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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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基本論点を整理します。
まず、私がいうところの「IDを教える」とは、おっしゃるところの「科学としてしゃしゃり出る」ことを意味します。根拠のないID論なるものが存在する、なんていう教え方ではありません。
次に、IDが科学としてしゃしゃり出ることの是非は、IDだけ考えて判断してはいけない、ということです。これまたおっしゃるところの「正しい科学の方法に則る」目的が、科学の進歩に寄与することにあるなら、正しい科学の方法に則らない理論がしゃしゃり出たことで、現実に何が起こったかを、検証せねばなりません。
その具体例に挙げたのが、16世紀の地動説と、18世紀の光波動説です。地動説は恒常的な風が吹かない理由を、光波動説は媒質が存在しない理由を、説明しなかったことから、到底、正しい科学の方法に則っていたとは、言えません。
しかし、両説とも、これがなければ、その後の科学の飛躍的な進歩は、ありえませんでした。地動説はニュートン力学の、光波動説は電磁気学と量子力学の、それぞれ原因になったのですから。そうなると、おっしゃるところの「正しい科学の方法に則る」のは、しゃしゃり出ることを許す許さないの、判断基準にふさわしいのかが、問われます。
正しい科学の方法に則らない理論が何をしたかを検証するとき、忘れてならないことが、もう1つあります。その理論がしゃしゃり出たことの影響と、他の理論が排除されたことの影響を、はっきりと区別することです。
ルイセンコ理論が、旧ソ連の農業に甚大な被害を与えたなどと言われますが、被害を与えたのはルイセンコ理論がしゃしゃり出たからなのか、それともルイセンコ理論以外が弾圧されたからなのかを、断じて混同してはいけません。
いろいろと細かい話をしてますが、すべては上記の問題の解を求めるための試みです。
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