体として安置されている。

「モーセの十戒石板」は「八咫鏡」として伊勢神宮の内宮に祀られている。

「契約の箱」は明治天皇によって封印され伊勢神宮の内宮にある。

「聖十字架」は内宮の地下殿にある。

イエスの罪状板は伊勢神宮の本宮となる伊雑宮にある。

モーセの旗竿(ネフシュタン)は伊勢神宮の外宮にある。

93名無しのひつじさん:2007/10/08(月) 17:15:20 ID:/GTeHdBk
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E8%B5%B7%E6%BA%90-%E8%B6%85%E7%9F%A5%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%A8%E3%82%BB%E3%83%95-%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0/dp/4198621101

Amazon.co.jp: 日本書紀と日本語のユダヤ起源 (超知ライブラリー)
日本・ユダヤ同祖論の嚆矢! ユダヤの失われた10部族問題に、日本書紀からも迫った注目の一冊!

http://www.amazon.co.jp/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AB%E9%9A%A0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E5%B0%81%E5%8D%B0%E3%81%AE%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E2%80%95%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F10%E9%83%A8%E6%97%8F%E3%81%AE%E8%AC%8E-Natura%E2%80%90eye-Mysteria-%E3%83%A9%E3%83%93%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3-%E3%83%88%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC/dp/4198609659/ref=pd_bxgy_b_text_b/249-9869877-6740348
                  ↓
聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)

94名無しのひつじさん:2007/10/18(木) 18:41:38 ID:NNbA2INc
★参考出版書籍の紹介
     ↓
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/katarogu.htm#kagakuno

■科学的創造論シリーズ「ノアの大洪水以前の地球」
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/yomemasu.htm

95名無しのひつじさん:2007/10/27(土) 20:36:00 ID:/GTeHdBk
626 :天之御名無主:2007/10/09(火) 11:37:29
卑弥呼の献上品?邪馬台国時代のベニバナ花粉みつかる
2007.10.2 18:10

 女王卑弥呼(ひみこ)で知られる邪馬台国の有力候補地、奈良県桜井市の纒向
(まきむく)遺跡で、3世紀前半の溝跡にたまった土から大量のベニバナ花粉が見
つかり、市教育委員会が2日、発表した。織物の染料とみられ、国内で確認された
最古の例。

 「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」によると、243年、卑弥呼が魏に赤や青の織物
を献じたと伝えている。当時の大陸との交流を考える貴重な資料になりそうだ。

 エジプトや西アジアが原産のベニバナは、中国などから日本に伝わったとされ、
これまで6世紀後半の藤ノ木古墳(奈良県斑鳩町)の石棺から花粉が見つかって
いたのが最古だった。

 市教委は「中国との直接的な行き来の中で、最新技術だった染織が持ち込まれ
たのだろう。指導役の工人が来て栽培までしていたかもしれない」としている。

 市教委が依頼した奈良教育大の金原正明准教授(環境考古学)が分析。溝跡
(長さ6メートル以上、幅1・5メートル、深さ1メートル)の土に、1立方センチ当たり
270−560個の「自然では驚異的な数」(同准教授)のベニバナ花粉が検出され
た。金原准教授によると、当時、国内の他の地域ではベニバナの花粉は見つかっ
ていないという。

 ベニバナの染織は、水溶性の黄色の色素を水で洗い流し、残った赤い色素で染
めるが、花粉はこの廃液に含まれていたと推定した。溝の約150メートル上流は
神殿建物跡などが出土した纒向遺跡の中枢で市教委は組織的な工房があったと
みている。

 纒向遺跡は箸墓古墳などの前方後円墳が点在する巨大集落跡で、初期大和
王権につながるとされる。

96名無しのひつじさん:2007/10/27(土) 22:29:29 ID:Yhj2nCC.
レムナントが好むような ネタ age

97名無しのひつじさん:2007/12/07(金) 20:44:38 ID:/GTeHdBk
聖書ってスゴい

http://www.google.co.jp/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fwww.geocities.com%2Fmakiba.geo%2Fnihon%2Fnihon00.htm&hl=ja&q=%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AF%E6%AD%8C%E3%81%A8%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&source=m

98名無しのひつじさん:2007/12/07(金) 21:04:47 ID:/GTeHdBk
581 :天之御名無主:2007/09/28(金) 00:43:30
ユダヤ人到来説考察
2007年9月21日にテレビ東京で放送された「新説!?みのもんたの歴史ミステリーSP」
に「ユダヤ人が日本に渡来していた」という説があり、最初は半信半疑だったが、ある可能性
に気が付いてググってみた。
可能性とは中近東とインドの間の貿易ラインに乗って、まずインドまで移動、その後、チャンパ
等、古代の東南アジア貿易で活躍した民族の商船をチャーターして中国沿岸部へ移動、さらに
日本へ移動したという図式で、「海のシルクロード」がヒントになった。
まず古代の中近東とインドの貿易だが、旧約聖書に登場する「シバの女王」の国、イエメンが
インドのコーチンという港町までルートを持っていて紀元前の時代からユダヤ人が住み着いて
いたという(実際にユダヤ人街がある。)。
後はチャンパ(インドの影響が色濃い王国で中国とも盛んに貿易していた。)を媒介に南中国へ
移り、そこから日本へ渡航するという方法なら陸路を1万1千キロ移動するよりは安全だし
船なら大量に移動出来た筈だ。(それでも何世代か、かかったろうけど。)
問題なのは何故わざわざ当時の東アジア最大の帝国だった中国ではなく、辺境の島国だった
日本へ移動したのかだが、日本の九州沿岸部で産出する貝紫(ロイヤルパープル)が目当て
だったのではと推論してみた。
貝紫というのは古代地中海世界で珍重され、同じ目方の金と交換されたと言われるほど希少な
染料の事である。これを採取しインド経由で地中海方面へ輸出すれば多大な富を得られると
考えれば、日本に移住する事も考えられるだろう。(経済的理由が総てでは無いにしても
大きな原動力になった筈だ。)
諸君による推敲を求む。

99名無しのひつじさん:2007/12/07(金) 21:06:31 ID:/GTeHdBk
599 :天之御名無主:2007/10/04(木) 03:48:02
ユダヤ人到来説考察(2)
前回は中近東から海路でインド、中国を経れば日本へ来る事自体は可能という考察を行ったが、
今回は何故、124県とも言われる大勢の秦氏が日本へ移住したのかを掘り下げて考えたい。
公式には中国にユダヤ人が住み着いたのは12世紀以降の開封という街だけという事になっているが
記録に残っていないだけで他にも存在していた可能性はある。
秦氏が来朝したのが応神天皇の14年(西暦284年らしい)とされている。
これより前に、秦氏が居住していた場所で何か大きな出来事が起こったのだろうか?
実は西暦280年に晋の武帝(司馬炎)が三国(魏、呉、蜀)を統一している。
2世紀は三国志の動乱の時代でもあり、この時期に貿易の為に訪れた外国人が街を作っても
歴史に残りにくい(もっと大きな事件が山ほどあるわけだから。)だろう。
たぶん、中国南部(呉)に居住していた秦氏達は呉の滅亡に際して他国への移動を余儀なく
されたのではないか?
中国南部から朝鮮半島伝いに4年近くかかって日本へ移動したとすれば、時間的にも説明が付く。
彼らが呉に住んでいた記録は戦乱で散逸し、闇に消えたと考えれば歴史に残らなかったのも
不思議では無いだろう。

100:2007/12/07(金) 21:10:32 ID:kMd1W0T2
いじめ撃退法

101名無しのひつじさん:2007/12/07(金) 21:11:18 ID:/GTeHdBk

PASAR TOKEK Top Page > Japanese Version > 神秘百貨店 > 聖地巡礼ファイル #250 古都に隠された十字架・前編 京都・太秦 2002年5月
■ユダヤ教と日本神道の類似点
(8page)
 …『延喜式』によると、神事に携わってはいけない忌みの日数を、出産の場合は7 日間と定めていた。…
日本の神社では、神聖な儀式では神官が白無垢の衣を着るが、かつてダビデやレビ族の祭司たちも、白亜麻布の衣を着ていた。
 また日本の神官の袖には房がついているが、これも古代イスラエル人の風習と同じで、
聖書には「身にまとう着物の四隅に、ふさを作らなければならない」(申命記22.12)とある。
神道の神官は、首を通すところに穴を開けた一枚布の長方形の布を被っているが、ユダヤ教の祭司も同様の外衣を着る。
また、神道の烏帽子に似た帽子も、ユダヤ教の祭司たちが用いていたという。…
(9-10page)
 諏訪大社上社の伝統的な祭『御頭祭(おんとうさい)』…は、…
旧約聖書の「創世記」22 章…「イサク縛り」の伝承とそっくりな神事が行われる。
まず8 歳ぐらいの少年が「御贄柱(おにえばしら)」と呼ばれる木に縄で縛られる。
次に人々は少年を、柱ごと竹のむしろの上に押し上げる。そのとき神官が小刀を取り出し、これを振り上げる。
すると、別のところから現れた者がこれを止め、少年は解き放たれる。
その後、現在では行われていないが、かつては75 頭の鹿を生贄に捧げたという。…
(12page)
 …神殿の内庭に「洗盤」または「青銅の海」と呼ばれる禊ぎの場があって、ここで手と足を洗った。
今日でも正統派のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)には、入口近くに手を洗い清めるための場所がある。
日本の神社には必ず賽銭箱が置かれているが、聖書によると、BC9 世紀の南王国ユダの王ヨアシュの時代に、
神殿に献金箱が置かれるようになったという。…
 …偶像がまったく置かれていないという点でも、日本とイスラエルの神殿は共通している。
神社で偶像の代わりに置かれているものとして、本殿の銅鏡があるが、
昔ユダヤのユダヤの移動可能な神殿の天幕の内側にも、銅製の鏡が置かれていたという。
 …「契約の箱」を…の外見は、日本の神輿と酷似している。…
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/SJF/pdf/250Kyoto.pdf

