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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

10いちりん:2002/03/07(木) 00:36
「国立戒壇」ということばには、ある種のロマンがあるんでしょうね。

●/日蓮さんの「御遺命」であるということ。

偉大なる方、心から尊敬する方、さらには末法の御本仏ともいう方、その方の「御遺命」である。
すなわち、日蓮さんは、末法の究極の宝ともいうべき「三大秘法」のうち、「本門の本尊」と「本門の題目」を完成された。
そして、のこる「本門の戒壇」は、弟子たちに任された。。。
真の日蓮門下であるならば、「本門の戒壇」を建立する使命がある。
……とまあ、そういう情熱が涌いてくるのでありましょうか。

●/「天下取り」のような野望・野心を発動しやすいこと。

「三大秘法抄」によれば、なにしろ「国立戒壇」ですからね。
「国主が此の法を立つ」。すなわち、国の最高権力者が、この日蓮さんの教えに立脚するということですからね。国を動かす、日本の民衆をこの教えによって動かす、そして国を救う、民衆を救済する……というような、ヒロイズムを誘発しやすいでしょうね。

でまあ、創価学会の折伏大行進のエネルギー源のひとつに、この「国立戒壇」の建立があったと思いますね。それはそれで、マジで民衆を救うのだという強烈な思い入れ、思いこみがあったと思います。

なにしろ「日蓮大聖人の教えは真実、正しい、究極」であり、それを実践しているわたしたちは「真実、正しい、究極」のである。
そういう、ものすごい思いこみでがんがんと飛ばしていたんですね。それはそれで、まあカッコいいというか、大きな自己満足というか。。そういうなかで、公明党が出現した。

しかしまあ、言論問題やら、汚職やら、あれやこれやと俗世にもまみれて、「国立戒壇」になるはずの正本堂も破壊されたりして、いろいろと、ロマンは破れていった。

しかし、戸田さん時代の、ある意味での純粋な、アナクロニックな志を継承しているのは、顕正会というところでしょうか。


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