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創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか
571
:
けい
:2002/12/09(月) 08:48
現在の寺号問題から少し離れてしまうのですが、謗法について少々教えて下さい。
どうも謗法の捉え方が顕正会在籍時の判断基準と、宗門の諸書籍から読み取る判断基準と異なるように思えます。
本来の謗法の捉え方、どこまでを謗法とすべきでどこまでが謗法ではないのか、教えて頂けないでしょうか?
よく考えると顕正会では謗法の説明はしていても、どこまでは良いやらどこまでは不可なのか、公式には解説していないように思います。
そのため会員の個々が判断してしまうため、統一されていません。
極端な会員にでもなると、アニメで邪教の寺が出てくるだけで”謗法だから見たくない”とか言い出している姿を見たことがあります。
或いは会員幹部が過去に行った修学旅行の写真を焼き捨てた者も知っています。
この辺本来宗門はどう捉えてどう指導してきたのでしょうか?
教えて頂けないでしょうか?
572
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 12:15
571におけるご質問の趣旨は、いわゆる寺院参拝における石山と顕正会の相違点ということと判断して、やや記します。
この根拠となるのは『日興遺誡置文』における
「一、檀那の社参物詣(ものもう)でを禁ずべし、何(いか)に況(いわ)んや其の器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣づべけんや。返す返すも口惜(くちお)しき次第なり。是(これ)全く己義(こぎ)に非ず、経文御抄等に任す云云」
を根拠にするのでしょう。顕正会では、ここまでとなるのであろうと思われます。
しかしながら、石山においては、その後『有師化儀抄』において
「一、他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還つて諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する」
といい、特に見物遊山に関する禁止は解かれているわけです。
この変化について、亨師は
「信仰帰依の為の参詣にあらざれば差支なし」(註解)
といい、達師は略解において、
「見物遊覧のため神社を見て廻っても、それを禁止する必要はありません。
(注、日興上人は、遺誡置文に「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣づべけんや」と厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている、これは未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をもって劃したのであり、日有上人の時代は、すでに一宗が確立したから、見物ぐらいで信徒の信心がぐらつかなくなっているからであります)」
といいます。
さらに化儀抄においては、
「一、学問修行の時は宗を定めざる故に他宗の勤行の事をなし又他宗のけさ衣をかくる事一向子細なきか、宗を定むる事は化他門なり、学問修行は自身自行なるが故なり云云」
とまで言うのであって、学問修行のために他の寺院、檀林で学ぶときは他宗の袈裟を掛けて勤行しても問題ないとまで言っているわけです。
この学問修行の件は在家分とは無関係のことなので、略しますが、神社・寺院へ赴くとき、謗法云々を分けるのは、そこで信仰を示す礼拝・布施を行うかどうかに力点をもって考えるのが石山儀でしょう。
そもそも現在の顕正会、石山寺院に行くことについては、どんな見解をもっているのでしょうか。また、その信徒家庭に安置される漫荼羅礼拝については、どうなのでしょうか。
もし、これらの点を否定し、謗法などといっているとしたら、顕正会こそ、石山儀に言う謗法に当たる私には思えます。
573
:
けい
:2002/12/09(月) 12:36
詳しく説明してくださって有難うございます。
よく分かりました。
顕正会員が大石寺系寺院に行くのは特に謗法とは呼ばないと思います。
信徒の家庭に安置される御本尊に関しては、私には分かりません。
しかし学会員などが顕正会へ入会した場合、御本尊を本部へ一度預かってもらうようです。
学会がコピーした御本尊だからという理由からだと思います。
細井管長や阿部管長の御本尊の場合も取り替えているようです。
574
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 15:25
けいさん:
> 取り替えているようです
取り替える?というのは、何とですか。
575
:
けい
:2002/12/09(月) 16:06
御本尊を取り替えるのです。
細井管長や阿部管長の御本尊から日寛上人の御本尊へ取り替えるわけです。
576
:
ガンコ
:2002/12/09(月) 16:25
「御相承の断絶」 浅井の真意 (上)
平成11年の本部指導会で浅井は、はじめて御相承の断絶に言及しましたが、わたくしは「ああ、とうとう言っちゃったか」と思いました。
ですが、これは浅井の本意(翻意)ではないと考えています。たしかに御相承の断絶を明言していますし、折伏理論書の改訂版でも同趣旨のことが明記されていますので、どうにも否定しようがありません。
それにもかかわらず、わたくしはここで、一般の顕正会員とは異なった見解を示そうと思います。
問題となっているのは、現実に日達上人から日顕上人に御相承があったのかどうか、これについて正信会が、そして創価学会が疑義を呈しているわけですが、御宗門から見れば「顕正会よ、おまえもか」ということになるでしょう。
わたくしは日達上人から日顕上人に御相承があったと信じていますし、おそらく浅井もそうなのだろうと思います。
では、なぜに御相承の断絶に言及したのか?
結論から言えば、「もし迹を借らずんば何ぞ能く本を識らんや」との意であろうと思います。
浅井の真意は、
1、日顕上人を諌め、改悔を促すこと。
2、御遺命の正義を顕わすこと。
3、御宗門の安泰を願うこと。
昭和50年代後半から60年代にかけてのことですが、創価学会の末端では顕正会と正信会を混同している人が多かった、ような記憶があります。学会員のいわく「おまえらは猊下の血脈を否定しているじゃないか」、わたくし「・・・・・・」
当時、入信したばかりのわたくしは国立戒壇くらいしか知りませんでしたので、たいてい班長がかわりに喋ってくれていたのですが、そのときは班長もわからなかったようでした。
それでそのすぐあと班長は本部に電話を入れました。今では考えられませんが、そのころはわからないことがあると班長クラスでも直接本部に問い合わせていたものでした。
班長の話では電話に出たのは現在の主任理事、当時なんだったか忘れましたが本部職員だったのは間違いないと思います。班長のいわく「きょう学会員を折伏したんですが血脈がどうのこうのと言っていたのですがどう応じればいいのでしょうか?」
「血脈についてはこちらから触れる必要はないし、相手が言ってきても答えなくていいから・・・」
ということでした。
今思えば、顕正会がいかにちっぽけな組織だったか、しかも妙信講から名前を変えたばかりの頃でしたから、学会の一般会員は顕正会が旧妙信講であることを知らなくて当然だったかもしれません。
いずれにしても顕正会は、創価学会が血脈否定の側にまわってからも、一貫して御相承については多くを語らないで来たのです。ゆえにわたくしは、この先もずっと言わないだろう、御相承の断絶は言わないだろうと思っていたのでした。
ところが浅井は言っちゃった。なぜでしょうか? なぜあのタイミングで言わなければならなかったのでしょうか?
577
:
ガンコ
:2002/12/09(月) 16:30
「御相承の断絶」 浅井の真意 (下)
正信会が相承疑惑を言い出した時も同調しなかった、おなじく創価学会が言い出した時も同調しなかった、ようするに国立戒壇一本で通してきた顕正会がいまさら御相承の断絶を言う必要があったのか、はなはだ苦しむところです。
ひとつ思い当たることがあります。平成3年以降、学会員を折伏すると必ず彼らは「日顕が、日顕が、」と言うのです。言い方はさておき、その内容には困りました。およそ顕正会では取り上げないようなお下劣な話ばかりでしたから、今思えば平成2年以前の宗門学会蜜月時代のほうが折伏しやすかったようにも思えます。いずれにしても顕正会では聞いたことのないようなことを言ってくるので困りました。おそらく本部でも考えたのでしょう、ウブな顕正会員に免疫をつけさせるために創価新報の記事をひところは顕正新聞や冨士によく載せていました。
当然、血脈相承についても避けては通れず、「学会宗門抗争の根本原因」でも触れていますし、顕正新聞の紙上座談会でも取り上げています。しかし、実際に御相承があったのかなかったのかには触れませんでした。
正直に言えば、現場で折伏を行ずるわたくし達と先生の間に齟齬が生じはじめたのではなかったか?
つまり学会員は恐れ気もなく「日顕は相承を受けていない」と言ってくるのですから、本当のところはどうなのか?浅井先生の見解を示してほしい、というのが現場会員の要望・・・声なき声だったのだろうと思います。
インターネットの普及は、浅井のような旧い人間にとっては想像を絶するものであったのでしょう。しかし、ここに来て、ようやくその影響力の大きさを認識し始めたように思います。
心底抄の「兼日の治定」云々について、いままで一度も触れたことがなかったのに御遺命守護が完結した今日になって取り上げざるを得なかったのも、まさにむべなるかなと思います。
もはやこの流れは止めることができない、浅井が目をつぶろうとも顕正会員の目をつぶらせることはできない、となれば正面から取り組まざるを得ない。
「御相承の断絶」に言及せざるを得なかった理由の背景には、上記のようなことどもがあったのだろうと思います。
しかし、本当に御相承が断絶したのかどうか、浅井は知る由もありません。よって、巷間言われているように、正信会学会の言説を鵜呑みにしたことになりましょう。
では、その真意はいずこにあるかと言えば、日顕上人を諌めるにあります。
「断絶発言」の以前以後にかかわらず浅井は一貫しています。すなわち御遺命に背いた罰であると。
早く御遺命違背の罪を懺悔し、速やかに御遺命の正義を顕わし給えと。
而強毒之の意味において、正信会学会が「断絶」を言っているのに猊座を守らんとしてそれには触れないで諌めようとしても、はなはだ弱い諌めになってしまう、よって強い諌めをなさんがために正信会学会の主張を借りているのであって、本当は断絶していないと浅井は思っている・・・とわたくしは思っています。
御相承が断絶したのかどうか浅井は知る由もない。・・・やや、ちがったことを書きます。
日達上人が御遺命違背に同調した時点で血脈は断絶したのではなかったか?
たとえ日達上人、日顕上人の間で御相承の儀が行われたとしても同じく血脈は断絶。
なぜなら、御登座20年余の間、日顕上人には国立戒壇の正義が絶えて見られない、もじどおり断絶してしまっているではないか。ようするに日達上人は授けなかった、日顕上人は受けなかった。
つまり浅井の言う「御相承の断絶」はここに極まるのだと思います。
「唯授一人の血脈相承」を否定するものではありません。
かく見れば、“正しき猊下がお出ましになれば血脈はよみがえる、そういうことになっている”との意味も通じるでしょう。
さて、純然たる法華講員の皆さんはいかが思われるでしょうか?
