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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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>>273
>>仮説検証・研究→発表→評価→当該研究の普及→その様な研究を踏まえた新たな研究
>
>と書いたではありませんか。あなたの文章を変え、「評価」の実行者を指定しない形にしたから、誰でも参加できる意味になってます。どう読めば、専門家を排除する意味になりますか。
専門家なしでも問題ないとも捉えれますよ。
私は専門家は絶対的に必要だと言っています。非専門家が参加するか否か関係なく絶対的にです。
評価者に専門家を必ず入れるのがOKならこちらは文句はありませんよ。
>余計なお世話です。何を学ぶかを決める権利は、当人にあります。子供なら親が決めます。公立校での教育なら、地域コミュニティが決めます。
>これは個人の権利の問題だけではありません。自由こそが多様性を生み、次の進歩の芽が含まれる可能性が増大することは、広い合意があります。何が次の進歩を生むかを予測するのは非常に困難で、思いもかけない科学理論や技術が結果を出すことがある。地動説や光波動説が最も顕著な例ですが、同様の例は枚挙にいとまがありません。
それはもう科学ではありません。
反日教育と同じですね。
自由と無法を履き違えています。
>ほら、結局そこに戻る。何がなんでも、私がID教育の「強制」を主張してることにしたいのですね。私の文章にそういう箇所があるなら、指摘してごらんなさい。
根拠が薄い現状で根拠のある説と並べて教育することは強制以外の何ものでもありません。
普通そんなもんを公共教育にねじ込むのは力なくしてあり得ません。
強制しないなら、ねじ込まなければ良い。
常温核融合やら高温超伝導やら未科学と呼ばれる分野の研究者とか、そんなことせずコツコツと研究を続けてちゃんと発表とかもしています。
一部のIDはなぜそれをしないの?
なぜIDだけその異常な行動を良しとするの?
公共教育にねじ込まず常温核融合研究みたいになぜ地道に行こうとしないの?
そこが問題なんです。
私はIDだから文句を言っているんじゃ無いんです。何度も言っていますが私はむしろIDを肯定したい部類の人間です。
科学の手法をないがしろにしているから文句を言うんです。
真面目な肯定派においてその様な手法を認める派閥は否定派以上に邪魔な存在です。
>そのサイクルを、専門家もそうでない人も、できるだけ多くの参加者でやるのがよい、と言っただけです。そして参加者を増やすには、教育を通して、対象の仮説が広く知られているのが有利とも言いました。これのどこが「破壊する行為」になりますか。
色んな人が参加するのは大いに結構です。
問題は参加者を増やすとかの名目でサイクルを破壊する行為です。
具体的には公共教育に根拠も薄いのにねじ込むような、「専門家集団による評価」が不十分な状況で「当該研究の普及」をする行為です。
サイクルが明後日の方向に行くリスクが跳ね上がる行為です。
>すると、あなたが「反日」と呼ぶ論文を掲載してるのは、例外なくハゲタカジャーナルですか? そんなところにしか載らない理論が、教育の場を支配したのですか?
そりゃ例外はあるでしょうよ。
でもそもそも論文のあるなしは関係ない問題です。
反日教育なんてイデオロギーの問題です。上の人間の思想が支配した結果でルイセンコに似ています。
要するに科学じゃ無いんです。
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