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科学と疑似科学とを判別する(2)

482ゲジゲジ:2023/10/17(火) 21:53:13 ID:lE0u.s5s
 >[>>478]
 >>「共有せざるを得ないから現実に共有されている」と主張しています。

 >「せざるを得ない」とは、どういう意味ですか?
 >共有しないという行為は、物理的に不可能なのでしょうか?
 >共有するも、しないも、人間の意思の結果だから、やる意思がなければ、やらないでしょう。

物理的に、というのがどういう意味か分かりかねるのですが、論理的に不可能です。
ここをKen様に理解して頂くことが差し当たっての最重要ポイントです。私もできるだけ説明のしかたを工夫しますので、Ken様も理解するよう努力してください。


***[>>474]より再掲 *********
冷静に、思い込みを外して考えてください。
「対立仮説の否定だけではダメだ」と言っているのですから、ダメなのは「対立仮説の否定だけ」であることです。
ダメでないのは、則ちよいのは「対立仮説の否定だけ」ではないこと、です。
従って、よいことの必要条件は「対立仮説の否定だけではないこと」です。
それだけです。それ以外の解釈をすることは不可能です。

これは論理そのものです。「論理的」とは違います。
この点がガリレオ時代の天動説やルイセンコ学説とは本質的に異なります。
******************

「対立仮説の否定だけではダメだ」という命題は、明確な判定基準を提示しています。

「対立仮説の否定だけ」であるか
「対立仮説の否定だけ」ではないか

前者はダメで、後者なら良い、と言っているのです。

「対立仮説の否定だけ」とは、「対立仮説の否定」だけがあって、他には何もないことです。
「対立仮説の否定だけではない」とは、「対立仮説の否定」の他に「何か」があることです。

「対立仮説の否定だけではダメだ」とは、「対立仮設の否定」の他に「何か」があれば良い、と言っているのです。「何か」は何でもよいのです。「対立仮説の否定」の他に「何もない状態」でなければ良い、と言っているのです。「対立仮説の否定」の他に「何か」があれば、それは「何でも」良いのです。


従って、「対立仮説の否定だけではダメだ」という命題に同意をするのであれば、その人の意思とは関係なく、自動的に、必然的に、「対立仮説の否定の他に何かがあればそれは何でも良い」に同意をしたことになります。
逆に、「対立仮説の否定の他に何かがあればそれは何でも良い」に同意をしないのであれば、その人の意思とは関係なく、自動的に、必然的に、「対立仮説の否定だけではダメだ」には同意をしないことになります。

「対立仮説の否定だけではダメだ」に同意をして、「対立仮説の否定の他に何かがあればそれは何でも良い」に同意をしないことは不可能です。その人の意思とは関係なく。

ゆえに、「対立仮説の否定だけではダメだ」という命題を共有している人たちは、自動的に、必然的に、「対立仮説の否定の他に何かがあればそれは何でも良い」という命題を共有していることになります。


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