102名無しのひつじさん:2007/12/07(金) 21:12:32 ID:/GTeHdBk
PASAR TOKEK Top Page > Japanese Version > 神秘百貨店 > 聖地巡礼ファイル #250 古都に隠された十字架・前編 京都・太秦 2002年5月
(14-15page)
 …国学院大学の講義に出席していた…ラビ・ゴレンは教授に、日本の神宮を警備する人たちに関して質問をした。
警備員たちが立つ場所、巡回する順番、警備員の交代などについてである。
教授の答えによると、その警備の仕方は、なんと古代イスラエル神殿で行われていたものと全く同じだったという。…
■聖書と記紀の類似点
(20page)…それぞれの人物の対応を見ると、以下のようになる。
・ ヤコブ(イスラエル民族の父祖)とニニギノミコト(天孫族の父祖)
・ ヨセフ(ヤコブの子)と山幸彦(ニニギノミコトの子)(共に美女の妻を娶るが、醜い姉も娶るように言われる)
・ エフライムとウガヤフキアエズ(共に兄にいじめられ、遠いところへ行くが、後に兄を許す)
・ モーゼと神武天皇(共に『葦の原(=カナン?)』に向かって旅立った)
・ ダビデ王と崇神天皇(共に3 年間の飢饉または疫病に見舞われ、多くの民を失う)
・ ソロモン王と垂仁天皇(共にイウスまたは伊勢に神殿を建てる)
・ 土師エホデと日本武尊(共に衣の下に剣を隠し先住民の首領を倒した。またネボ山または能煩[ノボ]野で没した)
・ サウル王と仲哀天皇(共に背が高く、ケモシュまたは熊襲と戦い、矢に射抜かれて没した)
このように、古代イスラエル民族の系譜と日本の天皇家の系譜に、明らかな一致が存在する。
■八坂神社の謎
(26-29page)
 …「備後国風土記逸文」によると、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が南海を旅した際、
もてなしを受けた蘇民将来という人物に対し「蘇民将来の子孫と言って茅(ち)の輪を腰に着ければ厄を免れるだろう」と告げたという。…
 昔、仔羊の血が戸口に塗られたユダヤ人たちの家以外で生まれた初子を、神ヤーウェがすべて殺した。
そのため、エジプト王の束縛からユダヤ人たちは逃れることができたという。
ユダヤ人はメズザといって、神の御言葉を書いた門符を家の門口に付けるという風習がある。…
琉球地方では「シマクサラシ(疫祓いの意味)」という風習があり、
牛を屠ってその血をススキの穂や桑の葉などに浸して、家の門口や四隅に塗った。…
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/SJF/pdf/250Kyoto.pdf

103名無しのひつじさん:2008/03/25(火) 22:53:28 ID:lO9OuNI.
ユダヤ人が日本にやってきたというのは事実無根。
もともとスンダーランドにあった国が滅びて、
西に向かったのがユダヤ人。東に向かったユダヤ13番目の支族
こそ日本人だということに気づいたほうがよい。

104名無しのひつじさん:2008/04/04(金) 17:12:05 ID:???
モルモン教もイスラエル民族が北米大陸に来ていたという主張じゃなかったか

105名無しのひつじさん:2008/04/11(金) 14:44:37 ID:l6VTH9BU
>>103 違うのだよ、ちみ。

2支族が西廻りにヨーロッパを経由して大西洋をわたりアメリカをつくった。
10支族が東廻りにユーラシア大陸を横断して日本をつくった

そして地球を一回り、太平洋をはさんで
2支族と10支族がガチンコ勝負したのが、太平洋戦争というわけだよ。

もちろん12支族の血は地球上の全地に受け継がれている。
やがて12支族はひとつになる。

106名無しのひつじさん:2008/04/22(火) 15:56:40 ID:l6VTH9BU
ユダヤ人が「アメリカ」をつくった、などというと、
笑いだす人がいるかもしれないが、
まぁ、わかる人だけがわかればいいだけのことだからね。

そういう意味でいうと「にほん」もおんなじですか。

しかし「奴の国」って、当時から、中国の人たちは日本列島に住み着いた人たちが、
「奴隷民」の子孫の人たちの国だって知ってたんですねぇ。。。たぶん

日本人はそう呼ばれるのが嫌で「にほん−日本」と国号を改めてしまいしたが。。。

107名無しのひつじさん:2008/04/22(火) 17:40:57 ID:l6VTH9BU

★2000年前に姿を消したこの謎の民族の子孫を最新のDNA分析で調査しています。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/topics/n20050413_1.shtml

★ユダヤ人ってどんな人?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/995990208/l50

★日本は現存する最古のユダヤ王国
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1156510663/l50
★日本は現存する最古のユダヤ王国2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1207044174/

★【先祖は】日本とユダヤの共通点【ユダヤ】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1154159177/l50
★日本人はユダヤの失われた12支族であることは明白
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1141736822/
★ユダヤ教Judaism
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1189079899/l50
★さまよえるユダヤ人
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/973245056/l50
★日本民族は先祖は、失われた古代ヘブライ人だった!
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1159268523/l50
★ヘブライ語スレッド 2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gogaku/1147743812/l50
★古事記のヘブライ語読み
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/989350082/l50
★【カタカナ】は漢字の変形ではなくヘブライ語が起源
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1147259902/l50

108名無しのひつじさん:2008/04/23(水) 01:14:26 ID:6w48UQgM
大本はアフリカです。

109名無しのひつじさん:2008/04/23(水) 16:16:40 ID:l6VTH9BU
日本人とチベット人は共通した遺伝子を持つ近親民族。
日本人とチベット人は、世界でも稀な古代血統とされる
Y染色体DNAのD系統を持つ民族である。
http://native.way-nifty.com/./native_heart/images/y_chromosome.jpg
http://www.familytreedna.com/pdf/Karafet_et_al.1997.pdf
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroups
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/89000/20070729118570733431677600.jpg

他のアジアの地域全体にはアジア系O系統が広く分布し、日本のすぐ
近くの韓国人や中国人がアジア特有のO系統であり、孤立したD系統を持つ
日本人・チベット人の異質さが際立って見える。

このY染色体D系統はY染色体YAP+型に含まれ、アジア人種よりも中東や地中海
沿岸等に分布するE系統の近親であり、Y染色体の中でも非常に古い系統の一つ
である。かつてE系統と縁が深いD系統は、漢民族属するO系統の進出により
多くが滅ぼされ、結果海に守られている日本列島を最大とし、同じく山岳の
チベットに残り、それぞれ日本人・チベット人として二つに別つ事態に追い込まれた。

110名無しのひつじさん:2008/04/25(金) 15:13:04 ID:saHizTCs
http://www.naritacity.com/journal/japan/images/heburai0511.gif
カタカナとヘブライ語の驚くほどの類似性を指摘するユダヤ人学者がいる

http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/img3/kana.jpg

ヘブライ語ルーツ説が正しいと思われる根拠は、
まず漢字よりもヘブライ語のアルファベットをベースに創作した文字形状の方が仮名文字に酷似しているということです。
例えば「あ」「い」「う」「え」「お」の成り立ちは、
明瞭にヘブライ語から解説することができても、漢字ルーツ説では飛躍した解釈をしなければ漢字の字形と仮名文字がうまく結びつきません。
ヘブライ語ルーツ説では、一定の創作ルールに基づいて、同一の発音を持つアルファベットから新しく仮名文字が形作られたと想定するだけで良いのです。

その一例として、ヘブライ語のアインとアレフという子音と「あ」の発音を持つ母音を重ねるだけで平仮名の「あ」そのものになることに着眼するだけでも、
ヘブライ語ルーツ説に魅力を感じないではいられなくなります。

またヘブライ語ルーツ説では、仮名文字と同じ発音を持つ特定のヘブライ語アルファベットから平仮名を創作しているのに対して、
漢字ルーツ説では、数多くある類似した発音を持つ漢字の中から何故、特定の漢字が選ばれ、それが仮名文字の原型となったのかを説明することができません。

すなわち漢字の選別方法が不透明であり、説明のしようがないのです。この問題点を払拭するのがヘブライ語ルーツ説です。


これ程まで分かりやすく解説できるヘブライ語ルーツ説が今日まで解明されなかった理由としては、
まず仮名文字のルーツは中国にあるという先入観から、誰もが漢字ルーツを疑問視しなくなったということが挙げられます。

http://www.naritacity.com/journal/japan/journal_japan_051215.asp

日本人はユダヤの失われた12支族であることは明白
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1141736822/

片仮名がヘブライ語起源であるのはもう決定事項であり覆せない
今一度、史実を再確認した上で、古代史を見直す必要があります。

111名無しのひつじさん:2008/04/25(金) 15:14:48 ID:saHizTCs
>>110よりつづく

ユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグは、 カタカナとヘブライ語の驚くほどの類似性を指摘している。
また、日本語の中にヘブライ語の単語が混在していることも指摘している。彼は次のように述べている。

「私は14年の歳月をかけて世界各地の言語を調べあげた。世界には中南米のマヤ人をはじめ、
いくつも“失われたイスラエル10支族”の候補となる民族がいるのだが、
日本語のようにヘブライ語起源の言葉を多数持つところはなかった。
一般に日本語はどの言語にも関連がないため“孤語言語”とされているが、
ヘブライ語と類似した単語が優に3000語を超えて存在している。」


