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信仰は役に立つか

149パンナコッタ:2005/03/12(土) 20:11:28
信仰ということについて、ちょっと面白い考察があったので、載せてみます。

◇はるか古代には人間社会と神の社会派全く別個に、しかも神の社会の方がは
るか上位に存在し、人はただ神を恐れ、祭祀を執り行い、その怒りが軽いよう
に、われわれを苦しめないように、とオダてスカして、なんとか生き延びさせ
てもらってきたのじゃな。 〜 ところがそのうち、人間の生活技術が発達し、
ある程度の自然災害に対してもそれを防ぐことが可能になり、人々の意識が
”生き延びる”ということから”よりよく生きる”という方に向かい始めた
とき、神は”害を与えないよう願う”存在から、より積極的に”向上を実現
させる”手段へと成り下がった。つまりは人間の方が神より上位になったん
じゃな。 〜 牛馬と同じく、神は人間の道具に格下げされたわけじゃ。
▲神に供物を供える、というところからさらに一歩進んで、神をひどい目に
あわせ幸福を強要、という信仰方法もある。お地蔵さまに縄をかけて縛り、
功徳を願う縛り地蔵の風習は各地にあるし、なじみ深いところではあの選挙の
時のダルマの目入れ。あれも、最初ダルマに目を描かず、片方だけに目を入れ、
福をもたらしたらもう一方も入れてやる、という、いわば脅迫なのである。
                唐沢俊一著 「ウラグラ!」 より

どうでしょう、我々は敬っているように見えても実は人間以下の道具の使用
として、この信仰をしてたんじゃないでしょうか。”幸福製造器”なんての
はまさに典型的な例えでしょうし、道具以下ですからオカルト風味の歯や偽書・
偽史、といったものも躊躇無く受け入れて自分の派閥に肉付けしていったの
でしょう。


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