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戦争と性−進駐軍慰安婦より

1242中田 </b><font color=#800000>(riQdTYdc)</font><b>:2004/09/10(金) 17:47
>>1168 大神さん

> 中田さんが挙げた
>  独立山砲の軍医の検診日記も、金原摘録などは吉見義明著「従軍慰安婦」
> からの孫引きでしょうか? p48,p116,117などを見ますと。

突っ込みどころが無いからと言って、引用元を明記してあるのを
無理に引っ張ってきてどういう意味があるのでしょうかしら。

>>736

> 私家版ということで、なかなか入手できませんでしたので、
> ネット上から転載します。行の変更と一部補足しています。

> まず、地元の有力者に「要請」するケースでは、地元に「売春
> 婦」がいない場合、村長や治安維持会長がやむなく地元の貧しい
> 家庭の若い女性を犠牲として差し出すことになる。たとえば、一
> 九四〇年八月、湖北省董市附近の村に駐屯していた独立山砲兵第
> 二連隊は、「慰安所」の開設を決定し、保長や治安維持会長に「慰
> 安婦」の徴募を「依頼」した。その結果、二十数名の若い女性が
> 集められたが、その性病検査を担当した軍医は、八月一一日の日
> 記に、その様子を次のように記している。
(中略)

>(溝部一人編『独山二』〔独立山砲兵第二連隊の意〕私家版・
>一九三八年・五八頁)。

> http://www.jca.apc.org/taiwan-ianfu-support/resources/19990714sojou.html

『従軍慰安婦』の頁116の書き出しは、このようになっています。

つぎの例は、同じ独立山砲兵第二連隊のケースである。第二大隊付のあ
る軍医の日記によれば、一九四○年、湖北省董市に近い揚子江沿岸のあ
る村で、売春婦ではない地元の女性たちが徴集された。日記には、八月
一一日の最初の性病検査のようすが、つぎのように書かれている。

一部捕捉は、同書を利用しています。

>>888
> 以下は、吉見義明著『従軍慰安婦』(岩波新書)を参照・引用しました。

> 1940年2月14日、東京で開かれた軍医部長会議での北支那方面軍の軍医部長は、次のように述べています。

> 特種治療を要するものは努めて特種治療衛生機関に集めて収療す。……性病は太原、済南、保定、大同の病院を指定し集結治療を行う。内地における特種治療を必要とするものは天津に集めて還送す。六ヶ月間に二六○○名の患者を収容す。(「金原摘録」)




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