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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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>世のIDは血液凝固や鞭毛、私は鳥の進化と、自然選択とは考えにくいと判断する例を挙げてます。そう判断する理由も説明しています。それが研究です。
はて。きちんと検証できていますか? 血液凝固や鞭毛についての主張、つまりベーエの「還元不能な複雑性」について、以下の引用を参照してください。長いですが、ぜひ、最後まで読んでください。
「(ドーバー裁判の)判事ジョン・E・ジョーンズIII世は弁護側のベーエの証言を非常に重要と見なした。ジョーンズ判事の発言を引用する:
ベーエ教授のIDの議論の妥当性は際だって、紛れもなく、教授の神の存在への信仰に依存していると考えられる[7]。
記録の証拠の欠落は、ほかのいかなる科学的提案の重要性も、神への信仰を基盤としていると示している。法廷はいかなる科学的提案も承認していない。ベーエ教授の主張は彼の視点の重要な証拠であり、それは他のIDの著名な指導者と同等であり、IDは宗教的であって科学的な提案ではない[7]。
まず、被告側の専門家フラー教授はIDが科学の「基本的なルールを変更する」ことを切望していると述べた。首席の被告側専門家ベーエ教授は、彼の拡張された科学の定義は、それにはIDも含まれるが、それは占星術も受け入れると認めた。さらに被告側のミニッチ教授はIDが科学と見なされるために、超自然的な作用の考慮も許すよう科学の基本的なルールを拡張せねばならないと認めた[8]。
そのうえ、被告側の専門家は、IDがNASが定義したような意味での理論ではないとみとめ、せいぜい科学界に受け入れられなかった周辺科学(未科学)であると認めた[5]。
我々はしたがって、ベーエ教授の還元不能な複雑さという主張が査読付き研究論文としては拒否され、一般的な科学界から受け入れられなかったことが分かる[6]。
「IDの支持者は主に、ベーエ教授の「還元不能な複雑」なシステムがダーウィン主義的メカニズム、あるいはいかなる自然的メカニズムでも生み出されることがないというような主張で例示されるように、進化論に対する否定的な議論を通してデザインを主張する。しかしながら......進化に対する議論はデザインについての議論ではない。専門家の証言が明らかにしたのは、今日の科学者が生化学システムの進化を説明できないことは、それらが進化できないことや、将来も説明できないことを意味しないということである。パディアン教授が適切に指摘したように「証拠の不在は不在の証拠ではない」......還元不能な複雑さは進化に対する否定的な主張だが、被告側のミニッチ教授が認めたように、デザインの証拠ではない[39]。
ベーエ教授の還元不能な複雑さという概念は、進化の既知の要因を無視することに依存している。ベーエ教授の還元不能な複雑さの定義は強固であるが、彼が(生物の複雑な機能の)前身がパーツを欠いていれば定義上それは機能しないと言うとき、彼が明らかに意味しているのは「現在のパーツが全てそろっているときと全く同じようには機能しな
「い」と言うことである。例えば細菌の鞭毛の場合、パーツの欠如は鞭毛モーターの回転を妨げるかも知れない。しかしベーエ教授は、定義上、細菌の鞭毛の前身が回転モーターではなくて他の何らかの用途、例えば分泌システムとして機能したかも知れない可能性を無視する[40] 。
ベーエ教授は還元不能な複雑さという概念をほんの少しの選ばれたシステムだけに適用した:(1)細菌の鞭毛;(2)血液凝固カスケード;(3)免疫系。自然の無数のシステムの中の、これらわずかな生化学システムに関するベーエ教授の断定に反して、ミラー博士は査読付き研究に基づき、それらですら実際には還元不能な複雑さでないことを示す証拠を提示した[41]。
...(IDの)支持者はデザイナーの性質に基づいた仮説の提唱を拒否し、メカニズムの提案をせず、デザイナーがどんなものか(男か、女か、物か、複数か)もわかっていないと断言する。...」(ウィキペディア;マイケル・ベーエ)
(続く)
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