伊勢神宮には三種の神器のひとつである「八咫の鏡」があるというが、
本物は誰も見たことがなく、その写しである皇室の神鏡にはヘブライ語が書かれているという。

『ユダヤ問題と裏返して見た日本歴史』には、ヘブライ語学者の左近博士が、
それを解読するために宮中に呼ばれたと書いてある。
そして鏡の文字は「わたしは“わたしはある”という者である」と読めたという。
これは『旧約聖書』でモーセが神にその名を問うたときの神の答えの言葉に他ならない。

この話は一時、新聞に紹介されたことがあるらしく、

日本在住のユダヤ人ラビ・M・トケイヤー氏が、個人的によく知っている三笠宮にこの記事をご存じか、
またこの鏡を見たことはおありかと尋ねたという。ところが、古代オリエントの歴史に造詣が深く、
ヘブライ語にも熟達しているという三笠宮でさえ、
「新聞記事のことは知っているが、鏡は見たことがない」とお答えになったという。
殿下でさえ、この鏡を見ることができず、更に驚いたことには、
殿下の兄である天皇陛下でさえこれを見ることは許されないというのである。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb010.html

112名無しのひつじさん:2008/04/25(金) 17:06:05 ID:saHizTCs
日本人はユダヤの失われた12支族であることは明白
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1141736822/
     ↑
このスレッドのなか、1番上のレス読む必要なし。きちがいか?
アシュケナジーの人たちもユダヤ人でしょうが。

113名無しのひつじさん:2008/05/02(金) 22:35:15 ID:???
海の向こうからパペッタリー宣伝カキコ

114名無しのひつじさん:2008/05/06(火) 13:53:06 ID:taPIsFPg
> 天皇がユダヤ人なら、日本語や祭祀の中に目に見える形で多くの痕跡があるはず

ヘブライの館 2 THE HEXAGON 3F 古代ヘブライ研究室
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F/_floorA3F.html
http://hexagon.inri.client.jp/floorA0F/_floorA0F.html

日本人こそは“失われたイスラエル10支族だ”
     と主張するユダヤ人言語学者
        ヨセフ・アイデルバーグ
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb412.html

   ■A. 私は、実のところ14年の歳月をかけて、各地の言語を調べあげたのです。
       世界には、中米のマヤ人をはじめ、いくつも「失われた10支族」の候補となる民族があります。

       しかし、日本語のようにヘブライ語起源の言葉を多数持つところはありませんでした。
       優に3000語を超えるのです。

       ここで、重要なことは10支族が、この地に着いてから、2000年以上の時が流れたということです。
       その間、日本語は中国語や朝鮮語に影響を受け続けたのです。

       にもかかわらず私は、さらに500語のヘブライ起源の日本語を発見しました。
       そんなことは、世界中日本語ぐらいにしか存在しません。

※ ヘブライ語と日本語の、一致する言葉の数の多さ。
※ ページの下の方に図が出ています、「カタカナとヘブライ文字」の類似形の多さ。

※ これらの類似点は、CS衛星TVで放映されていた「キリストの棺」の、家族の名前が、
※ 一致する確立よりも、はるかに高い類似性と、考えられるのではないでしょうか。

115名無しのひつじさん:2008/05/06(火) 13:54:11 ID:taPIsFPg
>>114よりつづく 
神武天皇
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87

画像:Emperor Jimmu.jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Emperor_Jimmu.jpg
※ 【 絵の感想 】 お供の人の、「異国人らしい顔」が真実味?をおびていて、面白いと思いました。

神武東征
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E6%9D%B1%E5%BE%81

古事記
   『古事記』では、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は、兄の五瀬命(イツセ)ととともに、
   どこへ行けばもっと良く 葦原中国 を治められるだろうかと相談し、東へ行くことにした。
                  ^^^^^^^^^^^
日本書紀
   『日本書紀』では 神日本磐余彦天皇(カムヤマトイワレビコ)は 45歳の時、天祖ニニギが
   天降ってから 179万2470余年になるが、遠くの地では争い事が多く、塩土老翁(シオツツノオジ)
   によれば東に美しい国があるそうだから、そこへ行って都を作ろうと思うと言って、東征に出た。

葦原中国
^^^^^^^^^^^
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E5%9B%BD

   葦原中国(あしはらのなかつくに)とは、日本神話において、高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界。
   転じて日本の国土の異称。豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)とも呼ばれ、単に中津国(中つ国)とも言う。
   神々の住む天上世界である高天原と対比して、人間の住む地上世界を指すと考えられる。

116名無しのひつじさん:2008/05/06(火) 13:55:14 ID:taPIsFPg
>>114-115よりつづく  
ヘブライの館 2 THE HEXAGON 3F 古代ヘブライ研究室
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F/_floorA3F.html
http://hexagon.inri.client.jp/floorA0F/_floorA0F.html

「日ユ同祖論」の謎 LEVEL 2 「騎馬民族征服王朝説」と「日ユ同祖論」には接点があるのか?
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb204.html
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/_floorA3F_hb.html

   ●また、天皇の公式名「スメラ・ミコト」は、古代ヘブライ語アラム方言で「サマリアの大王」を意味し、初代神武天皇の
   正式名 「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」は、「サマリアの大王・神のヘブライ民族の高尚な創設者」という
   意味になっているという。「サマリア」とは北イスラエル王国の首都である。

   更に、天皇の古称「ミカド(帝)」はヘブライ語に訳すと「ガド族出身の者」という意味に当たり、ガド族の始祖ガドの
   長男の名前は 「ニェポン(ニッポン/英語ではジェッポン)」であったという。

   あと、「東方の日出づる国」は古代よりヘブライの民にとって「天国」を意味しているが、約束の大地カナンは
   「カヌ・ナー」の転訛としてヘブライ語で読むとき、 「葦の原」 を意味し、
                                ^^^^^^^^^^^^^
   「東方の日出づる国」はヘブライ語で「ミズホラ」と呼ぶので、日本の古名 「豊葦原(トヨアシハラ)ミズホの国」
   の意味が判明すると指摘する研究家もいる。                 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
   更に、大和朝廷の「ヤマト」はヘブライ語アラム方言では、「ヤ・ウマト」と分解され「神の民」という意味になるという。

117名無しのひつじさん:2008/05/06(火) 13:56:21 ID:taPIsFPg
>>114-116よりつづく 
<ユダヤ問題特集 第3章>  世界史最大の謎の1つ  失われたイスラエル10支族の謎とは?
http://inri.client.jp/hexagon/floorA1F/a1f1000.html#03
http://inri.client.jp/hexagon/floorA1F/_floorA1F.html

   ●興味深いことに、冒頭でも紹介した、紀元1世紀の著名な歴史家フラビウス・ヨセフスは、『ユダヤ古代誌』の中で、
   イスラエル10支族は膨大な数になっていて、ユーフラテス川の彼方に広がっていると記述していた。

   また、聖書外典の「第二エズラ書」は、以下のように、イスラエル10支族は絶対神ヤハウェを信仰し、
   過去と同じ過ちを犯さないために、信仰の邪魔する者が存在しない土地を目指したと伝えている。

       ------------------------------
       「これらは、ヨシア王の時代に捕らえられ、その領土から連れ出された支族である。アッシリア王シャルマネセルが
       これを捕虜として連れて行き、河の向こうへ移した。こうして彼らは異国へ連れて行かれた。

       しかし彼らは異邦人の群れを離れ、かつて人のやからが住んだことのない更に遠い地方へ行こうと相談した。
       それは自分の国では守っていなかった律法をそこで守るためであった。
       こうして彼らはユーフラテス川の狭い径を通って入って行った。」
       ------------------------------

日本人こそは“失われたイスラエル10支族だ” と主張するユダヤ人言語学者 ヨセフ・アイデルバーグ
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb412.html
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/_floorA3F_hb.html

   ■A. まさに、『古事記』『日本書紀』は形を変えた『旧約聖書』なのです。 神武東征神話も約束の地
   カナンへ旅するヘブライ人の記述に符合します。両者とも、東方にある神の与えた地を目指すのです。
(略)
   そして、古代日本人は、曽富里の東「葦原の国」へ着き、古代ヘブライ人はサハラの東「カナン」に着くのです。
   「カナン」とは、「CNNE-NAA」の合成語と考えられ 「葦原」 を意味します。
                                  ^^^^^^^^^^^

118名無しのひつじさん:2008/05/12(月) 17:19:13 ID:s2dcyQG2
日本人とチベット人は共通した遺伝子を持つ近親民族。
日本人とチベット人は、世界でも稀な古代血統とされる
Y遺伝子D系統を持つ民族である。

http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfree&page=11&nid=357060
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroups
http://www.familytreedna.com/pdf/Karafet_et_al.1997.pdf
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/89000/20070729118570733431677600.jpg

他のアジアの地域全体にはアジア系O系統が広く分布し、日本のすぐ
近くの朝鮮人や中国人がアジア特有のO系統であり、孤立したD系統を持つ
日本人・チベット人の異質さが際立って見える。

このY遺伝子D系統はY遺伝子YAP+型に含まれ、アジア人種よりも中東や地中海
沿岸等に分布するE系統の近親であり、Y遺伝子の中でも非常に古い系統の一つ
である。かつてE系統と縁が深いD系統は、漢民族属するO系統の進出により
多くが滅ぼされ、結果海に守られている日本列島を最大とし、同じく山岳の
チベットに残り、それぞれ日本人・チベット人として二つに別つ事態に追い込まれた。

