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新・大中華世界的話題
361
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チバQ
:2015/10/18(日) 20:53:16
午後7時からホテル1階の宴会場で開かれた日本在住の台湾人らによる「後援会」の歓迎会には、日台から約220人が集まった。丸テーブル22卓で西洋料理を食べながらの会合で、蔡氏もくつろいだ表情を見せた。蔡氏の著書の挿絵のオークションでは、1枚50万円を超す値がつくものもあり、蔡氏は落札者との記念撮影に応じていた。
民主党の長島昭久衆院議員は「台湾の民主主義が来年3度目の政権交代でさらに深化すれば、アジアのみならず世界の民主主義が勇気づけられる」と蔡氏を応援。蔡氏は、庶民の言葉である台湾語で講演し「私には来年、民進党を率いて政権を奪還する自信がある」と決意を語った。聴衆からは「当選、当選」とかけ声があがった。日本駐在の台湾紙記者は「まるで勝利集会だ」と話した。
首相の地元では…
翌日の7日、蔡氏一行は早朝から山口県に飛んだ。自民党の「日本・台湾経済文化交流を促進する若手議員の会(日台若手議連)」の会長で、安倍首相の実弟、岸信夫衆院議員の招待だ。山口・宇部空港で岸氏と並んで取材に応じた蔡氏への質問の第1問は、国民党の候補者交代騒動について。訪日中でも、台湾の政治情勢から気は抜けない。山口県庁で村岡嗣政知事らと会談した蔡氏は、長州藩と薩摩藩という「立場の異なる政治上の団体が国家のために団結し、日本の維新を前に進めたことは、台湾もよく考慮すべき歴史だ」と述べた。台湾も二大政党の「政治対立」を乗り越えるべきだ、という有権者向けのメッセージだ。
午後は山口市内の元料亭「菜香亭」を訪れた。畳敷きの大広間に、かつて料亭を訪れた伊藤博文ら歴代首相らから贈られた書が掲げられている。ただ、同行記者団の目当ては、安倍首相の「寂然不動」という額のみ。当然、撮影場所の取り合いになった。蔡、岸両氏も心得たもので、額を見上げたり、額を背にして立ったりして要望に応じた。
「寂然不動」は「易経」にある「無為無心の境地で動かなければ天下の動きを感ずることができる」という下りの一部。首相の出身校である成蹊大学の理事長室にも、実業家・岩崎小弥太の手になる書が掲げられているという。
蔡氏はこの後、台湾鉄道向けの特急用車両を製造している日立製作所訪問と、観光地の錦帯橋見学をこなした後、午後7時前発の空路で帰京した。蔡氏のフェイスブックに易経の引用とともに首相の書の感想が投稿されたのは、移動に次ぐ移動を終えた飛行機の離陸約20分前。どこか準備の良さをうかがわせた。
「李登輝方式」
8日の当初の予定は、午前の民主党本部表敬と夕方の同行記者団との懇談会のみだった。前日の夜になり午後の大田市場の視察日程が入り、記者団の間に、何かの面会予定がキャンセルされたので予備の日程を入れたのではないかと観測が流れた。実態はそうではなかったことが後に分かる。
蔡氏は午前11時に民主党本部を訪れ、枝野幸男幹事長らと会談した。党本部が狭いため、代表取材のみ。9日の自民党本部表敬と比べると、東日本大震災で官房長官だった枝野氏が防災服姿で出ずっぱりだったことに言及したり、父親が台湾出身の蓮舫参院議員を「台湾の娘」と呼んだりと、民主党への親近感を感じさせた。実際、反原発団体や学生運動、労働団体から支持を受ける民進党は、民主党と「内政面の主張に重なる部分が多い」(蔡氏)。蔡氏は民主党との交流強化を約束して、党本部を後にし、宿泊先のホテルに戻った。
安倍首相が岸参院議員や山口県知事との昼食として、同じホテルに入ったのは昼過ぎ。蔡氏と安倍氏はここで接触したとみられている。この間、同行記者団は大型バスで移動して昼食を取った後、大田市場に向かっていた。蔡氏とは引き離された形だ。
一部の同行日本人記者が抜け出してホテルに向かい、首相から約30分遅れてホテルを出る蔡氏に、首相との会談の有無を問いかけた。蔡氏は不機嫌そうに「没有(ない)」と答えたという。
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