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現代人が納得できる日蓮教学
389
:
湛寂の潭に溺死
:2005/11/03(木) 07:13:32
382 こがねさん
>インド哲学って何でしょうか。
インド哲学とは「ダルシャナ」のことです。
「見解」「ものの見方」「宗教」「学派」「哲学」などと訳されます。
>インドにそんな哲学学派があるんですか。
・ヴェーダーンタ
・サーンキヤ
・ヨーガ
・ヴァイシェーシカ
・ニヤーヤ
・ミーマーンサー
以上、六派あります。
>インド哲学という言葉は、イギリスがインドを統治した以降に
>ヨーロッパでのインド思想の研究をするのに、
>哲学的なアプローチでするしかなかった結果生じた言葉じゃなかったですか。
インド哲学という言葉自体は、無論インド人が言ったわけではないだろう、
元々インド固有の「ダルシャナ」という、宗教も包含した広義の概念があり、
それを西洋人は知り、インド哲学という名前をつけた、というだけではないか。
>日蓮大聖人は自分の教えが哲学だとおっしゃっているわけですか。
>鎌倉時代に日本で哲学が知られていたんですか。
>仏教という大きな世界の中に哲学が入るのであって、
>哲学の中に仏教が入るという考えは本末転倒じゃないですか。
私が言ってないことなので省略。
>>384
犀角独歩さん
>「哲学」とは西周がギリシャのフィロソフィーや達意訳した日本語であって、
>明治以前にこの言葉はなかったわけです。概念もなかったといってよいでしょう。
仏教の歴史を見れば、六派哲学との対決が数多く見られます。開目抄には、
「或は因中有果、或は因中無果、或は因中亦有果亦無果等云云。此外道の極理なり。」
と記されていますが、この因中有果はサーンキヤ哲学・ヴェーダーンタ哲学であり、
因中無果はヴェイシェーシカ哲学、因中亦有果因中亦無果論についてはジャイナ教のことです。
日蓮にとって宗教と哲学は固く結びついた分けることのできないものだったことでしょう。
しかし反面、スッタニパータには「(哲学的)見解を捨てよ」と記されていたりもします。
仏教と哲学の因縁は実に深いと私は見ています。
【撫斬り】日蓮正宗系の教義を徹底検証!その2
ttp://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1054740898/
こちらの2chのスレでは阿呆氏が本覚思想とサーンキヤ哲学の相似について疑義を
指摘したりしていますが、私はこのように、仏教を語る上で哲学というものはやはり
避けたりしないほうがやり易いのではないかと思っています。
それはそうと今回の書き込みで私は書き込みを止めようと思います。
お相手、ありがとうございました。
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