D2系統はアイヌ人88%、沖縄人56%、本土日本42〜56%(参考までチベット33%)で、韓国はほぼ0%である。
アイヌにはアジア主流のO系統は無く、完全なD系統であり、本土日本人と沖縄人にはO系統が混ざっている。
それでも本土日本人のD系統は半数以上である。つまり事実上アイヌと本土日本人は大差がなく、
アイヌにアジア主流のO系統を足したのが本土日本人となる。

結論として日本人は基本的に共通して、アイヌ人〜本土日本人〜沖縄人まで
D系統(北方古モンゴロイド)がベースになっており、日本人3集団が持つ
D系統を持たない朝鮮民族・中国人は赤の他人と結論できる。

119名無しのひつじさん:2008/05/15(木) 13:12:55 ID:sYito2/w
225 :天之御名無主:2008/05/10(土) 08:42:07
古事記冒頭に記される、天地創造、時の始まりに存在する、
造化三神と呼ばれる天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神への言及は
古事記編纂時点までに、日本列島に神を父・御子・聖霊の三位一体と信ずる人々が渡来していたことに由来しているのでしょうか。

本伊勢、籠神社の81代当主の海部穀定宮司は昔、日本には一神教的信仰があったと述べています。
また、その神を呼ぶ際には様々な呼び名を用いていたと。

造化三神の高御産巣日神が天之御中主神の子であり、
天照大神が、元初の神でありつつ、人である、という考えは、
イエス・キリストを連想させます。

イエス・キリストへの信仰を持つ人々が何らかの理由で
まるで暗号のように彼らの信仰を別のものに偽装させつつ、
後世へと何かを伝えようと工夫した痕跡が、この日本に点在しているかのようです。


●元初の神の御子としての高御産巣日(タカミムスビ)の神
●大元霊神の御顕現神としての天照大神
●天照国照尊は、陰陽未分、五行発生に先き立つ大根本元神、元初の大神
●しかし、それらの神々は、究極は、大元霊神、元初の神の一元に帰着するのであって、
この究極の大神を、古事記は天御中主神と云い、書紀は国常立尊と云い、
神宮所伝では豊受大神と申し、神代本紀は、天譲日天狭霧国禅月国狭霧尊と申しているのである。
従って、これらの大元霊神は、勿論、異名同神であらせられる次第なのである。
●我国に於ては、記紀編纂の頃までに、既に、最高神の概念が、相当に変貌していたことが認められねばならぬ。
●日本の過去の神道に、相当古い時代から、大元神、大元霊神という字句が用いられている。
この大元神(大元霊神)は、一面、一神教の「神」に該当せられる御神格を有せられる。
現代的字句では、これを最高神とも呼んでいる。
■出典:海部穀定 「元初の最高神と大和朝廷の元始」

120名無しのひつじさん:2008/05/15(木) 16:24:58 ID:FbHs98K6
皆様。仏教とキリスト教は 相容れません。水と油です。 w

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/4145/1210417061/

121ツシマ:2008/05/18(日) 15:32:09 ID:fgK6tcNY
そういえば最近もケン・ジョセフ氏の「隠された聖書の国・日本」という文庫本が店頭に並んでいました。日本にはいろいろな民族・宗教・文化が渡来してたんですよね。シルクロードの西端の中東と東端の日本で文化のルーツが共通しているというのは一つの理屈かもしれません。しかし日本人が失われた古代ユダヤ10部族だとすると、イスラム教徒との争いに巻き込まれてしまいそうですね。やはりユダヤ教と古代キリスト教とが未分化だった時代の中東の文明・文化が日本に渡来していたということが結論じゃないんでしょうか?。皇室にクリスチャンが多いということも頷けますね。神道そのものが古代キリスト教やユダヤ教などの強い影響を受けていたわけですから。

122名無しのひつじさん:2008/05/27(火) 11:17:55 ID:p7mjrdgY
神道の方が、昔から日本に存在していたし、
日本に伝来し、日本に定着した「仏教」は長い年月に渡って変化し作り出されたもので
オリジナルの釈迦の説法と同一ではない。

日本の「仏教」は有神論的側面を持ち、ビルシャナ仏・大日如来といった最高仏への信仰が
記紀に見える元初の神への信仰と同一視されて奈良朝以後、神仏習合へと収斂していったのでしょう。

歴史的に見れば、古神道は、古代ユダヤ教と原始キリスト教の、
日本の仏教は、原始キリスト教と古代東方キリスト教の影響を受けているのでしょう。

日本のアイデンティティーが神道にあると言う命題の正否を論じるには、その前にアイデンティティーと言う言葉の
定義をしておかなければならない。

一般に、アイデンティティーとは、①同一性 ②心理学で言う自己同一性 ③(共同体などへの)帰属意識、と言った意味で
使われる。

日本、あるいは日本文化、もしくは日本人一般に関して使われる場合は、③の共同体としての日本社会への帰属意識、
として使われる場合と①、②を念頭に置いた上で③における共同体の独自性を論ずるために使われる。

すなわち、外国の共同体との根比較における日本の独自性の意味で使われるわけだ。その場合、日本のアイデンティティーとは、
日本を日本ならしむる本質的特性に他ならない。日本人の帰属意識における紐帯と定義することもできる。

以上をわかりやすく言えば日本人が日本人であるのは何によるのか?と言う問いかけへの答えと言うことである。

これは、神道をもって第一と考えるのが自然だろう。タイやチベット、スリランカにも仏教はある。しかし、神道は
日本独自の精神性を根幹にしているからだ。穢れを浄化する禊(みそぎ)の観念だ。あらゆるものに神性を感得する
多神教世界観だ。共同体としての日本社会の独自性、自己同一性、帰属意識の大本に神道を見出すのは、オーソドックスな
アプローチだ。日本人は神道的サイクルで一年をおくってきたが、それらは、生活に密接にかかわっている諸行事として、現在も
継続している。神道は生活に根ざした日本文化の根幹であり、いわゆる教義宗教とは一線を画している。神道を論ずる場合この点を
軽視してはならない。

123名無しのひつじさん:2008/05/27(火) 11:19:01 ID:p7mjrdgY
>>122よりつづく
●諸神の本宗、本地とも考えられる最高神の信仰は、
仏教の最高仏の信仰とも相通ずるものがあって、
神仏習合の説が成り立つに至った。天照豊受両大神が、尊無二と謂われるのは、
最高神、大元霊神に他ならぬと同時に、又、最高仏でもあらせられるという意味が、
神仏習合時代には含まれていたと考えられるのである。

●和銅養老年中、記紀撰進に至るまでの上古に、既に、元初の神、即ち、
大元霊神の信仰があり、その御名は、天御中主神、天常立尊、ウマシアシカビヒコヂノ尊、
国常立尊、豊受大神、天照大神など、様々に申上げていたが、奈良朝以後に至っては、
これら、大元霊神の信仰は、漸次、仏の最高仏の信仰の中に同化されて行くかのような状態が見られるに至った。

●豊受大神、天照大神は、何れも、天御中主神(亦名国常立尊)と申し、共に、
宇宙根元の大元霊神、最高の尊神であらせられる。依って、伊勢の古伝に、
天照坐豊受大神宮、或は、天照坐豊受皇大神宮と総称せられている所以が、其処に存するのである。

●天照国照尊は、陰陽未分、五行発生に先き立つ大根本元神、元初の大神

●伊勢の外宮に祭られている豊受大神は、農耕祖神であると同時に、
伊勢の所伝では、元初の神であると伝えられている。

●日本の過去の神道に、相当古い時代から、大元神、大元霊神という字句が用いられている。
この大元神(大元霊神)は、一面、一神教の「神」に該当せられる御神格を有せられる。
現代的字句では、これを最高神とも呼んでいる。

出典:海部穀定 「元初の最高神と大和朝廷の元始」

124名無しのひつじさん:2008/05/27(火) 11:38:26 ID:p7mjrdgY
日本のアイデンティティーは神道。これは、だれも否定できない。ところが、神道は
古代ユダヤ教そのもの。ゆえに、日本はイスラエル国家。これは、論理学の基本、三段論法。
神道をアニミズム起源の自然崇拝からのみ解き明かそうとするのは、”素人”。俗物の手法だ。

神道関係者の多くが、古代ユダヤとの共通点を認めている。宗教だけ渡来して、人間が
来なかったと考えるのは不可能だ。

伊勢の式年遷宮で運ばれる”御神体”の容れものを”御船代”と呼び慣わしているが、それは、
”船”のかたちをしているから。イスラエルの神器(三種の神器)をいれる容器をアークというが、
アークとは、船のことだ。この一致は偶然か?そもそも、イスラエルのアークと神社の祭りの神輿
(みこし)が外見、酷似しているのは、なぜか?なぜ、神社には偶像(崇拝)が存在しないのか?
神主の服装が古代イスラエルの神官のそれと極めて似通っているのは何故か?礼拝前に手水桶の清水で
口と手の禊(みそぎ)をする共通の習慣は、何故か?塩で清める風習、種をいれないパンに相当する餅
を新年に食するのは、何故?産後の日立ちの母親の穢れの観念の共通性は何故?何故が多すぎると思わ
ない人は、想像力も推理力もなさ過ぎるだろう。勝負はすでについてるのだよ。

125名無しのひつじさん:2008/06/02(月) 13:15:24 ID:p7mjrdgY
☆★☆「天御柱」とは。。。
「伊勢二所大神宮の御本殿の大神床下に、天御柱が存在して、
その床上に、天照豊受両大神の御霊実が御座あらせられることは、
両大神の本津大神霊が、大元霊神であらせられることを意味するものであろうと考えられる。
天御柱を根基として、その上に鎮まりますことは、
天照豊受両大神が、大元霊神と御一体であらせられることを
表明しているものであろうと考えられるのである。」