浅井は憂宗護法の士だとわたくしは思っています。解散処分を受けてすでに年久しいですが、いまもなお御宗門を憂いていると思うのです。
御宗門のために力になりたい、猊下のお味方申し上げたい・・・これが浅井の真意であろうと思います。
578
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 16:50
> 日寛上人の御本尊へ取り替えるわけです
在家団体にすぎない顕正会がなんで寛師漫荼羅をもっているわけですか。
また、取り替えるという典礼行事を在家が勝手に行うわけですか。
創価学会と何が違うのでしょうか。
これはまさに石山儀における謗法行為ではないのですか。
579
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 16:59
顕師を諫めるために血脈断絶を言うなどという理屈は通りませんよ。
断絶と言えば、断絶です。
断絶していないのに「断絶」したと言えば、浅井さんはただの大嘘つきであると言っているようなものです。
> “正しき猊下がお出ましになれば血脈はよみがえる、そういうことになっている”
こんな前代未聞の与太話は話になりません。
こんな教義は聞いたことがありません。
との意味も通じるでしょう。
> 浅井は憂宗護法の士
教学を弄び、自分の絶対性を言う浅ましい姿以上に映ずるところはありません。
いつまでも、下らない堂々巡りはやめていただきたい。
580
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 17:05
『富士一跡門徒存知事』には
「日興の弟子分に於ては、在家出家の中に或は身命を捨て或は疵(きず)を被り若しは又在所を追ひ放たれて、一分信心の有る輩に、忝(かたじけな)くも書写し奉り之を授与する者なり」
と記されているにもかかわらず、漫荼羅を安直に取り替える顕正会もまた、重須已来の興師の伝統を破壊する団体であることを明瞭に理解しました。
581
:
モトミナ
:2002/12/09(月) 17:15
ガンコさん
仰られたい事は肯定的に捉えてみます。
しかし真意が何処にあるにせよ、明確に会長として翻っている発言をしている事実は事実だと思います。
正信会は相承否定をした時、「相承の断絶などある筈がない」と言い切っているわけですし、後にそれが授受断絶を発言してしまっている。
どう肯定的に見ても、これは180度転換したとしか言いようがないわけです。
日顕上人を諌めるための方便と言われていますが、「授受断絶」という事は「日顕上人には上人ではない」と言い切ってしまっている事になるんです。
それがどうして諌めるための方便になるのでしょうか?
しかもその後で「もう宗門もたよりにしない。広宣流布は顕正会で行う」とまで言い切っているわけですから、これは顕正会こそが大聖人の命を受けている、宗門など関係ない、としていることになります。
擁護的な発言をどれだけしても、取り返しのつかない方向性を打ち出してしまった、としか言いようがないと思います。
582
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 18:36
> 581
モトミナさんが記すところは、そのとおりであろうと私は賛同します。
583
:
問答迷人
:2002/12/09(月) 19:21
ガンコさん
>御宗門のために力になりたい、猊下のお味方申し上げたい・・・これが浅井の真意であろうと思います。
僕は、もう、法華講から心は離れており、席だけを残している法華講員なので、純然たる法華講員とは言えませんが、一言、発言させて下さい。
浅井さんが、猊下の味方をしようと思っているとか、そんな認識は、宗門も持っていないし、法華講員も思わないし、第一、血脈の断絶を口にした瞬間、日蓮正宗信徒ではなくなり、異流儀なります。もはや、独自路線を歩むしか、道は残されていないと思います。それにもかかわらず、大石寺戒壇本尊をいくら拝んでも、血脈を否定した以上、何の功徳も無い、それが大石寺の教義です。顕正会の布教によって、血脈がよみがえる、等という話は、その根拠が示されない限り、いかにも浅井さんらしい、ご都合主義的な煽動に過ぎないと思います。
584
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 19:48
○目師再来説は郷門の伝説、要師の宣揚物語である
私はここで何度か書いてきましたが、目師再来説というのは保田妙本寺に伝わるところであって、石山はそれを転用したのに過ぎない点を指摘しておきます。
この伝説は房州・中興の祖、我師が『申状見聞』のなかに伝えるものです。
「目上御遺言に曰く此の申状奏せず終に臨終す 此の土の受生所用無し雖も 今一度人間に生れ此の状を奏す可し 若し此の状奏問の人未来に於て有らば 之れ日目が再来と知る可し」
日目上人の遺言に曰く、この申し状を奏せず、ついに臨終する。(こののち)この娑婆世界に生を受けることを用いることはないのであるけれど、いま一度人間に生まれて、この状を奏するべきであろう。もし、未来において、この状を奏する人があれば、日目が再来と知るべきである…
こういう伝説がある。これが目師再来説の根拠です。
しかし、ここだけ引用することは“切り文”であると私は指摘したわけです。
なぜならば、この文章は、このあとに以下のように続くからです。
「爰に日要奏す之れを争か之れを疑ふ可けん乎」
つまり、妙本寺・要師こそ、目師再来その人であるというのが、この伝説の言わんとすることなのです。
このおいしい部部分だけを持ってきて、さらに伝説化した石山の目師再来説を私は嗤うのです。ましていわんや、顕正会の今の大騒ぎをやと言いたいわけです。
585
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 20:46
さて、584の要師の言をもう少し紹介しておきます。
「其の上当家の再興行躰の辛苦目上に異らず 如之要上或る時霊夢に大聖開山有り御相伴日郷の御爵にて以て金銚子に酒をうけ飲み玉ふ、爰に日目は見へ玉はず さても不審也と思ふて夢覚めたり平生御雑談也」
そのうえ、当家の再興、行体の辛苦は日目上人に異ならない。しかのみならず日要上人、ある時、霊夢に、日蓮大聖人と日興上人にあらせられた。もてなしに日郷のお酌で金の銚子から酒を受けて飲みたまう。ここに日目は見えたまわなかった。さてもいぶかしく思ったところで、夢が覚めたという常日頃の雑談である
というのです。つまり、この話は夢の中に蓮興二祖が酒を飲んでいるときに、郷師が自分に酌をした、目師は見えなかったので、自分こそ、目師その人であると語る話であるわけです。時に興目寂から167年目、明応8年(1499)の物語です。
このような肝心の箇所は蹴飛ばして、目師再来が近未来のように語ることを、私は欺瞞を通り越して詐欺であると思うわけです。
586
:
モトミナ
:2002/12/09(月) 21:04
独歩さん
それで顕正会は「目師が会長」と主張しているわけですね?笑
だとすると石山に拘る必要が浅井会長には何もないですよね?爆
保田系に移れば大いに目視再来を叫んで結構。こうゆうことになりますよね。
それを石山に持ち込むな!と。
元々持ち込んだのは石山なんでしょうけれども。
587
:
犀角独歩
:2002/12/09(月) 22:53
モトミナさん、そのとおりですよ。持ち込んだのは石山です。
でも、石山じゃ「我こそは日目の再来…」あるいは「露払いをする者」なんていう変な奴はでませんでしたが(笑)
もっとも学会では「池田先生に衣を着せれば日蓮大聖人」というらしい(爆)
私の知人が「精神病棟に行くといっぱい宗教的有名人がいるぞ」と「私は釈迦」とか、「私はキリスト」「私はマリア」(笑)
これは心の疾病だから仕方ありませんが、野放しの、そんな確信を持って堂々と語る人間には注意しないといけませんね。
588
:
五月雨
:2002/12/09(月) 22:56
横レス失礼致します。
ガンコさん
>さて、純然たる法華講員の皆さんはいかが思われるでしょうか?
浅井は憂宗護法の士だとわたくしは思っています。解散処分を受けてすでに年久しいですが、いまもなお御宗門を憂いていると思うのです。
御宗門のために力になりたい、猊下のお味方申し上げたい・・・これが浅井の真意であろうと思います。
元純然たる法華講員の私もひとこと言わせて頂きますと、宗門も法華講員も浅井さんの憂いなど要らぬお世話というところでしょうか。
私は顕正会の存在を法華講に入ってから知りました。学会員当時には全く知らない存在だったのです。法華講に入ってからどのように知ったかというと、原島さんの著書「池田大作先生への手紙」で知ったのです。お寺で顕正会を教えてもらったのではありません。きっと、私の所属する寺院の法華講員の80パーセントの人は顕正会など知らないでしょう。そんな存在薄き顕正会に何の期待などあるでしょうか。
ガンコさんもいつまでも堂々巡りの(浅井、と呼び捨てられていますが、身内なのでしょうか)、浅井さんの擁護はもうおやめになって、教義の上から今一度顕正会を見直されてはいかがですか。
589
:
犀角独歩
:2002/12/10(火) 10:21
○謗法厳戒は他者厳戒にすり替えられていないのか
ここのところ、やや謗法ということが取り沙汰されているのだけれど、私には顕正会をはじめとする謗法厳戒は、単なる“他者厳戒”なのであって、自分たち絶対を言う道具とされていると見ています。これらは「狗犬」の誡めに当たる者であると思えます。
真跡を残さない『松野殿御返事』、「此の経を持ち申して後、退転なく十如是・自我偈を読み奉り、題目を唱へ申し候なり」を存し、顕正会も引用する書ですが、この中に以下の一節があります。
