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第25回参議院議員選挙(2019年)
1358
:
チバQ
:2019/07/02(火) 10:16:53
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190702-00012453-bunshun-pol
「来るなと言われても田中角栄は行く!」 “選挙の神様”が挑んだ史上最大の作戦
7/2(火) 6:00配信 文春オンライン
「来るなと言われても田中角栄は行く!」 “選挙の神様”が挑んだ史上最大の作戦
©文藝春秋
令和元年の夏、3年に1度の参議院通常選挙が行われる。国政政党の党首たちは17日間にわたる期間中、全国各地をくまなく行脚し、それぞれが目指す「国のかたち」を国民に直接訴える。
【写真】田中角栄が利用した大型ヘリコプター
第一次安倍政権が突然に倒れた2007年のように、結果次第では政権の致命傷になりかねないのも参院選特有の怖さだ。空前絶後の人気を誇った田中角栄も首相時代の45年前、夏に行われた参院選をきっかけに退陣に追い込まれた。
「選挙の神様」として語り継がれる宰相は、なぜ派手に転んでしまったのか――。
当時、角栄は政権与党が持つあらゆる資源を総動員させて反転攻勢を仕掛けたが、ことごとく裏目に出てしまった。満身創痍で挑んだその全国行脚の足跡を40年後に丹念にたどった、知る人ぞ知る選挙ルポがある。月刊「文藝春秋」2014年8月号に掲載された「『選挙の神様』角栄が挑んだ史上最大の作戦」が、それだ。
筆者の常井健一氏は、全身を駆使して地べたを這うような密着取材を敢行し、「選挙の当事者」が抱く葛藤や本音を現場目線で描き続けてきたノンフィクションライター。その作品では、1974年にタイムスリップして至近距離で見たかの如く、関係者たちの記憶の中に残る田中角栄の背中を追いかけ、知られざる素顔に迫っている。
参院選を目前に控えた今、異色の「密着ルポ」をアンコール配信する。
※なお、証言者の年齢・肩書き・当選回数、その他データなどは掲載時(2014年7月)のものです。一部表現を修正してあります。
◆ ◆ ◆
「選挙の神様」は、なぜ総力戦で敗れたのか
今からちょうど40年前の1974年初夏、田中角栄は総理就任から2年の節目を前に、参院選(6月14日公示、7月7日投開票)に臨んでいた。
「来るなと言われても私は行く!」
そう叫びながら全国を回り、2年前に後退した衆院選時よりも4倍多い、150万人の聴衆を集めたという。
自民党は参院過半数維持のため、改選議席130のうち63が必要だった。ところが、投票率は史上最高の73%、結果は62に終わり、与野党逆転が現実味を帯びた。党内では三木武夫や福田赳夫は閣外に出て角栄批判を大展開。田中内閣の命脈は尽きた。
「選挙の神様」と呼ばれ、空前絶後の人気を誇った角栄が、なぜ総理のクビを賭けた総力戦で敗れたのか。
これは、いまだに答えが出ていない戦後屈指のミステリーなのである。
角栄の評伝は枚挙に暇がないが、大半が「五当三落(5億円集めた候補は当選、3億円では落選)」という言葉を用いて異常な金権選挙と記すのみだ。
あれほど角栄の表と裏が露わになった出来事はないと、あの蒸し暑い梅雨の選挙戦を知る党関係者は口を揃えるが、手掛りとなる資料は手元に残していない。
「田中さんは特異なキャラクターであったが故に誤解が複雑に被せられていて、未だに実体が伝わっていません」
衆院議員の中村喜四郎(65)は言う。
76年、衆院旧茨城三区から27歳で初当選した中村は、田中派のプリンスとして頭角を現し、宇野宗佑内閣で戦後生まれ初の入閣を果たした。
ところが、94年、ゼネコン汚職事件に絡む斡旋収賄罪で逮捕。上告棄却後、2003年に失職・収監。だが、服役中を除けば、初当選から今まで実に12戦無敗なのである。
その類まれなるしぶとさは、ロッキード事件で逮捕後もトップの得票で5戦全勝した角栄を髣髴とさせる。
「とにかく『基本』を訴える人でした」
事件発覚から20年も報道機関の取材を避けてきた中村が、話を続ける。
「現在進行形の政治家である間は過去を語りたくなかった。罠にかかった、ああされた、こうされた、と言い訳ばかりを聞かされてはみんなうんざりするでしょう。田中さんも同じで、一切弁解しなかった。だから有権者は最後まで応援したし、亡くなって20年経った今でも根強い人気がある」
中村は大学卒業後、田中事務所の門を叩く。そして40年前の敗北劇を傍で見ながら、ある鉄則を学び取った。
「『選挙の神様』だとリアルに感じたことはありませんが、とにかく『基本』を訴える人でした。あまりに単純なこと、学ぶまでもないことを気が遠くなるほど丁寧に続ける。それを聞き流した人は政治的に恵まれぬまま終わり、盗み取ろうとした人は選挙に勝ち抜いて、表舞台に生き残りましたよ」
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