籠神社第八十一代宮司 海部穀定 「元初の最高神と大和朝廷の元始」

「日本の過去の神道に、相当古い時代から、大元神、大元霊神という字句が用いられている。
この大元神(大元霊神)は、一面、一神教の「神」に該当せられる御神格を有せられる。
現代的字句では、これを最高神とも呼んでいる。」

籠神社第八十一代宮司 海部穀定 「元初の最高神と大和朝廷の元始」

「しかし、それらの神々は、究極は、大元霊神、元初の神の一元に帰着するのであって、
この究極の大神を、古事記は天御中主神と云い、書紀は国常立尊と云い、
神宮所伝では豊受大神と申し、神代本紀は、天譲日天狭霧国禅月国狭霧尊と申しているのである。
従って、これらの大元霊神は、勿論、異名同神であらせられる次第なのである。」

籠神社第八十一代宮司 海部穀定 「元初の最高神と大和朝廷の元始」

126名無しのひつじさん:2008/06/02(月) 13:16:42 ID:p7mjrdgY
>96
>デムパではなく史実としてだが、伊勢神宮は
>三社あったことは知っているのですかいな。
>103
>財団法人「三井文庫」が所蔵している
>「伊勢両宮之図」の2枚

飛鳥昭雄氏が主張するところによれば、
八咫烏という組織に属する人物から、伊勢神宮が昔、
外宮・内宮ともに、三つの正殿(本殿?)をもっていたことの証拠が
伊勢神宮御神庫と三井文庫にあるとの話しを聞いたということのようだ。
その会見時期は文脈から2001年前後か。その単行本の初版は2002年初頭。

その本(心御柱の謎)に、その三井文庫所蔵の「伊勢両宮之図」のモノクロ写真が載っている。
確かに、外宮・内宮ともに、三つの本殿がある。

神社古図集にも「伊勢両宮之図」のモノクロ写真が載っている。
妙なのは、飛鳥氏の本の、内宮の方の「伊勢両宮之図」は、
神社古図集の「伊勢両宮之図」の鏡像つまり左右反転、逆になっている。
外宮の方の絵については同じなのに。

Amazonで確認できる神社古図集の表紙絵には、「伊勢両宮之図」のうちの外宮の絵が使われている。
左側中央に、塀に囲まれた中に、三つの本殿が確認できる。

失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎
http://www.amazon.co.jp/dp/4054015646

神社古図集
http://www.amazon.co.jp/dp/4653018197
http://ec2.images-amazon.com/images/I/51xF9soEntL._SS500_.jpg

127名無しのひつじさん:2008/06/02(月) 13:17:43 ID:p7mjrdgY
この本によると、蛇が巻き付いた十字架らしい。
  ↓
『日本の中のユダヤ文化』 久保有政著
http://www.gakken.co.jp/mu/books.html

この本の著者が運営している英語版ウェブサイトだけど、海外のユダヤ人がBBSに
多数書き込んでいて交流が行われているそうだ。
著者はイスラエル政府関係者に招かれたりしているんだって。
        ↓
Israelites Came To Ancient Japan
http://www5.ocn.ne.jp/~magi9/isracame.htm


207 :天之御名無主:2008/05/09(金) 00:33:59

昭和天皇がマッカーサーに
「日本をキリスト教の国にしたいが、どうか」
と語った事があるそうだ。まさか、知っていたのか…

209 :天之御名無主:2008/05/10(土) 08:26:12
>207 それは実話か?

211 :天之御名無主:2008/05/10(土) 15:21:41
>209
「天皇のロザリオ」でググると分かる
「昭和天皇 マッカーサー 日本をキリスト教」のキーワードでググると…かなり

128名無しのひつじさん:2008/06/02(月) 13:19:04 ID:p7mjrdgY
というか、ユダヤの影が日本にあるというのは昔からまことしやかに言われていて、
祇園祭とシオン祭りの共通性なんかはテレビ番組でも取り上げられてる。

質問するなら外宮の神主にすべきだな。
ちなみに元伊勢の神主はユダヤとの関連性を認めてもいる。
伊勢外宮の豊受神が秦氏の振興していたアメミノナカヌシ神そのものであることは
物証がある。もし秦氏がユダヤ人なら、つまり豊受神はユダヤの神ヤーウェということだ。
十字架があるなら外宮だろう。内宮は皇祖神アマテラスを祭ってるんだから。

だがもし、内宮の方にあったら、これはかなりスキャンダラスだ。

天照は、もともと男神と伝承されていた、という説がある。
また、天照を、人となった元初の神(天之御中主神)であるという伝承・考えもあるという。

光であり、人となった神、といえば、イエス・キリスト。

天照を祭る伊勢神宮の内宮に、もしもメシアなるイェシュアの架けられた木、
あるいはその象徴があったら、驚きですね。
もし、あるなら、公開されたとき、日本には活力がみなぎりそうだ。

↓の動画の7秒あたりに、祇園祭の山鉾の後方に、
十字架が立てられているのが見える。
白と赤の布、それに、金色に輝く珠を十字架の先端に付けている。
どういった意味が込められているのだろう。
         ↓
昭和12年 祇園祭 (カラー映像)
http://jp.youtube.com/watch?v=zDJ9NzL_1sY

129名無しのひつじさん:2008/06/02(月) 13:20:26 ID:p7mjrdgY
>>122-128よりつづく

群馬県の古墳からも十字架とJNRIと書かれた銅板が江戸時代に
発掘され、話題になっていたようですね。十字架と銅板は今何処に?

---------
松浦静山(江戸時代後期、長崎の平戸の大名)の随筆集『甲子夜話続編6』より

”JNRI”

この蛮文、上野国(今の群馬県)なる多胡羊大夫の碑の傍より先年石櫃(石の棺桶)
を堀出す。其内に古銅券(JNRIと書かれた銅板)あり。その標題の字この如し。其後
或人、蛮書「コルネーキ」を閲するに、耶蘇刑(イエスの磔刑)に就の図ある処の、
像の上に横架を画き、亦この四字を題す。因て蛮文通達の人に憑て彼邦の語を糺すに、
其義更に審にせずと。
多胡碑の文、和銅四年三月(西暦711年)と有り。この年は元明の朝にして、唐の
睿宗(第5代皇帝)の景雲二年なり。今天保三年(西暦1832年)を距ること千百廿年。
(1121年)されば彼蛮物は何なる者ぞ。
古銅券と横架の文と同じきこと、疑ふべく、又訝るべき者。
前編六十三巻に、この碑下より十字架を覩出せしことを挙ぐ。蓋是と相応ずるとこと
ならん。尚識者の考を俟つ。

景教(キリスト教・ネストリウス派)の宣教師団は西暦635年に唐朝・長安(現在の西安)に到着している。

まずはここを全部よめ。お前らの初歩的な疑問は全て解明されている
日ユ同祖論が真実ならば・・・。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/min/989770047/

130名無しのひつじさん:2008/06/05(木) 18:09:28 ID:7Zai7udM
Aはユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグ
■A. 私は、実のところ14年の歳月をかけて、各地の言語を調べあげたのです。
世界には、中米のマヤ人をはじめ、いくつも「失われた10支族」の候補となる民族があります。
しかし、日本語のようにヘブライ語起源の言葉を多数持つところはありませんでした。優に3000語を超えるのです。
ここで、重要なことは10支族が、この地に着いてから、2000年以上の時が流れたということです。
その間、日本語は中国語や朝鮮語に影響を受け続けたのです。
にもかかわらず私は、さらに500語のヘブライ起源の日本語を発見しました。
そんなことは、世界中日本語ぐらいにしか存在しません。

■A. 神武東征のころでしょう。10支族がサマリアを出て、しばらくして神武東征が開始されています。
天皇の公式名スメラ・ミコトは古代ヘブライ語の一方言で「サマリアの陛下」を意味しますし、
神武天皇の正式名“カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト”は、
「サマリアの皇帝、神のヘブライ民族の高尚な創設者」という意味になるのです。

■A. ええ、神武天皇が定めた“アガタヌシ”は(AGUDA-NASI)で「集団の長」を示し、
“ミヤツコ”はヘブライ語で「代表者」の意となります。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb412.html
http://dateiwao-id.hp.infoseek.co.jp/izanagiizanami.htm

イザナギは左から柱を廻り、イザナミは右から廻る。そして出会った時にイザナミは
「あなにやし、えおとめを」といい、イザナミは「あなにやし、えおとこを」と答え正式に結婚した。

*注1「あなにやし」はヘブライ語「私は結婚する」の意味。

以前は日ユ同祖論って、トンデモ話だと思っていたが
「日本書紀と日本語のユダヤ起源 (著)セフ アイデルバーグ」という本を読むと
「天皇は朝鮮起源」より遥かに根拠のある話だということがよくわかります。

☆天皇はユダヤ民族、もし証明されたら
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1165662353/l50x

131名無しのひつじさん:2008/06/08(日) 18:15:28 ID:7Zai7udM
**秦氏の末裔・一族 氏姓一覧

・秦 端 畑 畠 幡 波太 波多 羽田 ・・・等、文字に拠らず「ハタ」音。
・上や下に「川」「中」「野」や「田」「山」等々他 添え字が付く物。
 幡野 畑山 広幡 古畑・・等、文字に拠らず。
・八田(はった からの転訛 やだ やた はつだ・・)
 矢田 初田・・・等文字に拠らず。
・半田(はんだ)羽田(はねだ)八幡(はちまん・やはた)
 服部(はっとり)等の「ハタ」音のもの、字に拠らず変形・別読み。
・長谷(川) 馳 土師 等「ハセ」音、等字に拠らず。
・波陀(はだ)川端(かわばた) 等 濁り音、字に拠らず。
・他 H音+T音 D音 B音 等でハタに近い物。