「末世には、狗犬の僧尼は恒沙(ごうじゃ)の如しと仏は説かせ給ひて候なり。文の意は、末世の僧・比丘尼は名聞名利に著し、上には袈裟衣を著たれば、形は僧・比丘尼に似たれども、内心には邪見の剣(つるぎ)を提(ひっさ)げて、我が出入りする檀那の所(もと)へ余(ほか)の僧尼をよせじと無量の讒言(ざんげん)を致し、余の僧尼を寄せずして檀那を惜しまん事、譬へば犬が前(さき)に人の家に至りて物を得て食らふが、後に犬の来たるを見て、いがみほ(吠)へ食ひ合ふが如くなるべしと云ふ心なり」
この戒めは何も僧侶のみに当たる者ではないでしょう。集団を運営する似非仏教者すべてに当て嵌まります。
末法には犬のような者どもがガンジス川の砂のようにたくさん出てくると仏は説かれた。形は正しい仏法実践者のように見せながら、内心には邪険の剣をひっさげ、自分の組織に出入りする人々を他の組織に行かせまいとして、悪口雑言の限りを尽くし他を蔑み、信仰しようとする人々のところに他の組織を寄せまいと信者に執着するのである。その有様は、たとえば、犬が、ある家で餌をもらって貪り食うのに、あとから他の犬がやってくるといがみ合い、吠え合い、噛み合うようなものである。
まさに石山、学会、顕正会の互いに謗り合う様は、この「狗犬」の戒めに当たると映じるのです。
要は、この「狗犬」の戒めに当たることをやっておきながら、それを正当化するために悪用されているのが「謗法厳戒」ということである仕組みを見逃してはならないと思うわけです。
590
:
問答迷人
:2002/12/10(火) 10:34
>589
賛同します。謗法厳戒を言う裏事情は、このように醜い物なのだと感じてきました。それにしても、石山系の各派がお互いに罵り有っている様は、本当に醜いです。
591
:
菊水護国
:2002/12/10(火) 13:15
> 577
ガンコさん
私の考えですが、あの時期に相承断絶(血脈不断絶?)を言った理由は簡単ですよ。
顕正会は前年、無理に「御遺命守護完結宣言」をしました。
旧会員は「御遺命守護完結したら宗門に戻れる」を思い込んでましたから、宗門に戻らない正当理由を、ぶち上げなければならなくなったのです。
その正当理由が「相承断絶」です。
592
:
菊水護国
:2002/12/10(火) 13:29
> 私の知人が「精神病棟に行くといっぱい宗教的有名人がいるぞ」と「私は釈迦」とか、「私はキリスト」「私はマリア」(笑)
これは心の疾病だから仕方ありませんが、野放しの、そんな確信を持って堂々と語る人間には注意しないといけませんね。
僕の同級生で、東大で司法試験受験生だった男がいます。彼の口癖は「天から声が聞こえた」でした。
「おい菊水、今日、天の声が聞こえた。今年中に地震が起こるぞ、お前、防災用品を用意しておけ。」
「おい菊水、今日も天の声が聞こえた。今こそ決起して、総理大臣を抹殺しなければ、日本は滅ぶぞ」
等です。当時私は右翼サークルを主催してたから、私を実行部隊にしたかったようです(笑)。
その後、彼は司法試験に合格しましたが、同時に精神病が発覚し、精神病棟に入院し、退院した今でも通院しています。
おかげで、弁護士登録は拒否されてますが・・・。
そのとき、精神病棟で医者から聞いて、知った言葉が「パラノイア」や「誇大妄想」でした。
593
:
犀角独歩
:2002/12/10(火) 14:06
天の声…天声ですね。
天声といえば、法の花三法行。この法の花という名前、やめて欲しいと思っていました。法の花って法花(法華)ですから。
それはともかく、福永法源が言った天声は虚偽に基づく脅迫であるということで慰謝料の支払いを命じられたのです。
法律的見地として、予言やらなんやらで、人を脅迫し、労働や出金を強要し、かつそれが虚偽であると証明されれば罰せられることになるわけでしょうね。
有名なところでは宗教法人・明覚寺の系満願寺の2人の坊さんが、“悩みごと相談”で「悪霊が憑いている」と占い、それを祓うためと称して、1億円の謝礼を受け取ったいうことがありました。これは結果的に1996年6月18日、名古屋地裁は両被告に懲役1年2か月と1年(ともに執行猶予3年)の判決を下されたわけです。これは、悩みごと相談を「教団ぐるみの組織的、継続的におこなわれた詐欺行為」と認定されたわけです。認証を受けた宗教法人の布教活動にはじめて有罪判決が出たものとして注目された(1996年6月19日、朝日新聞朝刊)
もちろん、有名なところでは統一協会の霊感商法というのもあります。これも人々の恐怖をあおり商品を売りつけるものであったわけです。この被害を訴えたのが“霊感商法被害裁判”。これに類して、嘘っぱちの教義に騙されて青春を棒に振ったということで起きたのが“青春を返せ裁判”です。
同じように「日本が滅びる」「未曾有の天災が起きる」「他国が攻めてくる」こんなことを放言しておいて、人を煽動するだけして、もし何も起きなかったら、私は同じ事であろうと思うわけです。騒乱罪なんてこともあります。
もちろん、訴えるものがあって成り立つことです。
さてと、顕正会・浅井さんとその会員の騒ぎは、果たして、これに該当するかどうか。
どんなものでしょうか。
594
:
菊水護国
:2002/12/10(火) 14:59
浅井さんの発言とその他の予言者の違いは、浅井さんはほとんど学者の見解として発表してる事です。
学者の見解を利用する事で、自らの責任を回避する事は可能かと思います。
彼自身が「大聖人様の声が聞こえ、○○が起こる」とは言ってませんから。
595
:
モトミナ
:2002/12/10(火) 15:11
菊水護国さん
私も全く同意です。
自らの責任回避ができて、更に都合よく次の学者の論を引っ張り出してくる事が、得意とされるところです。
かつて浅井会長は小田原地震の切迫について触れ、その論拠として石橋克彦論を持ち出しました。
その論には1998年+−5年として危機的状況にある、と説明し全会員を煽動しましたが、結果は地震発生せず。
その後、溝上氏の東海大地震説を取り出して現在、その危機的状況を訴えている、というものです。
つまり、専門家の論を根拠にして、更に「広宣流布前夜を考えれば、いつ何が起きてもおかしくない」という危機的状況を訴えているわけです。
勿論地震は起こるでしょう。周期説や過去の実例を見ても当然ですから。
しかし問題は長年訴え続けて、それが信者を煽る発言に繋がっているということだと思います。
そう考えると、非常にずるい口実にもなるわけですよね。学者の論を引っ張り出すこと自体が。
そういえば中学時代の同級生がよく、雑誌「ムー」を愛読していて、クラス中に”世界の破滅”を訴えていたものがおりましたが、今となってはあの類にしか見えないわけです、私には。
596
:
犀角独歩
:2002/12/10(火) 19:27
浅井さんのやり方は、聞いてみると池田さんとまったく同じ訳ですね。
「…と○○が言っていた」
しかし、学者の言葉を引用しただけだから、責任がないとはならないでしょう。
ただ、単に立件できないだけです。
また、さらに突っ込めば顕正会員は学者が言っているから信じているわけではなく、浅井さんの口をついているから、その段階で信じているわけです。
このような場合、引用だけだから責任が問えないと果たしてなるか、私はならないと思います。
さらに「この信仰をしないと地獄に堕ちる、罰が当たる」などいう発言は学者の言とは関係ありません。
この部分で、宗教の責任問題を考えていこうという動向が今はレアなのです。
脅しで金銭の拠出、行動の煽動を行うことに違法のメスが入る時代になってきています。
597
:
ガンコ
:2002/12/11(水) 11:51
「御相承の断絶」 (続編)
わたくしが法華講員の方に申し上げたかったのは次のことです。
日顕上人は御相承を遊ばしたのか? つまり次のお方をお決めになられたのか・・・これがまた悩ましい問題であろうかと思うのです。
申すまでもなく日顕上人は大石寺の御当代、血脈付法の人にてまします。
ところが多くの人がそのことに疑いを抱いている。正信会が、創価学会が、そして顕正会が・・・
このような状態ではたして次のお方がすんなりと猊座にお就きになることができるのか、考えるだに頭が痛くなります。当然その時には創価学会が動きましょうし、正信会もなにかしら手を打ってくるかもしれません。また、御宗門の中でも不穏な動きがあるかもしれません。
唯授一人の血脈相承を信徒の分際で云々するのは間違っている、恐れ多いということを法華講員の方々はおっしゃるかもしれませんが、まさに問題は眼前であろうかと思うのです。ソノトキイカンガセンヤです。
顕正会の主張はきわめてシンプルです。どなたが猊下になられても国立戒壇さえ認めて下されば、直ちに猊下に信伏随従申し上げる。まちがいなく近未来に、ふたたび御相承問題で宗門は大混乱に陥るであろう、その混乱は前に似るべくもない大混乱になるだろう、日蓮正宗の存亡にかかわる大混乱・・・その時もはや打つ手を失った猊下は顕正会を頼らざるを得なくなる。
もっともこんな話は存在しません。わたくしことガンコが勝手に言っているだけです。
ですから浅井に上記のような打算的な考えがあるのか、あるいはもっと別の計算があるのか、あるいはなにも考えていないのか、わかりません。
いずれにしても御相承の問題は過去だけでなく未来の問題でもあるということです。
余計なお世話だったことでしょうが、「法華講支部妙信講」が顕正会の原点ですから、大石寺信徒のハシクレのつもりで書かせていただきました。また、方向性に狂いが生じてきたとされる今の顕正会のあり方に、わたくしなりに釘をさしたつもりでもあります。
独歩さん、モトミナさん、問答名人さん、五月雨さん、菊水護国さん、その他の皆さん、どうもありがとうございました。
598
:
モトミナ
:2002/12/11(水) 12:02
ガンコさん
一度私に直メールを送ってみて下さっては?
