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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する(3)

335GB:2024/12/27(金) 20:38:36 ID:CwmY3r1w
>16世紀の地動説と18世紀の光波動説の問題は、
>※恒常的な風が吹くはずなのに吹かない
>※光の速度に必要な弾性と密度がない
>という、積極的に否定する観測事象があることです。しかも、そんな理論を持ち出さずとも、天動説、光粒子説という代案があります。

恒常的に風が吹くはずなのに吹かない/光の速度に必要な弾性と密度がない、だから両者とも疑似科学だった、と。
ところが地動説も光波動説(光は波動性をもつ)も、今では正解だったことが分かっています。
何百年も前の主張を切り取って、時代背景も顧みずに疑似科学だとすることが、科学とその理論を理解する上でどのような意味を持つでしょうか。

>これに対して、たとえば、この世が創造主に作られたという理論は、それを積極的に肯定する観測事象はないが、積極的に否定する観測事象も。だから、リチャード・ティレルのように、この世は仮想世界で、創造主はプログラマなんて、説明をする人が現れます。

積極的に肯定する観測事象も、積極的に否定する観測事象もなければ、科学理論を組み立てるのははムリですね。
証拠を探し、確かめ、その確かさを増していこうという方向性に基づく努力が科学的手法の要諦です。

>積極的に否定する観測事象がある理論を、代案があるにも関わらず支持することと、積極的に肯定する観測事象がないだけの理論を支持することとは、質が異なります。
>より大きな逸脱は前者であって、これは感性の問題ではなく、論理の問題です。

論理? 事実をもとに論理を組み立てるのが科学というものです。事実を確かめることによって、どんどん変更されていきます。
神の創造を前提に置くインテリジェントデザイナー論は、どういう論理展開を工夫しようが、科学理論ではありえません。

地動説は、天動説より質が劣っていたとお考えですか? それならなぜ、今認められているのか。
インテリジェントデザイナー論は、認められなければならないという科学の手法とは異質の何者かが紛れ込んでいませんか。


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