他に、音、文字などによらない物

神保 宗 惟宗(これむね)島津 辛島 越智 常 粟田 井手 赤染
岡谷 阿部 芦屋 曽我部 石川 道守 森 原 林 三林 三木
三角(みすみ)三宅 三井 三園 見上 小宅 小松 小野 太田
小田 大野 大川 田村 多田 多賀 万田 茨田(まむた)藤原
富士 中澤 長沢 長田 長蔵 大蔵 高尾 高橋 桂木 桂 勝
川勝 二条 加茂 八坂 宇治 出雲 月城 月形 月影 佐伯

以上の物の他、異字同音・同字異読等一連全て。
例 長蔵=永倉=名賀倉など 字は違っても、みな同じ秦氏
  桂木=葛城。見上=三上など字が違うが読みが同じなのも同様。
  八田(はった、はちだ、やだ・・・)など読みがちがっても漢字が同じなら。

・・が秦氏の末裔の可能性あり。

132John Doe:2008/06/12(木) 23:08:15 ID:???
d9fab1797dceed271c31d60e31589248

133この子です。:2008/06/14(土) 07:46:08 ID:naFqMEVo

とある事をすると日記を更新している女の子のサイトです。
むちゃくちゃ生々しい文章なので初めは衝撃受けました。

中毒性が高いので注意が必要です。

http://www.geocities.jp/kongu0548s/has/

134名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 17:49:21 ID:p7mjrdgY
おれ的には長野県の諏訪大社の存在。本宮の御神体は守屋山。モリヤとはエルサレムの古い呼ばれ方。
アブラハムが長男イサクを神に捧げようとした山。

そして諏訪大社の祭神をミシャグジと言う。これを発音的にローマ字化して書くとMisyagujiであるが、
漢字の表記は「御左口」と言う当て字が用いられているのでミサクチと言うのが古い発音であると思われる。
ミサクチをローマ字化すればMisakuti或いはMisakuchiとなり、アブラハムの長男イサク=Isakuの名が
織り込まれていることがわかる。

しかも諏訪大社の御頭祭と言う祭りは、少年を生贄(いえにえ)として捧げようとする神官を神の使いが少年
が、まさに神官に屠(ほふ)られる直前に止めに入ると言う一連の行為を儀式化しているのである。これは、
旧約聖書に記述されているアブラハムが我が子イサクをモリヤ山で神に捧げようとして神の使いに止められた
行為そのものなのだ。ここまでの一致を偶然と呼ぶのは苦しいだろう。しかも、このミサクチ信仰は、縄文時代
から東日本に存在する狩猟祭礼らしい。弥生時代ではない。縄文だ。

135名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 17:51:17 ID:p7mjrdgY
連レスだが、日猶同祖論は普通、大和朝廷成立前後の日本へのユダヤの影響を
考察する例がほとんどだ。しかし、大和朝廷成立以前、古墳時代よりはるか昔、
稲作の伝来と同一視されている弥生時代よりもさらに遡った縄文時代こそ本当
の日本の神道の姿があり、ユダヤとの関わりもその時代にまで遡るべきなのだ。
古事記や日本書紀は権力者の思惑で言いように書かれた官製の神話、歴史。無論、
最大の参考文献ではあるが、縄文の日本を考えるには、新しすぎる時代の資料なのだ。

縄文時代といってもな、東北地方や中部地方は8世紀まで続縄文時代
が続いていたんだよ。だから縄文時代=弥生時代の前、と決め付けては
いかんのだよ。
縄文文化と弥生〜平安時代までの文化は共生していたのだからね

136名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 19:52:13 ID:taPIsFPg
北九州の宇佐文化圏にある重籐遺跡で発見された2〜3万トンもの鉄滓跡は、
古代に一大精錬所があったことを物語り、ソロモン時代の赤土を精練して鉄を
とる方法と同じである

王の命でタルシン船団で遠洋航海したヘブライ人、鉄の民ヒッタイト人、航海術
に長けたフェニキア人でなる一団がマレー、海南島などに製鉄拠点を築いた後、
渡って来たものと考えられている。(*19)

北九州一帯から西日本、中部にかけての謎の岩文字(ペトログラフ)は現在まで
に七十箇所六百点以上見付かっているが、シュメール古拙文字なる絵文字である

シュメール文化を引き継いだヒッタイト人によるものと解釈されている。(*23 )

セム系のアブラハムは前2000年頃、シュメール文化の中心地、首都ウルで生まれました。
両親と住みながらそこで彼はシュメール人のサラを妻に迎えます。

日本人=ヘブライ人ではなく、日本人=シュメール人じゃないかと疑っている。
つまりサラが日本人なんだと、理由は勘だけど。
旧約聖書はシュメール文化を拝借しているので、勢い日本文化と似てくる。

アブラハム自身はセム系ですが、西アジアの文化圏においては母方の血縁が人種を決定する
最終の判断基準とする場合があるため、アブラハムの妻サラから生まれる子孫はシュメール人
と言うことになる。
結局、ユダヤ人=シュメール人(セム系シュメール人)=日本人(純粋シュメール人)

☆世界を驚愕させた日本のペトログリフ群
http://f35.aaa.livedoor.jp/~shinri/petoro.html

137名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 19:58:58 ID:taPIsFPg
☆古事記は日本語の聖書版であった
http://homepage2.nifty.com/greatnoon/

聖書(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9B%B8
ユダヤ教の聖書  詳細は旧約聖書を参照

ユダヤ教において、聖書とは、紀元前4世紀までに書かれたヘブライ語およびアラム語の文書群。
律法と呼ばれる文書(モーセ五書)を核に、預言書(神からの啓示である預言の記述)および歴史書、
諸書と呼ばれる詩や知恵文学を加えたものをさす。

キリスト教でいう旧約聖書と内容は同一である。紀元前4世紀ごろには、
この文書群が、「聖書」つまり統一された1つの書物として認識されるようになった。

古事記 (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BA%8B%E8%A8%98
古事記(こじき、ふることふみ)は、その序によれば、和銅5年(712年)太朝臣安萬侶
(おほのあそみやすまろ、太安万侶)によって献上された日本最古の歴史書。

日本書紀 (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80
日本書紀(にほんしょき、やまとぶみ)は、奈良時代に成立した日本の歴史書である。
日本における伝存最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人(とねり)親王らの撰で、
720年(養老4年)に完成した。

・ ユダヤ教の聖書  、が書かれた時期は、【 紀元前4世紀 】ころ。
・ 古事記、日本書紀、が書かれた時期は、【 紀元後8世紀 】ころ。
その差は「12世紀」なので、すなわち「1000年以上の時間差」が、存在することになりますね。 と言うことで、
日本の「古事記」や、「日本書紀」とは、【 形を変えた旧約聖書だと 】する説は、
少なくとも「 時間的な観点からの矛盾 」は生じず、有り得ることだと、言えるのではないでしょうか。

138名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 20:01:22 ID:l6VTH9BU
☆日本とユダヤのハーモニー
http://www.naritacity.com/journal/japan/index.asp

☆〜 軍 需 産 業 〜   628−677
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/kikai/1000343809/628-677
↑( ヘブライ民族やユダヤ教の話題なども、出ています。)

「ユダヤ人」って言うのは、2支族の中の「ユダ族の末裔」を言うのでしょう。
日本に来たのは、主に10支族の人のようだから、「ヘブライ人」と呼んだほうが、
当たっているのではないかな。

いまの定義では、そのとおりです。
ですが、失われた10支族もイスラエル人としての
末裔であり北イスラエル王国の国民でした。

ですが、あなたの指摘も正しい。
あえて言うなれば「イスラエル人」と
言うべきところなのですが、現実にイスラエル国家が
現存しリアル「イスラエル人」が現存している状態では
それはそれで混同を呼ぶ。

よって今のところそれら10支族等をユダヤ人と
呼び習わしていると言う事。

139名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 20:02:29 ID:l6VTH9BU
神道の、大祓の祝詞には、罪が列挙されています。
それらは旧約聖書に記述される罪とよく似ています。
アイデルバーグ氏の本に具体的な指摘があり、私も探してみました。

■天つ罪

●畔放(あはなち) - 田の畔を壊すこと
●溝埋(みぞうめ) - 田に水を引くために設けた溝を埋めること
●樋放(ひはなち) - 田に水を引くために設けた樋を壊すこと
●頻播(しきまき) - 他の人が種を蒔いた所に重ねて種を蒔いて作物の生長を妨げること
         (種を蒔く事で耕作権を奪うこととする説もある)
 ⇒レビ記 19:19(二種類の種をまくことの禁止)
●串刺(くしさし) - 他人の田畑に自分の土地であることを示す杭を立てること
 ⇒申命記 5:21、19:14、27:17
●生剥(いきはぎ) - 生きている馬の皮を剥ぐこと
●逆剥(さかはぎ) - 馬の皮を尻の方から剥ぐこと
●糞戸(くそへ) - 祭場を糞などの汚物で汚すこと
 ⇒出エジプト記 29:14、レビ記 1:14-16、レビ記 16:27