お会いできるものなら一度して、じっくり話してもいいと思っています。
ここで話してしまっては私が誰なのか、顕正会サイドやガンコさんにすぐに分かってしまうと思われ、隠して顕していないことがたくさんあります。
教学的なことはここの方々にお任せするとして、真実をお望みであるなら、全てお話しても構わないと思っています。
私の話をどう捉えてもらっても構わないと思っています。
ただ、事実を見ないふりをして肯定的に見てしまう顕正会員体質をガンコさんに見てしまうわけでして、それはあまりにもったいない、と思うわけです。
599
:
モモ
:2002/12/12(木) 06:36
>597
>顕正会の主張はきわめてシンプルです。どなたが猊下になられても国立戒壇さえ認めて下されば、直ちに猊下に信伏随従申し上げる。まちがいなく近未来に、ふたたび御相承問題で宗門は大混乱に陥るであろう、その混乱は前に似るべくもない大混乱になるだろう、日蓮正宗の存亡にかかわる大混乱・・・その時もはや打つ手を失った猊下は顕正会を頼らざるを得なくなる。
「猊下に信伏随従」とは誤解を招く不適切な表現であると私は理解しております。
600
:
犀角独歩
:2002/12/12(木) 11:46
堂々巡りをしていて、何度の同じことを書くのはわたしはあまり好きではありませんが、別段、石山現当職も、先師も国立戒壇を否定したわけではないでしょう。また戒壇建立は四菩薩に掛かること、四菩薩にあらざる貫主は、そのことを述べることを僭越であるとしているのに過ぎないということです。
なお、能化文書でも「(法主上人猊下は)戒壇の大御本尊と不二の尊体」という以上、「猊下に信伏随従」ということは原石山義からすれば少しも違和感はないと思います。
ただ、この件は能化文書で法主・戒壇之大御本尊不二尊体を言って学会に突っ込まれたあと、言葉に窮して自重した流れが法華講に徹底にされた報道管制の一端をモモさんが、元来の石山義の如くとらえてしまっているのに過ぎない点を私は指摘しておきます。
何度も記したとおり、私は教学部と内自部『大日蓮』編集室から仕事をもらい文書を扱っていた手前、石山義が「猊下へ信伏随従」は当然のことであると知っています。
そもそも信伏随従していればこそ、石山において「南無」(帰命)を意味する合掌礼をもって猊下に向かうのでしょう。合掌はするけれど、信伏随従はしていないなどというのは詭弁以外の何ものでもありません。
601
:
犀角独歩
:2002/12/12(木) 11:48
【600の訂正】
誤)原石山 内自部
正)現石山 内事部
602
:
菊水護国
:2002/12/12(木) 20:34
そもそも国立戒壇であろうと、私立戒壇であろうと、目師を初めとする四菩薩が定めるのであり、それ以外の猊下は目師の御代官に過ぎません。否定も肯定も無いと思います。
そもそも妙信講が解散になったのは「国立戒壇主張のみ」が理由であったのでしょうか。それとも「国立戒壇を強要する脅迫、デモ、暴力行為による宗内秩序破壊」が理由だったのでしょうか。
603
:
犀角独歩
:2002/12/13(金) 10:19
誤解を受けると不本意なので、補足します。
私は個人的には、もちろん、石山住職への信伏随従を否定します。
しかし、現石山の本音は、アナウンスとは違うということを言いたかったわけです。
仏法は、先にも記したとおり三帰、すなわち三宝帰命をいういわけですから、現石山
義に則れば、仏に対する帰命は蓮祖に、法に対する帰命は戒壇之漫荼羅に、僧に対す
る興師と歴代師に、という三つを立てなければなりません。もちろん、この場合、僧
宝は興師ですが、それを随一として、唯授一人の相承者として歴代貫主を言うとする
のですから、その人に対して、信伏随従をいうのがおかしいとはならないでしょう。
そして、次に、現石山義で言えば、真偽未決の『真言見聞』に涅槃経を引く「謗法と
は謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり」というのであって、その意味からすれば、下
種三宝を言ってしまえば、日蓮、戒壇之漫荼羅、日興と歴代、さらに石山僧全部が一
体の帰命対象というのが、現石山義として導かれるのは、理の運びからすれば、自然
なことです。もちろん、この点については、私は下種三宝を否定しているわけですか
ら、反対の立場です。
しかし、私は注視しているのは「聖人を差し置いて猊下への信を強要している」とい
う論調を、誰が始めたのかということです。これは要するに学会であるという点で
す。また、その批判をかわすために、理解されづらい、三宝一体、不二尊体を下げて
論じた現石山の論調は不誠実であると私は言っているわけです。
だいたい、信伏随従すればこそ、その人が書いた漫荼羅を拝むのでしょう。漫荼羅書、
写・授与の関係というのは、そういうことでしょう。
そうでなければ、ただ1人と定める漫荼羅書写の権能は、学会が言う如く「本尊書写
係」の体をなすことになってしまうでしょう。
604
:
アヤエ
:2002/12/16(月) 16:37
ガンコさんは間違いに気がついた今も そこに身を置いてるのですね。
国立戒壇が成される日は永遠に来ないでしょう、そしてそれは永遠に顕正会は
活動を続けていくという事でしょう。
ここでの皆様とのやり取りで 何か変化があったような気がしてましたけど
残念です。
しかし、ガンコさんのおかげでわかった事がたくさんありました、
ありがとうございました。
605
:
五月雨
:2002/12/17(火) 12:18
ガンコさんはもう書き込みをされないのですか、597でのご発言の最後でお礼を述べられていらっしゃいますが、まさか引退?宣言だとは思いませんでした。
石山系グループ信者・・・日蓮正宗、創価学会、顕正会はどなたの教えを信仰しているのでしょう、たしか日蓮聖人の教えを信仰しているはずでしたね。
でも現実はそうではないですね、日蓮正宗なら日顕上人、学会なら池田さん、顕正会なら浅井さんを信仰対象としているのです。彼らの話を聞きながら日蓮大聖人の仏法の実践をしている気にはなってはいても、実は教団の長を信じてその言葉を鵜呑みにし、教団の意のままに動かされているだけなんですね。
教団から聞いた日蓮聖人の教えはただの「解釈」だったのですね、日蓮聖人の教えはこうなんだと教えるのではなく、こう解釈しろと言われていただけでした。その解釈を「教学」だと思い込んでいたのです。
日蓮聖人はご本仏、戒壇之漫荼羅は生身の日蓮大聖人と解釈しろと「解釈」を与えられていたのです。日蓮聖人のお言葉に依らないこじ付けを、マジックフレーズで誤魔化して信者に信じ込ませていたのです。それを受け取る信者は疑うのは謗法だと勝手に思い込んでそのまま信じ込んでしまいます。
今回ちょっと顕正会をお勉強してみようと思って、顕正会に詳しいあるサイトで初めて浅井さんの演説を聞きましたが、本当に予言みたいなことを言っているのには驚きました。そして浅井さんの名調子に「講釈師,見てきたような嘘を言い」の格言と「確信ある言葉はたいがい嘘だ」と独歩さんにご忠告頂いたのも思い出しました。なるほどと思いながら浅井さんの名調子を聞きました。
ガンコさんは、日蓮聖人の教えを信じているのですか、それとも浅井さんの教えを信じているのですか。
きっと日蓮聖人の教えを信じたいけど、浅井さんのあの確信溢れる演説にこころが動かされて、どちらを信じていいのか解らないから、この掲示板に書き込まれていたんだと思います。
ガンコさん、独歩さんから皆様からいろんなお話を聞かせて頂いて、どちらを選ばれたのですか。
609
:
犀角独歩
:2002/12/17(火) 23:23
ぜんぜん、関係ありませんが、報恩抄にしても、本尊抄にしても、聖人の文章は本当に胸躍るほど、かっこいいですね。
611
:
やーこ。
:2002/12/19(木) 03:17
超久しぶりの遅レスです。
今までの議論において、正宗は阿部管長、顕正会は浅井先生を信じることが日蓮の教えを信じることになる旨のレスがありました。
ふと思ったのですが、要するに、上の人に従うことが信心だということでしょう。
上の人の教えが間違っていたら、という考えはその集団の中には毛頭ないでしょう。
それが真実を求める最大の弊害なのでは?
まぁ、今の現状で現宗門と顕正会を比べると、エネルギーや情熱は後者の方が強い、但しカルト性付きで。どっちがいいかって言われれば、後者ですね。宗教にエネルギー無くてはいけないと
612
:
やーこ。
:2002/12/19(木) 03:27
(続き)勝手に個人で思っている訳です。教義を信じる事と組織を信じる事は別物だと思います。
私はこの掲示板においては、特定の組織に否定的であっても、その組織を離れろということは致しません。人生を決めるのは全てあなた次第、ということです。生き方を邪魔したくはありませんから。
ごく一部の方にそうした配慮が欠けていると感じます。ここは被害者の会運動促進の掲示板ではありません。以上
613
:
犀角独歩
:2002/12/19(木) 03:53
この掲示板では、いろいろな思索があってよいはずです。
配慮云々で批判することも個人の考えの妨害、配慮が不足しています。
なお、現代における信仰形態は組織絶対が教義化されているので、それを単純に別扱いできない仕組みの指摘は大切なのです。
614
:
犀角独歩
:2002/12/19(木) 04:09
なお、管理人さんの名誉のために申し上げますが、この掲示板は何らかの被害者家族運動とはまったく無縁なのであって、また、そんな利用をする人間は一人としていないと言うことです
616
:
犀角独歩
:2002/12/19(木) 12:11
ここのスレッドは「創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか」
どこの団体に所属(同意)するどの人が、どんなカルトっぽい発言をしているのかという視点から見ると興味深いものがありますね。
なお、その場合、カルトの意味するところは、元来の「熱狂的(宗教)集団」という意味ではありません。S・ハッサン氏が定義した「破壊的カルト」という意味で、です。
618
:
トゴシ
:2002/12/19(木) 19:58
創価学会はカルトっぽい
法華講もカルトっぽい
正信会はしらない
顕正会はカルトそのもの
だって、自分で認めてる
619
:
ガンコ
:2002/12/21(土) 13:00
カルトっぽくない、ということなら正信会がいちばんかもしれません。正信会のページを一通り読んでの感想です。叱られるのを承知で言えば、それは活発ではないということかもしれません。サイトそのものは好感のもてるものでした。
ときにトゴシさん。
あなたはどうしてこの掲示板を見るようになられたのですか? もしさしつかえなければ、お話し下さいませんか?
620
:
トゴシ
:2002/12/22(日) 18:18
人から質問されても無視して答えない人間からの質問なんか答えましぇん。
ここは顕正会だけのための掲示板じゃないでっしょ。
あんた、ここの掲示板に書きこしてんのは顕正会の宣伝と、反対者いびりのためなのね。
621
:
ガンコ
:2002/12/22(日) 20:39
トゴシさん、あなたはよく読んでいらっしゃる。
だからどういう人なのかなあと思って聞いてみたのです。もちろん人それぞれ事情がありますから深く追求しません。かく言うわたくし自身、お話ししていないことがたくさんありますから。
しかしあなた、よく読んでいる割には読み方がなってませんね。
まず顕正会の宣伝なんて、この論客ぞろいの掲示板では通用しません。じっさい、わたくしがひとつ投稿するとたちまちに破折されちゃいます。まるでこちらがパンチをいっぱつ繰り出すとひゃっぱつ返ってくる、こてんぱんにやられてしまう(ちょっとオーバーかしら)。
反対者いびりなど、一度もしていませんでしょう。むしろあなたに対してだって、気が付いたことがあれば言ってほしい旨、申し上げました。
人から質問されても答えない・・・のは事実です。質問者もガンコじゃ回答不能だろうと了解しているフシがありますし、いずれはお返事申し上げようと思っている案件もいくつかあるのですが、いちいち借金返済の延期を申し入れるような書き込みをしていたら格調高い掲示板をますます汚すことになろうかと思うのです。
少なくとも、この掲示板に参加しているうちは「借りは必ず返す」つもりです。
そういうわけですので、トゴシさん、今後ともよろしくおねがいします。
622
:
トゴシ
:2002/12/22(日) 21:19
借りは必ず返す、顕正会印が言うと怨念はいつか晴らしてやるぜって聞こえるね。
言い負かされて、出なくなる人、おっかねえ、怨霊になって、ここの常連を恨んでやるぜて感じだね。
ちなみにガンコさんは生霊かしてんね(爆)
よろしくおねがいされてもねえ、こわいからヤダな。
623
:
モトミナ
:2002/12/23(月) 08:40
ガンコさんへ
先般、顕正会では2箇所の会館を開所しました。
この時の会長指導は当然ご存知だと思うのですが、これについてはどのように受け止めていられますでしょうか?
