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欧州情勢・西洋事情

2885チバQ:2018/12/05(水) 18:33:47
https://www.sankei.com/world/news/181204/wor1812040001-n1.html
【激動ヨーロッパ】因縁のライバルが追い詰めた メルケル氏引退の内幕
2018.12.4 12:00国際欧州・ロシア
 「欧州の盟主」として長年、欧州政治に大きな影響を与えてきたドイツのアンゲラ・メルケル首相(64)が10月末、政界引退を表明した。首相在任は2021年までの今期限りとの見方がもっぱらだったが、この時点の決断には驚きは広がった。舞台裏では求心力低下が加速する中、迫りくる因縁のライバルの挑戦が影響を及ぼした可能性が浮上している。
(ベルリン 宮下日出男)

■決心はいつ?

 「新たな一章を開くときだ」。10月29日、保守系与党のキリスト教民主同盟(CDU)本部で行われた記者会見。メルケル氏はこう述べ、12月7日の党首選不出馬と今期限りの政界引退を表明した。28日の西部ヘッセン州議会選挙で自党が大敗した翌日のことだ。

 メルケル氏は昨秋の総選挙後、求心力低下が著しかった。ただ、ヘッセン州では最低限の勝敗ラインをクリアし、直前も「党首と首相は同一人物」との持論を展開。党首再選を目指すとみられていた。決断は後継候補とされる側近のクランプカレンバウアー幹事長も29日朝まで知らなかった。

 ハチの巣をつついたような騒ぎとなる中、ある別のニュースも流れた。メルケル氏とは因縁の間柄のフリードリヒ・メルツ元連邦議会(下院)院内総務(63)の党首選出馬だ。31日に記者会見を開いて正式表明。用意周到ぶりをみせた。

 メルケル氏は政界引退を「夏休み前に決めた」と説明する。だが、独メディアは2人の動きを踏まえ「最終的な決心は28日夜だった可能性がある」(独誌シュピーゲル)とも伝えた。

■かつては若手リーダー

 めまぐるしい動きの水面下で何が起きていたのか。その前に2人の関係を振り返る。経緯は東西ドイツ統一の立役者、コール元首相の晩節を汚した不正献金疑惑でCDUが揺れた時代にさかのぼる。

CDUでは2000年、当時のショイブレ党首(現下院議長)が辞任し、メルケル氏が党首、メルツ氏が姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)とともにつくる下院会派のトップ(院内総務)をそれぞれ引き継いだ。ともに党の将来を担う若手リーダーだった。

 だが、02年総選挙ではCDUは首相候補に実力者のCSU党首、シュトイバー氏を選んだ。経験の浅いメルケル氏への難色が強かったためでメルツ氏もシュトイバー氏を支持。一方、メルケル氏はシュトイバー氏から自身が院内総務を兼務する約束をとりつけ、選挙後に実行。党内の権力を掌握した。

 役を奪われたメルツ氏は影響力を低下させ、09年に引退した。このため独メディアは、今回のメルツ氏の出馬表明はメルケル氏への「復讐」とも取り沙汰する。

■重鎮も動く?

 メルツ氏の政界復帰をめぐる動きは今春、始まったとも伝えられる。メルケル氏の政権樹立が難航しているのをみて、「反メルケル」グループの一部が党首選で推す対抗馬を模索。メルツ氏の名前にすぐに行き着いたという。

 政権発足後も内輪もめが続き、CDUの支持率は下落。メルツ氏にはメルケル氏への不満や党首選への出馬を促す関係者の声が次第に増えた。独紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)によると、メルツ氏もこれを受け、ヘッセン州でCDUが負ければ、党首選に立つと決めた。

 メルツ氏を後押しする要人として重鎮のショイブレ氏の名前も挙がる。財務相としてメルケル氏を長年支えたが、不正献金疑惑への対応などをめぐり、その関係にしこりが残る。一方、メルツ氏とは私的な誕生パーティーに招くほど親密な関係を保っていた。

「かつてほど絶対的な存在ではない」。ショイブレ氏は10月中旬、独メディアでメルケル氏の現状をこう語り、ヘッセン州議会選後には「議論が起きる」とも述べた。不穏な動きはメルケル氏も察知していた。


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