140名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 20:03:36 ID:l6VTH9BU

■国つ罪

●生膚断(いきはだたち) - 生きている人の肌に傷をつけること
 ⇒レビ記 19:28
●死膚断(しにはだたち) - 死んだ人の肌に傷をつけること
 ⇒レビ記 19:28、申命記 14:1
●白人(しろひと) - 肌の色が白くなる病気
 ⇒レビ記13:2-17
●胡久美(こくみ) - 瘤ができること
 ⇒レビ記 13:18-23
●おのが母犯せる罪 - 実母との相姦(近親相姦)
 ⇒レビ記 18:6-8、20:11、申命記 27:20
●おのが子犯す罪 - 実子との相姦
 ⇒レビ記 18:6、17
●母と子と犯せる罪 - ある女と相姦し、その後その娘と相姦すること
 ⇒レビ記 18:17
●子と母と犯せる罪 - ある女と相姦し、その後その母と相姦すること
 ⇒レビ記 18:17、20:14、申命記 27:23
●畜犯せる罪 - 獣姦
 ⇒レビ記 18:23、20:15-16、申命記 27:21
●昆(は)ふ虫の災 - 地面をはう虫(昆虫やムカデ、蛇など)による災難
 ⇒レビ記 11:20-23、11:42
●高つ神の災 - 雷など天災地変による災難
 ⇒申命記 28:15
●高つ鳥の災 - 空を飛ぶ鳥による災難
 ⇒レビ記 11:13-19、申命記 28:49
●畜仆し(けものたおし)、蠱物(まじもの)する罪 - 家畜を殺し、その血で他人を呪う呪い(まじない)をすること
 ⇒出エジプト記 21:28、22:30、レビ記 3:17、22:28、申命記 12:23、14:21(動物関連)
 ⇒レビ記 19:26、19:31、20:27、申命記 18:10-11(占い呪詛関連)

141名無しのひつじさん:2008/06/24(火) 20:13:11 ID:l6VTH9BU
天つ罪・国つ罪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E3%81%A4%E7%BD%AA%E3%83%BB%E5%9B%BD%E3%81%A4%E7%BD%AA

六月晦大祓祝詞
http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%85%AD%E6%9C%88%E6%99%A6%E5%A4%A7%E7%A5%93%E7%A5%9D%E8%A9%9E

613のミツワー
http://ja.wikipedia.org/wiki/613%E3%81%AE%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%AF%E3%83%BC

日本語聖書検索サイト eBible
http://ebible.echurch-jp.com/

142名無しのひつじさん:2008/06/30(月) 13:46:55 ID:TBYoQz3o
東北地方在住ですが、方言で、母親のことを「アバ」と呼びます。
父親のことを」「アバ」という地域もあるそうですが。
「アバ」とはヘブライ語で「父親」のことを言うそうですね。不思議ですね。

『古事記』に出て来る〝いざなぎ〟〝いざなみ〟の夫婦が実は古代ユダヤの
預言者イザヤ夫妻のことであるという説をインターネットで読んだことがあります。
つまり、「契約の聖櫃」を船で東方に運んで、日本の淡路島に流れ着き、四国の
剣山にそれを秘匿したのは預言者イザヤ夫妻を中心とする人々だったということです。
奇想天外にも思えず、私はすんなり納得できました。錯覚かな?

ヤマタイや大和(ヤマト)は「ヤゥマトゥー(神の民)」だろ?

「申命記 28:64」
主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、
あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。

143名無しのひつじさん:2008/07/08(火) 11:11:30 ID:p7mjrdgY
長江文明を担ってたと思われる倭人、越人(渡来系弥生人)のY染色体(O2b)
大和民族を決定ずける(縄文系弥生人)のY染色体は(D2)である。

アイヌ        0 %  (D2  88%)
東京         26%  (D2  40%)
北琉球、沖縄   30%  (D2  39%)
南琉球、八重山  67%  (D2  4%)
漢民族、華北   0%   (D2  0%)
チベット       0%   (D1  16%  D3 33%)
朝鮮族       51%  (D2  0%)
満州族       4%   (D2  0%)
漢民族、華南   0%   (D2  0%)
ベトナム      14%  (D1  3%)
インドネシア    20%
タイ          6%
ミャオ族       0%   (D1  7%)
マレー        0%   (D1  3%)

ウラルアルタイ語族⊃日本語。しかし、
専門的には史料(資料?)不足で呼び名が決まってないと困るので
とりあえず「ウラルアルタイ語族」って呼んで研究を進めてる段階だそうな。
●アルタイ語族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%A4%E8%AB%B8%E8%AA%9E
アルタイ諸語を共通の祖語をもつアルタイ語族があるとする説は古くからあるが、
3グループは数詞などの基礎語彙が全く違うため、少なくとも伝統的な比較言語学の手法によってアルタイ祖語を復元し、アルタイ語族の存在を証明することは
困難であり、そもそもアルタイ語族というものは存在しないと考える言語学者も
多い。 ウラル語族(ハンガリー語、フィンランド語など)とあわせてウラル・
アルタイ語族を構成するという説もあった。
●同「日本語の起源」。オーストロネシア語族説も触れられてるね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

144名無しのひつじさん:2008/07/08(火) 11:31:38 ID:p7mjrdgY
魏志倭人伝には倭人が断髪をしていたなんて書かれていない。
倭人の男子は皆、髪を結って露わにし、木綿を頭に巻いていたと書かれている。
男子皆露? 以木緜招頭
http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm

そのあたりで最も謎なのが日本語だよな。
現代の日本語の祖になる弥生語を使う集団が日本列島に現れて
エミシ語を話す縄文人を追いやり融合していったわけだが
両者は言語が違い通訳を必要としたとの記述があるし別民族であることは確実。
そして日本語に似た言語が大陸には現存しないし、
日本語の地名と思われるものも大陸や半島にほとんど無い。
または任那時代に日本が進出したときの名残みたいなものに限定される。
しかし例えば東北にはアイヌ語を起源とする地名がいくつもある。

これらを総合すれば、現代の日本民族文化の基礎を成す弥生民族は
大陸からの移民を受け入れたにせよ、やはり九州やせいぜい半島南部などに居た
海洋民族なのではないか?と思われる。
現代の韓国人とは言語が明らかに違うし、別民族だ。
あくまで帰化した渡来人は居たかもしれないが、倭族は倭族で、どっかに居たんだろう。

問題はそこがどこなのか。痕跡が近隣に無いという謎。
考えられるのは、「元から居た」か、「めちゃめちゃ遠くから旅をしてきた異文化の大集団」しかない。
ユダヤ10支族なんて説が一定の説得力を持ってしまうのはそのへんにある。

ユダヤでないにしても、チベットやウイグルあたりに居た民族が民族大移動をしたものが弥生人というのは、
俺は本当にあり得ると思う。
日本人に明らかに特有な遺伝子セット、HLA-B52-DR2の流れもそのルートを追認してしまうし。
この集団が一体なんなのか?なんでそこまで民族全体で大移動してきたのか?が謎なのだが
中央アジアの遺跡や人骨の遺伝研究が将来明らかにするかもしれないな。

145名無しのひつじさん:2008/07/08(火) 11:58:17 ID:p7mjrdgY
YAP+をある程度持っているグループの分布で、
ハプロタイプD系統が多い日本・チベットなどとともに、
ネイティブアメリカン(特にアリューシャンに近いとこのイヌイット)が
これを持っているとのことらしいけども、

・中東とかその周辺に多いハプロタイプE系統Y染色体
・日本・チベット・チワン・スンダランドの一部のハプロタイプD系統

の2系統のハプロタイプ以外で(C系統とかが)YAP+あたるY染色体が存在するのか、
もしくは古い資料が誤っていたのか、ハプロタイプにはあまり関係が無いのでしょうか?

このまえテレ東の関東日本王国の番組みたけど
関東は日本ではとくに古墳時代の馬具の出土が多く、
古墳時代の馬場の跡も多数みつかるのは関東だけだとか
ともかく西日本の大和にはそのような痕跡はほとんど見られないことから
関東日本王国は大和王権と平行して存在したとか言ってたけど

実際には埼玉のサキタマ古墳の鉄剣銘の雄略天皇ワカタケルの支配した土地
ということが書いてあるように、大和の天皇に支配されてたのは確実なんだが

つまり西日本には馬を持たない文化があり、たぶんこちらのほうは倭国からの流れを汲むもので
東日本には馬の文化があり、倭には元々馬がいなかったことからも、
騎馬民族と文化が関東に集中して流入したのは確実なことで

元々関東というのは毛人(縄文・アイヌ)の土地であったが、天皇がそれを討伐する際に
天皇が渡来人に帰化の許可を与えるかわりに関東の開拓と毛人討伐を条件にしたので
関東に集中的に帰化騎馬民族を投入、その結果が馬の多さということだろう

146名無しのひつじさん:2008/07/08(火) 12:00:03 ID:p7mjrdgY
●10年以上前の宝来博士の調査結果
本州日本人 ミトコンドリアDNAのタイプ

日本人固有タイプ     4.8%
韓国人に多いタイプ   24.2%
中国人に多いタイプ   25.8%
アイヌに多いタイプ     8.1%
沖縄に多いタイプ     16.1%
5集団以外のタイプ   21.0%
----------------------------------------------------------------
***この研究結果のおかしい部分***

・韓国人に多いタイプなど存在しない=韓国に多いタイプ=モンゴル・扶余人の遺伝子である

・日本人固有タイプとアイヌを分けた意味が分からない。
 アイヌが原住民とされるなら日本人固有タイプもアイヌであるはず。 
 日本人固有が少ないことを強調したかったんだろうか。

・5集団以外のタイプが何なのかを公表しないのがおかしい。
 おそらく中東・北アフリカ地域によく見られるYAP+遺伝子だと思われる

正しいタイプ分け

韓国人に多い蒙古扶余タイプ24.2%
中国人に多いタイプ      25.8% 
日本人固有(縄文+アイヌ)   12.9%   ̄|
沖縄に多いタイプ        16.1%   |─あわせて50%
以外のタイプ          21.0% _|