内容をご存知ない方もいらっしゃると思うので、ソースは長くなるので要約して記しておきます。
1 2箇所の会館に安置した御本尊は日布上人が唯授一人の相承の心血をかたぶけて、戒壇の大御本尊を書写あそばされたものである。
2 100万達成時期が遅れ、また軌道修正していると騒ぐ輩が多くいるが、広宣流布は簡単にはできない。
これほど怨嫉・逆縁の多い中にここまでの弘通が為されてきた事が大聖人の御守護である。
問題と思われるのは特に上記の2点です。
まず1について。
顕正会では過去からの指導により、会としては7大幅の御本尊所持となっており、そのうち日布上人の御本尊は2幅。
にも関わらず次々に開所している会館に安置されている本尊は全て日布上人御書写本尊となっています。
この御本尊の出処が不明であること。
2については、100万達成時期の訂正が繰り返された事を暗に認めた上で、謗法や怨嫉が多い中にいよいよ明年達成できる意義が深いことを強弁しているが、私が問題だと思われるのは100万達成の時期の軌道修正ではなく、その時併せて語っている日本の状況の事なのです。
つまり100万達成時期を発表するにあたり、必ず「○○年までにこの100万が間に合わなければ日本は滅びる」等という脅威を会員の意識に盛り込んで、100万達成を煽っている事に思えます。
そもそも100万達成時期が早まる、遅れるという事について「怨嫉・逆縁が多いから簡単にできるわけない」と言っていますが、では100万の誓願をした時点ではその「逆縁・怨嫉」という事を全く考えずに誓願してしまったのか、ということになります。
その程度の算段もできずに「100万を○○年までに」などと安に発言してしまい、会員はそれを見つめてボロボロになるまで戦い抜いて、結果として達成すべき法戦では「100万の路線をいよいよ決定します。○○年まで」と軌道修正を簡単にしてしまう。
そして顕正新聞では「遂に100万の大路線が初めて明かされた」などと掲載する。
古参の会員は「ああ、またか」という感覚でいながら、この程度の事で顕正会に対する信は変わることがないから、会全体がほぼ新しい100万達成の路線を見つめて、過去の路線をすぐに捨て去れるわけです。
今更ながら、かなりいい加減な発言をする団体だな、という印象が強まってしまうばかりなのですが、ガンコさんはこの一連の発言についてはどのようにお考えでしょうか?
624
:
犀角独歩
:2002/12/23(月) 10:25
モトミナさん:
横レスごめんなさい。
ちょっと、質問させていただきたいのですが、要するに顕正会は会館安置の漫荼羅を、どんどん作っているということなのでしょうか。
あと、以前もどなたかが、達師、顕師漫荼羅は寛師漫荼羅に取り替えるという発言をしていたのですが、これもつまり作っていることを意味するのでしょうか。
この点の事実関係をお教え願えませんでしょうか。
625
:
菊水護国
:2002/12/23(月) 12:06
独歩さん
まずは浅井会長井発言転載
「・・・ここに、松本尊能化は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人の御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並びに日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。(中略)
私は、この異常事態の宗門の中で、ひとり顕正会だけが、あの清らかな日寛上人・日布上人の御本尊様を拝めるということ、こんな有難いことはないと思っております。」(顕正新聞 平成11年4月25日号)
公式見解はこうなっております。
626
:
菊水護国
:2002/12/23(月) 12:09
モトミナさん
私の記憶が確かならば、浅井会長が軌道修正を公式に発言したのは初めてでは無いですかね。
今までは、どんなことがあっても、ほうかむりを決め込んでましたからね。
627
:
犀角独歩
:2002/12/23(月) 12:15
菊水護国さん:
有り難うございます。
この浅井さんの言う布師形木というのは個人用の小さなものをいうのですか、それとも会館などに懸けられる大幅のものなのでしょうか。
あと、寛師形木漫荼羅を石山から預かっていたというのはわかるのですが、布師の形木が石山が大量に用意していたというのは初耳です。
これは石山が末寺向けに用意したものを指すのでしょうか。
628
:
菊水護国
:2002/12/23(月) 12:51
独歩さん
まず、寛師御形木御本尊は、例の学会草創期の頃の小幅なものです。
次に、布師御形木御本尊は、サイズは2種類ありまして、中幅程度と大幅があります。
浅井さんは、松本先生から預かったとしか言っておらず、下付の経緯は不明ですが、戦中法道院で布師御形木が出されていた記録もあり、その関係では無いかと推測してますが、確認は出来ません。
629
:
お暇庵
:2002/12/23(月) 14:00
横から失礼いたします、布師の形木ですが九州開導の師、妙寿尼の九州開拓の折りに
堅樹院派の折伏に於いて帰伏信徒の本尊を交換に布師の形木本尊という記述が妙寿尼
の伝にみられます。時代的に言って幾分の残余はあったと思いますが、布師御形木は
明治からの九州や関東の完器講の折伏において作成された物ではないかと思うのです。
ただ、松本日仁師はそんなに沢山のしかも御形木を持ち出すのかなと思うのは私だけ
でしょうか?数々の布教書を上梓され、行き掛かりとはいえど戦前からの正宗の僧侶
であった御方そんなことするかな?と思うのですが、諸氏如何なものでしょうか?
630
:
モトミナ
:2002/12/23(月) 15:22
624 独歩さん
証拠がないから困惑してしまうのです。
顕正会が勝手に作成している事実関係は全く不明です。
しかしながら、腑に落ちない事がどんどん起こってきてしまっています。
625で菊水護国さんが仰られる通りの発言が平成11年にありました。
しかし過去の顕正会所持の御本尊数についての会長発言は違っていますよね。
当初は「7幅の上人直筆御本尊と200数十幅の日寛上人の御形木御本尊」と言っております。
妙縁寺住職がこれ等を預けてくれた、という事になっていますが、日寛上人の御形木本尊だけでも当初の数字からはかけ離れた大量の御本尊が下付されているはずです。
例えば会館には日布上人の御本尊が礼拝室にある他、別に用意されている数室の部屋には日寛上人の御本尊が掛けられています。
つまり1会館に少なくとも2幅から3幅の日寛上人御形木御本尊があります。
また自宅拠点といって会員の副長以上の者が地元において、同志(会員)が御本尊様の前に座れるようにと、或いは入信勤行ができるようにと、会員の申し出で下付される御本尊があります。
これが単純計算でも500はゆうに突破しているはずです。
また、例の達師顕師御本尊と差し替えという形で日寛上人御形木御本尊と取り替えられています。
更には平成11年度には隊長・区長・支区部長・支区長といった幹部全員にやはり同様の御本尊が下付されています。
これらの長の人数だけでも100近いはずです。
とすると、当初に言っていた「200数十幅の日寛上人の御形木御本尊・・・」の数字を遥かに超越している数の日寛上人の御本尊が顕正会内には出回っている事になります。
しかしこの事実関係が分からないのです。
一体どこからこれほど大量の御本尊が湧き出てくるのか。
どこぞのサイトでも言っていますが、確かに限りなく黒に近い白、といったところでしかないのです。
628で菊水護国さんが言われる通り、過去実際に布師御本尊が存在していたとしても、会の発表では都合よく途中から日布上人の御本尊が元々預かっていたかのように言っています。
もし当初から顕正会が預かっていたとしたら、きちんと言っていたと思われます。
しかし当初は何度も言うように「7幅の大御本尊と日寛上人の御本尊様200数十幅」と言い切っているわけですよね。
これが最初から1千や2千ではなく、200数十と言っている事が、今更会長がいくら言い訳を言っても首を傾げざるを得ないのです。
そして一番の問題点が、そのような疑惑視される御本尊でありながら、一切証明することなく会館に安置していく顕正会と出処などおかまいなしに、信じきっていく会員なのです。
会長が言っているのだから、というカルト的発想は御本尊という自分達が信じる対境にさえ、反映されてしまっているのです。
626菊水護国さん
全くその通りですよね。
過去何度も学会やらあちこちから批難轟々だった100万達成問題も、100万がほぼ確定した前年になって初めて発言しました。
しかも私から見ると、とても言い訳がましく・・・。
先レスにも書きましたが、当時100万を見つめて本当にボロボロになるまで戦い抜いてきた後輩が、100万路線がパッと変わってしまって落胆し、退転してしまった姿が未だに忘れられません。
にも関わらず「100万大路線が初めて明かされた」等と新聞に大見出しで書かれているのを見ると、当時口惜しくて仕方ありませんでした。
尤も会員としてはこれで「浅井会長はきちんと訂正した」と胸を張っていけるのでしょうけれども。
631
:
犀角独歩
:2002/12/24(火) 03:49
モトミナさん:
菊水護国さん:
有り難うございます。
事実は至って単純なのでしょう。
要するに、顕正会は漫荼羅を濫造しているのですね。
632
:
菊水護国
:2002/12/24(火) 09:25
独歩さん
私は「顕正会の曼荼羅作成の可能性大」でしょうが、法律家の端くれとして「疑わしきは○○」として、曼荼羅濫造とは言わないのです。
しかし、本音は・・・(笑)。
633
:
菊水護国
:2002/12/24(火) 09:28
モトナミさん
私は布師御形木はともかく、寛師の御形木は明らかに学会(宗門)退転者から、提出された本尊の使いまわしで増えたと推測してます。それ自体に問題はたくさん感じますが・・・。
634
:
菊水護国
:2002/12/24(火) 09:29
633訂正
モトナミさんはミトミナさんの誤りでした。
モトミナさん、ごめんなさい(謝)。
635
:
モトミナ
:2002/12/24(火) 09:50
菊水護国さん
633で仰られる可能性は大きいと思います。
しかし、となると各自宅拠点や会館別室安置の寛師の御本尊が全て真新しい事実と重ねると、表装(表現が的確か不明)したことになりますよね。
御本尊の表装という事について、正宗古来の在り方として在家が何処かの専門店に頼むといった行為はどの程度まで許されているのでしょうか。
私は存知していないので詳しく知っていたら教えて下さい。
636
:
犀角独歩
:2002/12/24(火) 10:00
菊水護国さん:
> 「疑わしきは○○」として、曼荼羅濫造とは言わない
これは賢明なご発言、見習わなければいけませんね(笑)
637
:
三学無縁
:2002/12/24(火) 20:40
「国立戒壇」の建立ですが、すくなくとも日蓮正宗を称してからは、その大半は国立戒壇建立が宗是でしたね。
日達氏も「ことば、名称は使わない」といっただけで、「その精神は変わっていない」というような発言をしていました。
それが、いつのまにか「ことば、名称」ではなく「考え方そのもの」が誤りであると摩り替えられていったわけです。
