[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する(3)
355
:
GB
:2024/12/29(日) 19:21:32 ID:CwmY3r1w
>それをいうなら、天地創造論には、肯定する観測事象は、ありますよ。創造論の根拠は、この世界の存在そのものです。家があれば建築者がいると考えるように、世界があるから、作った創造主がいると考えるのが、創造論です。
自然神学のロジックですね。神の存在証明を、人間には理解が及ばない、人を含む自然の複雑性に求める思想。
そして自然神学が科学理論でありえないのは、基本的に神様自体やその意思を観測できないからです。
>この場合、積極的に肯定する観測事象がないとは、創造主自体を観測できないことを、意味します。たしかに観測できません。
>でも、それは、エーテルも同じです。観測できないものを想像してるにすぎません。ただし、創造主と異なるのは、積極的に肯定できないだけでなく、空間の弾性と密度を観測することで、積極的に否定されることです。
エーテルは観測された事象を当時の知識に基づいた解釈によるものですが、神様を世界の原因とする思想は客観的な観測事例は皆無、というところが本質的に異なります。
様々な神による奇跡が報告され、信者は信仰を深めても、科学という角度からみれば否定と同義ですね。
神の意思の存在証明を、中生代の品種改良という話で証明しようというなら、科学的にはどうしても神とそれに基づく機序を説明しなければならない。
科学理論であるエーテルの存在が棄却されたのは、後に積み上げられた事実の集積によります。
さて、インテリジェントデザイナー論は、知識の集積によって「否定することが可能な」考えでしょうか。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板