147名無しのひつじさん:2008/07/08(火) 12:01:37 ID:p7mjrdgY
まだまだ情報(特に日本語の)が少ないが、Y染色体ハプログループで系統が
はっきりと判るようになってきてるみたいだな。

おそらく縄文人と考えられそうな日本人列島人(琉球・本土日本・アイヌ)の半分を占める
なおかつほぼ日本人のみしかもたないD2(50%前後)とC1(10%弱)の2系統が、
古い時代に中東orアフリカの角からユーラシア南縁の海岸沿いに移動してきた、
C系統とD系統の末裔だというのは、理解できた。
C系統は寒帯から熱帯まで広く残ったが、D系統は中緯度の日本とヒマラヤ周辺(D1、D3)のみ
多くの人数で残っているのは面白いね。

それで御願いなんだが、アイヌ・青森・東京・静岡・徳島・九州・沖縄諸島・先島諸島での
各ハプロタイプ頻度についてはデータがあるが、日本の歴史的な中央部といえる、
近畿・中部三県あたりの詳細なデータが見たいんだが、ないのかな。

あと、中国の華中(長江流域、アジア大陸で珍しくA型が多い地域)と、
狭義の華南(広東省あたり、アジアで珍しくO型が多い地域)の
それぞれ別々の頻度がわかるデータがあれば見てみたい。

父系だけの一系で伝わるY染色体のハプログループが
系統とかルーツを調べる上で、基本になるとの前提で言うが、
D系統の祖型は、ユーラシアの南のアンダマン諸島とかには残っているが、
中央アジアに残っているというのは聞いたことが無い。

スレを観てみると、北方の内陸シルクロード(草原ルートかオアシスルート)に
拘る人がいるらしいが、
最も日本人の約半数のD系統についていえば、
現代人については、日本(人口で圧倒的に多い、ほとんどがD2)と
ヒマラヤ周辺(D1、D3)がほとんどだから、今の東南アジア人のほぼ全員と
この面では共通性は無い。中国の南西沿岸部ともD系統について共通性は無い。
なのでもしも南方系が嫌いという理由ならば、気にする必要は無い。

148名無しのひつじさん:2008/07/10(木) 13:02:51 ID:l6VTH9BU
それでついでにD系統とともに来たと思われる日本人の1割程度のC系統についてだが、
日本人には、南方アジア太平洋(旧スンダランドやサフルランド)に大変多いC2またはC4は
ほとんどいない。また同時に、北方アジアに非常に多いC3系統も少ない。
日本人にだけみつかるC1系統が多い。

そこで少し細かくなるが重要なのが、アイヌだけはC3があるがC1はない。
また反対に、沖縄には日本人に多いC1はあるがC3は全くない。
アイヌ以外の日本本土人でC1よりC3の方が多いのは九州に限られる。
なので、C系統の先祖自体は航海が得意で、アフリカからユーラシア南縁を移動して、
一部は南の太平洋の島々まで拡がったが、
北方へは日本列島・樺太経由でモンゴルやシベリアへC3として拡がったことが判る。

本土日本人でも九州とかで少しC3がいるのは、後の時代で今度は本当に
南下した渡来人の影響だろう。
ちなみに日本に地理的には近い朝鮮半島人には、
C系統が日本人よりも多いが、C1はなく北方系のC3のみとなる。

149名無しのひつじさん:2008/07/10(木) 13:46:30 ID:l6VTH9BU
以下のスレッドもあわせてどうぞお読みください。
さまざまな意見があります。

どうぞ、イスラエル十二支族ともどもに主を拝し、
イエス・キリストの救いにあずかる時が、御言葉のままになりますように。
聖書の御言葉をとおして主が日本に約束してくださっていることを、
いつまでも覚えていたいものです。アーメン
       ↓
■■神道とキリスト教のつながりについて
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/729/1174878290/

150名無しのひつじさん:2008/07/15(火) 12:58:17 ID:s2dcyQG2
神の語源を考えた。

神のネは示で、申は雷のことだという。雷を示すのが神なのだ。
では雷そのものが神なのではないか。と。
出雲大社の注連縄を見れば分かる。
厚い雷雲から稲光と雷鳴が轟いている様が注連縄だ。
神社の神様は雷そのものなのでそれを示すために注連縄を張っている。

実はかみなりは、カミイナリ。神稲荷なのだと思われる。
なぜ雷に稲光、稲妻など稲をつけるのか。これは稲荷が関係している。
じつは稲荷とはユダヤ人の王ナザレのイエスの略、INRIが語源だと思われる。

つまり稲荷はイエスキリストのことなのだ。
雷雲は聖書の中で雷雲として表されるヤハウェであり、
神道とはキリスト・ヤハウェ信仰そのものだったのではないか。
それはおそらく卑弥呼の時代にはすでに渡来していたものと思われる。

魏志倭人伝で壱岐國南部は伊波田という地名が付いている。
これはイェフダーでありユダヤのことだ。
魏志倭人伝で国名の頭文字にやたらとヤが多いのはヤー=神を示すからだろう。

漢字で音写した結果、漢字表記は実際の発音とは正確性に欠けるものとなる。
漢字とは外国語をそのまま表すには不都合なものだ。
邪馬台国も実際にはゼベダイなのではないか。
卑弥呼はフィリポに近かったのでは。いずれも聖書の中の聖人の名に近い。

すでに2世紀には倭国30国のうち数カ国がユダヤ・キリスト教国だった。
魏人はこれを不都合とみたのか詳しく書いていない。
キリスト教は鬼道と表記している。cristのcriを鬼(qui)に当てたのだろう。
中国人は周辺を異民族と見るや邪だの卑だの汚い言葉を当てる人々だ。

151名無しのひつじさん:2008/07/15(火) 13:15:14 ID:s2dcyQG2
YDNA移住図
http://www.kerchner.com/images/dna/ydna_migrationmap_(FTDNA2006).jpg
問題なのはここでYDNA Dがあたかも日本発のように描かれていることにある。これはアイヌにYAP+
があることを強調しすぎたために起こったことと考えられる。実際は、
mtDNA移住図
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/37/Map-of-human-migrations.jpg
ここにあるGとかFのような経路であり、インド亜大陸、新大陸に足跡のないのが特徴である。従って、
日本でも上記mtDNAを執筆されたようなマジョリティーの考えは日本渡来民族を南シベリア、朝鮮半島
方面から渡来したとするもので、韓国、中国において行われた調査結果とも整合している。

上記のYDNAについて、日本では宝来、埴原、尾本先生等の研究があるが、アイヌにYAP+があることを
強調しすぎるあまり、すっきりしていないが、

Mitochondrial Genome Variation in Eastern Asia and the Peopling of Japan
Masashi Tanaka1,15, Vicente M. Cabrera2, Ana M. Gonza'lez2, Jose' M. Larruga2, Takeshi Takeyasu1,3,
Noriyuki Fuku1,4, Li-Jun Guo1,3, Raita Hirose1, Yasunori Fujita1, Miyuki Kurata1, Ken-ichi Shinoda5,
Kazuo Umetsu6, Yoshiji Yamada7,1, Yoshiharu Oshida3, Yuzo Sato3, Nobutaka Hattori8, Yoshikuni
Mizuno8, Yasumichi Arai10, Nobuyoshi Hirose10, Shigeo Ohta11, Osamu Ogawa9, Yasushi Tanaka9,
Ryuzo Kawamori9, Masayo Shamoto-Nagai1,4,12, Wakako Maruyama12, Hiroshi Shimokata13,
Ryota Suzuki14 and Hidetoshi Shimodaira14

http://www.genome.org/cgi/content/full/14/10a/1832#TBL2
これなどが正鵠を得ている。アイヌのYAP+は粛慎のものである可能性が高い。考古学的にも
オホーツク文化領域に岩戸山、飛鳥、突厥に見られるステップの石像文化の痕跡が認められる。

152名無しのひつじさん:2008/07/15(火) 13:22:25 ID:s2dcyQG2
http://www.eva.mpg.de/genetics/pdf/Japan.pdf 問題はこのPage 5/12 Table1にある↓
Table 1 Frequencies (%) of Japanese haplogroups in six Japanese populations
     人数 D-P37.1 O-P31 O-M122 C-M8 C-M217 N その他
アイヌ*     4 75.0 0.0 0.0 0.0 25.0 0.0 0.0
アイヌ**   16 87.5 0.0 0.0 0.0 12.5 0.0 0.0
青森     26 38.5 30.8 15.4 7.7 0.0 7.7 0.0
静岡     61 32.8 36.1 19.7 4.9 1.6 1.6 3.3
徳島     70 25.7 32.9 21.4 10.0 2.8 7.1 0.1
九州     53 26.4 35.8 26.4 0.0 7.5 3.8 0.0
沖縄     45 55.6 22.2 15.6 4.4 0.0 0.0 2.2
合計    259 34.7 31.7 20.1 5.4 3.1 3.9 1.1
合計には**アイヌ16人を含まず。
*今回**Tajima他2004年
日本人が1.2億人、アイヌが2万人程度だからアイヌ4人とか、16人とかの上記統計のおかしさがわかるが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%A6%E4%BA%BA
↑こんな結果になり、まったく不明。沖縄に来たD-P37.1がアイヌにも来ているがこれを粛慎とすれば
なんとなくわかる。

↓逆にアイヌ、縄文遺伝子をC-M21と見るとこういうことになるが、
     C-M21
アイヌ*  25.0
アイヌ** 12.5
青森 0.0
静岡 1.6
徳島 2.8
九州 7.5
沖縄 0.0
合計 3.1
九州、徳島等にかすかに残るのが、
アカホヤ噴火後の縄文人の南下の痕跡ともとらえることができる。


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