その淵源は阿部信雄氏著作といわれる論文にあるのでしょう。
正宗と名乗る以前の戒壇論については時系列でその変化を検証する必要があると思いますが、明治維新以降、日達氏までの「法主」は国立戒壇建立で、ぶれてはいません。
ということは、このことだけは顕正会の主張は正宗的には正しい、ということになりますね。
まあ戒壇に限らず、三秘について現今の正宗は何も語っていませんし、語るものを持ち合わせてもいないようですから、困ったもんではあります。
顕正会の本尊問題も、いまの正宗ではホウボウとなってしまうのでしょうが、法道院製造時代やそれ以前のことを考えれば、ホウボウであると決め付けるのは行き過ぎかもしれませんね。
いずれにしても、臭いものは元から絶たなきゃ駄目、なのではないでしょうか。
ちなみに本尊の表装は基本的にお構いなしですね。
一部の僧侶は知り合いの表具屋を使わせてマージンをとっているようですが、それは商売ですね。
638
:
犀角独歩
:2002/12/25(水) 10:58
顕正会は漫荼羅を作っている、こんな疑いがあれば、顕正会のやることはただ一つ。
先に布師7体、寛師200数体と発表したように、他講信者で漫荼羅を預けたのは何人何体であるという発表もすればよいわけです。
しかし、そういうことをしないから疑われるわけです。疑いの形は簡単です。発表できないようなことをやっているのではないのかということです。
また、布師と顕師に限り漫荼羅を使うという論理的説明がまるで不足しているように思えます。
いずれにしても、漫荼羅は授与書、脇書でその性質を決めることが、特に興師においてせんめいになされてきたのであって、これが興門化儀なのでしょう。
それを「間違いないなく実践する唯一の団体」では授与、脇書を無視して、勝手に人に与え、安置場所を定めてしまっています。
これらの教理的過ちを少なくとも言い繕うぐらいのことはあってもよいであろうと思うわけです。
639
:
菊水護国
:2002/12/25(水) 13:17
独歩さん
揚げ足を取らせて(笑)。
638の「布師と顕師に限り漫荼羅を使うという」は「布師と寛師に限り漫荼羅を使うという」の誤植ですよね。
悪意はありませんが、勝手に訂正させて頂きました。
ちなみに、本当は顕師と達師以外の曼荼羅は全てOKなはずですよ、顕正会は・・・。
ただし、口コミで、達師と顕師本尊を取り替えているだけで、正式には取替えは強要してませんから、ここが巧妙なんです。
ですから、公式見解などあろうはずがない。
640
:
犀角独歩
:2002/12/25(水) 18:49
菊水護国さん:
ご指摘有り難うございます。間違えました。
口コミ操作で、公式見解なしですか。さもやありなん、というところです。
641
:
菊水護国
:2002/12/25(水) 22:34
そういえば、口コミ操作と言えば「浅井先生目師再誕説」が書かれてたことがありましたが、私が聞いたのは別です。
「広宣流布の暁には、出家(法主)から浄行菩薩(目師)が生まれ、国主から無辺行菩薩(興師)が生まれ、在家から安立行菩薩(寛師)が生まれる。在家の菩薩は浅井先生に違いない。浅井先生は寛師の生まれ変わりなんだ」とされてました。
しかし、今考えるに、血脉両抄には「広宣流布の日は上行菩薩は大賢臣となり・無辺行菩薩は大賢王と成り・浄行菩薩は大導師となり・安立行菩薩は大関白或は大国母となり、日本乃至一閻浮提の内一同に四衆悉く南無妙法蓮華経と唱へしめんのみ」とありますから、大賢臣=大聖人=浅井先生とも解釈できます。
642
:
モトミナ
:2002/12/26(木) 09:48
そういえば、顕正会では過去用いた法主の指導を最近では使用しなくなっている傾向がありますね。
かつては有師等を冨士などでも称えていたものですが、最近では毛嫌いしてわざと避けている傾向すら伺えます。
顕正会では崇高な法主とされているのは、観念文で読み上げる御歴代であって、それ以外の法主の指導は使用しません。
有師等は特に顕正会にとって困ることになってしまう、化義抄などもあるわけですから、仕方ないところかもしれませんね。
要するに顕正会にとって不利な発言をしていない法主が正師であるわけです。
また顕正会所持の書写した法主なども擁護しているようです。
そこで学会は布師の事を蔑んでいき、顕正会は布師の擁護に翻弄する、といったやり取りも見られるわけです。
643
:
モトミナ
:2002/12/26(木) 09:50
訂正
>かつては有師等を冨士などでも称えていたものですが、
ここで言う「冨士」とは顕正会発刊の機関紙のことです。
644
:
ガンコ
:2002/12/26(木) 15:54
モトミナさん、独歩さん、菊水護国さん、お暇庵さん、三学無縁さん・・・
メールでも少し触れましたが、モトミナさんは始めこそ浅井先生に遠慮があったように見えましたが、だんだんと遠慮が取れて過激になってまいりました。この先なにを言い出すものか、ハラハラドキドキしています。
さて、本尊問題について、ガンコがどんな与太話をするものかと楽しみ?にしてらした方がいるかもしれませんが、残念ながら今回はご期待にこたえられないと思います。ようするに、これは顕正会にとっては致命的であり、もし取りざたされている問題が本当だったら、わたくしとしても重大な決意をせざるを得ないと考えているのです。
そのまえに、100万の下方修正問題について申し上げます。
入信者数に関しては、粉飾決算はしていないだろう、とわたくしは思っています。モトミナさんはご承知でしょうが平成10年以降、顕正会はしばしば誓願に負けています。そこで思うのです・・・なんで浅井は粉飾をやらないのかと。誓願に負ければ、宗門や学会から揶揄されるし会員の士気も低下するし、いいことはないのです。企業戦略的にいえば、ライバル会社に対する見栄だとか株価操作等、さまざまの理由で行われていることですが、なぜに浅井はそうしないのか? なぜにわざわざ何回も繰り返し恥をさらしているのか?
おそらく、入信者数は大聖人様に御報告申し上げる意味があるからだろうと思います。
いわゆる「大聖人の御眼を恐れる」ということ。であるからウソは発表できない。
モトミナさんの問うていることから外れているし、ほかの皆さんも言いたいことがあるでしょうが、いちおう上記のごとくであるならば・・・
・・・ここから本尊問題を考えるならば、おのずと答えは決まってくると思うのです。
ちょっとまわりみちですが、浅井の新刊本について申し上げます。これはいわゆる「平成2年の諫暁書」の復刻本?ですが、一目見てあちこち書き替えられているのがわかりました。
なんでこういうことするかなあと思うのですがそれはさておき、今回あらたに加えられた「あとがき」から一部を次に引きます。
・・・このとき阿部信雄は、まことに荒唐無稽な邪推を以って、戒壇の大御本尊に対し奉り大それた誹謗を加えている。あまりに恐れ多いので、その悪言を私はあえて掲げない。ただし、阿部管長に対面の折あれば、面詰して一刀両断、大御本尊の御前で五体投地の謝罪をさせること、ここにはっきりと記しておく。・・・
この浅井発言に対しても、それぞれの立場に則って大いに言いたいことがあることでしょうが、今回はひかえて下さい。これも本尊問題につなげて考えてほしいのです。
つまり、わたくしを含め多くの顕正会員は浅井先生を信頼しきっている。けれども取りざたされているごとくに濫りに御本尊を複製して会員に拝ませているとすれば、その事実が発覚したときには顕正会は一気に崩壊することでしょう。
カルト団体はつぶれそうでつぶれないもんだ、どんな状況になっても浅井先生についていく者もいることだろう、という意見もあるかもしれません。
しかし、わたくし個人は、ことと次第によっては顕正会と決別せざるを得ない、このように考えていることをここに宣言します。
645
:
犀角独歩
:2002/12/26(木) 16:59
ガンコさん:
100万人に粉飾決算をしていないかどうか。
こんなのは答えは簡単ですよ。
100万にいるというのであれば、名簿とその所属を明示すればよいだけのことです。
国勢調査というのがありますね。日本国民全員のその年の出生増から、死亡減まで最後に1人までわかります。そこで国民総背番号制が成り立つわけでしょう。100万人なんて小単位ではなくて億単位でも1人までわかるわけです。
もし顕正会・浅井さんが“御本仏”日蓮聖人に嘘を吐かないと言うのであれば、国勢調査の人口統計のような正確な増減発表を、機関紙上で行うはずでしょう。否、行わなければならない。しかし、そんなことをやったなんて、聞いたこともありません。
ガンコさんをはじめ「浅井先生が100万人と言えば100万人いる」という話だけの数字でしょう。それが本当であるというのであれば、証拠を示せばよいわけです。
わたしは「いない」とは言いません。ここで聞きますが、ガンコさんは何を証拠に100万人…いまは90万人?…いると言うわけですか。
さて、もう一つ、御本尊複製のこと。
いま確認されている125体の日蓮真筆漫荼羅はどこに保管されているのかはすべてわかっています。また、浅井さんが批判する石山だって蓮興目已来、石山住持がいつ漫荼羅を記され、それがどこに保管されているのかをわかる限り調べていますよ。「御本尊を鄭重に扱う」というのは、そういうことですね。
「どこよりも、日蓮大聖人の教えを守る唯一絶対の団体である顕正会」が、殊、御本尊に関して、まさか、まさかですよ、7体ばかりの御本尊の所在すらちゃんとしていないなんてことはあるはずはないですよね。布師漫荼羅7体は、どこに安置されているのですか。
もし、ガンコさんが知らないのであれば、御本尊に関することです。自分で回って数えてみればどうでしょうか。ともかく、布師漫荼羅は7体、それ以上、あれば複製している、簡単な話です。
また、わずか200数十体の漫荼羅でしょう。御本尊の取り扱いに本当に厳格な団体であれば、その所在の一覧名簿は完備されてしかるべきでしょう。
また、仮に他信徒の持ち込み増があれば、その点についてもちゃんと一覧名簿があってしかるべきですね。もし、斯様な証書がないとしたら、もうそれだけでも、御本尊をいい加減に扱っていると言うことでしょう。
命より大切な御本尊、三百体にも満たない漫荼羅の所在を、まさか、顕正会ともあろう団体が掌握していないなんてことがあるのでしょうか。でも実際は、掌握すらされていないのでしょう。不敬ですよ、これは、明らかに。これを「実態」というのです。
あと、寛師漫荼羅に関しての話ですが、会員から集めた漫荼羅を他の会員、あるいは会館に安置しているということですが、この扱いは不敬でしょうね。前にも書きましたが、顕正会本部の漫荼羅に「妙縁寺重宝」ともし入っているとすれば、妙縁寺から持ち出すことを謗法というのでしょう。まあ、それを移管する段階で当代石山住持が次の保管場所を脇書したのであればその限りではありません。板などに改めた複製であれば、その旨がまた記されてあれば、その限りではありませんが。脇書によって安置場所を定めるのは興師已来の伝統儀です。
だいたい、顕正会は独自に本尊授与を行っているわけですね。いったい、何の根拠をもって浅井さんは本尊授与の資格があるとするわけですかね。私がいちばん、ビックリしたのはこのことです。
平成5年9月8日のこと、『聖教新聞』1面トップを飾った見出しは以下のとおりでした。
