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インド・天竺・中洋スレ
211
:
チバQ
:2015/12/07(月) 20:39:12
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201512/2015120500184
元ゲリラ、生活再建中=内戦後のLTTE-スリランカ
【バブニヤ(スリランカ)時事】2009年のスリランカ内戦終結から6年以上が経過し、北部バブニヤでは今、少数派タミル人の国家樹立を目指した武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の元ゲリラたちが生活再建に取り組んでいる。赤十字国際委員会(ICRC)の案内で現場を見た。
娘(左)と並んで取材に応じる「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の元女性兵士カンダサミ・ムットゥクマリさん=2日、スリランカ北部バブニヤ
◇元女性兵、裁縫の訓練
LTTEには多くの子供兵士や女性兵士がいた。その1人だったカンダサミ・ムットゥクマリさん(33)は、まだ12歳だった94年、LTTEに加わった。兄がやはり12歳でLTTEに合流しており「自分もそうなのかな」と漠然と考え、リクルーターについていった。3年間の戦闘で負傷、視力が弱くなり後方部隊に移り、17歳で結婚して一度は引退した。
しかし、しばらくして夫と息子は戦闘地域のムライティブ、自分と娘は比較的安全なバブニヤに別れて暮らすことになった。夫と息子をバブニヤに戻そうとしたが、LTTEの許可が下りない。許可を得るため、仕方なく05年から再びLTTEに入って活動を始めた。
08年に警官に捕まり、ひどい暴力を受けた。今もその傷に苦しんでいる。当時の夫とも別れ、現在はICRCの支援を得て裁縫の訓練を受けながら15歳の娘と暮らしている。
陶芸家になった「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)元ゲリラのヨガナダン・サディサンさん=2日、スリランカ北部バブニヤ
◇陶芸の修行
陶芸家になったゲリラもいる。ヨガナダン・サディサンさん(28)は今、陶芸の修業中だ。両親が陶芸家で、子供の頃からろくろを使って作品を製作できた。
05年、「特に理由もなく」ふらりとLTTEに加わった。銃弾を受けた傷痕は今も腹に残っている。内戦末期の09年、気付けば「周囲がどんどん投降していくようになっていた」。これを見て仲間3人と投降した。収容施設からは13年に解放されたが、両親の家には戻らず、親族の家に居候し、焼き物の修行を続けている。
内戦を振り返り「今の方がよほどいい」と平和な暮らしを満喫している。良質の粘土をどう手に入れるかが、目下の悩みだ。
自動車修理店を経営する「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)元ゲリラのムットゥ・クマル・デバラジャさん=2日、スリランカ北部バブニヤ
◇自動車修理店を経営
ムットゥ・クマル・デバラジャさん(42)は現在、小さいながらも自動車修理店を開業している。従業員も3人雇っている。
妹と義理の弟を政府軍に殺害され、憤りから18歳でLTTEに加わった。その後、約20年間、人生の半分をLTTEにささげたことになる。住民の中にスパイ網をつくり、政府軍の動向を探る情報部員として活動してきた。07年から2年ほど、カタールに逃げていた。帰国後、内戦終結の09年、バブニヤの家にいて逮捕された。「人生は終わった」と観念した。
しかし、もともと自動車修理の技術を持っていたこともあって、ICRCの支援を得て社会復帰。現在は借家の工場を、自前のものにすることが目標だ。「過去のことは全て忘れることにした」と決意は固い。多数派シンハラ人とも「うまくやっていく」と語り、武装闘争に戻る考えはない。(2015/12/05-14:45)
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