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『おにくげ』について教えてください。

114彰往考来:2008/08/11(月) 06:06:29

113の続きです。

まず「御肉牙」を入れた容器である厨子入りの宝塔です。玉沢妙法華寺のものは星野武男/著『現代人の日蓮聖人傳』(昭和10年、文松堂出版部、241頁)に写真が紹介されており、池上本門寺のものは熊田宗次郎/著『日蓮上人』(明治44年、報知社、359頁)記載の写真が該当すると考えられ、写真でみる限り両者は全く別物です。

天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』昭和56年、東京都大田区、120頁)に「祖師御肉付御歯 同記一巻」との記載があることから、少なくとも天明8(1788)年の時点で池上本門寺に「御肉牙」が所蔵されていたことが解かります。
『日蓮宗の本山めぐり』(昭和56年5版(初版:昭和46年、ニチレン出版、79頁)の池上本門寺の項には寺宝として、いの一番に「(1)高祖御肉牙 日昭上人に授け給うたもので宗祖の御譲状と昭師の添状がある」とあります。『日蓮宗の本山めぐり』の妙法華寺の項(127頁)には「御肉牙」の記載はありませんが『日蓮宗寺院大鑑』(昭和56年、池上本門寺)の妙法華寺の項(437頁)に「御肉歯」とあります。しかしながら『日蓮宗寺院大鑑』の池上本門寺の項(61頁)にはなぜか〔寺宝〕の箇所に「御肉牙(御肉歯)」の記載がありません。池上本門寺が「祖師御肉付御歯」を危ない(本物ではない)と判断して記載しなかったのでしょう。

以上のことから私は玉沢妙法華寺、池上本門寺の両寺に現在でも「御肉牙」と称されるものがあると考えます。富士大石寺を入れると少なくとも3箇寺に「御肉牙」があることになります。探せばまだあるかもしれません。

私はかつて『日蓮宗各本山名所図会』や『日蓮宗の本山めぐり』に記載された池上本門寺の「御肉牙」を読んだ際に、「御肉牙」と称する怪しげなものはアチコチにあるのだと思ったものでした。これらの御肉牙をDNA分析すれば真偽は分かるはず(少なくとも3箇寺のものが同一人物であるかどうかはわかる)ですが、それは実現しそうにありませんし、もし実際に分析したら日蓮聖人の歯ではなく他人の歯だったということもあり得るでしょうし、歯とは別の物質ということもあり得るでしょう。

しかし荼毘にふした御真骨ならともかく、肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。まじめに議論する値があるとは思えない代物です。

彰往考来

115犀角独歩:2008/08/11(月) 16:17:43

彰往考来さん

詳細なご説明、有り難うございます。
どうやら、池上にもあるのですね。こちらはいまは完全に引っ込めて、秘蔵厳護といったところでしょうか。

江戸時代までは、庶民にとって、お漫荼羅より、よほど、この手のもののほうが人寄せには役だったでしょうね。軈て「科学万能」と言われる時代に入り、なりをひそめたというのが経緯でしょう。

> 肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。

まったく、このご意見には賛成です。先だっての石山における阿部さんから早瀬さんへのバトンタッチでも、これを見せて、いまだに「御生骨拝観」なんてやっているわけです。「21世紀なのになぁ」と溜息が出ました。

もっとも、昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015567021/6

それを知らない創価学会員の、新しい連中が大石寺批判に「おにくげ」を引っ張り出します。「あんたんところの永遠の指導者第2代が本物といっていたよ」と教えたくなるわけですが、まあ、こうした若い連中は戸田さんよりは常識があるということでしょうか。

さらに言えば、戸田さんは、先に挙げた「御肉牙」発言の3カ月前、以下のように話しています。

「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。招来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ、だまっていれば、何分でも動かない。
 あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人は喜捨で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもでず、一時間に一千人、一分間で六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
 さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(同P183/昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂)

創価学会員が登山をすると、石山から1人当たりいくらというバックマージンが出ていたという話が本当であれば、戸田さんはなかなかの興行師ですね。いまどき、御肉牙なんか、本気で信じているのは顕正会ぐらいでしょうが、その原因をつくったのは、創価学会であり、戸田さんでした。

> アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。

「肉」ということでいえば、全部が全部、偽物でしょうね。

> まじめに議論する値があるとは思えない代物

それを上記のように、わずか50年前に語ったのが創価学会、戸田さん。本当に創価学会員1万人が見に行ったかどうかは知りませんが、おっしゃるとおり「真面目に議論する値があると思えない代物」に創価学会は大挙動いたという事実は、かつて、池上本門寺も同じ様なことを行っていたという事実と共に、ここではっきりと確認できてよかったと思いました。

創価学会と、その会員は、こうした過去の経緯に対してもきっちりと責任を取ってほしいと思うわけです。いまだに「本物だ」と言っているほうももちろんです。

116犀角独歩:2008/08/11(月) 16:44:04

【115の訂正】と補足

誤)招来のために、記録もはっきりとっておきたい。
正)将来のために、記録もはっきりとっておきたい。

「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです」は、ちょっと、わかりづらい文章ですね。

「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判の的とすることを言っていたわけです」としたほうがわかりやすいでしょうか。

ついでに書けば、この戸田さんの発言のなかで、それまでの大石寺御肉牙伝説をさらに補填しています。すなわち、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」という件。

「御生骨と称す、蓮祖の存日生歯を抜き血脈相承の証明と為て之れを日興に賜ひ事の広布の時に至らば光明を放つべき」と、それまで日蓮が直接日目に渡したと言ってきたのに、日蓮日興日目と書き換えたうえで広宣流布には光明を放つでした。これを戸田さんは、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」というわけです。「広宣流布は間近だ。いま見ないと損をするぞぉ。消えてなくってしまうからな。ワッハッハ」という戸田さんの高笑いが聞こえそうです。人の煽り方は抜群でした。

それから50年、いまの創価学会。孫子の代には、創価学会員がこれを否定する。戸田さんの言いつけは、守られなかったわけですね。お気の毒です。

117犀角独歩:2008/08/11(月) 17:12:46

まだ、何カ所か、間違いがありました。引用文なので、転載の便宜を考えて、今一度、投稿します。マスの無駄遣い、お詫びします。

「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。将来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ。だまっていれば、何分でも動かない。
 あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人も汽車で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもです、一時間に一千人、一分間には、それを六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
 さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(『戸田城聖先生講演集 下』発行所 創価学会 「御肉牙の拝観」昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂/P183)


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