日寛上人御本尊授与を発表
信心の血脈は唯一、学会に
真の和合僧団に授与の資格
この論調と顕正会の本尊授与、どこが違うのでしょうか。
顕正会が学会の物真似といわれる所以です。
以上のことから、ガンコさんの顕正会決別は確実なこととなった、と私は思います。
646
:
菊水護国
:2002/12/27(金) 00:54
ガンコさん
粉飾はしてますよ。恐らくガンコさんが云ってるのは「増加数の粉飾」の事ですよね。でも粉飾は増加数だけでしょうか。減少数について何か聞いたことありますか。
はっきり云います。100万のからくりなど簡単なことです。
顕正会では脱会者も死亡者も全て会員数から減らしません。
減少者(死亡者・脱会者)を考慮しなければ、後は増える一方です。歴史が進めば進むほど会員数は増えることになります。当然100万の中には私も入ってます。これは粉飾とは云いませんか。
「顕正会の会員数は同窓会名簿と同じです。」
この言葉から皆さん想像してください。
顕正会は公称100万足らず、実働5万足らずです。結集者の推移を見れば一目瞭然です。粉飾も粉飾、大粉飾です。
まあ、同じ事をやってる、正宗内某講中と50歩100歩ですが・・・。
647
:
菊水護国
:2002/12/27(金) 01:04
顕正会の布師常住は2体だけです。
7体(旧本部も含めて8体)は、常住様のすべての数です。
恐らく布師7体とは、勘違いでしょう。
ちなみに、布師常住様2体の所在は分かってます。
顕正会横浜会館及び高知会館です。
その他も常住様の所在は公表されてます。
問題は、最近増えている、数十存在する出所不明の布師御形木様ですね。
これだけは全く公表されてません。
648
:
犀角独歩
:2002/12/27(金) 13:43
> 647 菊水護国さん:
確実な情報有り難うございます。
649
:
モトミナ
:2002/12/27(金) 16:11
ガンコさん。
菊水護国さんの意見に賛同させて頂いた上で、更に少し重ねさせて下さい。
>顕正会は公称100万足らず、実働5万足らずです。結集者の推移を見れば一目瞭然です。
これは菊水護国さんがガンコさんを慮って少々多目に書かれた数だと、私は思っています。
実動は私は4万未満だと見ています。
もし真実が知りたければ、総支隊長・支区長クラスの幹部以上なら所持しているはずの成果一覧表を見せてもらって下さい。
ほとんど月ごとに一覧表として渡されているはずです。勿論安々とは見せてくれまないでしょうけれども。
この一覧表には各組織ごとの折伏入信者数(誓願)、御書講義結集成果、総幹部会結集成果が数字になって詳細に記されています。
ガンコさんは実活動人員はどこを指すべきだと思いますか?
通常、各組織の活動陣容は総幹部会の参加人数の80%程度だと考えるべきです。
200人の総幹部会の参加がいるのであれば、160人程度が実活動者だと思われます。
御書講義参加者ではなく総幹部会参加者とする意図はご存知の通り、法戦参加意思のある者が多く参加しているからです。
私は顕正会の実態というのは実に100万に近づこうとしている団体ではなく、100万を強く意識するようになった団体にしか見えません。
実動4万前後の組織が100万達成などと宣言しても、一体そこに何が生まれるというのでしょうか。
実動100万人というならまだしも、累積100万人に一体どんな仏意があるのか、ここが顕正会の場合全く鮮明になっていません。
ガンコさんの言いたい事は活動期に私も思っていたことですからよく理解できます。
しかし入信者を詐称しない事ということと、顕正会総会員数を詐称していることでは、ガンコさんはどちらが大聖人の御眼を恐れる、ということになるのでしょうか。
ただ前者を以て顕正会を信じたいだけ、ということになりませんか?
650
:
モトミナ
:2002/12/27(金) 16:11
入信者数の報告のズレを指摘しておきます。
たわいもないこと、と思われるかも知れませんが、ガンコさんがそこまで拘っているわけですから、敢えて書かせて頂こうと思います。
まず、幹部の入信者数の報告ミス。これは以外とよくあります。
通常は翌法戦で帳尻合せをしたりしますが、それでも数が合わない事が発生したりします。
次に入信報告書の紛失等による入信証明が出来ない場合。
これも無視できない程度に存在します。
折伏者が報告書を持ったまま、当月に退転して報告書が提出できない、などという場合や、所持していた幹部が紛失してしまう場合など、相当数に上るものと思われますが、入信事実がたとえあったとしてもこれは会としては証明できないことになります。
しかし入信者として勘定してしまう場合がほとんどです。
そして一番多いのが二重入信でしょう。
過去数年前に入信していて、顕正会の名前すら忘れてしまっていて、再度入信してしまう場合が多くあります。
この場合、入信勤行前や直後なら訂正もしますが、数ヶ月も後に発覚すると、そのまま迷宮入りしてしまいます。
つまり会員数が重複していることになります。
私の後輩が実は数年前に入信していたことに気づいたのが、紹介者だった方が偶然幹部会などで見かけた時発覚したという実例がありました。
未だに重複入信だと気づいていない者すら多くいるのです。
これらが何十年も積もり積もった挙句に総幹部会にて”現在の総会員数は”などとして詳細な数名単位まで発表してしまっている実態の裏側なんです。
そこに発表される詳細な会員数に一体何の効力が見出せるのでしょうか。
ましてや独歩さんや菊水護国さんなどがご指摘の通り、死者、退転者などはマイナスになることなく、常にプラスされ続けている実態を考えれば、呆れてしまいます。
私の知る限りでも亡くなった方など相当数の方が未だに会員数に計算されています。
退転者の中には内容証明書付で退会届を提出している者も多くいます。
それ等は全く無視では、何の為の総会員数になるでしょうか。
651
:
モトミナ
:2002/12/27(金) 16:11
ガンコさんが仰られるところの”入信者詐称を一切しないのは大聖人の御眼を恐れるゆえである”というのは、つまり世間などを気にせずにただ大聖人の護法の為に立てている誓願だから世間の批難など恐れていない、という意味でしょう。
だから本部の人間などは”世間に顕正会の崇高な戦いなど理解できるはずがない”と声高に指導し、またそれを受けて熱くなる会員の姿があるわけです。
しかし、私が問題だと思うのは、それほどまでに大聖人の御眼だけを恐れる団体であるならば、もっと深い詳細まで徹底しなければならないのではないか、という事なのです。
多重入信や報告書紛失等は敢えて出したまでの事、尤も問題だと思うのは、大聖人の御眼を恐れる筈の団体が、成果主義で進める折伏の実態こそ大聖人の御眼を恐れていないではないか、ということなのです。
みなさんの指摘されている通り、日蓮大聖人の仏法を教える、というのであれば、ただ入信報告書を見知らぬ所で他人が書いて、御本尊の前で勤行のやり方を一緒にするだけで大聖人の御眼に叶っている、と思われているのでしょうか?
顕正会員は御本尊の前に座らせれば、即下種され、そこから御本尊の御力によって発心するもの、と捉えているのですが、これが本当に顕正会でいうところの、理論書で説いているところの下種に当たるのでしょうか。
そうゆう者も多くいる、のではなく大抵の会員がそうなのです。
顕正会は広宣流布という大願を目的にしているから、一人一人の折伏や入信勤行にいい加減なところがあっても仕方ないのでしょうか。
全くの逆だと思います。本当に顕正会のいうところの大聖人仰せのままの広宣流布を達成する、というのであれば、一人一人の折伏や入信勤行などがしっかりしていなければ何の達成になるのでしょうか。
そんな姿で100万達成しても、その100万の実態がどういったものになるのか、想像するだけでぞっとしてしまいます。
ましてや現在のように全く教学意識がなく、会として”教学!教学!”などと叫んでいるのは、詳細なことや事実を伏した顕正会の御都合に合わせた理論書を学ぶ事だけの実態から眼を背けて、一事を以て大聖人の御意のまま、というのは理解のし難いところです。
願が大きいゆえに小事に眼を瞑るのは仕方なし、とするのであればそもそもの広宣流布達成への道筋が違っているのではないのでしょうか。
ガンコさんの意見をお待ちしています。
652
:
菊水護国
:2002/12/27(金) 23:05
> 実動は私は4万未満だと見ています。
モトミナさんの云われるように、確かに、私は多く見積もりました。
本音は、モトミナさんより厳しいですが、3万くらいと見てました。
> 私の後輩が実は数年前に入信していたことに気づいたのが、紹介者だった方が偶然幹部会などで見かけた時発覚したという実例がありました。
はっきり申します。現在顕正会大幹部のYS氏は、会員の入信に当り、既に数年前に入信してることを聞いた上で「あらためて、信心を始める意味で、入信勤行を受けましょう」と言って、入信を受けさせました。このような実例は腐るほどあります。これも当然入信者数ですよね。
653
:
みかん</b><font color=#FF0000>(z8VoUpnM)</font><b>
:2002/12/28(土) 01:15
創価学会もやっていますよ。すでに入会していて、退会していない人を、再入会させることを。
654
:
モトミナ
:2002/12/28(土) 08:29
菊水護国さん
>本音は、モトミナさんより厳しいですが、3万くらいと見てました。
更に厳しく活動会員数を把握するというのであれば、実際は8月の合宿研修会の参加人数が実動人数となるでしょう。
基本は班長以上の出席ですが、戦っている者であれば参加枠は簡単に空けてもらえます。
つまり組長や戦いに参加し始めた者も多く参加していることになります。
この合宿参加人数に、地域的な問題や職業的な問題で参加できない者がいると考えて、合宿の参加人数×3割増し とするのが実は妥当な線でしょうね。
655
:
菊水護国
:2002/12/28(土) 13:32
昔、顕正会の会員時代に、既に脱会者を減らさないことにつき幹部に質問したところ、
「顕正会の人数は、御本尊に縁出来た人の数であり、会員の興隆の数字ではないよ。何人が大聖人様と御本尊様に縁出来たかが基準だから、辞めた辞めないは関係ないんだよ」と云われました。
しかし、総幹部会の発表では「この大折伏により、本日現在顕正会総会員数は○○人です。」と報告してる以上、上記は詭弁であるのは云うまでもありません。
656
:
お暇庵
:2002/12/28(土) 15:33
菊水様、仰せの件のお話し。
>「顕正会の人数は、御本尊に縁出来た人の数であり、会員の興隆の数字ではな
>いよ。何人が大聖人様と御本尊様に縁出来たかが基準だから、辞めた辞めない
>は関係ないんだよ」と云われました。
似たような話を別の所で聞きました。
正宗内SM派某講中はご本尊返却しても名簿から削除しません。学会に再入会
しても削除はいたしません。それでいながら御宗門には累積2万所帯と報告し
ています。宗内最大講中と豪語していますが、世帯の数え方も家族人数5人で
有れば5世帯報告です。その矛盾を問いただす機会に聞いたらいずれ、世帯に
なるからだそうです。途中で誰か亡くなったらどうするんでしょう?
