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左翼・革新・護憲 斗争スレ

270名無しさん:2015/11/19(木) 00:00:50
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151118-00000002-sundaym-pol
<サンデー時評>官邸前、珠玉の一人芝居 安保論議が植えつけた種
mainichibooks.com 11月18日(水)13時38分配信

 ◇倉重篤郎のサンデー時評 連載76

首相官邸前の交差点。

 安倍晋三首相の住まう館と道路一つ隔てた歩道は、週末ともなると、安保法制や原発再稼働反対グループであふれる名所であるが、その日の夕時は、一味違うパフォーマンスが繰り広げられていた。

 背の高い男性が、一人朗々と声を張り上げ、両手を広げて、戦争と平和について語り始めた。

「私、アレン・ネルソンは1947年ブルックリンで生まれました......」。極貧に育った黒人青年である私を主人公にした一人芝居だった。

◇   ◇   ◇

 私は18歳で海兵隊に入り、ベトナムで多数の民間人を殺傷して帰国後PTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかり悪夢にうなされる。ある日、小学校教師をしている高校時代の友人に会い、子供たちにベトナムの体験談を話すよう頼まれる。

 私はそれを受ける。「ベトナムは蒸し暑い。ジャングルには見たこともない虫がたくさんいる。その中でベトナム兵と米兵が戦い、多くの人が死んだ......」。私は評論家のようにきれいごとを語った。

「ベトナムの家はどんな家?」

「子供たちは学校へ行くか?」

 いくつか質問があった。

「時間なので最後の質問です」

「ハイ」

「ハイ。どうぞ」

「ミスターネルソン、あなたは人を殺しましたか?」

「えっ?」

「あなたは人を殺しましたか?」

 私は返答に悩む。数え切れないほどの人を殺した。ただ、それを語ると残虐な殺人者になってしまう。戦争で活躍したヒーローの話を聞きたかったはずだ。だが、子供たちには嘘(うそ)をつけない。どのくらい沈黙が続いたか。気がつくと私はつぶやくように答えていた。

「......殺した」

 ここに来るべきではなかった。皆、私を恐れ、憎むだろう。

「かわいそうなミスターネルソン」

「えっ?」

 子供たちは泣きながら私を抱きしめてくれたのだ。

 私は戦場での殺人という自分の罪を認めることでPTSDから回復するきっかけを得た。


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