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戦争を考える

153犀角独歩:2005/11/30(水) 15:41:40

―152からつづく―

今回は神風は吹きませんでした。日本は全面降伏、現人神は人間宣言、戦前日蓮主義は歴史から抹殺され、戦後は始まったのでしょう。戦前の人であれば、「国立戒壇」といえば、「ああ、田中智学」と直ちにわかったことでしょう。しかし、戦後は「国立戒壇」といえば、創価学会の代名詞。いまとなっては顕正会の代名詞に更に変化しました。

先に、「現在の日蓮では」という但し書き…創価学会に関連して記すといった点を述べます。以下、創価学会のみの特色ではありませんが、戦後日本社会で「日蓮」という名で急成長した団体は創価学会を除いてはありません。いわば、そこに典型と数の圧倒があります。

この創価学会ではまさに民衆仏法を言います。
「日蓮大聖人は民衆の側に立った」、そんなキャッチフレーズは、この団体では良く聞かれます。
わたしは厳正な日蓮分析からすれば、冒頭に記したとおり、この創価学会の言動は間違いであると思います。ただし、日蓮を民衆仏法にした功績が創価学会にあったとは、わたしは思います。つまり、日蓮を民衆仏法たらしめたのは、ほかならない創価学会であるということです。

わたしはこの点では、戸田城聖氏に一定の評価を持っています。
戦前の日蓮主義が有していたジハードとポアを、戸田氏は見事に‘無血’広宣流布論へと切り替えたわけです。この功績は大なるものがあります。

戸田氏の投獄の理由はどこにあったのか、その真相はいまだ図りがたいところはありますが、しかし、彼が戦争に参画しなかったのは揺るがない事実です。また、牧口氏は牢死という非業の最期を遂げています。わたしは戸田氏の原水爆宣言は、武力行使の「日蓮」を、平和「日蓮」に変えた大演説であったと考えます。創価学会は公明党の与党に与し、この戸田氏の遺志を捨ててはならないはずです。

戦前の日蓮主義が本化聖天主を主体者にした軍事翼賛思想、‘流血’侵略であったのに対して、戸田氏は、それを民衆、無血平和運動へと転換したわけです。繰り返しますが、真跡遺文から分析できる日蓮は、けっして民衆仏法ではありません。しかし、戦後再編された(西山師の言葉を借りれば、脱歴史化・再歴史化された日蓮主義としての)戸田・創価学会の教学的実践は、まさに日蓮民衆仏法化であったと、わたしは考えます。

また、日蓮の視点は、仏法であれば、その目標は成仏であり、その視座は一切衆生にあったのでしょう。では、成仏とは何かという教理的な問題において、目指すべき目標の仏とは、どこまで行っても人間に他ならないという実はジレンマが日蓮仏教といわず、日本仏教は抱えてきたのではないのか…、わたしはそう観察してきました。(この点は、明治以降の宗教政策が脱神秘化の強制にあった点から考えられますが、この点は後日に譲ります)

このジレンマをザックラバランに人間そのものを目標に切り替えて見せたのが、池田大作氏であったと、わたしは見ます。具体的な成句で言えば、人間主義としての日蓮です。この人間を、民衆と言い換えても良いわけです。
このような発想は戸田氏に既に起源を見るのであろうと思います。小説のほうはまるで問題外ですが、一切衆生・成仏に換わる人間・革命という四字熟語はその精華と言えるのかも知れません。

やや、付言すれば、創価学会が言う「民衆」は、まだ、自分たちを指す主語の段階です。これが完全に相対化され、宗教も宗派も、思想も主義主張も超えて「民衆」となれば、この創価学会という思想潮流は価値があったことになるだろうと考えています。ただ、そこまで客観された時点で、創価学会は、もはや、日蓮自体が相対化され、残るのは池田崇拝だけとなるのではないのか、これまた、批判ではなく未来予測として考えてもいます。さらにこれが民衆、人間という形で、そのリーダーをも相対化することができれば、その時点で、それは日本の精神史に刻まれることになるのではないのか、とも考えます。

以上は、創価学会、戸田城聖氏、池田大作氏を、わたしが肯定しているとか、否定しているのかという問題ではありません。これはあくまで、まったく観察と分析です。

なおまた、民衆仏法としての日蓮、人間主義としての日蓮は、創価学会とはまるで違う系譜で、もちろん、戦後、日蓮門下一般でも育っては来ているでしょう。


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