まぁ、覇権主義、数字絶対という妄想は学会の汚染思想でもありますが、その
講中の講頭は件の報告矛盾に対して
「それは数え方がおかしいね」だけで未だに訂正の通達があったとは聞いていま
せん。カルト系組織構成運動論者は矢張り似てくるのですね。
657
:
あ
:2002/12/29(日) 03:41
突然の横レス、すみません。
私が他の掲示板で「顕正会の実勢って、20万ぐらいですか?」と聞いたら、「20万が今のような調子で5人ずつ折伏してみろよ。100万なんか、あっという間じゃねえか、ヴァカ」と言われました。
5万とか4万とか3万とか、なんか、納得できるなあ……。
658
:
つまけん
:2002/12/29(日) 23:23
犀角独歩さん 五月雨さん トゴシさん 菊水護国さん
「配偶者がカルト」のレス読みました。ありがとうございました。
>5人ずつ折伏〜100万なんか、あっという間(あ さん)
顕正会に毎月5000〜10000人分の入信報告書が提出されていますね。
12月は特に多くなるようです。あくまで顕正会基準ですが、現在93万?なので
来年中の100万達成はほぼ間違いないところです。
1年後位にはなにか行動を起こしそうです。
661
:
こまった
:2002/12/30(月) 20:23
>659 顕正会等ではありえない指導ですよね。
今の越洋会系でもありえないのでは。
662
:
犀角独歩
:2002/12/30(月) 22:14
越洋といえば、顕師のことですが、この膝下でも、ノルマのようなものはないと。
となれば、連合会のノルマは柳沢さんの独走ということ…、でもないでしょうね。
663
:
ガンコ
:2002/12/31(火) 13:57
独歩さん、菊水護国さん、モトミナさん
借金をきれいにしてから新しい年をむかえるというのが昔からの慣わしではありますが、申し訳ありませんけどこのまま繰越させていただくことになってしまいました。
本年後半は、とりわけモトミナさんがお出でになられてからは凄まじい展開になってしまい、皆さんのお書きになられるものを拝見するのが精一杯だったのです。
そして妙な話ですが、わたくしに対する厳しい破折を拝見しているとなんとも不思議な快感に襲われるのでした。自虐的な快感とでもいいましょうか、そんな悦びに浸っているじぶんに気が付きました。
もしかしたらじぶんは議論を楽しんでしまっているのかもしれません。
それは余裕のなせるわざなのか、あるいはすでに精神に異常をきたしているためなのか、わかりません。
けっこう用心深く書いたつもりでしたが、わたくしとしては本尊問題が究極であろうと思うのです。
ところが皆さんは100万の方に多く筆を費やしていらっしゃる。
おそらくはすでに出揃っている証拠だけでもじゅうぶん顕正会に決別する事由になるとお考えなのでしょう。
それは個人差、その人のカルト度によるとするのが妥当なところ、つまり、わたくしはまだじゅうぶんではないと考えています。宣言のとおり、本尊問題の帰趨によって判断したいと思います。
五月雨さん
605、の仰せを意訳的に拝せば、法華講も学会も顕正会もそれぞれ組織の長を絶対と仰ぐことが正しい信心だと勘違いしていて、本当の信仰を知らない。けれどもこの掲示板に接する者はおのれの間違いに気付き、次々と正しい信仰をつかんでいっている。ガンコの信心は浅井教になっている。はやく気が付きなさい。
カルト度の低いことを自負しているわたくしは、おおむねおっしゃる意味は理解しているつもりです。
すでに再三にわたって堂々めぐりとのご指摘をいただいていますので、明年はすこし趣向をかえてお目にかかりたいと考えています。
アヤエさん
「ガンコさんは間違いに気がついた今も そこに身を置いてるのですね」
お叱りを受けてしまいました。さらにお叱りを受けることになりそうですが、まだまだやめる気はないのです。だってやめる理由がないんですもの。
ですから来年も「顕正会のガンコ」としてお目にかかることになりますが、すこしはマシな投稿ができるように心掛けたいと思っています。
664
:
モトミナ
:2002/12/31(火) 17:24
ガンコさん 独歩さん 菊水護国さん 他多くの皆さん
本年は本当にお世話になりました。
特に本年初頭にこのスレッドを知って以来、ROMを繰り返して参りました。
そして様々な方の意見を聞く中に自分なりにも結論的確信から書き込みを繰り返してきました。
私は顕正会以外に在籍した経緯がないので、顕正会を基本としてしか発言することができませんが、その最中に顕正会用のスレッドを立ち上げていただくことができ、今後は私はそちらで思うこと、過去の顕正会の実態を明白にしていきたいと思っております。
明年は更に飛躍できるよう努力していきますので、今後もよろしくお願いいたします。
665
:
犀角独歩
:2003/01/01(水) 00:22
モトミナさん:
今年は顕正会のみならず、思索の枠を石山、さらに富士から通日蓮、通仏教まで広げられることを期待します。
ガンコさん:
以下の真偽未決ながら、日蓮の遺文を送ります。意味は理解できるかな。
「非学匠は理につまらずと云ひて、他人の道理をも自身の道理をも聞き知らざる間、暗証の者とは云ふなり。都(すべ)て理におれざるなり、譬へば行く水にかず(数)か(書)くが如し」
666
:
アヤエ
:2003/01/10(金) 16:30
ガンコさん
叱ってなんてないですよ、ちょっとガッカリしましたが、それはガンコさんにとって
余計なお世話だと思ってますし、私の勝手な期待ですので 気になさらないでください。
五月雨さんへのレスですが、趣向を変えて との事 楽しみにしています。
667
:
ガンコ
:2003/04/02(水) 19:10
「投稿再開にあたって」
およそ三ヶ月にわたって沈黙を保ってきた。
それにはそれなりの訳がある。
去年の暮れごろ、本尊問題のなりゆき如何によっては顕正会をやめるとまで申し上げた。
内心ドキドキしながら、いったいどんな情報がもたらされるものかと、じっと待っていた。
ところが一向にそのような情報はあらわれず、それどころか顕正会問題じたいがあまり取りざたされなくなってしまった。
1、本尊問題は事実無根である。
2、否、内部のきわめて少数の人間のみが知るところであって、造反者でも出ない限り事実はあらわにはならない。
3、すでに外部にも情報をつかんでいる者がいるけど、たまたまこの掲示板をしらない。
4、っていうか、だあれも顕正会のことなんて注目していない。(相手にしていない?)
まあ、沈黙の理由はほかにもあります。顕正会擁護の立場に還っていうならば、やっぱりわたくしのやっていることはよくないのではないか、迷惑をかけているのではないのか、と。
「ふざけたマネしやがって」「余計なこと書くんじゃねえよ」とか、まじめな顕正会員なら思うでしょうし、本部の方でも眉をひそめているかもしれません。
しかし、これは自意識過剰だかもしれません。いまや顕正会はそんなことではビクともしない大きな組織であり、また逆に言えばそれだけ大きくなればいろんな人間がいてあたりまえ、わたくしのような変わり者がいたっていいじゃありませんか。
沈黙の理由をもうひとつ。
“くだらないこと書くヒマがあったら勉強しなさい”といわれたものですから・・・
べつにヘソまげて黙り込んでたわけじゃないです。すこしは勉強しようと思ったのです。
ところが元来がナマケモノですから、ボケッとしているうちに気がついたら四月になっていた・・・ってなわけです。
本年もよろしくおねがい申し上げます。(大ボケ)
668
:
2ちゃんより
:2003/04/03(木) 17:52
ガンコさんとやら、悪名高き「2ちゃんねる」という巨大掲示板をご存知か?
そこで本尊の問題を問われています。
対処している会員さんが2人いましたが、顕正会を信じる事ができなくなり
一人は退転されましたよ。一人は頑張ってますが、本尊の問題に関しては
「幹部に問い合わせ中」と言う事でずうっと放置されています。
アンチ側は本尊の事を明かにすれば 顕正会の間違いを気付かせると思って
問い詰めていますが、今のところかわされています。
ここよりも ずいぶんと質が悪いところですが 一度覗いてみてはいかがです?
これで行けるかわかりませんが 貼り付けてみます。
スペースを取り除いてアドレスに貼り付けてみてください。
管理人様 もしもこの書き込みに問題があれば削除お願いします。
h ttp://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1048855049/585
669
:
ガンコ
:2003/04/03(木) 20:48
これはご丁寧に、どうもありがとうございます。
わたくしあんがいに浮気をしないたちなので、2ちゃんねるは一度も見たことがないのです。
上のアドレスでは、いけないようです。どうしましょうか?
670
:
五月雨
:2003/04/03(木) 21:05
ガンコさん
お久し振りです、お元気そうで何より。
今年は趣向を変えられるとか楽しみにしております。
>本年もよろしくおねがい申し上げます。(大ボケ)
こちらこそ宜しくお願い致します、桜の花が満開ですが、気にしない、気にしない(^^)
2ちゃんねるへのアドレスは下記で行けましたよ。
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1048855049/585
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