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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する(3)

63GB:2024/07/24(水) 19:18:13 ID:CwmY3r1w
>16世紀の知識体系の中で、地動説を天動説より優位に置くことに、科学的合理性はあったか?
>18世紀の知識体系の中で、波動説を粒子説より優位に置くことに、科学的合理性はあったか?

なぜこういうわけのわからないことを言い出すかといえば、
「21世紀の知識体系の中で、自然選択説をID論より優位に置くことに、科学的合理性はあるか?」という話に繋げたいからでしょう。

地動説も波動説もしかるべき証拠のもとに主張されましたが、ぞれぞれの時代では十分ではなかったので主流にならなかっただけですね。
たとえば地動説への当初の批判であった地球が動いていることの証拠不足は、後に慣性の法則を理解することで解決します。
常に未確認の事柄を含む連続的な営為を、恣意的にぶつ切れにして相対的優位性を評価するなんてことは、科学理論の合理性を捉える上で意味を持ちません。光の理論のその後の展開をみても、あたりまえのことですね。

「21世紀の知識体系の中で、自然選択説をID論より優位に置くこと」はどうでしょう。
これまでは不完全ながら具体的な事実に基づく科学理論についての話ですが、ID論についてはそうはいきません。
科学理論は自ら否定される可能性をはらみながら確かさの確認を繰り返し、地動説や光の理論のように科学的知識体系を更新していきますが、
デザイナー論は、自然現象の原因としてのデザイナーを前提としており、その変更を決して許しません。

デザイナーを前提とするから、「中生代に品種改良を行った生物がいた」なんてトンデモない考えを思い付いてしまう。
歴史を扱う科学…古生物学や地質学、進化学が積み重ねてきた知見からすればあり得ない考えを、
さも検討に値するように錯覚する理由は、現代のID論がヨーロッパ文化の基底にある神学思想を引きずっているだけだということに気づいていないからかもしれない。
ただ、非専門家を含めた自由な議論が必要だとか、科学教育の場でデザイナー論を排除してはならないなどと言うところをみると、
実はインテリジェントデザイナー論は科学理論ではあり得ないことを知っているのかもしれませんね。


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